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御池総合法律事務所
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2008/10
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CONTENTS
消費者契約法 建物賃貸借契約における「定額補修分担金特約」が
消費者契約法10条により無効とされた事例
弁護士 xx xx・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1消 費 者 法 消費者団体訴訟制度の差止範囲の拡大
弁護士 xxx x・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
相 x x 遺言執行者の職務について
弁護士 xx xxx・・・・・・・・・・・・・・・・・・4保 険 法 人身傷害補償保険における保険代位の範囲
弁護士 xx xx・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7民 法 過払金返還請求権の消滅時効の起算点について
弁護士 xx xx・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9刑 法 刑法 246 条 1 項の詐欺罪の成否
~最高裁平成19年7月17日刑集61巻5号521頁の問題点~
弁護士 xx xx・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12プロバイダ責任 インターネット上における名誉毀損等に対する責任追及手段
制限法 -発信者情報開示請求-
弁護士 xx xx・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15特定商取引法 特定商取引に関する法律の改正点
弁護士 xxx x・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16商 標 法 包装容器の立体的形状のみからなる商標の登録
~知財高裁平成20年5月29日判決~
弁護士 xx xx・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18労 働 法 会社役員の退職金支払請求権について
弁護士 xx xxx・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20破 産 法 破産法上の破産債権開始時現存主義の適用範囲
~複数債権の内の一部債権の全額弁済の場合~
弁護士 xx xx・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22
医 事 法 周産期の母体搬送
弁護士 xx xx・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24
x x 法 預金拘束の違法性
弁護士 xx xx・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30知的財産xx 「パブリシティの権利」再考
弁護士 xx x・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33
建物賃貸借契約における「定額補修分担金特約」が消費者契約法10条により無効とされた事例
弁護士 xx xx
1 不当な原状回復義務は無効
居住用建物賃貸借契約におけるいわゆる家屋賃借人の通常の使用によって生じる損耗・経年変化(以下、「通常損耗等」という。)の回復費用を賃借人負担とする条項は消費者契約法10条で無効である。このことは大阪高等裁判所判決平成16年12月17日判例時報1894号19頁や同裁判所判決平成17年1月28日兵庫県弁護士会HPでも判示されており、後者の判決は最高裁判所で上告不受理決定により確定している。
2 定額補修分担金とは
定額補修分担金とは、敷金の代わりに賃借人に返還しない約定で賃借人から賃貸人に交付される金銭で、軽過失損耗の回復費用はこれで賄われるが、故意・重過失損耗の回復費用は別途賃借人負担とするというものである。同分担金の金額が従来の敷金程度の額を定めていることから、同分担金は賃借人の通常の過失部分を遙かに超えて、結局自然損耗分の回復費用を賃借人に負わせようとするもので、同分担金条項は、通常損耗等の回復費用を賃借人負担とする条項が無効であることの潜脱手段となっている。
3 京都地判平成20年4月30日裁判所HP・金融・商事判例1299・56
同判決は、16万円の定額補修分担xxxxxx、下記のとおり判示した。建物賃貸借の場合はその使用に伴う物件の損耗は賃貸借契約の中で当然に予定されているから物件の通常損耗の回収は通常賃料の支払を受けることで行われる。そうすると、原則として、賃借人に通常損耗についての回復義務を負わせることはできない。賃貸人は通常修繕費用にどの程度要するかの情報をもっているが賃借人はこれらの情報をもっていないので、賃借人がこれらの点について賃貸人と交渉することは難しく定額補修分担金額は賃貸人が一方的に決定している。軽過失損耗の回復費用が設定額より多額であったという特段の事情がない限り賃借人に有利とはいえない。分担金
額は月額賃料の2.5倍程度で一般的な回復費用に比べて高額である。これらの事情からは消費者に不利益を負わせるもので、消費者契約法10条により無効である。
4 京都地判平成20年7月24日刊行物未登載
同判決も下記のとおり判示して25万円の定額補修分担金条項を無効とした。
通常損耗については賃借人には回復義務はなく、故意又は過失による損耗については回復義務があるというのが民法の規定であるところ、本件特約は、①賃借人に対し、退去時に故意又は過失による損耗が生じているか否かあるいはその回復費用の金額も不明なまま、賃貸借契約締結の時点で本件分担金を支払わせるものであり、いったん支払った本件分担金の返還を請求することはできないこと、②退去時に故意又は過失による損耗が生じている可能性はあるとしても、建物の入居当時の状況、入居期間の長短によってその可能性の有無・程度並びに回復費用の金額は変わると考えられるが、本件分担金は一律に25万円と定められていること、③退去時に重過失損耗は生じておらず、軽過失損耗は生じているがその回復費用の金額は本件分担金の額に達しない場合、結果的には賃借人に回復義務のない通常損耗の回復費用を負担させたのと同じ結果になることを考慮すれば、本件特約は、民法の規定による場合に 比し、消費者である賃借人の義務を加重するものである。(1)退去時の損耗の程度、回復費用の金額を賃貸借契約締結の時点で予測することはできないから、その時点では、本件特約が結果的には賃貸人と賃借人のどちらに利益又は不利益になるかは明らかでないこと、(2)しかし、賃貸人の不利益は、将来生じるかも知れない損害賠償請求権の一部の事前放棄であるが、賃貸人としては、ある賃借人との関係では結果的には不利益を受ける可能性はあるが、他の賃借人との関係では結果的には利益を受ける可能性があり、賃貸業全体としては採算がとれるように本件分担金の額を設定することは可能であり、現にそのように設定していると考えられること、他方、賃借人の不利益は、賃貸借契約締結の時点では支払義務はなく、退去時にも支払義務はないかも知れない金員を賃貸借契約締結の時点で支払わされるというものであるうえ、賃借人は、本件分担金の額については賃貸人の定めるものに従うほかなく、丁寧に使用するとか、入居期間が短い(通常の使用をしている限り、軽過失損耗の程度は入居期間の長短に比
例すると考えられる。)などの事情をもって、賃貸人との交渉によって本件分担金の額を変更する余地があるとは考えられないこと、そして、退去時に重過失損耗はなく、軽過失損耗の回復費用の金額が本件分担金の額を上回った場合、本件分担金のほかに追加負担がないことによって利益を受ける可能性もあるが、逆に重過失損耗はなく、軽過失損耗の回復費用の金額が本件分担金の額を下回った場合、支払う必要のなかった金員を支払った結果となるが、このように結果的に利益又は不利益を生じるのは、個々の賃借人にとっては退去時の一回限りのことであり、しかも、それは退去時にならないとわからないことであるから、予め不利益の生じるリスクを他に転嫁したり、分散することはできないこと、本件分担金の額(25万円)は、本件賃貸借契約の締結に当たって、被告が予め決定したものである(弁論の全趣旨)が、被告の賃貸業の経営上の観点から25万円と決定されたことは容易に窺えるものの、その具体的な根拠は明らかでなく、原告にはこの金額の適否を判断することは不可能であるうえ、被告と交渉してその金額の変更を求めることができたとも考えられないこと、などから、本件特約による貸借人の義務の加重は、民法1条2項に規定する基本原則に反 して賃借人の利益を一方的に害するものであるとした。
5 これらの判決は建物賃貸借契約の適正化に資する判決であるが、消費者契約法10条の解釈論との関係では、いずれの判決も10条前段要件(消費者の義務加重要件)についてあてはめており、10条前段必要説をとっていると思われる(注1)。10条後段要件(xxxに反して一方的に消費者の利益を害するもの)については、本件特約の特徴について挙げた上で、基本的には支払う必要のない通常損耗等の回復費用を負担させることから該当すると認定しているようである。
6 定額補修分担金は不当な原状回復条項の潜脱手段として全国的な広がりを見せつつある制度であるが、無効であることが確認された。なお、同分担金条項については、京都地裁に消費者団体訴訟制度による差止訴訟も提起されている。
これらの2件の判決は、当事務所のxxx弁護士が団長、私が事務局長を務めている京都敷金・保証金弁護団で取り組んだ事件である。両事件とも控訴されているので控訴審でもより充実した判決獲得に向けてがんばりたい。
(注1) 10条前段要件を必須の要件ではないとする見解として、日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編「コンメンタール消費者契約法」162頁以下、xxxx「消費者契約立法と不当条項規制」NBL686号14頁など。
消費者団体訴訟制度の差止範囲の拡大
弁護士 xxx x
1 消費者団体訴訟制度の成果
平成18年に消費者契約法を改正することによって消費者団体訴訟制度が創設された。平成19年6月から施行され、関西の3団体を含め、合計6団体が内閣総理大臣によって認定されている*1。認定消費者団体はそれぞれの視点で、不当勧誘や不当条項に対して申し入れ等を行い、約款の改正などの成果を上げている*2。差止請求訴訟も勧誘行為に対して1件、不当条項に対して3件提訴されている*3。
差止請求の判決はまだされていないが、差止申し入れやその前段階の問い合わせ、質問などによって、事業者が約款の改正をしたり、被害者への返金等の対処をするなどの成果が上がっている。これまで消費者団体が申し入れ等を行っても、無視されることが多かったが、消費者団体訴訟制度創設後は事業者に消費者団体の声を聞こうとの姿勢が見られる。同制度が着実に社会に根付き、成果を上げていることが見て取れる。
2 景品表示法、特定商取引法への消費者団体訴訟制度の導入
このように成果が見られる消費者団体訴訟制度であるが、その差止対象は、消費者契約法4条あるいは8条ないし10条に該当する行為に限定されていた。しかしながら、近年では、食品など不当な表示や高齢者に対する強引な訪問販売など景品表示法(以下
「景xx」という)、特定商取引法(以下「特商法」という)で違法とされている行為による消費者被害も多く発生しており、これらへの対応の一つとして、消費者団体訴訟制度の差止対象の拡大が検討されてきた*4。消費者団体訴訟制度の景xx・特商法への導入は、消費者契約法への消費者団体訴訟制度創設時の衆議院・参議院の附帯決議によっても検討を求められていた。
消費者契約法に対する消費者団体訴訟制度の活用の成果を踏まえ、景xx・特商法の違反行為も多数の消費者に影響を及ぼすことでは消費者契約法に該当する行為と同様であることから、差止対象を景xx・特商法の規制対象行為に広げる、消費者契約法、景xx、特商法の各改正が平成20年4月25日に国会で成立した。
景xx・特商法は本来的には行政規制法規である。両法規は従前から消費者被害の予防や救済に一定の役割を果たしてきているが、産業育成と消費者保護のバランスのなかで規制をはかる行政規制の限界があった*5。表示や訪問販売等の特定商取引の景xx・特商法違反行為に対して、適格消費者団体が消費者の視点から機動的に対応できることが、今回の改正の大きな意義である。
3 消費者契約法の改正点
(1) 従来、適格消費者団体は内閣総理大臣(実際の実務は内閣府)のみから認定や監督を受けていた。景xx・特商法に差止対象が拡大することに伴って、これらの法規の所管官庁であるxx取引委員会、経済産業省が適格消費者団体の認定・監督について意見を述べるなど関与し、内閣総理大臣と連携することとなった(改正消費者契約法15条2項、23条、38条)。
この点は改正の課程では、適格消費者団体の認定・更新・監督について、一本化せずそれぞれの行政機関が各別に行うことが検討されていた。これが消費者契約法に一本化されたことは、現在実現を図ることが検討されている消費者窓口の一元化の先駆けとしても評価できる。
(2) 景xx・特商法への差止対象の拡大に伴い、文言や条文の整備などが行われた。創設時に問題となった後訴制限効(現行消費者契約法12条5項、6項)など、その他の制度内容には変化はなかった。この後訴制限効の問題点は重大であり今後継続して検討すべき課題である。
4 景xxの改正点(改正景xx11条の2)
(1) 差止対象となるのは以下の内容の不当表示である。
①優良誤認表示…商品やサービスの品質・規格などの内容が、実際のもの・他のものより著しく優良と誤認される表示(景xx4条1項1号)。
②有利誤認表示…商品やサービスの価格・取引条件が、実際のもの・他のものより著しく有利と誤認される表示(景xx4条1項2号)。
(2) 差止請求と行政処分の違いから、「xxな競争
を阻害するおそれ」を要件から削除し、別に、「不特定かつ多数の一般消費者に対して、当該行為を現に行い、または行うおそれがあるとき」が要件とされた。
(3) また、差止の内容である必要な措置の例示として、従前にはなかった、不当表示である旨の「周知」を新たに挙げている。
(4) 景xx4条1項3号に規定され、xx取引委員会で指定されている指定告示による禁止行為*6は差止対象にはならなかった。現時点において、同項 1号、2号に抵触する場合が多いので措置の対象とする必要が低いことがその理由である。
しかしながら、指定告示による禁止行為は、原産国表示など実際に消費者被害が発生していることから指定されたもので、差止の必要は高く、また、これらが必ずしも4条1項1号、2号にあたるかどうかは明確ではない。差止の対象とすべきであった。差止の条文としての明確化の法技術的な困難性はあるが、早期に差止対象として法定すべきである。
5 特商法の改正点(改正特商法58条の4から同条の10)
(1) 特商法に規定されている6つの行為類型のそれぞれについて、①不実告知、故意の事実不告知、威迫・困惑によるなどの不当勧誘行為(不実告知のみクーリングオフ妨害行為も対象)、②著しく虚偽または誇大広告、③クーリングオフ妨害となる特約、解約等に伴う損害賠償の額の上限を超える特約などの不当特約の締結、が差止対象となっている。これらの行為が、不特定かつ多数のものに対して、現に行い、または行うおそれがあるとき、との要件が必要なことは景xxと同じである。
(2) 具体的な対象行為は、取消など民事上の効果が伴う行為など部分的であり、産業構造審議会消費経済部会特定商取引委員会が求めていた、特商法7条該当行為など行政規制の対象行為を広く差止対象とすることは実現されなかった。対象となるのは、訪問販売に関する特商法6条1項ないし3項、9条、9条の2、10条、通信販売に関する特商法12条、電話勧誘販売に関する特商法21条1項ないし3項、24条、25条、連鎖販売取引に関する特商法34条 1項ないし3項、36条、38条1項2号、38条2項、40条、40条の2、特定継続的役務提供に関する特商法43条、 44条1項ないし3項、48条、49条、49条の2、業務提供誘引販売に関する特商法52条1項、2項、54条、56条2号、58条、58条の3に該当する行為である。
(3) 特商法6条の禁止行為の一部や特商法7条などの行政命令対象行為は対象とならなかった。特商法 7条などの行政命令対象行為には適合性の原則などを反映したものなど消費者被害予防には重要な条項が多い。その他の今回対象とならなかった書面交付義務違反(特商法2条など)、禁止行為の一部(特商法6条4項)、再勧誘の禁止違反(特商法12条の3、17条など)についてもこれらが差止対象となることは、消費者被害の拡大防止や予防に有益であると考えられる。行政命令の基準規定を差止請求の要件である司法規定に組み替える困難性があるが、今後、条文の検討を行う必要があり、差止対象を行政命令対象行為に広げていくことがこれからの課題である。
6 終わりに
各改正法の施行は平成21年4月1日を原則とし、同じ国会で改正された特商法・割販法改正の施行の日に合わせて施行されることになっている。
この各改正法によって、消費者と消費者団体は新たな武器を手に入れたことになる。これをどう活用していくかは適格消費者団体の今後の活動にかかっている。当職も適格消費者団体に関与する一人として積極的に活用するよう取り組んでいきたい。
*1 首都圏の特定非営利活動法人消費者機構日本(COJ)、関西の特定非営利活動法人消費者支援機構関西(KC’s)、特定非営利活動法人京都消費者契約ネットワーク(KCCN)、特定非営利活動法人ひょうご消費者ネット、中国地方の特定非営利活動法人消費者ネット広島、消費者相談員の団体である社団法人全国消費者相談員協会が認定されている。
*2 具体的な成果は、それぞれの認定消費者団体のホームページを参照されたい。
*3 平成20年3月以降、京都地裁に3件、大阪地裁に1件提訴された。 KCCNによる、建物賃貸借契約中の定額補修分担金条項の使用差止請求、及び敷引条項の使用差止請求。KC’sによる貸金契約中の早期返済違約金条項の差止請求、英会話学校の不実告知等の勧誘行為に対する差止請求。
*4 xx取引委員会の「団体訴訟制度に関する研究会」、経済産業省の産業構造審議会消費経済部会特定商取引委員会、内閣府国民生活局の国民生活審議会消費者政策部会「消費者契約に関する検討委員会」の3つの研究会・委員会で検討され、それぞれ報告書が提出されている。
*5 英会話学校NOVAの解約条項に対して、当初経済産業省はこれを特商法に反するとは指導せずそのまま放置し、その後最高裁判決でこれが特商法違反と判示されて、急遽行政指導を行ったことから被害が拡大したなかで、NOVAが倒産してしまったことは記憶に新しい。
*6 不動産のおとり広告に関する表示、無果汁に関する表示、有料老人ホームに関する表示など。
遺言執行者の職務について
弁護士 xx xxx
第1 はじめに
自らの意思を確実に実現し、遺産承継手続の円滑な処理を図るため、遺言書において遺言執行者をあらかじめ指定しておくことが広く行われている。
民法上、遺言執行者は相続人の代理人とみなされ
