Contract
最近の裁判例から
⑻−飲食店舗の目的使用不能−
契約締結に当って、居抜き店舗を借主の営業に使用できるかは原則として借主自身が調査すべきものとした事例
(東京高判 令 3・9・15 判例集未登載) xx xx
賃借したマンションの一室である居抜き店舗が、消防法令や建築基準法に違反し目的とする飲食営業ができなかったことから、借主が、賃貸借契約を解除し、貸主及び媒介業者に損害賠償を求めた事案において、賃借した店舗において希望する営業ができるかは、原則として借主自身が調査すべきものとしてその請求を棄却した事例(東京高裁 令和3年 9月15日判決 判例集未登載)
1 事案の概要
平成29年9月26日、飲食店営業を目的とする借主Xは、貸主Y1(マンション管理組合)が管理するマンション1階の本件店舗(居抜き店舗:厨房設備として、製氷機、食洗機、 IHヒーター、冷蔵庫、電子レンジ等がある)を、媒介業者Y2の媒介により、賃貸借契約を締結した。
<賃貸借契約の概要>
・目的:飲食業
・期間:平成29年11月1日から2年間
・賃料:18万3600円
・対象面積:51.18㎡ Xが、本物件の引渡しを受けて内装工事を
開始し、消防法関連の届出を管轄消防署に提出したところ、消防署から、排気ダクトの交換、防火装置の設置等の是正を受けた。
排気ダクトの是正には、天井を0.3m程度下げる必要があるが、既存の厨房スペースのxxxが2.1m程度であるため、xxxを 2.1m以上としなければならないとする建築
基準法令に違反し、本件店舗で飲食店営業をすることは法的に不可能であると判断したXは、平成29年11月20日、Y1に対し、飲食店営業が不可能であるとして本契約の解除とXの既払い金と実損などを請求した。
同月30日、Y1は、礼金・保証金・保証料・仲介手数料・前払賃料の179万円をXに返金し本契約の終了に応じた。
同年12月8日、Xは、Y1に対し、債務不履行に基づく損害賠償について改めて請求するとともに、同損害賠償の入金後に本件店舗の鍵を返還する意向があると通知した。(結局、Xの本件店舗の残置物撤去及び鍵の返還は平成30年1月に行われた。)
翌年Xは、Y1及びY2に対し、本件店舗は、消防法令違反を是正する工事を行えば建築基準法違反となってしまう絶対的違法物件であり、Yらは絶対的違法物件を漫然と貸渡した過失責任があるなどとして、内装工事費用等35万円余、逸失利益7か月分473万円余、計509万円余を求める本件訴訟を提起した。
第xx裁判所は、本件店舗が飲食店として使用収益できない物件であったとは認められないことなどから、Xが主張するY1の債務不履行やYらの共同不法行為はいずれも成立しないとして、Xの請求をすべて棄却した。
これを不満としたXは控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、下記の通り判示し、第xx同様 Xの請求を棄却した。
⑴ Xは、本件契約は居抜き店舗としての賃貸借契約であることから、Y1はXに対し本件店舗を飲食店営業として使用収益させることを保証していたものであり、Y1は本件契約上、Xに本件店舗を適法物件として使用収益させる債務を負ったと主張する。
しかしながら、賃借人にとって居抜き店舗は出店費用を低廉に抑えられる期待があるとしても、賃借店舗において、希望する営業をするためには、どの程度の設備を必要とするか、現状の設備の性能がXの営業形態に合致し、利用できるかについては、法令上の制限の有無を含め、原則としてX自身が契約締結にあたり、調査すべきであって、居抜き店舗として借主を募集し、賃貸借契約の内容として、その旨合意したからといって、本件店舗がXの営業形態に適合することをY1が保証したとはいえない。
また、本契約においてXが飲食業を営むにあたり、消防法令に違反することがないことをY1が保証したということもできないから、Y1が本契約上、Xに対し、消防法令上適法に本件店舗を飲食店として使用収益させる債務を負ったとは認められない。
したがって、Yに債務不履行が存したと認めることはできない。
⑵ Xは、本件店舗は大規模集合住宅の共用部分の集会室を収益物件化したものであること、Y2はxxxのほか、建設業許可を受けて内装仕上げ業を営んでいるから消防法令ないしは建築基準法の専門家であること、Y2代表者はY1の理事がxx兼任しているのであるからY1においても法令適合の調査が容易に可能であったことなどから、Yらにはxxx上及びxx業法上の説明義務違反の共同不法行為が認められると主張する。
しかしながら、かねてより本件店舗における営業にあたり消防法上の問題は指摘されて
おらず、本契約の際に行われた重要事項説明においては、用途によって法令の制限を受けることがあり、具体的な利用計画についてその他の法令の制限の確認が必要になるとされているのであるから、本件店舗において希望する営業が可能かどうかは、自己の営業にどの程度の設備が適切かを具体的に知っている X自身がその営業に際しての法令上の制限も含めて調査すべきであったといえる。
その他、Yらについて、情報提供義務又は説明義務違反による不法行為があることを認めるに足りる証拠はない。
⑶ 以上によれば、Xの請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却する。
