Contract
第1章 ド イ ツ
第1節 総論
1.法源
(1) 労働契約法制と労働保護法制の関係
ドイツの労働法制では統一的な労働法典が存在せず,個別の法律によって労働関係が規制されている。労働法の諸法規は,集団的労働法及び個別的労働法に大別できる。後者の個別的労働法は規制の性質,目的に応じて「労働契約法(A rbeitsvertr ags r ech t )」及び「労働者保護法(A rbeit ne hm e r xxxx t zrecht )」に分類できる。「労働契約法」は契約両当事者の権利義務の内容を規制する諸法規の総体を意味し,そこに規定される権利実現のためには,労働関係の当事者が司法機関である労働裁判所(第 1 節総論,4 (2)参照)に訴訟を提起し実現を図らなければならない。この労働契約法に属する諸法規には,民法典,商法典,営業法上の関連規定をはじめ,賃金継続支払法,連邦年次休暇法,パートタイム労働・有期労働契約法,解雇制限法等の法律がある(第 1 節総論,2 参照)。「労働者保護法」は,主として労働者の安全,健康保護を目的として,主に使用者に対し,行政上の監督と罰則を伴う公法上の義務を課す諸法規の総体を意味する。労働保護法(A rbeitsschu tzgesetz ),労働時間法,閉店法,母性保護法,年少労働者保護法等の法律が属する。
(2) 労働条件設定の方法と当事者
労働条件を決定する規範には,国家法及び法規命令,労働協約,事業所協定,個別労働契約がある。それぞれの規範の間には効力についてヒエラルキーが存在し,法律上の規定及び労働裁判所の判例を通じてその優劣が明らかにされている。集団的労働法上の当事者には,労働組合と使用者団体又は個々の使用者,並びに,事業所委員会(事業所組織法に基づき設置される,事業所を単位とする従業員代表組織)と使用者があり,労働協約,事業所協定の締結により労働者の労働条件の決定に関与し得る。
ア.国家法
原則として,国家法により定められた基準よりも労働者にとって不利となる労働条件を,労働協約,事業所協定,個別労働契約により定めることはできない。つまり,国家法は労働条件の設定に関して片面的な強行性を有する。もっとも,労働協約によって国家法の基準から労働者の不利に逸脱することが,法律上の個別規定により認められる場合がある(「協約に開かれた強行法規」と呼ばれる。)。
協約に開かれた強行法規の例として,民法典 622 条 4 項(法定条件を下回る解約告知期間
を労働協約によって設定することを許容),労働時間法 7 条(労働協約及び労働協約に根拠
を持つ事業所協定によって法定労働時間よりも長い労働時間の設定を許容),連邦年次休暇法 13 条 1 項(法定条件を下回る年次休暇の条件を労働協約によって設定することを許容)などがある。
裁判所の判例によって形成された諸原則もまた国家法に含められる。労働法上の平等取扱原則などが,そうした国家法原則とみなされる。
イ.労働協約
労働組合と使用者は労働協約(Ta r ifver trag )を締結することができる。労働協約法 2 条 1項によると,労働組合と使用者団体もしくは個々の使用者が労働協約の当事者となり得ることが定められている。労働組合と使用者団体もしくは個々の使用者の交渉,労働協約の締結,内容については当事者自治に委ねられる。日本のような不当労働行為制度は存せず,使用者が団交義務を負うこともない。有効な労働協約を締結することができる,いわゆる協約能力について,法律上の具体的な定めはない。協約能力を備えるための要件は,労働裁判所の判例によって具体化されている(第 1 節,2 (4)ア参照)。
ウ.事業所協定
企業の事業所毎に, 労働者の選挙により選出された構成員による事業所委員会
(Bet r iebs ra t )は,使用者と事業所協定(Be triebsvereinba rung )を締結することができ,それによって種々の労働条件を規制することができる。事業所組織法により,事業所委員会に共同決定権が認められた事項については,使用者が一方的な措置を行ったとしても,かかる措置に法的効力は認められない。事業所委員会と使用者の共同決定を義務づけているにもかかわらず両者間で合意が成立しない場合には,同法により権限を与えられる仲裁委員会が裁定を行い,その裁定の内容が両当事者に対し拘束力を持つ。事業所協定は個々の労働関係を直律的・強行的に規律する効力を法律で認められているが,使用者と,労働者の代表たる事業所委員会の合意により成立する点で,日本の就業規則と性質を異にする。もっとも,事業所委員会の設置は労働者に法律で認められた権利であるが,設置を強制する法規は存在せず,事業所委員会の設置は,当該事業所の従業員の意思に委ねられている。事業所委員会が設置されていない事業所では,使用者は(事業所委員会が存すれば共同決定権に服すべき)事業所秩序や労働時間の始終期,一時的時間外労働等の事項についても労務指揮権を行使して決定することになる。事業所組織法の概要,事業所委員会の選出方法,事業所協定の効力等については,第 1 節総論,2 (4)イを参照。
エ.労働契約
個々の労働者と使用者が締結する労働契約は,労働関係の法的基礎となる。労働者と使用者は,個別の労働契約において,国家法及び法規命令,労働協約,事業所協定の枠内で,労働条件を決定することができる。前述のように,国家法の基準又は労働協約,事業所協定より有利な内容での労働契約上の個別合意には法的効力が認められる。労働協約の適用のない事業所,あるいは,事業所委員会による事業所協定が締結されていない事業所では,労働契
約における合意を根拠として労働条件が決定されることになる。
2.根拠法1
ドイツにおける労働法の根拠法規について,以下,(1)基本法,(2)労働契約法,(3)労働者保護法,(4)集団的労働法に大別して概観する。労働事件を管轄する労働裁判所の権限・組織・訴訟手続を定めた労働裁判所法については,第 1 節総論,4 (2)を参照。
(1) 基本法
1949 年 5 月 23 日の基本法(G run dgesetz. 日本の憲法に相当する。)に定められた基本権のうち,労働法と関連を有する内容を以下で概観する。
ア.契約自治の保障
基本法 12 条は職業の自由を保障する。同 12 条 1 項では, 職業及び職場,養成所
(Au sbildu ngss tätte )選択の自由が保障される2。ここから使用者の企業活動の自由,及び労働者が職業・職場を選択する自由が導かれる。労働契約の当事者は,職業の自由の一部分として基本法により保障された契約自由の原則の下で,個別労働契約による労働関係を形成する。
職業自由の一部分としての労働契約の自由は,基本法 12 条 1 項 2 文による法律の留保に服する。各種の労働法規が労働関係における最低条件を定めることは,労働者の生命,健康,人格,職業選択の自由,人間たる生活の保障等の法益を保護するという目的から,正当化される。
イ.協約自治の保障
労働・経済条件を維持・改善するための団体結成が保障される(基本法 9 条 3 項)3。ここから,国家は「協約制度全体の核心的領域」を労働組合と使用者の自治に委ねること,すなわち,協約自治原則を尊重すべきことが導かれる。
ウ.団結自由の直接的第三者効
基本法 9 条 3 項 2 文では,労働・経済条件の維持・改善のための団結自由について,この
1 根拠法の記述に関して,特にマンフレート・レーヴィッシュ(xxx・xxxx・xxxx・xxxx訳)『現代ドイツ労働法』(法律文化社,1995 年)を参照。
2 基本法 12 条(1)すべてのドイツ人は,職業,職場及び養成所を自由に選択する権利を有する。職業の遂行については,法律により,又は法律の根拠に基づき,これを規制することができる。
3 基本法 9 条(3) 労働条件及び経済条件を維持し促進するために団体を結成する権利は,何人にも,そしてすべての職業に対して,保障されている。この権利を制限し,又は妨害することを企図する合意は無効であり,これを目的とする措置は違法である。12 a 条,35 条 2 項及び 3 項,87 a 条 4 項及び 91 項による措置は,第 1文の趣旨における団体が労働条件及び経済条件を維持し促進するために行う争議行為に対してこれを取ることは,許されない。
〔筆者補足〕・・・基本法 12 a 条は国防その他の役務義務,35 条 2 項及び 3 項は,公共の安全・秩序の維持回復,自然災害への対処に関する連邦及び州(Lan d )政府の協力,87 a 条 4 項は,連邦及び州の自由で民主的な基本秩序に対する危険が存在する際の軍隊の出動,91 条は,前記 87 a 条 4 項の危険が存在する際の州政府間での協力,及び連邦国境警備隊の協力について規定している。
権利を制限もしくは阻害しようとする合意が無効となること,それを目的とする措置が違法となることが定められている。この規定により,かかる団結自由の保障に,直接的な第三者効(日本法にいう私人間効力)が認められている4。
エ.基本権の間接的第三者効
基本権の法的内容は,民事法領域では私法上の諸規定を根拠として間接的に効力を持つとされ,とりわけ,私法上の一般条項(代表的なものとして民法典 138 条の良俗違反,民法典
242 条のxxxxの原則等)がその根拠として用いられている。労働法の分野では,例えば,
社会的相当性のある解雇事由を定めた解雇制限法 1 条 2 項や,重大な事由の存在が即時解雇を正当化するとした民法典 626 条などが,基本権を援用する際の根拠規定となり得る5。
オ.法律による基本権保障の具体化
民法典 611 a 条(性に関連した不利益取扱禁止)及び 612 条 3 項(性を理由とする賃金差
別の禁止)は,基本法 3 条 2 項の男女平等原則を労働関係において具体化するものとなっている。民法典 611 a 条は,使用者が何らかの協定や措置を行うとき,とりわけ労働関係の設定,昇進,指揮命令,解雇に際し,性別を理由として労働者を不利益に扱うことを禁止する。これらの条項は損害賠償の根拠規定となり得るが,その違反について使用者に対する罰則等を定めた公法上・刑法上の規定は存在しない。
(2) 労働契約法
ア.民法典6(第 2 部第 8 章第 8 節「雇用契約」611 -630 条)
1900 年に施行されたドイツ民法典は,第 2 部第 8 章第 8 節に「雇用契約(Die ns tver t r ag)」と題する一節を設け,611 ないし 630 条にて雇用契約に関する諸規定を設けている。民法典 611 条 1 項は「雇用契約によって,役務を約束した者は,約束された役務の給付を,他方は,
合意された報酬の支払を義務づけられる」とし,同条 2 項は「いかなる種類の役務も雇用契約の対象となり得る」とする。この「雇用契約」には,労働者が使用者の指揮命令下で役務
(労働)を給付することを内容とする「労働契約(Arbeitsvertrag )」と,自由な役務の提供を約する「自由雇用契約(fr eier Dien s tve rtrag )」とが属する。ドイツ民法典では,委任
(Auft r ag)が無償に限定されていることから(66 2 条),日本法では有償の委任契約に分類され得る,医師の診療契約,弁護士契約,代理商契約,税理士契約等が自由雇用契約に分類
4 使用者は,労働者の労働組合所属を理由とする解雇もしくは労働契約締結の拒否を行ってはならない。例えば,使用者が求職の応募者に対し,労働組合からの脱退を採用の条件とすることは,基本法で保障された団体の結成及び団体活動の権利を直接侵害する。BAG 2. 6. 1987 AP N r. 49 zu Ar t . 9 GG. 同判決は,かかる使用者の行為により団体活動の権利を侵害された労働組合が,当該使用者に対し,将来的に同様の侵害行為を行わないよう不作為請求をなすことができる,とし,その後に侵害行為があったときには違反金を労働組合に支払うこととした。
5 例えば,事業所における労働者の政治活動を理由とする解雇が有効か否かの司法判断において,基本法 4 条で保障される良心の自由,基本法 5 条 1 項で保障される表現の自由が考慮され得る。
6 Bü rgerlich es Gesetzbuch, 2. 1. 2002, BGBl. I S. 42, ber. 2909.
されている7。労働法は,原則として労働契約に基づく労働関係8に対してのみ適用される。民法典上の雇用契約規定の中で,以下の諸規定は労働契約及び自由雇用契約のいずれにも 適用され得る。雇用契約の内容(611 条),報酬及び報酬額の推定(612 条 1 項,2 項),役
務給付の一身専属性(613 条),報酬請求権(614 条),役務の受領遅滞及び経営危険の際の報酬支払(615 条),役務義務者(d er zur Dienstleistung Verpflichtete )の側での一時的履行障害の際の報酬支払( 616 条), 役務義務者の疾病に対する役務権利者( der Dien s tberech t igte )の看護義務(61 7 条9),役務義務者の生命・健康への危険に対する保護措置の実施義務(618 条),雇用関係の終了(620 条 1 項,2 項),5 年を超えて経過した長
期的雇用関係の場合の解約告知期間(624 条),黙示の契約期間更新(625 条),重大な事由
がある場合の即時解約(626 条),即時解約の際の部分報酬及び損害賠償(62 8 条),解約告
知を受けた役務義務者の求職のための自由時間請求権(62 9 条),継続的な雇用関係が終了す
る際の,役務権利者の証明書発行義務(630 条)。これらは主として民法典制定時から存する
規定である。619 条では,617 条,618 条を「強行規定」とすることが定められており,そ
の反対解釈から,612 条 1 項 2 項,613 条,614 条,615 条,616 条は任意規定と解されて いる。これに対し,近年の改正により追加された諸規定では,「労働関係(A rbeitsverhältnis )」,
「使用者(A r beitgebe r )」,「労働者(A r bei t n e hm e r )」の用語が用いられ,労働関係にのみ適用がある。かかる規定に,性に関連した不利益取扱禁止(611 a 条),職場について男女一方のみを募集することの禁止(611b 条),性を理由とする賃金差別の禁止(61 2 条 3 項),権利を正当に行使した労働者に対する不利益取扱の禁止(6 12 a 条),営業譲渡の際の権利義務
(613 a 条),使用者が負担すべき経営危険の際の賃金支払(615 条 3 文),労働者が義務に違反した場合の損害賠償責任に関する特別の立証責任(619 a 条:使用者の側への証明責任の転嫁),労働関係の場合の解約告知期間(62 2 条),労働関係の場合に要求される解約告知
の書面性(623 条)に関するものがある。これらは強行規定である。労働関係ではない,自
由な雇用関係に対してのみ適用される規定に,解約告知期間(621 条)及び即時解約(627
条)に関するものがある。雇用契約規定の詳細については,後掲〔参考資料 1〕を参照。イ.商法典10 (第 6 章「商業使用人及び商業徒弟」59-65,74-75 h,82 a,83 条)
商業分野の労働関係については,商法典 59 条以下に特別規定が存在する。労務給付の内
容及び報酬額の地域慣行による補充(59 条)11 ,商業使用人の法律上の競業避止義務(60
7 Rich a r di/ J . von S t a u dinger s Kommen ta r zu m Bü rgerlich en Gesetzbuch, 1999, Vorbemer k u ngen zu
§§611ff., Rn. 1247ff.
8 ドイツでは,「労働関係(A r bei t sve rh ä l t nis )」と「労働契約(A r bei t sve r tr ag )」との概念が区別されて用いられる。「労働関係」は使用者と労働者の間に成立・展開されている関係を意味し,「労働関係」は「労働契約」によって法的に根拠づけられる。
9 家事使用人など,家庭に長期間,雇用されてきた者に対する特別規定。
10 Han delsgesetzbuch, 10. 3. 1897, RGBl. S. 219.
11 商業使用人の労務給付の種類,範囲について特段の合意がない場合,地域の慣行によってその内容が決定される。
条)12 及び義務違反の場合の損害賠償(61 条),使用者の配慮義務(62 条),使用者の毎月末
毎の俸給支払義務(64 条),商業使用人の契約上の競業避止義務(74 条)13 ,競業禁止の無
効(75 条)等の定めがある。商法典では,とりわけ商業使用人の競業避止義務に関する詳細な規定が設けられており,これらの条項を,商業使用人に限定せず,全産業分野の労働者の場合に類推適用することにより,労働者一般についての競業避止義務が形成されてきた。商法典の規定,及び労働者の競業避止義務に関して,詳細は,第 2 節各論,7 (1)を参照。
ウ.営業法14 (第 7 章「労働者」第 1 節 105 -110 条)
営業法は,各種の事業を営む際の営業許可制度を規制する法律である。歴史的には 1869年の北ドイツ連邦営業法に遡る。同法により,それ以前のツンフト制度に基づく閉鎖的営業制度から営業自由の原則に基づく許可制度への転換が図られた。併せて同法(第 7 章 105 条以下)には,営業許可を受けた事業所での工場労働者,手工業職人・徒弟,経営職員(工場での管理的業務に就く労働者)に対する労働者保護規定,及び行政による営業監督制度が定められた。そうした規定の改正・拡充により,ドイツの労働法発展の礎が築かれた。日曜労働の禁止,女性・年少労働者の保護,職業上の教育訓練,労働者の生命・健康に関する保護義務,事業所における労働者代表組織等々,各種の労働法制が営業法上の規定を母体とし,分離・発展させられてきた経緯を持つ。近年では,個々の労働契約法規及び労働者保護法規の拡充により,営業法上の労働法関連規定は大幅に削減されてきた。
営業法上の労働法関連規定は,同法の適用がある事業での労働関係にのみ適用され,歴史的には,商業や鉱業,鉄道業,海運業等における労働関係には特別法の規制が存在し,営業法の適用はなかった。現在でも漁業や医療,教育,法務等の自由業は営業法の適用を受けていない。しかし,2002 年 8 月 24 日の法律により,営業法第 7 章「労働者」の諸規定が大幅
に整理・統合・削除された上で,同章第 1 節「一般的な労働法の基本原則」(105 -110 条)
がすべての労働者に対し適用されることとなった15 。そこでは,労働契約締結自由の原則(105
条),労務指揮権(106 条),賃金支払の原則(10 7 ,10 8 条),離職の際の証明書(10 9 条),競業避止義務の有効性(110 条)に関する規定が設けられている16 。これらの規定に使用者
12 労働関係存続中の競業避止義務に関する規定。
13 労働関係終了後の競業避止義務に関する規定。
14 Gewer beor d n ung, 22. 2. 1999, BGBl. I S. 202.
15 以前の営業法 6 条では,「この法律は,・・・漁業,薬局の開設移転,有償の児童教育,学校教育制度,弁護士・公証人・法律顧問,会計士及び経済監査会社,宣誓帳簿検査士及び帳簿検査会社,税理士及び税務検査会社,税務代理人の業務,移民に対する相談事業,公共交通の停留所,水先案内,船舶における船長と乗組員の法関係に適用されない。鉱業については,この法律にxxの規定があるときに限り,適用がなされる。保険会社の事業所,医療その他の治療職,薬品の販売,富くじの販売,牧畜についても・・・同様とする。(以下略)」と規定されていたが,2002 年 8 月 24 日の改正により,従前の営業法 6 条が一部修正の上 6 条 1 項とされ,6 条 2
項として営業法「第 7 章第 1 節の諸規定はすべての労働者に対し適用される」との規定が加えられた。
16 105 条(労働契約の自由な形成)使用者と労働者は,強行的な法律規定,適用可能な労働協約ないし事業所協定の規定に反しない限り,労働契約の締結,内容,及び形式について自由に合意することができる。労働条件の主要なものについては,その証明は証明書法の規定による。
106 条(使用者の労務指揮権)使用者は,労働給付の内容,場所,及び時間について,かかる労働条件が労働契約,事業所協定もしくは適用可能な労働協約の規定,又は法律の規定によって確定されていない限りで,
が違反した場合の罰則,もしくは行政官庁による監督の規定は設けられていない17 。ドイツではこれまで,包括的・体系的な「労働契約法(Arbeitsvertragsgesetz )」の立法が計画された経緯があるが,議会における合意に至らなかった等の事情もあり,未だ実現をみていない18 。営業法第 7 章第 1 節の諸規定は,統一的な労働契約法制定の過渡的作業とも位置づけられ得る19 。
エ.証明書法20
証明書法は,遅くとも労働関係開始の 1 ヶ月後までに,主要な労働条件21 を書面化し労働者に交付する義務を使用者に課している(2 条 1 項)。電子形式での証明書は認められない(2
条 1 項 3 文)。証明書に記載されるべき主要条件が変更された場合には,使用者は遅くとも変更の 1 ヶ月後までに労働者に変更を書面で通知しなければならない(3 条)。この法律で定められた使用者の証明義務違反は労働契約を無効とするものではないと解されている。労働
xxな裁量に従いそれらを詳細に決定しうる。事業場における労働者の秩序及び行為に関しても同様とする。裁量を行うに当たり,使用者は労働者の障害*を考慮しなければならない。
(*〔筆者補足〕・・・ここでの障害(Be hin der u xxx n)は,身体障害を意味する。Pr eis, E rfur t e r Kommentar zu m Ar beits r ech t , 4. Aufl. 2004 ( E rfK), §106 GewO Rn. 5. )
107 条(賃金の計算及び支払)(1)賃金はユーロで計算し支払わなければならない。
(2)使用者と労働者は,労働者の利益又は労働関係の特質に適合するとき,現物給与を賃金の一部として合意することができる。使用者は労働者に商品を信用販売してはならない*。使用者は労働者との合意により商品を賃金に算入することができるが,その算入額は平均原価を超えるものとする。給付される対象は,他に特別の取り決めがなされていないときには中級の性質のものとする。合意された現物給与又は商品の算入は,賃金の差し押さえ可能限度額を超えてはならない。
(*〔筆者補足〕・・・例えば,使用者が労働者に商品を信用販売し,利息分を賃金から差し引くことが禁じられる。ErfK/ Pr eis, §107 Gew O Rn. 6. )
(3)労働者が第三者よりチップを得た場合に,通常の賃金を支払わないとすることはできない。チップとは,労働者が使用者に対して義務を負う給付について,第三者が法的義務なしに労働者に対し追加的に支払う金銭である。
108 条(賃金の決算)(1)賃金支払の際,決算の書面が労働者に渡されなければならない。決算には少なくとも,決算の期間及び賃金の構成に関する記載が含まれなければならない。賃金の構成に関しては,割増賃金の種類及び額,手当,その他の報酬,控除の種類及び額,賦払い,前貸しに関する記載が必要である。
109 条(証明)(1)労働関係が終了した際,労働者は書面による証明を請求することができる。その証明書には,少なくとも業務の種類及び期間の記載(単純証明)が含まれなければならない。労働者はさらに,労働関係における成績及び勤務態度に関する記載(資格証明)を求めることができる。
(2)証明書は明確且つ理解が可能なように定式化されていなければならない。同書には,外見上の形式や文面により理解可能な,労働者に関する記述を行うことを目的とした標識や表現が含まれてはならない。
(3)電子形式による証明書の交付は不可能である。
110 条(競業禁止) 使用者と労働者は,合意により労働関係終了後の労働者の職業活動を制限することができる。商法典 74 ないし 75 f条が準用される。
17 例えば営業法 109 条の証明に使用者が遅滞した場合,あるいは,証明に欠陥のある場合,労働者に使用者の履行遅滞を理由とする損害賠償請求権が認められる。E rfK/ Preis, §109 GewO Rn. 121ff.
18 歴史的には,1923 年及び 1977 年の労働契約法草案,東西ドイツ統一条約 30 条で統一的な労働契約法の立法
が課題とされたことを受けての 1992 年の労働契約法草案などが知られるが,いずれも最終的な成立には至っていない。
19 もっとも,営業法の一部に労働契約法の規定が設けられたことに対し,労働契約法の分裂を広げるものとの評価もある。E rfK/ Preis, §105 GewO Rn. 2.
20 N achweisgesetz (Gesetz über den N achweis der für ein Ar beit sver hält nis gelten den wesentlichen Bedingungen), 20. 7. 1995 BGBl. I S. 946.
21 労働者に交付される書面には少なくとも,①契約当事者の氏名,名称,②労働関係の開始時期,③有期契約の場合の期間,④ 労働場所,⑤ 労働者が行う業務の簡潔な特徴及び説明,⑥賃金の構成及び金額,⑦労働時間,
⑧年次有給休暇の期間,⑨労働関係の解約告知期間,⑩労働関係に適用される労働協約,事業所協定の一般的な参照が含まれる必要がある(証明書法 2 条 1 項)。
者は使用者の義務違反について損害賠償請求を行うことができる。
オ.就労者保護法(職場における就労者へのセクシュアル・ハラスメント防止法)22
職場におけるセクシュアル・ハラスメント防止法は,使用者又は公的機関の長に対し,就労者を職場でのセクシュアル・ハラスメントから保護する義務を課す(2 条 1 項)。セクシュアル・ハラスメントの対象者は男女を問わず,民間企業及び公法上の組織での就労者について同法が適用される(1 条)。この法律にいうセクシュアル・ハラスメント行為とは,職場の就労者の尊厳を侵害するあらゆる性的な行為である(2 条 2 項)。セクシュアル・ハラスメント行為を受けた就労者は,事業所ないし官庁に設けられた機関に対し苦情を申し立てる権利を有する(3 条)。セクシュアル・ハラスメント行為があった場合,使用者は警告,配置換え,配置転換,解雇等の適切な措置を講じなければならない(4 条 1 項)。
カ.賃金継続支払法23
賃金継続支払法(祝祭日及び疾病事故の際の賃金支払に関する法律)は,法律上の祝祭日により,又は,労働者が自己の責めなく疾病により労働を給付しなかった場合の使用者の賃金継続支払義務を定める。法律上の祝祭日のため休みとなった労働時間について,使用者は休みでなければ支払われたはずの賃金を労働者に支払わなければならない(2 条)。疾病を理由とする労働不能の場合には,6 週間までの賃金継続支払が使用者に義務づけられる(3 条 1項)。疾病(K ran k heit )とは,治療を必要とし,且つ治療が可能な,正常ではないあらゆる身体的・精神的状態を意味する。支払われるべき賃金の額は,労働者が通常の労働時間に得るはずの賃金額である(4 条)。詳細については,後述の第 2 節各論,6 を参照。
キ.連邦年次休暇法24
ドイツにおける年休制度はワイマール時代より労働協約によって広く普及し,第二次世界大戦後は各州法で年休の定めがなされていたが,19 63 年 1 月 8 日の連邦年次休暇法により,旧西ドイツの連邦レベルで統一規制が実現した。この法律の特徴の一つは,労働者と並び労働者類似の者(a rbeit nehmer äh nliche Person )への適用が法定されている点である(2 条)。年次休暇は暦年で最低 24 週日が保障される(3 条)。労働者及び労働者類似の者は労働関係ないし契約関係が 6 ヶ月間存続すると完全な年次休暇請求権を取得する(4 条)。連邦年次休暇法は休暇請求権の発生要件を労働関係の存続としているため,例えば暦年の間病気で就労不能であった労働者に対してもすべての休暇権が付与される25 。休暇の時期設定権は使用者が有するが,使用者は時期設定の際に労働者の希望を考慮する必要がある。ただし,差し迫った経営上の必要性がある場合,又は,社会的観点の下で優先されるべき他の労働者の休暇時期の希望がある場合にはこの限りでない(7 条 1 項)。休暇は,差し迫った経営上の必要性
22 Beschäftigten schutzgesetz (Gesetz zu m Schutz der Besch äftigten vor sexueller Belä s tigung am Ar beit splatz), 24. 6. 1994 BGBl. I S. 1406, 1412.
23 E n tgeltfor t zahlungsgesetz (Gesetz über die Za hl ung des Ar beit sentgelt s an Feiert agen un d im Kra n k heit sfall), 26. 5. 1994 BGBl. I S. 1014.
24 Bu n desurla u bsgesetz (Min des t urla u bsgesetz für Ar beit n eh mer), 8. 1. 1963 BGBl. I S. 1529.
25 BAG 8. 3. 1984, AP N r. 14 zu §3 zu BU r lG.
がない限り,又は,労働者の個人的な都合で休暇を分割する必要がない限り,連続して与えられなければならず,分割する場合でも,最低 12 週日の休暇が連続付与されなければならないとされている(7 条 2 項)。もっとも,この点については協約のみならず個別契約によっても異なる定めをすることが可能である(13 条 1 項 3 文)26 。休暇中に労働者が疾病にかか
った場合,医師の診断書により証明された労働不能日は休暇として計算されない(9 条)。療養期間ないしリハビリテーション期間についても,法律上の疾病による賃金継続支払請求権が存在する間は休暇に計算されてはならない(10 条)。この法律の規定は,1 条(すべての労働者に対する年次休暇請求権の付与),2 条(法律の適用範囲),3 条 1 項(1 暦年で最低 24 日の年次休暇の保障)を除いて,労働協約による異なる取り決め(法定基準を下回る規制)が可能である。
ク.解雇制限法
詳細については第 2 節各論 8,及び後掲〔参考資料 2〕を参照。ケ. パートタイム労働・有期労働契約法27
パートタイム労働・有期労働契約法は,E U レベルでの社会的パートナーによる枠組協約を踏まえた EC 指令(97/81/ EC 及び 99/70/ EC)を国内法化した法律である。この法律の目的は,パートタイム労働の促進,及び,有期労働契約が許容される要件の確定,パートタイム労働者及び有期契約労働者に対する差別の防止である(1 条)。
(ア) パートタイム労働
a. 差別の禁止
パートタイム労働者とは,週の所定労働時間が,比較可能であるフルタイム労働者よりも短い者をいう(2 条 1 項 1 文)。パートタイム労働者は,パートタイム労働を行うことを理由に,比較可能なフルタイム労働者との間で不利益な取扱いを受けてはならない。ただし,異別取扱いに客観的理由がある場合にはこの限りではない(4 条 1 項 1 文)。パートタイム労働者に対しては,少なくとも,比較可能なフルタイム労働者の労働時間に対するその者の労働時間の比率に適合した量の賃金もしくはその他の分割可能な金銭的価値のある給付が与えられなければならない(4 条 1 項 2 文)。
b. 労働時間の変更
この法律の特徴は,フルタイム労働者に,パートタイム労働への転換請求権を付与している点にある。
まず,使用者は,契約で合意された労働時間の長さ及び配置の変更を使用者に申し出た労働者に対し,事業所もしくは企業で配置可能な労働ポストについて情報を提供しなければならない(7 条 2 項)。
26 xxxxx,xxx,xxxxx『変容する労働時間制度-主要五カ国の比較研究-』(日本労働研究機構,
1988 年)81 頁参照。
27 Teilzeit- un d Befris t u ngsgesetz (Gesetz über Teilzeita r beit un d befris t e t e Ar beit sver t r äge), 21. 12. 2000, BGBl. I S. 1966.
勤続 6 ヶ月を超えた労働者は,契約上合意された労働時間の短縮を使用者に請求できる(8
条 1 項)。労働時間短縮の請求権の要件は,使用者が職業訓練中の者を除き,通常 15 名を超
える労働者を雇用していることである(8 条 7 項)。この労働者数の算定に当たっては,パー
トタイム労働者は完全に 1 人として数えられる。
労働者は,遅くとも,希望する労働時間短縮が開始される 3 ヶ月前までに労働時間の短縮及び短縮する労働時間を申し出なければならない(8 条 2 項)。この申し出を受けた使用者は,労働者の希望する時間短縮について合意が得られるよう,協議しなければならず(8 条 3 項 1 文),労働時間の配分についても労働者と合意を得なければならない(8 条 3 項 2 文)。
使用者は,経営上の理由によって妨げられない限り,労働時間の短縮に合意し,労働時間の配分を労働者の希望に応じて定めなければならない(8 条 4 項 1 文)。経営上の理由がある場合とは,とりわけ,労働時間短縮が,事業所における組織,労働遂行過程,安全を本質的に損なう,もしくは不相当な出費の原因となる場合である(8 条 4 項 2 文)。労働時間短縮を使用者が拒絶できる理由は,労働協約でこれを定めることができる。そうした労働協約の適用される分野で,協約に拘束されていない使用者と労働者であっても,拒否理由に対する協約規制の適用に合意することができる(8 条 4 項 3・4 文)。もっとも,使用者が転換を拒否できる「経営上の理由」とは,合理的な企業運営を妨げる事由があれば必要且つ十分とされ,労働者は,パートタイム労働の労働ポストが事業主の計画に合致する場合にのみ労働時間短縮の希望を実現できるにとどまる。
使用者は,遅くとも,労働者が労働時間短縮の開始を希望した時期の 1 ヶ月前までに,書
面によって労働者の希望に関する決定を通知しなければならない(8 条 5 項 1 文)。使用者と
労働者が労働時間短縮に関する合意(8 条 3 項 1 文)には至らなかったものの,使用者が労
働時間短縮開始希望時期の 1 ヶ月前までに書面で拒否をしなかった場合には,労働時間は労
働者の希望どおりに短縮される。同様に,使用者と労働者が 8 条 3 項 2 文の労働時間配分に
関する合意には至らなかったが,使用者が労働時間短縮開始希望時期の 1 ヶ月前までに書面で,希望された労働時間配分を拒否しなかった場合には,労働時間の配分は労働者の希望どおりに確定される(8 条 5 項 2・3 文)。使用者は,経営上の利益が労働者の利益を著しく上回る場合には,1 ヶ月前までに変更を告知することで,8 条 5 項 3 文及び 8 条 3 項 2 文で確
定された労働時間配分を変更できる(8 条 5 項 4 文)。労働者は,使用者が労働時間短縮に合意,もしくは適法に拒否した後,2 年が経過した場合に,再び労働時間の短縮を請求することができる(8 条 6 項)。
c. 解雇の禁止
労働者が,フルタイムからパートタイムの労働関係へ転換又はその逆の転換を拒絶したことを理由とする解約告知は無効である。しかし,その他の事由による解約告知の権利は,これによって影響されない(11 条)。フルタイム労働からパートタイム労働への転換を内容とする変更解約告知は,ほかに経営上の必要性があれば許容され得る。
a. 有期労働契約の定義
有期契約労働者とは,期間を定めた労働契約を締結した労働者である。期間を定めた労働契約には,期間が暦に従って定められた「暦による有期労働契約」( k alender mäßig befris te ter Arbeitsver t r ag)と,労働給付の種類,目的,特質によって定められた「目的による有期労働契約」(zweck befris te ter Arbeitsvertr ag )とがある(3 条 1 項)。
b. 差別の禁止
有期契約労働者は,労働契約に期限があることを理由に,期間の定めなく雇用された比較可能な労働者に比して不利益な取扱いを受けてはならない。ただし,異別取扱いに客観的な理由がある場合はその限りではない(4 条 2 項 1 文)。有期契約労働者に対しては,ある一定の算定期間に与えられる賃金もしくはその他の金銭的価値のある給付につき,少なくとも,当該算定期間に対するその労働者の雇用期間の比率に適合した量が与えられる(4 条 2 項 2文)。比較可能な,期間の定めなく雇用された労働者とは,事業所で同じもしくは類似の業務を行う者である。事業所に,そうした比較可能な労働者が存在しない場合には,適用され得る労働協約によって決定できる(3 条 2 項)。
c. 期間設定の正当化事由
労働契約の期間設定は,客観的な事由により正当化される場合に許容される(14 条 1 項 1文)。客観的事由が存在するのは以下の場合である。①労働に対する経営上の需要が一時的に存在する場合(同 2 文 1 号),②職業訓練もしくは大学課程から引き続き雇用に移行するこ
とを容易にするため期間を設定する場合(同 2 号),③ある労働者が他の労働者の代理で就
労する場合(同 3 号),④労働給付に固有の性質が期間設定を正当化する場合(同 4 号),⑤
試用のため期間を設定する場合(同 5 号),⑥労働者の個人的事由から期間設定が正当化さ
れる場合(同 6 号),⑦公的な財政法で有期雇用のため定められた予算措置により労働者に
報酬が支払われている場合(同 7 号),⑧期間設定が裁判上の和解に基づく場合(同 8 号)。これら正当事由が存在する場合,有期契約に対する最長期間の制約はない。
d. xxx事由の不要な期間設定の範囲
2 年間までは,客観的事由なく労働契約に暦による期間を設定することが許容され,2 年
間の期間内であれば,契約更新が 3 回まで可能である(14 条 2 項 1 文)。かかる客観的事由の不要な期間設定は,同じ使用者との間で,すでに有期もしくは無期の労働契約が存在した場合には許容されない(14 条 2 項 2 文)。14 条 2 項 1 文の規制は労働協約に対して開かれており,労働協約によって,更新回数もしくは期間設定の最長期間につき,1 文の規定と異なる規制をすることが可能である(14 条 2 項 3 文)。新設企業に対しては特別の規制があり,
企業創設から 4 年以内であれば,客観的理由なしに 4 年間まで,労働契約に暦による期間を
設定することが許容される(14 条 2 a 項)。労働者の年齢に関連する特別規制も存する。労働
者が満 58 歳に達していれば,客観的理由なしに労働契約に期間を設定することができる。
しかし,同じ使用者との間で,すでに存在した期間の定めのない労働契約と密接な客観的関係がある場合には期間設定は許容されない。そうした密接な客観的関係は,とりわけ,以前の契約から 6 ヶ月以上期間が経過していない場合に存在する(14 条 3 項)。
e. 無効な期間設定
労働契約の期間設定が有効となるには,書面を必要とする(14 条 4 項)。
期間設定が無効である場合,有期労働契約は,期間の定めなく締結されたものとして取り扱われる。そのとき使用者は,最も早い場合で,合意されていた終了時点に向けて通常の解約告知を行うことができる。書面形式を欠いたとの理由で期間設定が無効である場合には,合意された終了時点の前に,通常の解約告知を行うことができる(16 条)。
労働者が期間設定の無効を主張する場合には,有期労働契約で合意された終了の後,3 週間以内に訴訟を提起し,期間設定により労働契約が終了していないことの確認を求めなければならない(17 条 1 文)。この場合,解雇制限法 5 ないし 7 条が準用される(17 条 2 文)。契約で合意された終了時点後も労働関係が継続されている場合には,労働関係が期間設定を理由に終了したことを使用者が書面で表示し,その表示が到達したときに,1 文による訴訟提起期間が始まる(17 条 3 文)。
(3) 労働者保護法28
ア.労働保護法29
(ア) 労働保護の基本原則
1996 年 8 月 7 日の労働保護法は,労働保護に関する EC 指令を国内法化したものである。法の目的は労働保護措置により労働者の安全及び健康保護を図り改善することである。同法はあらゆる事業の分野に適用される(1 条 1 項)。使用者は,労働者の安全と健康のため必要
な措置を講じなければならない(3 条 1 項)。使用者が労働保護措置に当たり踏まえるべき一般的な基本原則は,①生命と健康に対する危険を可能な限り回避し,残る危険も可能な限り僅少となるよう労働を組織する(4 条 1 号),②危険をその源泉で除去する(同 2 号),③措置に当たって最新の水準の技術,労働医学,衛生学並びにその他の定評ある労働科学的知見を考慮する(3 号),④技術,労働組織,以前の労働条件,社会関係,職場への環境の影響を適切に結び合わせる目的をもって措置を計画する(4 号),⑤個別的保護措置よりも,その他の措置を優先させる(5 号),⑥特に保護を必要とする労働者グループの特殊な危険を考慮する(6 号),⑦労働者に適切な指示を与える(7 号),⑧直接又は間接に性別に関連した効果を持つルールは,生物学的理由から差し迫って必要である場合に限り認められることである
28 本章では,労働者の安全,健康保護を目的として使用者に公法上の義務を課す法令の総体を意味する Ar beit nehmer sch u t zrech t に「労働者保護法」, 労働者の安全保護措置について規制する単行法である Ar beit sschutzgesetz に「労働保護法」の訳語を当てている。
29 Ar beit sschu tzgesetz (Gesetz ü ber die Durchführu ng von Ma ß na h men des Ar beit sschu tzes zu r Ver besserung der Sicherh eit un d des Ges un d h eit sschu t zes der Beschäftigten bei der Ar beit), 7. 8. 1996, BGBl. I S. 1246.
