Contract
破 産 法
大阪学院大学法学部教授 x x x x
第1 破産事件の処理
第2 破産手続の開始 1
第3 破産管財人 14
第4 破産財団と自由財産 17
第5 財団債権と破産債権 33
第6 破産債権の届出と調査 42
第7 別除権 46
第8 取戻権 59
第9 相殺権 64
第10 双方未履行の双務契約 77
第11 係属中の訴訟手続と破産 89
第12 全部義務を負う者の破産と債権者 96
第13 否認権 99
第14 免責,復権 113
1 破産の意味
破産は,経済的に破綻した破産者の財産を売却したり債権を取立てたりして金銭に換え,これを債権者に平等,xxに配当する制度である。不動産や動産であれば売却して金銭に換え,債権であれば売却又は回収により金銭に換える。これらの換価は裁判所が選任した破産管財人が行う。
しかし,そもそも換価することができる財産が存在しないときは裁判所は破産管財人 を選任しない。この場合には,裁判所は,破産手続開始決定をすると同時に破産手続を 廃止する旨の決定をする。実務ではこのように処理される破産事件を同廃事件と言って いる(同時廃止,216条1項)。「廃止」とは「終結」に対立する概念であり,目的を達し て手続が終了する「終結」に対する手続上の概念である。同廃事件の場合には,破産者 が個人(自然人)であるときは引き続いて免責手続に入るが,破産者が法人であるときは,法人には免責がないから同時廃止決定と同時にすべてが終わる(法人は解散する)。
これに対し,破産管財人が選任されて財産の換価,配当が行われる事件を実務では
「管財事件」と言っている。しかし,いったん管財人が就任して管財事件として手続が始まっても,換価すべき財産がないことがわかった時にはやはり手続は廃止される(異時廃止,217条1項)。
目的を達して終了-----終結目的を達しないで終了---廃止
破産手続開始決定と同時に終了-----同時廃止破産手続開始後に終了---------異時廃止
2 他の手続との比較
破産は,経済的に破綻した法人や個人の財産を換価し,債権者に平等に配当する制度 であり,破産者が負担した債務の整理は破産管財人による配当により行われる。これに 対し,民事再生手続と会社更生手続では,債務者が負担した債務の整理は債務者や管財 人が提案する弁済計画(再生計画,更生計画)によってなされる。法人が破産すると法人 は解散により消滅するのに対し,民事再生や会社更生手続では法人はそのまま存続する。民事再生と会社更生の違いは担保権の取り扱いにあり,民事再生手続では抵当権などの 担保権は別除権として再生計画の対象とされず,債権者の任意の担保権実行又は債務者 との交渉による解決(別除権協定の締結)にまかされるのに対し,会社更生手続では担 保権は別除権にはならず,更生計画において弁済計画が立てられる。会社更生手続は株 式会社のみを適用対象とする比較的大規模な会社倒産を扱う手続である。
1 破産手続開始の申立て
(破産手続開始の申立て)
第18条 債権者又は債務者は,破産手続開始の申立てをすることができる。
2 債権者が破産手続開始の申立てをするときは,その有する債権の存在及び破産手続開始の原因となる事実を疎明しなければならない。
1) 管轄
破産事件を担当する裁判所を破産裁判所という。破産事件は地方裁判所の専属管轄であり(2条3項,6条),地方裁判所のみが扱うことができる。土地管轄については原則として,債務者が個人である場合には債務者の住所,債務者が営業者である場合には債務者の主たる営業所の所在地を管轄する地方裁判所が担当する。その他,親子会社,主たる債務者と保証人のように相互に連帯債務を負担する関係,夫婦,会社と代表者の関係などの場合には一方の管轄裁判所に申立てができるように配慮されてい
る。さらに,債権者の数が千人以上であるときは,東京地方裁判所又は大阪地方裁判所にも破産手続開始の申立てをすることができる。これらの土地管轄については,5条2項以下に詳細に規定されている。
2) 自己破産
債権者からも,債務者からも,破産手続開始の申立てをすることができるが(18条 1項),債務者自身が破産を申し立てる場合を「自己破産」と言う。株式会社が自己破産するには,取締役会設置会社では,取締役会の過半数の決議で自己破産することを決議して取締役会議事録を破産申立書に添付するのが原則であるが,何かの事情で取締役会を開けないときは取締役全員が自己破産に同意したことを証する書面の添付が要求される。これらの要件が整わなければ自己破産できないが,どうしても会社を自己破産させたいと考える取締役は後記の準自己破産を選択するほかない。
また,取締役会を設置しない株式会社が自己破産するには取締役が一人の場合にはその取締役が破産することを決定すればよいが,取締役が複数いるときは取締役の過半数の賛成が必要であり*1,取締役の過半数が賛成した旨の書面の添付が要求される。
さらに,取締役会を設置しない株式会社では,株主総会が「株式会社の組織,運営,管理その他株式会社に関する一切の事項」について決議することができるから(会社 法295条1,2項),株主総会において自己破産することを決議して申立書に株主総会 議事録を添付し,代表取締役が会社を代表して自己破産を申し立てることもできる。
なお,自己破産の場合には破産手続開始原因に該当する事実の疎明が法律上要求されていないが,現実には裁判所が定めた多数の書類の提出が要求される。
3) 債権者の申立てによる破産
債権者は,債務者の破産を裁判所に申し立てることができる(18条)。この場合,債権者は,その有する債権の存在及び破産手続開始の原因となる事実を疎明しなければならない(同条2項)。現実には,債権者の申立てに対し,債務者から答弁書を提出し,それぞれ主張や証拠を交換しながら対審手続のように審理されている。破産手続開始決定がなされると,申立債権者は裁判所の定める予納金を納付しなければならない。
4) 準自己破産(株式会社の取締役などの申立て)
(法人の破産手続開始の申立て)
第19条 次の各号に掲げる法人については,それぞれ当該各号に定める者は,破産手続開始の申立てをすることができる。
一 一般社団法人又は一般財団法人 理事
*1 会社法348条2項 取締役が二人以上ある場合には,株式会社の業務は,定款に別段の定めがある場合を除き,取締役の過半数をもって決定する。
二 株式会社又は相互会社・・・
三 合名会社,合資会社又は合同会社
取締役
業務を執行する社員
2 前項各号に掲げる法人については,清算人も,破産手続開始の申立てをすること
ができる。
3 以下略
株式会社その他の法人の破産では,債務者に準じる者にも破産の申立権が認められている。「債務者に準じる者」とは,株式会社の取締役,合名会社・合資会社・合同会社の業務執行社員,一般社団法人や一般財団法人の理事などである(19条1項)。これらの者が申し立てる場合を「準自己破産」と言う。取締役会を設置している株式会社の取締役の一部が行方不明になり自己破産を申し立てる旨の取締役会決議ができないときに,残った取締役が準自己破産として単独で株式会社の破産を申し立てることができる。この場合には,破産を申し立てる取締役が申立人,申立ての相手方となる株式会社が被申立人(破産者)になる。この場合,予納金や弁護士費用は申立人の負担となるから注意を要する。
5) 相続財産,信託財産の破産の申立権者
相続財産もそれ自体を一つの法人格として扱い,破産させて債権債務を整理することが認められている。相続財産の破産の申立てができるのは,被相続人に対する相続債権者及び被相続人から遺贈を受けた受遺者のほか,相続人,相続財産管理人*1又は遺言執行者*2である(224条1項)。
信託財産の破産も同様にして,信託財産を破産させて債権債務を整理することが認められている。信託債権(信託21条2項2号参照)を有する者,受益者のほか,受託者又は信託財産管理者,信託財産法人管理人もしくは信託法170条1項の管理人は,信託財産につき破産手続開始の申立てをすることができる(244条の4第1項)。
6) 破産手続開始の申立ての取下げ
(破産手続開始の申立ての取下げの制限)
第29条 破産手続開始の申立てをした者は,破産手続開始の決定前に限り,当該申立てを取り下げることができる。この場合において,第24条第1項の規定による中止の命令,包括的禁止命令,前条第1項の規定による保全処分,第91条第2項
に規定する保全管理命令又は第171条第1項の規定による保全処分がされた後は,裁判所の許可を得なければならない。
いったん破産を申し立てても,有力な支援者が登場したため自己破産の必要がなく
*1 相続財産管理人は,相続人のいることが明らかでないときに利害関係人等の請求により家庭裁判所が選任する(民法951条,952条)。
*2 遺言執行者は,遺言により指定され,又は裁判所により選任される(民法1006条,1010条)。
なったり,債権者が申し立てた破産について,債権者と債務者との間に示談が成立し,破産の申立てを取り下げる合意ができた場合などには,破産の申立てを取り下げる必 要が生じる。すでに裁判所から破産手続開始の決定がなされてしまえばもはや取下げ の余地はないが,破産手続開始決定前に限り,破産手続開始の申立てをした者は申立 てを取り下げることができる(29条前段)。しかし,破産手続開始決定前でも,中止 命令(24条1項),包括的禁止命令(25条以下),保全処分(28条1項),保全管理 命令(91条2項)又は否認権行使のための保全処分(171条1項)がされた後は,裁判 所の許可を得なければ申立てを取り下げることができないとされている(29条後段)。
7) 破産手続開始の申立てと債権の時効中断
すでに開始された破産手続の中で債権者が自己の有する債権を破産債権として届け出れば当該債権の消滅時効は中断される(民法152条の反対解釈)。しかし,債権者が債務者の破産手続開始の申立てをすれば,申立人の債権について消滅時効が中断されるかについては何ら法律の規定がない。判例は,破産手続開始の申立ては「裁判上の請求」(民法149条)にあたるとして時効中断効を認めている(最高裁昭35年12月27日第xx法廷判決・民集14巻14号3253頁)。また,申立てが取り下げられた場合でも,債権者が申立てに当たり主張した債権については,裁判外の「催告」(民法153条)の意味があるから,取下げ後6か月以内に訴えを提起すれば確定的に消滅時効を中断できるとしている(最高裁昭和45年9月10日第xx法廷判決・民集24巻10号1389頁)。
8) 費用の予納
(費用の予納)
第22条 破産手続開始の申立てをするときは,申立人は,破産手続の費用として裁判所の定める金額を予納しなければならない。
2 費用の予納に関する決定に対しては,即時抗告をすることができる。
(費用の仮支弁)
第23条 裁判所は,申立人の資力,破産財団となるべき財産の状況その他の事情を考慮して,申立人及び利害関係人の利益の保護のため特に必要と認めるときは,破産手続の費用を仮に国庫から支弁することができる。職権で破産手続開始の決定をした場合も,同様とする。
2 前条第1項の規定は,前項前段の規定により破産手続の費用を仮に国庫から支弁する場合には,適用しない。
破産手続開始の申立てをするときは,申立人は,破産手続の費用として裁判所の定める金額を予納しなければならない(22条1項)。予納額は同廃事件と管財事件とで異なり,管財事件は比較的に高額である。
なお,裁判所は,申立人の資力,破産財団となるべき財産の状況その他の事情を考慮して,申立人及び利害関係人の利益の保護のためとくに必要と認めるときは,破産手続の費用を仮に国家から支弁することができる(23条1項前段)。しかし,裁判所
は容易に仮支弁を認めない。広島県内のゴルフ場経営会社が,負債250億円,債権者数約5000名の状態で自己破産の申立てをした際に,裁判所は破産手続費用として3000万円の納付を要求した。しかし,申立会社はこれが納付できないとして費用の国家からの仮支弁を求めたが,裁判所は仮支弁したとしてもその金額を回収できる見込みもなく,破産手続を進めるべき公益上の利益も認められないから,本件は国庫による費用仮支弁を認めるべき場合に該当しないと判断して,予納金を納付しない破産申立てを却下した原決定に対する抗告を棄却した(広島高等裁判所平成14年9月11日判決(金融商事判例1162号23頁))。この判決によれば,仮支弁する要件としては,破産財団から仮支弁金額を回収できる見込みがあることが必要である。
9) 破産申立ての審理
破産手続を開始するか否かの裁判は,実務では,自己破産の場合は,口頭弁論はおろか債務者の審尋もなしに書証のみによるのがふつうである。しかし,債権者申立ての場合などには審尋により当事者の意見を聞いて判断するが,口頭弁論を開いて審理することもできる(8条1項)。
2 破産手続開始前の保全処分
1) 保全処分の意義
破産が申し立てられただけでは,未だ破産手続開始に至っていない以上,未だ破産 者になっていない債務者の身上,財産状態には変動はなく,破産手続による制約を受 けない。しかし,破産手続開始決定に至っていないからといってそのまま放置すれば,債務者が破産手続の開始を予期して,逃亡したり財産を隠匿したりするかもしれない し,債権者の方も混乱に乗じて債務者を追及し,返済を激しく迫って我がちに債権回 収を図ることも考えられる。後日,破産管財人が否認権を行使して破産財団に回復で きるといっても必ずしも万全ではない。そこで,破産手続開始前であっても,将来の 破産手続に備えて一応の準備をしておく必要があり,そのために設けられた制度が破 産手続開始前の保全処分である。
裁判所は,利害関係人の申立てにより又は職権で,破産手続開始の申立てにつき決定があるまでの間,債務者の財産に関し,財産の処分禁止の仮処分その他の必要な保全処分を命じる(28条1項)。裁判所が命じることができる内容は「財産の処分禁止の仮処分その他必要な保全処分」であるが,その内容は幅広い。債務者財産の散逸防止の観点から,裁判所の裁量によって広くその内容を定めることができる。債務者の総財産の包括的処分禁止,商業帳簿などの閉鎖ないし保管の処分,営業の強制的管理(たとえば,管理者を選任して管理を委ねる方法)などが考えられる。
通常なされている保全処分としては,弁済禁止,動産の仮差押,自動車の仮処分,債権仮差押,不動産の処分禁止などがある。なお,保全処分として,破産者の拘束もできるが破産者の拘束が命令された例を聞かない。
2) 弁済禁止の保全処分
ア 実務において用いられる代表的な物的保全処分として,弁済禁止の保全処分があり,その形式は次のようなものである。
「申立人(又は被申立人)は,あらかじめ当裁判所の許可を受けた場合を除き,平成○年○月○日以前の原因に基づいて生じた一切の金銭債務の弁済及び担保 提供をしてはならない。ただし,次のものはこの限りでない。・・・」
裁判所がすべての金銭債務の弁済を禁止すると,電気・ガス・水道代も支払えなくなるから,このような公共料金等は主文の但し書きで弁済禁止から除外して保全処分がなされる。弁済禁止の保全処分が命じられた場合には,債権者は,保全処分に反してされた破産者の弁済その他の債務を消滅させる行為が有効であると破産管財人に対して主張することができない(28条6項本文)。しかし,当該保全処分がされたことを知らないで弁済を受けたときは債権者は当該弁済を有効と主張できる(同ただし書き)。
イ 弁済禁止の保全処分発令後に債務者を相手として給付の訴えを提起できるかという問題がある。債権者が債務者を被告として給付訴訟を提起した場合に,被告の債務者から弁済禁止の保全処分があると主張されたときはどうか。これはいかなる抗弁にもならない。弁済禁止の保全処分の名宛て人は債務者であって債務者が弁済を禁止されるだけであり,債権者が弁済を受領することを禁止されるわけではないからである。原告は弁済禁止の保全処分にもかかわらず債務名義を取得でき,取得した債務名義に基づく強制執行をすることもできる。強制執行を中止させるには強制執行の中止・禁止命令によらなければならない。
ウ 弁済禁止の保全処分を遵守して債務を履行しなかった債務者は債権者に対する債務の履行不能ないし履行遅滞になるのかについては議論がある。裁判所の命令により払わないのだから履行しないことに違法性がなく債務不履行にはならないとした判例がある(最高裁昭和57年3月30日第三小法廷判決(民集36巻3号484頁・倒産判例百選第4版26頁)。同判決は,所有権留保付・代金分割弁済の約定で機械を買い受けた買主について会社更生手続開始決定があり,弁済禁止の保全処分が発せられたが,売主は買主が分割弁済を怠ったことを理由に契約(使用貸借契約)を解除し機械の引渡しを訴求した事件について,「本件のように,更生手続開始の申立のあつた株式会社に対し会社更生法39条の規定によりいわゆる旧債務弁済禁止の保全処分が命じられたときは,これにより会社はその債務を弁済してはならないとの拘束を受けるのであるから,その後に会社の負担する契約上の債務につき弁済期が到来しても,債権者は,会社の履行遅滞を理由として契約を解除することはできないものと解するのが相当である。」と判示した。
3) 強制執行などの中止・禁止命令
裁判所は,必要があると認めるときは,利害関係人の申立てにより又は職権で,破産手続開始の申立てにつき決定があるまでの間,破産手続開始申立当時に係属している強制執行などの手続の中止を命ずることができる(24条1項1号)。これは,すでに係属している個別の強制執行手続を中止する制度であるが,さらに,これでは破産手続の目的を十分に達成することができないおそれがあると認めるべき特別の事情があるときは,裁判所は,利害関係人の申立てにより又は職権で,破産手続開始申立てにつき決定があるまでの間,すべての債権者に対して,債務者の財産に対する強制執行などの禁止を命ずることができる(25条1項)。
ただし,抵当権や根抵当権は別除権になり,別除権は破産手続によらないで行使することが認められるから(65条1項),担保権の実行としての競売を中止させたり,禁止したりすることはできない(これに対し,民事再生手続では一定の要件の下に別除権の実行の中止を命じることができるとされている(民事再生法31条))。
4) 保全管理命令
破産手続開始の申立て後まもなく保全管理命令が発せられることがある。これは,破産手続開始決定までの間に,将来破産財団となるべき財産の管理を保全管理人に命じる裁判所の命令である。保全管理命令は,債務者が法人である場合にのみ,法人自身の手による財産の管理及び処分が失当であるときに限り発せられる。保全管理命令の有効期間は破産手続開始決定までである(91条1項)。本来,破産手続開始の申立てがなされても,裁判所が未だ破産手続開始決定をしていない以上,債務者の財産の管理処分権は債務者にあるはずであるが,保全管理命令が発せられると,その時点から,債務者の財産の管理処分権は債務者から奪われて保全管理人に与えられる(93条1項本文)。保全管理人は言わば破産管財人の先取りの機関である。
3 破産原因
(破産手続開始の原因)
第15条 債務者が支払不能にあるときは,裁判所は,第30条第1項の規定に基づき申立てにより,決定で,破産手続を開始する。
2 債務者が支払を停止したときは,支払不能にあるものと推定する。
(法人の破産手続開始の原因)
第16条 債務者が法人である場合に関する前条第1項の規定の適用については,同項
「支払不能」とあるのは,「支払不能又は債務超過(債務者が,その債務につき,そ財産をもって完済することができない状態をいう。)」とする。
2 前項の規定は,存立中の合名会社及び合資会社には,適用しない。
1) 支払不能
破産法は,破産手続開始原因を債務者の「支払不能」と定めると共に,株式会社などの物的会社にあっては支払不能に加えて「債務超過」をも破産手続開始原因と
している(15条,16条)。支払不能は,個人(自然人),法人についての共通の破産手続開始原因である。支払不能とは,金銭債務の弁済能力がないために弁済期にある金銭債務を一般的かつ継続的に支払えない状態をいう(2条11項)。支払不能は,
弁済期の到来した債務を「一般的に」,すなわち債権者の誰に対しても支払えない
、、 、、
状態である。弁済があらゆる種類の債務の履行のことをいうのに対し,支払とは金
銭債務の弁済のことであるから,金銭債務についてのみ支払不能が観念される。
2) 支払停止
支払停止の事実があれば支払不能と推定される(15条2項)。この推定は債権者が申し立てる破産手続の審理の場合にとくに意味がある。債務者の破産を申し立てる債権者は債務者の支払不能を立証する代わりに支払停止を立証すればよい。支払停止の事実が立証できれば支払不能が法律上推定されるから,債務者側がこの推定を破る事実を立証しない限り,支払不能と認めて破産手続開始決定がなされる。
支払停止とは,金銭債務を将来にわたって支払えない旨を外部に表示する債務者の行為である。通常は,まず支払不能の状態となって,その後債務者が外部にその事実を表示するという時間的順序になる。支払停止は明示,黙示を問わない。明示の支払停止としては,「これこれの事情で債務を支払えなくなった。近日中に裁判所に破産を申し立てる。」などを内容とする,債権者に対する口頭・書面による通知,事務所や営業所への貼紙,広告などである。黙示の支払停止としては,事務所や営業所の封鎖,手形の不渡り*1などである。また,弁護士が債務者から破産手続その他の債務整理手続を受任し,債務者が破綻した経過と今後の予定を簡単に述べ
た「受任通知」と呼ばれる文書を債権者に一斉に発送するとこれも支払停止と解さ
、、、、、
れることが多い。破産手続の受任と書かれていなくても,「支払能力を欠くために
一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないことが,少なくとも黙示的に外部に表示されているとみる」ことができれば支払停止である。
最高裁平成24年10月19日第二小法廷判決(集民241号199頁)は,破産者が破産手続開始の申立て前にした債務の弁済につき,破産管財人である上告人が,否認権の行使として上記弁済を否認し,弁済を受けた債権者・被上告人に対し,弁済金相当額の返還(支払)を求めた事件である。争点は,破産者の代理人である弁護士が被上告人を含む債権者一般に対して債務整理の開始通知を送付した行為が,破産法16 2条1項1号イ及び3項所定の「支払の停止」に該当するか否かであった。支払停止に
*1 第1回目の手形の不渡り,第2回目の手形の不渡り,手形交換所の取引停止処分という時間的順序の中のいずれの時点をもって支払停止と考えるかは問題があるが,最高裁判決の多くは第1回目の手形の不渡りをもって支払停止と考えているようである。なお,6か月以内に2回,手形の不渡りを出すと取引停止処分がなされる。
該当すれば被上告人の弁済の受領は,「支払停止を知ってした既存の債務についてされた債務の消滅に関する行為」(162条1項1号イ)となって否認権行使の要件に該当するからである。第1審判決は支払停止の事実を認めて破産管財人の請求を認容したが,第2審の原判決は,支払停止の事実を認めず第1審判決を取り消し,破産管財人の請求を棄却した。原判決がいうには,「本件債務整理開始通知は,その記載内容に照らすと,弁護士が破産申立てを受任した旨の記載はなく,債務の具体的内容や債務整理の方針の記載もないもので,弁護士が債務整理を受任したことを示すにとどまるから,これをもって債務者が資力欠乏のため弁済期の到来した債務について,一般的かつ継続的に弁済をすることができないと考えてその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為ということはできないというべきである。」というのであった。
しかし,最高裁は,次のように判示して,原判決を破棄し,破産管財人の請求を認容した第1審判決に対する控訴を棄却した(第1審判決が正当なものとして残る。)。
「本件通知には,債務者であるAが,自らの債務の支払の猶予又は減免等についての事務である債務整理を,法律事務の専門家である弁護士らに委任した旨の記載がされており,また,Aの代理人である当該弁護士らが,債権者一般に宛てて債務者等への連絡及び取立て行為の中止を求めるなどAの債務につき統一的かつxxな弁済を図ろうとしている旨をうかがわせる記載がされていたというのである。そして,Aが単なる給与所得者であり広く事業を営む者ではないという本件の事情を考慮すると,上記各記載のある本件通知には,Aが自己破産を予定している旨が明示されていなくても,Aが支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないことが,少なくとも黙示的に外部に表示されているとみるのが相当である。
そうすると,Aの代理人である本件弁護士らが債権者一般に対して本件通知を送付した行為は,破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」に当たるというべきである。」
3) 債務超過
法人のうち株式会社などの物的会社については,支払不能のほかに債務超過も破産手続開始原因である。一方,合名会社及び合資会社のような人的会社については支払不能のみが破産手続開始原因であり,債務超過は破産手続開始原因ではない( 16条2項)。
債務超過とは,計数上,消極財産(負債)が積極財産(財産)を超過している状態をいう。一般に,「倒産」した状態は,通常は,「支払不能であり,かつ,債務超過である」が,債務超過ではなくとも支払不能である場合も想定できる。たとえ
ば,計数上債務を完済できる財産を持っている場合には債務超過ではないが,それを換金できないので支払不能ということもあり得る。不動産はあるが金がないという場合である。逆に,債務超過であっても支払不能でない場合もある。信用力が十分にある場合である。この場合は債務超過であるがともかく支払えるのだから支払不能ではない。物的会社であれば,債務超過であっても支払不能であってもいずれにしても破産手続開始原因となるが,自然人や人的会社にあっては債務超過は破産手続開始原因でないから,債務超過のみでは破産にならない。
4 破産手続開始決定
1) 裁判所は,破産の申立てに基づき,破産原因があると認めるときは破産手続開始決定をする(30条1項)。裁判所がした破産手続開始決定に不服がある利害関係人は,破産手続開始決定の取消しを求めて高等裁判所に即時抗告することができる(9条前段・33条1項)。しかし,即時抗告には執行停止の効力がないから,破産手続はそのまま進められる。抗告審の裁判所は,破産手続開始原因の存在が認められないときは破産手続開始決定を取り消す。決定が取り消されると,遡って破産手続開始はなかったことになる。取消決定が確定すると,その旨の公告がなされ,その他必要な処分がなされる(33条3項・81条3項・257条7項など)。
2) 裁判所は,破産事件を管財事件として処理するときは,破産手続開始決定とともに破産管財人を選任し,あわせて,次の事項を定める(31条1項3号)。
ア 破産債権の届出期間(31条1項1号),
これは必ず定められるわけではない。破産財団につき費用不足のおそれがあるとき,すなわち,異時廃止になる可能性が高いときは,裁判所は破産債権の届出期間を定めないこともできる(同条2項)。なお,破産債権の届出には消滅時効中断の効力があるから(民法152条),届出期間が定められないと破産債権の届出による消滅時効の中断措置を講じることができないので,債権者は注意が必要である(主たる債務者の破産により保証人に債務の履行を請求するときに主たる債務が時効消滅したと抗弁されることがある。)。
イ 破産者の財産状況報告のための債権者集会の期日(同2号),
これも必ず定められるわけではない。裁判所は,知れている破産債権者の数その他の事情を考慮して,財産状況報告集会を招集することが相当でないと認めるときは,その期日を定めないことができる(31条4項)。他方,破産債権者が1000人以上の大規模破産事件であって,かつ,相当と認めるときは,裁判所は,破産債権者に対する通知をせず,かつ,債権者集会の期日に呼び出さない旨の決定をすることができる(同条5項)。
ウ 破産債権を調査するための期間(調査期日を開くときはその期日)
3) また 裁判所は,次の事項を官報で公告しなければならない(32条1項,10
条)。
ア 破産手続開始決定の主文 イ 破産管財人の氏名又は名称
ウ 破産債権届出期間,財産状況報告集会の期日,債権調査の期間又は期日
エ 破産財団に属する財産の所持者及び破産者に対して債務を負担する者は,破産者にその財産を交付し,又は弁済をしてはならない旨
オ 簡易配当(204条1項2号)をすることが相当と認められる場合にあっては,簡易配当することにつき異議ある破産債権者は裁判所に破産債権調査の期間の満了時又はその期日の終了時までに異議を述べる旨
カ 破産債権者が1000人以上の大規模破産事件において,裁判所が相当と認め,破産債権者に通知しないこと,届出破産債権者を債権者集会に呼び出さない旨の決定をした事件にあっては(31条5項参照),その旨
4) さらに 裁判所は,次の者には官報公告とは別途,個別に通知しなければならない。ア 破産管財人,破産者(保全管理命令があった場合においては保全管理人にも)
通常,破産管財人と破産者とは,破産手続き開始決定の当日,裁判所から破産手続開始決定書等の書類の交付を受ける。
イ 知れている破産債権者
債権者一覧表記載の破産債権者には裁判所から,破産手続開始決定書等の書類が送付される。
ウ 知れている財産所持者等エ 労働組合等
「労働組合」とは,破産者の使用人その他の従業者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合,破産者の使用人その他の従業者の過半数で組織する労働組合がないときは,破産者の使用人その従業者の過半数を代表する者である(32条3項4号)。
5) 登記情報への登記
破産手続開始決定がなされると,破産者は自己の財産に対する管理処分権を喪失し,破産者の財産の管理処分権は破産管財人に専属する(78条1項)。したがって,破産 手続開始後に破産財団に属する財産について取引をしようとする者は,処分権限を失 った破産者を相手としてはならず,破産管財人を相手として取引しなければならない。これを誤って破産者と取引した第三者はその取引の効果を破産管財人に対抗できない ため,不測の損害を被ることがある。このために第三者に不測の損害を被らせないよ うに債務者が破産したことを一般に知らせるための公示が要請される。
ア 法人登記
法人について破産手続開始決定がなされたときは,裁判所書記官は,職権で,遅
滞なく,破産者の各営業所又は各事務所の所在地を管轄する法務局に嘱託して,当該法人について破産手続開始決定がなされた旨を登記情報に登記させなければならない(257条1項本文)。
イ 財産の登記
裁判所書記官は,破産者が権利者として登記されている財産を発見したときは,職権で,遅滞なく,法務局に嘱託して,破産手続開始の旨を登記情報に登記させなければならない(258条1項)。
ウ 市町村への通知
かつては,個人について破産手続開始決定があれば裁判所から破産者の本籍地の市町村長へ当該故人が破産した旨が通知されていた。しかし,現在では,個人につ
、、、
き破産手続開始決定があった場合でも,免責不許可決定が確定した時にのみ,裁判
所は破産手続開始決定が確定した旨を破産者の本籍地にある市区町村に通知し,免責許可決定が確定した時は通知がなされないことになった。
5 破産手続開始の効果
1) 個人活動の制約
個人(自然人)について破産手続が開始されると,破産者には破産法上の義務が課せられる。これらの義務は,破産手続終結決定や廃止決定の確定による破産手続の終了まで続く。
ア 居住制限
破産者は裁判所の許可を得なければ居住地を離れることができない(37条)。イ 郵便物等の受信の制限
破産財団に属すべき財産を発見したり,破産者の財産関係を把握するなど破産管財人の職務の遂行のために必要があると認めるときは,裁判所は,信書の送達の事業を行う者に対して,破産者あての郵便物又は信書便物を破産管財人に配達すべき旨を嘱託することができる(81条1項)。破産管財人は,受け取った郵便物等を開いて見ることができる(82条1項)。破産者は,その郵便物等の閲覧を求め,又は,郵便物等で破産財団に関しないものの交付を求めることができる(同条2項)。
2) 個人資格の喪失
個人である破産者は,破産手続開始決定により公私の資格を喪失する。
ア 破産者で復権を得ていない者は次の職業に就く資格を失う。破産者で免責不許可決定を受けた者などがこれに該当する。なお,復権は,①免責許可決定の確定,②破産債権者全員の同意による破産廃止決定の確定,③民事再生計画認可決定の確定のいずれかが生じたときに復権の効力が生じる(255条1項)。
