Contract
最近の判例から
⑴−契約解除と違約金−
土地建物売買契約において、買主の代金不払いに対する売主の契約解除及び違約金請求が認められた事例
(東京地判 平25・6・18 ウエストロー・ジャパン) xx xx
土地建物の売買契約において、売主が買主の決済期日における代金不払いによる債務不履行を理由に売買契約の解除及び違約金を求めた事案において、売主の請求が認容された事例(東京地裁 平成25年6月18日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
売主X(原告)は、平成23年7月7日、買主Y(被告)との間で、土地及び建物(以下
「本件不動産」という。)を、代金8億5000万円、決済期日を同年8月31日とする売買契約
(以下「本件売買契約」という。)を締結した。本件売買契約には次の約定がある。
ア)Xは、Yに対し、決済期日までに、本件土地と隣接地との民々境界及び道路との官民境界について、隣接地所有者の境界立会い承諾印のある境界確認書、境界確定協議書及び土地家屋調査士による確定実測図の原本(以下「本件確定実測図等」という。)を交付するものとし、これに要する測量費用はYが負担する。
イ)当事者の一方が本件売買契約上の義務の履行をしない場合、相手方は債務を履行しなかった者に対し、催告の上、本件売買契約を解除し、違約金として売買代金の20%相当額を請求することができる。
Yは、平成23年8月30日付け書面でXに対し、金融機関の融資に係る稟議がされないことを理由として決済期限を同年9月15日まで延期することを求めたが、Xは、同月2日到
達の内容証明郵便にて、Yに対して売買代金の支払を催告するとともに、2週間以内にYが支払わないときは、本件売買契約を解除するとの意思表示をした。
Yは、同年9月20日付け書面で、融資依頼先の物件調査が完了せず、融資の目処が最短でも同年10月14日になるので、Xに決済を待って貰いたい旨伝えたが、Xは同年10月31日付け内容証明郵便にて、Yに対し本件売買契約を解除するとの意思表示をするとともに、約定に基づく違約金として1億7000万円の支払いを求めて提訴に至ったものである。
これに対してYは、売買代金の支払と本件確定実測図等の交付が同時履行の関係に立ち、Xが本件確定実測図等を交付しておらず、 Yが売買代金を支払っていないことは違法ではないと主張して争った。
2 判決の要旨
裁判所は、以下のとおり判示して、売主の請求を認容した。
⑴ 買主Yの同時履行の抗弁権の有無について
本件売買契約の締結に至る経緯及び本件売買契約書の文言からすれば、本件確定実測図等の交付義務は、代金支払義務と対価的な関係に立つ債務であると評価することはできない。Y代表者は、本件売買契約を現状有姿により行う意思はなく、測量費用をYが負担するとの認識もなかった旨供述するが、認定事実と整合せず、採用することはできない。
したがって、本件確定実測図等の交付義務と本件売買代金の支払義務が同時履行の関係にあるということはできないというべきである。
⑵ 買主Yは、民法130条の類推適用により、本件売買契約に基づく義務を履行しないとの条件が成就していないものとみなすことができるかについて Xが、Y主張の義務を負っていたかについ
て検討すると、前提となる事実及び認定事実のとおり、Yは、本件不動産の売買について、金融機関から融資を受けることを前提として Xと交渉を開始し、本件不動産の不動産取り纏め依頼書や不動産買付証明書には取引条件として「本件不動産に関し、売主の有する一切の情報開示をお願いします。」と記載して、 Xに対し本件不動産に関する情報の開示を求めていたことが認められる。
しかしながら、認定事実のとおり、本件売買契約書中にも、ローン特約の約定や、Xが Yに対し、本件確定実測図等のほかに、融資を受けるために必要な書類を交付する旨の約定はない。したがって、XとYの間で、Yが本件売買代金の融資を受けることが本件売買契約の法的な条件になっていたということはできず、Xが、本件確定実測図等以外に、Yが融資を受けるために必要な書類をYに交付べき義務を負っていたということもできないというべきである。
また、認定事実のとおり、Xが本件確定実測図等をYに交付できなかったことは、東日本大震災の影響によるものであるから、Xに帰責事由があるということはできないし、Xが故意に本件確定実測図等の交付をしなかったとも認めることはできない。
以上によれば、XがYにH社(本件建物の転借人)の決算書及び本件確定実測図等を交付しなかったことをもって、Xの義務違反に
当たるということはできないし、Xが故意にこれらの書類の提出を妨げた事実も認められないから、Yの主張は採用できない。
⑶ 売主Xの違約金請求はxxxに反して許されないかについて
本件売買契約に関し、Xの義務違反は認められず、他にXの本件違約金請求がxxxに反すると認めるに足りる証拠はないから、Yの主張は採用できない。
3 まとめ
本件は、不動産売買取引について、売主と買主の契約上の権利義務を争った事例である。
判決では、争点⑴で買主が主張した同時履行の抗弁権について、売主の確定実測図等の交付義務が代金支払義務と対価的な関係に立つ債務とは契約上の規定からは評価できないと判断された。
一般の実務においては、確定実測図等の交付が決済までに間に合わない場合、協議によって決済期日を延期する、又は決済は行うが売買代金の一部を買主が留保するなどの対応がとられる場合が多い。
判決は、売主の確定実測図等の交付義務が買主の代金支払義務と同時履行の関係にあることは否定したが、少なくとも、売主の契約上の債務不履行とは言い得るものである。実務においては、ひとつの判断として留意しておいて頂きたい。
(調査研究部xx調整役)
最近の判例から
⑵−同時履行の抗弁権−
買主の中間金支払履行遅滞を理由とする売主の契約解除、違約金の請求が棄却された事例
(東京地裁 平25・4・4 ウエストロー・ジャパン) xxx x
