Contract
〔論 説〕
契約締結前の説明義務違反と契約責任
―関西興銀事件・最二判平成 23 年 4 月 22 日
民集 65 巻 3 号 1405 頁を契機として―
x x x x
Ⅰ はじめに
1 問題意識
2 本稿で取り上げる判決
3 本稿での検討順序
Ⅱ 関西興銀事件
1 事実関係
(1)関西興銀事件全体に共通する事実関係 (2)先行訴訟
(3)本 件
2 請求と争点
3 判 決
(1)第 1 審:大阪地判平成 20 年 1 月 28 日金判 1372 号 44 頁(2011 年)
(2)控訴審:大阪高判平成 20 年 8 月 28 日金判 1372 号 34 頁(2011 年)
(3)上告審:最二判平成 23 年 4 月 22 日民集 65 巻 3 号 1405 頁・金判 1372 号 30 頁
(2011 年) (ⅰ)判 旨
(ⅱ)xxxx裁判官補足意見
Ⅲ 本判決と関連判決の分析
1 参考判決
(1)同一事実関係の下での判決(他の関西興銀事件訴訟)
(ⅰ)大阪地判平成 17 年 2 月 22 日判タ 1182 号 240 頁(2005 年)
(ⅱ)大阪地判平成 21 年 8 月 31 日判タ 1316 号 183 頁(2010 年)
(ⅲ)大阪高判平成 22 年 2 月 26 日金法 1904 号 130 頁(2010 年)
(ⅳ)大阪地判平成 20 年 3 月 26 日金判 1371 号 49 頁(2011 年) (2)その他の参考判決
(ⅰ)東京地判平成 16 年 7 月 2 日判時 1868 号 75 頁(2004 年)
(ⅱ)東京高判平成 18 年 4 月 19 日判時 1964 号 50 頁(2007 年)
(ⅲ)大阪地判平成 20 年 9 月 30 日判タ 1336 号 75 頁(2011 年) (3)小 括
2 本判決の構造
(1)第 1 審判決の構造 (2)控訴審判決の構造 (3)上告審判決の構造
3 本判決の射程
(1)本判決が問題とする契約締結前の説明義務違反 (2)本判決の射程と千葉補足意見
(3)「一種の背理」の理解
Ⅳ 学説及び立法論の検討
1 検討の必要性
2 学説の流れ
(1)「契約締結上の過失」責任に対するxxxの見解 (2)契約責任の拡大
(ⅰ)契約締結上の過失責任と契約責任の拡大 (ⅱ)xxxxxの見解(契約責任説)
(ⅲ)xxxxxの見解(不法行為責任説)
(3)現在における契約締結上の過失責任と契約締結前の説明義務違反 (ⅰ)「契約締結上の過失」責任の特殊ドイツ性の指摘
(ⅱ)現在の学説状況
(4)小括―本判決の射程との関連で―
3 立法論の検討
Ⅴ おわりに
Ⅰ はじめに
1 問題意識
契約締結前に一方当事者がした何らかの行為(作為と不作為の両方が含まれる)によって他方当事者が損害を被った場合,損害を被った側はどのような主張をすることができるのであろうか。「契約締結前である」ことから不法行為責任を問うのか,「当事者は契約締結に向けて緊密な関係に入った者である」ことから契約責任を問うのか,それともその両方を問うことができるのか。「契約締結前」という事情をどのように評価するのか,つまり,それが不法行為責任と契約責任のどちらがカバーする範囲なのかが問題である。
現行民法には,契約準備段階における当事者の義務について明示した規定はない。しかし,契約準備段階で交渉に入った当事者の間では,誠実に交渉を続行し,一定の場合には重要な情報を相手方に提供すべき「xxx上の義務」を負っていること,この義務に違反した場合にはそれにより相手方が被った損害を賠償すべき義務を負うことは,判例・学説が一致して承認しているところである1)。ただし,ここでいう「xxx上の義務」の内容はどのようなものか,そこから発生する責任の法的性質を「契約締結前」という事情からどのように決定するのかについては,契約の基礎理論と密接に結びついた難しい問題が横たわっている。
1) 例えば,xxx『民法Ⅲ 債権総論・担保物権[第 3 版]』(東京大学出版会,2005 年)13頁以下を参照。
従来,学説においては,契約準備段階における様々な問題を「契約締結上の過失」責任の問題として一括りに把握しようとする見解が支配的であったが,近時においては,一口に「契約締結前」といっても,そこには明らかに性質の異なる問題が含まれており,それを一律に処理しようとする態度そのものが誤りであるという見解が有力になってきている。しかしながら,「契約締結上の過失」責任という括りのもとで一括りに把握されてきた問題領域をどのように切り分け,そしてどのように処理するべきなのかについてはなお争いがあるといえるだろう。「契約締結上の過失」責任の中に含まれる様々な問題たちの唯一の共通点は,その問題の全てが「契約締結前」に発生していることである。そのため,「契約締結上の過失」責任の法的性質が不法行為責任なのか契約責任なのかという問題は,「契約締結前」という事情をどのように評価するのかと密接に関連しているのである。
2 本稿で取り上げる判決
本稿で取り上げるのは,新聞等でも盛んに報道された,いわゆる関西興銀事件訴訟に対する判決の 1 つである。関西興銀2)を相手取った訴訟は多数提起3)さ
れているが,なかでも,最二判平成 23 年 4 月 22 日民集 65 巻 3 号 1405 頁(2011
年。同日言渡しの 4 つの判決については,次の表を参照)は,契約締結前段階で一方当事者の説明義務違反が問題となった事件について判断が示されたものとして注目される。
2) 中小企業等協同組合法に基づき,在日韓国人のための金融機関として設立された信用組合である。
3) 本件を含めた関西興銀をめぐる一連の訴訟の概要把握には,被告である関西興銀側の訴訟代理人であったxxxx弁護士・xxxx弁護士による事件全体についての解説が便宜である
(xxxx=xxxx「信用組合関西興銀訴訟事件の概要」金法 1928 号 29 頁(2011 年)。一連
の訴訟については特に 34-35 頁の表を参照されたい)。現在公表されている判決については,本
稿に関係のある限りにおいて,第Ⅲ章第 1 節(1)で取り上げる。
【平成 23 年 4 月 22 日言渡し判決の整理】
掲載文献 | 差違 | 争点 |
a 判決(本判決) | 原告の出資金がa 判決はそれぞれ | |
民集 65 巻 3 号 1405 頁 | 500 万円,b 判決はそれぞれ 1000 | 契約締結前の説明義務違 |
判時 2116 号 53 頁,判タ 1348 | 万円である。また,a 判決では詐 | 反から発生する責任の法 |
号 87 頁,金判 1372 号 30 頁, | 欺取消しまたは錯誤無効を理由 | 的性質 |
金法 1928 号 106 頁(全て 2011 年)4) | とする不当利得返還請求が主位的請求として主張され,b 判決で | a・b 判決の判示事項は同 一である。 |
b 判決 | は錯誤無効のみが予備的請求と | |
金法 1928 号 111 頁(2011 年) | して主張されている。 | |
c 判決 | 原告の出資金がa 判決はそれぞれ | |
集民 236 号 443 頁 判時 2116 号 61 頁,判タ 1348 | 300 万円,b 判決はそれぞれ 500 万円である。詐欺取消しまたは錯 | 不法行為による損害賠償 |
号 97 頁,金判 1371 号 32 頁, 金法 1928 号 114 頁(全て 2011 年)5) | 誤無効を理由とする不当利得返還請求は,c 判決,d 判決ともに 予備的請求として主張されてい | 請求権の消滅時効起算点 c・d 判決の判示事項は同一である。 |
d 判決 | る。 | |
金法 1928 号 119 頁(2011 年) |
契約締結前の説明義務違反は,その義務違反が契約締結前に発生しているため,従来,学説においては「契約締結上の過失」責任の問題として理解されてきた。裁判例においては,契約締結前の説明義務違反から発生する責任の法的性質については,不法行為責任と構成するものが多く存在するが,xxx上の義務違反とだけ説示してその法的性質が不法行為責任か債務不履行責任かを明示しないものも数多く存在し,債務不履行責任であるとするものも少なからず存在する6)。しかしながら,そのうちの多数を占める不法行為責任を構成すると
4) 各誌に付されている匿名コメント記事は全て同一である。ただし,金判 1372 号には下級審判決が参考として掲載され,金法 1928 号には同一事実関係の下で同日に言い渡された判決が参考として掲載されている。そこで,本稿は同日言渡し判決と,xx=xx・前掲注 3)を金法で参照しつつ,本件下級審判決とあわせて掲載されている金判を参照しながら執筆した。本判決の下級審判決については金判の該当箇所のみで示し,上告審判決は民集の該当箇所と金判の該当箇所を併記した。各誌同一の匿名コメント記事についても金判の該当頁で以下引用する
(評者不明「本件判批」金判 1372 号)。
5) この判決は本判決と同日に言渡されたが,d 判決とともに,もっぱら消滅時効の起算点が争点となったものであり,本稿では立ち入らない。
6) 評者不明・前掲注 4)31 頁,xxxx「契約締結に際するxxx上の説明義務違反に基づく責任の法的性質―最二判平成 23・4・22 の債務不履行責任論へのインパクト(本件判批)」 NBL955 号 15 頁,20-21 頁(2011 年),xxx「説明義務違反と債務不履行責任の成否(本件判批)」金判 1379 号 9-12 頁(2011 年)の他,xxxx『投資勧誘と不法行為』(判例タイムズ社,1999 年),xxxxx編『判例 Check 契約締結上の過失』(新日本法規出版,2004 年),xxxx=xxxx=xxxx『説明義務・情報提供義務をめぐる判例と理論』(判例タイムズ
した裁判例は,当事者が不法行為責任の成否しか問題としなかったものであったり,不法行為責任構成を肯定した原審を維持しただけのものであったりと,債務不履行責任の成否をそもそも論じていないものも少なくない7)。法的性質それ自体について判断された裁判例はなかったといえる(本判決と類似の事案に関する裁判例については後述する)。
そのような裁判例の分布状況の下,本判決では,契約締結前の説明義務違反から発生する責任の法的性質が正面から問われることとなった。契約準備段階において交渉に入った者同士の間の「xxx上の義務」の一類型とされる契約締結前の説明義務違反について,最高裁がその法的性質を正面から判断した本判決は注目に値する8)。なぜ,従来論じられることのなかった契約締結前の説明義務違反から発生する責任の法的性質が争われることとなったのであろうか。その理由は,本判決の事案が,不法行為による損害賠償請求権は成立していることがほぼ間違いないものであったものの,後で見るように消滅時効が完成している可能性が極めて高いという事情があり,説明義務違反によって損害を被った原告側がその請求を認容してもらうためには,より時効期間の長い債務不履行責任を採るしかなかったからである9)。原告は,主位的に不法行為による損害賠償請求をして消滅時効が完成しているかどうかを争いつつ,予備的に債務不履行による損害賠償請求をするという請求形式をとった。本判決ではその下級審判決から一貫して消滅時効の抗弁が認められたため,予備的請求であった債務不履行による損害賠償請求の成否が問題の中心となったのである。
従来正面から論じられることのなかった,契約締結前の説明義務違反から発生する責任の法的性質について判断した最二判平成 23 年 4 月 22 日民集 65 巻 3
号 1405 頁は,「契約締結前」という事情をどのように評価するのか,従来,学説上「契約締結上の過失」責任として把握されてきた問題の一場面について判
社,2005 年)[判タ臨増 1178 号],xx県弁護士会編『説明責任―その理論と実務―』(ぎょうせい,2005 年)303 頁以下,xxxx「説明義務違反をめぐる裁判例と問題点―説明義務の成否及び内容の問題を中心として」判タ 1317 号 28 頁(2010 年)による全般的な整理がある。
7) xx・前掲注 6)10 頁,xx・前掲注 6)5 頁[xxxxx]。
8) 評者不明・前掲注 4)31 頁。
9) 債権の法的性質(不法行為責任によるものか債務不履行責任によるものか)と消滅時効に関する適用条文については,特にc 判決を取り上げて論じるxxxx「不法行為による損害賠償債権の消滅時効―最二小判平 23.4.22 を契機にして」金法 1928 号 40-44 頁(2011 年)が,民法 166 条および 167 条 1 項ではなく,724 条を適用したことが妥当であったかどうかについて検討している。
断されたため,大変注目すべき判決である。本稿では,この判決の分析と,そこで示された事項の評価をすることとしたい。
3 本稿での検討順序
以下ではまず,一連の関西興銀事件全体に共通する事実関係を概観し(本件原告が訴訟に至る経緯と関連する),本判決の判示事項を契約締結前の説明義務違反に関する事柄を中心に下級審判決から整理する(第Ⅱ章)。次に,本判決と同一事実関係の下での関西興銀をめぐる他の訴訟において下された判決と,類似事件の判決について,契約締結前の説明義務違反に関する判示事項に絞って紹介した上で10),本判決が説明義務をどのように捉えていたのかと,その違反が債務不履行をも構成するかどうかについての判断構造を明らかにし,その射程について検討する(第Ⅲ章)。そして,本判決で争点となった契約締結前の説明義務違反から発生する責任の法的性質という当事者の主張とはあまり関係のない学問的問題について理解するため,契約締結前の説明義務違反を含めた「契約締結上の過失」責任に関する学説の流れを概観し,さらに後述する千葉補足意見が言及した立法論についても一瞥したい(第Ⅳ章)。
Ⅱ 関西興銀事件
1 事実関係
(1)関西興銀事件全体に共通する事実関係
Y(関西興銀。以下,本稿では特に断りがない限り,Y は関西興銀を意味する)は,量的拡大を追求する方針を採り,平成 2 年には預金量 1 兆円を達成した。しかし,その際に,不動産業やサービス業の特定顧客に対するxx融資を増大させた結果,いわゆるバブル経済の崩壊とそれに伴う景気の長期低迷,地価の大幅下落等によって,xx貸付先に対する債権を中心に多額の債権が回収不能に陥った。
そのため Y は,平成 6 年に行われた監督官庁たる近畿財務局の立入検査にお
10) 取り上げたのは,関西興銀を相手取って提起された訴訟のうち判決文を入手できたものと,関西興銀と同様に出資を勧誘する際に債務超過状態にあることを説明しなかったことが問題
とされた事件についての裁判例である。xx・前掲注 6)10-12 頁と多くが重複することをここで断わっておく。
いて,資産の回収可能性等を基に査定された欠損見込額を前提とする自己資本比率が 1.45%であって,その財務状態が健全でないことが指摘され,運用方法の改善,資産内容の改善,関連会社の適切な管理運営,業務運営の是正を求められた。さらに,平成 8 年に行われた立入検査においても,資産の大部分を占める貸出金につき,欠損見込額が巨額になっており,自己資本比率がマイナス 1.80%とさらに低下して,実質的な債務超過の状態にあると指摘された。これに対して Y は経営改善計画を近畿財務局に提出し,それに基づいて財務体質の改善を図った。また,平成 10 年 3 月期決算から自己査定制度が導入され,同年 4月 1 日からは自己資本比率が 4%未満になると早期是正措置,0%未満になると業務停止処分が発動されることになった。これを受けて Y は自己資本比率上昇のために既存の組合員から出資を募集することとし,上記経営改善計画推進と併せて,平成 10 年度自己資本比率は 4.64%にまで改善した。
しかし,平成 11 年 11 月 17 日から平成 12 年 3 月 31 日までの間に近畿財務局によって行われた立入検査において,Y がその自己査定の中で,実質破綻先とするところを正常先とするなどの操作,債務者区分の決定に重要な意味を持つ事業計画書の改竄,債務者が行方不明にもかかわらずなお営業を継続しているように装う等,さまざまな不正処理が行われていることが明らかになった。近畿財務局の査定によれば,この時点で Y は 780 億円超の債務超過状態にあり,もはや業務停止処分を受ける財務状態に陥っていた。
この立入検査終了後,近畿財務局は Y に対して改善策等の報告を求めたものの,再三提出された Y からの報告には合理性が認められないと判断した。最終的に Y の自己資本比率がマイナス 5.28%で債務超過に陥っておりその状況が改善する見込みがないと判断して,近畿財務局は上級官庁である金融庁に報告した11)。これを受けて,平成 12 年 12 月 16 日,Y は金融再生委員会から,金融機
11) 監督官庁である近畿財務局による債務超過状態にあるという指摘及びそれがもはや解消できないものであるという指摘について,Y は,一連の関西興銀事件全てで会計基準等の資料を提出して,債務超過状態ではなく,たとえそうであったとしても改善の兆候があった(自己資本比率改善)と主張して争っている。また,金融再生委員会による処分は民族的な理由からの政治的弾圧によるもので不当であるとも主張し,Y の理事らは各組合員を動員して,在日本大韓民国民団として処分の不当性を訴えるデモ行進を行った。しかし,一連の関西興銀事件訴訟全てにおいて,債務超過状態にあってそれがもはや解消できない状態にあったことは裁判所が認めているところである。そこで本稿では,そもそも債務超過状態にあってそれがもはや解消できないものであったのかどうかという争いについては省略する。
能の再生のための緊急措置に関する法律 8 条に基づく金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分を受け,その経営が破綻した12)。金融整理管財人は,平成 13 年 6 月 26 日付で,組合員に対し,出資金は全て損失に充当されて持分の払戻しには応じられない旨を通知した。
その後 Y は,平成 14 年 7 月 31 日,総代会の決議により解散した。
(2)先行訴訟
Y は自己査定制度導入後に備えて自己資本比率を改善するため既存の組合員から出資を募ることを決定し,平成 10 年以降破綻の直前まで,その支店長を中心に積極的な出資の勧誘を行った。この際,Y は普通銀行への転換を目指している(自己資本比率 8%の達成)ことを出資勧誘の理由として説明していた。
しかし,結果として平成 12 年 12 月 16 日に Y が破綻したため,平成 13 年 7
月から平成 14 年 6 月にかけて,平成 10 年 6 月から平成 12 年 4 月の間に出資を
した組合員ら合計 99 名が,関西興銀には出資勧誘時に大幅な債務超過にあるこ
とについて説明義務違反があったとして,不法行為を理由に総額 24 億円余り(元本)の損害賠償請求訴訟を相次いで提起した13)。
このような提訴の動きについては全国紙で広く報道され,これらの訴訟のうち集団訴訟となっていたものの第 1 審判決(後掲大阪地判平成 17 年 2 月 22 日【1】判決。結論として,原告によって額は異なるものの,損害賠償請求が認容されている)についても,同様に広く報道された。
(3)本 件
本件で原告となったのは合計で 4 名(それぞれ X1~X4 と呼ぶ)である。
まず,X1 はもともと繊維の卸売業を営んでおりxxに渡ってY と取引関係にあった者である。平成 8 年頃にその営業を辞めたものの,Y の役員らとはその後も私生活において付き合いがあるなど親しい関係にあった。また,X1 の長男 X2 は平成 8 年頃,Y の従業員となっていた。平成 10 年 10 月頃,Y の新大阪支店の支店長は,X1 に対して同支店やX1 の自宅で会うたびに,Y が信用組合から
なお,有価証券投資の含み損によって実質的な債務超過状態にあると監督官庁から指摘された後掲東京地判平成 16 年 7 月 2 日では,xxxx「判批」ジュリ 1341 号 177 頁(2007 年)が破綻のおそれがあったといえるかどうかについて疑問を呈している。
