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賃貸住宅標準契約書の改訂について
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第1 賃貸住宅標準契約書改訂の経緯等
1 賃貸住宅標準契約書とは
賃貸住宅標準契約書(以下「標準契約書」という)は、住宅賃貸借をめぐる紛争を防止し、よりよい契約関係を結ぶことができるようにするため、国土交通省が平成5年に作成し公表した民間賃貸住宅の賃貸借契約書のモデル・ひな型である。
この標準契約書をベースとして、その後、定期賃貸住宅標準契約書、サブリース住宅原賃貸借標準契約書、終身建物賃貸借標準契約書、サービス付き高齢者向け住宅事業の登録制度に係る参考とすべき入居契約書などが作成されている。
2 改訂の経緯
賃貸住宅の契約関係をめぐっては、最近は、消費者契約法に基づく特約の有効性に係る司法判断、原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(以下「ガイドライン」という)の再改訂、暴力団等反社会的勢力排除の機運の高まり、賃貸住宅管理業者登録制度の発足など、様々な動きがある。
このような動きを踏まえ、有識者等により構成される賃貸住宅標準契約書改定検討委員会において平成23年12月に委員会案が取りまとめられ、その後パブリックコメント手続きを経て、平成24年2月10日に、標準契約書(改訂版)が公表された。
3 改訂のポイント
今回の改訂の主なポイントは以下のとおりである。
① 反社会的勢力の排除を新設
国民生活や経済活動からの反社会的勢力を排除する必要性の高まりを受け、「甲及び乙は、それぞれ相手方に対し、次の各号の事項を確約する」という条項で、あらかじめ契約当事者が反社会的勢力でない旨等を相互に確認することを記述。
② 明け渡し時の原状回復内容の明確化
退去時の原状回復費用に関するトラブルの未然防止のため「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を踏まえ、入居時に賃貸人、賃借人の双方が原状回復に関する条件を確認する様式を追加。また、退去時に協議の上、原状回復を実施することを記述。
③ 「記載要領」を「契約書作成にあたっての注意点」に名称変更
賃貸借契約書を通常作成する賃貸人だけでなく、賃借人にも参照されるよう、各条項に記載する際の注意点を明確化するとともに、新設の「明け渡し時の原状回復」の条項について、「原状回復工事施工目安単価」や「例外としての特約」の記入方法も記述。
④ 賃貸住宅標準契約書解説コメントを新たに作成
賃借人・賃貸人が本標準契約書を実際に利用する場合の指針となるよう各条項に関する基本的な考え方、留意事項等を記述した解説コメントを新たに作成。
第2 改訂部分の解説
1 反社会的勢力排除のための措置(第7条、第8条及び第10条関係)
(1)改訂の背景
① 反社会的勢力排除への取り組み
政府は、平成19年6月に「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」
(犯罪対策閣僚会議幹事会申し合わせ)を取りまとめ、同指針に基づき、平成22年12月には「企業活動からの暴力団排除の取組について」を取りまとめた。
その中の政府の取組として、各省庁は、標準契約約款に盛り込むべき暴力団排除条
項のモデル作成を支援することとした。また、地方公共団体においても、平成23年10月までに全都道府県において暴力団排除条例が制定・施行され、暴力団排除に向けた取組強化の機運が高まっているところである。
② 暴力団排除条例について
反社会的勢力の排除には、社会全体が共同で取り組まなければならないが、ことに地域住民が、自治体と協力しながら、連携していくことは必要不可欠である。また、反社会的勢力の状況にはそれぞれの地域による相違もあり、地域ごとのきめ細かな対応が効果的であることも少なくない。
そのような見地から、都道府県でも、反社会的勢力排除の取組みが積極的に進められており、現在すべての都道府県で「暴力団排除条例」が制定・施行されている。
