① 平成21年1月、当時88歳であった本件土地の所有者Eは、D(Eの従姪)を養子とする養子縁組届を役所に提出した。
〈不動産取引紛争事例等調査研究委員会(第301回)検討報告〉
委任契約及び任意後見契約xx証書の作成当時売主は意思無能力であったとして、売主代理人による売買契約が無効とされた事例
<所有権移転登記抹消請求、損害賠償請求事件>
◎東京地裁 平成28年6月29日判決(控訴棄却・上告棄却)ウエストロー・ジャパン
(第一事件)平25(ワ)10839号 建物収去土地明渡請求事件
(第二事件)平25(ワ)17998号 損害賠償請求事件
(第三事件)平26(ワ)16770号 所有権移転登記抹消登記手続請求事件
調査研究部
(調査研究部長:xxxx)
はじめに
第301回の委員会では、売主が養子との間で締結した委任契約及び任意後見契約が売主の意思無能力により無効であったとして、売主代理人として養子が締結した買主との不動産売買契約の無効及び買主に対する所有権移転登記の抹消請求が認められた事例(東京地裁 平成28年6月29日判決 控訴棄却・上告棄却)を取り上げた。
<本件事案の概略>
① 平成21年1月、当時88歳であった本件土地の所有者Eは、D(Eの従姪)を養子とする養子縁組届を役所に提出した。
② 平成21年12月、DはEを連れて公証役場に行き、「委任契約及び任意後見契約xx証書」を作成した。(EはDに、E所有不動産等の保存、管理変更及び処分を含むEの生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を委任、事務処理のための代理権を付与)
③ 平成23年2月〜24年1月、DはEが所有する4件の不動産につき、Eの代理人として売買契約を締結し決済を行った。
④ 本件土地上には、B(Eの従姪)が、相続により建物(借地権は有していない)を
所有し居住していたところ、平成24年8月、 Eが所有する本件土地について、DはEの任意後見人(後日、代理人に記載を変更)として、買主Aとの間で代金を300万円とする売買契約を、媒介業者Uの媒介により締結し、その2か月後、司法書士の立会いのもと決済を行った。
⑤ Aは、Bに対し、所有権に基づく本件土地上の建物の収去及び土地の明渡しを求める訴訟を提起した。(第一事件)
⑥ Bは、Eを売主とする土地売買契約書を偽造した結果、無権利者であるAに本件第一事件に係る訴訟を提起されたとして、D及びC(Eの従妹・Dの親)に対し不法行為による損害賠償を請求する訴訟を提起した。(第二事件)
⑦ 平成25年10月、東京家庭裁判所はS区の申請によりEの後見開始の審判が効力を生ずるまでの間の財産管理人を選任、平成26年3月、Eは後見開始の審判を受け、xx後見人Fが選任された。
⑧ Eのxx後見人Fは、Dの任意後見人もしくは代理人として締結した本件売買契約は、Eの意思無能力のため無効として、Aに対し妨害排除請求権に基づくAの所有権移転登記の抹消を求めた。(第三事件)
<裁判所の判断>
裁判所は、xx証書作成当時のEの意思能力は相当程度低下しており、移行型任意後見契約の内容を理解せず、そのことはDも十分認識していたものであり、更に、本件xx証書作成も、DがEの財産を自らのために費消することを容易にする目的であったとして、
「xx証書作成に係るEの意思表示は無効であり、別途、売買契約時に口頭で代理権限が授与されたとする意思表示も無効」と認定して、XのBに対する建物収去土地明渡請求(第一事件)を棄却し、BのXに対するX所有権移転登記抹消請求(第三事件)を認容した。なお、BのDに対する損害賠償請求(第二 事件)については、Dの行為が直ちにBに対する不法行為に該当するとは言い難いとして
棄却した。
< E とDの養子契約の顛末>
⑨ Eのxx後見人Fは、EとDとの養子縁組無効確認訴訟を提起、平成28年9月東京家庭裁判所は、S区提出の縁組届は、Eの署名を欠き、陰影はEの印鑑によるとは認められないとして、無効確認を認容した。
委員会では、本件事案における問題点等について、意見交換が行われた。詳細は「委員会における指摘事項」を参照していただきた
い。
また、委員会に先立ち行われたワーキンググループ(不動産事業者、行政等で構成)において、などについて意見交換を行なったので一部紹介する。
<ワーキング意見>
〇高齢者との不動産売買取引・媒介取引を行う場合の社内態勢について
・高齢者に対する線引きやそれに対する明確な対応ルールはないが、用意が必要ではないかと提案がされている段階。金融商品や信託受益権では適合性の原則が言われており、我々不動産業界は遅れているのではないかと感じる。
・本人に「認知症ですか」とか「xx後見制度を利用していますか」とは聞けないが、面談において、不明確xx疑義がある場合は、媒介をお断りしている。
E養子
本件建物所有者
D
B
本件土地所有者
C
E
⑤第一事件:建物収去・土地明渡請求(棄却)
本件建物
所有者B
⑥第二事件:不法行為による損害賠償請求(棄却)
④H24.8
①H21.1 養子縁組 売買契約締結
本件土地所有者
売主E
②H21.12 委任契約及び
任意後見契約
買主A
⑦家庭裁判所によりxx後見人選任
⑨養子縁組無効確認(認容)
⑧第三事件:E・A間の売買無効確認請求(認容)
Exx後見人F
媒介業者U
D
・Eの養子
・任意後見人
・代理人
[ 時系列 ]
※ 判決文より一部抜粋、一部裁判記録より加筆
平成 21 年 1 月 | DはEの養子となる養子縁組届をS区役所に提出。 |
平成 21 年 12 月 | XはXとともに公証役場に行き、「委任契約及び任意後見契約xx証書」を作成。 |
平成 23 年 2 月~ 24 年 1 月 | Eが所有する4件の不動産について、DはEの代理人として売買を行う。 |
平成 24 年 8 月 | 本件土地につき、XはEの任意後見人(後日、代理人に記載を変更)として、買主 Aとの間で売買契約を締結し、その2か月後決済を行った。 |
平成 25 年 | A、建物所有者Bに対し、建物収去土地明渡を求める訴訟を提起。(第一事件) B、D及びCに対し、Eを売主とする売買契約書偽造によりAより訴訟を提起されたとして、不法行為による損害賠償請求訴訟を提起。(第二事件) |
平成 25 年 10 月 | 高齢者虐待の疑いありとしたS区の申請により、東京家庭裁判所がEについて、後見開始の審判が効力を生ずるまでの間のEの財産管理人を選任。 |
平成 26 年 3 月 | E、東京家庭裁判所にて後見開始の審判を受ける。 その後、Xのxx後見人Fにより、E・A間の売買契約無効、Aに対する所有権移転登記の抹消を求める訴訟を提起。(第三事件) |
平成 28 年 6 月 | 東京地方裁判所、本件判決言い渡し。 AのBに対する建物収去土地明渡棄却、BのD・Cに対する損害賠償請求棄却、 EのAに対する売買契約無効・所有権移転登記の抹消請求認容 ※ 本件事案は、その後控訴・上告されたが、いずれも棄却された。 |
平成 28 年 9 月 | Eのxx後見人FのDに対する、E・D間の養子縁組無効確認請求訴訟につき、東京家庭裁判所、養子の無効を認める。 |
