3)「消費者契約法日弁連改正試案(2014 年版)」(2014年7 月公表)、「日本司法書士会連合会消費者問題対策委員会『消費者契約法改正試案』」(2015 年 3 月公表)は、それぞれ、日本弁護士会連合会、日本司法書士会連合会の HP にて公開されている。
消費者契約法9条1 号にいう
「平均的な損害」の意義についての一考察
x x x
目 次
1. 問題の所在
2. 裁判例の分析
3. 考察
4. 結びに代えて
1. 問題の所在
消費者契約法(以下、「法」という。)9 条 1 号は、消費者契約の解除に伴う損害 賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項(以下、「損害賠償額の予定等を定め る条項」という。)について、その有効性を「平均的な損害」を参照して判断する。本稿は、この「平均的な損害」の対象となる損害につき、具体的には、契約が履 行前に解除されたケースで、「平均的な損害」に事業者の履行利益(得べかりし営 業上の利益)が含まれるか(以下、「本問題」という。)を検討し、同概念の意義 を明らかにする。「平均的な損害」概念を、「あくまでも民法 416 条を前提としつ つ、それを定型化した基準を消費者契約に関し強行法規化したもの」1)と位置づけ る限り、同条の「通常生ずべき損害」として賠償が認められる事業者の履行利益 につき、これを「平均的な損害」に含めないとの解釈は考えられない。しかし、 消費者契約法9条1 号を消費者契約に特有の契約解消ルールを定めたものとし て捉えるならば2)、割賦販売法(以下、「割販法」という。)や特定商取引に関する
1) xxxx「消費者契約法の意義と民法の課題」民商 123 巻 4 = 5 号 72 頁(2001)。少なくとも、法施行前後においては、こうした理解が一般的であったと考えられる。
2) こうした解釈を試みるものとして、xxxx「消費者契約の解除に伴う『平均的な損害』の意義について」xxxx、xxxx、xxxx編『特別法と民法法理』120 頁以
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法律(以下、「特商法」という。)における諸規定を踏まえ、解釈論として民法 416条の原則を修正することにも、一定の合理性を見いだすことができるかもしれない。
後述の通り、裁判例・学説共に判断が分かれる本問題は、同条の解釈上、重要な論点となっている。また、近時の日弁連や日司連等による改正試案においては3)、これを含まないことを前提とした提案がなされるなど、現在佳境を迎えている法改正の動き4)にも大きく影響するテーマであるといえる。
もっとも、平成 27 年 8 月に公表された消費者契約法専門調査会の中間取りまとめに、本問題に言及する箇所は見当たらない。同調査会における審議は、消費者庁の事務方が用意した「個別論点の検討」なる資料に沿って行われるのであるが、本問題については、この段階で論点化が見送られているのである。理由は、
「消費者契約法のたてつけ」において「損害というところは特にいじって(いない)」こと5)。つまり、法9条1 号の「損害」概念が民法 416 条を前提とすることは自明であるとして、論点化が見送られたのである。消費者庁の見解の当否は擱くとして、本問題が法改正の論点となることは、本調査会に先立って同法に係る裁判例等の収集・分析を行った諸報告6)において繰り返し指摘されてきたので
下(有斐閣、2006)、xxxxx「損害賠償額の予定・違約金条項をめぐる特別法上の規制と民法法理」xxxx先生古稀『損害賠償法の軌跡と展望』(2008 年)403 頁以下(以下、「千葉論文」という。)がある。この立場は、日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編「コンメンタール消費者契約法[第 2 版]」(商事法務、2010)や、日本弁護士連合
会編「消費者法講義[第 4 版]」(日本評論社、2013)等にも採用されている。
3)「消費者契約法日弁連改正試案(2014 年版)」(2014年7 月公表)、「日本司法書士会連合会消費者問題対策委員会『消費者契約法改正試案』」(2015 年 3 月公表)は、それぞれ、日本弁護士会連合会、日本司法書士会連合会の HP にて公開されている。
4) 現在、消費者契約法は、平成 13 年 4 月の施行以来初となる実体法部分の改正に向け
た動きが佳境を迎えている。消費者委員会は、平成 26 年 10 月、内閣総理大臣からの諮問をうけて消費者契約法専門調査会を設置し、17 回の審議を経て、平成 27年8 月、中間取りまとめを公表した。同年 3 月に決定された消費者基本計画工程表によれば、同年
度中(第 191 回国会)に、法案の国会提出が予定されているという。
5) 論点化しない理由を質したxxxx委員に対する消費者庁xx消費者制度課長発言参照(第 10 回消費者契約法専門調査会議事録)。
6) 法制定時の衆参両院の附帯決議に明らかなように、本法の見直しは、法施行当初からスケジュールに入っており、平成 17年4 月に閣議決定された第 1 期消費者基本計画にも明記されていた。準備作業も、早い段階から行われており、平成 18 年 11 月には、国
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あり7)、にもかかわらず、事務方の判断で論点化すらされないというのは、「法施行後の消費者契約に係る苦情相談の処理例及び裁判例等の情報の蓄積を踏まえ」、契約締結過程及び契約条項の内容に係る規律等の在り方を示すことを諮問された本調査会のあり方として、疑問と言わざるを得ないように思われる。
本問題をめぐっては、近時、検討素材となる裁判例が相次いで公表され、問題状況も変化している。本稿においては、関連裁判例を改めて整理・検討した上(2章)、法改正も視野に、現行法の解釈論として「平均的な損害」をいかに解すべきかについて考察を加える(3 章)。
民生活審議会消費者政策部会に消費者契約法評価検討委員会が設置され、翌年 8 月には、報告書「消費者契約法の評価及び論点の検討等について」が公表されている。また、平 成 20年3 月には、不当条項規制に係り、「平成 19 年度消費者契約における不当条項研 xx報告書」も公表された。
今回の法改正の直接のきっかけとなったのは、平成 22年3 月に閣議決定された第 2期消費者基本計画であり、消費者委員会は、同計画をうけ、法改正に備えるべく、平成 23年 12 月、「消費者契約法に関する調査作業チーム」を設置し、17 回の討議を重ねた上、平成 25 年 8 月に論点整理の報告を公表。平行して実施された消費者庁の委託研究
の成果(「消費者契約法(実体法部分)の運用状況に関する調査結果報告」)も、平成 24
年 6 月に公表された。さらに、消費者庁は、平成 26年3 月、「消費者契約法の運用状況
に関する検討会」を立ち上げ、同年 10 月、報告書を公表した。
7) 本問題は、平成 19 年以降に公表された全ての報告書が触れる論点であり(前 参照)、直近の報告書に限っても、「消費者契約法に関する調査作業チーム」による論点整理にお いては、「改正の方針として、解除に伴う損害は、信頼利益に限定し履行利益を含まない ことを明文化することが考えられる」こと、「明文化に際しては、給付していない目的物、役務の対価(将来の逸失利益)は原則損害に含めないこととし、ただし、解約の時期的 区分、契約の目的(当該消費者向けに限定された給付内容なのか否か)等に照らし、他 の顧客を獲得する等によって代替することが不可能となり、利益を得る機会を喪失した 場合は損害に含めると明示することが望ましい」旨が明記され、本調査会の委員でもあ るxxx委員によって詳細な検討が加えられている(xxxx編「消費者契約法改正へ の論点整理 ―内閣府消費者委員会ワーキングチーム報告書」79 頁以下(信山社、 2013))。また、「消費者契約法の運用状況に関する検討会報告書」においても、「逸失利 益を当然に含めるべきではないという指摘がある」こと(55 頁)、検討会において「『x x的な損害』の内容に、得べかりし利益を含めると、解除権を否定するのと同じ結果に なる」ことが議論されたことが記されている(57 頁)。
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2. 裁判例の分析
法9条1 号の適用が争われた裁判例は、LEX/DB インターネット収録の限りでも 100 件を超える8)。本章においては、ここから「平均的な損害」の対象に事業者の履行利益が含まれるかが争われた裁判例を抽出し、本問題に係る判断の詳細を検証することにより、裁判例の現状を明らかにすることとしたい。以下、「平均的な損害」に履行利益が算定された裁判例、算定されなかった裁判例について、順に検討する。
2. 1. 「平均的な損害」に履行利益が算定された裁判例
2. 1. 1. パーティーを内容とするサービス契約の解約時における営業保証料支払条項
本問題について、裁判例の立場を窺い知ることのできる最初の事例となったのが、東京地判平 14・3・25 判タ 1117―289 である。本件は、飲食店において 1 人当たり 4500 円、30〜40 名でパーティーを実施するとの予約を 2 日後に解約した消費者に対し、予約時に承諾した解約時の営業保証料(1 人当たり 5229 円)の 40 人分の支払い請求が認められるかが争われた事案であり、判決は、 本件解約
は開催日の 2 ヶ月前であって、開催予定日に他の客からの予約が入る可能性が高 いこと、¾本件解約により事業者は材料費・人件費等の支出を免れたこと、 本 件予約を理由に、事業者は同時刻開催予定の 80 名の予約を断っていること、Ж 事業者は、本件解約がなければ営業利益を獲得することができたこと、¾本件パ ーティーの開催日は仏滅であり、結婚式 2 次会などが行われにくい日であること、
本件予約の解約は消費者の自己都合であること、¾消費者自身、一定額の営業保証料の支出はやむを得ないと考えていることを認定した上、平均的な損害額を算定する証拠資料に乏しいことから、民訴法 248 条の趣旨に従って、1 人当たりの料金の 3 割に予定人数の平均を乗じた額を、平均的な損害として認定した。
民訴法 248 条の趣旨による認定となっているため、本判決において、平均的な
8) 本稿においては、LEX/DB インターネット(TKC 法律情報データベース)にて、「平均的な損害 or 平均的損害」and「消費者契約法」のキーワード検索を行い、ヒットした 101 件を検討対象判例とした(2015年9月 23 日最終確認)。
