また,イングランド法の不動産賃貸借においては,期間が賃貸借契約の要件とされているために,期間の定めのない不動産賃貸借契約は無効とされるが,期間自体については上 限はなく,99 年といった不動産賃貸借契約も有効だとされる。なお,「A が結婚するか又は死亡するまで」という形で上限期間が確定しない不動産賃借権が設定された場合については,1925年不動産法(Law of Property Act)が,90 年を上限とする(それよりも早く A...
第 3 編「債権」
第 2 部「各種の契約」
民法(債権法)改正委員会
第 17 回全体会議
2009.2.7
第 4 章 賃貸借
【前 注】
本提案は,判例による展開ならびに学説における議論等をふまえて,民法典における賃貸借の規定に関する改正提案を行うものである。
1.本提案の対象
賃貸借に関しては,特に,不動産賃貸借に関して,借地法,借家法,建物保護法,そして,現行の借地借家法による立法的な手当てがなされてきており,賃貸借に関する重要なルールが形成されているが,これらの特別法については,今回の改正提案の直接の対象とするものではない。これらについては,不動産賃貸借が,当事者の生存xxの基本的な権利にも関わる側面を有し,それらをふまえた政策的な配慮も強く求められるところである。本提案は,これらを直接の検討対象とするのではなく,むしろ,民法典の典型契約としての賃貸借の基本的なルールを示すことに焦点を当てたものである。
ただし,不動産賃貸借に関する立法や判例の蓄積の中には,不動産賃貸借に限定されない賃貸借一般のルールとして形成されてきたものもあると考えられ,それらについては,積極的に典型契約としての民法典の中に反映させることを企図している。
また,従来,民法典の中のルールとして用意されてきたものについても,むしろ,その性質上,特別法に委ねられるべきであると考えられるものについては,それらにおいて規定することを提案している。その限りでは,本提案をふまえて,借地借家法,農地法における一定の手当てが必要になるものである。
2.典型契約の配置
なお,今回の提案においては,有償契約である賃貸借を,使用貸借よりも先に配置することが予定されている。
したがって,これについては,使用貸借の規定を賃貸借で準用するという形式があらためられ,賃貸借の規定が使用貸借に準用されるということになる。また,この変更に際しては,
両契約において用意されるべき共通の準則が何であるのかという点についての実質的検討が必要となることは言うまでもない(使用貸借に関する提案【Ⅳ-2-8】参照)。
第1款 総則
Ⅳ-1-1 賃貸借の意義と成立
賃貸借とは,当事者の一方(賃貸人)がある物の使用及び収益を相手方にさせる義務を負い,相手方(賃借人)がこれに対してその賃料を支払い,契約の終了により目的物を返還する義務を負う契約である。
関連条文 現民法 601 条
【提案要旨】
現民法 601 条は,賃貸借の対象を有体物に限定し,契約が諾成的合意によって成立し,当事者が,それぞれ目的物の使用及び収益をさせる義務,それに対して賃料を支払う義務を負うことを規定しているが,これらの点において,現行法の規定を維持し,それを定義規定としての形式にあらためたものである。
あわせて,賃借人が賃貸借契約の終了によって目的物を返還する義務を負うことを明示的に規定するものである。この点は,別途規定されている使用貸借の規定に合わせるとともに,最も基本的な賃借人の義務のひとつとして明示的に規定することが適切であると考えられるためである。
【解 説】
1.賃貸借の対象-有体物の使用収益
現民法 601 条は,賃貸借の対象を,有体物の使用及び収益としている。本提案は,こうした現行法の規定を維持するものである。
(1)賃貸借の対象としての有体物
賃貸借をめぐっては,現民法 601 条は,その対象を「物」としており,民法上の賃貸借の規定の適用は,有体物の賃貸借に限定されている。これについては,その他の権利についての賃貸借が考えられるのではないか,また,そうした抽象的な権利についての賃貸借もカバーできるような規定を用意すべきではないかという問題が考えられるところである。
実際に,判例においても,有体物以外の権利について,賃貸借類似の関係を認め,賃貸借
に関する規定を準用するものがみられる1。さらに,こうした抽象的な権利の賃貸借としては,特に,ライセンス契約をそのような観点から理解する余地もある。
しかしながら,検討のうえ,ライセンス契約のようなものを賃貸借に取り込むという方向は,最終的に採用しなかった。これは,以下の理由による。
第 1 に,有体物の使用を目的とする場合と,有体物に表象されない権利の利用を目的とする場合では,必要とされる法律関係も異なるものと考えられ2,これらを賃貸借の中に取り込むことは,かえってルールの形成を複雑で困難にするものと考えられる。
第 2 に,有体物を目的としないライセンス契約においては,(積極的に)権利を使用収益させることが契約の目的となるわけではなく,当該利用に対して,差止め等の権利を行使しないという権利者の不作為が目的とされているのであり3,契約の基本的な性格が異なるものであると考えられる。
以上の点をふまえて,現民法 601 条と同様に,賃貸借の目的を有体物の利用に限定するものである。
(2)使用及び収益
また,賃貸人の義務を,賃借人に使用及び収益をさせる債務とすることについても検討を行ったが,現在の賃貸借がカバーしているものを適切に示すためには,現行法と同様の規定が適切であると判断し,これを維持した。
2.目的物の返還義務
提案は,現行法においても規定されている使用収益に関する当事者間の権利義務を規定するとともに,賃貸借契約終了時の目的物返還義務についても明示的な規定を置くことを提案するものである。
当然の内容とも考えられるが,現民法 616 条が準用する同 597 条 1 項は,「借主は,契約に定めた時期に,借用物の返還をしなければならない」と規定するために,厳密には,その他の事由によって契約が終了した場合にどうなるのかという点を,直接的にはカバーせず,不明確な法律状態となっている。
1 漁業権に関する大判明治 40 年 3 月 16 日民録 13 巻 296 頁,電話加入権に関する名古屋高判昭和 23
年 3 月 13 xxx集1款1号7頁。
2 xxx=xxxx編『新版注釈民法(15)』(増補版,有斐閣,1996 年)157 頁(xxxxx=xxx)も,賃貸借の規定の準用を認める判決を挙げたうえで,「一般的に,賃貸借の規定を準用して処理すべきであるが,契約関係の個々の面について具体的に考慮すべき点が少なくない」とする。
3 xxxx『知的財産法』(第 2 版,有斐閣,2000 年)72 頁は,「一般的に行われているライセンス契約は法的にはこの請求権の不行使契約と構成することができる」と説明する。
また,使用貸借に関する【Ⅳ-2-1】では,現民法 593 条の規定を受けて,使用貸借の終了による借主の「目的物を返還をする義務」が規定されている。
以上のような状況をふまえて,この点の疑義を避けるために,契約終了時に返還義務が生ずることを明示的に規定するものである。
なお,目的物の返還義務をめぐっては,存続期間満了後の目的物返還請求権の根拠について,契約成立説(返還義務は賃貸借契約の成立によって発生し,合意された期間の終了まで履行が猶予される)と契約終了説(存続期間が経過して,賃貸借契約が終了してはじめて返還請求できる)との対立がある。本提案は,この点について直接コミットすることを企図するものではないが,本提案は,契約終了説により親和的な規定であると考えられる(なお,現在の通説は,契約終了説であるとされる)。
3.契約の成立
本提案においても,現民法 601 条と同様に,賃貸借契約が諾成契約であるということを維持し,一定の方式を要求したり,あるいは,要物契約とするという立場は採用しなかった。賃貸借契約が諾成契約であることについては,比較法的には例外的なものであるとの指摘
もある4。これは,以下の理由によるものである。
第 1 に,有償契約である賃貸借において,合意のみによる契約の拘束力を認めることは,契約全体を通じてもバランスのとれたものであると考えられる。
第 2 に,将来の一定の期日(大学の入学に際しての引っ越しや赴任先への引っ越し)からの賃貸借契約をあらかじめ合意しておく必要があるなど,実質的にも合意のみによって契約の拘束力を認めることが適切であると考えられる。
また,第 3 として,一定の方式を要求する場合,そうした方式がふまえられないまま,目的物が賃借人に引き渡され,実際に使用収益もされているというような場合に,かえって法律関係を混乱させることが考えられる。
以上のような観点から,賃貸借契約が,従来通り,不要式の諾成契約とすることを維持した。
4.その他-他の法形式との関係
(1)地上権との関係
なお,土地の利用権が賃借権であるか,地上権であるかをめぐる議論もあるが,基本的には当該契約の解釈に委ねるべき問題として,特に規定していない。
4 xxxx『基本民法Ⅱ』(第 2 版,有斐閣,2005 年)91 頁。ただし,要物契約との関係ではなく,契約書の作成という観点からのものであり,要式性が求められていない点についての指摘である。
(2)使用貸借と賃貸借との関係
使用貸借と賃貸借との関係は,目的物の使用及び収益が無償(使用貸借)でなされるか,有償(賃貸借)であるかによって区別されるという点は,現行法のとおりである。そのうえで,対価の大きさによって,具体的な事案における利用契約が賃貸借か使用貸借なのかが問題となる余地があることは否定できない。しかしながら,これについて,あらかじめ具体的な基準を示して,xxの規定で規律することは困難であり,契約の解釈に委ねるべき問題であると考えられる。
以上のような点から,賃借人が,「これに対してその賃料を支払う義務を」という以上に,この点については,特に手当をしなかった。
(3)ファイナンス・リース契約との関係
xxxxxx・xxxについては,別途,典型契約として規定することを提案している。詳細は,xxxxxx・xxxの解説に委ねるが,リース料が【Ⅳ-1-1】の規定する使用及び収益対する賃料としての性格を有しておらず,物の有償の利用契約としての基本的な性格を欠く点で,賃貸借と区別されるものと考えられる。
5.賃借人の賃料債務の成立時期
なお,賃借人の賃料債務は,契約成立時からではなく,目的物の引渡を受けてから生ずるが,この点は,賃借人の義務が,「これに対してその賃料を支払う義務」であると規定されることによって示されるものと考えられる。
Ⅳ-1-2 短期賃貸借
(1)処分につき行為能力の制限を受けた者又は処分の権限を有しない者が賃貸借をする場合には,次の各号に掲げる賃貸借は,それぞれ当該各号に定める期間を超えることができない。
① 樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借 10 年
② 前号に掲げる賃貸借以外の土地の賃貸借 5 年
③ 建物の賃貸借 3 年
③ 動産の賃貸借 6 ヶ月
(2)借地借家法 3 条の規定にかかわらず,(1)に規定された短期賃貸借が有効とされることを明示する(借地借家法の中で規定する)。
(3)処分行為能力の制限を受けた者または処分権限のない者が,短期賃貸借期間を超える賃貸借契約を締結した場合には,法定の期間を超える部分が無効(一部無効)となることを明示する。
(4)期間の定めのない賃貸借と短期賃貸借との関係については,特に規定しない。
関連条文 現民法 602 条(短期賃貸借),借地借家法 3 条(借地権の存続期間)
【提案要旨】
本提案は,現民法 602 条に規定された短期賃貸借の規定を維持するものである。
そのうえで,提案(2)において,このような短期賃貸借は,借地借家法 3 条との規定との関係でも有効であることを,借地借家法の中で明示的に規定することを提案するものである。また,提案(3)は,短期賃貸借の期間を超える賃貸借契約については,期間制限を超える部 分のみが無効となることを明示的に規定することを提案するものである。この点は,従来の規定において必ずしも明確ではなかったところを,戦後の下級審裁判例ならびに一般的な理
解にしたがって,一部無効となることを明示的に規定する趣旨である。
なお,現民法 602 条に関連しては,処分の能力または権限を有しない者の特則を,これらの者が賃貸をなす場合に限るのかという点をめぐって議論があるが,この点については,特に限定せず,現行法どおりとするものである。
また,期間の定めのない賃貸借と短期賃貸借との関係については,特にxxの規定は置かないことを提案するものである。
なお,具体的な期間については,なお検討の余地は残されている。
【解 説】
1.短期賃貸借制度の基本的な維持
本提案は,現民法 602 条に規定された短期賃貸借を基本的に維持することを提案するものである。ただし,目的物の種類に応じて規定された短期賃貸借の期間制限については,なお実態をふまえて修正する余地は残されている。
なお,短期賃貸借の前提となる当事者については,従来から議論があったところなので,その点について補足しておく。
従来は,現民法 601 条の文言にしたがい,処分についての行為能力の制限を受けた者等が,賃貸人・賃借人のいずれになるかを問わず,短期賃貸借が認められてきた。それに対して,短期賃貸借の制度趣旨として,長期間の賃貸が処分行為に近いものであることから,管理行為の範囲内で賃貸を可能とするしくみとして用意されたものであるとの指摘もなされてきている。このように短期賃貸借の制度を理解するのであれば,賃貸人について,こうした処分権限の制限がある場合に限定すれば足りるものとし,それに対応した修正を施すということも考えられないわけではない。
しかしながら,この点については,行為能力の制限を受けた者が賃借人となる場合につい
ても,本条の適用を排除すべき積極的理由はないものと考えられ,また,賃借人となる場合についても,短期賃貸借を可能とすることによって実質的な必要性がある場面も存在するものと考えられる。そのような観点から,従前の規定を維持し,賃貸人となる場合のほか,賃借人となる場合についても,【Ⅳ-1-2】によって対象となることを提案するものである。
2.短期賃貸借と借地借家法 3 条
提案(2)は,従来からも,借地借家法 3 条が,存続期間 30 年未満の借地権を認めていないこととの関係で,短期賃貸借をどのように位置づけるかについて議論があった点を,従来の一般的な理解(両者において矛盾が生ずるとしたうえで,制限行為能力者の保護が,借地権者の保護に優先する)にしたがって明示的に規定するものとして,これについては,借地借家法の中で規定することを提案するものである。
論理的には民法と借地借家法のいずれに規定することも考えられるが,特別法である借地借家法の規律が,この点についても民法の一般原則を排除するという意味で,借地借家法に規定することが適切であると考えたものである。
3.法定の期間を超える短期賃貸借の扱い
提案(3)についても,従来から議論があったところであり,見解は分かれており5,また,戦前の大審院判例は,全部取消・無効説をとっているが,戦後の下級審判決は一貫して,一部取消・無効説をとっているとされる6。
本提案は,このような一部無効説の立場をxxで規定することを提案するものである。
4.期間の定めのない賃貸借と短期賃貸借
この点については,当該事件ごとに,具体的な賃貸借契約の内容や賃貸借の状況に照らし
て判断することが適切であり,また,不可欠であると考えられることから,提案(4)は,この点については,当該契約の解釈に委ねるということを前提に,xxの規定を置かないことを提案するものである。
5 前掲・新版注釈民法 176 頁以下(xx=xx)。
6 名古屋高判昭和 33 年 9 月 20 xxx集 11 巻 8 号 509 頁,東京地判昭和 35 年 5 月 30 日法曹新聞 153
号 16 頁,大阪地判昭和 47 年 10 月 11 日判タ 291 号 314 頁。
7 最判昭和 39 年 6 月 19 日民集 18 巻 5 号 795 頁。
Ⅳ-1-3 短期賃貸借の更新
前条に定める期間は,更新することができる。ただし,その期間満了前,土地については 1 年以内,建物については 3 ヶ月以内,動産については 1 ヶ月以内に,その更新をしなければならない。
関連条文 現民法 603 条(短期賃貸借の更新)
【提案要旨】
短期賃貸借の更新に関する現民法 603 条の規定を維持することを提案するものである。なお,具体的な期間については,なお修正の余地は残されている。
Ⅳ-1-4 賃貸借の存続期間
(A案)賃貸借の存続期間に関する現民法 604 条の規定を維持する。
(B案)賃貸借の存続期間に関する期間制限を撤廃し,現民法 604 条の規定を削除する。
関連条文 現民法 604 条(賃貸借の存続期間),同 268 条(地上権の存続期間),同 278 条(永xxxの存
続期間),借地借家法 3 条(借地権の存続期間),同 26 条(建物賃貸借の更新等),同 29 条(建物賃貸
借の期間),農地法 19 条(農地又は採草放牧地の賃貸借の更新)
【提案要旨】
賃貸借の存続期間について,現民法 604 条は,その存続期間を 20 年間に制限し,それを超える期間を契約で定めた場合においても,20 年間に縮減されることを規定している。
A案は,このような賃貸借期間の上限を設定している現民法 604 条を基本的に維持することを提案するものである。
他方,B案は,このように賃貸借の期間を積極的に限定する必要はないとし,現民法 604
条の規定を削除することを提案するものである。
B案の基本的な考え方は,すでに現行法においても,借地借家法は,借地については,その存続期間について,30 年を再短期として定める一方で,長期については特に制限規定を置かないという方式を採用しており(借地借家 3 条),むしろまったく逆の原則が採用されており,あえて長期を限定しなくてはならない必要性はないことを理由とする。
他方,A案は,現民法 604 条の規定が現在,特に実質的な問題をもたらしているわけでは
ないことを前提として,また,借家法が適用される場面以外において,一般的に,このような上限を撤廃することにより実質的な問題が生ずる可能性があることを否定できないこと等を考慮して,現行法の規定を維持することを提案する。
【解 説】
1.現在の法律状態
(1)現民法 604 条の立法趣旨
現民法 604 条は,賃貸借の上限期間を一律に 20 年間に限定しているが,その理由としては,以下のようなことが挙げられている8。
第 1 に,賃貸借が長期間にわたる場合,経済上不利益をもたらす。すなわち,貸主は,自
ら目的物の使用収益をするわけではないので,目的物を改良するようなことは例外となる。他方,借主は,もとより他人の物であるから,改良をするようなことは稀である。この結果,長期間にわたる賃貸借では,目的物の頽廃や毀損が顧みられない状況が生ずる。
第 2 に,永xxx(現民法 278 条により,20 年以上,50 年以下),地上権(現民法 268 条により,設定行為により存続期間を定めなかった場合には,20 年以上,50 年以下で裁判所が定める)においては,20 年を超えるものについても認められるが,これらにおいては,永小作人,地上権者は,物権を有しており,設定者たるxxは義務を負うわけではない。これによって,永小作人や地上権者が,目的物を改良することが期待できる。
このような基本的な考え方を前提として,債権としての賃借権(20 年以下)と,それを超える利用権としての地上xxをいわば棲み分けるものとして規定したのが,現民法の基本的な枠組みであったといえる。
(2)民法における期間制限等に関する規定
8 商事法務版『法典調査会議事速記録4』336 頁以下(xxxx委員による起草趣旨の説明)参照。なお,現民法 604 条に相当する原案 607 条は,10 年間を上限としており,現行法よりさらに賃貸借の期間を制限する方向が示されていた。それに対しては,動産については長すぎるのではないかという指摘がある一方で(xxxx委員の発言。同 339 頁),xxxx委員からは,このように期間を制限することに対して,その実質的理由があるのかという疑問が出され,本文に示したような説明が梅委員からなされた。最終的に,xx委員から,上限を 30 年間とする修正提案が出され,支持があり案として成立したが,否決されている。しかし,賃貸借の上限を 10 年間とすると,永xxxで受け止めることもできないとして,衆議院において,20 年間の上限期間に変更された。なお,xxxx『民法要義 巻之3 債権編』(初版,1897 年)628 頁は,これについて,「本条ノ期間ハ始メ政府案ニハ之ヲ 10 年トセシカ衆議院ニ於テ之ヲ 20 年ニ伸張セリ余ハ 20 年ハ聊カ長キニ失スルモノト信ス」と述べる。
目的物の利用を目的とする法律関係については,用益物権については,上記の通り,永xxxについては,50 年という上限が定められている一方で,地上権については,特に上限についての限定は規定されていない。
また,使用貸借については,一般的には,その契約の拘束力の弱さが指摘されるところであるが,しかし,存続期間については,現民法 597 条によれば,当事者が定める契約期間に
ついては,上限,下限とも存在していない(同条 1 項)。もちろん,使用貸借の場合,一般的には,同条 2 項,3 項によって処理されることが想定されているともいえるが,当事者の合意による期間設定に対する直接的な介入が用意されていないことは確認しておくべきであろう。
(3)特別法による修正
しかし,特定の賃貸借においては,むしろ一定期間以上の継続的な賃貸借関係を確保する必要性が強く意識されるようになり,借地については,むしろ下限を設定するという規定に変更されたのは周知の通りである(借地借家 3 条)。
また,借家(借地借家 26 条,29 条),農地(農地法 19 条)においては,自動的な契約更新を定めるとともに,更新拒絶のための期間を設けることで,契約の存続期間の下限を定めるための手当てがなされている。なお,借地借家法 29 条は,当初,現行の同条 1 項の規定の
みが置かれており,借地借家法の適用のある建物賃貸借においても,現民法 604 条が適用されると理解されていたが9,1999 年の改正で,現行の同条 2 項が新設され,建物賃貸借について,現民法 604 条が適用されないことが規定された10。したがって,建物賃貸借についても,上限期間は定められていないことになり,現行法においても,20 年を超える借家契約が可能である。
2.比較法的な資料
賃貸借契約の存続期間について,特に,その最長期をどのように考えるのかというのは,賃貸借という制度をどのように設計するのか,契約というしくみをどのように考えるのかという点にも深く関わる問題であると考えられるので,やや異例であると思われるが,外国法の基本的な状況について確認をしておきたい。
