Contract
これまで見てきたような各種の契約は、どういう条件の下で成立し、そういう条件の下で効力を有することになるであろうか。これが契約の「成立要件」と「有効要件」の問題である。すでに学んだように、契約は、単独行為や合同行為と並んで、法律行為の一種であるから、結局契約の成立要件と有効要件の問題の大部分は、法律行為の有効要件の問題でもある。
繰り返しになるが、契約は、2人以上の人が互いに意思を表示し合い、その意思を一致させることにより、その人らの間で権利義務を発生させる合意である。もう少し詳しく言うと、例えば売買の場合、「売る」という意思表示と、これに呼応する「買う」と言う意思表示、すなわち相対する方向の2つ(あるいはそれ以上の数の)意思表示が一致することにより合意が成立する。通常はどちらかの意思表示が先に行われ、これに対応する意思表示が続くことにより合意が形成される。先に行われた意思表示を
「申込(もうしこみ)」といい、これに対応する意思表示を「承諾(しょうだく)」という。この「申込」と「承諾」が一致することにより、合意が形成され、通常は外には何も要件は必要とされず、合意さえあればその時に契約が成立する。したがって、契約の成立要件は「申込と承諾の一致」である、と覚えておいて良い。ただし、すでに前の課で学んだとおり、これは「諾成契約」の場合であり、「要物契約」の場合には、この合意に加えて物の引渡しが要件として必要になる。
今述べたように、どのような契約も意思表示の合致が要件となる。ということは、その意思表示自体が不完全だったり、欠陥があったりすると、契約は成立しない。例えば、申込に対する承諾に「要素の錯誤」(民法第
95条―第31課参照)ある場合には、申込はあるが、承諾が無効であるから、結局意思表示の合致はなく、契約は不成立に終わる。完全な、欠陥のない意思表示が合致して初めて契約は成立し、その後、成立した契約が有効か否かの問題が出てくるのである。
成立要件を満たして契約が成立すると、契約はその効力を持つことになる。しかし、申込と承諾が一致して契約が成立したとしても、その中身が不確定だったり、実現不可能だったり、あるいは違法ないしは社会的に許されるような内容でなかったりする場合には、いくら申込と承諾の一致があったとしても、契約としての効力を認めるべきでない場合がある。これが契約の「有効要件」の問題である。この問題はとりもなおさず法律行為の有効要件の問題であって、このことはすでに第38課で学んだ。つまり、
「確定・可能・適法・社会的妥当」が契約にもそのまま当てはまる「有効要件」である。意思表示の合致により成立した契約は、これらの有効要件が満たされると効力を生じ、予定どおり債権・債務を発生させるのである。
1 重要語句
a 成立要件と有効要件
契約や法律行為に限らず、法律効果を発生させる「法律要件」を考えるにあたっては、「成立」の問題と「有効」の問題ときちんと区別して考えることが重要である。例えば、「売買契約」という「法律要件」は、
「買主の目的物引渡請求権の発生」あるいは、「売主の代金支払い請求権の発生」という「法律効果」をもたらすが、その前提として、売買契約がそもそも成立しているのか否か、という問題と、成立しているとして、果たしてそれが有効なのか否か、という2つの問題が存在するわけである。本文に示したように、契約は2つ以上の意思表示の合致であるから、まず、それが起こらない限り、契約は有効無効を判断するまでもなく、不成立、つまり、契約自体がそもそも存在しないということになる。契約が成立し、存在するに至って初めて、その内容が確定しているのか、実現可能なのか、適法なのか、社会的に妥当なのかが問題となる。
b 申込と承諾
売買を例に取れば、売主が買主に対して「この本を10ドルで売りますよ。買いませんか?」というのが申込で、これに応じて買主が売主に対して「いいですよ、その本を10ドルで買いましょう。」というのが承諾であり、これで両者の意思表示が一致しているので契約が成立したことになり、以後、両者はそれぞれの債務を履行するまで、この契約に拘束されることになる。
社会の中で行われる取引において、当事者のどの行為が申込で、どの行為が承諾なのかは、場面に応じて具体的に考えなければならない。例えば、商店の店主が、ある品物に値札を付けて店先に陳列している行為を、通りかかる不特定多数の人に対する売買の「申込」であると見れば、これに対して、通りかかった客が、その商品を指さして「これをください」と言えば、それが「承諾」であり、その瞬間に契約は成立したことになり、契約に拘束力が生じるので、店主は代金と引き替えにその商品の引渡を拒否することはできないことになる。しかし、店主の陳列行為を、申込ではなく、単に「申込をしませんか」という意味の「申込の勧誘」であると考えれば、通りかかった客が「これをください」というのが、「この品物をこの値札に書いてある値段で買います。売ってください。」という客側からの申込であることになり、まだ契約は成立しておらず、店主としてはその客にその品物を売るか否か選択する自由はあることになる。そして、店主は、この客に売ってもいいと思えば、「はい、わかりました」などと答える。これが「承諾」で、「この値札に書いてある値段でこの品物をあなたに売ります。」という意味になるわけである。