・投資用不動産購入の場合は、売買情報入手日・媒介契約締結日・売買契約締結日のいずれかの時点で75歳以上ならば厳格に対応するルールになっている。具体的には、①投資用不動産の各種リスクを説明し、理解している旨の確認書を面前自署で徴求する。②本部決裁事項とする。
投資用不動産以外の場合は、そこまで厳格ではないが、上席者が意思確認の場に同席して意思疎通ができるか確認する。取引理由(売却事情等)はいかなる場合でも検証する。万が一、会話の中で意思能力に不安がある場合は、基本的に媒介をお断りするか、もしくは法定後見人を立てて頂く対応としている。
・信託受益権取引については、70歳以上の方と取引する場合には管理職と担当の複数名で会話力・理解力・投資意向等の確認を行っている。80歳以上の場合、管理職が契約
締結時と決済時の2度に渡り、意思確認を行っている。
現物不動産取引については、信託受益権取引のような明確な規定はなく、実務としては複数名で面談する等の運用をしている。
〇高齢者取引に関して日頃感じていること・要望等
・高齢化社会の中で高齢者の不動産売却ニーズも増えているので、なんらかの対応が必要という漠然とした問題意識を持っている。
・高齢化により空き家が増加している中、不動産取引に不慣れな一般の人にとっては、どこから動けばよいのか、何に注意したらよいのか分からない人が多いと思わる。行政やそれに準ずる公的性格の相談窓口があればよいと思われる。
【行政庁意見】
・地方の不動産業界団体の会合において、「最
近高齢者との不動産取引の機会が多くなり、理解できているのか分からないケースが増えリスクが高くなっている。」との話を耳にした。大手業者はコンプライアンス・管理態勢もしっかりしていて、ノウハウの蓄積もあると思うが、高齢者で、なお且つ空き家という事になると地方案件が多いことから、大手業者が持っているノウハウを情報収集して、マニュアル化までは至らないとしても業界団体と情報連携することを考えていく必要があるのではと思われる。
<事務局意見>
Dは本件も含めて5件の不動産売買を行っているが、Eの意思無能力を認めた本件判決によれば、各事案に関与したxx業者は、売買がEの意思無能力により無効となる可能性を見過ごして取引を行っていたことになる。xx証書による委任契約及び任意後見契約があり、かつ、Eの養子Dが代理人であったことから、取引に特に問題はないと判断されたのではと思われるが、不動産取引においては、取引当事者の意思能力の確認は必須であること、また、任意後見人制度の正確な知識を得ておくこと(任意後見人による場合には、任意後見監督人選任の確認等が必要)も必要であることについて確認をしておきたい。
なお、取引に司法書士・弁護士等が関与していたとしても、司法書士等は意思能力の有無についての専門家でなく、その職責上専門的な知見を有することが期待されているものでもないことから、取引当事者の意思能力は、xx業者自らにおいて確認する必要があることに留意が必要である。
1 .委員会資料
※ 判決文等について、事務局にて一部加筆等しています。
<当事者>
A:個人 本件土地の買主。
B:個人 本件土地上の建物を所有し居住。 Eの従姪。
C:個人 Eの従妹。Dの親。 D:個人 Eの従姪。
Eと養子縁組。 E:個人 本件土地の所有者。
第一事件 建物収去土地明渡請求事件原告:A 被告:B
第二事件 損害賠償請求事件原告:B 被告:C、D
第三事件:所有権移転登記抹消登記手続事件原告:E 被告:A
<物件概要>
(目録記載1の建物)種類:居宅
床面積:1階49.61㎡、2階47.13㎡
(目録記載2の土地)
所在:S区〇町〇丁目〇番〇地目:宅地
地積:73.42㎡
<判決の内容>
[主文 第xx]
1 原告Aは、目録記載2の土地について、
〇法務局平成24年10月19日受付第〇号所有権移転登記の抹消登記手続きをせよ。
2 原告Aの請求を棄却する。
3 被告Bの請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、第1事件ないし第3事件を通じて、原告Aに生じた費用、被告Bに生じた費用の5分の4及び原告Eに生じた費用を原告Aの負担とし、被告Bに生じたその余の費用、被告Cに生じた費用及び被告 Dに生じた費用を被告Bの負担とする。
[請求内容]
1 第1事件
被告Bは、原告Aに対し、目録記載1の建物を収去して目録記載2の土地を明け渡せ。
2 第2事件
第2事件被告らは、被告Bに対し、連帯して150万円及びこれに対する平成24年10月19日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。
3 第3事件
主文第1項同旨
[争点及び当事者の主張]
⑴ 争点1 Dの本件土地の売却に係る代理権限の有無
(Aの主張)
ア Eは、本件xx証書のとおり、Dとの間で、自らが所有する不動産、動産等すべての財産の保存、管理、変更及び処分に関する事項を委任し、その事務処理のための代理権を付与する内容を含む本件委任契約を締結しているから、Dは本件土地の売却に関する代理権限を原告Eから授与されているというべきであり、Dが代理人として締結した本件売買契約は有効である。
イ 本件公証人は、当時92歳であったEの年齢を慮って、Eに対し、本件委任契約の内容をきちんと説明するとともに、家族関係、財産の概要等に加えて、認知症になって判断力がなくなった後の後見人を誰にするかを質問し、その受け答えの内容等により意思能力の有無を判断して、Eの自署に係る署名を得て、本件xx証書を作成している。
また、本件xx証書の作成に先立って、H税理士が、平成21年3月から同年11月にかけて、Eと複数回直接面談をした際のやり取りを通じて、Eの意思能力の有無等が問題となるような状況ではなかったことを確認してお
り、H税理士がこれらの面談を行った平成21年3月から同年11月の時点で、Eが意思能力を有していたことは明白であり、本件xx証書が作成された同年12月16日の時点においても、Eが意思能力を有していたことが推認されるというべきである。
さらに、平成20年頃や平成23年頃に、複数の弁護士がEの事件処理等の依頼を受けてEと面談し、いずれも意思能力に問題がないことを確認している。
このことに加え、I司法書士は、本件売買契約締結に際して、本件土地を含むEの所有に係る土地売却に関する意思確認をEに直接行っており、平成24年8月31日に行われた本件売買契約締結の当時も、Eは意思能力を有していたというべきである。
(Bの主張)
ア 本件売買契約が締結された当初、Dは自らをEの任意後見人であると認識し、かつAや仲介業者らに対してそのように説明していたのであるから、Dは自らをEの代理人とは認識していなかったことが明らかである。そして、本件売買契約書の記載が「任意後見人」から「代理人」に変更されたのは、本件売買契約が締結されて半年以上経過した平成25年 3月29日以降であり、その経緯も、Bの訴訟代理人弁護士からの指摘を受けたAの訴訟代理人弁護士が、本件売買契約に関与した仲介業者に対して、「任意後見人」の記載を「代理人」に改めるよう指示した、というものであって、この変更の経緯にA本人、E本人及びD本人のいずれも関与していない。このように、本件が紛争として顕在化した後に、契約の両当事者の認識と関係のないところで、 Aの訴訟代理人の指示でDの肩書が「代理人」に修正されたのであり、この経緯からも、本件土地売買に関する代理権授与行為は存在しなかったといえる。