売主が、買主の中間金支払の履行遅滞を理由として売買契約を解除し、違約金と遅延損害金を求めた事案において、買主の同時履行の抗弁権の存在効果が消滅していないとして、売主の請求が棄却された事例(東京地裁平成25年4月4日判決 棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
⑴ 平成23年5月10日、売主X(原告)は、買主Y(被告)との間で、複数の不動産(以下、「本件各不動産」という。)を次の約定で売却する売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、Yは、Xに対し、手付金 1000万円を支払った。
① 売買代金:3億4400万円
② 支払時期:本件売買契約締結時 手付金1000万円、 平成23年 5 月24日 中間金 8000万円、平成23年8月24日 残代金2億
5400万円
③ 違約金:6880万円+遅延損害金
④ Yが中間金8000万円の支払いをする際、Xは、本件各不動産に対してY又はYの指定する者を抵当権者とする債権額8000万円の抵当権設定登記をすることを承諾し、これに協力する義務を負う。
⑤ Xは、中間金の受領と引き換えに、本件各不動産に設定されている債権者を訴外 A社とする差押登記及び抵当権者をA社とする抵当権設定登記の各抹消登記手続をする義務を負う。
⑥ 本件各不動産の一部建物(以下「本件建物」という。)の1階占有者である訴外 B社については、Xの責任と負担において平成23年8月24日に売買代金の残代金の支払と引き換えに明渡しを完了させる。
⑦ 本件建物の2階及び3階並びに別の建物(以下、本件建物と併せて「本件各建物」という。)1階ないし3階占有者である訴外C社(B社と併せて「本件賃借人ら」という。)については、Xの責任と負担において平成23年8月24日に残代金の支払と引き換えに明渡しを完了させる。
⑵ 平成23年5月23日、Yは、Xに対し、中間金の支払を同月31日まで延期して欲しいと申し入れ、Xはこれを承諾した。
⑶ 平成23年5月27日ないし29日頃、Yは、 Xに対し、本件賃借人らとの間で即決和解を成立させることを中間金の支払条件としたい旨を申し入れたが、Xは応じなかった。
⑷ 平成23年6月4日、Xは、Yに対し、同月3日付け内容証明郵便をもって、中間金の支払期限を同月11日限りとする催告付き解除の意思表示をした。
⑸ Yは、Y訴訟代理人弁護士を通じて、Xに対し、中間金の支払拒絶の意思を明らかにし、そのまま平成23年6月11日は経過した。
⑹ Xは、Yに対し、本件売買契約をYの中間金の支払いの履行遅滞を理由として解除し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、違約金6880万円から受領済みの手付金 1000万円を控除した残金5880万円及び法定利
率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め、訴えを提起した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示し、Xの請求を棄却した。
⑴ Yは、遅くとも平成23年5月30日頃、Xに対し、本件賃借人らとの間で即決和解が成立するなど本件建物の明渡しが確実にならない限り中間金の支払を拒絶する旨を明らかにしたことが認められ、Xが自らの債務につき現実の提供(※債務に従って、現実に提供する)をする必要はなく、口頭の提供(※弁済の準備をして受領を催告する)をすれば足りる。
⑵ 平成23年5月31日の中間金の支払については、Xが、Y側司法書士の指示した抵当権設定登記の必要書類に記名押印して交付するのと引き換えに、YがXに対して中間金8000万円を支払い、そのうち5240万円をXがA社に交付するのと引き換えに、XがA社から担保不動産競売申立てに基づく差押登記の抹消及び抵当権設定登記の抹消登記手続に必要書類の交付を受け、Y側司法書士に交付することになっていた。
そして、Yは、本件売買契約に関する登記申請手続を司法書士に依頼しなかったこと、 Xは、中間金の支払に先立ち、A社から、中間金8000万円の中から5240万円を支払うのと引き換えに、担保不動産競売開始決定の取下げ及び抵当権設定登記の抹消登記手続をしてもらう同意を得ていたことがそれぞれ認められ、Xは、前記抵当権設定登記を、あらかじめ準備すべき義務はなく、また、前記差押登記の抹消及び抵当権設定登記の抹消登記手続をする義務について、自らの債務の弁済の準備をしたものといえる。
⑶ Xは、訴外D(X側仲介業者の従業員)が、平成23年6月4日以前、Yに対し、訴外
E(Y側仲介業者の代表取締役)及び訴外F
(Yの実質的経営者)を通じて何度もXの弁済の準備ができたことを通知した旨主張、Dも同旨の証言をする。
しかしながら、Dの証言については、通知の時期等についてあいまいな点が多い上、これを裏付ける客観的証拠がなく、また、E及びFはDの上記証言を否定、証拠及び弁論の全趣旨によれば、Dは、弁済の準備をしたことの通知の法的効果や重要性を意識することなく、Yと交渉をしていたものと認められ、 Dが、Y側に対し、中間金の支払の催告や決済場所の告知はしたものの、Xが弁済の準備をしたことについて通知しなかった可能性があり、Dの証言を容易に採用できず、他にXの上記主張を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、中間金支払時におけるYの同時履行の抗弁権の存在効果は、XのYに対する催告以前に消滅していなかったことになり、Yによる履行遅滞は違法であったとはいえず、YはXに対し債務不履行による損害賠償責任を負わない。
3 まとめ
本判例では、①売主が現実の提供をする必要があったか、②売主が弁済の準備をしたか、
③売主が弁済の準備をしたことを買主に通知したか、④不安の抗弁権の成否が争点となったが、裁判所は、売主が弁済の準備をしたことを買主に通知しなかったことから、中間金支払時における買主の同時履行の抗弁権の存在効果が、売主の買主に対する催告以前に消滅していないとして、買主による履行遅滞は違法といえず、買主は売主に対し債務不履行による損害賠償責任を負わないと判示した。紛争防止の観点から、同時履行の抗弁権を 巡る難しさを示す判例として実務上の参考と
