Contract
銀行・証券会社の顧客選択の自由と契約関係の解消
――不法勢力関係者との契約の拒否および解消――
x x x
目 次
1.は じ め に
2.契約自由の原則と顧客選択
3.個人情報保護法との関係
4.契約関係の解消
序 説
錯 誤 無 効
やむを得ない事由による解約 任意解約権
5.約款改正による対応等
1.は じ め に
銀行や証券会社など金融機関が暴力団関係者との取引をしない,あるいは取引を継続したくないと考えることは,社会的には受容されうる態度であるといえよう。暴力団等は不法な目的を有する団体であり,その団体や構成員が不法な行為・活動により利得することがあり,また,たとえ正常な取引により利得したものであったとしても,それを金融機関等が受託し,彼らに利益を得させることにより,間接的に彼らの不法な活動を助長・助成する結果となるからである。このことは,暴力団等の個々の構成員との取引についても同様に考えることができる。
このため,日本証券業協会は,平成3年11月20日に「暴力団および暴力団関係者との取引の抑制について」と題する理事会決議をし,会員各社に
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対し,暴力団の資金獲得活動を助長する取引等を厳に慎むこと,暴力団関 係者との取引関係の解消への努力などを求めている1)。さらに,同協会は,平成9年8月8日に「証券会社の顧客管理等に関する行為規準」を理事会 決議により定め(同日施行),上記の平成3年理事会決議の趣旨に則り, 暴力団関係者等とは原則として証券取引を行わず,後にその顧客の属性が 判明したときは,取引関係を解消するという方針を打ち出している2)。ま た,全国銀行協会は,1997年9月に「倫理憲章」を公表し,反社会的勢力 との対決および反社会的勢力の不当な介入を排除する旨を謳っている3)。
銀行や証券会社などが,その人物について暴力団関係者であることを知っており,これと取引しないということは,上述の見地から適当であるのみならず,誰を相手方として契約を締結するかは,金融機関等が原則として自由に判断できることと考えられる(契約自由の原則,相手方選択の自由)。たとえば,金融資産を1億円以上保有する者とのみ取引するという方針を採る金融機関があっても問題はないであろう。
しかし,金融機関が暴力団等との取引をしない方針を採る場合またはx x成立したその契約関係を解消するにあたっては,いくつかの問題がある。
まず,「暴力団関係者」とは,何を指すかという点である。「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(以下,暴対法という)により指定された暴力団・暴力団連合およびその代表者は,公安委員会の指定により官報で公示されるが,その個々の構成員は公示されない(同法7条
1項,同法施行規則5条)。したがって,金融機関等が暴力団等の構成員のような不法な活動をする者を取引相手にしないことにする場合,どのようにして暴力団の構成員であることの情報を得るか,金融機関等がそれをどのように認定するかという問題とともに,どこまでをその対象とし得るかという点が問題になる。
金融機関等の公共性(鉄道のように,市民がこれを利用できなければ,社会生活が円滑に行えない)という観点からは,契約相手方に関する差別的取扱いには,取引上の合理性が認められない限り,相手方の社会生活を
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害うおそれがある。金融機関等の行動は,公的な観点からの問題のみならず,私法上も問題となりうる。
次に,金融機関等が相手方を暴力団ないしその構成員(以下,単に
「暴力団関係者」ということもある)であるとは知らずにあるいは知りな がら契約をした場合,この契約を解消する方法の問題がある。契約締結後,このような相手方が金融機関等に対し暴対法に定めるような行為や不当な 要求・活動をするときは,継続的な契約関係に求められる信頼関係の破壊 などを根拠として,金融機関等が契約関係を解消する方法も考えられる。 ところが,相手方が金融機関等との取引関係上,とくに問題がなく,通常 の市民を相手方とする契約と何ら変わりのない誠実な態度を保持している 場合,これを暴力団関係者であるという一事で以って金融機関等が契約関 係を解消できるかという問題が残る。これを肯定するとすれば,それは人 の属性を理由とする契約の解消を認めることとなる。しかも,この際に, 金融機関等は,その人物がどのような地位を有し,活動をしているかとい う事実関係の認定・判断にもとづき,契約の解消を行うこととなる。一旦,成立した契約について,取引上従来問題のなかった人物に対し,どのよう な属性があるときに,その契約を解消できるか,対象となる範囲が再度問 題になる。
本稿では,上述の問題のうち,まず,金融機関等が暴力団関係者との間の契約をしないという方針のもとに,契約自由の原則から顧客選択の自由を正当化できるかどうかという点を検討する。次に,契約関係を拒絶する対象になる人物の情報を金融機関等が持つことによる個人情報保護法との関係について考察し,その上で,一旦成立した契約関係の解消方法について検討する。なお,問題となる「暴力団関係者」の対象範囲およびその認定については,後日の検討に譲る。
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2.契約自由の原則と顧客選択
私企業としての金融機関等の相手方選択の自由ないし契約自由の原則を強調すれば,暴力団等の不法勢力を相手方とする契約の申込み,たとえば,預金口座開設の申込みについて承諾しないことは銀行側の自由であるといえる。もっとも,上述のように,銀行業務の公共性の観点から,そのような顧客選択の自由は制限されるのではないかという疑問も生じるであろう。そこで,まず,銀行業務の公共性の議論について一瞥しておく。銀行業務が公共性を有するといわれる場合,銀行業務について,① 多 数の信用組織と結びついた信用秩序の維持の要請,② 銀行の多数の債権者である預金者の保護の必要,③ 銀行の資金供給の経済社会への影響力という観点から,その公共性が裏付けられるとされる4)。銀行をはじめ金融機関は,このような巨視的観点から公共性を有する業務を行うのみならず,一方で,微視的な観点から,換言すれば,個別の取引相手にとってその取引が社会生活上必要性を有しているという意味での公共性も認められ
よう。
暴力団ないしその構成員といえども銀行に預金口座を有しないときは,日常の経済生活上相当の不便があることは否めない事実である。銀行との取引ができないことによる不利益は,決済サービスを受けられず,公共料金など各種の支払いの不便を被るにとどまらず,預金ができず,貸付を受けられないなど経済活動上種々の不都合が予想される。このように銀行は国民に経済活動の基盤を提供しているという意味でも,その業務は公共性があるといえよう5)。そうであるとすると,銀行が暴力団ないしその構成員とは取引をしない場合,暴力団関係者は,このような現代の経済活動から排除される結果,経済的人権を害されるのではないか。さらには,経済的・社会的に強い立場にあると考えられる金融機関の差別的取扱いが私人間において人権としての平等権(憲法14条1項)を害し,公序良俗に反す
