Contract
団体信用生命保険契約における告知義務
xx xx
(沖縄国際大学法学部 准教授)
1.はじめに
⑴ 団体信用生命保険契約の仕組み・特徴
最初に、本稿で検討の対象となる団体信用生命保険契約について、その仕組みや特徴を、若干長くなるが、確認したい。
団体生命保険契約の一種である団体信用生命保険契約は、住宅ローンの貸主(債権者)である金融機関(または保証会社)を保険契約者兼保険金受取人、借主(債務者)を被保険者とするものである1)。団体信用生命保険契約における保険金は、保険事故発生時における住宅ローンの残高と同額であり2)、保険料は被保険者が金融機関に支払う利息または保証料に含まれていることから、実質的には被保険者に保険料負担が転嫁されていることになる3)。そして、団体信用生命保険契約の保険期間と住宅ローンの返済期間は、同一である4)。
1) xxxx・保険法(上)65 頁(2018 年・有斐閣)。
2) xxxx「団体信用生命保険金請求権の帰属」xxxx=xxxx編著・金融取引最先端 286 頁(1996 年・商事法務)、日本生命保険生命保険研究会編著・生命保険の法務と実務【第 3 版】353 頁(2016 年・金融財政事情研究会)。
3) xxx「生命保険つき住宅ローンについて‐その問題点と試論‐」金法 503号 8 頁(1968 年)、xxx「生命保険付融資における貸付債権消滅の時期」金法 512 号 26 頁(1968 年)、xxxx=xxxx「保証と保険の異同」ジュリ
1067 号 110 頁(1995 年)、xxxx「団体信用生命保険の法的問題と規制のあり方」xxxxx先生古稀記念・企業法の進路 712~713 頁(2017 年・有斐閣)、xxxx「団体生命保険契約の団体の法的地位‐アメリカ保険法におけるエージェンシー関係の認定‐」生保 211 号 86 頁(2020 年)。
4) 日本生命保険生命保険研究会・前掲註 2)353 頁、xx・前掲註 3)6 頁、
団体信用生命保険契約の特徴を詳細に見ると、まず、契約当事者の観点から、保険契約者と被保険者が別人の他人の生命保険の保険契約であるという点が挙げられる(なお、保険契約者と保険金受取人が同一の自己のためにする生命保険契約でもある。)。この場合、被保険者の同意が必要とされるので(保険法 38 条)、団体信用生命保険申込書兼告知書によって被保険者の健康状態等の告知と同時に保険加入の同意を取り付けているが5)、告知内容に保険契約者は関係していない6)。また、保険会社は、共同引受契約という形式を採用しており、一社の幹事会社および複数社の引受会社が共同で団体信用生命保険契約を引き受けている。もっとも、共同で引き受けていると言っても、一本の団体信用生命保険契約の保険会社が複数存在しているというわけではなく、団体信用生命保険契約が複数の保険会社毎に相互に独立して存在している。加えて、保険会社相互間および保険契約者内部で事務の重複を避けるため特定の保険会社を幹事会社として保険料および保険金の収受、契約の維持管理について引受会社との間で事務委託契約が締結される。このような共同引受契約に備え、各保険会社では昭和 51年から共通の保険約款を使用しており、現在もほぼ同じ内容となっている7)。また、事務の円滑化のために関係する保険会社、保険契約者間で上記事務委託事項をも含めて協定書が作成されるのが普通である8)。そうだとすると、各保険会社の団体信用生命保険契約の引受査定基準もほぼ同一ということになる。なお、引受査定や支払査定を行うのは
xxx「団体信用生命保険」金判 1135 号 145 頁(2002 年)。
5) xx・前掲註 3)25 頁、xx・前掲註 4)145 頁。
6) xxxx「団体信用生命保険の保険金支払拒絶の紛争と金融機関」金法 1756
号 5 頁(2005 年)。
7) xx・前掲註 4)149 頁、xxxx「団体生命保険契約」ジュリ 746 号 132頁(1981 年)、生命保険新実務講座編集委員会編・生命保険新実務講座第 7 巻法律 152 頁〔xxx〕(1991 年・有斐閣)。
8) xx・前掲註 7)132 頁。
幹事会社である9)。
次に、保険金の額は、住宅ローンの返済にしたがって逓減していくので、厳密には団体信用生命保険契約は逓減定期保険契約である10)。保険金の額が常に一定ではないので、保険契約者は一定日ごとにこれを保険会社に通知しなければならないことになる11)。つまり、保険金の額を把握しているのは保険会社ではなく、保険契約者である銀行である12)。そして、保険料は、個人保険契約のように被保険者個々の危険性の程度に応じた保険料が計算される個別保険料方式ではなく、被保険団体に属する被保険者が 50 名以上の場合は危険の程度を無視した平均保険料方式で算定される13)。言い換えると、本稿で問題となる団体においては、被保険者全員に一律の保険料が適用されることになる。団体信用生命保険契約も団体保険契約なので、平均保険料方式を用いることで保険料計算を簡便化することができ、また、保険料集金コスト等の経費も節減することができる14)。大量販売・大量管理によって経費の削減が可能となり、この効果が保険料率に反映されるということである15)。
そして、繰り返しになるが、保険期間も住宅ローンの返済と同一なので、住宅ローンの終了と団体信用生命保険契約の終了が連動している。
9) xxxx「公庫団体信用生命保険の地域分析」保険学 522 号 102 頁、107~
108 頁(1988 年)。
10)日本生命保険生命保険研究会・前掲註 2)353 頁。
11)xx・前掲註 3)6 頁。
12)xxxx「信用生命保険」ジュリ 962 号 76 頁(1990 年)。
13)日本生命保険生命保険研究会・前掲註 2)353 頁、xxxx「団体信用生命保険をめぐる若干の法律問題について(2・完)」生経 38 巻 4 号 623 頁(1970年)、xxxxx「信用生命保険」xxxx・保険と担保 302 頁(1996 年・文眞堂)、xxxx編著・保険論[第 3 版]52 頁(2015 年・成文堂)。
14)xx・前掲註 4)146 頁
15)xxxx「団体保険契約における契約者・保険料集金者の法的地位‐米国の判例法理からの示唆‐」ほうむ 49 号 76 頁(2003 年)。
⑵ 問題の所在
昨今、先に加入していた個人保険契約から入院給付金や手術給付金の支払いを受けている被保険者が新たに団体信用生命保険契約に加入するにあたり、当該事実を告知しなかった場合には告知義務違反が成立するが、保険者の過失不知(保険法 55 条 2 項 1 号)にあたるのではないかということが問題となっている。
下記 2.の裁判例は、要旨、個人保険契約と団体信用生命保険契約は保険会社内で取り扱っている部署が異なることから、団体信用生命保険契約の引受査定時に個人保険契約の支払歴を確認しなくても保険者の過失には該当しないとしている。しかしながら、団体信用生命保険契約の内容を十分に理解している人は少なく16)、一般の消費者の観点からすると当該生命保険会社の内部がどのように構成されているのかはよく分からないはずであり、社内の部署の相違を理由とされても理解が難しいと思われる17)。また、団体信用生命保険契約は、わが国において社会的・経済的には大きな機能を担っているものの、法的な議論が十分にされてこなかったと言われている18)。そこで、本稿は、この問題を改めて考察してみたい。なお、下記 2.の裁判例においては、それぞれの約款に保険法 55 条 2 項 1 号と同義の条文が含まれているが、煩瑣になるので挙げていない。
ところで、我が国に団体保険契約自体が誕生したのは、近代保険法制が導入された後の昭和 9 年のことであり19)、団体信用生命保険契約
16)xxxxx「団体信用生命保険の直面する諸問題」生経 71 巻 4 号 41 頁
(2003 年)。
17)xxxx「コメント」保険レポ 325 号 11 頁(2019 年)。
18)xx・前掲註 3)701 頁。
19)xxxx「我が国における団体生命保険の歴史」生保協会報 40 巻 1 号 45頁(1959 年)、xxx「団体生命保険の歴史」生経 40 巻 6 号 846 頁(1972 年)、xxxx「わが国における近代保険法制の導入」武蔵野法学 9 号 65 頁以下
(2018 年)、xxxxx「労災認定された精神障害による自殺と生命保険契約
も昭和 36 年から販売されているものであることから20)、保険法中にその規定はない21)。言い換えると、告知義務の規律は、個人保険契約も団体信用生命保険契約も同列である22)。
2.裁判例の分析
⑴ 裁判例
【1】大阪地判平成 10 年 2 月 19 日判時 1645 号 149 頁23)
【事実】
被保険者 A は、Y 銀行の住宅ローンの借入れをなすに際して、Z 生命保険との間で、保険契約者兼保険金受取人を Y とする団体信用生命保険契約(以下、「本件xx」という。)に加入した。なお、告知日は平成 5 年 12 月 30 日である。ところで、A は、Z との間で、自己を保険契約者兼被保険者とする個人保険契約(以下、「本件個人保険」という。)にも加入しており、これの契約日は昭和 61 年 8 月 1 日である。
A は、平成 4 年 6 月 27 日~同年 7 月 21 日にかけて(以下、「①の入
院」という。)、および平成 4 年 8 月 17 日~同月 25 日にかけて(以下、
「②の入院」という。)、入院していた。そして、A は、①の入院につ
における自殺免責規定適用の関係‐団体信用生命保険の特殊性を中心に‐」生保 213 号 111 頁(2020 年)。
20)xx(孝)=xx・前掲註 3)109 頁、xx・前掲註 4)145 頁、生命保険新実務講座編集委員会・前掲註 7)151 頁〔盾〕、xxxx「団体信用生命保険をめぐる若干の法律問題について(1)」生経 38 巻 3 号 369 頁(1970 年)、xxxx・消費者信用保険の研究 143 頁(1977 年・保険研究所)。
21)xxxx「團體保險における告知義務及び危險事故の故意的招致」生経 15
巻 3 号 331 頁(1943 年)。
