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投資信託契約の適正化について〜消費者保護の観点から
東京都市大学共通教育部准教授 x x xxx
− 目 次 −
一、序 論
1. 問題の所在
2. 本論文の目的
3. 本論文の構成二、裁判例
1. 序
2. 適合性原則と説明義務
3. 助言義務
4. 公序良俗違反
5. 消費者契約法10条
6. 消費者契約法 4 条 2 項三、分 析
1. 適合性原則および説明義務
2. 助言義務
3. 公序良俗違反
4. 消費者契約法 4 条 2 項
5. 投資信託が継続的契約であることから生じ得る問題
6. 小 括
四、諸外国における消費者保護
1. イギリス
2. ドイツ五、考 察
1. 助言義務
2. 販売業者の報酬
3. 取引開始後の能力の喪失について
4. 総 括
一、序 論
1. 問題の所在
長らく続く超低金利および超高齢化社会の到来により、老後資金の確保が国民にとって重要な課題となり、投資信託に対する社会的関心が高まっている。2011年に90.1兆円だった投資信託の純資産総額は、おおむね右肩上がりに増加し、2018年には206.1兆円に達している(1)。その一方で、投資信託をめぐるトラブルも多数発生している。2015年から2018年にかけて、国民生活センターの PIO-NET
に寄せられた投資信託に関する相談件数は、年間数百件から千件以上に及ぶ(2)。
経済的にゆとりがなく、リスク耐性のない顧客や、高齢、病気などにより理解力が必ずしも十分でない顧客が勧誘を受けて商品を購入したり、元本保証の商品ではないにもかかわらず、元本が保証されると誤解して投資したり、低リスク商品であるとの説明を受けていたにもかかわらずハイリスクで元本割れした、手数料が想定外に高額だった、事業者が高齢者の顧客に対して社内ルールを守らない方法で勧誘・販売を行うなど、様々なトラブルが発生している。また、特別分配金は元本
の払い戻しであるにもかかわらず、その説明が十分ではなく、分配金の水準がファンドの実績を示すものだと顧客が誤解するなどのトラブルもある。
特に、投資経験のない高齢者が、販売業者に勧められるままに、多額の退職金を投資して、老後資金が大幅に目減りしてしまうことがあると、深刻な問題となる。
一方、年金制度の先行きが不透明な中、今後も資産運用に関する国民の関心はますます高まっていくことが予想されることから、投資信託契約の適正化を図ることが急務である。
2. 本論文の目的
本論文は、投資信託をめぐるトラブルについて、どのような法理で解決が図られているのかを分析した上で、投資信託取引の適正化について消費者保護の観点から検討することを目的とする。
3. 本論文の構成
二では、投資信託契約をめぐる裁判例および関連する裁判例をみたうえで、三で課題を抽出し、四で諸外国における顧客保護の仕組みを参照し、それらをふまえて、五で、投資信託契約の適正化のための考察を行う。
二、裁 判 例
1. 序
投資信託に関するトラブルは、訴訟における主張としては、適合性原則違反、説明義務違反、助言義務違反、公序良俗違反、消費者契約法違反として現れる。以下では、それぞれの法理に関する裁判例を分析する。投資信託に関する裁判例を中心としつつ、その他の投資取引等に関する裁判例も取り上げる。
2. 適合性原則と説明義務
わが国における適合性原則は、もともと、業界の自主ルールであったが、証券監督者国
際機構(IOSCO)の原則を受けて立法化され、その後若干の改正を経て金融商品取引法により強化された。現在の金融商品取引法40条 1号は、「金融商品取引行為について、顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており、又は欠けることとなるおそれがあること」のないように業務を行わなければならないとしている。また、消費者基本法
5 条 1 項 3 号では、事業者の義務として消費者との取引に際し、消費者の知識、経験、財産の状況に配慮することが求められている。このように、適合性原則は公法上のルールとして発展してきたが、最判平成17年 7 月14日
(民衆59巻 6 号1323頁)は、「適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為上も違法となるとするのが相当」として、民事上も一定の効果があることが示された。そして、考慮すべき顧客の属性として、投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素が挙げられた。
適合性原則には、狭義とxxがあるとされる。狭義の適合性原則とは、ある特定の利用者に対してはいかに説明を尽くしても一定の商品の販売・勧誘を行ってはならないとのルールである。言い換えれば、一定の商品の市場に参加させるべきでない者の存在を想定しており、説明義務は問題とならない。これに対し、xxの適合性原則は、説明義務と合わせて要請される。
投資信託についての裁判例で、適合性原則違反のみを認めたものとして以下のものがある。
① 大阪高判平成13年 1 月31日(証券取引被害判例セレクト17巻16頁)
アジアの新興諸国や発展途上国の上場株式等を投資対象とする外国会社の投資信託について、顧客が今後の価格を予想し得るような要因となる事情を入手することができたとは
認められないとして、適合性を有しないと判示した。
② xx地裁平成21年 5 月14日判決(証券取引被害判例セレクト35巻104頁)
元本損失が生じる可能性の高いハイリスクな商品であり、申込手数料及び信託報酬が高率である投資信託について、これらを負担してでも相当な利益を得ることを目指す、積極的な投資意向に適合する投資商品と認められるとして適合性原則違反を認定し、説明義務を問題とすることなく販売業者の不法行為責任を認めた。裁判所は、顧客の投資意向、投資経験、証券取引の知識を重視し、顧客が 7,000万円の預貯金を有していたことは認定を左右する事情にはあたらないとしている。
③ 東京地判平成23年 8 月 2 日(証券取引被害判例セレクト41巻 1 頁)