イ 本件公証人は、本件xx証書作成の過程で、Eの意思能力を確認した旨供述するが、そもそも本件公証人はE個人に関する記憶を有しておらず、自らが作成したxx証書であれば意思能力がある旨を述べているにすぎないから、本件公証人の供述はEに意思能力があったことを裏付けるものではない上、知能評価スケールの数値を軽視する旨の供述をする等、非常に恣意的な判断を行っていることがうかがわれ、全く信用性がない。
また、本件xx証書が作成された後に、Eの意思確認を行ったと述べる弁護士の供述についても、当該弁護士はEと一度しか面会していないにもかかわらず、Eの所有する土地に関する数億円にも及ぶ売買に関与し、多額の弁護士費用を受領しているのであって、このような経緯に照らせば、当該弁護士の供述は到底信用することができない。
(Dらの主張)
ア Eは、本件xx証書に係る本件委任契約の締結によって、本件土地を含む自らの所有する財産の処分をDに包括的に委任し、その包括的代理権を授与した。また、本件売買契約の締結に先立って、DがEの所在する施設を訪問して、本件土地の売却に関し、仲介業者2社の出した査定価格の双方を伝え、Eから「高い方がよい」との答えを得ているから、これをもって、Eは、Dに対して、本件売買契約に関する個別の代理権限を授与したというべきである。このことは、I司法書士が平成24年9月18日にEと面談した際、「不動産売却・登記手続きに関する同意書」にEが署名し、同書面に本件売買契約の授権に係る記載があることからも明らかである。
イ 本件xx証書を作成した公証人は、Eの意思能力について相当の注意を払い、内容をかみ砕いて説明し、問題はないと判断しており、公証人としてこれまで意思能力のない人
のxx証書を作成したことはない旨供述しているところ、公証人制度の趣旨及び目的に照らして、公証人の作成した証書の効力を否定することは制度の存在理由を揺るがすことになりかねず、その判断は慎重になされるべきである。また、H税理士は、本件xx証書作成に先立って、Eと複数回面会し、Eから確定申告書作成に係る質問を受けるなどした上で、「娘(D)に任せていますから」と繰り返し述べていたのであって、そのようなH税理士が、これらを踏まえてEの理解力は明晰であって、意思能力の有無を問題にされる状況ではなかったと述べていることからすれば、本件xx証書が作成された当時、Eの意思能力には何ら問題がなかったものというべきである。このことに加え、平成20年から平成23年にかけて、複数の弁護士が事件処理の過程でEと面談して、いずれも意思能力を疑わせる事情がなかった旨供述していることも、本件xx証書作成当時、Eに意思能力があったことを基礎付けるというべきである。
(Eの主張)
ア 本件xx証書は、包括的財産管理の委任契約と任意後見契約の二つを包含する、いわゆる移行型の任意後見契約であるところ、同契約における委任事務の範囲は、Eの財産の全てについて保存、管理、変更及び処分であって、Dにxxな代理権を与えるものである。したがって、このような契約の締結に必要とされる意思能力の程度は高いものと言わなければならず、具体的には、①委任者が自分の財産を把握し、受任者に説明ができること、
②財産管理を委任するという意味を理解していること、③財産管理の報告書を読んで理解し、そこに記載されている内容を現存する財産や現実の収支と照らし合わせることができること、が必要とされていると指摘されている。
イ Eに関しては、①J医師が、Eの意思能力の低下は平成12年頃には既に認められ、その頃には既に認知症が発症していたと考えられるとしたうえで、平成21年1月の時点で養子縁組能力すら有しておらず、その後においても、自己の財産管理を人に委任する能力や財産を処分する能力も有していなかったとの意見を述べており、②K医師が、平成21年7月22日に実施したxxx式簡易スケールテストにおいて、Eは8点しか正解できず、重度の認知症であることが確認されており、また、 K医師は、同日当時、Eについて、かろうじて「100- 7」の問いに答えられるものの年齢及び日付は答えられない状況であり、不動産を売却すること等について理解できる能力はなかったと考えられるとの意見を述べていること、③Eが平成20年9月13日に緊急搬送されたxx病院の医療記録においても、明確に認知症との診断を受けている上、認知症の症状が進行していく様子が明確に表れていること、④介護認定情報においても、平成19年6月7日の時点において既に時間の見当識障害が発生し、平成20年6月19日の時点において、意思決定が日常的に困難とされ、「毎日の日課の理解、短期記憶、今の季節の理解」については全て「できない」とされ、ひどい物忘れや、排泄関係を適切に処理できていないことが指摘されている上、本件xx証書作成に最も近似した平成21年7月7日実施の介護認定情報には、「毎日の日課の理解、短期記憶、今の季節の理解、場所の理解」が全て「できない」とされ、金銭の管理については「全介助」、日常の意思決定は「日常的に困難」、特記事項として「日常の意思決定理解力が低下し困難となっている」等の記載があること、
⑤Eが入所していた施設の平成20年及び同21年当時の記録にも、妹の顔を忘れていることがあり、トイレの場所が分からず、トイレに
行った後はどうすればいいかを尋ねるなどし、電気の付け方やテレビの消し方がわからなくなっている等の記載があること、⑥Eを昔からよく知るLらも、平成20年から同21年当時、Eが会話内容を理解できる状態ではなかった旨を供述していること等に照らせば、 Eが、本件xx証書が作成された平成21年12月16日当時、本件委任契約の内容を理解できる程度の意思能力を有していたとは到底いえないというべきである。
ウ また、本件xx証書が作成された経緯についても、当初本件公証人は、H税理士から遺言を作成するよう依頼されていたにもかかわらず、当日になって急きょ移行型任意後見契約に係るxx証書を作成することに予定が変更されたものであり、極めて不自然である。この変更の理由は、DがEの財産をほしいままにする手段として、移行型任意後見契約を締結することを企図したものと考えられ、真正な包括的代理権授与が行われなかったことの証左である。
さらに、Eは、平成21年から23年当時、所有する不動産からの賃料収入として年間2000万円以上の収入があり、不動産を売却して現金化しなければならない必要性は全くなかった。その上、本件土地を含むE所有の不動産の売却代金のほとんどは、Dらの生活費や同人らのための不動産購入費用に充てられ、Eのためには使用されず、また、その売却代金もほとんど残存していない。したがって、本件委任契約に基づく不動産売却によってEは何らの利益を得ておらず、EがDに不動産売却を委任する必要性はない。
