本件では借主の「契約締結上の過失」までは認められないとされたが、同種事案で、過失が認められたケースもあり(貸主側の過失 RETIO No58東京高判H14.3.13/借主側の過失RETIO No66東京地判H18.7.7/借主側の過失RETIO No73 東京高判 H20.1.31)、併せて実務上の参考になると思われる。
最近の判例から
盻 -契約締結上の過失-
事務所賃貸借契約において、契約調印前に翻意した借主に対する貸主の損害賠償請求が棄却された事例
(東京地判 平22・2・26 ウエストロー・ジャパン) xx xx
中途解約が認められない事務所賃貸借契約で、契約が成立したのに借主が契約を解除したとして、貸主が損害賠償を請求した事案において、貸主と借主との間に賃貸借契約が成立したとは認められないとし、当事者間に信頼関係が築かれ、契約締結交渉の成熟度が高くなっておりxxx上の注意義務が発生したと認めるまでには至っていなかったというべきとして、棄却された事例(東京地裁 平成 22年2月26日判決 棄却 ウエストロージャパン)
1 事案の概要
原告X(以下「X」という。)はオフィスを提供する株式会社であり、被告Y(以下
「Y」という。)は弁護士法人である。 Xは、Yとの間で、平成20年9月30日から
10月8日までの間に以下概要の賃貸借契約
(以下「本件賃貸借契約」という。)に向けて交渉を行った。
賃貸物件:都内A区所在aビル(以下「本件ビル」という。)27階の10室(以下「本件物件」という。)
契約期間:平成20年10月24日から12ヶ月間の固定契約
賃 料:月額244万2千円の割引賃料保 証 金:407万円
特 約:期間中の中途解約は認められない。 Xが本件物件を確保するためには保証金 407万円の支払いが必要であることを伝えた
ところ、Yは10月8日、Xに対して同保証金を振込んだ。同月10日に契約書調印することになったが、同日Yは契約を取りやめる旨Xに告げた。
そこでXはYに対して損害賠償請求を提起した。これに対して、YはXに対して、契約が成立していないこと、申込証拠金407万円返還拒否したことは不法行為にあたるなどとして損害賠償請求の反訴を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は以下のとおり判示して、Xの請求及びYの反訴請求いずれも棄却した。
●争点1(賃貸借契約が成立したか否か。)盧 確かに、Xは、平成20年10月8日のYからの407万円の送金によって、本件賃貸借契約が成立したとの認識であったと考えられる。
盪 しかし、賃貸借契約については、いったん契約が締結されるとその関係が一定期間継続していくものであり、特に、xx賃料が月額407万円であること、12か月間の固定契約で中途解約が認められないことなど、重要かつ責任重大な内容が規定されている。このような契約については、成立に関して、XとYとの間の強固な合意があったと認められる場合にして初めて成立するものと解すべきである。
ところで、XからYに対しては、見積書
(以下「本件見積書」という。)が交付された
が事前に本件賃貸借契約書やその案がYへ示されたことはなく、Yは本件賃貸借契約書に署名捺印をしなかった。また、Xからの書面には本件物件確保には契約書に署名の上、初期契約金の支払いが必要であると記載されており、保証金は初期契約金の一部に過ぎず、 Yによる保証金407万円の送金が本件賃貸借契約締結の意思表示であったとは認めがたい。
蘯 従って、Yには、本件賃貸借契約を締結する意思も行為もなかったと言わざるを得ず、XY間で本件賃貸借契約を成立させるとの強固な合意があったとは認められない。
●争点2(Yに契約締結上の過失があるか。)盧 確かに、XとYとの間の平成20年9月30日から同年10月10日までの本件物件の賃貸借についての交渉の経過や、XとYの具体的言動をみると、本件賃貸借契約の成立へ向けて XとYとの間では、信頼関係が築かれつつあったといえなくもない。
盪 しかし、Xの事業や営業方法のあり方、本件見積書の有効期限が2週間という短期間で設定されていたこと、YがXに対して他の物件も検討していることを明らかにしていたことなどから、XY間に信頼関係が築かれ、契約締結交渉の成熟度が高くなっており、xxx上の注意義務が発生したと認めるまでには至っていなかったのであり、Yが本件賃貸借契約の締結を一方的に拒絶したとしても、 Yには契約締結上の過失が認められない。
●争点3(Yの反訴請求:407万円の返還請求の可否/Xによる不法行為の成否)
盧 YがXに対し407万円を送金したとき、 XY間で、本件物件を一時押さえ、あるいは、仮押さえするためであるとの合意があったとは認められず、本件賃貸借契約が成立しなかった場合、407万円が返還されるとの合意は少なくともなかったというべきである。
盪 問題は、407万円について、XがYに返還せずに保持していることが法律上の原因がないと評価されるべきか否かである。
本件において、XY間では、保証金407万円が送金されることで、本件物件が確保されるという合意があったものと認めるべきである。そして、Xの事業や営業方法のあり方に即して、Xは、Yのために本件物件を確保したということができる。
保証金407万円は低額とはいえないが、X Y間で、それを返還しないとの合意が無かったとまではいい切れず、本件賃貸借契約が成立しない場合でも、XがYに対して保証金 407万円を返還せずに保持していることが極めて不相当で公序良俗に反するとは認められず、Xの利得が法律上の原因がないと評価することはできないというべきである。
蘯 以上から、Yは、Xに対し、不当利得返還請求権に基づき407万円の返還を請求することはできない。
盻 また、本訴提起について著しく相当性を欠くものとはいえず、本訴提起は違法ではなく、不法行為が成立することはない。
3 まとめ
事務所賃貸借契約において、借主が保証金を支払い契約書締結前に解約した場合に契約成立となるかが争われ、契約の成立及び貸主の損害賠償請求が否認されたものである。
本件では借主の「契約締結上の過失」までは認められないとされたが、同種事案で、過失が認められたケースもあり(貸主側の過失 RETIO No58東京高判H14.3.13/借主側の過失RETIO No66東京地判H18.7.7/借主側の過失RETIO No73 東京高判 H20.1.31)、併せて実務上の参考になると思われる。
最近の判例から
眈 -心理的瑕疵-
賃借人の長女の自殺につき、賃借人に賃料等の差額分、内装工事費、供養費の賠償責任が認められた事例
(東京地判 平23・1・27 ウエストロー・ジャパン) xx xx
賃貸人が、賃借人に対し、入居者であった賃借人の長女が学生向け賃貸マンションの貸室において自殺したことが、善管注意義務違反にあたるとして損害賠償請求をした事案において、履行補助者による故意過失として、賃借人に対し、賃料等の差額分、内装工事代金、供養費用の賠償責任を認め、請求を一部認容した事例(東京地裁 平成23年1月27日判決 一部容認 控訴(控訴後和解) ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
盧 建物賃貸借契約
賃貸人Xは、賃借人Yとの間で、平成20年
3月13日、Yの長女を入居者とする、下記内容の建物賃貸借契約を締結し、同月30日にYに対して、下記賃貸目的物(以下「本件貸室」という。)を引き渡した(以下「本件契約」という。)。
・賃貸目的物の所在 神奈川県xx市
・賃貸期間2年間
