a 質(品質や性質をいう。例えば物品の質として、性能・機能・効能、構造・装置、成分・原材料、品位、デザイン、重量・大きさ、耐用度、安全性、衛生性、鮮度。役務の 質として、効果・効能・機能、安全性、事業者・担当者の資格、使用機器、回数・時間、時期・有効期間、場所)
第2章 消費者契約
第1節 消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し(第4条-第7条)
第4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
Ⅰ 第1項・第2項(誤認類型)
(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
第4条 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
一 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認
二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。 当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認
2 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意又は重大な過失によって告げなかったことにより、当該事実が存在しないとの誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。ただし、当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず、当該消費者がこれを拒んだときは、この限りでない。
1 趣旨等
(1)趣旨
現代社会のように、取引が多様化・複雑化する中で情報の面で消費者と事業者との間に格差が存在する状況にあっては、契約の締結を勧誘するに当たって、事業者から消費者に対し、消費者が契約を締結するという意思決定をする上で必要な情報の提供が適切になされないまま、契約が締結されるケースがある。このように、消費者が事業者の不適切な勧誘行為に影響されて自らの欲求の実現に適合しない契約
を締結した場合には、民法の詐欺(同法第 96 条第1項)が成立しない場合でも、契約の成立についての合意の瑕疵によって消費者が当該契約に拘束されることはxxを欠くものであるため、消費者は当該契約の効力の否定を主張し得るとすることが適当である。
そこで、法は、本条第1項及び第2項において、事業者から消費者への情報の提供に関する民事ルールを設けることとした。すなわち、消費者は、事業者の一定の行為(誤認を通じて消費者の意思表示に瑕疵をもたらすような不適切な勧誘行為。具体的には、不実告知(第1項第1号)、断定的判断の提供(第1項第2号)、不利益事実の不告知(第2項))により誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができることとした。
(2)平成 30 年改正
平成 30 年改正前の本条第2項は、不利益事実の不告知による取消しの要件を、事業者が不利益事実を故意に告げなかった場合に限定していた。このため、消費者は自らが直接関知しないような事実について事業者が知っていたことを立証することが求められ、消費生活相談の現場では、こうした事業者の故意についての立証が消費者にとって困難であり、当該規定は実務上利用しにくいという指摘がされていた。
また、裁判例においては、先行行為(ある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げること)が具体的な告知として認定されることを前提として、故意の認定に際しては、具体的な事実を摘示せずに結論として故意があるとしたものや、事業者が消費者の誤認を認識し得たことから、故意を認定(推認)したもの等、故意要件を事案に即して柔軟に解釈しているものがみられた。
このように、故意の要件の見直しは、消費生活相談の現場における当該規定の活用及び訴訟における妥当な結論の確保という観点から課題になっていたため、平成 30 年改正では、このような故意の立証の困難さに起因する問題に対処するため、不利益事実の不告知による取消しの要件として、「故意」のほかに「重大な過失」を追加した。
2 条文の解釈
(1)要件1(事業者の行為)
1つ目の要件として、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、事業者の一定の行為(不実告知(第1項第1号)、断定的判断の提供(第1項第2号)、不利益事実の不告知(第2項))が存在することが挙げられる。
ア 「消費者契約の締結について勧誘をするに際し」
「勧誘」とは、消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える程度の勧め方をい
う。したがって、「○○を買いませんか」などと直接に契約の締結を勧める場合のほか、その商品を購入した場合の便利さのみを強調するなど客観的にみて消費者の契約締結の意思の形成に影響を与えていると考えられる場合も含まれる。
なお、「勧誘」の解釈に関しては、下記のとおり、事業者等による働き掛けが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしても、そのことから直ちにその働きかけが「勧誘」に当たらないということはできないとした最高裁判決がある。
次に、「際し」とは、事業者が消費者と最初に接触してから契約を締結するまでの時間的経過において、という意味である。
● 「勧誘」に関連する最高裁判決
最三判平成 29 年 1 月 24 日(民集第 71 巻1号1頁) | |
事件番号: | 平成 28 年(受)1050 号 |
事案概要: | 適格消費者団体であるX(上告人)が、健康食品の小売販売業等を営む事業者であるY(被上告人)に対し、自己の商品の原料の効用等を記載した新聞折込チラシを配布することが、不実告知(第4条第1項第1号)に当たるとして、第 12 条第1項及び第2項に基づき、上記効用等の記載をすることの差止め等を求めた事案であり、当該チラシの配布が法にいう「勧誘」に当たるか否かが争われた。 |
判示内容: | 上記各規定(注)にいう「勧誘」について、法に定義規定は置かれていないところ、例えば、事業者が、その記載内容全体から判断して消費者が当該事業者の商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような新聞広告により不特定多数の消費者に向けて働きかけを行うときは、当該働きかけが個別の消費者の意思形成に直接影響を与えることもあり得るから、事業者等が不特定多数の消費者に向けて働きかけを行う場合を「勧誘」に当たらないとしてその適用対象から一律に除外することは、法第1条の趣旨目的に照らし相当とはいい難い。したがって、事業者等による働きかけが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしても、そのことから直ちにその働きかけが「勧誘」に当たらないということはできないというべきである。 (注)第4条第1項ないし第3項、第5条、第 12 条第1項及び第2項。 |
イ 不実告知(第1項第1号)
「重要事項について事実と異なることを告げること」
「事実と異なること」とは、xx又は真正でないことをいう。xx又は真正でな
いことにつき必ずしも主観的認識を有していることは必要なく、告知の内容が客観的にxx又は真正でないことで足りる。
したがって、主観的な評価であって、客観的な事実によりxx又は真正であるか否かを判断することができない内容(例えば、「新鮮」「安い」「(100 円だから)お買い得」という告知)は、「事実と異なること」の告知の対象にはならない。
<不実告知型事例とその考え方>
〔事例4-1〕
ヒールの硬い革靴が欲しくて靴屋で探していた。店員が「この靴はイタリア製なのでヒールが硬いですよ」と勧めたので購入したが、実際に道路を歩いてみると、以前自分が履いていたものに比べてさほど硬いとは思えなかった。
〔考え方〕
「ヒールが硬い」と告げることは、主観的な評価であって、客観的な事実によりxx又は真正であるか否かを判断することができない内容であるので、「事実と異なること」を告げたことにはならず、取消しは認められない。。
〔事例4-2〕
魚屋さんの店頭で「新鮮だよ」と言われたので魚を買ったが、たいして新鮮であるとは思えなかった。
〔考え方〕
「新鮮である」と告げることは、主観的な評価であって、客観的な事実によりxx又は真正であるか否かを判断することができない内容であるので、「事実と異なること」を告げたことにはならず、取消しは認められない。
〔事例4-3〕
住宅販売において、「居住環境に優れた立地」という表現が用いられていたが、当該住宅の購入者にとっては、さほど優れているとは感じられなかった。
〔考え方〕
「居住環境に優れた立地」という表現自体は、主観的な評価であって、客観的な事実によりxx又は真正であるか否かを判断することができない内容であるので、「事実と異なること」を告げたことにはならず、取消しは認められない。他に
「当社のマンションは安心」と表現した場合も同様の例といえる。
〔事例4-4〕
住宅建設用の土地の売買において、「近くにがけがありますが、この土地なら全
く問題はありません」との説明を信じて契約した後に、その土地は、がけ地に接近しているためそのままでは考えているとおりの住宅を建設することができない上に、擁壁の設置も必要であることがわかった。
〔考え方〕
「この土地なら全く問題はありません」との説明は、住宅建設用の土地の売買契約の締結に際しては、「この土地に住宅を建設するに当たって特段の障害はない」ことを告げたものと考えられるから、がけが接近していて考えているとおりの住宅を建設することができない場合や住宅を建設するには擁壁の設置が必要である場合等は「事実と異なることを告げること」に当たり、本条第1項第1号の要件に該当し、取消しが認められることもあり得る。
〔事例4-5〕
弁護士が「必ず裁判に勝ちます」と言ったのに、裁判に勝てなかった。
〔考え方〕
裁判に勝つか負けるかは、契約締結段階でその達成が可能か否かを見とおすことが契約の性質上そもそも不可能であるため、「裁判に勝ちます」と告げても一般的には「事実と異なることを告げること」には当たらず、第4条第1項第1号の要件に該当しないので取消しは認められない。
また、裁判に勝つか負けるかは、「将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」ではなく、本条第1項第2号の要件にも該当しないので取消しは認められない。
〔事例4-6〕
「この映画を見れば絶対に感動しますよ」と勧誘されたが、実際に見ても感動しなかった。
〔考え方〕
「感動する」と告げることは、主観的な評価であって、客観的な事実によりxx又は真正であるか否かを判断することができない内容であるので、「事実と異なること」を告げたことにはならず、本条第1項第1号による取消しは認められない。
また、感動するかどうかは、「将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」ではなく、本条第1項第2号の要件にも該当しないので取消しは認められない。
● 債務不履行
xx又は真正であるか否かの判断は、契約締結の時点において、契約締結に至るまでの事業者の告知の内容を全体的に評価して行われる。事業者が告げた内容が当該契約における事業者の債務の内容となっている場合において、契約締結後に当該債務について不履行があったとしても、そのことによって遡って「事実と異なること」を告げたとされるわけではない。
〔事例4-7〕
建築請負契約において、基礎材は杉であると説明されて契約を締結し、仕様書にもそのように書かれていたが、事業者の手違いにより、実際には米栂であった。
〔考え方〕
「基礎材は杉」ということは債務の内容になっていると考えられる。したがってこの事例は債務不履行の問題であり、「事実と異なること」を告げる行為には当たらないので、取消しは認められない。
〔事例4-8〕
「○○日には届く」と言われたので契約したが、配送遅延のため、荷物がその日には届かなかった。
〔考え方〕
「○○日には届く」ということは債務の内容になっていると考えられる。したがってこの事例は債務不履行の問題であり、「事実と異なること」を告げる行為には当たらないので、取消しは認められない。
〔事例4-9〕
「ハーバービュー・ルームに泊まる香港4日間」というツアー・タイトルに魅力を感じ、ツアーに申し込んだ。旅行代理店での説明でもハーバービュー・ルームを手配するとのことであった。しかし、実際にホテルに行ってみると、手配ミスのため、窓からは街の景色しか見えず、海は全く見えなかった。
〔考え方〕
「ハーバービュー・ルームに泊まる」ということは債務の内容になっていると考えられる。したがってこの事例は債務不履行の問題であり、「事実と異なること」を告げる行為には当たらないので、取消しは認められない。
● 「告げる」方法
「告げる」については、必ずしも口頭によることを必要とせず、書面に記載して消費者に知悉させるなど消費者が実際にそれによって認識し得る態様の方法であればよい。
〔事例4-10〕
業者から、事故車ではないことを口頭で確認して中古車を購入したが、後日整備に出したら事故車だと分かった。
〔考え方〕
重要事項(事故車か否か)について、xxと異なることを告げている(事故車ではないと告げたこと)ので、本条第1項第1号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-11〕
新聞の折込チラシを見て築5年の中古の一戸建て住宅が気に入ったので、業者から「築5年である」旨の説明を受けて、売買契約を締結した。念のため登記簿を調べてみると、実際には築 10 年であることが判明した。
〔考え方〕
重要事項(経過年数)について、xxと異なることを告げている(築5年と告げたこと)ので、本条第1項第1号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-12〕
「当センターの派遣する家庭教師は東大生です」と勧誘されたが、当該家庭教師が東京大学以外の東京○○大学の学生であった。
〔考え方〕
「東大生」という略称は一般に東京大学の学生を意味するものであり、東京大学以外の東京○○大学の学生を「東大生」と告げることは、重要事項(家庭教師の出身大学)について、「事実と異なることを告げること」に当たるので、本条第
1項第1号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-13〕
CS放送の受信契約をした。いつでもやめられるという説明だったので申し込んだのだが、4年以内は解約できないということが分かった。4年も解約できないと分かっていれば申し込まなかった。説明と違っているのでやめたい。
〔考え方〕
重要事項(解除権の有無)について、xxと異なることを告げている(いつでもやめられると告げたこと)ので、本条第1項第1号の要件に該当し、取消しが認められる。
ウ 断定的判断の提供(第1項第2号)
① 「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき」
本号の「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるもの」については、本条第4項の解説を参照のこと。
「将来における変動が不確実な事項」の例示としては、
(ア) 「将来におけるその(=物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの)価額」(例えば不動産取引に関して、将来における当該不動産の価額)、
(イ) 「将来において当該消費者が受け取るべき金額」(例えば保険契約に関して、将来において当該消費者が受け取るべき保険金の額)
の二つを掲げている。
「その他の将来における変動が不確実な事項」とは、これら二つの概念には必ずしも含まれない、消費者の財産上の利得に影響するものであって将来を見通すことがそもそも困難であるもの(例えば証券取引に関して、将来における各種の指数・数値、金利、通貨の価格)をいう。
本号は、将来において消費者が財産上の利得を得るか否かを見通すことが契約の 性質上そもそも困難である事項(当該消費者契約の目的となるものに関し、将来に おける変動が不確実な事項)について事業者が断定的判断を提供した場合につき、 取消しの対象とする旨を規定している。これは、不実告知(第1号)と同様に、誤 認を通じて消費者の意思表示に瑕疵をもたらし得る不適切な勧誘行為だからである。典型的には、保険、証券取引、先物取引、不動産取引、連鎖販売取引の分野におけ る契約が問題となり得る。
一方、事業者がある商品・サービスについての効用・メリットを説明する場合で、一定の前提の下で客観的に将来を見通すことが可能な情報を提供することは問題とならない。例えば、ガソリン代、電気代等の節約については、「このような使用条件の下では」という一定の前提の下で将来を見通すことが可能であることから、そのような前提とともに説明する限りにおいては、ここでいう「将来における変動が不確実な事項」には当たらない。
なお、「将来における変動が不確実な事項」に関する裁判例として、パチンコ攻略情報の売買契約について、一般的にパチンコは遊技者がどれくらいの出球を獲得するかは複合的な要因による偶然性の高いものであり、常に多くの出球を獲得することができるパチンコの打ち方の手順等の情報は、将来における変動が不確実な事項に当たるとした裁判例(東京地判平成 17 年 11 月8日判例時報 1941 号 98 頁)が存在する。また、外国為替証拠金取引における預託金返還請求権を放棄する旨の和解契約について、事業者が外国為替証拠金取引の営業停止の行政処分を受け、その結果倒産し、消費者に預託金のほとんどが返還されなくなるかどうかは、将来における変動が不確実な事項に当たるとした裁判例(大阪高判平成 19 年4月 27 日判例時
報 1987 号 18 頁)も存在する。
他方で、家庭教師派遣契約について、事業者が「有名校に合格できる」と説明したとしても、有名校に合格するか否かは、消費者の財産上の利得に影響するものではないとして、将来における変動が不確実な事項に当たらないとした裁判例(東京地判平成 21 年6月 15 日)も存在する。
② 「断定的判断を提供すること」
「断定的判断」とは、確実でないものが確実である(例えば、利益を生ずることが確実でないのに確実である)と誤解させるような決めつけ方をいう。
「絶対に」「必ず」のようなフレーズを伴うか否かは問わないが(例えば先物取引
において、事業者が消費者に対して「この取引をすれば、100 万円もうかる」と告
. .
知しても、「この取引をすれば、必ず 100 万円もうかる」と告知しても、同じく断定
的判断の提供である。)、事業者の非断定的な予想ないしは個人的見解を示すこと(例
......
