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産大法学 51巻 3・4 号 (2018. 1)
民法改正と売買における契約不適合給付
x x x x
目次
Ⅰ はじめに
1 本稿の目的
2 叙述の順序
Ⅱ 売主の引渡義務 ―― 契約に適合した目的物の引渡し
1 改正前民法の下での学説および判例
2 改正法の下での「契約不適合」概念
Ⅲ 買主の権利
1 追完請求権
2 代金減額請求権
3 損害賠償請求権および解除権
Ⅳ 買主の権利行使の期間制限
Ⅴ 目的物の滅失等についての危険の移転 1 新 567条1項
2 新 567条2項
3 売主の責めに帰すべき事由による滅失・損傷
Ⅵ 契約不適合と錯誤
Ⅶ 結び
1 「契約不適合」の意義
2 買主の権利
3 買主の権利行使の期間制限
4 目的物の滅失等についての危険の移転
5 契約不適合と錯誤
Ⅰ はじめに
1 本稿の目的
2017年5月 26 日、「民法の一部を改正する法律案 (第 189 回国会閣法第 63 号)」および「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案 (同第 64 号)」が可決・成立した。改正法は同年 6 月 2 日に公布され (法律 44 号・同 45 号)、一定の例外を除き、2020年4月
1 日から施行される (政令第 309 号)。今般の改正は消滅時効の期間の統一化等の時効に関する規定の整備、法定利率を変動させる規定の新設、保証人保護を図るための保証債務に関する規定の整備、定型約款に関する規定の新設等を主な理由として行われたが (民法の一部を改正する法律案の理由)、典型契約の中心に位置する売買契約についても取引実務に重大な影響を及ぼす改正が行われている。本稿は、売買目的物の不適合給付に関する規定を中心に改正法の検討を試みるものである。
改正法は、売主の契約不適合責任に関する新たな規定を設け、従来の売主瑕疵担保責任に関する規定 (民法旧 570 条、566 条) を抜本的に改正した。とくに注目される改正点は、次の二つである。第一に、改正法は、旧 570 条の「隠れた瑕疵」という要件を廃止した。改正法の下では、売主の責任の有無は、売主が「契約適合的な物の引渡し」をしたかどうかで判断される。第二に、改正法は、売主の責任の法的性質を明確にした。改正法の下では、不適合給付を行った売主の責任は、履行遅滞や履行不能と
いった他の不履行類型と区別されることなく、債務不履行責任として
(1)
xx的に扱われる (不適合給付の債務不履行責任化)。この二つの大き
(1) xxxx「売買・請負の担保責任 ―― 契約不適合構成を介した債務不履行責任への統合・一元化」NBL1045 号 (2015 年) 12 頁、同『新債権総論Ⅰ』(信山社、2017 年) 199頁、xxxxx「民法 (債権関係) 改正のビューポイント⑪」NBL1048 号 (2015 年) 64頁、同「民法の債権関係の規定の見直しにおける売買契約の新しい規律の構想」曹時 68巻 1 号 (2016 年) 3 頁、xxx「売買契約法の改正 ―― 『担保責任』規定を中心として
――」Law&Practice10 号 (2016 年) 68 頁、xxxx「売買 ―― 瑕疵担保責任から契約 不適合責任へ」法セ 739 号 (2016 年) 36 頁、同『契約法〔第2 版〕』(日本評論社、2017↗
な改正は、近時の国際的潮流にも沿う。とりわけ「不適合給付の債務不履行責任化」は、これまで学説上激しく争われた瑕疵担保責任の法的性質をめぐる議論を止揚するものであり、民法 (債権関係) 改正の全体に通じる基本理念 ―― 民法制定以来の「社会・経済の変化への対応を図り、
国民一般に分かりやすいものとする等の観点」(現代化および透明性の
(2)
観点) からの契約に関する規定の見直し ―― にも合致するものと評価で
(3)
きる。
もっとも、売主の責任の法的性質が明確になったとしても、それだけで今日まで激しく議論された瑕疵担保責任をめぐる多様な問題がすべて解決されるわけではない。従来、いわゆる契約責任 (債務不履行責任) 説に立つ学説の内部でも、物の瑕疵 (不適合) の意義およびその判断基準時、追完請求権 (とりわけ修補請求権) の法的性質およびその内容、損害賠償の範囲等の問題について必ずしも見解の一致がみられなかった。そこで、今般の改正において、従来の法的問題がどの程度まで立法的に解決されたのかを明らかにする必要がある。
さらに、改正法では、買主の追完請求権および代金減額請求権に関する規定が新設され、また、解除および損害賠償に係る債務不履行の一般規定が改正されるなど、従来とは大きく異なる制度 (契約不適合責任制度) が
↘ 年) 137 頁、同「契約責任法の新たな展開 ―― 瑕疵担保責任から契約不適合責任へ」 NBL1107 号 (2017 年) 8 頁。さらに、第 193 回国会衆議院法務委員会議録第 4 号 4 頁
〔xx〔宣〕委員、xxxx参考人〕も参照。
( 2 ) 民法 (債権関係) の改正に関する諮問第 88 号。民法改正の経緯と改正法の概要につい
て、xxxx「債権法改正の経緯と概要」ジュリ 1511 号 (2017 年) 16 頁以下、xxxx
=xxxxx編『解説 民法 (債権法) 改正のポイント』(有斐閣、2017 年) 1 頁以下〔xxxx〕を参照。さらに「市民社会」および「取引社会」の観点から改正債権法を検討するxx=道垣内・同書 493 頁以下〔xxxx〕、507 頁以下〔xxxxx〕も参照。
(3) 社会・経済の変化への対応 (現代化) という観点から、xxxx「新しい契約責任法と 消費者契約」法教 441 号 (2017 年) 39-41 頁は、瑕疵担保責任の改正を含む新しい契約責 xxは「グローバル・スタンダードを明確に意識し、その導入を図るものである。」と評 価する (同・前掲注 (1) NBL1107 号 4 頁以下も参照)。また、分かりやすさ (透明性) の 観点から、xxxx「担保責任の争点」東北ローレビュー 1 号 (2014 年) 67 頁、71 頁以 下は、債務不履行説を明示することによって、法律家の議論が単純になることを指摘する。
用意されている。追完請求権の内容をどのように確定するのか、減額される代金を具体的にどのように算定するのか、債務不履行一般の改正が不適合給付に関する紛争解決の場面でいかなる影響をもつのか等の問題について、すでに学説および実務で活発に議論されているが、そこでの議論は早くも混迷の様相を強めているように思われる。
本稿は、このような問題認識の下、売買における契約不適合給付をめぐる問題について理論的観点から検討を行い、現時点での議論の到達点を明らかにすることを試みる。今後の議論のための基礎的作業を行うことが本稿の目的である。
2 叙述の順序
以下ではまず、改正法で新たに導入された「契約不適合」概念の意義を検討し、従来の「瑕疵」概念との関係を明らかにする (Ⅱ)。次いで、不適合給付が行われた場合における買主の救済手段について検討を加える。具体的には、新 562 条以下の買主の権利 (追完請求権、代金減額請求権、解除権および損害賠償請求権) についてxx検討する (Ⅲ)。その後、「買主の権利行使の期間制限」(Ⅳ) および「目的物の滅失等についての危険の移転」(Ⅴ) に関する規定を取り上げ、学説の議論を整理する。さらに、
「契約不適合と錯誤」の競合問題に取り組み、従来とは異なる視点から問題提起を行う (Ⅵ)。最後に、本稿の要約とともに改正法の下で重点的に検討されるべきいくつかの課題を提示したい (Ⅶ)。
Ⅱ 売主の引渡義務 ―― 契約に適合した目的物の引渡し
【第 562条1 項本文】
引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合 しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物 の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。
新 562条1 項本文によれば、売主は、買主に対し、種類、品質または数 量に関して「契約の内容に適合した目的物」を引き渡す義務を負う。改正 法は、改正前民法下における「(隠れた) 瑕疵」概念 (旧 570 条) を廃止 し、「契約不適合」という新たな概念を取り入れた。もっとも「契約不適 合」という概念もそれ自体多義的であり、解釈の余地を残すものである。そこで「契約不適合」とは具体的にどのように理解されるべきものなのか、とくにこの概念が改正前民法の「瑕疵」概念とどのような関係にあるのか を明らかにする必要がある。この検討を行う上で、改正前民法の下で行わ れた学説・判例の議論を振り返ることが有益であろう。
1 改正前民法の下での学説および判例
(4)
(1) 学説
伝統的学説 (xxx博士) は、目的物の「瑕疵」概念について、次の通 り定義していた。すなわち、物の瑕疵は、① 一般には、その種類のもの として通常有すべき品質・性能を標準として判断すべきであるが、② 売 主が、見本により、または広告をして、目的物が特殊の品質・性能を有す ることを示したときは、その特殊の標準によってこれを定めるべきである。そして、②のような場合 (見本または広告による品質・性質の表示) に、売主において、自分の示した標準を保証する趣旨と解すべき場合が多いで あろうが、とくに保証したとまでいい得ないときでも、担保責任を生ずる
(5)
という。
一方で、xxx博士は、「瑕疵」を ①「取引上一般に期待される品質・性能をかくこと」、および、②「当事者が契約上予定した使用に対する適性を消滅または減少せしめるような欠点」と定義し、客観的瑕疵と主
( 4 ) 「瑕疵」をめぐる判例・学説の展開について、xxxx『契約責任の体系』(有斐閣、
2000 年) 375 頁以下、xxxx「『瑕疵』の判断基準について ―― 瑕疵担保論争から債権法改正後へ ――」xxx他編『日本民法学の新たな時代』(有斐閣、2015 年) 648-668 頁も参照。
(5) xxx『債権各論中巻一』(岩波書店、1968 年) 288-289 頁を参照。
(6)
観的瑕疵の概念を示した。xxxx自身は、瑕疵概念の中心に主観的瑕疵
を据えていたが、xxxxのいう品質・性能の保証は主観的瑕疵概念の範疇に含めていない。
(7) (8)
その後、判例および学説では、客観的瑕疵概念と主観的瑕疵概念をめぐ
(9)
る議論が展開され、後者のようにとらえる見解が通説とされる。
(2) 近時の判例
瑕疵概念を主観的に捉える見解によれば、瑕疵の判断は結局、契約解釈 (給付目的物が契約の趣旨に適合しているか否か) の問題に帰着する。そしてこうした考え方を判例上も確認したのが、最高裁第三小法廷平成 22
(10)
年6月1 日判決 (いわゆる「ふっ素土壌汚染事件」判決) である。
本件は、売主との間で売買契約を締結して土地を買い受けた買主が、売 主に対し、本件土地の土壌に、それが土壌に含まれることに起因して人の 健康に係る被害を生ずるおそれがあるものとして売買契約締結後に法令に 基づく規制の対象となったふっ素が基準値を超えて含まれていたことから、このことが民法 (旧) 570 条にいう瑕疵に当たると主張して土壌汚染対策
(6) xxx『売主瑕疵担保責任の研究』(有斐閣、1963 年) 311 頁、xxx=xxxxx
『新版注釈民法 (14)』(有斐閣、1993 年) 353-360 頁〔xxx・xxxxx〕を参照。
(7) xxxx『契約法 (各論) 上巻』(青林書院、1983 年) 318 頁、xxx『契約の成立と責任〔第 2 版〕』(一粒社、1991 年) 184 頁以下、同『新・契約の成立と責任』(成文堂、 2004 年) 252-253 頁を参照。
(8) xxx『債権各論第一部』(岩波書店、昭和 14 年) 79 頁、同『契約法下 (各論)』(岩波書店、1975 年) 49 頁、xxxx『契約法』(有斐閣、1974 年) 82-83 頁、xxxx『民法概論Ⅳ (契約)』(良書普及会、1988 年) 132 頁、xxxxx『債権総論 (民法講要Ⅲ)
〔第3 版〕』(有斐閣、2004 年) 133-134 頁、xxxx「『責二帰スヘキ事由』・過失・瑕疵・欠陥 (不可抗力)」法教 164 号 (1994 年) 17 頁、xxx「目的物の瑕疵をめぐる法律関係」xx=xx=xx=xx『民法トライアル教室』(有斐閣、1999 年) 306 頁、xxxx「債務不履行と瑕疵担保」法教 193 号 (1996 年) 36 頁、xxxx『民法講義 V 契約法
〔第3 版〕』(成文堂、2006 年) 144 頁、xxx『民法Ⅱ〔第3 版〕』(東大出版会、2011 年) 135 頁、xxxほか編『民法 (6) 契約各論〔第4 版増補補訂版〕』(有斐閣、2002 年) 50頁〔xxxx〕などを参照。
(9) xxxx『契約各論Ⅰ』(信山社、2008 年) 215-216 頁等を参照。
(10) 民集 64巻4号 953 頁、判時 2083 号 77 頁、判タ 1326 号 106 頁。本判決については、xxxx・最高裁判所判例解説民事篇平成 22 年度 346 頁、民法判例百選Ⅱ 52 事件〔xxxx〕106 頁 (さらに、両判例解説の中で掲げられた諸文献) を参照。
工事に要する費用等相当額の損害賠償を求めた事案である。本件土地の瑕 疵の有無が争点となったところ、最高裁は、「売買契約の当事者間におい て目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについ ては、売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべき」とした 上で、ふっ素が売買契約当時は法令に基づく規制の対象となっておらず、取引観念上も、買主の担当者においても、ふっ素が土壌に含まれることに 起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されていな かったという事情の下では、売買契約の当事者間において、ふっ素が人の 健康を損なう限度を超えて本件土地の土壌に含まれていないことが予定さ れていたものとみることはできないとして、土壌中のふっ素が瑕疵に当た らない旨を判示した。この判決は、旧 570 条にいう「瑕疵」の意義につき、具体的な契約を離れて抽象的に捉えるのではなく、契約当事者の合意、契
約の趣旨に照らし、通常のまたは特別に予定されていた品質・性能を欠く
(11)
場合をいうものと解することを明らかにした判決と評されている。
(3) 判例・学説の整理
このように「瑕疵」概念をめぐる学説・判例は、主観的瑕疵を、「瑕疵」概念の中から客観的瑕疵を除く概念として ―― 言い換えれば、当事者の契約上の合意・予定を前提に客観的瑕疵以外にも瑕疵概念を拡げる概念として ―― 理解する当初の考え方から、次第に、抽象的・客観的に捉えられるもの (たとえば、「ふっ素土壌汚染事件判決」にいう売買契約締結当時の「取引観念」) をも含めて最終的に当事者の契約に関連づけながら
「瑕疵」概念を理解する ―― その意味で主観的瑕疵を「その種類のもの
として通常有すべき品質等」「取引上一般に期待される品質等」という客
(12)
観的瑕疵と相互流動的なものと観念する ―― 考え方へと変容を見せてい
る。前者のとらえ方によれば、客観的瑕疵と主観的瑕疵は対立する概念としてなお重要な意味をもつが、後者のとらえ方によれば、両概念はもはや
(11) xx・前掲注 (10)346 頁、xxx「不動産売買における売主が土壌汚染の原因者であるときの買主に対する責任」法教 402 号 (2014 年) 138 頁など。
(12) xx・前掲注 (4) 653-654 頁。
相対的な意味しかもたない。
2 改正法の下での「契約不適合」概念
(1)「xxxx」で示された考え方
法制審議会・民法 (債権関係) 部会第 71 回会議 (平成 25年2月 26 日)において決定されたxxxxでは、旧 570 条の「瑕疵」という文言に代えて、「売主が買主に引き渡すべき目的物は、種類、品質及び数量に関して、当該売買契約の趣旨に適合するものでなければならない」として、売主の責任の成否を目的物の品質等の契約適合性により判断する枠組みが提示された。xxxxの補足説明では、その理由について、次の通り述べられて
(13)
いる。
まず、「瑕疵」という言葉は、法律専門家でない者にとってなじみの薄い言葉である上、裁判実務においては、物理的欠陥のみならず、いわゆる環境的・心理的瑕疵も「瑕疵」に含める解釈がされるなど、現行の実務における「瑕疵」の用語法は、国民一般から見て分かりにくいことである。そして、570 条の「瑕疵」の有無は、より具体的には、目的物が本来備 えるべき品質等を確定した上で、その「備えるべき品質等」との対比において、実際の目的物が当該「備えるべき品質等」を有しているかどうかで判断されるところ、この目的物の「備えるべき品質等」を確定するに際して、何を基準とし、それをどのように条文上表現するのが望ましいかという観点から検討が行われた。この「備えるべき品質等」をどのように定めるかについて、従来の学説上、いわゆる主観的瑕疵概念と客観的瑕疵概念が対立するものとされてきたが、xxxxでは、これらは対立する概念ではなく、相互補完的なものであることが前提とされた。すなわち、主観的瑕疵といっても、取引通念などの客観的・規範的考慮が一切排除されるわけではないし、また他方で客観的瑕疵といっても、契約をした目的等が一切捨象されるわけではなく、目的物の品質等につき当事者間に合意がある
(13) 民法 (債権関係) の改正に関するxxxxの補足説明 399-401 頁。
