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第 3 編「債権」
第 2 部「各種の契約」
民法(債権法)改正委員会
第 19 回 全体会議
2009.2.14
第5章 使用貸借
【前 注】
1.諾成的使用貸借の原則の導入と例外等の整備
本提案では,使用貸借について要物契約であるという従前の制度を変更し,諾成的合意によって使用貸借が成立するという原則を導入するとともに,使用貸借の性格や具体的状況に応じて,その拘束力を緩和するというしくみを採用することを提案している。
そのようなしくみを導入する理由ならびに具体的な規律については,後述の改正提案【Ⅳ
-2-1】,【Ⅳ-2-2】において説明する。
2.規定の整序等
今回の提案においては,現行法と異なり,有償契約である賃貸借が先に規定される。そのため,こうした全体構造を受けて,現在では,使用貸借の規定を賃貸借に準用するとなっている部分(現行法では,民法 616 条が,使用貸借に関する民法 594 条 1 項,同 597 条 1 項,
同 598 条 1 項を準用している)について,整理しなおす必要がある。あわせて,賃貸借の規定で,使用貸借に準用すべきものがほかにないかを検討する。
3.贈与との関係について-無償契約としての使用貸借への贈与規定の準用
使用貸借が無償契約であることから,無償契約である贈与との関係が問題となる。そこでは,それぞれの契約に応じた規律が必要とされると同時に,無償性という共通の性質に即して一定の整合性が確保されることも求められる。
この点については,贈与において,以下の規定を用意することが提案されている。
Ⅱ-11-18 無償契約への準用
贈与に関する規定は,その性質に反しない限り,無償契約に準用する。
これによれば,使用貸借についても,「性質に反しない限り」で,贈与の規定が準用され
ることになる。
このように贈与を無償契約のいわば総則規定と位置づけることについては,有償契約において売買が占めるのと同様な位置づけを,無償契約において贈与が占めるのか,また,無償契約において総則を設定することの意味等をめぐって,なお議論の余地は残されている。
その点をふまえつつ,以下では,上記の【Ⅱ-11-18】によって,使用貸借にも贈与の規定が適用されるという構成が採用される可能性があるということを前提に,使用貸借として望ましい規定の検討を進める。
I. 使用貸借の意義と成立
1. 使用貸借の意義と成立
Ⅳ-2-1 使用貸借の意義と成立
使用貸借とは,当事者の一方(貸主)が,相手方(借主)に,ある物(目的物)を引き渡す義務を負い,借主が,引き渡された目的物を無償で使用収益し,使用貸借の終了により,その目的物を返還する義務を負う契約である。
関連条文 現民法 593 条(使用貸借)
【提案要旨】
使用貸借における当事者間の関係を示す冒頭規定である。現行法とは,以下の点で異なる。第 1 に,使用貸借が諾成的合意によって成立することを基本として採用し,目的物の引渡
しが契約の成立要件ではないことを示した。
第 2 に,上記のように諾成的合意によって使用貸借が成立することを受けて,貸主は,使用貸借に基づいて,目的物を借主に引き渡す義務を負担することを示した。目的物引渡し後の法律関係については,現行法と同様である。
なお,目的物の使用収益については,「借主が,目的物を無償で使用収益し」と規定することで,借主が使用収益についての権原を有することを明らかにするとともに,貸主が,借主に対して使用収益させるべき義務を負担するわけではないことを明らかにした。
このような法律状態を冒頭規定において明らかにする方法としては,ほかに,貸主の義務として,「借主が無償で使用収益することを忍容する義務」を規定するという方法も考えられる。
【解 説】
1.使用貸借の概念に関する問題
(1)使用貸借の概念
使用貸借の概念等をめぐっては,まず以下の2つの点を確認しておく。
第 1 に,本提案では,「使用貸借」という用語を維持することを提案している。このような用語については,使用貸借という言葉自体は,無償性を示しておらず,また,使用貸借の内容が目的物の使用及び収益であることからすると,その適切性を問題とする余地はある1。しかしながら,すでにxxにわたって使用されてきて,少なくとも法律用語としては定着したものと考えられることに照らすと,あえて新規な言葉を用いるまでもなく,この用語をそのまま維持することが適切であると考えられる。
第 2 に,より実質的な問題は,使用貸借がいったいどのような契約なのかという問題である(利用または,使用・収益の目的をめぐる問題については別途検討する)。それは,使用貸借という契約としてどのようなものを想定するかという問題にも関わる。
使用貸借としては,親族または友人間などの情宜的関係からなされる目的物の貸し借りがひとつの典型として考えられるかもしれないが,「無償の目的物利用契約」という定義からすれば,そうした情宜的な関係に限定されるわけではない。他のさまざまな法律関係や経済的関係を背景として,当事者間においては一定の合理性を持ったものとして,無償の目的物利用契約が締結されることもあるだろう2,3。それとは逆に,一定の利用をめぐる法律関係を承認しつつも,そこでの法的な拘束関係がきわめて希薄な形でしか認められないような利用
1 xxxx『契約法』(有斐閣・1974 年)392 頁。
2 単独で切り出せば無償として性格づけられるものについて,その周辺的な関連性との関係で理解すべきことについては,xxxx「有償契約と無償契約」『xxxx著作集2-契約法の理論と解釈』
(創文社・1992 年。1956 年初出)4 頁以下のほか,xxxx「無償行為論の再検討へ-現代におけるその位置づけを中心に」xxx=xxxx編『法の生成と民法の体系』(xxxx先生傘寿記念論集・創文社・2006 年)33 頁等参照。xx論文は,無償契約の位置づけの中で,むしろ法の外の世界としての「非法」に近い領域が存在することを指摘し,そうした問題を取り上げる。
3 典型例として考えられるのは,社宅であるが,最高裁判決では,社宅について,借家法の適用を否定したもの(最判昭和 29 年 11 月 16 日民集 8 巻 11 号 2047 頁等。同判決は,「社宅を使用することができるのは従業員たる身分を保有する期間に限られる趣旨の特殊の契約関係であって賃貸借関係ではない」とするだけで,使用貸借と認定しているわけではない。なお,最近のものでは,東京地判平成 9 年 6 月 23 日労働判例 719 号 25 頁〔東日本旅客鉄道杉並寮事件〕は,会社が「管理運営する寮の利用関係は,従業員に対する福利厚生施策の一環として,社宅等利用規程によって規律される特殊な契約関係であって,借地借家法の適用はない」とし,使用貸借または使用貸借類似の無名契約でもないとする),肯定したもの(最判昭和 28 年 4 月 23 日民集 7 巻 4 号 408 頁等)があり,下級審判決では,使用貸借と認定したものもあるが,現在の一般的な理解は,使用貸借とも異なる社宅契約と理解する見解が多いようである。他方,社宅以外では,xxx判昭和 41 年 12 月 23 日労働関係民事裁判例集 17 巻 6 号 1457 頁が,会社から無償で組合に貸与されている事務所の使用関係は使用貸借契約であるとの判断を示している。
関係も考えられる4。
こうした「無償の目的物利用関係」の多様性に照らして,現在の使用貸借をさらに細分化して類型化を行い,規定を用意することは困難であるとしても5,目的物の無償の利用契約である使用貸借が,こうしたさまざまなものを対象とするものであるということを,まず,最初に確認をしておくべきであろう。
その点では,使用貸借というのは,ごく例外的で限定的な場面のみを対象とするわけではなく,一定の広がりを持った契約類型だということになるし,また,そのことに応じて規定を用意する必要もあるということになる。
(2)使用貸借の内容と対象-目的物の使用及び収益
本提案では,使用貸借の内容を「目的物の使用及び収益」とすることで,①対象を有体物
4 この点で,容仮占有(precarium, précaire)と使用貸借の関係が問題となる。両者の関係について,xxxx『無償利用契約の研究』(法律文化社・1989 年)6 頁以下は,「近代民法典における使用貸借法には,実は 2 種の無償利用契約が規定されている。特定の使用目的または一定の期間の定めがある貸借と,いずれの約定もない貸借がそれである。……少なくとも『使用目的』を定めて,あるいは使用期間を限って貸与したかぎりは,その目的の達成または期間の経過までは貸主を拘束する,というのが前者であり,これが本来の使用貸借であった。ローマ法では commodatum という。これに対して,かかる『存続』についての拘束力を認めないで,いつでも自由に貸与目的物の取戻しができる貸借も必要であり,近代法はこれを『使用目的・使用期間の定めのない使用貸借』と称していう。ローマ法では precarium と称された」とし,後者が,本来の使用貸借よりも借主側にとって保護の薄弱な無償利用であることを指摘する。また,後者においては,「親族間の無償利用では,そもそも『目的物の返還義務』すら予定されていない貸借」(「所有型プレカリウム」)もあるが,そうしたものは切り捨てられ,本来の使用貸借と整合的な「利用型プレカリウム」のみが近代法に採用されたと説明する。現民法における両者の関係については,たとえばxx・前掲書 392頁以下は,「使用貸借によっても借主に物を使用収益する『権利』が生ずる。その点から,貸主が何時でも撤回し返還請求しうる無償の貸借を特に容仮占有(precarium)と呼んで使用貸借と区別することがあるが,現在では貸主が何時でも告知し返還請求しうる無償の貸借も貸主の告知までは借主に物を使用収益する権利があり,従って使用貸借の一つの場合にすぎないとされている」と説明する。なお,こうした容仮占有については,さらに,当事者間の契約(合意)に基礎づけられる場合と,契約によらない場合が考えられる。占有権原を有さない善意の占有者について,そうした状況が考えられるだろう。
5 前述の容仮占有との関係でいえば,所有型プレカリウム,利用型プレカリウム,本来の使用貸借に至る流れは,明確な質的区別に立つわけではなく,一定の量的な相違(濃淡によって示されるもの)を整理したものであるように思われる。その点では,こうした区別を直接基礎とするような規定をあらためて置くことは困難である。
に限定するとともに,②その使用及び収益を目的として貸借がなされるという現行法の枠組みを維持することを提案している6。
このように使用貸借の対象を有体物に限定する必要があるかについては,(1)無償の利用
の対象として有体物以外に何が考えられるかとともに,(2)典型契約としての使用貸借において何を規定することが必要または適切であり,それらの想定される規定との関係で,有体物以外の利用についてそれらの規定を適用することの必要性があるか,(3)かりに使用貸借の対象を有体物以外にも広げるとした場合,賃貸借との整合性はどのように維持されるのか,といったいくつかの視点からの検討が必要であると考えられる。
まず,(1)の点については,無償による利用が考えられるものとしては,知的財産権の対象となるようなもののほか,知的財産権としての保護は確立していないが,ライセンス契約が考えられるもの(パブリシティ等),名義,情報(著作権の対象となるデータベースなどのほか,著作権の対象とならないものも考えられる)等が考えられる。これらについて,一定の利用契約を考えることは可能であり,その利用契約が無償の場合に,それを使用貸借という典型契約の枠組みの中で扱うということは,理論的には考えられる。
次に,(2)の点であるが,現行法を前提とすれば,(i)利用に際しての借主の義務(現民法 594
条7。改正提案【Ⅳ-2-8】参照),(ii)担保責任(現民法 596 条8。改正提案【Ⅳ-2-6】
参照),(iii)借主の死亡による契約の終了(現民法 599 条。改正提案【Ⅳ-2-10】参照)
などの適用が考えられ,他方,有体物としての目的物を前提とする規定(現民法 595 条,改正提案【Ⅳ-2-5】参照。597 条,改正提案【Ⅳ-2-9】)は,性質上,適用されないものと考えられる。もっとも,これらの規定の適用が理論的に考えられるということは,当然に,その適用の妥当性ないし必要性を意味するものではない。上記(i)の借主の義務について言えば,情報の適切な利用や無断で第三者に供与することの禁止は,必ずしも使用貸借としてのこれらの規定を使わなくても説明は可能であると考えられる。また,そうした前提となる義務を考えることができるとすれば,現民法 594 条 3 項のような規定を使わなくても,契約の解除は可能であると考えられる9。また,(ii)の担保責任が問題となる場面としては,利