条例の内容は、概ね、①都道府県には、暴力団排除に関する総合的な施策を策定し実施する責務を、②警察には、暴力団員等から生命、身体または財産に対し危害を加えられる恐れがあるときの危害防止措置や必要な体制の確立する責務を、それぞれ負担させた上で、③不動産所有者(売主・賃貸人)および代理業者・媒介業者に対して、反社会的勢力排除のための対応を義務づけるものとなっている。
③ 暴力団排除条例中の賃貸人の責務ア 契約をしない義務
暴力団事務所の用に供されることを知って、譲渡等に係る契約をしてはならない。イ 確認の努力義務
譲渡等に係る契約の締結の前に、暴力団事務所の用に供するものでないことを確認するよう努める。
ウ 明文化の努力義務
譲渡等に係る契約において、次に掲げる事項を定めるよう努める。
(ア)暴力団事務所の用に供してはならないこと。
(イ)暴力団事務所の用に供されることが判明したときは、催告をすることなく当該契約を解除し、又は当該不動産を買い戻すことができる。
エ 解除等の努力義務
暴力団事務所の用に供されることが判明した場合は、速やかに当該譲渡等に係る契約を解除し、又は当該不動産を買い戻すよう努める。
④ 反社会的勢力排除のためのモデル条項
これらの動きを踏まえ、不動産流通4団体((社)全国宅地建物取引業協会連合 会、(社)全日本不動産協会、(社)不動産流通経営協会、(社)日本住宅建設産業協会)は、協議会を作り、反社会的勢力排除のためのモデル条項を作成した。
(2)標準契約書改訂の概要
標準契約書(改訂版)においては、上記(1)④のモデル条項を参考に、反社会的勢力排除のための条項を導入した。その概要は以下のとおりである。
① 反社会的勢力ではないことの確約条項の追加(第7条新設)
契約当事者がいずれも自らが反社会的勢力ではないことを確約する旨の条項を追加した。
② 禁止制限行為の一部修正(別表1に追加)絶対的禁止行為(別表1)に、
ア 本物件を反社会的勢力の事務所その他の活動の拠点に供すること。
イ 本物件または本物件の周辺において、著しく粗野若しくは乱暴な言動を行い、又は威勢を示すことにより、付近の住民又は通行人に不安を覚えさせること。
ウ 本物件に反社会的勢力を居住させ、または反復継続して反社会的勢力を出入りさせること。
を追加した。
③ 契約解除事由の追加(第10条3項・4項追加)
契約解除事由に①②違反を追加し、それぞれを無催告解除とした。
なお、標準契約書(改訂版)では、このような無催告解除の取扱は反社会的勢力排除に係る契約条項違反の場合に限っており、それ以外の事由による解除については、従前と同様催告などを要するとしている。
2 原状回復内容の明確化(第14条関係)
(1)改訂の背景
トラブルが急増し、大きな問題となっていた賃貸住宅の退去時における原状回復について、国土交通省は、原状回復にかかる契約関係、費用負担等のルールのあり方を明確にして、賃貸住宅契約の適正化を図ることを目的に、平成10年に、原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(以下「ガイドライン」という)を作成し公表した。
しかし、その後も、敷金・保証金等の返還や原状回復をめぐる多様な問題が存在していることなどを踏まえ、国土交通省は、平成23年8月に、記載内容の補足やQ&Aの見直し、新しい裁判例の追加などを行ったガイドライン(再改訂版)を公表したところである。このガイドライン(再改訂版)では、その内容を標準契約書に反映することを求めていた。
(2)標準契約書改訂の概要
以上のような動きを踏まえ、標準契約書(改訂版)では、ガイドライン(再改訂版)の内容を参考に、原状回復に係る個所につき見直しを行った。その概要は、以下のとおりである。
① 条文の独立(第14条)
従来、「明渡し」の条文中の1項目であった原状回復の取扱につき、条文を別に独立させ、原状回復の取扱につき契約書上でもより明確にした。
② 原状回復の原則(特約がない場合の対応)につき確認(第1項)
原状回復の原則的な取扱(通常損耗を超える損耗等の補修費用が賃借人の負担)を第1項で確認的に規定した。
