――BGB 2286条と2287条の関係を中心に――
相続契約の拘束下における
被相続人の生前処分の自由と限界
――BGB 2286条と2287条の関係を中心に――
▇ ▇ ▇*
目 次
Ⅰ.は じ め に
Ⅱ.契約被相続人の生前処分の自由(BGB 2286条)と契約受益者の法的地位
Ⅲ.判例における「空洞化無効」法理の形成と挫折
Ⅳ.契約被相続人による侵害贈与からの契約相続人の保護(BGB 2287条)
Ⅴ.お わ り に――所感と今後の課題――
Ⅰ.は じ め に
1.相続契約の拘束下における被相続人の生前処分に関わる規律(BGB
2286条∼2288条)
⑴ わが国でも,死因贈与の撤回を否認する最近の学説動向等から,撤回を許さないという意味で遺言自由(Testierfreiheit)を制限した「相続法上拘束力(Bindungswirkung)のある死因処分(Verfügung von Todes wegen od.
negotium mortis causa)」の法的規律の必要性を感じ,前稿1)では,ドイツ
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法上の相続契約(Erbvertrag)から示唆を得べく,その特徴たる死因処分
• • • •
と契約という二重の性質(Doppelnatur)に留意しつつ当該制度を俯瞰した。その過程で,相続契約の拘束2)を受ける「契約被相続人(Vertragserb-
lasser)の生前処分」がどのように考えられているのかに興味を持った。
•
もしかりに生前処分の自由(lebzeitige Verfügungsfreiheit)を原則として貫
* うすい・▇▇▇ 立命館大学法学部教授
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(▇▇)
• • • • • •
徹すれば,せっかく認められた相続契約の拘束がその原則の名を借りて事
実上骨抜きにされてしまう。すなわち BGB(ドイツ民法典。以下 BGB は省
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略する)2289条 1 項3) 2 文が,相続契約締結後新たになされた死因処分は当該契約による受益者4)(Bedachter. 以下本稿では,契約受益者と略称するとともに,相続契約により相続人に指定された者(以下,契約相続人(Vertragserbe)と略)と遺贈を受けた者(以下,契約受遺者(Vermächtnisnehmer)と略)の総称とする)
の利益を侵害する限りで効力を生じないこと,つまり「相続契約の(相続
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法上の)拘束(力)」を規定したにもかかわらず,その趣旨が生前処分に
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より潜脱されてしまう濫用的事態が懸念されるからである。
⑵ 上記⑴の問題について,BGB は,2286条で以下のとおり規定して,相続契約を締結した,厳密に言えば,当該契約において拘束力を有する
• •
「契約的処分」5) をした被相続人の生前処分は自由であるとの原則を採用
した。この生前処分自由の原則は,財産法上の行為はもとより契約受益者
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の後の権利に影響を及ぼしうる婚姻締結や養子縁組など家族法上の行為にも妥当する。
第2286条 生前処分
生前行為によって財産を処分する被相続人の権利は,相続契約により制限されない。
さりとて次の2287 条と2288条(とくに 2 項)の両規定で,契約受益者を侵害する意図(以下,侵害意図(Beeinträchtigungsabsicht)と略称する)とい
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う共通の限定された主観的要件の下,契約被相続人が生前処分の自由を濫
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用した場合には,相続契約によって正当な財産取得期待(Erwerbsaus- sicht)を抱いた契約受益者6)を保護することを忘れなかった。
第2287条 侵害贈与
⑴ 被相続人が,契約相続人を侵害する意図で贈与をしたときは,契約相続人は,相続財産が帰属した後に,不当利得返還に関する規定によって受贈者に贈与物の返還を請求することができる。
⑵ 前項の請求権の時効期間は,相続開始の時から,進行する。
第2288条 受遺者の侵害
立命館法学 2015 年 5・6 号(363・364号)
⑴ 被相続人が,受益者を侵害する意図で,契約によってした遺贈の目的を滅失させ,放棄し,又は毀損したときは,これにより相続人がその給付を行うことができない限りで,価額をもって目的に代える。
⑵ 被相続人が,受益者を侵害する意図で,目的を譲渡し,又はこれに負担を設定したときは,相続人は,受益者に目的を調達し,又は負担を除去する義務を負う ; この義務については,第2170条第 2 項の規定を準用する。譲渡又は負担の設定が贈与として行われたときは,受益者は,相続人から弁償を受けることができない限りで,第2287条に定める受贈者に対する請求権を有する。
かくして2286条が契約被相続人に生前処分の自由を認めたとはいえ,相
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続契約の締結により契約▇▇(Vertragstreue)義務,つまりは相続法上自
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由意思で拘束されたところの「財産取得への契約受益者の期待」に配慮す
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る義務が生じていると言えよう。とりわけ相続契約との関連で,受益者の
側も被相続人に対してその老年扶養(Altersversorgung)や世話(Betreuung)・
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看(介)護(Pflege)など生前反対給付を引き受けた場合(有償的(entgeltllich)
相続契約。詳しくは前稿Ⅱ 1 ⑵b)ほか参照)において,すでにその履行に着手していたときは,相続契約の拘束が生前処分(本稿が考察対象とする2287条
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は無償行為たる贈与に限定するが)により骨抜きにされないことにつき,契
約受益者は保護に値すべき利益を有すると考えられる7)。
2.本稿の考察対象・順序
そこで本稿は,「相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由
と限界」という表題のもと,契約受益者保護の観点から上記拘束力が及ぶ
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限度で拡大解釈・適用を余儀なくされた2287条(考察対象から外したが2288
条も同様8))において,長らく足枷となってきた「侵害意図」という
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(BGB 編纂)第二委員会で付加された被相続人の主観的限定要件を中心に
概説的考察を行う9)。本稿表題は,相続契約の法的性質,すなわち「当該
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契約がその拘束力に反する死因処分を認めないという相続法上の効果発生
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に向けられた死因双方行為(zweiseitiges Rechtsgeschäft von Todes wegen),
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(▇▇)
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つまり契約と死因処分という二重の性質を併有した『統合的な法律行為
(einheitliches Rechtsgeschäft)』であること」から生じる宿命とでも言うべき問題である(後述Ⅱ参照)。最終的には,相続契約を締結したとはいえ遺
