Contract
保険法・判例研究
錯誤無効とされた事例
大井暁
弁護士
27
24
13
共済と保険 2013.7 38
第1審 東京地裁平成
年1月
日判決
日以降、自動車保険(任意保険)の加入が
の締結の際、フリート割増引の決定に関し、
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31
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12
31
平成 年(ワ)第36012号
義務付けられたため、Xは、保険会社数社
成績計算期間を3年(平成
年1月1日か
自動車保険料過払返還等請求事件 判時21
に見積をさせ、その中から、Yとの間に、
ら平成 年 月
日まで)とする特約
74
1)
62号 頁、判タ1379号182頁
1.事案の概要
本件は、一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー、ハイヤー業)等を行う株式会社X
(原告)が、自動車保険フリート契約を締結したY保険会社(被告)に対し、成績計算期間を3年とする特約の錯誤無効を主張して、保険料差額の不当利得返還等を求めた事案である。事実経過の概要は、以下のとおりである。
一般乗用旅客自動車運送事業者は、従来
自動車保険フリート契約を、次のとおり順次締結した。
契約日
契約順序
保険期間
平成 年 月 日 本件保険契約①
平成 年 月 日 本件保険契約②
平成 年 月 日から
平成 年 月 日まで
平成 年 月 日から1年
平成 年 月 日 本件保険契約③ 平成 年 月 日から1年
平成 年 月 日 本件保険契約④ 平成 年 月 日から1年平成 年 月 日 本件保険契約⑤ 平成 年 月 日から 年
Yは、当初、成績計算期間を1年とする見積を提案したが、できるだけ保険料を安くしたいというXの要望に応じ、本件保険契約①の締結の前に、成績計算期間を長期化し、保険料を更に安くする
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内容の保険を提案した。その際Yは、成績計算期間を長期とした場合、その後、短縮できない旨をXに説明しなかった。
(以下「成績期間3年特約①」という。)を結んだ。
Yは、この特約を結ぶに際し、Xに対し、
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「(MX)フリート割増引の決定に関する特約(成績計算期間3年)」と題する書面を交付したが(以下「本件説明書①」という)、
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は自家保険で足りたが、平成 年 月1 XとYは、本件保険契約①
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同書面には、成績計算期間を変更することができない旨の記載は存在しなかった。
操作につながることから認可上認められておらず、成績計算期間を1年に変更するこ
ひとたび成績計算期間を3年にすると永久に1年に短縮できないという重大な結
Xは、平成
年3月ころ、Yに対し、本
とはできないと回答した。また、Xに保険
果を招来する変更不可効力についてYが
件保険契約①終了後は、成績計算期間を3年から1年に変更することを求めたが、Yの担当者は、成績計算期間を1年に戻すことはできない旨回答した。
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Yは、本件保険契約②の締結に際し、Xに対し、「成績計算期間に関する特約(三年用)」と題する書面を交付した(以下「本件説明書②」という)。同説明書には、成績計
料差額を返還することは、保険業法300条1項5号の特別の利益提供に該当するおそれがあると回答した。Xは、Yの回答に納得せず、本訴に至った。
XのYに対する本訴請求は、次の3つである。
① 不当利得返還請求
本件保険契約②以降の成績計算期間を
説明義務を怠ったとして、債務不履行又は不法行為により財産的損害400万円と自己決定する機会を喪失したことによる無形損害100万円の損害賠償をすること
2.争点
本件の争点は、以下のとおり多岐にわた
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算期間を平成
年1月1日から平成 年
3年とする特約について、成績計算期間
るが、本稿では、争点についてのみ
12
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月 日までとすること、本回以降のフリート割増引率を決定するための成績計算期間は、当年度の成績計算期間よりも短い期間とすることはできないものとする旨記載されていた。同旨の成績期間3年特約が締結された(以下「成績期間3年特約②」という。)。