22)xx・前掲註 7)126 頁。
23)xxxx・リマークス 19 号 115 頁(1999 年)、xxxx・弘前大学経済研
究 22 号 31 頁(1999 年)、xxx・xxx 1207 号 163 頁(2001 年)、xxx
x・保険レポ 171 号 1 頁(2002 年)。
いて、Z に対し、平成 4 年 8 月 5 日、本件個人保険の入院保険金の請求をなし、その際、Z に診断書を提出したが、同診断書には診断名として多発性胃潰瘍、肝障害との記載がなされ、胃潰瘍は入院後加療を行い軽快したが、肝機能障害が発見され現在精査を行う予定である旨記載されていた。また、A は②の入院についても Z に対し、同年 9 月 22 日、入院保険金の請求にあたり診断書を提出したが、同診断書には診断名として慢性肝炎と記載され、初診時の所見及び経過としては、入院時、肝臓の局所に障害を認め、薬剤注入治療を施行し、退院となる旨記載されていた。なお、これら以外に、A は 2 回入院している。 A は、本件xx保険に加入するにつき、団体信用生命保険被保険者 加入申込書兼告知書(以下、「本件告知書」という。)に以下のとおり記載して、Z に提出した。⑴最近 3 か月以内に医師の治療・投薬を受けたことの有無を尋ねる問(以下、「告知事項 1」という。)について、傷病名欄を空白とし、発病又は受傷欄に平成 4 年 6 月 27 日との記載
をなし、治療方法の欄で服薬中に丸印をつけた。⑵過去 3 年以内に肝
臓病、胃潰瘍等特定の病気やけがで手術を受けたこと又は継続して 2
週間以上の入院及び医師の治療・投薬を受けたことの有無を尋ねる問
(以下、「告知事項 2」という。)について、傷病名欄に胃潰瘍、発病又は受傷欄に平成 4 年 6 月 27 日、xx欄に平成 4 年 7 月 21 日と記載
し、入院欄は有に丸印をつけ、日数 25 日と記載し、手術欄は無に丸印をつけ、病状の経過欄には良好と記載した。右記載がなされた当時、 A は、自らが胃潰瘍および慢性肝炎であるとの認識は有していた。
その後、A は、平成 7 年 2 月 7 日に死亡し、Y がZ に保険金を請求したが、Z は、A の告知義務違反を理由として、保険契約を解除して、保険金の支払いを拒絶したことから、A の相続人である X らが保険金の支払いを求めた。
【判旨】
「本件約款上の『過失によって知らなかったとき』とは、保険者が自己の不利益を防止するため、取引上必要な注意を欠いたことをいうと解すべきところ、…A は本件告知書の告知事項 1 の傷病欄を空白し、かつ、服薬中に丸印を付けて、Z に提出しているところ、この段階で、 Z としては、A のZ における従前の保険加入状況を確認し、診断書の提出されていた病院に確認する方法、ないしは本人を通じて当該病院に確認させる方法により、…A が告知すべき事項である胃潰瘍及び肝臓病について容易に知ることができたというべきであり、Z は本件告知書を受領する際に必要とされる取引上の注意を欠いた過失があるといわざるを得ない。(なお、…同下との記載がなされているが、右記載がなされた経緯は明らかではなく、Z が、右取引上の注意を果たした上で、同下との記載がなされたと認めるに足り…ない。)
この点、Z においては、告知受領の取扱い部署と保険金支払の部署が異なり、多数の保険契約者を抱える Z に、被保険者の同社における生命保険加入状況についてまで調査させることは、取引上必要な注意とまではいえないとも考えられないではないが、本件においては、Aが提出した本件告知書において、告知事項 1 については発病日及び治療方法が記載されており、傷病名欄のみ空白になっていたことからすると、A に何らかの告知事項があるべきことは Z に認識可能であったということができ、このような場合に、Z が、被保険者に対して従前のZ における保険加入状況を確認するなり、コンピュータによる保険加入者の情報収集を行うなりして、右調査を行うことは比較的容易であったと考えられる。したがって、Z に右調査の懈怠に基づく責任を負わせても酷とはいえず、かえって、保険金支払と告知受領の担当部署が異なることを理由に Z の過失を否定することは、一般通常人であれば、同一の会社に対して診断書等を提出した場合には、同一の会社に提出したものであると判断すると考えられることに照らすと、右信
頼に違背するとともに、Z の体制不備の責任を一被保険者に負わせることになり、妥当でないと解される。
したがって、本件においては、A は、従前 Z において加入していた本件個人保険において胃潰瘍及び肝臓病について通知しており、Z は、 A が入院加療していた病院も把握していたことから、右事実を前提に本人に確認ないし病院への照会等、取引上必要とされる行為を行うことにより、告知事項について知り得た蓋然性は高いということができる。したがって、Z は、自らの過失により A の告知事項を知り得なかったものであり、Z はA の告知義務違反を理由に解除することはできないものと認めるのが相当である。」
【2】大阪高判平成 11 年 11 月 11 日判時 1721 号 147 頁24() 【1】の控訴審)
【事実】(【1】の事実が、以下のように訂正されている。)
本件告知書は 4 枚綴りの複写式になっており、一番下の 4 枚目を Aが控えとして所持し、その上の 3 枚目を契約締結事務を担当した Y 高槻支店が所持し、残りの 2 枚が訴外 Y’総合管理株式会社に送られ、2枚目を同社に残して、1 枚目だけが Z 近畿法人部を経て、Z 本社の団体信用保険課に送付される扱いとなっていた。
本件告知書が右の経路を経て Z に提出された際、告知事項 1 の傷病名欄が空白であったが、その後、同欄に「同下」(告知事項 2 に記載された「胃潰瘍」を意味する。)という補充がなされ、その結果、本件xx契約および住宅ローン契約が締結され、Y から A に対して融資が実行された。
本件告知書に「同下」と記載された経緯は、A は、予め交付を受けていた告知書の用紙に必要事項を記載して 4 枚綴りの本件告知書を作
成の上、平成 5 年 12 月 30 日に Y 高槻支店に持参した。このとき、Y
24)xx・前掲註 23)1 頁、xxxx・判タ 1178 号 115 頁(2005 年)。
の住宅ローンおよび本件xx契約の締結事務を担当していたB もこの記載漏れに気づかないままこれを受理した。そして、B は、告知日と職業欄を補充した上、3 枚目を同支店分として残し、1、2 枚目を Y’総合管理に送付し、4 枚目を被保険者用の控えとして A に渡した。
Y’総合管理は、Y の各支店から提出される告知書を取りまとめて Zに送付する業務を担当している会社であるが、Z 近畿法人部は、平成 6 年 1 月 5 日に同社から本件告知書のうちの 1 枚目の送付を受け、これを即日東京の本社(団体信用保険課)にファックス送信して事前審査を求めた。2 枚目は Y’総合管理に残された。
Z 本社の担当者は、上記のファックス送信を受けた告知書を審査した結果、告知事項 1 の傷病名欄の記載漏れに気付いたので、同書面の
最下段の契約承諾通知書部分の欄外に「告知事項 1 の傷病名記載願い ます」との書込みをした上、これを即日近畿法人部にファックスで返信 した。これを受けた近畿法人部は、翌 1 月 6 日、Y’総合管理に対し、先 に受け取っていた本件告知書の原本を返却して、右空欄の補充を求めた。
そこで、Y’総合管理の担当者は、即日 B に電話で右の記載漏れのことを連絡したところ、これを受けた B は、手許に残していた同支店用の控えで記載漏れの事実を確認の上、下の 2 の欄と同じ胃潰瘍の意味で「同下」と記載するように電話で Y’総合管理の担当者に報告した。
この報告を受けた当該担当者は、Z から返却を受けていた本件告知書の告知事項 1 の傷病名欄に「同下」と記入した上、そのころこれを Z に再送付し、同書面は近畿法人部を経由して Z 本社に提出され、正式に受理された(なお、受理印は、上記のファックス送信がなされた平成 6 年 1 月 5 日の日付で押された。)。
【判旨】
「X らは、A が①及び②の入院について本件個人保険の入院給付金の請求をした際に提出した診断書には肝臓病の記載があったから、そ
の記載により Z はA が肝臓病であることを知っていたが、少なくとも知り得べきであったと主張する。
しかしながら、…Z においては、団体信用保険に関する事務処理は、本社企業保険管理部団体信用保険課が管掌し、個人保険に関する事務処理は、本社契約部が管掌していたこと、そして、個人保険に関する事項のうち、入院給付金関係の事務処理は、契約部給付金課が担当しており、保険契約締結後 2 年を越えるものに関する給付金の支給は給付金課長に決定権限があったことが認められるから、A が Z に提出した前記の診断書は、右の入院給付金の支給事務を処理した契約部給付金課の担当者(課員及び課長)の目に触れたにすぎないものと推認される。
そうすると、右の契約部給付金課の担当者らは、団体信用保険に関する事務処理については何らの権限も有していないものと推認されるのであるから、右の者らが右の診断書の記載内容を知り又は知り得べきであったとしても、これをもって直ちに Z の悪意又は過失と同視することはできないというべきである。
そしてまた、…本件告知書の告知事項 1 の傷病名欄が補充された経緯に照らすと、本件保険契約の締結事務を処理した Z の担当者において、右告知書の記載に不審を抱いて契約部給付金課に問い合わせるなどの措置を講ずべきであったということもできない。
したがって、X らの右の主張は採用できない。」
【3】東京地判平成 19 年 9 月 28 日生判 19 巻 462 頁
【事実】
被保険者 A は、マンションを購入するため、平成 14 年 1 月 29 日、 B 銀行から借入れを行った(以下、「本件ローン契約」という。)。B は、本件ローン契約締結当時、Y 生命保険を含む生命保険会社数社との間で、B に対する債務者を被保険者とする団体信用生命保険契約を締結していた(以下、この契約を「本件保険契約」といい、本件保険契約