3 まとめ
本件判示に見られるとおり、建物賃貸借を締結するにあたって、当該建物が借主の希望する営業ができるか(どの程度の設備を必要とするか、現状の設備の性能が借主の営業に利用できるか)については、法令上の制限の有無を含め、原則として借主が調査すべきものであるが、最近同様の事案(東京地判 令1・7・4 RETIO119-150など)が見られることから、賃借建物が目的使用できるかの調査責任が自己にあることを認識していない、本件事案のような借主が意外に多いのではないかと思われる。
賃貸借契約を締結したが、借主が賃借建物について目的使用ができなかった場合、貸主、媒介業者もそのトラブルに巻き込まれてしまうことから、事業用賃貸を行う媒介業者においては、契約前において、借主に対し「借主の目的使用が賃貸借建物において可能かどうかについて、借主の責任と費用負担において、建築士等の専門家に確認を行う必要がある」旨のアドバイスを行うことが重要と考えられる。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⑼−転貸人・媒介業者の説明義務−
原賃貸借契約の転貸禁止条項の説明を怠ったとして転貸人と媒介業者に対する損害賠償請求が一部認容された事例
(東京地判 令元・10・25 ウエストロー・ジャパン) xx x
賃借人が原賃貸借契約の定めに反し、店舗建物を転借人に無断転貸したとして、賃貸人が原賃貸借契約を解除したことにより、改めて賃貸人と賃貸借契約を締結することとなった転借人が、転貸人と媒介業者は、原賃貸借契約に無断転貸禁止等の定めがあることについて転借人への説明を怠ったとして、転貸人に差入れていた保証金等と、新たに賃貸人と締結した賃貸借契約に基づき賃貸人に差入れた保証金等の支払いを両者に求めた事案において、転貸人に差入れていた保証金の支払いについての請求が認められた事例(東京地裁令和元年10月25日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成20年10月、xxxa区内に所在する建物(本物件)について、建物所有者AとY1
(被告・個人・飲食業)は、賃貸借契約(原契約)を締結した。原契約では、Yが自ら営む飲食店に使用目的が限定され、第三者に転貸もしくは業務委託等により使用させることが禁止されていた。原契約はその後、その契約の定めに従い自動更新された。
平成26年4月、ハンバーガー店の出店を検討していたX(原告・法人・飲食業)は、xx業者Bから本物件の紹介を受け、Y1側の窓口であったxx業者Y2(被告・法人)と Bの立会でXとY1との間で、Y1を委託者、 Xを受託者とする営業委託契約書(本委託契約)が締結され、その後Xは、本物件での店
舗の営業を開始した。
≪本委託契約概要≫
①XはY1の委託する飲食店業務一切を行う。
②XはY1に月額29万円余の委託料を支払う。
③XはY1に29万円余の礼金を支払う。
④XはY1に保証金180万円を差入れる。
⑤Y1は契約終了時に委託料2か月分をXに返還する保証金から控除する。
平成27年5月に本物件の排水管に故障が発生したことを契機として、AとXが接触を持つようになり、その後のやり取りの中でAは、 Y1が原契約で禁止されているXへの転貸をしているとの認識を持つようになった。
同年10月、AはY1に対して、Y1の無断転貸を理由に原契約の解除を通知し、その直後にXに対してもこれを通知するとともに本物件の明渡を求めた。
同年12月、AとXは、Aを賃貸人、Xを賃借人とする本物件の賃貸借契約(新契約)を締結し、XはAに187万円の保証金を差入れ、店舗の営業を継続した。
平成28年8月、XはYらに対して、原契約に転貸禁止等の定めがあることの説明義務があったとして、Y1との委託契約の保証金・礼金、およびAとの新契約の保証金等計455万円余の支払いを求めて提訴した。一方、Yらは、原契約に転貸を禁止する定めがあることは説明済みであった、そもそも原契約の解除が無効である等として争った。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を一部認容した。
(Yらの説明義務違反の有無)
原契約においては、本物件を転貸すること及び「業務委託等の方法により使用させ」ることが禁止されていたことからすると、本委託契約の法的性質について、転貸借契約(Xの主張)と業務委託(Yらの主張)のいずれを採用したとしても、Yらは、Y1とXとの間の委託契約締結に当たり、上記の各禁止事項をXに説明する義務を負っていたというべきであるが、これについて説明がなされなかったことに争いはない。したがって、契約当事者であるY1のみならず、仲介・立会の業者として関与したY2にもかかる説明義務違反について共同不法行為の成立が認められる。
(Xの損害額及び因果関係の有無) Xは、委託契約に基づき既にY1に保証金
(180万円)を差入れていたにもかかわらず、原契約上、転貸及び業務委託が禁じられていたため、本物件における店舗の営業を継続すべく、Aに改めて保証金を差し入れて契約を締結せざるを得なくなったものであるから、当初Y1に差し入れた保証金については、Yらの共同不法行為による損害と認めるのが相当である。