えば、「この取引をすれば、100 万円もうかるかもしれない」と告知すること)は断
定的判断の提供に当たらない。
また、消費者の判断の材料となるもの(例えば、「エコノミストA氏は、『半年後に、円は1ドル=120 円に下落する』と言っている」という相場情報)についてxxのことを告げることも問題にならない。
さらに、将来の金利など「将来における変動が不確実な事項」につき、一定の仮定を置いて、「将来におけるその価額」、「将来において当該消費者が受け取るべき金額」につき、事業者が試算を行い、それを消費者に示したとしても、「将来における変動が不確実な事項」については、試算の前提としての仮定が明示されている限りは、「断定的判断を提供すること」には当たらない。
<断定的判断の提供型事例とその考え方>
〔事例4-14〕
建築請負契約において、事業者から「当社の住宅は雨漏りしません」との説明を受けて契約した。
〔考え方〕
雨漏りするか否かといった住宅の性能は「将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」には当たらず、本条第1項第2号の要件に該当しないので取消しは認められない。
〔事例4-15〕
「当校に通えば、TOEIC800 点も夢じゃない」と勧誘されて、英語学校に通うことにしたが、TOEICの得点が 800 点を超えることはできなかった。
〔考え方〕
TOEICの得点が 800 点を超えるかどうかは「将来におけるその価額、 将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」には当たらず、本条第1項第2号の要件に該当しないので取消しは認められない。
また「TOEIC800 点も夢じゃない」と告げることは断定的判断を提供することには当たらず、本条第1項第2号の要件に該当しないので取消しは認められない。
〔事例4-16〕
証券会社の担当者に電話で勧誘されて、外債を購入した。円高にならないと言われたが、円高になった。
〔考え方〕
「将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」(円高になるか否か)について、断定的判断を提供(円高にならないと告げたこと)しているので、本条第1項第2号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-17〕
借金して契約しても 10 年後に利益が出ると言われて、一時払いの終身保険に
加入した(銀行から約 200 万円借りた。その返済総額は 293 万円だが、10 年後の
満期金が 360 万円になると勧められた。)。しかし、予定どおりの配当が出なくなり、利息の方が高くなった。
〔考え方〕
「将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」(利益が出るか否か)について、断定的判断を提供(借金して契約しても 10 年後に利益が出ると告げたこと)しているので、本条第1項第2号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-18〕
過去の数値データ及び当該データを参考にした仮定を明示するとともに、これらを前提とした試算を示しながら「今まで元本割れしたことはなく、試算を考慮すれば今後も元本割れしないだろう」と言われたので金融商品を契約したが、元本割れした。
〔考え方〕
「試算を考慮すれば今後も元本割れしないだろう」と告げるに際して、試算の前提としての仮定が明示されており、断定的判断を提供することには当たらず、
本条第1項第2号の要件に該当しないので取消しは認められない。
エ 不利益事実の不告知(第2項)
① 「当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ」(本文)
「当該重要事項(=ある重要事項)に関連する事項」とは、基本的には、「ある重要事項」に関わりつながる事項を広く意味する。しかしながら、不利益事実の不告知の対象が「当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)」と限定されているため(後述)、実際上この「事項」は、一般的・平均的な消費者が、不利益事実が存在しないと誤認する程度に「ある重要事項」に密接に関わりつながるものである。
「当該消費者の利益となる旨」とは、消費者契約を締結する前の状態と後の状態とを比較して、「当該消費者」(=個別具体的な消費者)に利益(必ずしも財産上の利益に限らない。)を生じさせるであろうことをいう。
本項が個別の勧誘場面について適用される規範である以上、ここでは「一般的・平均的な消費者の利益」ではなく「当該消費者(=個別具体的な消費者)の利益」を問題としている。
② 「当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意又は重大な過失によって告げなかったこと」(本文)
(ア)「当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)」
「当該重要事項」とは、「ある重要事項」(上記①)を受ける。
「当該消費者の不利益となる事実」とは、消費者契約を締結する前の状態と後の状態とを比較して、「当該消費者」(=個別具体的な消費者)に不利益(必ずしも財産上の不利益に限らない。)を生じさせるおそれがある事実をいう(例えば、有価証券の取引で、当該消費者が取得した有価証券を売却するなどにより得られる金額が、当該消費者が当該有価証券を取得するために支払った金額(取得価額)を下回るおそれがあること、すなわち元本欠損が生じるおそれがあることが「当該消費者の不利益となる事実」に当たる。)。
本項が個別の勧誘場面について適用される規範である以上、ここでは「一般的・平均的な消費者の不利益」ではなく「当該消費者(=個別具体的な消費者)の不利益」を問題としている。
「当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきもの」とは、事業者の先行行為により、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実は存在しないであろうと「消費者」(=一般的・平均的な消費者)が通常認識するものをいう(不利益となる事実は存在するため、この認識は「誤認」であるといえる。
(3)②ウを参照のこと)。
(イ)「故意又は重大な過失」
「故意」とは、「当該事実が当該消費者の不利益となるものであることを知っており、かつ、当該消費者が当該事実を認識していないことを知っていながら、あえて」という意味である。
「重大な過失」とは、僅かの注意をすれば容易に有害な結果を予見することができるのに、漫然と看過したというような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態をいうとされている(最判昭和 32 年7月9日民集 11 巻7号 1203 頁、大判大正
2年 12 月 20 日参照。失火責任法の判例。)。
③ 事業者の免責事由(ただし書)
第2項ただし書においては、事業者が一定の事情を立証することにより、消費者の取消権の行使を免れ得ることを規定する。具体的には、事業者が消費者に対し不利益事実を告げようとしたにもかかわらず、当該消費者がこれを拒んだ場合には、消費者は消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができないこととする。この免責事由の立証責任については事業者が負う。
(ア)「当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず」
「当該事実を告げようとした」とは、例えば、当該消費者の利益となる旨を告げた後に、当該消費者の不利益となる事実を告げようとした場合をいう。
(イ)「当該消費者がこれを拒んだ」
「これ」とは、「当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとした」ことを受ける。
「当該消費者がこれを拒」むことの理由(例えば、説明を受ける時間がない、説明を受けることが面倒である。)については、その内容のいかんを問わない。
<不利益事実の不告知型事例とその考え方>
〔事例4-19〕
(例えば、隣接地が空き地であって)「眺望・日当たり良好」という業者の説明を信じて中古マンションの2階の一室を買った。しかし半年後には隣接地に建物ができて眺望・日照がほとんど遮られるようになった。業者は隣接地に建設計画があると知っていたにもかかわらずそのことの説明はなかった。
〔考え方〕
消費者の利益となる旨((例えば、隣接地が空き地であって)眺望・日当たり良好)を告げ、不利益となる事実(隣接地に建物ができて眺望・日照が遮られるよ
うになること)を故意に告げていないので、本条第2項の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-20〕
「医療保障を充実した女性向けの保険」と勧められ定期付終身保険の転換契約をしたが、損な保険に変えられた。元の保険は8年前父が契約したものであり、 1500 万円の終身保険だったが、掛金は同額で保障は 2500 万円になるほか、収入保障と女性特有医療保障が付くと勧められた。契約後、別の保険会社の人に相談したところ、終身保険部分が減額され、予定利率も低いものになったことが分かった。
〔考え方〕
消費者の利益となる旨(掛金は同額で保障は 2500 万円になるほか、収入保障と女性特有医療保障が付く。)を告げ、不利益となる事実(終身保険部分が減額され、予定利率も低いものになったこと)を故意に告げていないので、本条第2項の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-21〕
デジタルCSチューナーセット(デジタルCSチューナー、CSアンテナ)を買えばすぐに某CS放送が見られると思ったのに、見られない。取付け機材が必要なことはカタログにも書いていないし、販売店でも説明がなかった。
〔考え方〕
消費者の利益となる旨を告げておらず、本条第2項の要件に該当しないので取消しは認められない。
〔事例4-22〕
「先週の価格の2割引」と宣伝していたので携帯電話を買ったが、2週間後に同じ商品が半値となった。店員は今後更に値段が下がることを知っていたが、これを告げなかった。
〔考え方〕
消費者の利益となる旨(先週の価格の2割引)を告げているが、「当該告知により当該事実(今後更に値段が下がること)が存在しないと消費者が通常考えるべきもの」とはいえず、本条第2項の要件に該当しないので取消しは認められない。
〔事例4-23〕
「月額 3000 円で、インターネットが 7500 円分、37.5 時間も利用できる」と説明されたので、電話会社の通信料の割引サービスを契約した。ところがパソコン
のタイマーで時間を管理しながらこのプランを利用したところ、約 35 時間しか利用していないのに、6100 円の請求がきた。
電話会社に問い合わせると、「たとえ通信時間が1秒でも、3分までかけたのと同じ1回 10 円が課金されるシステムである。3000 円で 37.5 時間通信できるのはぶっ通しで利用したときや、全ての通信がジャスト3分単位でなされたときだけである」と説明された。1秒の通話を 750 回かけると、実際は 12.5 分しか利用していないのに、7500 円分通信したことになる仕組みという。37.5 時間利用できるとされているのに、実際は 12.5 分しか使えないケースもあるのは問題だ。
〔考え方〕
消費者の利益となる旨(月額 3000 円で、インターネットが 7500 円分、37.5 時間も利用できる)を告げ、不利益となる事実(3000 円で 37.5 時間通信できるのはぶっ通しで利用したときや、全ての通信がジャスト3分単位でなされたときだけであること)を故意に告げていないので、本条第2項の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-24〕
「(例えば、隣接地が空き地であって)眺望が良い」という宅地建物取引業者の説明を受けてマンションの一室を購入した。ところが、購入半年後に隣接地にマンションが建ち、眺望がほとんど遮られてしまった。隣接地にマンションが建つことが分かっているのであれば、契約はしなかった。なお、当該業者は、当該マンション開発計画を容易に知り得た状況にあったにもかかわらず、消費者に告げなかった。
〔考え方〕
本事例では、例えば、隣地のマンションの建設計画の説明会が当該事業者も参加可能な形で実施されていたという状況や、当該マンション建設計画は少なくとも近隣の不動産事業者において共有されていたという状況など、隣の空き地にマンションが建つことについて当該事業者が容易に知り得た状況にあったといえるような場合には、当該事業者に重大な過失が認められ得る。その場合、本件の当該事業者の行為は本条第2項の要件に該当し、取消しが認められる(注)。
(注)単に不動産会社がマンション販売を取り扱う専門業者であることのみを理由として重大な過失が認められ得るというものではない。
(2)要件2(消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示)
「当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をした」
一般に、契約は、ア 一方による契約の申込み、イ 相手方によるアの承諾、によって成立する。消費者は、自らがアをする場合には「当該消費者契約の申込み」
を、イをする場合には「その(=当該消費者契約の申込みの)承諾の意思表示」を、それぞれ取り消すことになる。
「意思表示」とは、一定の法律効果の発生を欲する意思を外部に対して表する行為をいう。
(3)要件3(要件1と要件2の因果関係)ア 因果関係
① 「事業者が・・・・・・当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって」
② 「・・・・・・故意又は重大な過失によって告げなかったことにより、当該事実が存在しないとの誤認をし、それによって」
消費者に取消権を与えるためには、消費者に意思表示の瑕疵がある(他人から不当な干渉を受け、意思決定が自由に行われなかった。)ことが必要である。したがって、要件1(事業者の行為)という先行事実が消費者に誤認を生じさせ、この誤認が要件2(消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示)という後行事実を生じさせるという二重の因果関係(事業者の行為→消費者の誤認→消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示)を規定している。
消費者契約が締結されるまでの過程で、事業者又は受託者等(受託者についての詳細は第5条の解説を参照)が消費者に対して、第1項、第2項に該当する行為を行った場合であっても、最終的な契約締結に至るまでの間に、事業者又は受託者等が再度適正な説明を行うこと等により、消費者の誤認が消滅し、その後、消費者の自由意思により契約の申込み又はその承諾の意思表示が行われたときなど誤認状態が最終段階まで継続しなかったときには、過去に不実告知があったこと等を理由として当該契約を取り消すことはできない。
イ 誤認
消費者の誤認を通じて要件1(事業者の行為)という先行事実が要件2(消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示)という後行事実を生じさせることを、明示的に規定することとする。
「誤認」とは、違うものをそうだと誤って認めることをいう。
① 「当該告げられた内容が事実であるとの誤認」(第1項第1号)
事業者の不実告知(事実と異なることを告げる行為)により、消費者は当該告げられた内容が事実であろうという認識を抱くことになるが、これは「誤認」であるといえる。例えば、事業者が消費者に対して「この住宅は築5年である」と告知して築 10 年の住宅を販売した場合には、消費者は通常「この住宅は築5年であろう」という認識を抱くことになるが、これは事実でないので「誤認」であるといえる。
② 「当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認」(第1項第2号)事業者の断定的判断の提供により、消費者は当該提供された断定的判断の内容が
実現されるであろうという認識を抱くことになるが、これは「誤認」であるといえる。例えば、事業者が消費者に対して「この取引をすれば、100 万円もうかる」と告知した場合には、消費者は通常「100 万円もうかるだろう」という認識を抱くことになるが、これは必ずしも実現されないので「誤認」であるといえる。
③ 「当該事実が存在しないとの誤認」(第2項)
事業者の不利益事実の不告知により、消費者は当該消費者の不利益となる事が存在しないであろうという認識を抱くことになるが、これは「誤認」であるといえる。例えば、事業者が「眺望・日当たり良好」と告知して、「半年後には隣接地に建設計画がある」と知っていたにもかかわらずそのことを消費者に告知せずにマンションを販売した場合には、消費者は通常「隣接地に建物ができて眺望・日照は遮られないだろう」という認識を抱くことになるが、これは事実ではないので「誤認」であるといえる。
(4)効果
「これを取り消すことができる」
契約の申込み又はその承諾の意思表示が取り消された場合には、初めから無効であったことになる(民法第 121 条本文)ほか、その行使方法、効果等は、本法に別
段の定めがない限り、「取消し」に関する民法の規定による(本法第 11 条1項)。取消権を行使した消費者の返還義務については、第6条の2に規定がある。第6条の
2の解説を参照。
● 民法の詐欺と本法の「誤認」類型(本条第1項・第2項)との比較
本法は、消費者と事業者との間の情報の格差が消費者契約(消費者と事業者との間で締結される契約)のトラブルの背景になっていることが少なくないことを前提として、消費者契約の締結に係る意思表示の取消しについては、民法の詐欺が成立するための厳格な要件を緩和するとともに、抽象的な要件を具体化・明確化したものである。
これによって消費者の立証負担を軽くし、消費者が事業者の不適切な勧誘行為に影響されて締結した契約から離脱することを容易にすることが可能となる。
民法の詐欺(第 96 条) | 本法の「誤認」類型 (本条第1項・第2項) | ||
要 件 | ①二重の故意 | ||
②欺罔行為 | ①事業者の行為(一定の事項についての一定の行為)(注) | ||
③詐欺の違法性 | |||
④二重の因果関係 | ②二重の因果関係 | ||
効 果 | 取消し | 取消し | |
善意の第三者との関係 | 対抗できない。 | 対抗できない。 | |
第三者の行為 | 契約の相手方がその事実を知っている場合に限り取消し可 | 事業者が媒介を委託した第三者の場合は取消し可 | |
取消権の期間制限 | 追認可能時から5年行為時から 20 年 | 追認可能時から1年契約締結時から5年 |
(注)事業者の行為
⑴ 消費者契約の締結について勧誘をするに際し、
⑵ 以下のいずれかの行為をすること。
① 重要事項(本条第4項を参照)について事実と異なることを告げること(本条第1項第1号)
② 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること(同項第2号)
③ ある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意又は重大な過失によって告げないこと(同条第2項)
解説
⑴ 民法の詐欺の要件のうち本法の「誤認」類型で要件とされないものは、「二重の故意」「詐欺の違法性」である。
⑵ 本法の「誤認」類型において、対象となる事項を「重要事項」(本条第1項第1号)、「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」(同項第2号)、「当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)」(同条第2項)と限定している点は、民法の「欺罔行為」の要件を限定しているものである。
⑶ 本法の「誤認」類型において「事業者の行為」を三つに限定している点は、民法の「欺罔行為」という要件を、消費者契約の場面に即して具体化・明確化するものである。
Ⅱ 第3項(困惑類型)
3 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
一 当該事業者に対し、当該消費者が、その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しないこと。
二 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から当該消費者を退去させないこと。
三 当該消費者に対し、当該消費者契約の締結について勧誘をすることを告げずに、当該消費者が任意に退去することが困難な場所であることを知りながら、当該消費者をその場所に同行し、その場所において当該消費者契約の締結について勧誘をすること。
四 当該消費者が当該消費者契約の締結について勧誘を受けている場所において、当該消費者が当該消費者契約を締結するか否かについて相談を行うために電話その他の内閣府令で定める方法によって当該事業者以外の者と連絡する旨の意思を示したにもかかわらず、威迫する言動を交えて、当該消費者が当該方法によって連絡することを妨げること。
五 当該消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、次に掲げる事項に対する願望の実現に過大な不安を抱いていることを知りながら、その不安をあ
おり、裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨を告げること。
イ 進学、就職、結婚、生計その他の社会生活上の重要な事項 ロ 容姿、体型その他の身体の特徴又は状況に関する重要な事項
六 当該消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、当該消費者契約の締結について勧誘を行う者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱き、かつ、当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを知りながら、これに乗じ、当該消費者契約を締結しなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻することになる旨を告げること。
七 当該消費者が、加齢又は心身の故障によりその判断力が著しく低下していることから、生計、健康その他の事項に関しその現在の生活の維持に過大な 不安を抱いていることを知りながら、その不安をあおり、裏付けとなる合理 的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに、当該消費者 契約を締結しなければその現在の生活の維持が困難となる旨を告げること。 八 当該消費者に対し、霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、当該消費者又はその親族の生命、身体、財産その他の 重要な事項について、そのままでは現在生じ、若しくは将来生じ得る重大な 不利益を回避することができないとの不安をあおり、又はそのような不安を 抱いていることに乗じて、その重大な不利益を回避するためには、当該消費
者契約を締結することが必要不可欠である旨を告げること。
九 当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該消費者契約を締結したならば負うこととなる義務の内容の全部若しくは一部を実施し、又は当該消費者契約の目的物の現状を変更し、その実施又は変更前の原状の回復を著しく困難にすること。
十 前号に掲げるもののほか、当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該事業者が調査、情報の提供、物品の調達その他の当該消費者契約の締結を目指した事業活動を実施した場合において、当該事業活動が当該消費者からの特別の求めに応じたものであったことその他の取引上の社会通念に照らして正当な理由がある場合でないのに、当該事業活動が当該消費者のために特に実施したものである旨及び当該事業活動の実施により生じた損失の補償を請求する旨を告げること。
1 趣旨等
(1)趣旨
現代社会のように、交渉力の面で消費者と事業者との間に格差が存在する状況にあっては、契約の締結を勧誘するに当たって、事業者が消費者の住居や勤務先から
退去しなかったり、一定の場所から消費者を退去させなかったりして、契約が締結 されるケースがある。このように、消費者が事業者の不適切な勧誘行為に影響されて自らの欲求の実現に適合しない契約を締結した場合には、民法の強迫(同法第 96条第1項)が成立しない場合も、契約の成立についての合意の瑕疵は重大で決定的であるため、消費者は当該契約の効力の否定を主張し得るとすることが適当である。そこで、本項においては、事業者から消費者への不適切な強い働き掛けの回避に