のうち A に係る部分を「本件保険契約部分」という。)。A は、本件ローン契約締結の際、本件保険契約の被保険者となることに同意し、Yは、B に対し、平成 14 年 2 月 15 日、A を本件保険契約に追加加入させることを承諾した。
A は、本件保険契約加入申込みに当たり、平成 14 年 1 月 9 日付け
「団体信用生命保険申込書兼告知書」に記入した。しかしながら、Aは、咽頭癌治療のために入院して手術を受けており、別途加入していたY の個人保険契約から、この給付金の支払いを受けていた。その後、 A は、平成 15 年 10 月 1 日に頚部縦隔リンパ節の癌の悪化による呼吸不全によって死亡した。
【判旨】
「⑹ …本件保険契約の目的は、債務者が…銀行より融資を受けた後に死亡し、その後の融資の弁済が困難となった場合に、…銀行の融資金債権等を実質的に担保し、高所得者でなくとも信用供与機関等において住宅ローンを組めるようにする点にあるとともに、偶然の事情によって生じた債務者の死亡という事態にもかかわらず、債務者及びその相続人をして債務を免れさせ、その後の生活の安定を図る点に置かれている。したがって、上記目的を達成するため、本件保険契約においては、保険料を低額にするとともに、迅速な融資決定のため、本件保険契約への追加加入の可否の回答を短期間でできるように設定されている。…
⑺ A が本件保険契約に追加加入した当時、Y において、本件保険契約に被保険者を追加加入させるか否かを決定する権限は、団体保険を取り扱う Y 法人サービス部団体保険課長にあった。他方、それ以前に A が加入し、中咽頭癌の治療の際に Y から入院給付金の給付を受ける根拠となった個人保険の支払を決定する権限は、個人保険を取り扱う Y 契約サービス部保険金課長にあった。また、Y における団体信
用生命保険の平成 14 年度の追加加入者数は、毎月 1 万 2000 人ないし
1 万 8000 人に上り、他方、Y の個人保険の加入者数は、A が本件保険
契約に追加加入した当時、約 1280 万件であった。
Y において、本件ローン契約当時、団体信用生命保険の追加加入を 受ける際は、必ず被保険者になろうとする者から、団体信用生命保険 加入申込書兼告知書の提出を受け、告知事項の『ある』に『○』が付 されている者及び被保険者の…銀行に対する債務が 5000 万円を超え る者については、医学的観点から追加加入をさせるか否か検討する事 前査定を行っていたが、上記に当たらない者については、事前査定は 何ら行わないまま追加加入を認めており、個人保険の保険金支払記録 を参照し、保険金支払事実の有無を確認する作業はしていなかった。 Y は、被保険者の追加加入がある場合、毎月 1 回、…銀行から被保険 者の団体信用生命保険申込書兼告知書及び被保険者名簿の送付を受け、これを照合して、記載漏れの有無等を確認するという作業のみを行っ ていた。
本件告知書…にも、告知事項すべてに『ない』の欄に『○』が付され、かつ、借入金額が 3820 万円であったことから、事前査定は行われなかった。…
3 争点⑵(告知義務違反事実を知らなかったことについての Y の過失の有無)について
…Y は、本件保険契約に被保険者を追加加入させる際、当該被保険 者に対する個人保険の保険金支払記録を参照することはなく、原則と して、被保険者から提出される団体信用生命保険申込書兼告知書の記 載と融資額のみを参考として追加加入の可否を決定していたといえる。したがって、当該被保険者が、過去に個人保険の保険金の支払を受け ていたにもかかわらずこれを秘し、不実の告知をして本件保険契約へ の加入を申し込んだとしても、不実告知であることを看破する態勢は 整えられていなかったといえる。そこで、Y は、保険契約者に対して、
被保険者が、告知義務の生じる入院等を保険事故として、過去に保険金の支払を受けた事実があるか否かを調査する義務を負っていたかについて検討する。
本件保険契約は、Y のほか生命保険会社 7 社との共同引受けの保険 であり、被保険者が過去に個人保険の保険金の支払を受けていたか否 かを調査するには、Y 内部のほか、共同引受けの生命保険会社全社に ついて保険金支払事実の有無を照会することができる態勢を整えなけ れば、意味をなさなかったといえるが、かかる態勢は Y のみで構築す ることができるものではない。また、本件保険契約に対しては、高所 得者ではない者でも広く融資を受けられるようにするため、保険料を 低額化させるとともに、融資に付随する保険契約という特性上、迅速 な引受け可否の回答ができなければならないという二つの要請があり、これらの要請に応えるために、被保険者の告知書の記載と融資額のみ に依存して追加加入の可否を決するという簡易な手続を採用すること で、迅速性と低コスト化の双方の要請を達しようとすることも合理性 を有するといえる。これらのことに照らせば、本件において、Y は、 被保険者が、過去に保険金の支払を受けたことがあるか否かを調査す る義務を負わないというべきである。したがって、Y に過失があった ということはできない。」
【4】東京高判平成 20 年 3 月 13 日生判 20 巻 157 頁(【3】の控訴審。
その後、上告不受理(最決平成 20 年 7 月 17 日生判 20 巻 367 頁)。)
【事実】
【3】を引用している。
【判旨】
「当裁判所も、Y において、本件保険契約に被保険者を追加加入させる際、当該被保険者に対する個人保険の保険金支払記録を参照する
ことなく、原則として、被保険者から提出される団体信用生命保険申込書兼告知書の記載と融資額のみを参考として追加加入の可否を決定しており、A についても同様の審査がされたに止まるとしても、本件の A の告知義務違反事実を知らなかったことについて Y に過失があったとはいえないと判断する。その理由は、原判決…に記載のとおりであるから、これを引用する。」
【5】東京地判平成 24 年 8 月 7 日判タ 1391 号 287 頁25)
【事実】
被保険者 A は、住宅購入のための借入れを行い、平成 20 年 3 月 31日、Y 生命保険の団体信用生命保険契約(以下、「本件xx」という。)に加入した。しかしながら、A は、Y の個人保険契約(以下、「本件個人保険契約」という。)にも加入しており、平成 19 年に間質性肺炎に罹患した際、Y に対し、本件個人保険契約に基づき、治療に係る入院給付金および手術給付金の支払いを求め、同年 12 月 10 日、Y から Aに対して各給付金が支払われた。その後、A は、平成 21 年 5 月 28 日、間質性肺炎で死亡した。
A の告知義務違反の具体的な内容は、平成 19 年 12 月 26 日、同月
28 日、平成 20 年 1 月 9 日、同月 23 日、同年 2 月 13 日、同月 25 日、
同月 27 日、同年 3 月 11 日および同月 12 日に間質性肺炎で通院し、治療・投薬を受けたことである(以下、「本件告知義務違反事実」という。)。
【判旨】
「⑴ 本件においては、Y 団体保険課が、団体信用生命保険の引受の可否を決する際、原則として、保険契約者である金融機関から送付
25)xxxx・共済と保険 56 巻 7 号 30 頁(2014 年)、xxxx・ひろば 68 巻
3 号 66 頁(2015 年)、xxxx・保険レポ 311 号 15 頁(2018 年)、xxxx・
保険レポ 325 号 1 頁(2019 年)。
されてきた申込書兼告知書及び被保険者名簿を突き合わせて、被保険者名簿に記載されている被保険者につき、真に申込書兼告知書が提出されているか、及び申込書兼告知書に記載漏れ等がないかのみの確認をするとの運用を行っていたことに争いはなく、(註:A の唯一の相続人である)X は、これを前提として、Y 団体保険課が、本件xx契約の引受判断に際して、個人保険のデータベースにアクセスし、本件個人保険契約に係る情報を入手していれば、本件告知義務違反事実を認識することができたのであり、そうしなかったことに過失があると主張しているのであるから、結局のところ、Y に過失があるといえるためには、Y 団体保険課が、本件xx契約の引受判断に際して、個人保険のデータベースにアクセスし、本件個人保険契約に係る情報を入手すべき義務を負っていたということができなければならない。そこで、以下この点につき検討する。
⑵ まず、保険事業は、給付反対給付均等原則に従い、保険契約者に個々の保険契約の危険度に応じた保険料の負担を求め、また、一定以上の危険度を超える場合には保険者は保険を引き受けないという基本原理に基づいて営まれている。そこで、保険者としては、引受の可否を判断するに際して、危険度に関する情報を収集し危険度を判定する必要があるところ、当該情報は構造的に保険契約者ないし被保険者側に偏在していることから、保険契約者ないし被保険者側に当該情報の提供を義務付けることで、保険者において、低コストで当該情報を収集しながらも適切に危険度の判定をすることを可能ならしめているのである。このような告知義務制度が採用された保険事業においては、保険契約者ないし被保険者が誠実に当該情報を告知してくれることを前提として、保険者が、自ら積極的に当該情報を収集することはせずに、保険料等の額を決定し、引受の可否を判断することが予定されているのであるから、…Y の過失というのも、保険契約者ないし被保険者の告知義務違反を考慮してもなお Y による解除を認めることがx
xに反すると考えられるような注意義務違反をいうものと解するのが相当である。
また、団体信用生命保険は、住宅ローン等の貸付けに係る債権者(金融機関)・債務者(被保険者)双方の便宜のため、保険料を低額にするとともに、引受判断を迅速に行うという 2 つの要請に応えることが求められる生命保険であって、債務者としても、団体信用生命保険がこれらの要請に応えることによって実現される利益を享受するため、住宅ローン等に申し込むとともに、団体信用生命保険の被保険者となることに同意するのであるから…、Y が団体信用生命保険を引き受けるに当たり負う注意義務というのも、これら 2 つの要請に反しない程度のものに限られるといわなければならない。
