「所属単位から与えられた本来の職務以外の任務」としては,例えば,本来の職務が研究開発ではない従業者に対して,「単位」が一時的に若しくは期限付きで与えた研究開発 の任務,又は,本来の職務が A プロジェクトの研究開発である従業者が,「単位」により一時的に B プロジェクトに編入されて研究開発を行うこと等が考えられる。なお,③における退職等の後「1 年以内」は,正式に退職等の手続を終わらせた日から起算すべきとされてお...
最高人民法院等の判例から見る
中国における職務発明の帰属についての契約優先の原則
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要 約
中国専利法第 6 条第 1 項は,職務発明を第一種職務発明と第二種職務発明との 2 種類に分けて定義し,2
種類の職務発明にかかる特許を受ける権利が使用者等に帰属すると規定する。同条第 3 項は,発明の権利帰属に関する契約優先の原則を規定する。但し,規定の文言が曖昧であるため,契約優先原則がどのような発明に適用するものかについて,xx・法曹界の論点となっている。また,同条第 3 項で触れていない第一種職務発明についても,権利が使用者等に帰属するとする規定が強行法規であって,契約によりその帰属を変更できないという学説と,第一種職務発明の権利帰属についても当事者間の私的自治に委ねるべきであるという学説が対立している。当事者にとって最も大事な発明の権利帰属が不明確であっては,紛争の元となる。本稿は,最高人民法院等の判例を通じて,実務において,発明の権利帰属について契約優先の原則がどこまで適用されているかを紹介する。
目次
1.はじめに
2.発明の権利の帰属に関する基本規定
(1) 専利法第 6 条第 1項
(2) 専利法第 6 条第 2 項
(3) 専利法第 6 条第 3 項
(4) 専利法第 8 条
3.契約優先原則
4.事例 1
(1) 事実関係
(2) 第xx
(3) 第二審
(4) 再審
5.事例 2
(1) 事実関係
(2) 第xx
(3) 第二審
6.考察
7.おわりに
1.はじめに
中国の経済状況の変化に伴って,日本企業の中国進出の目的,内容も変わってきている。当初は,安い労働力を求めて,「世界の工場」である中国で物を造ることを目的としたが,その後は,「世界の市場」へと成長した中国に物を売るために,販売拠点を増やしてき
た。更に,現地向け技術の改良等の目的で,研究開発拠点も中国に移転,設置するようになってきた(1)。文部科学省によると,2009 年度時点で海外に研究開発拠点を持つ日本企業 135 社のうち,中国に主力拠点を持つ企業は 20% にも上る。特にこの数年,日本企業は中国の研究開発拠点を増やしており,中国生まれの知財が増えている。多くの企業が中国で生まれた知財を現地で直接特許出願する体制を整えている(2)。それに伴って,中国に進出した日本企業が中国人技術者を雇うケースも多くなっている。一方,急成長する中国企業が日本人技術者を雇用するケースも増えている(3)。中国に進出した日本企業に勤める中国人技術者又は 中国企業に勤める日本人技術者が発明を完成した場合,特許を受ける権利はだれに帰属するか。この問題は当事者である企業にとっても技術者にとっても大きな関心事であるが,中華人民共和国専利法(以下,「専利法」という)における関連規定は,日本特許法の規定と大きく異なり,且つ条文に曖昧な部分があるの
で,トラブルが起こりやすい。
本稿は,専利法における発明の権利帰属に関連する規定及び契約優先原則を紹介し,中国最高人民法院
(最高裁判所)の判例等を通じて,実務において,発明の権利帰属について契約優先の原則がどこまで適用さ
れているかを紹介することにより,発明の権利帰属を確定するに当たって,当事者の契約が如何に重要であるかを検討する。
2.発明の権利の帰属に関する基本規定
専利法において,発明の権利帰属に関する基本規定として,第 6 条と第 8 条がある。専利法第 6 条には,職務発明と非職務発明にかかる特許を受ける権利及び特許権の帰属に関して,次のように規定されている。以下の条文において,「単位」は,機関,団体,法人,企業,組織等を指し,日本特許法における「使用者等」に相当する。
「(第 1 項)所属単位の任務を遂行して,又は主に所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明創作は職務発明創作とする。職務発明創作の専利を出願する権利は当該単位に帰属し,出願が認可された場合,当該単位が専利権者となる。
(第 2 項)非職務発明創作については,専利を出願する権利は発明者又は創作者に帰属し,出願が認可された場合,当該発明者又は創作者が専利権者となる。
(第 3 項)所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明創作について,単位と発明者又は創作者間に契約を結び,専利を出願する権利及び専利権の帰属に対して定めがある場合には,その定めに従う。」
専利法における「発明創作」は発明,実用新案及び意匠を含み,「専利」は特許,実用新案登録及び意匠登録を含む。なお,中国において,日本の「特許を受ける権利」に相当する権利については,特許出願前は
「専利を出願する権利」,特許出願後は「専利出願権」という(4)。
専利法第 6 条のように,専利法における権利帰属に関する規定は,発明,実用新案及び意匠を区別しておらず,同様に扱っている。従って,便宜上,本文においては,「発明創作」の代りに「発明」と表現する場合がある。例えば,「職務発明創作」を単に「職務発明」と表現する場合がある。
(1) 専利法第 6 条第 1 項
