Contract
38 第1章 Q&A
Q11 死後事務委任契約の作成様式は
Q
死後事務委任契約の作成様式はどのようなものがありますか。契約書作成時の注意点はありますか。
A
死後事務委任契約は、不要式行為ですが、委任者の生前意思の痕跡を残すため、書面によるべきです。作成様
式としては、実印による押印をした上で印鑑証明書を添付する方法や、xx証書による方法、遺言xx証書の中に死後事務委任を挿入する方法があります。
解 説
1 死後事務委任契約の作成様式
死後事務委任契約は、準委任契約であることから、契約の成立に一定の様式が要求されていない不要式行為です。そのため、口頭による合意でも契約を成立させることはできますが、委任者の生前意思の痕跡を残すため、必ず書面によるべきです。
また、死後事務委任契約は、委任者の死亡後に効力を有する契約であるため、特に委任者とその相続人の意思が齟齬する場合や、両者の利害が対立する場合は、契約成立の有無などをめぐり紛争となる可能性があります。
そのため、当該死後事務委任契約が、委任者の意思を反映したものであることを推認できるよう、私文書として契約書を作成する場合であっても、実印による押印をした上で印鑑証明書を添付する方法が有用です。また、契約書をxx証書によって作成する方法もあります。なお、遺言xx証書の中に付言事項として死後事務の委任内容を記載
第1章 Q&A 39
することも考えられますが、遺言執行になじまない可能性や、契約としての成立の疑義があるので、注意してください。
2 契約書作成時の注意点
(1) 委任者の死亡による契約の効力
死後事務委任契約は、委任者の死亡後に効力を生じる契約です。 委任者の死亡は委任の終了事由(民653一)ですが、任意規定である
ことから、反対の特約は許されます。そこで、死後事務委任契約の場合には、委任者が死亡した場合でも契約が終了しない旨の条項を設ける必要があります。
また、委任事務の執行段階では、委任者の地位は亡くなった委任者の相続人等に引き継がれます(民896)。委任はいつでも解除できます
(民651①)が、特約により制限できます。そこで、委任者の相続人は、原則として当該死後事務契約を解除できない旨の特約条項を設ける必要があります。
(2) 預託金、費用の負担及び報酬
死後事務の執行費用及び受任者の報酬の支払のために、委任者が受任者に対し、金銭を預託する場合には、預託の目的、預託金額を条項で明示する必要があります。
また、執行費用は、委任者、その相続人又は相続人がいない場合には相続財産法人が負担しますが(民649・650)、契約条項でも明示しておくことが望ましいです。
受任者の報酬は特約がなければ生じません(民648①)ので、受任者が報酬の支払を希望するのなら特約で定める必要があります。
(3) 契約終了に伴う事務
受任者は、死後事務委任契約が終了した場合は預託金を返還しなければなりません。その場合、預託金から費用及び報酬を控除した残金
40 第1章 Q&A
を返還することになりますので、その旨の条項が必要となります。 また、受任者は、死後事務終了後、相続人等に遅滞なくその経過及
び結果を報告しなければなりません(民645)。そこで、受任者は、①本件死後事務につき行った措置、②費用の支出及び使用状況、③報酬の収受について、書面で相続人等に報告する旨の条項が必要となります。
第2章 モデル契約書 85
〔死後事務委任契約のモデル契約書〕
以下の内容は、死後事務委任契約としてどのような内容を設定するかによって設けるべき条項等が異なってきます。あくまで参考例ですのでご注意ください。
死後事務委任契約書
〇〇(委任者:以下「甲」という。)と△△(受任者:以下「乙」という。)は、xの死亡後の事務について以下のとおり死後事務委任契約(以下「本契約」という。)を締結する。
(死後事務の委任)(※1)
第1条 甲は、本日、xの死亡後における事務を乙に委任し、乙はこれを引き受ける。
(委任事項)(※2)
第2条 前条に基づき、甲が乙に対し委任する事務(以下「本件死後事務」という。)は以下のとおりとし、その事務遂行の詳細を定める必要があるときは本契約各条項の定めによる。ただし、委任事務の内容及び詳細等につき甲乙間で別途書面をもって定めることができる。
① 関係者に対する甲死亡の連絡
② 葬儀、納骨、埋葬、永代供養
③ 三回忌法要に関する事務
④ ペットの引渡し等に関する事務