①公証人(公証人法14条2号)
②弁護士(弁護士法7条5号)
③税理士(税理士法4条2号)
④公認会計士(公認会計士法4条)
⑤弁理士(弁理士法8条)
⑥宅地建物取引業者(宅地建物取引業法5条1項1号)
⑦不動産鑑定士(不動産の鑑定評価に関する法律16条3号)
⑧風俗営業の許可(風俗営業法4条1号)
⑨警備業への就職(警備業法3条)
⑩質屋営業の許可(古物営業法4条1号)
イ また,破産者は次の者になれない。アの場合と異なり,復権に言及されていないから,ひとたび破産者になれば復権いかんにかかわらず生涯を通じて永久に資格を喪失したままであるかのようであるが,それぞれの法の趣旨により解釈すべきである。例えば,民法847条は,「次に掲げる者は,後見人となることができない。
1 未xx者 ・・・ 3 破産者」と規定しているが,そこに言う破産者とは
「過去に破産手続開始決定を受けた者」を指すのではなく,「現に破産手続中である者」を指すと解すべきである(未xx者との対比)。
①後見人(民法847条3号)
②保佐人(同876条の2第2項)
③後見監督人(同852条)
④遺言執行者(同1009条)
⑤受託者(信託法56条1項3号)
⑥信託管理人(同128条1項)
⑦信託監督人(同134条1項)
⑧受益者代理人(同141条1項)
ウ 合名会社・合資会社・合同会社などの持分会社の社員は,破産によって退社する(会社法607条1項5号)。ただし,破産によっても退社しない旨の定めがあれば退社しない(2項)。
エ かつて,株式会社の取締役の破産は取締役の欠格事由とされていたが会社法の改正により欠格事由ではなくなった。しかし,株式会社の取締役と会社との関係は委任契約関係であり(会社法330条),委任契約は委任者又は受任者の破産により終了するから(民法653条),会社が破産したり取締役が破産したりすると委任契約は終了する。その段階で,取締役は法律上の根拠なしに取締役に就任している関係になる。とはいっても,会社法上の機関としての取締役の地位が破産によって当然に終了するわけではなく,取締役の地位を失わせるには辞任か解任が必要である。有限会社の破産の場合についてではあるが,最高裁平成16年6月10日第xx法廷判決(民集58巻5号1178頁)は,「有限会社の破産宣告当時に取締役の地位にあった
者は,破産宣告によっては取締役の地位を当然には失わず,社員総会の招集等の会社組織に係る行為等については,取締役としての権限を行使し得ると解される」と判示している。
3) 法人の消滅
法人は破産手続開始決定によって解散する(株式会社につき会社法471条5号,合名会社・合資会社・合同会社などの持分会社につき641条6号)。法人が解散すれば残余財産の処分と債権者への配当などの清算手続をしなければならないはずであるが(会社法475条1号括弧書き,644条1号括弧書き),破産による解散の場合には清算不要とされている。破産手続が清算手続の役割を果たすからである。
1 破産管財人の選任
同廃事件として処理する場合を除き,裁判所は破産手続開始と同時に破産管財人を選任する(31条1項,74条1項)。破産管財人は,裁判所や破産財団,破産債権者から委託を受けてその任務を行う感があるが,裁判所や破産財団,破産債権者らと委任契約を締結するわけではないから,委任関係にはなく,その関係に民法の委任契約の規定は適用されない。そこで,破産法には委任に類似する次の諸規定が置かれている。
1) 破産管財人は裁判所の監督に服する(75条1項)。
2) 破産管財人は,善良な管理者の注意をもってその職務を遂行しなければならない( 85条1項)。破産管財人がこの注意義務を怠ったときは,利害関係人は破産管財人に対して損害賠償を請求できる(85条2項)。なお,破産管財人が行った不法行為について,破産財団や裁判所は破産管財人の使用者ではないから,使用者責任(民法715条)は負担しない。
3) 破産管財人は,費用の前払い及び報酬を受けることができる(87条1項)。
4) 破産管財人は,職務の執行に際し抵抗を受けるときは,その抵抗を排除するために,裁判所の許可を得て,警察上の援助を求めることができる(84条)。
2 破産管財人と破産財団
1) 破産財団の管理着手
破産管財人は就任後直ちに破産財団に属する財産の管理に着手しなければならない(79条)。破産財団に属する財産は,破産者が破産手続開始時に有していた財産のうち自由財産を除く財産であり,破産管財人が換価して破産債権者への配当財源とすべき財産である。自己破産の場合には,通常,破産申立代理人の弁護士が事件の受任時に債務者から債務者の財産に関する重要書類や印鑑類を預かっておき,破産手続開始決定直後に同弁護士が破産管財人に引き渡すからトラブルになることは少ないが,破産者が任意に財産の引渡しに応じない場合に備えて,破産法は156条の規定を置い
ている。すなわち,破産管財人は裁判所に申し立て,破産者に対し,破産財団に属する財産を破産管財人に引き渡すべき旨を命ずる決定を得てこれを執行することができる(156条1項)。
2) 財産目録,貸借対照表及び報告書の作成と提出
破産管財人は,就任後直ちに破産財団に属する財産の管理に着手すると共に(79条),遅滞なく破産財団に属する一切の財産を評価し,財産目録,貸借対照表及び報告書を作成して裁判所に提出しなければならない(153条,157条1項)。
その報告書には,次の事項を記載しなければならない。
①破産者が破産手続開始に至った状況
②破産者及び破産財団に関する経過及び現状
③破産者が法人であるときは役員の財産に対する保全処分(177条1項)又は役員責任査定決定(178条1項)を必要とする事情の有無
④その他破産手続に関し必要な事項
3) 財産状況報告集会及び債権者集会への報告
破産管財人は,上記①ないし④の内容を財産状況報告集会に報告しなければならない(158条)。財産状況報告集会とは破産手続開始決定に際し定められる第1回目の債権者集会のことである(31条1項2号)。また,上記の財産状況報告集会とは別途,債権者集会が破産管財人に対して破産財団の状況の報告を求める決議をしたときは,破産管財人は,債権者集会の決議内容にしたがい破産財団の状況を債権者集会に報告しなければならない(159条)。
4) 郵便物等の扱い
裁判所は,破産管財人の職務の遂行のために必要があると認めるときは,信書の送達事業者に対し,破産者に宛てた①郵便物(郵便法14条),②信書便物(民間事業者による信書の送達に関する法律2条3項)を,破産者ではなく破産管財人に配達すべきことを嘱託することができる(81条1項)。これは例外なく実施されている。
破産管財人は,破産者に宛てた郵便物等の配達を受け,これを開披して中身を見ることができる(82条1項)。通信の秘密(憲法21条2項後段)は破産管財人によって侵害されるわけである。破産者は,破産管財人に対し,破産管財人が受け取った郵便物等を閲覧させるように求め,かつ,郵便物等のうち破産財団に関しないものについてはその交付を求めることができる(82条2項)。
5) 説明の聴取・帳簿,書類などの検査
破産管財人は,破産者,破産者の代理人,破産者が法人である場合のその理事,取 締役,執行役,監事,監査役及び清算人,これらに準ずる者,破産者の従業者などに 対し,破産に関し必要な説明を求めることができる。これらの者が説明を拒絶したり,虚偽の説明をしたときは,3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し,又は併
科される(268条1項)。
破産管財人は破産財団に関する帳簿,書類その他の物件を検査することができる( 83条1項)。破産者が法人である場合に,破産管財人は,その職務を行うために必要があるときは,破産者の子会社などに対しても,その業務及び財産の状況につき説明を求め,又はその帳簿,書類その他物件を検査することができる(83条2項)。検査を拒んだ場合の刑罰は説明拒否の場合と同じである。
3 就任後の破産管財人の任務
1) 破産財団の換価と配当
破産手続は破産財団を換価して得た換価金を破産債権者にxx,平等な弁済を行う手続であるから,破産財団の換価は破産管財人の最も重要な任務である。換価は,破産財団を構成する不動産や動産については売却により,債権については売却や回収により金銭に換えることにより行う。
破産財団に属する財産の換価が終了し,一般調査期間又は一般調査期日が終了したときは,破産管財人はいつまでも換価金を抱えていてはならず,遅滞なく債権者に換価金を配当しなければならない(195条1項)。配当にあたっては,破産管財人は配当表を作成し,これに従って配当しなければならない(196条1項)。
2) 破産債権の調査
債権調査は,届出債権が届出のとおり存在するかどうかを調査する手続である。破
、、、
産管財人は,一般調査期間が定められたときは,裁判所が指定するときまでに書面に
、、、
よる認否書を裁判所に提出しなければならず,一般調査期日が定められたときは,当
該期日において届出債権の認否をしなければならない(同条1項)。特別調査期間や特別調査期日が定められたときも同様である。
3) 任務終了時の計算書の提出,報告
破産管財人は,すべての任務が終了した後遅滞なく破産財団に属する財産の処理及び債権債務の決済についての計算書を作成し,裁判所に提出しなければならない(88条1項)。
また,破産管財人は,任務終了に伴う計算報告のための債権者集会の招集を求める申立てをしなければならないが(88条3項),債権者集会の招集申立てにかえて,書面による計算の報告をする旨の申立てをすることができる(89条1項)。裁判所は,このような申立てがあり,かつ,計算書が提出されたときは,異議があれば一定の期間内にこれを述べるべき旨を公告する(同条2項)。この期間内に,破産者,破産債権者,後任の破産管財人から異議がなかった場合には,計算は承認されたものとみなされる(同条4項)。もっとも,異議があったからといっても手続の進行に影響するわけではなく,破産管財人が後日提起されるかも知れない任務懈怠による損害賠償請求訴訟において免責されないだけである。
(破産財団の範囲)
第34条 破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産(日本国内にあるかどうかを問わない。)は,破産財団とする。
2 破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権は,破産財団に属する。
3 第1項の規定にかかわらず,次に掲げる財産は,破産財団に属しない。
一 民事xxx(昭和54年法律第4号)第131条第3号 に規定する額に2分の3を乗じた額の金銭
二 差し押さえることができない財産(民事xxx第131条第3号に規定する金銭を除く。)。ただし,同法第132条第1項(同法第192条において準用する場合を含む。)の規定により差押えが許されたもの及び破産手続開始後に差し押さえることができるようになったものは,この限りでない。
4 裁判所は,破産手続開始の決定があった時から当該決定が確定した日以後1月を経過する日までの間,破産者の申立てにより又は職権で,決定で,破産者の生活の状況,破産手続開始の時において破産者が有していた前項各号に掲げる財産の種類及び額,破産者が収入を得る見込みその他の事情を考慮して,破産財団に属しない財産の範囲を拡張することができる。
5 以下略
1 破産財団
破産管財人が管理・換価し,債権者への配当の財源とすることができる破産者の財産
、、、、、、、、、
が破産財団である。破産財団になるのは破産手続開始の時に存在する財産であり,破産
者が破産手続開始後の原因により取得した財産(新得財産)は破産財団にならない。 また,破産者が破産手続開始の時に有していた財産でも政策上の理由や性質上の理由
から破産財団にならないとされているものがありこれを自由財産という。自由財産については破産者が完全な管理処分権を有し,破産管財人はこれに干渉できない。
破産手続開始時に有していた財産 | 破産手続開始後に取得した財産 | ||||||
破 | 産 | 財 | 団 | 新 | 得 | 財 | 産 |
自 | 由 | 財 | 産 |
2 自由財産
1) 現金99万円
破産者が破産手続開始の時に有していた財産のうち,現金99万円は自由財産とされている。破産者も健康で文化的な最低限度の生活を営む憲法上の権利を有していると
の観点から,破産者が破産手続開始時に有していた財産であっても破産者の自由財産とされ,破産財団から除外されたのである。すなわち,34条3項1号は,破産財団に属しない財産として,「民事xxx(昭和54年法律第4号)第131条第3号に規定する額に2分の3を乗じた額の金銭」と定めており,そして,民事xxx131条3号とは「標準的な世帯の2月間の必要生計費を勘案して政令で定める額の金銭」であり,さらに,民事xxx施行令1条は「民事xxx(以下「法」という。)131条3号・・・の政令で定める額は,66万円とする。」と定めているから,結局,66万円×3/2=99万円が破産財団に属しない財産である。
自由財産とされている99万円は現金99万円の意味であり,預金債権のままであれば自由財産とならず預金債権全額が破産財団になる。しかし,自由財産拡張の申立て( 34条4項)により自由財産とする方法があり,申立てをすれば難なく認められるようである。
2) 差押え禁止動産
破産者が破産手続開始の時に有していた財産でも,民事xxxにより差し押さえることができないとされている財産は破産財団にならず,自由財産になる(34条3項2号,民事xxx131条)。破産は言わば破産管財人による債務者財産の差押え・換価執行であるから差押えが禁止されている財産が破産財団にならないのは当然である。
①債務者等の生活に欠くことができない衣服,寝具,家具,台所用具,畳及び建具
②債務者等の1月間の生活に必要な食料及び燃料
③主として自己の労力により農業を営む者の農業に欠くことができない器具,肥料,労役の用に供する家畜及びその飼料並びに次の収穫まで農業を続行するために欠 くことができない種子その他これに類する農産物
④主として自己の労力により漁業を営む者の水産物の採捕又は養殖に欠くことができない漁網その他の漁具,えさ及び稚魚その他これに類する水産物
⑤技術者,職人,労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。)
⑥実印その他の印で職業又は生活に欠くことができないもの
⑦仏像,位牌その他礼拝又は祭祀に直接供するため欠くことができない物
⑧債務者に必要な系譜,日記,商業帳簿及びこれらに類する書類
⑨債務者又はその親族が受けた勲章その他の名誉をxxする物
⑩債務者等の学校その他の教育施設における学習に必要な書類及び器具
⑪発明又は著作に係る物で,まだ公表していないもの
⑫債務者等に必要な義手,義足その他の身体の補足に供する物
⑬建物その他の工作物について,災害の防止又は保安のため法令の規定により設備
しなければならない消防用の機械又は器具,避難器具その他の備品
3) 差押え禁止債権(34条3項2号,民事xxx152条)
破産者が破産手続開始の時に有していた財産のうち,次の債権は民事xxxにより差押えが禁止されているからこれも破産財団にならず自由財産になる。
ア 次に掲げる債権のうち支払期に受けるべき給付の4分の3*1に相当する部分(その
額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは,政令で定める額に相当する部分)は自由財産になり,4分の1のみが破産財団になる。
、、、
①債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける
継続的給付に係る債権(これは,私企業の年金などである。)。
②給料,賃金,俸給,退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権。
なお,議員報酬はこれに当たらず全額の差し押さえが可能であるから全額が破産財団になる。非常勤の取締役の役員報酬,常勤取締役の報酬のうち従業員としての賃金部分を除く純粋の役員報酬部分は給料等に該当しないから全額が破産財団になる。
イ 退職手当及びその性質を有する給与に係る債権のうち給付の4分の3に相当する部分
4) 特別法による差押禁止財産ア 国民年金等
国民年金の受給請求権は差押が禁止されているから全額が自由財産である(国民年金法24条,厚生年金保険法41条)。国家・地方公務員共済年金についても同様に全額が自由財産になる(国家公務員共済法49条,地方公務員等共済組合法51条)。私立学校教職員共済年金についても,国家公務員共済組合法49条が準用されているから全額が自由財産になる(私立学校教職員共済法25条)。これらの年金受給者は破産後も年金によって生活できる。
イ 災害補償請求権及び労災保険給付請求権
労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかつた場合においては,労働者は使用者に対し,使用者の費用負担で必要な療養を行うこと又は必要な療養の費用を支給することを求める請求権を有する(労働基準法75条1項)。この災害補償請求権は差押えが禁止されているから(同法83条2項),災害補償請求権は全額が自由財産であり破産財団にならない。もっとも,労働者災害補償保険法が適用される場合には,労働
*1 しかし,大阪地裁では,8分の7が自由財産であり,8分の1のみが破産財団になるという運用をしていると聞いているが法律に反した運用であると思う。
基準法上の災害補償請求権が発生しないから同請求権が問題となることはない(同法75条2項)。また,労働者災害補償保険法による保険給付を受ける権利も差押えが禁止されているから(労働者災害補償保険法12条の5),これも全額が自由財産であり破産財団にならない。かくして労働災害の被害者は破産後も必要な療養を続けられる。
ウ 信託の受託者の破産における信託財産
信託の受託者が破産した場合において,信託の受託者に対する債権者は,その債権が受益債権等信託財産責任負担債務(信託法21条)である場合を除いて,信託財産に対して強制執行ができない(信託法23条1項)。したがって,信託受託者が破産した場合,受託者が預かり所有している破産者が信託財産は破産財団にならない。
エ 生活保護の被保護者が既に給与を受けた保護金品及び保護金品を請求する権利 (生活保護法58条)
生活保護の被保護者や要保護者が保護として給与を受け,又は貸与される金銭及び物品(保護金品)は,請求権段階にあるものを含めて差押えが禁止されているから破産財団にならない。
5) 拡張された自由財産
裁判所は,破産手続開始決定が確定した日以後1月を経過する日までの間,破産者の申立てにより又は職権で,決定をもって,破産者の生活の状況,破産手続開始の時において破産者が有していた34条3項各号に掲げる財産の種類及び額,破産者が収入を得る見込みその他の事情を考慮して,破産財団に属しない財産の範囲を拡張することができる(34条4項)。例えば,預金債権は破産財団に属し自由財産にならないが,
34条3項1号が現金99万円は自由財産になることとの関係で,預金債権のうち現金と 合わせて99万円までの部分を自由財産に拡張することは認められるべきである。また,生命保険の解約返戻金は全額が破産財団になるが,僅少な金額であって債権者への配 当に実質的に関係しないようなものは自由財産にする旨の決定をすることができる。
6) 行使上の一身専属権
それを行使するかどうかは専ら権利者が決定すべきであり,権利者に代わって他 人(破産管財人)が行使・不行使を決定することが許されないと考えられている一身 専属権はその性質上破産財団に属しないと考えられている。例えば,慰謝料請求権は,専ら請求権者たる被害者自身が慰謝料を請求するか請求しないかを決定するべきであ り,他人(破産管財人)が決定するべきではないとの観点から,これは行使上の一身 専属権であって破産財団ではなく自由財産であるとされている。
しかし,慰謝料請求権でも,和解契約が成立したり債務名義によって請求権の存在と金額が確定された場合には譲渡性が付与され,差押えができると解するのが判例である(最高裁昭和58年10月6日第xx法廷判決(民集37巻8号1041頁・倒産判例百選第
4版44頁))。したがって,和解契約や確定判決により慰謝料請求権の存在と金額が確定した後に破産手続開始決定に至ったときは,慰謝料請求権も破産財団になる。しかし,訴訟などで紛争中のまま破産手続開始決定に至ったときは破産財団にならず,自由財産に関する訴訟として訴訟手続も中断せず従来どおり破産者本人が訴訟当事者として訴訟手続を続行する。
7) 法人と自由財産
自由財産は個人にのみ存在し,法人には存在しない。
法人の破産事件では,法人の積極財産のうちで法律で差押えが禁止されている財産は存在しないし,性質上差押えができない財産も存在しないからである。
8) 破産債権者の自由財産に対する強制執行
破産債権者は自己の有する破産債権の回収のため,破産財団に対して強制執行をすることはできないが,自由財産に対しても強制執行することができない。請求債権が破産債権である以上,この法律に特別の定めがある場合を除き,「破産手続によらなければ,行使することができない」からである(100条1項)。
次に,破産手続が終結決定や廃止決定などにより終了した後の免責審理期間中については,かつては論争があったが,破産法249条により強制執行が禁止された。
さらに,免責の審理の結果として破産者の免責許可決定がなされ確定すれば免責許可決定の効力を受ける債権者の権利は実体法上,強制執行できない権利に変容するから,債権者は,破産手続終了後(及び免責審理期間終了後)も自由財産に対する強制執行をすることはできなくなる。債権者があえて強制執行を申し立てれば,債務者は
請求異議の訴えにより強制執行を排除できる。
、、、
免責不許可決定が確定した場合にのみ,債権者はようやく債務者の財産に対して強
制執行をすることができるようになる。
3 破産財団になるかどうかが問題となる財産
1) 売買契約との関係
ア 破産者が買い受けたが所有権移転登記を受けていない不動産
破産者が所有者から不動産を買い受けたけれども,破産手続開始当時,未だ所有権移転登記を受けていなかった不動産も破産財団になり,破産管財人は売主に対して所有権移転登記を請求できる。以上のことはは破産者が売買代金を全額支払っていた場合にのみ妥当する。
これに対し,破産者が売買代金を支払っていなかった場合には破産法53条1項の
「双方未履行の双務契約」の適用問題となる。この場合は,破産者の売買代金支払義務と売主の登記移転義務とが双方未履行の双務契約であるから,同条により破産管財人は売買契約をそのまま有効に存続させることもできるし,売買契約を解除することもできる。破産管財人が売買契約を解除すれば売買契約は白紙になって当該
不動産は破産財産ではなくなる。しかし,破産管財人が履行を選択すれば当該不動産は破産財団になる(その一方で,売主の有する売買代金債権は財団債権になるから破産管財人は全額を任意に支払わなければならない。)。
イ 破産者が売却したが所有権移転登記を履行していなかった不動産
破産手続開始前に破産者が所有不動産を売却していた場合に,破産者から当該不動産を買い受けていた買主は,破産手続開始前に所有権移転登記を受けていなければ,民法177条の適用の結果,破産者から取得した所有権を破産管財人に対抗することができない。破産管財人は民法177条の第三者に該当すると考えられるからである。以上は,買主が破産者に対し売買代金の全額を支払っていた場合にのみ妥当する。
しかし,破産者も所有権移転登記義務を履行していないし,買主も売買代金の支払を完了していない場合には双方未履行の双務契約になって,破産法53条1項が適用されるから,破産管財人が履行を選択すると買主は所有権を取得できる。買主に資力があり売買代金の支払が確実なときは履行を選択する方が破産管財人にとってよりよい選択である。
2) 債権譲渡
破産手続開始前に破産者から債権を譲り受けた譲受人は債権譲渡の第三者対抗要件(民法467条2項)を具備していない限り債権譲受けを破産管財人に対抗できない(最高裁昭和58年3月22日第三小法廷判決(集民138号303頁,判例時報1134号75頁・倒産判例百選第4版36頁)。したがって,破産財団との関係では債権譲渡は無効であり,当該債権は破産財団に帰属し,破産管財人は債権を回収できる。
最高裁判決が支持した原審の大阪高等裁判所の判決は次のように述べている。すな わち,「破産宣告は,その形式的確定をまたないで宣告の時から直ちに効力を生じ( 破産法第1条),破産者の有する一切の財産は破産財団を構成し,右財産は破産管財 人の管理処分に委ねられるものであって,破産宣告前に破産者から債権の譲渡があっ た場合には,破産管財人はその債権につき差押え債権者と同一の地位に立つというべ きであるから,破産管財人は,右譲渡債権につき,その譲受人と両立しない法律的地 位を取得した者として民法第467条第2項の第三者に該当し(大判昭和8年11月30日民 集12巻24号2781頁参照),しかも,破産管財人による右差押えの効力は,一般の債権 差押えの場合と異なり,送達を要せず破産宣告の日時に当然に生じ,何人に対しても,これを対抗しうるものであるから,破産宣告前の右債権譲渡における譲受人は,右条 項所定の対抗要件を破産宣告の日時より以前に具備しない限り,結局,破産管財人に 対抗することができないと解するのが相当である。」
3) 借地権
破産手続開始前から破産者所有の土地を破産者から借地していた借地人は,借地上
の建物について自己所有名義の登記を有しておれば借地借家法10条1項により借地権の対抗力を有するし,賃貸借の登記(民法605条)をしていても対抗力を有するので,これらの対抗要件を備えておれば自己の借地権を破産管財人に対抗できる。この場合には,借地権の負担がある不動産の所有権が破産財団になる。しかし,対抗要件を備えていなければ自己の借地権を破産管財人に対抗できない(最高裁昭和48年2月16日第二小法廷判決金融法務事情678号21頁・倒産判例百選第4版34頁)。同判決は次のように述べている。
「破産管財人は,破産者の代理人又は一般承継人ではなく,破産債権者の利益のために独立の地位を与えられた破産財団の管理機関であるから,破産宣告前破産者の設定した土地の賃借権に関しては,建物保護ニ関スル法律一条(注:現在の借地借家法10条1項に相当)にいわゆる第三者にあたるものと解すべきである。ところで,原判決(その引用する第xx判決を含む。以下同じ。)が適法に確定した事実によれば,本件土地には上告人らの主張する賃借権について登記がなされていないのみならず,その地上に存する本件建物につき所有権保存登記がされたのは昭和42年10月16日であつて,本件破産宣告に基づく破産の登記(昭和40年10月2日)前に本件土地賃借権の対抗要件たる登記手続を経由していないのであるから,上告人らは破産管財人たる被上告人に対し右賃借権をもつて対抗できないものというべきである。」
4) 通謀虚偽表示
破産手続開始前に通謀虚偽表示でもって破産者に財産を移転した外形を作出していた者が,自分がxxの所有者であることを主張して破産管財人から財産を取り戻そうとしても,破産管財人は94条2項の第三者に該当するから取り戻せないと判断した地方裁判所の裁判例がある。そうするときは,破産者が通謀虚偽表示でもって名義を預かっただけの財産も破産財団になり,xxの所有者は所有権を失う。なお,民法94条 2項の「善意」を破産管財人について見るべきか破産債権者全員に見るべきかについては議論がある。
5) 契約解除
契約解除についても同様である。破産者の債務不履行を理由として,契約の相手方が破産手続開始決定後に契約を解除しても,民法545条1項ただし書きの適用により,解除の効果を破産管財人に主張できない。なお,不動産の売主が,買主である破産者の債務不履行を理由として売買契約を解除した後に買主について破産手続が開始されたときは,民法177条の適用問題となる。不動産の売主は契約解除により自己に復帰した所有権を破産管財人に対抗できない。
6) 詐欺による意思表示
破産手続開始前に破産者に欺罔されて財産を破産者に移転した者は,詐欺による意
思表示の取消しを主張して破産管財人から財産を取り戻せるか。破産管財人は民法96条3項の善意の第三者だと主張して取り戻しを拒み得るか。私は法律論としては拒み得ると解する以外にないと考えるが,そうなると,取り込み詐欺によって取得した財産も破産財団になってしまうなどの弊害を主張して96条3項の適用を否定する説も多い。
7) 融通手形
破産手続開始前に,破産者が金策のため,他人に依頼して融通手形を振り出してもらったが,割引に出して金銭を入手する前に破産し,手元に残った未割引の約束手形を破産管財人に引き渡した場合において,破産管財人が振出人に手形金を請求した事件がある。最高裁昭和46年2月23日第三小法廷判決(判例タイムズ260号208頁・倒産判例百選第4版38頁)の事案である。第1審は,振出人である被告は,融通手形の抗弁を破産管財人に主張できると判断して破産管財人の請求を棄却し,控訴審も第1審判決を維持して控訴を棄却した。最高裁も上告を退けた。
これは,破産管財人の側から第三者に対して権利を主張する場合であり,第三者の 側から破産管財人に対して権利を主張できるかどうかの問題ではない。この場合は, 民法94条2項や96条3項などの「第三者」の範囲に関する実体法の解釈の問題であり, 破産管財人の第三者性という形で論じられるが,本件のように,破産管財人から第三 者に対して権利を主張できるかどうかはその権利が破産財団に属するか否かという単 純な問題であり,破産管財人の第三者性の問題ではない。破産者が破産手続開始前に 第三者から受け取っていた融通手形は受取人が破産しようとしまいと振出人に請求で きない権利である。手形紙片という物理的存在を破産管財人が占有しても破産者の振 出人に対する手形金請求権は実体法上存在しないから,第1審から最高裁に至るまで,破産管財人の請求を裁判所が退けたのは当然のことである。
破産者の第三者に対する賭博料債権その他公序良俗に反する契約に基づく債権や,返還請求できない不当利得返還請求権(民法705条)なども同様であり,これらは破産財団にはならず,破産管財人は支払を請求できない。
なお,破産者が受け取っていた未使用の融通手形の手形紙片はどのように処理されるべきかについては次のように考えるべきである。すなわち,融通手形の振出人(融通者)と受取人(被融通者・破産者)との間には手形の融通契約が成立している。しかし,まだ割引に出していないときは,双方未履行の双務契約と考えられる(受取人から振出人に決済資金を交付する債務と振出人の割引手形を決済する債務とが双方未履行)。したがって,破産管財人は履行を選択して手形を割引に出すこともできるがその場合には決済資金を期日までに用意して振出人に支払わなければならないからこの方法は危険であり現実的ではない。そこで破産管財人は,手形融通契約の解除を選択して未使用の融通手形を振出人に返却すべきである。
8) 共有物の分割
共有物については共有者間で最長期5年の範囲内で不分割の特約をすることが可能 であるが(民法256条),この場合でも,共有者の一人が破産すると不分割の特約は 効力を失い共有物の分割を請求できるようになる(52条1項)。したがって,破産管 財人は,不分割の特約があろうとなかろうと,共有物の分割を請求して共有物の所有 権を取得したり代償金を取得して破産財団に組み入れることができる。なおこの場合,他の共有者は,破産管財人に相当の償金を支払って破産者の持分を取得することがで きるから(52条2項),これにより共有物が破産管財人により分割されるのを防ぐこ とができる。
9) 破産者の退職金債権
退職金は賃金の後払い,すなわち,使用者が労働者に対して本来支払うべき賃金の一部を支払わずに留保・累積してきたものを,雇用契約終了の際に一括して後払いするものだと認識すれば,退職金債権のうち破産手続開始当時の評価部分(過去の積立部分)は破産手続開始前に生じた財産であるから,差押え禁止部分(4分の3)を除く部分(4分の1)が破産財団になる。しかし,退職金債権には履行期があり,履行期は雇用契約の終了という将来の不確定な事実到来の時である。したがって,破産者たる労働者が退職しない限り弁済期が到来せず,破産管財人は退職金(4分の1)の支払を使用者に対して請求できない。そこで,破産管財人は,破産者に自発的に退職を求めて退職させて退職金の履行期を到来させることが考えられるが,任意の退職を拒否されればそれまでであるし,破産者の再生という観点からすればxx的に問題がある措置である。
