2) 住宅ローン契約と信用生命保険契約は、契約としては、別個独立の契約であり、その関係について当事者間での定めが置かれていない場合が多い。しかし、信用生命保険 加入の目的は、債務者の死亡等の保険事故による保険金をもって残存債務の充当をすることであり、経済的にみれば密接な関係にあり、法的にも密接な関係にあるとの見解(神 田秀樹「信用生命保険」ジュリ962号71頁)と住宅ローン契約と信用生命保険契約とは主従の関係にあるとの見解(南出弘「生命保険つき住宅ローンについて」金法...
保険法・判例研究 ⑮
保険法・判例研究 ⑮
団体信用生命保険契約の告知義務違反による解除
弁護士 xx xx
盛岡地裁平成22年6月11日判決 平成20年(ワ)第866号 保険金債権確認等請求事件判例タイムズ1342号211頁
1.本件の争点
本件は、Y銀行(被告)から住宅ローンを借り入れ、団体信用生命保険加入後に肝臓がんで死亡した訴外A(被保険者)の相続人X1及びX2(原告。以下「Xら」という)が、Yに対し、住宅ローンの支払いを拒絶することができる旨の確認又は保険金請求権が存在することの確認を求めた事案であり、Z保険会社(補助参加人)がY側に補助参加した。
本件の争点は、Aの告知義務違反による解除の成否である。具体的には、①Aは医師から肝疾患について「指示・指導」があったにもかかわらず、これを告知書に記載しなかったか、② Aが「指示・指導」を告知しなかったことについて故意・重大な過失があるか、③ZにAの不告知を知らなかったことについて過失があるか、④保険金請求権の発生を理由として住宅ローンの支払を拒むことができるかが争われた。
2.事実の概要
事実経過
ア Aは、平成5年にB病院で慢性B型肝炎と診断され、その後入通院し、肝細胞ガンの疑いなどと診断されたこともあった。
イ Aは、平成12年ないし13年ころ、店舗兼住宅を新築することにし、住宅ローンを住宅金融公庫から借り入れた(取扱店はY)。
ウ Aは、平成14年1月中旬から下旬にかけてB病院の脳神経外科や耳鼻咽喉科で診察・検査を受け、睡眠導入剤等の処方を受けた。また、Aは、同月29日、30日、31日及び同年2月4日にB病院の消化器科(内科)の診察を受け、同年1月29日には血液検査を、同年2月4日には腹部超音波検査を受けた。
エ Aは、イの住宅ローンからYの住宅ローンに借換えることにし、平成16年3月29日、Yから1170万円を借入れ、XらがAのYに対する債務を連帯保証した。
オ Aは、エの借換えに際し、Aが死亡したときに住宅ローンの残債務相当額の保険金が支払われる団体信用生命保険への加入に同意した。
この保険の申込書兼告知書(以下「本件告知書」という)では次の事項が告知事項とされていたところ、Aは、平成16年3月4日、本件告知書の該当欄の「なし」の部分に丸をつけた((ア)は省略)。
(イ) 過去3年以内に下記の病気で、手術を受けたこと又は2週間以上にわたり医師の治療(指示・指導を含む)・投薬を受けたことがあるか。
・胃かいよう、十二指腸かいよう、かいよう性大腸炎、すい炎
・肝炎、肝硬変、肝機能障害
・ガン、血腫、白血病、しゅよう、ポリープ(その他省略)
カ A及びXらとYは、平成16年3月29日、YがZから保険金を受領したときは、受領金相当額のAのYに対する債務につき期限のいかんにかかわらず、返済があったものとして取り扱うこと等を内容とする覚書を交わした。
キ 平成16年4月5日、以下の内容の団体信用生命保険契約(以下、「本件保険契約」という)が締結された。
① | 保険会社 | Z |
② | 保険契約者 | 訴外社団法人C銀行協会 |
③ | 被保険者 | A |
④ | 保険金受取人 | Y |
⑤ | 保険金額 | 保険事故発生時点での債務残高等 |
ク Aは、平成18年1月、B病院に入院し、肝細胞ガンと診断され、同年3月11日、肝臓ガン
(肝ガン)を直接原因として死亡した。
x Xは、保険契約者に対し、平成18年8月23日付で、告知義務違反を理由として、本件保険
契約を解除する旨の意思表示をした。
保険契約の普通保険約款の内容
本件保険契約の普通保険約款には、次の規定がある。
ア 保険契約者又は被保険者は、保険契約の締結又は追加加入の際、Xが所定の書面をもって告知を求めた事項について、その書面により、告知することを要する。
イ 保険契約者又は被保険者が、故意又は重大な過失によって上記アの告知の際に事実を告げなかったか又は事実でないことを告げた場合には、Zは、保険契約(のその被保険者についての部分)を将来に向かって解除することができるものとする。ただし、Xがその事実を知っていた場合又は過失のため知らなかった場合を除く。
