Contract
(前注)
近時,賃貸用建物の所有者が単身の高齢者(60歳以上の者)に対して建物を賃貸することを躊躇し,そのために単身の高齢者が居住用物件を賃借しようとしても借りることができないという問題が生じている。これは,賃貸借契約の継続中に賃借人が死亡した場合に,相続人の有無や所在が分からなかったり,相続人との連絡が付かなかったりすると,賃貸借契約を終了させ,また,物件内に残された動産(残置物)を処理することが困難になるというリスク(以下「残置物リスク」という。)を賃貸人が感じていることが主な理由である。そのため,残置物リスクを軽減することが,単身の高齢者が賃貸物件に入居する機会を拡大することにつながると考えられる。
以下のモデル契約条項(以下「本件契約条項」と総称する。)は,単身の高齢者が住居を賃借する事案において,賃借人が死亡した場合に残置物を円滑に処理することができるようにすることで残置物リスクを軽減し,賃貸用建物の所有者の不安感を払拭することを目的とするものであり,3つのまとまりからなる。第1のまとまりは,賃借人が賃貸借契約の存続中に死亡した場合に,賃貸借契約を終了させるための代理権を受任者に授与する委任契約(以下「解除関係事務委任契約」ということがある。)の条項である。第2のまとまりは,賃貸借契約の終了後に残置物を物件から搬出して廃棄する等の事務を委託する準委任契約(以下「残置物関係事務委託契約」ということがある。)の条項である。第3のまとまりは,賃貸借契約に上記(準)委任契約に関連する条項を設けるものである。解除関係事務委任契約と残置物関係事務委託契約は委託される事務の内容が異なることから異なるまとまりとして条項案を示したが,同一の受任者との間で締結する場合には,その形式も1通の契約書として差し支えない。第3のまとまりは賃貸借契約の一部であるから,賃貸人と賃借人との間で締結される。
本件契約条項は,上記のとおり,残置物リスクを軽減し,賃貸用建物の所有者の不安感を払拭することを目的とするものであるが,一方で賃借人による財産の管理に一定の負担を課する面があるため,残置物リスクに対する賃貸用建物の所有者の不安感が生ずるとは考えにくい場面(例えば,個人の保証人がいる場合には,保証人に残置物の処理を期待することもできるため,一般に,残置物リスクに対する不安感は生じにくいと思われる。)で使用した場合,民法第90条や消費者契約法第10条に違反して無効となる可能性がある(最終的には個別の事案における具体的な事情を踏まえて裁判所において判断される。)。また,いうまでもないが,本件契約条項を利用するためには,賃借人及び受任者がその内容を十分に理解した上で任意に同意していることが必要である。
第1 解除関係事務委任契約のモデル契約条項
(第1の前注)
1 解除関係事務委任契約は,賃貸借契約の存続中に賃借人が死亡した場合に,合意解除の代理権,賃貸人からの解除の意思表示を受ける代理権を受任者に授与するものである。
2 賃借人が死亡すると賃貸借契約上の賃借人としての地位は相続人に相続されるため,これが解除されると相続人がその地位を失うこととなる。このように解除関係事務委任契約に基づく代理権の行使は相続人の利害に影響するから,解除関係事務委任契約の受任者はまずは賃借人の推定相続人のいずれかとするのが望ましく,その上で,推定相続人の所在が明らかでない,又は推定相続人に受任する意思がないなど推定相続人を受任者とすることが困難な場合には,居住支援法人や居住支援を行う社会福祉法人のような第三者を受任者とするのが望ましいと考えられる。
賃貸借契約の解除をめぐっては賃貸人と賃借人(の相続人)の利害が対立することもあり得,それにもかかわらず賃貸人に賃貸借契約の解除に関する代理権を与えることは委任者である賃借人(の相続人)の利益を害するおそれがある。したがって,解除関係事務委任契約については,賃貸人を受任者とすることは避けるべきである(賃貸人を受任者とする解除関係事務委任契約は,賃借人の利益を一方的に害するおそれがあり,民法第90条や消費者契約法第10条に違反して無効となる可能性がある。)。また,賃貸人から委託を受けて物件を管理している管理業者が受任者となることについては,直ちに無効であるとはいえないものの,賃貸人の利益を優先することなく,委任者である賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応する必要がある。
なお,解除関係事務委任契約の委任者は賃借人であるから,賃借人がその意思に従って受任者を選ぶべきであることはいうまでもない。
3 残置物リスクを懸念する賃貸人は,通常は,解除関係事務委任契約が締結されていることを確認した上で賃貸借契約を締結するものと考えられる。このため,賃貸借契約上,解除関係事務委任契約が締結されたことを賃貸人に対して通知する義務などは設けていないが,実務運用としては,賃借人が解除関係事務委任契約を締結した旨及び受任者の氏名・名称や連絡先などの必要事項を賃貸人に連絡し,賃貸人がこれを確認してから賃貸借契約を締結するという運用がされることになると考えられる。解除関係事務委任契約が解除されるなどした後に新たに同内容の契約が締結された場合については,賃貸借契約の締結に先立って事実xxx通知を要求するという機会がないため,その旨を賃貸人に通知すべき旨の規定を設けている(後記第3の第1条第2項参照)。
第1条(本賃貸借契約の解除に係る代理権)
委任者は,受任者に対して,委任者を賃借人とする別紙賃貸借契約目録記載の賃貸借契約(以下「本賃貸借契約」という。)が終了するまでに賃借人である委任者が死亡したことを停止条件として,①本賃貸借契約を賃貸人との合意により解除する代理権及び②本賃貸借契約を解除する旨の賃貸人の意思表示を受領する代理権を授与する。
(解説コメント)
1 本賃貸借契約の賃借人である委任者が,受任者に対して,委任者の死亡時の賃貸借契約の解除に係る代理権(賃貸人との間で合意解除をする代理権と,賃貸人から解除の意思表示を受領する代理権)を授与する規定である。
2 賃借人が死亡して相続人の存否や所在が明らかでない場合には,賃貸借契約を合意解除することが合理的であっても,賃借人側にその意思表示をする者がいないため,合意解除によって賃貸借契約を終了させることができない。そこで,本条は,委任者が本賃貸借契約の存続中に死亡することを停止条件として,賃貸人との間で賃貸借契約を合意解除する代理権を受任者に授与することにより,相続人又は相続財産法人の代理人である受任者と賃貸人との合意により,賃貸借契約を解除することを可能とした。この場合の顕名は,例えば,「故【委任者の氏名】相続人代理人(賃貸借契約解除関係事務受任者)【受任者の氏名】」などとすることが考えられる。
3 合意解除のほか,賃借人が死亡して賃料が支払われないこととなった場合には,賃貸人が債務不履行を理由として賃貸借契約の解除をすることも考えられる。この場合にも,解除の意思表示を受領する者がいなければ解除の効果を発生させることができない。そこで,本条は,委任者が本賃貸借契約の存続中に死亡することを停止条件として,受任者に対し,賃貸人の解除の意思表示を受領する代理権を授与することにより,賃貸人が相続人又は相続財産法人の代理人である受任者に対して解除の意思表示をすることで解除の効力を発生させることを可能とした。この場合は賃貸人からの意思表示を受けることのみが委任事務の内容であるから,賃貸人からの意思表示があれば受領せざるを得ない。
