要件 A:被保険者に被保険利益が存在すること。
産大法学 53巻 3 ・ 4 号(2020. 1)
インデックス保険の「保険」該当性
―― 定額給付型の損害保険契約 ――
x x x x
目 次
1.定額給付型の損害保険契約
2.定額給付型損害保険商品の分類
3.定額給付型損害保険商品例の検討
(1)「損害額のみなし算定」を行う損害保険商品
① 日本における損害保険商品例
(a)火災保険の臨時費用保険金
(b)「地震・噴火・津波危険車両全損時一時金特約」
② インシュアテックにおける損害保険商品例
(a)「フラッドフラッシュ」(水災保険)
(b)「ジャンプスタート」(地震保険)
(c)「贈るほけん 地震のおまもり」(地震保険)
(2)「損害のみなし発生および損害額のみなし算定」を行う損害保険商品
① 日本における損害保険商品例
(a)対人臨時費用保険金
(b)失火見舞費用保険金
② 海外における損害保険商品例
(a)農業分野のインデックス保険
(b)航空機遅延保険
(c)自然災害に関するインデックス保険
4.定額給付型の損害保険契約が認められる理論的根拠
(1)賭博禁止の観点
① 損害額のみなし算定
② 損害のみなし発生および損害額のみなし算定
(2)モラル・ハザード防止の観点
① 事故便乗型のモラル・ハザードの防止
② 事故偽装型のモラル・ハザードの防止
5.結 論
1.定額給付型の損害保険契約
本稿は、定額給付型の損害保険契約がどこまで認められるかを検討するものである。
保険法においては、損害保険契約は、「保険契約のうち、保険者が一定 の偶然の事故によって生ずることのある損害をてん補することを約するも の」と定義されている(保険法 2 条 6 号)。一方、生命保険契約は、「保険 契約のうち、保険者が人の生存又は死亡に関し一定の保険給付を行うこと を約するもの(傷害疾病定額保険契約に該当するものを除く。)」と定義さ れており(保険法 2 条 8 号)、傷害疾病定額保険契約は、「保険契約のうち、保険者が人の傷害疾病に基づき一定の保険給付を行うことを約するもの」 と定義されている(保険法 2 条 9 号)。
両定義規定からすると、損害保険契約は損害てん補型の保険給付方式であり、生命保険契約および傷害疾病定額保険契約は定額給付型の保険給付方式であるので、xxすると、保険給付方式は損害てん補給付と定額給付で二分されるようである。けれども、損害てん補給付と定額給付が背反する概念であるか否かは自明ではない(また、保険法18 条 1 項は、損害保険契約によりてん補すべき損害の額のことを「てん補損害額」と定義しているが、必ずしも定額給付を否定しているものではないとも考えられる)。
もし、両給付方式が背反する概念ではないとすると、定額給付でありなが
(1)
ら、損害てん補給付であることがあり得ることになる。
実際にも、定額給付型の損害保険商品は従来から存在していた(すなわち、監督当局として、そのような保険商品を認可してきている)。海外においても、特に近時は農業分野のインデックス保険として発展してきており、また、最近はインシュアテック商品の一種として次々と定額給付型の
( 1 ) 従前においては、物や財産に関する保険契約では定額保険とすることはできない、とい うのが通説であるとされていた(そうした事情につきxx(1999)260 頁参照)。けれども、従前においても、物保険契約について定額給付を認める考え方もあった。たとえば、xx
(1969)87-89 頁がそうである。
保険商品が登場しつつある。そこで、本稿は、定額給付型の損害保険契約が、どのような条件下で認められるのか、また、それは何故なのかを検討することにした。まずは、定額給付型の損害保険商品を利得禁止原則の観点から 2 つに分類したうえで(次述 2)、それぞれの類型に該当する損害保険商品について、定額給付が認められている理由を分析する(後述 3)。この分析結果に基づいて、定額給付型の損害保険契約が認められる要件を検討し(後述 4)、最後に結論を述べる(後述 5)。
2.定額給付型損害保険商品の分類
定額給付を行う損害保険商品が内外に存在するが(ただし、日本では、
(2)
中心的な保険給付において定額給付を行う保険商品は未だ存在しない)、こうした保険商品が損害保険契約に該当するか否かを検討するにあたっては、そもそも損害保険契約の保険給付において、いかなる要件の具備がどの程度に求められるかを、まずは明らかにする必要がある。そこで損害保険契約の保険給付要件を整理すると、次の 4 要件を具備する必要があると考えられる。
要件 A:被保険者に被保険利益が存在すること。
要件 B:要件A の被保険利益について「保険事故」が発生すること。要件 C:要件 B の事故によって被保険者に損害が発生すること。
要件 D:要件 C の損害に対して、損害額を超えない保険給付がなされること。
要件 A は一般に被保険利益要件と考えられているものであり(保険法
3 条)、要件B は損害保険契約における担保危険事故である「保険事故」(保険法 5 条 1 項に定義規定あり。なお、保険法 2 条 5 号も参照)の発生を意
( 2 ) xxxxは、こうした保険商品の法的性質を、無名保険契約としての「準損害保険契約」と言うべきものとする。xx(2018)56 頁参照。けれども、仮にそうした捉え方が正しいとしても、その「準損害保険契約」には、やはり被保険利益や利得禁止原則の適用が求められるかと思われる。
味している。そして、今日の日本の通説は損害保険契約に強行的な利得禁
(3)
止原則が適用されると考えているが(保険法にxx規定はないが、保険法
(4)
全体の趣旨から利得禁止原則が認められるとされている)、要件 C および
(5)
要件 D は、概ねその利得禁止原則に相当するものである。なお、要件 D
の損害額の算定方法が保険法 18 条 1 項で規定されているが、同項は任意
(6)
規定である。
ところで、利得禁止原則の目的は、賭博保険の防止(賭博禁止)とモラ
(7)
ル・ハザード(狭義)の防止であると説明されてきた。そうであるとすると、モラル・ハザードが一定程度に抑止され、かつ、賭博保険を排除でき
るのであれば、厳格な利得禁止原則を適用せずに、緩やかな利得禁止原則
(8)
を適用することも可能であることになる筈である。そこで、定額給付型の損害保険契約が認められるか否かを検討するにあたっては、緩やかな利得
( 3 ) 損害保険契約に強行的な利得禁止原則が適用されることについて異論もある。xx
(2003)226-231 頁で諸説が整理されている。なお、xx(2003、2004)は、公序則とは別に強行的な利得禁止原則の適用を求めることを否定する。
( 4 ) xx他(2019)85 頁[xxxx]参照。
( 5 ) xx(1991)およびxx(2005a)391-393 頁にいう「狭義の利得禁止原則」にあたると思われる。
( 6 ) xx(2009)123 頁参照。
( 7 ) たとえば、xxx(1996)9 頁、xx(2005b)242 頁参照。また、そのような考え方が一般的であることがxx(1991(2 完))29 頁、同(1998)235-236 頁、xx(2018)
307 頁、77 頁で紹介されている。
( 8 ) なお、緩やかな利得禁止原則はもはや利得禁止原則ではない、との考え方もあり得よう。けれども、本稿はそうした立場を採らない。損害保険契約を画する強行的な原則として、 やはり利得禁止原則は維持されるべきだと考えるからである。
xxxxは、さらに進んで、気温の変動や大規模地震の発生など、「利得禁止原則がこ のようにモラル・ハザードの抑止を主たる目的とするという視点がとれるとすれば、モラ ル・ハザードが生じえない取引であれば利得禁止原則を適用する必要はないという帰結を 導くことは可能であると思われる。」と述べる(xx(2005b)243-244、245 頁。また、x x(2018)31 頁においても、「利得禁止原則の適用のない保険」の存在を認めているよう である)。なお、当該論文では、「保険給付により利得をしてはならないという意味の利得 禁止原則」と、「そこから派生すると考えられる被保険利益のない保険契約は無効である」 という二つの強行法的規制を包括して「利得禁止原則」と呼んでいる(同論文 241 頁)。 ただし、xxxxの言う「利得禁止原則の適用のない保険」とは、被保険利益要件(本稿 における要件A)まで不要とするのか、また、要件Aの充足を必須としたうえで、被保険↗
(9)
禁止原則が適用され得る場合を勘案すべく、利得禁止原則を構成する要件 C および要件 D のそれぞれについて、さらに、厳格な利得禁止原則と緩やかな利得禁止原則の二つに分けて分析する必要があると考えられる。
すなわち、要件C(「保険事故」によって損害が発生することという要件)に関しては、次の二つに分類できる。
要件 C1:現実の損害発生を要件とするもの。
要件 C2:現実の損害発生を要件とせず、上記 B の充足をもって、被保険利益に損害が発生したとみなすもの(損害のみなし発生)。
また、要件D(発生した損害に対して、損害額を超えない保険給付がな
されることという要件)に関しては、次の二つに分類できる。
(10)
要件 D1:具体的に損害額を算定するもの。
要件 D2:具体的な損害額の算定をせずに、上記 C(C1 または C2)の充足をもって、少なくとも一定額の損害額が発生したとみなすもの(損害額のみなし算定)。
↘ 利益について「保険事故」が発生すること(本稿における要件B)を不要とするのか、それとも、本稿における要件Aおよび要件Bを必須としたうえで、要件Cや要件Dを不要とするのかが判然としない。
( 9 ) ただし、一般に、損害保険契約における利得禁止原則は、現実の損害額を超えて保険金が支払われてはならないことを求めるものと考えられているので(たとえば、xx(1998)
235-236 頁で紹介されている)、そのような立場では、本文の C2 や D2 を容認しないことになるかもしれない。
(10) 最判昭和50 年 1 月 31 日・民集 29 巻 1 号 68 頁は、「保険者の支払う保険金は被保険者が現実に被った損害の範囲内に限られるという損害保険特有の原則」が存在することを前提としている。
学説においても、損害保険契約は実損填補保険であると言われていた(たとえば、xx
