契約上、明確にする必要があるのは以下の 5 項目であり、改定売買契約書の該当条項に記載した(P.19 軽種馬売買契約書(危険負担売主)及び、P.24 軽種馬売買契約書(危険負担買主))。
第1 平成 28 年 3 月に改定した売買契約書(以下「旧売買契約書」という。)の再改定(令和 3 年 2 月)
1 改定の目的
改正民法が令和 2 年 4 月から施行されたのでこれに対応
2 改正の内容
改正のうち軽種馬の取引に関連する条項
⑴ | 瑕疵担保責任 | → | 契約不適合責任 |
⑵ | 危険負担 | → | 引渡前は売主 |
引渡後は買主 | |||
⑶ | 善管注意義務 | → | 引渡まで「契約その他の債権の発生原因及び取引 |
上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意」をもってその物を保存
ア 自己のものにおけるのと同一の注意義務セレクトセール
イ 善良な管理者の注意義務
xxのセリ、契約書 8 条 1 項ウ (故意又は)重大な過失
契約書 8 条 2 項 期限徒過後の注意義務を軽減
エ 売主の「責に帰すべき事由」で死亡した。(9 条 2 項)
「責に帰すべき事由」とは売主の故意又は重大な過失、善管注意義務に違反したことで死亡の結果を引き起こしたことを言う。
第2 再改定した売買契約書(以下「改定売買契約書」という。)を利用するにあたって留意すべき事項
Ⅰ 売買契約書の作成目的
軽種馬の売買においては、契約日から引き渡しまで長期間を要する場合があることなどの特殊性から、売主と買主の間でトラブルが発生しやすい。このことから、契約条件を明確にし、軽種馬取引における特殊性を任意規定と異なる合意を行うことで、軽種馬売買の安定化を図ることを売買契約書の作成目的としている。
1 契約条件の明確化
契約上、明確にする必要があるのは以下の 5 項目であり、改定売買契約書の該当条項に記載した(P.19 軽種馬売買契約書(危険負担売主)及び、P.24 軽種馬売買契約書(危険負担買主))。
① 売買対象馬の特定(1 条)
② 売買代金額(2 条)
③ 売買代金の支払い(3 条 1 項)
④ 引渡の時期および場所(5 条)
⑤ 血統登録証明書の交付(6 条)
2 任意規定と異なる合意
⑴ 民法 91 条
「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。」
⑵ 法令中の公の秩序に関しない規定
これを任意規定とよび、民法の売買などの規定は任意規定である。 例えば、当事者が危険負担、契約不適合責任に関し合意していなければ
民法の規定がこれを補充することになる。合意していればこの合意に従うことになる。
⑶ 契約書上の任意規定と異なる合意
№ | 任 意 規 定 | 合 意 x x |
① | 所有権は売買契約時に移転(民法 176 条) | 所有権の移転は代金完済時(4 条) |
② | 法定利率(民法 419 条 1 項) 現時点では 3% | 遅延損害金は年 10%(3 条 2 項) |
③ | 引渡しするまで善管注意義務(過失)民法 400 条 | 引渡期日経過後の注意義務(8 条 2 項)は善管注意義務ではなく、故意又は重大 な過失があったときに責任を負う。 |
④ | 目的物が品質等に関して契約の内容に適合しないもの(民法 562 条 1 項)不適合を知ったときから 1 年(民法 566 条) | 契約不適合責任(10 条)不適合事由が限定 権利行使期間は契約の翌日から 10 日以内 |
⑤ | 催告のうえ解除(民法 541 条) | 契約の無催告解除(11 条 1 項) |
⑥ | 損害賠償の請求(民法 415 条) | 代金額の 50%の違約金(11 条 2 項) |
⑦ | 危険負担売主とする規定 引渡時に買主に移転(567 条 1 項) | 危険負担(危険負担買主とする契約書)契約締結時に買主に移転(12 条 1 項) |
管轄裁判所の合意(13 条)
民亊訴訟法には管轄についての定め(任意規定ではない)があるが、同法第 3 条の 7 は管轄権に関する合意があれば合意した裁判所に訴えを提起できるとしている。
⑷ 売買契約書中で任意規定と異なる合意を行う理由