6 なお,xxxx『民法講義Ⅳ』(良書普及会・1986 年)175 頁は,何らかの特殊な関係のある当事者間(親族間,使用者と被用者など)の関係については,無償の貸借であることから,使用貸借の規定をそのまま適用すべきではなく,その特殊な関係に応じた特殊の契約と解して,個々の問題ごとに判断すべきであるという方向を提示する。
7 情報等の適切な利用(1 項),権利者の承諾を得ずに第三者に利用させることの禁止(2 項),義務違反があった場合の解除(3 項)が考えられる。
8 情報等に瑕疵があったために生じた損害の賠償責任の有無などが考えられる。
9 もっとも,解除した場合に,どのような法律関係となるのかは必ずしも明確ではない。有体物を前提とする使用貸借における解除は,その目的物の返還を契約ならびに物権によって基礎づけることになるのに対して,利用を許諾するにすぎない無体物の場合には,その後の法律関係は物に即して
用が許諾された情報等について瑕疵があったために損害が発生するといった状況が考えられるが,ここで問題となる損害は一般的に拡大損害であると考えられ,これらについて 596 条の適用によって処理することが適切なのかは問題がある。むしろ,415 条,709 条によって処理をすることが適切であると考えられる。また,(iii)についても,そうした処理の必要性は自明ではない。
以上の点から,すでに使用貸借の対象を有体物以外に拡張することの必要性ないし妥当性は十分ではないものと考えられるが,さらに,上記(3)の点を付言しておくべきであろう。すなわち,使用貸借の中に,無償のライセンス契約型のものを含むとすると,有償のライセンス契約がどこで規定されるのかという問題が生ずることになる。これを賃貸借の中に取り込むということは,概念上も困難であり,賃貸借の概念を極度に混迷させることになると思われる。その点では,ライセンス契約についてかりに規定する必要があるとすれば,それは,物の貸借型とは別個独立のカテゴリーを用意すべきであり,その場合には,有償・無償の両方を,その中で規定すれば足りると考えられる。ただし,このようなライセンス契約というカテゴリーの設定が適切に可能であるのか,その準則として何を用意すべきなのかについては,なお議論のあるところであり,いずれにしても,別途検討されるべき問題であると考えられる10。
2.使用貸借の成立-諾成的使用貸借の原則の導入
(1)これまでの議論状況-現行法の理解
現行法は,有償・無償の区別と契約の成立時点について一定の関連性を認める構成を採用しており,諾成的合意によって成立する賃貸借に対して,使用貸借を要物契約としていることも,その文脈の中で理解することができる。使用貸借が要物契約とされることの結果,目
考えることはできない。解除後は,利用ができなくなるということは契約の観点からは考えられるが,前提となるものが知的財産xxの対象とされていない場合,その利用をさせないということが何によって基礎づけられるのかは,必ずしも明確ではない。いずれにしても,これらの問題は,有
体物以外にも,594 条 3 項を適用するといったことによって解消されるわけではない。
10 なお,ライセンス契約との関係では,ライセンス契約が一定の権利を利用させるという側面では,
賃貸借や使用貸借のような貸借型との共通性を有しているとはいえるものの,そこでの利用の意味が,貸借型契約における(目的物の)使用・収益とは,その基本的な性格が大きく異なるものであるということも確認しておくべきであろう。ライセンスにおける利用は,すでに言及した通り,本来,利用そのものは排他的に限定されるのではない抽象的な権利等について,その「利用を阻止しない」という形で,「利用させる」ということが実現されるのに対して,貸借型契約における利用とは,排他的に目的物を使用・収益することにほかならない。この点からも,漠然とした「利用」を前提として,子賃貸借や使用貸借とライセンス契約をひとまとめにすることは適切ではないと考えられる。
的物の引渡し前には,履行強制をすることは認められず,使用貸借はあくまで恩恵的な性格のものであるということが示されているといえる11。
もっとも,現行法も,無償契約を常に要物契約としているわけではなく,贈与においては,
諾成契約としつつ,履行前の拘束力を弱めるという方式を採用している12。また,使用貸借が要物契約とされていることも,もっぱら沿革的な理由によるものであり,実質的な理由はないとの指摘もある13,14。
(2)諾成的使用貸借の原則の導入
本提案においては,xx的合意によって使用貸借が成立するという原則をあらたに導入しているが,これは,以下の理由による。
第1に,使用貸借が恩恵的な性格を有し,履行強制になじまない場面が存在することは否定できないとしても,すでに言及したとおり,すべての無償の物の利用契約について,そのような性格が当てはまるわけではない。また,無償の使用貸借においても,それが借主にとって重要な意味を有し,その合意を前提として対応するという状況は考えられ,また,そうした利益を法的に保護する必要がある(または,そうした利益を法的に保護する必要があると考えられる場面が存在する)ということも否定できないと思われる(赴任先で,1年間については無償で住宅を提供するという約束があり,実際に赴任したところ,利用できないとされたような場合)。このためには,諾成的合意のみでは使用貸借が成立しないということを原則とするのではなく,むしろ,諾成的合意によって使用貸借が成立することを原則としつつ,必要に応じて,その諾成的合意の拘束力を緩和することが全体の法制度設計としては
11 xx・前掲書 175 頁以下は,「消費貸借の要物性は単に歴史的な沿革に基づくにすぎないものだが,使用貸借の要物性は,その無償契約であることに基づくと解される」と説明する。
12 この点については,第 2 準備会で,贈与の成立についてどのような方式が採用されるかを確認したうえで,贈与と使用貸借に関する規定に実質的な齟齬が生じないようにする必要がある。
13 この点は,xx・前掲書の説明と対照的であるが,このような説明をなすものとして,xxx『民法講義Ⅴ2』(岩波書店・1957 年)377 頁。もっとも,同書は,「現代の契約理論からいえば」として,これを説明するが,現時点でも,このような認識が当時と同様に共有されているかは検討の余地がある。
14 なお,xx・研究は,旧民法に遡った立法時の議論を検証し,旧民法,現民法のいずれの立法時においても,使用貸借を要物契約とすることについての積極的な理由づけはなされておらず,むしろ,使用貸借についての諾成的合意も無名契約として完全な拘束力を有する(ボワソナアド),理論的には諾成契約とする方が一貫している(現民法,梅)といった説明がなされていることを指摘する。そのうえで,使用貸借の要物契約性を無償契約から説明するのは,xx,xxらによるものとして,立法段階では積極的意義を有していなかった要物契約性にあらたに意義が与えられたことを強調する。
適切であると考えられる。
第2に,今回の改正提案では,無利息消費貸借についても諾成的合意による消費貸借契約の成立を認め,その諾成的合意の拘束力を緩和する例外を導入することを提案しており,また,すでに諾成的合意のみによって成立する原則が採用されている贈与(今回の改正提案でも,この方向が維持される。改正提案【Ⅱ-11-3】)との関係でも,諾成的合意による成立の原則の導入が,全体の制度設計の一貫性という点でもすぐれているものと考えられる。
(3)諾成的合意の拘束力の緩和
なお,使用貸借を諾成的合意のみによって成立するという原則を導入する場合,そのような合意に確定的な拘束力を持たせることの妥当性が問題となる。これについては,【Ⅳ-2
-2】において,引渡しまでの引渡前解除権を当事者に認めることで,実質的な妥当性を確保することを図っている。
3.貸主の義務
(1)目的物の使用収益に関する当事者の関係
なお,xx的使用貸借を認める場合,貸主の義務として,目的物を相手方(借主)に引き渡すということが含まれることは当然である。
ただ,それに続けて,「目的物を使用収益させる義務」を借主に対して負担するのかという点は,自明ではない。現行法は,要物契約とし,かつ,そこでの債務が借主の側にのみ生ずることを規定しており,このような義務を貸主が負担するということまでを示しているわけではない。
すでに詳細に述べてきたように,使用貸借の多くにおいては,「貸主が借主に使用収益させる」という関係は,貸主が借主に使用収益させるという義務を負担するというものではなく,むしろ,その実態としては,借主が使用収益をすることを貸主は容認するという関係として理解されるべきものであるとも考えられる。
このような点を考慮して,提案のような表現を採用した。すなわち,「借主が,目的物を無償で使用収益し」という表現を通じて,使用貸借において,借主が,目的物を使用収益することができるということを示すと同時に,それに対応した貸主の義務(賃貸者における「使用収益させる義務」)が使用貸借においても認められるわけではないということを示したものである。
なお,このような法律状態を冒頭規定において明らかにする方法としては,ほかに,貸主の義務として,「借主が無償で使用収益することを忍容する義務」を規定するという方法も考えられる。この場合には,使用貸借における貸主のいわば最小限の義務として,借主の使用収益を忍容するという義務が含まれることが示されることになる。
なお,使用貸借をこのように概念規定することは,当然のことであるが,当事者間の特約によって,貸主が「使用収益させる義務」を賃貸借と同様に負担するという契約をなすこと
を排除するものではない。そうした契約は,本提案との関係では,非典型契約として位置づけたうえで,必要に応じて,使用貸借の規定を類推適用することになるか,あるいは,使用貸借についての一定の特約がついたものとして理解したうえで,以下の使用貸借の規定のうち,その特約との関係をふまえたうえで,一定の規定の適用が排除されることになるものと考えられる。
(2)貸主の引渡義務と借主の返還義務の関係
なお,使用貸借が諾成的合意によって成立するとしても,そこでの貸主の引渡債務(「相手方(借主)に,ある物(目的物)を引き渡す義務」)と借主の返す債務(「引き渡された
……目的物を返還する義務」)が,双務契約における双方の債務となるわけではなく,同時履行の抗弁権や(現行法上の)危険負担の対象となるものではないことはいうまでもないし,目的物の引渡しがなされなくても,消費貸借の成立によって,借主の返す債務が成立するということになると考えることが適切ではないことも当然であろう。
その点は,借主の債務が,上記の通り,「引渡された目的物を使用収益し,……その目的物を返還する義務」として,借主の返す債務については,すでに引渡しを受けているということが前提となっていることを明らかにすることによって,両者が,双務契約としての双方の債務として位置づけられるものではなく,また,引渡しがなされない以上,返す債務はそもそも生じないということも示される。
2. 使用貸借の拘束力の緩和
Ⅳ-2-2 使用貸借の引渡前解除権
貸主が使用貸借の目的物を借主に引き渡すまでは,各当事者は使用貸借を解除することができる。ただし,引渡しまでの使用貸借の解除権を排除することを書面によって合意したときは,この限りではない。
* 別案として,書面によらない贈与の解除権を規定する【Ⅱ-11-3】を準用するという考え方もある。
関連条文 現民法 550 条(書面によらない贈与の撤回)
【提案要旨】
使用貸借が諾成的合意によって成立することを原則とする一方で,無償契約である使用貸借については,諾成的合意のみによって確定的な拘束力を与えることが必ずしも適当ではないと考えられる場合が存在することに照らして,その拘束力を緩和するための規定を用意す
るものである。
具体的な内容としては,目的物の引渡しまでは,各当事者が使用貸借を解除することができることを規定するとともに(目的物の引渡しがなされてからの解除と区別する意味で,さしあたり,このような解除権を「引渡前解除権」と呼ぶ),引渡前解除権を排除することを書面によって合意した場合には,このような引渡前解除権が否定され,使用貸借の合意が確定的な拘束力を有することを提案するものである。
引渡前解除権の排除の合意を書面によってなした場合に限って,使用貸借の諾成的合意に確定的拘束力が生ずるというしくみは,贈与における拘束力の緩和と一定の共通性を有するものであるが,他方で,書面による贈与についての契約の拘束力を認めるというのに対して,より拘束力が生ずる場合が限定的なものとして用意されることになる。
この点は,①現行法においても,書面によって拘束力が生ずるものとしている贈与と,そもそも要物契約とされている使用貸借の相違があり,そうした違いを尊重すべきではないかという点のほか,②権利を相手方に移転してしまうという贈与と,単なる相手方の使用収益を容認するにすぎない場合も含む使用貸借では,実質的にも相違があり,使用貸借においては贈与以上に多様性が認められるということをふまえたものである。
