4)保険会社向けの総合的な監督指針(平成30 年2月、available at https://www.fsa.go.jp/common/law/guide/ ins/index.html)(以下、「監督指針」という)Ⅱ-4-2- 2(2)④は、「被保険者のために積み立てられている額」には、規則第10条第3号に規定する契約者価額の計算の基礎とする額並びに規則第30条の5第1項第1号(社員 配当準備金)、規則第70条第1項第1号ロ
保険契約の転換・乗換えにおける説明義務
尾崎 悠一
(首都大学東京 准教授)
1.はじめに
生命保険契約は長期にわたる継続的契約であり、保険契約期間中に保険契約者の事情が変わることもありうる。例えば、保険法は43条において保険金受取人の変更について規定を設けており、ここでは、契約期間中に保険契約者と保険金受取人との関係等に変化が生じうることから保険金受取人の変更が認められている。保険契約者のニーズが大きく変わったり、あるいは、保険契約締結後に保険契約者のニーズにより適合した新商品が登場したような場合には、既存の契約から新規の契約に変更することが合理的な選択になりえよう。このような場合に、保険契約の転換1)や乗換えが行われることになる。本稿は、保険契約の転換や乗換えの募集に関する民事ルールについて検討を試みるものである2)。
1)転換については山下友信・米山高生編『保険法解説』(有斐閣、2010年)377-382頁〔平澤宗夫〕参照。
2)保険契約の転換や乗換え以外にも保険契約の内容の変更は様々な手法で行われる。本稿では、既契約が消滅するという一番ラディカルな場面を検討するものであり、他の手法による契約内容の変更についての検討は今後の課題
保険契約の転換や乗換えの場面についても、新たな契約が締結されている以上、新契約について一般的な募集のルールは適用されることになる。保険募集にあたっての説明義務・情報提供義務はその中核的なルールであり、全くの新規の保険契約の締結の場面であろうと、保険契約の転換・乗換えの場合であろうと妥当しうるルールである。他方で、極めて一般的・包括的なルールである説明義務については、場面を分けて整理することにより、より詳細な分析が可能になるものと思われる(多くの裁判例が現れた変額保険についてはすでに学説上も検討の集積があり、説明義務の内容が分析されている)。本稿は、保険契約の転換・乗換えを素材とし、場面を限定することにより3)、説明義務・情報提供義務のあり方について若干の分析をすることを目的とする。
2.保険業法における規律
(1)規制内容
保険業法には保険契約の転換・乗換えの場合に固有のルールが設けられている。
保険契約の転換契約を取り扱う場合(条文の文言では「既契約を消滅させると同時に、既契約の責任準備金、返戻金の額その他の被保険者のために積み立てられている額4)を、新たに締結する保険契約(以下この号にお
としたい。
3)保険募集における損害賠償責任に関する裁判例の整理の中で、保険契約の乗換え・転換の場面を取り上げて説明するものとして山下友信『保険法(上)』
(有斐閣、2018年)271〜273頁。
4)保険会社向けの総合的な監督指針(平成30 年2月、available at https://www.fsa.go.jp/common/law/guide/ins/index.html)(以下、「監督指針」という)Ⅱ-4-2-2(2)④は、「被保険者のために積み立てられている額」には、規則第10条第3号に規定する契約者価額の計算の基礎とする額並びに規則第30条の5第1項第1号(社員配当準備金)、規則第70条第1項第1号ロ
(未経過保険料)、第3号(払戻積立金)及び第4号(契約者配当準備金等)
いて「新契約」という。)の責任準備金又は保険料に充当することによって成立する保険契約(既契約と新契約の被保険者が同一人を含む場合に限る。)を取り扱う場合」)には、保険業法294条1項・施行規則227条の2第
3項9号5)は、「既契約及び新契約に関する保険の種類、保険金額、
保険期間、普通保険約款及び給付のある主要な特約ごとの保険料、保険料払込期間その他保険契約に関する重要な事項」6)および「既 契約を継続したまま保障内容を見直す方法があること及びその 方法」7)を記載した書面を用いて行う説明すること、及び当該書 面を交付することを要求し8)、前者の記載については既契約と新 契約が対比できる方法9)であることが要求されている。「保障内容
等が含まれるとする。
5)この規律は平成26年保険業法改正及び平成27年保険業法施行規則改正を受けて設けられたものである。同改正前は、転換についても乗換えと同様、後述の保険業法300条1項4号により規律されていた(木下孝治「保険業法逐条解説(XXXVI)」生命保険論集184号(2013年)189頁参照)。
6)監督指針Ⅱ-4-2-2(2)⑥は、「その他保険契約に関する重要な事項」として、保険料の払込方法、契約者配当又は社員に対する剰余金の分配の有無、予定利率の変動によって保険料が引き上げとなる事実、その他保険契約の特性から重要と認められる事項、のうち該当する事項を挙げる。
7)監督指針Ⅱ-4-2-2(2)⑦は、「既契約を継続したまま保障内容を見直す方法」として、既契約に特約を中途付加する方法と既契約に追加して他の保険契約を締結する方法を例示する。
8)平成26年改正前保険業法100条の2・平成27年改正前保険業法施行規則53条4号は、同様の規律を設けていた。
9)「既契約と新契約が対比できる方法」の具体的な内容については監督指針Ⅱ
-4-2-2(2)⑤が定めており、「ア.規則第227条の2第3項第9号イ及び規則第 234条の21の2第1項第7号イに規定する事項について、書面に既契約及び新契約に関して記載項目毎に対比して記載する。」、「イ.上記ア.にかかわらず、以下に掲げる場合には、既契約及び新契約に関して規則第227条の2第3項第
9号イ及び規則第234条の21の2第1項第7号イに規定する事項が記載されたそれぞれの書面を交付して対比することも可能とする。(ア)保険種類が異なり、かつ、既契約及び新契約(いずれも特約を含む。)の保障内容又は担保内容が全く異なるもの。(イ)複数の既契約を一の新契約にする場合等既契約及び新契約の契約内容やシステム上の問題等により、記載項目毎に対比して
を見直す」とは、基本的には、保障内容を削減する方向ではなく、
(より手厚く)拡充することを想定していると考えられ10)、227条の
2第3項9号による規制対象としては、既契約を消滅させて既存の積立部分等を新契約の保険料等に充当する場合には、保障内容の拡充に伴って保険料負担が増加することが顧客に認識しにくくなるとの弊害が典型例として想定される11)。
保険契約の乗換えに関して、保険業法300条1項4号は、「保険 契約者又は被保険者に対して、不利益となるべき事実を告げずに、既に成立している保険契約を消滅させて新たな保険契約の申込 みをさせ、又は新たな保険契約の申込みをさせて既に成立してい る保険契約を消滅させる行為」を保険契約の締結又は保険募集に 関する禁止行為として定める12)13)。ここでいう「不利益となるべ き事実」に該当するか否かは個別の事情によって判断されると考
記載(上記ア.をいう。)しない合理的な理由があるもの。」とする。
10)監督指針Ⅱ-4-2-2(2)⑦は、「既契約を継続したまま保障内容を見直す方法」として、既契約に特約を中途付加する方法、既契約に追加して他の保険契約を締結する方法等を挙げている。
11)細田浩史『保険業法』(弘文堂、2018年)470頁。
12)規定の沿革については、木下・前掲(注5)189-202頁。なお、同202頁は、
303条1項4号(平成26年改正前)の規制目的が、他社に対する中傷行為を規制し市場における不公正な競争手段を禁止することから契約者利益の保護にシフトしているとした上で、行為の不当性を情報提供の不備に限定しつつ、情報提供の質を充実させようとするという大きなトレンドを指摘する。
13)300条1項4号の対象は、異なる保険会社の引き受ける保険契約の間の乗換えだけでなく、保険会社が同一である場合の乗換えも含まれうること、保険会社が同一である場合の「転換」は300条1項4号の対象としていないと考えられることについて細田・前掲(注11)547頁。もっとも保険業法294条と保険業法300条1項はエンフォースメント手段が異なるので、後者の規律を乗換えに限定することは論理必然ではないように思われる。一般論として積極的な情報提供に関する294条の規律と情報提供に関する禁止行為を定める300条の規律が併存しうることについて山本哲生「顧客への情報提供義務」ジュリスト1490号(2016年)18頁参照。
