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火災保険契約における故意の事故招致に関する一考察
�� 保険契約者の免責を中心として ��
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■アブストラクト
商法641条後段(保険法17条本文)の適用を巡っては,保険契約者と被保 険者とで保険者が免責をされる趣旨は異なるものと解する。被保険利益を有 する被保険者は,保険事故の発生にとって経済的利益を享受する者であるた めに,保険事故の原因事実の惹起行為そのものに免責の根拠が認められるが,これに対して保険契約者の場合には,被保険者に保険金を取得させようとい う意思の中に免責の根拠が認められる。したがって,商法641条後段ならび に保険法17条本文との整合的な解釈を行うのであれば,保険契約者と被保険 者との間の「密接な関係」によって保険契約者が被保険者に保険金を取得さ せようという「第三者(被保険者)への詐取させる意図」があったと推定さ せることとなり,保険契約者の側でこれに対する反証が挙げられない限り, 保険者免責の効果が及ぶこととなるのである。
■xxxxx
故意の事故招致,保険者の免責,商法641条(保険法17条)
1.問題の所在
商法641条は,「保険ノ目的ノ性質若クハ瑕疵,其自然ノ消耗又ハ保険契約
*平成21年10月25日の日本保険学会大会(龍谷大学)報告による。
/平成22年1月20日原稿受領。
者若クハ被保険者ノ悪意若クハ重大ナル過失ニ因リテ生シタル損害ハ保険者之ヲ塡補スル責ニ任セス」と規定する¹'。この規定の後段部分によれば,保険契約者又は被保険者の故意워'または重過失による保険事故の原因事実から生じた損害については,保険者は免責されることとなる。
この規定の法的性質を巡っては,我が国においてもすでに多数の優れた研究業績の蓄積があるが웍',本稿では,ひとつの裁判例を契機として,火災保険契約における保険契約者の故意の事故招致に焦点を絞り,その保険者免責に関して,検討を加えることを目的としている。
本稿執筆の動機は,以下の通りである。
まず,商法641条は,保険者が免責される要件として,悪意または重過失に関して,保険契約者と被保険者で並列に取り扱っているけれども,この両者の免責の趣旨を同一に考えてよいのか,という問題意識にある。というのも,保険者との間で保険契約締結の意思表示を行った保険契約者と,被保険利益を有し,保険事故が発生すれば保険金を受け取ることのできる被保険者とを比較すれば,それぞれ利益状況は異なり,これを一律に取り扱うことが必ずしも整合的な解釈方法とは思えないのである。そこで,本稿では,保険
1) 新たに単行法化された保険法第17条本文も,「保険者は,保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって生じた損害をてん補する責任を負わない。」と,商法641条と同様の規定をおいている。xxx編著『保険法立案関係資料�新法の概説 ・新♛♛新対照表�(別冊商事法務 No.321)』5頁。
2) 商法641条における「悪意」とは,故意のことを指し示すと一般的には考え
られている。xxxx『保険法』(有斐閣 ・平成17年)369頁
3) 教科書類は別として,この問題を直接取り扱った論説のうち主要なものを挙げると,xxxx「被保険者の保険事故招致」『保険契約の法的構造』(有斐閣 ・昭和27年)195頁以下,xxx『新保険契約法論』(中央大学生協出版局 ・昭和44年)235頁以下,xxx「保険事故招致免責規定の法的性質と第三者の保険事故招致㈠㈡」立命館法学170号43頁(昭和58年),171号634頁以下(昭和 58年),xxxx「保険事故の招致と保険者の免責」金商933号65頁以下(平成
6年),xxxx「保険事故の招致と保険者免責」『保険契約法の基本問題』 (文眞堂 ・平成8年),xxx「火災保険における被保険者の保険事故招致」民商114巻4-5号670頁以下(平成10年)がある。
契約者と被保険者が別人格となる,他人のためにする火災保険契約における事故招致に焦点を当てることにしたい。
