2) 高橋爽一郎「任意後見契約について~その実務運用から」銀行法務21 No. 603(2002)
任意後見人の職務の明確性について
――任意後見契約,生前事務委任契約及び死後事務委任契約を中心に――
x x x x
(法学専攻 ビジネス・ロー・コース)
はじめに
第1章 任意後見契約
第3節 任意後見契約で締結できる範囲第2章 生前事務委任契約
第1節 任意後見契約における生前事務委任契約の必要性第2節 任意後見契約と生前事務委任契約の関係
第3章 死後事務委任契約
第1節 死後事務委任契約の必要性
第2節 最高裁第3小法廷平成4年9月22日判決の検討第3節 相続による解除の問題について
第4章 結びにかえて:任意後見契約一本化に向けての考察
は じ め に
近年,悪徳商法などの被害によって財産を失う高齢者が増え,深刻な社会問題としてとり上げられている。財産管理や身上監護に不安を抱えた高齢者の急増を受け,法律専門家は,上記の問題に積極的に関与し,xx後見制度を用いることによって高齢者の抱える問題を打破しようと取り組んでいる。xx後見制度とは平成12年に,判断能力の衰えた高齢者が安心して老後を送れるようにとの目的をもって設けられた制度である。同制度は大きく分けて法定後見,任意後見に二分される1)。法定後見は判断能力が
立命館法政論集 第5号(2007年)
低下した後に初めて機能する制度であり,本人の意向は加味されない。一方,任意後見は判断能力を有する時点で判断能力が低下した時の生活を自らの手で決定するための制度であり本人の意思が強く反映される。
本稿では,本人の自己決定権すなわち最期まで自分らしく生きるための支援をする任意後見契約に着目して論じていきたい。
現在,法律専門家が受任者となって,高齢者との間で契約を締結する場合大半のケースで3つの契約を締結している。任意後見契約,生前事務委任契約,死後事務委任契約の3つである。任意後見契約は本人の判断能力が低下してから,契約の効力が生じるものであり,契約の効力発生前までの期間の財産管理等を委託したいのなら,任意後見契約とは別に生前事務委任契約を締結する必要がある。また任意後見契約の法的性質が委任契約であるゆえ,法律行為しか締結できないと解されており,介護労働等の事実行為(準委任)を委託したいのなら,他に生前事務委任契約を締結しなければならない。加えて任意後見契約は死亡によって終了すると解されていることから,死亡後の事務も委託したいのならば死後事務委任契約を締結することが必要となる。
任意後見契約を中心として,生前・死後事務委任契約という3つの契約 を締結することによって今日の任意後見制度は機能しており,それによっ て高齢者の望む安心した生活が確保されている。しかし,これらの契約の 性質はそれぞれ異なっており,3つの契約を必ずしも締結する必要はなく,また同一人が受任者となることを要請されるわけではない。これら2点に よって,複数の受任者間で紛争になりうることや,また任意後見契約とは 別の生前・死後事務委任契約における受任者の職務の適正さを確保できる のかといった問題を含んでいる。現段階では,委任者が望む全ての事項を 任意後見契約では実現することはできない。よって補完するためには,任 意後見契約を軸にして生前・死後事務委任契約を用いることによって任意 後見契約を考えていくしかない。
つまり,判断能力が低下した後の生活を支援するxx後見制度では,生
任意後見人の職務の明確性について(xx)
前・死後事務委任契約を用いなければ実現できず,何が実現できて,何が実現できないといった区別が任意後見契約からはわかりづらい。そのような職務の不明瞭さ故に任意後見人は実際に権限外の職務を行っている。また任意後見契約によって遂行できる事務内容が限られていることから,職務の範囲外の行為だと認識しているにもかかわらず,委任者の利益の為に事務をするといった2つの問題を任意後見人は抱えている。
本稿では3つの契約を締結することが果たして,これからの任意後見契約にとって望ましいのか,それとも3つの契約を統合することで全てのことが遂行できる任意後見契約を考えていくことができないのかについて,任意後見人の職務の明確性の観点から考察していきたい。
上記で3つの契約を統合して考えていく任意後見契約を,本稿では任意後見契約一本化と呼ぶこととする。以下,第1章では任意後見契約,第2章では生前事務委任契約,第3章では死後事務委任契約,第4章では任意後見契約一本化に向けての考察といった流れで進めていく。
本稿で使う用語の定義は以下の通りである。
「任意後見契約」とは判断能力を有するうちから自己が選んだ人に意思を託すことで,判断能力が低下した段階でも安心した生活が送れるために備える制度である。
「生前事務委任契約」とは,委任者が通常の任意代理契約受任者に任意 後見契約の効力発生前の財産管理等の事務を委託するものである。加えて,任意後見契約の効力発生後においても,法律行為ではない行為の委託は, 生前事務委任契約を締結することとなる。
「死後事務委任契約」とは,委任者の死亡後の事務を生存している間に受任者に委託する契約である。
「任意後見人」とは,任意後見契約の効力が発生した後の受任者のことをいう。
「任意後見受任者」とは,任意後見契約の効力が発生する前の受任者のことをいう。
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生前・死後事務委任契約における委任契約は,準委任契約を含む委任契約として解している。
第1章 任意後見契約
第1節 任意後見契約の概要
任意後見契約とは,委任者が正常な判断能力を有しているうちに,受任 者に対し,精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分となった場合 に備えて,自己の生活,療養看護および財産の管理に関する事務を委託し,その委託に係る事務について,代理権を付与しておく契約である。この契 約は,委任者の判断能力が不十分となり,家庭裁判所により任意後見監督 人が選任された時から効力を生じることになっている(任意後見契約に関 する法律2条1項)。これは平成12年4月に施行された一連のxx後見関 連法の中で,本人の意思を最大限に尊重する契約類型である。
具体的に内容を検討していくと,任意後見契約はまずxx証書で行わなければならない(任意後見契約に関する法律3条)。なぜならば,公証人が関与することで,本人の真意による適法有効な契約を立証しようとする
ものである。要式行為という厳格な行為によることで,本人の判断能力の是非も判断することが可能である2)。
任意後見契約の形態には次の3類型がある。
① 将来型
将来,判断能力が低下した時点ではじめて任意後見契約による保護を受けようとする場合の契約形態である。
② 移行型
通常の任意代理の委任契約(生前事務委任契約)から任意後見契約に移行する場合で,委任者が契約締結時から受任者に財産管理等の事務を委託し,自己の判断能力の低下後は公的監督の下で受任者に事務処理を継続してもらう契約形態である。
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③ 即効型
任意後見契約の締結の直後に契約の効力を発生させる場合である。軽度の痴呆・知的障害・精神障害等の状態にあって,補助や保佐の制度の対象になりうる者であっても,契約締結時に意思能力があれば,任意後見契約を締結することが可能である。委任者の状態からして契約締結後直ちに,委任者又は任意後見受任者の申立てにより任意後見監督人を選任し,契約締結後xxxxに任意後見人の保護を受けることになる3)。
第2節 任意後見契約の現状
任意後見契約の制度が施行されて,約6年が経過し,その間の契約件数は1万3,799件となっている4)。任意後見契約の締結件数は,年々増加傾向にある。しかし,任意後見契約の締結件数は,高齢者の急激的な増加が進む少子高齢化において多いとは言えない。
日本公証人連合会法規委員会は,制度発足から平成13年6月15日までに任意後見契約の登記がされた全1017件について,利用形態(移行型・将来
型・即効型)・委任者本人の性別・年齢・委任者の契約意思の確認,その他の事項のアンケート調査を行い,うち1013件について解答を得た5)。調査の結果,利用形態については,将来型が55%,移行型が38%,即効型が
6%である。この調査の結果が示すのは,即効型は利用しづらいということである。要因として,即効型は任意後見契約の締結直後に契約の効力が発生するが,法定後見との区別がはっきりしないことにある。任意後見契約は本人の意思が尊重される以上,本人の真意の有無は厳格なものでなければならず,契約と効力発生までの期間が短時間であるということは,本
人の判断能力が確かなものであったという心証も得られにくく,即効型の利用が進まない要因になっている6)。
将来型の利用が多いのは,委任者が判断能力を有する時点で,将来を考えて作成される典型的な形であるから当然の結果だろう。将来型の任意後