(1015条)、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する(1012条1項)。そして、遺言執行者がある場合には、相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができず(1013条)、この場合の相続人の行為は絶対的無効と解するのが判例、通説であるから(参考文献⑦344頁)、遺言執行者の権利義務の範囲を明確にする必要がある。しかし、この点について実定法上は何ら明らかにされておらず、またこれまでの判例の集積によっても明確化されているとは言い難い状況にあり(参考文献④362頁)、結局は遺言の内容、遺言者の意思により定まるとされている。
そこで、遺言執行者の職務に関し、典型的な①「相続させる」旨の遺言がある場合、②預金債権に関する払戻権限の有無、③貸金庫の開扉権限の有無の各問題に絞って、現時点での判例の到達点を紹介するとともに、実務上注意すべき点を指摘したい。
第2 「相続させる」旨の遺言
1 問題の所在
そもそも、遺言執行の余地がない場合(例えば相続分の指定のみの場合)には、遺言で遺言執行者に指定されていても就任する必要がない。また、家庭裁判所に対し遺言執行者選任の申立があっても、執行の余地が全くない場合には、申立が却下されることになる。
「相続させる」旨の遺言、特に特定の不動産を特 定の相続人に「相続させる」との遺言がなされた場合に、遺言執行者の執行の余地があるかが議論されてきたが、かかる問題が起きる契機となった最高裁判例が、最判平成3年4月19日民集45巻4号477頁及び最判平成7年1月24日判時1523号81頁である。最判平成3年4月19日民集45巻4号477頁は、「相 続させる」旨の遺言の法的性質及び効力について、特定物を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言は
遺産分割方法を定めた遺言であって、特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時に直ちに当該特定物が当該相続人により承継される旨判示した。この判決を境に、「相続させる」旨の遺言については、遺言執行者に相続登記を申請する代理権はないとされた。
その後、続いた最判平成7年1月24日判時1523号 81頁は、特定の不動産を特定の相続人に相続させる遺言について、受益する相続人が単独でその旨の所有権移転登記手続をすることができ、遺言執行者は、遺言の執行として右の登記手続をする義務を負うものではない旨判示した。
この2つの最判以後、遺言執行者の権限の範囲を限定的に捉える見解が増え、また不動産登記に関して遺言執行の余地を否定する下級審判例が続いた(東京地判平成4年4月14日判タ803号243頁、東京地判平成5年8月31日判タ835号228頁等)。受遺者に対抗要件を具備させる行為が遺言執行に含まれるとされている包括遺贈、特定遺贈の場合とは異なり、「相続させる」旨の遺言においては、遺言執行者が指定されていても、そもそも遺言執行の余地がなく、遺言執行者は就任をする必要がないし、遺言における遺言執行者の指定も無効になるのではないかとの問題が生じることとなった。
2 最判平成11年12月16日
このように平成7年最判以後の下級審判例は、
「相続させる」旨の遺言がされた場合に遺言執行者の関与を否定するものが優勢な状況にあったとこ ろ(参考文献②1006頁)、出されたのが最判平成11年12月16日判時1702号61頁であった。同最判は、上記平成3年最判を引用したうえで、「しかしながら、相続させる遺言が右のような即時権利移転の効力を有するからといって、当該遺言の内容を具体的に実現するための執行行為が当然に不要になるというものではない。」「そして、不動産取引における登記の重要性にかんがみると、相続させる遺言による権利移転について対抗要件を必要とすると解すると否とを問わず、甲(注筆者:受益相続人)に当該不動産の所有権移転登記を取得させることは、民法1012条1項にいう『遺言の執行に必要な行為』に当たり、遺言執行者の職務権限に属するものと解するのが相当である。」「甲への所有権移転登記がされる前に、他の相続人が当該不動産につき自己名義の所有権移転登記を経由したため、遺言の実現が妨害される状態が出現したよう
な場合には、遺言執行者は、遺言執行の一貫として、右の妨害を排除するため、右所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができ、さらには、甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることもできると解するのが相当である。」と判示した。
相続人自らが抹消登記手続や所有権移転登記手続をすることができることを理由に、遺言執行の余地はなく、遺言執行者は、遺言の執行として所有権移転登記手続をする権利又は義務を有するものではない、との原判決の判断を破棄したものである。
3 考察
この平成11年最判により、「相続させる」旨の遺言の場合についても、遺言執行者が登記手続に関与しうる場合があること、受益相続人に所有権移転登記を取得させることは遺言執行者の職務権限に属する事項であることが明らかにされたと言える。
この点、平成11年最判と上記平成3年最判、平成7年最判との整合性が問題となるが、平成11年最判は小法廷判決であり、従前の判例を変更したものではなく、登記実務との関係で、当該不動産が被相続人名義である限りは、遺言執行者の職務が顕在化しないことになると理解できよう(平成 11年最判も判決文中で「被相続人名義である限りは,遺言執行者の職務は顕在化せず」と表現している)。
よって、「相続させる」旨の遺言の場合における遺言執行者の指定・選任も有効であるし、家庭裁判所に対し遺言執行者選任審判の申立があった場合に、遺言執行の余地がないとされ、申立が却下されるのは限定された場合になると予想される。そもそも、遺言者は、自らの死後の法的手続が 円滑に進むよう期待して、遺言執行者を選任しているのが通常であると思われる。遺言者の意思を確実に実現し、遺産承継手続の円滑な処理を図るという遺言執行者の趣旨からは、相続させる旨の遺言についても遺言執行者の関与を排除するのは不当であるから、上記平成11年最判の立場は賛成
できる。ただし、「相続させる」旨の遺言の場合、不動産の管理や相続人への引渡は、特段の事情がない限り、遺言執行者の職務にはあたらないとされている(最判平成10年2月27日民集52巻1号299頁)ことからすれば、実際の遺言執行者の職務範囲はかなり限定されることにはなろう。
とはいえ、遺言作成者の立場からすれば、やはり「相続させる」旨の遺言の場合であっても、不測の事態が起こることも勘案すれば、遺言執行者を指定しておく必要性を上記平成11年最判は示していると言える。
第3 預金の払戻権限について
1 特定の預金債権が遺贈の対象となっていた場合には、遺言の効力が発生した時に受遺者に権利が移転する。よって、遺言執行者の具体的な職務としては、預金の名義を変更する方法をとることになる。またこれに加え、受遺者に対抗要件を具備させることもその職務となるため、遺言執行者は指名債権譲渡の通知又は債務者である金融機関から承諾通知の受領等をしなければならない(最判昭和49年3月7日民集28巻2号174頁)。
2 問題となるのは、遺言執行者の預金払戻権限の有無である。
受遺者が問題とするのは給付物としての金銭であるから、受遺者や金融機関の了解を得ることができた場合には、名義変更の方法ではなく、預金を払い戻して金銭を交付する方法が実務上多く取られていると思う。ただし、金融機関が払戻を拒否した場合において、遺言執行者に払戻権限を認めるかについては、以下のとおり、肯定した判例と否定した判例がある。
ア 肯定判例
①東京地判平成14年2月22日金法1663号86頁 預金債権を含む財産全部を遺贈させる趣旨
の包括遺贈がなされた場合について、「遺言執行者は、遺言執行行為として銀行に対し、預金の払戻請求をなす権限を有する。」と判示した。
②さいたま地xxx判平成13年6月20日判時 1761号87頁
xx証書遺言により指定された遺言執行者が、銀行に対してその遺言の執行として遺言者の預金の払い戻しを求めたのを、銀行が拒否した事案について、「遺贈の履行が必要とされ、そのために遺産のすべてを把握して管理することが必要となる場合には、被相続人の有していた預金について払戻をする権利があるというべきである」として、銀行が払戻を拒むことは、特段の事情のない限り、違法な行為であると判示した。
イ 否定判例
東京高判平成15年4月23日金法1681号35頁
遺産に属する預金等を共同相続人の一部に
「相続させる」旨の自筆証書遺言がなされていたという事案で、預金の払戻については「遺言執行の余地が生じることはなく、遺言執行者は、遺言の執行として」預金の「払い戻し又は支払を求める権限を有し、又は義務を負うことにはならない」と判示した。
3 このように、遺言執行者の預金の払戻権限については、下級審において依然争いのあるところである。ただし、上記否定判例の事案は、遺贈ではなく、「相続させる」旨の遺言の場合であったことから、遺言執行者の払戻権限が否定された可能性はあるし、払戻権限を認める裁判例の方が多いとの指摘もあるところである(参考文献⑥163頁)。
現時点では、遺言を作成する場合に、遺言執行者に預金の解約権限や解約金の受領権限を付与する旨あらかじめ記載しておく方法が望ましいと言えるし、かかる権限が付与されていない場合には、払戻にあたり受遺者の了承を得ておくことが紛争の予防の観点からは望ましいと言えよう。
第4 貸金庫の開扉権限について
預金の払戻とも関連する事項であるが、被相続人が貸金庫を有していた場合に、遺言執行者にその開扉権限が認められるかどうかが問題となる。
この点、神戸地決平成11年6月9日判時1697号91頁は、遺言執行者には、遺言者が銀行との間で締結した銀行貸金庫契約に基づいて有する貸金庫の開閉権があるとして、遺言執行者の開扉権限を肯定している。
ただし、あらかじめ遺言において開扉権限を付与しておく方法が望ましいことは、預金の場合と同様である。
以 上
(参考文献)
①遺言執行実務研究会編「遺言執行の実務」
②xxxx「最高裁判所判例解説-民事編・平成11年度〔下〕」
③xxxxほか編「家事関係裁判例と実務245題」判例タイムズ1100号
④xxxxほか編「現代裁判法大系⑫相続・遺言」
xxxxxほか編「新家族法実務大系④相続〔Ⅱ〕」
⑥東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編「相続・遺言-遺産分割と弁護士実務-」
⑦xxxxほか編著「遺産相続訴訟の実務」
人身傷害補償保険における保険代位の範囲
弁護士 xx xx
第1 はじめに
人身傷害補償保険(以下「人傷保険」という。)は、販売されてから約10年しか経っていない新しい類型の自動車保険商品である。
人傷保険は、保険事故が生じた場合に、被害者が、自らの加入する保険会社から、自らまたは相手方の過失の有無・程度にかかわらず、保険約款で定められた損害額基準(以下「人傷基準」という。当然のことながら各保険会社によって異なる。)に従った人傷保険金の支払いを受けられるというものである。
人傷保険については、被害者にとって、過失割合についての交渉等にわずらわされることなく迅速に保険金の支払いを受けられる、定額(搭乗者傷害保険等)ではなく実損填補として保険金の支払いを受けられる、などのメリットがあるといわれているが、その一方で、人傷基準による保険金額は訴訟で認定される金額(訴訟基準)よりも低いことがほとんどであり、販売においてはこのことについての説明義務が尽くされるべきであろう。
本稿では、その中でも、近年、交通事故をめぐる訴訟上の争点となっている、人身傷害補償保険における保険代位の範囲について論じるが、これもまた、人傷基準と訴訟基準とのギャップによって生じている問題であるといえよう。
第2 問題の所在
1 設例
問題の所在を明らかにするために、簡単な例を設けることとする。
A:被害者(Cの人傷保険の被保険者) B:加害者
C:保険会社
① AはBとの交通事故で傷害を負い、仕事を休むことを余儀なくされる等の損害を被った。
② AがBに対して提起した訴訟においては、 Aの損害額は300万円、Aの過失割合は60パーセントと認定された。
③ Aの損害については、A加入のC人傷保険の人傷基準によれば200万円の請求が認められる。
④ C人傷保険の約款には、実際に支払われる保険金の計算として、「人傷基準積算額-損害賠償金の額」と既払控除の規定がある。
⑤ C人傷保険の約款には、「被保険者の権利を害さない範囲内で、被保険者の損害賠償請求権に対して代位する」旨の規定がある。
2 損害賠償金取得先行の場合にAが取得できる金額
設例の②によれば、Aは、訴訟の結果、300万円×0.4=120万円の損害賠償金をBから取得できる。
その後、保険会社Cに人傷保険を請求した際、支払われる保険金の額はいくらであろうか。C人傷保険の約款の④の控除規定をそのまま捉えれば、③で計算された200万円-既に受領した損害賠償額120万円=80万円が、Aに支払われる保険金額ということになりそうである。そうすると、Aは、合計で200万円を取得できることとなる。
3 保険金取得先行の場合にAが取得できる金額 それでは、AがCに先に人傷保険を請求した
場合はどうであろうか。まず、③によって、200万円が支払われる。その後、Bに対する損害賠償請求を行使するとなると、約款の⑤の代位の範囲が問題となってくる。なぜなら、保険会社が代位する限りでAは損害賠償請求権を喪失するからである。問題は、約款の⑤の「被保険者の権利を害さない範囲」をどのように捉えるかである。
これをAにとって最も有利に捉え、Aが損害額全額を回復できる権利を妨げない範囲と解釈すれば、損害賠償請求権120万円のうち、Aは未回復損害100万円(300万円-200万円)分についてはこれを行使することができ、超過部分20万円についてはCが代位する(その限度でAは損害賠償請求権を喪失する)こととなる。そうすると、Aは、合計で300万円を取得できることとなる。
4 保険金取得と損害賠償金取得の先後で結論が異なる?
このように、人傷保険の約款の解釈次第では、上記のように、Aが受け取れる総額が、保険金
取得が先か損害賠償金取得が先かで異なる結果をもたらすことがある。しかし、これは法感情に反する結論である。また、保険会社にとっては後で保険金を支払った方が支払額が少なくて済むので、事実上支払が遅延する契機にもなりかねないとの指摘もされている。無論、そうなってしまっては、迅速に実損填補を受けられるという人傷保険のメリットは大きく減殺される。この問題をどのように解決すべきであろう
か。
第3 裁判例
1 東京地判平成19年2月22日(判例タイムズ1232号 128頁)
この裁判例は、保険金取得が先行した事例であるが、上記設例において解説したとおりの結論をとっており、「訴訟基準差額説」といわれる
(説の分類整理は、xxx「人身傷害補償保険をめぐる諸問題」民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準(通称赤本)平成19年度版(下)131頁以下に詳しい)。
この裁判例が導く結論には、上記第2の4で述べたような批判がなされている。
2 大阪地判平成18年6月21日(判例タイムズ1228号 292頁)
この裁判例も、保険金取得が先行した事例であるが、上記東京地判とは異なり、保険代位の範囲を画する「被保険者の権利を害さない範囲」について、訴訟で認められた損害額ではなく、人傷保険基準による損害額を基に考えているので、「人傷基準差額説」といわれる。
人傷基準差額説によれば、上記設例を例にとれば、約款の⑤の「被保険者の権利を害さない範囲」を、Aが損害額を回復できる権利を妨げない範囲と解釈する点では「差額説」の一種なのであるが、その損害額を、人傷基準に基づいて算出するのである。そうすると、既にAが受領した保険金は200万円と人傷基準積算額に達しているから、AはBにこれ以上損害賠償請求を行うことはできず、Cは120万円全額につきAに保険代位できることとなる。
これは、保険金取得と損害賠償金取得の先後にかかわらず、Aが受取る金額が同じになるため、上記東京地判が導く結論の不都合は回避されている。しかしながら、この説を採用した場合、裁判所は、損害賠償請求訴訟において、人
傷基準に基づいて保険金が支払われているかどうかをいちいち検証しなければ代位の範囲を確定することができないため、訴訟基準における損害額の算定に加え、二重に損害額算定作業を行わなければならず審理が複雑になるほか、争点の拡大を招来するおそれもないとはいえない。
3 東京高判平成20年3月13日(判例時報2004号143頁)
そして、この問題についての初の高裁レベルの判断が示されたのがこの東京高判である。東京高判は、人傷保険の加入目的は、「全損害をできるだけ多く填補しようとするため」であるとして、保険代位の範囲については、上記東京地判と同様の訴訟基準差額説を採用した。そして、指摘されている不都合については、なお書きで次のように判示したのである。
「なお、本件約款によれば、本件人身傷害補償保険の保険金の額は、本件約款の別紙に定める区分ごとの基準(以下「人身基準」という。)により算定された損害額等から、…すでに取得した損害賠償金の額等を差し引いた額であると定められている(…「本件計算規定」という。)。この規定を形式的に適用すると、過失相殺がされる事案において損害賠償金の支払が先行した場合には、保険金請求権者は人傷基準による算定損害額から損害賠償金額を控除した残金の程度でしか本件人身傷害保険の保険金の支払いを受けることができないこととなり、…このように加害者に対する損害賠償請求権と本件人身傷害補償保険の保険金請求権のどちらを先に行使するかによって保険金請求権者の支払を受けることができる総額が異なるとするのは相当ではないから、本件計算規定においても、保険金の計算にあたって控除することができる金額を保険金請求権者の権利を害しない限度に限定して解釈するのが相当である。したがって、本件計算規定があることが保険代位の範囲を前記のとおりに解釈することの妨げとなるものではない。」
すなわち、東京高判は、保険代位の範囲については訴訟基準差額説をとりつつ、同時に、損害賠償金等控除規定を限定解釈することによって、保険金取得の先後を問わず、被害者の受取総額を同一にすることができるとしたのである。
この東京高判に従えば、上記設例の損害賠償金先行取得例は、どのような結論となるであろうか。約款の④の控除規定の計算式について、単に「200万円-損害賠償金120万円」とするのではなく、「200万円-損害賠償金120万円、但し被保険者の未回復損害を超える控除をしてはならない」などと読み替え、Cは、人傷保険金としてAに180万円を支払うことになるであろうか。
第4 結論
東京高判の判断は、保険金取得の先後を問わず受取総額が同じになるということで、結論として是認し得るものであろう。しかしながら、約款の控除規定については字義通りの解釈ではなく限定解釈が必要とされている。また、東京地判、大阪地判にしても、いずれも一長一短があることは既に述べたとおりである。
東京高判が今後主流となっていくのかどうかは裁判例の集積を待たなければ分からないが、いずれにしても、保険会社及び保険商品を販売する者としては、人傷保険の販売や保険金の支払いについては、その内容について顧客に対して十分な説明を行うこと、そして、控除規定を中心として約款の規定を再検討することが必要であると考えられる。
以 上
過払金返還請求権の 消滅時効の起算点について
弁護士 xx xx
第1 はじめに