① 売買の目的物は将来競走馬として使用されることが予定されている高価物である。この目的に適合しない事由、例えば競走馬として能力が欠如していることを契約不適合と主張されれば、将来紛争が多発し、取引の安定は損なわれる。
② 売買の目的物は生体なので、時間の経過で変化が生じる。契約後
早急に取引を安定させる必要がある。
Ⅱ 売買契約書作成にあたっての留意事項
1 売買契約書で空欄になっている部分を買主と協議をして補充
⑴ 売買代金の支払方法(3 条 1 項)
一回払いと合意したときは第 1 回金の部分の代金と日時のみを補充
三回払いと合意したときは、全ての欄を補充する。
振 込 口 座 の 表 示
金融機関名 支 店 名 口 座 № 口 座 名
第1回x xx(消費税込み) 年 月 日
第2回金 円也(消費税込み) 年 月 日第3回金 円也(消費税込み) 年 月 日
⑵ 引渡日と引渡場所の合意を補充(5 条)
2 引渡の場所は乙の牧場(他の場所であるときはその場所を空欄に記載す
ること )とする。
当該馬を育成牧場に預託中であるときはその育成牧場の名称を補充する。
⑶ 引取期間経過後の飼養費(7 条2項)
当該馬の年令の育成預託料を参考に飼養費を合意し、補充する。
2 甲が前項の承諾を得ることなく引取期間を徒過したときは、甲は乙に対し、引取期間の翌日から引取り済みに至るまで、1日あたり 円
の飼養費と消費税を支払わなければならない。
2 危険負担につき、売主、買主いずれの負担とすべきかを決める。
後述する危険負担につき、売主負担、買主負担とする2種の売買契約書があるので、合意した内容の売買契約書を使用する。
危険負担売主:
第12条 乙が第5条に従い当該馬を甲に引き渡した時、危険は乙から甲に移転する。
2 甲が引渡期日に当該馬を引取らなかったとき、および第7条1項の承諾を受けたときには、第5条1項の引渡期日に、危険は乙から甲に移転する。
3 乙は、売買契約締結時に当該馬につき保険受取人を乙、保険金額を売買代金とする育成馬保険に加入する。
4 当該馬の引渡しまでに保険事由が発生し、乙が保険金を受領した場合、
甲からの既払金があるときはこれを直ちに返還する。
危険負担買主:
第12条 本売買契約締結により当該馬に関する危険負担は甲に移転する。
2 甲は、売買契約締結時に当該馬につき保険受取人を甲、保険金額を売買代金とする育成馬保険に加入する。
3 当該馬の引渡しまでに保険事由が発生し、甲が保険金を受領したときは、
甲は乙に対し、未払いの売買代金を直ちに支払う。
Ⅲ 契約不適合責任
旧 法 の 規 定 (570 条、566 条) | 新 法 の 規 定 (562 条 1 項、563 条 1 項、563 条 2 項 1 号、564条、565 条、566 条、415 条、541 条、542 条) |
1 売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。 2 契約の解除又は損害賠償の請求 | 1 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し、又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。 2 買主が相当の期間を定めて履行の追完の催促をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代 金の減額を請求することができる。 3 相当の期間を定めて履行を催告し、履行が |
1 旧法の瑕疵担保責任と新法の契約不適合責任に関する規定は、下記記載のとおりである。
は、買主が事実を知った時から 1年以内にしなければならない。 | なければ契約の解除ができる。 4 履行が不能などの一定の事由があるときは、即時解除ができる。 5 引渡後、買主がその品質に関する不適合を知った時から1 年以内にその旨を通知しなかったときは、買主は売主に対し、契約不適合責任を追及できない。 |
2 契約不適合責任
新法では、瑕疵を「目的物が品質に関し契約の内容に適合しないもの」(これを「契約不適合事由」と称することにした。)とし、「隠れた」との要件と「買主が知らないとき」との要件を削除した。
この規定によれば、買主は契約不適合事由が隠れていなくても契約不適合責任を追及できるし、これを知っていても同じく契約不適合責任を追及できるが、これらの事実は買主側の過失として、過失相殺の際、損害額減額の事情となる。