ウ Zは、被保険者が死亡した場合においても、上記イによって解除することができ、この場合は保険金を支払わない。
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3.判旨(認容、確定)
争点1(「指示・指導」の意義、これに該当する事実があったか)に対する判断
ア 「2週間以上にわたり」、「指示・指導」の意義
(ア) 「告知書の文言の解釈に当たっては、保険者の危険選択の必要性だけを強調することは相当でなく、告知を求められた側が告知書における質問の内容や意味をどのように認識するかということも考慮すべきである。」
(イ) 「Zは、『2週間以上にわたり』の意義について、2週間程度でxxしたような場合を除くという趣旨のものと説明している。」しかし、「…Zの主張も理解し得るものの、告知書の記載が不明確であるときに、趣旨にさかのぼる解釈を無限定に許してしまうと、告知義務違反の効果が重大であるだけに、バランスを失することになりかねないという懸念も否定しきれない。」
「本件では1月29日から1週間程度の通院期間中のやりとりが問題となっていることから、『2週間以上にわたり』の意義次第では、そもそもこの要件が欠けるといわれても仕方ないように考えられる。」
(ウ) 「『指示・指導』の意義についてもxx的ではなく、本件告知書には例示も具体的な説明も記載されていないところである。」
「本件告知書には、『治療(指示・指導を含みます)』と記載されていることから、治療に準ずるもの、すなわち、医師が医学的かつ専門的見地からする指示・指導を指すとも解される。しかし、医師の診察を受ければ、医師から何らかの『指示・指導』に当たり得るような話が出ることは容易に想定され、例えば、風邪でかかりつけ医の診察を受けた際に、『最近肝臓の具合はどうですか。酒は控えめにしてくださいね。』とか『今度暇になったら検査しましょう』と言われた程度のことで、『指示・指導』に当たるのかは判然としない。」
イ Z及びYの主張の検討
(ア) 「Aが平成5年以降肝疾患の治療・経過観察を受けており、その一環として平成14年初めに診察を受けた」とのZの主張に対し、「証拠上、Aが(この間)、継続的に肝疾患の治療・経過観察を受けていたとまで認めることはできない」等として、「Zの上記主張を前提とすることはできない」とした。
(イ) 「Aの検査結果に照らせば、担当医師は、Aにこれらの検査結果を伝えたはずであるし、定期的な通院・検査を受けることの指示・指導を行った」とのZの主張に対し、「診療録には、医師からの指示・指導に関する記載が見当たらず、医師が具体的にいかなる指示・指導をしたのか判然としない。」、「担当医師がAに対して定期的な通院・検査を受けることの指示・指導を行ったとまで認めることはできない。」とした。
(ウ) 診療録に飲酒に関する記載があることを指摘した上、「担当医師は飲酒の禁止について指示・指導を行った」とするZの主張に対し、「平成14年2月以降、Aが飲酒をやめたり、控
えるようになったとの事実は認めることができないし、…飲酒に関する指示・指導があったというのは推測と言われてもしかたない。」とした。
ウ 「以上より、Z及びYの主張を子細に検討しても、肝疾患について『指示・指導』があったとの事実を認定することはできない。」
争点2(Aの故意・重過失)に対する判断
ア 「仮に『指示・指導』があったとして、Aがこれを告知しなかったことについて故意又は重大な過失があったといえるかについても検討しておく。」
x 「Aが平成16年3月の時点で約2年前の『指示・指導』の存在を認識していたにもかかわらずこれを告げなかったとまで認めることは困難である。」
「Zは、Aが今後も受診が必要と考えていたと主張しているが、…診察通院等の経緯に照らすと、Aがそのような認識を有していたとまで認めることはできない」「Zは、Aが平成15年以降、肝機能の治療・経過観察を受けていたことを認識していたことを指摘しているが、このことと平成14年2月の『指示・指導』について認識していたかということは別のことである」、「Aが本件告知書記載の際に、平成14年初めに肝疾患について定期的な通院・検査を受けることなどの指示・指導を受けていたことを認識していたとまで認めることはできない」
「以上のことを総合すると、Aが故意であったとまで認めることには無理がある。」