専利法第 6 条第 1 項は,職務発明を定義し,職務発明にかかる専利を出願する権利及び専利権が,発明者の所属する「単位」に帰属すると規定している。「職務発明」が,その完成方式により 2 種類に分類されている。一つは,発明者が所属「単位」の任務を遂行して
完成した発明であって,もう一つは,主に所属「単位」の物質的・技術的条件を利用して完成した発明である。
第一種の「所属単位の任務を遂行して完成した発明」は,中華人民共和国専利法実施細則(以下,「実施細則」という)第 12 条第 1 項によれば,更に次の三つのケースに分けることができる。
① 本来の職務の中で行った発明,
② 所属「単位」から与えられた本来の職務以外の任務の履行によって行った発明,
③ 定年退職,所属「単位」から転職した後,又は労働,人事関係が終了した後,1 年以内に行なった,元の「単位」で担当していた本来の職務又は元の「単位」から与えられた任務と関係のある発明。
「所属単位」には,一時的な勤め先も含む(5)。「本来の職務」とは,労働契約等により定められた従業者の職務をいう。一般的に,研究開発機関に勤める従業者の本来の職務は,研究,開発,設計等の仕事である。
「所属単位から与えられた本来の職務以外の任務」としては,例えば,本来の職務が研究開発ではない従業者に対して,「単位」が一時的に若しくは期限付きで与えた研究開発の任務,又は,本来の職務が A プロジェクトの研究開発である従業者が,「単位」により一時的に B プロジェクトに編入されて研究開発を行うこと等が考えられる。なお,③における退職等の後「1 年以内」は,正式に退職等の手続を終わらせた日から起算すべきとされており,発明を「行った」日は,発明を実際に完成した日とされている。発明の完成日を立証できない場合には,特許出願日を発明完成日と推定することができる(6)。
第二種の「主に所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明」は,所属「単位」から任務が与えられていないのに,従業者が自ら努力して主に所属
「単位」の条件を利用して完成した発明をいう(7)。「所属単位の任務を遂行する」とき,基本的に「主に所属単位の物質的・技術的条件を利用する」ので,第一種職務発明の殆どは第二種職務発明と重複するが,単に
「第二種職務発明」という場合には,「主に所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明」であって,所属「単位」の任務の遂行とは言えない発明と解したほうが自然である。「所属単位の物質的・技術的条件」とは,所属「単位」の資金,設備,部品,原材料又は外部に公開していない技術資料等を指す(5)。
(2) 専利法第 6 条第 2 項
専利法第 6 条第 2 項は,非職務発明にかかる専利を出願する権利及び専利権が,発明者に帰属すると規定している。職務発明以外の全ての発明は非職務発明である。実施細則第 13 条規定により,発明者とは,発明の実質的特徴に対して創造的な貢献をした者をいう。発明の過程において,単なるその仕事を組織した者,物質的・技術的条件の利用に便宜を図った者,又はその他の補助的な作業に従事した者は発明者ではない。
(3) 専利法第 6 条第 3 項
専利法第 6 条第 3 項は,発明の権利帰属に関する契約優先の原則であって,2000 年の専利法改正により追加された条項である。「所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明」について,契約により権利の帰属を定めることができると規定したものである。その内容について次章においてより詳細に議論する。
(4) 専利法第 8 条
一方,専利法第 8 条には,協力して完成した発明
(以下,「共同発明」という)と委託を受けて完成した発明(以下,「委託発明」という)にかかる専利を出願する権利及び専利権の帰属に関して,次のように規定されている。
「二以上の単位又は個人が協力して完成した発明創作,一の単位又は個人が他の単位又は個人の委託を受けて完成した発明創作については,別段の合意がある場合を除き,専利を出願する権利は完成した又は共同で完成した単位又は個人に帰属し,出願が認可された場合,出願した単位又は個人が専利権者となる。」
共同発明については,別段の合意がなければ,専利を出願する権利は,共同発明をした全ての「単位」又は個人の共有となる。委託発明については,別段の合意がなければ,専利を出願する権利は,受託して委託発明を完成した「単位」又は個人に帰属する。共同発明についても委託発明についても,当事者間に別段の合意がある場合には,権利の帰属はその合意に従う。即ち,共同発明及び委託発明については,まず契約優先原則が働き,別段の合意がない場合には,発明を完成した側に権利が帰属することになっている。なお,発明を完成した側において,「単位」と個人のどちらに帰属するかの問題は,前述の専利法第 6 条により判断される。
3.契約優先原則
上述したように,専利法第 6 条第 3 項及び第 8 条において,契約優先の原則が導入されている。即ち,当事者の契約(合意)により,発明の帰属を定めることができる。特に,第 8 条に規定された共同発明と委託発明については,権利の帰属は当事者の契約(合意)により自由に定めることができる。それは,共同開発を行う場合でも発明を委託する場合でも,当事者の立場が法的に対等な地位にあり,当事者間の合意がなければ,そもそも共同開発関係も委託−受託関係も成立しないので,権利帰属についても当事者の自由意思に委ねたものである。例えば,共同発明について,契約により共同開発者の全員が専利を出願する権利を共有すると定めることができ,又は,共同開発者の一方に専利を出願する権利を帰属させて,他方に無償で当該発明を実施できる実施権を設定すると定めることもできる。特に,他の「単位」又は個人に研究開発を委託する場合に,注意すべきことは,契約により権利帰属を明確に定めることである。そのような定めがなければ,専利を出願する権利が発明を完成した受託側に帰属することになる。甲と乙が共同開発するとして,甲が出資し,乙が研究開発して発明を完成した場合,実施細則第 13 条により,出資だけをした甲が発明者に該当しないので,当該発明は実質的に共同発明ではなく,委託発明に相当する。甲と乙は契約により専利を出願する権利を甲のみに帰属させることもできるし,甲と乙の共有にすることもできる。但し,甲と乙の間に定めがない場合,第 8 条により専利を出願する権利が乙のみに帰属する。以上の例からも分るように,中国において発明の権利帰属に関して契約が極めて大事である。