⑶ 以上を前提として、本件において Y(Y 団体保険課)に過失が認められるか否かを検討する。
Y 団体保険課は、上記⑴記載の運用を原則としながら、申込書兼告知書の告知事項が『ある』に『○』が付されている場合及び申込金額が 3000 万円以上である場合につき、自己防衛という観点から、念のため自社が保有する個人保険に係る保険金等の支払歴等を確認しているところ、膨大な数に上る団体信用生命保険の追加加入の全てにつき(Yが幹事会社として引き受けているものに限っても、毎月 1 万 2000 人
ないし 1 万 8000 人である。…)、個人保険のデータベースにアクセス して、告知義務違反の有無を確認しなければならないとすると(なお、 Y において、個人保険に係る保険金等の支払履歴から団体信用生命保 険に係る告知義務違反に該当する事実の有無を確認するためには、x x機関から送付されてきた被保険者名簿に記載された被保険者の氏名、生年月日等を個人保険のデータベースに入力し、その結果、仮に当該 被保険者について個人保険が発見され、保険金等の支払歴等が判明し た場合には、それが告知義務違反に該当するか否かを判断するため、 更に当該保険金等の支払理由まで遡って調査を行う必要がある。)、そ
れに要する時間や費用により、保険料の高額化や引受判断の遅延を招 き、団体信用生命保険の特色を損なうおそれがあるから(仮にそのよ うなおそれがないのであれば、Y としては、自己防衛の観点から、全 ての場合につき個人保険のデータベースにアクセスするはずである。)、告知義務違反という重大な約定違反をした被保険者のために、その他 の被保険者が不利益(保険料の高額化など)を被ることにもなりかね ない。そして、それよりもむしろ上記運用を是認し、Y の負担を軽減 させることで、より低額な保険料やより迅速な引受判断を実現させる 方が、保険契約者ないし被保険者の利益となるのであるから、そもそ も告知義務制度が被保険者に誠実な告知を期待している点に鑑みても、 Y 団体保険課が、上記運用に従ったことで告知義務違反の事実を看過 することがあったとしても、当該告知義務違反をした被保険者との関 係で、それがxxに反するということはできないというべきである。 そうすると、Y 団体保険課が、本件申込書兼告知書に何ら告知義務違 反を疑うべき事情の存しない本件xx契約を引き受けるに当たって、 個人保険のデータベースにアクセスしなかったことが注意義務違反に 当たるということはできないから、Y には…過失は認められないと解 するのが相当である。
⑷ …なお、本件個人保険契約に関して Y 保険金課が入手していた
…医療証明書に記載されていたのは、A が、平成 19 年 12 月 7 日以降も通院しフォローしてもらう予定であったとの事実にすぎず…、これに対して、本件告知義務違反の事実は、告知日である平成 20 年 3 月
15 日の『最近 3 か月以内に医師の治療(指示・指導を含みます。)・投
薬を受けたことがあ』るか否か、具体的には、A が、平成 19 年 12 月
26 日、同月 28 日、平成 20 年 1 月 9 日、同月 23 日、同年 2 月 13 日、
同月 25 日、同月 27 日、同年 3 月 11 日及び同月 12 日に間質性肺炎で通院し、治療・投薬を受けたとの事実であって…、…医療証明書の記載から、直ちに本件告知義務違反事実を確認することはできない。…」
【6】東京地判平成 29 年 3 月 29 日 LEX/DB2555415226)
【事実】
被保険者 A は、2 本の融資に関して複数の保険会社(以下、「本件各保険会社」という。)の団体信用生命保険契約に加入した。しかしながら、実際にはこれ以前に脳梗塞で治療を受けており、そのことが週刊誌に顔写真入りで記事が掲載されていた。
A の配偶者である原告が脳梗塞の件で保険金を受領したことがあり、保険会社が引受可否の判断の際に個人保険のデータベース等にアクセ スすれば上記のことを知ることができたと考えられることに照らせば、本件各保険会社には A の告知義務違反を知らないことについて過失 があるか、もしくは、xxx上これと同視できると主張している。
【判旨】
「⑶ 本件各保険会社の過失について
…団体信用生命保険への加入申込みに当たっては、加入申込者本人 が、申込書兼告知書において、記入日における健康状態、過去の傷病 歴、身体の障害状態等についてありのままに正確にもれなく記入しな ければならず、保険会社は当該記載内容を基に、引受けの可否を判断 するものであって、加入申込者が傷病歴を記載していないにもかかわ らず、保険会社において、個人保険のデータベース等にアクセスして 加入申込者の傷病歴を調査すべき義務があると認めることはできない。そうすると、亡 A において、…告知書において、傷病歴がない旨告知 しているにもかかわらず、本件各保険会社において、上記告知内容が 虚偽であることを知らなかったについて過失があるか、もしくはxx x上これと同視すべきとは認められ…ない。」
26)xxxx・保険レポ 323 号 26 頁(2019 年)xx・法学研究 93 巻 11 号 103
頁(2020 年)。
⑵ 裁判例に対する学説の評価
上記の裁判例においては、告知の有無により、【1】【2】と【3】【4】
【5】【6】に分けることができるが、これらの裁判例においては、保険会社内の体制として、個人保険契約と団体信用生命保険契約の担当部署が分かれていることが前提とされている。どのような体制にするかは保険会社の裁量に任せられるべきものであるので27)、一部の学説28)や【1】のように体制不備とまで言うのは適切ではないと思われる。本稿も、上記の保険会社内の体制を前提とする。ただし、【1】の「…一般通常人であれば、同一の会社に対して診断書等を提出した場合には、同一の会社に提出したものであると判断すると考えられる…」という部分は、冒頭(1.⑵)であげた学説の問題意識と共通しているものと考えられる。
【1】【2】は、事実認定は異なるが、被保険者の告知がなされていた事案である。【1】では、投薬は受けているものの、傷病名欄が空欄であることから、被保険者がどのような傷病に罹患しているのかが告知書上からは明らかではない。このような場合に、保険者が調査を行わないことが保険者の過失に該当するか否かが問題となる。
学説は、このような場合には保険者が重要事実の存在を疑う余地は十分あったと思われるとか29)、提出された告知書の内容が、保険者の経験則上疑念を抱く内容であれば、そのような調査義務は肯定されよう30)と評価されている。また、告知された事実から保険者が認識可能な事実を見落としていた場合には過失が肯定されるとも主張されている31)。
27)xx(友)・前掲註 1)431 頁。
28)xx・前掲註 23)40 頁。
29)x・前掲註 23)166 頁。
30)xx・前掲註 23)5 頁。
31)xx(友)・前掲註 1)431 頁。また、xxxx「コメント」保険レポ 171 号
8 頁(2002 年)。
このような学説を前提にすると、【1】においては、保険者が調査を行わないと過失に該当するように思われるが、どのような調査を行うべきかが次の問題である。学説は、従前の保険加入状況、保険金請求状況、提出診断書の確認を保険会社に求めている点に反対されている32)。その背景には、大量かつ迅速な保険加入の事務処理を行う必要性と保険会社内の体制整備の裁量がある33)。もっとも、【2】においては告知書の記載漏れが補充されたことが認定されているが、保険会社内の体制を肯定して保険者の過失を否定している。
なお、【1】において「…この段階で、Z としては、A のZ における従前の保険加入状況を確認し、診断書の提出されていた病院に確認する方法、ないしは本人を通じて当該病院に確認させる方法…」があると言及している。不備のある告知書や不完全な告知書が提出された場合、個人保険契約の文脈においては、保険者は被保険者に追加の情報提供を求めた上で引受査定を行うのが実務の一般的な取扱いであるとされていることから34)、個人保険契約も団体信用生命保険契約もこの点については同様ということになる。また、A は、一応は告知しているのであるから、Y が【3】【4】【5】と同様の取扱いをしているのであれば、念のために自社内のデータベース等を確認することがあったのではないかと思われる。
以上に対して、【3】【4】【5】【6】のうち、特に【3】【4】【5】は、団体信用生命保険契約の加入の際に告知がなかったという事実の相違に加えて、判旨中で、団体信用生命保険契約の趣旨や、団体信用生命保険契約が住宅ローンと関係していることから導かれる保険料を低廉に抑える必要性および迅速な引受判断の必要性について言及している。そして、これらの 2 つの必要性をどのように評価するかについて、学
32)xx(x)・前掲註 23)118 頁、x・前掲註 23)166 頁。
33)xx(x)・前掲註 23)118 頁。
34)xxxx・保険レポ 333 号 6 頁(2020 年)。
説は一致していない。
これらの 2 つの必要性について疑問を呈する学説は、これらは団体信用生命保険契約のみに内在する固有の事情とはいえず、他の団体保険契約や個人保険契約にも妥当するものであるとすると、保険者の過失についても、団体信用生命保険契約とそれ以外の保険契約をことさらに別異に解する理由は見出し難く、団体信用生命保険契約の特質に着目し保険者の過失の程度も軽減されるという判旨にはなお議論の余地があると主張される35)。
これに反対する見解によると、団体信用生命保険契約は、保険単体というよりは住宅ローンと一体となっており、その点で団体信用生命保険契約とそれ以外の保険契約で相違しているため、引受に際しても住宅ローン実行の点で迅速性が認められるべきであり、過失有無についても団体信用生命保険契約の特殊性が影響を及ぼすことは妥当であるということになる36)。また、上記の 2 つの必要性を完全に否定すると、個人保険契約と団体信用生命保険契約の所管部門を分けていること、および後者の所管部門を基準に過失を判断していることを否定することになり、賛成できないとも主張されている37)。結局のところ、団体信用生命保険契約の特殊性をどのように理解するかに帰着する問題なので、後で検討する。
