Contract
野菜流通における契約出荷と市場出荷
〔要 旨〕
1 農協と農業法人(ここでは,野菜を生産・出荷している法人に絞っている)の,野菜販売における,実需者(量販店,外食,加工業者等)との契約取引に対する取組みを比較したアンケート調査によれば,農協での契約取引の実施割合は農業法人に比べて低く,販売金額に占める契約取引の割合が,農協では2割未満が圧倒的に多いのに対し,農業法人では8割以上契約取引という回答割合が,全体の4割強を占めるという著しい相違がある。
2 農協と農業法人における聞き取り調査によって,その相違の背景を考えると,農協が実需者との間で契約取引を行う場合,契約に参加する農家に対する契約意識の徹底化,市場出荷との間でのチャネル管理,事務コストやデリバリーコストをまかなう手数料確保や効率的なデリバリー体制構築,市場決済とサイトが異なる場合の対応,与信管理体制の整備等,といった,対処が迫られる問題があることが分かる。その結果,農協で行われている実需者との契約取引は,決済や与信管理,デリバリーコスト等の面で制約が小さい市場を通じた契約である予約相対取引が多いとみられ,農協の出荷先としては,依然として卸売市場出荷が重要な経路となっている。
3 その卸売市場流通には,今後大きな変化が見込まれる。もともと,生鮮食料品等について卸売市場制度が設けられたのは,生鮮食料品等が,日々の生活に欠かせないものである一方,生産が自然条件に依存していて生産者が総じて小規模等,全体的な需給調整が難しいことを背景としている。しかし野菜における需要に応じた生産は,技術進歩等によって,その難しさが低減してきた面もあるとみられ,そのような供給サイドの変化も,卸売市場を経由しない実需者との契約取引を促してきたと考えられる。
4 公的規制によって,卸売業者,仲卸業者の業務内容に制限のある中で,卸売市場経由率の低下が,市場を運営する卸売業者,仲卸業者の経営悪化につながってきた。しかし2004年6月の卸売xxx改正によって,卸・仲卸業者の業務範囲が拡大し,特に卸売業者の買付集荷自由化は,卸売市場の枠組みを変えるものと考えられる。今後,卸売業者の卸売手数料への依存度が低下してくれば,出荷者の利益を最大限優先するという卸売業者の姿勢にも変化が生じる可能性がある。
5 農協が実需者と野菜の契約取引に取り組む場合,対処しなければならない様々な課題があるものの,卸売業者の市場における機能変化の可能性を考えれば,農協にとって,実需者との直接・間接のつながりを増やして,より強化していくことは,今後ますます重要になってくると考えられる。
目 次 はじめに
1 産地における野菜契約取引の実情
(1) A農業法人の事例
(2) 契約意識と作付け,出荷調整
(3) 需給調整とブランド価値の維持
(4) 中間業者の機能
(5) 契約販売にかかわるコストと手数料
(6) 決済サイト,与信管理
2 卸売市場の原則,現状及び展望
(1) 卸売市場制度の概要と取引原則
(2) 卸売市場の存在意義
(3) 卸売市場をめぐる公共性と民間業者の収益性
(4) 卸売市場における代金決済の仕組みとその現状
(5) 2004年6月の卸売xxx改正の意義
3 まとめ
はじめに
野菜の流通において,卸売市場経由率が低下し,市場外流通の比率が高まる傾向にある(第1図)。この背景には,輸入野菜や加工品需要の増加といった要因もあるが,直売所や,産地が実需者(量販店,外食,加工業者等)との直接・間接の契約のもと,市場外での販売に取り組むといった流通経路の多様化もあるとみられる。
第1図 野菜販売の卸売市場経由率の推移�
(%)�
88�
86�
84�
82�
80�
78�
76�
1989�93� 94� 95� 96� 97� 98� 99� 00�年�
出典 農林水産省食品流通局「卸売市場データ集」�原資料 農林水産省「食料需給表」等�
産地と実需者との契約取引(販売先と品目,価格,数量,出荷方法等を事前に取り決めておく取引のこと)は,私的なものであるため,その全体を把握することは困難だが,農協と農業法人(ここでは,野菜を生産・出荷している法人に絞っている)の,野菜の契約取引に対する取組みを比較したアンケート調査によれば,農協での契約取引の実施割合(第1表)は農業法人(第2表)に比べて低い。販売金額に占める契約取引の割合に関しては,農協では2割未満が圧倒的に多いのに対し,農業法人では8割以上契約取引という回答割合が全体の4割強を占めるという著しい相違がある。
また,契約取引に関する聞き取り調査によれば,農協の契約取引は,卸売市場に出荷する野菜の一部に対して,特定の実需者
との間で価格や数量,出荷時期を事前に決
(注1)
めておく,いわゆる予約相対取引という形が多く,市場外の契約取引はまだ限定的にしか行われていないという印象を得た。
29 - 585
第1x xx販売額別にみた契約取引への取組状況(農協)�
契約取引の�実施状況�
農協の� 販売先数�
販売金額に占める契約取引の割合(%)�
サンプ�契約取� サンプ� 平均取� サンプ� 20%�
合 計�
野販 5億円未満�菜売 5~20�
の額 20億円以上�
ル数�
181�
75�
59�
47�
引実施� ル数�
割合(%)�
50.3�
26.7�
6.1�
68.1�
引先数� ル数� 未満�
86� 9.2� 92� 79.3�
19� 2.3� 19� 78.9�
36� 5.7� 39� 79.5�
31� 17.5� 32� 81.3�
20~� 40~� 60~� 80~�
40� 60� 80� 100�
14.1� 4.3� 0.0� 2.2�
15.8� 0.0� 0.0� 5.3�
10.3� 10.3� 0.0� 0.0�
15.6� 0.0� 0.0� 3.1�
�
�
出典 独立行政法人農畜産業振興機構『平成15年度契約取引実態調査報告書』�資料 契約取引実態アンケート調査(2 02年度実施)�
(注)1 色網掛けは,合計を10ポイント以上上回ることを示す。�
2 質問ごとの回答率の相違により,販売額別サンプル数と合計サンプル数は必ずしも一致しない。�
第2x xx販売額別にみた契約取引への取組状況(農業法人)�
契約取引実施� 法人の販売先数�
販売金額に占める契約取引の割合(%)�
サンプ�契約取� サンプ� 平均取� サンプ� 20%�
ル数�
引実施� ル数�
割合(%)�
引先数� ル数� 未満�
2, 0万円未満� 61�
5, 0万円以上� 61�
41.8�
38.7�
28.6�
50.0�
16.7�
10.4�
12.5�
10.4�
48�
13.2�
44�
78.7�
25.0�
14.3�
21.4�
10.7�
28�
6.1�
26�
68.3�
41�
2,00~5,00�
25.8�
9.7�
9.7�
16.1�
31�
5.0�
29�
52.5�
野販菜売の額
20.9�
10.9�
14.5�
1.8�
10�
8.8�
99�
65.9�
170�
合 計�
80~�
100�
60~�
80�
40~�
60�
20~�
40�
契約取引の�実施状況�
�
�
出典,資料(, 注)は第1表に同じ�
一方,農業法人に対する聞き取り調査では,実際に,卸売市場を全く利用していないというケースも含め,市場外での契約の比率が高かった。
農協と農業法人における契約取引への取組みの相違にはどのような事情があるのだろうか。また,農協が(予約相対という契約取引も含め)野菜出荷の中心として位置付けてきた卸売市場は,2004年6月の卸売xxx改正を契機にどのような変化が見込まれ,農協の野菜販売事業にどのような影響が及ぶのであろうか。
本稿は,農協と農業法人における,野菜の契約取引に関する聞き取り調査をもと
に,農協が実需者と契約取引を行う場合の課題を整理し,合わせて,変化が予想され
る卸売市場の実情と,その方向性について
(注2)
考察したものである。
(注1)ここでの予約相対取引は卸売xxxに基づく厳密な意味での予約相対取引のことではなく,産地として,特定の顧客との間で,価格や数量を事前に取り決めておく取引全体を指している。
(注2)なお,本稿で使用する聞き取り調査及び契約取引実態アンケート調査の内容は,独立行政法人農畜産業振興機構(旧野菜供給安定基金)から農中総研が受託して実施した「契約取引実態調査」(02年度,03年度)の結果に基づいている。
30 - 586
1 産地における
野菜契約取引の実情
(1) A農業法人の事例
まず,野菜の実需者との契約販売について,A農業法人の事例を紹介する。A農業法人は,野菜中心の専業農家を取りまとめた集出荷のための法人であり,仕組みとしては農協の販売事業との類似性が高い。
にもかかわらず,法人としては卸売市場出荷を全く行っていない等,事業の内容は農協と対照的といえる。A農業法人の例は,仕組みが類似しているだけに,農協が市場外の契約取引に取り組む場合の制約要因が何か,を示唆している事例とみられる。A農業法人の事業概要を紹介し,農協が市場外で契約取引を行う場合に対処しなければならない課題についてとりまとめてみる。
①法人組織の概要
・関東地区にある集出荷のための組織。
・農業法人としての販売額は03年度が約
12億円(税込み)。
・出荷している野菜は40種類以上。
・法人としての人員体制は,営業,経理,受発注,生産管理,荷受,品質管理,資材管理等に分かれ,総勢24名。営業担当者は7名。担当は取引先別。
②出荷者
・出荷する会員は90名弱。出荷者の生産規模は,近隣の平均的な農家の2~3倍とのこと。
・生産者の品目別グループは最大で20名
弱。平均的には5~10人。
③取引先
・主要な販売先は約50社。取引先との間には中間業者(仲卸やベンダー=納入業者等)が入るケースも多い。法人としては市場(以下,市場とはすべて卸売市場のこと)出荷はしていない。
・取引先の販売額構成は,生協と宅配会員組織が5割前後。外食関係ベンダー向けが3~3.5割。量販店は仲卸経由で2割弱。
④取引先との契約方法
・契約に関しては,営業担当による商談の後,最終的な値段の決定は生産者ないし生産者グループの責任者が行う。実需者の営業会議に生産者も同行し,実需者の要望も聞いて生産者が価格決定する。
⑤契約のための生産と出荷方法
・生産者は天候要因を考慮し,契約出荷向けに必要な生産量を上回る(2~3割程度)作付け。
・各農家は,出荷予定表(販売先別,品目別)を毎週提出(必須)。それを土日に集計して販売先別,品目別の出荷について取引先に提案する。
・生産者に対しては,顧客からの注文に基づくA法人の完全発注制。農家の出荷予定表と顧客ごとの注文を調整した結果,農家に対して日時,注文数量を指定。農家は,注文に基づいて,顧客別に荷姿調整し,2か所ある集荷場に自ら運び込む。
・法人としての出荷は年中無休。
31 - 587
⑥需給の微調整
・農家の出荷量(希望)については,契約量が販売可能であることはいうまでもないが,それを上回る出荷希望についても,取引先との交渉で,対応できるものは対応。それでも余る場合は,生産者が地場の市場への個人出荷等で調整する。
・不足しそうな場合は,早期連絡によって,それぞれの取引先ごとに少しずつ調整してもらう。
⑦出荷する農家との関係
・販売方法は委託販売。一部出荷者の選択によりパッケージセンターを利用する場合には単価を決めた買取り(販売結果次第で微調整あり)。
⑧手数料,配送手段
・手数料率は物流費込みで18%(野菜の種類や出荷先による差は無し)。物流経費だけで7%程度。
・配送は自社トラック(4台)と中間業者による配送,運送業者利用で,顧客ごとに効率的な手段を選択。
⑨実需者及び出荷農家との決済サイト
・実需者との決済サイトは,相手に応じて様々だが,中心は,月末締めの翌月末までの支払い。出荷者に対する支払いは月末で締めて,その40日後の支払いに統一。法人としては,実需者からの支払い以前に出荷者に対して前払いするようなサイトの短縮化機能は限定的である。
⑩関連事業
・法人代表者が関連する別の有限会社がパッケージセンターを持ち,冷凍野菜事
業,外食残さ(野菜,果物)のリサイクル事業等も行っている。
A農業法人は,大都市に近く,温暖な気候条件で多品種の野菜生産が可能という好立地を背景にして,比較的規模の大きな野菜販売農家を組織し,法人としては市場出荷を一切せずに,契約販売のみで販売事業を行っている。
A農業法人の例との比較を念頭において,農協が実需者との契約取引に取り組む場合との相違について考えてみよう。
(2) 契約意識と作付け,出荷調整
農協の場合,生産部会等においては,地域の様々な農家が組織されており,相対的には,高齢農業者や兼業農家の比率が高いのが通常である。農家全体に高齢な家族経営が多いことはいうまでもないが,野菜販売農家も,農林水産省「2000年世界農林業センサス」によれば,60歳以上の従業者数が露地野菜で46%,施設野菜で42%を占めている。
農協に出荷する野菜販売農家の平均像は,全国の平均像と大きく変わることはなかろう。とすれば,「出荷予定表の毎週提出」「完全発注制に応え,荷姿等も顧客別に整えて,時間までに注文量を運び込む」というのは,難しい場合もあろう。
また,特に大型合併農協の場合は,生産部会の人数も多いであろうから,特定の相手先との契約取引について,農協と部会
(総会)等で合意したとしても,生産部会