場合にはそれが優先的に考慮される。そうして、瑕疵の存否は、結局、契約の趣旨を踏まえて目的物が有するべき品質等を確定した上で、引き渡された目的物が当該あるべき品質等に適合しているか否かについての客観的・規範的判断に帰着すると考えられた。
(2) 改正法
xxxxで示された考え方は、改正法にも引き継がれている。新 562 条 1 項によれば、「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」は、売主は、買主に対し、不適合給付に対する責任を負う。xxxxで明示された「契約の趣旨」という言葉それ自体は概念が明確でないとして削除されたが、適合性判断の前提となる、備えるべき目的物の品質・性質等の確定に際して、契約当事者の合意や契約の趣旨を基礎に置く考え方が採用されている。このように見ると、改正法における「契約不適合」概念は、従来の判例が採用する「瑕疵」概念の意義・判断枠組み ―― 主観説の考え方 ―― に実質的な変更を加えることなく、表現としてより分かりやすい用語を選択したものと評価する
(14)
ことができる。
(14) 第 193 回国会衆議院法務委員会議録第4号 4-5 頁〔xx〔宣〕委員、xxxx参考人〕も参照。中古建物の売買における「瑕疵」(民法 570 条) の判断構造を下級審裁判例の分析を通じて明らかにするxxxx「中古建物の『瑕疵』の判断に関する一考察」Law & Practice 9 号 (2015 年) 185 頁は、「『瑕疵』から『契約不適合』への要件の組み替えがなされても、その判断の内実が現行法の『瑕疵』と変わらないとすれば、これまで積み重ねられてきた中古建物の瑕疵に関する判断枠組みとその基準は、『契約不適合』要件の下でもなお維持されていくと考えられる。」という。xxxx「改正民法が不動産売買実務に与える影響」日本不動産学会誌 30巻1号 (2016 年) 18 頁も、「現行 570 条の瑕疵担保責任も「『契約の趣旨』との関係で備えるべき性質・性能を備えていない場合に問題となるという点では、……改正民法の契約不適合責任とxx的に異なるというものではない。」と指摘する。xx・xx注 (10) 107 頁は、改正案の下でも従来の判例 (ふっ素土壌汚染事件判決) の意義が失われることはないという。それに対して、「瑕疵」と「契約不適合」は単に文言の相違のみならず実質的な相違をもつと理解する見解もある。たとえば、xxx
「不動産投資市場に与える影響と対応」日本不動産学会誌 30巻1号 (2016 年) 80 頁〔注 2〕は、「瑕疵」概念と「契約不適合」概念との理解について「どの程度の差があるかについては、考え方が分かれている」との認識を示しつつ、「契約不適合」とすることで「契約当事者の意思がより重視される運用になる可能性があることは否定できない」という。
(3) 今後の課題
ここまでの検討から、改正法の下での「契約不適合」概念は、基本的に改正前民法下における「瑕疵」概念 (旧 570 条) に関する判例の考え方と基本的に同じであることが明らかとなった。そうすると、このことは同時に、改正前民法の「瑕疵」概念をめぐる問題およびそこで展開された学説上の議論が改正後もなお意義を有することを意味する。以下では、「契約不適合」概念について引き続き検討されるべき二つの課題を確認したい。第一に、改正法の下でも、契約適合性判断の前提となる備えるべき品質 等の確定は、契約当事者の合意や契約目的、そして (契約と関連付けられた) 取引通念を踏まえた規範的判断・契約解釈を通じて行われることになる。しかし、学説では、この規範的判断・契約解釈の方法自体が多様であ
(15)
ることが指摘されている。従来の「瑕疵」概念に関する規範的判断の方法
を示した最高裁判決 (ふっ素土壌汚染事件判決) は、主観的瑕疵概念と客観的瑕疵概念が相互補完的なものであることを前提とした上で、契約上の合意や契約目的を基準に、取引通念などの客観的・規範的要素も考慮に入れつつ、最終的に、契約の趣旨を踏まえて目的物が有するべき品質等を確定するという考え方 (主観説) を示すものであった。しかし、一方で、この判決に対しては、最高裁の考え方を前提としても、「取引観念」という客観的・規範的要素をより重視することで異なる結論が導かれた可能性も
(16)
否定できないとの理解も示されていたところである。このことは、規範的
(15) xx・前掲注 (4) 661-668 頁を参照。主観説の立場からも異なる解釈の方法や異なる帰結が導かれうることが示されている。すなわち、ふっ素事件のような契約後の外的事情による障害について、最高裁のように、「契約当時、合意されていない、予定されていないこと」を理由に瑕疵 (契約不適合) を否定するほか、ふっ素の有害物質指定が「予見できなかったこと」を理由にふっ素を含まない旨の合意がないとして同じく瑕疵 (契約不適合) を否定する論理もありうる。また、契約目的を考慮した上で、瑕疵 (契約不適合) を肯定する考え方もありうる (ふっ素事件の原審は、客観説に基づく判示とともに、「居住その他の土地の通常の利用をすることを目的として締結される売買契約の目的物である土地の土壌に人の生命、身体、健康を損なう危険のある有害物質が上記の……限度を超えて含まれていないことは、上記売買契約の目的に照らし、……土地が通常備えるべき品質・性能に当たる」と判示していた。)。
(16) xxxx「判批」民商 143 巻 4・5 号 (2011 年) 483 頁、xxxx「不動産の物的瑕疵↗
解釈・契約解釈を行う際の「取引観念」の位置づけの難しさを示すものといえよう。改正法の下では、「契約不適合」概念の解釈に際して、この
「取引観念」を、(a) 当事者の合意ないし契約目的を判断するに際して参照されるべき一要素と位置づけるのか、それとも (b) 当事者の合意ないし契約目的と並列する別個の考慮要素として位置づけるのか、という問題が、これまで以上に意識的に議論される必要がある。最高裁は、契約後に外的リスク (ふっ素の含有量に係る法令の規制) が発現したという当該事案の具体的事情のもとで、「売買契約締結当時の取引観念をしんしゃく」しつつ「売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有
することが予定されていたか」を判断すべきとした。これは、(a) の立場
(17)
により近い考え方を示すものといえる。しかし、契約適合性判断が問題と
なるより一般的な事案において、取引観念を重視する (b) の考え方が否定されるかどうかは、必ずしも明らかでない。今後の裁判例の展開および学説の議論が待たれる。
第二に、「契約不適合」概念をどこまで広く解することができるかとい う問題がある。例えば、物の価値に消極的な影響を及ぼす事情 ―― 従来、いわゆる環境瑕疵や心理的瑕疵と呼ばれてきたもの ―― について、その ような事情をすべて契約不適合判断の枠組みで捉えてもよいかどうかが問
題となる。学説および判例は、一般に、瑕疵概念のなかに環境瑕疵および
(18)
心理的瑕疵を広く含むものとして理解してきたが、一部の学説では、この
↘ (契約不適合) の判断構造と契約内容の解釈」法時 87 巻 12 号 (2015 年) 101 頁を参照。
(17) xxxxは、売買契約において目的物の契約適合性を判断するに際しては、(a) 当該契約のもとで、契約当事者が契約の対象である目的物に対していかなる意味を与えたかという観点から契約適合性を判断する手法と、(b) 契約を離れ、目的物を客観的に捉え、その目的物が通常どのような性質を備えたものかという観点から契約適合性を判断する手法がある、と整理した上で、最高裁は、(a) を表現するものとして主観的瑕疵という概念を用いているという (xx・前掲注 (1)『新債権総論Ⅰ』55 頁参照)。
(18) xx=xx・前掲注 (6) 356-357 頁、xxxx「環境瑕疵と売主の責任」明治学院論叢 548 号 (1994 年) 113 頁、xx・前掲注 (4) 347 頁以下を参照。心理的瑕疵について、xxxx「不動産取引と心理的瑕疵」判タ 743 号 (1991 年) 26 頁、xxxx「瑕疵担保責任」xxx=xxxx『新・裁判実務体系 不動産競売訴訟法』(青林書院、2000 年) 229頁以下も参照。
ような物の価値に消極的な影響を及ぼす事情を瑕疵の問題としてではなく、
説明義務・情報提供義務違反の問題として捉えるべきであるとの見解も示
(19)
されていた。さらに、「契約不適合」概念を広く解した場合、とくに錯誤
制度との関係が問題となってくる。「瑕疵担保と錯誤」との競合問題に関 して瑕疵担保規定の優先を説く学説の有力な立場からすると、目的物の価 値に消極的な影響を及ぼす事情が契約不適合給付の問題領域に含まれるか 否かは理論的にも実務的にも極めて重要な意味をもつ。改正法の下では、錯誤の法律効果は取消しとなり (新 95 条)、錯誤取消しの主張は民法 126 条による 5 年の期間制限に服することになったが、このような変更が従来 の「瑕疵担保と錯誤」の競合問題にいかなる影響を及ぼすかが問題となる。この問題については、下記Ⅵで詳しく検討することにしたい。
Ⅲ 買主の権利
売主が契約に適合しない物を引き渡した場合、買主は、追完請求権、代金減額請求権、解除権および損害賠償請求権を行使することができる (新 562 条から 564 条まで)。買主の権利は、「その不適合を知った時から 1 年
以内」の権利行使期間に服する (新 566 条)。新 567 条は、目的物の滅失等による危険の移転について規定する。同条によれば、売主が買主に目的物 (売買の目的として特定したものに限る。) を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失または損傷したときは、買主は、上述した権利を行使することができない。
買主の権利のうち、解除権および損害賠償請求権については改正前民法
(19) xxxx『コア・テキスト民法Ⅴ契約法』(新世社、2011 年) 143-144 頁を参照。また、xxxx「日照・眺望阻害などの環境瑕疵とマンション売主の責任」xxxx=xxxx 編『消費者法判例百選』(有斐閣、2010 年) 29 頁は、「現在の裁判例は、環境瑕疵の問題 をxxx上の調査・告知義務違反の問題として解決していく傾向にある」ことを指摘する。説明義務・情報提供義務の観点から、xxxx「不動産取引と説明義務」判タ 1178 号 (2005 年) 125 頁以下も参照。
にも規定が置かれていた (旧 570 条、566条3 項)。これに対し、追完請求権および代金減額請求権は、改正法で新たに規定された。以下では、買主の個別的権利 (新 562 条から 564 条まで)、権利行使の期間制限 (新 565 条) および目的物の滅失等についての危険の移転 (新 566 条) に関する議論の整理を試みる。
1 追完請求権
【第 562 条】(買主の追完請求権)
1 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適 合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替 物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができ る。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。
2 前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、同項の規定による履行の追完の請求をすることができない。
(1) 追完請求権の内容および追完方法の選択
改正法は、売主の責任の法的性質が債務不履行責任であることを前提に、契約に適合しない物の引き渡しを受けた買主の権利を定めている。まず、売主による契約不適合給付に対し、買主は、目的物の修補、代替物の引渡 しまたは不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる (新 562条1 項本文)。履行の追完の方法について、その選択権は原則として
「買主」に与えられる。この買主の選択権は新 562条1 項本文から直ちに読み取ることはできないが、同項ただし書の反対解釈から導かれる。すなわち、同項ただし書は、買主が追完方法の選択権を有することを前提に、例外的に売主が、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができると定める。
(2) 追完請求権の制限
契約不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は履行の追完を請求することができない (新 562 条 2 項)。この規定の趣旨は、契約不適合が買主の帰責事由による場合にまで買主に履行の追完の権利を認めるのは売主に酷であると考えられること、履行の追完も買主がとり得る他の救済手段と整合的である必要があるところ、追完以外の買主の救済手段である解除権、代金減額請求権、損害賠償請求権については買主に帰責事由がある場合には行使することができないとされていることから、追完請求権についてもこれらと同様に扱うのが相当であることで
(20)
ある。
(3) 解釈論上の問題
法制審議会における買主の追完請求権に関する議論は、当初、次の3点
(21)
を中心に展開された。すなわち、① 追完請求権に関する一般規定を設け
ることの要否、② 追完方法が複数ある場合の選択権、および、③ 追完請 求権の限界事由である。最終的に、改正法は、①に関しては、債権総則に 追完請求権に関する一般規定を設けないこととした。②に関しては、前述 した通り、新 562 条がこれに関する規定を置いている。すなわち、同条は、原則として買主の選択権を認め、例外的に売主の選択権を認める。③に関 しては、追完請求権に特有の限界事由を置く考え方は採用されず、履行請 求権に関する限界事由の規律が追完請求権に及ぶこととされた。
以下では、買主の追完請求権に関する規定 (新 562 条) について、法制審議会 (債権関係) 部会で示された論点を中心に、学説の議論も踏まえながら、検討を行いたい。
① 追完請求権の法的性質
(ⅰ) 問題の所在 売主が契約不適合給付をした場合、買主は、追完請
(20) 民法 (債権関係) 部会資料 (以下、「部会資料」と表記する) 81-3・9 頁を参照。
(21) 部会資料 5-1・2-3 頁、部会資料 5-2・7-15 頁、法制審議会民法 (債権関係) 部会第 3回会議議事録 (以下、「第○回会議議事録」と表記する) 1-17 頁および部会資料 32・8-12頁を参照。
求権を行使することができる (新 562 条 1 項)。追完の内容は、「修補、代替物の引渡しまたは不足分の引渡し」である。売主から買主への目的物の引渡しにより、買主の本来の履行請求権は追完請求権へと形を変えるが、
ここで履行請求権が追完請求権へと変わることの意味 (すなわち、「本来
(22)
的履行請求権と追完請求権との関係」) をどのように理解すべきかが問題
(23)
となる。この追完請求権の法的性質をめぐる議論は、後述する「追完請求
権の範囲」、「特定物売買における代替物の引渡しの可否」および「追完請求権の限界事由」などの追完に係る個別の論点を検討するうえで重要な意味をもつ。
(ⅱ) 学説 追完請求権の法的性質について、学説には大別して二つの
考え方がある。一つは、追完請求権を本来的履行請求権と同質のものとみ
(24)
る見解である (以下、仮に「同質説」という)。これによれば、追完請求
権は売主による契約不適合給付があった場合に本来的履行請求権がその姿を変えて存続したものであり、その性質は履行請求権と同様のものとして捉えられる。これに対して、追完請求権は本来的履行請求権とは性質を異
(25)
にするとの見解もある (以下、仮に「異質説」という)。
(22) 部会資料 32・10 頁。xxxx「履行障害」xxxxほか『債権法改正の課題と方向 (別冊 NBL51 号)』(商事法務、1998 年) 108 頁以下も参照。
(23) 従来の学説上の議論について、xx・前掲注 (22) 108 頁以下、xxx「契約責任論の新展開 (その 3) ―― 追完請求権と追完権」法教 345 号 (2009 年) 112-113 頁、xxxx
『プラクティス民法債権総論〔第4 版〕』(信山社、2012 年) 102-103 頁を参照。また、追完請求権の法的性質およびその内容の確定について、当該請求権の基礎づけ・正当化根拠 (「売買契約の原則的規律として買主の追完請求権を認めることが法の基礎にある売買契約の典型に適合する規律として正当化されるか」という視点) に遡って考察する、xxx
「売買における買主の追完請求権の基礎づけと内容確定 (一)(二)(三・完)」神法 60巻1 号1 頁、2号1 頁 (2010 年)、3=4号1 頁 (2011 年) も参照。
(24) 第 3 回会議議事録 17 頁〔xx委員〕、xxxx=xxxx=xxxxx「瑕疵担保責任を語る」判タ 1212 号 (2006 年) 30 頁〔xxxx〕、xxxx『民法総合 5 契約法〔第3 版〕』(信山社、2008 年) 337 頁などを参照。
(25) 第 3 回会議議事録 16-17 頁〔xx幹事〕、xx・前掲注 (22) 112 頁、xx・前掲注 (23) 102-103 頁、同「追完請求権に関する法制審議会民法 (債権関係) 部会審議の回顧」xx x他編『日本民法学の新たな時代』(有斐閣、2015 年) 712 頁、xxxx「担保責任の契 約不履行への統合 ―― 法制審議会の議論およびxxxxの検討」xx 54巻2号 (2014 年) 57 頁以下、xxxx『契約法』(有斐閣、2017 年) 318-319 頁などを参照。また、瑕↗