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見受任者は大半が家族である。よって,判断能力が低下した段階の変化をいち早く気づくことができ,任意後見契約の効力発生の手続きを速やかに行える。しかし,今後の高齢社会の展開を考えていく上で必要になるのは移行型の形態ではないだろうか。独居高齢者の増加,また核家族化が進む中で,近親者以外の者が,任意後見受任者になることが必然的に求められる。また,財産管理等を考えると,弁護士・司法書士・税理士・行政書士等の専門家が受任者になることで複雑な法律関係の紛争回避,予防,紛争処理もいち早く対処できる7)。
けれども,第三者が任意後見受任者となり将来型の契約を締結してうまく機能するだろうか。任意後見受任者が家族であるなら,本人の異変にも気づくだろう。しかし,第三者任意後見受任者においては,任意後見契約
が機能してもおかしくない状態であっても,本人の異変に気づけず対応が遅れる恐れがある8)。よって,任意後見契約をうまく機能するためには,判断能力が低下する前から,本人との信頼関係の強化,また定期的な面会によって本人の状態を把握する必要がある。移行型であれば通常の委任契約(生前事務委任契約)から,任意後見契約に移行する点においても,本人の生活状況も適宜に判断することができる。
第3節 任意後見契約で締結できる範囲
任意後見契約は,受任者に法律行為の代理権を付与することを目的としている。「代理権付与の対象となる事項は,大きく分けて財産管理に関する法律行為(不動産その他重要な財産の管理,処分,預貯金債券の管理,払い戻し,賃貸借契約の締結,解除,遺産分割など)と身上監護に関する法律行為(介護契約,施設入所契約,医療契約の締結,要介護認定の申請など9))である」。上記2点で,委任者の生活に必要な事項の大部分は網羅できるのであるが,任意後見制度が委任者にとって使いやすくよりよい制度であるためには,委任事項の範囲も委任者の個別のニーズにあったものに近づける必要がある。任意後見契約が委任者の要請にどれだけ応えら
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れるかを巡って,次のような事項が問題となることを指摘する。
① 事実行為の委任
身上監護の内実は何か。医療契約,病院入院契約,住居に関する契約,施設入所契約,介護契約,教育・リハビリに関する契約等の身上監護に関する代理権を任意後見人に付与することは可能である。上記に対して任意後見契約の法的性質が委任契約であることを理由に10),日常の介護労働を行うことや,施設入所の際の保証人などの事実行為は高齢者等が希望しても任意後見契約の委任事項とすることはできないとされている11)。
実際はどうだろう。上記の例では,施設入所の契約締結の際に,誰が保証人になるのかという問題が生じる。任意後見人の他に,同意・承諾できる近親者がいるのなら問題ないであろう。しかし,独居高齢者など,一連の手続きを全て任意後見人しか行う者がいないときに,任意後見人は委任契約に基づいた法律行為しか権限がないため,法律行為しかできないと言い切ることが本当にできるのであろうか。
本来は,身元引き受けできる権限のない旨を伝えて理解を得ることが望ましい。しかし,理解してもらえる施設は現実には少ないという12)。現実問題として,保証人を必要としない契約を施設側が,個別の事例に合わせて契約を締結してくれるのだろうか。入所待ちの高齢者を多く抱える老人ホームで,施設側も不安定な契約をあえて選ぶとは考えにくい。第三者任意後見人が保証人になることが,正しいことなのかは一概には言えない。なぜなら,任意後見人として選任されている以上,事務を遂行した結果第三者との間で責任問題が生じる。けれども,実務では,責任を負う危険性があることを知りながらも目をつむって,任意後見人に何らかの権限を与えないと契約締結まで話が進められない。保証人になれないから,入所契約の締結ができない。話が進まない以上任意後見人は,法律行為を為す権限はあってもその権限は空虚なものでしかない。
私見として,任意後見契約と生前事務委任契約の受任者が同一人である
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場合に,任意後見契約を為す上で前提にある事実行為を13),他の委任契約
(生前事務委任契約)で締結することの合理性が見出せないことからも任意後見契約の一内容として認めるべきである。その上で,保証人になっても任意後見人に負担が発生しない範囲で事務が遂行できるのか,社会が任意後見人の置かれている立場を把握した上での環境作りを積極的に推進していかねばならない。
② 医療行為の同意x
xx後見人には医療契約を締結できる権限があることについては争いが ない。問題は,現行法上,xx後見人には医療同意権はなく,xx後見人 がxx被後見人の医療行為に関して代行決定を行うことができないことで ある。任意後見契約においても,医的侵襲行為に対する同意は法定後見と 同様,任意後見人の権限には及んでおらず委任事項にならない。本稿では,任意後見契約の委任事項に医療同意権を盛り込めるか否かを判断する必要 がある。しかし,任意後見契約における医療同意権について論じているも のが少ない。よって法定後見に係る医療同意権について検討した上で任意 後見契約について考察したい。
医療サービスの受給関係は,原則として,医療契約の締結を通じて規律
される。そこでは「契約」によって,契約当事者の一方である患者本人が,自己の受ける治療内容を自己決定する14)。近年,「患者の権利」が重視さ れるようになり,医療現場においても,患者本人の同意をなくして医療を 行うことの問題が取り上げられるようになってきた。
医療行為における患者本人の同意は違法性阻却事由として位置づけられ
ている。医療行為であっても,同意のない限り刑法上の傷害罪となり,民法上は不法行為を構成する15)。近時の判例では,自己決定権の観点から患者本人の同意が論じられ,同意を得ない医療行為は自己決定権の侵害であると判断され,違法性の評価に関わってくることからも,医師も慎重にならざるを得ない状況にある16)。
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患者が医療行為の同意をするには同意能力が必要となる。同意能力の程 度については,いまだ明確な基準があるわけではないが,一般的には医師 の説明がおおよそ理解でき,侵襲によってどのような結果が生じるかを判 断する能力があればよいとされている17)。すなわち,自己責任で医療行為 を締結できる本人が同意すべきであるが,同意能力のないxx者の場合は 誰が本人の同意を代行すべきなのであろうか。合理的な判断が困難ないし,不十分な者の場合,支援機関が,医療行為に関する意思決定を何らかの形 で関与しない限り,このスキームはうまく機能しない。
つまり,個別具体的な医的侵襲行為に関する医療同意権(代行決定権)をxx後見人に付与しておく必要性がある。xx後見人は,医療機関から
本人に代わって医療に対する同意をしばしば求められているのが現実である18)。しかし,xx後見人には医療同意権はない。では,どのように実務では解決されているかである。事例によって異なり,曖昧であるといえ,xx後見人も判断に困る事例が多いという。実際に,xx後見人に同意が求められた事例としては,予防接種,胃潰瘍,足の切断,骨折の手術治療
などが挙げられる。予防接種の同意がなければ,本人に対するインフルエンザの予防接種は行う事が出来ないと割り切っている病院もある19)。また一定のリスクはあるが成功すれば患者の機能回復に飛躍的につながる可能性がある手術をするか,リスクは少ないが機能回復の向上の可能性が低い
場合の治療選択を迫られた場合,xx後見人はどう判断すべきであろうか20)。骨折を例にとれば,前者であれば自立歩行の回復が期待できるが,後者ならば車椅子の生活が余儀なくされる場合,後見人の判断が得られない場合,医療機関は,後者を選択する可能性が高いと思われる。同意なき治療の場合,積極的治療を行うことは難しく,いわゆる保存的治療,すなわちリスクが少ない治療を選ばざるを得ないことになる。意思能力がないことが治療法の選択の余地を狭め,本人の身体的機能の回復を妨げてしまうことに解決策を導きださなければならない。
いつまでもxx後見人の独断で判断をなすのではなく,ある一定の基準
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が必要になる。医療同意権の是非・基準を考えるにあたって,否定説と肯定説があるので紹介をした後に私見を述べる。
医療同意権否定説
「医療行為の同意の本質は,財産に関する法律行為などとは異なり,基本的には本人しか行使し得ない自己決定権で一身専属的行為である。よって代理は不可能であるとするならば意思決定の代行という側面からは,xx後見人に同意権を与えることはできないものとなる21)。」
医療同意権肯定説
