【Ⅱ-8-15】(権利移転義務の一部不履行)売買契約の対象とされた権利の一部が他人に属する場合において、売主がその部分を移転することができないとき、または、履 行期の到来後、履行の催告をしても履行がないときは、買主には、以下の救済手段が認められる。ただし、権利の一部の移転がなされないことが買主の契約上の義務違反に基づ く場合には、このかぎりでない。 (1)代金減額請求 (2)契約解除(3)損害賠償請求...
第3編「債権」
第2部「各種の契約」 第1章「売買」/第2章「交換」 提案
2009年1月31日 民法( 債権法)改正委員会 全体会議
<第1章 売買>
Ⅰ 売買契約法の編成
1.売買契約規定の配置
【Ⅱ-7-1】(売買契約の配置)
売買契約に関する規定を、典型契約の最初に置くものとする。
〔関連条文〕 現民法549条、555条
【提案要旨】
現民法とは異なり、財産権移転型契約類型を、売買、交換、贈与の順序で規定するものとする趣旨である。この配列の順序は立法例によって異なっているが、(1)売買が双務有償契約の最も典型的な契約類型であること、(2)売買は実際の取引においても最も重要な契約類型の1つであること、 (3)民法の一般規定の多くが売買を典型例として想定していると考えられること、(4)贈与の規定には売買の規定に対する例外規定の性格を備えるものが少なくないこと等の事情を考慮して、現民法の配列を改め、まず、売買に関する規定を置き、同じく双務有償契約である交換契約を規定した後に、贈与の規定を置くという体裁をとることとする趣旨である。
2.売買契約の冒頭規定
旧提案 → 提案【Ⅱ-7-16】に統合。
3. 売買契約の対象
旧提案 → 提案【Ⅱ-7-16】に統合。
4. 規律対象とする売買契約
(1)消費者売買
【Ⅱ-7-6】(消費者売買)
消費者売買に関する特別規定を売買の中に置くものとする。また、消費者売買に関する項を独立に設けることはせず、個別の規定ごとに特別規定を置くものとする。
【提案要旨】
1 消費者売買に関する規定を民法の売買規定の中に置くかどうかは、一般私法としての民法とい
う性格をどのように理解するかという基本問題と密接不可分に関連するものであるが、本提案は、日常的に行われる売買契約の多数が消費者売買であり、これを民法典の規律対象外とすることは一般市民のための法典という性格にも反すると考え、消費者売買に関する規定を民法の中に取り込むべきものと考える。
2 この場合において、個別の規定ごとに消費者売買に関する特別規定を置くことにより、消費者売買に関して特別規定を置く必要性をより明確に提示する。
3 ただし、売買規定中に消費者売買に関する特別規定を置くかどうかは、最終的には、消費者契約に関する諸規定を民法の中に取り込むべきかどうかという一般的方針に依存する。また、売買以外の典型契約についても消費者契約に関する特別の規定を定めるかどうかは、この一般方針のほか、各契約類型によってその必要性の有無と程度に相違があることをあわせて考慮する必要があると考えられる。
(2)商事売買に関する商法規定の取り扱い
【Ⅱ-7-7】(商事売買に関する特則)
商事売買に関する商人間の特則規定については、民法の性質に反しない範囲で、一定の修正を加えて、民法の一般規定として、あるいは事業者間売買等に関する規定として、民法の売買規定中に規定を置くものとする。
〔関連条文〕 現商法524条~ 528条
〔関連提案〕 【Ⅱ-7-7-1 】、【Ⅱ-7-7-2 】、【Ⅱ-7-7-3】
【Ⅱ-7-7-4】
【提案要旨】
1 商事売買に関する特則のうち、現商法524条~526条については、一定の修正を加えることにより、民法の売買規定として一般化することができ。あるいは事業者間の売買に関する特別規定もしくは事業者を売主とする売買に関する特別規定として、民法の売買規定中に取り込むことができるものと考えられる。
2 具体的に、どのような規定をどのように取り込むかについては、各関連提案を参照。
(2-1)売主による目的物の供託・競売・任意売却
【Ⅱ-7-7-1 】(事業者間売買における売主の供託権・競売権・任意売却権)
事業者間の売買において、売主の目的物供託権・競売権・任意売却権について以下の規定を置くものとする。
(1) 事業者間の売買において、売主が民法の一般規定によって供託をすることがで
きるときは、売主は売買の目的物を供託し、又は相当の期間を定めて催告をした後に競売に付することができる。この場合において、売主がその物を供託し、又は競売に付したときは、遅滞なく、買主に対してその旨の通知を発しなければならない。
(2) 損傷その他の事由による価格の低落のおそれがある物は、前項の催告をしない
で競売に付することができる。
(3) 前2項の場合において、目的物に取引所の相場その他の市場の相場があるときは、競売に代えて、任意売却をすることができる。
(4) 第1項・第2項の規定にしたがい売買の目的物を競売に付したとき、または第3項の規定にしたがい売買の目的物を任意売却したときは、売主は、その代価を供託しなければならない。ただし、その代価の全部又は一部を代金に充当することを妨げない。
〔関連条文〕 現商法524条
〔関連提案〕 【Ⅴ-2-4】
【提案要旨】
1 現商法524条は、商事売買における特則として、民法の一般原則よりも緩やかな要件の下で、売主の供託権・競売権を認めているが、本提案は、商行為法WG最終報告書(以下、 WG報告書)に基づき、商事売買の売主の権利を事業者間の売買における売主の権利として、より一般化して民法の中に規定を置くとする第5準備会提案【Ⅴ-2-4 】の(2)・(3)を踏襲するとともに、WG報告書で示唆されている自助売却権を強化するための手段として、(3)に定める要件の下で任意売却権を新たに認めようとするものである。
2 本提案に係る規定をどこに置くかが問題となりうる。第5準備会の関連提案との調整が問題となるが、事業者売買に限られた特則であることからすると、供託の一般規定に続けて規定を置くよりも、売買契約中に規定を置くことが適当であると考えられ、第5準備会においてもこの方針について異論がないと思われる。
(2-2)定期売買の履行遅滞解除
【Ⅱ-7-7-2 】(事業者間の定期売買)
現商法525条の規定を以下のように改め、事業者間売買にこれを適用するものとする。
N条
(1) 事業者間の売買において、売買の性質又は当事者の意思表示により、特定の日 時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達成することができない場合において、履行をしないでその時期を徒過した当事者は、その相手方に対して、相当の期間を定めて、履行の請求をするか解除するかを確答すべき旨の催告をすることができる。ただし、相手方が催告前にその意思を明らかにしていたときはこのかぎりでない。
(2) 前項の催告期間内に確答がなかったときは、契約は解除されたものとみなす。
〔関連条文〕 現商法525条
〔関連提案〕 【Ⅰ-7-8-1】
【提案要旨】
1 現商法525条は、定期商事売買について履行期徒過後、直ちに履行請求があった場合を除いて、解除の意思表示を要することなく、当然に契約が解除されたものとする。これは、とくに目的物の価格変動について買主の投機的な行動を防止する趣旨を有すると解されているが、その反面において、買主が解除をするか履行請求をするかを考慮する猶予期間を持たず、直ちにいずれの手段を選択するかについて意思決定を強いられる面があるほか、自ら履行義務を果たしていない売主が、買主の不利益において不当に利益を受ける可能性も生ずる。
2 そこで、本提案は、規定の適用対象を事業者間売買に拡大しつつ、不履行に陥った債務者は、相手方の投機的行動を回避するため、履行請求か解除かを選択するように催告することができるものとした。催告期間内に確答があればそれにより、また、確答がなかったときは、(2)の効果として解除の意思表示があったものと擬制されるから、不履行債務者の不安定な状態は、早期に解消が可能である。
3 本提案においては、催告をするのは債務を履行しなかった当事者であるが、実際上は、債務を履行しなかった売主が買主の投機的行動を抑止するために催告する場合が問題となると考えられる。また、不履行に陥った債務者の相手方は、現民法542条の規定にしたがって催告を要することなく解除することができる。
(2-3)買主による目的物の保管・供託・競売
【Ⅱ-7-7-3 】(買主による目的物保管・供託・競売) 現商法527条は、商事売買に関する売主保護のための特別規定であり、民法の中にこれを取り込むことはしないものとする。 |
〔関連条文〕 現商法527条
【提案要旨】
1 現商法527条の規定の趣旨を民法の一般ルールとして取り込むことは困難であり、また、事業者間売買に関する特則としても、これを認めるべきではなく、同規定は、あくまで商事売買に関する特則にとどまるべきものとする趣旨である。
2 なお、売買契約の場合に限らず、無効な契約に基づいて他人の物を保管する場合、あるいは契約にしたがって給付されるべき物とは異なった物が引き渡された場合等におい て、目的物の占有者がどのような保管義務を負うかどうかは一般的に問題となりうる。本提案は、そのような保管義務を否定する趣旨を含むものではなく、現商法527条のように、売買契約の売主に課された特別の義務として保管・供託・競売義務を認めることを否定する趣旨にとどまる。
(2-4)数量超過給付・異種物給付
【Ⅱ-7-7-4 】(数量超過等の場合の保管義務等)
現商法528条は、商事売買に関する売主保護のための特別規定であり、民法の中にこれを取り込むことはしないものとする。
〔関連条文〕 現商法528条
【提案要旨】
現商法528条は、同527条の効果を異種物給付や数量過剰給付の場合についても認めるとする趣旨であるが、【Ⅱ-7-7-3 】で述べたところが基本的にはそのまま当てはまり、民法の一般規定としても、また事業者間売買に限定しても、これを取り込むことはしないとするものである。
5. 有償契約への準用規定
旧提案 → 【Ⅱ-7-8】に統合。
6. 売買予約
旧提案 | → | 【Ⅱ-7-17】に統合。 |
7. 手付 | ||
旧提案 | → | 【Ⅱ-7-18】に統合。 |
8. 契約費用
旧提案 → 【Ⅱ-7-19】に統合。
9.「売買の効力」の再編成
(1)売主の担保責任から売主の債務不履行へ
【Ⅱ-7-12】(担保責任の債務不履行責任への再編)
売主の担保責任に関する諸規定を、売主の債務不履行規定として再編・整理する。
〔関連提案〕 【Ⅰ-4-1 】、【Ⅰ-4-4】
【提案要旨】
1 周知のとおり、現民法の下で、売主の担保責任、とりわけ物の瑕疵に対する担保責任については、法定責任説と契約責任説の長い論争の歴史があった。この論争においては、一方において、売主が瑕疵なき物を給付する義務を負うべきかどうかという一般原則の当否が問題とされるととも
に、他方において、現民法の諸規定の解釈としていずれの立場が整合的な解決をもたらすかが争われてきた。
2 本提案は、第1準備会において検討された、債務者が債権者に対して負うべき債務に関する一般的な考え方を受けて、売主は買主との合意にしたがって引き受けた債務を履行する義務があるとして、売主の担保責任を売主の債務不履行責任の問題であると捉え、その観点にしたがって、現行の諸規定を修正するものである。