関する民事ルールを設けている。具体的には、消費者は、事業者の一定の行為(困惑を通じて消費者の意思表示に瑕疵をもたらすような不適切な勧誘行為。各号に規定)により困惑し、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができることとした。
(2)平成 30 年改正
ア 経験の不足による不安をあおる告知(令和4年通常国会改正後の第5号)
社会生活上の経験が乏しい消費者は、自己の願望の実現可能性について、積み重ねてきた社会生活上の経験を材料として適切な判断を行うことが困難であり、結果として、願望の実現が不能となるリスクを過大に評価し、一般的・平均的な消費者に比べて過大な不安を抱くことが少なくない。そのため、事業者が、社会生活上の重要な事項等に対する願望の実現に不安を抱く消費者を対象とし、当該消費者がその社会生活上の経験の乏しさから過大な不安を抱いていることを知りながら、その不安をあおり、契約の締結が必要である旨を告げ、消費者を自由な判断ができない状況に陥らせて望まぬ契約を締結させるといった消費者被害が発生している。このような事業者の行為は、単なるセールストークの枠を超えるものであって、これによる消費者の意思表示の瑕疵は重大である。
本項第1号及び第2号は、事業者から消費者への不適切な強い働き掛けとして、事業者が退去せず、又は退去を妨害したことにより消費者が困惑し、それによって消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができるとしている。ところが、上記のような不安をあおる告知による消費者被害は、不退去又は退去妨害には当たらない事業者の行為によっても発生し得るため、本項第1号又は第2号の規定によって救済することは困難である。
また、上記のような消費者被害の救済は、民法の公序良俗違反による無効(同法第 90 条)又は不法行為に基づく損害賠償請求(同法第 709 条)によって図ること等も考えられるが、これらの規定は抽象的であり、どのような場合に意思表示が無効となったり損害賠償請求が認められたりするかについて、必ずしも明らかであるとはいえない。そこで、消費者契約の特性を踏まえた上で、「困惑」を要件としつつ、それと結び付く事業者の不当性の高い行為を類型化することにより、明確かつ具体的な要件をもって消費者に意思表示の取消しを認めるべき場合を規定することが適当であることから、平成 30 年改正において、本項第3号(令和4年通常国会改正後の第5号)に、事業者から消費者への不適切な強い働き掛けの回避に関する新たな
ルールを設けることとした。
イ 経験の不足による好意の感情の誤信に乗じた破綻の告知(令和4年通常国会改正後の第6号)
消費者が、その社会生活上の経験の乏しさから勧誘者に対する恋愛感情その他の好意の感情を抱き、かつ、勧誘者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信しているという、いわば片面的な人間関係を、事業者が濫用するなどの行為によって、消費者が困惑し、自由な判断ができない状況に陥り望まぬ契約を締結させられるといった消費者被害が発生している。典型例としては、いわゆるデート商法が挙げられる。こうした事業者の行為は、当該消費者を自由に判断ができない状況に陥らせて契約を締結させるものであり、これによる意思表示の瑕疵は重大である。
このような消費者被害は、不退去又は退去妨害には当たらない事業者の行為によっても発生し得るため、本項第1号又は第2号の規定によって救済することは困難である。また、上記のような消費者被害の救済は、民法の公序良俗違反による無効
(同法第 90 条)又は不法行為に基づく損害賠償請求(同法第 709 条)によって図ること等も考えられるが、これらの規定は抽象的であり、どのような場合に意思表示が無効となったり損害賠償請求が認められたりするかについて、必ずしも明らかであるとはいえない。そこで、消費者契約の特性を踏まえた上で、「困惑」を要件としつつ、それと結び付く事業者の不当性の高い行為を類型化することにより、明確かつ具体的な要件をもって消費者に意思表示の取消しを認めるべき場合を規定することが適当であることから、平成 30 年改正において、本項第4号(令和4年通常国会改正後の第6号)に、事業者から消費者への不適切な強い働き掛けの回避に関する新たなルールを設けることとした。
ウ 判断力の低下による不安をあおる告知(令和4年通常国会改正後の第7号)
加齢やうつ病、認知症等の心身の故障により消費者が契約の締結に関し合理的な判断ができない事情を不当に利用して、商品、役務に係る契約を締結させる消費者被害が発生している。こうした事業者の行為は、当該消費者を自由に判断ができない状況に陥らせて契約を締結させるものであり、これによる意思表示の瑕疵は重大である。
このような消費者被害は、不退去又は退去妨害には当たらない事業者の行為によっても発生し得るため、本項第1号又は第2号の規定によって救済することは困難である。また、上記のような消費者被害の救済は、民法の公序良俗違反による無効
(同法第 90 条)又は不法行為に基づく損害賠償請求(同法第 709 条)によって図ること等も考えられるが、これらの規定は抽象的であり、どのような場合に意思表示が無効となったり損害賠償請求が認められたりするかについて、必ずしも明らかであるとはいえない。そこで、消費者契約の特性を踏まえた上で、「困惑」を要件とし
つつ、それと結び付く事業者の不当性の高い行為を類型化することにより、明確かつ具体的な要件をもって消費者に意思表示の取消しを認めるべき場合を規定することが適当である。平成 30 年改正においては、衆議院における修正によって、本項第
5号(令和4年通常国会改正後の第7号)に、事業者から消費者への不適切な強い働き掛けの回避に関する新たなルールが追加された。
エ 霊感等による知見を用いた告知(令和4年通常国会改正後の第8号)
霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、そのままでは消費者に重大な不利益を与える事態が生ずる旨を示して消費者の不安をあおり、消費者契約を締結させる被害事例が発生している。こうした事業者の行為は、当該消費者を自由に判断ができない状況に陥らせて契約を締結させるものであり、これによる意思表示の瑕疵は重大である。
このような消費者被害は、不退去又は退去妨害には当たらない事業者の行為によっても発生し得るため、本項第1号又は第2号の規定によって救済することは困難である。また、上記のような消費者被害の救済は、民法の公序良俗違反による無効
(同法第 90 条)又は不法行為に基づく損害賠償請求(同法第 709 条)によって図ること等も考えられるが、これらの規定は抽象的であり、どのような場合に意思表示が無効となったり損害賠償請求が認められたりするかについて、必ずしも明らかであるとはいえない。そこで、消費者契約の特性を踏まえた上で、「困惑」を要件としつつ、それと結び付く事業者の不当性の高い行為を類型化することにより、明確かつ具体的な要件をもって消費者に意思表示の取消しを認めるべき場合を規定することが適当である。平成 30 年改正においては、衆議院における修正によって、本項第
6号(令和4年通常国会改正後の第8号)に、事業者から消費者への不適切な強い働き掛けの回避に関する新たなルールが追加された。
オ 契約前の義務実施・契約前活動の損失補償請求(令和4年通常国会改正後の第9号・第 10 号)
事業者が、消費者が契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、消費者契約を締結したならば負うこととなる義務の全部又は一部を実施するなど、消費者が契約の締結を断りきれない状況を作り出した上で、消費者に対して契約の締結を求めることにより、消費者を自由な判断ができない状況に陥らせて望まぬ契約を締結させるといった消費者被害が発生している。このような事業者の行為は、消費者に、もはや契約を締結することを免れることはできないという心理的負担を抱かせて契約を締結させるものであり、これによる意思表示の瑕疵は重大である。
しかし、このような消費者被害は、不退去又は退去妨害には当たらない事業者の行為によっても発生し得るため、本項第1号又は第2号の規定によって救済することは困難である。そこで、消費者契約の特性を踏まえた上で、「困惑」を要件としつつ、それと結び付く事業者の不当性の高い行為を類型化することにより、明確かつ
具体的な要件をもって消費者に意思表示の取消しを認めるべき場合を規定することが適当であることから、平成 30 年改正において、本項第7号及び第8号(令和4年
通常国会改正後の第9号及び第 10 号)に、事業者から消費者への不適切な強い働き掛けの回避に関する新たなルールを設けることとした。
(3)令和4年通常国会改正
法は、事業者の不当な勧誘行為により消費者が困惑し、それによって契約を締結した場合において、消費者に契約に係る意思表示の取消しを認める規定を設けている(本項。困惑類型)。
この規定における不当な勧誘行為について、立法時は不退去(第1号)と退去妨害(第2号)のみを定めていたところ、平成 30 年の改正により六つの行為が追加された(第3号~第8号。令和4年通常国会改正後の第5号~第 10 号)。この改正により救済できる消費者被害の範囲が広がったものの、その一方で、消費者被害が多様化する中で、既存の規定では被害救済が困難な事案も生じている。そこで、現に生じている消費者被害の実態に照らし、困惑類型の取消権に係る不当な勧誘行為を追加することとした。
なお、令和4年通常国会改正は、不当な勧誘行為を追加することで取消しの範囲を広げるものであり、既存の規定の解釈を狭めるものではない。
ア 消費者を任意に退去困難な場所に同行し勧誘(令和4年通常国会改正後の第
3号)
退去妨害(第2号)は、消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、事業者が消費者を退去させないことが要件とされている。この点、勧誘目的を告げずに消費者を退去困難な場所に連れて行った上で勧誘をすることは、消費者をそれと知らせずに退去困難な場所に移動させた上で不意打ち的な事態(勧誘)への対応と突発的な判断を迫ることであり、消費者にとっては退去困難な場所で想定外の勧誘への対応を強いられる状況下にあって退去する旨の意思を示すことは困難になると考えられる。消費者をそのような状況に置くことは、退去妨害と同程度の不当性があるといえる。
そこで、当該消費者契約の締結について勧誘をすることを告げずに、当該消費者が任意に退去することが困難な場所であることを知りながら、当該消費者をその場所に同行し、その場所において当該消費者契約の締結について勧誘をすることを追加している。
イ 契約締結の相談を行うための連絡を威迫する言動を交えて妨害(令和4年通常国会改正後の第4号)
近年、特に若年の消費者に顕著な消費者被害として、店舗等において勧誘を受け
た消費者が、事業者に対し、契約の目的物が高額である等の理由から、その場で電話等の方法で「親に相談したい」等と告げたにもかかわらず、事業者は「自分の意思で決めるように」「他の学生は一人で決めている」等と消費者を威迫し、消費者が親等の第三者に相談することを妨害し、契約を締結させるというものがある。また、一人暮らしの消費者が、訪問販売のために訪れた事業者に対し、高齢のため別居している子供と相談したいと伝えたら、事業者の態度が急に変わり口調も強くなって、契約を締結させられたという被害もある。このような消費者被害については、消費者が退去する旨の意思等を示していないため既存の困惑類型により取り消すことはできないものの、これらと同程度の不当性があるといえる。
そこで、消費者が消費者契約の締結について勧誘を受けている場所において、当該消費者契約を締結するか否かを相談するために電話その他の内閣府令で定める方法によって事業者以外の者と連絡する旨の意思を示したにもかかわらず、威迫する言動を交えて、当該消費者が当該方法によって連絡することを妨げることを追加している。
ウ 契約目的物の現状変更(令和4年通常国会改正後の第9号)
令和4年通常国会改正前の本項第7号は契約締結前に契約を締結したならば負うこととなる義務の全部又は一部の実施を要件としているところ、事業者が、当該義務の実施とは言えない形で、契約の目的物の現状を変更することにより、もはや契約を締結するしかないと消費者を動揺させるような状況を作出し、消費者を困惑させるという消費者被害が生じており、これを救済するため、契約締結前に、契約の目的物の現状を変更し、変更前の原状の回復を著しく困難にすることを、同号を改正する形で追加している。
(4)令和4年臨時国会改正
令和4年臨時国会改正前の本項第6号(令和4年通常国会改正後の第8号)は、 事業者が霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、そのままでは当該消費者に重大な不利益を与える事態が生ずる旨を示してその不安 をあおり、当該消費者契約を締結することにより確実にその重大な不利益を回避す ることができる旨を告げ、消費者が困惑した場合については、消費者は契約の申込 み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることを規定していた。
しかし、この規定が必ずしも活用されていないことなどを踏まえ、取消権を行使できる範囲を拡大することとした。
2 条文の解釈
(1)要件1(事業者の行為)
1つ目の要件として、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、本項各号に規定する一定の行為をしたことが挙げられる。
なお、「消費者契約の締結について勧誘をするに際し」については、本条第1項・第2項の解説を参照のこと。
ア 不退去(第1号)
① 「当該事業者に対し、当該消費者が、その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず」
「その住居又はその業務を行っている場所」とは、当該消費者がその公私にわたり生活に用いている家屋等の場所をいう。このうち「その(=当該消費者の)住居」とは、当該消費者が居住して日常生活を送っている家屋をいう。また「その(=当該消費者の)業務を行っている場所」とは、当該消費者が自ら業を行っている場合か労務を提供している場合かを問わず、当該消費者が労働している場所をいう。
「退去すべき旨の意思を示した」とは、基本的には、退去すべき旨の意思を直接的に表示した場合(例えば、「帰ってくれ」「お引き取りください」と告知した場合)をいう。これを間接的に表示した場合については、例えば以下の(ア)から(ウ)のようなケースであれば、直接的に表示した場合と同様の要保護性が消費者に認められ、相手方である事業者にも明確に意思が伝わることから、社会通念上「退去すべき旨の意思を示した」とみなすことが可能であると考えられる。
(ア) 時間的な余裕がない旨を消費者が告知した場合
例:「時間がありませんので」「いま取り込み中です」「これから出かけます」と消費者が告知した場合
(イ) 当該消費者契約を締結しない旨を消費者が明確に告知した場合例:「要らない」「結構です」「お断りします」と消費者が告知した場合
(ウ) 口頭以外の手段により消費者が意思を表示した場合
例:消費者が、手振り身振りで「帰ってくれ」「契約を締結しない」という動作をした場合
② 「それらの場所から退去しないこと」
「それらの場所」とは、「その住居又はその業務を行っている場所」を受ける。
「……から退去しないこと」については、滞留時間の長短を問わない。
<不退去型事例とその考え方>
〔事例4-25〕
高額な子供用の教材を購入させられた。午前0時半まで説明を聞かされ、「子供が寝るので帰ってください」と言っても帰らなかったので仕方なく契約した。
〔考え方〕
消費者が、その住居から退去すべき旨の意思を示した(「子供が寝るので帰ってください」と言ったこと)にもかかわらず、事業者が退去しなかったので、本項第1号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-26〕
訪問販売で整水器を勧められ、何度も断ったのに長時間居座り、帰らないので仕方なく契約した。
「高血圧、心臓肥大、甲状腺異常、座骨神経痛等の治療中で医療費がかかり、払えない。余命いくばくもない」などと説明し、何度も断ったが、5時間近くも居座り帰らないので、体の具合も悪くなり力尽きて契約した。
〔考え方〕
消費者が、その住居から退去すべき旨の意思を示した(何度も断っていた)にもかかわらず、事業者が退去しなかったので、本項第1号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-27〕
健康器具の販売で、販売員が自宅で3時間にわたり説明を行った。途中でもう帰ってほしいというそぶりを示したが、結局困惑して購入してしまった。
〔考え方〕
帰ってほしいというそぶりが、身振り手振りで「帰ってくれ」「契約を締結しない」という動作をする等、事業者にも明確に意思が伝わるレベルのものであれば退去すべき旨の意思を示したことに当たり、本項第1号の要件に該当し、取消しが認められる。
帰ってほしいというそぶりが、事業者にも明確に意思が伝わるレベルのものでなければ退去すべき旨の意思を示したことには当たらず、本項第1号の要件に該当しないので、取消しは認められない。
〔事例4-28〕
行政書士講座の電話勧誘があり断ったが、書類が送付されて「契約しないと給料を差し押さえる」と言われ、契約した。
〔考え方〕
電話で勧誘することは、住居等から「退去しないこと」にも、勧誘をしている場所から消費者を「退去させないこと」にも該当せず、本項の要件に該当しないので取消しは認められない。
ただし、民法の強迫に当たる可能性や特定商取引法のクーリング・オフ(8日
以内)の規定により救済される可能性がある。
〔事例4-29〕
来訪した販売員から勧誘を受け、最初はあまり興味がなかったので「(購入は)考えていません」と伝えたが、販売員がなお説明を続けるのを聞いているうちに興味が強まり、最終的に納得したうえで購入した。
〔考え方〕
消費者は「(購入は)考えていません」と伝えており、これは「その住居から退去すべき旨の意思を示した」に該当し得るものの、消費者が最終的に納得した上で購入したのであれば、困惑したために契約したとはいえず、本項の要件に該当しないので取消しは認められない。
イ 退去妨害(第2号)
① 「当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず」
「当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所」については、当該事業者が勧誘(本条第1項・第2項の解説を参照のこと)をしている場所であれば、どのような種類の場所であってもよい。
「退去する旨の意思を示した」とは、基本的には、退去する旨の意思を直接的に表示した場合(例えば「帰ります」「ここから出してください」と告知した場合)をいう。これを間接的に表示した場合については、例えば以下の(ア)から(ウ)のようなケースであれば、直接的に表示した場合と同様の要保護性が消費者に認められ、相手方である事業者にも明確に意思が伝わることから、社会通念上「退去する旨の意思を示した」とみなすことが可能であると考えられる。
(ア) 時間的な余裕がない旨を消費者が告知した場合
例:「時間がありませんので」「これから別の場所に用事がある」と消費者が告知した場合
(イ) 当該消費者契約を締結しない旨を消費者が明確に告知した場合例:「要らない」「結構です」「お断りします」と消費者が告知した場合
(ウ) 口頭以外の手段により消費者が意思を表示した場合例:消費者が帰ろうとして部屋の出口に向かった場合
手振り身振りで「契約を締結しない」という動作をしながら、消費者がイスから立ち上がった場合
② 「その場所から当該消費者を退去させないこと」
「その場所」とは、「当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所」を受ける。
「……から当該消費者を退去させないこと」とは、物理的な方法であるか心理的な方法であるかを問わず、消費者の一定の場所からの脱出を不可能又は著しく困難にする行為をいう。拘束時間の長短は問わない。
<退去妨害型の事例とその考え方>
〔事例4-30〕
営業所で 13 時から 24 時まで勧誘され、頭がボーっとして帰りたくて契約書にサインをした。帰りたいと言ったのに帰してくれなかった。普通の状態だったら契約はしなかった。
〔考え方〕
消費者が勧誘の場所から退去する旨の意思を示した(帰りたいと言った)にもかかわらず、事業者が消費者を退去させなかったので、本項第2号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-31〕
アポイントメントセールスで、長時間の勧誘を受け、渋々高額なパソコンの購入契約をさせられた。
友人宅に電話があり、飛行機やホテルのチケットが格安になる会員の話だというので、2人で某会館へ出かけた。一室で、夜7時から2時間半。断っているのにしつこく、今度はハンバーガーショップに連れて行かれ、午前1時半まで。結局6時間半にわたる勧誘に朦朧として、契約書にサインした。xxに囲まれ、帰してもらえない状況だった。
〔考え方〕
消費者が勧誘の場所から退去する旨の意思を示した(断っている)にもかかわらず、事業者が消費者を退去させなかったので、本項第2号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-32〕
店頭で「今日の生鮮食品はおいしいよ。買わなきゃ損だよ」と勧誘された。いったんは断って立ち去ろうとしたが、「今日限りのバーゲン。買わなきゃ損だ」と連呼され帰りにくい雰囲気になり購入してしまった。
〔考え方〕
「今日限りのバーゲン。買わなきゃ損だ」と連呼することは、勧誘をしている場所から消費者の脱出を不可能又は著しく困難にする行為ではないため、消費者を「退去させないこと」には当たらず、本項第2号の要件に該当しないので取消
しは認められない。
ウ 消費者を任意に退去困難な場所に同行し勧誘(第3号)
① 「当該消費者に対し、当該消費者契約の締結について勧誘をすることを告げずに、当該消費者が任意に退去することが困難な場所であることを知りながら、当該消費者をその場所に同行し」
消費者の任意の退去が困難であるか否かは、当該消費者の事情を含む諸般の事情から客観的に判断されることになる。
例えば、消費者が車で人里離れた勧誘場所に連れて行かれた場合、帰宅する交通手段がないのであれば、消費者が任意に退去することは困難であると考えられる。また、当該消費者の事情を含めて判断されるため、例えば階段の上り下りが困難といった身体的な障害がある消費者が、階段しかない建物の2階に連れて行かれた場合も、任意に退去することは困難であると考えられる。
もっとも、この場合において、事業者が当該消費者に関する特段の事情を把握しておらず、任意に退去することが困難であることを知らなかったときは、勧誘行為には取消しに値する程の不当性はないものと考えられることから、当該消費者が任意に退去することが困難であることについての事業者の主観的認識も要件としている。
また、本号における勧誘の不当性は、事業者が消費者を退去困難な場所に移動させた上で勧誘を行った点にあることから、事業者が消費者を退去困難な場所に同行したことを要件としている。そのため、例えば、飛行機に自発的に搭乗した消費者に勧誘を行う場合、機内は「当該消費者が任意に退去することが困難な場所」に該当するものの、事業者が「その場所に同行し」たわけではないため、本規定により契約を取り消すことはできないものと考えられる。また、一人暮らしの寝たきりの消費者を訪問して勧誘を行う場合も、本号により契約を取り消すことはできないものと考えられる。
② 「その場所において当該消費者契約の締結について勧誘をすること」
<消費者を任意に退去困難な場所に同行し勧誘型の事例とその考え方>
〔事例4-33〕
知人から観光に誘われ、その知人が勤める店の車に乗ったところ、観光目的地の途中で、知人が勤める店の展示会場に連れていかれた。腰椎ベルトを勧められ、その店の車で来ていたことから断れず、契約してしまった。
〔考え方〕
勧誘をすることを告げずに消費者を任意に退去困難な場所に同行し、勧誘をしたといえるため、本項第3号の要件に該当し、取消しが認められる。
エ 契約締結の相談を行うための連絡を威迫する言動を交えて妨害(第4号)
① 「当該消費者が当該消費者契約の締結について勧誘を受けている場所において、当該消費者が当該消費者契約を締結するか否かについて相談を行うために電話その他の内閣府令で定める方法によって当該事業者以外の者と連絡する旨の意思を示したにもかかわらず、」
