4) 北村喜宣『自治の情熱』(信山社,2004年)88~93頁,千代田区生活環境条例公式 HP
義務履行確保の手段としての給水留保
──自治体における給水留保の可能性――
x x x x
(法学専攻 シビック・ガバナンス・コース)
はじめに
第1章 給水契約
第2章 給水拒否
第1節 水道法の趣旨目的からの「正当の理由」
第2節 水道法の趣旨目的外の事由による「正当の理由」第3章 給水留保
第1節 給水留保と給水拒否の関係第2節 給水留保の仕組
第3節 給水工事の留保第4節 給水契約の留保
おわりに
は じ め に
行政はある目的を達成するためにある者に義務を課すが,その者がそれを履行しない場合,何らかの方法でその義務を履行させようと試みる。それでもその者が義務を履行しないとき,その目的を達成するための最終的な手段の一つとして,行政に残されているのが行政代執行である。
行政代執行とは私人の側で代替的作為義務が履行されないときに,行政庁が自らその義務者のなすべき行為を行い,または第三者にそのなすべき行為を行わせ,これに要した費用を義務者から徴収するという強力な手段
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である1)。そのため行政代執行を行うには行政代xxx3条1項,2項の 手続きを経なければならず,それは大変時間がかかる。また,実際に行政 代執行を行うには多額の費用がかかり,その費用を行政が回収できない場 合もある。このように行政代執行は手続やコストといった面を考慮すると,あまり効率のよくない制度であり,行政の側からすればあまり使いたくな い制度である。
行政代執行をあまり使わないようにするには,行政代執行に至る前の段階で義務者に義務の履行をさせることが重要であり,そのためには効率的な義務履行確保の手段が必要となる。そのような手段として公表・過料・
給水拒否などが考えられる。公表はコストもさほどかからないし,手続も事前に公表される相手から事情を聞く機会を設けるくらいであり2),さほ
ど時間も手間もかからない。しかし,公表は公表された相手方がそれを気 にしない場合や公表される人数が多い場合にはあまり効果がない3)。一方,
過料は手続の面からも効果の面からも問題はないのであるが,人件費や広報費等のコストがかかるという問題がある4)。この点,給水拒否は需要者からの申込があった場合に,それを拒否するだけであるので,手続も容易でコストもかからない。また,給水拒否によって建物に水が供給されない場合,人は生活することが困難であることから効果的でもある。簡単ではあるが以上の点を踏まえると,給水拒否がもっとも効率のよい手段ではないかと思われる。実際自治体においては,給水拒否とよく似た給水留保という手法が違法建築物の是正手段として行われている。給水留保とは需要者からの申込に対して,水道局がその場では何の意思表示も行わず,それに対する承諾を留保し,その違法が是正されるまでは承諾を行わない旨を需要者に伝えることである。給水留保を義務履行確保の手段として用いる場合には,その間に何らかの是正を目的とした行政指導が水道局以外の機関によって行われることとなる。この給水留保と給水拒否の違いについては第3章で詳細を述べるが,簡単にその違いについて述べておくと,前者は行政指導であることから需要者の協力を必要とするが,後者は水道法15
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
条1項の「正当の理由」がある場合に限って法的に許されることから,需要者の協力を必要としないという点で両者は異なる。この二つの手法は何らかの違法を是正するための手法,すなわち義務履行確保の手段として大変有効であると思われる。しかし,これらの手法を行政が義務履行確保の手段として用いることは,果たして法的に可能なのだろうか。
そこで,本稿では行政が給水拒否または給水留保という手法を義務履行確保の手段として用いることが法的に許されるのか,仮に許されるとしてそれはどのような場合に許されるのか,特に自治体で実際に行われている給水留保について検討したい。
なお,本稿ではこれらを検討するにあたり,実際に給水留保が行われている京都市上下水道局水道部給水課と京都市都市計画局建築指導部観察課でヒアリング調査を行った。本稿における第1章の給水契約に関する部分及び第3章の京都市の事例については,このヒアリング調査とそこで提供頂いた資料に基づき,検討を行っているものである。その結果,京都市上
下水道局と京都市建築指導部観察課において違法建築物に対する給水留保の根拠となっている通達の記述に違いがあること5),従来の学説や判例は
給水契約の申込と給水装置新設工事(以下,給水工事とする)の申込につ
いての区別が曖昧であり6),給水留保という手法についてあまり注目していなかったが,行政においては両者を区別する傾向にあること7)がわかった。そこで,本稿では給水契約の申込と給水工事の申込を区別し,給水留保についても図1②の給水工事申込時における給水留保(以下,給水工事の留保とする)と図1⑦の給水契約申込時における給水留保(以下,給水契約の留保とする)とがあるものと捉え,給水留保の法的性質,限界,義務履行確保の手段としての可能性等の検討を行っている。
また,下記の図1は京都市上下水道局発行のパンフレットとヒアリング 調査を基に,建物の新築における,建築確認から給水供給までの時間軸を 簡単にまとめたものである。本稿では随時この図1に基づいて説明を行う。
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⑨給水供給
⑧メーター取付
⑦開栓手続(給水の申込と承諾
⑥外部接続工事施工・完了検査
⑤外部接続工事施工承認
④上水道内部工事施工・竣工検査
③水道局による承認
②上水道給水装置工事(内部・外部)申込
①建築確認
図 1:建築確認から給水供給が行われるまでの時間軸
)
第1章 給 水 契 約
第1節 給水契約の内容と成立時期
1
給水契約の内容
ここでは水道事業者である市町村と需要者とが締結する給水契約とはいかなるものなのか,つまりその契約の内容や成立時期といった給水契約の基本的な事項について検討する。
そもそも水道事業は原則として厚生労働大臣の認可を受けた市町村によ
り,その事業計画に基づいて営まれている8)。給水契約とは水道事業者である市町村と需要者9)との水の供給契約である。『新版水道法逐条解説』
(以下,『逐条解説』とする)によると,「給水契約は水道事業者が水道に
より常時水を供給する義務を負い,需要者がこの給付に対して料金の支払義務を負う有償双務契約である。」10)とされている。しかし,給水契約は民法上の他の有償双務契約と違い,水道事業者と需要者間の意思表示の合致のみによっては成立しない。水道事業者と需要者との間で給水契約が締結されるためには,水道事業者が予め定める供給規定(地方自治体が定め
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る水道事業条例等)11)を需要者が承認し,その条件を満たした上で給水契約を申込まなければならない。つまり,需要者は供給規定の定める供給条件を満たさない限り,給水契約を締結することができないのである。そのため供給規定は「水道事業者と水道の需要者との給水契約の内容を示すものであり,料金,給水装置工事の費用の負担区分その他の供給条件を定めるもの」12)となっている。
2
給水契約の成立時期
① 給水契約の申込と給水工事の申込
次に給水契約の成立時期についてだが,この問題を検討するにあたってはまず,給水工事13)の申込が給水契約の申込に該当するのか(図1②が給水契約の申込なのか)という問題を解決し,給水契約の申込時期を確定させる必要がある。なぜなら給水契約の申込時期を確定させなければ,給水契約の成立時期を確定することができないからである。例えば給水工事の申込を給水契約の申込と捉えるならば,図1③の時点で水道事業者と需要者との間で給水契約が成立することとなり,給水工事の申込を給水契約の申込ではないと捉えると,図1⑦の時点でそれが成立することになるのである。このとき給水工事の申込は行政手続上の申請となり,それに対する水道局の承認は行政行為における確認となる。この問題について豊中市給水拒否事件控訴審判決(大阪高判昭和53年9月26日判時915号33頁)では「控訴人のした前期給水装置新設工事の申込は水道法15条所定の『給水契約の申込』該当するもの」と給水工事の申込を給水契約の申込と捉え,武蔵野市給水拒否事件の一連の判決においても給水工事の申込は給水契約の申込と捉えられている14)。しかし,水道法の規定を見ると給水工事の申込を給水契約の申込と捉えることはできないと思われる。なぜなら同法16条の2第3項は「水道事業者は,当該水道によつて水の供給を受ける者の給水装置が当該水道事業者又は指定給水装置工事事業者の施行した給水装置工事に係るものでないときは,供給規程の定めるところにより,その者
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の給水契約の申込みを拒み,又はその者に対する給水を停止することができる」と規定しているからである。これによると給水契約の諾否が給水工事後に行われていることがわかる。そして「その者に対する給水を停止することができる」という規定は一度給水契約を結び,給水を行った場合,つまり建物の増改築の場合についての規定である。また,給水工事の申込を給水契約の申込と捉えるならば,給水工事が必要な場合とそうでない場合とでは給水契約の申込の時期や方法が異なることとなり,それでは統一性を欠く。おそらく豊中市と武蔵野市の判例は給水工事申込の拒否を水道法15条1項で処理しようと考えたため,給水工事の申込を給水契約の申込と捉えたのではないかと思われるが,給水工事の申込をこのように捉えなくとも給水工事申込時における拒否を水道法15条1項で処理することは可能である。なぜなら給水工事の申込を拒否することは,その後に行われるはずの給水契約の申込を事実上不可能とし,結果として給水契約の申込を拒むことになるからである15)。
以上により本稿では給水工事の申込は給水契約の申込ではなく,行政手続上の申請であり,給水契約の申込とは開栓手続における給水の申込(図
1⑦)であると考える。
② 成立時期
続いて給水契約の成立時期であるが,『逐条解説』によると「給水契約は,需要者の給水申込みと水道事業者のこれに対する承諾とによって成立し,一定の様式を必要としない(諾成不要式)契約である」16)とされている。また,地裁判決であるが給水契約の成立時期について「給水契約が,水道事業者の承諾なくして,私法上もその申込みにより直ちに成立することまで認めたものではないというべきである」と,給水契約の成立には需要者の申込だけでは足りず,水道事業者の承諾が必要だとする判例(大阪地判平成2年8月29日判時1371号122頁)もある。これに対しxxxxは
「水道水のように,国民の生活に直結し,その健康で文化的な生活を守るには一日たりとも欠かすことのできない物質の給付にかかわる契約の場合
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
には,行政の怠慢から国民の生存権を防衛するために,契約申込時に契約が成立したとみてよいであろう。」17)と述べておられ,「需要者の給水契約の申込みに対し水道事業者が全く正当な理由がないのにこれを拒んだ場合には,右申込がなされた日に給水契約が成立したと認めるのが相当である。」とする判例もある(東京地裁xxxx決昭和50年12月8日判時803号 18頁)。しかし先に見た水道法15条1項,16条,16条の2第3項はその文言から水道事業者の拒否や承諾といった行為を想定していると考えられるので,給水契約の成立には需要者からの申込だけでは足りず,水道事業者の承諾が必要であると考えられる。よって,図1⑦における需要者の給水の申込と水道事業者の承諾によって,給水契約は成立すると考える。
第2節 給水契約の法的性質