ところで、【5】については言及すべき点が 2 つある。
1 つは、先行研究も指摘されているように、保険者の過失の解釈で
ある。保険者の過失とは、大判大正 11 年 10 月 25 日民集 1 巻 612 頁以来、自己の不利益を防止するために取引上必要な注意を欠くことと理解されている。しかしながら、【5】は「…Y 団体保険課が、上記運用に従ったことで告知義務違反の事実を看過することがあったとして
35)xx・前掲註 25)73 頁。
36)xx・前掲註 25)21 頁。
37)xx・前掲註 25)9 頁。
も、当該告知義務違反をした被保険者との関係で、それがxxに反するということはできないというべきである…」と判示しており、被保険者の告知義務違反と保険者の過失を衡量しているように読む余地がある38)。確かに、保険者としては被保険者が先に告知義務に違反しているのだから、保険者の過失のみが問われるのは首肯し難いことから双方の落ち度を考慮すべきであると考えられなくもないが、条文の構造はそのようになっていない。保険者に過失が認められる場合に告知義務違反の解除権を阻却される趣旨は、保険者としての通常の注意を尽くせば事実を知り得たときには解除権の行使を認めないことがxxに適うからであり39)、双方の違反の程度問題ではないはずである。
もう 1 つは、Y 保険金課が入手していた医療証明書の情報についてである。ここで A が罹患していたのは間質性肺炎であり、医療証明書上の情報は「…A が、平成 19 年 12 月 7 日以降も通院しフォローしてもらう予定であった…」というものであるのに対し、告知義務違反の事実は告知日である平成 20 年 3 月 15 日以前の平成 19 年 12 月 26 日、
同月 28 日、平成 20 年 1 月 9 日、同月 23 日、同年 2 月 13 日、同月 25
日、同月 27 日、同年 3 月 11 日および同月 12 日に通院して治療・投薬を受けていたという事実である。そして、判旨は「…医療証明書の記載から、直ちに本件告知義務違反事実を確認することはできない。」としている。しかも、この部分は、Y の主張に沿っている。
学説は、保険者の過失の成否について、告知された事実つまり保険者が認識している事実から保険者として認識可能な事実を見落としていたか否かが問題になるとされており、また、保険者は医療機関ではないから、医療機関が診察すれば判明したような事実を見落としたからといって過失になるわけではないとされている40)。
38)xxx「追加説明」保険レポ 311 号 23 頁(2018 年)。
39)xx(友)・前掲註 1)430 頁。
40)xx(友)・前掲註 1)431 頁。
確かに、医療証明書上は「通院しフォローしてもらう予定」であったことから、実際に通院するかどうか不明であると思えなくもない。しかし、患者に求められて医療証明書を記載する医療機関側からすると、医療証明書を作成する時期は患者の退院日またはそれ以後の比較的間もない日であることから、退院後の通院はあくまでxxのことなので予定としか書きようがなく、また間質性肺炎は患者の肺活量が低下し41)、さらに死亡率の高い疾患であることから42)、通常は通院するものと思われる。また、通院したら当然医師の治療を受けるはずであり、一般的な間質性肺炎の治療はステロイド大量療法が行われることが多いので43)、このための投薬も受けるはずである。このことは、新たに診察が必要なものではなく、医療証明書上の情報から認識可能な事実というべきであり、判旨および Y の主張(あるいは普段の査定業務)には疑問が残る。
最後に、【6】は個人保険契約の支払歴云々が直接問題となった事案ではないが、保険会社内の体制を肯定して判断している。従前どおりの判断である。
3.英国法44)
⑴ はじめに
日本の裁判例によると、団体信用生命保険契約の引受査定時に個人
41)xxx編・標準呼吸器病学 138 頁(2000 年・医学書院)。
42)xxxx=xxxx=xxxx編・呼吸器疾患最新の治療 2021-2022〔xxxx〕283 頁(2021 年・南江堂)。
43)xx=xx=xx・前掲註 42)〔xx〕284 頁。
44)本稿の邦訳は、xxxx監訳・英国保険法共同意見書(2007 年 7 月)~不実告知、不告知および保険契約者によるワランティ違反~(2008 年・社団法人損害保険協会/社団法人生命保険協会)、英国保険法~2012 年家計保険(告知)法~(2013 年・社団法人生命保険協会)に基本的に倣っている。
保険契約の支払歴を参照しないことが保険者の過失に該当しないことになるが、保険会社内部の事情は、外部の被保険者には理解が難しいはずである。また、保険会社が内部の体制をどのように設計するのかは保険会社の裁量次第だとしても、単に保険会社の内部体制をもって過失を否定することにも慎重でなければならないと考えられる45)。
それでは、そもそも、団体信用生命保険契約か個人保険契約かは別として、保険会社が引受決定をするにあたって、自社の内部の情報を参照しないことが告知義務違反の成否にどのような影響を与えるのであろうか。この問題を理解するための一翼として、本稿は、英国法を概観したい。
⑵ 2012 年消費者保険(告知)法と 2015 年保険法の区別
従来、英国における告知義務等の規律はコモン・ローを具体化した 1906 年海上保険法(Marine Insurance Act 1906)で規律されていた。この 1906 年海上保険法は、名称こそ海上保険とあるものの、コモン・ローを具体化したものであるため、全ての保険種目に適用されていた46)。しかしながら、最近の一連の保険法改正を経て、問題となる保険契約が消費者保険契約47)か否かで規律が分かれることになった。つまり、
また、本文で取り上げる 2015 年保険法は自発的申告義務を規定しているが、日本においても自発的申告義務だった告知義務が実際上は質問応答義務とされていた実務を保険法が追認したものであることから(xxxx=xxxx=xxx・ポイントレクチャー保険法〔第 3 版〕66 頁(2020 年・有斐閣)。)、比較するにあたって不適切というわけではないと考えられる。
45)xx・前掲註 25)73 頁。
46)Xxxxxx XxXxx, The Modern Law of Insurance 3rd ed., (Lexis Nexis, 2011) at para5.2, Xxxxxxx Xxxxxx and Baris Soyer, THE INSURANCE ACT 2015 A NEW REGIME FOR COMMERCIAL AND MARINE INSURANCE LAW (Informa Law from
Routledge, 2017) at pp13-14.
47)保険加入者が一般大衆のものを家計保険契約と呼んでいたが、今日では消費者保険契約と呼ぶのが適当であるという指摘を踏まえて(xx(友)・前掲註 1)49~50 頁。)、本稿でも消費者保険契約という語を用いることとする。
消費者保険契約の場合は 2012 年消費者保険(告知)法(Consumer Insurance (Disclosure and Representations) Act 2012)48)によって、企業保険契約(non-consumer insurance contract)の場合は 2015 年保険法
(Insurance Act 2015)49)によって規律されることになる。2012 年消費者保険(告知)法および 2015 年保険法は、1906 年海上保険法およびそれ以前のコモン・ロー以来の最も重要な改正法であると言われている50)。なお、1906 年海上保険法自体が廃止されたわけではない。
さて、ある保険契約が 2012 年消費者保険(告知)法と 2015 年保険法のいずれの対象となるかは、消費者保険契約か否かで区別されるようになった。つまり、消費者保険契約と企業保険契約の区別について、 2012 年消費者保険(告知)法 1 条において、「『消費者保険契約』とは、以下の者の間で締結される保険契約をいう。 (a)個人の取引、事業または職業に関連しない目的のために、専らまたは主として契約を締結する個人 (b)保険事業を営み、当該事業のために契約当事者となる者
…」と定義されている。この定義は、2015 年保険法においても同様であり、同法 1 条が「『消費者保険契約』とは、2012 年消費者保険(告
48)2012 年消費者保険(告知)法に関する先行研究として、xx・前掲註 44)
(英国保険法)のほか、xxxx「イギリス 2012 年消費者保険(告知・表示)法の概観と比較法的示唆」保険学 622 号 21 頁(2013 年)、「イギリス 2012 年
消費者保険(告知・表示)法の概要」比較法学 47 巻 2 号 103 頁(2013 年)、
xxxx「英国での消費者保険契約法制定動向」生経 80 巻 1 号 117 頁(2012年)、「英国の保険法について‐判例法の国での保険法制定動向‐」年金・保険フォーカス(ニッセイ基礎研究所)2013 年 8 月 27 日号 1 頁、xxxx「英
国における保険法改正」生保 194 号 209 頁(2016 年)がある。
49)2015 年保険法に関する先行研究として、xx「2015 年英国保険法‐主要改正点と実務への影響の検討‐」海事法研究会誌 228 号 23 頁(2015 年)、xx
x「英国における保険契約法の改正動向」生経 83 巻 6 号 99 頁(2015 年)、
xxx「イギリス 2015 年保険法の概要」損保 78 巻 2 号 173 頁(2016 年)、
「イギリス保険契約法の改正とわが国への示唆」保険学 637 号 31 頁(2017
年)、条文の翻訳としてxxx=日本損害保険協会「イギリス 2015 年保険法」
損保 78 巻 2 号 197 頁以下(2016 年)がある。
50)Xxxxxx and Xxxxx, supra note at p107.
