― 東京地判平成 27 年 9 月 2 日 LEX/DB 25531197 ―
(617)
判例研究
株式譲渡契約における表明保証違反と買主の主観的事情
― 東京地判平成 27 年 9 月 2 日 LEX/DB 25531197 ―
x x x x※
Ⅰ 事案の概要
Ⅱ 判旨
Ⅲ 研究
Ⅰ 事案の概要
Y1(被告)は、平成 20 年 8 月 1 日、発行済株式総数 100 株、資本金 100 万円として、飲食店を経営すること等を業とする株式会社那須屋(以下「那須屋」という)を設立した。Y1 は、本件当時、株式会社 Y2(被告。株式会社 A&G)及び那須屋の代表取締役であった。Y1 は、平成 25 年 10 月 25 日、那須屋の代表取締役を辞任した。
A を代表取締役とする X 株式会社(原告。咲永株式会社)は、Y1 の保有する那須屋の株式 100 株(以下「本件株式」という)を譲り受けることとし、X 側の担当者を B(B は、M&A 案件における対象会社の財務内容の精査等を業とする株式会社つながりバンクの代表取締役である)、Y1 側の担当者を C(C は、 M&A や資金調達の支援、経営戦略の企画立案等を行う株式会社ファルコン・キャピタルの代表取締役である)として、当該譲渡に係る契約交渉に着手した。
『一橋法学』(一橋大学大学院法学研究科)第 21 巻第 3 号 2022 年 11 月 ISSN 1347 - 0388
※ 一橋大学大学院法学研究科教授
B は、平成 25 年 9 月 18 日、同年 8 月末日時点での那須屋の財務状況(なお、同月末日時点の那須屋の試算表における「現金及び預金」の勘定項目の当月残高は、857 万 1664 円であった)を調査した結果、5800 万円を本件株式の買取希望額として設定したが、その後、C との交渉の結果、買取金額は 6500 万円と決定された。
B は、平成 25 年 10 月 18 日、株式譲渡契約の契約書のドラフトを作成した。 B は、同ドラフト中に、譲渡の条件として、Y1 及び那須屋は、譲渡日において、那須屋が保有する現金・預金(以下「現預金」という)残高が 850 万円となることを X に対して保証し、譲渡後 3 か月以内に、譲渡日において同現預金残高が同金額に満ちていなかったことが判明した場合、Y1 はかかる不足金額を、本件株式の譲渡代金から差し引いてこれを X に返金する旨の条項を規定した。
これに対し、C は、那須屋における会計上の問題として、xxxが保有する月中(譲渡日である平成 25 年 10 月 25 日)の現預金残高を明らかにすることが困難であったことから、保証の基準日を、譲渡日当日ではなく、譲渡日の属する月の月末とするよう修正することを求めた。
X 及び Y1 は、平成 25 年 10 月 25 日、前記の修正依頼を受け、以下の内容で、 Y1 が X に対し、代金 6500 万円で本件株式を譲渡する旨の契約(以下「本件株式譲渡契約」という)を締結した。
⑴ 第 2 条第 1 項 本件譲渡の条件として、Y1 及び那須屋は、平成 25 年 10 月度月次決算において、那須屋が保有する現預金残高が 850 万円となることを X に対し保証する。
⑵ 同条第 2 項 本件譲渡後 2 か月以内に、月次決算において那須屋の現預金が前項所定の金額に満ちていなかったことが判明した場合、Y1 はかかる不足金額を、本件譲渡代金から差し引いてこれを X に返金するものとし、Y2 はこれを保証する
(以下、本件株式譲渡契約の 2 条 1 項及び 2 項を併せて
「本件保証条項」という)。
⑶ 第 7 条 Y1 又は X は、自己について、本件株式譲渡契約に定め
る表明及び保証に違反が存した場合には、それによって相手方が被った損害、損失、費用を、相手方に賠償しなければならない。
⑷ 第 8 条 本件株式譲渡契約に定めのない事項又は本件株式譲渡契約の解釈について疑義が生じたときは、各当事者は、誠意を持って協議の上解決する。
平成 25 年 10 月末日に支払期の到来する那須屋の買掛金債務等の合計額は 677
万 7940 円であった。他方、同債務の支払前の那須屋の現預金残高は 589 万 0267円であり、同残高を全額使用したとしても、当該支払を完済することはできない状態であった。
X は、平成 25 年 10 月 31 日、那須屋に対し、返済期限を平成 26 年 10 月 30日、利率を年 2.3% として、310 万円の貸付け(以下「本件貸付け」という)をした。本件貸付けの結果、前記債務の支払を行った後の那須屋の現預金残高は、 221 万 2327 円(平成 25 年 10 月度月次決算(試算表)の「現金及び預金」の勘定項目の当月残高欄)となった。
X は、本件株式譲渡契約では、那須屋が保有する現預金残高を保証することが合意されていたが、実際には、譲渡時に那須屋が保有する現金が同保証額に満たなかった、また、通常の業務の範囲において予想される買掛金等の債務以外の債務が存在しないことを保証することが合意されていたが、実際には、これに該当する債務が存在したとして、Y1 に対し前記各保証の履行(不足額の支払)を請求するとともに、Y2 は X との間で前記現預金残高に係る Y1 の保証を保証する旨を合意したとして、Y2 に対し当該保証債務の履行を求め、訴えを提起した。
Ⅱ 判旨
請求一部認容。
(i) 契約条項の解釈方法について
「那須屋の保有する現預金に係る保証について、本件保証条項を形式的に適用すると、Y らが X に対して返金するべき金額は、Y らの主張するとおり、850万円から平成 25 年 10 月度の月次決算における現預金残高(221 万 2327 円)を
控除した 628 万 7673 円となる。」