給水契約の法的性質については,水道事業者である市町村と需要者との 関係を公法関係とみるか,私法関係とみるかという論点がある18)。かつて 判例は上水道の利用関係について,公法関係であるとしてきた(福岡地判 昭和30年4月25日行政事件裁判例集6巻4号1027頁,京都地判昭和32年3 月7日行政事件裁判例集8巻3号432頁など)。しかし,判例は大阪地判昭 和42年11月30日判時514号70頁を境として,上水道の利用関係を私法関係 と捉えるようになり,現在では下級審において上水道の利用関係につきそ のように捉えることがほぼ定着している19)。学説も当初は上水道の利用関 係を公法関係と捉えていたが,後にそれを私法関係と捉えるようになった。そして現在の学説は上水道の利用関係を公法関係と私法関係とに区分して 考える公私二分論的な考え方から脱却している20)。なぜなら現在の学説の 多くは実定法を公法体系と私法体系に二分し,ある法律規定が公法規定か 私法規定かによって結論を演繹する公私二分論に疑問を持ち,公私二分論 には実益がさほどないと考えているためである21)。さらにxxxxは「上 水道の利用関係についても,一般的に公法関係か私法関係か,という議論 をすること自体は無意味であって,具体的な問題について,それに関する
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当該法規の趣旨に照らして判断する必要がある」22)と述べておられる。本稿においても給水契約がどのような法的性質を持っているのかという問題については,公私二分論的な解釈方法をとらず,水道法の趣旨目的に照らし,その実態を踏まえたうえで解釈することとする。
そこであらためて給水契約についてみてみると,給水契約は需要者が水 道料金を払い,それに対して水道事業者が水を供給するという対価関係が 成り立っており,水道法上も「契約」という文言が用いられている。また,電気やガスといった上水道以外の生活に不可欠なエネルギー供給について は,それぞれ電気事業法やガス事業法で定められているが,その供給主体 は民間企業であり,その供給契約は民法上の有償双務契約であることから,給水契約についても同様に考えてよいのではないだろうか。しかし,これ らの供給契約は完全に民法がそのまま適用されるというわけではなく,法 律によって民法上の契約に契約の受諾義務や供給義務が課されるなど,各 種の修正が加えられている。そのため,そのような部分においては民法の 規定ではなく,当然に各事業法の規定が適用される。
よって給水契約とは基本的に民法上の有償双務契約であり,水道法で修正が加えられている部分については水道法の規定が適用され,そのような修正が加えられていない部分については民法の規定がそのまま適用されると考えられる。ただ,上水道における供給主体は他のエネルギー供給主体と異なり,市町村であることからその部分で行政手続条例等の適用も考えられる。
第2章 給 水 拒 否
第1章において給水契約は有償双務契約であるが,水道事業者と需要者間の意思表示の合致のみによっては成立せず,需要者は供給条件を満たす必要がある旨を述べたが,逆に水道事業者はそのような条件を満たした需要者に対して,水道法上給水契約の受諾義務が課せられており(水道法15
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条1項),それに反した水道事業者には罰則が科せられる(水道法53条3 号)。これは需要者の利益を保護するために,水道事業者が相手方を選択 する自由を制限したものであり,水道事業者は需要者による給水契約の申 込が供給規定に反しないものである限り,需要者の使用水量の多少,用途,信条,社会的地位等に関わりなく給水契約を締結しなければならないので ある23)。しかし,この受諾義務は何時如何なる場合においても水道事業者 に課されるというわけではなく,需要者の申込を拒否するに際して「正当 の理由」がある場合,この義務は解除される。本章ではこの「正当の理 由」の解釈について,学説や判例を踏まえて検討する。
第1節 水道法の趣旨目的からの「正当の理由」
給水契約の受諾義務が解除される事由である「正当の理由」の解釈であるが,『逐条解説』によると「水道事業者の正常な企業努力にもかかわらずその責に帰すことのできない理由により給水契約の申込を拒否せざるを得ない場合に限られるもの」24)とされている。具体的には,水道法16条
(給水装置の構造及び材質)に定めるもののほか,① 配水管未布設地区か
らの申込,② 多量の給水量を伴う申込の場合,③ 給水量が著しく不足している場合が「正当の理由」に該当する25)。そして,福岡県志免町給水拒否事件上告審判決(最判平成11年1月21日判時1682号40頁)では,これらに加えて将来の水不足を理由とする給水拒否についても「正当の理由」があるものとされている。次にこの福岡県志免町給水拒否事件上告審判決について簡単に触れることとする。
1
福岡県志免町給水拒否事件上告審判決
事実の概要であるが,開発事業者XがY町に420戸のマンション建設を計画し,水道事業者であるY町に給水の申込をしたところ,Y町は開発行為又は建築で20戸を超えるものもしくは共同住宅等で20戸を超えて建築する場合は全戸に給水しない旨を定めているY町の水道事業給水規則を根拠
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に,これを拒否したというものである。これに対しXは主位的に給水契約の地位確認を,予備的に給水契約申込に対する承諾,マンションの着工又は完成を停止条件とする給水命令を求める訴えを提起した。ここでの主な争点は,Yが本件給水申込を拒否したことが水道法15条1項にいう「正当の理由」にあたるかという点である。これにつき第xx(福岡地判平成4年2月13日判時1438号118頁)では本件の拒否は「正当の理由」にあたらないとし,控訴審(xxx判平成7年7月19日判時1548号67頁)では本件の拒否には「正当の理由」があるとした。
上告審はまず,「正当の理由」について「『正当の理由』とは,水道事業者の正常な企業努力にもかかわらず給水契約の締結を拒まざるを得ない理由を指すものと解される」と『逐条解説』と同様に述べ,続いて「具体的にいかなる事由がこれに当たるかについては,同項の趣旨,目的のほか,法全体の趣旨,目的や関連する規定に照らして合理的に解釈するのが相当である。」と述べている。そして,「水が限られた資源であることを考慮すれば,市町村が正常な企業努力を尽くしてもなお水の供給に一定の限界があり得ることも否定することはできないのであって,給水義務は絶対的なものということはできず,給水契約の申込みが右のような適正かつ合理的な供給計画によっては対応することができないものである場合には,法15条1項にいう『正当の理由』があるものとして,これを拒むことが許されると解すべきである。」とし,最終的に「現に居住している住民の生活用水を得るためではなく住宅を供給する事業を営む者が住宅分譲目的でしたものについて,給水契約の締結を拒むことにより,急激な需要の増加を抑制することには,法15条1項にいう『正当の理由』があるということができるものと解される。」とした。
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私 見
『逐条解説』と判例によると,「正当の理由」とは水道事業者の正常な企業努力にもかかわらず給水契約の締結を拒まざるを得ない理由を指すも
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のであり,具体的には水道法16条に定めるもの,先の『逐条解説』による三つの場合,及び志免町の事例が考えられる。そして判例は「具体的にいかなる事由がこれに当たるかについては,同項の趣旨,目的のほか,法全体の趣旨,目的や関連する規定に照らして合理的に解釈するのが相当である」としていることから「正当の理由」があるとされる余地はまだまだあると考えられる。
以上が給水契約の受諾義務が解除される「正当の理由」の解釈である。 本章冒頭において給水契約の受諾義務とは需要者の利益を保護するため, 水道法が水道事業者に制限を加えたものだと述べたが,この需要者の利益 とは建物の居住者が給水を受ける権利であると考えられる。この権利を侵 害することは,上水道が人の生活に不可欠なものであることを考慮すると その人の生存権の侵害にもなりうる。そのため水道法は水道事業者に対し,
「正当の理由」がない限り給水契約を拒んではならないとの受諾義務を課したと考えられる。実際に上記判例で「現に居住している住民の生活用水を得るためではなく住宅を供給する事業を営む者が住宅分譲目的でしたものについて」と述べたのも,現に居住している住民に対する給水拒否は,生存権の侵害の恐れがあるということを考慮したためと考えられる。しかし,これを逆に考えれば現に居住者がいない場合の給水拒否には,生存権の侵害の恐れがないのであって,これまで述べてきた「正当の理由」の解釈の他にも「正当の理由」に含まれる事由があるのではないだろうか。すなわちこれまでの「正当の理由」の解釈とは水道法の趣旨目的による解釈であり,水道法の趣旨目的外の事由が例外的に「正当の理由」とされる場合があるのではないだろうかということである。例えば現に居住者がおらず,工事中の違法建築物に対して給水拒否を行うことには「正当の理由」がないのだろうか。次節において,水道法の趣旨目的外の事由で「正当の理由」に含まれる事由について検討する。
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第2節 水道法の趣旨目的外の事由による「正当の理由」
1
学 説
水道法15条1項の「正当の理由」に関する学説に関しては主に三つの立場がある26)。第一の説は給水拒否の可否を水道法の趣旨目的のみから判断するものであり,需要者が建築基準法違反であるなど,他の事由を一切考慮しないとするもの(以下,この説を消極説とする)である。第二の説は建築基準法のようにその趣旨目的が水道法の趣旨目的と競合する部分のあるものについては,その競合部分に違法がある限りにおいて,ある程度まで給水拒否が許されるが,居住が始まれば違法が是正されていなくても
(建築基準法の場合は違法建築であっても),もはや給水拒否は許されない とするもの(以下,この説を積極説とする)である。この説にはxxxx,xxxxx,xxxxの説が分類されている(これらの学説は給水留保の 学説であるので,詳細については第3章で触れる)。第三の説は消極説の ほか,給水することが結果として公序良俗違反になる場合についても給水 拒否が許されることがあるとするもの(以下,この説を公序良俗説とす る)である。この説に立脚した判例として武蔵野市給水拒否刑事事件上告 審決定とその控訴審や大阪地裁平成2年8月29日判決がある。以下,これ らの三説について検討する。
まず消極説は第1節で述べた水道法の趣旨目的による「正当の理由」の解釈であり,基本的には妥当であると考える。しかし,水道行政以外の行政目的から行われた給水拒否を一切認めないというのはいささか問題がある。なぜなら第1節でも述べたように水道法15条1項の給水契約の受諾義務とは居住者の給水を受ける権利の保護,つまり水道事業者による居住者の生存権の侵害を防止するために水道事業者に課せられた義務であり,現に居住者がいない場合にはその恐れがなく,水道法がそのような場合にまで水道事業者に給水契約の受諾義務を課したものとは思われないからである。結局,この説の問題点は給水拒否を行うことができる範囲が狭すぎる
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点にある。
