Contract
消費者契約法の令和4年改正と課題
弁護士
xxx x
消費者契約法の令和4年改正と課題弁護士
xxx x
第1 はじめに
令和4年5月25日に、消費者契約法および消費者裁判手続特例法の改正法が成立し、消費者契約法と消費者裁判手続特例法の2つの法律が一度に改正された。消費者裁判手続特例法の方は、①慰謝料を対象に追加、
②一段階目の和解の機会の拡大、③事業者の個別通知義務など被害消費者への情報提供方法の充実、④特定適格消費者団体への支援法人制度の導入など、大きく前進したと評価できる。しかしながら、第3次改正となった消費者契約法の実体法部分は、①契約の取消権を3つ追加、②免責の範囲が不明確な条項(サルベージ条項の一部)の無効、③事業者に契約勧誘時だけでなく契約途中や解約時を含めたいくつかの努力義務を明示したが、全体としては、極めて不十分な改正に終わっている。
令和4年4月12日の衆議院消費者特別委員会の審議に、筆者は参考人として出席し、改正法案に対して意見を述べた。以下では、改正法の概要を述べ、参考人としての意見を踏まえた改正の問題点と、コロナ禍における立法運動の課題について述べる。
第2 消費者契約法の令和4年改正の概要
1 第3条 事業者及び消費者の努力の改正
(1)第3条1項2号
情報提供の考慮要素に、「年齢」「心身の状態」が加えられた。一方で、「事業者が知ることができた」の限定がされた。判断力不足への対応の一つと説明されているが、努力義務にとどまることから効果は限定的である。相談業務の説得の材料にはなるので、積極的な活用が望まれる。
(改正条文)
二 消費者契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者の理解を深めるために、物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものの性質に応じ、事業者が知ることが できた個々の消費者の年齢、心身の状態、知識及び経験を総合的に考慮した上で、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容につい
ての必要な情報を提供すること。
(2)第3条1項3号
消費者が定型約款の交付等の請求を行うことについての情報提供義務が規定された。しかし、本来契約の内容そのものである定型約款は、消費者からの請求がなくとも交付されるべきものであり、このような努力義務は2号において既に求められていると解され、確認としての意味がある。また、消費者から請求できることを説明するだけなので、この規定が積極的な約款開示の阻害にならないよう解釈される必要がある。
(改正条文)
三 民法(明治二十九年法律第八十九号)第五百 四十八条の二第一項に規定する定型取引合意に該当する消費者契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者が同項に規定する定型約款の内容を容易に知り得る状態に置く措置を講じているときを除き、消費者が同法第五百四十八条の三第一項に規定する請求を行うために必要な情報を提供すること。
(3)第3条1項4号
近年増加しているサブスクリプションなど継続的契約の解除権の行使方法が不明とのトラブルに対応した努力義務である。契約締結過程に限定しない契約履行場面に広げて規定を定めたことは評価できる。しかし、サンクションがなく効果は限定的である。
(改正条文)
四 消費者の求めに応じて、消費者契約により 定められた当該消費者が有する解除権の行使に関して必要な情報を提供すること。
2 第4条 取消のできる3つの困惑類型の追加
以下の3つの事業者の行為によって消費者が困惑した場合を取消事由とした。3つとも、要件が極めて限定されている。裁判規範としても、相談場面でも使いづらい。明確性の過度な強調により、後追い行政規制に近くなっており、消費者契約法の包括的な民事ルールとしての役割を後退させている。
(1)第4条3項3号
勧誘目的を告げずに退去困難な場所に同行し勧誘して、消費者が困惑して意思表示をした時に取消し得るとした。展示会や旅行商法で、退去意思を述べなかった消費者には意味がある。ただし、勧誘目的が告げられていた場合であっても、退去困難な場所に連れ込まれれば消費者が困惑して契
約させられるというケースが容易に想定され、そのような状況を間接事実として、従前の退去妨害を理由とした取消しは認められ得る。勧誘目的が告げられていないとの限定がされているので限定的であるし、2号の退去妨害が影響を受けて限定されないよう解釈、運用される必要がある。
(改正条文)