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損害がいかに算定されたかについては、不明な点も多い。もっとも、Жを認定している以上、本問題について履行利益を含まないとの前提に立つ判決とは考えられない。ただし、 とあわせて読むことで、機会喪失に対する損害賠償が認められた可能性もある。さらに、 ¾は損害回避の可能性に係る考慮要素であり、平均的な損害を算定するにあたっては、新たな予約獲得による収益との損益相殺の可能性を考慮すべきことが示唆される9)。
2. 1. 2. 学納金の不返還特約
法施行から 14 年、法9条1 号に係る最大のトピックは、学納金の不返還特約の有効性をめぐる問題であった。公表された判決も、京都地判平 15・7・16 判時 1825―46 を嚆矢として、現在までに 39 判決を数える。ここでは、一連の論争に終止符を打った最判平 18・11・27 民集 60―9―3437 について検討しよう。
本判決において、最高裁は、まず、契約解除は事業者(大学)が入学者を決定するに当たって織り込み済みであり、事業者はこうした解除を「あらかじめ見込んで、合格者を決定し」、さらに「入学試験を複数回実施したり、入学者の選抜方法を多様化したりするなどして、入学者の数及び質の確保を図ることに努め、あるいは、補欠合格(追加合格)等によって入学者を補充するなどの措置を講じている」ことを認定する。最高裁は、こうした在学契約に係る実情を前提に、「一人の学生が特定の大学と在学契約を締結した後に当該在学契約を解除した場合、その解除が当該大学が合格者を決定するに当たって織り込み済みのものであれば、原則として、その解除によって当該大学に損害が生じたということはできない」
9) なお、xxxx「消費者契約法第 9 条第 1 号における『平均的な損害』の意義と Avoidable Consequences Rule」明治学院大学法科大学院ローレビュー9巻 95 頁は、裁判例における平均的な損害の算定は、事業者の損害軽減行動を前提としていること、立法趣旨に適うように法9条1 号を解釈すれば、xx法における Avoidable Conse- quence Rule と同様のルールを前提とせざるをえないことを論じる(114 頁以下)。しかし、私見によれば、裁判例における事業者の損害回避可能性の考慮は、事業者の合理的な努力の有無を問題とする同ルールではなく、むしろ、法9条1 号の「平均的」な損害算定の帰結として理解される。法9条1 号は「当該事業者に生ずべき平均的な損害」を問題とするのであって、仮に、当該事業者が合理的な努力を日常的に怠っていたならば、法9条1 号の解釈としては、こうした怠惰な事業者について生ずべき平均的な損害を問題とせざるを得ないのである。
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ことを判示。具体的には、入学が「客観的にも高い蓋然性をもって予測される」時点までは、当該解除は事業者にとって織り込み済みのリスクであるとし、平均的な損害は存しないと判断する。
では、入学が「客観的にも高い蓋然性をもって予測される」時点とはいつなのか。この点、判決は、一般入試については大学の入学年度が始まる4月1 日であるとする。一方、専願等を資格要件とする推薦入試については、「学生が在学契約を締結した時点で当該大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測される」とされ、にもかかわらず「当該在学契約が解除された場合には、その時期が当該大学において当該解除を前提として他の入学試験等によって代わりの入学者を通常容易に確保することができる時期を経過していないなどの特段の事情がない限り、当該大学には当該解除に伴い初年度に納付すべき授業料等及び諸会費等に相当する平均的な損害が生ずる」と判断された。
以上の判決は、在学契約の特殊性故、専願等を資格要件としない一般入試については、契約後も、「入学が客観的にも高い蓋然性をもって予測される時点」までは、平均的な損害は存しないとする。これらのケースでは、事業者に履行利益賠償が認められていないが、これは、事業者の「得べかりし利益」を観念できないことを理由とすると考えれば、説明がつくように思われる。
一方、専願等を資格要件とする推薦入試のように、契約時点で得べかりし利益 を観念しうるケース(契約時点で「入学が客観的にも高い蓋然性をもって予測さ れる」ケース)について、判決は、初年度納付金の限りで履行利益賠償を認める。判決は、特段の事情として、「当該解除を前提として他の入学試験等によって代わ りの入学者を通常容易に確保することができる」場合には、履行利益賠償を否定 するが、これは、代替入学者によって得られる利益による損益相殺を考慮したも のと理解できよう。
2. 1. 3. 建物賃貸借契約の解約に伴う損害賠償額の予定等を定める条項
学納金返還請求訴訟が一段落した後、目立つようになったのが、建物賃貸借契 約の解約に伴う損害賠償額の予定等を定める条項の有効性を争う裁判例である10)。
10) このほか、建物賃貸借契約については、契約の終了に基づく目的物返還義務に履行遅滞が生じた場合における、賃料等相当額の 1.5〜2 倍の損害金を支払う旨の条項(倍額
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
この一連の裁判例においては、賃料の1 ヶ月分に限り、平均的な損害として履行利益賠償を認める判決が散見される。以下、検討しよう。
まず、xxx判平 21・2・20 裁判所 HP においては、建物賃貸借契約の解約予告に代えて支払うべき違約金支払条項の有効性が争われた。判決は、解約後次の入居者を獲得するまでの一般的な所要期間(1 ヶ月)を超える分について無効を判示。約款に定める解約予告があれば、賃貸人は、次の入居者を獲得するための準備が可能であったことを考慮すれば、次の入居者を獲得するまでの一般的な所要期間(1 ヶ月)に限り、賃借人に空室賃料を補塡させても構わないとの判断には、一定の合理性を見いだすことができよう。
次に、xxx判平 21・8・7 裁判所 HP は、建物賃貸借契約につき、賃貸借開始 より1 年未満の解約については賃料の2 ヶ月分、1 年以上 2 年未満の解約につい ては賃料の1 ヶ月分の違約金を支払う旨の条項の有効性が争われた事案におい て、一般の居住用建物の賃貸借契約では、途中解約の場合に支払うべき違約金額 は賃料の1 ヶ月(30 日)分とする例が多数とみられ、次の入居者を獲得するまで の一般的な所要期間としても相当と認められること等を認定して、民訴法 248 条により、解約により事業者が受けることがある平均的な損害は賃料の1 ヶ月分 相当額と認定した。本判決は、上掲の判決と同じ裁判官の手によるものであるが、その意味するところは大きく異なると言わざるを得ない。
損害金支払条項)について有効性を争う一連の裁判例があり、この多くは、少なくとも賃料相当額について有効とする判断を示している(大阪地判平 21・3・31 法ニュース 85―173、東京地判平 24・2・14 LEX/DB 収録、東京地判平 24・6・27 LEX/DB 収録、東京地判平 24・8・27 LEX/DB 収録)。しかし、これらの事例において、賃借人は賃借物の占有を継続しており、この対価として、少なくとも利用価値(=賃料相当額)の賠償が認められるのは当然である。契約の履行前に解約されたケースについて検討する本稿の趣旨からも逸脱するため、本稿においては検討対象外とする。
倍額損害金支払条項については、以上のほか、解除に伴う損害賠償額の予定とはいえない等とされた裁判例として、東京地判平 24・5・23 LEX/DB 収録、東京地判平 24・7・ 5 判時 2173―135、大阪地判平 24・11・12 判タ 1387―207、平均的な損害の額を超えることの立証がないとされた裁判例として、東京地判平 24・9・24 LEX/DB 収録がある。なお、建物賃貸借契約に係る約款の有効性につき、平均的な損害の額を超えることの立証がないとされた裁判例としては、このほか、中途解約の場合に事情の如何を問わず
「契約期間満了までの残賃料相当額全額」を支払う旨の約款の有効性が争われた、東京地判平 25・2・13LEX/DB 収録がある。
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前提として、本件賃貸借契約は、期間の定めのある契約ではあるが、当事者に解約する権利が留保されており、民法 618 条による民法 617 条の準用により、所定の解約予告を行う限り、賃借人が契約を終了させることは自由であると解される。すなわち、解約後の空室損料について、賃借人がこれを負担すべき法的根拠は存しないところ、本判決は、この空室損料が平均的な損害に含まれることを判示するのである。むろん、民法上は、当事者が合意する限り、いかなる損害賠償額を予定しようと自由である(民法 420 条)。しかし、契約当事者間に情報の
質及び量、並びに交渉力の格差が構造的に存する消費者契約において(法 1 条)、これを当事者の自由に委ねていたのでは、消費者に不当な金銭的負担を強いるこ ととなる。法9条1 号は、この事態を回避するために設けられたのであって11)、 以上の制度趣旨に鑑み、民法上も損害として認められない空室損料を、法9条1 号の「平均的な損害」として算定する本判決の解釈は、正当化困難と言わざるを 得ない12)。
同様の判断は、京都地判平 22・10・29 判タ 1334―100 にも見いだすことができるが、同じ批判を免れないというべきである13)。
2. 1. 4. 宿泊契約のキャンセル料支払条項
宿泊施設の前日キャンセルの客に対する取消料負担特約の有効性について判断 するのが、東京地判平 23・11・17 判タ 1380―235 である。判決は、「平均的な損 害」につき、「同一事業者が締結する同種契約事案について類型的に考察した場合 に算定される平均的な損害額であり、具体的には、当該解除の事由、時期に従い、当該事業者に生ずべき損害の内容、損害回避の可能性等に照らして判断すべきも
11) 消費者庁企画課編「逐条解説 消費者契約法[第 2 版]」207 頁以下(商事法務、
2010)参照。
12) なお、本稿においては詳述を控えるが、同じ議論は、建物賃貸借契約の更新料条項につき、その法的性質を空室損料の補塡であると解する見解についても妥当する。
13) 京都地判平 22・10・29 は、建物賃貸借契約における更新料支払条項につき、賃貸借契約を途中で解約した賃借人に対しては、違約金条項としての側面があるとした上、賃貸借契約を途中で解約されると、賃貸人としては、一定期間、賃料収入が途絶えることになり、違約金としての性質を有する更新料を取得することは一定の合理性があるとして、賃貸借契約を途中で解約した賃借人が負担すべき違約金の額は、賃貸借契約が1年 の場合、賃料 1 ヶ月分程度とするのが相当、との判断を示した。