次に積極説は建築基準法の趣旨目的と水道法の趣旨目的に一部競合する 部分があり,両者は最終的に公共の福祉の増進を図ることを目的としてい る点で同じであること27),及び居住者がいないことを前提としていること から,妥当な説であるように思われる。しかし,水道法は水道法の趣旨目 的以外の事由から,給水拒否が行われることを想定していたとは考えられ ず,建築基準法の趣旨目的と水道法の趣旨目的に一部競合する部分がある からとの理由のみで,安易に給水拒否を他の法領域で用いることには疑問 が残る。また,最終的に公共の福祉の増進を図ることを目的とする法律は,水道法や建築基準法の他にも無数に存在しており,極論を述べると国が公 共の福祉の増進という存立目的を持つ以上,その国が制定する全ての法律 は最終的には同じ目的を持つこととなり,水道法と建築基準法が特殊な例 であるということでもない。つまり,この説の問題点は水道法以外の領域 でも,給水拒否を行うことができるという点についての説明が不十分な点 にある。
最後に公序良俗説はであるが,結論から述べるとこの説が最も妥当な説であると考える。なぜならこの説は先に述べた消極説の問題と積極説の問題を解決しているからである。ただ,この説は水道法以外の領域で行う給水拒否に「正当の理由」があるとされる場合について,給水が公序良俗違反となる場合とかなり漠然としているので,具体的にどのような場合がこれにあたるのかを明らかにする必要がある。
以下,この説を採用したと思われる二つの判例を踏まえて若干の検討を加える。
2
公序良俗説の検討
① 武蔵野市給水拒否刑事事件上告審決定(最判xxx年11月8日判時 1328号16頁)
この事件が起きた当時武蔵野市では,マンション建築の急増にともない
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住民との間で日照阻害等をめぐる紛争が多発し,学校等の公共施設を整備する必要も生じたため,昭和46年10月に武蔵野市宅地開発等に関する指導要綱(以下,指導要綱とする)が制定されていた。指導要綱には建設業者が高さ10メートル以上の中高層建築物を建設する場合,あらかじめ日照の影響について市と協議し,日照被害を受ける住民の同意を得ること,建設計画が15戸以上の場合には教育施設負担金等の寄付をすること,指導要綱に従わない事業者に対しては上下水道等必要な施設,その他必要な協力を行わないことなどが定められており,武蔵野市ではこの指導要綱に基づき建設業者に対して行政指導が行われていた。そうしたところ,武蔵野市の水道事業の管理者である武蔵野市長は,昭和52年1月から翌昭和53年1月にかけてある建設業者やその業者が所有するマンションの居住者から給水工事の申込があった際に,その建設業者が指導要綱に定められた日照被害を受ける住民の同意を得ず,教育施設負担金の寄付もしていなかったことから,市職員に指示してこれを拒否した。その後武蔵野市長による給水工事の申込の拒否は,水道法15条1項にいう「正当の理由」がないのに給水契約の締結を拒否したものであり,同法53条3号(同法15条1項の規定に違反した者は,1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処する)にあたるものであるとして,武蔵野市長が起訴された。
本件における第xxから上告審を通じた主な争点は, 武蔵野市長の行為が給水契約の拒否にあたるのか,それとも指導要綱を遵守させるための行政指導を継続するために給水契約の締結を留保したものなのか, 当該行為が拒否である場合に水道法15条1項のいう「正当の理由」にあたるか否かという点である。これにつき第xx(東京地裁xxxx判昭和59年2月24日判時1114号10頁)では,武蔵野市長の行為は給水拒否に該当するものであり,水道法15条1項の「正当の理由」にあたらないとし,武蔵野市長に10万円の罰金刑を科した。
続く控訴審(東京高判昭和60年8月30日判時1166号41頁)ではについて「このような行政指導を行うについて,水道事業者でもある地方自治体
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が宅地開発事業者からする給水申込に対する応答を裁量により暫時留保し つつ,宅地開発に関する所要の説得,勧告等の挙に出ることは,前記水道 法の解釈に従い必ずしも許されないことではないと考えられる。」と水道 法上留保が許されるとし,続いて「このような行政指導において処分の留 保が裁量的に許される場合であつても,一般的に次のような制約があるこ とに留意すべきである。すなわち,その一つは,時期的な面からの制約で ある。処分の留保とは,許否(許認可処分の場合)または諾否(契約の場 合)の意思表示をなすべく請求されている場合において,その請求の受理 またはこれに対する許諾の意思表示をなすことを一応差し控え,後の段階 に譲ることをいうものであるところ,本来許諾の意思表示は,それが実効 性をもつ時までになされなければ拒否と同じ結果とならざるを得ないから,留保は相手方の同意がない以上,(法定期限の有無とは別に)遅くともそ の時までに限られるというべきである。いま一つは,行政指導の性質の面 からくる制約である。いうまでもなく,行政指導は一定の行政目的の実現 を図ろうとして相手方の協力を求めてこれに働きかけるものである。そこ で,相手方に対する理性的説得のほかにその実効性を高めるため何らかの 対応手段を用いることは当然視されているといつてよく,処分の留保もそ の手段の一つと理解される。しかしながら,行政指導の本来的性質が相手 方の『任意性』を前提とするものである以上,相手方が当該行政指導に従 う可能性があるとみられる場合はともかく,これに従わない確固たる態度 を示し,その翻意ということも考えられず,任意の行政指導の方法による 解決がおよそ期待できないとみられる場合には,その状況裡において,な お処分の留保を続けることはもはや違法となるものといわなければならな い」とその限界について指摘した。そして,本件における留保のうち入居 者の多くが確定し,その入居が迫っていた時期以降,及び建設業者が行政 指導に従わないことを明確に表示した時期以降に行ったものについては, その限界を超えたものであり拒否であるとした。
については水道法15条1項の解釈として「若し水道事業者において給
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水申込者の申込に応じて給水することが公序良俗に反するという場合が想定されるならば,これは一種の限界的な場合として給水を拒む『正当の理由』に当たるものと解する。」と述べ,さらに「給水が公序良俗に反する場合とは,水道法固有の目的の次元を超えるものである以上高度な違反の場合を指し,従つて換言すれば,給水することが公共の利益に重大な影響を及ぼすような場合に限られることになるであろう」と述べ,最終的に
「本件において市が山基建設に給水することが公共の利益に重大な影響を及ぼすような公序良俗違反になるとは到底考えられず,この面から被告人の所為が水道法15条1項の『正当の理由』に当たる場合ということもできないものである。」と結論付け,控訴を棄却した。
そして本件上告審決定では「原判決の認定によると,被告人らが本件マ ンションを建設中の山基建設及びその購入者から提出された給水契約の申 込書を受領することを拒絶した時期には,既に,山基建設は,武蔵野市の 宅地開発に関する指導要綱に基づく行政指導には従わない意思を明確にx xし,マンションの購入者も,入居に当たり給水を現実に必要としていた というのである。そうすると,原判決が,このような時期に至ったときは,水道法上給水契約の締結を義務づけられている水道事業者としては,たと え右の指導要綱を事業主に順守させるため行政指導を継続する必要があっ たとしても,これを理由として事業主らとの給水契約の締結を留保するこ とは許されないというべきであるから,これを留保した被告人らの行為は,給水契約の締約を拒んだ行為に当たると判断したのは,是認することがで きる。また,原判決の認定によると,被告人らは,右の指導要綱を順守さ せるための圧力手段として,水道事業者が有している給水の権限を用い, 指導要綱に従わない山基建設らとの給水契約の締結を拒んだものであり, その給水契約を締結して給水することが公序良俗違反を助長することとな るような事情もなかったというのである。」と原審を支持し,上告を棄却 した。
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
② 大阪地裁平成2年8月29日判決判時1371号122頁
この事件は建築基準法に違反してコンクリート製造設備を建設したXが,その設備等のために水道事業管理者に対し給水を求めたところ,水道事業 管理者が建築指導課から当該建築物に対する給水留保の要請を受け,これ を保留したことから,Xが裁判所に水道事業管理者が給水するよう仮処分 を求めたものである。これに対し,大阪地裁は「水道事業者に給水契約の 申込みに対し承諾義務を課し,給水を強制することが法秩序全体の精神に 反する結果となり,公序良俗違反を助長することになるような場合には, 必ずしも水道事業固有の事由に基づく場合でなくとも,給水契約の締結を 拒みうる『正当な理由』があると判断される場合もあるというべきであ る」と公序良俗説に立脚しつつ, Xが工事の停止命令,建物の除去命 令,使用禁止命令を書面で受けたにもかかわらず,これに従う態度を全く 見せないまま給水を求め続けたこと, 環境の悪影響を懸念した付近x xが当該設備の操業に反対の意思を表明していたこと, 当該設備が居 住を目的とした建築物でなく,給水しないことが水道法の所期する公衆衛 生の向上と生活環境の改善に寄与するとの目的に背馳するものといえない ことなどを理由に「申請人対し上水を供給することは,かかる違反行為を 直接に助長,援助することとなって公序良俗に違反するというべきであり,法秩序全体の精神からしても到底許容されないというべきである」と述べ,本件においては給水契約の締結を拒みうる「正当な理由」があるものとし た。
③ 判例分析
武蔵野市給水拒否刑事事件控訴審判決(以下,武蔵野市控訴審判決とする)では,公序良俗説における給水が公序良俗違反となる場合について
「水道法固有の目的の次元を超えるものである以上高度な違反の場合を指 し,従つて換言すれば,給水することが公共の利益に重大な影響を及ぼす ような場合」としている。これについてxxxxは「これは公序良俗原則 を適法要件としてではなく,違法性阻却事由としてとらえる考え方である。
立命館法政論集 第5号(2007年)
つまりこの考え方では,公序良俗違反の有無が問題となるのは極めて例外的な事象の場合であり,一般的には法律による行政の原理の方が優先することになる。」28)と述べておられる。つまり需要者に法律違反などの公序良俗に反することがない場合は,給水を行うことが需要者の公序良俗違反を助長するようなことはないので,このような場合には先の消極説と同様に「正当の理由」については水道法の趣旨目的から判断すべきであるということであり,これはまさに公序良俗説の捉え方である。そして,実際に需要者に公序良俗違反があった場合については大阪地裁平成2年8月29日判決が鍵となる。この判決理由の,についてはXが公序良俗違反であることの理由であると思われるが,は違法建築物を是正するために給水を行わないことが,水道法の趣旨目的に反していないかを検討している。これを見ると需要者に法律違反などの公序良俗違反があった場合には,
「正当の理由」の有無を判断する際に,水道法の趣旨目的以外の事由を考 慮することの違法性が阻却され,水道法の趣旨目的以外の事由もその判断 の要素としてもよいということのように思われる。ただ,いくら違法性が 阻却されるからといって,無条件に何でも判断の要素になりうるわけでは なく,水道法の趣旨目的に反しない限りというような制約があるようであ る。はまさにそのことを検討しているものである。このように違法性が 阻却されても,無条件に給水拒否が許されるわけではないとの捉え方は妥 当であると考える。なぜならそのような場合においては,無条件で給水拒 否が許されるとすると,公序良俗違反の解釈次第でどのような場合にでも,
