Contract
1 建物賃貸借契約終了一般
弁護士
xx xx
特集1
Q1-1 建物賃貸借契約(普通借家契約)の終了原因 建物を賃貸していますが、娘が結婚したことを機
に、娘夫婦に使わせてあげたいと考えています。建物の賃貸借契約が終了する場合としてはどのようなものがありますか。
A1-1
普通借家契約であれば、①更新拒絶、②解約申入れ、③賃借人との合意による解除及び④法定解除等が考えられますが、①及び②については、正当事由が必要とされます。
解説
定期建物賃貸借契約(いわゆる定期借家契約)や取壊し予定の建物の賃貸借以外の建物賃貸借契約(いわゆる普通借家契約)については、原則として、借地借家法(以下「法」という。)26条ないし28条、30条が適用され、契約の更新が保障されている。期間の定めがある普通借家契約を更新させずに終了させるためには、期間満了の1年前から6ヶ月前までの間に、賃貸人又は賃借人に対し、更新しない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知(更新拒絶)をしなければならず(法26条1項本文)、かかる通知には正当事由を要する(法28条)。当該通知を行った後でも期間満了後に賃借人が建物の使用を継続する場合には、さらに遅滞なく異議を述べなければならない(法26条2項)。
期間の定めがない普通借家契約の場合には、契約当事者は、いつでも解約申入れをすることができ(民法 617条1項)、賃貸人が解約申入れをした場合には、解約申入れの意思表示が賃借人に到達した日から6ヶ月を経過することによって終了するが(法27条1項)、解約申入れには正当事由が必要となる(法28条)。他方、賃借人からの解約申入れがあった場合には、民法の規定(民法617条1項2号)が適用され、特約がない限り、解約申入れの日から3ヶ月が経過すると普通借家契約は終了する。
このように、賃貸人からの更新拒絶及び解約申入れについては、いずれも正当事由の具備が必要とされ、その判断は、法28条に列挙された事情を考慮すること
によりなされる。具体的には、契約当事者双方の建物使用の必要性の有無、程度を比較衡量し、賃貸人に相当程度の建物の使用の必要性が認められる場合には、従前の経過、建物の利用の状況、建物の現状を勘案し、賃貸人の賃借人に対する財産上の給付が考慮され判断される。かかる財産上の給付は、通常はいわゆる立退料であることが多く、その内容としては、移転経費、借家権価格、営業補償などが含まれる。なお、更新拒絶についてはQ3-1-②を参照されたい。
そのほか、建物賃貸借契約の終了原因としては、賃貸人と賃借人の合意による契約の解除と、契約解除事由が生じた場合の契約解除が考えられる。後者については、Q1-2を参照されたい。また、建物が朽廃した場合には、当然に賃貸借契約が終了するものと解されているが、朽廃とは、時の経過により建物としての効用を失った状態であると考えられており、崩れる危険があり、使用することができない状態である。朽廃したか否かの判断は、個別具体的な事情によらざるを得ないが、朽廃を理由として賃貸借契約の終了が認められた事例(例えば、東京地判平成3年11月26日判時1443号128頁)は少ない。
Q1-2 建物賃貸借契約の解除一般
建物を賃貸しています。賃貸借契約はどのような場合に解除できるのでしょうか。
A1-2
解除事由としては、賃料不払、無断増改築、用法遵守義務違反等の債務不履行による場合と、賃借権の無断譲渡や建物の無断転貸の場合などが考えられます。但し、これらの解除事由の存在が認められる場合であっても、賃借人による行為が賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊しない程度のものである場合には、賃貸人による解除は制限されます。
解説
1 賃貸借契約の終了原因としては契約解除が挙げられるが、解除原因は、債務不履行による解除と賃借権の無断譲渡や建物の無断転貸の場合の2つに大きく分けられる。
2 典型的な債務不履行としては、賃料不払、建物の無断増改築を含めた用法遵守義務違反が考えられる。債務不履行解除の一般原則によれば、賃借人が債務を履行しない場合、賃貸人は、賃借人に対し、相当期間を定めて履行を催告した上、当該期間内に履行がないときには契約を解除できる(民法541条)。
しかしながら、賃貸借契約は、賃借人が継続的に目的物を使用収益することを前提としており、契約当事者間の信頼関係が基礎となっていることから、かかる信頼関係が破壊されていない場合には解除は認められないとされている。
賃料不払の場合、未払賃料について賃借人に対し相当期間を定めて支払を催告したにもかかわらず、当該期間内の支払がなかった場合でも、賃借人に
「賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意」が認められなければ解除が制限される(最判昭和39年7月28日判タ165号76頁)。したがって、通常は、1ヶ月分の賃料不払があった程度では、その他の特別の事情がない限り、賃貸借契約は解除できないと考えられる。賃料不払を原因とする信頼関係の破壊が認められるためには、(その他の事情にも左右されるが)一般的には3~ 4ヶ月分程度の賃料不払が発生していることが必要であろう。