ただし,贈与における書面も単なる覚書といったものではなく,「契約が書面による」とすることにより,強い法的拘束力が生ずるという当事者の確固たる意思を確保するものであるということに照らせば,両者を区別する十分な合理性はないという見解もあり,贈与の規定を準用する(ただし,何も規定しない場合には,【Ⅱ-11-22】によって,贈与の規定が使用貸借にも準用されるので,法技術的に準用を明示する必要があるかという点は,なお残されている)という立場を,*として示したものである。
【解 説】
(1)諾成的合意の拘束力の緩和
本提案においては,xx的合意によって使用貸借が成立するという原則を導入する一方で,書面によらない使用貸借については,目的物の引渡しまでは,両当事者による解除を認めることで,その拘束力を緩和している。この結果,具体的に確定的な拘束力が認められるのは,実質的にみれば,①要物契約としての使用貸借,②要式契約としての使用貸借(書面による合意によって引渡前解除権が排除された使用貸借)だということになる。
(ア) 要物契約としての使用貸借-目的物引渡し後の使用貸借
まず,目的物の引渡し後の使用貸借については,従前,要物契約としての使用貸借として規定されていたものと,内容的に一致することになる。
なお,現行法上は,「受け取る」(民法 593 条)の概念が占有改定,指図による占有移転を含むかという問題がある。この点は,諾成的使用貸借の原則を導入する場合には,契約の成立問題としては,その具体的意義を失う。しかしながら,どの時点から解除ができなくな
り,確定的な拘束力が生ずるのかという点では,実質的に同じ問題が残ることになる。この点については,第三者に対する対抗要件として問題とされるわけではなく,客観的な状態の変化が外部から認識できるといった側面は求められないことに加え,無償契約の拘束力の緩和という例外措置が終了する時点という視点からは,占有改定,指図による占有移転であっても,契約の拘束力を生じさせるのに十分であると考えられるが,これについては解釈論に委ねることとして,具体的な規定は置かないものとする。
(イ)要式契約としての使用貸借
-書面による合意によって引渡前解除権が排除された使用貸借
諾成的合意による消費貸借の成立に対するもうひとつの補充的なルール(目的物引渡し前の諾成的合意の拘束力の緩和の例外)が,引渡前解除権を書面による合意によって排除する場合である。このような合意がなされた場合には,当該使用貸借は,解除権が留保されていないという意味で,確定的な拘束力が生ずることになる。
このような例外は,以下の観点から規定されている。
① 前提とされるべき使用貸借の多様性
すでに言及したところとも重なるが,使用貸借にはかなり性格の異なるものが含まれると考えられる。すなわち,使用貸借の中には,親族関係などを前提として,いわば法的な確定的な拘束力を与えることになじまないような場面もあれば,当該利用契約それ自体としてみれば無償であっても,その拘束力を認めるべきであるような場合(経済的には,当該目的物の利用とは別のレベルでの合理性が存在するような場合),借主にとっての当該目的物の利用がきわめて重要な意味を有しており,無償利用ができなくなった場合の借主の不利益が著しく大きいというような場面といったものも考えられる。
前者に照らせば,xx的合意に常に確定的な拘束力を付与することが適切ではない一方,後者に照らせば,目的物の引渡しまでは常に自由に解除することができるとして,その拘束力を一律に緩和することも適切ではないものと考えられる。そのために,両者をそれぞれ適切に規律する必要が生ずる。
もっとも,契約の実質的内容(目的物や期間等)に即して,契約の拘束力を切り分けて規定することは困難であろう。どのような価値の高い不動産であっても,情宜的な関係でなされる場合もあれば(契約の拘束力をあまり強めるべきではない),逆に,無償の動産利用であっても,強い拘束力を認めることが望ましい場合もあるだろう(新婚旅行に利用するために友人の車を,翌月の1週間使うという場合)。
むしろ重要なのは,このような使用貸借の形態に応じて,当事者が,その適切な形式を選択することができるというしくみを用意することであると考えられる。
そのために,解除権が留保された使用貸借か,解除できない確定的拘束力を有する使用貸借かを当事者の判断に委ねるものとして,その基準として,本来民法で予定されている解除
権の留保を書面による合意によって排除したかで区別するということを提案するものである。
② 書面の位置づけと求められる内容
-書面による使用貸借と書面による引渡前解除権の排除の合意
なお,当事者の選択によって,より拘束力の強い使用貸借を実現するという方法としては,書面による使用貸借に,そのような拘束力を認めるという考え方もあり得る。このような書面による使用貸借は,書面による贈与に一般の贈与よりも強い拘束力を認めるということと整合的である。
なお,第 2 準備会においては,現民法 550 条に相当するものとして,以下の提案がなされている。
Ⅱ-11-3 書面によらない贈与の解除
(1)贈与契約が書面でなされなかったときは,各当事者は贈与を解除することができる。ただし,履行の終わった部分については,この限りではない。
(2)負担付贈与契約が書面でなされなかった場合において,受贈者がすでに負担を履行したときは,各当事者は,履行の終わっていない部分についても,贈与を解除することができない。
使用貸借においても,贈与と同様に,書面による使用貸借に確定的な拘束力(解除権の排除)を認めるという方向も検討したが,【Ⅱ-2-1】(2)において示したように,引渡前解除権を書面による合意によって排除した場合に,このような引渡し前の解除ができなくなるという規定のしかたとした。それは,以下のような理由による。
第 1 に,現行法においては,贈与を諾成契約としつつ,書面によらない贈与については解除権を認めるという形で,まさしく,【Ⅱ-11-3】のようなしくみがすでに採用されている。その点では,こうした形での諾成的合意の拘束力の扱いは,すでにわが国の法制において長い経験を有している。それに対して,使用貸借は,要物契約とされ,その拘束力が生ずる場合はより限定されている。このような現行法上の両者の相違についても,配慮する必要があるものと考えられる。
第 2 に,第1の点ですでに述べたところとも重なり,また,すでに繰り返し述べてきた使用貸借の特徴として,その多様性という問題がある。そこでは,法と非法との境界は,贈与の場合以上に不明確であり,使用貸借という中に,よりさまざまなものが入ってくることは避けられない。そうした状況をふまえた場合,使用貸借を諾成契約とするとしても,その拘束力が確定的に生ずる場合をより慎重に限定すべきであると考えられる。その点で,まさしく拘束力を確定的に生ぜしめる当事者の意思を,端的に,引渡前解除権の書面による排除の場合に限定しようとするのが,本提案の趣旨である。
しかし,他方で,贈与における書面についても,単なる覚書といったものではなく,そこでは,あくまで,「契約が書面による」ことが求められているのであり,「贈与が書面によるかどうかの違いに意味をもたせる理由は,書面の作成が,贈与者の意思を書面で確認するだけではなく,一定の形によって契約を締結することにより,非法の世界ではなく法の世界での契約として贈与を行うことを贈与者に自覚させ,それにより,強い法的拘束力を生じさせるに値する確固たる意思を担保する役割を果たすところにある」との説明がなされている。このような「法的拘束力を生じさせるに値する確固たる意思」と「引渡前解除権を排除する意思(契約に確定的な拘束力が生ずるとの意思)」には,実質的な相違はなく,両者を区別する十分な合理性はないという見解もあり,贈与の規定を準用するという立場を,*案として示したものである。
なお,*案は,書面による贈与の規律が,使用貸借においても用いられるという実質的判断を示したものである。これについては,(a)贈与の規定は,【Ⅱ-11-22】によって,無償契約である使用貸借にも準用されるので,そもそも明示の規定を置く必要はないということも考えられるし,(b)確認規定として準用を明示的に規定する,(c)書面による贈与の規定に対応する内容を使用貸借の規定としてあらためて書き下すということが考えられるが,これらについては特に定めるものではない。
3.使用貸借における引渡義務の不履行
(1)諾成的合意の拘束力の緩和の手段としての債務不履行の効果の緩和
諾成的使用貸借の導入とその例外という問題を検討する中で,目的物の引渡しの不履行の場合の法律効果というレベルで,この問題を調整できないかが問題となった。たとえば,諾成的合意による契約の成立を認めるとしても,そうした諾成的合意によって成立した債務である目的物の引渡しの不履行があった場合,履行強制までを認めるのではなく,損害賠償にとどめるということで,その契約としての拘束力(厳格性)を緩和することができないかという問題があることが指摘され,検討を行った。
しかしながら,最終的に,こうした不履行に対する効果という点では,特に特則を用意していない。これは,当事者間の使用貸借の約束が恩恵的なものであり,契約としての強い拘束力になじまないものであるとすれば,引渡しまでの解除を認めることで適切に対応することが可能であると考えられ,また,そうした留保された解除権を行使しない場合に,損害賠償に限って,救済を認めるということを説明することが困難であると考えられること,また,書面による使用貸借の場合,それによって確定的な拘束力を認めるという当事者間の合意を基礎とすることができるのであれば,履行請求権を認めることも差し支えないと考えられるというのが,その理由である。もちろん,書面による贈与であっても,恩恵的な性格が強く,履行強制によって,その契約内容を実現することが実質的に妥当ではないと考えられる場面が存在するということ自体は否定できないだろう。しかしながら,そうした場面については,権利濫用等の補充的な準則に委ねることが適切であり,使用貸借の一般的なルールとして,
法律効果を区別するということは困難であるばかりでなく,実質的な妥当性の確保という点でも問題の残るものと考えた。
(2)引渡債務の不履行と解除
なお,本提案のように,引渡前解除権を認めた場合,債務不履行に陥っている状況の中で,貸主が,この引渡前解除権を行使した場合の効果が問題となる。
まず,引渡債務の履行請求権については,すでに述べた通り,一般的に排除されるものではないが,そうした履行請求権を借主が行使したとしても,それに対して,貸主は引渡前解除権を行使することによって,その責任を回避することができる。これは,引渡前解除権というしくみを採用したものである以上,避けることのできない結論であるし,現行法において,使用貸借が要物契約とされている状況のもとで認められるのと同様の状況だということになる。
他方,引渡債務の履行期がすでに到来しているという場合に,貸主が,この引渡前解除権を行使したという場合,それ以後は,解除によって債務が消滅する以上,その債務不履行による損害賠償は問題とならないとしても,すでに遅滞に陥っていることによって生じた債務不履行責任は,当然には解消されるものではない。したがって,こうしたすでに生じた債務不履行についての損害賠償責任までが,この引渡前解除権によって消滅するものではない。この点は,解除によって,それまでに生じていた損害賠償責任が消滅するものではないという総則規定によって処理されることになる。
なお,この場合の損害賠償責任については,贈与において,【Ⅱ-11-9】が,贈与者の債務不履行を理由とする損害賠償責任について,贈与者が故意または重過失の場合に限って,それを認めており,贈与の規定が他の無償契約にも準用されることから(【Ⅱ-11-
22】),使用貸借の貸主の損害賠償責任も,貸主が故意または重過失の場合に限って認められることになると考えられる。
(3)使用者の故意による目的物の滅失や損傷
上記の(2)とも関連して,貸主が,引渡前に,目的物を故意に滅失損傷させた場合にどのようになるのかという問題が考えられる。
まず,このような場合は,基本的に,引渡債務の不履行をめぐる問題となると考えられる。そのうえで,当事者に引渡前解除権が留保されている場合には,(2)で説明したような形で
処理されることになるものと考えられる。
他方,引渡前解除権が書面による合意で排除されている場合には,履行請求権を含む,債務不履行責任が認められることになる。
なお,特に,目的物の損傷については,後述の【Ⅳ-2-6】の瑕疵担保責任において,
「目的物が契約に適合しないものであることを,引渡時に知りながら借主に告げなかったとき」に限って,その責任を認めるとしていることから,故意による損傷の場合であっても,