次に,重過失による保険事故招致の問題を除外し,故意の保険事故招致を中心として検討を加える点についてである。商法641条における重過失の意義を巡ってはさまざまな考え方がありうるところだが,少なくとも,故意の事故招致によって保険者が免責されるという点については,結論としてはこれに反対するものは見当たらない。そうして,この故意の対象は,保険事故の発生原因事実であるとされる웎'。しかしながら,故意の事故招致の場面で念頭に置かなければならないのは,事故招致に対する保険契約者の倫理的非難可能性にあるのではなく,保険者が免責されるのか否かという法律効果に向けられる。この視点からすれば,被保険者ではない保険契約者が故意の事故招致によって免責される理論構成とともに,保険者が免責されるために必要な,保険契約者等の故意とは何かということが,改めて問い直されなければならないのである。
したがって,以下では,保険契約者の故意の事故招致に関するひとつの裁判例を紹介し,これに検討を加えることによって,自らの考えの方向性を明らかにしてみたい。
2.対象となる事案についての概要
東京高等裁判所第22民事部平成21年10月28日判決(平成21年(ネ)4931号保険金請求控訴事件)・控訴棄却(確定)・金商1334号28頁,判時2064号136頁
【事実の概要】
X1ないしX2(X1の妻)は,訴外Aより甲土地を購入するとともに,甲土地上に建物乙を建築することとし,平成11年7月4日に,住宅金融公庫
4) xx ・前掲⑵372頁。
から融資を受けた。当該融資金額は,2100万円であり,利息は年2.2%(ただし,平成21年7月4日から年4%),遅延損害金は年14.5%であった。なお,本件融資の際に,原告X1の収入のみでは住宅金融公庫から融資を受けるための年収額に不足しているとして,本件融資には,連帯債務者として訴外B(X2の父)がいる。そうして,本件融資にあたっては,住宅金融公庫特約火災保険への加入が強制されており,Y保険会社との間で,保険契約者 X1およびB,被保険者X1およびX2,保険期間平成11年6月25日から平成37年6月25日まで,保険金額2630万円,保険料25万7480円で火災保険契約を締結した。なお,原告らの主張によれば,本件火災保険契約の締結に際して,Bが保険契約者とされたのは,住宅金融公庫から融資を受けた者が保険契約者となることが強制されていたために,本件保険契約においても,X1とBが連帯債務者となっていたことから,この両名が保険契約者とされたとのことである。
平成19年2月7日,乙建物は,Bの放火により焼失した。Xらはその翌日 に,Yに対し,火災が発生したことを連絡し,Yの担当者に対し,保険金の 請求を行ったが,Yは,焼失が当該保険契約の契約者であるBの放火による ものであるとして,住宅金融公庫融資住宅等火災保険特約条項本件特約条項 第2条1項⑴´'(これらの内容は,商法641条の内容と異なるものではない)に基づき,Xらへの保険金の支払いを拒否した。そこで,Xらは,Yに対し,保険金の支払いをするよう交渉し,さらに平成19年12月27日付内容証明郵便
5) 住宅金融公庫融資住宅等火災保険特約条項本件特約条項第2条(保険金を支払わない場合)当会社は,次の各号に掲げる事由のいずれかによって生じた損害に対しては,保険金(損害保険金,臨時費用保険金,残存物取片づけ費用保険金,失火見舞費用保険金,地震火災費用保険金,修理付帯費用保険金,水道管修理費用保険金または特別費用保険金をいいます。以下同様とします。)を支払いません。
保険契約者,被保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または被保険者が法人であるときは,その理事,取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失または法令違反《以下略》
で保険金を支払うよう催告したが,被告からは支払も何らの回答もなかったため,本訴に及んだ。なお,Xは本件放火後,刑事事件において,有罪の実刑判決を受けている。
本件において,原告側の主張は,概要,以下の通りである。①本件特約は,商法641条を敷衍したものであるが,その趣旨は,保険契約者・被保険者の故 意又は過失ある場合に保険金請求を認めることは保険契約の射倖契約性に反 するとともに,このような場合に被保険者の保険金請求を認めることは保険 金目当ての放火を誘発するおそれがあり,社会の安全や公共の利益に反する ことにあるため,かかる場合に保険金の支払いを拒めることにある。しかし ながら,Xらは,Bの放火の被害者であり,Xらが保険金の支払いを請求し たとしても,何ら不正な保険金請求とはいえないことからもかかる趣旨には 反しない,②被保険者が複数存在する場合に,そのうちの一名の故意の事故 招致によって保険事故が発生した場合であっても,その他の被保険者に対し ては,自らの持ち分に応じた割合での保険金の支払いを行っているのである から,本件のような保険契約者という被保険者よりも保険金の受給からは遠 い立場にある者の放火であり,このような取扱いからすれば,当然保険金の 支払いを受けられてしかるべきである,というものである。
