また、以下では、被相続人A がB 銀行に預金(甲、300 万円)を有しており、A には 3人の法定相続人C、D、E(相続分各 3 分の 1)があり、そのうち、C が甲の払戻しを受けるという場合を想定する。また、預金甲は、基本的に普通預金を念頭に置く。
第4章 遺産分割前の預金契約(消費寄託部分):相続開始後遺産分割前の預金の払戻し
x x x 已
〔前注〕2018 年 7 月には、いわゆる相続法改正が成立している(平成 30 年法律 72 号、
同 73 号)。本報告は、それ以前の法制審議会要綱の段階でのものである。改正法が成立 し、施行されている現時点では、過渡的なものであるが、当該年度の報告として維持し、その後の法律および政令で明らかになった点について末尾で補充することとしている。
1 はじめに
共同相続の場合に、相続開始後遺産分割前の段階における、共同相続人の 1 人に対する預金の払戻しをめぐっては、判例の変遷があり、相続法改正ではそれを受けて、最終的に
「仮払い」の制度が導入された。本報告では、相続開始後遺産分割前の段階における共同相続人の 1 人(一部)に対する預金の払戻し・共同相続人の 1 人(一部)からの払戻請求
に関して、この預金の「仮払い」制度を軸として、その前提となる判例(平成 28 年大法廷決定)を基点とした同決定の前後での法律関係の概要(1)、提案された仮払いの制度の概要(2)、それを補足する「便宜払い」(1)(3)について、順に考察する。
また、以下では、被相続人A がB 銀行に預金(甲、300 万円)を有しており、A には 3人の法定相続人C、D、E(相続分各 3 分の 1)があり、そのうち、C が甲の払戻しを受けるという場合を想定する。また、預金甲は、基本的に普通預金を念頭に置く。
2 前提となる法律関係(判例の展開): 分割債権から全員による行使(各別行使不可)の債権への転換
(1)平成 28 年大法廷決定前
① 「可分債権」ゆえの当然分割帰属(承継)
平成 28 年大法廷決定(2)以前は、普通預金債権は、遺産分割を経ずに当然に相続分に従って分割される「可分債権」であると考えられてきた。また、そこでの相続分は法定相続分であると解されてきた。そのため、甲は、A の死亡によって、C、D、E に各 3 分の 1 に 相当する額である 100 万円ずつの預金債権をB に対して承継取得することになる(なお、対抗要件[民法 467 条。以下、同じ。また、以下では民法については法律名を省略す
る。]は不要である)。
ただし、相続人の合意により遺産分割の対象とすることが、相続実務上、すなわち、協
(1) 共同相続人間で預金の帰属について協議がまとまり、あるいは審判により確定する前の段階で、一部の相続人から払戻請求があったときに、預金債務者である金融機関の判断でこれに応じることをいう。
(2) 最大決平成 28 年 12 月 19 日民集 70 巻 8 号 2121 頁。
議による場合はもとより、家庭裁判所での審判においても、認められている。実体的に は、各人に帰属した預金債権を合意によって遺産分割対象に加えるというものであるか ら、各人への当然分割帰属が確定的なものであると解するなら、各相続人の固有財産を遺産分割における調整のために拠出するのと変わりがない。これに対し、各人への分割当然帰属が暫定的なものであると解するなら、固有財産の拠出とは性質が異なることになる
(法律構成としては、当然分割承継が 427 条を基礎とするなら、別段の意思表示の事後の表明という説明になろうか)。前者であれば、対抗要件が必要ということになるし、後者であっても、遺産分割の移転的側面を重視するなら、対抗要件が必要ということになろう
(3)。
② 一部の相続人による払戻し請求・受領
当然分割帰属(承継)の結果、C は自己が相続により取得した 100 万円の預金債権については、自己の固有の権利として払戻しをB に請求することができるが、それを超える請求については、D やE からの権限授与のない限り、払戻しを受ける権限を有しない。
したがって、C が全額(300 万円)の払戻しを受けたときは、C の預金債権を超える 200 万円については、法律上の原因がなく、不当利得となる。この不当利得については、 B が返還を請求できる。また、B については準占有者に対する弁済(478 条、2017 年改正後は表見的受領権者に対する弁済)により保護される可能性がある。B が 478 条によって保護される場合には、C の不当利得は、D およびE が、それぞれ 100 万円につきその返還を請求することができる。また、B についての 478 条の成否が不確実な中で、B が 478 条に依拠せずに、C に 200 万円の不当利得返還を請求する場合、C が 478 条により有効な弁済となり、B に損失はないと主張することはxxxに反する。また、D やE の不当利得返還請求に対し、B に過失があるから 478 条が成立しないとして、D やE はB に預金債権の払戻しを請求できる以上、D やE に損失がないと主張することはxxxに反する(4)。仮に、B からの不当利得返還請求と、D・E からの不当利得返還請求が競合する場合には、Cがいずれかに応じた時点で、C の利得はもはや存在しないことになろう(B に応じれば、 D・E はB に対し預金債権の履行を求めることになり、D・E に応じれば(D・E がさらに B に請求することは考えにくいが、とりはぐれるといった場合はありえよう)、仮に B に預金債権の履行を請求したとしても、B は、矛盾行為によるxxx違反を主張することなどが考えられよう)。
仮に、C が一部であるが、自己の法定相続分を超えて払戻しを受けた場合(例えば 150万円の払戻し)、どの債権について払戻しを受けたのかが問題となる。C が権限を有しているのは 100 万円であり、それについては正当な権限行使であるから、100 万円はC の預金
(3) 最判昭和 46 年 1 月 26 日民集 25 巻 1 号 90 頁参照。
(4) 最判平成 16 年 10 月 26 日判時 1881 号 64 頁。