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ることになるのではないかという問題が生じうる。銀行等の金融機関側の経済的自由である相手方選択の自由ないし契約自由の原則を貫徹させることによって,暴力団関係者の経済的自由が私法上害されるとも見られ,これは公序良俗に反するのではないかという議論もありえよう。
実際,下級審の裁判例には,通常人の預金取引の場合に,その申込みについて,私法上の義務か否かはともかく,銀行側に承諾する義務があることを述べるものがある(大阪地判平成 9・5・16 金判1028号44頁およびその控訴審判決である大阪高判平成 10・12・9 金判1066号31頁)。これは,自動継続特約付の定期預金に対して仮差押がなされたときに,第三債務者である銀行が更新時以降も定期預金としてその利息を支払う義務を負うか否かが争われた事件であり,判決全体からすれば傍論であるが,「銀行業務の公共性(銀行法1条)に鑑みれば,銀行の預金取引については契約自由は制限され,銀行は顧客からの預金取引の申込みに対し,正当な理由がない限り承諾すべき義務があると解することができるが,進んで,その義務が個々の顧客に対する直接の民事上の義務であるとまで認められるか,それとも公法上の義務にとどまるかは,なお検討を要するところであり,銀行が右義務に違反して顧客からの預金取引の申込みを不当に拒絶した場合にも,不法行為責任等を生ずることはともかく,契約の成立までは認められないと解することもできるが,この点の判断はひとまずおく。」という。この判決は,銀行業務のいわば微視的な公共性の観点から,銀行側の相手方選択の自由ないし契約の自由を相当に制限するものである6)。
銀行等の承諾義務を認める考え方は,銀行等の契約の自由をかなり制限する性質を有する。もっとも,電気やガス,水道などの公共企業においても法律上供給義務が定められ(電気事業法18条1項ないし4項,ガス事業法16条1項,水道法15条1項等),かかる企業は公法上の承諾義務があると解され,その違反には公法上の罰則が科されるが,その違反があったときに当事者間に契約の成立まで認められるものではない7)。電気,ガスといった日常生活上不可欠のエネルギーについても公法上の承諾義務が認め
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られるにすぎないことから考えれば,銀行取引については,たとえ承諾義務が認められるとしても,それは公法上の義務にとどまり,私法上の義務と認めることはできないであろう。加えて,銀行法上,上述の電気事業法やガス事業法のように明示的な承諾義務を定める規定は見当たらない。また,銀行取引でも,融資などの契約にあっては,顧客の申込みに対して銀行が貸付を行うか否か原則として自由に判断できると解することができよう。問題になるのは,預金口座取引であると考えられるが,これも銀行側の契約の自由という経済的自由を完全に奪ってまで私法上の承諾義務を認める必要性はないと考えられる。憲法秩序に反して人権侵害になる企業行動は妥当ではなく,そのような重大な価値の侵害は公序良俗に反するともいえようが,他方で,銀行も経済的自由を享受する主体であり,その制限が過度になることは避けられねばならない8)。暴力団のような不法勢力との取引を拒絶する自由は,社会的にも許容され支持を受けうる企業行動であり,それによって侵害される暴力団ないしその構成員の経済的自由は,その属性から見て制限を受けてもやむを得ないともいえよう。これは,銀行の合理的な顧客選択の判断基準として社会的に認容されうるものであると考えられ,その結果として暴力団関係者が経済的利益を受けられないことはやむを得ないとするものである。暴力団ないしその構成員という地位は,その団体を解散し,または構成員がそれから離脱し,正常な社会生活の圏内に戻ることによって失われる。それは自らの意思によって可能である。そうであれば,暴力団関係者に不合理な制約を課すものではなく,銀行側の態度が不当であるとはいえないであろう。銀行が合理的な判断基準に基づき行動する限り,これを不当な差別ということはできないと解される9)。それゆえ,暴力団関係者との取引はしない方針をとり,預金口座開設の申込みに承諾を与えないとしても,そのような合理的な判断である限りは,銀行側の経済的自由の範囲内の行動としてこれは容認されるべきである。
また,銀行口座とは異なり,証券取引を行う口座がなくても,現状では
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なお日常の経済生活上直ちに大きな不利益を受けるというわけではない。それゆえ,証券会社は,顧客選択の自由があり,その取引口座の開設について申込みを受けても私法上承諾する義務はないといえよう。
裁判例においても,これと同種の判断を示すものがある(京都地判平成 11・11・29 判タ1069号154頁)。従来よりトラブルがあった顧客からの預金口座開設申込みに対し,銀行側はそれに応じないように全支店に通知していたにもかかわらず,担当者のミスで口座開設に応じてしまった場合
(問題の人物は広島に住所があり,広島支店に口座開設を申込んでいたが,突如,京都支店に預金口座開設を申し込んだ事案)に,銀行側が錯誤無効を主張して争った事件で,その口座開設拒否について合理的理由があるときは,銀行が取引を行う義務はないという。すなわち,「通常,銀行は,広く一般市民から預金を受け入れることを業務の基本としている以上,多量かつ定型的に預金口座の開設を受けるにあたり,通常は,特に相手方
(申込人)の個性は格別重視されない側面が存することは否定することができない。
しかしながら,銀行といえども一私企業であることに変わりはない上, 銀行に対する信頼を裏切りかねない不明瞭な取引関係が予想される場合は,必ずしも顧客の希望通りの取引を行うべき義務を負っているわけではない のは明らかで,さらに,具体的事情によっては,取引関係に立つことが不 都合であり,かつ業務に重大な支障をきたすことが予想される相手方と取 引を拒否することも合理的理由があるというべきである。」
なお,最高裁は,私立幼稚園の入園申込みに対する承諾拒絶が公序良俗に反するか否かが問われた事案において,次のようにいう(最判昭和 59・ 12・18 判時1143号74頁)。「私立幼稚園が,その教育方針に従って幼児を教育するために,当該幼児の親権者又は監護教育にあたる者が幼稚園の教育,経営方針に対して理解と信頼を示し幼稚園との信頼関係を保ちうることは重要なことであるとして,これを入園申込に対し承諾を与えるための要件とし,この要件を充足していない申込に対しては承諾を与えないこと
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としても,右の信頼関係が客観的に存在しないと認められる限り,公序良俗に反するものとはいえないと解するのが相当である。」ここでも,承諾を拒絶した当事者の合理的と考えられる判断基準が重要視されていると見ることができよう。
3.個人情報保護法との関係
