CONTENTS
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御池ライブラリー
2022/10 No.56
CONTENTS
特 集 1 電子契約について
1 電子契約とは | 客員弁護士 | xxxxx | 1 |
2 電子契約のメリット・デメリット | 弁護士 | xx xx | 0 |
3 電子署名法 | 弁護士 | xx xx | 5 |
4 電子契約等が困難な場合 | 弁護士 | xx xx | 8 |
特 集 2 デジタル・プラットフォームと消費者保護3
1 デジタル・プラットフォーム提供者の契約責任
─欧州連合司法裁判所のウーバー・テスト及びELIモデル準則を参考として | 弁護士 | xxxxx | 10 | ||||
2 デジタル・プラットフォーム(DPF)による不xxな取引についての独占禁止法による規制 | 弁護士 | xx xx | 12 | ||||
会 | 社 | 法 | 裁判例から考えるカスタマーハラスメント対策について | 弁護士 | xxxxx | 16 | |
会 | 社 | 法 | 企業に求められる性的マイノリティ当事者への対応 | 弁護士 | xxxxx | 17 | |
損 | 害 保 | 険 | 損害保険会社の行う「示談代行」について | ||||
─東京地裁立川支部判令和2年1月15日及びその上訴審判決・自保ジャーナル2102号165頁 | 弁護士 | xx xx | 20 | ||||
著 | 作 x | x | TRIPs協定の3ステップ・テストとアメリカ著作xx | ||||
110条5項について | 弁護士 | xx x | 22 | ||||
独 | 占 禁 止 | 法 | 「ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査報告書」について | 弁護士 | xx xx | 26 | |
不正競争防止法 会社貸与のスマートフォン内の取引先・顧客情報が 「営業秘密」に該当しないとして無罪が言い渡された事例 | |||||||
─津地裁令和4年3月23日判決 | 弁護士 | xx | xx | 29 | |||
個人情報保護法 | 前科情報が記載されたツイートの削除請求 | ||||||
─令和4年6月24日最高裁判決 | 弁護士 | xx | xx | 32 | |||
家 族 法 | 婚姻費用と財産分与の合意の効力等について | ||||||
~近時の裁判例を中心に~ | 弁護士 | xx | xx | 36 | |||
家 | 族 | 法 | 離婚時の住宅xxxの処理 | 弁護士 | 三⻆xxx | 39 | |
消 | 費 者 | 法 | 消費者契約法の令和4年改正と課題 | 弁護士 | xxx x | 40 |
御池総合法律事務所
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特 集 1 電子契約について
1 電子契約とは
客員弁護士
xxx xx
1 電子契約とは客員弁護士
xxx xx
X1-1
今まで紙の契約書で締結してきた契約を電子データ上のやりとりで行うことは可能ですか。
A1-1
紙の契約書を作成することなく、電子データ上のやりとりによって契約を締結することが可能です。
解説
法律上、契約は、原則として、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(申込み)に対して、相手方がこれを承諾したときに成立し(このように当事者の合意だけで契約が成立することを「諾成主義」という。民法522条1項)、法令に特別の定めがある場合を除き、口頭、書面の作成などの締結方法は問わない
(契約自由の原則の一内容である「方式の自由」。同条 2項)。したがって、法令で書面の作成等が義務づけられている一部の類型を除き、電子データ上で申込みとこれに対する承諾を行うことにより契約を成立させること(電子契約の締結)も可能である(電子契約によることができない場合についてはQ4-1参照)。
しかし、法令によって書面の作成が要求されていない場合でも、従来から、実際の取引、特に、企業間取引、不動産取引、金融機関による貸付等においては、契約書(書面)を作成してそこに署名したり記名押印をすることが通例であった。これは、①契約意思の確認
(真意性の確保)、②軽率な契約締結の防止、③契約内容の明確化、④後に紛争が生じた場合の証明機能(この点についてはQ1-3参照)などの契約書の機能が考慮されてのことである。このようなことから、これまで書面によって契約を締結していた分野の取引については電子契約の普及が遅れていたが、電子契約のメリット(Q2-1、Q2-2参照)についての理解が進み、一方で、電子署名及び認証業務に関する法律その他の関連法規の制定(Q3-1参照)、書面作成や押印を不要
とする領域の拡大(Q4-3参照)などの法的環境の整備、電子署名・電磁的記録の偽造・改ざん防止等の技術的基盤の整備などの進展を背景に、働き方改革、リモートワークの推進といった社会的要請にも後押しされて、多くの企業において、これまで契約書が作成されてきた類型の契約についても電子契約の利用が拡大しつつある。
Q1-2
電子契約とはどのようなものをいうのですか。
A1-2
電子契約とは、xxでは、電子データ上のやり取りによって締結する契約一般を指しますが、狭義では、このうちの契約当事者が電子署名等を用いて締結する電子契約を指します。
解説
電子契約は、xxでは、口頭でもなく書面でもなく、電子データ上で申込みと承諾の意思表示のやり取りをすることによって締結する契約のことをいう。このような電子契約は、インターネットのウェブサイトで買い物をする場合(ネット通販等)など、既に広く行われている。一方、Q1-1で述べたとおり、合意の明確化が必要な取引であったり、金額が大きく慎重を期するような契約などの一定の重要な契約については、契約書の機能が重視され、契約書に署名又は記名押印をする方式が依然として多くを占めていた。しかし、近年は、これらの契約についても、契約当事者が電子署名等を用いて締結する電子契約(この場合、契約書に代わるものとして電磁的記録が保存される。)が利用されるようになっており、これが狭義の電子契約と呼ばれるものである。現在、企業で導入が検討されているのは、このタイプの電子契約である。
Q1-3
電子契約は、紙の契約書を作成して行う契約と効力に違いはあるのですか。また、電子契約で取引をした場合、後になって相手方との間で契約は締結していないとか契約の内容が異なるなどという紛争が生じたときに、十分に対応することは可能ですか。
A1-3
電子契約による場合と紙の契約書による場合とで法的効力の面で違いはありません。また、電子契約の場合でも、後になって相手方との間で合意の有無や契約内容等について争いが生じても、紙の契約書を作成したときと同様の対応が可能です。
解説
電子契約については、基本的に、紙の契約書によってなされた契約(書面契約)とまったく同様の法的効力が認められる(Q1-1参照)。例えば、商品の売買契約について、紙の契約書によって契約した場合でも、電子契約によった場合でも、売買契約の効力(売主の商品引渡義務と買主の代金支払義務の発生)は同じである。
このように電子契約と書面契約とで法的効力に差はないにもかかわらず、重要な取引については、電子契約は選択されず、従来どおりの契約書を作成して署名又は記名押印(特に慎重を期する場合は、実印を押印して印鑑登録証明書を添付する運用が行われる。)する締結方法がとられることが多かった。これは、Q1-1で述べた契約書の機能が考慮されてのことであるが、そのうちの契約書の証明機能は特に重要なものと考えられてきた。それは、後日、相手方との間で、自分は契約していないとか、契約内容が異なるなどの争いが生じた場合、以下のとおり、契約書には証拠として高い価値が認められる上、押印がなされていることによる立証負担の軽減(「二段の推定」)が認められているからである。
まず、契約書は、処分文書(証明すべき法律上の行為がその文書によって行われたことを示す文書。「処分証書」ともいう。)であり、その「成立の真正」(意味は後述のとおり)が認められると、当事者が契約書に記載された法律行為をしたこと(すなわち、契約書に記載された内容で合意をしたこと)が認められる。このように、成立の真正が認められた契約書については、訴訟において高い証明力(「実質的証拠力」とか「証拠価値」ともいう。)が認められる。
次に、民事訴訟において、契約書等の文書を証拠として提出する場合は、当該文書が作成者の意思に基づいて作成されたこと(文書が真正に成立したこと)が必要とされる(民事訴訟法228条1項)。そして、その立証の負担を軽減するため、契約書等の私文書については、本人の署名又は押印があるときは、成立の真正が推定される(同条4項)。ここでいう本人の押印があるときとは、本人の意思に基づいて押印されたことを意
味するところ、押印された印影が本人の印章(ハンコ)によって顕出されたものと認められるときは、反証のない限り、その印影は本人の意思に基づいて顕出されたもの(真正に押印されたこと)が事実上推定される
(最判昭39.5.12民集18巻4号597頁等)。これは、印章は大切に保管されているのが通常であるので、文書に本人の押印がされているということは、本人の意思に基づいて押印されたものである(無断で他人が押印したとは考えにくい。)という経験則が働くからである。こうして、契約書に本人の印章による印影の顕出があるときは、押印が本人の意思に基づくものと事実上推定され(一段目の推定)、その結果、同条4項により、当該契約書の成立の真正、すなわち、当該契約書は本人の意思に基づいて作成されたものと推定される(二段目の推定)。
上記のとおり、従来は、契約書の証明機能が重視されてきたが、電子契約の場合でも、訴訟上、電子契約が記録された電磁的記録は当然に証拠として取り扱われるところ(証拠方法の無制限)、所定の要件を満たした電子署名について電磁的記録の成立の真正が推定される(さらに、認定認証事業者による認定認証がされた電子署名については、実印による押印プラス印鑑登録証明書添付と同等の効力が付与される。)(Q3-1、 Q3-2、Q3-4参照)。このように、電子契約についても、契約書を作成した場合と遜色のない取扱いがなされるようになっており、したがって、電子契約によったとしても証明機能の点で問題はないといえる。
Q1-4
電子契約にはどのような種類がありますか。
A1-4
どのような電子署名方式をとるかによって、契約当事者が自ら電子署名を行うタイプの当事者署名型電子契約と、事業者が電子契約サービスの提供として電子署名を行うタイプの事業者署名型電子契約があります。解説
電子契約には、契約当事者が自ら電子署名を行うタイプの当事者署名型電子契約と、事業者が電子契約サービスの提供として電子署名を行うタイプの事業者署名型(「第三者認証型」ともいわれる。)電子契約があり、従来は当事者署名型電子契約が主なものであったが、近年、電子契約サービスを提供する業者が増加し、当事者署名型電子契約による場合よりも利便性に優れた多種多様なサービスを提供するようになったこ
とから、事業者署名型電子契約の利用が増えている
(電子署名についてはQ3参照)。
2 電子契約のメリット・デメリット弁護士
xx xx
xx、電子契約については、取引の相手方が誰であるかという観点から、「クローズド型」と「オープン型」とに分類されることがある。クローズド型の電子契約は、契約を締結する相手方が既知の者(例えば、実績のある取引先)である場合であり、本人性や権限の有無等について必ずしも厳格な確認を必要としないケースである。これに対し、オープン型の電子契約は、契約を締結する相手方が既知の者でない場合であり、高リスク取引として、本人性や契約締結権限等について厳格な確認が要求される(Q2-1の2(2)参照)。この分類は、取引リスクの大小に応じて、本人確認の手段・程度、当該取引を行う権限の調査・確認方法、これらの情報の記録・保存の程度・方法、利用すべき電子署名・電子契約サービス(Q3-2、Q3-3参照)等を検討する上で参考になる。
2 電子契約の
メリット・デメリット
弁護士
xx xx
X2-1
弊社は、運送事業を営む会社ですが、このたび新たな顧客との間で、xxの運送契約を締結することになりました。そこで、弊社としては、これまで同様、運送契約書を締結しようとしたのですが、取引先から、契約にあたって、紙の契約書を作成するのではなく、電子契約で締結したいとの提案がありました。電子契約には、どのようなメリット、デメリットがあるのでしょうか。
A2-1
メリットとしては、①業務の効率化、②コスト削減、③コンプライアンスの強化といったものが挙げられます。一方、デメリットとしては、①貴社における社内調整の困難さ、②相手担当者の契約締結権限の有無を確認するのが困難であるといったことが考えられます。
解説
1 メリットについて
(1)紙を用いた契約書の場合
紙の契約書を締結する場合、合意内容を条項化した契約書を印刷して製本する必要がある。これには、紙代やインク代、当該作業を行う者の人件費等を要する。
その後、製本された契約書に、双方当事者が、割印等含めて必要な箇所に記名・押印を行い、契約書を完成させる。この際、当事者が現実に立ち会って締結するのであれば、契約権限を有する者が、日時場所を調整する必要がある。一方、郵便にて契約書を取り交わすのであれば、相応の時間が必要になる。
そして、完成した契約書は、物理的に保管しなければならず、秘密性の高い内容であれば、保管方法にも細心の注意を払わなければならない。
以上のとおり、紙の契約書を締結する場合には、一定の手間・時間及び費用がかかる。
(2)業務の効率化
電子契約の場合、電子データのやり取りによって契約締結が可能であることから、契約書の印刷、製本等の作業は不要となるし、即時の締結も可能であるため、契約締結までの時間を短縮化することが可能である。
また、電子データであることから、物理的な保管場所の確保は不要である。
更に、契約内容を電子データで管理できることから、契約内容について単語検索や社内の管理ソフト等との連携が可能となる。そのため、これらを用いることで契約内容の確認・管理が容易である。
その他、昨今の社会情勢下で利用が拡大しているリモートワークでの対応も容易である。
このように、電子契約では、業務の効率化が可能となる。
(3)コスト削減
電子契約の場合、印刷に要する紙代、インク代は不要である。また、契約書の作成や取り交わしに要する人件費の削減も可能であるし、郵便にて契約書を取り交わす際に要する郵便費用等が節約できる。
また、契約書が電子データであるため、紙の契約書よりも、保管、管理が容易であり、これらの費用も削減できる。
そして、最も大きなコスト削減として、印紙税が不要となる。この点は後述する。
(4)コンプライアンスの強化
電子契約の場合、電子データであることから、データへのアクセス権限を限定することによって、紙の契約書に比べて、契約の取扱者や管理者を限定することが容易である。また、電子契約は、適切な管理をしている場合、改ざんが困難である。
このことから、電子契約の場合、紙の契約書を締結する場合に比べ、コンプライアンスを強化することが可能である。
2 デメリットについて
(1)調整の困難さ
デメリットとして考えられるのは、まずは、締結に至るまでの調整の困難さである。
電子契約は、契約当事者のいずれもが、紙の契 約書の締結とは異なる方法を採用する必要がある。そのため、まずは、自社において、電子契約締
結のための業務フローを整える必要がある。これまでの業務フローとは大きく異なることから、新たに業務フローを作成することは大変な手間となる。ただし、一旦業務フローが完成すれば、以降はむしろ効率化が図れると思われる。
一方、取引の相手方については、相手方が電子契約に適した業務フローを有しているとは限らず、常に確認・調整が必要となり、この点の負担は大きい。
(2)権限の有無等の問題
紙の契約の場合、契約締結する者が締結権限を有しているかどうかについては、印鑑等を用いて判別するのが一般的であったが、電子契約の場合、電子データのやり取りのみであるから、担当者に契約締結権限があるかどうかがわからない。また、新規取引を締結する場合には、そもそも 相手方の名前を騙った第三者が不当に利益を得よ
うとしている可能性もある。
そのため、紙の契約に比べて、契約締結権限の有無については、確認を慎重にすべきといえる。特に新規契約を締結する場合には、一層慎重に行わなければならない。
(3)電子契約が許されない場合
なお、設問とは直接関係ないが、電子契約が許されない場合がある。電子契約を締結したくてもできないという点ではデメリットといえる。詳細
はQ4-1を参照されたい。
Q2-2
電子契約のメリットの一つに、印紙税が不要になることが挙げられていましたが、電子契約の場合には、契約書に収入印紙を貼り付ける必要はないのですか。
A2-2
電子契約は、現時点で、印紙税法の課税文書にあたらないと考えられています。そのため、電子契約は非課税であり、収入印紙を貼り付ける必要はありません。解説
印紙税を納める義務がある文書について、印紙税法第3条1項では、「別表第一の課税物件の欄に掲げる文書のうち、第五条の規定により印紙税を課さないものとされる文書以外の文書(以下「課税文書」という。)の作成者は、その作成した課税文書につき、印紙税を納める義務がある」として、課税文書を「作成」した場合に、作成者が印紙税を納める義務があると定められている。
この「作成」について、印紙税法上規定はない。しかし、印紙税法基本通達第44条1項では、「法に規定する課税文書の『作成』とは、単なる課税文書の調製行為をいうのでなく、課税文書となるべき用紙等に課税事項を記載し、これを当該文書の目的に従って行使することをいう」と定められている。そして、同条2項では、「課税文書の『作成の時』とは、次の区分に応じ、それぞれ次に掲げるところによる。」として、契約書といった「相手方に交付する目的で作成される課税文書」については「当該交付の時」とされている。
そのため、上記通達によると、契約書の「作成」とは、紙の書面に記載して、記載された書面を交付することをいうと解されることになる。
電子契約の場合、電子データはそもそも紙ではないため、紙の書面に記載ということが観念できないし、データを送信するものの交付しているわけではない。このような解釈によって、電子契約では、印紙税法 における課税文書を作成していない、と解されている
ことから、課税されていないのである。
現在、国税庁も当該見解に立っているが、通達である以上、あくまでも行政庁の解釈に基づき非課税の運用がなされているにすぎない。
今後、電子契約の利用状況等社会情勢の変化によって、行政庁の解釈が変更される可能性があり得るため、注意を要する。
Q2-3
紙の契約書の場合、作成者の印鑑による押印がなされていれば、当該契約書は真正に成立したと推認されるとされています。そのため、作成者の印鑑による押印があれば、当事者間で、契約書記載の合意があったとして、トラブルが回避できていた面がありました。電子契約を締結した場合、この点はどうなるのでしょうか。
A2-3
電子契約でも、電子署名及び認証業務に関する法律の第3条の要件を満たせば、紙の契約書と同様に、成立の真正が推定されます。ただし、電子契約であっても、契約は申込みと承諾の一致によって成立しますので、上記要件を満たさなくても、その他の方法によって成立の真正を立証することは十分可能です。
解説
紙の契約書の場合、二段の推定によって、契約書は真正に成立したと推認される(詳細はQ1-3参照)。電子契約でも同様の効果を及ぼすため、電子署名及び認証業務に関する法律第3条の定めがあり、当該要件を満たせば、契約の成立の真正が推定される(詳細はQ3
-4参照)。
当該推定が及ばない文書であっても、以下の事実を立証する方法によって電子契約の成立の真正を立証することが可能である。
例えば、①契約締結に至る交渉経緯を示した電子メール等の内容、②そのような内容の契約を、当該電磁的記録によって締結することが合理的であること、
3 電子署名法弁護士
xx xx
③契約締結に用いられた電子メールアドレスが契約の相手方によって利用されていたものであること、などが考えられる。
3 電子署名法
弁護士
xx xx
Q3-1
電子署名について我が国では電子署名法が定めていると聞きました。どのような法律なのでしょうか?
A3-1
正式には、「電子署名及び認証業務に関する法律」と言います。電子署名に関して真正な成立が推定される要件を定め、その円滑な利用の確保による情報の電磁的方式による流通や情報処理の促進を図ることを目的としています。
解説
電子署名及び認証業務に関する法律(以下「電子署名法」という。以下単に条文を引用した場合は同法の条文を指す。)は、電子署名の定義を明らかにするとともに、電磁的記録による場合であっても、紙の契約書に署名・押印を行った場合と同様にその成立の真正が推定される(A1-3)ための要件を定めた(詳細はQ3- 2、Q3-4)。
また、真正な成立の推定を受けるためには、電子署名が本人だけが行うことができることとなるものに限られるが、その特定認証業務に関する認定の制度その他必要な事項を定めている。
特定認証業務は、電子署名及び認証業務に関する法律施行規則(以下単に「規則」という。)で定める基準に適合するものについて行われるが、これを行おうとする者は主務大臣の認定を受けることができ、一定の基準を満たして認定を受けた事業者は認定認証事業者となる。
認定認証事業者は、認定の基準(6条)に適合する必要があり、規則においてその詳細が定められている。業務設備(規4条)、利用者の真偽の確認(規5条。例えば戸籍謄本と印鑑登録証明書などによる本人確認。)の他、詳細な業務の方法(規6条各号)に関して基準が定められており、その結果、認定認証事業者による認定認証がされた電子署名による電磁的記録には、紙の契約書における実印と印鑑登録証明書の添付が行われた場合と類似するような、非常に高い証明力が与えられる。
Q3-2
電子署名とは何ですか?どのように定義されているのでしょうか?