(イ) 労働者の権利・義務
労働者は,自ら可能な範囲で,また,使用者の指示及び指揮命令に従い,労働に際しての自身の安全衛生に注意を払う義務を負う。さらに,自身の行為又は不作為の影響を受ける者の安全衛生に対して注意を払わなければならない(15 条)。労働者に認められた権利としては,次のものがある。労働安全衛生対策のあらゆる問題に関する提案を使用者に対し行うことができる(17 条 1 項)。また,労働者が具体的な根拠に基づいて,使用者が講じた対策や使用者によって行われた手段では,労働に際しての安全・健康保護が十分に保障されないと判断し,その訴えを使用者が考慮しない場合には,これを管轄官庁に届け出る権利がある(17
条 2 項)。
(ウ) 実効性確保
この法律に基づく労働保護の監督は,国家の役割である。管轄官庁は,労働保護法及び同法に基づく法規命令が遵守されるよう監督し,使用者がその義務を履行するよう助言をしなければならない( 21 条 1 項)。法の定める管轄官庁は, 連邦内務省の労働保護本局
( Zentr als telle für Arbeitssch utz )である。連邦内務省の監督下にある連邦災害金庫
(U nfallk a sse)が同本局の代理として活動する(21 条 5 項)。管轄官庁は,自らの監督任務の履行に必要な情報及び対応する資料の提供を使用者又は責任者に要求する権限を持つ
(22 条 1 項)。監督を委託された者は,任務遂行に必要な限りで,営業時間及び労働時間に
営業場所,店舗及び事業所に立ち入り,視察し,検査を行い,情報提供義務者(22 条 1 項)の業務書類を閲覧する権限を有する。さらに,企業施設,労働手段,対人防護設備を点検し,作業方法及び作業過程を検査し,計測を行い,特に労働に関連する健康上の危険を確認し,労働災害,職業病又は損害事故の原因を究明する権限がある(22 条 2 項)。管轄官庁は,①使用者及び責任者又は労働者がこの法律上の義務を履行するために講ずべき措置,②労働者の生命健康に対する特別な危険を回避するため使用者及び労働安全保護の責任者が講ずべき措置を適宜命令することができる(22 条 3 項)。
連邦政府は,連邦議会の同意を得て,使用者及び責任者が講ずべき措置の内容に関する法規命令を出すことができる(18 条 1 項)。罰則は以下のとおりである。故意又は過失により,
①特定の構成要件につき過料を定めた法規命令に違反した者(25 条 1 項 1 号),②管轄官庁
が前述 22 条 2 項により発した命令が遂行可能であるにもかかわらず,これに違反した使用者又は労働安全保護の責任者(同 2 号 a ),③前述②の管轄官庁による命令に違反した労働者
(同 2 号 b)には過料が科せられる(25 条 2 項)30 。25 条 1 項 2 号 a に該当する行為を繰り返す使用者又は責任者,あるいは,同 1 号又は 2 号 a に挙げられた行為を故意に行い,それにより労働者の生命健康を危険にさらした者に対しては,1 年までの自由刑もしくは罰金
30 管轄官庁の遂行可能な命令に違反した使用者又は責任者は,25,000 ユーロまでの過料,それ以外の違反者は
5,000 ユーロまでの過料に処せられる。
イ.労働時間法31
ドイツでの労働時間法制は,かつては営業法上の労働時間規定(105 a ないし 105j 条),及び,1938 年制定の労働時間法(Arbeitszeitordnu ng )によって構成されていた。1994 年にこれらを改正する労働時間法制の統一及び弾力化のための法律が成立し,その第 1 編に労働時間法制を包括的に規制する新しい労働時間法が設けられた。
(ア) 法の目的,適用対象
労働時間法の目的は,労働時間の具体化に際し,労働者の安全と健康保護を保障すること,及び,柔軟な労働時間のための枠組み条件を改善することにある(1 条)。この法律の適用対
象者は,現業労働者,職員及び職業訓練中の者である(2 条)。適用除外となるのは,①事業
所組織法 5 条 3 項の管理職員(イ. 事業所組織法,(イ)適用対象者の項を参照)並びに医師長
(18 条 1 項 1 号),②公的な官署の長及びその代理人,並びに公勤務における労働者で人事
上の事項について独立した決定をなし得る者(同 2 号),③家庭における労働者で,自らが
面倒を見る者と同居し,自己の責任で教育,看護,世話を行う者(同 3 号),④教会及び宗教団体の儀礼分野(同 4 号)である。18 歳未満の年少者,商船の船員には特別法による規制がある(18 条 2 項,3 項)。
(イ) 週日の労働時間規制
労働時間は,労働者の 1 日の労働時間が 8 時間を超えてはならない(3 条 1 文)が,6 暦
月又は 24 週の間の平均で週日の労働時間が 8 時間を超えない限りで,それを 10 時間まで延長することができる(3 条 2 文)。
6 時間を超え 9 時間までの労働は総計で少なくとも 30 分,9 時間を超える労働は少なくと
も 45 分の間,中断されなければならない。休憩時間は前もって定められていなければなら
ない(4 条 1 文)。この休憩時間は,少なくとも 15 分間まで分割することができる(4 条 2
文)。
労働者は,1 日の労働時間終了後,少なくとも 11 時間,中断のない休息時間を取らなければならない(5 条)。
深夜時間は 23 時から 6 時までの時間であり,深夜労働とは深夜時間の少なくとも 2 時間
が含まれる労働をいう(2 条 3 項,4 項)。深夜労働者とは,①労働時間編成により,交替の
中で通常,深夜労働を行わなければならない者,もしくは,②暦年で少なくとも 48 日,深
夜労働を行わなければならない者である(2 条 5 項)。深夜・交替労働者の労働時間は,人間
的な労働の形成に関する定評ある労働科学上の知見に従って定められなければならない(6
条 1 項)。深夜労働者の週日の労働時間は 8 時間を超えてはならないが,1 暦月又は 4 週間の
間の平均で 8 時間を超えないときにのみ,10 時間まで延長できる(6 条 2 項)。
31 新しいドイツの労働時間法制に関する邦語文献として,和田肇『ドイツの労働時間と法』(日本評論社,1998
年)101 頁以下を参照。
日曜日及び法定祝祭日は,0 時から 24 時まで労働者は働いてはならない(9 条 1 項)。ただし,当該労働を週日に行うことができない場合との条件付きで,以下の業務で就労する場合に例外が認められている。①救急・救命・消防,②公の安全・秩序維持,裁判官及び官吏,兵士,③医療・介護,④宿泊・飲食店,⑤音楽・劇場・映画・展示・催し等,⑥教会・宗教団体・各種団体・結社等の非営利団体での活動,⑦スポーツ及び余暇・レクリエーション・娯楽施設,観光,美術・博物館,⑧放送,新聞等マスメディア,⑨メッセ・展示場・祭り等,
⑩運輸,⑪エネルギー・水供給・ゴミ処理・汚水処理,⑫農産・牧畜,⑬事業所監督等の監督,⑭情報機器を含む事業設備の清掃・保全・保守,⑮原材料・生産物等の腐敗損傷防止,継続的に行われる研究,⑯製造設備の損壊・損傷防止(10 条 1 項)。日曜労働が許される場
合であっても,1 年に少なくとも 15 日曜日,労働者は労働から解放されなければならない(11
条 1 項)。日曜日に労働した労働者には 2 週間以内に,祝祭日に労働した労働者には 8 週間以内に代休が与えられなければならない(11 条 3 項)。
(エ) 実効性確保
使用者は,労働時間に関係する法律,法規命令,適用される労働協約,事業所協定を事業所に掲示しなければならない(16 条 1 項)。使用者には,3 条 1 項に定められた 1 日 8 時間
を超える労働時間を記録することが義務づけられる(16 条 2 項)。
この法律及び法規命令を遵守させるため,州法に基づく管轄官庁が監督を行うこととされる(17 条 1 項)。一般には,営業監督庁(Gewe rbeaufsicht s amt )もしくは労働保護庁(A mt fü r Arbeitsschu tz)が実際の監督官庁(Aufsich t sbehör de)となっている32 。監督官庁は,この法律及びそれに基づく法規命令から生ずる義務を履行するために必要な措置を使用者に命ずることができる(17 条 2 項)。監督官庁は,この法律及び法規命令を実施させるため必要な情報,労働時間証明,適用される労働協約,事業所協定を使用者に要求することができる(17 条 4 項)。監督官庁の代理人は,操業時間及び労働時間中に労働場所に立ち入り,検
査を行う権限を有する(17 条 5 項)。
(オ) 罰則
使用者が故意又は過失により,以下に該当する行為を行った場合には違法となる。①この法律の 3 条(週日の労働時間限度と延長要件),又は 6 条 2 項(深夜労働の労働時間限度と
延長要件),11 条 2 項(日曜・祝祭日労働の労働時間限度と延長要件)に違反して労働者を制限以上に働かせたとき,②4 条(休憩時間)に違反して最低限の休憩時間を与えなかったとき,③5 条(労働終了後の休息時間)に違反して最低限の休息時間を与えなかったとき,
④8 条 1 項(連邦政府は,連邦議会の同意を得て,労働者の健康に特に危険のある労働ない し労働者グループについてこの法律よりも厳格な規制を法規命令により行うことができる。),
32 ErfK/Wan k, §17 Ar bZG Rn. 2.
13 条 1,2 項(連邦政府は連邦議会の同意を得て,10 条で定められた日曜・祝祭日労働禁止の例外のほか,さらなる例外の設定を法規命令により行うことができる。),24 条(連邦政府は,連邦議会の同意を得て,国際条約による義務の履行,ないし E U 理事会,E U 委員会の法令を国内法化するための法規命令を定めることができる。)に基づく法規命令が特定の構成要件に過料を科している場合に,それに違反したとき,⑤9 条 1 項(日曜・祝祭日労働の禁止)に違反したとき,⑥11 条 1 項に違反し,労働者に全ての日曜日に労働させたとき,もしくは,11 条 3 項(日曜・祝祭日労働への代休付与)に違反し期限内に代休を与えなかったとき,⑦13 条 3 項 2 号(監督官庁は 9 条の日曜・祝祭日労働禁止の例外が許容されるか否かの決定を行い得るが,その際,公的な礼拝のための時間を顧慮した就労時間の命令を行うことができる。)により出された監督官庁の命令に違反したとき,16 条 1 項(労働時間に関
する法規・協定の事業所への掲示)に違反したとき,⑨16 条 2 項(超過労働時間の記録及び
2 年間の保管義務)の記録を取らない,あるいは適切に取らないとき,もしくは定められた期間保管しなかったとき,⑩17 条 4 項(監督官庁の使用者に対する情報要求)に違反したとき(22 条 1 項)。前述のについては 2,500 ユーロまで,その他について 15,000 ユーロまでの過料が科される(22 条 2 項)。①22 条 1 項の①~③,⑤~⑦に該当する行為を故意に行い,労働者の健康もしくは労働力を危険にさらした者(23 条 1 項 1 号),又は,②それら行為を重ねて繰り返した者は,1 年までの自由刑ないし罰金刑に処せられる(同 2 号)。過失により,23 条 1 項 1 号に該当する行為によって危険をもたらした者は,6 ヶ月までの自由刑ないし 180 日分までの罰金刑に処せられる(23 条 2 項)。
上記のように,労働時間法では,労働時間,休憩時間,休息時間,深夜・交替労働,日曜・祝祭日労働に関する使用者の一定の行為を禁止する公法上の義務が課せられている。法律の役割は,許容される労働時間編成のあり方について大枠を定めることにとどまり,労働時間の具体化に当たってのより詳細な取り決めは労働協約や事業所協定によって行われている。法律上,割増賃金に関する定めは存在せず,労働協約,あるいは個別契約において割増賃金の取り決めがなされている場合に,それに基づき労働者に私法上の請求権が生ずることになる。
ウ.閉店法33
ドイツにおける最初の閉店時間規制は,1900 年 6 月 30 日の改正営業法に遡る。判例及び学説は今日まで,かかる法規制のそもそもの目的は労働時間保護にあるとしているものの34 ,労働協約及び労働時間法制によって労働者の労働時間保護が達成されてきた中で,現在,閉店法における閉店時間規制の意義においては,企業の平等な競争条件を整備するという要素が強くなっている。現行の閉店法は,1956 年 11 月 28 日に制定され,その後の改正を経て現在に至っている。
33 Gesetz ü ber den La den schlu ss, 2. 6. 2003, BGBl. I S. 744.
34 ErfK/Wan k, §1 La dSchlG Rn. 2.
商店は下記の時間,顧客との商取引を停止しなければならない。①日曜・祝祭日,②月曜日から土曜日までについては,午前 6 時までの時間,及び 20 時以降の時間,③12 月 24 日
が週日である場合は,6 時までの時間,及び 14 時以降の時間(3 条 1 項 1 文)。パン屋につ
いては特別の規定があり,閉店規制が朝の 5 時 30 分までとされている(3 条 1 項 2 文)。この原則を踏まえて,例外の認められる業種が法律上で定められている。薬局,ガソリンスタンドは全日,終日営業が可能であるが(4 条,6 条),一般の閉店時間に販売できる商品が限定されている。新聞・雑誌販売のキオスクは,日曜・祝祭日に 11 時から 13 時まで開店可能
である(5 条)。鉄道駅での売店は全日,終日営業が可能であるが,12 月 24 日は 17 時まで
しか開店できない。一般の閉店時間には,旅行必要品の販売が許可される(8 条)。空港での
売店は,全日,終日営業が可能であるが,12 月 24 日は 17 時までしか開店できない。一般
の閉店時間には,旅行必要品の販売が許可される(9 条)。保養施設の売店,日曜日の郊外の売店,日曜日の牛乳・乳製品販売については,州政府もしくは連邦経済労働省が法律の例外を認める命令を定めることができる(10 条,11 条,12 条)。メッセ等の売店は年に 4 日ま
で日曜・祝祭日に開店することができる(14 条)。日曜・祝祭日の開店を一般的に禁ずる 3
条 1 項 1 号の例外として,12 月 24 日が日曜日である場合には,特別に日用品販売のための
開店が許される(15 条)。
(イ) 労働者の就労規制
4 条から 15 条までの例外規定により日曜・祝祭日に商店を開く場合,開店・閉店作業のた
めに最高で 30 分まで,労働者を就労させることができる(17 条 1 項)。各労働者の日曜・
祝祭日における就労時間は 8 時間を超えてはならない(17 条 2 項)。4 ないし 6 条,8 ない
し 12 条,14 及び 15 条に基づき,日曜・祝祭日における就労が認められる者は,その就労
が 3 時間を超える場合には同じ週の 1 週日において 13 時以降,労働から解放されなければ
ならない。日曜・祝祭日の就労が 6 時間を超える者は,同じ週の 1 週日に終日労働から解放
されなければならず,少なくとも 3 日曜日のうちの 1 日は就労から解放されなければならな
い。日曜・祝祭日における労働者の就労が 3 時間以内であった場合には,2 日曜日のうち 1
日,もしくは 2 週間のうち 1 日の 13 時以降,就労から解放されなければならない。その場合,1 日の午後,就労から解放されることの替わりに,土曜日もしくは月曜午前から 14 時まで自由時間を与えることも可能である。商店を閉めなければならない時間に自由時間が与えられてはならない(17 条 3 項)。
(ウ) 実効性確保
この法律,及びそれに基づき設けられる規定の実施に関する監督は,州法により労働保護を管轄する行政官庁が行う(22 条 1 項)。
商店の所有者が,故意又は過失により 17 条 1 ないし 3 項(日曜・祝祭日労働,自由時間,
就労の調整)に違反した場合には違法となり(24 条 1 項 1 号 a),2,500 ユーロまでの過料
が科される(24 条 2 項)。24 条 1 項 1 号 a の違反行為を故意で行い,それによって故意又は過失により労働者の労働力もしくは健康を危険にさらした商店の所有者には,6 ヶ月までの自由刑もしくは 180 日分までの罰金刑が科される(25 条)。
エ.母性保護法35
母性保護法は,女性労働者の健康への危険から彼女らを保護することを目的とする。同法は,労働関係にある女性,及び,家内労働における女性就労者を適用対象とする(1 条)。
医師の証明により妊婦及び子の生命・健康が就労により危険にさらされる場合,妊婦を就労させてはならない(3 条 1 項)。また,妊婦を出産直近の 6 週間につき就労させてはならず
(3 条 2 項),出産後の産婦を分娩後 8 週間が経過するまで就労させてはならない(6 条 1 項)。
妊婦は 3 条 2 項の 6 週間以外の期間についても,重労働を行うこと,有害物質,光線,塵ガ
ス,蒸気,熱,寒気・湿気,熱気,振動にさらされる労働に就くことを禁じられる(4 条 1
項)。
妊婦及び産後の産婦は,超過時間労働及び,20 時から 6 時までの深夜労働,日曜・祝祭日の労働を行ってはならない(8 条 1 項)。1 項の超過時間労働とは,①18 歳未満の女性について,1 日 8 時間,2 週間で 80 時間を超える労働,②それ以外の女性について,1 日 8 時間半,2 週間で 90 時間を超える労働である(8 条 2 項)。
使用者が解雇の時点で妊娠又は出産を知っている場合,もしくは,それらの事実が解約告知の到達後 2 週間以内に使用者に通知される場合,妊婦及び分娩後 4 週間が経過するまでの産婦に対する解約告知は許されない(9 条 1 項)。
使用者は,監督官庁の要求に従い,①当該官庁の任務履行のため必要な報告を行う,②妊産婦の氏名,就労の種類,賃金支払等の資料を検査のため提出する義務がある(19 条 1 項)。母性保護法及び同法を根拠として公布される規則の実施について監督義務があるのは,州法に従い管轄する官庁である(20 条 1 項)。
上記の内容をはじめとする妊産婦の就労禁止に,故意・過失により違反した使用者には,最高 2,500 ユーロの過料が科せられる(21 条 1・2 項)。さらに故意にそうした違反行為を
行い,女性の労働力もしくは健康を危険にさらした者には,最高 1 年の自由刑もしくは罰金
刑が科される(21 条 3 項)。
オ.年少者労働保護法36
年少者労働保護法は,職業訓練中である,もしくは労働者,家内労働者である 18 歳未満
の者に適用される。労働者や家内労働者と類似した役務給付を行う 18 歳未満の者も適用対象に含まれる(1 条 1 項)。この法律にいう児童(Ki nd)とは 15 歳未満の者(2 条 1 項),年少者( J ugendlicher)とは,15 歳以上 18 歳未満の者をいう(2 条 2 項)。全日制の就学義務を負う年少者は,児童とみなされる(2 条 3 項)。
35 Mutter schu tzgesetz (Gesetz zum Schu tze der erwe r bs tätigen M u tte r), 20. 6. 2002, BGBl. I S. 2318.
36 J ugen d a r beit sschu tzgesetz (Gesetz zu m Schu tz der a r beiten den J ugen d), 12. 4. 1976, BGBl. I S. 965.
2 条 1 項にいう児童の就労は禁止される(5 条 1 項)。例外として,全日制の就学義務中の
実習等の場合には許される(5 条 2 項)。さらに,13 歳以上の児童については,保護者の許
可の下,児童の安全,健康,発育のため軽減された労働を 1 日 2 時間まで,農業の家族経営
の場合には 1 日 3 時間まで就労させることができる(5 条 3 項)。また,監督官庁の許可の下
で,演劇,音楽上演のため,一定の時間,児童を就労させることができる(6 条 1 項)。全日制の就学義務のない児童は,職業訓練のため就労することができる(7 条)。
(イ) 年少者労働
a. 年少者の労働時間・休憩・年次休暇
使用者は年少者を,1 日 8 時間,1 週間 40 時間を超えて就労させることができない(8 条
1 項)。週日が祝祭日であるため労働が行われなかった場合には,その行われなかった労働時
間を 5 時間分,他の日に配分することができる。ただし,5 週間を平均して 1 週 40 時間,
及び,1 日 8 時間半を越えてはならない(8 条 2 項)。労働時間が 8 時間に満たない日があるときには,同じ週の別の日に 8 時間半まで年少者を就労させることができる(8 条 2 a 項)。農業においては,繁忙期に,16 歳以上の年少者であれば 1 日 9 時間,2 週間で 85 時間まで就労させることができる(8 条 3 項)。
使用者は,年少者が職業学校の授業を受ける場合(9 条),試験又は事業所外での研修に参加する場合(10 条),労働を免除しなければならない。職業学校への通学(9 条 3 項),及び,
試験,事業所外研修への参加(10 条 2 項 2 文)によって,賃金をカットしてはならない。
年少者に対しては,労働時間が 4 時間半を超え 6 時間までの場合には 30 分,労働時間が 6
時間を超える場合には 60 分の休憩時間が与えられなければならない。15 分以上の労働中断
のみが休憩時間とみなされる(11 条 1 項)。休憩時間を含む拘束時間は 10 時間,農業,牧畜
業等では 11 時間,鉱業では 8 時間を超えてはならない(12 条)。1 日の労働時間の終了後,
連続して 12 時間が経過した後でなければ,年少者を就労させてはならない(13 条)。
年少者は,6 時から 20 時の間に就労させることができる(14 条 1 項)。パン屋,農業,劇場等に関する例外規定がある。
年少者は,1 週間に 5 日までしか就労させられない(15 条)。土曜日,日曜日の就労は禁
じられる(16 条 1 項,17 条 2 項)。土日労働が許される例外として,医療施設,農業・牧畜
業,劇場,飲食業,家族営業等での就労が限定列挙されている(16 条 2 項,17 条 2 項)。年少者が土曜もしくは日曜日に就労した場合,同じ週の,職業学校のない日に労働が免除され, 1 週 5 労働日が確保されなければならない(16 条 3 項,17 条 3 項)。週日が祝祭日であり,年少者がその日に就労した場合には,同じ週もしくは次週の,職業学校のない日に労働が免除されなければならない(18 条 3 項)。
年少者に与えられる年次有給休暇は,暦年の初めに 16 歳未満であった者には暦年中最低
30 日,暦年の初めに 17 歳未満であった者に暦年中最低 27 日,暦年の初めに 18 歳未満であ
労働協約及び労働協約に根拠を持つ事業所協定により,8 条(労働時間),15 条(週 5 労
働日),16 条 3 項及び 17 条 3 項(土・日曜労働の代替休日)等と異なる,年少者に不利な
規制を行うことが許される。ただしその場合でも無制限の逸脱は許されず,労働時間は 1 日
9 時間,1 週 44 時間,1 週の労働日は 5 日半までを限度とする(21 a 条 1 項)。同様に,休憩時間,拘束時間,土・日曜・祝祭日労働について,法律上の規制と異なる規制を協約及び協約に基づく事業所協定で行うことができる(21 a 条 1 項 1 ないし 6 号)。
b. 年少者の就労禁止・就労制限
年少者は,その身体的・精神的能力を超える労働や,有害物質,騒音,光線,化学物質等にさらされる危険のある労働を行ってはならない(22 条 1 項 1 ないし 7 号)。また,出来高
労働など,労働のテンポを上げると賃金が上昇し得る労働を行ってはならない(23 条 1 項)。
年少者の坑内労働も禁止される(24 条 1 項)。
使用者は,機械等を含めた労働場所の設置・維持に当たり,年少者を生命・健康への危険から保護し,その身体的・精神的発育への損害を避けるために必要な措置を講じなければならない(28 条)。
c. 年少者の健康管理
職業生活に入る年少者は,直近の 14 ヶ月以内に医師による検査を受ける必要がある(32
条 1 項)。年少者の就労開始 1 年後,使用者は,医師による年少者への事後検査の証明を得
なければならない(33 条 1 項)。
連邦経済労働省は,連邦議会の同意の下で,年少者の労働時間,休憩,休日,年少者の健康管理,年少者の生命・健康保護に関する年少者労働保護法上の規定について法規命令を定めることができる(21b 条,26 条,46 条)。
年少者労働保護法及びそれに基づく法規命令の実施に関する監督の義務は,州法に基づく監督官庁に存する(51 条 1 項)。監督官庁は,所定の操業時間ないし労働時間中に労働場所
に立ち入り,検査を行う権限を有する(51 条 2 項)。
d. 年少者労働保護のための委員会
州政府によって設置される最上級の官庁に,年少者労働保護のための州委員会が設置される(55 条 1 項)。同委員会は,使用者及び労働者の代表者,州の労働官庁及び青少年官庁の
代表者,医師等から構成される(55 条 2 項)。監督官庁にも,年少者労働保護のための委員
会が設置される(56 条 1 項)。同委員会は,使用者及び労働者の代表,労働,青少年,健康
に関する官庁の代表者,医師,職業学校の教師等から構成される(56 条 2 項)。州年少者労働保護委員会は,年少者労働保護に関する一般的事項について,州官庁に対し助言を行い,年少者労働保護法の実施に関する提案を行う(57 条 1 項)。同様の任務を,監督官庁に設け
られた年少者労働保護委員会が同官庁に対して行う(57 条 4 項)。
上述した,児童労働の禁止,年少者の労働時間,休憩時間,拘束時間,休息時間の確保,土日祝祭日労働の禁止,年次休暇の付与,危険な労働等への就労禁止,医師による検査等の健康管理の未実施等に関する年少者労働保護法の規定,及びそれに基づく法規命令に故意又は過失により違反した者には,最高 15,000 ユーロまでの過料が科せられる(58 条 1 項,4
項)。58 条 1 項等の違反行為を故意に行い,児童,年少者の健康ないし労働力を危険にさら
した者には,1 年までの自由刑もしくは罰金刑が科せられる(58 条 5 条)。過失により前記
の危険をもたらした者には,6 ヶ月までの自由刑もしくは罰金刑が科せられる(58 条 6 項)。
(4) 集団的労働法 ア.労働協約法37
ドイツには,日本の労働組合法に相当する,集団的労使関係を包括的に規制した法律は存在しない。労働協約法は労働組合及び使用者団体が労働協約の当事者となることを定めるが,その組織,組合員もしくは構成員の資格,権利義務等に関する法律上の規定はなく,団体の規約に基づく自治及び判例による法形成に委ねられている。争議行為法もまた判例により形成されている。事業所での集団的労使関係については,後述の事業所組織法が詳細な規制を行っている。
(ア) 労働協約の当事者
労働協約の当事者は,労働組合,及び使用者団体もしくは個々の使用者である(2 条 1 項)。労働組合及び使用者団体の連合体(Spitzenorganis ation. 全国連合団体)は,授権がなされている場合に,加盟する組合及び団体の名前で労働協約を締結することができる(2 条 2 項)。全国連合団体は,その規約で,労働協約の締結が任務に挙げられている場合に,それ自体が協約当事者となり得る(2 条 3 項)。
労働協約法 2 条 1 項により,労働組合と,使用者団体並びに個々の使用者は労働協約を締結することができるが,しかし労働組合としての要件について労働協約法に規定は存在せず,どのような団体であれば労働協約を締結し得るのか,法律上は明らかではない。労働協約を締結し得る労働組合の協約能力の要件は,判例によって明らかにされている。日本とは異なり,ドイツでは通常,労働組合が産業別に組織されており,こうした労働組合の社会的実態を踏まえ,ドイツの判例は,労働組合の協約能力の要件を厳格に解してきた。当該労働組合が,民主的組織であること,労働協約を締結する意思のあること38 ,現行の労働協約を承認していること39 ,当該組合が国家や社会的対抗者から独立していること40 ,社会的対抗者に対しても自らの構成員に対しても権威を有し,十分な財政的基礎があり,自らの任務を遂行で
37 Ta r ifver t r agsgesetz, 25. 8. 1969, BGBl. I S. 1323.
38 BAG 10. 9. 1985 AP N r. 34 zu §2 TVG.
39 BAG 25. 11. 1986 AP N r. 36 zu §2 TVG.
40 BverfG 18. 11. 1954 AP N r. 1 zu Ar t . 9 GG.
きる組織を有すること等により社会的に強力であること(soziale Mäch t igkeit)41 等が協約能力の要件とされている42 。使用者団体についても,独立性,民主性といった要件は要求されるが,個々の使用者についても協約能力が認められているため,強力であることの要件は課されていない43 。
(イ) 労働協約の効力
労働協約は,協約当事者の権利義務を規制し,労働関係の内容,締結,終了,並びに,事業所及び事業所組織法の問題を規律する法規範を含む(1 条 1 項)。労働協約は書面形式を必要とする(1 条 2 項)。
労働協約が拘束力を持つのは,労働協約当事者の構成員,及び,自らが労働協約当事者で ある使用者に対してである(3 条 1 項)。つまり,協約を締結した使用者団体に加盟している 使用者と協約締結組合の組合員間の労働契約に対して規範的効力が発生するのが原則である。ただし,事業所及び事業所組織法の問題に関する労働協約の法規範は,労働協約に拘束され る使用者のすべての事業所に適用される(3 条 2 項)ため,非組合員にも当該事項について の協約規範が適用されることになる。労働協約の拘束性は,労働協約終了まで存在する(3
条 3 項)。
労働関係の内容,締結,終了を規律する労働協約の法規範は,労働協約の拘束を受ける者に対し直律的・強行的に適用される(4 条 1 項。協約の規範的効力)。労働協約で,年次休暇金庫などの共同の制度が定められる場合には,労働協約の規制が当該制度の定款に直律的・強行的に適用される(4 条 2 項)。協約と異なる定めは,労働協約がそれを認める場合,もし
くは,労働者の有利に規制を変更する場合にのみ許容される(4 条 3 項。有利原則)。発生した協約上の権利を放棄することは,協約当事者により承認された調整においてのみ可能となる(4 条 4 項)。労働協約の有効期間の経過後,異なる取り決めがなされるまでは,その法規範が効力を有する(4 条 5 項。余後効)。
(ウ) 一般的拘束力制度
労働協約は,一般的拘束力の宣言によって協約の拘束を受けない労働者及び使用者に対して適用される44 。
連邦経済労働省は,使用者団体及び労働組合の全国連合団体の各 3 名の代表者からなる委員会の同意の下,当該協約当事者の申し出により,以下の場合に労働協約の一般的拘束力を宣言することができる。それは,①当該協約の拘束下にある使用者が,当該協約の適用領域
41 BAG 15. 3. 1977 AP N r. 24 zu Ar t . 9 GG.
42 ErfK/Sch au b, §1 TVG Rn. 1ff.
43 ErfK/Sch au b, §1 TVG Rn. 17.
44 2001 年初頭の段階では,ドイツ全土で 534 の労働協約が一般的拘束力宣言を受けて拡張適用され,約 180 万人の労働者が協約の拡張適用を受けている。この拡張適用が活用されるのは,中小規模の企業が中心となっている産業分野であり,建設業をはじめ,清掃・排泄物処理産業,鉱石・セラミック・ガラス等の産業,小売業などで拡張適用のケースが見られる。以上,和田肇・川口美貴・古川陽二『建設産業の労働条件と労働協約』
(旬報社,2003 年)26 頁以下を参照。
にいる労働者の 50%を就労させており(5 条 1 項 1 文 1 号),②一般的拘束力の宣言が公共
の利益に合致しているとみなされる場合である(同文 2 号)。一般的拘束力宣言が社会的危機を除去するために必要とみなされる場合には,1 号,2 号の要件を満たさなくともよい(5条 1 項 2 文)。前項の申し出の決定の前に,一般的拘束力宣言の影響を受けることになる使用者及び労働者には,手続の開始に利害を有する労働組合,使用者団体,並びに労働協約が効力を及ぼす州の最上級労働官庁に対して,書面による意見表明,並びに,口頭又は公の交渉において意見を表明する機会が与えられなければならない(5 条 2 項)。関与する州の最上級労働官庁が,一般的拘束力宣言に異議を申し立てた場合には,連邦経済労働省は,連邦政府の同意がある場合にのみ,申し出を承認できる(5 条 3 項)。一般的拘束力宣言により,労働協約の法規範は,その適用領域においてこれまで当該協約に拘束されてこなかった使用者及び労働者にも及ぶ(5 条 4 項)。連邦経済労働省は,公共の利益に合致するとみなされる場合には,1 項の委員会の同意の下,一般的拘束力宣言を取り消すことができる。この場合,2項,3 項が準用される。一般的拘束力宣言は,当該労働協約の期間満了によっても消滅する
(5 条 5 項)。連邦経済労働省は,個別の事例において,一般的拘束力宣言の権利及び一般的拘束力の取消を州の最上級労働官庁に委ねることができる(5 条 6 項)。一般的拘束力宣言及び一般的拘束力の取消は公示される必要がある(5 条 7 項)。
イ.事業所組織法45
(ア) 一般原則,選挙権,被選挙権
事業所委員会は,通常,少なくとも 5 名の選挙権を持つ労働者から成り,そのうち 3 名が
被選挙権を持つ事業所で選出される(1 条)。満 18 歳以上の労働者が選挙権を有する(7 条)。
被選挙権は,事業所に 6 ヶ月間所属し,公職選挙の権利を得る能力を刑事訴訟による有罪判決により喪失していない選挙権者に存する(8 条 1 項)。
(イ) 適用対象者
事業所組織法の適用対象者は,管理職員(leitende Angestellte)を除く労働者(5 条 1 項 1 文),及び,主として同じ事業所で働いている家内労働者(5 条 1 項 2 文)である。①法人代表機関の構成員,②商事会社の取締役,③主として営利のためでなく宗教的理由により就労する者,④主として営利のためでなく精神修養等のために就労する者,⑤使用者と同じ家で生活する配偶者,パートナー,一親等の親族は適用を除外される(5 条 2 項)。管理職員に
45 Bet r iebsverfa ssungsgesetz, 25. 9. 2001, BGBl. I S. 2518.
も適用がない(5 条 3 項)。管理職員とは,以下の各号のいずれかに該当する職員をいう。①事業所もしくは事業所の部門で使用される労働者の採用・解雇権限を持つ者,②包括的代理権を持つ者,もしくは,使用者との関係で重要な業務代理権を持つ者,③その他,企業もしくは事業所の存続及び発展にとり重要で,且つその遂行に特別の経験と知識が必要とされる職務を通常行っており,その者が本質的に指揮命令の拘束を受けず自由に決定を行う,もしくはその決定に重大な影響を及ぼす場合(5 条 3 項)。管理職員の集団的利益代表制度として,管 理 職 代 表 委 員 会 法 ( Sprecher ausschußgesetz ) に 基 づ く 管 理 職 代 表 委 員 会
(Sp rechera usschuß )がある。事業所組織法の適用が管理職員にないことから,管理職員の人事上の個別的措置は事業所委員会の共同決定権に服さない。
(ウ) 事業所委員会の選挙,構成46
a. 事業所委員会の選出
( a) 選挙の原則
事業所委員会は,事業所の規模に応じて 1 名から 30 名を超える委員により構成される(9条 1,2 項)47 。事業所委員会の任期は 4 年であるが,遅くとも,通常選挙がある年の 5 月 31 日までに終了する(21 条)。
事業所委員会の選挙は,4 年に 1 回,3 月 1 日から 5 月 31 日までの期間内に選出される(13
条 1 項)。事業所の労働者数ないし事業所委員会委員数の変動,委員会自体の決議による解散等の理由に基づく場合,あるいは事業所に事業所委員会が存在しない場合には,この期間外であっても選挙が可能である(13 条 2 項)。
事業所委員会は秘密の直接選挙により選出される(14 条 1 項)。選挙権のある労働者,及び当該事業所に組合員のいる労働組合が候補者の推薦(候補者リストの提出)を行うことができる(14 条 3 項)。労働者による候補者推薦には,少なくとも選挙権ある労働者の 20 分
の 1,且つ,少なくとも 3 名の選挙権者による署名が必要である。しかし 50 名以上の署名は
必要ない(14 条 4 項)。労働組合による候補者推薦は,2 名の代理人による署名が必要であ
る(14 条 5 項)。選挙権を持つ労働者が通常 5 名から 50 名までの小規模事業所では,選挙手続を簡略化した選挙を行うことができる(14 a 条)。
候補者の推薦に当たって複数の候補者リストが提出された場合には比例代表制の原則に従って選挙が行われる。1 つの候補者リストしか提出されない場合,又は,14 a 条に従い手続を簡略化した選挙が行われる場合に多数決選挙が行われる(14 条 2 項)。選挙手続につい
46 事業所委員会の選挙手続に関して,新林正哉「ドイツ事業所組織法二〇〇一年改正における事業所委員会選挙
手続の改正─経営形態・従業員集団の変化に対応した再検討─」季刊労働法 199 号 141 頁以下(2002 年)参照。
47 事業所委員会は,通常 5~20 名の労働者がいる事業所で事業所委員会構成員 1 名から成る。以下,労働者 21
~50 名では 3 名,51 ~100 名で 5 名,101 ~200 名で 7 名,201 ~400 名で 9 名,401 ~700 名で 11 名,701
~1000 名で 13 名,1001 ~1500 名で 15 名,1501 ~2000 名で 17 名,2001 ~2500 名で 19 名,2501 ~3000
名で 21 名,3001 ~3500 名で 23 名,3501 ~4000 名で 25 名,4001 ~4500 名で 27 名,4501 ~5000 名で 29
名,5001 ~6000 名で 31 名,6001 ~7000 名で 33 名,7001 ~9000 名で 35 名。9000 名を超える労働者が属
する事業所では,労働者 3000 名毎に 2 名の事業所委員会構成員が増加する。
事業所委員会の選挙に当たっては,以下の原則が踏まえられる。事業所委員会は,可能な限り,事業所における個々の組織及び労働の種類の異なる労働者から構成されるべきものとされる(15 条 1 項)。従業員において少数派である性別は,事業所委員会が少なくとも 3 名以上で構成される場合には,従業員数の比率に応じて事業所委員会で代表されなければならない(15 条 2 項)。
事業所委員会選挙は,選挙管理委員会(Wahlvor sta n d )によって運営される。選挙管理委員会の任命は,事業所委員会により,当該事業所委員会の任期満了の遅くとも 10 週間前までに行われる。選挙管理委員会は,3 名の選挙権のある労働者,及びその中の 1 名を委員長として構成される(16 条 1 項 1 文)。事業所委員会は,選挙を適法に実施するため必要である場合には,選挙管理委員会構成員の数を増やすことができる(同 2 文)。8 週間前までに任命が行われない場合には,3 名以上の選挙権のある労働者,もしくは当該事業所に組合員のいる労働組合の労働裁判所への申立てにより,労働裁判所が選挙管理委員会を任命する
(16 条 2 項)。事業所委員会が存在しない場合,中央事業所委員会,あるいはコンツェルン
事業所委員会(後述)が存在すれば,それらが選挙管理委員会を任命する(17 条 1 項)。中央事業所委員会,コンツェルン事業所委員会がない場合には,事業所総会(後述)に出席した労働者の多数決により選挙管理委員会を選出する(17 条 2 項)。
選挙権,被選挙権,選挙手続に関する主要な条項への違反が存在した場合には,労働裁判所において選挙の取消がなされる(19 条 1 項)。選挙の取消は選挙結果が明らかになった日
より 2 週間以内であれば可能である(19 条 2 項)。
(b) 選挙の手続
以上の事業所組織法の規定を踏まえて,事業所委員会の選挙手続の概略を以下に述べる48 。事業所委員会選挙の細則は,選挙令49 によって定められている。
任命された選挙管理委員会は,選挙権者の氏名を記載した選挙人リストを,性別で分けて
48 新林・前掲注 46 論文 163 頁以下参照。2001 年 7 月の事業所組織法改正により,それ以前の事業所委員会選 挙手続から大幅な改正が行われた。重要な変更の一つは,労職グループ原則の廃止である。改正以前の事業所 組織法及び選挙令では,従業員を現業労働者(Ar beiter )と職員(A ngestellte)の2つのグループに分類し, 双方のグループから一定割合で事業所委員会委員を選出する方式を採ることで,事業所で少数派となるグルー プの利益も適切に反映される仕組みとなっていた。かかる労職グループ原則は,歴史的に,職員と現業労働者 では,労働条件に関する関心に隔たりがあることを前提として,少数派となったグループの利益が多数派によ って十分に代表され得なくなることを防ぐために導入されていた。しかし,社会の発展とともに,事業所にお ける働き方にも変化が見られ,現業労働者と職員との区別を維持する必要性が低下しているとの指摘を踏まえ, 2001 年の法改正により労職グループ原則が廃止された。その代わりに,事業所で少数派となる性別に事業所 委員会委員の最低数を保障するなど,性別を顧慮した事業所委員会選出原則が導入されることとなった。その ほか,同改正により,事業所組織形成の柔軟化(複数企業に属する共通事業所での独自の事業所委員会設置を 認める),事業所委員会選出手続の簡易化,新しい雇用形態の事業所組織への編入(外勤,テレワーカー等へ の適用の明確化),事業所委員会の能力改善(委員定数の増加等),個々の労働者の参加促進(事業所委員会へ の提案権を個々の労働者に付与する等)といった内容が事業所組織法に盛り込まれた。新林・前掲注 46 論文
152 頁以下参照。
49 Wa hlor d nung ( E r s t e Veror d nung zur D urchführung des Bet r iebsverfa ssungsgesetzes), 11. 12. 2001, BGBl. S. 3494.
