Contract
弁護士費用等補償特約の検討
弁護士 x x x
1 弁護士費用等補償特約
弁護士費用等補償特約(以下「本件特約」という)は,主として自動車保険に付帯され,被保険者が被害事故により賠償義務者に対して損害賠償請求を行う場合に弁護士費用等を負担することによって被る損害をてん補する損害保険契約である1。
費用支出の可能性にも被保険利益がみとめられ,費用利益を目的とする保険を費用保険ということがある2。訴訟手続にかかる費用をてん補する訴訟費用保険もその範疇に入る3。弁護士費用等補償特約は,訴訟費用保険の一種である4。損害保険では,保険者がてん補すべき損害の額(てん補損害額)は,その損害が生じた地および時における価額によって算定される(同法 18 条 1 項)。費用保険のような消極保険には保険価額はないので,てん補損害額は原則として被保険者の負担した損害賠償責任の額または費用の額によって算定される5。保険法は,損害額の算出方法を定めていないため,具体的な損害額算定は当事者の自治による6。いかなる方式によって損害をてん補するかは,損害保険契約において明確化する必要があり,費用保険も同様である。契約上細部にわたる合意がなされていない場合には,保険が対象とする事象・取引等における慣行なども考慮して,保険契約における当事者の意思を推定する
1 本件特約に関する研究として,xxxx「わが国における弁護士費用保険に関する一考察」xxxx博士古稀記念・保険学保険法学の課題と展望」485 頁(2011),同「ベルギーにおける権利保護保険について」損害保険研究 75 巻 4 号 221 頁(2014)参照
2 xxxx・保険法 257 頁(有斐閣,2006),xxx「保険価額について‐保険法における定義とその意義
‐」保険学雑誌 624 号 200 頁(2014)
3 xxxx・前掲注 2)257-258 頁
4 訴訟費用保険につき,xxxx「訴訟費用保険-序論的考察」創立 45 周年記念損害保険論集 227 頁(損害保険事業研究所,1979),xxx「訴訟費用保険」損害保険の法律問題金商 933 号 180 頁(1994),同「訴訟費用保険-アメリカにおける経験から-」東京弁護士会創立百周年記念論文集司法改革の展望 497 頁(有斐閣,1982)参照。権利保護保険につき,xxx「権利保護保険(弁護士保険)」xxx=xxx編新裁判実務体系 19 巻保険関係訴訟法 204 頁(2005),xxxx「権利保護保険における保険事故に関する一考察-法違反の主張を支えるxxxのレシピについて-」xxxx博士古稀記念『保険学保険法学の課題と展望』
(以下「保険事故」と表記)505 頁(成文堂,2011),同「権利保護保険における弁護士選択の自由に関する一考察 バンベルク高等裁判所2012 年6 月20 日判決を題材として」損害保険研究第75 巻2 号105 頁(2013)参照
5 xxx・保険法概説 111 頁(中央経済社,2010)
6 xxxx=xxxx・論点体系保険法1総則・損害保険 181 頁〔xxx〕(第一法規,2014),旧商法につき,xxxx・前掲注 2)397 頁,
必要があると指摘されている7。
日弁連リーガル・アクセス・センター(以下「LAC」という。)の弁護士保険を利用した弁護士紹介制度は,損害保険会社や共済組合との協定により実施され,LACの「保険金支払基準」を尊重する運用がされている8。LACの紹介制度によらず被保険者が弁護士を選任した場合,弁護士独自の報酬基準による高額な保険金請求がされ紛争となることがある。
2 報酬自由化
背景として報酬自由化が影響していると推測される9。改正前弁護士法第 33 条 2 項 8 号は,
「弁護士の報酬に関する標準を示す規定」を弁護士会の会則の必要的記載事項とし,同第 46
条 2 項 1 号が日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の会則にもこれを準用していた。
日弁連の報酬等基準規程(平成 7 年 9 月 11 日会規第 38 号,以下「旧報酬等基準規程」という)は,弁護士法に基づき弁護士会が定める弁護士の報酬に関する標準を示す規定の基準を定めることを目的とし(同規程第1条),各単位弁護士会は,この規程を基準とし,所在地域における経済事情その他の地域の特性を考慮して,弁護士の報酬に関する標準を示す規定を適正妥当に定めなければならなかった(同第2条)。しかし,規制緩和の時代的要請を背景として,平成 15 年の弁護士法改正により「弁護士の報酬に関する標準を示す規定」を会則の必要的記載事項とする規定が削除されたため,旧報酬等基準規程が「私的独占の禁止及びxx取引の確保に関する法律」(以下「独禁法」という。)第 8 条の事業者団体に関する規制に違
反する疑義が生じ10,平成 16 年 3 月 31 日をもって旧報酬等基準規程と各単位弁護士会の報
7 xx・前掲注 6)182 頁
8 LAC基準の内容については,xx=xx・権利保護保険の課題と今後の展望「現状の問題点 適正な弁護士報酬と紹介弁護士の質の確保の観点から」自由とxx 64 巻 35 頁(日本弁護士連合会,2013)以下。基準自体は概ね旧報酬等基準規程に沿うものであるが,タイムチャージの時間単価と総額が定められている点は旧報酬等基準規程と異なる。なお,LAC基準の運用では,経済的利益につき総損害額から対人賠償社の事前提示額を控除する取扱いや,自賠法 16 条請求による支払相当額部分は着手金でなく手数料によることとする取扱いがされている。
9 本件特約が導入されたのは 2000 年であり(xxxx・前掲注 1)一考察 486 頁,xxx・前掲注 4)「権利保護保険(弁護士保険)」206 頁),報酬自由化は 2004 年である。
10 平成 13 年 10 月 24 日xx取引委員会「資格者団体の活動に関する独占禁止法上の考え方」は,「独占禁止法上問題となる場合として,資格者団体が会則に資格者の収受する報酬に関する基準を記載することが法定されていない場合において,標準額,目標額等,会員の収受する報酬について共通の目安となるような基準を設定することにより,市場における競争を実質的に制限することは,独占禁止法第 8 条第 1 号の規定に違反する。また,市場における競争を実質的に制限するまでには至らない場合であっても,原則として独占禁止法第 8 条 4 号の規定に違反する。」としている。
酬規定が廃止されるに至った11。他方,市民の弁護士報酬に対する予測可能性を確保する観点から,日弁連会則 87 条 1 項に「弁護士の報酬は,適正かつ妥当でなければならない。」と
の規定を置き,新たに「弁護士の報酬に関する規程」(平成 16 年 2 月 26 日会規第 68 号。以
下「現行報酬規程」という。)が定められ,平成 16 年 4 月 1 日から施行されている。
3 報酬規程の比較
(1)旧報酬等基準規程
旧報酬等基準規程12は,全 46 箇条からなる規定を置き,事件の種類ごとに標準となる報酬
基準を定めていた。第 13 条は,民事事件の着手金及び報酬金につき「本節の着手金及び報酬 金については,この規程に特に定めのない限り,着手金は事件等の対象の経済的利益の額を, 報酬金は委任事務処理により確保した経済的利益の額をそれぞれ基準として算定する。」とし,第 14 条は,「前条の経済的利益の額は,この規程に特に定めのない限り,次のとおり算定す る。一 金銭債権は,債権総額(利息及び遅延損害金を含む。)」としていた。第 17 条は,訴 訟事件等の「着手金及び報酬金は,この規程に特に定めのない限り,経済的利益の額を基準 として,それぞれ次表のとおり算定する。」として,経済的利益の額に応じた料率を定めてい た13。着手金及び報酬金は,事件又は法律事務の性質上,委任事務処理の結果に成功不成功 があるものについて対価であって(第3条),原則として1回程度の手続又は委任事務処理で 終了する事件等についての対価は手数料として別途報酬基準が定められていた(第 38 条)14。