3 売主の義務の具体的な内容については、「Ⅲ 売主の義務」の中で各提案として検討する。
(2)売主の義務・買主の義務
【Ⅱ-7-13】(売主の義務・買主の義務)
売買の効力を、「売主の義務」と「買主の義務」に分けて、それぞれの義務の内容と義務違反の効果を定めるものとする。
【提案要旨】
売主の担保責任を債務不履行責任の問題として位置づけることに対応して、売主の義務と対置させて買主の義務を規定するものとする趣旨である。
(3)「危険負担」規定
【Ⅱ-7-14】(目的物の滅失・損傷)
売買契約成立後に売買目的物が滅失・損傷し、売主に免責事由が認められる場合に、買主が代金支払義務を負うかどうかというルールを売買規定中に置くものとする。
〔関連提案〕 【Ⅱ-8-45】~【Ⅱ-8-47】
【提案要旨】
1 双務契約の効力に関して、現民法は危険負担に関する規定を置き、債務の履行が両当事者の責めに帰すべき事由によらずに不能となった場合に、他方債務の存続が認められるかどうかについて規定を置いている。解除の要件について帰責事由を必要とすると解する伝統的な立場を克服して、解除の要件を契約の重大な不履行要件に統一することになると、危険負担と解除の競合問題が生じることになり、両者の関係をどのように理解するかが問題とされてきた。
第10回全体会議において、危険負担制度を廃止することについては有力な異論も述べられたが、、解除に統一するという方針を支持する意見が多数であり、ただ、解除権が消滅するとされる場合に契約関係がどうなるか等についてなお検討することとされた。
2 しかし、双務契約における一方の債務の消滅が他方の債務の存続・消滅に影響を及ぼすかどうかという、法技術としての危険負担制度を廃止するとしても、双務契約の履行過程において生じた目的物の滅失・損傷について、その経済的リスクを負担する者は誰かという実質問題は存続していると解される。このリスクを誰が負担するかが最も鮮明に問われるのは売買契約においてであり、本提案は、売買規定中にこのような意味での「危険負担」に関するルールを定めておくことを提案
するものである。
3 その具体的な内容については、【Ⅱ-8-45】~【Ⅱ-8-47】参照。
10.売買規定の編成
【Ⅱ-7-15】(売買規定の編成) 売買は、第1款「総則」、第2款「売買の効力」、第3款「特殊の売買」の編成とし、第2款に第1目「売主の債務」、第2目「買主の債務」を設ける。 |
【提案要旨】
総論的な課題に関する検討に基づいて、売主の債務と買主の債務を対比させる形で売買の規定を再編成する趣旨である。
Ⅱ 売買総則
1.売買契約の定義
【Ⅱ-7-16】(売買の定義)
売買契約の冒頭規定として、売買契約の定義規定を置き、以下のような規定の形とする。
「売買とは、当事者の一方(売主)が相手方(買主)に財産権を移転する義務を負い、
買主が売主にその代金を支払う義務を負う契約である。」
〔関連条文〕 現民法555条
〔関連提案〕 【Ⅱ-8-55 】、【Ⅱ-11- 1 】、【Ⅳ- 1-1】等
【提案要旨】
1 現民法は、各契約類型における冒頭規定として、「……によって、その効力を生ずる」としているが、本提案は、これを定義規定の形に改めるとともに、売買契約の対象を「財産権」とする現民法の規定にしたがい、売買の目的が有体物に限られるものではないという立場を維持する趣旨を明らかにする趣旨である。
2 なお、各典型契約の冒頭規定をどのように規定するかについては、売買に限らない問題であり、他の典型契約の冒頭規定との調整が必要であるが、第4準備会においても本提案と同じ形で各典型契約の冒頭規定を整理することが予定されている。
2.売買の予約
【Ⅱ-7-17】 (売買の予約)
売買の予約に関する現民法556条を以下のように改める。
(1) 売買の予約とは、予約完結の意思表示により、当事者間であらかじめ定めら
れた内容の売買契約を成立させる合意である。
(2) 売買は、予約完結権を有する一方当事者または双方当事者のいずれかが予約を完結させる意思を表示した時から、その効力を生じる。ただし、売買の成立につき特定の方式が必要とされているときは、売買の予約についても、その方式にしたがうことを要する。
(3) 予約完結権に期間の定めがあるときは、予約は、期間内に予約完結権が行使されなければ、その効力を失う。
(4) 予約完結権に期間の定めがないときは、予約者は、相手方に対し、相当の期間を定めて予約を完結させるかどうかを確答すべき旨の催告をすることができ る。この場合において、相手方がその期間内に予約を完結させる意思を表示しな
かったときは、予約はその効力を失う。
〔関連条文〕 現民法556条
〔関連提案〕 【Ⅱ-11-2】
【提案要旨】
1 現民法は、売買の一方の予約の場合に限定して規定を置いているが、本提案は、売買契約の当事者双方が予約完結権を行使しうる場合を除外する必要性に乏しいと考え、一方予約と双方予約の双方を含む規定に改めるとともに、現民法と同様に、予約に関する規定を売買総則に置いて、有償契約への準用を通じて他の契約類型にも適用されるとするものである。これにより、無償予約については、直接の適用がないことを明らかにする趣旨である。
2 (2)は、売買契約成立のために一定の方式(例えば書面)が必要とされる場合には、売買予約それ自体についても同じ方式を必要とするという趣旨である。売買予約が成立すると、予約完結権を有する者の意思表示があれば、本契約が成立するが、売買予約について方式の遵守が必要でないとすれば、本契約について方式の遵守を必要とする趣旨を潜脱することができることになり、(2)はこれを防止しようとするものである。これが有償契約へ準用される結果、例えば定期借地契約の予約をする場合においても、xx証書等の書面( 借地借家22条)が必要である。
3 もっとも、無償予約に関する規定を直接置かないことは、その可能性を一般的に否定する趣旨ではなく、たとえば贈与契約や消費貸借契約等において、必要があれば個別に規定を置くことで対応が可能である。
3.手付
【Ⅱ-7-18】(手付) 現民法557条1項を以下のように改め、2項は現行規定を維持する。 (1) 買主が売主に手付を交付したときは、契約の相手方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を提供することにより、契約の解除をすることができる。 |
〔関連条文〕 現民法557条
【提案要旨】
1 現民法と同じく、手付に関する規定を売買の総則中に置き、有償契約への準用規定を通じて、有償契約一般のその適用を及ぼすという趣旨である。
2 また、本提案は、現民法557条1項において「当事者の一方」とある文言を「契約の相手方」に修正し、契約の履行に着手した者が契約を解除することは、相手方の履行着手まで可能であるとする趣旨をあわせて明らかにした。この点は、判例・学説上の対立があるところであるが、本提案は、解除権を行使しようとする者が自ら履行に着手しても、その相手方が履行に着手していない間は解除権の行使が可能であるとする判例理論を採用するものである。
3 さらに、現民法の「償還」という文言を「提供」に改めている。前者は、実際に金銭の払渡しを意味するものであるところ、解除権行使の相手方が解除権行使の可否を争って手付金倍額の受領を拒絶するような場合にも解除権を行使しうるとする判例の立場にしたがい、提供があれば解除権の行使が可能であるとするものである。
なお、判例は、「現実の提供」が必要であるとする趣旨を説き、これを提案に反映させることも考えられる。しかし、弁済の提供が現実の提供を本則とすることは現民法492条・493条から導かれるものであるとともに、解除権を行使しようとする相手方があらかじめ受領を拒絶する場合には、現
民法493条ただし書にしたがって口頭の提供で足りると解すべきものと思われる。そうだとすると、そのようなルールは、弁済の提供に関する一般原則にすぎないと考えられることから、ここでも単に「提供」の用語を用いた。
4 本提案は、解約手付として推定されるというルールを維持する趣旨を含むものである。この点について、解約手付の推定規定は、契約の拘束力を弱めるものとして制限的に解するべきであるとする主張も有力であり、解約手付の推定を容易に認めることの問題点も指摘されているところであるが、わが国における不動産実務と判例は、この推定規定を前提としており、これを改めることは実務に大きな混乱をもたらすことになることが懸念される。取引の実態に応じて、推定を覆すことは可能であり、ここでは現民法の立場に変更を加えることをしなかった。
4.契約費用
【Ⅱ-7-19】(契約費用)
現民法558条を現行規定のとおりとする。
〔関連条文〕 現民法558条
【提案要旨】
契約に関する費用についても、予約や手付と同じく売買契約中に規定を置くこととし、また、売買契約について、契約当事者が契約費用を分担するというルールを維持する趣旨である。
5.有償契約への準用規定
【Ⅱ-7-8】(有償契約への準用) 現民法559条を維持するものとする。
〔関連条文〕 現民法559条
【提案要旨】
1 売買契約が有償契約類型の典型例であるとして、現民法559条の考え方を維持するという提案である。現民法においても、売買契約に関する規定が実際にどこまで他の有償契約に準用されるかについては必ずしもxx的に明確とはいえず、現規定の「有償契約の性質がこれを許さない」という文言の解釈・適用によることになる。しかし、非典型契約としての有償契約についても、売買に関する諸規定が基本的には重要な意味を持つと考えられることから、適用範囲の不明確性にもかかわらず、現行規定の立場を維持するのが本提案の趣旨である。
2 これに加えて、売買の規定中に、商事売買に関する諸規定を一定の修正を加えて取り込み、あるいは消費者売買に関する特則を定めることになると、これらの規定が現民法559条を通して、どこまで適用範囲が広がることになるかについても慎重な検討が必要となる。とくに、現商法524条以下の規定は、これまでの位置づけから、他の有償の商取引への準用は認められていなかったと解されることから、他の有償契約への準用には慎重を要する。もっとも、この点は1に指摘したように、有償契約の成立がこれを許すかどうかという解釈の枠内の問題といえる。
Ⅲ 売主の義務
1.財産権移転義務
(1)売買の対象(目的)
【
特
Ⅱ-8-1】(売買の対象)
売主の義務として、財産権移転義務を規定し、有体物や不動産・動産等について必要な別規定があれば、適宜、個別規定を置くこととする。
〔関連規定〕 現民法555条
【提案要旨】
売買の対象を財産権一般とする場合にも、まず有体物の売買に関する諸規定を整備して、非有体物への準用規定を置くとする立法例もみられるが、本提案は、現行規定と同じく、有体物売買とそれ以外の財産権の売買を截然と区別することなく、必要に応じて個別規定を設けるものとする趣旨である。
(2)財産権移転義務に関する一般規定
【Ⅱ-8-2】 売主は財産権を移転する義務を負うとする規定を置く。 |
【Ⅱ-8-3】 買主が財産権を確定的に取得するために対抗要件を備えることが必要である場合には、売主は対抗要件を備えさせる義務を負うとする規定を設けるものとする。 |
【Ⅱ-8-4】 権利の移転時期や所有権の移転時期について、売買契約中に規定を設けることはしないものとする。 |
〔関連条文〕 現民法555条、177条、178条、467条等
【提案要旨】