理論的には,雇用契約は双務契約であり双方未履行の双務契約の一つであるから破産管財人は破産法53条1項により雇用契約の解除(労働者を退職させること)ができると解し得ないわけではなく,そう解すれば,破産者の意思を無視して破産管財人において退職を強制できることになるが,反対説もある上に(xxx2版179頁),そうしてよいかどうかもxx的に問題である。結局のところ,破産管財人は破産者と交渉して退職金の4分の1*1に相当する金額を自由財産から破産財団に差し入れさせて退職金債権(4分の1)を破産財団から放棄し,全部を破産者の自由財産とする妥協的措置が考えられ,多くの場合そのように処理されている。
10) 生命保険解約返戻金
破産者が破産手続開始前に保険契約者として保険会社との間に締結していた生命保険契約はこれを解約すれば保険会社から解約返戻金が支払われるから,破産者が保険
*1 大阪地裁の運用では,8分の1。
会社に対して有する解約返戻金請求権は破産手続開始前の原因に基づく将来の請求権(34条2項)としてその全部が破産財団に属する(解約返戻金には賃金のような差押え禁止がない。)。しかし,解約返戻金を取得するためには生命保険契約が現実に解約されることが必要である。そこで,これが双方未履行の双務契約であるとして破産管財人が破産法53条1項に基づき生命保険契約を解除して解約返戻金を破産財団に組み入れることも考えられるが,破産者が生命保険契約の存続を希望すれば,「生命保険契約を仮に解約した場合に支払われる解約返戻金に相当する金額」を破産者が自由財産から提供することを条件に生命保険契約を解約しないで破産財団から放棄することもできる。
11) 敷金返還請求権
敷金を差し入れている賃借家屋の賃借人が破産した場合に,賃借人が賃貸人に対して有する敷金返還請求権(敷金から敷引額を控除した残額の請求権)は破産手続開始当時に破産者が有する債権であるから,自由財産でも新得財産でもなく,破産財団になる。しかし,その履行期は賃貸借契約の終了時であるから,賃貸借契約が終了して敷金返還請求権の履行期が到来しない限り敷金を回収できない。したがって,前記の生命保険解約返戻金と同じように,破産者が賃貸借契約の存続を希望すれば,「賃貸借契約を仮に解約した場合に返還される敷金相当額」を破産者が自由財産から提供することを条件に賃貸借契約を解約しないで破産財団から放棄することもできる。破産者が拒めば双方未履行の双務契約として賃貸借契約の解除を選択し,敷金の返還を受けて破産財団に組み入れるほかない。
4 破産財団の処分
(開始後の法律行為の効力)
第47条 破産者が破産手続開始後に破産財団に属する財産に関してした法律行為は,破産手続の関係においては,その効力を主張することができない。
2 破産者が破産手続開始の日にした法律行為は,破産手続開始後にしたものと推定する。
1) 破産者による破産財団に属する財産の処分行為の効力
破産手続が開始されると,破産管財人が破産財団を構成する財産の管理処分権を取得し,破産者は自己の財産に対する管理処分権を失う。したがって,管理処分権を失った破産者が破産財団を構成する財産を売却するなど通常は考えられないが,悪い考えを持った破産者が,ひそかに隠しておいた財産をこっそり処分することも考えられる。しかし,破産者がそのようなことをしても,財産の取得者はその取得を破産管財人に主張できない(47条1項)。
なお,破産財団を構成する財産について破産者が破産手続開始後にした売買契約も
絶対的に無効というわけではなく,債権契約としては有効であり,民法560条の「他人の物の売買」と同じ法律関係になる。法律行為の相手方は破産手続の関係においてはその効力を主張することができないから破産管財人に対して所有権移転登記や引渡しを請求できないが,破産管財人の側からは破産者へ売却して買主に所有権を取得させ,売買代金を破産財団に組み入れさせるという示談的解決も可能である。
また,破産者が破産手続開始後に破産財団に属する動産を処分したときは,譲受人に民法192条の即時取得が成立するのではないかとの疑問が生じるが,通説は破産法4 7条1項が民法192条を排斥すると解し,即時取得の成立を否定している。
2) 破産手続開始前の処分
一方,破産手続開始前に破産者がした法律行為は,保全処分に反しない限りは,破産手続開始後も有効である。しかし,否認の要件が備わっておれば,後日,破産管財人から否認権を行使されて法律行為の効力が無効になることがあり得る(160条以下)。
3) 破産者の法律行為によらない権利取得と破産手続
(開始後の権利取得の効力)
第48条 破産手続開始後に破産財団に属する財産に関して破産者の法律行為によらないで権利を取得しても,その権利の取得は,破産手続の関係においては,その効力を主張することができない。
2 前条第2項の規定は,破産手続開始の日における前項の権利の取得について準用する。
48条は,破産手続開始後の破産者の法律行為によらない権利取得の効力を否定しているが,「破産者の法律行為によらない権利の取得」と言えば非常に範囲が広い。例えば,破産手続開始後に破産財団に属する財産について取得時効(民法162条)が完成し当該財産の所有権を取得する場合についてみれば,これは時の経過により所有権を取得する場合であるから,「破産者の法律行為によらない権利の取得」であり48条の適用の結果,取得時効を主張できないように思われる。また,破産財団に属する財産に関し,破産者以外の者からの即時取得,附合,混和,加工などによる所有権の取得などについても,「破産者の法律行為によらない権利の取得」であるから48条が適用されるように思われる。しかし,これらの場合に通説は48条の適用を否定し,これらの規定による権利の取得を認めている(xxx2版257頁など)。
しかし,48条の適用範囲を制限する通説には条文上の根拠がない。条文は条文どおりに理解すべきであり,そうすると,通説が48条の適用を否定する時効取得,即時取得,附合,混和,加工などについても48条が適用され,これらの規定による権利取得は破産財団に対抗できないと解すほかないのではなかろうか。
4) 破産者が破産手続開始後にした登記・登録
(開始後の登記及び登録の効力)
第49条 不動産又は船舶に関し破産手続開始前に生じた登記原因に基づき破産手続開始後にされた登記又は不動産登記法(平成16年法律第123号)第105条第 1号の規定による仮登記は,破産手続の関係においては,その効力を主張することができない。ただし,登記権利者が破産手続開始の事実を知らないでした登記又は仮登記については,この限りでない。
2 前項の規定は,権利の設定,移転若しくは変更に関する登録若しくは仮登録又は企業担保権の設定,移転若しくは変更に関する登記について準用する。
破産手続開始後に駆け込みで破産者から第三者への所有権移転登記がなされた場合に,「登記原因は破産手続開始前にあったから登記は有効だ。」と第三者が主張することを許さない趣旨である。ただし,登記の当時,破産手続開始の事実を知らなかったときは登記の有効性を主張できるとされている(49条1項)。
法人について破産手続開始決定がなされたときは,裁判所書記官は,職権で,遅滞なく,破産手続開始の登記を当該破産者の各営業所又は各事務所の所在地を管轄する登記所に嘱託し(257条1項本文),破産者が権利者として登記されている財産を発見したときは,職権で,遅滞なく,破産手続開始の登記を登記所に嘱託しなければならない(258条1項)。これらのことからすると,破産者から登記権利者への不動産の所有権移転登記を依頼された司法書士が法務局に登記の申請をした直後に破産手続が開始され,官報公告,法人登記,当該不動産に対する破産登記が遅れた場合にのみ「破産手続開始後にした登記・登録」が想定できるのであるが,この場合には,代理人の司法書士において,登記の当時,破産手続開始の事実を知らなかったときに限り登記の有効性を主張できることになる(49条1項)。
なお,不動産登記法105条2号に定める請求権保全の仮登記(「2号仮登記」という)については,仮登記権利者が善意すなわち破産手続開始の事実を知らないで破産者から仮登記を受けたときであっても破産手続との関係においてその効力を主張することができないとされている。2号仮登記は「請求権」保全の仮登記であって,破産手続開始前には仮登記によって保全すべき実体的な権利変動がなされておらず,破産手続との関係で善意者を保護する必要がないからである。
5) 破産者に対する弁済と破産手続
(開始後の破産者に対する弁済の効力)
第50条 破産手続開始後に,その事実を知らないで破産者にした弁済は,破産手続の関係においても,その効力を主張することができる。
2 破産手続開始後に,その事実を知って破産者にした弁済は,破産財団が受けた利益の限度においてのみ,破産手続の関係において,その効力を主張することができる。
破産者が破産手続開始当時に有していた債権は破産財団になるから,破産管財人のみが履行の請求や弁済受領等の管理処分ができる。破産者は,破産手続開始以後は債務者に返済を請求できないし債務者から弁済を受領することもできない。債務者が破産管財人ならぬ破産者に弁済しても破産管財人から請求されれば二重弁済の危険を負担しなければならない。
しかし,善意の弁済者を保護する必要があるから,弁済が破産手続開始の事実を知らないでなされたときは,弁済者は,弁済の効力を破産手続との関係においても主張することができるとされている。とはいえ,破産手続開始決定の公告後は悪意と法律上推定されるから(51条),債務者が善意を主張できることは少ないと思われる。また,悪意で破産者に弁済した場合でも,破産者が受領した給付が破産財団に組み込まれれば,破産財団に利得があるから,弁済者は,破産財団が受けた利益を限度として弁済の効力を破産管財人に主張できる(50条2項)。
6) 為替手形の振出人・裏書人の破産と支払人の地位
(為替手形の引受け又は支払等)
第60条 為替手形の振出人又は裏書人について破産手続が開始された場合において,支払人又は予備支払人がその事実を知らないで引受け又は支払をしたときは,その 支払人又は予備支払人は,これによって生じた債権につき,破産債権者としてその 権利を行使することができる。
2 前項の規定は,小切手及び金銭その他の物又は有価証券の給付を目的とする有価証券について準用する。
3 第51条の規定は,前二項の規定の適用について準用する。
為替手形の支払人が手形を引き受けたり,引受人が手形を決済したりするのは振出人や裏書人から委託を受けてのことと思われる。したがって,支払人が手形を引き受ければ,支払人は委託者たる振出人や裏書人に対し,受任者の委任者に対する費用の前払請求権(民法649条)を取得する,また,引受人が現実に手形を決済すれば,受任者の委任者に対する費用償還請求権(民法650条1項)を取得する。しかし,これらは破産手続開始後の引受や支払行為により取得した債権であるから本来は破産債権にはならないはずであるが,善意の引受人や支払者については上記の請求権について破産債権になることを認めたものである。
なお,破産手続開始の事実についての善意・悪意は,引受け又は支払が破産手続開始決定の公告前になされていれば善意と推定され,公告後であれば悪意と推定される(60条3項による51条の準用)。
5 相続の単純承認・放棄と破産
(破産者の単純承認又は相続放棄の効力等)
第238条 破産手続開始の決定前に破産者のために相続の開始があった場合において,破産者が破産手続開始の決定後にした単純承認は,破産財団に対しては,限定承認の効力を有する。破産者が破産手続開始の決定後にした相続の放棄も,同様とする。
2 破産管財人は,前項後段の規定にかかわらず,相続の放棄の効力を認めることが できる。この場合においては,相続の放棄があったことを知った時から3月以内に,その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
破産手続開始前に破産者の被相続人が死亡して相続が開始されたときに,破産者は,熟慮期間*1内であれば破産手続開始後であっても,破産管財人とは関係なく,自ら相続の限定承認と放棄をすることができる。また,熟慮期間を経過すれば単純承認となる(民法921条2号)。破産管財人はこれらの相続手続に関与できない。しかし,破産者がした限定承認は破産手続においてもそのまま限定承認の効力が認められるが,単純承認は破産手続との関係では限定承認として扱われる(238条1項)。また,破産者がした相続の放棄はそのまま放棄として扱うか,限定承認として扱うかが破産管財人の選択に委ねられている(238条2項)。なお,破産管財人が相続の放棄を放棄として扱うときは,相続の放棄があったことを知った時から3月以内に,その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
したがって,相続人の破産管財人は,限定承認として扱うときは,相続財産と固有財産とを明確に区別し,相続債権者たる破産債権者に対しては相続財産の換価金のみをもって配当し,相続人固有の破産債権者に対しては固有財産の換価金のみをもって配当しなければならない。相続放棄として扱うときは,相続債権者の破産債権を否認すべきである。
なお,破産手続開始後に破産者の近親が死亡するなどして相続が開始したときは,破産者が相続する相続財産は完全に破産者の新得財産であり,破産財団にならない。破産債権者はこのような財産からの債権回収を期待する立場にないからである。また,破産手続開始前に破産者の近親が死亡するなどして相続が開始したが,相続人が相続の単純承認・限定承認・相続放棄をした後に破産手続開始になったときは,破産管財人は否認権を行使してこれを否認することはできない。
さらに,破産手続開始後に破産者自身が死亡したときは,破産者の相続財産について破産手続が続行される(227条)。
6 相続財産の破産と破産財団
*1 熟慮期間は,民法915条1項が定める「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」である。
1) 民法上の制度としての相続の限定承認
遺産のうち積極財産の方が多いか消極財産の方が多いかが判明しないときに相続人 により用いられる相続方法として,相続の限定承認がある(民法922条)。相続人が相 続の限定承認をすると,相続人は相続財産を責任の限度として相続する。すなわち, 相続財産をもって債務を弁済したあとに債務が残ってもその債務は相続しない。逆に,プラスの余りが出ればプラス分は相続する。相続人は限定承認をすることにより,相 続債権者や受遺者が相続人の固有財産に対して弁済を迫る(強制執行をしてくる)のを 阻止できる。
民法上の相続の限定承認は,相続人が相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し,限定承認をする旨を申述してする(民法924条)。共同相続人の一人からする限定承認は許されず,共同相続の場合には相続人全員共同してしなければならない(民法9 23条)。また,時期にも制限があり,限定承認は自己のために相続が開始されたことを知った日から3か月以内にしなければならない(民法915条1項,921条2号)。相続人がxxいる場合には裁判所は相続人の中から相続財産管理人を選任する(民法936条)。相続財産管理人は,知っている債権者には個別に,その他には官報で債権届出を催告し,その一方において遺産を換価し債権者に按分配当する。残余の債権は消滅し,相続人は免責される。
2) 破産法上の制度としての相続財産の破産
民法の限定承認とは別に,破産法は相続財産の破産手続を定めている(222条から23 7条)。相続財産の破産手続開始の申立ては,相続債権者(被相続人に対する債権者),受遺者(被相続人から遺贈を受けた者),相続人,相続財産の管理人,遺言執行者がすることができる(224条1項)。相続財産の破産手続開始の申立てを受けた裁判所は,相続財産をもって相続債権者及び受遺者に対する債務を完済することができないと認めるとき,すなわち相続財産が債務超過の状態にあるときに相続財産の破産手続開始決定をする(223条・30条1項)。
ア 相続債権者や受遺者が相続財産の破産手続を申し立てる実益は,相続財産が相続人の固有財産と融合して相続人固有の債務弁済に使用されることを防止できる点にある。相続の限定承認がなされている場合にはその手続に任せておけばよいようにも思われるが,限定承認にあっては,相続人の一人が相続財産管理人となって手続を進めるから(民法936条),相続債権者や受遺者としてはxxさに疑問を感じることがある。そこで破産管財人による相続財産の破産手続を望んで相続財産の破産を申し立てる実益がある。
イ 一方,相続人が相続財産の破産手続を申し立てる実益は,限定承認手続の煩わしさを避ける点にあろう。すなわち,限定承認をして自ら相続財産管理人となって煩わしい手続をするよりか破産管財人に清算してもらう方がありがたいからである。
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しかし,相続財産の破産の方法だけでは相続債権者や受遺者が相続人の固有財産
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に対してする債権回収の矛先をかわせないという重要な法律上の問題があることが
認識されなければならない。というのは,相続財産の破産をしたところで,それに限定承認の効力があるわけではないから,相続債権者や受遺者は,相続財産の破産手続が終了した後でも,相続財産の破産で配当を受けなかった残債権の権利者であり続けるのである。相続人は相続債権者や受遺者が残債権の弁済を請求してくるのを法律上阻止できないのである。この点を誤解して,相続財産の破産手続をすれば残余の債務は消滅すると考えるのは誤りである。考えてみれば当然のことである。すなわち,破産手続によって配当を受けなかった破産債権者の残債権が実体法上変容を被ることがあるとすればそれは破産免責によるか,相続の限定承認をする以外になく,相続財産の破産においては相続財産の免責を認める制度がないのである。したがって,相続財産の破産手続により配当を受けなかった残債権は,免責許可がない破産債権と同様であり,権利として存在し続け,相続人の固有財産にかかっていける。これを防ぐには限定承認によるほかない(倒産判例百選第4版90頁の事案は,限定承認をしていない相続人について,相続財産の破産に限定承認の効力がないとされた事例である。)。このようなこともあって,相続財産について破産手続開始決定があった場合でも,限定承認・・・を妨げないとの注意規定が置かれている(228条本文)。
3) 相続財産の破産の申立時期
相続財産の破産手続はいつまででもできるというわけではない。相続財産の破産手続開始の申立ては,次の期間内にのみすることができる。
ア 財産分離の請求をすることができる間に限りすることができる。すなわち,相続開始の時から3か月以内が原則であるが,3か月経過後でも相続財産が相続人の固有財産と混合しない間は申立てをすることができる(民法941条1項)。
イ 限定承認又は財産分離があったときは,相続債権者及び受遺者に対する弁済が完了するまでの間も,破産手続開始の申立てをすることができる(225条ただし書き)。
4) 相続財産の破産における破産財団
相続財産について破産手続開始決定があった場合には,相続財産が日本国内にあるかどうかを問わず,相続財産に属する一切の財産が破産財団を構成する(229条1項)。この場合において,被相続人が相続人に対して何らかの権利を有していたときは(例えば,親が子に金銭を貸し付けて貸金返還請求権を有していたときなど),その権利は消滅しなかったものとみなされる。また,相続人が被相続人に対して有していた権利(例えば,子が親に金銭を貸し付けて貸金返還請求権を有していたときなど)も同様にして消滅しなかったものとみなされる。
相続財産についての破産手続開始決定があったときに,既に相続人が相続財産の全部又は一部を売却するなどして処分していたときは,相続人が取得していた売買代金債権などの反対給付を受ける権利は破産財団に属し(229条2項),相続人がすでに反対給付を受けているときは,相続人はこれを破産財団に返還しなければならない(同条3項本文)。しかし,相続人が破産の原因となる事実又は破産手続開始の申立てがあったことを知らないでしたときは,反対給付の全部を返還する義務はなく,現存利益のみを返還すれば足りる(同条3項ただし書き)。
1 財団債権
(財団債権の取扱い)
第151条 財団債権は,破産債権に先立って,弁済する。
(破産財団不足の場合の弁済方法等)
第152条 破産財団が財団債権の総額を弁済するのに足りないことが明らかになった場合における財団債権は,法令に定める優先権にかかわらず,債権額の割合により弁済する。ただし,財団債権を被担保債権とする留置権,特別の先取特権,質権又は抵当権の効力を妨げない。
2 前項の規定にかかわらず,同項本文に規定する場合における第148条第1項第1号及び第2号に掲げる財団債権(債務者の財産の管理及び換価に関する費用の請求権であって,同条第四項に規定するものを含む。)は,他の財団債権に先立って,弁済する。
破産管財人が破産財団の換価金から支払う債権には,破産債権のほかに財団債権がある。財団債権は,破産者に対する債権のうち,破産債権に優先し,破産配当によらずに破産管財人から随時に弁済されるべき債権として破産法で特に定められている債権である。
1) 財団債権に該当する債権は,破産債権に先立って個別に弁済される(151条)。
破産債権のように配当率を定めて一斉に配当されることはない。とは言っても,破産財団が逼迫して財団債権すら弁済できない場合には,財団債権も債権額の割合により弁済される(152条1項)。ただし,その場合でも,次の2の①と②の財団債権は財団債権の中でもとくに共益性が高いので,他の財団債権に先立って弁済される(同条2項)。
財団債権を有する債権者は裁判所に債権の届出をする必要はなく,破産管財人に対する任意の履行の請求や訴えの提起などの法的手段によって権利を行使できる。破産債権を有する債権者が破産債権の届出によってのみ権利を行使できるのと異なる。
ただし,財団債権に基づく強制執行は破産債権と同じく禁止されている。すなわち, 42条1項は,「破産手続開始の決定があった場合には,破産財団に属する財産に対す
る強制執行,仮差押え,仮処分,一般の先取特権の実行,企業担保権の実行又は外国租税滞納処分で,破産債権若しくは財団債権に基づくもの又は破産債権若しくは財団 債権を被担保債権とするものは,することができない。」と定めている。
2) 財団債権となる請求権は,148条ないし150条に列挙されている。
①破産債権者の共同の利益のためにする裁判上の費用の請求権
②破産財団の管理,換価及び配当に関する費用の請求権
③破産手続開始前の原因に基づいて生じた租税等の請求権(97条5号に掲げる加算税 等の請求権=これは破産債権とされる=を除く。)であって,破産手続開始当時, まだ納期限の到来していないもの又は納期限から1年(その期間中に包括的禁止命 令が発せられたことにより国税滞納処分をすることができない期間がある場合には,当該期間を除く。)を経過していないもの
④破産財団に関し破産管財人がした行為によって生じた請求権
⑤事務管理,不当利得により破産手続開始後に破産財団に対して生じた請求権
⑥委任の終了又は代理権の消滅の後,急迫の事情があるためにした行為によって破産手続開始後に破産財団に対して生じた請求権
⑦双方未履行の双務契約に関し,53条1項の規定により破産管財人が債務の履行をする場合において相手方が有する請求権(なお,53条1項の規定により破産管財人が解除を選択した場合における相手方の破産管財人に対する給付物の返還に代わる価額請求権も財団債権である(54条2項))。
⑧破産手続の開始によって双務契約の解約の申入れ(53条1項又は2項の規定による賃貸借契約の解除を含む。)があった場合において破産手続開始後,解除・解約による契約終了までの間に生じた請求権
⑨破産者を受遺者とする負担付遺贈について破産管財人が遺贈の履行を受けた場合において,遺贈義務者が当該負担の履行を求める請求権(遺贈の目的の価額を超えない限度)
⑩保全管理人が債務者の財産に関し権限に基づいてした行為によって生じた請求権
⑪破産手続開始前3月間の破産者の使用人の給料請求権(149条1項)
⑫破産手続の終了前に退職した破産者の使用人の退職手当の請求権のうち,退職前3月間の給料の総額(その総額が破産手続開始前3月間の給料の総額より少ない場合にあっては,破産手続開始前3月間の給料の総額)に相当する額の請求権(149条2項)
⑬社債管理者等の費用及び報酬で財団債権とすることについて裁判所の許可を得たもの(150条)
2 破産債権
1) 破産債権と手続外債権
、、
破産債権は,破産手続開始前の原因に基づいて生じた破産者に対する財産上の請求
権のうち財団債権に該当しないものである。破産手続開始後の原因により生じた債権は破産債権に該当しないから破産配当に預かれないが,例外的に破産債権とされているものもある(57条による委任終了後に生じた債権など)。その例外を除けば,破産
、、
手続開始後の原因に基づいて生じた債権は破産債権にはならず,財団債権になる旨が
法定されている場合には財団債権になるが,それを除けば破産債権にもならない。そ れは破産手続とは関係がない手続外債権であり,破産財団から弁済されることはなく,破産者の新得財産を含む自由財産のみを引き当てとする債権である。
2) 手続外債権
個人である破産者は破産手続開始後も命のある限り経済的社会的生活を維持していかなければならず,そのためには債務を負担することもあり得るが,そうして負担する債務に対応する債権は手続外の債権である。破産債権も財団債権も破産財団から破産管財人が支払うが,手続外債権は自由財産のみを引き当てとし,破産者本人が支払う。破産管財人は,破産債権と財団債権の請求は放置できないが,手続外債権は自己の任務と関係がない債権であるから無視できるし,無視すべきである。手続外債権は破産者自身が破産手続と関係なく支払うべき債権である。
3) 破産債権
破産債権とは,破産手続開始前の原因に基づいて生じた破産者に対する財産上の請求権であって,財団債権に該当しないものをいう(2条5項)。なお,破産手続開始後の利息や遅延損害金の請求権などは破産手続開始後の原因に基づいて生じた債権であり破産債権でないのではないかとの疑問が生じるが,97条がこれを破産債権として認めている。ただし,97条により破産債権と認められる債権のうち同条1号から7号までの債権は破産債権の中でも劣後的破産債権になる(99条1項1号)。劣後的破産債権は,優先的破産債権と一般破産債権が100%満足を受けた後になお余裕の配当原資がある場合に限り配当される破産債権であるから,配当がゼロであるのが普通である。
破産手続が開始されると,破産債権の回収は破産手続を通じてのみ実現されなければならないから,破産債権者の個別の権利行使は禁止される。破産債権者は,破産者に対して債務の履行を請求したり,破産者から弁済を受領したり,訴訟を提起したり強制執行を申し立てたりするなど,通常の債権者としての権利行使をすることができない。破産債権者は,破産債権を裁判所に届け出て,破産管財人による配当を待たなければならない。
破産債権 | 破産管財人が支払う。 | %配当として支払う。 |
財団債権 | 破産管財人が支払う。 | 個別に随時に支払う。訴訟もできる。 |
手続外債権 | 破産者個人が支払う。 |
4) 破産債権の要件
ア 物権的請求権は破産債権ではない。
破産者に対する「債権」が破産債権になるから,所有権に基づく物の返還請求権や占有回収請求権などの物権的請求権*1は債権ではないから破産債権にならない。それは取戻権の内容たる実体法上の権利である。
イ 責任財産が一定の財産に限定された債権は破産債権ではない。
破産手続は破産者の総財産を売却して得た金銭から満足を受ける手続である。したがって,債務の責任財産が債務者の総財産ではなく,特定の財産のみに限定されている債権は破産債権にならない。もしそのような債権を破産債権と認めれば責任財産以外の財産による弁済を認める結果になり責任財産を特定の財産に限定した法の趣旨に反する結果になるからである。例えば,海難救助をした救助者が積み荷の所有者に対して取得する救助料債権の責任財産は,救助された積み荷に限定されており積み荷所有者の全財産を責任財産としないから(積荷ノ所有者ハ救助セラレタル物ヲ以テ救助料ヲ支払フ義務ヲ負フ(商法812条)),このような救助料債権は積み荷の所有者の破産事件において破産債権にはならない。
ウ 金銭に評価できない不代替的作為請求権は破産債権ではない。
破産手続は,破産者の総財産の換価金から金銭的配当による満足を実現する手続であるから,破産債権は金銭債権であるか少なくとも金銭に評価できる債権でなければならない(2条5項)。金銭の支払を目的としない債権でも,その債務者以外の者が債務者に代わって債務を履行しても債務の履行と言える代替的作為請求権であれば,破産手続開始の時における評価額が破産債権の額とされるけれども(103条2項1号イ),歌手の出演債務のようにその債務者がしなければ債務の履行とは言えない不代替的作為請求権は,金銭に評価できないから破産債権ではないとされる。また,騒音を出さない債務のような不作為を内容とする請求権も金銭に評価できないから破産債権ではないとされるが,破産手続開始前に債務者に不履行があり損害賠償請求権に転化していれば,その損害賠償請求権は破産債権になる。
エ 強制執行することができない債権は破産債権ではない。
破産は破産者の総財産を強制的に換価して換価金を配当する制度であり総括的強制執行とも言えるから,免責許可を受けた債務者に対する債権のように,強制執行できない債権は破産債権にならない。これは破産者が二度目の破産を受けた場合に
*1 物権的請求権は債権ではないから,民法の債権総則の規定は適用されない。
第1の破産の債権(免責許可済み)は二度目の破産における破産債権とならないと言う意味である。
オ 破産手続開始前の原因に基づいて生じた債権のみが破産債権である。
破産債権は破産手続開始前の原因に基づいて生じた債権である(2条5項)。
破産手続開始後の原因に基づいて生じた債権は破産債権ではなく,財団債権になる債権を除いては手続外の債権になる。このような手続外債権が破産債権として届け出れば破産管財人は否認すべきである。
債権が破産手続開始前の原因に基づいて生じたのかそうでないのかの判断に迷う 場合がある。例えば,破産手続開始前に破産者の債務の保証人になった者が破産手 続開始後に保証債務を履行して取得した求償権はどうか。この求償権が保証契約に 基づいて生じたものであると理解すればそれは破産債権になる。しかし,保証債務 の履行(代位弁済)という事実に基づいて発生したと理解すればそれは破産債権で はない。一体,どのように解すべきかについて,最高裁平成24年5月28日第二小法 廷判決(民集66巻7号323頁)は次のように述べて,破産債権であると判断している。
「保証契約が主たる債務者の破産手続開始前に締結されていれば,当該求償権の 発生の基礎となる保証関係は,その破産手続開始前に発生しているということができるから,当該求償権は,「破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権」(破産法2条5項)に当たるものというべきである。したがって,無委託保証人が主たる債務者の破産手続開始前に締結した保証契約に基づき同手続開始後に弁済をした場合において,保証人が主たる債務者である破産者に対して取得する求償権は,破産債権であると解するのが相当である。」
カ 破産手続開始後の例外的破産債権
破産手続開始後の原因により発生した債権であり本来は破産債権ではなく手続外債権になるところを,他の債権者とのxxなどの理由から,破産債権とされ破産財団からの配当に預かれるものがある。
① 委任契約終了後に発生した債権
委任者が破産した場合において,受任者が,民法655条の規定による破産手続開始の通知を受けず,かつ,破産手続開始の事実を知らないで委任者の破産後に委任された事務を処理したときは,これによって生じた債権について,破産債権者としてその権利を行使することができる(57条)。
② 為替手形の引受人の費用償還請求権
破産手続開始後にその事実を知らないで為替手形を引き受けたり支払ったりした場合の引受人の破産者に対する費用償還請求権も,例外として破産債権とされる(60条)。