(2)現行報酬規程
現行報酬規程は,わずか全 6 箇条である。「弁護士の報酬は,経済的利益,事案の難易,時間及び労力その他の事情に照らして適正かつ妥当なものでなければならない」とする原則
11 改正の経緯については,日本弁護士連合会調査室編・条解弁護士法第4版 329 頁(弘文堂,2007)),xx
=xx・前掲注 8)33 頁
12 旧報酬等基準規程は,各単位弁護士会に基準を示すもので,各単位弁護士会が弁護士会員に対する報酬会規を定める。
13 旧報酬等基準規程に基づく東京弁護士会報酬会規のxx表で表すと経済的利益の額が 300 万円以下の場合,着手金 8%・報酬金 16%,300 万円を超え 3000 万円以下の場合,着手金 5%+9 万円・報酬金 10%+18万円,3000 万円を超え 3 億円以下の場合,着手金 3%+69 万円・報酬金 6%+138 万円であった。
14 簡易な自賠責請求(被害者請求)の対価は手数料であり,原則として,給付金額が 150 万円以下の場合 3万円,給付金額が 150 万円を超える場合給付金額の 2%とされていた。
的な規定が置かれた(第 2 条)15。弁護士は,弁護士の報酬に関する基準を作成し,事務所
に備え置くことが義務付けられ(第 3 条 1 項,2 項),法律事務を受任するに際し,弁護士の
報酬及びその他の費用について説明する義務と(第 5 条 1 項),法律事務を受任したときは,
弁護士の報酬に関する事項を含む委任契約書を作成する義務を課せられた(同条 2 項)。委任契約書には,受任する法律事務の表示および範囲,弁護士の報酬の種類,金額,算定方法及び支払時期等を記載しなければならない(同条 4 項)16。 また,弁護士職務基本規程(平成 16 年 11 勝ち 10 日会規 70 号)第 24 条は,「弁護士は,経済的利益,事件の難易,時間及び労力その他の事情に照らして,適正かつ妥当な弁護士報酬を提示しなければならない。」としている。弁護士の報酬が「適正かつ妥当」でない場合,弁護士会の懲戒処分の対象となり得17,民事上も報酬契約の一部が暴利行為として無効となる可能性が高い。しかし,報酬自由化後は,報酬額の妥当性の範囲について弁護士の自由が広がったと考えられる18。
4 本件特約の約款解釈
(1) てん補対象となる弁護士報酬
本件特約における弁護士費用等の定義の約款文言は様々であるが,代表的な文言では「弁護士,司法書士,行政書士に支出した弁護士報酬,司法書士報酬,行政書士報酬」とされている。約款に報酬の算定方法を定める例は,これまで見当たらなかったが,近時,経済的利益の算定方法を注書きする損保会社が現れ始めた19。約款に損害算定方法を規定することは,
15 改正当時「適正」は手続に「妥当」は量的な当不当に重点のある概念と説明されていた。
16 日本弁護士連合会は,報酬自由化後の 2011 年「債務整理事件処理の規律を定める規程」を制定し,債務整理事件に限り弁護士報酬の上限額を設けた。債務整理事件(過払金返還請求事件)の高額な弁護士報酬の例が社会問題化し,依頼者保護のために設けられたもので,独禁法に抵触しないと解されている。同じ状況が本件特約に起きないのか危惧されるところである。
17 弁護士法第 22 条は会則の遵守義務を,同第 56 条 1 項は懲戒事由のひとつとして会則違反を上げている。ただし,懲戒事由の該当性判断は,形式的違反行為でなく実質的な判断による(前掲 11)425 頁)。
18 完全成功報酬制(コンティンジェントフィー)に関しては,弁護士の当事者化,職務のxxの疑義を生じさせること,濫訴の助長などの弊害も指摘され,好ましくないとされてきた(日本弁護士連合会弁護士倫理に関する委員会編「注釈弁護士倫理」全弁協叢書 159 頁(有斐閣,1995))。しかし,日本弁護士連合会弁護士倫理委員会・解説弁護士職務基本規程(第 2 版)62 頁(2012)では,問題点を意識しつつも資力のない依頼者の司法アクセスを容易にする面もあり,それ自体を直ちに適正あるいは妥当でないと評価できないと記載されている。xxxxx「コモンベーシック弁護士倫理」172 頁(2006)は,完全成功報酬制は慎重な態度で臨むべきとする。他国では,たとえばベルギーの裁判法典 446 条の 3 が完全成功報酬の取決めを禁止している(xxxx・前掲注 1)損保研究 230 頁)。
19 例えば,2014 年 10 月以降始期の新約款では,三井住友海上火災保険会社のGKクルマの保険家庭用が
「着手金および手数料については,弁護士または司法書士に委任した事件の対象に基づき算定される金額とします。また,報酬金については,弁護士または司法書士への委任によって確保された利益に基づき算定さ
紛争を防止するうえで有効な手段である。責任保険の防御費用に関しても,必要性・妥当性を約款に規定することや,米国型ガイドラインの導入を提案する見解が示されている20。
他方,約款規定を置いていない場合や,経済的利益以外の算定方法(例えば定額の報酬合意や時間制)による保険金請求に対しては,今後も紛争が継続することが予想される。
(2)事前承認
本件特約の約款では,保険てん補の対象を「(あらかじめ)当会社の承認を得て支出した」弁護士報酬と規定している。大阪地判平成 5 年 8 月 30 日判時 1493 号 134 頁は,弁護士賠償責任保険の争訟費用の約款条項をめぐる判決であるが,本件特約と同様の約款文言が用いられており参考となる21。
事案は,弁護士賠償責任保険の被保険者である弁護士Xが依頼者から提起された損害賠償請求訴訟に応訴するため訴訟代理人を選任した旨を保険者Yに通知するとともに,訴訟代理人の選任並びに着手金及び報酬の弁護士費用を負担することの承認と着手金相当額の支払を求めた。Yは,訴訟代理人の選任は承認するが,弁護士費用の額は事案の内容を検討し,その必要性も考慮した上で審査会に諮問し最終的に判断すると回答したが,xは,Yに承認請求等の訴えを提起し,弁護士会の報酬規定は日本国内における唯一かつ公認された報酬規定でありYはその規定の標準額による報酬契約を承認しない自由を有しないなどと主張した。判旨は,約款条項が保険者のてん補すべき争訟費用を保険者の「承認を得て支出」した争 訟費用に限っているのは,「被保険者が不要な費用を支出して応訴し,それを保険者に転嫁することを防止しようとする趣旨によるもの」であるが,そもそも保険者が争訟費用をてん補することとした趣旨には,「適切な防御活動による保険者の負担の軽減等保険者の利益を図る
れる金額とします。」と規定し,経済的利益の捉え方を旧報酬等基準規程第 13 条に準じている。また,東京海上日動火災保険株式会社の Total assist 自動車保険は,「保険金請求権者に生じた損害には,次の額に対する弁護士費用を負担したことによって生じた損害を含みません。ⅰ保険金請求権者が損害賠償請求を行った額のうち,被保険者の過失により減額された額,ⅱ損害賠償の額のうち,既に保険金請求権者が受領済みの額」と定めている。なお,これらの約款では,保険者の事前承認の対象を,弁護士報酬だけではなく,弁護士あるいは裁判所にまで広げている。
20 xxxx「責任保険契約における防御費用のてん補」保険学雑誌 624 号 219 頁(2014)