引渡時に,貸主が,目的物を損傷していることさえ告げれば,その責任を免れることになってしまうのではないかということが考えられる。この点は,引渡債務と瑕疵担保責任との関係をどのように理解するのかという問題に帰着するが,瑕疵担保は,その瑕疵がどのように生じたのかということを問題とせずに,目的物が契約で定められたところに適合しないということを契約責任として規律するものであることに照らせば,引渡義務の不履行の問題としてすでに生じている責任を,瑕疵担保の責任が排除するということまでが,瑕疵担保という制度の中に含まれると考えることが適切ではないだろう。このような考え方は,解釈論を通じて十分に導き出すことができるものであると考えられ,特に規定しなかった。
3. 使用貸借の予約
Ⅳ-2-3 使用貸借の予約
使用貸借の予約については,特に規定を置かない。
【提案要旨】
本提案は,使用貸借の予約に関し,特に規定を置かないことを提案するものである。
まず,このような提案は,従来要物契約とされていた使用貸借を諾成的使用貸借に改めることによって,使用貸借の予約という法律構成の実質的必要性が乏しいと考えられることに照らして,こうした予約について,さらに独立の規定を置く必要性は乏しいと考えられることによる。
そのうえで,何も規定しない場合には,当事者間において使用貸借の予約の合意がなされた場合,使用貸借の贈与の規定が他の無償契約にも準用されるという【Ⅱ-11-18】を受けて,贈与に関する規定である以下の【Ⅱ-11-2】が,使用貸借にも準用されることになるものと考えられる。
【解 説】
1.問題の出発点
本提案を前提とすれば,諾成的消費貸借を導入した以上,使用貸借の予約の必要性はあまり高くないということが,一般的には考えられる。
もっとも,使用貸借について,その予約がまったく観念されないのかというと,一定の場合には,その予約という法律構成が考えられる場面もあるだろう。
適用事例1 Aは,Bとの間で,Bが大学に合格して,適当な住まいが見つからなかったら,○
○市に有しているA所有の1LD項のマンションに,ただで住んでもいいということを約束した。この場合の法律関係については,使用貸借契約が条件付で成立したという見方もできそうである
し,(そうした条件が付されている)消費貸借の予約が成立し,Bが,その予約完結権を有していると理解することもできる。
本提案は,以上のような場合について,予約という法律構成をとることを積極的に排除するものではない。ただし,以下に説明するように,それを予約と構成することの意味は,実質的に乏しいものと考えられる。
2.予約がなされた場合の法律関係
まず,予約についての具体的な規定は置いていないことから,かりに当事者が,使用貸借の「予約」をなしたとすれば,それについては,贈与の規定が準用されることが考えられる
(【Ⅱ-11-18】)。
すなわち,贈与に関する規定である【Ⅱ-11-2】が,使用貸借にも準用されるということが考えられる。
Ⅱ―11-2 贈与の予約
(1)贈与の予約は,一方当事者に贈与の予約完結権を付与する旨合意をすることにより,その効力を生じる。
(2)贈与は,贈与を完結させる意思の表示によりその効力を生じる。
(3)受贈者に予約完結権を付与する贈与の予約が,贈与契約の内容を記載した書面によってなされないときは,各当事者は,予約完結権が行使されたのちも,【Ⅱ-11-3】(書面によらない贈与の解除)の規定に従って贈与を解除することができる。
(4)予約完結権に期間を定めのあるときは,予約は,期間内に予約完結権が行使されなければ,その効力を失う。
(5)予約完結権に期間の定めがないときは,予約者は,相手方に対し,相当の期間を定めて契約を完結させるかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において,相手方がその期間内に契約を完結させる意思を表示しなかったときは,予約はその効力を失う。
この場合,【Ⅱ-11-2】の準用に当たっては,特に,その(3)を,使用貸借の予約にいて,どのように扱うのかということが問題となる。
【Ⅱ-11-2】(3)を準用するという場合,使用貸借においては,【Ⅱ-11-3】に相当する部分が,【Ⅳ-2-2】において修正されているので,解釈論上は,当然,その修正に対応した読み替えがなされることになり,結局,「借主となる者に予約完結権を付与する使用貸借について予約完結権が行使されたのちも,目的物の引渡しまでの使用貸借の解除権を排除することを書面によって合意したものでない限り,各当事者は,【Ⅳ-2-2】の規定にしたがって使用貸借を解除することができる」といった形の読み替えを行うことになる。
そうであれば,こうした読み替えを行った規定を置くということも考えられないわけでは
ないが,しかし,引渡前解除権を完全に排除した予約というのは,実質的に考えても,もはや予約ではないと考えられる。
以上のような点をふまえたうえで,使用貸借の予約について,特に規定を置くことには,積極的意義は認められないものと判断したものである。
なお,上記のような検討をふまえれば,【設例1】も,あえて予約と構成することに意味があるわけではなく,むしろ,両当事者の事前解除権が排除されているのであれば,使用貸借契約が,条件付(オプション付)で成立したものと理解すべきだということになるだろう。
II. 使用貸借の効果
1. 目的物に関する借主の義務
Ⅳ-2-4 目的物の利用に関する借主の義務
(1)現民法 594 条 1 項を削除し,賃貸借についての【Ⅳ-1-16】を準用する。
(2)現民法 594 条 2 項及び 3 項を残し,以下の規定を置く。
① 借主は,貸主の承諾を得なければ,第三者に目的物の使用又は収益をさせることができない。
② 借主が前項の規定に違反して第三者に使用又は収益をさせたときは,貸主は,契約の解除をすることができる。
関連条文 民法 594 条(借主による使用及び収益)
【提案要旨】
賃貸借が使用貸借に先行して規定されることを受けて,現民法 594 条の内容を整序するものである。
提案(1)は,現民法 594 条 1 項の「借主は,契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い,その物の使用及び収益をしなければならない」という部分については,賃貸借における【Ⅳ-1-16】がこれに相当する内容を規定することから,それを準用することを示すものである。
なお,賃貸借の規定の準用については,【Ⅳ-2-8】においてまとめて規定することを予定しているものであり,ここでの提案は,賃貸借に関する【Ⅳ-1-6】を使用貸借においても準用するという実質的関係を確認するものであり,場所についても,この部分において規定するということまでを積極的に提案するものではない。
提案(2)は,賃借権の譲渡や転貸に関する【Ⅳ-1-17】が,文言の点からも準用が必ずしも適当ではなく,また,実質的にも信頼関係破壊の法理を取り込んだ部分を使用貸借にそのまま準用することは妥当ではないと考えられるために,使用貸借に固有の規定として,現
民法 594 条 2 項及び 3 項に相当する規定を残すことを提案するものである。
なお,現行法は,用法に従った目的物の使用収益に関しては,使用貸借に関する現民法 594
条 1 項を賃貸借において準用し(現民法 616 条),他方,第三者に利用させた場合の現民法
594 条 2 項,3 項については,これらを賃貸借において準用せず,賃貸借の固有の規定を置いているので,基本的には,ここで提案は,ちょうどそれと裏返しの関係になる。
【解 説】
1.目的物の定まった用法にしたがった使用収益義務
現民法 594 条1項が規定する内容は,それを積極的に規定することの必要性についてはやや明らかではない部分が残るものの(契約から当事者に当然に課される義務であると解する余地はある),それを借主の基本的な義務として確認的に規定しておくことには一定の意義があると考えられる。
ただし,このような用法にしたがった目的物の使用収益義務については,賃貸借にも規定するところであり,その内容において特に相違はないので,これに関する現行の規定を削除し,賃貸借に関する【Ⅳ-1-16】を準用することを明示するものである。
2.第三者に使用収益させた場合の法律関係
(1)賃貸借との関係
現行法は,第三者に利用させた場合の現民法 594 条 2 項,3 項については,これらを賃貸借において準用せず,賃貸借の固有の条文を規定している。
今回の改正提案に当たっては,賃貸借におけるこれらの規定を,使用貸借において実質的に準用することが適当かという点が問題となる。この点について,賃貸借では,以下のような規定を置くことを提案している。
Ⅳ-1-17 賃借権の譲渡及び転貸の制限
(1)賃借人は,賃貸人の承諾を得なければ,その賃借権を譲り渡し,又は賃借物を転貸することができない。
(2)賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは,賃貸人は,契約の解除をすることができる。ただし,その無断転貸等が,賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに至らないものである場合には,この限りではない。
(3)(2)において,賃貸人からの解除が認められない場合には,(1)の適法な賃貸借がなされたものとみなす。
賃貸借に関する上記の規定については,その準用を見送り,現行法と同様に,使用貸借において独自の規定を残すことを提案するものである。これは,以下の理由による。
第 1 に,文言上,賃借権の譲渡,転貸借という言葉や概念が,使用貸借においてそのまま
準用するうえで,必ずしも適当ではないということがある。ただし,この点は,必ずしも実質的な問題ではない15。
第 2 に,むしろ実質的な問題として重要なのは,賃貸借における【Ⅳ-1-17】(2)にお
いて,判例において形成された信頼関係破壊の法理を導入しているという点にある。信頼関係破壊の法理は,物の利用契約一般について導入されたものではなく,基本的には,(不動産)賃貸借を対象として展開されたものであり,このような信頼関係破壊の法理を,使用貸借一般の法理として明示的に導入することは必ずしも適当ではなく,むしろ,現行法の規律をそのまま維持することが適切であると考えられるためである。
なお,後述のように,人的な信頼関係が破壊されるような場合については,使用貸借では忘恩行為等について,別途手当てをしている。
以上のような理由から,使用貸借については,現民法 594 条 2 項,3 項に相当する規定をそのまま残すことを提案するものである。
なお,当該使用貸借の具体的な事情等に照らして,賃貸借において明示的に導入された信頼関係破壊の法理が一定の場合に類推適用される可能性があること,権利濫用やxxxの具体化としての信頼関係破壊の法理が用いられる可能性が排除されるものではないことはいうまでもない。
(2)xxxxxx・xxxとの関係
なお,ファイナンス・リースにおいては,無断で第三者に使用収益させることを禁止する規定を置く一方(【Ⅳ-4-5】),それに違反した場合の効果については規定していない。これは,これは重大な契約違反として解除の一般規定によって処理することが可能であると考えたためである。
この点では,使用貸借とファイナンス・リースで,無断で第三者に使用収益させた場合の法律効果の規定のしかたが異なることになるが,それは,ファイナンス・リースにおける利用者の法的地位と使用貸借における借主の法的地位が実質的にも異なるものと考えられるためである。
ファイナンス・リースにおいては,目的物についてリース提供者が所有権を有するという形式がとられているが,そこでの所有権は形式的なものであり,リース提供者が有しているのは実質的には担保権にすぎず,利用者が実質的な所有者であると解する余地もある。そこでは,利用者は目的物を自由に使用収益できるということが,むしろ原則なのであり(その点からは,【Ⅳ-4-5】のような規定を置くこと自体に消極的な見方もあり得る),第三者に利用させるという形式で収益するということを理由として解除するためには,一般的な解除の要件を満たすということが実質的にも適切であると考えられる。
15 現民法については,594 条 2 項,3 項と 612 条の体裁が異なることについては,従来からも,その差異の意義や根拠が明確ではないとの指摘がある。xx・前掲書 394 頁。
他方,使用貸借においては,上記のような関係は認められず,借主は,無償で目的物を使用収益するということを,貸主から,いわば容認されているにすぎない。そのような場合において,貸主に無断で第三者に使用収益させるということは,それ自体として解除原因として基礎づけられるという見方も十分にあり得るものと考えられる。
以上のような点から,両者の取り扱いの相違が基礎づけられるものと考えられる。なお,使用貸借の場合においても,両当事者の関係や合意の内容を通じて,何が重大な契約違反に当たるかという解釈を通じて,同様の結論(ファイナンス・リースと使用貸借における解除の相違)を導くことは可能であると考えられるが,むしろ,現行法のような形で明示的に規律することが当事者間の関係を規律するうえで容易であり,かつ,賃貸借を含めて,全体の制度的なバランスも確保されるものと考えられる。