12) 近畿財務局長の談話が発表されている。<xxxx://xxxxx.xxx.xx.xx/00.xxxx>(2012 年 3 月 25 日最終アクセス)。
13) xx=xx・前掲注 3)31 頁。
普通銀行に転換することを目指していること,そのためには自己資本比率が不足していて現在出資金を集めていること,普通銀行になれば将来高配当を得られること,Y が潰れることは絶対にない,等と告げて Y への出資を勧誘した。 X1 は長男 X2 が Y の従業員であることも考慮して,平成 11 年 3 月 2 日,この勧誘に応じて,X1 及び X2 各名義でそれぞれ 500 万円を出資した。
X3(パルコ開発)はパチンコ店の経営及び不動産の賃貸等を業とする法人である。その設立当初から Y と取引関係があった。平成 10 年 12 月頃,Y の新大阪支店の支店長(前出同一人物)は,X1 に対してしたものと同様の説明に加えて,出資の実績を積んでおけば,今後,X3 にも有益である旨告げて,Y への出資を勧誘した。平成 11 年 2 月 26 日,X3 は以前から預け入れていたY への定期預金 1000 万円を解約してその払戻金を原資とし,これを振り替える方法によって Yに出資した。
X4(xx興業)は製鋼原料及び非鉄金属の回収・加工・販売等を業とする法人である。その設立当初から Y と取引関係があった。また,X4 の代表者はY の豊中支店の総代や顧客の支援組織のリーダーを務める等していた。平成 10 年 10月頃,同支店の支店長は X1~X3 が受けたものと同様の説明をX4 にした。X4 はY主催の会合等でも他の役員らから出資の勧誘を受け,自らの Y との深い関係を考慮して,平成 11 年 2 月 15 日,満期を迎えていた 500 万円の定期預金を解約してその払戻金を原資とし,これを振り替える方法によって Y に出資した。
X らが出資に際して各支店長から受けた説明は代表理事らによって指示されたものであった(以下,上記の各出資を「本件各出資」といい,本件各出資に係る y と xらとの間の各契約を「本件各出資契約」という)。
その後,平成 12 年 12 月 16 日に Y が破綻して,X らは本件各出資の払戻しを受けることができなくなった。X らは Y 破綻の事実を同日中に知った。X1 は,金融再生管財人からの通知を受け,Y の破綻により出資金は返還される可能性がなくなったと考えていた。また,X3 とX4 の代表者は,どちらも前項であげた先行訴訟が提起されていることを知っていたが,X1 と同様に,金融再生管財人からの通知を受け,Y の破綻により出資金は返還される可能性がなくなったと考えていた。
しかし,平成 18 年 3 月頃,X3 の代表者が後掲大阪地判平成 17 年 2 月 22 日で損害賠償請求が認容されたことを知り,これを X1 X2 X4 へと知らせた。X らは,
自らの出資金相当額の賠償金が支払われる可能性をこの時点で知った。そこで,平成 18 年 5 月 9 日頃,X らは連れ立って弁護士事務所を訪問し,そこで実際に出資金相当額の損害賠償請求を求めた先行訴訟の判決を示され,内容の説明を受けた。
2 請求と争点
以上の事実関係の下,X らは,主位的には不法行為による損害賠償請求権または出資契約の詐欺取消しを理由とする不当利得返還請求権に基づき,予備的には出資契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,出資金相当額及び遅延損害金の支払を求めて訴訟を提起した(控訴審において,予備的主張として錯誤無効の主張を追加した)14)。これは平成 18 年 9 月 8 日のことであり,Y が破綻し
てから約 5 年 9 か月が経過していた。
本件は X らの請求に従って,不法行為による損害賠償請求の成否,不当利得返還請求の成否,債務不履行による損害賠償請求の成否について判断しているが,その中心となる争点は,①不法行為による損害賠償請求権が成立するとしても,時効完成により消滅してしまうのではないか,②Y による説明義務違反は不法行為としてだけでなく,債務不履行としても構成しうるのか,の 2 点である(不当利得返還請求は,その原因たる詐欺による取消権が不法行為による損害賠償請求権と同様に消滅時効にかかっているかが問題となるので,争点①の判断と重複する)。以下では,争点②を中心に本件での判示事項を見ていく。
3 判 決
(1)第 1 審:大阪地判平成 20 年 1 月 28 日金判 1372 号 44 頁(2011 年)
第 1 審判決は,主位的請求であった Y の不法行為による損害賠償請求権は成立するものの時効援用により消滅したとして認められなかったが,予備的請求であった出資契約上の債務不履行責任による損害賠償請求は認容した。
まずそもそも,Y に説明義務違反があったのかどうかについて,以下のように判示して肯定している。すなわち,「本件各出資は,信用協同組合である Y が,
14) このような当事者の請求の仕方は若干イレギュラーであったようである。xx=xx・前掲注 3)32 頁によれば,一連の関西興銀事件訴訟における原告からの請求の併合形態は,不法行為に基づく損害賠償請求を主位的請求とし,債務不履行に基づく損害賠償請求を予備的 1 次請求,不当利得返還請求を予備的 2 次請求とするものが基本型であった。
その従業員である支店長らを通じて,組合員である X らに対し,普通銀行への転換のために,あるいは自己資本比率を高めるために増資の必要があるなどと述べて勧誘したものであることが認められるところ,出資を勧誘する Y としては,出資を勧誘するに際し,その目的達成の見込みなどとともに,勧誘当時に おける Y の経営や財務の状況及びこれらに関する将来の見通しなど,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報についても,勧誘の相手方である X らに対して適切に説明すべき義務を負っていたものと認めるのが相当である」(下線は筆者)。また,「Y は,X らに対して本件各出資を勧誘した当時,実質的に債務超過の状態にあり,早晩,監督官庁から破綻認定を受け,そのことに伴い,出資した組合員に対して出資金の払戻しをすることができない事態に至る現実的な危険性があったものであり,かつ,Y(Y の理事長ら旧役員)自ら,そのことを認識することができたものと認めることができる。そして,Y がそのような状況にあることは,X らが出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で極めて重要な情報であったというべきであるから,Y は,本件各出資を勧誘するに当たり,X らに対し,Y がそのような状況にあることを説明すべき義務を負っていたものと認めるのが相当である」として,Y が説明義務を負っていたと判示する。そして,X らはそのような情報を Y から説明されていなかったのであるから,Y には説明義務違反があったと判示している(以下,この説明義務違反を「本件説明義務違反」という)。
そして,本件説明義務違反が不法行為を構成することについては特に理由を示さずに肯定し,X らが Y の不法行為を原因としてそれぞれ出資金相当額の損害を被ったことも認定している。しかし,この不法行為による損害賠償請求権は,X らが Y の破綻を知った平成 12 年 12 月 16 日頃から消滅時効が進行するとして,それを Y が援用したことにより消滅したとされた(X らによる Y の消滅時効援用がxxx違反であるとする主張は認められなかった)。詐欺取消しを理由とする不当利得返還請求権についても,その取消権は平成 12 年 12 月 16 日頃から民法 126条の消滅時効の起算が開始するので,同様に Y の援用によって消滅したと判示された。
これに対して,予備的請求であった債務不履行による損害賠償請求は認容された。まず Y に説明義務違反があったことは不法行為による損害賠償請求と同様に肯定した上で,以下のように述べて,Y の説明義務違反は債務不履行とし
ても構成しうる理由を判示している。すなわち,本件説明義務違反は,「X らと Yとの間で本件各出資契約が締結される前段階において生じたものではあるが,このような契約の締結に向けた交渉段階においても,当事者の一方又は双方が xxx上相手方に対して一定の注意義務を負う場合があるところ,この場合において,当該注意義務をめぐる当事者間の権利義務関係は,当該契約に付随して生ずるものであって,契約上の責任に含まれるものと認めるのが相当である」
(下線は筆者)とし,本件説明義務違反は「不法行為を構成するとともに,本件各出資契約上の付随義務違反にも当たり,債務不履行責任であると認めることができる」としている。ただし,X3 X4 は法人であることを理由にその行為が商行為であると認定されて,その債務不履行による損害賠償請求権に商法 522 条の商事消滅時効が適用されて,Y の援用により消滅したとされた。
(2)控訴審:大阪高判平成 20 年 8 月 28 日金判 1372 号 34 頁(2011 年)
第 1 審判決を受けて,Y とX3 X4 が控訴し,X1 X2 は遅延損害金の増額を求めて附帯控訴した15)(X らは予備的主張として錯誤無効の主張を追加している)。
控訴審判決は,第 1 審判決とほぼ変わらぬ理由を述べて,控訴のいずれも棄却した。追加された錯誤無効を理由とする不当利得返還請求については,「Y に対する出資は,組合員たる地位の取得を目的とする合同行為であって,一組合員に存する事由に基づき出資について錯誤による無効の主張を認めることは,組合の団体性に反するばかりでなく,中小企業等協同組合法が脱退の自由(18条)及び除名(19 条 2 項)を認めた趣旨にも合致しない上,X らの本件各出資部分は,直ちに Y に対する債権者のための責任財産に組み込まれていることを併せ考えると,本件において,組合員たる X らが錯誤無効の主張をすることはそもそも許されないというべきである」と判示して,やはり認めなかった16)。
Y の負っていた説明義務の内容については,第 1 審判決と同様に,xxx上,
15) 第 1 審判決は,X らが各出資日から支払済みまで民法所定の年 5 分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対して,支払催告日の翌日である平成 19 年 8 月 23 日から各支払済みまでの遅延損害金の支払を一部認容していた。
16) 錯誤無効の主張が認められない点については,xxxx「信用協同組合の出資募集と説明義務(本件判批)」金法 1928 号 53 頁(2011 年)が X らの錯誤が動機の錯誤であることと,X らの出資時点で既に破綻の危険が現実化していたために重過失なしといえるかどうかが疑問で あるため,錯誤無効では救済が難しい旨言及している(詐欺取消しによる救済についても,時効以前に故意の立証の困難を指摘している)。ただしxxは,不法行為による損害賠償請求が
「現時点では,現実的な問題解決の方法」であるとしながらも,本件は出資契約であって金融商品への投資などとは異なるとして,詐欺・錯誤による解決が図られてよいとも主張している。
出資の「目的達成の見込みとともに,勧誘当時における Y の経営や財務の状況 及びこれらに関する将来の見通しなど,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報についても,勧誘の相手方である X らに対し,損害を与えないよう適切に説明すべき義務を負っていた」と判示し,それに違反したことを認定している。
ただし,本件説明義務違反を債務不履行としても構成しうるとする判示につ いては,「債務不履行(契約締結上の過失)に基づく損害賠償請求権について」と する項目の中で,第 1 審判決とは異なる説明がされている。すなわち,「一般に 契約が成立する前の段階における契約締結上の過失については,これを不法行 為責任としてとらえることも可能であるが,むしろ契約法を支配するxxxを理由とする契約法上の責任(一種の債務不履行責任)として,その挙証責任,履行補助者の責任等についても,一般の不法行為より重い責任が課せられるべきものととらえるのが相当である。およそ,当該当事者が,社会の中から特定の者を選んで契約関係に入ろうとする以上,社会の一般人に対する責任(すなわち不法行為責任)よりも一層強度の責任を課されるべきことは当然の事理というべきものであり,当該当事者が結果として契約を締結するに至らなかったときは,一般の不法行為責任にとどめるべきであるが(不法行為責任と契約上の責任とは法条競合の関係にあるとみられる),いやしくもこれを動機として契約関係に入った以上,契約上のxxxは,その時期まで遡って支配するに至るとみるべきである(xxx「債権各論上巻」38 頁以下参照)」(下線は筆者)と判示している。控訴審判決が第 1審判決中にはない「契約締結上の過失」というタームを用いたのは,Y が主張の中で用いていたからだと考えられる。
また,Y は控訴審においてxxxxによる鑑定意見書を提出している。その内容は判決中には明示されてはいないが,上告受理申立て理由中に同旨と思われる記載17)がある他,関西興銀をめぐる他の訴訟の判決中で要旨が引用されている。すなわち,「契約交渉段階での説明義務違反を理由とする損害賠償責任は,契約が締結されていない段階での行為義務違反を理由とする損害賠償責任なのであるから,不法行為責任としての性質を有するものと見るべきである。わが国では,ドイツと違い,これを契約責任として処理しなければならないような
17) 民集 65 巻 3 号 1420 頁以下。
不法行為法上の欠缺(不法行為構成要件の狭隘さ等)が存在するわけではないし,消滅時効の短さを回避するために契約責任構成に逃避するという処理は,ドイツですら行われていない(かえって,2001 年の法改正で,消滅時効を 3 年に統一したほどである)。そして,わが国の多数の裁判例,この分野における通説ならびに立法実務もまた,この場合を,不法行為責任として処理してきている。」(以下「xx鑑定意見」として引用する)18)というものである。しかし,控訴審判決は上記のような判示をした上で,このxx鑑定意見に対しては「上記判断を左右しない」と述べたのみであった。
(3)上告審:最二判平成 23 年 4 月 22 日民集 65 巻 3 号 1405 頁・金判 1372 号
30 頁(2011 年)
(ⅰ)判 旨
控訴審判決を受けて,Y が上告した(したがって,X3 X4 については控訴審判決で確定している)。最高裁は,控訴審判決が,本件説明義務違反は不法行為を構成するのみならず,本件各出資契約上の付随義務違反19)として債務不履行をも構成するとした点につき,以下のように述べて,控訴審判決を破棄自判し,X1 X2 の請求を棄却した。
すなわち,「契約の一方当事者が,当該契約に先立ち,xxx上の説明義務に 違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。
なぜなら,上記のように,一方当事者がxxx上の説明義務に違反したため に,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合には,後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって,上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随
18) 後掲大阪地判平成 21 年 8 月 31 日の判決中(判タ 1316 号 191 頁〔2010 年〕)や,その控訴審である後掲大阪高判平成 22 年 2 月 26 日の判決中(金法 1904 号 135 頁〔2010 年〕)で引用されている。
19) 控訴審判決は本件説明義務違反を「付随義務違反」とは明言していないが,「xxxを理由とする契約法上の責任」と呼んでいる。
義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを得ないからである。 契約締結の準備段階においても,xxxが当事者間の法律関係を規律し,xxx上の義務が発生するからといって,その義務が当然にその後に締結された契約に基づくものであるということにならないことはいうまでもない。
このように解すると,上記のような場合の損害賠償請求権は不法行為により発生したものであるから,これには民法 724 条前段所定の 3 年の消滅時効が運用されることになるが,上記の消滅時効の制度趣旨や同条前段の起算点の定めに鑑みると,このことにより被害者の権利救済が不当に妨げられることにはならないものというべきである」(下線は筆者)。
なお,控訴審判決段階で提出されていたxx鑑定意見に対しては,特に言及がされていない(後述xxxx裁判官補足意見において,xx鑑定意見が述べるドイツ不法行為法の問題とその評価についての言及が若干されている)。
(ⅱ)xxxx裁判官補足意見
上告審判決には,裁判長裁判官であったxxxx裁判官が補足意見を付している。そこでは,本件説明義務違反が債務不履行責任を構成せず,その結果,これにより発生した損害賠償請求権について民法 724 条前段が適用されるとした理由について述べられている。若干長いが,簡潔な判旨を補足するものとして重要なものだと考えるので,引用しておく(以下「千葉補足意見」として引用する)。
「本件において,Y が X らに対し出資契約の締結を勧誘する際に 負っているとされた説明義務に違反した点については,契約成立に先 立つ交渉段階・準備段階のものであって,講学上,契約締結上の過失 の一類型とされるものである。民法には,契約準備段階における当事 者の義務を規定したものはないが,契約交渉に入った者同士の間では, 誠実に交渉を行い,一定の場合には重要な情報を相手に提供すべきxxx上の義務を負い,これに違反した場合には,それにより相手方が被った損害を賠償すべき義務があると考えるが,この義務は,あくまでも契約交渉に入ったこと自体を発生の根拠として捉えるものであり,その後に締結された契約そのものから生ずるものではなく,契約上の債務不履行と捉えることはそもそも理論的に無理があるといわなければならない。講学上,契約締結上の過失を債務不履行責任とし
て捉える考え方は,ドイツにおいて,過失ある錯誤者が契約の無効を主張することによって損害を受けた相手方を救済する法理として始まったとされているが,これは,不法行為の成立要件が厳格であるドイツにおいて,被害者の救済のため,契約責任の拡張を模索して生み出されたという経緯等に由来する面があろう。
有力な学説には,事実上契約によって結合された当事者間の関係は,何ら特別な関係のない者の間の責任(不法行為上の責任)以上の責任を 生ずるとすることがxxxの要求するところであるとし,本件のよう に,契約は効力が生じたが,契約締結以前の準備段階における事由に よって他方が損害を被った場合にも,『契約締結のための準備段階に おける過失』を契約上の責任として扱う場合の一つに挙げ,その具体 例として,①素人が銀行に対して相談や問い合わせをした上で一定の 契約を締結した場合に,その相談や問い合わせに対する銀行の指示に 誤りがあって,顧客が損害を被ったときや,②電気器具販売業者が顧 客に使用方法の指示を誤って,後でその品物を買った買主が損害を被 ったときについて,契約におけるxxxを理由として損害賠償を認め るべきであるとするものがある(xxx「債権各論上巻」38 頁参照)。こ のような適切な指示をすべき義務の具体例は,契約締結の準備段階に 入った者として当然負うべきものであるとして挙げられているものであるが,私としては,これらは,締結された契約自体に付随する義務とみることもできるものであると考える。そのような前提に立てば,上記の学説も,契約締結の準備段階を経て契約関係に入った以上,契約締結の前後を問うことなく,これらを契約上の付随義務として取り込み,その違反として扱うべきであるという趣旨と理解することができ,この考え方は十分首肯できるところである。
