TITLE:
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<論文>ガーナ北東部の輸出向け手工芸品取引における契約履行 --介業者と生産者のあいだの「コントラクト」に着目して--
AUTHOR(S):
xx, xx
CITATION:
牛久, xx. <論文>ガーナ北東部の輸出向け手工芸品取引における契約履行 --介業者と生産者のあいだの「コントラクト」に着目して--. アジア・アフリカ地域研究 2016, 16(1): 38-72
ISSUE DATE:
2016-11
URL:
xxxx://xxx.xxxxxx.xxx/0000/000000
RIGHT:
アジア・アフリカ地域研究 第 16-1 号 2016 年 11 月
Asian and African Area Studies, 16 (1): 38-72, 2016
ガーナ北東部の輸出向け手工芸品取引における契約履行
―仲介業者と生産者のあいだの「コントラクト」に着目して―
x x x x*
Contractual Enforcement in Export-Oriented Handicraft Trading in Northeastern Ghana: Focusing on Pseudo-Contractual Relationships between Local Intermediaries and Producers
Xxxxxx Xxxxxx*
This study examines contractual enforcement in the Bolga basket industry, an export- oriented handicraft industry in northeastern Ghana. Recent consumer preference trends in developed countries, such as appreciation of handicraft and ethical product, have stimulated Bolga basket exports. Wholesale companies and local intermediaries enter into binding contracts on production terms to meet changing demands of quality and quantity in the target markets. To enforce these contracts, intermediaries have devel- oped pseudo-contractual relationships, locally called “contracts,” with basket weavers.
However, a close investigation of these transactions reveals that weavers often fail to keep their advanced agreement (e.g., delivery deadlines). Intermediaries are on the weaker side of the bargain and, being from the same community, cannot resort to sanctions, such as transaction termination, to deter default. Instead, they de-emphasize weavers’ obligations and enter “contracts” with as many weavers as possible to offset the losses from defaulters. To develop long-term relationships, they rearrange the production terms, taking weavers’ diversified livelihood strategies and mindset into account. Furthermore, they repeatedly negotiate with weavers, evoking reciprocal cooperation and/or shared experiences of “working together” for the agreements to be fulfilled.
In conclusion, by defining trust as an expectation of another person’s goodwill under uncertainty, this study argues that the marketing cycle of Bolga baskets functions when intermediaries transform sanction- and obligation-based contractual relationships with companies into relationships of trust with weavers, based on acceptance of uncertainty and risk negotiation.
* 長崎大学多文化社会学部,School of Global Humanities and Social Sciences, Nagasaki University 2015 年 12 月 14 日受付,2016 年 3 月 18 日受理
xx:ガーナ北東部の輸出向け手工芸品取引における契約履行
1.は じ め に
「人の手のぬくもり」,「ナチュラル」などのイメージを想起させるハンドメイド製品への評価や,フェアトレードに代表される倫理的消費の高まりにより,アフリカやアジア,ラテンアメリカといった,いわゆる途上国でつくられる手工芸品が,日本や欧米などの先進諸国に輸出される動きがますます活発になっている[Xxxxxxx 2015].こうした手工芸品の消費は,それが先進国に暮らす消費者の生活を豊かにするだけでなく,途上国の「伝統的な文化」の継承や,生産者の生計向上に積極的に寄与すると考えられ,注目されている[Xxxx 1993; Hendrickson 1996].ガーナ北東部でつくられるボルガ・バスケットも,上記のような消費潮流を受けて輸出が活発化した手工芸品である.
しかし,文化の継承や生産者の生計向上に寄与することを目指す消費のかたちといえども,手工芸品が日本や欧米の市場で流通するためには,商品は十分に魅力的でなければならないし,色柄や形状といったデザインに関する消費者の季節的な需要にも応えていかなければならない.そのため,消費地の企業と生産地の企業は,デザイン,品質基準,納期などをあらかじめ指定した商業契約(以下,「契約」とする)をむすぶことによって,市場の需要に対応しようとすることが多い.ここでいう契約とは,一定期間内における商品とその対価との交換に関する,拘束力のある約束である.
企業間の契約が履行されるためには,最末端の流通関係者と生産者のあいだでも,契約に類する取引が必要となる.手工芸品をはじめ,手工業部門で多く採用されるのは「請負契約 putting-out system」1)である[Ohno 2001; xxx 2002; Boampong 2009].とくに家内工業的な生産体制における請負契約では,買い手が生産者に対して原材料を提供し,デザインあるいは寸法等に関する規格と,期日を指定して製品を納入させる.請負契約は,製品管理を容易にし,より即応的に市場の需要に対応した生産を可能とするため,産業の発展に貢献する取引方法とみなされることがある[Ohno 2001].生産者にとっても,販路が確実であり,原材料の調達資金が不要であることから,条件が最もよい取引方法である場合が多い.
しかし,請負契約では生産者が完成した製品を他者へ転売するなどして,契約を履行しない事例が多数報告されている.先行研究は,こうした生産者の機会主義的行動が買い手に請負契約での取引を控えさせ,ひいては産業の停滞を招くとし,契約の不履行を抑止するためのしくみが必要であると論じている[Fafchamps 1996; Ohno 2001; マクミラン 2007: 75-92; Ohno 2009;
Boampong 2009].
本稿が対象とするようなアフリカやアジアの農村の事例からは,不履行を抑止するしくみ
1)研究対象となる手工芸品の違いや著者の論点により呼称は異なるが,ここでは 1)生産者への原材料の提供,2)製品のデザインや規格の指定,3)納品期日の設定を伴う取引方法を「請負契約」とよんでいる.
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として,コミュニティ内部の社会関係を利用した制裁機構の重要性が指摘されている.たとえば,ラオス農村の手織物産業における取引関係を詳細に調査したxx[Ohno 2001, 2009]は,農村が市場と統合する際に重要な役割を果たしてきたのは,「契約履行におけるコミュニティ・メカニズム」であったと主張する.ここで,コミュニティ・メカニズムとは,村人同士の日常的な噂話を通じた,生産者に関する評判流通のしくみである.ある買い手に対する生産者の契約不履行の情報は,村人の噂話を通じて他の買い手の耳にも届く.それを知った他の買い手は,当該生産者との取引を差し控えるであろう.そのため生産者は,将来の取引から排除されることを恐れて契約を履行するというものである.こうした制裁機構を機能させることが市場取引や産業の発展につながるという主張はしばしばみられる[Udry 1990; Xxxxxxx 1992;
Xxxxxx and Kawagoe 2001].
先行研究の指摘どおり,国内外の企業からの注文を受けて,生産者からバスケットを集荷する役目を担う地元の仲介業者は,生産者による契約不履行の問題に直面していた.しかし,取引をつぶさにみてみると,制裁に依拠して生産者に契約を履行させる以外の方法でも,仲介業者が企業との契約を履行することは可能であることがわかってきた.本稿では,ボルガ・バスケットの生産者(以下,「編み手」とする)と仲介業者のあいだにむすばれる「コントラクト」という取引方法に着目し,地元の仲介業者がどのようにして編み手からバスケットを集荷し,企業との契約を履行しているのかをあきらかにしていく.それにより,仲介業者が編み手との事前の約束を絶対視せず,結果の不確実性を受け入れながら不断に交渉していくことによってこそ,バスケットを集荷することに成功し,アフリカ農村と先進諸国の取引を実現しているようすを描きだす.
本稿の構成は以下のとおりである.第 2 節ではボルガ・バスケットの概要を述べたのち,調査地である N 村におけるバスケット生産を概説する.第 3 節では,バスケットの取引方法を概観したうえで,本稿が注目するコントラクトの位置づけを明確にする.第 4 節では,対
照的な製品をあつかう 2 名の仲介業者の事例を主に検討し,コントラクトの実施にあたって
仲介業者がおかれた立場と,彼らの基本的な集荷戦略をあきらかにする.そのうえで,第 5節では仲介業者による編み手へのはたらきかけを詳細に検討し,彼らがどのような関係性に依拠してバスケットを集荷しているのかをあきらかにする.最後にこれまでの議論をまとめ,ボルガ・バスケットの流通構造全体における仲介業者の実践の意味を考察する.
筆者は,2010 年 6 月から 2014 年 3 月までのあいだに計 17ヵ月間の現地調査をおこなった.
以下の考察は,主として 2013 年 8 月から 2014 年 3 月の現地調査で得た知見にもとづいている.具体的には,N 村で活動する全 21 名の仲介業者に対する聞きとり調査,本稿で中心的に取りあつかう 2 名を含む仲介業者 5 名の集荷・販売実践に関するインテンシブな参与観察と
取引記録の分析,編み手 11 名のバスケットの生産と販売および支出に関する調査を実施した.
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また,編み手と仲介業者の日常的な会話を収集し,取引関係の分析に活用した.なお,登場する人物の氏名は,本名での記載を希望した 2 名を除き,仮名を使用した.文中に記載された年齢や為替レート(1 ガーナセディ=45 円,以下 GHC と表記する)は,2014 年 3 月当時のものである.
2.ボルガ・バスケット生産の概要
ボルガ・バスケットは,ガーナ北東部で輸出向けに生産される,イネ科草本を用いた手づくりのバスケットである.「ボルガ」の名称は,生産地域にある地方都市で,アッパーイースト州(Upper East Region)の州都であるボルガタンガ(Bolgatanga)の名前に由来している.その名が示すとおり,生産地域は主にボルガタンガ市周辺の農村地帯で,その範囲は同市から 15 km 以内と非常に小さい.しかしこのバスケットは,「カラフルな色が可愛いインテリアバスケット」[キャラバンサライ 2015]や,「使い勝手が良くてお洒落なバッグ」[Import Outlet Musee 2015],またフェアトレード商品として,日本や欧米,オセアニアを中心に広く流通している.2010 年の輸出額は 70 万米ドル(約 6,100 万円),輸出量は 370 トンであった[GEPA 2011].これは大型のバスケットで 65~70 万個,小型のバスケットで約 150 万個に相当し,アフリカ農村から輸出される手工芸品としては,非常に大きい生産規模といえる.
生産にたずさわるのは,同地に暮らすフラフラ(Frafra)の人びとである.フラフラという呼称は,アッパーイースト州中南部の民族を総称する語で,グルンシ(Gurunsi, Gurensi),タレンシ(Tallensi),ナブダム(Nabdam),ボーシ(Boosi)などが含まれる.そのなかでも,
出所:筆者作成
図 1 調査地周辺地図
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バスケット生産の中心を担うのはグルンシの人びとである.
筆者が集中的に調査をおこなったのはボルガタンガ市から北西に約 8 km の地点にある N村 2)(図 1)である.2010 年の国勢調査によると,N 村の人口は 2,553 人で,そのほとんどがグルンシである.N 村は,生産村のなかでも生産と流通の拠点として中心的な役割を担っている.この村には,約 50 ある生産村のなかで最大のバスケットの買いつけ市がたつ.また,外
国企業 3 社がバスケットを買いつけるための拠点を設けているが,これは他村ではみられない.2013/14 年に N 村を通じて取引されたバスケットは推計 25 万個以上 3)と,産業全体において重要な地位を占める村である.
N 村ではほとんどの住民がバスケットを編むことができ,その多くが日常的にバスケットを製作し,販売している.非公式なデータではあるが,2009 年にボルガタンガ郡側の N 村で実施された就業調査によれば,15 歳から 59 歳の住民の半数以上が自身の職業を「編み手 xxxxxx」と回答している[University for Development Studies 2009: 15].この調査では複数回答を認めていないが,「農民」など他の職業を挙げた住民のなかにもバスケットを製作している者がいるため,実際の就労者数はさらに多くなると推定される.さらに,N 村では小さな子どもや高齢者もバスケットを編む.一部の専門職人ではなく,一般の村人がひろくボルガ・バスケット生産にたずさわっているのである.