債権の行使であり、それを超える 50 万円については、他の相続人の権利を行使するもので、他の相続人D、E のいずれかが特定されていないのであれば、それぞれの分を(無権限で)行使していることになろう。すなわち、D の分の 25 万円、E の分の 25 万円の払戻しを受けたという扱いになる。可能性としては、B が A の死亡を知らない段階で、C が Aのキャッシュカードを用いて、あるいは、A の代理権を偽装して、払戻しを受けたような場合、実体的には、C・D・E の各 100 万円の預金債権について、C・D・E の権利につき行使しているから、各 3 分の 1、つまり、C・D・E につき 50 万円ずつと考える余地もあろうが、3 つの分割債権の行使というとき、弁済充当に準じて、合意も指定もなく、弁済期も到来しているから、債務者の利益の大きいもの、つまり、権限に基づく行使の分から充当されることになると考えることができよう。
また、このように考えるなら、仮に、C が、A の預金として、または、C・D・E 連名 で、甲の一部であり、かつ、自己の法定相続分を下回る額の払戻しを受けた場合(例え ば、80 万円)は、C の預金債権の払戻しを受けたもの(したがって、全額が、権限ある者の行使および受領)と考えることができよう。
③ 預金債務者(銀行)の対応
a 出金停止・取引停止と便宜払い
被相続人A の死亡により、それを知った時点で、B 銀行は甲について、出金停止(ないしは口座の取引停止)措置を取り、権利関係についての確認をした後に、請求に応じて払い戻す扱いをしているのが一般である。平成 28 年決定以前は、当然分割帰属(承継)の下でも、権利関係についての確実を期すため、相続人全員の同意を要求する取扱いが、大勢であったと言われる(もっとも、各銀行により対応は異なっており、遺言書や遺産分割の不存在、相続分について一定の書類やxxをもって確認をし、分割債権としての行使に応じるという扱いも広がりつつあったようである。また、弁護士を通じて、遺産分割協議書等の提示等を伴って、払戻請求がされた事案において、債務不履行のみならず、不法行為責任を認めた下級審裁判例も登場していた(5))。
その一方で、各銀行において、葬儀費用や被相続人の医療費の支払等の、当座の必要のために、一定範囲での「便宜払い」に応じることも行われていた(とはいえ、必要書類の準備の負担や必要額に足りない場合もあることなどから、相続人側では、当座の必要な資金を得るためには、実際の対応として、被相続人の死亡を銀行には告げずに払戻しを受けることが行われていた)。
b 出金停止・取引停止
(5) 大阪高判平成 26 年 3 月 20 日金法 2026 号 83 頁。
預金債務者による出金停止、全員の同意の徴求、便宜払いという、これらの扱いの法的根拠を考えると、まず、死亡による出金停止については、実体的には、当然分割帰属分 は、各相続人の固有の権利となっているから、請求の時から遅滞に陥り、全員の同意の徴求は、権利関係についての調査にとって必要であるとしても、金銭債務である以上、債務不履行責任を免れない(419 条。調査の必要がある場合の債務者の保護は 478 条によって図られる)。したがって、出金停止や全員の同意の徴求という扱いを正当化するには、特約(等)が必要であり、普通預金規定にそれを見出すことができる。
すなわち、普通預金規定において、「預金の払戻し」に関して、「前項の払戻しの手続に加え、この預金の払戻しを受けることについて正当な権限を有することを確認するため当行所定の本人確認資料の提示等の手続を求めることがあります。この場合、当行が必要と認めるときは、この確認ができるまでは払戻しを行いません。」旨を定めるものがある(6)。出金停止措置は、この規定に基づく払戻しの停止であり、また、全員の同意の徴求は、
「確認ができる」ための要件として考えられているものと解される。後者については、それだけが唯一の措置ではなく、(これを常に求めるのは)過剰な要求であって、上記預金規定を根拠としても、正当化できないという評価ができよう(さらには、不法行為が認められる余地も生じうる)。
なお、この限りでは、払戻しの停止(出金の停止)であり、口座の取引停止ではないから、振込等の受入はなおなされることになる。
口座の取引停止については、「解約等」に関して、「この預金口座の名義人が存在しないことが明らかになった場合」が、銀行からの取引停止・解約事由に挙げられている。この条項は、不当な口座利用・開設を念頭に置くものであって、名義人死亡の場合を想定するものではない。また、相続による包括承継(共同相続の場合には預金は分割承継)を前提にすると、「名義人」は承継者を含むと解され、その点からも、同条項に取引停止の基礎づけを求めるのは難しいと思われる。
c 便宜払い
次に、便宜払いについては、使途を限定した便宜払いと、使途を限定しない金額によってのみ画される便宜払いとがある。このうち、使途としては、葬儀費用、被相続人の医療費、被相続人の租税債務(固定資産税など)、被相続人のその他の債務、相続人(被相続人に扶養されていた者)の当座の生活費、などがありうる。
「便宜払い」と言っても、預金債務者としては、無権限者に対して支払うというものではないであろうから、何らかの権限が想定されている。
(6) 本文の普通預金規定の定めは、三菱 UFJ 銀行普通預金規定(平成 25 年 4 月 1 日現在のもの)による。もっとも、全国銀行協会の普通預金規定のひな型にはこのような定めは置かれていない。
その最たるものは、当然分割承継を前提とした、相続人の預金債権である(7)。それを否定するのは、異なる権利関係を定める遺言(書)の存在や遺産分割の存在、さらには相続人資格の喪失であるから、それを疑わせる事情がない限り、仮にそれらの事由が存在していたとしても、478 条に依拠することができる。同条のもとで、無過失と言えるためには、どこまでの調査が必要かが問題になり、相続人全員の同意を徴求することは慎重を期す手法と言うこともできるが、相続人全員の同意を徴求しなくとも、戸籍関係書類により相続人の存在を確認し、遺言書や異なる遺産分割がないことについて、請求者たる相続人のxx(書類への署名等)を求め、(かつ、使途について一定の緊急性・相当性があるものであることを請求者たる相続人から説明を受け、それを基礎づける書類等(医療費請求書など)があって、)疑義を生じさせる事情が伺われないときは、少なくとも、478 条による保護が受けられよう。