なる。 (調査研究部調査役)
最近の判例から
⑶−土地の瑕疵−
地下0.5mからの湧水が土地の隠れたる瑕疵と認められ、損害賠償が認容された事例
(名古屋地判 平25・4・26 判時2205-74) xx xx
不動産業者から土地を購入した買主が、当該土地の地下0.5mの位置で地下水が湧出していることが、土地の瑕疵にあたるとして、売主不動産業者に損害賠償を求めた事案において、本件湧水により、基礎工事の工法が制限される上、透水管の設置を要する等、本件土地は通常備えるべき性能を有しているとは言えないとして、本件湧水を隠れたる瑕疵と認定し、買主の請求の一部を認容した事例(名古屋地裁 平成25年4月26日判決 一部認容 控訴後和解 判例時報№2205号74頁)
1 事案の概要
売主Y(被告 不動産業者)は、平成19年 10月、当時の所有者から本件土地を建物付で購入した後、土地上の建物を解体のうえ、平成20年7月11日に本件買主X(原告 個人)にこれを売却、同年9月にこれを引き渡した。本件土地はXが孫に動物病院を開設させる目的で購入したものであったが、建築までの間にb社に資材置場として一時賃貸したところ、土地から地下水が吹き出し、同社の重機が沈み込む事故が発生した。これを踏まえ、 Xは地盤調査として敷地中央部分でボーリングを行ったところ、地下0.5mの部分で地下水の湧出が発見され、その対策として杭工事や透水管設置工事等が必要となった。
Xは必要な工事を実施のうえ、建物を新築し平成23年1月頃に動物病院を開業した。
Xは、本件土地が丘陵地帯に所在しており、地下水が地下0.5mで湧出するとは社会通念
上想定できず、また、建物建築にあたり湧水対策費の支出や湿気等が建物耐久性に悪影響を及ぼすと想定されることから、本件湧水を本件土地の隠れたる瑕疵と主張し、Yに対し損害賠償を請求した。これに対しYは、隣地での掘削結果や過去本件土地上に存在した居宅で平穏に人が生活していたこと、契約前に調査が可能であったこと等を挙げて、本件が地下水湧出ではない、または湧出であっても隠れたる瑕疵にあたらないと主張した。
なお、売買契約締結時の重要事項説明書では地盤調査結果によっては地盤補強工事が必要となる旨の記載はあったが、地下水に関する記載はなかった。
2 判決の要旨
裁判所は、次の通り判示し、Xの請求を一部認容した。
一 本件土地に隠れた瑕疵が存するか否かについて
⑴ 本件土地の状況について
(本件土地中央付近でのボーリング調査の結果、地下0.5m付近で地下水が確認されたこと、重機陥没時の状況、現在もほぼ常時透水管から水が流出していること、透水管設置後も土地上に水が浸み出す現象が見られたことを踏まえ)、本件土地の地下約0.5mの位置に地下水脈があり、本件土地において地下水が湧出していることが認められる。
⑵ 本件土地の瑕疵の有無について
(地下0.5mで地下水の湧出が認められるこ
と、これにより建物基礎の工法が限定されること、一般的な地盤改良方法がとれず鋼管杭による杭事業工事が必要となること、透水管の設置が必要なこと、市内の平均地下水位や証人の建築士の経験に照らし、地下0.5mでの湧水は特異であり、同証人も丘陵地帯で透水管を使用した経験がないこと等を踏まえ)本件土地は、周囲に川やxxがなく、地下 水位が浅いことが想定されていない土地であるにもかかわらず、地下約0.5mの位置に地下水脈があるという特異な土地であるといえ
る。そして、その結果、前記説示のとおり、宅地として本件土地を利用するためには透水管の設置等が必要となるところ、透水管の設置等が必要な宅地は多くないことに照らせば、本件土地には透水管の設置等が必要な瑕疵(以下「本件瑕疵」という。)があるというべきである。
⑶ 隠れた瑕疵か否かについて
本件土地の地下水位等は地盤調査をしなければわからないところ、本件土地は外観上明らかに地盤調査を必要とする土地であるということはできないし、本件売買契約の契約書及び重要事項説明書には、地盤調査の結果によって地盤補強工事が必要となることが記載されているのみであって、同工事を超える措置が必要な場合を予測させる記載は存しない上、本件売買契約締結前に地盤調査の必要性がYから示唆されたわけでもないことからすれば、本件売買契約締結前に地盤調査をしなかったからといって、Ⅹに何ら過失はなく、 Xが本件瑕疵を知り得たということはできないから、本件瑕疵は隠れた瑕疵に当たる。 二 損害額(争点⑵)について
本件判決では、本件瑕疵による損害として、杭事業工事等による工事費用の増加分、透水管設置費用(一部減額)及び将来発生する透水管洗浄費用(現在価値)、弁護士費用(一部)
に相当する請求は認めたが、本件瑕疵による土地の減価(対策工事により処置済)、ボーリング調査費(瑕疵の有無にかかわらず実施)、開業の遅れに対する営業補償(瑕疵が原因といえず)や透水管洗浄時の休業補償
(証明なし)、精神的慰謝料(財産上の損害賠償で慰謝済)については認めなかった。
3 まとめ
本件は、地下水の湧出が土地の瑕疵として認められた事案である。
地下水の湧出自体は、一定のエリア(河川やxx水系近くの低位地、造成前に田や沼だった土地等)においては、特に珍しい事象ではなく、当該エリアで通常想定される程度の湧出であれば、瑕疵とは認められなかったと思われる。本件では、地下水湧出が想定されない丘陵地帯の非常に浅い位置で地下水が湧出した結果、建物建築に大きな支障が生じたことから、隠れたる瑕疵に基づく損害賠償が認容されたものと考えるべきであろう。
地下水脈は、事前調査を行ったとしても、その存否や湧出の程度を確定させる事は難しいが、上記のような一定のエリアにおいてはその発生を十分想定すべき事象である。
仲介を行うにあたっては、水系等との距離や当該土地の過去の利用方法、周辺で行った地質調査資料やヒアリング等から地下水湧出の可能性が疑われる場合には、売主、買主それぞれに対し適切なアドバイスを行う事を心掛けて頂きたい。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
⑷−自殺事故の説明義務−
一棟売り賃貸マンションの自殺事故を説明しなかったとして売主等に対して行った損害賠償請求が棄却された事例