村人にとって,ボルガ・バスケット製作は手軽かつ重要な現金稼得源である.たとえば,Mサイズの「ボルガ」という形状のバスケット(後述)を 1 個完成させるには 16 時間ほどかかるが,1 日 8 時間労働と想定すれば,2 日に 1 個バスケットをつくることができる計算となり,その純利益は 4~8 GHC(180 円~360 円)になる.これは 5 人家族の 1 週間分のおかずや調味料をまかなえる額に相当する.また,後述するように,バスケットは年間をとおして常時販売することができる.1 個あたりの利益は少額ながら,いつでも利用可能な生計活動として,ボルガ・バスケットは村人の日々の生活を支えているのである.
ただし N 村には,バスケット製作に専従する村人はいない.他の多くのアフリカ農村と同様に[Bryceson 1999; Xxxxx 2000; 島田 2007など],N 村の住民は農業を中心としながら複数の経済活動を組みあわせて生計をたてる,生計多様化戦略をとっている.N 村では全世帯が農業を営み,雨季には主に自給用の作物を,乾季には,換金用の作物を栽培している.家畜・家
2)N 村はかつてフラフラ郡(Frafra District)に属していたが,1988 年に同郡がボルガタンガ郡(Bolgatanga Municipality)とボンゴ郡(Bongo District)に二分されたため,行政区分上は両郡にまたがる 2 つの村となっている.しかし,村人はこの行政区分をほとんど意識していないので,本稿では 1 つの村としてあつかう.
3)仲介業者 3 名の 2013/14 年の出荷個数の記録と,N 村の買いつけ市での推定買付個数から算出した.後者については,調査期間中の 36 回の市日にのべ 59 人の仲介業者が買いとったバスケットの個数から,1 回の市日に
仲介業者が買いつけるバスケット数を 1 人あたり 170 個とした.1 回の市日に集まる仲介業者は平均 10 名で,
1 年の市日は計 121 日であるので,年間約 20 万個と推計した.
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禽の販売や,ガーナ南部や隣国ブルキナファソの都市での季節的な出稼ぎ労働も,ほとんどの世帯が利用する生計手段である.都市近郊村のため現金や人の出入りも活発で,小規模な小売業や飲食業を営む人も多い.村人はこうした複数の生計手段を併用しながら,バスケット製作にたずさわる.また,製作場所は自宅であるため,彼らは家事や育児,社会的行事への参加などの合間に,近所の人びとと世間話を楽しみながらバスケットを編む.それゆえ,製作は 2
日で 1 個のようにはすすまない.以上のように,ボルガ・バスケットは他の生計活動や社会的役割との兼ねあいのなかで生産がすすめられる輸出品である.
3.N 村におけるボルガ・バスケットの取引構造
N 村の編み手がつくったボルガ・バスケットは,図 2 のような流通経路で日本や欧米の消費者に届けられる.本稿が注目する仲介業者は,編み手からバスケットを買いつけ,外国企業や地元の卸売企業に転売する,生産と流通のあいだをつなぐアクターである.2014 年時点で, N 村では外国企業と直接取引をする者が 3 名,地元の卸売企業と取引関係をもつ者が 18 名,
計 21 名の仲介業者が活動していた.仲介業者はいずれもxxxxの男性で,2 名を除く 19 名が N 村あるいはその隣村で生まれ育った者であった.以下では,仲介業者と国内外の企業との取引方法を概観したのち,仲介業者と編み手との取引方法を説明する.
図 2 N 村でつくられたボルガ・バスケットの流通経路
実線部を本文で詳述する.
※ FT =フェアトレード
出所:現地調査より筆者作成.
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3.1 仲介業者と企業の取引方法
まず,仲介業者と外国企業の取引では,正式な購買契約書(purchasing order)が交わされる.たとえば,B 社と仲介業者xxxxとの購買契約書には,製品のデザインと注文個数,船積日,取引価格,為替レートが列挙され,文末には,この契約書に則って取引を遂行することへの同意を示す,B 社社長とアブライ氏のサインが記載されていた.もちろん,集荷過程で問題が生じた場合には,仲介業者は企業に契約内容の見直しを交渉できるが,度重なる納期の変更や納品の遅延,注文と納品された製品の不一致といった重大な違反行為は,取引の打ち切りや法的な制裁の対象となる.
他方で,仲介業者と地元の卸売企業との取引では,法的拘束力をもつ契約書は交わされない.しかし,両者のあいだにも納品に関する契約は存在する.地元の卸売企業との取引方法には,1)飛びこみで製品を持ちこみ,交渉で価格が決まる「現物取引」と,2)企業からの依頼を受けて特定の製品を集荷する「請負契約」の 2 種類がある.N 村の仲介業者の場合,18 名全員が現物取引を利用しており,請負契約を併用する者は 15 名であった.契約を請け負って
いない 3 名は,いずれも仲介業を開始して 3 年以内の者で,「仲介業をはじめたばかりだから,まだボスがいない[=請負契約をむすんでくれる企業がない]」「数年したら請負契約をむすべるようになる」と述べていた.つまり仲介業者は,仕事が軌道にのれば,請負契約を併用して取引することが一般的であるといえる.
請負契約は,以下のように実施される.まず,卸売企業がめぼしい仲介業者に声をかけ,製品のデザイン,個数,納期を口頭で伝える.仲介業者が依頼を引き受けると,卸売企業は全額前払いで代金を支払う.その代金を使って,仲介業者は期日までに編み手からバスケットを集荷する.請負契約には法的な拘束力はないが,ひとたび請け合った契約に仲介業者が応えられないことがつづけば,卸売企業のあいだで悪評が流れ,仕事を得ることができなくなる.取引からの排除というかたちで,関係者から制裁を受けるのである.つまり,取引相手が外国企業であれ,地元の卸売企業であれ,仲介業者は企業との契約に拘束されており,その履行義務を負う存在なのである.
企業との契約に応えるために,N 村の仲介業者は 3 つの取引方法を用いて編み手からバスケットを集荷する.以下では,取引方法の選択に影響するバスケットの類型を述べた後に,各取引方法の特徴と編み手による使い分けを説明する.そのうえで,仲介業者が取引方法を使い分ける基準を検討し,仲介業者と編み手がおかれた立場の違いを明確にする.
3.2 仲介業者と編み手の取引方法
3.2.1 バスケットの類型
ボルガ・バスケットの形状には多様なバリエーションがあるが,なかでも「定番商品」として定着し,日本や欧米でひろく流通している形状が 3 種ある(写真 1).
牛久:ガーナ北東部の輸出向け手工芸品取引における契約履行
写真 1 定番商品の形状(左から「ボルガ」,「ショッパー」,「ウイング」)
出所:筆者撮影
まず「ボルガ」は,半球形のバスケットに一本手のハンドルがついた形状である.ボルガは,この地域でかつて製作・使用されていた地酒の濾し器の形状を引きついだものである.手工芸品としての輸出がはじまった 1960 年前後から 1990 年代前半まで,ボルガ・バスケットの形状のバリエーションは,ボルガとそれを小型化した「ベビーボルガ」のみであったといわれている.製作が容易なことから,xxxは多くの編み手が最初に習う形状となっている.標準的な製作期間は,原材料の加工を含めて 3 日に 1 個とされる.
つぎに「ショッパー」は,いわゆる買い物カゴの形状をしている.ショッパーは,1995 年前後に地元の卸売企業とドイツ企業が共同で開発した形状である.底面を楕円形に成形する技術は地域外から持ちこまれたが,開発から 7 年後の 2002 年には,ショッパーとそれをアレンジした「V シェイプ」だけで主要な卸売企業の売り上げの 80%から 90%を占めるまでに輸出数が増加したという報告があることから[AFE 2004: 17],多数の編み手がスムーズに技術を習得したことがうかがえる.製作にかかる時間はボルガよりも短く,2 日で 3 個といわれている.
最後に「ウイング」は,バケツ状のバスケットの両端に「羽根」のような装飾をほどこしたものである.xxxxは,N 村の仲介業者が既存の形状から着想を得て,2004 年前後に考案したとされる.比較的新しい形状ではあるが,注文の急増による仲介業者の積極的な技術指導と,買取価格の高さによる編み手の自主的な技術習得の結果,ひろく編まれるようになった. 1 個を完成させるには 4,5 日かかるといわれている.
以上 3 種の定番商品は,多くの編み手にとってなじみが深く,比較的容易に製作できる形状であるといえる.他方で,他企業との差別化をはかる一部の外国企業は,自社独自の形状を考案したり,色柄や寸法に厳格な基準を定めたりしている.企業からの指定にあわせて特別に製作しなければならない製品を,仲介業者は「オーダー」とよんでいる(以下,「オーダー製品」とする).指定内容は,定番の形状で寸法や色柄のみが指定されるものから,新たな成形技術
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を必要とする形状までさまざまであり,その難易度によって製作にかかる日数は大きく異なる.
3.2.2 取引方法
仲介業者は,以下の 3 つの方法で生産者からバスケットを買いとっている(表 1).
第一の方法は,不特定多数の編み手が持ちこむバスケットを買いつける現物取引である.仲介業者は,ボルガタンガに市がたつ 3 日に 1 度,「ジャンクション」とよばれる村内の交差点に集まり,2,3 時間でバスケットを買い集める.2013/14 年は,1 回の市日に 7 名から 14 名,市日あたり平均 10 名の仲介業者がジャンクションでバスケットを買いつけていた.この取引方法は,現地語では単に「市場で買う da da’a」とよばれている.
現物取引ではあらゆるバスケットが売買される.色柄や寸法はさまざまで,形状にも制限はない.ただし,調査期間中にのべ 59 名の仲介業者が買いとったバスケット 10,372 個のうち,98%がボルガ(6,787 個,ベビーも含む.以下同様),ショッパー(1,808 個),ウイング
(1,582 個)のいずれかであった.持ちこまれる形状がこの 3 種に集中する理由としては,第一に多くの編み手が容易に製作できる形状であること,第二にこれらの形状は企業からの需要が安定しているため,仲介業者に確実に買いとってもらえることがあると推定される.買取価格は,形状,色柄,寸法,品質,ボルガタンガの市況や編み手の交渉能力に応じて決まり,その場で代金が支払われる.
第二の方法は,デザインを指定した製品を不特定多数の編み手から集荷するものである.この方法ではまず,仲介業者がすでに何回か取引している編み手を集め,必要とする製品のデザインや寸法,納期,買取価格を伝える.その情報が口づてに拡散され,編む意志のある者が各々バスケットを製作し,仲介業者のもとに持ちこむ.価格はあらかじめ設定されており,一定の品質基準やデザインの指定を満たしたバスケットのみが買いとられる.この方法は,現地では英語で「個人 individual」とよばれているが,以下で説明するコントラクトも個人の編み手とむすばれる場合があるので,本稿では「指定持込」とよぶことにする.
表 1 | 仲介業者と編み手の取引方法 | ||
取引方法 | 現物取引 | 指定持込 | コントラクト |
買付形態 | 持込 | 持込 | 発注 |
商品の種類 | 全商品 | 指定商品 | 指定商品 |
対象の編み手 | 不特定多数 | 不特定多数 | 特定グループ/個人 |
原材料供与 | なし | なし | あり |
買付時期 | 3 日に 1 度 | オーダー次第随時 | オーダー次第随時 |
支払方法 | 即金 | 後払い | 一部前払い,後払い |
技術指導 | なし | なし | あり |
品質審査 | 普通 | 厳しい | 厳しい |
価格 | 交渉 | 定価 | 定価 |
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第三の方法は,デザインと納期を指定した製品を特定の編み手から集荷するものである.仲介業者はこの取引方法を「コントラクト contract」とよんでいる.
コントラクトは,仲介業者が特定の編み手に製作を依頼することからはじまる.依頼する相手は,個人の場合と編み手グループの場合がある.ここで編み手グループとは,特定の仲介業者からの注文に長期的に応える約束を交わした編み手の集団を指す.N 村の仲介業者 21 名のうち,すくなくとも 15 名(1 名不明)がグループをもっている.彼らによると,各グループの規模は最小で 5,6 名,大きい場合には 100 名を越えるが,平均的な規模は 20 名から 50 名である.仲介業者は複数のグループとコントラクトをむすんでいるが,組織する編み手の総数は最少で計 40 名,最大で計 1,150 名と大きな差がみられた.