知)法におけるものと同義である;『企業保険契約』とは、消費者保険契約ではない保険契約をいう…」と規定しているとおり、上記の定義に当てはまる消費者保険契約以外の保険契約が企業保険契約ということになる。
日本の団体信用生命保険契約を検討するにあたり、2012 年消費者保険(告知)法と 2015 年保険法のいずれを参照するのが適切かというと、団体信用生命保険契約は保険契約者が金融機関なので、後者ということになる。
ちなみに、2012 年消費者保険(告知)法は 7 条 1 項において団体保険契約について規定しているが、そこでは「本節は、以下の場合に適用される。 (a)保険契約が、ある者(「A」)によって、他者(「C」)に補償(保障)を提供するために締結された…場合、(b)C が契約当事者ではない場合、(c)C に対する補償(保障)に関する限り、A ではなく C によって締結された場合、当該契約が消費者保険契約であった場合、および(d)C に補償(保障)を提供するための契約が締結される前に… C が保険者に直接または間接に情報を提供している場合。」と規定されている。そして、日本の団体信用生命保険契約は、保険契約者と保険金受取人が同一なので、上記(a)号の「…他者(「C」)に補償(保障)を提供するため…」という部分に該当しない。
⑶ 2015 年保険法における告知義務
2015 年保険法 3 条 1 項は「保険契約者(被保険者)は、保険契約締結前に、保険者に対して危険をxxに告知しなければならない。」と規定しており、さらに、同 5 項において、「保険者の質問がない場合、…保険契約者(被保険者)は、以下の情況を告知する必要がない。 (a)危険を減少させる情況、(b)保険者が認識している情況、(c)保険者が認識すべき情況、(d)保険者が認識していると推定される情況、または(e)保険者が情報を受領する権利を放棄しているもの。」と規定している。
そして、ここでいう情況は、「保険契約者(被保険者)に対してなされた全ての情報伝達、または保険契約者(被保険者)が受領した全ての情報を含む」とされている(2015 年保険法 7 条 2 項)。
日本の団体信用生命保険契約は、団体信用生命保険契約の引受部門が個人保険契約の引受部門または支払部門の有している情報を参照しないことが保険者の過失に該当するか否かが問われているので、上記 (b)号ないし(d)号が参考になり得る。
上記(b)号ないし(d)号について、2015 年保険法 5 条は保険者の認識として、「(1 項)3 条 5 項(b)号において、保険者は、保険者のために危険を引き受けるか否か、およびその場合の条件如何の決定に関係する一人または複数の個人が認識している場合のみ、これを認識している(当該個人が保険者の被用者または代理人として、保険者の代理人の被用者として、または他の資格においてこれを行うかを問わない)。
(2 項)3 条 5 項(c)号において、保険者は、以下の場合のみ、これを認識しているべきである (a)保険者の被用者または代理人がこれを認識しており、1 項において言及されている個人に関連する情報を合理的に伝達すべきである場合、または(b)保険者が関連する情報を有しており、1 項において言及されている個人が容易に利用できる場合。 (3項)3 条 5 項(d)号において、保険者は、以下のことを認識していると推定される (a)共通に認識されているもの、および(b)問題となっている活動領域の保険契約者(被保険者)に問題となっている保険種目を提供している保険者が通常の業務過程において認識していると合理的に期待されるもの。」と規定している。
そして、2015 年保険法 6 条が総則的規定を設けており、その 1 項において「3 条ないし 5 条において、個人の認識についての言及は、実際の認識のみならず、個人が疑問を呈しながら、意図的に確認または調査を控えなかったならば認識していたであろうものも含まれる。」と規定されている。
2015 年保険法における告知義務は、企業保険契約を対象としている
ことから 1906 年海上保険法以来の自発的申告義務が維持されている51)。
そして、2015 年保険法 3 条 5 項において列挙されている保険者に告知
を要しない場合は、1906 年海上保険法 18 条 3 項をほとんど正確に再現したものである52)。そのため、これらの条文は同義である。
ところで、上記の 1906 年海上保険法 18 条 3 項は、「質問のない場合、以下の情況の告知は必要ない、つまり(a)危険を減少させる情況; (b)保険者が認識しているか、認識していると推定される情況。保険者は共通の評判または認識に関する問題、および保険者が通常の業務過程において認識すべきである問題を認識していると推定される;(c)保険者によって権利放棄された情報に関する情況:(d)明示または黙示のワランティのために、告知することが不必要である情況」と規定していた(本条項は、1906 年海上保険法 19 条および 20 条とともに、2015
年保険法 21 条 2 項によって削除されている。)。
1906 年海上保険法 18 条 3 項(b)号の保険者が認識していると推定される問題について、これは基本的には事実の問題であり、先例を見出すことが難しい箇所であると言われている53)。しかしながら、英国の体系書(XxxXxxxxxxxx on Insurance Law)54)で引用されている判例を紹介したい(なお、この部分の解釈が問題となったものではない。)。
その Glencore International AG v Alpina Insurance Co 事件55)は、要旨、次のようなものである。つまり、多様な天然資源、日用品、特に石油や石油製品を取り扱っている貿易会社である Glencore International 社が Alpina Insurance 社との間で輸送される物品に関して輸送や貯蔵の
51)EXPLANATORY NOTES para 40.
52)EXPLANATORY NOTES para 49.
53)McGee, supra note at para 5.35.
54)John Bixxx, Xxx Xxxxx xxx Xxxxx Xxxxxx, XxxXxxxxxxxx xx Xxxxxxxxx Xxx 00xx xx., (Xxxxx & Xxxxxxx, 0000) xt para 17-079.
55)[2004] 1 All ER (Comm) 766.
リスクに備えるために、包括予定保険契約を締結していた。当該包括 予定保険契約においては、Glencore International 社の石油がどこにあろ うと、石油および石油製品に補償を提供しており、また、当該包括予 定保険契約は 1980 年代初頭から利用されており、約款文言は変化し ているものの、基本的には変わっていない。Glencore International 社は、 Metro Trading International 社の UAE の拠点に石油を輸送等をしていた が、Metro Trading International 社はそこから大量の石油を横領しており、そして倒産した。そこで、Glencore International 社が Alpina Insurance 社 に保険金請求をしたが、Alpina Insurance 社が UAE の拠点における石 油の処理量について不告知がある等として、保険金支払いを拒絶した。
高等法院は、「Xxxxxx v Boehm 事件…において Xxxxxxxxx xが述べられているように、全ての保険者は、自らがxxする業界の実務を熟知しているものと推定されており、仮に当該保険者が認識していなかったとしたら、自らをして認識せしめるべきである。」56)、「先例にかんがみると、…保険者が日用品の貿易会社のために包括予定保険契約を引き受けるように求められた際、保険者は、当該種類の業務を行う過程で生じるであろう全情況を認識していなければならない。世界中に及ぶ貿易の文脈においては、…情況の範囲は、必然的に広幅である。そのことは、無論、保険契約者(被保険者)が告知義務を負わないということではないが、まさに、慎重な保険者が留意していると推定することができる情況の範囲は広大であり、そして保険契約者(被保険者)の告知義務は、石油の貿易業を知悉している合理的な保険者の予想外であるという意味で普通ではない事柄のみに及ぶものであり、相応じて限定されたものになる。」57)、「保険契約者(被保険者)は保険者が認識しているか、認識していると推定されるあらゆる情況を告知
56)At para [34].
57)At para [41].
する必要がなく、また保険者は自らの業務過程において認識しているべき事柄を認識していると推定されるのが一致した見解である。これらは、共通の認識に関する事柄であったり、既に保険者内にある情報から保険者にとって合理的に明らかであるか、そうであるべき事柄であったりするであろう。」58)と判示している。そして、告知義務違反は認められないとした。
なお、判旨は、最後で引用した部分の直後に XxxXxxxxxxxx on Insurance Law の第 10 版を参照するように言及していることから、学説と判旨
(実務)が一致しているものと解される。
⑷ 条文の注釈
上記の条文がどのような趣旨で設けられたのかについて、注釈書
(INSURANCE BILL [HL] EXPLANATORY NOTES59))を参照してみた
い。注釈書は、法律委員会のレポートとともに、法解釈に相当の影響力を有している60)。
2015 年保険法の条文を順に見ていくと、3 条 5 項(b)号に関係する 5
条 1 項は、ある者の認識が直接に保険者の認識となる者について規定している。ここでは、保険者の被用者が引受部門に所属するような場合が念頭に置かれている61)。
次いで、3 条 5 項(c)号に関係する 5 条 2 項は、2 種類の保険者が認識すべきである情報について規定している62)。まず、(a)号は、保険者の被用者が認識している情報であり、これを合理的に 1 項の引受人に伝達すべきである場合として、例として保険金支払部門が保有してい
58)At para [55].
59)xxxxx://xxxxxxxxxxxx.xxxxxxxxxx.xx/xx/xxxxx/xxxxx/0000-0000/0000/xx/00000xx.xxx 60)Xxxxxx and Soyer, supra note at p110.
61)EXPLANATORY NOTES para 60.
62)EXPLANATORY NOTES para 61.
る情報、査定目的で作成された調査者による報告書または医学的報告書を挙げている63)。次いで、(b)号は、保険者の電子的記録のように、保険者の組織内で引受人が利用可能な上記の情報を検索するために合理的な努力を行うことを求めている64)。(b)号で引受人が検索することを求められている情報の中には、保険金支払部門が有している情報が含まれていることには留意されるべきである。
そして、3 条 5 項(d)号に関係する 5 条 3 項は、保険者が認識していると推定される情報について規定している65)。特に(b)号が問題となりうるが、これは 1906 年法 18 条 3 項(b)号の「通常の業務過程において保険者が認識すべきであること」を現代化したものである。多くの保険者は、保険種目別に業務を行っているので、保険を提供している業種について知見を有しているべきであるが、当該知見は、提供している保険の種類に関連する事柄に合理的に限定されるべきである66)。
ところで、上記の条文においては、推定(presume)という文言が用いられている。英国法における推定も反証を許す概念であるが67)、保険者の認識の文脈においてその余地はあるのか。2015 年保険法中のそのことをうかがわせる条文は、存在しない。英国法において、条文が存在しない以上、判例法に戻ることになるが68)、例えば、上記の Glencore International AG v Alpina Insurance Co 事件中で「全ての保険者は、自らがxxする業界の実務を熟知しているものと推定されており、仮に当該保険者が認識していなかったとしたら、自らをして認識せしめるべきである」と言及されていることから、事実上、反証の余地はないものと考えられる。
63)EXPLANATORY NOTES para 62.
64)EXPLANATORY NOTES para 63.
65)EXPLANATORY NOTES para 64.
66)EXPLANATORY NOTES para 66.
67)xxxx・xx法律語辞典 864 頁(2011 年・研究社)。
68)xx・前掲註 49)(損保)195 頁。
なお、この点について 2 点付言したい。まず、Xxxxxxxxx xは Xxxxxx v Boehm 事件69)において上記のように直接判示されていたわけではない。Xxxxxxxxx xは、むしろ 1906 年海上保険法 18 条と同旨の判旨をされていたが、これを Glencore International AG v Alpina Insurance Co 事件を担当された Xxxxx-Xxxx 判事が解釈され直したのだと考えられる。また、保険者に事実上、反証の余地がないとすると、保険契約者(被保険者)に有利に過ぎるのではないかとも考えられる。しかしながら、従来から自発的申告義務は企業保険契約者(被保険者)であっても遵守するのが困難であると言われてきた70)。そうだとすると、保険契約者
(被保険者)側の自発的申告義務を維持する反面、保険者側に保険契約者(被保険者)の業界を熟知させることで情報の非対称性を解消することをもって、保険契約当事者間のxxを図っていると考えられる。
⑸ 保険法改正の背景
英国における一連の保険法改正の背景には、保険契約当事者間のxxがある71)。ここでいうxxは保険契約当事者間のxx(balance)に着目した概念であるが72)、これは告知義務違反の効果に現れている73)。
従来の 1906 年海上保険法 17 条は「海上保険契約は最大善意に基づく契約であり、一方当事者によって最大善意が遵守されない場合、当該契約は他方当事者によって取り消される。」と規定していたが、同条は、2015 年保険法 14 条 2 項(a)号により「海上保険契約は最大善意に
69)(1766) 3 Burr 1905.