法制審議会 (債権関係) 部会の資料の中では、両者は、基本的に法的性
(26)
質を同じくするものと考えられていた。たしかに履行の追完請求は本来の
履行のやり直しを求めることを意味し、それゆえ本来の履行請求とその性 質を同じくすると理解することもできる。しかし改正法の内容を見る限り、両者がその性質をまったく同じくするという主張は、理論的に正当化しづ らい。その理由について、形式面と実質面から述べることができる。まず、形式面に着目すると、① 本来的履行請求権を行使する場面では履行方法 の選択は基本的に「売主」に与えられるのに対し、追完請求権を行使する 場面ではその履行方法の選択権は原則として「買主」に与えられるという 違いがある。また、② 追完請求権には履行請求権と異なる独自の限界事 由 ―― 買主に帰責事由がある場合における追完請求権の制限 ―― が定
(27)
められている (新 562 条 2 項)。さらに、③ 追完請求権には、(買主が不
適合を知った時から)「1 年」という特別な期間制限が設けられている (新 566 条)。このような法形式面の差異は、追完請求権が本来的履行請求権とその性質を同じくするという理解を妨げる。さらに履行の中身を実質的に評価した場合、追完請求権の内容として問題となる「代替物の引渡し」や「修補」について、厳密に言えば、これらはいずれも当初合意された履行内容とは異なる内容の履行が行われるとも評価できる。
(ⅲ) 追完請求権の範囲 追完請求権の法的性質に関する問題は、具体的事案の解決にいかなる影響を及ぼすだろうか。これを明らかにするため
↘ 疵修補請求権を売主の一定の瑕疵なき物の給付義務の不履行に基づく損害賠償の方法の一つとして、金銭賠償に代えて一定の行為債務を売主に課するという「現実賠償」としての法的性格を有すると捉えるxxxx「売買契約における瑕疵修補請求権に関する一考察 (三・完)」法学 55 巻 2 号 (1991 年) 96 頁、xxほか・判タ 1212 号 30 頁以下〔xxxx〕も参照。さらに詳細な分類および説明につき、xx・前掲注 (1)『新債権総論Ⅰ』 329-330 頁。
(26) 第 84 回会議議事録 9 頁〔xx幹事〕、xx・前掲注 (1)『新債権総論Ⅰ』328 頁を参照。
(27) 第 84 回会議議事録 9 頁〔xx幹事〕、xx・前掲注 (25) 704 頁、711 頁、同・前掲注 (1)『新債権総論Ⅰ』333-334 頁、同『民法 (債権関係) 改正法の概要』(きんざい、2017年) 258 頁を参照。解釈上の問題を指摘するものとして、xx=道垣内・前掲注 (2) 405- 406 頁〔xxxx〕も参照。
に、まず、追完請求権の範囲ないし内容の確定問題を取り上げて検討した
い。xxx教授は、改正民法 (民法改正案) における売買の追完規定が
(28)
「いかなる射程をもつものであるかは明確でない」と指摘し、具体的検討
の必要性を説かれていた。以下の検討では、xxxxがこの問題を検討す
(29)
る際に取り上げる外国の裁判例を素材としたい。当該判決の事案は、おお
よそ次のようなものである。
買主 (消費者) X は、自宅に敷き詰めるためのタイルを販売業者 Y から購入した。X は購入したタイルを一部床に敷き詰めた後、このタイルに契約不適合があること (タイルの表面にキズが付いていること) に気づいた。タイルの修補は不可能であるため、X は、Y に対し、代替物の引渡し (新品のタイルの引渡し) を請求した。Y はこれに応じる意向を示したが、さらに X は、Y に対し、新品のタイルの引渡しに加えて、① すでに敷き詰められた契約不適合のタイルの除去、および、② Y が引き渡す新品のタイルの再度の敷詰めを求めた。
さて、追完 (代替物の引渡し) を行うに際し、契約不適合の物をいった ん別の物から取り外した上で (タイルの引き剥がし)、代物として引き渡 された物を再度別の物へ取り付ける (新品のタイルの再度の敷き詰め) 作 業が必要となるときに、買主は、そのような内容の履行の追完を請求する ことができるか。この問題を追完請求権の法的性質の観点から検討すると、次のように議論を整理することができる。
(28) xxx「売主の追完義務の射程 (1) ―― ドイツにおける取外し・取付け義務論からの示唆 ――」比較法雑誌 50巻1号 (2016 年) 3 頁を参照。
(29) ECJ, Judgment of the Court (First Chamber) 16 June 2011, In Joined Cases C-65/09 and C-87/09 (Xxxxx and Putz);本判決については、xxx「瑕疵ある消費用動産を給付した売主の追完 (取外しおよび取付け) 義務 (上)(下)」国際商事法務 40巻3号 460 頁・ 4 号 626 頁 (2012 年)、xxxx「ドイツ新債務法における代物請求権の範囲 ―― タイル事件 ――」千葉 27巻2号 (2012 年) 87 頁、xxxx「消費者売買における追完の範囲と限界をめぐる問題 ―― 欧州司法裁判所 2011年6月 16 日判決を中心に」xxxx=xxxxx=xxxx編『消費者法と民法 xxxx先生追悼論文集』(法律文化社、2013 年) 141 頁、同「ドイツ売買法における瑕疵責任の改正 ―― 2016年5月 18 日ドイツ連邦政府改正草案の紹介 ――」産法 50 巻 3=4 号 (2017 年) 270-274 頁などを参照。
追完請求権の法的性質を履行請求権のそれと同一のものとみる立場 (同質説) からは、当事者が契約締結時に定めた売主の引渡義務の内容が重要な意味をもつ。この見解によれば、上記事例において、当事者間に追完の内容に関する特段の合意が認められない場合、売主は契約不適合のタイルの取外しや新品のタイルの取付けに関する義務を負わない。なぜなら、本来の給付義務の内容が契約に適合した目的物を引き渡すことである以上、履行請求権と性質を同じくする追完請求権の内容が履行請求権の内容以上に及ぶことはないと考えられるからである。この結論は一貫したものであり、契約当事者の予測可能性にも資する。しかし一方で、なぜ買主が契約に適合しないタイルの撤去と新品のタイルの再度の敷詰めという二度手間 (またはそれに相当する費用) を負担しなければならないのか、買主保護の観点からは、そのような結論に対して疑問が生じる。ここでの費用負担の問題を「損害賠償」(新 564 条、415 条。これについては下記 3で 検討する。) の規定の下で処理することも考えられるが、売主の帰責事由が否定される場合には、買主は損害賠償による救済を受けることもできない。
同質説の立場と異なり、異質説の立場からは、本件において「代替物の引渡し」の内容が新品のタイルの引渡しに尽きるという結論は、必ずしも自明ではない。むしろ追完請求権の内容は独自に確定されるべきものであり、さまざまな事情を総合的に考慮した上で、買主の追完請求権 (代替物の引渡し) の内容が決定される。したがって、上記事例では、新品のタイルの引渡しに加えて契約不適合のタイルの撤去および新品のタイルの (再度の) 敷詰めも履行の追完の内容に含まれるという解釈も成り立ち得る。最終的には、契約の趣旨 (売買の目的物、契約の内容、当事者が契約をした目的、契約の締結に至る経緯を考慮し、あわせて取引上の社会通念をも勘案する) を基本に置きつつ、契約締結後の事情や買主の要保護性、さらには経済的効率性といった種々の評価基準に照らして追完の範囲を確定することが許されよう。
なお、上記の事例は「代替物の取替え」に関するものであるが、同じこ
とは「修補」の範囲ないし内容に関しても当てはまる。
② 追完方法の選択権
(ⅰ) 買主の選択権 契約不適合給付があった場合に、売主と買主のど
(30)
ちらが追完の方法を選択できるのかは、実務上重要な問題となる。改正法
は、売主による契約不適合給付があった場合、原則として「買主」が、売主に対し、目的物の修補、不足分の引渡しまたは代替物の引渡しによる履行の追完を請求することができるとの規定を置いている (新 562条1 項)。買主の選択権を認める実質的な根拠について、部会資料では「適切な追完がされることに最も強い利害を有するのは買主であるから、買主に第一次
(31)
的な選択権を与えるのが相当である」との説明がされている。もっとも、
これに対しては、追完方法の選択について売主もまた売買契約の当事者として買主と同様に追完に対する強い利害関係を有すること、さらに給付目的物についてもっとも良く知っているのは通常は売主であり、それxxxxが合理的な方法で追完を実現しうることから、追完方法の選択権を買主
(32)
ではなく売主に与えるという選択肢もありえたように思われる。しかし改
正法は上述のように「買主」の選択権を原則とし、売主の利益を例外的に顧慮する枠組みを採用した。すなわち、新 562 条ただし書によると、売主は、「買主に不相当な負担を課するものでないときは」、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。もっとも、売主の提供する追完が買主に「不相当な負担」を課す場合とは具体的にいかなる
(30) 第 3 回会議議事録 11-12 頁〔xxxx〕、xxx「いよいよ決まった『民法 (債権関係)改正』重点項目解説その4 契約各論」自由とxx 66 巻 5 号 (2015 年) 33 頁を参照。改正前民法の下での見解として、xx・前掲注 (8) 320 頁、xx・前掲注 (23) 101 頁 (「どのような追完方法によるかは、不完全な履行をされた債権者が選択することができ、債務者はその選択に拘束されるのを原則とすべきである。」) などを参照。新法の下での解釈論について、xx・前掲注 (1)『新債権総論Ⅰ』334-336 頁も参照。
(31) 部会資料 75A・24 頁。
(32) 立法提案として、xx・前掲注 (22) 112-113 頁を参照。比較法の観点から、xxxx
「ヨーロッパ共通売買法規則提案における追完制度について」産法 48巻3号 (2015 年) 223-224 頁 (xxxx=xxxxx『消費者法の現代化と集団的権利保護』(日本評論社、
2016 年) 所収)、xxxx「買主の追完請求権とその限界 ―― 性質合意と等価性という視点から」私法 79 号 (2017 年) 121-122 頁も参照。
(33)(34)
場合をいうのか必ずしも明らかでなく、今後、この要件を明確化するため
のさらなる議論が必要となる。
(ⅱ) 買主の選択権の法的性質 追完方法の選択権との関連で、さらに 二つの問題が生じる。第一に、買主の追完方法の選択権に関する法的性質 が問題となる。たとえば、買主が最初に履行の追完の方法として修補を選 択したが、売主が修補に着手するまでにそれを撤回し、改めて代替物の引 渡しの方法による追完を求めることができるか。一度選択した権利に買主 を拘束する考え方もあるが (選択債権説)、一方で、買主の追完請求権行 使の選択可能性を広げるためにも、売主が追完を終えるまでは (あるいは、少なくとも追完に着手するまでは) 買主に追完方法の自由な変更を認める
(35)
べきとの考え方もある (選択的競合説)。なお、後者のように解しても、
買主の選択権の変更がxxxや権利濫用の一般条項 (民法1条2 項) により制限を受けることはありうる。
(ⅲ) 修補方法の選択権 第二に、修補方法の選択権が問題となる。買
主が追完の方法として修補を選択した場合に、売主と買主のいずれが修補
(36)
の方法を選択できるのかについてはxxの規定が置かれていない。改正法
(33) xxxxx「売買・請負の担保責任全面改正」金法 2026 号 (2015 年) 40 頁は、この
「不相当な負担」は売主に立証責任があると考えられるが、今回導入された新しい概念であることから、何が「不相当な負担」なのかは今後の解釈にゆだねられるという。
(34) 民事訴訟法の観点から、xxxx・xxxxx「売買① (中) ―― 売買の効力 物の瑕疵に関する担保責任 (民法 570 条)」NBL975 号 (2012 年) 75 頁は、買主からの請求に対して売主の抗弁を容れて買主の請求を退ける場合の判決主文がどうなるのかという問題や判決後の履行確保手段はどうなるのかという問題を指摘する。xxxx=xxxx=xxxx「売買および賃貸借に関する民法改正と不動産流動化取引 ―― 契約書実務への影響を踏まえて ――」金法 2018 号 (2015 年) 34 頁も「民事訴訟法上の論点として、買主の代替物引渡請求に対して、売主が新民法 562条1 項ただし書に基づき目的物修補によって履行追完することを主張する場合における売主の当該主張の位置付け (抗弁なのか、理由付否認) なのか」や、売主の当該主張に応じて買主が目的物修補請求を訴訟物に追加しなかったにもかかわらず、裁判所が売主の当該主張に応じて目的物修補による履行追完を認める場合の判決の主文はどのようになるのか (修補をせよとの判決なのか、請求棄却なのか) といった問題について、整理が必要となる」という。
(35) xxxx「債権法改正案における瑕疵担保と債務不履行」法時 87巻8号 (2015 年) 94頁を参照。
(36) xx・前掲注 (14) 36 頁が指摘する問題でもある。たとえば、売買の目的物である土地↗
は原則として買主に「追完方法」の選択権を与えているが、売買目的物に関するより豊富な知識・高い技術を有しているのは通常は売主であることからすれば、買主がいったん修補を選択した場合にはその「修補方法」の選択は売主に委ねられると解するのが合理的である。したがって、追完方法に関する買主の選択権は、当該個別の追完の実施方法に関する選択権までは及ばないと解すべきであろう。
③ 「代替物の引渡し」による追完
買主が「代替物の引渡し」の方法による履行の追完を求めた場合に、次の二つの問題が生じる。
(ⅰ) 特定物売買における「代替物の引渡し」の可否
ア 従来の学説 特定物を目的とした売買契約が締結された場合に売主が契約に適合しない物を引き渡したとき、買主は、売主に対し、代替物の引渡しを求めることができるか。「特定物売買における代替物の引渡しの
(37)
可否」が問題となる。従来、売主の瑕疵担保責任の法的性質について法定
(38)
責任説に立つ場合には、基本的にこのような問題は生じなかった。これに
対して改正法は、特定物・不特定物を問わず売主の契約適合的な物の給付
↘ に土壌汚染対策法上の基準値を超える土壌汚染があった場合、契約の内容としては「土壌汚染されていない土地を引き渡す」ことであったとしても、履行の追完の内容は必ずしもxx的には決まらないため、買主は汚染土壌の除去による追完を求め、売主は覆土による追完を主張した場合に、追完をどのように行うのかは明らかではないという。
(37) この問題について、xxxx「ドイツ新債務法における特定物売買の今日的課題」私法 69 号 (2007 年) 142 頁、同「ドイツ新債務法における特定物売買の今日的課題」民商 133巻 1 号 (2005 年) 1 頁以下、同「動物の代物請求に関するドイツ連邦通常裁判所判決」千葉 30 巻 1・2 号 (2015 年) 215 頁以下を参照。改正法の下での問題提起として、xx・前掲注 (1) 71-72 頁 (「契約当事者にとって当該目的物そのものを売買契約の対象として合意しているときには、……代替物の引渡請求が認められない。」)、xx・前掲注 (32) 122 頁
「( 特定物売買に際しては代物給付による追完請求 (買主) や追完 (売主) は認められない。」) も参照。
(38) xxx『新訂債権総論 (民法講義Ⅳ)』(岩波書店、1964 年) 152 頁 (特定物の売主は当該の特定物を給付することだけが債務の内容である)。xx=xx・前掲注 (6) 260-264 頁 (特定物概念とは客観的に不代替性を有し、しかも主観的に個性が重視された物であるから、目的物が特定物と性質決定された場合に代物給付が生じる余地はない。他方、目的物が代替性を有する場合には、この物はもはや特定物とはいえず、この場合には担保責任の規定の適用を受けない)。
義務を認めるので、特定物の売主が契約不適合の物を給付した場合に、代替物の引渡しの方法による買主の追完請求が認められるかが問題となる。この問題について、従来、瑕疵担保責任の法的性質について契約責任説 に立つ有力説は、次のように考えていた。すなわち、原則として代替性を有しない特定物 (不代替的特定物) については契約適合的な物を引き渡すことは不能であるから、代替物の引渡しを請求することはできない。この場合に買主が行使できるのは、修補請求権のみである。しかし他方で、特
定物であっても代替性のある物 (代替的特定物) については、代替物の引
(39)
渡しにより、売主が契約に適合した物を買主に引き渡すことが可能である。
このような考え方に従えば、改正法の下でも、不代替的特定物のみが取引の対象とされた場合 (たとえば、不動産取引) には、通常、代替物の引渡しは否定されるが、代替的特定物については、なお代替物の引渡しを認める余地がある。
イ 審議過程での議論 法制審議会の部会資料では、特定物売買と性質決定された場合でも、代替物の引渡しが認められる余地があることが示されている。すなわち、「売買の目的物における工業製品等の占める割合が大きくなっている現代においては、不特定物売買の重要性が高まるとともに、例えば中古車売買のように特定物か不特定物かの区別によって取扱いを異にする合理性が乏しいと考えられる場面が増えている。このため、目的物が特定物か不特定物かを問わず、修補又は代替物の引渡しといった追
完による対応が合理的であると認められる場面は、実際上も広く存在する
(40)
ようになっている。」と説明される。これと同様の指摘が衆参両議院の法