給水拒否が許されることになり,それは法治行政の原理を根底から崩すこ とにもなりかねないからである。xxxxもこの点を危惧しておられる29)。そして,需要者が公序良俗違反の場合,給水拒否ができるかどうかの判断 は,大阪地裁平成2年8月29日判決のようにそれを行う目的と水道法の目 的との競合性やそれを行うことが水道法の趣旨目的に反していないかと いった点から判断されるべきである。その結果,需要者に公序良俗違反が ある場合の「正当の理由」の解釈は積極説と基本的に同じである。つまり,
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
公序良俗説では需要者に公序良俗違反がない場合の「正当の理由」の解釈は消極説となり,需要者に公序良俗違反がある場合の「正当の理由」の解釈は積極説となるのである。ただ,この判例はコンクリート製造設備という居住を目的とした建築物でないことから,このような結論に至ったと思われるが,仮に居住を目的としたマンションで既に居住者がいた場合はどうなるのであろうか。その場合は居住者が善意なのか悪意なのか(例えば当該マンションが違法建築物であると知っていたかどうかどうか),給水した場合と給水しなかった場合とでの比較考慮などを検討することになるのではないだろうか。
結局のところ違法建築物の是正など,水道法の趣旨目的以外の目的を達成するために給水拒否を行った場合の「正当の理由」の解釈については需要者の状況,周辺住民の状況,給水拒否に至った過程,給水拒否の目的と水道法の目的との競合部分の有無,給水拒否が水道法の趣旨目的に反していないか(居住者の生存権が守られているか),どのような違反(それが法律違反か条例違反か,または行政指導違反か)を理由に給水拒否を行っ
たかなどの様々な要素を具体的に検討して判断する必要があるように思わ
れる。xxxxはこのような具体的分析の重要性を強調され30),xxxやxxxxも具体的分析に着目されている31)。そして,xxxxは「公序良俗に高度に反する行為に限り,水道法と関連が認められる範囲で他の要素の考慮を認めるのが合理的である。」32)と述べておられる。
3
私 見
以上ここまで,給水拒否を水道法の趣旨目的以外の目的から行った場合 に「正当の理由」となりうるのかについて検討してきたが,需要者に公序 良俗に反する行為があった場合において,需要者の状況など先に述べた 様々な要素を検討した結果,それが「正当の理由」となりうる場合がある ことがわかった。しかし,どのような場合に給水拒否が許されるのか,す なわち給水拒否が許される限界について明らかにすることができなかった。
立命館法政論集 第5号(2007年)
これについては武蔵野市給水拒否刑事事件上告審決定以降の判例が少なく,公序良俗説に関する学説の発展もさほど見られないことから,現時点にお いて明らかにすることは困難であると思われる。また,水道法の趣旨目的 以外の目的から給水拒否を行った場合,それが可能かどうかの鍵となるの は需要者の公序良俗違反という法律の次元を超えたものであり,これを前 提として行政が給水拒否を何らかの義務履行確保の手段として用いること は,法治行政の原理からすると好ましくない。行政が水道法の趣旨目的以 外の目的から給水拒否を行うのは,極めて例外的な場合に限られるべきで あろう。このことから行政が給水拒否を違法建築物の是正など,何らかの 義務履行確保の手段として使うことは極めて困難であると言わざるを得な い。
第3章 給 x x x
本章では給水留保について検討する。特に第1節,第2節においては判 例や学説を踏まえ,給水留保と給水拒否の関係,給水留保がなぜ水道法上 許されるのか,その限界とはどのようなものかについて検討する。そして,第3節,第4節においては実際に給水留保を義務履行確保の手段として用 いている京都市の事例を踏まえ,給水留保を義務履行確保の手段として用 いる場合には,どのようにしたらいいのか,そしてその可能性について検 討する。
第1節 給水留保と給水拒否の関係
これまで給水留保と給水拒否について詳しく述べてこなかったが,ここでは学説や判例について検討し,給水留保とはどのようなものであるか,そして給水留保と給水拒否の違いについて明らかにする。まず給水留保に関する判例であるが,著名な最高裁判断としては,豊中市給水拒否事件上告審判決と第2章で触れた武蔵野市給水拒否刑事事件上告審決定がある。
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
1
豊中市給水拒否事件上告審判決(最判昭和56年7月16日判時1014号59頁)
事件が起きた当時豊中市では「工事中止命令等が出されたものは,建築 部から解除の連絡があるまで給水工事を延期する」という実施要綱が定め られ,これに基づき行政指導が行われていた。そこで豊中市水道課長Aは 原告Xによる給水工事の申込に対し,X所有の住宅の増築が建築確認を受 けたものではなく,Xが豊中市建築部から違反の是正を求めた改善勧告を 受けており,かつ同市建築部から水道局長にX所有の右建物に給水制限す るようにとの依頼もあったので,当該申込の受理を事実上拒絶し,建築基 準法違反を是正し,建築確認を受けて申込するようXに勧告した。これに 対し,Xは増築部分に自ら給水装置を設置し,既存の共同住宅の給水装置 から増築部分へ水を引き,当該増築部分を第三者に賃貸した。その1年半 後Xが再び給水工事の申込を豊中市に行ったところ,その申込は受理され,工事は完成した。そして,Xは給水工事の申込の受理を拒絶し,1年半以 上もの間給水を停止したのは,水道法15条1項に違反し,Xの給水を受け る権利を侵害したものである等を主張し,豊中市に対して損害賠償を求め る訴訟を提起した。
第xx判決(大阪地判昭和52年7月15日最高裁判所民事判例集35巻5号 935頁)では本件措置を水道法15条1項に反する違法な措置であるとしつつも損害の立証がないとし,Xの請求を棄却した。続く控訴審(大阪高判昭和53年9月26日判時915号33頁)もこれと同様に本件措置はその結果において水道法15条の規定に違背するものとみられないではないとされた。しかし,控訴審ではこれに続き,「本件措置はいまだもって行政指導の限界をこえたものということはできず,行政法規たる水道法15条に違反するからといって,直ちに不法行為法上の違法ということはできない」とし, Xの請求を棄却した。これに対しXが本件措置は事実上の強制力を有しており,それは行政指導の限界を超え,法律上の根拠なくして水道法15条に定めるXの給水を受ける権利を違法に侵害した不法行為に該当するもので
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あると主張して上告したのが本件上告審判決である。
本件上告審判決は「被上告人市の水道局給水課長が上告人の本件建物についての給水装置新設工事申込の受理を事実上拒絶し,申込書を返戻した措置は,右申込の受理を最終的に拒否する旨の意思表示をしたものではなく,上告人に対し,右建物につき存する建築基準法違反の状態を是正して建築確認を受けたうえ申込をするよう一応の勧告をしたものにすぎないと認められるところ,これに対し上告人は,その後1年半余を経過したのち改めて右工事の申込をして受理されるまでのxx工事申込に関してなんらの措置を講じないままこれを放置していたのであるから,右の事実関係の下においては,前記被上告人市の水道局給水課長の当初の措置のみによつては,未だ,被上告人市の職員が上告人の給水装置工事申込の受理を違法に拒否したものとして,被上告人市において上告人に対し不法行為法上の損害賠償の責任を負うものとするには当たらないと解するのが相当である。」と原審を支持し,Xの上告を棄却した。
2
判 例 分 析
この判決と第2章で触れた武蔵野市給水拒否刑事事件上告審決定が給水 留保に関する著名な最高裁判断である。豊中市の上記上告審判決では,そ れまで第xxや控訴審で争われてきた水道法15条1項の「正当の理由」の 有無に関する判断を一切行わず,ただ本件措置は「右申込の受理を最終的 に拒否する旨の意思表示をしたものではなく,上告人に対し,右建物につ き存する建築基準法違反の状態を是正して建築確認を受けたうえ申込をす るよう一応の勧告をしたものにすぎないと認められる」と述べるに止まっ た。これは本件措置が未だ拒否にまでは至っていないことから,水道法15 条1項の「正当の理由」の有無に関する判断を行わなかったものであり, 外形上拒否に見える行為(本件においては申込に対する受理の拒絶)でも,水道法15条1項でいうところの拒否に至らない場合があること,すなわち 給水留保の余地を認めたものである。さらに武蔵野市控訴審判決では給水
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
留保の余地を認めるとともに,その限界についても触れられている。それ によると,本件のような行政指導において給水留保が裁量的に許される場 合であっても,給水留保は時期的な面からの制約,行政指導の性質面から の制約を受け,この限界を超えるものについてはもはや給水留保ではなく,給水拒否となるとのことである。またこの決定は「処分の留保とは,許否
(許認可処分の場合)または諾否(契約の場合)」と述べ,給水留保について許認可処分の留保と契約の留保があること,つまり給水工事の留保(図
1②)と給水契約の留保(図1⑦)があることを示唆している。
3
学 説
一方,給水留保に関する学説であるが,xxxxxは「生存権を保障す る憲法原理を視座において考えると,居住が開始されない時点にかぎって,著しい違法建築に対する給水を,その違法性が是正されるまで留保するこ とは可能であると思われる。」と述べておられ,その理由については水道 法と建築基準法が一部に共通の目的を持っていることから給水留保が水道 法15条1項の「正当の理由」に含まれる余地があるのではないかと考えて おられる33)。また,xxxxも「建築行政と水道行政をある程度リンクさ せる立場に賛成して,違法建築物に対する給水保留をある程度までは適法 と見るべきことと考える」34)と同様に考えておられるようである。これに 対し,xxxxは建築基準法と水道法は都市環境法として共通の性格を有 していることなどから,給水拒否が水道法15条1項の「正当の理由」に含 まれるとの見解に立ちつつも,給水拒否と給水留保とを区別して考えてお られるようである35)。しかし,結局のところこれらの学説は全て給水留保 と給水拒否の違いは特にないものと捉えているようである。実際これらの 学説は,第2章で見たように水道法15条1項の「正当の理由」に関する学 説の分類において積極説に位置付けられている36)。これらのことから学説 は水道法15条1項の「正当の理由」の解釈を中心に捉えており,その前提 となる給水拒否について,特に給水留保についてはあまり検討してこな
立命館法政論集 第5号(2007年)
かったことがわかる。
4
私 見
ここまで給水留保に関する判例と学説を見てきたが,判例は給水留保を 認める最高裁判決または決定が出ており,学説も給水留保が可能であると 考える説がいくつかある。しかし,判例はなぜ給水留保が可能なのかとい う点については言及しておらず,学説に至っては先に見たように水道法15 条1項の「正当の理由」の解釈が争点となっており,そもそも給水留保は 注目されていなかった。学説がこのように給水留保に注目してこなかった のは,おそらく給水拒否を給水留保とイコールで考えており,給水拒否が できるのであれば当然給水留保もできると考えていたためであろう。だが,先の豊中市給水拒否事件上告審判決では給水留保と給水拒否はイコールで はなく,水道法上給水拒否とイコールでない給水留保の余地を認めている。なぜならもし給水拒否が給水留保とイコールであるならば,上告審は水道 法15条1項の「正当の理由」の有無についての判断を行えばよかったので あるが,第xx,控訴審とこの判断を行ってきたにもかかわらず,あえて 上告審はこの判断を行わなかったからである。そして,武蔵野市の一連の 判例も給水留保と給水拒否をイコールと捉えていないようである。よって,本稿では給水留保と給水拒否を異なる概念であると捉え37),分けて考える こととし,給水留保と給水拒否の関係について改めて検討するものとする。
