Contract
有料老人ホームの入居契約に係る紛争案件
(報 告 書)
平成 16年11月15日横浜市消費生活審議会
目 次
第1 審議の経過及び結果 1
第2 紛争の概要 2
1 当事者 2
申出人(消費者)・相手方(事業者)
2 紛争案件の概要 2
3 当事者双方の主張 2
(1)申出人(消費者)
(2)相手方(事業者)
第3 案件の処理 4
1 処理経過及び結果 4
2 調停案 5
4 調停案についての当事者双方の見解 5
(1)申出人(消費者)
(2)相手方(事業者)理由書
第4 本件の論点及び解決についての考え方 8
(担当委員の見解)
[参考資料]
資料1 横浜市消費生活審議会委員名簿 15
資料2 横浜市における消費者被害救済制度の仕組み… 16
資料3 横浜市消費生活条例/同条例施行規則(抜粋)… 17
資料4 報告書関連法令(抜粋)… 18
第1 審議の経過及び結果
横浜市消費生活審議会(以下「審議会」という。)は、横浜市消費生活条例(以下「条例」という。)第 41 条に基づき、平成 16年1月26日付経消第 209 号をもって、横浜市長(以下「市長」という。)から「有料老人ホームの入居契約に係る紛争案件」についての処理を付託された。
審議会では、紛争の迅速な解決を図るために、速やかに横浜市消費生活審議会消費者被害救済部会(以下「部会」という。)を開催し、その中で直ちにあっせん・調停担当委員
5名(学識経験者3名・消費者委員 1 名・事業者委員 1 名、以下「担当委員」という。)を部会委員から選任して、今後の審理計画や審理事項等について調整のうえ、審理を開始し、これにつき事業者に対し通知した。
担当委員は、本案件における契約の経緯や事情などについて、申出人及び事業者に対する聴き取りが各 1 回、担当委員による本案件の解決に向けた検討や調整が6回、計8回にわたり審理を行った。
しかし、双方の主張は平行線のままであっせん成立には至らなかった。
そこで、あっせん・調停担当委員は、国・県の指導指針及び全国有料老人ホーム協会の見解、市内の同規模の民間施設の入居金返還状況等を勘案して調停案を作成し、双方に提示した。
調停案の内容は、事業者が申出人に入居金の返還金として半額を支払うこととするものである。この案に対して申出人は受諾したが、事業者は受諾をしないとの回答であったため、担当委員は横浜市消費生活条例施行規則第17条第2項の規定によりあっせん・調停を打ち切ることにし、審理を終結するものとした。
その後、申出人及び事業者双方に「あっせん・調停打ち切り書」を送付するとともに、市長へ報告する内容(報告書)に関する調整などを行い、審議会委員全員に確認のうえ、平成16年11月15日に市長へ本報告書を提出した。
第2 紛争の概要
1 当事者
(1)申出人(消費者) 1 名
(2)相手方(事業者) A社
2 紛争案件の概要(付託までの経緯)
平成14年3月、申出人(契約者、市内在住70歳代の女性)が市内の有料老人ホームへ夫が入居するという契約をし、夫が同年4月に入居したが、その後20日間で病院に入院し、再入居することなく入院から2か月後に死亡した。
その後、妻であるx出人及びその娘が契約時及び入居後の事業者(本社は都内)の対応や入居金の返還などについて納得できないとして、同年8月に横浜市消費生活総合センターに相談した。
これに対し、事業者は、「契約には入居契約や料金の説明書面を発行しているほかに、<入居金については返金は一切請求しない>という書面を契約者と取り交わしている。さらに、これまでも入居金の返金には応じていない。」と入居契約について問題がないことを主張している。
3 当事者双方の主張
(1)申出人(消費者)
入院の際、当初説明されていた協力病院でない病院に夫が搬送入院させられたことと、その後、契約時に説明のあった事業者の協力病院へ転院を強く要望し事業者に申し出るが、なお3週間待たされ、その間、入院していた病院側の対応にも大きな不満があり、一連の経過を入居契約違反と考えている。
また、入居したとはいえ、実際には、夫は寝たきりでベットにいただけであり、家具等に触れることすらできず、わずか20日間の在住でしかなかったにもかかわらず、入居金を一切返金しないということについては、どうしても納得することができない。
なお、入居金の返金については一切請求しないという書面に、申出人はサ