えられているが14)、既契約と新契約の契約条件を総合的に比較して、新契約が既契約よりも保険契約者または被保険者にとって不利益と判断される場合に限られず、既契約の解消と新契約の締結により、既契約のもとでは従前存在しなかった不利益を被ることになる場合には、当該不利益について告知する必要があると考えられる15)。監督指針Ⅱ-4-2-2(7)では、一定金額の金銭をいわゆる解約控除等として保険契約者が負担することとなる場合があること、特別配当請求権その他の一定期間の契約継続を条件に発生する配当に係る請求権を失うこととなる場合があること、被保険者の健康状態の悪化等のため新たな保険契約を締結できないこととなる場合があることが不利益となる事実の例示として挙げられている。
(2)規制の目的
保険業法の規律は、転換・乗換えともに、既契約を終了させて新たに保険契約を締結する場合は、新契約における保険料額や保障内容その他の契約条件が、既契約に比べて保険契約者等にとって不利益なものとなるおそれがあることから、既契約・新契約について十分な情報を得た上で、保険契約者が判断することを確保するために設けられたものである。適切な情報提供を受けて合理的な選択をした上で加入したはずの既契約をあえて消滅させる点で転換・乗換えは契約者に危険な取引であり、契約者が合理的な判断をなしうるためには、既契約の受給権を失う不利益と、こ
14)安居孝啓『最新保険業法の解説』(大成出版社、改訂3版、2016年)1050頁。木下・前掲(注5)213頁は、解約されようとする既契約と加入・締結されようとする新契約の比較上、新契約の方が不利益な事実であって、保険契約者が意思決定を行う上で重要な事実を全て含むと解すべきであるとする。
15)細田・前掲(注11)548頁。
れを失う代償として新契約のもとで得られる利益、新契約のもとで新たに生じ得る不利益を比較検討する必要がある16)。また、特に、同一の保険会社の商品間で既契約から新契約への転換がされる場合において契約条件の不利益変更を伴うときは、(保険会社は同一であり)既契約と新契約との間で保険者の保険金等の支払能力は変わらず、ほとんど契約条件のみが比較要素であり、保険契約者等にとっては既契約から新契約に転換する利点に乏しい場合も少なくないため、同一の保険会社の商品間で保険契約の転換がされる場合において、保険契約者等が、契約条件の不利益変更等のリスクについて認識したうえで、新契約の締結・加入を確保するために定められたものとの説明もなされる17)。これらの観点からは、転換・乗換えの勧誘にあたっては、新規の保険契約の勧誘とは求められる説明の程度・性質が異なりうることが示唆されよう。
もっとも、保険業法の規律に関しては、転換・乗換えに内在する上記の危険性の他にも、規制を必要とする懸念として、保険募集を行う者が業績を挙げるために、あるいは、保険会社が自らに有利な転換・乗換えをするために、保険契約者の事情を無視して転換募集がなされるのではないかとの懸念が示されている18)。こ
16)木下・前掲(注5)203頁。転換・乗換えの危険性として、特に、疾病関係の保障内容が変更される場合には、既契約のもとで保障されていた既往症または現症があるときは、転換・乗換えにより既にリスクとして顕在化している既往症、現症に対する保障を確定的に失わせる結果になることが指摘されている。
17)保険業法294条について細田・前掲(注11)469頁。
18)安居・前掲(注14)1050頁。生命保険市場では、(バブル経済崩壊後の)景気後退の局面において、既契約者に対して契約転換を勧める募集が広範に行われ、契約者が転換前後の契約内容を十分に理解しないまま転換が推し進められたことが疑われる事案が多数発生したようであると指摘するものとして木下・前掲(注5)199頁。
の懸念は、転換・乗換えに内在する危険性とは別に一般的な情報提供よりも丁寧に契約者の注意を喚起する規律の必要性を導くものといえよう19)。
現行法においては乗換えの場合と転換の場合とで条文を書き分けているものの、従来は同じ条文で転換と乗換えの両方を規律していたこともあり、基本的な規制の意義は同様のものと理解することができようが、転換と乗換えについて若干の差異が指摘されている。すなわち、他社の契約への乗換募集に際して保険募集人等は既存契約の内容を正確に承知しているわけではないのに対し、転換の場合には、保険会社は既存契約の内容を正確に把握しており、また、顧客の保険会社または募集人等に対する信頼を梃子にして勧誘がなされることから、後者の方が適正かつ正確な説明がなされることが期待されることを指摘し、自社商品間の乗換えについては転換募集と同等の法的評価を与えるべき部分が少なくないとの指摘がなされている20)。ここでの指摘は、転換・乗換えの場面における顧客の保険会社または募集人等に対する「信頼」を考慮する必要性を示唆するものといえよう21)。
(3)私法上の規律との関係
上記の規律は保険業法上の規律であり、直接関連づけられた私
19)木下・前掲(注5)204頁。
20)木下・前掲(注5)204-205頁。
21)保険契約者の保険会社または募集人に対する信頼が保険契約者に対する説明義務との関係で問題となりうる場面は転換・乗換えに限らず存在しうるところであり(保険契約者の勧誘者に対する信頼が極めて高かったと推測される裁判例について、実質的には助言義務を認めているとの指摘をするものとして、山下友信「保険募集過程上の保険者の情報提供と民事責任」法曹時報 66巻7号(2016年)1679-1682頁)、より場面を広げて考えれば、転換・乗換えは、保険契約者の保険会社または募集人に対する信頼が生じうる一要素ということになろうか。
法上の規定は存在しないものの、保険業法に違反する場合には、民法上の錯誤(95条)、詐欺(96条)、消費者契約法に基づく取消し
(4条)、不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条、715条、保険業法283条1項)等の私法的効果が生じ得るものとされる22)。
もっとも、保険業法における情報提供規制の範囲と私法上の説明義務の範囲とは一致するものではない。私法上の説明義務の対象となる重要な事項は、保険契約者がそれを知っていれば契約を締結しなかったであろうという意味での重要性を持つものであり、私法上の説明義務の対象は、かなり広範囲にわたる保険業法に基づき情報提供されるべき事項からは絞り込まれるべきであるとの指摘がある23)。他方で、私法上の説明義務の成否は、個別具体的な事情から判断されることになり、保険業法での情報提供義務の範囲外で私法上の説明義務が認められる余地は否定されない24)。
本稿における保険業法の参照は、それが私法上の規律を直接的に基礎づけるというものではなく、転換・乗換えの場面における私法上の規律を考える上での視点を確認するためのものであり、上述の保険業法の規制目的は、私法上の規律においても基本的には尊重されるべきものであると考えられる。
3.転換・乗換えに関する裁判例
(1)裁判例
転換や乗換えに関する紛争自体は少なくないようであるが25)、
22)木下・前掲(注5)220頁。
23)山下・前掲(注21)1686頁。
24)山本・前掲(注13)19頁。
25)たとえば、生命保険協会・生命保険相談所の平成29年版相談所リポート
転換や乗換えについてそのプロセスが問題となった裁判例は必ずしも多くない。請求内容を区別することなく、問題となった裁判例を概観する26)。
① 大阪高判平成13年5月25日生命保険判例集13巻462頁27)
X(原告、控訴人)は、定期保険特約付養老保険契約(本件一保険契約、本件二保険契約)を締結していたところ、Y生命保険相互会社(被告、被控訴人)の営業職員Aの勧誘を受け、増加生存保険特約付終身保険契約(本件三保険契約)に転換した。保険契約を締結することを勧誘するに際して、タイムリーボーナスの額の計算根拠を示すなどして保険内容や保険契約者が投資リスクを負うことを十分説明すべき義務、転換することの利益を説明すべき義務に違反したとしてXはYに対して損害賠償を求めた。
本判決では、本件三保険契約の内容、特徴やタイムリーボーナスの仕組み及びその金額が変動し得るものであること等が明記された設計書及びパンフレットが重視され、Aは、「本件設計書に基づき、Xに対し、保険契約の転換制度や本件三保険契約の内容、本件設計書に記載されたタイムリーボーナスの金額が支払を約束されたものではなく今後変動し得るものであ
(available at https://www.seiho.or.jp/contact/report/pdf/report2017. pdf)において、説明不十分の苦情の約2割が転換契約によるものとされ、転換をめぐる事案が3件紹介されている。また、生命保険協会の裁定審査委員会が取り扱った事案の概要(https://www.seiho.or.jp/contact/adr/item/c ontent03/)においても、転換をめぐる紛争が多く掲載されている。