買取価格は依頼時に話し合い,あらかじめ設定される.商品代金は一部前払いされることが多いが,その額は編み手の現金の必要性や両者の関係などに応じて 3 割から全額までの幅がある.また多くの場合,原材料は仲介業者が提供する.その場合,現物で前貸しし,商品代金から差し引くか,原材料費相当の現金を事前に供与する.
製作を開始する前に,仲介業者は編み手に指定内容を確実に理解させるため,デザインを細かく指導する.練習が必要な場合,その原材料費は仲介業者が負担する.また,製品の色に指定がある場合は,仲介業者が染色を代行することが多い.指導と染色が終わったら,各々の自宅で製作させ,約束の期日までに回収する.
3.3 編み手による取引方法の使い分け
編み手は,自身の現金の必要や他の仕事との兼ねあいなどに応じて上記 3 つの取引方法を使い分け,バスケットを販売している.編み手はいずれの取引方法も併用でき,コントラクトの締結が他の方法での販売を妨げることはない.以下では,1)買取価格,2)代金支払いのタイミング,3)製作の難易度,4)納期の 4 点に着目して,編み手の生計におけるコントラクトの位置づけを検討する.
まず買取価格について,編み手は単価が最も高いのがコントラクトであり,指定持込,現物取引の順に価格が下がると認識している.ただし,後述するように,各方法で取引される製品の難易度やその製作にかかる時間は異なるため,単純に単価を比較することはできない.ここで重要なのは,原材料の提供と価格の安定性である.
原材料を仲介業者が提供するのは,コントラクトの場合のみである.ボルガ・バスケットに使われるギニアグラス(Panicum maximum)は生産地に自生しておらず,編み手は原材料を購入しなければならない.たとえば,M サイズのボルガを 1 つ製作するのに必要な原材料は,市場で購入すると 6 GHC(270 円)であるが,この金額は買取価格の 5 分の 2 から 3 分の 2におよぶ.コントラクトで原材料が提供される場合,編み手は原材料費を気にせずに,直ちに製作を開始できる.くわえて,その価格は市場より割安であり,無償で供与されることもあ
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表 2 仲介業者 Z の月別平均買取単価
ボルガ ショッパー ウイング ベビーボルガ
9 月 | 10.1(77) | 6.8(52) | 11.9(17) | 1.6(45) |
10 月 | 10.8(118) | 6.6(124) | 12.4(14) | 1.8(79) |
11 月 | 10.9(21) | 6.8(29) | 13.8(14) | 1.9(23) |
12 月 | 9.4(76) | 5.0(31) | 10.8(12) | 1.7(95) |
1 月 | 8.8(40) | 5.3(22) | 10.3(11) | 1.7(70) |
2 月 | 8.9(63) | 7.9(40) | 11.2(10) | 2.0(13) |
3 月 | 8.3(45) | 8.5(33) | 10.8(26) | 1.6(8) |
注)単位は GHC,カッコ内は買取個数.1 GHC = 45 円(2014 年 3 月当時).出所:現地調査より筆者作成.
る.このことは編み手がコントラクトをむすぶ動機のひとつとなっている.
価格の安定性について,現物取引では買取価格が大きく変動する.たとえば表 2 は,2013
年 9 月から 2014 年 3 月のあいだに仲介業者 Z が買いつけた定番商品の平均価格を月別に示したものである.とくに変動が激しかったショッパーに注目すると,平均価格が最も低かった 12 月は 5.0 GHC(225 円),最も高かった 3 月には 8.5 GHC(383 円)である.この価格差はショッパー1 個の製作に必要な原材料費に匹敵する.価格変動の最大の要因は,ボルガタンガの市況である.12 月はどの企業もショッパーの在庫を十分に保有しており,新たに買いつける企業がなかったため価格が下がったが,2 月にはある企業が外国企業との大型契約を取りつけ,高値で大量に買いつけはじめたことをきっかけに価格が上がった.つまり,現物取引では予想以上に高値で売れることもあれば,価格が急落することもあり,その価格の不安定性は編み手にとってリスクとなる.また,現物取引では編み手の交渉能力によっても単価が変わる.とくに,子どもや老齢の女性などは仲介業者に言い負かされてしまうこともある.それに対して,指定持込とコントラクトでは価格はあらかじめ決まっているため,安定的に一定の利益を見込めるのである.
つぎに,編み手にとっては買取価格と同等に重要である,代金の支払いのタイミングを検討する.端的にいえば,日々の生活を営むために有用なのは現物取引であるが,編み手が一度に多額の現金を必要とする場合にはコントラクトが最良の方法である.
編み手が現物取引でバスケットを販売する最大の理由は,「今,食べるための現金(lagefo ti n di)が必要だ」というものである.この表現は,編み手が日々食べ物にも困るほど困窮しているという意味ではなく,彼らの現金管理の指向性に関連したものである.指定持込やコントラクトでは,代金は事前か事後にまとめて支払われるが,多くの編み手は「現金が手元にあると食べてしまう」という.この「食べてしまう」という言葉は,必要以上にお酒を飲んだり,外食をしてしまうという意味で使われる.実際に,とくに女性が多額の収入を得たときには,
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即座に大量の原材料や穀物,普段は新調できない衣料品などを購入し,現金を手元に残さない傾向が観察された.しかし,村の生活では,おかずや生活必需品,ちょっとした飲食代など,少額ながら数日に 1 度は現金が必要となる.無駄遣いを避けながら日々の出費をまかなうには,必要なときに必要なだけの現金が手に入った方が都合がいい.3 日に 1 度必ず買いつけがあり,その場で現金が支払われる現物取引は,編み手の現金の管理方法や村の生活における支出のあり方に適合的な取引方法なのである.
他方で,コントラクトでは商品代金の 3 割から全額を前払いで手にできるため,即座にまとまった現金が必要な場合には大きな助けとなる.筆者が観察したかぎりでは,父の急逝による葬式の準備のために,1ヵ月後に 10 個のオーダー商品を納品することを約束して,150 GHC
(6,750 円)を全額前払いで受けとった事例や,バーを経営する編み手が,仕入れ先の都合で突如ツケを返済しなければならなくなり,やはり 1ヵ月後に 10 個の納入を約束して 70 GHC
(3,150 円)を前払いで受領したという事例があった.さらに,コントラクトをむすんでいる編み手に対しては,仲介業者が少額の生活費を提供することもある.こうした現物を伴わない現金の受領は,現物取引や指定持込にはない特典として機能しており,編み手がコントラクトをむすぶ大きな動機となっている.
第三に,デザインの指定や品質基準の設定にともなう製作の難易度も編み手の選択に影響する.次項で述べるが,仲介業者は集荷すべき製品の性質に応じて取引方法を使い分けている.現物取引と指定持込であつかわれるのは,デザインや寸法に指定がないか,あるいは指定内容が比較的単純な製品である.一方で,コントラクトでは製品のデザインや寸法は必ず指定されており,指定内容が非常に複雑な場合もある.指定が多く複雑であるほど製作にかかる時間と労力は増大するため,労力の節約を重視すれば現物取引や指定持込の方が望ましい選択肢となる.また,買いとり時の品質基準の設定は,編み手が販売に失敗するリスクを高める.現物取引 では品質に応じて価格が決められるため,よほど粗悪なものでないかぎり,たとえ低品質でも販売し,現金を手にすることはできる.しかし,指定持込とコントラクトの場合,指定されたデザインとの整合性や形状の均整さなどに関する審査があるため,指定内容の思い違いや技能の不足などによって買いとりを拒否されるリスクがある.また,N 村の仲介業者はオーダー主以外によるオーダー商品の買いとりを原則禁止する暗黙のルールを共有しているため,転売も
むずかしい.4)そのため,リスクを最小限にしようとすれば現物取引が最良の取引方法となる.最後に,納期の設定の有無がある.現物取引や指定持込では編み手が自身の都合に応じてバ
スケットを製作・販売すればよいのに対し,コントラクトでは事前に期日と個数に関する約束が交わされる.納期の設定を忌避する編み手は相当数存在しており,たとえば,編み手 R(30
4)ただし,N 村で活動していない仲介業者への転売は黙認されている.企業側はデザインの流出を危惧し,すべての転売を禁止するよう仲介業者に求めている.
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代女性)は品質の高いバスケットを編めるにもかかわらず,仲介業者アブライ以外のコントラクトは受けないという.その理由は「もし編み終わらなかったら,なぜ編んでいないのかといって喧嘩になるかもしれない.わたしは喧嘩はしたくないの」(2013/12/12 に聞きとり.以下,xxx内の日付は聞きとりをおこなった日付を指す)というものであった.また,納期に間に合わなければ,たとえその後完成しても買いとられない可能性もある.気楽にバスケットを販売できる取引方法があるなかで,納期の設定は編み手をコントラクトから遠ざけるxx要因となっている.
以上をふまえて編み手の生計にとってのコントラクトの位置づけを考えてみると,安定的に高値で販売でき,全額前払いや生活費の支援を見込めるメリットがあるが,日々のこまごまとした出費をまかなうには向かず,労力の大きさ,販売失敗のリスク,納期の設定といったデメリットもある.そのため,編み手の技能や時々の経済状況によっては,指定持込や現物取引の方がよい選択肢となる場合がある.つまり,編み手にとってコントラクトは必要不可欠な取引方法ではなく,個人の必要や裁量に応じて選択的にむすぶものである.
3.4 仲介業者による取引方法の使い分け
仲介業者は,こうした編み手の行動をふまえつつ,顧客企業が求める製品の特徴にあわせて 3つの取引方法を使い分けることによって,利益を最大化しようと試みている.しかし,仲介業者が編み手と異なるのは,彼らにはコントラクトを採用せざるをえない場合がある点である.
まず,形状が定番のボルガ,ショッパー,ウイングで,色柄に指定がなく,寸法が厳格に定められていない製品を取引する場合,仲介業者は現物取引でバスケットを集荷する.この方法を用いる利点は,第一に一度に大量の定番商品を集荷できる点,5)第二に編み手との価格交渉で安く買いとることができれば,大きな利鞘が見込める点である.
しかし,オーダー商品の場合,現物取引で集荷するのは不可能か,あるいは時間がかかりすぎるため,仲介業者は指定持込かコントラクトを活用しようと考える.
コントラクトと比較した場合の指定持込のメリットは,第一に不特定多数の編み手を対象とするため,大量の集荷を見込める点,第二に納期の設定を嫌う編み手も生産に巻き込める点である.ただし,指定持込には 2 つのデメリットがある.第一に,デザインの指定が細かい製品をあつかえない点である.N 村で指定持込を利用する仲介業者は,デザインの指定がシンプルで,かつ定期的に同じデザインの注文を受けている 3 名に限られている.それ以外の仲介業者があつかうオーダー商品は,注文ごとにデザインが変わるため,そのつど編み手を限定し,デ
5)ボルガ・バスケット産業には,品質の低い商品を低価格で買いとる企業から高品質な商品を高価格で買いとる企業までさまざまな企業が参入しているため,仲介業者は各企業の特性にあわせてバスケットを選別すれば,すべてを売りさばくことができる.このような状況では,ひとつでも多くのバスケットを買いつけることが仲介業者の利益につながる.
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ザインを指導する必要があるのである.上記の 3 名にしても,指定持込で集荷できる製品は彼らがあつかう製品のごく一部である.第二に,集荷の進捗を予測できない点である.指定持込は編み手の持ちこみに依存するため,納期までに集荷できる個数を予測できないのである.こうした事情から,仲介業者がオーダー商品を集荷するためには,特定商品の納入を事前に 約束するコントラクトを利用せざるを得ない.しかし,ボルガ・バスケットのコントラクトは,われわれが理解する請負契約のようには遂行されていない.以下では,2 名の仲介業者を
主に取りあげ,コントラクトがどのように実施されているのかをあきらかにする.