(39) xxxx「瑕疵担保」xxxx『xxxxx先生還暦記念 民法学の基礎的課題 上』 (有斐閣、1971 年) 193 頁 (「特定物売買でも不代替物か代替物かによって異なり、後者であれば代物請求を認める余地がある。」) およびxx・前掲注 (8) 136 頁を参照。また、xx・前掲注 (8) 135 頁 (「特定物の売買においても、可能な限り、買主は完全履行請求権 (つまり修補または代物請求権) を有する」) も参照。なお、xxxxは、特定物・不特定物の区別や代替物・不代替物の区別を持ち出す必要はなく、完全履行請求権に関しては、それが可能か不可能かということで認否を決めればよいとする (xxxx「瑕疵担保の研究 ―― 日本」『民法論集第三巻』(有斐閣、1972 年) 214 頁)。
(40) 部会資料 75A・12 頁。
(41)
務委員会における政府側答弁にもみられる。
ウ 検討 特定物売買の場合にも代替物の引渡しを認める実際上の必要性があるという見方に強い異論はないと思われる。もっとも、この問題については、追完請求権の法的性質論の観点から、さらに理論的検討を加える必要がある。というのも、追完請求権の法的性質について、上述した同質説または異質説のいずれに立つかによって、特定物売買における代替物の引渡しの理論的な根拠づけが異なりうるからである。たとえば、異質説の立場からは、当初契約で定めた物以外の物の引渡しを請求できることに理論的障害はない。仮定的当事者意思 ―― 契約締結時の当事者意思そのものとは異なる、当事者が当該事情を知っていれば締結していたであろう仮定的意思 ―― に従い、追完時における代替物の引渡しの可否を判断することができるからである。その結果、履行の追完の局面において、代替性を有する特定物が他に存するのであれば、その物の引渡しを求めることができる。これに対して、同質説は、追完請求権の内容を本来的履行請求権のそれと同一のものと理解するのであるから、理論的には、この物 (当初合意した特定物) 以外の代替物の引渡しを行うことはできないのではないかという疑問が生じる。
このように、取引の実際上の必要から特定物売買における代替物の引渡 しを肯定する場合でも、追完請求権の法的性質をどのように考えるかに よって理論的な説明の仕方が異なるのであり、とりわけ同質説の立場では、これを正当化する理由づけが求められよう。
(ⅱ)「代替物の引渡し」の際の使用利益の返還 「代替物の引渡し」の方法による追完に関連して、売主が買主による代替物の引渡請求に応じて契約適合的な物を引き渡した場合、買主は新たな物の引渡しがあるまで契
約不適合の物を使用したことで得た利益を返還する義務を負うかどうかと
(42)
いう問題が議論されている。契約解除の事案で、判例は、現物の使用利益
(41) 第 193 回国会衆議院法務委員会議録第4号5 頁〔xxxx参考人〕、第 193 回国会参議院法務委員会議録第9号 5-6 頁〔xx国務大臣〕を参照。
(42) 第 52 回会議議事録 32-33 頁〔xx〔敬〕幹事〕。従来の学説として、xx「近時の民法↗
を含めて返還しなければならないとしており (最三判昭 34・9・22 民集 13 巻 11 号 1451 頁、最二判昭 51・2・13 民集 30巻1号1 頁)、代替物の引渡しも解除と同じ利益状況にある (すなわち、いったん契約を解除し、原状に復させ、改めて契約適合的な物を引き渡す) と見ることができるな
らば、買主の使用利益賠償義務は肯定されるとも考えられる (解除の効果
(43)
に関する新 545条3 項の類推適用)。他方、追完 (代替物の引渡し) は解
除と異なる救済手段であることを強調するならば、代替物の引渡しに際し ての使用利益の返還について解除と当然に扱いを同じくするのは相当でな い。とりわけ買主が消費者の場合には、使用利益の賠償義務が足枷となり、買主 (とりわけ消費者) が自らの権利行使を思いとどまるという望ましく ない事態が生じることも予想される。新 562 条は、代替物の引渡しに際し ての買主の使用利益の賠償の問題について触れておらず、この問題の解決 は今後の解釈に委ねられている。
④ 追完請求権の限界事由
(ⅰ) 三つの限界事由 新 562条1 項本文により、引き渡された目的物が種類、品質または数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、原則として、目的物の修補、代替物の引渡しまたは不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、
① 売主の提供する履行の追完の方法が「買主に不相当な負担を課するものでないとき」は、売主による追完方法の選択が認められ、買主が選択した方法での追完請求は制限される (新 562 条ただし書)。また、新 562 条
↘ (債権法) 改正事業の問題点」xxxx=xx=xxxx編『xxx先生傘寿記念論文集債権法のxxx像』(xx書店、2010 年) 281-282 頁、xxxx「買主の追完請求権についての立法論 ―― 請負及びドイツ売買法を参考にして」法時 82巻4号 (2010 年) 107 頁を参照。
(43) 解除に際しても「使用利益」の返還が認められるか否かは明確でなく、今後の解釈にゆだねられている部分が大きいが (xxxx『民法 (債権関係) 改正法案の概要』(きんざい、2015 年) 220 頁、同・前掲注 (27)『民法 (債権関係) 改正法の概要』245 頁を参照)、ここでは、改正法で新たに規定された果実返還義務の規定を手がかりに使用利益の返還が認められるものと解する (xxx「解除と危険負担」xxxx編『債権法改正の論点とこれらかの検討課題』(商事法務、2014 年) 86 頁を参照)。
2 項により、② 契約不適合給付につき買主に責めに帰すべき事由がある場
(44)
合には、買主は追完請求権を行使することができない。さらに、追完の箇
所にはxxの規定は置かれていないものの、③ 追完が「不能」と評価さ
(45)
れる場合には、買主の追完請求権は制限される (新 412 条の 2 を参照)。
(ⅱ)「不能」を理由とする追完請求権の制限 このように、買主の追完請求権が上記三つの観点から制限を受けることについては争いがない。しかし、とりわけ、③の追完の「不能」を理由とする追完請求権の制限に関しては、「不能」の判断基準をめぐって次のような問題が生じる。
ア 学説 学説では、本来的履行請求権の限界事由と追完請求権の限界 事由との関係が議論されている。xxxxx教授は、「物の給付義務の本 来的な履行と、その不完全な履行があった場合の追完の履行に共通に履行 請求権の限界事由として『不能』ということが考えられる 〔( 改正 ―― 筆 者注〕案 412 条の2第1 項) が、これらの文脈を異にする二つの不能の概 念が全く同様の仕方で解釈運用されるかは、やや問題である。」とし、「解 釈運用によっては、本来的な履行については不能を容易には認めないとし ても、いったん不完全にせよ履行に着手された段階における不能の概念は、
相対的に緩やかに不能を肯定する方向で処されるという在り方も、あなが
(46)
ち背理とは言い難いと感ずる。」という。また、xxxx教授も、瑕疵の
修補に過分の費用がかかる場合を 412 条の 2 の意味での社会的不能に包摂
(44) 買主の責めに帰すべき事由がある場合に買主の追完請求権その他の権利 (代金減額請求権および解除権) を奪うことは、「消費者保護に逆行」するものとして批判する見解として、xxxx「民法 (債権関係) 改正法案の問題点と修正の必要性 (その 2) 約款に関する改正案の修正及び担保責任に関する改正案の廃止と現行法の復活の提案」消費者法ニュース 109 号 (2016 年) 152 頁。
(45) 履行不能の規律 (履行請求権の限界事由) が追完の場面でも妥当することについて、部会資料 75A・13 頁を参照。これに対し、追完請求権の限界を扱う規定を置くことが望ましいとする意見も出されていた (第 84 回会議議事録 6 頁〔xx幹事〕)。xxxx教授も、修補請求権に関して、追完請求権の箇所で履行請求権の限界事由に関するxx規定を置くことなく、不能概念の拡張を解釈にゆだねたのでは、その趣旨が貫徹されないおそれが高いことを指摘し、分かりやすさの観点からも、追完請求権の限界事由に関するxx規定を置くべきことを指摘していた (xxxx「売買」法時 86 巻 12 号 (2014 年) 89-90 頁)。
(46) xxx・前掲注 (1) 曹時7 頁。同・前掲注 (1) NBL1048 号 65 頁も参照。
することが適当かどうかは大いに疑問であるとし、今後は、「不能」の意
味をどのように解釈するかということが、これまで以上に問題になりそう
(47)
であると述べている。
イ 検討 この問題は、本来的履行請求権と追完請求権との関係をどう捉えるべきかという、前述した追完請求権の法的性質論とも密接に関係す
(48)
る。たとえば、追完請求権の法的性質を履行請求権のそれと同質のものと
考える立場 (同質説) からは、過分な追完費用を理由とする追完請求権の限界事由も、基本的に履行請求権の限界事由と同じ判断枠組みで捉えられる。すなわち、買主の追完請求権の制限は、新 412 条の 2 「( 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であ
(49)
るとき」) に従い、本来的履行請求権の限界と同様に判断される。これに
対し、追完請求権の独自性を認める立場 (異質説) からは、本来的履行請求権の限界事由と追完請求権の限界事由について同じ判断基準を適用する必要は必ずしもなく、本来的履行請求権に関する限界事由とは異なる、追完請求権に特有の限界事由を新 412 条の 2 の解釈により導く余地が残される。後者の立場から、具体的にどのような判断基準を設定すべきかについ
(50)
て、さらなる議論が必要となる。
(47) xxxx「契約責任法の改正 ―― 民法改正法案の概要とその趣旨」曹時 68 巻 5 号 (2016 年) 8-9 頁を参照。「不能」の意味について、「その契約の趣旨に照らして、修補に よって債権者が受ける利益と比べて、債務の履行に過大な費用を要する場合と理解するべ きだろう。」との見方を示す。また、第 84 回会議議事録 6-7 頁〔xx (敬) 幹事〕も参照。
(48) xxxx「ドイツにおける買主の追完請求権と売主の追完拒絶権の関係について」九法 109 号 (2014 年) 1 頁以下も参照。
(49) 部会資料 75A・13 頁 (「債務の履行が不能である場合の規律……が追完請求権にも適用されることは明らかである」) において示される考え方である。
(50) xxxxは、「判断枠組みの面」で履行請求権の限界と同様の枠組み (債権者利益と債 務者の費用との衡量の枠組み) を採用し (詳述すると、「追完請求権の限界事由 (追完不 能) については、xxの規定が欠けていることを正面から認めたうえで、不文の準則が何 かを探求する」必要があるとし、「その際の手がかりは、債務者の給付行為を通じての給 付結果の実現それ自体を目的とする権利である点で共通する履行請求権の限界事由 (履行 不能) に関する規律に求め、かつ、この限界事由の解釈には、現民法 634条1 項ただし書 の基礎に据えられていた債権者の利益と債務者の費用との衡量の枠組みを持ち込む」とい う。xx・前掲注 (25) 712-713 頁参照。)、「判断基準面」における履行請求権の限界との↗
⑤ 他の救済との関係
(ⅰ) 追完の優位性 買主が売主の契約不適合給付を理由に代金減額請求権および解除権を行使するには、原則として、相当の期間を定めて履行の追完の催告をすることが要件となる (新 563 条 1 項、564 条、541 条。ただし、解除につき、契約目的が達成不能なときは、この限りでない。)。損害賠償についても、填補賠償を求めるにあたっては解除の要件が充たされることが前提とされ (新 415条2項3 号)、それゆえ不適合の程度が契約目的達成不能といえないときは相当期間を定めた履行の催告が必要になる。以上から、買主の救済手段相互の関係において、追完請求権が他の救済手段 (代金減額請求権、解除権および損害賠償請求権) に原則として優先することが明らかとなる (追完の優位性)。
追完の優位性が認められると、買主が追完請求権以外の権利を行使する前に、売主には履行の追完をする機会が与えられる。これは反対給付を確保したい売主の利益となる。しかし他方で、追完請求権以外の権利を選択
的に行使したいと考える買主は、売主による履行の追完に拘束されること
(51)
になり、買主の立場から見れば問題がある。
↘ 違いについて指摘する (同・前掲注 (23) 104 頁参照 (「追完請求の場合には、不完全ながら既におこなわれた履行行為の巻戻し・清算に要する費用を考慮する必要があるし、本来の履行行為とは異なる内容の追完行為に要する債務者の費用 (修補のコスト、代替品調達のコストなど)、追完に際して協力をする必要に迫られた場合の債権者の不利益、当該追完措置によって実現される債権者の利益状態を考慮に入れる余地があるものか否かを判断しなければならない」。)。新法の下でも、同様に主張される (xx・前掲注 (1)『新債権総論Ⅰ』336-337 頁)。また、追完請求権 (完全履行請求権) の独自性を承認する場合、追完請求権 (完全履行請求権) に限り「効率性基準」を導入することも論理的に可能になることを指摘するものとして、xxx見「履行請求権」ジュリ 1318 号 (2006 年) 108 頁、112頁も参照。改正前民法下での瑕疵担保責任に関する修補請求権の解釈として、xxxx教授の見解 (売主の負うべき損害賠償と修補に要する費用とを比較して、修補義務が売主にその負うべき賠償義務として不相当な負担を課する場合に、買主の瑕疵修補請求権を制限する)(xx・前掲注 (25) 法学 55巻2号 96 頁以下) も参照。
(51) 代金減額請求権が履行の追完の催告を要件とすることに対しては従来から異論があった。たとえば、xxxxは、追完の優位性を強調することに慎重な態度を示され、少なくとも 代金減額請求権は追完請求権と同列の救済手段とみる余地がないかと指摘していた (xx
「民法改正の国際的動向 ―― ドイツ債務法」民法改正研究会『民法改正と世界の民法典』 (2009 年、信山社) 43 頁、同・前掲注 (42) 279-280 頁)。法制審議会 (債権関係) 部会で↗
(ⅱ) 売主の追完利益の保障 そこで、改正法において、売主の追完利
益と買主の他の救済に対する利益をどのように調整すべきかが問題となる。学説では、売主の追完利益をどの程度保障するべきかという観点から、
(52)
「買主自身による瑕疵 (不適合) 修補」の可否に関する興味深い問題が議
論されている。すなわち、改正法の下で、契約不適合給付を受けた買主が、追完請求権 (瑕疵修補請求権) を行使する前に、自ら (または第三者をして) 不適合の修補を行い、その後売主に対して修補に要した費用の賠償を 求めた場合に、このような買主の費用賠償請求を認めてよいかどうかが問 題となる。買主自身の不適合修補により売主が本来負担しなければならな かった修補費用の支出を免れるのは相当でないとの観点からは、買主が支 出した費用 (少なくとも売主が修補をしていれば支払ったであろう費用)
↘ も、「売買契約によっては、特に買主側にとっては、追完をしてもらうと更に時間が掛かってしまって、損失が拡大する可能性がある。……可能な限り早く問題を処理して次の対応をしたいと考える場合は、少なからずあるのではないか」との指摘がされていた (第 84 回会議議事録 16 頁〔xx (敬) 幹事〕)。xxxxは、「相当の期間の定め」の解釈において、この期間の設定を相当短くすることで、そのような不都合を回避できるという (xxxx「法律行為・意思能力・錯誤・契約に関する基本原則・売買 ―― 法制審議会の議論から要綱仮案へ ――」法学会雑誌 55巻2号 (2015 年) 69 頁 (同『新民法典成立への扉
―― 法制審議会の議論から改正法案へ ――』(信山社、2016 年) 170 頁)。瑕疵修補請求権と損害賠償請求権との優劣関係について検討し、瑕疵修補請求権とそれに代わる損害賠償請求権 (代金減額請求を含む) の選択権を肯定する見解として、xx・前掲注 (25) 法学 55巻2号 106-115 頁も参照。
(52) xx・前掲注 (1) 73 頁、xxx「不動産売買における売主の契約不適合責任」日本不動産学会誌 30巻1号 (2016 年) 24-25 頁を参照。ドイツにおける同種の議論を検討するものとして、xxxx「ドイツ新債務法における買主自身の瑕疵修補」阪法 55巻 3・4 号 (2005 年) 851 頁以下、xxxx「売買目的物に瑕疵がある場合における買主による瑕疵除去 ―― ドイツ民法における追完請求権 ――」駒沢法曹 1 号 (2005 年) 27 頁以下、同・前掲注 (42) 105-106 頁、xx「ドイツ契約法の最前線」xxxxほか編『二十一世紀判例契約法の最前線 xxxx先生還暦記念論文集』(判例タイムズ社、2006 年) 521 頁、538頁以下、同「ドイツ法 ―― シンポジウム『債務不履行 ―― 売買の目的物に瑕疵がある場合の買主の救済』」比較法研究 68 号 (2007 年) 6 頁、同・前掲注 (51) 43 頁、ペーター・フーバー/xxxx (訳)「新ドイツ売買法における履行と損害賠償の関係に関する近時の諸問題」日法 74巻1号 (2008 年) 197 頁、xxx「ドイツにおける瑕疵責任の展開」横浜国際経済法学 17巻3号 (2009 年) 37-42 頁、xxxx「ドイツ民法における売主の瑕疵責任」xxxx編『瑕疵担保責任と債務不履行責任』(日本評論社、2009 年) 80 頁、xxxx『ドイツ新債務法と民法改正』(信山社、2009 年) 203-207 頁などを参照。