消費者が当該事業者以外の者と連絡する方法については内閣府令(消費者契約法施行規則)に委任されている。消費者契約法施行規則第1条の2では、特定の相談方法が除外されることがないよう、本号の方法は「次に掲げる方法その他の消費者が消費者契約を締結するか否かについて相談を行うために事業者以外の者と連絡する方法として通常想定されるものとする」と網羅的に規定されるとともに、以下の方法が例示されている。
(ア)電話
有線、無線その他の電磁的方法によって、音声その他の音響を送り、伝え、又は受けるものである限り、等インターネット回線を使って通話するIP電話等も
「電話」に含まれる。
(イ)電子メール(特定電子メールの送信の適正化等に関する法律第2条第1号に規定する電子メールをいう。)その他のその受信する者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法第2条第1号に規定する電気通信をいう。)を送信する方法
いわゆるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のメッセージ機能を用いる場合も含まれる。
また、技術の進展に伴い新たな連絡の方法が消費者によって用いられる場合も、当該方法が受信する者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信を送信する方法に当たれば本項第4号の要件を満たす。
② 「威迫する言動を交えて、当該消費者が当該方法によって連絡することを妨げること」
「威迫する言動」とは、他人に対して言語挙動をもって気勢を示し、不安の感を生ぜしめることをいう。民法第 96 条第1項の「強迫」は、相手方に畏怖(恐怖心)を生じさせる行為であるのに対して、「威迫する言動」には畏怖(恐怖心)を生じさせない程度の行為も含まれる。また、「強迫」は相手方の契約締結に係る意思表示に向けられているのに対して、「威迫する言動」は、消費者が連絡することを妨げることに向けられている。
<契約締結の相談を行うための連絡を威迫する言動を交えて妨害型の事例とその考え方>
〔事例4-34〕
ショッピングセンターで、ウォーターサーバーの無料レンタルとミネラルウォーターの定期購入契約を勧められた。夫に相談したいと伝えたが、それはダメだと強引に契約を迫られ、やむなく契約した。
〔考え方〕
消費者が契約締結の相談を行うために事業者以外の者と連絡する旨の意思を示したにもかかわらず、威迫する言動を交えて妨害したといえるため、本項第4号の要件に該当し、取消しが認められる。
オ 経験の不足による不安をあおる告知(第5号)
① 当該消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、社会生活上の重要な事項等(『次に掲げる事項』としてイ・ロに列挙)に対する願望の実現に過大な不安を抱いていることを知りながら
(ア)「社会生活上の経験が乏しいことから」
社会生活上の経験とは、社会生活上の出来事を、実際に見たり、聞いたり、行ったりすることで積み重ねられる経験全般をいう。
社会生活上の経験が乏しいとは、社会生活上の経験の積み重ねが消費者契約を締 結するか否かの判断を適切に行うために必要な程度に至っていないことを意味する。
社会生活上の経験が乏しいか否かは、年齢によって定まるものではなく、中高年のように消費者が若年者でない場合であっても、社会生活上の経験の積み重ねにおいてこれと同様に評価すべき者は、本要件に該当し得る。
社会生活上の経験の積み重ねにおいて若年者と同様に評価すべき者か否かは、当該消費者の就労経験や他者との交友関係等の事情を総合的に考慮して判断するものと考えられる。
社会生活上の経験が乏しいことから、過大な不安を抱いていること等の要件の解釈については、契約の目的となるもの、勧誘の態様などの事情を総合的に考慮し、例えば、勧誘の態様が悪質なものである場合には、消費者による取消権が認められやすくなるものと考えられる。
(イ)「社会生活上の重要な事項等に対する願望」
消費者の願望の対象となる事項として規定上は、「次に掲げる事項」とした上で、以下の事項をイ及びロとして列挙することとした。
イ 進学、就職、結婚、生計その他の社会生活上の重要な事項 ロ 容姿、体型その他の身体の特徴又は状況に関する重要な事項
a 進学、就職、結婚、生計その他の社会生活上の重要な事項
「社会生活上の重要な事項」とは、進学、就職、結婚、生計といった、一般的・平均的な消費者にとって社会生活を送る上で重要な事項をいう。ここで、「生計」とは、暮らしを立てるための手立てをいい、生活上の費用を得るための方法に関する事項を想定したものである。
「進学、就職、結婚、生計」は飽くまで例示であり、社会生活上の重要な事項はこれらに限られないことから、「…その他の社会生活上の重要な事項」として規定している。その他の社会生活上の重要な事項としては、例えば育児などの事項が考えられる。家族の健康等も「社会生活上の重要な事項」に含まれ得る。
b 容姿、体型その他の身体の特徴又は状況に関する重要な事項
「身体の特徴又は状況」とは、容姿、体型といった、一般的・平均的な消費者にとって、自己の身体に関わる重要な事項と考えられるものをいう。容姿、体型は例示であり、身体の特徴、状況はこれに限られない。身体の特徴としては、身長のほか、毛髪や皮膚等の特色が、身体の状況としては、体型のほか、顔に多数のニキビができていること等が挙げられる。視力の低下のように外部からは見えない身体の特徴、状況も含まれる。
例えば、ヘアケアサロン業者が、若者の社会経験の乏しさを利用して、将来も豊かな毛髪でありたいという身体の特徴に対する願望の実現に過大な不安を抱かせた上で、「このままでは毛髪が生えなくなる」などと告げて、消費者を困惑させ、高価なヘアケア商品等を購入させたような場合などが本規定の対象となり得る。なお、この事例において「このままでは毛髪が生えなくなる」などと告げたことがxxに反するのであれば、不実告知により意思表示を取り消すこともできると考えられる
(事例4-60 参照)(注)。
(注)毛髪という「身体」についての「損害又は危険」を「回避するために」は、「消費者契約の目的となるもの」であるヘアケア商品等が「通常必要であると判断される」。したがって、
「消費者契約の目的となるものが……通常必要であると判断される事情」についての不実告知に該当するので、消費者はヘアケア商品等を購入する意思表示を取り消すことができる。
(ウ)「願望の実現に過大な不安を抱いていること」
「過大な不安」とは、消費者の誰もが抱くような漠然とした不安ではなく、社会生活上の経験が乏しいことにより、一般的・平均的な消費者に比べて「過大」に受け止められている不安をいう。通常よりは大きい心配をしている心理状態にあればこれに該当し得る。例えば、就職活動中の学生が、社会生活上の経験が乏しいことから、事業者の話をう呑みにするなどして、自分は他の学生に比べ劣っているなどと思い込んだ上で、このままでは一生就職できないという不安を抱き、その不安につけ込まれるというような場合が想定される。他方、進学や就職等の事項について、単にそれが不確実な事項であるということを理由として、消費者の誰もが抱くような漠然とした不安を抱いているにとどまるような場合は、本要件の対象とはならな
い。
(エ)「知りながら」
消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから過大な不安を抱いている場合であっても、そのことを事業者が知らなかった場合には、類型的に不当性が高い行為とはいえないことから、消費者が過大な不安を抱いていることを「知りながら」ということを要件としている。
<「社会生活上の経験が乏しい」に関する事例とその考え方>
〔事例4-35〕
実家暮らしの 20 歳の就活中の大学生に、その不安を知りつつ、「あなたは一生成功しない」と告げ、60 万円の就職セミナーに勧誘した。
〔考え方〕
20 歳の就活中の大学生であり就労経験もないことからすると、当該契約を含む取引一般に関してノウハウや対応力が低いことから、「社会生活上の経験が乏しい
こと」に該当する。
〔事例4-36〕
企業において業務にxx従事し、事業者としての取引経験が豊富で交友関係も広く、家庭では財産の管理・処分をしている中年の会社員が、将来の自らの生計に過大な不安を抱いていたところ、事業者から、投資商品の情報商材の購入を何度もしつこく勧められ、これを購入した。
〔考え方〕
企業において業務にxx従事し、事業者としての取引経験が豊富であるという経歴であること、交友関係も広く人間関係形成に係る経験が乏しいことを推認する事情も見当たらないことを考慮すると、当該契約を含む取引一般に関してノウ
ハウや対応力を有しており、「社会生活上の経験が乏しいこと」に該当しない。
②「その不安をあおり、裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨を告げること」
(ア)「不安をあおり」
「不安をあおり」とは、消費者に将来生じ得る不利益を強調して告げる場合等をいう。「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨を告げる」という告知について、その態様を示すものである。不安をあおるような内容を直接的に告げなくとも、契約の目的となるものが必要である旨を繰り返し告げたり、強い口調で告げたりして強調する態様でも足り
る。例えば、特別な対策をとらなければ就職できないと「過大な」不安を抱く学生に対して、そのことを知りながら「このセミナーを受講すればあなたでも就職できます」などと繰り返し告げることによって、その学生に、今このセミナーを受講しなければ就職できなくなるかもしれないなどと思わせた場合も、不安をあおるものとして取消しの対象としている。
なお、不安はあらかじめ消費者が持っていたものも、事業者が新たに作り出したものも含まれるが、いずれにせよ不安をあおるような態様で告げることが必要である。
(イ)「裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに」
「正当な理由がある場合」とは、消費者を自由な判断ができない状況に陥らせるおそれが類型的にない場合を意味する。その典型例として例示されている「裏付けとなる合理的な根拠がある場合」には科学的根拠のみならず合理的な経験則に基づくものも含み得るが、その他の「正当な理由がある場合」としては、告知内容が社会通念に照らして相当と認められる場合が考えられる。
不安を抱いている消費者に対して「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨」を告げる場合であっても、消費者に将来発生し得る経済的リスク等を過去の客観的なデータ等に照らして説明して契約の勧誘を行う場合など、その告知内容について裏付けとなる合理的な根拠がある場合等には、むしろ消費者にとって当該消費者契約を締結するか否かを判断するために必要な情報を提供することとなるなど、当該告知を行うことについて正当な理由があると考えられる。
そこで、このような場合は消費者契約法上の取消しの対象から除き、根拠がない等の告知によって自由な判断ができない状況に陥らされる場合のみを対象とするため、「裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに」という要件を規定している。
(ウ)「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨を告げること」
過大な不安を抱いた消費者が、契約の締結について自由な判断ができない状況に陥らされるような告知内容として「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨」を規定している。消費者契約の目的となるものが消費者の願望の実現のために必要である旨を告げることを要件としているのは、過大な不安を抱く消費者に対し、事業者が不安をあおる態様でこのような告知を行った場合には、消費者の認識において自身の願望の実現のためには契約を締結することが必須のものと考え、自由な判断ができない状況に陥らされる可能性が類型的に高いといえるためである。
「告げる」については本条第1項・第2項の解説を参照。
<不安をあおる事例とその考え方>
〔事例4-37〕
学生が、就職セミナーを運営する塾会社から、「就職活動セミナーをしている」と指定の場所への来訪を要請された。セミナー終了後「ここで入塾しなければ就職活動も上手くいかない。後悔する」等と繰り返し告げられて勧誘されたため、当該学生は契約した。
〔考え方〕
就職に関する願望の実現に対する不安に関し、繰り返し必要性を告げるという不安をあおる態様で告知を行っており、「不安をあおり」に該当する。
〔事例4-38〕
幼児用教材の販売業者が、母親に、当該母親の子について「この子は想像力が足りない。学校の授業に付いていけなくなるかもしれない。」と不安をあおる告知を行い、幼児用教材の勧誘を行ったことから、当該母親は契約した。
〔考え方〕
「想像力が足りない」、「学校の授業に付いていけなくなるかもしれない」とい
う言葉で、母親に将来生じ得る不利益を強調して告げていることから、「不安をあおり」に該当する。
<正当な理由がある場合の事例とその考え方>
〔事例4-39〕
保険の勧誘に際し、消費者の年齢に基づく将来の疾病罹患率等の客観的な資料に基づく予測と共に保険契約が必要である旨を告げた。
〔考え方〕
告知内容について裏付けとなる合理的な根拠がある場合に該当する。
カ 経験の不足による好意の感情の誤信に乗じた破綻の告知(第6号)
① 「当該消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、当該消費者契約の締結について勧誘を行う者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱き、かつ、当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを知りながら」
(ア)「社会生活上の経験が乏しいことから」
本要件については、本項第5号の解説を参照。
(イ)「当該消費者契約の締結について勧誘を行う者に対して恋愛感情その他の好
意の感情を抱き、かつ、当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを知りながら」
a 「勧誘を行う者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱き」
「勧誘を行う者」とは、消費者と事業者の間に契約が成立するように、消費者に対し勧誘行為を実施する者をいう。「勧誘を行う者」は、事業者が知っている者である必要はない。また、「勧誘を行う者」は必ずしも事業者から対価を得ている必要はない。本項第1号及び第2号では「退去すべき旨の意思を示した」又は「退去する旨の意思を示した」という意思を表示する消費者の行為が問題となるのに対し、本規定では、消費者から好意の感情が向けられる客体が問題となるため、その客体となるのは当該勧誘を行う者個人であることが明確となるよう「勧誘を行う者」という文言を用いている。また、「勧誘を行う者」である個人が「事業者」であることもあり得る。
「恋愛感情」とは、他者を恋愛の対象とする感情をいう。「好意の感情」とは、他者に対する親密な感情をいう。代表的なものは恋愛感情であるが、それ以外の「好意の感情」であっても、良い印象や好感を超えて恋愛感情と同程度に親密な感情であれば、本規定の対象となり得る。もっとも、本要件における好意の感情というためには相当程度に親密である必要があり、単なる友情といった感情は含まれない。また、大人数の相手に対して同じように抱ける程度の好意では不十分であり、勧誘者に対する恋愛感情と同程度に特別な好意であることが必要となる。
b 「当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信」
本号は、消費者が、単に好意の感情を抱くだけではなく、勧誘者も同様の感情を持っていると誤信しており、かつ、事業者がそれを認識しているという片面的関係を要件としている。このように、事業者が消費者の誤信を知りながら勧誘する場合には、消費者が自由な判断ができない状況に陥る可能性が類型的に高いことから、そのような場合を適切に捉えるための要件である。
したがって、消費者の認識において、勧誘者が消費者に対し恋愛感情等を有しているかどうかが不明な場合は、本要件に該当しない。また、「同様の感情を抱いているものと誤信している」ことが要件であるから、告知の時点で既に「同様の感情」が勧誘者に存在しているものと消費者が誤信している必要がある。
c 「同様の感情を抱いている」
「同様の感情」とは、同一である必要はないが、消費者の感情に相応する程度の感情であることが求められる。例えば、同じく恋愛感情を抱いていると誤信している場合には、その程度に多少の差があったとしても「同様の感情」を抱いているといえる。
また、恋愛感情と友情とでは「同様の感情」とはいえないが、双方の感情が密接であり対応する関係にあれば、「同様の感情」に含まれる。例えば、親が子に対する
感情と子の親に対する感情や、後輩が先輩に抱く感情と先輩が後輩に抱く感情も、双方の感情が親密である場合には「同様の感情」といえる。
d 「知りながら」
本号は、消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから勧誘者に対して好意の感情を抱き、かつ、当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを、事業者が「知りながら」ということを要件とし、事業者が、当該消費者の好意の感情及び誤信を知りながら、消費者契約を締結させたという類型的に不当な行為のみを対象としている。
通常の営業活動においても、消費者が一方的に勧誘者に対する好意の感情を抱いていることを事業者が認識しているにとどまるという場合は想定し得るが、「当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信していること」を事業者が認識するような場合は、通常の営業活動では考え難いものである。なお、「知りながら」の要件の立証については、勧誘者が当該消費者以外の者にも 恋愛感情等に乗じた勧誘を行っていると考えられるような事実があるときなどには
(消費生活センターに同一事業者による同一手口の被害事例が寄せられている場合など)、これを立証することで当該勧誘者は消費者に対してxxの恋愛感情等を有していないと評価できるものと考えられる。
<好意の感情の事例とその考え方>
〔事例4-40〕
日頃から同じ寮で生活しており同じサークルに所属する同郷の先輩から、簡単にもうかる投資システムがあるという話を持ちかけられ、「その投資をするためにはDVDを購入する必要があるが、すぐに元を取れてもうかる」などと勧誘された。その際に、先輩から、「DVDを買ってくれないなら、今までのように親しくはできない」と言われ、DVDを購入した。
〔考え方〕
日頃から同じ寮で生活し、かつ所属するサークルも同じである勧誘者に対する
親密な感情の程度は、単なる良い印象や好感を超えたものであり、特別なものといえるため「好意の感情」に該当する。
② 「これに乗じ、当該消費者契約を締結しなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻することになる旨を告げること」
(ア)「これに乗じ」
「これに乗じ」とは、そのような状態を利用するという意味である。本号は、消費者の恋愛感情その他の好意の感情及び当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものとの誤信に事業者がつけ込んで消費者契約を締結させるという点に不当性を捉えるものであるが、「これに乗じ」という要件を規定すること
によって、事業者がつけ込むという主観的な意図を明確にしている。
事業者が、消費者の好意の感情及び誤信を知りながら、消費者契約を締結しなけ れば勧誘者との関係が破綻することになる旨を告げて勧誘を行ったような場合には、通常、事業者に消費者の好意の感情及び誤信を利用する意図があったと推認される ことになると考えられる。
なお、本号は、勧誘前から存在する人間関係を濫用する場合を排除するものではない。例えば、勧誘前から存在する人間関係が通常の恋愛感情等であった場合で、その後、その一方当事者が勧誘者となり、既に相手方への恋愛感情等が喪失しているにもかかわらず、相手方の誤信等に乗じ勧誘したような場合は、本号に該当し得る。
(イ)「当該消費者契約を締結しなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻することになる旨を告げること」
本号は、事業者が消費者との間の関係が破綻することを告げる行為が、消費者の認識において勧誘者との関係を維持するためには契約を締結することを必須であると考え、自由な判断ができない状況に陥らされる可能性が類型的に高いといえることから、消費者に意思表示の取消しを認めるものである。したがって、取消しの対象となるのは、事業者が契約を締結しなければ関係が破綻する旨を告げた場合である。
「告げる」については本条第1項・第2項の解説を参照。
<関係が破綻することになる旨を告げる事例とその考え方>
〔事例4-41〕
消費者に対して、勧誘者が恋愛感情を抱かせた上、それを知りつつ「契約してくれないと、今までの関係を続けられない」と告げて、高額な宝石を売りつけた。
〔考え方〕
勧誘者は、消費者に対して「今までの関係を続けられない」と告げている。このような言動は「関係が破綻することになる旨を告げること」に該当する。
キ 判断力の低下による不安をあおる告知(第7号)
① 「当該消費者が、加齢又は心身の故障によりその判断力が著しく低下していることから、生計、健康その他の事項に関しその現在の生活の維持に過大な不安を抱いていることを知りながら」
(ア)「加齢又は心身の故障によりその判断力が著しく低下していることから」
「加齢」とは、年齢の増加をいう。「心身の故障」とは、精神的又は身体的な故障をいい、うつ病、認知症等が考えられる。年齢の増加に伴い物忘れが激しくなり契約を締結したこと自体を忘れて不要に同様の契約を締結してしまう等、契約を締結
するか否かの判断を適切に行うことができない状態にある場合は、「加齢」により判断力が著しく低下しているものとして本号の対象となり得る。
「判断力」とは、一般に消費者契約の締結を適切に行うために必要な判断力をいう。「著しく低下している」とは、加齢又は心身の故障により消費者契約を締結するか否かの判断を適切に行うために必要な判断力が、一般的・平均的な消費者に比べ著しく低下している状況をいう。著しく低下しているか否かは、消費者契約の締結について事業者が勧誘をする時点の消費者の事情に基づき判断される。例えば、消費者が認知症を発症している場合は、一般的には判断力が著しく低下している場合に該当すると考えられる。
「著しく」という要件は、事業者の不当性を基礎付けるためのものとして設けられたものであり、過度に厳格に解釈されてはならないものと考えられる(注)。
(注)参議院消費者問題に関する特別委員会(平成 30 年5月 30 日)におけるxxxxxx議員の答弁を参照(会議録8頁)。
(イ)「生計、健康その他の事項に関しその現在の生活の維持に過大な不安を抱いていることを知りながら」
「生計」とは、暮らしを立てるための手立てをいい、生活上の費用を得るための方法に関する事項を想定したものである。生計、健康は例示でありこれに限られるものではない。「その他の事項」の例としては、人間関係等が挙げられる。
「現在の生活の維持」とは、当該消費者の置かれている現在の生活環境を維持することをいう。
「過大な不安を抱いている」とは、消費者の誰もが抱くような漠然とした不安ではなく、一般的・平均的な消費者に比べて「過大」に受け止められているような不安を抱いていることをいう。通常よりは大きい心配をしている心理状態にあればこれに該当し得る。
本号は、消費者が、判断力が著しく低下していることによって一般的・平均的な消費者に比べて過大な不安を抱いている状況に、事業者がつけ込んで、消費者を自由な判断ができない状況に陥らせて契約を締結させるという点に不当性を捉えるものである。そのため、事業者が「知りながら」ということを要件とし、類型的に不当な行為のみを対象としている。
<加齢によりその判断力が著しく低下している事例とその考え方>
〔事例4-42〕
物忘れが激しくなるなど加齢により判断力が著しく低下した消費者の不安を知りつつ、「投資用マンションを持っていなければ定期収入がないため今のような生活を送ることは困難である」と告げて、当該消費者に高額なマンションを購入させた。
〔考え方〕
消費者は、物忘れが激しくなるなど年齢の増加に伴う変化により判断力が
著しく低下している。このような消費者は「加齢」により判断力が著しく低
下している場合に該当する。
② 「その不安をあおり、裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに、当該消費者契約を締結しなければその現在の生活の維持が困難となる旨を告げること」
(ア)「その不安をあおり」