4.制裁に依拠できない「契約」
4.1 仲介業への参入経緯と企業との取引の概要
コントラクトの詳細に入る前に,本稿で主に取りあげる 2 名の仲介業者の略歴と,彼らの顧客企業との取引の概要を説明する.これらの特徴がコントラクトの運用に少なからぬ影響をあたえているためである.
4.1.1 仲介業者アブライ
アブライはN 村で生まれ育った 40 歳の男性である.彼は村で農業をしていたが,仲介業者 B が N 村のジャンクションでバスケットの買いつけを開始したのをきっかけに,20 歳のときに仲介業に参入した.当時の彼を知る村の年配女性たちは,「(威厳があって近寄りがたい)Bと違って,xxxxはただの坊やだったから話ができた.ジャンクションではみんなが『アブライ,1,500,1,500[=当時のベビーボルガの最高買取価格であった1,500旧GHCを意味する]』と言って,高く買うようせがんだものよ」と語る.彼は親しみやすい人柄と巧みな交渉術を活かして買付個数を順調に増やし,地元の卸売企業に多数のバスケットを販売していたようである.
転機が訪れたのは 2004 年,アメリカのフェアトレード企業社長のT 女史が N 村にやってきたときである.T 女史は当初,首都アクラの土産物屋からバスケットを買っていた.当時その土産物屋でバスケットを編んでいたJ によると,T 女史は「村から直接買いつければ,出稼ぎにきている編み手も帰村できるし,貧しい村人に仕事をあたえることができる」と考え,偶然 J に声をかけたという(2014/2/2).そして彼が T 女史に紹介したのが,「編み手グループをもっており,英語を話し,パソコンも使うことができた」アブライであった.
2004 年当時,T 女史からの注文は 2,500 個と多くなく,1 年に 1 度だけの出荷であったため,xxxxは地元の卸売企業との取引と並行してバスケットを卸していた.しかし,その後 T 女史からの受注数が急増したため,彼は地元の卸売企業との取引関係を解消し,2007 年にはフェアトレード企業のカントリー・ダイレクターとして正式に雇用された.同社の事業はその後も拡大をつづけ,2010 年に N 村からの年間出荷個数は 20,000 個を越えた.2013/14
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年も同社は 1,2ヵ月に 1 度,1 回のオーダーにつき 2,000~4,600 個(平均 3,400 個),年間で
20,000 個強のバスケットを注文した.N 村からの出荷が完了した翌日には,メールで次の注
文が届くので,アブライは 1 年中同社のバスケットを集荷しつづける状態であった.この年,xxxxは同社のほかに複数の企業と取引していたが,それらの企業からの注文は合計しても約 3,000 個であった.以下では,xxxxにとって最大の顧客であるアメリカのフェアトレード企業との取引の内容をみていく.
このフェアトレード企業が注文するバスケットの特徴は,第一に多くの編み手が編める形状であること,第二に色柄に関する指定が少ないこと,第三に寸法と品質に関する審査があること,である.
まず,同社が注文する形状は,定番商品のボルガ,ベビーボルガ,ショッパー,ウイングの
4 種と,ショッパーの変化形である「トート」,定番ではないが一定数の編み手が製作できる
「スクエア」,そして 2008 年に同社が独自に開発した「スイング」の計 7 種のみであった.注文ごとに必要となる形状は異なるが,比較的最近開発されたスイングを除いて,多くの編み手が製作できる形状ばかりである.
つぎに色柄に関して,同社は編み手の自由な創造力を評価しているため,柄を指定していない.色については,シーズンごとに 15 から 25 の色を指定するが,そのなかの 3 色以上を使用すれば,組みあわせは自由としている.現在アブライは,コントラクトをむすんだ編み手に対しては染色を代行し,編み手が指定に合う染色剤を購入したり,何色にも染めたりする手間を省けるようにしている.
最後に,フェアトレード企業はアブライに,買いとり時の品質審査を義務づけている.審査では,外形が均整であること,柄がずれていないこと,仕上げが粗雑でないことなどをチェックし,基準を満たさないバスケットは買いとりを拒否する.また,同社は寸法に応じて小売価格を変えているため,高さ,横幅,縦幅の規格を遵守するよう求めている.ただし,規格は過去 10 年間で 1 度も変更されていないので,現在では多くの編み手が問題なく対応している.
つまりアブライは,品質基準にさえ注意すれば,多くの編み手が製作できるバスケットを取りあつかっているといえる.
4.1.2 仲介業者タヒル
タヒルもxxxxと同様に,N 村で生まれ育った 42 歳の男性である.彼は 10 歳のときに実父を亡くしたため,自身でバスケットを編み,生計をたてていくことにした.xxxは優れた編み手で,地元の卸売企業の社長にその腕を買われ,1990 年代初頭に他の編み手を指導するトレーナーとなった.その過程で多くの編み手と関わり支持を得たこともあって,1998 年には若干 27 歳で郡議会議員に当選した.そして,当選後まもなく,彼は「技術指導をとおした編み手の生計向上」を目指して N 村手工芸協会を設立した.
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同協会を母体にしてxxxが仲介業を開始したのは,フランス人のA 女史と出会った 2004年である.A 女史はxx日本のアパレル業界で働いてきたが,旅行中にボルガ・バスケットに魅了され,いわゆる「かごバッグ」を主力商品とするアパレルブランドを立ち上げた(以下,
「フランスアパレル企業」とする).彼女は,ファッションデザイナーと協働してシンプルでデザイン性の高いかごバッグを開発し,自身の経験や人脈を活かせる日本市場をターゲットに定め,高い付加価値をつけてボルガ・バスケットを売り出すことにした.
そのため,xxxは寸法や品質の徹底した管理を求められたが,その要求が編み手に聞き入れられるまでには 5 年を要したという.現在は生産も軌道にのり,2010 年に年間 2,000 個弱だった受注個数は,2013/14 年には約 7,000 個まで増加した.調査時xxxは,日本やアメリカなど複数の外国企業と取引していたが,2013/14 年の総出荷個数が 11,000 個強であったことから,フランスアパレル企業との取引が彼の事業の中心であることがわかる.以下では,同社の商品を集荷するための,xxxと編み手のコントラクトを検討する.
フランスアパレル企業が注文する製品の特徴は,第一にデザインが特殊であること,第二に寸法指定と品質基準が厳しいこと,第三に製作にかけられる期間が相対的に短いことである.第一のデザインの特殊性について,同社のバスケットは,外部のファッションデザイナーが 作成したデザイン画にもとづいて製作される.そのため,形状は定番商品とはまったく異なり,色柄も市場の流行にあわせて毎シーズン変更される.くわえて,デザイン画を再現するた
めに,今まで地域になかった編みの技法が必要となる場合もある.
また,フランスアパレル企業は他の企業と比較にならないほど多様なデザインを注文する.
2013 年 10 月から 2014 年 2 月のあいだに注文されたデザインは,バスケットの形状だけで
29 種,色柄を区別すると 88 種,さらにxxの色と組みあわせると全 126 種にのぼり,そのそれぞれに何個という注文が入っていた.ある期間に集荷すべき形状と色柄の組みあわせが,アブライの場合最大 7 種,他の仲介業者でも 1~10 種であることをかんがみれば,そのバリエーションの多さは歴然である.この複雑な注文をうまく編み手にふりわけ,確実に製作してもらうことがxxxの集荷実践のカギとなる.
第二の特徴は,寸法指定と品質基準が非常に厳しい点である.寸法については,底面,高さ,口径(口縁部の短径と長径),ハンドルの長さ,さらには柄が入る位置まで指定されている.とくに底面,高さ,口径は厳密に審査されるが,その理由は,xxなどの装飾がほどこされるためである.xxは別の担当者が製作し縫製するため,バスケットが大きすぎると布の大きさが足りずに本体から浮いてしまい,小さすぎると布が余りヨレができてしまうなどして,製品に不具合が生じるのである.なお,xxをつける製品をあつかう仲介業者はxxxのみであるため,他と比べて彼の寸法規格は格段に厳しいものとなっている.
また,買いとり時の品質審査も厳格である.同社の取引先はユナイテッドアローズやシップ
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スなどの有名なアパレルブランドや,大丸などの高級百貨店である.こうした小売店で高付加価値かつ高価格商品として販売されるため,6)目の緻密さ,均整のとれた外形,美しく均一な色柄といった品質の高さがとくに問われるのである.そのため,xxxは審査を徹底するだけでなく,編み手への技術指導や製作工程の分業 7)にも熱心にとりくみ,品質の維持・向上に努めている.
第三に製作期間について,xxxのバスケットは製作にかかる手間に比して納期が短いと認識されている.同社のデザインは毎シーズン変更されるため,編み手が製作に慣れておらず,完成までに時間がかかる.また,細かい指定に確実に応えるため,編み手は最長で半月にわたる技術指導を受けなければならず,実質的な製作期間が短くなってしまう.
納期の短さについて付言すると,2013/14 年の受注個数 7,000 個のうち,3 分の 2 にあたる約 4,500 個分の注文は 10 月から 2 月の 4ヵ月間に集中していた.集荷すべき個数は 1ヵ月あたり 1,100 個ほどであるので,アブライの注文よりは余裕があるようにみえるが,この 4ヵ月間には 10 月 25 日~12 月 25 日に 1,794 個,11 月 13 日~1 月 25 日に 1,121 個,11 月 26 日~2
月 15 日に 1,268 個,2 月 1 日~2 月 28 日に 343 個と,納期が重なりながらその都度異なるバスケットが注文されていた.編み手は突然の追加注文にも対応しながら,次から次へと異なるバスケットを編まなければならない状況にあった.
こうした発注形態がとられる背景には,商品が醸しだす季節感と売れゆきの関係がある.フランスアパレル企業にとって最大の市場である日本では,かごバッグは外観の涼しげな印象から「xx物」として定着している.そのため,xxコレクションが店頭に並ぶ時期に間に合わなければ,商機を逃してしまう.注文が遅く来たとしても,春先までに小売店に届くように出荷しなければならないのである.以上の理由から,xxxのコントラクトでは,短い期間ではあるが,編み手が生産につよく関わることがもとめられる.
xxxxとxxxの共通点と相違点をまとめると,彼らはともにN 村で生まれ育った者という点で共通している.彼らは「ただの坊や」,「父を亡くした編み手」から仲介業者になった
「ふつうの村人」である.「ふつうの村人」という点は他の仲介業者にも共通しており,それが編み手との関係性にも影響している.
他方で,取引相手の違いによって,彼らが取りあつかうバスケットの特性は大きく異なる.
6)たとえば,ユナイテッドアローズのブランドコンセプトは「『豊かさ・上質感』をキーワードに,ハイグレードなライフスタイルを追求する “UNITED ARROWS”」[United Arrows 2015],シップスは「ベーシックな要素を大切にしながらも,着る人の個性を引き出す洗練されたコレクションを提案します」[SHIPS 2015]である.いずれも「上質感」を重視しているため,品質の高さが重要となる.
7)通常,編み手は原材料の加工からハンドルの製作,仕上げまでをひとりでおこなうが,xxxの商品の場合,バスケットの使用感を大きく左右するハンドル部分は,その製作に特化した編み手が担当する.さらに,編み手からバスケットを買いとった後,編み目の乱れを修正し,ブラシをかけて表面のケバをとるなど,最終的な仕上げをおこなっている.
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アブライが取りあつかうバスケットはN 村の仲介業者のなかでも最も集荷が容易であるのに対し,xxxのバスケットは最も難易度が高い.以下で述べるふたりのコントラクトの運用方法を方向づけているのは,商品の違いによるところが大きい.ところで,他の仲介業者が取りあつかうバスケットは,アブライよりは集荷が難しく,xxxよりは容易である.そのため,仲介業者が抱える問題やそれを乗りこえるための実践は,対極にあるふたりの相違点と共通点を詳細に検討することで浮かび上がってくる.以下では,xxxxとxxxがコントラクトで製品を集荷する際の基本的な戦略をあきらかにする.
