RETIO. NO.118 2020 年夏号
RETIO. NO.118 2020 年夏号
最近の裁判例から
⑷-買主の地位の譲渡人の義務-
売買契約の買主の地位の譲受人が譲渡人に行った手付金返還と違約金支払いの請求が認められた事例
(東京地判 令元・6・24 ウエストロー・ジャパン) xx x
土地売買契約の買主の地位の譲渡契約を締結した法人(譲受人)が、引渡日までに建物取壊し・更地引渡しが行われないことにより当該契約を解除したとして、譲渡人に対して手付金の返還と違約金の支払いを求めた事案において、譲受人の請求が認容された事例(東京地裁 令和元年6月24日判決 ウエストロー・ジャパン)
1 事案の概要
平成28年11月、a市内に所在する土地(以下「本件土地」という。)の所有者Aと、本件土地を購入する売買契約(以下「原契約」という。)を締結した被告Y(買主の地位の譲渡人、xx業者ではない不動産業者)は、原告X(買主の地位の譲受人、ホテル運営会社)と、以下のとおり、有償で買主の地位を譲渡する契約(以下「本契約」という。)を締結した。
①譲渡金額:8億2400万円から原契約上の売買金額を控除した金額、②手付金:8240万円、
③決済期日:平成29年3月31日、④違約金: 1億6480万円、⑤A又はYは、引渡日までに本件土地上の建物を取壊し、更地にしてXに引渡す、⑥Yは原契約の売買金額の開示義務を負わない。
本件土地上の建物の賃借人との退去交渉が不調となり、Yは期日までに引渡しを行うことができず、平成29年4月5日に、A名義で作成された賃借人との立退交渉状況の報告書をXに提出し、同月中旬頃には代替物件(以
下「本件代替地」という。)を紹介し、手付金を本件代替地の売買契約に流用するよう依頼した。これに対してXの担当者は、その依頼を一旦は承諾し、本件代替地の現地を見分するなどした。
同年5月18日、Xの担当者は本契約の解除合意書案(以下「本合意書案」という。)を Yに送付したが、本合意書案には、手付金返還の定めはあったものの、違約金支払いについての条項は記載されていなかった。
同月25日、XとYの間で本件代替地の売買契約締結に向け協議を進める旨の協定書(以下「本協定書」という。)が締結された。本協定書には、Xの記名の下にXの親会社の取締役であるBの署名がなされていた。
同月31日、Xは、Yに対して、本契約の定めに従い、手付金返還と違約金の支払いを求める旨の通知を出状した。これに対してYは、同年6月6日に、本協定書に基づく売買契約の締結を求めた。
同年7月及び同年10月にも、Xは、Yに対して、本契約の手付金返還と違約金支払いを求めたもののYはこれに応じず、同年11月に XはYに対して、これらの支払いを求めて本訴を提起した。
2 判決の要旨
裁判所は、次のとおり判示し、Xの請求を全て認容した。
(違約金免除の合意の有無) Yは、①Yの違約金支払いの定めのない本
106
RETIO. NO.118 2020 年夏号
合意書案をXから受領していたこと、②Xと Yの間で本協定書が締結されたこと、からYの違約金支払い免除についての合意があったと主張する。
たしかに、XからYに本合意書案が送付されたことは認められる。しかしながら、これはあくまでも手付金返還の交渉段階でのXからYへの提案に過ぎないもので、X内部の承認手続も行われていないものであり、Yも認めるとおり、両者で最終合意に至ったものではない。事実、その後、XはYに対して違約金の支払いを求めるに至っている。そうすると、本合意書案の送付があったことをもって、 XとYの間で本契約の違約金支払い免除の合意があったと推認することはできない。
また、本件土地の引渡しが困難になった局面において、本件代替地についての交渉が行われていたことは窺われるが、本協定書に署名のあるBは、Xの親会社の取締役でしかなく、Xの代表権や本協定書の締結権限を有していたと認めることはできない。むしろ、本協定書の作成日である平成29年5月25日の直後である同月31日に、XはYに対して違約金の支払いを求めたことからすれば、本協定書の締結がXの意志によるものであったかも疑問である。なお、仮に本協定書が有効に締結されていたものであったとしても、本協定書締結後にX内部の承認を経て、Yとの正式な売買契約を締結することが予定されていたこと、本件代替地の売買契約締結には至っていないことからすれば、本協定書の締結によって直ちに本件代替地の売買契約の効果が認められるものでもないし、ましてや本契約の違約金の支払い免除について合意されたとみることもできない。
(結論)
以上によれば、Yが主張する違約金支払い免除の合意の事実を認めることはできず、X
が求める手付金返還及び違約金支払いをいずれも認容することとする。
3 まとめ
本判決では、買主の地位の譲渡契約を締結したものの引渡日までに契約条件である建物取壊し・更地引渡しができなかった事案について、その後、地位の譲渡人と譲受人が、代替物件の売買契約の協議を進める旨の協定書を締結するなどしたとしても、譲渡契約の違約金の免除の合意は推認できないとしたものである。
本件のような買主の地位の譲渡契約だけでなく、売買契約でも、契約の締結後、更地引渡し等の契約債務が履行できなくなり、その代替措置として、当該契約の処理が行われないまま、両当事者で別の売買契約等の検討を進めることもあり得るだろうが、トラブル防止の観点からは、既契約の処理方法を含め、両当事者で誤解の生じないように話し合いを進めることが重要と言えよう。
また、賃借人の立退き以外にも隣地との境界確定のように、売主が第三者と何らかの合意等をすることが売買契約上の売主の義務とされることはあろうが、第三者との合意については、相手がある話であり、売主が真摯に努力しても、必ずしも合意取得ができるとは限らず、これらを売主の義務とする約定で契約する場合、売主はそのリスクを十分認識した上で契約する必要があろう。
(調査研究部xx研究員)
107