・賃料7万5000円、共益費5000円敷金15万円、礼金15万円
盪 自殺等
Yの長女は、平成21年3月22日頃、本件貸室内で死亡していた。所轄警察は、死亡原因を「自死」とする死体検案書を作成した。
Yは、平成21年3月31日、本件契約の中途解約を申し入れた。
蘯 原状回復工事等
本件貸室貸室内全体に悪臭があったことから、Xは、ルームクリーニング及びクロス全体の張替として内装工事代金21万9450円(税込み)、本件貸室の現場供養費用5万2500円
(僧侶手配手数料、現場供養費用)をリフォーム業者等に支払った。
盻 新契約 Xは、本件貸室で自殺のあった約7ヶ月後
に(但し、Xは同年6月30日までの賃料相当額は既に受領している。)、①賃貸期間平成21年10月20日から平成27年3月20日(65ヶ月)、
②賃料等月額合計4万6000円の内容で、新たな賃借人との間で賃貸借契約を締結するに至った。
2 判決の要旨
裁判所は、下記のように述べ、Xの請求を一部容認した。
盧 入居者の自殺につき、Yの債務不履行責任の有無
ア わが国においては、建物を賃借する者にとって、賃借すべき物件で過去に自殺があったとの歴史的事情は、当該不動産を賃借するか否かの意思決定をするに際して大きな影響を与えるものであるとされており(従って、貸主やxx業者は、賃貸借契約を締結するに当たり、一定期間はかかる事実を説明すべき義務があるものと解される。)、そのため、自殺者の生じた賃貸物件は、心理的瑕疵物件とし
て、自殺後相当期間成約できなかったり、賃料を大幅に減額しないと借り手が付かないという状況が続くこととなる。
イ ところで、建物賃貸借契約において賃借人は、当該賃貸建物の経済的価値を損ねない範囲で使用収益をする権利を有し、義務を負う(通常使用による損耗を除く。)ものである。そうすると、当該賃貸物件内で自殺をするということは、上述のように当該賃貸物件の経済的価値を著しく損ねることになるので、賃借人としては用法義務違反ないしは善管注意義務違反の責めを負うことになり、また、本件のように、賃借人であるYの長女が入居者として本件貸室に入居している際には、Yとしては、履行補助者による故意過失として、xxx上自らの債務不履行の場合と同様の責任を免れないといわざるを得ない。
盪 損害の範囲
・ まず、平成21年7月1日から新契約が締結される同年10月19日までの3ヶ月と19日分の賃料等相当額分28万9032円(8万円×
3ヶ月+8万円×19/31日≒28万9032円
(小数点以下切捨て))は損害ということができる。
・ 新契約分については、Xが、aマンションの各貸室を、学生を対象に(主にxxxを対象としていると推測できる。)、賃料等合計月額8万1000円以上、賃貸期間2年の条件で賃貸していること等の事情を総合すると、少なくとも、新契約の賃貸契約当初の2年分(平成21年10月20日から平成23年 10月20日までの24ヶ月)に加え、その翌日である平成23年10月21日から学生が通常において賃貸物件を探すピークである翌年3月20日までの約5ヶ月の間の新契約の賃料等の額(月額4万6000円)と、本件契約の
賃料等の額(月額8万円)との差額(月額
3万4000円)については、逸失利益として認定するのが相当であり、その合計額は、 98万6000円となる(3万4000円×29ヶ月)。
・ Xが支払った貸室内のクロスの張替
(109裃)、クリーニング等の費用21万9450円及び現場供養費用5万2500円(合計27万 1950円)は、XがYに請求すべき損害として認めるのが相当である(同認定を覆すに足りる証拠はない。)。
3 まとめ
本事例は、都市部(神奈川県xx市)の学生向けの賃貸マンションにおける賃借人の長女(履行補助者)の自殺事故について、履行補助者による故意過失として、賃借人の債務不履行責任を認めた上で、その損害賠償の範囲として、①新たな賃貸借契約が締結されるまでの賃料等相当額並びに新契約の当初の2年分及びそれ以降で学生が通常において賃貸物件を探すピークである翌年3月までの5ヶ月の間の賃料等の差額分(合計約128万円)、
②本件貸室貸室内全体に悪臭があったことから、ルームクリーニング及びクロス全体の張替として内装工事代金(約22万円)、③供養費用(約5万円)について、借主(父)の損害賠償責任(合計約155万円)を認めた事例であり、特に賃料の逸失利益分については、原告である賃貸人は6年分を請求していたのに対し、上述のように期間を限定(全体で約
2年9ヶ月)して認めている点など、賃貸住宅における自殺に係る損害賠償の範囲を認定した事例として参考となるものである。
なお、賃貸住宅における自殺に関しては、本誌次号掲載予定の「賃貸住宅における自殺に係る損害賠償責任に関する一考察」をあわせて参照されたい。
(総括xx研究員)
最近の判例から
眇 -心理的瑕疵-
賃借人の浴槽内での自殺につき、相続人に、ユニットバス交換費用、賃料減額分の損害についての賠償が認められた事例
(東京地判 平22・12・6 ウエストロー・ジャパン) xx xx
賃貸人が、賃借人が貸室の浴槽内にてリストカットにより自殺をしたことにより損害を被ったとして、賃借人の相続人に対し損害賠償を求めた事案において、ユニットバス交換費用、賃料減額分の損害について賠償責任を認め、請求を一部認容した事例(東京地裁平成22年12月6日判決 一部容認 確定 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
本件は、賃貸人Xが、賃借人Aの自殺により損害を被ったとして、Aの相続人であるYに対し、債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、クリーニング費用及び内装造作取替費用として150万円、本件貸室は社会通念上使用し得ない状態になったことを理由とする賃料等相当額の逸失利益として330万円の合計480万円の損害があるとし、その一部である250万円の損害賠償を求める事案であり、主な事実関係は以下のとおりである。
盧 建物賃貸借契約
Xは、平成13年6月13日、Aに対し、本件アパートの2階部分の201号室(専有面積23 . 55 裃)を期間2年、賃料月額8万 5000円、共益費2000円の約定で貸し渡した。その際、Aは、敷金2か月分17万円をXに交付した。
その後、本件賃貸借契約は、平成15年6月13日及び平成17年6月13日に更新され、 Aは、本件貸室を継続的に使用していた。
なお、Aの父であるXは、平成13年6月 13日、本件賃貸借契約上の債務について、連帯保証したが、平成16年6月17日、死亡した。
盪 自殺
Aは、平成18年10月28日ころ、本件貸室の浴室において、いわゆるリストカット等の手段により、自殺した。
蘯 自殺後の状況 Aの相続人である母C、兄Dは、相続放
棄の申述をしたことから、姉であるYが単独相続した。
Xは、新たな賃借人の募集はしていない。
2 判決の要旨
裁判所は、下記のように述べ、Xの請求を一部容認した。
盧 Aの債務不履行について Aは、本件賃貸借契約に基づき、Xに対
し、原状回復義務を負っていたところ、これに付随する義務として、自然減耗以外の要因により目的物件(本管貸室)の価値が減損することのないように本件貸室を返還すべき義務を負っていたものと解される。そして、社会通念上、自殺があった建物についてはこれを嫌悪するのが通常であり、その客観的価値が低下することは当裁判所に顕著な事実である。そうすると、Aには本件賃貸借契約に基づく原状回復義務に付随する義務の債務不履行があったといわざ
るを得ない。