一方、礼金については、Xが現に本物件での店舗の営業ができていたことからすれば、 Yらの共同不法行為(説明義務違反)により被った損害とは認め難い。
また、Aに差入れた保証金は、Aとの関係で本物件の占有権原を確保し、店舗の営業を継続するために支出されたものと考えられ、これもYらの共同不法行為(説明義務違反)により被った損害とは認め難い。
よって、Xの損害額は、Y1に差入れた保証金(180万円)に弁護士費用を加えた198万円と認められる。
(原契約終了の有無)
本物件での店舗営業の売上・利益を全てXが取得していたこと、受託者であるXから委託者であるY1に委託料が払われていたこと、受託者であるXから委託者であるY1に保証金が預託されていたこと等からして、本委託契約の法的性質は、転貸借契約であったと認められ、これは原契約に違反するものとなる。
Yらは、本委託契約に基づくXの店舗営業についてAの黙示の承諾があった、Aによる原契約の解除は権利の濫用にあたる等とも主張するが、いずれも認められない。
3 まとめ
本件は、媒介業者と(実質)転貸人の説明義務違反が認められた事例である。
媒介業者であるY2は、原契約で第三者への業務委託が禁止されていることは知らなかった旨の主張もしているが、説明義務を尽くしたとは言えないとされ、転貸人Y1とともに責任が認められた。転貸借契約の媒介を行う媒介業者としては、原賃貸借契約の内容を確認のうえ、転借人に必要な情報はきちんと提供することが必要であろう。
賃貸借の媒介にあたり、媒介業者の注意義務違反や説明義務違反が認められた事例として、東京地判 平29・11・27(RETIO113-118)、東京地判 平28・3・10(RETIO106-114)、東京地判 平20・3・13(RETIO75-84)も見られるので、併せて参考にしていただきたい。
(調査研究部xx研究員)
最近の裁判例から
⑽−説明責任の範囲−
建物賃貸借の媒介において、媒介業者には、外観から直ちに認識し得ない瑕疵を調査すべき義務までは負わないとされた事例
(東京地判 令 2・10・1 ウエストロー・ジャパン) xx xx
賃借した飲食店の排水管に瑕疵があったことにつき、媒介業者には、事前に調査すべき義務があったとして、借主が媒介業者に損害賠償を求めた事案において、媒介業者には外観から直ちに認識し得ない瑕疵を調査すべき義務まではないとし、その訴えを棄却した事例(東京地裁 令和2年10月1日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成30年1月11日、X(原告)はaビル(本件建物)の1階部分(本件貸室)を、媒介業者Y(被告)を介し、飲食店に使用する目的で、賃借した。
同日、Yは、Xに対し、重要事項説明書を交付した。
同年2月15日から、Xは本件貸室の内装工事を行った上で、同年4月9日、飲食店の営業を開始したところ、同日、本件貸室の階下の店舗において、天井からの水漏れ事故が発生した。
Xは、漏水の調査及び修繕工事のため61日間にわたり営業停止を余儀なくされたことから、Yに対し、営業損害等の一部100万円の支払いを求め、本件を提訴した。
(Xの主張)
Xは、同年4月10日から同月14日までの間に行われた排水設備の調査(非破壊検査)の結果、Xが行った店舗改装の際の排水工事には問題がなく、本件賃貸借契約以前から存在した本件貸室の床下躯体部分に設置されてい
る排水管(以下「本件排水管」という。)にもともと問題があったことが判明した。
Yは、媒介業者として、賃貸物件である本件貸室においてXが飲食店を正常に営むため、漏水等の支障となる瑕疵がないかを事前に調査すべき善管注意義務を負っていた。また、賃貸物件の排水管の瑕疵の有無は,建物の利用制限に関する事項であって、借主の判断に重要な影響を及ぼすものであるから、Yは、媒介業者として、当該事項をXに告知すべき義務があった。
Yは、上記善管注意義務及び告知義務を怠り、そのためXは、地下に漏水する瑕疵を有する本件貸室を賃借し、営業停止を余儀なくされた。
(Yの主張)
本件排水管に本件賃貸借契約成立以前から欠陥があった事実は存しない。
仮に、本件賃貸借契約当時に本件排水管に何らかの潜在的な欠陥が存在していたとしても、本件建物において、過去に躯体内排水管からの漏水事故が一度も発生していなかった以上、媒介業者に過ぎないYが当該欠陥を認識し得る可能性は皆無であった。
よって、YがXとの間の媒介業務において、漏水等の支障となる瑕疵がないかを事前に調査する善管注意義務を負うことはなく、その点に関する告知義務を負うこともない。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を
棄却した。
認定事実によれば、平成30年4月9日に発生した漏水については、本件排水管のひび割れが原因であることが強く推認され、ひび割れの原因としては、本件建物の建築時期やほかに原因となる要因も見当たらないことからすれば、経年劣化によるものであることが推認される。
もっとも、平成29年3月8日及び平成30年 2月22日頃の時点においては、通水検査の結果、本件排水管からの漏水が確認されなかったのであるから、同日の時点において、本件排水管に経年劣化によるひび割れが生じていたとは認められない。