(1998)311 頁参照)。けれども、「具体的な『損害填補』契約性は必ずしも保険契約にとっ て絶対的・論理的要請と見るべきではな(い)」との有力説もあった(xx(1956)44 頁 参照)。なお、xx(2005b)244 頁は、「保険と保険デリバティブは、…、契約内容として みれば、偶然な事由の発生により損害をてん補するものか、損害の発生の有無を問わない 金銭の支払をするものかで明確に区別される。その限りで両者の間の境界は現に存在して いるということはできる。」と述べているが、損害保険契約について損害てん補性を必須 の要件とする趣旨ではないものと思われる。なぜなら、同論文でxxxxが論じている主 旨は、損害保険契約であっても利得禁止原則を適用する必要がないものがあるという主張 にあるからである(前掲注 8 参照)。 ↗
そして、利得禁止原則を構成する要件 C および要件 D について、厳格な利得禁止原則(要件 C1 と要件 D1)と緩やかな利得禁止原則(要件 C2と要件 D2)に分けて損害保険契約を分類すると、表のようなⅠ類型~Ⅲ類型の保険商品となる。
【表:利得禁止原則に基づく損害保険契約の分類】
損害保険契約の保険給付要件 | Ⅰ類型 | Ⅱ類型 | Ⅲ類型 | ||
A:被保険者に被保険利益が存在すること | 〇 | 〇 | 〇 | ||
B:被保険利益について「保険事故」が発生すること | 〇 | 〇 | 〇 | ||
利得禁止原則 | C:「保険事故」によって損害が発生すること | C1:現実の損害発生を要件とするもの | 〇 | 〇 | ― |
C2:現実の損害発生を要件とせず、一定事実の発生をもって、被保険利益に損害が発生したとみなすもの(損害のみなし発生) | ― | ― | 〇 | ||
利得禁止原則 | D:発生した損害に対して、損害額を超えない保険給付がなされること | D1:具体的に損害額を算定するもの | 〇 | ― | ― |
D2:具体的な損害額の算定をせずに、上記Cをもって、少なくとも一定額の損害額が発生したとみなすもの(損害額のみなし算定) | ― | 〇 | 〇 |
(筆者作成)
なお、被保険利益(要件A)は、損害保険契約を賭博から峻別する機能、モラル・ハザード(狭義)を抑止する機能、保険の目的や保険給付を確定
(11)
する機能を果たしているため、要件 A の充足は不可欠である(なお、被
保険利益を損害保険契約の要素とする原則を廃棄している国は世界的にも
(12)
見られないとのことである)。また、要件 B を緩やかに捉える考え方は本
↘ また、PEICL(Principles of European Insurance Contract Law. ヨーロッパ保険契約法原則) Part2, Chap. 8, Article 8:101, para. 1 においても、「保険者は、被保険者が実際に被った損 害を塡補するために必要な金額を超えては、保険金支払義務を負わない。」(筆者訳)と規 定されている。けれども、同規定は片面的強行規定であるので(同解説 C2 参照)、保険契 約者側に有利に、同規定と異なる約款条項を設けることができる。
(11) xx(2018)309 頁参照。
(12) xx(2018)308 頁、xx他(2019)92 頁[xxxx]参照。
稿では検討しない(要件 B を緩やかに捉えずとも、保険約款において保
(13)
険事故の要件を適宜工夫すれば済むからである)。
3.定額給付型損害保険商品例の検討
2 種類の利得禁止原則(厳格な利得禁止原則と緩やかな利得禁止原則)をもって損害保険契約を分類すると表のとおりであり、このうちⅡ類型と
(14)
Ⅲ類型が定額給付型の損害保険契約である。
ちなみに、表のⅠ類型に該当する損害保険商品は、被保険者に被保険利益が存在し(要件 A)、被保険利益について「保険事故」が発生したところ(要件 B)、「保険事故」によって被保険利益について現実の損害が発生した場合に(要件 C1)、具体的に発生損害額を算定したうえで、当該損害
(13) 仮に要件 B を緩やかに捉えた場合には、たとえ被保険利益に担保危険事故が発生したことが確認できなくても、周囲の状況等から被保険利益に担保危険事故が発生した蓋然性が高いと認められるような事態が発生した場合には、被保険利益についても担保危険事故が発生したとみなし、要件 B の充足を認めることになる。
(14) 2019 年 8 月 1 日より、東京ガス株式会社の「myTOKYOGAS」会員向けに、東京ガスを保険契約者、会員を被保険者とする自然災害避難見舞費用保険をチューリッヒ保険が引き受けると発表された(2019 年 3 月 1 日付けの両社のニュースリリース)。この保険は、居住地域に震度 6 以上の地震が発生し、かつ、24 時間を超えて避難勧告等が発令したことをトリガーとして、5,000 円の定額が保険金として支払われるものである。xxxxx://xxx. xxxxx-xxx.xx.xx/Xxxxx/00000000-01.pdf; xxxxx://xxx.xxxxxx.xx.xx/xxxxxxx/xxxx/ release/2019/0301_01, last visited on Nov. 10, 2019.
この保険の正式名称(自然災害避難見舞費用保険)およびニュースリリースの内容からすると、自然災害によって避難を余儀なくされた者に対して被保険者が見舞金を支払う費用損害を担保する保険商品であると推測される。上記保険契約に即して言えば、東京ガスの会員の居住地域に一定震度以上の地震(自然災害)が発生し、そのことによって非難を余儀なくされた場合に、東京ガスが会員に対して見舞金を支払うことになるが、当該見舞金費用損害を保険てん補する保険商品であると推測される。この推測が正しいとすると、通常の保険契約(表のⅠ類型)であることになる。
一方、ニュースリリースによると、会員が被保険者であると記載されており、それが正しいとすると、見舞費用保険ではなく、避難に伴う会員自身の費用負担を保険てん補する保険契約であることになる(避難勧告等が発令されたとしても避難をしない会員に対しても保険給付がなされるようであるので、表のⅢ類型の定額給付型損害保険契約であることになる)。けれども、見舞費用保険とは趣旨が異なる保険契約であることになると思われる(一種の避難費用保険である)。
額を基に保険金支払額が決まるものである(要件D1)。この類型に該当するのは、一般的に想定されている損害保険商品である。たとえば、火災保険における損害保険金や、賠償責任保険における賠償保険金がこれにあたる。この類型では、厳格な利得禁止原則(要件 C1 および要件 D1)が適用されるが、それでも、モラル・ハザードを完全には防止できていないことは周知のとおりである。なお、賭博保険は有効に防止されていると言えよう。
以下では、定額給付を行うⅡ類型(損害額のみなし算定)およびⅢ類型
(損害のみなし発生および損害額のみなし算定)の損害保険商品例について、なぜ緩やかな利得禁止原則を適用した定額給付が認められているのかを検 討する。検討にあたっては、利得禁止原則の目的とされている、賭博禁止
(15)
およびモラル・ハザード(狭義)の防止の観点から検証を行う。
(1)「損害額のみなし算定」を行う損害保険商品
Ⅱ類型(損害額のみなし算定)の損害保険商品は、被保険者に被保険利益が存在し(要件 A)、被保険利益について「保険事故」が発生したところ(要件 B)、「保険事故」によって被保険利益について現実の損害が発生した場合には(要件 C1)、具体的な発生損害額の算定はしないで、少なくとも一定額の損害額は発生したとみなし、当該一定額を保険金支払額とす
(16)
るものである(要件 D2:損害額のみなし算定)。
① 日本における損害保険商品例
Ⅱ類型(損害額のみなし算定)に該当する損害保険商品は、日本におい
(15) xx(2018)82 頁も、賭博禁止から導かれる強行法的規律と、モラル・ハザードの防止から導かれる強行法的規律を区別すべきだとする。また、xx(1999)596 頁も、賭博禁止の他に道徳的危険の防止を利得禁止原則の根拠としている。なお、旧商法の草案を作成したロエスレル氏は利得禁止原則について賭博禁止を目的としていたものであり(xx
(1999)586-587 頁参照)、xx(1969)87-89 頁も利得禁止原則の目的として賭博禁止を挙げていた。
(16) 従来、損害保険契約における利得禁止原則は、新価保険や評価済み保険の取扱いを巡っ て論争や検討が行われてきた。xxすると、新価保険や評価済み保険は、まさに本文の要 件 D2(損害額のみなし算定)に該当する保険商品であるようにも考えられることであろう。↗
(17)
ても従前より存在していた。たとえば、以下のような損害保険商品がある。
(a)火災保険の臨時費用保険金
火災保険における損害保険金は、火災等の担保危険によって保険の目的物に損害が発生した場合に、当該損害をてん補する修理費等の実損額が保険てん補される(定額給付ではない)。火災保険では、この損害保険金と併せて、臨時費用保険金も支払われる保険約款であることが多い。臨時費用保険金は、火災発生時に発生する諸費用に充てるため、損害保険金の一定割合(たとえば、30%。ただし、限度額あり)が保険金として支払われるものである。
この火災保険における臨時費用保険金は、Ⅱ類型の定額給付型損害保険商品にあたる。なぜなら、火災保険の目的物について被保険利益が存在す
ることを前提として(要件A)、保険の目的物に火災等の担保危険による「保
(18)
険事故」が発生した場合には(要件B)、修理費や取片付け費用以外にも様々な費用損害が発生するが(緊急避難としてのホテル代、交通費、修理期間中の借家の家賃、修理費の新旧交換控除(NFO)等。要件C 1)、具体的
↘ けれども、本稿の考え方は異なる。要件 D2 における損害額のみなし算定とは、現実に発生した損害額がたとえ僅少であったとしても、約定した金額を保険金として支払うものである。たとえば、火災保険の臨時費用保険金は、たとえ実際に発生した臨時費用が 5 万円程度であったとしても、損害保険金の一定割合(たとえば、30%。ただし、たとえば
100 万円という限度額あり)が保険金として支払われるのである。一方、新価保険や評価済み保険においては、新価あるいは評価額を保険金として支払うことになるが、それは時価基準で評価した損害額を著しく上回るものではない(たとば、時価基準の損害額の 10倍以上の金額が支払われることは通常あり得ない)。また、新価保険に関しては、単に、損害額算定基準として時価基準でなくて新価基準を用いたに過ぎないとも考えられる。評価済み保険に関しても、時価基準または新価基準に近い金額を予め損害額算定基準として約定しておくものに過ぎないとも考えられる。