この点については,比較法的にもかなり区々に分かれているが,おおむね,以下のように整理される。
① 期間制限を設けないもの まず,積極的な上限規定を用意していない法制度としては,
9 前掲・新版注釈民法 180 頁(xx=xx)。
10 農地法においては,現在でも,こうした規定は置かれておらず,現民法 604 条が適用されることになり,存続保護は,更新等のレベルで図られることになる(農地法 19 条,20 条)。
ロシア民法典,ベトナム民法典,カンボディア王国民法典があり,これらにおいては,賃貸借契約の上限期間についての定めはない。
② きわめて長期の期間制限のみが問題となるもの また,90 年,100 年といった,わが国の現民法 604 条に比べると,長期の期間の制約が,直接ないし間接にかかってくるものもある。まず,フランス法においては,存続期間の制限に関する規定は用意されていないが,他方で, 1790 年 12 月 18-29 日デクレにおいて,99 年の上限期間が定められていたことが,
現在も妥当しているとされており,これによって 99 年間の制限がかかることになる。なお,フランスにおける特別法においては,わが国の借地借家法と同様,その最短期間についての規定のみが用意されている。類似のものとしては,ケベック民法が挙げられる(賃借権の存続期間は,100 年を超えることができず,それを終えた場合には,100 年にまで短縮される。ケベック民法 1880 条)。
また,イングランド法の不動産賃貸借においては,期間が賃貸借契約の要件とされているために,期間の定めのない不動産賃貸借契約は無効とされるが,期間自体については上限はなく,99 年といった不動産賃貸借契約も有効だとされる。なお,「A が結婚するか又は死亡するまで」という形で上限期間が確定しない不動産賃借権が設定された場合については,1925年不動産法(Law of Property Act)が,90 年を上限とする(それよりも早く A が結婚するか死亡すれば,その時点で終了する)不動産賃借権として有効となることを規定している。
③ 20 年間から 30 年間程度の期間制限を設けるもの 他方,わが国の期間制限に近い規定を用意しているものもみられる。まず,現在のイタリア民法においては,民法上の一般の賃借権の存続期間に関する上限は,30 年間とされる(イタリア民法 1573 頁。ただし,イタリア法においても,①居住用建物の賃貸借については,借家人の終身期間,または,その死亡の 2 年後までの期間について,存続期間を定めることができるとし,②再植林のための郊外土地の賃貸借については,99 年を上限とする旨が規定されている(CC 1607 条)。また, 1998 年法では,地方ごとに貸主・借主の団体の協議によって定められる定型的な内容の居住用賃貸借(提携契約 contratti tipo),当事者が自由にその内容を定める居住用賃貸借(自由契約 contratti liberi)については,4 年が最短期間として規定される一方で,上限についての規定は特に用意されておらず,民法の規定によるものとされる。
ほかに,中国契約法では,賃貸借の存続期間の上限は 20 年とし(同法 214 条),タイ民商
法典では,①不動産賃貸借については 30 年の上限期間が規定され(同法 540 条),②賃貸借一般について賃借人の終身期間を存続期間として定めることができることが規定されている
(同法 541 条)。
④ 期間制限は設けないが長期にわたる賃貸借について解約の可能性を認めるもの やや性格の異なる規定のタイプとして,ドイツ法がある。ドイツ民法の使用賃貸借(Mietevertrag)においては,「30 年より長い期間にわたる使用賃貸借契約が締結されたとき,各当事者は目的物の賃貸引渡しから 30 年が経過した後,法定期間を定めて特別に賃貸借関係を告知するこ
とができる。使用賃貸人又は使用賃借人の終身にわたって契約が締結されたときは,告知することができない」(BGB 544 条)として,30 年間を賃貸借の期間制限とするのではなく,賃貸借契約そのものは有効だとしたうえで, 30 年経過後については告知を認めることによって,その拘束力を緩和するというしくみを採用している。
3.B案の基本的な考え方
B案は,賃貸借の存続期間についての現行法のような制限を撤廃し,現民法 604 条を削除するものであるが,それは,以下のような理由による。
第 1 に,上記の通り,現行規定の立法的な背景としては,長期の利用契約は永xxx(民
法 278 条)や地上権(裁判所が期間を定める場合の規定であるが,268 条 2 項)によって処
理すればよく,賃貸借は 20 年以下とすることで差し支えないという考え方があったとされる。しかし,現実に,そのような観点からの用益物権と賃貸借の区別はなされておらず,また, そのような区別の合理性自体についても,なお明らかではない。また,立法趣旨で説明した ところに示されるように,ここでは社会的な利益の観点からの一定の説明がなされてはいる ものの,その説明が,現在の現実の状況に照らしてみたときの合理性は必ずしも明らかでは なく,少なくとも,当事者の合意を排除して,強行法規として貫徹すべきまでの合理性を有 しているものとは考えられない。このような観点からは,現行規定を積極的に維持する理由 は乏しいと考えられる。
以上のような立場に依拠し,賃貸借の上限期間を撤廃した場合には,それと不整合が生じないように,用益物権に関する規定を修正する必要性がある。すなわち,賃貸借について上限を定めないのであれば,用益物権についてもそれについて対応する必要がある(永xxxについての現民法 278 条については,上限期間を撤廃する必要がある。他方,地上権につい
ての現民法 268 条は当事者が期間を設定しなかった場合に裁判所が期間を設定する幅を定めるものであると理解すれば,このまま存続することも考えられる)。なお,期間の下限も問題となるが,この点については,今回の提案の射程外として,特に言及しない。
第 2 に,永久の契約関係を認めることを否定し,契約の期間の上限を定めなくてはならんいとするドグマについても,すでに,借地借家法などでは維持されておらず,もはや絶対的なものとは言えないのではないかと考えられる11。
11 なお,賃貸借の上限期間を定めるという場合,それは,永久関係の否定という観点から説明する場合と,用益物権等との棲み分けという観点から説明するものが考えられる。20 年という現行規定の期間制限は,その期間という観点からも,もっぱら後者の点から理解されるものであろう。前者による場合,その期間は,20 年間や 30 年間という短期のものではなく,もっと長期のレベルで理解されるものと考えられる(フランスの 99 年間,ケベックの 100 年間等)。このような契約関係の永久性の否定という視点は,借地借家の場合にも同様に当てはまることが考えられるが,そもそ
以上をふまえて,上限に関する規定は撤廃するものとし,現民法 604 条の規定を削除することを提案するものである。
なお,長期にわたる賃貸借契約に関する問題(長期間の契約がもたらす過重な拘束力)が生じ得るとすれば,それについては,一定期間経過後の解約告知権を規定することによって対応することが考えられる(前述のように,ドイツ法では,期間制限ではなく,一定期間を経過した後についての解約権の行使を認めるということで,同種の問題に対応している)。この場合には,賃貸借の終了に関する第 3 款において,適切な規定を置くことになる(後述の提案【Ⅳ-1-23】参照)。
適用事例1 A市は,市内に住むB所有の土地甲に見つかった遺跡等を保存するために,買取りについてあらためて交渉する余地を残したうえで,Bとの間で甲について 50 年間の賃貸借契約を
締結した。現民法 604 条によれば,これが賃貸借契約である以上,その期間は自動的に 20 年間に短縮されることになる。なお,契約の内容から,これを地上権設定契約であると解釈する余地があるとすれば(ただし,現民法 265 条の「他人の土地において工作物又は竹木を所有するため」という要件は問題となる。なお,長期にわたる土地利用権については,実質的にも登記によって対抗要件を備えることが必要であり,実際の場面で,このように契約の性質決定が明確でないまま残されることは考えにくい),これは地上権設定契約として有効だということになる。
適用事例2 文化的事業を営むA財団は,その所蔵するストラディヴァリウスのヴァイオリンを,国際的コンクールで優勝した 20 歳のBに,永世貸与することとして,Bも,その申出を受けた。一般的に,このような場合に考えられるように,この貸与が無償であるとすれば,これは使用貸借となり,現民法 597 条 1 項により,Bの死亡した時(または,同条 2 項により,Bがもはや演奏家として活動できなくなった時)が契約の終了時となると考えられる。他方,かりに,この貸与が有償であり,賃貸借と性質決定される場合には,現民法 604 条との関係で,どのような法律関係となるのかという問題が生ずる。この種の利用期間の合意が,無期限を前提としつつ,契約終了についての条件を定めたものであるとすれば,まず,現民法 604 条によって,期間が 20 年間に縮減されたうえで,かつ,Bの死亡による契約の終了という解除条件が付されているものと理解されることになる。あえて,このような法律構成を考える必要があるのか,また,当事者がそうした長期間の利用を望むような場面において,強行規定によってまで,それを限定する必要性が合理性があるのかという点を問題とするのが,A案の基本的な考え方である。なお,この種の問題は,終身型の利用契約一般について考えられ得るものである。
も,これについてのxxの規定が必要とされるものであるのかは検討の余地がある。たとえば,堅固なxx物の保存を目的として,200 年間の賃貸借または地上権設定契約を行った場合に,そうした契約の拘束力や効力をどのように考えるのかということが問題となる。
4.B案に対して示された問題点等
他方で,B案に対しては,このように上限を一般的に廃止することに伴って問題が生じないのか等の点が指摘されている。
第 1 に,現民法 604 条の廃止によって,30 年,50 年といった利用契約が認められるようになるだけではなく,原理的には,100 年を超えるような利用契約を認めるようなことも可能となる。このような契約が問題をもたらさないのかという点についての懸念が表明された。ただ,この点については,地上権についてはすでに現在でも存在している問題であり,ま た,使用貸借についても同様と考えられる。その点では,今回,現民法 604 条の廃止との関係で強く意識されるようになったが,わが国の民法において必ずしも明確にされていない,きわめて長期(一般的な寿命を超えるような期間)にわたる法律関係をめぐる問題(永久契
約の禁止の問題)として扱われるべきものとも考えられる。
なお,この点からは,いわば中間的解決として,100 年を上限とするといった可能性も示された。
第 2 に,長期間の賃貸借契約を認めることによって,同時に,将来の賃料債権の譲渡とセ ットにして考えた場合,虚有権を生ぜしめることになるのではないかという懸念も示された。ただ,この点は,基本的に将来債権の譲渡をめぐる問題として考えられるべきものであり,
賃貸借の期間の上限をめぐる問題とは直結しないと考えられる。
また,第 3 として,このような期間制限を撤廃することの積極的必要性がどこまであるのかという問題もある。特に,契約の長期の存続期間が特に望まれる借地関係については,すでに借地借家法で手当てされており,また,設例1のような場合にも,地上権で対応することが可能であるとすれば,あえて,このような場面で賃貸借を認めなければならないという不可避性はないということになる。
第2款 賃貸借の効力
Ⅳ-1-5 賃借権の登記請求xx
① 賃借人からの賃貸人に対する登記請求権については,規定しない。
② 動産賃借権の対抗要件については,特に規定を置かない。
【提案要旨】
賃借人からの登記請求権については,従来からも一定の議論があったところであるが,これについては特に規定しないものとし,また,動産賃貸借の対抗要件についても,従前通り,
特にこれを規定しないことを提案している。
【解 説】
1.賃借権の登記請求権
(1)基本的な考え方
現民法 605 条は,実際にはほとんど機能しておらず,不動産賃借権の登記が利用されてい
ない。また,このような状況を受けて,建物保護法 1 条,借家法 1 条の対抗要件の規定が用意され,それらの規定が,現在の借地借家法に引き継がれているということは,周知の通りである。
この背景には,賃借権の登記については,賃借権登記をなすべき特約がある場合を除いて,登記請求権を認めないということがある。判例も,このような立場をとっており12,学説上も,有力な異論はあるものの13,賃借権が,その本質において債権である以上,致し方のないものだとされてきた14。通説的な理解では,こうした状況を背景として,あらたに特別法において規定された対抗要件は,不動産賃借権が物権化したものとして理解されることになる。
この問題については,以下の点から,最終的に,登記請求権については積極的に規定を置かず,従前の状況を維持することを提案している。
第 1 に,賃借権の物権化という文脈で問題をみる場合,そこで物権化の対象とされているのは,借地権,借家権であり,必ずしも賃借権そのものが,一般的に物権化しているという理解がとられているわけではない。もちろん,そのうえで,債権としての賃借権についても登記請求権を認めるという構成はあり得ないわけではないが,現在の登記請求権に関する一般的な理解からは,かなり距離があるものだと考えられる。
第 2 に,借地借家法に規定された以外の不動産賃借権について,登記請求権までを認める必要性には乏しいと考えられる。具体的に,こうした不動産賃借権としては,駐車場としての土地の賃借権や上記の設例でも取り上げた運動場としての土地の賃貸借などが考えられるが,これについて特に,登記請求権を認めてまで保護する実践的な必要性には乏しいものと考えられる。
(2)売主の対抗要件充足義務に関する売買の規定との関係
なお,売買に関する【Ⅱ-8-3】は,売主の対抗要件を備えさせる義務を規定している。売買の規定は有償契約に準用されることから,この点について準用されないことを確認しておく必要があるかが問題となる。しかし,これについては,以下の理由から,特に言及する
12 大判大正 10 年 7 月 11 日民録 27 巻 1378 頁。
13 xxxx『借地借家法』(有斐閣,1969 年)384 頁。
14 前掲・新版注釈民法 186 頁(xx)。
必要はないものと判断した。
第 1 に,【Ⅱ-8-3】の要件は,賃貸借に当然に準用されるようなものではなく,特に明示的に規定しなくても,対抗要件充足義務について特段の規定がない以上,それが当然には認められないということは,すでに示されていると考えられる。
第2に,現行法においても同じ法律状態であるが,特段の疑義は生じていない。
2.動産賃貸借における対抗要件
現民法 605 条は,不動産賃借権の対抗要件について規定する一方,動産賃借権については特に規定していない。しかし,動産についても,特に,その目的物たる動産の所有権が譲渡された場合などについて,その対抗問題が生ずることが考えられる。
具体的に問題となるのは,動産の譲受人が,指図による占有移転によって,その所有権取得の対抗要件を備えた場合に,賃借人が,自己の賃借権を,その新所有者に対抗することができるかというものである。こうした問題は,基本的に,不動産の賃借の場合と同様のものとして考えられるのであり,ここでの提案との関係では,動産についても,その賃借権の対抗要件の規定を用意するということが,一応考えられる。
なお,現行法においては,動産賃借権の対抗要件の規定は用意されていないが,これについては,指図による占有移転は,それ自体が賃借権によって制限されている目的物引渡請求権の譲渡にほかならない等の理由によって制限されるとして,結果的に,占有する動産の賃借権に対抗力を承認したのと同様の結論を導き得るとの見解が通説であるとされる。
動産賃借権の対抗要件については,最終的に,それを明示的に規定することを見送ったが,それは,以下の理由による。
第 1 に,動産賃借権の対抗要件として想定されるのは占有であるが,賃借権が目的物を占有している場合,上記のような理論構成によって,対抗要件を認めるのと結論を導くことが可能であり,特に,これについての積極的な規定を置く実践的必要性はないと考えられる。第 2 に,動産賃貸借における占有を対抗要件として規定すると,それによって,破産法 56
条 1 項の適用対象となり,同法 53 条 1 項,2 項の適用が排除されることになる。この点は,最終的には,破産法上,どのようなルールが妥当であるのかという問題であるが,上記の通り,実質的に,動産賃借権についての対抗要件についての規定がなくても,目的物の新所有者等との関係では適切に解決を図ることができるとすれば,それについての規定を新設することは,むしろ,破産法等との関係でのみ意味を有するということになり,その点についての十分な検討を経ない以上,導入を見送ることが適切であると考えられる。
この結果,本提案が適用されるのは,実質的に不動産の賃貸借に限定されることになり,動産に関しては,従来の法律状態が,そのまま維持されることになる。
Ⅳ-1-5-1 第三者との関係の規定の構造
第三者との関係についての規律を以下のように整理する。
① 目的物についてあらたに物権を取得した者や賃貸借契約を締結した者に対する賃借人の関係(利用権原としての賃借権の対抗問題)
② 目的物の所有権が移転した場合の新所有者と賃借人の関係(賃貸人たる地位の承継をめぐる問題)
③ 不法占拠者等に対する賃借人の関係(妨害排除請求権)
【提案要旨】
以下では,上記に示したように,賃借人と第三者との関係といっても,性格の異なる問題が含まれることを前提として,それぞれに即して適切な規律を示すということを基本方針とするものである。
Ⅳ-1-6 賃借権の対抗力
不動産の賃借権はこれを登記したとき,または,その他特別法に規定された対抗要件を備えたときは,これをもって,その後にその不動産について物権を取得した者または賃借権〔その他の利用権〕の設定を受けた者に対抗することができる。
関連条文 現民法 605 条(不動産賃貸借の対抗力),借地借家法 10 条(借地権の対抗力等),借地借家法
31 条(建物賃貸借の対抗力等)
【提案要旨】
本提案は,現民法 605 条がその内容とするものの中,不動産賃借権の対抗力に関する原則を原則として維持し,不動産の賃借権の対抗要件について規定するとともに,それを,目的物の物権を取得した者に対してとともに,その他の利用権の設定を受けた者との関係での対抗要件として規定するものである。
【解 説】
1.賃借権の対抗要件の意味・対象
(1)本提案の対象
現民法 605 条は,不動産賃借権については,その対抗要件を備えた場合には,その不動産賃貸借は,「その後その不動産について物権を取得した者」に対しても,「その効力を生ずる」として規定している。他方,借地権および借家権に関する借地借家法においては,借地
権については,それを広く「第三者」に対する,「借地権」の対抗問題として規定するとともに(借地借家法 10 条)は,借家については,民法の規定と同様,「その後その建物につい
て物権を取得した者に対し,その効力を生ずる」と規定している(借地借家法 31 条)。
このような現民法 605 条の規定は,賃貸借の目的物たる不動産について,その後,その不動産についての物権を取得した者に対する対抗問題としての側面(利用権原としての賃借権の対抗)と,そうした利用権原の対抗問題に限定されない,特に新所有者との関係での法律関係とを規定しているものと理解することができる。
本提案は,現民法 605 条が有している機能の中,利用権原としての賃借権の対抗に関する問題を切り出して,まず,規定することを提案するものである。
そのうえで,現行法上は,現民法 605 条の問題として処理される新所有者との関係については,別途,規定を置き,その法律関係をより明確なものとすることを提案している。
① 対抗問題の基本的な意味
ここで対抗問題と考えられるのは,特定の物をめぐって,相互に排他的な利用権原を有するような場合に,その相互の関係を規定するものであると考えられる。すなわち,このような他の利用権原との関係で,賃借権が対抗できることを基礎づけるのが,賃借権の対抗要件であると考えることができる。
② 賃借権の対抗の対象となる第三者の権利
このような対抗問題がそもそも考えられる第三者としては,現民法 605 条が規定するように,目的物の物権を新たに取得した者が挙げられる。目的物について物権を取得した者がいる場合,売買は賃貸借を破るという原則(債権の効力の相対性の原則)に従えば,賃借権は,そもそも賃借権という債権の相手方(債務者)ではない,そうした物権取得者に対して対抗できないのが原則である。
それに対して,登記を備えた限りで,あらたな物権取得者に対しても対抗できるというしくみを採用したのが,現民法 605 条であり,それが借地借家法(旧建物保護法)によって強化されたものと理解することができるだろう。
もっとも,賃借権の対抗という問題は,目的物についてのあらたな物権取得者についてのみ考えられるわけではない。賃借権相互の関係においても考えられるところである。ここでも同様の利用権相互の関係が問題となる。
なお,ここで賃借権の対抗問題の対象となる「その後にその不動産について物権を取得した者」は,目的物についての新所有者だけではなく,用益物権,担保物権等,その他の物権を取得した者も含むものである。
この中,目的物について所有権を取得した者については,その他の物権取得者と同様,賃
借権という利用権原を対抗できるか(その利用権原に基づいて,なお目的物を使用収益することができるか)という問題とともに,当該新所有者と賃借人との間にどのような法律関係が生ずるのかという問題がある。
現行法上は,この問題も含めて,現民法 605 条の枠組みの中で扱われているが,本提案では,これについては,【Ⅳ-1-7】において,別途規定するものである。これは,問題の性質が異なるものであり,それを区別して規律することが,より法律関係を明確にするものと考えられることを理由とする。
(2)その他の利用権の内容
-賃借権と使用借権の優先関係
① 不動産の二重賃貸借をめぐる問題
提案【Ⅳ-1-6】では,目的物についての物権取得者以外に,賃借権の設定を受けた者を挙げるとともに,ブラケットに入れて,「その他の利用権の設定を受けた者」を挙げている。
まず,二重賃貸借の場合が,本提案における対抗問題として扱われることは明らかである。この場合,そもそも対抗問題となる前提とされているのが,不動産の場合であり,結局, 不動産の二重賃貸借が,【Ⅳ-1-7】の対抗問題として解決されるということを意味する