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
の」と判示。本件予約が取り消された時点においては、「本件宿泊期間に他の客が宿泊する可能性は存在しないか、仮にそうでないとしても極めて乏しかった」ことを認定した上、具体的に、宿泊料金、グラウンド使用料金の合計から、予約取消により支出を免れた費用(仕入れ前の食材費、光熱費、クリーニング費用、アメニティー費用)を減じた額を「平均的な損害」額と認定した。(なお、規定では 100% の取消料負担が記載されているが、実際には 70% が請求されている。)
以上の判断は、宿泊契約が前日にキャンセルされた事案につき、平均的損害に履行利益が含まれることを当然の前提とした上で、本件予約の取消しによる損害を回避する可能性について具体的に検討するものである。
このほか、宿泊等の旅行手配契約については、東京地判平 23・7・28 判タ 1374―163、東京地判平 24・9・18 LEX/DB 収録の2 判決があり、いずれにおいても履行利益賠償が認められている。もっとも、宿泊契約とは異なり、旅行手配契約は、ホテル等の予約を行い、クーポン等を発券した時点で既履行ともいえるのであって、そもそも本稿の検討対象外と考えられよう。
2. 1. 5. 携帯電話の利用に係る定期契約の解約金条項
携帯電話の利用に係る定期契約の解約金条項(いわゆる「2 年縛り」条項)の有効性については、大手 3 社(NTT ドコモ、KDDI(au)、ソフトバンク)に対する消費者団体訴訟を含む 7 件の裁判例が公表されている。結論としては、KDDI を相手取った消費者団体訴訟の第 1 審判決が一部無効を認めた以外、全て請求棄却となったが、この判断において示された論理は、本問題を考える上で、重要な検討素材となっている。ここでは、平均的な損害に履行利益を算定する5 判決について検討を加えることとしたい。(以下、KDDI を相手取った訴訟についての判決は「KDDI 事件」のように表記する。)
【KDDI 事件】
消費者団体訴訟の第 1 審判決である京都地判平 24・7・19 判タ 1388―343 の判断は以下の通りである。まず、判決は、「事業者が、消費者に対し、消費者契約の解除に伴い事業者に『通常生ずべき損害』(民法 416 条 1 項)を超過する過大
な解約金等の請求をすることを防止する」のが法9条1 号の趣旨であり、「法 9
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条1 号は、債務不履行の際の損害賠償請求権の範囲を定める民法 416 条を前提
とし、その内容を定型化するという意義を有し、同号にいう損害とは、民法 416条にいう「通常生ずべき損害」に対応する」と論じる。その上で、本件定期契約につき、「契約締結後に一方当事者の債務不履行があった場合に、他方当事者が民法 415 条、416 条により請求のできる損害賠償の範囲は、契約が約定どおり履行されたであれば得られたであろう利益(逸失利益)に相当する額である」から、平均的な損害の算定にあたっても、「上記民法の規律を参照し、中途解約されることなく契約が期間満了時まで継続していれば被告が得られたであろう通信料収入等(解約に伴う逸失利益)を基礎とすべき」旨が判示される。
次に、損益相殺について、判決は、まず、民法の規定に基づき損害賠償請求す る場合には、「債務不履行に起因して他の契約を締結する機会が新たに生じたこ とにより、損害が塡補されたとしても、逸失利益の請求は認められ、上記塡捕額 は、損益相殺の対象となるにとどまる」こと、「当初の契約の債務不履行に起因し て他の契約締結の機会を得たとはいえない場合には、上記損益相殺は認められず、損害(逸失利益)全額について賠償請求が認められる」ことを確認する。その上 で、「法9条1 号の解釈にあたっても、以上のような民法の規律を参照し(中略)、解約に伴い別の契約を締結する機会が新たに生じたといえない場合には、平均的 損害の算定にあたり、他の契約を締結することによる損害の塡補の可能性を考慮 することはできない」と判示。本件契約は、「ある契約が締結されることにより、他の契約を締結する機会を喪失するとはいえず、それゆえ、解約に伴い別の契約 を締結する機会が新たに生じるともいえないから、他の契約を締結することによ る損害の塡補の可能性を考慮することはできない」とした。
以上の判断は、法9条1 号の「平均的な損害」概念について、民法の規律を前提に、これを定型化したにすぎないとの理解に立ち、同号にいう「損害」は、民法 416 条にいう「通常生ずべき損害」に対応するものであると論じる点で注目される。(なお、本問題について同旨を論じる本事件の控訴審判決(大阪高判平 25・3・29 判時 2219―64)は、端的に、同号の損害を「民法 416 条にいう『通常生ずべき損害』であ(る)」と論じる。また、「通常生ずべき損害」は「本来認められる損害額に近いもの」であるとも表現される。)法9条1 号における「損害」を民法 416 条の「通常生ずべき損害」と解するのは、第 1 章で紹介した「消費者
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
契約法のたてつけ」において「損害というところは特にいじって(いない)」とする消費者庁の立場にも合致するのであって、現時点での法9条1 号に係る標準的な理解といえよう。
もっとも、立法者は、あえて「通常生ずべき損害」の概念ではなく、「平均的な損害」の概念を用いている。すなわち、法9条1 号の「平均的な損害」は民法 416 条 1 項にいう「通常生ずべき損害」とは異なる概念として規定されているのであって、民法の規律を前提とするとの立場をとった場合であっても、両概念の違いが何であるか、すなわち、「平均的な損害」概念の積極的意義を明らかにしない限り、法9条1 号の解釈論としては説得力を欠くと言わざるを得ない。
さらに、本判決は、「債務不履行に起因して他の契約を締結する機会が新たに生 じたことにより、損害が塡補されたとしても、逸失利益の請求は認められ、上記 塡捕額は、損益相殺の対象となるにとどまる」こと、損益相殺の対象となるのは、
「解約に伴い、別の契約を締結する機会が新たに生じ、これにより損害が塡補されたといえる場合」に限られることを指摘する点でも注目される。
このほか、KDDI 事件としては、消費者が原告となった債務不存在確認請求訴訟(東京地判平 25・1・31 LEX/DB 収録)があるが、本問題につき履行利益が含まれることの根拠は不明である。
【ソフトバンク事件】
次に、ソフトバンクを相手取った消費者団体訴訟について、判決の論理を検証する。第xx京都地判平 24・11・20 判タ 1389―340 は、法9条1 号の趣旨が、
「事業者と消費者との合意により損害賠償の予定や違約罰が自由に定められることになると、消費者に過大な義務を課されるおそれがあるため、損害賠償の予定と違約金の合計について、事業者に生じる平均的損害の賠償の額を超えてはならないとすることにより消費者を保護しようとすることにある」として、「法9条1 号は、民法の一般原則通りに損害賠償の予定や違約罰の全額を認めると不当な場合に、平均的損害という一定の枠を設けて、消費者保護を図る規定にすぎず、特別の規定なく、それ以上の制限を課すものではない」との結論を導く。
その上で、「民法上、損害賠償の予定ないし違約罰を請求する際には、逸失利益の考慮が許されるのが原則であり、本件契約が解除された場合も民法の原則上は
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逸失利益の考慮が許されること、逸失利益の請求が不当な類型とされるものについては、特定商取引法 10条1項4 号(中略)、割賦販売法6条1項3 号(中略)など民法の一般原則を修正するための要件がxxで定められているが、法9条1 号には何らそのような定めはないこと」を認定し、解約金条項につき、逸失利益の考慮が許されないとする理由はないと判示。民法の原則を修正する上記の特別法上の規定の趣旨が及ぶ可能性についても、これらの規定は「特別に定められたものであるといえ、法が、その制定の際に、上記規定に類似した定めをしていないことからすれば、xxの規定なく上記規定の趣旨が及ぶものとすることはできない」と判断した。
以上の通り、本判決は、平均的な損害に履行利益が含まれるとの立場をとるが、
「実際上も、本件のように継続的な取引が予定されている場合には、消費者と事業者との間で、継続期間における収益を見込んで基本契約の内容が決せられているのであり、事業者が企図する利益は当該継続期間の収益であり、中途解約された際の損害は、契約が期間満了まで継続されたならば得られたであろう利益とするのが自然であるし、契約の履行をよりxxに守った者の損害の方が小さくなるという点も当事者の意図に合致する」。本判決は、このほか、損益相殺について KDDI 事件におけると同旨を論じる。
以上の判決を、KDDI 事件判決と比較した場合の特徴は以下の 3 点である。第 一に、法9条1 号の「平均的な損害」概念と民法 416 条の「通常生ずべき損害」概念の異同を明らかにしなかったことである。本判決において、法9条1 号は、民法の一般原則通りに損害賠償額の予定等の全額を認めると「不当」な場合に、 平均的損害という一定の枠を設けて、消費者保護を図る規定であると把握される。
(ただし、ほぼ同旨を論じる控訴審判決(大阪高判平 25・7・11 LEX/DB 収録)は、 KDDI 事件判決と同じく、「法9条1 号の平均的な損害は、民法 416 条にいう
『通常生ずべき損害』と同義であって、事業者の営業上の利益(逸失利益)が含まれる」と明示する。)第二に、特商法・割販法上の諸規定の存在から、後述する NTT ドコモ事件判決とは反対の結論を導いていることである。判決は、以上の諸規定を示して、損害賠償につき民法の原則を修正すべきケース(「逸失利益の請求が不当な類型」)については、xxでこれを修正するための要件が定められていることを指摘し、法9条1 号には何らそのような定めがない以上、民法上の原則
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
に従うべきとの論理を示す。第三点として、何が損害であるかについての以上の 理解が、実際上、当事者の意図に合致することが指摘される。以上の第二・第三 点は、後述する NTT ドコモ事件判決の論理を検証する上でも重要な指摘である。
本判決は、上記の点で KDDI 事件判決の論理を補完・修正する判決と位置づけられる。ただし、本判決によっても、KDDI 事件判決について指摘した、「平均的な損害」概念の積極的な意義が明らかにされたとはいえない。