また、建物賃貸借契約においては、賃借人による建物の増改築は当然には予定されておらず、用法遵守義務違反となり(他方、土地賃貸借契約の場合には、通常特約により無断増改築が禁止されている。)、賃貸人が相当期間内での原状回復(違反行為の中止)を催告したにもかかわらず、原状回復を怠った場合には原則として解除が可能になる。しかし、かかる違反が認められる場合であっても、無断で行われた増改築が契約当事者間の信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときには、賃料不払の場合同様、解除が制限されると解される
(最判昭和41年4月21日判タ191号82頁)。一方で、当該無断増改築の態様等からして、信頼関係の破壊が認められるような場合には、賃借人に対する催告を要せずして解除が可能になる(最判昭和47年11月16日判タ286号223頁)。無断増改築以外の用法遵守義務違反(その他の用法遵守義務違反の例については、 Q1-3を参照されたい。)についても同様であり、当該用法違反が契約当事者間の信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときには、解除が制限される。
なお、信頼関係が破壊されていないことは賃借人の側から主張立証しなければならない。
3 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができず
(民法612条1項)、これに違反して、第三者に賃借物を使用収益させた場合には、賃貸人は、賃貸借契約を解除することができる(同法同条2項)。このよう
に、賃借人による賃借権の無断譲渡及び賃借物の無断転貸は、賃貸借契約の解除事由となるが、債務不履行による解除の場合と同様、無断譲渡及び転貸があった場合でも、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある場合には、賃貸人の解除は制限される(最判昭和28年9月25日判タ34号45頁)。例えば、個人事業主が会社組織に変更した場合には、賃借権の譲渡があったとしても、社会的・実質的には実体の変化がないことから、背信行為とは認められず、解除が制限される(最判昭和43年9月 17日判タ227号142頁)。なお、かかる特段の事情は、債務不履行の場合と同様、賃借人が主張立証しなければならない(最判昭和41年1月27日判タ188号114頁参照)。
Q1-3 迷惑行為を理由とする建物賃貸借契約の解除賃貸マンションを所有し、xxをしていますが、最 近、借主の方から隣室の深夜の騒音がひどいという苦情が出て困っています。騒音を発生させている借主と
の賃貸借契約を解除することはできないのでしょうか。
A1-3
騒音の種類、音量や頻度、隣人が受けている迷惑の程度にもよりますが、用法遵守義務違反による解除が認められる可能性があります。
解説
賃貸マンションにおいては、隣り合った部屋に複数の賃借人が居住することから、ある居住者の迷惑行為により、隣人間でのトラブルが発生しやすい。迷惑行為の類型としては、騒音、悪臭、通行妨害、いやがらせ・暴行・暴言、奇行、ゴミの不始末、ペットの飼育などが多いとされている。賃貸人としては、迷惑行為が悪質な場合に当該迷惑行為を行っている賃借人との契約を解除できないかと頭を悩ませることも多いと思われる。
この点、建物賃貸借契約の賃借人は、契約又は賃借物の性質から定まる用法に従って使用収益をしなければならないという用法遵守義務を負っている(民法616条1項、同法594条1項)。かかる義務違反は、賃借人による債務不履行であり、Q1-2で解説したとおり、賃貸人が相当期間を定めて違反行為を中止するよう催告したにもかかわらず(信頼関係破壊を理由に催告が不要となる場合があることはQ1-2で言及したとおりである。)、違反行為が継続し、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊された場合には、賃貸人は賃貸借契約
を解除することができる。すなわち、当該違反行為が当事者間の信頼関係を破壊する程度にまで至らない場合には、解除が認められないことになる。近隣への迷惑行為も、用法遵守義務違反の問題として整理され、迷惑行為を原因とする解除の可否を判断するに当たっては、賃貸借契約締結に至る経緯、近隣への迷惑の有無及びその程度、賃借人側の用法違反の理由、賃貸人側の用法違反による損害の程度等が考慮されるが、信頼関係が破壊されていると認められるためには、迷惑行為により建物が損傷しているとか、他の入居者が退去してしまい賃貸人に経済的損害が発生しているなどの事情が必要であると考えられる。