「当事者間で契約を締結し、契約書を作成したような場合には、当該契約書における条項は、まず第一次的には、その文言に従って形式的に適用されるべきである。当該適用に際し、契約書の文言が不明確であるなどの問題が生じたときの解釈において、当該契約の締結経過や当事者間の合理的意思等の諸事情を考慮することがあるのはもとより当然であるが、そのような問題がないのであれば、その適用において、前記の諸事情を検討する必要性は、これを認めるに足りないというべきである。けだし、そのように解しないと、契約当事者が、それぞれ詳細な検討をした結果として契約書を作成したにもかかわらず(本件においても、X及び Y1 に代わり実質的な交渉を行った B 及び C は、本件のような M&A 案件に長けていると認められる……。)、想定外の事態が発生した結果、形式的な適用によって不利益を被ることになった当事者が契約条項の形式的な適用には問題があるとして契約を履行しないことを許すことになりかねず、当事者間のxxに反する結果となるからである。もちろん、全ての事態を事前に想定して契約書を作成することはおよそ不可能であるが、想定外の事態が生じた場合には、当事者間で改めて協議をするべきであり(本件株式譲渡契約にも、協議解決条項が存在する
……。)、契約書の条項に沿った合意と異なる合意が成立していたと認めるに足りる特段の事情がない限り、契約書に定めのない事項についての権利主張をすることはできないというべきである。
そして、かかる観点から本件を検討すると、本件保証条項の適用に際し、その文言が不明確であるなどの事情は認められず、……形式的な適用をすることが可能であるといえる。」
(ii) 補償請求と買主の主観的事情について
「Y らは、X は、表明保証条項である本件保証条項違反の事実について悪意で
あったか、少なくとも重過失であったから、本件保証条項に基づく返金義務は負わないと主張する。
この点、株式譲渡契約における一般的・抽象的な表明保証条項違反について、株式の譲渡人が責任を負うための要件として、譲受人が善意無重過失であることが必要となると解する余地があることは、Y らが主張するとおりである。しかし、本件保証条項は、いわゆる一般的・抽象的な表明保証条項とは異なり(本件株式譲渡契約においては、第 7 条……が一般的・抽象的な表明保証条項に該当す
ると解される。)、具体的に、那須屋の月次決算における現預金残高が 850 万円に満たない場合に備えて、譲受人である X の利益を保護するために、Y らの差額の保証責任を認める条項である。そうすると、X は、いわば本件保証条項違反の事実について、常に悪意であることとなり、その適用に際し、X が悪意重過失でないことが要求されるとすれば、本件保証条項は、およそ適用の余地のない規定となるが、これが当事者間の合理的意思に反することは明らかであって、この点に係る Y らの主張は、採用することができない。
以上によれば、Y1 及び Y2 は、本件保証条項に基づき、X に対し、連帯して、 628 万 7673 円及びこれに対する年 6 分の割合による遅延損害金の返金義務を負
うと認められる(商法 503 条 2 項、511 条 2 項)。」
Ⅲ 研究
1.本判決の意義
本判決の意義は二つある。一つは、M&A 契約の解釈方法を明示した点である。株式譲渡契約における表明保証条項と補償条項の解釈方法について、特段の事情 がない限り、形式的な文言解釈をすべきであるとした。もう一つは、いわゆる特 別補償条項1)の有効性を認めた点である2)。具体的な事実を把握した上で定めら
1) 特別補 償については、例えば、xxxxx法律事務所編『M&A 法大全(下)〔全訂版〕』(商事法務、2019 年)(以下では「M&A 法大全(下)」と引用する)187-192 頁、 225-226 頁〔xxxx〕、森・xxxx法律事務所編『M&A 法大系』(有斐閣、2015 年)
(以下では「M&A 法大系」と引用する)252-253 頁〔xxxx〕参照。
2) xxxxx = xxxx「本件判批」金融法務事情 2107 号(2019 年)45 頁。
れた特定の事項に関する表明保証条項(特別補償条項)については、買主の主観的事情について明示的な定めがなくても、悪意の買主による補償請求が認められるとした。本判決の結論には賛成であるが、判旨には疑問な点がある。
2.表明保証の意義と機能
表明保証(Representations and Warranties)とは、各当事者が、一定の事項
(事実もしくは権利関係の存在または不存在)がxxかつ正確であることを相手方当事者に対して表明し、保証するものである。株式譲渡契約の場合、売主による表明保証事項には、売主自らに関する事項および売買の目的物である対象会社の株式に関する事項に加えて、譲渡価格の算定などの前提とされた対象会社の財務状況なども含まれる3)。
表明保証条項は、通常は、前提条件4)、解除、補償5)などの他の契約条項と関連づけられている。そのため、表明保証された事項がxxまたは正確でなかった場合(以下では「表明保証違反6)」という)には、契約上与えられた効果、例えば、(1)相手方においてクロージング(具体的な取引実行行為)を行う義務の不発生、(2)相手方における契約の解除権の発生、(3)表明保証違反によって相手
3) 表明保証については、例えば、M&A 法大系・227 頁以下〔xx〕、M&A 法大全(下)・
173 頁以下〔xx〕を参照。
4) 前提条件(Conditions Precedent)とは、各当事者について、当該当事者が取引(本件では株式譲渡)を実行する義務の前提条件として規定されるものであり、かかる前提条件が充足された場合に限り、当該当事者は取引実行のために必要な行為(株式譲渡の場合、売主は株券または株式名簿書換請求書の交付、買主は譲渡価額の支払)を行う義務を負うものとされる。前提条件については、例えば、M&A 法大系・240 頁〔xx〕参照。