このように、要件 D2 における損害額のみなし算定と、新価保険や評価済み保険とは異なる性格のものである可能性がある。そのため、従来、利得禁止原則の例外等として議論されてきた新価保険や評価済み保険は、本稿では積極的には取り上げないこととした。
(17) 学説においても、物や財産に関するⅠ類型以外の損害保険契約があり得ることが示唆されていた。xx他(1994)90-91 頁[xxxx発言]参照。
また、xx(1975)10 頁によると、ドイツにおいては、新価保険や評価済保険の他に、旅行天候保険が定額保険として存在していたようである(Gärtner(1970)S.31ff)。
(18) なお、焼損物等の取片付け費用については、別途、取片付け費用保険金が支払われる。
な発生損害額(および発生見込み損害額)の算定は行わずに、少なくとも修理費を担保する損害保険金に一定割合(たとえば、30%)を乗じた金額以上の損害額が発生したものとみなして、当該金額を保険金として支払うものだからである(要件 D2。臨時費用として被保険者に現実に発生した
(19)(20)
損害額を算定するものではない)。
そこで、火災保険における臨時費用保険金について定額給付が認められる理由を検討すると、賭博禁止の観点からは、要件 A、要件 B および要件 C1 の充足が求められており、かつ、支払われる金額は火災等の担保危険発生時に一般的に必要となる費用を超えないため、賭博保険は防止されていると言える。
モラル・ハザードの防止の観点からは、損害額の算定において要件 D1を緩和した要件 D2 を適用するのでモラル・ハザードの可能性がある。
けれども、第 1 に、臨時費用保険金は損害保険金の金額に完全に連動しているので、臨時費用保険金についてモラル・ハザードを行うには、損害保険金についてもモラル・ハザードを行うことになる(むしろ、「損害保険金についてモラル・ハザードを行うと、自動的に臨時費用保険金についてもモラル・ハザードを行うことになる」と表現した方が正確である)。
第 2 に、臨時費用保険金として支払われる金額は、火災等の担保危険発生時に一般的に必要となる費用を超えない額とされており(損害保険金に
(19) xx=xx(1995)64 頁[xxxx]、東京海上日動火災保険(2016)71 頁参照。
(20) 似たような保険商品として、かつて、臨時生計費保険という火災保険の特約が存在した。この特約を付帯していると、保険の目的物である建物または保険の目的物である家財を収 容する建物が、火災保険の担保危険で損害を受け、そのため世帯員全員が当該建物に居住 できなくなった場合には、増加する生計費その他の出費を塡補するために保険金が定額で 支払われた。具体的には、世帯員1 名につき5 万円(ただし、6 歳未満の世帯員は1 名あ たり 2 万円)の合計額、または、主契約である火災保険の損害保険金の 30%相当額のいず れか低い金額が、保険金として定額で支払われるものである。ただし、罹災建物の修復ま たは再築が30 日以内に行われた場合には、その日数を30 日で除した割合に保険金が修正 されることになっていた。この特約はxx火災海上保険の立案によるもので、1955 年 6 月 に認可・実施されたが、臨時費用保険金が火災保険約款(一般物件用)に組み込まれた
1980 年 7 月に使命を終えて廃止された。以上、xx(1962)150-152 頁、東京海上火災保険(1964)307-312 頁[xxxx]、xx=xx(1995)10-11 頁[xxxx]参照。
一定割合を乗じた金額、かつ、限度額(たとえば、住宅物件では100 万円)以内の金額)、利得は生じないと考えられるため、臨時費用保険金を不正取得する目的で事故偽装型のモラル・ハザードの防止が企図される可能性は極めて低いと考えられる。そのため、臨時費用保険金について、緩和した要件 D2 を適用して定額給付を認めることによって、臨時費用保険金に関するモラル・ハザードの確率が高まることはない(基本的には、損害保
(21)
険金に関するモラル・ハザードの確率と同じであると考えられる)。
このように、火災保険の臨時費用保険金は定額給付であるものの、Ⅰ類型の損害保険商品である火災保険の損害保険金に完全に連動する付随的な保険金とするとともに、限度額を設定することによって、モラル・ハザードの可能性が高まることを抑制している。
以上のとおり、賭博禁止の観点からも、モラル・ハザードの防止の観点からも、緩和した要件 D2 を適用して定額給付を認めることに問題はないので、損害保険契約であるにもかかわらず定額給付が認められていると考えられる。
(b)「地震・噴火・津波危険車両全損時一時金特約」
自動車保険の「地震・噴火・津波危険車両全損時一時金特約」は、自動車保険に付帯する特約であり、この特約を付帯していると、地震、噴火、地震または噴火による津波等で被保険自動車が全損となった場合に、一律
(22)
に 50 万円が保険金として支払われる。
この自動車保険の「地震・噴火・津波危険車両全損時一時金特約」は、
Ⅱ類型の定額給付型損害保険商品にあたる。なぜなら、車両保険の目的物
(21) 厳密な議論をすると、モラル・ハザードを企図するに際して、損害保険金のみならず臨時費用保険金も不正取得できることを算段に入れることがあるとすれば、臨時費用保険金の定額給付によってモラル・ハザードの確率がやや高まると言えないではない。しかしながら、臨時費用保険金も算段に入れてモラル・ハザードを企図する者は多くないと思われるし、また、臨時費用保険金には限度額が設定されているので、モラル・ハザードの発生確率が高まらないような仕組みも内蔵されている。
(22) 東京海上日動火災保険が開発し、2012 年 1 月保険始期契約より付帯が可能となった特約である。xx(2012)参照。
である被保険自動車について被保険利益が存在することを前提として(要件 A)、地震、噴火、地震または噴火による津波等という担保危険によって被保険自動車が全損になるという「保険事故」が発生した場合には(要件 B)、被保険自動車の時価以外にも様々な費用損害が発生するが(たとえば、車両買替え期間中における代替車両賃借費用等。要件 C1)、具体的な発生損害額(および発生見込み損害額)の算定は行わずに、少なくとも
50 万円または車両保険金額の低い金額以上の損害額が発生したものとみなして、一律に50 万円(ただし、車両保険金額が限度)を保険金として支払うものだからである(要件 D2。車両が全損となった場合に実際に要した諸費用を算定するものではない)。
そこで、自動車保険における「地震・噴火・津波危険車両全損時一時金特約」について定額給付が認められる理由を検討すると、賭博禁止の観点からは、要件 A、要件 B および要件 C の充足が求められている。そして、支払われる金額は一律 50 万円または車両保険金額の少ない金額であるが、大規模地震によって被保険自動車が全損となった場合に見込まれる費用損害等は、少なくとも当該金額を上回ると考えられる。そのため、賭博保険となる可能性は低く、賭博保険は防止されていると言える。
モラル・ハザードの防止の観点からは、損害額の算定において要件 D1 を緩和した要件 D2 を適用するのでモラル・ハザード増加の可能性がある。けれども、担保危険は地震、噴火、地震または噴火による津波等という自 然災害(natural hazards)であるから、基本的にモラル・ハザードが想定 できない。
以上のとおり、賭博禁止の観点からも、モラル・ハザードの防止の観点からも、緩和した要件 D2 を適用して定額給付を認めることに問題はないので、損害保険契約であるにもかかわらず定額給付が認められていると考えられる。
② インシュアテックにおける損害保険商品例
(23)
さらに、近時は、インシュアテック(InsurTech)の一環として、様々
(23) インシュアテックの進展状況および保険業界に与える全般的な影響については、Braun ↗
な保険商品が開発されている。その中には、たとえば以下のようなⅡ類型の損害保険商品もある。
(a)「フラッドフラッシュ」(水災保険)
フラッドフラッシュ社(FloodFlash Ltd. 英国)は、フラッドフラッシュ
(FloodFlash)という名称で定額給付方式(契約締結時に合意した金額の
(24)
定額給付)の洪水保険を提供している。すなわち、予め保険の目的物たる事業用建物に水位計を設置しておき、約定した水位を超えた場合には(当該情報は保険者に送信される)、保険者は被保険者に水害に遭ったことを
確認のうえ、具体的な損害額の算定は行わずに予め約定した保険金を定額
(25)
で支払う。
このフラッドフラッシュ社の洪水保険は、Ⅱ類型の定額給付型損害保険商品にあたる。なぜなら、洪水保険の目的物である事業用建物について被保険利益が存在することを前提として(要件 A)、洪水という担保危険によって保険の目的物について一定水位以上の浸水という「保険事故」が発生した場合には(それぞれの保険の目的物に設置した水位計で自動計測する。要件 B)、様々な損害が発生するが(たとえば、清掃費用、修理費用、什器備品や在庫品の一時保管費用、仮事務所等の賃借費用等。要件 C1)、具体的な発生損害額(および発生見込み損害額)の算定は行わずに、損害発生見込額として予め約定した金額を保険金として支払うものだからである(要件 D2)。
そこで、フラッドフラッシュ社の洪水保険について定額給付が認められる理由を検討すると、賭博禁止の観点からは、要件 A、要件 B および要件 C の充足が求められており、かつ、保険金支払額は、予め約定された規模の洪水によって見込まれる費用損害等を約定保険金額としている。そ
↘ and Xxxxxxxxx(2017)に比較的よくまとめられている。インシュアテック全般に関しては、さしあたり Roland Berger(2017), IAIS(2017), OECD(2017), Xxxxxxx(2018), Cappiello
(2018), Xxx and Xxxx(2018)chap. 11, xx(2018)、xx(2018)、xx(2018)、損害保険事業総合研究所(2019)、xx(2019)、xx(2019)を参照。
(24) Ref., xxxxx://xxxxxxxxxx.xx, last visited on Nov. 10, 2019.
(25) Ref., xxxxx://xxxxxxxxxx.xx/xxx, last visited on Nov. 10, 2019.