(東京地判 平25・7・3 ウエストロー・ジャパン) xx x
x棟売賃貸マンションの買主が、一室で自殺があった事実を説明しなかったとして、売主には、債務不履行あるいは瑕疵担保責任に基づき、媒介業者には、債務不履行あるいは不法行為に基づき、損害賠償請求を求めた事案において、売主らは決済までに自殺の存在を知っていたとは認められず、また、知らなかったことが調査義務の懈怠によるとも認められないとして瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求以外は棄却された事例(東京地裁 平成25年7月3日判決 控訴棄却 ウエストロー
・ジャパン)
1 事案の概要
売主xx業者Y1(被告)は、賃貸マンション一棟(以下「本件物件」という。)の売却を、仲介業者Y2(被告)(以下、Y1、 Y2をまとめ「Y1ら」という。)に委任し、平成22年3月には売却活動を行っていた。
同年4月23日、本件物件308号室を訪問した連帯保証人から「ドアチェーンがかかっており、居住者に架電しても応答しない」との連絡をうけた不動産管理会社(以下「A」という。)の担当Kは、連帯保証人に警察へ連絡するよう伝えた上、Y1に連絡した。Y1は、Kに自殺か尋ねたところ、Kは確認し連絡する旨返答した。
同年4月26日、Kは、Y1に、警察に問い合わせた結果、居住者が居室内で死亡していた旨、居住者の死因は事件性のない自然死である旨を報告した。
同年5月13日、Kは308号室の明渡しに立ち会ったが、自殺をうかがわせるところはなく、連帯保証人からも自殺をうかがわせる話はなかった。原状回復工事でも特殊清掃等の通常と異なる作業や工事は行われなかった。なお、内装業者手配の際、Y1も室内に立ち入ったが、異常な点はみられず、同年6月上旬に行われた敷金等精算も自殺による損害賠償等を考慮しない内容であった。
同年9月頃、仲介業者dから本件物件の情報提供を受けた買主X(原告)は、買付証明書を提出し、3億9000万円でY1と合意した。代金合意を受け、Y2は、dに情報を開示し、 308号室の居住者の死亡に関しては、Y1及びKから、Kが警察に確認したので問題ない、自殺ではないとの回答を得ており、居住者の死亡は自然死であると伝えた。
同年10月15日、X、Y1、Y2、dの担当 H等が出席し、本件物件の売買契約が締結された。その際、Xは、308号室の居住者の死亡に関し質問をし、Y1はKが調べており、自殺ではなく問題ないと回答した。
同年10月26日夜、Xはインターネット上で
「本件物件の3階居住者の死亡に関し自殺ではないか?」という疑問形での書込みを発見し、同月27日、Hに同書込みの真偽を確認するよう指示した。
Hは、翌28日、Kに電話を架け本件書込みの内容を伝えた上で、同書込みの内容が事実か否か尋ねたところ、Kは本件書込みの内容は事実ではなく、居住者の死因は事件性のな
い自然死である旨回答した。
同年10月29日、本件物件の決済が行われた。同年11月12日、Xは、知人から、居住者の
死亡が自殺ではないことの明確な断定が必要であると言われたため、同年11月18日、Kの支店長に、居住者の死因を警察署に確認するよう要請した。支店長からは、翌19日、死因は自殺であるとの回答を得たと連絡が入り、そこで、Xは、同日、308号室について賃借人の募集を停止した。
Xは、平成23年1月12日・13日にY1らに対し、自殺について説明がなかったとして損害賠償を求めた。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示してXの請求のうち、瑕疵担保責任以外の損害賠償請求を棄却した。
Y1らは宅建業者であり、宅建業法35条の調査説明義務は、契約に基づく義務ではないから、当該義務の懈怠が契約関係のないXとの間に債務不履行責任を生じさせることはない。よって、Y2に関し、不法行為による損害賠償請求の有無のみ検討することとなる。また、Y1が売主として負う説明義務は、宅建業者としての調査説明義務に包摂されるものと解され、Y1も同義務の懈怠について検討すれば足りる。
Y1、Y2とも認定事実から、契約締結時までに、また、決済時までに居住者の死因が自殺であると認識していたとは認められない。
Xは、Y1らが自殺であると知らなかったとしても調査義務を懈怠し、自ら警察や居住者の遺族に対する確認をしなかったことから、損害賠償責任を免れないと主張する。
賃貸借契約終了並びに新規賃借人募集の業務を行うAにとって、居住者の死因が自殺か否かは重要な意味を持つ事項であり、Y1は、
そのAの担当K等から、居住者の死因が自殺ではないとの趣旨の報告を数度に亘り受けており、他方、代金決済までに、Y1らが自殺の存在を疑うべき事情としてネット書込みがあったが、同書込みは疑問形で問いかけているに留まり、自殺について新聞等による報道がされた事実や、近隣で噂になっていた等の事情を認めるに足りる証拠はない。
また、居住者の死因は自殺ではないとのY 1らの説明に対し、Xが更に調査を求めたとの事情も存在せず、Y1らには、独自に直接、警察や居住者の親族に死因を確認するまでの調査義務があったとは認めることができず、 XのY1らに対する調査説明義務違反を理由とする損害賠償請求はいずれも理由がない。
もっとも、自殺が心理的欠陥に当たることは、X・Y1間で争いがなく、Y1は、瑕疵担保責任による損害賠償義務として600万円の支払義務を負う。
3 まとめ
本件は、死因の確認は収益マンションの募集・退去業務を行う管理会社にとって重要な意味をもち、媒介業者はその管理会社に確認したことから、独自に警察署に死因の確認しなくとも調査説明義務の懈怠にあたらないとされた。警察署による「事件性のない自然死」と言う回答は自殺を含むか否か判断できないところ、再度「事件性」の定義を警察署に確認をしておくべき事案とも言え、媒介業者として調査時のヒアリングの仕方の重要性を認識させる事案ともいえる。
なお、警察署は、死因を第三者に開示しないケースもあり、この場合の記載内容にも留意が必要である。また、病院で死亡した場合でも瑕疵担保責任を問われた事例(東京地裁 H21.6.26判決 RETIO80-6)もあるので参考とされたい。 (調査研究部調査役)