について売主に返還義務を負わせるのが妥当であると考えられる (その法
的根拠としては、新 415 条に基づく損害賠償、事務管理〔697 条〕または
(53)
不当利得〔703 条、704 条〕が考えられる。)。他方、この見解とは異なり、
売主に対して相当の期間を定めた履行の追完の催告を行わないまま買主自 身が不適合を修補し、それに代わる費用の賠償を求めることは、売主の追 完利益を奪うものとして許されないとの観点からは、このような買主の賠 償請求は否定されるべきとも考えられる。この買主自身の不適合修補の問 題は、売主の追完利益をどの程度保障するべきかという問題を考えるうえ で示唆に富む視点を提供する。買主の賠償請求を肯定する見解に対しては、そのような考え方が追完制度の趣旨 (追完の優位性および売主の追完利益 の保障) を没却することにならないかどうかが問われなければならない。他方、否定説の立場では、売主の追完利益の保障を超えて、改正法でxx 化が断念された「売主の追完権」がいわば反射的・間接的な形で保障され ることになるが、このことが改正法における追完制度の趣旨に合致するか どうかが問題となる。
以上のように、売買における追完制度において売主の追完利益をどの程度保障するのかは改正法の下でも引き続き問題となる。そして、この問題
を検討する際には、売主の追完利益がなぜ保護の対象となるのかという基
(54)
礎的問題についても掘り下げた検討が必要となる。
2 代金減額請求権
次に、買主の追完請求権と同じく改正法で新たに規定された代金減額請求権について検討したい。
(53) xx・前掲注 (1) 73 頁は、民法 703 条・704 条の規定に従い、費用利得返還請求権を行使できるとする。
(54) どの程度追完利益を保障しなければならないかという問題とともに、何故売主に追完利益を保障しなければならないかという問題を検討するものとして、xxxx「売主の追完利益の保障に関する一考察 ―― ドイツ法における議論を素材として ――」同法 65 巻 6号 (2014 年) 179 頁以下も参照。
【第 563 条】(買主の代金減額請求権)
1 前条第一項本文に規定する場合において、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる。
2 前項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、買主は、同項の催告をすることなく、直ちに代金の減額を請求することができる。
一 履行の追完が不能であるとき。
二 売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、売主が履行の追完をしないでその時期を経過したとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、買主が前項の催告をしても履行の追完を受ける見込みがないことが明らかであるとき。
3 第一項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、前二項の規定による代金の減額の請求をすることができない。
(1) 代金減額請求権の明文化
対価的均衡確保の手段としての代金減額は、改正前民法では、権利の一部が他人に属する場合 (旧 563条1 項) および数量の不足または物の一部滅失の場合 (旧 565 条) についてのみ認められていた。質的瑕疵について改正前民法が代金減額の制度を設けていなかったのは、量的な瑕疵と比べ
(55)
て減額すべき代金額の算定が困難だと理解されたことによる。諸外国の状
(55) 民法修正案理由書によると、買主の代金減額請求権は、xxにかなう規定であるものの、実際の適用が極めて困難であること (買主が便益を失う基準時をいつと考えるか、代価減 少の計算方法をどうするか) を理由に削除された (569 条「同第九十五条ニハ買主ハ便益 ヲ失フ割合ニ応シテ代価ノ減少ヲ請求スルコトヲ得xx頗ルxxニ協フノ規定ナルモ実際 ノ適用ニ至リテハ極メテ困難ヲ生スルナラン第一買主ノ便益ヲ失フハ契約ノ時ヨリ失フタ ルモノヲ言フニヤ或ハ瑕疵ノ顕ハレタル時ヨリノモノヲ指スニヤ明ラカナラス仮令時ニ関 シテハ疑ナシトスルモ便益ヲ失フ割合ニ応スル代価ノ減少ヲ計算スルコト頗ル困難ナラン↗
況も考慮に入れつつ、種類・品質の不適合の場合について買主の代金減額
(56)
請求権を認めた点に改正法の意義がある。
(2) 代金減額請求権の法的性質および要件
代金減額請求権は、形成権である。売主の帰責事由は、代金減額請求権の要件でない。しかし、買主は、代金減額請求権の行使する前に、売主に対し、「相当の期間」を定めた履行の追完の催告をしなければならない (新 563 条 1 項。追完の優位性)。
もっとも、改正法 563 条 2 項によると、履行の追完が不能であるとき (1 号)、売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示したとき (2 号)、契約の性質または当事者の意思表示により、特定の日時または一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、売主が履行の追完をしないでその時期を経過したとき (3 号)、買主が催告をしても履行の追完を受ける見込みがないことが明らかであるとき (4 号) には、買主は履行の追完の催告をすることなく、代金減額請求権を行使することができる。履行の追完が不能な場合にそれを実現することはできず (1 号)、また、売主が追完拒絶の意思を明確にしている場合や定期行為に該当する場合に履行の追完の催告をすることは無意味である
↘ 故ニ外国ノ諸法律モ既成法典ト同一ノ主義ヲ執リ又大ニxxニ適スルニモ拘ハラス本案ニ於テハ実際ノ便宜上之ヲ第五百六十六条ノ場合ト同視シ買主ニハ唯解除権及ヒ損害要償権ヲ与フルノミトセリ」)。さらに、xxxx『民法要義 巻之三債権編』(和仏法律学校ほか、明治 29 年) 526 頁 (「瑕疵アルカ為メニ代金ノ幾分ヲ減額スヘキカハ極メテ算定シ難キ所ニシテ……」)、xx・前掲注 (39) 187-188 頁、xx・前掲注 (8) 85 頁、xx・前掲注 (52) 218-219 頁、xxxx「瑕疵担保責任に関する基礎的考察 (1)」法協 107巻2号 (1900 年) 212-214 頁、241 頁も参照。また、xxx「契約総則上の制度としての代金減額
―― 債権法改正作業の文脈のために ――」東京大学法科大学院ローレビュー 3 号 (2008年) 264 頁は、「明治民法の起草者は、瑕疵担保責任の効果として代金減額を認めない理由として、先の比率の算定自体の困難を挙げたが、契約甲から導出される契約責任の効果として、契約乙を作り出すということ自体が、明治民法典の基礎にある契約思想とは相容れなかったとも考えられる。」と指摘する (同「売買代金減額制度と明治民法典 (一) ――梅の果断と躊躇」法協 126巻2号 (2009 年) 247 頁、同「売買代金減額制度と明治民法典 (二・巻) ―― 梅の果断と躊躇」法協 126巻4号 (2009 年) 757 頁以下)(同『契約規範の法学的構造』(商事法務、2016 年) 87 頁も参照)。
(56) xx・前掲注 (45) 90 頁も参照。
(2 号および 3 号)。4 号は、1 号から 3 号までに規定された場合以外にも買主が催告をしても履行の追完を受ける見込みがないことが明らかであるときには履行の追完の催告を不要とする規定であり、1 号から3 号までの受け皿規定として機能する。
(3) 買主の責めに帰すべき事由による契約不適合
契約不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、代金減額を請求することができない (新 563条3 項)。
(4) 代金減額の算定方法
改正前民法の起草過程でも顧慮されていたように、量的不適合の場合と異なり、とくに品質の不適合については減額すべき代金額の算定が困難な場合が少なくない。そこで品質の不適合の場合における代金減額の算定方法を明らかにすることが改正法の下での 1 つの課題となる。減額の算定方
(57)
法としては、一般に、相対的評価方法と絶対的評価方法があるといわれる。
相対的評価方法とは、「契約適合的な物であれば有したであろう価値」と
「引き渡された契約不適合な物が有する価値」の割合に応じて代金を減額する方法である。
= ×
減額後の代金 契約不適合な物の価値 契約時の代金契約適合的な状態での物の価値
これに対して、絶対的評価方法とは、「契約適合的な物であれば有したであろう価値」と「引き渡された契約不適合な物が有する価値」との差を契約時の売買代金から減額する方法である。
減額後の代金=契約時の代金−減額分 (契約適合的な状態での物の価値−契約不適合な物の価値)
改正法は、「不適合の程度に応じて代金の減額を請求する」ものと定め
(57) xx・前掲注 (55) ローレビュー 253 頁以下、同・前掲注 (55) 法協 126 巻 2 号 244-247頁 (同・前掲注 (55)『契約規範の法学的構造』84-85 頁)。
ている (新 563 条 1 項)。条文の文言からはいずれの方法も採用できるよ
うに見えるが、当事者が契約上確定した給付・反対給付の等価性を代金減額に際して維持するのが適切であるとの観点からは、「相対的評価方法」
(58)(59)
によるべきことになろう。また、xxx教授によれば、このように解する
(60)
ことで、代金減額と損害賠償との棲み分けも明確になる。
(5) 代金減額の算定基準時
さらに、代金減額の算定基準時をいつの時点に設定するべきかという問題がある。この問題について、「契約締結時」を基準とする見解と「引渡
(61)
し時」を基準とする見解が主張されている。基準時を契約締結時に固定す
ると、契約締結から引渡しまでに時間を要し、かつその間に目的物の市場価値に変動が生じる場合において、契約締結後の目的物の市場価値の変動を代金減額に反映させることができないという不都合な事態が生じる。そ
(58) xx・前掲注 (45) 90 頁は、「契約価格は交渉次第で市場価格とは一致しないから、客観的な市場価値の差額を単純に契約価格から減額する絶対的評価方法では、対価均衡の維持としては不適切であり、相対的評価方法の方が適切であろう。」という。xxx・前掲注 (1) 曹時8 頁、xx・前掲注 (1) 75 頁も同旨。
(59) なお、契約適合的な状態の物の価値が売買代金と一致する場合には、いずれの評価方法によっても違いは生じない。
(60) xxxxは、代金減額を「仮に当該不履行のあることを契約締結時に前提としていたら結んだであろう仮定的契約が実現する状態である。」(つまり「契約改定の制度」) と捉え、代金減額権と損害賠償との制度目的はそれぞれ異なる (すなわち「損害賠償は、当初契約の貫徹として捉えられるのに対して、代金減額は……仮定的契約への契約改定としての側面を持っている」) ことを指摘される (xx・前掲注 (55) ローレビュー 262-263 頁。さらに同・前掲注 (55)『契約規範の法学的構造』85 頁、220 頁も参照。)。そして、このような代金減額権の制度理解から減額の算定方法として「相対的評価方法」を採用すべきことを主張される。すなわち、「絶対的評価方法を採る場合には、履行利益を実現することになり……その場合には結局損害賠償制度と同一に帰してしまう。」。そこで代金減額と損害賠償制度との棲み分けを正当化する観点から代金減額の算定方法については「相対的評価方法」を採るべきという (xx・前掲注 (55) ローレビュー 263 頁)。なお、xxxxが代金減額と損害賠償の制度的相違を強調する点に対しては、代金減額と損害賠償はいずれも契約が現実に履行されたのとは異なる状態を実現することによって当事者の利益を満足させようとする「救済」であると理解し、両者の「共通性」に着目する見解が示されている (xxxx・法時 82 巻 10 号 (2010 年) 115-116 頁)。
(61) 民法 (債権関係) 部会第 1 分科会の会議のなかでは、「履行期」ないし「登記時」という考え方も示されていた (第 1 分科会第6 回会議議事録 17 頁〔xx分科会長〕)。
こで学説では、物の「引渡し時」を減額の算定基準時とするべきとの見解
(62)
が有力に主張される。この考え方はまた、売主が「引渡し時」に存する契
(63)
約不適合について責任を負うと定める改正法の規定にも適合する。他方、
買主が契約を締結する時に目的物の評価を行っていることを重視するならば、減額の算定基準時を契約締結時とする考え方にも一定の合理的理由が
(64)
あるように思われる。そして、契約締結時説に立つ場合でも、契約締結後
の市場価値の変動に対処する必要があるときは、合理的な範囲で契約締結
(65)
後の事情を考慮する解釈が許されるならば、両説の間に著しい差異は生じ
ないともいえる。
3 損害賠償請求権および解除権
売主が契約不適合給付をした場合、買主は、売主に対し、債務不履行の一般規定の定めるところに従い、損害賠償請求権および解除権を行使することができる。
【第 564 条】(買主の損害賠償請求及び解除権の行使)
前二条の規定は、第 415 条の規定による損害賠償の請求並びに第 541条及び第 542 条の規定による解除権の行使を妨げない。
(62) 引渡し時説に立つ学説として、xx・前掲注 (1) 15 頁、同・前掲注 (43) 235 頁、同・前掲注 (27)『民法 (債権関係) 改正法の概要』262-263 頁、xxx・前掲注 (1) NBL1048号 66 頁、同・前掲注 (1) 曹時8 頁、北居・前掲注 (52) 25 頁、xx・前掲注 (1)『契約法
〔第2 版〕』154 頁を参照。
(63) 第 1 分科会第6 回会議議事録 17 頁〔xx幹事〕を参照。
(64) xxx「売買 ―― 売買の効力 (担保責任)」同編『民法改正案の検討』(成文堂、2013年) 179-180 頁は、ドイツ民法 441 条 3 項の代金減額方法をわが国でも採用すべきと主張する。xx・前掲注 (1) 75 頁は、引渡し時説が有力としつつも、「買主は契約締結時点で目的物の評価を行っており、その後の価格変動のリスクは、買主がもともと負担していたのであるから、契約不適合物であっても、解除せずに目的物を保持するのであれば、契約締結時を基準として考える可能性も残るように思われる。」という。
(65) たとえば、xx・前掲注 (64) 179-180 頁が参照するドイツ民法 441 条 3 項によると、代金減額は、原則として「契約締結時」を基準に判断されるが、市場価格の変動については、同条項後段に基づき「必要であるかぎりで、鑑定評価によって」判断することが許されると解される。
(1) 損害賠償請求権
【第 415 条】(債務不履行による損害賠償)
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をす ることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。 三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
① 損害賠償請求権の要件
売主が契約に適合しない給付を行った場合、買主は、売主に対し、損害賠償を請求することができる (新 415 条本文)。ただし、不適合給付が、債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができないときは、この限りでない (同条ただし書)。債務者の「責めに帰することができない事由」の意味内容をめぐっては、学説上見解の対立がある。すなわち、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という修飾語を明示的に付加することで、ここでの免責事由が契約の趣旨に照らして判断されるべきものであり、伝統的な過失責任
(66)
主義を採用したものではないと理解する立場がある一方、これと異なる立
(66) xxxx「債権法改正と『債務不履行の帰責事由』」曹時 68巻3号 (2016 年) 1 頁以下 は、本文で示した立場に立ったうえで、改正法 415 条は「無過失責任」を基礎に置くもの ではないことを指摘する。同・前掲注 (1)『新債権総論Ⅰ』379 頁も参照。xxx・前掲↗
場から、この規定の文言が過失責任主義の否定を意味するものではないと
(67) (68)
する考え方も示されている。
↘ 注 (1) 曹時 4-6 頁、12-13 頁、xx・前掲注 (47) 11-12 頁も同様の理解を示す。
(67) xxxx『迫りつつある債権法改正』(信山社、2015 年) 136-164 頁は、「過失責任主義の否定」という見方を強く批判するとともに、改正案 415 条をめぐって過失責任の否定なのか、そうでないのか、評価が分裂している 「( 玉虫色」の規定) との見方を示す。