5) 補償(Indemnification または Indemnity)とは、ある当事者に表明保証違反、誓約違反またはその他の義務違反があった場合に、当該違反による損害を塡補または賠償等する旨の合意である。xx法における「Indemnification」を日本に持ち込んだ概念であり、表明保証違反に基づく損害賠償という概念のない日本においては、表明保証違反に基づく金銭的救済措置を創出もしくは明確化する根拠として、補償条項が用いられる。補償義務の範囲・期間や補償の方法などを詳細に規定し、個別事項ごとに合意することで、当事者間の金銭的救済の方法及び範囲が明確になり、より詳細なリスク分担が可能となるとともに、予見可能性が確保される。以上につき、M&A 法大系・245 頁〔xx〕参照。
6) 「違反」という言葉を用いているが、実際の事実または権利関係が表明保証の内容と異 なるということを意味しているにすぎない。それは、原則として、当事者の主観的要件や 帰責性を問わない客観的な事実状態であり、何らかの義務に違反したということではない。
方に生じた損害や損失等に対する補償責任の発生などの効果が生じることになる7)。このような効果と結びついているため、表明保証には売買当事者間のリスク分担(分配)機能8)や、売主による情報開示を促進し9)、買主による対象会社のデュー・ディリジェンスを補完する10)機能があるとされる。
表明保証に関する紛争は、取引実行(クロージング)後の補償請求を巡って生じることが多い11)12)。表明保証違反が判明するのは、取引実行後に買主が対象会社の支配権を掌握し事業を統合する過程である可能性が高いし、取引実行前に
7) xxxxx「表明保証条項のデフォルト・ルールに関する一考察」xxxx = xxxx
= xxxx編集代表『会社・金融・法〔下巻〕』(商事法務、2013 年)4 頁。
8) 売主は、表明保証の対象となる事項を限定することにより、自らが負担するリスクを当 該事項にまつわる不確実性から生じる損失の範囲に限定することができる。買主は、表明 保証の対象となっていない事項については、自ら情報を収集・分析・評価し、そのリスク を負担する必要がある。買主は、売主の表明保証の対象となっている事項については、そ れがxxであると仮定して取引条件を交渉し確定することができる。契約締結後に売主が 表明保証した事項が正確でなかったり事実と異なっていることが判明した場合は、買主は、前提条件の不充足を理由に取引を中止したり、補償条項に基づき補償請求を行うことで金 銭的な救済を受けることができるので、経済的損失を回避できる。表明保証が果たす機能 については、例えば、M&A 法大系・229 頁〔xx〕、M&A 法大全(下)・174 頁以下〔x x〕を参照。
9) 表明保証条項を設ける場合は、売主は、表明保証違反となることがないように、対象会社などの状況を確認した上で表明保証の内容を決めることになる。売主が認識した事項については、その事項を開示別紙に記載し、表明保証の対象から除外することになるので、対象会社を含む売主側の情報が(ネガティブな情報も含めて)開示されることになる。 M&A 法大系・229 頁〔xx〕。
10) 表明保証条項がなければ、取引条件(譲渡価格など)の前提となる事情を買主側で確認することが必要となり、買主のデュー・ディリジェンスの負担は重くなる。表明保証条項がある場合は、買主は、表明保証の対象とならない事項を精査すればよいので、買主のデュー・ディリジェンスの負担が軽減される。M&A 法大系・229 頁〔xx〕。
11) 日本で表明保証が問題となった事件の多くは、補償請求がなされた事件である。xxxxxほか「表明保証条項違反を理由とする損害賠償請求訴訟」論究ジュリスト 22 号
(2017 年)161 頁〔xxxx発言〕。
12) 本判決前の主な裁判例としては、例えば、東京地判平成 18 年 1 月 17 日判例時報 1920
号 136 頁、東京地判平成 19 年 7 月 26 日判例タイムズ 1268 号 192 頁、東京地判平成 22 年
3 月 8 日判例時報 2089 号 143 頁、東京地判平成 23 年 4 月 15 日 LLI/DB L06630215、東京
地判平成 23 年 4 月 19 日金融・商事判例 1372 号 57 頁、大阪地判平成 23 年 7 月 25 日金
融・商事判例 1375 号 34 頁、東京地判平成 24 年 1 月 27 日判例時報 2156 号 71 頁、東京地
判平成 24 年 3 月 27 日 LEX/DB 25492660(信託受益権の譲渡の事案)、東京地判平成 24
年 4 月 25 日 LEX/DB 25493539、東京地判平成 24 年 5 月 22 日 LEX/DB 25494299、東京
地判平成 26 年 2 月 12 日 LEX/DB 25518237 などがある。
表明保証違反やその可能性が生じても、取引が中止されず、取引実行が選択される場合があるからである。そのため、日本における表明保証に関する議論は、補償との関係を中心に展開されてきた。補償請求と結びついた表明保証の法的性質は、瑕疵担保責任における瑕疵の範囲を拡張する特約であるとする見解13)もあったが、現在では主契約(例えば株式譲渡契約)に従属する損害担保契約14)であるとする見解15)16)が一般的な見解になっている。
3.判旨(i)について:表明保証条項の解釈方法
本件では、本件保証条項(本件株式譲渡契約の第 2 条 1 項 2 項)を巡り、売主側が保証したのは何か17)について、当事者間で争いが生じている。M&A 契約の条項、特に表明保証条項の内容や趣旨について当事者の見解が異なった場合、それはどのように解釈されるべきか。
⑴ 裁判例
これまでの裁判例18)の中には、契約条項の文言を尊重せず、裁判所が補償請
13) 例えば、xxxx「判批」金融法務事情 1772 号(2006 年)5 頁。平成 29 年民法改正前は、瑕疵担保責任に関する民法の規定が準用されると解する余地もありえた。xxx「表明・保証の意義と瑕疵担保責任との関係」xxxx = xxxx = xxxx編『現代企業法・金融法の課題』(弘文堂、2004 年)88-89 頁(平成 29 年改正前民法の下での議論)。