インしたが、その際には事業者から十分な説明がなされておらず、あわただしい中で、次々と多くの書類にサインさせられてしまった。一部でもいいから、入居金を返還して欲しい。
(2)相手方(事業者)
重要事項説明書の協力医療機関に記載されていない病院に搬送されたのは、入居者の命を優先した対応と理解している。
緊急時の対応については、思い違いの不幸と言える。決して悪いことはしていない。また、重要事項説明書の内容どおりの対応をとるべきと言われても、命を救う行動に優先するものとは思えない。
搬送された病院については、緊急時に命を救うことが最優先と考えての対応で、救急隊員の判断であり、契約違反とは言えない。
搬送された病院での対応も悪意があってのことではないと思う。
また、一旦入院してしまうと、転院は病院の担当医の判断によることになる。営業担当者は協力病院への転院をかけあっていたと聞いている。
入居金300万円については、入居時に一括償却されることを説明し、それを踏まえて返金は請求しないという「お願い書」を申出人からいただいている。この書面は、消費者の権利義務に大きな意味をもつことなので、慎重を期し、重ねて意思の確認をするためであった。
入居金は、終身利用権を取得するそのためのものである。入居前の契約解除は、全額返金であるが、入居後のケースは返金していない。
入居期間は、3か月で亡くなる場合や、100歳を超えて長生きしている人もおり、「短期間の場合入居金を返還する」という考え方は一方的である。
こちらとしてもある程度のリスクがあることを理解して欲しい。こちらには、加害行為や過失はないと考えている。
第3 案件の処理
1 処理経過及び結果
第1回審理(平成16年2月9日開催)においては、申出人から契約時の状況、契約内容の認識、緊急入院時の状況、入院中の状況、事業者の対応、希望解決内容等について聴き取りを行った。
第2回審理(平成16年2月24日開催)では、事業者から会社概要、勧誘方法、入居金に関する考え方、緊急入院時の状況、入院中の状況、会社の基本的な方針、解決可能な方法等について聴き取りを行った。
第3回審理(平成16年3月11日開催)では、本件問題点を整理するとともに、今後の基本方針について検討した。なお、第2回審理(事業者ヒアリング)の後、再度事業者に詳細についてヒアリング要請を行ったが、事業者は主張は言い尽くしたとのことで再ヒアリングには応じることはなかった。
第4回審理(平成16年4月8日開催)では、前回整理した本件の論点を事業者に提示するため「担当委員の見解」を作成した。
第5回審理(平成16年6月16日開催)では、事業者へ提示した「担当委員の見解」に対する事業者からの反論について、事務局が報告し、審理を行った。
第6回審理(平成16年8月9日開催)では、事業者の対応が消費者契約法に抵触するどうかについての審理を行った。
第7回審理(平成16年9月7日開催)では、調停案についての審理を行い、調停金額およびその根拠を審理し、双方に提示することとした。
第8回審理(平成16年9月27日開催)では、申出人及び事業者から提出された「調停案受諾勧告書の回答」について審理を行う。申出人は受諾を受け入れるものの、事業者は受諾をしないとの回答があったため、あっせん・調停を打ち切ることで審理を終結することとした。
また、付託した市長への報告内容(報告書)の方針に関して担当委員による調整が行われた。
2 調停案
提示した調停案は次のとおり。
①事業者は、申出人に、入居金(3,000,000 円)の返還金として 1,500,000 円を支払うこと。
②支払い期限は、調停成立後30日以内とする。
③この調停成立により、事業者と、申出人との当事者間の紛争は、すべて終了するものとする。
なお、期限までに回答がないときは、本調停案を受諾されないものとして処理する。
4 調停案についての当事者双方の見解
(1)申出人(消費者)
調停案を受諾する。
申出人は、調停案の内容そのものについては、特に不満はなく、事業者が受け入れてくれることを切に希望していた。
(2)相手方(事業者)
調停案の受諾をしない回答となった。
調停案を受諾しない理由は、次の理由書のとおり。
[理由書]
調停案は、消費生活審議会の「本件の論点及び解決についての考え方(担当委員の見解)」
(以下「見解書」という)に基づき作成されていますが、本見解には弊社の考え方が反映されておらず、消費者側に偏ったものであると判断でき、弊社の営業姿勢をxx的に否定するものであります。かかる見解に基づく調停案は承服できません。
