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「役務提供契約・請負・委任」の改正試案〔第4準備会報告〕
民法(債権法)改正検討委員会
全体会議(第7回) 2008 年 9 月 23 日
1.役務提供契約
(1) 役務提供契約の定義
Ⅳ-5-1 「役務提供契約」の定義
(甲案)役務提供契約は、当事者の一方が役務を提供することを約し、相手方がこれに対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
(乙案)役務提供契約は、当事者の一方が報酬を受けて、または報酬を受けないで、役務を提供することを相手方に約し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
【提案要旨】
「役務提供契約」の定義および成立要件を定めるものである。
【解説】
(a) 役務提供契約の総則規定の創設
雇用・請負・委任・寄託といった各種の役務提供契約に関する現行規定のなかにも、当該契約類型にのみ妥当する固有の規律といえるもののほか、当該契約類型を超えて広く役務提供契約一般に妥当するのではないかと考えられる規律が含まれている。そのような役務提供契約の一般原則を示す規律群を括り出して、総則規定に移しかえることによって、雇用・請負・委任・寄託を包摂する上位のカテゴリーとして「役務提供契約」を位置づけ、それに関する総則規定を設けるものである。
このようにして括り出された役務提供契約の共通ルールともいうべき総則規定を置くときには、各種の役務提供契約に関する規定は、各種契約の類型の特性に応じて、それらを修正ないし補充する規律群として純化し、整序することになる。
その結果、一方で、役務提供契約の総則規定は、雇用、請負、委任、寄託といった各類型に当てはまる契約についても、各類型の規律がこれを修正ないし排除しない限度において、総則規定として適用される(Ⅳ-5-11を参照)。
他方で、雇用、請負、委任、寄託のいずれにも当てはまらないその他の役務提供契約については、その一般的な受け皿としての総則規定が妥当することとなる。改正試案では、後に述べるように、「請負」を仕事の成果物の引渡しを観念しうる場合に限定しており、純粋の無形請負(例えば、運送契約など)は請負ではなく、役務提供契約の総則規定によって規律される。また、「委任および準委任」を受任者が委任者のために第三者との関係で法律行為または事務処理を行う場合に限定しているので、それ以外の役務提供契約(例えば、医療契約や在学契約など)は、役務提供契約の総則規定によって規律される。
(b) 対象とする範囲――有償役務提供契約と無償役務提供契約
役務提供契約の総則規定を設ける場合に、有償契約に限定するのか、有償・無償の双方の契約を含めるのか、後者の場合には無償契約にのみ妥当する規律を併せて用意するかと
いう点が問題となる。現行規定においては、雇用・請負は有償契約であるが、委任・寄託は無償契約を含んでいる。
上記提案のうち、甲案は、有償の役務提供契約に対象を限定した定義規定であるのに対し、乙案は、有償または無償の役務提供契約の双方を対象とした定義規定である。いずれの定義規定とすべきであるかは、役務提供契約の総則規定としていかなる規律を定めるかによる。Ⅳ-5-2以下で検討する規律の内容からすると、その大部分は、有償役務提供契約のみに妥当する規律であって、無償役務提供契約に関わる規律としては、役務提供者の義務内容(Ⅳ-5-2)および役務受領者および役務提供者の任意解除権(Ⅳ-5-9・Ⅳ-5
-10)のみである。また、有償役務提供契約と無償役務提供契約に共通して妥当する規律は限られており、法技術的には、無償役務提供契約は切り離して別個に規律を定めることも考えられる。
一方で、甲案を採った場合の問題点としては、委任や寄託には無償の場合が含まれるから、役務提供契約を有償のみとすると、その「総則性」が弱まることが挙げられる。権利移転型および貸借型の契約にはそれぞれ有償と無償の双方があるのだから、体系的な観点からは、役務提供型の契約にも有償と無償の双方を規定しておいた方がよいのではないかというわけである。
甲案によるときは、無償委任・無償寄託以外の無償役務提供契約については、民法典に規定の欠缺が生ずる。これらは無名契約として扱われ、各事案に応じた個別契約の解釈にゆだねられることになるが、かりに無償役務提供契約について共通に妥当する規律を定式化することが可能であるならば、総則規定を用意しておく方が望ましいといえよう。この点で、売買の規定を売買以外の有償契約に準用する(現行民法 559 条)のとパラレルに、贈与の規定を贈与以外の無償契約に準用することによって上記の欠缺を補充するという方法もありうるが、贈与の規律をすべての無償役務提供契約に及ぼしてよいかは問題であり
(特に書面による契約の撤回不可能性)、むしろ無償役務提供契約についてはそれに適した規律を設けるべきはないかと考えられる。
他方で、乙案を採用し、無償役務提供契約に関する規律を設ける場合には、次の点が問題となる。
第1に、履行請求権や損害賠償請求権が付与される法的拘束力を有する債務の発生を目的とした無償役務提供契約と、好意に基づく無償の役務提供の約束ないし合意との区別をどうするかという問題がある。乙案では、「役務を提供することを相手方に約し」という表現を用いているが、文理上は、好意に基づく役務提供の約束も広くこれに含まれるように読まれるおそれがある。
この点は、契約ないしは無償契約一般について検討されるべき問題であるが、債権総則ないし契約総則レベルにおいては、この点に関する一般的な規律が定められないとすれば、契約各則レベルにおいて検討する必要がある。そして、現行民法においては、無償契約の典型契約としては、物給付に関わる権利移転型契約(贈与)および貸借型契約(使用貸借、無利息消費貸借)を別にすれば、特定の役務提供を目的とした契約(委任、寄託)が存するのみであるから、実際上、好意に基づく役務提供の約束との区別についてデリケートな問題を生ずる多くの場合が、無償役務提供契約に関わることになる。乙案を採用する場合には、この点が改めて課題として浮上する。
なお、上記の点の考慮から、乙案を採る場合においても、役務提供契約の成立要件として、役務提供を有償で行う合意または無償で行う合意のいずれかが存することを要求しており、有償と無償のいずれでもない抽象的な役務提供の約束にとどまる場合には、法的拘束力を伴う役務提供契約の成立は認められないものとしている。
第2に、第1とも隣接する問題ではあるが、好意に基づく役務提供の約束と区別された
無償役務提供契約に対象を限定しても、その多様性にどのように対応するかが問題となる
(現在の問題状況につき、xxxx「無償行為論の再検討へ――現代におけるその位置づけを中心に」xxx・xxxx編『xxxx先生傘寿祈念論集・法の生成と民法の体系』(2006)33頁以下を参照)。
ひとくちに無償役務提供契約といっても、家族間や友人間など親密圏において締結される無償役務提供契約から、非営利の事業活動を行うボランティア団体から派遣される個人が締結する各種の援助・扶助契約やNPO団体・自治体などがコーディネートする学校教育支援活動としての役務提供契約など組織的基盤を有する社会的活動ないし市民活動として行われる無償役務提供契約に至るまで、実に様々なものが存する。これらに共通して妥当する規律を考えることができるのか、あるいはその多様性に対応しうる要件および効果の設定が可能であるかが問題となる。かりに、すべてに妥当する規律を考えるのは困難であるとすれば、当事者の合意で修正することが可能な任意規定としては、いずれのタイプを想定すべきかが検討されなければならない。
以上のように、甲案・乙案のそれぞれに検討すべき問題点がある。乙案について述べた課題をクリアすることが可能であれば、乙案を採用するのが望ましいが、それが困難である場合には、甲案にとどまることになろう。この点は、今後さらに慎重に検討を深める必要がある。
なお、比較法的にみると、役務提供契約の総則規定を設けるオランダ民法典第7編 契約各則 400 条 1 項は無償役務提供契約を含めるのに対し、役務提供契約に関するヨーロッパ契約法原則(PELSC)1:115 条、およびヨーロッパ私法に関する共通参照枠草案(DCFR)
Ⅳ C-1:101 条では、有償役務提供契約に対象を限定した規律が設けられており、上記の検討に当たって参照に値しよう。
(2) 役務提供者の基本的義務
Ⅳ-5-2 役務提供者の義務内容
① 役務提供者は、契約で定めた目的または結果を実現する義務を負うことを約した場合を除き、契約で定めた目的または結果を実現するために善良な役務提供者に通常期待される注意をもって、役務の提供を行う義務を負う。
②(甲案)規定を置かない。
(乙案)①にかかわらず、役務提供が報酬を受けないでなされる場合には、無償であることを考慮して、役務提供者は①よりも相当程度に軽減された注意をもって、役務の提供を行う義務を負う。ただし、役務提供者が専門家または事業者として役務の提供を行う場合には、この限りでない。
【提案要旨】
役務提供契約が原則として手段債務であることを定めるとともに、無償役務提供契約を定めるときは、役務提供者の注意義務の軽減について規定する。
【解説】
(a) 役務提供義務の手段債務性
上記提案①は、役務提供契約における役務提供者の基本的義務の内容について規定したものである。役務提供契約においても、役務提供者が契約で定めた目的または結果の実現そのものに義務づけられることを約する場合(結果債務)と、契約で定めた目的または結果を実現するために一定の注意義務を負うことを約する場合(手段債務)とがありうる。ある役務提供契約に基づく債務の内容がそのいずれであるかは、基本的には契約当事者の
合意によって定まるが、物給付の場合とは異なり、役務提供契約は手段債務とするのが当事者の通常の意思であるとみることができる。そこで、結果債務であることが合意されない限りは、手段債務であることを示したものである。
(b) 無償役務提供契約における注意義務の軽減
Ⅳ-5-1において、有償役務提供契約に対象を限定する甲案を採ったときには、上記提案②においても、甲案のように①のみを規定すれば足りることになる。
これに対し、無償役務提供契約を含めて規定するときには、役務提供が無償でなされることを考慮して、①で規定する役務提供者の注意義務の内容を軽減すべきではないかが問題となる。もっとも、無償の役務提供契約について一律に注意義務を軽減してよいかは問題がある。
第1に、報酬の支払を伴わない事業者による役務提供契約については、これを純粋に無償の役務提供と評価してよいかが問題となる。当該役務提供のみに着目すれば報酬の支払を伴わないものであったとしても、関連する複数の契約や継続的な取引を全体として観察するときには有償性を帯びることも少なくなく、事業者の役務提供契約については無償性の評価はそれほど容易ではない。第2に、役務提供者がいわゆる専門家である場合には、たとえ無償であっても、当該専門家として要求される水準の注意を尽くすべきことが合理的に期待されるということもできる。
以上から、乙案では、無償の役務提供契約については、その無償性を考慮して注意義務の程度を①よりも軽減することを原則としつつも、役務提供者が事業者または専門家である場合には、①の原則に戻ることを定めている。
(3) 報酬請求権に関する規律
Ⅳ-5-3 事業者の報酬請求権
*(甲案)事業者がその [営業 / 事業] の範囲内において役務を提供することを約したときは、相手方はそれに対して相当な報酬を支払うことを約したものと推定する。 (乙案)事業者がその [営業 / 事業] の範囲内において役務を提供したときは、相当な報酬を請求することができる。
【提案要旨】
事業者がその営業または事業の範囲内で行う役務提供の有償性を定めるものである。
【解説】
上記提案は、現行商法 512 条を勘案しつつ、「事業者」概念を用いることで、事業者がその営業または事業の範囲内で役務を提供する場合には、相当の報酬を支払うべき合意があるとするものである。Ⅳ-5-1によれば、報酬の合意が有償役務提供契約の成立要件となるが、Ⅳ-5-3の規律により、事業者については役務提供の合意のみで契約が成立することになる。
上記提案のうち、事業者が役務提供をすることを約した場合には、甲案は、相当の報酬の支払う旨の合意を推定するにとどまるのに対し、乙案は、現行商法 512 条と同じく、当然に相当の報酬を請求することができるとしている。このうち、甲案を原案としたのは、事業者が営業の範囲内で役務提供を行う場合であっても、他の有償契約に付随して役務提供の合意がなされる場合には、無償での役務提供がありうることを考慮に入れたものである。乙案でも、「相当な報酬」の解釈によってこのような場合の処理は可能ではあるが、文理上はやや疑義が残るところである。
また、「[営業 / 事業]の範囲内において」としたのは、一般に「事業」には営利目的以外
のものも含まれるから、営利性を要素としない要件設定で有償性を認めるのは広すぎるとすると、「営業」に限定する必要がある。もっとも、営利目的でない収益事業がありうるとすると、もう少し広く「事業の範囲内」について有償性を推定してよいとの考え方もありうる。この点は、「事業」「営業」などの概念をどのように定義するかに関わる問題であり、その他の選択肢も含めて、第1準備会における検討をまってさらに詰める必要がある。
Ⅳ-5-4 報酬額の決定方式
① 成果完成型(定額報酬方式)
契約において定めた成果に対して定額の報酬を支払うことを合意したときは、役務提供者は、役務提供によって当該成果を完成 [達成] しなければ、その報酬を請求することができない。
② 段階分割履行型(履行割合報酬方式)
①の合意がないときは、役務提供者は、その提供した役務に対する報酬を請求することができる。
【提案要旨】
役務提供契約において、役務提供とその対価である報酬との関係について、成果完成型と段階分割履行型の2類型があることを定めるものである。
【解説】
役務提供契約は、①成果完成型(定額報酬方式)と②段階分割履行型(履行割合報酬方式)とを区分することが可能である。これは、役務提供とその対価である報酬との関係から、契約のユニット(履行単位)をどのように評価するのかという問題である。
すなわち、①は、役務提供によって所定の成果を完成(達成)すれば、それに対して一定の報酬を得ることが約定されている場合であるのに対し、②は、時的ないし量的に区分された段階に従って役務提供を行い、その履行段階に応じて一定の報酬が支払われることが約定された場合である。このような規律は、その内容から見れば、①が現行規定の請負に対応するのに対し、②は委任にほぼ対応するものである。しかし、成果完成型と段階分割履行型の区別は、請負および委任のそれぞれの内部でも妥当するものであって、むしろ役務提供契約一般において妥当する区分として、総則規定の中に括りだして一般化するのが適当である。
ある役務提供契約が、①と②のいずれに当たるかは、当事者の合意内容によって定まるが、上記提案では、①の合意がなされた場合以外は②に当たるという整理をしている。
Ⅳ-5-5 役務提供と具体的報酬請求権との関係
① 役務提供者は、役務の提供をしなければ、それに対する報酬を請求することができない。
② 役務受領者が報酬を前払した場合において、役務提供者が役務の全部または一部を提供することができない [提供しないことが確定した] ときは、提供しなかった役務に対する報酬額を役務権利者に返還しなければならない。
【提案要旨】
役務提供契約においては、役務提供によって具体的報酬請求権が発生するという一般原則を定めるものである。
【解説】
(a) 役務提供と具体的報酬債権との関係
上記提案①は、役務提供契約においては、役務提供者がその債務の履行として役務提供を行うことによって、報酬請求権は具体的に発生するとの一般原則を明文化するものである。現行規定においても、判例・通説によれば、役務提供と具体的報酬債権との関係につい
て、一般に次のように説明されている。
まず、雇用契約に関しては、「労働者が労働契約の義務の履行として労務提供をしなければ、賃金請求権は具体的に発生しない」というノーワーク・ノーペイの原則が承認されている。通説的見解によれば、抽象的な基本債権としての賃金請求権については、雇用契約の成立と同時に発生するのに対し、具体的な支分権としての具体的賃金請求権は、労働者が現実に労務を履行して初めて発生すると説明される。
また、請負契約に関しては、請負は、仕事の完成に対して報酬を支払うことを要素とし、仕事の完成と報酬とが対価関係に立つものと捉えられている。したがって、請負契約の成立と同時に報酬債権は発生するが、仕事の完成前は具体的な報酬請求権は成立していないと説かれている。
以上のように、役務提供契約においては、役務の提供によって報酬請求権が具体化するという原則を抽出することができる。この原則を明文化することによって報酬請求をめぐる法律関係の処理をより安定的なものとすることが可能となる。
この点を検討するうえで、役務提供の対価としての報酬債権の「発生」については、理論的な観点から、いくつかの局面を区別しておくことが適切である。
第1は、抽象的な基本債権の発生のレベルである。抽象的な報酬債権は、契約の成立と同時に発生しており、譲渡等の処分の対象となる。
第2は、報酬債権の請求可能性が付与されるレベルである。役務提供契約については、報酬後払の原則が採られており(雇用 (624 条)、請負 (633 条)、委任 (648 条 2 項))、上記の原則は、これらに間接的に規定されていると見ることも可能ではある。もっとも、これらは任意規定であり、当事者が前払の合意をすれば、労務提供前であっても報酬債権に請求可能性を付与することは可能である。しかし、その場合でも、あくまで前払がなされるにすぎず、役務提供がなされなかった場合には、報酬債権に終局的な給付保持力はなく、前払金は当然に返還しなければならない。
第3は、具体的な報酬請求権の発生のレベルであり、既に見たように、役務提供によって初めて具体的請求権として報酬債権が成立し、給付保持力を獲得する。
(b) 双務契約の牽連性の確保 ―― 危険負担の解除権的構成の排除
以上に述べた役務提供契約における具体的報酬債権の発生の基本原則からは、役務提供債務が履行不能となったときは、その反対給付である具体的な報酬請求権が発生しないことが確定し、その結果、役務受領者はその債務を当然に免れるという帰結が導かれる。そして、上記の法理は、債権者・債務者のいずれかに帰責事由がある場合であっても、両当事者に帰責事由がない場合であっても同じく妥当する。
このことは、危険負担に関して、役務提供契約においては、双務契約の牽連性は、現行 536
条 1 項の適用を待つまでもなく、その契約の構造から当然に確保されることを意味する。