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本件保険契約②の契約期間中の平成 年
6月1日から、A保険会社とB保険会社が共
を1年に短縮することができたにもかかわらず、短縮できない旨を誤信したXの錯誤により無効であるとして、同特約に基づく支払保険料と、成績計算期間1年の場合の保険料の差額4359万083
2円を不当利得に基づき返還すること及び利息を支払うこと
② 特約条項の無効確認請求
成績計算期間を3年から1年へ変更で
触れることとしたい。
本件各条項の無効確認を求める訴えの利益の有無
本件保険契約①において成績計算期間を3年とした以上、その後にこれを1年に変更することはできないか(判決文中では、「変更不可効力」と呼んでいる)。
本件保険契約②において、成績計算期間を3年とし、これより短い期間とすること
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同保険非幹事社として参加した(各
%)。
きないことを定めた特約条項は、錯誤に
はできないとの合意は、効力があるか。
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Xは、平成
年3月ころ、Yに対し、成
より無効であることを確認すること
不当利得返還請求権の成否及び利得額
共済と保険 2013.7
績計算期間を3年から1年に変更したい旨を申し出たが、Yは、変更は、優良割引の
③ 損害賠償請求
本件保険契約①を締結するにあたり、
説明義務違反による賠償請求の可否及び損害額
共済と保険 2013.7 40
原告の請求は、権利濫用にあたり許されないか。
3.判旨
請求一部認容(控訴)
判決は、不当利得返還請求及び特約の無効確認請求を認容し、説明義務違反による損害賠償請求を棄却した。
理由
ア 争点について
「 被告は、本件保険契約①の成績期間
3年特約を締結する際、原告に対し、変更不可効力について口頭で説明したことはなく、本件説明書面①、本件保険契約①の約款にも変更不可効力に関する記載はなかったことが認められるから、本件保険契約①の成績期間3年特約を締結する際、成績計算期間を短縮することができないことが合意の内容とされなかったことが明らかである。また、甲4及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件保険契約①を締結した際、成績計算期間を3年とする契約により変更不可効力が生ずるという被告の見解を知り得なかったこと、成績計算期間を3年とすると、その3年間に起きた事故が保険料の算
定において考慮されるため、損害率が悪化した場合、その影響が複数年に及んでしまい、損害率が改善した場合でも、その効果が反映して優良割引率が進行するタイミングが遅れてしまうから、原告のようなタクシー業を営む会社にとっては、成績計算期間を何年にするかが保険料に大きく影響することとなり、一度採用された成績計算期間を短縮できないことは極めて大きな影響を及ぼす事項であることも認められる。以上の事情も勘案すると、本件保険契約①における成績期間3年特約によって、その後成績計算期間を将来にわたって、かつ、被告以外の保険会社との関係でも短縮することができなくなるという甚大な効力が生じたと認めることはできないというほかない。
被告は、成績期間3年特約に変更不可効力があることにつき原告被告間で合意されていなかったとしても、本件保険契約には、性質上当然に、変更不可効力が内在すると主張し、成績期間3年特約が付された本件保険契約には変更不可効力が生じていると主張する。そして、そのように解すべき論拠として、成績計算期間を自由に選択、短縮することを認めると、一定期間の
損害率が、優良割引率の算定の際に適正に反映されないことになり、保険の基本原則である給付反対給付均等原則に反すること、保険料に関し、特定の者に対して不当な差別的取扱をすることを禁じた法令等の規制に違反することを主張する。
ア)
そこで検討すると、保険契約において、リスクの程度を問わずに一律に保険料を決定すると、リスクの低い者は保険に加入せず、リスクの高い者のみが保険に加入することになり、保険の成立基盤が破壊されるおそれがあること、保険加入者間の公平感を確保する必要があることから、保険商品の設計においては、個々の保険加入者から拠出される保険料について、保険契約者のリスクの程度に応じて決定されるという原則(給付反対給付均等原則)が採用されていることは、公知の事実である。この原則の要請を満たすためには、リスク評価が適正に行われ、それに見合った保険料が決定される必要があるところ、そもそも個々の保険者についてあらゆるリスクを正確に評価することは事実上不可能である上、リスク評価やそれを前提とする保険料の算定の方