26)ほかに、本人訴訟のようであり、原告(保険契約者)の主張が具体化しているわけではないが、転換の際の商品の推奨に対して保険契約者が強い不満を抱いていることがうかがわれる事件として、東京地判平成29年10月20日判例集未搭載(平成28年(ワ)28537)。
27)原審として大阪地判平成12年11月8日生命保険判例集12巻541頁。本判決の評釈として、吉田哲郎・保険事例研究会レポート175号(2002年)1頁。
ることについて説明をし、これを受けて、Xは本件三保険契約 を締結するに至った」とし「Xは、保険契約の転換制度を利用 する利益、タイムリーボーナスの仕組みや特徴とりわけ本件設 計書に記載されたタイムリーボーナスの金額が支払を約束さ れたものではなく今後変動し得るものであることを十分理解 した上で本件三保険契約を締結したものと認められる」として、説明義務違反を否定している。また、転換に関する説明として、
「転換制度を利用すると、本件一保険契約や本件二保険契約を解約して新規に保険契約を締結する場合と異なり、本件一保険契約や本件二保険契約の責任準備金や配当金などが本件三保険契約の責任準備金等に充当されるため、その分保険料が安くなることなどを説明」したと判示する。本件においては、もっぱら新契約に関する説明義務が尽くされたか否かが問題となっており、転換のメリットや既存契約を失うことのデメリットについては議論されていない。
② 東京高判平成17年6月28日生命保険判例集17巻532頁28)
X(原告、控訴人)とY生命保険相互会社(被告、被控訴人)との間で平成2年7月1日、普通死亡時受取金額を1500万円(定期特約期間満了後は300万円)、満期時受取金額を300万円、定期保険特約を1200万円(期間15年)とする月額保険料1万1496万円の
②保険契約(定期特約付養老保険)を締結した。Xは②保険契約の 保険金額を増額するため、平成4年7月13日、Yに対し、②保 険契約を被転換契約とする転換により、普通死亡時受取金額 3500万円、終身保険金額300万円(終身保険の保険料払込期間は30年)、
28)原審として東京地判平成17年2月16日生命保険判例集17巻129頁。本件では本文で記述した以外にも複数の保険契約が締結されているが、本稿の検討対象となりうる部分のみ紹介する。
定期保険特約保険金額3200万円(同特約の保険期間及び保険料払込 期間はいずれも10年)とする③保険契約を申し込み、同年8月1 日に保険契約が成立した。Yの外務員が、転換に際し、Xに対 し、定期保険特約が掛け捨てであり、10年後に保険料が上がる ことの説明をせず、また、定期保険特約には配当が付く旨の説 明をした等として、主位的に不法行為に基づく損害賠償請求を、予備的に錯誤無効による不当利得返還請求をしたのが本件で ある。本判決は、担当外務員は提案書を用いて契約内容の説明 をしたことが推認され、外務員の説明と定期特約の保険金額、保険期間、保険料払込期間が明記された保険申込書の記載等か ら、掛け捨て部分が生じることや、更新時には保険料が増額す ること等を認識していたとした。本判決は、基本的には、転換 後の保険内容についての転換時の説明をめぐる事実認定の問 題であり、設計書の記載内容が事実認定の決め手となっている。既契約消滅のデメリットについては特に問題となっていない。
③ 東京高判平成17年8月30日生命保険判例集17巻641頁29)
X(原告)の夫Aは、Y生命保険相互会社(被告)と平成2年 10月1日に死亡保険金1000万円に定期保険特約部分の保険金
4000万円が上乗せされた保険契約(本件保険契約2)を締結していたところ、Yの従業員Bの勧誘により、平成12年11月1日本件保険契約2の定期保険特約部分を解約し、死亡保険金額4300万円の保険(本件保険契約1)を締結するという保険契約の乗換えを行なった。Aは、平成14年8月28日に失踪し、同年11月28日に遺体となって発見された(捜査当局は8月29日に自殺したものと
29)原審として東京地判平成17年1月26日生命保険判例集17巻38頁。本判決の評釈として、井上亨・保険事例研究会レポート208号(2006年)11頁、和田一雄・保険事例研究会レポート210号(2006年)1頁。
認定している)。Xの死亡保険金の請求に対し、Yは、本件保険 契約1締結の際に、Aが平成8年からうつ病で治療中であった にもかかわらず、当該事項を告知していなかったとして本件保 険契約1を解除する旨の意思表示をした。Yは、乗換えの勧誘 の際に、信義則上、本件保険契約2締結後に生じたAの病状等 によって不合理な結果をもたらすことがないように説明・注意 すべき義務があるにもかかわらず、その義務に違反したとして XがYに対して損害賠償を請求したのが本件である。本判決は、
「保険契約者が、保険契約の乗換えを行う際、保険会社は、〔保険業法の〕趣旨30)に沿った説明・注意義務(以下、単に「説明・注意義務」という。)を負い、保険会社が、説明・注意義務を怠った場合、保険契約者又は保険金受取人に対し、不法行為又は契約締結における信義則上の義務違反として、損害賠償責任を負うことがあると解されるところ、具体的に保険会社が負う説明・注意義務の内容及び説明・注意義務違反の有無を判断するに当たっては、当該事案における不利益となるべき事実の内容、保険契約者の属性、Yの説明内容等を総合的に判断し、保険会社に説明・注意義務違反が認められるか否かを検討するのが相当である」と判示した上で、乗換えの合理性については、「本件
30)本判決は、保険業法300条1項、保険業法100条の2、保険業法施行規則53条1項4号(当時)の趣旨について、「旧保険契約の解約(一部の解約も含む。)及び新保険契約の締結を要素とする保険契約の乗換えは、それが不当に勧誘されると保険契約者にとって不測の不利益が生じるおそれがあり、また、保険募集の秩序を乱す要因となるなどの弊害を有する一方で、生命保険契約が長期間にわたって継続する契約類型であることから、保険契約の乗換えは、保険契約者の生活状況等の変化に応じた契約内容の変更を可能とする利点を有していることが否定できず、以上の諸点を考慮して、保険契約の乗換え募集すべてを禁止するのではなく、保険契約者が保険契約の乗換えに伴う不利益を十分に認識していない状況下において不利益となるべき事実を告げないで行う保険契約の乗換募集行為を禁止したものであると解される。」とする。
保険契約2の定期保険特約は、平成17年に更新時期になり、仮に更新するとなると保険料が上昇するのであるから、保険料、保障内容をほとんど変えない状態で平成22年まで継続できるということは、本件の保険契約の乗換えの1つの利点であることは否定できないから、そのような選択をすることに合理性がないとはいえない」、「Aは、本件保険契約1締結当時、本件保険契約1締結の審査において告知を怠ると本件保険契約1が後に解除され、本件保険契約1に基づく保険金が支払われない結果となることがあることを理解・認識していたものと認めることができるが、他方で、うつ病とは関係ない疾病等で死亡した場合や保険事故が発生しないまま責任開始の日から2年経過した場合は本件保険契約1に基づく保険金が支払われることがあるのであって、Aが本件の保険契約の乗換えの際そのような場合を念頭においていたということは十分にあり得るところであり…Aが本件の保険契約の乗換えをしたことが不合理であると断ずることはできない」とし、また、Aが、本件保険契約1締結の際に、告知を怠り、本件保険契約1が告知義務違反を理由としてYにより解除された結果、本件保険契約1に基づく保険金が支払われない結果となっていること(不利益事実
①)及び、Aが、保険契約の乗換えの際、本件保険契約2の定期保険特約部分を解約しているため、本件保険契約1が告知義務違反を理由としてYによって解除されても、本件保険契約2の定期保険特約部分の保険金を受け取れない結果となっていること(不利益事実②)を説明義務の対象とし、「Aは、〔Yの担当者〕の説明等から、本件保険契約1締結当時、本件保険契約
1締結の審査において告知を怠ると本件保険契約1が後に解除され、本件保険契約1に基づく保険金が支払われない結果となることがあることを理解、認識しており、また、本件保険契
約2の定期保険特約を解約し、清算する一方で、本件保険契約
1を新たに加入するという本件の仕組みも理解、認識していた」として説明義務違反を否定した。