「xx後見人には療養看護に関する職務があり(民法858条)本人のために医療契約を締結する権限が与えられ,契約締結後の医療の履行を監視する義務が存することを考えれば,生命身体に危険性の少ない軽微な医療行為についてはxx後見人に代行決定権があると考える。利用者が同意能力を欠く状態にあることを前提条件とした上で,『病的症状の医学的解明に必要な最小限の医的侵襲行為(触診,レントゲン検査,血液検査等)』と,『当該診療契約から当然予測される,危険性の少ない軽微な身体的侵襲(熱さましの注射,一般的な投薬,骨折の治療,傷の縫合等)』に関しては,xx後見人等に医療同意権を認めるべきであると解する22)。」
私 見
医療同意権を完全にxx後見人の職務範囲外として割り切ることができるのだろうか。責任の問題を考慮して検討せねばならないが,同意をする者がいないため,治療行為の幅が狭められてしまうことは避けなければならない。肯定説に立って,「xx後見人の医療同意権の範囲」を明確に規定した上で,限定的な医療同意権を認めるべきである。xx後見人の医療同意権の範囲については,病状解明に必要な範囲の侵襲行為,及び医療契約締結に付随して当然予想される軽微な身体的侵襲に限り認められるべきである。なぜなら,xx後見人は医療の専門家ではない。したがって,xx後見人には複雑な術式を伴う手術等の医的侵襲を施すことについて高度な知識はなく,同意することは難しい。
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では,これ以外の重大な医的侵襲行為についてはどのように扱うかであるが,緊急がある場合を除いては,「裁判所の許可」を要件とすべきと考える23)。この要件の前提として,医療機関の聴聞,鑑定をベースとして,裁判所が許可をすべきであると考える。
諸外国を比較してみると,「ドイツでは本人の同意能力の有無を判断し,同意無能力である場合のみ,世話人が同意できることを認めている24)。」
「また危険を伴う侵害,本人がその措置によって死亡する恐れのある場合,
本人が重大かつ長期に及ぶ健康上の障害を被る恐れがある場合には後見裁 判所の許可留保が行われるのである(ドイツ民法1904条)25)。」つまり本人 が同意無能力だと判断された後は,医師が世話人に対し説明義務を果たし,命に関わる措置等であるならば,世話人が後見裁判所への報告を行い,後 見裁判官による本人の聴聞・専門家の鑑定,場合によっては家族,信頼で きる友人に意思表明の機会をもった上で許可を得ることになる26)。
上記の方法を用いればxx後見人の事務を空虚なものとなさず,xx後 見人が判断に困るような事例でも,医療機関,裁判所,xx後見人の3者 を介することで,どの機関にも負担をかけることなく,責任を一点に集中 させることを防げるのと考える。現段階において,後見裁判所という独自 の裁判所機関がないこと,加えて裁判所の処理能力は飽和状態であり,こ のような状況で医療同意権の許可を裁判所に求めるのは困難である。しか し,高齢者が増加する中で,xx後見人の医療同意権が不明確なままでは,xx後見人が判断に困る問題が増加するのは明らかである。これから法曹 人口が増加することが予定されているので,何らかの方策が早急にとられ ることが期待される。
xx後見人にも限定的な医療同意権を認めることで,不明確な職務内容の状態から脱却し,後見業務の明確化を図る必要がある。任意後見契約において,医療同意権をどのように考えるべきであるかだが,xx説は「医療行為における同意権の性質は,法定後見と異同はないが,任意後見受任者に委託された『事務』の内容が本人の意思(自己決定)に基づいてなさ
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れるのであるから予め医療行為における事項を受任者に託すことも可能ではないだろうか27)。」と考える。つまり,任意後見契約で予め決められており,契約範囲内であるならば委任者に医療同意権付与への強いニーズがあること,本人の意思の尊重を強く重視する任意後見は法定後見と比較して幅広く医療同意権を認めてもよいだろう28)。任意後見人が不安定な状況で同意の可否を問われるより,予め決められた範囲で事務を遂行できることが有効である。
第2章 生前事務委任契約
第1節 任意後見契約における生前事務委任契約の必要性
任意後見契約は,本人の判断能力が不十分だと判断した時点で,家庭裁判所に任意後見監督人の選任の請求をして,選任された時点から契約の効力が発生する。しかし,選任請求をして直ちに任意後見監督人が選任されるわけではない。原因として1つ目に,申立書の添付書類として数多くの書類が求められ,資料を整えるのに多くの時間と労力を要する。「申立人の戸籍謄本・本人の戸籍謄本・住民票・診断書・登記事項証明書・任意後見受任者の戸籍謄本及び住民表などの書面を揃える必要がある29)。」
2つ目に,家庭裁判所の事務の恒常的な繁忙さである。是正策として家庭裁判所の人的・物的強化など充実した体制の整備に努めることで,審理期間を短縮させるための働きかけを行っている。しかし,任意後見監督人の選任には日数がかかっている。地域差は多少あるが東京家裁本庁で,x
x後見事件において40%弱の事件が3ヵ月以内,他は3ヶ月を超えている結果が報告されている30)。
3,4ヶ月の間に本人の判断能力の急激的な低下,また本人が死亡した場合はどうなるのだろうか。
裁判所に対する任意後見監督人の選任申立から選任までの期間の財産管理や身上監護は,誰が曖昧な合意でなく法的根拠に基づいて事務を遂行す
任意後見人の職務の明確性について(xx)
るのであろうか。契約の効力が発生されるまでの本人の生活が不安定である。解決策として,任意後見契約とともに生前事務委任契約を締結する必要があると考える。すなわち,通常の委任契約(生前事務委任契約)を任意後見契約とともに締結することで,本人の判断能力低下後,任意後見契約の効力発生までの期間の本人の生活が安定する。
第2節 任意後見契約と生前事務委任契約の関係
任意後見契約と生前事務委任契約の2個の契約はいずれも証書作成時点で契約は成立し併存する。しかし,任意後見契約は任意後見監督人の選任の請求から,一定の日数を経て任意後見監督人が選任されるまでは契約の効力は発生しない。すなわち,契約の成立時点ではいまだ契約の効力が発生していない。一方,生前事務委任契約は契約締結後直ちに効力が発生する。そして,日本公証人連合会文例委員会の発表した移行型の文例では,
「生前事務委任契約は任意後見契約の効力が生じた時点で終了する31)」とされている。
生前事務委任契約と任意後見契約を締結した際,任意後見契約の委任事項にふさわしくない内容であれば両契約は併存する。しかし,任意後見契約の効力が発生する前から,機能していた生前事務委任契約が,任意後見契約の開始をもって終了することを検討する余地がある。なぜなら,「任
意後見契約の効力発生時点で生前事務委任契約を終了させることは,法律上当然の要請ではない32)。」からである。
任意後見契約の効力発生後,任意後見契約が,本人の能力の回復,本人 の契約締結意思の錯誤,親族間の濫用等の理由で解除された場合,あらた めて一から通常の委任契約(生前事務委任契約)を締結することが最善の 方法なのであろうか。本人の意思能力が回復すれば,任意後見人のみなら ず任意後見監督人に対する報酬を負担してまで,任意後見契約を存在させ る合理性が見出せない。結果として,任意後見契約の解除の方法しかない。つまり,任意後見契約を必要としなくなった時に備えて,任意後見契約の
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効力が発生する前の財産管理等を委託する通常の委任契約(生前事務委任契約)に戻せないだろうか。何らかの予期せぬ事態が生じた時のすばやい処理,今一度委任契約(生前事務委任契約)を締結する労力・費用・時間を考えれば,任意後見契約の効力発生をもって終了する生前事務委任契約を継続することはできないだろうか。
上記の問題について,一旦終了させた生前事務委任契約を今一度締結す
るのではなく,従前「停止」させておいた生前事務委任契約を復活させればよいと解する説がある33)。
しかし,任意後見契約効力発生後の委任事項と重なる部分について,生前事務委任契約の効力が生じているのであれば,それが停止という状態であっても,任意後見人と生前事務委任契約受任者間の職務範囲が曖昧なものになり,紛争発生のもとになりかねない。
また,生前事務委任契約で包括的に委任事項を決めることができるなら,任意後見契約を締結する必要もない。煩雑な手続を経てまで任意後見契約 を締結するメリットとして何があるのだろう。任意後見契約を締結するメ リットとして,公的機関や金融機関など任意後見契約の正式な手続きを得 ていないと代理人と認識されず財産管理は難しいことが指摘されている。 しかし,包括代理権が与えられている任意後見人でさえ,金融機関等で, 財産管理の事務処理を遂行するにあたり苦労している報告がされている。 任意後見人として円滑に事務処理がこなせていないと指摘される中で,生
前事務委任契約受任者に包括代理権などの権限を与えることには慎重にならなければならない34)。