作成し(選挙令 2 条 1 項),最初の投票が行われる日の遅くとも 6 週間前までに選挙の公示
を行う(選挙令 3 条 1 項 1 文)。
選挙権者もしくは労働組合からの候補者リストの提出は,選挙の公示から 2 週間以内に行
われる(選挙令 6 条 1 項 2 文)。選挙管理委員会は,提出された候補者リストを審査し,有
効と判断した場合には投票日の 1 週間前までに公示する(選挙令 10 条 2 項)。
選挙権者による投票が行われた後,選挙管理委員会は直ちに開票,当選者の決定,結果発表を行う。当選者の決定は,次のように行われる。
第一段階で,15 条 2 項により,事業所内において少数派となる性別に保障される最低議席数が,従業員中の男女従業員数を基にドント方式により決定される(選挙令 5 条 1 項)。
第二段階で,比例代表選挙もしくは多数決選挙が実施される。14 条 2 項により,複数の候補者リストが提出された場合には比例代表選挙が行われる。投票者は,投票用紙に記載された候補者リストの中から 1 つのリストを選んで投票する(選挙令 11 条)。まず各候補者リストへの議席の配分が,各リスト毎の獲得票数を基にドント方式に基づいて決定される(選挙令 15 条 1 項)。その上で,各候補者リストに配分された議席数に応じた数の委員が,各候補
者リストから選出される(同 2 項)。候補者リスト内での,選出される委員の選択はリスト
に記載された順位に従う(同 4 項)。第一段階で決定された,少数派の性別に保障される委
員数が満たされない場合には,それを満たすよう調整が行われる(同 5 項)。
一つの候補者リストしか提出されなかった場合には,多数決選挙が行われ,投票者は投票用紙に記載された候補者の中から選出されるべき委員数以下の数の者を選び,選出したい候補者に印をつけて投票する(選挙令 20 条)。選出される委員は得票数を基に決定されるが,最初に少数派となる性別に与えられる最低議席数につき,得票数に応じて委員の決定が行われ,その後,残りの議席数が性別に関係なく決定される(選挙令 22 条)。
選挙権を持つ労働者が 5 名以上 50 名以下の事業所では,簡略化された手続により,事業所委員会の選挙が実施される。当該事業所又は企業に,事業所委員会,中央事業所委員会,コンツェルン事業所委員会がない場合には,まず 1 回目の選挙集会で,参加労働者の多数決をもって選挙管理委員会を選出し(事業所組織法 17 a 条),その 1 週間後,2 回目の選挙集会を開催して投票を行い,事業所委員会を選出する(事業所組織法 14 a 条 1 項)。事業所委員会委員の候補者リストは,1 回目の選挙管理委員選出選挙集会までに提出される(同 14 a条 2 項)。2 回目の選挙集会では,多数決選挙により事業所委員会委員の選出が行われる(同 14 条 2 項)。このとき,まず少数派に属する性別の最低議席数が決定され(選挙令 32 条),その上で投票数に応じて委員の選出が行われる。すでに事業所委員会もしくは中央事業所委員会,コンツェルン事業所委員会があり,それらによって選挙管理委員会の任命が行われる場合には,前述 1 回目の選挙管理委員会選出のための選挙集会は省略される(事業所組織法 14 a 条 3 項)。
事業所委員会は,議長と議長代理を選出しなければならない(26 条)。事業所委員会が 9名以上の委員で構成される場合には,事業所小委員会(Be triebsau sschuss )を設置する(27条 1 項 1 文)。事業所小委員会は,事業所委員会の日常的な任務を遂行する(27 条 2 項 1 文)。事業所委員会は,委員の多数決により,小委員会に任務の独自の処理を委ねることができる
(27 条 2 項 2 文)。つまり,日常的な任務とはみなされない共同決定権ないし関与権の行使は,事業所委員会の決定による委譲があれば,小委員会でも行うことが可能となる。しかし,事業所協定の締結は,この権限を小委員会の任意に任せることはできない(27 条 2 項 2 文)。
100 名を超える労働者の存する事業所では,事業所委員会は特定の任務に従事させる委員
会を任命・設置できる(28 条)。
(エ) 事業所委員会の活動,決議
事業所委員会選挙後,1 週間以内に選挙管理委員会が事業所委員会の会議を招集し,議長,議長代理等の選出を行う。その後は,議長が会議日程の確定,招集,議事進行を行う(29 条
1 項,2 項)。委員の 4 分の 1 又は使用者の申請があれば,議長は会議を招集し,審議を求め
られた議題を会議日程に組み入れなければならない(29 条 3 項)。事業所委員会の会議は,通常は労働時間内に行われる。しかしその際,経営上の必要性が考慮されなければならない
(30 条)。
事業所委員会の決議は,事業所組織法に特段の定めがない限り,出席した委員の過半数の賛成により行われる。議決同数の場合には,議案は否決される(33 条 1 項)。委員の少なく
とも半数が参加しなければ,事業所委員会は議決できない。委員の代理出席は認められる(33
条 2 項)。
事業所委員会委員はその職務を名誉職として行い,そのための報酬を得ることはない(37
条 1 項)。委員は,事業所の規模と性質に応じて,自らの任務を適法に実施するため必要な
限りで職業活動を免除される場合,賃金を減額されない(37 条 2 項)。事業所委員会の活動
のための費用は使用者が負担する(40 条 1 項)。事業所委員会の会議,労働者との面会時間,日常の任務遂行のため,使用者は必要な限りで,部屋,物的施設,情報・コミュニケーション手段,事務員を利用させなければならない(40 条 2 項)。
(オ) 事業所総会,部門別集会
従業員集団への情報の周知等のため,事業所総会(Betriebsvers a mmlung )が開かれる。事業所委員会議長が総会を指揮する。総会は非公開で行われる(42 条 1 項)。非公開の意味は,メディアによる公開の報道が許されないということで,使用者は出席可能である。労働者が組織的,空間的に分けられている場合には,部門別集会(Abteilu ngsvers a m mlung )が開かれる(42 条 2 項)。事業所委員会は,暦年の四半期毎に事業所総会を招集し,そこで
活動報告を行わなければならない(43 条 1 項 1 文)。使用者は議事日程の通知を受けた上で,
事業所総会に招かれる(43 条 2 項 1 文)。使用者はそこで発言する権利を持つ(43 条 2 項 2
文)。使用者又はその代理人は,少なくとも暦年に 1 回,事業所総会において,男女平等の状況や外国人労働者の統合を含めた人事・社会制度50 ,事業所の経済的状況と展開,経営上の環境保護に関して,経営秘密を侵さない限りで報告しなければならない(43 条 2 項 3 文)。
(カ) 中央事業所委員会,コンツェルン事業所委員会
企業が複数の事業所で構成され,それに伴い複数の事業所委員会が存在する場合には,中央事業所委員会(Ge s a mtbetriebs ra t )が設置される(47 条 1 項)。中央事業所委員会には,委員 3 名までの事業所委員会から 1 人,委員 3 名を超える事業所委員会からは 2 名の委員が
送られる。その際,性別を適切に考慮すべきものとされる(47 条 2 項)。この委員構成は,
労働協約ないし事業所協定により異なる定めをすることが可能である(47 条 4 項)。中央事業所委員会の各委員は,選出された事業所の選挙人名簿に記載されている有権労働者数に応じた数の投票権を持つ。複数の委員が選出されている場合には投票権の数が分配される(47
条 7 項)。
中央事業所委員会は,企業全体,もしくは複数の事業所にかかわり,個々の事業所内の事業所委員会では規制できない事項を扱う権限を有し,その限りで事業所委員会が設置されていない事業所にも中央事業所委員会の権限は及ぶ(50 条 1 項 1 文)51 。中央事業所委員会は
個々の事業所委員会の上に位置するわけではない(50 条 1 項 2 文)。個々の事業所委員会は,委員の過半数の同意により,本来は自らが扱う事項の処理を中央事業所委員会に委ねることができる(50 条 2 項 1 文)。その際,各事業所委員会は決定権を留保できる(50 条 2 項 2文)と規定されていることから,各事業所委員会は,当該事項に関する決定権を自らに留保することもできるし,中央委員会に委ねることもできると解されている。
コンツェルン(株式法 18 条 1 項にいうコンツェルン52 )においては,各企業の中央事業所
委員会の決議により,コンツェルン事業所委員会を設置することができる(54 条 1 項)。コ
ンツェルン事業所委員会には,各中央事業所委員会から 2 名の委員が送られる。コンツェルン事業所委員会の権限は,コンツェルンもしくは複数のコンツェルン企業にかかわり,個々のコンツェルン企業では規制できない事項の扱いについて認められる。
(キ) 年少者・職業訓練者代表
事業所に通常,18 歳未満の労働者(年少労働者,j ugentliche Arbeit neh me r ),もしくは職業訓練のため就労する 25 歳未満の者が 5 名いる場合には,年少者・職業訓練者代表を選
出できる(60 条 1 項)。60 条 1 項に挙げられた労働者はすべて選挙権を有する(61 条 1 項)。
50 社会制度(Sozialwesen)とは,例えば従業員の食堂,工場付設の宿舎といった事業所における福利厚生のための施設や,その他の社会的給付を意味する。Vgl. ErfK/ Eisem ann, §43 Betr VG Rn. 8.
51 事業所委員会が関与し得る,社会的事項,労働者の人事的事項,経済的事項等の諸事項については,原則として個々の事業所委員会が決定及び処理の権限を有する。中央事業所委員会は,企業全体ないし複数の事業所のレベルで規制を行う不可欠の必要性がある限りでのみ,規制権限を有する。また,事業所委員会が設けられていない事業所に対する権限も,その範囲でのみ認められる。中央事業所委員会がそうした事業所での「代替事業所委員会」となり得るわけではない。
52 株式法(Ak t iengesetz)18 条 1 項「支配企業とその下にある一ないし複数の従属企業が支配企業によって統一的に運営されている場合には,これら企業全体をコンツェルンという」。
被選挙権があるのは,事業所における 25 歳未満の全労働者である(61 条 2 項)。年少者・
職業訓練者代表は以下の一般的な任務を行う。①60 条 1 項の年少労働者,職業訓練者にかか
わる措置(70 条 1 項 1 号),特に労働関係における職業訓練・教育に関する措置を事業所委員会に申請する。②年少者・職業訓練者の実際の平等な立場を事業所委員会に申請する(同 1 a 号)。③年少者・職業訓練者にかかわる法規,法規命令,労働協約,事業所協定の実施を
監視する(同 2 号)。④年少者・職業訓練者からの提案,特に職業訓練に関する提案等を受
け入れ,事業所委員会で実現に努める(同 3 号)。⑤外国人の年少者・職業訓練者の統合を
促進し,そのための措置を事業所委員会に申請する(同 4 号)。
(ク) 労働者の関与・共同決定に関する基本原則
使用者と事業所委員会は,少なくとも 1 ヶ月に 1 度,協議(Besprech ung )のため会合を持つ必要がある。係争中の問題に関して,双方は一致に向け真摯に交渉し,見解の相違を調整する提案を行わなければならない(74 条 1 項)。
使用者と事業所委員会の間で,争議行為は許容されない(74 条 2 項 1 文)。使用者と事業
所委員会は,労働過程や事業所の平和を害する行動を行ってはならない(74 条 2 項 2 文)。
政党活動も禁止される(74 条 2 項 3 文)。
使用者と事業所委員会は,事業所で働くすべての者が,法と公平の基本原則に従って扱われるよう監視しなければならない。特に,家系,宗教,国籍,出自,政治的・労働組合活動を理由とする異別取扱いや雇い入れ,あるいは,性別や性的アイデンティティを理由とする異別取扱いや雇い入れが行われないようにしなければならない(75 条 1 項)。
事業所組織法が定める事業所委員会の共同決定権(Mitbes t im m u ngs rech t )は,多義的な概念であり,以下の留意が必要である53 。広義には,事業所委員会が使用者より情報提供,事情聴取を受ける,もしくは協議する権利を含め,事業所の運営に対して関与する権利全般を意味する。狭義の共同決定は,使用者が事業所委員会の同意を得ない場合には,一方的措置をなし得ないことを意味する。狭義の共同決定には,さらに 2 種類のものがある。事業所委員会側にも,当該事項について共同決定を使用者に提案し,使用者が同意しない場合には,仲裁委員会(後述)の裁定をもって両者の合意に代替させる権利(発議権)を含むものと,発議権はないが,使用者の提案に同意しないことをもって使用者の一方的措置を妨げる権利
(同意権)があるものの 2 種類である。
事業所委員会に発議権を含む共同決定権が認められる事項の代表例は,事業所組織法 87条で規定された社会的事項である。同意権のみが与えられている事項には,人事調査票,評価基準の作成(94 条),人事計画における選択指針の作成(95 条),使用者による採用,賃
金グループ格付け,同格付けの変更,配転の実施(99 条),事業所委員会委員の即時解雇(10 3
条),社会計画の策定(112 条)がある。
53 荒木尚志『雇用システムと労働条件変更法理』(有斐閣,2001 年)157 頁参照。
(ケ) 事業所協定
以下で見るように,事業所委員会は,使用者に対し各種の共同決定権を事業所組織法により認められている。共同決定にかかわる事項を,事業所において統一的に定めるため,事業所協定の形式が用いられる。この協定は使用者と事業所委員会の合意によって成立する。事業所協定には特別の規範的効力が与えられ,適用される事業所で働く労働者と使用者の労働関係を規律する。そのため,労働条件の決定又は変更に関して重要な法規範となる。
事業所委員会と使用者の協定,並びに仲裁委員会(後述)の裁定(Sp ruch )に基づく協定を使用者は実施する。ただし,個別事案について異なる合意がある場合にはその限りではない(77 条 1 項 1 文)。事業所委員会は,一方的な行為により事業所の管理運営に介入しては
ならない(同 2 文)。事業所協定は事業所委員会と使用者によって共同で締結され,書面に記録され,両当事者によって署名されるものとする。ただし,事業所協定が仲裁委員会の裁定に基づく場合にはこの限りではない(77 条 2 項 1 文,2 文)。使用者は事業所協定を適切
な場所に掲示しなければならない(同 3 文)。賃金,その他,労働協約により規制された,
あるいは規制されるのが通常である労働条件は,事業所協定の対象とはなり得ない(77 条 3
項 1 文)。労働協約が補充的な事業所協定の締結を明示的に許容している場合には,この限りではない( 同 2 文)。77 条 3 項 1 文は,事業所協定に対する労働協約の遮断効
(Sper rwir k ung )について規定しており,労働条件の設定及び変更における規範のヒエラルキーを定めた重要な条項である。労働協約と事業所協定の相互関係を巡る議論については,第 2 節各論,3 (2)を参照。
事業所協定は直律的,強行的な効力を持つ(77 条 4 項 1 文)。事業所協定により労働者に権利が認められている場合には,その権利の放棄は事業所委員会の同意がある場合にのみ許容される(同 2 文)。そうした権利の失効は認められない(同 3 文)。事業所協定上の権利行使に関する停止期間,時効期間の短縮は,労働協約ないし事業所協定で定められている限りで許容される(同 4 文)。事業所協定は,特段の定めがない限り,3 ヶ月の解約告知期間をもって終了する(77 条 5 項)。事業所協定の失効後,仲裁委員会の裁定によって代替可能であ
る事項に関する規制については,別の取り決めがなされるまで効力を有する(77 条 6 項)。
(コ) 仲裁委員会
使用者と事業所委員会,中央事業所委員会,コンツェルン事業所委員会は,意見の相違を調整するため必要に応じて仲裁委員会( Einigungsstelle )を設置することができる。事業所協定により常設の仲裁委員会を設置することもできる(76 条 1 項)。仲裁委員会は,使用者と事業所委員会がそれぞれ指名する同数の委員,及び,両者どちらにも属さない議長によって構成される。中立の議長については,使用者及び事業所委員会の双方が合意しなければならない。議長について両者が合意に至らない場合には,労働裁判所が指名する(76 条 2 項)。仲裁委員会は遅滞なく活動を行わなければならない。口頭での審議の後,仲裁委員会は多数決により決議を行う。決議を行うに際し,議長は最初の投票を棄権しなければならない。多
数が決まらない場合に,さらなる審議の後,改めて行われる決議に議長が加わる。仲裁委員会の決議は書面に記録され,議長の署名を入れて使用者及び事業所委員会に送付される(76
条 3 項)。仲裁委員会における手続の詳細について,事業所協定で定めることができる(76
条 4 項)。仲裁委員会の裁定が使用者と事業所委員会の合意に代替する事案においては,仲裁委員会は一方の申立てにより活動を行う。仲裁委員会は,事業所及び関係する労働者の事情を適切に考慮し,公正な裁量に基づき,決議を行う。裁量の限界の逸脱に関する訴えは,使用者及び事業所委員会により,仲裁委員会の決議が到達した日から 2 週間の期間内に限り,
労働裁判所で主張することができる(76 条 5 項)。
(サ) 事業所委員会の一般的任務
事業所委員会は,以下の一般的任務を行う。①労働者の利益のために存在する法律,法規命令,災害防止規程,労働協約,事業所協定が実施されるよう監視する(80 条 1 項 1 号)。
②事業所及び従業員に資する措置を使用者に提案する(同 2 号)。③男女の事実的な同権の実施を,特に採用,就労,職業訓練,昇進について促進する(同 2 a 号)。④家庭と稼得の両立を促進する(同 2b 号)。⑤労働者及び年少者・職業訓練者代表の提案を受け入れ,使用者との交渉により実現に努める(同 3 号)。⑥障害者,その他の特に保護を必要とする者の編
入を促進する(同 4 号)。⑦年少者・職業訓練者代表選挙の準備,実施に協力する(同 5 号)。
高齢労働者の就労を促進する(同 6 号)。⑨外国人労働者の統合を促進する(同 7 号)。⑩
事業所での就労を促進し,保護する(同 8 号)。⑪労働者保護及び経営上の環境保護の措置
を促進する(同 9 号)。この法律による任務を実施するために,事業所委員会は適時適切に
使用者から情報提供を受ける(80 条 2 項)。
(シ) 個々の労働者の権利
事業所組織法では,81 条以下で個々の労働者の関与権・苦情申立権が定められており,事業所委員会の関与についても規定されている。
使用者は労働者に対し,その職務,責任,業務の種類,労働過程への組み入れに関し,情報を提供しなければならない(81 条 1 項)。労働者の労働領域における変更があった場合に
は,使用者は適切な時点で労働者に情報を提供しなければならない(81 条 2 項)。技術的装置,労働手順・労働過程,労働ポストに関する計画に基づき予定されている措置,及び当該措置が労働ポスト,職場環境,業務の内容・種類に及ぼす影響につき,使用者は労働者に情報を提供しなければならない(81 条 4 項)。労働者は自らの身にかかわる事項について,権
限を有する者から意見を聴取され,態度を決定し,提案を行う権利を有する(82 条 1 項)。また,労働者は,自己の賃金の計算と内訳についての説明,自らの労務給付の評価,事業所における自身の職業的発展可能性について協議する権利を有する。その際,事業所委員会委員を同席させることができる(82 条 2 項)。労働者は自己の人事記録を閲覧することができ
る。その際,事業所委員会委員を同席させることができる(83 条 1 項)。労働者は自らの供
述を人事記録に添付することができる(83 条 2 項)。労働者は,使用者から不利益な取扱い
を受ける,もしくは不公正な扱いを受けるなどして損害を被った場合には,事業所に設置された機関に対し苦情を申し立てることができる(84 条 1 項)。事業所委員会は,労働者の苦情を受け入れ,それが正当であるとみなした場合には,使用者に対し苦情対象の除去を求めなければならない(85 条 1 項)。85 条は 84 条を補完する規定と解され,85 条でいう苦情は
84 条と同義である54 。使用者は苦情の処理について事業所委員会と協議しなければならない
55 。労働者からの苦情の正当性について使用者と事業所委員会との間で意見の相違がある場
合には,事業所委員会は仲裁委員会に申し立てることができる(85 条 2 項 1 文)。この場合,
仲裁委員会の裁定は,使用者と事業所委員会の合意に代替し得る(同 2 文)。ただし,85 条
2 項 2 文は,苦情の対象が権利の請求である場合には適用されない(同 3 文)。法律,労働協約,事業所協定,個別労働契約の規制に基づく権利請求権の有無を判断するのは司法の役割である。
(ス) 社会的事項に関する事業所委員会の関与
事業所委員会は,以下の事項について,法律上,及び労働協約による定めがない限りで共同決定を行わなければならない。①事業所秩序(87 条 1 項 1 号。入退場,欠勤届,事業所罰
等の職場秩序に関する事項),②労働時間の配分(同 2 号。始終業時刻,休憩,各週日への
労働時間配分に関する事項),③所定労働時間の一時的な短縮・延長(同 3 号),④賃金支払
方法(同 4 号。賃金支払の時期,場所,方法に関する事項),⑤休暇(同 5 号。休暇付与に
関する一般的な原則,休暇計画,休暇付与時期等に関する事項),⑥労働者の監視装置(同 6号。ビデオカメラや通話録音装置等,労働者の行動や働きぶりを監視する装置の導入・利用に関する事項),⑦災害防止と健康保護(同 7 号,法令で規定された労働災害・疾病予防,健康保護の規制に関する事項),企業内福利厚生制度(同 8 号。従業員食堂,保養施設,企業老齢年金等の設立,管理等に関する事項),⑨社宅(同 9 号。社宅の割当,解約,利用
条件等に関する事項),⑩事業所における賃金形態(同 10 号。時給制,出来高制といった賃
金形態の原則に関する事項),⑪成果給(同 11 号。出来高制・歩合制等,成果能率関連給に
関する事項),⑫事業所における提案制度(同 12 号),⑬グループ労働(同 13 号。事業所内でのグループ労働実施に関する事項)。
使用者と事業所委員会との間で 87 条 1 項の事項に関して合意が成立しない場合,仲裁委
員会が裁定を行う。仲裁委員会の裁定は両者の合意に代替する(87 条 2 項)。
(セ) 労働ポスト,労働過程,労働環境の具体化に関する事業所委員会の共同決定権 使用者は,事業所の新改築又は拡張,技術的装置,労働手順・過程,労働ポストに関する
計画に関し,事業所委員会に適切な時期に情報提供しなければならない(90 条 1 項)。使用者は予定されている措置とその影響について,適切な時期に事業所委員会と協議しなければならない(90 条 2 項)。労働ポスト,労働過程,労働環境の変更により,定評ある労働科学