⑤ 医療費、入院費用等その他施設利用料等の精算
⑥ 電気、ガス、水道等の公共サービスの料金精算及び解約
⑦ 家財道具、生活用品の引渡し又は処分
⑧ 行政官庁等への諸届出
86 第2章 モデル契約書
⑨ 相続人不存在の場合の相続財産管理人選任申立て(※3)
⑩ 上記各事務に関する費用支払
2 乙は本件死後事務の遂行のため復代理人を選任することができ、xはこれを承諾する。
(受任者の善管注意義務と委任者の協力義務)(※4)
第3条 乙は、善良なる管理者の注意義務をもって本件死後事務を処理しなければならない。
2 甲は、乙が本件死後事務を円滑に遂行するため必要な準備を誠実に行わなければならない。
(関係者に対する連絡)(※5)
第4条 乙は、xの死亡を知ったときは、速やかに、甲が別途書面をもって指定する者に対し適宜の方法をもって甲死亡の事実を連絡しなければならない。
(葬儀)(※6)
第5条 甲の葬儀は以下の寺院に依頼するものとする。寺院名 〇〇寺
所在地 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号連絡先 〇〇〇― 〇〇〇― 〇〇〇〇
2 葬儀に要する費用は金〇円を上限とする。
(納骨、埋葬、永代供養)(※6)
第6条 甲の納骨、埋葬及び永代供養は次の場所で行うものとする。
場 所 〇〇〇
所在地 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号連絡先 〇〇〇― 〇〇〇― 〇〇〇〇
2 永代供養に関する事務は、前項の場所に依頼することをもって終了する。
第2章 モデル契約書 87
3 納骨、埋葬及び永代供養に要する費用は金〇円を上限とする。
(三回忌法要)(※7)
第7条 甲の三回忌法要は次の場所で行うものとする。場 所 〇〇〇
所在地 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号連絡先 〇〇〇― 〇〇〇― 〇〇〇〇
2 乙は、三回忌法要が終了した後、速やかに、甲の相続人、親族その他甲の指定する者に対して、以後の法要の実施に必要な引継ぎを行うものとする。
3 三回忌法要に要する費用は金〇円を上限とする。
(ペットの引渡し等)(※8)
第8条 乙は、xの死亡後、甲の所有するペット(別紙記載※別紙は省略)について、以下の施設に対し飼育を依頼し、引き渡すものとする。
名 称 〇〇〇〇
所在地 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号連絡先 〇〇〇― 〇〇〇― 〇〇〇〇
2 前項の施設がペットの飼育、引取りを拒否した場合は、乙において、適宜の施設を選択の上、ペットの飼育を依頼し、引き渡すことができる。
3 前2項に定める施設がペットの飼育を引き受けた場合、乙は、当該施設に対し、ペットの飼育に要する費用を第13条(受任者に対する費用等の預託)の預託金から支払うことができる。
4 乙は、第1項又は第2項に定める施設によるペットの飼育状況を、年〇回の頻度で確認しなければならない。
(公共サービスの料金精算及び解約)(※9)
第9条 甲は、乙に対し、甲が契約者である公共サービスの料金
第2章 モデル契約書 93
2 乙は、第14条(報告義務)及び第20条(本契約終了後の事務)に基づく報告を監督者に対しても行わなければならない。
3 監督者は、必要に応じ、乙に対し、本件死後事務処理の状況又は預託金の管理の状況の報告を求めることができる。
4 監督者は、xxxx第16条(委任者による解除)第2項に定める事由があると認めるときは、甲の相続人に対し、その旨を通知しなければならない。
5 監督者の報酬、費用その他甲と監督者間の権利義務については、甲と監督者において別途定めるところによる。
(守秘義務)
第23x xは、本契約によって知った甲の秘密を正当な理由なく第三者に漏洩してはならない。
(契約の変更その他協議)(※23)
第24条 甲及び乙は、甲の生存中、いつでも本契約の変更を求めることができる。
2 前項による変更の申出があった場合その他本契約に定めのない事項が生じた場合は、甲乙協議により決する。
(裁判管轄)
第25条 本契約に関する甲又は甲の相続人等と乙との間の紛争については、〇〇地方裁判所を第xxの専属的管轄裁判所とする。
〈死後事務委任契約書に関する補注〉