そうすると、本件賃貸借契約が締結された同年1月11日時点において、本件排水管に何らかの経年劣化が生じていたものとしても、それによるひび割れ等が顕在化していたわけではなく、その潜在的な危険があるにとどまる状態であったというべきである。
宅地建物取引業者が建物の賃貸借契約の媒介を行う場合において、宅地建物取引業法に基づき、建物状況調査自体を行うべき義務を有しているものではない。このような同法の規定や、賃借人等の利益の保護と建物の流通の円滑化とを図るとの同法の目的(同法1条)に照らすと、宅地建物取引業者において、建物の賃貸借契約の媒介を行うに当たり、当該建物の躯体内排水管の経年劣化によるひび割れ等の潜在的な危険といった建物の外観から直ちに認識し得ない瑕疵を自ら調査すべき善管注意義務を負うと認めることはできないというべきである。
これを本件について見ると、前記のとおり、本件排水管に経年劣化によるひび割れ等の潜在的な危険があったにとどまる本件において、Yが、そのような建物の外観からは直ちに認識し得ない隠れた瑕疵を調査すべき善管
注意義務を有していたとは認められない。 また、本件賃貸借契約の当時、Yが上記瑕
疵の存在やその可能性を示唆する情報を認識していたと認めるに足りる証拠もないから、 Yが、Xに対し、当該瑕疵を告知すべき義務を有していたとも認められない。
なお、Xは、媒介業者に注意義務違反、告知義務違反等を認めた裁判例が多数存在する旨主張するが、Xが指摘する裁判例は、媒介業者が建物の物理的瑕疵によってその目的が実現できない可能性を示唆する情報を認識していた場合や、建物の外観から物理的瑕疵の存在を認識し得た場合等に関するものであり、いずれも本件とは事案を異にするものである。
したがって、Xの請求には理由がないことから、これを棄却する。
3 まとめ
建物賃貸借契約の媒介業務における説明責任の範囲として、建物の物理的瑕疵によってその目的が実現できない可能性を示唆する情報を認識していた場合や、建物の外観から物理的瑕疵の存在を認識し得た場合等は、説明しておく必要はあるが、本件のように、外観から直ちに認識し得ない瑕疵を自ら調査すべき善管注意義務を負うと認めることはできなとされた点は、実務において参考になると思われる。
本件同様媒介業者の設備関係の調査説明義務が否定された事例として(東京地判平26・7・ 25 RETIO98-122)があるので併せて参考にして頂きたい。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⑾−賃貸人の修繕義務−
貸室の浸水事故に賃貸人が適切な対応をしないため、退去を余儀なくされた賃借人の損害賠償請求が認められた事例
(東京地判 令 2・12・24 ウエストロー・ジャパン) xxx xx
トイレ兼浴室内の排水口から汚水が逆流して溢れる事故が発生したにもかかわらず、賃貸人が部屋のクリーニングを怠ったなど、適切な対応をしないため、転居を余儀なくされた賃借人が、転居に要した経費や転居先の家賃の差額等を賃貸人に求めた事案において、賃貸人としての債務不履行責任を認め、その請求の一部が認められた事例(東京地裁 令和2年12月24日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
賃借人X(原告)は、賃貸人Y(被告)との間で、Aマンションの一室(本件居室)について、平成22年6月賃貸借契約を締結し、平成28年6月、同年7月1日から2年間、賃料1か月6万9000円、管理費1か月6000円とする約定で本件契約を更新した。
平成29年7月20日夜、本件居室のトイレ兼浴室内の排水口から汚水が逆流して溢れ、居室内の大部分が浸水した。同年8月15日、2度目の事故が発生し、本件居室内の家具等が再び汚水に水没し、被害が拡大したため、Xは、Yに対し、修繕、本件居室のクリーニング、仮住まいの手配などを依頼した。
Yは、Yが代表である管理組合を通じて、調査会社に調査を依頼し、2度目の事故の際、排水管の高圧洗浄を行うなど緊急の応急措置を行った。なお、同年12月末に管理組合により、共用排水管の改修工事が行われた。
しかし、Yは、本件居室のクリーニングを
行わず、また、同年10月分以降のXの仮住まい費用の支払いを拒絶したことから、Xは、同年10月28日にxxに転居した。
同年12月、Xは、管理組合との間で、家財の損害について、441万円余の和解をした。
翌年、Xは、Yが本件居室のクリーニング義務、仮住まいを手配する義務などを怠ったため、転居せざるを得なくなり損害を負ったとして、Yに対し、転居に要した経費及び新家賃等との差額2年分27万円余、慰謝料300万円、弁護士費用38万円余等、計433万円余の損害賠償を求める訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は次のとおり判示し、Xの請求の一部を認容した。
(賃貸人の修繕義務について)
本件事故の後は、浴室内の外にある冷蔵庫まで汚水が付着したことが認められ、2度目の事故の後は、ユニットバスから溢れ出たと思われる排水が室内全体に広がっている状態で居室内の大部分にわたって浸水したことが認められ、Yは、少なくとも本件居室のクリーニング義務を負うというべきである。