これに対し,被告側の主張は,概要,以下の通りである。①保険契約者の故意 ・重過失が免責とされる趣旨については,保険契約が射倖契約であることに加え,保険契約者と被保険者との間には保険契約者が被保険者のために保険契約を締結するような密接な関係があるのが原則であるから,被保険者の故意と同様に免責とすることは公益性の見地からも妥当性を有するものである,②本件は,被保険者(保険金受取人)が複数存在する場合の故意の事故招致に関しては,保険契約者の故意の事故招致である本件とは事例を異にしているのだから,同一には論じられない,というものである。
原審(東京地方裁判所民事第41部平成21年3月27日判決(平成20年(ワ)第4931号保険金請求権)は,「…本件において,原告らは,免責条項の適用排除を主張するものであるが,保険契約者の故意により保険事故が引き起こ
された場合に,一律に保険者の保険金支払義務を免責することなく,保険者等の個別的,具体的事情による免責の例外を認めることは,そもそも前記場合について,免責条項を明文化して,類型的に,保険契約当事者間のxxx違反を防ごうとした趣旨に反するばかりか,保険契約者と被保険者との間には通常,密接な関係があることからすると,保険契約者が不正に被保険者に保険金を取得させるなどの公益に反する事態の発生を招きかねない。したがって,保険契約の文言上からも原告ら主張のような解釈は到底採用できない。」として,原告の請求を棄却した。
これに対して Xは控訴。主な控訴理由としては,商法641条の規定は,保険契約者と被保険者とを一律に取り扱っているけれども,これは被保険者と保険契約者とが同一の場合を念頭においているのであるから,被保険者ではない保険契約者に関しては,保険契約者は第三者のために保険契約を行う者に当たるのであり,そのような保険契約者は被保険者からいえば第三者なのであって,被保険者ではない保険契約者が保険事故を故意に生じさせたとしても,保険契約者が被保険者に不正の利益を得させようとしていた等の特段の事情のない限り,保険者は保険金支払の義務を免れることはない,というものであった。
【判旨】控訴棄却
「…一般的に,商法641条や各種の損害保険の約款において,保険契約者又は被保険者の故意により生じた損害については,保険者は免責される旨規定されているが,かかる故意免責の趣旨については,次のように解される。
ア まず,被保険者にあっては,被保険者は被保険利益の帰属者であり,保険給付請求権の帰属者であるから,そのような者が故意に保険事故を招致して自ら保険給付を受けることは,保険者との関係で著しくxxに反する行為であるとともに,故意に招いた事故に関して保険給付を受けること自体が社会的に見て不当な利得と評価され,保険制度の運営を破壊する行為であって公益に反すると考えられることから,免責事由とされる。このように公益に
反することをも理由とする以上,被保険者の故意については,被保険者が保 険金を取得する目的をもって事故を招いたか否かを問わないものと解される。イ 次に,保険契約者にあっては,保険契約者は保険契約の当事者であるが,保険給付請求権者ではないから,そのような者が故意に保険事故を招致する ことが契約当事者間のxxxに違反するものといえるのは明らかであるが, 当然に公益に反することになるか否かについては検討を要する。思うに,保 険契約者と被保険者との間には保険契約者が被保険者のために保険契約を締 結するだけの密接な関係があるのが通常であり,保険契約者も保険給付がさ れることに密接な関係を有することも少なくないところ,保険給付がされた ときに保険契約者が相応の法的利益を受けるなど,現に保険給付がされるこ とについて保険契約者が密接な関係を有している場合には,被保険者の場合 と同様に,公益に反することも免責事由の実質的な理由となっているものと 解される。したがって,そのような場合には,実質的にみても,保険契約者 の故意について,被保険者と同様に考えることが相当である。
ところで,本件においては,前提事実のとおり,控訴人Xと訴外Bが連帯債務者となって住宅金融公庫から本件融資を受け,これに伴い,両名が保険契約者となって本件保険契約を締結しているところ,本件保険契約の保険金について住宅金融公庫を第1順位とする質権が設定されており(略),それは,保険事故が起こった場合に,保険金を本件融資債務の返済に充当するという形で同債務を担保しているのである。