最近の判例から
⑸−反社勢力に関する説明義務−
反社会的勢力と関係の深い事務所の説明をしなかったことが信義則上の説明義務違反に当たるとされた事例
(東京地判 平25・8・21 ウエストロー・ジャパン) 中村 行夫
購入した土地の近隣のビルに暴力団事務所があるとして契約解除又は損害賠償を請求したところ、同事務所は暴力団事務所ではなく、暴力団と関連の深い興行事務所で、周辺の平穏を脅かす事象の発生は認められないとして、契約解除は認めず、売主(宅建業者)の信義則上の説明義務違反にあたるとして、原告の請求額を減額して認容した事例。なお、反訴として提起された売主財産の仮差押えに関する損害賠償請求については、紙幅の関係で割愛した。(東京地裁 平25年8月21日判決控訴、本件部分控訴棄却 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成23年1月31日、宅建業者Y(被告)は、担保不動産競売手続(以下「競売」という。)において都心部の土地( 206.90㎡、以下「本件土地」という。)を1億7188万円で取得した。
本件土地の北西側には4m道路を挟んで地下1階地上3階建のビル(以下「Aビル」という。)が存在する。
競売における当初の評価額(売却基準価額)は1億5642万円で、最高価買受申出人の申出価額は2億円であったが、最高価買受申出人から「Aビルが指定暴力団の事務所として使用されている」として売却不許可の申し出がされたため追加の現況調査が行われ、追加の現況調査報告書には「Aビルは、外観上特別な建物と思われるものは見当たらず、玄関にある集合郵便受けには『B社』と表示されて
いた。」と記載された。また、補充評価書には警視庁の回答として「暴力団情報の提供する要件に該当しないため回答しかねます。」とされ、「警視庁への調査嘱託の結果等からは必ずしも明らかではない。」とされたが、競売市場の減価率を10%修正し、評価額は1億3407万円に下方修正された。
同年9月7日、占い・美容等のコンテンツの制作・提供会社X(原告)は、Yとの間で、本件土地を2億円で売買する契約(以下「本件契約」という。)を締結し、同年10月28日までに売買代金の全額を支払った。
同年12月3日、Xは、本件土地上の時間貸駐車場の不適切な使用に関する駐車場管理会社への問い合わせによりB社の事務所(以下
「本件事務所」という。)が暴力団事務所であると知ったとして、Yに対し、B社の存在により本件契約の目的を実現することが事実上不可能となったとして、債務不履行を理由に契約を解除する旨の意思表示をした。
平成24年3月28日、Xは、宅建業者のYは、信義則上、契約の相手方が売買契約の締結判断に重要な影響を与える事実を知っている場合にはこれを説明し告知する義務があるとして説明義務違反の債務不履行による売買契約の解除、また、Xに本件土地の周辺環境に影響を及ぼす施設はないと誤信させ本件契約を締結させた行為は詐欺に該当し不法行為を構成するとして詐欺による売買契約の取消し又は売買契約の錯誤無効を理由とする原状回復請求権に基づく損害賠償、予備的に説明義務
違反又は瑕疵担保責任に基づく損害賠償を求めて訴えを提起した。
2 判決の要旨
裁判所は次のように判示し、Xの請求の一部を容認した。
⑴ Aビルの所有者(法人)の代表取締役等は、過去に指定暴力団の幹部又は組長として報道された人物と同姓同名で、B社は一般に指定暴力団傘下の団体として認識されていること等から、本件事務所は、指定暴力団と密接な関係を有する団体及びその構成員らにより使用されている事務所であると推認することができる。
⑵ Yは、競売の補充評価書及びYの警察О Bの顧問が入手した「指定暴力団系にあたる興行事務所であり、暴力団事務所ではなく、組員の出入りもない。」との情報から、本件事務所は単なる「興行事務所」とするが、暴力団対策法上の事務所でないとしても指定暴力団と密接な関係のある団体及びその構成員らにより使用されている事務所であると認めるほかなく、Yは、追加の現況調査が行われた経緯及び本件事務所が
「指定暴力団系の興行事務所」であると認識していたと認められる。
⑶ Yは、本件事務所が暴力団事務所であるかの確認しようとしたのだから、近隣に暴力団事務所等が存在することが契約締結の判断に影響を及ぼす重要な事項であることを容易に認識することができ、また、近隣に暴力団が関係する興行事務所があるという告知は容易に行うことができる性質のもので、信義則上の説明義務違反は免れない。
⑷ 本件土地周辺は閑静な住宅地で、本件土地の100m圏内に女子校が存在すること、前面道路が小学校の通学路であること等に照らすと、本件事務所の存在によりXが本
件契約の目的が達成することができなくなったと認めることはできない。
⑸ 説明義務違反は、本件契約に基づく債務の不履行の問題ではないから、債務不履行を理由とする本件契約の解除の理由とはならない。
⑹ Yが、Xを欺罔する意図で本件事務所の存在を秘していたとは認められず、詐欺取消を前提とするXの主張は認められない。また、近隣に暴力団事務所等がないことが Xの意思表示の内容として特に表示されていたことはなく、Xの主張する錯誤は法律行為の要素の錯誤とは認められない。更に、本件土地が、一般の宅地が通常有する品質や性能を欠いているということはできず、瑕疵担保責任に基づく損害賠償責任の請求は理由がない。
⑺ Yには、本件事務所の存在を告げなかった信義則上の義務違反があり、Yの説明義務違反と相当因果関係のあるXの損害としては、本件事務所の存在による減価率1割を乗じた2,000万円を相当とする。
3 まとめ
本件は、近隣の事務所が指定暴力団と密接な関係のあるとしながらも土地の瑕疵とは認めなかったが、購入時の価格決定において減価要因とされた事項なので、宅建業者には信義則上の説明義務があるとした事例で、警察照会等で暴力団事務所とはされなかったとしても説明すべき事項であるとした注目すべき判例といえる。近隣の暴力団事務所を土地の隠れた瑕疵として土地価格を20%減じた事例