貸金業法等の改正により、過払金返還請求訴訟は、今後、その数を減少させるものと考えられるが、そのような場合でも、例えば、20年前から借りていた債務者からの受任をすることも十分考えられるところである。そのようなケースにおいて、過払金返還請求権を行使した場合、貸金業者側から消滅時効の抗弁を主張される事案がままある。この場合、貸金業者は、個々の過払金返還請求権が発生した時から消滅時効が進行すると主張し、これに対して、債務者たる消費者(以下「消費者」という。)は、最終貸付日または最終取引日から、過払金返還請求権の消滅
時効が進行すると主張するのが通常である。この主張の成否により、認容額が全く異なることとなるにもかかわらず、最高裁判例がなく、実務上、未だ定説を見ない。
そこで、本稿では、過払金返還請求権の消滅時効の起算点が「取引終了日」であることを示すため、若干の検討を行うものである。
第2 消費者側主張の背景
消費者側には消費貸借契約や弁済に関する資料が殆ど残されておらず、過払金の額などを知ることもできないという状況が存在する。このような消費者に過払金返還請求権を行使しろということはおよそ不可能である。また、仮に行使をすれば、貸金業者は消費者に対する貸付を行わないであろうことは容易に考えられるから、消費者に資金需要がある限り、過払金返還請求権の行使を控えなければならない実情があるように思われる。
消費者側の消滅時効の起算点に関する主張の背景には、このような「消費者と貸金業者間の市場における圧倒的な交渉力の格差」「消費者と貸金業者間の情報量の格差」という背景が存在すると考えられる。
第3 過払金返還請求権の消滅時効の起算点に関する諸見解
1 民法166条1項にいう「権利を行使することができる時」の解釈
債権の消滅時効の起算点について、民法166条1項は、「権利を行使することができる時から進行する」と定めている。この「権利を行使することができる時」とは、いかなる場合を指すのかについて、通説的見解は法律上の障害がない時と解していたが1、最高裁大法廷昭和45年7月 15日判決は、「法律上の障害がないというだけではなく、権利の性質xxx権利行使が現実に期待のできる」場合を指すとしている。
事実上行使することが不可能ないし期待できない状態で権利行使しなかったことをもって、権利の上に眠る者という評価をすることは権利者に酷に過ぎる。最高裁判例を正当と評価すべきである2・3。
2 過払金返還請求権の消滅時効の起算点に関する見解
では、過払金返還請求権における「法律上の障害がないというだけではなく、権利の性質xxx権利行使が現実に期待のできる場合」とは、
いかなる場合か。この問題については、以下の 3説が主張されている4。
⑴ 権利発生時説
過払金返還請求権の消滅時効の起算点を、過払金返還請求権の発生時とする見解である。不当利得返還請求権のような期限の定めのない債権の場合、債権者は発生時からいつでも請求することができることを根拠とする。
⑵ 最終貸付日説5
過払金返還請求権の消滅時効の起算点を、最終貸付日とする見解である。
①貸金業者の消費者に対する貸付は実質的に1つの貸付であることを前提(それぞれの貸付が別個の契約であれば、消滅時効の進行もそれぞれについて進行するという結論が導かれやすい。)として、②a 過払金は当然にその後の貸付金に充当されるから、過払金返還請求権は発生しては消滅し、結局、最終貸付時に過払金額が確定するから消滅時効は成立しないこと、または②b 過払金発生後の貸付が過払金返還債務の「承認」であることを根拠とする。
⑶ 最終取引日説
過払金返還請求権の消滅時効の起算点を、最終取引日とする見解である。
①貸金業者の消費者に対する貸付は実質的に1つの貸付であることを前提として、②いったん発生した過払金は、その後の新たな貸付に充当されていったん消滅し、その後の弁済により再度新たな過払金が発生するということを繰り返すから、消費者の貸金業者に発生する不当利得返還請求権は、貸金業者・消費者間の取引終了時に確定的に発生することを根拠とする。
第4 検討
以下の検討から、最終取引日説が妥当であると考える。
1 権利発生時説について
消費者・貸金業者間の情報偏在及び交渉力の格差からすれば、権利発生時に権利を行使しなかったことをもって、権利の上に眠る者と評価することは、現実の取引状況からの乖離が大きい。また、この説によれば、過去に利息制限法所定の利率を大幅に超過する利息を取得してきた業者ほど利益
を得ることになってしまう結果となり、利息制限法の趣旨を没却するものとなってしまう。確かに、この説を採用したとしても、消滅時効の援用をxxxないし権利濫用により制限し、消費者を救済することもできるが、一般条項の援用による例外的な措置だけに消費者の救済の範囲が著しく狭まるおそれがある。
したがって、この説を支持することはできない。なお、最高裁第三小法廷は平成19年12月25日、権利発生時説を採用した原審についての上告・上告受理申立を退けているが、この論点について、何ら法律的判断をするものではなく、最高裁が権利発生時説を採用ないしその示唆をしていると考えることはできない6。
2 最終貸付日説について
そこで、最終貸付日説か最終取引日説かという選択になる。しかし、最終貸付日説には以下のような難点がある。
すなわち、最終貸付日説が根拠の一つとして挙げている②aについてであるが、確かに、取引途中に過払金がいったん発生した後、貸付によって、いったん全ての過払金が消滅し、後の弁済によって再び過払金が発生しているという経過をたどっている取引については、上記の理由に合理性がある。しかし、充当計算上、新規貸付に相当する額を既発生の過払金から控除した後であっても過払金が残存し続ける場合を想定すれば、この説はこれに何ら答えていないことになる。また、最終貸付日説がもう一つの根拠として挙げている②bについても、根拠として耐えうるものであるか疑わしい。民法156条にいう「承認」に該当するためには、「時効の利益を受ける当事者が時効によって権利を喪失する者に対し、その権利が存在することを知っている旨を表示すること」が必要であるが7、新規貸付をもって、過払債務の存在を知っていることを消費者に表示しているということは難しいからである。
結局、最終貸付日説については、採用することは相当慎重にならざるを得ないものと考えられる。
3 最終取引日説について
最終取引日説が根拠として挙げる「いったん発生した過払金は、その後の新たな貸付に充当されていったん消滅し、その後の弁済により再度新たな過払金が発生するということを繰り返すから、
消費者の貸金業者に発生する不当利得返還請求権は、貸金業者・消費者間の取引終了時に確定的に発生する」との点については、取引の一体性を肯定できる限り、基本的に妥当である。
ただ、一般に上記最高裁判例のいう「権利の性質xxx権利行使が現実に期待のできる」とは、客観的に判断するべきと考えられており8、消費者としては、例えば、弁護士に依頼するなどして取引履歴の開示を受ければ、過払金額を知ることができるから、上記の理由付けだけでは、単に消費者側の主観的な事情で開示することができなかったと評価されるおそれがある9。
そうすると、取引終了日説を確実なものとするためには単なる主観的な事情にとどまらない理由を説明する必要があるように思われる。
4 情報偏在及び交渉力の格差からの基礎付け
前述の通り、消費貸借契約においては、消費者が弁済などについての証拠を保存しておくのが通常でなく、また期待できないものであるのに対して、貸金業者は弁済に関する資料を業務として保有しており、明らかな情報の偏在が存在する。さらに、消費者は、貸金業者との間で取引を継続したいと願えば、貸金業者に対する過払金返還請求権の行使を控えなければならない事実が存在している。このような状況は、消費者に関する主観的な事情ではなく、消費者と貸金業者との間の金銭消費貸借契約の「客観的な性質」に基づくものといえる。
そうすると、情報偏在及び交渉力の格差という事実が解消された時、すなわち取引終了時にはじめて、最高裁判例にいう「権利の性質xxx権利行使が現実に期待のできる」というべきである10。したがって、最終取引日説を採用し、それを情 報偏在及び交渉力の格差という事実から基礎付け
るのが妥当である。
5 民法704条後段における遅延利息の起算点との整合性について
もっとも、最終取引日説によれば、消滅時効の起算点は最終取引日であるにも関わらず、民法 704条後段の遅延利息の起算点は過払金返還請求権が発生した時点からとなるため、その整合性が問題となる。
しかし、民法704条後段の趣旨は、利得財産からは法定利息程度の付加利益が生ずるのが通常であり、これを損失者からみればいわゆる得べかり
し利益の喪失になるので、それをあわせて返還させる点にある。すなわち、同条後段の趣旨は、利得者が現実に利得を受けた分を返還することに主眼があるのであって、これは消滅時効の起算点をどこに求めるかという議論とは無関係である。
したがって、取引終了日説を採用することによっても、民法704条後段における遅延利息の起算点との整合性については、問題は生じない。
6 名古屋高判平成20年2月27日11
近時の裁判例として、名古屋高判平成20年2月 27日があり、当該裁判例は、最終取引日説を採用していることが注目に値する。高裁段階の判決であり、その影響は少なくない。この裁判例は、①基本契約に基づく貸付取引の継続中は、弁済や新たな貸付が繰り返されることによって、過払金の額も増減を繰り返して確定しないこととなり、債務者が取引の終了する前に過払金の返還を求めるようなことは現実には期待できないものであること、②そもそも借主にとっては、過払金の発生やその額について容易には分からないことが多く、しかもその原因は貸金業法43条1項の適用が認められるための要件を具備しない形態での取引を続けてきた貸金業者の側にあることを根拠として、最終取引日説を採用しており、交渉力の格差や証拠偏在を明示していないものの、そのような認識を前提としていると評価できるものであり、正当である。
第5 結論
以上の検討からも明らかなように、この問題であったとしても、消費者問題としての特質を考慮に入れなければ、現場で問題となっている本質に根ざした解決はできない。消費者・貸金業者間の交渉力の格差及び構造的な証拠偏在を根拠として、最終取引日説が正当だというべきである。
以 上
1 通説として、xxx・xxx・xxx・xxxx著『xx・xxxxメンタール民法(補訂版)』(日本評論社・2006.5)297頁がある。
2 同判決は、「もとより、債権の消滅時効が債権者において債権を「行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス」るものであることは、民法一六xxx項に規定するところである。しかし、弁済供託における供託物の払渡請求、すなわち供託物の還付または取戻の請求について「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当である。けだし、本来、弁済供託においては供託の基礎となつた事実をめぐつ
て供託者と被供託者との間に争いがあることが多く、このような場合、その争いの続いている間に右当事者のいずれかが供託物の払渡を受けるのは、相手方の主張を認めて自己の主張を撤回したものと解せられるおそれがあるので、争いの解決をみるまでは、供託物払渡請求権の行使を当事者に期待することは事実上不可能にちかく、右請求権の消滅時効が供託の時から進行すると解することは、法が当事者の利益保護のために認めた弁済供託の制度の趣旨に反する結果となるからである。」と述べる。
3 なお、同判決と同様の見解を引用する主な裁判例として、最高裁判所第1小法廷判決平成15年12月11日、同第3小法廷判決平成8年3月5日がある。
4 以下に述べる見解を採用する裁判例の内容については、xxx・xxxx・xxxx・xxxx「過払金返還請求訴訟をめぐる諸問題(下)」判例タイムズ1209号14頁(2006.7.15)以下参照。
5 最終貸付日説を採用するものとして、神戸地判平成15年4月 24日、xx地判平成16年11月5日、横浜地判平成17年2月25日、神戸地判平成17年11月7日及び名古屋地xxx判平成16年10月 4日がある。
6 金融法務事情1837号56ないし58頁は、最高裁が権利発生時説の採用を示唆するかのような評価がなされているが、賛成できない。
7 xxx・前掲3・284頁参照。
8 xxx・前掲5・17頁参照。
9 xxx・前掲5・17は、それを示唆するものといえる。
10 xxxx「悪意の受益者の返還義務」xxxx・xxxxx編
『新版注釈民法(18)債権(9)』(有斐閣平成3年9月)655頁参照。
11 その他、最終取引日説を採用するものとして、京都地判平成 16年10月5日、京都地判平成16年6月4日がある。
刑法246条1項の詐欺罪の成否
~最高裁平成19年7月17日刑集61巻5号521頁の問題点~
弁護士 xx xx
第1 事案の概要
本件は、被告人が友人A(複数存するが、単純化するため一人とする)と意思を通じて、Aが自己名義の預金口座開設後、預金通帳等を第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘し、自己名義の普通預金口座の開設等を申し込み、A 名義の普通預金通帳等の交付を受けた行為につき、刑法246条1項の詐欺 罪(以下「1項詐欺罪」という。)の共謀共同正犯の成否が問題となった事案である。本件の最大の争点は、自己名義の預金通帳等の交付を受けた友人Aの行為が、1項詐欺罪に当たるか否かであった。
第2 判決要旨
「Aが預金通帳等の交付を受けた各銀行は、いずれも預金口座開設等の申し込み当時、契約者に対し
て、総合口座取引規定ないし普通預金規定、キャッシュカード規定等により、預金契約に関する一切の権利、通帳、キャッシュカードを名義人以外の第三者に譲渡、質入れ又は利用させることを禁止していた。また、Aを応対した行員は、第三者に譲渡する目的で預金口座の開設や預金通帳、キャッシュカードの交付を申し込んでいることがわかれば、預金口座の開設や、預金通帳及びキャッシュカードの交付に応じることはなかった。
以上のような事実関係の下においては、銀行支店の行員に対し預金口座の開設等を申し込むこと自体、申し込んだ本人がこれを自分自身で利用する意思であることを表しているというべきであるから、預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図を秘して上記申し込みを行う行為は、詐欺罪にいう人を欺く行為にほかならず、これにより預金通帳及びキャッシュカードの交付を受けた行為が刑法 246条1項の詐欺罪を構成することは明らかである。」
最高裁判所は、上記のように判示して、1項詐欺罪の成立を肯定した。
第3 問題点の検討
私は、上記の最高裁判決の結論には、以下に述べるような問題があり、賛成できない。第三小法廷裁判官の全員一致の結論であるから、実務上は動かしがたい状況であることは間違いないが、ここで、当該判決の問題点を指摘しておくこととする。
(1)法益侵害と特別法に関する問題ア 法益侵害
そもそも、詐欺罪の法益侵害とは、窃盗罪とは異なり、単なる占有侵害の事実だけでは足らず、財物等の交付によって達成しようとした目的が、当該財物の交付によって達成できないことにより基礎づけられるといえる。
そして、当事者は交付時に、目的を達成するとの認識があることから、目的不達成の場合には、当事者の意思には瑕疵があるといえるのであるから、当該目的不達成の事実は、錯誤の要件にて考慮すべきであると考えられる。
そのため、詐欺の被害者の目的が達成されたか否かが、錯誤の要件該当性につき決定的に重要になる*1。
イ 最高裁判決
当該最高裁判決は、銀行が預金通帳等の譲渡質入れ等を禁止していたこと、「金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金口座等の不正
な利用の防止に関する法律」(以下「本人確認法」という。)によって、顧客は金融機関に対して本人特定事項を偽ることが禁止されていたこと及び開設した口座を名義人本人が利用することが要請されていることからすれば、金融機関が顧客と預金契約を締結するにあたり、当該口座が名義人自身によって利用されるか否かは重要な要素であったと第1審及び控訴審が述べたことを前提として、行員の錯誤を肯定しているのである。
つまり、当該判決は、金融機関の職員の目的として、本人確認がなされた口座開設申込者に預金通帳等を交付することに加え、その預金通帳等が本人自身に利用されることまでも含めているといえるのである。
果たして、このような目的の把握が妥当であろうか?
ウ 理論的疑問
この疑問点は、直接的ではないが、上記判決の弁護人の主張の根底に隠れているといえる。弁護人は、当時の本人確認法によれば、正当 な理由のない預金通帳等の売買行為が処罰の対象になっているにすぎず、他人に譲渡する目的を秘して口座を開設する行為、預金通帳等の交付を受ける行為(以下「本件行為」という。)につ
いては、処罰対象にされていないのであるから、これらの行為を放任する趣旨であり、本件行為を詐欺罪に問うことはできない、と主張されている。
この主張を前記の錯誤の議論にあてはめて、構成し直すと次のようになる。
特別法である本人確認法が存在し、その法の規定で、当然予想されるべき行為態様である本件行為を処罰していない以上、詐欺罪の錯誤の
「目的不達成」か否かの検討においては、不処罰である本件行為に関わる目的、すなわち、預金通帳等が口座名義人自身に利用されるという目的を考慮すべきではなく、その点の目的不達成は錯誤にあたらない、ということである。
エ 特別法の解釈
本人確認法は、現在「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(以下「犯罪収益移転防止法」という。)が制定されたために廃止されているのであるが、その処罰状況に変更はないので、現行法である犯罪収益移転防止法を前提に議論す
ることとする。
さて、同法によると、預金通帳等の有償譲渡や情を知っての譲渡行為は処罰対象であるが、これらの行為の前段階である本件行為は処罰対象とされていない。
このような同法の規定からすれば、処罰対象である有償譲渡や情を知っての譲渡行為の前段階である本件行為については、あえて処罰していないものと読むのが自然であろう。
また、同法の処罰対象である有償譲渡行為、情を知っての譲渡行為等の刑責は50万円以下の罰金であり、詐欺罪の10年以下の懲役と比べると圧倒的に軽い刑責である。このことからも、その前段階である本件行為を、詐欺罪で重く処罰することを予定しているとは通常考えられない。
上記最高裁判決の前提である第1審の理由によると、同法は本件行為を放任しているわけではないと述べられているが、どうして放任しているわけではないのか、その根拠については触れられていない。処罰の必要性だけが先走り、その理由づけには不備がある印象がぬぐい去れないのである。
(2)処罰に関する問題
また、本件判決の結論には、以下のような問題点も存する。
破産をしたことがある人、借金が多くその返済に困っている人の携帯電話に直接電話をかけてきて、その人名義の預金通帳とキャッシュカードを貸してくれたら○万円融資する、といった勧誘をする者がいるようである。
使っていない古い通帳やキャッシュカードがお金になるのである。お金に困っているのであるから、喜んで通帳とキャッシュカードを送るであろう。
相手方は、今度は、新しい口座を作ることを勧めてくる。また、少し勘のいい人なら、勧められなくても気付いて送ることになるのだろう。
こうして集められた口座は、振込詐欺等の口座に使われてしまうのである。
通帳とキャッシュカードを送った人は、ある日突然、通帳に対する1項詐欺容疑で逮捕される。本人は、何が何だかわからない状態である。その被疑者は、通帳とカードを送っても、もち
ろん融資など受けていない。全くの送り損である。
私が先日、弁護人として受任した事件は、まさにこのような状況であった。おそらく、本件行為で逮捕された人の大半がこのような状況なのではないだろうか?
