共同研究開発契約書(AI)の解説
共同研究開発契約書(AI)の解説
想定シーン
原則として JPO モデル契約書の想定シーンを踏襲するが、下記 X 社と Y 社について、
【ケース1】 X 社が日本企業、Y 社が中国企業
【ケース2】 X 社が中国企業、Y 社が日本企業
という2つの状況を想定し、中国における共同研究開発の実施を想定したものとする。
これら2つのケースが異なることによって、契約書又はその解説に違いがある場合についてはそれぞれ解説する。
1. 当事者
動画・静止画から人体の姿勢をマーカーレスで推定する AI 技術を保有するスタートアップ X社は、介護施設向けリハビリ機器の製造メーカーY 社から問い合わせを受け、X 社が保有する AI 技術の、Y 社が製造販売を検討している介護施設における被介護者の見守り用のカメラシステム(見守りカメラシステム)への導入可能性を検討するため、アセスメントおよび PoC を実施してきた。
なお、 データに関しては、Y 社が動画データを X 社に提供し、X 社がアノテーションを付して学習向けに整形した学習用データセットを作成している。
2. 共同研究開発フェーズへの移行
X 社および Y 社の間におけるアセスメント、PoC はそれぞれ滞りなく完了し、X 社は Y 社に対し、X 社がもともと保有していた AI 技術(ベースモデル)を基礎とし、Y社のデータを用いて被介護者の姿勢推定用にカスタマイズしたモデル(カスタマイズモデル)のプロトタイプを開発し、見守りカメラシステムと連携した際の人体姿勢の推定結果・精度等についての報告書を交付した。
Y 社においては、報告書を受領した後、社内検討を行い、正式に X 社との共同研究開発を行うことを決定した。
そこで、X 社と Y 社は、Y 社が見守りカメラシステムと連携するカスタマイズモデルの開発ならびに開発後の販売およびサービス提供の方法を巡って、研究開発条件の交渉を開始した。
なお、ハードデバイスである見守りカメラ機器は、Y 社が単独で試作品の製造を開始しており、 X 社と Y 社が研究開発条件の交渉を開始する時点で、カスタマイズモデルとの連携の点や全体の点検作業を残し、概ね完成している。
3. 研究開発交渉
X 社と Y 社の研究開発交渉においては、双方の意向として、以下の点が挙げられた。
X社の意向 | Y社の意向 | |
① 開発対価 | 共同研究開発開始時、およびY社による成果物確認の完了時点の 2 回に分けて支払いを受けたい。 | 差し支えない。 |
②成果物および成果物の提供方法 | X 社は既存のクライアントであるスポーツ業界、フィットネス業界の各企業とのアライアンスにおいても、ベースモデルおよびカスタマイズモデルのコードを提供することなく API 提供している。これにより、姿勢推定に関するコア技術を秘匿化することに成功していることから、この度の共同研究開発の成果物であるカスタマイズモデルについてもコードの提供を行わず、その処理結果のみを API を通じて提供する予定である。 | カスタマイズモデルのコードそのものを提供するのではなく同モデルによる処理結果を API 経由で提供する という点については同意する。 ただ API 提供を行うのであれば、Y社の販売する見守りカメラシステム (ハードデバイス)と X 社のカスタマイズモデルとを API 連携するために必要な連携システム(本連携システム)も、共同開発の成果物とすべきであり、最低限、本連携システムのソースコードおよび仕様書など本連携システムの利用に必要となるドキュメント類については提供して欲しい。 |
③Y社が提供するデータ | Y 社において、個人情報保護法その他の法律に遵守した形で提供いただきたい。 | 差し支えない。 |
④知的財産権の帰属 | ア ベースモデルの知財 ベースモデルの知的財産権は本契約締結以前より X 社が保有する X | ア ベースモデルの知財 ベースモデルが共同開発の成果物ではないことは理解しているの で、その知的財産権がX社に帰属しているということで問題ない。 イ カスタマイズモデル等の成果物や開発過程における知財 カスタマイズモデルは Y 社の知見およびデータを元に得られたものである以上、カスタマイズモデルに関する著作権や特許権は Y 社にも帰属するのではないかと考えてい る。 |
社のコア技術であるため、X 社に帰 | ||
属するものとしたい。 | ||
イ カスタマイズモデル等の成果物や | ||
開発過程における知財 | ||
(1)上場審査や M&A に先立つデ | ||
ューデリジェンスにおいてマイナス評 | ||
価を受けないために、また、(2)自由 | ||
度を確保して多数の企業とのアライ | ||
アンスを実施し市場を拡大して売上 |
を増加させるために、成果物等の知的財産権(著作権および特許xx)については X 社の単独帰属としたい。 仮にそれが難しければ、最低でも成果物等に関する著作権については X 社の単独帰属としたい。 連携システムに関する著作権をY社に移転させることについては異存な い。 | しかし、利用条件次第ではカスタマイズモデルの知的財産権のうち著作権に限っては X 社に単独帰属させることも検討可能である。 一方、本連携システムや関連するドキュメントに関する著作権については、今後Y社内でも保守等を行う可能性があることから、Y社に帰属させたい。 | |
⑤知的財産権の利用 | カスタマイズモデルの利用条件は別途 SaaS 契約において定める。 | カスタマイズモデルの利用条件を別途 SaaS 契約で定めることについて は差し支えないが、カスタマイズモデ |
ルはY 社の知見およびデータを元 | ||
に生成されたものである以上、カス | ||
タマイズモデルの利用条件について | ||
は、Y 社におけるカスタマイズモデ | ||
ルの独占的利用や何らかの経済的 | ||
なメリットの設定が必要である。 | ||
利用契約においてそのようなメリットが合意できるのであれば、カスタマイズモデルの知的財産権についてはX社に帰属させることも検討する。 | ||
⑥公表 | 資金調達の観点からも Y 社との共同 | 公表については、今後のサービス展 |
研究開発を開始した時点および一定 | 開を踏まえると Y 社にもメリットがあ | |
の成果が出た時点で、それぞれ公表 | るため、X 社の意向で差し支えな | |
したい。 | い。ただし、公表のタイミングおよび | |
公表内容については双方で合意し | ||
た内容としたい。 |
4. 共同研究開発契約の締結
数度にわたる協議の結果、X 社および Y 社は、次の内容にて合意し、これらの内容を踏まえた共同研究開発契約書を作成することとした。
【交渉結果】
Y社は、X社に対し、開始時および成果物確認完了時の 2 回に分けて支払いを行う。
①開発対価
②成果物および成果物の提供方法 | ア 成果物 カスタマイズモデル、本連携システムおよび仕様書その他本連携システム利用に必要となるドキュメント類 イ カスタマイズモデルの提供方法 成果物の確認に必要な期間(確認期間)中、カスタマイズモデルによる処理結果をAPIを通じて X 社が提供することでY社が確認を行う。 ウ 本連携システムおよびドキュメント類の提供方法 X社がカスタマイズモデルと併せて開発を行い、関連 するドキュメント類(PDF 形式)とともにそのソースコードをY社に提供する。 |
③Y社が提供するデータ | Y社が、顧客である介護事業者から取得し、X 社に提供するまでの間に、個人情報が含まれない形に匿名加工を行うか、あるいは撮影対象である被介護者本人から第三者提供に関する同意を取得するなど、Y社において個人情報保護法上の問題がクリアになったデータを X 社に提供する。 |
④知的財産権の帰属 | ア カスタマイズモデルを含む成果物および開発過程において発生した著作権 本連携システムおよびドキュメントに関する著作権はYに帰属する。それ以外の成果物等に関する著作権は X に帰属する。 イ カスタマイズモデルを含む成果物および開発過程における著作権以外の知的財産権 発明者主義とする。 ※ベースモデルの知的財産権の帰属 ベースモデルの知的財産権は、本共同開発前からX社が保有する知的財産権であるため、当然X社に帰属する。 |
⑤ 本件成果物等の利用条件 | 別途 SaaS 契約において定める。ただし、カスタマイズモデルが Y 社の知見およびデータの提供により生成されたことを十分考慮して、その利用条件を設定する。 |
⑥公表 | 双方が合意したタイミング(例:共同研究開発を開始した時点および一定の成果が出た時点等)で、双方で合意した内容を公表する。 |
*その他の条件はタームシート記載のとおりである。
タームシートや表を用いた契約書作成前の交渉
ここまで、研究開発交渉の過程を紹介する中で、X社の意向・Y社の意向をそれぞれ表形式で整理を行った。
こうした表形式での整理は、本モデル契約の紙面上の便宜のために行っているわけではなく、実際に、主に契約交渉の初期段階においては、契約の要点を定めた条件規定書(タームシート)を利用して契約交渉が行われることが少なくない。
通常の契約交渉は、いずれかの当事者から提出された契約書を他方がレビューして進められる。契約書の文言を、校閲ツールを用いて修正し、修正意図についてコメントを残すといった方法で、相手方当事者との間で双方が実を得られるような調整を行うことが一般的である。
しかし、事前に重要な契約条件について確認を行わずに契約書を作成すると、その後に双方がどうしても譲歩できないポイントが重複し、契約を締結することができなくなった場合、契約書作成の過程が全く無駄になってしまう。
また、複雑かつ大部な契約になると、交渉事項もその分多くなることから、専属の法務担当者を抱える場合であってもレビューに一定の時間を擁するものであり、人的資源を欠くスタートアップにおいては、よりその負担が顕著であろう。
加えて、こうした複雑な契約となると、どうしても交渉のポイントごとに契約書の文言を修正することに気を取られてしまい、交渉事項を総合的・全体的に検討することが難しくなる。このような、木を見て森を見ずの議論になり、双方が実を得られないというケースも散見される。
そこで、事前に交渉のポイントをピックアップしたうえでタームシートを作成し、整理した上で、整理した内容を契約書に落とし込むという方法が採用されることが多い。 後述するとおり、AIの開発においては、共同開発対象とされる学習済みモデルに加えて、事業会社が提供する生データやこれを加工して得られた学習用データセットなどの材料や中間成果物が存在する。したがって、AI 分野においては交渉に先立ってタームシートを利用して整理を行うことが比較的多い。
なお、タームシートの形式にも決まった形式があるわけではない。別途公開される本モデル契約のタームシートのような詳細なものでなくとも、上記想定シーンの整理において用いたような表でも差し支えない。事業会社・スタートアップ双方にとって重要と考えるポイントを予め表形式で整理することで、双方にとってスムーズな交渉が行われることが望まれる。
目次
◼ 契約の内容(ソフトウェア開発委託契約か共同研究開発か) 8
追加費用の発生処理 19
中国から海外への送金における注意点 19
中国における技術契約の認定登録手続き 19
共同開発当事者義務に関する中国法規定 23
【13 条2 項変更オプション- 学習用データセットの利用目的を限定しない場合】 34
本契約終了後の秘密保持期間 36
中国における産学連携知財契約ガイドラインの紹介 38
中国における個人情報保護・サイバーセキュリティ・データセキュリティの規定 39
技術輸出入関係と届け出手続き 44
共同研究開発成果の特許出願xxの関連規定 48
秘密保持審査 49
技術輸出入の該当性 49
技術輸出入の該当性 51
◼ その他のオプション条項 68
◼ はじめに
・ スタートアップが事業会社からデータの提供を受け学習済みモデルを開発するという形態の契約を締結する際には、経済産業省が 2018 年 6 月に公開した「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI 編)」の「開発段階のソフトウェア開発契約書(モデル契約書)」(以下「2018 年モデル契約書」という。)が実務上参考にされることが多い。そこで、本モデル契約の解説においては、2018 年モデル契約についても適宜言及することとする。
⮚ 「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI 編)」
⯎ xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxxxx/0000/00/00000000000/00000000000-0.xxx
◼ 契約の内容(ソフトウェア開発委託契約か共同研究開発か)
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫中国における開発委託契約と共同開発の区分法律規定を追記する。
⚫中国共同開発の費用負担にかかる実情を追記する。
・ 2018 年モデル契約書は、そのタイトルが「ソフトウェア開発契約書」とされているとおり開発委託契約であるが、本モデル契約は、そのタイトルが「共同研究開発契約書」とされているとおり、共同研究開発契約である。
・ これは、本モデル契約における想定シーン記載のとおり、スタートアップが一方的に開発を受託するケースを想定しているのではなく、スタートアップと事業会社とのオープンイノベーションの 一例として、事業会社も事業領域に関する知識・ノウハウやデータを提供しており、文字どおり、共同で研究開発を進める場面を想定しているためである。
・ 中国法においても、技術開発には委託開発と共同開発が含まれる。共同開発の特徴としては、契約当事者双方は共同して研究開発を実施することである。資金、技術資料の提供のみで委託開発契約に該当する。参考として、関連司法解釈の規定を下記のとおり紹介する。
参考
「最高人民法院による技術契約紛争案件の審理における法律適用の若干問題の解釈」
第十九条 民法典第 855 条にいう「研究開発仕事を分担して進める」とは、当事者は約定の企画と分担に従って、設計、プロセス、試験、試作などの作業を共同してまたは分担して進めることを含む。
技術開発契約の当事者一方は、資金、設備、材料などの物的条件を提供するのみで、または補佐協力事項のみを実施し、もう一方は研究開発を実施する場合、委託開発契約に該当する。