のため、賭博保険となる可能性は低く、賭博保険は防止されていると言える。
モラル・ハザードの防止の観点からは、損害額の算定において要件 D1
を緩和した要件 D2 を適用するのでモラル・ハザード増加の可能性を検討する必要がある。けれども、担保危険は洪水という自然災害であるから、
(26)
基本的にモラル・ハザードが想定しにくい。
以上のとおり、フラッドフラッシュ社の洪水保険は、賭博禁止の観点からも、モラル・ハザードの防止の観点からも、緩和した要件 D2 を適用して定額給付を認めることに問題はないので、損害保険契約であるにもかかわらず定額給付が認められていると考えられる。
(b)「ジャンプスタート」(地震保険)
ジャンプスタート保険ソリューション社(Jumpstart Insurance Solutions, Inc. 米国)は、ジャンプスタート(Jumpstart)という名称で定額給付方式の地震保険を提供している(2019 年4 月時点では米国カリフォ
(27)
ルニア州のみ)。同社は、保険契約者が居住する地域に一定規模以上の地震が発生した場合には、1 万ドルの定額を保険金として支払う保険をサープラスライン(Surplus Line)として販売する保険ブローカーである(保険者はロイズ)。何らかの損害が発生したことの確認は行うが、損害額の確認は行わずに 1 万ドルの定額を支払う。この 1 万ドルとは、統計データ
に基づき、一定規模以上の地震が発生した際に多くの人が必要となる金額
(28)
だとのことである。
このジャンプスタートという地震保険は、Ⅱ類型の定額給付型損害保険商品にあたる。なぜなら、成人(18 歳以上)が居住について被保険利益が存在することを前提として(要件 A)、居住地に一定規模以上の地震と
(26) 保険の目的物たる各建物に設置された水位計を保険契約者が操作する可能性があり得ないではないが、全く水災が付近に発生していないのに操作すれば、意図的な操作であると直ちに露見するであろう。一方、付近に水害が発生した際に操作した場合には、水害直後は露見せずに保険金を受領できるであろうが、やがて露見する可能性が高いと思われる。
(27) Ref., xxxxx://xxx.xxxxxxxxxxxxxxxxx.xxx, last visited on Nov. 10, 2019.
(28) Ref., xxxxx://xxx.xxxxxxxxxxxxxxxxx.xxx/xxx, last visited on Nov. 10, 2019.
いう「保険事故」が発生した場合には(要件 B)、損害(建物損害や家財損害の他、一時的な避難費用、避難時の生活費、取片付け費用、育児費用等の将来に発生する損害も含む)の発生または発生見込みを確認したうえで(テキスト・メッセージによる電子メール等で確認する。要件 C1)、具体的な発生損害額(発生見込み損害額を含む)の算定は行わずに、1 万米国ドルを保険金として支払うものだからである(要件 D2)。
そこで、ジャンプスタートの地震保険について定額給付が認められる理 由を検討すると、賭博禁止の観点からは、要件 A、要件 B および要件 C の充足が求められている。そして、保険金支払額は一律 1 万米国ドルであ るが、大規模地震が発生した場合に見込まれる費用損害等は、少なくとも 当該金額を上回ると考えられる。そのため、賭博保険となる可能性も低い。そのため、賭博保険となる可能性は低く、賭博保険は防止されていると言 える。
モラル・ハザードの防止の観点からは、要件 D1 を緩和した要件 D2 を適用するのでモラル・ハザード増加の可能性を検討する必要がある。けれども、担保危険は地震という自然災害であるから、基本的にモラル・ハザードが想定できない。
以上のとおり、賭博禁止の観点からも、モラル・ハザードの防止の観点からも、緩和した要件 D2 を適用して定額給付を認めることに問題はないので、損害保険契約であるにもかかわらず定額給付が認められていると考えられる。
なお、損害発生または損害発生見込みの確認を個々に実施するとされて いるので、要件 C1 を充足していることになる。けれども、大規模地震発 生時には、損害の発生・発生見込み確認をなかなか実施できない保険契約 者がでてくる可能性がある。こうした場合に、損害の発生・発生見込み確 認ができない限り保険金を支払わないとすると、この保険商品の意義が大 きく減殺されてしまう惧れがあろう。一方、そのような場合であっても保 険金支払に踏み切るのであれば(たとえば、連絡を取れないことをもって、何らかの費用損害が発生している状況にあるとみなす)、この保険商品の
意義は大きく高まることになろう(その場合には、要件 C についても緩和された要件である要件 C2 を採用したことになるので、事実上、Ⅲ類型の保険商品であることになる)。
(c)「贈るほけん 地震のおまもり」(地震保険)
日本においても、インシュアテックの一環として、Ⅱ類型の損害保険商 品が発売されている。Mysurance 株式会社(日本の少額短期保険会社)は、
「贈るほけん 地震のおまもり」(LINE Financial 株式会社との提携商品群である「LINE ほけん」の一つ)という名称で、定額給付方式の地震保険を
2019 年 3 月 11 日より提供している。同社は、被保険者の自宅地域で震度 6 弱以上の地震が発生した場合には、保険金請求対象である旨のメッセージを被保険者に配信する。そして、このメッセージに対して、被保険者が被害(たとえば、家財が損壊した、緊急的に飲料等を購入した)の申告を
行うと、同社は 1 万円の定額を保険金として支払うものである(被保険者
(29)
は、「LINE Pay」アカウントで保険金を受領する)。その際、被保険者に
1 万円以上の被害が発生したことは確認しないようであり、そうだとするとⅡ類型の損害保険商品であることになる。
(2)「損害のみなし発生および損害額のみなし算定」を行う損害保険商品
Ⅲ類型(損害のみなし発生および損害額のみなし算定)の損害保険商品 は、被保険者に被保険利益が存在し(要件 A)、被保険利益について「保 険事故」が発生した場合には(要件 B)、保険事故によって被保険利益に ついて現実の損害が発生したことを要件とせず、一定事実の発生をもって、被保険利益に損害が発生したとみなしたうえで(要件 C2:損害のみなし 発生)、具体的な発生損害額の算定はしないで、少なくとも一定額の損害 額は発生したとみなし、当該一定額を保険金支払額とするものである(要 件 D2:損害額のみなし算定)。
(29) Ref., xxxxx://xxxxxxxx.xxx/xx/xx/xxxx/xx/0000/0000; xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/x/xxxxx/ SJNK/files/news/2018/20190312_1.pdf, last visited on Nov. 10, 2019.
① 日本における損害保険商品例
Ⅲ類型(損害のみなし発生および損害額のみなし算定)に該当する損害
(30)
保険商品は、日本においても従前より存在していた。たとえば、以下のような保険商品がある。
(a)対人臨時費用保険金
自動車保険の対人臨時費用保険金は、自動車保険の対人賠償保険に組み込まれている費用保険金である。対人賠償事故によって死亡事故が発生した場合に、被保険者に対して、一律に、被害者1 名あたり15 万円が支払われるものである。
この自動車保険の対人臨時費用保険金は、Ⅲ類型の定額給付型損害保険商品にあたる。なぜなら、被保険自動車の対人賠償保険について被保険利益が存在することを前提として(要件 A)、対人賠償事故によって被害者が死亡するという「保険事故」が発生した場合には(要件 B)、現実の費用損害(典型的には、被害者遺族への香典等や、遺族訪問の交通費・宿泊費)の発生を要件とせずに(要件 C2)、かつ、具体的な発生損害額(および発生見込み損害額)の算定は行わずに、一律に15 万円(被害者1 名あたり)を保険金として支払うものだからである(要件 D2)。換言すると、被保険者が香典等を支出せず、遺族訪問もせず、全く費用を支出しなかったとしても(現実に、そのような被保険者も実在する)、対人臨時費用保険金は支払われることになる。
そこで、自動車保険の対人臨時費用保険金について定額給付が認められる理由を検討すると、賭博禁止の観点からは、要件 A および要件 B の充足が必要であり、支払保険金の額も少額であり、かつ、対人賠償事故の付随的な保険金であることから(対人臨時費用保険金の取得を願うよりは、対人死亡事故を起こさないことを願うであろう)、賭博保険の可能性は極めて低く、賭博保険は防止されていると言える。
モラル・ハザードの防止の観点からは、要件 C1 を緩和した要件 C2 を
(30) 前掲注(17)参照。
適用し、かつ、要件D1 を緩和した要件D2を適用するので、モラル・ハザードの可能性がある。
けれども、第1 に、臨時費用保険金は対人賠償保険金の保険給付要件に連動しているので、対人臨時費用保険金についてモラル・ハザードを行うには、対人賠償保険金についてもモラル・ハザードを行わざるを得ないことになる(むしろ、対人賠償保険金についてモラル・ハザードを行うと、自動的に対人臨時費用保険金についてもモラル・ハザードを行うことになる)。したがって、対人臨時費用保険金について、緩和した要件 C2 および要件 D2 を適用して定額給付を認めることによって、臨時費用保険金に関
するモラル・ハザードの確率が高まることはない(基本的には、対人賠償
(31)
保険金に関するモラル・ハザードの確率に織り込まれていると考えられる)。第 2 に、対人死亡事故に限定されているが、そもそも対人賠償保険にお いてもモラル・ハザードが発生しにくい(一般に、対人賠償事故における故意の事故招致は傷害事案や後遺障害事案であって、死亡事案について行われることは少ない)。死亡事故を起こすと刑罰が科されるし、また、保
険金詐欺のために他人を殺害するということは一般的な倫理観にも反する
(32)
からである。
このように、自動車保険の対人臨時費用保険金は定額給付であるものの、
Ⅰ類型の損害保険商品である自動車保険の対人賠償保険金の保険給付要件に連動する付随的な保険金とし、しかも、対人死亡事故に限定し、さらに
(33)
定額給付される保険金を15 万円と少額に抑えることによって、モラル・ハザードの可能性が高まることを抑制している。
(31) 厳密な議論をすると、モラル・ハザードを企図するに際して、損害保険金のみならず臨時費用保険金も不正取得できることを算段に入れることがあるとすれば、臨時費用保険金の定額給付によってモラル・ハザードの確率がやや高まると言えないではない。しかしながら、臨時費用保険金も算段に入れてモラル・ハザードを企図する者は多くないと思われるし、また、臨時費用保険金には限度額が設定されているので、モラル・ハザードの発生確率が高まらないような仕組みも組み込まれている。
(32) xx他(2019)89 頁[xxxx]は、生命保険に利得禁止原則が妥当しない理由の一つとして、この点を挙げている。
(33) 対人臨時費用保険金は、1981 年 10 月に創設されたものである。創設当初は、被害者が↗
以上のとおり、賭博禁止の観点からも、モラル・ハザードの防止の観点からも、緩和した要件 C2 および要件 D2 を適用して定額給付を認めることに問題はないので、損害保険契約であるにもかかわらず定額給付が認め
(34)
られていると考えられる。
(b)失火見舞費用保険金