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の中で生産や出荷の調整を確実に行うことにも限界があるだろうし,そもそも契約の当事者であるという意識がなかなか定着しないのではないかと考えられる。その点A農業法人は,「取引先と価格を最終的に決めるのは生産者」ということで,生産者の契約意識ははっきりしており,生産・出荷調整,品質や規格統一についても,生産者の品目別グループが比較的少人数であることから,さほどの困難ではないとみられる。
このような問題について,実需者との契約取引を行っている農協においては,様々な対応策を講じている。
1つは,直売所や量販店でのイン・ショップで販売額を伸ばしたB農協のように,直売所出荷,あるいはイン・ショップ出荷のための特別な部会を作って契約や出荷に対する意識を高めているケースである。ただし,同農協での聞き取り調査によれば,イン・ショップ部会も400名を数え,出荷品目,出荷額のばらつきも大きいという。そのため,作付けの調整も,時期ごとに,主だった人に対してお願いしているという。
もう1つの例は,中京地区のC農協の例である。C農協では,業務用野菜(キャベツ,タマネギ) の出荷契約を結ぶ(経済連・県本部経由)際に,出荷を希望する農家と個別に出荷契約書を結んで,計画的な出荷を確保しようとしている。C農協の農家との契約書には,「契約書の数量の減少を認めないこと」や,「天候等の要因で出
荷時期別数量の変更が予測される場合には,個人で不足対応(買入等)を行う」という取扱要領がついている。
このような条項を加えたのは,市況が上昇すると独自で市場に持ち込むような農家もみられたためということであるが,この条項を加えたことで,それまでと比べて,契約に参加する農家数は減ったという。業務用需要は価格,数量が安定しているために,農家経営にとってメリットもあるが,市場価格の動向に左右されず,計画通りの出荷量を確保できる農家の数が全体の中では少ないことを示していよう。
(3) 需給調整とブランド価値の維持
次に,生産する野菜の需給調整,ブランド価値の維持という点から,A農業法人と農協の相違を考える。
A農業法人では,前述のように,出荷の 100%が契約出荷であり,法人としての市場出荷は行っていない。ただし,契約出荷の場合は,欠品を出さないために,必要作付量の2~3割程度多めに作付けする必要があるので,余剰が生じた場合に何らかの対応が必要になる。A農業法人では,取引先を様々な業態で,50社程度確保していることが,需給調整の機能を果たすという。会員向けの販売組織(生協等)では,会員からの受注に基づく注文であるために,数量調整の余地は小さいと考えられるが,取引先によっては,長期的に取引関係を続ける中で,小幅の出荷増要請に応じてもらえるところもあるという。
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そしてそれでも販売できない部分については,農家が個人として地元xxxに出荷しているが,これは,農業法人としての農産物のブランド価値を維持するという目的もあろう。同じ商品が契約販売と市場販売で異なった価格がつけられれば,契約販売先の不信や,市場価格との比較で発注量を変化させるような行動の,潜在的な要因になるからである。他の農業法人での聞き取り調査によっても,通常の契約出荷は独自のパッケージで行い,過剰部分の出荷は農協の包装資材を利用して,農協に出荷するという例があったが,これもブランド価値を守るという観点であろう。
別のD農業法人(ここも一部試験栽培中の農産物以外すべて契約出荷している)での聞き取り調査によれば,量販店が需給調整の役割を果たしているという。外食向け,業務用需要は価格が一定で量も安定しているが,量販店との契約は直前まで微調整が入る。価格は週間値決めだが,数量は事前の予定数量の発注を前提に,前々日発注
(リード2という),あるいは前日発注(リード1)に対応するという(通常は予定数量に対する上乗せ数量が示されるとのこと)。しかし微調整は受動的な対応ばかりでは なく,出荷量の予想以上の増加が見込まれる時には,量販店に対して,時期を指定した特売等の提案を積極的に行い,価格を下げても販売量の増加によって調整を行うという。量販店のバイヤーも,事前に産地から直接そのような情報を得ることは重要と考えており,長期の契約関係の中で,需給
微調整に協力的であるという。ただしその背景には,日ごろのリード1,リード2といった直前の数量増にも的確に応ずるといった実績があるわけで,その上で生じたやむを得ない計画とのズレが調整されていると考えるべきだろう。
このように,契約取引においては,取引先にもよろうが,契約内容を越えた微調整が行われている例もある。
また,A農業法人,D農業法人ともに,量販店,外食,業務用等,多様な販売先を確保していることで,等階級間の需給調節
(一般に量販店は購入規格が限られるため,規格外を業務用等の販売先で販売していく)が可能であるとしていた。
これに対し農協の場合はどうだろうか。農協の場合は,いうまでもなく,市場でのブランド確立のために規格化・標準化を行ってロットをまとめ,安定供給を図ってきた経緯がある。聞き取り調査によれば,農協の場合,実需者との契約取引も,市場出荷品の一部を,予約相対取引(卸売市場を経由するが,実需者と事前に数量や価格について決めておく取引)の形で販売する例の方が多いとみられ,契約出荷に回らない部分は市場出荷で調整されるケースが多いと考えられる。
その場合,例えば量販店等に対して一定の等階級のものを契約販売してしまうと,市場出荷する野菜の等階級に偏りが生じ,評価が下がることを懸念する農協もある。また前述のように,契約で事前に価格を決めた出荷品と同じものが市場で別の価格で
34 - 590
取引されることが多ければ,契約販売先が市場価格との比較で発注量を変化させるような行動をとる,潜在的な要因になろう。このように,市場出荷を中心としてブラ ンドを確立してきた農協の場合,契約出荷と市場出荷という2つのチャネルをどのように管理して,最大のメリットを上げるか
が問題になる。
また,そもそも主要な野菜産地にある農協においては,このような野菜生産法人と出荷額のレベルが異なる農協もある。聞き取り調査を行った農協でも,野菜の販売取扱高が170億円というようなケースでは,卸売市場を通じた予約相対の形で,3割程度を量と価格を事前に決めた先に販売する以外は,通常の市場出荷としていた。一時期に出荷する大量の生鮮野菜を,個別契約で販売するのには,その事務量等から考えて限界があろうから,市場出荷中心にならざるを得ないことは明らかであろう。総じて農協の場合は,市場出荷を考慮した上で,契約販売のあり方を考えざるを得ない。
(4) 中間業者の機能