・ 共同研究開発契約の一般的な特徴として、研究開発の結果が得られるかについて、当事者が、研究開発の開始時には予想困難な不確実性があり、成果は共同研究開発の過程を通じて具体化する場合が多いことや、研究開発の目的の達成に至る道筋については、契約時には確定しておらず、手法について当事者に裁量が認められており、当事者の契約上の義務も抽象的に定めざるを得ないことが挙げられる。AI 技術に関する共同研究開発においても、AI 技術の特性もあって、このような共同研究開発契約の一般的な特徴が特に当てはまるといえよう。
・ なお、一般に共同研究ないし共同研究開発においては、費用を双方負担とするのが原則 とされている。しかし、新素材分野におけるモデル契約書(以下、「新素材モデル契約」 という。)第 5 条の解説において記載されているとおり、共同研究開発という題目ながら、資金xxxな当事者が研究開発費を負担するというケースも散見され(新素材モデル契約 9 頁)、AI分野における多くの共同研究開発のケースでは現に事業会社が研究開発費(事実上の開発委託費)をスタートアップに支払っている。
⮚ 「新素材モデル契約」
⯎ xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxxxx/0000/00/00000000000/00000000000-00.xxx
・ 一方、中国においては、日本のように共同開発の費用負担を各自がそれぞれの分担範囲で行うような商慣習はなく、通常、負担主体である各当事者の経費負担の金額又は比率を共同研究開発契約書に明記することが一般的である。AI分野においても、一方当事者のみが経費を負担するケースは少なくない。中国企業は日本の商慣習(共同開発の費用負担は各自がそれぞれの分担範囲で行う)ことを知らないため、経費負担を明確に契約上に規定することは重要である。
◼ 前文
X社(以下「甲」という。)とY社(以下「乙」という。)は、第 2 条に定義する本学習済みモデルおよび本連携システムの開発に関して、以下のとおり共同研究開発契約(以下「本契約」という。)を締結する。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
◼ 1 条(目的)
第 1 条 甲および乙は、共同して下記の研究開発(以下「本共同開発」という。)を行う。
記
① 本共同開発のテーマ:甲が保有する「人体の姿勢推定 AI 技術」(動画・静止画から人物の姿勢をマーカーレスで推定する AI 技術)を、介護施設における被介護者の見守用高機能カメラシステムに適用した学習済みモデルの開発
② 本共同開発の目的(以下「本目的」という。):前記学習済みモデルを利用した前記システムの開発および製品化
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 共同研究開発(本共同開発)のテーマおよび目的に関する規定である。
・ 共同開発契約はそれぞれの当事者が自己に与えられた役割の範囲において善良なる管理者の注意義務に基づいて開発業務を遂行する契約であり、相互に当該開発業務を委託し合うという関係にあるという点では、準委任契約としての性質を有する。そのため「各当事者に与えられた役割の範囲」を明確に規定する必要があるが、本条によって定める共同開発のテーマ・目的が、第 3 条に規定する役割分担とともに、この機能を担っている。
・ また、共同開発契約は準委任契約としての性質を有するため、一般的には、それぞれの当事者においてなんらかの成果の完成義務を負うものではない。
<解説>
共同研究開発のテーマ(本条 1 号)
・ 共同研究開発のテーマの記載の抽象度
⮚ 共同研究開発のテーマは、抽象的に規定し過ぎると双方の認識に齟齬が生じやすい。一方、具体的に規定し過ぎると拡張や変更の度に契約修正の必要が生じる。
⮚ そこで、本条 1 号のように、ある程度の幅を持たせつつ抽象的過ぎず、かつ、具体的過ぎない記載とするのが望ましい。
・ 共同研究開発のテーマの広狭
⮚ 共同研究開発のテーマの定義によって「共同開発」の定義が決まるが、「共同開発」の定義は、知的財産xxの取扱いや、競業避止の範囲などに影響する。
⮚ 例えば、共同研究開発のテーマの定義が広すぎると、「共同開発」の範囲が想定外に広がり、自社固有の研究成果(知的財産xx)が共同開発の成果と解釈され、本モデル契約に従って知的財産権の帰属や成果物の利用関係が規律される(双方が活用可能なものとなる)リスクがある。さらに、不当に広範囲の競業避止義務が課されることにもつながり、本来は自由に研究できるべき研究領域について活動の制限が発生する危険もある。
⮚ 他方、共同開発のテーマの定義が狭すぎると、実際は共同研究の成果であるにもかかわらず、本モデル契約書の枠外とされてしまい、当該成果に関して勝手に特許出願をされてしまうまたは本来禁止したい範囲の競業行為を規制できない等の弊害を生じる可能性がある。さらに、研究のスコープがピボット(変更)するたびに、本モデル契約の範囲から逸 脱してしまい、再交渉を余儀なくされるリスクもある。
⮚ そこで、共同研究開発のテーマは、xxxず狭すぎない実態に即したものとすることが望ましい。
共同研究開発の目的(本条 2 号)
・ 共同研究開発の目的は、両当事者の秘密保持義務の内容および範囲を画するものとしても重要である。
・ 秘密保持義務条項では、両当事者は共同研究開発の目的以外の目的で秘密情報を使用してはならないとの条件が設けられることが一般的である。そのため、秘密保持義務の内容および範囲を確定する際に、本条で定める共同研究開発の目的が参照されることになる。
◼ 2 条(定義)
第 2 条 本契約において使用される用語の定義は次のとおりとする。
1 データ
電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他の方法で作成される記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)をいう。
2 対象データ
別紙(1)「対象データの明細」に記載のデータをいう。
3 学習用プログラム
学習用データセットを利用して、学習済みモデルを生成するためのプログラムをいう。
4 学習済みパラメータ
学習用プログラムに学習用データセットを入力した結果生成されたパラメータ
(係数)をいう。
5 本学習用データセット
対象データを本共同開発のために整形または加工したデータをいう。
6 本学習済みモデル
本共同開発の対象となる、学習済みモデル(特定の機能を実現するために学習済みパラメータを組み込んだプログラム)をいう。
7 再利用モデル
本学習済みモデルを利用して生成された新たな学習済みモデルをいう。
8 本見守りカメラシステム
甲乙が共同開発する、介護施設における被介護者の見守り用のカメラシステムをいう。
9 本連携システム
本見守りカメラシステムに搭載される、本学習済みモデルと本見守りカメラシステムを API 連携するためのシステムをいう。
10 本ドキュメント
仕様書その他本連携システムに関連するドキュメントをいう。
11 知的財産
発明、考案、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの
(発見または解明がされた自然の法則または現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)および営業秘密その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報をいう。
12 知的財産権
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 特許、実用新案、意匠について、日本語と中国語の定義の確認記載を追加している。
②ポイント・解説について
⚫ 特許と専利の違いの解説について追加している。
<ポイント>
・ 本モデル契約で使われる主要な用語の定義に関する規定である。
<解説>
学習済みモデルを定義することの重要性
・ AI 技術を利用したソフトウェアの開発を目的とする契約の実務において、学習済みモデルの取扱いはその交渉上の中心的な課題の一つである。しかし、学習済みモデルの定義はxx的に明らかなものではないため、その取扱いに関する交渉にあたっては、この点について共通の理解を得ておくことが紛争予防の観点から望ましい。
・ 具体的には、学習済みモデルについて、アルゴリズム、プログラム、あるいは学習済みパラメータのいずれか、あるいはそのいずれかの組み合わせを指しているのかについて、十分な整理がなされないまま交渉が行われ、契約が締結されている例が見受けられる。
2018 年モデル契約では、「学習済みモデル」を、「推論プログラム」+「学習済みパラメータ」と整理した上で契約xxxxしており(下図参照)、本モデル契約においても同様の定義を行っている。
特許権、実用新案権、意匠権、著作権その他の知的財産に関して法令により定められた権利(特許を受ける権利、実用新案登録を受ける権利、意匠登録を受ける権利を含む。)をいう。ここで、日本語における「特許、実用新案、意
匠」とは、それぞれ、中国語における「発明専利、実用新型専利、外観設計専利」に該当する。
13 本件成果物
本学習済みモデル、本連携システムおよび本ドキュメントをいう。
14 個人情報等
個人情報保護法(個人情報の保護に関する法律(平成 15 年法律第 57 号))に定
める個人情報(同法 2 条 1 項)、個人データ(同法 2 条 6 項)および匿名加工情
報(同法 2 条 9 項)をいう。
15 書面等
書面および甲乙が書面に代わるものとして別途合意した電磁的な方法をいう。
(経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(AI 編)」12 頁より)
⚫ 日本語の「特許・実用新案・意匠」に対応する中国語は「発明専利・実用新型専利・外観設計専利」であり、「専利」は「特許」に対応する語ではない。契約書の日本語版・中国語版においてこの点を明確にしているか否かに注意すべきである。
◼ 3 条(役割分担)
第 3 条 甲および乙は、本契約に規定の諸条件に従い、お互いに協力して本共同開発において別紙(1)の 5「具体的作業内容」に記載された業務を誠実に実施しなければならない(以下、甲の担当業務を「甲業務」、乙の担当業務を「乙業務」という。)。 2 本共同開発における甲および乙の作業体制は、別紙(1)の 4「作業体制」に おいてその詳細を定める。 | ||
3 甲および乙は、前 2 項の役割分担及び作業体制に従い本共同開発を進めるもの | ||
とするが、開発過程において、役割分担が不明確である事項があれば、双方 | ||
は友好的に協議したうえ、分担を決める。また、一方当事者の担当事項に | ||
は、相手当事者の協力が必要である場合、相手当事者に連絡し、相手当事者 | ||
は必要に応じて、協力するものとする。 | ||
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 第 3 項として、役割分担についての不測の事態に対応するための協議及び協力義務条項を追記している。
②解説について
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 両当事者の役割分担を定めた規定である。
・ 一般に契約にまつわる詳細事項(開発の詳細な段取り、開発目標品の仕様、スケジュールなど)は別紙に規定することが多い。本モデル契約もこのスタイルを採用している。
・ 別紙(1)の 5 には、「具体的作業内容」として以下のように規定した。
⑴ 甲の担当作業: 次のとおりとする。
・対象データの前処理
・対象データのアノテーション
・本学習用データセットの作成
・対象データによる本学習済みモデルの生成
・本連携システムの開発および本ドキュメントの作成
⑵ 乙の担当作業:
・対象データの提供
・本学習済みモデルの精度の向上に必要な知見(ノウハウを含む。)の提供
・本学習済みモデルおよび本連携システムの性能評価
<解説>
・ 従来型のソフトウェアの受託開発とは異なり、AIの共同研究開発においては事業会社がスタートアップに対し、データや学習済みモデルの精度向上のためのノウハウを提供するなどして、精度の高い学習済みモデルを共同して開発することが前提となっている。そこで、本共同開発にあたっての双方の役割分担を別紙(1)の「具体的作業内容」に記載して定義している。
・ 共同研究開発においては、当事者が相互に自らの役割を果たすことによって、研究開発の目的を達成することを目指しているため、当然のことながらスタートアップの役割だけではなく、事業会社の役割も重要である。そのため、別紙(1)における役割分担を決定するに際しては、精度の高い学習済みモデルの共同開発という目的達成のために両当事者がどのような役割を負うべきかについて十分に交渉を行い、併せて共同開発に向けての義務を双方がフェアな形で負うように定めることが必要である。共同開発に向けての各当事者の義務については第 6 条(各自の義務)において事業会社・スタートアップ双方が善管注意義務を負担することを明記している。
◼ 4 条(委託料およびその支払時期・方法)
第 4 条 甲業務の対価は別紙(1)の 9「委託料」で定めた金額とする。 2 乙は甲に対し、甲業務の対価を、別紙(1)の 10「委託料の支払時期・方法」で定めた時期および方法により支払う。 | |||
3 開発過程又は開発完了後には、本条第 1 項で定めた金額を超えている出費な | |||
どを発生した場合、本契約第 9 条の規定に従うものとする。 | |||
4 甲に対価を支払うための必要な手続きなどがある場合、乙は積極的に行うも | |||
のとし、甲は必要に応じて協力するものとする。 | |||
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 第 3 項として、対価を追加する必要がある場合の解決方法を追記している。
⚫ 第 4 項として、対価支払うための必要な手続きがある場合の協力義務条項を追記している。
②解説について
⚫ 追加対価が発生する可能性について追加している。
⚫ 中国から海外へ送金するときの実務について追加している。
⚫ 技術契約の認定登録に関する内容を追記している。