したがって、契約総則レベルにおいては、現行 536 条 1 項に代わる規律として、債権者が反対給付を免れるためには解除の意思表示を要するという危険負担の解除権構成を採用したとしても、そのような規律は、役務提供契約には妥当しない。なぜなら、解除権的構成は、解除前に、抽象的な基本債権が存続しているだけではなく、具体的な報酬請求権が成立していることが前提となるが、役務提供契約ではこの前提に欠けるからである。
以上のことは、上記提案①から当然に導かれるものであるから、とくにその旨を規定す
る必要はない。
(c) 報酬の前払の場合における返還義務
上述した整理によれば、第2のレベルで前払の合意がなされることにより、報酬の請求可能性が付与され、役務受領者が報酬を前払したが、第3のレベルでは、結局、役務提供がなされず、具体的報酬債権が発生しないことが確定した場合である。この場合には、報酬債権に終局的な給付保持力はなく、前払金は当然に返還しなければならない。
かかる帰結は、上記提案①から導くことは可能ではあるが、上記提案②は、これをxxで規定することによって、報酬債権に関して第2と第3のレベルが区別されるべきことを明らかにするものである。
Ⅳ-5-6 報酬の支払時期
① 成果完成型の役務提供契約においては、役務提供者は、その役務提供により成果を完成した後でなければ、報酬を請求することができない。
② 段階分割履行型の役務提供契約においては、役務提供者は、その役務を提供した後でなければ、報酬を請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、その期間を経過した後に、報酬を請求することができる。
【提案要旨】
役務提供契約における報酬の支払時期について、後払の原則を定めるものである。
【解説】
(a) 成果完成型の役務提供契約における報酬後払の原則
上記提案①は、成果完成型の役務提供契約において、報酬は役務提供後の後払が原則となることを規定するものである。請負に関する現行民法 633 条に相当する規律を役務提供契約に一般化したものである。
(b) 段階分割履行型の役務提供契約における報酬後払の原則
上記提案②は、段階分割履行型の役務提供契約において、報酬は役務提供後の後払が原則となることを規定するものである。委任に関する現行民法 648 条に相当する規律を役務提供契約に一般化したものである。
(c) 報酬後払の原則の任意規定性
Ⅳ-5-6は任意規定であって、当事者の約定によって報酬の前払請求が認めることは可能である。もっとも、報酬の前払がなされた場合であっても、役務提供をしないことが確定したときには、Ⅳ-5-5②の規律によって処理される。
Ⅳ-5-7 役務提供が中途で終了した場合における既履行部分の報酬請求
① 成果完成型の役務提供契約において、その役務提供契約によって成果を完成することができない場合であっても、既に行った役務提供の成果が可分であり、かつ、既履行部分について役務受領者が利益を有するときは、役務受領者は既履行部分については契約を解除することができない。この場合において、役務提供者は既履行部分に対する報酬を請求することができる。
② 段階分割履行型の役務提供契約において、役務提供契約が役務提供の中途で終了したときは、役務提供者は、既に行った役務提供の履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
【提案要旨】
役務提供が中途で終了した場合において、既履行部分の報酬請求が認められる要件について定めるものである。
【解説】
(a) 成果完成型の役務提供契約における一部解除の法理
上記提案①は、請負契約における一部解除の判例法理を、成果完成型の役務提供契約の規律として一般化して規定するものである。
請負契約は、仕事完成に対して報酬を支払う契約であって、仕事完成義務が報酬支払に対して先履行の関係にあるから、仕事完成前は報酬請求をなしえないのが原則である。しかし、判例(大判昭和 7 年 4 月 30 日民集 11 巻 7 号 780 頁、最判昭和 56 年 2 月 17 日判時 996
号 61 頁)は、工事全体が未完成の間に、注文者が請負人の債務不履行を理由にその契約を解除する場合において、工事内容が可分であり、かつ、当事者が既施工部分の給付に関し利益を有するときは、特段の事情のない限り、既施工部分については契約を解除することはできないとする。この判例法理は、上記原則の例外として、上記の要件のもとで、仕事完成前であっても、既施工部分については仕事が一部完成したものと扱い、既施工部分についての解除を否定するとともに、それに対応する部分的な報酬請求を認めるものであり、成果完成型の役務提供契約を段階分割履行型として再評価することを意味する。そして、このような判例法理は、請負のみならず、成果完成型の役務提供契約に広く妥当するものであるといえるから、これを役務提供契約の総則規定として定めるのが適当である。
成果完成型の役務提供契約では、成果の完成がなお可能である場合には、役務受領者はその履行を求めることができるから、役務提供者に既履行部分の報酬請求が認められるのは、残りの成果完成が履行不能となった場合であるといえよう。
上記判例の一部解除の法理は、役務受領者が契約を解除した局面に関するものであるが、役務受領者が契約を解除しない場合であっても、履行不能が確定したときには、役務提供者に既履行部分の報酬請求を認めてよいであろう。
(b) 段階分割履行型の役務提供契約における中途終了の扱い
上記提案②は、委任に関する現行民法 648 条 3 項の規律を段階分割履行型の役務提供契約に一般化したものである。
Ⅳ-5-8 役務提供が不可能な場合における具体的報酬請求
① 役務受領者に生じた事由によって、役務提供者がその役務を提供することが不可能となったときは、役務提供者は、既に行った役務提供の履行の割合に応じた報酬およびその中に含まれていない費用を請求することができる。
② 成果完成型の役務提供契約において、役務受領者の協力義務違反によって役務を提供することが不可能となったときは、役務提供者は、約定の報酬から解除によって支出を免れた費用 [自己の債務を免れることによって得た利益] を控除した額の損害賠償を請求することができる。
【提案要旨】
役務提供が不可能になった場合において、役務提供者の具体的報酬請求権が認められる場合の要件とその効果を定めるものである。
【解説】
(a) 役務提供がない場合における具体的報酬債権発生の根拠規定の必要性
Ⅳ-5-4①で定めるように、役務提供契約においては、役務提供がなされることによっ
て報酬請求権は具体的に発生するとの一般原則を前提にすると、役務提供がなされなかったにもかかわらず、役務提供者に具体的な報酬請求が認められる場合があるとすれば、そのことを基礎づける法的根拠(具体的債権の発生原因)を規定する必要がある。
判例において、このような具体的債権の発生原因として用いられているのが、現行民法 536 条 2 項である。すなわち、雇用契約に関しては、使用者の帰責事由によって就労が不能となった場合など、労務提供がない場合における具体的な賃金請求権の発生原因として、 536 条 2 項が広く用いられている。また、請負契約に関しても、注文者の帰責事由によって仕事完成が不能となった場合には、請負人は残債務を免れるとともに、536 条 2 項によって、注文者に対し請負代金全額から自己の残債務を免れたことによる利益を控除した額を請求しうるとする(最判昭和 52 年 2 月 22 日民集 31 巻 1 号 79 頁)。
このように、役務提供契約に関しては、536 条 2 項は、役務受領者の帰責事由によって役務提供が不能となった場合において、労務提供がなされなくとも具体的賃金請求権を発生させる根拠としての意義を有している。そうすると、かりに契約総則レベルにおいて 536条が廃止されたとしても、役務提供契約の総則規定において、536 条 2 項に相当する規律を定めることが必要となる。もっとも、536 条 2 項は、「反対給付を受ける権利を失わない」と規定するが、役務提供契約では、いまだ役務提供を行っていない部分については、反対給付である抽象的な報酬債権が消滅しないというにとどまり、具体的な報酬債権が発生することまでは基礎づけられないはずである。したがって、この点は、役務提供がないにもかかわらず、具体的な報酬債権が発生することを示す表現に改める必要がある。また、この場合に認められるのは、所定の報酬額から役務提供を免れたことによる利益を控除した額である。以上を考慮すると、Ⅳ-5-9と同様に、役務提供者が当該契約に合理的に期待される利益についての損害賠償請求として位置づけるのが適当である。
(b) 要件および効果の設定
要件については、536 条 2 項によれば、役務受領者の「責めに帰すべき事由による履行不能」を要件とするが、債務者と異なり、債権者に契約上の義務をつねに観念しうるわけではいから、「債権者の帰責事由」という概念は多義的であって、そのまま維持するのが必ずしも適当とはいえない。他方で、その効果についても、役務提供者が役務を提供しえない事由の性格によって、当該契約に合理的に期待される利益についての賠償請求を認めるべき場合と、既履行部分についての報酬等の請求にとどめるべき場合とがあるのではないかと考えられる。
そこで、上記提案では、①では、その事由のいかんをとわず、役務受領者の側に生じた事由によって役務提供者が役務提供をなしえない場合には、既に行った役務提供に対する報酬等を請求することができるとしつつ、その例外として②では、役務受領者が役務を受領しないことが役務受領者の協力義務違反と評価できるような場合には、役務提供者に対し、当該契約から得られることが合理的に期待される利益についての損害賠償請求を認めるものである。
このうち、①の既履行部分に対する報酬請求については、Ⅳ-5-4の原則によっても、既に行った役務提供に対する報酬であるから、具体的な報酬債権は基礎づけられるはずである。役務提供契約のうち、段階分割履行型については、Ⅳ-5-6②によって導かれるものと同じである。これに対し、成果完成型については、Ⅳ-5-5②によるのでは、要件がやや厳格にすぎる。上記①の提案は、後者について要件を緩和する点に意義がある。
他方で、②の未履行部分に対する報酬請求については、Ⅳ-5-9の場合に役務提供者に認められる損害賠償と同一の内容としたものである。このことは、理論的には、役務受領者の協力義務違反に対するサンクションと、役務受領者の任意解除権の関係から導かれる帰結である。すなわち、役務受領者に役務を受領することについて協力義務が認められる
場合であっても、役務受領者はいつでも任意解除権を行使して、Ⅳ-5-9に所定の損害賠償を支払うことによって、かかる協力義務を免れることができる。したがって、②における損害賠償請求の内容は、Ⅳ-5-9を超えることはできないはずである。このように考えると、
Ⅳ-5-7とⅣ-5-9とは連動させる形で構想するのが適当であると考えられる。
(c) 第1準備会の提案との関係
上記提案は、最終的には、契約総則レベルにおける第1準備会の提案との調整を図る必要があるが、現時点での提案(第 5 回全体会議資料)との関係では、一定の留保が必要である。
第1準備会の提案では、現行民法 536 条 2 項による債務者の救済を何らかの形で存続させることが提案されているので、536 条 2 項に代わる受け皿は、契約総則レベルで用意されることが見込まれる。もっとも、その要件および効果については、上記提案とはやや異なっている。すなわち、要件については、いずれの構成においても、役務提供をなしえない「当該事由の発生につき債権者が危険を引き受けていたとき」という要件設定になっているが、それが具体的に何を意味するのかは必ずしも明らかではない。また、効果との関係では、当該事由のいかんにかかわらず、役務提供者に認められる救済を一様に考えているようであり、その点でも上記提案とは異なっている。これらの点の明確化を待って、両者の調整を図る必要があろう。
(4) 役務提供契約における任意解除権
Ⅳ-5-9 役務受領者の任意解除権
① 役務提供者がその役務の提供を完了しない間は、役務受領者は、いつでも契約の解除をすることができる。
② ①の場合において、役務提供者は、解除によって生じた損害の賠償として、次の各号に掲げる額を請求することができる。
1 成果完成型の役務提供契約においては、約定の報酬から解除によって支出を免れた費用 [自己の債務を免れることによって得た利益] を控除した額
2 段階分割履行型の役務提供契約においては、既に行った役務提供の履行の割合に応じた報酬およびその中に含まれていない費用
【提案要旨】
役務提供契約における役務受領者の任意解除権の要件および効果について定めるものである。
【解説】
(a) 役務提供契約の一般原則としての役務受領者の任意解除権
上記提案①は、すべての役務提供契約に共通に妥当する規律として、役務提供が完了する前における役務受領者の任意解除権(解約告知権)を定めるものである。
これは、役務提供が完了する前において、当該契約によって実現する利益が消滅した場合には、役務受領者は、役務提供の受領を強制されるべきではないことから、将来に向かって当該契約を解除することを認めるものである。現行規定においても、雇用・請負・委任に共通して、役務受領者の側の任意解除権が認められているが、これを役務提供契約の共通規定として括り出すことが適当である。
(b) 有償役務提供契約における任意解除に伴う役務提供者の損害賠償請求
上述した理由から、役務受領者の任意解除権を認めるときには、他面で、役務提供者にとっては、当該契約に合理的に期待される利益を得る機会が一方的に奪われることになるから、原則として、このような役務提供者の利益は、損害賠償によって調整するべきであろう。
そして、損害賠償の要否および範囲を考えるに当たっては、役務提供者が当該契約によってどのような利益を得ることが保障されていたのかが問題となるが、この点は、Ⅳ-5-
4で定めた成果完成型(定額報酬方式)と段階分割履行型(履行割合報酬方式)との区別によって異なる。
すなわち、成果完成型の役務提供契約においては、役務受領者が任意解除をした場合には、役務提供者は、その報酬相当額から、任意解除によって支出を免れた費用を控除した額の損害賠償が認められるべきである。これに対し、段階分割履行型の役務提供契約にあっては、役務受領者が任意解除をした場合には、役務提供者は、既履行部分の報酬相当額および未履行部分について既に支出したが無益となった出費の損害賠償が認められるべきである。上記提案②は、このような規律を定めたものである。
(c) 無償役務提供契約における役務受領者の任意解除権
Ⅳ-5-1において、役務提供契約を有償契約のみならず、報酬を受けない無償契約を含める場合には、(a)で述べた趣旨は無償役務提供契約にも同じく妥当するから、上記提案①はこの場合にも当然に適用される。また、上記提案②は、有償役務提供契約を前提とした規律であって、報酬を受けない無償役務提供契約には適用がない。
Ⅳ-5-10 役務提供者の任意解除権
① 有償役務提供契約における任意解除権
*(甲案)有償役務提供契約については、役務提供者の任意解除権を定めない。
(乙案)役務提供者が報酬を受ける場合であっても、役務提供者は、やむを得ない事由があるときは、直ちに契約を解除することができる。
② 無償役務提供契約における任意解除権
(甲案)規定を置かない。
(乙案)役務提供者は、いつでも契約の解除をすることができる。ただし、役務受領者に不利な時期に解除がなされ、かつ、その解除が当事者のxxに反すると認められるときは、役務提供者は、契約の解除によって役務受領者が被った損害を賠償しなければならない。
【提案要旨】
役務提供契約における役務提供者の任意解除権の要件および効果について定めるものである。
【解説】
(a) 有償役務提供契約における役務提供者の任意解除権
役務提供契約一般を準委任と構成する現行民法の通説的見解においては、役務提供者の任意解除権は、当事者双方に任意解除権を認める 651 条の適用によって導かれている。しかし、委任に関して後に検討するように、651 条の規律は、委任に固有の領域を超えて、役務提供契約一般に広く妥当すべきものとはいえない。このような準委任構成の難点を回避するために、無名契約と構成する判例が見られるが(最判平成 18 年 11 月 27 日民集 60
巻 9 号 3437 頁は、在学契約を「有償双務契約としての性質を有する私法上の無名契約」
と捉えたうえで、憲法 26 条 1 項の趣旨や教育の理念から学生の任意解除権を認める一方で、大学の任意解除権は否定する)、役務提供契約の準委任構成を改めることによって、このような難点は解消されることになろう。
(b) やむを得ない事由(重大事由)による有償役務提供契約の解除の可否
有償役務提供契約については、原則として、役務提供者の任意解除権を否定するとして
も、任意解除権を一切認めなくてよいのかは検討を要する問題である。
役務提供に役務受領者の協力を要するときは、役務受領者の協力義務違反によって解除を認めれば十分であるとも考えられる。このように考えるときは、不履行解除以外に任意解除を認める規定は置かないという上記提案①の甲案を選択すべきことになる。
これに対し、役務受領者の協力義務違反があるか否かの評価が微妙である場合も想定される。そのような場合でも、やむを得ない事由によって解除を認めることで、役務提供者に契約からの離脱を保障すべきであるとの考え方もありうる。上記提案②の乙案はこれを定めたものである。
(c) 無償役務提供契約における役務提供者の任意解除権
Ⅳ-5-1において、役務提供契約の対象を有償契約に限定する甲案を採る場合には、上記提案②でも、甲案を採ることになる。
これに対し、Ⅳ-5-1において、有償役務提供契約のみならず、無償役務提供契約を含めて規定する乙案を採る場合には、無償役務提供契約における役務提供者の任意解除権についてどのように考えるかが問題となる。
上記提案②の乙案では、無償役務提供者は、いつでも契約を解除することが可能であることが原則であることを定めている。問題となるのは、その例外として、任意解除権が制限される場合があるのか、その要件および効果をどのように定めるかである。
乙案では、役務提供者の任意解除権が制限される例外的な場合であっても、その無償性に鑑みて、役務提供者の解除によって役務受領者の役務提供請求権の存続は否定されるものとしている。そのうえで、不当な解除によって役務提供者が不利益を被った場合には、その損害は金銭賠償によって填補されるとの考え方を採っている。そして、役務受領者の損害賠償請求が認められる場合の要件設定については、①役務受領者の不利な時期に解除がなされたこと、および、②解除が当事者のxxに反すると認められるものであること、という2つの要件を掲げている。とくに②の要件においてxxxという規範的概念を用いて要件設定を行ったのは、Ⅳ-5-1の解説で述べた無償役務提供契約の多様性への対応を考慮に入れたものである。
(5) 役務提供契約の総則性
Ⅳ-5-11 役務提供契約の総則性
Ⅳ-5の規定は、この法律その他の法律に別段の定めがある場合を除き、すべての役務提供契約に適用される。
【提案要旨】
Ⅳ-5に定める規律が役務提供契約の総則性を有することを確認するものである。
