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第 3 編「債権」
第 2 部「各種の契約」
民法(債権法)改正委員会
第 17 回全体会議
2009.2.7
第 4 章 賃貸借
第1款 総則
Ⅳ-1-1 賃貸借の意義と成立
賃貸借とは,当事者の一方(賃貸人)がある物の使用及び収益を相手方にさせる義務を負い,相手方(賃借人)がこれに対してその賃料を支払い,契約の終了により目的物を返還する義務を負う契約である。
関連条文 現民法 601 条
【提案要旨】
現民法 601 条は,賃貸借の対象を有体物に限定し,契約が諾成的合意によって成立し,当事者が,それぞれ目的物の使用及び収益をさせる義務,それに対して賃料を支払う義務を負うことを規定しているが,これらの点において,現行法の規定を維持し,それを定義規定としての形式にあらためたものである。
あわせて,賃借人が賃貸借契約の終了によって目的物を返還する義務を負うことを明示的に規定するものである。この点は,別途規定されている使用貸借の規定に合わせるとともに,最も基本的な賃借人の義務のひとつとして明示的に規定することが適切であると考えられるためである。
Ⅳ-1-2 短期賃貸借
(1)処分につき行為能力の制限を受けた者又は処分の権限を有しない者が賃貸借をする場合には,次の各号に掲げる賃貸借は,それぞれ当該各号に定める期間を超えることが
できない。
① 樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借 10 年
② 前号に掲げる賃貸借以外の土地の賃貸借 5 年
③ 建物の賃貸借 3 年
③ 動産の賃貸借 6 ヶ月
(2)借地借家法 3 条の規定にかかわらず,(1)に規定された短期賃貸借が有効とされることを明示する(借地借家法の中で規定する)。
(3)処分行為能力の制限を受けた者または処分権限のない者が,短期賃貸借期間を超える賃貸借契約を締結した場合には,法定の期間を超える部分が無効(一部無効)となることを明示する。
(4)期間の定めのない賃貸借と短期賃貸借との関係については,特に規定しない。
関連条文 現民法 602 条(短期賃貸借),借地借家法 3 条(借地権の存続期間)
【提案要旨】
本提案は,現民法 602 条に規定された短期賃貸借の規定を維持するものである。
そのうえで,提案(2)において,このような短期賃貸借は,借地借家法 3 条との規定との関係でも有効であることを,借地借家法の中で明示的に規定することを提案するものである。また,提案(3)は,短期賃貸借の期間を超える賃貸借契約については,期間制限を超える部 分のみが無効となることを明示的に規定することを提案するものである。この点は,従来の規定において必ずしも明確ではなかったところを,戦後の下級審裁判例ならびに一般的な理
解にしたがって,一部無効となることを明示的に規定する趣旨である。
なお,現民法 602 条に関連しては,処分の能力または権限を有しない者の特則を,これらの者が賃貸をなす場合に限るのかという点をめぐって議論があるが,この点については,特に限定せず,現行法どおりとするものである。
また,期間の定めのない賃貸借と短期賃貸借との関係については,特にxxの規定は置かないことを提案するものである。
なお,具体的な期間については,なお検討の余地は残されている。
Ⅳ-1-3 短期賃貸借の更新
前条に定める期間は,更新することができる。ただし,その期間満了前,土地については 1 年以内,建物については 3 ヶ月以内,動産については 1 ヶ月以内に,その更新をしなければならない。
関連条文 現民法 603 条(短期賃貸借の更新)
【提案要旨】
短期賃貸借の更新に関する現民法 603 条の規定を維持することを提案するものである。なお,具体的な期間については,なお修正の余地は残されている。
Ⅳ-1-4 賃貸借の存続期間
(A案)賃貸借の存続期間に関する現民法 604 条の規定を維持する。
(B案)賃貸借の存続期間に関する期間制限を撤廃し,現民法 604 条の規定を削除する。
関連条文 現民法 604 条(賃貸借の存続期間),同 268 条(地上権の存続期間),同 278 条(永xxxの存
続期間),借地借家法 3 条(借地権の存続期間),同 26 条(建物賃貸借の更新等),同 29 条(建物賃貸
借の期間),農地法 19 条(農地又は採草放牧地の賃貸借の更新)
【提案要旨】
賃貸借の存続期間について,現民法 604 条は,その存続期間を 20 年間に制限し,それを超える期間を契約で定めた場合においても,20 年間に縮減されることを規定している。
A案は,このような賃貸借期間の上限を設定している現民法 604 条を基本的に維持することを提案するものである。
他方,B案は,このように賃貸借の期間を積極的に限定する必要はないとし,現民法 604
条の規定を削除することを提案するものである。
B案の基本的な考え方は,すでに現行法においても,借地借家法は,借地については,その存続期間について,30 年を再短期として定める一方で,長期については特に制限規定を置かないという方式を採用しており(借地借家 3 条),むしろまったく逆の原則が採用されており,あえて長期を限定しなくてはならない必要性はないことを理由とする。
他方,A案は,現民法 604 条の規定が現在,特に実質的な問題をもたらしているわけではないことを前提として,また,借家法が適用される場面以外において,一般的に,このような上限を撤廃することにより実質的な問題が生ずる可能性があることを否定できないこと等を考慮して,現行法の規定を維持することを提案する。
第2款 賃貸借の効力
Ⅳ-1-5 賃借権の登記請求xx
① 賃借人からの賃貸人に対する登記請求権については,規定しない。
② 動産賃借権の対抗要件については,特に規定を置かない。
【提案要旨】