本判決では、説明義務を上記不利益事実①、不利益事実②に 分けて検討しているのが特徴的である。もっとも、このような 判決の検討に対しては、本件の乗換えという特徴から、不利益 事実①と不利益事実②を一連の流れとして捉え、乗換え行為に あっては、乗換えが、旧契約の解約かつ新契約の締結であり、それぞれ別契約であること、同様の制度である転換とはどの部 分が異なるのかは、いわば「商品の仕組み」「保障の内容」に 類似する事実であるから、それらを説明する必要があるのでは ないかとの指摘もなされており、既契約の解約と新契約の締結 という形で単純に分析的に検討することでは十分とはいえな い乗換え固有の説明義務がありうることが指摘されている31)32)。
④ 東京地判平成21年9月28日判例集未搭載(平21(ワ)18883号) X(原告)は、平成8年12月にY生命保険相互会社(被告)と
の間で、被保険者X、死亡保険金受取人A、主契約の終身保険金額500万円との内容の5年ごと利差配当付終身保険(以下、「当初契約」)を締結した。Xは、平成11年9月3日付で、Yとの間で、当初契約を、被保険者X、死亡保険金受取人A、主契約の
31)和田・前掲(注29)8-9頁。ただし、同9頁は結論としては本判決と同様に説明義務は尽くされていたと評価する。
32)山下友信「コメント」保険事例研究会レポート210号(2006年)9頁は、「契約者にとっては受けうる保険給付の権利を確定的に失うという大きな不利益がある以上は、一般的な契約者を基準にして一応はその点について説明義務があるとした上で、個別事案の契約者側の行為態様等の具体的な事情により義務違反に基づく不法行為責任が成立するかどうかを判断していくのが適切な判断手法ではないか」と指摘する。
終身保険金額400万円の内容の終身保険(以下、「本件保険契約」)に転換する旨の契約を締結した。当初契約の保険料は月額1万 5047円であったのに対し、本件保険契約は月額1万6038円であり、XはYに対し、本件保険契約に基づき合計160万3800円の保険料を支払った。Xは平成20年1月17日、Yに対し、本件保険契約の解約を請求し、同月25日、本件保険契約は解約となった。Xは、本件保険契約を締結した際、Yの職員Bから、電話により、保障が良くなるという説明を受けただけで、本件保険契約の締結によって、Xが当初契約に基づいて支払った保険料が本件保険契約において反映されず、その返還を受けられないことになること(特約転換方式)、10年後に保険料が引き上げられること、本件保険契約を中途で解約した場合、保険料が全額返還されないことについて説明を受けていないとして、消費者契約法4条2項に基づき、当初契約及び本件保険契約を取消すと主張し、当初契約の保険料24ヶ月分と本件保険契約に基づいて支払った保険料合計額から解約の際に返金を受けた額を控除した額147万8294円の支払いを請求した。本判決は、当初契約及び本件保険契約の締結の際の申込書や契約内容変更了解書の記載や本件保険契約当時のご契約のしおりの記載をもとに、
「本件保険契約時において、Yは、Xに対し、①本件保険契約が特約転換方式によるものであること及び転換制度の内容、② 10年後に更新した場合には保険料が改めて計算されることになり、その場合は保険料が引き上げられる見込みであること、
③本件保険契約を中途で解約した場合、保険料が全額返還されないことの各事実を告げているものと認めることができ、Yに消費者契約法4条2項の定める不利益事実の不告知があったとはいえない」として、請求を棄却した。転換時の説明内容をめぐる紛争ではあるが、不利益事実の不告知について解釈論が
展開されているわけではなく、基本的には事実認定で決着しており、転換契約時の各種書類の記載が決め手となっている。
⑤ 大阪地判平成21年9月30日証券取引被害判例セレクト36巻 119頁
X(原告)は、平成11年10月に簡易保険に加入していたところ、 Y2(被告)の従業員であるY1(被告)の勧誘を受け、簡易保険
(本件簡易保険)を解約し、その解約返戻金を保険料に充当する 形で、Y3(被告)の積立利率変動型終身保険(本件MS終身保険)、 Y4(被告)の米国通貨建積立利率変動型終身保険(本件ドル建て 終身保険)および生活習慣病保険に加入した。本件でXはY1に よる勧誘に適合性原則違反があること、説明義務違反があるこ と等を理由にY1〜Y4に対して損害賠償を請求した。本判決は、
「Xは、Y1の勧めにより、本件簡易保険を解約し、その解約返戻金をもって本件MS終身保険及び本件ドル建て終身保険の保険料に充てたのであるが、そもそも本件簡易保険は、Xが自分が死亡したとき葬儀費用に充てようと考えて始めた保険であり、被保険者をX自身とし、疾病傷害入院特約を付けていることから、貯蓄の性格に加えてXが死亡した場合の保険金、Xの入院の際の給付金も目的とした保険であったと解される。したがって、このような性格を有する本件簡易保険の解約を勧めて本件各保険への加入を勧誘するに当たっては、Y1において、保険の変更に伴う利害得失を十分説明すべきであったというべきである(保険業法300条1項4号参照)」としている。そして、本件各契約において被保険者はXの子であるAとされていたところ、Xが死亡しても死亡保険金は支払われず、Xが入院しても給付金は支払われないことは、保険金をもってXが死亡したときの葬儀費用に充てるとの本件簡易保険の目的に反し、ま
た入院の際の給付金の受領という目的にも反する結果であるから、重要な変更に当たるというべきであるにもかかわらず、 Xは、本件各契約の締結当時、このような重要な変更が生ずることを理解していなかったこと、本件簡易保険は、月額4万 1600円の保険料を10年間の保険料払込期間にわたって払い込むとの内容であり、平成21年9月には払込が終わるはずであったのに対して、本件MS終身保険及び本件ドル建て終身保険の保険料は年額合計約69万円(Xの年収の4分の1以上を占める)であり、保険料は本件簡易保険に比べて年額にして20万円も高くなり、保険料払込期間は15年であるから、払込を終えるのはXが 86歳となることをXは認識していなかったことにおいてこのような支払をしなければならないことを認識していなかったことからこれらの点についてY1は必要な説明をしておらず、また、Xの外国為替に関する知識に応じた詳細な説明をしていないことから、「Y1は、本件簡易保険の解約を勧めて本件各保険への加入を勧誘するに当たり、保険の変更に伴う利害得失にかかわる重要な事実についてXに理解できるような説明をしていないので、Y1によるXに対する本件各保険の勧誘行為には、説明義務違反の違法があるというべきである」としている。本判決は、保険業法300条1項4号を参照して、乗換えの場面において「保険の変更に伴う利害得失を十分説明すべき」説明義務を導き、その違反を認めたものである。本件における既契約の目的・ニーズは消滅していないことを前提に、乗換え後の新契約がそのニーズに全く対応しないものであることを説明していない点が説明義務違反の重要なファクターとなっている。もっとも、本件MS終身保険、本件ドル建て終身保険の保険料負担はXにとって過大なものといえ、また、Xにこれらの保険の内容を理解することは困難な状況であったと思われる事
案であり、既契約の存在や既契約からの乗換えという事情を捨象したとしても、Y1の勧誘は違法といえそうであり、保険業法300条1項4号を参照した乗換えに関する説明義務の判示は本判決の結論を左右するものではないかもしれない33)。
⑥ 京都地判平成22年3月25日生命保険判例集22巻91頁34)
X(原告)は、平成5年3月頃にY生命保険株式会社(被告)との間で養老保険契約(満期・死亡保険金額5000万円)を締結していたところ、Yの担当者Aの勧めにより平成8年3月頃、契約転換制度を利用して、新たに終身保険契約(死亡保険金額8700万円、保険料月額15万5459円。特約あり)を締結した(旧契約という)。Xが終身保険に加入した主たる目的は、必要なときに解約して解約返戻金を受け取る貯蓄目的であった。平成19年6月に、Aは、 Xに対して本件旧契約を新契約(主たる保険契約は終身保険。死亡保険金
額8900万円、保険料月額14万1469円)に転換することを勧誘し、同年7
月1日付で、保険転換契約が成立した。新契約は旧契約よりも予定利率が低いものであったため、Xが55歳になった時点における解約返戻金額は、本件旧契約を継続していた場合の3561万円に対して2941万円になった。保険金増額・保険料減額を告げながら、解約返戻金の減額および保険料の払込期間が終身となる事実を故意に告げなかったとして消費者契約法4条2項に
33)山下・前掲(注3)273頁は、本判決について、乗換特有の問題とともに、新契約一般についての説明義務および適合性の原則の問題がある事例であるとする。また、山下・前掲(注21)1688頁(注19)は、この事件について、 Xの契約締結の意思決定はY1に支配されているような状況が認定されており、助言義務違反という構成も十分可能であったと指摘する。なお、Y1はかつて郵便局員としてXの本件簡易保険を取り扱っていた。