③ 原状回復の取扱に係る情報・認識の共有(別表5Ⅰ)
原状回復に係る取扱につき、賃貸人・賃借人が契約時に認識を共有できるよう、ガイドライン(再改訂版)で示された様式を参考に、原状回復の原則的な取扱い、賃借人が負担すべき場合の費用の目安などが一覧できる別表5を新たに追加した。
④ 特約の取扱い(別表5Ⅱ)
ガイドラインでは、通常損耗分の補修費用を賃借人の負担とする特約自体は可能であるが、これは、賃借人に法律上、社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課すことになるため、次の要件が必要であるとしている。
【賃借人に特別の負担を課す特約の要件】
ア 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
イ 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
ウ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
標準契約書(改訂版)も、原状回復に係る特約は、上記要件をふまえた上で可能であるとしているが、原状回復に係る特約は、第18条の特約条項中に記載するのではなく、原状回復の原則的な取扱や、上記特約の有効性に係る基準を踏まえたものであることを契約書上も明瞭になるよう、別表5の中で記載することとした。別表5のⅡの特約欄に記載があれば、その内容は、第14条第1項に優先して適用されることになる。
⑤ 明渡し時の協議(第2項)
原状回復は、契約時に定めた基準・条件(別表5Ⅰ・Ⅱに記載)に基づくことになるが、実際に明渡し時に原状回復に係る賃借人の負担を確定するに当たっては、損耗等が賃貸人・賃借
人のいずれの負担部分に該当するのかなどの「基準・条件への当てはめ」などが必要となる。そこで、標準契約書(改訂版)では、明渡し時に、契約時に別表5に記載した基準・条件に
基づき、実際の原状回復の内容や方法を協議することとしている。
3 その他の条項
(1)修繕義務の規定の整理(第9条関係)
① 改訂の背景
民法では、賃貸物件の修繕は賃貸人の義務とされている。
従前の標準契約書では、修繕に係る特約の意味につき判断した判例をもとに、特約
をあらかじめ織り込んだ形で、修繕は原則賃貸人の義務としつつ、別表4記載事項については賃貸人の義務を免除し、賃借人が権利としてなしうるものと位置づけていた。
今回、原状回復に係る規定が見直されたことから(第1項で原則的取扱を確認。その他の点は上記2参照)、それとの整合性を図る観点から、修繕の取扱について見直しがなされたところである。
② 改訂の概要
ア 第1項→修繕の原則的取扱の確認
民法上は賃貸借の目的物に係る修繕は賃貸人が行うこととされている(民法第
606 条)ため、修繕の原因が賃借人の故意又は過失にある場合を除き、修繕は原則として賃貸人が実施主体となり費用を負担するという修繕の原則的取扱を、第1項で確認的に規定している。
イ 第2項→修繕の際の立ち入り拒否の制限
修繕の実施に当たり賃貸人及び賃貸人の依頼による業者が専用部分に立ち入る必
要がある場合は、賃貸人からの通知を要するとともに、民法第 606 条第 2 項により賃借人は賃貸人の修繕の実施を拒めないこととされているため、第2項で、賃借人は正当な理由なく賃貸人の修繕の実施を拒否することはできないこととしている(従前と同じ)。
ウ 第3項→別表4記載事項の取扱
修繕の中には、安価な費用で実施でき、建物の損傷を招くなどの不利益を賃貸人にもたらすものではなく、賃借人にとっても賃貸人の修繕の実施を待っていてはかえって不都合が生じるようなものもあると想定されることから、別表第 4 に掲げる費用が軽微な修繕については、賃借人が自らの負担で行うことができることを第3項で定めている。従前とは異なり、この部分も賃貸人の義務を免除してはいない。従前と同様、賃貸人の義務を免除する扱いにする場合には、その旨を第18条の特約欄に記載することになる。
エ 別表4の取扱い→変更・追加を可能とする。