賃借人からの登記請求権については,従来からも一定の議論があったところであるが,これについては特に規定しないものとし,また,動産賃貸借の対抗要件についても,従前通り,特にこれを規定しないことを提案している。
Ⅳ-1-5-1 第三者との関係の規定の構造
第三者との関係についての規律を以下のように整理する。
① 目的物についてあらたに物権を取得した者や賃貸借契約を締結した者に対する賃借人の関係(利用権原としての賃借権の対抗問題)
② 目的物の所有権が移転した場合の新所有者と賃借人の関係(賃貸人たる地位の承継をめぐる問題)
③ 不法占拠者等に対する賃借人の関係(妨害排除請求権)
【提案要旨】
以下では,上記に示したように,賃借人と第三者との関係といっても,性格の異なる問題が含まれることを前提として,それぞれに即して適切な規律を示すということを基本方針とするものである。
Ⅳ-1-6 賃借権の対抗力
不動産の賃借権はこれを登記したとき,または,その他特別法に規定された対抗要件を備えたときは,これをもって,その後にその不動産について物権を取得した者または賃借権〔その他の利用権〕の設定を受けた者に対抗することができる。
関連条文 現民法 605 条(不動産賃貸借の対抗力),借地借家法 10 条(借地権の対抗力等),借地借家法
31 条(建物賃貸借の対抗力等)
【提案要旨】
本提案は,現民法 605 条がその内容とするものの中,不動産賃借権の対抗力に関する原則を原則として維持し,不動産の賃借権の対抗要件について規定するとともに,それを,目的物の物権を取得した者に対してとともに,その他の利用権の設定を受けた者との関係での対抗要件として規定するものである。
Ⅳ-1-7 賃貸借目的物の所有権の移転と賃貸借契約
(1)賃貸借の目的物たる不動産の所有権が移転した場合において,前条の規定により,その不動産の賃借権が対抗できるときは,新所有者は,従前の賃貸借の賃貸人たる地位を承継する。〔その不動産の旧所有者と新所有者との間での,これに反する特約は無効である。〕
(2)前項の賃貸人たる地位の移転に際しては,賃借人の同意を要しない。
(3)新所有者は,所有権の移転の対抗要件を備えた時から,賃借人に対して,賃貸人たる地位の移転を対抗することができる。
(4)前項の場合に,賃借人が,目的物の所有権の移転を知る前に,従前の賃貸人に対して賃料を支払った場合には,賃借人は,その賃料の支払いをもって,新所有者に対抗することができる。
(5)賃貸借契約において,敷金として授受された金銭については,賃貸借の目的たる不動産の旧所有者との間ですでに賃料等に充当された金額を除いて,その返還債務は,新所有者がこれを負担する。この場合に,旧所有者は,その返還債務の履行について担保義務を負担する。
(6)目的物の所有権が移転されたときに,賃貸人の地位を引き継ぐことが合意された場合には,以上の規定を準用する。
* 提案(5)における旧所有者の履行担保義務の負担については,その当否をめぐって議論があるほか,これを認める場合の限定が必要であるという見解もあり,この点については,なお検討する。
【提案要旨】
本提案は,目的物の所有権が移転した場合の当事者間の関係について,判例等によって形成された準則をふまえたうえで,xxの規定として,以下の点を整備することを提案するものである。
1.対抗要件を備えた賃貸借がある場合の新所有者による賃貸人の地位の承継
提案(1)は,賃貸借の目的物の所有権が移転した場合において,新所有者が,その目的物についての賃借権が対抗要件を備えている場合には,従前の賃貸借の賃貸人たる地位を承継する。ことを規定するものである。従来は,現民法 605 条のみが規定され,賃借人が賃借権を新所有者に対抗することができるということは明確にされる一方で,その新所有者と賃借人がどのような関係に立つのかは,必ずしも規定のレベルにおいては明確ではなかった。これについては,判例によって,新所有者が賃貸人たる地位を承継することが一般的に認められてきたところであるが,これを明示的に規定する趣旨である。
なお,提案(1)後段は,目的物の譲渡の当事者間において,これに反する特約(賃貸人たる地位を留保して,目的物の所有権のみを移転するという特約)は無効であることを明示的に規定することを,ブラケットに入れて提案するものである。
提案(2)は,目的物の所有権の移転による賃貸人たる地位の移転に際しては,賃借人の同意を要しないということを明示的に規定するものである。契約上の地位の移転が,契約の相手方と無関係に生ずることを承認するのは例外的であるが,従来からの説明にもみられたよう
に,賃貸人の義務が,その属人的性格の乏しいものであることによって正当化されるのであり,その点で,賃貸借に固有のものであると考えられる。したがって,この点を明示的に規定しておくことが適切であると考えるものである。
提案(3)は,新所有者は,賃借人に対して,自らが賃貸人の地位を承継したことを対抗するうえで,当該目的物の所有権の対抗要件を必要とすることを求めるものである。新所有者の賃貸人としての地位の承継は,提案(1)で示したように,所有権の移転によって基礎づけられるものであるが,賃借人としては,他に手がかりがなければ,そうした実体的な法律関係が変わり,旧賃貸人と異なる者が,その地位を承継したことを主張しても,その是非を判断できない。このように賃貸人たる地位の承継が,所有権の移転によって基礎づけられるものである以上,そうした所有権の対抗要件をもって,賃貸人たる地位を賃借人に対して対抗できるというしくみを採用することが適切であるとするものである。
2.賃料に関する特則
また,提案(4)は,賃貸人たる地位の移転が,提案(2)に示されるように,賃借人の同意を不要として生ずるものであり,また,提案(3)で示した賃貸人たる地位の承継についての対抗要件である目的物所有権の登記についても,賃借人の側で積極的に知ることを求められないも