法には多様なものがあり得るから、リスク評価や保険料の算定をどのように行うかは、その保険商品の設計の際、保険会社において、複数の選択肢の中から、諸々の観点を考慮して法令の範囲内で政策的に選択されているというべきであり、給付反対給付均等原則によっても、その具体的な方法が一義的に導き出されるということはできない。
イ)
本件保険契約においては、加入者のリスク評価を適正に行うため、被告が実際に行っているように、成績計算期間の短縮を認めないことも一つの手段であるものの、それに限られるものではなく、成績計算期間の短縮を認めたとしても、例えば短縮を希望する保険者(ママ)に対しては保険料を増減させたり、短縮によって得る利益を金銭的に換算して事後的に支払わせるという方法によって、リスク評価と保険料との均衡を保ち、保険契約者間に不公平が生じないようにすることも考えられるところであり、本件保険
そうすると、成績期間3年特約を締結した後、これを1年に短縮することを認めないとする扱いは、加入者のリスク評価を適正に行うために被告が選択した一手段に過ぎないというべきであるから、これが本件保険契約に性質上当然に内在するものと認めることはできない。被告は、本件保険契約に変更不可効力を持たせない限り、リスクを正しく反映することはできないと主張するが、これは被告が採用する保険料率の計算方法を前提とする議論であって、結局のところ被告の制度設計の在り方に由来するものというべきであり、保険の根本原理によって当然に導かれるものとはいえない。
また、前提となる事実のとおり、金融庁が、本件の保険商品の認可に当たり、成績計算期間の短縮を認めないことを必要条件と考えていなかったこと、成績計算期間を3年から1年に変更したとしても、金融庁としては法令や通達に抵触するとは考えておらず、保険会社に指導監
して是正されることになれば、その方針を尊重した対応をするという意向を示していることも、本件保険契約が変更不可効力を内在するものでないとの考え方と整合するものと解される。
ウ)
以上の検討によって、成績期間3年特約に、その性質上当然に変更不可効力が内在すると認めることはできず、本件保険契約①において、成績期間3年特約を締結していても、以後それを1年に変更することは可能であるというべきである。」
イ 争点について
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「 被告は、原告が本件保険契約②の締結前に、成績計算期間を3年から1年に変更することを求めたのに対し、成績計算期間を短縮することはできないと回答したこと(前提となる事実)、一度変更不可効力が生じた後においては、仮に原告が被告以外の保険会社と保険契約を締結したとしても、成績計算期間を短縮することはできないものと扱われること(前提となる事実)、一般乗用旅客自動車運送業を営む事業者
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契約について、それらの方法を採ること
督を行うことはないと述べていたこと、
は、平成 年
月1日以降、自動車保険
共済と保険 2013.7
が不可能であったと認めるに足りる証拠はない。
本件保険契約の共同引受人が、仮に本件保険契約が成績計算期間を1年のものと
(任意保険)に加入することが義務づけられており、原告は本件保険契約①以降も自
共済と保険 2013.7 42
動車保険への加入を継続する必要があったこと等に照らせば、原告は、本件保険契約
②を締結する際、成績期間3年特約に変更不可効力が生じていると信じた上、保険契約を締結する必要に迫られてやむを得ず再度、成績期間3年特約を締結せざるを得なかったことが認められる。
そうすると、本件保険契約①の成績期間
3年特約によっては、変更不可効力は生じていなかったことは前記2で説示したとおりであるから、原告は、この点で錯誤に陥っていたと認めることができる。そして、この点の錯誤は、動機の錯誤に当たるところ、原告は、前記のとおり、被告に対し、成績計算期間を3年から1年に短縮したいと要望し、被告から、変更不可効力があるため短縮することはできないという回答を受けて成績期間3年特約を締結したのであるから、原告の動機は被告に表示されていたと認めることができる。また、原告が、保険業を営む被告から説明を受けて、成績計算期間を短縮することができないと誤信したことはやむを得ないものというべきであるから、原告が錯誤に陥ったことについて重過失があったということもできない。