14) 損害担保契約については、例えば、xxxx「損害担保契約」xxx = xxxx編著
『解説 新・条文にない民法』(日本評論社、2010 年)316 頁参照。
15) xxx「表明保証条項をめぐる実務上の諸問題(上)」金融法務事情 1771 号(2006 年)
45-48 頁、xxxx「判批」金融法務事情 1812 号(2007 年)69 頁、xxxx「xx型契約の日本法的解釈に関する覚書(下)」NBL 895 号(2008 年)75-76 頁、xxxx「判批」旬刊商事法務 1876 号(2009 年)53 頁、xxxxx編著『M&A の契約実務(第 2版)』(中央経済社、2018 年)160-162 頁など。
16) 平成 29 年改正前民法の下でも、表明保証違反責任(補償義務)は、表明保証の対象が目的物(株式譲渡契約の場合は対象会社の株式)に関するものに限られない点や、買主の善意無過失が要求されない点などにおいて、「目的物」の「隠れた瑕疵」を対象とする平成 29 年改正前民法の瑕疵担保責任(平成 29 年改正前民法 570 条・566 条)とは異なると理解されていた。例えば、M&A 法大全(下)・178 頁〔xx〕、xx編著・前掲注 15) 160-162 頁。
17) 一定の期日における決算(試算表)の数値(「現金及び預金」の項目が 850 万円となっていること)を保証したのか、一定の期日に会社債務を全て支払った後に対象会社(那須屋)に残る現金・預金の額が 850 万円であることを保証したのかが争われている。
求の要件を加重したり19)、条項ごとの文言の使い分けを無視した判示をしているものもあるが20)、裁判例の多くは契約条項の文言にxxに表明保証違反の有無を検討する傾向にあると思われる21)。
⑵ 学説
学説では、表明保証条項などの M&A 契約の条項は文言解釈されるべきであるとする見解が有力である22)23)。M&A の契約交渉においては、ある要件・制限
18) 本判決以前の裁判例である。
19) 例えば、東京地判平成 18 年 1 月 17 日判例時報 1920 号 136 頁(アルコ事件)。アルコ事件については、Ⅲ 4.⑴を参照。
20) 例えば、東京地判平成 23 年 4 月 19 日金融・商事判例 1372 号 57 頁(アドバンセル事 件)で問題となった表明保証条項は、前提条件との関係では「重要な点において」との限 定が付されていたが、補償との関係ではこのような限定がなかった。それにもかかわらず、裁判所は、補償請求の可否を判断する際に、「本件契約上表明保証の対象たる事項につい て『重要な点で』不実の情報を開示し、あるいは情報を開示しなかった事実は認められな い」とし、「重要な点において」という前提条件についてのみ付加された文言を、補償請 求の場合にも読み込んだ判示をしている。裁判所は補償請求の要件を契約で定められてい るよりも加重していることになる。裁判所は、前提条件と補償とでは機能的な差異がある ために契約上も区別して取り扱われることを十分に理解していなかったようにも思える。 xxx「表明保証と当事者の主観的事情〔上〕」旬刊商事法務 1998 号(2013 年)93 頁。 さらに、東京地判平成 19 年 7 月 26 日判例タイムズ 1268 号 192 頁(カワカミ事件)も、 契約の文言を尊重しない判示を行っている。この事件で問題となった表明保証条項(基本 契約の 11 条)は、補償請求との関係で重大性の有無を書き分けて規定していた。11 条⑥
(重大な不利益の不存在)や同条⑯(提供された情報の正確性)では重大性や重要性による限定が付されていたのに対し、同条⑦(資産)にはそのような限定は付されていなかった。それにもかかわらず、裁判所は、いずれについても重大性や重要性による限定を図る一般論を展開している。この事件については、xx・前掲 94 頁、xx・前掲注 7)12-15頁も参照。ただ、これら二つの裁判例は、表明保証違反による補償請求の法的性質を売主の情報提供義務違反・説明義務違反に基づく請求と捉えているようであり、他の裁判例とは異質の判断であるように思われる。xx・前掲 93-94 頁。
21) 例えば、大阪地判平成 23 年 7 月 25 日金融・商事判例 1375 号 34 頁(ツインツリー・ホ
ールディングス事件)、東京地判平成 24 年 1 月 27 日判例時報 2156 号 71 頁(細渕産業事
件)、東京地判平成 24 年 4 月 25 日 LEX/DB 25493539(サピエンス研究所事件)など。 22) 通常の M&A 案件では文言解釈を行うべきであるが、案件が小規模であるなどの理由
で一般的な M&A 契約のテンプレートをそのまま利用したような「特殊」な事案では裁判所による修正解釈が認められうるという見解もある。xxx「判批」ジュリスト 1406号(2010 年)159 頁。この見解に立ったとしても、本件では、当事者双方が専門のアドバイザーを雇い、対象会社である那須屋の具体的な事情に対応するための条項を交渉し合意しているので、修正解釈が認められるべき場合ではないと思われる。
によって利益を受けまたは不利益を被る当事者は、それぞれが自らの利益または 不利益について注意を尽し、自らの利益を守るべく契約交渉を行い、適切な契約 文言を起草する責任を負うべきであり、適切な要件・制限を付さなかったことに より利益を逸したり不利益を被ったりすることがあったとしても、その不利益は 自らが甘受すべきであるから、M&A 契約において付加的な要件・制限が規定さ れていない場合は、原則として、そのような要件・制限は排除されていると読む べきである、というのである24)。特に、表明保証の場合は、契約書に記載のな い要件・効果を生じさせる解釈は、原則として差し控えられるべきであると強く 主張されている。表明保証は契約当事者間のリスク分配機能を有するのであり、 裁判所が契約書に明示されていない要件や制限を表明保証条項の解釈に持ち込み、それを事後的に修正することは、契約当事者が契約締結時点で前提としていたリ スク分配を変更することになり、他の取引条件にも影響を及ぼすので適切ではな いからである25)。