のであることに照らして,そのことを知らないまま賃借人が賃料を旧所有者に支払った場合についての法律関係について,賃借人を保護する手当を置くものである。
3.敷金の返還債務
提案(5)は,当初の賃貸借契約において敷金が支払われていた場合の,敷金返還請求権の取扱いを規定するものである。ここでは,すでに旧所有者との間で賃料等に充当された金額を除いて,敷金返還債務についても,新所有者が負担することをxxで規定するものである。あわせて,その敷金返還債務については,旧所有者が,その履行についての担保責任を負担
することを規定するものである。
なお,このように旧所有者が,敷金返還債務を継続して負担するということになることについては議論があり,また,敷金返還債務の履行についての担保責任を負うとしても,賃貸借契約が存続する限り,そこから解放されないとするのは適当ではないとして,期間制限等を設けるべきであるとの見解も有力であったため,*において,このような見解についての説明を補足するものである。
4.目的物の譲渡の当事者における賃貸人たる地位の承継に関する合意
提案(6)は,目的物の所有権の移転に際して,賃貸人たる地位を承継することの合意があった場合には,上記の各規定が準用されることを規定するものである。上記の各規定は,提案 (1)に示されるように,【Ⅳ-1-5】を前提として,賃借人が,その賃借権を新所有者等に対抗できるということを出発点とする構造になっている。それに対して,提案(6)においては,賃貸人たる地位の承継の合意があれば,賃借人が対抗要件を充足しているか否かに関わらず,このような賃貸人たる地位の承継を認めることになるという点で,一定の独自性を有することになる。
Ⅳ-1-8 賃借権に基づく妨害排除請求権
(1)〔対抗要件を備えた〕不動産の賃借人は,目的物の使用収益を妨害されたときは,賃借権に基づき,その妨害の停止を請求することができる。ただし,賃貸人,または転貸借における原賃貸人が,目的物の所有権を有さない場合には,この限りではない。
(2)前項の規定は,賃借人が,賃貸人に対して有する債権を被保全債権として,賃貸人の有する物権的請求権その他の権利を,【Ⅲ-1-1】に基づいて代位行使することを妨げるものではない。
【提案要旨】
賃借権が妨害された場合の賃借人の妨害排除請求について規定するものである。
1.賃借権に基づく妨害排除請求権
提案(1)は,賃借権それ自体に基づく妨害排除請求権を明示的に規定することを提案するも
のである。
このような賃借権に基づく妨害排除請求権については,従来の判例をふまえたうえで,不動産賃借権のみに限定することを提案するものである。あわせて,そのような妨害排除請求権の行使に際して,対抗要件が必要であるかについては,ブラケット案とするものである。
2.債権者代位権の転用による第三者による妨害の排除
また,提案(2)は,提案(1)において妨害排除請求権を認めることによっても,従来,債権者代位権の転用として認められてきたものが排除されるわけではないことを確認するものである。提案(1)の妨害排除請求権の要件を比較的限定したことから,債権者代位権の転用によって解決する可能性を残すことが適切であるとの考えによるものである。
なお,債権者代位権の転用については,【Ⅲ-1-1】においてすでに転用型が認められていることから,提案(2)は確認的な意味を有するものにすぎないが,従来の議論においては,債権者代位権の転用を賃借権の妨害排除請求権に発展的に解消するとした見解も主張されて
きたことから,この点について,明示的に確認をしておくことが適切であるとの理由によるものである。
Ⅳ-1-9 目的物の瑕疵についての賃貸人の責任
目的物の瑕疵についての賃貸人の責任については,以下のことを明らかにする。
① 目的物の瑕疵について,売買に関する【Ⅱ-8-23】以下の規定が準用される。
② 瑕疵に関する通知義務を前提とする売主の担保責任を制限する【Ⅱ-8-34】は,賃貸借には準用されない。
【提案要旨】
賃貸借の目的物に瑕疵があった場合の賃貸人の責任に関して,その場合の法律関係を確認するとともに,必要があれば,それを明示的に規定することを提案するものである。
①は,目的物の瑕疵について,売買に関する【Ⅱ-8-23】が準用されることを確認するものである。もっとも,これについては,【Ⅱ-7-8】によって,売買の規定が,有償契約によって準用されることによって説明が可能であり,特段の規定は必要ではなく,当然のことを確認しているだけにすぎない。
②は,瑕疵に関する通知義務を前提とする貸主の担保責任を制限する【Ⅱ-8-34】は,賃貸借には準用されないということを示すものである。この点は,【Ⅱ-7-8】との関係では,むしろ①と逆のことになる。
瑕疵担保責任の一部(責任要件と責任の内容)については売買の規定を準用する一方で,
期間制限についてはその準用を否定するという法律関係については,全体として,明示的に規定しておくことが望ましいと考えられる。
Ⅳ-1-10 賃貸借目的物の修繕等
(1)賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。
(2)賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは,賃借人は,これを拒むことができない。
(3)賃借物が修繕を要するときは,賃借人は,遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。
関連条文 現民法 606 条(賃貸物の修繕等),現民法 615 条(賃借人の通知義務)
【提案要旨】
賃貸人の修繕義務等に関する現民法 606 条の規定を維持するとともに,現在は別に規定さ
れている現民法 615 条の一部(目的物が修繕を要する場合の賃借人の通知義務)については,修繕義務の前提として,あわせて規定することが適切であるとして,両者を1ヶ条にまとめることを提案するものである。