改定売買契約書の条項では、契約不適合事由を限定し、これ以外の契約不適合事由および権利行使期間後の契約の解除はできないとして、追完、代金減額および損害賠償の請求もできないとした。
この条項は、紛争を回避し、取引を早期に安定させる合意として有効かつ重要である。
3 改定売買契約書
⑴ 旧売買契約書と改定売買契約書の対比
旧 売 買 契 約 書 | 改 定 売 買 契 約 書 |
1 甲は、本売買契約の際、当該馬に関し発 見できなかった下記瑕疵があることを本売買契約締結日の翌日から10 日以内に発見し、これを乙に書面で通知したときは、本売買契約を解除することができる。 記 ⑴ 悪癖(さく癖、旋回癖、ゆう癖、身喰い) ⑵ 目の異常(白内障、黒内障、緑内障)、月盲、一眼以上の失明 ⑶ 去勢 ⑷ 全身麻酔を伴う外科手術歴 | 1 甲は、当該馬に関し下記契約不適合事 由があることを本売買契約締結日の翌日から 10 日以内に発見し、これを乙に書面で通知したときは、本売買契約を解除することができる。 記 ⑴ 悪癖(さく癖、旋回癖、ゆう癖、身喰い) ⑵ 目の異常(白内障、黒内障、緑内障)、月盲、一眼以上の失明 ⑶ 去勢 ⑷ 全身麻酔を伴う外科手術歴 |
2 前項以外の瑕疵および上記期間後に書面で通知された瑕疵についは、本売買契約の解除原因とすることはできず、乙 は甲に対し、何らの責任を負わない。 | 2 前項以外の契約不適合事由および上記期間後に書面で通知された上記契約 不適合事由についは、本売買契約の解除原因とすることはできず、乙は甲に対し、追完、代金減額および損害賠償など 一切の責任を負わない。 |
㊟ セレクトセールでは、2020 年から不適合事由として「上気道疾患に対する外科手術歴」、「関節内骨関節疾患に対する外科手術歴」、「腱及び靭帯(支持靭帯)の切断もしくは切除手術歴」の 3 事由を追加している。
⑵ 改定した部分
1項 発見できなかった瑕疵→契約不適合事由
2項 瑕疵→契約不適合事由
何らの責任を負わない→追完、代金減額および損害賠償など
一切の責任を負わない。
4 担保責任軽減特約など
⑴ 権利行使期間短縮の合意
この合意をしながら、売主が限定された不適合事由を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは(民法 566 条但書)、前記の合意をしても権利行使期間短縮の効力が認められず、民法では権利行使ができることを知ってから 5 年間、引渡時から 10 年間、時効消滅するまで長期間買主による権利行使を受けることになる。
⑵ 契約書に記載された契約不適合事由についての免責特約
限定された契約不適合事由以外の契約不適合事実について、契約不適合責任を負わないとする免責特約については、売主がこれを知って買主に告げていなければ、新法に定める契約不適合責任を負うことになる(民法 572 条)。
これらの規定は、合意があったとして、不実な当事者に対してはその効力は認められないというものである。
売主である生産者は、契約にあたっては、不利な情報を開示するなど誠実な態度が求められている。
5 事 例事 例 1
①
1 歳 4 月に代金 700 万円で売買契約締結
②
契約時 300 万円、9 月末の引渡時に残金 400 万円
1 歳 8月
放牧中、左前肢裏側の蹄と球節の間を負傷、負傷時に目撃者はいなかったが、負傷の部位と程度から見て、獣医は自傷と推定
③ 買主は負傷した馬の引渡を受けることになるので、売主において契約
不適合責任によって負傷の治療をおこなうことを求めた。もし治療をおこなっても競馬に使用できない状況であれば契約の解除をおこなう、その場合は既払の 300 万円の支払いを求めると主張した。
④ 売買契約書中には契約不適合責任に関する条項はなかったが、「引き渡すまでに生じた疾病、事故が売主の責めに帰する事由によって発生した場合でなければ、売主はその責めを負わない」(9 条 2 項と同じ条項)
との条項があった。
何が問題となるか。
⑴ 事故による負傷が売主である生産者の責めに帰すべき事由によって生じたものといえるか。飼養にあたって売主に善管注意義務違反があったかが問題とされる。
⑵ 契約不適合責任に関し、契約書に規定がなかったときは民法の規定が適用される。
⑶ 事故に関する合意の評価