【解説】
Ⅳ-5-1の解説で述べたように、「役務提供契約」は、雇用・請負・委任・寄託を包摂する上位のカテゴリーとして位置づけられるものである。したがって、Ⅳ-5に定める各規定は、雇用、請負、委任、寄託といった民法典が定める役務提供契約の各類型についても、
また民法以外の法律が定める契約類型についても、それぞ.れ.の契約類型.に.関する規律がこれを修正ないし排除しない限度において、総則規定として適用される(準用ではない)。こ
のことは、Ⅳ-5-1の定義規定から当然に導かれることではあるが、Ⅳ-5-11 は、これを確認的に規定するものである。
2.請 負
(1) 請負の定義
Ⅳ-6-1 請負の定義
① 請負は、当事者の一方がある仕事を完成し、その目的物を引き渡すことを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
② この節の規定は、請負人の仕事の結果が注文者に引渡しを要する無体物である場合についても準用する。
【提案要旨】
請負契約を仕事の完成物とその対価の交換として捉えて、現行民法よりもその範囲を限定して規律を定めるものである。
【解説】
(a) 請負契約の意義――役務提供契約に対する特則性
現行民法の請負に関する規定については、相互に関連するが、理論的に区別されるべき
2つのイメージが混在している。
その1つは、仕事の成果(物) とその対価の交換として請負を捉えるモデルⅠである。起草者が採っていたこのモデルによれば、売買(物)と請負(仕事の成果物)とをパラレルに構成する方向につながる。
もう1つが、役務提供と対価との関係の観点からみて、一定の仕事の成果が完成したときにそれに対して一定額の報酬を支払うという成果完成型(定額報酬方式)と、段階を分けて役務提供をxx行い、その履行割合に応じて報酬を支払う段階分割履行型(履行割合方式)とを区別して、前者のタイプとして請負を捉えるモデルⅡである。
しかし、上記モデルⅠとⅡは必ずしもその対象が一致するとはいえない。請負の中にも、現実にはモデルⅡの2つの型があり、請負以外にもモデルⅠの2つの型はありうる。したがって、モデルⅡの観点からの区別は、役務提供契約の総則規定として括り出す規定を置いたうえで、請負は、モデルⅠが妥当する規律として純化する方向が合理的である。
以上のような前提に立つと、請負契約は、仕事の成果(物)とその対価との交換モデルが妥当する場合に限定することが妥当である。これによると、仕事の成果が有体物である「物請負」がその典型となるが、それ以外に、仕事の成果が無体物である「無形請負」をどのように扱うかが問題となる。この点については、仕事の成果が無体物であっても、その成果物の引渡し(準占有の移転)が観念できる場合には、これを含めてよいと考えられる。他方で、およそ成果物の引渡しを観念できない「無形請負」については、後述するように、目的物の「引渡し」および「受領」に関する請負の規律は妥当しないので、請負規定から除外し、役務提供契約の総則規定の規律によるのがむしろ合理的である。
なお、上記提案②では、「無体物」の概念を用いているが、より適切な表現がないかについては、さらに検討を詰める必要がある。
以上から、Ⅳ-6-1の①では、請負の定義に「目的物の引渡し」を加えることによって、上記の趣旨を明確にするとともに、②では、「請負人の仕事の結果が注文者に引渡しを要する無体物である場合」にも①の規律が妥当することを定めることにより、上記の趣旨を示すものである。
(b) 請負規定の基本方針
以上から、モデルⅠを基礎として請負を捉えるときは、請負契約を特徴づける中心的な概念は、請負人の仕事完成義務である。すなわち、請負とは、仕事完成によって報酬債権が具体化する契約であり、その仕事の成果と対価とを交換する契約と構成される。
この観点からは、仕事完成の前後で妥当すべき規律が異なってくる。仕事完成前においては、請負人は仕事完成義務という重い債務を負っており、仕事の完成によって債務が成果物に集中し、給付危険が移転する。ここに請負に固有の規律が見いだされる。
これに対し、仕事完成後においては、仕事の成果物とその対価との交換がなされる点で、基本的には売買とパラレルに考えることができる。むしろこの局面では、売買と請負とで適用される規律が異なることが不合理であって、ある契約が売買・請負・製作物供給契約のいずれに性質決定されてもその帰結が異ならない方が望ましい。したがって、現行の請負規定の主要部分をなす担保責任(634 条~ 640 条)に関しては、契約に適合した仕事の目的物の引渡義務の違反に対する救済(担保責任)として、売買における規律と平仄を合わせた形で、請負人の担保責任の内容を調整する必要がある。
(2) 仕事の完成とその目的物の受領
Ⅳ-6-2 仕事の完成とその目的物の受領
① 請負人が仕事の完成を注文者に通知したときは、 注文者は、相当の期間内に、仕事の完成および仕事の目的物が契約で定めた内容に適合することを確認し、仕事の目的物の引渡しを受けなければならない。
②(甲案) 注文者は、契約で定めた内容に適合しない瑕疵を知りながら、当該瑕疵に基づく権利を留保することなく、仕事の目的物を受領したときは、当該瑕疵に基づく権利を行使することができない。ただし、請負人が当該瑕疵を知っていたときは、この限りでない。
(乙案) 注文者は、仕事の目的物を受領する際に契約で定めた内容に適合しない瑕疵を確認することができたにもかかわらず、当該瑕疵に基づく権利を留保することなく、仕事の目的物を受領したときは、当該瑕疵に基づく権利を行使することができない。ただし、請負人が当該瑕疵を知っていたときは、この限りでない。
③ 仕事が複数の部分に分割され、仕事の完成前に、その部分ごとに仕事の目的物を引き渡すべき場合には、①および②は、仕事の目的物の各部分について適用する。
【提案要旨】
請負において、仕事の目的物の「受領」とその効果について定めるものである。
【解説】
(a) 仕事の目的物の「受領」概念の意義
これは、請負契約において重要な法的意義を有するところの、注文者による仕事の目的物の「受領」概念について定めるものである。受領とは、仕事の目的物が契約に適合したものであるか否かを、注文者が請負人から引渡しを受けるさいに確認または検査する行為
をいう。仕事の目的物の「引渡し」が占有の移転という.単.な.る事実行為であるのに対し、それに目的物の契約適合性を承認するという注文者の意思的要素が加わったのが「受領」
である。
沿革的には、旧民法財産取得編 278 条 1 項は、注文者が異議なく工作物を受け取った場合でも、隠れた瑕疵を発見したときは、受取を取り消して代金減額または解除が可能であると規定しており、売買とパラレルな規律を定めていた。しかし、現行民法典は、請負契
約の瑕疵担保責任については、文言上は「隠れた」瑕疵を要件としてはいない。
もっとも、実務で用いられている工事請負契約約款において、工事の完成および検査・引渡しについて具体的な規律が定められている(民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款(2007)23 条、26 条、27 条、公共工事標準請負契約約款(2001)31 条、44 条を参照)。また、比較法的にみても、主要な民法典では、仕事の完成物の引渡しおよび受領についての規律が定められているところである(フランス民法 1792-6 条、ドイツ民法 640 条、ス
イス債務法 367 条、370 条、ケベック民法 2110 条以下、オランダ民法 758 条などを参照)。以上の理由から、上記①は、仕事の完成とその目的物の「受領」について定めるもので
ある。
(b) 請負人の完成通知義務・注文者の引取義務
工事請負契約約款では、請負人の完成通知義務や注文者の検査・確認義務および受領義務について定めているが、上記①は、このうち、注文者の確認および受領の義務のみを定めている。それ以外については、請負人および注文者の義務として一般的な形でxxで定める必要はなく、当事者の協力義務の具体化として、具体的な契約類型等に即した解釈にゆだねれば足りると考えたものである。
(c) 注文者の受領の効果――仕事の完成
注文者の受領の法的効果として、仕事の完成がある。請負契約を特徴づける本質的債務は、請負人の仕事完成義務である。
仕事完成前には、不可抗力等によって既施工部分の滅失・損傷等が生じた場合であっても、仕事の完成が可能である限り、請負人は仕事を完成する義務を負っている。これに対し、仕事完成により、請負人の債務は、仕事の目的物の引渡義務に集中する。したがって、仕事完成後の規律については、基本的には売買とパラレルに考えることができる。また、このように構成することによって、売買・請負・製作物供給契約の性質決定から中立的に同様の規律の適用が確保される。
注文者の受領には、請負人による仕事完成の承認が含まれており、この時点で、請負人の仕事完成義務は履行されたものと扱われる。
(d) 注文者の異議なき受領の法的効果――明らかな瑕疵の遮断
注文者の受領の法的効果として、注文者の異議を留保しない受領によるものがある。注文者が仕事の目的物を検査・確認するさいに、それに契約に適合しない瑕疵があることを知ったときには、目的物の受領を拒絶し、直ちに修補等を請求するか、当該瑕疵に基づく権利(Ⅳ-6-4 瑕疵担保責任)を明示的に留保したうえで受領する必要がある。注文者が瑕疵を知りつつ、何らの留保もなく目的物を受領したときは、注文者はもはや当該瑕疵に基づく担保責任を追及することが認められない。ただし、請負人が当該瑕疵の存在を知っていたときには、別論である。
このことは、上述したわが国の契約実務においても(民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款(2007)27 条(4)、公共工事標準請負契約約款(2001)31 条、44 条 3 項を参照)、また、比較法的にみても(フランス民法 1792-6 条、ドイツ民法 640 条 2 項、スイス債務
法 370 条、ケベック民法 2113 条、オランダ民法 758 条参照)、ほぼ一致して認められている帰結であり、xxをもってこれを定めるのが適当である。
なお、注文者が留保なく受領した場合に、瑕疵に基づく担保責任の追及が遮断されるのは、注文者が実際に当該瑕疵の存在を知っていた場合に限るのか(甲案)、注文者に通常期
待されるところの確認によって当該瑕疵の存在を知りうべき場合も含めるのか(.乙.案.).が.問題となる。甲案は、注文者が仕事の目的物の確認.に.よって瑕疵があることを事実として知った場合に関するものであって、注文者の確認.義.務を前提としないのに対し、乙案は、合理的な注文者を基準として通常期待される確認義務を前提とするものである。もとより、
乙案によるときも、注文者にどの範囲で確認義務が課されるかは、社会通念に照らして規範的に判断されるものであり、注文者が事業者である場合と消費者である場合とはその義務の程度は当然に異なってこよう。
両案の違いは、甲案では、請負人は、注文者が当該瑕疵の存在を現に知っていたことを立証しなければならないのに対し、客観的事情から注文者が合理的な行動をとれば当然に瑕疵を知りえたであろうという規範的な評価を行うことが可能となる。注文者の主観的事情を請負人が直接に立証することは困難であることを考慮すると、規範的な評価を行う余地を認めたほうが適当ではないかとするのが乙案である。もっとも、この点は、Ⅳ-6-5の瑕疵の通知の期間制限の起算時の要件設定とも関連性があるともいえるから、その調整を図る必要がある。
その結果、Ⅳ-6-4の瑕疵担保責任が追及しうるのは、注文者による工事の目的物の受領時において確認することができなかった「隠れた」瑕疵のみであることが帰結される。
(e) 部分引渡し・受領
請負契約では、仕事の完成後にその目的物の引渡しがなされるのが原則であるが、仕事が複数の部分に分割され、仕事の完成前に、その部分ごとに仕事の目的物を引き渡すべきことが合意される場合がある。
このような部分引渡しの場合には、仕事の部分的な完成の確認・受領もその部分ごとに行われることになるから、①②の規律も各部分ごとに適用されることになる。
契約実務においても(民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款(2007)25 条、公共工事標準請負契約約款(2001)38 条参照)、また、比較法的にみても(フランス民法 1791 条、ドイツ民法 641 条 1 項、スイス債務法 372 条、ケベック民法 2114 条参照)、部分引渡しに関する規律が用意されていることに鑑みると、xxをもってこれを定めるのが適当である。
Ⅳ-6-3 報酬の支払時期
報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。
【提案要旨】
請負における報酬の支払時期を仕事の目的物の引渡しとの関係で定めるものである。
【解説】
(a) 請負契約における具体的報酬債権の発生
役務提供契約の総則規定(Ⅳ-5-4、Ⅳ-5-5)によれば、請負契約にあっては、抽象的報酬債権は契約の成立時に発生するが、具体的報酬債権は請負人による仕事の完成によって発生することになる。また、請負契約を仕事の成果物とその対価である報酬の交換と捉えるときは、仕事完成後については、基本的には売買とパラレルに考えることができる。これによると、仕事の完成によって発生した具体的報酬債権と仕事の目的物の引渡しとは同時履行の関係に立つことになろう。もっとも、請負契約では、注文者による目的物の受領には、仕事の完成を承認するという法的効果が含まれているから(Ⅳ-6-2)、注文者の受領によって具体的報酬債権の発生も確認され、それを支払うべきことになろう。
以上から、注文者は、仕事の完成を確認のうえ、仕事の目的物の引渡しを受けるのと引換えに報酬債権を支払うべきことになるから、現行民法 633 条の規律は合理的なものとして維持されるべきである。
(b) 仕事の目的物の引渡しを要しない場合
現行民法 633 条但書は、仕事の目的物の引渡しを要しない場合について定めるが、Ⅳ-
6-1で仕事の目的物(有体物または無体物)の引渡しを観念しえない純粋な「無形請負」
は請負契約から除外したことから、同条但書は不要となる。このような場合は、役務提供契約の総則規定の規律(Ⅳ-5-5、Ⅳ-5-6)によって適切に処理されるため、問題は生じない。
(c) 部分引渡しの場合
部分引渡しの場合には、Ⅳ-6-2③によって、各部分ごとに目的物の引渡しおよび受領が行われることになるから、Ⅳ-6-3の「引渡し」も各部分ごとに観念されることになる。このことは、特にxxで規定する必要はないであろう。なお、当事者の合意でこれを修正することはまったく可能である。
(3) 瑕疵担保責任
Ⅳ-6-4 瑕疵担保責任
① 仕事の目的物に契約で定めた内容に適合しない [隠れた] 瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
② 注文者は、瑕疵の修補に代えて、またはその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、請負人が損害賠償債務の履行の提供をするまでは、注文者は、報酬の支払を拒むことができる。
③ 仕事の目的物に瑕疵があり、そのために契約をした目的を達することができないときは、注文者は、契約の解除をすることができる。
④ ①~③は、仕事の目的物の瑕疵が注文者の提供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じたときは、適用しない。ただし、請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは、この限りでない。
【提案要旨】
請負における瑕疵担保責任について定めるものである。
【解説】
基本的な考え方として、現行民法 634 条~ 636 条を維持するものである。
契約総則レベルの債務不履行の規律にすべてをゆだねるのではなく、請負の款の中に瑕疵担保責任に関する規定を設けることは、Ⅳ-6-5、Ⅳ-6-6、Ⅳ-6-7の規律の対象となる権利を示すという意味がある。
そのうえで、Ⅳ-6-4の規律の内容は、最終的には、契約総則レベルにおける第1準備会の提案との調整を図る必要があるが、契約総則レベルでの要件がその一般的射程ゆえに抽象的に設定されるときは、各則レベルにおいてその具体化を図ることが有益であるといえる。例えば、現行規定の瑕疵修補請求権の要件設定は、瑕疵に即して明確なものとなっており、改正法が現行規定よりも明確性が低下するのは望ましいことではないと考えるときは、現行規定を維持することに意義が認められよう。
Ⅳ-6-5 瑕疵の通知による瑕疵担保に基づく権利の保存とその期間制限
注文者は、仕事の目的物に瑕疵があることを知った時から1年以内に、当該瑕疵の具体的内容を示して、瑕疵に基づく権利を行使する旨を請負人に通知しないときは、当該瑕疵に基づく権利(Ⅳ-6-4)は消滅する。ただし、請負人が当該瑕疵の存することを知っていたときは、この限りでない。
【提案要旨】
仕事の目的物の受領後に瑕疵が明らかになった場合における注文者の瑕疵通知義務とその期間制限について定めるものである。
【解説】
(a) 注文者の瑕疵通知義務
仕事の目的物の受領時において確認することができなかった瑕疵があることを注文者が発見したときは、一定の合理的な期間内にその旨を請負人に通知しなければ、瑕疵に基づく権利は保存されず、消滅するという規律である。
これは、いわゆる不完全履行の場合に妥当する一般的な規律として認められるものであり、売買における担保責任の期間制限(現行民法 563 条~ 566 条、570 条)のほか、賃貸
借における修繕の通知義務(現行民法 615 条)などと共通する考え方に基づくものである。これらの場合には、債務の履行がまったくなされていない場合とは異なり、債務者はその債務の本旨に従った履行を完了したものと考えている場合であり、そのことに対する債務者の信頼は一定の保護に値する。また、不完全履行においては、何が債務の本旨に従った履行であるかについて契約時につねに明確に定まっているわけではなく、契約の目的を基準として事後的な評価を要することが多い。また、物の使用の継続によって事実関係が不明確になることに伴うリスクも存する。このような考慮から、契約当事者の協力義務の一環として、不完全履行があることを知った債権者は、そのことを一定の合理的な期間内に債務者に通知しなければ、もはやそのことに基づく不履行責任を追及しえないとするものである。なお、瑕疵通知義務が上記の趣旨であることから、債務者である請負人が既に瑕疵の存 在を知っている場合には、通知がないことを理由に注文者の瑕疵に基づく権利を失わせる
必要はない。上記但書は、このことをxxで示したものである。
(b) 瑕疵通知義務の期間制限の法的性質
このような瑕疵通知義務の期間制限は、理論的にみれば、瑕疵に基づく権利(瑕疵担保責任)の消滅時効とはその法的性質を異にするもので.あ.る。