暴対法上公示される暴力団およびその代表者以外の構成員等については,銀行や証券会社が独自に情報を収集して,それに基づき契約を締結するか 否かの判断を行うことになる。マスコミ報道から情報を得ることも多いで あろう。これは個人情報の収集であり,銀行,証券等の各事業者は,2003 年に成立した「個人情報の保護に関する法律」にいう「個人情報取扱事業 者」(2条3項)に該当するため,同法の適用を受ける。同法によれば, 個人情報取扱事業者は,利用目的を特定して個人情報を適正な方法で取得 しなければならず(15条,17条),その取得については,予め利用目的を 公表している場合を除き,速やかにその利用目的を本人に通知し,または 公表しなければならない(18条1項)。但し,利用目的を本人に通知し,ま たは公表することにより当該個人情報取扱事業者の権利または正当な利益 を害するおそれがある場合には,本人への通知または公表をすることを要 しない(18条4項2号)。立法担当官の解説によれば,これに該当する場合 としては,総会屋対策等に関連する個人情報を取得する場合が挙げられて いる10)。不法勢力に対する企業側の防衛対策のために,その手の内を明か しては意味が失われる場合に,個人情報保護法の例外が認められている11)。暴力団関係情報についても同種の考え方が採れるのではないかと思う。暴 力xxの構成員であることの個人情報を企業側が把握していることは,同 法18条4項2号に該当すると解すべきである。かかる個人情報が個人情報 取扱事業者により不当に使用されるときは,主務大臣は是正勧告や違反行 為の中止のほか必要な措置を命ずることができ(34条),この命令に違反
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した者は,6月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられる(56条)。問題となりうるのは,指定暴力団等のxxの構成員ではないが,その周 辺に属する者に関する情報の取扱であろう。一般人との区別が容易でない面を有するからである。この場合,本人から開示請求があれば,原則として保有個人データを開示しなければならないが,当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合には,その全
部または一部を開示しないことができる(25条1項2号)。
なお,個人情報取扱事業者は,本人からデータの内容が事実でないという理由によって保有個人データの内容の訂正,追加または削除を求められたときは,利用目的の達成に必要な範囲で,遅滞なく必要な調査を行い,それに基づいて内容の訂正等を行ったときまたは行わないときは,本人にその旨の通知をすることとなる(26条)。
4.契約の解消の方法
(a) 序 説
銀行や証券会社が契約締結時に暴力団関係者を排除する方針を採ってい ても,外観上,相手方の属性に不審な点が認められないときは,契約を締 結するのが通常であろう。ところが,相手方の審査が十分に行えない状況 下では,後になって相手方が暴力団関係者であると判明することがある。 そこで,銀行・証券会社としては,暴力団関係者に取引の利益を享受させ,その活動を結果的に助成しないだけでなく,相手方選択の自由を実質化す る観点からも,契約締結後に相手方が暴力団関係者であると判明したとき は,その契約関係を解消できる方法があるかどうかが重要になる。
ここでは,契約関係を解消する方途として,契約締結時の相手方選択の自由との関係から人の属性の錯誤が問題になりうる。次に,契約締結後の採り得る契約解消方法について,やむを得ない事由にもとづく特別解約権と期間の定めのない契約における任意解約権を中心に検討する。
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なお,以下では,契約内容がやや複雑化する可能性のある証券会社の場 合を例にして検討を進める。銀行の預金や貸付の取引については,別の検 討を要する面があるので,差し当たり,証券会社の場合を中心に考察する。
(b) 錯 誤 無 効
錯誤による意思表示とは,意思表示の形成過程において表意者の主観と現実との相違があるため,表意者の意識しない,表示と真意との不一致を生じている意思表示である。通説・判例によれば,民法は,表示(客観的効果意思)と表意者の内心の効果意思との不一致を「意思ノ欠缺」
(101条参照)とし,それが「法律行為ノ要素」に関わるときに,その意思表示を無効とする(95条)といわれてきた。動機の錯誤は,動機が表示されて法律行為の要素になったときに,表意者は錯誤による無効を主張できると解されてきた12)。しかし,近時は,内心の効果意思との食い違いはなくとも,表意者の動機を含めた真意と表示の間に相違があれば,錯誤による意思表示として無効となり得る場合を認めるべきであるという主張が有力である。「動機の錯誤も,表示に対する真意を欠く点では他の錯誤と同じであり,しかも,錯誤の大多数は動機の錯誤であって,意思の欠缺はむしろ例外的である。錯誤は,その性質上,それを表示するということは相容れないものであるから,表示を要求して取引の安全との調和をはかることは,適当ではない。取引安全との調和は,『要素』の解釈,ないし,無効を主張するには相手方の悪意または過失を要するとすることによってはかるべきだ,とするのである」13)。また,動機の錯誤による無効を認めると,相手方を害する結果になるといわれるが,錯誤無効の主張自体が,要素の錯誤であったとしても,相手方を害することに変わりはなく,動機の錯誤のみを特別視するのは釣り合いが取れない14)。
人の属性に関する錯誤15)は,従来は,とくに売買契約においては動 機の錯誤の一種であり,要素の錯誤にならないと解されることが多かった。しかし,相手方の属性が重要とされる法律行為にあっては,動機の表示の
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有無にかかわらず,人の属性の錯誤も要素の錯誤になり得ると解される16)。たとえば,当事者間に継続的な契約関係を生じさせる消費貸借契約や委任 契約では,相手方の信用・信頼性が重要視されるから,人の属性が要素の 錯誤になり得るとした判例もある(借主の属性につき大判昭和 12・4・17 判決全集4巻8号3頁,受任者を弁護士と誤認した事件につき大判昭和 10・12・13 裁判例(九)民321頁)。さらに,株取引において,受任者が 未xxの委任者をxx者であると思って受任した場合に要素の錯誤になる とされた(大判昭和 13・11・11 判決全集5輯1104頁)。この判例は,委託 者がxxであることは,委託契約の主要な内容をなし,受託者が委託者の 未xxであることを知っていたら,契約を締結しなかったと解されるとい う。