したがって、本件保険契約②における成績期間3年特約の部分は、錯誤により無効と認められる。そして、甲 、乙 及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約の成績計算期間は、原則として1年間とされていることが認められるから、本件保険契約②の成績計算期間について3年とする特約が無効である結果、原告と被告との間では、成績計算期間を原則どおり1年とする内容の保険契約が成立していたと解するのが相当である。
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被告は、本件保険契約②が締結された際、既に約款には、成績計算期間の変更不可効力が記載されていたから、被告が原告に対して約款の本件条項について説明をしていなかったり、原告に錯誤があったとしても、契約当事者は約款の内容に拘束されると主張する。しかし、前記のとおり、本件保険契約②を締結する際、原告は、本件保険契約①において成績期間3年特約を締結したことにより、もはや成績計算期間を短縮することはできないという錯誤に陥っていたと認められるのであり、この錯誤を理由として、本件保険契約②によって、原告と被告の間では、成績計算期間を1年とする契約が締結されたことになるのであ
るから、本件保険契約②の約款により、成績期間3年特約について変更不可効力が明記されていることは、前記認定に影響を及ぼすものではない。被告の主張は、本件保険契約②の締結により、原告と被告の間で、成績計算期間を3年とする契約が成立したことを前提とするもので、その前提は当裁判所のとるところではないので、採用することができない。
また、被告は、本件保険契約②締結時、原告に対し、口頭及び書面により、変更不可効力の説明を行っており、原告はこの効力を認識した上で、本件保険契約②締結時に成績期間3年特約を締結したから、原告には錯誤はなかったと主張するが、前記のとおり、原告の錯誤の内容は、本件保険契約①において成績期間3年特約を締結したことにより、もはや成績計算期間を短縮することができないという点についてのものであって、被告が主張する変更不可効力の説明によって、この点の誤信が解消されたとは認められないから、被告の主張は理由がない。
本件保険契約③以降に締結された保険契約について、変更不可効力が生じてい
るかについて検討すると、前記②で説示したとおり、本件保険契約②においては、成績計算期間を1年とする契約が成立していたから、変更不可効力は生じていなかったものの、弁論の全趣旨によれば、変更不可効力が生じているため成績期間3年特約を締結する必要があるとの原告の誤信は解消されていなかったことが認められる。したがって、原告は、錯誤に陥って、本件保険契約③締結時に成績期間3年特約を締結したというべきであるから、本件保険契約③における成績期間3年特約は、同様に無効であり、成績計算期間を1年とする契約であったと認められる。また、同様の理由により、本件保険契約④及び⑤においても、原告のこの誤信は解消されていなかったから、成績期間3年特約は錯誤により無効であり、成績計算期間を1年とする契約が成立していたと解される。
以上によれば、本件保険契約①から
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⑤までにおいて、成績計算期間について変更不可効力が生じたとは認められないから、本件条項の無効確認を求める原告の請求は、理由がある。」
「原告は、本件保険契約②から⑤までの契約において、成績期間3年特約が成立していたことを前提として保険料を支払っていたところ、実際には、原告と被告の間では、成績計算期間を1年とする合意が成立していたと認められるから、原告が、被告に支払った保険料及び原告のリース車両について、被告がリース会社との保険契約に基づきリース会社から支払を受けた保険料の合計から、成績計算期間が1年であった場合の保険料を控除した限度で、被告は、法律上の原因に基づかずに不当に利得していると認めることができる。そして、甲5及び弁論の全趣旨によれば、被告の北東京支店法人営業課の従業員であった甲野太郎は、平成 年4月、原告の担当者に対し、「Xフリート成績期間別割引率の推移」と題する書面を示して説明したことが認められ、その具体的な額は、原告の所有車両については別紙保険料一覧①のとおり2334万
20
4673円、原告のリース車両については、同一覧②のとおり2007万5128円、その合計は、同一覧③のとおり4341万
17
9801円であると認めることができる
