Contract
論文式試験問題集
[民法]
[民 法]
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事実】
1.Aは,年来の友人であるBから,B所有の甲建物の購入を持ち掛けられた。Aは,甲建物を気に入り,平成23年7月14日,Bとの間で,甲建物を1000万円で購入する旨の契約を締結し,同日,Bに対して代金全額を支払った。この際,法律の知識に乏しいAは,甲建物を管理するために必要であるというBの言葉を信じ,Aが甲建物の使用を開始するまでは甲建物の登記名義を引き続きBが保有することを承諾した。
2.Bは,自身が営む事業の資金繰りに窮していたため,Aに甲建物を売却した当時から,甲建物の登記名義を自分の下にとどめ,折を見て甲建物を他の者に売却して金銭を得ようと企てていた。もっとも,平成23年9月に入り,親戚から「不動産を買ったのならば登記名義を移してもらった方がよい。」という助言を受けたAが,甲建物の登記を求めてきたため,Bは,法律に疎いAが自分を信じ切っていることを利用して,何らかの方法でAを欺く必要があると考えた。そこで,Bは,実際にはAからの借金は一切存在しないにもかかわらず,AのBに対する30
0万円の架空の貸金債権(貸付日平成23年9月21日,弁済期平成24年9月21日)を担保するためにBがAに甲建物を譲渡する旨の譲渡担保設定契約書と,譲渡担保を登記原因とする甲建物についての所有権移転登記の登記申請書を作成した上で,平成23年9月21日,Aを呼び出し,これらの書面を提示した。Aは,これらの書面の意味を理解できなかったが,これで甲建物の登記名義の移転は万全であるというBの言葉を鵜呑みにし,書面を持ち帰って検討したりすることなく,その場でそれらの書面に署名・押印した。同日,Bは,これらの書面を用いて,甲建物について譲渡担保を登記原因とする所有権移転登記(以下「本件登記」という。)を行った。
3.平成23年12月13日,Bは,不動産業者Cとの間で,甲建物をCに500万円で売却する旨の契約を締結し,同日,Cから代金全額を受領するとともに,甲建物をCに引き渡した。この契約の締結に際して,Bは,【事実】2の譲渡担保設定契約書と甲建物の登記事項証明書をCに提示した上で,甲建物にはAのために譲渡担保が設定されているが,弁済期にCがAに対し
【事実】2の貸金債権を弁済することにより,Aの譲渡担保権を消滅させることができる旨を説明し,このことを考慮して甲建物の代金が低く設定された。Cは,Aが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかったが,知らなかったことについて過失があった。
4.平成24年9月21日,Cは,A宅に出向き,自分がBに代わって【事実】2の貸金債権を弁済する旨を伝え,300万円及びこれに対する平成23年9月21日から平成24年9月21日までの利息に相当する金額を現金でAに支払おうとしたが,Aは,Bに金銭を貸した覚えはないとして,その受領を拒んだ。そのため,Xは,同日,債権者による受領拒否を理由として,弁済供託を行った。
〔設問1〕
Cは,Aに対し,甲建物の所有権に基づき,本件登記の抹消登記手続を請求することができるかどうかを検討しなさい。
【事実(続き)】
5.平成25年3月1日,AとCとの間で,甲建物の所有権がCに帰属する旨の裁判上の和解が成立した。それに従って,Cを甲建物の所有者とする登記が行われた。
6.平成25年4月1日,Cは甲建物をDに賃貸した。その賃貸借契約では,契約期間は5年,賃料は近隣の賃料相場25万円よりも少し低い月額20万円とし,通常の使用により必要となる修繕については,その費用をDが負担することが合意された。その後,Xは,甲建物を趣味の油絵を描くアトリエとして使用していたが,本業の事業が忙しくなったことから甲建物をあまり使用しなくなった。そこで,Xは,Cの承諾を得て,平成26年8月1日,甲建物をEに転貸した。その転貸借契約では,契約期間は2年,賃料は従前のDE間の取引関係を考慮して,月額15万円とすることが合意されたが,甲建物の修繕に関してxxの条項は定められなかった。