任意後見契約においては,任意後見監督人が介在することによって任意後見人の適正さを監督している。しかし,通常の委任契約(生前事務委任契約)は,私的自治の原則に基づいて契約が締結されるため,監督する者もおらず自己責任である。しかも,判断能力が低下していくことを前提とした契約であり,自己管理ができない状況である。それ故,包括代理権を監督がされない通常の委任契約の受任者に与えるべきではない。
任意後見人の職務の明確性について(xx)
よって,任意後見契約の効力が発生したのであれば,生前事務委任契約において,任意後見契約と重なる委任事項は終了し,任意後見契約を必要としない状況が生じたとしても,再度一から通常の委任契約を締結すべきである。任意後見契約は法定後見契約と比較して,本人のみならず本人に携わる多くの人の意見を委任事項に組み込める。任意後見に対する優先の原則から任意後見契約の登記をしておけば,法定後見開始の審判の申立は原則することができない35)。場合によっては,他の親族からの法定後見開始の審判の申立に対する牽制・妨害の手段となりえる。また,身近な親族が介入して,本人に自分の好条件になる委任事項を締結させるなど本人の意思がどこまで真意なものになるのか危惧する。よって,任意後見人・任意後見受任者の適正な倫理が要求される。加えて,本人の確かな真意が確保される必要がある。
第3章 死後事務委任契約
第1節 死後事務委任契約の必要性
第2章で生前事務委任契約について述べたが,次に考えるのが本人の死亡後の事務処理を誰が行うかである。
任意後見契約は本人の死亡によって終了する。本人の死亡は任意後見契約の代理権消滅事項であり,本人死亡後なお同契約が継続する旨の規定は無意味であり定めは無効である。もっとも,委任事務のうち財産の管理については本人死亡後といえども事務処理について特別の配慮がなされている。民法654条の委任終了時における受任者の緊急事務処理義務が特別の配慮にあたる。「緊急事務処理義務は当事者間で格別の特約がない場合で
あっても,受任者に課せられた法律上の義務ということができ一定の死亡後の事務処理を遂行できる36)。」では,何が死後の事務に当たるのか,いわゆる死後の具体的な事務として下記のものが考えられる。
「①任意後見事務の管理の計算と相続人等への引渡事務
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②相続財産管理人の選任申立て
③埋火葬
④生前の債務の支払い
⑤家財道具の処理および居住空間の明渡し
⑥葬儀業者との葬儀契約の締結
⑦関係者への謝礼
⑧永代供養・年忌法要37)」
上記の事務を,その場の解釈によって緊急事務処理義務の是非を問い,任意後見契約に基づく職域に含まれるか否かを判断することにより,任意後見契約は法定後見契約と比較して本人の真意が反映される機会がある。よって,事務内容を確立するためにも,任意後見契約に連動して死後事務委任契約を締結することによって,事務遂行がしやすくなり有意義であると考える38)。
また,委任内容が任意後見契約終了後も継続的に続いていくのであれば,例えば,自己の死後,第三者に遺産の管理を委ね,かつ,この遺産の中か ら自分の子に数十年間定期金の給付事務を委任することは,遺言及び遺言 執行では補えない委任事務である。「なぜなら遺言はあくまでも単独行為
であり契約ではない。遺言執行者に指定された者がこれを引き受ける義務はなく,事務の内容にも自ずと限界がある39)。」よって,遺言とは別に長期的な死後事務委任契約を結ぶ必要が生じる。
問題は,死後事務委任契約の法的性質,本人が死亡しても委任契約が継続することが可能であるのか。また,死後事務委任契約を締結した委任者が死亡すると,委任者たる地位は相続人が承継するが,相続人がみだりに解除してしまうと,当初の委任者の意図は無意味なものになってしまう。そこで,死後事務委任契約の法的性質,解除権放棄特約の効力,相続性等について検討することで,任意後見契約に伴う死後事務委任契約を明確にすることが,任意後見人の職務の範囲を明確にすることに一歩つながると考える。そこで,最高裁第3小法廷平成4年9月22日判決を検討し,問題
任意後見人の職務の明確性について(xx)
の究明解決に努めることとする。
第2節 最高裁第3小法廷平成4年9月22日判決40の検討
① 事実の概要
A女は昭和56年頃,知人Y女(被告・被控訴人・上告人)の世話で,徳 島市内の市営住宅を借り受けて移り住み,以後生活の全般についてYに面 倒をみてもらうようになった。Aはその後,癌の転移のため入院。62年1 月からは,家政婦Bの世話を受けながら自宅療養をし,同年2月以降は徳 島市内の病院に入院したが,3月,同病院で死亡した。この間Bと友人C 女が付き添い,Yもしばしば見舞っていた。Aは最後の入院中である3月 初め頃,見舞いに来たYにAの預貯金通帳3通と印章1個を預けてその引 き出しを依頼し,Yが合計245万円余を引きだしたところ,Yに対し,入 院中の諸費用の支払い,死後の葬式を含む法要の施行とその費用の支払い, BとCに対する応分謝礼金の支払いを依頼して,右現金,通帳,印章を交 付した。
Aの死後,Xは,右依頼の趣旨に沿って,病院関係費62万円,葬儀関連費45万円,法要関連費25万円,BとCに対する謝礼金各20万円を払った
(以上合計172万円)。Aの相続人としては,異父妹X(原告・控訴人・被上告人)のほか,5人の異父弟妹がいた。Aとの交流は薄かったが,同62年徳島市に滞在してAを見舞い看護した。
Aの死後遺体はYが引き取り,翌日の葬儀も,Xの弟Xが形式上の喪主 となったものの,現実にはYの采配で処理された。同日YがXとDに対し, Aから約200万円を預かっていること,Aから言われているのでBに謝礼 金20万円を渡したいこと,残金は49日の法要などに使うことを述べ,その 場でBに右金員を渡した。Xらは異議を述べず,むしろDはYに49日忌ま での法要を執り行ってほしいと要請した。4月YはCに20万円を支払った がこれはXの承諾を得ていない。同月17日,XはYに以後法要は遺族であ るXが執り行うので,Aから預けられた金員を交付するよう求めたが,Y
立命館法政論集 第5号(2007年)
はXがAの世話をしなかったことや,AがXを嫌がっていたことなどを指摘してこれを拒絶し,49日忌の法要もYが執り行った。当時,Aの相続人間で遺産分割協議は成立しておらず,翌63年1月,XがAを単独で相続するようになった。
② 一審・二審判決
昭和62年9月XはYに対し,Aが生前所有していた通帳,印章,および金員の返還を求め提訴した。一審の詳細は不明だが,X一部勝訴。金34万円余と通帳,印章の返還を認容した模様である。X控訴。Y附帯控訴。控訴審での主張も明確ではないが,XはYが金員などを不当に領得したと主張し,YはAが生前・死後の一切の事務をYに委任するとともに,前記金員,通帳を含め,A所有の一切の財産をYに贈与したと主張した。
控訴審判決はA・Y間に昭和62年3月初め頃成立した契約は,AからYへの贈与(負担付のものであることを含め)ではなく,前記依頼を内容とする委任契約であると認定し,この委任契約は委任者Aの死亡によって終了し,Aの死亡時の財産はXに帰属するに至ったと述べた。そのうえでYの支払いにつき具体的に検討し,Cに対する謝礼金20万円の支払い以外の分は,Aの相続人らの意思に沿うが,または相続人らの黙示的な承諾があったものと認めた。しかしCへの支払いはY独自の判断でしたものだから,相続人に属する財産について権利者の承諾を得ることなく,支払い義務のない行為をしたという点で,不法行為となり,Xに対し,同額の損害賠償責任を負うとした。この結果YはXに対しAから預かった245万円余から支払った172万円余りの残金に右20万を加えた合計92万円余の支払いと,通帳,印章の返還をする義務があるとした。Y上告。
③ 最高裁の判断
「自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約がAとYとの間に成立したとの原審の認定は,当然に委任者Aの死亡によっても右契約を終了
任意後見人の職務の明確性について(xx)
させない旨の合意を包含する趣旨のものというべき,民法653条の法意が かかる合意の効力を否定するものではないことは疑いを容れない。」「原判 決がAの死後の事務処理の委任契約の成立を認定しながら,この契約が民 法653条の規定により,Aの死亡と同時に終了すべきものとしたのは,同 条の解釈適用を誤り,ひいては理由そごの違法があり」,「原判決中Y敗訴 の部分は破棄を免れない。」「右部分について,当事者間に成立した契約が,前記説示のような同条の法意の下において委任者の死亡によって当然に終 了することのない委任契約であるか,あるいは所論の負担付贈与契約であ るかなどを含め,改めて,その法的性質につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻す。」
④ 本判決の検討
委任者の死亡によっても終了させない委任契約の可否及び根拠 民法653条は「委任ハ委任者又ハ受任者ノ死亡ニ因リテ終了ス……」と
規定されている。左記規定に倣って死後事務委任契約を考えたとき,死後 事務における委任契約は有効に成立するのか否かが問題になる。委任者が 生存中に死後の事務を委任するが,委任者が死亡した時点で委任は効力を 失い,死後の委任に基づく事務が遂行できると解するのは不自然に思える。