1 売買の定義規定とは別に、売主が財産権移転義務を負うことをあらためて規定する。売主の最も主要な義務であり、定義規定との重複を厭わず、売主の義務として規定を設けることが適切である。
2 また、財産権を第三者に主張するために対抗要件の具備が必要となる場合、売主は、原則として、買主が対抗要件を具備するために必要な行為を行う義務を負うものとする。とくに有体物である不動産・動産や、非有体物である債権については、一般的に対抗要件制度が認められており、財産権を取得した買主がその権利を第三者に対して行使することができるためには、対抗要件の具備が必要となるところ、売主は財産権移転義務のコロラリーとして、対抗要件を具備させる義務を負うのが原則であると解される。
もっとも、移転されるべき財産権の性質や売買契約の趣旨に照らして、対抗要件を具備させる義
務について相違がありうることを排除する趣旨ではない。たとえば、債権売買において、第三者対抗要件の具備がつねに必要であるかどうかは当該債権売買契約の趣旨に依存し、単に取立権を授与するための債権譲渡や、譲渡後の短期間内に譲受人の債権行使が前提となっているような場合にまで、第三者対抗要件を具備させる義務があるとはいえない。もっとも、この場合でも譲受人の債権行使が前提とされているかぎりは、債務者対抗要件を具備させる義務を負うのが原則と解される。
3 対抗要件を取得させる義務は、売買契約に限られた問題とはいえないが、そのような義務がどのような場合に認められるか、またその根拠が何かについては、議論の余地がありうる。たとえば、対抗要件としての登記を具備させる義務は抵当権や地上xxの物権の設定の場合に問題となるが、【Ⅱ-8 -3 】は、対抗要件を具備させる義務が売買契約ないしその準用からのみ生ずるとする趣旨を含むものではない。他方、たとえば賃借権の設定等について対抗要件を取得させる義務があるかどうかは、賃貸借契約の性質に反しないかどうかという解釈に依存する問題であるが、財産権移転義務の延長として対抗要件を具備させる義務を位置づけるとすれば、賃貸借契約についても同様の義務があるとする解釈を導くことは困難であろう。
4 不動産売買については売主が売買契約に基づいて登記移転義務を負うことになるが、これと関連して、対抗要件を具備させる義務を認めることの反面において、買主が登記引取義務を負うかどうかが問われることになるが、この点については、後掲【Ⅱ-8-44
-7】の部分で合わせて言及する。
5 売主の義務の内容について一覧性を確保するため、財産権移転義務、対抗要件を具備させる義務のほか、引渡義務等についてもあわせて規定するという方法も考えられる。対抗要件を具備させる義務だけをここで取り上げることには異論もありうる。しかし、本提案の趣旨は、財産権移転義務のコロラリーとして対抗要件を具備させる義務があるという点に主眼があり、この点で、引渡義務が目的物の実際の使用収益を実現するのに必要であることとは性質を異にするのではないかと考える。
6 立法例によっては、所有権移転時期についても売買契約中に規定を置くものもある。しかし、現民法の下で、判例・学説において、所有権移転時期について一致した考え方が確立しているとはいえない状況にあるのみならず、この問題は現民法176条の解釈に関連した、より一般的なものであって、売買契約に特有の問題とはいえない。したがって、売買契約中に所有権移転時期について何らかの規定を設けることは必要でも適当でもないと考えられる。
(3)他人の権利の移転義務
【Ⅱ-8-5】(他人の権利売買の有効性) 他人の権利の売買について、契約が有効である(契約の効力が妨げられない)とする趣旨を明らかにする。たとえば、現民法560条の文言を以下のように一部修正する。 他人の権利を売買の目的としたときにおいても、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。 |
〔関連条文〕 現民法560条
〔関連提案〕 【Ⅰ-2-5】
【提案要旨】
他人の権利を売買の客体とした場合において、他人の権利を移転する義務があるのは、売主が財
産権移転義務を負う以上当然であり、とくにこれを規定するまでもないと解する余地もないではない。しかし、本提案は、現民法560条を、そのような契約の有効性を確認するという趣旨で維持することが適当であると考え、他人の権利の売買契約も有効であるとする確認規定として存置するものである。
(4)他人の権利の売主と権利者の地位の同一化
【Ⅱ-8-6】(他人の権利の売買と相続) 他人の権利の売買について、権利者と売主の地位が同一人に帰属する場合のルールを規定する。具体的に、たとえば次のような規定を置くものとする。 N条 (1) 売主が、他人の権利を目的とする売買契約を締結した後に死亡し、権利者が売主の地位を相続したときは、権利者はその権利の移転を拒絶することができる。権利者が権利の移転を拒絶したときは、権利者は、死亡した売主が負うべきであった責任を負う。 (2) 売主が、他人の権利を目的とする売買契約を締結した後に、権利者が死亡して、売主が相続により売買の目的たる権利を取得したときは、売主はその権利の移転を拒絶することができない。 |
〔関連条文〕 新設
〔関連提案〕 【Ⅱ-3-27】
【提案要旨】
1 本提案(1)は、他人の権利の売主が死亡し、所有者その他の権利者がその地位を相続した場合について、所有者は権利移転についての諾否の自由を失わないとする判例・学説の考え方を、他人の権利の売買について一般化して条文に採り入れる趣旨である。また、(1)の後段は、権利者が権利移転を拒絶する場合に、他人の権利の売主が負うべきであった不履行責任を免れる趣旨ではなく、この責任を相続の一般原則にしたがって承継することを合わせて明らかにするものである。
2 本提案(2)は、(1)とのバランスを図る趣旨で、売主が権利者を相続した場合に関する規定を置くものである。この場合に、売主が相続によって取得した権利が売買の目的とされた権利の一部にすぎないときに、売買契約全体の効力がどうなるかについては議論の余地がある。
これに類似する無権代理と相続に関して、【Ⅱ-3-27】(1)は、無権代理人の追認拒絶ができないとしても、他の共同相続人が追認拒絶権を行使した場合に、代理行為が全体として無効となるか、あるいは追認拒絶ができない無権代理人については代理行為が有効となるかについての判断を明らかにしないこととされた。
これに対し、本提案(2)においては、売主と相手方との間での売買契約はすでに有効に成立しており、他の共同相続人が権利移転を拒絶するかどうかは、権利の移転がどの範囲で生ずるかどうかの問題に帰着するものと解される。他の相続人が権利移転を拒絶することによって買主が権利の一部を取得できない場合には、買主は売主の債務不履行を理由として、一般原則(【Ⅱ-8-9】および
【Ⅱ-8-15】・【Ⅱ-8-16】参照)にしたがって契約を解除するか、契約を維持しつつ、その他の救済手段を行使するかを選択することができる。
(5)いわゆる処分権の追完
旧提案 → 【Ⅱ-3-33】に統合。
2.財産権移転義務の不履行
(1)財産権移転義務の不履行と債務不履行責任
【Ⅱ-8-8】(他人の権利移転義務の不履行)
売主が他人の権利を移転することができなかった場合、売主は買主に対して債務不履行責任を負うものとする。
【提案要旨】
現民法の下で、現民法561条以下の規定による売主の責任の性質をどのように理解するかについて、見解の対立があったが、本提案は、これを財産権移転義務の不履行の問題として捉えるとする趣旨である。
(2)権利移転義務の不履行の効果 (2-1)解除および損害賠償
【Ⅱ-8-9】(他人の権利移転義務の不履行) 他人の権利を売買契約の目的とした場合において、売主が権利を移転することができないとき、または、履行期の到来後、履行の催告をしても履行がないときは、買主は売買契約を解除することができる。 |
【Ⅱ-8-10】(解除の効果-一般原則にしたがった損害賠償義務) 買主が契約を解除した場合において、買主は債務不履行の一般原則にしたがって損害賠償を請求することができる。 |
〔関連条文〕 現民法561条
〔関連提案〕 【Ⅰ-8-1-1】、【Ⅰ-8-2】(2)
【提案要旨】
1 現民法は、他人の権利の売買において、売主がその権利を移転することができない場合に、買主の解除が可能であるとする。しかし、権利者が権利の移転を承諾していない場合においても、その不承諾が確定的な拒絶といえるかどうかは必ずしも明らかではなく、現行規定における「移転することができないとき」という要件の充足については、判断の曖昧さが残る。
2 また、他人の権利の売買においても履行期の定めがあることが通常であるが、履行期が到来しても権利の移転が行われない場合には、一般原則にしたがって履行遅滞を理由とする解除が認められることになる。これを新たに規定することにより、権利移転不能の状態が生じているかどうか不明確な場合や権利移転不能が確定していない場合でも、売主から権利の移転を受けない買主は【Ⅱ
-8-9】の後段にしたがって、契約を解除することができる。
3 権利移転不能と、権利移転の遅滞と催告期間の経過は、いずれもそれ自体として契約の重大な不履行に当たると解されることから、【Ⅱ-8-9】の提案は、解除の一般原則である【Ⅰ-8-1
-1】を売買契約に即して具体化するものである。したがって、本提案のような特別規定を設けなくとも、一般原則にしたがって解除権を根拠づけることは可能である。しかし、売買契約に即して具体的に解除権が発生する場合を示すことが、法律関係の明確化にとって望ましいという趣旨から、本提案を行うものである。
4 また、【Ⅱ-8-10】は、買主が契約を解除した場合においても、債務不履行責任の一般原則にしたがって損害賠償請求が可能であることを確認的に明らかにする趣旨である。現民法において、他人の権利の売買における売主の責任の法的性質と関連して、売主が無過失の場合にも損害賠償責任を負うかどうかが議論されてきたが、改正提案の趣旨にしたがったものである。
(2-2)「悪意」の買主の損害賠償請求の可否
【Ⅱ-8-11】(買主悪意の場合)
買主が悪意の場合にも、権利移転義務の不履行による一般的効果が生ずるものとし、現民法5 61条後段に対応する規定を置かないものとする。
〔関連条文〕 現民法561条後段
〔関連提案〕 【Ⅰ-4-4 】、【Ⅰ-7-1 】、【Ⅰ-7-1-1】
【提案要旨】
1 現民法561条後段は、悪意の買主について損害賠償請求権を否定している。その趣旨は、悪意である以上、権利の取得ができない可能性を認識しているのであるから、買主はこれを覚悟しておくべきであり、損害賠償請求権の保護を認める必要性に乏しいという点にあった。
2 しかし、売買の目的が他人の権利であることについて買主が悪意であっても、売買契約の合意内容にしたがって売主が権利移転義務を負うかぎりは、その不履行について義務違反があれば、売主は債務不履行責任の一般原則によって責任を負うものと考えられる。言い換えれば、買主が悪意であるというだけで売主の債務不履行責任が当然に排除されることにはならず、売主の責任は、売主がどこまで他人から権利を取得して買主に移転する義務を引き受けたかに依存する。本提案は、この趣旨を明らかにするものである。