7.その後,Xは甲建物を使用していたが,平成27年2月15日,甲建物に雨漏りが生じた。Eは,借主である自分が甲建物の修繕費用を負担する義務はないと考えたが,同月20日,修理業者Fに甲建物の修理を依頼し,その費用30万円を支払った。
8.平成27年3月10日,Cは,Dとの間で甲建物の賃貸借契約を同年4月30日限り解除する旨合意した。そして,Cは,同年3月15日,Eに対し,CD間の甲建物の賃貸借契約は合意解除されるので,同年4月30日までに甲建物を明け渡すか,もし明け渡さないのであれば,同年5月以降の甲建物の使用について相場賃料である月額25万円の賃料を支払うよう求めたが,Eはこれを拒絶した。
9.平成27年5月18日,Xは,Cに対し,【事実】7の甲建物の修繕費用30万円を支払うよう求めた。
〔設問2〕
CD間の賃貸借契約が合意解除された場合にそれ以後のCE間の法律関係はどのようになるかを踏まえて,【事実】8に記したCのEに対する請求及び【事実】9に記したEのCに対する請求が認められるかどうかを検討しなさい。
第1 設問1
1 結論
Cは,Aに対し,甲建物の所有権に基づき,本件登記の抹消登記手続を請求する(以下「Cの請求」という。)ことができない。理由は以下のとおりである。
2 理由
(1)Cの請求の根拠
Cは,Aに対し,甲建物の所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記請求権を行使して,本件登記の抹消登記手続を請求する。その要件は,①Cの甲建物所有,②本件登記の存在である。
(2)売買を所有権取得原因とする場合
ア Cは,要件①に該当する甲建物の所有権取得原因として,Bが Cに対し平成23年12月13日に甲建物を500万円で売却した(民法(以下法名省略)555条)事実(以下「売買①」という。)ことを主張する(以下「主張①」という。)ことが考えられる。
イ もっとも,BはAに対しても同年7月14日に甲建物を100
0万円で売却しており(以下「売買②」という。),同年9月21日にAが本件登記を具備している。これによりAが対抗要件(1
77条)を備えたといえるならば,本件登記を具備した時点でAは甲建物の所有権を確定的に取得する。その結果,本件登記の具備に後れる売買①は他人物売買(561条)となり,Cは売買①により有効に甲建物の所有権を取得できない。
一方で,本件登記は譲渡担保を登記原因とする。しかも,当該譲渡担保は,AのBに対する架空の貸金債権を被担保債権としているため,担保物権の付従性によりその設定契約は無効である。このような実体的権利関係を反映していない登記によって対抗要件を具備したといえるか。
登記は実体的権利関係と合致していることが必要であるから,実体的権利関係と合致しない登記は無効である。また,無効な法律行為を登記原因として所有権移転登記がなされた場合にも,原則としてその登記は無効となると考える。
本件登記は,譲渡担保を登記原因として具備されたものであり,売買②という実体的権利関係と合致しないため無効である。また,前述のとおり,当該譲渡担保の設定契約は無効であるから,その 観点からも本件登記は無効である。したがって,本件登記を具備 しても,その時点でAが甲建物について確定的に所有権を取得し たことにはならない。
よって,Cは,売買①により甲建物の所有権を取得し得るため,売買①は①の要件を基礎付ける事実となる。
ウ 本件登記の具備によりAが甲建物の所有権を確定的に取得しないとすれば,甲建物はBを起点としてAとCに二重譲渡されたことになり,AとCは互いに「第三者」として対抗関係に立つ(1