そもそも,このように例示された上記の指示義務は,その違反がた またま契約締結前に生じたものではあるが,本来,契約関係における当事者の義務(付随義務)といえるものである。また,その義務の内容も,類型的なものであり,契約の内容・趣旨から明らかなものといえよう。したがって,これを,その後契約関係に入った以上,契約上の義務として取り込むことは十分可能である。
しかしながら,本件のような説明義務は,そもそも契約関係に入る か否かの判断をする際に問題になるものであり,契約締結前に限ってその存否,違反の有無が問題になるものである。加えて,そのような説明義務の存否,内容,程度等は,当事者の立場や状況,交渉の経緯等の具体的な事情を前提にした上で,xxxにより決められるものであって,個別的,非類型的なものであり,契約の付随義務として内容がxx的に明らかになっているようなものではなく,通常の契約上の義務とは異なる面もある。
以上によれば,本件のような説明義務違反については,契約上の義務(付随義務)の違反として扱い,債務不履行責任についての消滅時効の規定の適用を認めることはできないというべきである。
もっとも,このような契約締結の準備段階の当事者のxxx上の義務を一つの法領域として扱い,その発生要件,内容等を明確にした上で,契約法理に準ずるような法規制を創設することはあり得るところであり,むしろその方が当事者の予見可能性が高まる等の観点から好ましいという考えもあろうが,それはあくまでも立法政策の問題であって,現行法制を前提にした解釈論の域を超えるものである」(下線は筆者)。
Ⅲ 本判決と関連判決の分析
1 参考判決
(1)同一事実関係の下での判決(他の関西興銀事件訴訟)
(ⅰ)大阪地判平成 17 年 2 月 22 日判タ 1182 号 240 頁(2005 年)20)
この判決では,まず Y には破綻する危険性がある旨の説明義務があったことについて,「Y の理事は,同日以降(筆者注:平成 8 年 6 月 25 日以降。近畿財務局による立入検査によって,早晩,破綻した旨の認定を受けるに至る具体的危険が生じたと認定され
20) 判時 1914 号 127 頁(2006 年)にも異なる匿名コメント記事を付されて掲載されている。また,この判決の評釈としてはxxxx「判批」ジュリ 1337 号 112 頁(2007 年)があるが,損害賠償額が過失相殺によって減額された点につき,原告が Y に出資するに至った経緯を判断要素に入れていないことを疑問視している。
た期日である),Y に対する出資を募集する場合,その相手方に対して上記危険性があることを説明する義務があった」と認定した上で,Y の理事が出資を募集する具体的な担当者に対して,「Y が破綻の危機にあることを告げないで勧誘することを禁止することなく,そのため,担当者において上記危険性があることを告げないまま出資を勧誘し,被勧誘者(筆者注:原告のことを指している)をしてこれに応じさせた場合には,民法 709 条の不法行為(説明義務違反)が成立し,Yは,民法 44 条(筆者注:法人規定改正前の条文である)に基づき」(下線は筆者),出資金相当額の損害賠償責任を負うと判示した。
説明義務の内容については事実認定から簡潔にその違反があったとした上で,それが不法行為を構成するとのみ判示している。これは当事者の主張に沿った ものであり,消滅時効が完成していないこの判決においてはこれで十分であっ たのだと考えられる(【1】判決と呼ぶ)。
(ⅱ)大阪地判平成 21 年 8 月 31 日判タ 1316 号 183 頁(2010 年)21)
この判決は,【1】判決と異なり,不法行為による損害賠償請求権が時効により消滅していると判断されており,本件と前提を同じくするものである。
まず,Y がどのような説明義務を負っていたのかについては,「本件出資契約は,出資金の払戻しの保証がされず,Y が破綻すれば出資金相当額の損害が発生することが明白である点で,出資者にとって危険性の高い契約であったということができ,そのような本件出資契約の性質上,出資を勧誘する Y としては,xxxに基づき,本件出資契約に付随して,勧誘当時における Y の経営や財務 の状況及びこれらに関する将来の見通しなど,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報について,勧誘の相手方である原告に対し,損害を与えないように適切に説明すべき義務を負っていたというべきである」(下線は筆者)と判示している。
そして,この説明義務に違反した Y に課される責任の法的性質については,xx鑑定意見に言及しつつも,「しかし,不法行為と債務不履行は,それぞれの要件を満たせば認められるものであって,不法行為が認められることから債務不履行が認められない(認める必要はない)ということにはならない。一般的に不法行為による損害賠償請求権と債務不履行による損害賠償請求権は競合すると
21) 判時 2073 号 69 頁(2010 年)にも異なる匿名コメント記事を付されて掲載されている。また,この判決の評釈としてはxxxx「判批」xx 55 巻 3・4 号 529 頁(2011 年)がある。
解されているところであって,各要件を満たす限り,別個に請求権が認められるものである」として,本件説明義務違反が債務不履行を構成するかどうかを不法行為とは別個に検討することの理由を述べた上で,以下のように判示している。「契約の締結に先立ち Y の財務状態を適切に説明すべき義務は,xxxを基礎とし,契約締結に向けて交渉している当事者間において認められるものである。契約は,通常,当事者間において契約の締結に向けての交渉過程を経て, 契約の締結に至り,履行へと進むものであるが,この間,当事者間の法律関係を規律する基礎となるのはxxxであって,xxxに基づき,本件のような説明義務のほか,契約交渉が一定の段階に達すると一方的に契約を打ち切ってはならない義務,相手方の安全に配慮すべき義務などの契約に付随する義務が生じると解される。こうした義務は,契約交渉の開始から履行の完了までの一連の契約過程において認められるものであり,契約締結前であっても,一種の契約関係にあることから生じるものであるといえる。もともと不法行為は,交通事故に代表されるように,社会生活上の一般的な注意義務に違反した場合に成立するものであるのに対し,本件のような契約交渉過程における説明義務違反は,契約締結に至る過程での当事者間における問題であって,むしろ債務不履行と親和性を有しているとみることができる。契約責任は契約締結後にしか生じないというのは実態を反映したものとはいえず,形式的にすぎるといえる」(下線は筆者)。
以上のように判示して,本件出資契約の締結にあたっての説明義務違反は債務不履行を構成することを肯定した(【2】判決と呼ぶ)。
(ⅲ)大阪高判平成 22 年 2 月 26 日金法 1904 号 130 頁(2010 年)22)
これは【2】判決の控訴審判決である。Y が説明義務を負っており,それに違反したことについては,第 1 審と同旨の判示をしている。その上で,その説明義務違反は,「契約締結前とはいえ,その成立過程において本件出資契約を締結 するか否かや契約条件等にかかる意思決定のための情報の提供という本件出資契約自体と密接に関係のある点についての義務違反であって,Y につき,本件出資契約の付随的義務違反として債務不履行責任を生ぜしめるものである」(下
22) 判タ 1326 号 218 頁(2010 年)にも異なる匿名コメント記事を付されて掲載されている。また,この判決の評釈・紹介としてはxxxx「判批」リマークス 43 号 34 頁(法時別冊,2011年〈下〉),xxxx「判批」xx 46 巻 3 号 667 頁(2010 年),xxxx「判批」銀法 723 号 54 頁(2010 年)がある。
線は筆者)として,債務不履行を構成することを肯定している。
xx鑑定意見に対しては,「不法行為責任が認められる場合に契約(債務不履行)責任が排除されるべきか否か,排除されるべき場合の理由について,必ずしも明確でないように思われる」と述べて,第 1 審判決と同様,否定的な態度を採っている。ただし,不法行為による損害賠償請求権と債務不履行による損害賠償請求権の時効期間の差違との関連で,「もともと契約締結前のxxxについては,契約法の分野で論じられてきた経緯があり,我が国の不法行為法が広い範囲にわたって適用されるとはいっても,その損害賠償請求権が基礎とする事実関係において契約責任に基づく損害賠償請求権が観念されるならば,請求権競合となることが前提とされてきたのもこれまでの経緯である。そうだとするならば,契約責任によるものと論じることができる契約締結前のxxx違反に基づく損害賠償請求権が,他方で不法行為に基づく損害賠償請求権として成立するからといって,契約責任に基づく請求権であるとの性質付けを否定し去ることはできないというべきである。確かに,商事債務性を帯びない場合,両者において消滅時効期間が 3 年と 10 年と格差が大きいが,これは時効期間についての立法論に由来するまでのことであり,このことをもって,上記のような検討結果を左右するものとするのは相当でない。
法が,債権一般の消滅時効期間を 10 年としたのに対し,不法行為を原因とし
て発生する債権について特に 3 年という短期の消滅時効期間を定めた制度的な理由が,同債権が相互に特別の関係のない者の間の一般的な注意義務違反により発生するものである点に存するものと考えられることからすれば,本件の場合は,契約締結前とはいえ,その成立過程にある当事者間における,契約を締結するか否か等を決定する上での情報の提供という契約自体と極めて密接な関係にある点についての注意義務違反にかかるから,上記不法行為に関する制度的な理由は当てはまらないというべきであり,その点からしても,本件においては,契約債権を含む上記債権一般の消滅時効期間の適用を排斥すべき理由に乏しいというべきである。これまで債務不履行責任と不法行為責任とが競合するとされてきた民事裁判の実務における事実関係で法条競合論をいきなり採用するとして時効期間を変更することが民事裁判の解釈上許されないのと同様,これまで両者の責任の関係が必ずしも明らかでなかった契約締結前の当事者間の関係について,不法行為の責任だけがあると断じて,契約責任である債務不
履行の責任は論じられないとする見解は,当裁判所として採用することはできない」とも述べている。
加えて,「契約締結前といっても,締結のごく直前の場合もあり,また,契約 締結といっても,交渉の流れからみて,事実認定として契約書署名の瞬間をもって成立となるというように単純に割り切れる場合に限られるものではないことに留意すべきである」(下線は筆者)という点を確認している。結論に直接影響を及ぼした判示事項ではないが,一口に「契約締結前」といっても,その契約締結時点をxx的に定めることはできないことを確認しており,重要な指摘であると考える(【3】判決と呼ぶ)。
(ⅳ)大阪地判平成 20 年 3 月 26 日金判 1371 号 49 頁(2011 年)23)
この判決は,Y の説明義務について,「Y が,実質的債務超過状態にあり,監督官庁から破綻の認定を受けるおそれのある状態にあることを説明する義務」とのみ述べていて,これに Y が違反したことについては当然のことと認定している。その上で,この説明義務は,「本件出資契約締結以前に,Y がした出資の勧誘の段階において発生するものであると解され」,その段階においては,「い まだ契約関係は成立していないのであるから,上記説明義務違反をもって債務不履行と解する余地はないというべきである」(下線は筆者)と判示する。また,契約締結前の説明義務の根拠をxxxに求める最高裁判決24)を引用するものの,xxxが民法全体の指導理念であると判示した別の最高裁判決25)を引用して,
「契約締結過程における説明義務の根拠をxxxに求めたとしても,それゆえ に,同説明義務が契約責任であると解さなければならないというものではない」
23) この判決は本判決と同日言渡しされたc 判決の第 1 審である。消滅時効の起算日について特に争われたものであるが,その起算日を遅くとも平成 13 年 1 月初旬とし,時効が完成していると判示した。しかし,これを受けた控訴審判決(大阪高判平成 20 年 10 月 17 日金判 1371 号 36 頁〔2011 年〕)はそもそも時効は完成していないと判示した(そのため,債務不履行による損害賠償請求については検討されていない)ため,上告審判決(c 判決:最二判平成 23 年 4 月 22 日集民 236 号 443 頁)がどのように判断するのか注目されていた。結論的には「不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも平成 13 年末から進行するというべき」として,第 1 審判決と構成は異なるものの,不法行為による損害賠償請求権の時効消滅を肯定した。この判決の評釈・紹介としては,xxx・前掲注 9)40 頁の他,xxxx「判批」NBL965 号 117頁(2011 年),xxxx「判批」銀法 734 号 63 頁(2011 年)がある。本判決の下級審判決でも問題になった消滅時効の起算日についての検討は,もっぱらこちらの判決に委ねられたところがあるので,前掲注 5)で述べたように,本稿ではこれ以上立ち入らない。
24) 最一判平成 18 年 6 月 12 日集民 220 号 403 頁。
25) 最大判昭和 62 年 9 月 2 日民集 41 巻 6 号 1423 頁。
(下線は筆者)とも述べて,説明義務違反が不法行為しか構成しえないと判示した(【4】判決と呼ぶ)。
(2)その他の参考判決
(ⅰ)東京地判平成 16 年 7 月 2 日判時 1868 号 75 頁(2004 年)26)
信用組合 Y1(xxx教育信用組合)の組合員 X らが,Y1 の募集に応じて出資し たところ,その後 Y1 が破綻して持分の払戻しを受けられなくなった。X らは, Y1 が出資の募集をしていた時点で既に破綻のおそれがあったのにもかかわらず,それを説明しないまま出資を募集したと主張して,Y1 の理事長 Y2 に対して民法 709 条(と特別法上の責任)に基づき,Y1 に対して民法 44 条 1 項(法人規定改正前 の条文である)に基づき,出資金相当額の損害賠償を請求した事案である。
この判決は,「Y2 は,Y1 の職員に Y1 の財務内容に関する正確な情報を与え, Y1 の職員が募集の相手方に対してY1 が保有株式等に多額の含み損を抱え,実質 的には大幅な債務超過に陥っており,破綻するおそれがあることを説明した上で,これを救済するため募集に応ずるか否かの意思決定をさせるように指示する義務を怠り,X らに対し,出資金相当額の出捐をさせたのであり,過失によりX らの財産権を侵害したというべきであるから,X らは,Y2 に対し,民法 709条に基づき,その損害を賠償するように請求することができる」(下線は筆者)と述べ,「また,Y2 は,Y1 の理事長の職務を行うにつき,X らに対し,損害を与えたというべきであるから,X らは,Y1 に対し,民法 44 条 1 項(筆者注:法人規定改正前の条文である)に基づき,その損害を賠償するように請求することができる」として,X らの各事情に応じて過失相殺しつつもその請求を認容した(【5】判決と呼ぶ)。
(ⅱ)東京高判平成 18 年 4 月 19 日判時 1964 号 50 頁(2007 年)27)
これは,【5】判決の控訴審判決である。第 1 審とは異なり,事実認定において,2 回行われた Y1 の出資募集のうち,1 回目の募集時には,Y1 が近い将来に破綻するおそれがあったと認めるのは困難であるとした。そして,その 1 回目の募集時に Y1 が負っていた説明義務の内容は,出資金の性質等の一般的な出資募集に必要とされる事項を説明する程度で足りるとして,理事長 Y2 の不法行為
26) xx・前掲注 11)の評釈がある他,xxxx「判批」銀法 641 号 40 頁(2005 年)でも紹介されている。
27) この判決の評釈としては,xxxx「判批」ジュリ 1363 号 123 頁(2008 年)がある。
責任を否定した。
しかし 2 回目の募集時には近い将来に破綻するおそれがあったと認めることができる等の理由から,第 1 審判決と同様に,「実際に募集に当たる Y1 の職員 にその財務内容に関する正確な情報を与え,職員が募集の相手方にY1 が保有株式等に多額の含み損を抱え,実質的には大幅な債務超過に陥っており,破綻するおそれがあることを説明した上で,これを救済するため募集に応ずるか否かの意思決定をさせるように指示する義務を負っていた」(下線は筆者)と述べ,これを「相手方に対する一般不法行為法上の注意義務」(下線は筆者)と判示し,それに違反した 2 回目の出資募集については X らの主張を認容した(【6】判決と呼ぶ)。
(ⅲ)大阪地判平成 20 年 9 月 30 日判タ 1336 号 75 頁(2011 年)
信用金庫 Y(相互信用金庫)が出資金を募っていたところ,その後Y が破綻して出資金の返還を受けられなくなった X ら 528 名が,Y が出資の募集をしていた時点で既に破綻のおそれがあったのにもかかわらず,それを説明しないまま出資を勧誘した等と主張して,Y に対して不法行為による損害賠償請求(説明義務違反の他,優越的地位の濫用や解約拒否等の違法を根拠としている)を,さらに,国に対して監督権限を行使しなかったことを理由に,国家賠償法 1 条 1 項に基づき, Y と同額の損害賠償請求をした事案である。
この判決の争点は多岐にわたるが,本件との関連で説明義務違反とその法的性質に絞って紹介すると,まず,事実認定において,Y の理事長もその職員も, Y に破綻のおそれがあることを認識してはいなかったとして,そもそも説明義務違反は認められないとした。ただし,一般論としては以下のように判示している。
「出資の法的性質について,どの程度説明すべきか(どの程度説明しなければ, 不法行為を構成するような違法性を帯びるか)については,通常の場合の出資の勧誘である限り,およそ一般的な意味内容において出資であること(預金ではないこと)を認識させれば足りるというべきである。
すなわち,社会通念上,およそ『出資』と聞かされれば,『預金』とは異なる概念であることや,出資した事業が破綻すれば戻らないことは了解可能な事柄である。したがって,勧誘の相手方の年齢,職業,経歴,経済的知識,投資や出資の経験などの属性に照らして,出資についての一般的な説明を超えて,具
体的な説明をする必要があると認められる場合などの特段の事情が認められな い限り,『出資』であることが分かるようにして勧誘すれば足り,さらに,具体的な説明を加えなかったからといって,不法行為を構成するような違法性を帯びるものではない」(下線は筆者)。そして,X らのうち高齢で投資経験がない 15名については,上記特段の事情が認められるにもかかわらず具体的な説明を加えなかったために,出資を預金と誤認・混同しているとして,その限りにおいて Y に説明義務違反があったことを理由に,不法行為による損害賠償請求を認容した(【7】判決と呼ぶ)。
(3)小 括
以上で紹介した本判決の参考になると思われる裁判例について,そこで示された説明義務違反から発生する責任の法的性質とそれに関する判示事項を整理する。
判決 | 説明義務違反か ら発生する責任の法的性質 | 判示事項 | |
関西興銀事件訴訟 | 不法行為 | 破綻の危機にあることを告げないで勧誘したことを説明義務 | |
【1】 | (債務不履行の | 違反と端的に認定(債務不履行責任を構成できるかどうかにつ | |
主張なし) | いては検討がない)。 | ||
破綻の危機にあることを告げないで勧誘したことは,出資の勧 | |||
誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報について, | |||
勧誘の相手方である原告に対し,損害を与えないように適切に | |||
説明すべき義務の違反であると認定。 | |||
そして,契約締結前の当事者間を規律するxxxに基づき,本 | |||