専利法第 8 条は,「単位」又は個人が他の「単位」又は個人との間,即ち「外部者」との間の権利帰属を定めるための規定であるのに対して,第 6 条は,「単位」とそれに所属する発明者との間,即ち「内部者」との間の権利帰属を定めるための規定である。更に第 6 条第 3 項は内部の権利帰属に関する契約優先原則の規定である。第 6 条は,規定に曖昧な部分があり,その解釈に異なる学説が争われており,紛争の一因ともなっている。
第 6 条第 3 項の契約優先原則は,その規定の文言によると,「所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明」についてのみ適用し,「所属単位の任務を
遂行して完成した発明」(第一種職務発明)には適用しない。但し,「所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明」は,第 1 項規定の第二種職務発明である「主に所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明」とは,表現上「主に」だけ異なる。「所属単位の物質的・技術的条件」の「利用」は,その文言の意味からすると,「全部利用」と「部分利用」に分けられ,「部分利用」は更に「主に…利用」と「副次的に…利用」に分けられる。第 1 項の規定によると,「主に…利用」は職務発明に該当するので,「全部利用」も当然職務発明に該当する。なお,第 1 項を反対解釈すると,「副次的に…利用」は非職務発明になる。そうすると,第 3 項の適用対象は第二種職務発明なのか,それとも非職務発明なのか,それともその両方を含むのかは問題となる。
二十世紀八十年代に中国専利局の顧問を勤め最初の中国専利法の起草に携わったxxxは,第6 条第1項 規定が「主に…利用」の職務発明に適用し,第 3 項の契約優先原則がそれ以外の「利用」である非職務発明に適用すると主張した。その理由として,「もし「主に所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明」の帰属を単位と発明者との協議に委ねることを認めるなら,第 3 項さえあれば足りるので,なぜ第1項 に「主に所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明」という文言を加える必要があるだろう?なお,このような文言を加えた後,なぜ「単位と発明者との間に別段の定めがある場合を除く」という限定をしなかっただろう?注目すべき点は,第 1 項が「主に所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明」の性質を「職務発明」と定めたことであり,その性質を定めた以上,それを任意に変更することは許すべきではない。」と主張した(8)。この説は,第3 項を第 2 項の例外規定と解するものであり,「単位」と発明者の契約により非職務発明の権利を「単位」に帰属させることができるという解釈である。
それに対して,第 3 項が第 1 項規定の第二種職務発明に関する例外規定であると主張する学者もいる(9)-(13)。この説は,「単位」と発明者の契約により,第二種職務発明の権利を発明者に帰属させることができるという解釈である。その主な理由としては,発明へのインセンティブになること,「単位」の遊んでいる資金,設備を活用できること,「単位」と発明者に多くの選択肢を与えることにより相互の紛争を減らすこと
ができる,という効果が挙げられている(7)(1 )。なお,非職務発明に関する第 2 項の規定が強行法規なので,当事者間の契約により権利帰属が変更されることは認められないこと,弱者である発明者を保護する法趣旨に照らしても,非職務発明の権利帰属を契約により変更できることを認めるべきではない等が主張されている(9)。
第3 の説は,第 3 項の「利用」には「全部利用」も
「主に…利用」も「副次的に…利用」も含む考えである(4)(14)。そもそも中国国家知識産権局もこのように専利法を解説しているが(7),第 6 条規定の曖昧さにより,上述のような様々な学説が争われている。国家知識産権局条法司は,専利法解説書「新専利法詳解」において,「契約は,所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明創作を職務発明として定めることもできるし,所属単位の物質的・技術的条件を利用して完成した発明創作を非職務発明として定めることもできる。」と解説している(7)。なお,「本条第三項に基づいて契約を結び,専利出願権及び専利権の帰属について定めた場合,発明創作の完成が所属単位の物質的条件を「主に」利用したものか「主に」ではないかは重要ではない。」とも解説している(7)。即ち,契約がある場合には,職務発明か否かを判断するより,当事者の意思を尊重して契約を優先することである。実務的にも,権利帰属について当事者間に契約がある場合,法院(裁判所)が「主に…利用」か否かによる職務発明の認定に基づいて権利の帰属を判定するより,契約を重要視して権利の帰属を判定するケースが少なくない。