70)The Law Commission and The Scottish Law Commission (Law Com No 353) (Scot Law Com No 238) “INSURANCE CONTRACT LAW: BUSINESS DISCLOSURE; WARRANTIES; INSURERS’ REMEDIES FOR FRAUDULENT CLAIMS; AND LATE PAYMENT” at para 1.27.
71)Xxxxxx and Xxxxx, supra note at p110. 72)xx・前掲註 49)(損保)181 頁。 73)Xxxxxx and Xxxxx, supra note at p110.
基づく契約である。」となり、これ以下の部分が削除された。つまり、いかなる場合においても効果は取消しであったが、2015 年保険法下の効果は、保険契約者(被保険者)の主観的態様が故意(deliberate)または重過失(reckless)の場合は附則 1 の 2 条で従前同様の取消しとなり、そうではない場合は、本来の引受条件に従って、当該条件に従って締結されていたものとして取り扱われることになる(同 4 条ないし
6 条)。
英国においては、以上のような規律が企業保険契約の保険者と保険契約者(被保険者)間のxxに適っていると理解されていることになる。そして、1906 年海上保険法 17 条の改正されなかった部分である「海上保険契約は最大善意に基づく契約である。」が意味するものの一つは、引受査定時に保険契約者(被保険者)に対して保険者がxxに対応しなければならないということが求められているということである74)。
以上より、2015 年保険法は、保険会社内の情報共有を求めていると解することができる。これによって、保険者は正確な引受査定を行うことができるようになる。これが、保険者および保険契約者(被保険者)間のxxであると英国法が考えていることになると思われる。
4.考察
⑴ 団体信用生命保険契約の制度趣旨
以上を前提として、団体信用生命保険契約における保険者の過失不知について考察したい。
団体信用生命保険契約の制度趣旨について、特に、【3】【4】【5】は、債権者である金融機関と債務者である被保険者およびその遺族の利益を同列に理解している。このような理解はこれまで自明のことであっ
74)Xxxxxx and Xxxxx, supra note at p43.
たと考えられるが75)、疑問の余地がある。
実際のところ、債権者である銀行等の金融機関が住宅ローンを提供する場合には、当該住宅ローンを担保するために当該金融機関があっせんする団体信用生命保険契約への加入が融資の条件になっていることがほとんどである76)。この住宅ローンの担保的機能を有しているという点において、団体信用生命保険契約は特殊な団体生命保険契約であると説明されている77)。さらに言うと、数ある生命保険契約の中で債権担保のために用意されているものは団体信用生命保険契約のみである78)。団体信用生命保険契約への加入がほとんどの住宅ローンで求められているとはいえ、あくまで団体信用生命保険契約は債権者が住宅ローンを回収するために存在する複数の手段のうちの一つにすぎないことから、住宅ローンが主、団体信用生命保険契約が従の関係にあると言える79)。さらに、団体信用生命保険契約の成否が被保険者の住宅ローンを組むか否かの決定に直接の関係があるわけでもない80)。
75)xxxx「団体信用生命保険の告知義務違反解除と保険会社の悪意・過失」金法 2140 号 69 頁(2020 年)。
76)xx・前掲註 3)701 頁。
77)xxx・前掲註 16)42 頁、xxx・前掲註 19)112 頁。
78)xxxx「生命保険と担保」別冊 NBL10 号(担保法の現代的諸問題)181頁(1983 年)。
79)xx・前掲註 3)7 頁、xxxx「信用生命保険」生命保険の財産法的側面
19 頁(2003 年・商事法務)。xxxxx「信用生命保険契約の法的性質」保険契約法の現代的課題(1978 年・成文堂)160 頁は、信用生命保険契約の目的は信用危険の排除であるとされる。
80)xx・前掲註 4)146 頁。なお、この点については、xx・前掲註 12)74 頁において団体信用生命保険契約が成立しないならば住宅ローンを組まないということが債務者の合理的意思であるとされているものの、xx・前掲註 4) 146 頁が債務者の関心は住宅ローンを組めるか否かであり、団体信用生命保険契約が成立しないならば住宅ローンを組まないことが合理的意思とまで言えるかは疑問であるとされている。あくまで債務者の主たる関心は住宅ローンにあると考えられ、また、両者は主従の関係にあることからも、本文のように記載した。
そうだとすると、無論、保険事故発生にあたって金融機関が保険金を受け取り、これを債務の弁済に充当して債務を免除する特約を締結しているという点で81)、被保険者の遺族の保護も図れるものであるが、団体信用生命保険契約はむしろ、金融機関を被保険者の死亡等により弁済がなされなくなるというリスクから保護している点にこそ、その機能が求められるべきである82)。団体信用生命保険契約は、金融機関を通じて被保険者に販売されており、被保険者が保険会社を選択できるわけではないという実体があることも83)、このことを裏付けているものと思われる。
以上より、団体信用生命保険契約はあくまで金融機関のための保険であるという前提で解釈すべきである。
⑵ 保険料の低廉化と迅速な引受判断の必要性
【3】【4】【5】は、団体信用生命保険契約は債権者債務者双方の利益に適うように、保険料の低廉化と迅速な引受判断が必要であると判旨しているが、どのように理解すべきであろうか。
まず、保険料の低廉化の必要性については、特に【5】が「…被保険者が不利益(保険料の高額化など)…」、「…低額な保険料…を実現させる方が、保険契約者ないし被保険者の利益となる…」と判旨している。これらの部分については、団体信用生命保険契約の保険料は形式的には保険契約者である金融機関が支払っているものであるが、それは、利息または保証料名目で実質的には被保険者の負担である。そうだとすると、【5】が保険契約者と被保険者の利益を併記している理由が問われることになるが、団体信用生命保険契約が保険契約者および
81)xx・前掲註 3)6~7 頁。
82)xx・前掲註 3)703 頁、xx・前掲註 4)144 頁、xx・前掲註 78)184
頁。
83)xx・前掲註 12)76 頁。
被保険者の双方の利益のために存在するという部分に由来するものと思われる。しかしながら、その理解が妥当ではないことは上記⑴のとおりであり、保険料の低廉化の文脈においては、実質的な負担者である被保険者の利益を重視すべきである。
そして、団体信用生命保険契約における保険料は既述(1.⑴)のとお り平均保険料方式で算定されており、被保険者の年齢にかかわらず、 一律の金額を金融機関に支払っている。つまり、利息や保証料をどの 程度にするのかを決定するのは保険契約者である金融機関なので、保 険料を低廉化したからといって、直ちに被保険者の利益に適うわけで はない。また、団体信用生命保険契約の決算においては、剰余金が発 生する場合、保険契約者に配当金が支払われる84)。大規模な団体では 剰余金のほとんどが保険契約者に還元されていると言われているが85)、これも契約者配当なので直ちに被保険者の利益に適うわけではない。
このように考えると、保険料が低廉化したからといっても直ちに被保険者の経済的な負担が減るわけではない。また、保険契約者としても、保険契約者が支払う保険料の原資は被保険者が支払う利息や保証料なので、保険料がいくらかは関係ない。したがって、保険料の低廉化は、根拠にならないと言うべきである。
次に、迅速な引受判断の必要性については、団体信用生命保険契約が住宅ローンの融資実行と関係していることから、その必要性を否定することはできない。この点、告知書に告知事項が記載されている場合かつ融資の申込金額が一定額を超える場合には、念のために個人保険の支払歴等を確認していると判示されていることから、団体信用生命保険契約の引受査定時に個人保険契約の情報を参照することが実際には不可能ではない。このような作業をすることが、迅速な融資実行
84)xxxx「団体信用生命保険における自殺免責と遺族保護」上智法学論集
63 巻 4 号 143 頁(2020 年)。
85)xx・前掲註 84)144 頁。また、xx・前掲註 12)76 頁。
に影響するほどに保険者の負担となるものか否かが問題である。
特に、【3】【4】において、「…Y における団体信用生命保険の…追加加入者数は、毎月 1 万 2000 人ないし 1 万 8000 人に上り、他方、Y の
個人保険の加入者数は、…約 1280 万件であった。」と判示されており、けた違いの件数の個人保険契約の中から団体信用生命保険契約の新規加入者を特定する時間や費用を考慮すべきであることを示唆しているものと考えられる。
しかしながら、【5】において判示されているように、当該被保険者を特定するためには、被保険者の氏名や生年月日を個人保険のデータベースに入力することが必要である。そして、特定の方法に焦点を合わせると、被差押債権としての生命保険契約の特定が問題となった東京高決平成 22 年 9 月 8 日判時 2099 号 25 頁86)においては、「…契約者
の氏名、住所、生年月日及び性別のみを特定した弁護士法 23 条の 2 に
基づく照会に対し、回答を拒否した 4 社を除く生命保険会社 43 社が、生命保険契約の有無等について回答していることが認められる。さらに…第三債務者である生命保険会社から、不服申出手続きが採られたことをうかがわせる資料はない。そうすると、…社会通念上合理的と認められる時間と負担の範囲を超える過度の負担と多大の時間を要するものとみることは相当とはいえない。」と判示されている。また、この評釈も保険会社のデータベースは整備されたものであることを示唆している87)。そうだとすると、被保険者の特定は負担とはならないことになる。そして、被保険者を特定した後に、その支払歴を確認することが【5】の言うように時間や費用のかかるものであるまで言えるか
86)xxxx・JA 金融法務 477 号 56 頁(2011 年)、xxxx・NBL953 号 71 頁
(2011 年)、xxxx・共済と保険 53 巻 8 号 20 頁(2011 年)、xxx・別冊判タ 32 号 254 頁(2011 年)、xxxx・保険判例 2012〔xxxx〕69 頁(2012年・保険毎日新聞社)、xxxx・ジュリ 1458 号 95 頁(2013 年)、xxxx・保険レポ 278 号 5 頁(2014 年)、xxxx・ひろば 67 巻 9 号 55 頁(2014 年)。
87)xx・前掲註 86)24 頁、xx・前掲註 86)〔xx〕81 頁。