三 当該消費者に対し、当該消費者契約の締結 について勧誘をすることを告げずに、当該消費者が任意に退去することが困難な場所であることを知りながら、当該消費者をその場所に同行し、その場所において当該消費者契約の締結について勧誘をすること。
(2)第4条3項4号
威迫した言動を加えて、相談することを妨害し、消費者が困惑して意思表示をした時に取消し得るとした。退去意思を示さない場合に意味があるが、「威迫言動」を要件としており、限定的である。契約を締結するか否か相談したいという消費者を威迫して妨害するという事実関係は、退去妨害を理由とした取消事由に該当する状況を推認させるものであり、解釈によって取消し得る可能性が高い。また、相談方法を内閣府令で規定することになっている。相談しようとしたのにこれを威迫して妨害した行為が問題であり、相談手段に限定を加える理由はないはずであり、民事ルールとしての役割の後退の一つの現れである。
(改正条文)
四 当該消費者が当該消費者契約の締結につい て勧誘を受けている場所において、当該消費者が当該消費者契約を締結するか否かについて相談を行うために電話その他の内閣府令で定める方法によって当該事業者以外の者と連絡する旨の意思を示したにもかかわらず、威迫する言動を交えて、当該消費者が当該方法によって連絡することを妨げること。
(3)第4条3項7号
契約前に目的物の現状を変更して原状回復を著しく困難にした場合に、消費者が困惑して意思表示をした時に取消し得るとした。パッケージを破って開けた時と説明されている。
事業者において目的物の現状を変更するというのは、債務内容の核ともいえる部分と考えられるが、追加されるのは極めて例外的な場面で、多くのケースは同号前段の契約前の債務の履行により
取消に該当していると考えられる。まれなケースについてあえて規定している。
(改正条文)
七 当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該消費者契約を締結したならば負うこととなる義務の内容の全部若しくは一部を実施し、又は当該 消費者契約の目的物の現状を変更し、その実施又は変更前の原状の回復を著しく困難にすること。
3 第8条3項 免責範囲の不明確な条項を無効
一部免責条項が軽過失に限定されることを明記しないと、一部免責条項は無効となる。損害賠償に関するサルベージ条項の1類型の無効を定めたものである。契約条項の無効の新設はこの規定のみであった。
(改正条文)
3 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表 者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)又は消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する消費者契約の条項であって、当該条項において事業者、その代表者又はその使用する者の重大な過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないものは、無効とする。
4 第9条2項 解約料の算定根拠の概要の説明努力義務
消費者に対する、解約料の算定根拠の概要の説明努力義務を新設した。適用範囲を勧誘場面以外に広げたことは評価できる。ただし、説明するのは、「算定の根拠」ではなく、「算定根拠の概要」で、努力義務にとどまる。実務でできるだけ詳しく説明をしてもらうよう運用を定着させる必要がある。「解約金は、サービスの料金、解約時のコストなどを考慮して設定しております。」など、損害賠償額の要素だけではなく、損害賠償予定条項が妥当か否か判断できる程度は必要である。
(改正条文)
2 事業者は、消費者に対し、消費者契約の解除 に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項に基づき損害賠償又は違約金の支払を請求する場合において、当該消費者から説明を
求められたときは、損害賠償の額の予定又は違 約金の算定の根拠(第十二条の四において「算定根拠」という。)の概要を説明するよう努めなければならない。
5 第12条の3、第12条の4、第12条の5
適格消費者団体に、約款開示請求と算定根拠の説明請求が認められた。ただし、サンクションはなく事業者の努力義務となっている。努力義務であっても法的義務の一つであり、これを根拠に開示や説明を求めていくことが必要となる。12条の4の2項に「営業秘密が含まれる場合」には除かれることとあるが、改正規定が活用されるためには、営業秘密は厳格に判断され、開示不能な部分を除き、可能な限りの説明をすべきことが努力義務に含まれる必要がある。なお、請求方法は内閣府令で定めることとなっている。改正条文は長いので省略する。