54 ErfK/K ania, §85 Betr VG Rn. 1.
55 ErfK/K ania, §85 Betr VG Rn. 2.
的知見からして人間的な労働の形成に明らかに反し,労働者が特に負担を受けている場合には,事業所委員会は負担の除去,緩和,調整のための適切な措置を要求することができる。使用者と事業所委員会との間で合意が存在しない場合には,仲裁委員会の裁定が両者の合意に代替する(91 条)。
(ソ) 人事的事項に関する事業所委員会の関与,共同決定
a. 一般的な人事的事項に関する関与,共同決定
人員計画に関して使用者は事業所委員会に適切な時期に情報を提供しなければならない
(92 条 1 項)。事業所委員会は,雇用の安定及び促進のための提案を使用者に行うことができる。特にそれは,労働時間の柔軟化,パートタイム労働及び高齢者パートタイム労働の促進,労働組織の新しい形式,労働手順・労働過程の変更,労働者の賃金グループ格付け,労働のアウトソーシングに対する代替案,生産・投資計画を対象とし得る(92 a 条)。事業所委員会は,欠員募集を事業所内で行うよう要求することができる(93 条)。
人事調査票の内容は,事業所委員会の同意を必要とする。内容の合意が得られない場合には,仲裁委員会が裁定を行う。仲裁委員会の裁定は使用者と事業所委員会の合意に代替する
(94 条 1 項)。94 条 1 項は事業所委員会に同意権のみを付与していると解される。発議権はない。同じことが,労働契約書における個人的記載事項,及び,人事的事項に関する一般的な評価原則についても適用される(94 条 2 項)。
採用,配転,賃金グループ格付け,解雇の際の人選指針は,事業所委員会の同意を必要とする(95 条 1 項 1 文)。指針の作成自体,あるいはその内容について合意が得られない場合
には,使用者の申立てにより仲裁委員会が決定を行う(同 2 文)。仲裁委員会の裁定は使用
者と事業所委員会の合意に代替する(同 3 文)。50 0 名を超える労働者の存する事業所では,
95 条 1 項 1 文の人事的措置に当たり考慮されるべき専門的・人的条件及び社会的観点に関する指針の作成を事業所委員会は要求し得る。この点について合意が得られない場合には,仲裁委員会が決定を行い,その裁定は使用者と事業所委員会の合意に代替する(95 条 2 項)。
95 条 2 項の規定から,従業員 500 名を超える事業所では,事業所委員会には発議権を含む
共同決定権が認められ,500 名以下の事業所では,人選指針作成に関して事業所委員会は同意権のみを有するものと解される。
事業所組織法 95 条にいう配転(Ve r setzu ng)とは,「1 ヶ月の期間を超えることが予定される,又は,労働給付の環境に著しい変更をもたらすような他の労働領域への配置をいう。労働関係の特質上,労働者が特定の職場で就労しないことを常とする場合には,その都度の職場の決定はこれを配転とみなさない」(95 条 3 項)。
b. 個別的な人事上の措置に関する関与,共同決定
( a) 採用,賃金グループ格付け,配転
人事上の個別的な措置に対する事業所委員会の関与権,共同決定権は 99 条に定められている。通常,20 名以上の選挙権を持つ労働者を擁する企業では,採用,賃金グループ格付け,
配転を行う前に使用者は事業所委員会に情報提供し,応募書類を提示し,該当者の人物に関する情報を伝えなければならない。使用者は,必要な書類とともに,計画された措置の影響に関する情報を事業所委員会に与え,計画された措置についての事業所委員会の同意を求めなければならない。採用と配転に際して使用者は特に,見込まれる労働ポストと予定される賃金グループ格付けを通知しなければならない。事業所委員会の委員は,情報を提供された労働者の人事上の事項について秘密を保持する義務を負う(99 条 1 項)。
事業所委員会は,以下の場合に同意を拒否できる。①人事上の措置が法律,法規命令,労災防止規程,労働協約もしくは事業所協定上の規定,判例,官庁による命令に違反するおそれのある場合(99 条 2 項 1 号),②事業所組織法 95 条による人選指針に違反するおそれの
ある場合(同 2 号),③人事上の措置により,事業所で就労する労働者が解雇される,もしくはその他の不利益を受けることとなり,そのことが経営上もしくは個人的な理由により正当化されないことについて,事実に裏付けられた懸念が存する場合(3 号),④人事上の措置により,当該労働者が,経営上もしくは個人的な理由により正当化されることなく,不利益な取扱を受ける場合(4 号),⑤事業所組織法 93 条で必要とされる,事業所内での募集が行われない場合(5 号),⑥人事上の措置について見込まれる応募者もしくは労働者が,法律違反行為ないし 75 条 1 項の基本原則の著しい侵害,特に人種差別的・外国人敵対的な活動によって事業所の平和を損なうことへのおそれが事実により裏付けられる場合(6 号)。
事業所委員会が同意を拒否する場合には,情報提供の後,1 週間以内に,理由を添えて書面で使用者にこれを通知しなければならない(99 条 3 項)。同意を拒否された使用者は,労
働裁判所に対し,事業所委員会の同意に代わる決定を求めることができる(99 条 4 項)。99
条 1 項の人事上の措置を使用者が実施する緊急の客観的な理由がある場合には,事業所委員
会の意見表明もしくは同意の以前に,使用者は一時的にそれを行うことができる(100 条 1項)。かかる措置に関する緊急の必要性について事業所委員会が争う場合には,それを使用者に遅滞なく通知しなければならない。使用者は 3 日以内に,労働裁判所に,事業所委員会の同意に代わる決定,及び,措置に急迫の必要性があったことの確認を求めなければならない
(100 条 2 項)。
(b) 労働者の解雇
事業所委員会は,あらゆる解雇の前に意見を聴取されねばならない。使用者は事業所委員会に解雇理由を通知しなければならない。事業所委員会の聴取を欠く解雇は無効である(102条 1 項)。事業所委員会が通常解雇に疑問を持った場合には,1 週間以内に使用者に書面で通知しなければならない。この期間に意見表明がなければ,事業所委員会は解雇に同意したものとみなされる。事業所委員会が即時解雇に疑問を持った場合には,遅滞なく理由を添えて書面で,遅くとも 3 日以内に使用者に通知しなければならない。事業所委員会は,意見表明
の前に当該労働者から聴聞を行う(102 条 2 項)。
事業所委員会が通常解雇に対し異議申立を行うことができるのは以下の場合である。①使
用者が被解雇者選定の際に社会的観点を考慮しない,もしくは十分に考慮しない場合(102
条 3 項 1 号)。②解雇が 95 条による選考指針に反する場合(同 2 号)。③被解雇者が同じ事
業所,もしくは企業の別の事業所における別の労働ポストで継続就労可能である場合(同 3
号)。④労働者の継続就労が再教育ないし継続教育措置により可能である場合(同 4 号)。⑤労働者の継続就労が契約条件の変更により可能であり,労働者がそれに同意している場合(同 5 号)。事業所委員会が 102 条 3 項により異議申立を行ったにもかかわらず使用者が解雇した場合には,使用者は解雇の際,事業所委員会の異議申立の写しを労働者に与えなければならない(10 2 条 4 項)。事業所委員会が通常解雇に際して期限内に適法に異議申立を行い,労働者が解雇制限法に基づき解雇無効確認訴訟を提起した場合,使用者は労働者の要求により,解約告知期間経過後,訴訟の終結時まで,従前の労働条件で継続就労させなければならない。ただし,使用者の申立てにより,裁判所は以下の場合に継続就労の義務から使用者を解放することができる。①労働者の訴えに十分な勝訴見込みがない,もしくは,無謀であると思われる場合(102 条 5 項 1 号)。②労働者の継続就労が使用者に期待し得ない経済的負担とな
るおそれがある場合(同 2 号)。③事業所委員会の異議申立に明らかに理由がない場合(同 3
号)。
使用者と事業所委員会は協定により,解雇につき事業所委員会の同意が必要であって,同意を与えないことの正当性について意見の相違がある場合には仲裁委員会に裁定を行わせることができる(102 条 6 項)。
(タ) 経済的事項に関する関与
a. 経済委員会
常時 100 名を超える労働者が就労している企業では,経済委員会(Wi rtschaft sa u sschuss )が設置される。経済委員会の任務は,経済的事項を事業主と協議し,事業所委員会に情報提供することである(106 条 1 項)。事業主は経済委員会に対し,適切な時期に,必要な資料とともに経済的事項に関して包括的に(ただし企業秘密,営業秘密が危険にさらされない限りで)情報提供しなければならず,また,そうした経済的事項から生ずる人事計画への影響を説明しなければならない(10 6 条 2 項)。10 6 条の規定における「経済的事項」とは,特に以
下のことを意味する。①企業の経済的・財政的状況(106 条 3 項 1 号),②生産・売上状況
(同 2 号),③生産・投資計画(同 3 号),④合理化計画(同 4 号),⑤製造・労働手段,特
に新しい労働手段の導入(同 5 号),⑥経営上の環境保護(同 5 a 号),⑦事業所もしくは事
業所部門の縮小・閉鎖(同 6 号),事業所もしくは事業所部門の移転(同 7 号),⑨企業も
しくは事業所の統合もしくは分離(同 8 号),⑩事業組織もしくは事業目的の変更(同 9 号),
⑪企業の労働者の利益に本質的にかかわる,その他の経過もしくは計画(同 10 号)。
経済委員会は,企業に所属する 3 名以上 7 名以下の者を委員として構成され,少なくとも
1 名は事業所委員会の委員でなければならない。事業所組織法 5 条 3 項の管理職員も経済委
員会の委員となることができる(107 条 1 項)。経済委員会の委員は,事業所委員会により,
その任期中に決定される。中央事業所委員会がある場合には,そちらが決定する(107 条 2
項)。事業所委員会は,委員の多数決により,事業所組織法 28 条に基づき事業所委員会が設置する特別の委員会に経済委員会の任務を委ねることもできる。
経済委員会は 1 月に 1 回,会合を持つ(10 8 条 1 項)。経済委員会の要求にもかかわらず,
106 条にいう経済的事項に関する情報が企業から提供されない,又は,適切な時期もしくは十分に提供されない場合で,事業所委員会と使用者が合意に至らないときには,仲裁委員会がこれに替わる決定を行う(10 9 条)。1,00 0 人を超える労働者のいる企業では,少なくとも四半期に一度,使用者は経済委員会及び事業所委員会との事前打ち合わせを経た上で,企業の経済的状態・展開について書面で労働者に報告をしなければならない(110 条)。
b. 事業所変更
( a) 事業所変更
通常,21 名以上の選挙権を持つ労働者を擁する企業では,従業員集団,あるいは従業員集団の相当部分に,本質的に不利益をもたらす可能性のある事業所変更を計画する場合,事業所委員会に適切な時期に包括的に情報提供を行い,計画された事業所変更に関して協議を行わなければならない(111 条 1 文)。労働者数が 300 名を超える企業では,企業の援助によ
り相談役を招くことができる(111 条 2 文)。111 条 1 項 1 文にいう事業所変更とは以下のも
のをいう。①事業所全体又は主要な事業所部門の縮小・閉鎖(111 条 3 文 1 号),②事業所全
体又は主要な事業所部門の移動(同 2 号),③他の事業所との統合,又は事業所の分割(同 3
号),④事業所組織,事業の目的,事業所設備の根本的な変更(同 4 号),⑤根本的に新しい
労働手段ないし製造過程の導入(同 5 号)。
(b) 利益調整・社会計画
111 条 1 文で定められた,事業主と使用者の間の協議により,企業の利益と従業員集団の利益を調整することを「利益調整(I n t e ressen a u sgleich )」と称する。この利益調整の対象は,事業所変更それ自体である56 。事業主と事業所委員会の間で,計画された事業所変更に関する利益調整が成立した場合には,それが書面に記され,事業主と事業所委員会の署名が付される(112 条 1 項 1 文)。
事業所変更それ自体ではなく,事業所変更の結果,労働者にもたらされる経済的不利益の補償ないし緩和のための合意は「社会計画(Sozialplan )」と称される。この社会計画が成立した場合も,書面に記され事業主と事業所委員会の署名が付される。社会計画は,事業所協定の効力を持つ。労働協約の遮断効に関する 77 条 3 項は,社会計画には適用されない(11 2
条 1 項)。
計画された事業所変更に関し,事業主と事業所委員会の間での利益調整,及び社会計画の
56 事業所変更の実施が必要か否か,労働者の利益を考慮して,事業所変更そのものに修正がなされるべきか否か,なされるとすればどのような修正を行うか,例えば事業所の閉鎖ではなく縮小といったより穏やかな変更への修正,事業所変更の実施の延期等がこの「利益調整」の内容となる。荒木・前掲注 53 書 106 頁参照。
合意が成立しない場合,事業主及び事業所委員会は,連邦雇用エージェント(B u n des agentu r fü r Arbeit)の理事に調停を依頼することができる。理事はその任務を連邦雇用エージェントの他の職員に委任することができる。調停の依頼がなされない,あるいは調停の試みが成功しない場合に,事業主もしくは事業所委員会は仲裁委員会を招集することができる。仲裁委員会議長の依頼により,連邦雇用エージェント理事,もしくはその者に指名された連邦雇用エージェント職員が審理に加わる(112 条 2 項)。
事業主と事業所委員会は,仲裁委員会に,利益調整及び社会計画に関する意見の相違を調停するよう申し出ることとする。仲裁委員会は両当事者の合意を得るよう努める。合意が成立した場合には,書面に記し両当事者と議長の署名が付される(112 条 3 項)57 。
利益調整について合意が成立しなかった場合,仲裁委員会は合意に至るよう調整を行い得るのみで,当事者の合意に代替する裁定を行うことはできない。合意が成立しない場合でも,事業主は事業所変更を行うことができる。また,利益調整が成立した場合でも,事業主がこれを逸脱する措置を取ることも可能とされる。
社会計画の策定に関する合意が成立しなかった場合には,仲裁委員会が決定を行い,その裁定が両当事者の合意に代替する(112 条 4 項)。仲裁委員会が 112 条 4 項により決定を行う場合には,関係する労働者の社会的利害,及び,企業に対する自らの決定の経済的有効性を考慮しなければならない。その際,仲裁委員会は,特に以下の基本原則に関し,公正な裁量の枠内で行わなければならない。①仲裁委員会は,特に,収入減少,特別給付の欠落,企業年金期待権(Anwa rtschaften )の不承継,引越費用や交通費の増加による経済的不利益の調整もしくは緩和に当たり,個別事例の事実を考慮した給付を定めるものとする(112 条
5 項 2 文 1 号)。②仲裁委員会は,関係する労働者の労働市場における見込みを考慮する。同じ事業所もしくは企業,又はコンツェルン内の別企業の他の事業所での労働関係が期待可能であって継続就労可能な労働者,又は継続就労を拒否した者には給付を行わない。この場合,労働者が単に別の場所で継続就労が可能であることだけでは,当該労働者にとって労働関係が「期待可能」であることの理由とはならない(同 2 号)。例えば,従来の労働ポストと比較して同程度の価値の労働条件の労働ポストが同じ事業所もしくは企業内,又はコンツェルン内の別企業に存する場合に,労働関係が「期待可能」とみなされる。③仲裁委員会は,社会法典 3 編で規定される,失業回避のための促進可能性を考慮する(同 2 a 号)。④仲裁委員会は,社会計画における給付の総額の計算に当たり,企業の存続,もしくは,事業所変更の
57 112 条 4 項及び 5 項は,「社会計画」に関する事業主と事業所委員会の合意が成立しなかった場合について,仲裁委員会の裁定が代替し得ることを定めているが,同様の定めは,事業所変更に当たっての利益調整に関しては存在しない。すなわち,事業所変更に関する利益調整に関し両当事者の合意が成立しない場合,連邦雇用エージェントの理事ないし職員による調停,又は仲裁委員会による調停が行われても合意に至らなければ,手続はそこで終了し,仲裁委員会の裁定による強制は行われない。この「利益調整」において問題となるのは,事業所変更計画の内容それ自体である。事業主と事業所委員会は,事業所変更の必要性,関係する労働者の利益に配慮するためには,どのような計画の変更が望ましく可能であるか等につき協議検討することが想定されている。
実施後に残る労働ポストが危機にさらされないよう注意する(同 3 号)。
(c) 経済的解雇に関する社会計画
111 条 3 文 1 号にいう計画された事業所変更の本質が,専ら労働者の解雇にある場合には,
以下の場合にのみ,112 条 4 項,5 項(社会計画について合意不成立の場合に仲裁委員会の
裁定が合意を代替する共同決定の制度)が適用される。①通常 60 名未満の労働者を擁する
事業所で,通常就労する労働者の 20%,又は 6 名以上の労働者(112 a 条 1 項 1 文 1 号),
②通常 60 名以上 250 名未満の労働者を擁する事業所で,通常就労する労働者の 20%,又は,
37 名以上の労働者(同 2 号),③通常 250 名以上 500 名未満の労働者を擁する事業所で,通
常就労する労働者の 15%,又は,60 名以上の労働者(同 3 号),④通常 500 名以上の労働
者を擁する事業所で,通常就労する労働者の 10%で,かつ,60 名以上の労働者(同 4 号)が,経営上の理由から解雇される場合である。事業所変更を理由として,合意解約の形で使用者が労働者を企業から切り離したことも,解雇とみなされる(112 a 条 1 項 2 文)。また,
112 条 4 項,5 項の規定は,創設から 4 年以内の企業における事業所には適用されない。ただし,企業の新設が,企業もしくはコンツェルンの機構改変と関連して行われた場合はこの限りではない(112 a 条 2 項)。
計画された事業所変更に関する利益調整から企業が逸脱した場合,その逸脱のため解雇された労働者は,使用者の一時金の支払いを求めて労働裁判所に訴訟を提起できる(113 条 1項)。
3.労働契約法制の対象範囲58
(1) 法律上の定義
ドイツにおける労働契約法,労働者保護法,集団的労働法を含む全労働法の中核的な適用対象者は「労働者(A rbeit nehmer )」である。各法律には適用範囲に関する規定が設けられており,そこでは「労働者」への適用を基本としつつ,それぞれの法律毎に,その他の対象者(後述の「労働者類似の者」や家内労働者等)が加えられる,もしくは適用範囲が限定される(①適用事業所の規模による限定:解雇制限法 23 条,事業所組織法 1 条 1 項,②「労働者」の中での適用除外:管理職員の適用除外)などの定めがなされている。法律の上では,
「この法律の意味における労働者とは,現業労働者(Arbeiter ),職員(An ges t ellte)並びに職業訓練のための就労者(die zu ih rer Berufsbild ung Beschäftigte )である」との定義が多く見られる(賃金継続支払法 1 条 2 項,労働時間法 2 条 2 項,事業所組織法 5 条 1 項 1
文,労働裁判所法 5 条 1 項 1 文等)59 。この「労働者」,「現業労働者」又は「職員」に関す
58 ドイツの労働者概念に関して,橋本陽子「労働法・社会保険法の適用対象者─ドイツ法における労働契約と労
働者概念」(一)~(四・完)法学協会雑誌 119 巻 4 号 612 頁以下,120 巻 8 号 1477 頁以下,120 巻 10 号
1893 頁以下,120 巻 11 号 2177 頁以下(2002 ~2003 年)を参照。
59 現業労働者と職員は,「労働者」の下位概念として位置づけられ,両者はその従事する労働の性質によって区
る,より詳細な定義は法律上には存在せず,これら概念の内容は労働裁判所の判例によって形成されている。労働契約法分野に属する法律と,労働者保護法分野に属する法律とで,「労働者」概念の相違はなく,統一的な概念が用いられている。
社会保障法分野の中核的な法律である社会法典では,疾病保険,労災保険,失業保険,老齢年金保険につき強制保険の対象者の範囲がそれぞれ定められているが,そこで中核的な意味を持つのが「就労(Beschäftigung )」ないし「就労者(Be sch äftigte )」の概念である。同法典の定義によると,「就労とは,非独立の労働,とりわけ労働関係における非独立の労働である。就労の根拠は,指揮命令下の労働,及び,指揮命令を行う者の労働組織への編入である」(社会法典 4 編 7 条 1 項)。この社会法典上の定義は,後述のように,労働裁判所が示してきた「労働者」の定義に沿っている。
商法典には,商業代理人( H an delsvertreter )の権利義務に関する諸規定が存在する。そこでは,商業代理人とは,独立した(s elbs t ä ndig)事業主として,他の事業主のために取引を仲介する,もしくはその事業主の名で取引の契約を締結することを常に委託されている者と定義されている(商法典 84 条 1 項 1 文)。ここでの「独立」とは,「本質的に自由に自ら
の業務活動を行い自らの労働時間を決定できる者である」(同条同項 2 文)とされる。84 条
2 項では,同条 1 項の意味で「独立」せずに,ある事業主のために取引を仲介する,もしくはその事業主の名で取引の契約を締結することを常に委託されている者が「職員
(Anges t ell t e r )」(=商業使用人)であると定義されていることから,84 条 1 項 2 文の反対解釈から,本質的に自由に自らの業務活動を行い,自らの労働時間を決定」できない者が独立していない「職員」,すなわち労働関係にある労働者と解されることになる。この規定は商業代理人に関する定義であるが,労働裁判所は一般的に「労働者」性を判断する際の法律上の根拠として,この規定を引用している。
(2)「労働者」性のメルクマール
ドイツにおける判例・通説上の一般的な定義として,労働者とは,私法上の契約に基づき,契約相手に雇用された状態で労働の義務を負う者,とされる60 。さらに判例・通説によると,労働者性を肯定する基準は,労働の受領者に対する労働給付者の「人的従属性(p ersönliche
別され,肉体的労働に従事する者が現業労働者,商業的・事務的業務や精神的労働に従事する者が職員に分類される。以前は法律上で現業労働者と職員とについて内容を異にする規定が法律上に存在したが,かかる定めは基本法が保障する法の下の平等に反するとの判断が憲法裁判所によって示されたことを受け,現在ではそうした異別取扱いは取り除かれており,国家法の適用にかかわる限りでは,法的な概念として現業労働者と職員とを区別する意義は失われている。例えば,民法典 622 条は,かつて通常の解約告知期間につき,現業労働者
と職員とで異なる期間が定められていたが,かかる区別は憲法裁判所により,法の下の平等を定める基本法 3
条 1 項に反するものと判断され(BverfG 30. 5. 1990 AP N r. 28 zu §622 BGB ),その後,1993 年 10 月 7 日の法改正により,職員と現業労働者の区別が取り除かれ,統一的な通常解約告知期間が定められた。
60 Vgl. Hu eck/Nipper dey, Leh rbuch des Ar beit s r ech t , Bd. I §9 II; BAG 15. 3. 1978 AP N r. 26 zu §611 BGB Abhä ngigkeit.
Abh ängigkeit )」の存在に求 められる 61 。この人的従属性は,労働の「他人決定性
( Frem dbes t imm th eit der Arbeit )」と表現される場合もある。判例では,人的従属性を表すメルクマールが個々の事例判断に即して挙げられており,①労働給付の内容,場所,時間に関する指揮命令拘束性,及び,②他人組織への編入に大別できる。もっとも,これらのメルクマールによっても,ある役務の提供者が,労働者であるか,それとも独立した自営業者
(Selbs t än dige )であるかを厳密に判別することが困難な境界的事例が多数存在する。
他方で,ある役務提供者が特定の者に経済的に従属している状態を意味する「経済的従属性(wirtschaftliche Abhä ngigkeit )」は,労働者性にとって決定的ではない62 。
(3) 家内労働法の適用対象者,労働者類似の者
ドイツの労働法では,役務の給付に当たって人的な独立性が認められることから自営業者に分類されるものの,特定の相手との関係で経済的に非独立の状態にある者に対し,一部の労働法規の適用が法律上で認められている。かかる者に,家内労働法63 の適用対象者,及び,
「労働者類似の者(a rbeit nehmer ä h nliche Person )」がある。ア.家内労働法の適用対象者
家内労働法の適用対象者は,家内労働における就労者,すなわち家内労働者
( Heim ar beite r ),家内事業主( Heimgese r be tr eibe n de ),又は,経済的な従属性のため家内労働における就労者と同視される者である。家内労働者とは,自ら選んだ作業場で一人もしくは家族とともに他の事業主の委託で稼得のため労働し,労働成果の利用をその事業主に委ねる者をいう(家内労働法 2 条 1 項)。家内事業主とは,自らの作業場で,2 人までの補助労働者もしくは家内労働者とともに,他の事業主からの委託で商品の製作,加工又は包装をまとめて行うが,その労働成果の利用を,直接又は間接の委託者である事業主に委ねる者をいう(2 条 2 項)。家内労働法では,同法適用対象者のために特別の安全保護,賃金保護,解約告知期間等が定められている。安全保護のため,州の労働監督官庁による監督及び刑事罰の規定が設けられている。
イ.労働者類似の者
労働裁判所法(5 条 1 項)は,家内労働における就労者及びそれと同視される者,並びにその他の「経済的な非独立性を理由に労働者類似の者とみなされる者」を同法の上で「労働者」として扱うことを規定している。連邦年次休暇法(2 条),就労者保護法(1 条 2 項 1 号)
にも同様の規定がある。労働保護法(2 条 2 項 3 号)は,労働裁判所法 5 条 1 項の労働者類似の者を適用対象者としているが,家内労働における就労者は適用から除外している。労働協約法は,同法の適用対象に以下の者を含めるとする(12 a 条)。それは,①経済的に従属し,
61 E rfK/ Pr eis, §611 BGB Rn. 45; Rich a r di, Münchener Han dbuch zu m Ar beit s r echt, 2. Aufl. 2000, §24 Ar beit nehmerbegriff Rn. 18.
62 BAG 27. 7. 1994 AP N r. 73 zu §611 BGB Abh ä ngigkeit.
63 Heim ar beit sgesetz, 14. 3. 1951, BGBl. I S. 191.
労働者と比肩し得る社会的な保護の必要性がある者(労働者類似の者)で,雇用契約又は請負契約に基づき他人のために働き,義務である給付を自身で主として労働者の協働なしに提供し,且つ,専ら一人の相手のために働く者,又は,稼得全体に当たる報酬の 1/2 以上を一人の相手から得る者,及び,②①に該当する者で,労働者類似の者がその者のために働いている者,又は,労働者類似の者との間に雇用もしくは請負契約に基づく法的関係がある者,である。
4.規制の実効性確保の仕組み
(1) 法違反の場合の措置
ア.民事法上の措置(労働契約法)
刑事罰や行政監督による実効性確保措置が用意されていない労働契約法分野の諸法規に定められた権利が,労働関係にある当事者間で実行されない場合,権利を侵害された当事者は労働裁判所に訴訟を提起して救済を求めることとなる。同様に,個々の労働契約上の合意,事業所協定,労働協約に基づく権利が実現されない場合にも,労働裁判所での訴訟手続を経て救済が図られる。
イ.行政法上,刑事法上の措置(労働者保護法)
労働者保護法分野の諸法規には,各法律で定められた労働条件及び労働者保護措置の内容が遵守されるよう,行政監督及び罰則に関する規定が定められている。
安全衛生に関する単行法たる労働保護法(Arbeitssch utzgesetz )では,連邦内務省の労働保護本局に,同法及びそれに基づく法規命令の実効性確保のための監督権限が認められている。労働保護本局及びその代理の者は,営業場所等への立ち入り,視察,検査又は必要な措置を講ずる命令等を行うことができる。法規に違反した者に対する過料・刑事罰が定められている。
同様に,労働時間法,閉店法,母性保護法,年少労働者保護法等の法律では,いずれも当該法律及び同法に基づき定められる法規命令を実施させるため,監督権限が行政官庁に認められ,法律又は法規命令に違反した者に対する過料・刑事罰が規定されている。詳細については,第 1 節総論,2 (3)を参照。
(2) 裁判所の救済権限
ドイツでは,19 世紀の営業裁判所・商人裁判所に遡る,労働事件に関する特別裁判所の歴史があり,ワイマール憲法下で 1926 年に独立した労働裁判所が設けられ,現在の基本法に
おいても,同法 95 条で連邦労働裁判所が,独立した最高次の裁判権を持つことが規定され
ている。これを受けて,労働裁判所法64 が労働裁判所の管轄,組織,手続等を定めている。労働裁判所制度の目的は,労働関係にまつわる法的紛争を迅速且つ適切に,少ない訴訟費用負担をもって解決することにある。
ア.管轄
労働裁判所は基本的に下記の事件を管轄する(労働裁判所法 2 条)。
① 団結自由,労働協約,争議行為から生ずる協約当事者相互の,又は協約当事者と第三者の民事法上の紛争,団結の協約能力,協約管轄に関する民事法上の紛争。
② 事業所組織法,管理職代表委員会法,共同決定法から生ずる民事法上の紛争。
③ 労働関係から生ずる,あるいは,労働関係の存否,労働関係の成立及び余後,労働関係に関連して生じた不法行為,労働記録に関する民事法上の紛争。
これに対し,労働裁判所は,労働協約,及び事業所協定の締結を巡る紛争につき決定を行う権限を有していない。そうした集団的紛争について調整権限を持つのは,労働協約については調整機関,事業所協定については仲裁委員会である。
イ.構成
労働裁判所は,三審制の裁判所組織からなる。第一審は地方労働裁判所(Ar beitsgerich t)である(労働裁判所法 14 条以下)。地方労働裁判所の判決について控訴を,決定事件について抗告をそれぞれ州労働裁判所(Lan des a rbeit sgericht )になすことができる(同法 33 条以下)。州労働裁判所の判決について上告,決定事件について抗告を連邦労働裁判所
(Bu ndesarbeitsgerich t )に行うことができる(同法 40 条以下)。ウ.裁判官配置
地方労働裁判所,及び州労働裁判所では,裁判長となる 1 名の職業裁判官と,労働者及び使用者の枠から選任される 1 名ずつの名誉職(非職業的)裁判官(ehrenamtliche Rich ter )の計 3 名で構成される部(Ka mmer )が裁判にあたる。
労使の名誉職裁判官は,労働組合及び使用者団体の推薦に基づき,労働裁判所を管轄する州の官庁(地方労働裁及び州労働裁の場合)が任命する。
連邦労働裁判所では,1 名の裁判長裁判官と,2 名の連邦裁判官,及び労使 1 名ずつの名誉職裁判官の計 5 名で小法廷(Sena t )が構成され,裁判にあたる。
小法廷の間で見解が相違するなど,統一的な判決の保障が必要である場合には,大法廷
(Großer Sen a t)が裁判を行う。大法廷は,1 名の長官及び,長官の属さない小法廷から 1名ずつの職業裁判官,労働者及び使用者の枠からそれぞれ 3 名ずつの名誉職裁判官によって構成される。
連邦労働裁判所の名誉職裁判官は,労働組合及び使用者団体の推薦に基づき,連邦経済労働省によって任命される。
64 Ar beit sgerich t sgesetz, 2. 7. 1979, BGBl. I S. 853, ber. S. 1036.
エ.訴訟手続
第一審では,和解手続が前置されており,職業裁判官たる裁判長が単独で両当事者又は代理人と事実を究明し,和解の成立を試みる。和解が成立しない場合にのみ,手続は名誉職裁判官を含めた部で進められるが,可能な限り,最初の期日で手続が終結するよう,準備がなされるべきものとされている。労働関係の存否,解約にかかわる事件については,特別の訴訟促進義務が定められており,訴訟提起後 2 週間以内に和解手続が行われ,和解が成立しない場合には適切な期限で次回の期日が設定されなければならない。
オ.権限
労働裁判所の判断は,国家法秩序の下で行われる。紛争の解決に当たって,裁判官は関連する法律及び法規命令の解釈・適用を行う。労働関係は民事法の領域にあることから,国家法の枠内で私的自治の原則が妥当する。労働裁判所は,当事者の意思,決定を前提として紛争の解決に当たる。
(ア) 裁判所による内容規制
労働裁判所は,労働契約の解釈に当たってその内容に対する規制(I nhaltskon troll )を行ってきた。労働契約の内容規制とは,労働契約の条項が労働者に不当に不利益をもたらす場合に,労働裁判所の審査によってその内容を合理的に修正する法技術である65 。特にそれは,多数労働者を対象に個別労働契約上の取り決めとして画一的に設定される労働条件(一般的労働条件。具体的には,諸手当,クリスマス賞与といった,基本的な賃金のほかに付加的に与えられる報酬を対象とする。)の内容,労働契約の期間設定,競業禁止等を巡る紛争において行われてきた。労働裁判所は,「契約形成は一般的には司法審査を必要としない」と私的自治の原則を踏まえつつも,「契約内容に即した当事者の対等な力が保障されない場合には」,
「使用者は自己の利益のみを追求できず,労働者の利益をも適正に考慮しなければならない」
66 として,裁判所の審査を正当化している。裁判所はその法的根拠として,契約の一方当事
者の給付内容決定権に対する「公正な裁量」を規定した民法典 315 条を挙げているが,この条項は一方当事者の決定権行使に対する司法審査を根拠づけるもので,賞与に関する一般的労働条件など,すでに定められた内容それ自体を修正する内容規制の根拠は別に(民法典 242条の信義誠実の原則等)求められるべきことが学説において主張されている。
労働裁判所は,事業所協定についても公正審査が及ぶとしてその内容に対する修正を正当化してきた(代表的な事例として,事業所組織法 112 条に基づく使用者の事業所変更に際し作成される社会計画の内容,使用者から給付される企業年金等67 )。
これに対し,労働条件の基幹的部分を定める労働協約の内容については,労働組合に争議権が認められ,協約能力を持つ当事者の間で対等性が確保されていることから,裁判所によ
65 労働契約の内容規制に関して,土田道夫『労務指揮権の現代的展開』(信山社,1999 年)165 頁以下を参照。
66 同 166 頁。BAG 21. 12. 1970 AP N r. 1 zu §305 BGB Billigkeit.
67 BAG AP N r. 11, 12 zu §112 Bet r VG 1972, AP N r. 1, 9 zu §1 Bet r AVG Ablösung.
(イ) 普通取引約款規制法の適用
以上に加え,現在では,約款規制の労働契約への適用を巡り新しい状況が生じている。200 2年 1 月 1 日施行の債務法現代化法により,従来,約款規制法69 で定められていた「普通取引約款」に対する規制が民法典 305 条以下に取り込まれた70 (本章末掲載の〔参考資料 3〕参照)。普通取引約款(Allge meine Geschäftsbedingungen )とは,同種の大量取引において使用されることを予定して,約款の利用者によりあらかじめ作成された定型的な契約条件をいう。普通取引約款の利用は,特に作成者にとっては,大量の取引を効率よく行い得るため有益であるが,他方で契約の相手方にとっては交渉の余地なくして多量の条項が契約に盛り込まれることとなり,場合によっては契約相手にとって不利益となる契約内容が含まれることが起こり得る。そのため,こうした契約条件の拘束力の有無を司法により審査する必要が生じ,その基準が旧約款規制法で定められていた。旧約款規制法 23 条は,同法の規制が労働契約には適用されないことを規定していたのに対し,新民法典では労働契約が適用対象に含められることとなった。
民法典新 305 条 1 項は,「普通取引約款とは,多数の契約のためにあらかじめ作成された契約条件のすべてであり,契約当事者の一方(約款使用者)が相手方に対し契約締結時に設定するものをいう」とする。約款規制に関する 305 ないし 310 条からなる,民法典第 2 部第
2 章(普通取引約款による法律行為上の債務関係の形成)の適用領域について規定した同新 310 条では,同 4 項で,「本章は,・・・労働契約の適用に際しては,労働法上認められる特殊性が適切に考慮される」ものとする。この「特殊性」の内容は明らかではなく,その基準は判例に委ねられた形となっている71 。
もっとも,上述のように,ドイツの労働裁判所は労働契約(及び事業所協定)の内容について,従来から内容規制を行ってきており,これまでの判例と新たな約款規制がどのように関連づけられるのかについては,未だ明確な裁判例が出ていないこともあって明らかでない。今後の実務の推移について検証が必要である。
5.ドイツにおける労働契約法の位置づけ
(1) 労働者保護法と労働契約法
ドイツの個別的労働法の分野では,労働者保護法に属する諸立法と労働契約法に属する諸立法が区別して認識されている点に特徴がある。労働者保護法は,公法上の義務を使用者に
68 BAG AP N r. 1 zu §1 TVG Ta r ifver tr äge.
69 Gesetz zur Regelung des Rech t s der Allgemeinen Gesch äft sbedingungen, 9. 12. 1976, BGBl. I S. 3317.
70 改正民法典については,根本到「ドイツにおける労働契約法制の動向─改正民法典における約款規制に限定して─」日本労働法学会誌 102 号(法律文化社,2003 年)52 頁以下参照。なお,本章末に掲げた〔参考資料3〕は,根本助教授の論文に掲載されている翻訳文に筆者が一部表現の修正を加えたものである。
71 根本・前掲注 70 論文 46 頁。
(場合によっては労働者にも)課し,行政監督と刑事罰をもって法目的の実施を図る。このような法令は,特に労働者の安全・健康保護,労働時間や休憩・休息時間,危険な労働への就労禁止に関する規制を内容としている。労働契約法は,労働関係における両当事者の権利義務を規定し,司法機関を通じた権利実現の根拠となる。そこでは,原則として行政監督及び罰則を通じた履行強制は予定されていない。個別的立法の大部分は後者に属する。例えば,賃金継続支払法は労働者に疾病時の賃金請求権,連邦年次休暇法は年次休暇の取得権を定めているが,使用者がかかる義務を履行しなかった場合に,これを行政監督及び罰則をもって実施させる制度は設けられていない。雇用における性差別やセクシュアル・ハラスメントが行われ,使用者が民法典 611 a 条や就労者保護法に違反した場合も同様である。このとき,当該事業所に事業所委員会が存在すれば,事業所委員会を通じて使用者の義務の履行や措置の停止,改善等を要求することも可能である。しかし,それでも権利救済が実現しない,又は事業所委員会がそもそも存在しないときには,最終的に労働者自身が裁判所を通じて使用者に対し給付の請求ないし損害賠償の請求を行うこととなる。
(2) 集団的労働法と労働契約法
ドイツでは,集団的労働法による規制が企業横断レベルと,個別の企業ないし事業所レベルの 2 つにわたって存在する点に特徴がある。
国家法による枠組みの下で,実際の労働条件設定に当たり法令以上に重要な役割を果たしているのが労働協約である。産業別に組織された労働組合及び使用者団体を基盤として,それらを協約当事者として締結された労働協約が賃金,労働時間をはじめとする労働条件の中核部分を規制している(第 2 節各論,3 (1)参照)。とりわけ賃金に関しては,国家法上の最低賃金制度が存在しないドイツにあって,産別の労働協約で定められた賃金が,当該産業における最低賃金の役割を果たしている。また,歴史的に見ると,労働時間,疾病時の賃金継続支払,年次休暇等に関しては,労働協約による規制が先行し,国家法はそれを前提として補完する役割を果たしてきたともいえる。
もっとも,産別レベルでの規制が労働条件設定の中核に位置づけられる一方で,産別労働協約上の労働条件が個々の企業,とりわけ中小企業の実情からすると高く過重な負担となり,また,近年の急速な経済状況の変化に対する各企業ないし事業所毎での柔軟な対応を妨げる,との指摘もなされ,個々の企業が労働協約の規制を免れようとする「協約からの逃避」といった現象も生じている72 。判例は,事業所レベルでの労働条件規制権限を可能な限り拡大しつつも,実際に労働協約で規制されている中核的な労働条件に関しては,なお原則として事業所協定による規制の効力を認めていない。
事業所レベルでは,事業所委員会が,特に事業所組織法の定める一定の社会的事項及び人
72 荒木・前掲注 53 書 150 頁以下参照。
事的事項につき,事業所委員会は共同決定権の行使を通じて労働条件の具体的な規制や変更に関与しうる。事業所委員会は,事業所の秩序,労働時間の配分,年次休暇付与の計画,賃金の支払方法・形態,災害防止,企業内福利厚生等の社会的措置,及び人事評価,採用,賃金グループ格付け,配転,解雇等の人事的措置に関する事業所レベルでの集団的統一的規制に加え,個別的に行われる労働者に対する制裁,採用,賃金グループ格付け及びその変更,配転,解雇についても一定の要件の下で同意権を行使することができ,労働者の権利の具体化ないし実現のため重要な役割を果たしうる。
(3) 労働契約法の意義
もっとも,上述のように,集団的労働法上の規制がドイツにおける労働条件規制にとって重要な意義を持つとしても,すべての労働者が労働協約の適用下,又は事業所委員会の存する事業所で就労しているわけではない。特にこのような場合,国家法による労働条件規制の意義は大きくなる。
また,集団法による規制の適用の有無を問わず,労働者に認められるはずの権利ないし利益が実現されない,又は侵害された場合,救済には最終的に訴訟を通じた請求が必要となる。中でも,労働関係の終了,なかんずく解雇に関する国家法による規制は,労働者の最終的な救済にとって大きな役割を果たしている。
このように,ドイツでは,労働協約及び事業所協定による集団法上の規制,事業所委員会の関与と,個別的労働立法とが,労働者の保護にとって重畳的役割を果たしている点に特徴があるといえよう。
(4) 労働契約法と労働裁判制度
また,ドイツにおける労働法規制の実効性は,整備された労働裁判制度によって支えられている。特に労働者への適切な保護の必要性を考慮し,迅速な紛争解決を旨とするドイツの労働裁判では,合理化・簡素化された和解・争訟手続が整備されている。中でも解雇に関連する訴訟に顕著であるが,裁判所では和解成立に向けた手続及び定型化された判断基準が整備されており,それによって大量・迅速な事件処理が実現されている。連邦経済労働省による統計調査によると,2003 年度に一審の労働裁判所に提起された訴訟件数が 63 万 666 件,
終了した事件数が 63 万 5,772 件であり,ドイツにおける紛争処理システムの迅速性・効率性,ひいては労働法制の実効性の一端を見て取ることができる。なお,訴訟件数のうち,労働関係の存続確認に関する事件数は 34 万 3,385 件と過半数を占めている73 。
73 2004 年に聴き取り調査で訪問したベルリン州労働裁判所(対応者:K a r in Au s t-Doden hoff 裁判長官)において資料の提供及び説明を受けた。
1.採用内定
(1) 規制の概要 ア.契約の締結
労働契約の締結に際しては契約自由の原則が妥当する。この原則は基本法 12 条 1 項(職業の自由),2 条 1 項(一般的人格権)から導かれる。契約締結の自由により,労働契約締結・不締結の理由は原則として問われない。ただし,民法典 611 a 条に性別による採用差別の禁止が規定されている。もっとも,同条によると,労働関係設定の際に不利益な取扱を受けた応募者に対し,適切な金銭賠償の請求は認められるものの,労働関係の設定を求める訴えは認められない。同条 3 項は,性差別による不利益取扱いがなければ採用されたとみなされる
応募者が,最高で月額報酬 3 ヶ月分までの賠償を得られることを定めている。
証明書法(第 1 節総論,2 (2)エ参照)では,労働関係の開始後遅くとも 1 ヶ月までに主要な労働条件を書面に記載して労働者に交付する義務が使用者に課されている。
イ.採用内定
ドイツでは,日本での採用内定に相当する採用慣行は行われていないものと見られ,特別の法規制は存在しない。ただし,労働契約の締結から実際の就労開始日までの間に労働契約の解消がなされる事例はあり得る。解雇制限法 1 条 1 項は,6 ヶ月の勤続を同法適用の要件とする。これに該当しない場合には,民法典上の解約に関する法規定が適用されるに過ぎない。一般的に,解約告知に際し解約事由の提示は有効要件ではない(ただし職業訓練法 15
条 3 項は,職業訓練契約の解約告知に対し,書面における解約事由の記載を要件と定める。)。解約告知は,契約相手に対する,一定期間経過後に契約を終了させることの一方的・形成的な意思表示である。実際の就労開始以前に労働契約の解約告知が行われた場合には,何時の時点から解約告知が進行するかが問題となる。現在も維持されている連邦労働裁判所の判決によると,就労が開始される以前に通常の解約告知がなされた場合,その解約告知期間が何時から始まるかについて当事者が特段の合意をしていなければ,契約解釈の問題となり,事案の具体的事情を考慮して判断されるべきものとされている74 。
2.試用期間
(1) 規制の概要
74 BAG 9.5.1985 AP N r. 4 zu § 620 BGB. 同判決では,労働契約書により 1983 年 1 月 1 日から原告を雇う
とした被告企業が,原告に対し労働関係を 1982 年 12 月 31 日で終了させるとする 1982 年 11 月 23 日の解約
告知を有効とし,解約告知期間は 1983 年 1 月1日に始まると主張した原告の訴えを斥けている。
一般に,試用期間の設定は,契約当事者の合意により決定される。試用期間を設定するための特別の手続は法定されていない。民法典 622 条 3 項は,試用期間の取り決めがなされている場合,2 週間の予告期間をもって労働関係を終了させることができるものとする(ただし試用期間の設定は最長 6 ヶ月まで。)。試用期間を設定しない場合の通常の解約告知期間は
暦月の 15 日又は末日に向けて 4 週間である(民法典 622 条)。そのため,特に使用者側には,試用期間を設定し,解約告知期間を短くすることについて利益がある。先述のように,労働関係が 6 ヶ月以上存続すると解雇制限法が適用されるが,解雇制限法適用以前の期間におい
ては解約告知の要件として解雇事由を明らかにする必要はなく,民法典 134 条(法令違反の法律行為の無効),同法 138 条(良俗違反の法律行為の無効),24 2 条(信義誠実の原則)等を根拠とする解雇無効が問われる余地があるに過ぎない75 。
職業訓練法は,職業訓練関係が試用期間とともに開始される,との規定を設けている(職業訓練法 13 条)。この場合の試用期間は最短 1 ヶ月から最長 3 ヶ月までである(同条)。試
用期間中の職業訓練関係は,何時でも即時に解約できる(同法 15 条 1 項)。
(2) 実態
上記のような法規制の状況から,試用期間を設定することに使用者側の利益が存在するため,試用期間の設定は実務上広く行われている。もっとも,解約告知期間を短縮できる試用期間の設定を 6 ヶ月までとする民法典 622 条 3 項の規定があり,また,強行法規である解雇
制限法が勤続 6 ヶ月間をもって適用されることから,期間の定めのない労働契約に関して試
用期間を 6 ヶ月以上設ける意義はほとんどないと考えられる。ただし,パートタイム労働・有期労働契約法では,2 年間までの有期労働契約を特に理由を必要とすることなく締結することができることとされているため,2 年間の有期労働契約を事実上,試用期間として利用することも実務上では想定され得る76 。
3.労働条件設定の法的手段
第 1 節総論,1 (2)で言及したように,ドイツでは,労働条件を規制する規範について,原則として国家法,労働協約,事業所協定,個別労働契約の序列で,下位の規範に対し強行性
75 良俗又は信義誠実原則違反を根拠とする解雇無効の訴訟を提起した場合,かかる原則違反の証明責任は労働者側で負担しなければならないことから,性別や身体障害を理由とする不利益取扱が明白であるような場合を除き,実際の裁判で解雇無効が認められることは難しいとされる。これに対し,解雇制限法の適用がある場合には,解雇理由の存在と社会的相当性の証明責任が使用者側に存するため,解雇された労働者側の勝訴可能性が高まる。
76 現在のパートタイム労働・有期労働契約法が制定される以前に適用されていた,1985 年制定の就業促進法
(Beschäftigu ngsför der u ngsgesetz )においても,2 年までの期間であれば,正当な理由なしに有期労働契約の締結が認められていた。1999 年の段階で,有期労働契約の割合は 7.1%(公的機関による雇用助成措置を除くと 6. 8%),有期労働契約を締結して就労している者の大部分が若者であり(34 歳までの者が 80. 4 %を占めるとするドイツ経済研究所の報告による。Ar gu men t e, I n s t i t u t der deut schen Wir t sch aft, N r. 11/2000 ),有期労働契約が試用期間の代わりとして用いられている,との指摘がある。Wolfga ng Hromadk a, D a s neu e Teilzeit- un d Befristungsgesetz, Neu e J uris t ische Wochen schrift 2001, S. 405.