4 解除関係事務委任契約は,受任者が委任者の死亡を知った時から6か月の経過により終了するため(第1の第3条),この間に合意解除や賃貸人による解除権行使がされない場合(6か月経過するまでに解除の意思表示が相手方に到達することが必要である。)には,受任者の代理権は消滅する。
5 解除関係事務委任契約と残置物関係事務委託契約を同じ相手方との間で締結するのであれば,この第1と後記第2を統合した契約条項を設けることになり,本条を例えば(「本賃貸借契約」は第2の第1条において既に定義されていることからその定義部分を調整した上で)第2の第1条と第2の第2条の間に移すことが考えられる。
第2条(受任者の義務)
受任者は,本賃貸借契約の終了に関する委任者(委任者の地位を承継したその相続人を含む。以下この条において同じ。)の意向が知れているときはその内容,本賃貸借契約の継続を希望する委任者が目的建物の使用を必要とする事情その他一切の事情を考慮して,委任者の利益のために,本契約に基づく委任事務を処理する義務を負う。
(解説コメント)
1 解除関係事務委任契約に基づく受任者の義務に関する規定である。
2 受任者は,解除関係事務委任契約に基づき,元の委任者の信頼を受けて委任事務の処理を委任されるから,受任者が委任事務を処理するに当たっては,委任者(委任事務を処理する時点においては,元の委任者は死亡していると考えられるため,委任者の地位を承継したその相続人)の利益のために委任事務を処理する必要があり,その際には,元の委任者の意向(例えば,生前に,「子の○○が住みたいと言えば住まわせてあげてほしい」などの意向が示されることも考えられないではない。)や委任者たる地位を相続して委任者となった相続人の意向が知れている場合にはその内容や,賃貸借契約の継続を希望する相続人がいる場合は,その相続人がどのような事情で建物の使用を必要としているのかなどを考慮する必要があると考えられる。本条はこの点を規定したものである。
第1の前注において,「管理業者が受任者となることについては,直ちに無効であるとはいえないものの,賃貸人の利益を優先させることなく,委任者である賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応する必要がある」旨記載したが,この解除関係事務委任契約において,管理業者が受任者であるかどうかにかかわらず受任者は本条に基づく義務を負い,委任者(その時点では,元の委任者の相続人)の利益のために委任事務を処理する必要がある。
3 解除関係事務委任契約と残置物関係事務委託契約を同じ相手方との間で締結するのであれば,この第1と後記第2を統合した契約条項を設けることになり,本条については第2の第3条と統合することが考えられる。
第3条(本契約の終了)
以下の各号に掲げる場合には,本契約は終了する。
① 本賃貸借契約が終了した場合
② 受任者が委任者の死亡を知った時から【6か月】が経過した場合
※【】内は,当事者が具体的な事案に即して合意の内容や必要事項等を記載することを予定したものである。以下【】及び●は同様の趣旨で用いる。
(解説コメント)
1 解除関係事務委任契約の終了に関する規定である。
2 本賃貸借契約が終了した場合には,本賃貸借契約終了に関する代理権を受任者に授与することは無意味である。この場合には,解除関係事務委任契約を存続させる意味がないため,①を終了原因とすることとした。
3 ②は,例えば委任者の相続人が委任者の賃貸借契約上の地位を承継することを希望しているため,受任者が賃貸借契約の終了に関する代理権を行使しないこととした場合を想定した規定である。このような場合には終了に関する代理権を存続させる意味はないが,解除関係事務委任契約が当然に終了するわけではないため,一定の期間の経過により契約を終了させることとしたものである。この期間の起算点を「受任者が委任者の死亡を知った時」としたのは,単身の賃借人の死亡を受任者が知らないまま長期間が経過することも考えられるため,受任者が知らないうちに解除関係事務委任契約が終了していたとか,受任者が委任事務を処理している最中に契約が終了してしまったという事態が生じないようにするためである。すみ付き括弧内には,受任者が委任者の死亡を知ってから解除関係事務委任契約や残置物関係事務委託契約(第2の第11条においても同様の期間を規定するため)に基づく委任事務を処理するまでに要するであろう期間を参考に,ある程度余裕を持った期間を記載することを想定している。
4 解除関係事務委任契約と残置物関係事務委託契約を同じ相手方との間で締結するのであれば,この第1と後記第2を統合した契約条項を設けることになり,本条については第2の第11条と統合することが考えられる。
(別紙)
賃 貸 借 契 約 目 録
下記賃貸人及び賃借人間の下記賃貸物件を目的物とする●年●月●日付け建物賃貸借契約
記
賃 貸 人 【住所,氏名】
賃 借 人 【住所,氏名】
賃貸物件 【住所,部屋番号等】
第2 残置物関係事務委託契約のモデル契約条項
(第2の前注)
1 残置物関係事務委託契約は,賃貸借契約の存続中に賃借人が死亡した場合に,賃貸物件内に残された動産類(残置物)の廃棄や指定された送付先への送付等の事務を受任者に委託するものである。
2 残置物関係事務委託契約の受任者についても,解除関係事務委任契約と同様,①賃借人の推定相続人のいずれか,②居住支援法人,居住支援を行う社会福祉法人又は賃貸物件を管理する管理業者のような第三者が考えられる。
賃貸人自身を受任者にすることを避けるべきであること,管理業者は委任者である賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応することが求められることについては,解除関係事務委任契約と同様である。
また,残置物関係事務委託契約においても委任者は賃借人であるから,賃借人がその意思に従って受任者を選ぶべきであることも,解除関係事務委任契約と同様である。
3 残置物関係事務委託契約についても,解除関係事務委任契約と同様,賃貸借契約においてこの契約が締結されたことの通知義務などは設けていない。実務運用としては,賃借人が残置物関係事務委託契約を締結した旨及び受任者の氏名・名称や連絡先などの必要事項を賃貸人に連絡し,賃貸人がこれを確認した上で賃貸借契約を締結するという運用がされることになると考えられる。
第1条(定義)
本契約において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。
①「委任者」 【賃借人の氏名・名称】をいう。
②「受任者」 【受任者の氏名・名称】をいう。
③「非指定残置物」 委任者が死亡した時点で後記⑨の本物件内又はその敷地内に存した動産(金銭を除く。)であって,委任者が死亡した時点で所有しており,かつ,後記④の指定残置物に該当しないものをいう。
④「指定残置物」 委任者が死亡した時点で後記⑨の本物件内又はその敷地内に存した動産(金銭を除く。)であって,第4条第1項の規定に従い,委任者が廃棄してはならないものとして指定したものをいう。
⑤「指定残置物リスト」 委任者が廃棄してはならないものとして指定した物及びその取扱方法を記載した,別紙1のリストをいう。