部分については、その請求の理由がない。)。被告は、前記書面は、被告の担当者が成 績計算期間を1年とした場合の保険料割増引率をシミュレーションしたものに過ぎないから、付保した車両のうち異動(保険期間中における新規車両の追加や従前の車両の廃車等)を考慮していない点において、正確性に欠けることを指摘する。もっとも、原告の保険期間中における異動車両は数百台以上あると認められるから(弁論の全趣旨)、保険料割引率を正確に算出するためには、これらの車両のすべてについて、1台ごとにその保険期間、保険料及び優良割増引率を追跡した上で算定するという作業が必要となり、現実的でない。また、前記書面は被告の担当者により作成されたものであり、その内容について合理性に欠ける点も認められないから、本件においては、民事訴訟法248条の趣旨に照らして、前記のように前記書面を用いた概算によって相当な不当利得額を認定することも許容され
るというべきである。」
4.評釈
共済と保険 2013.7
ウ 争点について
(この額を超える
万1031円の請求
判旨は疑問である。
保険料率
営業保険料は、純保険料(保険事故が起
2)
こったときに支払う保険金に充てる部分)
の保険成績を勘案して保険料の割増・割引を行うメリット・デメリット料率制度は、料率3原則を具体化するための手段である
映して優良割引率が進行するタイミングが遅れるという不利な面がある。
20
実務上、フリート契約の割増引率は、各
と付加保険料(事務管理費=事業運営に必
とされている 。
社共通である。例えば、付保台数
台のう
要な経費(社費)+代理店手数料、利潤等)
フリート契約と成績計算期間
ち、 台をA保険会社と、
台をB保険
10
10
から構成されている。
フリート契約とは、所有・使用自動車の
会社とそれぞれフリート契約を締結する場
保険料率は、「合理的かつ妥当で、不当に
総付保台数が
台以上の契約であり、保険
合、片方の契約に損害率の高い車両が集中
10
共済と保険 2013.7 44
差別的でない」という料率3原則を満たす
料算定の割引率又は割増率(以下「割増引率」
することを避けるため、
台を総合した割
20
必要がある。
という。)や付帯サービスなどが厚遇される
増引率を共有している。平成
年7月より
20
基本料率とは、メリット・デメリット料率制度やその他の各種割増・割引を適用する前の営業保険料のことである。基本料率は、基本保険料と呼ばれることがある。
基本料率の料率区分は、個々の契約の危険度に影響を与える要素のうち、事前に大数的・具体的に測定可能な要素に基づくものであり、それゆえあらかじめ危険度の実態に応じて細分化されている。フリート・ノンフリートの区分もこれに含まれる。これに対し、個々の被保険者を個別的にみて行けば、何年も無事故の被保険者もいれば、
毎年のように事故を起こす被保険者もある。この差異を無視して同じ保険料率を適用することは、契約者間の不公平をもたらす。被保険者の危険度を反映している過去
点でメリットがある。新たに付保される車両についても同一の割増引率が適用され、割増引率は、保険金支払額、保険付保台数及び保険料などを考慮して毎年算出される 。
3)
4)
成績計算期間とは、保険料の割増引率を
決定する上で必要となる損害率を算出するための期間であり、期間中の事故の発生等の事情により割増引率が変動する。
フリート契約における成績計算期間は、従来は1年とされていたが、現在では2年または3年とする特約が認可されている。成績計算期間を長期化すると、損害率を平
均化して保険料が急激に変動することを抑制する利点がある反面、損害率が悪化した
場合、その影響が複数年に及んでしまい、損害率が改善した場合でも、その効果が反
保険料率が自由化されているが、この点は、基本保険料に反映される。基本保険料は、損保各社により1%程度の差がある為、それに優良割引率を反映させた結果の適用保険料も微妙な差が出る。
このように実務上フリート契約の割増引
率は各社共通の横並びであるため差をつけることはできない。ところが、損害率の少
ない成績計算期間を選択することが可能になると、割増引率を操作することが可能になるため、現在では、特約でも約款でも成績計算期間を変更することはできない定めになっている。
実務上フリート契約者の保険成績は、損害保険料率算出機構に登録されている。保険会社が保険成績を同機構に照会した場
合、成績計算期間3年であるとすれば、他保険会社もこれを前提とした保険成績の回答を受けることとなる。成績計算期間を短縮した保険契約の申込みがあった場合、他
保険会社は、各社のアンダーライティング
(危険選択)として、引受を謝絶するものと考えられる。割増引率の操作に繋がる可能性があるからである。その結果、一旦、成績計算期間を3年とした場合、これを1
年または2年に変更することはできず、保険会社を変更しても同じ結果となる。
錯誤無効
ア 変更不可効力の内在性
本件保険契約①における成績期間3年特
効であると主張した。
これに対し、Yは、個々の保険加入者から拠出される保険料は、その保険契約者のリスクの程度に応じて決定されるとの給付反対給付均等の原則から、成績計算期間には、その性質上当然に変更不可効力が内在していると主張する。
