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㉖ 離職理由の訂正
(個別)
(1 ) 離職理由は、 離職者に対しては、 雇用保険の求職者給付の基本手当の所定給付日数や給付制限に影響を及ぼす(雇用保険法 23 条、同法 33条)。一方、事業主は、解雇等を行っていると試行雇用奨励金等の雇用保険関係の助成金の受給資格を失う場合があることなどから、 労働紛争の原因となる可能性がある。
(2 ) 労働契約の終了については、 合意解約、 辞職、 解雇などの事由がある。
(3 ) 「 合意解約」 とは、 労働者と使用者が合意によって労働契約を将来に向けて解約することであり解雇ではないので、 労基法上の解雇規制 (労基法 19 条・20 条)や解雇権濫用規定(労xx 16 条)の規制を受けない。 会社側の退職勧奨を労働者が任意に受け入れる会社都合退職は、合意解約と考えられる。
(4 ) 「 辞職」 とは、 労働者による労働契約の解約である。 期間の定めのない雇用契約においては、 原則として労働者は2 週間の予告期間を置けば「いつでも」( すなわち、理由を要せず) 契約を解約できる( 民法 627 条 1 項)。
(5 ) 「 解雇」 とは、 使用者による労働契約の解約であり、 労基法上の解雇規制(労基法 19 条・20 条)や解雇権濫用規定(労xx 16 条)等の規制を受ける。
事件の概要
1 申請者 : ○1 労 2使 3双方 4その他
2 調整申請に至るまでの経過
労働者Xは、Y会社が経営する埼玉県の店舗Aの店長として勤務していたが、店舗Aが閉鎖されることとなった。店舗Aの閉鎖後は、より自宅に近いxx県の店舗Bの店長として勤務する予定だったが、あと 1 週間で店舗Aの閉鎖という時期に、山梨県の店舗Cの店長として勤務するか、降格して店舗Bの店員として勤務するよう告げられ、これを拒否したところ、退職願を出すよう迫られた。Xは、退職願は提出しなかったが、店舗閉鎖と共に、退職を余儀なくされた。Xが離職票の交付を求めたところ、店舗閉鎖日付けの自己都合退職とされていた。Xは、
内容に納得できないため、あっせんを申請した。
労働側主張 | 使用者側主張 |
・山梨県への赴任を断ったところ、「では退 | ・Xを、店舗Bの店長にと考えたが、やる気が感 |
職ですね。」と言われた。Y会社の一方的な | じられず、考え直した。店舗Bの店員以外にも勤 |
思惑どおりに動かないというだけで退職に | 務方法を提案しようとしたが、Xが一方的に「辞 |
追い込まれた。今後の生活のために早く失業 | めます」と言い出し、口を閉ざしたので話し合い |
給付を受ける必要がある。離職理由が自己都 | にならなかった。離職理由は自己都合で間違いな |
合となっており、納得がいかない。離職理由 | い。 |
を会社都合退職に訂正してもらいたい。 |
3 主な争点と労使の主張争点 離職理由の訂正
4 調整開始より終結に至るまでの経過(用いた調整手法)
Y会社は、あっせん申請書の中の、「退職を強要した」という言葉は、Y会社に対する侮辱であるとして、Xに対して謝罪を求めた。あっせん員相談の結果、店舗閉鎖が退職の発端となっていることから離職理由を会社都合とすること、Y会社側の譲歩を促すために申請書の表現の行き過ぎについてはXが謝意を示すことで、Xの了解をとることとした。Xの了解をとり、 Y会社を説得したところ、Y会社が離職理由を会社都合とすることを応諾したので、あっせん案を提示し、双方これを受諾し、本事件は解決した。
5 あっせん案の要旨及び案を決めた背景・理由
(あっせん案の要旨)
① X及びY会社は、Xが会社都合により離職したことを確認し、雇用保険に関する所定の手続をとることとする。
② X及びY会社は、このあっせん案の受諾によって、本件に関する一切の紛争が解決し、その他相互に一切の債権債務がないことを確認する。
解 説
(1) 本事件は、離職の理由をめぐる紛争であり、当該労働契約関係の解約が労働者による「辞職」の意思表示によるものか、会社側の退職勧奨を労働者が任意に受け入れる会社都合退職という
「合意解約」によるものかという事実の認定に関する事案である。離職理由は、離職者に対しては、雇用保険の求職者給付の基本手当の所定給付日数や給付制限に影響を及ぼす(雇用保険法 23 条、同法 33 条)。一方、事業主は、解雇等を行っていると試行雇用奨励金等の雇用保険関係の助成金の受給資格を失う場合があることなどから、労働紛争の原因となる場合がある。
労働契約の終了については、合意解約、辞職、解雇などの事由がある。
労働契約の終了事由
合意解約辞職
期間満了等による自動終了 契約期間満了による退職定年退職
休職期間満了による退職
当事者の消滅(死亡退職、法人の解散)
xxの解雇 狭義の解雇 普通解雇整理解雇
懲戒解雇
「合意解約」とは、労働者と使用者が合意によって労働契約を将来に向けて解約することであり、解雇ではないので、労基法上の解雇規制(労基法 19 条・20 条)や解雇権濫用規定(労xx 16 条)の規制を受けない。ただし、民法上の法律行為(意思表示)に関する規定(民法 90 条・
93 条~96 条)や諸法理の適用を受ける。会社側の退職勧奨を労働者が任意に受け入れる会社都合退職は、合意解約と考えられる(ダイフク(合意退職)事件―大阪地判平 12・9・8 労判 798 号 44 頁)。
「辞職」とは、労働者の一方的意思表示による労働契約の解約である。民法上、期間の定めのない雇用契約においては、労働者は 2 週間の予告期間を置けば「いつでも」(すなわち、何
時でも、いかなる理由であっても)契約を解約出来る(民法 627 条 1 項)。ただし、毎月 1 回払いの純然たる月給制(遅刻、欠勤による賃金控除なし)の場合は、解約は翌月以降に対してのみなすことができ、しかも当月の前半においてその予告をなすことを要する(同条 2 項)。
「解雇」とは、使用者の一方的意思表示による労働契約の解約であり、労基法上の解雇規制(労基法 19 条・20 条)や労契法上の解雇権濫用規定(労xx 16 条)等の規制を受ける。