件のような説明義務のほか,契約交渉が一定の段階に達すると | |||
不法行為(時効に | 一方的に契約を打ち切ってはならない義務,相手方の安全に配 | ||
【2】 | より消滅) | 慮すべき義務などの契約に付随する義務が生じるとした上で, | |
債務不履行 | これらの義務は,契約締結前であっても,一種の契約関係にあ | ||
ることから生じるものであるとする。 | |||
本件のような契約交渉過程における説明義務違反は,契約締結 | |||
に至る過程での当事者間における問題であるから,債務不履行 | |||
と親和性を有すると説示(不法行為は,社会生活上の一般的な | |||
注意義務に違反した場合に成立するものであるとも述べてい | |||
る)。 | |||
破綻の危機にあることを告げないで勧誘したことは,本件出資 | |||
不法行為(時効に | 契約を締結するか否かや契約条件等にかかる意思決定のため | ||
【3】 | より消滅) | の情報の提供という本件出資契約自体と密接に関係のある点 | |
債務不履行 | についての義務違反であって,本件出資契約の付随的義務違反 | ||
として債務不履行責任を生じる。 |
【4】 | 不法行為 | 破綻の危機にあることを告げないで勧誘したことは説明義務違反であるが,それは契約締結前であったのであるから,いまだ契約関係は成立していない以上,その説明義務違反をもって債務不履行を構成させることはできない。 契約締結過程における説明義務の根拠をxxxに求めたとしても,それゆえに,同説明義務が契約責任であると解さなけれ ばならないというものではない。 | |
その他 | 【5】 | 不法行為 (債務不履行の主張なし) | 契約の相手方に財務内容に関する正確な情報を与え,破綻するおそれがあることを説明した上で,これを救済するため募集に 応ずるか否かの意思決定をさせるように指示する義務を負っている(債務不履行責任を構成できるかどうかについては検討 がない)。 |
【6】 | 不法行為 一般不法行為法上の注意義務 (債務不履行の主張なし) | 【5】判決と同旨の判示。 ただし,説明義務の発生根拠については,「一般不法行為法上の注意義務」と述べている(債務不履行責任を構成できるかどうかについては検討がないが,「一般不法行為法上の注意義務」に説明義務の発生根拠を求めるので,債務不履行責任を構成す ることはできないと判断したとも読める)。 | |
【7】 | 不法行為 (債務不履行の主張なし) | 説明義務の対象を,およそ一般的な意味内容において出資であること(預金ではないこと)を認識させることとし,勧誘の相手方の年齢,職業,経歴,経済的知識,投資や出資の経験などの属性に照らして,出資についての一般的な説明を超えて,具体的な説明をする必要があると認められる場合などの特段の事情が認められない限り,「出資」であることが分かるようにして勧誘すれば,義務違反に当たらないと判示(債務不履行責任を構成できるかどうかについては検討がないが,説明義務について,「どの程度説明しなければ,不法行為を構成するような違法性を帯びるか」と述べているところから,債務不履行責 任を構成することはできないと判断したとも読める)。 |
契約締結前の説明義務違反から発生する責任の法的性質については,全ての裁判例が不法行為責任を構成するとしている点で一致している。それに加えて債務不履行責任をも構成するとしたのは【2】【3】判決であり,逆に債務不履行責任を構成しえないとしたのは【4】判決のみである。【1】【5】~【7】判決はそもそも原告が債務不履行による損害賠償請求を主張していない。ただし,【6】
【7】判決は,説明義務の根拠について述べる説示の中で,契約締結前の説明義務違反は不法行為のみを構成するものであることを示唆するとも評価しうる点に注意が必要だろう。
また,【1】【4】【7】判決は事実認定から直截に説明義務違反を認定しているが,【2】【3】【5】【6】判決は,問題となっている説明義務の内容について判示している。すなわち,【2】判決は,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をす
る上で重要な情報を相手方に説明すべき義務,【3】判決も同旨,【5】【6】判決は,出資を募集する現場の担当者が,勧誘相手に,出資の募集に応ずるか否かの意思決定をさせる上で破綻のおそれがあることを説明するよう上司が指示をする義務と判示している。つまり,これらの 4 つの判決は,「契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報」について説明すべき義務を出資を勧誘する側が負っていると判示している。これは,一口に契約締結前の説明義務と言っても,その中にはさらにいくつかの類型が含まれることを示唆していると評価できるだろう。
ただし,【2】【3】判決の判示事項は全く同旨のものとはいえないことには注意を要する。【2】判決は,問題となっている説明義務を,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報を相手方に説明すべき義務であるとしながらも,そこからさらに一般化して,契約締結前の当事者間はxxxによって規律され,そのxxxに基づき,契約交渉継続義務や安全配慮義務28)等の契約に付随する義務が生じ,これらの義務は,契約締結前ではあるものの,「一種の契約関係にあることから生じる」とまで述べている。このような【2】判決は,契約締結前であっても,その締結に向けて交渉をしている当事者間には,既に契約関係にあることを前提に種々の義務が発生し,それに違反した場合には契約責任(いまだ債務は発生していないので債務不履行責任といいうるかは疑問であるが)を構成させることが可能であるとの立場を裁判所がとったものと評価できるだろう。その一方で【3】判決は,【2】判決の前段と同様に,問題となっている説明義務を,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報を相手方に説明すべき義務であるとした上で,その違反は「契約自体と密接に関係のある点についての義務違反」であることから,契約の付随義務違反として債務不履行責任を構成させている。問題となっている説明義務については,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報の説明,すなわち,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報の説明をする義務としながらも,そこからより広い場面について判示をした【2】判決と,あくまでも,契約を締結するか否かの判断に関わる情報の説明をする義務の違反の場面に限定して判示をした【3】判決では,その射程は大きく異なるものであろう(当然,【2】判決の
28) ここでの名称はxx・前掲注 1)13 頁によった。
方が射程が広い)29)。
2 本判決の構造
次に,本判決が下されるに至るまでの判断の構造について,参考判決の分析と同様に,第 1 審・控訴審・上告審それぞれを整理する。全てにおいて共通しているのは,Y が出資契約の締結前に説明義務違反をおかしていて,それが不法行為を構成することである。そして,その不法行為による損害賠償請求権が時効により消滅することについても共通している。しかし,本件で問題となっている説明義務の捉え方と,その違反が債務不履行をも構成するかどうかについては,結論・理由付けで差違が見られる。
(1)第 1 審判決の構造
まず第 1 審判決は,「勧誘当時における Y の経営や財務の状況及びこれらに関する将来の見通しなど,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報についても,勧誘の相手方である X らに対して適切に説明すべき義務を負っていたものと認めるのが相当である」と述べて,Y が説明義務を負っていたことを認定しているが,ここで想定されている説明義務は,前節で述べた【2】
【3】【5】【6】判決と同様に,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務である。およそ一般的な説明義務ではなく,契約を締結するかしないかの意思決定に影響を及ぼす情報についての説明義務を問題としていることには注意すべきであろう。そして,「契約の締結に向けた交渉段階においても,当事者の一方又は双方がxxx上相手方に対して一定の注意義務を負う場合があるところ,この場合において,当該注意義務をめぐる当事者間の権利義務関係は,当該契約に付随して生ずるものであって,契約上の責任に含まれ
29) 【2】【3】判決の比較については,xx・前掲注 6)12 頁が本稿とは異なる読み方をしている。すなわち,【2】判決が不法行為責任を,もともと交通事故のような「社会生活上の一般的な注意義務」に違反した場合に問題になるとしたことから,不法行為責任の本来的射程を狭く解し,その代わりに債務不履行責任の射程が広がって契約締結以前であっても債務不履行責任が生じうるという立場をとったものと理解している。その一方で【3】判決は,不法行為責任を認めつつ,請求権の競合を前提にして,契約との密接さなどから債務不履行責任を認める立場をとったものと理解している。首肯しうる部分を含むが,【2】判決は,不法行為責任の射程
を狭く解した結果として債務不履行責任の妥当する範囲が広がったというよりも,むしろ逆に,債務不履行責任の射程を積極的に広く解したものと理解する方が,さまざまな義務が契約締結 前であっても「一種の契約関係にあることから生じる」とした判示の理解として自然ではなか ろうか。
るものと認めるのが相当である」と述べて,本件説明義務違反が不法行為を構成するとともに,本件各出資契約上の付随義務違反にも当たることを理由に,債務不履行をも構成すると判断した。説明義務の捉え方は【2】【3】【5】【6】判決と同様であるが,「契約の締結に向けた交渉段階」を一律に把握しようとする態度からは,説明義務の中にはさらにいくつかの類型が含まれることを承認しつつも,結局,種々の義務が「一種の契約関係にあることから生じる」と判示した【2】判決の態度に近いのが第 1 審判決であると評価できるだろう。
(2)控訴審判決の構造
次に控訴審判決は,Y が負っていた説明義務については第 1 審と同様に,出資の「目的達成の見込みとともに,勧誘当時における Y の経営や財務の状況及びこれらに関する将来の見通しなど,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報についても,勧誘の相手方である X らに対し,損害を与えないよう適切に説明すべき義務」と判示して,それに違反したことを認定している。ここまでは,【2】【3】【5】【6】判決とも同様である。
しかし,さらに踏み込んだ一般論として,「契約が成立する前の段階における 契約締結上の過失については,これを不法行為責任としてとらえることも可能 であるが,むしろ契約法を支配するxxxを理由とする契約法上の責任(一種の 債務不履行責任)として,その挙証責任,履行補助者の責任等についても,一般 の不法行為より重い責任が課せられるべきものととらえるのが相当である」と 述べた上で,「当事者が結果として契約を締結するに至らなかったときは,一般 の不法行為責任にとどめるべきであるが(不法行為責任と契約上の責任とは法条競合 の関係にあるとみられる。),いやしくもこれを動機として契約関係に入った以上, 契約上のxxxは,その時期まで遡って支配するに至るとみるべきである」と 判示している。Y がその主張の中で用いた「契約締結上の過失」概念を持ち出 し,一般論として契約締結上の過失責任は「契約法上の責任(一種の債務不履行責 任)」であると述べている。判決中では明示されていないが,契約締結前の説明 義務違反が契約締結上の過失責任の問題領域に含まれることを前提にしている。第 1 審判決と同様に,問題となっている説明義務を,契約を締結するかしない かの意思決定に影響を及ぼす情報についての説明義務と限定している点では共 通するが,そこから踏み込んで,そのような説明義務に違反した場合も包含す るおよそ一般的な「契約締結上の過失」について言及し,その契約締結上の過
失責任の法的性質を「契約法上の責任(一種の債務不履行責任)」であると判断したところに,控訴審判決の特徴がある。
(3)上告審判決の構造
これを受けた上告審判決は,本件説明義務違反を「契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった」ものと判示している。これは,問題となっている説明義務を,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務と捉えていることを示すものであり,第 1審判決・控訴審判決・【2】【3】【5】【6】判決と同様の理解である。
しかし,上告審判決は,「契約の締結に向けた交渉段階」における問題として一律に把握する第 1 審判決や,「契約締結上の過失」責任の問題として把握する控訴審判決とは違い,あくまでも契約締結前の説明義務違反の問題としてのみ把握している。そしてさらに,説明義務に「違反したために,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合」とする判示からは,契約締結前の説明義務違反全体について判断をしたのではなく,あくまでも本件で問題となった契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務に違反した場合についてのみの判断をしたことが伺える。この点に,下級審判決までとの差違が認められる。
そして,「上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを得ない」とする判示から,上告審判決は第 1 審判決・控訴審判決とは違い,本件説明義務違反が不法行為を構成することは格別,債務不履行は構成しないことが明言されている。
判決 | 説明義務違反の 法的性質 | 判示事項 |
第 1 審 | 不法行為(時効により消滅) 債務不履行 | 勧誘当時における Y の経営や財務の状況及びこれらに関する将来の見通しなど,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報についても,勧誘の相手方である X らに対して適切に説明すべき義務を負っていたと認定。本件説明義務は,出資の勧 誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報を説明すべき義務とする。 契約の締結に向けた交渉段階においても,当事者の一方又は双方がxxx上相手方に対して一定の注意義務を負う場合があるところ,この場合において,当該注意義務をめぐる当事者間の権利義務関係は,当該契約に付随して生ずるものであって,契約上の責任に含まれるものと認めるのが相当であるとして,本件説明義務 違反が不法行為だけでなく債務不履行をも構成すると判示。 |
控訴審 | 不法行為(時効により消滅) 債務不履行 | 本件説明義務を,出資の目的達成の見込みとともに,勧誘当時における Y の経営や財務の状況及びこれらに関する将来の見通しなど,出資の勧誘に応じるか否かの意思決定をする上で重要な情報 について説明すべき義務とする。 そして,当事者の主張を受けて「契約が成立する前の段階における契約締結上の過失」について言及し,これを不法行為責任としてとらえることも可能であるが,むしろ契約法を支配するxxxを理由とする契約法上の責任(一種の債務不履行責任)として,一般の不法行為より重い責任が課せられるべきものととらえるのが相当であるとする。 契約関係に入った以上,契約上のxxxは,契約締結前まで遡っ て支配するに至ると判示。 |
上告審 | 不法行為(時効により消滅)のみ | 本件説明義務は,契約を締結するか否かに関する判断に影響を及 ぼすべき情報を相手方に提供する義務とする。 その説明義務に違反したために,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合には,後に締結された契約は,説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって,説明義務をもって契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを 得ないと判示。不法行為責任のみを構成するとした。 |
3 本判決の射程
(1)本判決が問題とする契約締結前の説明義務違反
本判決は,問題となった説明義務違反の内容について,「契約の一方当事者が,当該契約に先立ち,xxx上の説明義務に違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合」と述べている。ここで問題とされている情報は「当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報」であり,具体的には,破綻のおそれがあると
いう情報である。これは,第 1 審判決・控訴審判決と異なるものではない。他の裁判例との関係においては,事実認定から直截に説明義務違反を認定した【1】
【4】【7】判決とは異なり,【2】【3】【5】【6】判決と同旨の判示であると評価できるだろう。
しかし本判決は,契約締結前の説明義務違反について,第 1 審判決のように
「契約の締結に向けた交渉段階」における問題として一律に把握することもなく,また,控訴審判決のように「契約締結上の過失」責任の問題として把握することもなかった。本判決が射程としているのは,およそ一般的な説明義務違反からさらに限定された,契約締結前の説明義務違反の中でも,さらに契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務に違反した場合である。確かに,契約締結前の説明義務違反という問題が「講学上,契約締結上の過失の一類型」という点を千葉補足意見が確認しているが,そのことをもって,本判決がおよそ一般的な説明義務違反全体についてそこから発生する責任の法的性質を不法行為責任と判示したとか,まして,さらに広く「契約締結上の過失」責任の法的性質についてまで判示したとまで評価するのは誤りである。
そして本判決は,そのような情報を提供されなかった結果として損害が発生した場合であっても,「後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果」でしかないと述べている。結果として契約が有効に成立したことは関係がなく,説明義務違反が「契約締結前」であった点を捉えて,契約責任を構成することはないと判示したものである。契約締結前と契約締結後という時系列的な区分を前提としている点に本判決の特徴がある30)。説明義務の対象となる情報の理解は第 1 審判決・控訴審判決と同じであったにもかかわらず,本判決が異なる結論に至ったのは,この時系列によって区別する視点を強調したからであろう。
契約締結前後という時系列的区分を前提にした上で,契約締結前の説明義務違反の中でも,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務に違反した場合についてのみ,そこから発生する責任の法的性質を不法行為責任のみに限ったのが本判決である。第 1 審判決や控訴審判決のように「x
30) 本判決の理解として時系列を強調する読み方をするのが,xxxx「本件判批」法セ 681
号 130 頁(2011 年),xxxx「本件判批」セレクト 2011[Ⅰ]18 頁(法教 377 号別冊付録,
2012 年)である。