2. 1. 6. 結婚式場の解約金条項・その他
結婚式場の解約金条項の有効性を争う消費者団体訴訟において、京都地判平 26・8・7 判時 2242―107 は、以下の論理を示す。まず、「法9条1 号は、損害賠償の額の算定について民法 416 条を前提とした上で、消費者が不当な出捐を強いられることを防止するという法の趣旨から、公序良俗に反する暴利行為に当たるような場合でなくても、損害賠償の額の予定等を定める条項のうち『平均的な損害』の額を超える部分について無効としたものと解される」として、法9条1 号の「平均的な損害」には、逸失利益が含まれるとの結論を導く。
判決によれば、開催日の 90 日前以前に解除されたケースであっても「少なくとも解除時見積額に見合うだけの本件契約の内容が具体化している」。また、「再販売によって代替的な利益を確保することができるとしても、それは損益相殺により損害が減少するにすぎず、逸失利益自体がそもそも発生しないと解することはできない」。再販売による損益相殺を考慮した平均的な損害の額は、解除時見積額の平均×粗利率×非再販率として算定される14)。
以上の判決は、携帯電話の利用に係る定期契約の解約金条項の有効性が争われた事案における裁判例と同じく、民法 416 条を前提として法9条1 号の平均的な損害の額を算定した上、再販売による代替的な利益の確保についても損益相殺により損害を減少させるに過ぎず、逸失利益自体がそもそも発生しないと解する
14) 本件逸失利益−損益相殺すべき利益
=(解除時見積額の平均×粗利率)−(解除時見積額の平均×粗利率×再販率)
=解除時見積額の平均×粗利率×(1−再販率)
=解除時見積額の平均×粗利率×非再販率
ただし、判決も指摘する通り、損益相殺の対象は、正確には、解除時見積額ではなく、再販時見積額の平均を基礎として算定される平均的な収益でなければならない。
現代法学 30
ことはできない旨を判示する。特徴は 2 点あり、第一に、開催日の 90 日前以前 に解除されたケースであっても、「少なくとも解除時見積額に見合うだけの本件 契約の内容が具体化している」として、得べかりし利益を判断したこと。第二に、損益相殺を考慮した平均的な損害の額について、粗利率・再販率を踏まえ、厳密 な算定が行われていることである。
第一点について、後述する「平均的な損害」に履行利益を算定しない裁判例に おいては、解除の時期等に鑑みて「得べかりし利益」を観念できないことを理由 に履行利益賠償を否定すると考えられるものが散見される(2. 2. 2.、2. 2. 4.)。 しかし、本判決によれば、最終的なものでないにせよ、見積もりさえ出ていれば、これを基準として得べかりし利益を算定できることとなろう。もっとも、実態と して、結婚式場の予約時、まだ詳細も検討しない段階で、適当に予算額を記入し た場合であっても、これに基づいて作成された見積金額が事業者の「得べかりし 利益」になるというのは、説得的とは言いがたいように思われる。
第二点について、こうした算定は、両当事者にとって説得的であると考える。しかし、粗利率や再販率は、事業者自身にしか知り得ない情報であって、こうした立証を消費者に求めるのは不可能を強いるに等しい。平均的な損害を超えることの立証責任は消費者側にある旨を判示した前掲最判平 18・11・27 も「事実上の推定が働く余地がある」旨を指摘するが、本判決の算定方法は、消費者が、一般の事業者を前提に平均的な損害の額を超えることについて一応の証明を行った場合において、事業者の反証にあたり用いられるべきものと考えられよう15)。
なお、事業者が適切な営業努力を行わないため、再販率が極端に低いケースも考えられるが、この場合にも上記の算定を維持するとすれば、法は、結果として怠惰な事業者を有利に扱うこととなる16)。極端なケースでは、xxxにより、損害回避可能性についての事業者の主張を排すべきである。
このほか、大阪地判平 25・7・3 法ニュース 97―348 は、老犬ホームの終身預か
15) なお、粗利率や再販率は、企業秘密に属する内容でもあり、裁判においてこうした情報をいかに扱うべきかは、慎重な検討を要する。消費者契約法専門調査会においても議論されているが、これは立法上の課題である。
16) この問題については、xxxx教授も同旨を指摘する(xxxx「消費者契約法[補訂]」139 頁(有斐閣、2004))。
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
り契約(飼い犬を終身預かって日常の世話等を行う契約)を中途解約した場合における非返金条項につき、本件契約の締結から解除までの泊数(31 泊)、死亡の場合ではあるが、本件の解除までの期間に近似する 1 か月以内において、死亡した場合には代金の半額を返還する旨の約定の存在すること等を考慮し、同契約の基準額の半額(42 万円)を超える部分について、平均的損害の額を超えるとして無効を判断する。本件において事業者は、1 泊 4000 円でペットホテル事業を営んでおり、この値段設定から考えても、認定された「平均的な損害」には履行利益分が含まれていると推測される。もっとも、同額が「平均的な損害」の額となることの根拠は不明である。
2. 2. 「平均的な損害」に履行利益が算定されなかった裁判例
2. 2. 1. 車両販売契約の解約料条項
次に、「平均的な損害」に履行利益が算定されなかった裁判例について検証する。第一例となったのが、大阪地判平 14・7・19 金商 1162―32 である。本判決は、車 両販売契約を締結の翌々日に解除した事案についての判断であり、代金半額の支 払いを受けてから車両を探すと言っていたこと等を認定して、「通常何らかの損 害が発生しうるものとも認められない」旨を判示。本事案において、事業者が売 買契約の対象車両を確保していたことを示す証拠はなく、また、仮に車両を確保 していたとしても、「注文車両は、他の顧客に販売できない特注品であったわけで もなく、被告は契約締結後わずか 2 日で解約したのであるから、その販売によっ
て得られたであろう粗利益(得べかりし利益)が消費者契約法 9 条の予定する事業者に生ずべき平均的な損害に当たるとはいえない」との判断を示した。
本判決は、本問題の出発点であり、以降の学説・裁判例に大きな影響を与えた。もっとも、契約締結後 2 日で解約したことが、なぜ、履行利益賠償を否定する根 拠となるのか、理論的根拠には不明な点も多い。仮に車両を確保していたとして も、再販により損害回避可能であったとの指摘は、損益相殺により平均的な損害 がゼロになるとの判断であろうか。もっとも、この場合、結果として平均的な損 害が算定されないとしても、本問題について、一般的に履行利益賠償を否定した わけではない点、注意が必要である17)。
現代法学 30
2. 2. 2. 結婚式場の解約金条項
2. 1. 6.に検討した結婚式場の解約金条項の有効性については、契約締結の 6日後、挙式の 1 年以上前に予約を解除した事案で、東京地判平 17・9・9 判時 1948―96 が反対の結論を示している。判決によれば、挙式予定日の一年以上前から挙式等を予定する者は予約全体の二割にも満たないのであるから、本件事業者においても、「予約日から一年以上先の日に挙式等が行われることによって利益が見込まれることは、確率としては相当少ないのであって、その意味で通常は予定し難いことといわざるを得ない」し、「仮にこの時点で予約が解除されたとしても、その後一年以上の間に新たな予約が入ることも十分期待し得る時期にある」ことも考え合わせると、その後新たな予約が入らないことにより、事業者が結果的に当初の予定どおりに挙式等が行われたならば得られたであろう利益を喪失する可能性が絶無ではないとしても、「そのような事態はこの時期に平均的なものとして想定し得るものとは認め難い」から、当該利益の喪失は法9条1 号にいう平均的な損害に当たるとは認められない。
また、事業者が「本件予約の後に、その履行に備えて何らかの出捐をしたり、本件予約が存在するために他からの予約を受け付けなかったなどの事情」は見当たらず、他に本件予約の解除によって事業者に何らかの損害が生じたと認めることはできないとして、平均的な損害は存しないとの判断を示した。
以上の判断は、以下の三点において特徴的である。第一に、予約日から 1 年以 上の先の日に挙式等が行われることによって利益が見込まれることは「通常は予 定し難い」ことをもって、平均的な損害に履行利益が含まれないとの結論を導く 点である。この判断が意味するところは必ずしも明らかでないが、当該事業者に ついて統計上「通常は予定し難い」収益は、「得べかりし利益」とはいえないとし て、平均的な損害の算定にあたって考慮しないとの趣旨であろうか。そうである とすれば、例えば、稼働率が極端に低い施設については、1 ヶ月前のキャンセル であったとしても、履行利益賠償が認められない可能性が出てくることとなろう。こうした算定は、当該契約の成立を前提に「解除なかりせば得べかりし利益」を
17) 損益相殺の結果、損害がゼロと算定されたことは、解除後の新たな収益によって損害が補塡されたことを意味するに過ぎない。損害の発生を前提とする点では、平均的な損害の算定に当たり履行利益を考慮する判断と位置づけることができよう。
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
算定する民法 416 条においては考えられないものであるが、「当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害」を問題とする法9条1 号において、当該事業者の「平均的」な「得べかりし利益」を算定するのは、決して突飛な発想とはいえない。
もっとも、こうした算定を一般化できるかといえば、困難と言わざるを得ない。事業者の予約率は消費者には知り得ない情報であるところ、事業者にとって都合 の悪い(履行利益の算定においてマイナスとなる可能性のある)予約率について の情報を、事業者が提示するとは考えられない。また、結婚式場であれば会場と 時間枠で予約率も把握できるであろうが、例えば飲食店では、こうした把握も困 難である。理論的な可能性は別論、現実の訴訟において機能する算定方法とは言 いがたいように思われる。
第二に、判決は、再販による損害回避の可能性について、「平均的なものとして 想定し得る」事態を前提に判断する立場を明らかにする。これは、例えば、1 年 以上前に解約された契約について、実際には開催予定日まで結婚式場の予約申込 みがなかったとしても、この事実を「平均的な損害」の算定にあたって考慮しな いことを意味すると考えられる。こうした扱いは「平均的な損害」を算定する以 上、当然ではある。しかし、判決は、一方で、「本件予約が存在するために他から の予約を受け付けなかったなどの事情」があれば、平均的な損害の算定にあたり、これを考慮する可能性を示す(第三点)。他の顧客からの契約申込みの有無とい う同じ事実についての異なる扱いが、どのように整合するのかについては、さら なる説明を必要としよう。