このような、ある種、振込詐欺団の被害者とも言うべき人たちを、1項詐欺罪で処罰することに本当に意味があるのか、疑問に思わざるを得ない。この人たちを処罰しても、あらたに本件行為を行う人たちはそこかしこにおり、トカゲのしっぽ切りが行われるだけではなかろうか。そして、何より問題だと思うのは、私が担当 した被告人もそうであったし、大半の同種事件の被告人にも該当するものと考えられるが、預金通帳等を第三者に譲渡しているにもかかわらず、相手方の預金通帳等の使い道を知らなかったこと、譲渡の対価をもらっていないことから、犯罪収益移転防止法の要件を満たさないために、同法違反の刑責は一切問われていないの
である。
同法に該当する場合、その前段階の本件行為を詐欺罪に問うとすると、同法違反と詐欺罪は、論理的に考えれば牽連犯となりそうである(ただし、本当に牽連犯として取扱いがなされているのかは不明である。上記最高裁の事案は、情を知った譲渡行為については起訴されていない。)。
牽連犯として取扱いがなされるとすると、相手方が悪事に使うことを知っていようがいまいが、又譲渡の対価を取得しようがしまいが詐欺罪の刑責である10年以下の懲役ということになる。この場合、犯罪収益移転防止法の処罰規定は、預金通帳等を作成した者から交付を受けた者が、預金通帳等を転々と譲渡することを防ぐ趣旨を有するにすぎなくなってしまう。交付を受けた者が譲渡しなければ、すなわち、例えば、交付を受けた者が振込詐欺の実行者であれば、同法の処罰規定は全く働かないことになるのであるが、同法の処罰規定の趣旨は果たしてそのような限定的なものと解するべきか疑問がある。
一方、仮に、同法違反を問う場合には詐欺の刑責は問わないとすると、情を知っていれば、又は譲渡の対価を取得していれば50万円以下の
罰金、そうでなければ懲役10年以下となり、刑責の程度が完全に逆転した状態になる。これは、明らかに不自然な状態である。
第4 まとめ
以上のとおり、本件判決には上記のような問題点が含まれている。
犯罪収益移転防止法と詐欺罪との関係について、同法の処罰の間隙をどうして1項詐欺罪で埋める必要があったのか、という点につき、さらなる理由づけが必要であろう。
処罰に関する問題点については、捜査や起訴等の実務の運用によって回避すべきであるという見解も当然あり得るところではあるが、そのような処罰に関する問題点をも内包する判決であったのだから、判決理由において、その点のフォローも必要であったと考えられる。
実務上、本件行為につき1項詐欺罪が成立することは確定しており、今後、詐欺罪の成立を争うことは困難になったことは間違いない。
しかしながら、今回私が指摘した問題点を回避すべく、立法による手当または実務上の適切な運用、具体的には、口座開設行為および預金通帳等の受領行為の罰則規定の設立、もしくは、本件行為については詐欺罪に問わず、犯罪収益移転防止法違反の罪責のみを問う運用が望まれるところである。
*1 このような法益侵害と錯誤の分析につき、後述参考文献のxxx論文参照。
(参考文献)
上記最高裁判決調査官解説 判タ1252号166頁等 xxx「文書の不正取得と詐欺罪の成否」『新判例から見た刑法』
大コンメンタール刑法
その他、刑法各論の基本書
インターネット上における 名誉毀損等に対する責任追及手段
-発信者情報開示請求-
弁護士 xx xx
第1 はじめに
ある者によって名誉毀損やプライバシー侵害がなされた場合、それらによって損害を被った者は、その者に対して損害賠償請求をすることが考えられる。それらが例えば書籍等でなされた場合には行為者は明らかであるが、インターネット上でなされた場合にはそうとは限らない。とりわけインターネット上の電子掲示板においては、多数の者が自由にかつ匿名で書き込むことができるので、行為者の特定は極めて困難である(このようにインターネット上の電子掲示板においては自由にかつ匿名で書き込むことができるという性質上、いきおい名誉毀損等が行われがちである。)。これでは被害者は行為者に対して損害賠償請求をすることができなくなり権利救済の道が閉ざされる。そこで、行為者を特定する必要があるが、その方法として特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(いわゆる「プロバイダ責任制限法」)4条の発信者情報開示請求がある。以下、発信者情報開示請求の要件及び方法について説明する。
第2 要件
特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、Ⅰ侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであり、かつⅡ当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある場合には、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(「開示関係役務提供者」)に対し、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができる(同法4条1項)。
かかる「発信者情報」には、①発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称、②発信者その他侵害情報の送信に係る者の住所、③発信者の電
子メールアドレス、④侵害情報に係るIP アドレス、
⑤当該IP アドレスを割り当てられた電気通信設備から開示関係役務提供者の用いる特定電気通信設備に侵害情報が送信された年月日及び時刻が含まれる
(同法省令)。
上記Ⅰについては、発信者の有するプライバシー及び表現の自由と被害者の権利回復の必要性との調和の見地から、権利侵害が「明らか」であることが要求されている。したがって、被害者は、権利の侵害に係る客観的事実(例えば名誉毀損の場合[以下同じ]、原告の社会的評価が低下した事実)はもとより、その侵害行為の違法性を阻却する事由(事実の公共性、目的の公益性、事実のxx性)が存在しないことについても主張、立証する必要がある。もっとも、主観的要件に係る阻却事由(xxと信ずるについて相当の理由)についてまでも、被害者に、その不存在についての主張、立証の負担を負わせることは相当ではないので、被害者は、その不存在についての主張、立証をするまでの必要性はない(東京地裁平成15年3月31日判決判時1817号84頁)。
第3 方法
1 まず、開示関係役務提供者に対し、上記要件を満たすことを明らかにして、発信者情報の開示を請求する。もっとも、開示関係役務提供者としては、通信の秘密との関係があること(電気通信事業法4条)、故意又は重大な過失がある場合でない限り開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害について賠償の責めに任じないとされていること(同法4条3項)から、開示を渋る場合もある。
その場合には、開示関係役務提供者に対し、発信者情報開示請求訴訟を提起することになる。
2 この点、誰を開示関係役務提供者とするかについては検討を要する。上記のようにインターネット上の電子掲示板上で名誉毀損等が行われた場合、電子掲示板の管理者は、発信者の正確な住所及び氏名を把握していないことが多く、その者を開示関係役務提供者として発信者情報の開示請求をしても、必ずしも加害者を特定することにつながらないことが多い。
そこで、かかる場合には、まずⅰ侵害情報を掲示した掲示板管理者に対して、発信者情報開示請求権を行使して加害に関するIP アドレスと侵害情報が送信された年月日及び時刻を特定し、ⅱそれにより獲得したIP アドレスにより、経由プロ
バイダ(インターネット接続サービスを提供するプロバイダ。経由プロバイダは、当該経由プロバイダに使用が認められている複数のIP アドレスの中から特定のIP アドレスを利用者に割り当てる。)を割り出し、ⅲその経由プロバイダに対し、侵害情報が送信された年月日及び時刻における当該IP アドレスの割り当てを受けていた者の住所及び氏名の開示を受けるという方法がある。なぜなら、経由プロバイダは、課金の必要上、利用者の住所及び氏名を把握していることが多いからである。こうすることで加害者を特定することができる。なお、経由プロバイダが「開示関係役務提供者」にあたるかという問題があるが、現在の判例はこれを積極に解している(東京高裁平成16年5月26日判決判タ1152号131頁)。
3 もっとも、経由プロバイダがⅲの段階に至るまでその情報を保有しているとは限らない(一般的に3か月ないし6か月程度でかかる情報は削除されるらしい。)。したがって、被害者が、掲示板管理者に対する発信者情報開示請求の本案判決の結果を待っている間に、経由プロバイダの上記情報が削除されてしまう可能性もある。そこで、管理者に対する仮処分命令により管理者が保有している発信者情報のうちIPアドレスとIPアドレスを割り当てられた電気通信設備から開示関係役務提供者の用いる特定電気通信設備に侵害情報が送信された年月日及び時刻の開示を受け、これらを基にさらに経由プロバイダに対して、仮処分などの方法により発信者情報の保存を求めておく必要が生じることになる。
この点、かかる仮処分の可否については、いったん発信者情報の開示がなされてしまうと事後的に元にもどすことはできず、発信者に与える不利益が大きいことから、これにつき消極的な見解もある。もっとも、これを認めた例もある(東京地裁平成16年9月22日決定判時1894号35頁)。
第4 最後に
インターネットの普及に伴い、インターネット上での名誉毀損やプライバシー侵害も増加する。かかる行為を行う者に対してきちんと責任追及していくためにも発信者情報開示請求の制度の活用が欠かせない。
【参考文献】
判例タイムズ 1164 号 4 頁「発信者情報の開示を命じる仮処分の可否」
特定商取引に関する法律の改正点
弁護士 xxx x
1 はじめに
特商法は、かつて訪問販売等に関する法律という名称であった。規制対象は訪問販売、通信販売、マルチ商法に限られていた。昭和58年(1983年)に刊行された当時の通産省消費経済課編の「最新版 訪問販売等に関する法律の解説」の「刊行に際して」と題するxxの冒頭には「近年のわが国における♛盛な消費需要の高まりを大きな背景として、訪問販売や通信販売といった通常の店頭取引の枠を越えた販売形態が急速な進展を見せ、また自己増殖的な販売組織を作り商品販売以外の金銭的収入の獲得を目指すいわゆるマルチ商法が現れている。これらの取引は、従来の店舗と異なるため、消費者とのトラブルが生じやすく、このため消費者利益の保護のための規制が必要であるが、反面訪問販売や通信販売については消費者の利便の増進や流通の近代化等に寄与する面もあり、これらの販売方法の健全な発展を促進させる必要もある」と記載されている。この文章からも汲み取れるが、同法はいわゆる業者規制法であり、民事効果を定める規定はクーリング・オフなどわずかな規定が存在したにすぎなかった。
その後、同法は改正を重ね、次の通り次々と新しい商法が規制対象となった。
昭和63年(1988年)キャッチセールスとアポイントメントセールス
平成 8年(1996年)電話勧誘販売
平成11年(1999年)特定継続的役務提供
平成12年(2000年)業務提供誘引販売取引(この時
に法律の名称が特商法に変更)また、この間、指定商品・指定役務の追加が逐次 行われたが、被害が発生してから後追い的に指定さ
れるという批判が強かった。
2 指定商品・指定役務制の廃止
平成20年6月に成立した改正特定商取引法(「改正特商法」という)において、ようやく指定商品・指定役務制が廃止され、訪問販売等において、原則すべての商品・役務が規制対象となった。指定商品・指定役務の追加ではどうしても被害発生の後追い的に規制するにとどまっていたものが、今回の改正で抜
け道が解消されたといえる。もっともゴルフ会員権などの指定権利制度は残された。
3 再勧誘の禁止
現行法は、販売業者に、勧誘に先立ち勧誘目的や氏名等を明示させることを義務づけている(法3条)にとどまっており、拒絶の意思を表示しているにもかかわらず執拗な勧誘が行われ、根負けして契約を締結してしまうという被害事例が発生している。
改正特商法では、訪問販売のはじめに、勧誘を受ける意思を確認することを義務づけ、拒否者に対する再勧誘を禁止した(法3条の2)。この規定に違反して再勧誘を行うと、行政規制の対象となる(法7条:必要な措置をとるべき指示、法8条:業務停止命令)。
4 過剰販売解除権
日常生活において通常必要とされる分量を著しく超える商品もしくは指定権利の売買契約、日常生活において通常必要とされる回数・期間・分量を著しく超える役務提供契約は原則として解除できることとなった(法9条の2 1項1号)。さらに、すでに同種の商品が十分な量購入されていることを知りながら、あえて同種の商品を販売する場合にも、契約の解除ができる(同項2号)。解除権の行使期間は、契約締結より1年間。
5 迷惑広告メールの送信禁止
改正前は、迷惑メールの送信を拒否したものへの再送信が禁止されていたにとどまっていた(いわゆる「オプトアウト規制」)が、改正特商法では、事前同意を得た消費者以外に広告メールを送信することが禁止された(法12条の3。いわゆる「オプトイン規制」)。また、事業者には、事前同意を受けたことの記録の作成・保存義務が定められた。
6 通信販売における解約返品制度
現行法11条1項4号では、通信販売業者が広告を行なう場合、商品の引き取りについての特約に関する事項を表示しなければならないとされており、xxxな特約がない場合には、返品特約はないことを表示しなければならない。
しかしながら、業者がこの規定に反し、特約がないことを表示しなかったり、特約内容を明瞭に表示しない場合の効力に関しては規定がなく、返品自体の可否や送料の負担などについてトラブルが発生している。
そこで15条の2を新設し、返品に関する特約を広告等に明記しなかった場合、商品を受け取った日から8日間は、消費者による契約の解除を可能にする
こととし、この場合の送料は消費者側が負担することを法定した。
7 消費者団体訴訟制度
消費者契約法に規定される消費者団体訴訟制度
(消費者団体に対する差し止め請求権の付与)が、特商法違反行為についても導入された。すなわち、適格消費者団体が、訪問販売や通信販売等における不当な勧誘行為や、不当な特約の締結について、差し止め請求を行うことが可能になった。
8 その他
行政規制が円滑かつ適時に行われるために、法66条に基づく報告徴収の対象範囲を取引実態にあわせて拡大するとともに、資料の提出等の規定も拡充した。
また、不実告知、重要事項不告知及び威迫・困惑違反について、現行の「2年以下の懲役または300万円以下の罰金」が、「3年以下の懲役または300万円以下の罰金」へとされるなど、罰則水準が引き上げられた。
9 おわりに
高齢者をターゲットにした訪問販売被害は、相変わらず多数発生している。今回の改正で指定商品・指定役務制が撤廃され、指定対象外の商品・役務に目をつけた悪質業者の手口を封じることに役立つと考える。
しかし、再勧誘禁止については、業者は消費者に勧誘を受ける意思を確認する義務があるとはいえ、勧誘自体ははじめられるわけで、消費者がこれに対して拒絶の意思を示したにもかかわらず勧誘を続けることができなくなったというにとどまる。訪問販売の被害者に高齢者が多いことを考えると、消費者が事前に勧誘を求めた場合を除き、訪問販売を禁止する必要があると考える。
以 上
包装容器の立体的形状のみからなる商標の登録
~知財高裁平成20年5月29日判決~
弁護士 xx xx
1 問題の背景
商標法2条1項は、「商標」について「文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」であることをその定義の要件としている。もともと商標は「文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」とされていたが、国際的な傾向として漸次立体商標が認められる傾向にあり、我が国でも「商品等表示」として不正競争防止法によって保護される場合もあったことを踏まえて、平成8年の法改正で、
「立体的形状」が加えられた。
しかし、立体的形状が他と結合している場合はともかく、機能確保のために採用される形状自体に商標登録が認められることになると、その形状独占を半永久的に許すことになって、かえって自由競争を阻害しかねないことから、商標法4条1項18号は「商品又は商品の包装の形状であって、その商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標」の登録を認めていない。また、こうした形状は意匠権や実用新案xxによってその独占権を与えられることもあり得るところであるが、商標登録を認めると、その保護期間や範囲を超えた半永久的独占を認めることになりかねず、この点でも自由競争への制限が懸念される。
こうしたことから、商品又は商品の包装の立体的形状のみからなる出願は、その商品の形状を「普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」(同法3条1項3号)に該当するものとして原則的には拒絶されるものとされており、実際上登録があり得るのは、使用によって識別力を獲得するに至った商標(同法3条2項)と考えられてきた(※1)。そして、使用による識別力獲得の有無の判断は、上記の懸念もあって厳格になされており(※2)、結論としてこれを否定する裁判例が続いていた(※3~6)。
ところが、最近、商品の立体的形状のみからなる商標について肯定する判決例が現れ(※7)、さらに
は商品の包装容器に係る立体的形状のみからなる商標についても、初めて商標登録を認める次の判決が出され、注目されているので紹介する。
2 コカ・コーラ・ボトル立体商標事件(※8)
本件はX 社が、コーラ飲料の包装容器(瓶)の立体的形状のみからなる商標を出願したが、特許庁がその登録出願を拒絶すべき旨の審決をしたので、その取消を求めた事案である。
審決では、①本願商標は、商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標というべきであるから、商標法3条1項3号に該当し、
②本願商標自体としては、自他商品の識別標識としての機能を有するには至っていない、として同法3条2項の要件を具備しない、と判断していたが、判決は②の点を覆し、審決を取り消した。
判決は、商標法4条1項18号の規定の趣旨などから、
「商品等の形状は、多くの場合に、商品等の機能又は美観に資することを目的として採用されるものであり、客観的に見て、そのような目的のために採用されると認められる形状は、特段の事情のない限り、商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として、同号(注:商標法3条1項3号)に該当すると解するのが相当」とした。その理由として「商品等の機能又は美観に資することを目的とする形状は、同種の商品等に関与する者が当該形状を使用することを欲するものであるから、先に商標出願したことのみを理由として当該形状を特定の者に独占させることは、公益上の観点から適切でない」とし、また斬新な形状の商品等であった場合であっても、「商品等が同種の商品等に見られない独特の形状を有する場合に、商品等の機能の観点からは発明ないし考案として、商品等の美観の観点からは意匠として、それぞれ特許法、実用新案法ないし意匠法の定める要件を備えれば、その限りにおいて独占権が付与されることがあり得るが、これらの法の保護の対象になり得る形状について、商標権によって保護を与えることは、商標権は存続期間の更新を繰り返すことにより半永久的に保有することができる点を踏まえると、商品等の形状について、特許法、意匠法等による権利の存続期間を超えて半永久的に特定の者に独占権を認める結果を生じさせることになり、自由競争の不当な制限に当たり公益に反する」とした。