例えば,裁判例(2006)xx四初字第 127 号事件に
おいて,2002 年 4月 1 日に,原告M 社が被告Y1 氏及び Y2 氏と雇用契約を結んだ。2003 年 11 月4 日,Y1氏と Y2 氏が事件にかかる二つの実用新案出願をして,その後実用新案権を取得した。2005 年 1 月 10 日,原告M 社が被告 Y1 氏及び Y2 氏との間に契約を結び,当該二つの実用新案権が被告に帰属することを認め,被告から実施権の許諾を受けた。その後,2006 年 6 月 1 日に,原告M 社は西安市中級人民法院に提訴して,当該二つの登録実用新案が職務発明に該当し,権利が原告M 社に帰属すべきだと主張した。法院は,原告の主張が上記契約の内容と矛盾していると指摘したうえ,「上記契約が真の意思表示であり,国家の法律,行政法規における強制規定にも反しておらず,且つ M 社が契約の法律効力を否定できる反対証拠も提
出していないので,M 社の主張が事実及び法律規定と符合せず,当法院がそれを支持しない」として,原告 M 社が主張した「職務発明」に該当するか否かの判断さえ行わず,M 社の請求を退けた。
上述の事例からも分るように,中国において,自己の利益を守るために,当事者の間で契約により発明にかかる権利の帰属を明確に定めることは極めて大事である。しかし,既に述べたように,第 6 条第 3 項の契約優先の規定が「所属単位の任務を遂行して完成した発明」(第一種職務発明)には適用されない。その理由については,当時国家知識産権局条法司司長を勤め,中国専利法の第 2 次及び第 3 次改正に直接関わったxxxは,「もしこの種類の発明創作の権利帰属についても(契約により)定めることを認めたら,単位内部の管理秩序を乱す恐れがあり,単位のイノベーションを組織する意欲に影響を及ぼすのみならず,国有資産の流失をもたらす恐れもある。これに対してたとえ公衆に異議がなくても,国はそれを認めるわけにはいかない」と解説した(4)。
なお,多くの学者は,第 6 条第 1 項における第一種職務発明の権利が「単位」に帰属するという規定が強行法規と認識しており,当事者の契約により権利帰属を変更できないと解している(9)(15)。ところが,次に紹介する判例において,それと異なる判決が出された。
4.事例 1
(1) 事実関係
1998 年,Y は,L,R 及びZ と「契約書」を結び,次のことを定めた。L,R 及び Z 三者が共同出資し,Yが自分の専利及び技術を提供することにより,共同で深セン市(16)xx斯保健用品有限公司(以下,「xx斯公司」という)を設立すること;…Y は,当該公司に対して技術及び関連発明専利を提供し,且つ責任を持って新製品を開発する…,当該公司が投資して開発する予定の製品又は既に生産している製品に関する技術及び専利が当該公司に帰属することを認め,当該公司の利益を確保するために,それを他の公司若しくは個人に提供しないことを約束すること;…Y が当該公司の取締役,副総経理xxxxエンジニアに就任すること。
一方,四者により署名して合意したxx斯公司の
「定款」には,Y が株主として,現金方式で出資すると記載されている。
1998 年 7月 2 日,深センシン誠会計士事務所(17)の
「シン誠験字(1998)第 110 号資産検証レポート」には, Y がxx斯公司の株主として,現金方式で 12 xxを出資したと記載された。
1998 年 7月 20 日,xx斯公司設立。
2001 年 11 月 29 日,Y は本件にかかる実用新案専利出願を行い,2002 年 9 月 18 日,専利権を取得した。専利番号が 01258410.X である。以下,「本件実用新案専利」という。
2002 年 5 月から 2004 年 4 月まで,Y にはxx斯公司から給料が支給された。
2003 年 1 月 6 日,Y の娘 N は本件にかかる発明専利出願を行い,2006 年 3 月 15 日,専利権を取得した
(専利番号:03113538.2)。以下,「本件発明専利」といい,当該発明を「本件発明」という。
2004 年 4 月,Y とxx斯公司が「専利実施許可契約」を結んだ。当該契約には,「双方は共に本件実用新案専利の知的財産権が Y に帰属するものと認める。 Y は,xx斯公司が足浴盆の製品開発に当該専利を使用することに同意する。当該専利を基に拡張する又はカバーする全ての専利権はY に帰属する。」と定めた。
2004 年6 月,Y の妻 C,R の妻H 及びP は,株主となり,深セン市兆xx健康用品有限公司(以下,「兆xx公司」という)を設立した。
2005 年 7 月,N は兆xx公司に本件発明専利の専用実施を許可した。
2006 年 6 月,兆xx公司は,xx斯公司等三者を被告として,本件発明専利の専利権侵害を理由に遼寧省瀋陽市中級人民法院に損害賠償を請求する訴訟を提起した。
(2) 第xx
2006 年 9 月 29 日,xx斯公司は,対抗措置として, Y とN を被告として広東省深セン市中級人民法院に起訴して,次のことを主張した。
Y がxx斯公司の許可を経て,娘 N の名義により本件発明専利を出願した。Y がxx斯公司のチーフエンジニアとして,技術,研究開発及び生産等の管理を担当するので,本件発明は職務発明に属すべきである。よって,本件発明専利の専利権がxx斯公司に帰属するという判決を求める。
第xx法院は,次のように判示した。
Y は,xx斯公司の技術責任者であって,製品開発