A農業法人の契約取引においては,実需者(量販店,外食,中食業者等)と直接に取引を行う場合もあるが,多くの例では,中間業者(仲卸やベンダー等)が間に入っている。A農業法人では,仲介業者の役割として,「配送業務=店舗等への個配,需給調整等の支援=生産出荷が予定通りにいかない時に,他の産地からの調達を増やしてもらうように場合によっては頼めること」
をあげていた。
またD農業法人では,中間業者は配送及び周年供給の確保という機能を果たしているとする。仮にD農業法人が実需者との間で,中間業者を介在させないで直接取引を行おうとすれば,周年にわたる供給を求められるという。量販店,外食等の業務用需要は,年間を通じての安定的な購入が必要なのであり,もちろん市場での調達も併用しながらであるが,中間業者が契約産地をコーディネートして,実需者に対して契約
(注3)
販売していることも多いとみられる。
農協の場合は,実需者との契約取引において,経済連・県本部が間に入ることも多い。経済連・県本部が主体となって契約を取りまとめ,農協が主に集荷に責任を持つようなケースもあった。その場合も,経済連・県本部の役割は,販売企画や商談,代金決済,信用リスク管理等の機能であり,県内産地をコーディネートすることはあっても,県域を越えた産地の連携による周年供給のような例は,産地間競争もあり,難しい面が大きいとみられる。しかし,実需者は年間を通じた安定した供給を求めている場合も多く,その対応ができれば付加価値となることは明らかであり,その可能性をさぐっていく必要もあろう。
(注3)例えば,xx(2000)では,商社系の肥料販
売会社が,春・秋産地,夏期の産地,冬の産地をそれぞれ組織してキャベツ,はくさいの周年供給を実現した例が紹介されている(同書260頁xx論文)。
(5) 契約販売にかかわるコストと手数料
A農業法人では,12億円の販売額に対し
35 - 591
て,営業担当者7名という手厚い人員配置を行っている。営業担当者の役割は,取引先との商談等に加え,出荷する農家への情報提供や農家の情報収集・掌握を行っているという。これだけの人員配置を可能にしているのは,18%(物流費込み)の手数料率である。
農協の場合,聞き取り調査したケースでは野菜の販売手数料率は2%前後(物流費別)が多いようであり,販売担当を増やすのには限界があるところが多い。また,A農業法人に比べれば,平均的経営規模の小さな農家が数多くいる場合が多いとみられるため,農家からの情報収集・掌握力にもおのずと限界があると考えられる。市場外の契約取引については,商談や事務コスト等も考慮して別の手数料率を設定するといった対応がとられるケースもあったが,市場を通じた契約である予約相対取引の場合には,取引先との商談や集荷管理等の事務負担は増加するが,市場出荷という枠組みの中であるために,通常は同じ手数料率とみられる。農協の場合,組合員のための販売事業ということで,コストに見合った手数料率がなかなか設定しづらいという事情もあろう。
また市場外での契約取引の場合,取引先ごとの配送体制をどう効率的に作り上げられるかという点も,コスト管理の上で重要である。A農業法人は,自社トラック,中間業者による配送,運送業者利用等の組み合わせで配送体制を構築していた。
農協の場合でも,イン・ショップ展開を
する場合,店舗への個配になるために,一定量以上の販売額が見込める先との契約にしている,という例があったが,個別契約取引では,配送手段確保とその採算性も重要になる。
(6) 決済サイト,与信管理
A農業法人では,出荷者への支払いは,実需者からの支払サイトの中心期間を前提に,精算にかかる時間を考慮して決められている。農協の場合は,市場出荷に関しては出荷後1週間以内程度の決済であるため,契約取引で実需者からの支払サイトが長い場合も農協が立て替え払いを行って,市場と同様の短期間での決済を行っている例と,取引先の決済サイトに応じて,取引先からの入金後に出荷者に支払う例の両方がみられた。農協の場合は,どうしても卸売市場出荷での事務フローが基準として意識される面がある。
取引先の与信管理については,A農業法人では信頼できる取引先からの紹介によって取引先を拡大してきたために,特に与信リスクを意識することはなかったとのことであるが,手厚く配置している営業担当者が,業界内情報の収集には常時気を配っており,早期対応が重要としていた。
農協の場合は,経済連・県本部に精算と代金回収を委託するケース,保証金等取引先の協力でリスク負担の軽減化を行う例,市場外販売に対する独自の積立金を設置している例等,様々な形で与信リスク軽減化や転嫁が試みられていたが,取引先ごとの
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個別対応的な色彩が強く,積極的な販売促進のための与信管理体制という意味では,未整備の例が多いように見受けられた。
以上のように,農協が契約取引を行う場合には,契約に参加する農家に対する契約意識の徹底化,市場出荷との間でのチャネル管理,事務コストやデリバリーコストをまかなう手数料確保や効率的なデリバリー体制構築,市場決済とサイトが異なる場合の対応,与信管理体制の整備等,といった新たに対処が迫られる問題があるといえる。そのようなことも制約要因になっている
ためか,農協の場合,農業法人ほどには,契約取引(特に市場外)に積極的でない例もみられた。農協で行われている実需者との契約取引は,決済や与信管理,デリバリーコスト等の面で制約が小さい,市場を通じた契約である予約相対取引が多いとみられ,農協の出荷先としては,依然として卸売市場出荷が重要な経路となっている。
,
, い
第2図 卸売市場取引の「原則的」概念図�
中央卸売市場(地方公共団体が開設者)内での取引�
原則委託�
せり売り又は相対
仲卸業者�
(開設者許可による
� 小売業者�
限定された民間業者)�
卸売業者�
(国の許可による
限定された民間業者)� よ
� に
る価格形
売買参加者�
(開設者承認による �
成
・
限定された民間業者)�
分荷
資料 筆者作成�
者
荷
出
消
費
者
�
�
�
では,農協が野菜出荷の中心的経路としている卸売市場はどのような方向に変化しようとしているのかこ の 点 に つ て,次に考えたい。
2 卸売市場の原則,
現状及び展望
(1) 卸売市場制度の概要と取引原則
まず,日本の卸売市場の制度について概観しておこう。ここでは中央卸売市場を対象とする。
日本の卸売市場制度,なかでもウェイトの大きな中央卸売市場は,公設・民営という形態をとっている。中央卸売市場の開設者は地方公共団体に限られ,農林水産大臣の認可を得た地方自治体が市場を開設し,市場の施設を所有するが,その運営は,民
間業者によっている。おおよその概念図は
(注4)