すなわち、成績計算期間は、保険料の割増引決定に使用する保険成績を計算する期間であるため、この期間を自由に選択、変更(短縮)することができるとすれば、保険契約者としては支払保険料を可及的に少
なくすべく、自動車事故の少ない期間を選
択するであろうから、給付反対給付均等原
えば短縮を希望する保険者(ママ)に対しては保険料を増減させたり、短縮によって得る利益を金銭的に換算して事後的に支払わせるという方法によって、リスク評価と保険料との均衡を保ち、保険契約者間に不公平が生じないようにすることも考えられるところであり、本件保険契約について、それらの方法を採ることが不可能であったと認めるに足りる証拠はない。」という。
しかし、判決のいうこれらの方法は、実務上フリート契約者の保険成績を損害保険料率算出機構が管理し、適用保険料の割増引率が各社横並である現実的な制度的仕組
5)
みに合致しない。また、保険業法が保険料
6)
約①には、3年の期間を変更することがで
則に違反することとなり、正確なリスク把
の割戻しを禁じていることや
、遡及保険
7)
きない旨の条項が存在しない。また、約款
握ができなくなり、保険の成立基盤そのも
の無効
との関係で疑問である。
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共済と保険 2013.7
にもその旨の規定はない。これに対し、本
のが破壊されると指摘する。
契約更新
の都度、損害率の算定基礎と
件保険契約②以降の成績期間3年特約においては、特約条項及び約款においてもその旨の規定が存在する。
Xは、本件保険契約①において成績期間
3年特約①に変更不可効力が生じていないにもかかわらず、これが生じていると誤信して本件保険契約②の成績期間3年特約②を締結したため、同特約は、錯誤により無
判決は、変更不可効力は、給付反対給付均等原則という保険の根本原理から当然に導かれるものではないとする。その理由として、「成績期間3年特約を締結した後、これを1年に短縮することを認めないとする扱いは、加入者のリスク評価を適正に行うために被告が選択した一手段に過ぎない。成績計算期間の短縮を認めたとしても、例
なる成績計算期間を変更することは、優良割引率の操作に該当し、リスク評価と保険料の均衡を失わせ、契約者間の公平を害するおそれを否定できない。割増引率の恣意
的運用を避け、リスク評価と保険料との均
衡を保ち、保険契約者間の公平を担保する本質的要請から、変更不可効力が成績期間
3年特約の要素としてこれに内在するとい
う被告の主張にも一応の説得力があると考える。
イ 争点について
8)
保険契約における約款条項については、原則として錯誤を問題とする余地がないとして本判決を批判する重要な指摘がある 。もっとも本件において、Xの主張する錯誤
の対象は、本件保険契約②の成績期間3年特約を締結するか否かの意思表示であって、約款条項そのものではないと捉えれば、約款条項の錯誤無効の問題とは、別の問題
9)
となりうると思われる 。
10)
保険契約において、錯誤無効を認める裁判例は、融資一体型変額保険にしばしば認
初から成績計算期間3年特約を無効とするか、もしくは、①以降の特約をすべて有効とするかいずれかの結論を採用しないと、事案のおさまりとして妥当性を欠く。
前記のとおり保険契約における適正なリスク評価と保険契約者間の公平の観点からすれば、成績計算期間の選択を許すべきではなく、変更不可効力が保険契約に内在するものと解することも可能と思われる。本件
保険契約②の締結に際し、Xには、成績計算
期間を3年とし、変更不可効力が生じることは説明書等から認識しており、錯誤は認められないと解する。
ただし、Yは、本件保険契約①の締結に
被告主張のごとく変更不可効力が契約の要素として内在すると考えれば、本件保険契約①を錯誤無効とすることも可能であろう。なお、Yは、千数百台のタクシーを保有
する株式会社であり、高度の保険知識はあ
12)
ったものと推認される。この点から、本件保険契約が企業保険であることを無視して、本判決が錯誤無効を認めた点を強く批判する見解がある 。
不当利得返還請求権の成否及び利得額ア 争点について
本件保険契約①における成績計算期間3年特約には、3年の期間を変更することができない旨の条項が存在しないが、本件保
共済と保険 2013.7 46
められている
。これらの判決は、契約全
際して、以後、成績計算期間3年を1年に
険契約②以降における成績期間3年特約に
部を無効とするのに対し、本件は、成績期間3年特約だけを無効とし、成績計算期間
1年とする契約が成立したとする点に特色がある。
その結果、本件保険契約①とそれ以降の契約において、成績計算期間の自由な選択を許し、割増引率の選択をするのと同様の結果を招来している。保険契約における適正なリスク評価と当事者間の利益調整を両