が認められている。もっとも,これらの規範が相互に関連する場合,どの規範の効力が優先されるかについては,ある規範が他の規範に対して規制の可能性を開放している場合もあり,規範相互の関連を細かく検討する必要がある。
国家法は原則として他の規範に対し片面的な強行性を有し,労働者の側から見てその基準を下回る規制を他の規範は行うことができないが,法律が明定している場合には,労働協約等により,法定基準を下回る規制が可能となる。国家法による法規制,及び,労働協約等に開放される規制の概要については,第 1 節総論,2 で触れているため,以下では,労働協約,事業所協定,個別労働契約について,各規範の効力及び相互関係について概観する。
(1) 労働協約
ア.労働協約の規制対象
労働協約は,協約当事者の権利義務を規制し,労働関係の内容,締結,終了並びに事業所,事業所組織法上の問題について定めることができる(労働協約法 1 条 1 項)。賃金,労働時間のほか,休暇,労働障害の際の賃金支払,解約告知の形式,期間設定等も労働協約による規制対象となる。
協約能力を持つ当事者間で締結された労働協約は,書面形式を必要とする(労働協約法 1
条 2 項)。協約は書面に記載され,両当事者によって署名されなければならない(民法典 126
条に定められた書面形式の要件に基づく。)。
実際の労働協約の種類には,賃金協約(Lohn- u n d Gehalts t arifvertr ag ),賃金以外の労働条件に関する包括協約(Manteltarifvertr ag ),枠組協約(R a hmentarifvertrag ),個別の労働条件について定めた協約などがある77 。
イ.労働協約の効力
労働協約の拘束を受けるのは,労働協約当事者の構成員,及び自らが労働協約の当事者である使用者である(3 条 1 項)。したがって基本的に労働協約の適用を受けるのは,当該協約締結当事者たる労働組合の組合員と,当該協約締結当事者たる使用者団体の構成員である使用者,もしくは当該協約を自ら締結した使用者,ということになる。もっとも,実際には,使用者が非組合員に対しても個別契約の上で協約上の労働条件を援用する条項を設ける78 ,あるいは,労働協約法 5 条の一般的拘束力宣言によって協約が拡張適用されるなどして,産
業別の労働協約が当該分野で幅広く適用されている。2001 年のデータによると,労働協約の適用率はドイツの全労働者の 84%に及ぶと推計されている79 。
労働協約は,その拘束を受ける者に対し,直律的且つ強行的に適用される(4 条 1 項。労
77 和田他・前掲注 44 書 23 頁を参照。
78 個別労働契約の上での労働協約上の労働条件参照条項が広がりを持つ実態を踏まえ,2002 年 1 月 1 日施行の
新民法典に盛り込まれた約款規制規定の適用が労働契約にも及ぼされるところとなった。根本・前掲注 70 論文を参照。
79 和田他・前掲注 44 書 23 頁。
働協約の規範的効力)。したがって,協約の拘束を受ける当事者の労働関係においては,労働協約の条件を下回る取り決めの効力は排除され,欠落している部分は協約の条件により補充されることになる。
ウ.有利原則
他方で,労働協約よりも労働者にとって有利な取り決めが個別的に当事者間でなされている場合には,協約当事者はそれを排除することができないという,いわゆる「有利原則」が労働協約法 4 条 3 項に明定されており,日本のような両面的拘束力は認められていない。もっとも,労働条件は,労働時間,賃金といった複数の要素から構成されるものであり,組み合わせによっては,いずれの条件が労働者にとってより有利であるかについては,容易に判断しがたい場合もある。また,労働協約当事者が労働協約で許容する限り,労働者に不利な方向で協約と異なる約定を個別的に行うことが可能である(4 条 3 項)。協約上の権利の放棄は,労働協約締結当事者の承認がある場合にのみ認められ,個別的な合意によることはできない(4 条 4 項)。
エ.労働協約の余後効
労働協約法 3 条 3 項は,労働協約の拘束力が労働協約の終了まで継続することを定めているため,個々の使用者が協約を締結した使用者団体から脱退しても,当該労働協約の終了まで,その規範的効力から逃れることはできない。また,労働協約が期間の満了により終了しても,別の合意によって代替されるまで,その法規範は効力を有する(労働協約法 4 条 5 項。余後効)。この規制は,使用者団体を脱退した使用者に対しても適用される80 。そのため,労働協約締結団体からの脱退による協約からの逃避も容易には可能とならない。
(2) 事業所協定
ア.事業所協定の効力
事業所組織法に定められた事業所委員会が設置された場合,事業所委員会は使用者との間で事業所協定を締結することができる。事業所協定は,使用者と事業所委員会の合意に基づき成立するが,書面の様式を要する(事業所組織法 77 条 2 項)。事業所協定の締結は事業所委員会の適切な決議に基づいてなされなければならない。
事業所協定は,労働関係を直律的・強行的に規律する効力,すなわち規範的効力を有し(77
条 4 項 1 文),その効力は当該事業所に所属する全労働者に及ぶ。ただし,事業所組織法の適用が除外されている管理職員に対しては,事業所協定の規範的効力は及ばない。事業所協定の規範的効力により,事業所協定の内容を下回る個別労働契約上の取り決めは無効となり,欠落している部分は補完される。他方で,個別労働契約との関係で有利原則が妥当するかどうかが問題となるが,労働協約法のように明文の規定はないものの,判例において有利原則
80 BAG 14. 2. 1991 AP N r. 10 zu §3 TVG.
が認められ,事業所協定より労働者にとって有利な労働契約の内容は有効とされる81 。また判例によると,使用者にある行為を禁止するような消極的内容規範の設定も可能である82 。
事業所協定で定められた内容は,事業所に統一的に適用され,個々の労働関係に対し直律的・強行的に作用することから,法的効果としては日本の事業所における就業規則と類似する側面を有する83 。しかし,事業所協定は労働者の選挙によって選出された従業員代表たる事業所委員会と使用者との間の協定であり,両者の合意としての性格を有する点に相違がある。
イ.事業所協定と労働協約
労働協約と事業所協定との間の効力の優劣に関しては,原則として労働協約が事業所協定に優位する(協約優位の原則)。事業所組織法 77 条 3 項 1 文によれば,労働協約で規制された,もしくは規制されるのが通常である賃金その他の労働条件は,事業所協定の対象とならないとされ,同 2 文で,労働協約が明示的に補完的な事業所協定の締結を許している場合に
限り,事業所協定による労働条件設定を許容している。こうした,事業所組織法 77 条 3 項 1文で規定される労働協約の「遮断効(Sp errwir k ung )」により,協約で規制されるのが通常である賃金,労働時間等の労働条件については,事業所協定は規制できない。この規制に反して締結された事業所協定の効力は認められない。その一方で,事業所組織法 87 条 1 項は,法律又は労働協約上の規制がない場合に,社会的事項について事業所委員会に共同決定権を認めている。このため,87 条 1 項所定の事項に関して事業所協定が締結された場合に,通常は協約で規制されるべき労働条件について事業所協定の対象とはならないとする上記 77 条
3 項 1 文との兼ね合いが問題となる。この点について労働裁判所の判例では,87 条 1 項所定の事項について,実際に労働協約による規制が存在せず,当該事項は協約によって規制されるのが通常である,という,単なる「協約通常性」しか存しない場合には,事業所協定の締結が可能となるとする立場が確立されている(87 条 1 項優位説)84 。
労働協約と事業所協定の間に有利原則が認められ得るか否かについては,判例はこれを認めていない。
ウ.事業所協定と労働契約上の統一的規制
事業所協定と個別労働契約との間では,先述のように判例上,有利原則の適用が認められている。しばしば問題となってきたのは,個別契約上の労働条件に関する統一的規制と事業所協定との関連であり,この点については,4. 労働条件の変更の項で後述する。
事業所協定の締結は,事業所委員会の選出と設置によって可能となる。事業所委員会は,当該事業所の労働者,もしくは,当該事業所に組合員のいる労働組合のイニシアチブにより
81 BAG 18. 8. 1987 AP N r. 23 zu §77 Bet r VG 1972.
82 Vgl. BAG 13. 10. 1987, AP N r. 2. zu §77 Bet r VG 1972 Au slegung.
83 事業所組織法に基づき設定される事業所協定の法的性格を巡っては,ドイツでも議論がある。詳細は,高橋賢
司『成果主義賃金の研究』(信山社,2004 年)54 頁以下を参照。
84 Vgl. BAG 3. 12. 1991, AP N r. 51 zu § 87 Bet r VG 1972 Lohnges taltung.
(3) 労働契約
事業所の労働者全体もしくは労働者集団に統一的に適用される労働条件を定めることもしば し ば 行 わ れ て い る 。 こ う し た 労 働 条 件 は 「 一 般 的 労 働 条 件 ( Allgemeine Arbeitsbedingungen )」と呼ばれ,これには大別して,①「労働契約上の統一的規制
(Arbeitsvertragliche Ein heitsregelung )」又は「統一的労働契約(E inheitsarbeitsvertrag )」,
②「従業員集団に対する約束(Gesam tzu sage )」,③「事業所慣行(be triebliche Übu ng )」の 3 類型がある。こうした一般的労働条件は,例えば労働協約外の付加賃金などを定め,労働者集団の労働条件を統一的に規制するが,その根拠を個別労働契約に持つ。
前述のように,2002 年の債務法改正により,民法典上の普通取引約款規制に関する条項が労働契約についても適用されることとなり,労働契約に盛り込まれた諸条項に対しても約款規制が及ぶところとなった。このとき,労働契約の書面に記載された条項のみが約款規制の対象となり得るのか,契約書面上に明文化されていない事業所の慣行の扱いがどのようになるのかについては諸説があり,現在のところ注目される判例が存しないことから,今後の推移の検討が必要である。
4.労働条件の変更
(1) 労働条件の変更
前述のように,ドイツでは,労働条件を設定する規範として,国家法,労働協約,事業所協定,個別労働契約があり,その効力の優劣に関して明確なヒエラルキーが存在する。労働条件の変更に際しても,各規範の間の相互関係における優劣が問題となる。
同一ランクの規範による変更の場合は,「後法は前法を廃す(lex pos terior derogat legi p r iori)」との一般原則が妥当する。問題となるのは,あるランクの法的手段による労働条件変更が,他のランクの規範との関係でどこまで効力を持ち得るかである。上記のヒエラルキーに従うと,上位規範によって設定された労働条件を下位規範において変更することは原則
85 荒木・前掲注 53 書 127 頁以下参照。
また,労働協約は協約当事者の合意に基づき成立し,事業所協定も原則として同様であることから,使用者はそれら規範により設定されている労働条件を,自らの一方的設定によってすぐさま変更することはできない。個別労働契約上の労働条件についても,使用者が一方的に設定できる範囲と,労働者の同意を得る必要のある範囲とが存在する。
以下では,下位規範から上位規範の順に,労働条件変更のあり方を概観する。ア.個別労働契約上の労働条件変更
(ア) 労務指揮権86
使用者の労務指揮権は,労働契約に本質的に内在するとされる,労働者の労働給付義務を具体化する権利とされる。この権利の法的性格については,ワイマール時代以来,様々な議論が行われてきたが,現在,通説では,権利の根拠を契約に求め,使用者の一方的な意思表示により行使できる形成権と理解されている。使用者は,労務指揮権の行使できる範囲で,一方的に労働者の労働条件を変更することができる。問題はその範囲であるが,ドイツにおける従来の判例によると,労務指揮権の行使は,国家法及び労働協約,事業所協定,個別労働契約上の取り決めの範囲内に限定される。2003 年の営業法改正により,同法 106 条で定
められた労務指揮権に関する条項がすべての労働者に適用されることとなった(第 1 節総論,
2 (2)ウ参照)。営業法の新規定は,これまで判例により形成されてきた労務指揮権の内容及び行使しうる範囲を踏まえたもので,従来の労務指揮権概念に変更を加えるものではないとされる87 。また,事業所組織法に基づき,事業所委員会に対し人事的事項に関する共同決定権が与えられていることから,事業所委員会が設定され,同権利を行使する場合には,使用者の労務指揮権の範囲はさらに限定され得ることになる。
具体的な事例では,労務指揮権行使の範囲の限界,すなわち,どこまでの労働条件が確定され,どこまでが使用者の変更権行使に委ねられたのかが問題となる。賃金・労働時間の長さを労務指揮権により変更することはできない。労働者の職種が労働契約により合意されている場合には,これを一方的に変更することはできない。価値の異なる活動(職種,賃金グループ格付けの異なる労働)への変更も同様と解される。こうした場合に使用者が変更を行う意思があれば,変更について労働者との個別的な同意を得るか,当該労働者に対し変更解約告知(後述)を行う必要がある。
以上の枠内で労務指揮権を行使する場合でも,その権利行使に際して使用者は「公正な裁量」に従うことを求められる。従来,この根拠は,契約の一方当事者による給付内容の決定権について規定した民法典 315 条 1 項に求められてきた88 。現在では労務指揮権について同
86 ドイツにおける労務指揮権に関しては,土田・前掲注 65 書を参照。
87 ErfK/ Pr eis, §106 GewO Rn. 2f.
88 民法典 315 条(1)給付が契約の一方当事者によって決定されるとき,疑いがあれば,決定は公正な裁量に従ってなされるべきこととする。
(2)決定は契約相手に対する表示によってなされる。
(イ) 労働契約上の統一的規制の変更
一般的労働条件のような,個別労働契約に根拠を持ちつつ事業所等で統一的に規制された労働条件の変更については,個々の労働者に対する変更契約,又は,事業所協定による包括的な変更の可能性が問題となる。後述の,イ. 事業所協定の項を参照。
(ウ) 変更・撤回権の留保
労務指揮権の変更により一方的に決定・変更できない労働の種類,労働時間,賃金に関しても,使用者が労働者との合意によりあらかじめ変更の権限を留保することは,労働協約もしくは事業所協定の規定に違反しない限り,又は民法典 138 条の良俗に違反しない限りで可能である。使用者が,労働協約で定められた,又は労働協約を参照して労働契約で定められた賃金に加えて,任意で一定の追加的給付を行い(社会的給付,Sozi alleis t u nge n ),これが一般的労働条件として契約内容になっているものと解される場合で,そうした追加的給付の支給を撤回する権利を使用者が留保している場合には,その支給を撤回することが可能である。もっとも,民法典 242 条の信義誠実の原則,及び,民法典 315 条の公正な裁量の範囲内で,使用者は後に変更権を行使することができる。ただし,狭義の中核的な労働条件,すなわち通常,労働協約によって規制される賃金に関しては,使用者に一方的な給付決定権を認めた合意に基づく変更は認められないと考えられている89 。
(エ) 変更契約
労働条件の変更は,契約相手の同意があれば,他の上位規範に反しない限りで可能である。労働条件の変更を目的とする合意は,変更契約(Än derungsvertrag )と称され,明示又は黙示の合意により行われ得る。問題は,使用者により労働条件の変更が行われた場合,いかなる場合に労働者がそれに合意したと認定されるか,の判断である。連邦労働裁判所は,労働者の手数料計算方法が変更された事例において,以下のような判断を示している90 。いわく,契約変更の意思表示を受けた者の沈黙は,事情全体との関連でそれが同意であると理解されなければならない。契約変更の意思表示を行った者は,信義誠実に従って,契約変更の意思表示を受けた契約相手がそれに同意しないならば,異なる意思表示をして契約変更に異議を申し立てるだろうことを想定する必要がある。それには,契約変更又は契約の不利益変更の申し込みを知って異議なく継続就労していることのみでは十分ではない。契約相手の同意について疑いのある場合には,契約変更が労働関係に直接現れ,変更により労働者が自らの権利義務にどのような影響がもたらされるかを確認できる場合にのみ,契約相手の同意が推定される。また,企業年金制度の変更など,労働者の退職後に具体化するような契約内容の変更提案に対して,単に労働者が継続就労した事実のみでは,その黙示の合意は推定され
(3)決定が公正な裁量に従ってなされるべきときには,行われた決定が公正に適合する場合にのみ契約相手を拘束する。決定が公正に適合しないときには判決によって行われる。決定が遅滞した場合も同様とする。
89 Wolfga ng Hromadk a, Än derung von Ar beit sbedingungen, in: Rech t der Ar beit (RdA) 1992, S. 241.
90 BAG 30. 7. 1985 AP N r. 13 zu§ 65 HGB.
(オ) 変更解約告知92
a. 変更解約告知制度
解雇制限法 2 条 1 文は,使用者が労働関係の解約を告知し,解約告知と併せて,変更された労働条件の下での労働関係の継続を労働者に申し込む場合,労働者は,労働条件の変更に社会的相当性がないことを留保しつつ,その申込を受け入れることができるとする。労働者はこの留保を,提訴期間である解約告知後 3 週間以内に使用者に表示しなければならない(2
条 2 文)。その上で,労働者は労働裁判所に,労働条件の変更が社会的相当性を欠くことの確認を求める訴訟を提起できる(4 条 2 文)。
このように,ドイツでは変更解約告知(Änder ungsk ü n digu ng)の法制度が存在する。変更解約告知は,使用者が従来の労働契約を解約告知すると同時に,新しい労働条件の下での労働関係の継続を申し込むことであり,それは労働条件変更のために行われる解約告知である。使用者による変更解約告知を受けた労働者には,取り得る選択肢が三つ存在する。①労働条件の変更を無条件で承諾した場合には,労働関係は新しい労働条件の下で継続する。②労働条件変更を拒絶した場合には,労働関係が解約告知により終了するが,労働者は通常の解雇訴訟手続において解雇の無効を争うことができる。これに対し,①,②のような,労働条件の承諾か解雇か,という二者択一的状況から労働者を保護するため,③1969 年 8 月 14日の解雇制限法改正により,労働者が労働関係を維持したまま,変更された条件の社会的相当性を争うとの留保付きで変更を受諾する途が開かれた。この変更解約告知は,使用者による労働条件変更の手段として,特に,労務指揮権の行使や,変更・撤回権の留保等による変更が可能ではない場合に用いられる。
b. 変更解約告知の効力の判断基準
前述のように,変更解約告知がなされた場合,これを受けた労働者は承諾,拒否,留保付承諾の 3 つの対応を取り得る。
留保なしの承諾の場合,変更された労働条件が確定し,労働関係が存続する。
労働者が労働条件変更の申込を拒否した場合,変更解約告知は終了解約告知となり,解約告知期間が経過すると解雇の効力が生ずる。この場合には,当該労働者は解雇の社会的相当性を裁判所で争うことができる(解雇制限訴訟,Kün digungssch u tzklage )。
労働者が留保付承諾を行った場合,労働者は解雇制限法 4 条 2 文に従い,労働条件の変更が社会的相当性を欠くことの確認を求める訴訟(変更制限訴訟,Än der ungsschu tzklage )を提起することになる。この労働者は,当該変更制限訴訟が終了するまで,変更された労働条件の下で働かなければならない。変更制限訴訟の場合,司法判断の対象は,変更された労
91 BAG 8. 7. 1960, AP N r. 2 zu §305 BGB.
92 変更解約告知に関して,荒木・前掲注 53 書 137 頁以下,大内伸哉『労働条件変更法理の再構成』(有斐閣,
1999 年)214 頁以下,土田・前掲注 65 書 211 頁以下を参照。
働条件の社会的相当性である。連邦労働裁判所は,留保付承諾の場合と,変更申込拒否により解雇に至った場合とで,審査基準が異なるのは妥当でないとし,変更申込拒否による解雇制限訴訟の場合にも,留保付承諾の場合と同様の審査基準が適用される,としている93 。
変更解約告知の社会的相当性の判断基準は,現在の通説・判例によると,以下のようになる。変更解約告知が社会的に相当とされるには,①変更解約告知の手段を用いて労働条件を変更することが正当といえるだけの重大な利益が存在すること,②労働者にそれを受忍させることが期待可能であること,を要件とする。①では,変更解約告知が解雇制限法 1 条所定の,労働者の個人的理由,及び行動上の理由又は急迫の経営上の理由に照らして不可避であるかどうかが審査される。②の段階では,労働者の受忍可能性が審査され,そこでは,結果と手段との間に比例原則が用いられる。変更解約告知も解雇の一形態であることから,最終手段原則が考慮され,より緩やかな手段で労働条件の変更が可能であれば,変更解約告知に相当性はないものと判断される。
労働者の個人的理由による変更解約告知は,老齢,疾病等により従来の職場で労働者を就労させることが困難で,且つ,新職場での就労が当該労働者に期待可能である場合等に,その相当性が認められている。労働者の行動を理由とする変更解約告知では,事業所内外での犯罪的行為,上司・同僚との不和,取引相手とのトラブル等を理由として労働者の職場を移す必要があり,且つ,新職場での就労が当該労働者に期待可能であることが要件となる。この場合には事前に当該労働者に警告が行われることが要件に加わる94 。
経営上の理由による変更解約告知の有効性判断もまた,①急迫した経営上の必要性により労働条件の変更が不可避であるか,②具体的に申し込まれた変更が労働者に期待可能であるか,という 2 段階で審査される。このうち,賃金の変更に関する変更解約告知に関しては,他の変更とは質的に異なるものとみなされ,とりわけ厳格な要件が課される95 。単なる賃金コストの引き下げという目標は,それだけで変更解約告知を正当化するものではない。変更解約告知を行われなければ解雇が想定され,また,賃金の減額が労働者にとって公正に甘受されるものである場合にのみ,変更解約告知による賃金の変更が正当化される。例えば,他の多くの労働者が不利益を被らない一方で,ある労働者に対してのみ客観的理由なく賃金減額がなされた場合,そうした賃金減額は当該労働者にとって公正に甘受されるものではない
96 。これに対し,労働の変更や労働時間の変更では,人員削減の必要性や,業務量の減少に
よる配転の必要性があれば足りるとされている。変更された労働条件の期待可能性は具体的
93 BAG 7. 6. 1973, AP N r. 1 zu §626 BGB Än derungsk ü n digung.
94 土田・前掲注 65 書 212 頁以下を参照。
95 Hrom a dk a は以下のように論ずる。賃金変更の問題は,労働内容や労働時間の変更とは質的に異なる。それは労働者の給付ではなく,反対給付にかかわるからである。この場合,使用者は,職場の廃止や労働内容の変更を行うという,市場経済秩序で認められる自らの組織権の枠内での経済的・技術的・組織的措置を問題とするのではなく,自らの財務的な責任を変更しようとするのである。労働者に対する財務上の責任は,納入業者,銀行,第三者企業に対する責任と質的に何ら異ならない。Hroma dk a, a. a. O., S. 255.
96 BAG 20. 8. 1998, AP N r. 50 zu §2 KSch G.
に審査されるが,個人的又は行動上の理由の場合よりも厳格に行われる。さらに,経営上の理由による解雇の要件として,人選の社会的相当性の要件が加わる97 。
変更解約告知は,労働契約全体の解約を前提とする点で,一部解約告知と区別される。通説・判例では,一部解約告知としての変更解約告知は認められないとされている。
c. 事業所委員会の関与
変更解約告知を行う場合には,通常の解雇と同様に,使用者は事業所委員会の意見を聴取しなければならない(事業所組織法 102 条 1 項)。意見聴取を行わない変更解約告知は無効となる。変更解約告知の内容が,事業所組織法 95 条 3 項の配転(Versetzu ng)や,賃金グループ格付の変更である場合,事業所委員会は事業所組織法 99 条 1 項の関与権の対象となる。同条項では,人事上の措置を行う場合,使用者が事業所委員会に情報提供等を行なった上で,事業所委員会の同意を求めなければならない。もっとも,事業所組織法 99 条 1 項は変更解約告知の効力発生要件とは解されておらず,これに違反した場合であっても,当然に無効とはならない。
イ.事業所協定98
事業所協定の変更には「後法が前法を廃する」との原則が妥当する。新しい事業所協定の締結により,古い協定の内容は置き換えられる。この場合,従前の内容を労働者の不利益に変更するものであっても問題はない。
事業所協定は,協定に期間の定めのある場合には,所定の期間の満了に伴い終了する。期間の定めのない場合には,合意解約もしくは解約告知によって終了する。解約告知について,特段の定めのない場合には告知期間は 3 ヶ月間となる(事業所組織法 77 条 5 項)。事業所協定の失効後,当該事業所協定が規制していた事項で,仲裁委員会の裁定により代替可能である事項に関しては,別の取り決めがなされるまでの間,失効した事業所協定の効力が残る(77
条 6 項)。この場合の「別の取り決め」に該当するのは,事業所協定,及び,使用者と労働者の個別労働契約上の合意であると考えられている。
(ア) 事業所協定と個別労働契約との関係
前述のように,労働契約上の個別的合意に関しては,判例により,事業所協定との間で有利原則が肯定されており,労働者に有利な内容での個別合意は可能である。
a. 社会的給付の減少,廃止
個別労働契約に根拠を持つとされる,一般的労働条件(労働契約上の統一的規制,従業員に対する約束,事業所慣行等に基づく使用者からの給付。第 2 節,3 (3)参照)について同様のことが当てはまるかが,ドイツでは法的議論の対象となってきた。
この点につき,連邦労働裁判所の 1986 年 9 月 16 日大法廷決定によると,統一的規制もし
97 土田・前掲注 65 書 213 頁を参照
98 事業所協定と他の労働条件設定規範との間の相関関係に関する文献として,荒木・前掲注 53 書 150 頁以下,
大内・前掲注 92 書 174 頁以下を参照。
くは従業員に対する約束に基づく,労働者の社会的給付(Sozialleistu ngen )を事業所協定により変更しようとする場合,個々の労働者は自らに不利益な変更であっても,該当する全労働者にとっては,事業所協定による新規制が従前の労働契約上の統一的規制の内容よりも不利でない限り(集団的な有利性の比較),そうした変更を受け入れなければならない,とされる99 。同時に同大法廷決定は,使用者により,事業所協定を通じた社会的給付の撤回が労働契約上留保されていた場合,もしくは行為基礎の喪失(Wegfa ll der Geschäftsgrun dlage )
100 を理由として社会的給付の削減ないし廃止が要求された場合に限り,事業所協定による不利益変更が可能となる旨を述べている101 。
b. 労働時間
労働契約締結時に契約両当事者が合意した週日の労働時間,及びその週内配分は,個別的な合意とはみなされず,事業所の労働時間変更に際し事業所協定により後に変更が可能である,との判例が存在する102 。
c. 定年
個別労働契約上で定められた定年による労働契約終了に関し,後の事業所協定により定年年齢を下げることはできない,とした判例がある103 。
(イ) 事業所協定と労働協約との関係
99 BAG GS 8. 9. 1986 AP N r. 17 zu §77 Betr VG 1972. もっとも,本決定の射程は使用者による「社会的給付」に限定されており,その内容は,労働者による労働給付に対する直接的な報酬ではない,勤続手当,企業年金,一時金等とされている点には留意が必要である。すなわち,個別契約上の統一的規制により,通常の賃金,俸給が設定されている場合の変更は想定されていない。
100 行為基礎の喪失とは,契約の基礎となった事情が失われる,もしくは著しく変更された場合に,契約条件の一方的変更を認める法理である。これは契約法一般に妥当する契約変更法理であり,個別労働契約はもとより,事業所協定,労働協約等の集団的契約についても適用され得る。もっとも,従来より,行為基礎の喪失法理は,労働契約の分野ではほとんど利用されてこなかった。これは,労働法では変更解約告知の制度が存在し,同様の法的効果が得られてきたためとされる。そのため,主として,変更解約告知が不可能となる,労働関係終了後に支給される企業年金給付の変更等について,行為基礎の喪失法理が用いられてきた。荒木・前掲注 53 書 149 頁参照。
なお,この行為基礎の喪失の制度は,2002 年 1 月 1 日施行の債務法現代化法により,新たに民法典 313 条で規定されている。邦語訳については,半田吉信『ドイツ債務法現代化法概説』(信山社,2003 年)466 頁を参照。なお,以下に掲げる条文は,同書の訳文に筆者が一部表現の修正を加えたものである。
民法典 313 条(1)契約の基礎となっている事情が,契約締結後著しく変更され,かつ当事者がこの変更を予見していたとすれば,契約を締結せず,又は異なる内容の契約を締結したであろう場合は,個々の事例のすべての事情,なかんずく,契約上又は法定の危険負担を考慮して,一方当事者にとって,変更されない契約への固執が期待され得ない限り,契約の適合が要求されうる。
(2)契約の基礎となっている重要な観念が,誤りであることが明らかとなったときは,事情変更と同視される。
(3)契約の適合が不可能であり,又は一方当事者にとって期待しえない場合には,不利益を受ける当事者は契約を解除しうる。継続的債務関係の場合は,解除権に代えて,解約告知権が生じる。
101 ErfK/K ania, §77 Betr VG Rn. 89ff. こうした,いわば「事業所協定に開かれた」労働契約上の撤回ないし変更留保がいかなる場合に認められるかが問題となる。基本的には,後の事業所協定による撤回もしくは変更の可能性が留保されていたこと,あるいは,以前に事業所委員会がそうした留保の設定に関与していたことが,個々の労働者に認識可能であったことが必要である。つまり,使用者と事業所委員会の間で撤回・変更の可能性を留保したのみでは不十分である。実際には,事業所協定による変更についての留保が個別労働契約上明確であることは少ないため,黙示的留保の存否が具体的状況から判断されることになる。判例でこうした留保の存在が認められたケースも存在する。BAG 3. 11. 1987 AP N r . 25 zu §77 Bet r VG 1972. 大内・前掲注 92 書 212 頁以下。
102 E rfK/Ka nia, §77 Bet r VG Rn. 98; BAG 23. 6. 1992, AP N r. 1 zu §611 BGB Ar beit szeit.
103 BAG GS 7. 11. 1989 AP N r. 46 zu §77 Bet r VG 1972.
前述のように,事業所協定と労働協約との関係では,協約優位の原則が事業所組織法 77
条 3 項により明確であるため,労働協約による規制が存在する場合には,事業所協定により
協約上の労働条件を変更することはできない。事業所組織法 77 条 3 項と 87 条 1 項との相互関係については,労働協約による具体的な規制がない場合(「協約通常性」しかない場合), 87 条 1 項所定の事項につき事業所協定による規制が可能であるとする立場(87 条 1 項優位説)が判例により確立されている。近時の判例は,労働協約による確定的な規制の範囲を限定的に解し,事業所協定による規制の余地を拡大する傾向にある104 。もっとも,判例により,労働協約との関係で事業所委員会と使用者の共同決定に委ね得るとされる領域は,労働協約で定められる基本賃金を上回る範囲での諸手当や休日手当であり,協約賃金を下回る労働条件を事業所協定で規制することは認められていない点に留意が必要である。
労働協約の基準を下回る内容の規制が認められるには,労働協約法 4 条 3 項及び事業所組
織法 77 条 3 項 2 文の規定により,労働協約により事業所協定による異なる定めが許容されていることが前提条件として必要となる。このような,労働協約の「開放条項
(Öffnungsklausel )」により,事業所協定による規制が可能となるケースが広く見られるが,学説の上では,かかる開放条項が存在したとしてもなお,中核的な労働条件に関し包括的に事業所協定での設定を許容することについては反対の見解が見られる105 。
近時では,雇用保障と引き替えに,賃金ないし労働時間について労働協約上の規制から逸脱を認める開放条項が多く結ばれている106 。
ウ.労働協約
労働協約についても,「後法が前法を廃する」との原則が妥当する。労働協約は,協約自体に定められた時点をもって発効する。労働協約は,協約自体に定められた時点をもって失効し,又は,協約自体に解約に関する条項が含まれる場合には,その解約手続にのっとって失効する。
労働協約は,有効期間経過後も,その法規範が他の約定によって代替されるまで引き続き存続することが法定されている(労働協約法 4 条 5 項。協約の余後効)。この場合,事業所協定及び使用者と労働者の個別労働契約上の取り決めによって,従来の協約上の法規範は廃棄され得る。
104 Vgl. BAG 17. 12. 1985, AP N r. 5 zu §87 Bet r VG Ta r ifvorr a ng.1985 年 12 月 17 日の連邦労働裁判所決定では,以下の判断が示された。労働協約が,協約で義務づけられる労務に対する賃金を定めるに過ぎない場合には,労働協約は最低賃金を規制するに過ぎず,それを超える賃金部分については事業所委員会の共同決定に対する余地が開かれている。このように労働協約の遮断範囲を限定的に解し事業所協定の規制範囲を拡大する傾向はその後も踏襲されている。協約による休暇手当の規制がある場合でも,追加的な休暇手当を事業所協定で決定することができるとした判決がある。BAG 9. 2. 1989, AP N r. 40 zu Bet r VG §77. また,協約賃金の引き上げ分の協約上乗せ手当への算入に際し,事業所組織法 87 条 1 項 10 号に従い,その配分原則の定立・変更を事業所協定で行うことは,協約優位の原則と抵触しない,とした BAG 大法廷決定がある。BAG 3. 12. 1991, AP N r. 51 zu §87 Bet r VG Lohnges talt ung. 大内・前掲注 92 書 197 頁。
105 荒木・前掲注 53 書 162 頁。
106 荒木・前掲注 53 書 163 頁。
ア.規制の概要107
労働の種類・場所の変更を意味する配転については,労働契約上と事業所組織法上の 2 つの次元で規制が存在する。労働契約上では,どの程度までの配転を労務指揮権の行使によって使用者が命令することができるかが問題となる。どのような配転であれ,労働者の個別の同意が得られるならば,個別法上は有効であるが,そうした同意が得られない場合には,労務指揮権の行使によって変更できる範囲が問題となり,それは労働契約内容の解釈如何による。使用者が,労務指揮権の範囲を超えて労働の種類・場所を変更しようとする場合には,当該労働者の個別の同意を得る,もしくは変更契約を締結するか,あるいは変更解約告知を行う必要がある。
事業所組織法では,使用者による配転が事業所委員会の共同決定の対象となり得ることが定められており,配転の概念について法律上の定義が行われている。事業所委員会は事業所組織法 99 条 2 項に定められた要件の下で,個別的な配転について同意を拒絶することができる。同意が拒絶されると当該配転は無効となる。この場合,使用者は労働裁判所に同意に代替する判決を求めて提訴するか(99 条 4 項),仲裁委員会の裁定を求めることができる(76
条 1 項)。このことは,労働者が配転に同意し,あるいは配転を内容とする変更解約告知が
有効である場合も同様である。すなわち,配転は個別法及び事業所組織法の 2 つの異なる次元で規制され,効力が審査され得る。
(ア) 労務指揮権の範囲
使用者は,労働契約の予定する範囲内であれば労務指揮権に基づく配転命令を行い得る。配転命令の範囲は,当該労働者が行うべき労働の種類・場所がどの程度まで特定されているか,についての労働契約の解釈による。
職種を変えることなく,同一事業所内での勤務場所,配属箇所等を変更することは,労務指揮権の範囲内で使用者が行うことができる108 。職種・職務が労働契約により特定されていると解される場合,同一の職種系列内の職務変更については,労務指揮権の行使による配転命令によって行い得る。労働協約等によって賃金グループ格付けが定められている場合には,他の賃金グループへの配置転換を使用者が一方的に命ずることはできず,労働者の個別の同意を得るか,又は変更解約告知の方法を取る必要がある。
労務指揮権の行使による勤務場所の変更がどの程度まで可能かの判断もまた,労働契約上の取り決めによる。事業所が特定されていると解される場合,同一事業場内での配転を命令することは可能であるが,他の事業場への配転は,個別合意を得るか,もしくは変更解約告知の方法を取る必要がある。
107 ドイツにおける配転に関しては,土田・前掲注 65 書 181 頁以下を参照。
108 こうした配置換えには,一般に U m setzung の呼称が用いられる。Mü nch Ar b R/Blomeyer, §48 I nhalt der Ar beit spflicht, Rn. 86.