証券会社にとって,暴力団関係者との取引は,不法勢力に利益を得させることとなって,社会的に非難される側面を持ち,信用を損なうだけでなく,その企業の悪いイメージを生み,一般の顧客の離反を招くとともに,取引上の諸々の障害になる場合が十分に予想される17)。そこで,証券会社が,暴力団関係者とは取引をしない方針を採り,相手方が暴力団関係者でないことを前提として,あるいは重要な要素として契約を締結することが考えられる。これは,社会的に是認され得る態度と考えられるから,証券会社が誤ってまたは善意で暴力団関係者と契約した場合,要素の錯誤となり得ると解される。とりわけ,暴力団関係者と取引しないことが,いろいろな形で明示され,相手方にも容易に知ることができる場合には,それが契約の前提ないし要素をなすと考えられ,その証券会社は要素の錯誤による契約の無効を主張することができよう。
大阪高判平成 12・10・3 判タ1069号153頁(上記京都地判平成 11・11・
29 の上告審判決)は,従来よりトラブルのあった人物との預金契約をしない方針を採り,各支店にその旨の通知をしていたが,窓口担当者がこれを見落として(重過失で)預金契約をしてしまった場合に,相手方もその銀行が自分と預金契約をしないという態度をとっていることを知っていた
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事案において,「意思表示の相手方(本件では上告人)が,表意者(本件では窓口担当者)において錯誤に陥っていることを知り,かつその状況を利用しようとした場合に限っては,意思表示は錯誤により無効と解すべきである。」という。
しかし,証券会社のこのような方針が明らかでないときは,暴力団関係者との契約であっても,そのことのゆえに直ちにその契約が錯誤による無効を主張し得るか,疑問が残る。とくに,従来,暴力団関係者との取引について,必ずしも注意せず,場合よっては,ある程度予想しつつも,取引に応じてきた経緯があるときは,そのような証券会社は,契約相手方が暴力団関係者であることのみを理由として錯誤無効を主張することは容易でないと考えられる。この場合,契約締結時には,その証券会社にとって相手方が暴力団関係者か否かは契約の重要な要素になっていたとは認め難いからである。
もっとも,証券会社が本来暴力団関係者と取引することが社会的に歓迎されるはずもなく,後に,その証券会社が暴力団関係者と取引をしない方針を採るに到った場合に,どのような法的手段があり得るかは,別に検討すべきであり,次項に述べるところに譲る。
なお,約款を改訂し,「暴力団関係者・総会屋とは契約しない」あるいは「かかる事実が発覚したときは,契約は効力を失う」旨の文言を挿入することは,証券会社の相手方選択の意思を明確にするため,重要である。証券会社の取引相手方選択の自由を認める限りは,このような規定を約款中に設けても,それは,とりわけ社会的に相当と考えられる顧客選択
(暴力団員等の排除)の問題であるから,消費者保護の観点から支障が生ずる問題ではないと考えられる。
錯誤無効が認められる場合,その効果は,原則的には,契約がなかったことになる(遡及的無効)ので,当事者は,それまでの取引で扱った金銭・有価証券等を相互に返還し清算する義務(原状回復義務)が生ずる。しかし,証券会社との継続的取引関係について,かなり長期間に亘る
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契約をその成立当初から無効であったことにして契約関係を清算するのは,法律関係をいたずらに錯綜させ,適切な解決をもたらさない結果を招くお それがある。そこで,無効の遡及的効果についても,これは絶対的なもの ではなく,雇傭契約のように事実上就業した者の利益を保護する必要があ るときは,無効の効果も無効の主張があった時から将来に向かって生ずる にすぎないという有力説がある18)。もっとも,多数説は,取消については 継続的契約に関し遡及効を否定し得る場合を認めるが,無効についてかか る解釈をすることには慎重である19)。
したがって,現段階の民法学説および判例を前提にすると,錯誤無効の 主張によれば,証券会社は継続的契約関係をその成立当初から無効として 清算する義務(原状回復義務)が生ずることになり,複雑な法律関係をも たらすおそれがある。契約成立後,短期間内でそれほど取引がないときは,相対的には簡単な清算関係で済むかもしれないが,長期間を経過した後に 錯誤無効を主張するときは,清算関係において困難を予想する必要が生じ うる。それゆえ,当事者が錯誤無効を主張するのが得策ではないという場 合もありうるであろう。
さらに,具体的問題を考えるにあたっては,証券会社の法的地位が商法上の問屋に当たることを前提に検討しなければならない。問屋は,委託者(ここでは暴力団関係者)の委任にもとづき自己の名を以って売買を行うことを営業とする商人である(商法551条)。問屋が委託者のために行った売買により相手方に対し自ら権利義務の主体となる(商法552条1項)。したがって,委託者と問屋との間の委任契約が無効になっても,問屋が行った売買が直ちに無効になるわけではない。
したがって,保護預り契約およびそれにもとづく証券売買委託が無効となった場合,無効主張までの間に証券会社が委託を受けて実行したxxxx証券の売買について,市場での取引は証券会社が当事者となって行ったものであるから,それ自体は有効であると解される。しかし,その売買の結果を相手方に帰属させることができないことになる。個々の取引につい
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て,清算することになり,証券会社は,有価証券を引き渡していたら,これを回収し,代金を返還するというように,処理することになる。そのため,証券の売買実行時から原状回復時までの相場の変動の損益は,当事者が負担することになろう。この理は,証券会社が委託者から委任を受けて自己の名を以って実行した取引についてすべて妥当すると解される。
給与振込口座としての証券総合口座の利用を他の取引と区別し,前者は社会生活上必要な手段であるから,これについては不当な行為がない限り利用を認め,他の取引は暴力団等の不法な活動の資金源にもなりうるから,これを否定するという方針もあり得ないわけではない。証券会社がこの方針を採るのであれば,暴力団関係者との取引はその範囲で継続することになろう。もっとも,かかる方針の実施可能性を考えると,相手方に対し一定範囲の取引のみを許容する旨の契約(口座開設)となり,果たしてどこまで社会的な理解を得られるか,疑問が残らないわけではない。
また,社会的要請(暴力団関係者といえども社会生活上必要な金融取引の手段を奪われるべきではないという考え方)からこの立場を採らざるを得ないとすれば,銀行等は暴力団関係者からの通常の口座開設を断れず,その意味で,顧客選択の自由がなく,いわば締約強制の結果を招く。かかる結論は,上述の通り,通常は電気・ガスなどの地域独占的公共事業に関する企業側の締約強制について,承認されうるところであるが,金融機関等について一般的に全く同じことが妥当するとまではいうことができないであろう。したがって,顧客選択の自由を認める以上は,この場合であっても,合理的理由があるときは,口座開設を断れるという結論を認めなければならない。
(c) やむを得ない事由による解約
民法および商法上,継続的な契約関係にある当事者が事情の著しい変更や相手方の行為・状況により,当該契約を存続させることが困難と考えられる場合に,その当事者に「やむを得ない事由による解約権」が認め