(参考)
使用貸借 | 賃貸借 | xxxxxx・xxx | |
借主等の義務 | 借主は,貸主の承諾を得なければ,第三者に借用物の使用又は収益をさせることがで きない。 | 賃借人は,賃貸人の承諾を得なければ,その賃借権を譲り渡し,又は賃借物を転貸する ことができない。 | 利用者は,リース提供者の承諾を得なければ,目的物を第三者に使用又は収益させる ことはできない。 |
義務違反の効果 | 借主が前項の規定に違反して使用又は収益をしたときは,貸主は,契約の解除をすることができる。 | 賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは,賃貸人は,契約の解除をすることができる。ただし,その無断転貸等が,賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに至らないものである場 合には,この限りではない。 |
2. 目的物に関する費用の負担
Ⅳ-2-5 目的物に関する費用の負担
(1)借主は,目的物の通常の必要費を負担する。
(2)借主が目的物について費用を支出したときは,貸主は,現民法 196 条の規定に従い,その償還をしなければならない。ただし,有益費については,裁判所は,貸主の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。
* 有益費の費用償還請求権については,費用が生じたことについて,借主が契約の性質上合理的な期間内にそのことを貸主に通知しなければ,費用償還請求権を失うとすることも考えられる。
関連条文 現民法 595 条(借用物の費用の負担)
【提案要旨】
現民法 595 条の規定を実質的に維持することを提案するものである。
ただし,現民法 595 条が準用する 583 条 2 項は,さらにその中で,現民法「196 条の規定に従い」としており,孫準用に当たり,見通しがよくないことから,具体的な規律を,本提案の中に直接書き込んだものである。
なお,有益費の償還請求については,借主の支出について,それが当然に貸主に対して請求できるものであるのかという問題があり,その点については,(2)において期限の付与による対応をしているが,さらに,そのような有益費の償還請求が,貸主にとって不意打ちにならないようにするために,この点についての通知義務を規定するのが,*である。【Ⅳ-2
-14】は,費用償還請求権についての一般的な期間制限は取り入れないことを提案しているが,有益費については,*のような規定を置いた場合,通知義務による失権というしくみが採用されることになる。
【解 説】
現民法 595 条の規定を実質的に維持することを提案するものである。
ただし,現民法 595 条が準用する 583 条 2 項は,さらにその中で,現民法「196 条の規定に従い」としており,規定としては,見通しがよくない。その点をふまえて,具体的な規律を,本提案の中に直接書き込むことを提案するものである。
なお,そもそも悪意の占有者についても,有益費の償還を認めるという現民法 196 条の規
律自体が適切なのかという問題があり,その点では,現民法 196 条を前提として使用貸借の規定を作ること自体が適切なのかという問題が存在する。しかしながら,この点については,占有者の費用償還請求権という一般的な問題に関わるものであるとともに,現民法 196 条の妥当性についてもなお慎重に検討すべきものと思われるので,上記のような問題があることを確認したうえで,その対応については留保するというのが,本提案の基本的立場である。他方,上記のような問題があることをふまえつつ,それに対して,一定の対応を提案する
のが,*案である。
すなわち,現民法 595 条を受けた本提案においても,有益費の償還について相当の期限を許与する可能性を認めることで一定の手当てをしているが,さらに,貸主にとって不意打ちとなるような事態を避けるために,期間制限について,通知義務とそれを怠った場合の失権というしくみを,ここで採用する可能性もあると考えられる。このような形で,有益費の償還請求が,無償で目的物を使用収益することを認めているにすぎない貸主にとって不意打ちとなることを避けることを提案するものである。
3. 目的物の契約不適合
Ⅳ-2-6 目的物の契約不適合
(1)貸主は,使用貸借の目的物が契約に適合しないものであることについて,その責任を負わない。ただし,貸主が,目的物が契約に適合しないものであることを,引渡時に知りながら借主に告げなかったときは,この限りでない。
(2)負担付使用貸借については,貸主は,その負担の限度において,契約内容に適合した目的物を,借主に使用収益させる義務を負う。負担付賃貸借においては,その負担の限度で,賃貸借の規定が準用される。
* 代替物を目的物とする使用貸借契約において,目的物に瑕疵があった場合については,調達義務については規定を置くべきであるという見解もある。
関連条文 現民法 596 条(貸主の担保責任),同 551 条(贈与者の担保責任)
【提案要旨】
提案は,現民法 596 条が準用している現民法 551 条で規定された内容に相当する規律を使用貸借に置くことを提案するものである。
提案(1)は,目的物の契約不適合について,貸主が,原則として,その責任を負わないことを提案するものである。ここで責任とされるのは,追完などを含む履行責任,損害賠償責任のほか,解除も含まれるものであるが,ここでは,こうした責任を一般的に負わないということを示すものであり,特に,責任の個々の内容は挙げずに,単に,「その責任を負わない」と規定したものである。
提案(2)は,負担付使用貸借については,その負担の範囲内で,貸主が,「借主に使用収益させる義務」を負うとするととともに,賃貸借の規定が準用されることを規定するものである。
その他,現行法では,現民法 553 条が,負担付贈与について,「その性質に反しない限り,双務契約に関する規定を準用する」と規定しており,負担付使用貸借についても,双務契約の規定が準用される可能性があるかが問題となる。この点については,贈与について,この点についてどのように規律するのかをふまえて(【Ⅱ-11-15】は,現民法 553 条を排することを提案している),それにあわせるものとする。
なお,代替物を目的物とする使用貸借においては,その目的物に瑕疵があった場合には,調達義務を認めるべきであるという見解もあったため,そのような立場を,*において提示している。
【解 説】
1.贈与の規定と独立に規律する必要性
本提案は,現民法 596 条が準用する現民法 551 条 1 項の規定を受けた内容を使用貸借に置くことを提案するものであるが,それは,同時に,贈与に関する担保責任の規定の準用によらず,使用貸借について独立の規定を設けるということを提案することを意味する。
まず,この点について,その基本的な立場を説明しておく。
贈与については,贈与者の担保責任について以下の規定が提案されている。
Ⅱ―11-9 目的物に瑕疵があるときの贈与者の責任
(1)受贈者に給付された目的物に瑕疵があったときは,受贈者が目的物の瑕疵を知りながらそれを受贈者に告げずに引き渡した場合に限り,受贈者には以下の救済手段が認められるものとする。
① 瑕疵のない物の履行請求(代物請求,修補請求等による追完請求)
② 契約解除
③ 損害賠償請求
(2)【Ⅱ-8-27】(a)ないし(c),および(g)は,前項の場合にこれを準用する。
また,前注でも説明したように,贈与に関する【Ⅱ-11-18】は,贈与の規定が,他の無償契約にも,その契約の性質に反しない限り準用されるとしている。
これらの規定を受けて,使用貸借の貸主については特段の規定を設けることは必要ではないとすることも考えられる。
しかし,この点については,以下の理由から,こうした贈与の規定の準用にはよらず,使用貸借において独立の規定を設けることが適切であると判断した。
(1)瑕疵のない物の履行請求xx
ひとつは,贈与におけると同様に,瑕疵のない物の履行請求xxを基本に置いた救済措置を,使用貸借においても適切に考えられるのかという問題がある。
贈与の場合と異なり,種類物を使用貸借の目的とするということは,あり得ないわけではないとしても,使用貸借においては,必ずしも一般的ではないと考えられる。使用貸借における当事者間の関係は,すでに言及したとおり,貸主が有している物について,借主が一定期間,それを利用するということを貸主が容認するという形態であると考えられ(すでに言及した通り,使用貸借には非常にさまざまな形態が含まれるので,これのみを前提とすることはできないとしても),また,貸主は目的物の引渡義務を負うとしても,さらに,引渡し後についてまで借主に使用収益させる義務を積極的に認めるものでもない。
そのような使用貸借の性質に照らした場合に,目的物に一定の瑕疵があるということについて,貸主が悪意であったという場合であっても,代物請求や修補請求等による追完請求権を基本的に承認するということに対しては,なお検討の余地があるように思われる。
もちろん,このような場合の問題の多くは,契約で合意された物の性質を通じて,そもそも瑕疵に当たるのかというレベルで解決することが可能であるとは考えられる。しかし,その点を考慮してもなお,正面からこうしたものを承認する規定を置くことに対しては慎重であるべきという立場もあり得るだろう。
ただし,本提案のような立場をとりつつ,調達義務について規定すべきであるという見解もあり,この点については,なお検討の余地が残されている。
(2)悪意の場合の責任の内容
目的物に瑕疵がある場合に,贈与の規定を使用貸借に準用するという場合のもうひとつの問題が,損害賠償の範囲等をめぐる問題である。
贈与においては,以下の規定を置くことが提案されている。
Ⅱ-11-10 贈与の不履行による損害賠償
受贈者は,贈与者が債務を履行しないことが故意または重大な義務違反による場合に限り,履行に代わる損害の賠償を請求することができる。
この提案は,【Ⅱ-11-10】によって損害賠償責任を負担する場合にも適用されるものとされている。したがって,贈与者が瑕疵について悪意である場合には,履行に代わる損害賠償が認められることになる。
当事者間で合意された目的物が瑕疵のないものであり,そうした瑕疵のない物の所有権が受贈者に帰属する贈与の法律関係において,このような規律を用意することには一定の合理性があるものと考えられる。
他方,使用貸借において給付の対象とされるのは,瑕疵のない目的物の所有権を借主に帰属させることではなく,単に一定の期間,その目的物を利用するという利益にすぎない。そのような使用貸借において,目的物に瑕疵があったために,そこでの履行に代わる損害の賠償が全面的に認めることが適切であるのかという点については,なお検討の余地があるように思われる。
本提案は,使用貸借について,なお上記のような問題が残ることを前提として,この点について解釈論を通じて解決される余地を残すことを提案するものである。
2.貸主の担保責任の要件
(1)貸主の悪意
贈与の規定と独立に規定するという場合,どのような責任要件を規定するかが問題となる。これについては,貸主の責任を悪意の場合に加えて重過失の場合にも拡張する可能性が検
討された。しかし,こうした点についてxxの規定を設ける必要は,必ずしも大きくないと
なお,こうした担保責任が強行規定なのか,任意規定であり特約で排除されるのかという問題も考えられるが,悪意の場合に限定する場合には,それを特約で排除することは適切ではなく,強行規定であると理解され,そのことをxxで規定する必要もないと考えられる。他方,重過失を含むとする場合には,重過失をどのようなものとして理解するかにも応じて,この点は,やや不明確な状況となる。この点でも,重過失について明示的に言及することは,必ずしも適切ではないものと考えられる。
(2)悪意の基準時
なお,悪意の基準時については,引渡時となることを示している。
これは,現行法上は,使用貸借が要物契約であることを前提に,引渡時が基準時となるという規律を実質的に維持するものである。
なお,瑕疵の有無についての基準時については,売買の規律においては,危険移転時とされ(【Ⅱ-8-25】),また,危険移転時は,目的物の引渡時を原則として,当事者の合意によってそれが集積できるというしくみを採用している(【Ⅱ-8-45】)。また,瑕疵についての概念は,贈与でも準用されるものとされている(【Ⅱ-11-9】の提案要旨)。ただ,使用貸借においては,権利移転型の契約と同様の意味で危険移転時を考えるという ことができないということに照らして,悪意の基準時が引渡時となることを明示するととも
に,その時点での契約との適合性が問題となるということを示したものである。
3.負担付使用貸借の特x
x提案では,負担付使用貸借について,その特則を置くことを提案している。
現行法では,上記の通り,負担付使用貸借における貸主の担保責任については独立の規定は用意されておらず,贈与の規定が準用されることになるが,本提案は,以下の点を明確にすることが適切であると考えるものである。