民法653条が委任契約の終了原因の一つとして委任者の死亡を規定した
趣旨は,「委任が従来から当事者間の個人的な信頼関係を基礎とすることによるものであると説明されている41)。」委任は,他人の労務を利用する契約の一種であり,一定の事務を受任者の独断によって統一的に処理する特色がある。すなわち,受任者の意思と能力によって,労務を遂行することが要求され,委任者が受任者の経験・才能・知識・性格を考慮した後,受任者・委任者双方がお互いを理解した上で,契約を締結する42)。事務の内容はもちろんではあるが,人物に信頼を置いている面も強く,委任契約に求められる信頼関係は個人的なものである。委任者が受任者を信頼していたとしても,委任者の相続人が同じ信頼を抱くとは限らない。また,受
立命館法政論集 第5号(2007年)
任者の側でも,委任者のために役務を提供することを望んでいたとしても,委任者の相続人に同様の気持ちを有するとも限らない43)。つまり,委任と いう双方がお互いを理解した上で契約に望むであろうという面を強調して,法律関係が複雑化することを避けてきたといえるであろう。
諸外国を比較してみると,「ドイツ民法においては,受任者の死亡だけを終了原因とし(ドイツ民法673条),委任は委任者の死亡によっても消滅しないのが原則とされており(ドイツ民法672条),代理権も基礎となる法
律関係の存続に依存するから(ドイツ民法168条)委任が継続する場合には委任者の死後も代理権は存続する形をとっている44)。」
しかし,従前からドイツ・フランスが委任者の死亡を委任の終了事由か
ら外したことに従うべきか否かの議論が為されてきた。採用されなかったものの,起草者も民法653条は任意規定であると解し45),その背景には,起草者が委任者の死亡が委任契約の終了原因となる帰結が取引社会において妥当ではない場合を生ずることを認めて,ドイツ民法草案の例を挙げていた46)。時代が進むにつれて民法が創設された時代に比べ,社会における委任が,単に個人的な信頼関係というよりも,委任者・受任者の事業を中心とした信頼関係に移りつつあることを考えるときは,委任事務の性質によっては死亡を理由に契約の効力を終了させる必要がないのではないだろうか。例を挙げると,債権の取立ての委任など委任者の死亡をもって直ちに委任契約を終了させる必要のない委任関係も少なくない47)。個人対個人という取引社会が成立しにくい今日だからこそ,取引社会に対応していくためには,委任の性質を柔軟に捉える必要がある。委任を委任者の死亡によって終了させる方向ではなく,委任者の意思を承継させ,委任を継続させるべきである。653条の法的性質を述べた上で委任契約を考えると,委任者・受任者間で交わした契約は,受任者が委任者に対して有していた信頼関係はその相続人に対する信頼とは異なることが通常である。それ故,委任者の死亡を委任の終了原因と規定し,あくまでも契約当事者の信頼関係に基づいた個人的な意思を推定するものとしたと解される。しかし,契
任意後見人の職務の明確性について(xx)
約当事者があえて,民法上の推定と別段の合意をなすことにより,契約を 締結するのであれば,何も文言上の結果を導き通す必要はないのではない だろうか。当事者が民法上の規定に反する合意をなすことにより,委任者 は自己の死亡後も受任者が委任事務を引き続き履行してくれることを望み,受任者は,相続人に対する信頼の度合いが被相続人である委任者に対する 信頼の度合いと異なっていたとしても,相続人を新たな委任者として,委 任契約を存続させることに合意したものと考えることができる48)。私見と して,当事者が反対の意思表示を為すならば,その行為は653条の趣旨を 理解した上で,反対の意思表示をなすことに伴う不利益があったとしても 受忍しているものと捉え,選択の余地を広げるべきである。
委任者の死亡後,誰のために受任者は事務を遂行するのか
委任者が死亡後も,委任契約は存続すると考えた時,受任者は誰の受任者となるべきかを検討しなくてはならない。受任者は民法644条の善管注意義務を負うことからも契約内容・契約当事者ははっきりしておく必要がある。上記問題には,二通りの考え方がある。委任者の死亡後は,受任者は「相続人のため」になすべきと考えることと,受任者は「被相続人のため」になすべきであると考えることができる。
被相続人のために受任者となると考える理由は,受任者は第一次的に死亡した元の委任者(被相続人)との間に締結した委任契約であるため,被相続人の意思を尊重するのが契約を締結する目的だからである。任意後見契約に連動して締結するケースも近年増えており,被相続人の財産管理・処分といった事務を遂行するわけであるから,死亡後も依然として被相続人の受任者として事務を遂行するのがごく自然の流れである。
しかし,実際のところ死者となった被相続人に権利義務を認めるのは不可能である。委任事項に予期せぬ問題が生じた時,受任者は委任者(被相続人)の意思を一切仰ぐことはできない。加えて,死者の意思を第三者が推定することはできない。また,委任者の一切の権利・義務は相続人が包括承継をする相続法秩序がある。相続人は被相続人の地位を承継すべき民
立命館法政論集 第5号(2007年)
法の原則に基づいて,受任者は相続人の受任者になると考える。現在の学説は相続人を受任者とする見解が多数を占める49)。
問題は民法の原則によって考えた時,相続人と被相続人の意思が合致しないときである。多くの場合,被相続人と相続人の間に利害が対立していて,相続人が被相続人の地位を包括承継しているとは言いにくい。相反する場合の利益調整を受任者がどう捉え事務処理を行っていくかである。
受任者は第一次的には信頼関係に基づいて委任契約を締結している以上,死者となった元の委任者(被相続人)の意思実現を図ろうとするのが普通 である。死後の委任契約を締結している以上,死亡後は相続法秩序によっ て相続人の受任者となって事務を遂行すると考えるが,両者の意見が対立 することまでを想定して委任契約を締結しているわけではないから問題が 生じるのである。
死者の委任の趣旨に反する相続人の指示・双方の意思の齟齬
「委任者(被相続人)の意思」が必ずしも相続人に合致しているとは言えず,むしろ被相続人が自己の死後のことを相続人に任せたくないとの意図から,他人に死後の事務を委託する場合がある。その原因は種々あろうが両者の折り合いが悪く,相続人に任せることに嫌悪感を抱いていたのが従前の圧倒的な理由であった。近年は逆に「子どもに迷惑をかけないように」「子どもの世話にならないように」という理由から,介護のみならず死後の事務まで自分の力で解決できる道を模索している高齢者が増加している傾向にある。「老後を子どもに頼るか」という調査では,「頼るつもりがない」と答える人が63年で,47.7%だったものが,90年代に入ると60%台になり,2000年では64.8%まで増加したとの結果が報告されている50)。今,「死者と遺族」の関係が刻々と変化を見せ始めている。それに伴って
「家族」という関係も変わりつつある。死後の事務を行う遺族が確保でき ない時代になりつつあるということをまずは指摘して,両者の主張,また,折り合いのつく境界線はどこにあるのかについて検討する。
委任者である死者の委任の趣旨に反する相続人の指示がある場合,どの
任意後見人の職務の明確性について(xx)
ように処理すべきであるだろうか。受任者は元の委任者(被相続人)の意思に従うのか,現在の委任者(相続人)の意思に従うのだろうか。
受任者は両者の意思に従う立場にいて,現に求められているからといってその場しのぎに相続人の意思に従うことは避けるべきである。なぜならば,受任者は,本人(被相続人)との委任契約に基づいて締結をした。そうでないと手間暇かけて締結した死後事務委任契約に本人の意向はなんら反映されず,骨抜き状態で事が終了してしまう。大抵の場合,委任者(相続人)が自分の真意に添わないと判断したときは,相続人の地位に基づいて委任契約を解除しようとするだろう。
上記の点について,xxxxは,相続人には解除権がある場合とない場合があり,解除権がある場合は内容に矛盾する指示を受けた受任者は,相続人に対し委任の解除を受けたものと理解する旨を告知して委任事務を行
わないと考える。また解除権のない場合は,相続人の指示に反する事務でも執行することができるのは当然であると解されている51)。
第3節 相続による解除の問題について
委任契約が死亡により終了しないとしても,委任事務が完了する前であれば,相続人により解除され得るのだろうか。死亡により終了させない合意を含む委任契約を締結した被相続人の意思を推定するなら,相続人による委任契約の解除は許されないであろう。しかし,相続人が被相続人の地位を承継したとき,委任内容が思いがけないものであれば,委任契約を解除したいと考えるだろう。
相続人に解除権があるか否かについては,基本的には解除権を行使することはできると考えられる。解除できる理由として相続法秩序によって考えたとき,相続人は被相続人を包括承継(民法896条)するのであるから,民法651条1項1号によると「委任ハ各当事者ニ於テ何時ニテモ之ヲ解除スルコトヲ得」と規定されている。しかし,相続人によっていつでも解除できるのであれば,死後事務委任契約を締結する意味もなければ被相続人