A3-2
電磁的記録*に記録することができる情報について行われる措置であって、①当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すものであり、かつ②当該情報について改変が行われていないかを確認することができるものを言います(2条1項)。
* 電磁的記録=電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるもの。
解説
電子署名法上の電子署名は、電磁的記録の内容がある人の作成にかかるものであることを示し、改変されていないことを確認できるようにするための措置を言う。例えば、プリントアウトした文書の末尾に署名を施すことによって、その文書が署名者の作による原本であることを示すように、電磁的記録に対して行う措置が電子署名であり、デジタル庁のHPでは端的に「電磁的記録に記録された情報について作成者を示す目的で行う暗号化等の措置で、改変があれば検証可能な方法により行うもの」*と説明されている。
文書上の署名においては、原本が存在し、筆跡など特定の人物と署名の同一性を確認する手段が一定存在しているのに対し、単に電子データに氏名が記載されているにすぎない場合は、改変されているか否かが確認できないし、筆跡のような同一性を確認する手段も当然には存在していない。
電子署名法においては、利用者の求めに応じて、当該利用者が電子署名を行ったものであることを確認するために用いられる事項(例えば公開鍵暗号方式における公開鍵)が当該利用者に係るものであることを証明する業務(=「認証業務」)も規定されている(2条2項)が、この「認証がされた電子署名」においても、その利用者が電子署名を行っているという範囲での確認は行えるが、その利用者が特定の人物であることの身元の確認まで求められているわけではない。
そのため、これらの要件を満たす電子署名が行われていたとしても、紙の場合でいえば、どこにでも売っていて誰もが購入できる印の印影があるだけのようなもので、何もないよりは信用性は増すことになるものの、それだけでは、電子署名が行われた電磁的記録が、それに対応する特定の人物によって作成されたものであることまでを示すものとは、必ずしもならない。
従って、認証がされた電子署名であっても、直ちに電子署名が付された電磁的記録の真正な成立まで推定されるわけではなく、推定を受けるためには、さらに本人だけが行うことができることとなるなどの要件が必要となる(Q3-4)。
* xxxxx://xxx.xxxxxxx.xx.xx/xxxxxxxx/xxxxxxxxxxx_xxx/
Q3-3
インターネット上の電子契約サービスを利用しよう
と考えています。そこでは、サービス提供者自身が署名鍵による暗号化を行うという仕組みと説明されていました。このような仕組みでも、私の電子署名を行ったことになるのでしょうか?
A3-3
技術的・機能的に見て、サービス提供事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたものであることが担保されているもので、かつサービス提供事業者が電子文書に行った措置について付随情報を含めて全体を一つの措置と捉え直すことによって、当該措置が利用者の意思に基づいていると認められる場合には、電子署名に該当すると考えられます。*
解説
電子署名法における電子署名の定義はA3-2のとおりであり、その規定ぶりからすると、電磁的記録に対する措置を行う者と、電磁的記録の作成者は同一であり、作成者自身が認定認証事業者による認定認証を利用して電子署名を行う型を典型として想定し、より簡易的な方法としての特定認証あるいは認証された電子署名を想定していたように思われる。
しかし、実際にインターネット上で行われている電子契約サービスは、利便性の観点から多種多様な仕組みのものが展開されており、電子文書を作成するのはサービスの利用者であるが、署名鍵による暗号化を行うのはサービス提供事業者であるといったもの(A1- 4にいう事業者署名型)も多く見受けられる。
その場合、これを利用者の電子署名ということができるのかが問題とされ、2条1項1号の「当該措置を行った者」がサービス提供事業者であるとすれば、利用者の電子署名には該当しないのではないかとの疑問もあった。
これに対し、法務省等はこのような「物理的にはAが当該措置を行った場合であっても、Bの意思のみに基づきAの意思が介在することなく当該措置が行われたものと認められる場合であれば、『当該措置を行った者』はBであると評価することができる」との見解を示し、電子契約サービス提供事業者が機械的に暗号化しているにすぎない場合については、利用者の電子署名とみることができるとの見解を示した。*
このことは電子契約サービスとしての利用をさらに普及させるものとなっているが、前記のとおり各サービスにおける暗号化等の仕組みは様々であり、なりすまし防止の対策等がとられているのかも様々であるこ
とから、契約の性質や、当該サービスの仕組みを踏まえて、利用を検討することが必要である。
* 利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A xxxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxxxx/000000000.xxx
Q3-4
情報を表すために作成された電磁的記録について、真正に成立したものと推定されるためには、どのような措置(電子署名)が行われている必要がありますか?
A3-4
電子署名(A3-2)が行われていることに加え、その電子署名が、①これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものであり、かつ②本人の意思に基づき行われたものであることが要件となります(3条)。解説
A3-2に述べたように、電子署名が行われているとしても、それを特定の本人が行ったものであるかが担保されているわけではないため、その電磁的な記録が特定の本人によって真正に成立したものであるとの推定を受けるためには、まず①の要件として、暗号化等の措置を行うための符号について、他人が容易に同一のものを作成することができないと認められること
(「固有性の要件」)が必要とされる。これを満たすためには、十分な暗号強度を有し、他人が容易に同一の鍵を作成できないものであることが必要である。
また、②の要件として、電子署名が本人すなわち電子文書の作成名義人の意思に基づき行われたものであることが要求される。
①の要件に関しては、電子署名のうち、その方式に応じて本人だけが行うことができることとなるものに関して、規則2条が定める基準に適合する電子署名について行われる認証業務として「特定認証業務」(2条3項)が用意されている。そして一定の認定基準を満たすものとして認定された特定認証業務を行う事業者
(認定認証事業者)によって認定認証された電子署名については、より高い証明力が与えられる事になる点は、A3-1にも述べたとおりである。
Q3-5
インターネットを利用した電子契約サービスを利用しています。私の操作に従って、サービス提供者による署名鍵で暗号化されているのですが、このような方式で締結された契約について、真正な成立の推定を受
けることはできるのでしょうか?
A3-5
電子署名(A3-3)の要件を満たした上で、当該サービスが十分な水準の固有性を満たしている場合には、真正な成立の推定を受けることは可能とされています。解説
電子署名の要件についてはA3-3に解説したとおりであるが、真正な成立が推定されるためにはその要件が加重されている趣旨に照らし、そこで要求されていた固有性の要件を十分な水準で満たしていることが必要とされている。*
ここで「十分な水準で満たしている」と言えるためには、①利用者とサービス提供事業者の間で行われるプロセスと、②①における利用者の行為を受けてサービス提供事業者内部で行われるプロセスのいずれにおいても十分な水準の固有性が満たされている必要がある、と説明される。
より具体的に言えば、①のプロセスでは2要素(パスワードの他、別の手段により取得するワンタイムパスワードの入力など)による認証を受けなければならない仕組みなどがこれにあたるとされ、②のプロセスにおいては、暗号強度や利用者毎の個別性を担保する仕組みなどに照らして評価されるとされている。これらの評価の参考になる文書もQ&A*に挙げられているので参考にできる。
ただし、すでに市場において展開されている種々の電子契約サービスについて、これらの要件を満たしているのかを判断することは容易なこととは思われない。前記Q&A*においても、あるサービスが電子署名法3条に規定する電子署名に該当するかは、個別事案における裁判所の判断に委ねられる、などとされており、xx明瞭な基準もなく、基準をクリアしていることの明示もないまま、様々な仕組みのサービス利用が先行している実情がある。そのため、利用にあたっては、契約の内容や重要性、すでに取引実績のあるクローズド型の契約であるかなど慎重に考慮の上、適切なサービスの選択を検討する必要があろう。
4 電子契約等が困難な場合弁護士
xx xx
4 電子契約等が困難な場合
弁護士
xx xx
る」こととされ、「(前段)令和4年度中に検討・結論を得て、令和5年の通常国会に法案提出、令和7年度上期の施行を目指す、(後段)令和4年度中に検討、一定の結論を得る」とされており、xx証書の電子化についても既にその実現に向けて検討の途上にある。
Q4-1
契約の締結について電子契約によることが認められない場合はあるのでしょうか。
A4-1
任意後見契約書や事業用定期借地権設定のための契約書などは、xx証書が必要となるため、現在のところ電子契約によることができません。
解説
契約の中には、法律によってxx証書によってすることが求められる場合がある。例えば、任意後見契約については、任意後見契約に関する法律第3条において「任意後見契約は、法務省令で定める様式のxx証書によってしなければならない。」とされている。また、事業用定期借地権の設定を目的とする契約も、借地借家法第23条3項において「xx証書によってしなければならない」と定められており、企業担保権の設定又は変更を目的とする契約も同様である(企業担保法3条)。
そして、xx証書作成に係る一連の手続については、将来の紛争予防という公証制度の目的に鑑み、当事者の意思を慎重に確認することで証書の高度の証拠力を確保するという観点から、書面・押印・対面を求める厳格な手続が設けられている。
したがって、現在のところ、xx証書によってすることが求められる契約については、電子契約によることはできない。
もっとも、「規制改革実施計画」(令和4年6月7日 閣議決定)において、「法務省は、xx証書の作成に係る一連の手続について、公証役場における業務フローを含め抜本的な見直しを行うとともに、デジタル技術の進展等に応じて継続的な公証制度及び公証役場の業務改善が可能となるような規律を検討するなど、デジタル原則にのっとり必要な見直し及び法整備を行う。また、引き続き書面・対面でxx証書を作成する場合についても、署名や押印の必要性を含め、公証役場における業務フローを幅広く検証し、デジタル技術を活用して利便性が高く効率的な仕組みができないか検討す
Q4-2
保証契約については、口頭での契約は認められず、契約書がなければ効力が生じないと聞きました。このような契約についても電子契約によることができるのでしょうか。
A4-2
確かに保証契約は、書面でしなければその効力が生じません。もっとも、「保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたもの」とみなされることとなっています(民法446条3項)ので、電子契約によることも可能です。
解説
契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(申込み)に対して、相手方がこれを承諾をしたときに成立し、法令に特別の定めがある場合を除き、口頭、書面の作成などの締結方法は問わないのが原則である(Q1-1参照)。
しかしながら、保証契約については、保証を慎重かつ確実にさせるという趣旨から、書面でしなければ効力が生じないものとされている(民法446条2項)。
もっとも、民法において「保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。」と定められており(民法446条3項)、紙の書面ではなく電磁的方法による場合も書面によってされたものとみなされるため、書面を必要とする保証契約においても電子契約によることが可能である。なお、事業のために負担した貸金等債務を主たる債 務とする保証契約又は主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約については、契約締結に先立って、保証人になろうとする者が保証債務を履行する意思の表示についてxx証書を作成しなければならない(民法465条の6)。このxx証書の作成については現時点では電磁的方法によることが
できないことに留意する必要がある。
Q4-3
契約自体は電子契約によることができても、重要事項説明書などについては業法上の書面の交付義務があると思いますが、これらの書類も電子化できるのでしょうか。
A4-3
法改正によって、交付義務が定められた書面についても電子化が許容されることとなりました。ただし、多くの場合に相手方の承諾や希望が要件とされている点に留意する必要があります。
解説
2021年5月12日、社会全体のデジタル化を目指し、デジタル改革関連法と呼ばれる6つの法律が成立した。これを受けて、デジタル庁が設置され、デジタル化に関する様々な政策が推進されることになった。
その政策の一つが押印・書面の交付等を求める手続の見直しである。デジタル改革関連法の一つである「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」(令和3年法律第37号)(いわゆるデジタル社会形成整備法)によって、押印を義務付ける22の法律と書面の交付を義務付ける32の法律(重複があるため合計48の法律)が一括して改正され、押印を求める各種手続についてその押印を不要とするとともに、書面の交付等を求める手続について電磁的方法により行うことが可能とされた。
交付書面の電子化については、2001年に施行された
「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律」(いわゆるIT書面一括法)によって既に一定の場合に認められていたが、不動産関係など、依然として書面でなければならないものが残されていた。その後、デジタル社会形成整備法によってほとんどの書面について電磁的交付が認められるに至ったものである。
例えば、宅地建物取引業者が媒介契約締結後に遅滞なく交付しなければならない書面(宅地建物取引業法 34条の2)、定期借地権の設定や定期建物賃貸借における契約に係る書面(借地借家法22条、38条)などについても電磁的方法による交付が認められている。
もっとも、建築請負契約の契約書(建設業法19条3項)、旅行契約の説明書面(旅行業法12条の4、12条の5)のように、電磁的交付には相手方の承諾を得ることを要件とする場合や、労働条件通知書面(労働法15条1項)のように相手方が希望したことを要件とする場合もあり、必ずしも一方的に電磁的方法によって交付す
ることができるわけではないことに注意する必要がある。
なお、デジタル社会形成整備法は、原則として技術的な改正で足りるものが対象とされ、消費者・弱者保護や紛争予防の観点等から書面とすることに意義が認められるものは対象としないこととされたため、訪問販売等の特定商取引法によって義務付けられた書面交付は電子化の対象に含まれなかった。
その後、特定商取引法については別途成立した「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」(令和3年法律第72号)によって改正されることとなり、契約締結時等に交付すべき書面の交付について、消費者の承諾を得た場合に限り、例外的に契約書面等に代えてその記載事項を電磁的方法により提供することができることとされた。その承諾の取り方や電磁的方法による提供の在り方は政省令に委ねられることとされており、デジタル社会形成整備法により電子化が進められた他法とは別途の考慮がなされている点に留意すべきである。
特 集 2 デジタル・プラットフォームと消費者保護3
デジタルプラットフォーム提供者の契約責任
-欧州連合司法裁判所のウーバー・テスト及びELIモデル準則を参考として
弁護士
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1 デジタル・プラットフォーム提供者の契約責任
欧州連合司法裁判所のウーバー・テスト及びELIモデル準則を参考として
弁護士
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Ireland判決、Star Taxi App判決)を分析し、これらの判決で用いられた「ウーバー・テスト」と呼ばれる基準に着目している。ウーバー・テストは、DPF提供者が単なる「仲介サービス提供者」にとどまるのか、これを超えてプラットフォームを経由してサービスを
「自ら提供」していると評価できるかの基準として機能し得るとのことである。
①サービス提供のための代替的手段の有無
DPF提供者による仲介がなければ、消費者がデリバリーの運転手によるサービスを受けられなかったか
②決定的な影響力の有無
DPF提供者がサービスを提供するユーザーに対し決定的な影響力を及ぼしていること
ウーバー・テストが重視するのは、次の2点である。
1 我が国における議論
近時、デジタル・プラットフォームに関する法律が、相次いで成立した。令和2年5月には、特定デジタルプラットフォームの透明性及びxx性の向上に関する法律(いわゆる透明化法)、令和3年5月には、取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律(以下、「DPF消費者保護法」という。)が成立した。後者では、違法商品の流通などの不適切な事例に対応するため、消費者による販売業者の情報開示請求xxが整備された。
他方で、トラブルが起きた際に、デジタル・プラットフォーム提供者(以下、「DPF提供者」という。)が契約責任を負うかという点について、直接規定した条文は存在せず、xxx議論の対象となっている。
例えば、DPF提供者が、デジタル・プラットフォーム上に自らを販売業者と誤認させるような表示をしていた場合には、名板貸責任の法理ないし規定の類推によりDPF提供者が販売業者としての責任を負うとする見解1 や、DPF提供者の法的地位を、主催旅行契約における旅行業者の立場に近い、特殊な保証責任を負うものとする見解(この場合、販売業者はDPF提供者の履行補助者と位置づけられる)2 等がある。
なかでも、欧州連合司法裁判所の近時の裁判例を参考として、DPF提供者の民事責任について論じたものとして、カライスコス アントニオス京都大学大学院法学研究科准教授の論考3 は大変興味深いものである(以下、「カライスコス論考」という)。
2 カライスコス論考の概要
この論考は、欧州連合司法裁判所の近時の4つの裁判 例(Uber Spain判決、Uber France判決、Airbnb
さらに、②については、次の事情が考慮される。
(イ)DPF提供者による最大価格の設定(価格設定への関与の有無)
(ロ)DPF提供者による代金の一時的な受取(支払プロセスへの関与の有無)
(ハ)DPF提供者を経由してサービスを提供する者に対する管理及び一定の水準を満たさない者を排除する可能性(管理及び排除の可能性)
カライスコス論考は、②の「決定的な影響力」という概念が、ELIモデル準則4 に影響を与えているという。すなわち、モデル準則20条(1)は、DPF提供者が供給者に対して「支配的な影響力」を有する場合には、顧客は、供給者に対して有する不履行に起因する権利や救済手段を、DPF提供者に対しても行使することができるとされている。この「支配的な影響力」の判断基準が、ウーバー・テストの「決定的な影響力」概念における考慮要素を踏襲したものとなっていると分析する5 。
以上のカライスコス論考の分析からすると、ウーバー・テストが、DPF提供者が法的責任を負うべき場合(単なる仲介サービス提供者の地位を超え、サービスを自ら提供していると評価できる場合)を画する
f)マーケティングが供給者ではなく、DPF提供者
に焦点を当てているか
g)DPF提供者が、供給者の行動を監視し、法定の要求事項を超えて自己の基準への遵守を供給者に徹底させるか
基準として機能する可能性がみえてくる。
3 我が国における適用
もっとも、実際にウーバー・テストを我が国のいくつかのビジネス・モデルに適用した場合、いくつかの課題も存在する。それは、基準としての精緻さに欠ける点である。
DPF提供者の代表例としては、例えばメルカリ等のオンライン・フリーマーケット型(CtoC取引)のビジネス・モデルが挙げられる。メルカリのケースをウーバー・テストに当てはめてみる。まず、遠隔地の個人同士が、特定の商品取引について、メルカリの仲介サービスを経由せずにマッチングする可能性は極めて低いから、①のサービス提供のための代替的手段はなかったといえる。次に、②の決定的な影響力の有無については、xxxxは、(イ)個人の出品する商品について価格設定に関与しているわけではない。他方で、
(ロ)メルカリは、エスクロー決済制を採用し、支払プロセス・システムを提供しているほか、(ハ)サービス利用者を管理し、不適切な商品・サービスの流通を禁止しているから、一定の責任を負うべき立場にあるともいえる6 。これをどう評価するか。
仮に、②の(イ)の基準を満たさないことを理由に、xxxxが一切の契約責任を負わないとすると、基準としては精緻さに欠け、使い勝手が悪い(価格設定に関与さえしなければ、DPF提供者は責任を免れることになる)。
a)供給者と顧客との間の契約が、プラットフォームで提供されている設備のみを通じて締結されているか
b)DPF提供者が、供給者と顧客との間の締結後もなお、供給者の身元や契約に関する情報を保有しているか
c)DPF提供者が、顧客によって供給者に対して行われた支払いを保留することをDPF提供者にとって可能とする支払システムのみを用いているか
d)供給者と顧客との間の契約の条件が主にDPF提供者によって決定されているか
e)顧客によって支払われる代金がDPF提供者によって設定されているか