以上のように、標準契約書(改訂版)では、第3項及び別表4の位置付けが変更 となったことから、別表第 4 記載事項については、当事者間での合意により、変更、
追加又は削除できることとしている(従前は、別表4記載事項は賃貸人の義務を免除することから、限定列挙と解し、項目の変更等は想定していなかった)。
(2)契約の消滅の追加(第12条関係)
① 改訂の背景
近年、大規模な自然災害等によって物件が滅失、毀損した場合の契約関係の取扱いにつき問題となった事例が生じたことから、標準契約書においてもその場合の基本的な考え方を示す必要があるとの認識に至り、標準契約書(改訂版)で対応がなされたところである。
② 改訂の概要
天災、地変、火災、当事者双方の責めに帰することができない事由によって物件が滅失した場合は、契約の対象となる目的物がなくなることから契約は当然に消滅する。第12条では、この当然の法理を確認的に記述している
なお、「滅失」とは、物件が住宅としての機能を失った状態をいうとされ、全壊、全焼、流出のみならず、全壊には至らなくても通常の修繕や補修では、住宅としての機能を回復することができない程度の損壊も含まれる。一方、住宅としての機能が回復できる場合には、本条により契約は消滅せず、第10条の修繕の問題となる。
(3)一時金の取扱い
今回改訂された部分ではないが、近時、敷金以外の一時金(以下「その他一時金」という)の取扱についての紛争が多いことを踏まえ、その他一時金の取扱に係る標準契約書(改訂版)の対応を紹介しておく。
① 敷金とその他一時金との扱いの相違
住宅の賃貸借契約を結ぶに当たっては、敷金やその他一時金を賃借人が賃貸人に支
払うことが多いとされている。標準契約書(改訂版)では、このうち、全国的に行われている取扱であり、性格付けも明瞭(債務の担保)である敷金のみを、あらかじめ規定を設けている(第6条)。
それに対し、その他一時金は、地域的な慣習であり、その性格づけも様々であることから、頭書欄では別欄とし、かつ、第18条の特約条項で対応することとしている。
② 特約をする場合の方法
その他一時金の授受の特約については、契約書にxx的かつ具体的な記載があり、金額が高額すぎないといった要件を満たせば消費者契約法上無効ではないとした更新料特約や敷引特約の有効性に係る一連の最高裁の判断が参考となる。
標準契約書(改訂版)では、当該特約を結ぶ場合には、まずは、第 18 条の特約条項の欄に、
「乙は、頭書(3)中の「その他一時金」欄記載の〇〇(賃料以外の一時金の名称)金××円を甲に支払うものとする。」と定め、賃貸人と賃借人とが合意したことを示すため、両者が押印する。そして、頭書部分の「その他一時金」の欄に「〇〇(その他一時金の名称)と金額を具体的に記載することとしている。また、金額については、趣旨に見合ったもので、月額賃料との比較や地域の相場などを踏まえ賃借人に誤解が生じないようなものとするよう留意すべきであろう。
4 契約書作成に当たっての注意点・解説コメント
(1)契約書作成に当たっての注意点
賃貸借契約書を作成する立場に立つ者だけではなく、契約当事者双方にも参照されるよう、従前の「記載要領」を「契約書作成にあたっての注意点」に名称を変更するとともに、各条項に記載する注意点を明確化した。
なお、賃借権の譲渡、転貸など、賃貸人の承諾を要する事項については、従前から「承諾書例」が用意されていたが、標準契約書(改訂版)では、この「契約書作成に当たっての注意点」中で紹介している。
(2)解説コメント
賃貸人・賃借人が標準契約書を実際に利用する際の指針となるよう、各条項に関する基本的な考え方、留意事項等を記述した解説コメントを新たに作成された。
ただし、住宅賃貸借をめぐる各事象の取扱については、多くの議論があるところであり、この解説コメントは、あくまでもその条項の趣旨を示すとともに、法律でxxの規定がある場合や判例などで確立された考え方が示されているものに限りその内容に触れるという必要最小限度の対応に留まっている。
よって、各条項のより具体的かつ詳細な取扱などについては、別の解説書などを参照する必要があることに留意されたい。