契約締結から引渡までに生じた事故に関する合意は、この事故が売主の責めに帰すべき事由によって発生したものでない限り、事故による責任を負わないとする合意であるから、この合意が民法の規定に優先適用され、契約不適合責任も負わないとの結論になる。
事例1で訴訟になった場合
1 特約条項がなく、契約不適合に関する民法の規定が適用された場合
⑴ 当初から競走能力を喪失する程の大きな負傷であることが判ったときは契約を解除し、300 万円の返還を求める。
⑵ 買主は治療可能な負傷であれば修補請求をする。
(売主の負担で治療をおこなう。)
⑶ 治療の結果、競走能力に影響が出ることが判ったとき影響の程度の大きさで、
① 競走能力に大きな影響があり、将来競走馬として能力が発揮できないときは、契約の解除をして支払った 300 万円の返還を求める。
② 競走能力に影響はあるが、能力を発揮できないとまでいえないときは、価値が減価したとして損害賠償の請求をおこなう。(減価額の算定が難しい。)
2 特約条項があった場合
⑴ 買主に対し、引渡期日に引渡場所(引渡場所を約定したときはその場所、約定がなかったときは買主指定の場所)で引渡す旨の通知(履行の提供)をおこなう。
⑵ 買主が受領を拒絶(又は売主の通知を無視)したときは
① 残代金 400 万円+治療費
② 引渡通知日の翌日から買主が引き取るまで 1 日あたり(1 歳馬の預託料を日割で算出)の預託料
の各支払いを求める。
事 例 2
①
1 歳 5 月に売買契約締結
8月に引渡、育成牧場に入厩
② 2 歳夏に入厩し出走したが、2 戦とも大差のシンガリ負けで、競走
馬として不適格の判断をされた。
③ 買主は、競馬に使う目的で購入したにもかかわらず、能力不足で
あることが判明したので、民法の契約不適合責任に基づき売買契約を解除するとして、既払の売買代金の返還を求めてきた。
<類似事例>
ゲート試験に合格せず、出走できなかった馬につき、旧法の瑕疵担保責任が問題となった事例がある。
<これに対する判決>
① 産駒が競走馬としての資質や適格性を有しているかなどは、売買契約時(引渡時)までに窺い知ることができる場合を除いて、一般 的に予測できない。
② 購入する馬主は、競走馬として成功する場合もあれば、そうでな い場合もあることを予め認識しうるものであり、通常の馬主の注意義務をもっておれば、認識できたものである。
③ 売買契約時(引渡時)までに競走馬として適格を欠くことを窺わせるような行動を示すなどして、売主が適格を欠くことを認識するか、認識すべきなどの特段の事情のある場合を除き、資質を欠いて いたり、その資質を発揮できなかった気性は瑕疵といえない。
Ⅳ 危 険 負 担
1 危険負担とは?
次のような事例で説明する。
1 歳馬を 800 万円で売却
契約日
5 月
引渡日
8 x
x 金
第 1 回金
400 万円
第 2 回金(残金)400 万円
当該馬が引渡前に不可抗力で死亡
このような場合に、売主は売買残代金 400 万円の請求ができるのか(買主が危険を負担)、それとも残代金 400 万円を請求できず受領済みの 400万円も返還しなければならないのか(売主が危険を負担)、これが危険負担といわれる問題である。
2 危険負担に関する任意規定
旧 法 の 規 定 | 新 法 の 規 定 |
特定物に関する売買では、売買の目的物が債務者(売主)の責めに帰することができない事由によって死亡したときは、その死亡は債権者(買主)の負担に帰する(旧 534 条 1 項) | 売主(債務者)が買主(債権者)に売買の目的物を引き渡した場合において、その後に当事者双方の責めに帰することができない事由によって死亡したときは、買主がその危険を負担する。 (新法 567 条) |
本事例では、旧法の規定では買主が危険を負担し、残金を支払わなければならない。
新法では引渡前であるから、買主は残金の支払いを免れ、既払の第1回金を売主に対し不当利得を理由に返還を求めることができる。
旧法の規定は危険負担買主であったが、買主の支配下にないのになぜ買主が責任を負うことになるのかとの批判があり、裁判実務では引渡によって危険は買主に移転するとされていた。
新法の規定はこの裁判実務の解釈に従って改正されたものである。
3 旧法時と新法時の契約書条項
旧売買契約書条項(危険負担買主)と改定売買契約書条項(2種の条項)は下記に記載したとおりである。