16 『新版注釈民法(15)』(xxxx)115 頁は,「故意と同視すべき重大な過失のときは,担保責任を肯定すべきである」とするが,これも,重大な過失一般について,596 条の担保責任を肯定しようとするものであるのか,「故意と同視すべき重大な過失」の場合に限定されるのかは明らかではない。
第 1 は,その負担の範囲内で,貸主が「使用収益させる義務」を負担するということになり,この点で,使用収益をさせる積極的な義務を内容としない通常の使用貸借との区別が示されることになる。
第 2 に,現行法では,最終的に,売買の規定が準用されることになるが,使用貸借では,むしろ,賃貸借の規定を準用することが適切であり,それを明示するものである。賃貸借でも,担保責任については売買の規定が準用されているために,その点では結果的に同じとなるが,目的物の不適合が修繕原因となるような場合には,修繕義務の規定を準用する可能性も残すことが適切であると考えられるためである。
なお,使用貸借については,従来の説明においても,一定の負担を伴う場合であっても(公租公課の負担),使用貸借と認定することは妨げられないとされており17,(その限界づけが必ずしも明確ではないとしても)負担付賃貸借が賃貸借とは別の契約類型として存在するということ自体は,否定できないであろう18。
4. 第三者との関係
Ⅳ-2-7 使用貸借に基づく妨害排除請求xx
(1)目的物について所有権を取得した者との関係については,特に規定しない。
(2)目的物について用益物権を有する者または賃借権の設定を受けた者等との関係については,特に規定しない。
(3)使用貸借に基づく妨害排除請求権については,特に規定しない。
【提案要旨】
賃貸借においては,①目的物についてあらたに所有権を取得した者との関係,②目的物についての物権や利用権を有する者に対する賃借権の対抗力,③不法占拠者等に対する妨害排除請求権の各問題に分けて,規定を置くことを提案している。
これに対して,使用貸借においては,これらに相当する規定を置かないということを提案するものである。
17 xx・前掲書 378 頁。
18 ただし,負担付賃貸借は,その内容がさまざまであることをふまえて,民法 551 条を準用することについて消極的な見方もある。xx・前掲書 378 頁以下は,「無償でない貸借はすべて賃貸借だということはできない」としたうえで,「雇傭その他の契約の附従的な内容のこともあり,有償の無名契約のこともある。従って,典型契約のいかなる規定を適用すべきか……は,各場合について,契約全体の内容を総合的に判断して定めなければならない」とし,負担付贈与の規定の準用は指示していない。
【解 説】
1.目的物について所有権を取得した者との関係
賃貸借においては,目的物の所有権が移転した場合,一定の要件のもとで,新所有者と賃借人との間に賃貸借契約が移ること(新所有者への賃貸人たる地位の承継)を提案している。しかし,使用貸借においては,上記のような法律関係を基礎づける使用借権の対抗要件が 欠如しているというだけではなく,実質的にも,一定の信頼関係を基礎とする場合が中心になると思われる,無償契約である使用貸借において,使用貸主の法的地位を新所有者に承継
させるということは当然には正当化されないものと考えられる。
このために,これについては規定を置く必要がなく,また,置くことは適当ではないと考えられる。なお,賃貸借の規定は,包括的に使用貸借に準用されるのではなく,個別に準用されるべき規定を列挙するという方式をとるので(【Ⅳ-2-8】参照。準用の方向は逆であるが,現行 616 条と同様の扱いとなる),これについて規定しないということは,賃貸借における相当する規定は準用されず,規定が存在しないということが当然に示されるものである。
2.使用借権の第三者に対する対抗力
賃貸借においては,不動産賃借権に限り,それが対抗要件を備えた場合に,物権を取得した者や二重賃借人との関係で対抗問題として解決されることを提案している。
しかしながら,使用貸借においては,上記のようなしくみを支える制度的前提が欠けるほか,実質的にも,賃借権と異なり,第三者との関係で使用借権を積極的に保護するという法律関係を特に置く必要はないものと考えられる。
3.使用借権に基づく妨害排除請求権
使用貸借に基づく妨害排除請求権については,従来の議論においては,あまり明確ではなかった点である。
19 xx・前掲書 183 頁は,このような妨害排除請求権を認めないことについて,「債権であり,無償契約としてその地位は弱いから」と説明する。
5. 賃貸借の規定の準用
Ⅳ-2-8 賃貸借の規定の準用
賃貸借に関する以下の規定を準用する。
① 契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い,その物の使用及び収益をする借主の義務(【Ⅳ-1-16】)
② 貸主による修繕の場合の法律関係(【Ⅳ-1-10】(2))
③ 目的物について権利を主張する者がいる場合の通知義務(【Ⅳ-1-21】)
④ 解除の効果の非遡及(【Ⅳ-1-25】)
⑤ 契約終了時の原状回復義務(【Ⅳ-1-27】)
関連条文 民法 616 条(使用貸借の規定の準用)
【提案要旨】
賃貸借の規定が先に置かれることを受けて,賃貸借の規定を使用貸借で準用するという形式を採用することを提案するものである。
なお,使用貸借と賃貸借では,物の利用契約という点では共通するものの,実質的な規律として求められる内容においては,その違いも大きい。したがって,賃貸借の規定を包括的に準用するという立場はとらず,必要な部分のみを準用することとし,それを個別に列挙するという方式を採用するものである。
本提案では,いくつかの具体的な準用対象を示したが,なおこの点については,賃貸借の規定についての提案が固まった段階で,さらに確認する必要が残されていることはいうまでもない。
【解 説】
賃貸借の規定が先に置かれることを受けて,賃貸借の規定を使用貸借で準用するという形式を採用することを提案するものである。
使用貸借の規定を賃貸借で準用するか,賃貸借の規定を使用貸借で準用するかという問題は単に形式的な問題にすぎないが,ここでは実質的な検討課題として,2つの点を確認しておくべきであろう。
第 1 に,今回の改正提案においても,包括的に,賃貸借の規定を使用貸借に準用するという方式は採用しなかった。使用貸借と賃貸借では,物の利用契約という点では共通するものの,実質的な規律として求められる内容においては,その違いも大きい。有償の利用契約である賃貸借の規定の中には,その有償性を前提とする規律も数多く含まれており,その点で包括的な準用は,実質的にも妥当ではない結論をもたらす危険性がある。なお,この点については,ひとつひとつの規定を詳細に検討したうえで,準用が除外される規定を示すという
ことも論理的にも考えられるが,賃貸借の規定の数がかなり多いことに照らすと,使用貸借から賃貸借への準用の場合以上,そのような処理は実質的にも困難であり,単に見通しの悪い状況をもたらすことになると思われる。
その点で,個別的に準用されるべき規定を列挙するという方式を維持することが適切である。
第 2 に,具体的に準用されるべき規律の抽出をめぐる問題である。この点については,現
民法 616 条の内容をそのまま裏返して規定するというのではなく,より実質的に個別的に再検討をすることが求められる。
この点については,本提案では,いくつかの具体的な準用対象を示したが,なおこの点については,賃貸借の規定についての提案が固まった段階で,さらに確認する必要が残されていることはいうまでもない。
III. 使用貸借の終了
1. 使用貸借の終了に関する原則
Ⅳ-2-9 使用貸借の終了
(1)使用貸借の期間が定められている場合には,その期間の経過により,使用貸借は終了する。
(2)当事者が返還の時期を定めなかったときは,借主は,契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に,使用貸借は終了する。ただし,その使用及び収益を終わる前であっても,使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは,貸主は,直ちに返還を請求することができる。これによって使用貸借は終了する。
(3)当事者が使用貸借の期間並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは,貸主は,いつでも,〔相当の期間を定めて〕目的物の返還を請求することができる。これによって,使用貸借は終了する。
関連条文 現民法 597 条(借用物の返還の時期)
【提案要旨】
本提案は,現民法 597 条の規定を実質的に維持するものである。
なお,現行法は,借用物の返還の時期として規定しているが,そこで規定されている内容は,使用貸借の存続期間を同時に定めているものと理解される。使用貸借の終了によって目的物の返還をしなければならないということ自体は,すなわち,【Ⅳ-2-1】においてすでに示されているものと考えられるので,現行法に相当する内容を,使用貸借の終了の規定
として書き改めたものである。
提案(1)は,期間の定めがある場合の使用貸借の終了に関する規定である。この内容自体は,期間の定めのある継続的契約一般に関する規律の内容として,自明のことであり,明示的に規定する必要がないとも考えられるが,以下の規定とまとめて,使用貸借の終了の規定として置くことが適当と考えられる。
提案(2)は,期間の定めはないが,使用貸借の目的が定められている場合の使用貸借に関する規定であり,現行法を基本的に維持するものである。
提案(3)は,期間の定めと使用貸借の目的のいずれも定められていない場合の規定である。なお,現行法は,「いつでも返還を請求することができる」とのみ規定しているが,使用貸借の状況によっては,借主に酷な状況が生ずることも考えられ,「相当の期間を定めて」という要件を置くことを,ブラケットに入れて提案している。
【解 説】
1.基本的な考え方
(1)現行法の枠組みの維持
現民法 597 条は,目的物の返還時期の規定として組み立てられているが,使用貸借が終了したときに,借主は目的物を返還しなければならないということは,【Ⅳ-2-1】において示されており,これを前提とすれば,現行法が定めている内容も,使用貸借の終了に関する規律にほかならないと考えられる。それを前提として,規定を改めたものである。
ただし,実質的に,現行法の規定を変更するものではなく,①使用貸借の期間が契約によって定まっている場合,②使用貸借の目的が契約によって定まっている場合20,③期間と目的のいずれも定まっていない場合という3つに分けて規定するという構造を維持し,かつ,その具体的内容についても,現行法を維持している。
20 なお,xxxx『不動産無償利用権の理論と裁判』(信山社・2001 年)49 頁以下は,「民法典にいう使用貸借は貸主の好意に基づく……無償利用であるので,その存続が短期間に限定される貸借が予定されており,これを担保しているのが民法 597 条にいう『使用目的』(ないし約定期間)である」とし,友人,知人,隣人間の無償利用では,こうした「必ず達成しうる客観的に明瞭かつxx的な『使用目的』によって存続を限定することこそが,かえって当事者間の合理的意思にそう」とする。他方で,当事者間に緊密な人的関係・恒常的関係がある場合には,いつ解約されてもやむを得ないものであること(同書 51 頁以下),親族間,特に親子関係では,使用目的が約定されることがむしろ例外であり,期間が長期にわたる場合には,贈与に接近することを指摘する(「所有権的利用」プレカリウム契約。なお,親族間の無償利用契約については,同書 211 頁以下参照)。このような理解からは,現民法 597 条,改正提案【Ⅳ-2-7】が示す3つの区分は,単に契約の終了時期に関する区分ではなく,前提となる法律関係それ自体の区分に対応したものだということになる。
(2)期間と目的のいずれも定まっていない場合の規定
ただし,使用貸借の期間と目的のいずれも定まっていない場合については,貸主からいつでも目的物の返還を請求することができる(貸主からの請求によって使用貸借が終了するという)という現行法の原則を維持しつつ,相当の期間を定めて催告することを新たに要件として設けるということを,ブラケットに入れて提案している。
これは,期間や目的が定まっていない使用貸借であっても,借主の側の事情によっては,ただちに終了させることが大きな負担をもたらすものとなる場合もあるのではないかという点を考慮したものである。また,このような要件を置いたとしても,【Ⅳ-2-9】の特段の事情による解除権が貸主に認められることから,貸主に過度の負担をもたらすものではないとも考えられる。