「不安をあおり」とは、消費者の現在の生活の維持に生じ得る不利益を強調して告げる場合等をいう。不安をあおるような内容を直接的に告げなくとも、契約の目的となるものが必要である旨の告知を繰り返し告げたり、強い口調で告げたりして強調する態様でも足りる。
(イ)「裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに」
「正当な理由がある場合」とは、消費者を自由な判断ができない状況に陥らせるおそれが類型的にない場合を意味する。その典型例は、例示されている「裏付けとなる合理的な根拠がある場合」であるが、その他の「正当な理由がある場合」としては、告知内容が社会通念に照らして相当と認められる場合が考えられる。
不安を抱いている消費者に対して「当該消費者契約を締結しなければその現在の生活の維持が困難となる旨」を告げる場合であっても、その告知内容について裏付けとなる合理的な根拠がある場合等には、むしろ消費者にとって当該消費者契約を締結するか否かを判断するために必要な情報を提供することとなるなど、当該告知を行うことについて正当な理由があると考えられる。
そこで、このような場合は消費者契約法上の取消しの対象から除き、根拠がない等の告知によって自由な判断ができない状況に陥らされる場合のみを対象とするため、「裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに」という要件を規定している。
(ウ)「当該消費者契約を締結しなければその現在の生活の維持が困難となる旨を告げること」
過大な不安を抱いた消費者が、契約の締結について自由な判断ができない状況に陥らされるような告知内容として「当該消費者契約を締結しなければその現在の生活の維持が困難となる旨」を規定している。消費者契約の目的となるものが消費者の現在の生活の維持のために必要である旨を告げることを要件としているのは、過大な不安を抱く消費者に対し、事業者が不安をあおる態様でこのような告知を行った場合には、消費者の認識において自身の現在の生活の維持のためには契約を締結することが必須のものと考え、自由な判断ができない状況に陥らされる可能性が類型的に高いといえるためである。
なお、不安はあらかじめ消費者が持っていたものでも、事業者が新たに作り出し
た場合でもよいが、いずれにせよ不安をあおることが必要である。
「告げる」については本条第1項・第2項の解説を参照。
ク 霊感等による知見を用いた告知(第8号)
① 「当該消費者に対し、霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として、当該消費者又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、若しくは将来生じ得る重大な不利益を回避することができないとの不安をあおり、又はそのような不安を抱いていることに乗じて」
(ア)「霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として」
「霊感」とは、除霊、災いの除去や運勢の改善など超自然的な現象を実現する能力である。霊感以外でも「合理的に実証することが困難な特別な能力」は本号の対象となり、例えばいわゆる超能力がこれに当たる。
(イ)「当該消費者又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、若しくは将来生じ得る重大な不利益を回避することができないとの不安をあおり、又はそのような不安を抱いていることに乗じて」
本号でいう「不利益」とは、消費者又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項に損害、損失が生ずることをいう。この「不利益」については、「将来生じ得る不利益」に加え、「現在生じている不利益」も対象となる。また、このままでは不幸になる等の漠然としたものであっても、個別具体的な勧誘の内容を通じ、消費者又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、若しくは将来生じ得る重大な不利益を回避することができない旨を伝えたとみることができる場合には含まれる。
「親族」については、その範囲に特段の限定はないが、主に問題となるのは、本人が不安を抱く程度に近しい親族(例えば、同居している親族)の場合が多いと考えられる。
「重大な」という要件は、消費者に取消権を付与する場合を適切に限定するとともに、事業者の不当性を基礎付けるためのものである。
「不安をあおり」とは、消費者に対し「消費者又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、若しくは将来生じ得る重大な不利益を回避することができない旨」を強調して告げる場合等をいう。例えば、契約の目的となるものが重大な不利益の回避のために必要である旨の告知を繰り返したり、強い口調で告げたりして強調する場合が該当する。
「不安を抱いていることに乗じて」とは、不安を抱いている状態を利用してという意味である。この場合の不安については、勧誘の前から消費者が抱いていた不安であり、必ずしも勧誘者によって惹起されるものであることは要しない。
本号における事業者の行為は、重大な不利益を与える事態が生ずる旨を示し消費者に強い心理的負担を与えながら、その告知内容は合理的に実証できる根拠に基づいておらず、勧誘の態様として不当性が高いため、本号は消費者が「過大な」不安を抱いていたことは要件としていない。
② 「その重大な不利益を回避するためには、当該消費者契約を締結することが必要不可欠である旨を告げること」
本号は事業者が消費者に対し、重大な不利益を回避するためには、当該消費者契約を締結することが必要不可欠である旨を告げることを要件としている。この旨の告知が行われた場合には、消費者の認識において重大な不利益の回避のためには契約を締結することが必須のものと考え、自由な判断ができない状況に陥らされる可能性が類型的に高いといえることから、そのような場面を適切に捉えるための要件である。
「必要不可欠である旨を告げること」とは、必ずしも「必要不可欠」という言葉をそのまま告げる必要はなく、勧誘行為全体としてそれと同等程度の必要性及び切迫性が示されている場合も含まれるものと考えられる。
「告げる」については本条第1項・第2項の解説を参照。
<霊感等による知見を用いた告知型の事例とその考え方>
〔事例4-43〕
運勢相談をしたところ、事業者から、「私は霊能者であり、あなたの霊が見える。あなたには悪霊がついておりそのままでは病状が悪化する。この数珠を買わないと悪霊が去らない。」と言われ、50 万円を支払った。
〔考え方〕
事業者は霊能者を名のり、霊が見える、悪霊がついておりそのままでは病状が悪化するなど、超自然的な現象を実現する能力に基づく知見として消費者に重大な不利益を回避することができない事態が生ずる旨を示して不安をあおっている。このような事業者は「霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見として」消費者の重要な事項について、そのままでは現在生じている重大な不利益を回避することができないとの不安をあおり、その重大な不利益を回避するためには、当該消費者契約を締結す
ることが必要不可欠である旨を告げる場合に該当する。
ケ 契約前の義務実施・契約目的物の現状変更(第9号)
① 「当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該消費者契約を締結したならば負うこととなる義務の内容の全部若しくは一部を実施し、又は当該消費者契約の目的物の現状を変更し」
ある事業者の行為が「当該消費者契約を締結したならば負うこととなる義務の内
容の全部若しくは一部を実施し」たといえるか否かは、その行為が、通常、当該消費者契約を締結したならば当該事業者が実施する行為であるか否かなどの事情を考慮して判断する。
事業者が通常実施する行為であるか否かを基準としたのは、本号が、消費者契約の締結に先立って、その契約を締結したならば負う義務の内容を事業者が実施した際に適用されるという、いわば仮定的な消費者契約を念頭に置いた規定であるところ、事業者が勧誘を行っている時点では当該消費者契約の義務の内容が必ずしも明らかとはなっていないことから、実際に締結された消費者契約の義務内容を基準とすることは適当でない。それゆえ、その義務内容を特定する必要があるため、「通常」当該事業者が実施する行為を基準とした。
② 「その実施又は変更前の原状の回復を著しく困難にすること」
「原状の回復を著しく困難にすること」とは、事業者が義務の全部若しくは一部を実施し、又は目的物の現状を変更することによって、実施・変更前の原状の回復を物理的に又は消費者にとって事実上不可能とすることをいう。「原状」とは、事業者による義務の全部若しくは一部の実施前又は目的物の現状変更前の状態をいう。事業者が、消費者による意思表示の前に、義務の全部若しくは一部を実施し、又 は目的物の現状を変更するのみならず、実施・変更前の状態に戻すことが著しく困難なものとした場合には、事業者が作出した既成事実から逃れることができないという消費者の心理的負担はより重いものになると考えられる。本要件は、このよう
な不当性の高い事業者の行為を適切に捉えるためのものである。
消費者に心理的負担を生じさせる類型を適切に捉えるという本要件の趣旨に照らし、「原状の回復を著しく困難にすること」には、原状回復を物理的に不可能とすることのほか、消費者にとって事実上不可能な状態にすることも含まれる。
消費者にとって原状回復が事実上不可能である状態であるか否かは、当該消費者契約において、一般的・平均的な消費者を基準として社会通念を基に規範的に判断される。例えば、原状の回復について専門知識や経験、道具等が必要となるために、一般的・平均的な消費者をして原状の回復が事実上不可能であるといえる場合には、
「原状の回復を著しく困難にする」ものと考えられる。他方で、単に消費者に契約の目的物である動産を引き渡すといった場合であれば、一般的・平均的な消費者であれば事業者に動産を返還することにより容易に原状の回復が可能であるといえるから、「原状の回復を著しく困難にする」ものとは考えられない。
<契約前の義務実施型事例とその考え方>
〔事例4-44〕
さお竹屋が自宅のそばに来たので話をしたところ、契約をする前に事業者が庭の物干し台の位置を見ながらメジャーで必要な長さを測定し、それに合わせてさお竹を必要な寸法に切って代金を請求してきた。既にさお竹は自分に必要な寸法
に切られてしまっているため断ることができずに代金を払ってしまった。
〔考え方〕
さお竹を切った行為は、通常、契約を締結したならば事業者が実施する行為であり、「当該消費者契約を締結したならば負うこととなる義務の内容」に該当する。また、消費者にとって、切断されたさお竹を切断前へ原状の回復をすることは、物理的に不可能であり、「原状の回復を著しく困難にする」に該当する。したがって、本項第9号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-45〕
ガソリンを入れようとガソリンスタンドに立ち寄ったところ、店員が「無料点検を実施しています」と言いながら、勝手にボンネットを開けてエンジンオイルも交換してしまった。断ることができず、エンジンオイルの費用を払ってしまった。
〔考え方〕
エンジンオイルを交換する行為は、通常、契約を締結したならば事業者が実施する行為であり、「当該消費者契約を締結したならば負うこととなる義務の内容」に該当する。また、新しいオイルを抜き取り古いオイルを入れ直すことは、物理的には可能とも考えられるものの、オイルの交換作業には一定の技術や経験、道具が必要とされると考えられ、一般的・平均的な消費者はこのような技術や経験、道具を通常持っているとは言い難く、原状の回復が事実上不可能であるといえるので、「原状の回復を著しく困難にする」に該当する。したがって、本項第9号の要件に該当し、取消しが認められる。
<契約目的物の現状変更型の事例とその考え方>
〔事例4-46〕
不用品の買取りのために訪問した業者に対し、査定してもらうために指輪やネックレスなどの貴金属を見せたところ、「切断しないと十分な査定ができない」と言われ、全ての貴金属を切断されてしまい、買取りに応じてしまった。
〔考え方〕
契約締結前に契約の目的物の現状を変更し、変更前の原状の回復を著しく困難にしているため、本項第9号の要件に該当し、取消しが認められる。
コ 契約前活動の損失補償請求(第 10 号)
① 「前号に掲げるもののほか、当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該事業者が調査、情報の提供、物品の調達その
他の当該消費者契約の締結を目指した事業活動を実施した場合」
(ア)「前号に掲げるもののほか」
「前号に掲げるもののほか」とは、第 10 号の適用の対象には第9号の対象となる
行為が含まれないことをいう。すなわち、第 10 号の対象となる行為は、消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をする前に行われる「消費者契約の締結を目指した事業活動」から、第9号の対象となる行為(消費者契約の締結前に義務の全部若しくは一部を実施し、又は当該消費者契約の目的物の変更を変更し、かつ原状の回復を著しく困難にするもの)を除いたものであることを示すものである。
(イ)「当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該事業者が調査、情報の提供、物品の調達その他の当該消費者契約の締結を目指した事業活動を実施した場合」
「当該消費者契約の締結を目指した事業活動」とは、事業者が特定の消費者との契約締結を目的として行う事業活動をいう。例えば、事業者が契約を行う前に実施する目的物の調査や、商品についての説明など、当該消費者契約の締結に向けた準備行為が挙げられる。
「調査、情報の提供、物品の調達」は例示であって、これらの行為に限定されるものではない。「その他の当該消費者契約の締結を目指した事業活動」には、例えば、事業者による遠隔地からの消費者の住居への来訪などが含まれる。他方で、事業者が特定の消費者との間での消費者契約の締結を目指した事業活動とはいえないような行為(例えば、自社の知名度を上げるためにチラシを配布するような行為)は、
「当該消費者契約の締結を目指した事業活動」には当たらない。
● 第9号と第 10 号の適用の対象となる行為
義務の全部又は一部の実施に当たる行為のうち、原状の回復が著しく困難なものは上記のとおり第9号の適用の対象となることから、第 10 号の適用の対象となる事業者の行為は、義務の全部又は一部の実施に当たらない行為に加え、義務の全部又は一部の実施に当たる行為のうち、原状の回復が著しく困難ではないものとなる。
例えば、「物品の調達」には、消費者契約の締結に向けた準備行為に当たる場合のほか、物品が消費者契約の目的物となっている場合など義務の全部又は一部の実施に当たる場合も考えられる。物品の調達を義務の全部又は一部として実施し、かつ原状の回復を著しく困難にした場合(例えば調達した物品が個別に製作される特注品である場合等)には、第9号の適用の対象となる。他方で、物品の調達を義務の全部又は一部として実施したが原状の回復を著しく困難にしたとはいえない場合
(例えば調達した物品が汎用的なもので転用や返品が可能であると考えられる場合等)には第 10 号の適用の対象となり得る。
② 「当該事業活動が当該消費者からの特別の求めに応じたものであったことそ
の他の取引上の社会通念に照らして正当な理由がある場合でないのに、当該事業活動が当該消費者のために特に実施したものである旨及び当該事業活動の実施により生じた損失の補償を請求する旨を告げること。」
(ア)「当該事業活動が当該消費者からの特別の求めに応じたものであったことその他の取引上の社会通念に照らして正当な理由がある場合でないのに」
「特別の求め」とは、消費者の事業者に対する調査等の事業活動の求めが、消費者契約の締結に際して一般的にみられる程度を超え、xxに反する程度の要求に至ったことをいう。
消費者が消費者契約の締結に先立ち消費者契約の締結の意思決定の判断のために事業者に一定の調査等の事業活動を求めることは、消費者契約の締結に際して一般的にみられるものである。もっとも、消費者の事業者に対する調査等の事業活動の求めが消費者契約の締結に際して一般的にみられる程度を超えた場合、事業者が消費者に対して調査等の事業活動による損失の補償の請求をすることは必ずしも不当であるとはいえないことから、本要件はそのような場合を本号の適用対象から除くこととした。
「正当な理由がある場合」とは、消費者からの特別の求めに応じた場合と同程度に、事業者による損失補償の請求に正当性が認められる場合をいう。
(イ)「当該事業活動が当該消費者のために特に実施したものである旨及び当該事業活動の実施により生じた損失の補償を請求する旨を告げること」
「当該消費者のために特に実施したものである旨」を「告げること」とは、消費者契約の締結を目指した事業活動を当該消費者のために特別に実施した旨を告げることをいう。
「損失の補償を請求する旨を告げる」とは、事業者が消費者に対して当該消費者のために特に実施した行為に係る費用を請求する旨を告げることをいう。
● 「告げる」方法
「告げる」については、必ずしも口頭によることを必要とせず、書面に記載して消費者に知悉させるなど消費者が実際にそれによって認識し得る態様の方法であればよい。例えば、人件費や旅費といった特定の損失の項目に言及して請求するなど、明示的にその旨を告げる場合のほか、領収書等の損失の項目の根拠資料を示しながら「どうしてくれるんだ」などと告げた場合も含む。
<調査、情報の提供、物品の調達その他の当該消費者契約の締結を目指した事業活動を実施した事例とその考え方>
〔事例4-47〕
廃品回収の事業者が、消費者の求めに応じ4階の自宅まで上がってきた。消費
者が廃品回収の値段を聞いて断ると、「わざわざ上の階まで来ているのにこのままでは帰れない。4階まで上がった分の手間賃を払え」と言われて契約を急かされたので契約してしまった。
〔考え方〕
消費者宅への来訪は、通常は、廃品回収の消費者契約の義務の全部又は一部に当たらない消費者契約の締結に向けた準備行為であり、「消費者契約の締結を目指した事業活動」に該当する。
〔事例4-48〕
保険の見直しをしようと思い、近所のファミレスにFP(ファイナンシャル・プランナー)を派遣してもらった。ファミレスで3回会って食事しながら説明を受けた。食事代は事業者が支払った。提示された保険の見積額が高いので4回目の面会時に契約を断ると、「契約しないならこれまでの飲食代を支払え」と言われた。
〔考え方〕
消費者への商品の説明は、消費者契約の義務の全部又は一部に当たらない消費者契約の締結に向けた準備行為であり、「消費者契約の締結を目指した事業活動」に該当する。
<「損失の補償を請求する旨を告げる」に関する事例とその考え方>
〔事例4-49〕
保険の見直しをしようと思い、近所のファミレスにFPを派遣してもらった。ファミレスで3回会って食事しながら説明を受けた。食事代は事業者が支払った。提示された保険の見積額が高いので4回目の面会時に契約を断ると、「契約しないならこれまでの飲食代を支払え」と言われた。
〔考え方〕
事業者は、商品説明の際に生じた損失である飲食代の補償の請求を明示的に行っていることから、「損失の補償を請求する旨を告げる」に該当する。
〔事例4-50〕
不動産販売の勧誘で会ってほしいと言われてファミレスで3回会って食事しながら説明を受けた。食事代は事業者が支払った。不動産の見積額が高いので4回目の面会時に契約を断ると、飲食代の領収書を見せながら「契約してくれなければ大損だ」と言った。
〔考え方〕
事業者は、明示的に飲食代を請求しているわけではないが、手に持った飲食代の領収書と発言が相まって、消費者がそれによって損失の補償を請求されたもの
と認識し得る態様の方法で請求しているといえるため、「損失の補償を請求する旨を告げる」に該当する。
(2)要件2(消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示)
本項における二つ目の要件として、消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示が存在することが挙げられる。
「当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をした」
本条第1項・第2項の解説を参照のこと。
(3)要件3(要件1と要件2の因果関係)
本項における三つ目の要件として、事業者の行為(以下「要件1」という。)と消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示(以下「要件2」という。)の因果関係が存在することが挙げられる。
消費者に取消権を与えるためには、消費者に意思表示の瑕疵がある(他人からの不当な干渉を受け、意思決定が自由に行われなかった)ことが必要である。したがって、要件1という先行事実が消費者に困惑を生じさせ、この困惑が要件2という後行事実を生じさせるという二重の因果関係(事業者の行為→消費者の困惑→消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示)を規定することとする。この場合、消費者の困惑を通じて要件1という先行事実が要件2という後行事実を生じさせることを、明示的に規定している。
「により困惑し、それによって」
「困惑」とは、困り戸惑い、どうしてよいか分からなくなるような、精神的に自由な判断ができない状況をいう。畏怖(おそれおののくこと、怖じること)をも含む、広い概念である。
(4)効果
「これを取り消すことができる」
本条第1項・第2項の解説を参照のこと。
● 民法の強迫と本法の「困惑」類型(本条第3項)との比較
本法は、消費者と事業者との間の交渉力の格差が消費者契約(消費者と事業者との間で締結される契約)のトラブルの背景になっていることが少なくないことを前提として、消費者契約の締結に係る意思表示の取消しについては、民法の強
迫が成立するための厳格な要件を緩和するとともに、抽象的な要件を具体化・明確化したものである。これによって消費者の立証負担を軽くし、消費者が事業者の不適切な勧誘行為に影響されて締結した契約から離脱することを容易にすることが可能となる。
民法の強迫(第 96 条) | 本法の「困惑」類型 (本条第3項) | ||
要 件 | ①二重の故意 | ||
②強迫行為 | ①事業者の行為(注) | ||
③強迫の違法性 | |||
④二重の因果関係 | ②二重の因果関係 | ||
効 果 | 取消し | 取消し | |
善意の第三者との関係 | 対抗できる。 | 対抗できない。 | |
第三者の行為 | 取消し可 | 事業者が媒介を委託した第三者の場合は取消し可 | |
取消権の期間制限 | 追認可能時から5年行為時から 20 年 | 追認可能時から1年契約締結時から5年 |
(注)事業者の行為
⑴ 消費者契約の締結について勧誘をするに際し
⑵ 本項第1号ないし第 10 号に掲げる行為をすること
解説
⑴ 民法の強迫の要件のうち本法の「困惑」類型で要件とされないものは、「二重の故意」「強迫行為」「強迫の違法性」である。
⑵ 本法の「困惑」類型においては、民法の「強迫行為」(相手方に畏怖を生じさせる行為)がなくても、消費者契約の場面に即した一定の「事業者の行為」
(客観的・外形的には「困惑」類型に当てはまるが、必ずしも相手方に畏怖を生じさせない行為)があればよい。
Ⅲ 第4項(過量契約)
4 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの分量、回数又は期間(以下この項において「分量等」という。)が当該消費者にとっての通常の分量等(消費者契約の目的となるものの内容及び取引条件並びに事業者がその締結について勧誘をする際の消費者の生活の状況及びこれについての当該消費者の認識に
照らして当該消費者契約の目的となるものの分量等として通常想定される分量等をいう。以下この項において同じ。)を著しく超えるものであることを知っていた場合において、その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、消費者が既に当該消費者契約の目的となるものと同種のものを目的とする消費者契約(以下この項において「同種契約」という。)を締結し、当該同種契約の目的となるものの分量等と当該消費者契約の目的となるものの分量等とを合算した分量等が当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであることを知っていた場合において、その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときも、同様とする。
1 趣旨
平成 13 年4月に本法が施行された後の高齢化の進展の影響も受け、事業者が、認 知症の高齢者その他の合理的な判断をすることができない事情がある消費者に対し、その事情につけ込んで、不必要な物を大量に購入させるといった消費者被害が発生 している。このような消費者被害の救済は、公序良俗違反による法律行為の無効(民 法第 90 条・いわゆる暴利行為の無効)や、不法行為に基づく損害賠償請求(民法第