約締結前」の様々な問題について一律に述べるものと比べて,その射程は極めて狭いものと言わざるをえない。「契約締結上の過失」責任として把握されてきた契約締結前の様々な問題については,もちろん本判決が影響するだろうが,本判決の射程が直接及ぶとはいえず,別途の判断が必要になるだろう31)。また,本件と同一事実関係のもとでの【3】判決が「契約締結前といっても,締結のごく直前の場合もあり,また,契約締結といっても,交渉の流れからみて,事実認定として契約書署名の瞬間をもって成立となるというように単純に割り切れる場合に限られるものではないことに留意すべきである」と指摘しているように,契約締結前後という時系列的区分を前提にするためには,契約締結時点をxx的に定める必要がある。本件各出資契約は当事者間での交渉が必要となるものではなく,もっぱら,出資を勧誘された側がそれに応じて出資をするかしないかしか問題とならないものであった。そのため,本件における契約締結時は比較的明確なものであったといえる。本判決とは直接関係がないが,契約締結時がxx的に定まらない場合や,当事者間に予備的合意が認められる場合などについては,本判決の射程の範囲内であるとはいえるだろうが,契約締結時の慎重な認定が要求されることになろう。
本判決の射程については,xxxxが,安全配慮義務が不法行為規範による義務以上の義務であることを述べた最高裁判決(以下「昭和 50 年判決」という)32)との関係での理解を示している33)。すなわち,本判決が,本件説明義務違反は「契約に基づいて生じた義務」とはいえないとした点について,①昭和 50 年判決が示した安全配慮義務をはじめとするxxx上の義務論を放棄して,「契約に基づいて生じた義務」に債務不履行を限定したという見方と,②説明義務違反につ
31) とりわけ,契約締結交渉の中途破棄の事例群については,裁判例・学説が多岐にわたっており,本判決がどこまで影響を及ぼすかは定かではない。契約締結交渉の中途破棄については,xxxx『契約交渉の破棄とその責任―現代における信頼保護の一態様』(有斐閣,1997 年)が全般的な検討を加えている。xx・前掲注 6)23 頁は,「本判決と同様の論理が妥当し,債務不履行責任が否定される可能性が高い」と述べている。また,xxxx「最三判平成 19 年 2月 27 日判批」北法 61 巻 4 号 1466 頁(2010 年)は,契約締結交渉において契約を締結する権限のない者による義務違反があった事案に関する近時の最高裁判決を取り上げてこの問題について詳細に検討しているので参照されたい。
32) 最三判昭和 50 年 2 月 25 日民集 29 巻 2 号 143 頁。
33) xxによる安全配慮義務についての検討は,xxxx「安全配慮義務の観念は,これからどの方向に進むべきか」xxx編『講座・現代契約と現代債権の展望 第 2 巻 債権総論(2)』
(日本評論社,1991 年)33 頁以下を参照。
いてのみ,「契約に基づいて生じた義務」の違反でなければならないとし,義務によりハードルの高さを調整することを認めたという見方の 2 つがありうるとする。そして,①のような見方は無理であり,②の見方を採るしかないが,そうすると本判決は,「事例判決として契約締結段階の説明義務違反について『契約に基づいて生じた義務』という基準により,債務不履行責任を否定しただけの判決になり,インパクトはxxxに小さくなる。それでも,昭和 50 年判決のxxx上の義務論が安全配慮義務を越えて拡大していく可能性のある一般法理を宣言したのを,明確に債務不履行責任を否定し歯止めをかけた点は注目されてよい」と述べている34)。
首肯しうる部分を含むが,本判決は時系列的区分を前提に,契約締結前の説明義務違反の中でも,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務に違反した場合の責任を不法行為責任のみとしたものであり,この判示事項はそれなりの一般性を持つものである。特に,契約締結前の説明義務違反の中にもいくつかの類型があることを指摘する判示は事例判決の枠に収まるものではないので,本判決の射程は極めて狭いものの,xxのいう「インパクト」は,それほど小さなものではないだろう。
(2)本判決の射程と千葉補足意見
ただし,本判決の射程を考える上で,契約締結前の説明義務違反について言及した千葉補足意見には若干の疑問が残る。千葉補足意見は,事業者の指示義務違反について,説明義務違反・指示義務違反が債務不履行責任を構成する余地を残しているものである。その中で,債務不履行責任を構成しうる場面についてあげている 2 つの具体例,すなわち,「①素人が銀行に対して相談や問い合わせをした上で一定の契約を締結した場合に,その相談や問い合わせに対する銀行の指示に誤りがあって,顧客が損害を被ったときや,②電気器具販売業者が顧客に使用方法の指示を誤って,後でその品物を買った買主が損害を被ったとき」について契約責任構成を否定していない。その理由として,「このように例示された上記の指示義務は,その違反がたまたま契約締結前に生じたものではあるが,本来,契約関係における当事者の義務(付随義務)といえるものである。また,その義務の内容も,類型的なものであり,契約の内容・趣旨から明
34) xx・前掲注 6)23 頁。
らかなものといえよう。したがって,これを,その後契約関係に入った以上,契約上の義務として取り込むことは十分可能である」と述べている。しかし,千葉補足意見があげた①②の義務内容がどうして類型的で契約内容・趣旨から明らかなものと評価できるのか,理由が定かではない。一方当事者が他方当事者に対してなすべきとされる指示というものは,常に具体的な事案により異なるものであるといえよう35)。本件説明義務違反についても,「破綻のおそれの有無を説明すべきことは出資契約においては当然に認められる類型的な義務であり,それは,破綻したら払戻しを受けられなくなる出資契約の内容・趣旨から明らかなものである」と評価することも可能である。
契約締結前の説明義務が当該契約から要求される類型的なものと評価される場合については,なおその違反に対して契約責任を妥当させることは否定していないのがこの千葉補足意見である36)。そのため,いかなる場合に契約締結前の説明義務が当該契約から要求される類型的なものにあたるのかについては,残された問題であるといえるだろう。
(3)「一種の背理」の理解
本判決は,「一方当事者がxxx上の説明義務に違反したために,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合には,後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって,上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを得ない」と述べている。ここでいう「一種の背理」とはどういう意味であろうか。
本判決は,問題となっている説明義務違反を,契約締結前の説明義務違反の中でも,さらに契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務の違反に限定している。もし,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報が適切に説明された場合,X らが破綻の危険が現実化している Y に出資することはないから,本件各出資契約が締結されることはないだろう。つまり,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務が履行され
35) 千葉補足意見について同旨の評価をするものとして,xxxx「本件判批」国民生活研究
51 巻 2 号 62 頁(2011 年)。
36) xx・前掲注 30)18 頁も同旨の理解である。
たならば契約そのものが存在しないにもかかわらず,義務を履行しなかった結果として存在する本件各出資契約から,契約締結前の説明義務違反が契約責任を構成するとするのは「一種の背理」であると判断をしたのであろう。
ただし,ここでいう「一種の背理」が契約締結前の説明義務違反全てについて妥当するものでないことはいうまでもない。あくまでも本判決が問題にしているのは契約締結前の説明義務違反の中でも,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務の違反の場面に限定されるからである。したがって,契約締結前後という時系列的区分を前提としつつも,契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務の違反以外の契約締結前
の説明義務違反が契約責任を構成する可能性は排除されていないと理解すべきである37)38)。
Ⅳ 学説及び立法論の検討
1 検討の必要性
前章において本判決の射程について言及した。しかし,本判決に付されている千葉補足意見は,xxを引用し,「契約締結上の過失」についてはわが国の不法行為法がドイツ法とは異なる点を指摘し,最後には立法論にまで言及する珍
37) xx・前掲注 30)130 頁は,「xxx上の説明義務を契約成立の時系列で捉えると,本件のような契約締結前の説明義務(契約成立のための説明義務)と,契約成立後の説明義務(契約内容たる説明義務)は区別されるべきであり,前者は本判決が示すように,その後締結された契約に当然に基づくものではない」と述べているが,誤りであろう。本判決は契約締結前の説明義務違反の中の契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす情報を説明すべき義務の違反,xxの用語法に従うならば「契約成立のための説明義務」違反について述べたものであり,契約締結前の説明義務違反の中にも「契約内容たる説明義務」違反がありうることまでは否定していない。契約締結前後で説明義務違反の内容まで決定されるとまでは述べていないことには注意が必要である。同じく時系列的区分を強調するxx・前掲注 30)18 頁は,「契約前と契約後という契約成立時を基準とする時系列的な区分を前提として,契約前に存在した説明義務違反の事情が契約締結に影響を与えるものであった場合」が本判決が問題とした場面であるとしており,こちらの理解が正しいであろう。
38) xxxx「本件判批」金法 1942 号 72-73 頁(2012 年)は,「本判決における『不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはない』との判示部分も,損害賠償責任について,不法行為責任と契約上の責任の二分法を意識した説示のように思われる」と述べ,契約締結前の説明義務違反が不法行為責任を構成すると同時に契約責任をも構成することは否定されたと理解している。
しいものとなっている。xxの見解が引用されたのは控訴審判決が言及したからである。また,「契約締結上の過失」責任がドイツ法に由来するものであるという指摘は,xx鑑定意見を受けたものであろう。千葉補足意見の背景を明らかにするためには,xxからxxに至るまでの学説の流れについて検討する必要がある。また,千葉補足意見の立法論への言及との関連で,現在進められている債権法の改正作業における議論についても検討を加える必要がある。
そこで,契約締結前の説明義務違反を含めた「契約締結上の過失」責任に関 するわが国の学説の流れを概観し,現在進められている債権法の改正作業の中 で契約締結前の説明義務違反がどのように扱われようとしているのかについて,本判決に関係のある限りにおいて検討したい。
2 学説の流れ
(1)「契約締結上の過失」責任に対するxxxの見解
本件控訴審判決や千葉補足意見で引用されたxxxは,「契約締結上の過失」と契約締結前の説明義務違反についてどのように考えていたのであろうか。
xxは,まず,「契約とxxxxの原則」と題した款において,「契約当事者を結合するxxxは,さらに,事実上契約を締結したが,何等かの理由で所期の効果を生じなかった場合や,契約は効力を生じたが,契約締結以前の準備的段階における事由によって他方が損失を被った場合などにも及ぼされなければならない。なぜなら,いやしくも事実上契約によって結合された当事者間の関係は,何等特別の関係のない者の間の責任(不法行為法上の責任)以上の責任を生ずるとなすことが,正にxxxの要求するところだからである。そして,かくしてはじめて,xxxは,一貫して,事実上契約によって結合される当事者間を規律することになる」39)と述べている。契約締結前の当事者間もxxxにより規律される旨を一般論として述べるものである。
その上でxxは,xxxにより規律される契約締結前段階を,①原始的に不能な契約の締結(契約締結上の過失)と②契約締結のための準備的段階における過失の 2 つの場面に分けているところに特徴がある。
xxは①について,「契約の内容がその契約の締結当時から客観的に不能であ
39) xxx『民法講義Ⅴ1 債権各論上巻』(岩波書店,1954 年)38 頁(適宜現代仮名遣いに改めた。以下同様である)。
るときは,その契約は無効とされる。したがって,当事者は,その契約で意図した債務を負担しないことは当然である。しかし,社会に生存する無数の人の中から,特に選んで契約関係に入ろうとする以上,社会の一般人に対する責任
(すなわち不法行為上の責任)よりも一層強度の責任を課されることも当然の事理といわねばなるまい。いいかえれば,各人は,契約を締結するに当たっても,特に注意して,無効な契約を締結することによって相手方に不慮の損害を被らしめないようにするxxx上の義務があるというべきである。そうだとすると,過失によって無効な契約を締結した者は,相手方がその契約を有効なものと誤信したことによって被る損害を賠償する責任がある」40)と述べている。これを「いわゆる契約締結上の過失(culpa in contrahendo)に基づく責任の問題」と呼び,イェーリング以来のドイツ民法学の所産を継受する態度をとっている。
①のような原始的不能の場面についてのみを契約締結上の過失の範疇と捉え るxxであるが,②については本件控訴審判決や千葉補足意見で引用されたよ うに,「専門的な知識を必要とする事項についての取引に際して,その準備的段 階において専門的知識を与えるべき立場にある者に過失があったとき,例えば,素人が銀行に対して相談や問い合わせをした上で一定の契約を締結した場合に,その相談や問い合わせに対する銀行の指示に誤りがあって,顧客が損害を被っ たときとか,電気器具販売業者が顧客に使用方法の指示を誤って,後でその品 物を買った買主が損害を被ったときなどには,―それらの指示が債務の内容と ならないために債務不履行の責任を課し得ない場合にも―なお,契約における xxxを理由として,賠償責任を認めることが正当であろう。けだし,それら の者が結局契約を締結するに至らなかったときは,一般の不法行為上の責任に 止めるべきであるが,いやしくもそれを動機として,契約関係に入った以上, 契約上のxxxは,その時期まで遡って支配するに至るとみるべきだからであ る」41)と述べている。
以上のxxの見解を整理すると,xxxにより規律される契約締結前段階は 2つの場面であり,原始的不能の場面を「契約締結上の過失」責任が妥当する場面とし,専門的知識を与えるべき者に過失があったがために損害が生じた場面は「契約締結上の過失」責任が妥当する場面ではないとしている。その上で,
40) xx・前掲注 39)38-41 頁。
41) xx・前掲注 39)41-42 頁。
後者の場面についても,損害が発生したならば賠償をさせるべきであるが,それは「契約関係に入った」,すなわち,過失があったものの最終的には契約が締結されたならば,契約上のxxxが契約締結前段階まで遡って規律する,つまり,契約責任が発生するとしているのである(「債務不履行責任を課し得ない場合」に も賠償責任を認めるべきであるとしているため,その責任の性質は債務不履行責任類似の責任,
あるいは端的に契約責任と呼ぶことができるだろう)。
xxの見解による場合,本件のような契約締結前の説明義務違反から発生する責任の法的性質がどのようなものになるのかは定かではない。なぜならば,xxは専門的知識を与えるべき者がそれを怠ったり誤ったりした場合については契約責任が発生するとしているものの,本件のような破綻のおそれがあることについての情報がxxのいう専門的知識に含まれるのか定かではないからである。ただし,本件は説明義務違反がありながらもその後結局契約締結に至っているので,xxのいう「契約関係に入った」と捉えて,契約上のxxxが支配する,すなわち,契約締結前の説明義務違反が契約責任を構成すると考えるのが自然であろうか。
(2)契約責任の拡大
(ⅰ)契約締結上の過失責任と契約責任の拡大
その後の学説は,xxが原始的不能の場面のみを想定していた契約締結上の過失責任を拡大する方向へ進む42)。この傾向は,より広く,「契約責任の拡大」という傾向の中の一態様として現れる。
そもそも,伝統的な契約責任論の特徴は以下の 3 つに整理することができる43)。すなわち,①契約で約束した給付義務の不履行から生じた損害を賠償させるこ と,②この責任は契約により生じた債権の効力の 1 つであること,③この責任 による損害賠償義務は,本来の契約上の給付義務の変形または拡大であり給付 義務と同一性を有すること44),の 3 つである。この伝統的な契約責任論に対して,
42) 契約締結上の過失責任が元々は原始的不能の場面を想定していたことは,より古くのxxxx『増訂日本債権法各論(上巻)』(岩波書店,1924 年)71-72 頁やxxxx『債権法概論(総論)』(有斐閣,1949 年)46-47 頁でも述べられているところである。その後の拡大については,xxxx『民法講義Ⅴ 契約法[第 3 版]』(成文堂,2006 年)30 頁,xxxx「原始的不能」,xxxx「契約締結上の過失」xxx=xxxx編著『解説 新・条文にない民法』(日本評論社,2010 年)それぞれ 230 頁,307 頁などを参照。
43) xxxx『プラクティスシリーズ債権総論』(信山社,2005 年)198 頁の整理による。
44) 債務は契約によって発生し,債務不履行責任はその内容を損害賠償請求権へと変化させるだ
圧倒的なドイツ法の影響の下,その拡大が志向されるようになった。被害者保護のため,不法行為責任よりも消滅時効・過失の証明責任等で被害者に有利な債務不履行責任・契約責任を拡大することが目指されたのである45)。その萌芽は前述のxxの見解と同時期のxxxxによるものが最初であるとされている46)が,そこからさらに議論は精緻化・ドイツ化し,契約締結前の段階の交渉過程における行為規範群を体系化する方向へと進んだ。
(ⅱ)xxxxxの見解(契約責任説)
契約締結前段階の規範を体系として完成させたのはxxxxxであろう。xxはまず,xxらが原始的不能の場合に限られると考えていた契約締結上の過失責任の妥当範囲を,ドイツの判例法を整理して,①契約が有効な場合,②契約が無効・不成立の場合,③契約準備行為中の侵害の 3 つの場面があることを明らかにした47)。そして,契約のxx後における当事者の一定の法的態度にも,
けである点については,xxx『契約責任の法学的構造』(有斐閣,2006 年)102 頁以下[初出はxxx「フランスにおける債務転形論と『附遅滞』―履行請求権の存在意義に関する覚書その 1」志林 90 巻 1 号 1 頁(1992 年)]で,債務転形論とその現れとしての填補賠償を取り上げて詳しく論じられている。
45) xxxx編『注釈民法(13) 債権(4)』(有斐閣,1966 年)57 頁以下[xxxxx],xxxx=xxxx編『新版注釈民法(13) 債権(4)[補訂版]』(有斐閣,2006 年)101 頁以下[xxxx]が全体の流れを把握するのに便宜である。
46) xx・前掲注 6)19 頁,xx・前掲注 6)9 頁。xxxx「信頼関係としての債務関係」同