34)本判決の評釈として遠山聡・共済と保険53巻10号(2011年)26頁、河合圭一・法律のひろば65巻12号(2012年)62頁。
基づく転換契約の取消しを主張し、旧契約の存在確認を請求したのが本件である(他に解約返戻金額について虚偽の事実を述べたか、
保険料の払込期間が終身となる事実を故意に告げなかったかも争われていたが、いずれもなかったものと認定とされている。予備的に、不適切な勧誘行為を理由とする損害賠償請求も行っている)。本判決は、「一般
に、生命保険契約を締結するにあたって、「その契約を締結す
るか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」とは、保険料及び保障内容であるということができる。しかしながら、定期保険とは異なり、養老保険や終身保険においては貯蓄性が 高いことは公知の事実であるから、これらの生命保険を締結し ようとしている消費者にとっては、解約返戻金額も「その契約 を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきも の」に当たるというべきである。そして、解約返戻金額が、生 命保険契約における権利の内容に含まれることは明らかであ る」とした上で、「Aは、…面談において、Xに対し、本件転 換契約を締結することによって保険金が増額されること、保険 料が減額されることを告げたから、本件新保険の権利の内容に ついてXの利益となる旨を告げたものである…Aは、本件転換 契約を締結することによって予定利率が大幅に下がり、解約返 戻金額が減額されることは理解していたものと認められるか ら、これをXに対して具体的に説明しなかったことは、重要事 項について、Xの不利益になる事実を故意に告げなかったとい うべきである…そして、Xは、Aから説明を受けなかった以上、解約返戻金額が減額されることはないと誤認したことが推認 されるし、Xは貯蓄を主たる目的として本件旧契約を締結して いたものであるから、その誤認があったからこそ、本件転換契 約の申込みをしたと認めることができる」として、Aが、本件 転換契約を締結することによって生じる解約返戻金額の減額
の事実をXに説明しなかったことは消費者契約法4条2項の取消事由にあたるとした35)。
本件では、Xが転換について消費者契約法4条2項に基づく取消しを請求した事件であり本判決は請求を認容している。本判決は結論としてはXを保護しているが、判旨には疑問の余地もある。そもそも解約返戻金額が消費者契約法4条にいう重要事項に該当するかの点についても争いがありうる36)。その点を措くとしても、判旨の当てはめの部分では、解約返戻金額そのものを問題としているのではなく、「解約返戻金額が減額されることはない」と誤認したことを問題としており、「減額」という評価は新契約と既契約の比較により初めて生じるものである以上、一般的な保険契約(終身保険)の新規締結を前提とするかのような一般論の部分と必ずしも対応していないように思われる。保険商品の新規販売に関しては「一般的な消費者」を基準に重要事実に当たるか否かを判断することはある程度
35)なお、多くの事件で設計書や申込書の記載が重要な要素として評価されているのに対し、本件では、面談時の説明の有無に重点が置かれていることも特徴である。生命保険判例集22巻100頁に掲載されている転換前契約と転換後の契約の対照表には解約返戻金についての記載はない。
36)解約返戻金額を重要事項とする判旨に賛成するものとして、遠山・前掲(注
34)57―58頁。これに対し、河合・前掲(注34)67―69頁は、終身保険の本来の目的は死亡保障にあることから、重要事項は保険契約の主たる目的、すなわち、保障内容に着目して判断すべきであり(取引条件である保険料や中途解約ができることや保険金の支払いの免責事由はここに含まれる)、一般平均的な消費者の理解を前提にする以上は、Xの加入目的(貯蓄目的)を重視する解釈は消費者契約法4条4項の条文からはストレートに解釈できないとする(重要性の判断は個別の消費者を基準に主観的に考えるのではなく、一般的な消費者を基準に客観的に考えることになると指摘するものとして山下・前掲(注3)386頁)。さらに、解約返戻金は解約後に具体的金額が確定する金銭であり、主契約・特約を含め保障内容の異なる旧契約との比較において、解約返戻金額の多寡は重要事項とはいえないとの評価が可能であると指摘する。
は可能であろうが37)、保険契約の転換・乗換えについては契約者ごとにその内容は異なるものである。本判決の消費者契約法の解釈に関する部分については本件の重要な特色である転換をうまく解釈論に取り込めていないように思える38)。
⑦ 東京地判平成24年3月29日判例集未搭載(平成21年(ワ)第47768号)39)
本件は、乗換募集の事案ではないが、原告が不当な乗換募集であることを主張し、それに対して裁判所が応答をしていることから検討の対象とする。X1(原告)およびその夫は、平成20年7月の時点でY1保険会社と2件の契約、Y1保険会社以外の保険会社4社との間で7件の保険契約を締結していた。平成20年8月から9月にかけて、X1は、Y1の保険外務員Y2の勧誘により、第1保険(被保険者をX1とする介護終身保険)、第2保険(被保険者をX1の長女Aとする終身医療保険)、第4保険(被保険者をX1とする変額個人年金保険)、X1の長男(故人)の妻であるX2(原告)を保険契約者とする第3保険契約(終身医療保険契約)を締結した。Y2は第1保険の設計をする際、他社保険の内容を十分に
37)消費者契約法上の重要事実と保険業法(・保険業法施行規則・監督指針)において情報提供が求められている事項は一致するわけではないだろうが、前者の範囲を考えるにあたって、後者は有力な判断材料となりうるだろう。遠山・前掲(注34)27-28頁、拙稿・後掲(注45)8-9頁。
38)もちろん、終身保険の新規加入の場合において解約返戻金額がおよそ重要事項に当たらないのであれば、転換の際にも解約返戻金額の減額はおよそ重要事項に当たらないという評価は可能であろうが、解約返戻金額それ自体は一般的には重要事項に当たらないものの転換・乗換えの場合に解約返戻金額が減額することが重要事項に当たるという評価は不可能ではない。金額そのものと減額について本判決はうまく整理できていないように思われる。
39)本判決についての評釈として、徳山佳祐・保険事例研究会レポート274号
(2013年)1頁。
理解していなかったX1の保険証券を預かり、その内容を調査した結果、他社保険の解約や契約者貸付の申し出により受給できる資金が多額に上ることが判明したため、X1にそのままこれらの保険を残して死亡時の保障を受けるよりも、死後に親族間でもめないよう、生前贈与を行う趣旨でAやX2のための保険に加入したほうがよいとの助言をし、第2保険、第4保険が締結された。第2保険、第4保険については、他社保険の契約者貸付により保険料が支払われた。また、第3保険については、他社保険の解約返戻金とX1の夫の死亡保険金により一時払保険料が支払われた。Xらが適合性原則違反や説明義務違反・断定的判断の提供を理由としてY1・Y2に損害賠償を請求したのが本判決であるが、Xらは、他社保険から契約者貸付を受けさせ、またはこれを解約させた上で本件各保険契約に加入させたことが、保険業法300条1項4号により禁止されている不当な乗換募集にあたり違法であると主張している。本判決は、不当な乗換募集の主張については、第4保険について「他社保険の解約は、もっぱら第4保険に加入するためにしたものとはいえないから、第4保険の勧誘が、不当な乗換募集に当たるということはできない。」とし、「第2及び第3保険については…その保険料は、他社保険の契約者貸付けを受け、その借入金をもって支払うことが予定されていたところ、契約者貸付制度を利用すること自体は、当該保険を消滅させるものではないから、不当な乗換募集又はこれに類似する行為に当たるということはできない」としたものの、第2および第3保険について契約者貸付けを受けてまで保険に加入することの利害得失について説明義務を怠る点があったとしている。本判決は、不当な乗換募集であるとの主張は排斥しているものの、第2保険・第3保険については説明の対象は両保険の商品内容から拡張されて
いる。もっとも、本判決が問題とする利害得失は、契約者貸付には利息が付されることになる一方、第2および第3保険の解約返戻金額は、契約成立から相当期間経過後も既払込保険料相当額を下回る点であるとされており、結果的に、第2保険・第