2. 2. 3. 委任契約の違約金条項
専門家との委任契約の解除に際して課せられる経済的負担について、その有効性を判断する裁判例も公表されている。
横浜地判平 21・7・10 判時 2074―97 において争われたのは、弁護士委任契約におけるみなし成功報酬特約の有効性である。同特約は、実質的に考えれば、委任者が委任契約を解除した場合の違約金等として機能するところ、弁護士が、その責めによらない事由によって解任された場合に、当該弁護士に生ずべき損害のうち、「本件委任契約の定める報酬を得ることができなかった逸失利益」について
現代法学 30
は、「これをそのまま平均的損害に加えてしまうと、中途解約に係る損害賠償額の予定又は違約金を適正な限度まで制限することを意図する消費者契約法9条1 号の趣旨が没却されてしまう」。判決は、「委任事務の大半が終了していながら、受任者の責めに帰することのできない事由により委任契約が解除されたというような場合に、別途、民法 130 条の適用があり得ることは格別、約定の報酬額を逸失利益として、これを平均的損害に含めるというような扱いは許されない」と判示。平均的な損害を否定し、みなし成功報酬特約を全部無効と判断した。
確かに、委任契約が解除された場合、既に履行した履行の割合に応じた報酬、及び、受任者が支出した委任事務処理費用の請求は当然に認められるのであって
(民法 648条3 項、650条1 項)、その上、委任契約を全うした場合に得られるはずの成功報酬まで得られるとなれば、解除の意味は完全に失われ、事実上、解除権の行使を認めないのと同じことになる。判決は、以上の事態につき、中途解約に係る損害賠償額の予定等が、「適正な限度」に制限されていないとして、これを問題視するのである。
以上の論理は、直感的にも説得力を有するが、しかし、厳密に考えるならば、なぜ、解除の意味が失われるような損害賠償額の予定等が「適正な限度」を超えるのかについて、その根拠を明らかにしていない点で、論理の飛躍がある。例えば、最判平 19・4・3 民集 61―3―967[NOVA 受講料返還請求事件判決]は、損害賠償額の予定等を制限する条項である特商法 49条2項1 号につき、自由な解除権の行使を制限することとならないよう解釈すべきことを結論するが、この論理は、同法 49条1 項が自由な解除権の行使を保障していることを前提とするのである。
では、本判決は、何を根拠に、本件における損害賠償額の予定等が、「適正な限度」を超えると判断するのであろうか。考えられるのは、委任者の自由な解除権を保障する民法 651 条である。本判決は、民法の保障する自由な解除権を制限する点で、上記の事態を招いた損害賠償額の予定等を「適正な限度」を超えるものと評価し、この事態を許してしまえば法9条1 号の趣旨が没却されてしまうと結論づけたと理解できよう。
以上の理解によれば、本判決は、民法 651 条を前提とする判断であり、こうした規定の存しない消費者契約一般に射程が及ぶとはいえないこととなる。
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
委任契約の解除に係り、委任者に経済的負担を強いる条項の有効性が争われた事案としては、東京地判平 24・5・29 LEX/DB 収録も挙げることができる。本判決は、行政書士委任契約における既払料金の不返還特約の有効性が争われた事案において、「報酬を得ることができない逸失利益については、これを平均的損害に加えると、損害賠償額の予定又は違約金を適正な限度で制限するために設けられた上記規定(法9条1 号:引用者 )の趣旨に反することになり、これに含まれないというべき」との判断を示すが、これも、前掲横浜地判平 21・7・10 と同旨に理解することができよう。
2. 2. 4. 冠婚葬祭互助会契約における解約金条項
冠婚葬祭互助会契約における解約金条項の有効性を争った一連の裁判例も、結論として、「平均的な損害」に履行利益を含めないとの判断を示す(京都地判平 23・12・13 判時 2140―42、大阪高判平 25・1・25 判時 2187―30、京都地判平
26・8・19 LEX/DB 収録、福岡地判平 26・11・19 LEX/DB 収録、金沢地判平 27・
3・3 LEX/DB 収録)。この判断において、各判決が重視するのが、冠婚葬祭互助 会契約における契約実態である。すなわち、同契約において、事業者は「互助契 約の締結により冠婚葬祭に係る抽象的な役務提供義務を負っているものの、消費 者から冠婚葬祭の施行の請求を受けて初めて、当該消費者のために冠婚葬祭の施 行に向けた具体的な準備等を始める」こととなる(前掲大阪高判平 25・1・25)。問題は、この契約実態が何故に上記の結論を導くのかであるが、この点、前掲平 成 26 年京都地裁判決は、冠婚葬祭互助会契約が準委任契約又はこれに類する無 名契約であることを前提に、履行請求前の解約は事業者にとって「不利な時期」 の解約に当たるとすることはできないとして、逸失利益の賠償を否定する。また、前掲平成 26 年福岡地裁判決は、履行請求前の段階において、事業者は「役務の提 供に対応する利益を具体的に確保し得る地位」に立っていないから、平均的な損 害に逸失利益は含まれない、と論理構成する。この時点で、役務の提供に対応す る利益は、事業者にとって得べかりし利益とはいえない、との判断であろう。
現代法学 30
2. 2. 5. 携帯電話の利用に係る定期契約の解約金条項
【NTT ドコモ事件】
携帯電話の利用に係る定期契約の解約金条項の有効性を争う一連の消費者団体訴訟のうち、NTT ドコモを相手取った裁判の判決のみが、平均的な損害に履行利益を含めることに否定的な立場を採る。以下、第xx判決である京都地判平 24・ 3・28 判時 2150―60 の論理を検証しよう。(なお、本問題につき、控訴審判決である大阪高判平 24・12・7 判時 2176―33 は本判決を引用する。)
判決は、まず、解約金条項及び法9条1 号がいずれも存在しない場合、事業者は、民法 416 条 1 項に基づき、個別の消費者に対して「通常生ずべき損害」として、履行利益の賠償を請求できることを確認する。「ところで、法は、『消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、……消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とする……ことにより、消費者の利益の擁護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与すること』(法 1 条)を目的とするものである。このような消費者の保護を目的とする法律としては、法の制定よりも前から」特商法および割販法が存在するところ、「特商法 10条1項4 号は訪問販売における契約につき、(中略)割販法6条1項3 号及び同項 4 号は割賦販売に係る契約につき、それぞれ、各種業者と消費者との間に損害賠償の予定又は違約金についての合意がある場合であっても、契約の目的となっている物の引渡し又は役務の提供等が履行される前に解除があった場合には、各種業者は、消費者に対し、契約の締結及び履行のために通常要する費用の額を超える額の金銭の支払いを請求できないと規定している。これらの規定は、各種業者と消費者が契約を締結する際においては、各種業者の主導のもとで勧誘及び交渉が行われるため、消費者が契約の内容について十分に熟慮することなく契約の締結に至ることが少なくないことから、契約解除に伴う損害賠償の額を原状回復のための賠償に限定することにより、消費者が履行の継続を望まない契約から離脱することを容易にするため、民法 416 条 1 項の規定する債務不履行に基づく損害賠償を制限したもの」である。
以上の特商法及び割販法の各規定に対し、法9条1 号は、「事業者が契約の目的を履行した後の解除に伴う損害と、事業者が契約の目的を履行する前の解除に伴う損害とを何ら区分していない。しかし、法9条1 号は、損害賠償の予定又は
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
違約金の金額の基準として、『(事業者に)通常生ずべき損害』ではなく、『当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害』の文言を用いている。このような文言に照らせば、法9条1 号は、事業者に対し、民法 416 条 1 項によれば請求し得る損害であっても、その全てについての請求を許容するものではないということができる」。
上記の特別法上の規定を必要とする事情は、「消費者契約一般において妥当する」ので、「法9条1 号は、事業者に対し、消費者契約の目的を履行する前に消費者契約が解除された場合においては、その消費者契約を当該消費者との間で締結したことによって他の消費者との間で消費者契約を締結する機会を失ったような場合等を除き、消費者に対して、契約の目的を履行していたならば得られたであろう金額を損害賠償として請求することを許さず、契約の締結及び履行のために必要な額を損害賠償として請求することのみを許すとした上で、『平均的な損害』の算定においてもこの考え方を基礎とすることとしたもの」であると判示。事業者に機会の喪失が認められない本件事案においては、履行利益を平均的な損害の算定の基礎とすることができないとの判断を示した。
以上の判断は、学説に大きな影響を与えたxxxx論文(以下、「xx論文」と いう。)18)を下敷きにしたことが明らかであるが、同論文の検討は次章に行うとし て、ここでは、本判決に顕れた限りの論理について検証しよう。本判決の論理は、要するに、①法9条1 号は「平均的な損害」という新しい概念を採用しているの であるから、民法 416 条にいう「通常生ずべき損害」と同義には解されないこと、
②民法上は許される損害賠償を契約履行前の解除事案に限り原状回復賠償の範囲に制限する特商法・割販法上の諸規定は、前提とする取引類型において、事業者の主導のもとで勧誘及び交渉が行われるため、消費者が契約の内容について十分に熟慮することなく契約の締結に至ることが少なくないという事情を背景に、消費者が履行の継続を望まない契約から離脱することを容易にする目的で設けられたこと、③同じ事情は、消費者と事業者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差が存する消費者契約一般に妥当するから、法9条1 号の解釈にあたっても、
18) xxxx 2)93 頁以下
現代法学 30
以上の諸規定と同様の賠償制限がなされるべきことをいうものである。このうち、