併せて、以下に見解書に対する弊社の反論を述べます。
1 見解書への反論
(1)「入居契約書」(規定)及び「有料老人ホーム重要事項説明書」の内容と事業者の対応について
入居契約書に規定されている「治療の協力」及び「長期の不在」について、見解書では、「具体的内容の説明がなされてなく、審議会では事業者からの書面送付のみが事実として確認された」としているが、弊社では入居契約時にその点につき口頭で十分説明していることであります。
また、見解書では「消費者が入居契約書及び重要事項説明書の記載内容を明確に理解しているとは言い難い」弊社は説明をつくしたものの、結果として理解していなかったという事実にすぎないものと考えます。
さらに、緊急搬送病院が、書面xxxされていない病院であったことは、生命を優先した救急隊員の判断であり、そのことにつき消費者の納得できないという主張を当然とする見解書の考え方は、弊社としては到底理解し得ないものであります。
(2)「契約関連書面(お願い書)」について
この点について、見解書は、お願い書を「消費者への合意の一方的な押しつけ」と認定し、消費者側にかたよった一方的な見方で説明していると考えます。お願い書で確認を行ったのは、消費者の権利義務に大きな意味をもつため、そのことに慎重を期し重ねて意思の確認するためであります。この慎重な弊社の姿勢を否定されることには納得がいきません。
(3)入居金の性質について
入居金の性質について、弊社の説明と違い見解書は「新たに入居させるための経費部分」と「貸室利用契約の前払い部分」と理解することができると断じています。
弊社は入居金を①新規施設開設初期投資(職員確保等も含む) ②入居前にかかる営業経費 ③無償貸与する居室備品セット ④その他事務経費(当社の利益を含む)に充当しており、入居契約
者(入居者)は、そのコストに相当する入居金を支払い、老人ホームの終身利用権を取得することになります。
したがって、見解書にいう「前払い部分」という要素はありません。
(4)消費契約法との関係について
① 消費契約法第9条との関係
消費契約法第9条は、事業者が消費者契約において契約の解除の際または契約に基づく金銭の支払義務を消費者が遅延した際の損害賠償額の予定または違約金を定めた場合、その額が一定の限度を超えるときに、その限度を超える部分を無効する旨の規定です。そして、本来、消費者契約法第9条第1号の「契約の解除に伴う」とは約定解除権を行使するケース又は法定解除権を行使するケースを指し、たとえ消費者の責に帰すべき事由により事業者が解除権を行使する場合であっても、事業者は一定の金額を超える損害賠償等を請求することができないということを規定するものであります。
しかしながら、弊社の入居金は契約締結後すぐに償却することとしているのであり、契約解 除されたか否かを問わないため、「解除に伴う損害賠償の額」とするのは無理があると考えます。
したがって、消費者契約法第9条に抵触云々には該当しないものと考えます。
② 消費者契約法第10条との関係
消費者契約法第10条は、民法、商法その他の法律の任意規定による場合に比べ、消費者の権利を制限しまたは消費者の義務を加重する特約で、民法第1条第2項の基本原則に反するものの効力を無効とする規定です。
しかし、入居金の不返還特約については、入居金に関する法律の規定がそもそもなく、その規定よりも「加重」という概念はないのではないかと考えます。消費者契約法第10条に反することの根拠はないと考えます。
したがって、消費者契約法第10条とは関係ないものと考えます。
以上より、横浜市消費生活審議会の見解は消費者側に偏ってものであると考えます。
第4 本件の論点及び解決についての考え方(担当委員の見解)
審議会では、平成16年1月の横浜市による案件の付託以降、現在に至るまでに申出人(以下「消費者」という。)・相手方(以下「事業者」という。)の各当事者から、契約及び入居前後の経過などについて聴き取りを各1回行い(なお、事業者の第2回目の聴き取りについては、出席拒否により実現されていない)、この他に資料及び反論書の提出や質問に対する回答、審理記録の確認などに対応をいただいた。
その内容を踏まえ、担当委員間で議論の結果示された本審議会としての考え方は、次のとおりである。
1 本件の論点について
本案件名「有料老人ホームの入居契約に係る紛争案件」の示すとおり、本件の論点は、