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られることがある。民法では,雇傭契約に関する628条,組合契約に関す る678条等がある。商法上は,代理商契約に関する50条2項,匿名組合契 約に関する539条2項がある。これらは,信頼関係を重視する継続的契約 関係に共通する法理であると考えられる。賃貸借契約においては,信頼関 係を著しく損なう債務不履行や契約違反行為があったときには,当事者は 賃貸借契約を無催告解除できるという信頼関係の法理が認められることは,周知のことである20)。
証券会社が,契約締結後,暴力団関係者とは取引をしない方針を採用した場合,ある契約の相手方が暴力団関係者であると後に判明したとき,この「やむを得ない事由」による解約ができないかどうか検討する必要があろう。
継続的契約を即時に解約することが認められる要件である「やむを得ない事由」とは,一般に,契約当事者の一方の不誠実な行為やその他の客観的事情(病気,天災など)から,相手方にその契約の存続を期待し得ない状況が生じた場合を指すものと解される。たとえば,雇傭契約について即時解約が認められる「やむを得ない事由」とは,多くは労働者の強度に不誠実な行動がこれに当たるが,民法はこれに限らず,契約当事者の責に帰すべき事由の有無を問わず,また,いずれの当事者に生じた事情でもよく,「当該雇傭関係を継続させることが社会通念に照し無理と認められる事実」21),または社会通念上雇傭契約を継続させることが著しく不当または不合理と考えられる事情をいうと解される22)。
一方,商法上の継続的契約である代理商契約の解約告知に関する「やむを得ない事由」とは,代理商契約を継続することが社会見解上著しく不当と認められる事由をいい,代理商の不誠実,重病,本人の営業上の重大な失敗・重要な債務の不履行などが挙げられる23)。
証券会社が当初より暴力団関係者とは取引しない方針を採り,これをいろいろな形で表明し相手方にも認識できる状況にしていたときは,相手方が暴力団関係者であることが発覚した時点で,前述の錯誤無効の主張
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およびやむを得ない事由による解約をすることが認められよう。
これに対して,証券会社が契約締結後に暴力団関係者との取引をすべて拒絶する方針を採用したときは,一般には,その相手方である暴力団関係者がその契約上の信頼関係を破壊するような著しい背信行為などをしないかぎり,解約することは容易でないと考えられる。けだし,その暴力団関係者が契約上何ら問題となる行為をしていないときは,証券会社は,契約締結時には暴力団関係者であることを重要視していない上に,少なくとも当該契約上とくに不利益を蒙っていないからである。もっとも,その契約とは直接関係がなくとも,他の契約関係やその他の社会関係において,その相手方が犯罪に関わり,その証券会社に被害を生じさせうる可能性が考えられるときは,そのことを理由にして,やむを得ない事由による解約をなしうる場合があろう。
それ以外の場合は,継続的契約の更新時に,証券会社が暴力団関係者とは契約をしない旨の新たな契約締結方針を説明し,契約関係を終了させることになる。
(d) 任意解約権
継続的契約を終了させる方法として,当事者の一方的意思表示によ る解約が認められる場合がある。期間の定めがない継続的契約にあっては,各当事者からの解約の申入れが契約に終了期限を設ける手段となる24)。継 続的契約といえども,永久に存続することを予定しているわけではないの で,一般的に各当事者による解約の申入れによる契約期間の限定が認めら れるべきである。
一般の解除(債務不履行等を理由とする)は,期間の定めの有無を問わず,本来であれば,契約が存続するはずであるが,やむを得ない事由により予定の時期よりも前に契約を終了させる機能を有するところに任意解約権との違いが認められる25)。
通常解約権は,民商法上,継続的契約について各契約の特色に応じ
銀行・証券会社の顧客選択の自由と契約関係の解消(xx)
ていろいろな形で認められている。
民法上,賃貸借や雇傭は,期限の定めがない場合,各当事者が解約の申入れをなすことにより一定期間経過後に終了する(617条,627条)。委任契約では,各当事者が何時でも(遡及効のない)解除をなすことができる
(651条)。これには相手方の不利な時期に解除できないという制限があるにすぎない。やむことを得ない事由があるときは,かかる場合でも,当事者は解除をなすことができる。この点は,団体法的な要素を多分にもつ組合契約でも,同様で,存続期間の定めがないときは,組合にとって不利な時期を除いて,各組合員は何時でも脱退をなすことができる(678条1項)。やむことを得ない事由があるときは,組合員は何時でも脱退できる。消費貸借や寄託では,返還時期を定めなかったときは,消費貸借の貸主は相当の期間を定めて返還の催告をできるし,寄託契約では,寄託者は何時でも受寄物の返還を請求でき,受寄者は何時でも契約を解約して受寄物を返還できる(591条,662条,663条)。いずれの場合も,返還により契約は,終了すると解される。なお,受寄者の受寄物返還に伴う寄託契約の解約
(663条)についても,予告期間の定めはないが,受寄者の任意解約告知権 の行使もxxxに従い,寄託者の不利な時期には寄託物の引取りを求める ことができず,相当の予告期間を置くことが必要であると解されている26)。
商法上は,代理商契約について,契約期間を定めなかったときは,各当 事者は2ヶ月の予告期間を置いて契約を解除することができる(50条1項)。やむを得ない事由があるときは,契約期間の定めの有無を問わず,各当事 者は何時でも契約の解除ができる(50条2項)。匿名組合契約においては, 組合の存続期間を定めなかったときまたはある当事者の終身間組合が存続 すべきことを定めたときは,各当事者は,6ヶ月前に予告して,営業年度 の終わりを以って契約の解除をなすことができる(539条1項)。倉庫営業 者は,保管期間を定めなかったときは,受寄物入庫の日から6ヶ月を経過 すれば契約を解除し,受寄物の引取りを請求することができる(619条)。
このように,期限の定めのない継続的契約にあっては,契約途中で
立命館法学 2004 年6号(298号)
当事者に任意解約権が認められるのが通例であり,賃貸借や雇傭などのように,解約申入れから一定期間経過後に契約が終了することにして,相手方の利益にも配慮がなされているが,とくに解約する理由について制限はない。その意味で,相手方の利益に一定の配慮をしながらも,期限の定めのない継続的契約関係を終了させる自由が,その当事者に認められているということがいえよう27)。さらに,その当事者は,一旦終了した継続的契約の更新を強制されることもないはずである28)。