修繕義務については、民法606条の解釈として、経済的ないし取引上の観点からみて不能な場合に修繕義務はないと解される。しかし、Yが代表である管理組合は、調査会社に調査を依頼し、平成29年8月15日に高圧洗浄により錆ゴミの除去を行い、その後、共用の排水管工事が行われたことから、修繕が不能
な場合に当たるとはいえない。
また、賃貸人は、賃貸借契約に基づき、賃借人に賃貸借契約の目的物を使用収益させる債務を負っており、その債務を履行できない場合には損害賠償義務を負う。その場合に、賃貸借契約の目的物とは別の同種、同等の代替物を使用収益させる義務まで負うとはいえないため、Yは、仮住まいの手配すべき債務を負うとはいえない。
(賃借人の損害について)
本件居室は、本件事故の後には居住に適した状態になかったこと、すなわち、その使用収益が社会通念上全面的に不能となっていたこと、それにもかかわらず、Yがクリーニング義務を怠った上、Yが支払い義務を負うXの仮住まい費用について、平成29年10月分以降の支払いを拒絶するなど、Xは転居せざるを得なくなったことから、平成29年10月28日、賃料1か月8万6324円のxxに転居したことが認められる。Xは、平成22年から本件居室に居住していたことから、本件事故がなければ、その後も相当の期間にわたって本件居室に居住していたことが推認できる。よって、 Xが請求する新家賃の差額については、Yの債務不履行と相当因果関係のある損害である。さらに、Xは、転居に当たり、礼金、仲介手数料、保証料等を支出したことが認められ、これらもYの債務不履行と相当因果関係のある損害である。Yは、Xの転居先が上質であることから、家賃の差額について債務不履行と因果関係のない損害であると主張するが、証拠によれば、本件居室と大差のない、ほぼ同等の物件である。転居費用についても、単身の転居のため、より低額の転居費で転居できたなどと主張するが、転居作業を依頼した引越し業者は大手であり、その費用が不相当に高額であると認める証拠もないため、Yの主張は採用できない。
Xの主張する慰謝料及び弁護士費用については、債務不履行の場合、通常生ずべき損害であると言うことはできない。その損害について、Xから、債務不履行と相当因果関係のある損害であると認めるに足りる主張立証がないため、採用できない。
なお、管理組合が、Xに対し、441万円余を支払うという内容の和解の損害費目は概ね家財の損害であり、本件でXの請求する損害を対象とするものではなく、この和解によって、本件各事故の被害が回復されたから、Xの損害はないとするYの主張は失当である。
(結論)
以上によれば、Xの請求で新家賃との差額、転居に要した経費等93万円余には理由があるため認容し、その余の請求を棄却する。
3 まとめ
本事例は、賃貸人が浸水事故に対して、適切な対応を行わなかったことにより、転居せざるを得なくなった賃借人の損害について、賠償責任を負うことになったものである。
賃貸人は、賃借人に対し、賃貸借契約により目的物を使用収益させる債務を負い、その債務が履行できない場合には損害賠償義務を負うことになるため、万が一、事故が発生した場合、賃貸人は、修繕義務を怠ることなく、速やかに適切な対応を図ることが必要である。
(調査研究部上席xx調整役)
最近の裁判例から
⑿−隣室工事による粉塵被害−
賃借人主張の隣室改修工事による粉塵被害は受忍限度を超えるものではないとして、その賠償請求を棄却した事例
(東京地判 令 2・1・29 ウエストロージャパン) xx xx
隣室等の改修工事による粉塵等により被害を受け退去せざるを得なくなったとした賃借人が、賃貸人に損害賠償や慰謝料を求めた事案において、賃借人の主張する粉塵等の被害は受忍限度を超えるものと認めるには足りないとして棄却された事例。(東京地裁 令和2年1月29日判決 ウエストロージャパン)
1 事案の概要
平成25年4月、賃借人X(原告)は、賃貸人Y(被告)より、本件建物(鉄筋コンクリート造12階建)の、5階の4室あるうちの一室(本件居室)につき、賃料月額90,000円、管理費月額5,000円とする賃貸借契約を締結し入居した。
Yは、本件居室の隣室とその隣室2部屋(本件各別室)について、平成26年10月15日から同年12月12日、リフォーム等を行う本件工事を工事業者(内部解体工事は工事業者A、リフォーム工事は工事業者B)に依頼した。
工事初日、粉塵等が共用部の本件廊下や本件居室内に見られたことからXは対処を求め、その要求に応じて、本件居室の玄関ドアの下の隙間にビニールシートを貼り付ける養生がされた。
また、同年10月28日以降、Xの要求に応じて、本件各別室から本件居室への粉塵の流入を防ぐための遮蔽カーテンが本件廊下に設置され、本件居室の玄関ドアの隙間にスポンジで目張りがされた。
Xは、Yに対し、同年10月29日に到達した
内容証明郵便により、本件工事により本件居室に粉塵の流入が続いており、工事業者の対応に不備があるとして、工事期間中の他所への移転及び本件居室の清掃の費用の負担や賃料減額等を要求した。
平成26年11月1日、Y及びBは、Xに対し、