しかし、他方で「商品等の機能を確保するために不可欠とまでは評価されない形状」については、「商
品等の機能を効果的に発揮させ、商品等の美観を追求する目的により選択される形状であっても、商品・役務の出所を表示し、自他商品・役務を識別する標識として用いられるものであれば、立体商標として登録される可能性が一律的に否定されると解すべきではなく(もっとも…識別機能が肯定されるためには厳格な基準を満たす必要があることはいうまでもない)、また、出願に係る立体商標を使用した結果、その形状が自他商品識別力を獲得することになれば、商標登録の対象とされ得ることに格別の支障はないというべきである」と判示した。
そして本件では、3条1項3号について、「客観的に見れば、コーラ飲料容器の機能又は美観を効果的に高めるために採用されるものと認められ、また、コーラ飲料の容器の形状として、需要者において予測可能な範囲のものというべき」として肯定し、3条2項についても、「立体的形状からなる商標が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは、当該商標ないし商品等の形状、使用開始時期及び使用期間、使用地域、商品の販売数量、広告宣伝のされた期間・地域及び規模、当該形状に類似した他の商品等の存否などの事情を総合考慮して判断するのが相当」とし、形状に記号・文字等の標章が付されていても「なお、立体的形状が需要者の目に付きやすく、強い印象を与えるものであったか等を総合勘案した上で、立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべき」とし、昭和32年の販売開始からその形状が変更されていないことや、最大で年間23億8000万余本、現在も年間9600万本が販売されていること、宣伝広告は年間30億円に達し、
「リターナブル瓶入りの原告商品の形状を原告の販売に係るコーラ飲料の出所識別機能表示として機能させるよう、その形状を意識的に広告媒体に放映、掲載等させていること」、類似容器を使用するものがなく、その使用を発見した際には使用を中止させてきたこと等を認定して、これを認めた。
3 検討
本件は、商品の包装容器に係る立体的形状のみからなる商標について初めて登録を認めたものとして、実務的に参考となるものである。その論旨は、商品自体の立体的形状のみからなる商標について登録を肯定したマグライト立体商標事件(※7)のそれとほぼ同じものであるので、新しい規範や理由が示されているわけではないが、その要件や考慮要素について知財高裁の姿勢はほぼ固まったと見ることが
できよう。
ただ、具体的な事案について言えば、本件は、使用期間、販売数量、広告宣伝費等のあらゆる場面でかなり突出した商品についての立体商標に関するものであることから、立体的形状のみからなる商標の登録が可能とされる一例を提供するものではあるものの、その具体的な適用場面での限界を画するようなものではない。判示している内容としても、一般論としては厳格な解釈を維持している。
本件と類似する角瓶事件(※6)では、その形状について、特異な形状や特別な印象を与えるものとは言えず、商品の全体的な構成の中において、ラベル表示が大きく、立体的な形状の占める識別力が相対的に小さいという理由などから、またヤクルト事件
(※5)では、同様の「くびれ」をもつ収納容器が他社製品に多数使用されていたと推認されるという理由などから、それぞれ立体的形状自体の自他商品識別力が否定されてきた。いずれも販売数量や広告宣伝費も大きく、収納容器の形状についても一般には特徴的なものと認知されていたと思われるが、それでもなお登録は否定されている。
これらと本件を比較すると、形状のもつ特異性という意味では大差ないものと思われるが、広告宣伝に際して、意識的にリターナブル瓶の形状が需要者に印象づけられるような態様で放映、掲載させていると認められていることや、その形状の特徴をもつ清涼飲料水の容器を用いた商品で市場に流通するものがないこと(用いた場合には使用を中止させてきたこと)なども認定されている点が異なっており、その差異が類似事案との識別力の判断の差に影響しているとも言えよう。(これらの立体的形状を強調、印象づける意識的広告宣伝や、形状の市場での唯一性はマグライト事件判決(※7)においても指摘されている。)
そうすると、こうした経過を持つ事例はそれほど多くはないと考えられるところである。一般的には厳格な解釈が行われていることもあり、その限界的な事例については、なお事例の集積が待たれるところであろう。
※1 商標審査便覧42.118.01「商品又は商品の包装の機能を確保するために不可欠な立体的形状(商標法第4条第1項第18号)に関する取扱い」
※2 同41.100.02「立体商標の識別力の審査に関する運用について」
※3 ひよ子立体商標事件 知財高裁平成18年11月29日判決(判時 1950号3頁)
※4 東京高裁平成13年12月28日判決(判時1808号96頁)
※5 ヤクルト立体商標事件 東京高裁平成13年7月17日判決(判時 1769号98頁)
※6 角瓶立体商標事件 東京高裁平成15年8月29日判決(最高裁 HP)
※7 マグライト立体商標事件 知財高裁平成19年6月27日判決(判時1984号3頁)
※8 コカ・コーラ・ボトル立体商標事件 知財高裁平成20年5月 29日判決(判時2006号36頁、判タNo.1270 29頁)
会社役員の退職金支払請求権について
弁護士 xx xxx
1 はじめに
取締役等の役員が退任するにあたって、特に問題がなければ、従前支払いが予定されていた退職金の支払いがされるものの、しばしば会社(特に現経営陣)との関係が円満とはいえない状態で退任する場合があり、その場合には、期待していた退職金が支払われないという事態が生じることがあります。その際、退任した役員が、会社に対する退職金の支払請求権を有するのかという点については、異なる結論を導いた裁判例が多数存在します。そこで、過去の裁判例を整理し、現在の到達点を探ってみたいと思います。
2 裁判例の整理
(1) 取締役の「報酬」について、旧商法269条1項(会社法361条1項)は、定款の定めないし株主総会決議が必要であると規定しています。そして、この
「報酬」に退職金が含まれるかについては、反対説もありますが、含まれるというのが確立した判例といえます(最高裁昭和39年12月11日判決・民集 18巻10号2143頁等)。
そうすると、取締役が退職したものの、現経営陣との対立等から同取締役に対する退職金の支給決定が株主総会で決議されない場合には、元取締役の退職金支払請求権は認められないのかという問題が生じることになります。
この点について、過去の裁判例を見ると、事例毎に正反対の結論が導かれているため、どのような場合であれば退職金支払請求権が認められ、または認められないのかが問題となりますが、おおむね、以下のように整理することが可能と思われます。
(2) まず、上記のように旧商法269条に則り、株主総会決議が必要であるところ、これがない以上、退職金支払請求権は認められないという結論を導いたケースです(最高裁昭和56年5月11日判決・最高裁判所裁判集民事133号1頁、東京地裁平成6年 12月12日判決・労働判例673号・79頁等)。
他方、旧商法269条の「報酬」に退職金も含まれることを前提として、但し、一定の事実関係を前提に、同条の規定は取締役のお手盛り防止の観点からの規制であるという趣旨に立ち返り、一定の法律構成を行って、当該事実関係のもとでは、会社は退職金支払請求を拒むことはできないとの結論を導いたxxxです(大阪高裁xxx年12月21日判決・判例時報1352号143頁、京都地裁平成4年 2月27日判決・判例時報1429号133頁、東京高裁平成7年5月25日判決・判例タイムズ892号・236頁、東京高裁平成15年2月24日判決・金融・商事判例 1167号33頁)。なお、法人格否認の法理により会社の法人性を否定し、旧商法269条の適用を排除したという珍しい裁判例もあります(大阪地裁昭和46年3月29日判決・判例時報645号・102頁)。
また、退職金支払請求権が旧商法269条の「報酬」に含まれるとしても、当該退任取締役は従業員兼務であるとか、実体としては従業員に過ぎなかったとして、就業規則における退職金規定の適用等を行い、退職金支払請求権を認める裁判例が数多く存在します。最高裁平成7年2月9日判決(労働判例681号19頁)も、「専務取締役」の名称を持つ合資会社の有限責任社員であった者につき、代表者の指揮命令の下に労務を提供していたにとどまるとして、従業員を対象とする退職金規定の適用を認めましたので、同理論構成はほぼ確立していると考えられます。
(3) さらに、会社に対する退職金支払請求権を認めない場合に派生的に生じる問題として、退職金支給に関する議案を株主総会に上程しない現在の
(代表)取締役ら個人に対する損害賠償請求が認められるかという問題や、退任取締役らの退職金支給に対する期待xxを侵害したとして慰謝料請求が認められるかという問題もあります。前者について、これを認めた裁判例は見つかりませんでし た(否定裁判例として、大阪高裁平成16年2月12日判決・金融・商事判例62頁、大阪高裁平成19年3月30日判決・判例タイムズ1266号295頁等)。後者については、大阪高裁平成19年3月30日判決(前掲)
がこれを認めています。
3 以下では、主に、「報酬」(旧商法269条)に退職金 も含まれることを前提としながら、前掲の裁判例が、いかなる事実関係のもと、いかなる構成を行って退職金支払請求を認めたのか概観したいと思います。
(1) 大阪高裁xxx年12月21日判決
同族会社において、支給当時の実質的全株主の意向により、取締役の死亡によって死亡保険金 1400万円を遺族に支払ったが、後に相続争いにより、会社が遺族に返還請求した事例において、当時の実質的全株主の同意があった以上、株主総会決議があったとして扱うべきであって退職金支払いとして有効である旨判示した事例です。
(2) 京都地裁平成4年2月27日判決
株主総会や取締役会が開催されない同族のいわゆるワンマン会社において、代表者が退任取締役に対し、退職慰労金3000万円を支払うことを決定していたが、支払われなかったという事例で、会社は、商法に従った手続によらないものの退職金支給決定を行ったとし、株主総会決議を行わなかったという手続違背のみを理由にその支払いを拒絶することはxxに反し許されない旨判示しました。
(3) 東京高裁平成7年5月25日判決
株主総会や取締役会が開催されたことのないいわゆるワンマン会社において、代表取締役と退任取締役との間で、退任取締役を被保険者とする生命保険の契約返戻金を退職金とする旨の合意が成立したとし(同合意の成立自体も争いがあった。)、実質的に株主権を行使する株主が当該代表取締役である以上、お手盛り防止は図られており、株主総会決議がなくてもこれがあったと同視することができるし、これを拒否することはxxx上許されない旨判示しました。
(4) 東京高裁平成15年2月24日判決
これまで株主総会は開催されていなかったものの、取締役会が開催され取締役会で会社の意思決定がなされる手法に株主から異議が出てこなかった会社において、取締役の退任に伴って退職金を支払う旨の覚書が存在する場合に、覚書に従った退職金支払請求をしたところ、会社がこれを拒否した事例において、実質的に株主の利益が害されていないなどの特段の事情が認められる場合には、株主総会の支給決議が欠缺していることを理由に支払いを拒むことはxxx上許されない旨判
示しました。
(5) 以上からすると、まず、(1)(2)(3)の裁判例では、旧商法269条が求める株主総会決議自体は存在しないものの、代表者による退職金の支給決定につき、全株主の同意がある、又はある場合と同視できるため、株主総会決議があったと評価し得るものとすることで、旧商法269条の要件を充たすとの理論構成を行い、さらに実質的に担保する意味で、この場合に支払拒否することはxxxに反することを併せ、結論を導いているものと思われます。
また、(4)の裁判例では、(1)(2)(3)ほど小規模な会社ではなく、株主総会決議の存在を擬制することはできない事例と思われますが、より実質的に旧商法269条の趣旨からすれば、株主の利益が害されていない以上、旧商法269条の趣旨には違反しないことを前提として、xxxを全面に出して支払拒否できないという結論を導いているものと思われます。
いずれの場合でも、前提となる事実関係から、退職金支払請求に対する期待を保護すべきであるという価値判断が大きく働いているものと思われます。
4 期待権侵害を認めた高裁判決
~大阪高裁平成19年3月30日判決~
こうした退職金支払いに対する期待権を保護すべきであるとして、不支給決定に対する損害賠償請求を認めた珍しい高裁判決が平成19年に出ています。同判決は、大手運送会社において取締役会で解 任決議をされ、退任した後2年もの間、退職金につき会社から明確な意思表示がなかったものの、2年が経過した後に不支給決定がされたという事案において、内規に従った退職金の支給約束違反等は認めなかったものの、解任決議の後、取締役らの勤続年数・地位、過去の功労や、退職金支払いを期待して意に沿わない議事録に署名した等の事情もあること等から、退職金支給への強い期待を抱くことは無理か
らぬところ、退任から2年後に不支給としたことは、期待を裏切り、人格的利益を侵害したとして、各金 300万円、500万円の慰謝料を認めました。
本事例は、前記のようないわゆるワンマン会社の場合の株主総会決議の擬制であるとか、株主の利益を実質的に害しないといった法律構成ができないケースであるものの、上記諸事情からすれば、退職金支払請求への期待権を保護すべきであり、退職に
あたっての一定の金銭支払いが必要と判断されたものと思われます。
5 若干の考察
以上からすれば、現段階の裁判例の到達点としては、取締役に対する退職金の支給については、取締役の従業員性が認められる場合を除き、旧商法269条(会社法361条)に則り、定款の定めないし株主総会決議が必要であるということが大前提となります。そこで、内規として役員の退職金規定があるというような事情だけでは、具体的な退職金支払請求権が発生するとは考えられないという結論になると思います。
但し、会社が小規模な同族会社であったり、さらにいわゆるワンマン会社である場合であって、その代表者が退職金の支給決定をしたことが認められる場合、同決定は株主総会決議と同視し得る、または同視まではできないとしても、実質的に株主の利益を侵害しない以上、支払拒否はxxx上許されないという結論を導くことが可能と思われます。
また、こうした退職金支払い対する期待を保護すべき要請が強い場合には、期待権侵害による慰謝料が認められる場合があると思われます。
以 上
破産法上の破産債権開始時現存主義の適用範囲
~複数債権の内の一部債権の全額弁済の場合~
弁護士 xx xx
第1 はじめに
破産法104条は、例えば、主債務者の破産開始決定時に1000万円の債権があった場合、その後に保証人が債権の一部である300万円を弁済しても、債権者は依然として1000万円を基準に破産配当を受けられ、保証人は300万円を基準として破産配当を受けることはできないことを規定しています。これを破産債権の開始時現存主義といいます。この趣旨は、端的には、保証人は残りの700万円についても債権者に弁済義務があるにもかかわらず、一部の300万円だけを弁済したからといって配当に預かれるのは不xxであるというところにあると説明されています。
この開始時現存主義は物上保証人にも適用されて
います(破産法104条5項)。かつて、旧破産法時代には、上記の結論がxx上やや不分明な点もあったため、開始時現存主義の範囲が争われましたが、最判平成14年9月24日(金法1664p74)等により上記の結論となり、これが新破産法によって明確にされたものです。
今回の問題は、債権者が複数口の債権を有している場合に、この開始時現存主義が全債権を基準に適用されるのか、それとも1つ1つの債権について適用されるのか、つまり、債権者が1000万円と800万円の2つの債権を有している時に、保証人が1000万円の債権だけを弁済した場合、債権者は依然として 1800万円を基準に配当を受けるのか、それとも債権者は800万円、保証人は1000万円を基準にそれぞれ配当を受けるのかという問題です。
この問題について、現在、最高裁判決はありませんが、今年になって大阪高裁が異なる結論と見える判断をしています。
第2 2つの大阪高裁判決
1 大阪高裁平成20年4月17日判決(金法1841p45)この事案は簡略化すると、主債務者の破産開
始決定時にA 口1000万円とB 口800万円の債権があり、根抵当権の物上保証人(AB 両口が担保されている)の物件売却によりA 口1000万円の全部とB 口800万円の内300万円が弁済されたという時、債権者への配当基準は全口分1800万円なのか、それともB 口800万円だけになるの か(A 口1000万円分は物上保証人へ配当)というものでした(このような場合、通常は弁済総額1300万円をAB 両口に按分するのが普通で、その時は両債権とも消滅していないため開始時現存主義がそのまま適用されますが、種々の事情によりこのような充当関係となることはあり得ます。)。
大阪高裁は、破産開始時現存主義の適用範囲について、複数口の債権がある場合でも、保証人や物上保証人がその全部について保証等をしている場合には、上記の「保証人は残債務についても債権者に弁済義務があるにもかかわらず、一部を弁済したからといって配当に預かれるのは不xx」という趣旨は相変わらず妥当するから、開始時現存主義は債権が複数口あっても適用されるなどとして、本件では債権者は全口
(1800万円)を基準に配当を受けるとしました。
2 大阪高裁平成20年5月30日判決(金法1839p41)
同じく事案を簡略化すると、保証人が破産し、保証債権として破産開始決定時にA 口1000万円とB 口800万円、C 口500万円の3口の債権がある場合、根抵当権の設定された主債務者と物上保証人共有の物件の売却によって、主債務者の代金分からA 口1000万円の全部とB 口800万円の内300万円が弁済され、物上保証人の代金分からB 口残500万円とC 口の内200万円が弁済されたという事案でした。
保証人の破産手続に関するものであり主債務者が弁済をしたという点は1判決とは異なる事案です。
この事案で判決は、開始時現存主義自体の解釈として、複数口の債権がある場合には、開始時現存主義は個別の債権ごとに判断されるという判断を大前提として、債権者はC 口についてのみの開始時債権である500万円を基準に配当を受けられるに過ぎないとしました。
第3 若干の検討
1 2つの高裁判決の異同
上記2つの高裁判決においては、1判決が開始時現存主義は複数口債権全体について妥当するとしたのに対し、2判決は1つ1つの債権について妥当するに過ぎないとしており、この点の判断は全く異なったものとなっています(裁判体が異なるのでこのようなことはあり得ます。)。