火災保険の失火見舞費用保険金は、火災保険に組み込まれている費用保険金である。保険の目的物たる建物または保険の目的物を収容する建物から発生した火災、破裂、爆発によって、第三者の所有物が滅失、毀損、汚損した場合に、被保険者に対して、一律に、見舞金等として定額(たとえば、1 被災世帯あたり 20 万円)が支払われるものである。
この火災保険の失火見舞費用保険金は、Ⅲ類型の定額給付型損害保険商品にあたる。なぜなら、火災保険の目的物について被保険利益が存在することを前提として(要件 A)、保険の目的物からの火災、破裂、爆発によって第三者の所有物が滅失、毀損、汚損するという「保険事故」が発生した
場合には(要件B)、現実の費用損害(典型的には、被災世帯への見舞金)
(35)
の発生を要件とせずに(要件 C2)、かつ、具体的な発生損害額(および発生見込み損害額)の算定は行わずに、一律に定額(1 被災世帯あたり)を保険金として支払うものだからである(要件D2)。換言すると、被保険者が見舞金の提供など、全く費用を支出しなかったとしても、失火見舞費用保険金は支払われることになる。
そこで、火災保険の失火見舞費用保険金について定額給付が認められる 理由を検討すると、賭博禁止の観点からは、要件 A および要件 B の充足 が必要であり、支払保険金の額も少額(あるいは、多額ではない金額)で あること、かつ、火災事故の付随的な保険金であり、周辺の第三者に火災、
↘ 死亡した場合には被害者 1 名あたり 10 万円、被害者が 30 日以上の入院をした場合は被害者 1 名あたり 2 万円が支払われた。xx(1995)168 頁[xxxx]参照。
(34) なお、対人臨時費用保険金については、加害者たる被保険者が対人事故被害者に見舞い等を行うことを促す効果もあるので、そのような制度創設理由もあって、Ⅲ類型の定額給付が認められているのかもしれない。
(35) xx=xx(1995)66 頁[xxxx]参照。
破裂、爆発の被害が及んだ場合に限定されることから(失火見舞費用保険金の取得を願うよりは、火災事故を起こさず、また、たとえ失火しても周辺に火災被害をもたらさないことを願うであろう)、賭博保険の可能性は極めて低く、賭博保険は防止されていると言える。
モラル・ハザードの防止の観点からは、要件 C1 を緩和した要件 C2 を適用し、かつ、要件D1 を緩和した要件D2を適用するので、モラル・ハザードの可能性がある。
けれども、第1 に、失火見舞費用保険金は火災保険金の保険給付要件に 連動しているので、失火見舞費用保険金についてモラル・ハザードを行う には、火災保険の損害保険金についてもモラル・ハザードを行わざるを得 ないことになる(むしろ、火災保険の損害保険金についてモラル・ハザー ドを行い、火災、破裂、爆発の被害が周辺の第三者に及ぶと、自動的に失火見舞費用保険金についてもモラル・ハザードを行うことになる)。した がって、失火見舞費用保険金について、緩和した要件 C2 および要件 D2 を 適用して定額給付を認めることによって、失火見舞費用保険金に関するモ ラル・ハザードの確率が高まることはない(基本的には、火災保険の損害 保険金に関するモラル・ハザードの確率に織り込まれていると考えられる)。
第 2 に、失火見舞費用保険金は被害が周辺の第三者に及ぶ火災、破裂、 爆発に限定されているが、そもそも、そのような事態に至るモラル・ハザー ドは発生しにくい(一般に、周辺の第三者に被害が及ぶような火災、破裂、爆発事故を起こすと、被保険者は当該地域に居住し続け辛いことになる。
そのため、火災保険における故意の事故招致は、そのような事態に至らな
(36)
い状況で行われることが多い)。
このように、火災保険の失火見舞費用保険金は定額給付であるものの、
Ⅰ類型の損害保険商品である火災保険の損害保険金の保険給付要件に連動する付随的な保険金とし、しかも、周辺の第三者の所有物に被害が及んだ
(36) さらには、周辺の住宅等に被害が及んで死傷者が出た場合には、火災、破裂、爆発が被保険者の故意によるものだと露見すると、保険金詐欺に関する詐欺罪よりも重い刑事罰を科される可能性があるからである。
場合に限定し、さらに定額給付される保険金を 20 万円と少額(あるいは、
(37)
多額ではない金額)に抑えることによって、モラル・ハザードの可能性が高まることを抑制している。
以上のとおり、賭博禁止の観点からも、モラル・ハザードの防止の観点からも、緩和した要件 C2 および要件 D2 を適用して定額給付を認めることに問題はないので、損害保険契約であるにもかかわらず定額給付が認められていると考えられる。
② 海外における損害保険商品例
(a)農業分野のインデックス保険
海外では、発展途上国において、農業分野のインデックス保険が広く行
(38)
われている。 インデックス保険(index insurance or index based
(39)
insurance)とは、保険契約者に被保険利益がある場合に(たとえば、農業経営者は農作物の収穫量について被保険利益を有している)、当該被保険利益と関連性を有する一定の指標(index. たとえば、降雨量)が一定の値に達することを保険事故として、一定の計算方式(たとえば、当該地区の単位面積当たりの平均収穫量×((必要降水量-当該地区の降水量実績値)/必要降水量)×単位収穫量当たりの単価)によって保険金を算出する定額給付型損害保険商品のことである。
天候に関するインデックス保険は、理論的には Halcow(1948)が初めて提唱し、Dandekar(1977)が発展させ、Xxxxx et al.(1999)が発展途上国での利用を提案し、モロッコでの導入を検討した(Xxxxx et al.(2001)
(37) 保険会社によっては、1 被災世帯あたりの失火見舞費用保険金の額が20 万円を超える定額であることもある(たとえば、1 被災世帯あたり 50 万円)。
(38) 農業分野のインデックス保険について、World Bank(2005), World Bank(2011), World Bank Group(2016), 福岡(2009)pp. 51-52 参照。インデックス保険全般について、 IAIS(2018)参照。
(39) インデックス保険は、パラメトリック保険(parametric insurance)、イベントベース保険(event-based insurance)とも称されている。なお、これらの用語は、論者によって定義や用法は区々であり、また、明確な区分の設定は困難であるので、本稿客死では全てインデックス保険と称することにする。
(40)
とのことである。なお、インデックス保険は、2000 年にカナダで発売さ
(41)
れたのが始まりとも言われている。その後、特に世界銀行が、発展途上国向けに農業分野のインデックス保険の普及に積極的に取り組んでいる(世界銀行では、GIIF(Global Index Insurance Facility)というプログラムを設置して、サブサハラ・アフリカ、アジア、ラテン・アメリカ、カリブ海諸国向けに農業分野のインデックス保険の普及に努めている)。
現在、インデックス保険が特に広く販売されているはインドである。
2007 年から保険引受を始めたインド農業保険公社(AIC : Agriculture Insurance Company of India Limited)が中心的な引受主体であるが、
2004 年から保険引受を行っている IFFCO-TOKIO 社(東京海上日動火災
保険とインド農民肥料公社(IFFCO)の合弁会社)も一定程度の引受を
(42)
している。
アフリカでは、たとえば、2009 年に設立されたケニアのアクレ社
(Agriculture and Climate Risk Enterprise Ltd.)がある。アクレ社は、ケニアでは保険調査会社として、タンザニアおよびルワンダでは保険代理店として、収穫保険および家畜保険についてインデックス保険を案内してい
(43)
る。
東南アジアでは、損害保険ジャパンxxxx社のグループ会社が農業分野のインデックス保険を広く引き受けようとしている。たとえば、損保ジャパンxxxxタイランド社は、2010 年よりタイにおいて、農業協同組合銀行(BAAC: Bank for Agriculture and Agricultural Cooperatives)を保険契約者とする降水量のインデックス保険を引き受けている。保険契約者は農家に融資を行う際に保険加入を勧め、農家が保険に加入することになると保険料相当額を受け取り、それを保険料として保険会社に支払う。ま
(40) Ref., Xxxxxxx et al.(2015)p. 21.
(41) 経済産業研究所(2008)参照。
(42) xx(2013)参照。
(43) Ref., xxxxx://xxxxxxxxxx.xxx, last visited on Nov. 10, 2019. なお、アフリカにおけるインデックス保険の状況については、xx(2013)42-43 頁、Xxxxxxx et al.(2015), Xxxxxxx and Mulangu(2016)を参照。
た、保険金は BAAC に支払われ、その後、BAAC から農家に保険金相当
(44)
額が支払われる。 またたとえば、PGA 損保保険社(PGA Sompo Insurance Corporation)は、2014 年よりフィリピンにおいて、台風のイ
ンデックス保険の引受を開始した。この保険は、台風の中心が予め定めた
(45)
対象エリアを通過すれば、一定額の保険金が支払われるものである。
このような農業分野のインデックス保険は、Ⅲ類型の定額給付型損害保 険商品にあたる。なぜなら、農作物の収穫について被保険利益が存在する ことを前提として(要件 A)、客観的な指標(index. 降水量、気温、風速、地域の平均収量等)が予め約定された一定の数値を上下するという「保険 事故」が発生した場合には(要件 B)、現実の収量損害の発生を要件とせ ずに(要件 C2)、かつ、具体的な発生損害額(および発生見込み損害額) の算定は行わずに、予め約定した金額(または、予め約定した算式で算出 された金額)を保険金として支払うものだからである(要件 D2)。
そこで、農業分野のインデックス保険について定額給付が認められる理由を検討すると、賭博禁止の観点からは、要件Aおよび要件Bの充足が必要であり、かつ、保険金額は平時の農作物収量に応じて設定されるので、賭博保険となる可能性は低く、賭博保険は防止されていると言える。もちろん、たまたま、ある被保険者に全く収量損害が発生しなかったとしても当該被保険者にも保険金は支払われることになるので、賭博保険の可能性が皆無である訳ではない。
モラル・ハザードの防止の観点からは、要件 C1 を緩和した要件 C2 を適用し、かつ、要件D1 を緩和した要件D2を適用するので、モラル・ハザードの可能性がある。
けれども、担保危険は自然災害や自然現象であり、かつ、客観的な指標を使用して「保険事故」の該当性を判断することにしており(要件 C2)、
(44) Ref., xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/x/xxxxx/XXXX/xxxxx/xxxxxx/xx/0000/00000000_0. pdf#page=1, last visited on Nov. 10, 2019.
(45) Ref., xxxxx://xxx.xxxx.xx.xx/x/xxxxx/XXXX/xxxxx/xxxx/xx/0000/00000000_0. pdf#page=1, last visited on Nov. 10, 2019.