エ さらに、D自身、任意後見監督人が選任されていないにもかかわらずEの任意後見人として本件売買契約を締結する等、移行型の任意後見契約に関して正確な理解をしていなかった。これは、本件xx証書作成の当日に
なって、xx証書によって作成するものが遺言から移行型の任意後見契約書に急きょ変更となり、そのためにDが本件公証人から本件xx証書の内容について十分な説明を受けていないことに起因すると考えられる。
オ また、平成24年8月30日付けで作成された本件委任状は、Eの印章を管理していたDがこれを冒用して作成した偽造文書であり、かつ、これが作成されたのは少なくとも本件売買契約の締結から1年近く経過した後のことであって、EからDに対する個別的な代理権の授与を基礎付けるものではない。
⑵ 争点2 Dらが、本件売買契約締結に係る行為に関してBに対する不法行為責任を負うか否か
(Bの主張) Dらは、本件土地の所有権者であるEに本
件土地の売却の意思がないことを知りながら、Eが契約当事者となっている売買契約書を偽造し、法務局に虚偽の申立てをして本件土地の所有権移転登記を経由せしめ、その結果、真の所有者ではないAにより本件土地の明渡請求を受け、本件第1事件に係る訴訟提起を受けたことについて、Dらに不法行為が成立する。これによりBが受けた損害は、慰謝料100万円及び弁護士費用相当額50万円である。
(Dらの主張)
否認ないし争う。
2 .裁判所の判断
争点1 Dの本件土地の売却に係る代理権限の有無
⑴ 本件任意後見契約に基づくDへの代理権限授与の有無
本件任意後見契約には、任意後見監督人が選任されたときからその効力を生ずる旨の定め(第2条1項)があるところ、本件売買契
約書が作成された時点において、Eについての任意後見監督人は選任されておらず、仮に本件xx証書に係る本件任意後見契約が有効に締結されていたとしても、任意後見受任者であるDには、本件任意後見契約に定められた後見事務についての代理権は生じていないから、本件各売買契約書作成当時、Dについて、本件任意後見契約に基づく代理権が生じていたとはいえない。
⑵ 本件委任契約に基づくDへの代理権限授与の有無
次に、本件委任契約に基づいてEからDに代理権限が授与されたといえるかについて検討する。
ア A及びDらは、本件xx証書によって締結された本件委任契約は有効であり、Dは、これにより、本件土地の売買契約について代理権の授与を受けている旨主張する。そして、 Eは平成21年12月16日、EがDに所有財産全ての処分等を委任する内容を含む本件委任契約が記載された本件xx証書に署名していること、本件xx証書には「前記各事項を列席者に閲覧させたところ各自これを承認し、次に署名捺印する」との記載があることが認められる。
イ 原告Eの意思能力について
しかしながら、次のとおり、本件xx証書作成当時の原告Eの意思能力は、相当程度低下していたものと認められる。
ア すなわち、平成21年7月22日にEに対して実施されたxxx式スケールの結果は30点満点中8点であり、Eが同試験において、自らの年齢、当時の日時及び曜日、自らがいる場所についていずれも答えることができず、簡単な引き算には解答したものの、短期的な記憶を問われる問題には正解できなかったこと、xx19年から平成21年までのS区の実施に係る介護認定調査書にEが短期記憶や季節
及び場所の把握ができず、日常の意思決定等が困難である等の記載があること、Eの有料老人ホームにおける介護記録にEがMではない他の施設利用者のことをMと思い込み、冷蔵庫のことを「これなにかしら?」と発言するなど、見当識障害が進行していることをうかがわせる言動がみられるほか、複数回失禁するなどして排泄等の基本的な日常の行動を行うことができなくなっていることに加え、
「何だか知らないけど、また戻ってきちゃったみたいね…。」、「なんで、ここにいるのよ!」といった自己の置かれた状況を把握できていないとみられる言動が記載されていること、複数の医療機関がEについて認知症であるとの診断をしていることを指摘することができ、これらの事実によれば、本件xx証書が作成された平成21年12月16日当時のEの意思能力は、相当程度低下していたと認めることができる。
イ これに対し、本件公証人は、自らがxx証書を作成しているということは、本件公証人がEの意思能力に疑問を持たなかったということである旨供述する。しかしながら、本件公証人がEと面会したのは本件xx証書を作成した当日のみであって、本件公証人は、多数のxx証書を作成しているからEについての具体的な記憶はない旨供述し、Eの意思能力に問題がなかったことを示す個別的な事情を述べていない。
そして、Dは、c老人ホームに対して認知症との記載がある診断書を書き直すよう要望していることからすれば、R公証役場に同行した際に本件公証人に対してEの病状について具体的な説明をしていないと認めるのが相当であり、本件公証人も、Eが認知症と診断されていたことや、当日のxxx式スケールの結果等を見ていないことを前提とする供述をしていることからすれば、本件公証人は、
当日、Eについて、意思能力の低下した状態であることを前提とする十分な意思能力の確認を行っていないことが推認される。
さらに、Eに対して平成23年6月16日付けで実施された介護認定調査表には「簡単な質問にはその場を繕いそれなりに返答されるが、事実ではない返答(一人で買物に行っているなど)をする」との記載があることに加え、平成26年3月31日におけるDらとEの会話においても、Dらの質問に対してほぼ全て追随する形で肯定する返答をしており、その中には文脈として不自然であるものや、Dの変遷前の供述を肯定する内容のものが見受けられ、Bは平成13年頃のEについても、同様に肯定的な応答をする傾向があった旨供述していることからすれば、本件xx証書が作成された平成21年12月16日の時点においても、 Eには、質問された内容を十分に理解しないまま肯定的な返答をする傾向があったことも認められる。
そうすると、仮に本件公証人がEについて意思能力に問題がないと判断して本件xx証書を作成したとしても、それは、本件xx証書が作成された当日に一度だけ面会した本件公証人が、Eの意思能力の低下の兆候に関する十分な情報を得ないまま、Dの問いに対して肯定的な応答をするEを見てその意思能力を判断した可能性が相当程度あり、そのような経緯に照らせば、本件公証人において、Eの意思能力の程度について正確な判断が可能であったかについては疑問が残るといわざるを得ない。
以上によれば、本件公証人の上記供述は、上記アにおいて説示したEの意思能力が相当程度低下していたとの認定を妨げるものではないというべきである。
ウ また、H税理士は、Eの確定申告等の依頼を受けるようになった平成21年の春頃以