しかしながら,他方で,借主の事情に起因するこのような問題の多くの場合には,使用貸借の目的を通じて適切な解決を図ることが可能であるとも考えられ,必ずしも,現行法をあらためてこのような付加的な要件を設定することの実質的必要性はそれほど大きくないものとも考えられる。
以上のような点を考慮して,この要件については,ブラケットに入れるものとした。
2.借主からの解除権をめぐる問題
なお,現行法において必ずしも明確ではない問題として,使用貸借の期間や目的が定まっていた場合でも,借主からは,いつでも解除することができるのかという問題がある。
同様の問題は,賃貸借でも存在するが,無償契約である使用貸借の場合,一定の期間利用させるということについて,貸主は積極的な利益を有しているわけではなく(ただし,不要物を一定期間使ってもらうというような例外的状況は考えられる。この場合,そのような契約が,そもそも純粋な使用貸借契約なのか,無償の寄託としての側面を有するのではないかといった点が問題となり得る),その点では,こうした借主からの解除権を認めること自体には,大きな障害はないようにも思われる。
ただし,上記の通り,使用貸借についての貸主の利益をなお観念する余地もあり,また,こうした借主からの解除を認める法律構成としては,期限の利益の放棄,使用貸借の目的の達成等の解釈を通じて対応することが考えられるので,特に,明示的に規定する必要はないと考えられるので,この点についてのxxの規定は置かなかった。
2. 借主の死亡による使用貸借の終了
Ⅳ-2-10 借主の死亡による使用貸借の終了
使用貸借は,借主の死亡によって終了する。
関連条文 現民法 599 条(借主の死亡による使用貸借の終了)
【提案要旨】
現民法 599 条の規定を維持し,使用貸借が,借主の死亡によって終了することを提案するものである。
【解 説】
1.基本的な考え方
民法 599 条は,使用貸借の終了原因としての当事者の死亡を,借主の死亡の場合に限って認めており,理論的には,貸主の死亡も終了原因とならないかが問題となる21。
比較法的には,こうした借主の死亡のみを使用貸借の終了原因として認める例があるが22,
23,これは,その者(使用借主)が使うという局面での属人的性格が前提とされていると考え
られる。すなわち,特段の事情がない限り,使用借主が目的物を利用するということが契約の性質上,当然に含まれているのであり(契約の目的),使用借主の死亡は,契約の基礎の喪失(契約目的の消失)と評価できるものと考えられ,このような視点から,借主の死亡が契約の終了原因となるものと考えられる。
それに対して,使用貸主については,無償契約としての恩恵的性格から,一定の関連性を認める余地はあるとしても,契約自体としての性格との結びつきはより希薄であると考えられ,相続によって,使用貸借に関する法律関係(借主が目的物を使用収益することを容認するという消極的な関係にすぎない)を承継させることについて,本質的な障害はないものと考えられる24。そのうえで,相続人がその目的物を利用する必要性等が,貸主の困窮など,【Ⅳ
21 xxx編『注釈民法(15)』(有斐閣・1966 年)85 頁(xxxx)は,立法論として,貸主の死亡も使用貸借の終了原因とするのが妥当であるとする。理由としては,定期贈与に関する 552 条を準用することが適切であるとする。
22 借主の死亡が使用貸借の終了原因になるということを示す別の形式としては,使用借権の相続を否定するという法律構成もある。xx・研究は,旧民法では,こうした相続否定の原則の例外も定めており,当事者の合意によって相続されること(借主の死亡が使用貸借の終了原因とならないこと)を認める可能性は承認されていたことを指摘し,現行法は,この点が明らかではないが,積極的に否定されていない以上,これを排除するものではないとの理解を示す。
23 ドイツ民法 605 条。なお,フランス民法 1879 条は,使用貸借に関する法律関係が原則として相続により承継されることを規定したうえで(1 項),「もっぱら借主を考慮してその者に個人的に貸し与えられた場合は,借主の相続人は,賃借物を引き続き享受することができない」と規定する。
24 第 8 回準備会においては,貸主の死亡を終了原因とすると,貸主の死亡を始期とする使用貸借に関する最高裁判決(最判昭和 41 年 1 月 20 日民集 20 巻 1 号 22 頁)を位置づけることができなくなる
-2-11】の要件に該当する場合には,そこで示された要件の判断を通じて処理をすればよいものと考えられる。
2.規定の位置
なお,本条の位置については,使用貸借がどの時点で,どのような理由によって終了するのかについての規定をまとめて示すことが適切であると考え,現行法とは位置を変更している。
3. 特段の事情による使用貸借の解除
Ⅳ-2-11 特段の事情による使用貸借の解除
前 2 条の規定に関わらず,以下の場合には,貸主は,使用貸借を解除することができる。
① 貸主にとっての目的物の予期できない必要性が発生し,その必要性が,目的物に関する従前の利用状況等に照らして,使用貸借の終了を正当化するものであると認められるとき
② 借主の忘恩行為等,使用貸借の基礎となる当事者間の信頼関係が喪失し,使用貸借を継続することが著しく困難となったとき
【提案要旨】
使用貸借の無償性に照らして,特段の事情による使用貸借の終了に関する規定を置くことを提案するものである。
具体的な内容としては,以下の2つの場合を規定している。
第 1 に,「①貸主にとっての目的物の予期できない必要性が発生し,その必要性が,目的物に関する従前の利用状況等に照らして,使用貸借の終了を正当化するものであると認められるとき」である。
これは,貸主にとって目的物の予期できない必要性が生じたという場合に,それを理由とする解除の可能性を認めるとともに,目的物が借主にとっても必要性の高いものであるような場合に,その利用状況等,従前の状況に照らして,貸主にとっての必要性が解除を基礎づけるに足るものであるかを判断し,その判断を経たうえで,解除を認めるというものである。
第 2 に,「②借主の忘恩行為等,使用貸借の基礎となる当事者間の信頼関係が喪失し,使用貸借を継続することが著しく困難となったとき」である。
との問題の指摘がなされており,この点からも,使用貸借の終了原因を借主の死亡に限定することが適切であろう。
これは,いわゆる忘恩行為を理由とする解除を認めるものであるが,無償の利用契約という使用貸借においては,忘恩行為を個別具体的に列挙して示すことは困難であり,また,適切ではないと考えられることから,ある程度,一般的な要件として示したものである。それと同時に,忘恩行為一般が解除原因となるわけではなく,それによって,当事者間の信頼関係が喪失し,使用貸借を継続することが著しく困難となったということを要件とすることを示している。
【解 説】
1.規定の趣旨
本提案は,現行法が用意している契約の終了に関する規定に加えて,特別の終了原因を定めるものであり,【Ⅳ-2-7】(1)(現民法 597 条1項),同(2)(現民法 597 条 2 項)等の要件を満たさない場合であっても,「①貸主にとっての目的物の予期できない必要性が発生し,その必要性が,目的物に関する従前の利用状況等に照らして,使用貸借の終了を正当化するものであるとみとめられるとき」,「②借主の忘恩行為等,使用貸借の基礎となる当事者間の信頼関係が喪失し,使用貸借を継続することが著しく困難となったとき」に,貸主からの解除を認めることで使用貸借が終了することを明示的に規定するものである。
(1)目的物の必要性を理由とする解除
この①の目的物についての貸主の必要性を理由とする使用貸借の解除は,比較法的にも認められるところであるが25,使用貸借という無償契約である以上,貸主にとっての必要性が生じた以上,その返還を求めることができるということが,基本的な考え方としてあり得るものであることを前提とする。
しかし,目的物が同時に,借主にとってもきわめて重要な意味を有しているという場合,軽微な必要性や,借主にとっての必要性との関係で相対的にその必要性が乏しいと考えられる場合にまで,当然に,使用貸借を終了させるということができるとすることは適当ではない。また,使用貸借の期間が定められている場合であっても,貸主の側で一方的に,その目的物を必要とするような事情を作り出せば,いつでも解除ができるということになってしまいかねない。その点に照らして,そうした相互の考量のしくみを確保しておくことが適切であると考えられるために,本提案のような要件を提示したものである。
なお,このような要件は,評価的な判断を伴わざるを得ないものであるが,こうした特段の事情による解除そのものが,具体的な評価を経ない限り実現できないものと考えられるの
25 ドイツ民法 605 条は,その 1 号において,「予期できない事情によって,使用貸借の目的物が必要となった場合には」,使用貸主からの解除を認める。フランス民法 1889 条も,「貸主に,その物について緊急かつ予見不可能な必要が生じた場合には,裁判官は,事情に応じて,その物を貸主に返還することを借主に義務づけることができる」と規定する。
であり,その点を避けることはできないだろう。
このような解除による使用貸借の終了は,目的物の引渡し前にも認められる。この場合には,両当事者に引渡前解除権が認められているが,その引渡前解除権が書面による合意によって排除されている場合には,【Ⅳ-2-9】による解除を認めることが実践的な意義を有する。
(2)忘恩行為等を理由とする解除
他方,②は,忘恩行為等を理由として,貸主が解除をなすことを認めるものである。
ここでの忘恩行為等の具体例としては,貸主に対する暴行や名誉毀損,あるいは詐欺など,使用貸借の目的物自体には関わらないものも考えられるし,また,貸主の家族等,貸主以外の者に対する犯罪や不法行為が,こうしたものに該当するということも考えられる。さらには,狭い意味の忘恩行為には含まれないが,目的物を犯罪に利用するなどの行為も,当事者の信頼関係を破壊し,使用貸借の継続を困難となるものと判断される場合には,ここで解除原因となるものとされる可能性がある。
ここでは,以下に,贈与との対比で説明するように,忘恩行為等を具体的に列挙することはせず,ある程度,緩やかにさまざまな事情を拾い上げることを可能とするとともに,一定の事情があれば,当然に,解除原因となるとするものではなく,そうした行為によって,「使用貸借の基礎となる当事者間の信頼関係が喪失し,使用貸借を継続することが著しく困難となったとき」に解除ができるという要件を設定することで,その適用範囲を限定することを企図するものである。
なお,この②についても,①と同様に,一定の評価的判断を伴わざるを得ないものだということになる。
2.贈与における忘恩行為を理由とする解除との関係
(1)忘恩行為等による解除
第2準備会においては,贈与の規定を,無償契約一般に準用することが提案されている(提案【Ⅱ―11-18】)。
また,贈与においては,忘恩行為を理由とする解除について,以下のような規定が用意されている。
Ⅱ-11-4 忘恩行為を理由とする解除
(1)贈与者は,つぎに掲げる場合,贈与を解除することができる。
① 受贈者が贈与者に対し虐待,重大な侮辱その他の著しい非行を行ったとき
② 受贈者が詐欺または強迫により,贈与者による贈与の解除を妨げた場合
③ 経済的に困窮する贈与者からの法律上の扶養義務の履行請求を受けた受贈者が,その履行を拒絶
したとき
(2)受贈者が贈与者を死亡するに至らせた場合,贈与者の相続人は,贈与を解除することができる。
(3)前 2 項により贈与が解除されたときは,受贈者は,解除原因が生じた時に受けていた利益の限度で返還義務を負う。
かりに,提案【Ⅱ―11-18】を前提とした場合,それを使用貸借においても準用することとして,使用貸借には特に規定を置かないということも考えられる。
しかしながら,そのような方向は,以下の理由によって採用しなかった。
第1に,忘恩行為における解除として考えられているのは,本来の使用貸借期間が残存していても,それを解除して,使用貸主の返還請求権を認めるという点にある。その点では,あくまで将来に向けての効果を問題とするものである。それに対して,売買における忘恩行為を理由とする解除は,遡って,(すでに完了している)贈与に基づく法律関係を解消するというものであり,その基本的な効果がそもそも異なるものであると考えられる。
第2に,そのような法律効果に照らして,贈与の解除に較べて,相対的に要件を緩和するということが考えられる。すなわち,贈与における解除が,贈与契約に基礎づけられた法律関係を復帰的に解消するものであるのに対して,使用貸借では,単に将来に向けての契約関係が終了するだけであり,目的物が返還されるという状況も,本来の使用貸借においても最終的に実現されるべきところであり(使用貸借における契約の終了原因が追加されるにすぎない),ここでの法律効果は限定的なものであると考えられる。そうした点に照らすと,提案【Ⅱ―11-4】のように,忘恩行為の内容を具体的に限定する必要性はないものと考えられる。