ドイツの判例では,労働者が特定の職務,特定の事業所で一定期間継続して勤務してきた場合には,労働義務の内容・場所が黙示的に特定されたものと解する傾向にある。このように,使用者が労務指揮権の行使により一方的に行うことのできる配転の範囲は厳格に画されている。これに対し,労働契約の上で,前もって幅広い範囲での配転命令があり得ることを留保しておく「拡張条項( Erweiter ungsklausel )」を設けることが実務上でも行われている。もっとも,こうした条項が労働契約上で定められたとしても,使用者が配転を命令し得る範囲が無制限に拡張されるわけではなく,民法典 315 条ないし営業法 106 条の規定により,当該配転命令権の行使が「公正な裁量」によるものか否かの司法審査が行われ得る。配転命令がどの程度まで許容され得るかは,当該労働者の職種・職務,賃金グループ格付け,勤務場所,企業内での地位109 ,これまでの勤務事情等の具体的状況から判断されることになる。
(イ) 変更解約告知110
使用者が労務指揮権の行使により一方的に配転を行うことができない場合,変更解約告知による職場の変更が行われ得る。前述のように,変更解約告知がなされた場合,解雇制限法
1 条所定の正当化理由に基づく必要性と,当該労働者への具体的な変更の期待可能性が審査される。
具体例として,労働者の行動を理由とする変更解約告知で,守衛としての業務に必要な警察官の権限を剥奪された労働者の配転,労災防止上必要な健康診断の受診を拒否した労働者の配転などが認められている。経営上の必要性に基づく変更解約告知では,職場の OA 化により余剰人員となった労働者の配転,余剰人員となった水泳指導員の技術者への配転などが認められている。
(ウ) 共同決定
事業所組織法 99 条は,個々の労働者の採用,賃金グループ格付け,賃金グループ格付けの変更,配置転換が事業所委員会の共同決定事項となることを規定している。事業所組織法 95 条 3 項は同法における配置転換(Ve r setzu ng)の概念として,「この法律の意味における配転とは,1 ヶ月の期間を超えることが予定される,又は,労働給付の環境に著しい変更をもたらすような他の労働領域への配置をいう。労働関係の特質上,労働者が特定の職場で就労しないことを常とする場合には,その都度の職場の決定はこれを配転とみなさない」と規定する。同法 95 条 1 項は,労働者の賃金グループ格付け変更,配転の人選指針を,事業所委員会の同意をもって制定し得るとする。この人選指針に反する可能性のある配転が行われたと事業所委員会がみなした場合には,事業所委員会は配転への同意を拒絶できる。
共同決定の対象となり得る「配転」の概念は,労働契約上の「配転」概念と比較して狭く限定されている。事業所組織法 95 条 3 項の規定によると,そこでの「配転」は,労働給付
109 企業内で高位の地位にあり管理的職務を行う管理職員の労働契約では,配転条項が盛り込まれることが一般的である。彼らに対する配転命令についても,労働契約上の公正審査が理論上は可能であるが,一般に,管理職員は昇進等の考慮から配転を拒絶することは稀であり,配転命令の効力が問題となる例は少ない。
110 土田・前掲注 65 書 212 頁以下を参照。
の環境に著しい変更をもたらすような他の労働領域への配置とされることから,配転による職務の変更が重大である場合がこれに該当する。他の事業場への配転は,事業所組織法上の配転には含まれない。もっとも,配転先の事業所から見れば,配転された労働者の受け入れは 99 条 1 項の「採用」となるため,共同決定の対象となる。
共同決定の効果として,事業所委員会が事業所組織法の意味における配転について,99 条所定の理由をもって同意を拒絶した場合には,配転の効力は否定される111 。
管理職員については,事業所組織法の適用対象外とされていることから,事業所委員会の共同決定権は問題とならない。管理職員の事業所組織として,管理職代表法に基づき選出可能な管理職代表委員会があり,使用者に対し一定の関与権を有するものの,個々の管理職員の個人的事項に関して事業所委員会と同様の共同決定権は与えられておらず,管理職個人が使用者に対し自己の利益を主張する際,管理職委員会構成員に支援させることができるに過ぎない(管理職代表委員会法 26 条 1 項)。
イ.実態
上記のように,使用者が労働者の労働内容,場所を変更しうる法的可能性は,管理職員を除く労働者の場合には相当程度厳格に解されている。勤務地,職種が特定される範囲は,契約の履行過程で具体化されたものから判断される。実務において,使用者に配転命令権を留保する配転条項,又は,合意された職種や職場以外への配転命令権を留保する拡張条項を設けることは,実務上広く行われているものと見られ,管理職員の労働契約には配転条項が設けられることが通例のようである112 。もっとも,かかる条項が契約上で合意されていたとしても,管理職員以外の労働者については,事業所組織法 95 条 3 項の配転に該当する場合,事業所委員会が設置されていれば,共同決定権が行使され得る。また,個別契約上の解釈としても,民法典 315 条ないし営業法 106 条の定める公正な裁量の観点から,行われた配転命令の効力は司法審査の対象となる。
(3) 出向・転籍 ア.規制の概要
労働者が使用者との労働関係を維持しつつ,第三者の労務指揮の下で就労する場合,法的には「貸借労働関係(Leih arbeit sverh ältnis )」が成立する。日本でいう在籍出向に相当する法関係が,貸借労働関係である。貸借労働関係に関する法規制は,それが業として行われる場合に規制する労働者派遣法(Arbeitneh mer überla ssungsgesetz )が制定されているも
111 事業所委員会による同意拒絶の有効性と,労働契約上の労務指揮権に基づく配転の有効性とは理論上別個に考えられるものではあるが,当該配転が労働契約上有効であったとしても,事業所委員会の同意拒絶が有効であれば,配転の効力は無効となるとするのが判例・通説の立場である(効力要件説)。
112 2004 年に聴き取り調査で訪問した,ドイツ労働組合総同盟(対応者:Dr. Wolfga ng Lu tter bach 国際欧州労働組合政策部門長),ドイツ使用者団体連盟(対応者:D r. Sven- Fr ede r ik B a lde r s 労働法担当弁護士),ベルリン州労働裁判所(対応者:K a r in Au s t-Doden hoff 裁判長官)にて,同様の回答が得られた。
のの,業としてではなく,個別的に行われる事例に関して特別の法規制,法律上の定義は存在しない。
問題は,労働者を第三者の下で就労させるに当たり,それを労働者の個別の同意なしに使用者が労務指揮権の行使により一方的に行うことができるか,あるいは,労働者の個別の同意を必要とするか,にある。労働者の同意を必要とする根拠としては,「役務に対する請求権は,明確でない場合には,譲渡不可能である」とする民法典 613 条 2 文の規定が根拠として考えられる。しかし,この条項は任意規定であり,異なる取り決めが可能である。労働者の同意の形態については,諸々の見解があり,契約上の留保条項が存在すれば足りるとの見解が有力である113 。他方で,事業所協定を根拠とする義務づけは不可能であるとする点では,諸説に一致が見られる。
イ.実態
コンツェルンを形成する企業グループ間での「配転」,「貸借」(「コンツェルン内貸借
(Konze r nleihe)」とも称される114 。)や,他の企業への労働者の派遣( En t se n d u ng )といった形で,第三者の下で労働者を就労させることがドイツでも行われているようである。
コンツェルンにおいて,こうした人事上の措置を行う命令権を使用者に留保する条項,いわゆる「コンツェルン留保条項」が個別労働契約上に設けられることがある。かかるコンツェルン留保条項に対し,契約相手による変更を制限する民法典 309 条 10 号115が適用可能であるか否かについて,司法判断は未だ明らかではない116 。
派遣期間の設定について法律上の規制はなく,その都度の取り決めによって設定されているものと予想される。
5.懲戒
(1) 規制の概要
使用者の懲戒権そのものに関する法律上の規定は特に存在しない。事業所組織法 87 条 1
項 1 号は,事業所の秩序,及び,事業所における労働者の行動に関する事項を事業所委員会の共同決定事項としている。事業所での労働者の秩序違反行為に対する罰則を定める罰則規程(B ußeordnung )の定立,及び,使用者が行う個別の処分が事業所委員会の共同決定事項となる117 。事業所委員会は,懲戒処分に関する特別の委員会を設置することができる。労働者に対する聴聞,理由の通知等,懲戒手続に関する法律上の規制はない。
113 土田・前掲注 65 書 188 頁。
114 ErfK/ Pr eis, §613 BGB Rn. 9.
115 民法典 309 条については,本章の末に掲載した〔参考資料 3〕を参照。
116 2004 年に聴き取り調査で訪問したドイツ使用者団体連盟(対応者:Dr. Sven- Fr ederik Balder s 労働法担当弁護士)より,同様の回答を得た。
117 BAG 5. 12. 1975 AP N r. 1 zu §87 Bet r VG 1972; BAG 17. 10. 1989 AP N r. 12 zu §87 Bet r VG 1972
Betriebsbu ße.
制裁手段としては,通常,罰則規程において,訓告(Verwar nu ng ),譴責(Ve rweis),制裁金(Gel dbu ße )等が設けられている。制裁手段としての解雇(日本でいう「懲戒解雇」)や賃金グループ格付けの低下は,許容されないと解されている118 。制裁金を科す手続は,法治国家の原則に従わなければならない。連邦労働裁判所の判例によると,科された制裁の相当性に関する裁判所の審査は可能である。罰則規程において前もって裁判所の審査可能性を排除することはできない119 。
こうした事業所罰(Betriebsbu ße )は,集団的な事業所秩序に対する労働者の違反行為に対する処分を定めるもので,労働契約上の義務に労働者が違反した場合について定められる労働契約上の制裁とは区別される。労働契約及びそれに基づく使用者の労務指揮権は,事業所罰を科す法的根拠とはならないとされる120 。個別労働契約上の制裁としては,警告
(Abma hn ung ),違約罰(Ve rtr agss t rafe ),及び,労働者の行動を理由とする解雇などがあり得る。このうち,違約罰は過去に行われた契約違反に対する制裁であり,警告は将来についての警告の機能を持つとされる。
労働者の非違行為は,解雇制限法上の解雇理由としての労働者の行動,又は民法典 626 条で定められた即時解雇事由としての「重大な事由」として考慮され得る。
(2) 実態
労働者が事業所で行った非違行為を理由とする解雇の正当性は,解雇制限法の規制に従い,労働者の行動を理由とする解雇の枠組みで審査される。少なくとも,法的な正当性判断にお いては,制裁による解雇について特別の判断基準は設けられていない121 。
労働者の経営秩序違反行為として解雇理由となり得る例としては,就労中の禁煙・飲酒禁止等の義務違反,平和的な経営の騒乱行為,同僚に対する名誉毀損,人格侵害又は暴行等の加害,労働者が労働不能となった場合の申告・証明義務違反等が考えられる。労働者の行動を理由とする解雇の正当性判断については,8. 労働契約の終了の項を参照。就労時以外の労働者の行為であっても,解雇理由として正当化される場合があり得る。使用者又は企業関係者に対する悪質な侮辱行為,財務担当者が賄賂授受や金銭犯罪等によりその信用を著しく失墜させた場合,自動車運転手が交通事故等により運転免許を喪失した場合,企業秘密を漏洩させた場合等が考えられる122 。
118 ErfK/K ania, §87 Betr VG Rn. 24.
119 BAG 12. 9. 1967 AP N r. 1 zu §56 Bet r VG 1952 Bet r iebsbu ße; BAG 11. 11. 1971 AP N r. 2 zu §56 Be tr VG 1952 Bet r iebsbu ße.
120 ErfK/K ania, §87 Betr VG Rn. 22.
121 2004 年に聴き取り調査で訪問したベルリン州労働裁判所(対応者:K a r in Au s t-Doden hoff 裁判長官)では,同様の回答が得られた。
122 ベルリン州労働裁判所(対応者:K a r in Au s t-Doden hoff 裁判長官)からの聴き取りによる。
6.休職制度
(1) 疾病による休職時の収入保障
労働者が疾病,負傷などにより労働不能になった場合,その傷病が業務に起因するもので あれ,私傷病によるものであれ,一定期間,使用者から賃金が継続支払される。現在の賃金 継続支払法(EFZG. 第 1 節総論,2 (2)カ参照)は,労働者が自身の責めなく疾病により労 働不能となった場合,6 週間まで使用者に賃金の継続支払を義務づけている。こうした使用 者の負担による休職時の収入保障制度が確立されるまでには,以下のような経緯があった123 。
19 世紀に成立した疾病保険制度により,現業労働者については,疾病による労働不能時に疾病金庫からの疾病手当が給付されることとなった。しかし疾病手当が給付されるまでには待機期間があり,手当額も労働可能であれば得られたはずの賃金全額をカバーするものではなかった。
他方,一定額以上の収入を得る職員(ホワイトカラー労働者)は強制保険の対象ではなかったが,商法典旧 63 条に,商業使用人が事故により労働不能となった場合に 6 週間まで雇用主に通常の報酬の継続支払を義務づける条項があり,商業部門で就労する職員には疾病等による労働不能期間の収入が保障されていた。工業部門の技術職員等については営業法 133 c条に同様の定めが置かれていた。両規定はいずれも強行規定であった。しかし,商法典もしくは営業法の適用を受けない職員及び現業労働者については,疾病時賃金継続支払に関する労働法上の特別規定が存しなかった(ただし,労働協約の定めにより疾病時の賃金請求権が認められる場合は存在した。)。一般規定である民法典 616 条は,労務給付の義務者が比較的短期間,自らの責めなく個人的な理由により労務給付を妨げられたときには報酬の請求権を失わないことを定めているが,この規定は任意規定であって個別契約による修正が可能であり,実効性が欠けていた。
現業労働者については,1957 年の疾病時現業労働者の経済的保障改善法を経て,1969 年 7 月 27 日の現業労働者のための賃金継続支払法124(LFZG)が制定され,この法律により現業労働者もまた自己の責めなく疾病を理由に労務給付を妨げられた場合に,6 週間まで賃金請求権を失わないこととなった。さらに 1994 年 5 月 26 日,新たに全労働者に適用される賃金継続支払法(EFZG)が制定され,諸法律の分裂状態が解消された。その後,新しい賃金継続支払法は,1996 年の経済成長及び就業促進のための法律により一部改正され,疾病時に継続支払される賃金が 100 %から 80%に切り下げられた。しかし,1998 年の政権交代に伴う社会保険修正法により,再度賃金継続支払法の変更がなされ,現在では疾病時継続賃金
123 ドイツにおける疾病時の賃金継続支払法制の歴史と概要については,水島郁子「ドイツ賃金継続支払法の変
更」『姫路法学』23 ・24 合併号 401 頁以下(1998 年),同「ドイツにおける疾病被用者の所得保障の転換」
『姫路法学』25・26 合併号 234 頁以下(1999 年),同「法律変更が労働協約に及ぼす影響」『姫路法学』29 ・
30 合併号 611 頁以下(2000 年)を参照。
124 Lohnfortza hlungsgesetz (Gesetz über die Fortza hlung des Ar beit sentgelt s im Kra n k heit sfalle), 27. 7.
1969, BGBl. I S. 946.
支払額は 100%に戻されている。
以上の経緯を受け,現行の賃金継続支払法は,すべての労働者について,自己の責めなく疾病により労働給付を妨げられたときに 6 週間まで賃金継続支払の請求権を認めている。4週間の勤続を要件として,賃金継続支払請求権が発生する( EFZG3 条 3 項)。旧賃金継続支払法(LFZG)では,短期間労働者及び短時間労働者への適用が除外されていたが,現行法ではそうした定めはない。有期契約労働者について特段の規定は設けられていないが,賃金継続支払請求権は,労働関係が終了した場合には失われる125 。
LFZG では,就労開始後の労働不能であることが賃金継続支払請求権の発生要件とされていたが,現行法ではそうした規定がないため,労働契約締結後,就労開始前の疾病については,就労開始予定日から賃金継続支払請求権が発生する。また,必ずしも「労働不能」とはいえない,社会保険主体の許可する療養・リハビリテーション措置を理由とする労働障害の場合であっても,賃金継続支払請求権が認められる(EFZG 10 条)。
労働者は,3 暦日以上の労働不能の場合には,医師による労働不能証明書と,予想される労働不能日数を使用者に報告しなければならない(5 条 1 項)。労働者が労働不能の証明義務を怠った場合,使用者は賃金継続支払を拒絶することができる(7 条)。
以上は,賃金継続支払法に基づく疾病休職時の賃金継続支払についての概略であったが,労働者疾病時の使用者による給付は労働協約の定めにより拡張されている場合が多い。また,同法の適用対象とはならない,労働者自身の責めによる労働不能の場合には,疾病金庫
(Kr an ken k asse)からの疾病手当金が支払われる。
7.その他労働契約にかかわる権利義務関係
(1) 競業避止義務
2002 年 8 月 24 日の改正法により,営業法 110 条に,全労働者に対し適用される労働契約
終了後の競業避止義務規定が設けられた(第 1 節総論,2 (2)ウ参照)。もっとも,同条 2 文の「商法典 74 ないし 75f 条が準用される」とする規定にあるように,従来,ドイツでの競業避止義務は商法典の諸条項と,それに関連する判例によって具体化されてきた。
商法典の一連の規定は,そもそもは商業使用人を適用対象とする。工業部門の技術職員には営業法 133f 条126 が存在したが,工業部門の現業労働者及びそれ以外の分野,とりわけ自由業の分野で就労する現業労働者及び職員について競業禁止が問題となる際には,良俗違反行為の無効を定める 138 条しか関連規定が存在しなかった。連邦労働裁判所は,商法典の諸
125 ErfK/Dör ner, §3 EFZG Rn. 77.
126 旧営業法 133f 条(1)雇用関係が終了した後の期間について,技術職員の営業活動を制限する合意を事業主と技術職員が行った場合,当該合意は,期間,場所,対象に関する制限により当該職員の収入が不公正に困難となる限度を超えない限りで拘束力を持つ。
(2)合意を締結した時点で職員が未成年者であれば,当該合意は無効である。
規定を商業分野以外の労働関係についても類推適用することで,これに対処してきた。ア.労働関係存続中の競業避止義務
商業使用人( H an dlungsgehilfe )は,雇用主( Prinzipal )の許可なしに,商業を営み,あるいは雇用主の商業部門で自身又は他人の計算の下で取引を行ってはならない(商法典 60
条 1 項)。雇用主が使用人を採用する際,使用人が商業を営んていることを知り,且つ雇用主が経営の内容を明確に取り決めていないときには,使用人に対する商業経営の許可がなされたものとみなされる(60 条 2 項)。商業使用人が 60 条の義務に違反した場合には,雇用主は使用人に損害賠償を請求することができるほか,その代わりに,使用人が自らの計算で行った取引を雇用主のために行ったものとすること,又は,使用人が他人の計算の下で行った取引から得た報酬を引き渡すか,その報酬の請求権を譲渡することを要求できる(61 条 1項)。
イ.労働関係終了後の競業避止義務
(ア) 競業禁止の効力
雇用関係終了後の競業禁止を雇用主(使用者)と商業使用人(労働者)の間で取り決める場合には,書面形式で,合意された内容を記した文書に雇用主の署名を付して使用人に手渡すことを必要とする(商法典 74 条 1 項)。競業禁止の取り決めをなす場合,雇用主が,禁止
期間の 1 年につき,使用人が最後に受け取った契約上の給付127 の少なくとも 2 分の 1 に達す
る補償金を支払う場合にのみ,禁止の取り決めは拘束力を持つ(74 条 2 項)。これに相当する取り決めが全く欠けている場合には,競業禁止はそもそも無効となる。約定の補償金が法律の基準に達していない場合には,競業禁止の合意は拘束力を持たない。後者の場合,判例によると,労働者は競業禁止を解除するか,もしくは競業禁止を受け入れるかにつき選択権を有する(競業禁止を受け入れた場合,当該取り決めによる,法定基準よりも低額の補償金額分しか請求できない。)。
一方,判例によると,経営秘密に関する秘密保持の取り決めについては,補償金なしに行うことができるとされる。
競業禁止は,使用者の取引上の利益の保護に資するものでなければ,拘束力を有しない。また,競業禁止の時間,場所,対象に応じて支払われた補償金を考慮し,それが使用人の生計を不公正に困難とする場合には拘束力を持たない。競業禁止期間は,雇用関係終了後,2年を超えてはならない(商法典 74 a 条 1 項)。未成年者に対する競業禁止は無効である(74 a条 2 項)。
商法典 74 条 2 項により雇用主が使用人に補償金を支払う場合には,各月末に支払うこととする(74b 条 1 項)。使用人に対する契約上の給付が手数料やその他の変動する収入である
127 ここでいう「給付」は,本来の賃金ならず,特別手当,歩合給,手数料,一時金等,労働者がその労働に対して得た収入すべてが含意される。使用者が任意に支給した,契約上は必ずしも請求権が明確でない給付も含まれる。ErfK/Sch au b, §74 HGB Rn. 31.
場合には,補償金の算定に当たり当該給付は最後の 3 年間の平均によって見積もられる(74b
条 2 項)。
雇用主は,雇用関係終了以前に,競業禁止を放棄することを書面で表示することができ,その表示から 1 年経過後に補償金支払義務から解放される(75 a 条)。元使用人が競業禁止に違反した場合には,補償金請求権を失う。使用者は損害賠償のほか,違約罰(75c 条)を取り決めていれば,その支払いを求めることができる。
(イ) 労働契約の即時解約と競業禁止の効力
雇用主の契約違反行為を理由として使用人が雇用関係を即時解約した場合には,解約以後
1 ヶ月以内に使用人が競業禁止の合意に拘束されないことを書面で通知すると,競業禁止は無効となる(75 条 1 項)。これに対し,使用人の契約違反行為を理由として雇用主が雇用関係を即時解約した場合には,使用人は補償金を請求できない,とする規定が商法典 75 条 3項にある。この場合,元使用人に対する競業禁止は有効で且つ元雇用主は補償金を支払う義務がなくなることとなるが,連邦労働裁判所は,この規定を基本法 3 条が保障する法の下の平等に反するとした128 。労働者による即時解約の際には,労働者に関係の断絶権が認められるに過ぎないのに対し,使用者の同様の事例では,補償金の支払なしに競業禁止の拘束力が認められることになる法的帰結が不平等と判断された。これを受けて,その後の判例では, 75 条 1 項の類推適用が行われている129 。使用者が 1 ヶ月以内に書面で通知をすれば,競業禁止は無効となる。この断絶権を行使しなければ,補償金の支払とともに競業禁止は有効となる。使用者は選択権を有する。
(2) 使用者の配慮義務
現在では,労働関係における使用者の付随的義務(N ebenpflich t )の内容は多岐にわたり,伝統的にいわれてきた使用者の配慮義務( Fü r sorgepflicht )の概念には収まりきらなくなっている。使用者の付随的義務の内容は,各労働法規に定められた使用者の義務,及び,一般的には民法典 242 条の信義誠実原則に根拠を持ち,その範囲及び法的効果はそれぞれの義務の性質に従って判断される。以下では,主に労働者の生命,健康,財産,人格にかかわる使用者の付随的義務について言及する。
ア.生命・健康に対する保護義務
民法典 618 条 1 項では役務義務者(労働者)の生命及び健康を危険から保護するため,役務権利者(使用者)に対し,役務遂行のための空間,施設,器具を設備・維持し,権利者の命令により行われる役務給付を規制する義務が定められている。商法典 62 条 1 項においては,雇用主に対し,商業使用人を健康に対する危険から保護し,良俗と品位を維持するため,空間,施設,器具を設備・維持し,業務や労働時間を規制する義務が課されている。
128 BAG 23. 2. 1977 AP N r. 6 zu §75 HGB.
129 ErfK/Sch au b, §75 HGB Rn. 16.
労働遂行に際して生じ得る,労働者の生命・健康に対する危険からの保護に関しては,公法上の労働者保護法として,1973 年の労働安全衛生法で主に産業医及び労働安全衛生専門
家の選任と職務範囲が規定され,1996 年の労働保護法により,事業者に包括的な労働安全衛生体制を構築する責任が定められている。一般に,公法上の労働保護規定の内容は,労働契約上の強行的な義務内容を形成すると解され,その遵守を使用者は契約上の義務として負うものとされる130 。
実際に,使用者が民法典 618 条 1 項もしくはその他の労働者保護法規に定められた義務を実施しない,又は適法に実施していない場合には,労働者は使用者に対し,労働保護が行われた状態をもたらす履行請求権を持つとされる131 。しかし,訴訟を経て使用者に保護義務の履行を求める権利に実効性はないことから,実際には事業所委員会を通じた適切な保護措置の要求,又は,監督官庁への告発によって労働保護手段を実施させる方法が取られる。
他方で,使用者が民法典 618 条その他の労働者保護法で定められた保護義務を履行しない場合には,関係する労働者に民法典 273 条 1 項132 に基づく留置権が認められるとされ133 ,労働者は労務提供を拒絶できる。労働者が使用者の保護義務不履行を理由に留置権を行使したことが正当と判断された場合には,使用者は労働の受領遅滞にある状態となり,民法典 615条により労働者は報酬請求権を失わない134 。
使用者の保護義務違反により,労働者の生命・健康に損害がもたらされた場合,実際には労働災害又は職業疾病への補償が問題となり,社会法典 7 編 104 条135 の規定により,労働者の個別の損害に対する使用者の補償責任は,使用者が故意により保険事故を引き起こした場合以外には原則として問われないこととなる。
イ.労働関係における人格の保護
労働者の人格についての保護は使用者の付随的義務である。基本法 2 条で保障される人格の自由な展開が労働法においても考慮される。
セクシュアル・ハラスメントに対する労働者の保護は,就労者保護法により具体化されている。一般的な人格権は,民法典 823 条 1 項の不法行為の内容として認められているが,加えて,労働者の人格保護は労働契約上の使用者の義務であるとも考えられている。人格権侵害の有無は,包括的な利益考量,特に比例性の原則を考慮して審査される136 。その際,侵害の強度,侵害の領域と,使用者側での干渉の動機となった経営上の利益等が相互に考量され
130 BAG 10. 3. 1976 AP N r. 17 zu §618 BGB.
131 BAG 10. 3. 1976 AP N r. 17 zu §618 BGB.
132 民法典 273 条 1 項 債務者が,自らの義務の根拠たる法的関係により債権者に対し履行期にある請求権を有するときには,債務関係より異なる関係が発生しない限り,自身に認められた給付が行われるまで債務たる給付を拒絶できる(留置権)。
133 E rfK/ Pr eis, §618 BGB Rn. 31; BAG 8. 5. 1996 AP N r. 23 zu §618 BGB.
134 BAG 7. 6. 1973 AP N r. 28 zu §615 BGB.
135 社会法典 7 編 104 条(1)事業主は,自らのために働く被保険者もしくは保険を根拠づけるその他の関係にある被保険者に対し,又は,保険事故を原因とする人的損害補償のための他の法律により被保険者の家族及び遺族に対し,保険事故を故意に・・・引き起こした場合に限り,責任を負う。
136 E rfK/ Pr eis, §611 BGB Rn. 767; BAG 15. 7. 1987 AP N r. 14 zu §611 BGB Per sönlich keit s r ech t .
る。使用者による人格権侵害が認められる場合には,損害賠償請求権が労働者に認められる。ウ.労働者の財産に対する保護義務
労働者の財産に対する使用者の管理・保管義務(Obhut- und Verwahrungspflicht )もまた,使用者の義務と考えられてきた137 。使用者は具体的な事情に応じて期待可能な措置を講じ,経営事情に応じて可能な限り労働者の財産が盗難や毀損を被らないよう守る状態とする義務があるとされる138 。例えば,使用者が労働者に駐車場を利用させる場合には,駐車場の地面を交通可能な状態とする義務を負う139 。
(3) 労働者の損害賠償責任
ア.労働者の労働不履行の場合の損害賠償責任140
(ア) 給付障害に関する一般原則
2002 年 1 月 1 日 施 行 の 債 務 法 現 代 化 法 に よ り , 民 法 典 上 に 給 付 障 害 法
(Leis tu ngss tör ungs rech t )に関する新たな諸規定が設けられた141(本章末掲載の〔参考資料 4〕参照)。民法典 280 条 1 項は,「債務者が債務関係に基づく義務に違反したとき,債権者はこれによって生じた損害の賠償を請求しうる。債務者が義務違反につき責を負わない場合は,この限りではない」とし,「義務違反( Pflich tve r le t zung )」を損害賠償責任の構成要件とする。かかる 280 条 1 項の「義務違反」の構成要件は,311 a 条 2 項(原始的不能における損害賠償)と並び,損害賠償請求のための請求権の基礎を形成する142 。ここでの義務違反という概念には,債務者がそもそも給付を行わない(不履行),又は遅れて給付する(遅滞),不完全に給付する(不完全給付)場合が包含されると解されている。また,債務者の違反した「義務」が主たる義務か付随的義務か,あるいは給付義務か保護義務かは重要ではない。特定の損害については,280 条 2 項及び 3 項で付加的な要件が規定されている。給付の遅滞
による損害賠償については,弁済期の到来した給付の不履行と並び,286 条の遅滞が存在し
なければならない(28 0 条 2 項)。給付に代わる損害賠償を請求するには,義務違反の性質に
従い,281 条,282 条及び 283 条に定められた追加的な要件が必要となる(280 条 3 項)。労働者が労働契約上で義務づけられた労働の給付を行わなかった場合,又は不完全な給付
を行った場合,280 条 1 項に定められた債務関係に基づく義務違反が問題となる。
(イ) 労働義務の不履行
労働者による労働給付が行われなかった場合の使用者の損害賠償請求権の基礎は,通常,
137 BAG 5. 3. 1959 AP N r. 26 zu §611 BGB Für sorgepflich t . 138 BAG 1. 7. 1965 AP N r. 75 zu §611 BGB Für sorgepflich t . 139 BAG 25. 5. 2000 AP N r. 8 zu §611 BGB Pa r kpla tz, u sw.
140 Ma nfred Lieb, Ar beit s r echt, 8. Aufl., 2003, §2 II 2. Sch adener s atza n sp rüch e des Ar beitgeber s, Rn.
175ff. を参照。
141 債務法現代化法による民法典上の給付障害法に係る新設規定の邦語訳については,半田・前掲注 100 書 442頁以下を参照。なお,本章末に掲げた〔参考資料4〕は,半田教授の著作に掲載されている翻訳文に筆者が一部表現の修正を加えたものである。
142 Begr ün d u ng zu a r t . 280, BT-d rucks 14/6040, S. 135.
民法典 280 条 3 項及び 283 条と結びついた 280 条 1 項に求められる。283 条は,275 条 1
ないし 3 項に従い債務者が給付をなす義務を負わない場合に,280 条 1 項の要件の下で債権
者は債務者に損害賠償を請求しうる,とする。275 条 1 ないし 3 項は,債務者による給付が不能である場合,又はそれに準ずる場合の給付義務の排除に関する規定である。労働契約における労働義務は,通常,給付遅滞の要件である「追完可能性」を欠くと解されるため143 ,労働給付がなされなかった場合,286 条の債務者遅滞ではなく,27 5 条の不能が問題となる。労働者側に労働義務を免れる法律上の正当な理由(賃金継続支払法,連邦年次休暇法,母性保護法等に定められた理由)が存在せず,労働者が労働義務不履行の責を負う場合には,280条 1 項,3 項及び 283 条に従って損害賠償責任が発生することになる144 。
労働者が責を負う理由で労働給付が行われなかった場合,民法典 326 条 1 項により,労働者は給付しなかった労働に該当する賃金請求権を失う。
労働義務の不履行による損害賠償額の算定は,実際には難しいケースが多い。多くの場合,労働力の欠落は,企業内の他の労働者の働きによって埋め合わせられ,使用者が失った利益や,追加的なコストなどは算定し難い。
労働者に有責の労働義務不履行を,労働契約で取り決められた違約罰により制裁すること
(罰金の支払等)は許容される145 。違約罰の相当額は,個々の事例によって判断される。法律上の規制は特に存在しない。不相当に高額の違約罰を設定する契約条項は,それ自体無効とされ得る。特に,労働給付がなされなかった事例での違約罰は,賃金請求権の喪失によって調整されることも考慮される必要がある。
イ.労働者が労働給付において使用者に損害を与えた場合の損害賠償責任
(ア) 不完全給付(Schlechtleis tu ng )
給付の不能,遅滞,もしくは民法典 275 条 3 項の意味での期待不能以外で,使用者に損害 をもたらす労働契約上の義務違反は不完全給付として理解される146 。広義の不完全給付には,労働給付と直接関係のない付随的義務の違反も含まれる。
労働契約は雇用契約であり,仕事の結果を債務とするものではない。故に,労働者が不完全給付を行った,例えば,工場で欠損品を製造したような場合でも,それが当然に損害賠償
143 労働給付の債務は基本的に定期債務としての性格を有すると解される。労働契約においては,労働者は所定 労働時間における労働給付の義務を負うのであって,ある日の所定労働時間に労働を給付しなかった場合, 継続的な債務関係の下で労働者がそれ以降の日々においても所定労働時間における給付義務を負っていれば,後からの給付は時間的に不可能となる(もっとも,フレックスタイム制,あるいはパートタイム労働の場合 には追完可能性が肯定されるケースが考えられ得る。)。また,労働時間の設定が一定の労働組織の稼動に従 っているような場合には,それ以外の時間に労働給付を求める使用者の利益はない(例えば,店舗の開店時 間が 9 時から 17 時である場合,17 時以降の労働給付は意味を持たない。)。以上のような理由から,労働者 が労働給付を行わなかった場合には,労働者の給付遅滞ではなく給付不能を要件とする損害賠償責任が問題 となる。Vgl. Rich ar di/S t a u dinger, §611 Rn. 358; E rfK/ Preis, §611 BGB Rn. 837ff.
144 双務契約一般については,民法典 326 条 5 項により,債務者が 275 条1ないし 3 項に従い給付義務を負わないとき,債権者の契約解除権が発生するが,労働契約の場合には使用者による解雇権の正当性が審査される。
145 BAG 18. 9. 1991 AP N r. 14 zu §339 BGB.
146 ErfK/ Pr eis, §611 BGB Rn. 844.
ないし損害賠償との相殺による賃金減額につながるわけではない。民法典 280 条 1 項に従った損害賠償請求権が使用者に認められるかどうかは,有責性の有無による。不完全給付について労働者に故意・過失がある場合に,損害賠償責任が発生する。
(イ) 労働者の損害賠償責任制限法理147
労働者が労働の遂行過程において,故意又は過失により使用者に損害を与えた場合について,民法典では労働契約につき特別の規定は設けられておらず,民法典 276 条により労働者
に損害賠償責任が生ずる。損害賠償の程度については,一般原則では,民法典 249 条以下の損害賠償に関する基本原則である原状回復主義にのっとり,損害を与えた者はすべての損害結果について責任を負わねばならないことになる。
しかし,労働過程において労働者がとりわけ過失によって生ぜしめた損害に対し,厳格な完全賠償責任を負わせるとすると労働者にとって過酷な結果となる。このため,ドイツでは判例により,労働者の損害賠償責任の限定・軽減が行われてきた。
判例の上では,まず,使用者の配慮義務を根拠として,使用者の利益のため,危険を内包する労働(gefa h rgeneigte Arbeit )148 を遂行する労働者を期待可能な程度に保護すべきとされ,そこから労働者が労働過程で引き起こした損害賠償責任の軽減が導かれた149 。また,労働者の責任負担の程度は,労働者の有責性の程度によって 3 つに区別された。労働者が重過失又は故意により使用者に損害を与えた場合には,原則としてすべての損害について賠償責任を負う。他方で,労働者が最軽過失によりもたらした損害については,労働者の責任は完全に免責される。両者の中間の中過失による損害惹起の場合には,損害原因と損害結果に関するすべての事情を公正の原則や期待可能性の観点から考量して,使用者と労働者の負担割合が決定される,とされた150 。
その後,判例は労働者の責任制限法理の根拠を,使用者の配慮義務から,使用者が負うべき経営上のリスク(Betriebsrisiko )の存在に求めるようになる。つまり,使用者は事業の遂行の成果を享受するのであるから,事業の過程に必然的に結びついたリスクについても責任を負うべきであるとされ,そのことが損害賠償の負担について使用者と労働者で分け合うことの理由として用いられるようになる151 。その法的根拠は,民法典 254 条の共働過失規定に求められている152 。
過失の区分については,1983 年の連邦労働裁判所第七小法廷判決153 が,従来の三区分を放棄し,中過失の場合についても労働者の損害賠償責任を完全に免責することとした一方で,
147 細谷越史「ドイツにおける労働者の損害賠償責任制限法理に関する一考察」(一)(二・完)大阪市立大学法
学雑誌 47 巻 2 号 87 頁以下,47 巻 3 号 92 頁以下(2000 年)を参照。
148 判例は当初,危険内包労働を類型的に把握する方法を採った。そこでは主に自動車の運転業務のほか,車両・船舶等の運転・修理整備等の業務が挙げられていた。
149 BAG 19. 3. 1959 AP N r. 8 zu §611 BGB Haft ung des Ar beit n eh mer s.
150 細谷・前掲注 147 (一)論文 95 頁。
151 Vgl. BAG 28. 4. 1970 AP N r. 55 zu §611 BGB Haft ung des Ar beit n ehmer s. 152 Vgl. BAG 3. 11. 1970 AP N r. 61 zu §611 BGB Haft ung des Ar beit n ehmer s. 153 BAG 23. 3. 1983 AP N r. 82 zu §611 BGB Haft ung des Ar beit nehmer s.
1987 年の連邦労働裁判所第八小法廷判決154 は,前記第七小法廷判決以前の,過失を三区分した労働者責任制限原則に従うとして,中過失の事例において,全体の事情を考慮して労働者の責任を使用者と分担させる立場を採った。以降の判例でも,過失の三区分は維持されている。
さらに,現在では,労働者の責任制限法理を危険内包労働の場合に適用するという立場は放棄されている。1994 年の連邦労働裁判所大法廷決定155 で,労働者の責任制限法理は,業務の危険内包性を問題とせず,経営に起因するすべての労働に適用されることが述べられている。
(ウ) 民法典 619 a 条
2002 年 1 月 1 日施行の債務法現代化法により,労働者責任の立証責任に関する 619 a 条が
設けられた。同条は,「280 条 1 項とは異なり,労働者は,労働関係の義務違反から生じる損害について,労働者の責に帰すべき事由が存在する場合にのみ,使用者に対して賠償する義務を負う」とする。民法典 280 条 1 項では,債務者が損害賠償責任を免れようとする場合,自らが当該義務違反につき有責でないことを立証する必要がある。619 a 条は,労働関係における特別規定として,労働者の義務違反により損害が生じた場合,使用者に労働者の有責性を立証する責任を負担させるものである。もっとも,連邦労働裁判所は,従来から,労働者の損害賠償責任に関し,有責性の立証責任を使用者に負担させており156 ,この規定は判例の立場を立法が確認したものと理解できる。立法者も,この条項はこれまでの労働者責任の原則を変更するものではない,としている157 。
8.労働契約の終了
(1) 規制の概要
労働関係の終了事由を図示したものが,図 1-2-1 である158 。以下では,このうち合意解約
154 BAG 24. 11. 1987 AP N r. 93 zu §611 BGB Haft ung des Ar beit nehmer s. 155 BAG 27. 9. 1994 AP N r. 103 zu §611 BGB Haft ung des Ar beit n ehmer s. 156 BAG 17. 9. 1998 AP N r. 2 zu §611 BGB Ma n koh aftung.