ものである。これ自体は,十分に考えられる解決であろう。
② 賃借権と使用借権の関係
他方,賃借権以外の(債権的な)利用権を含めるとすると,問題の状況はかなり変わってくる可能性がある。
特に問題となるのが,賃貸借と抵触するような使用貸借がなされた場合の法律関係である。なお,本提案では,使用貸借を原則として諾成契約とする方向であり,その点では,こうした賃貸借と使用貸借の二重設定という問題は,より容易に生ずる可能性がある。
この場合,賃貸借と時間的に劣後する使用貸借との間でも,【Ⅳ-1-6】が適用されることになると,不動産の賃借人は,登記を有さない限り,使用借人にも負けるということになる。もちろん,対抗要件というしくみが用意されていない使用借人の側から積極的に権利を行使することはできないが,賃借人の側から使用借人を排除するために,自己の賃借権を主張する場合には,対抗要件が備わっていない限り,使用借人に対しても負けるということになるのである。このような結論の妥当性については,なお検討段階でも議論のあったところである。
他方,【Ⅳ-1-6】の適用対象を賃借権に絞った場合,上記の使用借人との関係は,そもそも,ここで扱われる対抗問題には該当しないということになる。
(3)対抗要件
対抗要件は,現民法 605 条と同様に登記を規定するとともに,借地借家法,農地法等の特別法によって規定される対抗要件も,本条の対象となるものとして,あわせてここで規定している。
Ⅳ-1-7 賃貸借目的物の所有権の移転と賃貸借契約
(1)賃貸借の目的物たる不動産の所有権が移転した場合において,前条の規定により,その不動産の賃借権が対抗できるときは,新所有者は,従前の賃貸借の賃貸人たる地位を承継する。〔その不動産の旧所有者と新所有者との間での,これに反する特約は無効である。〕
(2)前項の賃貸人たる地位の移転に際しては,賃借人の同意を要しない。
(3)新所有者は,所有権の移転の対抗要件を備えた時から,賃借人に対して,賃貸人たる地位の移転を対抗することができる。
(4)前項の場合に,賃借人が,目的物の所有権の移転を知る前に,従前の賃貸人に対して賃料を支払った場合には,賃借人は,その賃料の支払いをもって,新所有者に対抗することができる。
(5)賃貸借契約において,敷金として授受された金銭については,賃貸借の目的たる不動産の旧所有者との間ですでに賃料等に充当された金額を除いて,その返還債務は,新所有者がこれを負担する。この場合に,旧所有者は,その返還債務の履行について担保義務を負担する。
(6)目的物の所有権が移転されたときに,賃貸人の地位を引き継ぐことが合意された場合には,以上の規定を準用する。
* 提案(5)における旧所有者の履行担保義務の負担については,その当否をめぐって議論があるほか,これを認める場合の限定が必要であるという見解もあり,この点については,なお検討する。
【提案要旨】
本提案は,目的物の所有権が移転した場合の当事者間の関係について,判例等によって形成された準則をふまえたうえで,xxの規定として,以下の点を整備することを提案するものである。
1.対抗要件を備えた賃貸借がある場合の新所有者による賃貸人の地位の承継
提案(1)は,賃貸借の目的物の所有権が移転した場合において,新所有者が,その目的物についての賃借権が対抗要件を備えている場合には,従前の賃貸借の賃貸人たる地位を承継する。ことを規定するものである。従来は,現民法 605 条のみが規定され,賃借人が賃借権を新所有者に対抗することができるということは明確にされる一方で,その新所有者と賃借人がどのような関係に立つのかは,必ずしも規定のレベルにおいては明確ではなかった。これについては,判例によって,新所有者が賃貸人たる地位を承継することが一般的に認められてきたところであるが,これを明示的に規定する趣旨である。
なお,提案(1)後段は,目的物の譲渡の当事者間において,これに反する特約(賃貸人たる地位を留保して,目的物の所有権のみを移転するという特約)は無効であることを明示的に規定することを,ブラケットに入れて提案するものである。
提案(2)は,目的物の所有権の移転による賃貸人たる地位の移転に際しては,賃借人の同意を要しないということを明示的に規定するものである。契約上の地位の移転が,契約の相手方と無関係に生ずることを承認するのは例外的であるが,従来からの説明にもみられたように,賃貸人の義務が,その属人的性格の乏しいものであることによって正当化されるのであり,その点で,賃貸借に固有のものであると考えられる。したがって,この点を明示的に規定しておくことが適切であると考えるものである。
提案(3)は,新所有者は,賃借人に対して,自らが賃貸人の地位を承継したことを対抗するうえで,当該目的物の所有権の対抗要件を必要とすることを求めるものである。新所有者の賃貸人としての地位の承継は,提案(1)で示したように,所有権の移転によって基礎づけられるものであるが,賃借人としては,他に手がかりがなければ,そうした実体的な法律関係が変わり,旧賃貸人と異なる者が,その地位を承継したことを主張しても,その是非を判断できない。このように賃貸人たる地位の承継が,所有権の移転によって基礎づけられるものである以上,そうした所有権の対抗要件をもって,賃貸人たる地位を賃借人に対して対抗できるというしくみを採用することが適切であるとするものである。
2.賃料に関する特則
また,提案(4)は,賃貸人たる地位の移転が,提案(2)に示されるように,賃借人の同意を不要として生ずるものであり,また,提案(3)で示した賃貸人たる地位の承継についての対抗要件である目的物所有権の登記についても,賃借人の側で積極的に知ることを求められないものであることに照らして,そのことを知らないまま賃借人が賃料を旧所有者に支払った場合についての法律関係について,賃借人を保護する手当を置くものである。
3.敷金の返還債務
提案(5)は,当初の賃貸借契約において敷金が支払われていた場合の,敷金返還請求権の取扱いを規定するものである。ここでは,すでに旧所有者との間で賃料等に充当された金額を
除いて,敷金返還債務についても,新所有者が負担することをxxで規定するものである。あわせて,その敷金返還債務については,旧所有者が,その履行についての担保責任を負担することを規定するものである。
なお,このように旧所有者が,敷金返還債務を継続して負担するということになることについては議論があり,また,敷金返還債務の履行についての担保責任を負うとしても,賃貸借契約が存続する限り,そこから解放されないとするのは適当ではないとして,期間制限等を設けるべきであるとの見解も有力であったため,*において,このような見解についての説明を補足するものである。
4.目的物の譲渡の当事者における賃貸人たる地位の承継に関する合意
提案(6)は,目的物の所有権の移転に際して,賃貸人たる地位を承継することの合意があった場合には,上記の各規定が準用されることを規定するものである。上記の各規定は,提案 (1)に示されるように,【Ⅳ-1-5】を前提として,賃借人が,その賃借権を新所有者等に対抗できるということを出発点とする構造になっている。それに対して,提案(6)においては,賃貸人たる地位の承継の合意があれば,賃借人が対抗要件を充足しているか否かに関わらず,このような賃貸人たる地位の承継を認めることになるという点で,一定の独自性を有することになる。
【解 説】
1.目的物の所有権移転と賃貸人たる地位の移転
(1)賃貸人たる地位の承継
賃貸借契約の目的物の所有権が移転した場合,賃貸借契約の当事者たる地位(賃貸人たる地位)の移転が生じるものと理解されている15。もっとも,この点をどのように説明するかについては,なお必ずしも明らかではない点が残されているものと考えられる16。
15 大判大正 10 年 5 月 30 日民録 27 輯 1013 頁,最判昭和 39 年 8 月 28 日民集 18 巻 7 号 1354 頁,最判
46 年 4 月 23 日民集 25 巻 3 号 388 頁等。
16 前掲大判大正 10 年 5 月 30 日は,旧建物保護法における「対抗」の意味を論ずる中で,建物保護法 1 条に「地上權又ハ土地ノ賃借權ハ其登記ナキモ之ヲ以テ第三者ニ對抗スルコトヲ得トアルハ建物ノ所有ヲ目的トスル地上權又ハ賃借權ヲ有スル者ヲ保護スル爲メ地上權ニ付テハ民法第 177 條ニ對スル例外ヲ設ケ賃借權ニ付テハ民法第 605 條ノ規定ヲ以テ不充分ナリトシ同條ノ要求スル賃借權ノ登記ヲ必要ナラスト爲シタルモノナルコト其法律制定ノ旨趣ニ照シテ明カニシテ物權タル地上權ト債權タル賃借權ヲ同一規定ノ内ニ網羅シタル爲メ對抗ナル文字ヲ用ヰタルニ過キサルモノトス故ニ前示法律第1 條ニ所謂賃借權ノ對抗トハ第605 條ニ賃借權ハ云云其效力ヲ生ストアルト同一旨趣ニシテ他意アルニアラスト解スルヲ相當トス民法第 605 條ニ不動産ノ賃貸借ハ云云物權ヲ
本提案は,賃貸借契約の当事者の地位の承継についてxxで規定することによって,新所有者が賃貸人としての義務を負担するとともに,従前の賃貸借契約に基づく権利を有することを明らかにするものである。このような賃貸借目的物の所有権の移転に伴う賃貸借契約上の地位の移転は,従来は,民法 605 条の「賃貸借は,……その後その不動産について物権を取得した者に対しても,その効力を生ずる」という規定の解釈を通じて,認められてきたものであるが,賃貸借に関する基本的な法律関係であり,xxで規定しておくことが適切であると考えたものである。
(2)目的物譲渡に際しての特約
なお,目的物の譲渡をなすに際して,その譲渡の当事者間において,所有権のみを移転し,賃貸人たる地位については,そのまま旧所有者に留保するという合意が認められるのかという問題がある。一般論としては,目的物についての債権的地位を留保したまま,物権を移転するということは論理的には考えられるが,賃貸人たる地位を留保したまま,目的物の所有権を移転するという場合,従前の賃貸借は存続するとしても,それはもはや所有者ではない旧所有者との賃貸借契約だということになり,賃借人の法的地位は,実質的には,いわば転借人と同様のものとなるということが問題となる。
この点については,従前の判例が,「自己の所有建物を他に賃貸している者が賃貸借継続中に右建物を第三者に譲渡してその所有権を移転した場合には,特段の事情のないかぎり,借家法 1 条の規定により,賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転する」としていたところから17,こうした目的物譲渡の当事者間での特約が,こうした特段の事情に該当するものであるかが問題となった。
この問題については,最判平成 11 年 3 月 25 日18は,上記のような判決に言及したうえで,
「新旧所有者間において,従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても,これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。けだし,右の新旧所有者間の合意に従った法律関係が生ずることを認めると,賃借人
取得シタル者ニ對シテモ其效力ヲ生ストアルハ物權ヲ取得シタル第三者ニ對シテモ其債權的效力ヲ及スノ謂ニシテ即チ賃貸人カ賃貸借ノ目的物ヲ第三者ニ讓渡シタルトキハ其舊所有者ト賃借人トノ間ニ存在シタル賃貸借關係ハ法律上當然其新所有者ト賃借人間ニ移リ新所有者ハ舊所有者ノ賃貸借契約上ノ地位ヲ承繼シ舊所有者即チ舊賃貸人ハ全然其關係ヨリ脱退スルモノトス蓋シ舊所有者ハ目的物ヲ讓渡スルニ依リテ賃貸借ニ付キ何等利害關係ヲ有セサルニ至ルヘケレハナリ」と説明し,まさしく新所有者との関係で,現民法 605 条の規定するものとして位置づけられるとする。ただし,この説明では,所有権以外の物権を取得した者との関係は,それほど明確ではない。
17 前掲最判昭和 39 年 8 月 28 日。
18 判時 1674 号 61 頁。
は,建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず,新旧所有者間の合意のみによって,建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり,旧所有者がその責めに帰すべき事由によって右建物を使用管理する等の権原を失い,右建物を賃借人に賃貸することができなくなった場合には,その地位を失うに至ることもあり得るなど,不測の損害を被るおそれがあるからである」とし,このような特約の効力を否定した。
賃貸人たる地位の承継については,従前と,実質的な関係(所有者との間での賃貸借契約)が変わらないということを前提として,提案(2)のように,賃借人の同意を要件としていないことに照らせば,形式的には,従前の法律関係が維持されるとしても(賃貸借をめぐる当事者は変更していない),むしろ,その実質において賃借人の地位に変更をもたらすような結果となる(所有者から賃借しているという法的地位が,転借人的な地位に変わる)特約の効力は否定すべきであろう。
この点から,提案(1)の後段のような規定を明示的に置くことを,ブラケットに入れたうえで,提案するものである。
2.賃借人の承諾等
なお,賃借人たる地位の移転について,契約の相手方たる賃借人の承諾が必要とされるか否かが問題とされたが,判例は,これを必要としないという立場をとっており19,学説においても,一般的に承認されている20。
賃貸人の目的物を「使用及び収益を相手方にさせる義務」は,賃貸人の属人的な資質に依
存するものではなく,むしろ,その履行に際しては,目的物の所有権を有するということがより具体的な意味を有するものであることに照らせば,目的物の所有権が移転した場合には,当然に,賃貸人たる地位が移転するのが基本原則であると考えることが,実質的にも妥当であり,そこから賃借人の同意が必要とされないことも基礎づけられるものと考えられる。
3.賃貸人たる地位の対抗
目的物の所有権の移転によって,賃貸人たる地位が移転するとしても,そうした賃貸人たる地位を賃借人に対抗するということが問題となり,この点について規定するのが,提案(3)である。
ここでは,所有権の移転と賃貸人たる地位の移転がワンセットのものとして実現されることから,所有権移転の対抗要件をもって,賃貸人たる地位の移転についての賃借人に対する
19 最判昭和 46 年 4 月 23 日民集 25 巻 3 号 388 頁。
20 xxx『債権各論 中巻 1』(岩波書店,1972 年)447 頁,前掲・新版注釈民法 189 頁(xx)等。
4.賃料の支払いに関する特則
もっとも,上記のように,所有権についての対抗要件を備えた新所有者は,賃借人に対して,賃貸人たる地位を対抗できるとしても,その不動産の対抗要件については,賃借人は,一般的に関心を有するわけではない。その結果,すでに目的物の所有権が移転しており,その所有権移転についての登記も経由しているという場合であっても,賃借人がそのことを知らずに22,従前通り,旧所有者に賃料を払った場合に,どのようになるのかという問題が生ずる。
これについては,債権の準占有者弁済として保護をすることは考えられるが,この点を明確に規定しておくことが,賃借人の保護のために望ましいと考え,提案(4)において,この点について規定することを提案するものである。
5.敷金返還に関する法律関係
提案(5)は,目的物が譲渡された場合の敷金の返還に関する法律関係を規定するものであるが,現在の法律状態の理解,理論的な説明等をめぐって議論がある。
ここでは,敷金の返還債務について,基本的に,以下の 2 つの内容を規定するものである。
(1)新所有者の敷金返還債務
まず,目的物の所有権が移転され,新所有者が賃貸人たる地位を承継した場合,新所有者が敷金返還債務を負担するということを示したものである。
現在の通説・判例は,差し入れられた敷金額の多寡,敷金差入れの事実についての新所有者の善意悪意を問わず,また,新所有者が旧所有者からの敷金額の事前補償を受けたか否かを問わず,新所有者がこれを承継するとしており23 24,この点については,現在の法律状態を前提として提案するものである。
なお,このような場合に,新所有者が敷金返還債務を負担することをどのように説明する
21 判例においても,このような立場がとられている。大判昭和 8 年 5 月 9 日民集 12 巻 1123 頁,最判昭和 25 年 11 月 30 日民集 4 巻 11 号 607 頁,同昭和 49 年 3 月 19 日民集 28 巻 2 号 325 頁)。
22 前掲・最判昭和 33 年 9 月 18 日は,賃借人への通知を不要とする。
23 前掲・新版注釈民法 193 頁(xx)。なお,判例として,大判昭和 5 年 7 月 9 日民集 9 巻 839 頁,大判昭和 18 年 5 月 17 日民集 22 巻 373 頁,最判昭和 44 年 7 月 17 日民集 23 巻 8 号 1610 頁。
24 xxxx『x法講義Ⅳ-1 契約法』(有斐閣,2005 年)507 頁は,こうした判例・通説の立場を,
①敷金の附従性,随伴性,②差引計算に対する賃借人の期待の保護,③譲受人の対処可能性の 3 点に整理して,その基礎づけとして説明する。
のかという点については,なおいくつかの可能性が考えられ,その点で,現在の考え方が一致しているわけではないと思われる。この点について,特定の見解にコミットすることを避けて,その結論をだけを示すために,提案(5)においては,「その返還債務は,新所有者がこれを負担する」とのみ規定している。
かりに賃貸人の地位の承継という枠組みの中に,このような敷金返還債務の承継も当然に含まれるのだとすれば,そもそも提案(5)を独立に規定する必要はないとも考えられるが,前提としての法律構成にさまざまな可能性が考えられることからも,ここでは新所有者が敷金返還債務を負担することを明示的に規定しておくことが適切であろう。
(2)旧所有者の責任
他方,実質的な議論の対象となったのが,敷金返還についての旧所有者の責任である25。この点については,旧所有者も,責任(新所有者の敷金返還債務についての履行担保責任)を負担するという方向を示しつつ,*で示したように,それに対する強い異論も見られた。
① 提案の基本的な方向
上記の通り,新所有者が敷金返還債務を負担するということを,賃貸人たる地位の承継の枠組みの中で説明し,敷金返還債務も,その一部として,新所有者に移転するのだと考えれば,賃貸人たる地位の移転とともに,旧所有者は,敷金返還をめぐる法律関係からも解放されるということも考えられる。
しかしながら,以下の理由から,このような方向を採用せず,旧所有者は,新所有者の敷金返還債務について,その履行担保責任を負うという形で,実質的に,その資金返還に関する責任負担が継続するという方向を示している。
すなわち,賃借人の同意がなくても,賃貸人たる地位が移転するという説明の際に強調される,賃貸人たる地位の属人性の希薄さは,目的物を利用させるという面に限ってのものである。他方,敷金返還債務は,一般的な金銭債権と同様に,どのような責任財産を有する者が債務者であるかによって,その実質的価値は大きく左右されるものであり,一般の債権と異なるものではない。したがって,契約の相手方(債権者)たる賃借人の同意なく,当然に移転させるということは,敷金返還請求に関する賃借人の法的地位を損なう可能性があり,
25 なお,判例は,すでに言及した通り,新所有者が敷金返還債務を負担するということを一貫して維持してきているが,旧所有者の責任をどのように位置づけるかについては,必ずしも明確ではない。前掲最判平成 11 年 3 月 25 日は,「新所有者のみが敷金返還債務を履行すべきものとすると,新所有者が無資力となった場合などには,賃借人が不利益を被ることになりかねないが,右のような場合に旧所有者に対して敷金返還債務の履行を請求することができるかどうかは,右の賃貸人の地位の移転とは別に検討されるべき問題である」と述べる。
適切なものではないと考えられる。
もっとも,このような説明からは,そもそも敷金返還債務は,旧債務者が負担しているのではないかということが考えられるが,そのように構成して,かつ,新所有者の責任を併存的債務引受としてまで構成する必要はないものと考えられるので,提案(5)において示したような文言で,当事者間の法律関係を示したものである。
② 旧所有者の責任を存続させることの問題
他方,このように旧所有者の責任を存続させることについては,きわめて強い反対論もみられた。
反対論が問題とするのは,このように旧所有者の責任を残してしまった場合,きわめて長期の賃貸借契約がなされている場合,旧所有者,その最後まで,賃貸借をめぐる法律関係からは完全には解放されず,何 10 年もしてから,敷金返還を求められるというリスクにさらされるという点であった。実質的にも,なお検討すべき問題である考えられる。
なお,このような観点からの問題を指摘する見解においては,かりに,敷金返還債務についての旧所有者の履行担保責任を認めるとしても,その期間を一定の範囲にすべきであるとの主張がなされた。
5.賃貸人たる地位の承継の合意がある場合の法律関係
提案(6)は,目的物の所有権の移転に際して,その当事者間において,賃貸人たる地位を承継することについての合意があった場合には,上記の各規定が準用されることを規定するものである。
もちろん,このような積極的合意がなくても,所有権の移転それ自体によって賃貸人たる地位の移転が基礎づけられるのであり,その点では,提案(6)は不要とも思われる。
しかしながら,上記の各規定は,提案(1)に示されるように,【Ⅳ-1-6】を前提として,賃借人が,その賃借権を新所有者等に対抗できるということを出発点とする構造になっている。したがって,賃借人が対抗要件を有していない場合の法律関係は,必ずしも明確ではないことになる。
もちろん,提案(1)は賃借権の対抗要件を問題とするものであるから,対抗要件を備えなくても,相手方から賃借人の賃借権を承認するということは可能でする余地はあるが,その点について,疑義を避けるために,提案(6)のような明示的な規定を置くことを提案するものである。
特に,複数の目的物について賃貸借がなされているような場合に,それらを一括して譲渡するような場合に,賃借人の対抗要件の有無等を問題とするまでもなく,賃貸人たる地位が承継されるという点でも,このような規定を用意することは,実践的な意義を有するものと考えられる。
Ⅳ-1-8 賃借権に基づく妨害排除請求権
(1)〔対抗要件を備えた〕不動産の賃借人は,目的物の使用収益を妨害されたときは,賃借権に基づき,その妨害の停止を請求することができる。ただし,賃貸人,または転貸借における原賃貸人が,目的物の所有権を有さない場合には,この限りではない。