( 東京地判H7.8.29・RETIO32)もあるので参照願いたい。 (調査研究部調査役)
最近の判例から
⑹−媒介報酬請求権−
媒介活動から排除された宅建業者の買主及び媒介業者に対する媒介手数料相当額の請求が認容された事例
(東京地判 平25・7・3 ウエストロー・ジャパン) 室岡 彰
宅建業者が、媒介活動から排除されたため、媒介手数料相当額の損害を被ったとして、買主には、主位的に媒介契約等による報酬請求権又は予備的に不法行為に基づき、また、媒介業者には不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案において、請求が認められた事例(東京地裁 平成25年7月3日判決 控訴 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成22年半ば頃、東京都港区所在土地(以下「本件物件」という。)の所有者Aは、仲介業者Y2(被告)を含む3社に、本件物件の売却を依頼した。Y2は自ら買主を探索するほか、系列会社Zにも探索依頼した。
同年10月14日、Zから本件物件の売却情報を得た宅建業者X(原告)は、宅建業者買主 Y1(被告)の担当Dに情報を提供した。
同年10月17日、Dは本件物件を現地確認の上、Xに成約見込み額を尋ね、5億4000万円前後であれば見込みがある旨教示され、翌18日には、机上計算で5億2000万円前後と見積り、Xに指し値交渉できるかを尋ねた。Xは、交渉する旨返答し、以後、Dの社内稟議手続きに協力したが、同年11月、建物プランの内容を理由に社内稟議が否決された。その後も、 Dから全室南向きの建物プランが必要と告げられたXは、建築士にプランを作成させ、Xは平成23年1月下旬までに、6回にわたり無償で提供した。なお、X・D間では、Y1が本件物件を取得し建物を建てる場合は、Dが、
当該建築士をY1に推薦することが合意されていた。
平成23年1月、Aは、Y2以外の宅建業者から6億2000万円での購入申込みを受け、その旨周知した。Xは、Dに、これを上回る金額での購入申込みが必要であると検討を促す一方、Zには、Y1が6億3000万円で取得を検討中である旨を伝えた。
同年1月28日、Y2は、Zを介して、6億 3000万円で買付けを検討している者が、取引関係のあるY1であることを知り、Y2の部長代理Fは、同日、Y1と直接連絡をとることの可否を、Zを介してXに打診した。Xから対応を尋ねられたDは、当初は直接の連絡を断ったが、最終的には了承した。
Fは、Aに、Y1が買付けを検討中である旨を伝え、AはY1の結論を待ったが、Y1は価格を理由に買付けを否決した。その旨は A、Y2のほか、Xにも伝えられた。
その後、Aは、買付け申込者と契約締結に至らなかったため、平成23年4月に、再度、売却先探索を依頼した。Fは、同月、売却活動再開の旨を直接Dに告げ、以後、FとDは、直接に売買交渉を重ね、AとY1との間で、同年9月5日、代金5億4000万円で本件物件の売買契約が成立した。
Y2は、Y1と、同年8月29日に一般媒介契約書を締結し、同年9月9日に、法令上限である1707万円余の媒介手数料を得たほか、売主からも媒介報酬を得た。
なお、Fは、XやZに対し、Aが平成23年
4月に本件物件の売却活動を再開したことや、Y1間で売買が成約したことを知らせず、 Dも、Xと別件で連絡をとる機会は多かったが、これをXに知らせずにいた。
平成24年1月、Xは、Y1が本件物件を取得、Y2が売り・買い双方の媒介をしたことを知り、Y1・Y2に対し提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示してXの請求を、認容した。
一連の事実や、Fが、Y1と直接連絡をとるに当たり、Xに可否を打診し、また、Dも、直接連絡に応じた後も、Xに直接のやり取りの内容を報告していたこと、また、不動産業界では、提供情報が成約に結びついた場合に媒介手数料を支払うことで情報を募り、宅建業者も成功報酬を対価に情報提供をすることが一般に行われていること等を総合すると、 X・Y1間では、平成22年10月中に、成約した場合、媒介手数料を支払うという媒介契約が黙示に合意されたと認めることができ、売買契約締結直前に媒介契約書の取り交わしが通常なされているから、媒介契約書がないことも、契約成立の判断を妨げない。
Y1は、Y2と本件物件の売買交渉を開始したことをXに知らせる義務はないと主張するが、当初、Xから情報提供を受けた以上、再度、購入を検討することとなった場合、 Y1は、Xにその旨を通知すべき信義則上の義務を負っていたと解するべきであり、また、 Y1は準大手開発業者である以上、Xとの間で媒介契約が成立し、成約した場合、媒介契約書を取り交わし媒介手数料を支払うことを認識していたにもかかわらず、Xに本件物件の売却活動の再開を知らせず、Y2と媒介契約を締結したことから、Xへの媒介手数料発生の停止条件の成就を故意に妨げたものとし
て、Xへの媒介契約上の媒介手数料支払義務を免れず、その額は、不動産業界の慣習に従い、法令上限とすることが黙示に合意されていることから1707万円余となる。
一方、Y2は、Y2が不動産業界の常識に通じていること、また、Y2がAのために買主を探索すべき立場にありながら、本件物件の売却先探索が再開された事実を、Zに知らせないでいる一方、直接にDに売却再開を知らせ、直接交渉を行い、AとY1の双方から媒介報酬を得ていること、Y1が不動産業界の信義に反してまでXを排除してY2を媒介業者としたこと等の事実を総合すると、Y2は、XがY1と媒介契約を締結した立場と知りながら、Xの本件物件取引への関与を排除し、XのY1に対する報酬請求権の条件成就を故意に妨害してXの権利を侵害したと評価すべきであり、Xに対する不法行為といわざるを得ず、Xに対し、Y1から得べかりし媒介報酬額である1707万円余の損害を賠償すべき責任を免れない。
3 まとめ