77条)。しかし,Cは,甲建物について売買①に基づく登記を具備していないので,「第三者」であるAに対して甲建物の所有権を取得したことを対抗できない。
したがって,AがCに対してCが甲建物の登記を具備するまで甲建物の所有者取得を認めないとの抗弁(対抗要件の抗弁)を主張した場合,売買①を甲建物の所有権取得原因とするCの請求は認められない。
エ 以上から,主張①に基づくCの請求は認められない。
(3)民法94条2項・110条類推適用を所有権取得原因とする場合
ア そこで,Cは,要件①に該当する甲建物の所有権取得原因として,甲建物に本件登記が存在し,債権担保のために甲建物の所有権がBからAへ移転しているが被担保債権を弁済すれば甲建物の所有権がAからBに復帰するという外観を信頼して売買①を締結したという,94条2項・110条類推適用の基礎となる事実を主張する(以下「主張②」という。)ことが考えられる。主張②が認められると,94条2項・110条類推適用によりAが Cに対して甲建物の所有権を対抗できない結果,Cが甲建物の所有権を取得することになる。
イ 民法94条2項の趣旨は,虚偽の外観作出につき帰責性のある本人よりも外観を信頼した第三者を保護する点にある。同条項の趣旨は,虚偽表示以外の方法により虚偽の外観が作出された場合
にも妥当するため,その場合には同条項の類推適用により第三者を保護すべきである。その要件は,①虚偽の外観の存在,②①作出についての本人の帰責性,③①が虚偽の外観に応じた権利がないことにつき第三者が善意であること(消極的不知)である。
ただし,94条2項を類推する基礎は本人の意思により虚偽の外観が作出された点にあるから,虚偽の外観が本人の意思によらずに作出された場合には,②の帰責性は意思による作出と同視し得る程度のものが要求されると考えるべきである。
また,意思による作出と同視し得る程度の帰責性が要求されるとはいえ,虚偽の外観が本人の意思によらずに他人の意思によって作出された場合には,類型的に本人の意思によって直接的に作出された場合(94条2項直接ないし類推適用型)と同程度の帰責性は認められず,本人の意思に他人の意思も介在して間接的に作出された場合(94条2項・110条法意併用型)と同程度の帰責性しか認められないと考えられる。したがって,第三者が保護されるためには,本人保護の要請とのバランスから,94条2項に加え110条も類推適用し,③善意のほかに無過失であることも要求されると考えるべきである。この場合の善意とは,虚偽の外観に対応した権利があると信じたこと(積極的信頼),無過失とは虚偽の外観に対応した権利があると信じたことについて過失がないことをいう。
ウ 本件では,甲建物につきAを譲渡担保権者として譲渡担保が設定され,被担保債権を弁済すればBに所有権が復帰することを示す虚偽の外観として本件登記が存在する(①)。
また,本件登記という虚偽の外観は,AがBの言葉を鵜呑みにして書面を持ち帰って検討したりすることなくその場で譲渡担保設定契約書等にサインしたことから作出されたものであり,Aのあまりにも不注意な行動によるものといえる。したがって,その作出につきAに意思による間接的な作出と同視し得る程度の帰責性がある(②)。
しかし,Xは,Aが実際には甲建物の譲渡担保権者でないことを知らなかっただけで,Aが甲建物の譲渡担保権者であること,被担保債権を弁済すればAからBに甲建物の所有権が復帰する
ことを信じたわけではない。仮に譲渡担保が設定されていることを考慮して甲建物の代金が低く設定された等の事情から信じたと認められるとしても,Cは不動産業者として不動産取引に関して高度の注意義務を負うにもかかわらず,安易にBの説明を信頼し,売買①の締結前にAに真偽を確かめる等の調査を尽くさなかったのであるから,Cに注意義務の懈怠が認められ,信じたことについて無過失とはいえない(③)。
したがって,本件では94条2項・110条を類推適用することはできない。
よって,主張②に基づくCの請求も認められない。第2 設問2