立命館法政論集 第5号(2007年)
の意思も全く反映されないことになる。
よって,被相続人は自己が死んでも相続人が解除できない方法,すなわち委任者(相続人)の解除権を放棄する旨の合意が有効に成立できるのか否かが問題になる。相続人の解除権を放棄できるか否かの前提として,民法651条も任意規定と解して,民法651条と異なる特約を有効とし,当事者が委任契約の解除権をあらかじめ放棄することも私的自治の原則から許されると解する52)。
解除権を予め放棄できることについて,譲受債権請求事件53)では,契約当事者間の生前事務委任契約について解除権の制限を有効にしている。すなわち「委任者のためになされた契約であっても生前事務委任契約において,委任者が委任契約の解除権を放棄したものとは解されない事情がある場合は,委任者はやむを得ない事由がなくても,民法651条に則し右契約を解除することができる。」よって,「特段の事情」があれば,委任者の解除権を放棄する旨の合意の効力も有効である54)。
上記のことを含めて一番の問題となるのが,解除権を放棄した旨の特約 付きの委任契約の相続性である。死後事務委任契約の効力発生時には,す でに元の委任者(被相続人)は死亡している。つまり,被相続人の意思は,委任事項から読み取るしか方法がない。その中で,解除権放棄特約の有効 性を争うことは大変難しい問題である。
本件において,Aから解除権を放棄した旨の特約が存在しなかったため,解除権放棄特約の有効性は問題になっていない。だが,これから死後事務 委任契約の締結件数が増えると考えられるため,解除権放棄特約の有効性
の判断は重大な問題になると思われる。
xx公証人の事例を引用しながら検討する55)。
〈事例〉
「婦人甲は,遺言と財産管理の委任契約に関する計2通のxx証書の作成を求めてきた。xは自分の財産を長男Aと長女Bがいるが長男Aに
任意後見人の職務の明確性について(xx)
相続させたい。(夫はすでに死亡)甲の死後,信託契約を避けて信頼で きる第三者に相続財産の管理を委ねたい。甲の財産としてはマンション,預貯金,株式,現金などがあるが,これを他家に嫁いだ長女じゃなくて,現在無職で,浪費癖があり,酒精中毒などの病気で入院しているAに全 部相続させたいという。しかし前述のとおり,Aには浪費癖があり,到 底自ら適切に財産を管理することができず,遺産相続して,換価できる 物があれば直ちにこれを換価するなどして浪費し,早晩無xxになるこ とが必定で,結局は路頭に迷うことになる。親としてはこれを避けるた めに,信頼できる第三者に財産管理を任せ(Aの財産の処分権を実質的 に制限し)生活費として,必要な金額を定期的にAに給付するようにし たい。幸いにも甲の意思を理解してくれる乙がいるという。Aが,xの 死後,金欲しxx他人の無責任な入れ知恵などによって,乙との間の委 任契約を解除して,遺産の全部を使ってしまったのでは折角の配慮も水 泡に帰するから,契約を相続後Aが勝手に解除することができないよう な内容のxx証書を作ってほしい。」
事例の甲の希望が叶えられるかであるが,死後事務委任契約では,xの死亡によっても委任を終了させない旨の合意をすることは可能である。加えて,委任者の解除権を放棄する旨の特約は,私的自治の原則からも有効である56)。元の委任者(被相続人)が解除権を放棄したまま死亡していくわけであるから,相続人は解除権を放棄する旨の特約付の委任契約を包括承継(民法896条)すると解すべきである。この事例において,甲乙間の解除権放棄特約は相続人に当然承継され,その効力はAに及ぶと考えるのが相当である。
他方で,解除権を放棄する旨の特約の相続性を否定する無効説がある。 無効説の主張は,元の委任者(被相続人)の締結した委任契約における解 除権の放棄特約を相続人に拘束させることは,相続人に大きな負担を強い らせるものであり,また不測の損害を与えざるを得ないというものである。
立命館法政論集 第5号(2007年)
委任者の意思を死後も貫徹しようとするのなら,生前処分,又は遺言によりすべきであり,あまりにも広範囲な解釈をなすと委任の本質にも相続制度にも反し無効とすべきであろう57)。
しかし,解除権放棄特約が有効に成立したと考えれば,被相続人の地位を含めた一切の権利義務は包括承継によって相続人に移転するから,この特約も相続人に引き継がれる。上述のとおり相続人に不測の損害を与える恐れがあるわけだが,その場合の処理として対処すべきことは解除権放棄特約の拘束が,公序良俗に反したり,脱法行為になるなど,社会通念上相当とされる範囲を超えている場合には,無効とすべきか,相続人の解除権を認めることができると考える。無効説で指摘されている生前処分,遺言で死後の処理をすべきであるという批判については,遺言によって行える事務は法律で決められており,法律で規定されていること以外を記載する
ことはできても,法的拘束力はなく,相続人は必ずしも履行する義務はな い58)。また遺言は単独行為である上,遺言執行者が必ずしも就任を承諾し てくれるとも限らず,元の委任者(被相続人)においては,確実に事務を 遂行してもらえるかどうかわからない状態で遺言という形式をとらなくて はならない。加えて,遺言は,性質上本人死亡後の一定期間内に処理すべ きことを想定されているため,遺言の記載事項を遺言執行者が遂行しても,短期間で完了すべき事務に限られ,長期にわたる事務処理は予定されてい ない。よって,死後事務委任契約によって,確実に事務を遂行させようと 元の委任者(被相続人)が解除権放棄特約を使って現在の委任者(相続 人)の解除権を制限した契約をすることが,遺言制度を軽視していると捉 えることはできない。
また,委任の本質に反するかであるが,原則として委任の規定が任意規定と解されている以上,当事者が私的自治の原則に基づいてなす限り,広範囲に委任の範囲を解釈することも妥当である。
以上のことから,無効説を支持する合理的な根拠は見出せず,被相続人の締結した適法・妥当な委任契約における拘束力が相続人に承継されるこ
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とには何ら支障はない。包括承継をした相続人は,意に反した委任契約を承継することはやむを得ないことである59)。
相続による解除権放棄特約の承継を認めた上で,相続人が具体的事案に立って考えたとき,受忍できる範囲を超えているようであれば,その時点で解除権の行使の有無について,検討すべきである。
上記で検討した結論として,解除権放棄特約を認めた上で,死後事務委 任契約を進めていかなければ,いくら死後事務委任契約を生存中に被相続 人が締結したとしても,簡単に相続人が解除できるのであれば意味がなく,任意後見契約と連動して機能していかないといえよう。
第4章 結びにかえて:任意後見契約一本化に向けての考察
任意後見契約を中心に生前・死後事務委任契約が果たしている役割について論じてきた。しかし,今日において任意後見契約から生じる様々なトラブルが問題になっている。任意後見契約は本人が元気なうちに判断能力が低下した後の自分の生き方を選択するもので,法定後見契約と比較して自己決定権が尊重される。反面,公的機関の介入する機会が少なく,「契約自由の原則」を楯にとって,社会通念上相当と思われる範囲を越えた契約を締結している事実が存在する。実際に,司法書士が任意後見契約を締結した女性から高額報酬の返還を求められている事件がある。その内容として財産管理などを行うため,月額3万円の他,大半の業務に30分5000円の日当が加算されていたという。最終的には一年半で報酬は総額498万円に上ったということが判明した60)。両者にどのような契約の合意があったのか定かではないが,業務内容に照らして高すぎる報酬であり,任意後見契約を通じて報酬を受領する行為は,任意後見人の権限を濫用していると言わざるを得ない。任意後見監督人は,任意後見人の脱法行為・越権行為等の監督を行うが,報酬等の両者の合意から導かれる内容までは踏み込めない。任意後見監督人が介在することによって,任意後見契約の適正を図
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るものである。しかし,任意後見監督人の監督が及ばないところで,問題は起きている。今一度,任意後見監督人の監督を強化するなど職務内容を見直さなければならない。
けれども,目下一番問題となっているのが,任意後見監督人等による監督が行われないこと,すなわち任意後見契約の効力を発生させる手続きがとられないことである。現に移行型の任意後見契約を締結し,通常の委任契約(生前事務委任契約)の段階で紛争になり契約が解除され,連動して
任意後見契約も解除され,任意後見契約が利用されないケースも生じている61)。