③ 破産手続開始後の不履行による損害賠償又は違約金の請求権など
(破産債権に含まれる請求権)
第97条 次に掲げる債権(財団債権であるものを除く。)は,破産債権に含まれるものとする。
一 破産手続開始後の利息の請求権
二 破産手続開始後の不履行による損害賠償又は違約金の請求権
三 破産手続開始後の延滞税,xx税若しくは延滞金の請求権又はこれらに類する共助対象外国租税の請求権
四 国税徴収法・・・又は国税徴収の例によって徴収することのできる請求権(以下「租税等の請求権」という。)であって,破産財団に関して破産手続開始後の原因に基づいて生ずるもの
五 加算税・・・若しくは加算金・・・の請求権又はこれらに類する共助対象外国租税の請求権
六 罰金,科料,刑事訴訟費用,追徴金又は過料の請求権(以下「罰金等の請求権」という。)
七 破産手続参加の費用の請求権八 以下略
前記のとおり,これらは破産手続開始後に発生した債権であっても破産債権になる。ただし劣後的破産債権である(97条2号,99条1項1号)
3 破産債権の種別
1) 破産債権には,次の種類がある。
①優先的破産債権 一般の先取特権により担保される債権や租税債権のように優先権がある破産債権は優先的破産債権とされる(98条1項)。
②劣後的破産債権 一定の種類の債権は劣後的破産債権や約定劣後破産債権とされている(99条1項・2項)。
③約定劣後破産債権 いわゆる劣後債権ローンによる借入金などであり,債務者が万一破産した場合に他の債権に劣後して満足を受けることが破産手続開始前に合意されている債権である。利率が通常の場合より高く設定されているのが通例である。
④一般破産債権 これら以外の破産債権は一般破産債権である。
破産債権の種類の区別は破産配当の区別である。破産配当は,①優先的破産債権,
②一般破産債権,③劣後的破産債権,④約定劣後破産債権の順に,かつ,同種の債権者の間では平等に配当がなされる(194条2項)。
2) 優先的破産債権
(優先的破産債権)
第98条 破産財団に属する財産につき一般の先取特権その他一般の優先権がある破産債権(次条第1項に規定する劣後的破産債権及び同条第2項に規定する約定劣後
破産債権を除く。以下「優先的破産債権」という。)は,他の破産債権に優先する。
2 前項の場合において,優先的破産債権間の優先順位は,民法,商法 その他の法律の定めるところによる。
3 優先権が一定の期間内の債権額につき存在する場合には,その期間は,破産手続開始の時からさかのぼって計算する。
優先的破産債権は,「優先的」とはいっても,財団債権のように随時に弁済を受けられるわけではなく,破産配当として弁済を受ける破産債権であるが,その配当が一般破産債権や劣後的破産債権に優先するものである。
優先的破産債権には次のものがある。
ア 一般の先取特権により担保される破産債権
破産者の総財産を対象とする一般の先取特権により担保される破産債権(民法 306条ないし310条)が優先的破産債権であり(98条1項),次のものがある。ただし,①は財団債権になる。
①共益の費用(各債権者の共同の利益のためにされた債務者の財産の保全,清算又は配当に関する費用の請求権(民法307条1項))
②雇用関係(給料その他債務者と使用人との間の雇用関係に基づいて生じた債権 (民法308条))
③葬式の費用(債務者のためにされた葬式の費用のうち相当な額の請求権(民法3 09条1項))
④日用品の供給(債務者又はその扶養すべき同居の親族およびその家事使用人の生活に必要な最後の6か月間の飲食料品,燃料及び電気の供給に関する請求権 (民法310条))
イ 租税債権のうち財団債権にならないもの
破産手続開始前の原因に基づいて発生した租税債権は,破産手続開始当時において納期限経過後1年以内か納期未到来のものは財団債権になる(148条1項3号)。そして,納期限経過後1年を超えているものは優先的破産債権になる(98条1項)。
ウ 給料債権及び退職金債権のうち財団債権に該当しないもの
給料債権及び退職金債権は一般先取特権により担保されるから優先的破産債権になるが(民法306条,308条),破産手続開始前3か月間分の未払給料債権,破産手続終了前に退職した従業員の未払の退職手当のうち退職前3か月間の給料の総額に相当する額は財団債権に格上げされており,優先的破産債権にならない。
3) 劣後的破産債権
(劣後的破産債権等)
第99条 次に掲げる債権(以下「劣後的破産債権」という。)は,他の破産債権(次項に規定する約定劣後破産債権を除く。)に後れる。
一 第97条第1号から第7号までに掲げる請求権
二 以下略
2 破産債権者と破産者との間において,破産手続開始前に,当該債務者について破産手続が開始されたとすれば当該破産手続におけるその配当の順位が劣後的破産債権に後れる旨の合意がされた債権(以下「約定劣後破産債権」という。)は,劣後的破産債権に後れる。
劣後的破産債権は,優先的破産債権及び一般破産債権に劣後して配当を受けることができる破産債権である。優先的破産債権と一般破産債権に100%の配当をしてなお余りがある場合にのみ配当されるが,現実にはそのようなことはまず考えられないから,劣後的破産債権に該当すれば破産配当はないと考えてよい。
4) 約定劣後破産債権
企業による多様な資金調達の一環として,資金の借入れにあたり,当該債権者に対する弁済を他の一般債権者に対する債務の弁済よりも劣後させる合意を特約する場合があり,それが約定劣後破産債権である。約定劣後破産債権は配当の順位において劣後的破産債権にも後れる(99条2項,194条1項4号)。
5) 一般破産債権
一般破産債権は,優先的破産債権,劣後的破産債権,及び約定劣後破産債権を除いた,他のすべての債権である。
4 破産債権の金銭化
破産債権は現物ではなく,金銭で配当されるから破産債権は金銭に評価されなければならない。金銭でないものを金銭に評価することを「金銭化」という。貸金債権や売買代金債権のように初めから金銭で計算される債権は改めて金銭化の必要はなく,破産手続開始時の残存元本,利息及び遅延損害金の合算額が破産債権額になる。
これに対して,金銭の支払を目的としない非金銭債権,金額の不確定な金銭債権,その額を外国の通貨をもって定めた外国通貨債権,存続期間が不確定な定期金債権については,金銭化が必要である。破産債権の届出をする債権者は,自ら金銭化をして,破産手続開始の時の評価額(103条2項1号)を届出書に記載して破産債権を届け出る必要がある。債権調査において破産管財人が認め,かつ,届出破産債権者から異議がない場合には,債権者が自ら評価して届け出た金額が破産債権の額として確定し(124条1項),破産管財人が認めず,又は届出破産債権者が異議を述べた場合には,破産債権査定の裁判等の手続を通じて金銭化された破産債権額が確定される(125条,126条)。
5 破産債権の現在化
1) 期限未到来の期限付債権
第103条3 破産債権が期限付債権でその期限が破産手続開始後に到来すべきものであるときは,その破産債権は,破産手続開始の時において弁済期が到来したものとみなす。
債権者が破産者に対して有する破産債権の弁済期が到来していなければ本来は破産債権としての権利行使ができないところであるが,破産法上は破産手続開始の時に期限が到来したものとみなされ,破産債権として届け出て配当を受けることができる( 103条3項)。たとえば10年先に弁済を約束した融資にかかる貸金債権の債務者が破産したときは,貸金債権の弁済期が到来したとみなして破産債権として認められる。これが現在化の意味である。ゴルフ場経営会社が破産した場合における償還期限未到来の預託金返還請求権も同様にして現在化により破産債権になる。
2) 条件未成就の条件付債権
第103条4 破産債権が破産手続開始の時において条件付債権又は将来の請求権であるときでも,当該破産債権者は,その破産債権をもって破産手続に参加することができる。
ア 債権者が破産者に対して有する債権が停止条件付であり停止条件が成就していなければ現在において有効に存在する債権ではないが,破産法上は無条件の債権として破産手続に参加できる(103条4項)。また,債権者が破産者に対して有する債権が解除条件付であれば現在有効な債権であっても,将来解除条件が成就すれば無効になる可能性があるが,破産法上は無条件の債権として破産手続に参加できる(同)。
イ しかし,中間配当の段階で停止条件や解除条件の成否が未確定であれば,単純に中間配当するわけにはいかない。破産管財人は,停止条件付債権については配当額を債権者に配当せずに寄託すべきである(214条1項4号)。ここに言う「寄託」とは,法務局への供託を言うのではなく,金融機関に対する消費寄託すなわち預金のことである。また,解除条件付債権である破産債権については相当の担保を供しなければ,中間配当を受けることができない(212条1項)。担保が供されていない解除条件付債権については,中間配当額は寄託される(214条5項)。
ウ 最後配当の段階になると,最後配当の除斥期間内に停止条件が成就していなければ配当から除斥される。また,解除条件が成就していた場合にも配当から除斥される。これに対し,停止条件が成就していたり解除条件が成就していなければ,破産管財人は金融機関に寄託していた金額の払戻しを受けて破産債権者に追加配当しなければならない(198条2項)。
6 金銭化・現在化と保証人・物上保証人との関係
破産債権の金銭化と現在化は破産手続内の効力であるから,破産手続外の第三者(保証人,連帯債務者,物上保証人など)には効力が及ばない。例えば,破産者の債務の保証人は,主たる債務が期限未到来であれば保証債務の履行を請求されても拒み得るし
(現在化の効力は保証人に及ばない。),物上保証人が提供した担保権について,担保権者は,債務者が破産したことを理由に期限未到来の債権の履行期が到来したと主張して担保権の実行を申し立てることはできない(現在化の効力は物上保証人に及ばない。)。
7 保証人の破産と手続参加
保証人について破産手続開始の決定があったときは,債権者は,破産手続開始の時において有する債権の全額について破産手続に参加することができる(105条)。
1 破産債権の届出
破産債権者が破産債権を行使するには,破産手続による権利行使以外に方法がない( 100条1項)。破産手続による権利行使とは,自ら進んで自己が有する破産債権を裁判所に届け出て,調査・確定の手続を経て,配当を受けたり債権者集会の審議・決議に加わることである。
届出がない破産債権は,破産配当に預かれないし債権者集会の決議に加われない。しかし,破産債権の届出をしなかったからといって債権自体が消滅するわけではない。免責許可決定が確定すれば届出のない債権も含めて免責の効力を受け,強制執行できない債権に変容するが,免責不許可決定があった場合にはそういう効果は受けないし,免責許可決定があっても非免責債権(253条1項ただし書き)に該当すれば,破産債権の届出に関係なく完全に有効な債権として破産手続終了後も存続する。
2 破産債権届出の手続等
1) 届出期間
破産債権の届出期間は,破産手続開始決定と同時に裁判所が定める(31条)。しかし,異時廃止が見込まれるときは,破産債権を届出させても無駄になることが多いから,裁判所は破産債権の届出期間を決めない運用をすることもある。
なお,破産債権者が,自己の責めに帰することができない事由により届出期間内に届出できない救済措置として,その事由が消滅した後1月以内に限り破産債権を届け出ることが認められている(112条1項)。
2) 届出事項
次のとおりである(111条1項)。
①破産債権の額及び破産債権の発生原因
②優先的破産債権であるときは,その旨
③劣後的破産債権又は約定劣後破産債権であるときは,その旨
④自己に対する配当額の合計額が最高裁判所規則で定める額に満たない場合においても配当金を受領する意思があるときは,その旨
⑤その他最高裁判所規則で定める事項
なお,別除権者は,次の事項を届け出なければならない(111条2項)。
⑥別除権の目的である財産
⑦別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額
3) 債権届出の消滅時効の中断効
破産債権を届け出ると,債権の消滅時効は中断される(民法152条)。
破産債権の届出は,債権を行使する旨の債権者の意思表明であり,破産債権者表という債務名義の成立を目指す権利行使とも言えるから,訴えの提起と同様,消滅時効の中断事由とされたのである。
4) 届出名義の変更
破産債権者が破産債権の届出をした後に,破産債権者から破産債権を譲り受けて債権者となり,破産管財人に対する対抗要件(債権譲渡の対抗要件)を具備した新債権者は,一般調査期間の経過後又は一般調査期日の終了後でも,届出名義の変更をすることができる(113条1項)。また,破産債権届出後に他の全部義務者が代位弁済して破産債権の全部を消滅させたときには届け出名義の変更を受けることができる。しかし,一部を消滅させたに過ぎないときは,届出名義の変更を受けることができないとされている(104条2項)。
5) 届出の取下げ
破産債権者は既にした破産債権の届出を取り下げることができる。破産債権の届出の取下げは将来に向かって破産手続を離脱する効力がある。遡及効はない。したがって,一部配当を受けた後に届出の取下げがなされても過去の配当の効力には影響がない。しかし,取下げにより時効中断の効力は消滅する(民法152条)。
3 破産債権者表の作成
裁判所書記官は,破産債権の届出にもとづき,破産債権者表を作成しなければならない(115条1項)。
4 破産債権の調査と確定
1) 破産債権の確定の意義
破産債権者が,破産債権の配当を受けたり債権者集会等で議決権を行使するためには,破産債権の存在と金額が破産手続内で確定されていなければならない。
破産債権の確定は,届出られた破産債権に対する破産管財人の認否と他の届出破産債権者からする異議の有無を通じて行われる。破産管財人が否認したり他の債権者が異議を述べることを「異議等」と言う(破産者の異議は含まない。)。異議等がなければ届出内容のとおりに破産債権が確定し,異議等があれば破産債権査定の裁判などを通じて破産債権の存在又は不存在が確定される。しかし,租税債権などは,公法上の請求権としての性格から届出のとおりの内容で存在するものとされ,破産債権の調査はされない。
2) 一般調査期間と特別調査期間
届出のあった破産債権に対しては,放置することなく,てきぱきと調査がなされなければならない。そこで,裁判所は,破産手続開始決定と同時に,破産債権の調査をするための期間を定める(31条1項3号)。これが「一般調査期間」である(112条1項)。裁判所は,一般調査期間の開始前に破産管財人に破産債権の認否書を提出させ,一般調査期間中に債権者に異議の申立てをする機会を与える。
また,裁判所は,債権届出期間の経過後に破産債権の届出があったときでも,一般調査期間の満了前であれば,調査を拒否することはできず,その調査をするための期間を定めなければならない(119条)。これは,「特別調査期間」と呼ばれる。
3) 一般調査期日と特別調査期日
裁判所は,必要があると認めるときは,破産手続開始決定と同時に,一般調査期間ではなく,破産債権を調査させるための「期日」を定めることができる。これが「一般調査期日」である。また,債権届出期間の経過後に破産債権の届出があったときでも,一般調査期日の満了前であれば,調査を拒否することはできず,その調査をするための特別調査期日を定めなければならない(122条)。
ア 一般調査期間における書面による破産債権の調査
一般調査期間が定められたときは,書面による破産債権の調査(117条以下)が行われる。
イ 破産管財人の認否書による認否
破産管財人は,一般調査期間開始前の裁判所の定める期限までに,届出があった破産債権についての認否書を作成し,裁判所に提出しなければならない(117条)。
ウ 他の破産債権者の書面による異議
他の破産債権者は,届出のあった破産債権に対し,一般調査期間内に,書面により異議を述べることができる。例えば,債権者Aが届け出た債権について疑義を有する他の届出破産債権者Bは,破産管財人の認否いかんにかかわらず,書面により Aの破産債権に対する異議を述べることができる(118条1項)。
エ 破産者の異議
破産者本人も一般調査期間内に,裁判所に対し,破産債権の額について書面で異議を述べることができる(118条2項)。ただし,破産者の異議は,破産債権の確定を阻止する効力はない。破産債権の確定は,破産者の異議とは関係なく,破産管財人の認否と他の破産債権者の異議の結末により決まる。
4) 一般調査期日における破産債権の調査
一般調査期間ではなく一般調査期日が定められたときは,期日における破産債権の調査(121条)が行われる。破産管財人は,一般調査期日に出頭し,債権届出期間内に届出があった破産債権について,認否をしなければならない。一般調査期日におけ
る破産債権の調査は,破産管財人が出頭しなければすることができない。届出をした破産債権者は一般調査期日に出頭し,異議を述べることができる。
破産者は,一般調査期日に出頭しなければならない。ただし,正当な事由があるときは,代理人を出頭させることができる。出頭した破産者も,破産債権の額について,異議を述べることができる。
5) 調査による破産債権の確定とその効力
届出のあった破産債権につき異議等(管財人の否認や他の破産債権者の異議)がなかった場合には,裁判所書記官はその結果を破産債権者表に記載しなければならない( 124条2項)。このことによって,①破産債権の額,②優先的破産債権であること,③劣後的破産債権又は約定劣後破産債権であることは確定し,これらの事項に関する破産債権者表の記載は,破産債権者の全員に対して確定判決と同一の効力を有する(12 4条3項)。
6) 破産債権査定手続
調査期間又は調査期日において,破産管財人が破産債権を否認したり,他の破産債権者が異議を述べたときは,破産債権は確定しない。この場合には,異議等の対象となった破産債権を有する債権者は,自己の債権の確定を求めるために,破産裁判所に破産債権査定の申立てをすることができる。
ア 裁判所は,破産債権査定の申立てについて審理の上,異議等のある破産債権の存否及び金額等を査定する決定(破産債権査定決定)をしなければならない(125条3項)。
イ 裁判所がした破産債権査定決定に不服がある者は,破産債権査定異議の訴えを提起することができる。出訴期間は,査定決定の送達を受けた日から1月の不変期間である(126条1項)。破産債権査定異議の訴えの管轄裁判所は破産裁判所であり( 2項),その管轄は専属管轄である(6条)。破産債権査定異議の訴えを受け付けた裁判所は,審理の上判決をするが,判決の内容は,訴えを不適法として却下する場合を除き,破産債権査定申立てについての原決定を認可し,又は変更する内容となる(126条7項)。
ウ 破産債権の確定に関する訴訟の結果の記載
裁判所書記官は,異議のあった破産債権の確定に関する訴訟の結果を,破産債権者表に記載しなければならない(130条)。
エ 訴訟費用の償還
破産債権の届出に対し,他の破産債権者が異議を述べ,その異議が認められたときは破産財団が利益を受けるから,異議を述べた破産債権者は,その利益の限度において財団債権者として,訴訟費用の償還を請求することができる(132条)。
7) xxxある債務名義又は終局判決のある破産債権の特則
債務名義等を有する破産債権者は手続的に有利に扱われる。
ア xxxある債務名義又は終局判決がある破産債権については,「破産者がすることのできる訴訟手続」によってのみ,異議を主張することができる(129条1項)。 イ「破産者のすることのできる訴訟手続」とは,異議等のある破産債権について終局判決がxxxx確定であるときは,終局判決に対する上訴がそれであり,確定して いるときは再審の訴えの提起である。また,破産債権についてxxxある債務名義 としてのxx証書があるときは請求異議の訴えが破産者のすることのできる訴訟手 続であり,また,xxxある債務名義が仮執行宣言付支払督促であるときはこれに 対する督促異議の申立て(民事xxx393条)である。そもそも「破産者のするこ
とのできる訴訟手続」が存在しないときは,異議の主張方法がない。
ウ これらの「破産者のすることのできる訴訟手続」は,調査期間の末日か調査期日から1月の不変期間内にしなければならない(129条3項)。
エ この期間内に異議の主張がされなかった場合には,異議者等が破産管財人であるときは破産管財人においてその破産債権を認めたものとみなされ,異議者等が破産債権者であるときは異議はなかったものとみなされる(4項)。
8) 訴訟係属ある破産債権の特則
ア 破産債権について訴訟が第1審に係属しているときは,その訴訟手続は破産手続開始により中断し,原告たる債権者は破産債権の届け出をすることになるが,届け出た破産債権に対して異議等を受けたときは,破産債権者が自己の債権の確定を求めるためには,破産債権査定の申立てではなく,異議者等を被告として,中断している訴訟手続の受継を申し立てるべきである(125条1項ただし書き)。受継の申立ては調査期間の末日又は調査期日から1月の不変期間内にしなければならない(127条2項,125条2項)。
イ 破産債権について訴訟が控訴審や上告審に係属しているときはすでに終局判決があるから,債権者からは格別何もする必要がなく,異議者等において破産手続開始により中断している訴訟手続を受継しなければならない(129条2項)。受継は,調査期間の末日か調査期日から1月の不変期間内にしなければならず(129条3項),期間内に受継がされなかった場合には,異議者等が破産債権者であるときは異議はなかったものとみなし,異議者等が破産管財人であるときは破産管財人においてその破産債権を認めたものとみなされる(129条4項)。
1 別除権の意義
(定義)
第2条9 この法律において「別除権」とは,破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき特別の先取特権,質権又は抵当権を有する者がこれらの権利の目的である財産について第65条第1項の規定により行使することができる権利をいう。
上記の定義規定によれば,別除権とは,次の要件を備えたものである。
①破産手続開始の時に破産財団に属する財産につき有する権利であること。
②特別の先取特権,質権又は抵当権を有する者がこれらの権利の目的である財産について破産手続によらないで行使することができる権利であること。
2 破産者以外の者が破産債権者のために供した担保権の扱い
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1) 別除権は,破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき存する担保権で
あるから,破産者以外の者が物上保証人として同人所有の財産につき破産債権者のために設定した担保権は別除権ではない。このような担保権は別除権ではなく破産手続と関係がない担保権である。したがって,このような担保権は,破産手続における担保権消滅の許可制度(186条)の適用を受けないし,破産債権の届出に際し別除権事項についての届出(111条2項)を要しない。
また,物上保証人が提供した担保権の実行により破産債権の一部が満足されたり,
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物上保証人が利害関係人として債務の一部を弁済した場合には,破産債権者は,届出
にかかる破産債権額から弁済額を減額したり,弁済者に破産債権の一部を承継させたりする必要はなく(103条の届出名義の変更をする必要がない),届出時の債権金額をそのまま維持できる(104条5項)。
2) 破産者が免責許可決定を受けても債権者が物上保証人らに対して有する担保権は消滅しない。この点は,担保物権の附従性との関係で疑問が生じるから,破産法253条2項は,「免責許可の決定は,破産債権者が破産者の保証人その他破産者と共に債務を負担する者に対して有する権利及び破産者以外の者が破産債権者のために供した担保に影響を及ぼさない。」と注意的に定めている。
3 別除権となる担保権(その1)
別除権となるのは担保物権であるが,すべての担保物権が別除権となるのではなく,根抵当権,抵当権,質権又は特別の先取特権のみが別除権とされる。一般の先取特権は別除権にならない。もっとも,後記のとおり,法解釈により別除権となる権利も認められている。
1) 一般の先取特権は別除権にならない。
先取特権には特定の財産を対象とする特別の先取特権と債務者の総財産を対象とする一般の先取特権とがあるが,別除権になるのは特別の先取特権のみであり,給料債権のような一般の先取特権により担保される債権は別除権にはならず,破産債権,その中でも優先的破産債権になる。(98条1項。なお3か月分は財団債権になる。)。
2) 商事留置権は特別の先取特権と見なされ,別除権になる。
(留置権の取扱い)
第66条 破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき存する商法又は会社法の規定による留置権は,破産財団に対しては特別の先取特権とみなす。
2 前項の特別の先取特権は,民法 その他の法律の規定による他の特別の先取特権に後れる。
3 第1項に規定するものを除き,破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき存する留置権は,破産財団に対してはその効力を失う。
商法521条が定める商人間の留置権,会社法20条が定める代理商の留置権その他商
法や会社法による留置権は,破産法66条1項により特別の先取特権とみなされること
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を通じて別除権になる。これに対し,民事留置権(民法295条)は特別の先取特権とみ
なされないから別除権にならない。別除権にならない民事留置権は,破産財団に対してはその効力を失う(66条3項)。その結果,破産管財人から目的物の引渡を求められた民事留置権者は留置権を主張して引渡を拒むことができない。
3) 手形も商事留置権の対象として別除権になる。
(商人間の留置権)
商法第521条 商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは,債権者は,その債権の弁済を受けるまで,その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することができる。ただし,当事者の別段の意思表示があるときは,この限りでない。
商法521条は,商人間の留置権の対象を「債務者の所有する物又は有価証券」と規定しているから手形などの有価証券が留置権の対象となることは明らかである。
最高裁平成10年7月14日第三小法廷判決(民集25巻5号1261頁・倒産判例百選第4版 52)は破産との関係で手形を目的物とする商人間の留置権(特別の先取特権とみなさ れる)が問題になった事案である。Y銀行は,取引先のAから,Aが所持していた第 三者振出しの商業手形を裏書を受けて割引予定で預かっていたところ,Aが破産した。 Aの破産管財人XがY銀行に対して破産者が預けた手形の返還を求めたが,Y銀行は 商人間の留置権を主張して手形の返還を拒絶し,銀行取引約定書の合意に基づき当該 手形を取り立てた上で取立金を貸金債権の弁済に充当した。これに対し,破産管財人 Xが,Y銀行の取立行為は何らの権限なしに破産者の財産権を侵害した不法行為であ ると主張して損害賠償を請求する訴訟を提起した。
第1審判決は破産管財人Xの請求を棄却したが,原審はY銀行の不法行為責任を認めて第1審判決を取り消し,Xの請求を認容した。そこでY銀行が上告した。
最高裁は,商人間の留置権の成立と銀行取引約定によるY銀行の取立権を認め,Y銀行がした手形返還の拒絶と取立行為には法律上の根拠があって不法行為に該当しないと判断し,原判決を破棄すると共に第1審判決に対する控訴を棄却した(原告の請求を棄却した第1審判決が有効な判決として残る。)。
「破産財団に属する手形の上に存在する商事留置権を有する者は,破産宣告後においても右手形を留置する権能を有し,破産管財人からの手形の返還請求を拒むことができるものと解するのが相当である。」,
「本件事実関係の下においては,上告人は,本件約定書4条4項による合意に基づき,本件手形を手形交換制度によって取り立てて破産会社に対する債権の弁済に充当することができるのであり,上告人の行為は,被上告人に対する不法行為となるものではない。」
なお,上記事案のYは株式会社たる銀行であり商法上の商人であり,Aも商人であ るから商人間の留置権が成立し,破産手続においても別除権として保護される。しか し,仮にYが銀行ではなく信用金庫であればどうか。信用金庫は商人でないから,信 用金庫は割引予定で預かった手形について商人間の留置権を行使することができない。そうすると,信用金庫は預かった手形を留置して手形の返還を拒絶する法的根拠を有 しないから,信用金庫は預かり手形を破産管財人に返還すべきであり,これを返還し なければ,信用金庫は,手形返還債務と返還債務の不履行による損害賠償債務を負担 することになるであろう。
4) 建物の敷地と商事留置権
東京高裁平成10年11月27日決定(倒産判例百選第4版53)は,建物の建築を注文した注文主が破産した場合に,請負人が主張する建物の請負代金債権を被担保債権とし敷地を目的物とする請負人の商事留置権と,敷地に対する根抵当権との優劣が問題となった事案である。根抵当権の実行による不動産競売を担当した裁判所は,本件不動産には請負人の商事留置権が成立しているからその価額を控除して最低売却価額を決定すべきであり,そうすると根抵当権者に配当される可能性がなく,無剰余競売(民事xxx63条)になるとの理由で競売申立てを却下した。これに対し根抵当権者が執行抗告したところ,抗告審の東京高裁は,原決定を取り消し,その理由として次のように述べた。すなわち,「請負人の有する商事留置権は破産手続との関係では特別の先取特権になるが,根抵当権との優劣は対抗要件の具備の順序によるべきである。本件商事留置権は根抵当権に後れる担保権であるから最低売却価額の決定に当たり考慮する必要はなく,これを考慮した原決定は誤りである。」と。
しかし,この決定には疑問がある。
商人間の留置権は「債務者所有の物又は有価証券」について成立するが,建物や土地のような不動産には成立しないのではないか。現在のところ最高裁判例は見当たら
ないが,高等裁判所段階の裁判例としては,建物について,東京高等裁判所平成8年5月28日判決(判例時報1570号118頁)が不動産たる建物については商人間の留置権は成立しないと明確に判示している。また,留置権の主張には対抗要件が不要なのではないか。留置権は占有の継続が対抗要件であり,民法177条は適用されないと考えられる。担保不動産の競売において,目的不動産に対する商事留置権は,売却によっても消滅せず,買受人が引き受けるのではないか(民事xxx188条,59条4項)。
4 別除権となる担保権(その2)
法解釈により別除権となる担保権がある。
1) 譲渡担保
譲渡担保は,①金銭消費貸借契約を締結して金銭を貸し付け,貸金債権の担保とし て担保物の所有権を債権者に移転する方法と,②目的物を買う形式をとり売買代金を 支払うという形で買主から売主に金銭を融通し,売主は代金を支払って目的物を買い 戻す権利を有するという方法であり売渡担保と呼ばれるものがある。いずれの形態も,目的物の所有権を債権者に移転するが,それは債権の担保を目的とするものであるか ら,実質は担保である。
ア 譲渡担保権設定者の破産
目的物の所有権は譲渡担保権者に移転しているから,その点を重視すれば,譲渡担保権者は取戻権を行使して目的物件の占有を回収できそうであるが,譲渡担保の実質は担保権であることを重視すれば,取戻権として単純な所有権に基づく引渡請求を認めるのは行き過ぎである。最高裁は,会社更生手続との関係であるが,譲渡担保権者は更生担保権として権利を行使すべきであり取戻権を有しないと判断している。すなわち,最高裁昭和41年4月28日第xx法廷判決(民集20巻4号900頁・倒産判例百選第4版50)は,次のように判示している。
「原審が確定した事実によれば,昭和34年12月25日本件更生手続開始当時,本件物件の所有権は,訴外xx木材株式会社(更生会社)と上告会社間の譲渡担保契約に基づき,上告会社に移転していたが,右所有権の移転は確定的なものではなく,両会社間に債権債務関係が存続していたものである。かかる場合,譲渡担保権者は,更生担保権者に準じてその権利の届出をなし,更生手続によつてのみ権利行使をなすべきものであり,目的物に対する所有権を主張して,その引渡を求めることはできないものというべく,すなわち取戻権を有しないと解するのが相当である。」