立するには、本件保険契約①を含めて、当
短縮することができないことをXに説明していない。もし、Xが本件保険契約①締結時において、契約更新時に成績計算期間を変更できないと認識していたならば、成績期間3年特約①の締結はされなかった事情があるならば、その点において、原告には、本件保険契約①の時点における錯誤があった可能性は否定できない。この錯誤が動機の錯誤であれば、動機が相手方に表示されていなければ無効の主張が出来ないが 、
は、それが設けられている。
原告の不当利得返還請求は、本件保険契約②ないし⑤における成績計算期間3年の保険料と同1年の保険料の差額の合計であ
り、本件保険契約①は対象とされていない。本件保険契約①について、成績計算期間3年を1年に修正すると、△1005万53
64円の不足(追徴)となるが(判決末尾
11)
の別紙保険料一覧表③)、この部分は、判決においても被告の利得から控除されていない。
その結果、本件保険契約①は、成績計算期間3年特約が有効のまま残り、保険料は
原告有利のまま維持されたが、本件保険契
約②ないし⑤の契約は、成績計算期間1年として保険料差額の返還が命じられ、契約内容が保険契約者有利に修正された。この結論は、他のフリート契約者との公正の面で、バランスを失することは論を俟たない。判決は、本件保険契約②以降の成績期間
3年特約部分のみを錯誤無効とし、その結果、原則に立ち戻って成績計算期間を1年とした。本体保険契約②ないし⑤の本体部分を全部無効としなかったのは、全部を無
紙保険料一覧表③は、被告の担当者が示したシミュレーションに過ぎず、保険1期間中の新規車両の追加や従前の廃車等による異動を考慮していない。しかも、原告の保険期間中における異動車両は、数百台に及ぶというのである。
この点、本判決は、「民事訴訟法248条の趣旨に照らし」概算によって相当な不当利得額を認定することができると判示した。しかし、同条は、損害の性質上その額
を立証することが極めて困難であるときに、裁判所が口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき相当な損害額を認定する
者から正確な保険料差額を積算させることも可能であったのではないかと思われる。
1)
74
本判決に関する評釈として、山本至「自動車保険フリート契約の成績計算期間設定における保険契約者の錯誤の成否」損害保険研究第 巻第4号24
2)
1頁(2013年2月)がある。
3)
東京海上火災株式会社編「損害保険実務講座6自動車保険」377頁(有斐閣・1990年)
鈴木辰紀編著「自動車保険」(第三版)107頁
4)
(成文堂・1998年)によれば、フリート契約者の保険料率は、基本保険料に対して、フリート契約者単位に、損害率が優良なものに対して優良割引を、不良の者に対して第一種デメリット料率を適用し、フリート多数割引等を講じて算出する。
2)
フリート契約者料率の算定方法に関しては、自由
効とした場合、支払保険金も返還する必要
ことができると規定しているのであって、
化前の自算会当時のものではあるが、文献
5)
頁に詳しく記載されている。
395
があるため、原告の請求自体、特約の一部
無効と構成したものと推測される。そうであるなら、本件保険契約①も錯誤無効として、保険料総額の調整をするほうが、給付
反対給付均等原則や料率3原則に合致す
る。弁論主義の制約については、適正な釈明権を行使する方法もあったと思われる。イ 利得額の認定
不法行為や債務不履行に基づく損害賠償請
求訴訟における当事者間の公平を図るために、損害額の立証が十分でなくとも裁判所が相当な損害額を認定できるとした制度で
13)
ある 。
保険数理に基づいて保険料が算出され、給付反対給付均等原則の支配する保険契約に関して、不当利得返還請求における利得
金融庁や共同引受会社が法令の抵触に該らないと言うのは、成績期間①特約を含めた錯誤による遡及的な契約修正の場合を述べているのではないかと思われる。
10)9) 8) 7) 6)
保険法5条1項は、絶対的強行規定である。性質上は、新規の契約と扱われる。
前掲山本論文248頁
16
25
45
前掲山本論文248頁にも同様の指摘がある。東京高判平成 年2月 日金判1197号
13) 12) 11)
29
11
26
11
頁など
本判決は、判決書別紙保険料一覧表③の
の算定に同条を類推適用ないし、その趣旨
最判昭和
年 月 日民集8巻
号2087頁
共済と保険 2013.7
金額を不当利得額と認定している。しかし、判決中にも触れられているとおり、この別
を援用することには強い違和感を覚える。
裁判所の適切な釈明権の行使により、当事
前掲山本論文256頁
47
兼子一ほか「条解民事訴訟法」第二版1387頁
(弘文堂・2011年)