社会経験も、元本割れリスクのある商品の購入経験もない79歳の顧客にノックイン型投資信託を勧誘・販売した事案につき、損失が元本の相当部分に及ぶ可能性があることや、株価が上昇しても得られる利益は分配金または償還時に元本に上乗せされる上限( 1 万円あたり50円)に限定されていることから利益に比べて被り得る損失が大きいこと、平成 2年以降は日経平均株価は頻繁に30%以上の下落幅を示していること、期間が 3 年と長期であることを指摘して、相当にリスクの高い取引類型であるとして、適合性原則違反を認め、説明義務違反の有無を検討することなく、不法行為の成立を認めた。ここでは、唯一の金融資産(ほかに、自宅を所有し、年金収入がある)である定期預金・貸付信託を解約させて商品を購入されたことが顧客の経験および投資性向に明らかに反していると認定されている。
④ 横浜地判平成24年1月25日(証券取引被害判例セレクト42巻129頁)
一切の職業経験がない76歳の顧客に、投資対象の大部分が外国株式であり、デリバティブ商品への投資も許容される投資信託を勧
誘・販売した事案につき、顧客に相当程度の資産があるにしても、高額の継続的収入があるわけではないこと、いきなり1,000万円を超える購入をさせたことなどを考慮して、適合性原則違反を認めた。本判決では、説明義務違反が否定されているが、その理由として、リスク商品であることの一応の説明をしたことや、顧客が相当程度の経験を有していたことをあげており、適合性原則違反においては説明義務が問題とならないとの立場によるものではない。
適合性原則違反および説明義務違反を認めた裁判例として、以下のものがある。
⑤ 名古屋地判平成12年 3 月29日(金融商事判例1096号20頁)
高齢で無職の年金生活者である顧客が、借り入れにより投資信託を購入し、10%以上の利回りが確保できなければ手取り額で元本割れする取引であったことから、勧誘の適合性違反を認めつつ、十分な説明、理解があった上で購入されたのであればその損失は顧客に帰属すべきものであるとして説明義務違反も認めている。
⑥ 大阪地裁xx判平成14年12月 6 日(証券取引被害判例セレクト21巻275頁)
先物取引を活用する最もリスクの高い RR
5 に分類される投資信託を、一定の収入も経験もある顧客に勧誘した行為について、顧客の知識が経験年数の割に深くなかったこと、投資経験も概ね RR 3 レベル相当にとどまっていたこと、投資傾向が安全志向であることなどを考慮して、適合性義務違反にあたるとした。また、事業者が償還期限や、運用の方法、値動きのリスクなどについて説明していない点を考慮して、説明義務違反も認定した。
⑦ 大阪地判平成18年 4 月26日(判例時報 1947号122頁)
66歳の主婦が、病気で判断能力の低下した長男を代理人として取引を行い、株式投資信託の乗換売買を中心に、他の金融商品も含め、 2 年半にわたると取引がなされた事案で、裁
判所は、「単に株式投資信託等という取引類型における一般的抽象的なリスクのみを考慮するのではなく、当該投資信託等の投資方針・投資対象が何かなどの商品特性を、また、リスクの高い商品の場合には、その商品への投資金額、取引資金全体における割合等を、さらに、乗換売買の場合には、その規模・回数、目的・意向(元本重視の取引なのか、値上がり益を見越した積極的な取引なのか)といった内容等を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の顧客の側の諸要素を総合的に考慮する必要がある」としたうえで、取引開始後 3 カ月で外国株や店頭株をも投資対象とする RR 分類 4 のハイリスク型投資信託への集中投資が行われたこと自体が適合性原則違反の疑いが強いものであったとし、以後、その他の複雑な仕組の金融商品に全取引資産を集中投資する状態が続き、短期乗換売買が繰り返されていること(平均回転率3.17回)などを指摘し、適合性原則違反を肯定した。そして、商品内容や乗換売買のメリット、デメリットについての説明が不十分であるとして説明義務違反を認め、乗換売買も違法であるとした。
⑧ 大阪高判平成20年 6 月 3 日(金融商事判例1300号45頁)
歯科医師の資格を持ち、巨額の遺産を相続した投資経験のない顧客に相対的にリスクの高い投資信託を、投資意向を確認しないまま勧誘し、他の商品と合わせて 2 億円を超える投資をさせた事案で、適合性原則違反、説明義務違反を認めた。原審は適合性原則違反を否定したが、本判決では「歯科医師の免許を有することだけで適合性を肯定する根拠となるものではなく、原告が相続により約 3 億 2,000万円の資産を有していたことについても、原告の投資経験に注意を払わず、投資意向を確認しないまま、原告の意向と実情に反して本件投資商品の取引を勧誘することを正当化するものではない」とした。
⑨ 大阪地判平成22年 8 月26日(判例時報 2106号69頁)
日経平均ノックイン型投資信託の勧誘・販売に際し、高齢者の顧客に商品を販売する場合の、銀行の社内ルールが守られなかった事案で、銀行の従業員による顧客に対する適合性原則違反が認められた。本判決は、顧客の属性として、取引経験・知識および投資意向を取り上げている一方、財産状態については独立して取り上げておらず、投資意向の判断要素として顧客の資産状態に言及するにとどまる。
⑩ 大阪地判平成25年 2 月20日(判時2195号 78頁)
銀行の従業員が、定期預金を保有する顧客に対して償還条件付投資信託の勧誘をした事案で、適合性原則違反が認められた。顧客は 77歳で難聴であり、保有する金融資産の 7 割以上を購入に充てさせたもので、過失相殺は認められていない。過失相殺が認められない理由として、顧客が積極的に望んで商品を購入したとは推認できないこと、販売業者である銀行に説明義務違反があったことがあげられている。
⑪ 大阪高裁平成25年 2 月22日判決(判時 2197号29頁)
xx後見開始取消審判を受けて間もない76歳の顧客に RC 5 も含む RC 3 以上の投資信託を勧誘、購入させた事案である。顧客には相当程度の資産(不動産中心、預貯金1,000万円)と年収300万円弱があるものの、社会経験はなかった。本事案では、適合性原則違反、説明義務違反とともに、無意味な反復売買、乗換売買も不法行為を構成すると認定した。
3. 助言義務
助言義務にはxxの規定がないが、二. 2でとりあげた最判平成17年 7 月14日の補足意見(才口裁判官)において、「被上告人のような経験を積んだ投資家であっても、オプシ