但し、常に文言解釈すべきであるというわけではなく、以下のような場合は、例外的に、契約を修正解釈すべきであるとされる。一つは、当事者間に構造的な情報格差があるなど、契約が対等な当事者間の交渉の機会を前提に締結されたものと解しえない場合である。これは、単なる情報格差や交渉力の差異ではなく、支配・従属会社間の組織再編など、独立当事者間の取引とはいえず、かつ独立性
23) 裁判例の中にも、私的自治の原則を強調した判示を行い、契約条項の文言を重視していると思われるものもある。東京地判平成 19 年 9 月 27 日判例時報 1987 号 134 頁(ライブドアオート事件)は、株式譲渡契約書ではなく、資本提携契約書における「表明及び保証」条項が問題となった事件であり、その契約書には買収者が表明保証に違反した場合の責任についての規定は設けられていなかったところ、契約書に規定されていない買収者の説明義務・情報提供義務の存否が問題となった事件である(原則として義務の存在は否定)。この事件は、本件で問題となっている、株式譲渡契約における表明保証条項に関する契約解釈という場面とは異なるものの、実質的には共通する問題を扱っているとも考えられるので、その判示内容は参考になると思われる。xxxx「判批」判例評論 595 号
(判例時報 2008 号)(2008 年)26-28 頁、xxxx「判批」旬刊商事法務 1965 号(2012年)94-96 頁も、場面の違いを特に区別せずに議論している。なお、xx・前掲注 20)92頁も参照。
24) 中東・前掲注 23)26 頁、xx・前掲注 7)22 頁、xx・前掲注 20)92 頁。
25) xx・前掲注 13)88 頁、中東・前掲注 23)26 頁、xx・前掲注 23)94 頁、xx・前掲注 7)14-15 頁、xx・前掲注 20)92 頁。
確保のための措置も十分に講じられていないような、極めて例外的な場合であるとされる。もう一つは、特段の事情が認められる場合である。これは、虚偽の事実の開示がなされた場合や、相手方が現に問題にした事項に対して故意にxxを秘匿した場合、先行行為による誤信があった場合などであるとされる26)。
⑶ 本判決
判旨(i)は、契約書の条項は、原則として、その文言に従って形式的に適用されるべきであり、契約書の文言が不明確であるなどの問題がないのであれば、当該契約の締結経過や当事者間の合理的意思等の諸事情を検討する必要性はないとしている。このように、判旨(i)が契約条項の解釈適用について原則を述べている部分は、裁判例の多くや学説の有力な見解に従ったものであり、妥当である27)。
判旨(i)は、この原則に対し、特段の事情による例外を認めている。契約書の文言を常に尊重すべきであるというわけではないので、特段の事情による留保を置くこと自体は問題ない。しかし、「契約書の条項に沿った合意と異なる合意が成立していた」ことが特段の事情であるとしており28)、本判決における特段の事情の位置づけは学説とは異なると思われる。
学説では、原則として契約条項は文言解釈されるべきであるが、例外的に文言解釈によらないことができる場合(当事者の合意を尊重できず、裁判所が契約条項を修正すべき場合)はどのような場合かを示すのが特段の事情であると考えている。特段の事情は、虚偽の事実の開示がなされていた場合のように、契約書の文言通りの効果を生じさせるべきではない事情があったかどうかを判断・考慮す
26) 文言解釈をすべきでない場合については、中東・前掲注 23)26 頁、xx・前掲注 23)
94-96 頁、xx・前掲注 20)92 頁を参照。
27) 本判決が契約書の条項は原則としてその文言に従って形式的に適用されるべきであるとしていることには疑問がないが、本判決はそのように考えるべき理由を当事者間のxxに反する結果とならないようにするためであるとしており、xxxに依拠しているように読める点は疑問である。契約条項が文言通り形式的に適用されるべきなのは、入念な交渉を経て精緻に作り込まれた契約書の文言に込められている当事者の合理的な期待を損なわないようにして、M&A 契約に期待される機能・役割が適切に果たされるようにするためであると考えられるので、当事者間のxxを持ち出す必要はないのではないか。
るために設けられている。
それに対し、本判決は、契約書の文言が不明確でない場合において、契約書に書かれている合意とは異なる内容の合意が契約書外で成立していたことが特段の事情であると考えている。契約法の原則からすると、当事者が合意すれば契約書がなくても契約は成立するから、契約書の外の(契約書に書かれていない)合意も効力を有するので、契約書に完全合意条項29)が規定されているのでなければ、そのような契約書外の合意があるかどうかを探求し、そのような合意があるのであればそれで代替・補充するということもありえないわけではない30)。しかし、
28) 判旨(i)は、「想定外の事態が生じた場合には、当事者間で改めて協議をするべきであり……、契約書の条項に沿った合意と異なる合意が成立していたと認めるに足りる特段の事情がない限り」としているので、特段の事情というのは、契約締結後に、当事者が予期していなかった事態が発生したため、そのような後発的事象の発生を前提として当事者が再交渉した結果、契約書の合意とは異なる新たな合意が成立した場合のことを想定しているようにも読める。再交渉するかどうか、再交渉して新たな合意をするかどうかは当事者の自由であり、新たな合意がなされたら、それが従前の合意を覆すのも当然である。特段の事情がこのようなことを意味しているのであれば、それは当然のことを確認しているだけであって、問題はない。しかし、本判決が特段の事情の有無を検討しているところを見ると、契約締結時までの合意により売主が保証した内容は何かを問題にしており、契約締結後に生じた予期せぬ事態に対応するために再交渉がなされて新たな合意が結ばれたかどうかを問題にしているのではない。裁判所は、契約締結時までに契約書の合意と異なる合意が契約書の外でなされていたことが特段の事情であると考えているように思われる。