ここで着目したいのが、ウーバー・テストを踏襲したELIモデル準則20条の「支配的な影響力」という基準である。次の要素が総合考慮される。
このうち、b)の基準は、DPF提供者が保有する情報に着目する要素である。プラットフォームにおける取引で、顧客、供給者の情報を最も保有し、トラブル解決のためのノウハウを保有しているのはDPF提供者であるから、この要素は重要である。また、f)マーケティングの焦点がDPF提供者にあてられているかという基準も、顧客からみて誰を主体とした広告表示等がなされているかを考慮するものであり、重要な要素といえる。これらの要素を加えたELIモデル準則20条の「支配的な影響力」基準における要素を総合考慮することで、より精緻に契約責任を負う場合について議論することができるだろう。
4 おわりに
以上のように、ウーバー・テスト及びそれを踏襲したELIモデル準則の基準は、DPF提供者が単なる仲介者を超えて責任を負う場合を画する基準として機能する可能性を示唆しており、我が国におけるDPF提供者の契約責任を論ずる際に、大変参考になるものである。
我が国におけるDPF消費者保護法は、DPF提供者による自主ルールを軸として、基本的に努力義務規定やペナルティのない情報提供開示規定を設けることにより、取引の適正化を目指している。他方で、法的義務を伴う契約責任等の導入については強い反対意見があり、見送られた経緯がある。今後、同法により安心・安全なデジタル・プラットフォーム市場が実現するか否かは、未だ不透明である。自主ルールを基本とした現行法での対応が困難となり、取引の「場」の正常化のための法整備が必要となった場合には、カライスコス論考の分析が参考になろう。
1 例えば、いわゆるヤフーオークション事件に関する裁判例(名古屋地判平成20年3月28日判時2029号89頁、名古屋高判平成20年11月11日裁判所ウェブサイト)は、一般論として一定の注意義務を負うことを認めている。
2 xxxx「デジタル・プラットフォーム取引の法的構造と消費者保護」消費者法研究第10号、2021年9月、67頁。
3 カライスコス アントニオス「オンライン・プラットフォーム事業者のビジネス・モデルの画定と民事責任」消費者法研究第 10号、2021年9月、85頁。
4 モデル準則は、EUの公式立法ではなく、法的拘束力を有しないソフト・ローではあるものの、加盟国の法制に強い影響を与えている。
5 さらに、カライスコス論考は、「決定的な影響力」概念は、デジタル・サービス法提案にも影響を与えていると分析するが、紙面の都合上、ここでは省略する。
デジタル・プラットフォーム(DPF)による不xxな取引についての独占禁止法による規制
弁護士
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6 オンラインマーケットプレイス協議会のウェブサイト(https:// xxx.xxxxxxxxxxxxxxxxx.xx/xxxxxxxxxxx/xxxxxxxxxxx_xxxxxx00/) に掲載された同社の取組参照。同社が不適切と判断した商品は、禁止出品物、禁止行為として取引キャンセル、商品削除等の措置がとられる。
2 デジタル・プラットフォーム(DPF)による不xxな取引についての 独占禁止法による規制
弁護士
xx xx
1 はじめに
本誌53~ 55号では、デジタル・プラットフォーム
(DPF)が負うべき民事責任について、それぞれ異なる視点から論じてきた1・2・3。なお、前号(55号)でとりあげた、マンガの無断転載サイトの広告を取り扱った広告代理店が著作権侵害の「過失幇助」に基づき著作者に対して損害賠償義務を負うとした東京地判令和3年12月21日(最高裁判所ウェブサイト4 は、被告らから控訴されたが、控訴審の知財高判令和4年6月29日で原告勝訴が維持されている(最高裁判所ウェブサイト5 )。本号では、これらとは、さらに大きく異なった視 点、具体的には、独占禁止法的な観点から、DPFの行為にいかなる規制がかけられているかについて論じてみたい。どのように異なるかというと、過去3号では「DPFそれ自体ではなくDPF参加事業者の不当な行為により消費者被害が起きる」という意味において DPFと消費者との間の関係は間接的なものであったといえるが、今号の問題は、主として「DPFがDPF参加者の権利を不当に侵害し、ひいては一般ユーザーの利益が損なわれる」という意味での被害の間接性が
あるといえよう。
2 我が国におけるDPFの不xx取引規制
(1)DPFと独占
さて、プラットフォーム、とくにDPFが急激な
拡大・成長を遂げるのはなぜか。これは、すでに本誌54号2 において述べたとおりであるが、DPFは、事業者における旧来の分業(例:サプライ・チェーン)のリニア型の構造とはxx的に異なり、N対N型構造をとる多面市場において、異なる利用者層どうしをつなぎ、その便益を直接・間接ネットワーク効果で増幅させ、いわば雪だるま的に成長していくためである。
例えば、図1のとおり、米国Amazonの売上のうち、第三者販売(Amazonマーケットプレイス)の割合は2011年には38%であったのに対し、10年後の 2021年には65%と急激な上昇を見せている6 。これはAmazonが、自らのウェブサイトを自社の直接的な販売の場とするよりも、DPFとして第三者への販売の場を急激に拡大、増加させていっていることを意味する。
このように、構造上、必然的に、巨大DPFの独占ないし寡占的な状況が生じやすい。また、そうなると、DPF参加者は、事業者も消費者も、ひとたびあるDPFに参加してこれに依存してしまうと、 DPFからなんらかの不利益な行為を受けても、これを拒絶して容易に切り替えられないという「ロックイン効果」-他のDPFに切り替えるコスト(スイッチングコスト)なども考慮すれば、なおさらである-が生じるという弊害もおきかねない。
図 1 Amazonの総売上に占める第三者販売の割合
図 1 Amazonの総売上に占める第三者販売の割合
(2)「考え方」(2019年12月17日)
こうしたDPFの構造的な独占状況を受け、わが国のxx取引委員会は、まずは、「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(以下「考え方」という。7 )を示した。
この「考え方」では、まず、
「自己の取引上の地位が取引の相手方である消費者に優越しているデジタル・プラットフォーム事業者が、取引の相手方である消費者に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることは、当該取引の相手方である
消費者の自由かつ自主的な判断による取引を阻害する一方で、デジタル・プラットフォーム事業者はその競争者との関係において競争xxxとなるおそれがある」
として、一般論を示した上、具体的な優越的地位の濫用のケースとしては、とくに個人情報の不正取得、不当利用に限って、例示列挙している。
「考え方」は、DPFが、とりわけ個人情報の取得・利用の場面で消費者の利益を直接侵害するケースについて独占禁止法上の優越的地位の濫用が認められる場合があることを確認したが、ひとまずは、個人情報の取得や利用を対価として検索やSNSなどのサービスを提供するGoogleやFacebook等の巨大な非マッチング型DPFを想定し、これを牽制したものと考えられる。
(3)透明化法(2020年5月27日)
次に、xx取引委員会がめざしたのは、やはり巨大なDPF、今度はマッチング型DPFによる不xxな取引慣行を排除するための立法であり、2018年から開催されていた「デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会」での議論をもとに、2020年5月に「特定デジタルプラットフォームの透明性及びxx性の向上に関する法律」(以下
「透明化法」という。)が成立し、2021年2月に施行された。なお、現時点で規制対象となっているのは、オンラインモールのアマゾンジャパン合同会社、楽天グループ株式会社、ヤフー株式会社、アプリストアのApple Inc. / iTunes株式会社、Google LLCの 5社のみである。
透明化法は、DPFに対して、欧州のP2B規則とほぼ同様の義務を課しているが、禁止行為及びこれに対する直接のペナルティは存在しない。ただし、 DPF利用事業者に対する相談窓口を設置し、その他の利害関係者からのモニタリング・レビューを行って評価を行い、遵守されていなければ勧告・命令(透明化法6条)を行い、また独占禁止法違反となり得る行為があった場合にはxx取引委員会への措置請求(透明化法13条)を行う、といういわば間接的でソフトな規制手段がとられている。
(4)デジタル広告規制(2022年秋)
さらに、2022年7月5日、「特定デジタルプラットフォームの透明性及びxx性の向上に関する法律第四条第一項の事業の区分及び規模を定める政令の一部を改正する政令」(2022年8月1日施行)により、今秋、透明化法への対象事業者追加というかたちで、
デジタル広告についての不xx取引規制も行われる予定である8 。
デジタル広告はDPF、とりわけ非マッチング DPF(SNS、検索サービス、動画配信サービス等)の主たる収益源となっており、とくにデジタル広告の主流となっている運用型広告(検索連動型広告、オウンドプラットフォーム型広告、オープンディスプレイ広告)においてはプラットフォームの介在しない広告はないといってよい状況である。DPFを利用する一方利用者である広告主は、アドフラウド
(不正な広告費詐取)や広告表示回数の計測不能、広告への反応などのデータが囲い込まれていることへの不満などを抱えており、また、他方利用者であるパブリッシャーは、広告主が広告枠にいくら払ったのかがわからず、また価格決定権限を失ったことへの不満を抱えていることが、実態調査 9 により明らかとなっている。
3 東京地判令和4年6月16日(食べログ評価点算出アルゴリズム変更についてのDPFの優越的地位の濫用が認められた判決、判例集未登載)
そのような中、2022年6月に、DPFの利用事業者に対する優越的地位の濫用及び民事上の不法行為責任を認めた、注目すべき判決が下されている。なお、2022年8月時点においてもいまだ判決文が公刊物や裁判所ウェブサイト等に公開されていないため、これを詳細に評釈することができないが、原告=飲食店側が公開している損害賠償請求訴訟の訴状 10、判決時のプレスリリース11及び報道 12 ベースでは、下記の点が明らかとなっている。
(1)訴状における原告の主張
2019年5月21日、大手DPF「食べログ」の同サイトが各店舗に対してウェブサイト上で公開している評価点について、その算出方法(アルゴリズム)を、チェーン店の評点を引き下げる方向に変更した。
その変更理由は、
「食べログの有料契約プランを購入し、広告費を支払った飲食店(有料会員登録店)は、アクセスアップ機能(標準検索における表示順位を上昇させる機能)やゴールデンタイム強化機能(消費者の閲覧が多い時間帯(ゴールデンタイム)における標準検索での表示順位を上昇させる機能)といった機能を利用することができると共に、標準検索を行った場合には、検索結果の上位に表示してもらうことができる」
ため、
「より多くの広告費を支払う可能性が高い店舗、例えば、一般に経営に成功した結果として多店舗を展開していることが多いチェーン店に対しては、その評点算出アルゴリズムを操作して点数を低くすることで、広告費をより多く支払わせ、売上を増大させるインセンティブがある」
とのことである(訴状6~ 7頁)。
原告は、「食べログ」有料会員であり、売上の35
%を「食べログ」経由の来店客に依存する状態であり、アルゴリズム変更後、毎月5000人以上の「食べログ」経由の来客数の減少があった。
これについて、原告は、独占禁止法上の優越的地位の濫用にあたるとして、同サイトを運営する株式会社カカクコムに対して、不法行為に基づき、アルゴリズム変更後24か月分の売上減少見込額5億4032万8862円及びブランド毀損による損害額9872万5560円の合計6億3905万4422円の損害賠償及びアルゴリズム変更の差止を求めた。
(2)判決
判決は、アルゴリズム変更の差止めは棄却したが、カカクコムの行為について優越的地位の濫用を認め、飲食店に対して、不法行為に基づき3840万円の損害賠償を命じた。なお、カカクコムは、この判決に対して控訴している 13。
(3)判決について
判決は、独占禁止法上の優越的地位の濫用を認めたものと報道されているところ、優越的地位該当性、濫用行為、xx競争阻害性の3つの要件について、何が争点となっており、判決がこれをどのように認定したのかまで詳細に報道、評釈したものはない。なお、優越的地位の濫用は認めながら、アルゴリズムの差止め(なお、この差止請求は独占禁止法 24条に基づくものと思われるが、上記損害賠償の訴状に記載はなく、別事件として提訴されている。)は認められなかった、とされているが、これが認められなかった理由についても不明である。
ただし、手がかりとして、原告により公開されている2021年9月16日付xx取引委員会「令和2年12375号差止請求事件に係る求意見について」10 によれば、xx取引委員会が優越的地位の濫用に該当するかどうかについての回答を行っており、裁判所もこれに沿った認定をしたのではないかと考えられる。例えば、アルゴリズム変更が「競争上著しく不利にさせる」かどうかについては、xx取引委員会は、「点
数をどの程度落としたか」「(ポータルサイトとしての)影響力の程度」「閲覧者数の減少」「売上の減少」
「理由が合理的であるか」「設定・運営が恣意的になされたか否か」が考慮要素となるとしている。
いずれにせよ、この一審判決の公開及び控訴審での審理が注目される。
4 むすびに
以上みてきたところ、DPFの独占状況及びその弊害については、xx取引委員会はかなり早期から実態調査を行ったうえ、危機感をもって臨み、手厚い諸方策をとっているように見受けられる。DPFによる消費者に対する直接侵害が防止されるケースはもちろん、DPFにより事業者が不当な不利益を受けることが防止されることは、ひいては、一般消費者の利益が確保される(なお、独禁法1条参照)ことにもつながる。消費者被害の救済に携わる専門家は、DPFに関する問題については、独禁法あるいは独禁法の考え方に基づく解決策も検討すべきであろう。
他方、消費者庁の動きはどうか。これは、私見であるが、消費者庁は、DPFに対する強い警戒心を持っていないのではないかと思われる。DPFによりDPF参加事業者がいかに匿名化され、消費者被害の解決がいかに困難になっているかについての認識は十分とはいえず、これに対する立法その他の手当は、かなり手薄のままである(取引DPF消費者保護法の不十分さについては本誌54号でも述べたとおりである)。そのため、例えば、国際ロマンス詐欺は匿名のSNSを通じて行われ、被害回復が極めて困難な被害類型となっており、そのために大流行して収まる気配をしらない。
日弁連や、各地弁護士会、消費者団体、消費生活相談員その他消費者被害の救済に携わる専門家は、引き続きDPFを利用した消費者被害の実態をとらえ、諦めず声を届け続ける必要がある。
1 xxxx「デジタル・プラットフォームの民事責任」『御池ライブラリー 53号』(2021年4月)36頁
2 xxxx「提携リース問題の構造(6):提携リースとプラットフォーム問題」『御池ライブラリー 54号』(2021年10月)15頁
3 xxxx「デジタル・プラットフォーム(DP)と「過失幇助」構成 ─東京地判令和3年12月21日(漫画村広告代理店に共同不法行為に基づく損害賠償を認めた事例)『御池ライブラリー 55号』
(2022年4月)13頁
4 最高裁判所 xxxxx://xxx.xxxxxx.xx.xx/xxx/xxxxx/xxxxxx_xx/000/ 090901_hanrei.pdf
5 最高裁判所 xxxxx://xxx.xxxxxx.xx.xx/xxx/xxxxx/xxxxxx_xx/000/ 091273_hanrei.pdf
6 MarketPlacepulse xxxxx://xxx.xxxxxxxxxxxxxxxx.xxx/ marketplaces-year-in-review-2021
7 xx取引委員会 xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxxxxx/xxxxxxxxxxxx/ 2019/dec/191217_dpfgl_11.pdf
8 経済産業省 xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxxxx/0000/00/00000000000/ 20220705002.html
9 内閣官房デジタル市場競争本部事務局 xxxxx://xxx.xxxxx.xx. jp/main_content/000750217.pdf
11 PR TIMES xxxxx://xxxxxxx.xx/xxxx/xxxx/xx/x/000000000. 000086059.html
12 Yahoo ! JAPANニュース xxxxx://xxxx.xxxxx.xx.xx/xxxxxxxx/xx 055cfa81819229321b65845db3d09a2e0526eb
13 株式会社カカクコム xxxxx://xxxxxxxxx.xxxxxx.xxx/xxxxx/xxxxxxx/ 20220616b
裁判例から考えるカスタマーハラスメント対策について
弁護士
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1 はじめに
いわゆる“カスタマーハラスメント”については、近年、ハラスメント全般に対する意識が高まる中で顕在化してきたように思われる。厚生労働省も、2022年
(令和4年)2月に、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表した。介護分野に関しては、2019年(平成31年)3月に、「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」が公表されている。これらのマニュアルに共通しているのは、企業の対応姿勢の重要性であるように見受けられる。
カスタマーハラスメントの最大の特徴は、行為者が顧客や取引先だという点にあり、このことが対応を難しくしている要因と考えられる。しかし、カスタマーハラスメントを受けるのは従業員であって、対策を取らずにおくと、従業員の離職を招き、企業が安全配慮義務違反を問われる恐れがある。また、企業の健全な経済活動を阻害し、企業自体の価値を損なう恐れもあると思われる。
そこで、本稿では過去の裁判例を見ることで、企業はどのような対策を取り得るのかを検討する参考にしてみたい。
2 電話・面談強要・暴言等の禁止を認めた裁判例
顧客等からの迷惑行為のうち、窓口応対をする担当者への罵倒や多数回・長時間の電話等は典型例と思われる。行為者は顧客等であって、企業との取引や権利行使に伴うことが多いが、一定限度を超えた場合は、電話の応対や面談の強要の禁止等を求めることができる。東京高裁平成20年7月1日決定(判例タイムズ1280号329頁)は、仮処分命令申立却下決定に対する抗告事件である。保険契約者が保険会社の従業員の対応を不満として、保険会社による弁護士委任後も、多数回、長時間にわたり電話をし続けた(多い日で1日19回、最長1回90分)のに対し、①当該行為が権利行使としての相当性を超え、②法人の資産の本来予定された利用を著しく害し、かつ、これら従業員に受任限度を超える困惑・不快を与え、③「業務」に及ぼす支障の程度が著しく、事後的な損害賠償では当該法人に回復の困難
な重大な損害が発生すると認められる場合は、この行為は「業務遂行権」に対する違法な妨害行為と評価することができ、当該法人は、当該妨害の行為者に対し、「業務遂行権」に基づき、当該妨害行為の差止めを請求することができるとした。
企業取引法 裁判例から考えるカスタマーハラスメント対策について
弁護士
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大阪地裁平成28年6月15日判決(判例時報2324号84頁
/大阪地裁平成24年(ヨ)第1273号仮処分決定が先行)は、大阪市が原告であるところ、被告が情報公開請求を多数回にわたって濫用的な態様で行ったり、応対した職員に、「お前には能力がないから辞めてしまえ」「バカ」などと暴言を吐いたり、独自の見解に基づく意見等を延々と繰り返し、1回当たり1時間以上を要するなどしていた事例である。裁判所は、電話での対応や面談の要求、被告の質問に対する回答の強要、大声、罵声を浴びせたりしてはならない旨の言渡しの他、80万円の損害賠償請求も認めている。
3 インターネット上の書き込みに対して
インターネット上の掲示板等で、企業の社会的評価を低下させる書き込みがされている場合、発信者を特定した上で不法行為に基づく損害賠償等の請求をする手法が存在するが、この発信者情報の開示請求がされ、認容されているケースは近時も多数存在する(東京地裁令和4年1月26日判決/判例 書L07730232、東京地裁令和4年1月28日判決/判例 書L07730243等)。なお、書き込みの内容に関しては、賃借人が口コミ サイトに当該賃借物件やオーナーに関して、「管理人兼オーナーの方が、大変意地が悪く人として全く信用できない」「雨漏りしており」などの書き込みをしていたケースで、賃貸人からの損害賠償請求が否定された事例もあった(東京地裁令和3年2月25日判決/判例書L07630457)。同サイトにおける表現の自由や知 る権利に奉仕しているという社会的機能や役割に鑑み、当該投稿が社会通念上許される限度を超え、不法行為上違法であると評価することはできないという理
由が示されている。
4 取引停止処分等が問題とされた事例
次に、企業が顧客の迷惑行為等に対し、約款等に基づく取引停止等をしたことが問題とされた事案もある。
(1)名古屋高裁平成23年2月17日判決(判例タイムズ 1352号235頁)は、約款等に基づき野球場での応援団方式による応援が許可されず、また、入場券の販売拒否対象者に指定された特定の観客が運営者側を訴えた事案である。高裁は応援団方式による応援の不