降、複数回Eと面会し、確定申告や事業専従 者変更届の依頼を受けるに当たって、Eの物事への理解力は明晰であり、意思能力の有無などが問題にされるような状況では全くなかったと認識していた旨供述する。しかしながら、H税理士の供述によれば、H税理士がEと面会したとされるのは平成21年3月2日、同年7月3日、同月6日、同月27日、同年11月6日であり、いずれもEの自宅やホテル等の当時Eが入所していた有料老人ホームの外で面会したとされているところ、Eが当時入所していた有料老人ホームの生活記録等には、平成21年7月3日、同月6日、同月27日及び同年11月6日にEが同施設から外出したとの記録はなく、各日においてH税理士が面会したと述べる時間帯に近接した時間に同施設において介助等を受けていた旨の記載があることが認められる。このことに加え、H税理士は面会の際のEの様子について、杖のようなものを用いて歩行していた旨供述するが、Eが入所していた有料老人ホームの平成 21年3月17日時点の記録には、「屋内や室内は、伝い歩きでの移動は可能。外出の際の長距離移動は車いすを使っている。」との記載があることが認められることに照らせば、Eが杖を用いて歩行することが可能だったかについても疑問が残る。さらに、H税理士は、 Eが確定申告や専従者変更届の内容を理解してH税理士に依頼した旨供述するが、認知症と診断され、見当識障害の進行をうかがわせる言動を示していたEが、確定申告や専従者変更届の内容を理解することが可能だったかについても疑問があるといわざるを得ない上、 H税理士自身も「私が専従者給与について言う前に、もう分からないな、この人はってすぐ感じたんです。」と述べるなど、そのことを認める旨の供述もしているところである。以上によれば、H税理士の供述は、Eに関
する医療記録や施設記録の内容と整合しないといわざるを得ず、採用することはできない。エ このほか、平成20年11月20日時点でEの意思能力に問題はなかった旨を述べるP弁護士の回答書や、平成24年8月頃時点のEの意思能力に問題はなかった旨を述べるI司法書士の供述がある。しかしながら、P弁護士が Eに面会したのは1回のみであり、P弁護士がEの意思確認について慎重を期した理由として高齢であることのみに言及し、認知症であること等に言及していないことを踏まえれば、P弁護士の回答書は、Eの意思能力が相当程度低下していたことの認定を左右するものではないというべきである。
また、I司法書士とEの面談が行われた際、 g老人ホームの職員であり、同面談に立ち会っていたQの供述は、Eが入所していた施設の職員という中立的な立場の者によるものとして信用することができるところ、Qは、同施設を訪れたBの訴訟代理人両名に対し、Eについて、平成24年8月当時、同施設の職員の名前も覚えられない状態であり、司法書士との会話の内容を理解していたとは思えないこと、Eが話しかけられると応答はするが、その内容は妥当なものではなかったことなどを述べているのであって、これと矛盾するI司法書士の前記供述は採用することができない。
オ なお、平成21年12月当時Eには判断能力がなかった旨を述べるJ医師の意見書や、同年7月当時Eには判断能力がなかった旨を述べるK医師の回答書があるが、次のとおり、 Eが本件xx証書作成当時に意思無能力であったとまでは認められないというべきである。すなわち、上記(ア)のとおり、Eの施設における介護記録には、EにJ医師意見書の指摘するような、見当識障害や理解力、記憶力の低下がうかがわれる症状や言動がみら
れる旨の記載がある一方で、平成19年から平成22年にかけてEについて実施された介護認定調査に係る調査において、「意思の伝達」についてはできるとされており、また平成21年7月に実施された調査においては要介護3と認定されたのに対し、平成22年7月に実施された調査においては要介護2と認定されており、問題行動とされている言動も減少傾向にある旨の記載があることが認められることに加え、Eの主治医が、平成21年7月当時の Eの短期記憶について「問題なし」、日常の意思決定を行うための認知能力について「自立」、自分の意思の伝達能力について「幾らか困難」と述べるにとどまっていることが認められ、また、Eが再入所したb老人ホームの職員のことを覚えていることや、施設の職員と日常的な意思疎通が相当程度できていること、施設に入所している他の利用者ともコミュニケーションを取れていることが認められるのであり、平成21年12月前後のEの医療記録や介護記録には、時間や人物の見当識障害、記憶障害や理解力の障害等がみられ、また、日常的な動作についても能動性や意欲が著しく欠けていたことをうかがわせる記載がある一方で、日常的に接する人とは一定程度の意思疎通が可能であったことをうかがわせる記載があり、また、同年7月当時のEの認知能力について主治医が「自立」と診断する等、Eの認知能力についてJ医師とは異なった判断をしていることも認められ、Eの減退している意思能力の分野にはばらつきがあったと認めるのが相当である。そして、J医師意見書やK医師回答書は、Eにおいて一定程度の意思疎通が可能であったなどのEの認知能力について良好な側面があったことをうかがわせる記載について十分な検討がされているとはいい難い。以上によれば、J医師意見書又はK医師回答書によっても、本件xx証
書が作成された平成21年12月当時、本件xx証書の内容であるいわゆる移行型の任意後見契約について、Eがおよそその内容を理解することができなかったとまでは認めることはできず、その他、Eが意思無能力であったことを認めるに足りる証拠はない。
ウ 本件xx証書作成時の状況等について 本件xx証書作成時の状況をみると、次の
とおり、Eは、本件xx証書によるDに対する代理権授与の内容について理解していたとはいい難く、その意味で、上記代理権授与は Eの真意に基づかないものであり、Dもそのことを認識していたと推認することができる。
ア まず、H税理士はDからEのxx証書遺言を作成したいとの要望を受けて本件公証人を紹介したことが認められ、本件公証人も、xx証書遺言作成の依頼を受けた旨供述するのみであり、いわゆる移行型任意後見契約を作成する旨の連絡を事前に受けたとは述べていないのであって、xx証書遺言に加えていわゆる移行型任意後見契約を内容とする本件xx証書が作成されることとなったのは、D及びEがR公証役場に到着した後であったと認めるのが相当であり、この認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
イ また、Dは、当時Eについて任意後見監督人が選任されておらず、本件任意後見契約の効力が生じていなかったにもかかわらず、本件各売買契約書作成に際して、本件各売買契約書にEの任意後見人として署名し、任意後見人としての登記があれば任意後見人として代理権を有していたと認識していたと述べ、本件xx証書の内容であるいわゆる移行型の任意後見契約について必ずしも正確な理解をしていなかったことを自認しており、本件xx証書作成に当たり、本件xx証書の内容について十分に理解をしていなかったと認めら