任意後見契約が利用されない原因は,以下のように考えることができる。すなわち,通常の委任契約は私的自治の原則から,双方の合意があればど のような内容でも委任契約として締結できる。任意後見契約を締結したと しても,契約の効力発生までの期間の財産管理等は,通常の委任契約に頼 らざるを得ない。加えて効力発生後の任意後見契約の委任事項が法律行為 にふさわしくない内容であれば,通常の委任契約をもって締結せざるを得 ない現状である。そうした時あえて手間暇かけて迂遠な任意後見契約を締 結しなくても,信頼できる人が受任者であれば,通常の委任契約を締結す るほうが,費用も労力も時間もかからないのではないだろうか。
しかし,監督が行われない場合,適切な後見事務が行われているのか定かでない。本人の意思が受任者によって実現されるとも限らない。信頼できる人が事務を遂行したとしても,適切な後見事務が行われているかどうかについて,第三者が知る必要はある。適正さを把握する役割を果たすのが任意後見契約であり,任意後見契約は委任者・受任者双方にとって使いやすいものでなければならない。
任意後見契約の最大の目的である自己決定権の尊重を軸にして,よりよい制度を作りあげるためには何を改善していけばいいのだろう。
先ず,第1に考えられることは,任意後見契約に連動する生前・死後事務委任契約において監督機関を創設することである。任意後見契約をより
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よく機能させるためには,連動する委任契約(生前・死後事務委任契約)も任意後見契約同様の方法を用いて,受任者の権限濫用を防止し職務の適正さを確保しなければならない。しかし,この考え方は私的自治の原則を軽視するものである。広範囲な委任契約を包括的に監督することは,当事者双方の合意を害することになり許されないであろう。
第2に考えられることは,任意後見契約の委任事項に事実行為も盛り込むことである。学説には,代理権が授与された法律行為の遂行に関連する
範囲では,任意後見人に事実行為が完全に排除されていないと解する説もある62)。代理権付与の対象となる事務である以上契約等の法律行為に限ら
れ,具体的な介護サービス等の事実行為は含まれないと一般的に解されている63)。しかし,法律行為しかできないと厳格に解すると,任意後見契約を締結しづらい。任意後見人の側も,実際に権限外だと認識していても,法律行為以外のことを行わざるを得ない状況にある。任意後見契約に関する法律第2条では「委任者が,受任者に対し,精神上の障害により事理弁識能力が不十分な場合における自己の生活,療養看護及び財産管理に関する事務の全部又は一部を委託し……」と規定している。したがって委任者が任意後見契約で事実行為を望むなら,2条の趣旨を拡張して事実行為も任意後見契約の一内容とできないだろうか。すなわち,任意後見契約の性質を広く捉え,民法656条の準委任契約を含めた委任の枠組みとして任意後見契約を考えるわけである。
上記第2に関連して,第3章で死後事務委任契約について検討したが,本人が死亡しても,委任契約の効力が存続しうるとの解釈が可能であることが明らかになった。また,解除権放棄特約付きの委任契約も相続によって承継されるとの解釈も可能であることが明らかになった。任意後見契約も委任契約を基準とした契約である。死後事務委任契約における死亡後も委任契約を終了させない旨の効力を類推適用して,任意後見契約も死亡によって終了させないで,任意後見契約の委任事項として死亡後の事務の契約を締結できると考えることも可能ではないだろうか。そのことにより,
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死亡後の事務も任意後見契約の一内容とすることができる。任意後見契約は特別法であるから,委任契約と必ずしも同視することはできない。しかし,例えば,任意後見契約とともに締結した介護労働等の事実行為もしくは死後の事務の委託における内容の変更契約するにあたっても,要式行為は求められてはいない。けれども,任意後見契約の事務に密接に関連することからも,xx証書ですることが望ましいと解されている見解も存在する64)。これらの例からも,任意後見契約に関連する行為においては,委任契約で解されていること,すなわち,委任契約を死亡で終了させないことを,任意後見契約に準用して考えることもできるのではないだろうか。
生前・死後事務委任契約を締結することによって適切な事務が遂行できるのであれば,任意後見契約で実現できないことを生前・死後事務委任契約で補い任意後見契約をよりよいものにすることも一つの手段である。しかし,契約社会が浸透しつつある日本であるが,xxx「契約」によって紛争回避や防止をすることに抵抗を持つ人が多い今日においては,なるべく単純な法律構成で機能していく任意後見制度を検討すべきである。任意後見契約を締結する目的に沿って考えたとき,締結する段階であっても,判断能力の低下における不安や将来に何らかの悩みを有する高齢者が対象となる。いくつも契約を締結することで法律関係を複雑化させるより,一つの契約で包括的に事務が遂行できる任意後見契約を築き挙げていくべきである。法律関係を複雑化させることは,本人の任意後見契約を締結する意欲まで減退させてしまう恐れがある。
任意後見契約をうまく機能させるため,筆者は以下のように提言したい。現在,任意後見契約によって補うことのできない委任事項を,生前・死
後事務委任契約を用いることによって実現している。これからは,任意後 見契約の委任事項に,事実行為(生前事務委任契約)を盛り込む。加えて,死後の事務(死後事務委任契約)も任意後見契約の委任事項に盛り込むこ とを可能とする。つまり,これまで3つの契約を締結することによって行 われてきた任意後見契約を一つの契約で締結できる任意後見制度を立法化
任意後見人の職務の明確性について(xx)
する。
死後の事務においては,本人の死亡をもって任意後見契約が終了することを予定している。よって,死後の事務も任意後見契約で遂行できると導き出すことは難しい。しかし,死後の事務を委託する要請がある以上,任意後見契約によって死後の事務も含めることができるか検討する余地はある。任意後見契約に死後の事務を認めてもよいと解する根拠として,民事訴訟法58条1項1号は,本人の死亡によって当然に訴訟代理権は消滅しない建前を取っている。これは,遂行すべき訴訟内容が具体的に定まっているのであれば,本人の死亡をもって終了させることなく継続することが望ましいと考える65)。これを任意後見契約に当てはめて考えると,委任者と受任者の間で,xx証書という厳格な要式行為をとり具体的な委任事項まで定めている以上,本人の死亡後の事務であっても任意後見契約を存続させることもできるのではないだろうか。
加えて,任意後見契約は判断能力が低下した際に,契約の効力を発生させるものである。判断能力が低下した変化にいち早く対応するには,任意後見契約の他に「見守り契約」を締結する必要がある。ここで,定義する
「見守り契約」とは,委任者と任意後見受任者との間で,任意後見契約を発生させるための準備段階として,委任者(本人)の状態を把握するための委任契約である。「見守り契約」の中に,判断能力を有するうちから,財産管理等を委託したいのなら,その旨を含めることができると考える。更に,故意に任意後見契約の効力を発生させないことの濫用防止を図る こと,そして,定期的に委任者(本人)の状態を裁判所に把握させることで,任意後見監督人の選任の準備を兼ねる意図からも,月一回程度,任意後見受任者から裁判所への報告を義務づけるべきである。任意後見契約とは別の委任契約(見守り契約)をどう考えるべきかであるが,報告義務を通常の委任契約に求めることは私的自治の原則に反することからも,任意後見契約を締結する上での必要的契約と位置付け,見守り契約と任意後見契約を一式とした制度を創設する。その場合,任意後見受任者が,見守り
立命館法政論集 第5号(2007年)
契約の受任者となる。このことにより,任意後見人(任意後見受任者)は,委任事項に沿った事務を全うすればよく,第三者との間で職務の範囲を 巡った紛争も起こりにくい。こうすることによって,任意後見人によって 何が実現できて何が実現できないのかが明らかになり,職務の範囲を明確 にすることが可能である。
従来,xx後見制度における後見事務は,必然的に「家族」によって行 われてきた。しかし,核家族化・少子高齢化の進行による社会状況の変化,
個人の価値観の多様化,個人主義の確立といった人々の意識の変容が近年のxx後見の社会化を生み出している66)。すなわち,家族以外の人材,第三者後見人の存在が不可欠になると同時に,xx後見制度の需要がより一層高まっているのである。
本人の判断能力低下後に必要に迫られて,裁判所の選任によって法定後見人が決定するのではなく,判断能力が低下する前から自己の手によって最期のときまで自分らしく生きるためのライフプランの設計を予めしておくことの重要性が,これからの社会には求められるのではないだろうか。そのときに委任者の意思を最大限尊重してくれる任意後見人の存在が必要になるのはいうまでない。しかし,任意後見人の職務の範囲が不明確であれば,事務処理においても常に慎重にならざるをえない。つまり,双方の利益にならない範囲で事務を遂行する恐れもあることからも,任意後見人に何が実現できて,実現できないのかといった任意後見人の職務の範囲・責任の範囲を明確化させることが求められる。加えて任意後見人が委任者の利益のために後見事務を行うためには,任意後見人の事務が遂行しやすい環境を整えるべきである。委任者・受任者,双方が使いやすい制度を築き挙げていくためにもより一層の議論を重ねる必要がある。