21 判例評釈として,xxxx・熊本法学 82 号 85 頁(1995),xxx・法学新報 102 巻 1 号 197 頁(1995),xxxx・損害保険判例百選(第2版)別ジュリ 138 号 146 頁(1996),xxxx「弁護士賠償責任保険の争訟費用のてん補請求」ジュリ 1098 号 133 頁(1996),xxx・東洋法学 53 巻 2 号 149 頁(2009),xxxx・保険法判例百選別ジュリ 202 号 102 頁(2010)がある。そのほか,本判決を論じるものとして,xxxxx「弁護士賠償責任保険」xxxx先生古希記念論集『損害賠償法と責任保険の理論と実務』370 頁(2005),xx・前掲注 20)214 頁参照
ことも含まれる」から,「当該損害賠償請求の内容等に応じて,適正妥当な範囲の争訟費用は保険者においててん補すべきである」ところ,適正妥当な争訟費用を被保険者が支出した場合であっても,保険者の「承認を得て支出」していない限り争訟費用はてん補されないとすることは,「保険者が,被保険者に代つて損害賠償請求の解決に当たる場合に比較して,被保険者に極めて不利かつ不当な負担を強いる結果となり到底合理的ではない」として,被保険者が適正妥当な争訟費用を支出したと判定できるときは,保険者は,約款所定の承認がないとの理由で争訟費用の支払を拒むことはできないとした。
この判示部分の結論に賛成する22。保険者の承認が要求されるのは「不要な費用を支出して応訴し,それを保険者に転嫁することを防止しようとする趣旨によるものである」から,保険者が争訟費用の妥当性の判定ができるのは当然というべきである。ただし,妥当性は客観的に判断されなければならない23。そして,客観的に適正妥当な訴訟費用と判定できるのに承認を拒絶することは被保険者の利益を害し不合理である。
ところで,判旨を本件特約に置き換えた場合,「適切な防御活動による保険者の負担の軽減等保険者の利益」を除けば,それ以外の点はいずれも本件特約にも妥当する。
(3)保険者の裁量権
大阪地判は,「保険者は,被保険者のためだけでなく,適切な防御活動による保険者の負担の軽減等保険者の利益を図るためにも,適正妥当な範囲において争訟費用をてん補すべき義務を負担しているのであるから,被保険者の支出した争訟費用を漫然と承認する義務を負つているわけではなく,係争物の価格,事件の内容,事件の難易,防御に要する労力の多寡及び被保険者が損害賠償請求訴訟を提起されるに至つた経過等諸般の事情を総合考慮して,適正妥当な争訟費用の範囲を判定することができるという裁量権を有しているものと解するのが相当である(もっとも,裁量権の濫用は許されない。)」とした。そして,被告がてん補
22 xx・前掲注 21)91 頁は承認がない一事でてん補されないのは被保険者に酷とし,xx・前掲注 21)209頁は,裁量は保険者の不利益を回避するものである以上これを超えることはできないとする。xx・前掲注 21)135 頁は,結論において正当であるが根拠は,保険者の承認権濫用にある点で判旨は批判を免れないとする。xxxx・前掲注 21)102 頁,xx・前掲注 21)371 頁も同旨
23 xx・前掲注 21)134 頁は,保険者による妥当性のチェックは客観的なものでなければならないとする。xx・前掲注 21)209 頁は,客観的にその必要が認められ合理的な範囲内であるならば承認を拒絶できないとする。
すべき着手金を原告が請求するには,適正妥当な着手金額が判定ないし確定していることが必要であるところ,未だそれがないなどとして請求を棄却した24。判旨に賛成である25。なお,この判示部分は,本件特約にも妥当する。
判決中「係争物の価格,事件の内容,事件の難易,防御に要する労力の多寡及び被保険者が損害賠償請求訴訟を提起されるに至つた経過等諸般の事情を総合考慮して」との部分は,後述する弁護士報酬の確定に関する【裁判例①】【裁判例②】とほとんど同様の基準であることが明らかである。【裁判例①】【裁判例②】は,報酬額の合意がない事例であるが,大阪地判の事例では,Ⅹは,「標準額による報酬契約」と主張しており,被保険者と訴訟代理人との報酬契約がある事例と推察され,この場合にも保険者が適正妥当な争訟費用の範囲を判定する裁量権があるとする点で意義があると考える26。
(4)「支出した費用」
争訟費用のてん補を請求するためには,現実に「支出」している必要があるか。判旨は,約款上「明記しているのであるから,現実に支出している必要があるというべきであり,また,そのように解しても不当,不合理であるとはいえない」と判示した。学説には,諸説あるが27,本件特約に関して考えた場合,報酬算定の基礎となる被害事故の賠償請求額(経済的利益)が被保険者と弁護士の恣意に委ねられる危険を否定できないから,文言どおり「支出」を要すると解する。しかし,常に現実の支出を求めることは被保険者の権利保護を著しく阻害するし,現実の運用においても保険者は直接弁護士に保険金を支払っているのが通常であるから,保険者の側からの任意の給付を禁止するものではないとする見解を妥当と考え
24 防御費用の確定時までの保険者の支払保留について,xx・前掲注 20)211 頁。保険法下の履行期との関係について,xxxx・前掲注 21)103 頁。
25 xx・前掲注 21)207 頁は,権利保護機能が保険者のために機能するので,保険者は損害賠償請求の動向を伺いつつその必要性妥当性を考慮し承認の是非を決することにより保険者の無用な填補義務の負担を回避することができるとする。xx・前掲 21)92 頁は,被保険者が支出した費用を漫然と承認する義務はないことは当然とする。xx・前掲注 21)135 頁も争訟費用の範囲を決定できる裁量権をもつとする判決の趣旨に賛成とするが,理論的には「承認についての裁量権」とする。
26 当該事案の被保険者は,大阪弁護士会の報酬基準に基づいて報酬請求を行っているが,後記のとおり報酬基準は報酬の妥当性を判断するための諸般の事情のひとつであり,報酬基準から算出された報酬であっても,経済的利益,事案の難易,労力の多寡など他の事情から適正妥当な報酬額とされない場合がある。
27 xx・前掲注 21)147 頁は,争訟費用については賠償金と異なり,その支出を要件としても加害者の賠償資力の保証という責任保険の本質的機能を失わせないとして判旨に異論がないとする。xx・前掲注 21)93頁あまりにも厳格に解するならば責任保険の効用を減殺することになりかねないとして疑問を呈する。x x・前掲注 21)135 頁被保険者が前払いの合理性を被保険者に対して明らかにすれば,現実に「支出」がない場合であっても保険者からの支払いがなされるべきとする。
る28。
5 弁護士報酬に関する裁判例
被保険者と弁護士との委任契約における報酬請求権が存在せずまたは減額される場合は,保険者のてん補責任は生じない。裁判所が報酬額をどのように判断しているか概観する29。
(1) 報酬額の合意がない場合ア 報酬自由化前のもの
【裁判例①】大判大正7年 6 月 15 日民録 24 輯 17 巻 1126 頁は,「辯護士カ其業務上訴訟委任ヲ受ケ之ヲ處理シタルトキハ委任者ニ對シテ其ノ報酬ヲ請求シ得ヘキハ當然ナルモ當事者ニ報酬ヲ授受スル意思アリテ而モ其報酬額ニ付テ別段ノ定メヲ爲ササル場合ニ於テハ當事者間ノ特別ノ事情如何ヲ顧ミス常ニ必ス訴訟事件ノ難易訴訟價額及ヒ該事件ニ付キ費シタル勞力ノ程度等ノミニヨリテ之ニ應スル報酬額ヲ定ムヘキモノニ非スシテ當事者間ニ存スル諸般ノ情況ヲ審査シテ當事者ノ意思ヲ推定シ以テ相當報酬額ヲ定ムベキモノナレハ原院カ本訴當事者間ニ於ケル特別ノ情況ヲ判示シxx第四號證仙xxxx會則ヲ参酌シ各種訴訟事件ヲ通シ各審級毎ニ劃一ノ割合ヲ以テ報酬額ヲ算定授受スル當事者ノ意思ナルコトヲ推定シタルハ相當ニシテ本論旨ハ理由xx」とした30。