第1に、瑕疵通知義務は、債務者である請負人の善意を前提とするものであり、債務の履行についての債務者の善意・悪意を区別せずに妥当する期間制限である消滅時効とは異なっている。請負人が当該瑕疵の存在を知っている場合に、注文者の瑕疵に基づく権利がいつまで存続するかは、その趣旨からみて、消滅時効の一般原則によって処理すれば十分であるが、履行の完全性に対する債務者の信頼保護の観点からより短い期間制限を課するのがここでの問題である。
第2に、瑕疵通知義務は、一定の合理的な期間内に通知がなされることによって注文者の瑕疵に基づく権利が保存されるという効果が導かれるものであり、それにより期間制限が中断または停止されるものでない。また、通知の内容および方法も、消滅時効の中断または停止をもたらす権利行使の態様とは異なっている。Ⅳ-6-5では、判例(最判平成 4
年 10 月 20 日民集 46 巻 7 号 1129 頁)を参考として、「当該瑕疵の具体的内容を示して、瑕疵に基づく権利を行使する旨」を通知するとして、この点を明確にしている。そして、通知によって瑕疵に基づく権利が保存されても、通常の消滅時効の適用を排除するものではない。
(c) 瑕疵通知義務の期間制限の期間および起算点
瑕疵の通知をなすべき期間については、比較法的な例を勘案すると、「直ちに(短期間のうちに、合理的な期間内に)」と期間を明示しない案や、2年とする案も考えられるが、上記の趣旨からすれば、期間を明示したうえで1年とするのが合理的であると考えられる。期間の起算点については、現行民法は、仕事の目的物の引渡時から1年以内を原則とし
(637 条 1 項)、その例外として工作物が瑕疵によって滅失または損傷したときは、その滅失または損傷の時から1年以内とする(638 条 2 項)。他方で、売買では、目的物の引渡時
ではなく、瑕疵を知った時から1年以内としており(570 条)、売買と請負とで平仄が合っていない。
もっとも、起草者(xx)の説明では、xxと請負とパラレルに構成したと説明されており、積極的に両者の相違を見い出したわけではない。この点につき、旧民法も引渡時と起算点としていたが、ボアソナードは、瑕疵の発見の遅れから請負人を保護するためであり、請負人が悪意の場合は別論であると説明する。また、現行民法について、起草者(梅)は、638 条 2 項が滅失または損傷時としたのは、土地の工作物の場合にはその受領時に瑕
疵の発見が難しく、その滅失または損傷時に初.め.て.瑕疵を発見することによると説明する。そうしてみると、合理的な注文者であれば、通常は引渡時に目的物を確認・検査すること
によって瑕疵を発見することが可能であるという評価に立って、引渡時としたものと考えられるが、そうであれば、売買でも同じ趣旨が妥当するはずである。
以上からすると、起算点としては、瑕疵の存在を知った時とするか、知ることができた時とするかのいずれかとすることが考えられるが、上記提案では、現行民法の売買の規定にならって、瑕疵の存在を知った時としている。
(d) 債権消滅時効の一般規定の適用
上述したとおり、瑕疵通知義務の期間制限は、瑕疵に基づく権利(瑕疵担保責任)の消滅時効とはその法的性質を異にするものであるから、債権消滅時効の一般規定の適用を排除するものではない。したがって、権利行使の具体的可能時(主観的起算点)である注文
者が瑕疵を知ることができた時から3~5年(通常は請負人が悪意の場合に.の.み問題となろう)と、権利行使の抽象的可能時(客観的起算点)である仕事の目的物の受領時から 10
年の時効期間が適用されよう(なお、Ⅳ-6-6②によって、10 年を超える瑕疵担保期間の合意がなされた場合には、時効期間を延長する合意もなされたものとみるべきであろう)。
Ⅳ-6-6 瑕疵担保期間(性質保証期間)
① 建物その他の土地の工作物の建設工事においては、請負人は、注文者がそれを受領した日から 2 年 [5 年] 以内に明らかになった工作物又は地盤の瑕疵について担保の責任を負う。ただし、この期間は、耐久性を有する建物を新築する建設工事の請負契約において、その建物の耐久性に関わる基礎構造部分については、10 年とする。
② ①の期間は、[20 年以内の期間に限り、] 契約で伸長し、または短縮することができる。ただし、当該瑕疵が請負人の故意または重大な義務違反 [過失] によって生じたものであるときは、①の期間を短縮することはできない。
【提案要旨】
土地の工作物の建設請負における瑕疵担保期間(性質保証期間)の意義および法的効果について定めるものである。
【解説】
(a) 瑕疵担保期間(性質保証期間)の法的性質
現行民法は、仕事の目的物が建物その他の土地工作物である場合に関して、引渡時から、普通土地工作物について5年、堅固土地工作物について 10 年の担保期間を定めている(638
条)。また、特別法である住宅品確法 94 条は、住宅新築建設工事の請負契約において、住
宅の構造体力上主要な部分等について 10 年の担保期間を定めている。
これらの期間は、仕事の目的物の種類に応じた期間を定めるものであって、Ⅳ-6-6で検討した瑕疵通知義務の期間制限とも、消滅時効期間ともその性質を異にするものである。そして、瑕疵担保期間と瑕疵通知義務の期間制限(Ⅳ-6-6)とは重畳的に適用されるこ
とが前提とされている(638 条 2 項)。
このような瑕疵担保期間は、仕事の目的物の有用性が存続する期間を意味するものである。日常用語でいう「保証期間」に相当する。仕事の目的物が契約で定めた性質ないし有用性を備えているというのは、受領時のみならず、目的物の種類に応じてその後一定期間はその有用性が存続することが予定されている。逆にいえば、注文者が通常の使用をしていたにもかかわらず、一定期間内に契約に適合しない瑕疵が明らかになったときは、受領時において既に瑕疵が存在したことを推認させるものであるということができる。そこで、目的物の種類に応じて一定の担保期間を定めて、その期間内に明らかになった瑕疵については、受領時に確認しえない隠れた瑕疵があったものと扱うというのが、瑕疵担保期間(保証期間)である。
(b) 瑕疵担保期間の起算点
以上のような瑕疵担保期間の性質に鑑みれば、その期間の起算点は、瑕疵の存在の基準時である請負人から注文者に危険が移転する時点、すなわち、仕事の目的物の受領時とするのがその論理的帰結である。
(c) 瑕疵担保期間の対象と期間
民法典の請負規定として瑕疵担保期間を定めることは、約定保証期間を補完する任意規定として基準を定めることを意味する。もっとも、仕事の目的物の種類に応じて、網羅的にかつ詳細に定めることは当初から不可能である。現行民法も、土地の工作物に対象を限っているが、多種多様な動産一般について同様の担保期間を定めることは困難である。そうすると、瑕疵担保期間は、消費者保護の観点から片面的強行規定を定める住宅品確法などの特別法の規律にゆだね、民法典には特に規定を置かないという選択肢も考えられる。しかし、瑕疵通知義務の期間制限とも消滅時効期間とも性質を異にする、瑕疵担保期間 が存在することを民法典に示しておくこと自体に意義が認められるほか、消費者契約については合理性の基準としての任意規定を定める意義も存することを考えると、現行民法 638
条 1 項が対象とする土地工作物については、任意規定としての瑕疵担保期間の規定を定めておくのが適当であると考えられる。
(d) 瑕疵担保期間の法的効果
現行民法 638 条 1 項が定める瑕疵担保期間については、その期間内に瑕疵に基づく権利行使をなすべき期間として、通常は理解されている。このような前提に立つときは、その期間内に瑕疵の存在が明らかになるだけでなく、その期間内に瑕疵担保責任を追及しなければならないことになる。しかし、上述した瑕疵担保期間の趣旨に鑑みれば、その期間内に瑕疵が明らかになれば十分であり、注文者が瑕疵に基づく権利を保存するには、瑕疵を知った時から1年内にⅣ-6-5所定の通知を行えば足りるはずである。現行民法 638 条 2項は、土地工作物が滅失または損傷した場合に限り、このような処理をしているが、それ以外の場合とのバランスを失している。
上記Ⅳ-6-6は、所定の期間「以内に明らかになった」瑕疵について担保の責任を負うと定めることにより、上記の趣旨を明らかにしたものである。もっとも、このように定めると、注文者から瑕疵通知がなされた時点で、当該瑕疵が瑕疵担保期間内に明らかになったか否かが判然としない場合が生ずるおそれがある。もっとも、この点は瑕疵担保期間を調整することでも対応が可能であろう。
(e) 瑕疵担保期間の設定
現行民法 638 条 1 項は、建物その他の土地の工作物を、「石造、土造、れんが造、コンクリート造、金属造その他これらに類する構造」の堅固土地工作物と、それ以外の木造などの普通土地工作物とに区別し、前者を 10 年、後者を5年の瑕疵担保期間とする。これに対し、住宅品確法は、そのような区別なく、新築住宅のうち「住宅のうち構造耐力上主要
な部分又は雨水の浸入を防止する部分として政令で定めるもの」を対象として 10 年の瑕疵担保期間を定め、20 年以内で伸長のみが可能な片面的な強行規定とする。
他方で、契約実務では、住宅品確法の対象である新築住宅の構造耐力上主要な部分等を除き、木造の建物等の建設工事または設備工事等については1年、コンクリート造等の建物または土木工作物等の建設工事については2年の瑕疵担保期間を定めている(民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款(2007)27 条(2)(3)(7)、公共工事標準請負契約約款(2001) 44 条 2 項・4 項参照)。このように期間を短縮する理由としては、工事完成検査の際に専門家により厳重な確認がなされることにより、不適合部分はほとんど修補されて引渡しがなされるうえ、長期間経過すれば施工上の瑕疵か使用上の瑕疵かをめぐって争いを生じ、請負人がすみやかに修補請求に応じることも期待しがたく、また、請負人を長期間不安定な地位に置くことも苛酷なことが挙げられる。もっとも、民法 640 条の趣旨を踏まえ、請負人の故意または重過失によって生じた瑕疵について瑕疵担保期間を短縮することは適当でないとし、1年を5年、2年を 10 年とする。
瑕疵担保期間をどのように設定するかは難しいところであるが、対象に応じて細かく分類することには限界があり、あくまで任意規定であることから、不都合があれば当事者が合意で修正することを予定して、大まかな区別を示せば十分であろう。現行民法 638 条は、土地工作物を構造の材質で区分するが、そのような観点から堅固建物と非堅固建物とで区別することには、今日の建築技術のもとでは合理性がなく、借地借家法ではこの区別が廃止されたことを考慮する必要がある。他方で、住宅品確法は、建物の用途および新築と増築・改築を区別し、さらに建物の構造部分による区別を行っているが、こちらの区別には合理性が認められよう。
上記提案では、これらの区分を勘案しつつ、「建物その他の土地の工作物」のうち、「耐久性を有する」新築建物の 「[耐久性に関わる] 基礎構造部分」については 10 年、それ以外は 2 年(または 5 年)としている。前者については、新築建物の基礎構造部分について
は、住宅以外の建物についても住宅品確法の 10 年の瑕疵担保期間を任意規定として一般化することが適当であることによる(ただし、耐久性を予定しない一時使用の建物は除く)。後者には、それ以外の土地工作物の瑕疵、すなわち、新築建物の設備工事(基礎構造以外の部分)および増築・改築工事が含まれるが、その期間については、契約実務および比較法を踏まえ、2 年を原案としている。
上記①の瑕疵担保期間は、当事者が約定の瑕疵担保期間を設定しない場合にこれを補完する任意規定として設定されるものである。住宅品確法は、消費者保護の観点から、このうち住宅(人の居住の用に供する家屋)について片面的強行規定性を付与する特別法として意義を有することになる。なお、現行民法 639 条は、瑕疵担保期間の合意による伸長のみを規定するが、一般に短縮が可能であると解されており、そのことを明らかにするとともに、Ⅳ-6-7とのバランスも考慮しつつ、瑕疵担保期間の合意による短縮が認められない場合についても規定するのが適当である。その要件は、契約実務を参考にしながら、請負人の故意または重大な義務違反(重過失)によって瑕疵が生じたことを要件としている。
Ⅳ-6-7 瑕疵担保責任の免責特約の効力
請負人は、Ⅳ-6-4による担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、請負人が瑕疵の存することを知っていたとき、または、瑕疵が請負人の故意もしくは重大な義務違反によって生じたものであるときは、当該瑕疵についてその責任を免れることができない。
【提案要旨】
瑕疵担保責任の免責特約の効力が制限される場合について定めるものである。
【解説】
現行民法 640 条を基本的に維持しつつ、請負人が瑕疵の存することを知っていた場合に加えて、瑕疵が請負人の故意または重大な義務違反(重過失)によって生じた場合においても、免責特約の効力を制限するものである。
(4) 請負契約の終了
Ⅳ-6-8 注文者の任意解除権
請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも契約の解除をすることができる。この場合において、請負人は、約定の報酬相当額から解除によって支出を免れた費用 [自己の債務を免れたことによる利益] を控除した額に相当する損害賠償を請求することができる。
【提案要旨】
注文者の任意解除権について確認的に定めるものである。
【解説】
注文者の任意解除権については、役務提供契約の総則規定における役務受領者の任意解除権の規律(Ⅳ-5-9)の適用によって導かれるから、請負契約の中に特に規定を設ける必要はないとも考えられる。もっとも、Ⅳ-5-9では、任意解除権が認められる時的限界を「役務提供者がその役務の提供を完了しない間」と定めているが、請負契約における役務の完了とは、仕事の完成を指すのか、仕事の完成物の引渡しまで含めるのかについて疑義が生ずるおそれがなくはない。そこで、前者の趣旨であることを確認するxx規定を置くのが適当である。
Ⅳ-6-9 注文者の破産
① 注文者が破産手続開始の決定を受けたときは、請負人又は破産管財人は、契約の解除をすることができる。この場合において、請負人は、既にした仕事の報酬及びその中に含まれていない費用について、破産財団の配当に加入することができる。
② 前項の場合には、契約の解除によって生じた損害の賠償は、破産管財人が契約の解除をした場合における請負人に限り、請求することができる。この場合において、請負人は、その損害賠償について、破産財団の配当に加入する。
【提案要旨】
注文者が破産した場合についての取扱いについて定めるものである。
【解説】
請負契約において注文者が破産した場合の取扱いについて規定する現行 642 条は、2004年の破産法改正によって見直しがなされたものであり、これをさらに変更する必要は認められない。よって、現行規定をそのまま維持する。
(5) 下請負の法律関係【留保】
3 委 任
(1) 委任・準委任の定義
(1-1) 委任の定義
Ⅳ-7-1 「委任」の定義規定
(甲案)委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
*(乙案) 委任は、当事者の一方が自己の名義または相手方の名義で法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
【提案要旨】
「法律行為の委託」として委任を定義する現行民法を維持しつつ、その明確化を図るものである。
【解説】
現行民法 643 条は、受任者が、①委任者のために、かつ委任者の名義で法律行為を行う場合(代理)と、②委任者のために、かつ受任者の名義で法律行為を行う場合(間接代理)の双方を含むほか、③受任者のために、かつ委任者の名義で法律行為を行う場合をも広く含める趣旨で起草されたものである。この点の実質を変更する必要はないが、その趣旨を文理上より明らかにするのが適当であるかは検討を要する事項である。乙案はそのような趣旨の提案である。この定義によれば、甲案・乙案のいずれによっても、委託による保証契約や「取次契約」(問屋・準問屋契約)にも、委任の規定が直接適用されることになる。
(1-2) 準委任の定義
Ⅳ-7-2 「準委任」の定義規定
Ⅳ-7の規定は、当事者の一方が第三者との関係で [第三者との間に立って] 法律行為でない事務を行うことを相手方に委託する場合についても準用する。
【提案要旨】
受任者が委任者に代わって第三者との関係で事務処理を行う場合に限定して準委任を定義し、役務提供契約一般の受け皿として準委任を用いる理解を否定するものである。
【解説】
役務提供契約の総則規定を創設することによって、役務提供契約一般の受け皿として「準委任」を用いることをやめるという基本方針のもとで、「準委任」は、起草者が本来予定した範囲で、受任者が委任者に代わって、他人との関係で事務処理を行う場合に限定して適用することとする。その意味では、現行民法 656 条の趣旨を変更するものではないが、従来の学説では、「法律行為でない事務の委託」は、役務提供契約としての事務処理契約一般を意味すると解されてきたことから、上記の趣旨をxxで明らかにする必要があろう。
なお、法律行為の委託の場合にも、法律行為を行うのに関連した事実行為も当然に含まれてくる。準委任を認めない場合には、これが委任に含まれるかが問題となりうるが、上記の前提ではこれを論ずる実益はなくなる。また、後に検討するように、この定義によれば、「仲立契約」を準委任の規定に包摂することが可能となる。
(2) 受任者の義務
(2-1) 受任者の基本的義務――委任事務の処理における善管注意義務
Ⅳ-7-3 受任者の善管注意義務
① 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
② 受任者は、委任者が与えた指図を尊重して委任事務を処理しなければならない。 [ただし、委任者の指図に従うことが委任者の利益に反する [と認められる] ときは、この限りでない。]
【提案】
委任の本旨に従い、善良な管理者としての注意義務を尽くすという受任者の基本的義務の構造を示すとともに、委任者の指図の尊重義務について定めるものである。
【解説】 (a)「委任の本旨」に従った委任事務の処理
「委任の本旨に従う」とは、「委任契約の目的とその事務の性質に応じて最も合理的に処理すること」(xx)とされる。したがって、受任者の義務は、当事者が合意で定めた形式的な範囲にとどまるものではなく、委任者の利益を図るという委任目的に従って、その達成のために善良な管理者に合理的に要請されるすべての義務が含まれる。委任が当事者間の信頼を基礎とする契約であるとされるのは、この点に関わる。現行民法 644 条の「委任の本旨」の概念は、このような受任者の義務の本質的な構造を示した原則規定であり、そのまま維持されるべきである(信託法 29 条にいう「信託の本旨」も、これと同旨を明確にしたものである)。