これに対し、法定相続分による分割取得分が、当座必要な資金に満たないときに、それを超えて払い戻す場合には、請求者たる相続人の分割承継に依拠できる範囲を超えるため、それ以外の根拠が必要となる。最も単純なものは、他の相続人の「同意」であり、当然分割承継を前提にすると、これは、各相続人の預金債権について、当該請求者たる相続人に対する権限授与ということになる(8)。
もう一つの方向は、被相続人による権限付与である。死後の事務処理委任がされ、その原資に充てるために払戻権限が与えられている場合(そのための信託や贈与の可能性もあるが、しかし、譲渡についての対抗要件の問題がある)には、相続人の 1 人による払戻しが権限に基づく行使ということになる。しかし、被相続人による権限授与は、生前になされている必要があるため、死後の対応として、端的な権限授与のための方途はないことになる。
端的にこれらを経る以外に「便宜払い」を正当化する構成を考えると、そこにも、相続人ルートと被相続人ルートの 2 種がありうる。
相続人ルートとして、①相続人全員の推定的同意、②事務管理、被相続人ルートとし て、③被相続人の推定的意思、④慣習による・社会通念による、預金払戻しの預金契約内容化、を考えることができよう。
①は、相続人全員が通常は同意するであろう使途に用いる場合であり、(相続人間に深刻な対立の存在が伺われる事情がないときの)葬儀費用は、これに該当しうるのではないかと思われる(相続人間に対立がないなら、相続人全員の同意を取りうるが、海外在住、消息不明、あるいは、印鑑証明などの徴求などの要請に迅速に対応できないなどの事情がありうる)。②は、迅速な弁済が通常想定される、医療費(や公共料金・光熱費)などの
(7) 相続人の 1 人による払戻請求・受領の場合に、相続分に従い当然分割承継される預金債権の額と対比した、多寡にかかわらず、まず、当該相続人の預金債権の払戻しの請求であり、充当であると解されることにつき、上記参照。
(8) 相続人の「代表者」という構成もこの 1 つである。
相続債務の弁済については、相続人全員が負うため、事務管理として特定の相続人が行うことが想定される。とはいえ、事務管理自体は、本人と管理者との関係での法律関係であり、第三者との関係での法律関係を基礎づけるものではなく、第三者との関係では権限の授与が問題となり、無権限であるときは、原則として、有効な預金債務の弁済とはならないが、478 条の保護という観点からは、無過失を基礎づける余地があろう。
③は、被相続人自身がそのような払戻しを容認していたと考えられるような場合であ る。事実上の授権があったと見うるような場合である(たとえば、預金から特定の債務を支払うようにと伝えていたような場合。預金債務者として確認可能な方法であることが重要であろうから、余地は小さいが、使途が補充的に働くことはありえようか)。③が個別の意思・同意に基礎を置くのに対し、預金契約上の慣習等による内容形成に基礎を置くのが④である。内容形成を基礎づけるだけの慣習や社会通念(契約内容のxxxや条理を通じた形成といえようか)が(預金債務者が依拠してよいほどに)確立されていると言えるかは、不確かである。
(2)平成 28 年大法廷決定後
① 当然分割帰属(承継)の否定
平成 28 年大法廷決定は、①現金に代替する、具体的な遺産分割において調整に資する財産としての預貯金債権の機能を背景としつつ、②普通預金について、1 個の債権として同一性を保持しながら、常にその残高が変動しうるという性格が、預金者死亡によっても維持されることから、共同相続人全員への帰属の態様として、各債権が口座において管理されており、預金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預金契約を解約しない限り、同一性を保持しながら常にその残高が変動しうるものとして存在し、各共同相続人に確定額の債権として分割されることはなく、法定相続分相当額は算定可能ではるが、預貯金契約が終了していない以上、その額は観念的なものにすぎないとし、また、③当然分割の処理は、死亡時(それによる当然分割)後の入金分についての当然分割の処理をあわせると、預金契約の当事者に煩雑な計算を強いるもので、その合理的意思に反する、とし て、②の処理を反面から基礎づけている。
同決定により、普通預金債権の当然分割帰属は否定されたが、その場合の預金債権の帰属態様は明確ではない。相続人が全員で預金契約を解約しない限り、同一性を保持しながら常にその残高が変動しうるものとして存在するとされるが、同一性を保持しながら常に残高が変動しうるものを共同で有する場合の法律関係は、預金契約が準共有とされる以上には、明らかにされていない(9)。さらには、相続人が全員で預金契約を解約したときの法律関係も明確ではない。普通預金契約が解約されれば、普通預金債権としての上記性格を
(9) 詳細は、本報告書中のxx報告を参照。
失うという、ある意味で当然のこと以上に何かを述べるものであるのかは、はっきりしない(相続人間においては、遺産の一部分割とも見られるが、遺産分割における調整に用いるためということもありうるし、結局は、全相続人による解約の目的・趣旨次第であろ う)。預金債務者との関係では、死亡によっても従前と普通預金債権の性格が異ならないなら、一部払戻しも可能であり、(相続人が全員で)一部の払戻しを請求し・受けることも可能なはずである。
普通預金債権の帰属態様は明確ではないものの、共同相続人全員による行使、さらに は、その意思決定のためには全員による同意を要求するものと解される。全員でないと行使できない債権(というのは、行使自体だけではなく、行使についての意思決定についても全員一致で行うことを含意するものと理解される)たる共同債権であるときはもとよ り、準共有された債権であると解する場合にも、一部の払戻しは、更改的処理をもたらすものであって、対象財産の変更・処分に該当し、全員の同意を要するものと解されるからである。
