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インターネット通信契約の解約料について適格消費者団体の差止請求を認めた判決
京都地裁平成28年12月9日判決
弁護士
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1 はじめに
平成27年4月、京都の適格消費者団体である京都消費者契約ネットワーク(以下「原告」という。)が、株式会社KCN京都(以下「被告」という。)に対して、被告の使用する約款の解約料条項が「平均的損害」(消費者契約法9条1号)を超えるとして、その使用差止を求めて提起した訴訟の判決が、平成28年12月、京都地裁にてなされた1。本稿では、本訴訟の概要を解説するとともに、消費者契約法9条1号について若干の考察を加える。
2 事案の概要
被告は、消費者とインターネット接続サービス契約を締結するにあたり、約款を使用しているところ、約款中には、解約料条項がある(以下「本件解約料条項」という。)。その内容は、被告の定める最低利用期間2年以内に消費者が解約した場合には、消費者に対し、当該サービスの残余期間分の利用料金の一括支払義務を負わせるものである。換言すると、被告と一度契約すれば、2年分の利用料金分は、利用料金・解約料という名目の違いはあるものの、必ず支払わなければならないということである。
3 原告の主張
消費者契約法9条1号は、事業者は消費者契約において、契約の解除に伴う損害賠償額の予定等を定めた場合は、消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害を超える損害賠償を消費者に請求できないこととしている2。
本件解約料条項は、解約時に一律に残余期間の利用料金を一括して徴収するものであるが、被告は、解約によって消費者に対する役務提供義務を免れるのであるから、仮に契約が継続されていれば被告が支出するはずであったはずの経費の負担を免れており、「平均的な損害」の算定にあたっては、少なくとも支出を免
れた経費分を差し引く必要がある。これにもかかわらず、残余期間の利用料金を全額徴収する本件解約料条項は、「平均的な損害」を超え無効である3。
インターネット通信契約の解約料について適格消費者団体の差止請求を認めた判決
―京都地裁平成28年12月9日判決
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4 被告の反論
被告は、1件の契約につき、初期工事費用として、約14万円を負担しているところ、解約によって、初期工事費用が被告の損害となる。そして、利用者の支払平均月額は、約4400円であるところ、初期工事費用を賄うためだけでも、2年以上の期間を要する。従って、最低利用期間内(2年間)のどの時期に解約があっても、初期工事費用という損害を回収することができず、本件解約料条項は、「平均的な損害」を超えないばかりか、それを下回るものである。
5 原告の再反論
解約するか否かにかかわらず、事業者が支出した費用は、解約との相当因果関係が認められないところ、初期工事費用は、2年間契約が継続していれば、被告が負担する経費であるから、「契約の解除」に伴い被告に生ずる損害ではない。
また、被告は、新規加入時の工事費用について、「引込工事負担金」2万1000円と「ONU取付工事費」1万 5000円を消費者が支払うものとした上で、被告が常時行っているキャンペーンによって、これを0円としており、最低利用期間内の解約の場合に、工事費用を負担すべきことは、約款上記載がないのであるから、解約によって工事費用を消費者に負担させる根拠はない。
6 その他の論点
(1)被告が支出を免れる費用
被告は、訴訟の終盤で、解約された一つの契約について、毎月のランニングコスト約178円の負担がなくなることを自白した。被告は、初期工事費用が解約に伴う損害に含まれることを前提として、本件解約料条項は初期工事費用を賄うのに充たない以上は、約178円の支出を免れることは、結論の判断において意味を持たないと考えて、自白しても問題はないと判断したと予想される。あるいは、「ある契約が解除されても一切支出を免れる経費はない。」と強弁することはできなかったのかもしれない。
(2)逸失利益が「平均的な損害」に含まれるか
原告は、「平均的な損害」に逸失利益は含まれないと主張し、被告は含まれると反論していた。しかし、原告からすれば、①初期工事費用が解約に伴う
損害と認定されてしまえば、その一事をもって、本件解約料条項は正当化され、②反対に、初期工事費用が解約に伴う損害でないと認定されれば、支出を免れる費用を全く損益相殺していない本件解約料条項が「平均的な損害」を超えることは明らかであったため、結局、逸失利益が「平均的な損害」に含まれるかは、原告にとって強い関心事とはならなかった。但し、これは、本訴訟が差止訴訟であるということも影響している。すなわち、原告は、本件解約料条項の使用差止を求めることまでしかできず、裁判所もこの点を判断すれば足りるからである。
7 判決
(1)初期工事費用は「平均的な損害」に含まれるか 被告が、初期工事費用14万2992円が解除に伴い事
業者に生ずべき「損害」である旨主張することを、裁判所は、「本件インターネット契約が契約者によって解約された場合には、同初期工事費用を契約者が負担すべきことを前提に、これをもって当初負担した被告の『損害』と構成するもの」と整理し、次のように判示した。
まず、初期工事費用を契約者負担とすべきと言えるかについて、「被告は、本件インターネット契約の新規加入者を獲得するため、初期工事費用の契約者負担はないことを強調した勧誘活動を行っている。このことは、名目こそ期間限定のキャンペーンとしているものの、実際には被告において常時行われているものであり、……本件インターネット契約の基本的・標準的な内容の一部となっているものといえる。そして……2年間の最低利用期間があり、この期間内に解約した場合は残余期間支払相当額を一括して支払う旨の説明こそあるものの、最低利用期間内に解約した場合に、上記キャンペーンが適用されなくなる、初期工事費用の契約者負担額が変更されるなど、初期工事費用の負担者及び額と最低利用期間内の解約を関連づけた記載はない。」として、被告の主張を斥けた。加えて、解除と初期工事費用との間の因果関係について、「そもそも初期工事費用は、契約者による解約の有無にかかわらず、既に発生している費用である。……法的には『解除に伴い』生じる費用ではないのであるから、この一事をもっても、『解除に伴い』被告に生ずべき平均的な損害の算定上反映させることはできないというべきである。」とした。