【裁判例②】最判昭和 37 年 2 月 1 日民集 16 巻 2 号 157 頁は,裁判例①を踏襲し,「弁護士の報酬額につき当事者間に別段の定めのなかつた場合において、裁判所がその額を認定するには、事件の難易、訴願及び労力の程度だけからこれに応ずる額を定むべきではなく、当事者間の諸般の状況を審査し、当事者の意思を推定して相当報酬額を定むべきであることは所論のとおりであり、その旨の大審院判例の存することも所論のとおりである。」31。
28 xx・前掲注 21)208 頁
29 本文に記載したもののほか,委任契約の途中終了における「みなし成功報酬」特約に関する多数の判決がある。すべてを掲載することができないが,最判昭和 48 年 11 月 30 日民集 27 巻 10 号 1448 頁は,依頼者自身による無断の和解及び取下が受任者の帰責事由による場合xxxによりみなし成功報酬特約の適用を制限している。東京高判平成 3 年 12 月 4 日判時 1430 号 83 頁は,民法 648 条 3 項を適用し,履行の割合に応じた報酬を認定した(判批としてxxxx・法律時報別冊私法判例リマークス 7 号 1993(下)平成 4 年度判例評論 44 頁)。横浜地判平成 21 年 7 月 10 日判時 2074 号 97 頁のように,みなし成功報酬特約が消費者契約法 9 条 1 項により全部無効とされた例がある。
30 「各種ノ訴訟事件ニ付キ劃一ノ割合ヲ以テ報酬ヲ授受スル當事者ノ意思ナルヤ否ヤハ原院ノ専権ヲ以テ判
断スヘキ所ニ属シ福島事件ニ限リ特ニ報酬額ヲ増加シテxx千五百圓ト爲シタル旨ノ當事者ノ主張アレハトテ原判示ハ不法ニ非ザルヲ以テ」などと判示した。
31 最判は,上記につづけて,原判決は,上告人が「顧問料をうけていた法律顧問であったこと(中略),本
【裁判例③】東京地判平成 20 年 6 月 19 日判タ 1314 号 256 頁は,公共用地買収による不動
産売却契約に関する事務処理等の業務につき,依頼者が報酬として支払った 3516 万 1500 円
のうち 76 万円を超える部分の不当利得返還を求めた事例であり,経済的利益の評価等が問題
となった。判旨は,東京弁護士会の弁護士報酬会規 14 条 5 号が不動産の時価を着手金・報酬金を定める基準としているのは,当該不動産の所有権の帰属自体が争点となっている事件に関するものとしたうえ,xxxによる公共用地の取得に関しては,所有権の帰属に争いがなく補償金額も画一的である等として,当該不動産等の時価を経済的利益に含むのは相当でないとし,報酬額の説明をしていないことや財産上の利害関係のある親族の利益に偏しているとの疑惑を招く行為に及んでいることなどから,3516 万 1500 円の報酬の支払を暴利行為として無効とした。そのうえで報酬額の合意がなかった場合について,【裁判例②】と同様の判断基準を示し,相当報酬額を算定し,弁護士に 1666 万 1500 円の不当利得返還を命じた(控訴後和解)。
イ 報酬自由化後のもの
【裁判例④】東京地判平成 19 年 8 月 24 日判タ 1288 号 100 頁がある。【裁判例②】の最判と同様の判断基準を示したうえ,「日本弁護士連合会の報酬等基準規程や各単位弁護士会の報酬会規はすでに廃止されたので(公知の事実),これを考慮事情の一つとすることはできないが」としつつ,各弁護士が自己の報酬基準を定めるにあたって日弁連の旧弁護士報酬規程などに準拠していること,原告弁護士報酬基準もこれらと同様の内容を定めていることから,
「原告弁護士報酬基準をはじめとする,多くの弁護士が採用している報酬基準の内容は考慮事情の一つとなる」とした。一方,「説明義務及び契約書作成義務が弁護士に課せられたことに鑑みれば,弁護士がこれを遵守していない場合には,その点も考慮事情の一つになるというべきである」として,裁判上請求できる金額は,依頼者に不測の費用負担をかけてはなら
件訴訟事件委任の際のいきさつ,事件の進行状況,難易の程度,事件終結当時のてんまつ等を顧慮し,更に被上告人所属の福岡県弁護士会所定の報酬規程にも鑑み,その他判示のような諸般の情況をも斟酌して,着手金として訴願の五分,成功報酬金として和解による受益金の五分を支払うべきものと判断しているのであるから,右は前示判例に一致こそすれ,これに抵触するものでない」とした。
また,「原判決は福岡県弁護士会の報酬に関する規程は当事者を拘速する効力を有するものとは判断しておらず,ただ本件報酬額を定めるについてこれを一資料として参酌しているに止まるものであることは判文上明らかであるから,この点に関する所論もまた原判決を正解しない」として退けた。
ないという観点から控えめなものとせざるを得ないとして,報酬基準により算定された報酬額の 6 割を認定した(控訴)。
(2) 報酬額の合意がある場合ア 報酬自由化前のもの
【裁判例⑤】東京地判平成 8 年 7 月 22 日判タ 944 号 166 頁は,xxxを根拠に報酬を減額した。「本件の当事者間では弁護士報酬に関する合意が有効に成立しており,基本的には,右合意により報酬額が決定されるべきである。」としつつ,当事者間の信頼関係を基礎としxxxxの原則やxxの原則が強く支配する委任契約の関係性は,法律専門職である弁護士と依頼者との委任契約では一層強調されるとして,「弁護士の報酬額を決めるについて当事者の合意内容にすべて拘束されるとするのは相当でなく,事件の難易,経済的利益,労力の程度や所要時間の多寡,弁護士会報酬規定の内容その他諸般の状況を考慮して,xxxxの原則及びxxの原則に基づき約定の範囲内においてその報酬額を減額できると解するのが相当」とした。そして所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟につき会規標準額の 30 パーセント増とする報酬額の合意を,法律構成がさほど困難といえないこと,口頭弁論6回の間に準備書面1通と書証9通を提出しただけでその余は専ら和解手続に費やされたこと,訴訟期間は1年4か月であることからxxxxの原則に照らし効力を認めないとした(控訴)。
【裁判例⑥】大阪地判平成 10 年 2 月 27 日判時 1660 号 86 頁は,暴利行為により報酬合意を無効とした。事案は,xx証書遺言の真正の調査及び遺産相続に関する法律事務を受任した弁護士が依頼者との間で着手金,報酬金及び諸経費を合計 300 万円とする合意をしたもの
である。弁護士は 700 万円を相手方から回収したが,弁護士報酬 300 万円を相殺し,残余の
400 万円の預り金も返還しなかった。判旨は,大阪弁護士会所属の弁護士が当然に弁護士報酬規定に拘束されるものではないが,「右規定は大阪弁護士会が各時点における弁護士の業務内容,経営実態,弁護士報酬に関する社会通念等諸般の事情を考慮して,弁護士の報酬として相当な金額を規定しているものであることからすると,右規定の内容は,報酬契約が公序良俗に違反するか否かの重要な判断要素の一つとなるというべきであり,右規定に,当該事件の難易度,依頼者にもたらす経済的利益及び弁護士が事件処理のために現実に要した時
間・費用・労力の程度等諸般の事情を考慮して,弁護士との報酬契約が有効かどうかの判断をすべきである。」とした。判旨は,暴利行為として前記報酬合意を全部無効としたうえ,相当範囲の額の報酬を支払う黙示の合意があったとして,弁護士報酬の相当な金額を 60 万円と判断した(控訴)。
イ 報酬自由化後のもの32
【裁判例⑦】破産法 160 条 3 項の否認行為に関するものとして,東京地方裁判所平成 23