そこで,継続的売買取引については,次のような解釈論が提示されてい る29)。期間の定めのない契約については,永久契約または黙示的合意があ る契約でないかぎり,一方的解消が認められる。これは個人の自由の保護 の要請である。ただ,相手方保護の必要もあるから,原則として予告期間 を置いて解消すべきである。予告期間を置けば,何ら解約理由が必要でな い場合もあろうが,予告期間と解約理由が必要な場合もある。予告期間の 長さと解約理由が,相互補完的であり,この組合せにより当該取引に相当 であるときは,解消者は責任を負わない(たとえば,重大事由があるとき は,長い予告期間を置くことなく,即時解約またはそれに近い形で解約が できるが,無理由で解約するときには,相手方の利益に配慮し,支障の生 じない時期まで告知期間をしっかり取る必要がある。これらの中間に,さ まざまな重さの解約理由があり,それに応じて予告期間の長さも決まると いう意味である)。もっとも,実際に争点になるのは,解約理由の有無・ 内容である。期間を1年とする継続的売買契約を27年間更新し,継続し てきた場合について,期間の定めのない契約に変更する黙示の合意があっ たものと認める余地はあるが,新しい契約書には1年の期間が明記されて いることから,期間の定めのない契約ではないとし,更新の拒絶によりそ の契約は期間満了により終了したようにもみえるけれども,このように長 期に亘る継続的契約関係にあっては,民法628条,663条2項,678条2項 等の趣旨に照らしても,信頼関係の破壊等のやむをえない事由がない限り,これを解約したり更新を拒絶することはできないという判決例がある(大
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阪高判平成 8・10・25 判時1595号70頁)。
また,サービス契約に関する立法提案であるが,上述の民法上の期間の定めのない継続的契約に関する解約権を援用しながら,各契約当事者は,任意に契約を終了させることが許されるべきであるといわれる。具体的には,「継続的なサービス契約において,当事者がサービス契約の期間を定めていないときは,相当の告知期間をおくことによって,いつでも解約することができる。」という規定が提案されている30)。
一方,継続的契約の継続性に対する強い期待が当事者に存在する場合には,「契約関係継続義務ないし継続性原理とでも呼ぶべき新たな法理が形成されていると見ることができる。」といわれ,この法理の適用範囲と理論化が今後の契約法の課題であるとされる31)。確かに,資生堂東京販売事件(xxx屋事件)では,特約店契約について,30日の解約予告期間を設けた約定解除権の合意があっても,この解除権行使には取引関係の継続を期待しえない不信行為等のやむを得ない事由が必要であるとされた
(東京高判平成 6・9・14 判時1507号43頁)32)。また,xxのように,賃貸借や雇傭契約には,それぞれ借地借家法および労働基準法等の特別法が存在し,社会政策的観点から経済的弱者を保護する立法・解釈によりこれらの継続的契約の解約には多くの制限が設けられている。
委任契約の任意解除権についても,これは,無償契約を前提にしている規定であり,有償契約の場合には妥当しないともいわれる。判例には,委任者が任意解除権を放棄したとは認められない事情があるときは,当事者は民法651条による解除ができるとしたものがある(最判昭和 56・1・19民集35巻1号1頁)が,学説は,必ずしも好意的なものばかりではなく,解除により受任者に損害が生ずれば金銭賠償で対処するという枠組みでは処理しきれない継続的な関係(継続性の価値)に配慮すべきであり,任意解除権の安易な適用には慎重さが必要であると主張されている33)。
このような主張を押し詰めていくと,解約を認める合理的な理由またはやむを得ない事由がない限り,継続的契約の当事者に任意解約権は容
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易には認められないという結果になる場合があろう。ゴルフ・クラブ会員契約のゴルフ場側からの解約に関する事件について,「期間の定めのない継続的契約において,当事者の一方の解約により当然に継続的契約が終了するものと解すべきでなく,右解約が有効であり,継続的契約が終了するためには,契約締結の経緯,その性質,契約締結時から解約申入れまでの期間,終了によって受ける当事者の利害得失(被解約者の損害の担保等)等,事案の特質を総合考慮して,継続的契約に契約の存続を著しく困難とするやむを得ない事由があることを要するものと解するのが相当である。」
(東京地判平成 4・12・8 判時1471号98頁)という一般論を述べるものがある34)。とりわけ証券会社などの金融機関が一般の個人を相手方とする契約においては,消費者保護の観点から,金融機関側からの理由のない契約解除には制限が付されることが予想される(消費者契約法10条参照)。
また,証券会社の約款,とくに総合取引約款および保護預り約款には会社側の解約権について,任意解約権の定めがなく,反対に,やむを得ない事由により会社が解約を申入れた場合の解約権のみが定められ,一般の任意解約権を排除したものと解される余地もある。かかる解釈が約款の意図するところでないとすれば,予告期間を置いた解約告知権が約款上明らかにされることが適切であろう。
証券会社と個人顧客との間の継続的契約が継続性の利益・価値をど の程度有するものか,明らかではない。ただ,少なくとも顧客の不利な時 期に証券会社が解約することは,認められないであろう。顧客の経済的利 益に配慮しながら,他方で,証券会社の顧客選択の自由を確保しようとす れば,顧客の契約目的がある程度達成された時期に,あるいはその時期を 終了時期として,相当の予告期間を置いて解約告知する方法が考えられる。
顧客が証券会社からその契約を解除されることにより,社会生活上,一体,どの程度の打撃を受けるものか,必ずしも明らかではない。現段階では,証券会社との取引の終了は,銀行取引の終了よりは社会生活上の支障が少ないであろう。しかし,そのことのみを以って,期間の定めのない継
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続的契約の当事者が有する任意解約権の原則に全面的に戻れるか,判例の 現状から見ると,なお明確ではない。これは,顧客選別につき会社側にど れほどの自由が認められるか,換言すれば,人権としての平等権や個人の 経済的自由を侵害するような差別的取扱いではなく,事業経営上の合理性 があることについて説得的説明が可能かどうかによると考えられる35)。こ の点につき合理的説明をなしうるならば,任意解約権の定めがなくとも, 理論上認めうるものとして(その意味では法定の任意解約権として),証 券会社はこれにより期間の定めのない契約を解除することができるであろ う。したがって,この範囲では,「静かな暴力団関係者」よりは「無理無 体をいう顧客」を任意解約権により排除することが容易であるといえよう。解約の合理性(理由)が争点となるときは,暴力団関係者に対する解約権 の行使方法としては,現段階では,相当の解約告知期間を置いて解約し, 作成された内規に基づき対処したことを裁判で争うほかはないであろう。
証券会社については,民法663条1項の定めにより何時でも受寄物を相手方に返還し契約を解約できるというルールの適用が考えられるが,これも元来は契約当事者が対等な地位にある場合を想定しており,上述の一般論(消費者保護の観点を含めて)から見て,委任契約の解除に関する民法651条1項が直ちに契約関係の解消に用いられないのと同様である。解約をなすには,やはり相当の解約告知期間を置いて相手方の利益にも配慮する必要があるであろう(上述参照)。