したがって,本件融資の連帯債務者であるBは,保険契約者であって被保 険者ではないという立場であるが,保険給付がされれば質権者である住宅x x公庫が本件融資の返済を受けることになることによって,同人の連帯債務 が消滅するという関係にあるから,上記⑵イにいう保険給付がされることに つき密接な関係を有している場合であるとみるのが相当である。そうすると,本件保険事故は,実質的にみて,上記⑵イにいう保険契約者において故意免 責が認められる趣旨であるxxx違反のみならず公益にも違反するものと評 価されるものというべきである。」
3.検討
①はじめに
本件は,被保険者ではない保険契約者の故意の事故招致により,保険者は 免責されるか否かについて争われた事案である。すなわち,本件にあっては,保険の目的である乙不動産が,X2の父である保険契約者Bの放火により焼 失したが,これはBが保険契約者になることを強制されたことによるもので あるために,事実上保険契約者とは言えず,免責の効果は及ばないとして保 険金の支払いを求めたのに対し,Yが,本件火災は保険契約者の故意による ものであるため,本件火災保険特約条項に基づき,保険者は免責されるとし て,保険金請求権の存否を争っている。
ア ・プリオリには,本件火災保険特約条項は,基本的に商法641条が規定 する内容と同様であるために,その文言上からも,保険者は免責されるよう に思われる。すなわち,保険事故が保険契約者または被保険者の悪意または 重大な過失によって生じた場合には,保険者は原則として保険金支払義務を 負わないのは,かかる場合に被保険者に保険金請求権ありとすることは,偶 然の出来事によって事を決しようとする射倖契約としての保険契約の性質に かんがみ,当事者に要求されるxxxxの原則に反するとみとめられ,また,保険事故の発生は国民経済的にも好ましからぬ結果をともなうものである場 合が少なくないため,公益上の見地からも弊害を防止する必要がありうるか らである°'。また,ここにいう悪意とは,保険事故が発生せしめるについて の故意をいい,必ずしも保険金取得の意思があることを必要としないとされ る‘'。
しかしながら他方において,保険契約者のひとりであるBは,なぜ保険契約者として契約書に名を連ねていたのかといえば,それは本件火災保険契約を締結するきっかけとなった住宅金融公庫からの融資に際し,連帯保証人に
6) xxxx『保険法(法律学全集31)』(有斐閣 ・昭和32年)148頁。
7) xx・前掲注⑶,xxxx『保険法(第三版)』(悠々社 ・平成10年)251頁。
名を連ねていたことに端を発するのであり,このことから,住宅金融公庫側 からいわば形式的に保険契約者とされてきたということが推測される。実際 にBは保険契約者であるとは言っても,保険料の支払いは Xによって行わ れていたようである。このように,実質的には,第三者による故意の事故招 致にも似ていると言いうる本件の特殊事情から考えるのであれば,いわばた またま保険契約者として取り扱われてきた訴外Bの故意によって保険者が免 責されるという点については,利益衡量のあり方から考えても,一考の余地 がありうるように思われる。すなわち,この保険者である訴外Bの放火に対 する故意は,保険金受取人である被保険者X1およびX2に保険金を取得さ せようという故意ではなく,単に保険事故を発生させようという故意である といいうるからであり,故意の事故招致による保険事故であるとはいっても,その事故招致によって保険契約者の側には何の利益もないために,一般的に こうした場合に保険金の請求を認めたとしても,被保険者の側に不労利得の 弊害は生じないともいえそうだからである。
そもそも,保険契約者は保険契約の当事者であるが,被保険者と異なり保険給付請求権者ではない。したがって,商法641条は,�保険契約者ならびに被保険者を並列的に取り扱ってはいるものの�免責の趣旨を同一に考える必要はないように思われる웒'。すなわち,商法641条における故意の対象とは,保険事故を発生させることに対する故意をいうとされるけれども,公益の観点から絶対に許容すべきではないのは保険給付を受けることを目的として保険事故を故意に発生させる場合に限れば足りるという考え方もありうる°'。
したがって,以下では,商法641条後段の趣旨を検討してみることにより,
火災保険契約における故意の事故招致の問題について一石を投じてみたいと思う。具体的には,まず,火災保険契約における故意の事故招致に関して,保険契約者と被保険者でその理由は異なるのか,という点であり,それとの