(2)前項の規定は,賃借人が,賃貸人に対して有する債権を被保全債権として,賃貸人の有する物権的請求権その他の権利を,【Ⅲ-1-1】に基づいて代位行使することを妨げるものではない。
【提案要旨】
賃借権が妨害された場合の賃借人の妨害排除請求について規定するものである。
1.賃借権に基づく妨害排除請求権
提案(1)は,賃借権それ自体に基づく妨害排除請求権を明示的に規定することを提案するものである。
このような賃借権に基づく妨害排除請求権については,従来の判例をふまえたうえで,不動産賃借権のみに限定することを提案するものである。あわせて,そのような妨害排除請求権の行使に際して,対抗要件が必要であるかについては,ブラケット案とするものである。
2.債権者代位権の転用による第三者による妨害の排除
また,提案(2)は,提案(1)において妨害排除請求権を認めることによっても,従来,債権者代位権の転用として認められてきたものが排除されるわけではないことを確認するものである。提案(1)の妨害排除請求権の要件を比較的限定したことから,債権者代位権の転用によって解決する可能性を残すことが適切であるとの考えによるものである。
なお,債権者代位権の転用については,【Ⅲ-1-1】においてすでに転用型が認められていることから,提案(2)は確認的な意味を有するものにすぎないが,従来の議論においては,債権者代位権の転用を賃借権の妨害排除請求権に発展的に解消するとした見解も主張されてきたことから,この点について,明示的に確認をしておくことが適切であるとの理由によるものである。
【解 説】
1.賃借権に基づく妨害排除請求権
(1)現在の法律状態
この③のような賃借権に基づく妨害排除請求権をどのように基礎づけるかについては,そ
のような妨害排除請求権の基本的な性格,その要件をめぐって,なお以下に言及するとおり,見解の一致を見ていないが,③を①②とは独立に認めるという方向については,おおむね共通の理解が存在すると考えられる。この点を規定するのが,提案(1)である。
なお,このような妨害排除請求権は,一般的には,不法占拠者との関係のほか,二重賃借人相互間で問題となると考えられてきている。しかし,本提案においては,後者の二重賃借人相互間の問題は,【Ⅳ-1-6】によって,対抗問題として規律されることが予定されている。したがって,【Ⅳ-1-6】が二重賃借人相互間で問題となるとしても,それは,二重賃借人相互の優先関係が【Ⅳ-1-6】によって決定されたうえで,それを前提とする妨害排除請求権が問題となるということになる。
他方,賃借人と不法占拠者との関係は,【Ⅳ-1-6】が規定する対抗問題の対象とはされていない。したがって,【Ⅳ-1-8】によって直接規律されることになる。
(2)賃借権に基づく妨害排除請求権の要件
賃借権に基づく妨害排除請求権の要件をめぐっては,①賃借権一般についてこのような妨害排除請求権を認めるのか,それとも不動産を目的とする賃借権に限定するのかという問題と,②このような妨害排除請求権の行使に当たって対抗要件を備えていることが必要とされるのかという問題が存在する。
① 対象となる賃貸借
賃借権に基づく妨害排除請求権を不動産賃貸借の場合に限らず,動産賃貸借の場合にも認めるかについては,理論的には議論の余地が残されている。
判例が,賃借権に基づく妨害排除請求権を認めてきたのは,一貫して不動産賃貸借に限定されている。また,理論的にも,賃借権の妨害排除請求権の基礎づけを,賃借権の物権化という観点から考えられる場合,そこで想定されている物権化した賃借権一般ではなく,あくまで不動産賃借権に限定されるものと思われる。
以上のような従前の判例と学説の一般的な考え方をふまえ,かつ,動産賃借権一般についても,賃借権に基づく妨害排除請求権を一律に承認することは,これまでの法律状態を大きく変更するものであり,その実質的な理由づけも乏しいという点を考慮して,妨害排除請求権が認められる賃借権を不動産賃借権に限ることを提案するものである。
26 最判昭和 30 年 4 月 5 日民集 9 巻 4 号 431 頁,最判昭和 43 年 3 月 28 日判時 518 号 49 頁。
② 対抗要件の有無
このような妨害排除請求権を行使するに際して,対抗要件の充足を求めるかについては,いくつかの考え方があり得る。
まず,賃借権に基づく妨害排除請求権は,賃借権自体に基づくものであり,その成立については対抗要件の充足は必要ではないとしても,妨害者に対して,妨害排除請求権を行使するという局面においては,まさしく対抗要件として,それが求められるという考え方があり得る。ここでは,本来の対抗要件が求められるということになるが,そうだとすると,妨害排除請求権が問題となる典型的場面のひとつである不法占拠者との関係は,そもそも対抗問題ではないということが問題となる。
他方,ここでは当然には対抗問題となるものではないとしながらも,対抗要件を必要とするという考え方は,なおいくつかのレベルで考えられる。
ひとつは,上記の通り,賃借権に基づく妨害排除請求権を,賃借権の物権化という枠組みの中で理解し,かつ,その場合の物権化される賃借権とは,対抗要件を備えた不動産賃借権であると考える立場であり,この立場においては,妨害排除請求権が成立するための前提として,対抗要件を備えていることが不可欠だということになる。この場合の対抗要件は,厳密には,対抗問題における基準としての対抗要件ではなく,賃借権の物権化を支える要件だということになる。
また,必ずしも,上記のような賃借権の物権化という論理を前面に出すのではないとしても,妨害排除請求権といった権利を行使する場合の権利保護資格として対抗要件の充足を求めるという説明も考えられる。
このように本来の対抗要件としてではなく,賃借権の物権化の前提要件として,あるいは,権利保護資格として対抗要件の充足を求める立場においては,前提が対抗問題であることは不可欠ではないのであるから,不法占拠者とのような関係においても,それを要件とすることは比較的容易に説明できることになる。
しかしながら,最終的に,以下のような点も考慮して,対抗要件については,ブラケットに入れた提案としている。
第 1 に,この点を明示的に規定することの意味が,必ずしも明らかではないということがある。ここで主として対象となるのは,上記のように不法占拠者との関係であるが,それは対抗問題ではない。そのような関係において,「対抗要件」といったものを要件として掲げることの意味が問題となる。
なお,従来,妨害排除問題の一類型として考えられてきた二重賃借人相互間では,対抗要件の充足は,【Ⅳ-1-6】によって必要とされるのであり,それを前提として,【Ⅳ-1
-8】が適用されるわけであるから,ここであらためて対抗要件の充足を求める必要はないということになる。
第 2 に,実質的な衡量としても,特に,不法占拠者との関係で,対抗要件を有していることまでが必要なのかという問題がある。
不法占拠者と考えられる者に対して,立ち退き等を求める際に,自らがその目的物の賃借人であることを立証しなければならないとしても,さらに,その対抗要件を備えていることまでを示さないと,当該占拠者は,自らの占有権原についてまったく示す必要もなく,請求者が対抗要件を備えていないということのみを以て,その請求を退けることができるということは必ずしも,当然に妥当とされるようなものではないと考えられるからである。
適用事例 Aが,自己所有不動産甲をBに賃貸していたところ,甲が,甲についての利用権限のないCによって不法に占拠された。この場合に,Bは,自己の賃借権に基づいて,Cの妨害を排除することができる。
適用事例 Aが,自己所有不動産甲をBに賃貸していたところ,甲が,Cによって占拠された。 Bが,Cの妨害を排除洋としたところ,Cは,Aから甲を賃借したものであると主張し,AC間の賃貸借の事実が確認された。この場合には,Bが,自己の賃借権を,Cとの関係でも対抗するためには,【Ⅳ-1-6】によって,賃借権の対抗要件が必要であり,それが欠ける以上,自己の賃借権に基づく妨害排除請求権をCに対して行使できないことになる。
2.債権者代位権の転用
従来からも認められてきた,債権者代位権の転用による目的物の妨害排除の可能性が認め
27 従来の判例は,不法占有者に対する関係と,二重賃借人に対する関係を,必ずしも明確に区別していない。最判昭和 28 年 12 月 18 日民集 7 巻 12 号 1515 頁は,対抗要件の備えた賃借権に基づいて,二重賃借人に対しても,不動産の明渡しができることを判示するが,そこでは,現民法 605 条等の
「規定により土地の賃借権をもつてその土地につき権利を取得した第三者に対抗できる場合にはその賃借権はいわゆる物権的効力を有し,その土地につき物権を取得した第三者に対抗できるのみならずその土地につき賃借権を取得した者にも対抗できる」として, 賃借権の物権化の概念を介在させており,対抗要件は,(妨害排除請求権の前提としての)賃借権の物権化を基礎づけるものとして位置づけられる。本提案では,少なくとも,二重賃借人相互間の問題は,【Ⅳ-1-5】によって,目的物の利用権相互の対抗問題として位置づけられるのであり,この局面では,まさしく対抗要件として,登記等が求められることが説明されることになる。
られることを明示的に規定するのが,提案(2)である。
このような債権者代位権の転用によって目的物の妨害排除が可能であるということを確認する規定を置くべきであるとするのは,以下のような理由による。
第 1 に,このような債権者代位権の転用は,賃借権に基づく妨害排除請求権と完全に重なるものではなく,なお一定の固有の意義を有していることが考えられるからである。特に,提案(1)の通り,妨害排除請求権を認める賃借権を不動産賃借権に限定し,さらに,ブラケット案にしたがえば対抗要件の充足も必要なのであるから,これによってカバーされない賃借権は,かなり多く残されることになる。
そうした点をふまえて,賃借権一般について,債権者代位権の転用によって実現されてきた妨害排除を残しておくことが適切であると考えられる。現在,多くの面で重複をしながらも,占有権,債権者代位権の転用,賃借権に基づく妨害排除請求権が併存的に認められてきているという状況について,特に,それを変更するものではないというのが,ここでの基本的な考え方となっている。
第 2 に,かりに上記のような併存関係を認めるという場合,それについては積極的に示しておくことが適切であると考えられる。現在は,債権者代位権自体については規定が用意され(ただし,転用についての明示的な規定があるわけではない),賃借権に基づく妨害排除請求権については規定がないが,後者についてxxの規定が用意された場合,債権者代位権の転用については,むしろ積極的に排除される可能性がある(債権者代位権の転用を,賃借権に基づく妨害排除請求権に発展的に解消するという見解は,従来も,有力に主張されてきたところである)。その点では,従来の法律状態を維持しようとすれば,転用型の債権者代位権による,妨害排除の可能性もなお排除されないことについて,明示的に規律を置くことが必要と考えられる。
Ⅳ-1-9 目的物の瑕疵についての賃貸人の責任
目的物の瑕疵についての賃貸人の責任については,以下のことを明らかにする。
① 目的物の瑕疵について,売買に関する【Ⅱ-8-23】以下の規定が準用される。
② 瑕疵に関する通知義務を前提とする売主の担保責任を制限する【Ⅱ-8-34】は,賃貸借には準用されない。
【提案要旨】
賃貸借の目的物に瑕疵があった場合の賃貸人の責任に関して,その場合の法律関係を確認するとともに,必要があれば,それを明示的に規定することを提案するものである。
①は,目的物の瑕疵について,売買に関する【Ⅱ-8-23】が準用されることを確認す
るものである。もっとも,これについては,【Ⅱ-7-8】によって,売買の規定が,有償契約によって準用されることによって説明が可能であり,特段の規定は必要ではなく,当然のことを確認しているだけにすぎない。
②は,瑕疵に関する通知義務を前提とする貸主の担保責任を制限する【Ⅱ-8-34】は,賃貸借には準用されないということを示すものである。この点は,【Ⅱ-7-8】との関係では,むしろ①と逆のことになる。
瑕疵担保責任の一部(責任要件と責任の内容)については売買の規定を準用する一方で,期間制限についてはその準用を否定するという法律関係については,全体として,明示的に規定しておくことが望ましいと考えられる。
【解 説】
1.瑕疵担保責任についての売買の規定の準用
有償契約である賃貸者において,売買における瑕疵担保責任を準用することは理論的にも特に問題がないものと考えられる。したがって,【Ⅱ-8-23】以下の規定が賃貸借に準用されるということを前提に考えていくことが適切である。
なお,この点だけであれば,【Ⅱ-7-8】によって,売買の規定が,有償契約によって準用されることによって説明が可能であり,特に取り上げるまでもないことということになるが,次の期間制限の排除との関係で,全体を明示的に確認しておくことが望ましいとも考えられる。
2.期間制限に関する売買の規定の準用の排除
他方,期間制限に関する【Ⅱ-8-34】については,売買に準用することは適切ではないものと考えられる。
すなわち,権利移転型の契約である売買と異なり,契約期間を通じて,目的物を賃借人に収益させる義務を負担する賃貸人について,瑕疵を知ってから合理的期間内に通知をしないと,賃貸借期間が存続していても,瑕疵に関する救済を受けられなくなるというのは必ずしも合理的とは考えられないからである。
なお,この点を含めて,売買の規定の準用に際しての契約の性質等の解釈に委ねるということも考えられないわけではないが,明示しておくことで法律関係の見通しがよくなるものと考えられる。
Ⅳ-1-10 賃貸借目的物の修繕等
(1)賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。
(2)賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは,賃借人は,これを拒むこ
とができない。
(3)賃借物が修繕を要するときは,賃借人は,遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。
関連条文 現民法 606 条(賃貸物の修繕等),現民法 615 条(賃借人の通知義務)
【提案要旨】
賃貸人の修繕義務等に関する現民法 606 条の規定を維持するとともに,現在は別に規定さ
れている現民法 615 条の一部(目的物が修繕を要する場合の賃借人の通知義務)については,修繕義務の前提として,あわせて規定することが適切であるとして,両者を1ヶ条にまとめることを提案するものである。
なお,本提案との関係では,事業者・消費者間の賃貸借においては,修繕義務に関して賃借人に負担させるという特約について,その有効性を問題とする余地がある。この点については,消費者契約法 10 条を通じて対応することが考えられるが,さらに,他の要件を要せずに当然に無効とするべきかについては,なお検討の余地がある。
【解 説】
1.現民法 606 条の基本的な維持
本提案は,現民法 606 条をそのまま維持することを提案するものである。
そのうえで,目的物に修繕が必要となった場合について,賃借人から賃貸人への通知を,あわせてここで規定することを提案している。これは,現民法 615 条前段が,目的物について権利を主張する者が現れた場合とともに規定しているところであるが,修繕に関する規定の中にひとまとめとすることがわかりやすさという点でも,より優れていると考えたものである。
2.必要な修繕の範囲等
賃貸物の使用(及び収益)に必要な修繕の範囲については,その範囲が必ずしも明らかではないことが指摘されているが,条文上のルールとして明確にすることは困難であり,解釈論に委ねるものとする。
3.修繕に伴って目的物の利用ができない場合の法律関係
なお,修繕に伴って目的物の全部または一部が利用できない場合の賃料債務の減免が問題となるが,これについては,別途,より包括的な賃料債務に関する規定を置くことによって対応することが考えられるので,ここでは規定しない。
4.目的物の損傷等の発生原因と修繕義務
また,学説上は,修繕が必要とされる状況がどのように生じたかとの関係で,現民法 606条の修繕義務を認めるか否かが問題とされてきた。かつての通説は,目的物の破損等が賃借人の責めに帰すべき事由によって生じた場合にも,本条による修繕義務を認めたが,現在では,賃借人の責めに帰すべき事由によらない場合にのみ本条の修繕義務を認める見解が多数であるとされる。
このような限定を規定の中に盛り込むかが問題となるが,①修繕に伴う賃借人の費用負担は,債務不履行,不法行為等によって基礎づけることが可能であり,②賃借人が意図的に目的物を破損した場合などにおいて,賃貸人に対して修繕義務の履行を求めることが不当であると考えられる場合には,権利濫用やxxxなどによって対応することが可能であると考えられること,③賃借人の軽微な過失等による場合にまで,修繕義務を一律に否定することは必ずしも実質的な妥当性を有しないとも考えられることから,現民法 606 条の規定をそのまま維持することを提案するものである。
Ⅳ-1-11 賃借人の意思に反する保存行為
賃借人の意思に反する保存行為による賃借人からの解除権に関する現民法 607 条を削除し,これについては特段の規定を置かないものとする。
関連条文 現民法 607 条(賃借人の意思に反する保存行為)
【提案要旨】
賃借人の意思に反する保存行為のために,賃借人が賃貸借の目的を達成できない場合の法律関係をめぐる問題である。
なお,目的物に関する一定の事情のために,賃貸借契約の目的を達成できない場合の解除については,より包括的な形で別途規定することが考えられるので(提案【Ⅳ-1-26】のほか,【Ⅳ-1-14】(2)と【Ⅳ-1-15】(2)を参照),賃借人の意思に反する保存行為に限定した規定である現民法 607 条を削除することを提案するものである。
Ⅳ-1-12 賃借人による費用の償還請求
(1)賃借人は,賃貸人が修繕義務を履行しない場合には,自らの費用で,目的物を修繕することができる。
(2)賃借人は,賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは,賃貸人に対し,直ちにその償還を請求することができる。
(3)賃借人が賃借物について有益費を支出したときは,賃貸人は,賃貸借の終了の時に,第 196 条第 2 項の規定に従い,その償還をしなければならない。ただし,裁判所は,賃貸人の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。
関連条文 現民法 608 条(賃借人による費用の償還請求)
【提案要旨】
提案(1)は,賃貸人が,【Ⅳ-1-10】に規定された義務に反して,目的物の修繕を行わない場合に,賃借人が,自らの費用で,目的物を修繕することができる権利があることを明示的に規定するものである。この点は,現民法 608 条において当然の前提とされていたものと考えられるが,疑義を避けるために,この点についてxxの規定を置くことを提案するものである。
提案(2)(3)は,現民法 608 条の規定を維持することを提案するものである。
なお,提案(1)を置いたことから,提案(2)との関係が問題となるが,「賃借物についての賃貸人の負担に属する必要費」は,提案(1)の修繕に関する費用以外のものも含まれると考えられるために,従前の規定を維持したものである。
【解 説】
1.賃借人の目的物の修繕の権限
現行法は,現民法 606 条 1 項で,賃貸人の修繕義務を規定し,同 608 条で,賃借人が目的物についての必要費を支出した場合の償還請求権について規定している。ここでは,一定の場合には,賃借人が目的物の維持管理に必要な修繕を行うことができるということを前提として,その費用を償還請求することができるという構造になっていると考えられる。
しかし,賃借人の目的物についての修繕の権限については,必ずしも明確ではないことから,疑義を避けるために,提案(1)において,賃借人の修繕に関する権限を規定するとともに,それを,賃貸人が修繕義務を履行しない場合に限定するものである。
2.現行法に関する問題
提案(2)は,現民法 608 条の規定を維持することを提案するものである。
なお,現民法 608 条に関しては,その基本的な問題として,①いかなる必要費が賃貸人の負担に属するものであるか,②有益費の内容は何か,③現存利益の判断の基準時はxxx,等が指摘されているところである。
これらについて,さらに具体的に規定することも考えられないわけではないが,最終的には,賃貸人の義務(賃借人が契約の目的にしたがって使用収益することができるのに適した状態に置く義務)を前提として解釈するという以上の基準を示すことは困難であり,また,賃貸借の目的物の種類や状態によっても大幅に異なるものと考えられるので,現民法 608 条の規定をそのまま維持することを提案している。
Ⅳ-1-13 事情変更による賃料の増減額請求権
(1)賃料算定の基礎となる事情の変動があった場合には,賃貸借契約の当事者は,賃料の増減額を請求することができることを規定する。
(2)前項の賃料の増減額請求権に関する規定は任意規定であり,特約によって排除することが可能であることを規定する。
(3)賃料増減額請求権を行使した場合の法律関係について,以下の点について規定する。
① 賃料増減額請求権を行使したが適正な増減額の金額が決まらない場合に,それを定める手続き
② ①の決定までに賃貸人が請求できる賃料額と賃借人が支払うべき賃料額
③ ①によって決まった増減額の金額と②で支払われた金額が異なる場合の処理
(4)減収による賃料の減額請求・解除を規定する現民法 609 条,同 610 条の規定は削除する。
関連条文 現民法 609 条(減収による賃料の減額請求),借地借家法 11 条(地代等増減請求権),借地借
家法 32 条(借賃増減請求権)
【提案要旨】
提案(1)は,いわゆる事情変更の原則に基づく賃料の増減額請求権を民法の中に規定することを提案するものである。
提案(2)は,このような賃料の増減額請求権に関する規定が任意規定であり,特約によって排除することが可能であることを示すものである。この点で,限定的な特約を除いて,強行規定として機能する借地借家法における地代等増減請求権(同法 11 条)や借賃増減請求権(同
法 32 条)とは異なることになる。
提案(3)は,賃料増減額請求権を行使した場合に,最終的にどのような形で賃料の増減額を実現するかについては規定を置くことを提案するものである。具体的には,賃料増減額請求権を実効性のある制度とするためには,以下の 3 点について明らかにしておく必要があるものと考えられる。
① 賃料増減額請求権を行使したが適正な増減額の金額決まらない場合に,それを定める手続き
② ①の決定までに賃貸人が請求できる賃料額と賃借人が支払うべき賃料額