(68) xxx・前掲注 (1) 曹時5 頁は、「注意すべきこととして、売主が認識しない問題についても債務不履行責任が成立することがありうる、という考え方に依拠した問題提起を受けて、今般の債権関係規定の見直しが進められた。その基調は、関係する提案が余儀なくされた幾多の変調や、それに伴う規律案文の文言修正にもかかわらず、法律案の成案においても維持されていると考えるべきである。しかし、そのような理解が一般に抵抗なく受容されて定着するには、なお時間を要するという見通しも、あわせてもたざるをえない。」との見方を示す。xx・前掲注 (1) 78 頁は、「改正法の下で売主がどのような要件の下で損害賠償責任を負うことになるかは、現時点では必ずしも明らかとはいえない。」と評価する。第 192 回国会衆議院法務委員会議録第 12号 1-2 頁〔xx委員、xxxx参考人〕、 10-11 頁〔xx委員、xxxx参考人〕、同第 13号 8-9 頁〔xx委員、xxxx参考人〕も参照。第 193 回国会衆議院法務委員会議録第 10号 19-20 頁〔xx政府参考人〕によれば、債務不履行による損害賠償について過失責任主義と理解するか否か、過失責任主義を前提とするとしてもその具体的内容をどのように理解するか、不法行為と全く同様のものと理解するかなどについて学説は多岐に分かれ、必ずしも明瞭ではないが、「〔そのような〕学理的な争いに立ち入らないこととし、従来の通説的見解からは過失責任主義の表れとされている債務者の帰責事由という要件をそのまま維持し」たほか、「現在の実務上の取扱い〔筆者注 ―― 個々の取引関係に即し、契約の性質や目的などの契約その他の債務の発生原因に関する諸事情を考慮し、併せて社会通念をも勘案して帰責事由の有無を判断する〕に従って帰責事由の有無を判断する際の考慮事情を明確化するものであ (る)」と説明されている。債務不履行の帰責事由に関する議論について、xxxx「債権の各種
―― 『帰責事由論」の再検討』 ――」xxxx編『民法講座別巻 2』(有斐閣、1990 年) 44-72 頁、xxxx「結果債務・手段債務の区別の意義について ―― 債務不履行における
『帰責事由』」『xxxx先生古稀記念・民事法学の新展開』(有斐閣、1993 年) 109-168 頁 (同『契約責任の帰責構造』(有斐閣、2002 年) 1-63 頁所収)、同『債権法改正を深める
―― 民法の基礎理論の深化のために』(有斐閣、2013 年) 18 頁以下、xx・前掲注 (20) 113 頁以下、xxxx「債務不履行の帰責事由」法教 281 号 (2004 年) 68 頁以下、xxx
x「契約の拘束力と契約責任論の展開」ジュリ 1318 号 (2006 年) 87 頁以下、同「債務不
履行責任における『帰責事由』」法セ 679 号 (2011 年) 10 頁、同「日本における債務不履 行法の変遷と課題 ―― ドイツ法との対比から」xxxx=xxxx=xxxx=xxx xx『xxxx先生還暦記念 民事法の現代的課題』(商事法務、2012 年) 405 頁、xx xx「債務不履行の帰責事由」ジュリ 1318 号 (2006 年) 117 頁、xxxx『債務不履行 の救済法理』(信山社、2010 年) 89-96 頁、同「損害賠償」法時 86巻1号 (2014 年) 58 頁、xxxx『債権総論〔第三版〕』(岩波書店、2013 年) 129-136 頁、xxxx「民法 415 条後段『債務者の責めに帰すべき事由』NBL1006 号 32 頁、1007 号 61 頁 (2013 年)、xxx「債務不履行による損害賠償 ―― 「民法 (債権関係) の改正に関するxxxx」を↗
② 損害賠償の範囲
改正前民法の下では、瑕疵ある物の売主が負う債務不履行に基づく損害賠償の範囲について、いわゆる瑕疵担保責任の法的性質論との関係で、その範囲が信頼利益に限られるのか、それとも履行利益にまで及ぶのかについて解釈上の争いがあった。これに対し、改正法の下では、売主の責任は債務不履行責任であることが明らかとなったため、賠償責任の範囲は履行
(69)
利益にまで及ぶと解されている。
③ 損害賠償請求権と代金減額請求権との関係 ―― 鑑定費用の賠償を例に
学説では、買主が代金減額請求権の枠組みで信頼利益の賠償を求めるこ
(70)
とができるかという問題が議論されている。一般に、代金の減額では填補
されない損害が生じた場合でも、買主は、新 564 条および新 415 条が定める要件の下で信頼利益の賠償を求めることができる。しかし、売主の帰責
↘ 受けて ――」法律論叢 86 巻 2・3 号 (2013 年) 53 頁以下、同「ドイツ給付障害法における『義務違反』と『帰責事由』―― 損害賠償の成立要件に関する一視座 ――」xxxx他編『民事責任の法理 xxx先生古稀祝賀論文集』(成文堂、2015 年) 35 頁以下、xxxx「債務不履行」法時 86 巻 12 号 (2014 年) 21 頁以下、xxx『性質保証責任の研究』 (成文堂、2015 年) 383 頁以下、xxxx「債務不履行と履行の不能 ―― その契約化について」法セ 739 号 (2016 年) 14 頁以下、xxxx「民法改正の会社法への影響 (上)」判
時 2300 号 (2016 年) 10 頁以下、xxxx「債権法改正と訴訟実務」xxxx編『債権法改正法案と要件事実 法科大学院要件事実教育研究所報第 15 号』(日本評論社、2017 年) 53-57 頁、110-112 頁、xxxx「改正民法の『帰責事由』とその解釈」法セ 752 号 (2017 年) 71 頁以下、xxx「第八講 債務不履行賠償の要件論:帰責事由論を中心に
(その 1) (その 2)」法教 444 号 (2017 年) 90 頁以下、法教 445 号 (2017 年) 104 頁以下、大村=道垣内・前掲注 (2) 96 頁以下、特に 108-119 頁〔加xx〕も参照。伝統的な過失責任主義を採用しない考え方が現在では有力であるが、これを放棄する必要性があるとはいえないとするxx・前掲注 (52) 365-379 頁、および、xxxx「債務不履行における過失責任の原則について」法政研究 78巻1号 (2011 年) 168 頁以下も参照。
(69) xx・前掲注 (43) 236 頁、同・前掲注 (27) 『民法 (債権関係) 改正法の概要』264 頁、xx領「民法 (債権法) 改正が与える裁判実務への影響 ―― 瑕疵担保責任 (売買) の裁判例の検討から」法時 87巻1号 (2015 年) 81 頁、北居・前掲注 (52) 23-24 頁、第 193 回国会衆議院法務委員会議録第4号5 頁〔xx〔宣〕委員、xxxx参考人〕、大村=道垣内・前掲注 (2) 407 頁〔xxxx〕などを参照。
(70) xxxx「民法改正と売買・贈与における契約不適合責任」土地総合研究 2015 年秋号 28 頁以下を参照。
事由が否定される場合には、買主はそのような内容の損害賠償を請求することができない。そこで、特に「目的物の不適合に係る鑑定費用等の賠償」をめぐって改正前民法における実務に変更が生じる可能性が指摘されている。具体的には、買主が売主の責任を追及するにあたり目的物に不適合が存するか否か、また仮に存する場合に当該物の価値をどの位減ずるのか等を確かめるために、鑑定人に鑑定を依頼し、鑑定料を支払ったというケースにおいて、売主の帰責事由が否定される場合に、それでもなお鑑定費用の賠償分を売買代金の減額分に含めることが許されるかどうかが問題となる。
この問題について、xxxx教授は、「代金減額請求権と信頼利益賠償
とは別物」であるから、「損害賠償とは性格が異なる代金減額の中でそれ
(71)
を調整するというわけにはいかない」との理解を示す。この考え方によれ
ば、売主に帰責事由がない場合には、鑑定に要した費用の賠償を求めることはできない。
一方、実務では、そのような結論が改正前民法との間に相違を生じさせるとして、強い懸念が示される。xx領弁護士は、契約不適合給付xxx売主の帰責事由が否定された場合、改正法〔要綱仮案〕の下では買主は損害賠償を求めることができず、自らの証拠のための鑑定費用は仮に勝訴しても自己負担になってしまうことを指摘する (実費の自己負担の問題)。
それゆえに、改正法〔要綱仮案〕が売主の損害賠償責任の要件を現行の無
(72)
過失責任から変更したことを批判する。
(71) xx・前掲注 (70) 28-29 頁。
(72) xx・前掲注 (69) 84-85 頁を参照。鑑定費用の問題ではないが、xxxx「不動産売 買における瑕疵担保責任に関する民法改正の影響」土地総合研究 2015 年秋号 36-37 頁は、例えば契約不適合の建物を引き渡した場合 (競売により競落した建物を即座に第三者に売 却したところ、当該建物の雨漏りという契約不適合があったケースが想定されている。) に、売主の免責が認められると、買主は例えば「修補工事中の引っ越し費用等」について 損害賠償が認められなくなる可能性があり、そのような損害の賠償を代金減額請求権の中 に含めることができないとすると、具体的な帰結が改正前民法と異なることになると指摘 する。それゆえ、売主の損害賠償責任の免責が認められる帰責事由の概念を制限的に解す べきという。なお、改正案の下で契約不適合に基づく損害賠償に帰責事由が要件とされた↗
この実費の自己負担の問題について、次のような解釈論が提示されている。xxxxx教授は、鑑定判断に要した費用は「代金減額請求権の運用に要する費用」であり、「契約の費用 (558 条) と性質を近しくするもの」
であるから、「平分して当事者らが負担する」のが相当であるとの見解を
(73)
示している。また、筆者は以前に、このような鑑定費用の賠償の問題を
「追完費用」の賠償の問題として捉え、追完請求権の枠組みで買主が売主に対し賠償請求できるとする考え方を示した。すなわち、買主は代金減額請求権を行使する前に原則として売主に追完請求権を行使しなければならず (追完の優位性)、この追完請求に際して目的物の適合性の有無・不適合の程度等について専門家に鑑定を依頼すれば、この段階で鑑定のための費用 (追完費用) が発生する。そして、この追完費用は、契約不適合給付をした売主自身が負担すべきものであるから、買主は、目的物の鑑定に要
(74)
した費用について売主にその賠償を請求しうる、と解するわけである。
もっとも、筆者の考え方には、いくつかの検討すべき問題がある。第一に、筆者の見解は、売主による追完費用の負担を前提として成り立つものであ る。しかし、改正法は、追完費用を売主と買主のどちらが負担すべきかに ついてxxの規定を置いていない。そこで、そもそも追完費用の売主負担 を前提に考えてよいかどうかが問題となる。第二に、追完費用の売主負担
(75)
を前提としても、買主が売主に対し費用賠償を求める法的根拠が問題とな
↘ ことについて、xxx「紛争処理コストから見た民法瑕疵担保責任改正の欠陥」日本不動産学会誌 30巻1号 (2016 年) 54 頁以下による批判も参照。同論文は、社会的費用 (予防費用、事故費用、運用費用の合計) を最小化するとの観点からは、現行の無過失責任ルールによるほうが望ましいという。特に、売主に免責可能性が認められると契約不適合による損害の発生に係る防止措置のレベル (予防水準) が低下し「事故費用」の増加を招く可能性があること、また、裁判所で売主の免責事由の有無が争点となることで「運用費用」 (紛争処理コスト) が増大することが懸念されている。
(73) xxx・前掲注 (1) 曹時8 頁を参照。
(74) xxxx「売買契約における瑕疵ある物の引渡しに対する買主の追完 (鑑定) 費用賠償請求権について ―― ドイツ連邦通常裁判所 2014年4月 30 日民事第八部判決の紹介と検討 ――」産法 49 巻 1・2 号 (2015 年) 204-205 頁。
(75) xx・前掲注 (1)『新債権総論Ⅰ』336 頁は、「追完に要する費用は、不完全な履行をした債務者が負担する。」としており、本稿でも同様に解したい。
る。新 562 条は、買主は、売主に対し、「目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる」と定めるが、同条それ自体が買主の費用賠償請求権の法的根拠になると解釈することができるか、あるいは不当利得の規定 (703 条) にその根拠を求めるべきか。さらに、買主の費用賠償請求権が認められるとしても、鑑定にかかった費用すべてが売主の負担となるわけではないことに留意しなければならない。売主が最終的にどの範囲で追完 (鑑定) にかかる費用を負担すべきかについては、売主の追完義務の範囲を個別事案に応じて慎重に検討した上で判断する必要がある。
(2) 解除権
【第 541 条】(催告による解除)
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。
【第 542 条】(催告によらない解除)
次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。
一 債務の全部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。
四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。
五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。
2 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。
一 債務の一部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
【第 543 条】(債権者の責めに帰すべき事由による場合)
債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。
① 解除権の要件
売主の契約不適合給付を理由とする買主の解除権については、改正前民法と異なり、催告解除が認められる (新 564 条、541 条本文)。ただし、契約不適合の程度がその契約および取引上の社会通念に照らして「軽微」であるときは、この限りでない (新 541 条ただし書)。
新 542条1 項は、債務の全部の履行が不能であるとき (1 号)、債務者が履行拒絶の意思を明確に表示したとき (2 号)、一部履行不能または債務者による一部履行拒絶の場合において残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき (3 号)、定期行為のとき (4 号)、および、契約目的達成不能なとき (5 号) について、買主が催告をすることなく直ちに契約を解除することができると規定する。
新 543 条により、契約不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は契約を解除することができない。
② 「軽微」な不適合
不適合給付を理由とする買主の契約解除に関しては、履行の追完の催告が不要な「契約目的達成不能」な契約不適合 (新 542条1項1 号)、催告解除が認められる契約不適合 (新 541 条本文)、そしてもはや催告をした
としても解除できない「軽微」な不適合 (新 541 条ただし書) との間で不
(76)
適合の程度につき概念的な線引きが必要になる。ここで特に注目すべきは、
改正法で新たに導入された「軽微」な不適合の概念である。新 541 条ただし書は、債務不履行 (不適合) が「軽微」であるか否かの判断を「その契
(77)
約及び取引上の社会通念に照らして」行うと規定するが、これ以上の具体
(78)
的基準を与えていない。そこで、個別の事例において債務不履行 (不適
(79)
合) の軽微性判断をどのように行うのかが問題となる。また、不適合の態
様は客観的には軽微 (たとえば、売買目的物である自動車にかすり傷程度の契約不適合しかない) と評価される場合でも、当該不適合についての相
(76) 「軽微」の文言が挿入された背景 (法制審議会での議論) と当該文言使用の妥当性、契 約をした目的を達することができない場合 (542 条) と契約目的を達することはできるが 不履行が軽微とはいえない場合 (541 条) の関係性 (両条の統一的説明の可能性)、および、軽微な不履行を理由とする契約解除類型設定の従来の判例との整合性の問題等について、xxxx「民法改正案における契約解除規定の要件に関する覚書 ―― 新 541 条及び新 542 条の検討を中心として ――」新報 123巻 5=6 号 (2016 年) 903 頁、909 頁以下を参照。新法が採用した解除の枠組みについて、xx・前掲注 (1)『新債権総論Ⅰ』557 頁以下も 参照。
(77) 部会資料 79-3・13 頁も参照。
(78) xx・前掲注 (47) 25 頁は、「軽微である」ことの判断基準は明確とはいいがたく、今後の解釈にゆだねられている部分が大きいという。xxxx編『債権法改正法案と要件事実 法科大学院要件事実教育研究所報第 15 号』(日本評論社、2017 年) 45 頁〔xx発言〕も参照。
(79) xx・前掲注 (1)『新債権総論Ⅰ』567 頁は、「不履行が『軽微』か否かは、債務者に とって追完・追履行に要するコストと、相当期間経過後も本旨に従った履行を受けられな いことによる債権者の不利益とを ―― 比例原則 (過剰介入禁止・過小保護禁止) の視点 から ―― 比較衡量したときに、履行の追完・追履行に過分の費用を要するため、契約へ の拘束から離脱することに向けられた債権者の解除の主張が過大なものと評価されるかど うかという観点から判断されるべきである (契約目的が達成可能であるということだけで は足りない)。」との判断基準を示している (xx・前掲注 (27)『民法 (債権関係) 改正法 の概要』240-241 頁も参照)。xxxx「債権法講義 [各論] ―― 17 契約の解除 (その 4) 新法の下での債務不履行解除」法セ 752 号 (2017 年) 79 頁は、「新 541 条但書きにい う『軽微』かどうかの判断は、主として不履行の態様および義務違反の軽微性 (重大性) の有無から検討されることとなろうが、最終的には、当該契約の目的達成に与える影響や、社会通念に照らしての違反の軽微性 (重大性) の有無によって、事案ごとに判断せざるを 得ない。」とする。xx=道垣内・前掲注 (2) 146 頁〔xxxx〕は、「従来の判例法や比 較法的な動向に照らすと、当該義務が契約においてどれほどの重要性をもつのかという点 のほか、不履行の程度および態様を考慮して判断されることになると思われる。」という。