が Y の主な職務と責任である。Y は,xx斯公司において関連製品の研究製造を主管し,多量の技術,ノウハウ及び情報を把握しているので,本件発明を完成した。Y の本件発明をした行為は,所属「単位」の任務を遂行することに属し,なお主にxx斯公司の物質的・技術的条件を利用するものであり,職務発明創造を構成するので,本件発明専利はxx斯公司に帰属すべきである。
当事者間に結んだ「契約書」と「専利実施許可契約」の間に矛盾するところがあるが,xx斯公司の新製品開発に伴って生まれた専利権の帰属について,前者の定めが明確で具体的であり,後者の定めが不明確である。Y と N には,本件発明専利が本件実用新案専利を基に拡張する又はカバーする専利であることを証明できる証拠はないので,本事案は,「専利実施許可契約」の定めに基づいて本件発明専利が Y に属すると認定すべきではない。「契約書」の定めに基づき,本件発明専利権はxx斯公司に帰属すべきである。
(3) 第二審
Y 及びN は,第xx判決を不服とし,広東省高級人民法院に上訴した(案件番号:(2008)粤高法民三終字第 31 号)。
第二審法院も,Y の本件発明をした行為が,所属
「単位」の任務を遂行することに属し,なお主にxx斯公司の物質的・技術的条件を利用するものである,と認定した上,次のように判示した。
「専利実施許可契約」において,「第 01258410.X 号専利を基に拡張する又はカバーする全ての専利権は Yに帰属する」と定めている。本件実用新案専利及び本件発明専利の権利請求の範囲,明細書及び図面に基づくと,両専利は,技術分野及び応用分野が同じであり,何れも液体の作製抽出装置にかかる。…よって,本件発明専利は本件実用新案専利を基に拡張,展開したものと見なすことができる。…本事案は,「専利実施許可契約」に基づいて係争専利権の帰属を認定すべきである。
「契約書」は,xx斯公司を設立するとき,Y がL 等 4 人と結んだものであるが,その後のxx斯公司の
「定款」及び会計事務所の資産検証レポートは,全て Y が「契約書」の定め通りに技術出資しておらず,現金出資したことを証明している。且つ,「専利実施許可契約」においては更に第 01258410.X 号専利権の帰
属について確認している。よって,後の資産検証レポート及び「専利実施許可契約」が既に先の「契約書」に取って代わったと認定すべきであり,第xx判決が
「契約書」に基づいて係争専利権の帰属を認定したのは不当である。…
以上により,第xx判決は,事実認定が不明確であり,法律適用が不適切であるので,法律に基づいてその判決を改めるべきである。
第二審法院は,第xx判決を取消す判決した。
(4) 再審
xx斯公司は,確定した第二審判決について,次の理由を主張して,最高人民法院に再審を請求した(案件番号:(2009)民申字第 311 号)。
1.第二審法院は法律適用を誤った。所属「単位」の任務を遂行して完成した職務発明については,契約により権利帰属を定めてはならない。Y が開発に参加して完成した本件発明は,所属「単位」の任務を遂行して完成した職務発明に属するので,法律に基づき契約を結ぶ方式によりその帰属を定めることは許されない。「専利実施許可契約」における本件発明専利の帰属に関する定めは違法なので,無効であり,本件発明専利を再審請求人に帰属すると判示すべきである。2.
…。3.第二審法院は事実認定を誤った。xx斯公司を設立するために結んだ「契約書」は,出資方式及び職務発明創作の帰属について定めており,それが当事者の真の意思表示であり,且つ誠実に履行された。…たとえ公司の「定款」及び資産検証レポートに基づいて,各株主が全て現金出資したとしても,それは契約書の出資方式に関する定めを変更しただけである。職務発明創作の帰属に関する定めは依然有効であり,
「契約書」の内容に従って本件発明専利が再審請求人に帰属すると判定すべきである。…よって,第二審判決を取消し,本件発明専利が再審請求人に帰属する,
…との判決を求める。
それに対して,被請求人は次のように答弁した。 1.本件発明専利は,Y がxx斯公司の任務を遂行
して完成した職務発明ではない。2.本件発明の完成には,xx斯公司の物質的・技術的条件を利用していない。3.「契約書」には Y が技術出資すると定めてあるが,公司の「定款」及び資産検証レポートは全て, Y が「契約書」の定めとおり技術出資したわけではなく,現金出資したことを証明している。権利と義務が
対等である原則により,Y が技術出資した場合に負うべき義務は存在しない。本件は,「契約書」の定めを適用すべきではない。
最高人民法院は,次の通り判示した。
原審法院により調査解明した事実によると,xx斯公司が生産する主要製品は足浴盆であり,Y がxx斯公司の技術責任者である。Y の主要な職務及び責任は,足浴盆の研究開発及び設計であり,責任者として第四代足浴盆製品の開発任務を完成した。第四代足浴盆製品に採用された技術方案と本件発明専利とが密接に関連しているので,Y は第四代足浴盆製品の研究開発及びxx斯公司の関連製品の技術業務を担当することを通じて,本件発明専利の技術方案を形成した。従って,第xxと第二審とも,Y の本件発明の開発行為がxx斯公司の任務を遂行するものに該当し,且つ主にxx斯公司の物質的・技術的条件を利用したものと認定した。「契約書」において,Y はxx斯公司が
「投資して開発する予定の製品又は既に生産している製品に関する技術及び専利が当該公司に帰属することを認め,当該公司の利益を確保するために,それを他の公司若しくは個人に提供しないことを約束する」としたが,xx斯公司の「定款」及び関連資産検証レポートは,Y が株主として現金方式で出資し,「契約書」に定めた技術出資ではないことを証明する。従って,第二審法院がxx斯公司の株主出資の実際の資産検証状況に基づいて,本件発明専利の帰属を認定するのに「契約書」を適用すべきではないと判断したことは,不当ではない。