8) xx ・前掲注⑵371頁。
9) xx・前掲注⑶65頁。
関連で,火災保険契約における故意免責における保険契約者の「故意」の対象は何かという問題である。したがって,本件火災保険契約の構造を,他人のためにする保険契約という観点から検討をはじめることにする。
②本件火災保険契約の構造
本件火災保険契約においては,保険契約者2名(建物購入者X1,その義父B),被保険者2名(建物購入者X1,その配偶者X2)であることから,たとえば,X1のみを基準として本契約を見れば,自己のためにする保険契約であるといえるが,契約者Bと,被保険者の関係を見るならば,他人のためにする保険契約であるということになる。この点,本件では保険契約者Bの故意による事故招致が問題となっていること,これに加えて,保険契約者と被保険者が異なる当事者である契約を他人のためにする保険契約というのであるから,本件火災保険契約は,その本質において,他人のためにする
(火災)保険契約(商法647条)であるといってよいだろう。そうして,他人のためにする保険契約は,第三者のためにする契約(民法537条)の一種であると考えられるために¹°',以下,本件火災保険契約を第三者のためにする契約との関係で検討する。
本件保険契約の当事者は,要約者(保険契約者)がX1およびBであり,受益者(被保険者)はX1およびX2である。したがって,民法537条の規定にあるように,保険者たる諾約者は,受益者であるX1およびX2に対して,保険契約の効果としての給付(保険事故が起これば具体的な出捐を行うという内容の給付�一種の期待権である ¹')を行う。この給付は,保険金請
10) xx・前掲注⑵262頁。
11) xxxxx『保険契約の法理』(慶応通信 ・昭和50年)167頁によれば,「契約の効力の発生により確定的になされる出捐の内容が,偶然の事実を停止条件とする債務の負担ということである。これは,条件が成就する以前すなわち具体的な債務負担が未必である状態において,すでに対価的な出捐がなされていることを意味する。この出捐が contratal´eatoireの語源である aleaとして捉えられるものであるが,私はこの性質を期待権給付と考えている。」とする。
求権そのものではなく,その前段階としての給付である¹워'。このように,保 険契約を代表とする射倖契約にあっては,通常の条件付法律行為(契約)と は異なり,契約の直接の効果として,保険者はすでに給付を行うものであり,この給付義務が保険料支払義務との間で対価関係に立つものである。
そうして,保険者が被保険者に対して行うこの期待権給付は,保険事故を 契機として,具体的な出捐義務(=保険金支払義務)に転化する。保険者は 保険金支払義務を負担するのに対し,保険者は被保険者に対して期待権給付 を行うこととなる。したがって,保険者の行う給付に関して利害関係を有す るのは,受益者(被保険者)ならびに諾約者(保険者)であるために,本来,第三者のためにする契約の一種である他人のためにする(火災)保険契約に おいて,故意の事故招致に関して保険者が免責される理由は,保険契約者と 被保険者で,それぞれ異なるはずである。
③旧商法典(明治23年)商法635条の規定について¹웍'
これと同様のことは,商法641条の成立過程を見ても,理解されるだろう。すなわち,故意の事故招致規定に関する,♛商法635条は,以下のような規定であった。
第635条 被保険者カ己ムヲ得サルニ非スシテ任意ニ加ヘ若クハ加ヘシメタル喪失若クハ損害又ハ被保険者ノ性質,固有ノ瑕疵若クハ当然ノ使用ニ因リテ直接ニ生シタル喪失若クハ損害ニ付テハ保険者ハ賠償ヲ為ス義務ナシ¹웎'
12) この給付の内実に関する私の考え方については,さしあたり拙稿 ・「射倖契約におけるコーズの法理」神戸学院法学第34巻3号参照。
13) 本節に関しては,xx ・前掲注⑶43頁以下を参考にしている。
14) ♛商法の条文についてはxxx編集代表『♛法令集』(有斐閣 ・昭和43年) 256頁を参照にした。
この規定から読み取れるように,♛商法の段階においては,故意の事故招致の対象とされる者は,被保険者についてのみであった¹´'。本条文の原型となったロエスレル草案695条の注釈によれば,「大過ハ故意ト同視スヘシトハ一般是認ノ典則タリ以テ甚タ注意ヲ怠ルモノハ随意ニ變事ヲ起サント欲セシニ非サルヤノ嫌疑ヲ受クヘシト雖モ要償権ヲ失ナフノ理ℝナキモノナリ¹°'」と説明されており,このことから,この条文が想定していたのは,被保険者による故意の事故招致であり,これには重過失を含まないものであったことが理解されるであろう¹‘'。