危険負担買主の契約書(旧売買契約書) | 危険負担売主の改定売買契約書 | 危険負担買主の改定売買契約書 | ||
1 | 危険負担 | 売買契約の締結で買主が危険を負担 | 引渡後に危険負担が売主から買主に移転(12 条 1 項) | 売買契約締結により危険負担が売主から買主に 移転(12 条 1 項) |
2 | 育成馬保険 | 買主による保険の加入は任意 | 売主が保険料を自ら負担して、保険契約者、被保険者として加入 (12 条 3 項) | 買主が保険料を自ら負担して、保険契約者、被保険者として加入 (12 条 2 項) |
3 | 保険金の支払いを受けた際の処理 | 保険に加入していれば、買主は代金支払いの損害を保険の保険金で補填。加入していなければ、代金を自費で支払わなければならない。 | 売主が代金の一部を受領しているときは、受領した保険金から代金の一部を買主に返還し、残額をもって売買代金の残金を補填する。 (12 条 4 項) | 買主は受領した保険金で未払の売買残代金を売主に支払う。 売買代金の一部を支払っているときは、保険金の残額をもって補填する。 (12 条 3 項) |
4 育成馬保険
⑴ 売買契約締結から引渡までの間、売買対象馬の死亡事故に対処するため、xxのセールではxx軽種馬農業協同組合が保険契約者、被保険馬はセール売却馬、保険金額は売却価額、保険期間は落札時から市場終了日の翌日から起算した 10 日後とする損害保険(いわゆるブリッジ保険)に加入し、売買代金を保険金で補填する仕組をとっている。
xxのセールでは「売買成立時点」規約第 19 条、「落札時」契約書 6条に危険負担は買主に移転するとしているため、ブリッジ保険は買主を保護するためのものといえる。
庭先取引でも上記のような事故による損害を補填するため、育成馬保険
加入の必要性が生じる。そこで、育成馬保険の概要を説明する。
⑵ 育成馬保険ア 基本契約
(ア) 保険事由 偶然なxx又は病気により死亡した場合と切迫
屠殺
(イ) 保険期間 生後 1 カ月から 2 歳 4月 30 日まで
原則は 1 年であるが、保険会社が認めた場合には
短縮が可能
(ウ) 中途解約 保険加入から 1 カ月が経過すれば保険契約を中途で解約できるので、双方の合意で引渡期日を早めたときは、売主が保険に加入しているときには中途解約することになる。
(エ) 保 険 料 1 年間で 3.2%~3.3%
(オ) そ の 他 損害保険の加入については、加入依頼、馬体審査、保険申込書の提出、保険料振込を行って保険責任開始となる。このため売買契約締結日と保険責任開始日とにxxが生じる可能性があるが、実務では加入依頼日に全ての手続を完了させることが可能とのことなので、契約当日に保険責任開始となるよう確認したうえで加入手続をとるよう注意すべきである。
イ オプション特約(競走能力喪失見舞金特約)
(ア) 保険事由 偶然な事故により特定の事由が生じ競走能力を喪失したことをJRA所属獣医師が証明し、保険会社が認定したとき。
(イ) 保 険 料 1 年間で 0.8%
ウ オプション特約(腰瘻特約)イの特約とのセットのみの引き受け (ア) 保険事由 保険期間中に腰瘻の発症により競走の用に供する
ことができないとき
(イ) 保 険 料 1 年間で 0.1%(イとウで 0.8%とする保険会社もあ
る)
⑶ 育成馬保険の活用方法
本件の事例に即し、育成馬保険の活用方法を説明する。
当歳
3 月
↓
4 月
↓ 1歳
3 月
産駒出生(種付料 200 万円)
産駒出生 1 カ月後から保険加入可能
産駒出生後 1 カ月で保険加入すれば保険期間の終期さらに加入を継続するかを決める。
↓
5 月
↓
8 月
↓ 2歳
4 月末
売買契約(代金 800 万円・第 1 回金 400 万円)
引渡(所有権移転・第 2 回 400 万円)
育成馬保険の終期期限(損保ジャパン)
三井住友海上では中央馬は入厩まで、地方馬は能検合格までが終期
ア 売買契約前に次のような育成馬保険に加入している場合
当歳 4 月に加入
保険期間は 1 歳 3 月まで(原則として 1 年間)
保険額 200 万円
① 1 歳 4 月に再加入して継続保険期間は 2 歳 3 月まで
② 1 歳 5 月の売買契約時に保険金額を 800 万円に増額し、残りの期間の保険料を支払う。
③ 引渡後に解約して未経過の期間の保険料の返還を受ける(結局、売買契約から引渡までの 3 カ月間の保険料を売主が負担)