破産手続においても,譲渡担保権者は別除権者として権利を行使すべきであり,完全な所有者として取戻権を行使することはできないと解すべきである。譲渡担保契約の内容にしたがって,目的物の引渡しを受け,目的物を評価・換価し,優先的に満足を受け,被担保債権額を超えて余剰が出たときは清算金として破産財団に返
還しなければならない。また,譲渡担保権設定者の受戻権は破産財団に属するから,破産管財人は譲渡担保の被担保債権を弁済して目的物を受け戻すことができる(78 条14号)。
イ 譲渡担保権者の破産
譲渡担保権は破産財団に属し,破産管財人が譲渡担保権を行使する。ウ 商業手形の譲渡担保と破産
銀行などの金融機関の貸付けにおいて,商業手形の譲渡担保がしばしば用いられ る。商業手形の譲渡担保とは,金融機関が取引先に金銭を貸し付ける際に,取引先 が所持している第三者振出しの約束手形(に表象される手形金請求権)を金融機関 が担保にとる方式である。商業手形担保貸付け(商担手貸)という。金融機関は担 保として受け取った手形を満期の到来と共に取り立て,貸金債権の弁済に充当する。したがって,貸金債権の債権者である金融機関は,債務者が破産しても,別除権の 行使として,破産手続によらずに担保手形の取立金から優先的満足を受けることが できる。
2) 所有権留保
所有権留保は,売買代金を分割弁済する約定の売買契約において,売買代金が完済されるまでは目的物の所有権が売主に留保される旨の売買契約の特約である。所有権が売主に留保されるのは売買代金債権の担保のためであるから,これも一種の担保であり,売主は完全な所有権を有しない。その所有権は担保としての権利である。
したがって,所有権留保の売主は,買主が破産した場合には,取戻権の行使ができず,別除権者として,破産管財人に対し,目的物の返還・引渡しを求めて目的物を処分・換価し,売買代金債権に充当して剰余が出れば破産財団に返還すべきである。取戻権のように取り切りはできない。
なお,双方未履行の双務契約に該当するのではないかとの疑問が生じるが,既に目的物が引き渡されており,売主は担保目的の所有権を留保しているに過ぎないから,売主の履行は実質的には完了しており,双方未履行の双務契約にはならないと解すべきである。
3) 仮登記担保
金融取引において,債権者と債務者との間で債務者が所有する不動産を目的物として代物弁済予約や売買予約を締結し,同時に停止条件付所有権移転の仮登記や所有権移転請求権保全の仮登記をする取引が見られるが,これが仮登記担保である。債務者に債務不履行があると,予約完結権の行使あるいは停止条件の成就によって目的不動産による代物弁済として,あるいは債権者が目的不動産を買い受けることによって目的不動産の所有権が完全に債権者に移転するとともに,被担保債権が消滅する仕組みである。
仮登記担保については,「仮登記担保契約に関する法律」が適用される。
ア 仮登記担保権設定者(債務者)が破産したときは,仮登記担保権者については抵当権者に関する規定が準用されるから(仮登19条1項),仮登記担保権者は別除権者になる。仮登記担保権の行使は,具体的には次のとおりである。すなわち,仮登記担保権者は,破産管財人に対し予約完結権を行使し又は停止条件が成就したものとして,清算金額(清算金がないときはその旨)を破産管財人に通知する(同2条 l項)。その通知が破産管財人に到達した日から2か月(清算期間)を経過したときに所有権移転の効力が生じ(同条1項),仮登記担保権者は本登記を請求することができるようになる。破産管財人は,清算金の支払を受けるときまで,目的不動産を受け戻すことができる(同11条本文)。
イ 仮登記担保権者が破産したときは,破産管財人は,予約完結権を行使し又は停止条件の成就により,清算金額の通知をする。清算期間が経過した後に所有権は破産財団に属するから,破産管財人は本登記を請求することができる。設定者は,清算金の支払を受けるときまで,破産管財人に対し,被担保債権を弁済して目的不動産の受戻しを求めることができる。
5 別除権の行使
(別除権)
第65条 別除権は,破産手続によらないで,行使することができる。
2 担保権(特別の先取特権,質権又は抵当権をいう。以下この項において同じ。)の目的である財産が破産管財人による任意売却その他の事由により破産財団に属しないこととなった場合において当該担保権がなお存続するときにおける当該担保権を有する者も,その目的である財産について別除権を有する。
1) 別除権は,破産手続によらないでこれを行使することができる(65条1項)。「破産手続によらないで行使する」とは,別除権者は破産裁判所に破産債権を届け出て破産管財人から配当を受けるのではなく,別除権とされる根拠となった実体法上の権利の内容として法律上認められている通常の権利の行使方法により担保権を行使することができるという意味である。なお,別除権の行使によって回収した金額の被担保債権への充当は破産法の拘束を受けない。被担保債権の優先・劣後等破産債権の種類に応じて充当する必要はなく,劣後的破産債権から先に充当してもよい。優先・劣後の区分は破産管財人による破産配当の場合の基準に過ぎないからである。したがって,別除権の行使により得た競売配当金を破産手続開始決定後の遅延損害金(劣後的破産債権)から充当していくことも何ら妨げられない(倒産判例百選第4版51)。
2) 抵当権者,不動産質権者及び不動産の先取特権者は,裁判所に不動産競売を申し立て,裁判所の配当により優先弁済を受ける(民事xxx180条以下)。その他の別除
権者もそれぞれの別除権に定められた権利の行使方法により満足を受ける。なお,商法上の留置権は特別先取特権とみなされるから(66条1項),不動産や動産の先取特権の実行の方法に従う(民事xxx195条)。
3) 動産の売買契約の売主が目的物を買主に引渡したが,売買代金の支払を受けていない間に買主が破産手続開始決定を受けた場合には,売主が有する売買代金債権は破産債権であるが,売り渡した目的物が破産者の占有にある限り,売主は当該目的物に対する動産売買の先取特権を取得し(民法311条5号,321条),別除権者として先取特権を行使することができる。また,破産者が破産手続開始決定の時には既に目的物を第三者に転売して引渡し済みのときは,売主は目的物に対する先取特権を失うが(民法333条),この場合には,転売代金債権(破産財団に属する)が未回収で存続中である限り,破産管財人による取立てを排して,転売代金債権に対する物xx位(民法30 4条1項)により優先的に破産債権を回収することができる。
最高裁昭和59年2月2日第xx法廷判決(民集38巻3号431頁・倒産判例百選第4版5 4)は,動産の買主が破産宣告を受けた場合の売主の物xx位について,転売代金債権が破産管財人に支払われるべきか売主に支払われるべきかが不確知であるとして供託された供託金について,還付請求権が自己に属すると主張して破産管財人が提起した還付請求権帰属確認訴訟を扱った事案である。第1審判決が破産宣告前に売主の差押えがされていなかったとの理由で売主の物xx位を認めず破産管財人の請求を認容し,控訴審も1審判決を維持して控訴を棄却したのに対し,最高裁は原判決と第1審判決を取り消し,破産管財人の請求を棄却した。最高裁は次のように判示している。
「債務者が破産宣告決定を受けた場合においても,その効果の実質的内容は,破産者の所有財産に対する管理処分権能が剥奪されて破産管財人に帰属せしめられるとともに,破産債権者による個別的な権利行使を禁止されることになるというにとどまり,これにより破産者の財産の所有権が破産財団又は破産管財人に譲渡されたことになるものではなく,これを前記一般債権者による差押の場合と区別すべき積極的理由はない。したがつて,先取特権者は,債務者が破産宣告決定を受けた後においても,物xx位権を行使することができるものと解するのが相当である。」
6 別除権に対する破産手続の干渉
1) 破産管財人による目的財産の提示・評価権
破産管財人は,別除権者に対し,別除権の目的物の提示を求めることができる(15 4条1項)。例えば,破産管財人は,債権者が商事留置権に基づき占有している物の提
示を求めることができる。また,破産管財人は,目的物を金銭に評価することができ,別除権者はこれを拒むことができない(同条2項)。この目的物提示請求権と評価権 は,別除権者が別除権の行使によって回収できない債権額(行使不足額)を破産債権 として行使できることとの関係で(108条1項参照),破産管財人がその資料を得るた
めである。
2) 破産管財人による別除権の目的物の換価権
(換価の方法)
第184条 第78条第2項第1号及び第2号に掲げる財産の換価は,これらの規定 により任意売却をする場合を除き,民事xxxその他強制執行の手続に関する法令の規定によってする。
2 破産管財人は,民事xxxその他強制執行の手続に関する法令の規定により,別除権の目的である財産の換価をすることができる。この場合においては,別除権者は,その換価を拒むことができない。
3 前2項の場合には,民事xxx第63条及び第129条これらの規定を同法その他強制執行の手続に関する法令において準用する場合を含む。)の規定は,適用しない。
4 略
「第78条第2項第1号及び第2号に掲げる財産」とは,不動産所有xxのことである。破産管財人は破産財団に属する不動産等を任意に売却することもできるし,民事xxxなどの法令の規定に従って換価することもできる。破産財団に属する財産のうち別除権の目的物となっているものは,破産管財人がしなくても別除権者が競売を申し立てるのを甘受しておればよいとも言えるが,別除権者が一向に権利行使をしない場合に備えて,184条2項は,破産管財人に別除権の目的物を法律の規定により換価する権限を与えている。すなわち,破産管財人は,別除権の目的物を,民事xxxその他強制執行の手続に関する法令の規定による換価(不動産競売の申立てなど)をすることができ,別除権者はこれを拒むことができない。破産管財人が申し立てる競売は,それが無剰余競売(民事xxx63条)であっても,費用にも足りない競売(同129条)であっても,裁判所は却下できない(3項)。
3) 任意売却による担保権消滅の許可
(担保権消滅の許可の申立て)
第186条 破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき担保権(特別の先取特権,質権,抵当権又は商法 若しくは会社法 の規定による留置権をいう。以下この節において同じ。)が存する場合において,当該財産を任意に売却して当該担
保権を消滅させることが破産債権者の一般の利益に適合するときは,破産管財人は,裁判所に対し,当該財産を任意に売却し,次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ 当該各号に定める額に相当する金銭が裁判所に納付されることにより当該財産につ き存するすべての担保権を消滅させることについての許可の申立てをすることがで きる。ただし,当該担保権を有する者の利益を不当に害することとなると認められ るときは,この限りでない。
一 破産管財人が,売却によってその相手方から取得することができる金銭(売買
契約の締結及び履行のために要する費用のうち破産財団から現に支出し又は将来支出すべき実費の額並びに当該財産の譲渡に課されるべき消費税額等(当該消費
税額及びこれを課税標準として課されるべき地方消費税額をいう。以下この節において同じ。)に相当する額であって,当該売買契約において相手方の負担とされ
るものに相当する金銭を除く。以下この節において「売得金」という。)の一部を
破産財団に組み入れようとする場合 売得金の額から破産財団に組み入れようとする金銭(以下この節において「組入金」という。)の額を控除した額
二 前号に掲げる場合以外の場合 売得金の額
2 以下略
ア 破産管財人は,別除権の目的物を任意に売却して担保権を消滅させることが破産債権者の一般の利益に適合するときは,裁判所に対し,当該財産を任意に売却し,当該財産に対するすべての担保権を消滅させ,売得金の一部を破産財団に組み入れることについて,裁判所の許可の申立てをすることができる(186条1項本文)。破産債権者の一般の利益に適合するとは,別除権者の権利行使に委ねるよりも,破産管財人による任意売却による方が目的物を高価に換価できることである。民事再生法にも担保権消滅許可の制度があるが(民事再生法148条),これは再生債務者の事業の継続に欠くことのできない担保不動産について,被担保債権額より少ない不動産価額を弁済することにより,担保権を消滅させるものであり,破産法における担保権消滅とは制度の趣旨,目的が異なる。
イ 担保権消滅の許可があり売得金が破産管財人から裁判所に納付されれば,当該不動産に対するすべての担保権が消滅する。
破産管財人の関心は,売得金の一部の破産財団組入れであるが,この点が別除権 者の利害と対立する。別除権者からすれば,本来,別除権の被担保債権に充当され るべきところが,理不尽にも破産管財人に取られる感じがするからである。しかし,別除権者が別除権を実行すれば1000万円しか得られない場合に,破産管財人が任意 売却すれば1200万円で売れるのだから,200万円を破産財団に組み入れるとすれば,不合理ではないだろう。
ウ 破産管財人が担保権の消滅許可の申立てをするには,当該財産の買主候補が既に決まっていることが必要であり,裁判所への申立書にも売却の相手方の氏名又は名称(186条3項3号)を記載しなければならない。
担保権の消滅許可の申立ては,担保権者の利益を不当に害するものであってはならない(186条1項ただし書き)。
エ 被申立担保権者は,破産管財人がする任意売却による担保権消滅の申立てにつき異議があるときは,すべての被申立担保権者に申立書等の書面の送達がされた日から1月以内に,担保権の実行の申立てをしたことを証する書面を裁判所に提出することができる(187条)。
オ 破産管財人は,売得金から破産財団への組入金を控除した額を裁判所に納付しな
ければならない(186条1項1号・2号)。納付された金員は裁判所が別除権者に配当する(191条)。なお,組入金の額(186条1項1号)については,破産管財人はあらかじめ別除権者と協議しておかなければならない(同条2項)。
7 商事留置権の消滅請求
第192条 破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき商法又は会社法の規定による留置権がある場合において,当該財産が36条の規定により継続されている事業に必要なものであるとき,その他当該財産の回復が破産財団の価値の維持又は増加に資するときは,破産管財人は,留置権者に対して,当該留置権の消滅を請求することができる。
2 前項の規定による請求をするには,同項の財産の価額に相当する金銭を,同項の留置権者に弁済しなければならない。
3 第1項の規定による請求及び前項に規定する弁済をするには,裁判所の許可を得なければならない。
4 前項の許可があった場合における第2項に規定する弁済の額が第1項の財産の価 額を満たすときは,当該弁済の時又は同項の規定による請求の時のいずれか遅い時に,同項の留置権は消滅する。
5 前項の規定により第1項の留置権が消滅したことを原因とする同項の財産の返還を求める訴訟においては,第2項に規定する弁済の額が当該財産の価額を満たさない場合においても,原告の申立てがあり,当該訴訟の受訴裁判所が相当と認めるときは,当該受訴裁判所は,相当の期間内に不足額を弁済することを条件として,第 1項の留置権者に対して,当該財産を返還することを命ずることができる。
1) 商事留置権も担保権であるから,破産管財人は商事留置権の被担保債権の全額を弁 済し,受領を拒否されれば供託することにより商事留置権を消滅させ目的物の返還を 請求することができる。しかし,192条の消滅請求は被担保債権の全額を弁済しなく ても「財産の価額に相当する金銭」の弁済による商事留置権の消滅の道を開いている。これは,破産者の事業の継続が破産手続開始後も可能であり(36条),その事業のた めに商事留置権の目的物が是非とも必要なものであるとき,又は破産財団の維持又は 増加に資するときに限り,破産管財人は,裁判所の許可を得て,商事留置権者に対し,
「財産の価額に相当する金銭」を弁済することにより,商事留置権の消滅させ,目的物の返還を請求することができる(192条)。例えば,被担保債権1000万円につき600
万円相当の目的物に対する商事留置権が成立しているときは,破産管財人は裁判所の
、、、、、、
許可を得て600万円を弁済して商事留置権を消滅させることができる。被担保債権の
、、、
全額を弁済すれば担保物権の附従性により留置権が消滅するのは当然のことであるが,
それはここで述べる商事留置権の消滅請求ではない。
2) 消滅請求の対象となる商事留置権には,代理商の留置権(商法31条),商人間の留置権(同521条),問屋及び準問屋の留置権(同557条・同558条),運送取扱人の留置権(同562条),陸上運送人の留置権(同589条),海上運送人の留置権(同753条),
国際海上物品運送における外航船主の留置権(国際海上物品運送20条1項)などがある。
3) 商事留置権の消滅請求は,破産管財人から商事留置権者に対する意思表示により行う。消滅請求及び弁済につき裁判所の許可があると,この弁済の額が商事留置権の存する財産の価額を満たすときは,弁済の時又は請求の時のいずれか遅いときに,商事留置権は消滅する(192条4項)。また,商事留置権者が破産管財人の求めに応じて商事留置権の目的物を任意に破産財団に返還すれば消滅請求の目的は達成される。これに対し,商事留置権者が任意にこれに応じない場合には,破産管財人は商事留置権者に対して目的物返還請求訴訟を提起して権利の実現を図るべきである。この訴訟の受訴裁判所は,破産管財人が提示した弁済の額が当該財産の価額を満たしておれば無条件に返還を命じ,満たさないときでも原告(破産管財人)の申立てがあり相当と認めるときは,請求を棄却するのではなく,破産管財人が相当の期間内に不足額を弁済することを条件として,商事留置権者に目的物を返還することを命ずる引換給付の判決をすることができる(192条5項)。
8 別除権者の破産債権行使
1) 残額(不足額)責任の原則
別除権者は別除権の行使によって弁済を受けることができない債権額(行使不足額)についてのみ破産債権を行使できる(108条1項本文)。そのため,別除権者の破産債権の届出には,別除権の目的物の記載や行使不足予定額の記載などが要求される。
2) 別除権者の破産債権の届出
別除権者は破産債権を届け出るに際し,破産債権についての所定の事項のほかに,別除権の目的である財産及び別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額(行使不足予定額)を裁判所に届け出なければならない(111条2項1号,2号)。
なお,保証人から保証債務の履行が見込まれる場合や物上保証人が提供する担保によって回収が見込まれる場合でも,それらは別除権の行使による弁済ではないから,行使不足額の計算に当たり考慮する必要はない。
3) 議決権の行使
別除権者は,行使不足額についてのみ破産債権者として議決権を行使することができる(140条1項2号)。別除権者の議決権の額につき破産管財人又は破産債権者は異議を述べることができ(同条2項),この場合には,裁判所が議決権行使の可否,及び議決権を行使することができる額を定める(同条1項3号)。
4) 債権の調査・確定
別除権者から届出があった破産債権についての調査は,別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額について行われる。
5) 行使不足額の配当ア 中間配当
別除権者が中間配当を受けるには,中間配当の除斥期間内に,破産管財人に対し,別除権の実行に着手したことを証明し,かつ,その処分によって弁済を受けること ができない債権の額がいくらであるかを疎明しなければならない(210条1項)。中 間配当を行う破産管財人は,別除権者から上記の疎明があったときでもその部分の 配当額を直ちに配当するのではなく,配当額を寄託しておかなければならない(21
4条1項3号)。イ 最後配当
別除権者が最後配当を受けるには,最後配当の除斥期間内に,破産管財人に対し,担保権の行使によって弁済を受けることができない債権の額を証明しなければなら ない(198条3項)。この証明ができなければ,別除権者は最後配当を受けることが できない。
9 準別除権者
(別除権者等の手続参加)
第108条 別除権者は,当該別除権に係る第65条第2項に規定する担保権によって担保される債権については,その別除権の行使によって弁済を受けることができない債権の額についてのみ,破産債権者としてその権利を行使することができる。ただし,当該担保権によって担保される債権の全部又は一部が破産手続開始後に担保されないこととなった場合には,その債権の当該全部又は一部の額について,破産債権者としてその権利を行使することを妨げない。
2 破産財団に属しない破産者の財産につき特別の先取特権,質権若しくは抵当権を有する者又は破産者につき更に破産手続開始の決定があった場合における前の破産手続において破産債権を有する者も,前項と同様とする。
1) 破産債権者が,破産者の自由財産上に特別の先取特権,質権又は抵当権を有していてもこれらの権利は別除権ではないから(破産財団を構成する財産上の担保権のみが別除権である。),破産債権者は債権全額について破産債権を行使できるはずである。しかし,この場合には,破産債権者が破産手続によらないで弁済を受ける権利を有する点では別除権者と異なるところはないから,これらの者は,破産債権全額の権利行使が許されず,自由財産上の担保権を行使することによって弁済を受けられなかった債権額(行使不足額)についてのみ,破産債権者としての権利行使を認めることとされた(108条2項)。
2) 個人たる破産者が破産手続進行中に新規に金銭を借り入れることがある。ところが,再び支払不能に陥り,第2の破産手続開始決定を受けた場合,第1の破産手続の破産 債権者はそこで弁済を受けることができなかった債権額を,第2の破産手続における
破産債権として行使することができる(108条2項)。第1の破産手続の破産債権者は,第2の破産手続との関係でも破産手続開始前の原因に基づいて生じた債権を有する債権者であるからである。しかし,この場合の第2の破産手続の破産債権者は,第2の破産手続によらないで第1の破産手続から弁済を受ける権利を有する点では別除権に類似する。そこで,第1破産手続に参加した破産債権者は,別除権者に類似するものとして,第1の破産手続で弁済を受けられなかった債権額についてのみ,第2の破産手続に参加できることとされた。
3) これらの破産債権の届出,調査,確定,議決権,配当については,別除権者の手続参加の規定が準用される(108条2項)。
1 取戻権の意義
(取戻権)
第62条 破産手続の開始は,破産者に属しない財産を破産財団から取り戻す権利(第64条及び第78条第2項第13号において「取戻権」という。)に影響を及ぼさない。
破産管財人が管理する破産財団(現有財産)の中に第三者の所有物が混入していることがある。この場合,第三者は所有権に基づき破産管財人からその財産を取り戻す権利を有するが,破産法は,このような第三者の権利を取戻権と称し,取戻権は破産手続の開始によって影響を受けないことを明らかにしている(62条)。これが一般の取戻権である。そのほかに,63条,64条が定める特別の取戻権がある。
2 一般の取戻権を基礎づける権利
一般の取戻権は,破産法以前に実体法上存在する権利であり,破産法によって創設された権利ではない。現実には破産財団(現有財産)に組み込まれてはいるが,法律上は破産財団(法定財団)を構成すべきではない財産について,第三者が有する実体法上の権利の総称が一般の取戻権である。
取戻権の基礎となる実体法上の権利には次のものがある。
1) 所有権
所有権は取戻権を基礎づける代表的な権利である。
ただし,破産管財人は,民法177条所定の「対抗要件の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者」に該当すると解釈されている関係で,所有者が破産管財人に対して自己の所有権を主張して取戻権を行使するにはその権利取得につき対抗要件を具備していなければならない。例えば,破産手続開始前に破産者から売買などにより不動産の所有権を取得した者の所有権の取得は対抗要件を具備していなければ破産管財人に
対抗できないから(民法177条),対抗要件を具備しない所有権は取戻権の基礎にならない。
しかし,所有権取得が破産管財人と対抗関係に立たない場合,例えば所有者が破産者に目的物を寄託していた場合には,寄託者の所有権は対抗要件を具備している必要がない。
2) 用益物権
地上権や永xxxなどの用益物権も取戻権となるが,破産管財人の第三者性からして,対抗要件が必要な場合もあることは所有権の場合と同じである。
3) 占有権
占有者が破産手続開始前に破産者に占有を奪われたときに,占有を奪われた者は占有権を根拠として取戻権を行使できるか。民法200条2項は,「占有回収の訴えは,占有を侵奪した者の特定承継人に対して提起することができない。」と定めており,破産管財人は占有侵奪者の特定承継人になると考えられるから,破産管財人に対しては占有訴権を主張できない。したがって,結局,占有権は取戻権の基礎にならない。
4) 担保物権
抵当権などのように,占有を伴わない担保物権は,そもそも権利の中に占有回収権 能が含まれていないから,担保物権の目的物が破産財団に取り込まれたからといって 抵当権に基づき取戻権を行使することはできない。しかし,最高裁平成17年3月10日 第xx法廷判決(民集59巻2号356頁)は,一定の場合に限り,抵当権に基づく妨害排 除さらには明渡請求権を認めているから,その限りでは抵当権も取戻権の基礎となる。
「抵当権設定登記後に抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者についても,その占有権原の設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害す る目的が認められ,その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは,抵当権者は,当該占有者に対し,抵当権に基づく妨害排除請求として,上記状態の排除を求めることができるものというべきである。」,「抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり,抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には,抵当権者は,占有者に対し,直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができるものというべきである」
5) 債権
賃貸借契約の賃貸人が賃借人(破産者)に対して有する賃貸借契約終了に基づく目的物の返還請求権や寄託者の受寄者(破産者)に対する寄託物返還請求権のような債権的返還請求権も取戻権の基礎となる。請求者が同時に所有者である時には,所有権も取戻権の基礎になることは当然である。したがって,所有者でない賃貸人や受寄者
について債権を取戻権の基礎として論じる実益がある。
6) 信託の受託者の破産における新受託者又は信託財産管理者
信託の受託者は固有財産と信託財産とを合わせ所有するが,受託者が破産したときに破産財団になるのは受託者の固有財産だけであり,信託財産は破産財団にならない(信託法25条1項)。ところが,もし信託財産が誤って破産財団に組み入れられていることが判明したときは,新たに就任する信託財産の受託者又は信託財産管理者(同63条1項)は破産管財人に対して取戻権を行使できる。
7) 問屋の破産と委託者の取戻権
問屋(といや)は,自己の名をもって他人のために物品の販売又は買い入れをすることを業とする者であり証券会社などが問屋の例である(商法551条)。問屋は自己の固有財産と委託を受けた財産とを所有するが,問屋が破産したときに破産財団になるのは問屋の固有財産のみであり,買付けの委託に基づき買い付けて委託者に引き渡すべく占有していた物品や,販売の委託を受けて販売すべく預かっていた物品は破産財団にはならない。委託者は当該物品につき取戻権を行使でき,破産管財人は裁判所の許可を得て当該物品を委託者に引き渡すべきである。なお,問屋が物品を販売した後に破産したときは,委託者は売買代金債権について代償的取戻権を有し(64条),売買代金債権の自己への移転を請求できる。
最高裁昭和43年7月11日第xx法廷判決(民集22巻7号1462頁・倒産判例百選第4版4 6)は,問屋である証券会社(破産者)が買付けの委託に基づき買い付けて占有していた株式に対する委託者の取戻権を肯定し,次のように判示している。
「問屋が委託の実行として売買をした場合に,xxxによりその相手方に対してx xを取得するものは,問屋であつて委託者ではない。しかし,その権利は委託者の 計算において取得されたもので,これにつき実質的利益を有する者は委託者であり,かつ,問屋は,その性質上,自己の名においてではあるが,他人のために物品の販 売又は買入をなすを業とするものであることにかんがみれば,問屋の債権者は問屋 が委託の実行としてした売買により取得した権利についてまでも自己の債権の一般 的担保として期待すべきではないといわなければならない。されば,問屋が前記x xを取得した後これを委託者に移転しない間に破産した場合においては,委託者は 右権利につき取戻権を行使しうるものと解するのが相当である。
しかるところ,原審の確定するところによれば,上告人は昭34年10月21日島根証券株式会社に本件株式の買入委託をなしその代金として31万円を預託し,島根証券は,右委託に基づき同年12月15日訴外xx銀証券株式会社から本件株式を買い入れこれを保管中,同36年2月17日破産宣告を受けるにいたつたというのであり,右の事実によれば,委託者たる上告人は,被上告人に対し,本件株式につき取戻権を行使しうると解するのが相当である。よつて,右と判断を異にし,原判示の理由のも
とに上告人は本件株式につき取戻権を行使しえないとした原審の判断,および右の前提に立ち上告人主張の代償請求を排斥した原審の判断は違法であり,原判決はこの点において破棄を免れない。」
3 取戻権の行使
1) 取戻権者は,取戻権の内容たる実体法上の権利を主張して財産の返還を破産管財人 に求めることになる。また,破産管財人は取戻権の主張を認めて破産財団に混入した 財産を第三者に任意で返還することもできるが,破産管財人が取戻権を承認するには,裁判所の許可が必要とされている(78条2項13号「取戻権の承認」)。破産管財人が取 戻権を承認しないときは,取戻権者は破産管財人を被告として,取戻しのための給付 訴訟を提起することができる。
2) 破産手続開始前に債権者が債務者の財産に対して強制執行をしていた場合において,差し押さえられた財産が債務者の所有ではなく自己の所有であると主張する者が債権 者の強制執行を排除するためには,第三者異議の訴え(民事xxx38条)を提起すべき である。ところが,強制執行を受けた債務者が破産手続開始決定を受けたときは,強 制執行を申し立てた債権者の債権は破産債権となって当該強制執行そのものが失効し てしまう(42条2項)。そうすると,第三者異議訴訟は不必要な訴えとなって訴えの 利益を欠くことになる。そこで,当該物件について自己の所有だと主張する者は,第 三者異議訴訟ではなく,破産管財人を相手として取戻権を行使すべきである(最高裁 昭和45年1月29日第xx法廷判決(民集24巻1号74頁・倒産判例百選第4版47)。
「しかし,右事実によれば,上告人は,本件仮差押決定xxに基づき,昭和42年12月26日債務者Aに対し本件物件につき仮差押執行をしたが,昭和43年5月1日同人が破産宣告を受けるに至つたのであるから,本件物件は,破産法70条にいう破産財団に属する財産となつたもので,上告人の右仮差押は同条により破産財団に対しては効力を失つたものというべく,その後において右仮差押執行の排除を求めて提起された本件第三者異議の訴は,その利益を欠き,不適法として却下を免れない。被上告人としては,本件物件の所有権を主張してその返還を求めるためには,破産管財人を相手方として破産法87条所定の取戻権を行使すべきものである。」