ただ、1判決の判断を前提とした場合には、例えば、保証人はA 口1000万円については保証していても、B 口800万円については保証していないという場合には、1判決の判断は直ちに妥当せず、この場合にどういった結論を採るのかは不明です。
他方、2判決は、破産者が保証人で弁済者が主債務者であるという点に特徴があります。つまり、1判決のように主債務者が破産して保証人が弁済した場合には、保証人弁済分について、債権者と保証人のどちらが配当を受けられるのかという問題となりますが、保証人が破産し主債務者が弁済した場合には、主債務者が配当加入することはあり得ませんので、債権者が配当を受けるのか、それとも他の債権者への配当に回るのかという問題となります。つまり、開始時現存主義を適用すると当該債権者が有利となり、適用がないと他の債権者が有利となるという状況になって、冒頭記載の開始時現存主義が
元々予定した趣旨とは異なった利害状況となるのです。
このように、2つの高裁判決は、その事案が異なることとなり、場合によっては事案に応じた解決として整合的に理解することもあり得るのかも知れません。
2 これまでの判例
この問題について正面から判断した最高裁判例は未だありませんが、よく似た利益状況が現れる場面として、抵当権付きの債権の一部弁済の問題があります。この問題については、ライブラリー22号(http://xxx.xxxxx-xxxx.xx.xx/ org/oike-law/public/oike_22/nagai.pdf)で取り上げましたので詳論は避けますが、最高裁は、結論として複数口の債権の一部口について全額弁済した保証人は、(少なくとも抵当権の行使については)債権者と同等の位置関係に立つことを認めています。
そして、ここで紹介した最判平成17年1月27日(金法1738p105)は、会社更生法上の担保権にまつわる問題でもあったため、大阪高裁の上記 2判決でも引用されています。
このような最高裁の判断状況からすれば、開始時現存主義は2判決のように、1つ1つの債権について判断されることになるのではないかと考えられます。
3 検討
確かに、最高裁の判断の流れからすれば2判決の結論に親和性があるように考えられますが、他方、1判決が指摘するように、複数口全てで、保証人が共通しているような場合には、開始時現存主義の趣旨がそのまま妥当するのも事実です。
そうすると、開始時現存主義は、原則として個別債権についてのものだが、複数口全てで債務者、保証人等の義務者が共通する場合には、全口を通して開始時現存主義が妥当するという折衷的な判断もあり得るかもしれません。
債権者としては、こうした場面では、弁済充当をどのようにするかが極めて重要な問題となりますので、そうした点に配慮が必要です。
なお、この2つの高裁判決について詳しく分析した論稿として、xxxxx弁護士「開始時現存主義の適用範囲」(金法1843p10)があります。
以 x
x産期の母体搬送
弁護士 xx xx
1、母体搬送1)
(1) 母体搬送とは、妊娠中や分娩時に母体、胎児の状態が悪化したり、悪化することが予測される場合、母児の安全を図るために母体をxx医療機関に搬送したり、分娩後に母体の産褥経過が不良の場合にxx医療機関に搬送し、集中的な管理を行う方法である。
「周産期」(世界保健機関の「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」の定義で、妊娠満22週から生後満7日未満までの期間をいう)は、合併症妊娠や分娩時の新生児仮死など、母体・胎児や新生児の生命に関わる事態が発生する可能性がある。これは、妊娠中に予測できる場合もあり、分娩時や分娩後に判明することもある。ハイリスク妊婦やハイリスク児が妊娠中や分娩時に予測される場合には、一次医療機関は、その施設での能力に応じた管理を行い、xxの医療機関での対処が必要と判断された場合、速やかに母体搬送を行う必要がある。
胎児の場合、分娩前からの胎児の状態の評価及び管理を行い、分娩後も継続して集中的な新生児医療を行うことが望ましい。そのためには①新生児搬送、②分娩立会、③母体(母胎)搬送があるが、
③母体搬送は最も適切な時期に分娩させ、分娩時から児の管理ができ、輸送中の児の悪化のおそれもないため望ましい。一方、妊娠中や分娩時には児の異常が予測できずに分娩後に症状が出現するような場合は新生児搬送が必要になる。
(2) 昭和50年~同59年に新生児搬送・分娩立会が行われ、昭和60年~平成7年には、全国的にNICU(新生児集中治療管理室)に収容される超低出生体重児等の重症児の多くは母体搬送されるようになった。初期は重症例の出生前の緊急母体搬送であったが、地域の病院施設と周産期センターの連携が密になるに従い、ハイリスク妊婦や多胎妊婦が紹介により非緊急で来院して分娩する例が増加してきた。
しかし、母体搬送が多くなったことから、xxの医療機関がこれに応じることができない例も増
えてきたため、厚生省は、平成8年、周産期医療整備事業を開始した。この事業では、総合周産期母子医療センターを、原則として都道府県に1か所、地域周産期母子医療センターを総合周産期母子医療センター1か所に対し数か所の割合で整備するものとされている。
総合周産期母子医療センターは、相当規模の母体・胎児集中治療管理室を含む産科病棟及び新生児集中治療管理室を含む新生児病棟を備え、常時の母体及び新生児搬送受入体制を有し、合併症妊娠、重症妊娠中毒症、切迫早産、胎児異常等母体又は児におけるリスクの高い妊娠に対する医療及び高度な新生児医療等の周産期医療を行うことのできる医療施設をいうとされている。
また、地域周産期母子医療センターは、産科及び小児科(新生児診療を担当するもの)等を備え、周産期に係る高度な医療行為を行うことができる医療施設をいうとされている。
各都道府県の総合周産期母子医療センターと地域周産期母子医療センターの整備状況は、社団法人日本産科婦人科医会のホームページに掲載されている。平成20年4月現在、山形県、奈良県、佐賀県は未だ整備されていないようである。2) また、整備されている所でも規模、内容などに差があるようである。
京都府では、京都第一赤十字病院を総合周産期母子医療センターとし、国の地域周産期母子医療センターに相当するものとしてサブセンター2病院と周産期医療二次病院16病院を指定し、一次医療機関から総合周産期母子医療センターに搬送先を問い合わせ、センターが周産期医療情報システムで一元化した空床情報を元に症状に応じた受入病院を指示し、搬送することになっている。
1) 参考文献:
・「特集 母体搬送」周産期医学36巻12号1481頁以下東京医学社 2006年
・xxxxx他「新生児学第2版」34頁以下、339頁以下㈱メディカ出版2000年
・厚生省平成8年5月10日児発第488号(周産期医療対策整備事業の実施について)、厚生労働省平成17年8月23日雇児発第 0823001号、一部改正平成18年10月11日同1011007号(母子保健医療対策等総合支援事業の実施について)
2) http://xxx.xxxx.xx.xx/xxxxxxxx/xxxxx/XXXXXX/xxxxxx.xxx
2、母体搬送基準
母体搬送には、緊急母体搬送と非緊急母体搬送(ハイリスク妊婦紹介)があり、その適応によって①胎
児適応(母体には危険がないが、未熟児や異常児の出生が予測される場合)、②母児適応(母児ともに危険がある場合)、③母体救命(母体に危険がある場合)に分類される。
平成11年1月、社団法人日本母性保護産婦人科学会は、一次医療機関からxx医療機関(周産期センターなど)への母体搬送の適応疾患(母体搬送及び紹介基準)とそのタイミング・留意点をまとめた。これは、「日母の資料(研修ノート、医療事故防止のために、など)、日母茨城支部作成の母体搬送マニュアル及び日産婦学会その他の学会の見解及び指針を参考とし、一般的、広域的な視点でまとめたものである」とされている。3)4)
母体搬送及び紹介基準は下表の通りである。
従って、妊娠中・分娩時から胎児適応・母児適応の症状が予測される場合は、それに対応した設備・人材などの整ったxxの医療機関に母体搬送されることが望まれる。
3) 社団法人日本母性保護産婦人科学会「母体搬送のタイミング」2頁平成11年1月
4) 前掲注1)「特集 母体搬送」36巻12号1485頁以下及び1531頁以下は、注3)の基準を引用して、更に詳細に母体搬送の適応やタイミングなどについて解説している。
3、母体搬送義務
(1)転送義務と母体搬送義務
結果回避義務としての転送義務について、最近は、「医師は、自ら医療水準に応じた診療をすることができないときは、医療水準に応じた診療を
することができる医療機関へ患者を転送し、又は転医のための説明(転医勧告、指示等を含む。)をすべき義務を負い、これが診療契約に基づく医師の債務の内容となる。」5)とするなど転送義務と転医説明義務を含めて転医義務、転送義務等といっている。6)
これにより、「患者は、最初に診療を求めた医 師(医療機関)を通じて、(その医師の専門分野、所属の医療機関、地域の医療環境等の制約はあるものの)、その医師の下で又は転送先の医療機関において、診療当時の医療水準に応じた診療を受けることができることとなり、医療水準に応じた診療を受けることが法システムにより保障されていることになる。」。7)
この転送義務は、診療契約の性質から求めることができるが、xxの根拠としては、医療法1条の4、健康保険法72条を受けた保険医療機関及び保険医療養担当規則16条をあげることができ、母体搬送の考え方と同じである。
(2)母体搬送義務が認められる要件
転送義務が認められる要件は、一般に①患者の疾患について、自己の医療機関においては人的・物的設備態勢、対応能力等から検査・診療することが困難なこと、②患者の疾患に対してより適切な検査・診療方法が存在し、患者の疾患が当該検査・診療方法の適応状況にあり、それが医療水準上是認されること、③患者の状態や地理的環境的要因等により適切な転送先が存在すること、とされている。8)
緊急母体搬送 | 非緊急ハイリスク母体搬送 | |
胎児適応 | 1、児の未熟性によるもの 切迫早産、PROM など | 1、多胎妊娠 2、子宮内胎児発育遅延(IUGR) 3、胎児奇形および付属物の異常 4、胎児水腫 5、血液型不適合妊娠 6、その他 |
2、胎児仮死(現在は、Non-reassuring fetal status) | ||
3、子宮内感染症(絨毛羊膜炎) | ||
4、臍帯下垂・脱出 | ||
5、その他 | ||
母児適応 | 1、妊娠中毒症(現在は、妊娠高血圧症候群) | 1、前置胎盤 |
2、常位胎盤早期剥離 | 2、糖尿病合併妊娠 | |
3、その他 | 3、その他の母体合併症 心疾患、腎疾患、肝疾患、血液疾患、内分泌疾患、膠原病、感染症などの合併 | |
4、その他 | ||
母体救命 | 1、産科出血 常位胎盤早期剥離、子宮破裂、弛緩出血、頚管裂傷、前置胎盤など | |
2、DIC、羊水塞栓、死胎児稽留症候群など | ||
3、ショック | ||
4、その他 |
従って、母体搬送についても、これらの要件が満たされるときは、母体搬送義務を怠ったということになる。
5) xxxx「最判平成15年11月11日民集57巻10号1466頁の解説」最高裁判所判例解説民事篇平成15年度629頁
6) xxx「転医義務(1)」裁判実務大系第17巻医療過誤訴訟法213頁㈱青林書院1990年、xxxx「医師の転医指示義務」現代民事裁判の課題9xx日本法規出版㈱318頁平成3年、xxxxx
「転医勧告義務」民事弁護と裁判実務⑥損害賠償Ⅱ(医療事件・製造物責任)235頁㈱ぎょうせい1996年、xxxx「転医させる義務」現代裁判法大系7巻(医療過誤)146頁新日本法規出版㈱平成10年。なお、小山他編「専門訴訟体系第1巻医療訴訟」27頁㈱青林書院2007年は、患者の自己決定権に基づく転医説明義務を「転医勧告義務」としている。
7) 前掲注5)xx630頁
8) xxxx「説明義務、転医の勧奨、患者の承諾、自己決定権」判タ686号85頁平成1年、xxxx「転医義務(2)」裁判実務大系第17巻医療過誤訴訟法225頁㈱青林書院1990年、前掲注6)xx 328頁、前掲注6)xxx237頁、前掲注6)xx152頁
4、母体搬送義務違反が争点となった最近の裁判例
平成13年(事故日は同3年9月)以降同20年7月31日までの公開された裁判例で母体搬送義務が争点となった裁判例は、以下の通りである。
(1)非緊急母体搬送義務が争点となった事例
ア、 判決[1](後記判決一覧表、以下同じ):対称性子宮内発育不全(IUGR)と診断された児が、出産後予め待機していた小児科医師により蘇生術がなされたところ新生児仮死状態であったため、NICUに搬送されたが、精神遅滞等の後遺症を負った事例
判決は、①IUGR 児の分娩前管理においては胎児の健康状態(well-being)を常時監視する必要があり、そのためにはNST 検査のみならず、これを補佐するバックアップテスト(臍帯血管の血流診断、BPS、臍帯血ガス分析など)を実施することが不可欠であるが、これらのテストを実施することは被告病院では不可能であり、また、IUGR 児の分娩に当たっては緊急時に30分以内に帝王切開術を施行できる態勢にあることが必要であるが、被告病院では緊急時に1時間も帝王切開の準備に時間を要する態勢であったこと、②これらのテストや緊急時に30分以内に帝王切開術を施行することは周産期センターレベルの医療機関においては実施が可能であり医療水準として確立していたこと、③被告病院が所在する神奈川県においては当時においても緊急時以外にも母体搬送を受け入れる産科緊急
システムが確立されていて、被告病院においても同システムの利用が可能であり、かつ、同システムによればバックアップテスト等の実施が可能な被告病院より上位の周産期センターレベルの医療機関に搬送される蓋然性が高く、かつ、その搬送も容易であったことを理由として、母体搬送義務違反を認めた。
但し、本件では、高度医療機関に転送したとしても後遺症が残らなかったことが高度の蓋然性をもって推認することはできないとして因果関係を否定した上、後遺症が軽減された相当程度の可能性が認められるとして慰謝料の請求を認めた。
同様に、発達予後が比較的良好とされる非対称性IUGRで胎児の心拍停止後緊急母体搬送されたが、胎児が死亡した事例で、IUGRを予見できたのにこれを見落としIUGRの検査・治療を怠ったとして産科医院(岡山市内のようである)の責任を認めた判決[2]がある。この事例も、医院の地域の周産期システムの状況によっては、判決[1]のように母体搬送義務違反も争点となったのではないかと考えられる。判決[2]では経母体的治療は有用とされているが、今日これは「一般的には有用性が否定されている。したがって、胎児well-beingをフォローアップし、できるだけ適切なタイミングで娩出することが重要である。」とされている。9)今後、判決
[1]の判断が重要視されるものと考えられる。イ、 判決[3]:品胎(三つ子)で出生し、その後新
生児搬送されたが、精神遅滞等の後遺症を負った事例
判決は、多胎分娩においては母体管理又は手術する医師の他、胎児1名ごとに管理する医師1名ずつ必要であるが、被告医院では多胎分娩や帝王切開に必要な人的準備を行うことは不可能であり、小児科医や多数の助産師、看護師が勤務する人的・物的設備の整った病院で出産すべきことを事前に説明・勧告するべき義務があったとし、また、出産後も、医師が1名で小児科医もいなかったので直ちに新生児搬送すべきであったとして医院の母体搬送義務、新生児搬送義務を認めた。
ウ、 この他、前置胎盤で入院後帝王切開で31週4日、出生体重1,716gで出産し未熟児室に搬送されたが呼吸不全があり脳性麻痺となった事例
で、判決[4]は、前置胎盤の場合、大量出血したときは直ちに帝王切開による娩出を要するところ、少量出血しか見られないのに、日曜日に大量出血した場合には病院の体制から緊急手術に対応しにくいと考え、帝王切開をし、肺機能や脳室周囲血管の未熟なまま娩出させた過失等があると判断した。この事例でできるだけ成熟をまって帝王切開したが大量出血による事故が発生した場合等は、母体搬送義務が争点になると考えられる(判決によるとこの病院は地域の基幹的医療施設ではあったが、現在、総合、地域いずれの周産期母子医療センターでもないようである)。
エ、 判決[1][3]ともに前記母体搬送基準の胎児適応・非緊急ハイリスク母体搬送に該当するものであり、どちらも物的設備・態勢と人的態勢が整っていないとされた事例である。判決[4]は前記母体搬送基準の母児適応・非緊急ハイリスク母体搬送に該当するものであり人的態勢に問題があった事例である。判決[1][2]のIUGRの場合、well-beingを評価して異常がある場合は直ちに母体搬送を行うとされている10)。しかし、判決[1]は、この評価ができない医療機関はこの評価できる医療機関に搬送すべきであるとしており、その意味でより早い搬送時期を求めている。
9) 日本産科婦人科学会・xxxx人科学会編産婦人科診療ガイドライン産科編2008・88頁平成20年
10) xxx広他「胎児奇形、胎児発育異常」前掲注1)「特集 母体搬送」1562頁
(2)緊急母体搬送義務(胎児適応・母児適応)が争点となった事例
ア、 判決[5]:骨盤位(逆子)のため助産院で外回転術を受けたが性器出血があり、訪れた病院で常位胎盤早期剥離と診断され帝王切開で分娩したところ新生児仮死があったためNICUに新生児搬送されたが脳性麻痺となった事例
判決は、外回転術は熟練した医師が行うこと等が条件となるとした上、外回転術は、胎盤早期剥離の危険を伴う処置であり母体・胎児の死亡の原因となり早期発見・早期治療が必要とされるから、術後、もし性器出血・腹痛等の症状が生じた場合は、緊急に胎盤早期剥離に対処できる病院で診療を受けるよう指示すべきであ
り、また、外回転術後に性器出血があった旨の報告を受けた場合には、直ちに、同様の指示をすべきであったとして、助産師の母体搬送説明・指示義務違反を認めた。
イ、 判決[6]:帝王切開を受け娩出したが胎児は既に死亡していた事例
判決は、分娩監視装置が装着された時点で性器出血や腹痛という常位胎盤早期剥離の典型的症状がみられ、超音波検査から前置胎盤の可能性が排除されており、その後、きわめて深刻な遅発一過性徐脈がみられるなど、常位胎盤早期剥離の発生が極めて濃厚に疑われる状況にあったから、直ちに帝王切開を決断し、緊急に母体搬送するか、自院で帝王切開する義務があり、当時被告病院では母体搬送態勢の充実に努め、夜間休日を問わず複数の母体搬送先を確保していたとして病院の責任を認めた。
ウ、 この他、手術適応のない子宮頚管縫縮術が行われ子宮内感染による発熱などが起こったことから母体搬送を行い帝王切開後分娩したが、児は脳性麻痺、母は子宮壊死を起こし子宮全摘出された事例で、判決[7]は、児の脳性麻痺についてより早期の母体搬送義務があったという主張に対し、子宮頚管縫縮術の実施による過失とこれによる子宮内感染を認めて、脳性麻痺・子宮摘出という結果に対する責任を認め、早期の母体搬送の主張に対する判断をしていない。この件は、胎児適応の緊急母体搬送に該当し、手術適応の子宮頚管縫縮術がなされた場合などは、裁判所の判断を要する争点となりうることが考えられる。
エ、 また、臍帯脱出を起こし吸引分娩で娩出したが、新生児仮死であったため新生児搬送したが死亡した事例で、判決[8]は、臍帯脱出約20分乃至25分前の看護師の胎児仮死と診断できる遷延一過性徐脈の見落とし及び出生直後の蘇生処置義務違反と大阪府内の新生児診療相互援助システムによる新生児搬送義務違反を認めた。