なお、商法 505 条は、商行為の受任者につき、「委任の本旨」に反しない範囲内において委任を受けていない行為をすることができると定めるが、これは上記①の内容を具体化したものにすぎないと解されており、特にその旨をxxで規定する必要はない。
(b) 無償委任と善管注意義務との関係
受任者の善管注意義務は、委任が有償であると無償であるとを問わない。この点は、贈与と売買における義務の相違や、無償ないし有償の寄託における注意義務の設定とは異なるものであり、その理由は上述した委任の基本構造に求められよう。
もっとも、受任者の善管注意義務を維持しつつも、場合に応じて責任範囲の軽減すべきことを主張する有力説も存在する。比較法的にも、無償委任は、責任がより厳格でなく評価されると規定する立法例もある(フランス民法 1992 条)。そこで、このような考え方を採用すべきかは問題となりうるが、かりに明文化するとしても、その考慮の仕方は微妙であり、従来どおり解釈にゆだねるのが適当であると考える。
(c) 委任者の指図尊重義務
受任者は、委任事務の処理についての一定の範囲で裁量権限を有するが、受任者の裁量権限の範囲は委任者が許諾した範囲に限られる。したがって、受任者が委任者の指図を尊重すべき義務があることは、上記①からの当然の帰結であり、特に規定を置く必要はないといえる。
問題となるのは、受任者はいかなる範囲まで委任者の指図に従うべきであるかである。受任者は、委任者の指図に従うことがその利益に反すると認められるときは、委任者に指図の変更を求める義務がある(Ⅳ-7-6①の改正提案は、この要請に対応するものである)という帰結は上記①から導くことが可能であるが、それが困難な事情にある場合には、委
任者の指示に従わないで事務処理を行うことができるか、つまり、「委任の本旨」から委任者の指図に反する義務設定をすることが可能であるかである。この点につき、ボアソナード草案では指値遵守義務に関する規定が存在し、現行民法の起草過程では、委任者の指図に従わないことができる場合の要件を定める起草者(xx)の原案が反対多数で可決されたという経緯がある。学説はこれを認める立法例(ドイツ民法 665 条、スイス債務法 397
条 1 項)を援用する。
上記提案は、委任者の指図の「遵守」ではなく、「尊重」としたのは、このような要素を取り入れるものであるが、さらに但書で、委任者の指図に従わなくてもよい場合をxxで認めるべきか、その要件設定をどうするかは、検討を要する事項である。
なお、代理権の授与を伴う委任の場合には、委任者の指図と代理権授与の範囲とは理論的には区別しうるものの、両者の関係が問題となる局面がありうるが、ここでは立ち入らない。
(2-2) 受任者のxx義務
Ⅳ-7-4 受任者のxx義務
受任者は、委任者のためxxに委任事務を処理しなければならない。
【提案要旨】
受任者のxx義務について一般規定として定めるものである。
【解説】
(a) 善管注意義務とxx義務
起草者においては、644 条にいう「善良な管理者の注意をもって」とは、「xxに/誠実に」と同義に解されていたところである。また、会社の取締役の義務について、会社との利害対立状況において私利を図らないxx義務も善管注意義務の一部にすぎないと解するのが通説である。判例(最判昭和 45 年 6 月 24 日民集 24 巻 6 号 625 頁)も、改正前商法 254
条 3 項(会社法 330 条)は「民法 644 条に定める善管注意義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまる」もので、「通常の委任関係に伴う善管注意義務とは別個の、高度な義務を設定したものとは解することができない」とする。以上の考え方によると、受任者のxx義務も善管注意義務に含まれるものと解されるが、そのような前提に立ったうえでも、会社法や信託法などの近時の立法が、xx義務の一般規定を定めていることに鑑みると、民法上も同旨の規定を置くことにより明確化を図ることが適当でないかと考えられる。他方で、善管注意義務とxx義務とは性質の異なる義務であると解する見解もあるが、この立場によれば、善管注意義務に加えてxx義務を定める一般規定が必要であることになろう。また、「代理」に関して、民法 108 条は、自己契約および双方代理という利益相反行為
の禁止について規定する。同条は、代理権の範囲の制限という代理の効果(外部関係)に関するものであるが、それに対応する委任者と受任者の間の内部関係については規定を欠いており、内部関係についても同趣旨の規定を置くことが適当である。
なお、信託法や会社法では、xx義務の一般規定を受けて、それを類型に応じて具体化した規定を置いているが(競業及び利益相反取引の制限(会社法 356 条)、利益相反行為の制限(信託法 31 条、32 条))、委任一般を定める民法においては、同じレベルでの具体的な規定を置くことは難しく、一般規定の解釈にゆだねるのが適当である。
(b) 効果の特則の必要性
会社法や信託法では、xx義務違反の効果について、受任者(取締役・受託者)等が受けた利益の額と同額の損害が委任者(会社・信託財産)に生じさせたことを推定する責任
の効果に関する特則規定が置かれているが(信託法 40 条 3 項、会社法 423 条 2 項)、委任一般についても同様の規定を設けるべきかが問題となりうる。
しかし、会社法や信託法では、上述したように、xx義務違反の内容を具体化する個別の規定を設けたうえで、上記の損害額の推定を定めている点が異なる。他方で、民法の委任の対象には、受任者の利益を目的とする委任契約も含まれており、適用対象がよりxxである。このような相違を考慮すると、民法の委任一般について受任者が受けた利益の額と同額の損害が委任者に生じたと一般に推定してよいかについては、慎重に考えるのが適当である。
(2-3) 受任者の自己執行義務
Ⅳ-7-5 受任者の自己執行義務
① 受任者は、委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、第三者に対し、委任事務を処理することを委託することはできない。ただし、当該事務の処理を第三者に委託することが委任の目的に照らして相当であると認められるときは、この限りでない。
②*(甲案)受任者が報酬を受けない委任において、受任者は、前項の規定により復受任者に選任したときは、自ら委任事務を処理する義務を免れ、復受任者の選任及び監督についてのみ義務を負う。
(乙案)受任者は、前項の規定により復受任者に選任したときは、自ら委任事務を処理する義務を免れ、復受任者の選任及び監督についてのみ義務を負う。
③ 受任者は、委任者の指名に従って復受任者を選任したときは、復受任者の選任について責任を負わない。ただし、受任者が、復受任者が不適任又は不誠実であることを知りながら、その旨を委任者に通知し又は復委任契約を解除することを怠ったときは、この限りでない。
【提案要旨】
受任者の自己執行義務との関係で、第三者への事務委託(復委任)が認められる場合の要件とその効果について定めるものである。
【解説】
(a) 委任と「代理」規定との関係
現行民法は、総則編の「代理」規定の中で、任意代理の場合における複代理人の選任の可否についての規律を定めている。しかし、受任者が第三者に委任事務の処理を再委任することが可能であるかという自己執行義務の存否は、受任者の契約上の義務(対内関係)として定められるべきものであるといえる。他方で、総則編の「代理」は、代理権を基礎とする代理行為の本人に対する効果帰属の規律(対外関係)を定めるものであり、「復代理」に関しても、復代理人の代理権の効果帰属に関しての規律を定めるのが適当であると考えられる。
この点は、「委任」と「代理」の規律内容の役割分担ないし整序に関わる問題であるが、現行民法は、少なくとも委任と代理との区別を前提にするときは、理論的な整序が不十分である。学説は、復代理に関する規定を復委任に類推適用することにより欠缺補充を行っているが、規律内容の見直しとともに再整理が必要であろう。
(b) 受任者の自己執行義務
委任契約は、当事者間の信頼を基礎とする契約であり、伝統的に、受任者の人的要素を考慮して締結されるものであることから、受任者には自己執行義務があると解されている
(現行民法 104 条)。しかし、委任の基礎にある信頼とは、個人に対する人的信頼である場合のほかに、委任事務の遂行についての専門的能力である場合もありうるから、委任事務の性質によっては、その処理を第三者に委託することが不合理とはいえない場合がありうる。また、新信託法では、旧法の受託者の自己執行義務を改めて、受託者の第三者への委託権限を定め、現行民法の委任とは異なる規律を定めているが、委任と信託との違いを正当化できるかは疑問がなくはない。そこで、乙案では、自己執行義務の原則は残しつつも、その例外として、第三者への委託権限が認められる場合がありうることを但書で定めたものである。
(c) 第三者への事務処理委託が認められる場合の法律関係
甲案・乙案のいずれによる場合も、第三者への委任事務処理の委託が認められる場合の、受任者が負うべき義務は共通のものと考えられる。
まず、第三者に事務処理をするに当たっては、その選任および監督について、Ⅳ-7-3の善管注意義務の規律が課されるのは当然である。問題となりうるのは、第三者に事務委託した場合に、それまで受任者が契約上負っていた義務はどうなるのかという点である。これには2つの場合が区別される。
一方で、受任者は委任者に対して委任事務を処理する義務を引き続き負う場合である。この場合には、第三者への事務委託は、自らの債務を履行するために第三者を用いることになり、いわゆる履行補助者の問題であるが、これには従属的補助者のみならず、独立的補助者(履行代行者)を用いることができる。この帰結は、契約総則に定めることになる一般原則の適用に他ならないが、委任については、一定の場合に限定してこの一般原則を適用することになる。そして、その結果は、第三者の善管注意義務違反により委任事務処理の不履行があった場合には、受任者は原則どおり責任を負い、不履行が第三者の行為によることを理由としては免責されないことになる。この場合には、受任者の義務には、第三者の選任および監督の義務に限定されるものではない。
他方で、受任者は、第三者への事務.委.託によって、自ら委任事務を処理する債務を免れ、その義務は第三者の選任または監督のみに限定される場合である。この場合には、第三者
の善管注意義務違反により委任事務の不履行があったとしても、その選任または監督義務の違反がなければ、受任者は責任を負わないことになる。
この点に関して、現行民法 105 条は後者の規律を定めているが、契約総則の一般原則の
適用によれば、むしろ前者の規律が妥当するはずである。沿革的には、現行民法 105 条 1項の定める規律は、委任の無償性によって正当化されるものであるが、有償委任については必ずしも適合しないと評価しうる。このように考えるときは、委任の無償性を前提としない改正提案においては、この点の限定が必要となろう。②の甲案は、無償委任の場合に限定して、現行民法 105 条 1 項の規律を維持するものである。これによると、有償委任の場合には、上述したような契約責任の一般原則によって処理される。
他方で、乙案は、有償委任の場合においても、受任者は委任事務を処理する債務を免れ、復受任者の選任および監督の義務に限定または監督に限定されるとするものである。乙案によるときは、有償委任についてこのような規律が妥当することは、受任者の専門性に応じた役割分業の合理性によって正当化することになろう。理論的には、①の委任者の明示または推定的な許諾によって、受任者の義務の縮減がもたらされると説明することになろう。
なお、②の規律が適用される場合には、復受任者が選任されたときは、委任者に対して自ら委任事務を処理することを請求しえず(復委任者に委任事務を処理するように適切に指導・監督すべきことを請求しうるのみ)、また、復委任者に対しては委任契約に基づく委任事務処理請求権を有しないことになる。これによる不都合は、代理権授与を伴う復委任
については、Ⅳ-7-17に定める委任者の復受任者に対する直接請求権によって補完されることになろう。
次に、現行民法 105 条 2 項の規律についても同様に、無償委任にその射程を限定すべきかが問題となる。105 条 2 項は、委任者の指名に従って復受任者を選任したときは、受任者は選任それ自体について善管注意義務違反がないことを定める。105 条 2 項は、同条 1項に対する例外をなすものであるから、②と併せて規定することも考えられる。もっとも、その規律内容からすると、ある意味で当然のことであって、委任の無償・有償とを問わず妥当するものであろう。よって、③はとくに無償委任に限定していない。
(2-4) 受任者の報告義務
Ⅳ-7-6 受任者の報告義務
① 受任者は、委任者の請求があるとき、および、委任事務の処理について委任者に指図を求める必要があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告しなければならない。
② 受任者は、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を委任者に報告しなければならない。
【提案要旨】
受任者の報告義務について、委任事務の遂行過程および終了後の2つの局面に分けて定めるものである。
【解説】
(a) 受任者の報告義務の2つの局面
受任者の報告義務には、委任事務の遂行過程における報告義務と、委任事務の終了後における報告義務とに分けられる。この2つの報告義務は、前者が受任者の適切な委任事務処理を委任者がコントロールする手段であるのに対し、後者が委任事務の処理の結果の報告を受け、委任事務の清算処理を行うものである。両者の目的や意義は異なることから、
①と②を書き分けるのが適切である。
(b) 委任事務の遂行過程における報告義務
民法 645 条は、委任者の請求があるときの報告義務を定めているが、委任者の意見を求めることが「委任の本旨」に従うものである場合には、委任者の請求を待たずに報告義務が生ずることを肯定する見解が通説である。上記①はこの趣旨を明文化したものである。
(2-5) 受任者の受領物等の引渡義務
Ⅳ-7-7 受領物等の引渡義務
① 受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実についても、同様とする。
② 受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。
【提案要旨】
受任者の受領物等の引渡義務について現行規定を維持するものである。
【解説】
基本的には、現行民法 646 条を維持するものである。②については、取次契約(問屋契
約)との関係で問題が生ずるので、後に検討する。そのうえで、この規定がカヴァーする様々な局面に応じて、規律内容をもう少し整理したほうが分かりやすいかも知れないが、さしあたりはそのまま再録しておく。
Ⅳ-7-8 受任者の金銭の消費についての責任現行民法 647 条を削除する。
【提案要旨】
受任者が金銭を消費した場合の責任について定める現行規定を削除するものである。
【解説】
(a) 現行民法 647 条の特則としての意義
現行民法 647 条は、受任者の金銭の返還義務違反があった場合における受任者の責任の範囲を定めたものといえるが、その消費した日以後の利息を支払う義務を定めた点に特則としての意義があると説明される。しかし、受任者は、委任の本旨に従って当該金銭を保管すべき義務があるから、受任者が消費せず、善良な管理者として管理していた場合に通常生ずべき利息についても、またそれ以外の特別な損害についても、契約責任の賠償範囲に関する通則の適用によって妥当な帰結を導くことは可能であろう。したがって、賠償責任に関する特則を定める意義はないと考えられるので、削除する。
(b) 受任者の金銭の保管義務
なお、金銭の保管義務ないし返還義務違反の制裁ではなく、保管義務のあり方そのものについて規律を定めることを検討する余地はある。しかし、例えば、すべての委任について、金銭の分別管理義務を課すようなことは現実的ではないとすれば、保管の態様は善管注意義務の問題に帰着しよう。
(3) 委任者の義務
(3-1) 受任者の報酬
Ⅳ-7-9 受任者の報酬
現行規定を削除し、役務提供契約の総則規定の適用にゆだねる。
【提案要旨】
受任者の報酬に関する現行規定を削除するものである。
【解説】
Ⅳ-7-10 受任者による費用の前払請求
委任事務を処理するについて費用を要するときは、委任者は、受任者の請求により、その前払をしなければならない。
その趣旨は、役務提供契約の総則規定において解説したところに譲る。 (3-2) 受任者による費用等の前払・償還請求
【提案要旨】
受任者の費用前払請求について定める現行規定を維持するものである。
【解説】
民法 649 条を維持することに異論はない。
Ⅳ-7-11 受任者による費用等の償還請求等
① 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる。
② 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、その弁済の資金を支払うことを請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることができる。
【提案要旨】
受任者の費用等償還請求について定める現行規定を維持するとともに、現行規定の代弁済請求権については、弁済資金請求権に改めるものである。
【解説】 (a)「必要と認められる費用」
費用前払請求における「委任事務を処理するについて」要した費用(649 条)とは、委任事務処理に客観的に要する必要であるのに対し、「委任事務を処理するのに必要と認められる費用」(650 条 1 項・2 項)とは、受任者が事務処理に必要と認めた費用であれば、客観的に必要でなくとも含まれるというのが起草者および通説の理解であり、この区別の合理性は比較法的にも支持されている。以上から、現行規定は維持すべきである。また、この区別は現行規定の文理にも的確に反映されており、特に改正の必要はない。
(b) 受任者の弁済資金請求権
判例(最判昭和 47 年 12 月 22 日民集 26 巻 10 号 1991 頁)は、委任者の受任者に対する金銭債権と受任者の委任者に対する代弁済請求権とを相殺することの可否について、代弁済請求は通常の金銭債権とは異なる目的を有することに加え、相殺を肯定すると受任者は弁済資金を調達を要することになるという理由で、これを否定する。しかし、学説上は反対説が有力であり、同規定の趣旨に鑑みれば、委任者は受任者の負担した債務の解放義務を一般的に負わせるものであり、代弁済請求はその一方法を定めたにすぎず、相殺を否定する合理性はないとされる。そこで、これを改め、受任者の債務解放の方法として、より一般的に、委任者に債務弁済資金の支払義務を負わせることとしたものである。この場合にでも、委任者が受任者の債務を代弁済することにつき利益を有する場合には、自ら第三者弁済をすることも可能であるのは当然である。