⑥「委任者死亡時通知先」 【通知を希望する者の氏名・名称,住所等の連絡先】をいう。
⑦「本賃貸借契約」 賃貸人及び委任者の間の,別紙2賃貸借契約目録記載の賃貸借契約をいう(更新された場合は更新されたものを含む。)。
⑧「賃貸人」 【賃貸人の氏名・名称】をいう。
⑨「本物件」 本賃貸借契約の目的物である物件をいう。
(解説コメント)
1 本条は,残置物関係事務委託契約において使用される用語の意義を規定したものである。
2 ①の「委任者」及び②の「受任者」は,残置物関係事務委託契約の当事者である。
前記のとおり,残置物関係事務委託契約は住居の賃貸借契約の存続中に賃借人が死亡した場合に,残置物の撤去を円滑に実現することを目的とするものであり,その賃貸借契約(⑦において「本賃貸借契約」とされる。)における賃借人が委任者となる。
3 ③から⑤までは,賃貸借契約の目的である物件(⑨において「本物件」とされる。)内にある動産であって残置物関係事務委託契約に基づく廃棄等の対象となるものと対象とならないもの,これらを区別するために作成されるリストを定義するものである。
③の「非指定残置物」は,残置物関係事務委託契約によって廃棄等の事務が委託される動産である。これに該当する要件は,ⅰ委任者が死亡した時点で本物件内又はその敷地内に存する動産であること,ⅱ金銭でないこと,ⅲ委任者が死亡した時点で所有していたこと,ⅳ指定残置物に該当しないことである。残置物関係事務委託契約は賃借人の死亡後に本物件内に残された動産を処分する事務を委託するものであることから,ⅰが要件となる。敷地を含めたのは,厳密には建物の内部ではないが,敷地内に動産が残されている(例えば,駐輪場に自転車が残されているなど)可能性があるからである。委任者の死亡時を基準としたのは,死亡後に委任者の所有物が本物件内に持ち込まれることはそもそも考えにくく,仮に持ち込まれることがあったとしても委任者の意思に基づくものではないため,委任者が廃棄を希望しないものが廃棄されてしまう可能性があるからである(このような趣旨からすると,委任者が死亡前に注文し,死亡後に本物件に届けられた荷物は,委任者の意思に基づいて本物件内に持ち込まれたものであり,委任者の死亡時期や配送事情等の偶然の事由により死亡前に届けられた場合と区別する合理的理由はないため,「死亡時に存した」という要件を満たすものと扱ってよいと考えられる。)。
ⅱでは,金銭が残置されていた場合にこれを廃棄しなければならないというのは相当ではないから,金銭を除外している。金銭については,非指定残置物,指定残置物とは別の処理をすべきであると考えられるため,指定残置物等から除外した上でその処理方法について別途条項を設けている(第2の第8条)。
ⅲは,本物件内にある他人物はその所有者に返還すべきであり,委任者が廃棄等を依頼することは相当でないから,廃棄等の対象を委任者の所有物に限定したものである。したがって,非指定残置物はいずれも相続財産である。その所有権は委任者の死亡によってその相続人に移転するが,受任者は委任者としての地位を承継した相続人から委託を受けた者として,その所有物を廃棄等することになる。
ⅳは,廃棄してはならないものとして指定された指定残置物を廃棄等の対象から除外するものである。
④の「指定残置物」は,廃棄ではなく,指定された送付先に送付することが委託される動産である。その要件は,ⅰ委任者が死亡した時点で本物件内又はその敷地内に存した動産であること,ⅱ金銭でないこと,ⅲ指定残置物リストに記載するなどの方法により廃棄してはならないものとして指定されていることである。指定残置物には第三者の所有物(委任者の相続財産ではないもの)が含まれており,この点で非指定残置物とは異なっている。
指定残置物に指定されることが想定されるものとしては,委任者の所有物であって委任者自身が廃棄を希望しない動産及び委任者以外の者が所有する動産が考えられる。前者の例としては,例えば委任者が遺言によって相続人に相続させることとした動産,遺贈又は死因贈与した動産が考えられる。指定残置物を指定する方法は第2の第4条が定めており,リストに記載する方法や指標の貼付その他により明らかにする方法などが挙げられている。
⑤の「指定残置物リスト」は,受任者に廃棄してはならないと指示する動産を記載したリストである。その書式は別紙のとおりであり,どの動産が指定されているのかを特定した上,その処理方法を明示する必要がある。もっとも指定残置物の指定方法は指定残置物リストに記載する方法に限られないため,指定残置物がない場合はもちろん,指定残置物を指定する場合であっても,指定残置物リストを必ず作成しなければならないわけではない。
4 ⑥の「委任者死亡時通知先」は,受任者が委任者の死亡を知ったときに,自分が第2の第2条各号に掲げる事務を受任していることを通知すべき相手であり(第2の第5条),委任者の希望する通知先を記載することを想定している。通知先については,氏名/名称,住所/所在地,電話番号,メールアドレスなど,通知をするために必要な情報を記載する。委任者が通知を希望しない場合には,記載する必要はない(任意的記載事項)。
5 ⑦から⑨までは,賃貸借契約に関する用語を定義するものである。
第2条(残置物処分に係る事務の委託)
委任者は,受任者に対して,本賃貸借契約が終了するまでに委任者が死亡したことを停止条件として,次に掲げる事務を委託する。
① 第6条の規定に従い,非指定残置物を廃棄し,又は換価する事務
② 第7条の規定に従い,指定残置物を指定された送付先に送付し,換価し,又は廃棄する事務
③ 第8条の規定に従い,指定残置物又は非指定残置物の換価によって得た金銭及び本物件内に存した金銭を委任者の相続人に返還する事務
(解説コメント)
本条は,委任者から,受任者に対して,委任者の死亡時の残置物の処理に係る事務を委任する規定である。
委任事務の内容は,非指定残置物は第2の第6条の規定に従って廃棄又は換価し,指定残置物は第2の第7条の規定に従って送付,換価又は廃棄を行い,指定残置物又は非指定残置物の換価によって得た金銭及び本物件内に存した金銭は第2の第8条の規定に従って委任者の相続人に返還することである。
第3条(受任者の義務)
受任者は,残置物の処理に関する委任者(委任者の地位を承継したその相続人を含む。以下この条において同じ。)の意向が知れているときはその内容,指定残置物及び非指定残置物の性質,価値及び保存状況その他一切の事情を考慮して,委任者の利益のために,本契約に基づく委任事務を処理する義務を負う。
(解説コメント)
残置物関係事務委託契約に基づく受任者の義務に関する規定である。