なお、行き過ぎた退職勧奨・誘導行為があったと認定される場合には、使用者は労働契約の付随義務としての「職場環境整備(保全)義務(従業員がその意に反して退職することがないように職場環境を整備する義務)」に違反したものとして、損害賠償を請求されうると判定する裁判例(エフピコ事件―水戸地下妻支判平 11・6・15 労判 763 号 7 頁など)もある。
離職理由をめぐる裁判例としては、原告が、被告により解雇されたものである等を主張して、雇用関係の確認等を求めた事案において、原告は「退職願」を提出しており、解雇されたものではなく、労働契約の合意解約により終了したとする裁判例(健康保険鳴門病院事件―徳島地判昭 61・9・19 労判 485 号 87 頁)、配転を拒否するなら退職するしかない旨の会社側職制の発言に対する「グッド・アイデアだ」との返答は退職の合意ではない(株式会社朋栄事件―東京地判平 9・2・4 労判 713 号 62 頁)とする裁判例や、第 1 審では合意解約成立の事実を認めるに足る証拠がないとして、合意解約はなかったとされた(ユニ・フレックス事件―東京地判平 10・ 6・5 労判 748 号 117 頁)が、第 2 審では労働者が会社からの退職要求を不承不承とはいえ承諾したと認められることから、雇用契約は合意解約されたとする裁判例(ユニ・フレックス事件
―東京高判平 11・8・17 労判 772 号 35 頁)などがある。
(2) 本事件は、店舗閉鎖に伴い、他店舗での店員への降格か、県外店舗の店長としての赴任を告げられたXが、それを承認しなかったところ、離職を余儀なくされ、離職理由を自己都合とされたことに対して、離職理由を会社都合とするよう訂正を求めた事件である。離職理由をめぐり、当事者の認識は食い違っていたものの、離職が店舗閉鎖に伴うものであるので離職理由を会社都合とすること、また、Y会社側の譲歩を促すために申請書の表現の行き過ぎについては Xが謝意を示すことで双方を説得し、解決した事件である。
(参照すべき法令)
民法
(公序良俗)
第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
(心裡留保)
第九十三条 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
(虚偽表示)
第九十四条 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
(錯誤)
第九十五条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
(詐欺又は強迫)
第九十六条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。
(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第六百二十七条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
2 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
(略)
労働契約法 (解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
労働基準法
(解雇制限)
第十九条 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
2 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。 (解雇の予告)
第二十条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
2 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる。
雇用保険法
第二十三条 特定受給資格者(前条第三項に規定する算定基礎期間(以下この条において単に「算定基礎期間」という。)が一年(第三号から第五号までに掲げる特定受給資格者にあつては、五年)以上のものに限る。)に係る所定給付日数は、前条第一項の規定にかかわらず、次の各号に掲げる当該特定受給資格者の区分に応じ、当該各号に定める日数とする。
(略)
2 前項の特定受給資格者とは、次の各号のいずれかに該当する受給資格者(前条第二項に規定する受給資格者を除く。)をいう。
一 当該基本手当の受給資格に係る離職が、その者を雇用していた事業主の事業について発生した倒産(破産手続開始、再生手続開始、更生手続開始又は特別清算開始の申立てその他厚生労働省令で定める事由に該当する事態をいう。第五十七条第二項第一号において同じ。)又は当該事業主の適用事業の縮小若しくは廃止に伴うものである者として厚生労働省令で定めるもの
二 前号に定めるもののほか、解雇(自己の責めに帰すべき重大な理由によるものを除く。第五十七条第二項第二号において同じ。)その他の厚生労働省令で定める理由により離職した者
第三十三条 被保険者が自己の責めに帰すべき重大な理由によつて解雇され、又は正当な理由がなく自己の都合によつて退職した場合には、第二十一条の規定による期間の満了後一箇月以上三箇月以内の間で公共職業安定所長の定める期間は、基本手当を支給しない。ただし、公共職業安定所長の指示した公共職業訓練等を受ける期間及び当該公共職業訓練等を受け終わつた日後の期間については、この限りでない。
(略)
(参考となる判例・命令)
・ダイフク(合意退職)事件―大阪地判平 12・9・8 労判 798 号 44 頁
・エフピコ事件―水戸地下妻支判平 11・6・15 労判 763 号 7 頁
・健康保険鳴門病院事件―徳島地判昭 61・9・19 労判 485 号 87 頁
・株式会社朋栄事件―東京地判平 9・2・4 労判 713 号 62 頁
・ユニ・フレックス事件―東京地判平 10・6・5 労判 748 号 117 頁
・ユニ・フレックス事件―東京高判平 11・8・17 労判 772 号 35 頁
・ソニー事件―東京地判平 14・4・9 労判 829 号 56 頁
・昭和電線電䌫事件―横浜地xxx判決平 16・5・28 労判 878 号 40 頁
・ニシムラ事件―大阪地判昭 61・10・17 労判 486 号 83 頁
・昭和女子大学事件―東京地決平 4・2・6 労判 610 号 72 頁