4.2 コントラクトを用いた集荷の基本戦略
4.2.1 アブライの基本戦略
アブライが集荷すべきバスケットは多くの編み手が対応できるため,彼はコントラクトだけでなく指定持込を併用してバスケットを集荷している.
それでもxxxxがコントラクトを必要とする理由は 2 つある.第一に,品質がそろったバスケットを大量に集荷しなければならないためである.彼が集荷すべきバスケットの個数は 1ヵ月あたり 1,500 個から 3,500 個,平均で約 2,400 個にのぼったが,品質や寸法にかかわらずあらゆるバスケットを買いとる現物取引でも,1 人が 1ヵ月間に集荷できる個数は 1,900 個から 3,200 個であった.8)一定の品質基準と寸法規格をクリアするバスケットのみを,それだけ集荷することは容易ではない.
第二に,形状ごとの集荷個数の偏りをなくすためである.指定持込では,複数の形状のなかから,どの形状を編むかを決めるのは編み手であるため,集まる形状に偏りがでてしまうおそれがある.たとえば,寸法が小さいベビーボルガは 1 日で 2 個製作できるといわれるが,フェアトレード企業が設定した買取価格は 7.0 GHC である.対して,1 個の製作に 3 日かかるとされるボルガは 14.0 GHC である.製作時間と価格を考慮すれば,編み手にとってはアブライにはベビーボルガを販売したほうが得策なので,そればかりが集まってしまう可能性があるのである.
この 2 つの問題を解決するためにxxxxがとった作戦は,長期的なコントラクトをむすぶ編み手グループを増やすことであった.彼は,一定の技術を有する編み手を次々と組織化し,技能が不足している編み手にはトレーニングを提供して育成した.現在では,xxxxの名は他村にも広まり,編み手が自主的にグループを組織して彼に取引を依頼するかたちになっている.地元の卸売企業と取引していた 2004 年までは,xxxxがコントラクトをむすんで
いた編み手は 100 名ほどだったというが,2010 年には 16 グループ約 700 名,2011 年には 22
8)2013 年 9 月から 2014 年 2 月のあいだの 29 回の市日に仲介業者 Z が買いつけたバスケットの個数から,各月の市日あたりの平均買付個数を算出したうえで,1ヵ月の市日数である 10 を乗じた.Z はジャンクションで常時誰よりも多くのバスケットを買いとっていた.
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表 3 アブライと現物取引の買取単価(2013 年 9 月~2014 年 3 月)
ショッパー | ボルガ | ウイング | ベビーボルガ | |
アブライ | 10.0 2) | 14 | 13 | 7 |
現物取引 1) | 6.6(n=367) | 9.9(n=738) | 13.2(n=264) | 2.0(n=113) |
差額 | 3.3 | 3.2 | -0.3 | 5.0 |
(単位:GHC)
1)現物取引の単価は,のべ 38 名の仲介業者が買いつけたバスケットのうち筆者が価格を聞きとれたものについて,総額を総数(n)で除してもとめた.
2)調査時には,4 個を 1 セットとして 40 GHC で買いとっていた.出所:現地調査より筆者作成.
グループ約 950 名,2013 年には 27 グループ約 1,150 名にまで増加していた.xxxとコントラクトをむすぶ編み手数は 600 名弱,他の仲介業者は 40~500 名であることからも,その規模の大きさは歴然である.アブライは多数の編み手を組織化してコントラクトをむすぶことにより,品質のそろったバスケットを大量に集めようとしているのである.
また,グループの結成は,製品の偏りを避けることにも貢献している.企業からの注文が届くと,xxxxはグループを招集してミーティングをひらき,各グループが担当するバスケットのタイプを決定する.担当する形状が決まったら,編み手は各自で製作し,期日までに納品する.注文ごとの納入個数は原則として 1 人 5 個と定めている.後で述べるように,実際には上記のとおりには集荷できないことが多い.それでも,グループとのコントラクトによって製品の偏りは一定程度緩和されたと考えられる.
ここで,xxxxがこれほど多くの編み手とコントラクトをむすぶことができた要因を考えてみたい.そのひとつには,相対的な価格の高さがある.先述のとおり,xxxxは定番の形状もあつかうが,その価格は,ウイングを除けば,現物取引の平均価格よりも 3.2 GHC から
5.0 GHC 高かった(表 3).編み手にとっては,他の仲介業者のコントラクトと比べて少ない労力で,かつ現物取引よりも割高で販売できることになるのである.
くわえて,アブライが提供する諸々の便宜がある.彼は,染色の代行や原材料の割引提供といった他の仲介業者も提供する経済的な便宜にくわえて,グループの編み手に対しては買いとり時の品質審査の基準を緩和している.xxxxはその理由を「グループの編み手ならば,バスケットに多少問題があっても買いとる.彼らと関係を継続することの方が重要だからね.でも,指定持込で大切なのはバスケットの出来だけだから,編み手には高い技能が求められるのさ」と説明した(2014/3/5).実際に,とくに女性の編み手は,「グループに入れば確実に買いとってもらえる」と口にしており,この方策が編み手数の増加に貢献していることがうかがえる.さらにアブライは,グループに属する編み手にのみ,ミーティングへの参加を認め,自身やフェアトレード企業の事業の運営に対して意見を述べる権利をあたえている.以上のよう
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に,自分に都合のいいときにだけ販売する指定持込にはない,経済的な便宜や特権をあたえることで,アブライは多くの編み手とコントラクトをむすぶことに成功している.
4.2.2 xxxの基本戦略
先述のとおり,xxxが集荷すべきバスケットは形状が特殊で,デザインの指定が細かいうえ,製作にかけられる期間が短い.そのため,xxxはアブライにもましてコントラクトでの取引に依存せざるをえない.彼が指定持込とコントラクトを併用して集荷できるのは,フランスアパレル企業の看板商品として毎年注文があり,色柄を編み込む必要のない 4 種のみで,受注個数の 65%にあたる 84 種のバスケットは,コントラクトで発注するよりほかに選択肢がなかった.
こうしたバスケットをあつかうxxxの戦略は,編み手数を増やしつづけることで必要なバスケットをそろえようとするアブライとは異なり,コントラクトをむすぶ編み手は比較的少数でも,注文を注意深くふりわけ,それぞれの編み手に確実に製作してもらおうとするものである.そのための方策として,以下の 3 つが挙げられる.
第一に,メンバーの選別である.xxxは企業から注文とデザイン画を受けとると,過去の製作経験をふまえて,各グループに担当するデザインを割りあてる.グループごとの担当が決まると,メンバーひとりひとりに今回製作する意志があるかを確認する.他の仕事の都合や本人の意欲などにより,xxxのバスケットを製作しない,あるいはできない編み手がいるためである.実際,彼がコントラクトをむすんでいる編み手は 40 グループ 600 名弱であるが,
2013 年 10 月から 2014 年 2 月のあいだに注文を受けた編み手は 22 グループ 319 名であった.各グループの経験や個人の都合をふまえて編み手を選別することで,集荷を不安定にする要素をあらかじめ減らそうとしているのである.
第二に,個人の技能をふまえた担当製品の調整である.上記のグループ単位の割りあては大枠にすぎず,xxxは個々の編み手に合わせて担当製品を調整する.グループ ZG2 を例にとると,彼は 10 月から 12 月のあいだに,17 名のメンバーに対し 7 種のデザインを割りふった.xxxはこのグループには基本的に「Majorette」というデザインを割りふったが(担当者 8 名),残りの 9 名には別のデザインを個別に依頼した.たとえば,高い技術をもつ編み手 A には難易度の高い「Bolga」(定番商品の「ボルガ」とは異なる)や VIP 扱いの企業に卸す
「Majorette VIP」を依頼し,他の編み手でも担当できる「Majorette」は依頼しなかった.また,編み手 B, C, D には「Sofia」というデザインを依頼したが,それは彼女たちが「Majorette」の製作に必要な技術を一部習得していなかったためであった.さらに,フランスアパレル企業向けの製品を編めるほどの技術を身につけていなかった編み手E,F には他社向けのバスケットを担当させた.このように,xxxは全体の配分を考えながら,300 名以上の編み手ひとりひとりの技能に応じて担当製品を調整することで,編み手が約束を守りやすい状況をつくろう
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としている.
第三に,染色の代行と染色済みの原材料の配達がある.これは,xx的には色柄の均質性を保つための方策であるが,編み手が染色する手間を省くとともに,色の取り違えといった染色工程でのミスを防ぐ効果もある.それだけでなく,xxxは 88 種にもおよぶ色柄とその担当者を記憶し,グループのもとへ届けに行く.これは編み手の負担を軽減し,なるべく早く製作に取りかかれるようにするための方策と理解できる.
それでもなお,xxxのバスケットの製作は難しい.そこで彼は,xxxxと同様に金銭的なインセンティブをあたえることで,編み手との関係を維持しようとしている.
xxxの武器のひとつは,買取価格の高さである.xxxのバスケットはきわめて特殊なため単純に比較はできないが,編み手は仲介業者のなかでxxxの買取価格が最も高いと認識している.これはxxxが意識的にフランスアパレル企業と交渉してきた結果である.彼は,同社の製品が他と比べて格段に難しいため,それに見合う対価が支払わなければ編み手が離れてしまう,という危機感を抱いているのである.
さらに,生活費の提供がある.xxxは多くの編み手に生活費を提供しており,その頻度は他の仲介業者よりもxxxに高い.その理由は,代金が支払われるまでの期間が長いためである.フランスアパレル企業への納品後,その代金がxxxの元に届くまでには 3ヵ月ほどかかる.xxxは編み手に対して商品代金の 3 割から 7 割を前払いしているが,残金を支払うためには,同社からの納金を待たなければならない.もちろん彼は,決して裕福ではない編み手に数ヵ月も支払いを待たせることの問題をよくわかっている.しかし,ひとりに代金を渡してしまうと,すべての編み手の支払い要求に応じなければならない.そのため,代金としてではなく,個別の編み手に対する「心づけ」のかたちで少額の生活費をしばしば提供することで,編み手に自分とのコントラクトを継続させようとしているのである.
以上をまとめると,アブライのように指定内容が比較的緩やかな製品をあつかう場合,仲介業者は編み手数を増やすことで集荷を成功させようと試みる.他方で,xxxのように難易度の高い製品をあつかう場合,数による代替が困難になるため,仲介業者が綿密な調整をおこない,事前の約束どおりの製作を促そうとする.そして,集荷すべきバスケットの性質にかかわらず,仲介業者はコントラクトの編み手には現物取引や指定持込にはない経済的なインセンティブを提供している.これは,編み手にコントラクトの締結と関係の継続を促すための方策であると理解できる.
しかし,コントラクトがむすばれることは,それが円滑に履行されることと同義ではない.以下では,実際の編み手の納入の事例を検討し,コントラクトの遂行において仲介業者が直面する問題をあきらかにしていく.
牛久:ガーナ北東部の輸出向け手工芸品取引における契約履行
4.3 コントラクトの「不履行」と仲介業者がおかれた立場
まず,アブライのコントラクトの事例を検討する.表 4 は,2013 年 10 月から 2014 年 2 月
のあいだに,アブライのグループに所属している 7 名の女性が,アブライおよびアブライ以外の仲介業者に販売したバスケットの個数を示している.先述のとおり,グループに所属する編み手は 1 回の出荷につき 5 個のバスケットの納入を約束している.上記期間には 3 回の出
荷があったので,彼女たちは 15 個はアブライに販売しなければならないはずである.
アサケトゥーマグループに所属するアパンガ,ンター,アシルゴをみてみよう.3 名のなかでは,xxxxがアブライに 9 個を販売したが,約束の数には達していない.さらに,ンター
とアシルゴは 1 個もアブライに販売していない.ただし,彼女たちは他の仲介業者にはバス
ケットを販売しているので,アブライには選択的に販売しなかったといえる.この 3 名はグループに所属し,アブライとコントラクトをむすんでいるにもかかわらず,納入個数の約束を守っていないのである.これは,期間中はアブライにのみ販売したが,8 個しか納入していないローラにもいえる.