ョンの売り取引のリスクを的確にコントロールすることは困難であるから、これを勧誘して取引し、手数料を取得することを業とする証券会社は、顧客の取引内容が極端にオプションの売り取引に偏り、リスクをコントロールすることができなくなるおそれが認められる場合には、これを改善、是正させるため積極的な指導、助言を行うなどのxxx上の義務を負うものと解するのが相当である」と述べられている。
また、投資信託に関するものではないが、投資商品の販売業者の助言義務を認めた裁判例として、以下のものがある。
⑫ 大阪地判平成 9 年 2 月24日(判時1618号 103頁)
商品先物取引について、顧客に対するxx義務に基づき、顧客にとって手数料の負担のみが増加する合理性のない取引の注文を受けた商品先物取引業者である商品取引員側が、顧客に対し、その取引が合理性のないことを説明すべきであるとして、業者の不法行為責任を認めた。
合理性の有無は一定の評価を伴い、顧客の取引の中止という行動に向かわせるものであるから、「説明」という用語が使われているものの、その実質は助言義務である。
⑬ 大阪地判平成 7 年 2 月23日(判時1548号 114頁)
開業医である顧客に対してxxxxの勧誘、販売をした事案で、購入後の価格情報及び売却時期に関する情報提供や助言がなかったことも顧客の損失に繋がったと判示して、適合性原則違反、断定的判断の提供があったこと等、全体的に違法性が強いとして過失相殺をも否定した。
⑭ 大阪地裁xx判平成 9 年 5 月14日(金融商事判例1026号36頁)
会社員である顧客にxxxxの勧誘、販売をした事案で、取引後においても損害の拡大を防ぐために適当な時期に売却を促すなどの助言を行っていないとして、助言義務違反を
認めた。
⑮ 大阪高裁平成10年11月26日判決(証券取引被害判例セレクト11巻85頁)
証券会社を信頼してxxxxの勧誘に応じた顧客が、取引後においても証券会社に対して情報等の提供を期待しているような具体的な関係がある場合には、証券会社としては説明義務の延長としてまたxxx上、取引後においても適切な助言をなすべき注意義務がある」と判示した。
4. 公序良俗違反
投資信託契約が公序良俗違反とされた裁判例はなかった。ただし、公序良俗違反を否定した裁判例(⑯東京地判平成28年 4 月15日判時2323号110頁)であっても、「本件取引は少なくともリスクとリターンのバランスが著しく均衡を欠くものとはいえない」と判示して、リスクとリターンのバランスが著しく均衡を欠く投資信託商品が公序良俗違反で無効となり得る商品があることを示唆している。
投資信託以外の投資取引等で、公序良俗違反が認められた裁判例としては、以下のものがある。
⑰ xx地裁xxx判昭和56年10月30日(判時1046号110頁)
金地金の売買につき、旧商品取引法 8 条に違反するのみならず、その取引実態においても、顧客の無知に乗じ、不当な方法によって先物取引に巻き込み巨額の損失を被らせたとして、公序良俗に反し無効とされた。
⑱ 名古屋地判昭和60年 4 月26日(判時1163号112頁)
私設市場における貴金属等の先物取引について、旧商品取引法 8 条に違反する行為がただちに無効になるわけではないとしつつ、知識経験のない顧客を違法取引に引き込んだ点を考慮して無効とした。
⑲ 東京地判平成 2 年 3 月29日(判時1381号 56頁)
パラジウム私設市場取引について、市場の
価格形成の不xxさ、参加業者の特色、現物取引が皆無であること、市場の不xxさを認定し、市場の実態に照らすと公序良俗に反するとした。
⑳ 東京地判平成17年11月11日(判時1956号 105頁)
外国為替証拠金取引について、公序良俗違反との認定がなされた。ここでは、取引が賭博に該当するか否かが争点となった。裁判所は、賭博とは、「当事者において予見し得ない事実によって財物や財産上の利益の得喪を争い勝敗を決する行為である」とする。そのうえで、相対取引である本件取引について、
(1)為替レートの変動という当該取引とは無関係の偶然の事情によって、当事者間の権利関係が変動する(2)証拠金の10倍以上の外国通貨を取引の目的としており、証拠金に比して相当高額の損益が短期間のうちに生ずる可能性が高く、射幸性が高いことを理由として、賭博の構成要件に該当するものとした。そして、公に認められた取引所を通じて行うもの以外は原則として公序良俗に反するとした。そのうえで、例外的に違法性が阻却される場合として、法令による正当行為および個別的な正当化事由について検討している。
公序良俗違反を否定した裁判例として、以下のものがある。
東京地判平成29年 3 月31日(ウェストロージャパン)
外貨オプション取引が公序良俗に反するかについて、(1)為替リスクのヘッジ目的の場合には取引の有用性があり、(2)投機目的であっても 1 )金融商品取引法 2 条22項所定の店頭デリバティブ取引として認知されており、 2 )内容が著しく不合理とはいえないとして、賭博性を否定した。そして、ノックアウト条件が顧客の損失となる場面では設定されていないこと、権利行使期日の設定が長期かつ多数におよぶこと等を理由に、リスクが高い取引と認定した。そのうえで監査法人が契約前直近 5 年間の為替レートの変化率を基
にシミュレーションを行った結果において利益を出す確率が74.8パーセントであるとされていたことと、原告が受け取るオプション料を考慮すると、過去10年程度の為替相場の変動にとどまる場合には、原告に利益が生ずるような条件が設定されていたといえるとして、リスクとリターンの不均衡が不合理な程度に及んでいたものとはいえないとした。また、顧客と販売業者との利益相反は否定した。
5. 消費者契約法10条
民法90条の公序良俗違反に当たらない金融商品であっても、消費者契約法10条に該当するということはあり得るが、投資信託契約が消費者契約法10条に反するものとして無効とされた裁判例は見当たらなかった。
6. 消費者契約法 4 条 2 項
消費者契約法 4 条 2 項は、事業者が消費者契約について勧誘するに際し、重要事項について消費者の不利益となる事実を故意又は重大な過失で告げなかったことにより消費者が当該事実が存在しないとの誤認をして、それによって契約を締結した場合には当該契約の取り消しができる旨定める。本条項に関する裁判例としては、以下のものがある。
東京地判平成26年 3 月11日(ウエストロージャパン)