また,保護預り契約は,期限の定めのない契約と解することができよう。
1年単位,3年単位で保護預り料を徴収するとしても,それは期限の定めのない家屋賃貸借契約で毎月あるいは1年ごとに家賃を支払うのと同様と考えられる。保護預り契約に附帯するサービスについては,その内容から見て,それが独立して保護預り契約(寄託契約)の中心的サービスというほどの性格付けができるものでない限り,やはり附帯サービスとして位置付けてよいと考えられる。
信用取引契約についても,基本的に顧客が継続を希望し,条件が合う限
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りは,通常維持されるのであるから,これも,通常は,期間の定めのない契約であると解してよいであろう。
なお,信用取引契約や先物取引契約において個々の売買注文を拒絶することができるか否かという点については,累積投資契約も含めて,包括的契約の枠組みの中で売買を行うことが予定されている契約は,これを一般の有価証券の売買委託と同じには取扱えない面がある。これらの契約では,担保株券等を差入れていることもあり,顧客の意思を反映した取引をしないことは,証券会社が信用取引契約等の目的に反し,債務不履行になる可能性もある。したがって,信用取引契約を解除せずに個別の信用取引を拒絶することは,何らか正当な理由のない限り,容易でないと思われる。
5.約款改正による対応等
約款に「暴力団,総会屋,またはこれらの関係者であると判明した場合,当社との取引に関して,脅迫的な言動をし若しくは暴力を用いた場合,その他やむを得ない事由により,当社が解約を申し出た場合」に契約関係を終了(解約)できる旨の文言を入れることは,不法勢力の排除の意思を明示する意味で妥当である。このことにより,契約の締結にあたっても,証券会社等の金融機関が暴力団関係者とは契約をしない意思が明らかになるからである36)。また,「やむを得ない事由」による解約があり得ることも約款上明示することによって,このような一般条項的解約権が顧客に明らかにされる点で意味があろう。
新規の契約について,善意で暴力団関係者と契約を成立させてし まったときは,前述の通り,短時日の後であれば,錯誤無効の主張が効果 的であろう。また,更新契約に新約款を適用することができるのであれば,暴力団関係者等排除を店頭などに明示するとともに,改定された約款規定 により暴力団関係者排除の意思は契約上も明らかであるから,錯誤無効ま
銀行・証券会社の顧客選択の自由と契約関係の解消(竹濵)
たは前記約款条項を正面から適用することができる。更新契約に新約款を適用することの同意を得たことの工夫としては,更新後は新約款を適用する旨の通知とともに,それ以後異議なくそれに基づく取引をしたことにより同意を得たこととする方法が考えられる。
なお,すでにその約款中に次のような解約事由に関する条項を設けた証券会社がある。
「各契約は,以下の事由に該当したときに解約されるものとします。
……中略……
③ お客様が暴力団員,暴力団関係者あるいはいわゆる総会屋等の社会的公益に反する行為をなす者であると判明し,日本証券業協会理事会決議『証券会社の顧客管理等に関する行為規準』及び同『暴力団及び暴力団関係者との取引の抑制について』に基づき,当社が解約を申し入れたとき
④ お客様が当社との取引に関して脅迫的な言動をしまたは暴力を用いたとき,もしくは虚偽の風説を流布し,偽計を用いまたは威力を用いて当社の信用を毀損しまたは当社の業務を妨害したとき,その他これらに類するやむを得ない事由により,当社がお客様に解約を申し出たとき」
本約款は暴力団関係者との間の取引を行わない旨を明らかにする趣旨であると解される。
1) 日本証券業協会・理事会決議「暴力団及び暴力団関係者との取引の抑制について」(平成3年11月20日,同日施行。平成6年2月16日改正,同年3月1日施行)は,次のようである。
「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」並びに警察庁刑事局長通達及び大蔵省証券局長通達の趣旨に沿い,暴力団員及び暴力団関係者との取引に関し,下記のとおり決議する。
記
1 会員は,暴力団員及び暴力団関係者との信用取引,xx現金取引,その他暴力団の資金獲得活動を助長するような証券取引及び融資のあっせんは厳に慎むこと。
2 既存顧客が暴力団員又は暴力団関係者であることが判明した場合には,可及的速やか
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に,上記1の趣旨に沿って取引関係を解消するよう努めること。
3 マネーロンダリング防止のための本人確認については,一層徹底するよう十分留意すること。
4 上記1~3の実施に際し,何らかの暴力的行為その他の不当な行為等に直面したときは,所轄の警察当局等に連絡するとともに,本協会に報告すること。
5 本決議に伴い,社内規則を整備すること。
2) この理事会決議は,証券会社の信頼回復に資するため,その行為規準を定め,会員各社にこれを徹底するため,社内ガイドライン等の策定とともに,遵守状況の自主的点検も求めている。この中で,顧客の属性と取引内容とを社内検査当において定期的に点検することを求めており,暴力団関係者との取引については,次のように定める。
「(いわゆる総会屋等反社会的勢力との取引の抑制)
3 会員は,暴力団員,暴力団関係者,いわゆる総会屋等の社会的公益に反する行為をなす者との間では,『暴力団員及び暴力団関係者との取引の抑制について』(理事会決議)の趣旨に則り,原則として証券取引を行わないこととする。また,既存顧客がそのような者であることが判明した場合には,当該取引関係を速やかに解消するよう努めることとする。」
本決議の全文については,第一東京弁護士会民事介入暴力対策委員会編・業界別民暴対策の実践235-236頁(2003年 金融財政事情研究会)参照。
3) 全国銀行協会の「倫理憲章」中に「(反社会的勢力との対決)」という項があり,そこには,「4.市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力とは,断固として対決する。」と謳われている。ただ,その解説部分を読むと,とくに反社会的勢力の不当介入の防止やマネーロンダリングなどの不法な取引に銀行取引が利用されないように監視する体制を採ることが中心になっている。暴力団関係者の銀行取引からの排除という面は,必ずしも明確な表現とはなっていないと思われる。本倫理憲章に関する解説については,xxxx「全銀協『倫理憲章』の概要」金法1499号6頁以下(1997年)参照。
4) xxxx・詳解銀行法50-51頁(2004年 金融財政事情研究会)。同様に,xxxx・現代の金融機関と法14-15頁(2001年 中央経済社)も巨視的観点から銀行業務の公共性を指摘している。
5) xxxx・解説改正銀行法18頁は,巨視的な銀行業務の公共性を論じたうえで,「銀行取引は,個人にとっても企業にとっても経済活動のライフラインとなっている」という認識を示している。これは,微視的な観点からの公共性をも視野に入れた表現であると思われる。