また,故意の事故招致が保険者を免責させる理ℝについては,「若シ保険ヲ受ケタルノ故ヲ以テ故ラニ怠慢ノ行為アルニ於テハ之カ為メニ実ニ生シタル損害ニ就キ賠償ヲ受ルノ限ニ非ルナリ何トナレハ是レ好テ自カラ危険ヲ招キタル者ナレハナリ」として,保険の利益を受ける被保険者が自ら故意の事故招致を行った場合は,自ら危険を招いているという理ℝで保険者免責とする。
これらのことから,♛商法典635条は,①故意免責の対象は被保険者の行為に限る,②重過失よる事故招致については免責の効果は及ばなかった,③被保険者の故意の事故招致によって免責されるのは,「自ら危険を招いた」という理ℝからであったことが読み取れる。
15) ♛商法典は保険契約者という文言は見当たらないが,♛商法典646条は,保 険証券の記載事項として,「保険申込人ノ氏名及ヒ被保険者ノ指示(第4号)」 を挙げていることから被保険者と保険契約者が異なるということは想定されて いたものと考えられる。また,xxxxx『商行為及保険法』(財団法人xx xxx ・昭和3年)559頁の記述によれば,ドイツ商法821条第4号も,故意の 事故招致の対象となる者は,被保険者についてのみであったことが読み取れる。
16)『ロエスレル氏起稿商法草案下巻〔復刻版〕』(xx出版 ・平成7年)105頁。
17) xx ・xx注⑶52頁によれば,「結局,ロエスレル氏商法草案においては被保険者の故意による保険事故招致のみが保険者免責事ℝと考えられていたといえよう。これは,人が全く怠慢 ・不注意のないことはありえないから過失については大小を問わず保険できるが,故意の保険事故招致は好んで自ら保険を招いた場合であるから保険できないという考え方に立脚している。」とする。
これに対して,現行商法641条の原型となった明治32年新商法396条は,
「保険ノ目的ノ性質若クハ瑕疵,其自然ノ消耗又ハ保険契約者,被保険者若クハ保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ悪意若クハ重大ナル過失ニ因リテ生シタル損害ハ保険者之ヲ塡補スル責ニ任セス¹웒'」と,故意免責の対象を被保険者も加えることによって,現行法とほぼ同内容の規定となった。その理ℝ説明によれば,「保険契約者ハ契約ノ当事者ニシテ而カモ被保険物ヲ占有シ若クハ管理スル場合尠ナカラス又保険金額ヲ受取ルヘキ者ハ其利害関係殆ント保険契約者及ヒ被保険者ト異ナラ¹°'」ないことが挙げられる。
しかしながら,このことが,保険契約者の故意の事故招致による免責を認
める根拠としては不十分であるということは明らかであろう。その理ℝは, 第一に,ロエスレル草案を受けた♛商法にあっては,保険の利益を受ける被 保険者が自ら保険事故を招いたことが免責の根拠として理解されていたけれ ども,被保険者ではない保険契約者については,そのようなことはありえな いことが挙げられる。第二の理ℝは,保険契約者が被保険物を占有 ・管理し ていない場合には,保険契約者が免責される実質的理ℝがないにもかかわら ず,xx上では免責とされることにある。実際に,本件判決が「保険契約者 と被保険者との間には通常,密接な関係があることからすると」と述べる一 方において,その具体的内容として,本件の事故招致によって保険契約者た るBが連帯債務を免れるという,保険契約外の事情を挙げざるを得ないのは,この点に端を発する法律判断であるといえよう。
このように,我が国の商法641条の成立過程のおける議論を見れば,保険契約者の故意免責に関しては必ずしも十分な理ℝのあるものとは言えないのであり,これはとりわけ保険契約者と被保険者との間に,密接な関係のない場合にあてはまるものといえる。
18)『法典修正案理ℝ書商法同施行法』(東京専門学校出版部 ・明治31年)147頁。
19) 前掲注S8148頁。
④射倖契約論からのアプローチ
保険契約は射倖契約の一種であるとされる。この点,射倖契約の一般理論からは,保険者免責の理論的根拠は,どのように説明されるのだろうか。この点についての概要は,以下のように言うことができるだろう。
すなわち,保険契約を代表とする射倖契約にあっては,契約の有効要件