『債権者取消権の研究』(有斐閣,1962 年)279 頁以下,特に 281-291 頁[初出はxxxx「信頼関係としての債務関係」愛大 10 号 49 頁(1954 年)]は,「契約責任が不法行為責任から区別されるのは,契約関係は当事者間に信頼関係の存在することを前提」としているが,「信頼関係としての債務関係は契約の成立によって始めて存在するに至るのでなく,…既に契約商議の段階において存在し,契約が有効に成立したと否とに関しない。契約の成立した後においてもなお存続し,契約の内容として吸収されてしまうのではない。したがって,契約の当事者は給付義務と共に保護義務を負担する。そして給付義務は契約に基づくものであるから,契約が解除または取消によって廃棄せられたときには,その存在の根拠を失って消滅するけれども,保護義務は契約内容とは何ら関係がないから,契約とは独立して存続する」。そして,「契約の商議の開始によって信頼関係としての債務関係が成立すると解するときは,契約締結上の過失の責任は,かかる債務関係から生ずる保護義務の違反に対する責任となる。そして保護義務は契約上の給付義務とは関係がないから,契約が有効に成立したと否とに拘らず,その違反によって損害を加えた者はその賠償の責に任じなければならない」と述べている。
47) xxxxx『契約責任の研究―構造論―』(有斐閣,1963 年)231 頁以下,339 頁以下。xxはさらに①~③ごとに責任の効果が異なることをも主張するが,本稿の趣旨から逸れるので省略する。この他,近時における契約締結上の過失責任をめぐるドイツでの議論については,xxxx「ドイツ債務法の現代化と『契約締結上の過失』(culpa in contrahendo)」xxxx=xxxx=xxxx=xxxx『ヨーロッパ私法の動向と課題』(日本評論社,2003 年)211 頁以下,xxxx『契約関係の変容と契約法理 契約責任の拡張現象に関する研究覚書①』(開成出版,2000 年)97 頁以下,同『契約規範と契約の動機』(成文堂,2011 年)120 頁以下等を参
契約的な保護が要請される契約債権関係が存在する場合があることを確認する。そして,伝統的な契約責任である基本的契約責任とは別に,付随義務違反・注 意義務違反に関する補充的契約責任があることを主張する。ここでいう付随x xは,「契約準備行為の開始によって発生する債権関係に基づいて,主観的には 相手方の意思決定に重要な事実,客観的には目的とする行為と内部的関連をも つ事実の開示を内容」とする義務であり,注意義務違反は,「契約準備行為中の 当事者に契約的保護を与えることで,契約の場の確保・保全」をするものであ る48)。そして,付随義務に違反した場合には,損害賠償や契約の解除が認められ49),注意義務に違反した場合には,不法行為責任の契約責任化として契約的保護が 与えられると主張した50)。
xxの見解は,契約締結前段階にも契約責任が妥当することを体系的に整理したものである。この見解はわが国の民法学に広く受け入れられ,後続の研究はxxの見解を前提に,付随義務を類型化するもの51)や,契約締結上の過失責任によって消費者保護の要請に応えようとするもの52),契約締結交渉によって接触関係に入った当事者に説明義務その他の義務を負わせ,その表示への信頼に契約類似的保護を与えるもの53)等へと発展していった。これらの見解は,一般に,
照されたい。
48) xxxxx「契約締結上の過失」契約法大系刊行委員会『契約法大系Ⅰ(契約総論)』(有斐閣,1962 年)232-233 頁。
49) xxの見解が支持を広げた理由として,xx・前掲注 35)61 頁は,契約締結上の過失責任の効果として契約解除が認められる可能性について論じたことにあると述べている。
50) xx・前掲注 47)350-361 頁,xx・前掲注 48)233 頁。
51) xxxx「契約締結上の過失責任法理と附随義務」明治学院大学法学部二十周年論文集『法と政治の現代的課題』(第一法規,1987 年)63 頁以下。
52) xxxx「『契約締結上の過失』理論について」xxx=xxx=xxx監修『現代契約法大系 第 1 x xx契約の法理(1)』(有斐閣,1983 年)193 頁以下,同『契約規範の成立と範囲』(一粒社,1999 年)53 頁以下。xxの見解は論稿によって若干異なる内容を述べているように思われるが,xxよりも細かく類型化をしつつも,それら全てを契約責任によって規律するところに特徴がある。特に,本件のような契約締結前の説明義務違反については,契約締結上の過失責任が,締結された不当な契約を矯正する役割を担っていることを強調し,積極的に契約責任によって規律することを主張している。
53) xxxx『表示責任と契約法理』(日本評論社,1994 年)205 頁以下[初出はxxxx「性質保証・契約締結上の過失責任と表示」神院 18 巻 3・4 号 1 頁(1987 年),同「表示についての私法上の責任―契約締結上の過失責任を中心に(1)(2・完)」民商 89 巻 5 号 660 頁,同 6号 822 頁(1984 年)],同「契約締結上の過失責任」xxxxx先生還暦記念『契約責任の現代的諸相(上巻)』(東京布井出版,1996 年)131 頁以下。xxの見解はxxとは全く異なるアプローチながら,結論的には契約責任を構成するとして,近江・前掲注 42)32 頁が契約責任説に分類しており,本稿もこれに従う。
契約締結上の過失責任の法的性質を契約責任とするものだということができるだろう。本件のような契約締結前の説明義務違反から発生する責任の法的性質は,これらの見解によれば,契約責任を構成するということになる(不法行為責任を構成することはむしろ否定されるだろう)。
(ⅲ)xxxxxの見解(不法行為責任説)
前目のようないわゆる契約責任説に反対して,そもそも契約締結上の過失責任という概念そのものへ疑問を投げかけたのがxxxxxである。xxは契約締結上の過失責任(culpa in contrahendo)について,「この理論は,その生誕の地ドイツにおける不法行為制度の硬直性を緩和するために,案出された側面をもつ。わが国における不法行為制度は極めて柔軟な構造を有し,極言するならば,すべてを利益衡量のるつぼへ投げ込み,これを通じて妥当な帰結をもたらすことを可能ならしめる。…そうだとすれば,制定法の定めるところでない culpa in contrahendo 理論に拠ることこそ,邪道と観ぜられたとしても,これを不当とすることはできまい」と述べて,大変厳しく批判をしている。そして,「そのような類型をも民法 709 条のもとに包摂することこそ,わが民法の解釈・適用にとっては,xxのように思われる―契約ないしその準備段階が存在するときは,可能なかぎり契約法理によるべし,とするのが,近時の有力な一傾向だとしても―」54)と述べて,不法行為によって解決すべきであることを主張する。xxがいう「ドイツにおける不法行為制度の硬直性」については特に説明がないのでここからはその内容は不明である。ただし,ここでのxxの不法行為責任説55)
54) xxxxx「xxx上の義務違反による契約不成立と不法行為責任」民商 89 巻 2 号 287 頁
(1983 年)。これは最三判昭和 58 年 4 月 19 日集民 138 号 611 頁の評釈であり,全体で 5 頁に満たない論稿である。この判決そのものは,土地売買契約において契約直前になって売却予定者が契約締結を拒絶した事案について,当事者の主張に沿って不法行為による損害賠償請求を認容したものである。
55) 契約締結上の過失責任を不法行為責任と構成する見解は,xxが初めて提唱したものではない。例えば鳩山・前掲注 42)71-73 頁は,「契約締結の際その内容たる給付の客観的に不能なることを知り又はこれを知らざるについて過失ある当事者は善意無過失なる相手方に対してこ れによりて被りたる損害を賠償する義務を負うや否や。これイェリングが契約締結上の過失
(culpa in contrahendo)なる名称の下にこれを研究し契約上の注意義務は既に契約関係の存する場合のみならずまさに契約を締結せんとするに際してもまた存在するといえる理論によりて
賠償義務を認めてより多く学者の論議する所にして,ドイツ民法はxxをもってこれを認めた」が,「我が民法はこの点について規定を設けざるがゆえに解釈上疑問たるを免れず。余は従来
契約締結上の過失が債務不履行ともならず,また不法行為ともならざることを理由とし,この過失に基づく損害賠償義務を認めざりしも,今はこれを改め賠償義務を認むる学説を採らんとす。けだし契約締結の際において締結後におけると同一なる注意義務を認むるは社会の受容に
というべき見解は,その後の学説に大きく影響を与えることになる。
しかし,xxによる不法行為責任説がありながらも,学説は 1990 年代まで契約責任説に支持が集まっていたといえるだろう56)。
(3)現在における契約締結上の過失責任と契約締結前の説明義務違反 (ⅰ)「契約締結上の過失」責任の特殊ドイツ性の指摘
では,契約責任の拡大が志向された時代を経て,現在における契約締結上の過失責任と契約締結前の説明義務違反をめぐる学説の状況はどのようなものとなっているのであろうか。
これについては,まずそもそも,契約締結上の過失責任という概念そのものをドイツ民法学57)から持ちこむことに対する疑問が投げかけられてきていると
適するものにして又債権法を支配すべきxxの原則に適するものなるがゆえなり」と述べ,「法規適用の論としては契約締結の自由に対する不当なる干渉とし 710 条を適用するのほかなかるべし」として,xxとは異なり,710 条によることを主張している。ただし,同『債権法におけるxxxxの原則』(有斐閣,1955 年)313 頁では,不法行為責任によるのは契約が有効に締結されなかった場合であり,契約が有効に締結された場合には契約法によって解決すべきであるとしている点は注意を要する。また,xxxxx「双務契約と履行不能(二)」法協 34 巻
4 号 625-629 頁(1916 年)も,契約締結の自由を不当に侵害した場合には 710 条・709 条によって損害賠償が認められると述べている。その他,xxxx『債権法各論』(法律文化社,1959年)50 頁以下は,「契約を締結するに当って,特に注意し,無効な契約により相手方に不慮の損失を与えないようにすることは,すべての人に要求されているxxx上の注意義務であるといわねばならない。この注意義務に違反し,過失によって契約を締結して,相手方に違法に損害を与えた者は,一種の不法行為責任を負うものとして,その損害を賠償しなければならないのである」と述べている。
ただし,xxの見解は,契約責任説が支配的になっていった時期に現れ,しかも,契約締結上の過失責任がドイツにおける不法行為法の硬直性を緩和するために発展したものであるこ とを指摘する点で,他の不法行為責任説よりも重要な指摘を含むものであると評価できるだろう。
56) この他,契約締結上の過失責任は,契約責任と不法行為責任にまたがる中間的な特殊な責任であるとするxxx「契約締結上の過失論序説―契約責任との関係―」駒沢大学法学部研究紀要 24 号 85 頁以下(1966 年)やxxx「『契約締結上の過失』に関する一考察(3・完)」民研 290 号 3 頁以下(1981 年)のような見解も存在する。
57) ドイツでは,2001 年の債務法現代化法が契約締結上の過失についてxx規定を置くこととした。内容の詳細については,xx・前掲注 47)211 頁以下を参照されたい。
BGB241 条 2 項
債務関係はその内容全体にそくして当事者それぞれに対して相手方の権利,法益および利益を顧慮することを義務づけうる。
BGB311 条 2 項(法律行為上の債務関係ならびに法律行為に類似した債務関係)
241 条 2 項に基づく義務を内容とする債務関係はつぎのことによっても発生しうる。
1. 契約交渉の開始。
2. 一方当事者が,ありうる法律行為上の関係を顧慮してその者の権利,法益および利益に影響を及ぼす可能性を相手方に与え,またはこれを委ねる契約締結準備行為あるいはこれと類
いえるだろう58)。それは,xxxxxによる「ドイツにおける不法行為制度の硬直性」を具体的に検討するところが出発点である。この点についてはさまざまな論者によって指摘されているところであるが,一連の関西興銀事件訴訟で鑑定意見を提出したxxxxがこの問題点を簡潔に整理している59)。
すなわち,ドイツにおいて,xxが判例法を整理して明らかにしたような,契約締結上の過失責任の妥当範囲を拡大することで契約責任を拡張することが目指された理由は,大きく分けて 3 つある。第 1 に,不法行為構成をとった場合における補助者責任の狭隘さである。ドイツでは,わが国と違い使用者責任に関する免責立証が空文化していない60)のに加え,使用者責任構成では,独立的補助者の行為について使用者の責任を追及できないからである。第 2 に,ドイツ民法は,わが国のような一般的不法行為責任構成要件を置いていないことである。絶対権侵害の不法行為,保護法規違反の不法行為,故意の良俗違反を理由とする不法行為という 3 つの個別構成要件61)を設けているにとどまる。それゆ
似する取引上の接触。
58) xxxx『消費者保護と私法理論―商品先物取引とフランチャイズ契約を素材として―』
(信山社,2006 年)207-209 頁の整理が概略をつかむのに有用である。同・前掲注 35)61 頁も参照。
59) 以下の整理は,xxxx『不法行為法Ⅰ[第 2 版]』(信山社,2009 年)159-160 頁(以下「xx・前掲注 59〕不法行為法」で引用),同『債権総論Ⅰ―債権関係・契約規範・履行障害―
[第 2 版]』(信山社,2007 年)527 頁以下,特に 533 頁以下(以下「xx・前掲注 59〕債権総論」で引用)による。
60) ドイツにおける使用者責任とその免責については,X.ドイチュ/X.-X.xxxxx(xxxxx訳)『ドイツ不法行為法』(日本評論社,2008 年)192 頁以下,実際の条文訳については 338 頁に紹介がある(以下「xx訳・前掲注 60〕」で引用)。ドイツにおける使用者責任の問題点と不法行為責任の枠組みの中でそれを克服しようとする試みについては,xxxx「ドイツ法における使用者責任規範と法人の不法行為責任論」早稲田法学会誌 59 巻 2 号 595 頁(2009 年),同
「ドイツ民事責任法における組織編成上の過失概念の実像(1)(2・完)」早稲田法学会誌 60
巻 1 号 523 頁(2009 年),同 2 号 257 頁(2010 年)を参照。
BGB831 条(使用者責任)
(1) ある事業のために他人を使用する者は,その他人が事業の執行につき第三者に対して違法に加えた損害を賠償する義務を負う。使用者が被用者の選任に際し,かつ,使用者が設備若しくは器具を供給し,又は事業の執行を指揮しなければならない限り,供給若しくは指揮に際し,取引に必要な注意をしたとき,又は,この注意をしても損害が発生したであろうときは,賠償義務は生じない。
(2) 契約により使用者のために前項第 2 文が定める業務の管理を引き受けた者も,前項と同一の責任を負う。
61) xx訳・前掲注 60)336-337 頁。同 52 頁以下も参照。
BGB823 条(損害賠償義務)
(1) 故意又は過失により他人の生命,身体,健康,自由,所有権又はその他の権利を違法
え,これら 3 類型に該当しない場合の損害を被った者を保護するためには,契
約責任として処理する実益がある。第 3 に,不法行為責任構成と比べて,契約責任構成をとった方が,故意・過失に関する立証責任の点で被害者に有利な点である。これら 3 つがドイツにおける契約責任を拡張する理由となった,不法行為制度の硬直性である。ちなみに,本件で問題となった消滅時効期間については,2001 年債務法現代化によって,責任の性質が不法行為か債務不履行かで区別されず,通常の時効期間が 3 年に統一された62)ことをもって,この点については契約責任を拡大する実益が失われた。
以上のような理由の下,契約責任の拡大とその役割を担った「契約締結上の過失」責任であるが,それはドイツにおける問題であって,日本にも妥当する問題ではないことがxxで承認されてきている。すなわち,まず,わが国の民法は 709 条が一般的不法行為責任構成要件を定めており,ドイツとはそもそも
条文規定の構造から異なるため63),第 2 の理由は日本には当てはまらない。また,
第 3 の理由である故意・過失の立証責任についてであるが,不法行為責任よりも契約責任の方が被害者に有利とは一概にはいえない点を判例64)が明らかにし,学説上もそのような理解が広がってきている65)といえ,この理由も日本には当てはまらなくなってきている。第 1 の補助者責任の狭隘さについては日本にも当てはまる部分がある66)が,その場合についてのみ契約責任構成を用いれば済む問題であり,わが国にわざわざドイツにおける様々な問題を解決するために発展した特殊ドイツ的「契約締結上の過失」責任という概念を持ち込まなければな
に侵害した者は,その他人に対し,これによって生じた損害を賠償する義務を負う。
(2) 他人の保護を目的とする法律に違反した者も,前項と同様である。法律の内容によれば有責性がなくても違反を生じる場合には,賠償義務は,有責性があるときに限り生じる。 BGB826 条(良俗違反の故意による加害)
善良の風俗に反する方法で他人に対し故意に損害を加えた者は,その他人に対し損害を賠償する義務を負う。
62) xx訳・前掲注 60)329-330 頁。同 315-316 頁も参照。
BGB195 条(消滅時効期間の原則)普通の消滅時効期間は 3 年とする。
63) xx・前掲注 6)22 頁は,不法行為の成立要件が権利侵害だけでなく「法律上保護される利益」にまで拡大されたことで,より一層,ドイツとは異なる条文規定になったことを指摘している。
64) 最二判昭和 56 年 2 月 16 日民集 35 巻 1 号 56 頁。
65) フランス法における結果債務と手段債務を区別する立場からの指摘である。xx・前掲注
43)214 頁が概要を理解するのに便宜である。
66) xx・前掲注 59)債権総論 283 頁以下。
らない意義は無いと指摘されている。その上で,本件で問題となった消滅時効については,「契約責任と不法行為責任との違いとして請求権競合論であげられるところの消滅時効期間の違いに関しては,時効期間の短さを回避するために契約責任構成に逃避するという処理は,ドイツですらおこなわれていない(かえって,2001 年の債務法改正で,3 年に統一したほどである)。そして,わが国の多数の裁判例,この分野における通説ならびに立法実務もまた,この場合を,不法行為責任として処理してきている」67)と指摘する。
xxxxxのいう「ドイツにおける不法行為制度の硬直性」の具体的内容をxx自身がどのように考えていたのかは定かではないが,ここで整理した内容と同旨であったといえるだろう。
(ⅱ)現在の学説状況
「契約締結上の過失」責任が特殊ドイツ的な概念であり,わが国にこれを持ち込む意義はないという指摘を受けて,xxらに反対する見解が現れるようになった。
まず,「契約締結上の過失」責任概念の不要性を説くものとして,xxxの見解68)がある。xxは,契約締結上の過失責任を 1 つの規範として把握すべきではなく,「契約締結の際に生じる諸々の責任問題」を種々の規範(xxx規定,契約責任規定,不法行為法規定)により解決するべきであると主張している。そして,「契約締結上の過失」という言葉に規範的な意味を与えず(規範化すると,特定の要件・効果が定められていることを意味してしまう)に,「契約締結の際に生じる諸々の責任問題」の「見出し」程度に用いればよい,いわば契約締結上の過失責任とは,あえて言うならば,種々の責任規範によって解決されるべき責任問題を包み込む風呂敷のようなものだと主張している69)。
67) xx・前掲注 59)不法行為法 161 頁。ここでのxxの文章表現は,本件で Y から提出されたxx鑑定意見と同じものである。鑑定意見そのものは明らかではないが,概ね,ここで紹介した内容と同旨であろう。
68) xxx『新・契約の成立と責任』(成文堂,2004 年)108 頁以下。