「入居契約の内容とその実現についての適正さ」である。その中で特に審理されたのは、次の点である。
(1)「入居契約書」(規程)及び「有料老人ホーム重要事項説明書」の内容と事業者の対応について
①入居金、②管理費、③協力医療機関
(2)「契約関連書面(お願い書)」について
(3)本件における事業者の事務処理(領収書や契約書の送付手続等)について
(4)事業者の事業活動に対する基本的姿勢について
2 本件の論点についての考え方
まず、契約から入居までの経過を確認する。①消費者は、平成14年3月17日に本件入居(予定)施設の参観後に事業者の営業所を訪問した際に、事業者から「ご提案書」
「入居申込書」そして「契約関連書面(お願い書)」を提示され、必要事項を記入したうえで、その数日後入居金を振り込んだ。②その後4月16日の入居時に初めて、「入居契約書」(「規程」や「重要事項」を含む)を提示され、必要事項に記入した。
この経過を踏まえ、前項の論点について、当審議会は、次のように考える。
(1)「入居契約書(規程)」及び「有料老人ホーム重要事項説明書」の内容と事業者の対応について
入居契約書には「治療への協力」(第11条)及び「長期の不在」(第26条)について規定されている。しかし、実際の緊急搬送病院が規定上の協力医療機関ではなかったことと、長期不在時の協議に関する具体的内容が明らかでなく、その具体的説明も事業者から消費者に十分になされなかった(事業者側は、口頭説明したと主張しているが、審議会では事業者からの書面送付のみが事実として確認されたにすぎない)ことからすると、事業者の実際の対応は契約書の内容に照らして十分ではない、と考えざるを得ない。
入居金・管理費については、金額を消費者が入居申込時に確認し、その数日後に入居金を支払っている。しかし、「利用料」の納入方式やその内訳を含めた書面の内容については、当初事業者からの説明があったものとしても、消費者が入居契約書及び重要事項説明書の記載内容を明確には理解しているとは言い難いものであった。なお、入居契約書は締結時、事業者から消費者に対して交付されていない。
また「協力医療機関」では、実際に「書面上に明記されていない」病院へ入居者が搬送されたことについて、事業者側は生命を優先したのでそのような搬送になったと主張しているが、問題は「書面上の表示」に関わる。たとえその「救急時の状況判断」が適切であったとしても、消費者が入居者の当時の病状を考慮して、入居契約を締結しようとした際の判断に多大な影響を与えた「協力医療機関」について、当然緊急時の場合も
「協力医療機関」へ搬送されるものと期待し、消費者が事業者の対応に納得できないと主張していることは、心情を斟酌すれば、また、本契約の表示上の視点及び理解からすれば、当然であると判断される。
特に、消費者がこの施設を他事業者と比較して「優良」と判断・選択した主な理由は、
「入居金額」及び「協力医療機関」の2点であった。この2点に関する事業者対応につ いての消費者の不信感が、結果的には現在の紛争案件の付託に至ったものと考えられる。これに加えて、不当景品類及び不当表示防止法や国・県の有料老人ホーム設置運営指導 指針の趣旨を勘案するならば、事業者には、この書面上の記載(表示)や契約及び入居 前後の消費者への配慮という面で、本入居契約及び重要事項説明に関して、適正・妥当 性・合理性を欠くのではないかとの疑念を抱かざるを得ない。
(2)「契約関連書面(お願い書)」について
消費者が入居契約書を含めた契約関連書面に署名・押印していることは事実であり、それに伴い消費者にも契約者として一定の責任は認められる。
ただし、「(入居期間などにかかわらず入居金の)返金は一切請求しない」という確認書面は、契約書面に別途その旨が規定されている(第6条)。それにもかかわらず、その入居契約書の作成前に、事業者が「あらかじめ」それを書面で消費者に確認した対応は、これを事業者は慎重を期するためと弁解しているが、それが消費者への合意の一方的な押しつけではないかとの疑問が残ると言わざるを得ない。
つまり、この書面は、事業者が入居金の趣旨や使途を消費者へ明確かつ詳細に伝えないままに、支払われた入居金はいかなる理由があっても一切返還しないとするものであり、その契約締結方法は不適切である。しかも、入居金不返還(償却)の実質的根拠は、事業者の説明によっても必ずしも明確xxではなく、不返還の合意につき法的な合理性と有効性があると断じることはできない。却って、事業者の説明によれば、本件入居金には、毎月の利用料の金額を考慮するとその前払部分、あるいは居室費・施設利用費の敷金ないし保証金といえる部分が含まれている、と理解しうる。すると、本件入居金の不返還の合意は、消費者契約法に抵触する可能性を多分に残すものである。