29) 完全合意条項(entire agreement clause)とは、契約書面が契約当事者の最終かつ完全な合意の表現であることを示す契約条項である。株式譲渡契約の場合は、典型的には、その主題事項に関する「完全な合意」を構成する旨、および、株式譲渡契約を締結する前になされた当該主題事項に関する一切の合意(書面によるか、口頭によるかを問わない)は契約締結をもって失効する旨が定められる。完全合意条項は、xx法の口頭証拠排除法則
(parol evidence rule)を前提とする契約条項が日本に持ち込まれたものである。日本においても、当事者間で証拠方法を制限する合意である証拠制限契約の有効性は認められているので、完全合意条項を、当事者間で契約解釈に関する紛争が生じた場合に、裁判所に提出できる証拠を最終契約書面に限る旨の証拠制限契約と解することにより、完全合意条項の効力を認めることは可能であると考えられる。M&A 法大全(下)・232 頁〔xx〕、xxx「完全合意条項の意義と解釈」xxxx先生古稀記念『はばたき― 21 世紀の知的財産法』(弘文堂、2015 年)987-988 頁、999-1000 頁。
30) 完全合意条項は、日本法の下では証拠制限契約と解すべきなので(星・前掲注 29)999頁、M&A 法大全(下)・232 頁〔xx〕)、契約書に完全合意条項が設けられている場合は、契約書の合意とは異なる合意の存在を主張することは認められないと考えるべきである。本件で完全合意条項が締結されていたかどうかは、判決文からは明らかではない。契約書に完全合意条項が規定されていなかった場合も、表明保証条項については、それがあるものとして契約条項を読むべきであるとする見解もある。中東・前掲注 23)27 頁参照。
そのような、契約書に書かれていない、契約書の合意と異なる合意の存在の主張を許容すると、契約書を作成する意味が乏しくなるように思える。当事者間で入念な交渉を行い契約書の文言を精緻に作り込むための努力が否定されかねず、判旨(i)の原則部分で述べられている理由付けと整合的でないように思える31)。本件は、契約書の文言が不明確ではなく、契約条項の文言解釈で結論が導ける事案であり、特段の事情についての判示は必要なかったように思う32)。
4.判旨(ii)について:表明保証違反と買主の主観的事情
本件の表明保証違反に基づく補償請求(本件株式譲渡契約の第 2 条と第 7 条)には、買主の主観的事情についての定めが設けられていない。買主の主観的事情についての定めが契約書に設けられていない場合に、表明保証違反について悪意
(重過失)の買主が補償請求できるかどうか33)については考え方が分かれている。
⑴ 裁判例
この問題についてのリーディングケースはアルコ事件である。アルコ事件は、株式譲渡契約における表明保証違反を理由に買主が売主側に対し補償請求をした事件である。裁判所は、表明保証違反を認めた上で、買主(原告)が表明保証違
31) 本判決は、契約書の文言が不明確ではない場合に、契約書外で、契約書に書かれている合意内容とは異なる、契約書記載の合意内容を上書き・修正する別の合意がなされていることが特段の事情であると考えている。このような特段の事情の主張を許し、契約書外の合意があればその合意が契約書の記載に優先するとすると、契約書を作成する意味が乏しくなる。当事者の一方は自分に有利になるように、契約書に書かれているのとは異なる別の合意があったと常に主張することになると考えられるので、契約書の文言を交渉したり精緻化したりするインセンティブは低下し、リスク分配機能など M&A 契約が果たすべき機能も損なわれるだろう。
32) 原告と被告の間で争いがあるのは、本件保証条項で保証されていることは何か(何について保証すると合意しているか)である。本判決は、契約書の条項は、その文言が不明確であるなどの問題がない場合は、契約の締結経過などの事情を検討する必要はなく、その文言に従って形式的に適用されるべきであるとし、さらに、本判決は、本件保証条項の文言は不明確ではなく、形式的に適用できるとしている。そうであるなら、保証の内容について契約の交渉過程で何らかの取決めがなされていたとしても、契約書に書かれていない限り、そのような事情は契約書の条項の解釈に影響を与えず、本件保証条項で保証されている内容は契約書の文言で決まるのであって、契約書外の合意の有無(すなわち、本判決のいう特段の事情の有無)の探求をする必要はないと考えるのが自然ではないか。
反について悪意であった場合には売主たち(被告ら)は表明保証責任を免れることを前提として、買主が悪意であるかどうかについて検討を行い(悪意は否定)、さらに、裁判所は、「原告が被告らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることが原告の重大な過失に基づくと認められる場合には、xxの見地に照らし、悪意の場合と同視し、被告らは本件表明保証責任を免れると解する余地がある」とした(重過失は否定)。アルコ事件で問題となった表明保証には買主の主観的事情についての定めは設けられていなかったものの、表明保証違反について悪意・重過失のある買主の補償請求を否定する趣旨の判示が行われた34)。このように解すべき理論的根拠は明らかにされておらず35)、この判示に対する批判も強い36)。