第3 消費者契約法の令和4年改正の問題点
消費者契約法令和4年改正は大きく3つの問題点がある。第1に、消費者の判断能力不足や心理状態につけ込
む勧誘など超高齢社会の進展やxx年齢引き下げによって生じる被害に対応する規定が不十分で、社会の要請や平成30年の消費者契約法改正の国会附帯決議に応えていない。超高齢社会における高齢者の被害が多く存在している。例えば、高齢者の自宅を不利な条件で売却させるトラブル(国民生活センター令和3年6月 24日公表など)、高齢者に保険金を使った自宅修理を勧誘し、保険金が出なかったり、支払われた保険金の半額を報酬として受領して多額の負担を負わせるトラブル(国民生活センター平成30年9月6日公表など)、令和元年に発覚した高齢者に対する経済合理性のない生命保険の不適切販売・切り替えトラブル(勧誘員は、内輪で顧客を「ゆるキャラ」「半ボケ」などと揶揄して呼んでいた)などがある。また、令和4年4月1日のxx年齢引き下げに伴って若年者被害の増加が予想されている。これらに対応するためには、消費者の判断能力不足や心理状態につけ込む勧誘の取消しが必要であった。しかしながら、改正は、極めて限定した場合にしか対処しておらず、社会の要請に応えているとは到底いえない。
第2に、消費者庁に設置され、1年9ヶ月をかけて議論した「消費者契約に関する検討会」の報告書で検討した内容と多くの点で乖離し、実現されなかった。例えば、不当勧誘の規定として提案された、①困惑類型の脱法防止規定、②消費者の心理状態に着目した規
定、③消費者の判断力に着目した規定という、3つの取消権が全て抜け落ちてしまっている。また、提案された不当条項規定や消費者の立証責任軽減措置の多くが抜け落ちている。筆者は、いくつかの法改正に関与してきたが、ここまで事前の有識者の検討の報告書と異なっているのは経験がない。多くの有識者によって多大な労力と時間が費やされた検討会の存在意義が問われる結果となっている。今後の法改正においては、検討会、調査会の結論を尊重した改正がされるべきである。そうでないとその存在意義がない。
第3に、改正によって新設された取消権は、極めて限定した場面について厳格な要件を設けている。要件の明確化を過度に強調する余り、民法の特別法として、日々変化する取引に対応できる取引の行動基準となる包括的な民事ルールである消費者契約法の役割を変質させるものとなっている。改正法は、極めて限定した要件の断片的対応による後追い立法となっているし、サンクションのない努力義務規定が多く規定されている。消費者契約に関する検討会報告書で、「法第4条第3項各号は、事業者の行為態様を個別具体的かつ詳細に定めており、文言の拡張解釈等の柔軟な解釈により救済を図ることにも限界がある(報告書5頁)」と指摘していた課題が解決していない。むしろ、課題を増幅させる改正となっている。消費者契約法の本来の役割である、包括的な民事ルールに向けた検討をしていくべきである。消費者庁が「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会」を設置し、検討を始めたことに期待したい。
第4 コロナ禍における立法運動の課題
消費者契約法令和4年改正においては、コロナ禍のもとでの立法運動の難しさがあった。
集合しての検討ができず、全国各地で広くシンポジウムを開いて、多くの消費者に関心を持ってもらうことができなかった。移動が制限された結果、全国から東京へ行けず審議前の国会議員の皆さんへのレクチャーも十分にできなかった。消費者全体の運動としての盛り上がりが、国会議員の皆さんに伝わりにくかったと思われる。
一方で、WEBを使って全国の関心を持つ皆さんと何回も議論をしたり、ZOOMのウェビナーを活用したシンポジウムには、全国から200名近い参加を得ることができた。これらは、従来の取り組みでは見られなかった広がりであった。
今後は、SNSやホームページでの発信を多くするな
ど議論をフォローしていくチャンネルを増やしていく工夫がいる。また、シンポジウムや勉強会は、WEBを活用すれば従来よりやりやすいので、もっと開催数を増やすよう取り組む必要がある。
第5 おわりに
改正で新設された規定は、たとえ不十分であっても、積極的に実務で活用していくことが重要である。また、消費者契約法は、その本来の役割を果たすために、今後も検討をしていく必要がある。消費者契約法を立法目的にふさわしい法律にしていくためにどうすれば良いか引き続き考えていきたい。