② 一部の相続人による払戻し請求・受領
一部の相続人C が、自己の相続分内であれ、相続分を超えてであれ、他の相続人全員
(D、E)の同意を得ることなく、払戻しを請求する権限は、認められない(このときの基準となる相続分としては法定相続分が考えられるが、結論は、具体的相続分でも同様である)。受領権限についても同様である。
したがって、他の相続人D・E 全員の同意を得ることなく、払戻しを受けた相続人C に対し、預金債務者B は、不当利得として全額の返還請求ができると解される。返還請求の相手方であり、払戻しを受けた相続人が、478 条の可能性を主張することはxxx違背として排斥されよう。
これに対し、他の相続人D やE が、C に対し不当利得返還を請求できるかは、別問である。行使はできないが、事実として受け取ってしまえば(B から返還請求がされたときは別として)、C の相続分の範囲ではC が保持できるという帰結が、法律構成によってはありうる(10)。
③ 預金債務者による「便宜払い」
平成 28 年大法廷決定からの帰結として、相続人の 1 人は、自己の法定相続分の範囲においても、預金債権を行使することはできないと解されるため、従前、預金債務者のリス
(10) 詳細は、xx報告を参照。なお、相続法改正において、遺産分割前に処分された財産について、共同相続人全員の同意(処分者たる相続人を除く)により、当該財産が遺産分割時に遺産として存在するものとみなすことができる旨の規律を設けることが提案されている(民法(相続関係)等の改正に関する要綱「第 2 遺産分割に関する見直し等」「4 遺産の分割前に遺産に属する財産を処分した場合の遺産の範囲」)。
クにおいて行うものとされた「便宜払い」について、預金債務者のリスクは、法定相続分を超える場合と法定相続分内にとどまる場合とで、度合いが異なっていたところ(当該相続人の法定相続分内のときは、当該相続人が相続人資格を有しないとか、異なる遺言
(書)や遺産分割が存在するリスクを取ることになるのに対し、当該相続人の相続分を超える範囲では、それらに加えて預金債務者が他の共同相続人の同意等を得られないリスクを取ることになるのに対し、それぞれについて最終的に 478 条による保護を受けられないリスクを取ることになる)、払戻全額について従前の相続分を超える払戻しの場合と同様のリスクを取ることになる。
3 相続法改正における仮払制度
(1)仮払制度等の提案・概要
「民法(相続関係)等の改正に関する要綱」(2018 年 2 月 16 日法制審議会総会で採択、答申)は、次のとおり、仮払い制度等の創設等を提言している(同要綱「第2 遺産分割に関する見直し等」「2 仮払い制度等の創設・要件明確化」)。
① 家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する方策
家事事件手続法第 200 条に次の規律を付け加えるものとする。
家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てによ り、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。
② 家庭裁判所の判断を経ないで、預貯金の払戻しを認める方策
共同相続された預貯金債権の権利行使について、次のような規律を設けるものとする。各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、その相続開始の時の債権額の 3 分の
1 に当該共同相続人の法定相続分を乗じた額(ただし、預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。(注)
(注)金融機関ごとに払戻しを認める上限額については、標準的な必要生計費や平均的な葬式の費用の額その他の事情(高齢者世帯の貯蓄状況)を勘案して法務省令で定める。
平成 28 年大法廷決定前の当然分割帰属(承継)処理には、当座に必要な資金を迅速に得るという機能面での利点も指摘されていた(全員の同意を要するとなれば、死亡を秘して一部の相続人が払戻しを受けるなどの行動を助長しかねないという懸念もあり、特に、
遺産分割における現金代替の調整機能を説く最高裁決定とは逆の行動をもたらしかねないという懸念があった)。当然分割帰属(承継)の否定のもとで、当然分割帰属が担っていた機能を(一部)認め、制度的な手当を図るものと言える。
このうち、家庭裁判所による仮取得決定は、家庭裁判所での(調停・審判における)遺産分割の一部暫定的分割処理(審判前の保存処分の 1 つである仮分割の仮処分につき、緩和された要件で認められる場合を創設するもの)と位置づけられる。
(2)仮払制度の位置付け
これに対し、家庭裁判所の判断を経ない預貯金払戻しは、家庭裁判所の判断に一定の時間を要し、当座の必要に十分に応じられないことを踏まえた対応策であり、従前の扱いとの関係では、一面において、従前の預金債務者による「便宜払い」を制度化するものと言うこともできる。対象となるのは、あくまで「遺産に属する預金債権」であるから、遺贈や遺産分割方法を指定する「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)により、遺産に属しない預金債権の場合は対象とならず、この点での判断リスクは残る点でも、従前の
「便宜払い」と共通する(11)。
また、この仮払制度は、家庭裁判所を経由せずに、共同相続人の 1 人が、単独で、一定額を上限として、預金債権を行使する権利を認め、かつ、その権利を行使したときは、当該預金債権を遺産分割により取得したものとみなす制度である。効果面からいえば、(その結果として)一部遺産分割擬制が生じるから、遺産分割の一部前倒しということにな る。