69) xxx「契約締結上の過失」xxxx=xxxx=xxxx先生還暦記念『現代民法学の基本問題[中]』(第一法規,1983 年)183 頁以下,特に 214 頁以下,同・前掲注 68)109 頁以下も参照。同『債権総論―判例を通じて学ぶ―[第 2 版]』(成文堂,2010 年)125-128 頁によれば,xxの見解によった場合,本件のような契約締結前の説明義務違反について具体的にどのような解決がなされるのかについては,事案ごとの詳細な事実認定によるようである。xxxx「我が国における契約締結上の過失責任をめぐる諸問題に関する一考察」東洋大学大学院紀要 46 集 8 頁(2009 年)はxxの見解を,前掲注 56)のxxやxxの見解と同様に,契約締
次に,xxxxxの見解と同様に,「契約締結上の過失」責任という特殊ドイツ的な捉え方をやめ,不法行為法による柔軟な運用によるべきことを主張するのがxxxxx見解70)である。xxは,わが国の一般的不法行為責任の規定がフランス法に由来するものであることを前提に,フランスにおける契約締結上の過失責任についての議論を参照71)して,契約締結前の給付義務とは関係のない場合については不法行為責任によるべき72)ことを主張する。xxの見解によれば,
結上の過失責任を契約責任と不法行為責任の両者の中間的な立場に属するものと評価してい るが,それは誤りであろう。xxやxxが「契約締結上の過失」責任の法的性質を論じていたのに対して,xxはその概念そのものの不要性を説き,その結果として,種々の問題をさまざまな規範によって解決することを主張しているのであるから,全く異なる見解と評価すべきである。
70) xx・前掲注 6)22 頁の他,xxxx「いわゆる『契約締結上の過失』責任について」法論
61 巻 6 号 61 頁以下(1989 年)を参照。
71) xxxx「フランスにおける『契約締結上の過失』理論素描―わが国の議論へのプロローグ―」法論 61 巻 4・5 号 663 頁以下(1989 年)。また,xxはこの研究の前提として,同「完全性利益の侵害と契約責任論」私法 50 号 94 頁以下(1988 年),同「契約責任の本質と限界―契約責任の拡大に対する批判的考察(序説)―」法論 58 巻 4・5 号 575 頁(1986 年),同「完全性利益の侵害と契約責任論―請求権競合論及び不完全履行論をめぐって―」法論 60 巻 1号 43 頁以下(1987 年),同「利益保障の二つの体系と契約責任論―契約責任の純正化及び責任競合否定論―」法論 60 巻 2・3 号 519 頁以下(1987 年),同「19 世紀後半におけるフランス契約責任論の胎動―完全性利益の侵害と契約責任論―」法論 60 巻 4・5 号 615 頁以下(1988年),同「20 世紀におけるフランス契約責任論の展開―完全性利益の侵害と契約責任論―」法論 60 巻 6 号 45 頁以下(1988 年)といった,契約責任と不法行為責任の関係に関する一連の研究をしている。研究全体の基本的な態度としては,契約責任は契約とそこから発生する債務
=給付義務が存在する場合に限定され,それ以外の場合については,契約当事者間においてであろうと不法行為責任のみの成立を認めるというものである。
72) ただし,xx自身はその見解が,評者不明・前掲注 4)32 頁のように「不法行為責任説」と分類されることをよしとしていないことには注意を要する。xxxx「契約責任と不法行為責任の競合論について―保管型契約に関する商事特別規定をめぐって―」法論 68 巻 3・4・5号 296-298 頁(1996 年)では,「ネーミングが失敗」としている。その中でxxは,「①契約責任を“契約の履行”と呼べるような財貨交換法に位置づけることが可能なものに限定し,②それ以外の損害賠償責任を“不法行為責任”に統一した(筆者注:前掲注 71〕における一連の研究での主張を指す)。しかし,xxxxxが失敗したため,不必要に誤解されてしまったようである。そこで,呼称を変えて,①の契約上の財貨交換レベルでの義務については,損害賠償責任とは本質的に異なることを示すため,『法により契約に接ぎ木された代償による(ないし代替的)給付義務』とでも称し,②については単に『損害賠償責任』と称することにする」としている(ただしこのネーミング変更が受け入れられたとはいえない)。xxは前掲注 71)にあげた研究の後も,同「契約責任の要件としての契約の存在―フランス法における契約責任と不法行為責任の接点(その 1)―」法論 67 巻 2・3 号 275 頁以下(1995 年),同「契約責任と第三者―フランス法における契約責任と不法行為責任の接点(その 2)―」法論 67 巻 4・ 5・6 号 367 頁以下(1995 年),同「契約と損害賠償責任(1・未完)―『債権の効力』及び同一性理論を中心に―」法論 69 巻 2 号 31 頁以下(1996 年),同「契約解除と損害賠償義務(1)
-(3・完)―売買契約をめぐる各論的考察をかねて―」法論 69 巻 3・4・5 号 195 頁以下,
本件のような契約締結前の説明義務違反は,不法行為責任によって解決すべき問題であるということになる(709 条によることになるだろう)。
そして,一連の関西興銀事件訴訟で鑑定意見を提出したxxxxは,これまで議論されてきた契約締結上の過失責任を「虚構の『契約締結上の過失』理論」と厳しく批判する。すなわち,xxxxxやxxxxらによる契約締結上の過失責任の内部での類型化による考察について,類型決定因子とそれを規定する思想的基盤を示さないまま場合分けをするだけでは,契約準備交渉過程での行為という点のみを捉えて,その内実は全く性質の異なる事例群を「契約締結上の過失」という包括的な中間概念によって把握することになり,有害ですらあると主張する73)。そして,類型化は批判するものの,「契約締結上の過失」責任が問題となる場合にはいくつかの異なったタイプのものがあるというのがわが国における「契約締結上の過失」責任論者らの共通理解であるとして,「契約準備交渉過程での交渉当事者の行為態様を規制する目的・必要性ごとに場面を画して議論を深めるのが有益である」74)と述べている。本件のような契約締結前の説明義務違反については,不法行為責任によって損害賠償を認めることで解決すべきことを主張している75)。
xxは同時に,説明義務の内容を「自己決定・自己責任原則レベルで捉えられる自己決定基盤整備に向けられた情報提供義務」76)と「両当事者間に形成された『信認関係に基づく積極的支援義務』(助言義務)」という内容を含むものであ
同 6 号 27 頁,70 巻 1 号 125 頁以下(1997 年)といった研究の中で自説を主張しているが,近時ではxxxxx・xxx(xxxxx)「『契約責任』,誤った観念の歴史」法論 74 巻 2・3号 320-321 頁(2001 年)において,「これまで完全性利益の侵害を一切不法行為責任に排斥してしまった点で学説の提案としては失敗であったとその後は後悔しており,今は,xxx教授のように,寄託などにおける損害賠償も履行レベルの問題として契約法の問題に取りこんでいるのを受け入れたいと思っている」と述べ,自説を修正することを表明している(ただし,拡大しすぎた契約責任を本来の姿に戻そうという主張はxxxよりも 10 年以上前にxxが主張していたことは注目すべきであろう)。
73) xx=xxx[xxxx]・前掲注 45)159 頁,xx・前掲注 59)債権総論 538-539 頁。
74) xx・前掲注 59)債権総論 539 頁。
75) 加えて,詐欺・錯誤・公序良俗違反等の法理による可能性については,xx・前掲注 71) 61 頁以下の他,xxxx「『合意の瑕疵』の構造とその拡張理論(1)-(3・完)」NBL482 号 22 頁以下,同 483 号 56 頁以下,同 484 号 56 頁以下(1991 年),xxxx「詐欺・錯誤理論は,どのような活用可能性があるか」xxx編『講座・現代契約と現代債権の展望 第 4 巻 代理・約款・契約の基礎的課題』(日本評論社,1994 年)99 頁以下を参照。
76) 説明義務違反が自己決定権侵害であるという視点については,xxxx「取引的不法行為における自己決定権侵害」ジュリ 1086 号 86 頁(1996 年)もあわせて参照。
るとする77)。そして,契約締結前の説明義務違反に対するサンクションについて,
「契約の有効・無効への判断を経ることなく,あるいは積極的に契約を有効としつつ,他方で,不法行為に基づく損害賠償として,被害者が支出した金額に相当する額の回復を命じる」というわが国の裁判例の態度78)に対して,望ましくはないが,「過渡期的な方法」と評価し,現時点では不法行為責任によって損害賠償を認めるとしている。契約締結前の説明義務そのものの理解を深化させようとする試みであり注目すべきである。
契約締結前の説明義務の中にもさらにいくつかの類型があるという理解につ いては,xxxxがフランス法における議論(xxxxx・xxxxの見解)をx xしつつ,説明義務・情報提供義務が問題となる場面について,①表意者がそ の目的に適合しない契約,いいかえれば,適切な情報を得ていたならば締結し なかったであろう契約を締結する場合と,②適切な情報を得ていても「当該契 約」を締結していたであろうが,不十分または不実の情報提供によって,その 契約から期待された効果を得ることができなかった場合があることを指摘する。そして,①の場合は情報提供義務が契約の成立に向けられているのに対し(「契 約の締結に向けられた情報提供義務」),②の場合は契約の履行に向けられている(「契 約の履行に向けられた情報提供義務」)という違いがあるとして,①の場合には錯誤
77) xx・前掲注 59)債権総論 577-579 頁。説明義務と情報提供義務は厳密にはその内容を異にするものであるが,わが国においては両者の区別をすることにさほどの実益がないことを指摘するものに,xx・前掲注 35)66 頁,同・前掲注 58)90-91 頁。説明義務・情報提供義務の内容とそれに違反した際に責任を発生させる根拠については,本件が特に問題にせずに責任発生は認めているので,本稿では省略する(xx・前掲注 58〕187-229 頁が概略を把握するのに便宜である)。
78) 契約の効力を維持しつつ,契約に基づく給付・反対給付の利益保持状態を損害賠償という金銭給付によって覆すというのは,法律行為・意思表示法と損害賠償法との制度間での評価矛盾をもたらしているのではないかという指摘は,契約締結前の説明義務違反をめぐる問題の中でも重要な位置を占めている。xxは「強いて言うならば,原状回復的損害賠償という方法を支持するのなら,①原状回復的損害賠償では,契約締結への自己決定権の保護を目的(規範の保護目的)とした情報提供義務・助言義務に対する違反があったときに,金銭による原状回復という方法を用いて契約の効力を(部分的に)否定していること,その意味で,②原状回復的損害賠償は,損害賠償制度に仮託した合意の瑕疵の救済法理として法律行為・意思表示法の中に取り込まれるべきものであることを認めるほかない」としている(xx・前掲注 59〕債権総論 580 頁)。この評価矛盾に対する見解については,xxxxx「取引的不法行為―評価矛盾との批判のある一つの局面に限定して」ジュリ 1090 号 137 頁以下(1996 年),xxxx「説明義務違反と法解釈方法論―詐欺規定と評価矛盾するか?―」神院 27 巻 1・2 号 1 頁以下(1997年),xxxx『不法行為法』(有斐閣,2007 年)270-273 頁も参照。本判決との関係で言及するものとしては,xxxxxx「本件判批」愛大 190 号 89 頁以下(2011 年)がある。
や詐欺による契約の解消,それができないときに認められる損害賠償は不法行為に基づくものであるのに対し,②の場合は債務不履行に基づく損害賠償が認められるとしている79)。xxの見解によれば,本件の説明義務違反は①の場合に該当し,そこで認められる損害賠償の法的性質は,不法行為責任となると考えられる。
契約責任の拡大傾向から,「契約締結上の過失」責任概念の不要性を説くxxの見解に始まり,それまでのような「契約締結上の過失」という捉え方をせず,その内部にはさまざまな事例があることを承認するxxやxxの見解が登場してきている(契約責任説のxxもさまざまな事例が存在することを承認はしていたが,それは契約責任によって処理をする際の効果にしか差違をもたらさないと考えていた)。不法行為責任が妥当する場面があると主張する見解80)が有力に主張されるようになったのである。
しかし,通説的立場が契約責任説から不法行為責任説へと変わったとまで評価できるかについては疑問である。例えばxxxxは,不法行為責任構成と債務不履行責任構成(xxは契約責任と呼んでいない)を比較して,過失判断における義務内容や,補助者責任,履行利益賠償の可能性,立証責任等の点で,なお債務不履行責任構成には利点があると評価をしている81)。また,xxxxは,以前
79) xxxx「契約締結過程における情報提供義務」ジュリ 1094 号 128 頁以下(1996 年),特に 130 頁。同「消費者契約法における情報提供モデル」民商 123 巻 4・5 号 551 頁以下(2001年)も参照。この見解に対してはxx・前掲注 59)不法行為法 159 頁が肯定的に評価している。
80) この他,従来の裁判例は「金融機関の説明や情報提供をめぐる事情を理由として不法行為にもとづく損害賠償責任」を認めていると理解し,不法行為責任構成によることを主張するxxxx「金融取引における説明義務」ジュリ 1154 号 22 頁,26 頁(1999 年),同「取引における不法行為―要件を中心にして」ジュリ 1097 号 98 頁以下(1996 年)もあわせて参照されたい。投資家に対する証券会社の説明義務違反を理由とする損害賠償責任を不法行為として性質決 定し,その前提の下で,「不法行為に基づく損害賠償」と「合意の瑕疵を理由とする契約の無効処理」との比較を行うxxxx「説明義務違反による不法行為と民法理論(上)(下・完)
―xxxx投資の勧誘を素材として」ジュリ 1087 号 118 頁以下,同 1088 号 91 頁以下(1996
年),同「『説明義務違反による損害賠償』に関するニ,三の覚書」自正 47 巻 10 号 36 頁以下
(1996 年),従来の契約締結上の過失責任の問題領域を,前提的保証合意論と先行行為に基づく不法行為責任に解消(本件のような契約締結前の説明義務違反は後者になり,不法行為責任を構成するのみ)したxxxx『新民法大系Ⅰ 民法総則[第 2 版]』(有斐閣,2005 年)212-214頁,同『新民法大系Ⅳ 契約法』(有斐閣,2007 年)103-110 頁,特に 108-109 頁などが,契約締結前の説明義務違反を不法行為責任により処理するという立場を採ったものといえるだろ う。
81) xxxx「商品先物取引と不法行為責任―債務不履行構成の再評価」ジュリ 1154 号 10 頁以下(1999 年)。
は契約締結上の過失責任が特殊ドイツ的なものであるという前述の指摘を受けて,日本民法ではこれに従う必要はなく,不法行為責任によるべきとの立場を採っていた82)。しかし,契約法の任務を権利義務の設計にあると理解して,その設計に向けた過程での「xxx上の義務(誠実交渉義務)違反責任」の性質は,これを契約上の債務不履行責任に類似した責任とするべきであるとして,主張を改めている83)。本件のような説明義務違反についても,その責任の法的性質を
「契約上の債務不履行に類似した責任」としている84)。xxは,最三判昭和 59
年 9 月 18 日集民 142 号 311 頁とそれが維持した原審の控訴審判決(東京高判昭和
58 年 11 月 17 日)が判示した,「契約の実現を目的とする準備行為当事者間にすでに生じている契約類似の信頼関係に基づくxxx上の責任」について積極的に評価している85)。さらに,xxxxは,「契約当事者が契約締結に向けての誠実な接触関係に入ったのであるから,xxxの支配する領域であることは疑うべくもない」と述べた上で,xxと同様に最三判昭和 59 年 9 月 18 日集民 142 号
311 頁が示した「契約類似の信頼関係に基づくxxx上の責任」を肯定的に評価し,契約責任によることを主張している86)。
学説状況は混沌としていると理解すべきであろう87)。そのような中,契約締結前の説明義務の内容を明らかにしようというxxやxxの試みも注目すべきものである。およそ一般的な「契約締結前の説明義務」を問題にするのではなく,その中にもさらにいくつかの類型があることを承認し,その内容や正当化根拠を明らかにするという態度は比較的最近始まったものである88)。今後の研究が必要な分野であり,これについての検討は他日を期したい。
(4)小括―本判決の射程との関連で―
ここまでの検討から現在の学説状況を整理すると,①「契約締結上の過失」
82) xxxx『債権総論[第 2 版]』(弘文堂,1994 年)54-55 頁。
83) xxxx『債権各論Ⅰ上―契約総論』(弘文堂,2008 年)128-130 頁。
84) xx・前掲注 83)134 頁。
85) xx・前掲注 83)130 頁。
86) 近江・前掲注 42)33-35 頁。
87) xx鑑定意見が「わが国の多数の裁判例,この分野における通説ならびに立法実務もまた,この場合を,不法行為責任として処理してきている」と表現しているが,ここでxxが想定している通説が何を指すのか疑問である(もちろん,そもそも何をもって通説とするのかという基準は一概には定められないが)。確かに不法行為責任説が有力となってきているのは事実であるが,通説とまでは評価しえないのが現在のわが国の学説状況であろう。
88) xxxx『民法講義Ⅳ-1 契約』(有斐閣,2005 年)52 頁以下,特に 54 頁も参照。
責任が特殊ドイツ的なものであり,そのまま受け入れることは不可能であることはどの学説も承認している89),②「契約締結上の過失」責任の中に全く性質の異なるさまざまな事例が含まれていることも,学説は承認している,③従来,「契約締結上の過失」責任の問題領域とされていたものを解体し,そこに含まれていた契約締結前段階の当事者間において一方当事者が何らかのxxx上の義務に違反したがために他方当事者に損害が発生した場合には,その損害を賠償することを請求できる(一部に評価矛盾との主張はある),④しかし,その法的性質については,不法行為責任説が有力化してきているものの,従来の通説的立場にあった契約責任説を支持するものもxxx存在し,混沌としている,⑤近時においては,責任の法的性質それ自体だけでなく,契約締結前の説明義務の内容を明らかにしようとする試みが始まっている。
本判決は,控訴審判決が用いた「契約締結上の過失」責任として問題を把握するという態度をとらなかった。「契約締結上の過失」という概念が不要であるとまで判断したとは思われないが,少なくとも,「契約締結前」の様々な問題を一律に処理するという態度には否定的であると評価できよう。そして,本件で問題となっている説明義務違反を,およそ一般的な説明義務違反からさらに場面を限定して「契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報」を提供しなかったこととした態度には,近時の学説における契約締結前の説明義務の内容を明らかにしようとする試みの影響がみてとれる90)。
89) ただし,近江・前掲注 42)34 頁は,「契約締結上の過失」責任が依然有用である場面が存在することを指摘して,その理解は沿革たるドイツ法における理解とは異なるものの,「わが国の法制度にとって有用であるか否かの観点から」検討されてよいことを指摘している。
本件控訴審判決・上告審判決は,xx鑑定意見に対してほとんど言及することがないが,それはxx鑑定意見が「契約締結上の過失」責任の特殊ドイツ性について指摘した上で,「消滅時効の短さを回避するために契約責任構成に逃避するという処理は,ドイツですら行われていない」と述べており,もっぱらドイツ法上の話をしていると評価したからではなかろうか。