③ ①によって決まった増減額の金額と②で支払われた金額が異なる場合の処理
最後に,提案(4)は,このような事情変更の原則に基づく賃料の増減額を規定することによって不要となると考えられ,かつ,現在も機能していないとされる現民法 609 条の規定を削除することを提案するものである。
【解 説】
1.事情変更による賃料の増減額
提案(1)は,いわゆる事情変更の原則に基づく賃料の増減額のしくみを民法の中に用意することを提案するものである。この提案は,以下のような理由による。
(1)現行規定の問題点と意義
まず,現民法 609 条は,「収益を目的とする土地の賃借人は,不可抗力によって賃料より少ない収益を得たときは,その収益の額に至るまで,賃料の減額を請求することができる」として,減収による賃料減額請求権のみを定めているが,これは,現在は,実質的に機能していないものと考えられる28。
ただ,その一方で,現行の民法典が,すでに一定の事情変更に対応した規定を用意しているという点には注目してよいものと考えられる。これをより一般的に機能するルールとして採用するのであれば,現在は,借地借家法の中で規定されている賃料増減額請求権を,一定の範囲で,より一般的なルールとして,民法典の中に取り込むことが考えられる。
(2)事情変更の原則に関する一般準則との関係
かりに事情変更の原則を契約法一般に関する準則として規定するとしても,その場合には,一般規定として用意される事情変更の原則との関係が問題となる。
このような事情変更の原則の一般規定が用意されるとしても,なお,賃貸借に限るルールとして賃料の増額に関する規定を設けることには合理性があると考えられる。特に,以下の
2つの点が重要であると思われる。
28 なお,判例データベース(TKC)においては,同条について 13 件の判決が検索されるが,その中,12 件は戦前の大審院時代のものであり,戦後は,農地の賃貸借契約において,麦作およびxxが共に風水害等により凶作であつたとして,賃貸人よりの小作料全額の免除を認めたxxx判昭和 31 年 4 月 24 日下級裁判所民事裁判例集 7 巻 4 号 1021 頁が挙げられるのみである。
(ア)要件についての独自性
また,今回の改正提案においては,さらにxxの規定として,一般規定としての事情変更の原則を定める方向が提案されている。そこでは,以下のような場合に事情変更の原則を適用することが予定されている。
Ⅰ-10-1 事情変更の要件
(1)契約締結に当たって当事者がその基礎とした事情に変更が生じた場合でも,当事者は当該契約に基づいて負う義務を免れない。
(2)ただし,事情の変更が次の要件を満たすときは,当事者は【Ⅰ-10-2】の定める請求をすることができる。
(ア)当該事情の変更が,契約当事者の利害に著しい不均衡を生じさせ,または当初契約の目的実現を不可能にする重大なものであること
(イ)当該事情の変更が,契約締結後に生じたこと,かつ
(ウ)当該事情の変更が,契約締結時に両当事者にとって予見し得ず,その統御を越えていること
このような提案は,従来の判例や学説をふまえたものであるが,そこでは一定の厳格な要件を規定すること必要であり,また,その方向が示されている。
しかし,こうした一般的な事情変更の原則に対して,賃料の増額をもたらす,賃料算定の基礎となる事情の変更というのは,かなり性格の異なるものであると考えられ,それに対応した規律が必要であると考えられる。
第 1 に,そうした算定の基礎となる事情が時間の経過の中で変化していくということは,むしろ一般的に予想されるものであり,その意味では,必ずしも当事者の予見可能性が否定
29 大判昭和 19 年 12 月 6 日民集 23 巻 613 頁,最判昭和 26 年 2 月 6 日民集 5 巻 3 号 36 頁,最判昭和 29 年 1 月 28 日民集 8 巻 1 号 234 頁,最判昭和 29 年 2 月 12 日民集 8 巻 2 号 448 頁,最判昭和 30年 12 月 20 日民集 9 巻 14 号 2027 頁,最判昭和 31 年 5 月 25 日民集 10 巻 5 号 566 頁,最判平成 9年 7 月 1 日民集 51 巻 6 号 2452 頁。なお,xxxx『契約と事情変更』(有斐閣・1969 年)147 頁以下。
されるというわけではなく(もちろん,この点は,予見可能性の具体性,抽象性をどのレベルに位置づけるかによって異なってくる),その点では,【Ⅰ-10-1】によって必ずしも十分にカバーされるわけではない可能性がある。
第 2 に,長期にわたる賃貸借においては,当初の合意の時点で,将来の適切な賃料を十分に計算し尽くすということは困難であり,将来の事情の変更によって適切な賃料が変わってくるということは,賃貸借契約それ自体の性格に,基本的に伴うものであるとも考えられる。その点では,当事者にとって,予想外の事態に対応するという意味での事情変更なのではなく,事情が変更するということ自体は予想外ではないが,何が適切なのかという見通しを当初時点で立てることはできないというものに対応するものであり,その点では,原則に対する例外というより,ある程度まで,当事者の合理的意思を反映させるという側面もあるものと思われる。
その点で,要件というレベルにおいても,一般規定としての事情変更の原則によるよりも,より低いハードルで対応するということが考えられ,賃貸借契約に固有のこうした準則を用意することには意義があるものと考えられる。同時に,ここで問題とされる要件は,契約の効力一般を問題とするものではなく,賃料に限ったものとすればよいのであるから,提案(1)が示すように「賃料算定の基礎となる事情の変動」のみを取り上げればよいものと考えられる。
(イ)効果についての独自性
次に,法律効果についても,その独自性が考えられる。一般的な事情変更の原則においては,契約の解除と契約の内容の改訂というふたつの解決が考えられ,今回の改正提案においても,以下のように,その方向が示されている。
Ⅰ-10-2-1 事情変更の効果
(1)事情の変更が【1-10-1】(2)の要件を満たすときは,当事者は契約改訂のための再交渉を求めることができる。当事者は再交渉の申し出を遅滞なく行わなければならない。
(2)再交渉の申し出がされたとき,相手方は,交渉に応じなければならない。
(3)両当事者は再交渉をxx従い誠実に行わなければならない。
(4)当事者が(2)または(3)に定められた義務違反したことにより,または再交渉を尽くしたにもかかわらず,契約改訂の合意が成立しない場合には,当事者(但し(2)または(3)にさだめられた義務に違反した者は除く)は,以下の権利を有する。
(ア)裁判所に,当該契約の解除を求めることができる。裁判所は,解除を認めるに際して,当事者の申し出た適切な金銭的調整のための条件を付すことができる。
(イ)裁判所に,改訂案を示して契約の改訂を求めることができる。当該改訂案の内容が,変更した
事情および当初契約の内容にてらして合理的である場合には,当該改訂案に基づいて,裁判所は契約を改訂することができる。
このような解除と契約内容の改訂について,そのいずれをデフォルトとして考えるべきかについては,従来からも議論がある。契約内容の改訂の方が,契約維持を確保するという点では契約を尊重するものであるという見方もあり得るが,対価といった契約にとって決定的な部分に裁判官が法的に介入するということについては,より強い介入だという理解もあり,提案【Ⅰ-10-2-1】も,そのような点を考慮して,提案(4)における(イ)を規定しているものと考えられる。このように,契約内容の改訂という形での裁判所の介入に対して,一定の慎重な態度が求められるのは当然であり,一般規定としての事情変更の原則に当たっては,このような配慮が十分になされるべきであろう。
他方,【Ⅳ-2-11】が提案しているのは,このような契約内容の改訂にほかならない。その点に,まさしく賃料増減額に関するしくみを,一般規定としての事情変更の原則のほかに用意するということの独自性があるものと考えられる。この点については,以下のような観点から,賃料増減額に限った処理(契約内容の改訂)が正当化されるものと考えられる。第 1 に,ここで前提となる事情の変更は,賃料算定の基礎となった事情の変更に限定され
るものであり,それ自体として比較的客観的に確定できるということがある。
第 2 に,契約内容の改訂といっても,ここで問題とされているのは,賃料算定の基礎とな った事情に応じた賃料の増減額という比較的単純な効果に限定されているということがある。その点では,裁判所の介入といっても,そこでは独自の形成的判断がなされるわけではなく, その効果は限定的なものだということになる。そして,賃料算定の基礎となる事情に対応し た賃料の決定という単純な枠組みである以上,契約内容の改訂に向けた再交渉といったもの を要求する必要性は乏しく,また,契約を解除するのではなく,上記のような一定の修正を ほどこしたうえで維持ししていくということが正当化されるものと考えられる。
2.任意規定としての賃料増減額
提案(2)は,このような民法上の賃料増減額に関するルールが任意規定であり,当事者の合意によって排除することが可能であることを明示するものである。借地借家法では,対象となる目的物の性質からも,生存権的な性格を有する部分があると考えられるのに対して,それ以外のものを含む一般的な賃貸借契約においては,こうした性質理解は不要であり,あくまで任意規定であることを示しておくことが適切であると考えられる。
ただし,ここで提案【Ⅳ-1-13】の賃料増減額請求権が任意規定であるとすることは,一般規定としての事情変更の原則に影響に与えるものではない。一般の事情変更の原則は,強行規定であると考えられるため,かりに,本提案にかかる賃料増減額請求権を特約で排除
した場合であっても,一般の事情変更の原則の適用によって,賃料等の改訂を求めるという権利が生ずることは考えられる。
適用事例1 AとBは,賃貸借契約の締結に際して,物価の変動や周辺の地価,賃料相場に関わりなく,5 年間は賃料を変えないとの特約をなした。この特約は,提案【Ⅳ-1-13】による賃料増減額請求権を単純に排除する特約であり,こうした特約は,【Ⅳ-1-13】が任意規定であることから,それ自体としては可能である。しかしながら,この特約によっても,強行規定としての事情変更の原則を排除することはできない。そのため,物価の変動等が,著しいものであり,それ自体として,一般規定としての事情変更の原則の適用が認められるようなものである場合には,その適用によって賃料を改定する可能性が認められる。また,こうした特約については,借地借家法 11 条,31 条との関係も問題となる。この例については,「一定の期間賃料を増額しない旨の特約」と解される限りで,特約の効力が認められることになる。
適用事例2 AとBは,賃貸借契約の締結に際して,当初の 2 年間は最初に合意した賃料で,その後の 2 年間は,賃料を 1 割増額することとし,その後についても,各 2 年ごとに,従前の賃料
の 1 割増しとする賃料の自動増額特約を置いた。これについても,【Ⅳ-1-13】が任意規定であることから,それ自体としては可能である。しかしながら,この特約によっても,強行規定としての事情変更の原則を排除することはできず,一般規定としての事情変更の原則が介入する可能性が残るという点でも,適用事例1と同じである。他方,借地借家法 11 条,31 条との関係では,当初 2 年間については,「一定の期間賃料を増額しない旨の特約」と解される限りでは,そのままの効力が認められることになる。他方,2 年目以降の自動増額の部分については,特約の効力として,原則としてその効力が認められる一方で,借地借家法 11 条,31 条の適用が基礎づけられると判断される場合には,これらの規定が介入することになる。これについては,特約で排除することはできないものと考えられる。
3.賃料増減額を実現するしくみ
なお,この賃料増減額請求権の法的性質は,借地借家法上の地代・賃料増減額請求権と同様に形成権であると解されるが,一方当事者がこの権利を行使した場合に,相手方がそれに応じない場合の法律関係については,さらに検討の余地がある。特に,借地借家法のように,相手方が賃料の妥当性について争う場合に一定のリスクを課するしくみ(借地借家法 11 条 2項,3 項,32 条 2 項,3 項)を用意するかが問題となる。この点については,民法が対象とする賃貸借がきわめて多様であることに照らすと,一律にこの種のルールを用意することは困難であり,民法上のルールとしては,提案(1)に示したものにとどめるということも考えられる。
ただし,このような形成権を規定するとしても,その実現のしかたを具体的に規定しない
とかえって法律関係が不明確になるとも考えられる。
具体的に決めなくてはならない点としては,以下のような点が考えられる。
① 賃料増減額請求権を行使したが適正な増減額の金額決まらない場合に,それを定める手続き
② ①の決定までに賃貸人が請求できる賃料額と賃借人が支払うべき賃料額
③ ①によって決まった増減額の金額と②で支払われた金額が異なる場合の処理
3.現民法 609 条の削除
提案(3)は,現在も実質的に機能しておらず,すでに農地法の規定(農地法 21 条以下)等に
よってその実践的な意義も有していないとされる現民法 609 条を削除し,必要に応じて,よりxxな準則によって対応することを提案するものである。
Ⅳ-1-14 賃貸借目的物の一部が利用できないことによる賃料の減額等
(1)目的物の一部が利用できない場合には,その目的物の利用不可能がいかなる事由によって生じたかを問わず,利用できない部分の割合に応じて,賃料債権は生じない。
(2)目的物の一部を利用することができない場合において,以下のいずれかに該当する場合には,賃借人は,契約の解除をすることができる。
① 目的物の一部を利用することができないことによって,およそ契約の目的を達成することができない場合
② 目的物の一部が利用できないことを理由とする賃借人からの修繕の請求に対して,賃貸人が修繕義務を履行しないことにより,契約の目的を達成することができない場合
関連条文 現民法 611 条(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
【提案要旨】
目的物の一部の利用ができない場合の法律関係を規定するものである。
提案(1)は,目的物の一部が利用できない場合に,その理由を問題とせずに,利用できない部分の割合に応じて,賃料債権が生じないことを規定するものである。
提案(2)は,目的物の一部が利用できないことによって,賃借人が契約目的を達成することができない場合について,賃借人の解除権を認めるものである。
このような解除権については,①目的物の一部を利用できないことによって,修繕を問題とするまでもなく,契約目的を達成できないという場合と,②修繕がなされた場合には,な
お契約目的を達成できるが,そうした賃貸人の修繕義務が履行されないという場合が考えられることから,それぞれに対応した要件を示したものである。
【解 説】
1.基本的な考え方
現民法 611 条は,目的物の一部滅失の場合についてのみ規定している。そのために,その他の事情によって目的物の利用ができなくなった場合には,現行法によれば,危険負担によって処理されることになる。
しかしながら,危険負担によって処理することは,その必要性,妥当性の点でも疑問であり,滅失か否かを問わず,目的物の利用ができないという状況がある以上,同様に処理することで足りるものと考えられる。なお,このような処理は,目的物の利用ができない場合の賃貸借契約の終了とも整合的なものであると考えられる。
2.本提案による賃料の減額の位置づけ
本提案では,目的物の一部が利用できない場合には,それに対応した賃料はそもそも生じないということを前提としている。これは,雇用契約等におけるノーワーク・ノーペイの原則にも対応するものである。すなわち,目的物の一定期間の使用収益という利益を目的とする契約において,その使用収益の可能性が一部的に存在しなかった以上,それに対応する反対債務はそもそも生じないという考え方である。
ただし,このように本提案を理解することは,訴訟のレベルにおいて,使用収益の可能性があったということが請求原因のひとつとなり,それを賃貸人の側で積極的に立証しなければ,定められた賃料を請求することができないということまでをもたらすことを企図するものではない。
この点は,抽象的な賃料債権は生じていることを前提に賃料を請求するものとし,目的物の一部についての利用可能性がなかったことは,賃借人の側で抗弁として主張立証するという扱いが適切であると考えられる(なお,以上のような説明は,目的物が一時的に利用できなかった場合に関する【Ⅳ-1-15】にも妥当する)。
3.契約目的を達成することができないことによる賃借人からの解除権
提案(2)の賃借人からの解除権は,現民法 611 条 2 項が,「残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは,賃借人は,契約の解除をすることができる」と規定していることの趣旨を引き継いだものである。
ただし,目的物の一部を利用することができないという場合であっても,①目的物の一部を利用できないことによって,修繕を問題とするまでもなく,契約目的を達成できないという場合と,②修繕がなされた場合には,なお契約目的を達成できるが,そうした賃貸人の修
繕義務が履行されないという場合が考えられることから,それぞれに対応した要件を示したものである。
Ⅳ-1-15 賃貸借目的物が一時的に利用できないことによる賃料の減額等
(1)目的物が一時的に利用できなくなった場合には,その目的物の利用不可能がいかなる事由によって生じたかを問わず,利用できなかった当該期間については,賃料債権は生じない。
(2)目的物を一時的に利用することができない場合において,以下のいずれかに該当する場合には,賃借人は,契約の解除をすることができる。
① 目的物を一時的に利用することができないことによって,およそ契約の目的を達成することができない場合
② 目的物が利用できないことを理由とする賃借人からの修繕の請求に対して,賃貸人が修繕義務を履行しないことにより,契約の目的を達成することができない場合
【提案要旨】
目的物が一時的に利用できない場合の法律関係を規定するものである。
提案(1)は,目的物が一時的に利用できない場合に,その理由を問題とせずに,利用できない期間については,賃料債権が生じないことを規定するものである。
提案(2)は,目的物が一時的に利用できないことによって,賃借人が契約目的を達成することができない場合について,賃借人の解除権を認めるものである。なお,この場合の解除についても,【Ⅳ-1-15】と同様に,その要件を規定している。
【解 説】
1.目的物が一時的に利用できない場合の賃料の減額等
目的物の利用が一時的にできない場合については,現行法では一般的な規定が用意されていないが,この点について,明示的に規定するものである。
この問題は,目的物の一部が利用できない場合と,基本的に同質の問題であると考えられので,同様の規定を置くことを提案するものである。
2.現民法 607 条の削除
なお,現民法 607 条は,賃借人の意思に反する保存行為についての規定を置き,その中で契約目的が達成できない場合の解除を規定するが,この解除は,【Ⅳ-1-14】または【Ⅳ
-1-15】によって対応することができるものと考えられる。
なお,現民法 607 条は,賃料減額については規定しておらず,このような場合に賃料減額を認めるかどうかについて議論があったところであるが,修繕によって目的物を利用できないという状況が全面的なものか,一部かに応じて,【Ⅳ-1-14】または【Ⅳ-1-15】によって対応することが可能である。
適用事例 具体的な適用事例としては,以下のような場合が考えられる。
① 賃貸借の目的物である家屋の一部が,地震によって壊れた。
② 賃貸借の目的物である家屋の一部が地震によって倒壊し,その修理のために,工事の間,家屋の全部の利用ができなくなった。
③ 賃貸借の目的物である家屋の全部が,地震によって倒壊した。
④ 賃貸借の目的物が第三者に奪われた。
上記の中,適用事例の①は,【Ⅳ-1-14】の問題となる。したがって,壊れた家屋の一部の全体に対する割合に応じて,賃料の減額が認められる。また,倒壊した部分が,特に賃借人の目的物の利用との関係で本質的な部分であり(画家である賃借人がアトリエとして利用していた),残った部分だけでは,賃貸借契約の目的を達成できない場合には,賃借人からの解除を認めることになる。
また,適用事例の②は,①のように修繕が必要となった場合の問題であるが,上記①について述べたことに加えて,【Ⅳ-1-15】の適用が問題となる。すなわち,その工事の間,目的物を全面的に利用できないということによって,その間の賃料債務が生ぜず,また,その間利用できないことによって賃貸借契約の目的を達成できない場合には(一定の期日までの作品の完成のために建物を借りたところ,工事満了後の利用ではその目的を達成できないという場合など),賃借人からの解除を認めることになる。
他方,適用事例の③は,目的物の滅失による契約の終了に関する問題であり,【Ⅳ-1-
14】【Ⅳ-1-15】ではなく,賃貸借の終了に関する【Ⅳ-1-26】によって規律されることになる。
さらに,適用事例の④については,【Ⅳ-1-8】による賃借人からの妨害排除請求権による回復(または占有訴権による回復)が問題となるほか,回復できた場合でも,その間利用ができなかったという限りで,【Ⅳ-1-15】による賃料債務が生じないとされるほか,目的の達成が困難とされる場合には,それを理由とする解除が認められる。また,目的物の回復の見通しがない場合には,【Ⅳ-1-26】による契約の終了が考えられることになる。
Ⅳ-1-16 用法にしたがった目的物の使用収益
賃借人は,契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い,その物の使用及び収益をしなければならない。
【提案要旨】
本提案は,目的物を契約又はその目的物の性質によって定まった用法にしたがって,目的物を使用収益する賃借人の義務を規定するものである。
現行法においては,このような用法遵守義務は,使用貸借に関する現民法 594 条 1 項にお
いて規定され,それが賃貸借において準用されるという構造になっている(現民法 616 条)。今回の改正提案において,賃貸借が使用貸借よりも先に規定されることを受けて,現民法 594 条 1 項の内容を,賃借人の義務として規定することを提案するものである。なお,【Ⅳ
-1-16】は,使用貸借に準用することを予定している(【Ⅳ-2-8】)。
【解 説】