もっとも、家庭裁判所の判断による仮取得が、遺産分割における暫定的一部分割(仮分割の仮処分)として位置づけが明確であるのに対し、法定預金払戻しは、それが行われたときは確定一部分割となるのは明らかであるものの、とりわけ払戻し請求権の性格は必ずしも明確ではない。政策判断や機能面での説明は、(比較的)明らかであるが、その根拠付け、あるいは法律構成がはっきりしない。機能的には一部遺産分割手法でもあるのだ が、単独で払戻し請求ができることの政策判断上の根拠付けとしては、使途の限定こそないが、家庭裁判所での保全処分に代替し、あるいは、それを補充するものであり、家庭裁判所での保全処分よりも緊急性の高い場合に備えることを想定したものではある(ただ し、利用可能性はその場面に限られない)。家庭裁判所による仮分割の仮処分と連続的に説明するならば、その緊急性を勘案して、さらに要件を緩和したものと言うこともできよ
(11) 相続法改正においては、遺贈のみならず、遺産分割方法の指定である「相続させる」旨の遺言
(特定財産承継遺言)による承継についても法定相続分を超える承継の部分については対抗要件の具備が必要とされているから、預金債務者である金融機関としては、債務者に対する対抗要件
(467 条 1 項)が具備されていないものについては、仮払いの局面において遺産に属する預金として扱ってよいことになる(もちろん対抗要件であるから、預金債務者から認めることは妨げられない)。
う。
「便宜払い」とのつながりから、共同相続人の推定的同意や被相続人の推定的同意や預金契約における内容化などが考えられるが、いずれも決定的とはいえない。それらの意思や契約内容に依拠するのではない法定の払戻し請求(預金債権の行使・「取立て」)・受領権限と説明することになろう。
法制審議会民法(相続関係)部会における検討においては、預金の共同相続の場合の権利帰属の態様自体から見直す考え方も俎上に載せられたが、最終的には採用されなかっ た。所定範囲での単独での払戻し請求ができるのは、その範囲で権利が分割帰属しているからではなく、あくまで権利の帰属状態は平成 28 年大法廷決定の理解を基礎としたうえで、行使方法について共同行使を一部緩和するものと言える。結果的に一部分割と扱われるが、一部分割がされ、それによって分割された債権の単独帰属者として単独行使が可能になるというわけではない。また、仮払い制度は、共同行使の制約を緩和するものであって、それ以上に預金の払戻し権限を認めるものではない。したがって、定期預金の場合には、期限前の場合に、全部解約・一部払戻しは他の相続人の利益を害しかねず、認められないし、また、所定の範囲での一部解約・一部払戻しは、当該定期預金が一部解約を認めるものでないときは、それにもかかわらず一部解約を通じた行使を認めるものではない。換言すれば、いわば商品設計の変更まで強いるものではないと言えよう。
(3)使途との関係
家庭裁判所による保全処分においては、使途(を中心とした行使の必要性)および他の共同相続人の利益(を害しないこと)が、判断要素となるのに対し、家庭裁判所不経由の預金払戻しにおいては、上限額のみによって画される。債権額を基準とした「3 分の 1×法定相続分」による金額と、預金債務者毎の上限額によって画される。使途は問われな い。他の共同相続人の利益についてはこの上限額設定によって類型的な配慮がされていると言える(具体的には配慮に欠けることになる場合がありうるが、それはやむを得ないということであろう)。
なお、使途による限定については、目的に応じて金額を設定する方法が、法制審議会民法(相続関係)部会において検討された(例えば、未払いの医療費や税金を支払う必要があることや、相続人の生活のために必要があることを要件とし、それぞれの場合に払戻しを認める金額やその計算方法を定めることが考えられる)が、いかなる目的の場合に払戻しを認め、その金額をどのように定めるかについて一義的に明確な基準を定立することは困難であるとの指摘があり、採用されていない(12)。
ただし、預金債務者(金融機関)毎の上限額設定においては、標準的な必要生計費や平
(12) 中間試案補足説明 31 頁。
均的な葬式の費用の額が、考慮要素とされるため、類型的には、これらの使途の必要額が間接的に考慮されているとは言えよう。
4 相続法改正下での「便宜払い」
(1)相続法改正提案の下での「便宜払い」の役割・機能
相続法改正提案の下では、相続人の 1 人による預金債権の単独行使(払戻請求・受領)について、「即時の」一定額を上限とするもの(一律・即時・限度額払い。結果としての預金債権の一部・確定分割)と、家庭裁判所の判断による使途・他の共同相続人の利益を考慮した個別の権利行使(預金債権の仮帰属・仮分割。個別・一定時以降・限度額一律設定なし[具体的相続分の見通しが限度となる])という 2 つが用意されることになる。
もっとも、例えば、設例においては、C の単独行使が可能な範囲は、平成 28 年大法廷決定前は、100 万円であったが、同決定後は、ゼロであり、相続法改正提案のもとでは、 300×3 分の 1×3 分の 1(法定相続分)=約 33 万円(政令による各金融機関の上限額ま で)、+家庭裁判所の判断による仮帰属分(具体的相続分についての確度次第であるが、法定相続分を超える可能性もある)ということになる。
葬儀費用のように、家庭裁判所の保全処分よりも迅速な払戻しが、社会通念上必要ないし通常であるとされるものについて、33 万円では少なかろう。この限りでは、平成 28 年大法廷決定前の「便宜払い」を基準としても、かなりの不足が生じうる。
そうすると、相続法改正提案のもとでの、2 つの方法を補完する役割や機能を果たすことが、預金をめぐる任意の処理に、求められる場合がありうると言えるだろう。それは、家庭裁判所の判断によらない払戻しという法定のもののほかに、それを補完するものとして、任意ないし契約上払戻しを行うというものとなる。
なお、改正提案の制度下での補完という場合、改正提案の内容が決まる必要があるが、 3 点において、不透明であるように思われる(以下、家庭裁判所の判断によらない払戻しに限定する)。
第 1 は、施行期日と経過措置である。即時施行で、かつ、施行時以降の死亡に適用されるなら、改正提案の規律が及ばない場面は少なくなる。これに対し、施行時期までにかなりの間があり、しかも、それ以降に預金契約(口座開設)がされた場合に適用されるとなれば、改正提案の規律が及ばない場面が相当に生じる(被相続人が生前にいったん解約して、新規開設することも考えられるが、一時期、事務処理が集中しよう)。後者のよう