他方で,セントラル B グループに所属するラーヒ,xxxx,ヤーの 3 名は,1 回 5 個という条件を満たし,うち 2 名はそれをxxxに上回る個数をアブライに納品している.当初筆
表 4 アブライとコントラクトをむすんでいる編み手 7 名のバスケットの販売先
(2013 年 10 月 6 日~2014 年 2 月 28 日)
グループ 氏名 販売先 | 10 月 | 11 月 | 12 月 | 1 月 | 2 月 | 計 アブライ% |
対アブライ アサケトゥーマ アパンガ | 0 | 0 | 0 | 7 | 2 | 9 11 |
対他 | 17 | 12 | 21 | 9 | 16 | 75 |
アサケトゥーマ ンター 1) 対アブライ | 0 | 0 | 0 | 0 | ― | 0 0 |
対他 | 4 | 10 | 8 | 0 | ― | 22 |
対アブライ アサケトゥーマ アシルゴ | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 0 |
対他 | 5 | 2 | 5 | 6 | 4 | 22 |
対アブライ アシグレビシ ローラ | 0 | 3 | 1 | 2 | 2 | 8 100 |
対他 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
対アブライ セントラル B ジェニー | 4 | 6 | 9 | 7 | 0 | 26 76 |
対他 | 1 | 3 | 4 | 0 | 0 | 8 |
セントラル B ラーヒ 2) 対アブライ | ― | 6 | 0 | 12 | 14 | 32 74 |
対他 | ― | 6 | 5 | 0 | 0 | 11 |
対アブxx | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 00 |
xxxxx X ヤー 対他 | 3 | 0 | 10 | 4 | 0 | 17 48 |
注)期間中の受注日と出荷予定日は以下のとおり.9 月 2 日~10 月 17 日,10 月 18 日~12 月 11 日,12
月 12 日~1 月 24 日,1 月 25 日~3 月 5 日.網かけ部は一部データが欠けている.欠損の期間は以
下のとおり.アシルゴ:11 月と 2 月に各 2 週,ジェニー:2 月に 1 週,ヤー:11 月に 1 週.
1)2 月は出稼ぎのため不在.
2)11 月から記録を開始.
出所:現地調査より筆者作成.
アジア・アフリカ地域研究 第 16-1 号
者は,彼女たちがグループの他のメンバーの不足分を補うために多く製作したのかもしれないと考えた.しかし,彼女たちの説明は筆者の想定とは異なるものであった.以下は,その代表的な説明である.
「(納期について)アブライには好きなときに編めばいい.xxxxは他の仲介業者のように
『なんで編んでいないんだ』なんて怒らない.トラブルがないから,私は彼のために編むの
[=アブライとコントラクトをむすんでいる]」「(個数について)自分が編めるだけ編めばいいの.1 個でも 10 個でも 1,000 個でも.でも,ひとりで月に 1,000 個も編めないでしょ?だから編めるだけもっていけばいいの.」(ラーヒ 2013/12/12)
「(アサケトゥーマグループはアブライとコントラクトをむすんでいないの?という筆者の質問に対して)もちろん,わたしたちのグループはアブライのために編んでいるわ.彼のコンピューターを見てみるといいわ,ちゃんとグループの名前が書いてあるから.(でも,みんな全然アブライに売っていないじゃない,という筆者の発言に対して)アブライには自分が好きなバスケットを編めばいいのよ.自分が編みたいバスケットを編めるだけもっていく.アブライだってそれが欲しいの.」(アパンガ 2014/1/15)
以上のように,表 4 で取りあげた 7 名は,xxxxとは納期も個数も約束していないと語るのである.彼女たちの説明にしたがえば,コントラクトは指定持込と変わらない.しかし,コントラクトでは編み手がデザインや個数,納期に関する約束に応えることを前提として,xxxxは諸々の便宜を提供するのであり,これでは目的を果たせていないことになる.
この 7 名にかぎらず,コントラクトが機能していない状況は編み手にひろくみられ,アブライ自身も大きな問題として認識している.彼は,編み手が依頼していない形状を編んできたり,約束した個数を納入しなかったりすることに関して,しばしば愚痴をこぼしていた.しかし,彼は「編み手を責めたところでバスケットは完成しない.約束どおり編まない人は欲しくないといって拒絶していたら,多くの編み手が僕のもとを離れ,バスケットは集まらなくなってしまうだろう」(2014/1/3)と言い,コントラクトどおりに製作しない者を拒絶したり排除したりはできないと語った.
彼が上記のように語る背景には,N 村における仲介業者の競合状態があると考えられる.前節で説明したとおり,編み手は 1 人の仲介業者とコントラクトをむすんでいても,現物取
引や指定持込を併用できるうえ,他に 20 名ちかくの仲介業者とコントラクトをむすべる立場にある.仲介業者が編み手を拒絶・排除しても,編み手は他の取引方法を使うか,他の仲介業者とのコントラクトでバスケットを販売すればよい.xxxxが言うように,編み手を安易に
xx:ガーナ北東部の輸出向け手工芸品取引における契約履行
表 5 アブライの 11/12 月出荷分の受注数と出荷数
種類 | 受注数 | 出荷数 | 不足数 | 達成率(%) | 備考 |
ベビーボルガ | 300 | 293 | 7 | 98 | |
ボルガ M | 200 | 191 | 9 | 96 | |
ショッパーXL | 100 | 99 | 1 | 99 | |
ショッパーL | 200 | 161 | 39 | 81 | |
ショッパーM | 200 | 189 | 11 | 95 | |
ショッパーS | 200 | 143 | 57 | 72 | |
スクエア | 75 | 63 | 12 | 84 | 3 個 1 セットで買取 |
ベビースイング | 600 | 421 | 179 | 70 | |
スイング | 400 | 106 | 294 | 27 | |
トート | 90 | 90 | 0 | 100 | 3 個 1 セットで買取 |
ウイング L | 300 | 191 | 109 | 64 | |
ウイング M | 300 | 177 | 123 | 59 | |
ウイング S | 300 | 174 | 126 | 58 | |
サンプル | ― | 2 | ― | ― | |
計 | 3,265 | 2,300 | 967 | 70 |
注)S,M,L,XL はそれぞれサイズを示す.出所:取引記録より筆者作成.
叱責したり,約束の履行を強要したりする行為は,自分とのコントラクトから編み手を離脱させることにしかならない.それは自身の集荷の失敗に帰結しかねないのである.9)
そして,約束の不履行が常態化していることが,xxxxがコントラクトの編み手を増やしつづける理由であると考えられる.先に彼が 1,150 名もの編み手とコントラクトをむすんでい
ると述べたが,注文ごとに 1 人 5 個という約束が守られるとしたら,指定持込を併用しなく
ても 5,750 個集まる計算となる.注文ごとの平均受注個数は 3,400 個であるから,コントラクトの編み手全員が約束を守ると,編んでもらっても買いとれないという事態になる.それにもかかわらず,xxxxがここまで編み手を増やしたのは,約束を守れない者や守らない者も含みこんで集荷戦略をたてるしかなかったためであると推察できる.逆にいえば彼は,編み手ひとりひとりが約束を守らなくとも帳尻を合わせられるような集荷体制を構築することに成功し,それにより多くの編み手をひきつけているとも考えられる.
ただし,アブライの方法では集荷が成功しなかった事例が一度だけあった.それは,難易度の高いバスケットに多くの注文が入ったときであった.2013 年 10 月 18 日,xxxxは 3,265個のバスケットを 1ヵ月半後に出荷する契約をむすんだ.受注個数や出荷までの期間は特別変わったものではなかったが,xxxxは出荷日を 12 日遅らせたうえ,967 個不足という大きな欠品をだしてしまった.
9)xxxxが次回以降の注文でも出荷できる商品をあつかっていることが,約束を守らない者を逐一とがめずに済む一因となっている可能性はある.
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表 5 はそのときの受注個数と実際の出荷個数をあらわしている.達成率をみてみると,ボルガ,ショッパー,トート,スクエアは 90%を越えており,問題はウイング(達成率 60%前後),スイング(同 27%)であったことがわかる.とくに大きな問題はスイングである.スイングは胴体中央部にくびれがある形状であるが,くびれをつくるには他の形状には使用されない成形技術が必要となる.そのための指導を受けた編み手は 5 グループ 257 名と数名の個人のみで,指導を受けても編めない編み手もいた.xxxxの事後分析によると,その人数に対して,xxxxとベビースイングを合わせて計 1,000 個の注文が来たことが失敗の原因であった.10)
スイングの注文数が特別多かったにしても,編み手が指定された製品を 1 人 5 個納入するという約束を守っていたら,集荷は成功したかもしれない.しかし,この失敗に対してxxxxが考えた対応は「もっと多くの編み手にスイングの成形技術を習得させるために,トレーニング費用を拠出するよう T 女史に依頼する」ことであった(2014/2/2).アブライは,コントラクトの履行を強制することははじめから考慮に入れていない.あくまで人数を増やす作戦しかないのである.
それでは,編み手の数の多さによって個々の編み手の欠損を一定程度補えるアブライとは異なり,ひとりひとりに約束を守ってもらう必要があるxxxの場合,コントラクトはどのように遂行されているのだろうか.結論からいえば,xxxのコントラクトでも約束が守られないことは多々ある.そして,xxxxと同様,制裁に訴えて不履行を抑止したり,約束を守らない編み手を排除したりすることは困難である.
事例 1:「どの形状も編めない」
2013 年 12 月 19 日,筆者はxxxのアシスタントとともにグループS のバスケットを回収しに行った.グループS には 10 月中旬に注文を出しており,この日の時点で本来の納品期日を 5 日過ぎていた.しかし,製作を請け負った 30 名のうち 2 名が,1 個もバスケットを完成していなかった.グループ S のリーダーはそのうちのひとりについて,「彼は今割りあてられているいずれのバスケットも編めない」と話した.アシスタントがその場でxxxに連絡したところ,xxxは「わかった,あるだけ持って帰ってきなさい」とだけいい,その編み手やリーダーを注意することすらなかった.
この事例では,ある編み手が技術不足のために割りあてられたバスケットを製作できなかったということであったが,彼が製作できないことを恥ずかしく思い,納期を過ぎるまで言いだせなかったのか,他の事情から編まなかったことの弁解として技術不足をもちだしたのか,真
10)2004 年以降の契約書を確認したところ,スイングの注文はこれまで計 600~750 個でおさまっていた.
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の理由は定かではない.しかし,xxxの場合にかぎらず,ボルガ・バスケットのコントラクトをめぐる多くの事例において,編み手が守ろうとして守れなかったのか,あるいは機会主義的に行動したのかを判断することは困難である.
それどころか,仲介業者は不履行の原因を編み手に問いただすことは得策でないと考えている.たとえばxxxは,自分とのコントラクトを請け負った編み手が,後からむすんだ他のコントラクトを優先してしまい,自分のバスケットを編んでもらえないことがあるとつねづね嘆いていた.しかし,彼は編み手の行動に頭を痛めながらも,以下のような言葉をたびたび口にしていた.「約束を守らないことを責めても,編み手が『葬式で編めなかった』と言いつづけたらそれまでだろう?ときには本当に農業や葬式,技術的な問題で編めないこともある.製作を促していくこと以外に何ができるっていうんだ?」xxxは,バスケットよりも他の生計活動や社会的行事を優先するのは仕方のないことととらえている.そのうえで,真偽を尋ねたところで事態は前進しないため,不履行を断罪するのではなく,編み手の製作意欲を高めることのほうが重要であると考えているのである.
編み手の製作意欲をひきだす,あるいは削がないという点に関して,xxxは細心の注意をはらっている.それは以下の事例からも読みとることができる.