<ポイント>
・ 甲業務の対価としての委託料の金額、支払時期および支払方法を定める条項である。これら二つの項目は必ずセットで規定する必要があることに留意したい。
<解説>
・ 本想定シーンの【交渉結果】においては、開始時および成果物の確認完了時の 2 回に分けて委託料の支払いが行われるものであって、いわゆるマイルストーン方式と呼ばれる成果完成型に近い取り決めがなされたといえるが、当然これと異なる取り決めも可能である。なお、マイルストーン方式については、新素材モデル契約第 10 条のコラムを参照されたい。
追加費用の発生処理
⚫ 従来型のソフトウェアの受託開発及び、AIの共同研究開発について、実務において、その研究開発にかかる技術などが複雑であり、契約する時点で予測できない作業や事態を行う可能性が高く、追加出費などを発生する可能性が高い。特にスタートアップの観点から考えると、追加費用が発生した場合の処理方法を共同研究開発契約に明確に約定したほうがよい。
中国から海外への送金における注意点
⚫ 契約の両方当事者は中国企業と日本企業であり、銀行送金の方法で対価を支払うことが想定される。ケース1の場合、中国企業である乙から日本企業である甲に委託料を支払う必要となる。中国では、海外へ送金するとき、中国国家税務総局国家外匯管理局及び銀行などの審査を受けて、その要求に従い、関連資料を提出する必要があり、銀行などの審査に合格することで無事に送金できることになる。このため、予め利用する中国側の銀行へ関連必要書類を打診し、準備したほうが望ましい。また、甲の協力が必要な場合、双方で友好的に協議したうえ、協力して関連手続きを行ったほうがよい。
中国における技術契約の認定登録手続き
⚫ 中国では、技術契約の認定登録手続きもある。同手続きは中国企業の所在地の商務部門に実施すべきである。技術契約として認定登録されたら、技術の収入につき、税金の優遇措置を求めることができる。甲は委託料を受けるので、ケース2の場合、中国企業である甲は技術契約を認定登録すれば、受けた委託料について、税金の優遇措置を求めることができる。
◼ 5 条(作業期間)
第 5 条 本共同開発の作業期間は、別紙(1)の 7「作業期間」に定めたとおりとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 本モデル契約の契約期間に関する条項(第 25 条)とは別に、本共同開発の目安となるスケジュール・ロードマップを定めるための条項である。
<解説>
・ 共同開発においては開発が予定通りに進むとは限らず、予定完了時期を超えて開発を行うことになる場合もある。その場合に、作業期間を明確に決めずに開発を続けてしまうと、スタートアップとしては、想定以上の時間を費やしたにも関わらず追加の委託費用をもらえないという事態も起こり得る。他方、事業会社としても、想定した期間内までに開発の成果を得られないという事態が起こり得る。
・ 特に、VC から資金調達を受けているスタートアップとしては、一定の期間内に IPO または M&Aによる EXIT を目指さなければならず、開発が徒に長期化しないよう、開発に関するタイムスケジュールを定めておく必要性は大きいものといえよう。
・ なお、予定完了時期を超えて開発を行うことになる場合に備えて、作業期間を定めたうえで、
「協議を行い、両当事者合意の上延長できる」旨の規定を置くことも考えられる。
◼ 6 条(各自の義務)
第 6 条 甲は、情報処理技術に関する業界の一般的な専門知識に基づき、善良な管理者の注意をもって、甲業務を行う義務を負う。
2 甲は、本件成果物について完成義務を負わず、本件成果物が乙の業務課題の解決、業績の改善・向上その他の成果や特定の結果等を保証しない。
3 本共同開発に関して発生する不具合(乙が別途本契約外で開発する本見守りカメラシステムおよび対象データに起因する不具合を含む。)について、xは一切の責任を負わない。ただし、当該不具合が、本件成果物のみに起因する場合はこの限りではない。
4 乙は、介護業界、見守りカメラシステムに関する業界の一般的な専門知識、対象データおよび共同開発に必要なノウハウの提供者としての地位に基づき、善良な管理者の注意をもって、乙業務を行う義務を負う。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 共同開発の当事者義務に関する中国法の規定を追記する。
<ポイント>
・ 甲業務を履行するに際してのスタートアップの善管注意義務および本件成果物の性能の非保証、ならびに乙業務を履行するに際しての事業会社の善管注意義務を定める条項である。
<解説>
完成義務の有無・性能保証の可否
・ 共同開発契約は準委任契約の性質を有するので本来、各当事者は完成義務を負うものではないが、本条 2 項は、その趣旨を踏まえ、スタートアップが本件成果物について完成義務を負わないことおよび本件成果物が特定の成果や結果を保証しないことを明記するものである。特に AI 開発においては、AI 技術の特性上、そのような規定を設けることが合理的である。その詳細は、2018 年モデル契約第 7 条の解説に譲るが、AI ソフトウェアは、主にデータから帰納的に作成されるため、その性能がデータに依存することや、生成に際して試行錯誤を繰り返す必要があることなどから、そもそも完成や性能を保証することが困難であるという特徴がある。
・ この点、スタートアップが成果物に完成義務を負わないことや保証も行わないとことを規定する本条2項に対しては、事業会社が削除を求めることも考えられる。しかしながら、事業会社においては、一定の性能が得られることについて PoC 段階で既に確認をした上で共同開発に移行
している。また、共同開発とは、技術や事業領域についての情報・知識を有する事業会社とスタートアップが互いにリスクテイクして開発を推進する開発形態であって、事業会社が一方的にスタートアップに完成義務や性能保証を求めるのは妥当ではない。そのような共同研究開発の性格から、AI 開発以外の共同研究開発においても、一般的に、成果物の完成義務やその保証を求めない事例も広くみられるところである。そのため、本モデル契約においては、スタートアップは本件成果物について完成義務を負わないことおよび本件成果物が特定の成果や結果を保証しないことを明記している。
スタートアップが負う義務の内容
・ 他方で、当然のことながら、本条はスタートアップが成果物の作成について一切の責任を負わないということを認めるものではない。そこで、本条第 1 項において、スタートアップに、情報処理技術に関する業界の一般的な専門知識に基づいた善管注意義務を負担していることを確認的に規定している。
・ すなわち、スタートアップには成果物の完成義務が課せられるわけではないものの、業界の一般的な基準に照らして、容易に開発が行えるはずの学習済みモデルの開発が頓挫した場合などには、スタートアップに善管注意義務違反があったと評価される可能性は十分ある。その意味において、スタートアップは、成果物の完成そのものに義務を負うわけではないが、成果物が完成しなかった場合において、その過程に善管注意義務違反が認められる場合には、事実上、成果物が完成しなかったことによる責任を負うことになる。
事業会社が負う義務の内容
・ 第 3 条で解説したとおり、共同開発においては、スタートアップのみが作業を担うのではなく、事業会社もスタートアップに対し、データや学習済みモデルの精度向上のためのノウハウを提供するなどの自らの役割を果たし、相互が協力して精度の高い学習済みモデルを共同開発することが前提となっている。
・ 双方がそのような役割を果たす以上、スタートアップが当該役割を果たすにあたって善管注意義務を負うのと同様、事業会社も自らの役割を履行するに際しての善管注意義務を負うことになる。本条第 4 項においては、そのような事業会社の善管注意義務を定めている。
共同開発に関して発生する不具合について
・ 本想定シーンにおいては、本連携システムを本見守りカメラシステム内部に組み込み、カスタマイズモデル(本学習済みモデル)とAPI連携させることで、カスタマイズモデル(本学習済みモデル)における処理結果を本見守りカメラシステムに出力するという利用を予定している。
・ もっとも、このような出力に至るまでの過程に動作不具合がある場合に、その原因がカスタマイズモデルや本連携システムという本件成果物にあるのか、事業会社が別途開発する本見守りカメラシステムにあるのか、また事業会社が提供したデータに問題があったのかを究明することは容易ではない。また、共同開発および AI 開発という本モデル契約の性質から、本共同開発に関して発生する不具合(事業会社が担当領域である本見守りカメラシステムおよび対象データに起因する不具合を含む)について、スタートアップが責任を負わないことにつ
いて、本条第 3 項において確認的に規定した。ただし、当該不具合が本件成果物のみに起因する場合はその例外としている。
⚫ 中国民法典第三編第20章第 2 節に技術開発契約に関して規定している。本契約の本条規定は中国法に違反したことは特にないが、参考として、中国の関連法規定を下記のとおり紹介する。
参考
第 855 条 共同開発契約の当事者は約定に従って投資し、技術をもって投資することを含め、研究開発仕事を分担して実施して、研究開発を協力して進める。
第 856 条 共同開発契約の当事者は約定に違反することで、研究開発作業が停滞、遅延、または失敗になる場合、違約責任を負担しなければならない。
共同開発当事者義務に関する中国法規定
◼ 7 条(責任者の選任および連絡協議会)
第 7 条 甲および乙は、本共同開発を円滑に遂行するため、本契約締結後速やかに、本共同開発に関する責任者を選任し、それぞれ相手方に書面等で通知す る。また、責任者を変更した場合、速やかに相手方に書面等で通知する。
2 甲乙間における本共同開発の遂行にかかる、要請、指示等の受理および相手方への依頼等は、責任者を通じて行う。
3 責任者は、本共同開発の円滑な遂行のため、進捗状況の把握、問題点の協議および解決等必要事項を協議する連絡協議会を定期的に開催する。なお、開催頻度等の詳細については、別紙(1)「連絡協議会」に定めるとおりとする。ただし、甲および乙は、必要がある場合、理由を明らかにした上で、随時、連絡協議会の開催を相手方に求めることができる。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 事業会社とスタートアップのやり取りをスムーズに行うために、双方の窓口となる責任者を任命する。 進捗状況の報告等を定期的に行う会議を開催し、課題等について情報の共有を行う。必要に応じて、緊急の会議を開催することも可能である。
<解説>
・ 実際の開発に際しては、事業会社とスタートアップの責任者のみならず担当者がそれぞれメールやビジネスチャットツールを用いて相互にやり取りを行うことが少なからずあり、このような体制を採用する場合には、かえって第 2 項や第 3 項の規定が円滑な遂行の妨げになるこ
とがある。そのため、このような案件の場合には、本条全体または本条第 2 項ないし第 3 項を削除することもある。
◼ 8 条(再委託)
第 8 x xは、乙が書面等によって事前に承認した場合、甲業務の一部を第三者
(以下「委託先」という。)に再委託することができる。
2 前項の定めに従い委託先に本共同開発の遂行を委託する場合、甲は、本契約における自己の義務と同等の義務を、委託先に課す。
3 甲は、委託先による業務の遂行について、乙に帰責事由がある場合を除き、自ら業務を遂行した場合と同様の責任を負う。ただし、乙の指定した委託先による業務の遂行については、甲に故意または重過失がある場合を除き、責任を負わない。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 甲業務の遂行に際しての再委託の可否および再委託が行われた場合のスタートアップの責任内容について定める条項である。
<解説>
・ 多くのスタートアップは傑出した技術力がある反面、大企業ほどの潤沢なリソースがないことは言うまでもなく、このことは人的資源についても同様である。そこで、このようなスタートアップの実情に照らし、事業会社の事前の書面承諾を得れば甲業務を再委託可能とした。
・ 既に本契約締結時点で再委託先が決まっている場合であれば、本モデル契約の別紙(1)に「再委託先」という項目を設け、再委託先を明記することで、事業会社から都度別途承諾を得るという煩瑣な手続を避けることができる。
◼ 9 条(本契約の変更)
第 9 条 本契約の変更は、当該変更内容につき事前に甲および乙が協議の上、別途、書面等により変更契約を締結することによってのみこれを行うことができる。
2 甲および乙は、本共同開発においては、両当事者が一旦合意した事項(開発対象、開発期間、開発費用等を含むが、これらに限られない。)が、事後的に変更される場合があることに鑑み、一方当事者より本契約の内容について、変更の協議の要請があったときは、速やかに協議に応じなければならない。
3 変更協議においては、変更の対象、変更の可否、変更による代金・納期に対する影響等を検討し、変更を行うかについて両当事者とも誠実に協議する。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 開発途中で本共同開発の内容等について変更する必要が生じた場合の変更手続を定める条項である。
◼ 10 条(本件成果物の提供および業務終了の確認)
第 10 条 甲は、別紙(1)の 8「業務の完了」に記載した成果物提供期限までに、本件成果物のうち本連携システムのソースコードを乙のサーバに甲がインストールする方法により提供するとともに本ドキュメントの PDF ファイルを乙に提供する。また、本件成果物のうち本学習済みモデルについては、上記
「業務の完了」に記載した確認期間(以下「確認期間」という。)中、甲のサーバ上で API 提供可能な状態に置く。
2 乙は、前項に基づき甲から提供された API 環境を、次項に定める本件成果物の確認目的でのみ利用することができる。
3 乙は、確認期間内に、本連携システムのソースコードおよび本ドキュメントの提供を受けたことおよび本連携システムを通じて本学習済みモデルの出力を受けたことを確認し、甲所定の確認書に記名押印または署名の上、甲に交付す る。