157 BT-Drucks. 14/7052, S. 204.
158 本項の記述は,もっぱら Hromadka/Maschmann , Ar beit s rech t Ba n d 1, In dividu alar beit s r ech t , 2.Aufl., 2002, §10 による。ドイツの解雇法制に関する主な邦語文献として,小西國友「解雇の自由(一)~(六・
完)」法学協会雑誌 86 巻 9 号 1001 頁,10 号 1125 頁,11 号 1261 頁,12 号 1438 頁,87 巻 1 号 87 頁,2
号 195 頁(1969 ~70 年),今野順夫「整理解雇と司法審査-西ドイツにおける使用者・企業者決定の司法審査を中心に」外尾健一ほか『人権と司法-斎藤忠昭弁護士追悼』(勁草書房,1984 年)178 頁,村中孝史「西ドイツにおける解雇制限規制の史的展開(一)(二)・完」法学論叢(京都大学)11 4 巻 6 号 55 頁,115 巻 2
号 80 頁(1984 年),村中孝史「西ドイツにおける解雇制限規制の現代的展開(上)(下)」季刊労働法 135 号
145 頁,136 号 181 頁(1985 年),村中孝史「西ドイツにおける継続雇用請求権について(一)(二)・完」
民商法雑誌 94 巻 3 号 347 頁,4 号 462 頁(1986 年),今野順夫「被解雇者の選択-西ドイツ整理解雇の法理」
高藤昭ほか『現代の生存権-法理と制度:荒木誠之先生還暦祝賀論文集』(法律文化社,19 86 年)335 頁,今
野順夫「大量解雇の規制-西ドイツ解雇制限法研究」法学(東北大学)50 巻 6 号 174 頁(1 987 年),藤原稔弘「経営協議会の意見聴取権と個別的解約告知制限-解約告知理由の通知義務をめぐる諸問題-」一橋論叢 99 巻 3 号 127 頁(1988 年),今野順夫「使用者の解雇回避義務-西ドイツにおける法理の展開」行政社会論
集(福島大学)2 巻 4 号 130 頁(1990 年),藤原稔弘「ドイツ解雇制限法における社会的選択の法理」季刊
労働法 179 号 121 頁(1996 年),藤内和公「ドイツの解雇に関する従業員代表の関与」岡山大学法学会雑誌
と解約告知について見ていくこととする。解約告知(Kü ndigung)は,労働者側による解約告知(日本法にいう辞職は,後述(1) イ( ウ) a.(e) 参照)と使用者側による解約告知(解雇
( Entla ssung ))の両方を含む概念であるが,使用者側による解約告知を指す場合がほとんどである。
ア.終了事由
契約 締結後
合意による終了
期限 設定
契約 締結時
条件
解消的ロックアウト
解雇制限訴訟勝訴後の放棄
事実上の契約の放棄
取消
解約告知
一方的終了
裁判上の解消
労働者の死
その他の終了事由
図 1-2-1
終了事由
非常
通常
合意解約
終了事由とはならないもの
・使用者の死 ・生業不能の開始
・労働義務の停止 ・行為基礎の喪失
・労働給付の不能 ・営業譲渡
・満 65 歳への到達 ・使用者の倒産
出所: Hromadka/Masch mann , Ar beit s r ech t Ba n d 1, I n divid u ala r beit s r ech t , 2.Aufl., 2002, §10, Rd n. 2.
45 巻 2 号 37 頁(1996 年),藤内和公「ドイツの整理解雇における人選基準」岡山大学法学会雑誌 45 巻 3 号 27 頁(1996 年),根本到「解雇法理における『最後的手段の原則( ultima r a t io Grun ds atz )』と将来予測の原則( Prognosep r inzip )」日本労働法学会誌 94 法 195 頁(総合労働研究所,1999 年),上田真理「ドイツにおける人員整理と雇用保障の法理」行政社会論集(福島大学)11 巻 3 号 27 頁(1999 年),李鋌『解雇
紛争解決の法理』(信山社,2000 年),苧谷秀信『ドイツの労働』(日本労働研究機構,2001 年),根本到「ド
イツにおける整理解雇法理の判断枠組」季刊労働法 196 号 82 頁(2001 年),橋本陽子「ドイツの解雇・有期
雇用・派遣労働の法規制」ジュリスト 1221 号 69 頁(2002 年),藤内和公「ドイツにおける整理解雇の手続きと人選基準」現代総合研究集団『21 世紀のグランド・デザイン』( NTT 出版,2002 年)273 頁,日本労働研究機構『諸外国における解雇のルールと紛争解決の実態(資料シリーズ No. 129 )』(2003 年)33 頁以下〔「第 1 章ドイツ」,野川忍執筆部分〕,根本到「ドイツ解雇制限法における解消判決・補償金処理制度」季刊労働者
の権利 249 号 100 頁(2003 年)。
イ.労働関係終了時の使用者の義務
継続的な雇用関係の終了時には,使用者は,書面による職務証明書を労働者に交付しなければならない(民法典 630 条,営業法 109 条)。職務証明書には,雇用の種類と期間だけが記された単純な証明書と能力と成績に関する記述を含む,特別の証明書がある。
民法典 629 条は,雇用関係が解約告知によって終了するときは,使用者は,労働者の請求により,求職のための就労免除を認めなければならないことを規定するが,これは,解約告知だけではなく,有期労働契約の期間満了及び合意解約による終了にも適用される。
なお,第 1 ハルツ法により,労働者には早期の求職義務が課されることになり,労働者は,雇用保険義務関係の終了時点を知ったら直ちに自ら求職登録を行わなければならない(社会法典第 3 編 37b 条)。かかる早期の登録義務を果たさず,これについてやむを得ない事由が認められないときは,登録が遅れる日ごとに最大 30 日間,及び,失業手当の半額を限度に,
失業手当が減額される(社会法典第 3 編 140 条)。
法案では,かかる登録義務を果たすために,使用者に対する就労免除請求権とその間の一定日数分の賃金請求権を認める民法典 629 a 条の導入が予定されていたが,最終的に実現しなかった。就労免除請求権は,民法典 629 条によって既に認められ,強行規定である本条によって,新しい使用者だけではなく,雇用エージェント(Agen t u r fü r Arbeit)159 や有料職業紹介事業者への訪問のための就労免除請求権も認められると解される。賃金については,合意によることになる。
(ア) 合意解約(Aufhebungsver tr ag )
合意解約は,契約自由の原則により,原則として自由に,明示又は黙示的に締結されうるが,有効と認められるためには,書面性を必要とする(民法典 623 条及び 125 条)160 。解雇制限訴訟も,合意解約による和解で終了することが多い。裁判上の和解としての合意解約は,適法に記録され(民事訴訟法 160 条 3 項 1 号),朗読された後に確認されなければならない
(民事訴訟法 162 条 1 項)。判例によれば,使用者が一方的に作成した補償金の受領証明書への署名だけでは,合意解約の締結は認められないが,解約告知を承諾するという意思表示,又は,解約告知を裁判で争うことを放棄する旨の意思表示があれば認められる。少なくとも,労働関係が終了すること,及び,いつ終了するのかが定められていなければならない。たいていの場合,それだけではなく,就労免除,休暇,休暇の保障,事後的な競業禁止,証明書,社用車,社宅,(継続)職業訓練契約に基づく使用者の償還請求権,未払賃金・事業所年金,
159 2003 年末の第 3 ハルツ法により,職業紹介,失業保険の申請・受給手続等を行う官庁の名称が,労働局
(Ar beit s a m t)から雇用エージェント(Agen t u r für Ar beit )へと変更された。最上級官庁については,連邦雇用庁(Bu n des an s t alt fü r Ar beit)から,連邦雇用エージェント(Bu n des agent u r fü r Ar beit)へと改称された。
160 なお,合意解約と区別されるものとして,「解雇(後)の合意(Ab wicklu n gsve r tr ag )」がある。これは,解約告知によって労働関係を終了させるが,労働関係終了に伴う約定を定めるものであり,合意解約だと失業手当の支給禁止期間(社会法典第 3 編 144 条 1 項 1 号)が生じうることを回避するために利用されているが,連邦社会裁判所は,「解雇後の合意」を無制限には認めていない。
及び,もっとも重要な,補償金に関する約定が含まれる。
労働者は,原則として,合意解約の法律効果を自ら調べなければならず,使用者には説明義務はない。判例によれば,例えば,労働者が,特段の事情に基づき,労働関係が早期に終了する場合には,使用者は労働者の利益を擁護しなければならず,特に事業所年金における不利な帰結を説明することを信頼しえたといえるような,例外的な場合にのみ,使用者はかかる帰結について説明義務を負う161 。このような信頼状況が生じていたかどうかは,個別の事例における労使の利益を衡量した上で総合的に判断される。合意解約には特別の解雇制限が適用されないことは説明する必要はない。
合意解約の内容が強行法規に違反すれば無効であるが,それ以外に,裁判所の内容審査は行われない(民法典 242 条(信義誠実の原則)を根拠として,内容審査を肯定する見解もあるが,連邦労働裁判所はこれを否定している。)。
有効に締結された合意解約は原則として撤回し得ないが(民法典 130 条 1 項 2 文),撤回が留保されている場合(裁判上の和解にしばしば見られる)にはこれと異なる。若干の労働協約は,1~3 日の考慮期間内での合意解約の撤回を規定している。
2002 年の改正債務法以降は,消費者の撤回権(民法典 312 条,355 条)が労働法上の合
意解約にも適用されるかどうかが争われたが,連邦労働裁判所は,通説に従い,2003 年 11
月 27 日判決において,合意解約の当事者である労働者は消費者には当たらない,という理由で,撤回権を否定した。
合意解約は,錯誤,詐欺又は強迫による取消(民法典 119 条,123 条)が可能である。取消を主張する者が,取消事由の主張立証責任を負う。合意解約の法律効果に関する錯誤―例えば,すぐに失業手当を受給できると思っていた場合など―は,動機の錯誤に過ぎず,取消は認められない。これに対して,労働者が締結時に圧力を加えられていたこと(解雇や損害賠償請求の脅し等)を理由に,取り消される場合は少なくない。労働関係の終了を目的とする解雇の脅しは,判例の定式によると,「合理的な使用者であれば解雇したであろう場合には,違法ではない」。例えば,労働不能証明書の不提出,レジの金銭を盗んだ場合,である。また,合理的な使用者であれば,事前に警告をせずに,行動を理由とする解約告知を行うことは考えられないので,このような場合には,違法な強迫による合意解約の取消が認められる。取消訴訟では,合意解約の代わりに言い渡されたであろう解約告知が,少なくともおおまかに審査される(「事実上の解雇制限訴訟」)。なお,判例によれば,不意打ちは強迫とは認められない。労働者は,合意解約の締結を単に沈黙すればよかったからである162 。
161 BAG, U r t . v. 3.7.1990, AP N r. 24 zu § 1 Bet r VG. 35 年間の待機期間が事業所年金の受給要件であることを知らなかった原告が,合意解約締結時の説明義務違反を理由とする損害賠償を請求した本件において,連邦労働裁判所は,原告の主張を認めなかった。
162 合意解約の取消可能性の判断が,事実上の解雇制限訴訟となっている判例に対しては,その法的不明確性から,批判が強い。最近では,「労働関係の終了を目的とした解雇の脅しは,労働者がこれによってあわてて決断を強いられた場合には違法である」という判例の立場を一歩進めて,解雇がほのめかされた具体的な状況を考慮する定式化が提唱されている (Benecke , Der ver s tä n dige Ar beitgeber, RdA 2004, 147, 151) 。
錯誤による取消は,取消事由を知ったときから即時に(民法典 121 条),詐欺又は違法な
強迫による取消は,詐欺又は強迫後 1 年以内に意思表示されなければならない(民法典 124
条)。
合意解約又は裁判上の和解による労働関係の解消に基づく補償金は,7,200 ユーロまで課
税が免除される。労働者が,満 50 歳に到達し,かつ,労働関係が少なくとも 15 年間存続し
た場合には,限度額は 9,000 ユーロ,労働者が,満 55 歳に到達し,かつ,労働関係が少な
くとも 20 年間存続した場合には,11,000 ユーロに引き上げられる(所得税法 3 条 9 号)。
かかる課税免除額は,2002 年所得税法改正により,従来よりも引き下げられた(従来は,
原則 8,181 ユーロであり,労働者が,満 50 歳に到達し,かつ,労働関係が少なくとも 15 年
間存続した場合には,限度額は 10,226 ユーロ,労働者が,満 55 歳に到達し,かつ,労働関
係が少なくとも 20 年間存続した場合には,12,271 ユーロであった。)。
なお,補償金は,第 2 失業手当(従来の失業扶助)の受給に際して行われるミーンズテス
トにおいては資産として算入される。社会法典第 2 編 12 条 1 項によると,免除額は,1 歳
につき 200 ユーロであり,成人の下限が 4,100 ユーロ,上限は 13,000 ユーロである。
(イ) 裁判による解消(解雇制限法 9 条及び 10 条)
解雇制限訴訟において,解約告知が無効であると判断された場合に,労働関係の存続が期待し得ないことを労使のいずれかが申し立てたときは,労働裁判所は,相当な額の補償金と引き換えに,労働関係の解消を命じることができる。補償金の金額の上限は,勤続年数と労働者の月収額に応じて法定されている。後述するように,解雇制限法は「存続保護の法であって,補償金の法ではない」が,解雇制限法 9 条は,解雇が無効であるにもかかわらず,一方当事者の申立てにより,裁判所が労働関係を解消できるという点で,かかる存続保護の原則を破るものである。1951 年以前は,不当解雇の救済について,使用者は解雇の撤回か金
銭賠償かを選択できたが,1951 年法で,社会的正当性を欠く解雇は無効とされ,原職復帰という救済が原則となった。しかし,すべての場合に復職を強制するのは妥当でないとして,労働関係の存続が期待し得ない場合(労働者申立)及び事業目的に資する協働の継続が期待し得ない場合(使用者申立)には,例外的に裁判所が補償金の支払を命じつつ,解消判決によって労働関係を解消する余地が認められた。その後,1969 年法では使用者による事業目的に資する協働継続が期待し得ないことの立証責任が厳格化された。このようにドイツでは解雇無効・復職が原則であるが,例外的に補償金支払による労働関係の解消という処理の可
能性が認められている163 。しかし,解消判決はあくまで例外であって,これには労働者と使用者とで異なる特別の理由が必要である。すなわち,労働者にとっては,労働関係の存続が期待し得ないこと,使用者にとっては,事業所の目的に資するその後の協働がもはや期待し得ないこと,である。使用者及び労働者は,控訴審の最終口頭弁論終結時までに労働関係の解消を申し立てることができる。解消判決により命じられる補償金の額の上限は 12 か月分
までの賃金相当額であり,かかる上限は,労働者が 50 歳以上で労働関係が最低 15 年間存続
した場合には,賃金の 15 か月分まで,労働者が 55 歳以上で労働関係が最低 20 年間存続し
た場合には,賃金の 18 か月分まで引き上げられる(解雇制限法 10 条)。
なお,正確な統計はないが,解雇制限法 9 条による解消判決が実際に下されるケースは稀であり,ドイツの解雇制限訴訟の大多数が金銭解決されているのは,9 条の解消判決によるものではなく,争訟弁論の前に行われる強制的和解弁論手続もしくはその後の争訟弁論における和解によるものである。
非常解約告知の場合には,非常解約告知の無効が確認された場合に,労働者に労働関係の継続が期待し得ないときは,裁判所は,労働者の申立てに基づいて,相当な補償金の支払いと引き換えに,労働関係の解消を命じることができる(解雇制限法 13 条)。この場合には,使用者側からの解消の申立ては認められない。
その他,事業所組織法 78a条 4 項 2 号により,職業訓練生代表委員会,事業所委員会,乗組員代表又は船団乗組員代表委員会の委員である教育訓練生を職業訓練関係終了後に期間の定めのない労働関係に受け入れない場合,及び,当該職業訓練生との職業訓練関係終了後に設定された労働関係を解消する場合は,使用者の申立てに基づき,継続雇用が期待し得ないことが裁判所によって確認される場合には,終了する。
(ウ) 解約告知
a. 解約告知の種類
( a) 通常解約告知と非常解約告知
通常解約告知とは,法律上又は労働契約上の解約告知期間を遵守して行われる解約告知であり,当該労働関係に解雇制限法が適用されるときは,解約告知が有効となるためには,解雇制限法 1 条 2 項に挙げられた解雇事由が存在することが必要である。非常解約告知は,即時に有効となるが,労働関係を解約告知期間の経過又は合意された終了時点までに維持することが,解雇の意思表示者にとって期待し得ないことを要件とする(民法典 626 条 1 項)。刑罰を科される行為の嫌疑又はその他の重大な契約違反の嫌疑により,労働関係の信頼の 基盤が損なわれる場合に許容される非常解約告知を嫌疑解約告知(Ver dächtsk ü n digung )という。嫌疑解約告知の前に,使用者は必ず労働者に弁明の機会を与えなければならない。通常解約告知は,非常解約告知には及ばないものであるので,通常解約告知を許容する事
163 解雇制限法 9 条の立法経緯については, Gemein sch aft skom men t ar zu m K ündigungsschutzgesetz und zu sonstigen Kündigungsschutzrechtlichen Vorschriften, 7. Aufl., 2004, § 9, Rdn. 1-7 (Spilger).
情だけでは,非常解約告知は直ちに正当化されない。逆に,非常解約告知が可能である場合には,通常解約告知は常に許容される。
(b) 終了解約告知と変更解約告知
労働関係の終了を目的とする解約告知を終了解約告知といい,使用者が,労働関係を解約 告知すると同時に労働者に変更された労働条件による労働関係の継続を申し込んだ場合には,変更解約告知(解雇制限法 2 条)という。一般に「解約告知」という場合には,終了解約告 知を意味する。
(c) 完全解約告知と一部解約告知
労働関係全体に対する解約告知を完全解約告知,個々の労働条件に対する解約告知を一部解約告知と呼ぶが,一方的に労働関係の秩序と等価関係を侵害し,労働関係を終了させることを目的とはしないので,解雇制限法も適用されない一部解約告知は通説によれば許容されない。しかし,一部解約告知の権利が契約上留保されていた場合には,判例は,これを肯定する。
(d) 集団的解雇 (Ma ssenen t la ss ung)
使用者が経営上の理由により,多数の労働者を,同時又は近い時間的間隔で解雇する場合が集団的解雇である。解雇( Entla ssung )とは使用者側による通常解約告知によって引き起こされた労働関係の事実上の終了を意味する164 。しかし,解雇制限法 17 条 1 項 2 文により,使用者によって誘引された労働者側の解約告知(辞職)も解雇( Entla ssung )と同視される 165 。解雇制限法 17 条以下により,集団的解雇を行う場合には,使用者は,労働行政に職業紹介の準備の機会を与えるために,雇用エージェントに届出を行わなければならない。解雇制限法 17 条以下の規定は,労働行政が大量失業の予防策を講じることを可能ならしめるという労働市場の目的を追求するものであるので,労働者から解雇の個別的保護を奪うものではない。届出義務に違反する解雇は,直ちに無効とはならないが,労働者が届出義務違反を主張した場合には,無効となる166 。
(e) 自己解約告知 ( Eigen k ü n digu ng)
労働者側による解約告知(日本法にいう辞職)は,しばしば自己解約告知と呼ばれる。
(f)反復解約告知 (Wiederholungsk ün digu ng, Trotzk ü n digung)
解雇が無効であると判断された場合,あるいはその見込みが高い場合に,当該労働者が事
164 Gemein sch aft skom men t ar zu m Kündigungsschutzgesetz und zu sonstigen Kündigungsschutzrechtlichen Vorschriften, 7. Aufl., 2004, § 17, Rdn. 32 (Weigand).
165 ただし,使用者によって誘引された辞職が解雇と同視される場合は非常に限定的に解されており,英米法の
擬制解雇の概念とは対比できないと考えられる。連邦労働裁判所 1973 年 12 月 6 日判決(AP N r. 1 zu § 17 KSch G 1969 m. An m. G. Hueck )は,使用者が,労働者が辞職しない場合には,同じ日付で労働力超過を理由に解雇したであろう,という雇用証明書を労働者に付与していた場合に,解雇制限法 17 条以下にいう解雇
( En t la ssung )に当たる,と判断した。G. Hueck は,本件評釈において,その要件を,①たとえ労働者側の解約告知による場合であっても,労働者の退職が,もっぱら使用者の判断に帰せられること,及び②労働者の辞職に基づく退職と使用者が解約告知をしたであろう場合における退職の時点が一致すること,と整理している。
166 BAG, U r t . v. 6.12.1973, AP N r. 1 zu § 17 KSch G 1969 等.
b. 解約告知の方法
( a) 解約告知の有効要件として,書面性が必要とされる(民法典 623 条)。これは,使用者の解約告知にも労働者の解約告知にも,通常解約告知にも非常解約告知にも,終了解約告知にも変更解約告知にも妥当する。書面性の要件を満たさない解約告知は無効である(民法典 125 条)。
(b) 解雇理由の明示は原則として要求されないが,労働協約,事業所協定又は個別労働契約上規定されることがある。解雇制限訴訟中に後から新しい解雇事由を追加できるかどうかは,個別法上は,通常,解雇事由の告知は解約告知の有効要件ではないので,解約告知の到達時点において客観的に存在したすべての事由を解雇権に関する紛争が終了するまで申し立てることができる。これに対して,事業所組織法上は,使用者は,事業所組織法 102条に基づき,解約告知の時点で既に知っていたが,事業所委員会に事前に伝えなかった解雇事由を事後的に申し立てることはできない。しかし,解約告知の言い渡し時点で,客観的に存在した解雇事由を使用者が主観的に知らなかった場合には,これについて,事業所委員会の意見聴取を事後的に行うのであれば,かかる事由を後になっても主張できる。訴訟法上は,労働裁判所法 61 a 条の期限内に申し立てられた解雇事由のみが考慮される。労働裁判所法 61 a 条 2 項及び 3 項によれば,和解弁論が不調に終わった場合には,裁判長は,少なくとも 2 週間以上の相当な期間を設定して,原告及び被告に証拠の提出を命じなければならない。
(c) 解約告知は,原則として,いつでもいかなる場所でも行うことができ,解約告知書面は職場で手渡してもよいし,意思表示の受領者の住所に持参又は郵送してもよい。解約告知は,受領を必要とする意思表示であるので,被解雇者に到達して初めて有効となる。書面による意思表示は,意思表示の受領者の権力領域に到達,すなわち,解約告知の内容を知る可能性があった場合には,到達が認められる。
(d) 現業労働者と職員とで異なっていた法律上の解約告知期間が,基本法 3 条 1項の平等原則違反であるという連邦憲法裁判所の決定168 を受けて,1993 年に統一された(民法典 622 条)。民法典 622 条 1 項によれば,労働関係は,4 週間の期限で,暦月の第 15 日目,又は,末日に向けて,解約告知されうる。この基本解約告知期間は,労働者による解約告知と使用者による解約告知の双方に妥当する。勤続年数が増加するにつれて,民法典 622 条 2項に従って,法律上の解約告知期間は延長されるが,これは,使用者による解約告知にのみ
167 BAG, U rt. v. 26.8.1993, BAGE 74, 143 = AP N r. 113 zu § 626 BGB. 本件では,窃盗を嫌疑とする非常解約告知の有効性が争われたが,非常解約告知の前に当該労働者の聴聞を行わなかったという理由で,当該非常解約告知は無効とされた。同じ窃盗を理由とする再度の解約告知に対して,連邦裁判所は,同一の事由に基づく解雇に対しては,前訴の既判力が及ぶので,再度の解雇は許容されない,と判断した。
168 BVerfG, Beschl. v. 30.5.1990, EzA § 622 BGB n. F. N r. 27.
適用される(ただし,個別契約において,労働者による解約告知にも延長された解約告知期間を定めることは妨げられない。)。試用期間については,両当事者によって,2 週間の期限で解約告知されうる(民法典 622 条 3 項)。
(e) 事業所委員会の意見聴取(事業所組織法 102 条)は,すべての使用者による解約告知の前に行われなければならず,事後的な意見聴取では足りない。意見聴取とは,解約告知の存在について報告し,かつ,意見表明のための機会を与えなければならないことを意味する。使用者が議論に参加してはならない。使用者は,解雇しようとする労働者の氏名,解約告知の種類,解約告知の期日及び解約告知事由を事業所委員会に伝えなければならない。わかっている範囲で,年齢,家族構成,扶養義務者の数,勤続年数,職務内容及び特別の解雇制限の有無が含まれる。解約告知を基礎づける事実は,完全に報告されなければならず,判例によれば,例えば,「不十分な労務給付」では不十分である。頻繁な短期の疾病を理由とする解約告知においては,使用者は,欠勤期間,及び知っている場合には,疾病の種類,欠勤によって生じ,今後も予測される,経済的負担及び事業所の損害を報告しなければならない。永続的に労働不能の疾病に罹患している場合には,その情報だけで足りる。経営上の理由による解雇においては,緊急の経営上の必要性だけではなく,社会的選択の基準となる事情も含まれ,行動を理由とする解雇においては,責任軽減的な事情も含まれる。
事業所委員会の意見聴取は,口頭でも書面でもよい。事業所委員会は,意見表明の前に,
労働者の聴聞を行わなければならない(事業所組織法 102 条 2 項 4 文)。ただし,事業所委員会が労働者の意見聴取を行わなかったとしても,これに対して制裁は科されないし,事業所委員会の関与手続が無効となるわけではない。しかし,事業所委員会が労働者の意見聴取を繰り返し行わない場合や,著しい違反と認められる場合には,事業所委員の解任請求権が考えられよう(事業所組織法 23 条 1 項)。
事業所委員会に対する使用者の意見聴取義務違反の効果は,下記のとおりである。
使用者が,意見聴取を全く行わないか,又は,詳細かつ具体的に行わなかった場合には,解約告知は無効である(事業所組織法 102 条 1 項 3 文)。
使用者が,解約告知にとって重要な事実をすべて述べなかった場合には,解雇制限訴訟において,事業所委員会に述べた事実しか援用することはできない。
事業所委員会が解約告知に同意した場合は,通常,解雇制限訴訟における立証の評価において,使用者の有利に働く。事業所委員会が,解雇に疑義又は異議を表明する場合には,理由を付した書面によって,通常解約告知においては,1 週間以内,非常解約告知においては, 3 暦日以内に使用者に通知しなければならない(事業所組織法 102 条 2 項)。疑義と異議の法律効果は異なり,事業所委員会が単に疑義を表明した場合には,解雇制限訴訟における立証の評価に影響を及ぼすに過ぎないが,異議を表明した場合には,解雇制限訴訟を提起した労働者が申し立てれば,労働裁判所が,例外的に継続就労義務を免除しない限り,使用者は訴訟終了まで当該労働者を継続就労させなければならない(事業所組織法 102 条 5 項)。
一般的解雇制限,すなわち,原則としてすべての労働者に認められる解雇制限は,解雇制限法において規制されている。解雇制限法は,社会的に不当な解雇を無効とする(解雇制限法 1 条 1 項)。社会的に不当でない解雇事由は法定されており,それは,労働者の個人的な事情,行動に存する事由,又は緊急の経営上の必要性が認められる場合である(解雇制限法 1 条 2 項)。使用者は,かかる事由を主張立証しなければならない。解雇制限法は,存続保護の法であって,補償金法ではない。解雇制限法の目的は,労働者に自己の労働ポストを保持させることであって,補償金の支払による労働関係の解消(解雇制限法 9 条)は,例外的な
場合にのみ認められるに過ぎない。2003 年末の解雇制限法改正によって(2004 年 1 月 1 日から施行)新設された解雇制限法 1 a 条も(後述(6)イ参照),解雇制限法が存続保護の法であることを変えるものではない。
ア.解雇制限法の内容
(ア) 適用範囲
a. 適用対象事業所と労働者
解雇制限法は,労働者 10 人以上の事業所において(解雇制限法 23 条 1 項),労働関係が
6 ヶ月以上存続した労働者(解雇制限法 1 条 1 項)に適用される。200 4 年解雇制限法によっ
て,事業所に雇用される労働者数が 5 人から 10 人に引き上げられた。ただし,2003 年末に解雇制限を既に享受していた労働者の権利は奪われない。
6 ヶ月の待機期間の算定においては,労働関係が法的に存続した期間だけが意味を持つ。待機期間は,採用された事業所,又は,同一企業の他の事業所においても通算されるが,同じコンツェルン内の他の企業においては,コンツェルン配転条項がある場合にのみ通算される。事業所又は事業所の一部が営業譲渡された場合には,既に貯められた待機期間は,新所有者に対しても適用される(民法典 613 a 条 1 項 1 文)。
b. 管理的職員
労働者の採用及び解雇権限を有する雇用されている業務執行者,事業所長及び同様の管理的職員に対しても,解雇制限法は適用されるが,彼らには,存続保護ではなく,補償金保護だけが認められている。その労働関係は,使用者の申立てにより,金銭の支払だけで解消されうる(解雇制限法 14 条 2 項 2 文,9 条)。
(イ) 解約告知事由
解雇を正当化しうる 3 つの事由は,①個人的な理由による解約告知,② 行動を理由とする解約告知,及び,③経営上の理由による解約告知である。このうち①と②の境界画定について争いがあるが,判例は,「制御可能な行為」であるか否かを基準としている。
解雇を基礎づける同一の事実が,複数の解雇事由に該当しうる場合(「事実の混合
( Mischt atbes t and )」) に は , い ず れ の 解 雇 事 由 が 優 越 す る の か ( 支 配 領 域 説
(Sp h ä rent heorie )と呼ばれる判例の表現によると,「法律に掲げる領域のうち,労働関係
の存続を否定しうる障害がどれに由来するのか」)が探求された後に,確定された解雇事由についてのみ審査される。これにより,例えば,長期の労働不能により経営障害が生じている場合には,「障害源」は,労働者の個人的な領域に存すると解される。しかし,支配領域説に立つ判例も,必ずしもこの見解を貫徹させているわけではなく,臨時の体育教師の労働ポストを官吏としての体育教師によって置き換えるために行われた解雇を,複数の解雇事由に該当しうる「事実の混合」に当たる,と述べた上で,当該教員の専門的資質の問題よりも,経営上の理由が優越するとしつつ,個人的な理由による解雇の場合に要請される利益調整が必要である,と述べている169 。
図 1-2-2
労働者の領域に起因する解約告知事由
解雇制限法に基づく解約告知事由の体系
使用者の領域に起因する解約告知事由
非難可能な障害
非難し得ない障害
個人的な理由による解約告知
(すべき行為を)できないこと
非難し得ない意図しなかった行為
経営上の理由による解約告知
行動を理由とする解約告知
永続的
時々
反復
出所: Hromadka/Masch mann , Ar beit s r ech t Ba n d 1, I n divid u ala r beit s r ech t , 2.Aufl., 2002, §10, S. 384.
169 BAG, U r t . v. 17.5.1984, BAGE 46, 191 = AP N r. 21 zu § 1 KSch G 1969 Bet r iebsbedingte Kü n digung. もっとも,本件では,体育教師として他の学校で空いているポストがなかったかどうか(継続就労の可能性)を審査すべきであるとして,差し戻された。
(ウ) 解雇の正当性判断に当たって妥当する原則
解雇事由が存在するかどうかを審査するに当たって,判例は,4 段階に分けて審査を行っている(表 1-2-3 参照)。すなわち,①解雇事由それ自体が存在するのか,②かかる障害又は不能が将来においても持続するのか(予測原理),③それは解約告知によってのみ除去されるのか(最後の手段),最後に,④労働者と使用者の利益を勘案して,解約告知に対する使用者の利益の方が優越しているのか,が問われる。経営上の理由による解雇においては,④の利益衡量に代えて,社会的選択が問題となる。ここでは,もっとも保護の必要性の乏しい労働者を探すことになる。
解約告知は,過去の誤った行動の制裁ではないので,将来の労働関係に及ぼす影響が検討される(予測原理)。解約告知は,より穏当なその他のすべての手段がすべて尽きた場合に初めて考慮される(最後の手段)。そして,存続保護に対する労働者の利益と使用者の解消利益が包括的に利益衡量される。判例によれば,年齢,扶養義務,家族関係及び労働市場での紹介可能性といった,労働契約とは直接的に関連しない労働者の利益も利益衡量に含めて考慮される。
判例によれば,解雇法においては,一定の労働者集団を客観的な理由なしに不利益に取り扱うことを禁止する平等原則は適用されない。これは,平等原則の要請が解雇においてまったく考慮されない,という意味ではなく,平等原則違反を理由に,解雇が直ちに無効となるわけではない,という意味である。一般的解雇制限は,その個別的性格(解雇事由が存在するかどうかは各々の労働関係についてのみ判断される。)から,平等原則と全面的に調和するものではなく,平等原則は,利益調整に当たって間接的に考慮されることになる。すなわち,判例では,山猫ストに参加した労働者のうちの一部を解雇することの可否が争われた事案において,同じような義務違反を行った労働者の一部を解雇するときには,使用者にとって被解雇労働者との労働関係の継続が許容し得ないものであるかどうかという利益調整の枠組みで,平等原則の要請が考慮されることになる170 。経営上の理由による解約告知においては,他の従業員の利益は,社会的選択の枠内で考慮される。
170 BAG, U r t . v. 21.10.1969, BAGE 22, 162 = AP N r. 41 zu Ar t . 9 GG Ar beit sk am pf. なお,連邦労働裁判所は,変更解約告知においても,平等原則の適用を否定し,看護婦の家賃補助を漸進的に廃止するためになされた変更解約告知を平等原則違反で無効とした州労働裁判所の判断を,「当該変更解約告知の社会的相当性については,財政削減による病院経営の悪化,又は事業所平和の障害等の経営の内外の状況が決め手である」と述べて,差し戻した(BAG, U r t . v. 28.4.1982, BAGE 38, 348 = AP N r. 3 zu § 2 KSch G 1969 )。
表 1-2-3 審査の枠組み
個人的な理由による解約告知 | 行動を理由とする解約告知 | 経営上の理由による解約告知 | |
解雇事由 | 労働者を非難し得ない契約障害によって,事業所の利益が著しく妨げられたこと。 | 労働者を非難しうる契約違反。 | 労働者をもはや契約に従って活用することができないという帰結をもたらす企業家の決定の存在。 |
予測 | 将来においても契約障害が続くこと。 | 反復の危険又は信頼関係の破壊。 | 活用可能性が,永続的又は予測し得ない期間失われること。 |
最後の手段 | 契約障害が生じないと見込まれる(空席の)労働ポストへの配転,場合によっては,期待可能な継続訓練又は再訓練措置の後で,又は,契約条件を変更して。 | 警告,ただし,労働者が契約違反を認めようとしない場合を除く。任意的給付の削減。契約違反が生じないと見込まれる(空席の)労働ポストへの配転。 | 時間外労働及び社外労働者の廃止,他の空席の労働ポストへの配転,場合によっては,期待可能な継続訓練又は再訓練措置の後で,又は,契約条件を変更して。 |
利益衡量 | 障害の原因と程度,障害のない労働関係の経過,年齢及び勤続年数,扶養義務。 | 契約違反の原因と重大性(明示の規則,労働契約における合意の違反),契約違反の帰結(事業所平和又は経営過程の障害, 損害),障害のない労働関係の経過,年齢及び勤続年数,扶養義務。 | 利益衡量に代えて:社会的選択 -比較可能なグループの確定 -社会的にもっとも保護の必要性の乏しい者の選択 -その継続就労に,事業所の正当な必要性が認められる労働者の除外。 |
出所: Hromadka/Masch mann , Ar beit s r ech t Ba n d 1, I n divid u ala r beit s r ech t , 2.Aufl., 2002, §10, S. 385.
(エ) 個人的な理由による解雇
個人的な理由による解約告知の要件は,労働者が,個人的な理由から,その労働契約上の義務を適法に履行することができず,これによって,使用者の経営上又は経済上の利益が妨げられることである。人格的又は専門的適性又はその労働能力の損傷については,労働者を非難することはできないが,使用者にとって,労働関係の継続が期待し得ないほどの著しい負担となる場合に,解雇が正当化される。
主要な類型が,労働者の病気を理由とする解約告知である。判例は,さらに,①病気を原因とする成績低下(給付減少)を理由とする解約告知,②短期の疾病を繰り返すことを理由とする解約告知,③長期の疾病を理由とする解約告知,④病気を理由とする,永続的な労働不能を理由とする解約告知,とを分けて,それぞれ,表 1-2-4 の定式に沿って,審査を行う。これは,エイズ罹患を理由とする解約告知にも妥当する。H IV 感染を理由とする解約告知 は一般的には正当なものとされず,具体的な感染の危険があり,かつ,他の労働ポストへの配転が考慮されえない場合にのみ,解約告知を正当化する。顧客又は同僚労働者が客観的には感染の危険がないにもかかわらず, HIV 感染者の解雇を要求する場合は,圧力解約告知
(Druckk ü ndigung )の問題171 となるが,使用者は,さしあたり,自己の従業員を保護し,第三者の不当な要求を引っ込めさせるよう努力しなければならない。これが成功しなかった場合,使用者は,配転を試みるべきであり,これが可能でない場合,かつ,使用者に重大な経営上・経済上の不利益の脅しがある場合に,圧力解約告知は「最後の手段」として許容される。アルコール及びドラッグ依存は,契約障害又は義務違反が,その依存に帰せられる場合には,病気を理由とする解約告知事由となるが,その前に,最後の手段の原則に基づき,労働者には回復治療の機会が与えられなければならない。責めに帰すべきアルコール濫用の場合には,行動を理由とする解約告知が考慮される。
十分な専門的又は人格的適性を欠如していることも,個人的な理由による解約告知事由になりうる。肉体的又は精神的損傷,さらに,例えば,医師の開業許可,外国人労働者のための労働許可等の必要な資格の欠如が考えられるほか,人格的適性の欠如は,教師又は会計係について考えられる。
思想信条及び宗教の自由(基本法 4 条 1 項)は労働関係において尊重されなければならず,信条を理由に契約上債務として負う給付を履行しえないことを労働者が立証した場合,使用者は,別の活動を与えなければならない。イスラム教徒であるデパートの販売員の頭部スカーフの着用は,企業に甘受し得ないほどの損害を及ぼすとは認められないとして,解雇は無効とされている172 。
171 圧力解約告知(第三者から不利益の脅しを受けて使用者が行う解雇)の特別な場合として,事業所組織法 104条は,事業所委員会が,違法な行動,又は,著しく事業所平和を乱す労働者の解雇又は配転を要求することができることを規定する。使用者がこれを拒否した場合には,事業所委員会は,労働裁判所に,強制金の賦課を申請することができる。
172 BAG U r t eil vom 10.10.2002, AP KSch G 1969 § 1 Verh a l t en sbedingte Kün digung N r. 44.
表 1-2-4 疾病を理由とする解約告知
疾病を理由とする給付減少 | 短期の疾病の繰り返し | 長期間継続する労働不能 | 永続的な労働不能 | |
疾病を理由とすること | 労働者が,疾病を理由として,債務たる給付を完全に履行することができない。 | 経営過程の阻害,及び/又は,年間 6週間以上の欠勤 による賃金継続 支給の経済的負 担。 | 労働者が,長い間,労働不能である(8ヶ月以上であれば十分認められる)。 | 労働者が,永続的に労働不能であること。 |
消極的予測 | 労働者の給付減少が, 将来においても,些細でないことが見込まれる。 | 年間 6 週間以上の疾病が,将来も予測される。 | 労働不能の回復は,当面の間(2 年間),期待できない。 | 労働能力の回復の見込みは,もは や 存 在 し な い。 |
最後の手段 | 給付の向上が見込まれる,他の(空席の)労働ポストへの配置転換,場合によっては,期待可能な継続訓練又は再訓練措置の後で,又は,労働条件を変更した上で。 | 暫定的措置( 特に代理)の実施;欠勤が少なくなると 期待できる,(空席の) 労働ポストへの配置転換。 | 暫定的措置(臨時労働者の採用,時間外労働,再編成)の実施;欠勤が少なくなると期待できる, ( 空席の) 労働ポストへの配置転換。 | より穏当な措置は存在しない。 |
利益衡量 | ・欠勤期間の程度と原因(事業所/私的),もしくは,労働者の給付減少の程度 ・疾病の発生に関する過失(「過失の責めは自ら負う」) ・経済的負担の程度 ・経営過程の阻害の程度及び回避可能性 ・事業所規模 ・事業所における労働者の地位 ・これまでの労働関係の展開 ・労働者の年齢及び勤続年数 ・労働者の扶養義務 ・重度障害 | なし |
出所: Hromadka/Masch mann , Ar beit s r ech t Ba n d 1, I n divid u ala r beit s r ech t , 2.Aufl., 2002, §10, S. 391.
