「X(労働者)の能力、経験、地位、Y(使用者)の規模、
労働契約に関する実務対応
-近時の法改正を中心に-
平成25年4月10日xxxx法律事務所弁護士 xxxx
1 労働契約法の改正とその対応
(1)有期労働契約から期間の定めのない労働契約への転換
(平成25年4月1日施行)
... 平成25年4月1日以降に開始する有期労働契約が5年を超えて
...........
反復更新された場合は、労働者の申し込みにより、無期労働契約に転
換する(改正労働契約法18条)。
ア 平成25年3月31日までに開始していた有期労働契約の契約期間は通算期間に算入されない。
イ 同一の使用者との間の労働契約でなければならない。
ウ 通算契約期間が5年を超える有期労働契約初日に転換権が発 生し、労働者の申込は期間満了日までの間になされる必要がある。
エ 原則、有期労働契約の間に6ヵ月以上の空白期間( クーリング期間)があるときは、前の有期労働契約の期間を通算しない。
オ 転換後の労働条件は、別段の定めがない限り、従前と同一の労働条件となる。
カ 転換権の事前・事後放棄の可否
→転換権の事前放棄は公序良俗に反するというのが厚労省の見解。
→事後放棄は労働者の意思にもとづいてなされていれば有効。しかし、クーリング期間を置かずに同一使用者と再び有期労働契約を締結した場合は、新たな転換権が発生することになる。
キ 転換後に適用される就業規則について
転換後の労働条件が低下する場合、転換権が発生する前までに就業規則を作成するべき。
→転換権が発生した後は、転換後の労働条件について保護に値
する期待が生じていることになる。また、転換権行使後は、就業規則の不利益変更になり、合理的なものである必要が出てくる(労働契約法10条)。
ク 転換権が生じないように、契約期間の上限を設定できるか。上限を3年や5年にすることなど、個別の合意により可能。し
かし、上限を超えても同様の有期労働契約の締結・更新を継続している運用実態がみられる場合には、雇用継続の合理的期待が肯定され、雇止めに制限がかかる可能性はある。
(2)有期労働契約における「雇止め法理」の法定化
(平成24年8月10日施行)有期労働契約の反復更新により無期労働契約と実質的に異ならな い状態で存在している場合、又は有期労働契約の期間満了後の雇用継
続につき、合理的期待が認められる場合
→雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、有期労働契約が更新されたとみなす( 改正労働契約法19条)。
ア 「申込み」が必要。
→使用者による雇止めの意思表示に対して、労働者による何らかの反対の意思表示が使用者に伝わるものであれば足りるとされている。
x 「満了時に」おける更新への期待の解釈
→一旦雇用継続における合理的期待が発生した場合であれば、満了前に使用者が更新年数や更新回数の上限などを一方的に宣告しても、合理的期待は否定されない。
ウ 更新への期待の考慮要素について
→更新手続きが厳格か、更新回数、業務内容の臨時性・常用性、使用者・労働者の言動、不更新条項の説明過程等。
(3)有期労働契約について不合理な労働条件の禁止
(平成25年4月1日より施行)有期労働契約における労働条件が、期間の定めがあることにより無 期労働契約の労働条件と相違する場合、その相違は、職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して、不合理と認められるものであってはな
らないものとする( 改正労働契約法20条)
→厚労省の説明では、不合理とされた労働条件は無効となり、不法 行為としての損害賠償が認められ、無効とされた部分については、無期契約労働者と同じ労働条件が認められるとされている。
→具体例:通勤手当、基本給などの賃金差額等
2 高年齢者雇用安定法の改正との関係
継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止とその経過措置。
→継続雇用制度の対象者となる者を一定の基準で限定できていたが、今回の改正により、事業主は原則として希望者全員を65歳まで継続雇用の対象とする必要が生じた。
なお、経過措置は添付資料を参照。
→定年後に通算で5年を超える有期労働契約の更新がなされた場合、改正労働契約法18条によると、転換権の行使により、無期労働契約となってしまい、退職の申出や解雇がなされないと労働契約が終身継続してしまうので、注意が必要となる。
3 労働者のメンタルヘルス問題等
(1)労災について
・業務災害
①業務遂行性
参加が事実上強制されている場合等、広く認められる。
( 例: 従業員親睦の運動会、出張宿泊中のホテルでの怪我)
②業務起因性
過労自殺等は業務起因性の問題。
基礎疾患を持つ労働者の過労死のケースでは、業務による過重な負荷が、労働者の基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったと認められるときには、相当因果関係(業務起因性)の存在を肯定できる(最判平成12年7月7日・労判785号6頁)
→厚生労働省は、時間外労働の時間数などを参考にして業務と発
症の関連性を判断する行政認定基準を定めている。
後述する安全配慮義務との関係から、長時間の時間外労働がなされている場合、改善の必要がある。
(2)安全配慮義務
........