れ、このことは、本件xx証書作成に当たって、本件公証人からE及びDに対して、本件xx証書の内容についての十分な説明がされなかったことをうかがわせるものといえる。ウ さらに、平成21年のEの不動産賃料収入は2000万円余であり、本件xx証書が作成された平成21年12月16日の時点において、Eの生活費の確保という観点から、Eの所有に係る不動産を売却する必要は乏しかったといわざるを得ず、Eに、Dに自らの所有する財産の処分等を委託する動機があったとは考え難い。この点、平成20年12月頃から平成25年10月30日頃までEの印鑑及び通帳を管理していたDは、Eから、相続税対策のために所有する不動産を現金化するよう依頼されたと供述するが、前記のとおり意思能力が相当程度低下していたEにおいて当該内容の依頼をすることの不自然さがあるほか、Dらの管理下におけるEの預金の残高が、E所有の不動産の売買代金数億円が入金されたものの、新たに t不動産を購入するなどした結果、Eに係る財産管理人が選任された平成25年10月30日頃の時点で約2500万円にまで著しく減少していることに照らせば、Dの上記供述は採用することができない。
エ そして、Dらの管理下におけるE名義の預金口座から多数回の出金や他口座への送金が繰り返された結果、一時は2億3000万円と数千万円の残高があった預金が、財産管理人が選任された平成25年10月30日頃の残高は、それぞれ2500万円余と11万円余となっているところ、これらの預金口座からの各出金等の用途について、Dはt不動産の購入資金に充てたと述べるほかは、その具体的な用途について説明できていない。t不動産についても、 Dらのみが居住し、Eは一度も居住していないことが認められることからすれば、専らDらが利用するために購入されたものであるこ
とがうかがわれる。
これらに加えて、Eが自宅で倒れて病院に搬送された平成20年9月頃、DがBに対して
「資産をもらってしまおう」等と発言していること、Eのa老人ホームからの退所に伴う清算金2000万円余はD名義の預金口座に返戻され、同金員がE名義の預金口座に入金された形跡がないこと、Dらが、Eが入所していたb老人ホームの職員に対して苦情等を述べた際、「そんなにMの味方をするんだったら金も無いあの人を一生世話すれば良い。財産の多いEは可哀相なんで連れて帰ります。」と発言していること、Eについて財産管理人が選任された後も、Dが、Eの名義で、E名義の口座から自己名義の口座に月額60万円の自動振込手続を行っており、その使途についてN弁護士がDの生活費であると返答していること、E所有に係る不動産売却に伴ってDが受領した手付金合計1100万円について、E名義の預金口座に入金された形跡がないことも併せ考えれば、Dらは、本件xx証書作成の前後を通じて、自らが管理していたEの財産の相当部分を自らのために費消したことが強くうかがわれるというべきであり、本件xx証書作成も、DらがEの財産を自らのために費消することを容易にする目的であったと推認される。
このことに加え、EにDらの質問に対してほぼ全て追随する形で肯定する旨の返答をする傾向があったと認められることも併せ考えれば、Dは、Eに対して、本件xx証書の内容を十分に説明せず、Eもその内容を十分に理解しないまま、Dに追随する形で本件xx証書の内容を承認するかのような言動をしたことが推認されるというべきである。
オ なお、Dは、本件xx証書を作成した本件公証人は、Eの意思能力について相当の注意を払い、内容をかみ砕いて説明し、問題は
ないと判断した旨主張し、本件xx証書作成の経緯について、当初はEがxx証書遺言を作成することを希望してR公証役場を訪れ、その後Eと本件公証人が話した結果、任意後見契約も作成することになり、本件xx証書の作成に至った旨供述する。
しかしながら、Dは、H税理士との面会の際に、H税理士の助言を受けてEがDに任意後見を任せたいと述べていた旨供述して、本件xx証書作成経緯に関する供述内容が変遷している上、H税理士はDを任意後見人とする内容のいわゆる移行型の任意後見契約を作成するようアドバイスしたことはない旨供述しており、H税理士の供述とも整合しないのみならず、そもそもEの入所していた有料老人ホームの施設記録等に照らして、H税理士がEに面会して任意後見契約の説明をした旨の証人Hの供述を採用し難いことは上記イウのとおりであるから、Dの本件xx証書の作成経緯に係る供述は採用することができない。エ 以上によれば、本件xx証書が作成された当時、Eは、意思能力を欠いていたとまでは認められないものの、その意思能力は相当程度低下していたことに加えて、本件公証人がD及びEに一度しか面会しておらず、いわゆる移行型の任意後見契約に関する十分な説明をしていないこと、DにおいてもEに対して本件xx証書の内容に関する説明を事前にしていたとは認め難く、Eにも自らの所有する不動産の処分をDに委任する動機があったとは認め難いほか、Dには、Eのそのような状況を認識しながら本件xx証書作成に至ったということができるのであるから、本件委任契約及び本件任意後見契約がxx証書によって作成され、Eが本件xx証書に自ら署名していることを考慮してもなお、Eが、自らの財産の処分権限を全てDに委任する旨のいわゆる移行型の任意後見契約である本件xx
証書の内容を理解した上で、本件xx証書に署名したというには疑問を容れる余地が大きく、その意味で、本件xx証書の作成によって示されたEのDに対して自らの財産の処分権限を全て委任する旨の代理権授与の意思表示は、Eがその内容を理解せず、Dに追随する形で示されたものであって、Eの真意でないと評価されるものであり、そのことをDにおいても十分認識していたといえるから、そうであれば、Eによる上記意思表示は無効であるというべきである。
したがって、Dらの上記アの主張は採用することができず、本件委任契約に基づくDへの代理権限授与を認めることはできない。
⑶ EからDへの口頭での代理権限授与の有無
原告EからDに対して口頭で代理権限が授与されたといえるかについて検討する。
ア Dらは、本件売買契約書作成に先立って、 Eに対し、仲介業者が提示した本件土地及び本件各隣接地の査定価格を伝えたところ、Eが「高い方がよい。」と答えており、このやり取りにおいて、本件土地の売却についての個別の代理権限が授与された旨主張し、Dも同旨の供述をする。また、本件土地及び本件各隣接地を含むE所有の土地の登記手続等を I司法書士に委任する内容で、Eの署名があり、日付が空欄になっている登記手続同意書があり、I司法書士は、登記手続同意書について、平成24年9月18日にEとg老人ホームにて面談した際にEの署名を受けた旨供述する。
イ しかしながら、本件xx証書作成の経緯に関するDの供述が変遷しており、そのことについて必ずしも合理的な理由が述べられていないことに照らせば、Dのこのような供述態様はD自身の供述の信用性を減殺するものというべきである。また、平成21年12月時点