1 合意解除後のCE間の法律関係
(1)賃借人が適法に賃借物を転貸した場合には,賃貸人は,賃借人との間の賃貸借を合意により解除したことをもって転借人に対抗することができない(613条3項本文)。この場合,転借人に対抗できないにすぎず,賃貸借契約の解除自体は有効であるから,賃借人は契約関係から離脱し,賃貸人が賃借人の転貸人としての地位を承継すると考える。
なぜならば,元の賃貸借関係が効力を失わないとすると法律関係が複雑になるし,転借人の従来の地位が合意解除という自身が関与し得ない事情に左右されるのは不当である。また,賃貸人も転貸借を承諾しているので,転貸人としての地位を承継するとしても特別不利益はないからである。
(2)本件では,DE間の転貸借契約は,Cの承諾があるから適法な転貸借である(612条1項)。そうすると,賃貸人Cと賃借人 Dとの間の賃貸借契約の合意解除は,転借人Eに対抗することができず,CはDの転貸人としての地位を承継する。
したがって,CE間では,DE間の転貸借契約と同内容の賃貸借契約が締結されたのと同様の法律関係となる。
2 CのEに対する請求
(1)結論
CのEに対する甲建物の明渡請求(以下「Cの請求①」という。)は認められない。また,CのEに対する月額25万円の賃料支払
請求(以下「Cの請求②」という。)も認められない。
(2)理由
ア Cの請求①
Cは,甲建物の所有権に基づいて,Eに対し,甲建物の明渡しを請求すると考えられる。なぜならば,CはEとの間に直接の契約関係はないと考えるからである。その要件は,①Cの甲建物所有,②Eの甲建物占有であり,本件ではその要件は満たされている。
しかし,前述のとおり,CD間の賃貸借契約が合意解除されたことにより,CはDの転貸人としての地位を承継する。したがって,EはCに対し,甲建物の占有権原としてDE間の転貸借契約の締結及びCがDの転貸人たる地位を承継したことを主張しうるため,Cの請求①は認められない。
イ Cの請求②
Cは,不当利得返還請求権(703条)ないし不法行為にもどつく損害賠償請求権(709条)に基づいて,Eに対し,甲建物の相場賃料である月額25万円の賃料の支払いを請求すると考えられる。なぜならば,CD間の賃貸借契約の合意解除によりEはCに対して直接賃料支払義務を負わなくなり,その他CはEとの間に直接の契約関係はないと考えるからである。
しかし,前述のとおり,CD間の賃貸借契約が合意解除されたことにより,CはDの転貸人としての地位を承継する。したがって,CがEに対して請求できるのは,DE間の転貸借契約で定められた賃料額の月額15万円が限度であり,Cの請求②は認められない。
3 EのCに対する請求
(1)結論
EのCに対する甲建物の修繕費用30万円の支払請求は認められる。
(2)理由
Eは,Cに対し,必要費償還請求権に基づいて,甲建物の修繕費用30万円の支払いを請求すると考えられる。その要件は,賃借人が賃貸人の負担に属する必要費を支出したことである(60
8条1項)。
必要費とは,賃貸借の目的物を使用収益に適する状態に維持・保存するために必要な費用をいう。賃貸人は,原則として賃借物の使用収益に必要な修繕をする義務を負う(606条1項本文)。
したがって,必要費を賃借人が負担した場合には,その費用の償還を賃貸人に対して請求できる。
本件では,甲建物には雨漏りが生じており,その限度で甲建物の使用収益が困難となっている。その修繕は甲建物を使用収益に適する状態に維持・保存するために必要といえるから,その修繕費用は必要費に当たる。また,DE間の転貸借契約ではCD間の賃貸借契約と異なり修繕費用の負担に関するxxの定めがなく,前述のとおり,CはDの転貸人としての地位を承継している。そうすると,その修繕は原則通り賃貸人であるCの義務であり,その費用を賃借人であるXが負担した場合にはCに償還を請求することができる。
したがって,EのCに対する請求は認められる。
以 上