盪 クリーニング費用及び内装造作取替費用について
見積書の内容をみるに、本件自殺が行われた浴室以外の部屋に係る補償費用やエアコンの交換に係る費用が含まれており、それらは本件自殺とは無関係のものであり、また、クロスの貼替費用などは通常損耗によるものと考えられるから、損害と認めることはできない。そうすると、本件自殺と関係が認められるのは、本件自殺が行われたユニットバスの交換費用のみである。YはAの兄によって洗浄したから損害はないと主張するが、いかに洗浄しようともそれに対する強い社会的嫌悪感をぬぐうことは困難であると認められる。そして、証拠によれば、その額は55万6500円及び消費税2万7825円と認められ、これに反する証拠はない。そして、この費用はいわば本件貸室の修繕費用であるから、これをさらに経年減価するのは相当ではない。
したがって、58万4325円をもって、内装造作取替費用に係る損害とみるのが相当である。
蘯 逸失利益(賃料相当額)について
本件アパートの貸室にはなお新規の賃借人が現れる状況にあるものの、Aとの本件貸室の賃料月額8万5000円は本件自殺当時には客観的相場よりも割高となっていたと認められ、5万6000円が本件貸室の客観的賃料相当額として相当であると考えられる。自殺による賃料の低下の幅は時の経過により縮減していくものと考えられる。そして、本件全証拠をもってしても、本件貸室の賃料額が本件自殺によってどの程度低下したかを判断することは困難であるから、民事訴訟法248条により、最初の2年間については1か月あたり2万5000円、次
の2年間については1か月あたり1万円の低下が生じたと認めるのが相当である。
そうすると、本件貸室明渡の翌日(平成
18年11月7日)から本件口頭弁論終結時
(平成22年11月1日)までの賃料減額分の損害としては、48か月分84万円をもって相当と認める。
3 まとめ
本事例は、賃貸住宅の浴室における借主の自殺事故(リストカット)について、相続人
(姉)について賠償責任を認めた上で、その損害賠償の範囲として、4年間分の賃料低下の認定額(客観的賃料相当額5.6万円に対し、当初2年間は2.5万円、次の2年間は1万円の低下。合計84万円)、原状回復費用(浴室の交換費用約58万円)について損害賠償責任
(約142万円)を認めた事例である。
本件では、原告の賃貸人は、クリーニング費用及び内装造作取替費用として150万円、賃料全額の空室月分(提訴日現在で38ヶ月分)の逸失利益330万円の合計480万円の一部である250万円の損害賠償請求をしていたが、上記のように、浴室以外の部屋に係る補償費用やエアコンの交換に係る費用は本件自殺とは無関係のものとして認めず、また、賃料の逸失利益分についても、客観的賃料相当額を認定した上で、その一部に限り認めている点で、参考となる。
なお、賃貸住宅における自殺に関しては、本誌次号掲載予定の「賃貸住宅における自殺に係る損害賠償責任に関する一考察」をあわせて参照されたい。
最近の判例から
眄 -家賃保証-
賃貸住宅契約の賃料支払債務の保証委託契約が、保証委託料が支払われていないことを理由に更新されず、保証期間満了により終了したとされた事例
(東京地判 平22・12・21 ウエストロー・ジャパン) xx xx
賃貸借契約に基づく借主の賃料支払債務を保証することを業とする賃料保証会社が、借主に対する求償債務を連帯保証した保証人に対し、立替払いした未払賃料等の支払を求めた事案において、保証委託契約書等の記載から読み取れる契約当事者の意思は、保証委託料が入金されない場合まで委託契約等が当然に更新されるものではないというものであると解し、委託契約等は更新されず保証期間満了により終了したと認定して、賃料保証会社の請求を棄却した事例(東京地裁 平成22年 12月21日判決 棄却 確定 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
盧 賃料保証会社Xは、平成18年5月30日、有限会社AがBからxxx港区西麻布所在の建物を賃借する契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結するに際し、Aが Bに対して負担する賃料支払債務につき、 Aから委託を受けて(以下「本件委託契約」という。)連帯保証した。その際に、Aは Xに対し保証料を支払った。賃貸保証委託契約書の内容は、下記のようなものであった。
ア 保証期間については、「3年間」に○印が付されており、「本件委託契約の保証期間は、左記記載の始期と終期の通りとする。」との記載がある。
イ 「乙(A)及び丙(Y)は本件賃貸借
契約の更新時には必ず本件委託契約も更新するものとする。」、「甲(X)が保証の更新を拒絶する場合は乙(A)及び賃貸人(B)に対し本件委託契約終了の90日前までにその旨を通知する事とする。前記の通知が弊社(X)よりない限り本件委託契約は自動更新するものとする。」、「本件委託契約を締結せずに更新する場合(自動更新)でも、甲(X)が保証継続料の入金を本件委託契約期間満了の日までに確認した場合、本件委託契約は成立する」との記載がある。
(なお、Xを委託者として、Aが賃貸保証業務(入金状況の確認等)の受託をする賃貸保証受託契約も締結されている。)
盪 XとAは、同日、Xが本件委託契約に基づきAの債務を弁済した場合には、XはAに対して上記弁済額の求償権及びこれに対する弁済の日の翌日から支払済みまで年 14.6%の割合による約定遅延損害金支払請求権を取得することを合意した。
蘯 Y〔筆者注:Aの代表取締役の夫〕とXは、同日、本件委託契約に基づきAがXに対して負担する債務をYが連帯保証する旨の合意をした(以下「本件連帯保証契約」という。)。
〔筆者注:上記盪蘯の内容は賃貸保証委託契約書に記載されている。〕
盻 Xは、平成22年3月2日、Aの平成21年
12月分及び平成22年1月分の未払賃料合計
453万6000円を弁済した。
2 判決の要旨
裁判所は、下記のように述べ、Xの請求を棄却した。
まず、上記各契約書の保証期間に関する記載によれば、保証期間が平成18年6月1日から3年間であり、平成21年5月31日をもって期間が満了したことは明らかである。
そこで、本件委託契約等が更新されたか否かについて検討するに、上記各契約書の記載から読み取れる契約当事者の意思は、Xから期間満了の90日前までに更新拒絶通知がされない限り本件委託契約等は自動更新されるが、その場合についても、保証委託料の支払は必要であり、保証委託料が入金されない場合まで当然に更新されるものではないというものであることが認められる。
Xは、保証継続料の支払は本件委託契約等の期間更新の要件ではないと主張するが、そのような趣旨は契約書から当然には読み取れないし、本件委託契約は有償かつ期間の定めがある保証委託契約であることからすれば、たとえ本件賃貸借契約が継続しているとしても、保証委託料が支払われない場合にまで本件委託契約等を更新させることはないというのが当事者の合理的意思であると推測されるから、上記主張は採用することができない。保証継続料の支払がなくても、これにより不利益を受ける側であるXが更新を認めるのであれば、保証継続料の支払がないことにより不利益を受けるわけではないYの側から本件委託契約等の終了を主張することは相当ではないという考えもできなくはないが、本件のような有償かつ期間の定めがある保証委託契約の事案においては、受託者の求償権につき連帯保証をした者は保証継続料の支払がされないことにより保証委託が終了し保証債務か