④ 売買契約時、買主と協議し、引渡から満期までの保険料を買主が負担することにすれば育成馬保険を継続することも可能。この方法をとったときは、引渡後に被保険者を買主に変更する。
イ 売買契約時に売主が育成馬保険に新規加入する場合
① 契約時に保険金額 800 万円とする保険に加入する。
保険期間を引渡時までの 3 カ月とするか、1 年間とするかを決める。
② 1年間としたときは、引渡後に保険契約を解約して未経過の保険
料の返還を受ける。
③ 売買契約時、買主と協議して合意すれば、前記ア④の方法もとることができる。
ウ 買主が売買契約時に育成馬保険に新規加入する場合危険負担買主と約定した場合に買主が加入
この場合であっても、売主が引渡までの保険料負担を合意して、買主が売買契約時に育成馬保険に新規加入する場合も想定できる。
⑷ 保険についての課題
ア オプションも含め保険事由が 3 事由に限定されているので、競走能力喪失に至らないケガに対応できない。
イ 買主が保険に加入した場合、買主が受領した保険金で代金相当額を支払わない事態も考えられる。逆に売主が保険加入者の場合には自ら保険金を受け取るので、このような問題が生じない。
Ⅴ 血統登録証明書について
1 血統登録証明書の交付(規程 18 条1項 1 号)
血統登録証明書の交付を受ける者は下記の者である(規程実施基準1項)。
① 登録申込みをした者若しくはその承継者
② ジャパン・スタッド・ブック・インターナショナルの定める委任状
を提出した者(様式は別添のとおり)
2 売買契約の際の取扱い
庭先取引の売買契約では、血統登録証明書などの交付は次のようになる。
① 引渡時までに交付を受けている場合は、引渡時に血統登録証明書を買主に交付する。
② 登録の申込みは行っているが引渡時までに交付を受けていないときは、買主に対し委任状を交付し、売主に代って血統登録証明書の交付を受ける権限を与え、買主が交付を受ける。
③ 引渡時までに血統登録の申込みを行っていないときは、売主において 引渡期日までに申込みを行うことを約し、②の委任状を買主に交付する。
3 新たな条項の追加
血統登録証明書に関し、第6条を加えた。
4 事 例
① 馬主から受胎した繁殖牝馬の預託契約の依頼を受け、引渡を受け
た際、繁殖牝馬の繁殖登録証明書も預った。
産駒出産後、生産者が馬主の費用負担でこの産駒の血統登録申請をおこなう予定であった。(産駒の血統登録の申込は当歳の 11 月 30
日まで、やむを得ない場合は 1 歳の 12 月 31 日までにしなければならない。)
② 生産者が資金繰りのため金融業者から金を借りる際、預った繁殖
牝馬の繁殖証明書を担保として差し入れた。
③
馬主が 1 歳の夏に育成牧場へ入厩させようとしたら、産駒の血統
登録がなされていないことが判明した。
<類似事例>
1歳馬を購入し、残金を支払って馬の引渡を受けようとしたら、1歳馬の血統書を金融業者に担保として差し入れており、血統書を受け取れなかった。
困った生産者は、血統登録書を紛失したとして血統書の再交付を受け、これを馬主に交付した。これを知った金融業者が、血統書は紛失しておらず、自分のところにあると登録協会に申し出、登録協会は再発行した血統書の返還を馬主に求めてきた。
1 登録証明書の再交付登録規程 19 条
1 項 「登録証明書を汚し、又は失ったため」
2 項 再交付したときは公示。これにより旧証明書は再交付と同時にその効力を失う。
2 登録規程実施基準 12 条
「失ったため」の定義
① 誤って焼失又は廃棄したとき
② 郵送等の途中で所在不明になったとき
③ その他、所在が不明になり、現に所持する者が存在しないとき
Ⅵ 紛争防止するため考慮すべきこと
1 セリでの売却を最優先とする。
セリには業務規程があり、売主側の利益に配慮した売買契約が書面で締結される。
日高のセリでは引渡期間が 10 日後であり、その間の死亡についてはブリ
ッジ保険で代金が確保されている。
2 やむを得ず庭先取引で売却する場合
⑴ 売主側の利益に配慮した売買契約書を使用する。
代金、代金の支払時期などを記載した簡単な契約書では改正民法がそのまま適用される。
⑵ 売買契約締結後、引渡までの期間を出来る限り短くする。
当歳馬については、直ちに引渡可能な場合除き売却を避けた方がよい。