元本の一部払い戻しに相当する特別分配金が消費者契約法 4 条 2 項にいう不利益事実に該当しないか争われた事案で、裁判所は、「消費者契約法 4 条 2 項にいう不利益事実とは、消費者契約を締結する前の状態と後の状態とを比較して当該消費者に不利益を生じさせる事実をいう」としてこれを否定した。
三、分 析
1. 適合性原則(3)および説明義務
適合性原則違反を認定しつつ説明義務違反も認める裁判例、適合性違反を認定し、説明
義務違反を問題とすることなく判決を下す裁判例があり、適合性原則の内容について、裁判所の見解が錯綜している。
「適合性」の有無にも、もともとまったく判断力のない者に勧誘販売する場合のように治癒不可能なものと、何らかの追加的な措置によって治癒できるものがあり、これらの間には連続的なグレーゾーンがある(4)と捉えると、錯綜しているように見える裁判例に説明がつく。適合性原則違反と、説明義務違反の両方を認定することで、販売業者の不法行為上の違法の程度が高く、過失相殺の程度に影響し得るという趣旨ではないかと指摘する見解もある(5)。
次に、過失相殺についてみると、適合性原則違反を認めつつ、過失相殺をする裁判例が多い。たとえば、裁判例①では、リスクが相当程度高い商品であることを理由に、近づくべきではなかったとして過失相殺を認めている。しかし、リスクが高い商品であることは、適合性原則違反を根拠づける事実であるし、また、この事案ではその販売業者からリスクについて説明がなく、顧客が情報を入手できなかったことも認定されているので、「近づくべきでない商品」であることの認識可能性が顧客にはなかったといえる。商品のリスクが高いことが、顧客の過失を根拠づけるならば、違法性が高い適合性違反において、より過失相殺が認められやすくなる。裁判所の判断は疑問なしとしない。また、適合性原則違反および説明義務違反を認めた裁判例⑤〜⑪のうち、裁判例⑤〜⑨、⑪は過失相殺を認め、
⑩は販売業者の説明義務違反を理由の 1 つにあげて過失相殺を否定している。
そこで、過失相殺の対象となる顧客の過失とはいかなる内容なのか、また、そもそも過失相殺をすることが適切なのかという点が問題となる。
この点、肯定説と否定説があるが、肯定説の中には、狭義の適合性原則(説明を尽くしても勧誘すべきでない場合)に違反するケー
スには、(1)当該商品について、顧客の判断能力が十分ではない場合、(2)資力の乏しい顧客に、過大な投資を進める場合、(3)安全志向の顧客にハイリスクな金融商品を進める場合等がある。(1)は、顧客が当該商品を十分に理解ができない場合には、「過失」が観念し難く、過失相殺を認めるべきではないとの見解(6)や、途中で取引を中止できたのに中止しなかったことのみが顧客の過失と捉えられるべきとの見解(7)がある。
顧客の財産状態は、リスク耐性を判断する要素となりえるものの、顧客が十分すぎる資産を有していることを、適合性を否定する要素として考慮した裁判例もある。裁判例⑦は、高齢の専業主婦の女性が相続により、 3億 2 千万円の資産を有するに至った事案であるが、「上記資産は、原告が実母と生活していくにあたり、十分すぎるものである。手持ち資産を積極的に運用して増やしていこうとの動機づけはなかった」として、他の要素も考慮したうえではあるが、適合性原則違反を認めている。
適合性違反、説明義務違反とともに、乗換売買の違法性が認定されるケースもある。これは、販売業者が手数料収入の獲得という自己の利益を顧客の利益よりも優先させた結果生じる問題であり、わが国の投資信託の手数料体系において、販売業者と顧客との利益相反が構造的に生じていることがわかる。
2. 助言義務
説明義務とは、金融商品取引を行おうとする顧客に対して投資判断に必要と考えられる重要な情報を提供すべき販売者の義務である。ここで対象となる情報は、金融商品の購入や保持にかかる手数料や顧客に損失が発生する可能性の有無などの客観的情報である。
これに対し、助言義務の対象となる情報は、顧客の投資判断が適切なものかどうかの評価に加え、場合によっては顧客を一定の投資行動に向かわせようとする情報である。このよ
うな情報は、主観的なものであり、内容も事前に定まるものではなく、当該顧客の状況ごとに定まるものである。
いいかえれば、助言義務は情報提供義務とは別個の概念である。後者は契約締結に不可欠となる重要な事実を契約の相手方に知らせる義務であるのに対し、前者は、専門家として一定の判断を下すことを内容としており、後者よりもワンランク上の義務である。助言義務が問題となる場面はxxの適合性原則の適用場面ということになる(8)。
わが国では、販売業者と顧客との間で助言契約が締結される場合はさほど多くなく、そうでない場合にも販売業者に助言義務が認められるかが問題となる。助言義務には、金融商品の販売、勧誘の局面だけでなく、販売後の側面でも問題となり得る。前者は、金融商品の販売・勧誘時に顧客が購入を決定した金融商品について再考を促す助言を行わなかったことが助言義務違反となるかという形で争われる。後者は相場状況などに応じて、顧客に損失が生じないよう、または損失を最小限に食い止めるよう、当該商品の売却を促す助言を行わなかった点について助言義務違反の有無が問題となる。
裁判例⑫では前者の助言義務違反が、裁判例⑬〜⑮では後者の助言義務違反が認められている。
販売業者の助言義務を認めるべきか否か、学説の見解は分かれている。助言義務を認めるべきとする学説には、(1)専門家としての地位を根拠とする見解、(2)顧客との信頼関係を根拠とする見解がある。(1)では販売業者は、専門家としての地位に基づき、金融取引において、適合性の原則が問題となる場面において、顧客が自己の財産状態との関係でリスクが過度に高い取引を行おうとしている場合、事業者は顧客に対し、その危険性を説明して、当該取引を行わないよう助言しなければならず、契約の履行過程においても、顧客の判断・行動が顧客の利益を損なう可能性
があることを知り得た場合、事業者は顧客の不足している知識を補い、必要に応じて適切に助言し、警告しなければならないとする(9)。
(2)は、顧客と投資商品の販売業者の間に、既に何等かの取引があった場合(10)には、販売業者と顧客の間にはリスクを伴う投資取引の基礎となるような特別の結合関係があるとして、販売業者には、投資判断に必要な情報を提供するのみならず、顧客のリスクをできるだけ抑え、顧客の投資目的と財産状態により適合した商品を積極的に提示し、場合によっては投資を思いとどまらせたり、より適切な投資商品を推奨することが求められるとする(11)。