先に判例は給水留保についての検討が十分に行われていなかったと述べたが,給水留保と給水拒否の関係を検討するに際して,一つの方向性を示している。すなわち給水留保には限界があり,その限界を超えたときにはいくら留保であると主張したとしても,もはやそれは給水留保ではなく,給水拒否となるということである。この給水留保と給水拒否の関係については妥当であると思われる。なぜなら,実社会における留保とは何らかの交渉時において行われるものであるが,その交渉で無理な条件を提示したり,交渉期限が迫っているにもかかわらず,譲歩が見られない場合は結果
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
としてそれは留保の限界を超え,拒否したことと同じになるのであり,給水留保と給水拒否についてもこれらと同様に考えても何ら差し支えないからである。さらに武蔵野市控訴審判決では,給水留保の限界として時期的制約と給水留保が行政指導であるが故に受ける制約があるとしている。
また,給水留保について武蔵野市控訴審判決では,給水留保には2つの場合があることが示唆されている。これは判例が給水工事の申込と給水契約の申込をイコールで捉えていたために起きたことであり,給水工事の申込と給水契約の申込を別々に捉えていたのであれば,このように示唆するに止まることはなかったと考えられる。そして,本稿では第1章で述べたように判例と異なり,給水工事の申込と給水契約の申込を別物と捉えており,そのように考えるとそれぞれの場面で留保するということは当然に考えられうる。よって給水留保には給水工事申込時の給水留保(給水工事の留保図1②)と給水契約申込時の給水留保(給水契約の留保図1⑦)という二つの給水留保があると考える。そして,どちらも給水留保である以上先に述べた給水留保と給水拒否の関係,すなわちその限界を超えた留保はもはや留保ではなく拒否であるという関係が成り立つものと考える。
以上,給水留保と給水拒否の関係について見てきたが,給水留保には限 界があり,それを超えたときには給水拒否となることがわかった。そこで,次節においては判例が明らかにしていなかったなぜ水道法上給水留保が許 されるのかという点について検討し,そして武蔵野市控訴審判決で示され た給水留保に課せられた制約から,給水留保の限界についても検討し,こ れらを明らかにする。
第2節 給水留保の仕組
1
なぜ給水留保が水道法上可能なのか
違法建築物の是正において,給水留保とは需要者からの給水工事の申込ないし給水契約の申込があった場合に,水道局が違法建築物の是正が行われるまでは申込の承諾をしない旨を需要者に伝えることである。これを詳
立命館法政論集 第5号(2007年)
細に見ると,このとき水道局は, 承諾の意思表示を留保し, 違法建築物の是正が行われるまでは承諾をしないとの条件を提示しているのである。水道法上なぜ給水留保が許されるかを検討するにあたっては,この二つを検討する必要があるのではないだろうか。以下,この二つについて検討する。
に関しては,① 水道法15条1項は承諾の意思表示を留保することを許容しているのか,② 承諾の意思表示を留保することは水道法15条2項に違反しないか,という二点が問題となる。①については,先に紹介した豊中市給水拒否事件上告審判決,武蔵野市控訴審判決とその上告審決定が給水留保の余地,すなわち承諾の意思表示の留保をある程度許容していることから,水道法15条1項は承諾の意思表示をある程度まで留保することを許容していると考えられる。②については,水道法15条2項が「水道事業者は,当該水道により給水を受ける者に対し,常時水を供給しなければならない。」と水道事業者に常時給水の義務を課していることから,承諾の意思表示の留保がこれに違反していないかが問題となる。この常時給水
の義務について『逐条解説』は,「水道事業者は給水契約の成立した水道利用者に対して常時水を供給する義務」38)と捉えている。しかし,第1章で述べたように本稿では給水契約の成立には水道事業者の承諾が必要と考えているので,承諾の意思表示を留保している場合においては未だ給水契
約は成立しておらず,承諾の意思表示を留保することは水道法15条2項に違反しないものと考えられる39)。
に関しては,違法建築物の是正が行われるまでは承諾をしないとの条件を提示していることから水道法14条1項の「供給条件」が問題となる。すなわち水道法14条1項は「水道事業者は,料金,給水装置工事の費用の負担区分その他の供給条件について,供給規程を定めなければならない。」と規定していることから,違法建築物の是正が行われるまでは承諾をしないとの旨も供給条件として,供給規定に定めておかなければ水道法14条1項に反するのではないかということである。ここで供給規定と供給条件に
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
ついて確認しておく。第1章でも述べたが供給規定とは,「水道事業者と水道の需要者との給水契約の内容を示すものであり,料金,給水装置工事の費用の負担区分その他の供給条件を定めるもの」40)である。そして供給条件とは給水契約の内容である。実際の供給規定を見てみると14条1項で掲げられている料金,給水装置工事の費用の負担区分以外に給水装置の構造や材質,料金の算定方法など水道事業に直接関わるものが規定されている。これを見ると14条1項のいう「その他供給条件」とは水道事業に直接関係する条件に限られ,違法建築物の是正が行われるまでは申込の承諾をしないという条件提示はこれに当てはまらず,14条1項に違反しないのではないかと考えられる。
以上によって,給水留保は水道法上許容されているものであると考える。次に給水留保の限界について武蔵野市控訴審判決で示された制約を基に検 討する。
2
給水留保の限界
武蔵野市控訴審判決では給水留保の制約として, 時期的制約, 行 政指導の性質面からの制約が示された。ここではこの二つの制約が具体的 にどのようなものなのかを検討し,給水留保の限界について明らかとする。
① 時期的制約について
これについては,武蔵野市控訴審判決と先のxxxxxの説を詳しく見ていくこととする。武蔵野市控訴審判決においての時期的制約は「この時期はすでにマンションはほとんど完成し,入居者の多くが確定し,その入居は上下水道の使用可能の状態を待つばかりという状況であった」と述べている部分であり,xxxxxの説における時期的制約は「生存権を保障する憲法原理を視座において考えると,居住が開始されない時点にかぎって」と述べておられる部分である。この二つは居住者の生存権保護の観点から居住者の状況を考慮しているという共通点があり,それは水道法が居住者の給水を受ける権利を保護するために,水道事業者に対して給水契約
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の受諾義務を課し,給水契約という民法上の有償双務契約を制約しているのと同じである。よって時期的制約とは,給水契約の受諾義務等と同様に水道法上の制約であると考える。
次にこの時期的制約について,武蔵野市控訴審判決がどのような判断を行ったのかについて検討する。武蔵野市事件控訴審判決は本件マンションの完成が半月後に迫り,マンション購入者の入居が間近に迫っている状況を時期的制約の限界に達していたものとし,もはや業者が行政指導に従う意思があるとは到底思えず,近隣マンションからの分水を行うことを業者やマンション購入者に考えさせるような事態にまで追い込むようになっては,もはや給水留保とはいえないとしている。これは時期的制約の限度に達している場合における給水留保の限界の判断にあたっては,もう一つの制約が鍵となることを示している。つまり,時期的制約の限界を越えたものとは現に居住が行われている場合であり,居住が差し迫った場合においては未だ時期的制約の限度の範囲内であって,その場合に給水留保が限界を超えたものであるかどうかの判断は,給水留保のもう一つの制約が限界を超えているのかどうかによって決まるのである。次に給水留保のもう一つの制約について検討する。
② 行政指導の性質面からの制約
これについてはまず,給水留保(違法建築物の是正が行われるまでは承諾をしないとの条件提示)が行政指導にあたるのかを明らかにする必要がある。そこで,京都市行政手続条例(以下,行政手続条例とする)における行政指導の定義に基づいてこれを検討する41)。
行政手続条例2条6号によると行政指導とは,本市の機関42)(議会を除く。以下同じ。)がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導,勧告,助言その他の行為(処分(法令に基づくものを含む。)に該当するものを除く。)で,本市の事務として行うものと定義されている。これを給水留保について見てみると,水道局が給水留保を行う目的は,違反建築物の是
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
正という建築基準法の要請を実現させることにある。これはxxすると水道局の任務又は所掌事務の範囲外の行政目的に思われるが,第2章で述べたように違法建築物の是正のために給水拒否を行う場合において「正当の理由」が認められることがあり,その場合の給水拒否はもちろん,給水留保についても水道局の任務又は所掌事務の範囲内の行為と捉え,行政手続条例上の行政指導であると考えるのが自然であろう。よって,給水留保は行政手続条例上の行政指導であり,当然に行政指導の性質面からの制約を受けると考えられる。なお,行政手続条例31条2項には不利益扱い禁止規定が定められており,需要者が行政指導に従わないことのみを理由に給水拒否を行う場合は,当然条例違反となる。次に行政指導の性質面からの制約について,武蔵野市控訴審判決がどのような判断を行ったのかについて検討する。
武蔵野市控訴審判決は行政指導の性質面からの制約について「行政指導の本来的性質が相手方の『任意性』を前提とするものである以上,相手方が当該行政指導に従う可能性があるとみられる場合はともかく,これに従わない確固たる態度を示し,その翻意ということも考えられず,任意の行政指導の方法による解決がおよそ期待できないとみられる場合には,その状況裡において,なお処分の留保を続けることはもはや違法となるものといわなければならない」と述べている。これは結局のところ需要者が給水留保に任意に従う可能性があるかどうかということである。
③ 結 論
ここまで給水留保の制約について検討してきたが,給水留保の限界とは,
① その建物について居住者がいないこと,② 需要者が給水留保に任意に従っていることまたは従う可能性があることの二つであり,これら二つ要件を満たしていたときに限って給水留保は可能なのである。そして,この二つの要件を満たしていない場合の給水留保は,給水留保の限界を超えた給水拒否となり,それでもなお給水留保を継続する場合は,第2章で検討した「正当の理由」の有無が問題となる。このとき水道局が給水拒否につ
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いて「正当の理由」がなく,給水留保を継続することが困難であると考えた場合には,水道局は一刻も早く需要者に承諾の意思表示を行い,給水留保を解除する必要がある。特に給水契約は水道局の承諾がなければ成立しないのであるから,武蔵野市事件のような需要者の入居が間近に迫っているなど,時期的制約の限界に達していた場合については,水道法上急を要するであろう。このように考えると,第1節で検討した豊中市給水拒否事件の場合は,給水留保の限界を超えたものであったのではないかと思われる。しかし,この事件は先にも述べたように需要者が増築部分に自ら給水装置を設置し,既存の共同住宅の給水装置から増築部分へ水を引き,1年半ものxxxな給水工事の申込を行わず,これを放置していたという特殊な事件であったために最高裁は違法ではないと結論付けたのではないだろうか。