709 条)によって図ること等も考えられるが、これらの規定は抽象的であり、どのような場合に意思表示が無効となったり損害賠償請求が認められたりするかについて、必ずしも明らかであるとはいえない。そこで、消費者契約の特性を踏まえた上で、明確かつ具体的な要件をもって、消費者に意思表示の取消しを認めるべき場合について規定することが適当であることから、平成 28 年改正において、新たに本項の規定を設けることとした。
具体的には、消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者契約の目的となるものの分量等が当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであること(以下、このことを「過量」であるといい、このような消費者契約を「過量な内容の消費者契約」という。)を知っていた場合において、その勧誘により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができることとしている。
ここでいう過量な内容の消費者契約とは、「消費者の生活の状況」(後述するように、友人が自宅に遊びに来る等の一時的な生活の状況も含まれる。)や「これについての当該消費者の認識」も考慮に入れた上で、その目的となるものが当該消費者にとって過量であると判断される消費者契約であり、通常であれば、そのような契約を締結する必要はないと考えられる。それにもかかわらず、消費者が過量な内容の消費者契約を締結してしまうのは、当該消費者に、当該消費者契約を締結するか否かについて合理的な判断をすることができない事情(例えば、加齢や認知症による判断能力の低下、知識・経験の不足、事業者による断りにくい状況の作出等)がある場合であると考えられる。そして、消費者に取消権を認めるべきであるのは、事
業者が当該事情を利用して当該消費者契約を締結させた場合であるところ、事業者が、当該消費者にとって過量な内容の消費者契約であることを知りながら、当該消費者契約の締結について勧誘をし、当該勧誘によって消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をした場合には、事業者が消費者の上記事情を利用して当該消費者契約を締結させたものと考えられる。このように、本項の規定は、事業者が、合理的な判断をすることができない事情がある消費者に対し、その事情につけ込んで不要な契約を締結させるような場合のうち、一つの類型について取消しを認めたものである。
2 条文の解釈
(1)要件1(過量な内容の消費者契約であること)
本項の規定が適用されるための一つ目の要件は、消費者が締結した消費者契約の目的となるものの分量等が、当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであること(過量な内容の消費者契約であること)である。
なお、消費者が既に同種契約(当該消費者契約の目的となるものと同種のものを目的とする消費者契約)を締結していた場合には、当該同種契約の目的となるものの分量等と、新たに消費者が締結した消費者契約の目的となるものの分量等とを合算した分量等が、当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであることが要件となる。
① 「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるもの」
「当該消費者契約の目的となるもの」の例示として、
ア 物品(一般的には、有体物たる動産をいう。例えば、自動車、電気製品、化粧品、絵画、着物、健康食品等)
イ 権利(一定の利益を請求し、主張し、享受することができる法律上正当に認められた力をいう。例えば、スポーツ施設を利用する権利等)
ウ 役務(他人のために行う種々の労務又は便益の提供をいう。例えば、住宅建築請負、結婚情報サービス、予備校での授業等)
の3つを掲げている。
このほか、これら三つの概念には必ずしも含まれない給付の対象(例えば、不動産、無体物〔電気等〕)も「当該消費者契約の目的となるもの」に当たる。
② 「分量、回数又は期間(以下この項において「分量等」という。)」
本項の適用対象となるのは、消費者契約の目的となるものの「分量、回数又は期間」が当該消費者にとって通常想定される範囲を著しく超える場合である。
したがって、例えば、消費者契約の目的となるものが、当該消費者契約を締結した消費者にとって過度な性質・性能を備えたものであったとしても、「分量、回数又は期間」が通常想定される範囲を著しく超えるものでなければ、本項の規定による
取消しは認められない。
③ 「当該消費者にとっての通常の分量等」
「当該消費者にとっての通常の分量等」とは、「消費者契約の目的となるものの内容及び取引条件並びに事業者がその締結について勧誘をする際の消費者の生活の状況及びこれについての当該消費者の認識に照らして当該消費者契約の目的となるものの分量等として通常想定される分量等」をいう。この分量等がどの程度のものかは、「消費者契約の目的となるものの内容」、「消費者契約の目的となるものの…取引条件」、「事業者がその締結について勧誘をする際の消費者の生活の状況」及び「これについての当該消費者の認識」という要素を総合的に考慮した上で、一般的・平均的な消費者を基準として、社会通念を基に規範的に判断される。
ア 消費者契約の目的となるものの内容
消費者契約の目的となるものの性質、性能・機能・効能、重量・大きさ、用途等が考えられる。例えば、消費者契約の目的となるものが、生鮮食品のようにすぐに消費しないと無価値になってしまうもの、自転車のように保管場所が必要なもの、布団のように一人の消費者が通常必要とする量が限られているものである場合等には、当該消費者にとっての通常の分量等が少なくなるため、結果的に過量性が認められやすい。これに対して、消費者契約の目的となるものが、例えば、缶詰食品のように比較的長期間の保存が前提とされるものや、金融商品のようにそれを保有すること自体を目的として購入されるものである場合等には、当該消費者にとっての通常の分量等が多くなるため、結果的に過量性が認められにくい。
また、例えば、同じ商品であっても、事業者がそれに付随させている価値等によってその商品の内容が異なる場合もあると考えられる。例えば、音楽CDは、そこに収録された音楽を聴くためには、通常は1枚購入すれば十分であるから、過量性が認められやすいものであるといえる。もっとも、ジャケット(外装)に複数のバリエーションがある場合や、アーティストとの握手券が封入されている場合等には、たとえ中身のCD自体が同じものであったとしても、一人の消費者が複数購入することも想定されるものであると考えられる。そして、消費者が当該アーティストのファンである等の生活の状況(ウ参照)を併せて考慮すれば、当該消費者にとっての通常の分量等が多くなり、過量性は認められにくいと考えられる。
イ 消費者契約の目的となるものの取引条件
価格、代金支払時期、景品類提供の有無等が考えられる。例えば、通常は、一つ 100 円の物品と比較すれば一つ 10 万円の物品の方が、当該消費者にとっての通常の分量等は少なくなり、過量性は認められやすいと考えられる。また、購入量に応じて、大幅な割引がされたり希少な景品が提供されたりする等、その取引条件次第では、当該消費者にとっての通常の分量等が多くなり、過量性が認められにくくなることもあると考えられる。
ウ 消費者の生活の状況
当該消費者の世帯構成人数、職業、交友関係、趣味・嗜好、消費性向等の日常的な生活の状況のほか、たまたま友人や親戚が家に遊びに来るとか、お世話になった近所の知人にお礼の品を配る目的がある等の一時的な生活の状況も含まれる。そして、事業者が消費者契約の締結について勧誘をする際に、当該消費者に、当該消費者契約の目的となるものについて、多くの分量等の給付を受ける理由となる生活の状況があれば、それに応じて、当該消費者にとっての通常の分量等が多くなるため、過量性が認められにくい。他方で、そのような生活の状況がなければ、当該消費者
にとっての通常の分量等が少なくなるた.め.、.過.量性は認められやすい。
なお、ここで考慮要素となるのは「消費者の生活の状況」であり、これはあくま
でも当該消費者が自らの意思で営む生活の状況を指している。したがって、例えば、次々販売の被害に遭っていることが当該消費者の生活の状況に含まれる結果、新たな被害が過量な内容の消費者契約に当たらないという結論になるわけではない。
エ 消費者の認識
消費者の生活の状況についての当該消費者の認識を指す。例えば、普段は一人暮らしで他人が家に来ることはない消費者が、翌日友人が 10 人自宅に遊びに来る予定があるという認識の下で、それに見合った分量の食材を購入したが、実際に友人が遊びに来るのは1か月後であったという場合、当該消費者には、友人が 10 人自宅に遊びに来るという一時的な生活の状況が翌日のものであるという認識があったのであるから、これを考慮に入れた上で、当該消費者にとっての通常の分量等が判断される。
なお、この認識は、実際に客観的に存在する生活の状況についての認識であり、例えば、認知症の高齢者が、友人が 10 人自宅に遊びに来る予定がないにもかかわらず、これがあると思い込んで、これに見合った分量の食材を購入したという事例では、当該高齢者に、その食材が必要となる生活の状況が客観的に存在しない以上、これについての当該消費者の認識も観念できない。そのため、当該高齢者が、友人が自宅に遊びに来ると思い込んでいたとしても、そのことは、当該消費者にとっての通常の分量等を判断する上での考慮要素には含まれない(ただし、後述のとおり、取消しが認められるのは、事業者が過量性を認識していた場合であり、この事例でいえば、当該消費者に、友人が遊びに来る予定などないことを知っていた場合に限られる)。
④ 「著しく超える」
本項の規定が適用されるためには、消費者契約の目的となるものの分量等が、当該消費者にとっての通常の分量等を単に超えるだけでなく、「著しく超える」ことが必要である。そして、当該消費者契約の目的となるものの分量等が当該消費者にとっての通常の分量等を「著しく超える」か否かについては、③に挙げた四つの要素を考慮した上で、一般的・平均的な消費者を基準として、社会通念を基に規範的に判断される。
● 既に同種契約を締結していた場合
消費者が既に同種契約を締結していた場合には、消費者が新たに締結した消費者契約の目的となるものの分量等だけでなく、既に締結していた同種契約の目的となるものの分量等も考慮に入れ、これらを合算した分量等が、当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであることが要件となる。消費者契約の目的となるものが「同種」であるか別の種類であるかは、事業者の設定した区分によるのではなく、過量性の判断対象となる分量等に合算されるべきかどうかという観点から社会通念に照らして判断される。具体的には、その目的となるものの種類、性質、用途等に照らして、別の種類のものとして並行して給付を受けることが通常行われているかどうかという点のみならず、当該消費者が置かれた状況に照らして合理的に考えたときに別の種類のものと見ることが適当かどうかについても判断されるものと考えられる。
なお、この場合、取消しの対象となるのは、既に締結していた同種契約ではなく消費者が新たに締結した消費者契約に係る意思表示である。
<過量な内容の消費者契約に関する事例とその考え方>
〔事例4-51〕
家電製品や健康器具を店舗で販売している事業者が、たまに来店する気の弱そうな消費者に全身運動用の健康器具の在庫を売りつけようとして、声を掛けて親しげに話し、特別キャンペーンと称して家電製品を無料で贈呈するなどして断り難い状況を作出した上で、巧妙なセールストークを交え、「1割引にしますから」等と言って同じ健康器具を 10 台購入するよう何度も勧めた。当該消費者は、事業者との会話の中で腰痛の持病があり全身運動はできないということも伝えていたし、全身運動用の健康器具は要らないと思っていたが、そのしつこさに押し切られて、上手く断れずに同じ健康器具を 10 台(合計 20 万円)購入してしまった。
〔考え方〕
全身運動用の健康器具は、必要であったとしても1世帯に1台あれば十分に目的を達することができ、また、保管場所を要するものでもあるから、たとえ1割引になるとしても、20 万円もの対価を支払って 10 台も購入することが必要となるような商品ではない。また、腰痛持ちで全身運動はできないという生活の状況があり、その認識も有していた。そうすると、同じ健康器具 10 台は過量であり、当該売買契約は過量な内容の消費者契約に当たると考えられる。
〔事例4-52〕
一人暮らしの消費者が、夕食のための買い物をしようと近所のスーパーマーケットに出かけたところ、当該消費者が一人暮らしであることを知っている知り合
いの店員から、「今日は防災グッズセールを開催していて、缶詰が安いですよ。3年間もちます。この鯖の味噌煮の缶詰を2ダース(24 個)買えば3割引で 5,040円になります。」と言われ、もしもの時のためにと思って買って帰った。当該消費者は、普段は自炊をすることが多く、缶詰を食べることはほとんどなかった。
〔考え方〕
缶詰は非常食として備蓄しておくことも可能な商品であり、3年間も保存できるものであること、まとめて買うと3割引になって合計の価格も取り立てて高額でもないことからすると、当該消費者が一人暮らしで普段は缶詰をほとんど食べないとしても、2ダース(24 個)購入するということも想定される商品であると考えられる。そうすると、同じ缶詰2ダース(24 個)は過量ではなく、当該売買契約は過量な内容の消費者契約には当たらないと考えられる。
(2)要件2(事業者の行為-過量性を認識しながら勧誘をすること)
二つ目の要件として、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者契約が過量な内容の消費者契約に該当することを知っていたことが挙げられる。
① 「事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し」
本条第1項・第2項の解説を参照。
なお、ここでいう「勧誘」は、過量な内容の消費者契約の締結についての勧誘を指す。したがって、結果的に過量な内容の消費者契約が締結されたとしても、事業者の勧誘自体は適切な分量等の消費者契約に係るものであった場合(例えば、呉服店で、事業者が1着ずつ着物を示して当該着物の購入について勧誘し、消費者の好みに合う着物を探しながら最終的に合計 10 着を示したところ、当該消費者が、1着
に決められないから 10 着全部を購入すると言った場合)には、ここでいう勧誘には当たらない。
② 「……を知っていた場合において」
本項の取消権が認められる根拠は、消費者に当該消費者契約を締結するか否かについて合理的な判断をすることができない事情があることを事業者が利用して過量な内容の消費者契約を締結させたという点に求められる。そのため、事業者が、過量な内容の消費者契約の締結について勧誘をした場合であっても、その際に、当該消費者契約が消費者にとって過量な内容の消費者契約に当たることを知らなかった場合には、取消しは認められない。
なお、上記(1)③及び④に記載のとおり、過量である(当該消費者契約の目的となるものの分量等が当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超える)というのは、一般的・平均的な消費者を基準とした規範的な評価であるところ、これを「知っていた」というのは、その評価の基礎となる事実の認識があったことを指す。し
たがって、事業者が、基礎となる事実は全て認識した上でその評価を誤ったとしても、過量であることを「知らなかった」ことにはならない。例えば、当該消費者が、一人暮らしで、普段から自宅に誰かが遊びに来るということはなく、その日に特別誰かが来訪する予定があるわけでもないということを、事業者が知っていたにもかかわらず、20 人分の生鮮食材を購入するよう勧誘した場合、仮に当該事業者が 20人分の生鮮食材を過量であるとは思わなかったのだとしても、本項の規定による取消しを免れられるわけではない。
<事業者の勧誘に関する事例とその考え方>
〔事例4-53〕
健康食品を販売している事業者が、来店した高齢の消費者に対して、健康食品の購入を勧めるために話し掛け、賞味期限が1年の健康食品を1年分販売した。その際、当該消費者は、一人暮らしで身寄りもなく、近所付き合いもほとんどないということを話していた。当該消費者が翌日も来店したため、事業者が「昨日はどうも」と話し掛けたところ、当該消費者は認知症であり、昨日1年分の健康食品を購入したことを忘れてしまっていた。それに気付いた事業者が、さらに1年分の同じ健康食品の購入を勧めてみたところ、当該消費者はこれを購入した。
〔考え方〕
一人暮らしで身寄りもなく、近所付き合いもほとんどない消費者にとって、賞味期限が1年の健康食品は1年分あれば十分であるため、合計2年分の健康食品は過量であると考えられる。また、事業者は、消費者の生活の状況も、既に1年分の健康食品を購入していることも知っており、過量であることも認識した上でさらに1年分の健康食品を購入するよう勧誘しているため、2日目に締結した契約については取消しが認められると考えられる。
〔事例4-54〕
スーパーマーケットに自分の夕食のおかずを買いに来た一人暮らしの消費者が、マグロの刺身 20 人前を自らレジに持参し、店員とは特に話をすることなくそれを買って行った。
〔考え方〕
自分の夕食のおかずを買いに来た一人暮らしの消費者との関係では、生鮮食品であるマグロの刺身 20 人前は、過量であると考えられる。しかし、事業者がそれを知りながら勧誘をしたわけではないから、取消しは認められないと考えられる。
〔事例4-55〕
一人暮らしで、職場には自宅近くからバスに乗って通っており、休日はほとん
ど家でテレビを見たりインターネットをしたりして過ごしている消費者が、インターネットの通信販売サイトで、自転車を 20 台注文し、購入した。
〔考え方〕
自転車を保有するためには相応の駐輪スペースの確保が必要になるし、当該消費者は一人暮らしで普段は通勤等に自転車を用いていないことを考えると、自転車 20 台は、過量であると考えられる。しかし、事業者がそれを知りながら勧誘をしたわけではないから、取消しは認められないと考えられる。
〔事例4-56〕
デパートの食料品売り場の店員が、夕方のタイムセールの際に、「このお惣菜は美味しいですよ。御家族なら 10 個でもいけます」と、消費期限が当日の惣菜を勧
めていたところ、本当に 10 個買って行った消費者がいた。その消費者は実際には一人暮らしであり、10 個の惣菜は到底食べ切れないものの、なんとなく見栄を張りたくなって購入しただけであったが、デパートの店員はそのようなことは知らなかった。
〔考え方〕
一人暮らしの消費者にとって、消費期限が当日の惣菜 10 個は過量であると考
えられる。また、事業者の勧誘によって惣菜 10 個の売買契約を締結しているが、当該勧誘の際に、事業者は当該消費者が一人暮らしであることを認識していなかったのであるから、その勧誘時に、当該消費者契約が消費者にとって過量な内容の消費者契約に当たることを知らなかったといえる。したがって、取消しは認められない。
(3)要件3(消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示)
三つ目の要件として、消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示が存在することが挙げられる。
「当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をした」
本条第1項・第2項の解説を参照のこと。
(4)要件4(要件2と要件3の因果関係)
四つ目の要件として、要件2(事業者の行為-過量性を知りながら勧誘をすること)と要件3(消費者の当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示)の因果関係が存在することが挙げられる。
事業者が、過量な内容の消費者契約に該当することを知りながら当該消費者契約の締結について勧誘をしたとしても、それによって消費者が当該消費者契約の申込
み又はその承諾の意思表示をした場合でなければ、消費者に当該消費者契約を締結するか否かについて合理的な判断をすることができない事情があることを事業者が利用して過量な内容の消費者契約を締結させたとはいえない。そのため、事業者が過量性を知りながらした勧誘と消費者の意思表示との間に因果関係を要することとしている。
(5)効果
「これを取り消すことができる」
本条第1項・第2項の解説を参照のこと。
3 特定商取引法の規定との関係
特定商取引法には、訪問販売及び電話勧誘販売の二つの取引類型において、日常生活において通常必要とされる分量を著しく超える商品の売買契約(過量販売と呼ばれている。)等について、申込みの撤回又は契約の解除をすることができる旨を定めた規定が設けられている(同法第9条の2及び第 24 条の2)。これらの規定も、本項の規定と同様に、契約の目的となるもの(商品、役務、一定の権利)の分量、期間又は回数が過大である場合に、契約の効力を否定するものである。
もっとも、消費者にとって不要なものを大量に購入させる等の被害は、訪問販売や電話勧誘販売といった特定の取引類型だけではなく、例えば、自ら店舗に来訪した消費者との取引でも発生している(注)。そこで、消費者と事業者との間の契約に広く適用される消費者契約法において、このような被害に対応する規定が必要であることから、本項の規定が設けられた。
ただし、消費者契約法は、訪問販売や電話勧誘販売のような不意打ち性を有する取引類型に限らず、また、消費者契約の目的となるもののいかんにかかわらず、あらゆる消費者契約に幅広く適用される法律であり、取引実務に与える影響も大きい。そこで、本項の要件は、事業者の行為に悪質性が認められる場合を具体的かつ明確に類型化したものとしている。具体的に要件を比較すると、次のとおりである(契約が1回だけ締結された場合を取り上げる。)。
まず、特定商取引法の規定が適用されるための要件は、売買契約の目的となる商品・権利又は役務提供契約の目的となる役務が、「日常生活において通常必要とされる[分量/回数/期間]を著しく超える」ことである(購入者等が立証責任を負う。)。ただし、購入者等に「当該契約の締結を必要とする特別の事情があつたとき」には、適用されないこととされている(「特別の事情」があったことについては、販売業者又は役務提供事業者が立証責任を負う。)。
これに対し、本項の規定が適用されるためには、前述のとおり、「消費者契約の目的となるものの分量、回数又は期間」が、「当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超える」ことに加え、事業者が、そのことを知りながら勧誘をし、それによっ
て消費者が意思表示をしたことが必要となる。そして、「当該消費者にとっての通常の分量等」を判断するに当たっての具体的な考慮要素(消費者契約の目的となるものの内容、その取引条件、勧誘の際の消費者の生活の状況、これについての当該消費者の認識)を列挙している。なお、特定商取引法の規定でいう「当該契約の締結を必要とする特別の事情」は、本項の規定では、当該消費者の一時的な生活の状況として考慮されるものと考えられる。すなわち、「当該契約の締結を必要とする特別の事情」があるような場合には、それに応じて、当該消費者にとっての通常の分量等が多くなるため、過量性が認められなくなると考えられる。
(注)例えば、呉服等の販売会社が、店舗に来訪した高齢の女性に対し、認知症のために財産管理能力が低下している状態を利用して、着物や宝石などの商品を、老後の生活に充てるべき流動資産をほとんど使ってしまうほど購入させたという被害(奈良地判平成 22 年7月
9日消費者法ニュース 86 号 129 頁)。
●特定商取引法の規定との比較
特定商取引法 | 消費者契約法 | |||
対象取引 | 訪問販売/電話勧誘販売 | 消費者契約全般 | ||
要件 | 過量性 | 日常生活において通常必要とされる分量等を著しく超えること [消費者] | 消費者契約の目的となるものの分量等が当該消費者にとっての通常の分量等(※)を著しく超えること[消費者] ※①消費者契約の目的となるものの内容及び②取引条件、③事業者がその締結をする際の消費者の生活の状況及び④これについての当該消費者の認識に照らして通常想定される分量等をいう。 | |
例外 | 当該契約の締結を必要とする特別の事情があったとき [事業者] | |||
事業者の認識 | ・一つの契約の場合(第1号)は不要 ・次々販売の場合(第2号)は過量性の認識必要[消費者] | 勧誘の際に過量性の認識必要[消費者] | ||
勧誘と 意思表示との因果関係 | 不要 | 必要[消費者] | ||
行使期間 | 契約締結時から1年 | 追認をすることができる時から1年/契約締結時から5年 | ||