「専利実施許可契約」において,Y とxx斯公司との間に,本件実用新案専利を基に「拡張する又はカバーする全ての専利権は Y に帰属する。」と定めされたので,第二審法院が,本件発明専利の技術方案が本件実用新案専利の技術方案をカバーし且つその拡張であることを明らかにした状況で,Y とxx斯公司が既に契約を通じて発明創作の帰属を定めたことを鑑み,専利法第 6 条第 3 項規定に基づいて,「専利実施許可契約」に従って本件発明専利の権利帰属を確定すべきと判断したことは,不当ではない。再審請求において,所属「単位」の任務を遂行して完成した職務発明については,契約により権利帰属を確定してはならず,それに反するものは無効事由となる,というxx斯公司の主張については,専利法第 6 条においてそれを禁止する規定はないので,当法院は,「専利実施許可
契約」が法律を違反する契約であり無効契約に該当するというxx斯公司の主張について,支持しない。
最高人民法院は,再審事由に該当しないとして,xx斯公司の再審請求を棄却する裁定をした。
5.事例 2
(1) 事実関係
2002 年 1 月 14 日,原告 J は個人事業として,南海市xxxxx駿業五金工場(以下,「偉駿業五金工場」という)を設立した。
2002 年 3 月 3 日,偉駿業五金工場が被告 S と契約を結び,「契約書」に調印した。契約の主な内容は,Jが経営する偉駿業五金工場はチーフエンジニアとして S を招き,S は主に偉駿業五金工場に対して,技術サービスを提供し,管理協力を行い,製品開発,品質向上,生産指導を担当する,というものである。「契約書」第 4 条には,「乙(S)が招きを受け甲(偉駿業五金工場)のために勤める期間中,乙の技術,専利発明等の知識産権は甲に利用させ,別途費用を計上しない。但し,所有権は依然として乙に帰属する。」と定めた。
2002 年 4月 22 日,S が「ハンドケース」に関する実用新案(以下,「本件実用新案」という)専利出願を行い,そ の 後 専 利 権 を 取 得 し た。専 利 番 号 が ZL02226955.X である。
(2) 第xx
2003 年 5 月7 日,J は,S を被告として,広東省仏山市中級人民法院に提訴し,本件実用新案が職務発明創作なので,かかる専利権は原告に帰属すべきと主張した。それに対して,被告S は,双方が調印した「契約書」第 4 条に明確にS の技術,専利発明等の知識産権がS に帰属すると定めていると反論した。
第xx法院は,本件実用新案がS の勤務期間中に得られた技術成果であると認定しながら,双方の定めに基づいて,当該技術成果の権利がS に帰属すべきと判示し,「契約法」第 8 条(18) 及び「民事訴訟法」第 64条(19)の規定に基づいて,J の請求を棄却した。
(3) 第二審
J は,第xx判決を不服とし,広東省高級人民法院に上訴して,次のようなことを主張した。
本件実用新案は…所属「単位」の任務を遂行して完
成した発明創作である。専利法第 6 条第 1 項規定に基づくと,職務発明創作の専利権は「単位」に帰属し,
(権利帰属についての当事者間の)定めは認められない。なお,同条第 3 項にも,専利権帰属の確定における定めの適用について明確な制限を設けている。従って,「契約書」第 4 条の定めは,法律,行政法規の強行規定に違反しており,法に基づいて無効と認定すべきである。以上により,原判決を取消し,本件実用新案が上訴人に帰属する…判決を求める。
これに対して,被上訴人S は,まず本件実用新案が職務発明創作ではないと反論した。そして,「たとえ所属単位の任務を遂行して完成した発明創作であっても,専利法において,当事者がその権利帰属について定めてはならないという規定はない。双方が調印した契約は双方の真の意思表示なので,有効なものである。」と答弁した。
第二審法院は,次のように判示した。
当法院は,本事案が実用新案専利権の帰属に関する紛争であり,その争点が次にあると認め る:1. ZL02226955.X 号ハンドケースは職務発明創作に属するか。2.ZL02226955.X 号ハンドケースの専利権は誰に属するか。
…
S が,2002 年 2 月 24 日から 2003 年 3 月までの間に,偉駿業五金工場の招きを受け,当該工場のチーフエンジニアを担当したので,当該工場とS の間に雇用労働関係が成り立つ。…S が技術サービスの提供,製品開発及び品質向上に責任を持つチーフエンジニアとして,契約期間中当該工場の要請に応えて,旧式ハンドケースの設計を改善して,最終的に完成した ZL02226955.X 号ハンドケースは,所属「単位」の任務を遂行して完成した発明創作に属すべきである。よって,ZL02226955.X 号ハンドケースが職務発明創作に属するという上訴人 J の主張は,合理であって,根拠がある。
…
本件において,ZL02226955.X 号ハンドケースが所属「単位」の任務を遂行して完成した発明創作に属するが,この種類の発明は,専利法第 6 条のxxにより,定めによる専利権帰属の決定が認められる類型ではない。但し,偉駿業五金工場と被上告人 S が調印した
「契約書」第 4 条は当該発明の専利権帰属について定め た。よっ て,本件の第 二の焦点は次にあ る:
ZL02226955.X 号ハンドケースが,所属「単位」の任務を遂行して完成した職務発明創作として,「契約書」によりその専利権の帰属を定めることができるか。
…