受任者は,残置物関係事務委託契約に基づき,元の委任者の信頼を受けて委任事務の処理を委任されるから,受任者が委任事務を処理するに当たっては,委任者(委任事務を処理する時点においては,元の委任者は死亡していると考えられるため,委任者の地位を承継したその相続人)の利益のために委任事務を処理する必要がある。その際には,委任者の意向(元の委任者については,指定残置物の指定という形で意向が示されているため,実質的に問題になるのは委任者たる地位を相続した相続人の意向である。)が知れている場合には,その意向を考慮することが考えられる。例えば,相続人の一人が非指定残置物の一部の引取りを希望した場合には,これに応ずることが委任の本旨から許されることもある。もっとも,ここでいう「委任者の利益」は委任者全体の利益であり,たまたま指定残置物として指定されていなかった客観的価値のある動産について,複数の相続人が引取りを希望した場合には,そのいずれかに引き渡すのではなく,換価することが望ましいと考えられる。相続人の意向のほかに考慮すべき事項としては,例えば,残置物の性質,価値及び保存状況が挙げられる(例えば,残置物が指定残置物として指定されていなかった場合でも,その残置物が高い客観的価値を持つと思われる場合には,第2の第6条第1項ただし書に基づいて換価するよう努力するべきであると考えられる。)。本条はこの点を規定したものである。
第2の前注において,「管理業者は委任者である賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応することが求められることについては,解除関係事務委任契約と同様である」旨記載したが,第1の解除関係事務委任契約と同様,この残置物関係事務委託契約においても,管理業者が受任者であるかどうかにかかわらず受任者は本条に基づく義務を負い,元の委任者の相続人の利益のために委任事務を処理する必要がある。
第4条(指定残置物の指定)
1 委任者は,次に掲げる方法により,指定残置物を指定するものとする。
① 指定残置物リストに掲載する方法
② 廃棄してはならない物であることを示す指標を貼付するなど,当該動産が指定残置物であることを示す適宜な措置を講ずる方法
2 指定残置物を指定するに当たっては,その物を特定し,かつ,その送付先の氏名又は名称,住所又は所在地を明らかにしなければならない。
3 本物件内に委任者以外の者が所有する物が存するに至ったときは,委任者は,第1項及び第2項の規定に従い,遅滞なく,これを指定残置物として指定しなければならない。
4 委任者が,本物件又はその敷地内に存する動産を遺贈し,特定財産承継遺言をし,又は委任者の死亡によって効力を生ずる贈与をしたときは,委任者は,第1項及び第2項の規定に従い,遅滞なく,その目的である動産を指定残置物として指定しなければならない。この場合において,委任者は,指定残置物の遺贈又は特定財産承継遺言について遺言執行者を指定し,又はその指定を第三者に委託したときは,その遺言執行者又は第三者をその指定残置物の送付先としなければならない。
(解説コメント)
1 本条は,委任者が指定残置物を指定するための方法を定めた規定である。
2 指定残置物は,本物件内に存する動産のうち廃棄せずに送付先に送付すべきものであるが,第2の第6条が定めるとおり,指定残置物として指定されていなければ本物件内に存する動産は原則として廃棄されるため,指定残置物は,その他の動産から明確に識別できるようにしておく必要がある。そこで,本条第1項は,指定残置物の指定の方法として,①指定残置物リストへの掲載,②指標を貼付するなど,当該動産が指定残置物であることを示す適宜な措置を講ずる方法の二つを挙げており,委任者がいずれかの方法を選択することになる。
指定残置物リストへの掲載については,もちろん動産を物単位で掲載する方法(別紙1の1を参照)でも差し支えないが,その方法に限らず,その他の動産から明確に識別できるようにすれば足りる。例えば,特定の金庫や容器内に保管された動産について廃棄してはならない旨をリストに掲載しておき,その金庫や容器内に動産を保管しておくこと(別紙1の2を参照)でも差し支えない。
指標を貼付する方法とは,動産にシールを貼ってそこに廃棄してはならない旨記載することなどであり,その他の適宜の方法とは,例えば特定の金庫や容器内に保管された動産について廃棄してはならない旨を指定残置物リストへの掲載以外の方法により(例えば,当該金庫や容器にシールを貼って,そこにその中の動産を廃棄してはならない旨記載することにより)明示した上でその金庫や容器内に動産を保管しておくことなどが考えられる。
指定残置物として指定する場合には,その動産を他の動産から区別できる程度に特定した上で,当該動産を廃棄してはならない旨を明確にしておくことが必要である。動産自体に指標を貼付する場合はその目的物は明確であるが,リストに掲載する場合には特定に留意する必要がある。例えば,高価なテレビを指定残置物リストに記載する場合,本物件内にテレビが1台しかない場合には単に「テレビ」と記載すれば足りるが,本物件内にある複数のテレビの一部を廃棄対象から除外する場合は,メーカー,大きさ,設置場所などの要素によっていずれのテレビを廃棄の対象から除外するのかを特定する必要がある。また,特定の金庫内に保管された動産について廃棄してはならない旨を掲載しておく場合における金庫の特定についても同様に,本物件内に金庫が1個しかない場合には単に「金庫」と記載すれば足りるが,本物件内にある複数の金庫の一部(の中にある動産)を廃棄対象から除外する場合には,メーカー,大きさ,設置場所などの要素によって特定が必要である。
3 指定残置物として特定された動産については,受任者は指定された第三者に送付することを予定しており,第2項においては,それぞれの指定残置物について送付先を明示しなければならないこととしている。明示の方法に限定はないが,指定残置物リストに掲載された場合には,当該指定残置物リストに記載がされることが想定される。他方で,動産自体に指標を貼付する場合には当該指標に送付先を記載するなどの方法が考えられる。
4 廃棄してはならない動産としては,①委任者の所有物であって委任者自身が廃棄を希望しない動産,②委任者以外の者が所有する動産が考えられ,①として委任者が遺言によって相続人に相続させることとした動産,遺贈又は死因贈与した動産が考えられる。委任者以外の者が所有する動産や死因贈与などした動産については,廃棄してしまうと本来の所有者,受贈者等と受任者との間でトラブルが生じかねないため,第3項及び第4項前段は,他人物が本物件内に存するに至った場合や特定財産承継遺言,遺贈,死因贈与をした場合には,その目的物である動産を指定残置物として指定しなければならないこととした。第3項では,他人物が(本物件内ではない)本物件の敷地内に存するに至ることは,他人物が本物件内に存するに至る場合に比べて想定しにくいこと,(本物件内ではない)本物件の敷地内の動産については,本物件内の動産の場合に比べて賃貸人の残置物リスクに対する不安感が生じにくいと思われることから,他人物が本物件の敷地内に存するに至った場合の指定義務を規定することとはしていない。もっとも,委任者以外の者が所有する動産について,廃棄してしまうと本来の所有者と受任者との間でトラブルが生じかねないのは同様であるから,同様に委任者において指定残置物としての指定を行うという運用がされることが望ましいと考えられる。
遺贈の履行は,遺言執行者がある場合には遺言執行者のみが行うことができることとされている(民法第1012条第2項)ため,第4項後段は,委任者が指定残置物の遺贈について遺言執行者又は遺言執行者の指定を第三者に委託したときは,その者をその指定残置物の送付先にしなければならないこととした(送付先が遺言執行者等であることまで明らかにする必要はなく,単にその氏名や住所を送付先とすれば足りる。)。