4 特別の取戻権(買主破産の場合の売主の取戻権)
1) 通常の取戻権を行使する方法はない。
破産者に物を売った売主が破産者から売買代金の支払を受けていない場合には,売買代金債権は破産債権になり,破産債権を届け出て破産配当を受けることになる。売主が目的物を破産者に引渡済みのときは,売主は破産者の債務不履行を理由として売買契約を解除し,既に引き渡した目的物を取り戻したいところであるが,「解除によっても第三者の権利を害することはできない。」という民法545条1項但し書きの規定に妨げられて目的物を取り戻せない。結局,売主は売買代金債権を破産債権として届
け出て破産配当を受けるほかに権利行使の方法がない。
ア しかし,売主が破産者に売った目的物が動産のときは,売主は動産売買の先取特権を有するから(2条9号,65条1項,民法321条),売主は,別除権者として先取特権や物xx位権を行使して目的物や売買代金を回収できる場合もある(民法304条)。
x xxが目的物を未だ破産者に引き渡していないときは,双方未履行の双務契約に関する破産法53条が適用される。破産管財人が履行を選択すれば売買代金債権は破産管財人から任意に履行を受ける財団債権となる。
2) 運送中の物品の売主等の取戻権
(運送中の物品の売主等の取戻権)
第63条 売主が売買の目的である物品を買主に発送した場合において,買主がまだ代金の全額を弁済せず,かつ,到達地でその物品を受け取らない間に買主について破産手続開始の決定があったときは,売主は,その物品を取り戻すことができる。ただし,破産管財人が代金の全額を支払ってその物品の引渡しを請求することを妨げない。
2 前項の規定は,第53条第1項及び第2項の規定の適用を妨げない。
3 第一項の規定は,物品の買入れの委託を受けた問屋がその物品を委託者に発送した場合について準用する。この場合において,同項中「代金」とあるのは,「報酬及び費用」と読み替えるものとする。
破産法63条1項本文は,隔地者間の売買において,売主が売買代金の支払を受けていない場合において,売主が目的物を発送したが買主が到達地において未だ物品を受け取っていない間,すなわち運送中に買主について破産手続が開始されたときは,売主はその物品を取り戻すことができると定めている。売主が上記の取戻権を行使した場合に,破産管財人は,代金の全額を支払って物品の引渡しを請求することができる(63条1項ただし書き)。破産管財人が代金を支払わないまま物品を受け取ったときは,その後であっても取戻権を行使することができる。
取戻権の行使によって物品が売主に復帰すると,売主と買主との間には双方未履行の契約関係が残るが,これは53条に従って処理されることになる。
5 特別の取戻権(委託者破産の場合の問屋の取戻権)
1) 問屋が自己に対する委託者に対し,委託を受けて買い付けた物品を委託者に発送したが委託者が代金全額を支払っておらず,かつ,到達地でその物品を受け取らない間に,すなわち運送中に委託者が破産したときは,問屋は取戻権を有し,問屋は,取戻権にもとづいて占有を回復し,商事留置権者として別除権を行使することができる( 66条1項)。問屋は第三者との関係では売買の当事者となるが,委託者との間は委任であり手数料又は報酬を受け取る関係があるにすぎない(委任及び代理の規定の準用
・商552条2項)。したがって,物品の所有権は委託者に帰属し,問屋は委託者に対し て費用及び報酬請求権を有し,物品の留置権を有する(同557条・同31条)。破産財 団との関係でどのような地位に立つかが問題になる。物品の発送により問屋は留置権 を失うからである。そこで,破産法は,このような場合における問屋に取戻権を認め,問屋の保護を図った(63条3項)。この取戻権の内容は,物品の発送による占有の喪 失を回復することにある。
2) 委託者と問屋の関係は有償委任契約であるから,この取戻権行使と契約関係の処理が問題になる。取戻権を行使した結果,買入委託契約は双方未履行の状態になるからその原則的処理(53条・旧59条)によるとする見解,委任契約であるから上記の原則的処理はなされないとする見解がある。63条3項は同条1項のみを準用しているが,これは委任者の破産によって契約関係が終了することとの関係で,53条を準用する必要がないからである。したがって,53条の適用はないと解される。
6 代償的取戻権(賠償的取戻権)
(代償的取戻権)
第64条 破産者(保全管理人が選任されている場合にあっては,保全管理人)が破産手続開始前に取戻権の目的である財産を譲り渡した場合には,当該財産について取戻権を有する者は,反対給付の請求権の移転を請求することができる。破産管財人が取戻権の目的である財産を譲り渡した場合も,同様とする。
2 前項の場合において,破産管財人が反対給付を受けたときは,同項の取戻権を有 する者は,破産管財人が反対給付として受けた財産の給付を請求することができる。
Aが所有する財産をBに預けていた場合にBが破産したときは,Aは当該財産の取戻権を有するが,破産者Bが破産手続開始前に当該財産をCに売り渡していた場合には, AはBの破産管財人に対し,BのCに対する売買代金債権の移転を請求できる。これを代償的取戻権(又は賠償的取戻権)という。保全管理人が破産手続開始前に取戻権の目的物を譲渡した場合も同様である。
また,破産手続開始後に破産管財人が目的物を譲渡した場合も同様であり,Aは当該財産の売買代金請求権の移転を請求できる。なお,破産管財人が売買代金の一部を受領していたときは,取戻権者は,破産管財人に対し当該金員の支払を請求することができる(64条2項)。これは財団債権(148条1項5号)である。
破産者が破産手続開始前に反対給付請求権を行使し反対給付を受領したときは,取戻 権者は不当利得返還請求権を破産債権として行使することができるにすぎない。しかし,破産財団に利得が現存すれば,そのかぎりで不当利得返還請求権は財団債権(148条1項
5号)になる。
1 相殺権の意義
債権者が破産者に対して有する債権は財団債権になるものを除き破産債権になるが,破産債権の配当は微々たるものであり,配当がゼロの場合すらある。一方,破産者が破産債権者に対して有する債権は破産財団に帰属する債権となり,破産管財人が管理処分権を取得して債権回収に当たる。この債権は債務者に資力がある限り満額の取立てが可能である。
しかし,破産債権者が破産債権を自働債権,破産者に対して負担する債務を受働債権として対当額で相殺できれば事情は一変し,相殺により破産債権は十分な満足を得る結果になる。これは,破産債権を破産手続によらずに,相殺という方法で回収するわけであるが,破産法は相殺権を一定の制約のもとに認めている。
相殺権は,破産債権者が破産手続によらないで破産債権を行使できる例外の一つである。
2 相殺権の行使
1) 破産管財人に対する意思表示
相殺は,破産債権者から破産管財人に対する裁判上又は裁判外の意思表示によってする。なお,破産管財人の側から相殺できるかについては後述する。破産債権者は内容証明郵便その他適宜の方法により相殺権を行使することができるし,破産管財人が破産財団に属する債権の給付訴訟を提起してきた場合に,被告となった債権者が答弁書や準備書面の陳述により相殺の抗弁として相殺権を行使することもできる。
2) 相殺時期の制限
(破産管財人の催告権)
第73条 破産管財人は,第31条第1項第3号の期間が経過した後又は同号の期日
が終了した後は,第67条の規定により相殺をすることができる破産債権者に対し,
1月以上の期間を定め,その期間内に当該破産債権をもって相殺をするかどうかを確答すべき旨を催告することができる。ただし,破産債権者の負担する債務が弁済期にあるときに限る。
2 前項の規定による催告があった場合において,破産債権者が同項の規定により定 めた期間内に確答をしないときは,当該破産債権者は,破産手続の関係においては,当該破産債権についての相殺の効力を主張することができない。
民事再生や会社更生手続では相殺時期の制限があり,相殺権の行使は債権届出期間満了までにしなければならないとされているが(民事再生法92条1項,会社更生法48条1項),破産手続では相殺すべき時期の制限はない。したがって,破産手続においては破産手続終了まで破産管財人に対する意思表示による相殺が可能である。もとより破産管財人は破産財団に属する債権の履行を請求しないまま放置することはなく,債務者に履行を請求するから,遅くとも破産管財人から債務の履行請求を受けた時点
で破産債権者は相殺権を行使することになるだろう。
破産債権者の相殺権の行使が可能であるのにかかわらず,債権者が相殺権を行使しないときは,破産管財人は,破産債権の届出をすべき期間(31条1項3号)や期日が終了した後,相殺権を有する破産債権者に対し,1月以上の期間を定め,その期間内に当該破産債権をもって相殺するかどうかを確答すべき旨を催告することができ(73条 1項本文),破産債権者がその期間内に確答しなかったときは,破産債権者は,破産手続の関係において相殺権を行使できなくなる(同条2項)。
しかし,この催告は,破産者に対して破産債権者が負担する債務(受働債権)の弁済期が到来している場合にのみ認められる(73条1項ただし書き)。
3) 破産管財人からする相殺の可否
破産管財人による相殺を認めれば,破産管財人が特定の破産債権を破産手続によらずに優先的に弁済することになって不当である。しかし,破産財団に属する債権の実価が破産債権の実価を下回る場合には破産管財人からする相殺を認めても破産債権者の一般の利益に反するよりか,破産財団に有利である。そこで,破産債権者の一般の利益に適合するときは,破産管財人は,破産財団に属する債権を自働債権,破産債権を受働債権とする相殺を裁判所の許可を得てすることができるとされている(102条)。
4) 相殺禁止に該当する場合の合意相殺の可否
後述の相殺禁止に該当する場合には,破産債権者と破産管財人とが合意しても相殺は無効である(最高裁昭和52年12月6日第三小法廷判決(民集31巻7号961頁・倒産判例百選第4版60))。
「破産債権者が支払の停止を知ったのちに破産者に対して負担した債務を受働債権としてする相殺は,破産法上原則として禁止されており(104条2号),かつ,この相殺禁止の定めは債権者間の実質的平等を図ることを目的とする強行規定と解すべきであるから,その効力を排除するような当事者の合意は,たとえそれが破産管財人と破産債権者との間でされたとしても,特段の事情のない限り無効であると解するのが,相当である。」
5) 破産手続の終了と相殺禁止
本来,相殺権は民法次元において存在する権利である。しかし,破産手続に入ると,破産債権は破産手続によらなければ行使できない制約を受ける関係で破産債権を自働 債権とする相殺権の行使は禁じられるはずである。それをxxの観点から例外的にx xの相殺禁止の例外のもとに認められたのが破産法上の相殺権である。したがって, 破産手続が終結決定や廃止決定の確定などにより終了すると,破産債権は破産手続に よらなければ行使できないという制約を免れるから,相殺権は相殺禁止の制約なしの 民法次元の権利として復活し,かつて破産債権であった債権を自働債権とし破産者に
対して負担する受働債権とする相殺が可能になる。
なお,債務者が免責許可決定を受けてこれが確定すると破産債権者の権利は強制執行ができない権利に変容するから強制執行ができないことは当然であるが(自然債務説),相殺までできなくなるかどうかは疑問である。免責許可決定の効力について権利消滅説を採用するのでない限り,相殺は有効と解すべきである。
3 破産手続における相殺権の拡張
(相殺権)
第67条 破産債権者は,破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは,破産手続によらないで,相殺をすることができる。
2 破産債権者の有する債権が破産手続開始の時において期限付若しくは解除条件付であるとき,又は第103条第2項第1号に掲げるものであるときでも,破産債権 者が前項の規定により相殺をすることを妨げない。破産債権者の負担する債務が期限付若しくは条件付であるとき,又は将来の請求権に関するものであるときも,同様とする。
(相殺に供することができる破産債権の額)
第68条 破産債権者が前条の規定により相殺をする場合の破産債権の額は,第10
3条第2項各号に掲げる債権の区分に応じ,それぞれ当該各号に定める額とする。
2 前項の規定にかかわらず,破産債権者の有する債権が無利息債権又は定期金債権であるときは,その破産債権者は,その債権の債権額から第99条第1項第2号から第4号までに掲げる部分の額を控除した額の限度においてのみ,相殺をすることができる。
(解除条件付債権を有する者による相殺)
第69条 解除条件付債権を有する者が相殺をするときは,その相殺によって消滅する債務の額について,破産財団のために,担保を供し,又は寄託をしなければならない。
(停止条件付債権等を有する者による寄託の請求)
第70条 停止条件付債権又は将来の請求権を有する者は,破産者に対する債務を弁済する場合には,後に相殺をするため,その債権額の限度において弁済額の寄託を請求することができる。敷金の返還請求権を有する者が破産者に対する賃料債務を弁済する場合も,同様とする。
相殺には相殺適状が必要であるが,民法上は相殺適状ではない場合でも,破産になると相殺適状になる場合がある。
1) 破産債権(67条2項前段)
ア 弁済期が到来していない債権も相殺の自働債権となし得る。
弁済期未到来の債権は即時の弁済を強要できないから相殺の自働債権となし得ないはずであるが,債務者が破産すると相殺が可能となる(67条2項)。
イ 解除条件付債権も相殺の自働債権となし得る。
解除条件付き債権は,現在において債権自体は有効に存在しているから相殺の自働債権となしえること自体は当然である。しかし,将来,解除条件が成就すれば自
働債権が遡って存在しなかったことになって相殺は無効になり,破産債権者が負担していた受働債権(債務)は履行しなければならなくなる。ところがその時点で破産債権者が無資力になっておれば困るので,解除条件付債権の債権者が相殺するときには,解除条件が成就して相殺が無効となる場合に備えて担保を供し又は相殺額を寄託した上でなければ相殺できないとされている(69条)。
なお,最後配当の除斥期間までに解除条件が成就しなかったときは相殺は有効であったことに確定され,相殺者が供した担保は効力を失い,相殺者が寄託した金額は相殺者のものとなる(212条2項)。
ウ 103条2項1号に掲げる次の債権でも相殺の自働債権となし得る(67条2項)。
①金銭の支払を目的としない債権
②金銭債権で,その額が不確定であるもの又はその額を外国の通貨をもって定めたもの
③金額又は存続期間が不確定である定期金債権
2) 破産債権者の負担する債務(67条2項後段)
ア 弁済期が未到来の債権でも受働債権となし得る。
これは相殺する債権者が自己が負担する債務について期限の利益を放棄して相殺する場合である。
イ 受働債権が停止条件付債権であり停止条件が成就していなければ現時点においては債務者は債務を負担していないのであるが,既に条件が成就して債務を負担しているものと自認して相殺の受働債権となし得る。
ウ 解除条件付債権は,将来解除条件が成就すれば債務負担から免れるのであるが,債務者自ら解除条件が成就しないものと自認して相殺の受働債権となし得る。
エ 将来の請求権であっても既に期限が来たものと自認して相殺の受働債権となし得る。
4 相殺の自働債権にできない債権
1) 停止条件付債権を有する者の寄託請求権
解除条件付き債権とは異なり,停止条件付き債権は条件未成就の間は債権として有効に存在しないから相殺の自働債権とはなし得ない。したがって,破産者に対する債務を負担する一方で,停止条件付き債権を有する債権者は相殺することができず,破産管財人に対してみすみす自己の債務を弁済しなければならない。しかし,破産手続中に停止条件が成就して請求権が成立すれば相殺できるようになるから,破産債権者は自己の債務を破産管財人に弁済するにあたり,相殺できる金額を限度として,自己がする弁済額を寄託しておくよう破産管財人に請求することができる(70条前段)。なお,賃貸借契約において賃貸人が破産した場合に,賃貸人・破産者に敷金を差し 入れていた賃借人は破産者に対する敷金返還請求権を有するが,これも賃貸借契約の
終了を停止条件とする破産債権であるから停止条件が成就していなければ相殺の自動債権となしえない。したがって,相殺権を行使せずに賃借人が負担している賃料債務を履行しなければならないが,このような賃借人は,破産管財人に賃料を弁済するに当たり,敷金返還請求権の額を限度として弁済する賃料額を寄託するように請求することができる(同後段)。最後配当の除斥期間内に停止条件が成就しないときは,相殺はされないことに確定し,寄託金は他の破産債権者の配当に回される(214条3項)。
2) 抗弁権付着の債権
同時履行の抗弁権のような抗弁権が付着している債権は抗弁権を封じない限り相殺の自働債権とすることはできない。相手方の有する同時履行の抗弁権を一方的に消滅させることはできないからである。例えば売買代金債権は,反対債務の履行を提供して同時履行の抗弁権を封じて初めて相殺の自働債権として相殺することができる。これは民法次元の問題である。
3) 未解約の解約返戻金債務を受働債権とする相殺の可否(最高裁平成17年1月17日第二小法廷判決(民集59巻1号1頁・倒産判例百選第4版57)
破産者は火災保険金の受領者であるが,その火災は破産者が放火したものであった。このような場合,保険会社は破産者に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を有す るが,保険会社は,上記損害賠償請求権を自働債権,破産者に対する別口の保険契約 の解約返戻金債務を受働債権として相殺し,別口の保険解約返戻金を支払わなかった。破産管財人と保険会社との間で,この相殺の有効性が争われた事案である。第1審判 決は受働債権たる解約返戻金債務の負担が現在の破産法71条1項1号(破産債権者が破 産手続開始後に債務を負担した場合)に該当するとして相殺の効力を否定した。第2 審判決は相殺を有効としたが,ここで問題とされたのは受働債権たる解約返戻金債務 が将来保険契約が解除されたときに発生する債務であるが相殺の時点では解除されて いなかった点であった。最高裁は,破産宣告後に期限が到来するときや停止条件付で あっても,期限の利益や停止条件不成就の利益を放棄して相殺できるから,破産法99 条(現在の67条2項)後段の規定により相殺は有効であると判示した。
「旧破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの。以下「法」という。)99条後段は,破産債権者の債務が破産宣告の時において期限付又は停止条件付である場合,破産債権者が相殺をすることは妨げられないと規定している。その趣旨は,破産債権者が上記債務に対応する債権を受働債権とし,破産債権を自働債権とする相殺の担保的機能に対して有する期待を保護しようとする点にあるものと解され,相殺権の行使に何らの限定も加えられていない。そして,破産手続においては,破産債権者による相殺権の行使時期について制限が設けられていない。したがって,破産債権者は,その債務が破産宣告の時において期限付である場合には,特段の事情のない限り,期限の利益を放棄したときだけでなく,破産宣告後にその期限が到来
したときにも,法99条後段の規定により,その債務に対応する債権を受働債権とし,破産債権を自働債権として相殺をすることができる。また,その債務が破産宣告の 時において停止条件付である場合には,停止条件不成就の利益を放棄したときだけ でなく,破産宣告後に停止条件が成就したときにも,同様に相殺をすることができ る。以上のように解するのが相当である。」
5 不xxな相殺の禁止
不xxと考えられる相殺は禁止される。「禁止される」とは,そのような相殺をしても,相殺の有効性を破産管財人に主張できないという意味である。通常は,破産管財人が破産財団に帰属する債権の弁済を債務者に請求した場合に,債務者が相殺の抗弁を主張し,その相殺の抗弁が認められるか否かという形で問題となる。相殺の禁止は,破産債権者が負担する債務(受働債権)の負担に問題がある場合(71条)と破産債権者の破産債権(自働債権)の取得に問題である場合(72条)に分けて規定されている。
1) 破産債権は有効に存在している場合について,破産債権者の債務負担が一定の時期以後の場合の相殺禁止(71条1項)
破産関係の物事の進展は,通常は,支払不能→支払停止→破産申立て→破産手続開始の順序で推移するが,それぞれの段階以後に破産債権者が債務を負担した場合について相殺の禁止が規定されている。
(相殺の禁止)
第71条 破産債権者は,次に掲げる場合には,相殺をすることができない。一 破産手続開始後に破産財団に対して債務を負担したとき。
二 支払不能になった後に契約によって負担する債務を専ら破産債権をもってする相殺に供する目的で破産者の財産の処分を内容とする契約を破産者との間で締結し,又は破産者に対して債務を負担する者の債務を引き受けることを内容とする契約を締結することにより破産者に対して債務を負担した場合であって,当該契約の締結の当時,支払不能であったことを知っていたとき。
三 支払の停止があった後に破産者に対して債務を負担した場合であって,その負担の当時,支払の停止があったことを知っていたとき。ただし,当該支払の停止があった時において支払不能でなかったときは,この限りでない。
四 破産手続開始の申立てがあった後に破産者に対して債務を負担した場合であって,その負担の当時,破産手続開始の申立てがあったことを知っていたとき。
2 前項第2号から第4号までの規定は,これらの規定に規定する債務の負担が次の各号に掲げる原因のいずれかに基づく場合には,適用しない。
一 法定の原因
二 支払不能であったこと又は支払の停止若しくは破産手続開始の申立てがあったことを破産債権者が知った時より前に生じた原因
三 破産手続開始の申立てがあった時より一年以上前に生じた原因
ア 破産債権者の破産手続開始後の債務負担
まずは,破産債権者が,破産手続開始後に破産者に対する債務を負担したときの相
殺が禁止されている(71条1項1号)。
この場合についてみると,破産手続開始の時点では,相対立する債権債務のうち自働債権たる破産債権は存在していたが,受働債権(破産債権者の債務)は,破産債権者の元には存在していなかったのである。受働債権は破産手続開始後に債務が負担されて相対立する債権債務の状態が作り出されたのである。しかし,破産手続開始後に作り出された相殺の期待は破産債権者間のxxの観点からして保護する必要がない。そこでこのような相殺は禁止された。銀行が破産者に対して貸金債権を有しており,破産手続開始後に破産者から預金を受け入れて負担した預金払戻債務と相殺するなどが相殺禁止に当たる。
イ 支払不能後の悪意による債務負担
破産債権者が,破産者が支払不能になった後に,もっぱら破産債権をもってする相殺に供する目的で破産者の財産の処分を内容とする契約を破産者との間で締結し,又は,破産者に対する債務を負担する者の債務を引き受けることを内容とする契約を締結することにより破産者に対する債務を負担した場合であって,当該契約の締結の当時,支払不能であったことを知っていたときの相殺が禁止される(71条1項2号)。銀行が破産者に対して貸金債権を有しており,支払不能後にそれを知りながら破産者から預金を受け入れて預金払戻債務と相殺するなどがこの相殺禁止に当たる。
この場合,破産者が支払不能になった時点では相対立する債権債務のうち破産債権者の債務である受働債権は存在していなかったのである。破産者が支払不能になった後に受働債権が成立して相対立する債権債務の状態が作り出されたのである。支払不能後に作り出された相殺の期待は破産債権者間のxxの観点からして保護する必要がないとの理由で相殺が禁止された。しかし,相殺が禁止されるのは,破産債権者が,債務負担の原因となった契約の締結の当時,債務者が支払不能であったことを知って受働債権の債務を負担したときに限られる。
ウ 支払停止後の悪意による債務負担
破産債権者が破産者に支払停止があった後に破産者に対する債務を負担した場合であって,その負担の当時,支払の停止があったことを知っていたとき(71条1項3号本文)の相殺が禁止される。
この場合,破産者が支払を停止した時点では相対立する債権債務のうち破産債権者の債務である受働債権は存在していなかったのである。破産者が支払停止した後に受働債権が成立して相対立する債権債務の状態が作り出されたのである。支払停止後に作り出された相殺の期待は破産債権者間のxxの観点からして保護する必要がないとの理由で相殺が禁止されている。しかし,相殺が禁止されるのは,破産債権者が,受働債権の債務負担の当時,債務者が支払停止していることを知っていたときに限られる。
支払停止はその後の破産手続開始の申立て,さらには破産手続開始の決定を予測させる事態であるから,このように経済的危機状態が表面化した時期以降に破産債権者が債務を負担した場合にも相殺を許せば,破産債権者は実価の低落している破産債権を券面額で回収する結果を招き,不xxことになるので,破産法は相殺禁止を危機時期まで遡らせたものである。
倒産判例百選第4版60(122頁)は,破産管財人から別段預金の払戻しの請求を受けた銀行が貸金債権を自働債権とする相殺を主張した事案であるが,受働債権たる別段預金払戻債務は,破産者が支払を停止した後に銀行がそのことを知って債務を負担した場合であった。このため銀行のした相殺は無効と判断された。なお,最高裁は,相殺禁止を定めた破産法の規定は強行規定であり,それに反する特約は無効であるとも判断している。
エ 破産申立て後の悪意による債務負担
破産債権者が,債務者について破産手続開始の申立てがあった後に破産者に対する債務を負担した場合であって,その負担の当時,破産手続開始の申立てがあったことを知っていたとき(71条1項4号)がこれである。
この場合,破産手続開始の申立てがあった時点では相対立する債権債務のうち破産 債権者の債務である受働債権は存在していなかったのである。破産者について破産手 続開始の申立てがあった後に受働債権が成立して相対立する債権債務の状態が作り出 されたのである。破産手続開始の申立てがあった後に作り出された相殺の期待は破産 債権者間のxxの観点からして保護する必要がないとの理由で相殺が禁止されている。しかし,相殺が禁止されるのは,破産債権者が,受働債権の債務負担の当時,債務者 について破産手続開始の申立てがあったことを知っていた場合に限られる。破産手続 開始の申立てはその後の破産手続開始の決定を予想させる事態であるから相殺が禁止 されているのである。銀行が破産者に対して貸金債権を有しており,破産手続を申し 立てたことを知りながら破産者から預金を受け入れて預金払戻債務と相殺するなどが この相殺禁止に当たる。
オ 相殺が禁止されない場合(71条2項)
① 破産債権者が法定の原因に基づき債務を負担したとき
法定の原因とは,相続(民882条以下),合併(会社748条以下),不当利得(民7 03条以下)などによる場合である。銀行が破産者に対する貸金債権(破産債権)を有していたが,破産者の預金先の他の銀行を吸収合併したことにより被合併銀行から承継した預金債権を受働債権として相殺する場合などがこれである。
② 破産債権者が破産者に支払不能があったこと又は支払の停止もしくは破産手続開始の申立てがあったことを破産債権者が知った時より前に生じた原因に基づき債務を負担したとき
「前に生じた原因により債務を負担した」のか「後に生じた原因により債務を負担した」のかの判断が微妙な場合がある。「具体的な相殺期待」が支払停止等の前から存在しておれば「前に生じた原因」であって相殺が許され,そうでなければ相殺は許されないと説かれている(xx374頁)。例えば,銀行が貸金債権を自働債権,支払停止後に負担した預金払戻債務を受働債権として相殺するについて,預金口座の創設すなわち預金契約自体は支払停止前になされたものであっても,第三者からの送金による預金払戻債務の負担が支払停止後であれば,「具体的な相殺期待」は支払停止の後に生じたものとして相殺が許されないと説かれている。
最高裁昭和63年10月18日第三小法廷判決(民集42巻8号575頁・倒産判例百選第4 版58)は,破産者に対して貸金債権を有する信用金庫が,破産者の支払停止・破産 宣告前になされていた取立委任契約に基づき破産宣告前後に取り立てた取立金返還 債務(甲手形)と貸金債権(破産債権)の相殺の効力をめぐって争われた事案である。破産管財人が信用金庫に対し,信用金庫が取り立てた手形金の引渡等を請求したの に対し,信用金庫は取立金引渡債務と貸金債権(破産債権)との相殺を主張して対 抗した。信用金庫は破産者に対して貸金債権を有していたが,その一方で破産者か ら支払停止前に手形の取立委任を受けて12通の手形を預かり,破産宣告前に甲手形
2通を取り立て,破産宣告後に乙手形10通を取り立てた。原審は,いずれの相殺も相殺禁止に規定に反するので許されないと判断したが,最高裁は,破産宣告前に取り立てた甲手形に関する相殺は,71条2項2号の「支払不能があったこと又は支払の停止もしくは破産手続開始の申立てがあったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因に基づく」ものであって相殺が許されると判断して原判決を破棄し,請求を棄却した。なお,破産宣告後に取り立てた乙手形に関する相殺については相殺を無効とした原判決を維持して上告を棄却した。
「破産債権者が,支払の停止及び破産の申立のあることを知る前に,破産者との間で,破産者が債務の履行をしなかったときには破産債権者が占有する破産者の手形等を取り立て又は処分してその取得金を債務の弁済に充当することができる旨の条項を含む取引約定を締結したうえ,破産者から手形の取立を委任されて裏書交付を受け,支払の停止又は破産の申立のあることを知ったのち破産宣告前に 右手形を取り立てた場合には,破産債権者が破産者に対して負担した取立金引渡債務は,法104条2号但書にいう「前ニ生ジタル原因」に基づき負担したものに当ると解するのが相当である。」
③ 破産債権者が破産手続開始の申立てより1年以上前に生じた原因に基づき債務を負担したとき
2) 破産者に対して債務を負担する者の破産債権取得が一定時期以後の場合の相殺禁止(72条1項)
第72条 破産者に対して債務を負担する者は,次に掲げる場合には,相殺をすることができない。
一 破産手続開始後に他人の破産債権を取得したとき。
二 支払不能になった後に破産債権を取得した場合であって,その取得の当時,支払不能であったことを知っていたとき。
三 支払の停止があった後に破産債権を取得した場合であって,その取得の当時,支払の停止があったことを知っていたとき。ただし,当該支払の停止があった時において支払不能でなかったときは,この限りでない。
四 破産手続開始の申立てがあった後に破産債権を取得した場合であって,その取得の当時,破産手続開始の申立てがあったことを知っていたとき。
2 前項第2号から第4号までの規定は,これらの規定に規定する破産債権の取得が次の各号に掲げる原因のいずれかに基づく場合には,適用しない。
一 法定の原因
二 支払不能であったこと又は支払の停止若しくは破産手続開始の申立てがあったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因
三 破産手続開始の申立てがあった時より一年以上前に生じた原因四 破産者に対して債務を負担する者と破産者との間の契約
ア 破産手続開始後の破産債権取得
破産者に対して債務を負担する者が,破産手続開始後に他人の破産債権を取得したとき(72条1項1号)がこれである。
この場合,破産手続が開始された時点では,相対立する債権債務のうち自働債権た る破産債権は存在していなかったのである。破産手続開始後に自働債権たる破産債権 を取得して相対立する債権債務の状態が作り出されたのである。破産手続開始後に作 り出された相殺の期待は破産債権者間のxxの観点からして保護する必要がないとの 理由で相殺が禁止されている。破産者から商品を買い受けて買掛債務を負担する者が,破産手続開始後に実価の低落している破産債権を安値で買収し,これを自働債権とし て相殺して買掛債務の支払を免れるような場合がこの相殺禁止に当たる。