3. 公序良俗違反
デリバティブ取引などの新たな金融商品が、賭博罪に該当するかどうかとい刑法理論からの観点からの検討がなされている。ここでは、投機性のある金融商品が賭博罪に構成要件に該当することを前提としながら、正当業務行為として違法性が阻却されるか否かを検討している。証券取引法や金融先物取引法などの法令による認可が正当業務行為とされる。賭博罪が成立するような取引であれば、私法上も社会秩序に反する行為として、公序良俗違反(民法90条)として無効とされよう。とはいえ、金融商品が民法90条に反する場合については、あまり検討されていない(12)。
公序良俗違反が問題となった裁判例は、(1)賭博の成否を検討するものと、(2)そうでないものがある。(1)では、賭博罪が成立するような取引であれば、私法上も社会秩序に反する行為として、公序良俗違反で無効とされる(13)。もっとも、賭博罪の構成要件に該当しても、正当業務行為など違法性が阻却される事情があれば公序良俗違反にあたらないことになる(14)。証券取引法や金融先物取引法などの法令による認可が正当業務行為とされるほか、取引の必要性(15)も違法性の判断に影響を及ぼす。(2)では、リスクとリターン
のバランスが不合理な程度に及んでいるかという商品の物的側面について判断するもの、顧客の無知に乗じて取引させたなどの行為態様や、莫大な損害を被らせたことなどを総合考慮して判断するものがある。
投資信託に関する裁判例においては、公序良俗違反や、消費者契約法を根拠として顧客を救済するよりも、適合性原則違反、説明義務違反による救済が圧倒的に多い。
外国為替取引のように、外貨のレートというシンプルな指標に基づいて損益が決まる場合、裁判例 のように過去の一定期間のレートに基づくシミュレーションが可能であるが、投資信託のように複数の投資先に分散投資を行う金融商品の場合、株式への投資の有無、比率、投資先は国内限定なのか、海外も含むのか、海外も含む場合、新興国も対象とするのかなどについて無限のバリエーションがあり、同一の信託商品であっても時期によりポートフォリオが変化するため、外国為替取引のようなシミュレーションは困難である。このように、リスクとリターンのバランスが見えづらいことが、民法90条による顧客の救済が難しい原因と思われる。
リスクとリターンのバランスが悪いことは、公序良俗違反となり得るが、商品の構造が複雑になればなるほど、バランスが見えづらくなる。そうすると、事業者が、より複雑な商品を開発することを助長しかねない。リスクとリターンのバランスが判断できないような複雑な商品の販売自体が公序良俗に反するとの対応が考えられる。複雑でハイリスクな商品を顧客に勧誘すること自体が公序良俗に違反して無効とすべきとの見解もある(16)。消費者に適正な勧誘を求める権利があることを前提に、投機的取引は、信託会社等にとっては必要な取引であるが、消費者にとっては、生活必需品の購入などと比較すると必要性が低いとして、プラス α の違法性があるときは、その程度によってはそれによって成立した取引が公序良俗に反し無効になるとの見解
もある(17)。
4. 消費者契約法 4 条 2 項
投資信託においては、特別分配金という、元本の払い戻しに相当する分配金が支払われる商品があるが、これが株式の配当金のような利益の分配であるかのような誤解を招くこととなる。
裁判例 では、特別分配金が「不利益」にあたらないとの判断がなされた。しかしながら、投資信託では、購入時に、購入金額に一定の割合を乗じた手数料が必要となる場合がある。手数料を支払って託した財産が、払い戻されてそれ以降運用されないということは、分配金の受取を望まない顧客にとって、不利益といえるのではないだろうか。
5. 投資信託が継続的契約であることから生じ得る問題
裁判例では、取引開始時点の顧客の能力が問題とされるが、投資信託のような継続的取引では、取引開始時に十分な判断能力があったものの、その後判断能力が低下し、適切な時期にクロージングできないというケースがあると思われる。このような問題にも何らかの対応が必要となる。
6. 小 括
投資信託をめぐるトラブルは、 1 )市場に参入させるべきでない者を市場に参入させたという人的側面に関するトラブル、 2 )顧客と商品のミスマッチに関するトラブル、 3 )市場で販売すべきでない商品を販売したという物的側面に関するトラブルに分類することができる。そして、 1 )に関連する法理として狭義の適合性原則、 2 )と関連するものとしてxxの適合性原則、説明義務、助言義務、
3 )に関連するものとして公序良俗(民法90条)をそれぞれ挙げることができる。ただし、狭義の適合性原則の判断においても商品のリスクは問題となるし、公序良俗違反の判断に
おいては、商品の性質のみならず、顧客の知識も考慮される場合があり、結局のところ、取引の違法性または有効性は、人的側面と物的側面の相関関係で決まるといえよう。
そして、 1 )〜 3 )のトラブルの発生は、売れば売るほど儲かる手数料の仕組みが一因になっていると考えられる。
四、諸外国における消費者保護
1. イギリス
英国では、金融サービスxxx(Financial Services and Markets Act 2000) 5 条 2 項 cが、助言や正確な情報に対する消費者のニーズの考慮を要求している。そして、その 下 位 規 範 で あ る PRIN(Principles for Businesses)2.1.1の 9 条において、適合性原則が明示的に宣言されている。そして、この原則は、COB(Conduct of Business) により具体化された。同原則は、金融サービス 機 構(Financial Services Authority 以下 FSA とする)が定める行為規範の中で規定されており、金融サービス市場法上の義務ではない。しかしながら、販売業者が FSA 規則に違反した場合、その結果として損害を被った者は違反した業者に対して損害賠償を求めることができることとされた