事例 2:品質等級制の導入の提案に対する反応
フランスアパレル企業は,現地での生産管理を徹底するために,2011 年 4 月から 2013 年
4 月のあいだ日本人のチヒロを派遣していた.xxxはこの職務に従事する前に,青年海外協力隊として N 村手工芸協会で 2 年間活動していたため,xxxが抱える問題をよく理解していた.とくに彼女が問題視したのは,編み手によって製品のできばえに大きな差があることであった.そこで彼女は,品質向上のインセンティブとして,A ランクは満額,B ランクは 8 割,C ランクは 6 割といった具合に,同一製品でも品質に応じて価格に差をつけることを提案した.しかし彼女は,「何度提案してもxxxがまともにとりあってくれない」とため息まじりにもらしていた.(2012/7/23)
彼女がN 村を去った後,xxxと品質等級制について話す機会があった.彼の考えは以下のようなものであった.「できのいいものも悪いものもあるし,チヒロの言うことはわからなくはない.けれど,自分のバスケットは他の仲介業者の製品よりもむずかしい.それでも僕のために編んでくれる編み手に対して,『君のバスケットは下手だから,約束の値段では買えない』なんて言えるだろうか?そんなことをしたら,編み手はやる気をだすどころか,やる気をなくしてしまうだろう.仕事が難しいからこそ,僕の編み手[=コントラクトをむすんだ編み手]がみな気分よく,一緒に働ける(tuni la tuune taaba)ようにしなければならないんだ.」(2013/12/10)
アジア・アフリカ地域研究 第 16-1 号
この言葉には,仲介業者と編み手とのコントラクトを理解するための,多くの示唆が含まれている.まず,xxxは品質の優劣で事後的に価格を見直すことが品質向上のインセンティブとしては機能せず,むしろ編み手の意欲を削いでしまうと認識していることがわかる.そして,品質のよいものを高く評価するよりも,「気分よく,一緒に働ける」ように,編み手のあいだの平等性に配慮することのほうが重要であると考えていることがうかがえる.
先にグループ ZG2 の編み手のうち 2 名が他社向けのバスケットを担当したことを述べたが
(4.2.2 参照),このときもxxxは編み手が抱くと予想される不平等感に言及していた.「彼女たちは,最近このグループに入ったが,自分で今回の注文を担当したいと言ってきたんだ.トレーニングはしたが,結局フランスアパレル企業のバスケットは編めなかった.でも,何もまわさなければ,『なぜ私たちだけ編ませてもらえないのか』と思われてしまうだろう?[だから急ぎではない他社のバスケットを依頼した]」(2013/12/9).グループ内の平等性への配慮は,編み手とこの先も「一緒に働いていく」ために必要なのである.
事例 2 に戻ると,xxxは品質に応じて買取価格を変えられない理由として,自分の仕事内容が難しく,編み手に敬遠されているとの認識を挙げている.事実,筆者が集中的に販売個数を調査した 11 名の編み手のなかには,期間中にxxxにコントラクトでバスケットを販売した者はいなかった.しかし,調査をはじめる前には,11 名中 4 名がxxxとコントラクトをむすんでいると回答していた.1 月の注文の分配がはじまっても請け負ったようすがなかったので尋ねてみると,2 名は「今年は編まない」,2 名は「当面編むつもりがない」と答えた.その理由は,納期が短すぎる(2 名,複数回答),指定が厳しすぎる(2 名),今回は依頼されていない(1 名),支払いが遅い(1 名),そして「今はアブライがいるから[xxxに販売する必要性がない]」(3 名),というものであった.xxxの認識どおり,彼らはxxxのコントラクトの条件が厳しいため,最初から請け負わないことを選択したのである.先にxxxがコントラクトをむすんでいる編み手は 600 名弱いると述べたが,2008 年から 2013 年まで
の取引記録で名前が確認できたのは 374 名のみであった.上記の編み手の言葉をふまえると,技術不足で請け負えない者だけでなく,本人の意思で請け負うのをやめた者も相当数いると考えられる.
先述のように,N 村には複数の取引方法と多数の仲介業者が存在するうえ,コントラクトでも求められる条件はさまざまである.難しいデザインや短い納期といった条件の厳しいコントラクトを,編み手があえて受注しなければならない理由はないのである.しかし,xxxのコントラクトではとくに反復的な取引を通じて培われた製作経験が重要となる.だからこそxxxは,短期的な契約の履行よりも,相手の感情や編み手間の平等性に配慮し,編み手が自分と「気分よく,一緒に働ける」環境をつくることに力を注ぐのである.11)
以上をまとめると,xxxxとxxxは対照的な集荷戦略をたてていながら,約束を守らな
xx:ガーナ北東部の輸出向け手工芸品取引における契約履行
い編み手を排除するなどの制裁に訴えられない点は共通していた.それは,制裁が約束の履行を促すどころか,長期的にみれば自身の集荷を困難にしてしまうためである.このような状況で,彼らが集荷戦略の中心にすえた方策は,約束の履行を強制せずに済む集荷体制を整えたり,編み手が自分のコントラクトに気分よくとりくめるよう配慮したりすることによって,彼らの自主的な関与を引き出すことだったのである.
5.コントラクトを動かすためのはたらきかけ
編み手の自主性にのみ依拠してバスケットが集荷できるわけはもちろんなく,仲介業者はグループや個人に不断にはたらきかけ,コントラクトに実効性をもたせようとしたり,予定外の欠損を埋めあわせたりしている.以下では,仲介業者が編み手にはたらきかける場面を仔細に検討することによって,彼らがどのようにして企業との契約を履行してきたのかをあきらかにする.
5.1 「互酬的な協力」の論理にもとづく交渉
まず,仲介業者がいかにして編み手にコントラクトの履行を促しているのかを,アブライの事例から検討する.
事例 3:編み手グループN とアブライのミーティング(2014/2/2,17:00-17:40.於グループ N のリーダー宅の庭先)
xxxxは,12 月の集荷の失敗を受けて(4.3 参照),グループを行脚し製作を促していた.グループ N は「ショッパー」を得意とする編み手が多いグループであったため,次回はショッパーを約束どおり納入するよう依頼することが,訪問の目的であった.
ある程度人数がそろうと,アブライはメンバーに,「今日はよく集まってくれた」とねぎらいの言葉をかけたのち,「君たちは[技能が高く,速く]編めるグループなのに,なぜ編まないのか.何か不満でもあるのか」と切りだした.編み手からアブライへ伝えられた不満は,要約すると以下のとおりである.
まず,品質基準と買いとり拒否への不満である.「バスケットを持っていったが,基準を満たしていないといって断られ,編みたくなくなってしまった」と述べる編み手に対し,xxxxは「それは残念だった.断られた人は他にもいるか?今日来ていない人も含めて,断られた人全員の名前を教えてくれ.来週トレーニングをしよう」といい,技術指導を申し出た.次に,原材料の前貸しについてである.編み手は「原材料を受けとりに行ったが,『忙し いから今は渡せない.明日来るように』といわれた.次の日に行っても,その次の日に行っ
11)むろん,自身の集荷を成功させるための戦略という側面だけでなく,元編み手として自分のコントラクトが編み手にかける負担がわかるからこそ,それでも請け負ってくれようとする編み手をむげにできないという感情もあるだろう.
アジア・アフリカ地域研究 第 16-1 号
ても同じだった…[アブライに対する不満]…編みたくても原材料がないから始められない」と苦情を述べた.xxxxは,ひとりひとりではなくグループ単位で原材料を受けとりにくるよう苦言を呈した後,明日はグループN を優先して原材料を渡すので必ず受領しにくるように,とよびかけた.
最後に出された不満は,買いとり方法に関するものであった.編み手は「あなたがわたしたちに編めという形状(ショッパー)は 4 個 1 セットでないと販売できない.わたしはすぐに現金が必要なので,4 個完成するのを待っていられない」と述べた.それに対してxxxxは,「今は T 女史がxxxxxはセットで買うようにと言っている.君たちが嬉しくないということを伝えておくから」と企業と交渉することを約束し,少しのあいだ我慢してくれ,となだめた.
ミーティングのほとんどの時間を編み手からの不満の聞きとりに費やした後,最後にxxxxは「今度の注文ではたくさんのショッパーが必要だ.みんなに編んでもらえなければ僕は困ってしまう.僕は知っている,君たちならできると.さあ,仕事に立ちあがってくれ」とよびかけた.そして,なごやかな雰囲気で談笑したあと,無事に集荷が完了するよう神に祈りを捧げ,ミーティングを終えた.
上記のxxxxは,彼がミーティングの際によく用いていた進行方法であった.ここでxxxxは,1)編み手がコントラクトどおりに編まないことを責めるのではなく,相手の状況を理解するよう努め,その問題の解決に向けて自分ができることを提案する,2)そのうえで自分の窮状を訴え,編み手に協力を依頼している.つまり,編み手の要求に応える代わりに自分の要求にも応えてくれるよう,互酬的な協力を想起させることによって,コントラクトの履行を促そうとしているのである.
アブライのみならず,仲介業者は折にふれて編み手と自分が協力関係にあることを印象づけようとしている.彼らは編み手を訪問するときだけでなく,編み手がジャンクションにバスケットを販売しに来たときにも,進捗状況や近況を尋ねる.編み手が神妙な面持ちのときには仲介業者も真摯に耳を傾け,その場で解決しない問題には,前向きな改善策を提案する.帰りには「車代」を手渡すことも多い.編み手の側も,自分への同情や理解を示してくれる仲介業者に対して,相手が困ったときには力になろうという気持ちを抱くことは不思議ではないだろう.コントラクトの編み手に手渡される生活費の支援や日々の心づけにも,こうした効果があると推察される.契約という枠組みに依拠できないなか,互酬的な協力を想起させることは,編み手にコントラクトの履行を促す手段として有効性があると考えられる.
ただし,上記のようなはたらきかけの結果が必ず保証されるとはかぎらない.
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事例 4:アブライの協力交渉と編み手による反応の違い
アブライをはじめ,仲介業者が編み手により強くはたらきかけたいときには,グループではなく個々の編み手の家を訪ね,対面的に窮状を訴える.表 4 で取りあげたアサケトゥーマグループに所属するアパンガ,ンター,アシルゴは,同じコンパウンド(拡大家族からなる居住空間)に暮らす編み手である.
アパンガは,10 月から 12 月まではアブライにバスケットを 1 個も販売しなかったが,1
月に入って突然彼のバスケットを編みはじめた.筆者がその理由を尋ねると,彼女は 12 月の出荷後にxxxxがこのコンパウンドを訪れ,個人的に製作を依頼しに来たことを述べ,以下のようにつづけた.「xxxxが,今回はどうしてもバスケットを編んでほしいと言ってやってきたの.前回はバスケットが集まらなかったから,T 女史が悲しんでいるんですって.その前にxxx[=同グループの組織化を主導した仲介業者]のバスケットを完成させて,終わったらアブライのために編むわ.」その宣言どおり,xxxxは 1 月 27 日にアブ
ライにボルガを 7 個販売した.他方で,同様に依頼を受けたンターとxxxxは「編もうと思う」と言いながら,結局アブライに販売することはなかった.
この事例で注目したいのは,コントラクトにもとづくアブライからの協力要請に対して,編み手が異なる反応を示した点である.xxxxは,それまでの 3ヵ月間にアブライにひとつもバスケットを納入していなかったことからも(表 4),個人的なはたらきかけを受けたからこそ,彼のために一肌脱いだと考えられる.しかし,xxxxと同じ立場にあったンターとxxxxは彼の求めには応じず,他の仲介業者にのみバスケットを販売することを選んだのである.
誤解のないように付言すると,この事例はンターやxxxxが常に機会主義的に行動する編み手である,あるいは彼女たちが編み手の典型である,と主張するものではない.事実,彼女たちもxxxxが言及したxxxのコントラクトを請け負ったが,その際は約束どおりにバスケットを納品していた.