「本件廊下の床を掃除機で毎日掃除し窓や消火器を2日に1回雑巾がけすること、工事中と工事後の2回本件居室内の清掃を行うこと」などを約束する旨の書面を送付した。
同月7日、Yが手配した清掃会社の担当者が、本件居室を訪れ清掃作業の下見をした。同年12月9日、Xは、本件居室内で異臭を 感じたとして病院を受診、その後本件居室に戻らずホテルに宿泊し、同月12日に、Yに対し本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を
行い、同月17日に本件居室を退去した。 Yは、同年12月16日、Xに本件工事作業で
迷惑をかけたことを謝罪し、本件居室の清掃を行うのでXの都合の良い日程を連絡してほしい旨の書面を交付した。
令和元年になり、Xは、Yの本件工事により、Xの居室内にまで粉塵や刺激臭の被害を受けたとして、財産的損害271万円余、慰謝料400万円、計671万円余を求める訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を棄却した。
⑴ 本件工事に起因する粉塵被害の有無
本件工事開始後の平成26年10月中旬からBが本件廊下を清掃した同年11月10日頃までの間、本件廊下や各居室の玄関ドアの本件廊下に面する部分等に細かいほこりのようなものが付着していたこと、本件居室内には、この期間だけでなくXが退去した同年12月17日頃までの間、様々な箇所に細かい繊維状の物質が付着していたことが認められる。
Xは、本件居室内の繊維状の物質は、本件工事により清掃されないまま堆積した粉塵が玄関ドアの隙間から流入したもので、本件居室全体の家具や布製品等に付着し、受忍限度を超える被害を受けたと主張している。
そこで検討するに、Xは、本件工事開始当初から、粉塵の流入被害について繰り返し苦情を述べていたことは認められるが、①本件工事のうち、大量に粉塵が発生し得ると考えられる内部解体工事が行われたのは、平成26年10月15日から16日の2日間にとどまり、その後のリフォーム工事が大量の粉塵を発生させるものであったと認めるには足りないこと、②同月16日以降は、本件居室への粉塵の流入経路となり得る本件居室のドアの隙間に簡易の養生がされ、同月28日以降は、本件居室の玄関ドアの隙間にスポンジによる目張りがされ、本件廊下に遮蔽カーテンが設置されたこと、③本件居室の隣室も本件廊下に玄関ドアが面しているが、同室の居住者から粉塵等につき苦情の申し入れがあったと認める証拠がないことから、Xが主張する、平成26年 12月に至っても本件居室内に付着していた繊維状の物質が本件工事により生じて本件居室内に流入した粉塵であると認めるには、疑問が残ると言わざるを得ない。
そもそも、本件居室は共同住宅の一室であり、隣室のリフォーム工事等により発生する粉塵等が一定程度居室内に流入することは予想し得る事態として受忍せざるを得ないとい
うべきである。本件工事に起因する粉塵の流入が認められるとしても、一般的な感覚を前提として耐え難い程度であると認めるには足りず、受忍限度を超える粉塵の被害の存在を認めることはできない。
⑵ 本件工事に起因する異臭被害の有無
平成26年12月9日に、Bが本件各別室の玄関ドア内側を塗料で塗った際に、Xがその臭いを刺激臭と感じたと主張している。
一般的な感覚を前提として、塗料の臭いが耐え難いものであるとは考えにくく、臭いを発生させる作業が長時間続いたと認めるに足りないこと、隣室の居住者から何らかの苦情があった事実も認められないことを勘案すると、この臭いが受忍限度を超えるものであったと認めるには足りない。
⑶ 結論
以上により、Xの請求はいずれも理由がないため、これを棄却する。
3 まとめ
本事例は、賃貸人が依頼した改修工事により賃借人が粉塵・刺激臭の被害を受けたという主張を、認めるに足りる理由がないと棄却したものである。
類似の事例として、建物管理義務を果たさなかったとして賃借人の賃貸人に対する損害賠償を求めたが、受忍すべき範囲を超えることを認める証拠はないと棄却された事例(東京地判 平22.1.20 RETIO79-110)がある。
(調査研究部調査役)
最近の裁判例から
⒀−更新料支払特約−
賃貸借契約が有効に自動更新されており、特約に基づく更新料支払い義務があるとされた事例
(東京地判 令 2・10・21 ウエストロー・ジャパン) xx xxx
自動更新時及び法定更新時には更新料を支払うとする更新料条項のある建物賃貸借において、借主債務の保証会社が更新料を代位弁済したとして事後求償権に基づく支払を借主に求めた事案において、自動更新特約条項を有効と認め借主にその支払いを命じた事例
(東京地裁 令和2年10月21日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成22年10月、借主Y(被告)と貸主の訴外Aは、分譲マンションの1室につき、賃貸借期間を平成22年10月8日~平成24年10月9日の2年間とする賃貸借契約(本件契約)を締結した。また、本件契約に基づくYの債務を保証会社X(原告)が連帯保証した。
本件契約には以下の更新料特約があった。
①賃貸期間満了2か月前までに書面による更新拒絶の意思表示をしない場合、本件賃貸借契約は同一の条件で2年間自動的に更新され、以後も同様とする(以下「本件自動更新条項」という。)。