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言同様,あくまで死因処分である以上生存中はできる限り自由に自己の財
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産を生前処分したい被相続人と,相続契約の拘束力を当てにして遺産をで
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きる限り縮減されずに取得したい(契約受益者たる)契約相続人との利益
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衝突をどのように調整するか,つまり2286条の原則と2287条の例外の緊張
関係に帰着するものと考えられる。
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そのため順序としては,相続契約締結後も被相続人の生前処分自由の原
則を規定した2286条と契約受益者の法的地位を概観した上で(Ⅱ),契約
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相続人の利益を侵害するという意味で相続契約の拘束に反する生前贈与,
つまり「害意・侵害贈与(böswillige od. beeinträchtigende Schenkung)」から
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の契約相続人保護につき判例主導で展開されてきた「空洞化無効
(Aushöhlungsnichtigkeit)」法理(Ⅲ)と,これに代わる「生前処分自由の濫用」法理へと至る2287条の拡大解釈・適用論を考察し(Ⅳ),最後に簡単な総括を行う(Ⅴ)。
Ⅱ.契約被相続人の生前処分の自由(BGB 2286条)と契約受益者の法的地位
1.契約被相続人の生前処分の自由
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相続契約の締結により,被相続人は,契約としての性質から,遺言自由
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を制限されるという相続法上の意味において自己の契約的処分に拘束され
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る。契約被相続人が新たな死因処分をしても,契約受益者の利益を侵害す
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る限度で効力を生じない(2289条 1 項 2 文)。まさにこのような遺言自由の
原則を破る拘束こそが,相続契約の最大の特徴である。
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ただ上記拘束について,2286条は,契約被相続人の生前処分にまでは及
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ばないことを原則とした。契約受益者の権利義務は,契約被相続人の死亡
立命館法学 2015 年 5・6 号(363・364号)
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により初めて生じる,つまり相続開始前に生じるのは相続法上の拘束力に
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すぎず,請求権など債務法上の債権・債務などではないからである。むし
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ろ相続契約の死因処分としての性質上,相続契約に拘束される被相続人と
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いえども,経済的にその目的・意図と相容れない生前処分や債務負担行為
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を妨げられない。相続契約自体には,契約受益者との関係で,生前処分を
しないという被相続人の義務は含まれていないことになる。
• •
かくして2286条は,相続契約の拘束力が相続法にのみ関係することを明
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確にした規定と言えよう10)。相続契約は,死因処分との関係でのみ,被
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相続人を拘束するにすぎない。相続契約に基づいて,被相続人は,遺産の
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ために自己の財産を維持する義務を負わないのである。なお被相続人が,
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下記2の制限すら受けない完全なる生前処分の自由を手にしたいのであれば,138条 1 項の良俗違反により無効とならない限りで,相続契約に際して相手方と2287条や2288条の適用排除を合意することも可能である。
2.契約受益者の法的地位
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他方で契約受益者は,相続開始時点でなおも現存するものについてしか
請求できない(1922条[包括的権利承継],1942条[相続財産の帰属] 1 項, 2032条[相続人共同関係],受遺者の債権の発生を相続開始時とした2176条[遺贈
•
の帰属])。つまり相続契約が相続開始前に契約受益者に与えるのは,単な
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る事実上の(財産)取得見込み(tatsächliche Erwerbsaussicht)でしかなく,
•
法的に保護された期待権(Anwartschaftsrecht)などではない。契約相続人
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が,相続見込み者(Erbanwärter)と呼ばれるゆえんである。かくして仮差押え(ZPO(ドイツ民事訴訟法典)916条 2 項),仮処分(ZPO 936条)や仮登記(883条)による保護は受けられない(なお ZPO 256条により2287条の請求権につき確認の訴えが可能かどうかについては,争いがある。上記請求権の保全のために,仮処分による仮登記を認めた裁判例もある)。相続契約は,受益者保
護の観点から見れば,生前行為と比べて,たとえば贈与者の死亡を不確定期限とした贈与約束に劣後する存在であると言えよう11)。
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(▇▇)
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もっとも BGB は,相続契約により正当な財産取得期待を抱いた契約受
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益者について,2287 条と2288条で,この者を侵害する意図という共通の
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主観的限定要件の下,被相続人がさすがに生前処分の自由を濫用した場合には保護すると規定した。ただこの保護にも上記要件との関係で限界があ
りうることから――当初は判例による後述Ⅲの「空洞化無効」法理の形成と平行
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する形で――実務では,相続契約と関連づけて補充的に債務法上,被相続人
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が相続契約における遺贈の対象など特定の目的を生前処分しない義務を負う旨の処分不作為(譲渡禁止)契約(Verfügungsunterlassungsvertrag)12) が,
とくに(受益者が被相続人に対してその扶養や世話・看護など反対給付を引き受
• • •
けた)有償的相続契約の場面で明示または黙示により13)締結されている