なお,委任者がある動産を死因贈与したにもかかわらず指定残置物としての指定を怠った場合には,その動産は,非指定残置物に含まれることになる。受任者と受贈者の合意により廃棄せずに受贈者に引き渡すことは委任の本旨に反しないと考えられるが,受任者がこれを廃棄したとしても,これが死因贈与の対象であることを受任者が過失なく知らなかった場合は,受贈者に対する不法行為責任は生じないと考えられる。受贈者は,指定残置物としての指定を怠った委任者の相続人に対し,贈与契約上の債務の不履行に基づいて損害賠償等を請求する余地がある。
また,同様に,委任者以外の者が所有する動産であるにもかかわらず指定残置物としての指定を怠った場合には,受任者が誤ってこれを非指定残置物と誤認して廃棄してしまうことが生じ得る。もっとも,これが委任者以外の者の所有する動産であることを受任者が過失なく知らなかった場合には,所有者に対する不法行為責任は生じないと考えられる。所有者は,指定残置物としての指定を怠った委任者の相続人に対し,債務不履行又は不法行為に基づいて損害賠償等を請求する余地がある。
5 指定残置物の処理方法としては,第三者への送付以外に換価も考えられる。しかし,残置物関係事務委託契約が活用される場面である,単身の高齢者が死亡した場合においては,相続人の存否や所在が分からないことも多く,そうすると,仮に換価をしたとしても受任者は供託をするほかないが,委任者が供託されることを念頭に置いて換価を希望することは考えにくい。委任者にとって所有物を死後に換価する意味があるとすれば,換価によって得られた金銭を第三者に対して取得させることにあると考えられるが,そのような第三者が存在するのであれば,当該第三者に換価を依頼することも可能であるし,第三者に金銭を取得させるために換価を行うことは賃貸借契約終了後の原状回復という残置物関係事務委託契約の目的とも整合しないと思われる。そこで,本条においては指定残置物の処理方法の選択肢として換価は挙げていない。もっとも,換価を含め第三者への送付以外の選択肢を当事者の合意によって増やすことは,もとより差し支えない。
第5条(委任者死亡時通知先への通知)
1 受任者は,委任者の死亡を知ったときは,直ちに,委任者死亡時通知先に対し,委任者が死亡した旨及び受任者が委任者から第2条各号に掲げる事務を受託している旨を通知しなければならない。
2 受任者は,廃棄(第6条第2項の規定に基づくものを除く。),送付若しくは換価のため又は第9条第3項に基づいて本物件内又はその敷地内の動産を本物件から搬出しようとするときは,2週間前までに,委任者死亡時通知先に対してその旨を通知しなければならない。
3 委任者は,いつでも,受任者に対して書面又は電磁的記録により通知することにより,委任者死亡時通知先を変更することができる。この場合,委任者死亡時通知先の変更の効力は,当該通知が受任者に到達した時に生ずる。
(解説コメント)
1 本条は,委任者死亡時通知先への通知に関する規定である。委任者が通知先を定めなかった場合には,本条は不要である。
委任者死亡時通知先は,相続人との間の紛争を可及的に防止するという観点からすると,推定相続人の一人であることが望ましい。もっとも,相続人がなく,特に縁故のあった者に死因贈与などをするケースも考えられ,このような場合には死因贈与を受けた者を通知先とすることも考えられる。
2 第1項は,受任者が委任者の死亡を知った場合には,直ちにその旨を通知するとともに,自分が第2の第2条各号に掲げる事務の委託を受けていることを通知しなければならないことを規定している。また,第2項は,受任者が指定残置物及び非指定残置物を搬出しようとするときは,その2週間前までに,委任者の指定した委任者死亡時通知先に対して,その旨を通知しなければならないと規定している。
第2の第2条各号に掲げる事務は委任者の指示に従って指定残置物及び非指定残置物を廃棄,送付又は換価すること等を内容とするものであり,受任者の裁量の余地も小さいものではあるが,委任事務が処理される時点では既に委任者本人は死亡していることもあって,その後相続人が現れた場合などには,事実上紛争が生ずる可能性があることも否定することができない。委任者の関係者が,残置物関係事務委託契約が締結されたことや受任者が誰かなどを知らない場合もあると考えられ,本物件内から突如残置物が撤去されると,一層トラブルにつながりかねない。そこで,委任者が死亡したことを委任者が指定していた通知先に早い段階で通知されるようにするとともに,搬出に先立って改めて通知を行うことにより,事後に紛争が生ずることを可及的に防止しようとするものである。受任者が指定残置物及び非指定残置物を本物件から搬出する場合としては,廃棄,換価,指定された送付先への送付などのためのほか,一時的に本物件以外の場所で保管するために搬出する場合もあるが,この場合を含め,搬出に先だって通知を行うこととしている(搬出前にどのような状態であったか,不当な処理がされていないかなどに関する紛争防止のため)。
搬出がされることを委任者死亡時通知先に知らせることにより,搬出の可否の確認(例えば,他人の所有物が含まれているのに指定残置物の指定が漏れている場合などに,他人物が誤って廃棄されることを防止することなどが期待される。),処理方法についての交渉(例えば,通知先から相続人に連絡がつき,受任者による事務処理としての廃棄ではなく,相続人によって非指定残置物の引取りがされることもあり得る。)などの機会を与えることになる。
3 第3項は,委任者死亡時通知先の変更方法を定める規定である。委任者死亡時通知先は残置物関係事務委託契約締結時に指定されるが,その後の状況の変化により,委任者死亡時通知先自体を変更したり,その住所等が変更されたりすることもあり得ることから,変更の手続を設けた。
第6条(非指定残置物の取扱い)
1 受任者は,委任者の死亡から【3か月】が経過し,かつ,本賃貸借契約が終了したときは,非指定残置物(保管に適しないものを除く。)を廃棄するものとする。ただし,受任者は,換価することができる非指定残置物については,できるだけ,換価するように努めるものとする。
2 受任者は,委任者が死亡したときは,非指定残置物(保管に適しないものに限る。)を廃棄するものとする。
3 受任者は,廃棄若しくは換価のため又は第9条第3項に基づき非指定残置物を本物件から搬出する場合は,搬出するに当たって,第三者(賃貸人,本物件に係る管理会社又は本物件に係る仲介業者等を含む。)の立会いの下,非指定残置物の状況を確認・記録しなければならない。
(解説コメント)
1 本条は,非指定残置物の取扱いについて定める規定である。
2 第1項は,非指定残置物のうち保管に適したものの取扱いに関する規定である。
第2の第5条の解説コメント記載のとおり,残置物の処理に関して事後的に紛争が生ずる可能性があることも否定することができないことから,これを可及的に防止するため,委任者の死亡から非指定残置物を廃棄等するまでに一定の期間をおくこととした。この期間は,仮に3か月としているが,具体的な契約においては実情に応じて当事者において合意によって定めることになる。もっとも,上記のような趣旨に照らし,3か月を下回る期間を定めることは避けるべきである。
非指定残置物の廃棄等を行うのは,死亡から3か月が経過しているだけでなく,本賃貸借契約が終了している場合である。賃貸借契約が終了していない時点では,この賃貸借契約が相続人に承継される可能性が残っており,その場合には残置物が必要となる可能性がある(例えば家電など)からである。また,賃貸借契約が終了していなければ賃料も発生するため,残置物が存置されていても賃貸人の被る損害は小さい。