ウ 「『重大な過失』とは、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態をいうものと解すべきである(大審院大正2年12月20日判決(民録19輯1036頁)、最高裁判所昭和57年7月15日(民集 36巻6号1188頁)参照…)。」
「『指示・指導』というのは、手術とか入通院とか投薬のような客観的に明確で、かつ本人も確実に認識し、容易には忘却しづらい事実ではなく、それ自体が必ずしも明確な概念ではなく、評価の入り込む余地がある上に、本件告知書には『指示・指導』の例示や具体的な説明の記載がないことも相まって、忘却や時期の認識についての混乱が生じやすい事項といわざるを得ない。」
「『2週間にわたる』という文言についても、本件告知書に例示や具体的な説明の記載がなく、どのような場合がこれに当たるのか直ちには判然とせず、平成14年ころから既にこの文言をめぐる紛争があった」
「平成14年初めの通院は、本件告知書作成の2年以上前のことであるし、肝疾患の診察・検査を直接の目的としたものではなかったのである。しかも、『指示・指導』の内容は、Zの主張によっても、…慢性疾患に関する一般的・抽象的な指示・指導であり、Aはそのようなことを医師から度々聞いていたことが推測される。そうすると、平成14年初めの診察の機会に肝臓に関する話があったとしても、それを明確に記憶していなかった(思い出さなかった)ことを責めることは困難といわざるを得ない。」
「以上のことを総合すれば、2年以上も前の『指示・指導』を告知しなかったとしても、これをもって、『ほとんど故意に近い』とまでいうことはできず、Aに重大な過失を認めるこ
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とはできない。」
エ 「…争点3について判断するまでもなく、ZがAによる告知義務違反を理由として本件保険契約を解除することはできないこととなる。」
認容すべき請求について(争点4を含む)
「…団体信用生命保険の被保険者であるAが亡くなったことにより、保険金受取人であるYの保険者であるZに対する保険金請求権が発生しているところ、A及びXらとYとの間では…、 Yが保険金を受領した時は、受領金相当額のAのYに対する債務につき返済があったものとして取り扱う旨が合意されている。そして、本件訴訟には保険者が補助参加しており、本件訴訟の判決でYのZに対する保険金請求権が存在することが確認されれば、ZからYに対してAの死亡時の住宅ローン残債務相当額の保険金が支払われ、それが住宅ローンの支払に充てられることとなり、紛争が終局的に解決されることとなる。そうである以上、Xらにとって保険金請求権は他人間の権利関係であるものの、Xらにはこの存在の確認を求める法律上の利益があるというべきである。」
4.評釈
はじめに
金融機関が住宅ローン等の貸し付けに関して、保険契約者兼死亡保険金受取人を金融機関(または債務保証をする保証会社や不動産業者等)、被保険者を債務者として締結される団体定期保険契約を団体信用生命保険契約という1)。
この仕組みでは、保険契約と貸付契約が別個の契約とされている2)ので、両者の接合が難しい場合が生じうる。その典型例が、保険者の判断では被保険者に告知義務違反があり保険金の支払がなされないため、金融機関が遺族に対して残債務の弁済を請求するが、遺族としては告知義務違反がなかったと主張する場合である3)。
本件は、上記典型例に属する事例であり、団体信用生命保険の告知義務違反解除について、個別具体的な事実関係を踏まえた事例判断としての意義を有する。なお、本件は、保険法施行前の事例であり、告知義務違反解除に関する保険法第37条、第55条は、旧法主義の条文であるため、本件に適用はない。
告知義務及びその内容ア 改正前商法の規定
改正前第678条第1項は、「保険契約ノ当時保険契約者又ハ被保険者カ悪意又ハ重大ナル過失ニ因リ重要ナル事実ヲ告ケス又ハ重要ナル事項ニ付キ不実ノ事ヲ告ケタルトキハ保険者ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得但保険者カ其事実ヲ知リ又ハ過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス」と規定し、告知義務違反解除の客観的要件(重要なる事実の不告知)と主観的要件(不告知についての悪意・重過失)を定めていた。告知義務の根拠は、危険の測定のため資料となるべき事実は、保険契約者側に偏在するため保険者が自らすべてを調査することは困難なので、
法が保険契約者をしてこれを告知せしめることにしたという点に求めるのが通説的見解と考えられている(危険測定説、技術説)4)。