年 10 月 24 日判例時報 2140 号 23 頁がある。弁護士による過払金返還請求訴訟の提起及び自己破産申立てに対する報酬の支払行為は,その報酬額が客観的にみて高額であっても,破産者と当該弁護士の間では,契約自由の原則に照らし暴利行為に当たらない限り有効」としつつ,破産債権者との関係においては,その金額が,支払の対価である役務の提供と合理的均衡を失する場合,均衡を失する部分の支払行為は,破産法 160 条 3 項の「無償行為」に当たり,否認の対象となり得るとし,合理的均衡を失するか否かの判断は,「客観的な弁護士報酬の相当額との比較において行うのが相当」として,現行報酬規程 2 条の「経済的利益,事案
の難易,時間及び労力その他の事情」を総合考慮すべきとし,着手金 21 万円とは別に,弁護士が支払を受けた同額の破産申立報酬の返還を命じている(確定)。
【裁判例⑧】平成 25 年 9 月 11 日判時 2219 号 73 頁は,交通死亡事故の代理人業務に関す
るものである。依頼者は,弁護士に対し法律相談料 5 万円,刑事告訴手続に関して着手金及
び報酬金合計 100 万円,不法行為に基づく損害賠償請求の着手金 100 万円,自賠法 16 条請求
の報酬金として 255 万円の合計 460 万円を支払った。自賠責からは 3000 万 2140 円が支払われた。その後,刑事訴訟記録を検討の結果訴訟提起に関し意見が相違し委任契約が解除された。依頼者は,委任契約に基づく着手金,報酬金及びその他弁護士報酬の合意は,暴利行為
(民法 90 条)に該当し,全体として無効と主張した。判旨は,「弁護士との間の委任契約に基づく報酬の支払行為は,その報酬額が客観的に見て高額であっても,依頼者と当該弁護士との間では,契約自由の原則に照らし,暴利行為にあたらない限りは有効というべきである。
32 本文中に揚げたもののほか,委任契約書において着手金「なし」,報酬金は依頼者の「得た金員の 20%
(税込)」とする合意の解釈に関し,「得た金員」の意義はxx的であるとした東京高判平成 25 年 3 月 13 日
判時 2194 号 22 頁・判タ 1396 号 155 頁がある。
そこで被告と原告らとの間の弁護士報酬の合意が暴利行為と言えるか否かについて弁護士報酬に関する規定(既に廃止されているものも含む。)や本件の難易度,依頼者にもたらす経済的利益,弁護士の労力等諸般の事情を考慮して検討する。」とした。そのうえで,自賠責保険の請求に関する限り,本件が通常の事案と比べて困難を伴ったと認められず,旧報酬会規が,民事事件や示談交渉事件の弁護士報酬とは別に,簡易な自賠責請求について報酬基準を定めていること等から,通常の民事事件の基準に照らして報酬を定めるのは相当と言えず,報酬金に関する合意は暴利行為として無効とした。そして,弁護士の報酬につき当事者間に別段の定めがなかった場合において,裁判所がその額を認定するには,事件の難易,訴額及び労力の程度等により当事者の意思を推定して相当報酬額を定めるべきとして,100 万円の範囲で報酬を認め,155 万円の不当利得返還を命じた(控訴)。
(3) 裁判例の評価
報酬合意がない場合に,【裁判例①】【裁判例②】は,事件の難易,訴額および労力の程度だけで報酬額を算定すべきでなく,当事者間に存する諸般の状況を審査し,当事者の意思を推認して相当報酬額を定めるとしている33。【裁判例②】について,報酬額算定が「非訟事件的な処理を必要とするものであることを示唆している」との指摘は重要である34。
報酬合意がある場合も,当事者間に存する諸般の状況を考慮して,xxxあるいは暴利行為を通じ,報酬の減額が図られている。弁護士会の報酬規定が廃止される前にも,あくまでも標準であり,法律事務の処理に関する委任契約に伴う報酬契約は,弁護士と依頼者との自由な意思に基づいてなされるとされてきた35。しかし,【裁判例⑤】は,【裁判例①】【裁判例
②】と同様の基準でxxxに基づく減額をし,【裁判例⑥】も公序良俗無効とした。報酬自由化後にあってさえ【裁判例⑧】が同様の判断基準により暴利行為を認め契約無効としている。つまり,非訟事件的な判断を必要とする弁護士報酬額の認定においては,報酬額の合意のあ
33 xxxxx「弁護士役割論」(新版)250 頁(弘文堂,2000)は,下級審判例には,事件依頼のいきさつ,事件の進行状況,事件終結当時の模様,訴訟継続期間の長短,依頼目的の成否,事件解決により依頼者の受ける経済的利益,訴訟実費,解決に要した時間などの要素を用いるものがあり,これらはすべて「諸般の事情」に入ると述べている。
34 xx・前掲注 33)248 頁。
35 日弁連調査室編著「弁護士報酬コンメンタール」全弁協叢書 3 頁(1988)。「もっとも報酬規定は弁護士法にいう会則の一部であるから弁護士はこれを遵守する義務がある」と記載していた。
るなしに関わらず【裁判例①】【裁判例②】と同様の判断基準が用いられている。そして,現行報酬規程第 2 条が「弁護士の報酬は,経済的利益,事案の難易,時間及び労力その他の事情に照らして適正かつ妥当なものでなければならない。」と定めるところも,多くの裁判例が取ってきた判断基準の文言とほぼ同様である。裁判例と異なり「当事者の意思を推定し」という言葉が入っていないのは,現行報酬規程は弁護士が所属弁護士会との関係で遵守すべき会規であるのに対し,裁判例は,委任契約当事者間の合理的意思の推認をするために同基準を用いるからである。「諸般の事情」における報酬自由化前の各単位弁護士会の報酬規定の位置付について,並列的な一要素と捉えるか,指導的要素とするか問題であるが,報酬規定を
「基本として」諸般の事情を考慮するとの見解が穏当である36。
報酬自由化後においても「多くの弁護士が採用している報酬基準の内容は考慮事情の一つとなる」とした【裁判例④】は注目すべき判決である37。【裁判例⑧】も「弁護士報酬に関する規定(既に廃止されているものも含む。)」として,暴利行為性を判断している。
弁護士報酬に争いがある場合において,裁判所がその算定をするに当たり,弁護士会の報酬等基準規程がなくなったことは,いささか問題であるとしつつ,個々の弁護士が作成している報酬基準は存在するはずであるから,裁判所としては,その合理性・相当性を検討した上で,これがクリアできた場合に,その適用の当否をみていくという作業をすることになろうとの指摘が裁判官からされている38。
なお,【裁判例③】や【裁判例⑥】は,委任契約書の作成のないことや説明不十分という手続面を判断要素としている。現行報酬規程が市民の予測可能性を確保することを目的としていることから,手続面の履践は委任契約当事者の意思を推認するには重要な要素である。
報酬額は,支払の対価である役務の提供と合理的均衡を保つ必要がある(【裁判例⑦】)。
(4) 損害算定基準
費用算定方法について保険契約上合意がない場合,保険が対象とする事象・取引等におけ
36 xx・前掲注 33)249 頁
37 報酬自由化後,当該弁護士事務所に備え置かれた報酬基準に基づき報酬が算定された裁判例として東京地判平成 20 年 5 月 30 日判時 2021 号 75 頁があるが,当該弁護士事務所に備え置かれた報酬基準は,旧報酬基準規程に沿うものである。
38 xx・前掲注 18)171 頁
る慣行なども考慮して,保険契約における当事者の意思を推定する必要があると指摘されていることは先述のとおりである。弁護士委任契約という取引における慣行等を考慮して,損害算定基準を検討してみたい。