3 もっとも、本提案は、現民法561条後段のような規定をとくに設けないとするところに主眼があり、買主が悪意の場合であっても売主が債務不履行責任を特別に規定することは必要ではなく、かえって不必要な混乱を招くものと考えられる。
(2-3)買主の義務違反による権利移転不能
【Ⅱ-8-12】(買主の義務違反による権利移転不能)
権利移転の不能について、買主に契約上の義務違反がある場合には、買主は解除権を行使することができないものとする。
〔関連条文〕 新設
〔関連提案〕 【Ⅰ-8-1-2】(2)
【提案要旨】
買主の契約上の義務違反によって売主の権利移転不能が生じた場合に、現行法の解釈として認められている判例・学説のルールを条文に取り込むという趣旨である。もっとも、重大な契約不履行が債権者の契約上の義務違反によるものである場合には、【Ⅰ-8-1-2】の一般原則によって債権者が解除権を行使できないことから、本提案は、【Ⅰ-8-1-2】の提案と同一の内容となっている。他の提案においては、一般原則の具体化であっても、売買契約に即してその内容を明らかにすることが望ましいと考えられることが少なくないが、本提案を条文化することの必要性については、なお検討の余地がある。
(2-4)売主の解除権
【Ⅱ-8-13】(売主の解除権)
売主からの解除の可否については一般原則に委ね、現民法562条を削除する。
〔関連条文〕 現民法562条
〔関連提案〕 【Ⅰ-8-1】
【提案要旨】
1 現民法562条は、善意の売主に契約の解除権を認めているが、それ自体は担保責任の問題とはいえず、売主に固有の解除権を認めるものであるとする点で理解は共通する。しかし、売主の権利取得が不能となった場合に、改正提案の下で、善意の売主からの解除を認めることが適切かどうかが問題となる。
すなわち、【Ⅰ-8-1】によれば、売主が権利移転義務を負い、その不履行が重大な契約違反に当たる場合に、契約解除権を有するのはその相手方であって、不履行をした債務者ではない。この原則とは異なって、善意の売主についてだけ自ら引き受けた契約的拘束から離脱することができるとすることを正当化する理由はないのではないか。
2 本提案は、このような趣旨から、売買契約における善意売主について特別の解除権を認めるべき必要性はないとして、現民法562条を削除するものである。
(2-5)錯誤との関係
【Ⅱ-8-14】(他人の権利の売買と錯誤)
他人の権利の売買であることを知らなかった売主ないし買主が、要素の錯誤に当たることを理由として契約の無効を主張することができるかどうかについては、とくに規定を設けないものとする。
【提案要旨】
従来、とくに物の瑕疵担保責任と錯誤の関係については、判例・学説において議論が対立してい
るところであるが、例えば、売主が権利者であると信じた買主が、権利者が誰であるかについて錯誤に陥っていたことを理由に無効を主張できるかどうかについても議論が生じうる。本提案は、これを解釈に委ねるとする趣旨である。
3.財産権移転義務の一部不履行
(3-1)権利の一部が他人に属する場合
【Ⅱ-8-15】(権利移転義務の一部不履行) 売買契約の対象とされた権利の一部が他人に属する場合において、売主がその部分を移転することができないとき、または、履行期の到来後、履行の催告をしても履行がないときは、買主には、以下の救済手段が認められる。ただし、権利の一部の移転がなされないことが買主の契約上の義務違反に基づく場合には、このかぎりでない。 (1)代金減額請求 (2)契約解除 (3)損害賠償請求 |
【Ⅱ-8-16】(救済手段相互の関係) 各救済手段の認められる要件と相互の関係は、以下のとおりとする。 (a) (1)は、売主に免責事由がある場合でも、また履行請求権を行使することができない場合でも、認められる。 (b) (2)は、権利の一部を移転することができないこと、または催告があっても権利の一部を移転しないことが、契約の重大な不履行に当たることを要件とする。 (c) 売主が免責事由を証明した場合には、(3)の救済手段は認められない。 (d) (2)と(3)は同時に主張できる。 (e) (1)の権利を行使した場合、(2)の救済手段は認められない。また、(1)の権利と相容れない(3)の救済手段は認められない。 |
〔関連条文〕 現民法563条
〔関連提案〕 【Ⅰ-4-4 】、【Ⅰ-7-1- 1 】、【Ⅰ-8-1】
【提案要旨】
1 売買の対象とされた権利の一部が他人に属しており、売主がこれを買主に移転することができない場合、あるいは移転することを遅滞している場合に、財産権移転義務の一部不履行があると捉え、現民法563条の規定を一部修正して、買主に一定の救済手段を認めるとともに、その救済手段の要件と相互関係を明らかにする趣旨である。
2 これらの救済手段のうち、損害賠償や解除については、債務不履行責任に関する一般原則の適用であると考えることができる。したがって、損害賠償や解除については、債務不履行に関する一般原則にしたがってそれぞれ要件を充足することが必要である。
したがって、権利の一部の移転不能が契約の重大な不履行に当たらない場合には、契約
の解除が認められない。また、権利の一部の移転を遅滞し、催告期間が経過してもその履行を行わないことが契約の重大な不履行に当たれば、契約を解除することができる。同様に、事業者間売買において事業の範囲内でなされた売買契約における権利移転義務の一部の不履行については、催告期間が経過すると、解除権が発生する。
3 これに対して、独自の救済手段として意味を持つのが代金減額請求である。一般に、契約上の債務を引き受けた債務者は、一定の場合には履行義務そのものを免れ、また不履行が生じた場合においても、免責事由が認められるときには損害賠償義務を負わない。しかし、これらの事情が認められる場合であっても、売買契約当事者が売買代金を決定するに際して、目的物の一定の性質・状態等を前提として対価を決定したときは、何らかの事情に基づいて目的物がそのような性質・状態等を備えることができず、かつ、そのことについて売主が履行責任を負わず、また損害賠償義務を免れるとしても、売主が合意された対価全額を保持することが合意された等価性に反するものと考えられる。買主は、少なくとも、その等価性が失われ、過剰に支払った、ないし過剰に支払うべき代金の限度において、その減額を求めることができるものと考えられる。
4 この意味での代金減額請求は、引き受けられた債務の履行がないことに対する売主の責任とは異なる性質のものであり、等価性原理から生ずる最低限度の買主の救済手段といえる。また、このような独自の性質を備えた救済手段であることから、債務不履行に基づく一般的な救済手段との関係が問題となり、その関係を整理したものが提案【Ⅱ-8-1
6】である。
5 【Ⅱ-8-15】のただし書は、権利移転不能に関する提案【Ⅱ-8-12】に対応するものである。
(3-2)短期の期間制限
【Ⅱ-8-17】(期間制限) 現民法564条の短期期間制限規定を削除し、一般原則に委ねるものとする。 |
〔関連条文〕 現民法564条
【提案要旨】
1 現民法564条の規定については、権利全部の移転不能の場合(民561条)と一部の移転不能の場合(民563条)を区別することの合理性に対して疑問が提起されているが、いずれの場合も売主の債務不履行の問題であり、一般の債務不履行責任について認められる期間よりも短期間に売主の責任を消滅させる根拠に乏しいと考えられる。本提案は、このような考え方に立って、現民法564条を削除し、売主が責任を負うべき期間を一般原則に委ねるとする趣旨である。
2 この立場を採る場合に、物の瑕疵に対する売主の責任について、後掲【Ⅱ-8-34】にしたがい、買主の通知義務を一般的に認め、この義務が履行されなかった場合に買主の救済手段が認められなくなるとすることとの権衡が問題となるが、この点については【Ⅱ-8-34】の提案要旨および解説を参照。
(3-3)数量不足の場合
(3-4)物の一部滅失の場合
これらについては、広い意味で「物の瑕疵」の問題として整理する方針を採ることから、瑕疵なき物を給付する義務の問題として、まとめて検討する。
(3-5)目的物の利用を妨げる権利の存在;目的物の利用に必要な権利の不存在
【Ⅱ-8-18】 現民法566条1項・2項を以下のように整理する。 (1) 売主が他人の権利による制限のない状態で権利を移転すべき場合において、売買の目的物が地上権、対抗力を備えた賃借権、永xxx、地役権、留置権又は質権の目的であるときは、買主には以下の救済手段が認められる。 一 代金減額請求二 契約解除 三 損害賠償請求 (2) 売買の目的である不動産のために存在するとされた借地権又は地役権が存在しなかった場合、不動産の買主には以下の救済手段が認められる。 一 代金減額請求二 契約解除 三 損害賠償請求 |
【Ⅱ-8-19】 (1)および(2)で認められる各救済手段の要件と相互の関係は、以下のとおりとする。 (a) 一号の代金減額請求は、売主に免責事由がある場合でも、また買主が履行請求権を行使することができない場合でも、認められる。 (b) 二号の契約解除は、(1)において買主の権利を制限する権利の存在が、また(2)において買主のために存在するべき権利の不存在が、売主の契約の重大な不履行に当たることを要件とする。 (c) 売主が免責事由を証明した場合には、三号の損害賠償請求は認められない。 (d) 二号と三号は同時に主張できる。 (e) 一号の権利を行使した場合、二号の救済手段は認められない。また、一号の権利と相容れない三号の救済手段は認められない。 |
【Ⅱ-8-20】 (1)(2)の各救済手段に先だって、売主が権利を制限する権利を除去する義務、権利の利用を助ける権利を取得する義務を定めることも考えられるが、財産権移転義務の一般的問題として特別の規定を設けないこととする。 |
【Ⅱ-8-21】 現民法566条3項の短期期間制限規定を削除し、一般原則に委ねるものとする。 |
〔関連条文〕 現民法566条
【提案要旨】
1 現民法566条1項は、買主が、目的物の利用を制限する権利がないと信じて目的物を買い受けたところ、実際には利用を制限する権利が存在したという場合に関する規定である。買主がこのような権利の制限を認識しながら目的物の売買契約を締結する場合には、売主も権利の制限が付着した目的物を売却しているから、売主には債務の不履行がなく、利用を制限する権利が付着していても、売主の責任が生ずる余地がないとして、買主の善意が要件とされたものである。
2 しかし、買主が善意であることが必要かどうかは、売買契約において売主がどのような権利移転義務を負っているかに帰着する問題であり、たとえ、買主が目的物の利用を制限する権利の存在について認識していても、売主がそのような権利を消滅させたうえで権利を移転することを約束していたのであれば、売主はそのような権利の存在しない状態で権利を移転する義務を負うというべきである。このような趣旨から、提案【Ⅱ-8-18】は、現民法566条とは異なって、代金減額請求やその他の救済手段について、買主の善意を要件としていない。
3 また、現民法566条2項は、2つの異なるケースを含むと解される。すなわち、地役権については、目的物の所有権移転義務を負う売主が、その利用のために必要ないし有益な権利をあわせて移転するべき債務を負担している場合に、後者の債務を履行していない場合と考えることができる。これに対し、登記をした賃貸借については、それによって目的物の利用制限が生ずる場合であるから、後者については、むしろ1項の中で規定することが整合的である。さらに、地上建物の売買において、建物の存続のために存在すべき土地利用権は、地役権の場合と同様、売買目的物の利用に必要な権利であるが、現行規定にはこの場合に関する規定がなく、新2項の中で規定を追加する必要がある。提案【Ⅱ-8-18】および【Ⅱ-8-19】はこれらを整理したものである。