ア 「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安
. .....
全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするも
のとする。」(労働契約法5条)
①「生命、身体等の安全」には心身の健康も含む。
②「必要な配慮」とは労働者の職種、労務内容、労務提供場所等
の具体的な状況に応じて、必要な配慮が求められる。イ 労災保険給付との関係
①併存主義
労災保険給付は、慰謝料を対象としておらず、休業損害や逸失利益の全額を補償しないため、補償されない金額について、使用者が損害賠償義務を負担する可能性がある。
②業務起因性と安全配慮義務違反
........... ........
結果の具体的予見可能性と結果の回避可能性があって初めて
安全配慮義務違反となるものの、業務起因性が肯定されて労災保険給付が行われた場合、民事損害賠償請求についても、安全配慮義務違反とされ、業務と疾病等との間に相当因果関係があると判断される可能性が高い。
(3)休職と復職
ア 休職命令
①原則として、就業規則の発令要件を満たしていれば発令出来る。例:「私傷病を理由とする欠勤が3か月継続したとき」
②就業規則の「会社が必要と認めたとき」との定め
労働者への不利益から限定的に解釈される可能性が高い
→私傷病により債務の本旨に従った労務提供が出来ない場合であること、又は、就労を継続することにより私傷病が増悪する可能性が高い場合もしくは治療の機会を逃すおそれがある場合であること等
イ 復職可否の判断
①「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間」「は、解雇してはならない」(労働基準法19条1 項)
→疾病発症の原因が「業務上」である場合には、休職期間満了による労働契約の終了であっても、労基法19条1 項により
禁じられる解雇となるため、療養期間中における解雇は原則として不可能となる。
②復職時の回復の度合い
→従前の担当業務が遂行可能なまでの回復が必要か、軽減業務の遂行が可能であれば足りるかという点については、以下の裁判例がある。
「X(労働者)の能力、経験、地位、Y(使用者)の規模、
業種、Y における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照
......
らして X が配置される現実的可能性があると認められる業
務が他にあったかどうか」を検討し、「現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供がある」( 最高裁平成10年4月9日)。
→ある程度軽減された業務に配置される現実的可能性があれ ば、その業務に配置転換させて復職をさせるべき場合がある。ただし、会社の規模や経営状況、業種等( 業務上の支障が生 じてしまう場合等)から、従前の担当業務の遂行可能度合い が100% でないと復職を認めないという扱いが認められ る余地はある。
※現実的可能性
・従前担当していた業務の代替性の有無
・異動の実例の有無・配置替えの有無
(4)人事管理の留意点
ア 経歴詐称の扱い
精神疾患の罹患歴等はいわゆるセンシティブ情報にあたるため、
回答するか否かが労働者の意思に委ねられているし、通常「罹患歴等はない」旨の消極的回答にとどまるため、使用者との信頼関係を損なうような悪質な虚偽申告があるなどの特別な事情が認められない限り、解雇を含めた懲戒処分は難しい。
ただし、罹患歴の判明により、採用の前提となった業務遂行能力に疑義が生じる場合はあり、その際の配置転換、普通解雇の可否は検討できる。
イ 復職後の賃金引き下げ
①労働者の賃金引き下げは労働条件の不利益変更にあたるため、労働者の個別の同意によらなければ賃金のみを引き下げることは許されないのが原則。
②典型的な賃金に関する制度による区別
・役職降格による役職手当ての支給停止
・・・役職を解くことの合理的理由があるかどうか。
・職能資格の引き下げによる減給
・・・使用者の権限を根拠づける就業規則等が存在し、かつ合理的な理由があるかどうか。
・職務等級制度における減額
・・・職務等級の給与範囲内において合理的な評価がなされていれば可能。
ウ 解雇の留意点
①業務上の疾病
・労基法19条1項による制限が存在する。
②私傷病による精神疾患
・解雇に先立って休職を与えるべきか。
→休職による治療の効果が上がる可能性がある場合について、休
職期間の途中の普通解雇を無効とした裁判例がある。
休職期間を待って回復する可能性を確認し、その可能性があれば休職を命じた上で解雇の判断を行う必要があり、その可能性が極めて低い場合には休職を命じることなく解雇が許されると考えられる。
→休職制度は一種の解雇猶予制度。
以 上