保管すべき3か月の期間の起算点は死亡時であるから,死亡から3か月が経過していれば,本賃貸借契約終了後直ちに廃棄等に着手することができる。
3 非指定残置物の処理に当たっては,非指定残置物のうち,その価値等に照らして,廃棄することが適切でないと思われる物(例えば,高価な宝石や衣服など)を受任者が発見することも考えられる。このような場合にも,指定残置物として指定されていなければ,受任者としては廃棄して差し支えないのが原則である。もっとも,高価品などを一つ一つ指定残置物として指定することは煩瑣である場合もあるため,指定しなかったことによる不利益を直ちに委任者(の相続人)に負担させることは相当でないともいえる。また,委任者が指定残置物として指定することを失念したということも考えられ,高額な動産を廃棄することがその意思に反することも考えられる。そこで,第1項ただし書は,指定残置物として指定されていないものであっても,換価することができるものはできるだけ換価するという努力義務を受任者に課すこととした。「換価することができる」とは,換価によって得られる金額が換価のための費用を上回ることであるが,この義務が努力義務であることからすると,どんなに少額であっても換価代金が費用を上回る限り換価しなければ債務不履行になるとはいえない。また,できるだけ高く換価する処分先を探索するまでの義務があるわけでもなく,一般的なリサイクル業者等に換価の可否を査定してもらうなどのように,取引通念からみて相当な方法で換価するという実務が考えられる。物件内の動産全体を見積もってもらい,換価できるものは換価し,廃棄するものも含めて引き取ってもらうというような実務も考えられる。
なお,受任者は非指定残置物の廃棄等の事務を受任したに過ぎず,その所有権を取得するものではないから,換価して得られた代金を取得することはできず,委任者の相続人に対して返還する義務を負う(第2の第8条)。
また,廃棄に着手するまでに相続人や利害関係者が現れ,非指定残置物の引取りを希望することも考えられる。受任者は非指定残置物の廃棄等の事務を履行する債務を負っているが,委任者が無価値と判断して廃棄等を委任したものであるから,その引取りを希望する者に対して交付することは,必ずしも委任の本旨に反しないものと考えられる(当該委任者が無価値と判断して廃棄等を委任したものを第三者に交付することによっても,受任者の義務は履行されたものと考えられる。)。もっとも,明らかに換価し得るものを第三者に交付してしまうことは,第1項ただし書との関係で問題がある。したがって,一般論としては,第三者に交付するとしても,客観的な価値は小さいがその第三者が主観的価値を見いだしているものを社会通念の範囲内で交付することに限られる(いわゆる形見分けのようなもの)。また,高額なものが指定残置物として指定されていないことを奇貨として受任者自身がこれを引き取ることは,第1項ただし書との関係で問題がある。
なお,廃棄物の処理及び清掃に関する法律上,非指定残置物の中に同法にいう「廃棄物」が含まれる場合において,受任者がその収集・運搬・処分をリサイクル業者等に委託するときは,原則として当該リサイクル業者等に同法に規定する廃棄物処理業に係る許可が必要である(この場合,処理に当たっては,同法施行令に規定する処理基準に従わなければならない)ことに留意が必要である。他方で,受任者自身が収集・運搬・処分を行う場合には,当該許可は不要であると考えられる。
4 第2項は,非指定残置物のうち保管に適しないものの取扱いに関する規定である。食料品など3か月間保管することができないものがこれに当たる。これについては,委任者が死亡したときは,直ちに廃棄することができることとしている。第2項の対象になる非指定残置物の性質上,委任者死亡時通知先に通知する時間的余裕がないと考えられること,高額なものは少ないと考えられることから,通知先への通知や換価の努力義務は定めていない。
5 第3項は,受任者が,第三者の立会いの下,搬出前の非指定残置物の状況を確認・記録すべき旨を規定している。本物件内にどのような動産があったか,その処分方法が適切であったかなどを巡ってその後紛争が生ずることもあり得ることから,これに備えて廃棄等・搬出前の状況を確認・記録することとしたものである。この確認・記録は,例えば,写真撮影等によることが考えられる。立ち会う第三者としては,相続人,委任者死亡時通知先などが考えられるが,上記の趣旨に照らして,括弧書きのとおり,賃貸人や管理会社,仲介業者等が当該第三者となることが妨げられるわけではない。
第7条(指定残置物の取扱い)
1 受任者は,本賃貸借契約が終了したときは,指定残置物を,指定された第三者に対して,受任者の選択する方法により,送付するものとする。ただし,指定された第三者の行方不明その他の理由により当該第三者に対して指定残置物を送付することが不可能又は困難である場合には,受任者が選択する者に売却する方法により当該指定残置物を換価することができ,当該指定残置物の性質その他の理由により換価が不可能又は困難である場合には,当該指定残置物を廃棄することができる。
2 第1項ただし書に基づく換価又は廃棄は,委任者の死亡から【3か月】が経過し,かつ,賃貸借契約が終了した後でなければ,することができない。
3 受任者は,送付,換価若しくは廃棄のため又は第9条第3項に基づき指定残置物を本物件から搬出する場合は,搬出するに当たって,第三者(賃貸人,本物件に係る管理会社又は本物件に係る仲介業者等を含む。)の立会いの下,指定残置物の状況を確認・記録しなければならない。
(解説コメント)
1 指定残置物の取扱いの方法を定める規定である。
2 第1項は,指定残置物リスト等において第三者への送付が指定されている物について,原則として,当該リスト等において指定された第三者に対して,受任者が選択する方法(例えば,国内であれば郵便や宅配便,海外であればクーリエや国際宅配便などが考えられる。)により送付する旨を定めている。もっとも,当該リスト等において指定された第三者に送付したところ転居していて転居先が判明しないとか,既に死亡している,受領を拒否されたなど,当該第三者への送付が不可能・困難な場合も考えられる。このような場合には,直ちに廃棄をすることも考えられるが,委任者が一定の価値を認めて廃棄を望まなかった物であるから,一定期間経過後に受任者において換価を行うことができることとした。また,主観的な価値はあるが客観的には価値の乏しい物などのように,これを換価する市場がなく換価が不可能な場合や,買取りを希望する者が存在しないとまではいえないものの,希望者を募るのに著しい手間を要する場合などのように換価が困難な場合もあり得る。このような場合には,受任者は指定残置物を廃棄することができるものとした。実務的には,リサイクル業者等に見積もりを依頼し,換価が不可能である場合には廃棄してよいと考えられる(廃棄をする指定残置物の中に廃棄物の処理及び清掃に関する法律にいう「廃棄物」が含まれる場合において,受任者がその収集・運搬・処分をリサイクル業者等に委託するときは,原則として当該リサイクル業者等に同法に規定する廃棄物処理業に係る許可が必要である(この場合,処理に当たっては,同法施行令に規定する処理基準に従わなければならない)等の点は,第6条の解説コメントにおいて述べたのと同様である。)。