1) xxx『xx後見法と信託法』(有斐閣,2005)1-8頁参照。
1 「後見」は,「精神上の障害により事理を弁識する能力欠く常況に在る者」と規定されており,日常的に判断能力を欠く常況にある人が対象。
2 「保佐」は,「精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な者」と規定されており,日常的な判断はできても,重要な取引等はできないくらいに判断能力が
任意後見人の職務の明確性について(xx)
相当低下された方が対象。
3 「補助」は,「精神上の障害より事理を弁識する能力が不十分な者」と規定されており,自己で判断する能力はあっても,判断能力が低下しているために,特定の取引等が十分できないために不利益を受ける恐れがある方が対象。
2) xxxxx「任意後見契約について~その実務運用から」銀行法務21 No. 603(2002)
24頁及び,xxxx・xxxxx『xx後見の法律相談』(学陽書房,2005)142頁参照。
3) xxx・xxxx・xxxx『xx後見制度~法の理論と実務』(有斐閣,2006) 167-170頁参照。
4) xxxx「任意後見契約の新しい文例」実践xx後見 No. 17(2006)114頁。平成12年
4月の制度施行から,平成17年12月末までの,任意後見契約締結の登記件数は,1万 3,799件である。
平成12年 | 平成13年 | 平成14年 | 平成15年 | 平成16年 | 平成17年 |
655件 | 938件 | 1703件 | 2165件 | 3602件 | 4732件 |
5) 日本公証人連合会法規委員会「任意後見契約に関するアンケート調査結果について」公証132号(2002)101頁以下参照。
6) xxxxx「任意後見の運用の現状と方向」実践xx後見 No. 14(2005)7-8頁参照。
7) 日本公証人連合会法規委員会・前掲注5)105頁以下参照。
8) xxxx「任意後見実務の課題と対応策」実践xx後見 No. 14(2005)66-67頁参照。
9) xxxx「高齢者支援の手段としての任意後見契約」法律時報77巻5号(2005)45-46頁。
10) xxxx『契約法講義』(弘文堂,2005)241頁参照。委任とは,(民法643条)委任は,当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し,相手方がこれを承諾することによって,その効力を生じる。委任の規定は法律行為ではない事務の委託に準用される,
(民法656条)これを準委任という。
11) xx「任意後見制度について」ジュリスト No. 1172(2000)34頁参照。
12) xx他・前掲注3)216頁参照。
13) 施設入所契約は,任意後見人と施設側で本人のために契約を締結する法律行為である。また保証人になる契約を締結することも,任意後見人と施設側の間においては,法律行為ある。しかし,保証契約をすることは,施設側の利益であって,本人にとっては,入所契約を締結するまでの前提としての事実行為でしかない。
14) xxx「医療同意をめぐる解釈論の現状と立法課題」実践xx後見 No. 12(2006)43頁
参照。
15) xxx『注釈刑法(2)のⅠ』(有斐閣)117頁参照。xxxx『不法行為』(有斐閣) 139頁参照。xxxx『注釈民法(16)』(有斐閣)143頁参照。
16) 金沢地判平成15年2月17日判例時報1841号(2004)123頁。
17) xxxx「xx後見と医療行為の同意」実践xx後見 No. 12(2006)76頁参照。
18) xxxx「命の行方を決めるのは誰か」実践xx後見 No. 12(2006)53頁参照。
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19) xx・前掲注18)53頁参照。
20) xx・前掲注14)47頁参照。
21) xx・前掲注18)56頁。
22) xx・前掲注14)44頁-46頁。
23) xxx・xxx・xxxxxxxxx・xxxx『ドイツxx後見ハンドブック ドイツ世話法の概況』翻訳(社)日本社会福祉士会 監訳xxx 解題xxx(2000)66頁
-71頁及び,上山・前掲注14)49頁参照。
24) べーム他・前掲注23)23頁・66頁-70頁参照。
25) べーム他・前掲注23)71頁及び,xxxx『続・xx後見法制の研究』(成文堂,2002) 350頁参照。
26) べーム他・前掲注23)70頁参照。
27) xxx「xx後見制度について」法と精神医療第17号(2003)34-35頁。
28) xx他・前掲注3)257頁参照。
29) 改正xx後見制度関係執務資料 家庭裁判所資料175号(2003)172頁。
30) 座談会「xx後見制度の改正から2年を振り返って」家裁月報54巻12号(2002)5頁及び,座談会「任意後見の現状と課題」法の支配128号(2003)74頁参照。
31) 「移行型の文例」公証127号248頁。
32) xxxx「任意後見契約と生前及び死後事務委任契約について」公証法学(2003)39頁。
33) xx・前掲注32)42頁参照。
34) xxxx「任意後見契約の現況と問題点」法の支配 No. 000 00-00頁参照。
35) xx・前掲注6)5-6頁参照。
36) xxxx・xxx・xxxx・xxxx・xx・xxxx『xxx後見制度の解説』社団法人金融財政事情研究会(2001)259頁。
37) xx他・前掲注3)174頁。
38) xx他・前掲注3)174頁-176頁参照。
39) xxxx「解除権の放棄特約を伴う死後事務委任契約を巡る諸問題」公証132号(2002) 42頁。
40) 金融法務事情 No. 1358(1993)55頁xxxx「委任者の死亡による委任契約の終了~最
三小判平4.9.22をめぐって」及び金融法務事情 No. 1384(1994)7-8頁。
41) xxx『債権各論 中巻2(民法講義 3)』(岩波書店,1962)694-695頁。xxx・xxx・xxx『民法債権法』(勁草書房,2004)356頁参照。
42) xxx『債権各論 中巻2(民法講義3)』(岩波書店,1987)652-653頁参照。
43) xx・前掲注40)8頁参照。
44) xx・前掲注41)695頁。xxxx「死後委任事務の判例とxx後見への応用の可能性」実践xx後見 No. 10(2004)22頁。
45) xx・前掲注40)8頁及び,xx・前掲注41)695頁参照,xx・前掲注44)20頁参照。
46) xxxx「自己の死後を含めた法律行為等の委任契約と委任者の死亡による契約の終了」中央大学法学新法(1995)185頁。
47) xxx・xxx・xxxx・xxxx・xxx・xxxx編集『民法(6)契約各論
任意後見人の職務の明確性について(xx)
(第4版)』(有斐閣,1997)239頁参照。
48) xx・前掲注46)184-185頁参照。
49) xx「委任者死亡後の委任契約の効力」判例タイムズ831号(1995)38頁参照。
50) xxxx『子の世話にならずに死にたい 変貌する親子関係』(講談社現代新書,2005) 134-139頁参照。
51) 淺生重機「自己の死後の事務を含めた法律行為等の委任契約と委任者の死亡による委任契約の終了の有無」金融法務事情 No. 1394(1994)65-66頁。
52) xx・前掲注41)692頁参照。
53) 最判昭和56年1月19日民集35巻1号1項。
54) xx・前掲注32)33-34頁参照。
55) xx・前掲注32)19-21頁。
56) xx・前掲注41)692頁参照。
57) 淺生・前掲注51)67頁参照。
58) xx・前掲注32)42頁参照。
xx他・前掲注3)355-358頁参照。
59) xx・前掲注32)39-40頁参照。
60) 毎日新聞 HP 2006.9.14 付けの記事参照2006年10月利用。
xxxx://xxx.xxxxxxx-xxx.xx.xx/xxxxx/xxxx/00000000x0000x00000000x.xxxx
61) 毎日新聞 HP 東京夕刊2006.9.14 付けの記事参照2006年10月利用。
xxxx://xxx.xxxxxxxx-xxx.xx.xx/xxxxxx/xxxxx/xxxx00000000xxx000000000000x.xxxx
62) xxxx『新版注釈民法25〔改訂版〕』650頁参照。
63) 原・前掲注11)64頁。
64) xx他・前掲注3)194頁。
65) xxx『高齢社会のxx後見法〔改訂版〕』(有斐閣,1996)186頁。
66) xxx「xx被後見人等死亡の場合のxx後見人等の地位と業務」実践xx後見 No. 10
(2004)16-17頁参照。