(137条 2 文)。この義務に契約被相続人が違反したとき,契約受益者は損害賠償を請求できる(280条[義務違反による損害賠償] 1 項。譲渡禁止の仮処分も可能である)。上記契約違反をするよう生前受贈者から契約被相続人が唆されていたときは,当該贈与は138条 1 項の良俗違反により無効となりうる。以上より,相続開始前の契約受益者の法的地位について正確に言えば, この者は,相続契約の拘束という相続法上の法的保護(2289条)とともに,被相続人の生前処分との関係でも2287条・2288条の保護を受けるという意
• • • • • • • •
味で,期待権ではないがいわば上記拘束の反射効として権利取得の前段階
• • • • • • • • • •
で法的に根拠づけられた見込み(rechtlich begründete Aussicht),本稿の考
• • •
察対象たる2287条に関して言えば正当な相続期待(berechtigte Erber- wartung)を有する14)。
Ⅲ.判例における「空洞化無効」法理の形成と挫折
⑴ ところで契約受益者,本稿との関係では契約相続人の保護にあたって BGH(ドイツ連邦通常裁判所)は,1954年 7 月 8 日判決(JZ 1954, 676)を皮
• • •
切りに,本来適用すべき2287条ではなく,相続契約の拘束の空洞化を阻止
• • • •
すべく生前贈与自体を無効にしようと138条 1 項の良俗違反により,また
立命館法学 2015 年 5・6 号(363・364号)
一部では(相続契約締結後にこれと相容れない死因処分を禁止した2289条 1 項 2文との関連で)134 条(法律による禁止)により無効な脱法行為(Umge- hungsgeschäft)として「空洞化無効」法理を形成・展開した。この判例法理が幅を利かせるに至ったのは,2287条に関して,当時の判例では――後
述Ⅳ2⑴a)のとおり――要件たる「侵害意図」が贈与の「唯一の動機」あるいは
• • • •
「少なくとも実際上主導または決定的(leitend od. bestimmend)動機」となっていなければならなかったこと15)(「扇動的動機(treibender Beweggrund)」
という判例の決まり文句),加えて保護の内容も,生前処分自由の原則
• • • • • • •
(2286条)を前提にあくまで例外的に契約被相続人の死後に(受贈者に対す
• • • •
る)不当利得返還請求権を付与するにとどまっていたことによる。もとよ
• • • • • • •
り「空洞化無効」法理が適用されれば,契約相続人は所有権に基づく返還請求権(985条)を取得する。
⑵ だが翻ってみれば,上記判例法理は,明らかに契約被相続人の生前処
分に関する2286条と2287条の「原則-例外原理(Regel-▇▇▇▇▇▇▇▇-Prinzip)」
•
(Ⅰ参照)を逆転させてしまい,無用な法的不安定性を生じさせてしまっている。この激しい学説批判を受けて,BGH は,1972年 7 月 5 日判決
(BGHZ 59, 343)で,上記法理を諦めて今まで「非常に影の薄かった」16)
• • •
2287条による拡大的解決という方向転換を決断した(Ⅳ参照)17)。
結局138条 1 項により生前贈与自体が無効となるのは,(単なる不当利得返還請求という債務法上の保護を与えた)2287条の「侵害意図」要件の充足では足りず,契約被相続人たる贈与者と受贈者が相続契約の拘束を迂回する
• •
ために通謀(▇▇▇▇▇▇▇▇▇)をしたという良俗違反を根拠づける特段の事情が
• • •
加わった,著しい濫用事例に限られることに落ち着いた。
Ⅳ.契約被相続人による侵害贈与からの契約相続人の保護(BGB 2287条)
ただ前述Ⅱのとおり,いくら契約被相続人に生前処分の自由が原則認め
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(▇▇)
• • • •
られている(2286条)と言っても,さすがに侵害意図をもった濫用的な贈
• • • •
与から契約相続人の正当な財産取得(相続)期待を保護すべきであろう。
かくして2287 条が規定されたわけだが,後述2以下の(その適用範囲を左右
• • •
する)「侵害意図」をめぐる解釈論に先立って,次のいささか特殊な保護の方法・内容に,2286条との関係で留意しておく必要がある。
1.契約被相続人の死亡後における生前受贈者に対する契約相続人の不当利得返還請求
⑴ 2287条によれば,契約被相続人が契約相続人を侵害する意図でした生
• •
前贈与(以下,生前贈与を単に贈与と言う)も,有効であることに変わりは
ない。このこと自体に,前述Ⅲ⑵のとおり判例上「空洞化無効」法理が放棄された以上,もはや対抗する手立てが契約相続人にはない。
• • • •
2287条 1 項は,ただ単に契約被相続人の死亡後初めて,当該贈与により
• •
不利益を被った契約相続人に,受贈者に対する贈与物(Geschenk)の不当
• •
利得返還請求権を与えたにすぎないのである(なお,消滅時効期間は 3 年であり(195条[通常の時効期間]),199条 1 項とは異なり贈与に関する権利者の認識
を問うことなく相続開始時点より進行を開始する(2287条 2 項))。この事実は,
立法者が契約被相続人の生前処分の自由(2286条)を優先させた証左であ
• • •
り,2287条は,「有効な生前贈与の経済的効果を制限(傍点筆者)」した規範である18)と言えよう。ただその結果,契約被相続人が死亡するまで,
受贈者はさらにこの物を有効に処分したり,この者の債権者もこれに強制
• •
執行しうるため,被相続人の死亡時点で,受贈者の利得が消失してしまっ
ている(818条[利得請求権の範囲] 3 項)ことも考えられ,2287条による保
• • •
護の途は絶たれてしまう19)。このように立法者が▇▇に生前処分の自由
• • • • • •
を契約被相続人に認めたことについて,法政策としては誤りであったとの批判がある20)。
⑵ ところで2287条の請求権は,契約被相続人の侵害贈与に見舞われた契約相続人のために債務法上認められた不当利得返還請求権にすぎないか
立命館法学 2015 年 5・6 号(363・364号)
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ら,遺産には属さず,契約相続人により原始取得される。それゆえ遺言執行者でさえ,契約相続人から実体法上有効に授権されていない限り,この請求権を主張できない。
上記請求権の範囲については,不当利得の一般規定が準用される。贈与物(この物から得られた利益も含む)の返還が原則となり(818条 1 項),これができないときは,その価額が賠償されることになる(同条2 項。ただし,
利得が現存しないとき,受領者は上記義務を免れる,同条3 項)。なお有償部分
• •
と無償部分からなる混合贈与(gemischte Schenkung)の場合,判例は当初,贈与物自体の返還請求を一切認めなかったが,現在は,無償性が勝っている限り,反対給付の償還と引換えで贈与物が返還されなければならないとする21)。もっとも,契約相続人は,贈与物の価額と反対給付のそれとの差額を請求することもできる。有償性が勝っているときは,受贈者は差額を返還すれば足りる。
2.侵害意図をめぐる解釈論
⑴ 侵害意図
2287条 1 項は,「被相続人が,契約相続人を侵害する意図で贈与をした」
• • • • • •
ことを要件とする。とくに問題となるのは,贈与22)という限られた生前
• • • • • • • • • •
処分により契約相続人の利益を客観的に侵害した23)契約被相続人の主観
•
的容態「侵害意図」24) に関してである。この(「贈与」,「客観的侵害」と並
ぶ)要件をどのように捉えるかで,大きく2287条による契約相続人保護の射程が変わってくるからである。
• •
a) 本来,侵害意図(Absicht)が問題となるのは,その文言にこだわ
れば,契約被相続人がある特定のものを契約相続人に与えないなど侵害を達成すべき目的として(つまり侵害という結果を追求・意図して)行われる贈
• •
与に限られるはずである。ただ実際の贈与は,この目的のみというより
• • •
は,これを含む様々な動機(第三者たる受贈者を喜ばせたいなど)から行われている。
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(▇▇)
そのためかつて判例25)は,様々な動機を衡量してその中でどの動機が
• • •
決定的であったのかに着目し,契約相続人への侵害が条件付(未必の)故
• • •
意(bedingter Vorsatz)では足りず直接的故意(dolus directus. 行為の必然的
• • •