で、Eの意思能力は相当程度低下していたと認められるところ、Eに係る平成23年7月2日付けアセスメントシートの内容や、平成25年1月31日付けのxxx式スケール実施結果等に照らせば、Eの意思能力の低下は進行していたと認めるのが相当であり、仮にDの供述に係るやり取りがあったとしても、Eがその内容を真に理解していたかどうかは疑問を容れる余地が大きいというべきである。特に、本件土地の売却代金は300万円であるところ、本件土地の平成26年6月19日当時の固定資産税評価額は2208万円余であって、本件土地上の本件建物にBが使用借権者として居住していることを考慮しても相当低額な売却代金であることは否定し難いところ、Dがそのことについて何らかの説明をEにしたことをうかがわせる証拠は見当たらず、仮にEが本件土地を300万円で売却することを真に理解していたとするならば、本件土地の売却代金が低額であることについて何らかの反応を示すのが自然であって、Eがそのような反応を示さずに「高い方がよい。」と答えているのは、 EがDの問いかけの内容を理解せず、迎合的な反応を示したにすぎないことがうかがわれるというべきである。
このことに加え、登記手続同意書には、自らの土地10筆を売却し、または今後売却することに異議はない旨の記載があり、Eが自ら署名していることが認められるものの、上記のとおりEの意思能力が本件xx証書作成当時からさらに減退していると認められることのほか、EとI司法書士の面談に立ち会っていたg老人ホームの職員であるQが、Eの回答がI司法書士の問いかけと噛み合っておらず、EがI司法書士との会話の内容を理解していたとは思えない旨を述べていることからすれば、Eが登記手続同意書の内容を真に理解した上でこれに署名したとは認められな
い。そして、そのことをI司法書士及び同人を通じてEから代理権限を授与されたと主張するDにおいても十分認識していたといえるから、そうであれば、本件委任契約についての前記⑵の検討と同様、Eの登記手続同意書による意思表示は無効であるというべきである。
以上によれば、Eが口頭でDに本件土地の売却に係る代理権を授与したとは認められない。
ウ なお、Aは、Eが本件各売買契約書作成の際に同席した旨供述するが、AがDをEであると勘違いしていた旨の供述をしていることに照らせば、Aの上記供述を採用することはできない。
争点2 Dらが本件売買契約締結に係る行為に関してBに対する不法行為責任を負うか
⑴ Bは、Dらが、Eに本件土地の売却の意思がないことを知りながら、Eを契約当事者とする売買契約書を偽造し、法務局に虚偽の申立てをして本件土地の所有権移転登記をさせ、その結果、真の所有者ではないAにより本件土地の明渡請求を受け、第1事件に係る訴訟提起を受けることとなり、損害を受けたとして、DらにBに対する不法行為が成立する旨主張する。
⑵ この点について、前記2において認定、説示したとおり、当時のEの意思能力の低下の程度や、本件xx証書作成の経緯等に照らせば、Eが本件xx証書によってDに本件土地の売買に係る代理権限を授与したとは認められず、他にEがDに対して本件土地売却に係る代理権限を授与したと認めるに足りる証拠はないから、Dは、Bが居住する建物の敷地である本件土地を、無権代理人としてAに売却したというべきである。
しかしながら、Dが無権代理人としてEや
契約の相手方当事者であるAに対して何らかの責任を負うことがあり得るとしても、Dの上記行為が直ちにBに対する不法行為に該当するとはいい難く、Dが媒介業者Uの担当者に対してBが借地権を有さず、退去の要請にも応じない旨を告げていたことが認められるものの、これは本件土地の現況説明にとどまるものというべきであり、Dらが、Aに、Bへの建物収去土地明渡訴訟を提起することを唆したとまでいうこともできないのであって、他に、Dらの本件売買契約締結に係る上記行為がBに対する不法行為となることを認めるに足りる証拠はない。
⑶ したがって、Dらの本件売買契約締結に係る行為が、Bに対する不法行為に該当するとのBの主張を採用することはできない。
小括
以上の次第で、本件土地の所有者はEであると認められるから、EのAに対する所有権に基づく妨害排除請求権としての抹消登記手続請求は理由があり、AのBに対する所有権に基づく返還請求権としての建物収去土地明渡請求は理由がない。
また、XxがBに対して不法行為責任を負うということはできない。
結論
以上によれば、第3事件の原告Eの被告Aに対する請求は理由があるからこれを認容し、第1事件の原告Aの被告Bに対する請求及び第2事件の原告Bの被告Dらに対する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
3 .委員会における指摘事項
〇 本件事案・判決について
・本件においては、申請書面についての筆跡
確認や、家庭裁判所へ高齢者虐待の疑いありとしての申請など、S区の問題意識の高さと対応が、関係者の中で際立っている印象がある。
〇 意思能力が疑われる場合の対応について
・保佐、補助の制度は、その人が一定の意思能力をもって契約をするのに対して同意を与える制度であり、そもそも意思能力がなかったということになると、保佐人らが同意していたとしても空振りの同意となる。
〇 媒介業者が責務を果たす上のポイントについて
・本件事案では、本人の意思能力の確認と理解力の確認とは別の問題とされており、代理人の代理権限の確認等、別の観点でのチェックルールも必要かもしれない。
〇 民事信託の活用について
・受託者が信託銀行の場合、本人の状況がよく分からないことから融通性に欠けるところがある。また、本人の状況が分かっている人が受託者となって裁量権をもつと、裁量権の濫用の温床になりxx的な解決にはなりにくい。
・また、いわゆるまだら認知症になってから信託契約しても、意思能力が結局は問題になる。
〇 ガイドラインの策定について
・金融業界では高齢者取引のガイドラインを策定しているし、病院でも細かく事情を分けて点数化して手術適応可否の判断材料にするなどの取り組みが見られる。xxxによっては媒介業者の責任が問われることも考えられることから、不動産業界においても、業界ルールとして定めたガイドラインが必要となるのではなかろうか。
4 .参考資料
⑴ 法定後見制度の概要
後見 | 保佐 | 補助 | |
対象となる方 | 判断能力が欠けているのが通常の状態の方 | 判断能力が著しく不十分な方 | 判断能力が不十分な方 |
申立てをすることができる人 | 本人、配偶者、四親等内の親族、検察官、市町村長など(注 1) | ||
xx後見人等(xx後見人・保佐人・補助人)の同意が必要な行為 | (注 2) | 民法 13 条1項所定の行為 (注 3、4、5) | 申立ての範囲内で家庭裁判所が審判で定める「特定の法律行為」 (民法 13 条1項所定の行為の 一部)(注 1、3、5) |
取消しが可能な行為 | 日常生活に関する行為以外の行為(注 2) | 同上(注 3、4、5) | 同上(注 3、5) |
xx後見人等に与えられる代理権の範囲 | 財産に関するすべての法律行為 | 申立ての範囲内で家庭裁判所が審判で定める「特定の法律行為」(注 1) | 同左(注 1) |
制度を利用した場合の資格などの制限 | 医師,税理士等の資格や会社役員,公務員等の地位を失うなど | 同左 |