4 前項の定めに従い、乙が甲に確認書を交付した時に、乙の確認が完了したものとする。ただし、確認期間内に、乙から書面等で具体的な理由を明示して異議を述べないときは、確認書の交付がなくとも、当該期間の満了時に確認が完了したものとする。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ スタートアップによる本件成果物の提供およびその提供方法ならびに事業会社による確認方法を定める条項である。
・ 成果物である本学習済みモデル、本連携システムおよび本ドキュメントごとにその提供方法を明記している。
・ 共同開発は、当事者双方がリスクテイクしながら推進する開発形態であるため、スタートアップが一方的に完成義務や性能保証を行うのは合理的ではない(第 6 条解説参照)。そこで、本条においても、確認内容は実質的な性能評価を含まない内容としている。
<解説>
成果物の提供方法の重要性
・ 学習済みモデルの共同開発や受託開発においては、成果物である学習済みモデルをスタートアップが事業会社に提供する方法を契約上定める必要がある。この点は、ともすれば軽視されがちな交渉ポイントであるが、実は重要なポイントである。特に本想定シーンのように学習
済みモデルの知的財産権をスタートアップに帰属させた場合、成果物の提供方法次第で、当該知的財産権を事実上保護できる強度が全く異なる。すなわち、成果物の提供方法としては、 API を通じて出力の内容のみを提供するケース、暗号化・難読化したコードを提供するケース、バイナリコードを提供するケース、ソースコードを提供するケースなど様々であるが、そのいずれを採用するかによって、スタートアップに帰属した知的財産権の流出や契約違反のリスクが異なる。スタートアップとしては、その点に十分に留意したうえで成果物の提供方法を事業会社と慎重に協議すべきである。
・ 他方、事業会社に著作権が帰属する成果物(プログラム)がある場合には、事業会社が、自社に著作権が帰属する成果物(プログラム)について、ソースコードを要求することも不合理ではない。本想定シーンでも、【交渉結果】に記載のとおり、事業会社に著作権が移転する連携システムについては、関連するドキュメントを PDF の形式で提供するとともに、ソースコードを提供することとしている(な
お、念のためであるが、成果物の提供方法は委託料の額や支払方法に左右されることもあり、事業会社にプログラムの知的財産権を帰属させる場合に必ずソースコードで提供する義務があり、バイナリコードでの提供が認められないという趣旨ではない。)。
成果物の提供方法に関する条文上の記載について
・ 2018 年モデル契約においては、様々なケースに応用できるよう、ベンダがユーザの委託に基づき開発支援を行う成果物の明細を学習用データセット・学習用プログラム・学習済みモデルに分け、その提供方法(データの場合はデータ形式、プログラムの場合はソースコード・バイナリコード等)を別紙(1)において特定するという方法が採用されていた。
・ 他方、本モデル契約においては、本件成果物の内容が、本学習済みモデル、本連携システムおよび本連携システムに関連するドキュメントと特定されていることから、成果物ごとの具体的提供方法を本条第 1 項において特定した。
・ 具体的には、上述のとおり、本学習済みモデルについては、その著作権がスタートアップに単独帰属し、かつ API 連携の方法で学習済みモデルの出力結果のみを提供することとなっていることから、提供方法に関して「確認期間中、甲のサーバ上で API 提供可能な状態に置く」と定めている。一方、本連携システムおよび関連するドキュメントについては、その著作権が事業会社に移転することとなっているため、ソースコードを事業会社のサーバにインストールして提供するとともに関連するドキュメントを提供する旨定めている。
・ なお、「甲のサーバ」「乙のサーバ」は、スタートアップ、事業会社が利用するクラウドサービスのサーバも含む概念として使用している。
成果物の確認方法について
・ 第 6 条(各自の義務)の解説に記載したとおり、共同開発のような当事者双方がリスクテイクして開発を推進する開発形態の下では、事業会社が一方的にスタートアップに学習済みモデルの完成義務や性能保証を求めるのは妥当ではない。そして、ある程度の性能が得られることについては PoC 段階において事業会社も確認しているのであるから、本条では、2018 年モデル契約と同様、性能評価やテスト合格を委託料支払いの条件とはせず、本連携システムの提
供および本連携システムを通じた学習済みモデルの出力確認のみを行うことを内容としている。
・ もっとも、学習済みモデルの性能評価が完全に不可能というわけではない。実務上、スタートアップと事業会社で合意したテスト用データを利用したテストを実施し、モデルの評価および確認を行うこともある。たとえば、事業会社から取得したデータを①訓練データ、②テストデータに分割し、このうち①訓練データのみを学習に用い②テストデータには開発時には一切アクセスせず、開発完了後、残しておいた②テストデータで学習済みモデルの精度の評価を行う、ということがある。①訓練データと②テストデータの関係を図示すると以下の通りである。
・このように、事業会社がスタートアップに提供した全データのうちの一部をテストデータとして分割 し、当該テストデータを入力した場合の精度を評価する方法であれば、評価自体は可能である。テストデータは訓練データと同様の偏り(バイアス)を有しているのが通常だからである。ただし、評価方法が適切なものである必要があり、また②テストデータによる精度は実装時における精 度(つまり、上記「③実際の利用環境下での入力データ」を入力した場合の出力精度)を保証するものではないことに留意が必要である。
・こうしたテストデータを利用しての評価が可能な場合には、テストデータを用いた出力結果を基礎とした確認基準を提示することも考えうる。もっとも、先述の通り、共同開発は双方のリスクテイクのもとで行われるものであり、かつ開発された学習済みモデルの精度は事業会社が提供する対象データにも大きく依存することから、かかる性能評価を委託料支払いの条件とすることは適切ではない。
◼ 11 条(対象データ等)
第 11 条 乙は、甲に対し、対象データを同別紙(1)の2「対象データの明細」に従い、提供する
2 乙は、甲に対し、本共同開発に合理的に必要なものとして甲が要求し、乙が合意した資料、機器、設備等(以下「資料等」という。)の提供、開示、貸与等(以下「提供等」という。)を行う。
3 乙は、甲に対し、対象データ及び資料等(以下まとめて「対象データ等」という。)を甲に提供等することについて、正当な権限があること及びかかる提供等が法令に違反するものではないことを保証する。
4 乙は、対象データ等の正確性、完全性、有効性、有用性、安全性等について保証しない。ただし、本契約に別段の定めがある場合はその限りでない。
5 乙が甲に対し提供等を行った対象データ等の内容に誤り(別紙(1)「対象データの明細」記載のデータの項目や量を充足しない場合を含む。)があった場合またはかかる提供等を遅延した場合、これらの誤りまたは遅延によって生じた完成時期の遅延、不適合等の結果について、甲は責任を負わない。
6 甲は、対象データ等の正確性、完全性、有効性、有用性、安全性等について、確認、検証の義務その他の責任を負うものではない。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 本共同開発に際して、事業会社がスタートアップにデータ・資料等を提供することおよび提供されたデータ・資料等の誤りや不足によって開発遅延等が生じた場合にスタートアップが責任を負わないことを定めた条項である。
◼ 12 条(対象データの利用・管理)
第 12 条 甲は、対象データを、善良な管理者の注意をもって管理、保管するものとし、乙の事前の書面等による承諾を得ずに、第三者(第 8 条に基づく委託先を除く。)に開示、提供または漏えいしてはならない。
2 甲は、事前に乙から書面等による承諾を得ずに、対象データについて本共同開発遂行の目的以外の目的で使用、複製および改変してはならず、本共同開発遂行の目的に合理的に必要となる範囲でのみ、使用、複製および改変できる。
ただし、別紙(1)に別段の定めがある場合はこの限りではない。
3 甲は、対象データを、本共同開発遂行のために知る必要のある自己の役員および従業員に限り開示等するものとし、この場合、本条に基づき甲が負担する義務と同等の義務を、開示等を受けた当該役員および従業員に退職後も含め課す。
4 甲は、対象データのうち、法令の定めに基づき開示等すべき情報を、可能な限り事前に乙に通知した上で、当該法令の定めに基づく開示先に対し開示等することができる。
5 甲業務が完了した場合、本契約が終了した場合または乙の指示があった場合のいずれかに該当する場合、甲は、乙の指示に従って、対象データ(複製物および同一性を有する改変物を含み、本学習用データセットを除く。以下本項において同じ。)が記録された媒体を破棄もしくは乙に返還し、また、甲が管理する一切の電磁的記録媒体から削除する。ただし、本条第 2 項での利用に必要な範囲では、甲は対象データを保存することができる。なお、乙は甲に対し、対象データの破棄または削除について、証明する文書の提出を求めることができる。
6 甲は、本契約に別段の定めがある場合を除き、対象データの提供等により、乙の知的財産権を譲渡、移転、利用許諾するものでないことを確認する。
7 本条の規定は、前項を除き、本契約が終了した日より 3 年間有効に存続する。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 事業会社からスタートアップに提供された対象データに関する扱いを定める条項である。
<解説>
・ 本条の射程は、前条に定める「対象データ等」ではなく、「対象データ」のみである。そのため「対象データ等」のうち「対象データ」に含まれない「資料等」については、秘密情報の取り扱いを定める次条(秘密情報の取扱い)による保護を受ける。
・ 「対象データ」を秘密情報一般と別で規定する理由としては、対象データは本学習済みモデルを生成するための学習に供されるものであり(本条第 2 項参照)、また、事業会社とスタートアップの取り決めによっては本学習済みモデル以外の開発にも供されるなど、実務上秘密情報一般とは別異に取り扱われることが多いためである。
・ 仮に事業会社とスタートアップの協議により、対象データを、本共同開発遂行以外の目的、例えばスタートアップのサービス改善の目的等に利用することとなった場合、第 2 項本文の「本共同開発遂行の目的以外の目的」という部分を「本共同開発の遂行および甲が保有または開発する AI 技術の向上目的」などと変更を行うことで、スタートアップにおける対象データの利用目的を拡張することが考えられる。
◼ 13 条(本学習用データセットの取扱い)
第 13 条 甲は、本共同開発の過程で甲が生成する本学習用データセットを、乙に対し開示等する義務を負わない。
2 甲は、本学習用データセットを、本共同開発の遂行の目的を超えて、使用、利用または第三者に開示等してはならない。
3 甲は、甲業務が完了した場合、本契約が終了した場合、または乙の指示があった場合のいずれかに該当する場合、本学習用データセット(複製物および同一性を有する改変物を含む。)が記録された媒体を破棄し、また、甲が管理する一切の電磁的記録媒体から削除する。
4 前 2 項の規定は、甲と乙が、本件成果物の利用に関する契約を締結した場合には適用しない。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 本共同開発の過程においてスタートアップが生成する本学習用データセットの扱いを定める条項である。
<解説>
・ 本学習用データセットは、前条に基づき事業会社がスタートアップに提供した対象データを元に、スタートアップが生成する対象データの派生物(本共同開発における中間成果物)であり、本モデル契約においては成果物には該当しない。なお、契約によっては学習用データセットが成果 物に含まれることももちろんあり、その場合は学習用データセットの扱いは成果物の扱いとして規定されることになる。
・ 事業会社から提供を受けた生データをそのままの状態で学習に利用することはできず、スタートアップにおいて正解ラベルを付したり(アノテーション)、極端な外れ値の除外やクレンジング、データ拡張を行うという加工・前処理が行われる。こうした前処理を経たデータの集合体を学習用データセットといい、この加工や前処理の作業にはスタートアップのノウハウが反映される。このようなノウハウは秘密として保護する必要性が高いものがある。
・ 前条の解説に記載のとおり、対象データについては実務上秘密情報一般とは別異に取り扱われることが多いため、その派生物である本学習用データセットについても同様に秘密情報一般とは別異に取り扱うべきである。また、一般的には、事業会社が、モデル生成のための学習用データセットの開示等を受ける必要性は低い。
・ そこで、本条第 1 項では、スタートアップが、ノウハウが集約された本学習用データセットを事業会社に対して開示等する義務を負わないことを明記した。
・ 他方、本学習用データセットは事業会社から提供を受けた対象データの派生物であることから、スタートアップが本学習用データセットを利用できるのは、本共同開発の目的に限定されるこ
とを本条第 2 項で明記した。ただし、以下のオプション条項のように定めることで、本学習用データセットを本共同開発以外にも使用等できることは対象データと同様である。
・ また、本想定シーンにおいては、本共同開発後に成果物であるカスタマイズモデル(本学習済みモデル)を SaaS 形式で提供することが予定されている。この場合においては、当然のことながら本学習用データセットを本学習済みモデルの追加学習のために利用することが前提とされることになる。そのため、学習用データセットの本共同開発目的内利用の義務(2 項)、消去義務(3 項)に応じなければならないとするのは煩瑣である。そこで、併せて第 4 項を設けた。
・ なお、対象データが著作物の場合には対象データに著作権が発生するが、それとは別に、学習用データセットがデータベースの著作物(著作xx第 12 条の 2)に該当する場合には、同学習用データセットに著作権が発生することになる。、学習用データセットがデータベースの著作物に該当するか否かは、同学習用データセットが「情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有する」か否かによって決せられるが、その点については具体的な学習用データセット作成作業の内容や、同データセットの内容に左右されることとなる。