4 これらは、売主がどのような義務を負うかが前提となるものであり、【Ⅱ-8-20】はこれを確認的に規定する可能性を考慮しつつ、財産権移転義務の問題として処理すれば足りるとするものである。
5 なお、権利行使の期間制限の問題については、【Ⅱ-8-34】参照。
(3-6)抵当xxが付着する不動産
【Ⅱ-8-22】(担保権が存在する目的物の売買) 現民法567条1項・2項を以下のように改める。 (1) 担保物権が設定された不動産、動産またはその他の権利の売買において、担保物権の存在を考慮することなく売買代金が決定された場合、担保物権が行使されたことにより買主がその所有権その他の権利を失ったとき、または所有権その他の権利の移転を求めることができなくなったときは、買主は契約を解除することができる。 (2) 前項の場合において、買主が費用を支出してその所有権その他の権利、または所有権その他の権利の移転を求める権利を保存したときは、売主に対し、その費用の償還を請求することができる。 |
〔関連条文〕 現民法567条
【提案要旨】
現民法567条は、抵当権・先取特権の付着した不動産の売買において、これらの担保物権の実行により買主が所有権を失った場合の担保責任を規定しているが、実際にはこのような場合、担保権の
存在を前提として売買代金が定められていることが通常であり、このような取引実態を考慮して、規定を改めるものとした。また、これまで解釈論として認められてきた場合を現民法567条に取り込むために、文言の修正を行った。
4.瑕疵なき物の給付義務
(1)物の売主が物の「瑕疵」に対して負う責任
【Ⅱ-8-23】(目的物の瑕疵に対する不履行責任) 買主に給付された目的物に瑕疵があった場合、売主は買主に対して債務不履行責任を負うものとする。 |
【Ⅱ-8-24】(瑕疵の意義) 目的物の瑕疵について、以下のような定義規定を置くものとする。 「目的物の瑕疵とは、目的物が備えるべき性能・品質・数量を備えていない場合等、目的物が、契約当事者の合意または契約の趣旨に照らしてあるべき状態と一致していない状態にあることをいう。」 |
【Ⅱ-8-25】(瑕疵の判断時期) 瑕疵の存否に関する判断については「危険移転時」を基準時点とする。 |
〔関連条文〕 現民法570条
【提案要旨】
1 売主が買主に引き渡した目的物が、当事者の合意や契約の趣旨に照らして必要な性能・品質・数量等を備えていない場合、目的物が特定物であるか、不特定物であるかを問わず、売主は買主に対して債務不履行に基づいて責任を負うとするものである(【Ⅱ-8-23】。
この場合に、売主の義務として「瑕疵なき物」を給付する義務を負うことを規定するかどうかが問題となる。瑕疵担保責任の性質をめぐる論争に対する1つの立場を明示するという意味では、そのような義務を規定することに歴史的な意義が認められる。しかし、売主が瑕疵なき物の給付義務を負うことは、売主が、売買契約にしたがって買主に給付すべき物を給付する義務を負うということに等しく、ことさらにこのような義務を定めることは、売主がそのような義務とは異なる特別の義務を負うかのような誤解を生じる恐れがないとはいえない。
ここでは、単に、瑕疵ある物を給付した売主は、債務不履行の一般原則にしたがって責任を負うとする趣旨を明らかにすることで足りるものとしている。
2 この場合に、目的物の「瑕疵」とは何を意味するか、瑕疵の存否はいつの時点を基準として判断されるべきか等が問題となる。
瑕疵については、質的な瑕疵のほか量的な瑕疵を含むかどうかについて、考え方が必ずしも一致していないが、【Ⅱ-8-24】は、売買契約当事者の合意にしたがって給付されるべき物を基準として、それに適合しない物の給付を広く含めるとする考え方を採るものである。
3 また、瑕疵の判断時期については、物の瑕疵担保責任の法的性質論に関連して、契約締結時に存在していた原始的瑕疵に限るか、後発的な瑕疵を含むかどうかが争われてきた。売主が給付すべき物を給付していないことが責任の根拠であると解するかぎり、契約締結時に存在する瑕疵に限定する必然性は失われるが、いつまでに生じた瑕疵について売主が責任を負うかという問題は残る。
【Ⅱ-8-25】は、「危険移転時」を基準時点とするものであるが、これについては若干の補足が必要となる。
まず、危険負担制度を廃止することになると、危険移転という概念自体を用いることが適切かどうかが問題となるが、この点は、【Ⅱ-7-14】の提案要旨でも述べたとおり、目的物の滅失・損傷に関する経済的リスクを誰が負担するかという実質問題は残っており、売主が負担していた経済的リスクが買主に移転するという意味で危険移転を語ることは依然として可能であると思われる。次に、では具体的にいつの時点で「危険移転」が生ずるかであるが、現在の危険負担に関して基
準時とされるのと同様に、動産については引渡し、不動産については登記ないし引渡しの時期を標準とすることになると思われる。この点については、【Ⅱ-8-45】~【Ⅱ-8-47】を参照。
(2)物の瑕疵に対して買主に認められる救済手段
【Ⅱ-8-26】(目的物に瑕疵ある場合の救済手段) 買主に給付された目的物に瑕疵があった場合、買主には以下の救済手段が認められるものとする。 (1)瑕疵のない物の履行請求(代物請求、修補請求等による追完請求) (2)代金減額請求 (3)契約解除 (4)損害賠償請求 |
【Ⅱ-8-27】(救済手段の要件と相互関係) 各救済手段の認められる要件と相互の関係は、以下のとおりとする。 (a) (1)の代物請求は、目的物の性質に反する場合には認められない。 (b) (1)の修補請求は、修補に過分の費用が必要となる場合には認められない。 (c) (1)において、代物請求と修補請求のいずれも可能である場合、買主はその意思にしたがって、いずれの権利を行使するかを選択することができる。 この場合において、買主の修補請求に対し、売主は代物を給付することによって修補を免れることができる。 また、買主の代物請求に対し、瑕疵の程度が軽微であり、修補が容易であり、かつ、修補が相当期間内に可能である場合には、修補をこの期間内に行うことによって代物給付を免れることができる。 (d) (2)は、売主に免責事由がある場合でも、また買主が履行請求権を行使することができない場合でも、認められる。ただし、買主に(1)の救済手段が認められる場合、買主が(1)の履行を催告しても売主がこれに応じない場合にかぎって認められる。 (e) (3)は、瑕疵ある物の給付、または催告があっても瑕疵のない物を給付しないことが契約の重大な不履行に当たることを要件とする。 (f) 売主が免責事由を証明した場合には、(4)の救済手段は認められない。 (g) (1)の追完請求が可能な場合、(4)の救済手段は、買主が相当期間を定めて(1)の追完請求をし、その期間が経過したときに行使することができる。ただし、期間が経過したときは、売主は追完請求の時点から損害賠償債務について遅滞に陥るものとする。 (h) (2)の権利を行使した場合、(1)(3)の救済手段は認められない。また、(2)の権利と 相容れない(4)の救済手段は認められない。 |
〔関連条文〕 現民法570条
〔関連提案〕 【Ⅰ-4-5 】、【Ⅰ-4-6】
【提案要旨】
1 売買目的物に瑕疵がある場合に、買主に認められる救済手段を具体的に明らかにし、また、その救済手段を行使するための要件と相互の関係についても整理したものである。これらは、債務不履行責任の一般原則からは必ずしもxx的に導くことができないものであり、買主の救済手段を具体的に規定するところに重要な意味がある。その骨子は以下のとおりである。
2 まず、瑕疵ある物を受領した買主は、引き続き瑕疵なき物の給付を請求する権利を有する。もっとも、代物請求については【Ⅱ-8-27】(a)による制限、修補請求については同(b)による制限がある。また、代物請求と修補請求の関係については、原則として、買主による選択可能性を認めるとともに、売主が代物請求に対して修補をすることによってこれを拒否しうる場合を明らかにした(同(c))。
3 買主の代金減額請求権は、売主に対する履行請求権がなく、また、売主に免責事由が認められる場合においても、買主の最小限度の救済手段として認められるものとする。なお、追完請求が可能である場合には、追完請求権の行使を優先するとするのが同(d)ただし書の趣旨であり、履行請求権優先の考え方を採るものである。
4 追完請求を優先することは、損害賠償請求との関係でも同様である(同(g))。これは、
【Ⅰ-4-5】(2)において提案される債務不履行に関する一般原則に対応するものである。ただし、売主が追完請求に応じなかった場合には、期間の満了まで売主の責任発生が遅れると解することは相当ではなく、追完請求の時点から損害賠償債務について遅滞責任を負うとすべきである(同(g)ただし書)。
5 救済手段の相互関係については、条文の形でまとめるよりも解釈論で弾力的に判断するべきであるという考え方もありうるが、買主がどのような救済手段をどのような場合に行使できるかを明らかにすることは重要であり、これらの関係についてもxxの規定を置くとするのが本提案の趣旨である。
(3)数量不足の場合
【Ⅱ-8-28】(数量不足の場合の救済手段) 買主に給付された目的物が契約で合意された数量に満たなかった場合、買主には以下の救済手段が認められるものとする。 (1)不足する数量の追加請求(追完請求) (2)代金減額請求 (3)契約解除 (4)損害賠償 |
【Ⅱ-8-29】(救済手段の要件と相互関係) 各救済手段の認められる要件と相互の関係は、以下のとおりとする。 (a) (1)は、目的物の性質に反する場合には認められない。 |
(b) (2)は、売主に免責事由がある場合でも、また買主が履行請求権を行使することができない場合でも、認められる。ただし、買主に(1)の救済手段が認められる場合、買主が(1)の履行を催告しても売主がこれに応じない場合にかぎって認められる。
(c) (3)は、数量の不足、または催告があっても追加履行をしないことが契約の重大な不履行に当たることを要件とする。
(d) 売主が免責事由を証明した場合には、(4)の救済手段は認められない。
(e) (1)の追完請求が可能な場合、(4)の救済手段は、買主が相当期間を定めて(1)の追完請求をし、その期間が経過したときに行使することができる。ただし、期間が徒過したときは、売主は追完請求の時点から損害賠償債務について遅滞に陥るものとする。
(f) (2)の権利を行使した場合、(1)および(3)の救済手段は認められない。また、(2)の権利と相容れない(4)の救済手段は認められない。
〔関連条文〕 現民法565条
【提案要旨】
1 売主が給付すべき数量に不足がある場合に、これを物の瑕疵の一種であると捉え、物の瑕疵について認められる買主の救済手段を、数量不足に特化して定めたものである。実質的には、提案【Ⅱ
-8-26】、【Ⅱ-8-27】のルールの中に吸収されることになり、救済手段相互の関係についても、問題は同一である。