(※1) 死後事務委任契約を締結する趣旨等を記載する場合が考えられますが、本例では単に委任をしたことのみの条項としています。
(※2) 委任事項を列挙してまとめ、処理すべき事務の内容詳細については契約書の個別条項に定め、また、必要に応じ別途書面による内容決定を行うようにしています。個別条項の規定の仕方も様々な内容が考えられます。本書にて示された条項例等も参照しつつ、事案に応じ適切と考えられる条項を設定する必要があります。
94 第2章 モデル契約書
本例では、本条1項各号で列挙した委任事務に関し、必要に応じて個別規定を置いています(第4条から第11条まで)。
(※3) 相続人不存在の場合に相続財産管理人選任申立てを行うことを想定したものです。なお、相続開始後、相続放棄等により相続人不存在となる場合が考えられるため、相続開始前に推定相続人が存在する場合でも、この点を記載する余地はあると考えられます。
(※4) 受任者が善管注意義務を負うこと等を注意的に定めたものです。
(※5) 本例では委任者が別途書面で連絡すべき先を定める内容としています。そのほか、本条で具体的に氏名や連絡方法を明示する方法も考えられます。→ケース2参照
(※6) 葬儀、納骨、埋葬方法及び永代供養について具体的内容を定めるものです。なお、本例では、墓の返還を委任事務の対象としない内容としています。→ケース4・5・7・8参照
(※7) 法要について三回忌に限り委任事務の対象とするものです。→ケース6参照
(※8) ペットについて、委任者死亡後、施設に対する飼育の依頼及び引渡し並びに施設引渡後の状況確認を委任事務の内容とする規定です。ペットは、①種類、②雌雄の区別、③年齢、④名前及び生年月日等で特定することが考えられます。本例では、ペットの特定情報は別紙に記載する内容としていますが、別紙を用いず条文で明記する方法も考えられます。なお、対象となるペットによっては長期間生存するような場合も考えられます。そのような場合は、状況確認を求める期間に終期を設けるなどして委任事務の長期化を防止することを検討する必要があります。→ケース10参照
(※9) 甲が契約者となっている各種公共サービスについて、甲死亡後の料金精算及びサービスの解約を委任事務の対象とし、乙による精算・解約手続の履行を行うための情報提供につき定めを置くものです。
なお、本条のように公共サービスの解約を委任事務に含める例はよく見られるところですが、現状において、死後事務受任者の立場
第2章 モデル契約書 95
で公共サービスの解約手続をとった場合にサービス提供者が解約に応じるかどうかは必ずしも明確ではありません。死後事務受任者として解約を行うことができない場合には、引き続き当該公共サービスの料金が発生し続けることとなります。このようなリスクがあることを委任者にも説明し、受任者が手続をとったにもかかわらずサービス提供者が解約に応じない場合に生ずる損害については受任者が責任を負わない旨を特に定めておくことが無難であると思われます。
なお、携帯電話やインターネットプロバイダ契約等の解約についても同様の問題があります。→ケース13・19・20参照
(※10) 委任者の家財道具や生活用品の処理について具体的内容を定めるものです。委任者の所有物は相続財産として相続人に承継される関係上、その処分を委任事務とする場合には、その内容について慎重に検討する必要があると考えられます。本例は、家財道具や生活用品等の動産類についても、まずは相続人又は遺言執行者への引渡しを試みるものとし、拒否された場合に初めて適宜の処分を可能とする内容としています。また、相続人等が引取りを断るような動産類は、通常、処分に当たり費用超過となることが想定されますが、場合によっては対価として金銭が得られることも考えられ、それが費用を上回る可能性もあります。そこで、そのような場合に処分の対価から費用を支払うことを認める定めも置いています。→ケース15参照
なお、動産類の処分に関連して、委任者の使っていたパソコン内のデータ削除を依頼されることも考えられます。→ケース21参照
(※11) 行政官庁等への諸届出について具体的内容を定めておくものです。第4条などと同様に、委任者が別途書面で指定しておく方法も考えられます。なお、現行法上、死後事務受任者の地位にあるというだけでは委任者の死亡の届出をすることはできませんので注意を要します(戸籍87)。→ケース1・12参照