すなわち、
①本件入居契約は、事業者の施設において (ア)介護、(イ)治療への協力、(ウ)(エ)健康管理、(オ)食事、(カ)機能の維持・訓練等の自立の支援を内容とする基本サービス(契約書4条、10条~14条)、その他の生活サービス(同5条、15条以下)など、入居者の健康・生活を維持・保持する上で必要な役務を事業者が提供し、入居者がこれを受けるものであって、これら複合的・継続的な内容を含む有償の契約であると理解できる。
②これらの複合的な内容のうち、事業者が入居者に対して介護を基本とするサービス及びその他の生活サービスを入居者に継続的に提供し、入居者がこれを受ける契約は、法律行為ではない事務の委託を内容とする「民法上の準委任契約」であり、また個室その他の施設を利用できる契約は「貸室利用契約」といえる。
③本件入居契約には、上記サービスや施設等を「終身利用できる包括的な地位の取得」という性質があるのかどうか、すなわち、入居金にはこの「地位の取得」の対価性が認められるかが問題となるが、入居金に地位の取得の対価性を認めることはできないと解せられる。入居予定者が入居金を払って入居権を「優先」確保できる実益は、実際上認められない。
他方、事業者は施設の空室が埋まるまで随時入居者を募集し入居者を受け入れることが可能であるから、事業者にとって特定の時期ないし期間内に入居(予定)者の見込数を早期に把握する必要性も格別考えられない。結局、入居(予定)者に優先入居権を付与するのと引き換えに、その対価としての入居金の取得を事業者に認めることには、法的には疑問がある。
また「終身」入居権という地位ないし権利の取得の対価性を認める理由も、十分ではない。入居者の寿命がつきるまで入居者に役務を提供し、施設の利用を認めることの対価は、安価とはいえない毎月の利用料で賄われているから、終身利用権の付与の対価として事業者が入居金を取得保有することには、疑問があるからである。さらに、入居者は、終身、事業者から契約を解約されない地位ないし権利を有するものではない(契約書32条)。この意味においても、終身入居権という地位ないし権利の取得を観念する意義は乏しく、その地位の譲渡性もない。したがって、入居金に終身入居権という意味での地位の対価性を認めることも困難であるといわざるをえない。
要するに、本件入居金は、(1)入居契約を締結し新たに入居させるために要する経費部分(入居時に無償貸与する居室備品セット費用)と(2)月額費用のうち、毎月の利用料で賄われている介護契約及び食事提供・管理行為契約に伴う費用を除いた貸室利用契約の前払い部分と理解することができよう。
④契約書6条には、入居者が事業者に対して支払った入居金300万円は入居時に一括償却される、と規定され、また入居金の「返金は一切ご請求申し上げません。」という内容の「お願い書」に、入居者は、署名・押印し、事業者に交付している。
⑤契約書6条の規定とお願い書は、入居金全額の返還を求め得ない内容であるから、入居者が 事業者に対して既に支払った入居金が無駄にならないように中途解除をすることを抑制せし める実際上の効果が認められ、また中途解除に至った場合の事業者側の経済的損失、例えば、 次の入居者が入るまでの期間の施設利用費や修繕費用等の補填を図るという意味も認めうる。すると、本件入居金の全てを返還しない特約は、消費者契約法第9条1号にいう「当該消費 者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、または違約金を定める条項」に該当すると解す ることができよう。
また、入居者は、毎月10万円の施設利用費を負担しているので、自然損耗等による原状回復費用を負担する必要はない。しかし、契約書6条の規定とお願い書
の内容は、300万円を原状回復費用に充当したのと同じ結果となる。そうすると、本件入
居金不返還特約は、実質的には入居者の賃借物返還ないし建物明渡義務を超え、これを加重した原状回復義務を入居者に課したのと同様の効果をもつと理解することもできる。それゆえ、本件入居金不返還特約は、入居者の利益を一方的に害する性質をもつものと認める。