胎児仮死と臍帯脱出は胎児適応・緊急母体搬送基準に該当するが、高度徐脈の持続等の搬送する時間的余裕のない胎児仮死の場合や臍帯脱出の場合は一次施設で新生児搬送が望まれるとされている。11)本件はこれに当たることが考えられる。ただ、「一次施設での娩出をする場合でもNICUへの搬送依頼と早期娩出が望まれる」
とされ、また、「時間的余裕のあるときで、低出生体重児の分娩または新生児仮死が予想される場合、母体搬送が望ましい」とされている。 11)。更に「臍帯下垂で胎児心拍数に異常のある場合、臍帯脱出となることが差し迫っている場合は母体搬送の適応となる」としている。12)このような事情のある場合は母体搬送が争点となりうる。
オ、 判決[5][6]いずれも、前記母体搬送基準の母児適応・緊急母体搬送に該当する常位胎盤早期剥離の事例であるが、母体搬送の前提となる、常位胎盤早期剥離の認識を欠いていた事例である。
判決[5]の外回転術について「操作前後の胎児心拍モニター実施に加え、緊急帝王切開が可能な施設であること、早期に外回転を実施する場合には、もし出産となった場合でも自施設でその児の管理が可能であることを確認する。」とされている。13)このような医療機関でない医療機関が外回転術を行った場合は母体搬送が争点となりうる。
カ、 従前にも、緊急母体搬送義務(胎児適応・母児適応)が争点となった事例があり、東京地判平成4年5月26日判タ798号230頁(事故日昭和63年)が重症妊娠中毒症による脳出血で死亡した事例で搬送義務を認めている。また、名古屋高判平成4年11月26日判時1474号79頁(事故日昭和 52年)は遷延分娩の事例で帝王切開術を施行する態勢になかった医院はできるだけ早期に手術決定の判断を下し、転送する義務があるとしている。
11) 注3)母体搬送のタイミング5頁
12) 前掲注4)「特集 母体搬送」1488頁
13) 前掲注9)産婦人科診療ガイドライン産科編108頁
(3)緊急母体搬送義務(母体救命)を認めた事例
ア、 母体搬送が争点となったものは7判決(6事例)ある。①判決[9]、② 判決[10]、③ 判決[11]、
④判決[12]、⑤判決[13]、⑥判決[14]・判決[15]である。このうち、3判決(判決[12][13][15])が母体搬送義務を認めている。
②以外の5事例は産科出血に関するものであり、その詳細は紙数の関係で省略する。②は軽度妊娠中毒症に対する適切な治療が行われていたところ、硬直性痙攣があったため帝王切開を
受け分娩したが、自発呼吸が停止し検査の結果妊娠中毒症によって起こる子癇による脳出血で死亡した事例である。
イ、 産科出血は、従前から争点とされ、転送義務が議論されてきた(浦和地判昭和57年3月12日判タ469号230頁(事故日昭和51年)、大阪地判昭和57年12月24日判時1079号71頁(事故日昭和53年)、大阪地判昭和62年5月8日判時1280号106頁
(昭和52年)等、xxxx「産婦人科(1)産婦の出血死」裁判実務体系第17巻医療過誤訴訟法㈱青林書院1990年等)。①乃至⑥についても、いずれも搬送時期が問題となったものであり、その意味では、従前の裁判例と異なるところはない。
ウ、 搬送したことの是非が争点となった裁判例 判決[16]は、胎児死亡で分娩後出血傾向が
続いたため搬送したが出血性ショックで死亡した事例で、原告は、搬送せずに病院で治療して MAP(赤血球濃厚液)を行うべきであったと主張したが、出血の原因は弛緩出血でなく羊水塞栓等に基づくDICでありDICの治療にMAP 投与は直接的に必要ではなく、また、被告病院では検査室の業務が終了していたからDICの治療に必要な凝固系・線溶系の検査を行うことが困難であり、FFP 等の血液製剤も保有しておらず、DICに対する治療が可能な病院に搬送したことは妥当であり、適切な時期に搬送したものと認められると判断した。転送したことの過失が争点となった事例は、前記昭和57年浦和地判があり、同様の結論である。
判決一覧表
[1]横浜地判平成18年1月25日TKC文献番号 28110460(事故日平成6年)
[2]東京地判平成14年2月25日TKC文献番号 28071490(同平成11年)
[3]新潟地裁長岡支部判平成14年7月17日TKC文献番号28072936(同平成7年)
[4]大阪高判平成17年9月13日判時1917号51頁
(同平成4年)
[5]横浜地判平成13年4月26日判タ1123号221頁
(同平成10年)
[6]東京地判平成14年12月18日判タ1182号295頁(同平成10年)
[7]広島地判平成16年12月21日TKC文献番号 28100640(同平成10年)
[8]大阪地判平成18年7月14日TKC文献番号
28111580(同平成14年)
[9]水戸地裁土浦支部判平成13年11月20日判タ 1185号282頁(同平成6年)
[10]福岡地判平成14年11月11日判タ1208号270頁(同平成8年)
[11]甲府地判平成16年1月20日判時1848号119頁
(同平成9年)
[12]名古屋地判平成18年9月14日TKC文献番号 28112502(同平成12年)
[13]東京地判平成15年10月9日TKC文献番号 28091723(同平成13年)
[14]東京地判平成17年9月30日TKC文献番号 28102085(同平成14年)
[15]東京高判平成19年3月27日判タ1250号266頁
([14]の控訴審判決)
[16]東京地判平成17年6月10日TKC文献番号 28101324(同平成14年)
(4)母体搬送の方法
搬送させる場合、「患者の今までの容態、診療経過等を説明し、転医先に求める医療行為の内容等を告知し、さらに患者が転送先まで安全に到達しうるよう適切な措置(必要に応じ医師、看護師の同行等も考慮)を取ることが医師に求められる注意義務」とされている。14) 前記平成4年名古屋高判や横浜地判昭和61年5月8日判時1218号104号もこれを認めている。
前掲注3)の「母体搬送のタイミング」では、母体搬送時の留意点として「救急車を利用し、医師またはxxx、看護婦が付き添う(医師が望ましい)」
「母児のバイタルサインのチェック」等を上げ、また「最低限必要な情報をまとめたも」であるとして
「母体搬送救急診療情報提供書」を記載し、これに記載して携行することが望ましいとしている。京都府の場合も同様の「母体搬送情報提供書」の様式が定められている。
14) 前掲注8)松山237頁。
5、今後の母体搬送について
(1) 前掲注3)の「母体搬送のタイミング」は、「一般の医療水準を示すものではない。」としている。しかし、これからほぼ10年近く経過し、前記の通り、厚生労働省の周産期医療整備事業も大多数の都道府県で一応整い、周産期医療事故がマスコミで騒がれることが多くなった今日、その作成経緯も考
えると、前記母体搬送・紹介基準とそのタイミングは医療水準であると考えられるのではないかと考えられる。現に、前記母体搬送義務を認めた裁判例も、この基準にも合致していると考えられる。
(2) 裁判例で考えると、前記の通り、緊急母体搬送義務が認められた事例は、従前からもあったが、非緊急母体搬送義務が認められた事例は、近年になってからである。従前は母体搬送義務や新生児搬送義務が争点となると、特に大都市部以外においては必ずといってよいほど搬送先の確保の困難さが主張された。15)母体搬送義務が認められた事例は、判決[1]や判決[6]のように、その医療機関の努力や地域で形成された周産期医療システムがあることが前提となっていると考えられる。今後、周産期医療整備事業が充実されるに従い、緊急母体搬送(母体救命)だけではなく、緊急母体搬送(胎児適応・母児適応)や非緊急母体搬送が争点となる事例が増えるのではないかと考えられる。
(3) 緊急母体搬送(胎児適応・母児適応)で搬送義務を認めた判決[5][6]はいずれも、母体搬送の基準に該当する症状の認識を欠いていた事例である。今日、分娩の半数は、一次医療機関である診療所で行われており、一次医療機関の更なる研鑽が必要とされるのではないかと考えられる。
(4) 前記の通り、今日では母体搬送する際の情報提供の様式も用意されており、スムーズに母体搬送が行われることができるようになっている。従って、情報提供に重要な誤りがあった場合は、この点に過失が問われることも起こりうる。
(5) 総合周産期母子医療センターが受入病院を指示し、搬送することになっているので、適切に情報提供があったのに指示に誤りがあった場合は、この点の過失が問題となることも起こりうる可能性がある。
(6) 周産期医療整備事業では、総合及び地域周産期母子医療センターは産科と新生児診療を担当する小児科を備えることが要件となっている。従って、これらに、脳外科等を備えていない医療施設も指定されている場合もある。京都の場合は、周産期医療システムでは母体の脳出血に対応できる施設の検索はできず、救急救命センターの情報で検索することになっている。今後は、これらのよりxx的な対応も検討される必要があると考えられる。
(7) 何よりも、周産期医療システムが整備されてい
ないことにより、前掲注15)のような不幸な転帰になることのないよう、より安全な周産期医療が行われることが望まれる。
15) 公刊物非搭載の京都地判平成18年6月28日(事故日平成9年)は、京都府の周産期医療システムが決定される直前に、一絨性二洋膜双胎で、在胎週数27週6日1212gで出産し脳性麻痺となった事例で、判決は、NICUを有する病院で母胎管理することが望ましかったが、京都府北部ではNICUを有する病院が存在しなかったこと、当時被告病院でこのような児を受け入れていたことなどから母体搬送義務を否定した。また、松山地判平成7年1月18日判夕881号238頁(事故日昭和58年)は愛媛県での受入先の少なさを理由に新生児搬送義務を否定している。
預金拘束の違法性
請求を拒絶し、保持し続けられるか。)ということが問題となった。
このように拘束性預金と、危機的状況下の預金拘束とは全く異なるものであるが、本稿では、後者についての考察を行いたい。
3 本件判決の事案
本件判決の事案は、建設会社Aの破産管財人Xが、取引金融機関Yの破産申立直前の債権回収行為について否認権行使を請求し、また、Yの行為がAの破産を招いたとして損害賠償を請求した事案である。
平成17. 11.19 | 朝 | 耐震偽装に関するAの関与について新聞等の報道。 |
12:46ころ | YによるAの預金拘束。 | |
夕方 | Yによる期限の利益喪失通知 (内容証明郵便)発送(同月20日にAに到達)。 | |
22:40ころ | YAの面談。期限の利益喪失と預金拘束を口頭でも通告。 | |
21 | 9:22ころ | YからAに、拘束預金のうち、前日Aから要望のあった従業員給料分の解放に応じるので、2枚に分けた小切手の持参を申し入れ。 |
10:30 | YがAに小切手2枚を交付(拘束された預金を、従業員給料分とその余の分とに分けた。)。従業員給料分の小切手 Ⅰについては、新規に従業員給料口座を開設してここに振替され、他方の小切手Ⅱについては、Yが債権に充当。 | |
14:40 | Yに取立のために呈示されていたA振り出しの手形について、Yが不渡り発信。 | |
22 | A代理人から「お詫びとお願い」書面貼り出し。 | |
23 | A代理人から破産申立の受任通知発送。 | |
12. 1 | Aが破産申立。 | |
2 | 破産開始決定。Xが破産管財人に選任。 |
判決文に摘示された事実経過を時系列に整理すると以下の通りとなる(なお一部簡略化している。)。
1 はじめに
弁護士 xx xx
平成17年ころ、マスコミをにぎわせた耐震偽装問題をきっかけに、これに関与しているとされた建設会社の預金をめぐって、取引金融機関の債権回収の手法が争われた判決(東京地判平成19.3.29、金融法務事情1819.40。以下「本件判決」という。)を題材に、金融機関の預金拘束の違法性について検討してみたい。
2 預金拘束
預金拘束という言葉は正式な定義があるわけでもなく、口座凍結などとも言われている。
金融機関は、預金者に対し、預金債務を負っており、預金者から払戻請求があれば、通常、定期預金の満期前等を除き、即時にこれを払い戻す義務を負っている。
これに対し、預金拘束とは、金融機関が、預金者からの払戻請求があっても、その支払いを拒絶するなど、預金の払い出しを金融機関の判断の下に拘束してしまうことをいう。古くは、歩積・両建預金や担保預金など、当初から拘束されることを条件として預け入れした預金(いわゆる「拘束性預金」)について、金融機関の優越的地位と関係して問題とされることが多かった。
しかし、本件では、拘束性預金などと異なり、普通預金や当座預金という通常の要求払いの預金であるにもかかわらず、預金者の急激な信用悪化などの危機的状況が発生した場合に、事後的に、金融機関がこの預金をいわば担保として保持できるか(払戻
4 本件判決の事案の争点
(1) 本件判決では、争点を、①期限の利益喪失の有効性、②21日の小切手Ⅱの交付による債務の弁済の有無(相殺の意思表示の有無)、③②の弁済に対
する否認権行使の可否、④従業員給料口座の預金債権に対する相殺の可否、⑤預金拘束の違法性等と破産手続との因果関係としている。
(2) 破産法は、否認権について、支払不能後に破産者がした行為について、支払不能であったことを債権者が知っていた場合に行使できると規定している(162条1項1号イ、※5)。また、破産債権者からの相殺について、支払不能(※1)又は支払停止
(※2)後にこれを知った上で取得した債務を受働債権とする相殺を禁止している(正確には※3、4の通り。)。
本件事案においては、21日の小切手交付に先立つ19日の面談の際、口頭で相殺の意思表示を行ったとYから主張があったため争点②が問題となった。つまり、21日の小切手Ⅱの交付が、任意の弁済行為であり、Yがこの交付時点で、既にAが支払不能の状況にあったことを知っていたとすれば否認権を行使しうることになる。これに対し、19日の時点で相殺の意思表示を行っていれば、この時点でYの債権は消滅しており、21日の弁済行為自体あり得ないことになり、否認の対象となる行為が存在しないことになる。
また、争点④については、従業員給料口座が21日の小切手Ⅰの交付後に同日に開設、入金された預金であることから争点となったものである。つまり、従業員給料口座の預金債務が、Yが支払停止を知った後に取得した債務かどうかが問題となった。
5 争点に関する裁判所の判断
裁判所は、争点①について期限の利益喪失を有効とし(当然喪失条項に該当。)、争点②について小切手交付時に弁済があったとし(面談時の相殺の意思表示なし。)、争点③について平成17年11月21日午前 0時の時点で支払不能になったとし、同日10時30分の手形交付時にYがこれを知っていたとして否認権の行使を認め、争点④について従業員口座は支払停止前の預金の預け替えに過ぎないとしてYの相殺を認め、争点⑤について預金拘束を適法とし、その余について判断するまでもなくXの主張は採用できないとした。
6 考察
(1) 本件事案に関しては、Yが小切手を徴求したり、従業員口座に預金を振り替えるなどしなければ上記争点のうちかなりの部分は問題とならなかったかも知れないとの指摘がある。つまり、預金拘束
を行い、Aに手形の期限までに支払不能かどうかの資料提出を求め、それが整わなかった場合に初めて期限の利益を喪失させ、相殺に踏み切ればよかったのではないかと指摘されている(※6 xx論文18頁~)。
(2) しかし、金融機関がこのような手法を取りうるとしても、その前提として、預金拘束が適法となりうるかが問題となる。つまり、金融機関が預金拘束を行う際、これが違法と評価されれば、預金者からの履行遅滞や不法行為などの損害賠償請求にも発展しかねないのであり、その判断については慎重にならざるをえない。しかし、これに躊躇して預金の払戻に応じてしまえば、以後その分の回収は事実上不可能となることは明らかであり、金融機関の損失は甚大である。
そこで、どのような場合に、預金拘束が適法となるか、要求払い預金については、金融機関が一方的に預金拘束をなしうる約款がなく、契約上の根拠もないことから(※9)、その判断基準が問題となる。
(3) この点、本件判決は、争点⑤において、争点①の期限の利益喪失の適法性を判断した事実認定をもって、預金拘束も適法であるとしか理由を摘示していない。
争点①においては、Aがもともと信用力のある大手企業の発注を受けていたことから無担保の信用貸しを受けていたところ、耐震偽装報道でこの信用がなくなったことを主な理由にしている。
しかし、預金拘束の違法性と期限の利益喪失の違法性は必ずしもパラレルではないと考えられ、また、上記理由のみでは違法性阻却理由としては弱いと思われる。
(4) その他、拘束預金の適法性を問題にした判決には、東京地判平成3.2.18(金融法務事情1293.30)がある。当該事案では、不十分な担保しか提供せず、更なる担保提供を約しながらこれを遅滞し、かつ、預金を安易に運転資金に利用しようとした顧客に対し、金融機関がこの預金を拘束したことを直ちに違法であるということはできないと判示された。この判決については、xx論文に詳細な解説がなされているが(※8)、正面から預金拘束の違法性について問題とされた事案であり、その判断過程は参考になると思われる。
(5) この点、自力救済が当然には認められないこと等を理由に、預金拘束の違法性が阻却されるため
には、単に債権保全を必要とする相当の事由が認められるだけではなく、預金拘束によって保護されるべき、より具体的な法的利益が金融機関側に存在することが必要であるとする見解がある(※7xx論文15頁)。同xx論文は、さらに、期限 の利益喪失前の預金拘束は債務不履行の違法性を阻却する正当事由にならないとし、期限の利益喪失後も相殺の意思表示を早急に行うべきで、相殺権があることが預金拘束の正当化根拠にはならな
いとしている。
また、従来事後的な緊急拘束の裁判例が見あたらなかったことから、拘束性預金等に関する判例から事後的な預金拘束の適法性について検討した見解では、①従前の取引関係を含む相手方企業の信用度・営業状態、②金融機関が、当該預金のほかに有している物的・人的担保の内容と程度、③拘束によって生じる実質金利水準、④貸付金などに対する拘束性預金の割合、⑤その拘束される預金の趣旨及び程度いかん、⑥拘束の目的、⑦拘束に至る事情・経緯、⑧その他の預金拘束の必要性、
⑨金融情勢などの客観的事情を判断基準の手掛かりとして挙げている(※8 xx論文28頁)。
(6) xx論文が指摘するように、預金拘束が問題となる場面は、期限の利益喪失後の相殺の場面と重複する面が多い。しかし、これらは必ずしも同時に行われるものではなく、違法性の判断基準についてパラレルに考えられるものではない。
つまり、金融機関としては、その債権の保全上、期限の利益を喪失させたり、相殺する前であっても、預金拘束を行わなければならない状況が存在しうる。その場合における預金拘束が、一律に債務不履行とされてしまうのは、金融機関の側からして、あまりに酷なように思われる。また、預金者の立場からしても、預金拘束という段階を経ることなく常に相殺が行われるとするのも、選択肢がせばxxすぎるきらいがある。
とすれば、私見であるが、預金者の同意がない状況下で、預金を金融機関の判断で拘束することは、常に債務不履行の危険にさらされることを認識した上で、金融機関が、債権保全の必要性などを具体的・客観的に立証できる状況下であれば(例えば、期限の利益を当然喪失させるような事情があるなど、xx論文の判断基準の検討も必要と思われる。)、金融機関の預金拘束の違法性(債務不