効果 | 申込みの撤回又は契約の解除 | 取消し |
(注1)[ ]内は立証責任の所在を示す。
(注2)消費者から事業者に対して契約の目的となるものを返還する際の費用については、特定商取引法上の申込みの撤回又は解除の場合は事業者が負担することになるのに対し(同法第9条の2第3項・第9条第4項、第 24 条の2第3項・第 24 条第4項)、消費者契約法上の取消しの場合は消費者が負担することになる。また、特定商取引法上の申込みの撤回又は解除の場合は、消費者に使用利益の返還義務はないのに対し(同法第9条の2第3項・第9条第5項、第 24 条の2第3項・第 24 条第5項)、消費者契約法上の取消しの場合は、
(取り消すことができるものであることについて善意であれば)現存利益に含まれる使用利益については消費者には返還義務がある(法第6条の2)。
Ⅳ 第5項(重要事項)
5 第1項第1号及び第2項の「重要事項」とは、消費者契約に係る次に掲げる事項(同項の場合にあっては、第3号に掲げるものを除く。)をいう。
一 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの
二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの
三 前2号に掲げるもののほか、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情
1 趣旨等
(1)趣旨
一般に、事業者の不実告知(本条第1項第1号)、不利益事実の不告知(本条第2項)という行為は、誤認を通じて消費者の意思表示に瑕疵をもたらすような不適切な勧誘行為であると考えられるが、民法の定める場合(同法第 96 条)とは別に新たに消費者に契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消権(取消権は形成権であり、形成権者である消費者の一方的な権利行使により、直ちに完全な効果が生じる。)という重大な私法上の権利を付与する以上は、これらの行為の対象となる事項をそれに相応しい適切な範囲に限定する必要があるため、「重要事項」という概念が設けられた。
(2)平成 28 年改正
平成 28 年改正前の本条第4項は、「重要事項」の列挙事由として、「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるもの」の「質、用途その他の内容」(第1号)及び「対価その他の取引条件」(第2号)を定めていた。
ところが、事業者が消費者に対して、その消費者が消費者契約を締結する必要性を基礎付ける事実について不実を告げた結果、当該消費者が当該事実の誤認により当該契約を締結する必要性があると誤解し、本来は必要のない契約を締結してしまったという消費者被害が生じていた。このような消費者被害は、救済する必要がある一方で、「消費者契約の目的となるもの」に関しない事由についての不実告知であり、改正前の法の下では「重要事項」には該当せず取り消すことができないと考えられた。
そこで、平成 28 年改正では不実告知に限り「重要事項」を拡張することとし(注
1)、「重要事項」の列挙事由として新たに第3号として「当該消費者契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情」を定める等の改正がされた(注2)。
第3号の「当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するため」という文言について、これは、消費者契約法が消費者契約全般に適用されるものであり、規律の内容をより具体的かつ明確にすべきであるという観点から、必要性の内容(何のために消費者契約の目的となるものが必要なのかに相当する部分)として規定されたものである。
(注1)本条第5項柱書きの括弧書により、不利益事実の不告知(本条第2項)については、本条第5項第3号の適用が排除されている。
(注2)平成 28 年改正前の本条第4項では、「重要事項」の要件として、柱書きにおいて「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」であることが定められていた。この要件は、改正後の本条第5項においては柱書きから削除され、第1号及び第2号の中で定められている。
2 条文の解釈
(1)第1号・第2号
ア 要件1(消費者契約の目的となるものの内容・取引条件)
① 「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるもの」
本条第4項要件1(過量な内容の消費者契約であること)の解説を参照のこと。
② 「質、用途その他の内容」
「内容」の例示として、
a 質(品質や性質をいう。例えば物品の質として、性能・機能・効能、構造・装置、成分・原材料、品位、デザイン、重量・大きさ、耐用度、安全性、衛生性、鮮度。役務の質として、効果・効能・機能、安全性、事業者・担当者の資格、使用機器、回数・時間、時期・有効期間、場所)
b 用途(特徴に応じた使いみちをいう。例えば物品の用途として、コンピューターがオフィス用のものか個人用のものか等。役務の用途として、予備校の講義が大学受験用のものか高校受験用のものか等)
の二つを掲げている。
「その他の内容」とは、これら二つの概念には必ずしも含まれない、当該消費者契約の目的となるものの実質や属性(例えば、物品の原産地、製造方法、特許・検査の有無等)をいう。
③ 「対価その他の取引条件」
「取引条件」の例示として、対価(ある給付の代償として相手方から受ける金銭をいう。割賦販売価格、現金支払以外の方法による場合の価格、本体価格に付随する価格(例えば、配送費、工事費)などを含む。)を掲げている。
「その他の取引条件」とは、対価以外の、取引に関して付される種々の条件
(例えば、価格の支払時期、契約の目的となるものの引渡し・移転・提供の時期、取引個数、配送・景品類提供の有無、契約の解除に関する事項、保証・修理・回収の条件等)をいう。
イ 要件2(消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの)
「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」とは、契約締結の時点における社会通念に照らし、当該消費者契約を締結しようとする一般的・平均的な消費者が当該消費者契約を締結するか否かについて、その判断を左右すると客観的に考えられるような、当該消費者契約についての基本的事項(通常予見される契約の目的に照らし、一般的・平均的な消費者が当該消費者契約の締結について合理的な意思形成を行う上で通常認識することが必要とされる重要なもの)をいう。
重要事項に関し、建設請負契約に即してみれば、当該契約を締結するか否かを左右すると客観的に考えられるようなもののみに限定されるので、当該契約を維持しつつ、瑕疵修補あるいは損害賠償をすれば当該事項について誤認して契約した消費者が、契約の目的を達成できるような事項は重要事項にはならない。
例えば、次のように考えられる。
(ア)ソフトウェアの携帯端末との連携機能(ソフトウェアがある携帯端末とデータ交換できなかった)
ある携帯端末とデータ交換できるパソコン用の住所録ソフトウェアを購入しようとする一般的・平均的な消費者であれば、当該ソフトウェアが当該携帯端末とデータ交換できなければ購入を差し控えるはずであり、したがって、「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」に当たる。
(イ)電気製品のマルチの受信機能(テレビが外国で受信できなかった)
テレビが外国で受信できるか否かは、一般的・平均的な消費者であれば外国で受信できなくても何ら困ることはないため、「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」には当たらない。
(ウ)電気製品の使用電圧(シェーバーが 200 ボルトで使用できなかった)
一般的・平均的な消費者であればシェーバーが 200 ボルトで使用できなくても何ら困ることはないため、「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」には当たらない。
<事例とその考え方>
〔事例4-57〕
「A社のOS版のソフトです」と説明されたので購入したソフトウェアだが、 B社のOS版のソフトウェアだったので、自宅のパソコンでは使用できなかった。
〔考え方〕
ソフトウェアがどの会社のOS版であるかは「物品」の「質」に該当する。そして、一般的・平均的な消費者であれば、ソフトウェアが自分の使用しているパソコンで使用できなければ購入を差し控えると考えられるので、「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」に当たる。したがって、ソフトウェアがどの会社のOS版であるかは「重要事項」(本条第5項第1号)に該当するところ、xxと異なることを告げている(「A社のOS版のソフトです」と告げたこと)ので、本条第1項第1号の要件に該当し、取消しが認められる。
〔事例4-58〕
英会話教室の勧誘において「当校の講師は全員アメリカ人です」と告げられたが、イギリス人の講師がいた。
〔考え方〕
英会話教室の契約において、講師がどこの国の人かは「役務」の「質」に当たるが、イギリス人であるかアメリカ人であるかは「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」ではないので、本条第5項第1号の要件に該当せず、取消しは認められない。
ただし、講師が日本語を母国語とする日本人であるにもかかわらずアメリカ人であると告げられたという事案であれば、「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」と考えられるので、本号の要件に該当し、取消しが認められる。
(2)第3号
①「当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益」
「重要な利益」とは、法益としての重要性(価値)が、一般的・平均的な消費者を基準として、例示として挙げられている「生命、身体、財産」と同程度に認められるものである。具体的には、名誉・プライバシーの利益等が考えられる。また、生活上の利益も、電話を使用して通話をするなどの日常生活において欠かせないものであれば、「重要な利益」に該当すると考えられる。
消費者被害の実態を踏まえると、「生命、身体、財産」についての損害又は危険に限定すべきではない一方で、取消しの範囲が過度に広がるのを避けるため、法益と
しての重要性(価値)が必ずしも高くないものについては対象から除外したものである。
また、「生命、身体、財産その他の重要な利益」には「当該消費者の」という限定があるため、当該消費者以外の者の生命、身体又は財産は、本号が定める「生命」、
「身体」、「財産」にそれぞれ該当しないことになる。もっとも、「当該消費者の重要な利益」に該当する場合はあり得るところであり、例えば、当該消費者の子供の生命であれば、これに該当すると考えられる。
②「損害又は危険」
「生命、身体、財産その他の重要な利益についての『損害又は危険』」とは、生命、身体、財産その他の重要な利益が侵害されることによって消費者に生じる不利益を意味する。「損害」としては、現に生じる不利益を、「危険」としては、不利益が生じるおそれ(蓋然性)を想定している。
また、「損害又は危険」には、消費者が既に保有している利益を失うこと(いわゆる積極損害)のみならず、消費者が利益を得られないこと(いわゆる消極損害)も含まれる。
③「通常必要であると判断される」
「当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避する」ことを実現する「ために」、「消費者契約の目的となるものが…通常必要であると判断される」かどうかは、契約締結の時点における社会通念に照らし、当該消費者契約を締結しようとする一般的・平均的な消費者を基準として判断される
(注)。
(注)「損害又は危険を回避するために」、「消費者契約の目的となるもの」が有益であったとしても、必要とまではいえない場合には、本条第5項第3号には該当しないと考えられ
る。
〔事例4-59〕
xxに反して「溝が大きくすり減ってこのまま走ると危ない、タイヤ交換が必要」と言われ、新しいタイヤを購入した。
〔考え方〕
溝が大きくすり減っているタイヤで走行することによる「生命、身体、財産」についての「損害又は危険」を「回避するために」は、「消費者契約の目的となるもの」である新しいタイヤが「通常必要であると判断される」。したがって、「消費者契約の目的となるものが…通常必要であると判断される事情」の不実告知に該当する。
〔事例4-60〕
xxに反して「このままだと2、3年後には必ず肌がボロボロになるので、この化粧品が必要」と言われ、化粧品を購入した。
〔考え方〕
肌がボロボロになるという「身体」についての「損害又は危険」を「回避するために」は、「消費者契約の目的となるもの」である化粧品が「通常必要であると判断される」。したがって、「消費者契約の目的となるものが…通常必要であると判断される事情」の不実告知に該当する。
〔事例4-61〕
xxに反して「パソコンがウイルスに感染しており、プライバシー関する情報がインターネット上に流出するおそれがある」と言われ、ウイルスを駆除するソフトを購入した。
〔考え方〕
プライバシーの利益は「重要な利益」に該当する。そして、プライバシーに関する情報が流出するという「重要な利益」についての「損害又は危険」を「回避するために」は、「消費者契約の目的となるもの」である当該ソフトが「通常必要であると判断される」。したがって、「消費者契約の目的となるものが…通常必要であると判断される事情」の不実告知に該当する。
〔事例4-62〕
xxに反して「今使っている黒電話は使えなくなる」と言われ、新しい電話機を購入する旨の契約を締結した。
〔考え方〕
電話を使用して通話をするという生活上の利益は、日常生活において欠かせないものであり、「重要な利益」に該当する。そして、この「重要な利益」についての「損害又は危険」を「回避するために」は、「消費者契約の目的となるもの」である新しい電話機が「通常必要であると判断される」。したがって、「消費者契約の目的となるものが…通常必要であると判断される事情」の不実告知に該当する。
〔事例4-63〕
売却が困難な山林の所有者が、測量会社からxxに反して「山林の近くに道路ができている。家も建ち始めている」と告げられた結果、当該山林を売却することができると考え、勧められるまま測量契約と広告掲載契約を締結した。
〔考え方〕
当該山林の売却による利益を得られないという「財産」についての「損害又は
危険」について、山林を売却するためには測量や広告が必要であることから、この「損害又は危険」を「回避するために」は、「消費者契約の目的となるもの」である測量及び広告掲載が「通常必要であると判断される」。したがって、「消費者契約の目的となるものが…通常必要であると判断される事情」の不実告知に該当する。
●第4条第5項に関連する最高裁判決
最三判平成 22 年3月 30 日(裁判集民 233 号 311 頁) | |
事件番号: | 平成 20 年(受)909 号 |
事案概要: | 商品取引員であるY(上告人)に金の商品先物取引を委託したX(被上告人)が、Yに対し、消費者契約法4条2項本文により委託契約の申込みの意思表示を取り消したと主張して、不当利得返還請求権に基づき、Yに預託した委託証拠金相当額の支払を求めた事案。 |
判示内容: | 本件契約において、将来における金の価格は「重要事項」に当たらないと解するのが相当。 |
Ⅴ 第6項(取消しに係る第三者)
6 第1項から第4項までの規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しは、これをもって善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
1 趣旨
本条で規定する取消しという効果が及ぶ範囲を広げすぎると、取引の安全を損なうことがあるため、取消しという効果を及ぼすにふさわしい範囲について規定することが必要となる。
そこで、民法第 96 条第3項の規定と同様に本項においては、本条に規定する取消しによっては善意の第三者に対抗できないこととした(注)。
(注)平成 29 年の民法改正により民法第 96 条第3項が改正され、「善意でかつ過失がない第三者」に対抗できないこととなったため、これを受けて本項も改正された。
2 条文の解釈
「善意でかつ過失がない第三者」
民法第 96 条第3項にいう「第三者」とは、「詐欺による意思表示の当事者およびその包括承継人以外の者で、詐欺による意思表示によつて生じた法律関係に対し、新たに別の法律原因にもとづいて、詐欺による意思表示の取消しを主張する者と矛盾する権利関係に立つに至つた者」であり「善意」とは、上述の「第三者」たる地位に立つ時に、「詐欺による意思表示であることを知らなかった」ということである
(xxxxほか編『新版注釈民法(3)総則(3)』(有斐閣、2003)229 頁)。
本法においても、意思表示の取消しの場合における善意無過失の第三者の取扱いについては、民法と同様のものとする。
すなわち、「第三者」とは、本条第1項から第4項までの誤認・困惑等による意思表示の当事者及びその包括承継人以外の者で、これによる意思表示によって生じた法律関係に対し、新たに別の法律原因に基づいて、意思表示の取消しを主張する者と矛盾する権利関係に立つに至った者をいう。「善意かつ過失がない」とは、上述の
「第三者」たる地位に立つ時に、本条第1項から第4項までの誤認・困惑等による意思表示であることを知らず、知らなかったことに過失がなかったということである。
3 民法の強迫(同法第 96 条第1項)と本項との関係
本項においては、現在正常に行われている取引の安全を損なうことがないようにするため、取消しという効果を導く要件を民法よりも緩和していることに鑑み、取消しの及ぶ範囲については民法第 96 条第3項よりも絞ることとした。すなわち、同条第1項における強迫の場合については、取消しという効果をもって善意無過失の第三者に対抗することができるのに対し(同条第3項参照)、本条第3項(及び準用規定である法第5条第1項)において規定する「困惑」した場合については、取消しという効果をもって善意無過失の第三者に対抗することはできないものとしている。
(参考)第三者に対抗できないケース(例)
①
③
第三者
事業者
消費者
売主
売
買
x
②
約
買主 (善意)
転 売
消費者が、事業者に「困惑」させられて物品を事業者に売る売買契約をさせられた後、事業者がその物品を善意の第三者に転売した場合。
① 第三者は事情を知らないので、消費者は第三者に契約の取消しを主張できない。
② 消費者は事業者に代金の返還義務を負う。
③ 事業者は消費者に対し、現物返還に代えて金銭で返還する義務を負う(市場性のある有価証券等代替物による返還が可能なものについては、同種同量のものを調達したうえで返還する)。
● 信用購入あっせん
〔事例4-64〕
信用購入あっせん
⑴ 信用購入あっせん業者と民法上の善意の第三者
信用購入あっせん業者は、典型的には、消費者と販売業者の間の売買契約が有効であり、したがって、消費者が販売業者に対して売買代金債務を負担していることを前提に、これを立替払することによって消費者に対する求償権を取得する。信用購入あっせん業者は、売買契約について販売業者及び購入者と独立の利害関係を有することから、善意無過失であれば、詐欺取消し(民法第 96 条第1項)との関係で、「第三者」として保護される(もちろん、信用購入あっせん業者が当該売買契約に係る意思表示の瑕疵等について了知している場合もあり、その場合は当然悪意の第三者である。)。
(参考)信用購入あっせんの構成
販売業者
② 加盟店契約に基づく立替払
① 売買契約
信用購入あっせん業者
消費者
③ 立替払契約に基づく賦払金支払
⑵ 民法上の第三者効規定と割賦販売法の抗弁権の接続の規定の関係
割賦販売法においては、抗弁権の接続に関する規定(第 30 条の4、第 30 条の
5、第 35 条の3の 19)が設けられているが、これは、信用購入あっせん業者の善意・悪意にかかわらず消費者は信用購入あっせん業者に対して、販売業者に対して生じている事由を主張して「賦払金の支払を停止」することができる旨を定めたものである(ただし、これはあくまでも「賦払金の支払の停止」の効果を認めたものであって、信用購入あっせん業者に対する既払の信用代金の返還請求の効果までをも認めたものではない。)。
その意味において、上記抗弁権の接続に関する割賦販売法の規定は、民法とは別個の要件・効果の下で、消費者の信用購入あっせん業者への対抗を認めたものであって、民法上の規定から独立した消費者保護規定である。
⑶ 本項と抗弁権の接続に関する割賦販売法の規定の関係
本項は、民法第 96 条第3項に倣い、本条第1項から第4項までの規定による消費者の意思表示の取消しを善意無過失の第三者に対抗できない旨を規定している。
そして、信用購入あっせん業者であっても、上記のとおり、「善意かつ過失がない第三者」に該当し得る。「善意かつ過失がない第三者」に該当する場合には、本条第1項から第4項までの規定に基づく取消しを信用購入あっせん業者に対抗できない。
しかしながら、割賦販売法の抗弁権の接続の規定は、信用購入あっせん取引の特性に着目して、販売業者に対して生じている事由であれば、これを信用購入あっせん業者に対して主張して賦払金の支払を停止することを特別に認めているのであるから、本項の規定にかかわらず、割賦販売法の抗弁権の接続の規定に基づいて本条第1項から第4項までの規定に基づく取消しを信用購入あっせん業者に対して主張し、賦払金の支払を停止することは可能である。
なお、割賦販売法第 30 条の4等の規定は、消費者が悪意の信用購入あっせん業者に対して本条第1項から第4項までの規定に基づく取消しの効果を主張することを妨げるものではなく、本条第1項から第4項までの規定とは、別個独立の消費者保護規定であるから、本法第 11 条第2項の「別段の定め」にはあたらない。
⑷ 本項と割賦販売法に基づく個別信用購入あっせん契約取消権の規定との関係
割賦販売法においては、個別信用購入あっせんとの関係で、一定の場合に、個別信用購入あっせん契約を取り消すことができる旨を規定している(第 35 条の
3の 13 から第 35 条の3の 16)。
これらの規定は、民法や本法とは別個の要件・効果の下で、消費者による個別信用購入あっせん契約の取消しを認めたものであって、民法及び本法に基づく取消権の規定から独立した消費者保護規定であり、個別信用購入あっせん契約との関係で、両者の取消権の要件を満たす場合には、消費者は選択的に取消権を行使できる。
● 第三者への求償
〔事例4-65〕 第三者への求償
例えば、商品の売買に関して、本条第1項第1号に規定する重要事項について
事実と異なる情報をメーカー等から提供された販売業者が、その情報をxxであると誤認し、その情報に基づいて販売業者と消費者との間で締結された商品売買契約(すなわち消費者契約)が、消費者から本条第1項第1号の規定に基づいて取り消された場合、本法においては、当該契約を取り消された販売業者が、当該
消費者契約について第三者であるメーカー等に求償することについて、特別の措置は講じていない。
したがって、販売業者としては民法に従い、次のような方法によって解決を図ることとなる。
通常、メーカー等が販売業者に対して、消費者にとって重要事項になるようなことを間違いなく説明することは、両当事者間におけるメーカー等の債務の内容になっていると考えられるので、販売業者は民法第 415 条の規定により債務不履行に基づく損害賠償を請求することとなる。この場合において、メーカー等に責に帰すべき事由がないことを立証する責任はメーカー等にあり、したがって、販売業者はメーカー等の故意又は過失について立証責任を負うものではない。
その際、メーカー等が本法の重要事項に該当する事項について事実と異なることを告げた場合は、過失と評価されていることが多いのではないかと考えられる。
なお、仮に過失がないと評価される場合(いわゆる無過失の場合)については、販売業者はメーカー等に対して民法第 415 条あるいは第 709 条に基づく損害賠償を請求できないこととなるが、通常の場合には消費者は販売業者に対して不当利得の返還義務があり当該消費者契約によって得た商品を返却するほか、その使用収益も金銭で返還する義務を負うこととなる(損害賠償のように一方的に販売業者が金銭支払義務を負うわけではない。)。
第5条(媒介の委託を受けた第三者及び代理人)
(媒介の委託を受けた第三者及び代理人)
第5条 前条の規定は、事業者が第三者に対し、当該事業者と消費者との間における消費者契約の締結について媒介をすることの委託(以下この項において単に「委託」という。)をし、当該委託を受けた第三者(その第三者から委託(2以上の段階にわたる委託を含む。)を受けた者を含む。以下「受託者等」という。)が消費者に対して同条第1項から第4項までに規定する行為をした場合について準用する。この場合において、同条第2項ただし書中「当該事業者」とあるのは、「当該事業者又は次条第1項に規定する受託者等」と読み替えるものとする。