【13 条 2 項変更オプション - 学習用データセットの利用目的を限定しない場合】
2 甲は、本学習用データセットを、本共同開発の遂行および甲が保有または開発する AI 技術の向上目的を超えて使用および利用してはならない。また、甲は本学習用データセットを第三者に開示等してはならない。
<ポイント>
・ 本学習用データセットの利用目的を、本共同開発目的のみならず、スタートアップが既に保有する AI 技術や今後開発する AI 技術の技術向上の目的での使用等に拡張したいというニーズがある場合がある。
・ その場合、事業会社としては学習用データセットがスタートアップ以外の第三者に開示等されることについては拒否感が強いが、スタートアップの内部利用目的であれば許容する余地もあること、スタートアップとしても当該学習用データセットが内部的な開発に利用できれば十分であることから、本オプション条項の内容を定めた。
◼ 14 条(秘密情報の取扱い)
第 14 条 甲および乙は、本共同開発遂行のため、相手方より提供を受けた技術上または営業上その他業務上の情報のうち、次のいずれかに該当する情報(ただし対象データを除く。以下「秘密情報」という。)を秘密として保持し、秘密情報の開示者の事前の書面等による承諾を得ずに、第三者(本契約第 8 条に基づく委託先を除く。)に開示、提供または漏えいしてはならない。
① 開示者が書面等により秘密である旨指定して開示等した情報
② 開示者が口頭により秘密である旨を示して開示等した情報で開示後●日以内に書面等により内容を特定した情報。なお、口頭により秘密である旨を示した開示等した日から●日が経過する日または開示者が秘密情報として取り扱わない旨を書面等で通知した日のいずれか早い日までは当該情報を秘密情報として取り扱う。
2 前項の定めにかかわらず、次の各号のいずれか一つに該当する情報については、秘密情報に該当しない。
① 開示者から開示等された時点で既に公知となっていたもの
② 開示者から開示等された後で、受領者の帰責事由xxxxに公知となったもの
③ 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負わずに適法に開示等されたもの
④ 開示者から開示等された時点で、既に適法に保有していたもの
⑤ 開示者から開示等された情報を使用することなく独自に取得し、または創出したもの
3 甲および乙は、秘密情報について、本契約に別段の定めがある場合を除き、事前に開示者から書面等による承諾を得ずに、本共同開発遂行の目的以外の目的で使用、複製および改変してはならず、本共同開発遂行の目的に合理的に必要となる範囲でのみ、使用、複製および改変できる。
4 秘密情報の取扱いについては、第 12 条第 3 項から第 6 項の規定を準用する。この場合、同条項中の「対象データ」は「秘密情報」と、「甲」は「秘密情報の受領者」と、「乙」は「開示者」と読み替える。
5 本条は、秘密情報に関する両当事者間の合意の完全なる唯一の表明であり、本条の主題に関する両当事者間の書面等(本契約締結以前に両当事者間で締結した契約を含む。)または口頭による提案その他の連絡事項の全てに取って代わる。
6 本条の規定は本契約が終了した日より 3 年間有効に存続する。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 契約終了後の本条項の存続期間に関する解説を追記する。
<ポイント>
・ 相手方から提供を受けた秘密情報の管理に関する条項である。
<解説>
従前に締結した秘密保持条項との関係整理
・ 秘密保持契約や PoC 契約に引き続いて共同研究開発契約を締結する場合、共同研究開発契約よりも前に締結した契約における秘密保持条項と共同研究開発契約における秘密保持条項の関係が問題となる。
・ 共同研究開発契約においては新たな秘密保持条項を設けずに既存の(従前の契約で定めた)秘密保持条項が引き続き適用されるとすることもあるが、本モデル契約においては、新素材モデル契約第 11 条同様、共同研究開発契約で新たに定める秘密保持条項が、既存の秘密
保持条項を上書きすることとしている(本条 5 項)。
・ 共同研究開発契約において、既存の秘密保持条項とは異なる内容の秘密保持条項を設ける場合は、特にそれらの優先関係に留意しなければならない。
⚫ 契約期間のみならず、契約期間終了後に、どの程度の期間秘密保持義務を負担するかについても注意が必要である。契約期間が 3 か月など短く設定されていても、残存条項により 10 年など契約終了後も長期間に亘って秘密保持義務を負うケースもある。
⚫ 残存条項の期間は厳しい交渉が行われる項目のひとつである。期間は 2~ 3 年とすることが多いが、ビジネスおよび開示等される情報の性質(対象となる秘密情報等が陳腐化する期間はどの程度かなど)により調整が必要である。本契約においては、残存期間を 3 年間としているが、関係情報が公知情報になるまで秘密保持義務を有すると約定することも考えられる。そのような約定は、情報開示方にとって有利である。
本契約終了後の秘密保持期間
◼ 15 条(成果の公表)
第 15 条 甲および乙は、前条で規定する秘密保持義務を遵守した上で、両者が合意した時期に、本共同開発開始の事実として、別紙(2)(公表事項)に定める内容を開示、発表または公開することができる。
2 甲および乙は、前条で規定する秘密保持義務および次項の規定を遵守した上で、本共同開発の成果を開示、発表または公開すること(以下「成果の公表等」という。)ができる。
3 前項の場合、甲または乙は、成果の公表等を行おうとする日の 30 日前までに本共同開発の成果を書面等にて相手方に通知し、甲および乙は協議により当該成果の公表等の内容および方法を決定する。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 国家知識産権局より発表された「産(産業)学(大学)研(研究機関)提携契約知的財産権に関する条項の制定ガイドライン」の関連情報を追記している。
<ポイント>
・ 共同研究開発の開始および成果の公表の手続きについて定める規定である。
<解説>
・ 本モデル契約がスタートアップと事業会社のアライアンスの実現を念頭に置くものであることから、新素材モデル契約第 12 条と同様の趣旨で設けたものである。
中国における産学連携知財契約ガイドラインの紹介
・ 本契約第 17 条第 1 項の規定によれば、一部のもの(本連携システム等に関する著作権)を除き、本件成果物および本共同開発遂行に伴い生じた知的財産に関する著作権は、甲に帰属する。そのため、本契約は国家知識産権局より発表された「産(産業)学(大学)研(研究機関)提携契約知的財産権に関する条項の制定ガイドライン」の「特別条項1(個性条項1)」の状況に該当し、成果の公表についても当該部分の「学術発表」の条項を適用できる。その詳細内容について、以下の通りまとめる。
① 一方当事者がその発表する論文、出版物において、他方当事者の本件成果に対する貢献及び本件成果に対する資金提供状況を明記しなければならない。
② 成果を公表しようとする一方当事者は詳細の発表内容を他方当事者に通知し、他方当事者は合理的な意見を明記している秘密保持通知を返信することができる。
③ 成果を公表しようとする一方当事者の公表通知を他方当事者に発送してから返信してもらう期間を規定し、当該期間中に秘密保持通知を受領していない場合、公表してよいとみなすことができる。
⮚「産(産業)学(大学)研(研究機関)提携契約知的財産権に関する条項の制定ガイドライン(产学研合作协议知识产权相关条款制定指引)」
⯎ xxxx://xxx.xxx.xx/xxxxxxx/xxxxxxxxx/0000-
10/19/5643592/files/b1c3f39bd55b4b4590f36cf798a16df6.docx
◼ 16 条(個人情報の取扱い)
第 16 条 本共同開発の遂行に際して、乙が、個人情報等を含んだ対象データを甲に提供する場合には、日本および中国の個人情報保護法に定められている手続を履践していることを保証する。
2 乙は、本サービスの利用に際して、個人情報等を含んだ対象データを甲に提供する場合には、事前にその旨を明示する。
3 甲は、第 1 項に従って個人情報等が提供される場合には、日本および中国の個人情報保護法を遵守し、個人情報等の管理に必要な措置を講ずる。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 第1項及び第 3 項に、個人情報保護法に「日本および中国の」の条件を追加している。
②解説について
⚫ 関連個人情報の取り扱いについて、中国個人情報保護法にも従う必要性を追加している。
<ポイント>
・ 事業会社がスタートアップに提供する対象データ等に個人情報や匿名加工情報が含まれている場合に関する条項である。
<解説>
⚫ 中国個人情報保護法の第 3 条の規定によれば、中国国内個人情報を処理する活動及び、①国内の自然人に製品またはサービスを提供することを目的とする、
②国内の自然人の行為を分析し、評価する、③法律、行政法規に規定されているその他の状況に該当する場合の中国域外において中国域内の自然人個人情報を処理する活動は、中国個人情報保護法が適用される。
⚫ したがって、本件のケース1について、中国企業である乙は日本企業である甲に個人情報を含むデータを提供することに該当する場合、中国個人情報保護法を含む関連法律に遵守しなければならない。
中国における個人情報保護・サイバーセキュリティ・データセキュリティの規定
⚫ 中国個人情報保護法第 4 条では、個人情報の定義を規定し、第 38 条、39 条では中国国外に個人情報を提供する場合の条件、個人からの同意を取る必要性を規定している。具体的には、下記法律条項を参考。
⚫ 「中華人民共和国個人情報保護法」(2021 年 11 月 1 日より発効)以外に、2017年 6 月 1 日に発効した「ネットワーク安全法(サイバーセキュリティ法)」および 2021 年 9 月 1 日に発効した「データ安全法」もある。この二つ法律には、重要データ処理の安全審査、越境安全管理方法などを規定しているが、詳細の実施指南などがまだ発行されていない。「個人情報越境安全評価弁法」、「ネットワーク安全レベル保護条例」、「データ越境安全評価指南」などの規定は制定されているが、まだ意見募集中である。関連立法の進展を留意すべきである。
(参考)JETRO「中国におけるサイバーセキュリティー、データセキュリティーおよび個人情報保護の法規制にかかわる対策マニュアル」(2021 年 11 月)
xxxxx://xxx.xxxxx.xx.xx/xxx_xxxxxx/_Xxxxxxx/00/0x000000xx000x0x/000000.xxx
参照:「中華人民共和国個人情報保護法」
第 3 条 中華人民共和国国内で自然人個人情報を処理する活動は、本法を適用する。
中華人民共和国の国外で中華人民共和国国内の自然人個人情報を処理する活動には、以下のいずれかに該当する場合、本法も適用される。
(一)国内の自然人に製品またはサービスを提供することを目的とする。
(二)国内の自然人の行為を分析し、評価する。
(三)法律、行政法規に規定されたその他の状況。
第 38 条 個人情報処理者は業務等の必要により、中華人民共和国国外に個人情報を提供する必要がある場合、下記の条件のいずれかを備えなければならな い。
(一)本法第 40 条の規定に基づき、国家ネット情報部門の組織した安全評価に合格する。
(二)国家ネット情報部門の規定に基づき、専門機関を通じて個人情報保護認証を行う。
(三)国家ネット情報部門が制定した標準契約に従い、国外の受領者と契約を結び、双方の権利と義務を約定する。
(四)法律、行政法規又は国家ネット情報部門が規定するその他の条件。
中華人民共和国が締結又は参加する国際条約、協定は、中華人民共和国の国外に個人情報を提供する条件等について定めがある場合、その定めに従い執行することができる。
個人情報処理者が、国外の受領者が個人情報を処理する活動が、本法で定められた個人情報保護の基準に達することを保障するために、必要な措置を講じなければならない。
第 39 条 個人情報処理者が中華人民共和国国外に個人情報を提供する場合、国外の受領者の名称または氏名、連絡先、処理目的、処理方式、個人情報の種類及び個人が国外の受領者に本法で規定する権利の行使方法と手順などの事項を個人に告知し、個人の同意を取得しなければならない。
◼ 17 条(本件成果物等の著作権の帰属)
第 17 条 本件成果物および本共同開発遂行に伴い生じた知的財産(以下「本件成果物等」という。)に関する著作権(著作xx第 27 条および第 28 条の権利を含む。以下、本契約において同じ。)は、乙または第三者が従前から保有していた著作権を除き、甲に帰属する。ただし、本連携システムおよび本ドキュメント(以下「本連携システム等」という。)に関する著作権は委託料全額の支払いと同時に乙に移転する。
2 甲および乙は、本契約および別途甲乙間で締結する利用契約に従った本件成果物等の利用について、相手方および正当に権利を取得または承継した第三者に対して、著作者人格権を行使しない。
3 第 1 項の規定にかかわらず、甲が本契約第 24 条 1 項 2 号および 3 号のいずれかに該当した場合には、乙は、甲に対し、第 1 項に定める知的財産権を甲または乙の指定する第三者に対して無償で譲渡することを求めることができる。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 中国法における著作権の帰属の関連規定を追記している。
⚫ 技術輸出入に関する規定を追記している。
<ポイント>
・ 本件成果物等の知的財産権のうち著作権の帰属について定める条項である。
<解説>
・ 本件成果物は、2 条 13 号により、「本学習済みモデル、本連携システムおよび本ドキュメント」を意味し、本条 1 項により、基本的に、本学習済みモデルその他の知的財産に関する著作権はスタートップに帰属し、本連携システムおよび本ドキュメントの著作権は事業会社に帰属することになる。