に、改正提案の規律が及ばない場面に、改正提案の限りで手当てをすることが考えられよう。この範囲であれば、普通預金規定の変更(定型約款の変更。民法 548 条の 4。ただ し、これ自体の施行が 2020 年 4 月である。)によることが考えられる。債権法改正法下では、法定の払戻権に合理性があるという前提に立つ限り、内容面・実体面では要件(契約目的、合理性)をみたすと解されるので、周知措置を取ることで対応ができよう。ただ
し、債権法改正の施行時期が先であることから、前倒し的に解釈によって同様の約款変更
(普通預金規定の遡及的変更)が認められるかは、別途問題になる。
第 2 は、金融機関毎の上限額の定め方である。一律に一定額が定められるのか、それとも、段階的な定め方がされるのか(預金総額が○○以上であるときは、いくらなど)、である(なお要綱の注記では、高齢者世帯の貯蓄状況が考慮要素として例示されている。この意味について、被相続人名義の貯蓄状況であるのか、生存配偶者等の遺族の貯蓄状況であるのか、世帯やそれによって生活がカバーされる家族の 1 人に名義が集中しているような場合かどうかなどによっても、この事情を考慮に入れることの受けとめ方は異なりうるかもしれない)。この点は、第 3 と関連する。
第 3 は、金融機関毎の上限額が、結局、いくらと定められ、かつ、その考慮要素として何が採り入れられるのかである。要綱の注記では、標準的な必要生計費、平均的な葬式の費用の額、高齢者世帯の貯蓄状況が考慮要素として、例示されている。判断の要点は、家庭裁判所の保全処分を待つのは現実的ではないが、他の共同相続人の利益に与えるダメージが一定範囲にとどめられる(本来は、害しないことが必要であろうが、それは類型的な扱いとしては難しい)範囲での、単独行使・「即時」払いを認める範囲として、何を考慮すべきかであり、葬儀費用と生活費は、使途として、これに合うものの典型ということだろう。逆に言えば、被相続人の医療費や租税債務が、例示されていないことは、示唆的にも思われる(ただし、租税債務については優先権があり、自力執行権のある債務であるから、そのような実体的な性格を考慮して、(延滞税等の発生を防ぐためにも、)先に支払うことは想定され、考慮に入れる余地はあろう)。
第 2、第 3 は、即時払いが必要であるが、漏れるもの・漏れる場面がどのような場合かを考えさせることになる。たとえば、平均的葬儀費用や標準的な生活費が上限とされているが、3 分の 1 ルール(法定相続分の 3 分の 1 の債権額)では到底それに満たないというとき、使途を限って、即時払いを行うことは、改正提案の考え方から支えることができるのではないか(なお、金融債務者は単数とは限らず、複数の金融機関に口座がある場合には、各金融機関単体で、平均的葬儀費用や標準的生活費に満つるまで払い戻すとすれば、総額において過大となる。総量規制を各金融機関で判断するのは難しく、自己申請によるか、相続財産状況の概要を示すことを求めるか[しかし、正確かつ詳細なものは、時間がかかって現実的ではなかろう。]などがせいぜいであろう。また、法定の上限額設定において、金融機関が複数であることも勘案して、控えめな額が決定されるなら、その額を基準とすることも考えられる)。
このように、金融機関毎の上限額決定の考慮事情からは、法定払戻権は、類型的一律処理であるために、個別事情によって、それを超える必要がある場合(平均的な葬儀費用を超える場合、標準的な生活費を超える生活費がかかっている場合)は、補完の必要がある
場面ということになる(13)。改正提案の上限額設定は、他の共同相続人の利益、共同相続人間の公平の考慮を体現したものであるから、仮に「便宜払い」によって補完するとして も、その場合、他の共同相続人の利益や共同相続人間の公平の考慮との調整がつけられるものである必要がある。
(2)「便宜払い」の構成
相続法改正提案における仮払制度等に補完の余地があるとした場合、それを任意の対応
(法定に対して合意や契約上の対応)によって実現する手法にはどのようなものがあるかを考えてみよう。
① 経過措置によるすき間の補充
第 1 に、経過措置により生じるすきまを補充することが考えられる。相続法改正提案における払戻しについて、その範囲での払戻しを普通預金規定に追加し、かつ、既往の預金契約については定型約款の変更の手法による。
付随的に、相続法改正提案の規律の具体化・現実化のために、必要とする書類等の具体化を普通預金規定において行うことも考えられる。
② 一定額(まで)の払戻し
第 2 に、端的に、例えば、金融機関毎の上限額(かつ当該相続人の相続分による額)までは、払い戻すことも考えられなくはない。これは、金融機関毎の上限額は、上記の考慮を経て、合理的な範囲として法定されるものであることを基礎とする。この場合、3 分の 1 ルール(法定相続分の 3 分の 1 の債権額)をはずすことになるが、3 分の 1 ルールは、他の共同相続人の利益を勘案したものと考えられるので、この考慮に対応する仕組みを用意する必要がある(14)。そのような仕組みとして考えられるのが、他の共同相続人の同意や被相続人の「処分」(指示)である。もっとも、他の共同相続人全員の同意があれば、本来、全額の払戻しも可能であるから、あえて、同意を確実に確認できるなら金融機関毎の上限額に限定する必要もない(15)。そこで、被相続人による処分として、他の共同相続人の
(13) なお、このほかに、任意の処理には、遺産分割協議中であるが、当該預金の行使自体についても意見がまとまらないために、家庭裁判所の保全処分によることもできないという場面を、補完する役割・機能も考えうるが、しかし、そのような場合については、必要とする相続人が、保全処分を主目的として、調停・審判(一部分割を含む。)を申し立てるのが、本筋であろう。
(14) 払戻請求をした相続人に、遺産分割や事務管理を通じて、他の共同相続人との関係で、その分を当該相続人が保持できない場合、預金債務者がリスクを取り、そのリスクを縮減する方法としては、一般に、当該相続人による補償責任の宣明を徴収したり、当該預金債務者が保険で手当てをする(保険料は預金契約の際に個別に支払いを求めるか、あるいは、それを含めた利率で対応するなど)といった方法も考えられる。