イ 支払不能後の悪意による破産債権取得
破産者に対して債務を負担する者が,破産者が支払不能になった後にそのことを知りながら破産債権を取得したとき(72条1項2号)がこれである。
この場合,支払不能になった時点では相対立する債権債務のうち自働債権たる破産債権は存在していなかったのである。破産者が支払不能になった後に自働債権たる破産債権を取得して相対立する債権債務の状態が作り出されたのである。支払不能後に作り出された相殺の期待は破産債権者間のxxの観点からして保護する必要がないとの理由で相殺が禁止されている。しかし,相殺が禁止されるのは,自働債権の取得当時,債務者が支払不能であったことを知っていたときに限られる。破産者から商品を買い受けて買掛債務を負担する者が,売主が支払不能になっているこ
とを知りながら実価の低落している債権を安値で買収し,これを自働債権として相殺して買掛債務の支払を免れるような場合がこの相殺禁止に当たる。
ウ 支払停止後の悪意による破産債権取得
破産者に対して債務を負担する者が,破産者に支払の停止があった後にそのこと を知りながら破産債権を取得したとき(72条1項3号本文)がこれである。破産者から商品を買い受けて買掛債務を負担する者が,売主の支払停止後にそのことを知りながら実価の低落している債権を安値で買収し,これを自働債権として相殺して買掛債務の支払を免れるような場合がこの相殺禁止に当たる。
この場合,破産者が支払停止した時点では相対立する債権債務のうり自働債権たる破産債権は存在していなかったのである。破産者が支払停止した後に自働債権たる破産債権を取得して相対立する債権債務の状態が作り出されたのである。支払停止後に作り出された相殺の期待は破産債権者間のxxの観点からして保護する必要がないとの理由で相殺が禁止されている。しかし,相殺が禁止されるのは,自働債権の取得当時,債務者が支払停止していたことを知っていたときに限られる。
エ 破産手続開始申立て後の悪意による破産債権取得
破産者に対して債務を負担する者が,破産手続開始の申立てがあった後にそのことを知りながら破産債権を取得したとき(72条1項4号)がこれである。破産者から商品を買い受けて買掛債務を負担する者が,売主が破産手続開始の申立てをしたことを知りながら,実価の低落している債権を安値で買収し,これを自働債権として相殺して買掛債務の支払を免れるような場合がこの相殺禁止に当たる。
この場合,破産者について破産手続開始の申立てがあった時点では相対立する債権債務のうち自働債権たる破産債権は存在していなかったのである。破産者について破産手続開始の申立てがあった後に自働債権たる破産債権を取得して相対立する債権債務の状態が作り出されたのである。破産手続開始の申立てがあった後に作り出された相殺の期待は破産債権者間のxxの観点からして保護する必要がないとの理由で相殺が禁止されている。しかし,相殺が禁止されるのは,自働債権の取得当時,債務者について破産手続開始の申立てがあったことを知っていたときに限られる。
破産手続開始の申立てがあるときは,その後に破産手続開始の決定があることは十分に予測することができる。そこで,破産手続開始の申立てがあったことを知っているだけで,破産債権の取得による相殺は禁止されることとされた。
オ 相殺が禁止されない場合(72条2項)
① 破産者に対して債務を負担する者が法定の原因に基づき破産債権を取得したとき
破産者に対して金銭の支払債務を負担する債務者が,破産債権者の死亡により
破産債権を相続し,相続した破産債権を自働債権として債務と相殺する場合などである。
② 破産者に対して債務を負担する者が,破産者に支払不能があったこと又は支払の停止もしくは破産手続開始の申立てがあったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因に基づき破産債権を取得したとき
最高裁昭和40年11月2日第三小法廷判決(民集19巻8号1927頁・倒産判例百選第
4版59)は,破産者に対する預金払戻債務を負担していた銀行が支払停止後に取得した手形買戻代金債権による相殺が相殺禁止に触れるか否かをめぐって争われた事件である。被上告銀行は破産者に対して預金払戻債務を負担していたが,銀行は割引手形の買戻代金債権との相殺を主張した。裁判所は,買戻代金債権は手形割引契約を原因として発生するものであり,手形割引契約自体は支払停止前になされているから,買戻しの意思表示が破産手続開始決定後であり買戻代金債権が支払停止後に発生したものであったとしても,72条2項2号の「支払不能があったこと又は支払の停止もしくは破産手続開始の申立てがあったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因に基づく」と判断して,原審と同じく相殺を有効と判断して上告を棄却した。
「被上告銀行の上告人に対する手形金支払請求権は,被上告銀行の買戻請求権の行使によつて初めて発生する債権ではあるが,その買戻請求権は,株式会社xx組が支払停止をする前である昭和32年2月22日の本件手形割引契約を原因として発生したものであることはいうまでもないから,該買戻請求権行使の結果発生した手形金支払請求権をもつて,破産法104条3号但書にいう「支払ノ停止若ハ破産ノ申立アリタルコトヲ知リタル時ヨリ前ニ生シタル原因ニ基」づき取得したものと解した原判決の法律上の判断は,正当であつて,同条の解釈を誤つた違法は認められない。」
③ 破産手続開始の申立てより1年以上前に生じた原因に基づくとき
④ 破産者に対する債務を負担する者と破産者との契約に基づくとき(72条2項4号)
破産者に対して預金払戻債務を負担する銀行が,危機時期以後に破産者に金銭を貸し付けて,後日相殺しても,これは実質的には,新たに貸し付けた金銭でもって当初の債務を返済したのと同じことである。
また,破産者に対して金銭の支払債務を負担する債務者が,破産者に物を販売して売買代金債権を自働債権として相殺すれば,これも実質的には,売り渡した物をもって当初の債務を代物弁済したのと同じことである。いずれも他の債権者とのxxを害さないから非難されるべき行為ではない。
このため,支払停止・支払不能・破産手続開始の申立後にその事実を知った上
でなされたとしても,相殺が許されることとされたのである。
(双務契約)
第53条 双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは,破産管財人は,契約の解除をし,又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができる。
2 前項の場合には,相手方は,破産管財人に対し,相当の期間を定め,その期間内に契約の解除をするか,又は債務の履行を請求するかを確答すべき旨を催告することができる。この場合において,破産管財人がその期間内に確答をしないときは,契約の解除をしたものとみなす。
3 前項の規定は,相手方又は破産管財人が民法第631条 前段の規定により解約の申入れをすることができる場合又は同法第642条第1項 前段の規定により契約の解除をすることができる場合について準用する。
1 片務契約と双務契約
贈与契約,消費貸借契約,寄託契約などのように,一つの契約から当事者の一方のみに債務が発生する契約は片務契約であり,売買契約,交換契約,雇用契約,請負契約などのように,当事者双方に対価的な債務が発生する契約が双務契約である。
片務契約の当事者の一方が破産した場合,例えば,片務契約である金銭消費貸借契約の借主が破産すれば金銭を貸し付けた債権者の有する貸金債権は破産債権となり破産手続によってのみ権利行使ができる。逆に,金銭の貸主が破産したときは,破産者が有する貸金債権は破産財団に帰属する財産になり,破産管財人が管理処分権を取得し,当該債権を取り立てて配当財源とする。
また,双務契約であっても当事者の一方の債務が履行済みのときは,片務契約の場合と同様の関係になる。すなわち,破産手続開始当時に破産債権のみが未履行のときは,破産債権者は破産債権を届け出て破産配当を受けることになり,逆に,破産者が有する債権のみが未履行のときは,破産管財人が破産財団に属する債権を取り立てて配当財源にすることになる。
2 双務契約のうち当事者の双方共に未履行の場合
1) 以上に対し,双務契約から発生した双方の債務がいずれも未履行の場合,例えば,売買契約において,買主は売買代金の支払を完了していないが,売主も目的物の引渡しを完了していないなど,売主と買主の双方ともに債務の履行を完了していないときは,「双方未履行の双務契約」と評価され,53条1項が適用される。53条1項の適用により,破産管財人は,相手方に落ち度がない場合でも,何の理由もなく契約を解除できる。履行が「完了していない」ことが53条1項の適用要件であるから,一部が履行されていても残債務があれば53条1項が適用される。
2) 破産管財人による解除の選択の効果
第54条 前条第1項又は第2項の規定により契約の解除があった場合には,相手方は,損害の賠償について破産債権者としてその権利を行使することができる。
2 前項に規定する場合において,相手方は,破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存するときは,その返還を請求することができ,現存しないときは,その価額について財団債権者としてその権利を行使することができる。
破産管財人が双方未履行の双務契約を解除すれば当該双務契約から発生した債権債務は消滅する。しかし,解除の相手方は,解除によって被った損害の賠償を破産債権として請求できるとされている(54条1項)。破産管財人による契約の解除は法律の規定に基づく解除権の行使であり債務不履行による損害賠償ではないし,その他,損害賠償請求権を発生させる実体法上の根拠は見出せないからこの損害賠償請求権は54条1項が創設した法定の損害賠償請求権と解するほかない。53条1,2項による破産管財人の一方的な解除により相手方が被った損害の回復をせめて破産債権として認める趣旨である。
また,破産管財人が53条1項により双務契約を解除した場合において,契約が解除される前に相手方が破産者に給付していた物が破産財団中に現存するときは,相手方は,その現存物の返還を請求することができる(54条2項前段)。これは取戻権である。その物が現存していなければ,相手方はその物の価額を財団債権として破産管財人に請求できる(同後段)。以上のことは53条2項により解除とみなされる場合についても同様である。
破産管財人が53条1項により売買契約を解除した場合に,相手方の有する前渡金返還請求権は財団債権になるのであるが(54条2項),財団債権として請求すればよいのに破産債権の届出をした場合はどうなるか。民事再生法上の事件であるが,本来共益債権(破産における財団債権)であるのに再生債権(破産における破産債権)として届出てこれが確定した後になって今さら共益債権を行使できないと判断した最高裁判決があるが(最高裁平成25・11・21第1小法廷判決・民集67巻8号1618頁),私はこの判決に反対である(xxxx法律事務所のホームページの判例評釈)。
3) 破産管財人による履行の選択の効果
破産管財人は双務契約を解除しないで「破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求する」こともできる。破産管財人は,破産者の債務を任意に履行するのであるから相手方の債権は財団債権である(148条1項7号)。双方未履行の売買契約の買主が破産した場合に破産管財人が履行を選択すれば破産管財人は売買代金を任意に支払って目的物の引渡を受けることになる。このように,破産管財人が履行を選択した場合には,その双務契約に限ってはあたかも破産がなかったかのように,通常の双務
契約として相互に履行される。
4) 破産管財人に対する確答催告権と解除の擬制
双方未履行の双務契約の相手方は,破産管財人が契約を解除するかしないかわからないという不安定な立場に立たされるから,その不安定さを解消するため,破産管財人に対し,相当の期間を定めてその期間内に契約を解除するか履行するかのいずれを選択するかを確答するよう催告することができる(53条2項前段)。その期間内に破産管財人が確答しないときは,破産管財人が解除を選択したものとみなされる(同後段)。
3 継続的供給契約の特則
(継続的給付を目的とする双務契約)
第55条 破産者に対して継続的給付の義務を負う双務契約の相手方は,破産手続開始の申立て前の給付に係る破産債権について弁済がないことを理由としては,破産手続開始後は,その義務の履行を拒むことができない。
2 前項の双務契約の相手方が破産手続開始の申立て後破産手続開始前にした給付に係る請求権(一定期間ごとに債権額を算定すべき継続的給付については,申立ての日の属する期間内の給付に係る請求権を含む。)は,財団債権とする。
3 前2項の規定は,労働契約には,適用しない。
1) 継続的供給契約とは,当事者の一方が他方に対し,継続的な給付,例えば電気,ガス,水道などを継続的に供給する債務を発生させる原因となる契約である。このような継続的供給契約の当事者のいずれかが破産した場合には,将来の債務は共に履行されていないから双方未履行の双務契約になり,53条1,2項が適用されるが,継続的供給契約については,双方未履行の双務契約に関する破産法の原則が一部修正されるとともに継続的供給契約に特有の規定が置かれている。
2) 継続的供給契約の受給者が破産したときは,破産管財人は53条1項に基づき,契約を解除するか履行するかどちらかを選択できる。破産管財人が解除を選択すると継続的供給契約は終了し,破産管財人が履行を選択すると,継続的供給契約は存続して破産財団は電気,ガス,水道などの継続的給付を引き続き受けられる。
3) 破産手続開始の申立て前の料金(破産債権)が債務不履行のまま破産手続開始に至ったときは,本来,供給者は債務不履行を理由に供給契約を解除するか,給付停止の特約があればその特約によりその後の給付を拒むことができるはずであるが,55条1項は給付を拒否できないと定め,解除や特約の効力を否定している。したがって,供給者側は破産手続開始申立て前の料金を破産債権として届け出てその配当を期待しながら継続的給付のみは続けなければならないことになる。これに対して,破産手続開始申立て後にして開始決定までの料金債権は財団債権とされ(55条2項),また,破産手続開始後にして破産管財人が履行・解除を選択するまでの料金債権も財団債権(14
8条8号),履行を選択した後の料金債権も財団債権になるから(148条1項7号),債務者及び破産管財人が料金を支払わなければ供給者は債務不履行による解除や特約による給付拒否で対抗することができる。
破産申立て前 | 申立て後開始まで | 破産開始後 |
破産債権 | 財団債権 (55条2項) | 財団債権 ( 148 条1 項7 , 8 号) |
解除不可(55条1項) | 解除可 | 解除可 |
4) 労働契約も労働者が使用者に対して継続的に労働を供給する継続的供給契約であるが,労働契約には解除制限に関する55条1項は適用されない(同条3項)。もし55条1項が労働契約に適用されるとすれば,「労働債務の供給者すなわち労働者は破産手続開始申立て前の賃金が未払であるとの理由で破産手続開始決定後は労働の提供を拒み得ない。」ということになって退職の自由が奪われ,不都合だからである。
4 賃貸借契約の特則
(賃貸借契約等)
第56条 第53条第1項及び第2項の規定は,賃借権その他の使用及び収益を目的 とする権利を設定する契約について破産者の相手方が当該権利につき登記,登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えている場合には,適用しない。
2 前項に規定する場合には,相手方の有する請求権は,財団債権とする。
賃貸借契約は,目的物を使用収益させる賃貸人の債務と賃借人の賃料債務とが対価関係に立つ双務契約であり,給付が継続的であるからこれも継続的供給契約である。しかし,双務契約及び継続的供給契約に関する破産法の規定は一部修正されている。
1) 賃貸人の破産
賃貸人が破産した場合において,対抗要件を備えた賃借権については53条1,2項が適用されず,破産管財人は解除を選択できない(56条1項)。第三者対抗要件まで備えている強力な賃借権を,賃借人に関係ない賃貸人の破産という一事により賃借人の権利を奪うのは相当でないと考えられたからである。しかし,対抗要件を具備しない賃借権については53条1,2項が適用されるから,破産管財人は賃貸借契約を解除できる。
破産管財人は,対抗要件を具備した賃貸借契約は53条1項により解除できないから,従前どおり目的物を賃借人に使用させなければならない。したがって,賃借人の賃貸
人に対する使用収益請求権は破産管財人から随時弁済(この場合の弁済とは使用収益の提供を受けることである。)を受けるところの財団債権となる(56条2項)。
なお,対抗要件具備の賃貸借契約でも,賃借人の債務不履行(賃料不払い)を理由とする解除は何ら制限されない。
2) 賃借人の破産
賃借人が破産した場合には56条1項のような解除の制限はなく,53条1,2項がその まま適用されるから,賃借人の破産管財人は賃貸借契約の解除又は履行を選択できる。破産管財人のとるべき措置としては,賃貸借の目的物により次のように考えられるだ ろう。
ア 破産者が敷金を差し入れている賃借家屋などについては,破産管財人は賃貸借契約の解除を選択して敷金の返還を受け,それを破産財団に組み入れるべきである。しかし,破産者たる賃借人が賃借物たる居住家屋を明け渡さなければ敷金の弁済期が到来しないから賃貸人に敷金の返還を請求できず,そうかといって明け渡せば破産者は居住家屋を失う。そこで妥協策として,破産者が敷金(の返還予定額)相当額を自由財産から破産財団に提供することを前提として,破産管財人が契約を解除しないで賃借権を破産財団から放棄することも考えられ,現実にはそのように処理されることが多い。
イ 単なる賃借権者ではなく借地権者が破産したときは,借地権自体に交換価値があるから,破産管財人は借地契約を解除せずに履行を選択して借地権を存続させ,借地権を売り渡して売得金を破産財団に組み入れるべきである。借地権設定者であるxxが借地権の譲渡を承諾しないときは,借地借家法に基づき,xxxの承諾に代わる許可を裁判所に求める手段がある(借地借家法19条)。
ウ 破産した賃借人に対する賃料債権は,破産手続開始申立て前の給付にかかる賃料債権は破産債権になり,申立て後から破産手続開始決定までの賃料債権は,継続的給付を目的とする双務契約の特例として財団債権になり(55条2項),破産手続開始後の賃料債権も財団債権になる(148条1項7,8号)。したがって,破産管財人が賃貸借契約を解除しないでいると財団債権増加のために破産財団を圧迫する結果を招くから,破産管財人は解除を選択して財団債権増加の危険を除去すべきである。
5 その他の契約
1) 委任契約
(委任契約)
第57条 委任者について破産手続が開始された場合において,受任者は,民法第6
55条の規定による破産手続開始の通知を受けず,かつ,破産手続開始の事実を知らないで委任事務を処理したときは,これによって生じた債権について,破産債権者としてその権利を行使することができる。
委任契約の委任者が破産すると委任契約は終了するが(民法653条1号),委任契約の受任者が,委任者が破産したことを知らないで委任事務を継続して処理することがあり得る。この場合に,受任者が委任者が破産したことを知らないまま委任事務を処理したときに発生した委任事務処理による費用償還請求権(民法650条1項)や特約による報酬請求権(民法648条)は(本来は破産手続開始後になされたことによる債権であるから破産債権ではないはずであるが),破産債権になる(57条)。委任事務処理は破産手続開始後になされているから本来は破産債権とは認められないところを,破産法が救済して破産債権にした形である。
2) 労働契約
使用者が自己破産するときには,使用者は破産手続開始前に労働者を解雇したり, 労働者から自発的に退職したりすることが多いから,破産手続開始の時点で労働契約 が存在していることはまずない。破産する前に退職した労働者に対する未払の賃金や 未払の退職金の処理の問題が残るのみである。これに対し,企業に勤務する労働者の 方がが破産するときには労働契約が存続したまま破産手続開始決定に至ることが多い。これらの場合に,破産手続開始決定を受けたときに存続している労働契約は,双方未 履行の双務契約であるから破産法53条1,2項が適用されると解される。なお,労働契 約も継続的供給契約であるが55条1,2項の適用が排除されていることは前記のとお りである。
ア 労働者の破産と退職金
労働者が破産した時点で存続している労働契約については退職金が問題になる。 労働者は未だ退職していないから「仮に今退職すれば支給を受けることができる退 職金」のうち差押えが禁止されていない4分の1の部分*1が問題である(4分の3は自 由財産)。しかし,退職金は労働契約の終了という将来の不確定期限の到来により 履行請求が可能となる債権であるから,労働契約が終了しなければ退職金を請求で きない。したがって,破産管財人が破産者の退職金を入手するためには破産者が退 職することが必要である。ところが,破産管財人が労働者に任意の退職を求めても,破産した労働者にとって賃金は生活の唯一の糧であるから容易に任意の退職には応 じないであろう。そこで,53条1項により破産管財人が労働者の意に反してでも労 働契約を解除する(退職させる)ことが考えられるが,通説は労働者の人権を理由に 同条の適用を否定している。しかし,通説の根拠は曖昧であり法律論とは言えない。したがって,破産管財人は53条1項により労働契約を解除できるというべきである
*1 大阪地裁では8分の1のみが破産財団になるとの運用をしている。
が,それではいかにも破産者に気の毒だし,そうかといって退職金(1/4)を放置することもできない。そこで,破産管財人は,妥協策として,破産者から退職金のうち破産財団相当額を破産財団に組み入れさせ,労働契約は履行を選択し有効のまま存続させることが現実には行われている。
また,破産手続開始申立て後開始決定前の段階においては,破産になれば破産財団に組み入れるべき退職金額を債務者に一定の期間にわたって積み立てさせ,積立金額を申立代理人が管理し,それを債権者に自主的に配当させた上で裁判所の手続としては同廃事件として処理することよく行われている。
イ 使用者の破産と労働契約
(使用者についての破産手続の開始による解約の申入れ)
民法第631条 使用者が破産手続開始の決定を受けた場合には,雇用に期間の定めがあるときであっても,労働者又は破産管財人は,第627条の規定により解約の申入れをすることができる。この場合において,各当事者は,相手方に対し,解約によって生じた損害の賠償を請求することができない。
破産手続開始前に使用者が労働者を解雇せず,労働者からも自発的に退職することもしなかったために,労働契約が存続したまま使用者の破産手続開始決定を迎えたときについては,民法631条に定めがあり,労働契約に雇用期間の定めがあるとないとを問わず,労働者からも使用者の破産管財人からも労働契約の解約の申入れをすることができ,解約の申入れにより民法627条所定の期間経過後に労働契約は終了する。なお,使用者が破産した場合において労働者は破産管財人に対し労働契約を解約するか否かについて相当期間を定めた確答を求めることができ,確答がなければ破産管財人が解約をしたものとみなされる(53条3項)。
これらの場合,労働者からも破産管財人からも解約によって生じる損害の賠償を求めることができない(同631条後段。破産法54条1項参照)。
ウ 使用者の破産と労働債権
破産手続開始当時に存続していた労働契約が破産手続開始後に民法631条により解約された場合については,破産手続開始の時から解約される時までの労働契約に基づく労働に対する賃金債権は,148条1項8号の「破産手続の開始によって双務契約の解約の申入れ(第53条第1項又は第2項の規定による賃貸借契約の解除を含む。)があった場合において破産手続開始後その契約の終了に至るまでの間に生じた請求権」に該当するから財団債権である。
また,破産手続開始前の未払の労働債権については次のとおりとなる。すなわち,労働者が破産者に対して有する破産手続開始前3か月間の未払の賃金債権は財団債 権とされ(149条1項),それ以外の未払賃金は破産手続開始前の原因に基づくもの
として破産債権であるが,一般の先取特権によって担保されるから優先的破産債権になる(98条1項)。また,退職手当の請求権については,退職前3か月間の給料の総額に相当する額が財団債権になり(149条2項),それ以外の退職手当の請求権は優先的破産債権になる。
エ 労働者健康福祉機構による立替払事業
(未払賃金の立替払)
賃金の支払の確保等に関する法律第7条 政府は,労働者災害補償保険の適用事業に該当する事業・・・の事業主・・・が破産手続開始の決定を受け,その他政令で定める事由に該当することとなつた場合において,当該事業に従事する労働者で政令で定める期間内に当該事業を退職したものに係る未払賃金・・・があるときは,民法474条第1項ただし書及び第2項の規定にかかわらず,当該労働者・・・の請 求に基づき,当該未払賃金に係る債務のうち政令で定める範囲内のものを当該事業主に代わつて弁済するものとする。
企業倒産に際して労働者の賃金及び退職手当の未払分を事業主に代わって立替払いを行う制度がある。「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づく未払賃金の立替払い事業である。立替払いは,独立行政法人労働者健康福祉機構法に基づく労働者健康福祉機構(旧労働福祉事業団)によって行われる(独立行政法人労働者健康福祉機構法12条1項6号)。未払給与総額の80パーセント又は退職時の年齢に応じた一定の金額を限度として立替払いがなされる(賃金の支払の確保等に関する法律施行令4条)。
最高裁平成23年11月22日第三小法廷判決(民集65巻8号3165頁)は,上告人が,破産会社の従業員らの委託を受けて財団債権に該当する未払給料債権を弁済し,破産管財人である被上告人に対し,破産手続によらないで,給料債権の支払を求めた事案である。原審の大阪高裁は,弁済したものが財団債権であっても求償債権自体は破産債権であるから破産手続によらなければ権利を行使できず破産管財人を相手に給付の訴えを提起することはできないと判断し,請求を認容した第1審判決を取り消して訴えを却下した。しかし,最高裁は,「弁済による代位により財団債権を取得した者は,同人が破産者に対して取得した求償権が破産債権にすぎない場合であっても,破産手続によらないで上記財団債権を行使することができるというべきである。」と判示して大阪高裁の判決を破棄し,被上告人の控訴を棄却した。これにより請求を認容した第1審判決が確定した。
3) 請負契約
ア 建設会社など請負人の破産
建設会社のように請負を業とする者が破産手続開始決定を受けた場合には,双方 未履行状態の請負契約が残ることが多いが,この場合には53条1,2項が適用される。
破産した請負人の破産管財人は,53条1項により履行を選択して請負契約をそのまま存続させて請負報酬を請求することもできるが,解除を選択して請負契約を終了させることもできる。その選択は破産管財人に任される。また,注文者の方は,53条2項による催告権を行使して破産管財人に対し履行か解除かを決定させることができるが(相当期間内に返答がなければ解除になる。),そのような面倒なことをしないで,いきなり請負契約を解除することもできる。それは,請負契約の注文主は「いつでも損害を賠償して請負契約を解除できる」(民法641条)からである。
イ 注文者の破産
(注文者についての破産手続の開始による解除)
民法第642条 注文者が破産手続開始の決定を受けたときは,請負人又は破産管財人は,契約の解除をすることができる。この場合において,請負人は,既にした仕事の報酬及びその中に含まれていない費用について,破産財団の配当に加入することができる。
2 前項の場合には,契約の解除によって生じた損害の賠償は,破産管財人が契約の 解除をした場合における請負人に限り,請求することができる。この場合において,請負人は,その損害賠償について,破産財団の配当に加入する。
請負契約の注文主が破産した場合には,民法642条1項により,請負人も破産管財 人も請負契約を解除することができる。この解除権も債務不履行による解除権では なく,注文者が破産した事実のみにより発生する法定の解除権である。なお,本来,請負代金は特約がない限り仕事が完成した後に請求できる債権であるから中途で請 負契約が解除された場合には,請負人は,自己がした工事の出来形部分に相当する 請負代金及び費用の未払部分を請求できないはずであるが,民法の原則が修正され,請負人は破産債権として届け出て破産配当を受けることができる(642条2項)。な お,注文主が破産した場合において請負人は破産管財人に対し請負契約を解除する か否かについて相当期間を定めた確答を求めることができ,確答がなければ破産管 財人が解除をしたものとみなされる(53条3項)。
請負人が有していた出来形がどうなるかについて,最高裁昭和53年6月23日第二 小法廷判決(集民124号145頁・金融法務事情875号29頁・倒産判例百選第4版68)は,次のように判示している。
「請負契約が民法642条1項の規定により解除された場合には,請負人は,すでにした仕事の報酬及びこれに包含されない費用につき,破産財団の配当に加入することができるのであるが,その反面として,すでにされた仕事の結果は破産財団に帰属するものと解するのが,相当である。」
4) ゴルフ会員契約(預託金の預託契約)
預託金会員制ゴルフクラブにおいては,ゴルフ場経営会社が破産する場合と会員が
破産する場合とが考えられる。ア ゴルフ場経営会社の破産
ゴルフ会員契約は,会員の年会費の支払義務と経営会社のメンバー料金でプレイさせる役務提供義務とが対価関係に立つ双務契約である。そこでもし,破産管財人が履行を選択すれば会員契約はいつまでも存続し,いつまでも破産手続きは終了しないから破産管財人が履行を選択することなど考えられない。したがって,破産管財人は会員契約の解除を選択して契約関係を消滅させるべきである。会員契約の解除の後に残る問題は,会員の有する預託金返還請求権である。この債権は破産債権であるが,弁済期限が到来していなくても「破産債権が期限付債権でその期限が破産手続開始後に到来すべきものであるときは,その破産債権は,破産手続開始の時において弁済期が到来したものとみな」されるから(103条3項),通常の破産債権としての権利行使が可能である。
イ 会員の破産
会員が破産したときは,破産者の有する預託金返還請求権をいかにして破産財団 に組み入れるかが破産管財人の関心事である。かつて,「ゴルフ会員契約は双方未 履行の双務契約であるから破産法53条1項に基づき会員契約を解除する。」と主張 して,据置期間が経過する前に預託金の即時返還をゴルフ会社に請求した事件があ り,下級審判決の中には破産管財人の請求を認容するものもあった。しかし,結局,最高裁判決は破産管財人の請求を認めなかった。
次の判例がそれである(倒産判例百選第4版70)。
①最高裁平成12年3月9日第xx法廷判決(判タ1028号159頁)
②最高裁平成12年3月9日第xx法廷判決(判タ1028号155頁)
③最高裁平成12年2月29日第三小法廷判決(判タ1026号110頁)
このうち①は会員に年会費の支払義務がないゴルフ場に関する事案であり,②と
③は年会費の支払義務があるゴルフ場に関する事案であった。最高裁は,①の事案においては,預託金の支払義務と施設を利用させる債務とが対価関係に立つ双務契約であるが,預託金の支払義務は履行済みであるから双方未履行の双務契約にはならず破産法53条1項は適用されないと判断し,②と③の事案においては,年会費の支払義務と施設を利用させる債務とが対価関係に立つ双方未履行の双務契約ではあるが,53条の適用を認めるのは不xxであるとの理由で破産管財人がした解除の効力を否定し,据置期間経過前の預託金の返還を認めなかった。
しかし,私は結論には賛成するが理由には賛成できない。預託金の支払義務と役務提供義務とが対価関係に立つのではなく,対価関係に立つのは,年会費の支払債務とメンバー料金でプレーさせる役務提供債務である(ただし,①の事案では年会費の支払義務がないから対価関係に立つものがない。)。この関係は,土地や建物