①は当然の指摘であり、②についても、xxxxによれば、少なくとも特商法(旧訪問販売法)の立法趣旨として、こうした機能が意識されていた可能性は、割賦販売法や訪問販売法などの一連の消費者保護立法に積極的に関与されたxxxx教授の著書に見て取ることができるという19)。では、③についてはどうであろうか。
ここで疑問符をつけざるをえないのが、特商法・割販法上の諸規定が前提とする事情が、消費者契約一般について「妥当する」との認識である。例えば、特商法は、消費者被害が多発している取引類型、あるいは、販売方法の特殊性のために取引の相手方が不当な損害を被ることがある取引類型について、これらの取引
(=特定商取引)のxx化及び取引の相手方の損害防止を図るため、特別に規定を 置くのであって20)、本法において指定される取引類型において前提とされる取引 実態の問題性は、通常の店舗販売におけるそれとは比較にならない。情報の質及 び量並びに交渉力の格差を背景とした契約締結過程におけるトラブルは、消費者 契約に遍在するとしても、だからといって、特に深刻なトラブルに対処すべく立 法された特商法上の規律が、全ての消費者契約に妥当するとはいえないのである。本判決は、消費者契約の一般法たる消費者契約法の解釈としては、論理の飛躍が あるといわざるを得ない21)。
19) xxxx『特殊販売規制法 ―訪問販売・通信販売・マルチ販売』64 頁(商事法務研究会、1977)、前掲xx論文 108 頁参照。
20) 消費者庁取引・物価対策課、経済産業省商務情報政策局消費経済政策課編「特定商取引に関する法律の解説[平成 21 年版]」35 頁(商事法務、2010)
21) なお、xx論文とは異なる視点から、特別法上のルールが消費者契約法に取り込まれ たことを論じるのが、前掲 2)の千葉論文である。同論文は、割販法・特商法上の過怠 約款規制としての不当条項規制と中途解約に伴う規制が、法9条1 号の要件をより精査 した規制基準であるとして、「少なくとも、消費者契約の一般法として民法の特別法であ る消費者法に取り込むべきルール」であることを結論する(430 頁)。この論理の前提 となるのが、割販法・特商法上の諸規定は「民法 416 条 2 項の特別損害の賠償を排除し、
民法 416 条 1 項の通常生じる損害の範囲を強行法規化したもの」であるとの認識である(xxxxx「消費者契約法と割賦販売法・特定商取引法」ジュリ 1200号 33 頁(以下、「千葉ジュリスト論文」という。)。法9条1 号も、割販法・特商法上の諸規定も、共に民法 416 条 1 項を前提として、これを強行法規化したものであると位置づけうる
のであれば、前者は、法 11 条 2 項にいう「別段の定め」として後者の適用を排するもの
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
なお、法9条1 号に抵触するかは別論、携帯電話の利用に係る定期契約の解約 金条項については、本年 7 月、総務省 ICT サービス安心・安全研究会「利用者視 点からのサービス検証タスクフォース」が公表した「『期間拘束・自動更新xx 約』に係る論点とその解決に向けた方向性」がその問題性を指摘し、業界もこれ をうけて商品の見直しに動いている22)。また、携帯電話利用サービスについては、 2 年縛り・自動更新問題に限らず、苦情・相談件数が急増しており、XXX―NET 情 報によれば、移動通信サービスに係る苦情・相談件数は、2010 年度の 12,183 件 から 2014 年の 21,269 件へと、4 年で 1.75 倍となっている。本年 5 月に成立し た改正電気通信事業法は、契約締結書面の交付義務を定め、初期契約解除制度の 整備、不実告知等の禁止、勧誘継続行為の禁止に加え、電気通信事業者等に代理 店への指導等の措置を義務づける、サービスの利用者保護のための制度を導入し たが、これは、以上の被害実態を踏まえた措置であると理解できよう。
すなわち、携帯電話利用サービスは、その取引実態として、かなり深刻な問題 を抱えているのであって、本判決が、特商法・割販法上の諸規定を参照したのは、こうした実態を踏まえたものであったと解釈する余地もないではない23)。しかし、
ママ
ではなく、後者の「『平均的損害額』をより明確化・具体化にした規定であり、取引の特性や実情に配慮した点で」「(前者が)優先適用されているに過ぎない」こととなる(千葉ジュリスト論文 33 頁)。
もっとも、通説・判例は、主たる債務の履行前に契約が解除された場合において民法上許される損害賠償の範囲につき、履行利益を含むとしているのであり、一方、割販法等の特別法上の規定は、これを「通常要する費用」の範囲に明示的に制限しているのであって、この差異を前提とすれば、法9条1 号については別論、割販法・特商法上の諸規定について、単純に民法を「強行法規化」したものと理解することは正確を欠く。(同様の問題は、割販法上の規定について「民法の強行法規化」を指摘した先行研究であるxxxx「消費者取引における解除・損害賠償 ―消費者の債務不履行責任」xxxほか監修『現代契約法体系第 4巻 商品売買・消費者契約・区分所有建物』(有斐閣、 1985)233 頁にも見いだすことができる。)千葉論文の論理は、以上の前提認識において、問題があると言わざるを得ない。
22)「au、『2 年縛り』見直しへ 大手 3 社で初めて」(朝日新聞 Digital 掲載記事 2015 年
8月7日 19時 09 分更新)
23) もっとも、本判決は、一方で基本料金の割引分を「平均的な損害」と認める。仮に、本判決が、携帯電話利用サービスに係る本件定期契約について、「各種業者の主導のもとで勧誘及び交渉が行われるため、消費者が契約の内容について十分に熟慮することなく契約の締結に至ることが少なくないことから(中略)、消費者が履行の継続を望まないx
xx法学 30
仮にそうであったとしても、こうした事情が消費者契約一般に妥当するとはいえない以上、消費者契約法上は、「特段の事情」として例外的な措置にとどめるべきであったと考えられよう。
2. 2. 6. ドレス等のレンタル契約における解約料支払条項
東京地判平 24・4・23 LEX/DB 収録においては、ドレス等のレンタル契約における解約料支払条項の有効性が争われた。判決は、「本件のようなドレス等のレンタル契約の解除に伴い事業者に生ずる法9条1 号所定の平均的な損害は、当該契約が解除されることによって当該事業者に一般的、客観的に生ずると認められる損害をいう」とした上、具体的に、「当該契約締結から解除までの期間中に当該事業者が契約の履行に備えて通常負担する費用、及び同期間中に当該事業者が他の顧客を募集できなかったことによる一般的、客観的な逸失利益(解除の時期がレンタル日の直近であるなどのため解除後に他の顧客を募集できなかったことによる逸失利益を含む。)」がこれに当たると判示する。
その上で、本件事案につき、消費者は、挙式予定日より 4 ヶ月弱前の時点で申込金を振り込んで本件レンタル契約を成立させ、その翌日にはこれを解約する意思表示をしたのであって、この実質 1 日の期間中に、事業者が契約履行に備えて何らかの費用を通常負担するということはできない。また、同期間中に、他の顧客を募集できなかったことにより、事業者が一般的、客観的に利益を逸失するということもできず、実際にもそうした事情は存しない。レンタル契約全体の実績からすると、解約の時期が遅いために新たな申込みを受け付けることが困難であった事情もないと判断し、平均的損害は存しないとして解約金条項の無効を判示した。
以上の判決は、平均的な損害を算定するにあたり履行利益を考慮しない一方、機会の喪失による逸失利益を問題とするが、その根拠は明らかでない。なお、判決の射程について、「本件のようなドレス等のレンタル契約」に限定されると読む可能性もあるが、法9条1 号の一般的な解釈論として論じられている可能性も否
約から離脱することを容易にする」ことを意図するのであれば、上掲の報告書(「『期間拘束・自動更新付契約』に係る論点とその解決に向けた方向性」)において「禁止的」とまで評された高額の月額料金の支払いを求めるのは、矛盾としかいいようがない。
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
定できない。
3. 考察
3. 1. 裁判例の現在地
以上の分析によれば、結果として「平均的な損害」に履行利益を含めない判断を示した裁判例であっても、その多くは、一般的に履行利益賠償を否定するというよりは、当該契約の当該解除時点において事業者に得べかりし利益を観念できない、あるいは、得べかりし利益が認められるとしても、契約解除後の再販等によって獲得される利益によって損益相殺されるとして、結果的に「平均的な損害」として履行利益分を算定しなかったにすぎないと理解されることが明らかとなった。いかなる場合に「平均的な損害」として「得べかりし利益」を認め、損益相殺の前提となる損害回避可能性を認定するかは判決によって異なるものの、学納金返還請求訴訟についての最高裁判決とも整合する以上の立場は、裁判例の現在地を示すものと考えられる。
一方、2. 2. 5.に分析した NTT ドコモ事件判決(一審・控訴審)は、法9条1号 の一般的な解釈論として、「平均的な損害」に履行利益が含まれないことを論じ、また、2. 2. 3.の2 判決も、民法 651 条を前提として、委任契約の解除に際し「平均的な損害」に履行利益が含まれないことを結論する。射程は不明ながら、同旨を結論する 2. 2. 6.の1 判決を含め、この 5 判決は、本問題について上記と異なる立場を示すのである。
もっとも、2. 2. 3.の2 判決の射程は、上記の通り、民法 651 条が適用される委任契約(ないし準委任契約)に限定されるのであって、こうした前提を欠く消費者契約一般に妥当する論理を提示するものとはいえない。2. 2. 6.の根拠及び射程が明らかでないことからすれば、事実上、検討すべき裁判例は、2. 2. 5.の NTTドコモ事件判決に限られることとなる。判決に顕れた論理については前章に検証済みであるが、前章にも記したように、本判決は、xxxにxx論文を下敷きにしている。同論文は、本条の起草過程を詳細に検討し、経済企画庁の立案担当者による起草段階で、「割賦販売法や特定商取引法といった既存の消費者保護法規における契約解除に伴う損害賠償額の制限法理がモデルとして参照され、それら
現代法学 30
を包摂する形で要件設定がなされたことによって、その基礎にあった考え方が消費者契約法の中に取り込まれ、一般化されていった」との理解を前提に法9条1 号を解釈するが、仮に、起草過程から同論文の結論がxx的に導かれるのであるとすれば、この結論は尊重すべきこととなる。以下、xx論文に拠り、「平均的な損害」概念の来歴を検証する。