なお,本提案との関係では,事業者・消費者間の賃貸借においては,修繕義務に関して賃借人に負担させるという特約について,その有効性を問題とする余地がある。この点については,消費者契約法 10 条を通じて対応することが考えられるが,さらに,他の要件を要せずに当然に無効とするべきかについては,なお検討の余地がある。
Ⅳ-1-11 賃借人の意思に反する保存行為
賃借人の意思に反する保存行為による賃借人からの解除権に関する現民法 607 条を削除し,これについては特段の規定を置かないものとする。
関連条文 現民法 607 条(賃借人の意思に反する保存行為)
【提案要旨】
賃借人の意思に反する保存行為のために,賃借人が賃貸借の目的を達成できない場合の法律関係をめぐる問題である。
なお,目的物に関する一定の事情のために,賃貸借契約の目的を達成できない場合の解除
については,より包括的な形で別途規定することが考えられるので(提案【Ⅳ-1-26】のほか,【Ⅳ-1-14】(2)と【Ⅳ-1-15】(2)を参照),賃借人の意思に反する保存行為に限定した規定である現民法 607 条を削除することを提案するものである。
Ⅳ-1-12 賃借人による費用の償還請求
(1)賃借人は,賃貸人が修繕義務を履行しない場合には,自らの費用で,目的物を修繕することができる。
(2)賃借人は,賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは,賃貸人に対し,直ちにその償還を請求することができる。
(3)賃借人が賃借物について有益費を支出したときは,賃貸人は,賃貸借の終了の時に,第 196 条第 2 項の規定に従い,その償還をしなければならない。ただし,裁判所は,賃貸人の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。
関連条文 現民法 608 条(賃借人による費用の償還請求)
【提案要旨】
提案(1)は,賃貸人が,【Ⅳ-1-10】に規定された義務に反して,目的物の修繕を行わない場合に,賃借人が,自らの費用で,目的物を修繕することができる権利があることを明示的に規定するものである。この点は,現民法 608 条において当然の前提とされていたものと考えられるが,疑義を避けるために,この点についてxxの規定を置くことを提案するものである。
提案(2)(3)は,現民法 608 条の規定を維持することを提案するものである。
なお,提案(1)を置いたことから,提案(2)との関係が問題となるが,「賃借物についての賃貸人の負担に属する必要費」は,提案(1)の修繕に関する費用以外のものも含まれると考えられるために,従前の規定を維持したものである。
Ⅳ-1-13 事情変更による賃料の増減額請求権
(1)賃料算定の基礎となる事情の変動があった場合には,賃貸借契約の当事者は,賃料の増減額を請求することができることを規定する。
(2)前項の賃料の増減額請求権に関する規定は任意規定であり,特約によって排除することが可能であることを規定する。
(3)賃料増減額請求権を行使した場合の法律関係について,以下の点について規定する。
① 賃料増減額請求権を行使したが適正な増減額の金額が決まらない場合に,それを定める手続き
② ①の決定までに賃貸人が請求できる賃料額と賃借人が支払うべき賃料額
③ ①によって決まった増減額の金額と②で支払われた金額が異なる場合の処理
(4)減収による賃料の減額請求・解除を規定する現民法 609 条,同 610 条の規定は削除する。
関連条文 現民法 609 条(減収による賃料の減額請求),借地借家法 11 条(地代等増減請求権),借地借
家法 32 条(借賃増減請求権)
【提案要旨】
提案(1)は,いわゆる事情変更の原則に基づく賃料の増減額請求権を民法の中に規定することを提案するものである。
提案(2)は,このような賃料の増減額請求権に関する規定が任意規定であり,特約によって排除することが可能であることを示すものである。この点で,限定的な特約を除いて,強行規定として機能する借地借家法における地代等増減請求権(同法 11 条)や借賃増減請求権(同
法 32 条)とは異なることになる。
提案(3)は,賃料増減額請求権を行使した場合に,最終的にどのような形で賃料の増減額を実現するかについては規定を置くことを提案するものである。具体的には,賃料増減額請求権を実効性のある制度とするためには,以下の 3 点について明らかにしておく必要があるものと考えられる。
① 賃料増減額請求権を行使したが適正な増減額の金額決まらない場合に,それを定める手続き
② ①の決定までに賃貸人が請求できる賃料額と賃借人が支払うべき賃料額
③ ①によって決まった増減額の金額と②で支払われた金額が異なる場合の処理
最後に,提案(4)は,このような事情変更の原則に基づく賃料の増減額を規定することによって不要となると考えられ,かつ,現在も機能していないとされる現民法 609 条の規定を削除することを提案するものである。
Ⅳ-1-14 賃貸借目的物の一部が利用できないことによる賃料の減額等
(1)目的物の一部が利用できない場合には,その目的物の利用不可能がいかなる事由によって生じたかを問わず,利用できない部分の割合に応じて,賃料債権は生じない。
(2)目的物の一部を利用することができない場合において,以下のいずれかに該当する場
合には,賃借人は,契約の解除をすることができる。
① 目的物の一部を利用することができないことによって,およそ契約の目的を達成することができない場合
② 目的物の一部が利用できないことを理由とする賃借人からの修繕の請求に対して,賃貸人が修繕義務を履行しないことにより,契約の目的を達成することができない場合
関連条文 現民法 611 条(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
【提案要旨】
目的物の一部の利用ができない場合の法律関係を規定するものである。