(15) ただし、必要な同意が現実に取得できているかについてはリスクがある。そこで、金融機関毎の上限の範囲では、同意書の要件を緩和する方法が考えられる。例えば、現在の実印押印・印鑑証明に代えて、署名・捺印で認めるとか、それがとれないときの事情説明などで対応するなどである。その旨を普通預金規定で定めることなどが考えられようか。
利益自体がそもそも存しない形とする方法が考えられる。具体的には、被相続人による、払戻権者指定である。すなわち、被相続人が特定の者を死亡後の払戻権者として指定することが考えられる(その者が被相続人の死亡時に生存していることを条件とする)。この方法でも、全額の支払いも可能となる。このような指定に全面的な効力を認めることは、遺言との関係で緊張関係が生じる可能性があるが、遺言代替方法として、展開する余地があるのではないだろうか(実質的に、片面的・部分的ジョイント口座となりうる)。金融機関としては、文字通りの、個別対応を要請されることになる(16)。
③ 使途による払戻し
第 3 に、使途を限定した払戻しが考えられる。葬儀費用や当座の生活費について、現実額での払戻しを行うものである。
もっとも、当座の生活費は、抽象的な使途であって、この分は、一定の額によらざるを得ない。現実の生活費を示すにしても、金額ベースでしか、無理であり、結局は、②の方法によらざるを得ないように思われる。
これに対し、葬儀費用は、社会通念上は、迅速な支払が要請され、また、一般的な優先権(先取特権)が認められている(306 条 3 号)。おそらく、社会通念上は、その使途に充てるための払戻しを最も肯定しやすいように見える葬儀費用であるが、社会通念上の肯定の法的基礎を見出すのはかなり難しいように思われる。葬儀費用の債務者が誰かは不透明であり、喪主であるという考え方に立つと、相続人とも一致しない(その 1 人でさえな い)場合がある(内縁の場合や事実上の養子など)。また、被相続人の意思に依拠するこ とも、被相続人の葬儀に関する考え方が様々であり、葬儀を不要とする意思の場合にも相続人等が葬儀を行う場合もあることを考えると、できない。そうすると、共同相続人の利益という点からの補完措置が必要であり、結局、同意の取り付けが必要となる(せいぜいその確認方法を緩和するなどの方策が考えられるくらいだろうか)。
被相続人の租税債務については、共同相続人が承継しており、その迅速な弁済は、他の共同相続人の利益にかない、また、租税債権は、一般的な優先権のある債権であることからすると、租税債務の支払いを行うことは、共同相続人の利益の点からも、支えることができると思われる(現実の要請と齟齬するとしても、租税債務をこれによって手当できれば、法定の払戻権行使による分を他の使途に充てることができる)。具体化のあり方として、相続人の 1 人の請求によって、振込みの形で支払うことが考えられる。相続税についても、同様の扱いを説明することができるだろう。普通預金規定に、「名義人死亡の場合の払戻し、振込」の項目を設ける(共同相続であって、相続人の 1 人の請求により、租税
(16) さらには、不特定の者(相続人の 1 人とする。どの相続人となるかは、先に来た者など。)を指定することも考えられ、これを、使途と組み合わせることも、一種の商品設計に関する発想としてありえよう。
債務(列挙)を、振込の形で支払うこと)ことが考えられる。共同相続人全員の(推定 的)同意(推定的といっても覆らない)に基礎を置いた、契約設計・商品設計ということになろう。
これに対し、被相続人の医療費や葬儀費用については、社会的な要請はあるにしても、共同相続人の利益が害される余地が生じることの正当化は、被相続人の意思に求めることになろう。
そして、被相続人の意思という場合、預金契約上の処理として、①預金債務の履行先の指定(預金債権の履行という構成)、②預金契約に基づく振込の依頼と振込先の指定(預金契約の一部をなす委任・準委任の側面という構成)、③預金契約に付随する別契約としての債務処理契約(履行引受)という 3 種がありうる。なお、たとえば、相続人の 1 人が
第三者と結託して、振込を受けたような場合、①については 478 条による保護があるが、
②については微妙であり、③については無理であろう。
(3)「便宜払い」の効果
「便宜払い」の効果については、前記の預金契約上の処理の捉え方に応じて、預金債権の払戻し、預金契約上の委任事務処理の履行(振込)、預金契約に付随する債務処理(履行引受)という構成に応じた効果となろう。
また、使途ではなく金額による便宜払いの場合で、主体が指定された者ではなかった場合や、使途を指定した便宜払いの場合で、指定された使途の債権者ではなかった場合の扱いは、それぞれの構成に応じた、法律関係となろう。
このような「便宜払い」を構想するとき、法定の仮払いとの関係が問題になる。法定権限と競合し、重複する範囲では、①法定権限の行使を部分的に含むという扱いとなるの か、それとも、法定権限とは別の行使となるのか、②現実に、相続人の 1 人から単独で払戻請求があった場合、いずれの権利行使と特定するのか、という問題がある。
作り込み方次第であるが、法定払戻権では対応できない部分を補完・補充するという趣旨からすると、まず、法定払戻権の行使により、それを超える部分を任意対応ということになろう。任意対応部分が、完全な追加・拡大となるのかどうかは、任意対応部分の設定の仕方による。(基礎となる法律構成の違いを勘案すると、完全追加・拡大(法定の外 枠)とすることでよいのではないか。したがって、基本的に②として考えるべきであろ う。ただ若干問題があるとすれば、法定の仮払いがあくまで債権単位で上限額を設定しているために、例えば、普通預金債権と定期預金債権があるときには、それぞれについて上限額までの払い戻ししか認められず、とりまとめた額を普通預金債権から支出するといった処理はできない場面に、予め対応できるように、つまり、定期預金の方の法定払戻可能額の分をいわば普通預金の方につけかえることを想定する場合には、約定の作り込みによって、定期預金債権の部分については①とすることもありえよう。