3. 2. 「平均的な損害」概念の来歴
まず、前提として、法9条1 号の制定過程においては、契約の履行前の段階で
「契約解除に伴う損害賠償の額を原状回復(実費)賠償に限定するというような態度決定が明示的になされた形跡は見いだされない」ことを確認しておこう24)。第 17 次国民生活審議会の消費者生活部会・消費者契約法検討委員会報告が、無効とすべき不当条項として、「契約の解除に伴う消費者の損害賠償の額を予定し、又は
• • • • • • • •
違約金を定める場合に、これらを合算した額が、事業者に通常生ずべき損害を超
えることとなる条項(傍点引用者)」を挙げることからも明らかなように、民法 416 条を前提として、得べかりし利益の賠償は当然に認められると考えられていたことが推測できるのである25)。
では、xx論文は、何を根拠に、法9条1 項の「平均的な損害」に履行利益が含まれない、との結論を導くのであろうか。この点について指摘されるのが、立案担当者による起草段階で、「割賦販売法や特定商取引法における契約の解除に伴う損害賠償額の予定を制限する規定」が「一つの参考」とされた可能性である26)。
根拠として、同論文は、解除の時期による区分につき、契約の履行の前か後か
24) xx論文 119 頁参照
25) こうした理解は、同委員会の委員であるxxxx教授がxxxxx教授との共著論文において、第 16 次国民生活審議会・消費者政策部会中間報告「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」に関し、端的に「『通常得べかりし契約料金相当額』(中略)については、これを賠償額の予定条項においてあらかじめ規定したとしても、これをもってかかる条項が不当と評価されることにはならないものと考えるべき」旨を指摘していることからも裏付けられる(xxxx=xxxxx「不当条項リストをめぐる諸問題」
『消費者契約法―立法への課題』(別冊 NBL 54 号)184〜185 頁(商事法務研究会、 1999)。
26) xx論文 113〜114 頁参照
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
を問題とするのが、割販法や特商法に特有の発想であることを指摘する。しかし、
「解除の時期」が問題となるのは、契約の履行の前か後か、だけではない。実際、消費者庁の逐条解説は、解除の時期により区分される損害賠償額の予定等の具体 例として標準旅行業約款を挙げるのであって、同約款は、旅行開始日の前日から 起算してさかのぼって何日以降に解除したか、という「解除の時期」により細か く取消料の上限を定めている。この例からは、解除の時期による区分は、むしろ、事業者の損害回避可能性(主催旅行契約であれば、解除された枠の再販可能性) を考慮した規定と読む方が自然であろう。
また、同論文は、「平均」概念につき、割販法・特商法上の「通常要する費用」の解説において、「全ての場合の平均費用」「平均的な必要経費の額」が標準となることが論じられており、ここでの「平均」概念が「『当該契約』のみに要した費用を除外するため」に用いられていること、「当該契約」と対比される「全ての場合」が「当該事業者が締結する多数の同種の契約のすべて」を意味することを指摘する。その上で、「平均的な損害」を問題とするのは、同一の事業者が多数の同種の契約を締結することを前提としているのであり、上記のように理解される割販法・特商法における「通常要する費用」の概念は、「多数の同種の契約の締結を前提とした消費者契約に特有の概念」であると分析する。ここに、法9条1 号の
「平均的な損害」概念のルーツを見いだすのである。
しかし、「平均」概念が「『当該契約』のみに要した費用を除外するため」に用いられているとの指摘が正しいとしても、法9条1 号の制定過程をみれば、ここで意識されていたのは、これを上回る賠償を認めてはならない「実損害」をいかに算定するかについてのxxにおける議論であったと考えるのが自然であろう。例えば、前掲 25)のxx=xx論文は、「不当性判断の指標として暗黙裏に想定している『実損害』」は、「『具体的損害計算により確定される損害(額)』という狭い意味での実損害」に限定すべきでなく、「抽象的損害計算により確定される損害(額)」をも含むと考えるべきことを論じる27)。この「抽象的損害計算」を法文化するにあたり、割販法・特商法における「通常要する費用」の解説が参照された可能性はあるとしても、上の経緯であれば、「平均」概念の採用は、実損害を
27) 同旨を論じるものとして、xxxx「消費者契約立法と不当条項規制」NBL 686 号
26 頁(2000)も参照。
現代法学 30
「当該契約」の具体的損害計算によってではなく「抽象的損害計算」によって把握することを宣言するにとどまり、それ以上の含意を有しないこととなろう28)。
以上の検討によれば、法9条1 号の起草過程において、割販法・特商法上の契約解除に伴う損害賠償額の制限法理が取り込まれたことを示す証拠は存しない。むしろ、起草過程からは、法9条1 号の「平均」概念が、不当性判断の指標として暗黙裏に想定される「実損害」を「抽象的損害計算」によって把握する趣旨で採用されたことが示唆されることとなる。
3. 3. 「平均的な損害」概念の意義と履行利益の算定方法(私見)
3. 3. 1. 「平均的な損害」概念の意義
では、以上の検討を踏まえ、法9条1 号の「平均的な損害」概念は、いかに解 すべきであろうか。NTT ドコモ事件判決も指摘するように、「平均的な損害」は、
「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ」「消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とする」ことにより、「消費者の利益を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与する」ために設けられた概念なのであって(法 1 条)、これを民法 416 条の
「通常生ずべき損害」と同義に解することはできない。
28) なお、xx論文も指摘するように、法9条1 号が「当該事業者が提供する同種の消費者契約における損害の平均値」を問題とするのに対し、割販法および特商法にいう「通常要する費用」は「当該事業者を含む業界の平均費用」と理解される(115〜116 頁)。この点、xx論文は、後者は、「当該事業者の平均費用を算定するに当たり、業界の平均費用を標準して算定することが可能である」旨を述べるにすぎないのであって、前者もこうした算定を否定するものではない旨を主張する。xxxxは「当該事業者の属する業界全体において一様に販売価格の水準が形成されている場合には、当該事業者の同種契約における販売価格が業界水準と著しく乖離しているなどの特段の事情がない限り、当該業界の水準を考慮して、当該事業者の平均費用を算定」できる旨を別稿に論じており、このように解しても、xx説内在的には矛盾を生じないのである(xxxx「消費者契約の解除に伴う『平均的な損害』と標準約款」国民生活研究 43 巻 1 号 54 頁
(2003))。
もっとも、法9条1 号は、「平均的な損害」を超える損害賠償額の予定等を例外なく無効とするのであって、標準約款に沿った内容であること自体は、いかなる意味においても約款の有効性を担保するものではない(この点を明快に論じる判決として、2. 2. 4.の福岡地裁判決等参照)。xx説は、この点でも説明に窮することとなる。
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
もっとも、前章の検討および 3. 1.の総括にみるように、裁判例の現在地としては、「平均的な損害」の算定にあたり、まずは事業者に「平均的な損害」として「得べかりし利益」を認めうるかを問題とした上、これが認められる場合には原則として履行利益賠償を認める一方、損害回避可能性(損益相殺の可能性)が認められる場合には「特段の事情」ありとして、損害額を減ずる(場合によっては履行利益賠償を認めない)実務が一般化している。これらの裁判例においては、法 9条1 号の趣旨を踏まえ、「平均的な損害」として、いかに「得べかりし利益」を算定するか、損害回避可能性を認定するかが工夫されているのであって、こうして算定された「平均的な損害」は、もはや民法 416 条の「通常生ずべき損害」とは別概念として、固有の意義を有している。
民法 651 条の適用があるケースなど、「平均的な損害」から履行利益を排除す
ることを原則とすべき場面は存するとしても(2. 2. 3.)、そもそも、「平均的な損害」概念が「抽象的損害計算」によって損害が算定されるべきことを意図して導入された概念であることを考えあわせるならば(3. 2.)、本概念は、以上の実務を前提に、損害賠償の対象ではなく、損害の算定方法に係る概念として位置づけることが適切と考えられよう。
以上の理解に対しては「解除権を否定するのと同じ結果になる」との批判が考えられる29)。しかし、2. 2. 3.に指摘したように、解除権が否定されることについ
てのマイナス評価は、自由な解除権を保障する特商法 49 条 1 項や民法 651 条といった規定を前提として初めて可能となるのであって、こうした前提を欠く消費者契約一般について、上記批判は根拠を欠くと評さざるを得ない。むろん、xx論文のように、消費者契約の履行前の段階においては、消費者が望まない契約から離脱する自由が保障されなければならない、との前提に立てば、こうした批判は決定的なものとなる。もっとも、2. 2. 5.の検討に明らかなように、割販法・特商法上の諸規定の制度趣旨として理解されるこれらの自由が、前提とする事情を必ずしも一にしない消費者契約一般に保障されるとの命題は、決して自明のものではない30)。少なくとも、消費者の債務不履行を理由とする損害賠償額の予定条
29) 前掲 7)参照
30) 千葉論文についていうならば、特別法に見いだされる「給付されていない目的物の対価を請求することができないという原理」が、消費者契約法一般に妥当する根拠が問題
現代法学 30
項が問題となるケースにおいては、「消費者契約であるからといって、望まない契約から離脱する自由を消費者に保障する原理が働いている」とは考え難いように思われる31)。
3. 3. 2. 「平均的な損害」の算定方法
では、具体的に、「平均的な損害」はいかに算定されるべきなのであろうか32)。まず、前提として、事業者には、当該履行利益につき「具体的に確保し得る地位」にあること(=「得べかりし利益」を観念できること)が求められる。これは、