の賃貸借契約において,対価関係に立つのは,賃料支払義務と使用収益させる義務であり,敷金返還請求権と貸主の使用収益させる義務とが対価関係に立つのではないのと同じである。預託契約は本来の契約とは別個の法律関係であり双方未履行の双務契約ではない。したがって,会員契約の存続がどうなろうとも,預託契約はそのまま有効に存続し,据置期間が経過しなければ預託金の弁済期限は到来しない。そういう判断をすべきであったと思う。
したがって,破産管財人は預託金返還期限が到来しないゴルフ会員権は市場で売却して売却代金ヲ破産財団に組み入れるほかにないと思う。
5) 保険契約
保険契約は,保険金の支払義務と保険料支払義務とが対価関係に立つ双務契約である。保険期間中に保険者又は保険契約者が破産すれば双方未履行の双務契約になる。ア 保険者(保険会社)の破産
(保険者の破産)
保険法第96条 保険者が破産手続開始の決定を受けたときは,保険契約者は,保険契約を解除することができる。
2 保険契約者が前項の規定による保険契約の解除をしなかったときは,当該保険契約は,破産手続開始の決定の日から3箇月を経過した日にその効力を失う。
保険者が破産したときについては保険法96条に特別規定がある。同条によれば, 保険者が破産手続開始の決定を受けたときは,保険契約者は,保険契約を解除する ことができる。保険契約者が保険契約の解除をしなかったときは,当該保険契約は,破産手続開始の決定の日から3か月を経過した日にその効力を失う。
イ 保険契約者の破産
保険契約者が破産したときは,双方未履行の双務契約の処理に関する一般原則( 53条)による。破産管財人は,保険契約を履行するか解除するかを選択できる(同条1項)。破産管財人としては履行を選択する意味がないから解除を選択して,解約返戻金を破産財団に組み入れるべきである。
この場合に,破産者の自由財産から解約返戻金に相当する金額の提供を受け,保険契約を解除しないで破産財団から放棄することも実務上行われている。
6) 共有関係
(共有関係)
第52条 xxが共同して財産権を有する場合において,共有者の中に破産手続開始の決定を受けた者があるときは,その共有に係る財産の分割の請求は,共有者の間で分割をしない旨の定めがあるときでも,することができる。
2 前項の場合には,他の共有者は,相当の償金を支払って破産者の持分を取得する
ことができる。
xxが財産権を共有しているが,共有者の間で分割をしない定めがあるときでも,共有者の中に破産手続開始決定を受けた者があるときは,不分割の約定にもかかわらず共有財産の分割をすることができる(52条1項)。
他の共有者は破産者が有する持分の価額に相当する償金を支払って,破産者の共有持分を取得することができる(2項)。
7) 為替手形の引受け又は支払いなど
(為替手形の引受け又は支払等)
第60条 為替手形の振出人又は裏書人について破産手続が開始された場合において,支払人又は予備支払人がその事実を知らないで引受け又は支払をしたときは,その 支払人又は予備支払人は,これによって生じた債権につき,破産債権者としてその 権利を行使することができる。
2 前項の規定は,小切手及び金銭その他の物又は有価証券の給付を目的とする有価証券について準用する。
3 第51条の規定(善意又は悪意の推定)は,前2項の規定の適用について準用する。
為替手形の振出人又は裏書人について破産手続が開始された場合に,支払人又は予備支払人がその事実を知らないで,引受け,又は支払をしたときは,その支払人又は予備支払人は,これによって生じた債権(求償権)につき,破産債権者としてその権利を行使することができる(60条1項)。これは,小切手及び金銭その他の物又は有価証券の給付を目的とする有価証券についても適用される(2項)。なお,破産手続開始決定は公告されるから,その後は善意を主張できない(3項)。
8) 配偶者・親権者の財産管理権
(夫婦財産関係における管理者の変更等)
第61条 民法第758条第2項及び第3項並びに第759条の規定は配偶者の財産
を管理する者につき破産手続が開始された場合について,同法第835条 の規定は親権を行う者につき破産手続が開始された場合について準用する。
(夫婦の財産関係の変更の制限等)
民法第758条 夫婦の財産関係は,婚姻の届出後は,変更することができない。
2 夫婦の一方が,他の一方の財産を管理する場合において,管理が失当であったことによってその財産を危うくしたときは,他の一方は,自らその管理をすることを家庭裁判所に請求することができる。
3 共有財産については,前項の請求とともに,その分割を請求することができる。
(財産の管理者の変更及び共有財産の分割の対抗要件)
民法第759条 前条の規定又は第755条の契約の結果により,財産の管理者を変更し,又は共有財産の分割をしたときは,その登記をしなければ,これを夫婦の承継人及び第三者に対抗することができない。
(管理権喪失の審判)
民法第835条 父又は母による管理権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは,家庭裁判所は,子,その親族,未xx後見人,未xx後見監督人又は検察官の請求により,その父又は母について,管理権喪失の審判をすることができる。
夫婦の一方が他の配偶者の財産を管理する場合において,管理者が破産したときは,他方の配偶者は自己の財産を破産財団から自己の管理に移すことを請求し,又は財産 の分割を家庭裁判所に請求できる(61条1項前段)。
親権者がxxxの財産を管理する場合において,管理者である親権者が破産した場合には,子の親族又は検察官の請求により,家庭裁判所は親権者の財産管理権の喪失を宣言できる(61条1項後段)。
(破産財団に関する訴えの取扱い)
第44条 破産手続開始の決定があったときは,破産者を当事者とする破産財団に関する訴訟手続は,中断する。
2 破産管財人は,前項の規定により中断した訴訟手続のうち破産債権に関しないものを受け継ぐことができる。この場合においては,受継の申立ては,相手方もすることができる。
3 以下略
1 破産手続の開始による訴訟手続の中断と受継
破産手続が開始された場合に,破産手続開始当時に破産者が訴訟事件を抱えていることがあるが,これらの訴訟のうちで「破産者を当事者とする破産財団に関する訴訟手続」は中断する(44条1項)。「中断する」とは,有効な訴訟手続をすることができない状態になることであり,訴訟関係者にはその後の訴訟手続を進行させないことが要請される。
「破産者を当事者とする破産財団に関する訴訟手続」には,破産者の積極財産に関する訴訟と消極財産すなわち破産債権や財団債権に関する訴訟があり,いずれの訴訟手続も破産手続開始決定により中断するが,中断の理由は異なる。
2 積極財産に関する訴訟手続の中断
1) 積極財産に関する訴訟手続が中断するのは当事者適格の喪失による。
所有権に基づく土地・建物の明渡請求訴訟を提起している所有者が破産した場合, 所有権に基づく土地・建物の明渡請求訴訟の提起を受けている当事者が破産した場合,貸金請求訴訟を提起していた債権者が破産した場合のように破産者の積極財産に関す る訴訟手続は破産手続開始により中断する。中断の理由は,破産手続の開始により積
極財産の管理処分権が破産者から破産管財人に移行し,従来の破産者は訴訟の当事者適格を失い,破産管財人が当事者適格を取得するからである(78条1項)。そこで,当事者適格を失った破産者を訴訟から排除し,正当な当事者適格を有する破産管財人に訴訟手続を続行させるために,訴訟手続は中断することとされたのである(44条1項)。
2) 破産管財人が訴訟手続を受継する。
破産手続開始決定により中断した訴訟手続は,破産管財人が受継することができ る(44条2項前段)。「できる」というのは破産財団にとってたいした意味のない訴訟 であれば破産管財人は受継しないで放置することもできるという意味である。しかし,相手方からも受継の申立てをすることができ(同後段),裁判所が受継決定(民事訴 訟法128条1項)をすれば裁判は続行されるから破産管財人は受継を強制される結果に なる。
3 破産債権に関する訴訟手続の中断
1) 債権者が破産者に対して貸金請求訴訟を提起していた場合のように,破産者の消極財産すなわち破産債権に関する訴訟手続も,借主の破産により中断する。債権者の破産債権は個々の訴訟ではなく,破産手続すなわち111条以下の規定による破産債権の届出と115条以下の規定による破産債権の調査及び確定の手続によって確定されるべきだからである。
2) 訴訟手続が中断した後に,破産債権者が破産裁判所に破産債権を届け出た場合に,破産管財人が破産債権を認め,他の破産債権者も異議を述べなければ破産債権は確定し,中断していた訴訟手続は終了する。一方,破産管財人が否認したり他の債権者が異議を申し出れば,そのときに中断していた訴訟手続の受継が認められる仕組みである。
3) 破産債権者が,異議等を受けた破産債権の確定を求めようとするときは,異議者等の全員を訴訟の相手方として,訴訟手続の受継を申し立てなければならない(127条1項)。受継の申立ては,一般調査期間若しくは特別調査期間の末日又は一般調査期日若しくは特別調査期日から1月の不変期間内にしなければならない(2項)。
4) しかし,破産債権者がxxxある債務名義又は終局判決を有するときは,破産債権者ではなく,異議者等の側から中断した訴訟手続の受継を申立てなければならない(1 29条2項)。受継の申立ては,一般調査期間若しくは特別調査期間の末日又は一般調査期日若しくは特別調査期日から1月の不変期間内にしなければならず(3項),この期間内に受継の申立てをしなかったときは,異議者等が破産債権者であるときはその異議はなかったものとみなされ,異議者等が破産管財人であるときは破産管財人においてその破産債権を認めたものとみなされる(4項)。
5) 判例
最高裁昭和59年5月17日第xx法廷判決(集民142号1頁・倒産判例百選第4版71)は,建物収去土地明渡と賃料相当損害金を請求する訴訟の係属中に被告が破産した事案に 関する判決である。訴訟物のうちの賃料相当損害金,その中でも起算日から破産手続 開始決定の前日までの部分(破産債権)が問題となった。破産手続開始決定の前日まで の賃料相当損害金は破産債権であるから,本来,訴訟手続は中断し,破産債権の届出 がなされ異議等が出された場合に限り訴訟手続を受継できるのに,誤って上記を確認 しないままで破産管財人の受継を認めて訴訟が進められた。最高裁判所は,この債権 が破産債権として届け出られたが異議があった場合に限り,異議があった限度で,当 該異議者が破産債権確定訴訟として訴訟を受継できると判示した。
「しかしながら,本件損害金請求のうち本件破産宣告の日の前日までの賃料相当損害金の請求に係る訴訟は,破産法69条にいう破産財団に属する財産に関する訴訟にあたらず,同法246条所定の破産債権の確定を求める訴訟となるべきものであるから,その受継は同法246条,244条2項,247条によつてすることを要するものというべきである。そうすると,原審が上告人の前記受継の申立の当否を判断するためには,被上告人が,本件損害金請求のうち本件破産宣告の日の前日までの損害金債権について,破産債権として届出をしたかどうか,右届出があつた場合において債権調査期日で異議があつたか否かを職権をもつて調査することを要したものというべきであり,調査の結果,右債権の届出があり,かつ,債権調査期日において異議があつたことが認められる場合に限り,その異議のあつた限度で,当該異議者との間で訴訟手続を受継させ,かつ,請求の趣旨を破産債権の確定の請求に変更することを促すべきであつたといわなければならない。」
4 財団債権に関する訴訟手続の中断
、、、、、、、、、
1) 財団債権といっても,破産管財人が破産財団から支払うべき債務であるから,財団
債権に関する訴訟手続を破産者本人に続行させるわけにはいかない。そこでこのような財団債権に関する訴訟手続も破産手続の開始により中断する。例えば,債権者が破産者に未払給料の支払を求める訴訟を提起していた場合には,3か月分は財団債権になり3か月分を超える給料債権は優先的破産債権になり,いずれも破産者本人が個人的に支払う債務ではなくなるから,訴訟手続は全部が中断する。しかし,破産管財人が受継できるのは財団債権部分のみである。優先的破産債権部分については訴訟手続は中断したままとなり,破産法の手続により確定される。破産債権の届出に対し異議等がなされた場合に初めて訴訟手続が受継されることは前記のとおりである。
2) 最高裁昭和43年6月13日第xx法廷判決(民集22巻6号1149頁)は,破産手続開始後の賃料相当損害金は財団債権であって破産債権ではないこと*1,財団債権については
*1 なお,破産手続開始後の賃料相当損害金(不法行為による損害賠償)は財団債権であるが(14 8条4号),破産手続開始後の遅延損害金(金銭債務の不履行による損害賠償)は劣後的破産債権である(97条4号)。
破産管財人が訴訟手続を受継できることを明らかにしている。
「本件金銭支払請求の適否について検討するに,まず,昭和24年10月19日から上告人Aに対する破産宜告の日である同32年11月12日までの本件土地の不法占有にもとづく所有権侵害による損害金債権は,破産法15条所定の破産債権にあたり,その行使は,破産手続によることを必要とし(同法16条),同法228条により,破産債権者としていわゆる破産債権届出の方法によつてのみ債権の行使をすることが許されるのである(なお,同法229条以下参照)から,この部分の本件金銭支払請求の訴訟の提起は,他の点について検討を加えるまでもなく,この点においてすでに違法として,訴を却下すべきものである。」
「つぎに,破産宣告後の昭和32年11月13日以降の本件土地の不法占有にもとづく所有権侵害による損害金債権について検討するに,少なくとも本件のような土地上に物件を所有して占有することにともなう損害金債権は,破産法47条(現148号)4号所定の財団債権に該当すると解すべきである。けだし,破産宣告によりその物件の所有者たる上告人Aにおいてその財産管理処分権を失ない,その権利が破産管財人に専属する以上,右物件を所有して占有するために生ずる損害金債権は,破産管財人の管理処分権にもとづいてする行為を原因として生ずるものと解するのが相当だからである。」
5 債権者代位訴訟,詐害行為取消訴訟手続の中断
(債権者代位訴訟及び詐害行為取消訴訟の取扱い)
第45条 民法第423条又は第424条の規定により破産債権者又は財団債権者の提起した訴訟が破産手続開始当時係属するときは,その訴訟手続は,中断する。
2 破産管財人は,前項の規定により中断した訴訟手続を受け継ぐことができる。この場合においては,受継の申立ては,相手方もすることができる。
3 以下略
1) 債権者代位訴訟手続の中断
債権者代位訴訟の訴訟物は,原告の被告に対する権利ではなく,訴外の債務者が被告に対して有する権利である。その関係で,債権者代位訴訟における訴外の債務者が破産したときにも訴訟手続は中断し,債務者の破産管財人が債権者(原告)から訴訟手続を受継できる(45条1項)。債権者(原告)は訴訟から離脱して破産管財人に訴訟の帰趨を委ねることになる。なお,訴訟から離脱した債権者が破産債権者の時は破産債権を届け出て配当を待つ立場になり,財団債権者の時は破産管財人に任意の履行を求めることになる。
2) 詐害行為取消訴訟の中断
また,破産債権者や財団債権者の提起した詐害行為取消訴訟も中断する。詐害行為取消訴訟は,債権者が自己の債権を保全するために,債務者の詐害行為を取り消し,受益者や転得者に対して一定の給付を請求する訴訟である。債権者が原告,受益者や転得者が被告となり,債務者は被告にならない。しかし,詐害行為取消訴訟においては,訴訟当事者でないところの債務者が破産した場合にも訴訟手続は中断すると
された(45条1項)。これは,債権者の一人が提起していた詐害行為取消訴訟については,債務者の破産後は,訴えを提起した債権者に身を引いてもらい,破産管財人が代わって訴訟当事者となり,債権者全員のために破産財団拡充のための訴訟活動をするのが適切なためである。かくして,訴訟手続は中断し,破産管財人が訴訟手続を受継することができる。
なお,債権者は訴訟から離脱して破産管財人に訴訟の帰趨を委ね,債権者が破産債権者の時は自らは破産債権を届け出て配当を待つ立場になる。財団債権者の時は,破産管財人に任意の履行を求めることになる。
6 破産手続の開始によっても中断しない訴訟
次の訴訟は,破産になっても破産者の管理処分権が維持され,破産管財人の管理処分権が及ばないから,従前どおり破産者が当事者適格を有し,訴訟手続は中断しない。
1) 破産者の自由財産に関する訴訟
名誉毀損による慰謝料請求訴訟のように行使上の一身専属権に該当する請求権を訴訟物とする訴訟のうち破産者が請求者として訴えている訴訟手続は,訴訟中に請求者が破産しても中断しない。行使上の一身専属権は破産管財人の管理処分権が及ばず,破産の前後を通じて破産者が管理処分権を有し,破産者が当事者適格を維持するからである。
最高裁廷昭和58年10月6日第xx法判決(民集37巻8号1041頁・・倒産判例百選第4版 21)は,次のように判示して,慰謝料請求権は行使上の一身専属権であり差押の対象や債権者代位権の目的とならないが,一定額の慰藉料を支払うことを内容とする合意又は債務名義が成立すれば一身専属性を失い,差押の対象や債権者代位権の目的となると説明している。
「思うに,名誉を侵害されたことを理由とする被害者の加害者に対する慰藉料請求 権は,金銭の支払を目的とする債権である点においては一般の金銭債権と異なると ころはないが,本来,右の財産的価値それ自体の取得を目的とするものではなく, 名誉という被害者の人格的価値を毀損せられたことによる損害の回復の方法として,被害者が受けた精神的苦痛を金銭に見積つてこれを加害者に支払わせることを目的 とするものであるから,これを行使するかどうかは専ら被害者自身の意思によつて 決せられるべきものと解すべきである。そして,右慰藉料請求権のこのような性質 に加えて,その具体的金額自体も成立と同時に客観的に明らかとなるわけではなく,被害者の精神的苦痛の程度,主観的意識ないし感情,加害者の態度その他の不確定 的要素をもつ諸般の状況を総合して決せられるべき性質のものであることに鑑みる と,被害者が右請求権を行使する意思を表示しただけでxxxxx具体的な金額が 当事者間において客観的に確定しない間は,被害者がなおその請求意思を貫くかど うかをその自律的判断に委ねるのが相当であるから,右権利はなお一身専属性を有 するものというべきであつて,被害者の債権者は,これを差押えの対象としたり, 債権者代位の目的とすることはできないものというべきである。しかし,他方,加 害者が被害者に対し一定額の慰藉料を支払うことを内容とする合意又はかかる支払 を命ずる債務名義が成立したなど,具体的な金額の慰藉料請求権が当事者間におい
て客観的に確定したときは,右請求権についてはもはや単に加害者の現実の履行を残すだけであつて,その受領についてまで被害者の自律的判断に委ねるべき特段の理由はないし,また,被害者がそれ以前の段階において死亡したときも,右慰藉料請求権の承継取得者についてまで右のような行使上の一身専属性を認めるべき理由がないことが明らかであるから,このような場合,右慰藉料請求権は,原判決にいう被害者の主観的意思から独立した客観的存在としての金銭債権となり,被害者の債権者においてこれを差し押えることができるし,また,債権者代位の目的とすることができるものというべきである。」,
「これを本件についてみると,亡Aが本訴訟提起によつて本件慰藉料請求権を行使する意思を明示したということだけでは,xxxx権利につき同人による行使上の一身専属性が失なわれるものでないこと前記のとおりであり,したがつて,同人が既に破産宣告を受けていても,そのために本件訴えについて当事者適格を有しないこととなるべき理由はない。それゆえ,これと異なる見解に立つて亡Aの本件訴訟の当事者適格を否定した原審の判断は,誤りであるといわなければならない。」
2) 離婚や離縁など破産者の身分関係に関する訴訟
離婚訴訟や離縁訴訟が家庭裁判所→高等裁判所→最高裁判所に係属中に当事者が破産しても訴訟手続は中断しない。
3) 株主総会決議取消訴訟など破産した法人の組織法上の訴訟手続
株主総会決議取消訴訟など法人の組織法上の訴訟手続は,法人が破産しても中断しない。大審院昭和14年4月20日判決(民集18巻8号495頁・倒産判例百選第4版19)は,破産した株式会社の会社不成立確認訴訟は破産管財人を被告として提起すべきではなく,代表取締役が代表する株式会社に対して提起すべきであると判示している。
「破産管財人ハ唯破産財団ノ管理及処分ニ付権限ヲ有スルニ過キサルヲ以テ破産者ニ対スル訴訟卜雖モ破産財団ニ関セサルモノハ之ヲ管掌スヘキ限りニ在ラス而シテ Y会社ノ組織変更ニ因ル成立ヲ否定シ其ノ不成立ノ確認ヲ求ムル本訴ノ如キ会社ノ人格ニ関スル訴ハ固ヨリ破産財団ニ関スル訴ニ非サルコト明白ナルヲ以テ破産管財人ヲ相手方xx提起スヘキモノニアラス法定代理人タル取締役ニ依り代表セラレタルY会社ヲ相手方トスヘキモノ」
7 破産手続終了に伴う訴訟手続の受継
当事者の破産によって訴訟手続が中断し,破産管財人が受継して訴訟手続が続行されている場合において,破産手続が終了したときは,破産管財人は当事者適格を喪失して破産者が当事者適格を回復するから,係属中の訴訟手続は再び中断し(44条4項),破産者はこれを受継しなければならず(同条5項前段),相手方からも受継申立てをすることができる(同後段)。
なお,破産財団に関する訴訟が当事者の破産によって中断したが,破産管財人が受継するときまでに破産手続が終了したときは,破産者が当然に訴訟手続を受継する(44条 6項)。
8 強制執行と破産手続の開始
1) 破産手続開始による権利行使禁止の効果
破産債権者は破産手続によらなければ権利を行使することができないから(100条1項),破産手続開始後は破産債権を回収するために強制執行の申立てをすることができないし,既に申立済みの強制執行手続が破産手続開始当時に裁判所に係属しているときは,破産手続開始と同時に破産財団との関係で効力を失う(42条1項,2項)。また,破産手続開始のときまでに終了していた強制執行は失効しないが,このような執行処分も否認の対象になり得ることは,別問題である。否認権は,否認しようとする行為が執行行為に基づくものであるときでも,行使できる(165条)。
破産手続開始決定により強制執行手続が効力を失ったとはいえ,形式的には執行処分が存在する以上,これを対外的に取り消し,破産財団の管理・処分を迅速かつスムーズに行う必要があるから,破産管財人は執行異議(民執11条)又は執行抗告(同10条)により,執行処分の取消しを求めることができる。
2) 強制執行手続の続行
しかし,破産管財人は,破産財団の利益になると考えるときは,強制執行を続行させることもできる(42条2項ただし書き)。破産財団の財産はいずれは換価しなければならないから,破産手続開始のときまで進められてきた強制執行手続をそのまま利用して換価した方が時間や費用の節約になる場合があるからである。
強制執行手続が続行される場合において,目的物に対する所有権を主張する者が強制執行の排除を求めるために第三者異議の訴えを提起するときは,強制執行を申し立てた債権者を被告とすべきではなく,破産管財人を被告とすべきである(42条5項)。強制執行を申し立てた債権者は強制執行手続から離脱して破産管財人に帰趨を委ね,自らは破産債権者として配当に甘んじる立場になるからである。破産手続開始当時既に第三者異議訴訟が受訴裁判所に係属しているときは,破産手続開始決定により訴訟手続は中断し,破産管財人が被告の立場を受継する。
3) 担保権の実行中の破産手続の開始
破産財団に属する財産の上に存する抵当権,質権,特別の先取特権などの担保権は別除権であるから,その実行中に債務者が破産しても,担保権の実行手続は破産手続の開始によって影響を受けない。一方,担保権の中でも,一般の先取特権で担保されている債権は優先的破産債権になり,優先的破産債権は財団債権ではなく破産債権(優先的破産債権)であるから(98条1項),一般の先取特権の実行手続は破産手続の開始により失効する(42条2項本文)。企業担保権によって担保される債権も優先的破産債権として扱われるから(98条1項),同様にして失効する。優先的破産債権は,財団債権のように随時に弁済されることはなく,破産債権として配当される。
4) 滞納処分と破産手続の開始
破産手続が開始された場合には,破産財団に属する財産に対して,新たに国税滞納処分をすることはできない(43条1項)。しかし,破産手続開始前に既に国税滞納処
分がなされているときは,破産手続が開始されても国税滞納処分はそのまま有効に続行される(同条2項)。
5) 行政争訟手続と破産手続の開始
破産財団に属する財産に関し破産手続開始当時行政庁に係属している事件の手続は,破産手続の開始によって中断する(46条・44条1項)。行政庁に係属している事件と は,行政庁の処分についての審査請求や異議申立ての手続などの行政上の不服申立手 続,特許審判に関する手続,xx取引委員会に係属する各種の審判に関する手続など である。破産手続開始によって中断した手続は破産管財人が受継することができる( 46条・44条2項前段)。また,行政庁においても受継の申立てをすることができる( 同後段)。
1 全部義務を負う者の破産
(全部の履行をする義務を負う者がxxある場合等の手続参加)
第104条 xxが各自全部の履行をする義務を負う場合において,その全員又はそ のうちのxx若しくは一人について破産手続開始の決定があったときは,債権者は,破産手続開始の時において有する債権の全額についてそれぞれの破産手続に参加す ることができる。
1) 数名が全部義務を負う者が破産したときは,債権者はそれぞれの破産事件において債権全額の権利行使ができる。
「数名が全部義務を負う者」とは,数名が連帯して金員を借り入れた場合の連帯債務者や主たる債務者と保証人のような場合である。このように数名がそれぞれ債権者に対し全部の弁済義務を負う場合において,その全員又は数名もしくは一人が破産手続開始決定を受けたときは,債権者は破産手続開始の時に有する債権の全額をもってそれぞれの破産手続に参加することができる(104条1項)。債権者は,債務者の頭数で割った金額に分割して破産債権を届け出る必要がなく,いずれの破産事件についても,債権全額を破産債権として届け出て,届出債権全額を対象とする配当を受けることができる。
2) その後一部の弁済を受けても届出債権額を減額する必要がない。
2 前項の場合において,他の全部の履行をする義務を負う者が破産手続開始後に債権者に対して弁済その他の債務を消滅させる行為(以下この条において「弁済等」という。)をしたときであっても,その債権の全額が消滅した場合を除き,その債権者は,破産手続開始の時において有する債権の全額についてその権利を行使することができる。
債権者が,破産債権届出後に他の全部義務者から他の全部義務者の破産手続において配当を受けたり,破産手続外で任意に弁済を受けたりしても,破産債権の全額の弁済ではなく一部の弁済であったときは,届出破産債権に変更はなく,破産債権者は届出債権額を減額する必要はない(104条2項)。弁済者が求める債権承継届けの提出要
求にも応じる義務はない。
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なお,債権全額の消滅か一部の消滅かは債権毎に判断されるから注意が必要である。
最高裁平成22年3月16日第三小法廷判決(民集64巻2号523頁)は,「債務者の破産手続開始の決定後に,物上保証人が複数の被担保債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済した場合には,複数の被担保債権の全部が消滅していなくても,上記の弁済に係る当該債権については,同条5項により準用される同条2項にいう「その債権の全額が消滅した場合」に該当し,債権者は,破産手続においてその権利を行使することができないものというべきである。」と判示している。
その結果,例えば,債権者が,A債権100万円とB債権100万円というxxの債権を有する場合において,全部義務者の一人から100万円の弁済を受けたときに,A債権に50万円,B債権に50万円を充当すれば債権全額の消滅という事態は生じないから届出債権には全く影響しないが,A債権全額に充当すればA債権全額が消滅しA債権の破産債権は消滅してしまう。
3) 将来の求償権
3 第1項に規定する場合において,破産者に対して将来行うことがある求償権を有する者は,その全額について破産手続に参加することができる。ただし,債権者が破産手続開始の時において有する債権について破産手続に参加したときは,この限りでない。
4 第1項の規定により債権者が破産手続に参加した場合において,破産者に対して将来行うことがある求償権を有する者が破産手続開始後に債権者に対して弁済等をしたときは,その債権の全額が消滅した場合に限り,その求償権を有する者は,その求償権の範囲内において,債権者が有した権利を破産債権者として行使することができる。
全部義務者が数名いる場合には,全部義務者の一人は将来代位弁済した場合に行うべき求償権を有するが,その求償権を破産債権として届け出ることができるのは,債権者が破産債権の届出をしていないときに限る(第3項)。この場合に,全部義務者の一人が一部を弁済したのみでは何ら届出債権に影響はなく,届出債権の全額を弁済した場合に初めて破産債権の承継を受けられる(第4項)。
4) 物上保証人の弁済
5 第2項の規定は破産者の債務を担保するため自己の財産を担保に供した第三者( 以下この項において「物上保証人」という。)が破産手続開始後に債権者に対して弁
済等をした場合について,前2項の規定は物上保証人が破産者に対して将来行うことがある求償権を有する場合における当該物上保証人について準用する。
物上保証人は他人の債務を担保するために自己の財産を担保に提供した第三者であ
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り,担保権を負担するが債務を負担するわけではないから,全部義務者ということは
できないが,利害関係人として他人の債務を弁済することができるし,担保権の実行 により自己の出捐によって他人の債務を債務を消滅させることもあり,このような場 合には,物上保証人は債務者に対して求償権を取得する(民法351条,372条)。しかし,物上保証人が弁済したときでも,全額の弁済でない限りは債権者の破産債権に影響を 与えることはない(第2項の準用)。また,物上保証人が債務者の破産手続開始後に 債権者に弁済その他債務を消滅させる行為をしたときでも,債権全額を消滅させなけ れば,債権者の破産債権に影響することはなく,破産債権者は破産手続開始の時に有 していた債権の全額について破産債権を維持することができる(前2項の準用)。
2 保証人の破産
(保証人の破産の場合の手続参加)
第105条 保証人について破産手続開始の決定があったときは,債権者は,破産手続開始の時において有する債権の全額について破産手続に参加することができる。
保証人は主たる債務者と共に債権者に対する全部義務を負担するから破産法104条の適用で十分なはずであるが,破産法は105条に規定を設け,保証人が破産手続開始決定を受けた場合に,債権者は破産手続開始のときにおける債権全額をもって保証人の破産手続に参加することができると規定した。このような規定が設けられたのは,保証人は主たる債務者に従属する立場にあり,催告・検索の抗弁権を有するから,主たる債務者が破産していないのに保証債務全額を破産債権として届け出てよいものかどうかについ
て疑問が生じるためである。
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債権者が,保証人の破産手続開始後に主たる債務者から一部の弁済を受けたり,主た
る債務者の破産手続で配当を受けても債権全額の満足がない限り届出債権額には影響しない。届け出た保証債務全額を対象として破産配当がなされる。
3 法人における社員の破産
1) 無限責任社員の破産と法人債権者
法人の債務につき無限責任を負う社員について破産手続が開始された場合において,法人に対する債権を有する者は,破産手続開始の時において有する債権の全額をもっ て,無限責任社員の破産手続に参加することができる(106条)。
無限責任社員は保証人類似の地位に立つからである。
2) 有限責任社員又はその法人の破産