な帰結として予見していること)という意味で主導的動機であった場合にしか,2287条の適用を認めなかった(前述▇▇も参照)。その上で通常一般に,受贈者に利得(受益)させる意思の方が契約相続人に対する侵害意図よりも強いという経験則を働かせていた。その結果,侵害意図要件の充足は難しく,契約相続人の保護は,前述Ⅲ⑴のとおり「空洞化無効」法理に頼らざるを得なくなった。
b) だがその後,▇▇▇(▇▇▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇)26) に始まる学説からの批判
• • • •
を受けて,判例は,2287条を制限的に解釈する上記姿勢を改め,契約被相
続人が当該贈与により契約相続人の相続分を減少させる認識(侵害の認識)
• •
さえ有していれば侵害意図の存在は認められるとした27)。侵害意図が主
導的動機であったことを,契約相続人が証明するのは困難を窮めたからである。受贈者に利得させる意思は,通常は契約相続人の利益を侵害する意
• •
図と不可分(いわば表裏)の関係にあるため,そのいずれが勝っていたか
を確かめるのは不可能に近い。
なお,上記動きの背景には,前述Ⅲ⑵のとおり「空洞化無効」法理を断
• • •
念し次の2287条の拡大解釈・適用により契約相続人の本来的保護を図りたいという思惑があった。
⑵ 「生前処分自由の濫用」法理
a) 契約被相続人の贈与を正当化する「生前自己利益」
かくして上記「侵害意図」をめぐって様々な動機を衡量する代わりに,判例は,(侵害)贈与に関する契約被相続人の(注目すべきないし正当と認められるべき)生前自己利益((beachtens- od. anerkennenswertes) lebzeitiges Eigeninteresse. 以下,生前自己利益と略称する)を決定的基準として,この利益が認められるときに限り生前処分自由(生前処分権)の濫用(相続契約の濫用的変更(Missbrauchskorrektur)とも言われる)には当たらず,2287条は
立命館法学 2015 年 5・6 号(363・364号)
適用できないと考えた。この「生前処分自由の濫用」法理の導入により,
• • •
「侵害意図」要件は「事実上放棄されてしまった(傍点筆者)」との評価も可能であろうか。1972年から2000年までの BGH 判決では,請求棄却がわずか 1 件,認容が3 件(残り7 件は破棄差戻し),また下級審判決でも半数以上が請求認容であった。上記Ⅲ⑵の BGH 1972年判決による「空洞化無効」法理からの転換は,実務上も契約相続人の法的地位の強化へと導いた
のである28)。
• • • • • •
また最近の判例によれば,客観的に見て,たとえば契約被相続人が適切
• •
な反対給付を受けもしないのに財産の主要部分を贈与するなど契約相続人
• •
の利益を侵害するときは,(契約相続人が証明責任を負う)侵害意図を推定
• • • • •
した(ZPO 292条[法律上の推定])上で,むしろ受贈者の側が,自己への贈与を正当化するために契約被相続人たる贈与者の動機も含めて生前自己利益を
裏付ける諸事情を主張・反証する必要がある(裁判官による証明責任の軽減)。
• •
かくして実体法・訴訟法両面で,2287条の拡大解釈・適用により契約受益者たる契約相続人の保護を強化する素地が整ったと言えよう29)。
b) 生前処分自由の濫用
• • • • • •
さりとて現在は,契約被相続人の生前自己,生前他人ならぬ死後他人利益(後述⑶e)参照)も承認されていて,生前自己利益は当該濫用の一判断基準でしかなくなった(とはいえ,いまだ重要な基準であることは,これを軸に判例の類型化を行う次の⑶を見れば明らかである)。ここに,相続契約の拘束
を無に帰せしめるところの「生前処分自由の濫用」法理が定着し,2287条
• • • • • •
には規定されていないがその適用を左右する,いわば一般条項的な要件と
• • • • • •
なっている。当該濫用の有無は,客観的に見て,契約被相続人を生前処分
へと駆り立てた理由を契約相続人が受け入れ,その処分から生じる不利益を受忍しなければならないかどうかにより判断される。要するに契約被相
• • • • • • •
続人の主観的容態から離れた,客観的な利益評価(Interessenbewertung)の問
題であり,生前処分の自由(あるいは経済活動の自由)についての契約被相続
• • •
人の利益と財産取得(相続)見込みについての契約相続人の利益を相関的
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(▇▇)
•
に衡量する必要がある。この総合衡量(Gesamtabwägung)こそが,評価基
準(Beurteilungskriterium)にほかならない。
• •
以上,侵害意図をめぐって展開された判例の拡大路線を中心に辿ってき
たわけだが,不明確な点があるとすれば,条文上の要件たる「侵害意図」
• • •
と,その緩和により規定されていないが新たに実質的要件と化した「生前自己利益」,さらにはこの利益にとどまらない「生前処分自由の濫用」の関係について,必ずしも整合的な説明ができていない点であろうか30)。
⑶ 「生前自己利益」基準を軸とした「生前処分自由の濫用」審査と類型化
• • • •
贈与に対する生前自己利益が客観的に存在する場合に,契約被相続人の
• • • •
濫用行為は存在しないとされる。もとより契約被相続人が,ただ主観的に生前自己利益が存在していると思っていただけでは足りない。
ところで,上記「生前自己利益」は十分明確な輪郭を持たず法的安定性
• • • •
を欠く(良く言えば,契約被相続人の様々な動機を吸収しうる,開かれた概念で
• • •
あるが)ばかりか「,生前処分自由の濫用」の判断をめぐっては個別事件の特
•
殊事情が常に重要であることから,判例・学説は,シュペレンベルク(▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇)の提唱31)を受けて,次の類型化された事例群により当該概念・基準を明確化してきた。以下では,生前自己利益が認められやすく生
前処分自由の濫用になりにくい贈与類型から順に見ていく32)。ただ実際
• • • • •
は,正当な生前自己利益の存在と生前処分自由の濫用との線引きは困難を極める。なお一般に許容されうると思しき贈与でも,「適切な目的-手段の関係(Zweck-Mittel-Relation)」から,経済的に見て不適切と判断されれば,
生前自己利益は否認される。また,相続開始時点で残された遺産の価額と
• • • • • •
相続契約締結後に行われた贈与の価額を相関関係的に捉えて,遺産が少なければ僅かな贈与でも生前処分の濫用にあたるし,逆に遺産がたっぷり残されていれば贈与が多額でも上記濫用に当たらないと考えられようか33)。
a) 義務的・儀礼的贈与
• • •
道徳上の義務や儀礼として行われる贈与は,534条で特別な事例群として規定されている34)。この種の贈与は,奉仕に対する▇▇(僅少なときは,
立命館法学 2015 年 5・6 号(363・364号)
• • • • • •
侵害自体が認められない)・(法律上扶養義務が存在しなくても)困窮する近親者への扶助といった道徳的義務や,誕生日,結婚式,クリスマスなど慣例的な贈り物といった儀礼的配慮を動機としてなされる。この特徴を備えた贈与しか,(BGB)第一草案は,相続契約の拘束に服する被相続人に許容していなかった(ただ,許容された贈与の範囲があまりに狭すぎるという理由か
ら受け入れられなかったが)。
• •
この事例群で重要なのは,当該贈与がこれを行った契約被相続人の経済
• • • • • • •
状況に見合ったものであったかどうかである。経済的に不均衡な贈与と判断 されれば,もはや生前自己利益は認められず,生前処分自由の濫用となる35)。
b) 理想目的または個人的配慮から行われた贈与
契約被相続人が理想目的(いわゆる ドレスデン聖母教 会(Dresdner Frauenkirche)への寄付)や個人的配慮から贈与をすることを妨げてはいけないと,第二草案は言及していた。ただ実際上,この事例群を正確に限定づけることは容易でなく,上記a)と重複することもある。
慈善目的や隣人愛から行われた贈与が相続契約の拘束に反しないかを判
断する際に,この贈与特有の難しさがある。相続契約の拘束を受ける被相
• •
続人は,慈善目的だからといって,もとより自己の全財産あるいはその主
• • • • • • • • • • •
要部分を贈与することは行き過ぎだが,それでは,どの範囲であれば許さ
• • • •
れるのかという「適切な範囲」の判断には曖昧さが残る。編纂段階では,一定の割合を決める提案もなされたが,各事例ごとの個別判断に委ねざるを得ないとして退けられた。
そこで上記許容範囲を画することが問題となる。まず重要なのは,相続
• • • • •