許可を認めた他、販売拒否対象者指定の無効を確認した原審(名古屋地裁平成22年1月28日判決/判例タイムズ1341号153頁)の判断を覆し、確認の利益を否定した。高裁は、球場での観戦や応援団方式による応援は生活上不可欠なものとは認められず、生活上必須のライフラインや公共交通サービス等とは違うことなど、現に入場を拒否し、その理由が性別や人種等による不当な差別に該当するなどの場合には該当しないことなどを理由に挙げている。最高裁は上告棄却、上告不受理の決定をした(最高裁平成25年2月14日決定/判例 書L06810159)。
(2)東京地裁令和元年11月29日判決(判例 書L07431 018)は、獣医師に対する付きまとい行為等のあった飼主の診療を拒否したことなどにつき、当該飼主から動物病院及び獣医師に対し、診療義務違反を含む損害賠償請求がされた事案である。獣医師法19条1項に基づく診療義務の違反の有無が問題とされたが、判決は、診療拒否には正当な理由があるため診療義務違反は成立しないとし、請求を棄却した。
(3)東京地裁令和4年1月12日判決(判例書L07730113)は、注文した商品が配送されていないとの虚偽の申告をして複数回金員を詐取しようとしたなどの問題がある個人に対し、宅急便約款中「当店に対し暴行、脅迫等の犯罪行為又は不当要求を行う者(略)」に該当するとして、原告宛の荷物は全て返送扱いにする措置をとった事案である。判決は、約款に基づく措置にxxx違反や権利濫用などはなく、日用品等も当該運送事業者を利用せずとも購入可能であることなどを理由に原告の請求を棄却した。
5 従業員に対する安全配慮義務が問題となった事案
他方、顧客等からの迷惑行為に対して雇用主側が適切な措置をとらなかったとして(元)従業員との間で裁判になっているケースもある。
(1)謝罪させた責任が認められた例
前掲「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」でも紹介されていた裁判例であるが、甲府地裁平成30年11月13日判決(労働判例1202号95頁)では、教師が児童宅で飼い犬に噛まれる被害に遭ったところ、校長が、当該児童の保護者からのクレームに対して謝罪させるなどしたことにつき、不法行為による損害賠償義務を認めている。声の大きい側からのクレームに対して、応対者に何ら問題がないにもかかわらず、安易に謝罪させてその場を収めようとする対応に警鐘を鳴らす事案と思われる。
(2)従業員への解雇要求等があった例
同じように、同マニュアルで紹介されていた裁判例として、東京地裁平成30年11月2日判決(判例 書 L07330691)は、スーパーの客とトラブルになったレジ担当従業員から雇用主に対して安全配慮義務違反の主張がされた事例である。この事例では、雇用主は、直ちに客を入店拒否にするなどの措置はしなかったが、客からの当該従業員の退職要求には応じなかったことや、入店拒否措置の可能性を客に伝えていたことなどから、安全配慮義務違反は否定されている。
(3)コールセンターでわいせつ電話等を受けていたケース
横浜地裁xx支部令和3年11月30日判決(TKC文献番号25591267)は、NHKの委託先のコールセンターで、コールセンターの応対者が頻繁にわいせつ電話や暴言等を受けていたケースであるが、電話の応対マニュアルや対応困難電話の転送体制などが整備されていたことなどを理由に、安全配慮義務違反は否定されている。
6 さいごに
企業に求められる性的マイノリティ当事者への対応弁護士
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裁判例を概観すると、業種にもよるだろうが、可能であれば、不当要求等を防ぐために、約款や利用規約等に契約解除事由や取引停止事由を定めておくことは有用なように思われる。また、顧客とのトラブルの対応方法は、事前に決めておいた上で、実際にトラブルが起きた場合は、正確に事実関係を把握した上で、管理部門も交えて方針を定め、適切に対応することが望ましいと考えられる。
企業に求められる
性的マイノリティ当事者への対応
弁護士
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1 はじめに
2004年に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下「特例法」という。)が施行されて以降、性的マイノリティ(LGBT)の人々に対する社会的な理解は進みつつある。しかし、依然として、性的マ
イノリティの人々に対する偏見や差別は残っていると言わざるを得ない状況にあり、そのため、性的マイノリティの人々は職場等でカミングアウトすることができず、自分らしく生活したり、働くことに困難を抱えている場合が少なくない。性的マイノリティ当事者が職場にいることを前提として、企業が性的マイノリティに関する取り組みを進めることは、優秀な人材の確保や人材の流出防止、生産性の向上、企業価値のxxxの様々なメリットが考えられ、また、全ての社員にとって安心して働くことができる職場環境にもつながる。一方で、正しい理解に基づかない対応は、労使間トラブルや訴訟に発展するおそれもある。このように、企業では、個々の社員の個性や特性を尊重し、多様な人材が活躍できる職場環境整備の一環として、性的マイノリティ当事者への対応はもはや必須といえる。
本稿では、これまでの職場における性的マイノリティに関連した裁判例を踏まえたうえで、企業に求められる具体的な対応を挙げることとしたい。
2 職場における性的マイノリティに関連した裁判例
以下に挙げる裁判例では、いずれも、自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは性的マイノリティの当事者にとって重要な法的利益であることを認定している。職場では他の従業員や顧客等に対する配慮を要する場面があることは否定されないものの、抽象的なトラブルのおそれを理由として、これを制約したり、当事者を不利益に取り扱うことは違法とされる可能性が高い。
(1)東京地裁平成14年6月20日決定(労判830号13頁)性同一性障害である労働者が、会社の業務命令に
反して女性の服装で出社したこと等を理由に会社から懲戒解雇されたため、この解雇の無効を争った事案である。
裁判所は、女性の服装で出社したことについて、労働者は女性として行動することを強く求めており、他者から男性としての行動を要求するなどした場合、多大な精神的苦痛を被る状態にあったのであるから、労働者が女性の容姿で就労することを認め、これに伴う配慮をしてほしいと求めることは相応の理由があり、他方で、他の社員が抱く違和感や嫌悪感は労働者への理解が進むにつれて緩和する余地が十分あり、会社において、労働者の業務内容や就労環境等について適切な配慮をした場合においても、なお、女性の容姿をした労働者を就労させることが、企業秩序又は業務遂行に著しい支障を来たす
と認めるに足りる疎明がない、とした。そのうえで、会社が主張する上記の解雇事由は、いずれも懲戒解雇に該当するほどの重大かつ悪質な企業秩序違反であるということはできず、懲戒解雇は権利濫用で無効と判断されている。
(2) 東京地裁令和元年12月12日判決(判タ1479号121頁)
経済産業省がトランスジェンダーであり国家公務員である原告職員に対して、その執務室が在る階及びその上下1階の女性用トイレの使用を認めない処遇を継続したことが、国家賠償法上、違法なものといえるかが問題となった事案である。
裁判所は、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは重要な法的利益であり、その自認する性別に対応するトイレを使用することを制限されることは、この重要な法的利益の制約にあたる、とした。そのうえで、経済産業省の主張する女性職員とのトラブルが生ずる可能性は、女性ホルモンの投与によって原告職員が女性に対して性的な危害を加える可能性が客観的にも低い状態に至っていたことや、原告職員の行動様式や振る舞い、外見が女性として認識される度合いが高いものであったことなどからすると、抽象的なものにとどまるから、経済産業省が女性用トイレの使用を制限する処遇を継続したことは正当化することができない、とした。
また、上司が原告職員に対し「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」との発言をしたことについても、原告職員の性自認を正面から否定するものであり、法的に許容される限度を超えており、国家賠償法上、違法の評価を免れない、として、慰謝料及び弁護士費用相当額を認容した。
(3)東京高裁令和3年5月27日判決(労判1254号5頁)
(2)の控訴審判決である。控訴審判決では、前述の上司の発言の違法性についてのみ一審判決が維持され、トイレ使用にかかる処遇の違法性に関しては、原告職員の希望等を勘案し、より原告職員の希望に沿う対応方針を策定していたこと等を踏まえた結果、否定された。ただし、自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは、特例法の立法趣旨及びそもそも性別が個人の人格的生存と密接不可分なものであることに鑑みれば、法律上保護された利益であり、原告職員の性自認に従うと、トイレ使用にかかる処遇は自らの性自認に基づいた性別で社会
生活を送るという法律上保護された利益が侵害されていることになる、との判断は示されている。
(4)大阪地裁令和2年7月20日決定(判タ1481号168頁)タクシー乗務員であり性同一性障害である労働者 が、勤務中も顔に化粧を施して乗務を行っていたところ、この労働者の就労を会社が拒否したため、不
就労期間について賃金の支払いを求めた事案である。裁判所は、一般論として、サービス業において、
客に不快を与えないとの観点から、男性のみに対し、業務中に化粧を禁止すること自体は直ちに必要性や合理性が否定されるものとはいえないとしつつも、性同一性障害である労働者にとっては自認する性別で社会生活を送ることは自然かつ当然の欲求であり、女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要性がある、とした。また、化粧を認めた場合でも、今日の社会において、乗客の多くが不寛容であるとは限らず、会社が性の多様性を尊重しようとする姿勢を取った場合に、乗客から苦情が多く寄せられたり、乗客が減少するとも限らないことからすると、会社が労働者に対し化粧を施した上での乗務を禁止したこと及び禁止に対する違反を理由として就労を拒否したことについては、必要性も合理性も認めることができない、とした。
3 企業に求められる具体的な対応
最後に、上記の各裁判所の判断を参考にしつつ、厚生労働省が公表している「多様な人材が活躍できる職場環境に関する企業の事例集~性的マイノリティに関する取組事例~」1 より、企業に求められる具体的な対応を紹介する。ただ、性的マイノリティ当事者が望む対応は個人によって様々であると考えられるため、それぞれの企業の事情も勘案しつつ、社員の希望に応じた対応を検討されたい。
(1)組織の方針の明確化と推進体制の整備
まずは、就業規則に性的指向や性自認に関する差別禁止を明記するなどして、企業の方針を明確に打ち出すことが必要である。また、担当部署を整備したり、匿名でのアンケートを実施して性的マイノリティ当事者の意見聴取の機会を設けること等が考えられる。
(2)研修・周知啓発による理解の増進
社員一人ひとりが性的指向や性自認について基本的な知識を持つことが重要であり、そのための研修や周知啓発が求められる。
(3)相談体制の整備
専門の相談窓口を新たに設ける方法や、従来からある相談窓口に性的指向や性自認に関する相談を受け付ける方法が考えられる。
(4)採用・雇用管理における取組
性的マイノリティの当事者を排除しないようxxな採用選考や採用方法が求められる。当事者から採用時にカミングアウトがあった場合には、個人情報を慎重に取り扱う必要がある。また、配置や人事評価等の雇用管理の場面においても、xx・xxな取扱いが求められることは同様である。特に、性的指向・性自認等の機微な個人情報を労働者の了解を得ずに暴露すること(アウティング)は、令和2年6月に施行された改正労働施策総合推進法及びその指針において、パワハラの例として挙げられており、注意が必要である。
(5)福利厚生における取組
性的マイノリティ当事者であっても福利厚生制度を利用できるように、同性パートナーに関わる手当や休暇の制度を設けることが考えられる。また、各種制度を利用する場合に、意図せざるカミングアウトにつながらないような配慮が必要である。
(6)トランスジェンダーの社員が働きやすい職場環境の整備
トランスジェンダーの当事者は、自認する性の服装や容姿での勤務を希望する場合や、トイレや更衣xxの施設利用について自認する性の利用を希望する場合がある。トランスジェンダー当事者の話を聞きながら、可能な対応方法を検討することが必要である。また、戸籍上の性別と見た目が異なることがあるため、戸籍上の性別情報は慎重に扱う。そのほか、通称名の使用や制服の扱い、職場での健康診断でも配慮が必要となることが想定される。
(7)職場における支援ネットワークづくり
性的マイノリティ当事者を支援することを自発的に表明する従業員を支援する取組等が考えられる。
1 xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxxxxxx/000000000.xxx
損害保険会社の行う
「示談代行」について
東京地裁立川支部判令和2年1月15日及びその上訴審判決・自保ジャーナル2102号165頁
弁護士
xx xx
1 本件の概要
本件は、被告であるY損害保険会社の家庭用自動車総合保険に加入していた原告であるXが、被告に対し、①上記保険に係る約款等に基づき、被告が事故の被害者(なお、原告は当該交通事故の発生及び責任を争っている。)から受領した資料(以下「本件資料」という。)の原本の開示を求めるとともに、②上記事故の処理に当たり被告に善管注意義務又は説明義務等の違反があったと主張して、上記保険契約の債務不履行又は不法行為に基づき、慰謝料や別件訴訟において上記被害者から請求されている金員相当額等の損害のうちの一部として100万円の支払を求めた事案である。
2 前提事実
原告運転の原告車が前方左側を歩行中の丁山xx
(事故当時7歳。以下「丁山」という。)を追い越そうとした際、丁山が右の甲を押さえて座り込み、痛がるなどしたため、原告は警察に通報するとともに、救急車を要請した(以下、「本件事故」という。)。
原告は、被告に対し、本件事故に係る自動車保険金請求書を提出した。
被告は、本件保険契約に基づく一括払として、丁山が受診していた医療機関等に対して治療費、通院費及び文書料等を内払した。
原告は、C地方裁判所b支部に対し、丁山を相手方として、本件事故に係る損害賠償債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起し、丁山は原告に対し、本件事故に基づき損害賠償金の支払を求める反訴を提起した(以下、「別件訴訟」という。)。
本件保険契約に係る普通保険約款(以下、「本件約款」という。)のうち、賠償責任について定める第1章には、概要以下の定めがある。
1条(保険金を支払う場合)
被告は、ご契約のお車の所有、使用又は管理に起因して他人の生命又は身体を害すること(以下、「対人事故」という。)により、被保険者が法律上の損害
賠償責任を負担することによって被る損害に対して、この対人賠償責任条項及び基本条項に従い、対人賠償保険金を支払います。
損害保険会社の行う「示談代行」について
-東京地裁立川支部判令和2年1月15日及びその上訴審判決・自保ジャーナル2102号165頁-
弁護士
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6条(被告による援助)
被保険者が対人事故に関わる損害賠償の請求を受けた場合には、被告は、被保険者の負担する法律上の損害賠償責任の内容を確定するため、被告が被保険者に対して支払責任を負う限度において、被保険者の行う折衝、示談又は調停若しくは訴訟の手続について協力又は援助を行います。
7条(被告による解決)
1 次のいずれかに該当する場合には、被告は、被告が被保険者に対して支払責任を負う限度において、被告の費用により、被保険者の同意を得て、被保険者のために、折衝、示談又は調停若しくは訴訟の手続を行います。
①被保険者が対人事故に関わる損害賠償の請求を受け、かつ、被保険者が当社と解決条件について合意している場合
②被告が損害賠償請求権者から第8条(損害賠償請求権者の直接請求)の規定に基づく損害償額の支払の請求を受けた場合
2 上記1の場合には、被保険者は被告の求めに応じ、その遂行について当社に協力しなければなりません。
3 争点(1)・本件資料の原本の開示義務の有無について
1審裁判所は、以下のとおり判示して同義務を否定した。
丁山から被告に対して同意書や治療費の領収証等が送付された時点で丁山から被告に対する直接請求があったといえ、本件約款第1章7条2号の要件を満たすから、この時点で、原告と被告との間で示談等の代行業務に係る委任契約が成立したというべきであるとの原告の主張については、「本件約款第1章7条2号は、被告が事故の被害者から本件約款第1章8条の規定に基づく損害賠償額の支払の請求を受けた場合について規定するものであり、その場合の手続や支払条件については保険会社が被保険者に対して保険金の支払を行う場合とは異なる規定が置かれている。…本件において、丁山が保険会社である被告に対して本件約款の上記各規定に基づき損害賠償を請求したことを認めるに足りる証拠なく、かえって、…原告が保険会社である被告に対して自動車保険金請求書を提出して保険金を請求
し、これに基づき治療費等の内払等が行われたことが認められるから、本件約款第1章7条2号にいう直接請求が行われた場合に当たらないことは明らかである。
…本件約款第1章7条1号の『被保険者が当社と解決条件について合意している場合』という要件を充足していることを基礎づける事情は認められないから、本件について、本件約款第1章7条の適用があるとは認められず、これを前提とする原告の主張は採用できない。」とした。
本件事故後の原告と被告との間の具体的なやり取りを根拠として、被告が原告に代わり丁山との間で示談等を行うことについて、少なくとも原被告間で明示又は黙示の合意が成立していたとの原告の主張については、「保険会社である被告の示談代行権限が上記のとおり本件約款に根拠を置くものである以上、原告が主張する事実関係を前提としても上記約款の要件の充足を前提とせずに原告と被告との間で被告が示談等を代行する旨の合意がなされたと評価することは困難である。」とした。
さらに、本件約款第1章6条に基づき被告が原告に対し丁山との折衝等について協力または援助を行う義務を負っていることや、本件資料は示談等の代行業務を行うためにその準備段階で収集されたものであることを本件資料の原本の開示義務の根拠とする原告の主張に対しては、「本件約款第1章6条は、被保険者が事故の被害者等と示談等を行うに際して被告に協力又は援助する義務を負わせたものにすぎず、これにより当然に、被告が収集した資料を原告に開示すべき義務までを被告に課したものとは解されない。…被告による本件資料の収集は、任意保険会社である被告が保険運用上のサービスとして実施するいわゆる一括払(被保険者又は損害賠償請求権者からの請求を前提として、任意保険会社において、自賠責保険で支払われる部分を含めて最終的に支払を免れないと認められる範囲の治療費等を一括して医療機関等に立替払いするもの)のために行われたものであり、被告がその支払範囲を確認することを目的に自己の業務として行ったものであると認められる上、…丁山の診断書等について原告への開示を丁山が拒んでいたことも考慮すれば、…被告が収集した資料全てについて直ちにこれらを原告に開示すべき義務があったと認めることは困難である。」とした。
4 争点(2)・被告の義務違反の有無について
1審裁判所は、以下のとおり判示して原告の主張を
退けた。
原告と被告との間で示談等の代行業務に係る委任契約が成立したと認められないことは上記のとおりであるとして、これを根拠とする被告の義務についての原告の主張はいずれも前提を欠くものであって採用できないとした。
もっとも、被告は、本件約款第1章6条に基づき被保険者である原告と丁山との間の示談等について協力又は援助を行う義務を負うものであるし、本件保険契約それ自体又はその付随義務として、本件保険契約に係る事務処理を行うに際して原告の財産的利益を損なわないようにすべき注意義務や、原告に対して保険事務処理の経過や内容等について適切に説明を行うべき一般的な注意義務を負うものと解する余地があることから、原告が主張する具体的な義務又はその違反の事実が認められるかどうかについて検討した。
事故の原因や過失割合、損害の範囲等について調査・確認すべき義務については、保険会社である被告は被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して保険金を支払う義務を負うものであること、原告の責任の有無や程度、原告が賠償すべき損害の範囲等については最終的には原告と丁山との間で確定されるべきものであること、被告による丁山の治療費等の支払は一括払の一環でなされたもので、被告による支払の内容が原告の責任の有無やその範囲の確定に影響を及ぼすものではないことから、被告が保険金支払義務の有無やその範囲を確認するために、又は原告の示談代行業務を行うための準備行為として、原告の責任の有無及び程度や賠償すべき損害の範囲について損害調査や確認を行うことがあるとしても、本件約款第1章6条または本件保険契約そのものに基づく義務として、被告が原告に対し当然に原告主張の義務を負うとは解されないとした。
本件事故の処理に係る被告の業務全般について適切
かつ迅速に原告に報告する義務については、被告は、原告に対し、本件保険契約それ自体又はその付随義務として、少なくとも原告に対して保険事務処理の経過や内容等について適切に説明を行うべき一般的な注意義務を負うものと解する余地があるとする一方、本件において原告と被告との間で示談等の代行業務に係る委任契約が成立したとは未だ認められないこと、本件事故に係る被告による事務処理は、原告との間の示談代行業務の準備行為という側面のみならず、原告に対する保険金支払義務の有無及び範囲の特定という自らの業務処理という側面もあることも考慮すれば、被告
がその事務処理の内容や経過全てについて原告に報告する義務を負うものではない、とした。その上で、被告が丁山の両親からの聴取や診断書等の取付を行い、原告に対し、事務処理の進捗につき複数回説明を行ったりしていること等から被告の対応に不適切な点があったとは認められないとした。