②本件賃貸借契約が更新される場合、賃借人は、賃料の1.5か月分の更新料を支払わなければならない(以下「本件更新料条項」という。)。
③本件賃貸借契約が法定更新された場合においても、賃借人は、賃料の1.5か月分の更新料を支払わなければならない(以下「本件法定更新条項」という。)。
Yは、当初は更新時の更新料を支払ってい
たが、その後、備え付け設備の不具合について、Aが委託した管理会社の対応に対する不満から、更新料支払いに応じなくなった。
Xは、Aから更新料についての保証債務履行請求を受け、平成28年10月と平成30年10月の2回の更新における更新料計40万5000円を代位弁済し、事後求償権に基づきYに支払いを求めたが拒否されたため、訴訟提起した。原審(簡裁)は、Xが代位弁済したと主張 する更新料支払債務は、当該建物賃貸借契約が平成26年10月の時点で既に法定更新されており、Yに支払義務はないとして、Xの請求
を棄却したため、Xが控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、原判決を取消し、Xの請求を認容した。
(平成28年10月の更新料の支払義務)
本件自動更新条項及び本件更新料条項によれば、本件賃貸借契約は、契約当事者の一方から相手方に対して賃貸期間が満了する2か月前までに書面による更新拒絶の意思表示がない場合、同一の条件で2年間自動的に更新され、その結果、更新後の契約に基づき、次回の更新時に、賃借人に更新料の支払義務が発生することになるものと解されるところ、 Yが、平成24年契約の賃貸期間が満了する2か月前までに書面による更新拒絶の意思表示をしたとは認められないから、平成26年10月 10日に自動更新されたものと認められる。
そして、Yが平成26年契約の賃貸期間が満
了する2か月前までに書面による更新拒絶の意思表示をしたと認めるに足りる証拠もないから、平成26年契約は、本件自動更新条項に基づき、平成28年10月10日に自動更新されたものと認められる。
したがって、Yは、平成26年契約における本件更新料条項に基づき、平成28年10月の更新料の支払義務を負うことになる。
(平成30年10月の更新料の支払義務)
証拠によれば、Yが、①平成28年10月31日付けで、賃貸建物の管理会社に対し、更新料の支払を拒絶する旨の文書を送付したこと、
②同年12月22日、管理会社から送付を受けた平成28年契約に係る賃貸借契約書中の「更新料」欄及び「更新事務手数料」欄に取消線を引き、「借主」欄に署名押印して返送したこと、③平成30年10月頃、管理会社から送付を受けた平成30年契約に係る賃貸借契約書中の
「更新料」欄に取消線を引き、「借主」欄に署名押印して返送したことが認められる。
しかし、このようなYの行為は、賃貸借契約の継続を前提としている以上、本件賃貸借契約の更新拒絶の意思表示に当たるものではなく、単に更新料の支払を拒否するとの意思を一方的に表明したものにすぎない。
そして、他に、Yが平成28年契約の賃貸期間が満了する2か月前までに書面による更新拒絶の意思表示をしたと認めるに足りる証拠はないから、平成30年10月10日に平成30年契約として自動更新されたものと認められる。したがって、Yは、平成28年契約における 本件更新料条項に基づき、平成30年更新料の
支払義務を負う。
これに対し、Yは、本件賃貸借契約は、平成26年10月10日以降は法定更新された状態が継続しているから、平成30年更新料の支払義務は発生していない旨主張するが、前記に判示した理由から、採用することができない。
また、Yは、YとAとの間では、Yは更新料の支払義務を負わないとする合意が成立した旨も主張するが、そのような合意が成立したとは認められない。
3 まとめ
本事例は、賃貸借契約が合意更新されなかったことにより法定更新に移行しており、その状態が継続しているから更新料支払義務がないとの借主の主張に対して、裁判所は、平成28年10月と平成30年10月の2回の更新は自動更新条項に基づいて有効に契約更新されているため、更新料条項に基づき更新料支払い義務があると判断したものである。すなわち、法定更新の場合に更新料支払義務があるかどうかを判断した事例ではない。
なお、法定更新の場合の更新料支払いの要否を巡る裁判例については、これを肯定した事例(東京地判平22・8・26 RETIO83-142)、否定した事例(京都地判平16.5.18 RETIO59-86)があるが、いずれも「更新時には更新料を支払う」とだけ約定されていたケースであり、本事案のように「法定更新の場合も更新料を支払う」との特約があるケースとは前提が異なることに注意する必要がある。
(調査研究部xx調整役)
最近の裁判例から
⒁−立退料−
築後45年以上を経過したアパートの賃貸人からの解約申入れに、正当事ℝの補完として立退料100万円をもって認容した事例
(東京地判 令 2・2・18 ウエストロー・ジャパン) xx xx