提案(1)は,目的物の一部が利用できない場合に,その理由を問題とせずに,利用できない部分の割合に応じて,賃料債権が生じないことを規定するものである。
提案(2)は,目的物の一部が利用できないことによって,賃借人が契約目的を達成することができない場合について,賃借人の解除権を認めるものである。
このような解除権については,①目的物の一部を利用できないことによって,修繕を問題とするまでもなく,契約目的を達成できないという場合と,②修繕がなされた場合には,なお契約目的を達成できるが,そうした賃貸人の修繕義務が履行されないという場合が考えられることから,それぞれに対応した要件を示したものである。
Ⅳ-1-15 賃貸借目的物が一時的に利用できないことによる賃料の減額等
(1)目的物が一時的に利用できなくなった場合には,その目的物の利用不可能がいかなる事由によって生じたかを問わず,利用できなかった当該期間については,賃料債権は生じない。
(2)目的物を一時的に利用することができない場合において,以下のいずれかに該当する場合には,賃借人は,契約の解除をすることができる。
① 目的物を一時的に利用することができないことによって,およそ契約の目的を達成することができない場合
② 目的物が利用できないことを理由とする賃借人からの修繕の請求に対して,賃貸人が修繕義務を履行しないことにより,契約の目的を達成することができない場合
【提案要旨】
目的物が一時的に利用できない場合の法律関係を規定するものである。
提案(1)は,目的物が一時的に利用できない場合に,その理由を問題とせずに,利用できない期間については,賃料債権が生じないことを規定するものである。
提案(2)は,目的物が一時的に利用できないことによって,賃借人が契約目的を達成することができない場合について,賃借人の解除権を認めるものである。なお,この場合の解除についても,【Ⅳ-1-15】と同様に,その要件を規定している。
Ⅳ-1-16 用法にしたがった目的物の使用収益
賃借人は,契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い,その物の使用及び収益をしなければならない。
【提案要旨】
本提案は,目的物を契約又はその目的物の性質によって定まった用法にしたがって,目的物を使用収益する賃借人の義務を規定するものである。
現行法においては,このような用法遵守義務は,使用貸借に関する現民法 594 条 1 項にお
いて規定され,それが賃貸借において準用されるという構造になっている(現民法 616 条)。今回の改正提案において,賃貸借が使用貸借よりも先に規定されることを受けて,現民法 594 条 1 項の内容を,賃借人の義務として規定することを提案するものである。なお,【Ⅳ
-1-16】は,使用貸借に準用することを予定している(【Ⅳ-2-8】)。
Ⅳ-1-17 賃借権の譲渡及び転貸の制限
(1)賃借人は,賃貸人の承諾を得なければ,その賃借権を譲り渡し,又は賃借物を転貸することができない。
(2)賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは,賃貸人は,契約の解除をすることができる。ただし,その無断転貸等が,賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに至らないものである場合には,この限りではない。
(3)前項において,賃貸人からの解除が認められない場合には,(1)の適法な転貸借等がなされたものとみなす。
関連条文 現民法 612 条(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
【提案要旨】
賃借権の譲渡および転貸の制限と,それに違反した場合の効果を規定するものである。
提案(1)は,現民法 612 条 1 項をそのまま引き継ぎ,賃貸人の承諾を得ないで,賃借権を譲渡すること,転貸することを禁止することを規定するものである。
提案(2)は,現民法 612 条 2 項を受けて,無断転貸等がなされた場合の賃貸人の解除権を規定するものである。ただし,この点については,信頼関係破壊の法理として判例によって展開されてきたところを受けて,ただし書きにおいて,無断転貸等が,賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに至らないものである場合には,この解除権が排除されることを規定
するものである。
提案(3)は,提案(2)による解除が認められなかった場合に,どのような法律関係となるかが必ずしも明確ではないため,提案(1)における適法な転貸借等がなされた場合の法律関係となることを規定するものである。
Ⅳ-1-18 賃貸人の転貸借に対する直接請求権
(1)賃借人が適法に賃借物を転貸したときは,転借人は,原賃貸借によって賃借人に与えられた使用または収益をする権限の範囲内において,転貸借に基づく使用または収益をする権限を賃貸人に対抗することができる。
(2)適法な転貸借がなされた場合において,賃貸人が賃借人に対して有する賃料債権と賃借人が転借人に対して有する賃料債権のそれぞれに基づく履行義務の重なる限度において,賃貸人は転借人に対して支払を請求することができる。
(3)賃貸人が転借人に対して〔書面をもって〕(2)に定める請求をしたときは,その請求の時以降において転借人が賃借人に対して賃料を支払ったとしても,(2)の請求額の限度において,当該支払をもって賃貸人に対抗することができない。
(4)賃貸人が転借人に対して(2)に定める請求について,転借人は賃借人に対する賃料の弁済期前の支払をもって賃貸人に対抗することができない。
関連条文 現民法 612 条(賃借権の譲渡及び転貸の制限),現民法 613 条(転貸の効果)
【提案要旨】
提案(1)は,適法な転貸借がなされた場合における賃貸人と転借人の法律関係について規定するものである。