イ 告知すべき事実・事項
告知義務の対象となる「重要なる事実」とは、保険者がその契約における事故発生の危険率を測定しこれを引き受けるべきか否か及びその保険料額を判断するに際して、その合理的判断に影響を及ぼすべき事実をいう5)。改正前商法の規定では、告知義務者は保険者の質問をまたずに積極的に告知することを要することとなっているが、実務上は、告知書(質問表)に保険者が告知義務の対象となるべき重要な事項を質問的に列記し、申込者に回答を記入させる方法によって告知をさせていた。そして、学説上は、保険者が告知書(質問表)で質問した事項について重要性が推定されるという立場が支配的であった6)。
ウ 本判決の内容
(ア) 本判決は、告知書に規定する「2週間以上にわたり」や「指示・指導」の意義につき確定的なことは述べていない。しかし、生命保険協会のガイドラインを引用し7)、Zが作成した告知書に例示や具体的な説明が記載されていないことに着目して、「告知書の記載が不明確であるときに、趣旨にさかのぼる解釈を無限定に許してしまうと、告知義務違反の効果が重大であるだけに、バランスを失することになりかねない」等として、制限的な解釈方針に立っているように思われる。
(イ) その上で、本判決は、被保険者Aの通院目的、カルテの記載内容、平成14年以降の通院や投薬、検査、飲酒の状況等について、Aが「継続的に肝疾患の治療・経過観察を受けていたとまで認めることはできない」、「診療録には、医師からの指示・指導に関する記載が見当たらず、医師が具体的にいかなる指示・指導をしたのか判然としない。」等として、告知書所定の「指示・指導があったとの事実を認定することはできない」と判断した。保険者としては、「指示・指導」に該当する事実を具体的に主張立証する必要があるとの立場に立っていると思われる。
被保険者の故意・重過失ア 故意8)・重過失の意義
故意とは、害意や詐欺の意思を意味せず、重要な事実の存在を知りながら告知せず、又は不
実であることを知りながら告知をすることをいう9)。
一方、重過失の意義については、裁判例においても見解が分かれている。すなわち、①「ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如」と解するもの10)、②「故意と同視すべき」等の表現を用いず、単にわずかな注意さえ払えば、違法、有害な結果を予見することができたのに、注意を怠ったためにその結果を予見できなかったこと、またはわずかな注意さえ払えば危険を回避することができたのにそうしなかったことと解するもの11)、③注意義務の程度のみならず、xxx・公序良俗の趣旨、行為の社会的非難可能性等についても斟酌すべきとするもの12)がある。この点、①における「ほとんど故意と同視すべき」という表現は甚だしい不注意を指す比
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ゆ的な言い回しに過ぎず、①と②に実質的な相違はないとの指摘がある13)。
イ 重過失該当性の判断
重過失については、①告知すべき事実の存在を知らないことに重過失がある場合、②事実の存在は知っていたが、その事実が重要な事実に属することを知らないことにつき重過失がある場合、③事実の存在及びその重要性を知っていたが、これを告知しなかった点に重過失がある場合が問題となる14)。
このうち、②及び③が告知義務違反解除の要件としての「重過失」に当たることは問題がないが、①が「重過失」に当たるかどうかについては争いがあり、否定説が有力であるとされる15)。
裁判上、主に問題となるのは、重過失に当たるか否かであり、重過失の評価根拠事実として、
①疾病の重大性、②通院等の日数が長期間にわたっていること、③告知時からの時間的近接性、
④(自覚症状はあるも病名を認識していない場合における)検査、医師からの説明、⑤告知書の記載、⑥告知者の人的要素などが挙げられ、重過失の評価障害事実としては、⑦病名や症状名が軽症と考えてもやむを得ないようなものであることが挙げられるとの指摘がある16)。
ウ 本判決の内容
本判決は、Aの故意を認めることができないとした上、「重過失」は「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」のことであるとして17) 18)、客観的な事実関係や上記イ③、④及び⑦の要素等に着目し、Aの重過失も認めることができないとした。