第2図の通りである。
そして運営に当たる民間業者の数を制限し(特に卸売業者は青果の中央卸売市場1市場当たり平均1.4業者と寡占ないし独占),それらの限定された業者の業務を細かく規制
37 - 593
し,検査監督を行うという体制になっている。ただし,仲卸業者や売買参加者の仕入
先が限定されるという意味での,卸売業者
(注5)
の寡占的な地位は,開設区域に限られるもので,実際の物流は開設区域を越えて広がっているため,卸売市場間の集荷競争には激しいものがある。
中央卸売市場における取引のもともとの原則は,
①販売は卸売業者への生産者の委託が原則。卸売業者も自己の計算を以って卸売をしてはならない(買付集荷は原則禁止)。
②売買方法はせり売りの方法により,価格は金額で表示し,相場を公示しなければならない。
③卸売業者は,出荷者からの委託の申込は,正当な理由がなければ拒否してはならない(受託拒否の禁止)。
④卸売業者は市場内の現物の卸売以外はできない(商物一致原則)。
⑤卸売業者は,仲卸業者及び売買参加者のみに対して卸売をし,仲卸業者は卸売業者のみから買い受ける(卸の第三者販売禁止,仲卸の直荷引き禁止)。
⑥卸売業者は,開設者の業務規定によって定めた手数料以外のものを,卸売業務に
関して受け取ってはならない。
(注6)
等となっている。実際には様々な例外規定がなされているがそれについては後述す る。
(注4)地方卸売市場は,都道府県知事の許可により地方公共団体以外でも株式会社,農・漁協等,様々な団体が設立可能で,中央卸売市場に比べれば規制がゆるやかである。
(注5)開設区域とは,中央卸売市場が開設されるときに設定されるもので,都市及びその周辺の地域であって生鮮食料品等の流通の円滑化を図る必要があると認められる区域のこと
(注6)xx(1989)188頁
(2) 卸売市場の存在意義
卸売市場制度が設けられた背景については,卸売市場総合検討ワーキンググループ
(農林水産省の審議会)による「論点整理―卸売市場の競争力強化のための総合的な検討項目―」が参考になる。
そこでは,生鮮食料品等について卸売市場制度が設けられた背景について,「日々の人々の生活に欠かせないものである一方,生産が自然条件に依存する傾向のあること,腐敗しやすい性質であり品質保持が重要であること,商品の規格化・統一化が比較的困難なこと,生産者が総じて小規模であること,かつ,全国各地に広がっていること等の工業製品には見られない特性があることから,我が国では生鮮食料品等の卸売を特に取り扱う卸売市場制度が設けられている」としている。
つまり,日常生活に不可欠なものでありながら,供給が不安定なものを販売(中間販売)するための制度が卸売市場制度ということであり,その制度の枠組みの中では,一定の条件による許可を得た専門的な業者である卸売業者(出荷者の代理人)と仲卸業者,売買参加者(実需者の代理人)に出荷物の価格決定や分配の仕方の権限が委ねられ(委託販売),そこでの業者間の価格形成も,当日でなければわからないという供
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給の不安定性を考えれば,個別に相対交渉を行って価格や販売量を決めるよりは,出荷物を前にした「せり」が迅速(鮮度が重要)ということと考えられる。
出荷者にとっても,供給量が不安定な,腐敗しやすい生鮮食料品を,自ら販売先を確保して価格交渉を行うのには限界があろうし,腐敗しやすい性質は出荷者にとって,交渉を不利にしやすいことも意味しているから,その価格決定や分配を,一定の(xxさが確保されるとみなされる)専門の業者間の交渉に委ね,それを行政が監視監督するという流通機構は,効率性も兼ね備えているといえよう。
卸売市場取引における原則の③~⑥は,出荷者の市場のxxさに対する信頼感を高めるための規制(それによって市場に出荷が集中する)といえる。卸売業者は出荷物はすべて受け入れ,市場に持ち込まれたものの卸売業務に専念し,許可された仲卸業者とのみ取引し,受託については一定の手数料以外は受け取らない,ということであるから,卸売業者はまさに出荷者の代理人として,出荷者の利害を反映する業者としての行動が確保されており,それ故に出荷者も販売業務を委託できるという枠組みになっている。
ただ,卸売市場制度の必要性には前述のような条件があり,逆にいえば,①その財が日常生活に不可欠,②生産が自然条件に依存して不安定,③腐敗しやすい性質,④商品の規格化・統一化が比較的困難,⑤生産者が総じて小規模,という条件に変化が
あれば,卸売市場という特別な流通過程の意義も変化してくるということである。
そして野菜に関しては,この5つの条件の変化がこれまでも起こってきたし,今後とも変化が続くといえる。①については,日常生活における加工食品の消費増加,②については,生産技術の進歩や品種改良,施設園芸の普及等,自然条件の影響を緩和して安定的な収穫をあげるための技術進歩,③については,鮮度保持のための技術進歩がある。また④については,系統組織でも規格化・品質統一化に尽力してきたわけであるし,⑤も農林水産省「農業経営統計調査(農業経営部門別統計)」によれば,露地野菜作については,年によってばらつきがあるものの,施設野菜作については,毎年ほぼ一貫して平均経営面積が拡大傾向にある等,ある程度の規模をもった農家が増えてきているということがある。
実際,前述のA農業法人,D農業法人のような集出荷組織は,そのような大規模専業の野菜農家を組織して,計画作付けや品質統一,需給調整に取り組んで,卸売市場を通さない取引を行ってきた例である。またほかにも,聞き取り調査では,販売額 6,000万円程度のシソ生産農家(個人経営),慣行栽培と有機栽培を併用し,有機栽培分を市場外で契約販売している農家グループ
(8戸,有機栽培分の販売額は8戸計で7,000万円程度)といった,多様な農家,農家グループで,市場外販売中心に,実需者と直接・間接に結びついた販売を展開している例があった。
39 - 595
また前述のアンケート結果によっても,農業法人の場合は,全体の65%,野菜販売額2,000万円未満でも5割以上が,契約取引を実施している。農協の場合は前述のような制約要因もあって,農業法人ほどの取組みではないものの,それでも全体の5割の農協が契約取引を実施しており,野菜販売額20億円以上では7割弱の農協が実施している(ただしこの契約取引には,卸売市場出荷する野菜の一部に対して,特定の実需者との間で価格や数量,出荷時期を事前に決めておく,予約相対取引も含まれる)。
つまり,農業法人にとっても,農協にとっても,ある程度出荷量の確保が可能で,価格や販売量について事前に取り決める野菜販売の方法も,相当程度は可能になって