また、保険金支払額は、予め約定した金額または予め約定した算式で算出
(46)
された金額となるので(要件D2)、モラル・ハザードが想定しにくい。ちなみに、発展途上国の天候リスクによる農作物の収量減少については、従前は典型的な損害保険、すなわちⅠ類型の保険商品である穀物保険(収量
保険。crop insurance)が販売されていたが、農家が生産努力を怠るモラー
(47)
ル・ハザードや農産物収量を少なく申告するモラル・ハザード等によって保険制度が立ち行かなくなったのである。そこで登場したのがⅢ類型のインデックス保険であり、むしろ、Ⅰ類型の典型的な保険商品におけるモラル・ハザードやモラル・ハザードの問題が解消されたのである。
以上のとおり、農業分野のインデックス保険は、賭博保険の可能性が極めて低く、また、Ⅰ類型の一般的な保険商品よりもモラル・ハザードが劇的に低下することから、賭博禁止の観点からもモラル・ハザードの防止の観点からも、緩和した要件 C2 および要件 D2 を適用して定額給付を認めることに問題はないので、損害保険契約であるにもかかわらず定額給付が認められていると考えられる。
(b)航空機遅延保険
欧州では、航空機遅延保険(flight delay insurance)の保険金支払に関して自動執行システムが導入されている。航空機遅延保険とは、搭乗予定だった航空機について、欠航となったり、行き先変更となったり、一定時間以上の遅延となったりした場合に、保険契約者に発生する費用損害をてん補する保険商品である。
たとえば、チャブ保険会社(Chubb European Group. 英国)は、スイ
(48)
ス再保険およびフライトスタツ社(FlightStats, Inc. 米国。2001 年創業)
(49)
と提携のうえ、フライトトラッカー・ソフトウェアである App in the Air
(46) xx(2013)参照。
(47) Xxx, Xxxxxx et al.(2007)pp. 6, 8, Xxxxxxx and Xxxxxx(2012)pp. 392-393, xx(2015)
p. 17.
(48) Ref., xxxxx://xxx.xxxxxxxxxxx.xxx/x2, last visited on Nov. 10, 2019.
(49) Ref., xxxxx://xxx.xxxxxxxxxxx.xxxx/#xxxxx, last visited on Nov. 10, 2019.
(50)
の英国ユーザー向けに2017 年より実施している。具体的には、欠航となったり、到着地が変更となったり、搭乗予定の便について 1 時間以上の遅延が発生した場合には、保険契約者からの保険事故報告や保険金請求を待たずに、定額(£100)の保険金が即座に支払われる(通常は1 時間以内。
最長でも、目的地到着から 72 時間以内)。
(51)
またたとえば、アクサ保険会社(AXA. フランス)も fizzy という保険商品名で、2 時間以上の到着遅延を担保する航空機遅延保険を 2017 年より引き受けている(なお、欠航や到着地変更は不担保)。この保険におい
ても、航空機の到着データを自動入手のうえ、自動的に保険金の支払が行
(52)
われている(事故報告や保険金請求は不要である)。
このような保険金支払が自動的に行われる航空機遅延保険は、Ⅲ類型の定額給付型損害保険商品にあたる。なぜなら、航空機の欠航・到着地変更・遅延に伴う費用損害(たとえば、タクシー代、宿泊費、ラウンジ使用料、食事代やスナック購入費、時間潰しのための本や雑誌の購入費)について被保険利益が存在することを前提として(要件 A)、搭乗便または搭乗予定便の欠航・到着地変更・遅延という「保険事故」が発生した場合には(要件 B)、現実の費用損害の発生を要件とせずに(要件 C2)、かつ、具体的な発生損害額(および発生見込み損害額)の算定は行わずに、予め約定した金額を保険金として支払うものだからである(要件 D2)。
そこで、保険金支払が自動的に行われる航空機遅延保険について定額給付が認められる理由を検討すると、賭博禁止の観点からは、要件Aおよび要件Bの充足が必要であり、かつ、支払われる保険金の額は、保険事故が発生した場合に一般的に必要となる費用以下であるので、賭博保険の可能性は低く、賭博保険は防止されていると言える。
(50) Ref., xxxx://xxxx.xxxxx.xxx/0000-00-00-Xxxxx-xxx-Xxx-xx-xxx-Xxx-xxxxxx-xxxxx- automated-and-real-time-Flight-Delay-Insurance-in-partnership-with-Swiss-Re-and- FlightStats, last visited on Nov. 10, 2019.
(51) Ref., xxxxx://xxxxx.xxx/xx-xx, last visited on Nov. 10, 2019.
(52) Ref., xxxxx://xxxxx.xxx.xxx/xx/xxxxxxxx/xxxx/xxx-xxxx-xxxxxxxxxx-xxxx-xxxxx, last visited on Nov. 10, 2019.
モラル・ハザードの防止の観点からは、要件 C1 を緩和した要件 C2 を適用し、かつ、要件D1 を緩和した要件D2を適用するので、モラル・ハザードの可能性がある。
けれども、担保危険は航空機の欠航・到着地変更・遅延であり(要件 C2)、また、保険金支払額は、そのような場合に少なくとも一般的に必要となると考えられる費用として予め約定した金額に過ぎないので(要件 D2)、わざわざ航空機遅延保険金を不正取得したいがために、搭乗予定の航空機を欠航・到着地変更・一定時間以上の遅延を意図的に発生させるモラル・ハザードは想定しにくい。保険事故の発生原因は自然災害や自然現象に限定されるものではなく、人為的に保険事故を発生させることも可能であるが、人為的に保険事故を発生させるコスト(発生させる費用、負担する罰金などの刑罰等)と比較すると、不正取得できる保険金の額は、xxxに少ない。また、航空機の運航データは客観的に確認されるので、架空事故を作出することも困難だからである。
以上のとおり、賭博禁止の観点からも、モラル・ハザードの防止の観点からも、緩和した要件 C2 および D2 を適用して定額給付を認めることに問題はないので、損害保険契約であるにもかかわらず定額給付が認められていると考えられる。
(c)自然災害に関するインデックス保険
これまで、インデックス保険は主に発展途上国向けに開発され、販売されてきた(前述(a)参照)。けれども、先進国においても、自然災害に関してインデックス保険が開発され、販売され始めた。
たとえば、米国フロリダ州のニュー・パラダイム社(New Paradigm Underwriters, LLC)は、「ハリケーン PM」(Hurricane PM: ParaMetric Supplement Hurricane Insurance)という商品名で、一定の風速をトリガーとするインデックス保険を 2014 年から販売している。なお、同社は保険総代理店(MGA: managing general agent)であり、引受保険者はアリアンツ保険会社(Allianz Underwriters Insurance Company)である。
この保険は、従来型の保険においては、免責金額とされている部分や免
責物件等をxx対象とする。そして、保険事故のトリガーは、命名された嵐(storm)またはハリケーンついて、予め合意した特定地点における風速が一定以上に達することである。具体的な風速は、WeatherFlow Hurricane Network 社が米国の北東部からテキサス州にかけての海岸沿いに設置した計測器によって自動収集したデータを用いている。トリガーに達すると、数日以内に保険金が支払われるとのことである。
またたとえば、英国のロイズ・ブローカーであるSSLエンデバー社(SSL Endeavour Limited)は、パラメトリック天候保険(Parametric Weather Insurance)の、米国、カナダおよび全世界向けの販売を取り扱っている。
さらにたとえば、米国では、アクサ社(AXA Climate)が雹(ひょう) 損害に関するインデックス保険の販売を2019 年6 月に始めた。販売対象は、カーディーラー等の事業者である。
こうした自然災害に関するインデックス保険は、農業分野のインデックス保険と同様(前述(a)参照)、賭博保険の可能性が極めて低いと思われ(ただ、ニュー・パラダイム社による「ハリケーン PM」の販売や、 SSL エンデバー社によるパラメトリック天候保険の販売において、どの程度に被保険利益の存在を求めているのかは不明であった)、また、Ⅰ類型の一般的な保険商品よりもモラル・ハザードが劇的に低下することから、賭博禁止の観点からもモラル・ハザードの防止の観点からも、緩和した要件 C2 および要件 D2 を適用して定額給付を認めることに問題はないので、損害保険契約であるにもかかわらず定額給付が認められていると考えられる。
4.定額給付型の損害保険契約が認められる理論的根拠
(53)
以上のとおり、既に定額給付型の損害保険商品が内外に実在しており、
(53) xx(1998)724 頁は、利得禁止原則を厳密に限定する必要は毛頭ないとしつつ、「い かなる意味においても損害てん補としては説明がつかないような保険給付を容認する社会↗
そして、定額給付の程度に応じて、そうした定額給付型の損害保険契約は
(54)
Ⅱ類型とⅢ類型の2 種類に分類できることが明らかとなった。
本稿の主題は、定額給付型の損害保険契約が、理論的になぜ認められる
(55)
のか、そして、どのような範囲で認められるのかを検討することである。
上述の定額給付型の損害保険商品において定額給付が認められている理由
(56)
はそれぞれであるが、本節において、そうした理由を理論的に整理する。そもそも、損害保険契約では損害てん補型給付を行うことが原則とされ
ているが(したがって、Ⅰ類型の損害保険商品が大半である)、その理由は、賭博禁止とモラル・ハザードの防止である(前述2 参照)。そこで、両観 点から定額給付方式が認められる条件を検討してみると、すなわち、賭博 保険となる惧れがなく、また、モラル・ハザードを少なくともⅠ類型(通
↘ 的必要性はないであろう。」と述べ、社会的必要性の有無を、利得禁止原則の緩和を図る場合において緩和の限度を図る一つの規準として用いてよいのではないかとする。
実在しているⅡ類型やⅢ類型の保険商品は、この社会的必要性を充足しているものと考えられよう。なお、この「社会的必要性」とは、xxxxのいう「厳密な「塡補原則」と迅速な保険保護の付与という二つの要請の調和点」(次々注)はその一つかもしれない。
(54) xx(1962)163-171 頁は、損害塡補原則の例外を、量的例外と質的例外に二分する。量的例外とは、「実際の利益乃至は損害額に近似すると考えられる特定額をもって、保険契約上、保険価額乃至は損害額として取扱(う)」ものである(同論文 164 頁。具体的な保険商品として、評価済み保険、保険価額不変更主義の保険、新価保険、臨時生計費保険(前掲注 20 参照)を挙げる)。一方、質的例外とは、「被保険利益に損害が生じている蓋然性があるが、それが未だ確定的でない場合、損害発生の確定を待つことなく、それが不確定であるそのままで救済するという保険保護付与の方法」であるとする(同論文165 頁。具体的な保険商品や保険制度として、保険代位、保険委付、責任保険における被保険者の責任免脱、抵当保険を挙げる)。
したがって、xxすると、本稿におけるⅡ類型はxxxxのいう「損害塡補原則の量的例外」に、Ⅲ類型はxxxxのいう「損害塡補原則の質的例外」にほぼ相当するものとも思える。しかしながら、新価保険や評価済み保険の取扱いが本稿とは異なり(前掲注 16参照)、また、本稿では保険代位や責任保険における保険者免脱等をⅢ類型とは捉えていないなど、本稿の立場とは相当に異なる考え方かと思われる。
(55) xx(1962)173 頁は、「「塡補原則」の例外は、厳密な「塡補原則」と迅速な保険保護の付与という二つの要請の調和点として把握されるべきもの」だと述べる。定額給付型の損害保険契約については、賭博禁止とモラル・ハザード防止以外にも、かような視点での検討も場合によっては必要かもしれない。
(56) なお、インデックス保険が「保険」として取り扱われるか否かに関しては、世界各国において区々である。Ref., IAIS(2018)p. 13-16, 28-29.