告知事項自体の曖昧さに加え、問題となった通院期間から2年後に告知書に記入したAの認識を認定したもので、結論は妥当なものであると考える19)。但し、「重過失」の意義について、上記ア①~③のいずれの立場でも同様の結論となるものと考えられ、告知義務違反解除の「重過失」を「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」と限定的に解する必要はないものと思われる。なぜならば、重過失免責が認められる趣旨は、損害抑止義務に反し自ら招いたとも言い得る事故につき保険給付を請求することが保険団体に対するxxに反すること及びそのような悪質な事故に対し保険給付をなすことは、事故発生抑止の念を疎かにさせ、事故の増加につながる等公序良俗に反すること等にあるものと思われるところ、「重過失」に該当するか否かを考えるにあたっては、被保険者と同種の職業地位にある者に課せられる注意義務の程度、当該人が前記注意義務を怠った程度及びこれに対し向けられるべき社会的非難の程度等を考え合せて、同事故に対し保険給付をなすことが保険団体に対するxxに反し、公序良俗に反するか否かに照らし決すれば十分だからである20)。
定立すべき請求の内容についてア 保険金支払拒絶の争い方21)
保険事故発生後、保険者が団体信用生命保険につき告知義務違反による解除を主張し、保険金受取人である金融機関に対して保険金を支払わない場合、与信契約の支払債務は残存する22)。しかし、債務者又は相続人が告知義務違反による解除及び保険金の支払拒絶を争う場合、債務者又は相続人は、与信契約の債権者(金融機関)に対して、保険金が債務の弁済に充当される
までは支払拒絶の抗弁権を有している。
すなわち、保険金が支払われる場合かどうかについて争いがある場合には、金融機関からの貸金返還請求訴訟において債務者又は相続人が右抗弁を主張し、金融機関において、団体信用生命保険契約が解除されて保険金請求権が消滅したことを立証しない限り、債務者又は相続人は、債務の弁済を拒むことができる。
もっとも、金融機関が貸金返還請求訴訟を提起しない場合には、債務者又は相続人は不安定な地位に置かれることとなる23)。そこで、債務者又は相続人が保険金の支払拒絶を積極的に争う方法が問題となり、以下の5つの方法が考えられる。
①債務者又は相続人が金融機関を被告として、債務不存在の確認を求める方法、②債務者又は相続人が金融機関を被告として、「保険金債権が存在することを理由に支払いを拒絶する抗弁の付着しない債務」の不存在の確認を求める方法、③保険者を被告として、金融機関に代位して保険金の支払いを請求する方法、④債務者又は相続人が保険者を被告として、金融機関に対する保険金支払義務があることの確認を求める方法、⑤債務者又は相続人が金融機関を被告として、保険者に対して保険金請求権があることの確認を求める方法。
イ 検討
まず、①については、保険者から金融機関(保険金受取人)に対して保険金の支払いがなされていない以上、貸金返還債務が消滅したとはいえない。
次に、②については、これを認容した裁判例もある24)。しかし、本判決も指摘するとおり、判決の主文として非常に分かりにくいという問題や、与信債権の消滅時について保険事故発生時説に立った場合には、このような抗弁権を存在しえないという問題が存する。
また、③については、前述の通り、債務者又は相続人が金融機関から残債務の請求を受けても、金融機関において、団体信用生命保険が解除されて保険金請求権が消滅したことを立証しない限り、債務の弁済を拒むことができるのであるから、そのような権利を認める必要性はない25)。
更に、④については、債務者又は相続人と保険者の間で保険金支払義務が判決で確認されたとしても、債務者又は相続人と金融機関との間で既判力をもって確定されるわけではなく、債務者又は相続人と金融機関との間の法律関係が終局的に確定することにはならない。
最後に、⑤について検討する。確認の訴えの対象は、原告の権利あるいは原告・被告間の法律関係に限られず、当事者の一方と訴外人との間に存する法律関係の存否でも、それを確認することによって被告に対する関係で、原告の法律上の地位の安定が得られるならば、それを確認の対象とすることができるとされている26)。そして、金融機関の保険者に対する保険金支払請求権の有無が決せられれば、債務者又は相続人の法的地位は安定する。また、保険者は当事者とはならないが、保険会社が補助参加し、参加的効力を及ぼせば良い27)。
ウ 本判決の内容
本件で、Xらは上記②の方法による請求(請求の趣旨第1項)及び⑤の方法による請求(請