履行及び不法行為)は阻却されると考える。
7 結語
期限の利益を喪失させて相殺を行い、手形の不渡りを発生させると、その企業は破産などの破綻に大きく近付くことになる。金融機関にとって、自身の債権回収と顧客の破綻とを両天秤にかけるような状況下で、金融機関がこれに踏み切る判断は、相当な重圧の下に行われるものと思われる。
本件事案は、緊急時の金融機関の判断として、預金拘束の他、様々な論点を含むものであり、かかる緊急下の判断の際の一材料となるものと思われる。最後に、緊急の債権保全が問題となったものでは ないが、同じく預金拘束の違法性が問題となった事
例として、大阪地判平成16.1.19(判時1847.44。確定。)も指摘しておく。当該事案は、出資法違反の金融業者の口座について、金融機関が預金拘束を行わなかったことを違法として、この金融業者の借主から不法行為による損害賠償請求がなされたが、棄却された事案である。
以 上
※1 支払不能(破産法2条11号)「債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態(括弧内省略。)」
※2 支払い停止(最判昭和60.2.14、判時1149.159)「債務者が資力欠乏のため債務の支払いをすることができないと考えてその旨を明示的または黙示的に外部に表示する行為」
※3 相殺禁止(同71条1項2号)「支払不能になった後に契約によって負担する債務を専ら破産債権をもってする相殺に供する目的で破産者の財産の処分を内容とする契約を破産者との間で締結し、又は破産者に対して債務を負担する者の債務を引き受けることを内容とする契約を締結することにより破産者に対して債務を負担した場合であって、当該契約の締結の当時、支払不能であったことを知っていたとき。」
※4 相殺禁止(同3号)「支払の停止があった後に破産者に対して債務を負担した場合であって、その負担の当時、支払の停止があったことを知っていたとき。ただし、当該支払の停止があった時において支払不能でなかったときは、この限りでない。」
※5 否認(同162条1項1号イ)「次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
一 破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。
イ 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。」
※6 xxx「新破産法と支払不能・支払い停止、相殺の時期―東京地判平19.3.29が提起する諸問題―」金融法務事情1820.8
※7 xxx「危機時期における預金拘束の適法性―近時の下級
審裁判例を素材として―」金融法務事情1835.10
※8 xxxx「拘束性預金とした金融機関の措置の適法性」金融法務事情1331.25
※9 許容されるべき通常の拘束性預金の一つとして「債務者の経営状態が著しく悪化したこと等から、金融機関として債権保全上当該債務者の預金を拘束する必要が生じた」ときとする大蔵省銀行局長通達(昭和54.7.2蔵銀1509号)があった。また、同日付の同局総務課長事務連絡では拘束する必要が生じたときの一応の基準として「①債務者振り出しの手形が不渡りとなった、②債務者が会社更生法の更生手続の申立を行った、③それら事態が生ずるおそれが多分にある場合」との例示がある(いずれも※8のxx論文26頁~)。しかし、これらはいずれも廃止されたものと思われ、金融庁の検査マニュアルやガイドライン等において、同様のものは見あたらないとのことである(※7のxx論文14頁)。
【参考文献】
・xxxx「銀行業務における期限の利益喪失と相殺実務―東京地判平19.3.29を素材として―」金融法務事情1839.8
・xxxx監修「銀行窓口の法務対策3300講【中巻】」㈳金融財政事情研究会発行(平成17年1月21日)652頁
「パブリシティの権利」再考
弁護士 xx x
1 はじめに
パブリシティの権利は、スポーツ選手や俳優等の有名人がその氏名・肖像などの顧客吸引力がもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利であると定義されている1。ハリウッド映画の勃興とともにアメリカで生成された権利であり、氏名・肖像など人の属性の財産的価値に着眼した権利であるといわれている。1953年、米国Haelan 事件判決で初めてこの名称が使用された2。著作xxのxxであるXxxxxxxx X. Xxxxxxは翌1954年「パブリシティの権利」と題する論文を発表し、この権利が、人格的権利とは別個の財産的権利であることを明言した
3。労働の成果は労働を行った者に帰属させるべき
であるとの思想に基づく4。
パブリシティの権利が生成してから55年が経過したわけであるが、現在でもこの権利を財産的権利と理解する考え方が有力である5。
しかし、翻って考えてみると、もともと氏名・肖像等は、人格権の一内容として保護されてきたものであるから6、有名人の氏名・肖像等は財産的価値としての側面と人格的価値としての側面を併有して
いるともいえる7。では、この両者の関係はどのように理解すればよいのであろうか。
かつて、Xxxxxxx X. Xxxxxxx xxは、プライバシーの権利を詳細に分析し、①私事へ立ち入ること、②本人を当惑させる私的事実を暴露すること、③公衆に誤解を与える公表を行うこと、そして、④人の氏名や肖像を利用することの四類型に分類した。この四番目の類型がパブリシティの権利を認めたものであるが、Xxxxxxx xxは、これをプライバシーの権利の一侵害類型として位置づけた8。ただし、その性質に関しては、人格的価値よりもむしろ財産的価値を保護するものであることを指摘している9。
しかし、その後の学説の展開は、四番目の類型は他の三つの類型と異質のものであると批判し、パブリシティの権利をプライバシーの権利から分離独立させた別個の財産的権利と考えるのが一般的になった10。
果たして、人の属性である氏名や肖像に関する権利を財産的権利として割り切ることは可能であろうか。むしろ、このXxxxxxx xxの分類にこそ、パブリシティの権利の本質を理解するうえで重要な視点を含んでいるのではなかろうか。
2 人格的価値の新たな局面―自律的自己定義の利益
(The Interest of Autonomous Self-Definition)
米国の有名なシンガソング・ライターであるxx・xxxxや、歌手であり女優であるxxx・xxxxは、商品コマーシャルに出演しないことで知られている11。彼らは、氏名・肖像等の人の属性の商業的利用に関して相当な報酬が支払われないことを問題にしているわけではない。財産的権利としてのパブリシティの権利は問題になっていない。また、彼らのプライバシーの権利が害されたわけでもない。彼らが商品コマーシャルに出演しなかったのは、出演することで彼らの芸術家としての本来の姿
(integrity)が傷つけられると考えたからである。特定の商品との関連付け(associations)を回避することは、彼らの芸術家としての同一性(identities)を保持するのに重要だったからである。米国では、このような新しい視点でパブリシティの権利をとらえる動きがみられる。パブリシティの権利を、自己の属性に関する情報をコントロールする利益若しくは自己の属性を自律的に自己定義する利益を保護する権利と理解する見解である12。
自律的自己定義の権利を理解するには、次の説明が分かりやすい。
” …unauthorized use of her identity interferes with her autonomy because the third party takes at least partial control over the meaning associated with her.13”
情報化社会において個人の属性に関する情報をコントロールする利益を保護しようとする提案であり、示唆にとんでいる14。
3 権利の性質論についての混乱/一個説対二個説
商品コマーシャルへの出演拒否の事例は、わが国では、人格権としての氏名権、肖像権の侵害が問題になる。
わが国において、人格権としての肖像権は、まず、デモ行進中の容貌、姿態をみだりに承諾なく撮影されない自由として認められた。個人の私生活上の自由のひとつとして憲法13条の幸福追求権を根拠にした権利である15。私法上の氏名権・肖像権としては、家庭用サウナの宣伝広告に、無名の消費者の顔写真と氏名が無断で掲載された事件がある。100名程度の他の消費者とともに掲載するという条件だったのに違う形で掲載されたという事案であったが、裁判所は、「人がその意思に反して氏名を使用されず、また肖像を他人の目にさらされずにいられる自由は法的保護に値する」として慰謝料請求を認容している
16。そうすると、わが国では、商品コマーシャルへ
の出演を欲しない芸術家の例は、人格権としての氏名権・肖像権を侵害しているということになりそうである。
権利の個数に関しては、まず、財産的権利としてパブリシティの権利と人格権としての氏名権・肖像権という二つの権利が並存するという見解(二個説)がある。
しかし、財産的権利としての人格権と独立別個の権利を認めると、財産的権利としてのパブリシティの権利に差止請求を認める理由をうまく説明できなくなってしまう17。また、財産的権利として譲渡性を認めるとしても、「氏名・肖像の財産価値を本人からどう分離できるのか。果たして氏名・肖像利用権(財産的権利)は人格的要素を払拭できるのか18」という疑問も残る。
他方で、「財産権といっても完全な財産権ではなく、人格権の色彩も色濃く残した財産権であり、この人格権的色彩の部分により、差止めが可能とも解せられる」として一個説を主張する見解がある19。
ただ、人格権的色彩が残存することで、財産的権利としてのパブリシティの権利の譲渡性が不当に制
限されるのではないかという疑問を抱えてしまう。
4 包括的権利としての構成
情報化社会においては、コンピュータ、インターネットにより容易に個人情報が第三者に公表され、集約され、利用され、侵害されるおそれがある。このような社会においては、氏名・肖像その他の人の属性の利用に関しても、その財産的価値への配慮だけではなく、自己の属性に関する情報をコントロールする利益若しくはその属性の意味を自律的に定義する利益にも配慮しなければならない。
また、人の属性の無断利用の態様は千差万別で、財産的権利と人格的権利のいずれが侵害されたかを概念的に区別するのは困難であるし、あまり意味のあることでもない。むしろ、これらの権利を包括する権利として、自己の属性に関する情報をコントロールする権利若しくは自律的自己定義の権利としてxx的にとらえるべきではないか20。
この権利は、憲法上の幸福追求権から導き出された権利ととらえることができる。憲法13条が保障する幸福追求権は、個別の基本権を包括する基本権であり、個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体といわれている21。自己の属性に関する情報をコントロールする権利若しくは自律的自己定義の権利は、この憲法上の幸福追求権が私法の分野に意味充填されて形成された権利ということができる。権利の内容として、人格的生存に不可欠な利益とはいえない財産的価値の保護を含む点は、判例法により保護されるべき利益が追加的に形成されたものと理解することができる。
このような構成をとった場合、例えば、ある歌手とそっくりの歌声が本人に無断で自動車コマーシャルに利用された事案の場合、彼女としては、その歌声が無断で利用されたのであるから、不法行為に基づいて損害賠償を請求する場合は、この包括的な権利(パブリシティの権利と呼ぶとして)を被侵害利益と構成すれば足りる。権利の性質が財産的権利であるか、人格権的権利であるかに関わりなく、利用の対価が支払われていない場合は財産的損害を賠償請求すればよいし、コントロールを失ったことで精神的苦痛を被った場合は精神的損害を賠償請求すればよいのではなかろうか。
5 差止請求について
この権利は、包括的権利として自己の属性に関する情報をコントロールする権利若しくは自律的自己定義の権利であるから、その侵害については、人格
権に準じて、差止請求を認めるべきである。ただし、財産的権利の部分のみを譲り受けた者には差止請求を認める必要はない。
6 譲渡性について
包括的権利全体については一身専属性を根拠に譲渡は認めるべきではないが、財産的権利に関する部分については、譲渡性を認めるべきである。
7 権利の主体について
譲渡性の議論と同様に、包括的権利全体については、法人帰属を認めるべきではないが、財産的権利に関する部分については、球団、プロダクション等の法人による保有を認めてよい。ただし、球団、プロダクションは、財産的権利の利用に関しては、残存する部分の権利を有する本人の人格的権利を侵害してはならない。
この権利の帰属は有名人に限定する必要はなく、無名人にも認められる。ただし、無名人のパブリシティの価値には財産的価値が存在しない場合が多いであろう。
1 おニャン子クラブ事件(東京高裁平成3年9月26日判決 判例時報1400号3頁)。xxx・xxxx事件判決(東京地裁昭和51年 6月29日判決 判例時報817-23)では、パブリシティの権利という名称は使われていないが、「俳優等は、自らかち得た名声の故に、自己の氏名や肖像の対価を得て第三者に専属的に利用させうる利益を有しているのである。ここでは、氏名や肖像が、…人格的利益とは異質の、独立した経済的利益を有している。」として経済的利益の保護の必要性に着眼している。
2 Haelan Laboratories, Inc. v. Topps Chewing Gum, Inc(. 202 F.2d 866, 2nd Cir. 1953)
3 Melville B. Xxxxxx, The Right of Publicity, Law and Contemporary Problems 203p(1954)では、”The right of publicity must be recognized as a property(not a personal)right”としている。
4 Xxxxxxx掲 p 244。
5 J. Xxxxxx XxXxxxxx, the Rights of Publicity and Privacy
(2d ed. 2000).xxxx「パブリシティの権利と不当利得」(注釈民法18巻554頁、561頁 有斐閣)は、パブリシティの権利を
「一種の財産権」であるとし、「パブリシティの権利においては、”right to be let alone”というよりは”right to be free from commercial exploitation”が重要になる。」というH. Xxxxxxの見解を引用したうえで、「パブリシティの価値が問題にされるときは、人の精神・感情に対する侵害(injury to feelings)は二次的な考察の対象になるに過ぎない」としている。また、xxx x「キャラクターの法的保護について」(著作権研究55号35頁)
は、「氏名や肖像の営利的使用について、これを純粋な私事への介入という人格権侵害の面から考えるよりも、むしろ第xx的にはその商品的価値を見て財産権侵害であると考えた方が適当となります。」としている。
6 氏名権については、NHK日本語読み事件(福岡地裁小倉支部昭和52年7月11日判決 判例時報858号48頁)が、肖像権については、最高裁大法廷昭和44年12月24日判決(刑集23-12- 1625)が、保護すべき人格的利益であることを認めている。
7 xxx「氏名・肖像の商業的利用に関する権利」(特許研究15 1993年)25頁。
8 Xxxxxxx X. Xxxxxxx, Privacy, California Law Review(1960)
9 Xxxxxxxx掲 p406“The interest protected is not so much a mental as a proprietary one, in the exclusive use of plaintiff’ s name and likeness as an aspect of his identity. It seems quite pointless to dispute over whether such a right is to be classified as“property.”If it is not, it is at least, once it is protected by the law, a right of value upon which the plaintiff can capitalize by selling license.”
10 XxXxxxxx、前掲。
11 Waits v. Frito-Lay, Inc., 978 F 2d. 1093(9th Cir.1992).Bette Midler v. Ford Motor Company, 849 F.2d 460(9th Cir. 1988)
12 Xxxx X. XxXxxxx, The Right of Publicity and Autonomous Self-Definition, University of Pittsburgh Law Review Vol.67 282(2005)は、パブリシティの権利を財産的権利としながらも、人格的権利(Moral Rights)としての側面に着眼する。
13 XxXxxxxxxp282。
14 xxxx「人格権とパブリシティ権」(特許研究 1990年10月) p10は、「肖像・氏名は、人格との結びつきが深いから、その有名人が嫌いな商品の広告にも、一定の金額を支払えば使用できるという結論は容認しがたい。」として同様の問題意識を有している。
15 京都府学連事件(最高裁昭和44年12月24日判決 刑集23-12- 1625)。
16 家庭用サウナ新聞広告事件(東京地裁xxx年8月29日判決判例時報1338-119)。
17 xxx、前掲p24。
18 xxx、同頁。
19 xxxx、前掲p9。
20 Xxxx X. XxXxxxx, 前掲 p280“Thus, while it makes some sense to conceptualize a right to prevent unauthorized uses of one’s identity as“independent”of the right to privacy, a better distinction would have been between all identity appropriation claims, whether by celebrities or private citizens, on the one hand, and traditional privacy claims on the other hand.”
21 xxxx・xxxxx訂「憲法第4版」岩波書店2007年 p116。
編 集 後 記
今回で28号になります。最初の頃の原稿と比較してみますとなかなかの力作揃いで、各弁護士の得意分野での活躍ぶりがうかがえます。皆様、引続きOike Libraryへのご支援をよろしくお願い申し上げます。
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