33) 米国では、買主が売主の表明保証違反の事実を契約締結前またはクロージング(取引実行)前に知りながら契約締結またはクロージングを行い、その後になって売主に対して補償請求を行うことをサンドバッギング(sandbagging)と呼ぶ。この言葉は、特に相手の弱みに付け込むために本当の地位や実力、意図を隠したり偽ったりすることを意味し、19世紀に米国のギャングが砂袋(sandbag)を武器として用いたことに由来するものであるとされる。xxxxx、xxx「表明保証と当事者の主観的事情〔下〕」旬刊商事法務 1999 号(2013 年)37 頁。売主からの情報の受領(ないし買主の主観)は表明保証違反責任に影響しない旨の規定はサンドバッギング(プロ・サンドバッギング)条項と呼ばれ、買主の主観的態様によって表明保証違反責任を制限する旨の規定はアンチ・サンドバッギング条項と呼ばれる。例えば、M&A 法大全(下)・191 頁〔xx〕参照。
34) アルコ事件後の裁判例にも、悪意の買主による補償請求を否定する旨の判示をするものがある。例えば、東京地判平成 23 年 4 月 15 日 LLI/DB L06630215(コミュニティ・スクエア事件)では、「財務諸表の作成基準日以降、A 社(筆者注:株式譲渡の対象会社)の財政状態、経営成績、キャッシュフロー、事業、資産、負債又は将来の収益計画に悪影響を及ぼし、又はその虞のある事由若しくは事象は発生していないこと」を売主が買主に対し表明保証していたところ、裁判所はこの表明保証に関して、「事由若しくは事象」とは、買主が「認識し得ないものに限られると解される」と判示している。表明保証の範囲を買主の主観的事情によって実質的に制限しており、買主が悪意・重過失の場合だけでなく、軽過失が認められるにすぎない場合も、補償請求が否定されるようにも読める。なお、大阪地判平成 23 年 7 月 25 日金融・商事判例 1375 号 34 頁(ツインツリー・ホールディングス事件)も参照(アンチ・サンドバッギング条項による免責を認めた)。
35) xxxx「判批」ジュリスト 1353 号(2008 年)137 頁、xx・前掲注 15)54 頁。仮に、表明保証条項が平成 29 年改正前民法の瑕疵担保責任に関する特約であるとすれば、補償
請求には買主の善意無過失が要求されることになりそうであるが(平成 29 年改正前民法
570 条)、アルコ事件判決は、重過失の有無を問題としており、表明保証条項を瑕疵担保責任に関する特約であるとする見解によるものではないと考えるのが自然である。xx・前掲注 15)77 頁。
⑵ 学説
学説では、考え方が分かれている。買主の主観的事情について契約書で特に規定されていない場合に、買主の主観的事情を表明保証違反による補償責任の追及において問題にすべきかどうか37)については38)、(1)買主が表明保証違反について悪意・重過失の場合に、買主が表明保証違反の責任追及を行うことは、xxx違反または権利濫用として許されないとする見解39)、(2)買主が表明保証違反について悪意・重過失の場合には表明保証違反の責任追及は原則として許されないが、表明保証違反の事実に伴うリスクを契約条件に反映させることができない事情が存在した場合には、表明保証違反の責任追及ができるべきであるとする見解40)、(3)原則として買主の主観的事情は問わないのが当事者の合理的意思であるが、個別具体的な事情によっては主観的事情が問題となり、補償責任が否定されるべき場合があるとする見解41)42)などが主張されている43)。
⑶ 本判決
本件株式譲渡契約では、第 7 条で表明保証違反の補償請求が一般的な形で定め
られており、第 2 条(本件保証条項)で特定の事項について表明保証違反の補償請求が定められている(いわゆる特別補償条項であると考えられる)。いずれも
36) 例えば、xxxx「判批」金融・商事判例 1239 号(2006 年)3-4 頁、xxx「表明保証条項をめぐる実務上の諸問題(下)」金融法務事情 1772 号(2006 年)39-40 頁、xx・前掲注 35)138 頁、xxx見「『買主、注意せよ』から『売主、開示せよ』への契約観の転換」NBL 949 号(2011 年)32-35 頁、xxx「M&A 等における表明保証と情報開示」金融法務事情 2067 号(2017 年)21 頁など。
37) デフォルト・ルールとして、プロ・サンドバッギング・ルールを採用するか、アンチ・サンドバッギング・ルールを採用するかという問題である。
38) 以下の学説の整理は、xx・前掲注 7)18-19 頁によった。
39) xxxx「判批」NBL 830 号(2006 年)6 頁、xxxx「判批」金融法務事情 1805 号
(2007 年)38-40 頁、xxx「判批」xxxx = xxxx編著『M&A 判例の分析と展開』
(経済法令研究会、2007 年)199 頁。 40) xx・前掲注 15)54 頁。
41) xx・前掲注 36)39 頁、xxxx「判批」判例タイムズ 1243 号(2007 年)41-42 頁、xxx「判批」判例タイムズ 1259 号(2008 年)69-70 頁、xx・前掲注 35)137-138 頁、xx・前掲注 36)34-35 頁、xxxx「買収監査と表明保証・補償責任」xxxx = xxxx編『実務に効く M&A・組織再編判例精選』(有斐閣、2013 年)11 頁、xx・前掲注 33)38-39 頁など。
買主の主観的事情についての定めは設けられていない。
本判決は、第 7 条についても第 2 条についても、補償請求の要件として買主の
主観的事情を考慮する必要があるかどうかを述べている。第 7 条について述べている部分44)には、二つの疑問がある。まず、ルールの内容自体である。本判決は、第 7 条のような「一般的・抽象的な表明保証条項違反について、株式の譲渡人が責任を負うための要件として、譲受人が善意無重過失であることが必要となると解する余地がある」としており、アルコ事件と同様の考え方を採用しているように思える。そうだとすると、アルコ事件の採用する、表明保証違反について悪意・重過失の買主による補償請求は否定するという考え方自体が妥当ではないと思われるので45)、この部分の判示には反対である。