提案(2)(3)(4)は,転借人の賃貸人に対する直接請求権についての規定である。
提案(2)は,現行民法 613 条に定める賃貸人の転借人に対する直接請求権を基本的な考え方として維持するとともに,その内容を明確にしたものである。あわせて,提案(3)は,直接請求権の実効性の確保のために必要な規律を用意するものである。なお,提案(4)は,現民法 613
条 2 文に対応するものであるが,「前払」の趣旨の明確化を図ったものである。
Ⅳ-1-19 賃貸借契約の解除と転貸借契約
(1)賃貸人と賃借人による賃貸借契約の合意解除は,適法な転貸借契約がなされた場合の転借人に対抗できない。
(2)賃借人による債務不履行があった場合,
(A案)特に規定しない。
(B案)賃貸人は,適法な転貸借契約がなされている場合には,転借人にその旨を告げて,転借人による賃借人の債務の弁済がなされないことを確認したうえで,賃貸借契約を解除することができる。この解除は,転借人に対抗することができる。
(3)土地の賃貸借がなされた場合において,その土地上の賃借人が所有する建物についての賃貸借がなされているときにも,(1)(2)の規定を準用する。
* 提案(1)については,合意解除を認めたうえで,原賃貸人が,転借人の地位を承継して,原賃貸人と転借人との間に賃貸借契約が移るという解決を提案する意見もある。
【提案要旨】
現在の判例等をふまえたうえで,適法な賃貸借がなされている場合において,元の賃貸借契約の解除と転貸借契約の帰趨について規定するものである。
1.原賃貸借の合意解除
提案(1)は,原賃貸借契約について合意解除がされた場合にも,その合意解除を転借人に対抗することはできず,賃貸人との関係で,転借人の利用権原が失われないことを規定するものである。
もっとも,原賃貸借が合意解除された場合の法律関係については,解除を対抗できないとするのではなく,より具体的に当事者間の関係を示すということも考えられる。すなわち,原賃貸借の合意解除がなされた場合には,転貸人たる地位が原賃貸人に承継される(転貸借関係が解消され,転貸借契約の内容にしたがった,原賃貸人と転借人間の直接の賃貸借関係が成立する)とすることが,実質的にもより適切ではないかという考え方である。
この点は,提案(1)において,「解除を対抗できない」ということによる,その後の法律関係が明確ではないという問題を受けたものである。
しかし,このような規律が十分に合理的なものとして考えられるということを承認しつつも,提案(3)の状況においては,共通する問題状況があるにもかかわらず,このような解決が
できないという点から,この点を見送り,*において,この意見を残すものである。
2.原賃貸借の債務不履行解除
提案(2)は,原賃貸借契約が原賃借人(転貸人)の債務不履行によって解除された場合の転貸借関係への影響を対象とするものである。
A案は,これについて特にxxの規定を置くことをしないとするものである。この場合,提案(1)の反対解釈として,賃貸人は,解除を転借人に対しても対抗でき,目的物の返還を求めることができるということになる。判例は,このような場合に,転貸借関係も終了するとの判断を示している。
他方,B案は,このような法律関係となることを基本原則としつつ,解除を転借人に対抗するための要件として,転借人に対する告知を規定するものである。これによって,転借人は,賃借人(転貸人)の債務を弁済することによって,利用権原を維持することが可能となる。ただし,B案については,通知を怠った場合の法律関係が必ずしも明確ではないことが,問題として指摘されている。
3.賃貸借がなされた土地上の建物についての賃貸借がなされている場合
提案(3)は,土地の賃貸借がなされ,その土地上に土地賃借人が建物を所有し,その建物について賃貸借がなされた場合において,土地賃貸人と建物賃借人との関係で,提案(1)(2)が準用されることを規定するものである。このような借地上の建物の賃貸借については,土地の
転貸借とは必ずしもいえないが,土地賃貸人と建物賃借人との間では,それと同様の法律関係が生ずることにかんがみて,このようなxxの規定を置くことを提案するものである。
Ⅳ-1-20 賃料の支払時期
(1)賃料の支払時期に関する現民法 614 条本文の規定を維持する。
(2)農地等に関する現民法 614 条但書の規定を削除して,その内容は,農地法に規定する。
関連条文 現民法 614 条(賃料の支払時期)
【提案要旨】賃料の支払い時期に関する規定である。
提案(1)は,賃料の支払い時期に関する現民法 614 条本文の規定を維持することを提案するものである。
提案(2)は,農地に関する同条ただし書きについては,これを民法から削除して,農地法に
おいて,他の農地等の賃貸借に関する規定とともにまとめて規定するということを提案するものである。
Ⅳ-1-21 賃借人の通知義務
賃借物について権利を主張する者があるときは,賃借人は,遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。ただし,賃貸人がすでにこれを知っているときは,この限りでない。
関連条文 現民法 615 条(賃借人の通知義務)
【提案要旨】
賃借人の通知義務に関する現民法 615 条を維持するものである。
ただし,同条が規定する目的物が修繕を要する場合についての通知義務は,修繕に関する規律として,【Ⅳ-1-8】でまとめて規定した方がわかりやすいため,そこに移動している。
第3款 賃貸借の終了
Ⅳ-1-22 期間の定めのない賃貸借の解約の申入れ
(1)期間の定めのない賃貸借の解約申入れに関する現民法 617 条 1 項の規定を維持したうえで,解約申入れ期間としてはどの程度が妥当であるかについて検討を行う。
(2)農地等に関する現民法 617 条 2 項の規定については,これを削除して,農地法に規定する。