ら解放されることに対し合理的な期待を有しているというべきであるから、Yが本件委託契約等が更新されなかったことを主張することが不当であるとはいえない。
また、Xは、最高裁平成9年11月13日第xx法廷判決を引用し、特段の事情がない限り、保証人は更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で保証契約を締結する意思であったと推測される旨の主張をする。しかし、上記判例は賃貸借契約の保証に関するものであって有償の保証委託契約に係る求償権の保証に関するものではないから、本件とは事案を異にするものである。
以上によれば、本件委託契約等は、平成21年5月31日の経過により終了したというべきである。Xは、その後支払った賃料につき、 Aに対して民法上の求償請求をすることができるが、Yに対して本件委託契約ないし本件連帯保証契約に基づき求償することはできない。
3 まとめ
本事例は、契約書の解釈により、保証委託料が入金されない場合には保証委託契約は更新されず保証期間満了により終了したと認定した事例として参考となるものであるが、他方で、賃貸借契約が更新された場合には保証委託契約も更新されるとして保証委託料の支払を命じた事例(東京地判平成21年10月15日 WL)もあり、また本契約の条項の本来の趣旨は保証委託料の支払がされない場合でも保証委託契約が継続するという保証委託者の便宜のための条項とも考えられることからも、本判決の判断が一般的に妥当するものであるとは必ずしも言えないのではないかと考えられ、留意が必要と思われる。
最近の判例から
眩 -不法取立行為-
家賃保証会社の従③員が行った取立て行為につき、不法行為が成立するとされた事例
(大阪地判 平22・5・28 ウエストロー・ジャパン) xx xxx
家賃を滞納していた借家人である原告が、家賃保証会社である被告の従業員から違法な取立行為等を受けたなどとして、損害賠償を求めた事案において、従業員は、「督促状」という表題だけを見えるようにした書面を原告の居室の玄関ドアに貼り付けたことなどが認められ、社会通念上相当とされる限度を超える違法な取立行為であるなどとして、請求を一部認容した事例(大阪地裁 平22年5月 28日判決 一部変更、一部棄却 ウエストロージャパン)
1 事案の概要
x xxXは、平成19年7月26日、Aとの間で、期間同年8月1日から平成21年7月末日まで、家賃月額85000円(共益費込)の約定でマンション一室の賃貸借契約を締結し、父 Bとともに居住した。
盪 Xは被告保証会社Yとの間で保証委託契約を締結し、Yは、Aに対し、賃貸借契約に基づくXの債務につき、連帯保証した。
蘯 Yは、平成20年9月10日、前日までに9月分の家賃が確認できなかったため、Aに対し、連帯保証契約に基づき85000円を支払った。Xは、同日、Yに連絡し、同月16日までの支払猶予を申し入れ、その承諾を得た。 盻 しかし、Xは、9月16日、家賃を用意できなかったことから、Yの従業員Eに対し、
9月25日までの支払猶予を申し入れた。
眈 Eは、9月25日、同日までにXからの家
賃支払が確認できなかったことから、Xの携帯電話に電話したがつながらなかった。そこで、本件居室を訪問したが、X及びBが不在であったことから、本件居室の玄関ドアに、
「督促状」又は「催告状」との表題が付され、立替家賃に5000円を加算した9万円の支払を督促する旨が記載された書面を貼り付けた。眇 Xは、9月29日帰宅し、Bから貼付書面を示された。Xは、直ちに電話したところ、対応したYの従業員Dは、Xに対し、高圧的な口調で、Yが賃貸借契約を解除してXを退去させる権利を有しているがごとく述べて立替家賃等9万円の支払を求めた。その後、Xは、同日中に改めてEと連絡を取り、9月30日に立替家賃等9万円の半額を支払い、残額を10月10日までに支払うと約束し、9月30日、 Yに対し、上記9万円の半額45000円を支払った
眄 Xは、10月10日、Aに対し、10月分の家賃85000円を支払った。しかし、Xは、Yに対する9月分の立替家賃等の残額の支払ができなかったため、Eに対し、10月15日までに 15000円を支払う旨述べ、Xは、同日、15000円を振込送金する手続をし、翌16日、同金員が入金された。
眩 Xは、10月17日、Yに対し(立替家賃等の残額全額)3万円を支払った。
眤 ところが10月27日、Xは、Bより、Eから支払済である10月分の家賃の請求を再度受けたことを聞かされた。
x XはYの従業員から違法な取立行為等を受けたなどとして、Yに対し、使用者責任に基づき、損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた。
2 判決の要旨
裁判所は、以下のように述べ、原告の請求を一部容認した。
盧 不法行為の有無、書面の貼付けについて
①債権の取立行為の態様が、債務者の名誉を毀損したり、脅迫を伴うものであるなど、社会通念上相当とされる限度を超える場合には、有効な債権の取立行為であっても不法行為を構成する場合があると解される。
②「督促状」又は「催告状」との表題が付された本件貼付書面を下から3分の1程度折り上げ、表題だけが見えるようにしてこれを本件居室の玄関ドアに貼り付けたことが認められる。そして、本件居室前の通路を通行する他の入居者が上記表題が付された同書面を見ることにより、本件居室の入居者であるXが、家賃等の支払を遅滞し、債権者から取立てを受けている旨を認識し、又は容易に推知しうるといえるから、本件貼付書面を玄関ドアに貼り付けることは、他人に知られることを欲しないことが明らかな家賃等の支払状況というプライバシーに関する情報を不特定の人が知り得べき状態に置き、もってXの名誉を毀損するものであるというべきであって、社会通念上相当とされる限度を超える違法な取立行為というべきである。
盪 暴力的な取立行為等について D及びEは、高圧的な口調でかつ自らが本
件賃貸借契約の解除権を有しているかのごとく述べて、未払の立替賃料等9万円の支払を請求したものであるところ、請求した9万円のうち立替賃料85000円については、Yが債権を有しているものの、上記態様による平成
20年9月分の債権の取立行為は、社会通念上相当とされる限度を超えるものであって、不法行為を構成するというべきである。
蘯 損害金名目での金員の取得について Xが立替家賃の支払を遅滞したことによる
制裁的な意味合いで、何らの法律上又は契約上の根拠がないにもかかわらず、上記で認定したD及びEによる高圧的な取立行為によって、Xに損害金名目で5000円を請求したものであり、Yが当該金員を受領した行為は、Xに不当利得の返還義務を生じさせるにとどまらず、不法行為を構成するというべきである。盻 以上によれば、Xの請求は主文第一項の
(①慰謝料5万円、②損害金名目で取り立てられた金員5000円、③代理人費用1万円の合計65000円及びこれに対する平成20年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払う)限度で理由があるから一部認容し、その余は理由がないから棄却する。
3 まとめ
家賃保証会社が賃借人に代わり家賃を支払った場合、求償権行使としての取立行為において、脅迫的な取立てや無断で鍵を交換するなどの不法行為がしばしば問題になる。
本事例は、家賃を滞納した賃借人が保証会社の従業員から取立行為等を受けた事案において、不法行為が成立するとされた事例であり、実務上参考になると思われる。