まず,xxの規定を見ると,専利法第 6 条は,職務発明創作の定義及びその帰属に関する規定であり,その性質は純粋に私権に関する私法的な条文であり,行政管理に関わる公法的な条文ではない。その条文は,所属「単位」の任務を遂行して完成した発明創作について,契約を通じて帰属を定めることができる,と規定していないが,契約を通じてこの種類の発明の帰属を定めることをxxで禁止したわけでもない。法のxx禁止がなければ容認されるという私法における法律調整原則に基づいて,同条の規定は,契約を通じてこの種類の発明の帰属を定めることを禁止したものと理解すべきではない。次に,同条の立法の意図から見ると,その目的は主に発明者の意欲を高めると共に,契約を通じて勝手に職務発明創作の性質を変えることによる国有資産の流出を防ぐことにある。本件において,偉駿業五金工場が個人事業であり,如何なる国有資産の流出をもたらすおそれもなく,且つ,定めを認めることが発明者の意欲を高める立法趣旨にも符合するので,当事者が契約を通じて職務発明の帰属を定めることを認めることは立法趣旨に反しない。更に,知識産権の性質から見ると,知識産権は主に財産権・私権として,所有権者が法律の禁止規定に違反しない範囲でそれを自由に処分する権利を有する。S と偉駿業五金工場が契約を通じて,ZL02226955.X 号ハンドケースの帰属について行った定めは,まさに当事者間の真の意思表示であり,如何なる国家利益又は他人利益を損害する事情も存在しないので,その契約の効力を認めることは,私権自治の原則に符合する。よって,上訴人 J が専利法第 6 条の文言のみを根拠にして,所属「単位」の任務を遂行して完成した発明創作について,契約を通じてその帰属を定めることが絶対に禁止されているという主張は,成立できず,当法院はそれを支持しない。本件の関連事情をにらみ合わせると,ZL02226955.X 号xxxxxxが所属「単位」の任務を遂行して完成した発明創作として,その専利権の帰属についての定めは許容すべきである。
…
「契約書」第 4 条の定めに基づいて,ZL02226955.X号ハンドケースの専利権は被上訴人 S に帰属すべき
である。
以上により,…上訴を棄却し,原判決を維持する。
6.考察
事例 1 では,第xx,第二審及び再審のいずれにおいても,法院はかかる発明を所属「単位」の任務を遂行して完成した発明,即ち第一種職務発明と認定しながら,当事者間の契約に基づいて権利帰属を判断した。但し,当事者の間に二つ矛盾する契約があった。第xxでは,そのうちの「契約書」に基づいて本件発明専利権が会社側に帰属すると判示されたのに対して,第二審では,もう一つの契約「専利実施許可契約」に基づいて本件発明専利権が発明者側に帰属すると判示された。「単位」側(xx斯公司)は,再審を請求して,第一種職務発明の権利が「単位」に帰属するという規定が強行法規であることを強調して,それに反する「専利実施許可契約」が無効であると主張したが,最高人民法院は「専利法第 6 条においてそれを禁止する規定はない」という理由で,あっさりと「単位」側の請求を退けた。
事例 1 における「本件発明専利」にかかる資料を調べたら,願書に記載された出願人だけでなく,発明者も Y の娘 N となっていた。上述した裁判において本件発明の本当の発明者が Y であると認定されたことを考えると,願書の記載に偽りがある。しかし,このような偽りは拒絶理由にも無効理由にもならないので,xx斯公司の攻撃対象とならなかった。
注目すべきなのは,第二審において,高級人民法院が,係争対象の発明が所属「単位」の任務を遂行して完成した発明(第一種職務発明)であると認定しながら,専利法第 6 条第 3 項規定に基づき,「専利実施許可契約」に従って当該発明専利の権利帰属を確定すべきであると判断したことについて,最高人民法院は,その判断が「不当ではない」と第二審の判断を支持した。既に述べてように,専利法第 6 条第 3 項の文言上,「所属単位の任務を遂行して完成した発明」(第一種職務発明)を避けて適用対象が規定されており,国家知識産権局も「所属単位の任務を遂行して完成した発明創作について本条第 3 項規定を適用しない」と解説している(7)。従って,専利法第6 条第3 項を根拠に,第一種職務発明について契約優先原則を適用したこの判決には,若干強引に感じる者も少なくないと思う。
それに対して,事例 2 においては,広東省高級人民
法院は,「所属単位の任務を遂行して完成した発明創作」が専利法第 6 条第 3 項において権利帰属の約定が認められる対象に属しないとはっきりと認めた上で,第 6 条規定の私法的性質,立法趣旨及び専利権の財産権・私権的性質から,本件において第一種職務発明についても契約優先原則を適用すべきである理由付けを行った。この理由付けに納得できる者も多いであろうと思う。
第一種職務発明は,発明者と所属「単位」の雇用関係の上に成り立つものであって,本来の職務又は所属
「単位」から与えられた任務を遂行する過程で完成したものであり,発明行為が発明者の職務内容の一部でもあるので,それにかかる権利を原則として当該「単位」に帰属させる規定については,一般的に合理であると評価されている(1 )(11)(13)-(15)。但し,例外として第一種職務発明についても契約優先原則を適用すべきであるという👉もある(15)。
それについて,xxxは,「過度の出願をして専利権を取得すること,特に外国に過度の出願をして専利権を取得することは,企業にとって重い経済的負担となり,相当の対価を払う必要がある。…中国企業においても外国企業においても,一般的に自社で完成した職務発明創作について選別する管理措置をとっており,全てについて専利出願するわけではない。もし企業がある発明創作が自社にとって重要ではないと判断し,且つ発明の性質により商業的秘密により保護することもできない場合,それについて何もせず,他人が先に出願して,後日自社の障害となることを黙視するより,権利を自社社員に譲り,出願させ専利権を取得させれば,多少その権利をコントロールできる範囲に収めることができる。指摘すべき点は,企業(特に私営企業)が自主投資して研究開発した発明創作であれば