(※12) 死後事務の遂行に要する費用は委任者が負担する旨を明確にする
第3章 ケース・スタディ 177
ケース21 パソコン内のデータを削除してほしい
●ケース
依頼者から、自分が死んだ後は、使っていたパソコンに保存されているデータを全て削除してほしいとの希望を受けました。依頼者の希望をかな
えるために必要な事項について教えてください。また、パソコンに加えて、スマートフォン等のデータも削除してほしいと希望された場合はどのようなことに注意すべきでしょうか。
解 説
1 デジタル遺品
社会の高度情報化、デジタル化が進んだ現在、それぞれが所有するパーソナルコンピュータ(パソコン)、スマートフォン、タブレット等
(以下「パソコン等」といいます。)には日々膨大な量の情報が記録、保存されています。その中には、個人の財産に密接に関連する情報(インターネットバンキング等の各種ID/パスワード等)、プライバシーに関わる情報や他人には知られたくない情報が含まれています。これらのSNS(ソーシャルネットワークキングサービス)のIDやパスワード、知人などの住所、電話番号といった連絡先、スケジュール、ネット通販の履歴、クレジットカードや銀行取引の履歴及びIDやパスワード等のデータをデジタル遺品と呼ぶことがあります。
これらのデジタル遺品を削除しないまま、パソコン等を売却、処分してしまうと、パソコン等を取得した第三者はこれらの情報を抽出することが可能となってしまいます。
そこで、パソコン等からこれらの重要なデータを確実に削除するためには次の方法によることが必要になります。そして、死後事務とし
178 第3章 ケース・スタディ
てこれらの重要情報の削除を受任する場合は、データを削除する対象となるパソコン等の場所やデジタル遺品のIDやパスワードを事前に把握しておく等事前の段取りをしていくことが肝要です。
2 データ削除の方法
(1) 電子的削除
まず、パソコン等のOSやソフトウェアを使って、データ削除することが考えられます。最終ログインから指定の時間が経過すると自動的にデータを削除するソフトウェアも公開されているようです。
しかし、データを削除あるいはフォーマットしただけでは、少々の知識があればデータを復元できてしまいます。そのため、電子的に完全に消去する場合はディスク全領域に対して上書処理をすることが必要です。
不安な場合はデータの完全消去を請け負う業者に依頼するのがよいでしょう。
(2) 物理的破壊
より確実な消去をするためには、記憶装置を破壊することが確実です。専門業者に依頼することになりますが、現在はパソコンから記憶装置(HDD/SSD)を取り外した上で、ドリルで穴を開けるか、大型のシュレッダーで破砕することが主流のようです。
(3) スマートフォン、タブレット
スマートフォンやタブレット端末は小型化されているため、記憶装置のみを破壊することが難しいです。そのため、端末自体を業者に破壊処理してもらうことが確実です。
(4) クラウドデータ
現在、パソコンやスマートフォンのデータは、本体上のみならず、クラウドサービスにも保存されていることが多いです(Microsoftの
第3章 ケース・スタディ 179
OneDrive、GoogleのGoogleDrive、AppleのiCloud等)。これらのデータを物理的に破壊することはできないので、クラウドサービス上の削除手続、退会手続といったアカウント削除を行うことになります。
条 項 例
(データ等の削除)
第〇条 甲は、乙に対し、甲の死後、甲の所有していたパソコン、スマートフォン、タブレット等に保存されているデータ(クラウドサービス上のデータを含む。)を削除することを委任する。
2 乙は、前項の削除のために必要となる、上書処理及び物理的破壊措置を専門業者に委ねることができる。
3 甲は、乙に第1項の削除のために必要となるIDやパスワード等を開示する。乙は前項に基づき措置を専門業者に依頼する場合、甲から開示を受けたIDやパスワードを専門業者に開示することができる。
4 削除、破壊等に要する費用は甲の負担とし、甲が乙に預託した預託金から支出する。
〔ポイント〕
パソコン等の所在、IDやパスワード等の確認(変更されていた場合の措置も)が重要になります。
また、物理的破壊等は受任者が独力で行うのは難しいので、業者を利用することの許諾やそのための費用の預託についても記載する必要があります。