よって,給水留保の限界とは,① その建物について居住者がいないこ と,② 需要者が給水留保に任意に従っていることまたは従う可能性があ ることの二つであり,豊中市給水拒否事件のような特殊な場合を除き,こ れら二つ要件を満たしていたときに限って給水留保は可能であると考える。
このように本節において給水留保の限界について明らかとなったが,②の条件は需要者が任意に行政指導に従い,違反の是正に協力すること(以下,協力とする)が前提となっており,結局のところ需要者が協力しない場合には,行政は給水留保を行うことができない。そして,行政が給水留保を試みる場合,その対象となる需要者は何らかの違反を犯しているのであり,その需要者が給水留保に協力するとは考えにくい。そのため,行政が給水留保を義務履行確保の手段として用いるためには,何らかの工夫が必要であると考える。そこで,次節以降において給水留保を義務履行確保の手段として用いるためには,どのような工夫が必要なのか検討する。
第3節 給水工事の留保
京都市で行われている給水留保は給水工事の留保である。ここではヒア
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
リング調査で得られた京都市における給水工事の留保の事例を基に,給水工事の留保について検討する。
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給水工事の留保の仕組
まず,簡単であるが京都市で行われている給水留保について述べる。京都市においては上下水道局と建築指導部観察課が連携し,違法建築物の是正のために旧建設省・厚生省の通達43)に基づき,給水留保を行っている。具体的には建築指導部観察課が違法建築物を発見し,建築基準法上の是正手段(建築基準法9条に基づく各種の命令)を用いてもそれが是正されない場合に,通達の要件を満たした上で上下水道局に文書で要請することによって給水留保が行われている。この通達の要件とは,① 当該建築物が現に居住の用に供されていないこと,② 建築基準法第9条に規定する工事の施行の停止又は当該建築物の除却,移転若しくは使用禁止を命じていること,③ 当該建築物について,その建築主,工事施行者等に対し,水道事業者に対して前記要請を行う旨を確実な方法で通知していること,④特定行政庁が当該建築物について,水道事業者に対して前記要請をしている旨を当該建築物の見易い箇所に掲示していることの四つの要件である。上下水道局では給水工事の留保は可能であるが,給水契約の留保は行うことができないと解釈している44)ので,これら四つの要件が全て満たされており,かつそれが給水工事の留保である場合に限り45),上下水道局は違法建築物の是正のために給水留保を行うのである。結局のところ京都市で行われている給水留保とは,給水工事の留保なのである。以上が京都市で行われている給水工事の留保の事例である。次に先に見た通達の四つの要件について検討する。
通達の①の要件は第2節で見た給水留保の要件①と全く同じであるが,後の三つの要件は何なのであろうか。結論から述べるとこれら三つの要件は,給水留保について需要者からの協力が得られるようにするために設けられた要件,すなわち行政が給水留保を義務履行確保の手段として用いる
立命館法政論集 第5号(2007年)
ための工夫であると考えられる。第2節でも述べたが給水留保は需要者の協力がなければ,これを行うことができない。そこで,行政としては需要者が給水留保に協力せざるを得ないような状況,すなわち需要者が水道局による給水拒否の可能性とそれによる経済上の不利益を確実に認識するような状況を作ることが必要となるのである。つまり,第2章で述べたような需要者が給水留保に協力しなくとも,給水留保が継続できる「正当の理由」があるような状況を作ることが必要なのである。そこで先の三つの要件について詳しく見てみる。
②は建築基準法上の是正手段の履行を求めており,これに従わない需要者は悪質であると考えられる。③は予め建築主等に違法建築物を建設した場合に給水留保があることについて知らせており,このことについて建築主等が善意であると主張できなくしている。④は第三者に当該建物が違法建築物であるため,給水留保の要請が実施されていることを知らせ,これについて第三者(多くは当該建築物への居住を考えている者)が善意であると主張できないようにしている。これら三つの要件と先の①の要件が満たされている場合は,給水することが公序良俗違反となりうるような状況となり,「正当の理由」があるものとされる可能性が高いのではないだろうか。結局のところ,行政が給水留保を義務履行確保の手段として用いるための工夫とは,需要者が給水留保に協力しなくとも,給水留保が継続できる「正当の理由」があると裁判所に判断される可能性を高める工夫なのである。このような工夫によって,需要者は給水留保に協力せざるを得なくなり,第2節で述べた給水留保の要件の②を満たす可能性が高まるのである。給水留保はこのようにそれを実施するための基準を作ることができるので,行政が義務履行確保の手段として用いることが容易であり,この点そのような基準を作ることができない給水拒否よりも優れているのである。
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
2
給水工事の留保の問題点
ここまで京都市の事例を基に給水工事の留保についてみてきたが,京都市の事例を見ると,給水工事の留保には大きく二つの問題点があるように思われる。
まず,一つ目の問題点として給水工事の留保が可能な時期は非常に狭 く46),給水工事の留保が行われるケースは非常に稀であるという点がある。実際京都市では平成13年度に3件,平成14,15年度においてはそれぞれ1
件ずつしか給水工事の留保が行われておらず,平成16年以降にいたっては
0件である47)。
次に二つ目の問題点として,給水工事の留保が行政手続条例に違反しているのではないかという点がある。以下,京都市の事例についてこれを検討する。
行政手続条例2条4号によると申請とは条例等に基づき,行政庁の許可,認可,承認その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分を求める行為
であって,当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされてい るものと定義されている。また,京都市水道事業条例48)によると給水工 事の申込に対して上下水道局は,諾否の応答をすべき立場にあり,その承 認は行政行為における確認に該当する。よって給水工事の申込は行政手続 条例における申請に該当し,当然に行政手続条例の適用を受けることとな る。そして行政手続条例8条は「行政庁は,申請がその事務所に到達した ときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならず」と規定しており,給水工事の留保は行政手続条例違反となる。だが給水工事の留保は,需要 者の任意の協力が前提であり,需要者がそれに従っている限り訴えられる ことはないので事実上問題にならないと考えられる。しかし,だからと いって行政が私人の違法を是正するために自らも違法な手段を用いること は,法治行政の原理に反することとなり,その観点から給水工事の留保は 許されないと考えられる。
以上によって,給水工事の留保には二つの問題点があることがわかった。
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特に給水工事の留保が行政手続条例に反している点は,行政が給水工事の留保を義務履行確保の手段として用いることができないことを意味している。また,給水工事の留保は需要者が水道局による承認を受ける以前の段階で行わなければならず(図1③前まで),仮に二つ目の問題点を何らかの形で解決したとしても,実効性に欠け,義務履行確保の手段としては不十分なのではないだろうか。次に次節において給水工事の留保よりも,給水留保を行うことが可能な時期が広い給水契約の留保(図1の③から⑦前まで)について検討する。
第4節 給水契約の留保
ここでは給水契約の留保について,第3節における給水工事の留保の検討を踏まえて,それを義務履行確保の手段として用いるためにはどうしたらよいのか,またその可能性について検討する。
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給水契約の留保の仕組
第3節で給水工事の留保を義務履行確保の手段として用いるための工夫 について検討したが,給水契約の留保についても同様に考えてよいのでは ないだろうか。なぜなら給水工事の留保と給水契約の留保との違いは,そ れを行う時期の違いであり,どちらも給水留保であるという点では何ら変 わりはないからである。ただ,第3節で述べたように給水工事の留保は, 申請に対する承諾の留保であるため,行政手続条例に違反となるのである。この点,給水契約の留保も行政手続条例の適用を受けるが,行政手続条例 における行政指導に関する規定は,第2節で述べた給水留保の制約の一つ である行政指導の性質面からの制約と何ら変わりはなく,給水留保がその 限界を超えていないのであれば何ら問題はない。つまり,給水契約の留保 はそれを行うことが可能な時期が広い点(図1の③から⑦前まで),その 限界を超えない限り,行政手続条例違反とならない点で給水工事の留保よ りも優れているのである。
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
以上によって,給水契約の留保を義務履行確保の手段として用いるため の工夫とは,給水工事の留保と同様に需要者が給水留保に協力しなくとも,給水留保が継続できる「正当の理由」があると裁判所に判断される可能性 を高めるための工夫であり,先に述べた旧厚生省通達の四つの要件をその まま用いることができるものと考える。
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給水契約の留保の可能性
これまで違法建築物の是正を目的とした給水留保を念頭に置きつつ,給水工事の留保や給水契約の留保について検討してきたが,ここでは建築基準法以外の法律あるいは条例の義務の履行を確保するために,給水契約の留保を用いることができないのか,給水契約の留保の可能性について検討する。
違法建築物の是正に給水契約の留保を用いる場合は,先に述べた旧厚生省通達の四つの要件をそのまま用いればいいのであるが,その他の分野で給水契約の留保を用いる場合は,それらに加え,当該法律または条例と水道法とで目的が競合する部分があり,かつ給水留保を行うことが水道法の目的に反していないことという要件も必要であると思われる。なぜなら第
2章で述べたように給水することが公序良俗違反となる場合,給水拒否に
「正当の理由」があると裁判所に判断されるためには,少なくとも当該法律または条例と水道法とで目的が競合する部分があり,かつ給水留保を行うことが水道法の目的に反していないことが必要だからである。違法建築物の是正については,既にこの要件が満たされていることから通達の四つの要件によって,給水契約の留保を義務履行確保の手段として用いることができるのである。結局,給水契約の留保を義務履行確保の手段として用いることができるかどうかの判断は,この要件を満たしているかどうかによって決まるのである。あとの要件は「正当の理由」があると判断される可能性を高めるためのものに過ぎない。この要件を満たす法律としては,景観法やバリアフリー新法(高齢者,障害者等の移動等の円滑化の促進に
立命館法政論集 第5号(2007年)
関する法律)などが考えられる。また,この要件を満たす条例としては例えば京都市建築物等のバリアフリーの促進に関する条例49),京都市市街地景観整備条例50)などが考えられる。これらの法律ないし条例については,給水契約の留保を義務履行確保の手段として用いることができるのではないだろうか。