3保険の消滅の危険性に関する説明義務とは大きく異なる。本件において違反があるとされた説明義務は、販売においてその主要な内容を正しく説明する義務とは相当に異質であり、助言義務を認めるのに限りなく近い判断がされているとの指摘があり、資産運用についての保険募集人の助言に対して保険契約者の信頼が極めて高い状況がそのような判断の前提になっているとの指摘がある40)。
東京地判平成26年4月14日判タ1413号322頁41)
X(原告)の母であるAは、Y2生命保険株式会社(被告)との間で、平成13年3月5日、Aを被保険者、Xを死亡保険金受取人とする保険契約(本件転換前保険契約)を締結した。平成22年10月に、Aは、Y2に所属する保険募集人Y1の訪問を受け、平成 22年本件転換前保険契約を被転換契約とする保険契約(本件転換後保険契約)を申し込み、平成22年11月1日に本件転換後保険契約が成立した。Aは本件転換前保険契約に基づき「大動脈弁狭窄症」による入院、「直腸癌」による入院、「突発性難聴」による入院について入院給付金の支払いを受けている。本件転換後保険契約は、本件転換前保険契約と比較して、死亡保障よりも
40)山下・前掲(注21)1680-1681頁。
41)本判決についての評釈として、牧純一・共済と保険56巻11号(2014年)28頁、木下孝治・保険事例研究会レポート288号(2015年)11頁、酒巻宏明・法律のひろば69巻6号(2016年)62頁、中村信男・保険事例研究会レポート296号(2016年)5頁。
生前の医療保障に厚い内容となっていた。平成22年11月7日に Aは脳内出血のため自宅で倒れ、意識が戻ることなく、Aは平成22年11月14日に死亡した。本件では、Xによるクーリング・オフの可否が主要な争点となっているが、本稿との関係では、 Y1が、本件転換後保険契約の勧誘の際に、Bに対する虚偽説明等を行ったとして、Y1に対して不法行為責任、Y2に対して使用者責任に基づく請求を行った点の判示についてのみ紹介・検討する。本判決は、本件転換前保険契約を更新した場合、保険料が月額2万3335円に増額になること、本件転換後保険契約の勧誘があった当時、Aには、経済的な余裕がなかったこと、本件転換後保険契約は、本件転換前保険契約と比較した場合、同程度の保険料であることを前提とすれば、死亡保障よりも、生前の医療保障に厚い内容であったこと、Aは、生前、入院給付金を生活費の一部として使用していたこと、本件転換後保険契約における貯蓄的な性格を有する部分を除く保険料は、本件転換前保険契約の更新後の保険料よりも低く抑えられていることから、Bが本件転換後保険契約の申込みをすることには、一定の合理性が認められるものというべきことから虚偽の説明がなされたことを認めることはできないとした。また、Y1が、本件転換後保険契約の勧誘の際に、Aには大動脈弁狭窄症、直腸癌及び突発性難聴による手術を伴う入院歴があり、また、服薬中でもあることを知りながら、Aに対し、死亡保険金が 1500万円である本件転換前保険契約から、死亡保障が積立金の範囲に限定される本件転換後保険契約に切替えることによるリスクの説明を怠ったとのXの主張に対しては、Y1は手術を伴う入院歴や服薬中であることを知らなかったとの認定を前提に、「Y1は、保険設計書等を交付して、死亡保障の内容等を含めて、本件転換後保険契約の内容を説明した旨を具体的説明
内容も含めて供述する…ところ…①Xは、Aが脳内出血で倒れ た翌日である平成22年11月8日に本件転換後保険契約に係る 書類を確認し、これにより本件転換後保険契約の死亡保障が本 件転換前保険契約よりも薄いものとなっていることなどの内 容を理解していること…②Aが保管していた保険関係の書類 の中に本件転換前保険契約の更新後の保険料を記載した書面 があったこと…の各事実を認めることができ、これらの事実に よれば、Y1の上記供述は信用することができるものというべ きであって、Y1は、Aに対し、本件転換前保険契約から本件 転換後保険契約に変更することに伴うリスク等について必要 な説明を行っているものと認めるのが相当である」と判示した。
本判決における上記の判示部分は基本的には事実認定の問題であるとの指摘があり、認定された事実を前提とすると妥当なものであるとの評価がある一方で42)、本件転換前契約を更新しなかった事情を転換の合理性の判断枠組の中で一切考慮しておらず、医療保障が転換前よりも厚くなること、保険料負担が軽減されることの2点を判旨が非常に重視している点に評価の偏りが疑われるという評価もある43)。後者の立場からは、重病罹患歴のある被保険者にとって、転換後の医療保障が契約者の期待に応えることができるものであるのか、転換前後の有利不利を個別事情に即して評価するべきであり、説明義務の対象についても、そのような事項を含めて説明がなされるべきであるという規範に進化することが望まれること、死亡保障に変えて医療保障にシフトさせる転換において、重篤な既往症の有無は、契約者のニーズに最も大きな影響を及ぼすことは客観的に
42)中村・前掲(注41)8〜9頁及び酒巻・前掲(注41)73頁。
43)木下・前掲(注41)20-21頁。判旨を、保険料額に囚われすぎて先入観が強すぎたものと評価する。
明らかであるから、プライバシーを盾に、保険者が現実に知る事情を商品推奨に反映させない姿勢には大きな問題があり、改善が望まれることが指摘されている44)。
⑨ 東京地判平成26年11月26日判例集未掲載(平成25年(ワ)第10861号)45)
Bは、将来Bの子のX1(原告)・X2(原告)にとって金銭的な保障になればよいと考え、昭和58年11月24日、Y生命保険相互会社(被告)との間でX1を保険契約者とする生命保険契約を締結し、平成元年11月24日、生命保険契約の保険額を大きくするため保険契約を変更し(変更後の保険契約を「原契約1」という)、また、Bは、平成6年3月25日、Yとの間で、X2を保険契約者とする生命保険契約を締結した(以下、この保険契約を「原契約2」という)46)。
Yの営業職員C(訴外)は、原契約1・2は予定利率が現在よりも高い水準であり、割安な保険料で高額な死亡保障が準備できる反面、入院給付金や介護特約等の生前保障の内容が不十分である古いタイプの保険であると感じ、Bに転換を勧誘し、平成20年5月1日、原契約1のうち死亡保険2661万1400円に該当する部分を新契約1に転換する契約を締結し、同年6月1日、
44)木下・前掲(注41)21頁は、ほかに、死亡保障から医療保障へと軸足を移す場合には、被保険者の健康状態次第では、保険契約者兼被保険者と転換前契約における死亡保険金受取人の間で基本的な認識が大きく食い違うことがありうることを本判決の教訓として指摘する。
45)本判決については、拙稿・保険事例研究会レポート297号(2016年)1頁参照。
46)原契約1・2はそれぞれX1・X2を保険契約者とする本人契約の形式で締結されたものであるが、実質的にはBが生命保険契約の内容の説明を聞いて契約するか否かを判断しており、保険料の支払もBがほとんど行っていた。
原契約2のうち死亡保険1500万円に該当する部分を新契約2に転換する旨の契約を締結した(以下、各転換契約を併せて「本件各転換契約」という)。Xらが、①Cの説明によりBは、原契約1・
2では、Xらについて介護が必要となった場合の費用を賄うことができないと誤信したとして転換契約は錯誤により無効であること(民法95条)、②Cが原契約1・2について十分な説明をすることなく、「4661万円の終身保険を死んでからもらうより、介護という形で生きているうちに使える保険にしたらどうですか」等と述べた行為が、詐欺の欺罔行為又は事実に反する説明(重要事項の不実告知)に当たり、転換契約が取消されるべきこと(民法96条、消費者契約法4条1項)を主張し、原契約1・2の保険契約者の地位を有することの確認を求めたのが本件である。本判決は、「Bは、本件各転換契約の締結に際し、交付された書面やCの説明を考慮した上で、新契約1・2の内容を吟味し、少なくとも本件各転換契約の締結時点では、新契約
1・2の内容にメリットを感じて、本件各転換契約の締結を決定したものと推認される」とした上で、「そもそも、Bが、Xらについて介護が必要となった場合の費用を賄うことができないと誤信したために、新契約1・2を締結することを決定したのかについては疑問があるといわざるを得ない」とし、錯誤の成立を否定している(同時に、誤信があるとしても動機の錯誤であり表示がされていない点、仮に動機の表示があったとしても意思表示の要
素の錯誤であるとは認められない旨を指摘する)。また、詐欺・重要事項の不実告知についても否定している。設計書等でXは原契約・新契約の双方の内容について最低限の情報は有しており無効や取消しを認めない判旨の結論は妥当と思われるものの、本件で問題とされるべきは転換に際してその利害得失を十分に検討する機会を実質的に奪われているか否かであり、紛争の解