2. 2. 4.の福岡地裁判決において用いられた表現であるが、2. 1. 2.における最高裁判決も、この趣旨において理解することができる。すなわち、最高裁は、履行利益の獲得を「客観的にも高い蓋然性をもって予測される」と言いうるかを問題とするが、契約実態として一定数の契約の解除が見込まれ、事業者もこれを当然の前提としているような類型においては、「客観的にも高い蓋然性をもって」履行利益の獲得が見込まれる時期に至るまで、事業者は当該履行利益について「具体的に確保し得る地位」にあるとはいえない(=「得べかりし利益」を観念できない)のであって、「平均的な損害」としてもこれを算定できないと考えられるのである。
一方、2. 2. 4.の福岡地裁は、当該事案において、事業者が、消費者から請求がされるまで役務の提供に向けた具体的な準備活動をすべき義務を負っていないこ
となる(前掲 21)参照)。
31) この点を指摘するものとして千葉論文 428 頁参照。
32) なお、裁判例には、機会の喪失によって生じた損害が「平均的な損害」として考慮されることを示唆する判決が少なくない。確かに、民法 416 条を前提としても、機会の喪失による損害は観念しうるのであって、これを否定する理由はない。もっとも、履行利益を超える信頼利益の賠償が許されないとすれば(xx論文 138 頁等参照)、履行利益賠償が認められる限り、機会の喪失による損害を検討する実益はない。実際、民法上、機会の喪失による損害賠償が問題となるのは、医療過誤事例・情報提供義務違反事例・交渉破棄事例等、履行利益を観念しえないケースに限られるのである。本問題に係る機会の喪失論は、実質的には、履行利益賠償を否定した場合における結果の妥当性を担保することを目的とするのであって、本稿の結論を採る限り、これ以上の考察を要しないものと考える。(機会の喪失論については、xxxx「機会の喪失論の現状と課題(1・ 2 完)」法律時報 82 巻 11 号 95 頁(2010 年)、同 82 巻 12 号 112 頁(2010 年)等参照。)
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
とを指摘した上、「他面、役務の提供に対応する利益を具体的に確保し得る地位に も立っていない」旨を判示する。もっとも、解約時点で、事業者が当該契約につ いて具体的な履行義務を負っていないこと自体は決して珍しいことではなく(在 学契約等)、だからといって事業者が履行利益を「具体的に確保し得る地位」にな いと結論する理論的根拠を見いだすことは困難と言わざるを得ない。検討するに、
2. 2. 4.の事案において、事業者は、互助契約上、冠婚葬祭に係る抽象的な役務提 供義務を負うとはいえ、消費者から冠婚葬祭の施行の請求を受けるまでは、役務 の具体的内容も、提供すべき時期・場所も不明なままであった。事業者が、消費 者から請求がされるまでの間、役務の提供に向けられた具体的な準備活動をする 義務を負わないのは、こうした事情によるのであって、福岡地裁は、この契約実 態を徴表するものとして上記を認定し、未だ具体化していない契約内容について、事業者が「履行利益を確保し得る地位」に立っているとはいえないとの判断を下 したと考えられよう。事業者が履行利益を「具体的に確保し得る地位」に立つと いうためには、前提として、一定程度の契約の具体化が要求されるのである。
これに対し、2. 1. 6.の京都地裁判決は、結婚式場の利用契約につき、開催日の
90 日前以前の解除であっても、少なくともその時点での見積額に見合うだけの 契約内容が具体化しているとして、得べかりし利益を認定する。しかし、契約x xにつき、予算を前提とした具体的な話し合いが一定の結論に達する前の段階で の見積りは、消費者の夢物語を前提としたものにすぎないのであって、事業者が、こうした見積りを前提とした履行利益につき、「具体的に確保し得る地位」にある とは、到底評し得ない。契約内容が未だ具体化しない段階で解除がなされた本件 において、事業者が「平均的な損害」として主張できる「得べかりし利益」は観 念できないと考えられよう。
次に問題となるのが、「得べかりし利益」の額をいかに算定するか、である33)。例えば、2. 1. 5.にみた裁判例において、携帯電話の利用に係る定期契約の解約により事業者が被る「平均的な損害」としての得べかりし利益は、1 契約あたりの月間平均収入を示す ARPU(Average Revenue Per User)を基礎として、これに
33) 以下については、拙稿「携帯電話利用契約における解約金条項の消費者契約法上の有効性」『新・判例解説 Watch 民法(財産法)No. 75』(2014 年)所収も参照。
現代法学 30
解約時から契約期間満了時までの期間を乗ずる方法により算定される34)。しかし、 ARPU は、ヘビーユーザーも含めた全契約者の平均値であり、しかも、そこには 基本使用料のほか通話料や送信料も含まれる。契約者は、契約期間中も契約プラ ンを変更可能であり、乗り換えた先の携帯電話をメイン機として使用することで、通話等の使用を停止する選択肢も十分考えられるにもかかわらず、なぜ、最安プ ランの最低料金以上の料金を得られたはず、といえるのであろうか35)。違約金は 消費者を定期契約に繫ぎ止める枷であり、消費者は、この額と、契約継続による マイナスを比較考量して、契約を継続するか否かを決するのであるが、ここで合 理的な消費者が比較対象とするのは、最低限支払わなければならない料金なので ある。不当約款規制を制度趣旨とする法9条1 号において賠償が認められる得 べかりし利益は、合理的な消費者を前提として最小限の範囲にとどまると考える べきであろう。
また、算定に当たっては解除の時期等の区分も重要である。例えば、NTT ドコモ事件判決は、消費者契約の数及びその解除の件数が多数にわたること、本件商品が 2 年の契約期間を通して予定の利益があがるように設計されていることを指摘して、解除の時期を問わず、消費者を総体として捉えることが同条の趣旨に沿う解釈であると論じる。確かに、多数を相手にする契約である以上、解除の時期を1 日単位に区切って損害を算定するなど、当該事業者が行っていない細分化を行う必要はないのが原則であり、その限りで「区分」内の消費者を総体として把握すべきとする判決の論理は法9条1 号の趣旨に沿う。しかし、これは、あく
34) 解約時から契約期間満了時までの期間を乗ずることについても、問題を指摘することができる。本稿に詳細を論じる紙幅は残されていないが、私見によれば、携帯電話の利用に係る定期契約の解約によって事業者に生じる「平均的な損害」は、「(最低限支払わなければならない月額料金)×(更新前契約者の平均契約存続期間の残月数)−(不要となる請求コスト・アクセスチャージ等)」と算定されるべきである(詳細について、xxxx 33)参照)。
35) そもそも、本判決の解釈は、民法 416 条の理解としても正当化しうるものではない。例えば、ホテルの宿泊を予約していた消費者が、この予約をキャンセルした場合、民法 416 条の適用を前提としてホテル側が請求できるのは、宿泊料金だけである。たとえ、 実際には、ホテル側は、宿泊者から、宿泊料金以外に、ホテルの施設利用による収入(館 内での飲食や、サービスの利用)を見込んでいたとしても、これらについて「得べかり し利益」ということはできないのである。
消費者契約法9条1 号にいう「平均的な損害」の意義についての一考察
まで当該契約における「区分」の最小単位に満たない差異についての処理原則で あり、解除の時期により事業者に生ずべき損害に著しい差異がある中、本原則が、商品構成において事業者が前提とした任意の「区分」内における消費者の総体的 把握を正当化するわけではない。KDDI 事件第 1 審判決が論じるように、「事業 者が解除の事由、時期等による区分をせずに、一律に一定の解約金の支払義務が あることを定める契約条項を使用している場合であっても、解除の事由、時期等 により事業者に生ずべき損害に著しい差異がある契約類型においては、解除の事 由、時期等により同一の区分に分類される複数の同種の契約における平均値を用 いて、各区分毎に、解除に伴い事業者に生じる損害を算定すべき」なのであって、携帯電話の利用に係る定期契約についても、料金の徴収が月単位で行われる以上 は、「平均的な損害」は原則として本件契約における「区分」の最小単位(月単位)毎に算定されるべきこととなろう。
第三に、損益相殺に係り、損害回避可能性をいかに認定するかという問題が考えられる。この点、2. 1. 6.は、同じく結婚式場の利用契約が解除された事案において、損益相殺すべき利益につき、実際の再販率を考慮した算定を行う。再販率についての情報は事業者に偏在しているところ、上述の通り、こうした立証を消費者に求めるのは不可能を強いるに等しい。法9条1 号は「当該事業者に生ずべき平均的な損害」の額を問題とするが、消費者に求められるのは、「平均的な損害」の額を超えることにつき事実上の推定を行うための前提としての一応の証明に止まるのであって、この証明は、一般の事業者を前提として、通常人が疑を差し挟まない程度にxx性の確信を持ちうる程度のものでなければならないとしても、具体的なデータまでは要しないものと解すべきである。例えば、1 年前の解約であれば値引きなしの再販により同等の利益をえることは十分に可能との主張は、具体的なデータなしに十分に説得的であり、もし、当該事業者について、再販が困難な事情が一般的に存するのであれば、当該事業者が具体的な数字を挙げて反証すればよいと考えられる36)。
36) なお、こうした算定による場合、極端に再販率が低いケースについては、怠惰な事業者を利することになるのではないかという点が問題となりうる。上述の通り、極端なケースについては、xxxによる制限が検討されるべきであろう。
現代法学 30
4. 結びに代えて
以上の検討からは、第 1 章に紹介した、「消費者契約法のたてつけ」において
「損害というところは特にいじって(いない)」とする消費者庁の見解は、結論として、本稿によっても支持されることとなった。もっとも、このように解する前提は、「平均的」な損害の算定が、消費者契約法の趣旨に沿った形で適正に行われることであって、法改正を視野に現行法を総括するにあたって、本来、この点の検証は不可欠であったと考えられる。消費者契約法専門調査会の議論には、こうした視点が欠落していると言わざるを得ないのであって、「消費者契約法の運用状況に関する検討会報告書」の段階では、委員によって重要論点として位置づけられていた「消費者契約法の意義」を、論点から外し、議論の場そのものを奪ってしまった消費者庁事務方の判断は、かえすがえすも悔やまれる。
今後の議論においては、立法時(改正時)における議論の欠落を前提として、
「平均的」な損害算定の方法につき、改正時の議論に縛られない自由な解釈が許されるべきことを確認しておきたい。
(脱稿後、xxxxx「中途解除と契約の内容規制」(有斐閣、2015)に接した。)