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求の趣旨第2項)をしていた(選択的併合)。本判決は、判旨Жで引用したとおり判示し、請求の趣旨第2項の請求を認容した。
保険者たるXが補助参加し、告知義務違反解除の有効性について攻撃防御方法を尽くしている本件においては、Zに対して参加的効力を及ぼすことにつき不都合はなく、紛争の一回的解決の観点からも妥当な判断だと考える。
保険法施行後の保険者の対応
保険法第37条は、「保険契約者又は被保険者になる者は、生命保険契約の締結に際し、保険事故の発生の可能性に関する重要な事項のうち保険者になる者が告知を求めたものについて、事実の告知をしなければならない。」と定めて、改正前商法下では自発的申告義務とされていた告知義務を質問応答義務とした28)。
もっとも、保険者が質問すれば何でも告知事項となるというわけのものではなく、危険に関する重要な事実に関するものでなければ告知義務の対象となりえない。そして、保険法では、第37条が片面的強行規定とされたことから、本条にいう重要性の要件を満たさない事項を告知の段階で質問しても、それは保険法にいう「告知事項」に該当しえない事項なので、保険者が当該事項についての告知義務違反を理由に保険契約を解除することは、許されない29)。
本件判決の結論からすれば、質問表の質問については、保険契約者が誤解をしないよう、具体的に記載される必要があり、質問の対象期間が過度に長期および広汎にわたることや質問の仕方があいまいであることがないようにするなど、告知事項が保険契約者にとって具体的に理解しやすく明確であることが実務上求められる30)。すなわち、告知事項についての例示等が以前よりも増して重要になると思われる。
1) xxxx・保険法616頁(2005年・有斐閣)。
2) 住宅ローン契約と信用生命保険契約は、契約としては、別個独立の契約であり、その関係について当事者間での定めが置かれていない場合が多い。しかし、信用生命保険加入の目的は、債務者の死亡等の保険事故による保険金をもって残存債務の充当をすることであり、経済的にみれば密接な関係にあり、法的にも密接な関係にあるとの見解(xxxx「信用生命保険」ジュリ962号71頁)と住宅ローン契約と信用生命保険契約とは主従の関係にあるとの見解(xxx「生命保険つき住宅ローンについて」金法 503号4頁、xxxx「生命保険の財産法的側面―信用生命保険」NBL253号30頁など)がある。
3) 大阪高判昭和59年4月18日判タ530号161頁、大阪高判平成11年11月11日判時1721号147頁(原審・大阪地判平成10年2月19日判時1645号149頁)、仙台高判平成19年5月30日金法1877号48頁(原審・仙台地判平成18年9月7日金法1877号56頁)など。
4) xxxx・保険法[補訂版]118頁(1985年・有斐閣)。xxxx=xxxx・ポイントレクチャー保険法57頁(2011年・有斐閣)も同旨。
5) xx・前掲124頁、xx=xxxx64頁
6) 重要性が一応推定されるとするものとして、東京地判平成3年4月17日判タ770号254頁、大阪地判平成10年2月19日判時1645号149頁、xx・前掲125頁。但し、xxxx・前掲297頁は、事実上の推定が
あることを認めつつ、回答すべき事実の重要性は個別に判断すべきであり、とりわけ抽象的な質問についてまで重要性の推定を容易に認めるべきではない、とする。
7) 生命保険協会「正しい告知を受けるための対応に関するガイドライン」(平成21年7月13日)18頁は、対応例として「『7日以上の期間にわたり』とは、『初診から治療終了まで通算7日以上(合計7日分以上の投薬を受けた場合も含む)であること』等、質問の意味が明確となるよう記載する。」とする。
8) 改正前商法第678条第1項は「悪意」と定めるが、当時の保険約款でも「故意」の語が用いられていた。
9) 改正前商法の「悪意」の意義につき、大判大正5年11月24日民録22輯2309頁、神戸地xxx判平成17年11月28日判時1932号142頁参照。xx・前掲127頁。
10) 最判昭和57年7月15日民集36巻6号1188頁、大阪地判平成18年11月29日判タ1237号304頁、東京高判平成19年12月26日判タ1269号273頁等
11) 東京地判平成17年10月17日判タ1241号214頁等
12) 仙台地判平成5年5月11日判時1498号125頁、名古屋高判昭和56年8月20日民集36巻6号1213頁(前掲
最判昭和57年7月15日の原審)等
13) xxxx・保険法判例百選別冊ジュリ202号211頁(2010年)、xx・前掲464頁。