以上ここまで給水契約の留保の可能性について検討してきたが,ここで給水契約の留保をある法律の義務履行確保の手段として用いるための要件をまとめておこう。要件となるのは,① 給水留保を行う建物が現に居住の用に供されていないこと,② 給水留保を行う前に当該法律で定められた命令や勧告,その他の必要な措置を講じること,③ それに従わない場合に給水留保を行う場合があることを当事者に確実に知らせておくこと,
④ 当事者が法律に反していることを第三者がわかるようにすること,⑤ 当該法律と水道法とで目的が競合する部分があり,かつ給水留保を行うこ とが水道法の目的に反していないことの五つであろう。そして,給水契約 の留保を義務履行確保の手段として用いることができる可能性があるのは,
⑤を満たした法律ないし条例の場合であると考えられる。ただ,条例の場合は法律の場合に比べて,その違反によって給水することが公序良俗違反と裁判所に判断され,かつ「正当の理由」があるものとされる可能性が低いと考えられる。そのため,給水契約の留保に法律で見られるような効果は期待できないものと考えられる。
お わ り に
本稿では給水拒否,給水工事の留保,給水契約の留保について判例や学説,京都市の事例を踏まえて検討してきた。その結果,それらの中で行政が義務履行確保の手段として用いることができるのは,給水契約の留保であることがわかった。しかし,第3章末尾で述べた五つの要件は全てが満たされるのなら,給水留保について需要者から協力が得られるのではない
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
かという予測である。そのため必ずしも給水契約の留保について,需要者 の協力が得られるとは限らないし,留保の限界を超えて給水拒否に至った ときに,それが「正当の理由」といえるのかは不明である。結局,給水契 約の留保について需要者から協力が得られない場合は,水道局が給水拒否 について「正当の理由」に含まれるか否かを検討し,給水契約の留保を続 けるのか,それとも給水するのかを総合的に判断しなくてはならず,水道 局に水道局本来の仕事ではないやっかいな仕事を課すことになるのである。今回ヒアリング調査に協力頂いた京都市上下水道局の方は,違法建築物の 是正のために給水留保を行うことについて否定的であり,「水道法上それ が可能であるかもしれないが,それには法整備が前提条件であり,建築に 関しては建築行政で解決するということが筋ではないか」と述べておられ た。確かに水道法上給水留保が許されるからといって,法律の規定がない にもかかわらず,上水道を他の法律領域の是正手段として用い,水道局に 水道法が想定していないような負担を課すことは問題であるかもしれない。だが,地方分権が進むこれからの自治体においては,ただ法律の整備を待 つのではなく,自分達の手で法律を解釈し,新しい手法を見つけ,それを 実行していくことが求められているのではないだろうか。仮にその手法に 問題があった場合には,住民から訴訟を提起されたり,あるいは国によっ て法が整備されることもあるだろう。しかし,だからといって自治体が何 も行わないのでは,地方分権を進める意義はあまりないように思われる。 地方分権化社会の自治体においては,そのような形で住民や国に自治体独 自の政策を訴えていくことも求められるのではないだろうか。今後地方分 権がどのように進んでいくのか不明確ではあるが,自治体には自治体独自 の力で様々な可能性に挑戦し,地方分権化社会の担い手として相応しい団 体になってもらいたいと考える。
1) xxx『行政法Ⅰ 第四版』(有斐閣,2005年)210頁。
2) xxxx『行政の法システム(下) 新版』(有斐閣,1997年)443頁。
3) xxxx「市税滞納者の氏名を公表する条例はどのように構築すべきか」自治実務セミ
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ナー41巻6号7頁(2002年)。
4) xxxx『自治の情熱』(信山社,2004年)88~93頁,xxx区生活環境条例公式 HP
5) 旧建設省から発せられた住指発42号(昭和46年1月29日)では「水道の供給の申込みの承諾の保留」とされており,その別添として送付された旧建設省と旧厚生省の覚書住指発第129号環水9030(昭和44年4月14日)においては「給水契約の申込みの承諾を行う前」とされている。一方,旧厚生省から発せられた環水12号(昭和46年1月29日)では「給水装置工事の申込みの承諾保留」とされている。
6) 豊中市事件や武蔵野市事件における著名な最高裁判断をはじめとして,給水留保ないし給水拒否に関する判例の多くは,給水工事申込時における事例であった。そのため,判例はもとより,それらの事例に基づいて展開されてきた学説においても,給水契約の申込と給水工事の申込の解釈が曖昧であった。そして,これらの事件の判例評釈においてもこの点は触れられていない。豊中市事件の判例評釈としては,xxxx「違法建築物に対する給水保留」ジュリスト臨時増刊768号37~39頁(1982年),xxx「違法建築物に対する給水保留」別冊ジュリスト150号250,251頁(1999年),xxx「違法建築物についての給水装置新設工事申込の受理の事実上の拒絶と不法行為の正否」判タ505号113~115頁(1983年),xxxx「豊中市違法建築給水拒否事件」ジュリスト750号117~124頁(1981年)などがある。武蔵野市給水拒否刑事事件の判例評釈としては,xxxx「武蔵野市長要綱違反建築給水拒否事件上告審決定」法学教室134号16頁(1991年),「給水契約の締結留保と給水義務」別冊ジュリスト125号186,187頁(1993年),xxxx「武蔵野市長給水拒否事件上告審決定について」ジュリスト954号31~36頁(1990年),xxxxx「市の宅地開発指導要綱に基づく給水契約締結の留保と市長の刑事責任」法令解説資料総覧97号98~101頁(1990年),xxxx「指導要綱を担保するための給水拒否」別冊ジュリスト224,225頁(1999年),xxxx「行政指導の限界――武蔵野市長給水拒否刑事事件」月刊法学教室116号104,105頁(1990年),xxxx「武蔵野市給水拒否刑事事件」ジュリスト臨時増刊957号55~57頁(1990年),xxxxx「市長の給水契約締結留保の刑事責任」法学セミナー35巻4号130頁(1990年)など,武蔵野市給水拒否損害賠償事件については,xxxxx「市水道法違反損害賠償請求事件」判例地方自治118号61~63頁(1994年)がある。
しかし,給水契約の申込と給水工事の申込とを別個に捉える説は皆無というわけではなく,実務者用の『改訂公営企業の実務講座』(地方財務協会,2004年)47頁では両者を別個に捉えている。ただ,これは水道局が給水工事を請負うことを前提としたものであり,水道局が給水工事を請負わず,需要者からの申込(申請)に対して承諾を行うのみの場合についても同様に捉えているのかは定かではない。
なお,ヒアリング調査をおこなった京都市上下水道局も給水工事の申込と給水契約の申込の解釈については曖昧であり,図1⑦を給水契約の申込と捉えつつも図1②の給水工事の申込を給水契約の一部と捉えている。また,先の『改訂公営企業の実務講座』(地方財務協会,2004年)47頁では,給水工事の申込について「xxには,給水の申込みの中に含めて解する場合もある」としており,京都市上下水道局の見解はこれと同様であるようにも思われる。
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
7) 京都市上下水道局では昭和46年1月29日に発せられた環水12号(給水工事の留保に関す る通達)は昭和41年3月9日に発せられた環水5018号(給水契約の締結を拒むことができ る水道法15条の規定に関する通達)を変更する通達ではなく,両通達は共存するものと捉 えられている。つまり,給水契約の申込と給水工事の申込を区別しているのである。また,xxxや横浜市のように給水工事の申込と給水契約の申込を条例において区別している自 治体もある。例えば,横浜市水道条例では9条において給水工事の申込に関する規定「給 水装置工事(法第16条の2第3項の厚生労働省令で定める給水装置の軽微な変更を除く。)をしようとする者は,管理者に申し込まなければならない。」,21条において給水の申込に 関する規定「市水道により給水を受けようとする者は,管理者に申し込まなければならな い。」がそれぞれ置かれている。これと同様にxxx給水条例においても4条1項,2項 において給水工事の申込に関する規定,13条1項,2項において給水契約の申込に関する 規定がそれぞれ置かれている。
8) 水道法3条5項によると,水道事業者とは6条1項「水道事業を経営しようとする者は,厚生労働大臣の許可を受けなければならない」の認可を受けて水道事業を経営するものを いう。そして,6条2項は「水道事業は原則として市町村が経営するものとし,市町村以 外の者は,給水しようとする区域をその区域に含む市町村の同意を得た場合に限り,水道 事業を経営することができるものとする。」と規定していることから,水道事業者とはx x市町村である。この水道事業者である市町村は,地方公営企業法7条に基づいて条例
(京都市公営企業の管理者及び組織に関する条例など)で公営企業管理者(水道事業管理者),その管理者の権限に属する事務を処理させるための組織(水道局)を置くことについて定めている。この結果,水道局が給水契約の締結等の水道事業者の事務を実際に行うのである。
9) 需要者としては建築主とその建築物が賃貸に供された場合の賃借人がある。
10) 『新版水道法逐条解説』(日本水道協会,2003年)276頁。
11) 水道法14条においては供給規定の条例化までは求められていないが,水道事業者が地方 公共団体である場合には,水道料金は公の施設の利用について徴収する使用料にあたるた め,地方自治法228条(分担金,使用料,加入金及び手数料に関する事項については,条 例でこれを定めなければならない)により,使用料を含めた供給規定が条例化されている。
12) 前掲注10 238頁。
13) 給水工事とは更地に建物を新築する場合,給水装置を新設する必要があることからそれを設置するための工事であり,需要者(多くは建築主)は水道局にその申込を行い(実際は指定給水装置工事事業者が需要者に代行して行う),水道局の承認を得た後に指定給水装置工事事業者によって給水工事が行われる。ここでいう給水装置とは需要者に水を供給するために水道事業者の施設した配水管から分岐して設けられた給水管及びこれに直結する給水用具(水道法3条7項)である。一般的に給水工事は水道局の承認(図1③)を得た後,内部工事(給水管,給水用具の設置)が行われ,工事完了後に政令で定められた基準に適合しているかどうかを調べる竣工検査が行われる(図1④)。そして竣工検査に合格した建物については外部接続工事(配水管と給水管の接続)が行われ,その完了検査を経て(図1⑥)から,開栓手続(図1⑦),つまり需要者の給水の申込と水道事業者の承
立命館法政論集 第5号(2007年)
諾が行われ,xxxxが取付けられ(図1⑧),給水が開始されることとなる(図1⑨)。なお,水道事業者である市町村が定める供給規定の多くは,給水工事を行う者は水道事業者の承認を得なければならないと定められており,そのため需要者は水道事業者に対して給水工事の申込,正確には給水工事の申請を行わなければならない。
14) 武蔵野市給水拒否刑事事件(東京地裁xxxx判昭和59年2月24日判時1114号10頁,東京高判昭和60年8月30日判例時報1166号41頁,最判xxx年11月8日判時1328号16頁)と武蔵野市給水拒否損害賠償事件(東京地裁xxxx判平成4年12月9日判時1465号106頁)は給水工事の申込を給水契約の申込と事実認定している。
15) 前掲注10 277頁,『改訂公営企業の実務講座』(地方財務協会,2004年)47頁。
16) 前掲注10 276頁。
17) xxxx『行政法要論 全訂第六版』(学陽書房,2005年)211頁。
18) xx「上水道・下水道の利用関係」ジュリスト増刊行政法の争点36,37頁(1980年)参照。