本件は騒音が問題となっていることから、当該騒音の種類、程度、時間帯、頻度、地域性、隣人が被っている迷惑の程度等がポイントになる。裁判例では、夜中に大音量で音楽を聴いたり、床を踏みならす行為が問題となった事案(東京地判平成23年1月31日ウエストロー・ジャパン)や、店舗及び住宅に使用されているマンション内の店舗のカラオケ騒音が問題となった事案(横浜地判xxx年10月27日判タ721号189頁)等で解除が認められている。本件は深夜における騒音とのことであり、当該騒音の種類、音量や頻度、隣人が受けている迷惑の程度によっては、他の入居者が退去してしまうおそれもあり、契約解除が認められる可能性はあると考えられる。
Q1-4 中途解約条項に基づく普通借家契約解除の可否
建物を契約期間3年として賃貸していますが、建替えのため、借主の方には退去していただきたいと考えています。改めて契約書を確認すると、4ヶ月前の予告があれば中途解約できると規定していました。この規定に基づき、賃貸借契約を中途解約することはできますか。なお、その借主と締結したのは定期借家契約ではありません。
A1-4
解除の理由とされている中途解約条項は、借地借家法30条に違反し、無効と解されますので、賃貸人は、当該条項に基づき、賃貸借契約を解除することはできません。
解説
本件で問題となっている普通借家契約には期間の定めがあるところ、期間の定めのある普通借家契約を終了させるためには、Q1-1で解説したとおり、期間満
了の1年前から6ヶ月前までの間に、賃借人に対し、更新拒絶の通知をしなければならず、当該通知は正当事由を具備している必要がある(法26条1項本文、28条)。また、期間の定めのない普通借家契約について解約申入れをする場合も同様に正当事由が必要とされている。このように、借地借家法は建物賃貸借契約の存続を保障し、賃借人の権利を強く保護している。
この点、本件で問題となっている中途解約条項は、期間の定めのある普通借家契約について、期間満了前であっても、4ヶ月前の予告があれば、賃貸人は中途解約できる旨規定するものであることから、上記借地借家法の規定に違反し、無効ではないかが問題となる。
過去に、このような中途解約条項を無効と判示した裁判例がある(東京地判昭和27年2月13xxx集3巻2号 191頁)。すなわち、賃貸人が6ヶ月前の予告があれば、中途解約できるという特約に基づいて、期間の定めのある建物賃貸借契約を解除したという事案について、裁判所は、特約の存在には争いがないことに言及した上、かかる特約は、賃貸人に対し、期間の定めのある建物賃貸借契約をいつでも期間の定めのないものとすることができる権利を与えたものと同様の効果を持つものであるが、旧借家法が解約申入れによる期間の定めのある建物賃貸借契約の終了を認めていないこと、賃借人は存続期間中賃貸人の意思のみによって使用収益の権利を奪われない法律上の利益を有しているなどとして、当該特約は無効であると判断した。かかる裁判例の結論からすれば、本件で問題となっている特約についても、借地借家法の規定に反する賃借人に不利なものとして、同法30条により無効であると解される。したがって、本件では、賃貸人は中途解約条項に基づき普通借家契約を中途解約することはできない。なお、建物賃貸借契約において、賃貸人の要求があ るときは、いつでも即時明け渡す旨の特約が規定されていても、当該特約は、賃借人の権利の安定を保障する借地借家法の規定に反し、賃借人に不利なものであるから、本件同様、無効な特約であると考えられる
(神戸地判昭和31年10月3xxx集7巻10号2806頁参照)。
Q1-5 定期借家契約の終了
建物を定期借家契約で貸しています。契約を終了させる場合、通常の建物賃貸借契約の終了と異なる点はありますか。
A1-5
定期借家契約は、契約当初の存続期間どおりに借家
関係が終了する借家権を認めるものであり、更新が認められず、期間満了により終了します。また、中途解約も原則として認められません。
解説
定期借家契約が認められたのは、旧借家法において、借家権に法定更新が認められ、更新拒絶には正当事由が必要とされるなど、強い存続保障が認められたことから、建物を貸すと戻ってこないおそれが強くなり、借家が供給されにくくなるという弊害が生じることになったためである。
そのため、定期借家契約においては、通常の建物賃貸借と異なり、更新が認められず、期間満了により、契約は終了する。ただし、契約期間が1年未満か否かによる区別がなされている。すなわち、期間が長期である場合、賃借人が期間満了を失念し、突然賃貸人から明渡しを求められたときに、代替の借家を見つけることが困難で、賃借人にとって酷な事態が生じうる。そこで、契約期間が1年未満の場合には、期間満了により契約は当然に終了するものの、契約期間が1年以上の場合には、期間満了の1年前から6ヶ月前までの間
(通知期間)に賃借人に対し期間満了による契約終了の通知をしなければ、賃借人に契約終了を対抗できず、通知期間後に当該通知を行った場合には、当該通知の日から6ヶ月の経過をもって契約終了を対抗できるとされ(法38条4項)、賃借人が保護されている。
また、定期借家契約は、期間が定まっている以上、中途解約は原則として認められない。ただし、契約後の事情変更により、賃借人が建物に居住し続けることができなくなったときでも、賃借人に期間満了まで賃料の支払義務を負担させることは酷であることから、一定の場合に限り、定期借家契約の中途解約が認められている(法38条5項)。