賃貸借を先に規定する場合,現民法 616 条とは異なり,賃貸借の規定の中の一部を,必要に応じて,使用貸借で準用するということになる。
本提案は,現行法において,使用貸借に関する規定として置かれていた借主の用法遵守義務の規定を,賃借人の義務に関する規定として置くことを提案するものである。
なお,このような賃借人の義務については,契約の性質上当然であるとも考えられるが,賃借人の使用収益に関する最も基本的な義務であると考えられ,これを規定しておくことが適切であると考えるものである。
Ⅳ-1-17 賃借権の譲渡及び転貸の制限
(1)賃借人は,賃貸人の承諾を得なければ,その賃借権を譲り渡し,又は賃借物を転貸することができない。
(2)賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは,賃貸人は,契約の解除をすることができる。ただし,その無断転貸等が,賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに至らないものである場合には,この限りではない。
(3)前項において,賃貸人からの解除が認められない場合には,(1)の適法な転貸借等がなされたものとみなす。
関連条文 現民法 612 条(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
【提案要旨】
賃借権の譲渡および転貸の制限と,それに違反した場合の効果を規定するものである。 提案(1)は,現民法 612 条 1 項をそのまま引き継ぎ,賃貸人の承諾を得ないで,賃借権を譲
渡すること,転貸することを禁止することを規定するものである。
提案(2)は,現民法 612 条 2 項を受けて,無断転貸等がなされた場合の賃貸人の解除権を規定するものである。ただし,この点については,信頼関係破壊の法理として判例によって展開されてきたところを受けて,ただし書きにおいて,無断転貸等が,賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに至らないものである場合には,この解除権が排除されることを規定するものである。
提案(3)は,提案(2)による解除が認められなかった場合に,どのような法律関係となるかが必ずしも明確ではないため,提案(1)における適法な転貸借等がなされた場合の法律関係となることを規定するものである。
【解 説】
1.賃借権の無断譲渡・無断転貸の禁止の原則
賃借権の譲渡や転貸については,それを原則として禁止したうえで,適切な修正をしていくか,原則として許容したうえで,必要な修正を考えるかが問題となるが,賃貸借契約の当事者以外のものである第三者が,その所有者の承諾もなく,賃借人との契約のみによって目的物の利用権限を取得し,それを所有者に対抗できるという状況がデフォルトであるということは考えにくい。したがって,現民法 612 条 1 項の規定は,そのまま維持することが適当であると考えられる。
2.無断転貸等を理由とする解除
無断転貸等を理由とする解除については,現在の判例は,いわゆる信頼関係破壊の法理を介在させて問題を処理していることから30,それをxxのルールとして取り込むことを提案するのが,提案(2)である。
ここでは,現民法 612 条 2 項を受けて,無断転貸の場合に原則として解除ができることを規定しつつ,ただし書きで,信頼関係の破壊に至らない場合については,この解除権が制限されることを規定するものである。
3.無断転貸等の範囲
なお,土地の賃貸借において,土地の賃借人がその土地に建てた家屋を第三者に賃貸するという場合,これが土地の転貸借とならないかという点が問題となる。実質的に,建物賃借
30 最判昭和 28 年 9 月 25 日民集 7 巻 9 号 979 頁,同昭和 38 年 11 月 28 日民集 17 巻 11 号 1446 頁,最判昭和 39 年 6 月 30 日民集 18 巻 5 号 991 頁等。
人が土地を利用するという状況も生ずるからであるが,この点については,ここでの建物賃借人の土地の利用は,建物使用の反射的効果という観点から説明され,土地の転貸借には該当しないものと考えられる31。
なお,何が無断転貸に当たるかについては,上記のような問題があるものの,こうした問
題について事前に明確な基準を設定することは困難と考えられるために,規定の文言としては,現行規定の文言を維持している。
4.無断転貸等を理由とする解除が認められない場合の法律関係
提案(2)は,提案(1)の要件を満たさない転貸等(無断転貸等)がなされ場合であっても,当事者間の信頼関係が破壊されるほどのものではない場合には,それを理由とする解除ができないことを規定するが,その場合に,具体的に,どのような法律関係になるかは,必ずしも明らかではない。
提案(3)は,この点を明確にすることを企図するものであり,提案(1)における適法な賃貸借等がなされた場合の法律関係と同様のものとなることを規定するものである。
なお,厳密に言えば,この場合の関係が,転貸借になるのか,賃借権の譲渡となるのか,あるいは,その他の利用契約となるのか等の問題は残るが,これについては,当該契約の状況をふまえて判断せざるを得ず,ここでは,提案(1)における適法な賃貸借等として,その点についての具体的な判断は,事案ごとになされることを前提としている。
Ⅳ-1-18 賃貸人の転貸借に対する直接請求権
(1)賃借人が適法に賃借物を転貸したときは,転借人は,原賃貸借によって賃借人に与えられた使用または収益をする権限の範囲内において,転貸借に基づく使用または収益をする権限を賃貸人に対抗することができる。
(2)適法な転貸借がなされた場合において,賃貸人が賃借人に対して有する賃料債権と賃借人が転借人に対して有する賃料債権のそれぞれに基づく履行義務の重なる限度において,賃貸人は転借人に対して支払を請求することができる。
(3)賃貸人が転借人に対して〔書面をもって〕(2)に定める請求をしたときは,その請求の時以降において転借人が賃借人に対して賃料を支払ったとしても,(2)の請求額の限度において,当該支払をもって賃貸人に対抗することができない。
31 大判昭和 8 年 12 月 11 日大審院判決全集 1 輯 3 号 41 頁は,このような場合が転貸に当たらないということを前提として,借地上の建物の賃借人が建増をした場合についても,その目的が賃借建物の使用のためであり,建増部分が些少で附随的なものに過ぎないときは,土地の転貸借には当たらないものとする。
(4)賃貸人が転借人に対して(2)に定める請求について,転借人は賃借人に対する賃料の弁済期前の支払をもって賃貸人に対抗することができない。
関連条文 現民法 612 条(賃借権の譲渡及び転貸の制限),現民法 613 条(転貸の効果)
【提案要旨】
提案(1)は,適法な転貸借がなされた場合における賃貸人と転借人の法律関係について規定するものである。
提案(2)(3)(4)は,転借人の賃貸人に対する直接請求権についての規定である。
提案(2)は,現行民法 613 条に定める賃貸人の転借人に対する直接請求権を基本的な考え方として維持するとともに,その内容を明確にしたものである。あわせて,提案(3)は,直接請求権の実効性の確保のために必要な規律を用意するものである。なお,提案(4)は,現民法 613
条 2 文に対応するものであるが,「前払」の趣旨の明確化を図ったものである。
【解 説】
1.適法な賃貸借における賃貸人と転借人の法律関係
提案(1)は,適法な転貸借がなされた場合における賃貸人と転借人の法律関係について規定するものである。この場合には,賃貸人と転借人の間には直接の契約関係は存しないが,賃貸人の所有権に基づく賃借物の明渡請求がなされた場合でも,転借人は,原賃貸借契約によって賃借人に与えられた占有権限の範囲内で,賃借人から転貸借契約に基づいて占有権限を与えられており,賃貸人の承諾を得ることによって,この占有権限を賃貸人に対抗することができるようになる。提案(1)は,このような法律関係を明確にしたものである。
2.賃貸人の転借人に対する直接請求権
一般に,直接請求権とは,XのYに対する債権とYのZに対する債権のそれぞれに基づく履行請求権の重なる限度において,Xにその固有の権利としてZに対する請求権を付与するものである。これによって,Xは,Yの責任財産を媒介することなく,その固有の権利としてZに対する支払請求権を行使することが可能になり,Yの他の債権者との競合を回避して, YのZに対する債権から優先弁済を受けるのと同じ機能を果たすものである。
このような直接請求権は,一般的には,実体法上,その基礎となる両債権の間に,YのZに対する債権がXのYに対する債権の弁済に優先的に割り当てられるのが妥当であると評価できるような一定の密接な関連性がある場合に認められるべきものといえるが,債権者平等に対する例外をなすものであるから,特定の債権について優先権を付与する根拠は個別の法律関係ごとの検討を要するものである。
本検討委員会では,債権者代位権と並んで,債権または契約が連鎖する場合一般を対象として直接請求権の一般的な根拠規定を用意することは法技術的に困難であるとの判断から,特定の契約類型について各則レベルで直接請求権を規定するという方針を採用している(①転貸借,②復委任,③下請負の3つの類型)。これらの類型は,元となる契約にそれを基礎とした従たる契約が接合される関係から,直接の契約関係に立たない元契約の債権者と従たる契約の債務者との間に直接の法律関係が存在するという点で,他の契約連鎖と区別しうる共通の特徴を見いだすことができるものである。
以上のような基本的な考え方に基づいて,提案(2)は,現行民法 613 条に定める賃貸人の転借人に対する直接請求権を維持するものである。もっとも,「賃貸人に対して直接に義務を負う」という現行規定の表現内容の理解は必ずしも明確ではなく,提案(2)は,その具体的な内容を明確にしたものである。賃貸人の転借人に対する直接請求権は,賃貸人の賃借人に対する債権と賃借人の転借人に対する債権の双方を基礎として付与されるものであるから,各債権に基づく履行請求が可能であることが前提となる。提案(2)の「それぞれに基づく履行義務の重なる限度において」の文言は,これを表現したものである。
それとあわせて,上述のように,直接請求権を認める場合にはそれに相応しい最低限の実効性を確保する必要がある。直接請求権一般については,優先弁済権を付与する趣旨や必要性の程度に応じていくつかの制度設計がありうるところであるが,少なくとも賃貸人が転借人に対して支払請求を行った時以降は,転借人は,賃借人に対する債務の弁済等の賃貸人の直接請求権の行使を妨げる行為はなしえないとする必要がある。現民法は,これを解釈による補充にゆだねているが,提案(3)は,この点の規律をxxで定めたものである。この点に関して,転借人に対する請求の方式については,その請求の内容を明らかにするため書面等を要求することも考えられるが,なお検討を要する。
また,提案(4)は,現民法 613 条 2 文に対応するものである。賃料の「前払」とは,弁済期前における弁済を意味するが,約定による前払と区別するために,この点の明確化を図っている。賃貸人を害するおそれがある弁済期前における弁済を転借人に認める合理性は考えにくいので,現行規定を維持することで問題はないと考えられる。
Ⅳ-1-19 賃貸借契約の解除と転貸借契約
(1)賃貸人と賃借人による賃貸借契約の合意解除は,適法な転貸借契約がなされた場合の転借人に対抗できない。
(2)賃借人による債務不履行があった場合,
(A案)特に規定しない。
(B案)賃貸人は,適法な転貸借契約がなされている場合には,転借人にその旨を告げて,転借人による賃借人の債務の弁済がなされないことを確認したうえで,賃貸借
契約を解除することができる。この解除は,転借人に対抗することができる。
(3)土地の賃貸借がなされた場合において,その土地上の賃借人が所有する建物についての賃貸借がなされているときにも,(1)(2)の規定を準用する。
* 提案(1)については,合意解除を認めたうえで,原賃貸人が,転借人の地位を承継して,原賃貸人と転借人との間に賃貸借契約が移るという解決を提案する意見もある。
【提案要旨】
現在の判例等をふまえたうえで,適法な賃貸借がなされている場合において,元の賃貸借契約の解除と転貸借契約の帰趨について規定するものである。
1.原賃貸借の合意解除
提案(1)は,原賃貸借契約について合意解除がされた場合にも,その合意解除を転借人に対抗することはできず,賃貸人との関係で,転借人の利用権原が失われないことを規定するものである。
もっとも,原賃貸借が合意解除された場合の法律関係については,解除を対抗できないとするのではなく,より具体的に当事者間の関係を示すということも考えられる。すなわち,原賃貸借の合意解除がなされた場合には,転貸人たる地位が原賃貸人に承継される(転貸借関係が解消され,転貸借契約の内容にしたがった,原賃貸人と転借人間の直接の賃貸借関係が成立する)とすることが,実質的にもより適切ではないかという考え方である。
この点は,提案(1)において,「解除を対抗できない」ということによる,その後の法律関係が明確ではないという問題を受けたものである。
しかし,このような規律が十分に合理的なものとして考えられるということを承認しつつも,提案(3)の状況においては,共通する問題状況があるにもかかわらず,このような解決ができないという点から,この点を見送り,*において,この意見を残すものである。
2.原賃貸借の債務不履行解除
提案(2)は,原賃貸借契約が原賃借人(転貸人)の債務不履行によって解除された場合の転貸借関係への影響を対象とするものである。
A案は,これについて特にxxの規定を置くことをしないとするものである。この場合,提案(1)の反対解釈として,賃貸人は,解除を転借人に対しても対抗でき,目的物の返還を求めることができるということになる。判例は,このような場合に,転貸借関係も終了するとの判断を示している。
他方,B案は,このような法律関係となることを基本原則としつつ,解除を転借人に対抗
するための要件として,転借人に対する告知を規定するものである。これによって,転借人は,賃借人(転貸人)の債務を弁済することによって,利用権原を維持することが可能となる。ただし,B案については,通知を怠った場合の法律関係が必ずしも明確ではないことが,問題として指摘されている。
3.賃貸借がなされた土地上の建物についての賃貸借がなされている場合
提案(3)は,土地の賃貸借がなされ,その土地上に土地賃借人が建物を所有し,その建物について賃貸借がなされた場合において,土地賃貸人と建物賃借人との関係で,提案(1)(2)が準用されることを規定するものである。このような借地上の建物の賃貸借については,土地の転貸借とは必ずしもいえないが,土地賃貸人と建物賃借人との間では,それと同様の法律関係が生ずることにかんがみて,このようなxxの規定を置くことを提案するものである。
【解 説】
賃貸借契約が解除された場合の転貸借契約の帰趨は,従来からも議論されてきたところであり,(債務不履行)解除によって転貸借契約は,その基礎を失う一方,合意解除については,転借人の保護の必要性が指摘されてきたところである。
1.賃貸借契約の合意解除と転借人との関係
なお,このように原賃貸借の解除が転借人に対する関係で対抗できないということが具体
的に何を意味するのかについては,議論の余地が残されている。
基本的には,原賃貸借の解除が転借人に対抗できない以上,転借人との関係では,原賃貸借を含めて,転貸借を基礎づける関係が存続しており,従前の法律関係は何ら影響を受けないということが考えられる。
もっとも,このような説明によると,今後,何 10 年にもわたる賃貸借が存続する限り,転
32 最判昭和 9 年 3 月 7 日民集 13 巻 278 頁,最判昭和 48 年 9 月 7 日民集 27 巻 8 号 907 頁等。判例は,このように合意解除によって転貸借契約が影響を受けないことを前提として,例外的に合意解除が転借人との関係でも認められる場合を検討するという枠組みを採用している(最判昭和 31 年 4 月 5 日民集 10 巻 4 号 330 頁,最判所和 38 年 4 月 12 日民集 17 巻 3 号 460 頁
借人との関係では,原賃借人・転貸人は,契約関係から離脱しないことになる。そのことの適否が問題となろう。また,この場合,原賃貸借は,当事者間ではすでに合意解除されている以上,原賃貸人にとっては,原賃貸借の不履行を理由とする解除(転借人にも対抗できる解除)の可能性も残されていないことになる。この点でも、実質的な妥当性を欠くことになる可能性がある。
このような状況に照らすと,単に,原賃貸借の合意解除を転借人に対抗することができないとするのではなく,むしろ,原賃貸借の合意解除がなされた場合には,転貸人たる地位が原賃貸人に承継される(転貸借関係が解消され,転貸借契約の内容にしたがった,原賃貸人と転借人間の直接の賃貸借関係が成立する)とした方が,実質的にもより適切ではないかということが考えられる。
上記のような立場には十分な合理性があるものと考えられるが,なおこの立場を採用しなかったのは,提案(3)の状況においては,共通する問題状況があるにもかかわらず,このような解決ができないという点にあった。
その点を,あわせて確認しておきたい。
2.賃借人の債務不履行を理由とする賃貸借契約の解除と転借人との関係
提案(2)は,賃借人の債務不履行があった場合の,賃貸人による法定解除に関する規定である。
A案は,これについて特に規定しないことを提案しているが,これによれば,提案(1)に該当しない原賃貸借の債務不履行解除の場合には,その解除による賃借人(転貸人)の利用権原の喪失を,転借人に対しても対抗することができることになる。これは,現在の判例の立場である33。
なお,判例は,このように原賃貸借が,賃借人の債務不履行によって解除された場合には,転貸借契約も終了するとの判断を一貫して示している34。
他方,B案は,債務不履行による解除が転借人にも対抗できるということを前提としつつ,
33 最判昭和 37 年 3 月 29 日民集 16 巻 3 号 662 頁,最判平成 6 年 7 月 18 日判時 1540 号 38 頁。
34 最判昭和 36 年 12 月 21 日民集 15 巻 12 号 3243 頁は,「およそ賃借人がその債務の不履行により賃貸人から賃貸借契約を解除されたときは,賃貸借契約の終了と同時に転貸借契約も,その履行不能により当然終了するものと解するを相当とする」とした原判決を正当として判示した。ただし,最判平成 9 年 2 月 25 日民集 51 巻 2 号 398 頁は,「賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合において,賃貸人が転借人に対して直接目的物の返還を請求したときは,…
…転貸人の転借人に対する債務は,社会通念及び取引観念に照らして履行不能というべきである」としており,どの時点で履行不能によって転貸借が終了するかについては,なお議論の余地が残されている。
そのうえで,転借人が賃借人に代わって債務を履行し,債務不履行状態を解消する機会を与えることを規定するものである。現に目的物を利用しているのは,転借人であり,このような可能性をあらかじめ規定しておくことが,転借人にとって意味を有するものであり(単に現在の賃借権を対抗することができるというだけではなく,所有者との間で新たに賃貸借契約を締結する方向を実現するためにも機能することが考えられる),かつ,賃貸人にとっても過剰な負担をもたらすものではないと考えるものである。
もっとも,このようにB案を採用することが賃貸人に対する過剰な負担とならないか自体について,転貸借の形態によっては問題となり得るところである。
すなわち,多数の転貸借契約が適法になされるサブリースのような形態においては,すべての転借人に対して通知をなし,それに弁済の機会を与えるということは,賃貸人にとって過剰な負担となることも考えられる。
さらに,B案を前提とした場合,原賃貸人が,通知をせずに,原賃貸借契約を解除したという場合の法律関係が明確ではないという点が指摘されている。B案の文言からは,そのような場合には,原賃貸人は,原賃貸借の解除を転借人に対して対抗できないということになるが,その場合に,原賃貸人からは,転借人を排除することはできず,他方で,転貸借の法律関係はそのままずっと存続し続けるのかという問題がある。この点は,提案(1)においても存在する問題と同質であると考えられるが,一定の手当てが必要であることは否定できないものと思われる。
また,B案については,転借人の保護を図るという観点から,このようなしくみを採用することは,それによってかえって適法な転貸借が容易になされにくいという状況を作り出すのではないかという問題も指摘されている。
以上のような検討をふまえたうえで,この点に特に規定を置かないとするA案を,B案とともに,提案するものである。
なお,賃貸借契約が賃借人の債務不履行によって解除された場合,転貸借契約は履行不能によって自動的に終了するのか,賃借人(転貸人)の債務不履行を理由として転借人が解除することによって終了するのかが問題となり得るが,別途提案する通り,その両方の可能性を認め,かつ,いずれにおいても,その場合の契約終了の時点を目的物の利用ができなくなった時点とすることで(【Ⅳ-1-26】参照),適切に対応することが可能であると考えられる。
3.借地上の建物の賃貸借がある場合の法律関係
借地上の建物について賃貸借契約が締結された場合,これは土地の転貸借ではないというのが一般的な理解である。したがって,【Ⅳ-1-17】による解除の対象とはならない。しかし,他方で,建物賃借人の土地についての利用権原が,建物賃貸人の利用権原に由来
するものである以上,建物賃貸人が利用権原を喪失した場合には,元の賃貸借契約が失われた場合の転借人と同様の問題が生ずることになる。土地賃貸借の合意解除を,建物賃借人に対しては対抗できないということについては,すでに判例においても示されているところであるが35 36,こうした現在の法律状態をふまえて,提案(1)(2)の規定を,借地上の建物について賃貸借がなされた場合についても準用することを提案するものである。
Ⅳ-1-20 賃料の支払時期
(1)賃料の支払時期に関する現民法 614 条本文の規定を維持する。
(2)農地等に関する現民法 614 条但書の規定を削除して,その内容は,農地法に規定する。
関連条文 現民法 614 条(賃料の支払時期)
【提案要旨】賃料の支払い時期に関する規定である。
提案(1)は,賃料の支払い時期に関する現民法 614 条本文の規定を維持することを提案するものである。
提案(2)は,農地に関する同条ただし書きについては,これを民法から削除して,農地法において,他の農地等の賃貸借に関する規定とともにまとめて規定するということを提案するものである。