なお、本事例と同様に取立行為が不法行為として認定された判例として、脅迫的言辞や金策の要求等執拗な支払要求行為が深夜長時間にわたり続けられた事例(福岡地判 H21.12.3)があるので、あわせて参考とされたい。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
眤 -保証人による強制退去-
保証人が賃借人の制止を無視して家財道具等を搬出・処分等した行為は不法行為を構成するとされた事例
(東京地判 平23・2・21 ウエストロー・ジャパン) xx xxx
マンションの一室を賃借した原告が、家賃を滞納したことを契機に仕事先の同僚で家賃保証をした被告保証人により荷物が搬出され強制退去させられたことから、保証人、仲介業者、家賃保証会社及び貸主会社に対し、損害賠償を請求した事案において、保証人が原告の制止を無視して家財道具等を搬出・処分して強制退去を行った行為は不法行為を構成すること、強制退去の際に保証人が振るった暴力は過剰防衛に当たるとして、保証人に対する請求を一部認容した事例(東京地裁 平 23年2月21日判決 一部容認 ウエストロージャパン)
1 事案の概要
x xxXは、平成20年12月12日、被告Y2からマンションの1室を、被告Y3の仲介により、期間同年12月10日から平成22年12月9日、家賃73000円、共益費3000円で賃借した。盪 被告保証会社Y4は、賃料債務を保証した。
蘯 会社の同僚であった被告Y1は、Xの委託を受けて、Y2との間で賃貸借契約に基づいて債務を保証するとともに、Y4との間で保証委託契約に基づいて求償債務を保証した。
盻 Xは、同年12月28日が支払期限である平成21年1月分の家賃等を滞納した。
眈 Y1は、平成21年1月26日、本件建物を訪れ、Xと本件建物の家賃等の支払を巡って口論となった末、Xの左顔面付近を手拳で殴
打する暴行を加えた。(後日、Xは入院した。)眇 Y1は、保証人としての責任がこれ以上重くなるのを防ぐには、本件建物からXの荷物を力づくで運び出してしまうほかはないと考えるに至り、同年3月4日、Xの所持していた本件建物の鍵1本を取り上げた上、Xの制止を無視して、Xの家財道具等を運び出し始めたが、Xの要請により警察官が臨場したことから、荷物の搬出を止めた。なお、Y1は、同年3月4日、Y3の店舗を訪れ、本件建物の鍵1本を受け取り、その際、Y3に対し、本件建物をY1の責任により明渡し、本件建物の鍵1本を預かる趣旨の文章を提出している。
眄 Y1は、翌5日、Xが留守にしている本件建物を訪れ、Xの残りの家財道具等をすべて運び出した。その後、Y1は、Y3の事務所を訪れ、本件建物の鍵2本を返却して、本件建物の明渡しが終了したと告げた。そこで、 Y3の従業員Eは、本件建物に赴き、明渡しが完了していることを確認した上、本件建物の玄関の鍵の暗証番号を変更した。
眩 このようにして、Xは本件建物の占有を失った。その後、Y1は、本件建物から運び出した家財道具等を処分した。
眤 そしてXは、Y1、Y3及びY4に対し不法行為により損害賠償を、Y2に対し債務不履行により損害賠償を請求した。
2 判決の要旨
裁判所は、以下のように述べ、原告の請求
を一部容認した。
x 本件強制退去について Y1の責任について
Y1は、Xの制止を無視して、また、Xの意思に反して本件強制退去を行ったものであって、かかる行為がXに対する不法行為を構成することは明らかである。
②Xの損害について
強制退去のために、本件建物に入居後わずか3か月で本件建物に居住することができなくなったのであるから、費用の相当部分は無駄になってしまったものということができる。
XのY1に対する請求は、損害金58万円
(本件強制退去による損害23万円、慰謝料額 30万円、弁護士費用5万円の合計58万円)とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
③Y3の責任について Y3が、Xの意思を直接確認しないまま、
Y3による本件建物の明渡しを漫然と認めて、本件建物の出入口の鍵の暗証番号を変更するなどしたことについて、過失による不法行為責任を負うとするXの主張については、
「建物賃貸借契約において賃借人の債務を保証した者は、賃貸借契約が終了した場合の賃借人の建物明渡債務についても責任を負っているところ、本件においても、Y3は、Y1が保証人としての責任で本件建物を任意に明け渡してくれるものと期待し、認識していたのであるから、Y3において、本件建物の出入口の鍵の暗証番号を変更するなどする際に、Xの意思を直接確認する義務を負っていたと認めることはできない」として、その主張を斥け、その他の点も含め、Y3に責任はないと判断されている。
④なお、Y2、Y4についても、責任はないものと判断されている。
盪 本件暴行について Y1の加えた暴行の内容やその結果に照らせば、過剰防衛であったといわざるを得ず、 Y1の行為について違法性が阻却されることはないというべきである。
②本件暴行を巡る諸般の事情からすると、原告の過失割合は3割とみるのが相当である。
したがって、XのY1に対する請求は、 102万9572円(過失相殺後の損害93万9572円、弁護士費用9万円)とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
3 まとめ
本事例は、家賃を延滞した原告が、被告保証人により強制退去させられた事案において、原告の制止を無視して家財道具等を搬出・処分して強制退去を行った行為は不法行為を構成し、保証人が振るった暴力は過剰防衛に当たるとして請求を一部認容し、他方で賃貸管理業者、賃貸人、家賃保証会社の責任については否定した事例である。
本事例において、保証人であるY1が不法行為責任を問われたことは、その行為の内容から当然であると考えられるが、他方で、賃貸管理会社であるY3は責任を問われていないものの、Y1に鍵を渡すなどY1の明渡し行為を容認しているとも考えられる面も見受けられることから、慎重な対応が必要であったとも思われる。いずれにしても、賃貸住宅契約における(連帯)保証については、当機構にも賃借人が行方不明になってしまった場合の連帯保証人の責任、その責任が過度にならないような方策などについて相談が寄せられるところでもあり、今後とも裁判例等を注視していく必要があると思われる。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
x -契約の解除-
店舗賃貸借において、無断で外壁を塗装したり建物の内装を行ったことが信頼関係の破壊に当たるとして貸主の契約解除が認められた事例
(東京地判 平22・5・13 ウエストロー・ジャパン) xx xx
店舗を賃借していた借主が、貸主に無断で外壁を塗装したり、建物の内装を行ったりしたため、信頼関係を失ったとして、契約の解除、建物の明け渡し、賃料相当損害金の支払いを求めた貸主に対し、契約解除と建物明け渡しは認め、賃料相当損害金の支払いの請求は棄却した事例(東京地裁 平22年5月13日判決 一部認容 ウエストロージャパン)
1 事案の概要
貸主Xは、借主Yに対し、平成16年10月5日、次の約定で本件建物を賃貸した。
ア 賃料 1ヶ月15万円(毎月末、前払い)イ 期間 平成16年10月5日から平成18年10月4日まで
ウ 使用目的 店舗(スポーツ・カフェ) エ 営業時間 午前11時から翌日午前3時まで
本契約では、石油ストーブ使用禁止、営業時間の遵守、書面による承諾のない外装・内装の変更の禁止等、様々な禁止事項が列挙されていた。