(コーズ)は偶然性(lʼal´ea)に存在し,これが欠けると,当該契約の有効性が失われる。そうしてこの偶然性(lʼal´ea)をとりまく不確実性(lʼincerti- tude)を契機として一定の要件が課せられることとなる。すなわち,当事者は偶然の一定の事故に当事者の具体的な出捐の有無をかからしめている合意なのであるから,「不確実性はすべての契約当事者のもとに存在しなければな ら な い(Lʼincertitudedoitexistercheztouslescontractants.)」という原則や,「契約当事者は不確実性の中で平等でなければならない(Les contractantsdoiventˆetre`a´egalit´edanslʼincertitude.)」という原則が 導かれるというものである워°'。そうして,こうした原則によって,保険契約を代表とする射倖契約に関する諸規定の法的性質の説明が可能であるとし,このことは被保険者の故意の事故招致に関する規定(フランス保険法典 L. 113-1)についても同様であるとする워¹'。そこでは,射倖契約の要素的意思表示となる偶然性(lʼal´ea)およびそれを取り巻く不確実性(lʼincertitude)の存在によって,契約当事者には一定の作為ないし不作為が課せられるというものである。
したがって,このように保険契約が射倖契約であるという認識に立脚した場合,保険契約者の故意の事故招致については,上述に述べた原則における
「契約当事者」概念に含まれるか否かによって決せられることになるだろう。前述の通り,他人のためにする保険契約にあっては,被保険者ならびに保険契約者はいずれも契約の関係者であるとはいえ,そのおかれている利益状況は異なるものであるから,そこで保険契約者を「契約当事者」に含めて考え
20) XxxxxXxENABENT,Lachanceetledroit,nos.41etsuiv.
21) この点については,拙稿 ・前掲注S2参照。
るのか,あるいは本質的には「契約当事者」とは異なった存在であると考えるのか,というところに解決の糸口が隠されているように思われる。
⑤解決の方向性
したがって,被保険者でない保険契約者による故意の事故招致を巡っては,当該保険契約者を被保険者側に引きつけて理論構成していくのか,あるいは 保険契約者の側に引きつけて考えていくのか,という問題に帰着するように 思われる。
仮に前者のアプローチによるならば,保険契約者も被保険者もそのいずれもが契約当事者であるのだから,当該契約において,保険契約者と被保険者のおかれている立場の違いということが,この解決の決め手ということになりそうである。すなわち,故意の事故招致における保険者の免責規定の意義を巡っては,これをxxx違反に求める立場と,xxx違反に加えて公益違反にも求める立場が考えられる 워'が,保険契約者による故意の事故招致による免責が,xx側違反ということに尽きるのか,又は公益違反ということまで要求されるのか,ということになりそうである。
これに対して,仮に後者のアプローチによるのであれば,♛商法635条と 同様に,保険契約者は故意免責の対象とならないことが法定的に決せられて いるわけであるから,保険契約者の故意の事故招致は,第三者の故意の事故 招致と同様の枠組みで解決が図られることとなるであろう。この場合,第三 者の故意の事故招致は原則として保険者を免責させるものではないが,当該 第三者が保険者と一定の関係にある場合には,例外的に保険者免責の効果を 引き起こしうるという,いわゆる代表者責任論워웍'の適用の問題となるだろう。
しかしながら,日本法のもとでは,�代表者責任論の当否の問題とは全く
別に�後者のアプローチを採用することは難しいものと思われる。その理ℝ
22) xx ・前掲注⑵67頁。
23) 代表者責任論に関しては,xx ・前掲注⑶247頁以下,xx ・前掲注⑶65頁参照。
は,商法641条の文言にある。そこでは,保険契約者の故意の事故招致も免責の対象との規定がある以上,保険契約者は保険契約の当事者であるという考え方に立脚するほかはないように思われるからである。したがって,保険契約者と被保険者のそれぞれが置かれている立場から,保険契約者のどのような行為が免責を引き出すものであるのかという考え方によるほかはないであろう。
⑥故意の内容
したがって,保険契約者の故意の事故招致を免責するという商法641条の規定の趣旨が,xx側違反だけにとどまらず,公益保護の観点からも必要とされるのか否かということの検討が必要となる。
この問題に対しては,被保険者の故意免責については,保険契約者間のxx側違反であることに加え,公益に反することが理ℝであるのに対し,保険契約者の故意免責の趣旨については,保険契約当事者間のxx側違反となるにとどまるものと考える。その理ℝは,保険契約者の故意免責の趣旨が公益違反まで求められるという見解は,倫理的な問題と保険金支払請求権の発生原因ということを混同した考え方であるように思われるからである。