第1に,保険者は,被保険者と弁護士との報酬合意を漫然と承認する義務はなく,経済的 利益,事案の難易,時間及び労力その他の事情に照らして,適正かつ妥当であるかを認定で きる39。理由は,大阪地判平成 5 年 8 月 30 日判時 1493 号 134 頁及びこれを支持する学説が 述べるとおり,本件特約においても,保険者の承認権は「被保険者が不要な費用を支出して 応訴し,それを保険者に転嫁することを防止」するために約款上認められているからである40。上記基準は,現行報酬規程と同様であり,同規程は定額式,時間制などの報酬算定方式にか かわらず適用されるのであるから,どのような方式の算定に対しても判断基準となる。
第2に,旧報酬基準規程及びこれに基づく各単位弁護士会の旧報酬会規は,現在でも多くの弁護士が採用しており,合理的取引慣行として「その他の事情」に含まれる。特に経済的利益に関し,着手金は事件等の対象となる経済的利益の額を,報酬金は委任事件処理により確保した経済的利益を対象として算定すべきである(旧報酬基準規程 13 条)。約款に経済的利益の定めがない場合も同様である。長期間定着してきた合理的解釈だからである。
第3に,個々の弁護士が作成する報酬基準は,その合理性・相当性を検討したうえで,これがクリアされた場合に,その適用の当否を判断すべきである。当該基準が報酬契約の内容となるには,その合理性・相当性があることが当事者の合理的意思に合致するからである。第4に,報酬額は,支払の対価である役務の提供と合理的均衡を保つべきであり,経済的 利益が小さい事件でも,事案の難易,労力及び時間の点で弁護士の役務の提供と合理的均衡
を保つ報酬額は,承認されて然るべきである。
第5に,報酬基準や報酬契約書を定めず,弁護士報酬の説明義務を尽くしていないものは,手続の適正を欠き当事者の合意の有効性に疑義があり,かつ保険金算定の根拠となる資料を欠くため承認せず,または,割合的に減額できるとすべきである。
第6に,請求権が発生する都度,承認の可否を判断すべきである。着手金を承認していて
39 現行報酬規程は,弁護士が弁護士会との関係で遵守すべき会規であるが,大審院の時代から継続して用いられてきた委任報酬の判断基準とほぼ同様の文言が用いられており,弁護士と依頼者との委任報酬の判断基準としても用いることができると考える。
40 保険者に転嫁するとは保険料負担者に転嫁することにほかならない。
も報酬請求時には,被保険者の得た経済的利益,事件の難易,時間及び労力を改めて評価する必要があるからである。
第7に,弁護士報酬に関し,弁護士あるいは弁護士会と保険者が協定することは当然許されるが,合理的な取引水準に照らし著しく低額な水準の協定は回避すべきである。被保険者の弁護士選任の自由や,保険会社からの弁護士活動の独立性に配慮すべきでからである41 42。
6 説明義務
(1) 本件特約の説明義務
弁護士費用補償特約について,消費者は,保険金額 300 万円の範囲内であれば,当然に委任契約どおりの弁護士費用が保険てん補されると期待しており,保険者の事前承認なければ支払されないことの注意喚起情報がないとの主張が弁護士側からされることがある。
保険業法 300 条 1 項 1 号後段は,保険募集人が保険契約の締結又は保険募集に関して,保険契約者又は被保険者に対して,保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為をしてはならないと定め,保険業法 283 条1項は,保険募集人の不法行為につき所属保険会社の賠償義務を定めている。保険契約の契約条項の重要事項とは,保険契約者が保険契約の締結に際し合理的判断に影響及ぼす事項であり,保険の種類ごとに判断される43。この行為が刑罰の対象でもあることから,「重要な事項」は保険契約の締結意思に重大な影響を与えるものに限定されるとの見解がある44。説明の方法・程度につき,特段の事情のない限り通常の契約者を念頭においた客観的・画一的説明で足りるとの見解が妥当である45。
旧保険募集の取締に関する法律第 16 条 1 項 1 号について,東京高判平成 3 年 6 月 6 日判時
1443 号 146 頁46は,運転者の年齢制限に関する特約に関し,「保険契約者にとって,一方では
41 xxxx「イギリスの訴訟費用保険」自由とxx 64 巻 7 号 23 頁は,各保険会社が弁護士選任の自由を建前としては認めながらも,費用対効果(要するに安く上げる),質の確保,能率性の観点から顧客をいかにパネルソリシタに誘導するかが経営の手腕になっているとし,保険契約者の弁護士選任の自由,保険会社からの弁護士活動の独立性確保の観点から大きな問題があると指摘している。
42 應本・前掲注 4)損保研究 105 頁は,保険事故の際,保険者により推薦される弁護士を選択すれば不利な無事故等級を引き下げられないとする権利保護保険普通約款における条項が弁護士選択の自由を定めたドイツ保険契約法 127 条に反するとの高裁判決を分析しており参考になる。
43 xxx・保険業法 634 頁(文眞堂,2009)
44 xxxx・最新保険業法の解説(第 2 版)988 頁(xx出版,2010)
45 xxxx・金商 1034 号(増刊号)73 頁以下(1998)
46 判例評釈として,xxx・金商 895 号 44 頁,xxx・平成 3 年度重要判例解説ジュリ臨時増刊 1002 号 102 頁(1992),同・商法〔保険・海商〕判例百選(第 2 版)別ジュリ 121 号 22 頁(1993),同・損害保険判
保険料割引による減額が施されるといった利益も受けるが,他方では保険契約の内容として担保範囲を著しく縮小させるものであるから,右特約に関する事項は,・・・『重要な事項』にあたる」としたが,告知の方法について,「右告知は,特段の事情のない限り,相当の方法,態様,程度により,通常の常識を持った保険契約者等に右事項を認識,理解させうるものであって,右認識,理解のもとに当該保険契約者(申込者)が契約につき任意の意思決定ができるものであれば足りるというべきである。」として,損害賠償を認めなかった(最判平成 5
年 10 月 14 日上告棄却)47。
金融庁の保険会社向けの総合的な監督指針では,保障(補償)の内容として,「保険金等 の支払事由,支払事由に該当しない場合及び免責事由等の保険金等を支払わない場合につい て,それぞれ主なものを記載すること。保険金等を支払わない場合が通例でないときは,特 に記載すること」とされている。一般社団法人損害保険業協会による「契約概要・注意喚起 情報(重要事項)に関するガイドライン」(2014 年 9 月)では,(2)基本となる補償および 補償される運転者の範囲等に,③主な特約の概要【契約概要】があるが,「多数の特約がある 場合には,セットされる頻度の高い特約およびその商品の特色となっている特約を記載する。」としている。同協会による重要事項説明書標準例でも本件特約が任意でセットされることは 表示されているが,詳細は記載されていない。
弁護士費用等補償特約においては,保険者の承認が必要とされ,被保険者が弁護士と合意した金額が当然に保険てん補されるのではない。保険者には承認につき裁量権があるが,先に検討したとおり客観的妥当な報酬であれば保険者の承認がなくてもてん補される。高額な費用の請求は承認が与えられないが,客観的妥当性の範囲では承認がなくても払われる。そうしてみると,保険契約者が保険契約の締結に際し合理的判断に影響及ぼす事項とまでは言えず,「重要な事項」には該当しないと考える。
仮にこれが説明義務の対象となるとしても,わが国の自動車保険に付帯された弁護士費用
例百選(第 2 版)別ジュリ 138 号 20 頁(1996),xxx・xxxxx・判例評論 415 号 225 頁(1993),x
xxx・法学 57 巻 5 号 162 頁(1993),xxxxx・ジュリ 1056 号 152 頁(1994),xxxx・前掲注 45)