築後45年を経過し老朽化したアパートに係る、賃貸人の賃貸借契約解約申入れについて、正当事由の補完として立退料100万円をもって認容した事例(東京地裁 令和2年2月18日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成19年5月14日、賃貸人Aは、所有していたアパート(本件アパート)の1室(本件建物)について、賃借人Y(被告)と賃貸借契約(本件契約)を締結し、本件建物を引き渡した。
月額賃料:48,000円
期間:平成21年5月13日まで
平成21年5月13日、Yが、更新契約の締結を拒絶したことから、本件契約は、期間の定めのない賃貸借となった。
平成29年4月11日、Aの死亡により、本件契約の賃貸人の地位は、Aの子であるXら(原告)に承継された。
平成29年5月24日、XらはYに対し、老朽化や倒壊の危険から本件アパートの取壊しの必要があるとして、6か月経過により、本件契約を解約する旨の申入れをした。
平成30年3月1日、Yは、Xらから送付された「本件契約が平成29年11月13日に終了したとして、本件建物の明渡しを催告する通知書」を受領した。
平成30年4月4日、Xらは、Yが本件建物の明渡しに応じないことから、本件を、東京地裁に提訴した。
平成30年11月14日、東京地裁は、本件を民亊調停に付したが、令和元年7月18日終了した。
(Xらの主張)
①昭和46年11月に建築された本件建物は、築年数の経過による劣化・損耗が生じ、老朽化が進行した。
収益物件たる本件建物の効用を回復するためには、工事費用として1834万円余が必要である上、本件建物について早期に耐震補強工事を行う必要が生じているところ、その費用として、1782万円余を要する。
賃貸人に、このような経済的負担を強いるのは酷である。
Xらは、アパート経営は不慣れであり、今後の生活資金等のために現金確保の必要性が高く、本件建物を取り壊しの上、その敷地を第三者に売却するなどして相応の現金を確保すべき必要性がある。
②Xらは、Yに対し、正当理由を補完する立退料として、100万円又は裁判所が相当と認める金額の支払を申し出る。
(Yらの主張)
①本件アパートの老朽化により収益物件としての効用が喪失したのは、賃貸人による修繕義務の不履行という怠慢の結果であって、自業自得である。耐震工事補強工事の費用については信用できない。
本件アパートの取壊しの必要についての Xらの主張は、Xらの大変さのみを言い募るものにすぎない。
②本件建物の明渡しをせざるを得ないとしても、その立退料は350万円が適当であり、少なくとも200万円を下ることはない。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、立退料100万円をもって、XらのYに対する建物明渡請求を認容した。
⑴ 正当事由の存否について
本件アパートは、解約申入れ時において、築45年以上が経過しており、本件アパート全体の老朽化が顕著であって、かつ耐震性の観点からみても倒壊の可能性が高く、また耐震のための工事には相応の費用を要するものということができるから、Xらにおいて本件建物を含む本件アパートの取壊しの必要性が高いものということができる。また、共同住宅である本件アパートの収益物件としての機能を維持するためには、相応の修繕費用を支出する必要があることは優に認められ、本件アパートの状態や固定資産税評価額、本件契約の賃料等に照らしてみると、その方法として修繕が適切であるということができないから、この観点からも本件アパートの取壊し(又は建替え)の必要性が補強される。
一方、Yは、本件建物を住居と使用し、解約申入れ時における賃料滞納事実が見当たらないことからすれば、本件建物使用に対する期待を保護する必要性が一定程度認められる。
そうすると、解約申入れについて、上記の事情から、直ちに正当事由があるとまではいえないが、正当事由を基礎づける事実が相当程度認められるものというべきである。
⑵ 正当事由の補完としての立退料について Xxは、正当事由の補完として、立退料の 支払の申出をし、その額を100万円又は裁判
所が相当と認める金額としている。
そこで検討するに、上記⑴のとおり、正当事由を基礎づける事実が相当程度認められるものというべきであるところ、これに加え、 Yに対する移転先の物件の紹介事実といった交渉経過、本件提訴時には、本件アパートにはYの他に居住者がいないこと、その他本件契約の賃料、本件アパートやその敷地の固定資産税評価額(116万4000円)等の事情を総合考慮すれば、Xらによる申出額であり、本件契約の賃料の20か月分以上に相当する100万円を正当事由の補完としての立退料と認めるのが相当である。
3 まとめ
本件は、老朽化したアパ-トの貸主からの解約申入れに、直ちに正当事由があるとまではいえないとしながらも、立退料100万円をもって認めた事例である。
その判断には、借地借家法第28条に基づき、貸主及び借主が建物を必要とする事情や建物の老朽化等の現況、補完的事由としての立退料の提供などが要因となる点で、実務において参考となる一事例と思われる。
他に、建物老朽化を原因とした賃貸人の契約解除について、立退料の支払を条件に認められた事例としては(東京地判平25・6・14 RETIO 94-092)、(東京地判平25・12・11 RETIO96-126)、反対に認められなかった事例としては(東京高判平24・12・12 RETIO93-158)がある。
(調査研究部調査役)