・ 本件成果物等に関する知的財産権のうち著作権については、特許xxと異なり、開発完了時点において発生することがほぼ確実な知的財産権であること、契約締結時点において、いずれの当事者に帰属するかを明確にしておきたいというニーズが強いと考えられることから、 2018 年モデル契約同様、本件成果物等に関する知的財産権のうち著作権の帰属を本条において定め、著作権以外の知的財産権(特許xx)については、次条において定めている。
・ 本想定シーンの【交渉結果】において、本連携システムおよび本ドキュメントの著作権は事業会社に、本学習済みモデルを含むそれ以外の本件成果物等に関する著作権についてはスタートアップに帰属させる取り決めとなっていることから、本条のような規定となっている。
・ 中国コンピュータソフトウェア保護条例の第 10 条によれば、共同研究開発のソフトウェアの著作権は共同研究開者により書面契約を締結して約定する。約定がなく、関連著作権を分割できない場合、正当な理由なくほかの当事者の譲渡以外の行使を阻止することができない。つまり、本条の内容は特に中国の著作xx及び関連法律に違反しない。
・ ただし、スタートアップに成果物に関する知的財産権を単独帰属させる場合、事業会社としては、スタートアップが事業に失敗し、破産等、事業継続が困難になった場合、本共同開発の成果に 係る知的財産権が事業会社に対して本条所定のとおりにライセンスされず、本製品の製造等
に支障を来すのではないかという懸念を持ちがちである。
そこで、新素材モデル契約第 7 条第 6 項と同様、スタートアップに経済的不安が生じた場合には、事業会社は、スタートアップから研究成果に係る知的財産権の譲渡を受けることができるようにした(第 3 項)。もっとも、令和 2 年改正著作xxにより「③著作物を利用する権利に関する対抗制度」(著作xx第 63 条の 2)が導入され、同項の必要性が薄れたことから同項を設けないことも考えられる。
・ なお、ベースモデルは本件成果物ではなく、本共同開発前からスタートアップが保有する知的財産権であり、スタートアップにその知的財産権が帰属することは言うまでもない。
・本学習済みモデル(カスタマイズモデル)の中には、スタートアップが本共同開発前に開発し、著作権を有するベースモデルが部分的に含まれていることもあるが、本モデル契約では、本条により本学習済みモデル(カスタマイズモデル)の著作権がスタートアップに帰属するとされているため、本学習済みモデル(カスタマイズモデル)とベースモデルを区別する必要はない。しかし、本学習済みモデル(カスタマイズモデル) の著作権を事業会社に移転する規定とする場合には、著作権の移転の対象からスタートアップが有するベースモデルを除外する必要がある。その場合は「ベースモデルに関する著作権およびスタートアップが従前から保有していた著作権」を移転対象から除外する規定を設けることになる。
技術輸出入関係と届け出手続き
⚫ 契約の両方当事者は中国企業と日本企業であり、双方の間のソフトウェア著作権の権利帰属、譲渡、実施許諾はいずれも技術輸出入に該当する可能である。中国「技術輸出入管理条例」によれば、技術輸出入の場合、技術分野によって、輸出入禁止、輸出入制限、輸出入自由の三種類がある。本件の技術分野は基本的には輸出入自由の技術に該当すると考えるが、具体的には、開発できた技術内容を中国政府が発行した輸出入の制限・禁止リストを参照する必要がある。輸出自由技術に該当する場合、事前に政府の許可を得る必要はないが、中国企業の現地商務部門に契約を届け出る必要がある。
【ケース1】甲が日本企業であり、乙が中国企業である場合
⮚ 日本と中国の企業が共同で開発した成果物の著作権を日本企業に帰属させることは、中国からみれば、技術輸出に該当する。理論上、技術輸出契約として乙の所在地の商務部門に届出るべきであるが、実務上、このような技術輸出について、届け出しなくても、あまり不利な影響がない。実務 上、届け出しないケースも多いし、当局も審査しない。
⮚ 委託料全額の支払いと同時に本著作権を乙に譲渡することは、技術輸入に該当する。理論上、技術輸入契約を乙の所在地の商務部門に届出るべきである。特に、委託料を送金する際に、銀行から商務部門での契約届出証明を要求される可能性もある。
⮚ 双方は別途利用契約を締結するが、同利用契約も技術輸出入契約に該当する可能性もある。
【ケース2】甲が中国企業であり、乙が日本企業である場合
⮚ 日本と中国の企業が共同で開発した成果物の著作権を中国会社に帰属させることは、中国からみれば、技術輸入に該当する。理論上、技術輸入契約として甲の所在地の商務部門に届出るべきであるが、実務上、このような技術輸入について、届け出しなくても、あまり不利な影響がない。実務 上、届け出しないケースも多いし、当局も審査しない。
⮚ 委託料全額の支払いと同時に本著作権を乙に譲渡することは、技術輸出に該当する。理論上、技術輸出契約を甲の所在地の商務部門に届出るべきである。
⮚ 双方は別途利用契約を締結するが、同利用契約も技術輸出入契約に該当する可能性もある。
⚫ 上記の技術輸出入契約届出以外、技術契約の認定登録手続きもある。同手続きも中国企業の所在地の商務部門に実施するべきである。技術契約として認定登録されたら、技術の収入につき、税金の優遇措置を求めることができる。
⚫ 改正前の技術輸出入管理条例の第 27 条には、「技術輸入契約の有効期間内に改良した技術の成果は、改良した側に帰属する。」と規定されていた。改正後の技術輸出入管理条例には、同条項は削除された。当該条項の削除により、改良技術が改良した側に帰属するという強制的な規定がなくなったため、当事者双方はより自由に契約できるようになった。例えば、「技術提供者と改良者の双方が改良技術を共有する」という内容で契約することができるようになった。しかし、中国「民法 典」第 875 条「互恵原則」、第 850 条「独占・技術進歩の妨害を禁止」の規定によれば、契約が著しく不平等である場合、契約が無効であると認定される可能性がある。例えば、一方が自ら改良した技術を他方に無償で提供することを要求すること、ライセンス契約の中に排他的付与条件を定めることなどは、避けたほうがよいと考える。
参考:中国「民法典」
第 875 条 当事者の互恵の原則に従い技術譲渡契約には、特許を実施し、またはノウハウを使用後改善した技術成果の分配方法を約定することができる。約定がなく、または約定が明確でなく、本法第 61 条の規定によりなお確定できない場合、当事者の一方が改善した技術成果については、その他の当事者は分配を受ける権利がない。
第 850 条違法に技術を独占し、技術の進歩を阻害し、または他人の技術成果を侵害する技術契約は、無効とする。
⚫ 改正前の技術輸出入管理条例の第 29 条には、技術輸入契約に含めてはならない制限的条項とし、「技術輸入契約の有効期間内に改良した技術の成果は、改良した側に帰属する。」と規定されていた。改正後の技術輸出入管理条例には、同条項を削除された。しかし、中国「技術契約紛争事件審理の法律適用における若干問題に関する最高裁判所の解釈」第 10 条によれば、改良を禁止または制限する条項は、民法典 850 条の「技術の違法独占」に該当し、関係約定が無効であると判断されるおそれがある。よって、本製品の改良を禁止できないので、改良後の取り扱いを事前に約定したほうがよい。改良の取り扱いを約定する際にも、平等とxxで約定しなければならない。
参照:
中国「技術契約紛争事件審理の法律適用における若干問題に関する最高裁判所の解釈」第 10 条
下記の状況は、民法典 850 条の「技術の違法独占」に該当する。
①契約対象技術の改良、又は改良した技術の使用を制限する条項、または双方は改良技術を交換する条件が平等ではない。一方が自ら改良した技術を無償で相 手方に提供するよう要求し、お互いに有利な条件ではなく相手方に譲渡し、改良技術の知財権を無償で独占または共有することを含む。
……
⚫ 改正前の技術輸出入管理条例の第 25 条、現行同条例の 24 条によれば、技術輸入契約の提供者の保証責任が規定されている。つまり、「技術輸入契約の提供者は、その提供する技術が完全で、蝦疵がなく、有効で、約定された技術目標を達成できることを保証しなければならない。」。したがって、日本企業側が中国企業側へ知的財産権を譲渡する場合、技術の完成性保証責任を負わなければならない点に注意すべきである。
◼ 18 条(本件成果物等の特許xxの帰属)
第 18 条 本件成果物等にかかる特許権その他の知的財産権(ただし、著作権は除く。以下「特許xx」という。)は、本件成果物等を創出した者が属する当事者に帰属する。
2 甲および乙が共同で創出した本件成果物等に関する特許xxについては、甲および乙の共有(持分は貢献度に応じて定める。)とする。この場合、甲および乙は、共有にかかる特許xxにつき、それぞれ相手方の同意なしに、かつ、相手方に対する対価の支払いの義務を負うことなく、自ら実施することができるものとし、第三者に対する実施の許諾については相手方の同意を要する。
3 甲および乙は、前項に基づき相手方と共有する特許xxについて、必要となる職務発明の取得手続(職務発明規定の整備等の職務発明制度の適切な運用、譲渡手続等)を履践する。
4 甲および乙は、本共同開発の過程で生じた特許xxに基づいて出願しようとする場合は、事前に相手方にその旨を書面等により通知しなければならない。相手方に通知した発明が単独発明に該当すると考える当事者は、相手方に対し て、その旨を理由とともに通知する。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫
⚫
⚫
⚫
中国法における共同研究開発の特許出願xxの関連規定を追記してい
る。
中国法における共有の特許xxの行使の関連規定を追記している。中国の秘密保持審査制度について追記している。
技術輸出入に関する規定を追記している。
<ポイント>
・ 本件成果物等に関する著作権以外の知的財産権の対象となるものの権利帰属について定める条項である。
<解説>
・ 本件成果物等のうち「著作権以外の知的財産権の対象となるもの」(たとえば、発明等)については、契約締結時点においては、そもそも発生するか否かが不明確であるため、その帰属について、特
許法の原則どおり発明者主義を採用した(2018 年モデル契約第 17 条も同様)。もっとも、当事者
が、契約締結時に特許xxの権利帰属について定めることを希望するのであれば、著作権と同様に、そのような規定を設けることも考えられる。一方、開発段階における契約締結時に、特許xxの権利帰属について定めることが難しい場合は、両者協議して決定する、と規定することも考えられる。
共同研究開発成果の特許出願xxの関連規定
⚫ 中国「民法典」第 860 条、第 861 条の規定によれば、各方当事者が別途約定した場合を除き、共同開発で完成した発明創造について、専利出願の権利は各共有者に共有し、共同開発で完成したノウハウ成果の使用権、譲渡権及び収益の分配方法について、当事者によって約定する、約定がない又は不明確な場合、同じ技術法案が専利登録された前、当事者はいずれも使用と譲渡の権利を有する。
⚫ 中国「専利法」第 8 条によれば、二つ以上の単位又は個人が協力して完成した発明創造、一つの単位又は個人がその他の単位や個人の委託を受けて完成した発明創造については、別途合意がある場合を除き、専利出願権は完成した単位又は個人、あるいは共同で完成した単位又は個人に帰属する。出願が認可された場合は出願した単位又は個人が専利権者となる。
⚫ したがって、中国法の下で、共同で開発した知的財産権について知的財産権の帰属を約定できる。明確に約定しなければ、共有するものとみなされる。片方当事者に単独帰属させたい場合、本契約にて明確に規定することが重要である。
⚫ 本件の場合、著作権以外の知的財産権の帰属の方法は、単独帰属と共有の 2 種類があるため、詳細の成果についての知的財産権の帰属を契約するときに規定することが難しく、通知や協議を規定することが大変重要であると考えられる。また、本条第 4 項の規定も中国の関連規定を違反しない。
⚫ 中国専利法第 14 条によれば、専利出願権又は専利権の共有者の間で権利の行使について約定がある場合はその約定に従う。約定がない場合、共有者は単独で実施するか、あるいは一般許諾方式によって他者に当該専利の実施を許諾することができる。他者に当該専利の実施を許諾する場合、受け取った使用料は共有者の間で分配しなければならない。前項が規定する状況を除き、共有する専利出願権又は専利権の行使については共有者全員の同意を得なければならない。
(次頁に続く)
⚫ つまり、中国法の下では、共有者の間に共同専利権の実施及び許諾に関する特段の約定がない場合、当事者は当該専利に対する実施や第三者への一般許諾方式によって実施を許諾することが、他方の当事者の許諾が必要ではない。したがって、本条の「第三者に対する実施の許諾については相手方の同意を要する」という規定は中国の関連法律を違反しないが、約定しない場合、一方当事者が共有専 利を第三者への一般許諾方式によって実施を許諾することが、ほかの当事者の許諾が必要ないものとなってしまうことを留意すべきである。
秘密保持審査
⚫ 中国専利法第 19 条第 1 項によれば、いかなる単位又は個人が国内で完成した発明又は実用新案について、外国で専利を出願する場合、まず国務院専利行政部門に秘密保持審査を受けなければならない。秘密保持の手順及び期限等は国務院の規定に準拠する。したがって、中国国内で完成した発明又は実用新案について、外国へ出願する場合、秘密保持審査を受けなければならない。秘密保持審査を受けない場合、中国専利法第 19 条第 4 項に基づいて、外国へ出願したものを中国で専利を出願した場合は専利権を付与しない。
技術輸出入の該当性
⚫ 契約の両方当事者は中国企業と日本企業であり、双方の間の特許権の権利帰属、譲渡、実施許諾はいずれも技術輸出入に該当する可能性がある。本件の場合、双方に共有すると約定するので、技術輸出入に該当しないと主張できる。
◼ 19 条(本件成果物等の利用条件)
第 19 条 本件成果物等の乙における利用条件は、別途甲乙間で締結する利用契約において定める。なお、利用契約の規定と本契約の規定が矛盾する場合は、利用契約の規定が優先する。