買主との媒介契約書の締結は、売買契約締結の直前であることが多い。本件は、媒介活動の事実経過から、媒介契約書を取り交わしていないことは媒介契約の成立を妨げないとして、媒介契約に基づく媒介報酬相当額が認められ、媒介における諸々の手続きの積み重ねの重要性を再認識させる事例である。しかしながら、居住用不動産購入目的の媒介では、媒介活動期間が比較的短く、価格交渉以外、媒介業者の交渉内容も限定的なことが多いため、媒介活動事実の証明が難しく、また、媒介契約書がないことを理由の一つとし、媒介報酬請求が棄却された本号の⑺媒介報酬請求権の事例もあり、契約書の締結は重要である。
最近の判例から
⑺−媒介報酬請求権−
売買交渉から排除されたとして、宅建業者が契約の売主・買主に仲介報酬の支払を請求したが、棄却された事例
(東京地判 平24・12・19 ウエストロー・ジャパン) 畑山 雄二
宅建業者が、締結された不動産売買契約において売買交渉から排除されたとして売主と買主に対し、仲介報酬の支払を請求した事案において、媒介契約の成立が認められず、また媒介(仲介)行為をしたとは認められないとして、請求が棄却された事例(東京地裁平成24年12月19日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
Y1(被告:宅建業者)所有不動産とY2
(被告:宅建業者)所有不動産は隣接しており、Y1とY2の間で、平成22年1月頃まで、各不動産を単独事業あるいは共同事業等どのようにするか検討が行われたが、合意に達しなかった。
平成22年3月初旬、X(原告:宅建業者)は、 Y1より所有不動産が売却対象になっている情報を入手し、Y2に売却活動を行うことの了解を得た。
同年4月7日、Xは、Y2に対して、Y1の売却の意向を伝えたところ、Y2よりY1との面談期日の調整を依頼された。
同年5月17日、Xが同席しY1とY2の間で交渉が行われたが、Y1から提示された売却希望価格に対し、Y2からは買取価格の提示はなかった。
同年6月15日のY1とY2の間での交渉においてもY2より具体的な買取価格の提示は
なかった。
その後Y2は、同社所有不動産を単独で事業化する方針であったが、同年11月1 日、 Y2の社内会議で、本件各不動産について Y1と共同事業化に向け協議を始めることに決定した。
平成23年4月25日、Y1とY2の間で本件各不動産について、等価交換に関する基本協定、土地売買契約が締結された。
Xは、Y1とY2それぞれに対し、媒介契約が成立している、また、Xが仲介して尽力した結果、売買契約が成立したにもかかわらず、売買交渉から排除されたとして、民法 130条(条件の成就の妨害)及び商法512条(商人の行為の有償性)に基づき、Y1、Y2それぞれに金1億6858万円8000円の仲介報酬、遅延損害金の支払いを求めて提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの請求を棄却した。
⑴ XとY1の間での売却媒介契約の成立の可否について Xは、これまでY1がXの仲介した不動産
を買い取る買取媒介契約を締結したことがあるが、その際にも最終的に売買契約等が成立する段階で媒介契約書が作成され、所定の報酬が支払われてきた。本件のY1所有不動産の売却媒介については、これまで行われてき
たような媒介契約は作成されていない。
平成22年3月初旬にXがY1より、所有不動産の売却を依頼された段階では、売却を媒介するについての売却条件、仲介報酬に関する事項等の定めがないことから、不動産業者同士の情報交換にすぎなく、Y2に売却を働きかけることを承諾したことについても営業活動の1つに過ぎず、XとY1の間に売却媒介契約が成立したとは認められない。
⑵ XとY2の間での買取媒介契約の成立の可否について Xは平成22年4月7日のY2との面談で買
取媒介契約が成立したと主張しているが、この日はY2よりY1との面談期日の調整を依頼したにすぎず、また、平成22年5月17日、Y 1とY2の間で行われた交渉についても、Y
1に対する価格提示もないことから、XとY
2の間の買取媒介契約の成立は認められない。
⑶ Xの仲介活動について Xは、平成22年5月17日に行われたY1と
Y2の間の交渉の席に立ち会っているが、同日の交渉は、Y1・Y2いずれも担当者間での交渉にすぎない上、Y1側の担当者より提示した60億円での単純売買についてのY2からの価格提示はなく、同日の交渉で、Y1と Y2の間に売買契約が成立するために、Xが仲介活動をしたとは認められない。
Xは、平成22年6月15日に行われたY1と Y2の間の交渉に立ち会っているが、同日の交渉においてもY1・Y2担当者同士の交渉にすぎず、Y1の売却希望価格に対するY2からの価格提示はなかった。Xは同日にY1とY2の間で、売買契約及び等価交換の基本協定について合意したと主張するが、合意が成立したとは認められない。その後、Xは、本件各不動産についてY1・Y2との売買交渉をしていない。
以上から、Xの主張する媒介契約の成立、
売買契約に関し仲介行為をしたとも認められない。
3 まとめ
本件は、媒介契約書が未作成であること、交渉経過等から黙示の媒介契約の成立は認められないとされた事例である。
媒介契約書未作成であっても、媒介契約の成立及び仲介報酬請求が認められた判例はあるが、本件では宅建業者が交渉の場に数回立ち合い、資料を売主から入手し買主に交付したに留まり、取引物件の権利関係等の調査、取引条件の交渉等、契約締結に至るまでの調整を斡旋、尽力する等、契約の成立に向けて積極的な努力が行われておらず、媒介行為として要求される行為が成されていないことが裁判所の判断根拠と思われる。
本件は、媒介行為とは、宅建業者が売買物件や買手などをみつけ、代金の額、引渡しの時期等の契約条件の交渉をとりもつことによって、売手と買手が売買契約を締結するように誘引することが中心的な役務であり、宅建業者が売買の成立に向けて媒介行為をしたのでなければ、報酬請求権は発生しないということ、また、紛争防止の観点からも、宅建業者は宅建業法上34条の2に基づく書面の交付義務を遵守することが再認識された事案である。
なお、宅建業者の請求が容認された事例(平成25年7月3日判決 東京地裁)も併せて参考とされたい。 (調査研究部調査役)
最近の判例から
⑻−契約解除特約の有効性−
賃貸用マンションの売買において、契約解除ができる旨の特約内容により売買代金の返還請求が認められた事例