【解 説】
35 最判昭和 38 年 2 月 21 日民集 17 巻 1 号 219 頁。同判決は,「建物所有を目的とする土地の賃貸借においては,土地賃貸人は,土地賃借人が,その借地上に建物を建築所有して自らこれに居住することばかりでなく,反対の特約がないかぎりは,他にこれを賃貸し,建物賃借人をしてその敷地を占有使用せしめることをも当然に予想し,かつ認容しているものとみるべきであるから,建物賃借人は,当該建物の使用に必要な範囲において,その敷地の使用収益をなす権利を有するとともに,この権利を土地賃貸人に対し主張し得るものというべく,右権利は土地賃借人がその有する借地権を抛棄することによって勝手に消滅せしめ得ないものと解するのを相当とする」として,「このことは民法 398 条,538 条の法理からも推論することができるし,xxxxxx則に照しても当然のこと」であると説明し,前掲・最判昭和 9 年 3 月 7 日を引用する。
36 なお,最判昭和 63 年 7 月 1 日判時 1287 号 63 頁は,借地上の建物の賃借人は,当該土地についての地代の弁済について,法律上の利害関係を有することを判示している。
1.賃料の支払時期
提案(1)は,賃料の支払時期についての現民法 614 条本文の規定を維持することを提案するものである。支払時期についての当事者の合意が明確ではない場合に,それを補充する規定として意味があることを前提とする。
もっとも,現民法 614 条本文については,社会的な慣行としては,月初めに前払いするものが多いとの指摘もあり,規定の具体的な内容を変更する可能性はある。しかし,いずれにせよ,任意規定であり,特に,詳細な社会的な調査等を行ってまで,現在のルールを明示的に変更する必要性は乏しいように思われる。
2.農地等に関する特則
現民法 614 条但書は,もっぱら農地を想定した規定であり,農地法などにおいて適切な規定を置けば足りるものと考えられ,他の部分で農地法によってカバーされる規定を削除していることとも整合的である。
ただし,現在の農地法は,支払時期を含む支払条件についての文書化等は規定しているものの(農地法 25 条),支払時期が原則としていつであるかについてのデフォルトルールは置
いていない。そのまま,現民法 614 条ただし書きを単純に削除するだけであると,こうしたデフォルトルールが失われ,同条本文によって処理されることになる。これは,現行法において示された農地の賃貸借に関するルールが実質的に修正されることなり,必ずしも適切ではない。
この点については,他の部分との整合性を考えるのであれば,農地に関する特別のルールとして,農地法の改正によって処理することが適切であると考えられる。なお,農地法に,このような規定を置くことが適切であるかについては検討の余地があるが,現行の農地法においても,賃貸借については,農地または採草牧草地の賃貸借の対抗力に関する規定(農地法 18 条),農地または採草牧草地の賃貸借の更新に関する規定(同 19 条),農地または採
草牧草地の賃貸借の解約等の制限(同 20 条),小作料の増額または減額請求権(同 21 条)等の規定が置かれており,民法の賃貸借に関する規定に対して農地法が特則を定めている。したがって,こうした農地法の性格からは,むしろ農地の賃貸借に関する特則を農地法において,まとめて規定するということには,積極的な意義があるものと考えられる。
Ⅳ-1-21 賃借人の通知義務
賃借物について権利を主張する者があるときは,賃借人は,遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならない。ただし,賃貸人がすでにこれを知っているときは,この限りでない。
関連条文 現民法 615 条(賃借人の通知義務)
【提案要旨】
賃借人の通知義務に関する現民法 615 条を維持するものである。
ただし,同条が規定する目的物が修繕を要する場合についての通知義務は,修繕に関する規律として,【Ⅳ-1-8】でまとめて規定した方がわかりやすいため,そこに移動している。
第3款 賃貸借の終了
Ⅳ-1-22 期間の定めのない賃貸借の解約の申入れ
(1)期間の定めのない賃貸借の解約申入れに関する現民法 617 条 1 項の規定を維持したうえで,解約申入れ期間としてはどの程度が妥当であるかについて検討を行う。
(2)農地等に関する現民法 617 条 2 項の規定については,これを削除して,農地法に規定する。
関連条文 現民法 617 条(期間の定めのない賃貸借の解約の申入れ),借地借家法 26 条(建物賃貸借契約の更新等)
【提案要旨】
期間の定めのない賃貸借における解約の申入れに関する規定である。
【解 説】
1.期間の定めのない賃貸借における解約申入れ
提案(1)は,現民法 617 条 1 項の規定を原則として維持しつつ,その期間の妥当性について検討を行うことを提案するものである。従来の議論の中では,特に,1 項 2 号の建物について,借地借家法で解約申入期間が 6 ヶ月とされていることにも照らして,6 ヶ月に変更する可能性が指摘されている。
2.農地等に関する特則
提案(2)は,主として農地に関する規定である現民法617 条2 項の扱いに関するものである。
現民法 614 条と同様に,この点については農地法で直接の規定が用意されていないために,どのような対応をとるかが問題となる。
ここでは,全体の整合性という観点からも,現民法 617 条 2 項を削除し,それに相当する内容を農地法に規定することを提案するものである。
Ⅳ-1-23 期間の定めのある賃貸借における解約権の留保
(1)当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても,その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは,【Ⅳ-1-22】を準用する。
(2)賃貸借の期間が 20 年間を超える場合には,20 年を超える間については,解約権が留保されているものと推定する。
(3)前項の規定は,借地借家法が適用される賃貸借には適用されない。
関連条文 現民法 618 条(期間の定めのある賃貸借の解約をする権利の留保)
【提案要旨】
提案(1)は,期間の定めのある賃貸借において解約権を留保した場合の規定であり,現民法
618 条を維持することを提案するものである。
提案(2)は,【Ⅳ-1-4】において賃貸借の存続期間の上限を撤廃することに伴い,長期にわたる賃貸借において,一定の期間経過後の解約権の留保を推定することで,一定の緩和を図るものである。
なお,提案(2)を前提とすると,借地借家法が適用される場合においても,20 年を超えると, 推定される解除権の留保によって解除が可能となるという結論がもたらされる可能性がある。これは,借地借家法が利用権の存続期間の下限を規定し,それを超えるものについて積極的 に存続確保を図るという趣旨に抵触することになる。そのために,提案(3)において,提案(2) が借地借家法の適用がある賃貸借には適用されないことを明示的に規定するものである。
【解 説】
1.期間の定めのある賃貸借における解約権の留保
提案(1)は,期間の定めがある賃貸借においても,解約権を留保することが可能であること自体については特段の規定は必要ないが,その場合の解約申入期間について,現民法 617 条の規定が準用されるという点については明示しておくことが適切であると考えられ,現民法 618 条をそのまま維持することを提案するものである。
2.長期の賃貸借における解約権の留保の推定
提案(2)は,賃貸借期間の上限に関する現民法 604 条の規定を撤廃することにともない(【Ⅳ
-1-4】),それに対する手当てとして,解約権の留保によって手当てすることを提案するものである。理論的には,当事者が合意によって定める以上,賃貸借の有効性が,一定の期間によって自動的に認められないという考え方はとらないが,他方で,きわめて長期に及ぶ場合に,当然に,契約の拘束力を維持させることが不適当であると考えられる場合もあり,その手当てとして,解約権の留保というしくみを利用するものである。同様のしくみを実現するためには,一定の期間を超える賃貸借については,その一定期間経過後は期間の定めのない賃貸借として扱うということも考えられるが,現行法が,「期間の定めのある賃貸借において解約権が留保されている場合」を規定していることから,その枠組みを利用することが合理的であると考えたことによる提案である。
なお,20 年を基準とすることについては,さまざまな考え方があり得ると思われるが(たとえば,30 年を基準とすると,建物の所有を目的とする土地の賃貸借との関係では整合的であるとも考えられる。しかし,この場合でも,後述のように,30 年を超える期間について,解約権留保の推定が働くのかという問題は実質的に残る),ここでは,現行法が賃貸借の存続期間の上限とする期間を利用し,その点では,現在の法律状態に大きな影響を及ぼすことを避けることを企図するものである。
3.借地借家法上の法律関係
借地借家法 3 条においては,建物の所有を目的とする土地賃貸借については,30 年という下限が定められているだけであり(借地借家法 3 条),上限については特に規定はない。現
民法 604 条は,その期間設定からも借地に適用がないことが明らかである。
他方,提案【Ⅳ-1-4】のように上限期間を撤廃し,【Ⅳ-1-23】において,長期の賃貸借についての解約権留保の推定を規定するという場合,形式的には,30 年を超える借地権についても,こうしたルールを矛盾なく適用することが可能となる。それによって,20年を超えると,留保された解約権の行使が可能となるように見える。しかしながら,これは,借地借家法が賃貸借契約の長期の存続を実質的に確保しようとしている趣旨を実質的に阻害するものであることは,いうまでもない。
また,建物賃貸借については,1 年未満のものである場合には期限の定めのない賃貸借として(借地借家法 29 条 1 項),更新に関する規律でその存続保護を図るとともに(同法 26
条),賃貸借の上限に関する現民法 604 条が適用されないことを明示している(同法 29 条 2項)。ここでも,20 年を超える長期の借家契約を当事者が合意した場合には,その存続を積極的に保護するという趣旨を読み取ることができる。したがって,解約権留保の推定が,こうした場合に適用されることは,規定の趣旨に抵触するものと考えられる。
このような観点から,提案(3)は,提案(2)が,借地借家法の適用される賃貸借契約には適用
されないということを明示するものである。
4.その他の問題-賃貸借の存続期間の保護と賃借人からの解除
なお,賃貸借をめぐっては,その存続保護を図るという要請と同時に,特に賃借人の側から,当該目的物の利用が不要となった場合に,賃貸借契約を終了するという必要性も考えられる。これは,たとえば,30 年間の期間の定めるある借家契約がなされた場合において,借家人が途中で出ていきたいという場合に,どのように扱われるのかという問題である。
現民法及び借地借家法の規定を前提として,この点についての法律状態は必ずしも明確ではない。この問題は,提案(2)を前提とする場合にも同様に生ずるものと考えられ,提案(2)を前提とすれば,賃借人にとって目的物の利用が不要となった場合でも,契約から離脱できないということが前提となるとも考えられる。
しかしながら,このような場合には,実質的には,賃借人からの解除を認めることが妥当と考えられ,そのうえで,(期間の定めのない賃貸借についての)解約申入期間の規律によって処理することが考えられる。しかしながら,あらゆる賃貸借契約について,明示的に,そのような賃借人からの解除権を認めることが適切であるかについては,なお検討の余地があるものと考えられる。
そのために,今回の提案においては,この点について明示的に規律することを見送り,従来と同様に,この点については解釈に委ねる余地を残すことが適切であると判断した。
Ⅳ-1-24 賃貸借の更新の推定等
(1)賃貸借の期間が満了した後賃借人が賃借物の使用又は収益を継続する場合において,賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは,従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。ただし,その期間は,定めがないものとする。
(2)従前の賃貸借について当事者が担保を供していたときは,その担保は,期間の満了によって消滅する。ただし,敷金については,この限りでない。
関連条文 現民法 619 条(賃貸借の更新の推定等),借地借家法 26 条(建物賃貸借契約の更新等)
【提案要旨】
本提案は,現民法 619 条の規定を実質的に維持したうえで,そのただし書きの文言を修正するものである。
現民法 619 条 1 項 2 文は,「この場合において,各当事者は,第 617 条の規定により解約の申入れをすることができる。」と規定することによって,更新後の賃貸借が期間の定めの
ないものとなることを示しているが,必ずしもわかりやすい規定のしかたではないと考え,借地借家法 26 条 1 項の規定を参照して,このような修正を提案するものである。
【解 説】
1.提案の趣旨
本提案は,現民法 619 条の規定を実質的に維持したうえで,そのただし書きの文言を修正するものである。
現民法 619 条 1 項 2 文は,「この場合において,各当事者は,第 617 条の規定により解約の申入れをすることができる。」と規定することによって,更新後の賃貸借が期間の定めのないものとなることを示しているが,必ずしもわかりやすい規定のしかたではないと考え,借地借家法 26 条 1 項の規定を参照して,このような修正を提案するものである。
2.継続的契約に関する準則との関係
賃貸借は,継続的契約としての性格も有するものであり,継続的契約に関する準則との関係についても確認をしておく必要がある。
継続的契約については,以下のような規定を置くことが予定されている。
Ⅳ-13-3 期間の定めのある契約の終了
(1)期間の定めのある継続的契約は,期間の満了により終了する。
(2)当事者間に,契約締結時又はその後期間満了時までの間に明示又は黙示の合意が成立したものと認められる場合には,前項の契約は更新される。
(3)前項の合意が認められない場合であっても,契約の目的及び期間,従前の更新の経緯,更新を拒絶しようとする当事者の理由その他の事情に照らし,更新を拒絶することがxxx上相当でないと認められるときは,当事者は,相手方の更新の申し出を拒絶することができない。
(4)前 2 項による更新がされたときは,当事者間において,従前の契約と同一の条件で引き続き契約されたものと推定する。ただし,期間の定めについては,この限りでない。
上記(2)(3)(4)は継続的契約における更新についての規律を示すものであり,提案【Ⅳ-1-
24】が対象とするところと重なるものである。この両者の関係については,以下のように考えられる。
まず,【Ⅳ-1-24】は,【Ⅳ-13-3】を排除するものではなく,明示又は黙示の合意が認定される場合に更新がなされるということ(【Ⅳ-13-3】(2)),更新の拒絶に関してのxxxの適用(同(3))は,いずれも賃貸借契約においても適用されるものと考えられる。
そのうえで,【Ⅳ-1-24】は,目的物の利用という賃貸借の形態に照らして,目的物の使用又は収益が継続される場合には,賃貸人から積極的に異議をとどめない限り,更新されたものと推定するという点に特則としての意義が認められる。この点は,【Ⅳ-13-3】の(2)における黙示の合意を基礎づけるものとして位置づけることは可能であるが,それをより具体的に示したものとして位置づけられる。なお,【Ⅳ-1-24】(1)における賃貸人の異議が述べられたときは,更新拒絶に関する【Ⅳ-13-3】(3)が適用されることになる。
また,【Ⅳ-1-24】(1)本文及びただし書きで示される更新された契約の内容は,【Ⅳ
-13-3】(3)と同一であるが,この点についてのみあらためてリファーすることは煩雑と考えられるために,同一の内容を規定するものである。
Ⅳ-1-25 賃貸借の解除の効力
賃貸借の解除をした場合には,その解除は,将来に向かってのみその効力を生ずる。この場合において,当事者の一方に義務違反があったときは,その者に対する損害賠償の請求を妨げない。
関連条文 現民法 620 条(賃貸借の解除の効力)
【提案要旨】
賃貸借の解除の効力に関する現民法 620 条の規定を維持することを提案するものである。
【解 説】
1.賃貸借契約の解除(解約)
本提案は,現民法 620 条を実質的に維持することを提案するものである。
2.用語としての解除と解約(告知)
そのうえで,用語については,解除とするか,実現されるのが将来に向けての効力であることに照らして,解約あるいは解約告知等の言葉を用いるかについては,なお検討の余地がある。
この点は,特に,継続的契約に関して問題となるところであり,そこで示された用語に従うものとする。
Ⅳ-1-26 目的物の滅失等による賃貸借契約の終了
(1)目的物の滅失によって目的物の利用ができなくなった場合には,当事者(賃貸人と賃借人の両方)の責めに帰すべき事由の有無は問題とせずに,目的物の滅失自体を理由として,賃貸借契約は終了する。
(2)目的物の滅失以外の理由によって,目的物の利用ができない場合において,目的物を利用することがもはや不可能であることが確定した場合には,目的物の利用ができなくなった時に遡って,賃貸借契約は終了する。
(3)目的物が利用できない場合には,賃借人は賃貸借契約を解除することができる。この場合の解除の効果は,目的物が利用できなくなった時に遡り,【Ⅳ-1-25】は適用されない。
* 上記(3)については,このような解除権を規定しなくても,【Ⅳ-1-14】,【Ⅳ-
1-15】を通じて,同様の帰結を導くことが可能であり,このような規定を置かないということも考えられる。
【提案要旨】
目的物の利用ができないことを理由とする契約関係の終了を規定するものであある。
提案(1)は,目的物の滅失によって,当事者の義務違反等,その他の要件は必要とせずに,賃貸借が終了することを規定するものである。
提案(2)は,目的物の滅失以外の理由によって,目的物がもはや利用できないことが確定した場合についても,同様に,賃貸借契約が終了することを規定するものである。その場合の終了は,目的物が利用不可能となった時を基準とすることを定めたものである。
提案(3)は,目的物の利用ができない場合に,賃借人から賃貸借契約を解除することができる旨を規定するものである。これは,提案(2)における「目的物を利用することがもはや不可能であることが確定した」という要件が,時間的な流れの中では,なお確定できない場合があることに照らして,賃借人の側からイニシアティブをとって,賃貸借契約を終了させるというオプションを認めることが適切であるとの理由による。なお,この場合の法律効果は,提案(1)(2)と整合的なものとするために,目的物が利用できなくなった時に遡るものであり,賃貸借における解除の将来効を規定した【Ⅳ-1-25】が適用されないことを明示するものである。
ただし,提案(3)については,【Ⅳ-1-14】や【Ⅳ-1-15】を通じて,同様の帰結を導くことが可能であるとも思われる。そうした点からは,このような規定を置かないということも考えられる。
【解 説】
1.目的物の滅失による賃貸借契約の終了
提案(1)は,目的物の滅失によって賃貸借契約が自動的に終了することを提案するものである。
このような提案(1)をとるひとつの理由は,これがすでに現在の判例によって承認されてきた準則であるという点である。
そして,もうひとつの理由として,理論的には適用が考えられる危険負担の適用によって問題を解決することが適切ではないという実質的な判断がある。危険負担によれば,目的物の利用不可能という賃貸人の債務の履行不能によって,反対給付たる賃料債務も消滅することになり(現民法 536 条 1 項),賃貸借契約の終了による解決と実質的に同じものとなる。ただし,目的物が利用できなくなったことが,賃借人の責めに帰すべき事由による場合には,反対債務たる賃料債務は存続することになる(同条 2 項 1 文)。この場合においても,賃料債務は存続するとしたうえで,賃貸人が債務を免れたことによって得た利益の償還によって処理をするということが考えられ(同条 2 項 2 文),その場合には,契約関係が終了したのと実質的に同じ法律関係になることが説明できる。しかし,このような解決の仕方は,事態に適合的ではなく,不要な解釈問題を生じる可能性がある。すなわち,賃借人の過失による場合,形式的には,残りの賃貸借期間の契約関係は存続することになる。この間の賃料債務を実質的に認めないという場合,この契約関係の存続は意味のないものであり,そもそも残存期間にわたって存続している賃貸借契約とはいったい何なのかが問題となる。さらに,賃料債務と賃貸人が自己の債務を免れたことによって得た利益」が同じであるということは,理論的に担保されているわけではない。両者が,個別事情にかかわらず常に同じであるとするのであれば,危険負担による問題解決(反対債務の存続)は実質的意義をもたない。他方,両者が異なるという場合には危険負担問題としての解決は独自性を有するが,その解決は実質的な妥当性を欠くものと考えられる。
以上のような観点に照らして,提案(1)は,目的物の滅失等によって目的物の利用が確定的にできなくなった場合について,危険負担の解決に委ねるということは適切ではなく,現在の判例が承認する自動的な賃貸借契約の終了を民法典の準則としても採用することを提案するものである。
なお,危険負担制度を廃止し,解除によって一律に問題を解決するという方向を考える場合でも,目的物の滅失のような状況において,契約関係をあえて存続させて解除を待つという仕組みは,実際上の妥当性も欠き,不要な解釈問題を生じる可能性がある。したがって,危険負担制度を維持するか否かとは切り離して,不能による契約終了のルールを採用することが適切である。
2.目的物の滅失以外によって目的物の利用ができなくなった場合の賃貸借契約の終了 提案(2)は,滅失以外の理由によって目的物を利用することができなくなった場合を想定す
る規定であり,目的物に生じた物理的な状況のほか,転貸借契約において,元の賃貸借契約が解消された場合なども,対象とされる。
基本的に,自動的な賃貸借契約の終了を規定する点では,提案(1)と同じであるが,目的物の滅失のような場合と異なり,利用が不可能となったか否かの判断が必ずしも容易ではないと思われるために,一定の手当てをすることが必要であるとの認識に立ったうえでの提案である。
3.目的物の利用ができない場合の賃借人の解除権