については、どのように考えるべきか。保険の仕組みとして契約全体に占める支払歴のある契約はある程度の割合におさまっていなければならず88)、また、【1】【2】のように、同一の被保険者が同じ疾病で複数回入院している場合もある89)。言い換えると、被保険者の支払歴が判明するほうが圧倒的に少ないので、時間や費用はかからないものと考えられる。
また、【3】【4】では判旨中に、【5】では保険者の主張中に共同引受契約について言及されている。確かに、本稿で問題となっている裁判例は、幹事会社が相手方となっており、他の引受会社は取り上げられていない。仮に被保険者が当該団体信用生命保険契約を共同引受している保険会社の個人保険に加入しており、給付金の支払いを受けていたり、告知書に何らかの記載がなされていたりしたような場合、これらの情報は当該団体信用生命保険契約の引受にあたって重要である。しかしながら、既述(1.⑴)のように、共同引受契約において引受査 定を初めとする事務作業を行うのは幹事会社であることから、他の引受会社としては被保険者が当該団体に加入したことを認識するのは、幹事会社の引受査定が終了した後のことである。したがって、他の引受会社が自社の個人保険契約に加入等している被保険者が団体に加入
88)xx=xx=xx・前掲註 44)2 頁。
89)実際、生命保険協会の「2020 年版生命保険の動向」の図表 16(9 頁)および図表 39(20 頁)(xxxxx://xxx.xxxxx.xx.xx/xxxx/xxxxxxxxxx/xxxxx/xxx/xxx_0000.xxx)を参考に本稿の裁判例で給付金が支払われている入院や手術に注目すると、疾病入院の場合、2015 年が支払件数647 万件/保有件数7553 万件(約8.57%)、 2016 年が同 666 万件/7733 万件(約 8.61%)、2017 年が同 690 万件/7862 万件(約 8.78%)、2018 年が同 724 万件/7934 万件(約 9.13%)、2019 年が同 757 万件/7963 万件(約 9.51%)となっている。また、手術の場合は、2015年が支払件数 378 万件/保有件数 9974 万件(約 3.79%)、2016 年が同 396 万件/10274 万件(約 3.85%)、2017 年が同 417 万件/10468 万件(約 3.98%)、 2018 年が同 441 万件/10610 万件(約 4.16%)、2019 年が同 471 万件/10688万件(約 4.41%)となっており、入院・手術給付金ともに支払われる割合は落ち着いているものと思われる。
したことを知った後に何かできるわけではないので、幹事会社が引受 査定時に他の引受会社に情報を求める必要がある。この点についても、上述のように生命保険会社のデータベースは相当整備されたものであることから、他の引受会社としても幹事会社からの照会に回答することが負担とは認められないものと思われる(生命保険会社間で情報のやり取りを行うほうが債権者から照会を受ける場合よりも、被保険者の情報を特定しやすいものと思われる。)。また、引受会社としても引受査定業務を幹事会社に一任している以上、新たに加入してくる被保険者に関する情報について権利放棄していると解することもできる。なお、保険会社側は共同引受契約について言及しているが、被保険
者側はそうではない。言い換えると、被保険者側が認識しているのは幹事会社のみであり、また、保険証券は保険契約者に送付されるものであることから、他の引受会社の存在については不知である可能性があるのかもしれない。
それよりもむしろ、迅速な引受判断の必要性は、実際には団体信用生命保険契約が平均保険料方式で算定されていることをもって対処されていると考えるべきである。団体信用生命保険契約は、住居を購入する被保険者を団体としているものであることから、他の団体保険契約に比して、被保険者間の危険のばらつきが大きい90)。それにもかかわらず、一律に住宅ローン残高に平均保険料率を掛けて保険料を計算するという簡便な方式が採用されており91)、その分、個人保険契約における保険料の計算は不要となり、迅速な対応が可能となる。また、団体信用生命保険契約は通常の団体保険契約と比較して実質的には個人保険契約であるという指摘がなされているが92)、これに対しては、団体保険契約の形式を採用することで保険料が低廉になること、およ
90)xx・前掲註 84)143 頁。
91)xx・前掲註 7)128 頁。
92)xx・前掲註 12)75 頁。
び被保険者の危険選択が容易になるという反駁が可能なことから93)、団体信用生命保険契約においては平均保険料方式を採用していることが相当に重要である。
このように考えると、保険料の低廉化と迅速な引受判断の必要性のいずれも団体信用生命保険契約の特殊性の根拠となるものではない。
⑶ 団体信用生命保険契約の告知義務違反における保険者の過失の程度以上のように考えると、従来自明のこととされてきた団体信用生命 保険契約の制度趣旨およびそこから由来する保険料の低廉化と迅速な引受判断の必要性も、団体信用生命保険契約の告知義務違反における
保険者の注意義務を軽減する根拠にはならないことになる。
これらの要素が捨象されると、団体信用生命保険契約の特徴として残るのは、生命保険契約の中で唯一住宅ローンの担保を目的とするものであるということ、および通常の団体保険契約とは異なり被保険者間の危険のばらつきがきわめて大きいということである。
住宅ローンとの関係については、この特徴から保険料の低廉化等が導けないことは論じたとおりである。これは、要するに生命保険契約の使途として特徴があるということになり、保険者の過失の解釈に影響するものではないと考えられる。
また、被保険者間の危険のばらつきがきわめて大きいとなると、保険者としては、選択に慎重にならざるを得ないはずである。生命保険制度を維持していく上で、危険選択は極めて重要である94)。そのため、団体信用生命保険契約の告知書の質問事項は個人保険のそれとほぼ同
93)xx・前掲註 7)128 頁、xxx「生命保険に基づく権利の担保化」ジュリ
964 号 60 頁(1990 年)。xx・前掲註 84)143 頁脚注 48)は、団体信用生命保険契約は個人保険契約と比べて保険料が低廉であることがメリットであるとされている。
94)ニッセイ基礎研究所編・概説日本の生命保険 61 頁(2011 年・日本経済新聞出版社)。
じ内容となっている95)。それにもかかわらず、【3】【4】【5】で挙げら れているような一定の場合にしか確認作業が行われていないとすると、どのような影響があるのか。
この点、【5】においては、「…個人保険のデータベースにアクセスして、告知義務違反の有無を確認しなければならないとすると…、それに要する時間や費用により、保険料の高額化や引受判断の遅延を招き、団体信用生命保険の特色を損なうおそれがあるから…、告知義務違反という重大な約定違反をした被保険者のために、その他の被保険者が不利益(保険料の高額化など)を被ることにもなりかねない。そして、それよりもむしろ上記運用を是認し、Y の負担を軽減させることで、より低額な保険料やより迅速な引受判断を実現させる方が、保険契約者ないし被保険者の利益になる…」と判示している。この部分については、Y は、一定の場合には個人保険契約のデータベースにアクセスして告知義務違反の有無を確認していることから、そうではない場合には個人保険契約の確認作業という Y の負担の軽減を図るあまり、団体信用生命保険契約は告知義務違反があったとしてもやむを得ないと判断しているようにも読める。告知義務違反を放置すると、最終的には保険制度の根幹が揺らぐことになってしまう。団体信用生命保険契約の被保険者間の危険のばらつきがきわめて大きいという特徴と保険者の実務が矛盾しており、妥当ではない。
以上から、団体信用生命保険契約の場合にだけ保険者の注意義務を軽減することは妥当ではない。告知義務の機能として危険測定があるのだから96)、保険者の注意義務を軽減して保険制度に悪影響を与えることは適切ではなく、保険契約の種類を問わずに一定の注意義務が課されると解すべきである。
95)xx・前掲註 84)143 頁。
96)xx=xx=xx・前掲註 44)62 頁。
5.おわりに
本稿は、団体信用生命保険契約における保険者の過失について検討するものであるが、従来の裁判例等で挙げられていた団体信用生命保険契約の制度趣旨およびここから由来する保険料の低廉化と迅速な引受判断の必要性が、保険者の注意義務を軽減するものではないことを論じた。
告知義務の危険測定の観点からすると、保険制度を守り、正確な引受査定を行うためには保険契約の種類を問わずに保険者には一定の注意義務が課されると解すべきである。
告知義務の場面においては、保険者は質問に対する回答を査定する受動的立場にあるが、【1】のように不備のある告知書が提出されることもある。その際、保険者は被保険者に確認するのが通常であるが、同時に保険者内の情報を検索することも告知義務違反を防止するためには有益である。その意味で、保険会社内の情報共有が求められると解される英国法のように、日本においても個人保険契約や団体信用生命保険契約を問わずに、被保険者の情報が共有されるべきであろう。このような考え方に対しては、既述(2.⑵)のように、保険料の低廉 化と迅速な引受判断の必要性を否定すると、生命保険会社が個人保険契約と団体信用生命保険契約の所管部門を分けていること自体を否定することになりかねないという批判が考えられる。しかしながら、団体信用生命保険契約においては被保険者の住宅ローンの残高が保険金額となることから、保険者はその通知を金融機関から受けなければならない。保険会社内で所管部門をどのように設計するかは保険会社次第であるが、この 2 つを分けたままにしておいたとしても、特段問題はないのではないかと思われる。また、団体信用生命保険契約以外の団体保険契約も個人保険契約とは取り扱う部門が分かれているが、そ
の場合も当該団体保険契約固有の個人保険契約には存在しない業務があることから、部門が分かれていても問題ないと思われる。引受査定以外の点で特殊性が認められるのであれば、それに着目した内部体制となることは首肯されるものである。
以上
*本稿は、公益財団法人生命保険文化センター令和 2 年度研究助成の
成果の一部です。今回が通算 5 回目の助成となり、お蔭さまをもちまして大変多くのことを勉強させていただきました。公益財団法人生命保険文化センターに御礼申し上げます。
また、本稿は、令和 3 年 4 月 17 日に開催された公益財団法人生命保険文化センター主催の保険学セミナー(東京)における報告内容に加筆・修正したものでもあります。保険学セミナー(東京)におきまして、司会の労をお取りくださったxxxx先生(東京海洋大学教授)はじめ、質問をお寄せくださったり議論にご参加いただいたりした先生方から多くの貴重なご意見を賜りました。あわせて御礼申し上げます。