また,保険契約者の故意免責の趣旨に公益違反ということまでが含まれるのであれば,第三者の故意による事故招致に関しても,同様に公益違反ということで免責されることになりかねないからである。というのも,第三者の故意による事故招致にあっても,結局は被保険者に保険金を取得させるということからすれば,第三者の保険事故を惹起した行動は,それ自体倫理的に非難される余地がありうるからである。
さらに,もし,被保険者の故意の事故招致によって保険金支払請求権が発生するとすれば,それは被保険者自身が保険金を得ることによって利益を受けるわけであるから,被保険者は不労利得によって保険金を取得することになるというxxx上の問題が生じるとともに,かつそのことによって被保険者による故意の事故招致が誘発されるという公益違反の問題が発生しかねな
いこととなる。これに対して保険契約者による故意の事故招致の場合,保険契約者には何も利益はなく,ただ単に被保険者が保険金を受け取るにすぎないのである。この意味で,保険契約者と被保険者との間の「密接な関係」によって保険契約者が被保険者に保険金を取得させようという「第三者(被保険者)への詐取させる意図」があったと推定させることとなるのである。したがって,保険契約者の故意の事故招致に対しては,契約当事者間のxxxに反しないだけの事情があれば,保険者は免責とされることとなるだろう。そうして,このように考えると,被保険者と保険契約者で,商法641条の 故意の対象は自ら異なったものとなるであろう。すなわち,被保険利益を有する被保険者にあっては故意の対象を保険事故の原因事実(火災発生等)に求めることになるのに対して,保険契約者にあっては,故意の対象を被保険者に保険金を取得させようとする意思に求めることが実体法の論理としては
ふさわしいものと思われる워웎'。
4.まとめにかえて
本稿における筆者の主張をまとめると,以下の通りになる。
まず,商法641条後段は,保険契約者と被保険者の故意または重過失による保険事故招致があった場合,保険者は免責とされているが,この規定の趣旨は,保険契約者と被保険者で異なるということである。具体的には,被保険者による故意の事故招致については,契約当事者間のxxx違反に加え,公益に反するのに対し,保険契約者による故意の事故招致については,契約当事者間のxxx違反にとどまるものであるということである。
次に,商法641条後段の悪意(=故意)とは,被保険者に対しては保険事
24) この点,商法641条後段は「悪意」という文言であったが,保険法17条本文はこれを「故意」と条文の文言を改めている。従来の通説に従ったものであるといえようが,本来この「悪意」とは,詐害行為取消権(民法424条),手形法 17条但書等との類似性をもって論じられるべき問題であるように思われる。このような考え方からすれば「故意」との文言の改正については,私見からは疑問ないとはいえない。
故の原因事実を惹起するということにあるといえるが,保険契約者に対しては,被保険者に対して保険金を取得させようとする詐取の意思に求められるということである워´'。
射倖契約の一般理論からいえば,保険者の責任というのは当事者間で特に
締結される有償的な危険転嫁契約の効果であるから,どの範囲の危険が転嫁され,どの範囲の危険が担保責任外とされるかは契約当事者の自ℝに委ねられるはずである워°'。したがって,保険者と保険契約者との間で自ら不確実な事件の成否に当事者の具体的な出捐義務を委ねると合意している以上,保険契約者の故意の事故招致については,当事者のxxに反する行為であるといいうる。しかしながら,保険契約者が事故を起こしたとしても,それが保険契約者に不労利得をもたらすものでなく,そのことによって保険契約者のモラル ・ハザードが飛躍的に高まり,保険のシステムを維持できなくなるとまではいえないのであれば,保険契約者の故意ということは,本来は免責事ℝとはならないように思われる。そうして,このようにして生まれた射倖契約の一般理論と保険制度の間隙に,射倖契約の中で保険契約という典型契約が有する特徴のひとつが認められるようにおもわれるのである。
(筆者は神戸学院大学准教授)
25) この点,新たに制定された保険法17条本文は,「保険者は,保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって生じた損害をてん補する責任を負わない。」と規定するが,私見によれば,この「故意」は通常とは異なった意義に解することとなるだろう。
26) xx・前掲注⑺249頁参照。ただし,これは射倖契約一般についての説明ではなく,商法641条に関するものである。