手方の主観 (たとえば、売主が当該不適合につき悪意であった) を考慮して解除が認められるかどうかといった問題も生じよう。
さらに改正法は、契約目的が達成できないとき以外にも催告解除の可能性を認めているため、改正前民法と異なり、「軽微」な不適合といえない
限りは、不適合給付を受けた買主からの解除が認められることとなり、従
(80)
来以上に解除の認められる範囲が拡大する可能性がある。いわゆる心理的
瑕疵の範疇に属する瑕疵 (不適合) の類型 (たとえば、居住用建物売買における過去の自殺、暴力団関係者が隣地に居住する土地の売買など) については、改正前民法の下では、「平穏に居住することがおよそ不可能とまではいえない」との理由から解除が認められず、損害賠償の認容のみにと
(81)
どめる裁判例が多数存在するといわれているところ、このような心理的瑕
疵 (不適合) については、通常は修補も代替物の引渡しも不可能であるため、広く契約解除が認められる可能性が出てくる。契約解除の範囲が具体的にどの程度拡大するかについて、改正法の下での裁判例の動向を見守る必要がある。
Ⅳ 買主の権利行使の期間制限
【第 566 条】(目的物の種類又は品質に関する担保責任の期間の制限)
売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主
(80) xx・前掲注 (43) 81 頁および 83 頁、xxxx「契約の解除」法時 86 巻 12 号 (2014 年) 34 頁、xxx「債務不履行に係る改正と不動産実務 ―― 不動産の瑕疵をめぐる紛争 への影響 ――」土地総合研究 2015 年秋号 21 頁、xx・前掲注 (68) 62 頁を参照。これに 対し、第 193 回国会衆議院法務委員会議録第 4 号 (2017 年) 5 頁〔xx政府参考人〕では、契約不適合の程度が軽微か否かを判断するに際しては、契約目的を達成することができる か否かという点が最も重要な考慮要素であるから、無催告解除の場合の契約目的の不達成 という要件と、催告解除の場合の契約不適合の程度が軽微でないという要件とでは、「実 際上は大きな違いはない」とされている。なお、xx・63 頁でも、軽微という表現と契約 目的の達成という表現について、違いを強調するだけではなくて、むしろどちらかという とその歩み寄りを図らねばならない場合が出てくるかもしれないとされている。
(81) xx・前掲注 (80) 21 頁を参照。
に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から 1 年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない。
買主の権利行使の期間制限につき、改正前民法は「事実を知ったときから 1 年」という制限を定めていたが (旧 566 条 3 項)、改正法は、目的物の種類または品質に関して売主が契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主の権利が「種類又は品質」に関する「不適合を知った時から 1 年以内」の期間制限に服することを定める (新 566条)。従来の判例によると、買主が権利行使をするに際しては、事実を知った時から 1 年以内に「売主に対し具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の根拠を示す」必要があったが (最三判平 4・10・20 民集 46巻7号 1129 頁)、改正法はこの要件を緩和している。すなわち、買主が売主に対し契約不適合を「通知」することでよいとした。「通知」の具体的な内容としては、「瑕疵・数量不足
(82)
の種類とその大体の範囲の通知する」ことが求められている (大判大 11・
4・1 民集 1 巻 155 頁参照)。
xxxxx書により、売主が引渡しの時にその不適合につき悪意または重過失があったときは、買主の権利行使は制限されない。悪意または重過失の売主については、買主の負担の下に期間制限の恩恵を与える必要性に
(83)
乏しいことから、期間制限を適用しないこととされている。
「数量不足」を理由とする不適合給付については、本条は適用されず、一般の消滅時効規定 (新 166 条) が適用される。したがって、買主の権利
(82) 部会資料 75A・24 頁を参照。この点につき、xx・前掲注 (25) 320-321 頁も参照。
(83) 部会資料 75A・24 頁を参照。
は、契約不適合を知った時から 5 年間、目的物の引渡しの時から 10 年間
の消滅時効にかかる。これは、数量不足は外形上明白であり、履行が終了したとの期待が売主に生ずることは通常考え難く、買主の権利に期間制限
(84)
を適用してまで売主を保護する必要性は乏しいと考えられたことによる。
もっとも、学説には、数量不足の場合において履行を終えたと期待する売主の期待保護が他の契約不適合と質的に異なるかどうかは疑問の余地がな
(85)
いとはいえないとする見解もある。
本条は、消滅時効の一般原則の適用を排除するものではなく、制限期間内の通知によって保存された買主の権利の存続期間は、債権に関する消滅
(86)
時効の一般原則によることになる。また、買主の権利が売買の目的物の引
渡しを起算点とする 10 年の消滅時効にかかるとする判例 (最三判平 13・ 11・27 民集 55巻6号 1311 頁) は、改正法の下でも維持されると解され
(87)
ている。
Ⅴ 目的物の滅失等についての危険の移転
【第 567 条】(目的物の滅失等についての危険の移転)
1 売主が買主に目的物 (売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由に
(84) 部会資料 75A・24-25 頁を参照。
(85) xx・前掲注 (1) 82 頁を参照。
(86) 部会資料 75A・24 頁を参照。
(87) xxxx=xxxx編『民法判例百選Ⅱ債権〔第7 版〕』(有斐閣、2015 年) 113 頁〔xxxx〕、xx・前掲注 (43) 240 頁、同・前掲注 (27)『民法 (債権関係) 改正法の概要』 268 頁を参照。なお、xx・前掲注 (1) 83 頁によれば、改正案の下で、買主が消滅時効の一般規定の適用を受けるとすれば、改正案 166条1項1 号・2 号に従い、権利行使が可能であることを知った時から 5 年、権利行使が可能である時から 10 年の消滅時効期間に服する。そして前者の場合、起算点は目的物の契約不適合を知った時であり、後者の場合、 10 年の期間の起算点は、最判平 13・11・17 の判断と異なり、引渡時ではなく、履行期であるとみるべきであるとされる。
よって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
2 売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。
1 新 567条1項
(1)「引渡し」の意義
売買の目的として特定した目的物が買主に引き渡された後に、その目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失または損傷したときは、買主がその滅失または損傷の危険を負担する。すなわち、買主は、その滅失または損傷を理由に、追完請求権、代金減額請求権、損害賠償請求権および契約解除権を行使することができない (新 567条1項 前段 ―― 給付危険)。買主は、代金の支払を拒むこともできない (同条項後段 ―― 対価危険)。この売買目的物の滅失または損傷についての危険の移転は「引渡し」を基準に判断されるが、ここでいう「引渡し」の意義 (危険の移転時期) について議論がある。すなわち、この危険の移転は目的物が買主の支配領域に入ったことを理由とするものであることからすれ
(88)
ば、「引渡しの受領」を意味するものと解すべきとの見解が示される一方
で、当事者が特定について合意をした場合には、通常はそれが危険移転時
(89)
期と解釈される可能性もあるとの指摘もある。また、とくに不動産売買に
おいては、登記や代金支払がされた後に危険の移転が生じるかどうかとい
(88) xx・前掲注 (43) 241 頁、同・前掲注 (27)『民法 (債権関係) 改正法の概要』269-270頁を参照。
(89) 第 97 回会議議事録 34 頁〔xx委員〕を参照。
(90)
う問題が議論されている。
(2)「特定」の意義―― 契約に適合しない目的物の引渡し
新 567条1 項の解釈として、「種類物売買」において、契約に適合しない目的物を選定して引き渡したときに危険移転の効果が生ずるかどうかという問題がある 「( 売買の目的として特定したものに限る。」の解釈)。一つの見解によれば、契約に適合しない目的物を選定して引き渡したとしても、「特定」の効果は生じないため、目的物の滅失または損傷の危険は買
(91)
主に移転しない。他方、この考え方に対しては、買主が物品の引渡しを受
け、それを占有し使用しているにもかかわらず、売主はなお危険を負うこ ととなり、妥当でないとの見方もある。後者の観点から、xxxx教授は、種類物売買の場合でも、「物の引渡し (による受取り=事実的な支配の移
(92)
転)」によって危険が買主に移転するという。また、法制審議会の議論で
は、ささいな瑕疵の場合には目的物は特定して危険は移転するという解釈
(93)
の余地もありうることが指摘されていた。
(90) xxxx「危険負担に関する債権法改正の考察」日本不動産学会誌 30巻1号 (2016年) 53 頁。xxx「危険負担」法時 86 巻 12 号 (2014 年) 38 頁は、「不動産については、目的物が引き渡されていなくても、買主に移転登記がされていれば、危険の移転を認めるという立場も存在するところ、本提案は、そのような考え方をとらず、引渡を基準とする立場を貫いている。」とする。
(91) 第 96 回会議議事録 48-49 頁〔xx幹事、xxxx関係官〕、xx・前掲注 (1) NBL1045号 (2015 年) 19-20 頁、同・前掲注 (43) 242 頁、同・前掲注 (27)『民法 (債権関係) の概要』270 頁、xxxx「民法改正と要件事実 ―― 危険負担と解除を手がかりとして」自由とxx 67巻1号 (2016 年) 45 頁、xx=x垣内・前掲注 (2) 415 頁〔xxxx〕(どのような内容・程度の契約不適合がある場合に「特定」が妨げられ得るのかについては、今後の解釈に委ねられている。) を参照。xx・前掲注 (1) 87-88〔注 51〕は、この問題に関する法制審議会での興味深い議論を取り上げる。
(92) xx・前掲注 (1) 法セ 739号 39-40 頁、同・前掲注 (1)『契約法〔第2 版〕』141-143 頁、同・前掲注 (3) 39-41 頁、同・前掲注 (1) NBL1107 号 11 頁を参照。xxxx「契約不適 合物の危険移転法理 ―― 危険の移転と解除によるその回帰 ――」日法 82 巻 4 号 (2017 年) 67 頁以下も、新 567条2項 (契約の内容に適合した物の引渡しを前提とする規定) と の対比から、契約不適合物が種類物の場合でも、物の引渡しにより対価危険の移転が認め られてよいとする (118 頁参照)。
(93) 第 96 回会議議事録 49 頁〔xx委員〕。xx・前掲注 (25) 330 頁も参照。
(3) 改正前民法 401 条 2 項との関係
さらに、新 567 条 1 項と改正前民法 401 条 2 項との関係について整理が
(94)
必要であるとの指摘がされている。新 567 条 1 項によれば、目的物の引渡
しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、または損傷したときには、買主は、追完請求権を行使することができない。すなわち、この規定は、「引渡し後」に買主が給付危険を負担することを定めるものである。これに対して、「引渡し前」に目的物が滅失または損傷したときに、新 567 条 1 項ではなく、旧 401 条 2 項 (改正による変更なし) を適用し、特定による危険の移転 ―― したがって、種類債務について、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了したときは、以後その物が債権の目的物となり、その後に目的物が滅失または損傷したときは、債務は履行不能となるため、債権者は、その債務の履行を請求することができない (新 412 条の2第1 項) ―― を認めてよいかが問題となる。これについて学説では、「売買の当事者らが別段の意思を表示する場合を留保して、原則としては、特定により当然に危険が
(95)
移転することはない」とする見解がある。しかし他方で、新 567条1 項は
引渡し後の滅失または損傷について買主の給付危険を定めているものの、この規定があるからといって、引渡し前の滅失または損傷について履行請
(96)
求が認められるということにはならないとの見方も示されており、この問
題の解決は今後の議論に委ねられている。
(94) xx・前掲注 (91) 45-46 頁、xxxxx「民法 (債権関係) 改正のビューポイント⑫」 NBL1049 号 (2015 年) 36-37 頁、同・前掲注 (1) 曹時 16-18 頁、xx・前掲注 (25) 330頁、xx=x垣内・前掲注 (2) 415 頁〔xxxx〕を参照。
(95) xxx・前掲注 (1) 曹時 17 頁 (特定かつ引渡しがあって初めて危険が移転する)。xx・前掲注 (27)『民法 (債権関係) 改正法の概要』270-271 頁も同旨。xx=x垣内・前掲注 (2) 415-416 頁〔xxxx〕も参照 (特定物債務に関しては、(買主の受領遅滞の場合等を除けば) 引渡し前には買主への危険移転の契機は存在せず、契約に適合した目的物を引き渡すことに関する重い責任と危険を売主が負担することに鑑みれば、種類物債務に関する危険の移転についてのデフォルト・ルールとしても、特定が生じていても引渡しがなされるまでは買主に危険 (給付危険を含む) は移転しないものと解するのが整合的であるとする。)。
(96) xx・前掲注 (91) 45-46 頁を参照。
2 新 567条2項
売主が契約の内容に適合する目的物をもってその引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行の受領を拒絶しまたは受領できない場合に、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失または損傷したときも、買主は、自己の権利を行使することができない (新 567 条 2 項)。解釈上の問題として、履行の提供時と受領遅滞時との間に時間差が生じるようなケース (具体的には、取立債務において、売主が買主に対して履行の準備ができたことを通知し、買主が売主の住所においてその後一定期間内に目的物を受け取るべき場合には、買主は、売主の履行の提供があった場合でも、約定の期間内であれば未だ受領遅滞にあるとはいえないため、売主が履行の提供をした時点と、買主に受領遅滞があったといえる時点との間に時間的なずれが生じる) において、「履行の提供があった時」の意義をど
(97)
う解すべきかという問題が指摘されている。xxx教授は、新 567条2項
の規定の趣旨は、引渡しがされていない場合でも、本来であれば引渡しがされていたはずの時点以後は引渡しがあった場合と同様に扱うということにあるとし、文言からはやや離れるが、「『履行の提供があった時』とは
(98)
『履行の提供により受領遅滞に陥った時』と解釈することが必要である」
と指摘される。
3 売主の責めに帰すべき事由による滅失・損傷
条文xxxされていないものの、引渡し後の滅失または損傷が「売主の責めに帰すべき事由」による場合は、これらの危険の移転の効果は生じな
(99)
いと解されている。
(97) xx・前掲注 (1) 88-89 頁を参照。
(98) xx・前掲注 (1) 88-89 頁を参照。
(99) xx・前掲注 (1) NBL1045 号 (2015 年) 19 頁、xx・前掲注 (43) 241-242 頁 (機械の売買で売主が操作方法について誤った説明をしていたためにその機械が爆発して破損した例が挙げられている。同・前掲注 (27)『民法 (債権関係) 改正法の概要』270 頁も参照) およびxxx・前掲注 (1) 曹時9 頁、16 頁を参照。
Ⅵ 契約不適合と錯誤
最後に、改正法の下での契約不適合と錯誤との関係について検討したい。売主が契約に適合しない物を引き渡した場合において、契約不適合に関す る規定 (新 562 条以下) と錯誤規定 (新 95 条) とは、いかなる関係に立 つか。
契約上合意された内容と実際に引き渡された目的物の品質・性質等との
間に不一致があり、その不適合が取引上重要で要素の錯誤があるといえる場合、新 95条1項2 号および同条 2 項における錯誤取消しの要件が満た
(100)
される。ここで、改正前民法の下で議論されていた、いわゆる「瑕疵担保
(101)
と錯誤」の競合問題が生じる。この問題について従来の判例は、瑕疵担保
(102)
と錯誤の要件が両方とも満たされる場合に錯誤規定の適用を認めているが、
学説上は、目的物の瑕疵をめぐる法律関係を早期に解決しようとした改正