(注 1) 本人以外の者の申立てにより、保佐人に代理権を与える審判をする場合、本人の同意が必要。補助開始の審判や補助人に同意権・代理権を与える審判をする場合も同じ。
(注 2) xx被後見人が契約等の法律行為(日常生活に関する行為を除く)をした場合には、仮にxx後見人の同意があったとしても、後で取り消すことができる。
(注 3) 民法 13 条1項:借金、訴訟行為、相続の承認・放棄、新築・改築・増築などの行為。
(注 4) 家庭裁判所の審判により、民法 13 条1項所定の行為以外についても、同意権・取消権の範囲とすることができる。
(注 5) 日用品の購入など日常生活に関する行為を除く。
<xx後見人等の選任>
xx後見人等には、本人のためにどのような保護・支援が必要かなどの事情に応じて、家庭裁判所が選任することになる。本人の親族以外にも、法律・福祉の専門家その他の第三者や、福祉関係の公益法人その他の法人が選ばれる場合がある。xx後見人等を複数選ぶことも可能で、また、xx後見人等を監督するxx後見監督人などが選ばれることもある。
なお、後見開始等の審判を申し立てた人において、特定の人がxx後見人等に選ばれることを希望していた場合であっても、家庭裁判所が希望通りの人をxx後見人等に選任するとは限らない。希望に沿わない人がxx後見人等に選任された場合であっても、そのことを理由に後見開始等の審判に対して不服申立てをすることはできない。
⑵ 任意後見制度
任意後見制度は、本人が十分な判断能力があるうちに、将来、判断能力が不十分な状態になった場合に備えて、あらかじめ自らが選んだ代理人(任意後見人)に、自分の生活、療養看護や財産管理に関する事務について代理権を与える契約(任意後見契約)を公証人の作成するxx証書で結んでおく制度。
本人の判断能力が低下した後に、任意後見人が、任意後見契約で決めた事務について、家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」の監督のもと本人を代理して契約などをすることによって、本人の意思にしたがった適切な保護・支援をすることが可能になる。
特徴 | ポイント | 注意点 | |
①即効型 | 既に、判断能力が低下傾向にあるが、契約を結ぶ能力が残っている場合に利用されるパターン | 契約締結後、直ぐに家庭裁判所へ任意後見監督人の選任を求めることとなる。本人が任意後見人となる人を特に信頼している場合などに有用。 | 本人が任意後見契約を結んだ時に、意思能力を有していたかどうかが事後に争われる可能性がある。又、本人と任意後見人の間に信頼関係を築く時間がないため、後見事務が円滑に行われないことがある。 |
②将来型 | 現在は、判断能力のある人が将来の判断能力低下に備え、予め任意後見規約を結ぶパターン | 本人の判断能力が「不十分」という状況になって初めて任意後見が開始する。 | 任意後見契約から契約の効力が開始されるまでに相当の年月を経ることがあり、その期間中全く接触がなく本人の状況が不明のまま後見事務が開始される懸念がある。 |
③移行型 | 判断能力低下に備え、任意後見契約と同時に財産管理契約を結ぶパターン | 本人の判断能力はあるものの身体能力の低下により、財産管理を依頼したい場合などに有用。判断能力が低下した際には財産管理契約を終了し、そのま ま任意後見契約に移行する。 | 判断能力の低下により、本来ならば任意後見監督人の監督下による任意後見をスタートさせなければならないところ、継続して財産管理契約を事実上行ってしまうことがあり、受任者に よる権限の濫用が懸念される。 |
委任契約及び任意後見契約xx証書
(ひな形・一部抜粋)
本公証人は、委任者○○○○(以下「甲」という。)及び受任者□□□□(以下「乙」という。)の嘱託により、次の法律行為に関する陳述の趣旨を録取し、この証書を作成する。
第 1 委任契約
第1条(契約の趣旨)
甲は、乙に対し、平成○年○月○日、甲の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務(以下「委任事務」という。)を委任し、乙は、これを受任する。第2条(任意後見契約との関係)
1 前条の委任契約(以下「本委任契約」という。)締結後、xが精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況になり、乙が第2の任意後見契約による後見事務を行うことを相当と認めたときは、乙は、家庭裁判所に対し、任意後見監督人の選任の請求をする。
2 本委任契約は、第2の任意後見契約につき任意後見監督人が選任され、同契約が効力を生じた時に終了する。
第3条(委任事務の範囲)
甲は、乙に対し、別紙「代理権目録(委任契約)」記載の委任事務(以下「本件委任事務」という。)を委任し、その事務処理のための代理権を付与する。第9条(契約の解除)
甲及び乙は、いつでも本委任契約を解除することができる。ただし、解除は公証人の認証を受けた書面によってしなければならない。
第10条(契約の終了)
本委任契約は、第2条第2項に定める場合のほか、次の場合に終了する。
⑴甲又は乙が死亡し又は破産手続開始決定を受けたとき
⑵乙が後見開始の審判を受けたとき
第 2 任意後見契約
第1条(契約の趣旨)
xは、乙に対し、平成○年○月○日、任意後見契約に関する法律に基づき、精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況における甲の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務(以下、「後見事務」という。)を委任し、乙は、これを受任する。第2条(契約の発効)
1 前条の任意後見契約(以下「本任意後見契約」という。)は、任意後見監督人が選任された時からその効力を生ずる。
2 本任意後見契約締結後、xが精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況になり、xが本任意後見契約による後見事務を行うことを相当と認めたときは、乙は、家庭裁判所に対し任意後見監督人の選任の請求をする。
3 本任意後見契約の効力発生後における甲と乙との法律関係については、任意後見契約に関する法律及び本契約に定めるもののほか、民法の規定に従う。第3条(後見事務の範囲)
xは、乙に対し、別紙「代理権目録(任意後見契約)」記載の後見事務(以下「本件後見事務」という。)を委任し、その事務処理のための代理権を付与する。第10条(契約の終了)
1 本任意後見契約は、次の場合に終了する。
⑴甲又は乙が死亡し又は破産手続開始決定を受けたとき
⑵乙が後見開始の審判を受けたとき
xxが任意後見人を解任されたとき
⑷甲が法定後見(後見・xx・補助)開始の審判を受けたとき
⑸本任意後見契約が解除されたとき
2 任意後見監督人が選任された後に前項各号の事由が生じた場合、xxx乙は、速やかにその旨を任意後見監督人に通知するものとする。
3 任意後見監督人が選任された後に第1項各号の事由が生じた場合、甲又は乙は、速やかに任意後見契約の終了の登記を申請しなければならない。