いるのが実態なのである。
そして市場外の契約取引においては,販売量や価格の決め方,中間業者の有無,決済サイト等の各種の条件は極めて多様であった。売買当事者が相互に折り合いをつけられる条件を探るわけであるから,当然多様になる。それが一般の企業(団体)間取引であり,もちろん商法や民法,独占禁止法等の一般法規には則る必要があるが,それ以外は,個別交渉である。結果として集・出荷,荷姿調整,配送等を顧客ごとにコントロールする手間がかかるわけであるが,それ以上のメリットがあるから,卸売市場を通さずに出荷しているわけである。そして卸売市場における販売方法等に関 する規制も,様々な「例外」措置が採り入
第3表 卸売xxxによる,中央卸売市場における規制と例外(2 04年卸売xxx改正前)�
市場外にある物品 いわゆる商物一致原則�
�
の卸売の禁止�
委託手数料以外の�左の通り�報償の収受の禁止�
差別的取扱の禁止�卸売のための販売の委託の申込があった場及び受託拒否の禁�合には,正当な理由がなければ,その引受けを止� 拒んではならない。�
卸売の相手方の制�いわゆる卸の第三者販売禁止(卸売業者は,
限�
原則として仲卸業者及び売買参加者以外の者に卸売をしてはならない)�
販売の委託の引受�左の通り�禁止�
開設者の承認により,一定の条件の場合直荷引可能�
卸売業者以外の者から買い入れて販売することを原則禁止�
直荷引の禁止�
-�
仲関卸す業る者規に制
-�
支払期日,支払方法等,業務規定で定めるものによる。�
決済の確保�
残品が生ずるおそれがある場合その他農林水産省令で定める特別の事情がある場合であって,開設者が認めた場合は可能�
�
-�
-�
開設者または農林水産大臣が指定する場所等,一定の条件の場所のものは商物分離の販売可能�
農林水産省令,業務規定により,一部買付集荷が可能�
原則委託集荷�
買付集荷の禁止�
�
-�
開設者が,業務規定で,生鮮食料品等の区分ごとに,せり売り,入札,相対の中から取引方法を指定�
売買取引の方法�
卸売業者に関する規制
例外�
原則�
�
�
�
資料 「卸売市場競争力強化総合検討委員会」第3回会合提出資料,卸売市場データ集その他から筆者作成�
(注) 2 04年6月の卸売xxx改正以前の規制と例外事項。�
40 - 596
れられたことによって,「原則」とは相当程度乖離しているが,これも,生鮮食料品等における一般的な企業(団体)間取引の拡大に対応するための規制緩和の一環と解釈できる。卸売xxxによる卸売業者,仲卸業者の取引規制とその例外措置については第3表の通りである。
野菜販売における卸売市場経由率の低下には,輸入野菜や加工品需要の増加,直売所の増加等の要因もあるものの,産地における聞き取り調査によれば,卸売市場制度の必要性の根拠である5つの条件のうち,
②~④といった生産サイドの要因に生じた変化も,無視できないと考えられる。
そして,中央卸売市場の場合,公設・民営という性格もあり,市場経由率の低下の中で,市場の公共目的と民間業者の収益機会確保の要請との間で,対立が強まる構造がある。以下その点について,検討しよう。
(3) 卸売市場をめぐる公共性と民間業者の収益性
生鮮食料品等の一般的な価格低迷に加え,卸売市場経由率の低下によって,卸売業者,仲卸業者等,卸売市場の業務を担っている民間業者の経営も厳しい状態が続いている。農林水産省の審議会「卸売市場競争力強化総合検討委員会」の資料によれば,中央卸売市場の青果卸売業者の平均営業利益率は0.18%,2割の業者が営業損失を計上しており,仲卸業者では,平均営業利益率△0.24%と営業赤字で,4割以上の業者が経常損失を計上している(99年度)。01
年度実績でも,中央卸売市場青果卸売業者の平均営業利益率は0.1%,青果仲卸業者の営業利益率は,0.2%で,依然として厳
しい経営状態が続いていることには変わり
(注7)
はない。
では卸売市場の業者は,そのような事態
(市場経由率低下や経営悪化)に,どう対応しようとしているのだろうか。市場関係業者(卸売業者,仲卸業者,市場開設者等)の代表者が委員として参加した「卸売市場競争力強化総合検討委員会」(農林水産省の審議会) では,多岐にわたる議論を行い,
「中間報告」を出した(02年5月30日)が,最も議論が分かれ,「考え方」の紹介に終わったのは,卸売手数料率に関する規制緩和の部分である。
同委員会の「中間報告」の1次案である素案においては,卸売手数料について,
「利用者ニーズの多様化に早急に対応できるよう,例えば,個々の中央卸売市場における業務規程において最高限度を定め,その範囲内において卸売業者が開設者の承認を受けて卸売手数料を定めうるようにする等の見直しを行うことが必要」という考え方が示されていたが,これに対しては,卸売業者が強力に反対した。
素案に対して,委員会の委員を出していた(社)全国中央卸売市場青果卸売協会では,意見書を提出しているが,その中で,
「仮に自由化されれば,ビジネスのやり方を基本的に変更せざるを得ない」としている。
意見を反映した「中間報告」では,卸売
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手数料の規制緩和を促す考え方と併記する形で,「卸売手数料を弾力化すると,①生産者の手数料引下げ圧力や卸業者間の過当競争により,卸売業者の経営悪化,倒産・廃業が発生,②卸売業者は,採算を確保できる商品の取引に傾向し,採算に合わない商品は実質的に取引が制限されることとなる等により,生産者にとって,販路が限定されるとともに,生鮮食料品等の円滑な流通に支障が生じるおそれがある。」との考え方が示されているが,卸売業者の危機感を表すものであろう。
「中間報告」では同時に「卸売手数料の設定を弾力化する場合には,卸売xxxに基づく各種規制等についても抜本的に見直す必要がある」との考え方が示されており,仮に卸売手数料率の規制緩和が行われるのであれば,卸売xxxの規制の抜本的な緩和とのパッケージによって,「ビジネスのやり方を基本的に変更」するというのが卸売業者のスタンスであるといえる。
卸売業者による理解では,卸売手数料の自由化は,卸売市場の決済の仕組みにも影
響を与えるという。卸売市場に出荷する出荷者にとって大きな魅力になっている代金決済機能について次に検討してみたい。
(注7)農林水産省食品流通局「卸売市場データ集」より。
(4) 卸売市場における代金決済の仕組みとその現状
卸売市場(特に中央卸売市場)に出荷する場合,出荷者は,代金回収のリスクをほとんど意識せずに出荷してきた。これは,代金決済までの期間が短く(青果物では平均3.2日),これまでのところ,基本的には安全・確実な決済が維持されており,かつ市場で業務する業者に対しては,行政が監