以上からすると、本件入居金不返還特約は消費者契約法9条ないし10条により無効となる可能性を指摘することができる。
(3)本件における事業者の事務処理(領収書や契約書の送付手続等)
具体的には、事業者の不適切な対応として、消費者が支払った覚えのない領収書が届いた事実、本件契約書を事業者が長期間(4か月程度)にわたり保有したため消費者への送付時期が遅滞されたという事実が認められる。たとえ、事業者の主張によれば「それらは悪意ではなかった」としても、消費者から見れば、これらの対応と搬送病院に対する不満や入居金に関する事項とも併せて、事業者への不信感が募っていったものと認められる。
(4)事業者の事業活動に対する基本的姿勢について
今後の事業活動について、事業者は「企業戦略については、リスクヘッジも含めて十分に考えていかなければならない。他事業者の状況(例えば、聴き取りの中で出された他事業者の入居契約や入居金額、その返還規定の内容など)についても承知しているので、事業展開にあたっては我々が入居者・家族の支持(ニーズ)によって成り立っていることを考えてやっていきたい」と説明していた。
この事業者の説明に則して述べるならば、入居者やその家族のニーズを幅広いものと捉えて、本件及び今後の入居契約や実際の対応などについて、より柔軟な対応をすることが、事業者には充分に可能ではないかと考える。
3 本件の解決についての考え方
本件の解決について、審議会は、本件担当委員の全員一致の見解として、次のとおり考える。
まず、入居契約は、契約の自由という原則の中で、双方の署名・押印による合意のあるものとして有効であり、事業者がその点をもって自己の正当性と消費者の責任を主張することは、一方では理解できる。入居金についてもあらかじめ「返還しない」との旨を書面で確認し、その金額についても消費者は事前に理解していたことは、事実であろう。
しかし、消費者(入居者)への実際の対応と事務処理が、たとえ事業者の本意によるものではなかったとしても、契約内容と完全に一致したものではないこともまた事実である。本件については、事業者にとっての「お客様」である消費者の支持を得られる対応とは考えられず、それが消費者にとって問題のある「被害」、そして双方の「紛争」につながったものと考えられる。
また、入居金についても、本件の入居期間(実質は 20 日間、通算では3か月余)が比較的短期の状況で、今回と同額程度の入居金であっても、「入居後の短期間の解約については、滞在日数に応じた費用及び居室の原状回復のための費用等を除き、一時金を全額返還することが望ましいこと」とする国・県の指針(有料老人ホーム設置運営標準指導指針)がある。また、これに従い入居期間に応じた入居(一時)金の返還制度を設けている他事業者があること、室料や施設利用料相当分は別に管理費に計上され入居金そのものの内訳が十分に明確ではないことなどを考えると、本件ではたとえ入居時に
「一切返金しない」旨をただ書面で確認していたとしても、それは消費者契約法第9条ないし第10条により無効となる可能性を多分に残すばかりでなく、およそ一般社会の理解と賛意を得難いものと考えられる。
さらにいえば、先程も述べたように入居金を「一切返金しない」旨の確認書面は、消費者からすれば「事業者がただあらかじめ利益を確保する目的だけで一方的に書面を消費者から取っているのではないか」と解釈されて、事業者からすれば甚だ不本意なことになる可能性がある。
以上から、審議会としては、本件において、事業者の主張にあった消費者の契約における責任を一定程度認めつつも、消費者の主張にあった事業者の「契約違反」とまではいかないまでも、その対応には不当な箇所があったものと考え、事業者による相当額負
担の解決をご提示したい。
なお、負担額の提示については、次の諸事情を総合勘案した。
①国及び県の指針(有料老人ホーム設置運営標準指導指針)を受け、事業者が主張する居室の原状回復のための費用等相当額(50万円)を除くとともに、入居者の滞在日数に応じた費用を考慮する。
② 市内で本件とほぼ同程度(500万円以下)の入居金を設定している施設の入居後3か月後(事業者が主張する契約期間)の解約の返還金の相場を調査し、その返還率等を参照しながら事件当時の事情も考慮した。
③全国有料老人ホーム協会では、県の有料老人ホーム設置運営標準指導指針の指摘する短期間の解約とはその期間を「3か月」と指導している。