69 頁(1998),xxxxx・保険法判例百選別ジュリ 202 号 14 頁(2010)参照。判旨に賛成するものが多いが,反対するものもある。
47 運転者家族限定特約の「同居の親族」が保険業法 300 条1項1号の重要事項に該当しないとした東京高判平成 18 年 9 月 13 日金商 1255 号 16 頁がある。判例研究としてxxxx・損害保険研究第 69 巻 4 号(2008),xxxx「インターネットによる保険販売の規制と情報提供義務」損害保険研究第 72 巻 4 号 49 頁(2011)。
等補償特約が各社横並びで「(保険者の)承認を得て支出した費用」を要件としている以上,より有利な保険契約を選択する余地がなく,被保険者が被る損害は期待権の侵害にしか過ぎない。しかし,地震保険に関する最判平成 15 年 12 月 9 日民集 57 巻 11 号 1887 頁48は,「地震保険に加入するか否かの意思決定は,生命・身体等の人格的利益に関するものではなく,財産的利益に関するものであることにかんがみると,この意思決定に関し,仮に保険会社側からの情報の提供や説明に何らかの不十分,不適切な点があったとしても,特段の事情が存しない限り,これをもって慰謝料請求権の発生を肯認しうる違法行為と評価することはできない」と判示している。調査官解説49によれば,適正な説明が尽くされていれば地震保険に加入した蓋然性が高い場合には,地震保険金相当額から保険料相当額等を控除した財産的損害の賠償が認められるはずで,慰謝料請求権が問題となるのは,適正な説明がされても地震保険に加入する蓋然性が低い場合であると指摘されており,最高裁平成 15 年判決の射程範囲は限定的であるとされている50。本件特約のように各社横並びで他の有利な保険契約を選択する余地がなければ,合意による報酬と保険金の差額のごとき財産的損害が発生する余地はない。また,仮に自己決定権侵害があったとしても,人格的利益に関する自己決定権の侵害と異なり,財産的利益に関するものであるから,特段の事情がない限り,慰謝料も生じない。
(2)損害てん補の範囲
本件特約の多くの約款では,被保険者が他人に約款に定める弁護士費用を請求することができる場合には,保険者がその損害に対して支払った保険金の額の限度内で,かつ被保険者の利益を害しない範囲で,被保険者がその者に対して有する権利を取得する代位の規定がお
48 判例評釈には,xxxx・時の判例法学教室 287 号 102 頁(2004),xxx・NBL795 号 68 頁(2004),xxxx・法と政治 55 巻 3 号-33~-47 頁(2004),xxx・損害保険研究 66 巻 2 号 273 頁(2004),xxx・判例セレクト 2004 法学教室 25 頁(2004),xxxx・判例評論 549 号 196 頁,xxxx・法律時報別冊私法判例リマークス〔30〕2005 上 94 頁(2005),xxx・ジュリ 1269 号 117 頁(2004),xxxx・平成 16 年主要民事判例解説・判タ臨時増刊 1184 号 136 頁(2005),xxxx・xxx 51 号 101 頁(損害保険ジャパン,2005),xxxx「保険契約締結に向けた意思決定の機会とその喪失」損害保険研究 69 巻 1 号 39 頁(2007),xxxx「財産的利益に関する自己決定権侵害と慰謝料請求の可否について」大東法学 16 巻 2 号 121 頁(2007),xxx「地震保険に関する情報提供・説明義務違反による慰謝料請求権発生の可否」損害保険研究 71 巻 3 号 225 頁(2009),xxxx・消費者法判例百選別ジュリ 200 号 52 頁(2010),xxxx・保険法判例百選別ジュリ 202 号 16 頁(2010)参照
49xxxxx・最高裁判所判例解説民事編平成 15 年(下)752 頁(2006),
50 xxx・前掲注 49)766 頁
かれている51。また,保険者は,被保険者が提起した訴訟の判決に基づき,被保険者が賠償義務者から当該訴訟に関する弁護士費用の支払を受けた場合には,判決で認定された弁護士費用の額とすでに支払った保険金の額の合計額が,被保険者が当該訴訟について弁護士に支払った費用の全額を超過するときは,超過額に相当する金額を限度として,支払った保険金の返還を求めることができるとされている。
ところで,不法行為の被害者が自己の権利を擁護するために訴え提起を余儀なくされた場合の弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲内のものに限り,不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきであるとして,損害賠償の対象とされる(最判昭和 44 年 2 月 27 日民集 23 巻 2 号 441 頁)。
では,加害者から賠償された弁護士費用と本件特約に基づく費用保険金は,どのような関係に立つか。この点,大阪地判平成 21 年 3 月 24 日交民集 42 巻 2 号 418 頁は,「被告は弁護士費用が原告の加入する任意保険の弁護士費用担保特約保険金によって賄われている旨を指摘して,原告に弁護士費用等相当額の損害は発生しない旨を主張する。しかしながら,この保険金は原告(保険契約者)が払い込んだ保険料の対価であり,保険金支払義務と損害賠償義務とはその発生原因ないし根拠において無関係と解されるから,被告の上記主張は採用できない。」としていた52。
しかし,東京地判平成 25 年 8 月 26 日金判 1426 号 54 頁は,賠償義務者が被保険者に対して判決で認容された弁護士費用を支払った場合の弁護士費用の額と,本件特約による保険給付の合計額が,弁護士との委任契約により支払った弁護士費用を超える場合,保険者に本件特約による保険金支払義務がないとして,約款規定に沿う判示をした。損害賠償請求訴訟で認定される弁護士費用と委任契約に基づく弁護士報酬とは異なる債権であるとの被保険者代理人の主張につき,約款規定を完全に無視し債権の機能面を無視する主張で,およそ採用に値しないと厳しく批判する見解がある53。また,控訴審である東京高判平成 25 年 12 月 25 日
(控訴棄却,判例集未登載)は,「本件特約が,被保険者において,賠償義務者から弁護士費
51 基本条項を準用する約款も多く見受けられる。
52 東京地判平成 24 年 1 月 27 日交民集 45 巻 1 号 85 頁も同旨である。xxxx・「損害賠償請求訴訟において認められた弁護士費用と弁護士費用等担保特約に基づく保険金請求の関係」TKCロ-ライブラリー新・判例解説 Watch67 号は,この問題に関する裁判例を 3 とおりに分類している。
53 xxxx「弁護士費用等担保特約の損害てん補契約性」法学セミナー708 号 121 頁
用相当額の損害賠償金の支払いを受けることができず,弁護士報酬額の自己負担を生じる場合のリスクを対象とするものであり,保険料はこのような保険の対価として定められるものであって,上記自己負担のリスクを超える保険金の支払を要するものではないことは,被保険者の損害を填補する損害保険の性質に照らし,約款 1 条,11 条及び 12 条を含む本件特約の解釈上明らか」として原審の結論を支持した。委任契約に基づく弁護士報酬と第三者の不法行為により発生した弁護士費用は,本件特約の商品特性から考えて請求権代位の根拠となる対応原則が認められるとして判旨を支持する評釈がなされている54。