督,指導等を行っているというということ
(注8)
もある。
卸売会社による短期間(原則は現金なみ)の決済を支えているのは,「組合代払い方式」等の,卸売市場独自の決済システムである。組合代払い方式の概要は第3図の通りである。
このシステムでは,卸売業者と買受人組
第3図 組合代払い方式の仕組み�
組合代払い方式�
一括請求�
仕切金支払い�
仲卸組合�
(組合員の連帯保証)�
個別請求�
仲卸業者各店�
小売商�
卸売業者
一括払い�
個別支払�
一括請求�
一括請求�
小売商組合�
個別請求�
一括払い� (組合員の連帯保証)� 個別支払�
小売商各店�
一括払い�
実需者
・
者
消費
産地�
出荷者
�
�
�
資料 野菜供給安定基金『平成14年度契約取引実態調査報告書』38頁より�
42 - 598
第4図 中央卸売市場の青果取引における各段階�
ごとの平均決済期間(1 99年度) �
出荷者� | 卸売業者� | 仲卸業者� | 買出人� | |||
3.2日� 8.4日� 19.1日�
資料 農林水産省「卸売市場競争力強化総合検討委員会第3回提出資料」より�
「完納奨励金」は中央卸売市場業務規程例等の制度的な枠組みの中で,卸売業者が買
受人に交付しているもので
(注9)
あり,青果の場合,1000分の
10の範囲内で開設者が定める
合(仲卸組合,小売商組合,以下,単に「組合」ともいう)が取引協約を結び,組合が買受人(仲卸業者,小売商)個社の卸売業者への代金支払を代行(聞き取り調査をした例では売買の4日後)し,その後組合の責任で,買受人それぞれから代金を回収する。卸売業者は,仲卸業者や買参権を持つ小売商の個社ごとの信用リスク管理をする必要が無くなるとともに,早期の代金回収が可能となっている。
実需者(量販店や外食業者,加工業者等)の支払サイトとの間で,サイトの短縮化=信用リスクの負担,を最も負っているのは,卸売市場流通の場合,決済サイトの短縮化期間から明らかな通り,それぞれの仲卸業者である(第4図)。
そしてそれぞれの業者の信用リスクを最終的に担保しているのは,仲卸組合,小売商組合による組合員の連帯保証である。破綻した同業者の未払い債務のうち,保証金や完納奨励金(後述)の積立等で補えない部分は,組合員が連帯して保証することになっている。このようなシステムも,仲卸業者の経営格差がひろがる中で,有力仲卸だけが別の仲卸組合を作る例がある等,動揺,再編の兆しも見え始めているのが現状である。
限度内となっている。完納奨励金は,前述のように,中央卸売市場における早期の決済(組合代払い方式等)を支える一つの仕組みとして定着している。
卸売業者は,仮に卸売手数料率が自由化されたら,「完納奨励金も,卸売業者の代金回収に一定の効果はあるが,手数料が自由化され,ビジネスモデルが変わってまでも支出しなければならないものではなく,当該卸売業者において,代金回収等をどのように行うのが効率的か,効果的かを検討の上,適当な仕組みをもうけるように措置
することとならざるを得ない」としてい
(注10)
る。
これまで卸売業者から仲卸組合,小売商組合に交付されて,代払い原資の一部分を構成していた完納奨励金が見直しになれば,卸売市場の安全確実な決済を支えていた仕組みそのものが変化を迫られる可能性がある。
卸売業者の考えでは,卸売手数料が自由化されれば,代金回収の仕組みも抜本的に見直さざるを得ないというわけであるから,ここでも卸売手数料率の今後のありかたが極めて重要ということになる。
(注8)卸売市場に出荷した農産物の販売代金支払については,卸売xxxの中で規定があり,「中
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央卸売市場における売買取引・・・を行う者の決済は,支払期日,支払方法その他の決済の方法であって業務規程で定めるものによりしなければならない(第44条の2)」とされている。
そして業務規定において,一般的には,卸売業者は,受託物品の卸売をしたときは,委託者に対して,原則としてその卸売をした日の翌日までに支払わなければならないとされているが,委託者との間で特約を結んだときは,その特約の期日までに支払うこととされている。現状では,中央卸売市場における青果物に関しては,卸売業者から出荷者への支払いの平均決済期間は3.2日となっている(99年度データ)。(「卸売市場競争力強化総合検討委員会」第3回会合提出資料を参照した)
(注9)中央卸売市場業務規程例で「卸売業者は,
卸売代金の期限内の完納を奨励するため,市長の承認を受けて,買受人に対して完納奨励金を交付することができる」と規定され,その上限は,生鮮食料品流通改善対策要綱(昭和38年7月閣議決定)に基づいている。
(注10)(社)全国中央市場青果卸売協会「総合検討委員会中間報告(案)に対する意見」農林水産省HPより。
(5) 2004年6月の卸売xxx改正の意義
以上のような経緯を踏まえれば,6月の卸売xxx改正が,極めて大きな意味をもつものであることがわかる。
まず卸売業者の団体が反対していた卸売手数料率の規制緩和が2009年4月以降実施されることになった。それ以降の手数料率は卸売業者か開設者が決め,一律ではなくなることになる。
卸売業者団体トップが主張していた「ビジネスのやり方を基本的に変更」しなければならない時が,5年後にやってくることが明確になったわけであり,各社それまでに手数料率弾力化時代に備えた本格的な事業再編に乗り出すことになろう。
卸売手数料率の規制緩和は,卸売xxxによる規制の抜本的な緩和とのパッケージで行われなければならない,という主張はどのように反映されたのであろうか。
事業規制の緩和としては,①卸の買付集荷の全面的自由化,②卸の第三者販売(卸売業者が仲卸業者を通さずに実需者に直接販売すること)の規制緩和,が重要であると思われる。
前述したように,卸売市場の原則は,委託販売であり,買付による集荷は例外的に認められてきただけであったが,今後は全面的に自由となった。これは,卸売市場のもともとの原則の一角が,例外としてではなく崩れたことを意味する。
これまで卸売業者が出荷者の利害を反映した行動をとってきたのは,卸売業者は出荷者から販売の委託を受けなければ業務にならず,かつ委託販売に専念させる規制構造の中で,収入の8割以上が委託手数料で占められるという収益構造のためであった。
今後は自由に自らの勘定で買付が可能になった。これまでは,販売代行のみの業務に縛られていた卸売業者が,買い手の立場も手に入れ,買い手の代理人も行うことができるようになったのである。卸売業者が出荷者の代理として,仲卸業者や売買参加者が実需者の代理として,価格と分配を決めていくという卸売市場の基本的な構図が大きく変わったといえる。