Yは、本件建物の外壁を白く塗り、ガラスの自動ドア部分を絵で木の扉のように描き、窓部分をふさいで「ジャングル・ジム」の看板を設置し、入り口の左右にそれぞれ白いバルコニー様の木枠を設置し、その木枠の上に椰子の木状のネオンサインを設置した。内装も施し、内部天井にビデオプロジェクターや
スピーカーを設置し、壁に釘やビスを打ってサーフボードを設置した。
平成16年11月1日、Yは本件建物でスポーツカフェ「ジャングル・ジム」を開店した。 Xの娘A(本件建物と同一建物の1階奥部
分に居住)は、平成17年11月頃、Yに対し、本件木枠の撤去を求めたところ、Yは拒否した。
Xは、Yに対し、平成18年9月13日付の書面で、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
Xは、平成19年3月20日付の書面で、Yに対し、本件木枠をはじめ、店舗前に置かれている物の撤去、午前3時までの営業時間を遵守することを再度要請した。
Xは、平成19年5月29日、Yに対し、再度、 Yの契約不遵守により信頼関係が破壊されたとして、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
Xは、Yの無断外壁塗装・建物内装により信頼関係を失ったとして、賃貸借契約の条項に基づき本件建物の明け渡しと賃料相当損害金の支払いを求め、訴えた。
2 判決の要旨
裁判所は次のとおり判示した。
1 本件建物の外装、内装とXの承諾 Xは、外装、内装の大幅な変更につき、不
動産業者Bに苦情を述べたことが認められる
し、外装及び内装の変更についての苦情を強く求めなかったからといってそのことをXが承諾したということはできない。以上によれば、本件建物の外装及び内装につき、Xの承諾は存しなかったということができる。
2 信頼関係を破壊するような事情の存在
・Yは、平成16年暮れころから平成18年初めまでの間、店舗内の暖房として、本件賃貸借契約では使用を禁止されている石油ストーブを使用していたこと、Aの指摘により、使用が中止されたことが認められる。
・本件賃貸借契約上、営業時間が午前3時までと明記されていること、Yは、週に2回程度の頻度で、午前3時以降も営業を続けることがあったこと、そのため、Xは、平成19年 12月11日、平成20年4月30日、同年7月16日に警察を呼んで、Yに契約を遵守するように注意をしてもらったことが認められる。Xが本件建物の2階に居住していることを考慮すると、深夜3時以降も営業をされることによる影響は小さくないと推認できる。
・Aは、平成17年11月ころ、Yに対し、店舗前面の本件木枠が公道に約30cmほどはみだしていることを指摘し、本件木枠の撤去を求めたこと、Yはこれに対し、本件木枠も店舗の一部であるとしてこれを拒絶したこと、AはYに対し、少なくとも本件木枠の引き出し部分は下げてほしいことを伝え、Yがこれを承諾したこと、その後も本件木枠は残されたままであったが、平成20年1月に撤去したことが認められる。
本件賃貸借契約の契約書では、特記事項として「安易に移動不可能なものをおいてはならない」と明記されているのであり、XはYから話は出たが、きちんとした説明ではなく、 Xとしては、閉店後には店内に収納できるものを考えていたことが認められ、これらの事実からすると、Xが本件木枠の設置を承諾し
ていたとはいい得ない。
・本件賃貸借契約の契約書では、Xの書面による承諾なく、本件建物を第三者に使用させてはならない旨の規定があるにもかかわらず、平成17年10月ころ、ランチの営業時間に、店内において、友人のCに雑貨販売業を行わせ、これは平成18年9月まで続いた。
・以上の事実によれば、Yは、本件賃貸借契約の契約書を読んでおらず、Xに十分な説明もしないで、本件建物の使用を行っており、外装及び内装の変更のほか、上記のような各種契約違反行為を行ったものであり、遅くとも、Xが平成19年5月29日に解除の意思表示をするまでには、XとY間の信頼関係は破壊されていたということができる。
3 賃料相当損害金の支払いの是非 Yは、口頭弁論終結に至るまで、賃料(賃
料相当損害金)の支払を欠かさず行っていることが認められるのであり、Xの請求のうち賃料相当損害金の支払を求める部分は理由がない。
4 結論
以上のとおり、Xの請求は、契約解除に基づく明渡を求める限度で理由がある。
3 まとめ
賃貸借契約では、様々な禁止事項が課せられ、賃借人は、これを遵守する義務がある。本件は、賃借人が契約書を全く理解していなかったか、遵守する気がなかったかであり、いずれにしても信頼関係が破壊されたとの本判決は、妥当なものといえよう。本件は、事業用賃貸の案件であるが、住宅賃貸においても参考となる判決である。
(調査研究部調査役)
最近の判例から
眥 -契約の解除-
動物禁止特約に反するフェネックギツネの飼育が信頼関係の破壊に当たるとして、賃貸借契約の解除が認められた事例
(東京地判 平22・2・24 ウエストロー・ジャパン) xx xx
貸主は、一軒家を賃貸していたところ、借主は約定に違反してフェネックギツネを飼育しており、飼育の停止を求めたが、その後も飼育を続けたため、貸主は借主に対し、賃貸借契約を解除したとして、賃貸借契約終了に基づき本件建物の明渡しを求めた事案において、貸主が本件賃貸借契約の停止期限付解除の意思表示をした時点で本件賃貸借契約における当事者間の信頼関係が破壊されているから、貸主の解除の意思表示は有効であるとして、請求を認容した事例(東京地裁 平成22年2月24日判決 認容 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
盧 貸主Xは、借主Yに対し、平成21年5月 14日本件建物を次の約定で賃貸する旨の本件賃貸借契約を締結し、同月16日、これに基づきYに本件建物を引き渡した。
ア 契約期間
平成21年5月17日から平成23年5月16日までイ 賃料 月額金179000円
ウ 賃料支払方法
毎月28日限り翌月分を支払う。エ 禁止事項
賃借人は、賃貸人の書面による承諾を得ないで、犬、猫等の小動物の飼育又は一時的持込み(近隣に迷惑を及ぼすおそれのない観賞用の小鳥、魚等を除く。)をしてはならない
(契約書第11条3項5号)。オ 契約の解除
賃借人が契約書第11条の禁止制限事項に違反したときは、賃貸人は通知催告の上、本件賃貸借契約を解除することができる(契約書第12条4項)。
盪 Yが盧エの約定に違反して、本件建物内でフェネックギツネ(小型の狐)を飼育していたことが平成21年6月8日に判明した(以下「本件飼育行為」という。)。
蘯 X及び本件建物の管理会社であるB社は、Yに対し、本件飼育行為の判明後、その停止を求めたが、Yはその後も本件飼育行為を続けた。
盻 Xは、Yに対し、平成21年7月7日到達の内容証明郵便により、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同日から30日以内の本件建物明渡しを求めた。
眈 Yは、平成21年8月6日経過後も、本件飼育行為を続けたまま本件建物の使用を継続している。
眇 よって、Xは、Yに対し、本件賃貸借契約の終了に基づく本件建物の明渡しを求め、訴訟を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を認容した。
盧 本件建物が一軒家であることは当事者間