最判昭和 39 年 9 月 25 日民集 18 巻 7 号 1528 頁は,「生命保険契約に基づいて給付される保険金は,すでに払い込んだ保険料の対価の性質を有し,もともと不法行為の原因と関係なく支払われるべきものであるから,たまたま本件事故のように不法行為により被保険者が死亡したためにその相続人に保険金給付がされたとしても,これを不法行為による損害賠償額から控除すべきいわれはない」とした55。生命保険金が損益相殺の対象とならないのは,保険金支払義務と損害賠償義務とがその発生原因ないし根拠において互いに無関係なことによるのであり,その点では生命保険の場合と損害保険の場合とを区別する理由はなく,上記最高裁判決の説示するところは,損害保険契約にも妥当するとされる56。ただ,損害保険には,代位の規定があるため(保険法 25 条,旧商法 662 条),保険給付が行われたときは被保険者の損害賠償請求権が喪失,減額される。
損害保険について,最判昭和 50 年 1 月 31 日民集 29 巻 1 号 68 頁は,「家屋焼失による損害につき火災保険契約に基づいて被保険者たる家屋所有者に給付される保険金は,既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有し,たまたまその損害について第三者が所有者に対し不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合においても,右損害賠償額の算定に際し,
54 xxxx・前掲注 52)3 頁(2014)
55 判例解説として,xxxx「生命保険金は損害賠償額から控除すべきか」ジュリ 309 号 56 頁(1964),xxxx・最高裁判例解説民事篇昭和 39 年度 351 頁(1965),xxx・民商法雑誌 52 巻 4 号 142 頁(1965),xxxx・保険判例百選別ジュリ 11 号 114 頁(1966),xxxx・法学協会雑誌 92 巻 6 号 124 頁(1975),xxxx・生命保険判例百選別ジュリ 67 号 20 頁(1980),同・生命保険判例百選(増補版)別ジュリ 97 号 20 頁(1988),xxxx・交通事故判例百選別ジュリ 18 号 92 頁,同・交通事故判例百選(第 2 版)別ジュリ 48 号 126 頁(1975),xxxx・商法〔保険・海商〕判例百選別ジュリ 55 号 68 頁,xxx・商法〔保険・海商〕判例百選(第 2 版)別ジュリ 121 号 14 頁(1993),xxxx・保険法判例百選別ジュリ 202 号 180 頁
(2010)。判旨の結論に異論はなく,理由付について見解が分かれている。
56 xxx・最高裁判所判例解説民事篇昭和 50 年度 27 頁(1979)。なお,xx・前掲注 55)115 頁,xx・前掲注 54)146 頁,xxxx「保険代位の根拠について」早稲田商学 182 号 35 頁(1965)も理由に差はあるが,損益相殺の対象とならないことに生命保険と損害保険とで差はないとする。
いわゆる損益相殺として控除されるべき利益にはあたらないと解するのが,相当である。ただ,保険金を支払つた保険者は,商法 662 条所定の保険者の代位の制度により,その支払つた保険金の限度において被保険者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する結果,被保険者たる所有者は保険者から支払を受けた保険金の限度で第三者に対する損害賠償請求権を失い,その第三者に対して請求することのできる賠償額が支払われた保険金の額だけ減少することとなるにすぎない。」として,保険金先行払の場合に,損害賠償金が減額される理を述べている57。同判例は,損害賠償金先行払の場合についても,「また,保険金が支払われるまでに所有者が第三者から損害の賠償を受けた場合に保険者が支払うべき保険金をこれに応じて減額することができるのは,保険者の支払う保険金は被保険者が現実に被つた損害の範囲内に限られるという損害保険特有の原則に基づく結果にほかならない。」とした58。
東京高判平成 25 年 12 月 25 日が「被保険者の損害を填補する損害保険の性質に照らし」と
述べているところも最判昭和 50 年の「損害保険特有の原則」と同趣旨と考えられる。本件特約で填補される弁護士報酬と賠償義務者から受けた弁護士費用は,損害のてん補という意味で同一と解されるから59,東京高判平成 25 年 12 月 25 日及び原審の結論に賛成する。
もっとも,実際の実務の現状では,損害賠償として受ける弁護士費用と保険てん補される弁護士報酬の関係はほとんど意識されていないように思われる。代車費用特約など比較的少額の費用保険金に共通の実情であろう。しかし,所得補償保険に関する最判xxx年 1 月 19
日民集 156 号 55 頁は,約款xx位の規定がない場合にも,保険法の代位の規定の適用があることを前提に被保険者の損害賠償請求権の減額を認めており,求償権が行使されていない実情にあっても結論を左右しないとしている。本件特約に関しては,賠償訴訟の和解において弁護士費用の額が明示されることも少なく,実務上の混乱を避けられないように思われる60。弁護士は,賠償義務者から弁護士費用が支払われたときは本件特約に基づく重複てん補がさ
57 xx・前掲注 55)27 頁は,請求権代位を政策的見地から法律が特に認めた制度とする。判例評釈としてほかに,xxxx・民商法雑誌 73 巻 4 号 75 頁(1976),xxxx「火災保険金と損益相殺」ジュリ 615 号 90頁(1976),xxxx・損害保険判例百選別ジュリ 70 号 14 頁(1980),xxx「火災保険金と損益相殺」判タ 325 号 119 頁(1975),xxx・損害保険判例百選(第 2 版)別ジュリ 138 号 8 頁(1996),xxxx・保険法判例百選別ジュリ 202 号 52 頁がある。結論を支持している。なお,金沢は,慣用されている「損害填補原則」の正確な定義及び射程範囲に深い省察が加えられるべきとしている。
58 xxxx「保険契約法の研究」207 頁(有斐閣,1969)参照
59 xx・前掲注 52)121 頁。
60 xxxx・前掲注 51)4 頁は,引受保険会社による適切な求償関係や代位請求,裁判所和解案に弁護士費用を明示することなどを提言している。
れないことを十分説明する義務がある。説明義務を怠り依頼者が和解か判決かの判断を誤り損害が生じた場合,弁護士は賠償義務を免れない可能性がある。これに対し,保険者は,約款に基づく処理をするほかなく,保険代位や損害てん補原則の存在は,保険募集時の説明義務の対象ともならないと解されるので,説明義務違反の責を負うことはないと考える。
7 まとめ
弁護士費用等補償特約は,弁護士,被保険者ともに商品内容が十分に理解されていないまま,飛躍的に利用件数が増加している現状にある。弁護士は,保険金請求権者ではないから,弁護士会の紛議調停手続61も本件特約の紛争解決に効果を発揮できにくい。しかし,紛争の拡大を放置すれば,本件特約の普及と発展に障害となる。保険てん補の対象たる弁護士報酬につき弁護士と保険者との協定を結ぶ解決機関が早急に必要である62。
以上
61 弁護士法第 41 条に基づく弁護士会が弁護士の職務に関する紛議について行う調停である。和解の斡旋をするに過ぎないため公権的に解決基準を定立するものではない(日弁連調査室・前掲注 11)360 頁)
62 xxxx・前掲注 1)損保研究 222 頁は,ベルギーのADRを紹介している。日本弁護士連合会・第 18 回弁護士業務改革シンポジウム基調報告書 248 頁(2013)には,簡略ではあるが弁護士保険に関する裁判外紛争解決手続の検討において,被保険者と保険者の紛争であることを基本としつつ,弁護士を当事者ないし利害関係人として手続主体とすることが模索されている。法的拘束力を持つ仲裁とはされていない。