2 したがって、物の瑕疵に対する救済ルールとは別に、本提案を条文の形で存置する必要があるかどうかは疑問である。最終的には削除することも考えられるが、数量超過に関する特別規定を置くとすれば、その前提として数量不足に関するルールがどのようなものであるかを明らかにしておくという意味も考えられる。規定の要否については、なお検討したい。
(4)数量超過の場合
【Ⅱ-8-30】(数量超過) 売主が、契約で合意された数量を超過する給付をした場合、売主が買主に対して有する権利について規定を設けることとする。 * 売主の給付が数量超過となる場合に、(α)特別の規定を設けることなく、現民法におけると同様に解釈に委ねるとする考え方、(β)売主の保護を認めるべきではないとする考え方もありうる。 |
【Ⅱ-8-31】(売主の救済手段) 数量超過の場合に、売主は買主に対して以下の権利を有する。 <A案> (1) 超過する数量部分について、返還請求権を有する。 (2) 売主が、目的物の性質に照らして(1)の権利を行使することができないときは、売主は、買主に対して、催告期間を定めて超過部分に相当する価額の支払に応ずるか、契約を解除するかを選択するよう求めることができる。ただし、超過部分が軽微なものである場合にはこのかぎりではない。 |
(3) 買主が前項の催告期間内に選択権を行使しなかった場合、売主は超過部分に相当する価額の支払を請求するか、契約を解除するかを選択することができる。 <B案> <A案>の(2)(3)のみを規定する。 * 売買契約の目的物が数量超過であったことについて、売主が錯誤に陥っており、売主が【Ⅱ-1-11】にしたがって錯誤取消しの要件を満たしているときは、売主は錯誤を理由として取消権を行使することができるとし、これに対して、買主は数量超過部分に相当する価額を提供することによって、売主の取消権行使を阻止することができるとする規定を置くとする考え方もありうる。 |
【Ⅱ-8-32】(売主の通知義務) 数量超過の場合に、売主が有する権利について、売主は以下にしたがって通知義務を負うものとする。 (1) 売主が、売買契約を締結した後に、目的物の数量が契約で合意された数量を超過していたことを知ったときは、契約の性質にしたがい合理的な期間内にその数量の超過を買主に通知する義務を負う。 (2) 売主が、前項の通知義務に違反したときは、売主は目的物の数量の超過を理由とする救済手段を行使することができない。ただし、通知をしないことが売主にとってやむを得ない事由に基づくものであるときは、このかぎりでない。 (3) 買主が目的物の数量の超過について悪意であったときは、前2項の規定を適用しない。 * 【Ⅱ-8-31】の<A案>または<B案>を前提とする。この場合にも、売主に通知義務を課する必要はないとする考え方もありうる。 |
〔関連条文〕 新設
【提案要旨】
1 数量超過の場合に、売主が買主に対してどのような権利を行使できるかについて、現民法の下で判例・学説が対立している。第2準備会においても、幹事会においてもこの点に関する考え方は分かれており、統一した成案を得るに至っていない。そこで、本提案においては、数量超過の場合の売主の救済の可能性について、複数の選択肢を提示し、全体会議における意見を踏まえて第2読会までにさらに案を整理・検討することとした。
2 まず、このような場合、売主が自ら売買の目的とした物について数量超過があったとしても、原則として売主がそのリスクを負担すべきであって、これを買主に何らかの形で転嫁することを認めるべきではないとする考え方が成り立ちうる。【Ⅱ-8-30】の*(β)案は、このような立場を採るものである。しかし、明示的にそのような立場を採らないとしても、特別の規定を設けることは必要ではなく、これまでと同様に、解釈の問題に委ねるとする考え方も成り立ちうる。これが
*(α)案の立場である。
3 しかし、すでに現民法の下で実質的な問題が争われ、かつその結論についても見解の対立がある問題について、改正提案の中で考慮しないとすることは必ずしも適当ではないと考えられる。*
(β)案によるとしても、その趣旨を示す具体的な規定を置くことが望ましいように思われる。
4 他方において、数量指示売買において、価格算定の基礎とされた数量に誤りがある場合には、買主に救済が認められるだけでなく、売主についても同様に救済が認められるべきであるとする考え方も成り立ちうる。【Ⅱ-8-31】はそのような立場を採ろうとする提案であるが、そのうち、
<A案>と<B案>の相違は、目的物の性質上、超過部分の返還が可能である場合に、売主はその超過部分の返還請求をなしうるとするルールを置く必要があるかどうかにある。<A案>は、まずこの場合を規定し、それが性質上できない場合に、特別の利益調整規定を置くとするものである。これに対し、<B案>は、<A案>による(1)の場合は、一般原則からして当然の規定であり、あえて特別の規定を置く必要はないとし、むしろ性質上、そのような一般原則によることができない場合について、一定の特別規定を置くことで足りるとするものである。
5 さらに、【Ⅱ-8-31】の*案は、数量超過売買を売主の錯誤の問題として捉え、ただ、取消権行使が可能かどうかという二者択一的な解決に対して、買主が超過部分に相当する価額を提供することによって、売主の取消権行使を阻止できるとするものである。この考え方は、買主による価額提供によって、売主は当初に期待したとおりの価額を得ることができるのであるから、もはや錯誤取消しを認める必要はないとする点で、錯誤の一般法理とも調和するものといえるかもしれない。
6 目的物の数量不足の場合には、【Ⅱ-8-34】にしたがって、瑕疵を知った買主は一定期間内に売主に通知する義務を負うこととされているが、目的物の数量超過を事後に認識した売主が、それと同様に買主に通知する義務を負うかどうかも問題となる。この点に関する考え方は、数量超過売買において売主の保護必要性が認められるか、認めるとしてもどのような根拠に基づいて売主の保護を認めるかによって異なりうる。【Ⅱ-8-32】は、その1つの可能性を提示したものであるが、これについても、第2準備会、幹事会の意見は分かれている状況にある。
(5)目的物の一部滅失の場合
【Ⅱ-8-33】(目的物の原始的一部滅失)
物の原始的一部滅失に関する現民法565条の規定を削除し、物の瑕疵に関する売主の責任の問題として処理するものとする。
〔関連条文〕 現民法565条
【提案要旨】
現民法565条のうち、物の原始的一部滅失の規定を削除し、物の瑕疵に対する売主の不履行責任の問題として処理するという趣旨である。
(6)瑕疵の通知義務
【Ⅱ-8-34】(瑕疵の通知義務)
現民法570条で準用される同566条3項に代えて、以下の規定を置くものとする。
(1) 買主が、目的物の受領時、または受領後に瑕疵を知ったときは、契約の性質にした
がい合理的な期間内にその瑕疵の存在を売主に通知しなければならない。ただし、売主が目的物の瑕疵について悪意であるときは、このかぎりでない。
(2) 買主が、前項の通知をしなかったときは、買主は目的物の瑕疵を理由とする救済手段を行使することができない。ただし、通知をしなかったことが買主にとってやむを得ない事由に基づくものであるときは、このかぎりでない。
〔関連条文〕 現民法566条3項、570条
【提案要旨】
1 本提案は、物の瑕疵を理由とする債務不履行責任について、買主は、目的物の受領時に瑕疵を知っていたとき、または受領後に瑕疵を発見したときは、それ以後、契約の性質にしたがって合理的と判断される期間内に瑕疵があったことを通知する義務を一般的に負い、その義務に違反したときは、原則として債務不履行責任を問うことができなくなること、しかしその例外として、買主が通知しなかったことがやむを得ない事情に基づく場合、および売主が瑕疵の存在について悪意であった場合には、売主は債務不履行責任を免れないことを定めるものである。
2 また、目的物の「受領」という概念は、物理的な目的物の受け取りという意味で用いられる場合と、履行として受け入れるという意思的認容を伴う法的な意味で用いられる場合とがあるが、本提案における用語は、第1準備会の考え方にしたがい、物理的な受け取りという意味で用いている。
(7)買主が事業者である売買における検査・通知義務と権利行使の期間制限
【Ⅱ-8-35】(事業者買主の検査・通知義務) 買主が事業者である場合について、以下の規定を置くものとする。 (1) 事業者である買主が、その事業に関して行った売買契約に基づいて目的物を受領したときは、相当な期間内に瑕疵の有無について検査しなければならない。ただし、売主が目的物の瑕疵について悪意であったときは、このかぎりでない。 (2) 事業者である買主は、目的物の瑕疵を発見し、または発見すべきであったときから遅滞なく売主に対して瑕疵を通知しなければならない。 (3) 事業者である買主が、(2)に規定する通知をしなかったときは、目的物の瑕疵を理由とする救済手段を行使することができない。ただし、通知をしなかったことが買主にとってやむを得ない事由に基づくものであるときは、このかぎりでない。 |
【Ⅱ-8-36】(発見できない瑕疵) 事業者である買主が検査義務を履行しても瑕疵を発見することができない場合については、特別の規定を設けないものとする。 |
〔関連条文〕 現商法526条
【提案要旨】
1 現商法526条は、商事売買について目的物の検査・通知義務を規定し、またこの義務を目的物の瑕疵の場合のみならず数量不足の場合についても認めている。
2 本提案は、買主が、事業者であり、その事業に関連する売買契約を締結した場合に限定して、
現商法と同様の検査義務を認めるものとした(【Ⅱ-8-35】)。
3 しかし、現商法526条2項の規定とは異なり、検査義務を尽くしても発見することができなかった瑕疵に基づく売主の責任については、特別の規定を設けないものとした。この場合、売主は一般原則にしたがって責任を負うとする趣旨である(【Ⅱ-8-36】)。
4 事業者間売買に限らず、買主が事業者である場合について検査義務を認めるのは、消費者である売主と事業者である買主との間で締結された売買契約について、消費者売主が長期間事業者買主からの責任追及の可能性を考慮しなければならないことによる不利益を回避しようとするものである。
5 検査・通知義務以外に、事業者間売買に関する特則については、【Ⅱ-7-7-1】以下を参照。これらの規定の配置については、なお検討が必要である。
ルとして、【Ⅱ-7-7-1 】( 目的物の供託・競売・任意売却)、【Ⅱ-7-7-2 】(定期売買の履行遅滞解除)等については、該当部分を参照。これらの規定の配置については、なお検討が必要である。
(8)強制競売における担保責任
【Ⅱ-8-36-1】(強制競売等における買受人の救済手段)
「強制競売」における買受人の権利については、権利の移転義務に関する不履行の場合と物の瑕疵を理由とする不履行の場合を区別することなく、統一的な救済手段を定めるものとしてはどうか。
具体的な効果について、現民法568条の内容でよいかどうかについては、さらに検討する。
〔関連条文〕 現民法568条、570条ただし書
【提案要旨】