行動を理由とする解雇とは,労働契約上の主たる義務及び付随的義務の違反を理由とする解約告知である。労働拒否,刑罰違反の行為,勤務外の非行,が考えられる。勤務外の非行は,労働関係に具体的な実害を及ぼすことを要件とする。そのほか,独立又は転職に当たって,顧客又は従業員を引き抜くこと,同僚の誹謗,アルコール,違法な争議行為への参加,反外国人的言動,セクシュアル・ハラスメント,勝手な休暇取得,無断欠勤,遅刻の常習,無許可の副業,事業所での暴力,無許可の私用電話,インターネットの利用などが行動を理由とする解雇事由となりうる。
解約告知の前に事前に警告を行うことが必要とされ,警告にもかかわらず,労働者が,再び契約義務に違反する場合には,反復の危険が認められ,予測原理の要請が満たされる。最後の手段の原則により,可能な場合には,他の(空席の)労働ポストへの配転が考慮されなければならない。利益衡量にあたっては,契約違反の程度と重大さ,労働者の過失,事業所平和及び経営過程の損傷の種類と程度,企業の財産又は評判に与えた損害,障害なく続いた事業所帰属期間,使用者の共同過失及び契約違反の行動を見過ごしていたかどうか,契約違反と具体的に関連する場合には扶養義務,が考慮される。
(カ) 経営上の理由による解雇
a. 企業家の決定
労働ポストの喪失をもたらすような企業家(U n terneh mer )173 の決定(「業務執行の基礎となる企業政策の決定」)が行われたことが,経営上の理由による解雇の要件である。企業家の決定の自由は,基本法上保護されるので(基本法 12 条 1 項,14 条),生産を行うのか,何を生産するのか,どのくらい生産するのか,どこで,そして,どのような方法で生産するのかは,裁判所ではなく,企業家が決定する。したがって,企業家の決定は,その客観的正当性又はその合目的性について審査することはできず,その決定に明らかに理由がなく,不合理又は恣意的かどうかだけが司法審査される。
しかし,最近の判例は,長い間,尊重されてきた企業家の決定の自由に踏み込む判断を行うようになってきており,注目される。
雇用需要が存在するにもかかわらず,労働者を交替するために行われる「交換解約告知
(Au s ta u sch k ün digung )」は許容されないほか,連邦労働裁判所 1999 年 6 月 17 日判決174では,企業家の決定が解雇の決定に直結すればするほど,企業家の決定により,労働者の雇用需要が失われたことに対して,使用者は高度の立証責任を負う,とされた。
そして,連邦労働裁判所 2002 年 9 月 26 日判決175 は,初めて,企業家の決定の自由の権
173 企業家( U n t e r neh mer)とは,解雇制限法の法文にはない用語であるが,使用者(Ar beitgeber )と同義に解してよい。判例が使用者ではなく,企業家(ほかに,事業者,経営者という訳語も考えられる。)という用語を用いている理由はよくわからないが,企業経営者である点を強調する趣旨であろう。
174 BAGE 92, 71.
175 AP N r. 124 zu § 1 KSch G Betriebsbedingte Kün digu ng.
利濫用を肯定した。本件では,調理清掃部門をアウトソーシングするという企業家の決定について,当該労働を行っていた全労働者が労働ポストを失い,新たに雇い入れられる労働者に当該労働を遂行させることを目的とする,コスト削減のための措置を,「税を節約し,影響力を保持したままで,雇用需要が存続するにもかかわらず,労働者を切り離し,より賃金の低い新しい労働者に同じ仕事をさせることによって,民法典 613 a 条の営業譲渡を回避することは権利濫用である」と述べた176 。
b. 労働ポストの喪失
次に,企業家の決定により,就労可能性が失われたことが使用者によって主張立証されなければならない。これは,完全に事後審査される。使用者は,残された労働について,必要以上の労働力が存在することを立証すれば十分である。
c. 他の労働ポストにおける継続就労可能性
さらに,解雇制限法 1 条 2 項 2 文によれば,同一事業所又は同一企業内の他の事業所において労働者の継続就労が可能である場合には,解約告知の必要性は認められない。判例によれば,コンツェルン配転条項がある場合にのみ,コンツェルン内での継続就労が考慮される。解約告知は,労働者が,再訓練又は継続訓練措置後であれば継続就労が可能であり,かつ, 労働者にその意思と能力がある場合にも,必要性は認められない(解雇制限法 1 条 2 項 3 文前段)。ただし,かかる再訓練・継続訓練措置は,使用者にとって期待可能なものでなければ
ならず,訓練費用,労働者の勤続年数及び再訓練能力が考慮される。
変更解約告知の可能性も,解約告知の前に検討されなければならない。
d. 社会的選択
解約告知が避けられない場合,もっとも社会的保護の必要性の乏しい者が解雇されなければならない(社会的選択)。社会的選択の違法性については,労働者が立証責任を負う。社会的選択の審査は 3 段階で行われ,まず,社会的選択が行われる労働者集団が確定され,次に,その中で誰がもっとも解雇の打撃が少ないかが審査される。そして,最後に,事業所の正当な経営上の必要性から,1 人又は複数の特定の労働者を被解雇者から除くことができるかが審査される。
比較可能な労働者が社会的選択の行われる労働者集団を構成するが,相互に交換可能な労働者が比較可能とされ,同一の労働ポストだけではなく,その事業所における従前の任務及びその職業資格から見て,他の,同等の価値を持つ同僚の労働を遂行できる労働者は,比較可能である。
176 EC 裁判所の判例によれば,営業譲渡の定義として,労働者の大部分が承継されることが要求されるので,本件のように,1 人も承継しない機能承継は,営業譲渡に当たらず,したがって,営業譲渡の規制が適用されない。しかし,この点について, EC 裁判所の判例は最近新たな展開を見せており,2003 年 11 月 20 日判決
(Sodexho M Catering Gesellsch aft mb H 事件)において,人間の労働力が決定的に重要ではない活動では,労働者が 1 人も承継されない場合でも,営業譲渡に当たり,譲受企業は譲渡企業の全労働者の承継義務を負うことが命じられた。
2003 年の法改正により,社会的選択に当たって,勤続年数,年齢,扶養義務及び障害の 4
つの基本的要素を考慮すれば足りることになった(解雇制限法 1 条 3 項)。反対に,使用者がどの程度ほかの要素を考慮してよいのかは明らかではないが,もっぱら労働者の私生活に属する観点や労働市場の一般的な見通しを考慮してはならず,4 つの基本的要素を妨げない範囲で,職業病や労働災害の後遺症を労働者の有利に考慮してもよいであろう,と解されている。4 つの基本的データは,いずれも同じ重要性を持ち,一般に順位付けづけることは許容されない。
また,2003 年改正により,1996 年法と同じく,社会的選択に「特にその知識,能力及び成績又は事業所の均衡の取れた人事構成の確保のために,その継続就労に事業所の正当な利益が存する労働者を含めなくてもよい」ことになった。もっとも,199 8 年法でも,「事業所技術的,経済的又はその他正当な事業所の必要性」が認められる労働者を社会選択に含めなくてもよかったので,判断枠組みは変わらない。1996 年法が適用された事案である,連邦
労働裁判所 2002 年 4 月 12 日判決177 によれば,正当な利益の承認の可能性は,以下のことを要件とする。「法律によれば,事業所の利益を単独で考察すれば正当化されるであろう場合であっても,成績優秀者を社会的選択から除外することに対抗しうる,対立する利益が考えられ,かつ,考慮されなければならない。かかる対立する利益においては,旧解雇制限法 1
条 3 項 2 文が社会的選択の要請の例外を法定した事情に鑑みて,社会的により弱者である労働者の利益のみが考慮されうる。かかる利益は,社会的選択の文脈において正当なものでなければならない」。
したがって,改正法においても,審査の方法は変わらず,引き続き,まずは,比較可能な労働者の範囲が確定されるべきであり,それから,社会的な順位づけが行われ,最後に,場合によっては,正当な事業所の利益を考慮すれば,具体的な事例において,社会的選択の結果の例外が認められるかが判断されることになる178 。
最初の,比較可能な労働者とは,確定判例179 により,同様の職務(同一であることは必要ない)を行っている労働者を意味し,使用者が一方的に配転しうる範囲の労働者である。ここでは,労働協約上の格付けが重視される。社会的選択の一応の不当性の立証責任は,法律は明示的に労働者に課しているので,比較可能な労働者の範囲も原則として労働者が立証しなければならない。
上記連邦労働裁判所 2002 年 4 月 12 日判決は,印刷会社 Y が,1998 年 2 月 16 日に,事
業所委員会と社会計画を締結し,そこに含まれた 12 名の被解雇者名簿に基づき,同日,1 998
177 BAG, U r t . v. 12.4.2002, AP N r. 56 zu §1 KSch G 1969 Soziale Au sw a hl.
178 Willemsen/Annuß , Kün digungssch utz nach der Reform, N J W 2004, 177, 179. 例えば,20 人の比較可能な労働者の中に,12 人の「成績優秀者」が存在する。大規模な人員削減において,使用者は,いかなる観点
からも同等な「成績優秀者」の 8 人の継続就労に正当な利益がある,と主張している。この 8 人が誰になる
かは,社会的選択の原則に基づいて確定されなければならない。使用者は,この場合において,解雇制限法 1
条 3 項を考慮せずに,8 人の「成績優秀者」の継続就労をあらかじめ選択することはできない。
179 例えば,BAG, U r t . v. 5.12.2002, NZA 2003, 849.
年 8 月 31 日に向けて X を解雇したという事案である。X は,1978 年 12 月 1 日以来 Y でオ
フセット印刷の準備作業に就労しており,解雇当時,年齢は 41 歳で,勤続年数は 19 年,既婚で 2 人の子供がいた。Y は,オフセット印刷の準備作業に従事する従業員のうち,13 人を
「成績優秀者」として,社会的選択に含めていなかった。X は,これらの成績優秀者のうちの 4 人(いずれも賃金等級は同一)を社会的選択に含めるべきであったと主張し,社会的選択の重大な瑕疵を理由に,解雇の無効を訴えた。これに対し,Y は,4 人には特別の資格,専門的知識があることを主張した。1 審では X が勝訴したが,2 審は敗訴し,連邦労働裁判所は,X の上告を認めた。連邦労働裁判所は,上記 4 人のうちの 1 人(F)を社会的選択から除外したことは重大な瑕疵であると判断し,F の継続就労に対する Y の経営上の利益と Xの社会的利益を比較衡量しなければならない,と述べた。F は,27 歳で,未婚で子供はいなく,勤続年数は 8 年間であった。F が,印刷専門の職業訓練を終了したことを事業所の利益だとみなす Y の主張は,漠然とした期待に過ぎず,これに対して,X の継続就労に対する利益がまったく考慮されていない,と判断した。
連邦労働裁判所の以上のような判断枠組みによれば,成績優秀者をはじめから被解雇者の選定手続から除外することは許容されないわけであるが,これに対しては,社会的保護の必要性と使用者の利益との比較衡量において利用可能な絶対的な基準は存在しない,と学説の批判は強い180 。
2003 年改正法により,上記の 4 つの基本的要素の評価が,労働協約,事業所協定又は職員代表委員会法に基づく社会的選択指針において行われた場合には,その相互の関係については,重大な誤りしか審査されえないことになった(解雇制限法 1 条 4 項)。協約・事業所当事者の裁量が,4 つの社会的基準の相互の関係に限られるのか,あるいは,独自の選択指針の作成にも及ぶのかどうかという問題について,法文からは前者に限定される,という見解と,選択指針自体が尊重される,という見解とに分かれている。
さらに,2003 年改正法により,1996 年法と同様に,事業所変更の際の事業所委員会との利益調整の過程で,被解雇者の名簿が作成された場合には,この名簿は尊重される(解雇制限法 1 条 5 項)。この場合,経営上の理由による解雇であることが推定されるので,労働者は,就労可能性が失われていないことを主張立証しなければならない。もっとも,聴き取り調査からは,組合は,このような被解雇者名簿の作成に事業所委員会が関与することは,使用者の責任を労働者側に転嫁するものであり,本条は望ましい規定ではない,という見解を示した。96 年法の下で,実際にかかる被解雇者名簿が作成された例は少ないそうである。
180 これについては,橋本陽子「第 2 次シュレーダー政権の労働法・社会保険法改革の動向―ハルツ立法,改正
解雇制限法,及び集団的労働法の最近の展開―」学習院大学法学会雑誌 40 巻 2 号(2005 年 3 月)205 頁。
裁判上の審査
・明らかな不当性についてのみ決定を審査
・主張された事由が客観的に存在するかどうかの審査
内容
・解約告知自体ではなく,
・人的状況を労働需要の減少に適合させるためのコンセプト
事業所外部
・販売又は受注の減少
・売上減少
・利益減少
事業所内部
・合理化
・アウトソーシング
・事業所閉鎖
・収益性改善
・事業所閉鎖・収益性の改善
図 1-2-5 経営上の理由による解雇の審査の流れ
経営上の事由
企業家の決定
労働ポストの喪失
意義
現存の労働需要にとって,使用者が必要とする以上の労働力が存在すること。
裁判上の審査
現存の組織で労働を遂行できるかどうかの審査
解約告知が不可避であること
その前に,より穏当な手段を審査
終了解約告知に先行する変更解約告知
期待可能な継続訓練又は再訓練措置後の配転
同一企業の他の(空席の)労働ポストへの配転
操業短縮の導入
(争いあり)
労働拡張(一時的な労働時間の削減)
社外労働の削減
時間外労働の削減
解約告知が避けられない場合
社会的選択
出所: Hromadka/Masch mann , Ar beit s r ech t Ba n d 1, I n divid u ala r beit s r ech t , 2.Aufl., 2002, §10, S. 399.
イ.小規模事業所における解雇権濫用法理
解雇制限法の適用される事業所は,2003 年改正により,それまでの労働者が 5 人以上雇用される事業所から,1996 年法と同様,労働者が 10 人以上雇用される事業所へと規制が緩和されたが,連邦憲法裁判所 1998 年 1 月 27 日判決181 により,解雇制限法の適用のない小
規模事業所に雇用される労働者も,民法典 242 条に基づき,濫用的な解雇から保護される。この場合の権利濫用の判断は,解雇制限法に基づく解雇の不当性の判断ほどは厳格ではな
い,と解されている。特に,解雇の不当性の立証責任は,原則として労働者に課され,解雇制限法 1 条 2 項 4 文(使用者が,解雇の原因となる事実を立証しなければならないという規定)は適用されない。しかし,小規模事業所における解雇権濫用法理においても,経済的理由による解雇に当たって,社会的選択の相当性が考慮される。連邦労働裁判所 2003 年 2 月
6 日判決182 によれば,解雇制限法 1 条 2 項 4 文は適用されないが,憲法上要請される労働者
保護に鑑み,段階的な主張立証責任が適用され,まず,最初に労働者(原告)が,民法典 242条に基づく,解雇の信義誠実違反を示す事実を述べる。これにより,原告よりも明らかに保護の必要性が乏しく,比較可能な労働者が引き続き雇用されていることが明らかになれば,使用者は,最低限要請される社会的考慮を度外視し,それゆえ,解雇が信義誠実に違反することが推定される。次に,使用者が,どのように被解雇者を選定したのかを述べなければならない。この立証が成功したときは,最後に,労働者は,さらに解雇の信義誠実違反を基礎づける事実を立証しなければならない。
連邦労働裁判所 2001 年 2 月 21 日判決183 は,「5 人しか労働者のいない事業所では,ある労働者を解雇するのかしないのかを決定する使用者の自由は非常に広い」という州労働裁判所の判断を非難し,差し戻しを命じた。本件では,原告が指摘した他の労働者よりも,16 歳も年長で,勤続年数も 17 年に及ぶ原告が解雇されたことは,被告の人選が明らかに不当であることを示しうるものである,と述べた。
(3) 特別の解雇制限
特別の解雇制限とは,立法者が,一定の理由から特に保護の必要性を認めた労働者に適用される解雇制限であり,当該労働者については,通常解約告知が制約又は排除される。
妊産婦,育児期間中の親,教育訓練生,兵役及び兵役代替勤務者,軍事適性行動参加者,重度障害者,事業所委員など従業員代表機関の委員,連邦議会等の議員,について,特別の解雇制限が法律で規定されている。
181 BVerfGE 97, 169.
182 NZA 2003, 717.
183 NZA 2001, 833.
ア.公序違反(民法典 138 条)
解約告知が,公正かつ正義感にしたがって考える者の感情に著しく反する場合には,公序違反により無効となる。公序違反は,特にひどい場合にのみ認められ,個々の事案を総合考慮して,総合的に判断される。
イ.差別等を理由とする解雇
性別を理由に差別された従業員に対する解約告知は,民法典 611 a 条により,権利行使に対する報復的な解約告知は民法典 612 a 条によって,無効となる。
ウ.信義誠実違反(民法典 242 条)
さらに,信義誠実違反による解約告知の無効が考えられる。解約告知は,明らかに恣意的である場合には,信義誠実に反する。解雇制限法の適用されない小規模事業所に対して,憲法上要請される恣意的な解雇からの保護のほか(前述(2)イ参照),判例によれば,解雇権者が,解雇事由の存在にもかかわらず,解約告知を行わず,これにより,他方に解約告知は今後とも行われないという信頼を与えた場合には,解雇権は失効する。
(5) 解雇制限訴訟ア.提訴期間
解雇無効の訴えは,解約告知の到達後,3 週間以内に提訴しなければならない(解雇制限法 4 条)。従来は,解雇制限法に基づく社会的に不当な解雇の訴えだけが 3 週間の提訴期間
に服したが,2003 年改正により,あらゆる解雇無効の訴えについて,統一的な提訴期間が
適用されることになった。その他の解雇無効の訴えとしては,事業所組織法 102 条(事業所
委員会の意見聴取),民法典 613 a 条 4 項(営業譲渡),母性保護法 9 条,連邦育児手当法 18
条,社会法典第 9 編 85 条(重度障害者),民法典 138 条,民法典 242 条,民法典 612 a 条,
事業所組織法 103 条(事業所委員会委員等の即時解雇)及びパートタイム労働・有期労働契
約法 15 条が考えられるが,民法典 623 条の書面性の欠如を理由とする無効事由はこの例外
である。というのは,解雇制限法 4 条 1 文の提訴期間は,労働者に書面の形で解約告知が到達してから初めて進行するからである。
すべての解雇無効の訴えに対して,3 週間の統一的提訴期間が定められたことの実務的意義は大きいといわれている。
イ.継続就労請求権 (Weiterbeschäft ungs a n sp r uch)
事業所に事業所委員会が存在し,事業所委員会が解約告知に適時に,かつ,正しい様式で,異議を唱え,かつ,労働者が解雇制限訴訟を提起した場合には,使用者は,請求により,労働条件を変更せずに,法的紛争が確定的に終結するまで,労働者を継続就労させなければならない(事業所組織法 102 条 5 項 1 文)。労働裁判所は,①労働者の訴えに勝訴の見込みがないか,訴えが軽率であると思われる場合,②労働者の継続就労が,使用者にとって期待し
得ないほどの経済的負担をもたらすであろう場合,又は,③明らかに事業所委員会の異議に理由がない場合,にのみ,継続就労義務の免除を認める(事業所組織法 102 条 5 項 2 文)。以上の事業所組織法上の継続就労請求権に加えて,事業所委員会が存在しない場合,事業 所委員会が解約告知に異議を唱えなかった場合,又は,事業所委員会が意見聴取されなかった場合のように,事業所組織法上の継続就労請求権の要件が満たされない場合も,判例により,解約告知が明らかに無効であり(証拠調べを行わなくても,例えば,事業所委員会の聴聞が行われなかった場合,監督官庁の同意なく妊婦を解雇した場合など。さらに,1 審で労働者が勝訴した場合も含まれる。),かつ,使用者の保護に値する利益が継続就労の妨げとならない場合には,「一般的な継続就労請求権」が考慮される。この法的根拠を,連邦労働裁判
所は,民法典 611 条,民法典 613 条及び民法典 242 条に見出している。
継続就労請求権が認められれば,解雇訴訟中も継続就労の可能性が認められ,賃金請求権を失わずにすむので,労働者が訴訟を有利に遂行することの助けになるはずであるが,要件が厳しく,実際にはあまり活用されていないそうである。
ウ.再雇用請求権 (Wiedereins tellu ngs a n sp r uch)
再雇用請求権とは,有効な解約告知後に,解約告知時点での予測がその後に生じた事情によって誤っていることが判明した場合に,労働者に認められる権利である。判例によれば,解雇の有効性は,法的安定性,信頼性及び明確性の原則から,解約告知到達時点での客観的事情のみが基準となるが,信義誠実の原則(民法典 242 条)に基づき,将来に生じうる事情に基づいて労働関係を解約告知した場合,かかる事情が生じなかったときに,使用者が一方的な利益を得ることを避けるために,再雇用請求権が生じる。例えば,事業所閉鎖を理由に解雇した後で,その後に,事業所の譲受人が現れた場合などが考えられる。
要件は,①解約告知期間が経過する前に,解雇事由が失われたこと,②例えば,重病の労働者の労働ポストに新たに労働者を既に雇い入れてしまった場合のように,使用者が新たな処分権を行使したのではないこと,である184 。再雇用請求権は,労働者が主張しなければならない。いつまでこれを主張しなければならないのか,という点は,判例によって解明されておらず,学説の解釈は分かれている。一般的な失権効に服するだけである,という見解と,解雇制限訴訟の提訴期間を類推して,「再雇用事由を知ってから 3 週間以内」に主張しなければならない,という見解がある。なお,裁判上の和解だけではなく,裁判外の補償金和解によっても,再雇用請求権を排除することが認められている185 。
184 BAG, U r t . v. 27.2.1997, AP N r. 1 zu § 1 KSch G 1969 Wiederein s t ellung.
185 BAG, U r t . v.28.6.2000, BAGE 95, 171 = AP N r. 6 zu § 1 KSch G 1969 Wiederein s t ellung. 本件では,社会計画(事業所組織法 112 条)に基づく補償金の支払と引き換えの合意解約締結後に,廃止されるはずのポストが営業譲渡によって存続し,若い同僚は引き続き雇用されていることが判明したことを理由とする再雇用請求権の主張が退けられた。
(6) 解雇紛争の実態と解雇制限法の改革論ア.労働関係終了の実態
解雇又は有期契約の終了も含む労働関係の終了に関する最近の実態調査と解雇制限法の規制が採用に及ぼす影響に関する研究について紹介する。
Bielenski/Hartmann/Pfarr/Seifert の調査186 は,1999 年 9 月から 2000 年 11 月までに労働関係が終了した 2,407 人にインタヴューしたものである。その結論は,下記のとおりである。
① 労働関係の終了事由は,労働者側からの解約が 39%,使用者による解雇が 32%,有期労働契約の期間満了が 20%,合意解約が 10%であった。
② 事業所委員会の関与の有無,程度について,労働者の 56%が,事業所委員会のない事業所で雇用されていた。事業所委員会の設置されている事業所においても,事業所委員会の関与は消極的であり,事業所委員会の異議が表明されたのは 4 分の 1 にすぎない(事業所委員会のない場合も含めると,使用者の解雇のうち,異議が表明される割合は 10 %である。)。
③ 補償金の有無及び額について,補償金が支払われた割合は 10%である(合意解約において 34 %,使用者側からの解雇において 15 %)。補償金の額については,1 ヶ月分の賃金より低い額が 8%,1~2 ヶ月分が 17%,2~3 ヶ月分が 12%,3~6 ヶ月分が 21%,6~12 ヶ月分が 22%,12 ヶ月以上に相当する額が 19%であった(無回答が 2%)。補償金の額は,勤続年数と事業所規模に係らしめられており,特に,従業員数 500 人以上の事業所であったか
どうかが,決定的な影響を及ぼしている。また,大学卒業者は,給与の 6 ヶ月以上の額に相
当する補償金を得る確率が高く,教育訓練資格のない労働者の約 6 倍となっている。なお,労働関係の終了の種類(合意解約か解雇か)と補償金額との間に関連は認められず,また,事業所委員会の有無と補償金額との間にも関連は認められない。これに対して,地域差は顕著であり,西側では,東側よりも倍の補償金額となっている。
④ 提訴の有無については,年間 100 万件の使用者による解雇のうち,提訴されたものは
11%である(約 10 万件)。なお,参考として,年間 60 万件の労働裁判所の事件数のうち,
半数が解雇を含む労働関係終了に関する紛争である。そして,労働裁判所に係属した 60 万
件のうち,25 万件が和解,21 万件が「その他の方法」で終了している187 。
⑤ 再就職の有無について,再就職した者は 72%である。次の雇用を見つけるまでにかかった期間は,解雇の場合,8.4 ヶ月,自ら解約した場合は 0.7 ヶ月,合意解約の場合には 2.8
ヶ月,有期契約の期間満了の場合には,10.1 ヶ月である。年齢と資格が重要な要素であるといえる。次の雇用での労働条件がよくなったと答えた者は,西側で 72%,東側で 55%である。有期労働契約が,特に不利である。
186 Bielenski/H artmann/ Pfarr/Seifer t , Die Been digung von Ar beit sverh ältnissen: Wa hrneh m ung un d Wir klich keit, Au R 2003, 81-91.
187 聴き取り調査で訪問したベルリン労働裁判所では,2002 年度において,労働関係存続確認訴訟の 40 %が和解によって終了したそうである。
次に,解雇制限法の改正が雇用に及ぼす影響について統計を分析した研究188 によると,解雇制限法の規制が緩和された 1996 年法の施行直後と,再び厳しくなった 1998 年法の施行
直後とを比較した結果,適用対象事業所に雇用される労働者数の変化(1996 年法では 5 人
から 10 人に引き上げられ,1998 年法では 10 人から 5 人に引き下げられたこと)は,企業
の採用行動に影響を与えなかった。小規模事業所での採用は 1997 年 3 月から 1998 年 3 月
には減少し,逆に 1999 年 3 月から 2000 年 3 月には上昇した。景気の影響が大きいと考えられる。
しかし,この研究では,解雇制限法が,労働市場の展開にとってまったく意味がないわけではなく,景気変動に対して,労働時間の柔軟化によって対応する方法を取るといった大企業の行動や就業構造(パートタイマー,有期雇用労働者又は僅少な就業者189 をより多く雇用する)を決定する要因になっていると思われるが,このような制度的な変化は,長期的に観察してみないとわからないことが指摘されている。
イ.解雇制限法の改革論
存続保護に代えて,金銭補償による解雇紛争の解決を主張する見解がある190 。これらの見解がどの程度ドイツで共有されているのかを判断することは困難であるが,2003 年の解雇制限法の改正により,3 週間の提訴期間を徒過した場合に,労働者に生じる補償金請求権が新設された(解雇制限法 1 a 条)。これは,①使用者が,解雇制限法 1 条 2 項 1 文に基づく緊急の経営の必要性に基づいて解約告知を行ったこと,②使用者が,解約告知の意思表示の際に,当該解雇が緊急の経営上の必要性に基づくものであり,かつ,提訴期間が過ぎれば,補償金を請求しうることを労働者に伝えたこと,③労働者が,解雇制限法 4 条 1 文の期限が徒過するまで,労働関係が解約告知によって解消していないことの確認を求める訴えを提起しないこと,を要件とする。補償金の額は,労働関係の存続した年数 1 年につき,月収の半額である191 。
188 Bauer/Bender/Bonin , Betriebe r iagier en k a u m auf Än derungen beim Kü n digungssch utz, IAB Kurzberich t , N r. 15/18.10.2004 .
189 「僅少な就業(ge r ingfügige Besch äftigu ng)」とは,社会保険法上の概念であるが,①月額の賃金が通常 400
ユーロ未満であること(報酬の僅少性,社会法典第 4 編 8 条 1 項 1 号),②1 暦年度における就業日数が 2 ヶ
月又は 50 労働日以下であること(定期的な就業であり,かつ賃金が月額 400 ユーロを超える場合を除く。期
間の僅少性,社会法典第 4 編 8 条 1 項 2 号)ものである。なお,実際には,短時間の就業が多いであろうが,
第 2 ハルツ法により,週の労働時間数は問題とならなくなったこと(従来は,報酬の僅少性について,労働
時間が週 15 時間未満であることも要件とされていた。),さらに,従来から「期間の僅少性」は労働時間数とは無関係であることから, 短時間パート等と理解することは誤解である。また, 社会保険法上の「就業
(Besch äftigung )」は,労働法上の「労働関係」と同義と解して差し支えないので,独立自営的就業者が含まれることはない。
190 Willemsen , Kün digungsschutz – vom Rit u al zur Ration alität, N J W 2000, 2779; Bauer , Ein Vor schlag für ein moder nes un d soziales Kün digungssch t uzrech t , NZA 2002, 529; Hromadka , U n t e r neh merisch e Freih eit – ein Problem der bet r iebsbedingten Kün digung?, ZfA 2002, 383; Rü thers , Vom Sinn un d U n sinn des gelten den Kü n digungsschu tzrech t s, N J W 2002, 1601.
191 解雇制限法 1 a 条における月収×0.5×勤続年数という補償金の算定式は,立法理由によれば,これまでの裁
判上・裁判外の和解金や解雇制限法 9 条及び 10 条による労働関係の終了の場合における補償金の平均値に相当する額である(BT/Drucks. 15/1204, S. 12 )。
この補償金請求権は,これまでの実務で利用されてきた,合意解約,解雇(後)の合意192 ,裁判外・裁判上の和解に基づく補償金に加えた,新しい種類の補償金請求権である。合意解約との相違は,解雇制限法 1 a 条の場合は,労働関係の終了が,使用者の解約告知と解約告知は有効であるという解雇制限法 7 条の擬制によって生じる点であり,解雇(後)の合意との相違は,労働者は,提訴権を放棄するのではなく,提訴期間を徒過するまでは労働者が提訴するかどうかは自由である点にある。
解雇制限法 1 a 条は,労働裁判所の負担軽減を立法目的とするものであるが,むしろ,補償金請求権が生じうることを提示された労働者は,使用者が解雇の正当性には自信がないのであろうと判断し,解雇制限訴訟を提起するインセンティブを与えてしまうのではないか,さらに,本条に基づく請求権は倒産債権193 になるに過ぎないのに対し,解雇制限訴訟における倒産管財人との和解による補償金請求権であれば財団債権となることから,訴訟抑制の効果を持つことに対しては,懐疑的な見解が示されている194 。聴き取りでも,解雇制限法 1 a条によって訴訟数が減少するかどうかについては否定的な見通しで一致していた。勤続年数 1 年につき月収の 0.5 か月分という補償金額については,労働組合は妥当な額であるという意見であったが,使用者団体は,中小企業には過大な負担である,という意見であった。
ウ.ロストック州労働裁判所裁判長代理ウールリッヒ・コッホ裁判官のコメント
本章 8 をまとめるにあたり,文献及び聴き取り調査を経ても,なお明快に解明できなかっ
た点について,2005 年 3 月上旬にロストック州労働裁判所裁判長代理ウールリッヒ・コッホ裁判官にメールで質問を送ったところ,丁寧な回答をいただくことができた195 。本文の該当箇所で,すでに簡単に紹介した内容も含まれるが,ドイツの解雇紛争の実像を知る貴重な資料であると思われるので,質問と回答を訳出する(なお,念のため付言すれば,以下の回答はコッホ裁判官の個人的見解である。)。
質問 1:解雇紛争のうち提訴後に補償金和解によって解決する割合はどのくらいですか?最初の和解弁論で解決する割合と,その後の争訟弁論で和解が成立する割合を教えてください。
回答:これに関する統計はないが,私の推計では,解雇手続の半数以上が和解弁論で解決す
192 合意解約の場合,自ら失業を惹起したとして,失業手当の支給禁止期間(社会法典第 3 編 144 条)が生じうるため,労働関係の終了が解雇によることを明記する,解雇(後)の合意(Abwicklu ngsvert r ag )が実務上行われることがあるが,連邦社会裁判所は,これを無制限に認めておらず,労働関係の終了事由を実質的に判断している。
193 1994 年に大幅改正された倒産法( I n solvenzor dnung )は,破産(Kon k ur s )と和議(Vergleich)を倒産
(I n solvenz)と総称し,手続も一本化した。
194 解雇制限法 1 a 条の詳細は,橋本・前掲注 180 論文 208 頁以下。
195 ウールリッヒ・コッホ裁判官には,2004 年度労働問題リサーチセンタープロジェクト「労働紛争処理システ
ムの諸問題とその将来的課題」(主査・山川隆一教授)の一環として,2005 年 1 月 21 日に東京で「ドイツ労働裁判所の手続の実際」と題する講演をしていただいた。この講演録は,同プロジェクトの報告書,財団法人労働問題リサーチセンター,財団法人日本 ILO 協会『雇用社会の変化と労働紛争解決システムの課題及びその解決の方向』(2005 年 3 月)270 頁以下に掲載されている。
る。この理由は,両当事者ができる限り早い時点で紛争を終了させたいと望んでいることにある。労働者にとっては,早く補償金を得て,このお金であとどの程度暮らしていけるのか,早く新しい仕事を見つけなければいけないのか,を判断しなければならない。さらに,労働者にとっては,一般に裁判所の手続は気持ちの良いものではない。他方,使用者としては,できる限り早く,賃金請求権が受領遅滞に陥るリスクから解放されたい。さらに,使用者は,和解弁論で解決すれば,第 1 審で勝訴したとしても支払わなければならない,争訟手続に関する自己の弁護士費用(労働裁判所法 12 a 条)を支払わなくてすむ。
質問 2:裁判上の和解の場合の補償金の金額については,一定の定式があると聞いていますが,教えていただけますか。
回答:法律上の補償金の算定式は,解消判決の場合についてのみ定められている(解雇制限法 10 条)。和解による手続の終了においては,法律上の定式はないので,補償金額は,裁判所の仲介により,当事者間で交渉されることになる。補償金額は,勝訴の見込みがどの程度かによる。これがまったくわからない場合,又は判断できない場合には,労働裁判所は,当該地域の経済状況(もっとも豊かな地域と考えられているミュンヘン,ハンブルグ,デュッセルドルフ又はフランクフルトといった大都市における補償金額の相場は,東側の貧しい地域の相場のほぼ倍である。),両当事者の訴訟リスクを加味して算定するが,上限は年収の 12 ヶ月である。
なお,社会計画(事業所組織法 112 条)の補償金についても,法律上の定式は存在しない。この場合には,企業の経済力次第である。
質問 3:補償金和解を拒否して,判決まで至った場合の,労働者側の解雇訴訟の勝訴率はどのぐらいですか? 最終的に連邦労働裁判所で無効判決を勝ち取る労働者の割合はどの程度でしょうか。日本では,解雇訴訟は人格の争いとも言われ,経済的得失いかんにかかわらず,最後まで争う場合があります。
回答:1 審では,判決まで至った場合の労働者側の勝訴率は約 80%と見積もられるが,これは,和解で解決する割合の高さを考慮しなければならない。人格,名誉の回復の問題は,行動を理由とする解雇においてのみ問題となる。解雇が経営上の理由又は個人的な理由
(例えば病気)による場合には,人格の評価とは無関係である。労働者には解雇されてしまったことに落ち度はない。さらに,人格の問題であるのであれば,むしろ和解になじむ。なぜならば,人格に対する非難を立証することは困難であるし,判決によって回復されるともいえないからである。これは,特に解雇が形式的な理由によって無効となり,裁判所が非難の実質には手を触れない場合(例えば窃盗の嫌疑)に当てはまる。このような場合には,労働者の名誉は,判決によって,回復されたとはいえない。
連邦労働裁判所では,10 の小法廷のうち 1 つの小法廷しか解雇紛争を扱わない。連邦労