契約締結前の被相続人の容態である。この者が,以前から慈善目的で同種
• •
の贈与をしていたならば,この事実は,侵害意図が存在しない間接証拠と
なろう。切迫した状況下にふさわしい援助をするためであったという被相
• • • •
続人の出捐動機も顧慮されよう。また,単に財産の収益のみを贈与をしたにとどまるときも,侵害意図は認められない。さらに当該贈与を行った時期も重要である。たとえば余命幾許かの契約被相続人であれば,贈与によ
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(▇▇)
り契約相続人の取り分が減るという現実を考慮に入れなければならず,その価額を抑えめにする必要がある。
以上が,個別事例を判断する際の指針となるが,絶対的なものではない。結局,疑わしいときは前述⑵b)のとおり,契約被相続人と契約相続人の利益を衡量し,問題の贈与が相続契約で被相続人の引き受けた拘束に
反しないと考えられ,かつ,贈与による財産縮減を契約相続人に負担させ
• •
うるかどうかを判断するよりほかない。ただいずれにせよ,2287条はもっ
• • • •
ぱら契約被相続人の生前処分権の濫用を阻止するにすぎないから,法政策
• • • • • • • • •
上疑義があるにせよ現行法上は生前処分自由の原則(2286条)を没却する
• • • • • •
ような拡大適用により,契約被相続人の上記処分権を▇▇に制限してはならないと言われる36)。
c) 実質的な目的からでた贈与
この事例群は,契約被相続人が自己(または近親者)の世話・看護や扶
• • • • •
養を確保・改善するために贈与を行う場合であり,判例上最も頻繁に問題となると言われる37)。たとえば(すでに相続契約を被相続人として妻以外の者
と締結した)夫が死亡するまでの世話と看護を期待して自分より年下の妻
•
に贈与をするとか,同じく(契約被相続人たる)高齢の寡夫が,親切な隣人に自己の扶養をしてもらう代わりに,この者に自己の農家屋敷を贈与する場合38)である。当該贈与が相続契約の拘束に反しないかどうかは,出
捐価額やその他事情をもとに,被相続人と契約相続人の利益の衡量により
• • • •
判断されることになる。その結果,贈与の一部しか許容されないことも考えられる。またすでに十分な世話等を受ける環境が整っているときは,生前自己利益自体,認められない。
最近の判例の傾向は,加齢による世話・看護の切迫化に伴い,当該出捐
• • •
の目的が利己的であればあるほど生前自己利益は認められやすい。たとえば BGH 2011年10月26日決定(ZEV 2012, 37)は,「高齢の被相続人にとって世話,場合によっては看護が問題である場合」において,この者から
「贈与を受けた者が法的拘束を伴わず――たとえば▇▇の世話に関する――給
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付を引き受け,実際に給付を行い,今後もそれをしようとするときは」,これを理由とした贈与には生前自己利益が認められるため,2287条は適用されないとする。それでも,契約相続人が侵害贈与であると主張するならば,「当該贈与には正当化する生前自己利益がないことを……証明しなければならない」として証明責任の転換を図る。かくして「高齢者の福祉」に関わる現代的な贈与には,寛容な姿勢がうかがわれる。
なお判例こそわずかしかないが,契約被相続人が自己の事業をより良く承継させるために会社の社員の持分(▇▇▇▇▇äftsanteil)を適任者と思しき同僚に贈与した場合に「生前自己利益」が認められるか否かも,近時注目されつつある論点である39)。
d) 事情変更
•
契約被相続人の贈与は,諸般の事情が相続契約締結時から変わっていな
• • • • • •
い限り,単なる心境の変化だけでは正当化されない,つまり相続契約の拘
•
束力は揺るがないのである。当該締結後に生じた諸般の事情から,当該贈与に対する契約被相続人の利益が重要であると考えられる場合に初めて, 2287条は適用されない。たとえば契約被相続人が再婚した場合において,配偶者等の出現を理由に(2078条・2079条による被相続人の取消しを認めた) 2281条 1 項,2079条(遺留分権利者の看過による取消し)により相続契約を取り消すことができるときは,取消しが実際なされたかどうかとは関係なく,生前自己利益が認められる。また契約相続人との個人的な不和がもとで,被相続人が贈与を行った場合において,その不和を理由に2281条 1
項,(動機の錯誤に関する)2078条 2 項により取消権を有しているときも同様である。
e) 契約相続人の利益の配慮
契約被相続人が,贈与により契約受益者たる契約相続人の利益を守る場
• • • • • • •
合にも,濫用は認められない。たとえば,自己の死亡後に契約相続人の世
話・看護を受贈者にさせるため贈与を行う場合である(生前処分自由の濫用
• • • •
を否定する死後他人利益の承認)。
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(▇▇)
f) 契約相続人の非行
契約被相続人が,自らに対して契約相続人が犯した非行(Verfehlung)を受けて第三者への贈与を行ったときは,侵害意図が明らかであり,生前自己利益の存在する余地はない(にもかかわらず,下級審判決(LG Gießen MDR 1981, 582)は上記利益を認めたため,学説の批判にさらされた)。契約被相続人が,贈与によって契約相続人を「処罰する(bestrafen)」ことは許されないからである。本来この場合に,相続契約の拘束から被相続人が脱しようとするのであれば,そのために規定された相続契約の解除(2294条)を検討すべきである40)。
g) その他
契約被相続人が,直系卑属を平等に扱うために贈与をした場合も,上記 f)同様,本来は2050条(法定相続人の調整義務)以下,2315条(遺留分への出捐の算入)以下により調整が行われるべきであるから,生前自己利益は認められない。相続契約締結後に被相続人が個人的に親密となった者へ愛情表現のために贈与を行った場合も,同様である。
3.情報請求権
ところで(契約受益者たる)契約相続人が2287条(2288条も同様)による保護を受けるにあたり,受贈者の協力なくしては,贈与につき必要不可欠な情報を入手できないことが懸念される。
そこで▇▇の規定こそないが判例・学説上,2287条の不当利得返還請求権を担保する観点から,契約相続人が受贈者と思しき第三者からの情報提供を必要とし,かつ,この者が必要な情報を持ち容易に提供できるときは,242条(▇▇▇▇に従った給付),(相続財産など包括目的(Inbegriff von Gegenständen)の現状報告義務に関する)260条により付随的に情報請求権
(Auskunftsanspruch)が認められる。ただその前提として,契約相続人が, 2287条の請求権につき十分な根拠,敷衍すれば,諸般の事情から少なくとも一部は無償でありかつ契約被相続人の生前自己利益が存在しないことを
立命館法学 2015 年 5・6 号(363・364号)
窺わせる出捐を具体的に説明し,場合によっては証明する必要がある。 さらに情報請求権に加えて,契約相続人が,決算書等により贈与された
ものの価額を知り得ず自ら評価できないときは,(遺産の状況につき相続人に情報提供するよう求める権利を遺留分権利者に認めた)2314条の類推適用により,受贈者に対して当該価額の査定・評価を請求する権利(Wertermittlungs- anspruch)を有するとされる。
Ⅴ.お わ り に――所感と今後の課題――
• • • • • • •
⑴ 2287条の侵害意図という主観的限定要件について,「例外規定は厳格に
解釈しなければならず類推適用できない(singularia non sunt extendenda)」との法原則も踏まえ文言解釈すると,契約被相続人による生前処分自由の
• •
濫用から相続契約の拘束を死守する,換言すれば,この拘束を信頼した契
• •
約相続人の正当な財産取得(相続)期待を保護するという本条の趣旨を必ずしも実現できない。ひいては,相続法上の拘束力(2289条 1 項 2 文)を最大の特徴とする相続契約制度自体を揺るがしかねない。
かくして契約被相続人の生前処分の自由を原則としつつも(2286条),
• • • • •
上記2287条の趣旨を踏まえて,判例は,侵害意図という主観的文言にとら
われず,相続契約の拘束下にあって被相続人の贈与が正当化される「生前
• • • • •
自己利益」という客観的基準を採用して,2287条の拡大解釈・適用をめざす積極攻勢に転じた。「2287条は,法政策的傾向を絶えず強く」し「濫用阻止の一般条項として解釈され」41),「生前処分自由の濫用」法理を展開