(3-3) 受任者による損害補償請求
Ⅳ-7-12 受任者による損害補償請求
受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その補償を請求することができる。ただし、受任者が報酬を受けるべき場合であって、当該報酬の額が、受任者が委任事務を処理するについて損害を被る危険の有無および程度を考慮して定められたときに限り、当事者はこれに反する合意をすることができる。
【提案要旨】
受任者による損害補償請求を定める現行規定を維持しつつ、その表現を改めるものである。
【解説】
(a) 受任者による損害補償請求
民法 650 条 3 項は、受任者が委任事務の処理を遂行する過程で、自己の過失なく被った損害の補償請求を認めるものである。受任者が委任者に代わって委任事務の処理を行うという委任の性質から導かれるものであって、その結論には異論をみない。また、同規定は、無過失損害賠償責任を定めたものと表現されるが、理論的には、過失責任/無過失責任といった文脈で論じられるべきものではなく、損失の補償責任 (indeminisation) として位置づけられるべきものである。その点を文理上も明らかにすべきかは、要検討事項である。
(b) 有償委任の場合の処理
上記原則は、無償委任の場合にはそのまま妥当することに異論はない。また、無償委任の場合には、これに反する特約の有効性も否定するのが適切である。
これに対して、有償委任の場合には、受任者にリスクを負わせる特約が付加され、受任者が受けるべき報酬の額が受任者のリスク負担を考慮したうえで定められている場合には、このような特約には十分な合理性が認められる。そこで、但書きは、これをxxで定めたものである。
(4) 委任の終了
(4-1) 委任の任意解除権(解約告知権)
Ⅳ-7-13 委任の任意解除権
① 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
② 当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、この解除によって相手方が被った損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
③ 委任が、もっぱら受任者または第三者の利益を図るものである場合には、委任者は委任を解除することができない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
④ 委任が、委任者の利益のみならず、受任者の利益をも図るものである場合において、委任者が委任の解除をしたときは、この解除によって相手方が被った損害を賠償しなければならない。ただし、委任者が解除をするにつき正当の事由があったときは、この限りでない。
【提案要旨】
委任の任意解除権について、判例の展開を踏まえて、その効果の観点から類型化を図り、要件の整序を行うものである。
【解説】
(a) 解除の効果からみた類型化
委任の任意解除権をめぐる学説状況は錯綜しているが、立法を検討するに当たっては、解除をその効果からみて類型化しておくことが有益である。
[1] は、損害賠償の支払を伴うことなく、解除の効力が認められる場合である。[2] は、解除の効力は認められるが、解除によって相手方が被った損害の賠償を要する場合である。
[3] は、解除の効力自体が否定される場合である。このうち、[1] は、解除が完全に認め
られる場合であるが、[2] および [3] の場合は、解除の効力がそのままは認められない点では共通する。そして、[2] は、委任契約に基づく履行請求権の存続は否定するが、不当な解除を理由とする損害賠償請求によって不利益の填補を図るのに対し、[3] は、委任契約に基づく履行請求権それ自体を存続させることによって不利益を回避しようとするものである。
委任における任意解除権は、それが当事者間の信頼を基礎とする契約であることによって一般に正当化される。もっとも、そこでいう当事者間の「信頼」の捉え方については、学説の理解は実に多様である(委任の無償性に基づく人的信頼や契約の継続性の利益など)。しかし、Ⅳ-7-3で述べた見地からすれば、委任において、受任者の義務は、当事者が合意で定めた形式的な範囲にとどまるものではなく、委任者の利益を図るという委任目的に従って、その達成のために善良な管理者に合理的に要請されるすべての義務が含まれ、受任者には一定の裁量権限が付与されている点に求められる。
委任の利益は、委任者のための事務処理であり、委任者がその財産等の管理について受任者に一定の裁量権限を付与することから、委任者にはそれをコントロールする権限を認める必要がある。これが委任者の任意解除権である。他方で、受任者の立場からは、受任者は上述のような重要な責務を負うことから、受任者の任意解除権は、自己の意思でそのような責務から解放される自由を保持することを意味する。
(b) 委任者の任意解除権が制約される場合の2類型
以上を踏まえると、委任者の任意解除権がどのような場合に制約されるかは、その根拠づけから導くことができる。
第1に、委任の利益が委任者のための事務処理にはなく、受任者またはその相手方などの第三者の利益にある場合には、上記の理由から委任者の任意解除権を認める必要はない。この場合は、委任者は、委任の目的に鑑みれば、むしろ受任者または第三者の利益を委任者が尊重すべき義務を負っているといえるから、解除の効力そのものを否定すべきであろう。例えば、受任者に担保権を付与するための委任、債務整理のための委任、権利移転の実現のための委任などがその典型例である。上記③がこれを定めたものである。
なお、この場合について、判例および学説上、「解除権自体が放棄したものと解される場合」と表現されることが多い。ここでの解除権の放棄は、権利移転や担保権付与などの合意から当然に導かれることの技術的構成としての意味をもつものであり、黙示の合意も含むといえる。他方で、解除権の放棄という構成は、その効果には、解除の効力それ自体が否定される場合と、解除の効力は生ずるが損害賠償を伴う場合の両方があるとされている。そうすると、このような場合も含めて、③または④に当たるかという解釈にゆだねれば足り、特に別途明文化する必要はなかろう。
第2に、委任の利益が委任者のための事務処理にあるが、委任事務の処理が受任者の利益でもある場合である。この場合は、委任事務の処理に委任者の利益があることからは上記の原則的見地が妥当し、委任者のコントロール権限を承認する必要がある。しかし他方で、委任事務の遂行それ自体が受任者の利益にも関わるから、この点からは受任者の不利益にも配慮する必要がある。そこで、受任者の不利益は金銭賠償によって填補することで両当事者の利益の調整を図ることが適当である。現在の判例(最判昭和 56 年 1 月 19 日民
集 35 巻 1 号 1 頁)の立場もこのように理解することができ、上記④はこれを明文化したものである。
④について問題となるのは、いかなる場合が「委任者および受任者の共通の利益を図るものである場合」に当たるかである。受任者の報酬請求権の存在(委任の有償性)それ自体が、これに当たらないことには異論がないが、それ以外にどのような場合なのかの具体的な基準を示すのは困難である。そこで、この点は上記④の解釈にゆだねるのが適当であ
ると考える。
(c) やむを得ない事由による解除(重大事由による解除)
委任者の任意解除権が制約される場合(③および④)においても、やむをえない事由がある場合には、①の原則に従った解除が認められることは、判例および学説が一致して認めるところである。③および④の但書は、これを定めたものである。
やむを得ない事由には、受任者が著しく不誠実な行動に出る場合(xx義務違反)など、受任者の重大な義務違反に相当する場合と、契約の存続を妨げる履行障害事由が生じた場合の双方が含まれる。委任では、受任者に一定の裁量権限が付与されているから、その行為が適切でない場合に、受任者の義務違反に当たるといえるかの評価は微妙であることも少なくない。そうすると、これらは、広い意味では、受任者の不履行がある場合と捉えることもできるが、不履行解除と任意解除権とを厳密に峻別することは困難である。
(d) 相手方の不利な時期における解除――継続的契約に関する規律との関係
委任がその委任事務の内容から継続的契約でもある場合には、継続的契約に関する規律との関係が問題となる。継続的契約では、原則として、期間の定めがある場合には当該期間の満了まで、また、期間の定めのない場合には、解約申入れから合理的な予告期間の経過までの間は、契約の継続性に対する利益が保障されている。しかし、委任契約における任意解除権は、期間の定めの有無にかかわらず認められるというのが通説であり、委任における継続性に対する利益は、解除の効力の否定ではなく、損害賠償による不利益の填補によって調整されるべきものと考えられている。
「不利な時期」における解除に関する上記②は、この点に関わる規律である。②は、現行
民法 651 条 2 項本文に定めるものであるが、継続的な契約に関する規律を別途定める改正
試案の立場では、「不利な時期」の意味内容は、この規律を踏まえながら解釈されるべきこ.と.に.な.る。その意味では、委任における解除の規律と継続的な契約に関する規律とは、重畳的に適用される関係にあるということができる。
(4-2) 委任の終了事由
Ⅳ-7-14 委任の終了事由
委任は、次に掲げる事由によって終了する。
一 委任者又は受任者の死亡。ただし、特定の事務を目的とする委任であって、委任者の死亡によっても終了しない旨の合意があったときは、この限りでない。
二 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。三 受任者が後見開始の審判を受けたこと。
【提案要旨】
委任の終了事由について現行規定を基本的に維持しつつ、委任者の死亡によって終了しない委任の要件を加えるものである。
【解説】
現行民法 653 条を基本的に維持するものであるが、追加したのは、1号但書に定める委
任者の死亡によっても契約を終了させない旨の合意に関する規律である。判例(最判平成 4
年 9 月 22 日金法 1358 号 55 頁)は、このような合意が 653 条に反するものでないことを認めているが、これを明文化したものである。もっとも、委任者が死亡した場合には、その相続人は任意解除権を有するとはいえ、無限定に上記の合意の効力を認めることは適切でない。その要件設定は難しいが、委任事務の内容が予め特定されていることを求めたものである。
(4-3) 委任終了後における受任者の善処義務
Ⅳ-7-15 受任者の善処義務
委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない。
【提案要旨】
委任終了後における受任者の善処義務について定める現行規定を維持する。
【解説】
現行民法 654 条を特に修正する必要はないので、これを維持する。
(4-4) 委任終了の通知
Ⅳ-7-16 委任終了の通知
委任の終了事由は、その事実が生じたことを相手方に通知しなければ、委任の終了を相手方に主張することができない。ただし、相手方がその事実を知っていたときはこの限りでない。
【提案要旨】
委任終了の通知について定める現行規定を維持しつつ、その表現を改めるものである。
【解説】
現行民法 665 条の内容を修正するものでなく、その表現を改めたにとどまる。
(5) 復委任における委任者と復受任者の法律関係
Ⅳ-7-17 復委任における直接請求権
① 代理権の授与を伴う復委任において、復受任者は、委任者に対して、復委任において定めた範囲内において、受任者が原委任によって委任者に対して負うのと同一の内容の義務を負う。
② 代理権の授与を伴う復委任において、復受任者が受任者に対して有する債権と受任者が委任者に対して有する債権の重なる額の限度において、復受任者は委任者に対して、その委任事務の処理に係る報酬、費用または損害補償の支払を請求することができる。
③ 復受任者が委任者に対して [書面をもって] ②に定める請求をしたときは、その請求の時以降において委任者が受任者に対して委任事務の処理に係る報酬、費用または損害補償を支払ったとしても、②の請求額の限度において、当該支払をもって復受任者に対抗することができない。
【提案要旨】
代理権の授与を伴う復委任について、委任者の復受任者との内部関係として、委任者の復受任者に対する直接請求権および復受任者の委任者に対する直接請求権について定めるものである。
【解説】
(a) 直接請求権の2つの態様
まず、上記提案は、Ⅳ-7-5で定める復委任のうち、代理権の授与を伴う委任における復委任の場合に対象を限定して規律を定めるものである。委任および復委任には、委任者のために委任者の名義で法律行為を行う場合(代理)と、委任者のために受任者の名義で法律行為を行う場合(取次ぎ・間接代理)の双方が含まれるが、このうち、前者のみに妥当する規律である。
上記提案が直接請求権を定める実質的な根拠は、復受任者が行った対外的な行為の効果が直接に委任者に帰属するという委任者と復受任者との直接の法律関係の存在に求められる。これに対し、取次ぎの場合には、復受任者は、受任者のために自己の名義で法律行為を行うものであって、委任者との復受任者との間に直接の法律関係に立たないから、委任者と復受任者の間には直接請求権は認められない。
次に、上記提案は、①で委任者の復受任者に対する直接請求権を定め、②および③で復受任者の委任者に対する直接請求権を定めるが、両者の理論的な性格は、かなり異なっている。このうち、後者は、復受任者の受任者に対する金銭債権と受任者の委任者に対する金銭債権の重なる範囲で、復受任者の委任者に対する固有の支払請求権を付与するものであり、これにより、受任者の一般債権者との競合を回避し、受任者の委任者に対する金銭債権から優先弁済を受けたのと同様の機能を果たすものである。これに対し、前者は、これとは理論的な性格を異にしており、代理を伴う委任に特有のものと位置づけられる。
(b) 委任者の復受任者に対する直接請求権
①において、復受任者が委任者に対して負う委任契約上の義務とは、委任事務の処理における善管注意義務、xx義務、報告義務および受領物等の引渡義務などである。これらの委任契約上の債務については、委任者と受任者の一般債権者との競合が問題となることは考えにくいから(もっとも、受領物等の引渡義務について、受領物が金銭等の場合は別論である)、委任者に直接請求権を付与することによってこれを回避する実益はない。ここでは、委任者が復受任者の行為を委任契約に基づいて直接的にコントロールすることに、契約上の直接請求権を付与する意義が認められる。かりに直接請求権を認めないときは、委任者は受任者を介して復受任者を間接的にコントロールする手段しか有しないことになるが迂遠であり、それと併存して、委任者の復受任者に対する直接請求権を付与することでこの不都合を回避しえよう。
判例(最判昭和 51 年 4 月 9 日民集 30 巻 3 号 208 頁)および通説は、復代理に関する現
行民法 107 条 2 項を代理を伴う復委任の内部関係に類推適用することで、①と同様の解釈を導いている。
(c) 復受任者の委任者に対する直接請求権
②において、委任者が復受任者に対して負う債務としては、委任事務の処理に係る報酬支払債務、費用等の前払および償還債務、損害補償債務などである。これらは、受任者に対する他の一般債権者との競合を回避するという直接請求権の一般理論がそのまま妥当するものであり、それに従った規律を定めている。
なお、通説は、現行民法 107 条 2 項を代理を伴う復委任の内部関係に類推適用することで、②と同様の解釈を導いているが、「代理人と同一の権利を有する」という文理とは乖離しており、この点の明確化を図る必要があろう。
ここでの復受任者の委任者に対する直接請求権は、いわゆる不完全直接請求権に相当するものである。すなわち、復受任者が直接請求権を行使するまでは、受任者の委任者に対する金銭債権も受任者の責任財産に含まれ、受任者の一般債権者もこれにかかってゆけるが、復受任者が直接請求権を行使した時からは、受任者の委任者に対する債権について差
押類似の効果が生じ、委任者は受任者に弁済等をすることができなくなる。③は、このような不完全履行請求権としての規律を明確に定めたものである。ここで、復委任者の委任者に対する通知に書面を要求するかは、さらに検討を要する。
(5) 商法上の委任
(5-1) 総論的検討
委任との関係で、検討の対象として考えられるのは、現行商法典に定める「代理商」、「仲立営業」、「問屋営業」であるが、これらを含めて、「商法上の委任」に関する規定を民法典に定めることを検討するに当たっては、さしあたり次の点に留意して検討を進める必要がある。
第1に、検討が不可欠であることとして、民法の委任規定は、委任の一般原則として、商法上の委任についても当然にその適用が前提とされている。したがって、民法上の委任規定の内容を検討するに当たっては、それが「商法上の委任」にも対応しうるような適切な規律となっているかを吟味する必要がある。しかし、従来の学説では、民法と商法とで議論がうまくかみ合っていないのではないかと感じられる点がないわけではない。そこで、両者の接合を十分に考慮に入れたうえで検討を行う必要がある。
第2に、商法典の商行為法各論では、仲立営業、問屋営業などの各種の「営業」の観点から規律が定められているが、このような「営業」ないし業種別の規律をそのままのスタイルで民法典の各種契約の中に取り込むことは整合的でなく、「契約」の観点からの規律が検討されるべきである。そのさい、商法典の定める各種営業者の義務には、その沿革から各種営業に対する公法的規整の性格を持ったものも含まれているが、このような業法的な規律は民法典にはそぐわないであろう。このことは、消費者法分野の各種の業法規定が民法典の外に置かれていることとも平仄が合う。
以下のような見地から、仲立契約(媒介契約)、取次契約、代理商の一般規定について検討を加える。
(5-2) 仲立契約(媒介契約)
(5-2-1) 仲立契約の定義
Ⅳ-7-18 仲立契約の定義
仲立とは、当事者の一方が相手方に対し,相手方と第三者との法律行為の媒介をなす義務を負い、その法律行為が成立したときは、相手方がこれに対してその報酬を支払う義務を負う準委任をいう。
【提案要旨】
他人間の法律行為の媒介を内容とする成功報酬型の準委任として「仲立」を位置づけるものである。
【解説】
(a) 準委任の中における仲立契約の位置づけ
仲立契約とは、他人間の法律行為の媒介をなすことを引き受ける契約である。ここで、「媒介」とは、他人の間に立って、両者を当事者とする法律行為の成立に尽力する事実行為をいう。したがって、仲立契約は、媒介という法律行為でない事務を委託する準委任である
(Ⅳ-7-2参照)。他方で、仲立人は、自己の媒介により当事者間に法律行為が成立した場
..