提案(3)は,理由のいかんを問わず,目的物の利用ができない状況に陥った場合に,賃借人からの解除を認めるものである。
このような提案(3)については,提案(2)との関係が問題となるが,提案(2)だけであれば,客 観的に利用不可能という状況が確定するという段階に達するまで法律状態が明らかにならず,当事者のイニシアティブで法律関係を確定する余地を残しておくことが望ましいこと,提案 (3)だけでは,解除をしない限り,目的物の利用ができなくなってもいつまでも賃貸借契約が 継続するという事態が生ずることになり,実際上も適切ではない場面が生ずることが考えら れ,かつ,現在の法律状態にも適合しないことをふまえたものである。
実際の事案の解決に際しては,提案(2)と提案(3)のいずれも適用可能だという場面が考えられるが,それをあらかじめ許容するものであり,また,それを前提として,提案(2)と提案(3)で,その法律効果に齟齬が生じないようにするものである。
ただし,このような規定を置く必要があるかについては,なお検討の余地が残されている。すなわち,目的物の全部または一部を使うことができず,賃貸借の目的を達成することが できないような場合,【Ⅳ-1-14】(2)や【Ⅳ-1-15】(2)を通じて,その解除をなすことができる(いずれの場合も,【Ⅳ-1-26】(3)に該当するような場合は,修繕の請求をするまでもなく,解除することができる場合に当たるものと考えられる)。また,【Ⅳ-
1-14】(1)や【Ⅳ-1-15】(1)を通じて,利用ができない間,利用ができない部分については,そもそも賃料債務が生じないのであるから,解除の効果が履行不能時にまで遡るということを規定しなくても,実質的に同様の結論が導かれることになる。
このような点からは,提案(3)については,なおこのような規定を置かないということも十分に考えられるものである。
Ⅳ-1-27 賃貸借終了時の目的物の原状回復義務
賃借人は,賃貸借の終了に際して,賃貸借の目的物に附属させた物を収去し,目的物を原状に復さなければならない。
関連条文 現民法 616 条(使用貸借の規定の準用),現民法 598 条(借主による収去)
【提案要旨】
賃貸借終了時の目的物に関する規律を示したものである。
現行法においては,使用貸借の規定を準用して,賃借人の収去権についてのみ規定が置かれているが,むしろ,賃借人の目的物についての原状回復義務として規定を置くことが適切であると考えられることによる。
【解 説】
1.原状回復義務に関する規定を置く意味
現行法では,目的物に関しては,使用貸借に関して,現民法 598 条が,「借主は,借用物を原状に復して,これに附属させた物を収去することができる」ことを規定しており,それが,賃貸借に準用されており,借主の収去権についての規定のみが置かれ,原状回復義務については特に規定が置かれていない。
しかしながら,このような立法の経緯に照らしても,現行法のような規定のしかたを維持する合理性は十分に認められない(なお,この点については,使用貸借に関する【Ⅳ-2-
12】の解説を参照)。
賃借人が自ら附属させた物を収去することができるということ自体は当然であり,むしろ,賃貸借終了時の規律としては,目的物を現状に復するということが基本となることを明示することが適切であると考えられる。特に,目的物返還義務を明示的に規定する場合,いわばその返還されるべき目的物に関する当事者間の規律として,原状回復義務を規定しておくことが合理的である。
本提案は,以上のような理由から,目的物の原状回復義務に関する規定を置くことを提案するものである。
2.原状回復の内容
もっとも,原状回復の内容として何が求められるのかは,当該目的物の性質等によって,個別具体的に判断していかざるを得ないものと思われる。
この点で,特に問題となるのは,自然損耗等をどのように扱うのかが問題となる。
原状を回復するということの中に,賃貸借契約開始時を基準として,その状態を回復するということまで認められるとすれば,必ずしも妥当とはいえないだろう。
本提案においては,特に,その点についての明示的な規定を用意していないが,それは,
①借主に目的物を使用収益させるという義務の内容として,自然損耗については賃貸人が負担するという説明も可能であり,また,②所有者危険負担の原則からも一定の説明が可能で
あると考えられることによる。
なお,従来の借地借家関係では,消費者契約という観点から取り上げられてきた問題であるが,上記のように,自然損耗部分についての賃貸人(所有者)負担は,事業者についても同様に説明が可能であると思われる。そのうえで,賃貸人が事業者であり,借主が消費者である場合には,さらに,特約で,この原則を修正する特約(自然損耗部分についても借主が負担するという特約)を,さらに片面的な強行規定によって排除されるということを確保するかが問題となるが,あらゆる賃貸借一般について,そのような特約が不合理であるとは必ずしもないと思われ,民法の中に規定を用意することは困難であると思われる。
Ⅳ-1-28 損害賠償請求についての期間の制限
(A案)現民法 621 条の規定を廃止し,損害賠償請求の期間制限については特に規定しない。
(B案)損害賠償請求権の期間制限について,以下の規定を置く。
(1)賃貸人が,目的物の返還を受けた際,または返還後に目的物の損傷等の損害を知ったときは,契約の性質にしたがい合理的な期間内に,その損害について賃借人に通知しなければならない。
(2)賃貸人が事業者である場合には,賃貸人は,目的物に損害があることを知り,または知ることができた時から契約の性質にしたがい合理的な期間内に,その損害について賃借人に通知しなければならない。
(3)賃貸人が,前 2 項の通知をしなかったときは,その損害を理由とする救済手段を行使
することができない。ただし,前 2 項に定められた期間内に通知をしなかったことが,賃貸人にとってやむを得ない事由に基づくものであるときは,このかぎりでない。
(4)賃借人が目的物の損害について悪意であったときは,前 3 項の規定を適用しない。
* 貸主が事業者であり,その事業として目的物を賃貸した場合に限って,B案の (2)(3)(4)を残すということも考えられる。
関連条文 現民法 621 条(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限),同 600 条(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
【提案要旨】
本提案は,損害賠償請求権の期間制限に関するものである。これについては,A案とB案を提案している。
A案は,現民法 621 条の規定を削除して,現行の 1 年間の期間制限を撤廃することを提案
するものである。これによって,契約又は目的物の性質にしたがって目的物を使用収益する義務に違反したことによって生じた賃貸人の損害賠償請求権は,一般の債権時効によって規律されることになる。
B案は,不完全履行型の損害賠償に関する期間制限について,他の典型契約において置くことが計画されている準則と整合的な規律を置くことを提案するものである
提案(1)は,目的物の返還を受け,目的物の損傷等,損害の存在を知ってから,合理的期間内に通知をすることを義務づけるものであり,この通知義務が履行されなかった場合には,提案(3)により,損害賠償請求権その他の権利を行使することができなくなることを定めている。
提案(2)は,賃貸人が事業者である場合も少なくないと考えられ,こうした事業者については,検査確認義務を前提として規律することが合理的であると考えられるので,合理的期間の起算点を,「知ることができた時」も含むものとするものである。
なお,現民法 621 条は,損害賠償請求権に限って規定しているが,賃貸人の救済手段としては,目的物の修補等を認める余地もあるものと考えられ,提案(3)においては,他の提案と同様に,損害賠償に限定せず,救済手段と規定している。
提案(4)は,目的物の損害について,賃借人が悪意であった場合には,上記の各規律を適用せず,債務不履行一般の期間制限の問題として取り扱うべきことを示すものである。なお,ここでの悪意は,短期の期間制限との関係で論じられるべきものであるから,損害の存在についての悪意であり,加害自体が悪意でなされることを意味するものではない。
なお,現民法 621 条(同 600 条)は,賃貸人からの損害賠償請求権と賃借人からの費用償
還請求権を 1 ヶ条の中でひとまとめのものとして規定しているが,その基本的な性格はかなり異なるものと考えられるので,後者については,別途規定することを提案している。
なお,貸主が事業者であり,その事業として目的物を賃貸した場合に限って,B案の (2)(3)(4)を残すということも考えられるので,このような可能性を*において示している。
【解 説】
1.現在の法律状態
現民法 621 条は,同 600 条を受けて,①契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償,②借主が支出した費用の償還について,貸主が返還を受けた時から1年以内に請求しなければならないことを規定している。
これは,賃貸借に由来する損害賠償及び費用償還について,賃貸借終了後,早期に問題を処理する趣旨の規定として理解される。
2.A案の基本的な考え方
A案は,現行法と異なり,賃貸人の損害賠償請求権について,その期間制限を撤廃することを提案するものである。これは,以下のような理由による。
(1)現行法との関係
現行法は,一般の債権の消滅時効が 10 年間であるということを前提として,賃貸借契約の終了時における損害賠償等の関係を早期に解決する機能を有するものである。
しかしながら,今回の改正においては,より短期の債権時効という制度を導入することが予定されている。
このような債権時効の改正を考慮するのであれば,賃貸人の損害賠償請求権について,特にそれをさらに短期間に制限する必要がないというのが基本的な考え方である。
(2)短期の期間制限とする実質的な根拠の欠如
さらに,実質的な観点からも,用法遵守義務違反を理由とする賃借人の責任を特に短期間に制限する合理性は乏しいと考えられる。ここでは,以下の2つの点を指摘しておく。
第 1 に,賃貸借においては,目的物の使用収益が賃借人に認められるといっても,そこでは,あくまで他人(賃貸人)の物の利用という法律関係を前提とする。そこで,賃借人の行為によって目的物が損傷したというような場合には,債務不履行責任が問題となるだけではなく,所有権侵害を理由とする不法行為責任も問題となる。この不法行為責任の期間制限は,被害者(賃貸人)が損害(及び加害者)を知った時から 3 年間,または,不法行為時(目的
物の損傷時)から 20 年間という期間制限によることになる。賃借人の義務違反が,同時に不法行為上の過失に該当する場合は少なくないと考えられ,請求権競合を前提とするのであれば,現行法の期間制限も,実質的には,十分に機能してこなかったのではないかと考えられる。むしろ,このような法律状態が是認されてきた背景には,適正に利用しないことによって目的物を損傷させたという賃借人の責任が,当然に短期の期間制限によって保護されるべきほど軽微なものではないという理解があるように思われる。
第 2 に,用法遵守義務によって目的物を損傷させたということについては,一般的には賃借人は認識していると考えられ,また,かりに実際には認識していなかったとしても,賃貸借期間においては,目的物を自己の支配下に置いている以上,それを認識すべき立場にあったと考えられる。このような賃借人の立場の理解は,単に,1 年間の期間制限を疑問視することにつながるだけではなく,時間が経過してから不意打ち的に,賠償請求の危険にさらされるということを回避することをひとつの目的とするB案との関係でも,むしろ,そうした枠組みを採用すべきではないという方向につながるものと考えられる。すなわち,B案のような構成を支える基本的な考え方は,賃貸人は所有者である以上,自分の物については十分に知っているということを前提とするが,賃貸借期間中に目的物に生じた事情については,むしろ,賃借人がそうした事情を把握すべきものであり,所有者であるということのみを前
提として処理を考えることは適切ではないということにつながる。
その点では,寄託の場合には,(i)比較的短期間を前提として,(ii)受寄者は保管するだけであるのに対して,賃貸借の場合には,(i)長期間にわたる場合もあり(目的物が返還されたときに,自分の所有物の当初の状態を正確に把握しているとは限らない),(ii)賃借人は目的物を使用収益することが認められるという観点から,両者の規律の相違を説明することも考えられるだろう。
2.B案の基本的な考え方
B案は,今回の提案に際しては,他の提案との十分な整合性が確保されることを意識して,それらと整合的な期間制限の規律を設けることを提案するものである。
(1)期間制限に関しての他の規定
従来,短期の期間制限が設けられていたものについては,今回の各提案の中で,以下のような方向で対処することが示されている。
(売買における瑕疵担保責任の期間制限)
【Ⅱ-8-34】
(1)買主が,目的物の受領時,または受領後に瑕疵を知ったときは,契約の性質にしたがい合理的な期間内にその瑕疵の存在を売主に通知しなければならない。
(2)買主が,前項の通知をしなかったときは,買主は目的物の瑕疵を理由とする救済手段を行使することができない。ただし,通知をしなかったことが[通知が遅れたことが]買主にとってやむを得ない事由に基づくものであるときは,このかぎりでない。
(3)売主が目的物の瑕疵について悪意であったときは,前2項の規定を適用しない。
(請負における瑕疵担保責任の期間制限)
Ⅳ-6-5 注文者の瑕疵通知義務違反による瑕疵担保責任の消滅
(1)注文者は,仕事の目的物を受領する際に,または受領後において,仕事の目的物に瑕疵があることを知ったときは,その時から当該契約の性質に応じて合理的な期間内に,当該瑕疵の具体的内容を示して,瑕疵に基づく権利を行使する旨を請負人に通知しなければならない。ただし,請負人が当該瑕疵の存することを知っていたときは,この限りでない。
(2)注文者が事業者である場合には,注文者は,仕事の目的物に瑕疵があることを知り,または知ることができた時から当該契約の性質に応じて合理的な期間内に,当該瑕疵の具体的内容を示して,瑕疵に基づく権利を行使する旨を請負人に通知しなければならない。ただし,請負人が当該瑕疵の存することを知っていたときは,この限りでない。
(3)注文者が(1)または(2)の通知義務に違反したときは,当該瑕疵に基づく権利は消滅する。ただし,注文者の通知が,やむを得ない事由によって,①または②の合理的な期間を経過した後になされた場合は,この限りでない。
本提案は,【Ⅱ-8-34】,【Ⅳ-6-5】の提案と同様に,一定の合理的期間内に,あらかじめ損害の存在について通知することを前提として,その範囲で救済手段の行使を認めるというものである。
(2)B案の具体的な規律の内容
① 期間制限の基本的な構造
まず,提案(1)は,目的物の返還を受け,目的物の損傷等,損害の存在を知ってから,合理的期間内に通知をすることを義務づけるものであり,この通知義務が履行されなかった場合には,提案(3)により,損害賠償請求権その他の権利を行使することができなくなることを定めている。
提案(2)は,賃貸人が事業者である場合も少なくないと考えられ,こうした事業者については,検査確認義務を前提として規律することが合理的であると考えられるので,合理的期間の起算点を,「知ることができた時」も含むものとするものである。
適用事例1 Aが,BにCDを貸し,1 週間後に,その返還を受けた。CDには,BがCDプレーヤーの操作を誤った際に,大きな傷がついていた。Aは,返還を受けた後,数ヶ月してから,そのCDを利用しようとして,その傷の存在に気がついた。この場合には,傷の存在をしった時が,合理的期間の起算点となる。
適用事例2 レンタルCDの業者であるAが,顧客BにCDを貸し,1 週間後に,その返還を受けた。CDには,BがCDプレーヤーの操作を誤った際に,大きな傷がついていた。この場合の合理的期間の起算点は,Aが実際にチェックをしたか否かに関わらず,チェックをなすことができた時(通常は返還時)となる。
② 期間制限の対象とされる賃貸人の救済手段
なお,現民法 621 条は,損害賠償請求権に限って規定しているが,賃貸人の救済手段としては,目的物の修補等を認める余地もあるものと考えられ,提案(3)においては,他の提案と同様に,損害賠償に限定せず,救済手段と規定している。
なお,提案(3)は,どのような救済手段が,どのような要件のもとで認められるかについては規定するものではない。したがって,損害があるとしても,それが債務不履行責任の要件
を満たさない以上,損害賠償請求権は認められないが,これは,債務不履行の規律一般の中で規定されるべきものであると考え,現民法 621 条と異なり,「契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた」等,損害賠償請求権の要件に関わる部分については,特に言及しなかった。
③ 賃借人が悪意の場合の特則
提案(4)は,目的物の損害について,賃借人が悪意であった場合には,上記の各規律を適用せず,債務不履行一般の期間制限の問題として取り扱うべきことを示すものである。なお,ここでの悪意は,短期の期間制限との関係で論じられるべきものであるから,損害の存在についての悪意であり,加害自体が悪意でなされることを意味するものではない。
もちろん,賃借人による加害自体が悪意である場合には,賃借人は,その損害についても悪意であると考えられるので,提案(4)によって,短期の期間制限は排除され,一般的な債務不履行責任の期間制限によって処理されることになる。
また,賃借人の過失によって目的物を損傷したような場合において,賃借人が,賃貸借期間の終了までに,その損害の発生について認識していた場合には,同様に,提案(4)によって,短期の期間制限が排除されることになる。
したがって,提案(1)(2)(3)による短期の期間制限が実際に適用されるのは,目的物の損傷等について賃借人に責任があり(債務不履行責任一般の問題),かつ,その損害について賃借人自身が認識していなかった場合に限定されることになる。
なお,このような観点からは,A案に関する説明の中で述べたように,少なくとも,賃貸借終了時の規律としては,B案の構成が必ずしも適合していないという点を問題とする余地は残されている。
Ⅳ-1-29 費用償還請求権についての期間の制限
借主が支出した費用の償還については,特に期間の制限を設けないものとし,現民法
621 条の費用償還請求権に関する期間制限を廃止する。
関連条文 現民法 621 条(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限),同 600 条(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
【提案要旨】
現民法 621 条は,損害賠償請求権とともに,借主が支出した費用の償還請求権について,1年間の期間制限に服することを規定している。
これについては,占有者の費用償還請求権(現民法 196),留置権者の費用償還請求権(同 299 条),受任者の費用償還請求権(同 650 条),事務管理者の費用償還請求権(同 702 条),
遺贈義務者の費用償還請求権(同 993 条)と,本質的に,同じ性格のものであると考えられ,特に,賃貸借における費用償還請求権についてのみ,短期の期間制限を規定する必要はないと考えられることから,現民法 621 条の費用償還請求権に関する期間制限を撤廃するものである。これによって,費用償還請求権については,一般の債権時効によって処理されることになる。
【解 説】
現民法 621 条は,損害賠償請求権とともに,借主が支出した費用の償還請求権について,1年間の期間制限に服することを規定している。
このような借主の費用償還請求権(現民法 608 条,提案【Ⅳ-1-12】)は,占有者の費用償還請求権(現民法 196),留置権者の費用償還請求権(同 299 条),受任者の費用償還請求権(同 650 条),事務管理者の費用償還請求権(同 702 条),遺贈義務者の費用償還
請求権(同 993 条)と,本質的に,同じ性格のものであると考えられる。
賃貸借において,賃借人が必要費等の費用を支出した場合,そのことを賃貸人の側では把握しておらず,賃貸借終了後,かなりの時間が経過してから,その請求がなされるということは,賃貸人の負担となるということも考えられるし,その点では,費用償還請求権についての短期の期間制限を設定する現民法 621 条の規定には,一定の合理性があるとも考えられる。しかしながら,同様の問題は,上記の他の費用償還請求権についても考えられるものであり,特に,賃貸借についてのみ,そのような期間制限を規定する必要性は必ずしも明確ではない。
このような観点から,費用償還請求権についての短期の期間制限を廃止することを提案するものである。これによって,費用償還請求権については,一般の債権時効によって処理されることになる。
Ⅳ-1-30 賃借権の相続
賃借権の相続については,特に規定しない。
関連条文 現民法 896 条(相続の一般的効力),借地借家法 36 条(居住用建物の賃貸借の承継)
【提案要旨】
賃借権の相続については,民法の中では特に規定しないことを提案するものである。
注意! この文書は未完成原稿であって、2009年2月7日全体会議における提案の対応部分についての説明としては、不正確・未整理・未対応の部分が多く残されたままである。会議当日の机上参照のための補助資料として作成されたものにすぎない。
【解 説】
賃借人が死亡した場合に,その目的物をめぐる賃貸借関係がどのようになるのかという点については,なお必ずしも明確ではない点が残されている。賃借権が,財産権のひとつとして相続の対象となること自体については争いがないが,目的物の利用という観点からみた場合に,一律の抽象的相続分を基本的な出発点とする相続法の規律によって全面的に解決されることが適当なのか(相続人の中に,被相続人と共同生活をしていた者とそうではない者がいる場合)という問題が考えられ,さらに,相続人と共同生活をしていた非相続人(内縁の配偶者等)の保護をめぐる問題もある。
もっとも,これらは,もっぱら居住用の建物や居住用建物のための土地の賃貸借の問題として現れることになる。また,個別具体的な状況を考慮せずに,賃借権一般の相続をめぐる法律関係を構想することは,それ自体が困難であると考えられる。
したがって,民法典の中で,一般的な賃借権の相続の問題として規定することはしないということを提案するものである。
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