ここで強調したいのは,事前の約束があっても,仲介業者は再度協力を要請しなければならない点である.実際に,他の仲介業者は,期日までに何度も編み手を訪問し,暗に製作を促すことによって,集荷を成功させようと試みている[牛久 2012].しかし,xxxxの場合,コントラクトをむすんでいる編み手の数が他の仲介業者の何倍にもなるため,ひとりひとりの編み手との交渉にかけられる時間が限られてしまう.この事例では,xxxxのはたらきかけがンターやアシルゴに納入を促すには不十分であったため,約束が守られなかったと解釈できる.以上のように,約束を実際に機能させるためには反復的な交渉が必要となるという点において,ボルガ・バスケットのコントラクトはつねに不安定性をはらんでいるのである.
アジア・アフリカ地域研究 第 16-1 号
5.2 経験の共有にもとづく編み手の献身への期待と欠損の埋め合わせ
上記のように,編み手に互酬的な協力を要請しても交渉は失敗しうる.それによって集荷の達成が危ぶまれる状況におかれたとき,仲介業者はどのように対処するのだろうか.この点は,製品の特殊性により,土壇場での欠損の埋め合わせが著しく難しいxxxの事例を検討することで鮮明になる.
事例 5:xxxがxxxに依頼する理由
xxxはアサケトゥーマグループのリーダーである.グループのメンバーは 22 名で,仲
介業者xxxxおよびxxxとコントラクトをむすんでいる.ただし,ラミシと他の 4 名のメンバーだけは,xxxともコントラクトをむすんでいた.ある日,筆者は調査の一環で,直近の 1ヵ月間にxxxがxxxに納入したバスケットのデザインと個数を尋ねた.しかし,彼女は「1 つが終わったら,別のバスケットを編んで…って,次々頼んできたから,何を何個編んだかなんて覚えてないわよ.今日も 7 個も渡したんだから」と笑いながら言った.
思うような回答を得られなかった筆者は,今度はxxxに対して,彼がxxxに何を依頼したのかを尋ねた.個数は不確かだったものの,依頼したデザインは 6 種におよんだ.彼女の貢献に対して,xxxは「君も知っているように,後になって編めないと言う人もいる.そんなときにいつでも,どんなタイプでも編んでくれる編み手のひとりが彼女なんだ.普通の編み手には頼めないよ」と語った.それを聞いた筆者は,「彼女はxxxxにもxxxにも編んでいて忙しいのに,よほど速く編めるんだね」と何気なく口にした.すると,彼はすこしむっとした表情で以下のように述べた.「たしかに彼女はグループとしてはあの 2 人ともコントラクトをむすんでいる.でも,僕と彼女はそれよりもずっと前から一緒に働いてきたんだ.アブライのバスケットがあったとしても,僕のバスケットを優先するさ.」(2013/12/11)
ここで,先の事例でも言及があった「一緒に働く」という表現について説明をくわえたい.仲介業者がこの言葉を使うのは,何度も,長期間にわたってコントラクトをむすんできた編み手との関係に言及するときであった.また,仲介業者同士の文脈では,企業の契約を共同で引き受けたり,個人で引き受けた契約でもバスケットを融通しあったりする間柄を指す.しかし,何度も取引をしている指定持込の編み手や,バスケットを納入する企業が同じだけの仲介業者との関係を指すことはない.つまり,仲介業者が「一緒に働く」と語るときには,いくつもの仕事を協力して乗りこえてきた関係という意味がこめられている.
以上をふまえるとxxxは,xxxが突然の依頼にも応えるのは,彼女の技術が高いためではなく,自分の窮地には他をさしおいても協力してくれる関係を築いてきたためである,と認識していることがわかる.他の編み手のなかにも,彼女と同等の技術をもつ者や,金銭的な利
xx:ガーナ北東部の輸出向け手工芸品取引における契約履行
益から製作の意志を示す者はいるかもしれない.しかし,xxxのコントラクトをとりまく状況をかんがみれば,本当にバスケットが納入されるかは心もとない.喫緊の事態にこそ,彼の仕事を十分に理解し,多少の無理をしても力になろうとしてくれる相手が必要なのではないだろうか.つまりxxxは,長い時間をかけて経験を共有してきた特定の編み手の献身に依拠して,欠損を埋め合わせていたのである.
xxxにかぎらず N 村の仲介業者はみな,いざというときには,編み手のなかでも多くの出荷をともに乗りこえてきた者を頼り,編み手がその期待に応えてくれることによって,なんとか集荷を完了させている.圧倒的な編み手数で欠損を補填しうるアブライでさえ,次のように述べる.「一番頼りになる編み手?それはバスケットによって違うから,誰が一番とは言えないさ.xxそれぞれ頼りにしている.だけど,とくに一緒に働いてきた編み手は,たとえば S や T,…[15名ほどの名を挙げる]…,A かな.彼らのほとんどは,僕がはじめてグループをもった頃からの付き合いさ.万一彼らが依頼を拒んだら,僕の仕事は完了しないよ.」(2014/3/5)むろん,特定の編み手のみを頼りにした土壇場の調整だけで問題を完全に解決できるわけで はない.ここで仲介業者が依拠しているのは,これまで築いた関係にもとづく期待にすぎない
ため,編み手が応えきれないこともあろう.しかし,現在のボルガ・バスケット産業のxxは,編み手の側も仲介業者の期待にそれなりに応えてきたことを示唆する.以上をまとめると,仲介業者のはたらきかけの核となっていたのは,互酬的な協力を想起させる不断の交渉と,「一緒に働いてきた」経験の共有にもとづく,特定の編み手の献身に対する期待なのである.
6.まとめと考察
本稿では,ボルガ・バスケットのコントラクトにおいて,地元の仲介業者が編み手からバスケットをいかにして集荷し,国内外の企業との契約を履行していくかをあきらかにすることを目的とした.コントラクトは請負契約に類似した取引方法であったが,編み手が事前に交わした約束を守らない事例がひろく確認された.それは仲介業者が,編み手に約束の履行を強制することが困難な状況におかれていたためである.背景としては以下の 3 点を挙げることができる.
第一に,仲介業者の競合状態があった.編み手と仲介業者の取引には複数の方法があり,かつ多数の仲介業者が編み手とコントラクトをむすぼうとしていた.このことはひとりの仲介業者とのコントラクトから排除されたとしても,編み手がバスケットからの収入を維持しつづけることを可能としていた.そのため仲介業者は,強制や排除といった,自身とのコントラクトから編み手を離脱させるような行為は,長期的にみれば自身の集荷の失敗にしかつながらないと考えていた.むろん,こうした状況は,現在ボルガ・バスケットが「売り手市場」にあるために生じたと考えられ,消費者の飽きや他地域における生産者の過剰な増加などによって,将来的には状況が変わることもありうる.
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アジア・アフリカ地域研究 第 16-1 号
第二に,編み手がバスケットだけに生計を依存していないことも重要であろう.編み手にとって,バスケット製作が手軽で便利な,かつ重要な現金稼得源であることに疑問の余地はない.しかし,彼らは自給用農業を主軸に,小売業や都市への移動労働と組みあわせながらバスケット製作に従事している.よい条件でバスケットを販売できなくなったとしても,他の現金稼得活動の比重を高めることで生存は維持できるような状況にあるのである.
以上 2 つの要因は,編み手に強いバーゲニング・パワーをあたえ,たとえ約束を守らないとい う悪評がたったとしても,編み手が深刻な経済的ダメージを受けない状況をつくりだしている.他方で,仲介業者が編み手と同じ村人であることが,履行の強制や制裁の発動を回避させて
いる一面もある.xxxの事例に代表されるように(4.3 参照),仲介業者はひとりひとりの編み手に依頼どおりにバスケットを製作してもらう必要がある場合にこそ,村の生活におけるバスケット製作の位置づけや,編み手が抱くと予想される不平等感や不満にまで配慮し,長期的に「一緒に働ける」環境を維持する必要があると考えていた.このことは,一方では編み手の事情や感情を熟知した村の内部者であるからこそできる判断と評価できるが,他方で,とくに製品の完成度のxxx集荷の「効率性」を重視する企業にとっては,仲介業者は村のしがらみにからめとられ,編み手に不要な配慮をしていると映るかもしれない.どちらの立場をとるにしても,仲介業者がコントラクトの履行義務を強調できないのは,彼らが村の内部者であることに起因している.もちろん,外部者が編み手の事情に配慮しないわけではないだろうが,そもそも知らないことも多いため,内部者ほど気にかけずに済むと考えられる.つまり,同じ場所で仕事も生活もともにする者であるからこそ,コントラクトに契約としての拘束力をもたせられないのである.
しかしこのことは,地元の仲介業者が企業との契約を履行する能力に欠けることを意味しない.制裁を利用できない状況で,仲介業者は編み手のコントラクトへの自主的なコミットメントをひきだすことに力を注いでいた.また彼らは,事前の約束を当て込まず,互酬的な協力を想起させながら交渉を重ねることで納入を促していた.そして,交渉の結果の不安定性に由来する欠損は,数々の仕事をともに乗りこえてきた特定の編み手を頼りにするかたちで埋め合わせていた.以上のようなコントラクトにおける仲介業者と編み手の関係性を理解するために,アフリカの都市インフォーマルセクターに関する人類学的研究で著名なxxx・xxxの「信頼 trust」に関する議論を参照する[Xxxx 1988].
ハートは,ガーナ都市部の移民コミュニティにおける流動的で不安定な経済的取引関係を支えているのは,信頼であると論じた.ここで彼は信頼を,「対面的な付き合いがあり(know personally),かつ自分との関係において法的な契約や親族の一体性(identity)によって縛られていない相手の自由行為から生じうるリスクの交渉」と定義している[Xxxx 1988: 191].
この少々特異な定義に説明をくわえると,ハートの強調点は信頼がはらむ不確実性にある.
牛久:ガーナ北東部の輸出向け手工芸品取引における契約履行
彼によれば,経済取引において信頼が全面的に必要となる相手は,自分との関係において親族という規制や契約という規律で拘束されていない,自由な主体である.相手の自由には自分を裏切り,関係を終結させる自由も含まれるため,その行為の結果はつねに自分の期待とは異なる可能性がある.ゆえにそうした相手との経済取引では,結果の不確実性やリスクの存在を受け入れたうえで,共通の経験や情を想起させて相手を説得する必要がある.そして,信頼にもとづく主体間関係を彼は「友人 friend」と表現する[Xxxx 1988: 186-193].
ボルガ・バスケットのコントラクトは,約束の実現に反復的な交渉を必要とし,結果に不確実性をはらむ点において,ハートのいう信頼にもとづく友人間の経済取引に類似している.そして,特定の相手を頼った欠損の埋め合わせも,相手と自分が共有する経験や情の蓄積にもとづいて交渉し,献身をひきだした結果ととらえることができる.その意味において,編み手と仲介業者のコントラクトを動かしてきたのは,制裁に依拠して義務の履行を促す契約関係ではなく,互酬的な協力や共有する経験を想起させることによって履行を交渉していく信頼関係である.
そのうえで,あらためてボルガ・バスケットの流通構造全体を俯瞰すると,仲介業者は編み手との信頼関係にもとづいて取引をすすめることによってこそ,企業との契約を履行することに成功している.いいかえれば,仲介業者が企業との「契約」関係 12)を,編み手との「友人
/信頼」関係に転換することによって,ボルガ・バスケットの世界的な流通が可能となっているのである.
謝 辞
本論のもととなった現地調査は,平成 24~25 年度日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:
12J04090)によって可能となりました.この場を借りて心より御礼申し上げます.
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12)どのような経済主体のあいだにも,信頼関係がなければ契約取引は成立しないと指摘する研究もある[マクミラン 2007: 75-92].裏切られるリスクをこえて相手を信じられなければ,現物取引以外はできないためである.しかし,ボルガ・バスケットの仲介業者と企業の契約取引を支えるのは,これまでの取引実績と法的・経済的な制裁機構の存在にもとづく「安心(assurance)」であり[xx・xxx 1995],それを信頼関係とよぶことに筆者は疑問をもっている.
アジア・アフリカ地域研究 第 16-1 号
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