に争いがないが、室内で犬猫等の小動物を飼育させるかどうかについては賃貸人、賃借人双方にとって重要な利害があることは常識の範囲に属するものであるところ、建物賃貸借契約書にも小動物の飼育が禁止されていることが明記されていることが明らかであること、Y自身もその嘆願書において、契約時に口頭及び契約書でペット飼育が禁止されている旨告知されていたことを認め、契約違反であるのは確実であり、犬猫ではなく散歩の必要もないので大きな問題になることはないと考えてフェネックギツネの飼育を続けたことを自認していたこと、Xの本件飼育行為停止の要望を聞き入れずにフェネックギツネは家族同然であるとしてその後も本件飼育行為を継続したことが明らかであることなどを、信頼関係が破壊されていたことを窺わせる事情として指摘できる。
盪 他方、本件建物の賃借人募集パンフレットにはY主張どおり動物飼育禁止の条件は記載されていないことが認められる。しかしながら、Yが主張し、述べるところによっても、契約時に動物飼育禁止を伝えられ、本件賃貸借契約の締結を見送る機会もあったものの、既に相当額を仲介業者に支払済みであったので、特約を認識しつつも契約書にそのまま署名捺印したというのであるから、Yが本件飼育行為に及んだことを、Xや仲介業者に責任転嫁して、これを正当化することはできない。蘯 また、Yは、本件飼育行為が問題視される前にXにフェネックギツネを見せたことがある旨主張しているが、フェネックギツネを見せたとされるのは本件飼育行為が判明した平成21年6月8日のことであり、Yが本件建物に住み始めたのは同月初旬のことであって、Xとはその際が初対面であったというのであるから、本件飼育行為についてXに説明したことが信頼関係を維持する方向の事情と
なるとはいえない。
盻 さらに、Yは、フェネックギツネの特徴や飼育状況等を縷々主張するが、本件における問題は、どのような動物であれば室内で飼育しても差し支えないかという点ではなく、動物飼育禁止特約の下で動物を室内で飼育することそのものの可否の点にある。Yがxx連れ添ってきたフェネックギツネに愛着を有すること自体は理解できるけれども、一連の Yの行動を全体としてみると、Xの指摘に耳を貸さずに、自己の都合のみを優先させることに終始してきたとみるほかはない。
眈 本件においては、Xが本件賃貸借契約の停止期限付解除の意思表示をした時点で、本件賃貸借契約における当事者間の信頼関係が破壊されているというべきであるから、Xの解除の意思表示は有効であり、よって、Xの請求には理由がある。
3 まとめ
本判決は、貸主の飼育行為停止の要望を聞き入れずにフェネックギツネは家族同然であるとしてその後も本件飼育行為を継続したことが明らかであることなどを、信頼関係が破壊されていたことを窺わせる事情として指摘し、賃貸借契約における当事者間の信頼関係が破壊されているというべきであり、貸主の解除の意思表示は有効であるとした事例であり、同種事案の参考となろう。
なお、信頼関係が破壊されたとした事案として、賃借人がマンションの敷地内で、野良猫に餌などを与え、また賃貸借契約書の記載をほしいままに塗りつぶして猫の飼育についても賃貸人の承諾を得たかのような工作をしていることが認められるから、当事者間の信頼関係はすでに失われているとして、契約は終了したとする事例(東京地裁 S58.1.28 判決)も併せて参考とされたい。
最近の判例から
眦 -入居金の償却特約-
高齢者用介護サービス付賃貸マンションにおける入居金の償却特約が、消費者契約法10条により無効とされた事例
(大阪高判 平22・8・31 ウエストロー・ジャパン) xx xx
5年間で償却する約定で600万円の入居金を支払って被控訴人の高齢者用介護サービス付賃貸マンションに母親を入居させていた控訴人が、賃貸借契約の終了に伴い、入居金の返還を求めた事案の控訴審において、入居金の法的性格は、居室への入居の対価及び入居後の医師・看護師らによるサービスの対価としての性格を併有するところ、被控訴人が対価に相当するサービスを提供しておらず、本件約定は消費者契約法10条により無効であるとして、控訴人の入居金返還請求を認めた事例(大阪高裁 平22年8月31日判決 原判決棄却部分取消 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
本件は、高齢者用の介護サービス付賃貸マンションの居室を被控訴人Yと本件賃貸借契約を締結し、母親Bを入居させていた控訴人 Xが、被控訴人Yに対し、不当利得返還請求権に基づき、既払水道光熱費のうち適正額を超える13万8927円の支払請求及び本件賃貸借契約の終了に基づき、600万円の入居金のうち残り240万円の支払を求めた事案である。
原審は、Xの請求中、既払水道光熱費にかかる不当利得返還請求について、これを認容し、その余を棄却し、入居金にかかる不当利得返還請求については、これを全部棄却した。
そこで、Xは、棄却部分のうち、入居金にかかる不当利得返還請求を棄却した部分を不服として、控訴を申し立てた。
したがって、当審の審理の対象は、入居金
にかかる不当利得返還請求を棄却した原審の判断の当否である。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を認容した。
盧 Xが支払った本件入居金については、本件賃貸借契約から生ずるXの債務を担保する目的に止まらず、②医師及び看護師による 24時間対応体制が整った本件居室への入居を可能ならしめることへの対価、③Yが本件居室に入居したBに提供する医師・看護師らによるサービスの対価としての性質も併せ持つものとして、合意されたと認めるのが相当である。
盪 本件パンフレットには、「医師、看護師 が昼夜の異変に即対応!」と記載されている。しかし、本件介護サービス付き賃貸マンシ ョンにおける医師の対応の実態は、本件建物
1階の診療所においてC医師が診療をしている限りにおいて、同医師が入居者の異変に対応することが可能であることを意味するにすぎず、診療所の休診日(木曜日と土曜日)及び夜間は、「医師が昼夜の異変に即対応!」の体制とはほど遠い実情にあった。
蘯 また、本件介護サービス付き賃貸マンションにおける看護師の対応の実態は、診療所の休診日(毎週木曜日と土曜日の昼間)、診療所の看護師の勤務時間と夜勤看護師の勤務時間との狭間、看護師に代わって事務員が夜勤をした日は、看護師が本件建物に不在であ
ったことが認められる。したがって、本件パンフレットに記載されている「医師、看護師が昼夜の異変に即対応!」の記載も、虚偽であることが認められる。そして、Bが本件居室に入居していた約1年5か月間のうち、C医師が本件居室を訪れたのは、全部でたったの2回に過ぎなかった。
盻 したがって、Yは、大きな病気を抱え、健康に不安がある高齢者の弱みにつけ込み、本件介護サービス付き賃貸マンションに入居すれば、医師及び看護師から24時間対応の医療サービスを受けることができる、と偽った本件パンフレットで入居者を募り、入居金 600万円を5年間で償却するというYに極めて旨味のある条件で、Xに600万円を払い込ませていたのであり、しかも、YがBに提供した医療サービスは、入居金(年間120万円)に見合う価値など全くなかったのであるから、Yが展開している介護サービス付き賃貸マンションビジネスは極めて問題のある商法であるといわざるを得ない。
眈 本件償却特約は、本件居室への入居を可能ならしめた対価の客観的価額がほとんどなく、②実際にBが本件居室で受けた対価未払のサービスが皆無に近いのに、Yが、重大な病気を抱えた高齢者であるBの健康上の弱みにつけこみ、BないしはXに対し、医師及び看護師から24時間対応の医療サービスを受けることができる、という虚偽の事実を告げて、Xに本件入居金600万円を払い込ませ、