2 乙は、甲に対し、甲が本共同開発およびその後の保守・運用・追加学習の目的で本連携システム等を利用することを非独占的かつ無償で許諾する。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 技術輸出入関係について追記している。
<ポイント>
・ 本件成果物等の利用に関する条件を定めた条項である。
<解説>
・ 本想定シーンの【交渉結果】では、主たる成果物である本学習済みモデル(カスタマイズモデル)は事業会社に対してAPI連携による SaaS 方式により提供されることになった。そのため、本件成果物等の事業会社における利用条件は別途スタートアップ-事業会社間で締結する利用契約において定めると規定している(第 1 項)。
・ 他方、本連携システムについてはその著作権が委託料支払いと同時にスタートアップから事業会社に移転しているが、事業会社からスタートアップに対し、本見守りカメラシステムに関する今後の保守・運用・追加開発に関して必要な限度で利用する権限を与えておくことが、ス タートアップだけでなく事業会社にとっても利益であることから、これを明記している(第 2 項)。
・ なお、共同開発における成果物の利用条件において、相手方に制約を課す場合には、xx取引委員会の「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」に反することがないように留意する必要がある。
⚫ 本件の契約の両方当事者は中国企業と日本企業であり、本条第 2 項で規定している乙は甲に対して本連携システム等の利用にかかる非独占的許諾について、中国技術輸出入管理条例第 2 条に規定されている技術輸出入に該当すると考えられ る。本件の技術分野は基本的には輸出入自由の技術に該当すると考えるが、具体的には、本連携システム等の内容を中国政府が発行した輸出入の制限・禁止リストに参照する必要がある。
⚫ 輸出自由技術に該当する場合、事前に政府の許可を得る必要はないが、原則として中国企業の現地商務部門に契約を届け出る必要がある。しかし、本条第 2 項によれば、本連携システム等の利用にかかる許諾は無償であるため、実務におい て、商務部門で届け出手続きを行わなくてもよい。
技術輸出入の該当性
◼ 20 条(禁止事項)
第 20 条 乙は、本契約に別段の定めがある場合を除き、本件成果物について、次の各号の行為を行ってはならない。
① リバースエンジニアリング、逆コンパイル、逆アセンブルその他の方法でソースコードを抽出する行為
② 再利用モデルを生成する行為
③ 学習済みモデルへの入力データと、学習済みモデルから出力されたデータを組み合わせて学習済みモデルを生成する行為
④ その他前各号に準じる行為
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 本件成果物を事業会社が使用する際の禁止行為を定める条項である。
<解説>
・ 本条に定める禁止行為は、本件成果物の提供方法と密接に結びついている。すなわち、本想定シーンのようにカスタマイズモデル(本学習済みモデル)のコードの提供を前提とせず、 SaaS 契約により、API連携により処理結果のみを出力する場合であれば、事業会社は本学
習済みモデルのリバースエンジニアリングを行うことは事実上不可能である。そのため、①の
リバースエンジニアリング等の禁止に関する条項は、有害的記載事項ではないものの、機能する場面は稀であろう。
・ また、②は追加学習や転移学習によって学習済みモデルを生成する行為、③はいわゆる「蒸留行為」を意味しているが、①のリバースエンジニアリング等の禁止に関する条項と同様、これも機能する場面は稀であろう。
◼ 21 条(損害賠償)
第 21 条 甲および乙は、本契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、損害賠償を請求することができる。ただし、この請求は、業務の終了確認日から●か月が経過した後は行うことができない。
2 甲が乙に対して負担する損害賠償は、債務不履行、法律上の契約不適合責 任、知的財産権の侵害、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、乙に現実に発生した直接かつ通常の損害に限られ、逸失利益を含む特別損害は、甲の予見または予見可能性の如何を問わず甲は責任を負わない。
3 本条第 1 項に基づき甲が乙に対して損害賠償責任を負う場合であっても、本契約の委託料を上限とする。
4 前 2 項は、甲に故意または重大な過失がある場合は適用されない。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 変更オプションを追記する。
<ポイント>
・ 契約の履行に関して損害が発生した場合の賠償に関する条項である。損害賠償の範囲を直接かつ現実に生じた損害に限定している。また、スタートアップが事業会社に対して追う損賠賠 償については、スタートアップに故意・重過失がない限り、委託料を上限とする旨の上限規定を設けている。
【変更オプション】21 条(違約責任)
第 21 条 甲および乙は、本契約の履行に関し、相手方が契約上の義務に違反 しまたは違反するおそれがある場合、相手方に対し、当該違反行為の差止めまたは予防および原状回復の請求とともに**金額の違約金を支払わなければならない。上記の違約金が、本契約の違反による相手に齎す損失を補填するに足りない場合、不足部分について、被害者側は相手方に損害賠償を追及する権利がある。
<ポイント>
⚫ 本条は、本モデル契約の履行に関しての違約責任について規定している。
<解説>
⚫ 損害賠償の責任のみを規定する場合、追及する際に、損失を齎したことを証明する必要がある。それに対し、違約金を規定すれば、相手は違約行為があることを証明できれば、違約金を追及できるので、守約方にとって有利である。
⚫ 違約金の金額について、本検証の内容やコストの負担、委託料の額等を考慮して約定できると考えるが、重大の違約行為、例えば、重要な営業秘密を漏洩して、大きな損失を齎す可能性がある。その際に、違約金では補償不足の損失部分について、損害賠償を求めることができる。
◼ 22 条(OSS の利用)
第 22 条 甲は、本共同開発遂行の過程において、本件成果物を構成する一部としてオープン・ソース・ソフトウェア(以下「OSS」という。)を利用しようとするときは、OSS の利用許諾条項、機能、脆弱性等に関して適切な情報を提供し、乙に OSS の利用を提案する。
2 乙は、前項所定の甲の提案を自らの責任で検討・評価し、OSS の採否を決定する。
3 本契約の他の条項にかかわらず、甲は、OSS に関して、著作権その他の権利の侵害がないことおよび不適合のないことを保証するものではなく、甲は、第
1 項所定の OSS 利用の提案時に権利侵害または不適合の存在を知りながら、もしくは重大な過失により知らずに告げなかった場合を除き、何らの責任を負わない。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ AI 技術を利用したソフトウェアの開発においては OSS が利用されることも多いことから OSS の利用に関する規定を設けるものである。
・ OSS の利用により生じた損害については、OSS の利用による開発費や開発期間短縮の恩恵を受けているのは事業会社であることから、事業会社が負担するものとしている。もっとも、スタートアップはソフトウェア開発の専門家であることから、
OSS に関する適切な情報を事業会社に提供するものとし、また、OSS に問題があることについて故意・重過失がある場合には、スタートアップの免責を認めないものとしている。
◼ 23 条(権利義務譲渡の禁止)
第 23 条 甲および乙は、互いに相手方の事前の書面等による同意なくして、本契約上の地位を第三者に承継させ、または本契約から生じる権利義務の全部もしくは一部を第三者に譲渡し、引き受けさせもしくは担保に供してはならない。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 権利義務譲渡の禁止の重要性について追記している。
<ポイント>
・ 契約上の権利義務や地位を相手方の事前の承諾なく譲渡してはならないことを定めた一般的な条項である。
<解説>
⚫ 共同開発の場合、相手当事者の技術力などを事前に総合的に考慮したうえ、共同開発関係を締結することを決めることが通常である。契約権利義務を譲渡できれば、契約当事者が変更されることになり、契約締結の基礎にもなる相手当事者に対する信頼がなくなる。よって、権利義務譲渡の禁止を約定したほうがよ
い。
◼ 24 条(解除)
第 24 条 甲または乙は、相手方に次の各号のいずれかに該当する事由が生じた場合には、何らの催告なしに直ちに本契約の全部または一部を解除することができる。
① 重大な過失または背信行為があった場合
② 支払いの停止があった場合または仮差押、差押、競売、破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始、特別清算開始の申立てがあった場合
③ 手形交換所の取引停止処分を受けた場合
④ その他前各号に準ずるような本契約を継続し難い重大な事由が発生した場合
2 甲または乙は、相手方が本契約のいずれかの条項に違反し、相当期間を定めてなした催告後も、相手方の債務不履行が是正されない場合は、本契約の全部または一部を解除することができる。
3 甲または乙は、第 1 項各号のいずれかに該当する場合または前項に定める解除がなされた場合、相手方に対し負担する一切の金銭債務につき相手方から通知催告がなくとも当然に期限の利益を喪失し、直ちに弁済しなければならな い。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 追記・変更なし。
②解説について
⚫ 中国の技術開発契約の解除に関する規定を追記している。
<ポイント>
・ 契約解除に関する一般的な規定である。
<解説>
・ 新素材モデル契約第 16 条(解除)の解説にあるとおり、チェンジオブコントロール(COC)が解除事由として定められることがある。しかし、そうすると、M&A が解除事由となりかねず、上場審査やデューデリジェンスにおいてリスクと評価され得る。
したがって、スタートアップとしては、解除事由に COC が含まれている場合、それによる支障を説明し、削除を求めることを検討すべきである。
・ 本条に規定されている解除情状以外、中国民法典第 857 条には、「技術開発契約の対象技術がすでに他人により公開されることで、技術開発契約の履行が意味なくなる場合、当事者は契約を解除できる。」ということを規定している。本件の場合、契約途中で関係対象技術が他人により公開される可能性が高くないが、仮にこのような事情が発生すれば、当事者双方とも契約を解除できる。
【解除事由としての COC 条項の例】
他の法人と合併、企業提携あるいは持ち株の大幅な変動により、経営権が実質的に第三者に移動したと認められた場合
◼ 25 条(有効期間)
第 25 条 本契約は、本契約の締結日から第 4 条の委託料の支払いおよび第 11
条に定める確認が完了する日のいずれか遅い日まで効力を有する。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 契約の有効期間を定めた一般的条項である。
<解説>
・ 委託料の支払いまでまたは確認完了時点のいずれか遅い方までと規定しているが、「1 年間」などの具体的な期間を定めることも可能である。いずれのケースにおいても、契約の終了時期が明確に判断できる記載とすることが重要である。
◼ 26 条(存続条項)
第 26 条 本契約第 6 条(各自の義務)、第 11 条(対象データ等)第 4 項および
第 5 項、第 12 条(対象データの利用・管理)から第 22 条(OSS の利用)、本
条ならびに第 27 条(準拠法および管轄裁判所)は、本契約終了後も有効に存続する。
<JPO モデル契約書との相違点>
⚫ 追記・変更なし。
<ポイント>
・ 契約終了後も効力が存続すべき条項に関する一般的規定である。
◼ 27 条(準拠法および管轄裁判所)
第 27 条 本契約に関する一切の紛争については、日本法を準拠法とし、●地方裁判所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。
<変更オプション A:被告地主義>
第 27 条 本契約に関する紛争については、甲(ケース1)/乙(ケース2)が
轄裁判所とする。
<変更オプション B:主に開発を行う場所> 第 27 条 本契約に関する紛争については、
(ケース1)中華人民共和国法を準拠法とし、●●人民法院を第xxの専属的 合意管轄裁判所とする。
(ケース2)日本国法を準拠法とし、●地方裁判所を第xxの専属的合意管轄 裁判所とする。
被告となる場合は、日本国法を準拠法とし、●地方裁判所を第xxの専属的合意管轄裁判所とする。 乙(ケース1)/甲(ケース2)が被告となる場合は、中華人民共和国法を準拠法とし、●●人民法院を第xxの専属的合意管
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 準拠法について、執行性を考慮して被告地主義等に基づくオプションを追加している。
⚫ 仲裁条項について、仲裁地としての香港の例示及び被告地主義等に基づくオプションを追加している。
②解説について
⚫ 中国法における準拠法と管轄の規定や注意事項について追記している。
⚫ 紛争解決手段の選択肢について追記している。
<ポイント>
・ 準拠法および紛争解決手続きに関してとして裁判管轄を定める条項である。
<解説>
・ クロスボーダーの取引も想定し、準拠法を定めている。
⚫ 中国企業と日本企業との共同開発であっても、JPO モデル契約書のように、日本国法を準拠法とし、日本の裁判所を管轄裁判所として約定することは、中国の法律規定に違反せず、有効な約定である。
⚫ しかし、日本と中国の間では判決執行協力条約が存在しないため、日本裁判所による判決は中国で強制執行できない。よって、契約紛争について、日本の判決を中国で執行できない虞があることを留意すべきであり、好ましいとは言えない。
⚫ したがって、オプション1として、被告地主義の条項を追加した。