するに至ったのである。
• • • • •
ただその結果,生前処分の自由を原則とした2286条と相続契約の拘束力
• • • •
が及ぶ限度で契約受益者を例外的に保護する2287条・2288条は,「被相続
人は,相続契約の趣旨(拘束)に反しない,つまり契約受益者の利益を侵
• • •
害しない限りで,生前処分をすることを妨げられない」という規律への変容途上にあるかのようであり(後述⑶参照),現状は相続契約の拘束下にお
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(▇▇)
• • • •
ける生前処分に関する原則と例外が逆転したとまでは言えないにせよ,か
• • • • •
なり微妙な緊張関係にあるように思われる。
⑵ 上記⑴のとおり(契約被相続人の「生前自己利益」も重要な一考慮事由であるところの)「生前処分自由の濫用」という一般条項的要件は,各事例ごとに柔軟かつ妥当な結論を導き出しうる点で,とくに実務上有用であると考えられる。他方,当該一般条項の内実を具体化・明確化する点では,前述Ⅳ2⑶の類型化アプローチも有益たりうると言えよう。ただ――新たな類型の登場に備える意味でも――最終的には,客観的な利益評価・衡量の問題であるため,――論者によりかなり異なるようだが――相続契約の拘束下において生前処分自由についての契約被相続人の利益,財産取得期待についての契約相続人の利益のどちらに重きを置くのか,そのスタンスを明らかにすることが求められよう。
ここからは浅学な卑見を述べれば,2287条の「侵害意図」に代わり定着した「生前処分自由の濫用」とは,本来最大限尊重されるべき「遺言自
由」(その絶対性を規定した2302条参照)をあえて制限する相続契約の拘束力
• •
の正当化根拠を「合意」に求めた点(いわゆる契約主義(Vertragsprinzip)。
• • • • • • • • •
前稿Ⅱ1⑴b)参照)に立ち返れば,個々具体的な相続契約の趣旨を潜脱す
• • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • •
る,つまり遺言でなくあえて相続契約の拘束を欲した当事者の意思や正当
• • • • • • • • • • • •
な信頼・期待に反するような贈与であると考えられる42)。そうであるな
• • •
らば,相続契約において被相続人と相手方がどのような趣旨の相続契約・
• • •
強度の拘束力を意図していたのかが重要であり,その判断は,拘束力ある契約的処分をした被相続人との関係で相手方が相続契約に自らもどの程度積極的に関わっていたのか(あるいは法的利害関係を有していたのか)により
変わってくるのではあるいまいか。
• • • • •
かくして前稿Ⅱ1⑵で見た相続契約の種類に着目すれば,まず片面(無
• •
償)的相続契約の場合,相手方は契約的処分をせず,被相続人からの相続
契約の申込みを単に承諾したか,撤回可能な一方的処分をしたかにとどまるから,2286条が被相続人の生前処分の自由を原則とする以上,その贈与
立命館法学 2015 年 5・6 号(363・364号)
• • • • •
は▇▇に,とくに前述Ⅳ2⑶c)の「被相続人が高齢者であり,自己の福祉
• • • • •
の観点から贈与をした」場合は許容されよう。相手方が契約受益者(2287
条では契約相続人)でない,いわゆる第三者のためにする相続契約の場合は,なおさらであろう。
• • • • • • • •
これに対して,相手方も被相続人として拘束力ある契約的処分を行う双
• • • • • • • •
面的相続契約の場合には,相互関連的な処分(wechselbezügliche Verfügung)がなされている可能性が高い(「双方処分の相互関連性」を推定した2298条参
照)ため相続契約という合意の拘束力はより強く43),自ずと互いに許さ
• • •
れる贈与の範囲は限られてこよう。また有償的相続契約(Ⅰ1⑵参照)の場
合も,たしかに契約相手方による被相続人の世話・看護や扶養の引受けな
• • • • • •
ど債務法上の義務負担は相続契約の内容にはなり得ないが,実質的に見れ
• • • • • • • • • •
ば相続契約と密接な経済的関連性を有するため,相手方がすでに上記義務の履行に着手した場合はなおさら,被相続人に許される贈与の範囲は限ら
れてくるのではあるまいか44)。
• • • • • • •
⑶ 契約受益者保護の方法・内容については法政策論としてではあるが,
相続契約の拘束力を強化しようとするのであれば,現行2287条による「被
•
相続人死亡後の不当利得返還請求権の付与」ではなく,かつての「空洞化
• • • • •
無効」判例法理による「贈与自体の無効」というより手厚い効果についても,議論の俎上にのせる必要があろう。
また,現行法上は契約被相続人の生前処分自由の濫用として「贈与」に限定された2287条の適用対象を――契約受遺者を保護する2288条のように――それ以外の有償行為,さらには事実行為にまで拡大すべきかについても,
かつてこの拡大提案は第二委員会で拒否されたわけだが,立法論としてと
• • •
くに有償的相続契約の場合には検討課題となろう45)。なおこの拡大に際しては,「侵害意図」という限定的要件が意味を持つかもしれない。
⑷ 本稿表題は,相続法上の「自由か拘束か」が先鋭化した問題であった。わが国においても,ドイツ法上の相続契約のような遺言自由を制限する死因処分を認めた暁には,必ずや早晩直面することになろう。
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(▇▇)
1) 「ドイツ法上の『相続契約』概説――遺言自由を制限する死因処分の法的規律に関心を寄せて――『」同志社法学 ▇▇・▇▇・▇▇・▇▇▇▇退職記念論集(』2016年)掲載予定。ただし,両稿とも同時期の退職記念論文集への掲載のため,公表時期が逆転することもありうる。
なお前稿の本文末尾には,相続契約関連の条文試訳を掲げてある。
• •
2) なお拘束力が及ぶのは,相続契約中の,(法定相続に優先する相続資格取得原因となり
その限りで法定相続を排除する)相続人の指定(Erbeinsetzung),遺贈(Vermächtnis),
• • • • •
負担(Auflage)に関する「契約による死因処分(vertragsmäßige Verfügung von Todes wegen. 以下,契約的処分と略称する)」に限られる。詳しくは,前稿Ⅱ3⑴参照。
3) 2289条(終意処分への相続契約の効力 ; 2338条の適用) 1 文
⑴ 相続契約により,被相続人がした前の終意処分は,契約による受益者の権利を侵害する限りで,廃止されたものとする。後の終意処分は,同一の範囲においてその効力を生じない,ただし,第2297条の規定の適用を妨げない。
4) なお,必ずしも相続契約において契約相手方が契約受益者である必要はない(前稿Ⅱ1
• • • •
⑴b)の第三者のための相続契約)が,概説的な本稿では,とくに断りのない限り,「相手方が受益者である」場合(「相手方=受益者」)を想定いただくと分かりやすい。
• • • • • • • • • • • •
5) なお相続契約の中では,前掲注 2 )の契約的処分以外に,いつでも撤回自由な一方的処分(einseitige Verfügung)をすることもできるが,詳しくは前稿Ⅱ3⑵参照。
6) ただし,2288条の文言には「受益者」とあるが,負担による受益者は給付請求権を有し
• • •
ない(誰に対しても当該請求権を発生させないとした1940条。負担に関する実質的規定は 2192条以下参照)ため除かれる。
7) ▇▇▇▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇▇▇, Erbrecht Band 2(2010), Rz. 2303.
なお相続開始により生じる遺留分請求権(2317条 1 項)について,同様の発想から2325
• •
条は遺留分補充請求権(Pflichtteilsergänzungsanspruch)を規定して生前贈与による骨抜きを防いでいる。ただし,2287条・2288条とは異なり,侵害意図を要件としていない。 Vgl. auch ▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇, Inwiefern spielt Illoyalität in §2325 BGB eine Rolle? Lex lata und lex ferenda, in : Hereditare - Jahrbuch für Erbrecht und Schenkungsrecht(2012), S. 63ff.