1年毎に120万円ずつを取得するものであるから(しかも、Yは、1年未満の期間は1年とみなす趣旨であると主張している。)、本件償却特約は、民法の一般規定による場合に比して消費者であるXの権利を制限する条項であり、民法1条2項に規定する基本原則(xxxxの原則)に反してXの利益を一方的に害するものというべきである。
眇 よって、本件償却特約は、消費者契約法
10条により無効と認めるのが相当である。 そうすると、Xの本件入居金残金240万円
の支払請求は理由があるから認容し、原判決のうちXの同請求を棄却した部分を取り消す。
3 まとめ
本判決は、入居金の償却特約は、民法の一般規定による場合に比して消費者であるXの権利を制限する条項であり、民法1条2項に規定する基本原則(xxxxの原則)に反してXの利益を一方的に害するものというべきであり、消費者契約法10条により無効であると判断された事例である。
近年、高齢者向け賃貸住宅の供給が急速に増大しており、それに伴い介護サービスを付けた上で入居一時金等の名目で多額の金員を賃料とは別に預かるケースが多く、その返還等を巡って争われた事例も増えており、同種事案の参考になると思われる。
なお、介護付有料老人ホームの入居契約上の入居一時金を償却する旨の特約が、消費者契約法10条に違反しないとされた事例(東京地裁 H22.9.28 判決、判時2104-57)、介護付有料老人ホームの入居金につき、「終身利用権金」を返還しない合意、「入居一時金」を月割り均等償却をする旨の合意は消費者契約法に違反しないとされた事例(東京地裁 H21.5.19 判決、判例時報2048-56)も併せて参考とされたい。
(調査研究部xx調整役)
最近の判例から
眛 -使用貸借契約の黙示の成立-
内縁の妻が死亡するまで黙示の使用貸借契約が成立しているとして、相続人からの建物明渡請求が棄却された事例
(大阪高判 平22・10・21 判例時報) xx x
内縁の夫と内縁の妻との間で、両名が同居していた内縁の夫所有の建物について、内縁の妻が死亡するまで同人に無償で使用させる旨の使用貸借契約が黙示的に成立していたとして、内縁の夫を相続した子供からの前記建物の明渡請求等が棄却された事例(大阪高裁平成22年10月21日判決 判例時報)
1 事案の概要
X(昭和26年生)は、A(大正12年生、平成20年7月17日死亡)及びその妻X(昭和2年生、昭和63年死亡)の長女であり、Aの唯一の相続人である。
Y(昭和6年生)は、Aの内縁の妻であり、昭和40年頃から、Aとの関係に入った。
Aは、昭和54年頃、A所有建物をYの住居として提供し、Bの死亡後は、専ら本件建物でYと過ごし、自宅に帰るのは週に一回程度で、平成16年頃からは、本件建物でYと同居し、Yは、A死亡後も本件建物で生活した。
そのため、内縁の夫Aの相続人であるXが、 Aの内縁の妻であったYに対し、本件建物に関し、所有権に基づき、建物明渡しを求めるとともに、xxxまでの賃料相当損害金の支払を求め、加えて、YがAの預金口座から引き出した払戻金(800万円)の返還を求めた。
一審では、AがYに対し本件建物の使用借権を設定することは、円満な内縁関係にある当事者においては、通常想定できることではないとして使用貸借契約の成立は否定した
が、諸事情等に照らせば、Xの建物明渡請求は権利の濫用に当たるとして、Xの請求を棄却した。
一審判決に不服なXが、Yに対し本件建物のxxxを求めて控訴した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示した。
x 原判決にある「事実及び理由」を引用して、AとYとは内縁関係にあったものと判断する。
盪 Yは、Aとの間でYが死亡するまで本件建物を無償で使用できる旨の使用貸借契約を黙示的に締結した旨主張する。YがAの愛人、内縁の妻として40年もの長きにわたりAに尽くし、十分に経済的な基盤も有しない状態であったから、Aが行く末を案じ住処を確保してやりたいと考えることは極めて自然なことである。そして、Aは、平成16年頃Xをわざわざ本件建物に呼び出し、同行したXの夫や Y及びYの兄夫婦の前で、Xに対し、Aにもしものことがあったら、Yに本件建物をやり、そこに死ぬまでそのまま住まわせて、1500万円を渡してほしい旨申し渡していること等から、AがYを死ぬまで無償で本件建物に住み続けさせる意思を有していたものと優に認めることができ、他方、Yにおいても、そのようなAの意向を拒否する理由は全くないと認められるとして、本件の申渡しのあった平成 16年頃には、AとYとの間で、黙示的に、Y
主張の使用貸借契約が成立していたものと認めるのが相当である。
蘯 これに対し、Xは、本件使用貸借の契約成立を否認し、その理由として、Aが本件建物をYに遺贈したり、Yへの所有権移転登記もせず、本件建物の占有権限に係る契約書等の書面も何ら作成していないことを指摘する。確かに本件使用貸借契約を書面化することは行われていないものの、AとYが親密な関係にあったことからすると、あえて書面化までしないことは十分考えられる。そして、 Aは自身の意向をX側に何回も伝えており、 XもAの意向を認識していたから、Aが、Xとの関係でも、Yによる死亡までの使用貸借の限りでは、あえて書面化まで必要であると考えていなかったとしても、格別不合理ではない。また、Aが生前Yに本件建物の登記名義を移転したり、これを遺贈しなかったことは、AがXにも一人娘として愛情を抱いていたため、Yが死ぬまで本件建物をその住処と承諾する反面、本件建物の所有権まではYに移転せず、いずれYの死亡した段階でXに本件建物の完全な所有権を取得させたい意向を有し、AなりにXとYとの間の本件建物を巡る利害関係を調整した結果であるとみることができる。よって、Xが指摘する上記事実が、前記盪の認定を左右するものではない。
以上によると、Yは本件建物について本件使用貸借契約に基づく占有権限を有するから、XのYに対する本件建物の明渡請求及び賃料相当損害金請求は、いずれも理由がないため棄却する。
盻 YはAの預金口座から金員(800万円)の払い戻しを行い、その払戻金を取得する権限を有していた。よって、XからのYについての不法行為及び不当利得に基づく請求はいずれも理由がないため棄却する。
3 まとめ
内縁の夫死亡後の内縁の妻の居住権の保護については古くから議論があるようであり、本判決は、内縁の妻の居住権として使用借権を認めるものであった。一方、原審は、諸事情等に照らして、Xの建物明渡請求が権利の濫用に該当すると判示している。一般に、最高裁(最三判昭39・10・13)は、権利濫用説に立つものと理解されており、使用借権を正面から採用する最高裁判決はないようである。本判決が、使用借権説を採用した理由は、事案の諸事情に鑑み、賃料相当損害金の請求を認めることも相当でなく、これを権利の濫用という法律構成で、請求棄却の結論を導くことについて困難を感じたものと思われる。本判決は、本件の諸事情から、内縁の夫婦の間での使用貸借契約の成立を認めたものであり、あくまで事例判断を示したものと捉えることができる。内縁の妻の居住権に関する同種事案の判断に際し、本事案は参考となるであろう。
なお、xx業者は相続人から相続人所有物件の売却依頼を受けることがあり、その際、売却物件に占有者が存在することがあろう。相続人からは、売却にあたり占有者は引渡までに退去させる旨の説明がなされる場合もあろうが、本件事例のように占有者はどういう権原でそこに居住しているかについて、慎重に確認することが必要であろう。
(調査研究部調査役)