1 現民法は、強制競売における担保責任について、権利の瑕疵型と物の瑕疵型を区別し、後者については、買受人の権利行使を否定し( 現民法570条ただし書)、前者について債務者に対する関係のほか、債務者が無資力の場合の配当を受けた債権者との関係(現民法56 8条2項)、物又は権利の不存在について債務者は競売を請求した債権者が悪意の場合の責任を規定している。
2 改正提案の下で、権利の瑕疵型と物の瑕疵型の間で現民法のような区別を維持するべきかどうか、また、買受人の救済手段が現民法と同一でよいかどうかについては、競売手続の実情も考慮してさらに検討が必要である。
(9)物の瑕疵に関する債務不履行責任と錯誤の関係
【Ⅱ-8-37】(物の瑕疵に関する錯誤)
売買の目的物に瑕疵があることを知らなかった買主が、要素の錯誤に当たることを理由として契約の無効を主張することができるかどうかについては、とくに規定を設けないものとする。
【提案要旨】
これまで、瑕疵担保責任と錯誤の関係については、判例・学説上、議論があったが、見解の一致を見ていない問題でもあり、従前と同様に解釈に委ねるものとする趣旨である。
(10)売主の責任に関する特則等 (10-1)新築住宅の売主の責任
【Ⅱ-8-38】(新築住宅の売主の責任)
新築住宅の売主に関する特別法上の規定を、民法の売買の中に取り入れるものとする。
【提案要旨】
現行規定における瑕疵担保責任の重要な例外の1つとして、住宅品質確保促進法に基づいて売主が負担する責任があるが、売主の責任に関する私法規定を民法の中に取り込むこととする趣旨である。
(10-2)債権の売主の責任
【Ⅱ-8-39】(債権の売主の担保責任)現民法569条1項・2項の規定を維持する。
〔関連条文〕 現民法569条
【提案要旨】
現民法569条は、債権の売主が債務者の資力を担保した場合に、一定の時期における資力を担保したものと推定するにとどまり、売主が債務者の資力を担保することについて契約当事者間において特別の合意をしていないかぎり、売主は債務者の資力に関して何ら責任を負うことはないと解される。そのような規定の意味があるかは疑問の余地もないではないが、現行規定は、債権の売主が債務者の資力を担保しないことが原則ルールであること、および資力を担保した場合の意思解釈規定としての意味を有するものであり、これを維持するものとした。
(10-3)売主の担保責任に関する特約
【Ⅱ-8-40】(担保責任に関する特約) 売主の債務不履行責任に関する一般規定として、現民法572条を維持する。 |
【Ⅱ-8-41 】( 消費者契約についての特則) |
消費者契約である売買契約において、消費者買主の権利を制限し、あるいは消費者売主の責任を加重する条項の効力について、特別規定を設けるものとする。
〔関連条文〕 現民法572条
【提案要旨】
1 現民法572条は、一般的に、売主が悪意であった場合、あるいは売主が自ら設定し、または第三者に譲り渡した場合を除いて、売主の担保責任を免除する合意は有効であるとする。本提案は、売主の債務不履行責任に関する一般原則としてこれを維持するとする趣旨である。もっとも、改正提案によれば、このような免責合意は、債務不履行責任に関する特約にほかならないから、売買契約の規定中に特別規定を設けるだけでよいかどうか、また、債務不履行責任一般についてのルールとして考える必要がないかどうか、さらに検討の余地がある。
2 消費者売買については、一般原則と異なる特則を設けることが必要かどうか、また、消費者契約や約款による不当条項規制との関係が問題となる。この点については、両者の調整を図る必要があり、さらに検討することとしたい。
(10-4)売主の責任と同時履行の抗弁
【Ⅱ-8-41-1】(売主の責任と同時履行)
現民法571条の定める同時履行の抗弁については、売主の責任に応じて準用の必要があるかどうかをさらに検討する。
〔関連条文〕 現民法571条
【提案要旨】
1 現民法571条は、買主が担保責任に基づいて解除、代金減額、損害賠償請求をする場合について、一方において買主が売主に対して代金の全部ないし一部や損害賠償請求をすることができるとともに、他方においてすでに受領した物の返還義務を負うことがあることから、両者の履行上の牽連関係を認めて、現民法533条の準用を認めるものであるが、現規定の準用が必要・十分であるかどうかについては疑問も少なくない。
2 同時履行関係を認める必要があるのはどのような場合か、解除権行使に基づく一般的効果としての原状回復関係とどのように異なるか等、さらに検討が必要と考えられる。
5.売主の引渡義務等
【Ⅱ-8-42】(売主の引渡義務)
物の売主は、買主に対して物を引き渡す義務を負うとする規定を設けることとする。
〔関連条文〕 新設
【提案要旨】
現行売買規定中には引渡義務を定めるxxの規定はないが、物の売主が引渡義務を負うことについては異論がなく、これを売主の義務であることを規定上も明らかにするという趣旨である。
Ⅳ 買主の義務
1.買主の義務(1)-代金支払義務
(1)代金支払義務規定の新設
【Ⅱ-8-43】(代金支払義務)
買主は、代金支払義務を負うとする規定を置くこととする。
〔関連条文〕 現民法555条
【提案要旨】
買主の一般的、かつ主要な義務の一つとして代金支払義務を負うことを、冒頭規定とは別個に定めるとする趣旨である。
(2)代金支払時期に関する推定
【Ⅱ-8-43- 1 】(代金支払時期)
現民法573条の規定を次のように改めるものとする。
(1) 売買目的物の引渡しについて履行期の定めがあるときは、代金の支払について
も同一の履行期を付したものと推定する。
(2) 前項の規定にかかわらず、売買目的物が不動産である場合において登記移転時期の定めがあるときは、代金の支払についても同一の履行期を付したものと推定する。
〔関連条文〕 現民法573条
【提案要旨】
目的物の引渡時期について定めがあるときは、代金の支払についても同一の履行期を定めたものと推定する現民法573条を原則として維持しつつ、不動産売買については、登記移転時期の定めがある場合、登記移転時と代金支払時期が同一であると推定する趣旨である。
(3)代金の支払場所
【Ⅱ-8-43- 2 】(代金支払場所)
現民法574条の規定を次のように改めるものとする。
(1) 売買の目的物の引渡しと同時に代金を支払うべきときは、代金の支払場所は引
渡しの場所と同一であるものと推定する。
(2) 前項の規定にかかわらず、代金の支払がなされる前に目的物の引渡しがなされたときは、代金の支払場所は民法484条の原則にしたがう。
〔関連条文〕 現民法574条
【提案要旨】
目的物の引渡しと代金支払が同一の時期になされるべきときは、その履行地についても、引渡しの場所であるという推定を現民法574条と同様に認めつつ、すでに目的物の引渡がなされた場合には、もはやその推定が及ばないことを明らかにする趣旨である。
(4)利息と果実
【Ⅱ-8-43- 3 】(代金の利息と果実収取権)
現民法575条の規定を改め、果実の帰属に関するルールと代金の利息に関するルールをそれぞれ独自に規定するものとする。具体的には、以下のようなルールを置くものとする。
(1) 売買目的物の果実収取権は売主が買主に対して引渡しをなすべき時に買主に移
転する。
(2) 買主は、代金支払義務の履行期から利息を支払う義務がある。
〔関連条文〕 現民法575条
【提案要旨】
果実と代金利息を等価的な関係にあると見ることを前提とした現民法575条を修正し、それぞれ独自のルールを定めようとするものである。
(5)代金支払拒絶権
(5-1)第三者からの権利主張
【Ⅱ-8-43- 4 】(代金支払拒絶権)
現民法576条を以下のような趣旨に改めるものとする。
売買契約の目的について、買主の権利取得と相容れない主張がなされ、買主が権利
の取得を疑うべき相当の理由がある場合には、買主は売主に対して、その危険の程度に応じて代金の全部または一部の支払いを拒絶することができる。ただし、売主が買主に対して相当の担保を提供したときは、この限りでない。
〔関連条文〕 現民法576条
【提案要旨】
現民法576条は、買主が取得した権利を追奪される場合を想定した規定ぶりとなっているが、担保責任を債務不履行責任に再編成し、売主がその債務の履行をしていないと疑うべき相当の理由がある場合に、不安の抗弁権に類似する代金支払拒絶権を認めようとするものである。もっとも、不安の抗弁が先履行義務を負う債務者に限られないとする提案【Ⅰ
-6-2】によって、本提案の事態も包含されるのであれば、それとは別個に本提案を条文化することは不要である。
(5-2)抵当権の場合の特則
【Ⅱ-8-43- 5 】(抵当権が存する場合)
現民法577条1項を以下のような趣旨に改めるものとする。
買い受けた不動産について抵当権の登記があり、かつ、売買契約において抵当権の
存在を考慮することなく代金が決定されていたときは、買主は、抵当権消滅請求の手続が終わるまで、その代金の支払を拒むことができる。( 以下、現行規定と同文)
〔関連条文〕 現民法577条
【提案要旨】
抵当権が付着している不動産売買の実態に即して、提案【Ⅱー8-22】に対応させて規定を改め、抵当権の付着した不動産の売買において、とくに抵当権の存在を考慮しないで代金を決定したという例外的な場合について、現民法577条の適用を認めるという趣旨である。
(6)代金供託請求権
【Ⅱ-8-43- 6 】(代金供託請求権) 現民法578条を維持する。
〔関連条文〕 現民法578条
【提案要旨】
2. 買主の義務(2)-受領義務
【Ⅱ-8-44 】( 目的物の受領義務) 物の買主は、目的物の受領義務を負うとする規定を置くものとする。 |
〔関連条文〕 新設
〔関連提案〕 【Ⅰ-9-2 】、【Ⅰ-9-2】
【提案要旨】
1 第1準備会提案【Ⅰ-9-2】は、債権者が受領義務を負う場合に、その義務違反について債務不履行に基づく損害賠償や解除の効果が生じる旨の一般規定を置いているが、具体的にどのような場合に受領義務が生じるかを直接規定するものではない。本提案は、売買契約において、目的物を受領することが買主の主たる義務の一つであることを明示し、その義務違反の効果については、債権一般に関する受領義務違反の問題にゆだねるものとする趣旨である。
2 目的物の受領義務を認めることと関連して、とくに登記の引取義務を認めるべきかどうかが問題となる。【Ⅱ-8-3 】は、売主が買主に対抗要件を具備させる義務を負うものとしているが、買主が目的物を受領しないことが義務違反に当たるとすれば、登記の引取を拒絶することも義務違反に当たると解する余地がある。しかし、対抗要件制度の趣旨が、対抗要件を取得すれば第三者にも権利を対抗することができるという点にあることからすると、そのような有利な地位を望まない買主に対抗要件を具備することを一般的に義務として課することは疑問である。当事者の合意や契約の趣旨にしたがって個別にそのような義務を負わせることはもちろん可能であるが、原則として引取義務を負うとすることは不要であると考えられる。
Ⅴ 危険の移転
1.危険の移転時期
【Ⅱ-8-45】(危険の移転) 売買契約において、目的物の滅失・損傷が生じた場合に、買主が契約を解除することができるかどうかについて以下のような規定を置くものとする。 (1) 売主が目的物を買主に引き渡す前に目的物が滅失・損傷したときは、買主は 契約の重大な不履行を理由として契約を解除することにより、代金支払義務を免れることができる。ただし、当事者が別段の定めをしたときはこのかぎりでない。 (2) 売主が目的物を買主に引き渡した後に目的物が滅失・損傷したときは、それが売主の契約の重大な不履行に当たる場合でも、買主は契約を解除することができない。ただし、当事者が別段の定めをしたとき、または、目的物の滅失・損傷が目 的物の瑕疵を原因とするとき、もしくは売主の義務違反によるときはこのかぎりでない。 |