8) なお2288条については,ここで簡単に解説しておきたい。
契約被相続人は,自己の財産から遺贈の目的(Gegenstand)を分離することで,いと
•
も簡単に相続契約による遺贈の効力を否定することができてしまう。これを阻止し契約受
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遺者を保護すべく2288条は,2279条 1 項が相続契約による遺贈に準用する2147条(遺贈義
• • •
務者)以下の相続人の遺贈義務を拡大した。なお相続人が,責任制限(1975条以下,たとえば遺産の消尽)や支払不能などの理由から弁償できない場合,受遺者は,2287条により
受贈者に請求することができる(2288条 2 項 2 文)。
• • •
2288条は,前条が適用要件とする贈与にとどまらず,有償の処分行為,さらには滅失や毀損といった事実行為による侵害(総じて遺贈妨害(Vermächtnisvereitelung )からの包括的な保護を与える。2287条よりも保護が厚いのは,遺贈は原則その目的が遺産に属している場合に限り効力を生じるにすぎない(2169条[他人に属するものの遺贈] 1 項, 2171条[不能の遺贈又は禁止された遺贈])からである。
9) すでに当該問題は,▇▇▇▇▇「相続契約――ドイツ民法におけるその中心的問題をめ
立命館法学 2015 年 5・6 号(363・364号)
ぐって――」▇▇▇▇▇先生追悼『現代家族法体系 4 相続Ⅰ』(有斐閣,1980年)117頁∼119頁で簡単に扱われている。
本稿執筆にあたっては,現在代表的な相続法の基本書(Dieter Leipold, Erbrecht, 20. Aufl.(2014), Rz. 491ff. ; Dirk Olzen, Erbrecht, 4. Aufl.(2013), Rz. 490ff. ; Walter Zimmermann, Erbrecht, 4. Aufl.(2013), Rz. 167ff. ; Knut Werner Lange, Erbrecht(2011), S. 126ff., S. 321ff., S. 471ff. ; Lutz Michalski, BGB - Erbrecht, 4. Aufl.(2010), Rz. 279ff. ; K. Muscheler, a.a.O.(Fn. 7), Rz. 2178ff. usw.),注釈書(Frieser/Sarres/Stückemann/Tschichoflos/Krause, FA-ErbR,
6. Aufl.(2015), Kap. 3 Rz. 178ff. ; Palandt/Weidlich, Bürgerliches Gesetzbuch, 74. Aufl.(2015),
§2286ff. ; Burandt/Rojahn/Burandt, Erbrecht, 2. Aufl.(2014), §2286ff. ; Erman/Schmidt, Handkommentar zum Bürgerlichen Gesetzbuch, 14. Aufl.(2014), §2286ff. ; Münchener/ Weber, MAH Erbrecht, 4. Aufl.(2014), §64 ; NK/Seiler/Horn, BGB Erbrecht, 4. Aufl.(2014),
§ 2286ff. ; Staudinger/Kanzleiter, Kommentar zum Bürgerlichen Gesetzbuch, Neubearbeitung 2014, §§2286ff. ; Münchener/Musielak, Kommentar zum Bürgerlichen Gesetzbuch, 6. Aufl. (2013), § 2286ff. ; Bamberger/Litzenburger, Kommentar zum Bürgerlichen Gesetzbuch, 3. Aufl. (2012), §2286ff. usw.),研究書・論稿(Fabian Wall, Umgehung erbvertraglicher Bindungen durch Vertrag zugunsten Dritter auf den Todesfall?, ErbR 2014, S. 250ff. ; Inge Kroppenberg, Missbräuchliche Schenkungen des gebundenen Erblassers - Prä- und postmortaler Schutz, in : Hereditare - Jahrbuch für Erbrecht und Schenkungsrecht(2012), S. 39ff. ; Andreas Frieser, Zur Auslegung des Begriffs
„Beeinträchtigungsabsich“t in §2287 BGB, in : FS für Eduard Picker zum 70. Geburtstag (2010), S. 249ff. ; Tobias Steffen Spanke, Den Vertragserben beeinträchtigende Schenkungen in der Beratungspraxis, ZEV 2006, S. 485ff. ; Thorn Beisenherz, „Berechtigte
Erberwartun“g des Vertragserben, Anwachsung und Ausschlagung, ZEV 2005, S. 8ff. ;
Andreas Schindler, Irrtum über die rechtliche Bindung und die Beeinträchtigungsabsicht nach § 2287 BGB, ZEV 2005, S. 334f. ; Torge Christiansen, Die erbvertragliche Bindungswirkung in der Rechtsprechung des 20. Jahrhunderts(2004); Christopher Keim, § 2287 BGB und die Beeinträchtigung eines Vertragserben durch lebzeitige Zuwendungen an den anderen, ZEV 2002, S. 93ff. ; Tobias Scheel, Beeinträchtigende Schenkungen i. S. d. § 2287 Abs. 1 BGB, NotBZ 2001, S. 58ff. ; Thomas Lemcke, Ansprüche des Vertragserben wegen beeinträchtigender Schenkungen (1997); Klaus Hohmann, Die Sicherung des Vertragserben vor lebzeitigen Verfügungen des Erblassers, ZEV 1994, S. 133ff. ; Shirley Aunert-Micus, Der Begriff der Beeinträchtigungsabsicht in §2287 BGB beim Erbvertrag und beim gemeinschaftlichen Testament (1991); Dorothee Strunz, Der Anspruch des Vertrags- oder Schlußerben wegen beeinträchtigender Schenkungen - §2287 BGB (1989); Hermann Dilcher, Die Grenzen erbrechtlicher Bindung zwischen Verfügungsfreiheit und Aushöhlungsnichtigkeit, Jura 1988, S. 72ff. usw.)や判例評釈(Gregor Basty, Anmerkung
• •
zu BGH, Urteil v. 29.6.2005, LMK 2005, 159126 usw.)を参照した。ただ今回は概説的な解説にとどめることに加えて紙幅の都合上,とくに必要と思われる場合を除き文献注を付さなかった。
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(臼井)
10) また2286条では,譲渡可能な権利を処分する権限を法律行為により排除できないと規定した137条 1 文で表された「一般的な自由主義(Freiheitsprinzip)」が復唱されているとも言えよう(vgl. H. Dilcher, a.a.O.(Fn. 9), S. 73)。
11) Bamberger/Litzenburger, a.a.O.(Fn. 9), §2286 Rz. 6.
12) 本契約の有効性について詳しくは,Sebastian Krebber, Die Sicherung erbrechtlicher Erwerbsaussichten im Lichte erbrechtlicher Prinzipien, AcP 204(2004), S. 149ff. 参照。
13) ただ単なる無償的相続契約(前稿Ⅱ1⑵参照)の場合には,生前処分の自由を規定した 2286条を考慮すれば,黙示的解釈には抑制的であるべきであろうか。
14) Vgl. Staudinger/Kanzleiter, a.a.O.(Fn. 9), §2286 Rz. 6 Anm. 1.
15) 現に1949年から1972年までの間,2287条の請求を認容した判決は見あたらないようである(vgl. D. Strunz, a.a.O.(Fn. 9), S. 15)。
16) T. Lemcke, a.a.O.(Fn. 9), S. 104.
17) なお同様の理由から,故意の良俗違反に基づく不法行為(826条)による損害賠償請求権も,特別規定たる2287条の存在により排斥されている。
18) Bamberger/Litzenburger, a.a.O.(Fn. 9), §2287 Rz. 1.
19) ただしBGH 2013年11月20日判決(NJW 2014, 782)によれば,受贈者から贈与された物を無償で取得した第三者の返還義務を規定した822条の要件を充たすときは,本文の限りでない(vgl. Marina Wellenhofer, Erbrecht : Herausgabeanspruch des Vertragserben bei beeinträchtigender Schenkung, JuS 2014, S. 452ff.)。
20) Münchener/Musielak, a.a.O.(Fn. 9), §2287 Rz. 1.