5 控訴審判決(東京高判令和2年11月25日上記自保ジャーナル)、上告審決定(最決令和3年5月21日)控訴審判決は1審判決を一部変更したが(被保険者が
主張する保険会社の義務の根拠につき上記約款6条だけでは保険会社が被保険者に対し具体的な義務を負うことを規定したものとは解されないとした。)、結論は 1審どおりであり、最決は上告棄却、上告受理申立不受理であった。
6 損害保険会社のいわゆる「示談代行」について
我が国の損害保険会社が販売しているほとんどの自動車保険の保険約款では、対人賠償責任保険及び対物賠償責任保険において、被保険者のための保険会社による示談代行制度と、被害者による保険会社に対する損害賠償額の支払請求権(直接請求権)が規定されている。この規定は、対人賠償責任保険については昭和49年に、対物賠償責任保険については昭和57年に導入されたものである。
被保険者が被害者との間で行う示談交渉を保険会社が代行することについては、日本弁護士連合会(日弁連)より、弁護士法72条の非弁活動禁止規定に抵触するのではないかという疑問が呈された。このため、損害保険業界は日弁連と協議を重ね、以下の条件を付すことにより示談代行を行うことを日弁連との間で合意した。
①示談代行を行うのは保険会社の社員とする。
②被害者直接請求制度を導入する。
③保険会社の支払基準を作成する。
④交通事故裁定委員会(現在の公益財団法人交通事故紛争処理センター)を設立する。
⑤補填限度額について1事故無制限制度を導入する。
(以上、xxxx『人身損害賠償法の理論と実際-法体系と補償・保険の実務-』(株式会社保険毎日新聞社、 2018年390頁))
「示談代行」制度は、損害賠償について保険会社に対する直接請求制度を創設することによって、保険会社自体の事務であるという構成をとり、非弁の疑義を払拭したものといえる。
7 本判決の評価
本判決は、いわゆる「示談代行」制度における保険会社が行う資料・情報収集業務が保険会社自身の業務であることを指摘して、保険会社の被保険者に対する義務内容を適切に判断しているといえる。
TRIPs協定の3ステップ・テストとアメリカ著作xx 110条5項について
弁護士
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もちろん、保険会社としては、顧客である被保険者の顧客満足の観点や保険契約自体の付随的義務の観点から、損害賠償に関する事務処理について適宜被保険者に報告等をすべきではある。しかし、その内容は示談代行につき委任契約が成立している程度ではなく、上記のとおり、保険会社自身の業務であることを前提としたものであることが留意されるべきである。
TRIPs協定の3ステップ・テストとアメリカ著作xx110条5項について
弁護士
xx x
1 TRIPs協定13条の3ステップ・テスト
(1)TRIPs協定(Agreement on Trade-related Aspects of Intellectual Property Rights 1994)は、加盟国に著作権に関する国際条約であるベルヌ条約(1971)1条から21条及び附属書を遵守することを求めている
(9条1項)。これはベルヌ条約の保護水準をベルヌ条約非加盟国にも広く適用できるようベルヌ条約の内容を取り込んだものである。
他方で、TRIPs協定は、ベルヌ条約の厳格性を緩和し、加盟国の独自性を尊重するために、一定の条件で排他的権利の行使を制限(Limitation)し若しくは例外(Exception)を設けることを認めている(同 13条)。これがいわゆる3ステップ・テスト(3 step test)と呼ばれるものである。
次の3要件を挙げている。
加盟国が排他的権利を制限し若しくは例外を設けようとする場合、以下の要件を充たさなければならない。
①特別の場合(certain special cases)で、
②通常の利用を妨げず(not conflict with a normal exploitation)、
③権利者の正当な利益を不合理に害さない(do not unreasonably prejudice the legitimate interests
of the right holder)
(2)著作権の権利行使の制限若しくは例外としては、例えば、私的使用(private use)を挙げることができる。ただ、その内容は加盟国ごとに国内法で形成されてきており必ずしも同一ではない。
日本著作xxでは、私的使用又は家庭内使用に準ずる使用であれば著作権者の許諾なしに他人の著作物を使用することができるとしている(日本著作xx30条1項)。イギリスでは、私的使用のための個人的複製(personal copies for private use)の規定をおいている(CDPA1988 28条B)が、私的使用の範囲については、独自に、直接間接を問わず商業目的であってはならないとか(同条(1)(c))、又は、バックアップ、フォーマットシフティング、保存目的を含む等といった規定をおいている(同条(5))。
各国が、著作権や著作隣接権の排他的権利について、制限規定や例外規定を設ける場合に、どの範囲でそれが許容されるかを明らかにしたのが、3ステップ・テストである。
(3)3ステップ・テストの各ステップの意味であるが、ひとつずつ見ていこう。
第1ステップの「特別の場合」とは、権利制限してもよいほどの特別の公共政策目的や例外的な環境の存在が必要かという議論があるが、そこまで厳格に考えないのが一般的である。その範囲が明瞭に定義されていて、かつ、例外的取扱いとして狭い範囲に限定されておればよいとされてる1 。
第2ステップの「通常の利用」の意味であるが、著作権者等の権利者が自己の権利を実施して経済的価値を引き出すことが通常の利用と理解されている2 。私的使用としての複製は正にこの権利者の「通常の利用」の範囲から外れている例である。
「通常の利用」の判断は、一般に何が通常で、典型的で、普通かを、経験的性質(empirical nature)から評価して行うとともに、規範的観点(normative)からも行うとされている3 。
何が「通常の利用」にあたるかどうかを判断することは必ずしも容易ではないが、ひとつの試みとしては、「権利者がその著作物を通常利用しようと合理的に期待し得る」(an author might reasonably be expected to exploit his work in the normal course of events)かという基準によって判断することが提案されている4 。権利者の保有する価値を経済的価値と捉え、通常実現される経済的価値への権利者の期待を保護しようとする考え方である。
沿革的には、3ステップ・テストはベルヌ条約ストックホルム改正条約(1967)の複製に関して初めて導入された制度であった(9条2項)。導入にあたり、当時のスタディ・グループは「例外規定によって著作物と経済的な競争をしてはならない。」(Exceptions should not enter into economic competition with the work)との提案理由を提示している。その意味するところは、「著作物のあらゆる利用によって取得した又は取得するであろう、経済的又は実用的に重要な価値は、権利者が確保しなければならない」
(all forms of exploiting a work, which have, or are likely to acquire, considerable economic or practical importance , must be reserved to the author)というものである5 。
これを権利者が著作物から経済的価値を引き出す通常の方法に立ち入って競争することによって、その本質的で重要な商業的利益を奪ってはならないと解する立場もある6 。
最後に、第3ステップであるが、「権利者の正当な利益を不合理に害してはならない」の「不合理に害する」とは、制限規定や例外規定によって権利者の権利が不合理に害されてはならないということであるが、まずは、権利制限や例外規定が実際に施行されている加盟国における経済的影響の程度に基づいて評価されることになる7 。経済的損失が量的に大きければそれだけ第3ステップを充足する方向で判断される。ただ、その場合忘れてはならないことは、権利者の正当な経済的価値の保護とともに、他人が著作物を自由に利用することによる社会的又は文化的価値への配慮を残す必要がある8 。
2 アメリカ著作xx 10条5項の除外規定(Exemption)について
(1)アメリカでは、著作権法上、権利者に上演権及び演奏権が認められていたが、1909年法時代には、その権利範囲が明確でなく、殊に、ホテルや飲食店でラジオ放送をスピーカー等で再送信し顧客に聞かせる行為が許容されるかどうかが明らかでなく、判例も動揺していた9 。
そこで、1976年法は、「家庭用除外規定(」Homestyle Exemption)を設け、家庭で普通に使用されている一個の装置で公の上演及び演奏を公に受信し伝達することが許されることになった(US著作xx110条
(5)(A))。
(2)さらに、1998年の音楽ライセンスxx法では、事
業者向けに「事業用除外規定」(Business Exemption)を設けて、商業施設の面積や受信装置の数に応じて、上演を除外することが条件であるが、商業施設で音楽著作物の演奏又は画面表示を公に伝達する行為を許容した。具体的には、例えば、(ⅰ)①2000平方フィート(185.8㎡)未満の面積を有する事業者で飲食業者でない場合、②2000平方フィート以上の面積を有する事業者であっても6個を超えないラウドスピーカーで、ラジオ及びテレビ放送を公に伝達等すること、又は、(ⅱ)①3750平方フィート(348.4㎡)未満の面積の飲食店は顧客にラジオ及びテレビの放送を公に伝達等することが許容された。また、② 3750平方フィートを超える面積の飲食店でも、ラウドスピーカーが6個を超えない場合、又は視聴覚装置が4個を超えない場合で、55インチのスクリーンを超えない場合は、同様に顧客に同放送を公に伝達等することも許容されている(同110条(5)(B))。
(3)家庭用除外規定及び事業用除外規定によって、ア
メリカ国内では、13%の事業者が家庭用除外規定の恩恵を受け、飲食店の70%が事業者用除外規定の恩恵を受けているといわれている。
このような除外規定は、権利者の権利に多大な影響を与えていると思われるが、ベルヌ条約11条の2
(1)(ⅲ)(放送権若しくは公の伝達権及び拡声器等を使った公の伝達権)、同11条(1)(上演及び演奏権並びに公の伝達権)に抵触しないかが問題となった。
また、そのような除外規定を設けることがTRI Ps13条の3ステップ・テストに違反しないかが問われた。
3 アメリカ合衆国(US)著作xx110条(5)(A)及び
(B)に関するパネル報告
(1)本件の経緯を簡単に説明すると、EC(European Communities、欧州共同体)は、1999年4月15日、世界貿易機関(WTO)の紛争解決機関(DSU)に対して、パネルの設置を求め、同年5月26日、パネルが設置された。ECは、パネルに対して、US著作xx 110条(5)(A)(家庭用除外規定)及び(B)(事業用除外規定)は、TRIPs9条(1)、ベルヌ条約11条の2(1)(ⅲ)及び 11条(1)(ⅱ)に違反すると主張し、合わせてアメリカが国内法を整えてTRIPs上の義務をはたすことを推奨するよう求めた。これに対して、アメリカは、US著作xx110条(5)(A)及び(B)はTRIPs上の義務に適合していると反論した。
パネルは、2000年6月15日に報告書を完成させ、
DSUはこの報告書を同年7月27日に採択している。今回は、紙面の関係上、US著作xx110条(5)(A)
の家庭用除外規定については触れないことにする。結論としては、パネル報告書は、この家庭除外規定はTRIPs13条に違反していないと判断している。
(2)事業用除外規定(B)と第1ステップについて
事業用除外規定がTRIPs13条の「ある特別の場合」に該当するかについて、パネルは、上述のとおり、特別の公共政策上の目的を有する必要はなく、明瞭な範囲が定義されていて、その範囲が例外的取扱いとして狭い範囲に限定されていればよいとしている。
ECとUSは、専ら事業用除外規定が対象とする事業者の量的な割合を議論している。争点としては、潜在的利用者を含むかを問題にしている。
アメリカが証拠として提出した The National Restaurant Association(NRA)の1995年に実施した会員に関する資料によると、36%のレストラン(着席給仕のあるもの)、95%のファーストフードレストランの面積は、3750平方フィートを下回っていた10。
また、The Congressional Research Service(CRS)の1995年のデータに基づく調査結果では、アメリカの71.8%の飲み屋、65.2%の食事処、27%の小売事業者がUS著作xx110条(5)(B)の事業者用適用除外の上記条件を満たしていた。更に、Dun & Brad street(D&B)が1999年に実施した調査結果によると、73%の飲み屋、70%の食事処、そして45%の小売施設が同除外規定の要件を充たしていた11。
ECは、CRS及びD&Bの割合に包含されている全ての事業者がこの除外規定の「潜在的利用者(」potential users)として考慮されるべきであると主張した。
これに対して、アメリカは、CRS及びD&Bの割合を構成する事業者の中から、(ⅰ)音楽を聴かない事業者がいるはずだし、(ⅱ)課金されるのであればラジオやテレビの電源を切る事業者もいるはずだ、また(ⅲ)ラジオやテレビ以外の音源を利用することも考えられる等と主張して、それらの事業者を上記割合から差引くべきだと主張した。現実の利用者の量を問題にする立場である。
パネルは、ECに同意して、第1ステップの「ある特別の場合」にあたるかを判断する場合には、現実の利用者だけでなく、潜在的利用者も含まれるとして、アメリカが主張した差引き計算を支持しなかった12。
(3)第2ステップについて
アメリカは、以下の理由を挙げて事業者用除外規 定における非上演音楽著作物の利用が「通常の利用」に該当しないと主張した。第1に、著作権管理者団体(CMOs)にとって、小規模の飲食店、小売事業者に対するライセンス等の権利処理が管理上の理由で難しいこと、第2に、事業者用除外規定の大部分は旧家庭用除外規定によって元々除外されていたから、権利者の「通常の利用」を妨げているとはいえないこと、第3に、事業者用除外規定(B)が制定されていないとしても、CMOsとグループ・ライセンスを締結することによって、同除外規定の内容と同様の合意をしていたと推認できることを挙げている。アメリカは、2つの資料を証拠として提出してい
る。一つは、10.5%のレストランがCMOsのライセ ンスを受けているというもの、もう一つは、19%のレストランがASCAP(米国作曲家作詞家出版者協会)からライセンスを受けているというものである。これに対して、ECは、第1の点については、EC
においてはCMOsは、アメリカが主張するような権利処理上の困難には直面しておらず、多くの小規模事業者とライセンスを行っていると反論した。
第2の課題は、事業用除外規定の下で非上演音楽著作物が利用されている状況が、権利者の通常の利用を妨げていないかである。
パネルによると、1998年法改正前(事業用除外規定制定前)においては、家庭用除外規定により事実上除外されていたレストランの多くは、Aiken事件で問題になったサイズ(当該ファーストフードの面積は1055平方フィート(98㎡ )よりも大きな面積で営業していた事業者であった。しかし、これらの事業者は、家庭用除外規定に関する裁判規範が確定しないことも相俟って、当該除外規定の恩恵を受けて CMOsからライセンスを受けないで他人の著作物を利用することができた。そうすると、アメリカが提出した資料(10.5%のレストランがCMOsのライセンスを受け、19%のレストランがASCAPからライセンスを受けていた)によれば、事業者の中には、 CMOsからライセンスを受けて報酬を支払っていた者と、当該除外規定により報酬を支払っていない者がいたということになる。パネルは、この点をとらえて、ある事業者からは報酬を得て、他の事業者からは報酬を得ていない状態が、権利者の報酬への合理的期待という観点から、果たして、それらを包括して「通常の利用」と評価できるかについて更に検討が必要であるが、パネルとしては、そのような証
拠はいまだに提出されていないと結論付けている13。
第3の点については、パネルは、第1に、アメリカが提出したCMOsによるライセンスに関する数や割合の資料によると、1976年US著作xx制定前には、 CMOsは、非上演音楽著作物の利用者に対して、決して相当程度のライセンスを実施していたとはいえないと認定している。第2に、NRA資料によると、 1976年US著作xx制定から1998年改正法制定までに関しては、16%の着席サービスレストラン、5%のファーストフードが、CMOsとの間でライセンス契約を締結していたが、平均すると10.5%のレストランがCMOsとライセンス契約を締結していたに過ぎない。また、1997年時点でアメリカの音楽著作権管理団体であるASCAPは19%を超えてはレストランとはライセンス契約を締結していなかった14。
要するに、多くの割合の飲食店や小売店がCMOsからライセンスを受けることなくラジオやテレビ放送を利用していたということであるから、権利者はそこから経済的価値を実現しようと合理的に期待し得たということになる。
このような検討を経て、パネルは、US著作xx 11条5項(B)は、第2ステップの通常の利用に抵触していると結論付けた。
(4)第3ステップについて
第3ステップは、「権利者の正当な利益を不合理に害してはならない」という要件である。
「不合理に害している」かどうかは、主に、権利者への経済的影響の程度によって評価されるとされている15。
ECも、この判断基準に従い、除外規定による権利者への経済的影響によって判断されるべきであるとした。その場合、現実的な利用者だけでなく、潜在的な利用者による影響を含めることができるとしている。また、D&Bの調査結果を引用して、73%の飲み屋、70%の食事処、及び45%の小売事業者が、無条件に事業用除外規定により除外されているということは、その経済的影響は大であり、権利者の利益が不合理に害されていることは明らかであると主張した16。
これに対して、アメリカは、それらの割合から以下のものを差引くべきであると反論している。事業者のうち、①音楽を全く演奏していない者、②ラジオ又はテレビ以外の音源を利用した者、③1998年法改正前からCMOsからライセンスを受けておらず、
CMOsとしてはそれらの事業者を対象にライセンスさせることが不可能であったであろう者、④事業用除外規定と同様の内容のグループ・ライセンスを受けていたであろう者、⑤有償であればラジオやテレビの電源を切ったであろう者17、である。
しかし、アメリカは、差引くべきとした①~⑤が実数としてどの程度になるのかの証拠を提出しなかった。
これを受けて、パネルは、アメリカは最終の立証責任を負っているにもかかわらず、事業用除外規定が不合理に権利者の利益を害していないという十分な立証に成功していないという理由で、第3ステップの要件は充足していないと判断した18。
4 最後に
パネル報告書によって、3ステップ・テストの課題が明らかになった。
まず、第1に、第2ステップは、権利者が通常の利用として合理的に期待し得るものかどうかという基準である。しかし、パネルは、経験的性質若しくは規範的観点から評価するとしながら、経済的価値を量的視点からのみ判断した。今後の課題としては、どの程度の量に達すれば、権利者が合理的に期待する利益と抵触するのかが明らかにされなければならない。他方で、量的要素以外の考慮要素、おそらく規範的要素になると思うが、その内容を検討することが残された課題と言える。
第2に、パネルは第2ステップの要件と第3ステップの要件を権利者が有する経済的価値への影響という視点で見ている。その結果、2つの要件の違いが分からなくなっている。「通常の利用」であれば「権利者の正当な利益を不合理に害する」ことが推定されてしまうのか。
この問題については、経済的価値以外の規範的な考慮要素を加味すべきであるとする考え方や「xxな報酬」の支払の有無を考慮に入れるべきであるとする考え方が提案されている。今後の検討に重要な示唆を与えるものとして評価できる19。
1 WTO Report of the Pane(l 2000), United States-Section110(5) of the US Copyright Act, WT/DS160/R, 6.112, at 34.
2 Panel., 6-165, at 44.
3 Panel., 6-166, at 44.
4 Panel., 6-177, at 47.
5 Preparatory Documents Distributed before the Opening of the Conference, Documents S/1(Berne Convention), at 112.
6 Panel., 6-183, at 48.
7 Panel., 6-221, at 57.
8 Documents S/1, at 113.
9 Twentieth Century Music Corp. v. Aiken, 422 U.S. 151(1975).なお、xxxx『x作xxにおける権利制限規定の解釈とstep test-厳格解釈から柔軟な解釈へ―』知的財産法政策研究 Vol.45
(2014)、205頁以下が詳しい。 10 Panel., 6-121, at 35.
11 Panel., 6-122, at 35-36 and 6-123, at 36.
12 Panel., 6-127, at37.
13 Panel., 6-197, at 52.
14 Panel., 6-193, 6-194, at 51-52.
15 Panel., 6-221, at 57.
16 Panel.,6-220., at57. and 6-237, at 61.
17 Panel., 6-238, at 61.
18 Panel., 6-239, at 62 and 6-265, at 67.
19 xx,xxxra note9, at 279-286.
ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査報告書」について
弁護士
xx xx
「「ソフトウェア業の下請取引等に
関する実態調査報告書」について
弁護士 xx xx
0 はじめに
xx取引委員会が、令和4年6月29日、「ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査報告書」(https:// xxx.xxxx.xx.xx/xxxxxx/xxxxxxxxxxxx/0000/xxx/000000_ sw_03.pdf。以下「本報告書」という。)を公表した。この調査(以下「本調査」という。)の趣旨は、ソフトウェア制作の取引においては、「『多重下請構造型のサプライチェーン』という特徴的な取引構造の下、買いたたきや仕様変更への無償対応要求といった下請法に違反する商慣行の存在がxxx懸念されている」こと、また、「フリーランスSEへのしわ寄せ問題が生じている可能性」があることから、ソフトウェア業における下請取引等に関する実態調査を行うことにあるとされている。
本報告書では、ソフトウェア業の事業者に対するヒアリング結果のほか、ヒアリングによって判明した下請取引の実態を踏まえた下請法及び独占禁止法上の問題点が整理されているだけでなく、下請法及び独占禁止法上の優越的地位の濫用の執行強化を進めていくxx取引委員会の姿勢が明言されている。
京都には、ソフトウェア業の下請取引に関わっている元請事業者、下請事業者だけでなく、フリーランス SEも多いと思われ、日頃の取引において、本報告書の内容を踏まえて対応することが、元請事業者側では
コンプライアンス等につながり、下請事業者側では無用な不利益の回避に資すると考えられる。そこで、本報告書の内容の一部を簡単に紹介したい。
2 ソフトウェア制作業界の特性に関する指摘と問題点
本報告書では、ソフトウェア制作取引における下請法違反や優越的地位濫用を誘引ないし助長する要因として、ソフトウェア制作の取引の特性が報告内容全体を通して指摘されている。
その一つが多重下請構造である。多重下請構造は、建設業界などでも存在するが、ソフトウェア制作においても、エンドユーザーのニーズの多様化、プログラム言語等から生じる専門性、1社だけでは必要な人員を確保できない等の事情から、多重下請構造型のサプライチェーンが形成されていることが分析されている。
また、ソフトウェア制作取引においては、対象となる成果物が無体物の作成であることから、「取引当事者間で成果物に関する正確な共通認識を形成しづらいという特性」があると指摘され、その結果として、「ソフトウェア制作では発注時点では要件定義の詳細が固まらず、作業開始後に要件定義の変更等を行いつつサプライチェーン全体でコミュニケーションを取りながら作業を進めていくことの多い傾向」があると分析されている。
このように、ソフトウェア制作取引においては、多重下請構造型のサプライチェーンが形成されている状況下で、契約が締結され作業が開始された後でも、要件定義の変更やそれを踏まえた費用の調整等が行われる可能性があるという特性がある。この特性の結果として、本報告書では、次のような問題点が生じ得ると指摘されている。なお、本報告書は、①~③は多重下請構造を背景とする下流に位置する事業者への「しわ寄せ」行為、④及び⑤はソフトウェア制作の特性にそれぞれ由来するものであると整理している。
①買いたたき
(報告例)
「元請事業者→当社の取引と思っていたところ、後から、元請→元請子会社→元請子会社の関連会社→当社の商流となり、当初元請事業者に提示した見積額を100とすると、最終的な契約額は50まで値下げさせられた。」
(発生要因)
本報告書は、上記報告例について、「多重下請構造下では、エンドユーザーの発注金額を上限とし
て、再委託の都度、中間マージン等が差し引かれるため、下層に行くほど、受注金額が低くならざるを得ない。階層が積み上がると価格交渉の余地も小さくなるため、下流では『初めから原価割れ』といった状況も生じ得る」と分析する。
②下請代金の減額
(報告例)
「エンドユーザーが作業開始後に減額を求めることがあり、最終下請の立場としては、中間業者に全て被らせるわけにもいかず、自社も減額交渉に応じざるを得ないことがある。」
(発生要因)
本報告書は、上記報告例について、「多重下請構造下では、上流の事業者が自ら受けた減額要請を発端として下流の事業者にまでその減額の影響が及ぶことがある」と分析する。
③支払遅延
(報告例)
「2つ上の商流の会社の資金繰りが厳しくなって当社の発注元への支払が滞ったため、そのまま当社への支払にも遅延が発生した。」
「納品した後に、どういう商流にするか決まっていないと言われ、支払が6か月も遅れた。」
(発生要因)
本報告書は、上記報告例について、「ソフトウェア業では、99.9%の割合で現金決済が行われており、手形を用いて資金繰りを行うといった商慣行がほとんど無い。そのため、事業者は手持ち現金の確保が重要となるが、…ソフトウェア業では規模の小さい事業所が多く、中小企業を中心とした多重下請構造の場合、上流の事業者で生じた資金繰りのトラブルがそのまま下層へ連鎖していくという問題が生じ得る」と分析する。
④不当な給付内容の変更・不当なやり直し
(報告例)
「エンドユーザーの都合で要件が変更されて生じた不具合を下請事業者の当社が自己負担で修正させられた。」
「仕様変更やエンドユーザーの勘違いなどから生じた作業の一部変更を親事業者の指示により無償でやらされた。」
(発生要因)
本報告書は、上記報告例について、「作業開始後の仕様変更の影響や情報伝達の問題は、多重下請構造を通じて最下層の下請事業者まで連鎖してい
くこととなる」と分析する。
⑤受領拒否
(報告例)
「エンドユーザーのシステムにバージョンアップが入り、現在作成中のプログラムでは仕様に合わなくなったという理由で完成しても受領しないと言われた。」
(発生要因)
本報告書は、上記報告例について、「下請事業者が受注する案件は『基幹システム』や『業務支援システム』の受託開発が多く、その仕様はエンドユーザーの業務内容に特化したオーダーメイドとなる。そのため、情報伝達の問題等によってエンドユーザーの意向と成果物とに乖離が生じた場合などには、上流から下流へ発注のキャンセルが連鎖し、下請事業者への受領拒否として顕在化するおそれがある」と分析する。
3 上記問題点と下請法及び独占禁止法の関係
(1)下請法及び独占禁止法の適用可能性
下請法は、同法所定の要件を満たした親事業者と下請事業者間の取引に適用されるところ、本報告書によれば、「資本金1千万円超3億円以下の事業者同士の取引といった下請法の適用対象とならない取引も相当程度存在する可能性がある」とのことであり、ソフトウェア業の下請取引においては、下請法の規制を受けないものが多く存在する可能性がある。
しかし、下請法の規制対象とならない取引であっても、一方の取引当事者が、取引上相手方に優越している場合には、独占禁止法上の優越的地位濫用規制(独占禁止法2条9項5号)が及ぶことがある。
その際、「優越している」かどうかの判断は、一方の取引当事者の相手方に対する取引依存度、取引先変更の可能性等の具体的事情を総合的に考慮して判断されるが(xx取引委員会「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」)、本調査における下請取引依存度(下請取引の売上高÷総売上高× 100)のアンケート結果として、下請取引への依存度が90%以上の事業者が3割を超えるなど全体的に多いこと、特に最終下請においては44.6%の事業者が下請取引に90%以上依存していることが判明している。加えて、最も取引額の大きい特定の事業者との取引に90%以上依存している最終下請の事業者が 17.5%も存在していることや、上記2のような問題行為を受けた場合の対応について、「泣き寝入り」と
いう回答が最も多かったという調査結果もあった。このような下請取引への依存度等を踏まえれば、ソフトウェア業の下請取引における下流の事業者に対する問題行為に優越的地位濫用規制が及ぶ可能性は十分にある。
(2)下請法違反及び優越的地位濫用の可能性
上記のとおり、ソフトウェア業の下請取引については、下請法上の親事業者・下請事業者の関係がある場合には下請法が適用され、そのような関係がない取引であっても、下請事業者の取引依存度等によっては、独占禁止法上の優越的地位濫用の規制が及ぶことになる。
本報告書では、上記2の①~⑤の報告例のほかにも、下請法及び独占禁止法上問題となり得る行為が紹介されているので、以下に一部を引用する1 。
①買いたたき
・エンドユーザーから値引き要請があったので、価格を一律20%下げてほしいなどと言われた。
・元請事業者の落札価格が低かったことを理由に30%カットされた。
・下請代金の額が決定されないまま「早く、早く」と急かされ、納品した後になって非常に安い金額を一方的に支払ってきた。
②下請代金の減額
・親事業者に対して問題なく制作して納品したにもかかわらず、エンドユーザーが納得しないと言われて減額された。
・振込手数料は(合意が無くても)当たり前のように差し引かれる。
③支払遅延
・エンドユーザーの都合で月末の検収処理に間に合わず、65日後支払となった。
・検収合否の判断基準が明確でないため、状況によって支払が遅れることがある。
④不当な給付内容の変更・不当なやり直し(やり直しの要請)
・WEBサイト制作において、90%完成した段階で元請とエンドユーザーとの間で仕様に関するコンセンサスが取れていないことが発覚し、親事業者の指示により微々たる追加代金でサイトを最初から作り直させられた。
・エンドユーザーが要求仕様を固められない段階で、親事業者から見切り発車で作業を始めさせられたため、最終的に無償で多くのやり
直しをすることになった。
⑤受領拒否
・ソフトウェアの作成が終わり納品した後に仕様変更を要求され、現在のままだと受け取らないと言われた。
・サービス開始時期が変わったという理由で受領してもらえなかった。
4 取引上の留意点
以上のとおり、ソフトウェア制作取引における多重下請構造が、ソフトウェア制作の特性と相まって、下流の下請業者が不利益を不当に被る要因の一つとなっている。この問題の解消のためには、多重下請構造自体が解消されることが望まれるが、本調査のヒアリングにおいては、事業者から「現状維持」という意見が多くみられたとのことであり、この問題が近い将来解消されることは考えにくい。
そのため、現時点においては、ソフトウェア制作取引に関与する当事者それぞれが、下請法違反や優越的地位濫用を引き起こさないよう意識し、行動することが肝要である。
本報告書の内容を踏まえると、契約締結前後において、(既に意識されている事業者も少なくないと思うが)以下の点を意識した対応が求められると考える。
契約締結前
・支払等の基本的な契約条件のほか、成果物の仕様も含め、契約内容をできる限り明確化し、契約を締結する。
・下請代金の額を決定するに当たっては、親事業者の上流に位置する事業者を起点とする「しわ寄せ」により、下請事業者が一方的に不利な内容を押し付けられることがないよう、親事業者と下請事業者との間で十分な協議を行う。
契約締結後
・事後的な下請代金の減額は、下請事業者の責めに帰すべき理由がある場合に行う。
・事後的な給付内容の変更・やり直しに当たっては、その原因が下請事業者の責めに帰すべき理由があるかどうかにより、無償と有償いずれにすべきかを判断する。
・下請事業者からの給付の受領の拒否を検討するに当たっては、その原因が下請事業者の責めに帰すべき理由があるかどうかを確認、検討する。
・エンドユーザーのニーズ等に応じて、発注時に定めた契約条件を変更するとしても、親事業者の上
流に位置する事業者を起点とする「しわ寄せ」により、下請事業者が不利な内容を一方的に押し付けられることがないよう、親事業者と下請事業者の間で十分に協議を行う。
なお、エンドユーザーとの関係性等、上記対応を徹底することが実際には困難な事情もあると思われる。その場合でも、親事業者と下請事業者間の十分な協議の場を持つなど、可能な対応を行うことが、多重下請構造による弊害の緩和につながると考えられる。
以上のほか、本報告書では、最近の指導事例、「中抜き事業者」が介在することによる弊害・問題点、発注書面に関する問題点、いわゆるデスマーチに関する言及もなされている。関係事業者におかれては、本報告書全体を確認し、自社の対応に問題点がないか等を確認することが有益である。
会社貸与のスマートフォン内の取引先・顧客情報が「営業密」に該当しないとして無罪が言い渡された事例
-津地裁令和4年3月23日判決弁護士
xx xx
0 本報告書には、本稿に記載したもの以外にも具体例が掲載されているため、適宜参照いただきたい。
会社貸与のスマートフォン内の取引先・顧客情報が「営業秘密」に該当しないとして無罪が言い渡された事例
津地裁令和4年3月23日判決
弁護士
xx xx
x1 はじめに
令和4年3月23日、津地方裁判所において、不正競争防止法違反被告事件について、無罪判決が言い渡された(確定)。同事件は、当事務所のxxxxx士、xxxxx弁護士及び当職が弁護を担当した事件である。令和2年7月の起訴以降、複数回にわたる公判前整理手続等を経て、無罪判決となった。判決は、TKCローライブラリーに掲載されている。
第2 公訴事実の概要
本件は、食品の卸売業を営む株式会社(以下「本件会社」という。)の上席営業部長の地位にあった被告人が、本件会社を退職するにあたり、携帯電話ショップ
において、同ショップ従業員を介して、本件会社から貸与されてプライベートでも使用していたスマートフォンから自己が使用する自己所有のスマートフォンに、本件会社の顧客である取引先会社等の担当者の役職・氏名及び電話番号等の「取引先・顧客情報」(以下
「本件顧客情報」という。)を含む電話帳データを全て複製して移行させたことについて、本件顧客情報が本件会社の保有する営業 密であり、これを本件会社から示されていた被告人が、不正の利益を得る目的及び本件会社に損害を加える目的で、営業 密の管理に係る任務に背き、営業 密に係るデータの複製を作成する方法で営業 密を領得したとして、平成30年法律第 33号による改正前の不正競争防止法(以下単に「法」という。)21条1項3号ロ違反の罪に問われた事案である。
被告人は、本件会社の営業活動に従事していた。携帯電話の発売が開始されて間もなく自らフィーチャーフォン(いわゆるガラパゴス携帯。以下単に「ガラケー」という。)を購入して利用を開始し、本件会社の業務にも利用していた。その後、本件会社からガラケーを貸与された後、本件会社の許可を得て、会社貸与ガラケーに私用ガラケーの情報を一本化した。以後、会社貸与ガラケーに、日常で知り得た電話番号を全て入力していった。そのため、会社貸与ガラケーの電話帳データには、被告人がプライベートで用いる情報と業務上知り得た取引先の連絡先情報とが混然一体となった形で蓄積されていった。そして、会社貸与携帯がガラケーからiPhoneに切り替えられたことに伴い、会社貸与ガラケーの電話帳データに登録されていたデータが会社貸与iPhoneの電話帳データに移行された。なお、本件会社では、営業担当者が取得した取引先の連絡先情報を集約して顧客リストのようなものを社内で作成し、それを営業担当者に提供して携帯電話に登録させる扱いはしておらず、営業担当者らが自己の担当する取引先の連絡先情報を各人で管理していた。本件顧客情報も、被告人が専ら自力で形成・蓄積したものであった。
被告人は、本件会社を退職するにあたり、上記のと
おりプライベートで用いる情報と業務上知り得た取引先の連絡先情報とが混然一体となった形で蓄積されていた会社貸与iPhoneを返却することになるため、携帯電話ショップにおいて、新たに会社貸与iPhoneと同型のiPhoneを購入し、同ショップ従業員に、会社貸与iPhoneの中のデータを全て移行してもらった。その結果、会社貸与iPhoneに蓄積されていた本件顧客情報がそのまま被告人の購入したiPhoneに複製され
ることとなり、上記公訴事実で起訴されたのである。
第3 主たる争点
本件の主たる争点は、本件顧客情報が、法2条6項所定の「営業 密」に該当するか否かである。「営業 密」に該当するためには、Ⅰ 密として管理されている情報であること( 密管理性)、Ⅱ事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)及びⅢ公然と知られていないものであること(非公知性)の三要件を充足することが必要である。この点、裁判所は、 密管理性の要件との関係では、「本件顧客情報を複製・領得しようとする者に対して不正なことをしているという自覚を持たせられるだけの障壁が設けられていたといえるか否か」が問題となるとした。
第4 裁判所の判断
1 本件顧客情報の性質と求められる 密管理措置 裁判所は、まず、本件顧客情報の性質を検討した
上で、求められる 密管理措置の程度を検討した。すなわち、被告人の会社貸与iPhoneに蓄積され ていた電話帳データには、①私用の電話番号(家族、親戚、友人、馴染みの店など)のほかに、②取引先の代表電話番号、③取引先担当者が業務用に用いる携帯電話番号等、④親しくなった取引先担当者の私的携帯電話番号等が含まれていたと認められるところ(検察官が「本件顧客情報」として問題とするのは、このうちの②~④の情報である。)、②や③については、同業者であれば特別な困難を伴うことなく容易に入手することができる情報といえ、本件会社が独自に形成・蓄積することによって市場における競争上の優位性を確保していると評価し得るような特別な情報という性質は希薄であったから、有用性や非公知性の要件を充足していると見るには相当に疑問があるし、本件会社として営業担当者から提供を受けてxx的に管理しているものを個々の営業担当者に提供して利用させていたわけではなく、被告人が専ら自力で形成・蓄積していた情報であるから、本件会社が独自に形成・蓄積してきた特別な
情報(有用性及び非公知性の認められる特別な情報)
を被告人に開示して利用させたという意味合いは乏しいと見るほかないとし、④についても、被告人が当該取引先担当者との間での個人的な信頼関係又は交友関係を構築する中で獲得した情報であって、本件会社から提供された情報ではないばかりか、当該取引先担当者と被告人との個人的な関係から切り離
された形で本件会社が利用することのできる性質の情報でもないから、本件会社に帰属するべき情報とはいい難い上、被告人個人から切り離すことが難しい被告人自身の人脈と不可分の情報であったから、
②~④のいずれも、本件会社が被告人に対して退職
(転職)後にその利用を一切許さないとすることには、本件会社の市場における競争力の維持・確保という要請と被告人の職業選択(転職)の自由との均衡という観点から見て相当に問題があるといわなければならないものであったとした。
そして、このような背景がある中で、本件会社において(被告人を含む)営業担当者に対して退職(転職)後の利用が一切許されなくなる「営業 密」であると自覚させようとするからには、強力な 密管理措置を講じる必要があったとした。
2 本件における 密管理措置
その上で、裁判所は、被告人が署名した「 密保持に関する誓約書」については、その記載内容から、本件会社が株式上場を目指すにあたりインサイダー取引等の不祥事を起こさないよう情報管理の徹底を誓約する趣旨にも理解できるものであって、これに署名したからといって、本件顧客情報のような従前営業担当者個人に帰属すると考えられてきた情報について退職(転職)後の利用が一切許されなくなることを理解しなかったはずはないと認めることはできないとした。また、本件会社の「 密情報管理規程」についても、「業務を遂行するにあたり会社から提供された全ての情報」を「 密情報」とする旨の極めて包括的な定めが置かれているから、いかに厳格な管理方針が定められていても、実際に厳格な管理がされていなければ、この規程の対象とされている「 密情報」の全てが本件会社の死守しようとしている「営業 密」であって、社長の許可なく複製を作れば懲戒処分の対象となるばかりか、刑事罰を受けるおそれがあると理解する者などいないといってよく、「 密情報管理規程」で「 密情報」として明示されているというだけでは「 密として管理されている」と認めるわけにはいかないし、現実の実態としても、「写しをとる場合は、社長の許可を必要とする」(4条)とされていたが、被告人が本件会社の情報管理担当社員に頼んで会社貸与iPho neの電話帳データのバックアップを作ってもらった際、同人から社長の許可が必要である旨の指摘を受けることはなかったのであって、社内で「取引先連絡先に関する情報」の「写しをとる」ことが問題
であるという意識が徹底されていたとは認められないこと、「社外への持出しは、原則禁止する。業務上、やむを得ない場合には、社長に申請し、その指示に従うものとする」(5条)とされていたが、被告人の管理していた本件顧客情報について見ても、被告人がプライベートでも使用していた会社貸与iPho neの中でプライベートの連絡先と混然一体となった状態で保存されたまま、自由に自宅に持ち帰ることが引き続き許されていたのであって、情報の社外への持出しが禁止されていることを前提にした厳格な対応(例えば、会社貸与携帯をプライベートで使用することを厳禁した上で、会社貸与携帯は自宅に持ち帰ることを原則禁止し、業務上持ち帰りの必要があるときは個別に会社の許可をとらせるなど)がとられていたとは認められないこと等から、(被告人を含む)営業担当者に対し、退職(転職)後の利用が一切許されなくなる「営業 密」に当たることを明確に自覚させるために十分なものであったとは到底いえず、本件顧客情報が 密管理性の要件を充足しているとは評価できないとした。
第5 雑感
本件は、その事実関係から、無罪判決は当然であったといえる。
他方で、事業において「営業 密」の保護も重要である。そのためには、 密管理性がとりわけ重要であり、どのような 密管理をしておくべきかについて、裁判例から学ぶべき点は多い。本件でいえば、判決が指摘するとおり、会社貸与携帯をプライベートで使用することを厳禁する、会社貸与携帯は自宅に持ち帰ることを原則禁止し、業務上持ち帰りの必要があるときは個別に会社の許可をとらせるなども考えられた。
前科情報が記載されたツイートの削除請求
令和4年6月24日最高裁判決
弁護士
xx xx
x科情報が記載されたツイートの削除請求
-令和4年6月24日最高裁判決弁護士
xx xx
x1 はじめに
近時、インターネット上の記事等における名誉毀損やプライバシー侵害による損害賠償請求、削除請求、あるいは発信者情報開示請求などの案件が増加しているようである。下記の最判平成29年1月31日の最判解説が引用している「平成29年度の東京地方裁判所民事第9部における民事保全事件の概況」(金法2092号6頁)によれば、インターネット関係の仮処分は、民事保全事件の約2割を占め、仮の地位を定める仮処分を分母とすると6割を上回るということである。現在では更に増加していることが推測される。
こうした中で、標題の最判令和4年6月24日は、ツイッター運営者に、ツイッター上に残された犯歴情報が記載されたツイートの削除を命じた。
第2 犯歴情報等についてのこれまでの判例
1 犯歴情報とプライバシーx
x判昭和56年4月14日(判時1001号3頁)は、弁護士法23条の2に基づく照会に応じて犯歴を開示した自治体の責任について、「前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであって、市区xxxが、本来選挙資格の調査のために作成保管する犯罪人名簿に記載されている前科等をみだりに漏えいしてはならないことはいうまでもないところである。」として、犯歴情報が開示されないことは法的保護に値する利益であるとした。
2 人格権と表現の自由との調整、人格権に基づく差止請求
最判昭和61年6月11日(判時1194号3頁()北方ジャーナル事件)は、名誉毀損事実が記載されている出版物の出版差止を求めた事案について、「人の品性、xx、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか、人格権
としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。けだし、名誉は生命、身体とともに極めて重大な保護法益であり、人格権としての名誉権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるからである。」として、名誉権に基づき差止請求権が発生し得ることを認めた。ただ、表現の自由との調整が必要となり、事前差止は原則として認められないとしつつも、「表現内容がxxでなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき」には、事前差止も認められるとした。
3 犯歴情報と表現の自由との調整、損害賠償
最判平成6年2月8日(判タ933号90頁)は、書籍に実名で犯歴情報が記載された事案について、昭和56年最判を引用して犯歴情報が開示されないことは法的保護に値する利益であるとした上で、「もっとも、ある者の前科等にかかわる事実は、他面、それが刑事事件ないし刑事裁判という社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にかかわるものであるから、事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえない。また、その者の社会的活動の性質あるいはこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判あるいは評価の一資料として、右の前科等にかかわる事実が公表されることを受忍しなければならない場合もあるといわなければならない(最高裁昭和55年(あ)第273号同56年4月16日第xx法廷判決・刑集35巻3号84頁参照)。さらにまた、その者が選挙によって選出される公職にある者あるいはその候補者など、社会一般の正当な関心の対象となる公的立場にある人物である場合には、その者が公職にあることの適否などの判断の一資料として右の前科等にかかわる事実が公表されたときは、これを違法というべきものではない(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第xx法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。」として、一定の場合には犯歴情報の公表も受忍せざるを得ない場合があり、その調整の要件については、「その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その
当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合」には、損害賠償請求が認められるとした。
4 プライバシー権と表現の自由との調整、差止請求最判平成14年9月24日(判時1802号60頁)は、血管 奇形が外貌にあらわれ、韓国でスパイ容疑で逮捕された経歴などがある者をモデルとした小説について、小説になることを全く知らされていなかったモデルにされた者が出版差止を求めた事案について、
「人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。どのような場合に侵害行為の差止めが認められるかは、侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである。そして、侵害行為が明らかに予想され、その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは侵害行為の差止めを肯認すべきである。」として、プライバシーxxの人格権に基づく差止を認めた。
5 小括
以上のとおり、プライバシー権に基づく損害賠償や差止請求は、表現の自由との調整が必要となる場面があるものの、一定の要件のもとで認められてきた。
第3 インターネット上の記事等についての判例
1 投稿者に対する請求とインターネット記事の特殊性
インターネット上の記事等についても、当該記事等を投稿した者自体に対する請求については、上記のプライバシー侵害の場合と同様の判断となり、表現の自由との調整があり得るとしても、損害賠償や削除請求が認められる場合は少なくないと考えられる。削除請求についても、いったん公表されてしまった記事等に対するものであることから事前差止の問題ではなく、また、損害賠償が認められながら
削除請求が認められないというのもおかしな事態であることからすれば、損害賠償を認めた上記の最判平成6年2月8日(判タ933号90頁)が定立した要件で判断されることとなると考えられる。
インターネット上の記事等の特殊性は、当該記事等の投稿者を直ちには特定できない場合が少なくない点にあり、このため発信者情報開示請求の案件が増えていると思われる。そして、投稿者の特定を待っていては長期間にわたって当該記事等が公表され続けることとなり、また、プロバイダ、サイト運営者では投稿時の情報が短期間で削除されてしまい、そもそも投稿者の特定が困難な場合もあることから、記事等が掲載されているサイトの運営者等に対する削除請求が問題となる。
2 検索事業者に対する削除請求
最決平成29年1月31日(判時2328号10頁)は、検索事業者(グーグル)に対して居住県と氏名による検索の結果として表示される過去の犯歴情報に関するサイトのURL、表題、抜粋が犯歴情報を表示するものであるとして、検索結果の削除を求めた事案について、検索事業者の検索結果の収集・整理方法は、
「検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから、検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する」とし(検索アルゴリズムには検索事業者の創意工夫がされているということ)、また、インターネット上の検索結果の提供は、「現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。」として、検索結果等の削除請求は、「当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該 URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」に認められるとの判断をした。最判平成6年2月8日(判タ933号90頁)とは異なり、「明らかな場合」という要件が加重されている。
そして、当該事案においては、対象となった犯歴
である児童買春は、「児童に対する性的搾取及び性
的虐待と位置づけられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、xxx公共の利害に関する事項であるといえる。」とし、また、検索により表示される結果自体は一部であることから、犯歴情報が「伝達される範囲はある程度限られたものである。」などとして、犯歴情報を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえないとした。
第4 令和4年6月24日最高裁判決
1 事案
原告が女性用浴場の脱衣所に侵入したという犯罪事実により罰金刑に処せられ、その当時、報道機関のwebサイトにその報道が掲載されており、ツイッターの氏名不詳者らの複数のアカウントにその報道の一部が転載され、報道機関のwebサイトへのリンクが貼られていたという事案で、原告は、ツイッターの運営会社に、当該ツイートの削除を求めた。なお、原告の訴訟時点では報道機関のwebサイト上の記事は既に削除されていた。また、ツイートは氏名で検索可能であり、ツイートが削除されないと、いつまでも当該ツイートは検索により表示され続けることになる。
2 下級審の判断
1審(東京地判令和1年10月11日・判時2462号17頁)は、ツイッター上の検索は、「グーグル等の検索事業者による検索結果の提供のような表現行為という側面は認められない。」(検索事業者の検索アルゴリズムのような創意工夫はないということ)、「ツイッター自体はインターネット上のウェブサイトの一つにすぎず、これが、グーグル等の検索事業者による検索結果の提供のように、インターネットを利用する者にとって必要不可欠な情報流通の基盤となっているとまではいえない。」として、上記最決平成29年1月31日(判時2328号10頁)における検索事業者に対する削除請求との違いを指摘した上で、「犯歴情報を公表されない法的利益が優越することが明らか」とまでの要件は不要で、最判平成6年2月8日(判タ933号90頁)を引用しつつ「犯歴情報を公表されない法的利益が優越する」場合には削除請求が認められるとした。その上で、当該事案については、事件から7年以上が経過し、刑の言渡は効力を失っていること、報道された逮捕等の事実が社会的関心を呼ぶなどしたとまではいえないこと、報道機関のwebサイト上の記事は削除されていることなどから、「犯
歴情報を公表されない法的利益が優越する」場合に該当するとして削除請求を認めた。
これに対し2審(東京高判令和2年6月29日・判時 2462号14頁)は、「ツイッターは、その検索機能と併せて、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしているということができる。」とした上で、上記最決平成29年1月31日(判時2328号10頁)と同様に、「犯歴情報を公表されない法的利益が優越することが明らか」な場合に限って削除請求が認められるとし、当該事案では削除請求は認められないとした。
3 最判の判断
以上に対し、最判は、以下のとおり判断して、ツイッター運営会社に対する削除請求については、「明らか」であることまでは要しないとした。
「ツイッターを運営して本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける被上告人に対し、人格権に基づき、本件各ツイートの削除を求めることができるか否かは、本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と上告人が被る具体的被害の程度、上告人の社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、本件各ツイートの削除を求めることができるものと解するのが相当である。原審は、上告人が被上告人に対して本件各ツイートの削除を求めることができるのは、上告人の本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られるとするが、被上告人がツイッターの利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等を考慮しても、そのように解することはできない。」
そして、当該事案については、「逮捕から原審の
口頭弁論終結時まで約8年が経過し、上告人が受けた刑の言渡しはその効力を失っており(刑法34条の2第1項後段)、本件各ツイートに転載された報道記事も既に削除されていることなどからすれば、本件事実の公共の利害との関わりの程度は小さくなってきている。また、本件各ツイートは、上告人の逮捕当日にされたものであり、140文字という字数制限の下で、上記報道記事の一部を転載して本件事実を摘
示したものであって、ツイッターの利用者に対して本件事実を速報することを目的としてされたものとうかがわれ、長期間にわたって閲覧され続けることを想定してされたものであるとは認め難い。さらに、膨大な数に上るツイートの中で本件各ツイートが特に注目を集めているといった事情はうかがわれないものの、上告人の氏名を条件としてツイートを検索すると検索結果として本件各ツイートが表示されるのであるから、本件事実を知らない上告人と面識のある者に本件事実が伝達される可能性が小さいとはいえない。加えて、上告人は、その父が営む事業の手伝いをするなどして生活している者であり、公的立場にある者ではない。以上の諸事情に照らすと、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認めるのが相当である。したがって、上告人は、被上告人に対し、本件各ツイートの削除を求めることができる。」とした。
なお、xxxx裁判官の補足意見では、犯歴情報
を公表されない法的利益について検討が加えられており、特に実名報道の効用についての分析は詳細にわたったものとなっている。この補足意見によれば、実名報道の効用が認められるのは、再犯可能性を危惧すべき具体的理由がある場合や、凶悪事件によって被害を受けた者・遺族のトラウマが未だに癒されていない場合、犯罪者が公職につく現実的可能性のある場合などに限定されることになり、こうした場合以外には犯歴情報を公表されない利益が優越することになるように思われる。
第5 若干の検討
以上の判例を整理すると、犯歴情報の公表等については、犯歴情報等を公表されない権利は法的保護に値し、表現の自由との調整上、公表されない利益が優越する場合には、その公表は損害賠償請求の対象となる
(最判平成6年2月8日・判タ933号90頁)。そして、侵害行為が明らかに予想され、その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは、事前差止も認められる(最判平成 14年9月24日・判時1802号60頁)。
インターネット上の記事についても、投稿者との関係では同様の判断になると考えられ、また、既に公表されている記事の削除については、上記の平成6年最判の基準により削除が認められる事になると考えられ
る。問題は、インターネット上の記事はその匿名性に特殊性がある点にあり、そのため検索事業者やサイト運営者等に対する削除請求が問題となる。
最決平成29年1月31日(判時2328号10頁)は、検索事業者に対する検索結果の削除請求にあたっては、「犯歴情報を公表されない法的利益が優越することが明らか」であることが必要であるとしたのに対し、今般の最判令和4年6月24日はツイッター運営会社に対しては、「明らか」であることまでは不要とした。なお、「明らか」の要件以外にも、児童買春と脱衣所への侵入という犯歴自体についての評価の違いもあった印象もある。
ツイッターのような大規模なものについても、基本的には最判平成6年2月8日(判タ933号90頁)の基準によって削除請求が認められるとすれば、例えばいわゆる口コミの書き込みについても、同様の基準により、
「犯歴情報を公表されない法的利益が優越する」場合で足り、「明らか」である必要はないということになると考えられる。
インターネットに関するこの2つの最判は、いずれも犯歴情報に関するものであるが、個人の私的な事柄で要保護性が認められるようなプライバシー情報(例えば、人種、信条、社会的身分、病歴や健康履歴などの要配慮個人情報とされているものなど)についても同様の判断となる可能性が高いと考えられる。しかし、例えば破産等の信用情報で相当期間が経過したものなど、その外縁はさらに事案の集積が必要になると考えられる。
インターネット上の記事で問題となるのは、こうしたプライバシー侵害にあたる情報以外にも、名誉毀損表現の削除請求等も問題になることも多い。投稿者との関係では、xx性の証明等の確立した判例法理によることとなると考えられるが、サイト運営者等との関係は積み残された課題である。いわゆるプロバイダ責任制限法は、サイト運営者に対する削除請求については直接規定していないことから、犯歴情報等のプライバシー侵害の場合だけでなく名誉毀損表現の場合にもサイト運営者等に対する削除請求は認められると考えられる。その場合でも、名誉毀損表現については、例えばxx性の立証責任の帰属の問題などは積み残された課題である。
婚姻費用と財産分与の合意の効力等について
~近時の裁判例を中心に~
弁護士
xx xx
婚姻費用と財産分与の合意の効力について
~近時の裁判例を中心に~弁護士
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第1 はじめに
離婚や別居に際し、夫婦間で、財産分与や婚姻費用について、当事者のみでの合意が行われることがある。当該合意が、後の婚姻費用審判や離婚訴訟等で争われることがあり、いくつか近時の裁判例を検討してみたい。
第2 婚姻費用について
1 東京地判平成29年7月10日(判例タイムズ1452.206):否定
(1)事案
妻から、夫に対して、別居に際し、婚姻費用支払いの合意(毎月20万円及び毎年6月は100万円の加算)を行ったとして、当該合意に基づく婚姻費用の支払請求訴訟が、地方裁判所に提起された。当該夫婦は別居中で、離婚訴訟が家庭裁判所に係属していたが、婚姻費用に関する審判や調停は係属していなかった。
(2)判決
まず、前提として、当該判決は、最判昭和43年 9月20日( 民集22.9.1938、判例タイムズ227.148。以下、「最判昭和43年」という。)を摘示して、民法760条による婚姻費用の分担額は、夫婦の協議により、もし協議が整わない場合は、家事事件手続法の定めるところにより、家庭裁判所が夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して決定すべきであり、通常裁判所(地方裁判所)が判決手続で 決定すべきではないとした。また、家事審判事件が訴訟事件として裁判所(地方裁判所)に提起された場合、特別の規定のない限り、民訴法16条1項により、これを他の管轄裁判所(家庭裁判所)に移送することは許されず(最判昭和38年11月15日、民集17.11.1364、判例タイムズ161.188)、当該訴訟事件が、婚姻費用の分担に関する審判事項を内容とする場合であっても異なるものではないとした(最判昭和44年2月20日、民集23.2.399、判例タ
イムズ233.79。以下、「最判昭和44年」という。)。次に、当該判決は、夫婦間の合意によって支払 合意が成立し、夫の婚姻費用の分担額が具体的に確定しているといえるかについて、①別居に至る経緯、②別居後、妻が念のためとして夫に送付した手紙の内容等、③妻による夫名義口座からの預金の引き出し、④夫による離婚申入れとその後のやりとり、⑤妻のメールに対する夫の返信、⑥夫による支払等について事実認定を行った上で、支払額や支払方法、支払期間等について、夫婦の資産、収入及び長女の監護状況等を踏まえ、具体的な話合いがなされたとは言えないとして、本件支払合意は、明示的にも黙示的にも成立していると
は認められないとして、本件訴えを却下した。
2 東京高決平成30年11月16日(家庭の法と裁判25.70):肯定
(1)事案
平成28年4月から別居中で、妻が子らを養育監護していたところ、平成29年6月に夫が子らを連れ去ろうとして未xx者略取及び同未遂の被疑事実で逮捕勾留された。
本件被疑事実の告訴の取下げのため、月額20万円の婚姻費用の支払合意が書面でなされた。
その後、夫は、職場で降格され、平成29年8月から給与が減額となった。
なお、妻は無職であった。妻は、平成28年11月に婚姻費用の調停を申立て、平成30年2月に、不成立により審判移行した。
(2)原審
本件合意時に、勤務先からの降格処分は予見し得たが、給与の減額を具体的に予見することは困難だったとして、平成29年8月以降は合意に拘束されないとして、以降は、いわゆる算定表に沿って、月額16万円と判断した。
これに対し、双方が即時抗告を行った。夫は、妻の潜在的稼働能力を主張し、平成29年8月以降は、月額12万円とすべきとの主張を行った。
(3)抗告審
給与の減額は、本件合意を変更するほどの事情の変更には当たらないとして、月額20万円とした。その理由は、①本件合意は、双方の収入を前提として決めたものではなく、告訴を取り下げてもらうことが第一目的であったこと、②合意当時、夫は、勤務先から減収を伴う不利益な措置を受ける可能性を認識し得たこと、③減額幅は12%
余りにとどまっており、予想し得た不利益の範囲内を超えるほどのものではないこととされた。
3 東京地判令和2年11月5日(判例 書L07532086):否定
(1)事案
令和元年10月ころ、夫は、平日は自分の実家で過ごし、週末に夫婦の自宅(妻の両親と同居)に帰宅したいとの要望を述べ、妻はこれを了承した。夫は、妻に対し、同月から令和2年1月まで毎月17万5000円を支払った(ただし、婚姻費用の支払いかどうかについては争いあり。)。
令和2年1月ころ、xが離婚を申入れ、同年2月に夫婦及び妻の両親で、xが妻に支払うべき金額について協議がなされた。
同年4月に、妻が、夫に対して、婚姻費用分担調停を申し立てた。
続いて、妻は、月17万5000円の合意が令和元年 10月にあったとして、地方裁判所に本件訴訟も提起した。
(2)判決
当該判決は、最判昭和43年を指摘し、婚姻費用の分担額は、夫婦の協議または家庭裁判所の調停・審判により支払い義務が具体的に確定していない場合、不適法な訴えとして却下すべきとした。
その上で、過去の17万5000円の支払い事実や、令和2年1月の協議からしても、支払約束がなされていたと推認されるとしつつ、約束にあたって、夫婦間で、資産や収入などを踏まえて、真摯な協議をしていたと認められないとして、合意を否定し、本件訴えを却下した。
4 東京地判令和2年12月24日(判例 書X00000000):否定
(1)事案
平成30年2月に、夫の妻に対する傷害罪により、夫が執行猶予判決を受けたため、妻は子を連れて転居し、住所を 匿している。
夫は、平成30年12月に、妻に対して、婚姻費用の審判を申立てたが、妻は生活保護受給中で、夫には収入があるとして、申立てが却下された。
妻が申し立てた離婚訴訟の認容判決は、令和2年10月20日に夫の上告棄却により確定した。
夫は、令和元年に、平成26年6月6日から同年7月7日(婚姻の日)までの間に、妻が婚姻費用として月7万円を支払う合意をしたとして、平成26年7月から同30年2月までの未払い婚姻費用の支払請
求訴訟を提起した。夫は、平成28年12月2日及び同29年11月17日に作成されたとする書面を証拠として提出し、妻は、夫のいわれるままに作成したと陳述した。
(2)判決
当該判決は、上記書面の作成経緯が明らかとはいえず、また、これら書面は、合意が成立したとする日から約2年6カ月後と約3年5カ月後に作成されたもので、月7~ 8万円を支払うとの記載もなく、これら書面をもって合意が成立したとはいえないとした。
また、当該判決は、夫の平成30年の婚姻費用審判の申立てたことについて、合意があるならば民事訴訟による支払請求がなされるべきであるにもかかわらず、夫自身、合意の成立を前提としていなかったとした。
以上より、夫の請求は棄却された。
5 東京地判令和4年1月17日(判例 書L07730047):肯定
(1)事案
妻は、平成12年に家庭裁判所に対して婚姻費用分担を申立て、毎月8万円の審判がなされた。
妻は、平成22年に家庭裁判所に対して婚姻費用分担調停を申立て、審判移行し、月額20万円の審判がなされた(平成22年9月確定)。
夫婦は、平成23年7月26日、同年9月以降、婚姻費用について月16万円ずつ支払う旨を合意した。
(2)判決
当該判決は、強制執行予告され、やむなく合意させられたとの夫の主張に対し、平成22年審判も踏まえ、社会通念上相当性を欠く行為はないとして、合意の有効性を認めた。
第3 財産分与
1 東京地判令和3年11月26日(判例 書X00000000):否定
(1)事案
夫婦は、昭和61年に婚姻し、平成30年8月13日に協議離婚した。妻は、xx元年11月に財産分与調停を申し立てた。夫は、妻に対し、財産分与については協議済みで、残債務(建物の所有権移転登記手続債務)を除いて、財産分与債務が存在しないことの確認訴訟を提起した。
(2)判決
当該判決は、財産分与請求権が離婚から2年の
除斥期間が定められており、財産分与の協議においては、双方の財産を適切に開示し、整理・検討を行い、かつ書面により合意内容を明確にすることが通常であり、そのような経過や書面がない場合、協議が確定的に成立したと認めるためには、相当慎重な検討を要するとした上で、本件では、書面もなく、その経過からしても協議が成立したと認めるに足りないとした。
よって、協議・審判等により具体的内容が形成される前の抽象的財産分与請求権が存続しており
(最判昭和55年7月11日、民集34.4.628)、原告の請求は、家庭裁判所の審判等により形成されるべき事項について、その具体的内容の形成前に通常裁判所において判定することを求めるのと同様と解され、失当とされた(最判昭和44年等)。そして、抽象的財産分与請求権が存続している状態で、具体的形成後であることを前提とした権利義務の存否の確認を求めることに確認の利益を認められず、本訴を不適法却下した。