(2000年金融サービスxxx150条-当該規定は、2012年金融サービスxxx138条Dに引き継がれている。)。なお、FSA は Financial Conduct Authority(以下、FCA とする)と Prudential Regulation Authority に分割され、現在は FCA 規則がルールを定める。2007年に採択された MiFID を逐語的に国内法化したのが、Conduct of Business Sourceboook: COBS)である。適合性原則に関する上記一般原則は引き継がれている。
まず、販売業者が投資商品を推奨するに際しては、顧客から必要な情報を収集しなければならない(ノウ・ユア・カスタマーズルール)(18)。適合性の判定に必要な情報として取
得すべき情報は、顧客の投資についての知識や経験、財産状況および投資の方針についての情報である。具体的には、次のとおりである。投資についての知識や経験についての情報とは、取引経験のある金融商品の種類、それらの取引の性質、量、頻度および期間についての情報ならびに顧客の学歴および職歴である(19)。財産状況についての情報は、定期的な収入源とその金額、流動資産、投資、不動産を含む資産内訳および定期的な金銭債務についての情報である(20)。投資目的についての情報とは、投資した資金を満期までに利用する希望の有無、リスク選好度を含む(21)。販売業者は、顧客から提供された情報の真 偽を確かめる義務は負わず(22)、顧客の十分な情報を有していない場合には勧誘が禁止さ
れる(23)。
販売業者には、適合性に関する文書の配布が義務付けられており(24)、そこには、少なくとも顧客の需要およびニーズ、販売業者が推奨した取引が顧客に適していると結論づけた理由、顧客に生じうるあらゆる取引上の不利益を記載しなければならない(25)。
顧客が販売業者の COBS 違反により損害賠償請求ができる場合、コモンローに基づいて、COBS 違反とあわせて、もしくは独立して、損害賠償請求することが認められる(26)。イギリスでは、Financial Adviser(以下で は「アドバイザー」とする)が個人投資家向け金融商品販売において大きなシェアを占めている。しかし、顧客の利益と必ずしも合致しない金融商品が販売されるなどの問題があり、これを改善するために2006年から2012年にかけて抜本的な制度改革(Retail Distribution Review 以下では「RDR」とする)が行われた(27)。RDR は、COB の改正を通じて施行されている。まず、顧客に提供されるアドバイスが、その性質に応じ「独立アドバイス」「制限アドバイス」「基本アドバイ
ス」の 3 つに分類された。「独立アドバイス」とは、市場で調達可能な適切な投資商品(ア
ドバイスを行う事業者自身や、一定の関連のある者が提供する投資商品に限定されないことが必要)についてxxな評価を行い、顧客に相応しい商品として推奨するアドバイスをいう(28)。「基本アドバイス」とは、購入にかかる手数料が安価に設定されている金融商品
(ステークホルダー商品)を対象とするアドバイスで、あらかじめ定められた手順に沿って行われるものである。そして、これに対して、「制限アドバイス」とは「独立アドバイス」または「基本アドバイス」以外のアドバイスである(29)。たとえば、特定の金融機関グループに属するアドバイザーが、当該金融機関グループの取り扱う商品のみを対象としてアドバイスを行う場合、制限アドバイスとなる。アドバイザーには、顧客に対し提供するアドバイスがどの分類に属するのか顧客に説明しなければならない(30)。
「独立アドバイス」または「制限アドバイス」を提供するアドバイザーは、顧客についてのxxな情報を収集したうえで、顧客にとって最適な商品の推奨や、金融商品購入の再考を促す助言をすることが求められる。アドバイザーが収集すべきとされるのは、顧客の投資についての知識や経験、財産状況および投資目的についての情報である。
RDR による改革の重要なポイントは以下の点である。従前、多くのアドバイザーは金融商品供給業者から受領するコミッションを主な収入源としていた。これが、アドバイザーと顧客の利益の不一致をもたらしていたことから、アドバイザー・チャージ規制が導入された(31)。「基本アドバイス」を提供する場合を除き、アドバイザーが得ることができる報酬は、顧客との合意に基づく報酬のみとされ(32)、その他のコミッションなどを受領することは禁止された(33)。
2. ド イ ツ
ドイツでは、ユニバーサルバンキング制度がとられており、銀行が金融商品取引全般を
行う。判例によれば、投資仲介者には説明義務が課されるが、顧客から厚い信頼を得ている銀行は、投資助言者として、助言義務が課されている(34)。すなわち、1993年の連邦通常裁判所判決(Bond 判決)によれば、銀行と顧客との間に明示の助言契約が締結されてない場合であっても、銀行が顧客に対して特定の金融商品の推奨や助言を行うと、それが顧客の求めに応じたものであるか否かを問わず黙示の助言契約の成立が認定され、助言契約に基づいて銀行に「助言義務」が課される(35)。この助言義務は、説明義務よりもワンランク上の義務で、「投資家に適した助言義務」と「投資対象に適した助言義務」に分けられる。
投資家に適した助言義務は、顧客の知識、経験、投資目的、財産状態に適した金融商品を推奨(助言)する義務を指し、適合性原則を具体化したものと解されている。投資家に適した助言義務の前提として、銀行には顧客の知識やリスク許容度など、顧客に関する情報収集義務も課されている。
投資対象に適した助言義務には、銀行が顧客に推奨した金融商品の内容やリスク等についての説明にとどまらず、当該商品についての評価を示すことも義務の内容に含まれている。投資対象に適した助言をする義務の前提として、銀行には顧客に推奨した金融商品に関する情報を収集する義務も課されている。投資家に適した助言義務と顧客情報収集義務の組み合わせは、アメリカ法におけるノウ・ユア・カスタマーズルールと適合性原則に対応するものと解されている(36)。
1994年に制定された証券取引法(旧証券取引法)34条 2 項 1 号は、証券サービス事業者に対して、顧客の知識、経験、投資目的、財産状態について顧客に申告させる義務(顧客情報収集義務)および顧客に適したあらゆる情報を提供する義務を定めた。 1 号の義務はボンド判決で定立したxxでいう「投資家適合的」助言に対応しながら、 2 号は助言義務