換価や廃棄をするまでに当該第三者の所在等を探索しなければならないかも問題となるが,指定残置物の送付先は委任者が指定残置物リスト等に明示しておくべき事柄であるから,受任者にその探索義務まで負わせるのは相当でない。例えば当該第三者が転居していたために送付先から残置物が返送されてきた場合には,原則として受任者としてはそれ以上の探索を行うことなく,換価を行うことができると考えられる。
3 第2項は,第2の第6条第1項と同様の趣旨から,換価又は廃棄は委任者の死亡後3か月経過後かつ本賃貸借契約終了後でなければ,することができないこととするものである。
4 第3項は,第2の第6条第3項と同様の趣旨から,受任者が,第三者の立会いの下,搬出前の指定残置物の状況を確認・記録すべき旨を規定している。
第8条(金銭の取扱い)
受任者は,第6条第1項ただし書又は第7条第1項ただし書に基づいて指定残置物又は非指定残置物を換価したとき及び本物件内に金銭があったときは,第2条第1号及び第2号に掲げる事務の終了後遅滞なく,換価によって得た金銭及び本物件内にあった金銭を委任者の相続人に返還するものとする。
(解説コメント)
本条は,受任者が指定残置物又は非指定残置物を換価した場合に得た金銭,本物件内に金銭があった場合の当該金銭の取扱いについて規定したものである。本物件内に残されていた金銭は指定残置物にも非指定残置物にも該当しないから,これらとは別に,金銭を対象とする返還事務を委託することとしている。いずれも委任者の相続人に返還するものとしているが,第2の第6条第1項ただし書に基づいて換価して得た金銭は「委任事務を処理するに当たって受け取った金銭」(民法第646条第1項前段)であるから,これを委任者の相続人に返還するのは,同法第656条において準用する同法第646条第1項前段を確認したものである。
他方,第2の第7条第1項ただし書に基づいて換価した代金についても同様に「委任事務を処理するに当たって受け取った金銭」にあたるが,もともとは第三者に送付しようとしていた物の価値代替物であるから,送付先の第三者に換価した代金を送付することも考えられる。しかし,委任者が当該第三者への送付を委託したのはあくまでこれが動産であることを前提としたものであることが多いと考えられるし,当該第三者の所在が判明していて受領してくれることを前提としたものであると考えられるから,これらの前提がいずれも満たされなくなった場合には,代金を当該第三者へ送付するのではなく,いったん委任者(の相続人)に返還させることとした。本条は,このような考え方に基づいて,第2の第7条第1項ただし書に基づく換価によって得られた代金については,これを委任者の相続人に支払うべきことを明確化する意味がある。もっとも,この点については当事者の合意内容によって,当該第三者への送付を委託することも可能である。
なお,いずれについても相続人の存否や所在が明らかでなく,受任者がこれを過失なく知ることができないときは,供託することになると考えられる。
第9条(受任者の権限)
1 受任者は,委任者の死亡後,第2条各号に掲げる事務を処理するため,本物件内に立ち入ることができる。
2 受任者は,第1項に基づいて本物件内に立ち入るために必要があるときは,賃貸人に協力を求めることができる。
3 受任者は,第2条各号に掲げる事務の処理に当たって,本物件内又はその敷地内の動産を本物件又はその敷地から搬出し,本物件又はその敷地以外の場所に保管することができる。
(解説コメント)
1 受任者が残置物関係事務委託契約に基づく事務を処理するに当たり有する権限を定める規定である。
2 第1項及び第2項は,賃貸物件への立入りに関する規定である。賃貸物件内に残置された物の廃棄等を行うためには賃貸物件への立入りが必要となるから,第1項において,受任者は物件内に立ち入ることができることを規定するとともに,賃貸物件の入口は施錠されていることが想定されるから,第2項において,賃貸人に協力(具体的には,賃貸人が保有するマスターキーによるxxなどが想定される。)を求めることができると規定している。
3 第3項は,非指定残置物等に該当するかどうかにかかわらず,本物件内又は本物件の敷地内の動産を本物件又はその敷地から搬出し,別の場所に保管することができる旨を確認した規定である。廃棄等を行うことができるようになるのが死亡から3か月を経過した後であり,それまで受任者は残置物を保管しなければならないから,例えば,倉庫やトランクルームなどにおいて残置物を保管することを想定したものである。賃貸物件内の残置物を賃貸物件内に保管したままとすると,賃貸人としては賃貸物件を賃借人以外の者に賃貸することができない。また,賃借人の相続人としても,保管が継続する間賃料(あるいは賃料相当額の損害賠償・不当利得)の負担が生ずる一方,保管場所の移転によっては特段の不利益は生じない。そのため,賃貸物件以外に適切な保管場所が存在するのであれば,残置物を賃貸物件から搬出し,他の場所に保管することが望ましいと考えられる。
残置物をいったん搬出して保管し,委任者の死後3か月が経過したために廃棄する際には,改めての第2の第5条に基づく通知や第2の第6条第3項に基づく第三者の立会いは不要である。これらは,賃貸物件内にどのような残置物があり,それらがどのような状態であったかを確認する機会を設けるためのものであり,搬出時にこの機会が設けられていれば足りるからである。
第10条(委任事務処理費用)
1 受任者は,本契約に基づく委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは,委任者の相続人に対し,その費用及びその支出の日以後における利息の償還を請求することができる。
2 受任者は,指定残置物又は非指定残置物の換価を行った場合及び本物件内に金銭が存した場合にあっては,委任者の相続人に対し,換価によって得た額及び本物件内に存した金銭の合計額を第1項の費用及び利息に充当した上で残額を返還することができるものとする。
(解説コメント)
1 残置物関係事務委託契約に基づく委任事務の処理に当たり,受任者が負担した処分費用に関する規定である。
2 第1項は,民法第656条が準用する第650条第1項の内容を確認的に規定したものである。
3 第2項は,指定残置物又は非指定残置物を換価した場合及び本物件内に金銭が存した場合は,換価によって得た金額及び本物件内に存した金銭の合計額から費用を控除することができることとしている。
4 受任者は,委任者の相続人に対し,委任事務を処理するために支出した費用及び利息の償還を請求することになるが,相続人の有無や所在が明らかでない場合など,発生した費用及び利息を委任事務の終了後に回収することが困難である場合もあり得る。