合に限り、報酬(仲立料)の支払を請求することができるとされる。当事者間に法律行為
が成立する前の段階で媒介の役務提供に対して報酬を支払う合意をすることは可能であるが、それは仲立契約の報酬でないと解されている。また、仲立料には、特約のない限り、仲立人が媒介をなすに当たり支出した費用も当然に含まれると解されており、仲立料とは別に費用償還請求権はないとされる。
以上によれば、仲立契約とは、媒介を委託する準委任のうち、一定の仕事の成果が完成したときに限りそれに対して一定額の報酬を支払うという成果完成型(定額報酬方式)の合意がなされたものを意味する。上記提案における「仲立契約」の定義は、以上のような考え方に基づくものである。
このような仲立契約の定義によると、他人間の法律行為の媒介をなすことを引き受ける契約であっても、その履行段階に応じて報酬を支払う段階分割履行型(履行割合報酬方式)のものは、仲立契約ではない。これは、「仲立契約」の概念規定に帰着する問題であるが(その効果として、Ⅳ-7-19の適用が問題となる。また、現行商法上は、仲立人の法定義務の課される対象を確定するという意義がある)、いずれにせよ、そのような媒介契約は、準委任の一種として認められることには問題がない。
なお、商法 544 条は、仲立人には、自己が媒介した行為について給付受領権がないことを定めるが、これは、媒介の委託という仲立契約の定義からは当然の帰結であろう。もっとも、仲立人がそれとは別に委任によって給付受領権限を付与されることは否定されない。
(b) 法律行為以外の媒介
他人間の斡旋ないし媒介行為を広く捉えると、他人間の法律行為のほか、婚姻仲介や養子斡旋などの他人間の身分行為の媒介行為を仲立契約に含めることが考えられる。比較法的にみても、身分行為の媒介についても仲立契約に含めて論じられることが多い。しかし、そこでの身分行為の仲立契約は、沿革的な理由により、仲立契約に包摂するというよりも消極的な扱いがなされている(ドイツ民法 656 条およびスイス債務法旧 416 条(1998 年 6月 28 日法律により削除。なお、改正法は、406a 条以下に婚姻等仲介に関して、仲立契約よりも通常の委任に近い規律を定める)は、婚姻仲介について法的に請求可能な債務としての報酬債権の成立を否定する)。
他方で、わが国における婚姻仲介契約の実態をみると、履行割合方式と定額報酬方式(成婚料)の組み合わせが一般的であり、上記の定義にいう「仲立契約」には当てはまらない。したがって、現代型の婚姻仲介契約は、仲立契約の外で展開されているといえる。もっとも、他人間の行為の媒介をなすことを引き受ける契約として、仲立契約と共通する側面も見いだされるところであり、仲立人のxx義務(Ⅳ-7-19)を類推適用する余地はあろう。
(c) 民事仲立契約と商事仲立契約
商法は、他人間の法律行為の媒介をなすことを業とする者を「仲立人」と定義し(商法 543条)、商事仲立人の行為(商事仲立)に関する規律を定めている。商行為以外の法律行為の媒介をなす民事仲立については、実定法上に特別な規律は用意されていない。このような民事仲立の典型例は、不動産仲介契約である。もっとも、民事仲立も業とする者は商人となり、それに関する規律を受ける。
(5-2-2) 仲立契約の一般的規律
以上の定義を前提として、民事仲立と商事仲立に共通するものとして、仲立契約を定義し、それに一般的に妥当する規律を民法典に用意すべきか否かを検討する。
まず、仲立契約とは、他人間の法律行為の媒介をなすことを引き受ける準委任契約のうち、成果完成型の報酬のみが合意されたものである。よって、仲立契約には、媒介を委任事務の内容として準委任の総則規定が適用される。そうすると、仲立契約の共通に妥当す
る規律として考えられるものを大別すると、一方で、準委任の総則規定の解釈によっても導かれる規律であるが、それを媒介という委任事務に即して具体化・明確化することが考えられる。他方で、準委任の総則規定からは当然には導かれない規律やそれを修正する規律が考えられる。
このうち、前者については、現代社会において存在する多様な委任事務の中で、媒介についての具体的な規律を定める必要はどこにあるのかが問題となる。また、具体的な規律といっても、仲立契約一般という抽象的なレベルでの具体化には限界があるとすると、どこまで具体的な規律が用意できるのかも問題となる。
他方で、後者については、もしそのような規律が存在するとすれば、規定することの意義は少なくない。
(a) 仲立人の本質的債務――契約の締結に必要な情報の提供義務
すべての仲立契約に共通する仲立人の最低限の義務としては、他人間の法律行為の成立に尽力するという委任事務の処理について善管注意義務をもって行うことがある(Ⅳ-7-
3)。媒介においては、代理権授与を伴う委任とは異なり、最終的に契約をするか否かを決定するのは、委託者および相手方という契約の当事者であるから、仲立人の基本的な義務は、委託者が契約締結を決定するうえで必要な情報を提供することにある。すなわち、委託者の目的に適合するような契約の相手方や契約内容・条件等についての情報を収集および調査を行い、その情報内容について確認することである。
もっとも、このような仲立人の基本的義務は、委託された事務内容から当然に導かれるものであり、特に具体化・明確化する規定が必要であるとはいえないと考えられる。
(b) 双方的仲立契約と一方的仲立契約
この点に関連して、仲立契約の分類として、①双方的仲立契約と②一方的仲立契約の区別が説かれている。
①双方的仲立契約とは、媒介の引受けにより仲立人は委託者のために取引の成立に尽力すべき義務を負うものであるのに対し、②一方的仲立契約は、取引の成立に尽力する義務を負わず、ただ仲立人の尽力により契約が成立すれば報酬を支払うというものとされる。もっとも、いずれの場合も、仲立契約はその定義上、成果完成型(成功報酬方式)であり、契約が成立しなければ報酬請求はできないことが仲立人が尽力するインセンティブになっていることに相違はない。①と②の相違は、仲立人の尽力が契約上の義務となっているか否かにあるにすぎない(ただし、①の場合でもその履行請求は困難である)。
学説では、①は準委任であるのに対し、②は請負類似の特殊の契約であると一般に説明される。しかし、仕事完成義務は請負人の本質的債務であり、それを負わない契約は請負とはいえず、成果完成型の報酬の合意である点をいうのならば、①も同じである。また、
②でも、(a)に述べた契約の締結に必要な情報の提供義務は最低限の義務として負っているはずであり、準委任というのに支障はなかろう。なお、改正提案では、報酬支払の方式は、委任と請負とを区別するメルクマールではなく、役務提供契約の総則規定の適用によって定まることであるから、この点でも①②ともに準委任に含まれるといってよい。
上記分類について、わが国で行われている商事仲立契約は、一般に①に当たると考えられている。これに対し、民事仲立契約の典型である不動産仲介契約では、一般媒介契約では依頼者のために取引相手方を探す義務(探索義務ないし奔走義務)はないが、専属媒介契約(探索した相手方以外の取引を禁ずるもの)や専任媒介契約(他に媒介等の依頼を禁ずるもの。xx業法 34 条の 2 第 3 項)では、積極的努力義務・相手方探索義務を負うとされており、これによると、原則は②に当たるとされるようである。
もっとも、この点も、上に述べた見地からすれば、仲立人が契約の成立に尽力すべき義務の範囲や程度はどこまでなのかという問題であって、委任事務の内容に帰着するものと
思われる。そうすると、この分類にそれほど大きな意味はなく、これを前提とした規律を定めるのは適切とはいえない。
(5-2-3) 委託者および相手方に対するxx義務等
Ⅳ-7-19 仲立人のxx義務等
(甲案)仲立人のxxxx義務
仲立人は、その媒介する法律行為の当事者双方に対して、xxかつxxに行為しなければならない。
(乙案)仲立人のxx義務
仲立人は、その媒介する法律行為の当事者双方に対して、xxに行為しなければならない。
(丙案)仲立人のxx義務
仲立人は、委託者に対し、その媒介する法律行為の当事者双方に対して、xxに行為する義務を負う。
(丁案)仲立人のxx行為の権限
仲立人は、その媒介する法律行為の当事者双方に対して、xxに行為することができる。
【提案要旨】
準委任の総則規定の特則として、仲立人のxx義務等について定めるものである。
【解説】
(a) 仲立人のxx義務等――準委任の特則の必要性
仲立契約は、両当事者の中間に立って媒介をなすというその役割から、仲立契約を締結した委託者の利益を図るだけでなく、その相手方に対してもxxにその利益を図る義務を負うとされる。
このような媒介する法律行為の当事者双方の利益をxxに図るという仲立人の義務は、準委任の通則規定から直ちに導くことは困難である。委任の一般原則によれば、受任者はもっぱら委任者の利益を図るべく行為すべき義務を負うとすると、第三者である相手方の利益をもxxに図ることが委任者に対するxx義務に反しないかは問題となりうる。また、仲立人が相手方とも仲立契約を締結する双方契約の場合には、このことが委託者に対するxx義務に反しないかという問題もある(ドイツ民法 654 条は、委託者の利益を確保すべき民事仲立人が相手方のためにも行為をしたときは、双方行為として報酬請求権を失うことを定める)。そうすると、民事仲立契約を含む仲立契約一般について、仲立人が媒介の当事者双方の利益をxxに図る義務を負うとすれば、このことは準委任の通則に対する修正であり、この点を特則として定める意義が認められる。
この点は、沿革的には、仲立人が公職的な地位にあったことに由来するものである。併せて、商法は、仲立人に対して、当事者間の紛争を防止するための義務として、①見本保管義務(商法 545 条)、②結約書交付義務(商法 548 条)、③帳簿作成・謄本交付義務(商
法 547 条)を定めているが、これは、仲立人が公証的役割を果たしていることに関係する。これらの義務も、媒介行為の当事者双方に対して負う義務といえるが、その内容を吟味して仲立契約に一般化すべきかは検討を要する。上記提案では、当事者間の紛争防止のための仲立人の具体的義務については、商法および業法の規律にゆだねることとし、それらの前提となる仲立人のxx義務についてのみ規律を定めるというものである。
Ⅳ-7-18の各提案は、いずれも以上に述べた趣旨を規定しようとするものであるが、そ
れをどのように具体化すべきかについては、仲立人のxx義務の内容やxxに利益を図ることの意味をどのように捉えるかによって、複数の規律の仕方が考えられるところであり、
4つの提案を掲げている。
(b) 各提案の考え方と相違点
(i) 甲案は、受任者がもっぱら委任者の利益を図る義務を負うのは、受任者のxx義務の問題であると捉えたうえで、仲立人が当事者双方の利益をxxに図る義務を負うことは、仲立人は当事者双方に対してxxにxx義務を負うことを意味すると考えるものである。もっとも、甲案を採るときに、仲立人のxxxx義務を仲立契約上の義務として規定す
ることにどのような意味があるのかをはっきりさせておく必要がある。
一方で、xxxx義務は、仲立契約に基づいて委託者に対して負う義務であるから、委託者に対するxx義務の例外ないしはその範囲を明確化する、すなわち、仲立人が当事者双方の利益を図ることが委託者に対してxx義務違反に当たらないことを定めるという意味があることは確かである。
他方で、相手方が仲立人に対するxxxx義務の違反に基づく請求まで認めるのか、その法的な性格づけをどうするかについては、検討を詰める必要がある。この点は、甲案によっても、仲立人が相手方に対して仲立契約に基づく義務を負うわけではないことからすると、相手方が仲立人に対して契約責任を追及することはできないことになる。もっとも、仲立人のxxxx義務を前提として、相手方が不法行為責任を追及する可能性はある。
甲案に対しては、別の見方をすれば、このような仲立人という事業者に関する規律は、むしろ取引業法上の義務として捉えるのが適切であって、業法的規整にゆだねるべきであるとの考え方も成り立ちうる。民事仲立契約である不動産仲介契約に関しては、取引の当事者に対する誠実義務(xx業法 31 条 1 項)が課されている(同じく、重要事項の説明義務(同 35 条)や書面交付義務(37 条)など)。判例は、業法上の義務は当事者双方に対する義務であるとするが(最判昭和 36 年 5 月 26 日民集 15 巻 5 号 1440 頁)、これらの業法上の義務を仲立人の契約上の義務として取り込むのが適切なのかが問題となる。甲案は、仲立人の委託者に対する契約上の義務の限度で、これを取り込んだものと位置づけることもできよう。
(ii) これに対し、乙案および丙案は、甲案が相手方に対するxx義務までを認めることは過大であると考えて、仲立人のxx義務として規律を定めるものである。そして、この点で、仲立契約を準委任の通則に対する修正であると位置づけるものである。
xx義務については、Ⅳ-7-4の解説で述べたとおり、善管注意義務に包摂されるという見解が有力であるが、他方、両義務を別の概念として区別する見解もある(xxxx『フィデュシャリー[信認] の時代』(1999)178 頁以下、xxxx『会社法〔第 10 版〕』(2008)198頁)。両義務の関係については、Ⅳ-7-4の規律は、いずれかの立場を採ったものではなく、解釈にゆだねることとしているが、乙案および丙案は、いずれの立場を採るかによって、仲立人の義務の捉え方が異なってくるのと考えるものである。すなわち、前者の見解を採ると、仲立人が相手方に対してもxx義務を負うとすることは可能であるが、後者の見解を採るときは、相手方に対するxx義務を認めることは困難であると考える。また、前者の見解を採る場合であっても、仲立人が相手方に対してまでxx義務を負うとすることは、過大ではないかとの評価もありえよう。
乙案と丙案の違いは、乙案が、当事者双方に対してxx義務を負うとするのに対し、丙案は、仲立人は、仲立契約の目的を達成するために、相手方当事者をもxxに取り扱うべきであるが、それはもっぱら仲立契約の当事者である委託者に対してのみ負う義務であると考えるものである。これは、仲立人の沿革に基づく特徴を重視するよりも、仲立契約を一般的な契約の枠組みのなかで捉えるものである。この案は、仲立契約を準委任のなかで
受任者に一定の義務が付加されたものと位置づけ、その契約の内容を示すものである。
(iii) 他方で、丁案は、仲立契約においては、仲立人は利益相反的な立場に置かれることがあり、そのような仲立人を免責する必要があるという観点から規律するものである。規定のあり方としては、「仲立人は、xxに行為したとしても委託者に対する善管注意義務またはxx義務違反とはならない」という観点から表現することも考えられるが、過不足のない規定の仕方が難しいため、積極的な面から規定するものである。この案は、仲立契約を準委任契約のなかで受任者の義務の範囲が制限されたものと位置づけ、その契約の内容を示すものである。
(iv) 上記の提案は、次項で検討する相手方当事者に対する報酬請求権を法定するかという論点とも関連している。甲案および乙案は、仲立人のxxxx義務またはxx義務の問題と、相手方当事者に対する報酬請求権の問題は切り離して考えることができるとの立場を前提としている。これに対し、丙案および丁案は、両者の問題は不可分であって、相手方当事者に対する報酬請求権を規定しないのに、同人に対する仲立人のxx義務のみを規定することは均衡を失すると考えるものであり、仲立人は相手方に対して義務を負わないことを明確にする必要があるとする。
(5-2-4) 仲立人の相手方当事者に対する報酬請求権