【Ⅱ-8-46】(瑕疵ある目的物の滅失・損傷) 売買契約に基づいて引き渡された目的物に瑕疵があり、当該目的物の滅失・損傷が生じた場合について、以下のような規定を置くものとする。 (1) 買主に引き渡された物に瑕疵があったときは、それ以後に目的物に滅失・損傷が生じた場合においても、買主は履行請求権を失わない。ただし、目的物の性質上、買主が他の目的物の引渡を請求することができないときは、このかぎりでない。 (2) 買主が、(1)本文にしたがい履行請求権を行使する場合、買主は瑕疵ある目的物の滅失 ・損傷によって生じた減価について、価額返還義務を負う。ただし、目的物の滅失・損傷が物の瑕疵に基づく場合、または、買主が目的物の瑕疵を発見し、その引取を催告したにかかわらず、売主がこれに応じなかった場合において、買主の義務違反に基づかずに滅失 ・損傷が生じたときは、このかぎりでない。 (3) 買主は、履行請求権を放棄することにより、(2)の価額賠償義務を免れることができる。 |
【Ⅱ-8-47】(瑕疵を理由とする救済手段) 【Ⅱ-8-46】(1)但書きの場合、または同(3)にしたがって、買主が履行請求権を放棄する場合、買主は瑕疵を理由として代金減額請求または損害賠償請求をすることを妨げられない。 |
〔関連条文〕 新設
〔関連提案〕 【Ⅰ-8-4】
【提案要旨】
【Ⅱ-8-45】は、売買契約において、目的物の引渡時を基準として、それ以後に目的物が滅失・損傷した場合、買主は原則として契約を解除することができないとするものである。
また、【Ⅱ-8-46】及び【Ⅱ-8-47】は、瑕疵ある物が引き渡され、その物が買主の下で
滅失・損傷した場合について、買主が有する履行請求権には原則として影響がないこと、しかし、瑕疵ある目的物の滅失・損傷について価額返還義務を負う買主は、履行請求権を放棄することにより価額返還義務を免れること、この場合において、代金減額請求権や損害賠償請求権の行使が可能であることを明らかにするものである。
2.受領遅滞による危険の移転
【Ⅱ-8-48】(受領遅滞による危険の移転) 売主が目的物を買主に提供したにかかわらず、買主がこれを受領せず、その後に目的物の滅失・損傷が生じた場合については、危険負担ないし解除の一般規定に委ねるものとしてはどうか。 |
〔関連提案〕 【Ⅰ-9-1】
【提案要旨】
受領遅滞の効果として認められる危険の移転については、【Ⅰ-9-1】が一般原則を定めており、これに委ねるとする趣旨である。
Ⅵ 特殊な売買
1. 買戻し 1-1. 総論
(1)担保目的の有無による区別
【Ⅱ-8-49 】( 担保目的を有しない買戻特約等)
売買契約と同時に、買戻特約、再売買予約等の合意(目的物再取得特約)がなされ、売主が買主に売却した目的物を将来取り戻すことができる権利を有する場合について、担保目的を有しない特約と担保目的を有する特約を区別し、前者については一定のルールを売買中に規定するとともに、後者についてはxxの規定を適用しないものとする。
【提案要旨】
担保目的でなされる買戻特約や再売買予約等については、譲渡担保型のルールに一元化することとし、売買においては、担保目的を伴わない買戻特約や再売買予約について規定を置くものとしてはどうかという趣旨である。
(2)買戻特約とその他の目的物再取得特約との関係
【提案内容】
【Ⅱ-8-50 】( 返還義務の範囲に関する推定)
買戻特約における売主の返還義務の範囲に関する制限を、推定規定として置くものとする。
〔関連条文〕 現民法579条
【提案要旨】
現民法の買戻特約は、約定解除権の留保という形式を通じて、売主の返還義務の範囲について強行法的に制限を加えているのに対して、これを推定規定に改める形で規定を存置するという趣旨である。
1-2. 個々の規定の修正提案
(1)買戻特約(現民法579条)
【Ⅱ-8-51 】( 買戻特約)
現民法579条を以下のように改める。
不動産売買契約の当事者が、売買契約と同時に買戻の特約をしたときは、売主は、買主が支払った代金及び契約の費用を返還して、売買契約を解除することができる。ただし、別段の定めがある場合にはこのかぎりでない。 |
【Ⅱ-8-51- 1 】(買戻特約以外の形式による再取得特約) 買戻特約に関する規定が、担保目的を有しない他の形式の目的物再取得特約についても適用があるとする一般規定を置く。 |
〔関連条文〕 現民法579条
【提案要旨】
1 【Ⅱ-8-51】は、【Ⅱ-8-50】にしたがって、現民法579条を改めるという趣旨である。
2 また、買戻特約という形式に限らず、買主が目的物の占有を取得するとともに、一定の要件の下で売主が目的物を再取得することができる特約の付された売買(例、担保目的を有しない再売買予約)については、担保目的を有するものでないかぎり、買戻特約に関する規定の適用を認めることとするのが【Ⅱ-8-51- 1】の趣旨である。
(2)買戻特約の期間(現民法580条)
【Ⅱ-8-52 】( 買戻特約の期間) 現民法580条の規定を維持する。
〔関連条文〕 現民法580条
【提案要旨】
買戻期間について、現行規定どおりに10年とする。期間制限を設ける趣旨は、買戻特約という形式を採らない目的物再取得特約についても同様に妥当するが、この点については、
【Ⅱ-8-51-1】の規定によって10年の期間制限が及ぶことになる。
(3)買戻特約の対抗力( 現民法581条)
【Ⅱ-8-53 】( 買戻特約の対抗力)
現民法581条第1項を以下のように改める。
(1) 売買契約と同時に買戻しの特約を登記したときは、売主は第三者に対しても、
買戻しを対抗することができる。
* 第2項を以下のように改めることも考えられる。
(2) 買戻特約の登記後、買主との間で目的不動産につき賃貸借契約を締結した者は、売主が買戻特約に基づいて解除権を行使した場合、解除のときから6ヵ月経過するまでは、不動産を売主に返還することを要しない。
〔関連条文〕 現民法581条
【提案要旨】
1 買戻特約について、現行規定は効力を生ずるとする表現を用いているが、特約の登記が第三者対抗要件であるとする趣旨をより明確にした。
2 *の提案は、抵当権と短期賃貸借に関する旧395条の廃止と明渡猶予に関する新395条の趣旨を、買戻特約に劣後する賃借人にも及ぼすという趣旨である。もっとも、買戻特約等が付されている場合であっても、買主は所有者として目的物の使用収益権能があり、その行使として賃貸借契約を締結することもできるのであり、これを重視するときは、抵当権と賃貸借の関係とは異なって、特約の登記に劣後する賃借人も一定の期間は賃借権を対抗することができるとする現行規定を維持することが考えられる。
(4)買戻権の代位行使( 現民法582条)
(5)買戻しの実行(現民法583条)
(6)共有持分の買戻し( 現民法584条~ 585条)
【Ⅱ-8-53- 1 】(準用規定) 現民法582条~ 585条を維持する。
〔関連条文〕 現民法582条~ 585条
【提案要旨】
1 債権者代位権制度を維持することを前提とすれば、現民法582条を維持するとして酔いのではないか。売主の債権者としてどのような者が考えられるか、とくに買主が売主の債権者として代位行使ができるかは問題となるが、これらは同条の解釈問題として処理すれば足りる。
2 現民法583条は、買戻の実行のために代金等の提供が必要であるとするものであり、その他の形式による特約を含めて、現行規定どおりとすることが適切である。
3 現民法584条・585条については、実際上の必要性に乏しいという指摘もあるが、とくに削除すべき理由はないと考えられる。
2. その他の特殊の売買
現民法は、特殊の売買として買戻しのみを規定するが、これ以外の類型について規定を置くべきかどうかが問題となりうる。
2-1. 見本売買
見本売買とは、目的物が備えるべき品質・性能・数量等について見本が存在し、その見本にしたがって目的物の瑕疵の存否が判断される場合である。これは、結局のところ、瑕疵の存否の判断に帰着する問題であり、目的物が備えるべき品質・性能・数量等の表示の一態様にすぎないと考えられる。そうだとすれば、これについて特別規定を設ける必要はないのではないか。
2-2. 試味売買(試用売買)
【提案内容】
【Ⅱ-8-54 】( 試味売買) いわゆる試味売買について、以下の内容を含む特別規定を新設してはどうか。 (1) 売買契約を締結しようとする当事者が、契約締結の前に買主が目的物を試用することができることを合意したときは、売買契約は、買主が目的物試用後に承諾の意思表示をしたときに成立する。 (2) 売主は、買主が売買契約を承諾しなかった場合において、目的物の試用によって被った損害の賠償を買主に請求することができない。ただし、買主に故意または重大な義務違反があった場合にはこのかぎりでない。 (3) 当事者が、買主が目的物の試用後に承諾するかどうかを通知する期間を定めていなかったときは、相当期間の経過により、承諾の拒絶があったものとみなす。 |
〔関連条文〕 新設
【提案要旨】
いわゆる「試味売買」(ただし、この用語法については検討の余地がある)においては、売買契約がどのようにして成立するか、また、目的物を試用した場合に、いつまでに承諾ないし承諾の拒絶を行う必要があるか、この通知を怠った場合にどのような効果が生ずるかなどを規定しておくことが望ましく、これらに関する規定を新設する趣旨である。
なお、立法例によっては、買主となる可能性のある者が試用のために提供された目的物を占有している場合には、承諾するか否かの催告期間の徒過により承諾が擬制されるとする例もあるが、そのような原則は試用者の危険を高めるものであり、本提案ではそれを採らないこととした。
2-3. 割賦販売
消費者契約に関する特別法をどこまで民法に取り込むかという問題に関わるが、割賦販売に関する法規制は、売買に限られないこと、信用供与機関との関係についても規定を置
くことが必要であること、私法的な規制と業法的な規制とが併存していること等を考慮すると、民法の中にそれらの規定を取り込むことには困難が大きいと考えられる。
2-4. 先買権
先買権について、民法中に一般規定を置く立法例もあるが、現民法にはこのような規定がなく、わが国では、一定の行政目的にしたがって、地方公共団体や公共事業の執行者等に対して、土地を売却しようとする売主に対して先買権を行使することができるとする規定( 都市計画法67条参照) が置かれている。
現時点において、これを一般化して民法の規定中に取り込む必要性は乏しいと考えられる。
<第2章 交換>
【Ⅱ-8-55 】( 交換の定義) 現民法586条を、売買と同様に定義規定の形式に改め、たとえば以下のような規定とする。 「交換は、当事者の双方が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転する義務を負う契約である。」 |
〔関連条文〕 現民法586条
〔関連提案〕 【Ⅱ-7-16】等
【提案要旨】
現民法586条を、効力規定の形式から定義規定の形式に改める趣旨である。