常の損害保険契約)と同等以下に抑えることができる条件を検討してみる
(57)
と、次のように考えられる。
(1)賭博禁止の観点
① 損害額のみなし算定
賭博禁止の観点からは、要件 A(被保険者に被保険利益があること)、
(58)
要件 B(被保険利益について「保険事故」が発生すること)、および、要件 C1(「保険事故」によって、被保険利益について現実に損害が発生すること)を充足している限り、定額で支払われる保険金の額が、保険事故によって通常発生する損害額を超えない場合には、要件 D2(損害額のみな
し算定)を適用したとしても(Ⅱ類型の損害保険契約となる)、賭博保険
(59)
となる惧れは低い。
なぜなら、保険事故が発生し、しかも被保険利益について現実に損害が発生しているので、通常発生する損害額が被保険者にも発生していると考えられる。そのため、通常発生する損害額以下の定額給付を受領したとしても、被保険者に利得は生じない。もちろん、被保険者の中には、たまたま定額給付額未満の損害しか発生しなかった者もいるかもしれないが、定額給付額と実損害額との差額が極めて大きな金額でない限り、そのような極めて低い可能性に賭けて賭博保険を試みる者はあまり想定できないからである。
たとえば、Ⅱ類型の損害保険契約である、火災保険の臨時費用保険金(前述 3(1)①(a))、自動車保険の「地震・噴火・津波危険車両全損時一
(57) xx(1999)597 頁は、「道徳的危険の防止策として、他に十分なものが成立すれば、被保険利益概念は不要になるともいえる」とする。
さらに、xx他(2019)87 頁[xxxx]は、賭博性が肯定されず、モラル・ハザードを防止する他の手段が備わっており、一般人の倫理観に必ずしも反しないのであれば、利得禁止原則を柔軟に適用し、利得を一概に排除するまでもないとする。
(58) xx(1985)66 頁は、被保険利益要件の目的を賭博防止と説明する。
(59) xx(1985)66-67 頁も、被保険利益が存在し、かつ、支払われる保険金が実際に生じた損害額を超えなければ賭博防止になるとする。
時金特約」(前述 3(1)①(b))、フラッドフラッシュの水災保険(前述
3(1)②(a))、ジャンプスタートの地震保険(前述 3(1)②(b))がこれにあたる。
② 損害のみなし発生および損害額のみなし算定
さらに、要件 A(被保険者に被保険利益があること)および要件B(被保険利益について「保険事故」が発生すること)を充足している限り、保険事故である一定事実が発生すれば、大概の場合に被保険者に一定の損害が発生するのであれば、そして、定額で支払われる保険金の額が、保険事故によって通常発生する損害額を超えない場合には、たとえ要件 D2(損害額の見なし算定)に加えて要件 C2(損害のみなし発生)を適用したとしても(Ⅲ類型の損害保険契約となる)、賭博保険となる惧れは低いと考えられる。
なぜなら、保険事故が発生した場合には、ほとんどの被保険者に損害が発生しているため、通常発生する損害額以下の定額給付を受けたとしても利得は生じない。もちろん、被保険者の中には、たまたま損害を被らなかった者もいるかもしれないが、保険事故が発生したにもかかわらず損害が発生しない可能性が一定程度あり、かつ、定額給付額が極めて大きな金額でない限り、そのような低い可能性に賭けて賭博保険を試みる者はあまり想定できないからである(なお、要件D 1 を適用しつつ、要件C 2 を適用することはあり得ない。仮に現実の損害が発生していなかった場合であっても損害発生を認めるのが要件C 2 であるので、要件D 1 を適用しても、そのような場合に現実の損害額の算定がそもそも不能だからである)。
たとえば、Ⅲ類型の損害保険契約である、自動車保険の対人臨時費用保険金(前述3(2)①(a))、火災保険の失火見舞費用保険金(前述 3(2)
①(b))、農業分野のインデックス保険(前述 3(2)②(a))、航空機遅延保険(前述 3(2)②(b))がこれにあたる。なお、対人臨時費用保険金および航空機遅延保険については、定額給付される保険金が少額であることも、賭博保険の防止に寄与している。
(2)モラル・ハザード防止の観点
損害保険契約において、モラル・ハザード防止のために、どこまで厳格な利得禁止原則の適用が求められるかが要点である。
そこで考えるに、厳格な利得禁止原則を適用しないとモラル・ハザードを有効に防止できない場合には、要件C 1 および要件D 1 を適用すべきである。一方、緩やかな利得禁止原則を適用したとしても、モラル・ハザードを有効に防止できたり、Ⅰ類型と同程度のモラル・ハザード発生にとどまったりするのであれば、要件C 2 や要件D 2 を適用できる可能性があると考えられる(モラル・ハザード防止の程度次第では、D2 要件の適用は認められても、C2 要件の適用は認められないこともあり得よう)。
こうした考え方が妥当であるとすると、次に、緩やかな利得禁止原則を適用したとしても、モラル・ハザードを有効に防止できたり、Ⅰ類型と同程度のモラル・ハザード発生にとどまったりするのはいかなる場合であるかを類型的に整理する必要がある。そこで、緩やかな利得禁止原則(要件 C2 や要件 D2)を適用することによって、モラル・ハザードの発生度合いがどのように変化するかを検討することになる。
ところで、モラル・ハザードは、大別すると、事故偽装型(架空事故型
と事故招致型)および事故便乗型(捏造請求型と過大請求型)に分類でき
(60)
る。そこで、それぞれのモラル・ハザードの防止について、分けて検討する。
① 事故便乗型のモラル・ハザードの防止
Ⅰ類型の損害保険契約では、事故便乗型のモラル・ハザードが相当数発生していると推測される。けれども、定額給付型の損害保険契約においては(Ⅱ類型やⅢ類型)、保険給付は損害額のみなし算定(要件 D2)によって定額給付となるので、基本的には事故便乗型のモラル・ハザードはあり得ない。いくら実損額を捏造したり、過大に請求したりしたとしても、支
(60) 日本損害保険協会(2018)16-17 頁参照。なお、同文献では、事故偽装型のうちの事故招致型について、事故作出型と呼んでいる。
払保険金は変化しないからである。
したがって、事故便乗型のモラル・ハザードに関しては、定額給付型損害保険商品(Ⅱ類型およびⅢ類型)の方が、実損害を算定して保険給付を行う損害保険商品(Ⅰ類型)よりも、モラル・ハザード発生の可能性が圧倒的に低くなる(より正確には、Ⅱ類型やⅢ類型では事故便乗型のモラル・ハザードは皆無となる)。少なくとも、まずこの点を留意すべきである。
② 事故偽装型のモラル・ハザードの防止
次に、事故偽装型(架空事故型と事故招致型)のモラル・ハザードを検討すると次のとおりである。
第 1 に、保険事故について、保険契約者が、架空事故を作出したり、現実の事故を意図的に招致したりすることができないのであれば、モラル・
ハザードの懸念はないので、モラル・ハザードの観点からは、要件 C2 や
(61)
要件 D2 を適用することが可能である。たとえば、地震のような自然現象 であれば、客観的に観察できるので架空事故の作出は困難であるし、また、意図的に事故を招致することもできない。
具体例としては、「地震・噴火・津波危険車両全損時一時金特約」(前述
3(1)①(b))、フラッドフラッシュの水災保険(前述3(1)②(a))、ジャンプスタートの地震保険(前述 3(1)②(b))、農業分野のインデックス保険(前述3(2)②)がこれにあたる。なお、フラッドフラッシュの水災保険では、それぞれの保険の目的物たる建物に設置された水位計の数値で保険事故発生の有無を判断するため、架空事故(たとえば、水害が発生したものの所定の水位に達しなかった場合に、被保険者が水位計を操作して所定水位に達したと見せかけるモラル・ハザード)が考えられない訳ではないが、周辺の水災被害の状況や、水位計に埋め込まれた仕組み等に
(61) xx(2018)29 頁は、金銭支払のトリガーとなる偶然の事由が自然現象のようにモラル・ハザードを生じる惧れがない場合には、利得禁止原則を適用する必要がないとする(前掲注(8)も参照)。
なお、利得禁止原則の捉え方次第であるが、本稿の筆者は要件 C および要件 D を利得禁止原則と捉えているので、自然現象の計測値がトリガーである保険商品についても、C2要件や D2 要件を充足する限り、利得禁止原則は維持されていると考えている。
よって、モラル・ハザードであることが露見する蓋然性が高いと思われる。第 2 に、保険事故について、保険契約者が、架空事故を作出することは
できないものの、現実の事故を意図的に招致することができる場合であっ ても、そのような事故招致を行うことに合理性が全くないような場合には、事故偽装型のモラル・ハザードの懸念はないので、要件 C2 や要件 D2 を 適用することが可能である。
たとえば、自動車保険の対人臨時費用保険金(前述 3(2)①(a))がこれにあたる。対人臨時費用保険金は、対人賠償保険に完全に連動しており、しかも、対人死亡事故のみが保険事故となり、定額給付される保険金も死亡被害者 1 名あたり 15 万円と少額である。そのため、対人臨時費用保険金を不正取得するがために、わざわざ対人死亡事故を招致する合理性はない。また、対人死亡事故については必ず警察の捜査対象となるので、架空事故を作出することは事実上不可能である。火災保険の失火見舞費用保険金(前述 3(2)①(b))も同様である。
またたとえば、航空機遅延保険(前述 3(2)②(b))がこれにあたる。航空機遅延保険の保険事故は、被保険者の搭乗機または搭乗予定機の欠 航・到着地変更・一定時間以上の遅延であるが、被保険者が意図的に保険 事故を招致できる可能性がたとえあるとしても、それによって入手できる 保険金が僅かな金額であるので、そのような事故招致を起こす可能性は極 めて低い(さらに、航空機を欠航・到着地変更・一定時間以上の遅延に至 らしめるような行為は、刑罰等の対象となる可能性があり、そのことも考 慮すると意図的な事故招致は考えにくい)。また、航空機の運航情報は客 観的に把握されているので、架空事故を作出することは事実上不可能であ る。