決としては説明義務違反を問題とする方が妥当に思われる47)。
⑩ 東京地判平成27年3月30日判例集未搭載(平成25年(ワ)4867号)48)
X(原告)は、Y生命保険会社(被告)との間で、昭和59年5月7日付け申込みに係る保険契約(死亡保険金3000万円、うち終身・満期保険金1000万円。以下「S59保険」という)及び昭和54年6月15日付け申込みに係る保険契約(基準保険金額200万円。以下「子供保険」という)を締結していた。Xは、昭和62年12月17日、Yに対し、上記の2契約を転換して、X(当時39歳)を被保険者とする終身保険契約(65歳払済、契約者兼被保険者X、主契約として死亡(高度障害)保険金2000万円(終身)、特約として、定期保険特約・特約死亡
(高度障害)保険金3000万円(10年満期・自動更新)等。以下「本件保険契約」という)を申し込んだ。Xは、平成25年2月27日頃、平成 25年1月24日付け「払込満了時一括受取(解約)請求書」をYに対して提出した。Yは、平成25年3月1日、Xに対し、本件保
険契約に基づく解約返戻金の支払として、合計1032万3743円を
振込送金したところ、Xが、①本件契約時に保険料払込満了時の一括受取金を2171万円とする合意があった、②一括受取金として65歳時に受領できる金額が2171万円となると誤診し、錯誤に陥って本件保険契約を申し込んだので、本件契約は無効である、③転換の際、Xが貯蓄的機能を重視していたことを認識しながら、一括受取金の額が大きく減額するリスクなどをXに対して全く説明せずに、一括受取金の金額は確定額であると誤信させるような情報提供を行って本件保険契約への加入を勧誘
47)拙稿・前掲(注45)7-8頁。
48)本判決についての評釈として、笹本幸祐・保険事例研究会レポート312号
(2018年)11頁。
したこと等に、情報提供義務違反があり、かつ断定的判断の提 供をした違法があると主張して、主位的に一括受取金の支払い、予備的に不当利得返還請求・損害賠償を求めたのが本件である。本判決は、①について、本件契約内容説明書記載の「積立配当 金」は、昭和62年度の支払配当率がそのまま推移したと仮定し て計算したものであって、変動することがあり、将来における 支払額が確定しているものではないと認められ、契約内容説明 書における一括受取金にかかる記載が約217万円とされていた としてもXの主張するような合意がされたとは言えないとし た。②についても、本件保険契約の締結の当時の説明内容から、 Xは、積立配当金は資産運用実績により変動すること、「一生 涯年金コース」を選択した場合に支払われる年金額は配当金に よって変動する性質のものであることを理解していたこと、本 件保険契約の主眼は、死亡(高度障害)保険(終身)に加え、定 期保険特約を付加することによって、万一の場合、つまり被保 険者であるXが死亡した場合の保障額を割増しすることがで きる点にあり、生命保険契約を申し込む通常人の動機として、解約した場合の返戻金の額の多寡を主たる判断要素とすると は考え難く、また、本件保険契約締結の当時、小学校入学前後 の年齢の子供2名を扶養していたXの状況に照らし、本件保険 契約の保障額よりも約25年後の解約時の返戻金を重視すべき 合理的事情はうかがわれないことから錯誤の成立を否定し49)、
③についてもY担当者がXの需要に合致しない内容の本件保険契約を勧誘したとか、一括受取金の額が変動することを説明せず、一括受取金の金額は確定額であると誤信させるような情
49)錯誤については、端的に契約前に交付した保障設計書ならびに契約内容説明書に注意喚起情報が客観的に記載されていることから十分に否定できたと指摘するものとして、笹本・前掲(注48)18頁。
報提供を行ったと認めるに足りないし、断定的判断の提供がされたとも認めがたいとした。本判決では、基本的には、既契約の消滅について特に触れられておらず、保険契約の転換であるという点はあまり重要視されているわけではないようであり、新規の契約加入であったとしても同様の判断であったように思われる。もっとも、新契約の締結の動機を評価するにあたって、既契約から新契約への変更内容が参照されており、転換の事実が判決の事案の評価に影響を及ぼしているかもしれない。
⑪ 東京地判平成27年7月10日判例集未掲載(平成26年(ワ)第1475号)
X(原告)は、A社(吸収合併によりY1社〔被告〕が承継)と定期付終身保険契約・終身医療保険契約を締結していたところ、前者を転換して無配当終身医療保険(本件保険契約)を締結し、後者を解約した。その後、扁桃腺摘出手術にかかる保険給付金の支払請求をしたところ、A社は告知義務違反を理由として本件保険契約を解除する旨の意思表示をした。Xが、本件保険契約の締結についてAの営業職員Y2(被告)に保険業法300条1項
1号、4号及び9号に違反する行為があったとして、Y1・Y2 に損害賠償を求めた。Aは、具体的には、Y2は通院歴・既往 歴等の存在によって、転換後の本件保険契約では、Xが保険給 付金の支払を受けられなくなるリスクを認識しながら、Xのそ れまでの通院歴や既往歴等に全く関心を寄せずに、そのリスク を説明することなく、又は極めて不十分な説明しか行わないで、むやみに旧定期付終身保険契約から本件保険契約へと転換さ せ、その際、旧終身医療保険契約を解約させたことが保険業法 300条1項1号及び4号に違反する違法があること、Y2は、上 記のリスクを伝えず、本件保険契約への転換手続に応ずること
が、小手先の保険料操作や後の通院保障の解約などを通じて、さもXに最大限の保険契約上の利益がもたらされるかのような誤解を与え、Xをしてこれらの点に最大の関心を抱かせることで、Xにとって真に重要な上記のリスクを伝えないまま、本件保険契約の締結に至らせたことが保険業法300条1項9号、保険業法施行規則234条1項4号に違反する違法であると主張した。本判決は基本的には事実認定の問題で決着しており、「注意喚起情報」兼確認・同意書、告知書の記載内容及びそれらへのXの署名押印、保険契約申込書の転換申込欄の記載、保険契約の申し込みに先立ち交付された提案書と転換内容比較表の記載事項に照らして、本件保険契約が転換制度を利用したものであったにせよ、その締結に際して所定の告知を要するものであったことはXには明らかであったこと、Y2がXに対し、本件保険契約の締結に当たり、告知義務の存在のほか、本件保険契約の締結に必要な説明を全くしなかったとのXの陳述内容はにわかに信用し難いことを理由として請求を棄却している。本件では、基本的に転換時の説明の有無・程度に関する事実関係が争われており、裁判所の判断も事実認定の問題であるといえよう。そして、本判決は、提案書や転換内容比較表、申込書等の記載を根拠にY側の主張を認めている。
(2)裁判例の類型
転換・乗換えの場面における募集のあり方が問題となった裁判例について、異なる類型のものが含まれる。
第一に、既契約の存在がおよそ議論の俎上に上がらず、もっぱら新契約の勧誘の問題として検討される裁判例である。①では、転換に関する説明がなされたことを判示しているものの、争点はもっぱら、タイムリーボーナスに関する説明の有無・当否であり、
転換のメリットや既存契約を失うことのデメリットについては議論されておらず、転換・乗換えの場面の特殊性はほぼ検討されていない50)。また、②や⑩も既契約が全く参照されないわけではないものの、基本的には新契約に関する説明の問題であり、この類型に入れることができるであろう。この類型においては、保険契約者サイドの主張においても、既契約の消滅という不利益があまり重視されていないように見える。
第二に、転換・乗換えにより既契約に基づく給付を受けることができなかった一方、新契約に基づく給付については告知義務違反により保険金が給付されなかったケースである(③⑪がこれに当たる)。これらの事件では、判決は、契約の勧誘時の告知義務に関する一般的な議論が展開されており、既契約が消滅する危険を踏まえて、勧誘時の説明を慎重に行うべきであるとの議論(とりわけ注16で紹介している懸念)を、裁判所は正面から取り上げていないようである。③判決では保険会社の担当者が既往症、現症について実際に認識している場合にはより慎重な勧誘を求めるようにも見えるが、担当者が積極的に既往症、現症について配慮すべきことを求めるわけではないようである。むしろ、③判決では、「新契約締結以前に既契約を締結しており、生命保険契約締結の経験を有していること」を新契約の審査において告知を怠ると新契約がのちに解除され、新契約に基づく保険金が支払われない結果となることを理解・認識していたものと認めるファクターとして挙げており、⑪判決も、各種書類から、本件保険契約が転換制度を