(2)忘恩行為等による解除権の行使期間
なお,贈与については,忘恩行為を理由とする解除権の行使期間についても,以下のような規定が用意されている。
Ⅱ-11-5 忘恩行為を理由とする解除の行使期間
(1)【II-11-4】 (1)項 1 号および 3 号ならびに(2)項に基づく解除は,贈与者又はその相続人がその事実
を知った時から 1 年以内にしなければならない。
(2)【II-11-4】 (1)項 2 号に基づく解除は,贈与者が解除しうる時から 1 年以内にしなければならない。
(3)前 2 項の規定による解除は,贈与の履行が終わってから 10 年を経過した後は,履行の終わった部分についてすることはできない。
しかし,この規定についても,忘恩行為に該当する事実があってから,1年間,積極的な 法律関係は当事者間に存在しないという状況で(贈与による法律関係はすでに終了している),
1年が経過するという贈与における状況と,使用貸借という法律関係が継続している状況とでは異なり得るものであると考えられる。
したがって,この規定についても,適用がないと考えるのが適切であろう。
その場合,特に,規定を置いて,使用貸借において,【Ⅱ-11-5】が準用されない旨を明示するということも考えられるが,忘恩行為を理由とする解除に関する規定を使用貸借にも置き,また,その内容が,上記の通り,【Ⅱ-11-4】と異なるものであり,【Ⅱ-
11-5】の形式的要件に対応していないことに照らせば,特に,この点までを明示的に排除する必要性はないものと考えられる。
(3)忘恩行為等を理由とする過去に遡る使用利益の返還等
なお,上記の説明の通り,ここでは,忘恩行為を理由として,将来に向けた使用貸借の解除を規定するものであり,その点では,そもそも,贈与における解除とは,その法律効果も異なるものだということになる。
ただ,そのうえで,贈与と同じレベルでの問題というのも,使用貸借に存在しないわけではない。すなわち,忘恩行為を理由として,過去の使用利益の返還を問題として取り上げるのであるとすれば,それは,まさしく過去の権利移転を否定するという意味での贈与における忘恩行為を理由とする解除と同質の問題だとも考えられるからである。
最終的に,この問題については,特に明示的な規定を置くことを予定していないが,それは,以下の理由による。
第 1 に,贈与における忘恩行為を理由とする解除も,過去の権利移転を遡って否定するという意味では,遡及的な法律関係の解消であるが,必ずしも,そこでは,過去の使用利益まで剥奪するという意味での復帰的な解決は,当然に内容とされているわけではないという点である。すなあち,贈与に関する【Ⅱ-11-4】は,その効果について,「受贈者は,解除原因が生じた時に受けていた利益の限度で返還義務を負う」と規定しており,解除原因たる忘恩行為等の前までの使用利益を剥奪するというしくみを採用しているわけではない。したがって,かりに,贈与に関する【Ⅱ-11-4】の規定を使用貸借に準用しても,この点についての解決が異なるわけではないということになるし,また,同じ問題は,贈与と使用貸借のいずれにおいても,現時点では,明示されていないものだということになる。
第 2 に,より実質的な問題として,そこまでを一般的な準則の中で規定しておく必要があるのかという問題である。忘恩行為があったということによって,過去にさかのぼってまで,その使用利益を剥奪するということを正当化することは,忘恩行為自体からは困難であるように思われる。過去にさかのぼっての利益剥奪が問題となるような場面は,実質的には,契約の成立自体に問題があったようなケースなのではないかとも考えられ,そうだとすれば,まさしく,契約の成立をめぐる問題として考えるか,あるいは,不法行為として処理することが考えられるのであり,使用貸借に固有の忘恩行為の問題として位置づけるのは,必ずしも適当ではないように思われる。
3.一般条項との関係
なお,事情変更の原則によって,同種の問題を規律することも可能性としては考えられるかもしれないが,忘恩行為や貸主にとっての必要性の発生といった個別的な事情について,事情変更の原則をどの程度まで利用することができるかは不透明な部分も残るので,このような使用貸借の終了原因を規定しておくことに意味があるものと考えられる。
4. 借主による目的物の原状回復等
Ⅳ-2-12 借主による撤去
(1)借主が目的物に附属させた物についての収去権については賃貸借の規定を準用する。
(2)賃貸借における目的物の原状回復義務に関する規定を準用する。
現民法第 598 条(借主による収去)
【提案要旨】
提案(1)は,現民法 598 条が規定する,借主が目的物に附属させた物についての収去権について,賃貸借の規定を準用することを提案するものである。
提案(2)は,目的物の原状回復義務に関する賃貸借の規定を準用することを提案するものである。
なお,いずれについても,こうした提案が認められる場合には,その内容は,【Ⅳ-2-
8】において規定されることになるが,使用貸借の終了時の目的物に関する規律として,ここでその内容を確認しておくものである。
【解 説】
使用貸借が終了した場合,借主が目的物に付属した物の収去権,収去義務が問題となるが,民法 598 は,借主の収去権についてのみ規定を置いている26。
提案(1)は,この収去権に関する問題について,賃貸借の規定を準用することを提案するも
26 本条については,『法典調査会議事速記録4』(商事法務研究会版)290 頁以下。冒頭で,xxxxによって,地上権の規定(現行 269 条)に準じて規定したと説明され,それに関連して,xxxxが,原状を変更するのは権利行使の当然の結果なのだから,原状を回復するについては特に規定する必要があると説明をする。もっとも,それらの説明をふまえるならば,目的物の原状回復を規定する点が重要なのだということになり,いずれにしても,現行法の規定のしかたは適切ではないと考えられる。
のである。賃貸借において,借主が目的物に附属させた物の収去権について明示的に規定しておく必要性の有無については,第 2 読会に持ち越された課題となっている。この点について,使用貸借と賃貸借とで本質的な違いは認められないので,賃貸借についての最終的な判断をふまえたうえで,その規定を使用貸借においても準用するというものである。
提案(2)は,立法者の説明においても,民法 598 条の定める収去権は当然のものであるとしたうえで,「収去の結果,目的物が原状と異なるようになる可能性があり,この点に疑義が生ずるおそれがあるので,『原状ニ復シテ』の文言を加えた」とされており,民法 598 の規定の趣旨のひとつが原状回復義務にあったものと考えられる。
このような原状回復義務については,賃貸借における【Ⅳ-1-27】が規定しており,それを使用貸借においても準用するということを提案するものである。
5. 損害賠償請求権についての期間制限
Ⅳ-2-13 損害賠償請求権の期間制限
契約又はその目的物の性質によって定まった用法に反する使用または収益による損害の賠償請求権については,目的物の返還時を起算点として,一般の債権時効の規定が適用される。
関連条文 現民法 600 条(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
【提案要旨】
現民法 600 条の定める貸主の損害賠償請求権に関する期間制限に関する提案である。
本提案は,契約又はその目的物の性質によって定まった用法に反する使用または収益によって生じた損害についての,貸主の損害賠償請求権に関する期間制限を廃止し,一般の債権時効の規律に委ねるということを提案するとともに,その債権時効の起算点が,目的物の返還時となることを規定するものである。
現行法は,使用貸借の場合の損害賠償請求権について 1 年間の期間制限を規定しているが,一般の債権時効が現行法と異なり,より短期のものとして規定されることに照らせば,特に,使用貸借の場合の貸主の損害賠償請求権のみを,そうした一般の債権時効に比べて,短期のものとする実質的な理由は乏しいものと考えられる。
ただし,使用貸借が,長期間にわたる場合,借主の義務違反によって目的物が損傷したが,それから,かなり時間が経過して,目的物が返還されるという場合には,目的物損傷時を起算点とすると,すでに債権時効が完成してしまっているという状況が生ずることが考えられる。この点については,原状回復義務をあわせて規定される目的物の返還義務の不履行の問題として,あらためて損害賠償請求権の債権時効が開始するということでも解決を図ること
ができると考えられるが,この点の疑義を避けるために,債権時効の起算点が,目的物返還時であるということを明示することが適当であると考えたものである。
なお,賃貸借における損害賠償の期間制限については,本提案と同様に,特に規定を置かないとする案と並べて,貸主の瑕疵発見後の通知義務を前提とする期間制限を設ける案を提示している(【Ⅳ-1-28】)。その点では,使用貸借における損害賠償の期間制限についても,両案を併記するということが考えられるが,ここでは,使用貸借が無償契約であるとしても,だからといって,一般的な所有者としての地位以上に保護される必要はないものと考えられるし(期間制限が一般的な債権時効より長期になる場合),他方,無償で目的物を利用していた使用借主にについて特段の保護を与える合理性もないものと考えられる(貸主の失権によって期間制限が一般的な債権時効より短期になる場合)ことから,そのような提案を行わなかった。
【解 説】
使用貸借において,契約等によって定まる用法に反した使用収益によって目的物に損害が生じた場合,それは,同時に所有権侵害としての不法行為責任を基礎づける性格のものである。
このような損害賠償請求権について,特に,借主の保護を図るために,その損害賠償請求権の行使期間を制限するということを実質的に基礎づけることは困難であると考えられる。債権時効についての改正をふまえて,このような期間制限を維持する必要がないというのが,本提案の理由である。
そのうえで,使用貸借が,長期間にわたる場合,借主の義務違反によって目的物が損傷したが,それから,かなり時間が経過して,目的物が返還されるという場合には,目的物損傷時を起算点とすると,すでに債権時効が完成してしまっているという状況が生ずることが考えられ,債権時効の起算点についての特則を置くことを提案するものである。
なお,上記のような問題については,目的物の返還義務の不履行の問題として,あらためて損害賠償請求権の債権時効が開始するということで,同様の解決を図ることもできるものと考えられる。しかしながら,この点の疑義を避けるために,債権時効の起算点が,目的物返還時であるということを明示することが適当であると考えたものである。
なお,賃貸借においては,本提案のように損害賠償請求権の期間制限を廃止して債権時効一般の規律に委ねるという提案とともに,賃貸人が目的物の損害を知ってからの催告を介した期間制限の提案もなされているが,無償契約である使用貸借において,特に,そのような規律を導入する実質的基礎づけは困難であると考えられ,一般の規律に委ねるという提案のみをここで示している。
6. 費用償還請求権についての期間制限
Ⅳ-2-14 費用償還請求権についての期間の制限
現民法 600 条を削除し,費用償還請求権の期間制限については規定を置かない。
関連条文 現民法 600 条(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
【提案要旨】
本提案は,借主が支出した費用の償還請求権についてのものである。
ここでは,現行法の期間制限を廃止し,一般の債権時効に委ねるという提案を行っている。本提案は,賃貸借でもこのような期間制限を廃止することとともに,他の費用償還請求権
とのバランスも考え,一般の規律に委ねることを提案するものである。
なお,有益費の償還請求については,【Ⅳ-2-5】*では,通知義務を前提とする失権を規定しており,一般の債権時効によるほか,これによっても,権利行使が制限されることになる。
【解 説】
本提案は,賃貸借において費用償還請求権の期間制限を廃止するという方向であることに加えて,そこでの説明が他の費用償還請求権とのバランスを根拠とするものであることを考慮したものである。現行法上用意されている費用償還請求権の中には,さまざまな性格のものがあり,そこでは,必ずしも,費用負担者の法的地位が経済的負担を伴うようなものであるか否かという点が考慮されているわけではない。その点に照らすと,使用貸借における費用償還請求権についてのみ特殊な規定を置くことの合理性は十分に基礎づけられないという判断に立つものである。
なお,費用が生じた場合の借主の通知義務を規定し,通知が怠られた場合には,借主は費用償還請求権を失いという形で規定することも検討したが,これについては,本提案の中では,【Ⅳ-2-5】の*において,有益費の償還請求権についてのみ,それに相当することを規定する可能性を示している。