第 3 に、保険事故について、保険契約者が、架空事故を作出したり、現実の事故を意図的に招致したりすることができる場合であっても、そのような偽装事故型のモラル・ハザードを行うこと蓋然性が、通常の損害保険契約(Ⅰ類型の損害保険契約)と同程度である場合には、要件 D2 を適用できる可能である(なお、Ⅰ類型と同程度に偽装事故型のモラル・ハザー
ドが発生する蓋然性があるため、要件 C2 を適用することは困難であると思われる)。
たとえば、火災保険の臨時費用保険金(前述 3(1)①(a))がこれにあたる。火災保険の臨時費用保険金は、火災保険の損害保険金に完全に連動しており(損害保険金の一定割合(たとえば、30%)が臨時費用保険金の額となる。ただし、臨時費用保険金独自の限度額がある(たとえば、住宅物件では 100 万円))、定額給付される保険金は火災等の保険事故発生時に必要となる費用を超えないと考えられる金額である。そのため、火災保険の臨時費用保険金を不正取得するがために、火災等の保険事故を招致する合理性はない。ただし、損害保険金を取得するがために事故招致を行う蓋然性はあり、そのような事故招致が行われた場合には、付随的に臨時費用保険金についても不正取得されることになる。しかしながら、臨時費用保険金として支払われる金額は、一般的に保険事故発生時に必要となる費用の額を超えないので、臨時費用保険金に関する事故招致の可能性はⅠ類型である火災保険の損害保険金における可能性と基本的に同じである。
また、火災保険の保険事故は、保険事故の発生や被害状況が客観的に確認できるものが多いため(たとえば、火災事故、風災事故)、架空事故を作出することは困難が伴う。ただし、担保危険によっては(たとえば、通貨等や預貯金証書以外の盗難)、保険事故の発生や被害状況を客観的に確認できない場合もあるものの、臨時費用保険金として支払われる金額は、一般的に保険事故発生時に必要となる費用の額を超えないので、臨時費用保険金に関する架空事故の可能性は、Ⅰ類型である火災保険の損害保険金における可能性と基本的に同じである。
5.結 論
本稿では、まず、定額給付型の損害保険契約には、Ⅱ類型(損害額のみなし算定を行う損害保険契約)と、Ⅲ類型(損害のみなし発生および損害額のみなし算定を行う損害保険契約)の 2 種類があることを示すとともに
(前述 2)、内外に実在する定額給付型の損害保険商品を分析した結果、両類型に分類できることが確認できた(前述 3)。
そして、こうした定額給付型の損害保険契約は、損害保険契約に求められると一般に考えられている強行的な利得禁止原則について、厳格な利得禁止原則ではなく、損害額のみなし算定や損害のみなし発生といった緩やかな利得禁止原則が適用されていると考えられる。そこで、なぜ緩やかな利得禁止原則が適用されて定額給付が認められているかを、利得禁止原則の目的とされる賭博禁止およびモラル・ハザードの防止の観点から、実在する個々の定額給付型の損害保険商品について検討したうえで(前述3)、理論的根拠を整理した。
その結果、緩やかな利得禁止原則の適用が認められる条件は次のように考えられる。すなわち、賭博禁止の観点からは、被保険者に被保険利益があり、かつ、被保険利益について保険事故が発生することという両要件の充足が必須とされる限り、定額で支払われる保険金の額が保険事故によって通常発生する損害額を超えないのであれば、損害額の算定について緩やかな利得禁止原則を適用することができるし、さらに、大概の場合に被保険者に一定の損害が発生するのであれば、損害の発生についても緩やかな利得禁止原則を適用することができると考えられる(前述 4(1))。
そして、モラル・ハザード防止の観点からは、第 1 に、事故便乗型のモ ラル・ハザードは、損害額のみなし算定を行う定額給付では全く発生しな い。したがって、少なくとも事故便乗型のモラル・ハザードに関しては、 むしろ定額給付型の損害保険契約の方がモラル・ハザード防止に効果的で ある。第 2 に、事故偽装型のモラル・ハザード(架空事故や事故招致)は、自然災害を保険事故とした場合にはモラル・ハザードは発生しないので緩 やかな利得禁止原則を適用することが可能である。また、仮に事故招致が 可能だとしても事故招致を行うことに合理性がない場合にも、モラル・ハ ザードはほとんど発生しないので、緩やかな利得禁止原則を適用すること ができる。さらに、Ⅰ類型と同程度にしかモラル・ハザードが発生しない 場合には、損害額のみなし算定については適用することができると考えら
れる(以上、前述 4(2))。
このように、一定の条件を充たせば、定額給付型の損害保険契約も有効であると考えられる。すなわち、たとえ損害保険契約に強行的な利得禁止原則が適用されるとしても、緩やかな利得禁止原則が認められる一定の条件を充たせば、賭博禁止やモラル・ハザード防止の観点における問題はない(あるいは、モラル・ハザードについてはⅠ類型と同等以下の問題しか
(62)
生じない)ため、Ⅱ類型(損害額のみなし算定)の定額給付型損害保険についても、Ⅲ類型(損害のみなし発生および損害額のみなし算定)の定額
給付型損害保険についても、損害保険契約としての法的性質を有するもの
(63)
と考えられる。
そうであるとすると、Ⅲ類型に該当するようなインデックス保険につい ては、日本においても、緩やかな利得禁止原則が認められる一定の条件を 充たせば、損害保険契約として正面から認めてよいと考えられる(換言す ると、Ⅲ類型のインデックス保険であっても、緩やかな利得禁止原則が認 められる一定の条件を充たさないものは、損害保険契約とは認められない)。ところで、現在の日本においては、インデックス保険に相当するリスク移 転商品を、保険商品としては組成できないとの考え方もあるためであろう
(64)
か、保険商品としてではなく、金融商品である保険デリバティブとして販
(62) なお、本稿では一般の倫理観に反しないか否かの論点については特に検討しなかったが
(xx(1991)(2 完)28-29 頁は、賭博禁止に替えて、一般の倫理観に反する結果が生ず るのを防ぐことを強行的に求める。そして、保険契約・保険事故によって利得が生じない ようにすることが保険制度の一般的信用を維持することにつながるとする)、具体例とし て取り上げたⅡ類型やⅢ類型の保険商品は、一般の倫理観に反しないと考えられる。また、新たにⅡ類型やⅢ類型の保険商品を開発するにあたっては、当然のことながら、一般のx x観に反しないものとすべきであろう。
(63) 定額給付型の損害保険契約を認めた場合に、生命保険契約や傷害疾病定額保険契約との決定的な相違として残るのは、要件 A、および、要件 D2 が認められる条件(すなわち、少なくとも保険金として支払われる一定額以上の損害額が一般的に発生していると考えられること)になろうかと思われる。
(64) 前掲注 10 参照。近時の学説においても、たとえばxx(2018)は、損害額の査定を保険会社が行うものでないと保険商品とは認めないようである。
なお、xx(2005b)244 頁は、保険と保険デリバティブとは、「損害をてん補するもの」↗
(65) (66)
売している。けれども、販売しているのは保険会社であり、保険デリバティブを購入する契約者としては、保険契約との相違(たとえば、保険法において片面的強行規定として規律されている告知義務規整等々が保険デリバティブには適用されない)を明確に認識していない可能性がある。また、
保険業法に基づく保険契約者保護規制が適用されない。Ⅲ類型の保険商品
(67)
に相当する保険デリバティブを否定するものではないが、購入する契約者
(68)
のことを考えると、保険業法の保険契約者保護規制が適用され、また、保 険法の規律が適用されるべく、むしろ保険商品として販売された方が良い ように思われる。さらに、保険商品として販売されれば、特に自然災害な ど迅速な保険金支払が求められる保険商品の普及が進み、災害時の早期復 旧に資することになると考えられる(一方、デリバティブのままであると、保険契約者(特に、消費者)は購入を躊躇しがちであるし、また、十分な 販売力に欠けるため、普及が進んでいないのが実状である)。
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↘ か「損害の発生の有無を問わない金銭の支払をするもの」かで明確に区別されるとする。しかしながら、この区別の存在を認めることと、「利得禁止原則の適用のない保険」の存在を認めること(前掲注 8 のxxxxの見解参照)とが、いかに整合するのか不明である。
(65) たとえば、損害保険ジャパンxxxx(2016)6 頁参照。また、xx(2018)1 頁の脚注エリアにおける注記も、そうした趣旨かもしれない。
(66) たとえば、仙台高判平成 25 年 9 月 20 日・金融・商事判例 1431 号 39 頁(原審:仙台地判平成25 年 4 月 11 日・金融・商事判例1431 号 43 頁)では東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が契約していた地震デリバティブのトリガーに該当するか否かが争われたが、当該地震デリバティブの引受者は損害保険会社であった。
(67) 一方、Ⅰ類型の保険商品に相当する保険デリバティブは、あえて認める必要はないであろう。xx(2001)参照。
(68) 店頭保険デリバティブ全般について保険と同様の規制下に置くことを、既にxx(2002)
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※校了直前に、xxxx「パラメトリック保険の現状と課題」損保総研レポート 129 号(2019 年 11 月)に接したが、本稿に織り込むことはできなかった。