ではなく情報提供義務について構成されており、概念的混乱が生じている。このことは、訴訟においては、金融機関の責任が認められるか否かが主たる関心であり、それぞれの義務の内容確定、相互関係についてあまり厳密な配慮が必要でないため、裁判上も助言義務と説明義務の区別について統一的理解が確立していなかったことと無縁ではない(37)。
証券取引法は2007年に改正され、同法31条 4 項は投資助言を行う証券投資サービス事業者は、顧客に関する情報を入手したうえで、顧客に適した投資推奨をする義務を負うとされ、証券投資サービス業者の助言義務が明確に定められた。収集の対象となる顧客情報として、証券投資サービスまたは証券投資付随サービスの対象となる取引についての顧客の知識または経験、投資目的、財産状態が挙げられる(同条同項)。申告を要求すべき事項は、財産状態に関しては、収入の種類およびその額、債務、保有財産(特に、現金、投資、不動産)の価値、投資目的に関しては、顧客の投資目的(老後の蓄え、生活費の捻出、資産形成、投機など)のほか投資期間およびリスクに対する備えについて、顧客の知識・経験に関しては、顧客が知識を有している金融商品の種類、顧客が取引を経験した金融商品の種類、量、頻度および期間、顧客の学歴ならびに現在と過去の職業である(証券サービス命令 6 条)(38)。
販売業者は顧客の申告内容が正確かつ完全であることを前提に説明、助言、推奨すれば足り、顧客の申告した情報の正確性を確認する義務は負わない(証券取引法31条 6 項)。ただし、申告内容が虚偽であることや不完全であることについて販売業者が悪意もしくは善意重過失の場合、販売業者は申告内容が正確かつ完全であることを前提にすることができない。このような場面で販売業者が顧客の申告内容に基づいて不適合な金融商品を推奨した場合、販売業者は損害賠償責任を課せられる可能性がある。
ドイツでは、90年代に入って、通常の銀行よりも 4 〜 5 割も廉価な手数料でサービスを提供するいわゆるディスカウント・ブローカーが登場した(39)。
旧証取法は、販売業者の顧客情報収集義務および情報提供義務を、顧客の利益の確保および取引の種類や範囲に関して必要な場合に限定した。これは、ディスカウント・ブローカーが安価な手数料で顧客と取引した場合、助言を提供しないことについて顧客に適切に伝えれば、取引に際して助言を提供する必要はないということを意味する(40)。
従来からの判例は、販売業者の説明義務違反に基づく損害賠償責任については契約締結上の過失が、銀行の助言義務違反に基づく損害賠償責任は助言契約上の義務違反がそれぞれ法的根拠とされる。ドイツ証券取引法31条以下で課せられた義務(説明義務、顧客情報収集義務、顧客に適した商品を推奨する義務すなわち適合性原則遵守義務)に違反した場合の効果について、xx規定はないが、従来からの判例法理により、契約締結上の過失または助言契約上の助言義務違反が認定され、販売業者は契約責任として損害賠償責任を追及されることになる。
五、考 察
1. 助言義務
投資信託に関するトラブルは、それまで投資経験のなかった高齢者が、突然の投資をして大きな損失を被るというケースが多い。これは、相続や退職金の受け取りで、高齢者層が、若年層よりも構造的に金融資産を多く保有していること、そのような高齢者を販売業者がターゲットとして勧誘をしていることも原因と考えられるが、これまで取引関係のあった金融機関から投資信託を推奨されたことで、商品が意向と一致しないにもかかわらず、顧客が金融機関を信頼して購入に踏み切るケースもあると思われる。ここで、問題となる
のが販売業者の助言義務である。
ドイツでは、証券取引法で、明示的に販売業者の助言義務が認められているが、これは、もともとは、銀行に対する顧客の信頼を根拠とする判例法理であった。
わが国においても、少なくとも、販売業者と顧客との間に先行する取引関係があり、リスクを伴う投資取引の基礎となるような特別の関係がある場合には、販売業者に助言義務を認めるべきである。
それ以外の場合には、どのように解すべきか。わが国の裁判例では、一律に助言義務を認めると事業者の負担が重くなりすぎることを理由にこれを否定するものもある。
確かに、低廉な価格で利用できるインターネット取引の利用客にも助言義務を負うとすることは、販売業者にとって過度の負担とも思われる。実際、ドイツではディスカウントブローカーの助言義務が免除されている。わが国の実務においては、同一の販売業者であっても、窓口や電話での取引と、インターネットを利用した取引とで手数料体系が異なる場合がある。ネットのみで取引が完結する場合と、担当者と直接やりとりする場合とでは、顧客の販売業者に対する信頼の度合いも異なることから、前者の場合と後者の場合とで、義務の有無若しくは程度が異なると解することも可能であろう。
2. 販売業者の報酬
イギリスでは、投資アドバイザーは、金融商品供給会社からコミッションを受け取ることが禁止されており、アドバイザーが得ることができる報酬は、顧客との合意に基づく報酬のみとされる。このことは、売れば売るほど儲かる仕組みが、販売側と顧客との利益相反をもたらすことを示している。
わが国では、販売業者は、商品の販売時に、顧客から商品購入額に一定の料率を掛けた販売手数料をとるケースが多く、新規に購入させる金額が増加するほど販売者が儲かる仕組
みとなっている。これは、経験のない顧客にいきなり高額な投資をさせたり、不必要な売買を短期に繰り返させるような強引な勧誘を助長する要因ともなり得る。
現在は、販売業者が販売手数料と保有手数料(販売業者、運営会社、信託銀行で分配する)の双方をとる商品が多いが、保有手数料のみとする、または販売手数料も徴収するとしても事務処理にかかる実費程度とするという制度設計が望ましい。保有にかかる手数料は、顧客が長期に商品を保有するほど収益が多くなることから、経済的にリスク耐性のある顧客に販売するインセンティブとなるとともに、無意味な乗換売買を助長させるおそれがなくなる。また、運用実績が上がれば、手数料も上がり、顧客と販売業者の利益も一致する。わが国では、xxと比較して、新規商品の割合が高く、保有期間が短いとのデータもある。その結果、信託商品の規模が小さくなり、コスト高になっているといったことも指摘されている(41)。手数料体系を変更することで適合性を欠く顧客への販売や、顧客のニーズに合わない商品の販売がなくなると、投資信託の保有期間が長くなるという効果も期待できる。保有期間が長くなることで、信託商品の規模が大きくなり、コストがおさえられるというメリットもある。