⚫ また、オプション2として、本研究について、主に Y 社(乙)の場所で進める前提であれば、契約の履行地と密接関係地は Y 社の所在地であると考える。証拠収集、訴訟便利と判決執行の面から、Y 社の所在地裁判所を管轄地とする約定するとも考えられる。
⚫ なお、日本国法を準拠法とする場合であっても、本契約の履行などは中国の強制法律法規を違反することはできない。例えば、技術輸出入に該当するため、中国の
「技術輸輸入管理条例」などの法律法規を遵守しなければならない。
【変更オプション条項: 仲裁条項例】
<変更オプション A:第三国・地域> | |
第 27 条 本契約に関する一切の紛争については、日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名:(例)香港国際仲裁センター)に付託し、(仲裁規則:(例)香港国際仲裁センターの仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として(都市名:(例)中国香港特別行政区)において仲裁により終局的に解決されるものとする。手続言語は英語とする。 <変更オプション B:被告地主義> 第 27 条 本契約に関する一切の紛争については、甲(ケース1)/乙(ケース 2)が被申立人となる場合は、日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名:日本の 仲裁機関名)に付託し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として日本国xxxにおいて仲裁を行うものとし、手続言語は日本語とする。乙(ケース1)/甲(ケース2)が被申立人となる場合は、中華人民共和国法を準拠法とし、(仲裁機関名:中国の仲裁機関名)に付託し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として中華人民共和国●●市において仲裁を行うものとし、手続言語は中国語とする。いずれの場合も仲裁により終局的に解決されるものとする。 <変更オプション C:主に開発を行う場所> 第 27 条 本契約に関する一切の紛争については、 (ケース1)中華人民共和国法を準拠法とし、(仲裁機関名:中国の仲裁機関) に付託し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として中華人民共和国●●市において仲裁により終局的に解決されるものとする。手続言語は中国語とする。 (ケース2)日本国法を準拠法とし、(仲裁機関名:日本の仲裁機関)に付託 し、(仲裁規則:前記仲裁機関の仲裁規則、UNCITRAL 仲裁規則など)に従って、仲裁地として日本国xxxにおいて仲裁により終局的に解決されるもの とする。手続言語は日本語とする。 |
<ポイント>
⚫ 紛争解決手続きとして仲裁を指定する条項である。
<解説>
⚫ 仲裁手続きは、裁判と比べて非公開・迅速などのメリットもあることから、スタートアップのような事案では、本条に変えて仲裁条項に変えるという選択肢もある。
⚫ 紛争の解決方法としては、訴訟か仲裁を選ぶことができるが、訴訟は裁判所で、仲裁は仲裁機関で審議するが、それぞれxxxx・xxxxxがある。
⚫ 訴訟:メリットとしては、一裁終局ではなく、控訴や上訴が可能であるの で、不利な一審結果があれば、またチャンスがある。最終結果のxx性などを確保できる。デメリットとしては、時間と費用が掛かるが、日中間、判決の承認と執行に関する協力条約がまだないので、日本/中国裁判所の判決は
中国/日本で執行できない。
⚫ 仲裁:メリットとしては、一裁終局なので、より迅速であり、また裁判と比べて非公開である。しかも、日中間、仲裁裁決の承認と執行に関する協力条約があるので、日本/中国仲裁機構の裁決は中国/日本で執行できる。デメリットとしては、一裁終局なので不利な仲裁裁決が出ても不服申立てができない。
⚫ 仲裁地と仲裁機構の選択について、外国の仲裁機構を約束することは中国法律に違反しない。日本の判決は中国で執行できないが、日中両国はニューヨーク条約
(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)の締約国であるため、日本など外国の仲裁裁決について、中国の裁判所に執行を申請できる。よって、執行性に鑑みれば、仲裁を約定することは、訴訟の約定よりメリットがある。
⚫ なお、日本国法を準拠法とした場合、一方当事者が中国で訴訟を提起しようとする場合、他方当事者は仲裁条項があるとの理由で管轄権異議を提出できる。その際に、中国の裁判所は仲裁条項が有効であるかどうかを審査するが、仲裁条項有効性の準拠法(契約紛争の実体準拠法ではなく仲裁合意準拠法)に関する明確の約定がなければ、約束した仲裁地の法律に基づき判断し、仲裁地を明確に約定しない場合、裁判地の法律に基づき判断する。
⚫ よって、仲裁地を明確に約定することは重要であり、かつ、仲裁地の法律に基づき、同仲裁条項が有効であることを確保することも重要である。
(次頁に続く)
⚫ 仲裁地については、日本、中国(例えば、北京、上海)、被告地主義などの他、xx性を期待できる第三国・地域を仲裁地とすることも想定すべきである。中国内地の仲裁機構による裁決は中国で強制執行する際に、外国仲裁機
構による裁決の執行より便利である。また、アジア地域における国際仲裁の実績は香港及びシンガポールの評価が高い。
⚫ このうち香港については、仲裁判断の執行について中国で「最高人民法院关于内地与香港特别行政区相互执行仲裁裁决的安排」(2000 年)及び「最高人民法院关于内地与香港特别行政区相互执行仲裁裁决的补充安排」(2020 年)
が定められ、2021 年の中国十四次五か年計画において「香港を国際紛争解決センター」とする方向性が示されており、中国との国際紛争解決において、香港の仲裁機関を選択し、香港を仲裁地とすることは一考に値する(下記参
照)。ただし、中国内地の裁決の執行手続きと比べれば多少複雑となる。
(参照)JETRO 地域・分析レポート
「グローバルな知財紛争解決に「香港仲裁」の魅力」(2022 年 2 月 8 日)
xxxxx://xxx.xxxxx.xx.xx/xxx/xxxxxxxxxxx/0000/xx0xx0xx00x0xxx0.xxxx
⚫ なお、仲裁地(seat of arbitration)とは、仲裁判断が下されたとみなされ、かつ仲裁手続きを監督し、仲裁に関連して提起された訴訟を受理する権利などの管轄権を有する裁判所の所在する場所であり、仲裁の審理手続きなどが実際に行われる場所(venue of arbitration)や、仲裁を管理する仲裁
機関(arbitral institution)とは、異なる概念であることに注意されたい。
⚫ オプションでは、主に仲裁地について着目し、A:第三国・地域(香港等を想定)、B:被告地主義、C: 主に開発を行う場所としたが、これ以外にも、準拠法・手続言語・仲裁機関・仲裁人の人数や国籍(本条項案では定めていない)等についても仲裁条項の交渉対象となりうる。
⚫ 例えば準拠法について、オプション A では日本国法としたが、本件が知的財産権に関連する契約であることを踏まえると、主な紛争対象となる知的財産権の発生根拠となる国・地域の法律を準拠法とすること、つまり、仲裁地を第三国・地域としつつもオプション B や C のように準拠法のみを被告地主義や主に開発を行う場所
(契約履行地や証拠収集の観点)に基づいた条項とすることも一案である。
⚫ 仲裁規則については、仲裁機関の規則もしくは UNCITRAL(国連国際商取引法委員会)仲裁規則を用いることが一般的である。
◼ 28 条(協議)
第 28 条 本契約に定めのない事項または疑義が生じた事項については、xxxxの原則に従い甲および乙が協議し、円満な解決を図る努力をする。協議を経ても解決できない場合、何れかの当事者は前条に従い、紛争解決を求めることができる。
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 協力で解決できない場合の紛争解決権利について追記している。
②解説について
⚫ xxとxxとの関係について追記している。
<ポイント>
・ 協議に関する一般的規定である。
<解説>
⚫ 通常、本契約に定めのない事項または疑義が生じた事項がある場合、まずは当事者双方の協議で解決することであり、協議によって解決できない場合には、準拠法を利用して、法的アクションを通じて解決することになる。よって、第 27 条と第 28 条の順番を変更することも考えられる。
本契約締結の証として、中国語と日本語でそれぞれ本書 2 通を作成し、甲、 | ||
乙記名押印の上、 | 中国語と日本語の | 各 1 通を保有する。また、日本語版、中 |
国語版のいずれもxxとする。ただし、両言語版で解釈等につき相違が発生 | ||
した場合は、日本語版に従う。 | ||
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 中国語と日本語を締結する旨を追記している。
②解説について
⚫ 日中企業間の契約の言語、効力を追記している。
<解説>
⚫ 日中企業間の契約として、契約の言語、効力について約束することもある。将来紛争解決の必要性に応じても、実効性のある契約書を締結するのであれば、お互いの母国語である「日本語及び中国語で契約書を締結することが、最も適切と考える。両言語で契約を締結する場合、どちらをxxとするか、何れもxxとなる場
合、どちらを準することを明確に約定したほうがよい。参照:
日本の「民事訴訟規則」第 138 条1項
「外国語で作成された文書を提出して書証の申出をするときは、取調べを求める部分について、その文書の訳文を添付しなければならない。」
中国の「民事訴訟法の適用に関する解釈」第 527 条 1 項
「当事者が人民法院に提出する書面の資料が外国語である場合、同時に人民法院に中国語翻訳文を提出しなければならない。」
◼ その他のオプション条項
<JPO モデル契約書との相違点>
①条文について
⚫ 技術リスクに対する責任分担を追記している。
②ポイント、解説について
⚫ 中国法における技術リスクに対する責任分担に関する規定を追記している。
1 本契約の遂行の過程において、克服しかねる技術問題が生じることにより、研究 開発が失敗し、又は部分的に失敗した場合、当該失敗によるリスクは、乙が負担するものとする。乙はすでに支払った経費を甲に追及できず、甲の生じた本研究の経費を支払うべきである。
2 何れかの当事者が前項に掲げた研究開発の失敗又は部分的失敗をもたらし得る情 状を発見した場合は、適時に相手側の当事者に通知し、かつ損害を減少するための措置を取るべきである。通知せず又は適当な措置と取らないため、損失を拡大させた場合、拡大の損失に対し、責任を負うものとする。
<ポイント>
⚫ 研究開発が失敗、部分的に失敗した場合の責任負担に関する条項である。
<解説>
⚫ 本共同研究開発について、必ずしも成功できるとは限らないので、万が一研究開発が失敗、部分的に失敗した場合、双方にも責任を帰すべきではない状況において、紛争が生じないようにするため、あらかじめ研究開発が失敗した場合の責任負担を規定したほうがよいと考えられる。
参考:中国民法典
第 858 条 技術開発契約の履行過程において、克服しかねる技術困難が生じることにより、研究開発が失敗し、又は部分的に失敗した場合、当該リスクは当事者によって約定する。約定がない又は約定が不明な場合、本法第 510 条に基づいても確定できない場合、リスクは当事者の間に合理的に分担する。
一方の当事者が前項の研究開発の失敗又は部分的な失敗につながる可能性のある状況を発見した場合、速やかに他方の当事者に通知し、損失を減らすための適切な措置を講じる。通知し、適切な措置を講じなかったため、損失が拡大させた場合、拡大した損失に対して責任を負う。
年 月 日
甲
乙
1 本共同開発の対象
⑴ 本件成果物
① 本学習済みモデル
② 本連携システム
③ 本ドキュメント
⑵ 使用環境
⑶ 前提条件
2 対象データの明細
(1) データの概要
(例)介護施設に乙がカメラを設置したうえで撮影した動画データ。当該動画データについては、乙において個人情報が含まれない形に匿名加工を行うか、あるいは撮影対象である被介護者本人から第三者提供に関する同意を取得するなど個人情報保護法上に定められている手続を履践する。
(2) データの項目
(3) データの量
(例) 動画データ 500 時間分
(4) データの提供形式
3 乙が提供する資料等別途協議する。
4 作業体制
【甲、乙の責任者および必要に応じてメンバーそれぞれの役割、所属、氏名の記載とソフトウェア開発の実施場所等を記載】
⑴ 甲の作業体制
・ 甲側責任者氏名: ●● ●●
甲側責任者は次の役割を担当する。
① ・・・・・
② ・・・・・
[・メンバー]
メンバーは次の役割を担当する。
【※組織図/氏名/役割を記載】
⑵ 乙の作業体制
・ 乙側責任者氏名: ●● ●● 乙側責任者は次の役割を担当する。
① ・・・・・
② ・・・・・
[・メンバー]
メンバーは次の役割を担当する。
① ・・・・・
② ・・・・・
【※組織図/氏名/役割を記載】
⑶ ソフトウェア開発実施場所
5 具体的作業内容(範囲、仕様等)
⑴ 甲の担当作業: 次のとおりとする。
・対象データの前処理
・対象データのアノテーション
・本学習用データセットの作成
・対象データによる本学習済みモデルの生成
・本連携システムの開発および本ドキュメントの作成
⑵ 乙の担当作業:
・対象データの提供
・本学習済みモデルの精度の向上に必要な知見(ノウハウを含む)の提供
・本学習済みモデルおよび本連携システムの性能評価
6 連絡協議会
⑴ 開催予定頻度:
⑵ 場所:
7 作業期間
●●年●●月●●日~●●年●●月●●日
8 業務の完了
⑴ 甲からの成果物提供期限:●年●月●日
⑵ 乙による確認期間:成果物提供日から●日間
9 委託料
① 本学習済みモデルに関する委託料
●●●●円(外税)
② 本連携システムおよび本ドキュメントに関する委託料
●●●●円(外税)
10 | 委託料の支払時期・方法 | |
① | 本学習済みモデルに関する委託料本契約締結日から 7 日以内 | ●●円 |
乙による成果物確認日から 7 日以内 | ●●円 |
② 本連携システムおよび本ドキュメントに関する委託料本契約締結日から 7 日以内
●●円乙による成果物確認日から 7 日以内 ●●円