14) xxxx・xx保険判例百選[増補版]別冊ジュリ97号84頁(1988年)。
15) xx・前掲127頁は、保険契約者側に知った事実についての告知義務以上に、更に事実の探知義務まで負担せしめることは、制度の趣旨から考えて行過ぎであると指摘する。
16) xxxx「告知義務違反をめぐる裁判例と問題点」判タ1264号64頁。同論文73頁以下は、重過失を肯
定した裁判例、否定した裁判例を概観し、重過失の評価にあたって考慮された事実を分析している。
17) 本判決は、大判大正2年12月20日民録19輯1036頁、最判昭和57年7月15日民集36巻6号1188頁を参照する。前者は海上保険の免責事由に関する判断であり、後者は養老生命共済契約における免責事由に関する判断である。被共済者の「重大な過失」が問題となった後者についての判例解説(最高裁判所判例解説民事篇昭和57年度636頁[xxxx])は、「民事上『重大な過失』を要件とする諸規定の中、特に商法641条後段に依拠する保険契約における免責条項についてのみ、特別の『重大なる過失』概念ないし判定基準を定立しなければならない必要があるのか疑問である。…最高裁が保険制度、保険法の分野における免責事由としての『重大な過失』の判定基準を二元的に考えることにより、ひいては『重大な過失』の概念、定義づけを変えてしまうことは必要ではないと考えているものと理解できよう。」と指摘する。本判決は、これを前提としていると考えられる。
18) xx=xx・前掲130頁は、「具体的にいかなる行為が免責とされるのがより妥当であるかという観点から、重過失の意義は各保険種目およびその免責条項の趣旨や目的ごとに異なるのであり、それぞれの保険契約においていかなる行為が重過失免責となるかを決定すればよい。したがって、火災保険における重過失の解釈が、火災関係特約のそれと異なることは当然であり、各保険約款が定める重過失を統一的に解釈するのは困難であり、またその必要もないのである」とする。
19) xxx「告知義務違反による解除」xxxx=xxxx編・保険法の論点と展望36頁(2009年・商事法務)は、質問内容が具体的ではなく、保険契約者等が適切に回答しなかった場合には、故意および重大な過失がないと判断される可能性も高まる旨指摘する。
20) 前掲名古屋高判昭和56年8月20日(注12)参照。
21) xxxx「団体信用生命保険の保険金支払拒絶の紛争と金融機関」金法1756号4頁参照。
22) 与信債権の消滅時について、与信者が実際に保険金を受領した時に債務が消滅するとの考え方(保険
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金受領時説。xxx「生命保険付融資における貸付債権消滅の時期」金法512号26頁)と保険事故発生により保険金請求権が具体化した時に消滅するとの考え方(保険事故発生時説。xxxx・前掲35頁)がある。本文は、保険金受領時説に立った記述である。なお、本件では「Yが保険金を受領した時は、受領金相当額のAのYに対する債務につき返済があったものと取り扱う旨の合意」があった。
23) Xらは、Aの死後もY銀行に住宅ローンを支払っていた。前掲大阪高判昭和59年4月18日(注3)参照。
24) 前掲大阪地判平成10年2月19日(注3)、前掲仙台地判平成18年9月7日(注3)参照。
25) 前掲大阪高判昭和59年4月18日(注3)参照。
26) xxxxx=xxx=xxxx編・新民事訴訟法講義[第2版補訂版]141頁[xxxx](2006年・有斐閣)。
27) xxxx・保険法判例百選別冊ジュリ202号193頁(2010年)。
28) その他には、告知義務を課すこれらの規定が片面的強行規定とされたことにある。xxx編著・一問一答保険法42頁(2009年・商事法務)。
29) xxxx・前掲45頁(注2)参照。但し、xxxx=xxxx編・保険法解説―生命保険・傷害疾病定額保険172頁[xxxx](2010年・有斐閣)は、「質問する事項が絶対的に重要性のある事項に関するものに限定されるというように理解すべきものではない。」とする。
30) xx・前掲36頁参照。前掲生命保険協会ガイドライン(注7)17頁、18頁は、「わかりやすい告知書の作成」のために、各項目の告知対象の明確化、Ж文言・表現の明瞭化、Ж告知記入例の記載、お客さまの認識サポート、告知内容・項目に関する見直しを掲げる。なお、保険法研究会発表後、某保険会社が現在使用している告知書を拝見する機会を得たが、当該告知書には、「医師の指示・指導」との記載はなかった。