6) もっとも,本件の上告審判決は,高裁判決までとは異なり,この部分について,何ら判示しておらず,最高裁判例がどのような立場を採るかは不明である。最判平成 13・3・16金判1114号3頁,判時1747号93頁参照。
7) xxxx=xxxx編集・新版注釈民法(13)債権(4)61頁〔xxxx〕(1996年 有斐閣)。
8) xxxx・公序良俗論の再構成193頁以下(2000年 有斐閣)は,基本権保護型公序良俗論において,国家の,一方当事者に対する過少保護の禁止と他方当事者への過剰介入の
銀行・証券会社の顧客選択の自由と契約関係の解消(xx)
禁止を,適合性,必要性,均衡性という三原則の観点から評価し,衡量する見解を述べている。本稿も同書から大いに教示を受けた。また,xxxx「公序良俗――最近の議論状況」法学教室260号46-48頁(2002年)も示唆に富む。
9) xxxx男「ドイツの判例法理における締約強制理論の形成・発展について(三)」民商法雑誌82巻1号40頁以下(1980年),とくに44頁以下は,ドイツの判例において企業の経済合理的な判断については,契約の拒絶が行われても,その行為に実質的な正当性が認められ,問題のある差別的行為・取引拒絶とは認められないことを紹介している。この場合,このような企業の考慮および判断(xx論文では「商人的考慮」と表現されている)が客観的に正当であるかどうかは問われないともいわれる。
10) 個人情報保護基本法制研究会編・Q&A 個人情報保護法47頁(2003年 有斐閣)。
11) xxxx・個人情報保護法の逐条解説93頁(2004年 有斐閣)は,通知・公表を免れることについて個人情報取扱事業者に「正当な利益」がある場合のみが例外であることをを強調している。
12) xxx・新訂民法総則297頁(1965年 岩波書店)。このほか,以下に挙げる学説・判例の最新の詳細な整理検討については,xxxx = xxxx編集・新版注釈民法(3)総則(3) 390頁以下〔xxx〕(2003年 有斐閣)参照。
13) xxxx・民法総則第四版176頁(1986年 弘文堂)。xxxx = xxxx・民法総則第
六版(2002年 弘文堂)214頁以下も錯誤をxx的に把握する立場に立つが,相手方の認識可能性で錯誤無効の主張範囲を限定するよりも要素性を厳格に解する見解をとる。
14) xxx・民法総則337頁(1992年 悠々社)。
15) 人の同一性錯誤と属性錯誤の意義については,xxx「『同一性錯誤』と『属性錯誤』」北大法学論集17巻2号210頁以下(1966年)参照。
16) xx・前掲書341頁。xx = xx・前掲新版注釈民法(3)429頁,444頁,451-452頁〔x
x〕でも,契約当事者の属性が重要であるときは,要素の錯誤になりうることが指摘されている。
17) 日本弁護士連合会民事介入暴力対策委員会 = 警察庁民事介入暴力問題研究会 = 法務省人
権擁護局内人権実務研究会・Q&A 市民と企業の民暴対策87頁(1991年 民事法情報センター)参照。
18) xx・前掲書207頁,xx = xx・前掲書286頁。
19) xx・前掲書387頁,xxxx・民法概論Ⅰ(序論・総則)237頁(1971年 良書普及会),xxxxx・民法総則〔第2版〕213-214頁,219頁(2001年 有斐閣),xxx・民法Ⅰ総則・物権総論[第2版]補訂版(第13刷)283頁(2004年 東京大学出版会)等。
20) たとえば,xxx = xxxx編集・新版注釈民法(15)債権(6)325-326頁〔xxxx〕
(1989年 有斐閣),xxxx・債権各論講義第六版171頁以下(1994年 有斐閣)参照。
21) xxxx・契約法440-441頁(1974年 有斐閣。以下では,xx・契約法と記す)。
22) xxx・債権各論中巻二591-592頁(1962年 岩波書店),xxx = xxxx編集・新版注釈民法(16)債権(7)107-108頁〔xxxx〕(1989年 有斐閣)。
23) xxxxx・商法総則〔新版〕172-173頁(1978年 有斐閣),xxx・商法総則新訂第
5版191頁(1999年 弘文堂)等。
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24) xx・契約法365頁。
25) xx・契約法365頁。
26) xxx = xxxx編集・新版注釈民法(16)債権(7)369頁〔xxxx = xxxx〕(1989年 有斐閣)。
27) xxx編集・注釈民法(14)債権(5)51頁〔xxx = xxxxx〕(1966年 有斐閣),x
x・契約法438頁。
28) xxx・債権各論83頁(1997年 東京大学出版会)。
29) 以下については,xxxx・xx的売買の解消(1994年 有斐閣)による。とくに,同書494-495頁。
30) xxxx「サービス契約」xxxxほか・別冊 NBL 51号債権法改正の課題と方向240頁(1998年 商事法務研究会)。
31) xx・債権各論84頁。
32) 本件では,やむを得ない事由があるとして解除が認められている。本件の上告審判決である最判平成 10・12・18 民集52巻9号1866頁も本件の「事実関係の下においては,本件解約がxxxに違反せず,権利の濫用に当たらないとした原審の判断は,是認することができる。」という。本件の評釈等については,xxxx・xx解説・商法(総則・商行為)判例百選[第四版]131頁(2002年,有斐閣)参照。
33) xx・債権各論275-278頁。xxx・契約の時代81-83頁,244-246頁(2000年 岩波書店)も参照。
34) この他,ラケットボールクラブの会員契約について,会員資格につき期間の定めがない場合に,「継続的債権関係の性質上,期間の定めがあると否とにかかわらず,契約関係を継続することを期待し難い重大な事由があるときは,その契約を将来に向かって解除(解約)することができる」(東京地判平成 4・12・25 判時1472号79頁)という裁判例などがある。
35) 千葉地判平成 2・4・23 判時1359号93頁は,暴力団幹部らが経営する会社の月刊新聞の折込配達を拒否した新聞販売店の行為は,社会的に相当な行為であり,折込配達する旨の請負契約ないし準委任契約を締結していたとしても,違法性が阻却されると判示した。
「社会の公器ともいうべき新聞の販売店を経営する右被告らがその職業的倫理観からそれぞれの販売・配達する日刊紙に多くの同市民のひんしゅくを買っている暴力団K組の影響下にあり,その広告掲載料の収入が同組の資金源になっている疑いを払拭し切れない原告の編集・発行するJ新聞を折り込んで配達することを拒否したことは,社会的に相当な行為として右被告らの不法行為の違法性を阻却するといわなければならない。」という。
本判決は,契約後であっても,暴力団排除が社会的に相当な行為であり,事業者にとって暴力団排除が合理的な理由となりうることを認めている例であるといえよう。
36) 第一東京弁護士会民事介入暴力対策委員会編・前掲注1)書189頁以下も,不法勢力を経済社会から排除する上で,暴力団排除条項を設ける法的意義を強調している。