(4)定型約款による処理
普通預金契約の大量性、金融機関・預金債務者から見ての預金者(名義人)死亡の日常性にかんがみると、預金債務者としては、なるべく画一的な処理が、事務の手間・費用、過誤の危険を減じるものとして望ましいとは言える。
しかし、画一的な処理が可能な範囲は、法定払戻権によって対応されていると言えるのであり、任意処理は、それでは正当化が難しい部分に対応するものであると言える。そうだとすると、「便宜払い」による補完においては、個別性はどうしても入らざるを得な
い。
経過措置対応(すき間補充)、共同相続人による権利行使要件の緩和、共同相続人の推定的(といっても擬制的)意思に依拠した払戻し(租税債務の場合)については、一律の処理が可能であると考えられる。既往の契約への対応も、債権法改正下での定型約款の変更の実体的要件(548 条の 4 第 1 項)を充たすものと解される。
これに対し、被相続人の意思に依拠するものについては、被相続人による設計の余地を一律に否定してよいのかという問題がある(厳密に言えば、遺言などの処分により、一律の画一的処理を封じることは可能ではあろう)。画一的処理の要請との兼ね合いからすれば、預金名義人・被相続人が別段の意思を表示したときは、適用されない特約として構成すべきではないか(相続時一部払特約付き普通預金といった商品化は、可能ではない
か)。
その場合、別段の意思表示をどのような形で、いつするのか、という問題がある。預金の状況は様々であることを考えると、適時ないし随時が望ましくはあるが、被相続人としては、解約・新設という方法や、他の商品(保険、信託など)、他の構成(贈与、遺贈、遺言による帰属指定など)もありうることからすると、開設時の選択とすることも、合理的と言えるのではないか。
(5)定型約款の変更による既往の預金契約への対応
定型約款の変更の方法(548 条の 4)によって、既往の預金契約について一律に及ぼすことのできる場面・方法があると解されるのは上記のとおりである。
これに対し、被相続人の意思に基礎づける場合については、定型約款の変更の方法を通じても、同意しない利益を保障する必要があり、その最たる方法は、そこからの脱出
(exit)の権利を保障することである。もっとも、普通預金契約については被相続人の生前は、自らいつでも解約が可能であり、解約をして新たに開設する場合には、特約を排除する選択肢が認められている以上は、不利益はないと言えるだろう。金利についても定期預金のような事情はないから、普通預金の上記の商品性から、exit の権利(かつ不利益な状態となることなく exit ができること)が保障されていると言えるのではないか。
したがって、いずれの場面においても、定型約款の変更の実体的要件を充たすことになろう。
5 おわりに
人の死亡と相続は偶然に左右される事象であること、預金特に普通預金は現金代替手法として、被相続人の死亡直後の当座の資金手当にとって非常に重要な意義を有すること、他方で預金者の死亡による預金の帰属は明白ではなく判断リスクが伴うこと(法定相続分による当然分割でさえ、相続人の確定や遺贈等の不存在などの前提があり、その確認・判断にはコストと時間と過誤のリスクが伴う)、また不用意な払戻しには本来の権利者の権利が侵害される可能性もあることといった事情がせめぎあう中で、平成 28 年大法廷決定前は、法定相続分の範囲では比較的リスクが小さいことを基礎に、金融機関(銀行)の実務として、一定のリスクを取りつつ「便宜払い」の形で当座の資金手当に応じてきたという。これに対し、平成 28 年大法廷決定により、共同相続人間の公平へと考慮の天秤がシフトした結果、当座の資金手当への対応としての「便宜払い」が有するリスクは、法定相続分による不完全ながらも一種の安全弁を除くことになった。相続法改正による仮払い制度等の導入は、それにさらに手当をするものであった。それは、家庭裁判所を通じない
「仮払い」に法定相続分よりも限定した範囲(金額ベースでの、各預金債権についての法定相続分の 3 分の 1 および各金融機関毎の上限により画される)で基礎を与え、平成 28年大法廷決定前に比してのいわば縮減部分は共同相続人の公平への配慮に出た縮減部分であるところ、それで賄えない部分については、共同相続人間の協議が整うまでの、あるいは整わないときの共同相続人間の公平も考慮しての具体的な当座の資金手当の需要に対しては、個別に、遺産分割に関する保全処分として家庭裁判所の判断に基づく保全処分(仮分割の仮処分)で図る、という構造である。本報告では、「便宜払い」に関する政策判断の問題を措いて、なお「便宜払い」に期待する部分が残るとすれば、どのような対応がありうるかをも考えたものであるが、従前の「便宜払い」の範囲からの縮減については、そもそもが、共同相続人間の公平の確保の観点からの縮減であり、また、場面が限定され、一定の時間がかかる面もあるものの家庭裁判所による判断(保全処分)によって対応するので十分だとするなら、もはや「便宜払い」の必要はないし、また、行うべきでもないと評価されよう。
〔補足〕
相続法改正による仮払い制度は、民法 909 条の 2 として定められた。
債務者毎の上限額については、一律に 150 万円と定められた(平成 30 年法務省令 29号)。算出に当たっての具体的な考慮については、堂薗幹一郎=神吉康二編著『概説 改正相続法――平成 30 年民法等改正、遺言書保管法制定――』(金融財政事情研究会、2019)
54 頁~55 頁参照。
同条を含む改正の施行期日は、平成 31 年(2019 年)7 月 1 日と定められ(平成 30 年
法律 72 号附則 1 条、平成 30 年制令 316 号)、また、経過措置として、施行日前に開始した相続に関し、施行日以後に預金債権が行使されるときにも適用される旨が定められた
(平成 30 年法律 72 号附則 5 条)。その基礎となる考え方について、堂薗=神吉編著・前
掲 177 頁、堂薗幹一郎=野口宣大編著『一問一答 新しい相続法――平成 30 年民法等(相続法)改正、遺言書保管法の解説』(商事法務、2019)200 頁参照。