(100) xxxxx「民法の改正構想における売買と賃貸借の規定の見直し」『民法改正と不動産取引』土地総合研究 2015 年秋号7 頁を参照。
(101) xx・前掲注 (8) 323 頁以下などを参照。
(102) 最判昭 33・6・14 民集 12巻9号 1492 頁 (「原判決は……契約の要素に錯誤を来しているとの趣旨を判示しているのであり、このような場合には、民法瑕疵担保の規定は排除さ
れる」(1494 頁))。なお、判例が錯誤の優先適用を認めていると解すべきか、錯誤と瑕疵担保の重畳適用を認めていると解すべきかについては、周知の通り議論がある (例えば、xxxx『債権各論講義 (第 6 版)』(有斐閣、1994 年) 79 頁を参照)。錯誤規定の適用を認める判例の立場を支持する見解として、xxxx「意思表示の錯誤 ―― 民法第九十xxの理論と判例」九大十周年記念論文集 (岩波書店、昭和 12 年) 92 頁 (「買主の側がわざわざ困難なる『要素』の錯誤を立證して第 95 條による保護を求めてきた場合に、その契約がたまたま賣買その他の有償契約なるのゆゑをもつて、買主の保護がもつぱら擔保責任を問ふことにのみ限局せらるべきものとされて、買主のせつかくの請求が拒否されるのは不都合である。」)。xxxx=xxxx「商品表示と消費者保護 (下)」ジュリ 690 号 120頁、xx・前掲注 (52) 160 頁。さらに、xxxx「錯誤と瑕疵担保責任について」学習院大学法学部研究年報 11 号 (1976 年) 50 頁以下 (錯誤に 1 年の期間制限を類推適用する)、xxx『民法Ⅴ (契約法)』(青林書院、1982 年) 151 頁およびxx・前掲注 (7)『新・契約の成立と責任』260-261 頁も同旨) およびxxxx『民法講義Ⅰ〔第6 版〕』(成文堂、 2010 年) 225-226 頁 (錯誤の主張期間について取消しに関する 126 条を類推し、5 年の制限に服させる)、xx・前掲注 (8) 146 頁 (錯誤の主張期間をxxxなどにより制限する)、xx・前掲注 (1)『契約法〔第2 版〕』158-159 頁 (錯誤無効の主張をxxxによって個別に制限する可能性はある) も参照。
前民法 566条3 項の趣旨が失われるとして判例に反対する立場が有力で
(103)
あった。
改正法の下で契約不適合と錯誤との関係をどのように考えるべきか、特に、改正法が旧瑕疵担保責任に関する規定を抜本的に改正し、これをめぐる紛争解決の場を契約不適合給付の箇所に用意したことをどのように評価
(104)
すべきかが問題となる。この点、錯誤取消規定 (新 95 条) の特則として
契約不適合規定 (新 562 条) が置かれたことの意味を重視するならば、従来にも増して契約不適合規定を優先的に適用する考え方が説得力をもつように思われる。そのように考える理由について、次の二つの点を指摘したい。第一に、改正法は、原則として、追完請求権を代金減額請求権、損害賠償請求権および解除権に優先する買主の第一次的権利として位置づけ (新 563 条 1 項、564 条、415 条 2 項 3 号、541 条本文)、買主が契約から
(103) xx・前掲注 (5) 303 頁、xx・前掲注 (8)『債権各論第一部』83-85 頁、同・前掲注 (8)『契約法下 (各論)』52-53 頁、xx・前掲注 (6) 286-295 頁、xx=xx・前掲注 (6) 338-341 頁、xx・前掲注 (101) 79-80 頁、xx・前掲注 (39) 234 頁、xx・前掲注 (8) 325 頁、xxxx『新民法体系Ⅳ契約法』(有斐閣、2007 年) 244 頁、xxxx『民法総合 5 契約法』(信山社、2007 年) 361 頁を参照。xx・前掲注 (8) 99-105 頁は、売買の目的物が通常有すべきだとされている性質を欠いているときと、売主が特別の性質を保証した場合にその特別の性質を欠いているときは、原則として、売主の瑕疵担保責任が問題となるとし、例外的に、売主が保証したわけではないのに特別の性質を有するものと買主が誤信したときに、買主が錯誤に陥っていることにつき売主が悪意の場合または売主も買主と同様に誤信に基づき特別の性質を有することを前提に契約を締結した場合 (共通錯誤) に限り、買主による錯誤無効の主張が認められるとする。xxx「望まれた契約」法セ 689号 (2012 年) 82-83 頁、同「望まれない契約」法セ 690 号 (2012 年) 94-95 頁、同「履行としての受領」法セ 692 号 (2012 年) 80 頁は、当事者が売買契約の対象とした目的物に瑕疵があり、瑕疵担保と錯誤の要件が同時に満たされる場合に、「望まれない契約」として錯誤による契約の覆滅を考えるのではなく、むしろ「望まれた契約」の問題として有効な契約を前提に瑕疵担保の問題として処理すべきことを指摘する。
(104) xx・前掲注 (1)『契約法〔第2 版〕』159 頁は、新法の下では、「錯誤の効果は取消しとなり (案 95 条 1 項)、取消権の期間制限の規定 (126 条) が適用されるため、問題は緩和されよう。」と評価する。xx・前掲注 (25) 325 頁も、物の契約不適合の担保責任と錯誤の各規定の要件・効果が整理され、また、錯誤の効果が取消しとなり (新 95 条)、これに伴い、錯誤の主張権者の制限 (新 120 条 2 項)、追認の可能性 (新 124 条・新 125 条)、期間制限 (126 条) の規律が及ぶこととなり、担保責任の効果との差が小さくなったことから、競合が問題となることはより少なくなるだろうが、競合が生じた場合については、選択可能説がさらに妥当性を増しているといえようと評価する。
離脱 (解除) する前に、売主に履行の追完をする機会を与えている。この追完の優位性にもかかわらず、売主による不適合給付に対し、買主が錯誤取消しを自由に選択することが許されるならば、売主の追完利益を保障した追完制度の趣旨が没却されるおそれがある。第二に、錯誤取消規定を重畳的に適用することは、買主の権利行使に関して特別の期間制限 「( 契約不適合を知った時から 1 年」) を設けた法の趣旨に反すると考えられる。
従来の判例と同様に錯誤規定の優先ないし重畳適用を承認する場合、追完制度と短期時効制度の趣旨を不当に回避することなく錯誤規定を適用しうる論拠を示すことが、改正法の下での新たな課題となる。
Ⅶ 結 び
本稿はここまで、売買における契約不適合給付について、従来の学説お よび実務の議論を参照しつつ検討を行った。最後に、本稿の要約とともに、今後の検討課題を明らかにして結びとしたい。
1 「契約不適合」の意義
本稿ではまず、「契約不適合」概念の検討を行った。改正法は、従来の
「瑕疵」概念を廃止し、新たに「契約不適合」概念を採用した (新 562 条)。
「契約不適合」概念は、多義的であり、解釈の余地を残すが、基本的には、改正前民法の下での「瑕疵」概念に関する判例の考え方と同様に理解されるべきである。ただし、改正法の下でも、契約適合性判断に関する具体的な解釈方法は多様であること、とりわけ「取引観念」を「契約不適合」概念の中でどのように位置づけるべきかという問題が残されている。また、契約適合性の判断基準とは別に、目的物の価値に消極的な影響を及ぼす事情 (従来、環境瑕疵ないし心理的瑕疵として扱われてきたもの) を「契約不適合」概念の中に取り込むことができるかという問題も残されている。
2 買主の権利
売主が契約不適合な物を引き渡した場合、買主は、新 562 条以下の規定に基づき、追完請求権、代金減額請求権、損害賠償請求権および解除権を行使することができる。本稿は、各権利相互の関係にも留意しつつ、各権利に固有の論点について考察を加えた。
(1) 追完請求権
まず、買主の追完請求権に関して、本稿は、「追完請求権の法的性質」を明確化する必要性を論じた。追完請求権の法的性質をめぐって、学説では、それを本来的履行請求権と同質のものとして理解する見解 (同質説) と、本来的履行請求権とは性格が異なるものとして理解する見解 (異質説) が主張されている。そして、各説の立場に応じて、「追完の範囲」、「代替物の引渡しの可否」、「追完請求権の限界事由」といった追完に係る個別の問題について結論と理由づけに相違が生じる。xxxx教授は、法制審議会民法 (債権関係) 部会の審議を回顧する論文のなかで、追完請求権の法的性質について最後までその二義性が解消されないまま
(105)
民法改正案へと至ったことを指摘する。改正民法の下でこのような不明
瞭な状態が残されることは望ましくなく、今後さらなる議論の深化が望まれる。
次に、本稿は、「追完方法の選択権」に関する問題を検討した。本稿は、一般的な見方に反し、追完方法の選択権を「買主」に与える改正法の立場は必ずしも合理的でなく、売主に選択権を与えるという考え方もあり得たのではないかとの見方を示した。改正法は原則として「買主」の選択権を認めるが (新 562 条本文)、新 562 条ただし書を柔軟に解釈することで、売主の選択権を広く認める余地が残されている。実際の運用がどのようになるか、改正法の下での実務の動向を見守る必要がある。
「追完方法の選択権」に関連して、本稿は、「買主の選択権の法的性質」および「追完方法選択後の具体的な追完実施方法に関する選択権」をめぐ
(105) xx・前掲注 (25) 710-711 頁。
る問題について若干の検討を加えた。前者について、学説では、買主が一 度選択した権利に拘束されるかどうかをめぐり、これを肯定する見解 (選 択債権説) と否定する見解 (選択的競合説) が主張されている。買主保護 の観点からは、選択的競合説によるのが望ましい。しかし、その場合でも、買主の選択権の変更は、xxxや権利濫用 (民法1条2 項、3 項) による 制約を受けると解すべきであろう。後者について、本稿は、追完の実施方 法については「売主」に選択権を与えるべきであると解するが、この点は まだ確立した見解があるとはいえない。
さらに、売主の追完利益をどこまで保障するべきか、また、そもそもなぜ売主の追完利益が保護の対象になるのか、という問題についても引き続き検討する必要がある。買主の追完請求権に加え、売主の追完利益の面からも検討を加えることで、売買における追完制度の趣旨 (「追完の優位性」を基礎に置いた契約不適合責任制度の意義) がいっそう明確になる。それにより、買主の権利相互の関係 (追完請求権とそれ以外の権利との関係)や他の制度 (とりわけ錯誤取消制度) との関係をめぐる問題について解釈論上の視座を獲得することができる。
(2) 代金減額請求権
改正法は、目的物の種類・品質の不適合について、買主の代金減額請求 権を認める。諸外国の状況も考慮に入れつつ、新たに買主の代金減額請求 権を明文化した点に改正法の意義がある。この代金減額制度をめぐって、学説では、特に、① 代金減額の算定方法、および、② 代金減額の算定基 準時に関して議論が行われている。代金減額の算定方法については、「相 対的評価方法」を採用する見解が学説上有力である。代金減額の算定基準 時については、主に「契約締結時説」および「引渡し時説」が主張される。有力な見解は、「引渡し時説」に立つ。もっとも、契約締結時説に立つ場 合でも、契約締結後の市場価値の変動に対処するために契約締結後の事情 を考慮に入れることが許されるならば、両説の間に著しい差異は生じない と解される。
(3) 損害賠償請求権および解除権
損害賠償請求権に関して、従来の瑕疵担保責任における特則としての位 置づけ (改正前民法 570 条、566条3 項) は失われた。改正法の下では、売主による契約不適合給付について、債務不履行に基づく損害賠償に関す る一般規定 (新 415 条) が適用される。改正法の下では、損害賠償の範囲 が履行利益にまで及ぶことついて争いはない。これに対し、損害賠償請求 権の要件の 1 つである売主の「責めに帰すべき事由」の意味内容をめぐり、学説上激しい見解の対立がある。すなわち、この規定は伝統的な過失責任 主義を採用したものではないと理解する立場がある一方、この規定の文言 が過失責任主義の否定を意味するものではないとする考え方も示されてい る。さらに改正法の下で売主の無過失責任が消滅することに対して、実務 からの批判があった。とりわけ、売主の帰責事由が否定される場合に、買 主が鑑定費用を負担せざるを得なくなる点について問題が指摘される (「実費の自己負担の問題」)。この問題について、鑑定費用を当事者間で平 分して負担する考え方や追完費用の賠償の問題とする考え方が示されるも のの、見解の一致をみていないのが現状である。
買主は、売主による契約不適合給付に対し、新 564 条、541 条および 542 条に基づいて解除権を行使することができる。改正法は、契約不適合の程度に関して、履行の追完の催告を不要とする「契約目的達成不能」な不適合 (新 542条1項1 号)、催告解除が認められる不適合 (新 541 条本文)、催告をしたとしても解除できない「軽微な不適合」(新 541 条ただし書) を概念的に区別する。特に、催告をしたとしても解除できない「軽微」な不適合とは何かについて、判断基準の明確化が望まれる。また、改正前民法と異なり、改正法の下では催告解除が認められるところ (新 564条、541 条本文)、契約解除の範囲が具体的にどの程度拡大するかが実務上重要な問題になる。
3 買主の権利行使の期間制限
改正法は、買主の権利行使について、「不適合を知った時から 1 年以内」
の期間制限を定める (新 566 条)。改正前民法の下では、買主による権利行使に際して事実を知った時から 1 年以内に「売主に対し具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の根拠を示す」必要があったが (最三判平 4・10・20 民集 46巻7号 1129 頁)、改正法の下では買主が売主に対し契約不適合を「通知」することで足りるとした。具体的には、契約不適合とその大体の範囲を通知することが求められている。「数量不足」を理由とする不適合給付については、本条は適用されない。ただし、学説にはその制度趣旨に疑問を投げかける見解もある。買主の権利が売買の目的物の引渡しを起算点とする 10 年の消滅時効にかかるとする判例 (最三判平 13・11・27 民集 55巻6号 1311 頁) は、改正法の下でも妥当すると解されている。
4 目的物の滅失等についての危険の移転
改正法は、従来の危険負担に関する旧 534 条および旧 535 条の規定を削除し、新たに 567 条を明記した。改正法の下では、売買の目的として特定した目的物が買主に引き渡された後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失または損傷したときは、買主がその滅失または損傷の危険を負担する (新 567 条 1 項)。この規定をめぐっては、とりわけ、(1)「引渡し」の意義 ―― 「引渡しの受領」を要するとの見解、および、当事者による特定の合意をもって足りるとする見解 ――、 (2)「特定」の意義 ―― 種類物売買における契約不適合な物の引渡しによる「特定」の是非 (肯定説および否定説) ――、並びに、(3) 新 567 条 1 項と 401 条 2 項との関係 (種類債務の特定後、引渡し前の滅失または損傷における給付危険) について議論がある。
5 契約不適合と錯誤
契約不適合 (新 562 条以下) と錯誤取消し (新 95 条) との関係について、本稿は、各救済手段が別個のものとして民法上規定されていることを強調するだけでは錯誤制度の優先ないし契約不適合責任制度と錯誤制度と
の重畳適用を認める説得的な論拠にならないことを主張した。追完の優位性を制度的に保障し、さらに不適合を理由とする買主の権利行使について錯誤取消しよりも短期の時効を定める改正法の下では、これまで以上に契約不適合責任制度 (新 562 条以下) の優先適用を認める見解が説得力をもつ。従来の判例と同様に錯誤規定の優先ないし重畳適用を認める場合、追完制度と短期時効制度の趣旨を不当に回避せずに錯誤規定を適用しうる論拠を示すことが今後の課題となる。
本稿はここまで、売買における契約不適合給付に関する諸問題について学説および実務の議論を整理し、検討を試みた。しかし、本稿には、以下の通り、不十分な点も残されている。
まず、本稿は、買主の追完請求権に関する問題を種々取り上げて検討し
たが、追完請求権に係る問題に立ち入って分析を加えるためには、履行請
(106)
求権一般に関する議論を無視することはできない。本稿では、履行請求権
に関する議論については追完請求権の分析に必要な限りで参照することが できたにすぎない。同様に、契約不適合給付を理由とする買主の損害賠償 や解除についても、本来であれば、一般債務不履行法の規定に関する詳細 な検討を踏まえた上で、売買への適用を考えなければならないはずである。しかし、本稿では、ごく限られた範囲で債務不履行一般に関する議論をx xしたにすぎない。
このように不十分な点が残るものの、本稿の検討を通じて、従来の瑕疵担保責任制度が新たな契約不適合責任制度の下でどのような変容を受けたのか、また、新たな契約不適合責任制度の下で生じる問題としてどのような問題が存在し、当該問題について学説および実務でいかなる議論が展開されているのか、という本稿の冒頭で示した問題意識に照らし、現在までの議論の到達点を示すことができたのではないかと考える。今後、残され
(106) xxx「履行請求権:契約責任の体系との関係で (その 3)」法教 443 号 (2017 年) 95頁も参照。
た問題についてさらに検討を行うことを記して、本稿を閉じることとしたい。
本研究は平成 29 年度科研費 (若手研究 (B) 研究課題番号 17K13656)の助成を受けたものである。