(即ち,国有資産の流失,税金の無駄使い等の問題に関わらなければ),たとえ所属「単位」の任務を遂行して完成した発明創作であっても,企業が望むなら,全くこのような措置をとってはいけないわけではない。本条第 1 項は,所属「単位」の任務を遂行して完成した発明創作を職務発明と規定し,且つ契約を通じてその権利帰属を定められると規定していないことにより,企業がこの種類の発明創作についてその利益を守るための更に十分且つ確実な権利を享有すること,必要なとき法に則ってその権利を主張して法院の支持が得られることを保障した。但し,このような権利を有する
からといって,全ての職務発明創作について必ずそれを行使しなければならないことではない。その基本的理由は法律により規定した権利と義務が異なるからである。本条第 1 項が「単位」に付与した権利は,一部法律が規定した強制的義務,例えば,偽造劣悪製品を製造販売してはならない,脱税してはならない等とは異なる性質を持ち,混同してはならない。企業が自主的経営権を享有するとは,どの職務発明創作について会社の名義で出願し専利権を獲得する必要があるかを決定する権利も含むべきである。それについて国が干渉する必要性が見出せない。」と述べた(4)。第 3 章で引用したxxxの専利法第 6 条第 3 項に対する解説内容も合わせると,企業の利益を守り,国有資産の流失を防ぐために,専利法第 6 条第 3 項において,xxで第一種職務発明を契約優先原則の対象と規定していないが,国有資産の流失,税金の無駄使い等の問題がなければ,第一種職務発明についても,企業が望むなら,契約により自主的にその帰属を定めることを認めるべきであり,それについて国が干渉する必要がないという見解が示された。前述した二つの判決において,理由付けの表現が異なるものの,裁判官の基本的考え方はxxxと同じであろう。
7.おわりに
中国では判例法主義が採用されていないので,上述事案における最高人民法院の裁定及び広東省高級人民法院の判決が他の裁判にどの程度影響を及ぼすかは定かではないが,これらの事例により,中国の裁判実務では,法院が第一種職務発明についても当事者の契約に基づいて権利帰属を判断することがある,ということが明らかになった。即ち,第一種職務発明についても,契約によりその権利を個人に帰属させることができることである。そうすると,全ての発明について契約によりその権利帰属を定めることができることになる。
特に,中国に進出する日本企業は,「私営企業」であり,契約により職務発明の権利帰属について定めても,「国有資産の流失,税金の無駄使い等」をもたらすおそれがないので,法院において認められる可能性は大きい。
中国に進出して中国人の技術者を雇う日本企業でも,中国企業に就職する日本人技術者でも,完成した発明が職務発明か否かに関わらず,契約優先原則が適
用される可能性があることを了承して,自己の利益を守るために,慎重に契約内容を吟味して契約に署名すべきである。
参考文献
(1)xxx,xxxx,xxxx ,「日本企業における研究開発の国際化の現状と変遷」,文部科学省 科学技術政策研究所第2 研究グループ 調査資料− 151(平成 20年1 月)。
(2)「特許出願 中国で拡大」,日本経済新聞 2012 年 3 月 30日。
(3)高橋正志,「やっぱり技術!中国企業が求める日本人エンジニアの姿」,リクナビ NEXT エンジニアライフ応援サイト Tech 総研,http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_ s03600.jsp?p=001656,2010 年 7月7 日。
(4)尹新天,「中国専利法詳解」,知識産権出版社 2011 年 3 月,
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(5)「実施細則」第 12 条第 2 項。
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(8)湯宗舜,「専利法解説」(修正版),知識産権出版社 2002年,49 頁。
(9)楊煜,「職務発明の界を分ける幾つかの問題点」,人民司法, 2002 年第 2 期,46-47 頁。
(10)王林,何敏,「職務発明成果帰属についての新思考」,南京師大学報(社会科学版),2002 年第 2 期,38-41 頁。
(11)張英敏,張懐剛,「専利帰属における契約優先原則」,山東審判,2005 年第 5 期,97-98 頁。
(12)林曦,「職務発明専利権の帰属における契約優先原則」,大連民族学院学報,2002 年 10 月,41-44 頁。
(13)李紅衛,「職務発明創造の専利権帰属問題新探」,法制と社会,2008 年第 5 期,71 頁。
(14)王岩,「職務発明専利権の帰属を論ずる」,東北財経大学学報,2002 年第 4 期。
(15)張小玲,「職務発明専利帰属模式の比較研究」,研究と発展管理,2007 年第 6 期,122-128 頁。
(16)「深セン市」の「セン」は,「土」偏に「川」からなる漢字。 (17)「シン誠」の「シン」は,「品」字の三つの「口」を三つの
「金」に入れ替えた漢字。
(18)契約法第 8 条:(第 1 項)法に基づいて成立した契約は,当事者に対して法的拘束力を有する。当事者は,定めに従って自己の義務を履行すべきであり,勝手に契約を変更又は解除してはならない。(第 2 項)法に基づいて成立した契約は,法律により保護される。
(19)「民事訴訟法」第 64 条:(第 1 項)当事者は,自己の主張について,証拠を提供する責任を有する。…
(原稿受領 2012. 8. 3)