19) 上水道の利用関係を私法関係と捉えた判例として,岡山地判昭和44年5月29日判時568号39頁,大阪高判昭和44年9月29日判時599号35頁,東京地裁xxxx決昭和50年12月8日判時803号18頁,大阪地判平成2年8月29日判時1371号122頁,福岡地判平成4年2月13日判時1438号118頁,甲府地判平成13年11月27日判時1768号38頁などがある。
20) この点,xxxxは営造物の利用関係について具体的事実と実定法の規定に即して直截的に見定めることが大切であるとし,xxxもこれに賛成している。xxxについてはxxx注18 37頁,xxxxについては判タ335号108,109頁(1976年)。
21) xxxx『行政法概説Ⅰ 第2版』(有斐閣,2006年)54頁,xxxx注17 24~28頁,xxxx注 1 25~46頁,xxxx『行政法Ⅰ 第四版改訂版』(青林書院,2005年) 42~44頁など。
22) xxxx「水道料債権の性質」別冊ジュリスト71号154頁(1981年)。
23) 前掲注10 277頁。
24) 前掲注10 277頁。
25) 前掲注10 277,278頁。
26) 学説の分類に関しては判時1328号18頁を参照。その他の学説としては,xxx「不法占拠者への給水規制――最高裁判例について――」都市問題研究21巻7号42頁(1969年),xxxx「地方公共団体における行政指導――宅地開発指導要綱を中心として――」『現代政治と地方自治』(xx堂,1975年)247頁などがある。
27) xxxx「都市行政上からみた不法建築への給水制限」都市問題研究18巻8号65,66頁
(1966年)は水道法の目的と建築基準法の目的について「前者は,水の供給を通じて,国民生活の改善・向上を目的とし,後者は,建築物の基準を定めることによって,国民生活の安全を図ることを目的とするものであるが,いずれも,国民生活の安全と生活環境の向上という方法で,公共の福祉の増進につとめようとするものであって,最終的な目的は同一であり,法に規定された目的自体に,関連性が存するのである。」としている。
○水道法1条
「この法律は,水道の布設及び管理を適正かつ合理的ならしめるとともに,水道を計画的
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
に整備し,及び水道事業を保護育成することによつて,清浄にして豊富低廉な水の供給を図り,もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを目的とする。」
○建築基準法1条
「この法律は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」
28) xxxx「武蔵野市長給水拒否事件上告審決定について」ジュリスト954号35頁(1990年)。
29) xxxx注28 36頁。
30) xxx「違法建築物についての給水装置新設工事申込の受理の事実上の拒絶と不法行為の正否」判タ505号115頁(1983年)。
31) xx「建築基準法違反の建築物に対する水道給水停止の拒否」自治研修85号45頁(1967年),xxxx「豊中市違法建築給水拒否事件」ジュリスト750号122頁(1981年)。
32) xxxx「指導要綱を担保するための給水拒否」別冊ジュリスト225頁(1999年)。
33) xxxxx「違法建築に対する給水拒否請求事件」ジュリスト433号35頁(1969年)。
34) xxxx「違法建築物に対する給水保留」ジュリスト臨時増刊768号39頁(1982年)。
35) xxxx注31 122,123頁。
36) 判時前掲注26 18頁。
37) xxxxx「市長の給水契約締結留保の刑事責任」法学セミナー35巻4号130頁(1990年)は「ただ,給水申込者が任意に要綱に協力する間の留保は許されると考えれば,水道事業者が承諾するまでは契約は成立しないし,留保は拒否と別物である」としている。
38) 前掲注10 279頁。
39) 仮に承諾の意思表示を留保した時点で給水契約が成立していると捉えた場合,給水留保 は給水契約の履行の留保ということになるが,この場合においても水道法15条2項に違反 することはない。なぜなら,水道法15条2項ただし書き「第40条第1項の規定による水の 供給命令を受けたため,又は災害その他正当な理由があつてやむを得ない場合には,給水 区域の全部又は一部につきその間給水を停止することができる」を見ると「給水を受ける 者」とは給水契約が成立して現に給水を受けている者であり,給水契約が成立したものの 未だに給水を受けていない者は含まれないと思われるからである。この点,『逐条解説』 は水道法15条2項の「給水を受ける者」を給水契約の成立した水道利用者と捉えているが,水道法15条2項ただし書きは一定の場合には給水を停止することができるとしており,そ もそもこれは給水が行われていなければありえず,やはり「給水を受ける者」とは給水契 約が成立して現に給水を受けている者である。この点について,xxx,xxxxも「給 水を受ける者」を既に給水を受けている者と捉えている。xxxについては,xx「建築 基準法違反の建築物に対する水道給水停止の拒否」自治研修85号43頁(1967年),小高教 授については,xxx「不法占拠者への給水規制――最高裁判例について――」都市問題 研究21巻7号38頁(1969年)。
40) 前掲注10 238頁。
41) 行政手続に関する一般法である行政手続法3条3項によると,自治体の機関が行う処分,行政指導等については,同法の適用が除外されており,自治体は各自で行政手続法を基と
立命館法政論集 第5号(2007年)
した行政手続条例を制定している。そして自治体間では,行政指導の定義等について基本的には同じである。本稿は給水留保について京都市の事例を踏まえて検討していることから,ここでも京都市行政手続条例を基に検討する。
42) 京都市行政手続条例では本市の機関についての定義はないが,他の自治体における行政手続条例,例えば東京xxx手続条例2条1項5号においては都の機関に関する定義が定められている。それによると,都の機関とは地方自治法第7章に基づいて設置されるxxxの執行機関,xxx公営企業組織条例1条に規定する局,警視庁(警察署を含む。),東京消防庁(消防署を含む。)若しくはこれらに置かれる機関又はこれらの機関の職員であって法令若しくは条例等により独立に権限を行使することを認められた職員をいうとされており,xxx公営企業組織条例1条2号に定められている水道局は都の機関であり,東京xxx手続条例の適用を受ける。それと同様に京都市公営企業の管理者及び組織に関する条例において設置されている上下水道局についても,京都市行政手続条例における本市の機関に含まれ,上下水道局は京都市行政手続条例の適用を受けるものと考えてもよいのではないだろうか。
43) 旧建設省の通達とは,旧建設省から昭和46年1月29日に発せられた住指発42号であり,この通達には別添として旧厚生省から同じく昭和46年1月29日に発せられた環水12号が添えられている。京都市においてはこの環水12号が給水留保の主な根拠となっている。環水 12号では都道府県知事に対し,建築基準法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反した建築物について,水道事業者が当該建築物に係る給水装置工事の申込みの承諾を行う前に,一定の要件を満たした特定行政庁から当該工事の申込みの承諾を保留するよう公文書により理由を附して要請があった場合には,その要請に応じる措置を講ずるよう水道事業者を指導するよう要請している。その要件とは, 特定行政庁又は建築監視員が当該建築物について,その建築主,工場施行者等に対し,建築基準法第9条に規定する工事の施行の停止又は当該建築物の除却,移転若しくは使用禁止を命じていること, 特定行政庁又は建築監視員が当該建築物について,その建築主,工事施行者等に対し,水道事業者に対して前記要請を行う旨を確実な方法で通知していること, 特定行政庁が当該建築物について,水道事業者に対して前記要請をしている旨を当該建築物の見易い箇所に掲示していること,という三要件である。ただし,当該建築物が現に居住の用に供されているものである場合については,この限りでないこととされている。
44) 上下水道局がこのように解釈しているのは,旧厚生省が昭和41年3月9日に発した通達 環水第5018号が影響しているためである。環水第5018号では建築基準法,農地法等の違反 の故をもって給水契約の申込を拒み,または給水を停止することはできないとされている。上下水道局では環水12号は環水5018号の解釈を変更するものではなく,両通達は共存して いるものと考えているので,外部接続工事が完了した場合の給水留保は給水契約を拒むも のであり,それをすることは環水5018号に反することになると考えているのである。つま り,上下水道局は給水工事の留保(図1②)は可能であるが,給水契約の留保(図1⑦) はできないと考えているのである。
45) 現在工事中の建築物で,既に給水工事の承認を行ったもののほか,建築物の立替や過去に設置した給水装置が残っている(外部接続が完了している)更地の場合の給水留保は給
義務履行確保の手段としての給水留保(xx)
水工事の留保ではなく,給水契約の留保となるため上下水道局の解釈によると,給水留保を行うことはできない。
46) 給水工事が可能な時期は図1③の承認が行われるまでの間である。違法建築物の是正であれば,図1③までに建築指導部観察課が違法建築物を発見し,上下水道局に給水工事の留保を要請しなければならないのである。結局のところ給水工事の留保においては,建築指導部観察課と違法建築物の建築主とが,上下水道局による給水工事の承認という時間制限(図1③前まで)の下で追いかけっこをしているのである。
47) 京都市では平成13年~15年にかけて給水工事の留保が行われているが,これらはいずれも内部工事完了後に外部接続工事を留保したもの(図1⑥)である。注45で上下水道局は既に給水工事の承認を行ったものに対し,給水留保を行うことはできないと述べたが,平成15年10月まで外部接続工事に関しては上下水道局が特定の指定給水装置工事事業者に依頼して行っていたことから,上下水道局が当該事業者に外部接続工事を依頼しないことで給水留保が可能であった。しかし,平成15年10月よりこのような制度はなくなり,上下水道局を介さなくても外部接続工事をすることが可能となったので,上下水道局が給水工事の承認を行った後は工事を止めることができなくなってしまった。平成16年以降給水工事の留保が行われなくなったのは,このような制度変更も要因であると思われる。
48) 京都市水道事業条例
5条1項「給水装置工事をしようとする者(請負契約による場合にあつては,注文者)は,管理者が定めるところにより,管理者の承認を受けなければならない。ただし,当該給水 装置工事が一時的給水装置工事,給水装置の軽微な変更又は軽易な給水装置工事であると きは,この限りでない。」
5条2項「管理者は,前項の規定による承認の申請があった場合において,当該申請に係る給水装置工事の計画が管理者の定める基準に適合していると認めるときは,当該承認をしなければならない。」
49) 京都市建築物等のバリアフリーの促進に関する条例
第1条「この条例は,対象建築物等の建築等の計画に係る協議,対象施設の構造及び配置に関する基準その他建築物その他の施設のバリアフリーの促進に関し必要な事項を定めることにより,高齢者,身体障害者等の社会参加の促進に寄与する良好な都市環境の形成を図り,もって市民の福祉の増進に資することを目的とする。」
50) 京都市市街地景観整備条例
第1条「この条例は,本市固有の趣のある市街地の景観が市民にとって貴重な文化的資産であることにかんがみ,建築物その他の工作物の位置,規模,形態及び意匠の制限に関する事項その他市街地景観の整備に関し必要な事項を定めることにより,良好な都市環境の形成及び保全に資するとともに,当該景観を将来の世代に継承することを目的とする。」