21) 具体例としては,たとえば K. Muscheler, a.a.O.(Fn. 7), Rz. 2308 参照。
22) 「贈与」の要件とは,債務法上の贈与と同様に,つまり「ある者が自己の財産から他人に利得させる出捐で,その出捐を無償で行うことにつき当事者双方が合意しているもの」
(516条,訳は右近健男編『注釈ドイツ契約法』(三省堂,1995年)132頁)と解されている。この贈与には,義務的・儀礼的贈与(Pflichts- und Anstandsschenkung,534条),混合贈与,実際は欲されていない反対給付を外見上見せかけることで有償であるかのような隠匿贈与(verschleierte Schenkung)および独立資金としての贈与(Ausstattungsschenkung, 1624条 1 項)などあらゆる種類のものが含まれる。
ところで土地の無償譲渡の際に,譲渡人が用益権などの物権的負担を留保する場合であっても,その留保は譲受人の反対給付を意味せず,よって無償であるから,この譲渡は贈与である。第三者が被相続人の負担において何らかのものを出捐する(たとえば,銀行が被相続人の資産の中から彼の指図で有価証券を譲渡する)場合も,贈与にあたる。婚姻共同生活を維持するために反対給付を伴わず夫婦間で財産移転が行われる「夫婦間の無名
出捐(unbenannte Zuwendung unter Ehegatten)」も,2287条の贈与にあたる。これに対
• •
して,友人価格であっても売買である以上は,贈与意思を欠くため,贈与とは言えない。なお2287条の「贈与」概念を再考したものとして,たとえば Christian Seiler, Der
Begriff der Schenkung in §2287 BGB(2006)。
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23) 本稿では,「客観的な侵害贈与」要件には触れないが,たとえば遺留分権利者に対する被相続人の贈与が遺留分の価額を上回らない限り,契約相続人を侵害したとは言えないた
立命館法学 2015 年 5・6 号(363・364号)
め,当該要件を充足しない。契約相続人は遺留分権を予見していなければならず,遺留分権は契約相続人の権利よりも優先するからである。
24) おおよそ「契約相続人を侵害する意図」という条文上の文言は正確でない。契約相続人は,人としてあるいは当該法的地位において,被相続人の贈与により侵害されないからで
ある。侵害の対象は,贈与が相続財産の価額を縮減させる点に鑑みれば,相続財産に対す
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る契約相続人の実際的見込みである(Münchener/Musielak, a.a.O.(Fn. 9), §2287 Rz. 11)。
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25) 判例の変遷を簡潔にまとめたものとして,たとえば A. Frieser, a.a.O.(Fn. 9), S. 251ff.。
26) Bindung des Erblassers an seine Verfügungen, NJW 1963, S. 1577.
27) かくして「意図で(in der Absicht)」という条文上の文言を「故意に(mit dem Vorsatz)」に変更すべきことが提案される(vgl. Olaf Schermann, Der Schutz des Vermächtnisnehmers im gemeinschaftlichen Testament und Ehegattenerbvertrag(2006), S. 400f.)。
28) T. Christiansen, a.a.O.(Fn. 9), S. 258ff.
29) もっとも,この流れに批判的な見解としてたとえば,歴史的解釈(侵害意図を要件とするに至った第二委員会の詳細な議論)を重視する Staudinger/Kanzleiter, a.a.O.(Fn. 9), § 2287 Rz. 12 ; Erman/Schmidt, a.a.O.(Fn. 9), §2287 Rz. 4。
30) Vgl. etwa D. Strunz, a.a.O.(Fn. 9), S. 164.
31) Die sogenannte Testamentsaushöhlung und die §2287, 2288 BGB, FamRZ 1972, S. 355.
32) もっとも厳密には,次のc)のみが生前自己利益に関する類型であり,a),b)およびe)
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の類型は,別の観点から正当化される贈与であるとも言えようか(Staudinger/Kanzleiter, a.a.O.(Fn. 9), §2287 Rz. 15)。
33) Vgl. I. Kroppenberg, a.a.O.(Fn. 9), S. 56.
34) 詳しくは,小島奈津子『贈与契約の類型化』(信山社,2004年)7 頁以下参照。
35) この具体例として,D. Leipold, a.a.O.(Fn. 9), §15 Fall 22 b), Rz. 533。
なお,前掲注 7 )で見た2325条以下の適用を排除する2330条(儀礼的贈与)の規定および解釈論もあるいは参考となるかもしれない。
36) Münchener/Musielak, a.a.O.(Fn. 9), §2287 Rz. 1.
37) なおこの事例では,そもそも2287条の要件たる「贈与」が存在するかどうかに注意して
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おく必要がある。上記世話等が贈与の法的対価(報酬)として法律上義務づけられている
ときは,上記要件を充たさないからである。出捐価額から見て義務ではないが家・庭・買
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い物・掃除の面倒を見ることを受贈者が引き受けていたり,混合贈与のごとく報酬の一部でしかなかった場合に初めて「贈与」要件を充たす。ただこの証明責任が契約相続人の負担とならないよう,判例は,給付と反対給付との間に際だって大きな不均衡があるときは,
(ともかく混合)贈与であるという事実上の推定を働かせる。
38) Vgl. etwa Anne Röthel, Erbrechtliche Ansprüche, Jura 2013, S. 588.
39) Etwa Manuel Tanck, Die Absicherung der Unternehmensnachfolge als lebzeitiges Eigeninteresse im Sinne von §2287 BGB, ZErb 2015, S. 220ff.
40) Etwa Münchener/Musielak, a.a.O.(Fn. 9), §2287 Rz. 19.
41) Anne Röthel, Ist unser Erbrecht noch zeitgemäß?, NJW-Beil. 2010, S. 79.
42) 同様の出発点に立つであろうものとして,たとえば Sabine Loritz, Freiheit des
相続契約の拘束下における被相続人の生前処分の自由と限界(臼井)
gebundenen Erblassers und Schutz des Vertrags- und Schlußerben vor Zweitverfügungen (1992), S. 93ff., 132ff., 169f.。Vgl. Inge Kroppenberg, Privatautonomie von Todes wegen - Verfassungs- und zivilrechtliche Grundlagen der Testierfreiheit im Vergleich zur Vertragsfreiheit unter Lebenden(2008), S. 284ff.。
43) あるいはその双面性(Zweiseitigkeit)から拘束力に対する信頼保護がとくに要請されよう
(vgl. Clemens Jestaedt, Die Auswirkungen der Geschäftsunfähigkeit auf die Lösungs- möglichkeiten vom gemeinschaftlichen Testament und vom Erbvertrag(2015), S. 22)。
44) 同旨・類似の見解として,S. Loritz, a.a.O.(Fn. 42), S. 145f. ; 契約相続人の要保護性を重視する S. Aunert-Micus, a.a.O.(Fn. 9), S. 74ff. ; Ⅳ2⑶の類型化による考察ではなく相続契約の解釈により明らかにされた利害関係人の意思を重視する A. Frieser, a.a.O.(Fn. 9), S. 262f.。
なおわが国でも,「老後の世話」と引換えに遺贈がなされた場合の受遺者の法的地位に
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ついて,大島(和夫)教授は,対価関係を伴わない場合とは対照的に期待権と表現して当然にかなり強いと評価した上で,「贈与にも通じる」と言う(『期待権と条件理論』(法律文化社,2005年)19頁)。
45) Vgl. etwa Marietta Benkö, Zur Aushöhlung bindender Verfügungen von Todes wegen (1974), S. 59ff. もっとも,有償行為の場合は通常,金銭など見合った等価物を契約被相続人は手にしているはずであるから,生前処分自由の濫用は認められないであろう(vgl. D. Strunz, a.a.O.(Fn. 9), S. 162)。