Ⅳ-7-20 仲立人の相手方当事者に対する報酬請求権規定を置かない。
【提案要旨】
仲立一般について、相手方当事者に対する仲立人の報酬請求権を法定しないものとする。
【解説】
商法 550 条 2 項は、商事仲立契約に関して、上述した仲立人にxxxx義務ないしxx義務を負わせることを前提として、当事者双方の平等な費用分担の原則が妥当し、当事者双方に対して均等額の報酬請求権を認めている。このうち、契約関係にない相手方当事者に対する報酬請求権は、仲立契約より生ずる債権ではなく、法定債権とされる。
他方で、民事仲立契約に、商法 550 条 2 項は類推適用されるかについて学説は分かれる
が、判例はこれを否定するものと解されており(最判昭和 50 年 12 月 26 日民集 29 巻 11
号 1890 頁が前提とする)、客観的にみて相手方当事者のためにする意思をもって仲介行為をしたものと認められる場合には黙示の仲介契約の成立を認めて(ほかに事務管理による報酬請求の余地がある)、商法 512 条に基づく報酬請求を肯定している(もっとも、黙示の仲介契約の成立の手法には有力は批判がある)。
Ⅳ-7-18において、かりに仲立契約一般に、当事者双方に対するxxxx義務ないしxx義務を規定するときには、それと併せて、相手方当事者に対する均等額の報酬請求権を法定すべきかを検討する必要がある。仲立人がそのような義務を負うのは、相手方当事者に対する報酬請求権が認められることが前提となるという考え方を前提にすれば、これを併せて法定する必要があることになる。しかし、仲立人に当事者双方に対するxxxx義務ないしxx義務を認めることから当然に、当事者双方の平等な費用負担の原則が導かれると考えるべきであるかについては、なお検討を要するところである(判例は「反射的利益論」をとる)。ここでは、Ⅳ-7-18において、丙案または丁案を採るときはもちろん、甲案または乙案を採る場合であっても、両者の問題は切り離して考えることができるとの立場を採って、結論的には、仲立人の相手方当事者に対する報酬請求権は法定しないとするものである。
(5-3) 取次契約
(5-3-1) 取次契約の位相
Ⅳ-7-21 取次契約の定義
取次とは、委託者が相手方に対し、委託者のために自己の名義で法律行為をなすことを委託する委任をいう。
【提案要旨】
自己の名をもって委託者のために法律行為を行う委任として「取次」を位置づけるものである。
【解説】
(a) 委任規定との関係
取次契約は、取次者(問屋・準問屋)が自己の名をもって委託者のために(委託者の計算で)法律行為をなすことを引き受ける契約である。
委任は、現行民法 643 条の定義によれば、法律行為をなすことの委託であり、①受任者が委任者の名義で法律行為をなす場合と、②受任者が自己の名義で法律行為をなす場合とを包含している(Ⅳ-7-1参照)。したがって、取次契約は、委任の一種であり、民法の委任規定が当然に適用される。商法 552 条 2 項は、問屋契約に委任に関する規定を「準用」
すると定めるが(同 558 条で準問屋にも準用される)、委任規定は同規定によって準用されるわけではないから、同規定は理論的にみて不正確である(通説)。
以上から、取次契約に定めるべき規定を検討するに当たっては、委任の通則規定の適用があることを前提に、委任の通則規定の適用によっては導かれない規律、および委任の通則規定を適用した結果を明確化する規律とに分けて考えていくのが便宜である。 (b)「間接代理」の意義――代理との関係
次に、①受任者が委任者の名義で法律行為をなす場合は、受任者のなした法律行為の効果は「代理」のメカニズムによって委任者に帰属する。これに対し、②受任者が自己の名義で法律行為をなす場合には、受任者のなした法律行為の効果は受任者に帰属し、委任者にはその経済的効果(計算・経済的損益)のみが帰属する。この点を捉えて、学説では「間接代理」の概念が用いられるのが一般的であり、取次契約については「間接代理」の規定を総則に置くことを検討すべきであるとの主張もあるようである。
しかし、「代理」とは、法律行為が行った者以外にその法的効果が帰属するメカニズムであり、「代理権」によって基礎づけられる。これに対し、取次の場合には、法律行為の効果は取次者自身に帰属するのであって、そこには「代理」の要素は見いだされない。
また、取引の相手方との関係(外部関係)と委託者と取次者との関係(内部関係)とを区別して、外部関係は「代理」と異なるが、内部関係では「代理」と同じように扱うこと
(商法 552 条 2 項)を前提に、これを「間接代理」と呼ぶこともある。しかし、通常の委任による代理の場合には、外部関係は「代理」によって規律されるのに対し、内部関係は委任者と受任者の権利義務を定める「委任」によって規律されると考えられており、むしろ後者の「委任」の問題として処理するのが適切であるといえそうである。現行民法 646
条 2 項は、受任者が「委任者のために自己の名で取得した権利」の移転義務を定め、取次の場合を想定した用意しており、委託者と取次者の対内関係は、同条との関係において検討されるべき事項であろう。
以上からすると、「間接代理」とは、「代理なき委任(不完全代理)」の問題であって、「代理」の問題ではない。そのミスリーディングな表現には注意を要する。
(c) 権利の移転を目的とする取次契約
さらに、取次契約一般の中でも、特に検討を要するのは、権利の移転を目的とする契約の取次契約である。
取次者の行った契約の経済的効果が委託者に帰属するといっても、役務提供契約の場合には、契約履行の利益は事実上当然に委託者に及ぶことが通常であり、特別な問題を生じない(問題を観念することは可能な場合もありうるが、議論がない)。そこで、委任の通則に対する特則規定として検討すべきは、権利移転を目的とする取次契約である。現行商法は、物品の販売または買入れの取次を業とする問屋契約について規定をしたうえで、それをそれ以外の行為の取次を業とする準問屋に準用しているが、この構成は上記の観点から理解しうる。
(5-3-2) 取次契約(問屋契約)における権利移転のメカニズム
Ⅳ-7-22 財産の販売又は買入れを目的とする契約の取次における権利移転の効果
(甲案)財産の販売又は買入れを目的とする契約の取次において、当該契約が取次者とその相手方の間において成立したときは、その権利の移転の効力は、委託者と相手方の間において直接に生ずる。
(乙案)財産の買入れを目的とする契約の取次において、取次者の委託者に対する権利の移転は、取次者がその相手方から当該財産の権利を取得した時にその効力を生ずる。
(丙案)①財産の買入れを目的とする契約の取次において、取次者の委託者に対する権利の移転は、取次者がその相手方から当該財産の権利を取得した時にその効力を生ずる。
②前項による権利の移転は、当該財産の権利の移転をもって第三者に対抗するために必要な行為をしなくても、第三者に対抗することができる。
【提案要旨】
財産の販売又は買入れを目的とする取次契約(問屋契約)における権利移転の効果について定めるものである。
【解説】
(a) 販売委託の場合
一方で、問屋が販売委託を受けた場合には、問屋は物品の販売の処分権を付与されたにすぎず、委託者から問屋に物品の所有権が移転するわけではない。よって、問屋が相手方と売買契約を締結した場合には、問屋と相手方の間の売買契約に基づいて、委託者から相手方に直接に所有権は移転すると解されている。
売買契約
問 屋
相手方
代金債権
取次契約
権利移転
委託者
この結論自体は、理論的には、委託者の問屋に対する処分授権によって説明することが可能である。処分授権の場合には、権利移転を目的とする債権契約と所有権の移転とが乖離することは一般に認められている。もっとも、処分授権の概念は、学説上のものにとどまり、xxの根拠を欠くから、総則に、「代理」と並んで、「処分授権」に関する規定を置くことが適切であろう(第6回全体会議・第2準備会報告 Ⅱ-8-7を参照)。
以上によると、物品の販売前は、物品の所有権は委託者に帰属しており、問屋の責任財産を構成しない。問屋の一般債権者に対しては、強制執行における第三者異議の訴えの提起や倒産手続における取戻権の行使が可能である。また、物品の販売後は、売買代金債権は問屋に帰属するが、問屋の倒産手続が開始した場合には、委託者には代償的取戻権(破産 91 条、民再 52 条 2 項、会更 66 条)が認められる。これに対し、問屋の一般債権者が代金債権に強制執行を行った場合には、次の買入委託の場合と同様の問題が生ずる。
(b) 買入委託の場合
他方で、問屋が買入委託を受けた場合はどうか。学説は、実質的な利益考量のレベルでは、物品の買入が委託者の計算でなされる経済的実質に鑑みると、委託者は当該物品の権利について具体的な利益を有するのに対し、問屋の一般債権者は当該権利を一般担保の目的とするにすぎないことから、委託者の権利を優先させるべきであるという点ではほぼ一致していると考えられる。判例(最判昭和 43 年 7 月 11 日民集 22 巻 7 号 1462 頁)も、委託者が問屋に買入代金を支払っている場合にこの結論を認めている。しかし、その法的構成については、学説状況はやや複雑であるが、立法論を検討するうえでの選択肢をモデル化して説明すると、次の2つに大別しうる。
モデル1 問 屋 取次契約 委託者 | 売買契約 権利移転・引渡債権 権利移転 | 相手方 | モデル2 問 屋 取次契約 委託者 | 売買契約 権利移転・引渡債権権利移転 | 相手方 |
モデル1は、買入物品の所有権は、相手方から委託者に直接に移転するという構成である。甲案は、モデル1に基づく試案である。現行法の解釈論としては、商法 552 条 2 項は、問屋と委託者との間においては代理に関する規定を準用すると定めているが、相手方との売買によって取得した権利の帰属関係においては、問屋の一般債権者は問屋と一体をなすものとみて、同項にいう「問屋」には、問屋の債権者も含むと解する有力学説が存在するが、この見解はモデル1のように理解しうる。この見解が解釈論として説得力があるかは措いても、立法論としてはありうべき選択肢の1つではある。比較法的な観点からも支持しうるところで、委託者の計算で買い入れた物品が問屋の責任財産を構成しないことを明快に導きうる点にメリットがある。
しかし、モデル1の問題点は、このような結論を理論的にどのように説明しうるかが、少なくとも現在の学説上ははっきりしていないことである。「代理」のメカニズムと大きく異なるのは、代理の場合には、売買契約は委託者に効果帰属し、それを基礎として権利も相手方から委託者に直接に移転するのに対し、取次の場合には、売買契約はあくまでも問屋に効果帰属し、売買契約より生ずる債権(権利移転債権・引渡債権)は問屋に帰属する
が、それに基づく所有権移転の効果については委託者に直接に帰属するという点である。いわば、売買契約より生ずる債権の効果が問屋と委託者に分属する法律関係である。
なお、中間者の責任財産を構成しないという点では、直接請求権の場合の法律関係に類似する(このような構成も論理的には成立しうる)。しかし、上記の場合には、委託者の相手方に対する権利移転および引渡請求権が認められるものではない点で、これとも異なっている。
上に述べたような法律関係は他の局面ではあまり見られないようであり、一般的にこれを承認してよいか、かりに立法論として規定することは可能であるとしても、実定法の中に矛盾なく組み込むことが可能かについては慎重な検証を要する。また、モデル1を採用する場合には、受任者の名義で取得した権利の移転義務を定める現行民法 646 条 2 項が不要となるのかについても検討が必要になる。
これに対し、モデル2は、相手方から問屋を介して委託者に権利が移転するという構成である。この構成は、権利移転のメカニズムの説明としては困難はなく、現行民法 646 条 2項とも整合的にみえる。モデル2を前提とした場合の問題は、問屋の一般債権者に対する委託者の優先をどのように基礎づけるかであり、これにも論理的には2つの方向性がありうる。
第1は、委託者が問屋からの権利移転をその一般債権者に対抗するためには、権利移転の第三者対抗要件の具備を要するという前提に立つものである。買入れの目的が動産である場合には、委託者と問屋との間の先行的な占有改定の合意によって対抗要件が具備されるとし、委託者が問屋に買入代金を前払いされている場合には、黙示の合意を推認するという見解が有力である。この見解に立つときは、特別な立法的な手当てを要しない(先行的占有改定の合意の有効性を法定することも考えられるが、債権法改正の範囲を超える)。乙案は、モデル2の第1の考え方に基づく試案である。
なお、この見解を採る論者の中には、先行的な占有改定の合意のほかに、問屋から委託者に権利移転をするためには、問屋は自己契約(現行民法 108 条)によって所有権移転の合意を行う必要があると解するものがあるが、委託者に対する問屋の権利移転義務は現行民法 646 条 2 項によって既に発生しているから、権利移転にそれを目的とする債権契約のほかに物権行為を要しない日本民法のもとでは、所有権移転の合意は不要である。
もっとも、この見解では、動産以外の権利については、問屋契約の当事者の合意のみで対抗要件を具備することはできず、問題が残る点に難点がある。
第2は、委託者が問屋からの権利移転をその一般債権者に対抗するためには、第三者対抗要件の具備を要しないという前提に立つものである。この構成は、現行法の解釈論としては無理があるが、上記の実質的利益考量をストレートに反映した立法論としては可能であり、ありうべき選択肢である。丙案は、モデル2の第2の考え方に基づく試案である。以上に加えて、いずれの見解に立った場合でも共通に問題となる点として、目的物の特 定性および問屋の分別管理がある。動産や金銭については、問屋が委託者のために保有する物が問屋の固有財産と区別して分別管理されていない場合には、その特定性を失い、問屋の一般財産に混和することになる。この場合には、かりにモデル1に立っても、買入物品の権利は問屋に帰属することになるので、モデル1とモデル2の相違が相対化しよう。もっとも、対象の特定性の問題は物権の一般原則の適用にほかならず、この局面のみで規
定を置く性質の事項ではない。
(3-3) 問屋の内部関係
委託者に対する問屋の義務については、委任の通則規定の適用によって、①善管注意義務(552 条 2 項参照)のほか、②指値遵守義務(商法 554 条)、③介入権(商法 555 条)、
④通知義務(商法 556 条)を定める。
これらの義務はいずれも、委任の通則規定の解釈によって導くことができないものではないが、問屋契約に即してその趣旨を明確化したものと位置づけることができる。それを民法典と商法典のいずれに規定を置くかは、一般的な方針によるが、各業種に応じてより明確な義務を定めることに意義があるとすれば、商行為法の現代化を正面から検討すべきであろう。
(5-4) 代理商
代理商は、「取引の代理又は媒介をする者」(商法 27 条)であるから、委任または準委任
(仲立契約)に該当し、それらの規定が適用されることになる。委任の任意解除権との関係では、代理商は、委任者および受任者の共通利益の委任の典型例に当たるから、Ⅳ-7-1 3 ③に定める規律の適用が想定される。他方で、商法 30 条は解除に関する規律を定めているが、これとの関係が問題となりうるが、商法総則は本委員会の検討の対象に含まれていないため、ここでは立ち入らない。
(6) 委任に関連する契約(中間介在者の履行保証契約)【留保】 (6-1) 相手方の債務についての受任者の履行保証契約
(6-2) 代理権の授与なくして他人のために契約を締結した場合における履行保証契約