2 東京地判令和3年11月30日(判例 書L07631565):肯定
(1)事案
夫婦は、平成30年7月5日に協議離婚し、その際、離婚合意書が作成され、妻の財産分与請求権が存在しないことの確認が清算条項でなされていた。
妻が令和2年6月に財産分xxの調停を申立てたのに対し、同年12月に夫が同請求権の不存在確認を求めて本訴を提起した。妻の申し立てた調停は、令和2年7月29日に不成立により審判移行した。同審判は、令和3年4月30日に、妻の本件合意の錯誤無効及び強迫取消しをいう主張にも関わらず、これを却下し、妻の即時抗告も同年7月30日に棄却された。
(2)判決
当該判決は、財産分与が家事審判事項であり、その存否自体に関する事項を民事訴訟の対象とすることは不適法との妻の主張に対し、財産分与義務自体の不存在の確定を求めて民事訴訟を提起することは妨げられないと判断した(最決昭和40年6月30日、民集19.4.1089等)。
また、訴権の濫用であるとの妻の主張に対しても、先行する家事審判に既判力がないことから、本訴提起が訴権の濫用に当たるとは認め難いとした。
以上より、合意は有効で、財産分与請求権の不存在という夫の請求は認容された。
第4 検討
近時、協議離婚制度の見直しが検討されているところではあるが、現行民法は、財産分与、婚姻費用及び養育費について、夫婦間の協議を前提としつつ、協議が整わない場合に、家庭裁判所での調停・審判を行うと規定している(それぞれ順に民法768条2項、760条及び766条2項)。
しかし、上記のように、当事者間の合意の主張に対し、これを否定する裁判例もあるが、合意が否定されている裁判例においては、そもそも何をもって合意が成立したといえるのかが争点になっているともいえ、上記財産分与の1の裁判例が指摘するように、書面の作成は重要な合意成立の要素といえる。ただし、どのような書面でもよいかというと、必ずしもxx証書でなければならないということではないが、上記婚姻費用の4の裁判例のように、作成時期や当事者の任意の合意が推認されるかどうか等は、問題になるといえる。交渉経過によっては書面作成に至らない場合も想定されるが、書面作成ができなかった場合には、上記婚姻費用の1の裁判例や上記財産分与の1の裁判例のように、合意に至る経緯や、合意内容など、多岐に亘って合意の成立を主張する必要があると考えられる。この点は、婚姻費用や財産分与の性質から、他の種類の合意の立証よりも、高い程度の立証が求められるようである。
また、上記婚姻費用の2の裁判例は、合意の有効性
が特に問題にならず、その後の事情変更に当たるかが問題になった例である。この裁判例のように、有効な合意であれば、いわゆる算定表に縛られない合意がなされても有効な合意と考えられる。また、上記婚姻費用の1の裁判例では、合意が有効かどうかについて、資産・収入等を慎重に検討されたかが問題となっているが(ただし、この事案は書面が作成されていなかったこともあり、6つもの検討事項を挙げられているとも考えられる。3の裁判例もこれに近い。)、2の裁判例は、告訴の取下げのために収入を考慮しない合意が有効であることが前提となっている。
上記婚姻費用の5の裁判例は、合意に先立つ審判が合意の有効性を裏付けたといえる。関連して、家庭裁判所での調停・審判と、地方裁判所での訴訟が同時に進行する場合に、上記財産分与の2の裁判例に先行する審判は、合意の存在を前提に、審判を却下したといえる。なお、婚姻費用について、東京高決平成16年9月7日(家庭裁判所月報57.5.52)は、通常裁判所で合意に基づく支払請求訴訟が係属中であるからといって、
離婚時の住宅ローンの処理弁護士
xx xxx
家庭裁判所の審判の障害事由になるものではなく、合意が成立しても事情変更を含め審判により決定できるとしている。
離婚時の住宅ローンの処理
弁護士
三⻆ xxx
1 婚姻後夫婦で形成した財産は住宅ローンが残っている自宅のみで、自宅の名義も住宅ローンの契約者も夫であるという場合、妻は自宅を受け取ることはできるか。また、住宅ローンについて負担しなければならないか。
夫婦で購入した自宅は、夫婦のどちらかの単独名義となっている場合も、夫又は妻の特有財産である預金等から支払いを行ったり、親からの贈与を受けたものでない限り、夫婦の共有財産である。そのため、夫婦間の協議で、名義を有していない妻が自宅を取得するという合意をすることはありうる。
他方で、住宅ローンは、夫婦が婚姻関係維持のために負担した債務であり、夫婦が共同で負担する債務となる。住宅ローン借り入れの際の債務者が夫婦の片方のみの場合であっても、夫婦間では、住宅ローンは夫婦の債務である。そのため、夫婦間で財産分与の方法を協議する場合は、自宅や預金等の積極財産についてのみでなく、消極財産である住宅ローンをどのように処理するかについて協議が必要である。
2 住宅ローンが残っている場合、財産分与についてどのように協議する必要があるか。
(1)財産が自宅のみの場合
自宅の評価額と住宅ローンの残額を比較して、自宅の評価額が上回れば、財産分与の対象財産が存在するため、財産分与請求が可能である。ただし、財産分与の協議の際には積極財産だけでなく、消極財産である住宅ローンをどうするかについて合わせて協議が必要である。方法としては自宅を売却して住宅ローンを返済した残金を2分の1ずつ分ける、差額の2分の1を不動産を取得する者が他方に支払い、住宅ローンの残額は不動産を取得する者が返済してい
く等の方法がある。住宅ローンの残額の方が上回れば、積極財産がなく、債務のみが存在することになるため、財産分与請求権は生じない。
(2)財産が自宅の他にも存在する場合
この場合も、自宅の評価額とその他の預金等の財産の合計額(積極財産)と、住宅ローンの残額(消極財産)を比較し、積極財産が上回れば上記(1)と同様に協議を進めることになる。積極財産を合計しても住宅ローンの残額が上回る場合は、財産分与請求権は生じない。
3 東京高裁平成29年6月30日決定
(判例秘書L07220643)
上記のとおり、住宅ローン等の夫婦の債務がある場合には、積極財産から債務を控除するという方法が採られるのが一般的であるが、住宅ローンの処理方法について事案の諸事情を考慮した判断と思われる決定として、東京高裁平成29年6月30日決定を一例として取り上げる。
(1)事案の概要
上記決定は、xxxx妻に対し財産分与を求めた事案である。xxと元妻の間には、不動産(以下、「本件不動産」という。)があり、xxと元妻がそれぞれ 2分の1の持分で共有していた。本件不動産購入の際に、元妻が主債務者、xxが保証人となって住宅ローンを借り入れており、離婚時点で、当該借入金が残っていた。
(2)原審(東京家庭裁判所平成28年3月30日審判)の判断
原審は、元妻からxxに対し、金2769万円を支払うよう審判した。
原審は、本件不動産について、元妻を主債務者とする負債があり、これを被担保債権として、本件不動産に抵当権が設定されていることが認められるから、その負債について、元妻がその返済を怠った場合、抵当権が実行される可能性があり、また、その場合にxxが同債務を返済した場合には、その求償関係を巡り問題が生じることになるとした。その上で、当事者間における債務の返済や抵当権の処理等につき処分ができない審判手続において、本件不動産をxxに分与することは相当でない旨判断した。また、元妻の負債について連帯債務である可能性 も否定できないが、そうであっても、財産分与の審判においては、当事者の一方に免責的に債務の負担を命じることはできないから、どちらが同債務を返
済するか確定できず、その後の法律関係が複雑化することになる、との理由で、本件不動産をxxに分与することは相当でないと判断した。
上記審判については、xx及び元妻双方が即時抗告をした。
(3)東京高裁平成29年6月30日決定の内容
本決定は、xxに対し本件不動産の元妻の持分2分の1を分与し、元妻がxxに対し本件不動産の持分2分の1につき財産分与を原因としてxxに持分移転登記手続をすることを命じ、元妻からxxに対して710万円を支払うよう命ずるのが相当であると判断した。理由は以下のとおりである。
元妻名義の普通預金口座の預金が存在し、これは、xxと元妻が本件不動産を各持分2分の1として購入した際に、その資金として連帯債務として借り入れた住宅ローンの預金担保となっている。そうすると、上記預金は担保とされ、その預金額と住宅ローン債務額はほぼ同じであるから、離婚時の財産分与の対象となる資産としては、これらを併せて評価し、預金、債務とも0とする。したがって、本件不動産については、登記上担保が付されているけれども、その評価額から被担保債務額を控除しないこととする。
本件不動産については抵当権が設定されているが、xxと元妻は被担保債権について連帯債務を負い、元妻名義の預金が担保とされているから、抵当権が実行される可能性は相当程度に低いといえる。そうすると、本件不動産の元妻共有持分をxxに分与することが相当である。
そして、元妻名義の上記預金と住宅ローン債務額をともに0とした場合、その他の元妻名義の財産の合計額とxx名義の財産の合計額を合計し、その2分の1相当額から元妻名義の財産の合計額を控除した額は、2754万1641円となる。ここから不動産評価額の2分の1の金額を控除すると、717万6641円となるから、元妻からxxに対する財産分与として、 710万円の支払いを命ずることが相当であるとした。
(4)検討
原審は、元妻名義の持分の移転を否定し、金銭の支払いのみを命じているが、この場合、離婚後も共有状態が継続することになるため、xxへの持分の移転を認めることで、離婚後の法律関係は整理されると思われる。
不動産購入の際の住宅ローンが残っている場合、通常、不動産の評価額から債務額を控除することに
なる。本決定の事案では、元妻名義の預金が住宅ローンの預金担保となっており、その預金額と住宅ローン債務額はほぼ同じであったという事情が存在し、かかる事情を考慮して、元妻名義の当該預金と住宅ローン債務額とも0と評価した。
本決定のように、事案の個別事情を考慮して柔軟な判断をしたものがあることから、離婚時の住宅ローンの処理については、個別具体的な事情を考慮して決定する必要があると考えられる。
参考文献
消費者契約法の令和4年改正と課題弁護士
xxx x
・xxxx『x婚調停』(日本加除出版、第四版、令和3)
消費者契約法の令和4年改正と課題
弁護士
xxx x
x1 はじめに
令和4年5月25日に、消費者契約法および消費者裁判手続特例法の改正法が成立し、消費者契約法と消費者裁判手続特例法の2つの法律が一度に改正された。消費者裁判手続特例法の方は、①慰謝料を対象に追加、
②一段階目の和解の機会の拡大、③事業者の個別通知義務など被害消費者への情報提供方法の充実、④特定適格消費者団体への支援法人制度の導入など、大きく前進したと評価できる。しかしながら、第3次改正となった消費者契約法の実体法部分は、①契約の取消権を3つ追加、②免責の範囲が不明確な条項(サルベージ条項の一部)の無効、③事業者に契約勧誘時だけでなく契約途中や解約時を含めたいくつかの努力義務を明示したが、全体としては、極めて不十分な改正に終わっている。
令和4年4月12日の衆議院消費者特別委員会の審議に、筆者は参考人として出席し、改正法案に対して意見を述べた。以下では、改正法の概要を述べ、参考人としての意見を踏まえた改正の問題点と、コロナ禍における立法運動の課題について述べる。
第2 消費者契約法の令和4年改正の概要
1 第3条 事業者及び消費者の努力の改正
(1)第3条1項2号
情報提供の考慮要素に、「年齢」「心身の状態」が加えられた。一方で、「事業者が知ることができた」の限定がされた。判断力不足への対応の一つと説明されているが、努力義務にとどまることから効果は限定的である。相談業務の説得の材料にはなるので、積極的な活用が望まれる。
(改正条文)
二 消費者契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者の理解を深めるために、物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものの性質に応じ、事業者が知ることが できた個々の消費者の年齢、心身の状態、知識及び経験を総合的に考慮した上で、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供すること。
(2)第3条1項3号
消費者が定型約款の交付等の請求を行うことについての情報提供義務が規定された。しかし、本来契約の内容そのものである定型約款は、消費者からの請求がなくとも交付されるべきものであり、このような努力義務は2号において既に求められていると解され、確認としての意味がある。また、消費者から請求できることを説明するだけなので、この規定が積極的な約款開示の阻害にならないよう解釈される必要がある。
(改正条文)
三 民法(明治二十九年法律第八十九号)第五百 四十八条の二第一項に規定する定型取引合意に該当する消費者契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者が同項に規定する定型約款の内容を容易に知り得る状態に置く措置を講じているときを除き、消費者が同法第五百四十八条の三第一項に規定する請求を行うために必要な情報を提供すること。
(3)第3条1項4号
近年増加しているサブスクリプションなど継続的契約の解除権の行使方法が不明とのトラブルに対応した努力義務である。契約締結過程に限定しない契約履行場面に広げて規定を定めたことは評価できる。しかし、サンクションがなく効果は限定的である。
(改正条文)
四 消費者の求めに応じて、消費者契約により 定められた当該消費者が有する解除権の行使
に関して必要な情報を提供すること。
2 第4条 取消のできる3つの困惑類型の追加
以下の3つの事業者の行為によって消費者が困惑した場合を取消事由とした。3つとも、要件が極めて限定されている。裁判規範としても、相談場面でも使いづらい。明確性の過度な強調により、後追い行政規制に近くなっており、消費者契約法の包括的な民事ルールとしての役割を後退させている。
(1)第4条3項3号
勧誘目的を告げずに退去困難な場所に同行し勧誘して、消費者が困惑して意思表示をした時に取消し得るとした。展示会や旅行商法で、退去意思を述べなかった消費者には意味がある。ただし、勧誘目的が告げられていた場合であっても、退去困難な場所に連れ込まれれば消費者が困惑して契約させられるというケースが容易に想定され、そのような状況を間接事実として、従前の退去妨害を理由とした取消しは認められ得る。勧誘目的が告げられていないとの限定がされているので限定的であるし、2号の退去妨害が影響を受けて限定されないよう解釈、運用される必要がある。
(改正条文)
三 当該消費者に対し、当該消費者契約の締結 について勧誘をすることを告げずに、当該消費者が任意に退去することが困難な場所であることを知りながら、当該消費者をその場所に同行し、その場所において当該消費者契約の締結について勧誘をすること。
(2)第4条3項4号
威迫した言動を加えて、相談することを妨害し、消費者が困惑して意思表示をした時に取消し得るとした。退去意思を示さない場合に意味があるが、「威迫言動」を要件としており、限定的である。契約を締結するか否か相談したいという消費者を威迫して妨害するという事実関係は、退去妨害を理由とした取消事由に該当する状況を推認させるものであり、解釈によって取消し得る可能性が高い。また、相談方法を内閣府令で規定することになっている。相談しようとしたのにこれを威迫して妨害した行為が問題であり、相談手段に限定を加える理由はないはずであり、民事ルールとしての役割の後退の一つの現れである。
(改正条文)
四 当該消費者が当該消費者契約の締結につい て勧誘を受けている場所において、当該消費
者が当該消費者契約を締結するか否かについ て相談を行うために電話その他の内閣府令で定める方法によって当該事業者以外の者と連絡する旨の意思を示したにもかかわらず、威迫する言動を交えて、当該消費者が当該方法によって連絡することを妨げること。
(3)第4条3項7号
契約前に目的物の現状を変更して原状回復を著しく困難にした場合に、消費者が困惑して意思表示をした時に取消し得るとした。パッケージを破って開けた時と説明されている。
事業者において目的物の現状を変更するというのは、債務内容の核ともいえる部分と考えられるが、追加されるのは極めて例外的な場面で、多くのケースは同号前段の契約前の債務の履行により取消に該当していると考えられる。まれなケースについてあえて規定している。
(改正条文)
七 当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該消費者契約を締結したならば負うこととなる義務の内容の全部若しくは一部を実施し、又は当該 消費者契約の目的物の現状を変更し、その実施又は変更前の原状の回復を著しく困難にすること。
3 第8条3項 免責範囲の不明確な条項を無効
一部免責条項が軽過失に限定されることを明記しないと、一部免責条項は無効となる。損害賠償に関するサルベージ条項の1類型の無効を定めたものである。契約条項の無効の新設はこの規定のみであった。
(改正条文)
3 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)又は消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不 法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する消費者契約の条項であって、当該条項において事業者、その代表者又はその使用する者の重大な過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないものは、無効とする。
4 第9条2項 解約料の算定根拠の概要の説明努力義務
消費者に対する、解約料の算定根拠の概要の説明努力義務を新設した。適用範囲を勧誘場面以外に広げたことは評価できる。ただし、説明するのは、「算定の根拠」ではなく、「算定根拠の概要」で、努力義務にとどまる。実務でできるだけ詳しく説明をしてもらうよう運用を定着させる必要がある。「解約金は、サービスの料金、解約時のコストなどを考慮して設定しております。」など、損害賠償額の要素だけではなく、損害賠償予定条項が妥当か否か判断できる程度は必要である。
(改正条文)
2 事業者は、消費者に対し、消費者契約の解除 に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項に基づき損害賠償又は違約金の支払を請求する場合において、当該消費者から説明を求められたときは、損害賠償の額の予定又は違約金の算定の根拠(第十二条の四において「算定根拠」という。)の概要を説明するよう努めなければならない。
5 第12条の3、第12条の4、第12条の5
適格消費者団体に、約款開示請求と算定根拠の説明請求が認められた。ただし、サンクションはなく事業者の努力義務となっている。努力義務であっても法的義務の一つであり、これを根拠に開示や説明を求めていくことが必要となる。12条の4の2項に「営業 密が含まれる場合」には除かれることとあるが、改正規定が活用されるためには、営業 密は厳格に判断され、開示不能な部分を除き、可能な限りの説明をすべきことが努力義務に含まれる必要がある。なお、請求方法は内閣府令で定めることとなっている。改正条文は長いので省略する。
第3 消費者契約法の令和4年改正の問題点
消費者契約法令和4年改正は大きく3つの問題点がある。第1に、消費者の判断能力不足や心理状態につけ込
む勧誘など超高齢社会の進展やxx年齢引き下げによって生じる被害に対応する規定が不十分で、社会の要請や平成30年の消費者契約法改正の国会附帯決議に応えていない。超高齢社会における高齢者の被害が多く存在している。例えば、高齢者の自宅を不利な条件で売却させるトラブル(国民生活センター令和3年6月 24日公表など)、高齢者に保険金を使った自宅修理を勧誘し、保険金が出なかったり、支払われた保険金の半額を報酬として受領して多額の負担を負わせるトラブル(国民生活センター平成30年9月6日公表など)、令
和元年に発覚した高齢者に対する経済合理性のない生命保険の不適切販売・切り替えトラブル(勧誘員は、内輪で顧客を「ゆるキャラ」「半ボケ」などと揶揄して呼んでいた)などがある。また、令和4年4月1日のxx年齢引き下げに伴って若年者被害の増加が予想されている。これらに対応するためには、消費者の判断能力不足や心理状態につけ込む勧誘の取消しが必要であった。しかしながら、改正は、極めて限定した場合にしか対処しておらず、社会の要請に応えているとは到底いえない。
第2に、消費者庁に設置され、1年9ヶ月をかけて議論した「消費者契約に関する検討会」の報告書で検討した内容と多くの点で乖離し、実現されなかった。例えば、不当勧誘の規定として提案された、①困惑類型の脱法防止規定、②消費者の心理状態に着目した規定、③消費者の判断力に着目した規定という、3つの取消権が全て抜け落ちてしまっている。また、提案された不当条項規定や消費者の立証責任軽減措置の多くが抜け落ちている。筆者は、いくつかの法改正に関与してきたが、ここまで事前の有識者の検討の報告書と異なっているのは経験がない。多くの有識者によって多大な労力と時間が費やされた検討会の存在意義が問われる結果となっている。今後の法改正においては、検討会、調査会の結論を尊重した改正がされるべきである。そうでないとその存在意義がない。
今回の特集は「電子契約について」及び「デジタル・プラットフォームと消費者保護」です。社会全体のデジタル化が進む中で関心の高まるテーマをまとめさせていただきました。ほかにも、所属する弁護士が様々な分野について研究・調査を行った論考を掲載しています。ご感想や忌憚のないご意見をいただけましたら幸いです。
第3に、改正によって新設された取消権は、極めて限定した場面について厳格な要件を設けている。要件の明確化を過度に強調する余り、民法の特別法として、日々変化する取引に対応できる取引の行動基準となる包括的な民事ルールである消費者契約法の役割を変質させるものとなっている。改正法は、極めて限定した要件の断片的対応による後追い立法となっているし、サンクションのない努力義務規定が多く規定されている。消費者契約に関する検討会報告書で、「法第4条第3項各号は、事業者の行為態様を個別具体的かつ詳細に定めており、文言の拡張解釈等の柔軟な解釈に
より救済を図ることにも限界がある(報告書5頁)」と指摘していた課題が解決していない。むしろ、課題を増幅させる改正となっている。消費者契約法の本来の役割である、包括的な民事ルールに向けた検討をしていくべきである。消費者庁が「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会」を設置し、検討を始めたことに期待したい。
第4 コロナ禍における立法運動の課題
消費者契約法令和4年改正においては、コロナ禍のもとでの立法運動の難しさがあった。
集合しての検討ができず、全国各地で広くシンポジウムを開いて、多くの消費者に関心を持ってもらうことができなかった。移動が制限された結果、全国から東京へ行けず審議前の国会議員の皆さんへのレクチャーも十分にできなかった。消費者全体の運動としての盛り上がりが、国会議員の皆さんに伝わりにくかったと思われる。
一方で、WEBを使って全国の関心を持つ皆さんと何回も議論をしたり、ZOOMのウェビナーを活用したシンポジウムには、全国から200名近い参加を得ることができた。これらは、従来の取り組みでは見られなかった広がりであった。
今後は、SNSやホームページでの発信を多くするなど議論をフォローしていくチャンネルを増やしていく工夫がいる。また、シンポジウムや勉強会は、WEBを活用すれば従来よりやりやすいので、もっと開催数を増やすよう取り組む必要がある。
第5 おわりに
改正で新設された規定は、たとえ不十分であっても、積極的に実務で活用していくことが重要である。また、消費者契約法は、その本来の役割を果たすために、今後も検討をしていく必要がある。消費者契約法を立法目的にふさわしい法律にしていくためにどうすれば良いか引き続き考えていきたい。
編 | 集 |
後 | 記 |