(東京地判 平24・12・14 ウエストロー・ジャパン) 室岡 彰
賃貸用マンションの買主が、契約に際して合意された特約内容が実行されなかったとして、売主に対し、主位的に契約解除に基づく売買代金返還と損害賠償を、予備的に不法行為に基づく損害賠償を求めた事案において、特約記載が有効とされ、売買代金返還請求が認められた事例(東京地裁 平成24年12月14日判決 控訴後和解 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成22年3月26日、買主X(原告)は、売主宅建業者Y(被告)との間で、マンション一室(以下「本件物件」という。)の売買契約を締結し、売買代金2270万円と記載した売買契約書を取り交わした。
同年4月5日頃、Yの担当課長Bは、Yが作成しBがXに交付した「〇マンション経営システム」と題する書面に「家賃保証致します。」「2010年8月末までに借り換えにより抵当権を解除します。借り換え後の金利は3%以下とします。以上がなされない場合、本売買契約を白紙撤回し、マンション購入代金を全額返還し、契約を解除します。上記一切の係る手数料はYが全額負担します。」(以下「本件記載」という。)と記載した。
同年4月23日、Xは、売買代金を支払うために、自宅不動産に抵当権を設定し、住宅ローン会社から2270万円を借り入れ、Yに同額を支払った。
同年5月14日、Yは、X銀行口座に82万円余を振り込んだ。
その後、Xは、Bにローン借り換えの履行を求めたが、履行しないため、Yに対し、本件売買契約には借り換え斡旋特約があると主張して、その履行を催告した上、10月4日頃、本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、提訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のように判示して、Xの主位的請求を、売買代金と認められる範囲で認容した。
Yは、Bは「〇マンション経営システム」と題する書面に、借り換えあっせん特約、家賃保証特約等の文言を記載したことに関し、
「記載は、BがXの言うままに書かされたものであり、XもBも、それが直ちに売買契約の内容になるという認識はなかったし、また、借り換えあっせん特約を付する権限は、一営業社員にすぎないBには与えられていなかった。」と主張し、Bも同様の証言をする。
しかしながら、本件記載が、Xの言うとおりの文言を記載したものとしても、Bにとって、その記載の意味するところを直ちに理解し得る内容であり、本件記載にはBの署名も付されていること、本件記載は、YがXに本件物件を紹介する際に用いた「〇マンション経営システム」と題する書面にされていること、Xは、以前にYから購入した物件で損失を被っており、本件物件購入による更なる損失を避けたいと考えていた等の事情に照らせば、Bは、Xに対し、本件記載により、本件
借り換えあっせん特約、本件家賃保証特約等の特約を売買契約に付することを約した事実が認められる。
また、本件記載により、BがXに約した内容は、最低家賃額を保証すること、金利が3
%以下のローンに借り換えができるようにし、実現できないときは、Xは本件売買契約を解除することができ、その際の諸経費はYが負担する、というもので、これらは、基本的には売買契約を締結する権限を有する者が、契約締結の付随条件として付することのできる性質のものと言え、Bが売買契約を締結する権限を有していた以上、本件記載を内容とする各特約を付する権限も有していたものということができる。
以上から、Yは、売買契約について、本件記載を内容とする特約を付したものということができる。
返還すべき売買代金額は、本件物件以前の X・Y間の売買において、Xからの売買代金の入金後、Yは、Xに対して代金額を値引きする趣旨で金員をX銀行口座に入金し、これを明確にする合意書を作成していたこと、本件売買においても、契約締結後、XはYに対して2270万円を入金した後、Yは、X銀行口座に82万円余を振り込んだ上、Xに対し、売買代金額を変更した旨が記載された合意書を送付したこと、Xはその書面をYと交わすことはしなかったが、Yに同金員を返還することもしなかったこと等の事実から、X銀行口座に入金された82万円余は、売買代金の値引き分と認められ、売買代金は2187万円余であると認めるのが相当である。
また、Yは、売買契約締結に当たり、本件 記載の特約を付したものと認められるから、 Xが売買契約を解除する場合、Xにかかった手数料、諸経費等も負担すべき義務がある。 Xの支払いの内、ローン利息、ローン解約
手数料、本件物件に設定された抵当権抹消手数料、取得税等の税金、火災・地震保険料合計218万円余は、Yの債務不履行と相当因果関係のある損害と言え、Xの損害に当たる。一方、Xが受領した本件物件の賃料、本件 物件購入による節税相当額の合計223万円余は損益相殺として、Xの損害から差し引くべきであり、結果、Xが請求できる損害金は存在せず、Xは、Yに対し、本件売買契約の代金として2187万円余の限度で返還を求めるこ
とができる。
3 まとめ
媒介の実務上は宅建業法37条で求められる交付書面を契約書が兼ねる場合も多く、また、疑義が生じぬよう契約書面が必要とされているため、特約の記載も契約書にされることが一般的である。
しかしながら、営業活動において、宅建業者社員が、セールストークを超えるような回答や物件パンフレットに記載をすることが特約とみなされる可能性もあり、本件はその事例である。
契約書には記載がないものの、契約に至る過程から、買戻し特約が認容された事例(名古屋地裁 H13.2.8判決 RETIO50-5参照)や、建築条件付き土地契約において、契約書には記載はないものの、土地広告チラシに記載のあった契約解除内容が認容された事例(名古屋高裁 H15.2.5判決 RETIO57-1参照) もあるので参考とされたい。
なお、本件では、借入れにおいて虚偽の売買金額で手続きを行っているが、金融機関も宅建業法65条1項1号の「取引の関係者」に該当することから、宅建業者として行うべき行為ではない。