④消費者が入居契約書等関連書面に署名・押印している事実により、契約者としての一定の責任が認められる。
[参考]市内施設の返還金の例
入居期間3か月の解約の場合
施設 | 入居金 | 返還金 | 返還率 | 備 考 |
A | 約500万円 | 350万円 | 70% | 1年間は全て同率 |
B | 約400万円 | 240万円 | 60% | 3か月経過の解約 |
C | 約500万円 | 458万円 | 92% | 36か月で償却 |
D | 300~380 万円 | 150~252 万円 | 50~66% | 初日 30~40%償却 残り 12~84 か月で償却 |
平均返還率は約6割となる。
(資料 1)
第4次横浜市消費生活審議会委員名簿 (平成 16 年 7 月現在)
備 考 | ||
□ | xxx xxx xx xxx | 消費生活コンサルタント横浜会 |
かいどう かずあき 貝x x昭 | (社)横浜市工業会連合会 会長 | |
□ | xxxx xxxx xx xx | 横浜弁護士会 |
□ | xxx xxx xx xx | (社)全国信販協会 専務理事 |
□ | xxxx xxx xxx xxx | 消費生活コンサルタント横浜会 |
◎ | xxx xxx xx xx | xx大学法学部 教授 |
◇ | xxx xxx xx xxx | 横浜弁護士会 |
◇ | xxx xxxx xx xx | (社)日本訪問販売協会 専務理事 |
xxxx xxx xx xx | 横浜市消費生活推進員 代表 | |
○ ■ | ながい xxx xx x | 横浜国立大学大学院国際社会科学研究科 教授 |
□ ◇ | xxxx xxx xx xx | 横浜国立大学教育人間科学部 教授 |
□ | xxxx xxx xx xx | 横浜市消費者団体連絡会 事務局長 |
◇ | xxx xxx xx xxx | 社会福祉法人訪問の家 理事長 |
◇ | xxxx xxxx xx xx | 横浜商工会議所 小売部会 部会長 |
□ | xxx xxx xx xx | 横浜弁護士会 |
xxxx xxxx xx xx | (社)日本通信販売協会 常務理事 | |
xxxx xxx xx xx | (社)日本消費生活アドバイザーコンサルタント協会 消費生活研究所長 | |
◆ | もうない りょういち xx xx | 神奈川県生活協同組合連合会 専務理事 |
xxxx xxx xxx xx | 鎌倉女子大学家政学部 教授 | |
□ | xxxx xxx xx xx | 家電製品PLセンター センター長 |
専門委員 | xxx xxx xx xx | 神奈川大学法学部 教授 |
◎:会長、○:副会長
□:消費者被害救済部会委員(■は部会長)
◇:条例・施行規則及び消費生活関連施策の在り方に関する専門部会委員(◆は部会長)
(敬称略・五十xx)
(資料2)
横浜市における事業者指導及びあっせん・調停制度の仕組み
②助言等
⑦あっせん・調停
③説明・資料提出要求
⑤調整
横浜市消費生活審議会
<消費者被害救済部会>
①苦情相談
消費者
横浜市
消費生活総合センター
④説明・資料提出 事業者 | 横浜市 経済局消費経済課 | |
⑥センターで解決困難な相談を審議会に付託 |
(資料 3)
横浜市消費生活条例/同条例施行規則(抜粋)消費者被害救済部会運営要綱(抜粋)
○横浜市消費生活条例
(あっせん及び調停)
第 41 条 市長は、前条第1項の措置をとったにもかかわらず解決することが困難な紛争について、そのxxかつ速やかな解決を図るため、審議会のあっせん又は調停に付すことができる。
○横浜市消費生活条例施行規則 (あっせん又は調停の開始の通知)
第 16 条 審議会は、条例第 41 条の規定によりあっせん又は調停を開始しようとするときは、その旨を当該被害の申出人及びその相手方となる事業者(以下「紛争当事者」という。) に通知するものとする。
(あっせん又は調停の終結)
第 17 条 審議会は、紛争当事者間にあっせんが成立し、又は紛争当事者が調停案を受諾したときは、当該あっせん又は調停を終了する。
2 審議会は、あっせん又は調停によっては紛争の解決の見込みがないと認めるとき、又は紛争当事者が訴訟を提起したときは、あっせん又は調停を打ち切ることができる。
3 審議会は、前 2 項の規定によりあっせん又は調停を終結したときは、その経過及び結果を市長に報告するものとする。