3. 取引開始後の能力の喪失について
窓口での対面取引や電話での取引であれば、販売業者側が顧客の状況についてある程度の理解が可能である。しかしながら、インターネット取引においては、顧客の状況を銀行側が把握することが困難である。そこで、取引開始当初は判断能力のあった高齢者が、次第に判断能力を失っていき、不適切な取引をして財産を失うといったことを防止する必要がある。制限行為能力者制度は、裁判所への申し立てが必要であり、判断能力が失われてから行為能力が制限するまでにタイムラグがあるし、一人暮らしの高齢者であれば、判
断能力が低下したことに誰も気づかないこともあり得る。したがって、投資信託のような継続的取引において、取引開始後に判断能力を失った場合には十分な機能を果たしえない。そこで、一定の年齢以上の顧客には定期的になんらかの形で、判断能力の疑義がないかをチェックする仕組みづくりをすることが考えられる。
4 .総 括
投資信託契約の適正化を図るためには、適合性を欠く顧客への勧誘・販売を差し控える、顧客保護のための社内手続きを遵守するといった販売業者のコンプライアンス意識を高めることはもちろんであるが、 1 から 3 で検討してきたように、一定の範囲で事業者の助言義務を認めること、販売手数料システムの見直し、取引開始後の能力喪失への対応が必要である。
【注】
(1)一般社団法人投資信託協会「投資信託の主要統計」2019年 2 月 2 頁。
(2)国民生活センター Web サイト http://www.kokusen.go.jp/soudan_topics/ data/tousin.html
(最終閲覧日2019年 5 月25日)
(3)適合性原則は、もともと、1939年にアメリカの全米証券業協会(NASD)によって制定されたルールである。同ルールは、金融業者が、顧客の属性に照らして当該顧客にとって適合性を有する投資取引を勧誘すべきことを要求した。1990年代には、一般投資家に対する情報収集義務や機関投資家が適合性原則の適用範囲から除外されるなどの変更があった。2008年のリーマンショックに始まる金融危機を受けて金融取引行規制機構(FINRA)は2009年に適合性原則の改正作業に着手し、2012年に新しい適合性原則が適用されるようになった。適合性原則には、①合理的根拠適合性
(reasonable-basis suitability)、②特定顧客適合性(customer-specific suitability)、③量的適合性(quantitative suitability) の
3 つが含まれている(王冷然「米国における「合理的根拠適合性」」消費者法ニュース109号(2016)15頁以下)。
(4)河上正二「「適合性原則」の考え方を消契法に」消費者法ニュース109号(2016)
5 頁。
(5)松尾直彦「銀行の投資信託勧誘の敵御愚生原則・説明義務違反の例」ジュリスト 1439号(2012)121頁(2006)。
(6)鈴木雄介「ノックイン型投資信託の販売行為に適合性原則違反等が認められた事例」金融・商事判例1355号(2010) 6 頁。
(7)黒沼悦郎「東京高判平成15年 4 月22日について」ジュリスト1310号(2006)166頁。
(8)山本豊「契約準備・交渉過程に関わる法理(その 2 )―適合性原則、助言義務」法学教室336号(2008)103頁。
(9)横山美夏「説明義務と専門性」判例タイムズ1178号(2005)24-25頁。
(10)たとえば、顧客が証券会社で証券取引を行っていた場合など。
(11)潮見佳男、『契約法理の現代化』、有斐閣、
(2004)130−131頁。
(12)角田美穂子『適合性原則と私法理論の交錯』 7 頁。小池卓也「デリバティブ取引による投機とリスク・ヘッジ」神戸学院法学40巻 2 号(2010)283頁以下。
(13)賭博罪の成否が問題となる取引の私法上の効果については、須藤純正「デリバティブと賭博罪の成否(2)」法学志林110巻 1 号(2012) 9 頁以下参照。
(14)賭博に該当するもののなかで、社会的に許容されるものとそうでないものがあるのは何故かを分析したものとして、森田果
「射幸契約はなぜ違法なのか?」NBL849号(2007)35頁がある。
(15)デリバティブ取引における為替リスクのヘッジ。
(16)桜井健夫「仕組商品被害救済の実務」現代消費者法18号(2013)79頁、82頁。
(17)滝沢昌彦「契約環境に対する消費者の権利―自己決定とプライバシー」『岩波講座 現代の法13』(1997)岩波書店88−89頁。
(18)COBS9.2.1R.
(19)COBS 9.2.3R.
(20)COBS 9.2.2R(3).
(21)COBS 9.2.2R(2).
(22)COBS9.2.5R.
(23)COBS 9.2.6R.
(24)COBS 9.4.1R.
(25)COBS 9.4.7R.
(26)上杉めぐみ「英国、EU 金融サービス指令における適合性原則(特集 適合性原則と消費者法(日本消費者法学会第 8 回大会資料))」現代消費者法28号(2015)51頁。
(27)RDR の背景および内容の詳細については、塚原成侑、長谷川圭輔「金融機関の「助言義務」についての法的一考察:助言の法的位置付けをめぐる英国、ドイツの制度を
手掛かりとして」金融研究第36巻第 2 号
(2017)92頁−97頁参照。
(28)COBS 6.2B.11R.
(29)Glossary.
(30)COBS 6.2B.33, COBS 9.6.5R.
(31)塚原、長谷川、前掲注(27)。
(32)COBS 6.1A.4R(1).
(33)COBS 6.1A4R(2).
(34)川地宏行「投資取引における適合性原則と損害賠償責任(一)」法学論叢83巻 4・
5 合併号35頁。
(35)角田、前掲注(12)184-185頁。
(36)川地、前掲注(34)35-36頁。
(37)角田、前掲注(12)188頁。
(38)角田、前掲注(12)176頁、川地、前掲注(34)47頁。
(39)角田、前掲注(12)186頁。
(40)角田、前掲注(12)190頁。
(41)杉田浩治「投資信託の販売をめぐる世界の動向」日本証券経済研究所(平成28年 9 月 8 日)113頁−114頁。
(おおぬま・ゆきえ)