(2)被告の「平均的な損害」とは何か
初期工事費用は損害に含まれないことを前提として、判決は、「……被告は、最低利用期間の利用料を確保する趣旨で、当該期間を設定し、契約者も最低利用期間の設定について合意していること、本件インターネット契約が解約された場合の被告の収支は、契約の種類に応じて3500円から5500円までの月額利用料の収入を失う一方で、少なくとも月額178円の支出を免れることに鑑みると、当該収支変動の差額分のうち最低利用期間である2年間の残余期間分は、解約がなければ、契約に基づき得られた利益を逸失するものであり、解除に伴い被告に生ずべき損害(逸失利益)であるということができるから、『平均的な損害』に当たるというべきである。……解約に伴って被告の生ずべき『平均的な損害』は、月額利用料から支出を免れた費用を控除した額であると認められる。」とした。結論としては、本件解約料条項には消費者契約法9条1号により無効な部分があるため、原告の差止請求を認めた。
8 考察
(1)初期工事費用は「平均的な損害」に含まれるか この点について判決は、①契約解釈の問題とし
て、初期工事費用を契約者負担とさせる根拠はあるかという問題と、②初期工事費用を被告の損害として構成できるかという2段階に分けて検討している。このような判断枠組みが何を意図したものかを明言することはできないが、単に②だけの問題としなかったということは、最低利用期間内の解約があった場合に、約款上、初期工事費用を契約者に負担させる旨及びその額について明記されていれば、別様の判断があり得たと思われる。しかし、少なくとも、契約時には予測できないような損害項目及び額を、後付けで「損害」であると主張することが排斥されたことには、大きな意味があるだろう。
(2)逸失利益について
判決の認定では、解約に伴って被告の生ずべき
「平均的な損害」は、月額利用料金から支出を免れた費用を控除した額とされている。そして、少なくとも被告の認めている月178円は差し引かなければならないと結論付けた。この認定の背景には、逸失利益も損害に含まれるとの判断がある。被告は、訴訟において1件あたりの純粋な利益は月額平均1034円であると主張していたから、これが損害に含まれないのであれば、解約料から1034円も控除すべきとの判断になったはずである。
Oike Library No.45 2017/4 46
「平均的な損害」に逸失利益が含まれるかについては、裁判例によって、見解が分かれており、今のところ統一的な解釈はない4。
平均的な損害概念を、あくまでも民法416条を前提としつつ、それを定型化した基準を消費者契約に関し強行法規化したものと位置付ける限り、同条の
「通常生ずべき損害」として賠償が認められる事業者の履行利益につき、これを「平均的な損害」に含めないとの解釈は考えられないとの見解もあるが、他方で、消費者が、消費者契約の解除に伴い、事業者から不当に損害賠償や違約金の出捐を強いられることのないように設けられたという本号の趣旨からして、事業者に認められるべき「平均的な損害」に逸失利益が含まれるのは、当該消費者契約の目的が他の契約において代替ないし転用される可能性のない場合に限られるというべきであるとの見解もある
5・6。後者は、他との契約を締結する機会を失ったこ
とによる損害といっても、消費者が当該契約を解除した後に、同一の契約の目的について他の顧客と改めて締結をし、そこから営業上の利益を得ることは、十分にありうることを根拠とする7・8。
本訴訟では、上記6(2)で述べたような事情もあって、逸失利益が損害に含まれるか否かは、結論において重要ではなかった。ゆえに、判決においては、逸失利益は損害に含まれるという認定となっているが、本来は、解除時期の区分によって、他の消費者への代替可能性が考慮されるべきである。なぜなら、契約後1ヶ月の解約と、23ヶ月後の解約では、当該契約に充てたコストを他の消費者に回して代替ないし転用できる可能性は必ず異なるからである。
9 おわりに
本判決は、初期工事費用が解除に伴う損害に含まれないと判断した点で重要な意味をもつものの、上述したように無留保でこれを認めているわけではないことには注意が必要である。また、逸失利益が損害に含まれるかという点については、依然、課題は残ったままである。消費者契約法9条1号の訴訟について、消費者の前に立ち塞がる壁は大きい。
1 入稿時点で公刊物未掲載であるが、訴状と判決文については、京都消費者契約ネットワークのホームページ上で公開されている(xxxx://xxxx.xx/xxxxxxxx-keibulterebi.html)。
2 消費者庁消費者制度課「逐条解説消費者契約法」208頁以下(商事法務、第2版補訂版、平成27年)
3 原告は、消費者契約法9条1号違反のほかにも、本件解約料条項は、消費者の解約を認めさせないのと同様の効果を有するもの
として、同法10条違反の主張もしていたが、判決では認定の対象とされなかったので、本稿でも割愛する。
4 例えば、携帯電話の契約の解約金が、消費者契約法9条1号に違反するか等が争われた3つの判決でも、その判断は異なった。これらの一連の訴訟の地裁判決については、さしあたり、xxxx「携帯電話利用契約をめぐる消費者問題」xxxxら『現代消費者法No.18』11頁(民事法研究会、平成25年)を参照されたい。
5 日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編「コンメンタール消費者契約法」174頁(第2版増補版、平成27年)
6 xxxx「消費者契約の解除に伴う『平均的な損害』の意義について」xxxxx『特別法と民法法理』93頁以下(有斐閣、初版、平成18年)では、前掲注5記載の見解をさらに深化した見解が示されている。
7 前掲注6 135頁
8 日本弁護士連合会編「消費者法講義」101頁(日本評論社、第4版、平成25年)