関連条文 現民法 617 条(期間の定めのない賃貸借の解約の申入れ),借地借家法 26 条(建物賃貸借契約の更新等)
【提案要旨】
期間の定めのない賃貸借における解約の申入れに関する規定である。
Ⅳ-1-23 期間の定めのある賃貸借における解約権の留保
(1)当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても,その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは,【Ⅳ-1-22】を準用する。
(2)賃貸借の期間が 20 年間を超える場合には,20 年を超える間については,解約権が留保されているものと推定する。
(3)前項の規定は,借地借家法が適用される賃貸借には適用されない。
関連条文 現民法 618 条(期間の定めのある賃貸借の解約をする権利の留保)
【提案要旨】
提案(1)は,期間の定めのある賃貸借において解約権を留保した場合の規定であり,現民法
618 条を維持することを提案するものである。
提案(2)は,【Ⅳ-1-4】において賃貸借の存続期間の上限を撤廃することに伴い,長期にわたる賃貸借において,一定の期間経過後の解約権の留保を推定することで,一定の緩和を図るものである。
なお,提案(2)を前提とすると,借地借家法が適用される場合においても,20 年を超えると, 推定される解除権の留保によって解除が可能となるという結論がもたらされる可能性がある。これは,借地借家法が利用権の存続期間の下限を規定し,それを超えるものについて積極的 に存続確保を図るという趣旨に抵触することになる。そのために,提案(3)において,提案(2) が借地借家法の適用がある賃貸借には適用されないことを明示的に規定するものである。
Ⅳ-1-24 賃貸借の更新の推定等
(1)賃貸借の期間が満了した後賃借人が賃借物の使用又は収益を継続する場合において,賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは,従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。ただし,その期間は,定めがないものとする。
(2)従前の賃貸借について当事者が担保を供していたときは,その担保は,期間の満了によって消滅する。ただし,敷金については,この限りでない。
関連条文 現民法 619 条(賃貸借の更新の推定等),借地借家法 26 条(建物賃貸借契約の更新等)
【提案要旨】
本提案は,現民法 619 条の規定を実質的に維持したうえで,そのただし書きの文言を修正するものである。
現民法 619 条 1 項 2 文は,「この場合において,各当事者は,第 617 条の規定により解約の申入れをすることができる。」と規定することによって,更新後の賃貸借が期間の定めのないものとなることを示しているが,必ずしもわかりやすい規定のしかたではないと考え,借地借家法 26 条 1 項の規定を参照して,このような修正を提案するものである。
Ⅳ-1-25 賃貸借の解除の効力
賃貸借の解除をした場合には,その解除は,将来に向かってのみその効力を生ずる。この場合において,当事者の一方に義務違反があったときは,その者に対する損害賠償の請求を妨げない。
関連条文 現民法 620 条(賃貸借の解除の効力)
【提案要旨】
賃貸借の解除の効力に関する現民法 620 条の規定を維持することを提案するものである。
Ⅳ-1-26 目的物の滅失等による賃貸借契約の終了
(1)目的物の滅失によって目的物の利用ができなくなった場合には,当事者(賃貸人と賃借人の両方)の責めに帰すべき事由の有無は問題とせずに,目的物の滅失自体を理由として,賃貸借契約は終了する。
(2)目的物の滅失以外の理由によって,目的物の利用ができない場合において,目的物を利用することがもはや不可能であることが確定した場合には,目的物の利用ができなくなった時に遡って,賃貸借契約は終了する。
(3)目的物が利用できない場合には,賃借人は賃貸借契約を解除することができる。この場合の解除の効果は,目的物が利用できなくなった時に遡り,【Ⅳ-1-25】は適用されない。
* 上記(3)については,このような解除権を規定しなくても,【Ⅳ-1-14】,【Ⅳ-
1-15】を通じて,同様の帰結を導くことが可能であり,このような規定を置かないということも考えられる。
【提案要旨】
目的物の利用ができないことを理由とする契約関係の終了を規定するものであある。
提案(1)は,目的物の滅失によって,当事者の義務違反等,その他の要件は必要とせずに,賃貸借が終了することを規定するものである。
提案(2)は,目的物の滅失以外の理由によって,目的物がもはや利用できないことが確定した場合についても,同様に,賃貸借契約が終了することを規定するものである。その場合の終了は,目的物が利用不可能となった時を基準とすることを定めたものである。
提案(3)は,目的物の利用ができない場合に,賃借人から賃貸借契約を解除することができる旨を規定するものである。これは,提案(2)における「目的物を利用することがもはや不可能であることが確定した」という要件が,時間的な流れの中では,なお確定できない場合があることに照らして,賃借人の側からイニシアティブをとって,賃貸借契約を終了させるというオプションを認めることが適切であるとの理由による。なお,この場合の法律効果は,提案(1)(2)と整合的なものとするために,目的物が利用できなくなった時に遡るものであり,賃貸借における解除の将来効を規定した【Ⅳ-1-25】が適用されないことを明示するものである。
ただし,提案(3)については,【Ⅳ-1-14】や【Ⅳ-1-15】を通じて,同様の帰結を導くことが可能であるとも思われる。そうした点からは,このような規定を置かないということも考えられる。
Ⅳ-1-27 賃貸借終了時の目的物の原状回復義務