4 市長は、審議会のあっせん又は調停に付された紛争のうち、特に必要があると認めるものの審議会におけるあっせん又は調停の経過及び結果を、市民に明らかにするものとする。
○消費者被害救済部会運営要綱
(調停)
第9条 部会は、調停案を作成し、紛争当事者に対して調停案受諾勧告書(様式8)により期間を定めて、その受諾を勧告し、調停案受諾勧告に対する回答書(様式9)によりその回答を求めるものとする。
2 前項に規定する調停案の作成に必要な調査等は、担当委員が行うものとする。
3 担当委員は、紛争当事者間に調停が成立したときは調停書(様式10)を作成し、その経過及び結果を部会に報告するものとする。
4 部会は、第1項の規定による勧告がされた場合において、指定された期間内に紛争当事者から受諾する旨の回答がなかったときは、当該紛争当事者間の調 停を打ち切るものとする。
(あっせん又は調停の打ち切りの通知)
第10条 部会長は、規則第 17 条第2項の規定によるあっせん又は調停の打ち切り通知を、あっせん・調停打ち切り通知書(様式11)をもって行うものとする。
(資料4)
~報告書関連法令(抜粋)~
○消費者契約法(関連部分抜粋)
第三章 消費者契約の条項の無効
(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
第xx xの各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
二 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が二以上である場合には、それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年十四・六パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるもの 当該超える部分
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第十条 民法 、商法 その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、
消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法
第一条第二項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
○神奈川県有料老人ホーム設置運営指導指針(関連部分抜粋)
11 利用料等
有料老人ホームは、契約に基づき入居者の負担により賄われるものであり、その支払方法については、月払い方式、一時金方式又はこれらを組み合わせた方式等多様な方法が考えられるが、いずれの場合にあっても、家賃相当額、介護費用、食費、管理費等の区分を明確にするとともに、取扱いについてはそれぞれ次によること。
(1) 家賃相当額
ア 家賃相当額は、当該有料老人ホームの整備に要した初期総投資額、修繕費、管理事務費、地代に相当する額等を基礎として合理的に算定したものとし、近傍同種の住宅の家賃から算定される額を大幅に上回るものでないこと。
イ 月払い方式の場合で、家賃相当額に関する保証金を受領する場合には、その額は
6か月を超えないこととし、退去時に居室の原状回復費用を除き全額返還すること。なお、原状回復の費用負担については、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライ ン」(平成 10 年3月 建設省住宅局・(財)不動産適正取引推進機構)を参考にす ること。
ウ 一時金方式(終身にわたって受領すべき家賃相当額の全部又は一部を前払い金として一括して受領する方式)により受領する場合については、一定期間内に死亡又は退居したときの入居月数に応じた返還金の算定方式を明らかにしておくとともに、3か月以内程度の適切な返還期間を定め、一時金の返還金債務を確実に履行すること。
また、一時金のうち返還対象とならない部分の割合が適切であること。ただし、入居後の短期間の解約については、滞在日数に応じた費用及び居室の原状回復のための費用等を除き、一時金を全額返還することが望ましいこと。
なお、十分な入居者を確保し安定的な経営が見込まれるまでの間については、一時金の返還金債務について銀行保証等を付すなど保全措置に努めること。