卸売業者が出荷者の代理のみならず,実需者の代理をも兼ねるということは,卸が仲卸兼業に近づいていることを意味する。
44 - 600
もちろん卸の第三者販売は完全には自由化されておらず,これまでの例外的許可に加え「卸と実需者が新商品や産地を開発し,その取引を契約に基づき続ける場合」等において第三者販売可能な範囲が拡大したにとどまっているが,既に大手青果卸では,
外食などの業務需要開拓のために,専門の
(注11)
部を設立,50社と契約を行ったとされる。
その場合,買付先は必ずしも農協とは限らず,個別の生産者を独自にグループ化するようなことも当然考えられよう。
これまでは,委託集荷が原則で買付集荷は例外だったから,実需者の意向を反映させて出荷者(農協等)の意向を損なうことはできないし,委託に依存した集荷構造は,
「指定取消し」(産地が当該卸に出荷しないということ),「出荷止め」等のリスクを負っていた。しかし,買付が自由にできるのであれば,「指定取消し」等にも他の市場での買付等で対応可能な場合が増えるとみられる。出荷者も,集荷したものはどこかで販売しなければならず,輸入野菜の増加等もあって野菜需給が全般的に緩和基調にある中では,買い手有利であるケースが増えていると考えられる。
もちろんすべての卸売業者が,実需者と結びついた事業拡大を行えるわけではないであろうが,実需者と結びつき,卸売手数料への依存度を下げる業者は,今後次第に増えてくるであろう
以上のように想定される卸売業者の変化が,農協の野菜販売事業に大きな影響を及ぼすことはいうまでもない。卸売市場出荷
を中心としてきた農協の野菜販売事業において,せり取引の減少,相対取引増加の中で実需者(及びその代理としての仲卸等)と取引をまとめてきたのが卸売業者だからである。その意味で,卸売業者は,農協の野菜販売事業の代理人的な機能を果たしてきたわけであるが,今後は,委託販売手数料への依存度が低い卸売業者であればあるほど,農協の野菜販売事業の代理人から,対等なビジネスの相手となってくるといえよう。
また今回の法改正では,卸売業者の経営体質の強化を図るためには,業務の多角化が必要との認識のもと,兼業業務の届出規制を廃止しているが,これも,卸売業者の
収益機会を増やし,委託手数料への依存度
(注12)
低下につながる可能性がある。
市場の決済制度と関連のある完納奨励金も,委託手数料と同様に09年4月以降は当事者同士で決めるか,あるいは開設者が業
(注13)
務規程で定めることになった。
卸売業者の第三者販売,仲卸の直荷引きに関する規制緩和によって,両業態の業務の重なる部分が拡大して競争関係が強まれば,これまで,卸が完納奨励金を交付し,仲卸等が組合を組織し早期確実な決済を確保するという方式で,市場全体として維持してきた決済システムにも,卸-仲卸間の対立が強く反映されてくる可能性がある。
例えば,卸売業者の第三者販売が進めば,卸売業者は,自らの与信判断で信用リスクが大きくないとみなされる先を第三者販売先として選ぶから,結果的に仲卸組合の抱
45 - 601
える信用リスクが従来以上に高まるというようなことも考えられる。そのような場合,組合代払い方式が維持できるのか,維持できないとしたら,それに代わる代金決済の仕組みをどう構築するか,市場ごとに独自の仕組みが構築されることも考えられる。
また,本稿ではこれまで触れてこなかっ
(注14)
たが,産地にとって重要な出荷奨励金につ
いても,委託手数料同様に,09年4月から当事者間ないし開設者が業務規程で定めることになり,出荷者の役割,機能に対する対価といった色彩が強くなってくるとみられる。
(注11)日本農業新聞2004年6月5日付。
(注12)ただし財務基準によって経営の健全性はチェックされる。
(注13)従来は,(注9)のように,中央政府による一定のコントロールがあったが,それが無くなることになる。
(注14)出荷奨励金とは,市場における取扱品目の安定供給確保を図るために,卸売業者が出荷者に対して交付するもの(中央卸売市場業務規程例による)。交付の率は,野菜に関しては,卸売業者の年間総取引額の1000分の17を上限に開設者が定めるとされている。
3 まとめ
農協は従来卸売市場出荷を中心に野菜の販売を行ってきたという経緯もあり,市場外で実需者と野菜の契約取引に取り組む場合,既にみたように,対処しなければならない様々な課題があるとみられる。
しかし,野菜流通全体でみれば,事例で取り上げた農業法人のように,一般の企業
(団体)間取引である契約取引に耐えうる
ような品質,供給量の管理ができる基盤が高まってきていること等もあり,卸売市場経由率は低下傾向にある。その結果,運営に当たる民間業者の収支悪化が顕在化し,今回の卸売xxx改正では,公共目的優先から,市場を運営する民間事業者の経営の自由度拡大,収益機会の拡大へと大きくカジがきられた。特に卸売業者の買付集荷の自由化は,卸売市場の枠組みを変えるものになると考えられる。
もちろん公共性の観点から,受託拒否禁止が残っているから,農協が卸売市場に依存した販売を続けることは可能であるが,その場合には,産地としての魅力が高くなければ,ますます条件が悪くなることになろう。卸売業者が委託手数料以外の収益確保を実現すれば,受託販売事業は受託先によって選択可能な事業となり,「拒否できないから受託する」先については,その販売にかかるコストをいかに削減するか,が民間企業としては課題になるからである。
これまでは卸売市場の制度自体に,卸売業者が出荷者の利益を最大限優先する仕組みがビルトインされていたが,その仕組みは既に大きく変わったとみられる。その変化を考えれば,農協にとって,実需者との直接・間接のつながりを増やして,より強化していくことは,今後ますます重要になってくると考えられる。
卸売市場取引の今後の変化も見据えた上で,実需者との契約取引や直売所等も含めた農協の販売事業のあり方を,全体として見直すべき時期にさしかかっていると思われる。
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〈参考文献〉
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・xxxx(1989)『野菜の経済学』
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・xxxx監修・xxxx・xxx編集(2001)『フードシステム学全集第6巻 フードシステムの構造変化と農漁業』
・xxxx,xxxx編(1997)『流通再編と卸売市場』
・xxxx(1993)『変貌する青果物卸売xx xx卸売市場体系論』
(xx研究員 xxxxx・おxxxxxxる)