このような場合に備えて,例えば,賃貸借契約において,「賃貸人は,残置物関係事務委託契約に基づく賃借人の相続人の費用及び利息の償還債務を第三者弁済することができるものとし,賃借人はこれに同意する」という確認規定を置いた上で,「賃貸人が当該規定に基づき残置物関係事務委託契約に基づく賃借人の相続人の費用及び利息の償還債務を第三者弁済した場合には,当該第三者弁済により発生した賃借人の相続人に対する求償権の弁済に敷金を充てることができ,目的物件の明渡し時に当該求償権が発生している場合には,当該求償権の額を敷金から差し引いた額を返還することができる」という規定を置く方法が考え得る。これに加えて,充当できる敷金が求償権の全部に満たない場合に備えて,別途,求償権(のうち敷金から充てることができなかった部分)を被保証債権とする保証契約を締結しておくという対応も考え得るが,いずれにせよ,委任者及び受任者との間で,委任事務処理の方法や方向性について十分に意思疎通を図っておく必要があることはいうまでもない。
第11条(本契約の終了)
以下の各号に掲げる場合には,本契約は終了する。
① 本賃貸借契約が終了した時に委任者が死亡していない場合
② 受任者が委任者の死亡を知った時から【6か月】が経過するまでに本賃貸借契約が終了しなかった場合
(解説コメント)
1 残置物関係事務委託契約の終了に関する規定である。
2 ①は,賃貸借契約が終了した時に委任者が死亡していない場合には,委任者自身が残置物の処理を含む賃貸物件の明渡しを行うことが可能であり,残置物関係事務委託契約を存続させる理由がないことから,これを終了事由としたものである。
3 ②は,例えば委任者の相続人が委任者の賃貸借契約上の地位を承継し,引き続き賃借し続ける意思がある場合には,委任者の死亡との関係では残置物関係事務委託契約を存続させる必要がないこととなるから,第1の第3条第2号に基づき解除関係事務委任契約が終了するまでの一定期間の間に賃貸借契約の解除がされない場合には,残置物関係事務委託契約が終了すると規定したものである。この点については,委任者の相続人が賃貸借契約上の地位を承継するのであれば,当該相続人の死亡時に備えて,相続によって当該相続人に残置物関係事務委託契約上の地位もあわせて承継させることも考えられるが,相続の対象としてしまうと,理論的にはこれらの地位が別個に相続されてしまう可能性もある(例えば,遺産分割協議において賃貸借契約上の地位については相続人の一人が承継すると規定したものの,残置物関係事務委託契約上の地位については規定がされなかった場合には,残置物関係事務委託契約上の地位については相続人が共有することになると考えられる。)。そこで,上記②の場合にはいったん残置物関係事務委託契約は終了することとした。本賃貸借契約の賃借人の地位を承継した者は,後記第3の第1条に基づき新たに残置物関係事務委託契約を締結するように努めなければならない。
(別紙1)
x x 残 置 物 リ ス ト
1 指定残置物 【ピアノ(●●社製)】
現在の所在場所 【居間】
所有者 【委任者】
送付先 【氏名,住所など】
備考 【上記送付先に死因贈与したもの】
2 指定残置物 【金庫(●●社製)内にある一切の物】
現在の所在場所 【居間】
所有者 【委任者】
送付先 【氏名,住所など】
備考 【上記送付先に死因贈与したもの】
3 ・・・
(別紙2)
賃 貸 借 契 約 目 録
下記賃貸人及び賃借人間の下記賃貸物件を目的物とする●年●月●日付け建物賃貸借契約
記
賃 貸 人 【住所,氏名】
賃 借 人 【住所,氏名】
賃貸物件 【住所,部屋番号等】
第3 賃貸借契約におけるモデル契約条項
第1条(残置物の処理に関する契約が解除された場合の措置)
1 別紙契約目録記載1の委任契約(以下「解除関係事務委任契約」という。)又は別紙契約目録記載2の準委任契約(以下「残置物関係事務委託契約」という。)が本契約の終了までに終了した場合には,賃借人は,速やかに,終了した解除関係事務委任契約又は残置物関係事務委託契約(以下この項において「終了した契約」という。)と同内容の契約を新たに締結するように努めるものとする。ただし,既に賃借人が終了した契約と同内容の契約を締結しているときは,この限りでない。
2 賃借人は,解除関係事務委任契約又は残置物関係事務委託契約のいずれかが終了した場合及びこれらと同内容の契約を新たに締結したときは,賃貸人に対してその旨を書面又は電磁的記録により通知しなければならない。
(解説コメント)
1 賃貸借契約の存続中に解除関係事務委任契約や残置物関係事務委託契約が終了した場合には,賃借人において,速やかに同内容の契約を新たに締結するように努める義務を定めるものである。もっとも,既に同内容の契約が締結されている場合には,これに加えて新たに同内容の契約を締結する必要はない。そこで,ただし書はこの場合を除外している。
新たに締結する契約の相手方は,従来の受任者とは異なる者であることが多いと考えられるが,同じ者でも差し支えない(相続人が賃貸借契約を承継することとし,受任者が旧賃借人の死亡を知った時から6か月の経過によって解除関係事務委任契約等が終了する場合は,同じ者との間で同内容の契約が締結されることが多いと考えられる。)。
2 第2項は,解除関係事務委任契約等が終了した場合,新たに締結された場合には,これらの契約の委任者となる賃借人は賃貸人にその旨を通知しなければならないこととするものである。賃借人が死亡した場合には,賃貸人は賃借人の死亡を知ったときに解除関係事務委任契約等の受任者にその旨を通知しなければならないこと,受任者との間で解除に関する協議を行うこととなることから,賃貸人が受任者を把握することができるよう,通知義務を課すこととしたものである。
第2条(賃借人の死亡等の場合の通知義務)
1 賃貸人は,賃借人が死亡したことを知ったときは,速やかに,解除関係事務委任契約の受任者(これと同内容の契約が後に締結された場合にあっては,当該契約の受任者)に対し,その旨を書面又は電磁的記録により通知しなければならない。
2 賃貸人は,本契約が終了したときは,速やかに,残置物関係事務委託契約の受任者(これと同内容の契約が後に締結された場合にあっては,当該契約の受任者)に対し,その旨を書面又は電磁的記録により通知しなければならない。
(解説コメント)
1 賃借人が死亡しても,解除関係事務委任契約の受任者はこれを知るとは限らないため,賃貸人がこれを通知することとしたものである。最初に締結された委任契約が解除されるなどして新たな委任契約が締結されているときは,その受任者に対して通知を行う。
2 解除関係事務委任契約及び残置物関係事務委託契約は,賃貸借契約が終了した時に委任者が死亡していない場合には終了するが(第1の第3条,第2の第11条),当該受任者は賃貸借契約の終了を知り得ないため,賃貸人がその旨通知することとした。
(別紙)
契 約 目 録
1 下記委任者及び受任者間の下記委任事務を内容とする●年●月●日付け委任契約
記
委 任 者 【賃借人の住所,氏名】
受 任 者 【受任者の住所,氏名】
委任事務 【本契約が終了するまでに委任者が死亡した場合に,①本賃貸借契約を賃貸人との合意により解除する事務及び②本賃貸借契約を解除する旨の賃貸人の意思表示を受領する事務】
2 下記委任者及び受任者間の下記委任事務を内容とする●年●月●日付け準委任契約
記
委 任 者 【賃借人の住所,氏名】
受 任 者 【受任者の住所,氏名】
委任事務 【本契約が終了するまでに委任者が死亡した場合に,本契約の目的物件内に残された動産を廃棄,送付又は換価し,本契約の目的物件内に存した金銭を委任者の相続人に返還する事務】
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