次に、判決の内部的な整合性である。もし本判決がアルコ事件と同様の考え方を採用したとすると、判旨(i)で述べていることと整合的でないと思われる。
42) 補償責任が否定されるべき例外的な場合を画するために、どのような要素を重視すべきかについては見解が分かれている。⑴買主が売買価格減額の直接の要素となる事実を知りながら減額を求めることなくあえてクロージングに至った場合など、減額前の価格を認容したような場合には表明保証違反は問えないとする見解(xx・前掲注 36)39 頁、xx・前掲注 41)42 頁)、⑵契約締結過程の諸事情を勘案して規定の欠落が当事者の合理的意思として当事者の主観を斟酌しない趣旨かどうかを判断すべきとする見解(xx・前掲注 35)137-138 頁)、⑶表明保証違反の程度、表明保証違反の事実作出についての売主の帰責性、表明保証違反の事実についての売主の主観的要素、表明保証違反の事実についての買主の主観的要素、表明保証違反の事実と損害との距離・蓋然性、買主と売主の交渉力の相違などの諸要素を総合的に考慮すべきとする見解(xx・前掲注 41)70 頁)、⑷買主が売主の表明保証違反を容認したと評価される意思決定を行った場合は、xxx上補償請求を否定すべきとする見解(xx・前掲注 33)38-39 頁)、などがある。
43) なお、本件の事案とは異なるが、M&A 契約において買主の主観的事情を問題としない旨が明示的に規定されている場合もある(いわゆるプロ・サンドバッギング条項が設けられている場合である)。このような場合は、当事者の意思が明確になっているので、当事者の合意が尊重されるべきであるとする見解が多数であると思われる。例えば、xx・前掲注 35)137 頁、xx・前掲注 15)54 頁。
44) この部分は傍論である。
45) 補償請求において買主の主観的事情を問題にすると、買主は、事実上、情報を分析する義務を負うことになる。買主がデュー・ディリジェンスなどを通じて発見した情報については表明保証違反による補償請求ができなくなってしまうため、買主はその情報を適切に分析し、売主と交渉して、譲渡価格など、補償条項以外の条件に反映させる必要があることになるからである。この点については、xx・前掲注 7)28-32 頁、x垣内ほか・前掲注 11)169-170 頁〔xxx発言〕参照。情報分析と交渉のための取引費用が過大になりうるので、原則として、買主の主観的事情は問題にすべきではないと思われる。
アルコ事件の考え方によると、表明保証違反についての買主の悪意・重過失を主 張立証することができれば、売主は補償請求を拒むことができることになるはず である。しかし、判旨(i)で述べられている契約条項の解釈方法についてのx xからすると、売主は、買主の悪意・重過失を立証するだけでは補償請求を拒む ことはできないように思う。判旨(i)の原則からすると、契約条項は原則とし て文言通り形式的に読むべきことになるので、買主の主観について規定されてい ないということは、買主の主観を問題にすることなく、表明保証違反があった場 合は補償請求できるということになるはずである。判旨(i)の考え方からする と、契約書の文言が不明確でない場合は、当事者が契約書に記載されている合意 と異なる合意が成立していること(すなわち、本判決のいう特段の事情があるこ と)を主張立証することができてはじめて、例外的に、裁判所は契約書で書かれ ていない合意に従った判断を行うことができる、ということになるはずである。 売主が、契約書には書かれていないものの、表明保証違反について買主が悪意・ 重過失の場合は補償請求できないという合意が買主と売主との間で成立していた、ということを主張立証することができないと、裁判所は、契約書の文言通り、買 主の主観を問題にすることなく、補償請求を認めなければならないと思われ る46)。
第 2 条(本件保証条項)についての判示内容は支持できる。第 2 条は、いわゆる特別補償を定めた条項であると考えられる。特別補償とは、通常の表明保証違反に基づく補償条項とは別個に、特定の事項について特別の補償を定める条項である47)。契約締結に際して当事者双方が問題を認識している場合に、その問題の影響を譲渡価格に反映させることができる場合もあるが、契約締結時点ではその問題の影響や顕在化の可能性の程度が明らかでない場合も多く、当事者間で認識が一致しないことも少なくない。そのような場合には、譲渡価格の減額について当事者間で合意することは困難であるので、実際に損害が発生した時点で事後
46) 本判決が「解する余地がある」としているのは、アルコ事件の考え方を採用するというのではなく、売主が本文で述べたような契約書外の合意を主張立証できた場合のことを意味しているかもしれない。そうであるなら、本判決には不整合はないことになる。
47) 特別補償の意義と機能については、例えば、M&A 法大全(下)・187-192 頁、225-226頁〔xx〕、M&A 法大系・252-253 頁〔xx〕参照。
的に補償によって解決を図るために、特定の事項について、通常の補償とは別に設けられるのが特別補償条項である48)。特別補償が用いられるのは、当事者双方が認識済みの問題について、明示的に特別のリスク分担の規定を設け、補償請求者が悪意であったとしても補償条項の発動が可能であることを明確にするためである49)。特別補償条項が設けられていることそれ自体で、買主の主観的事情を問題にしないという当事者の意図が明らかになっていると考えられるので、本判決が第 2 条について買主の主観的事情を問わず補償請求ができるとしているのは、特別補償条項が設けられた趣旨に合致する判示内容であり50)、正当である。
48) M&A 法大全(下)・225-226 頁〔xx〕。
49) M&A 法大系・253 頁〔xx〕。
50) xx = xx・前掲注 2)45 頁。