90) xx・前掲注 16)52-53 頁は,xxxxによる説明義務が問題となる場面を 2 つに分ける見解,すなわち,①表意者がその目的に適合しない契約,いいかえれば,適切な情報を得ていたならば締結しなかったであろう契約を締結する場合は,情報提供義務が契約の成立に向けられているのに対し(「契約の締結に向けられた情報提供義務」),②適切な情報を得ていても「当該契約」を締結していたであろうが,不十分または不実の情報提供によって,その契約から期待された効果を得ることができなかった場合は,契約の履行に向けられている(「契約の履行に向けられた情報提供義務」)とする見解を最高裁が採用したと評価している。また,xx=xx・前掲注 3)38 頁も,契約交渉過程において提供される情報を,①その内容が契約の給付義務に影響を及ぼし,契約に受容されて合意内容となる場合と,②契約を締結するか否かに関わる判断に関わるものの,給付義務に影響を及ぼすものでない場合とが考えられるとし,本件説
本判決は,およそ一般的な説明義務からさらに限定して,「契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報」についての説明義務に違反した場合についてのみ判示をしたため,確かに射程は狭いものである。しかし,説明義務にも様々なものがあり,「契約締結前の説明義務」として把握するのではなく,より精緻な分析が必要であることを示した点には注目しなければならない。これは「契約締結前の説明義務」についてのさらなる研究を促すものであると評価でき,射程は狭いものの,本判決の影響は大きなものといえるだろう。第
Ⅲ章第3節(2)で千葉補足意見を取り上げて,「いかなる場合に契約締結前の説明義務が当該契約から要求される類型的なものにあたるのかについては残された問題である」と述べた。千葉補足意見が何をもって類型的とするかについては疑問が残るものの,これもまた契約締結前の説明義務についてより精緻な分析が必要であることを確認したものであり,現在の学説の流れに沿うものであると評価できる。
従来,「契約締結上の過失」責任として把握されていた問題領域をいくつかに分けた上で,契約締結前の説明義務違反という問題を取りだし,そこから,およそ一般的な説明義務違反からさらに細かく分けて,「契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報」を提供しなかったことが本件で問題となっている説明義務違反であるとしたのが本判決の態度である。「契約締結上の過失」責任の問題領域を分け,契約締結前の説明義務違反をさらに細かく分けるという態度から,結果として本判決の射程は極めて狭いものとなった。しかしながら,「分ける」ということは当然「分けられる」ことを前提とするものである。従来,契約締結前であるからという理由で一括りに把握されてきた領域には様々な問題が含まれていて,それがいくつかに「分けられる」ことを確認した本判決の意義は,学説の流れに沿うものであり,それは小さなものではない。
3 立法論の検討
xx補足意見は,「このような契約締結の準備段階の当事者のxxx上の義務を一つの法領域として扱い,その発生要件,内容等を明確にした上で,契約法理に準ずるような法規制を創設することはあり得るところであり,むしろその
明義務違反は②についてのものであるとしている。xxの見解と同旨のものであるといえるだろう。
方が当事者の予見可能性が高まる等の観点から好ましいという考えもあろうが,それはあくまでも立法政策の問題であって,現行法制を前提にした解釈論の域 を超えるものである」と立法論に言及している。そこで,現在進められている 法制審議会での民法(債権関係)改正の議論91)について一瞥したい。
法制審議会では,「契約を締結するに際して必要な情報は,各当事者が自ら収集するのが原則であると言われてきた。しかし…現代においては,当事者間に情報量・情報処理能力に格差がある場合も少なくないこと等を踏まえ,契約締結過程におけるxxx上の説明義務又は情報提供義務違反を理由とする損害賠償責任についての規律を設けるべきであるという考え方がある」として,説明義務違反の明文化が検討されている。
しかしその議論において,「契約締結のための意思決定の基盤の確保という観点から,当該契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項についての説明義務・情報提供義務と,それ以外の事項についての説明義務・情報提供義務を区別」するという考えがされていることには注意を要する。法制審議会は,契約締結前の説明義務違反を,①「契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項についての説明義務・情報提供義務」の違反と,②「契約を締結するかどうかの判断には直結しないが,契約締結に際して当然知っているべき情報」についての説明義務・情報提供義務の違反の 2 つに分け,①についてのみ明文化するか,②も含めて明文化するのか,それとも一切明文化しないのかという議論をしているのである。本件で争点となった説明義務違反から発生する責任の法的性質については,解釈にゆだねることが提案されている92)。
ここで注目すべきなのは,「当該契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項についての説明義務・情報提供義務」という表現であろう。本判決は問題となっている説明義務違反を「当該契約を締結するか否かに関する判断に影響
91) 法制審議会の考え方については,法制審議会民法(債権関係)部会第 9 回会議(平成 22 年 5 月 18 日開催)での部会資料 11-2 を参照(<xxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxxxx/000000000.xxx>〔2012年 3 月 25 日最終アクセス〕特に 15 頁以下)。
92) xx鑑定意見は,「わが国の多数の裁判例,この分野における通説ならびに立法実務もまた,この場合を,不法行為責任として処理してきている」と述べているが,第Ⅳ章第 2 節(4)で整理したように,不法行為責任として処理することは通説とまではいえない。また,法制審議会はあえて責任の性質を決定しないという態度をとっており,立法実務が不法行為責任として処理しているともいえない。xx鑑定意見が提出されてから法制審議会までには時間的な経過があるが,ミスリーディングな鑑定意見であると評価せざるをえない。
を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合」と述べており,文言上の符 合は偶然のものとは思えない93)。ただ,契約締結前の説明義務違反を上記のよう な①②に分けることについては,法制審議会の議論の中でも「契約を締結する か否かの判断に影響を及ぼす事項」という規律では,どの範囲で説明義務等が 課せられるのか曖昧で取引に支障が出ると指摘されているところであり94),また,その説明義務違反から発生する責任の法的性質についてはあえてxxでは定め ないという態度をとっている。
本判決は,契約締結前の説明義務違反の中にいくつかの類型があることを承認し,本件で問題となったのはその中でも「契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合」であると認定して,そこから発生する責任の法的性質を不法行為責任と判示したものである。文言上の符合から,本判決が現在の債権法改正における議論状況を強く意識したものであることは間違いないだろう。そして,責任の性質を不法行為責任と判示はしたものの,本件第 1 審判決・控訴審判決や【2】【3】【5】【6】判決のように,
「契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合」からさらに問題を広げることはしなかった。それは,法制審議会での議論においても説明義務の内容やその違反から発生する責任の法的性質について賛否両論あることを意識し,それに影響を与えないように最高裁が配慮したのではなかろうかと考える。ただし,本判決は契約締結前の説明義務違反から「契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報」を提
93) 法制審議会が前提としていると思われる民法(債権法)改正検討委員会による改正試案も,
「当該契約に関する事項であって,契約を締結するか否かに関し相手方の判断に影響を及ぼすべきもの」を説明義務の対象として明文化することを提案している。民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅱ―契約および債権一般(1)』(商事法務,2009 年) 43 頁を参照。
【3.1.1.10】(交渉当事者の情報提供義務・説明義務)
〈1〉 当事者は,契約の交渉に際して,当該契約に関する事項であって,契約を締結するか否かに関し相手方の判断に影響を及ぼすべきものにつき,契約の性質,各当事者の地位,当該
交渉における行動,交渉過程でなされた当事者間の取決めの存在およびその内容等に照らして,xxxxの原則に従って情報を提供し,説明をしなければならない。
〈2〉 〈1〉の義務に違反した者は,相手方がその契約を締結しなければ被らなかったであろう損害を賠償する責任を負う。
94) <xxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxxxx/000000000.xxx>(2012 年 3 月 25 日最終アクセス)の 30 頁以下を参照。民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理の補足説明。
<xxxx://xxx.xxx.xx.xx/xxxxxxx/000000000.xxx>(2012 年 3 月 25 日最終アクセス)の 184 頁以下もあわせて参照。
供しなかった場合を分けられることを前提にしている。「分けられる」ことを前提にしている態度は,前述の法制審議会における議論の中で,「契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項」という規律では,どの範囲で説明義務等が課せられるのか曖昧で取引に支障が出るという指摘に影響を与えるであろう。結果として,本判決は法制審議会で原案とされている「契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項」という規律へ支持を表明したものとも評価できる。この当否についてはなお議論が必要であろう。
以上より,契約締結前の説明義務違反については,本判決の射程や学説との関連で述べたように,問題となっている説明義務の内容についてなお議論が必要であることが確認されるのである95)。
Ⅴ おわりに
本件が契約締結前の説明義務違反から発生する責任の法的性質を論じたのは,不法行為による損害賠償請求権が成立していることはほぼ間違いない事件であ ったものの,消滅時効が完成している可能性が極めて高いという事情があり, 被害者保護のためにはより時効期間の長い債務不履行責任を採るしかなかった からであった。本件第 1 審判決・控訴審判決が本判決からみると無理な論理構 成を採ったのも,被害者保護のためであったのだと思われる。しかしながら, 本件の原告であるX らは,確かに Y による説明義務違反によって持分の払戻し を受けられなくなった被害者であるが,関西興銀を相手取った訴訟が数多く提
95) xx・前掲注 6)25 頁は,本判決をリステイトしてxx規定を置くならば,「①契約上また は法定の債務の不履行に債務不履行が成立するほかに,②xxxにより支配される特別の法律 関係上の付随義務の違反にも,性質が許す限り債務不履行規定が準用されるべきこと,③契約 締結前の義務については②の扱いはされないことを明文化するにとどめるべきであろう」と述 べている。しかし,本判決は契約締結前の説明義務違反の中でも,契約を締結するか否かに関 する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合について,そこから発生する 責任の法的性質を不法行為責任と判示したものである。したがって,xxが③として契約締結 前の義務については債務不履行規定は準用されないとした点については,本判決はより狭く,契約締結前の義務の中でも,契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相 手方に提供しなかった場合についてのみ,債務不履行規定は準用されないとするべきであろう。
ただしxxは,「契約法上の」義務ではなく,「契約上の」または「契約に基づく」義務という要件にしても,内容の曖昧さは残されるとしており,そもそも契約締結前の説明義務の捉え方について,本判決に疑問を投げかけていることには注意が必要である。
起されていることを知っていたのであり,それでも何らの措置を採らなかった者まで保護すべき必要性があるのかについては疑問である96)。
そもそも,契約締結前の説明義務違反が不法行為責任としての性質を有するものについては特に争いなく,従来の裁判例も認めているところである。それを,被害者救済のためとはいえ,契約責任も同時に構成すると主張することには疑問が残る97)。本件では,不法行為による損害賠償請求権が時効により消滅している可能性が高かったため,予備的に債務不履行責任を主張した事案である。しかし,たとえ不法行為による損害賠償請求権が時効にかからないことが明らかな事案であったとしても,「念のため」債務不履行責任を主張するというようなことは実務において往々にして行われている。クライアントのためなら認められそうな主張はとりあえず全部しておこうというのが弁護士としての仕事なのかもしれないが,そのような「念のため」・「とりあえず」という態度は,理論的に破綻していることも少なくない98)。
問題とされるべきは,本件説明義務違反を「契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合」として契約締結前の説明義務違反からさらに場面を限定した本判決の態度であって,被害者救済のために契約責任の妥当範囲を広げるべきであるという法律論から離れた価値判断ではない。
96) xx=xx・前掲注 3)39 頁は,破綻金融機関の早期かつ適正な処理の観点から,本件上告審判決は妥当であったと評価している。これに対して,xxxx「本件判批」消費者情報 422号 28 頁(2011 年)は,「出資被害者にとってみれば,損害賠償請求権の法的性質が債務不履行
(民法 415 条)なのか,不法行為(709 条)なのかは,形式的な問題であり,説明義務違反により被害を受けたことに変わりがありません。その法的性質如何により消滅時効かどうかが大きく変わってしまうということは納得しがたいでしょう」。「説明義務違反が現に存するにもかかわらず,形式的な法的性質論により被害者救済を遮断してしまうかに見える本判決は出資被害者に酷です」としている。
97) xx・前掲注 59)不法行為法 161 頁。
98) xxxxx「法律論の詰めの重要性」銀法 734 号 1 頁(2011 年)は,「出資契約締結の際の説明義務違反は,不法行為であり,かつ,契約上の付随義務違反として債務不履行でもあるという主張がされると,裁判所は,いずれも肯定する判断をしがちである。しかし,十分な説明なしに締結された契約は,説明義務違反によって生じた結果であるから,その説明義務を契約上の本来的債務または付随義務と位置付けるのは論理的でない」と指摘している。xx・前掲注 38)の指摘も同旨であろう。
校正段階において,①xxxx「判批(c 判決)」民商 145 巻 3 号 379 頁(2012年),②xxxxx「本件判批」現代民事判例研究会編『民事判例Ⅳ―2011 年後期』(日本評論社,2012 年)140 頁,③xxxx「本件判批」ジュリ 1440 号 74 頁(平成 23 年度重判,2012 年)に接した。とりわけ②③は本稿に大いに関係するので付言する。
②は,「本判決の射程は契約を締結するか否かに関する説明義務違反に基づく責任の性質に限られ,交渉破棄や安全配慮義務違反等の責任の性質について何ら述べるものではないと解される」としており,そのような姿勢は本稿と同様である。興味深いのは,「当事者のやりとりから,出資元本保証合意の成立が認められないかは,説明義務とは別の問題として,この種の事件では検討の余地がある」と指摘している点である。本件ではそのような事実は認められないが,同種の事件について判断する際に,考慮されなければならない点を指摘するものであろう。また,「本判決は契約概念について一定の態度決定を明示するものではない」と述べて,契約概念の緩和にかかわるいわゆる中間合意論については,その態度決定まではされていないと評価する。本稿では,本判決が契約締結前後という時系列的区分を前提にしており,契約締結時がxx的に定まらない場合や,当事者間に予備的合意が認められる場合などについては,本判決の射程の範囲内であるとはいえるだろうが,契約締結時の慎重な認定が要求されることになると指摘した。xx評釈と同じ態度と評価できるだろうか。
③は,本件が,「契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合」についての判断であり,契約締結前の説明義務違反全般をカバーするものではないこと,そしてそのように契約締結前の説明義務違反を分けることができるのかという点について疑問を呈する姿勢は,本稿と同様である。
しかし,②は,「当該契約から先駆的に生じる契約上の義務といった柔軟な発想によって対応する余地がある」として,契約上の債務の不履行と構成することを背理と一刀両断した理由づけの仕方には疑問が残るとしている。③は,そもそも「一種の背理」の理解は本稿とは異なるものだと思われる。これらについては紙幅の問題があるので,検討は他日を期したい。
【追記】
早稲田大学の法務・法学研究科双方の交流・切磋琢磨を図るという目的から,早稲田大学大学院法学研究科の大学院生である私が法務研究科の学生によって運営される LAW&PRACTICE へ投稿させていただきました。私が「法学研究科の大学院生」を代表できるかは甚だ疑問で,他の院生達には大変申し訳なく思っております。ただ,本稿が法学・法務両研究科のより活発な交流のきっかけとなれば幸いです。
本稿執筆にあたっては,xxxx先生(早稲田大学法学部教授)に本判決を取り上げることを薦めていただきました。xx先生は私の指導教授であり,日頃より公私にわたって大変にお世話になっています。この場を借りて御礼申し上げさせて下さい。また,本判決の評釈を書かれているxxxx先生(慶應義塾大学法務研究科教授)には本稿執筆にあたって様々なご指導をいただきました。6 年前,私が法学部 3 年生だった時にゼミに参加させていただいて以来,変わらぬご指導をいただいています。xx先生ご自身が書かれた評釈がある本判決を取り上げることに躊躇いを感じていますが,このような駄文でも感謝の気持ちを表せていれば幸いです。
また,LAW&PRACTICE への投稿を熱心に勧めてくれたxxxxxx(2012
年 3 月に法務研究科を卒業。本誌 5 号に掲載された玉稿99)をご覧いただきたい)と,忙しい
中本稿の校正を担当してくれた編集部のxxxxx(2012 年 4 月現在法務研究科 3年生)には記して感謝します。特にxxxには通常の編集作業の他,本稿掲載時には「論説」と付されることをいいことに,当初の原稿から大幅な改変をして通常の判例評釈から逸脱したものにしたい,という私のわがままを聞いてもらいました。本判決は学説の流れや立法論に目配りしたものであると私が理解したためですが,その意図を汲み取って掲載許可をいただけたことは大変ありがたいことでした。1 番の感謝をxxxにしたいと思います。
99) xxxxx=xxxx=xxxx=xxxxx「過失犯における因果経過の予見可能性―明石砂浜陥没事故を素材に―」早稲田ロー5 号 347 頁(2011 年)。xxxの論稿は 377 頁以下,手書きの図表も彼の手に成るものである。