50)ただし、Xは、説明義務違反により本件一保険契約及び本件二保険契約を転換して本件三保険契約を締結することを余儀なくされたとして、本件一保険契約及び本件二保険契約について支払った保険料を損害として主張している。他方、本件三保険契約を早期に解約する機会を失ったとも主張しているため、Xにとっては、既契約の保障内容自体は特に必要のないものであったようにも思われる。
利用したものであったにせよ、その締結に際して所定の告知を要するものであったことは一見して明らかであったとした上で、
「そのことは以前に保険契約を締結したことのあるXにはなお一層明らかであった」と評価しており、既契約の存在が、新契約の告知義務に関する説明の程度・水準を低下させるかのようである。
第三に、転換・乗換え後の新契約が、既契約を消滅させるほど の価値のあるものであるかが問題となる類型である(④⑤⑥⑦⑨)。もちろん、転換・乗換え後の保険契約がおよそ契約者のニーズを 満たしえないのであれば(⑤はこれにあたりうるものである)、第一の 類型と同様に新契約の勧誘の問題としてのみ考えることもでき るかもしれないが、新契約自体には一定の合理性がある場合には、既契約を消滅させてまで新契約を締結することが果たして契約 者にとって望ましいことなのかが問題となるべきであり、や⑨ が既契約を前提とすることなく新契約の合理性やメリットを強 調する点には疑問がある。ここでは、全くの新規の契約を締結す る場合に新契約について求められるのと同じ説明義務の水準で よいとは思えず、保険業法の規制趣旨を踏まえて、既契約と新契 約の利害得失の理解を可能にする説明が求められよう。たしかに、現在の保険業法を前提とすれば、保険業法の規制を遵守する限り においては、既契約と新契約の利害得失の比較を可能にするだけ の客観的な情報は多くのケースで提供されているといえよう。し かし、客観的な情報の提供のみで実際の契約者に対する勧誘が適 正であったといえるかは疑問の余地がある。とりわけ、⑨におけ るXの主張から見出せる保険会社の勧誘のありうる問題点は、既 契約・新契約についてそれぞれ客観的な情報が与えられたとして も、実際の勧誘において既契約のデメリットと新契約のメリット が強調される結果、新契約の締結へとミスリードされやすい可能
性がある点である。このような場合には、客観的な情報が十分に提供されていることから募集について私法上問題がないとしてよいかは疑問がある51)。
上記の類型を元にすると、第一の類型における勧誘のあり方は新規の保険加入と基本的には同様に考えてよいが、第二・第三の類型では、転換・乗換えが重要な考慮要素となり、既契約を失うリスクに対する説明についてより丁寧な説明が求められよう52)。上記の類型とは異なる視点として、転換・乗換えが問題となる 事件では、保険契約を締結する目的が大きく変わる場合(死亡保障から生前の医療保障に重点を移行するものとして⑨)と保険契約を締結する目的が大きくは変わっていない場合がある。後者の場合、転換・乗換えの利害得失は基本的には同次元で比較することができるため説明すべき事項や程度の判断は比較的容易であると言えるが(例えば、⑤⑥。特に⑥では貯蓄目的が変わっていないことが両契約の利害得失のうち解約返戻金額への着目を導いているといえよう)、前者の場合には、従来の目的のもとで納得して保険に加入し、継続してきた保険契約者に対して、別のニーズの存在を指摘し、かつ、既契約ではそのニーズに十分に対応できないとの働きかけがなされている可能性もあり、既契約・新契約の商品内容の説明や商品の比較対照という客観的な情報以外のウェイトが高い。このような
51)提供された情報を自ら咀嚼し、的確に得失の判断をなしうる理性的な契約者像のみを想定することは、一定割合の契約者が、保険会社または募集人等に対する信頼、重要情報の見落とし、書証に現れない口頭での甘言あるいは書面の記載を誤解させるノイズ等によって判断が歪められることを容認する態度に通じると指摘するものとして、木下・前掲(注5)206頁。
52)山下・前掲(注2)272頁は、裁判例について乗換え・転換について一般的な保険募集文書による説明がされていれば説明義務違反が認められることは容易ではないと批判的に評価するが、乗換え・転換においては一般的な保険募集文書による説明で十分な場合とそうでない場合があるということになろう。
場面で、新契約が新たなニーズに対応していることだけで、当該勧誘の適切性を認めるべきではないであろう。
(3)救済手段
転換・乗換えにおける募集の問題は基本的には説明義務の問題として理解することになろう。救済手段としては説明義務違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償というのが基本的な手段となろう。もっとも、不法行為基づく損害賠償という方法が(2)で挙げた各類型との関係で、常に適合的だとはいえないかもしれない。第一類型の場合には、既契約の消滅が特に問題とはならない以上、不必要ないし不適切な新契約に加入したことについて損害賠償請求をすればよい。この場合の損害賠償としては、原状回復的損害賠償53)として払込保険料から解約返戻金額等の返還額を控除した金額が賠償額となるのが基本であろう54)。
これに対して、第二類型および第三類型の場合には、救済のあり方として損害賠償が適切かどうかは疑問の余地がある。第二類型・第三類型の場合には、既契約の復活こそがより適切な解決になる場合も想定され、その場合には、転換契約ないし既契約の解約について取消し(民法95条・96条、消費者契約法4条)を主張することになろう。裁判例では、提案書や契約申込書等の書類において適切に情報が記載されている場合に錯誤の主張が認められることは極めて稀であり、また詐欺については社会通念上許される限度を超えた欺罔行為と評価されることも稀であろう。消費者契約法に基づく取消しについては、これを認めた裁判例もある(⑥)ものの、その裁判例については解釈論上の疑義が認められるとこ
53)原状回復的損害賠償については、山下・前掲(注3)283頁。
54)小林道生「生命保険を利用した資産運用と募集時の情報提供義務」静岡大学法政研究20巻3号(2016年)333頁、山下・前掲(注3)285-286頁。
ろであり、これらの救済手段が認められるのは極めて特殊な状況といえよう。第二類型・第三類型の場合、既契約の消滅がまさしく問題となっており、取消し・無効の主張がより直接的な救済ではあるものの、説明義務の問題として、保険契約者側の過失も過失相殺で評価する形で解決する方が、問題の解決として柔軟かつ妥当であるように思われる55)。
4.結びにかえて
転換・乗換えの勧誘の場面において、その利害得失については当該保険契約者の状況に即して丁寧に説明することが義務付けられ、新規の契約の締結以上の説明が求められるべきことについては、保険業法の規定を見ても、学説の指摘を見ても概ね共通の理解がありそうである56)。これに対して、転換・乗換えが問題となった裁判例は、保険業法の規律に言及するものも含めて、十分にこの点を反映していないように思われる。本稿では、極めて不十分ながら、転換・乗換えの募集に関連した裁判例を紹介し、その問題点を指摘すること、転換・乗換えの募集の場面における問題状況をめぐる視点を整理することを試みた。もっとも、説明義務違反や民法95条または消費者契約法4条の取消しについて、その要件・効果を具体的に検討するまでには至らなかった。また、一般に説明義務に関する議論において助言義務の位置付
55)拙稿・前掲(注45)8頁。ただし、過失相殺する前の損害をどのように評価すればいいのかは難問であり、とりわけ、既契約の保険事故が発生していない場合(⑨のような事例)では極めて難しい。なお、では、転換直後に被保険者が死亡していたこともあり、転換前契約の死亡保険金の金額を損害
(得べかりし利益の喪失)として主張している。
56)山下・前掲(注3)282頁。また、乗換えや転換を勧誘するにあたっては、新契約の募集以上に、より適切かつ丁寧な説明がなされるよう措置が徹底されることが望まれるとするものとして遠山・前掲(注26)59頁。
け・理解の重要性は高まっており、転換・乗換えの場面でも助言義務 に関する議論を踏まえて検討すべき点も少なくないように思われる57)。これらの点を含め、より具体的な解釈論は今後の課題としたい。
※本稿は、公益財団法人生命保険文化センター「平成29年度生命保険に関する研究助成」による研究成果の一部である。
57)転換・乗換えの場面における裁判例では、同じ募集人が保険契約者とコンタクトを取っている事案もあるが信頼関係にはあまり注目されていないようである。転換・乗換えの場面における「信頼」については(注21)及びこれに対応する本文参照。