賃借人は,賃貸借の終了に際して,賃貸借の目的物に附属させた物を収去し,目的物を原状に復さなければならない。
関連条文 現民法 616 条(使用貸借の規定の準用),現民法 598 条(借主による収去)
【提案要旨】
賃貸借終了時の目的物に関する規律を示したものである。
現行法においては,使用貸借の規定を準用して,賃借人の収去権についてのみ規定が置かれているが,むしろ,賃借人の目的物についての原状回復義務として規定を置くことが適切であると考えられることによる。
Ⅳ-1-28 損害賠償請求についての期間の制限
(A案)現民法 621 条の規定を廃止し,損害賠償請求の期間制限については特に規定しない。
(B案)損害賠償請求権の期間制限について,以下の規定を置く。
(1)賃貸人が,目的物の返還を受けた際,または返還後に目的物の損傷等の損害を知ったときは,契約の性質にしたがい合理的な期間内に,その損害について賃借人に通知しなければならない。
(2)賃貸人が事業者である場合には,賃貸人は,目的物に損害があることを知り,または知ることができた時から契約の性質にしたがい合理的な期間内に,その損害について賃借人に通知しなければならない。
(3)賃貸人が,前 2 項の通知をしなかったときは,その損害を理由とする救済手段を行使
することができない。ただし,前 2 項に定められた期間内に通知をしなかったことが,賃貸人にとってやむを得ない事由に基づくものであるときは,このかぎりでない。
(4)賃借人が目的物の損害について悪意であったときは,前 3 項の規定を適用しない。
* 貸主が事業者であり,その事業として目的物を賃貸した場合に限って,B案の (2)(3)(4)を残すということも考えられる。
関連条文 現民法 621 条(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限),同 600 条(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
【提案要旨】
本提案は,損害賠償請求権の期間制限に関するものである。これについては,A案とB案を提案している。
A案は,現民法 621 条の規定を削除して,現行の 1 年間の期間制限を撤廃することを提案するものである。これによって,契約又は目的物の性質にしたがって目的物を使用収益する義務に違反したことによって生じた賃貸人の損害賠償請求権は,一般の債権時効によって規律されることになる。
B案は,不完全履行型の損害賠償に関する期間制限について,他の典型契約において置くことが計画されている準則と整合的な規律を置くことを提案するものである
提案(1)は,目的物の返還を受け,目的物の損傷等,損害の存在を知ってから,合理的期間内に通知をすることを義務づけるものであり,この通知義務が履行されなかった場合には,提案(3)により,損害賠償請求権その他の権利を行使することができなくなることを定めている。
提案(2)は,賃貸人が事業者である場合も少なくないと考えられ,こうした事業者については,検査確認義務を前提として規律することが合理的であると考えられるので,合理的期間の起算点を,「知ることができた時」も含むものとするものである。
なお,現民法 621 条は,損害賠償請求権に限って規定しているが,賃貸人の救済手段とし
ては,目的物の修補等を認める余地もあるものと考えられ,提案(3)においては,他の提案と同様に,損害賠償に限定せず,救済手段と規定している。
提案(4)は,目的物の損害について,賃借人が悪意であった場合には,上記の各規律を適用せず,債務不履行一般の期間制限の問題として取り扱うべきことを示すものである。なお,ここでの悪意は,短期の期間制限との関係で論じられるべきものであるから,損害の存在についての悪意であり,加害自体が悪意でなされることを意味するものではない。
なお,現民法 621 条(同 600 条)は,賃貸人からの損害賠償請求権と賃借人からの費用償
還請求権を 1 ヶ条の中でひとまとめのものとして規定しているが,その基本的な性格はかなり異なるものと考えられるので,後者については,別途規定することを提案している。
なお,貸主が事業者であり,その事業として目的物を賃貸した場合に限って,B案の (2)(3)(4)を残すということも考えられるので,このような可能性を*において示している。
Ⅳ-1-29 費用償還請求権についての期間の制限
借主が支出した費用の償還については,特に期間の制限を設けないものとし,現民法
621 条の費用償還請求権に関する期間制限を廃止する。
関連条文 現民法 621 条(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限),同 600 条(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
【提案要旨】
現民法 621 条は,損害賠償請求権とともに,借主が支出した費用の償還請求権について,1年間の期間制限に服することを規定している。
これについては,占有者の費用償還請求権(現民法 196),留置権者の費用償還請求権(同 299 条),受任者の費用償還請求権(同 650 条),事務管理者の費用償還請求権(同 702 条),
遺贈義務者の費用償還請求権(同 993 条)と,本質的に,同じ性格のものであると考えられ,特に,賃貸借における費用償還請求権についてのみ,短期の期間制限を規定する必要はないと考えられることから,現民法 621 条の費用償還請求権に関する期間制限を撤廃するものである。これによって,費用償還請求権については,一般の債権時効によって処理されることになる。
Ⅳ-1-30 賃借権の相続
賃借権の相続については,特に規定しない。
関連条文 現民法 896 条(相続の一般的効力),借地借家法 36 条(居住用建物の賃貸借の承継)
【提案要旨】
賃借権の相続については,民法の中では特に規定しないことを提案するものである。