2 消費者契約の締結に係る消費者の代理人(復代理人(2以上の段階にわたり復代理人として選任された者を含む。)を含む。以下同じ。)、事業者の代理人及び受託者等の代理人は、前条第1項から第4項まで(前項において準用する場合を含む。次条から第7条までにおいて同じ。)の規定の適用については、それぞれ消費者、事業者及び受託者等とみなす。
Ⅰ 第1項
1 趣旨
第三者が契約締結に介在するケースについても、その第三者の不適切な勧誘行為に影響されて消費者が自らの意に沿わない契約を締結させられることがある。この場合、契約の成立についての合意の瑕疵によって消費者が当該契約に拘束されることはxxを欠くものであるため、消費者は当該契約の効力を否定することができるとすることが適当であると考えられた。
そこで、消費者契約の実態を踏まえ、事業者が第三者に対して消費者契約の締結の媒介(消費者に勧誘をすることを含む。)を委託し、当該委託を受けた第三者が、消費者に対して第4条第1項から第4項までに掲げる行為をした場合についても、第4条の規定を準用することとした。
2 条文の解釈
① 「媒介」
媒介とは、他人間に契約が成立するように、第三者が両者の間に立って尽力することをいう。
また、本条の趣旨を考慮すれば、両者の間に立って尽力することには、必ずしも契約締結の直前までの必要な段取り等を第三者が行っていなくても、これに該当す
る可能性があるものと考えられる。
② 「事業者が第三者に対し、当該事業者と消費者との間における消費者契約の締結について媒介をすることの委託」
「事業者が第三者に対し、当該事業者と消費者との間における消費者契約の締結について媒介をすることの委託」とは、事業者が第三者に対して「消費者との間における『消費者契約の締結の媒介』を委託すること」である。
● 媒介の委託型事例
〔事例5-1〕宣伝契約
既に同じ商品・サービスについて契約をした顧客に、「その商品・サービスの宣伝を依頼し、成約した場合には紹介料を支払う」という契約をした場合には、「媒介の委託」に当たるかという問題を考える。
事業者からその扱っている商品・サービスの宣伝についての依頼を受けた顧客が、他の消費者に対して当該商品・サービスの宣伝を行ったところ、当該宣伝によって消費者が当該商品・サービスに興味を抱いたため、事業者が当該消費者に対して別途当該商品・サービスの説明を行った結果、事業者と当該消費者との間における当該商品・サービスの購入契約が成立したような場合は、購入契約成立に対する顧客の関与は必ずしも大きいものではないと考えられる。そうすると、購入契約が成立するように、顧客が両者の間に立って尽力したとまではいえず、通常「媒介の委託」に当たらないと考えられる。
③ 「当該委託を受けた第三者(その第三者から委託(2以上の段階にわたる委託を含む。)を受けた者を含む。」
「当該委託を受けた第三者(その第三者から委託(2以上の段階にわたる委託を含む。)を受けた者を含む。」とは、事業者が第三者に対して、「消費者契約の締結の媒介を委託する」場合のみならず、事業者から「当該契約の締結の媒介を委託する」ことを直接受けた第三者が、さらに別の第三者に対して「当該契約の締結の媒介を委託する」場合をも含み、しかも別の第三者に対して「当該契約の締結の媒介を委託する」場合については、1段階に限らず、2段階以上の多段階にわたり委託する場合をも含む、という意味である。
消費者契約の場合には、契約締結の当事者たる事業者が直接勧誘をせず第三者が介在して勧誘する場合が、生命保険契約、携帯電話サービス契約、運輸・宿泊サービス(旅行代理店)、不動産(宅地建物取引業者)等にみられる。
④ 「この場合において、同条第2項ただし書中『当該事業者』とあるのは、『当
該事業者又は次条第1項に規定する受託者等』と読み替えるものとする。」
第4条第2項ただし書については、この読替え規定がなければ、ただし書の「当該事業者」の部分は、「受託者等(=「当該委託を受けた第三者(その第三者から委託を受けた者(2以上の段階にわたる委託を受けた者を含む。)を含む。))」と読まれ、「当該事業者」は含まれないことになる。
しかし、「受託者等」と読むこととなると、「『消費者契約の締結の媒介』の委託を受けて勧誘に当たった受託者等が法第4条第2項に規定する行為をしたことにより消費者が誤認し、事業者がそのことに気付いたので自ら不利益事実を告知しようとしたにもかかわらず消費者がこれを拒んだ場合」についても、同項の規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しを認めてしまうことになる。「自ら不利益事実を告知しようとした」事業者にとっては、この取消しは過酷である。そこで、この場合においては、第4条第2項ただし書の中に「当該事業者」を入 れることにより、第4条第2項の規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意
思表示の取消しを認めないこととした。
● 民法の詐欺、強迫(同法第 96 条第3項)との関係
本項においては、民法第 96 条第3項の規定では救済することが不可能な場合についても、消費者が事業者に対して当該契約の取消しを主張することができる。
すなわち、第三者が消費者に対して消費者契約の締結に係る媒介に関して、不適切な勧誘行為(民法の詐欺、さらには第4条第1項及び第2項に規定する行為)をしたことを事業者が知らない場合においても、「事業者が当該第三者に対して、消費者契約の締結の媒介を委託した」という事実があれば、消費者は当該契約の取消しを事業者に対して主張することができる。
なお、民法の強迫については、同法第 96 条第3項が詐欺のみをあげていることから事業者が強迫の事実を知らないときでも取消しを認める趣旨と考えられている。
Ⅱ 第2項
1 趣旨
第4条第1項から第4項まで(本条第1項において準用する場合を含む。)に規定する消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示に関し、代理人及び復代理人の行った意思表示については、本人がしたものとみなすこととした。
すなわち、代理人及び復代理人が消費者契約の締結に関与する場合において、第
4条第1項から第4項まで(本条第1項において準用する場合を含む。)に規定する消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示については、その意思表示の効力が影響を受けるべき事実の有無を民法第 101 条第1項及び第2項の規定に倣い、代理人について判断することとした。
本項を入れずに、解釈により民法第 101 条第1項及び第2項の規定を類推適用す
る方法も考えられたが、条文による担保なしに、民法第 101 条第1項に規定している「詐欺、強迫」という文言で、「詐欺、強迫」とは要件が異なる本法の規定している「誤認、困惑等」を解釈により類推適用することについては、解釈そのものに疑義が生じるほか、訴訟等において解釈をめぐる争いが生じる可能性がある。したがって、そのような問題が生じることを避けるために本項を規定したものである。
2 条文の解釈
① 「消費者契約の締結に係る消費者の代理人(復代理人(2以上の段階にわたり復代理人として選任された者を含む。)を含む。以下同じ。)、事業者の代理人及び受託者等の代理人」
「代理人」とは消費者又は事業者が契約当事者となる場合の締結の代理権を有する者をいうが、当該「代理人」には復代理人(2以上の段階にわたり復代理人として選任された者を含む。)のほか、受託者がさらに第三者に媒介を委託する場合の準委任契約の締結の代理権を有する者を含む。
② 「前条第1項から第4項まで(前項において準用する場合を含む。次条から第7条までにおいて同じ。)の規定の適用」
第4条第1項から第4項までの規定を適用する場合及び本条第1項において第4条第1項から第4項までの規定を準用する場合(なお、これについては、第6条から第7条でも同様のことがいえる。)には上記の各代理人はそれぞれ消費者、事業者及び受託者等とみなされる。
なお、消費者の代理人を消費者とみなす場合において、消費者契約の取消しについて授権されていない無権代理人による契約の取消しまでを認めようという趣旨ではない(無権代理人の取扱いについては民法の代理に関する規定に委ねられることになる。)。
● 消費者・事業者の代理人の事例
〔事例5-2〕消費者の代理人の事例
未xx者が単独で法律行為をすることができない財産の管理・処分に関し、親権者たる親が未xx者の法定代理人として事業者と契約を締結する際に、事業者の不実告知などの不適切な勧誘行為により誤認をした法定代理人である親が契約を締結した場合、未xx者は、事業者との間の契約を取り消すことができる。
〔事例5-3〕事業者の代理人の事例
ある取引において、事業者の代理人たる代理商が消費者に対して行った不実告知などの不適切な勧誘行為により誤認をしたことによって、消費者が契約を締結した場合、消費者は、事業者との間の契約を取り消すことができる。
〔事例5-4〕消費者の代理人が弁護士等の事業者である場合
消費者の代理人が弁護士等の事業者である場合には、消費者と事業者との間には情報・交渉力の格差があるとはいえないので、消費者契約法を適用するのは適当ではないとの考え方もある。しかし、第5条第2項においては、消費者の代理人は消費者とみなしている。
すなわち、消費者の代理人である弁護士等は、消費者から消費者契約の締結について与えられた代理権の範囲内、いわば消費者のコントロール下において消費者の代理をすることができるのであり、その意味で弁護士等が消費者の代理人である場合も消費者として取り扱うことが適切であると考えられるため、消費者の代理人が、第4条に該当する事業者の行為により影響を受け契約を締結した場合には、消費者は取り消すことができるものとされた。
● 本法と不動産取引との関係
〔事例5-5〕
(1) 売買契約の当事者の一方との契約に基づいて媒介する場合
① 売買契約の当事者が事業者と消費者である場合ア 事業者との契約に基づいて媒介するケース
事業者から媒介をすることの委託を受けた不動産会社が、第4条に該当する行為を消費者に対して行った場合には、消費者は、事業者との間の売買契約を取り消し得る。
一方、不動産会社と事業者との間の媒介契約は、本法の対象たる消費者契約ではないため、本法に基づいて取り消されることはない。
事業者
消費者
売買契約(消費者契約)
不動産会社
媒介契約
イ 消費者との契約に基づいて媒介するケース
不動産会社と消費者との間の媒介契約に関して、不動産会社が第4条に該当する行為を消費者に対して行った場合には、消費者は、不動産会社との間の媒介契約を取り消し得る。
消費者
事業者
売買契約(消費者契約)
不動産会社
媒介契約
(消費者契約)
② 売買契約の当事者が消費者と消費者である場合
不動産会社が第4条に該当する行為を消費者Aに対して行った場合には、消費者Aと消費者Bとの間の売買契約は、本法の対象たる消費者契約ではないため、本法に基づいて取り消されることはない。
一方、不動産会社が、媒介契約に関して第4条に該当する行為を消費者Bに対して行った場合には、消費者Bは、不動産会社との間の媒介契約を取り消し得る。
消 売買契約 消
費 費
者 者
A B
不
動 媒介契約産
会
社 (消費者契約)
(2) 売買契約の双方との契約に基づいて媒介する場合
① 1つの不動産会社が媒介する場合
事業者から媒介をすることの委託を受けた不動産会社が、第4条に該当する行為を消費者に対して行った場合には、消費者は、事業者との間の売買契約を取り消し得る。
不動産会社が、消費者との媒介契約に関して第4条に該当する行為を消費者に
対して行った場合は、消費者は、不動産会社との間の媒介契約を取り消し得る。不動産会社が、事業者との媒介契約に関して第4条に該当する行為を事業者に 対して行った場合は、事業者と不動産会社との間の媒介契約は本法の対象たる消
費者契約ではないため、本法に基づいて取り消されることはない。
消費者
事業者
売買契約(消費者契約)
不動産会社
媒介契約 媒介契約
(消費者契約)
② 別々の不動産会社が売買契約の当事者それぞれとの契約に基づいて媒介する場合
事業者から媒介をすることの委託を受けた不動産会社Aが、第4条に該当する行為を消費者に対して行った場合は、消費者は、事業者との間の売買契約を取り消し得る。
不動産会社Bが、消費者との媒介契約に関して第4条に該当する行為を消費者に対して行った場合は、消費者は、不動産会社Bとの間の媒介契約を取り消し得る。
不動産会社Aが、媒介契約に関して第4条に該当する行為を事業者に対して行った場合は、事業者と不動産会社Aとの間の媒介契約は本法の対象たる消費者契約ではないため、本法に基づいて取り消されることはない。
事
業者
売買契約
(消費者契
約)
消
費者
媒介契約
不
動産会社
A
不
動産会社
B
媒介契約
(消費者契約)
第6条(解釈規定)
(解釈規定)
第6条 第4条第1項から第4項までの規定は、これらの項に規定する消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示に対する民法第96条の規定の適用を妨げるものと解してはならない。
1 趣旨
第4条第1項から第4項まで(第5条第1項において準用する場合を含む。以下同じ。)に規定する事業者の行為により消費者が消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をした場合について、同時に民法の詐欺・強迫(同法第 96 条)が成立するときは、消費者は詐欺・強迫の規定に基づいてもこれを取り消すことができる。本条はこのことを確認的に規定したものである。
2 条文の解釈
「妨げるものと解してはならない」
第4条第1項から第4項までの規定により消費者の消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示が取消しの対象となり、かつ、これについて民法の詐欺・強迫が成立する場合には、消費者はこの両方を主張することができることを、確認的に規定したものである。
第6条の2(取消権を行使した消費者の返還義務)
(取消権を行使した消費者の返還義務)
第6条の2 民法第121条の2第1項の規定にかかわらず、消費者契約に基づく債務の履行として給付を受けた消費者は、第4条第1項から第4項までの規定により当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消した場合において、給付を受けた当時その意思表示が取り消すことができるものであることを知らなかったときは、当該消費者契約によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
1 趣旨
消費者が本法の規定によって意思表示を取り消した場合には、その意思表示は初めから無効であったものとみなされる(第 11 条第1項・民法第 121 条)。そのため、取消権を行使した消費者が、当該消費者契約に基づいて事業者から既に給付を受けていた場合には、これを返還する義務を負うことになる。当該返還義務の範囲について、本法の制定時には、民法第 703 条(不当利得の返還義務)が適用されると考えられており、本法に特段の規定は設けられていなかった。この考え方によれば、消費者が、意思表示を取り消すことができることを知らずに、事業者から給付を受けていた場合には、これを「その利益の存する限度において」返還すれば足りる(いわゆる現存利益を返還すれば足りる)こととなる。
これに対し、改正民法の下では、無効な法律行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、その者が行為の時に制限行為能力者であった場合などの一定の例外を除いて、原則として原状回復義務を負うこととなると解される(民法第 121 条の
2)。この場合、本法の規定により意思表示を取り消した消費者の返還義務の範囲は、現存利益の返還よりも広くなると考えられる。
● 返還義務の範囲
〔設例6-1〕
サプリメント5箱を1箱1万円(合計5万円)で購入し、代金も支払ったが、
2箱(2万円分)を費消した後になって、勧誘の際に、当該サプリメントに含まれる成分(アレルギー成分)について不実告知があったことが判明したので、意思表示を取り消した(当該サプリメントの費消により、他の出費が節約されたという事情はなく、当該サプリメントには、客観的に1箱1万円の価値があるものとする。)。
〔考え方〕
本法制定当時の考え方によれば、民法第 703 条により、消費者は現存利益を返
還すれば足り、消費者が事業者から物品を購入した場合には原則として手元にある原物を返還すれば良いと考えられる(注)。これを前提とすると、設例では、手元に残っているサプリメント3箱を返還すればよいことになる。
これに対し、改正民法第 121 条の2の下では、消費者は原状回復義務を負い、原物を返還することができる場合には原物を返還する義務を負う、原物を返還することができない場合にはその客観的価値を金銭に換算して返還することになるものと解される。これを前提とすると、設例では、手元に残っているサプリメント3箱に加え、費消したサプリメント2箱分の客観的価値(2万円)を返還する義務を負うこととなる。この場合、事業者の有するサプリメント2箱の客観的価値(2万円)の返還請求権が、消費者の有する代金(5万円)の返還請求権と相殺され、消費者はサプリメント2箱分の代金(2万円)の返還を受けられないことになる。
(注)原物が手元にない場合、その客観的価値を金銭に換算して返還する必要はない。ただし、当該原物を転売したことや、当該原物の給付を受けたことにより他の出費を免れたこと等により消費者に利得が残っている場合には、その利得(転売価格相当額や免れた出費の額等)を返還することとなると考えられる。また、原物を返還することができる場合であってもそうでない場合でも、当該原物を使用したことにより利益を得ている場合は、その使用利益相当分の金銭(例えば、自動車を使用した場合の利益については、レンタカー代等を参考にして金銭に換算することになる。)も返還することとなると考えられる。
現存利益 | 原状回復 | |
事業者の返還義務 | 代金(5万円) | 代金(5万円) |
消費者の返還義務 | サプリ3箱(原物) | サプリ3箱(原物) + サプリ2箱の価値(2万円) |
(参考)民法
(原状回復の義務)
第 121 条の2 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
3 第1項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。
しかしながら、これでは、消費者からみれば、事業者の不実告知を理由として意思表示を取り消したにもかかわらず、費消したサプリメント2箱の対価(2万円)
を支払ったのと変わらない結果となる。そうすると、事業者としては、物品を費消させるなど原物返還が不可能な状況にさせさえすれば、不当勧誘行為によってした意思表示を取り消されても、代金を受領することができることになり、「給付の押付け」や「やり得」を許容することにもなりかねない。本法は、情報・交渉力の格差を背景に、事業者の不当勧誘行為によって本来望まない給付を押し付けられやすい消費者に取消権を認めるものであるが、取消権を行使した後の契約の清算の場面において「給付の押付け」や「やり得」が生じ得るとすれば、取消権を認めた趣旨が没却されるおそれがある。
そこで、従前どおり、消費者の返還義務の範囲を現存利益に限定するため、平成
28 年改正において、本条が設けられた。
2 条文の解釈
① 「民法第 121 条の2第1項の規定にかかわらず」
第4条第1項から第4項までの規定により取消権を行使した消費者の返還義務の範囲については、民法第 121 条の2第1項ではなく、本条が適用されることを定めたものである。
② 「給付を受けた当時その意思表示が取り消すことができるものであることを知らなかったとき」
消費者が、事業者から給付を受けた時点で、自らのした意思表示が取り消すことができるものであることについて知らなかった(善意であった)ことが要件となる。これは、民法第 703 条においても要件となると解されている。なお、同条に関し て、給付受領時に善意であった消費者が後に悪意となり、その後に給付を受けた利益が消滅したとしても、返還義務の範囲を減少させる理由とはならないと解すべき
とする最高裁判決がある(最判平成3年 11 月 19 日民集 45 巻 8 号 1209 頁)。
③ 「当該消費者契約によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う」
第4条第1項から第4項までの規定により取消権を行使した消費者の返還義務の範囲が、いわゆる現存利益の返還に限定されることを定めるものである。現存利益に何が含まれるかについては、民法の解釈に委ねられるものと考えられる。
第7条(取消権の行使期間等)
(取消権の行使期間等)
第7条 第4条第1項から第4項までの規定による取消権は、追認をすることができる時から1年間(同条第3項第8号に係る取消権については、3年間)行わないときは、時効によって消滅する。当該消費者契約の締結の時から5年(同号に係る取消権については、10年)を経過したときも、同様とする。
2 会社法(平成17年法律第86号)その他の法律により詐欺又は強迫を理由として取消しをすることができないものとされている株式若しくは出資の引受け又は基金の拠出が消費者契約としてされた場合には、当該株式若しくは出資の引受け又は基金の拠出に係る意思表示については、第4条第1項から第4項までの規定によりその取消しをすることができない。
Ⅰ 第1項
1 趣旨等
(1)趣旨
民法第 126 条では、取消権の行使期間を、「追認をすることができる時から5年
間」、「行為の時から 20 年」と定めているところ、本法では、消費者が誤認、困惑したことにより、又は過量な内容の消費者契約の締結について勧誘を受けたことにより、消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行った場合の取消権について、その行使期間を、「追認をすることができる時から1年間」、「当該消費者契約の締結の時から5年」としたものである。
本法の対象である消費者契約においては、契約当事者の一方は必ず事業者であるところ、事業者の行う取引は、反復継続的に行われるという性質を持つ。このため、事業者の行う取引は、迅速な処理が求められ、かつ、取引の安全確保、法律関係の早期の安定に対する要請が高い。
また、本法は、民法の定める場合よりも取消しを広く認めるものであるので、私人間におけるあらゆる行為を想定し、その取消権の行使期間を定める民法の場合と比べ、取消権の行使期間を短く規定した。
(2)平成 28 年改正
平成 28 年改正前の本項は、短期の取消権の行使期間を「追認をすることができる時から6箇月間」としていたが、不当な勧誘を受けて契約を締結し、この期間を経過してしまう消費者が一定数存在していた。他方で、取引の安全の確保を図り、早期に法律関係を確定させる必要があるという要請もある。そこで、このような要請も考慮しつつ、消費者被害ができる限り救済されるよう、平成 28 年改正において、
短期の取消権の行使期間を「追認をすることができる時から1年間」に伸長した。
(3)令和4年臨時国会改正
霊感等による知見を用いた告知に係る勧誘に対する取消権(令和4年通常国会改正後の第4条第3項第8号)については、当該勧誘を受けた場合に霊感等による正常な判断を行うことができない状態から抜け出すためには相当程度の時間を要するという指摘などを踏まえ、令和4年臨時国会改正において、上記の取消権の行使期間を、追認をすることができる時から3年間、消費者契約の締結の時から 10 年に伸長した。
2 条文の解釈
① 「追認をすることができる時」
短期の取消権の行使期間の起算点となる「追認をすることができる時」とは、取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ、取消権を有することを知った時である(民法第 124 条第1項参照)。本法においては以下のとおりである。
ア 誤認類型の場合(第4条第1項、第2項)
事業者の行った「重要事項について事実と異なることを告げる」(第4条第1項第
1号)行為、「将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供する」(同項第2号)行為、「ある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実を故意に告げな」い(同条第2項)行為により、消費者が誤認をしたことに気付き、かつ、取消権を有することを知った時が「追認をすることができる時」となる。
イ 困惑類型の場合(第4条第3項)
消費者が、第4条第3項に規定する事業者の行為による困惑から脱した時が「追認をすることができる時」となる。
例えば、同項第1号及び第2号では、消費者が、事業者の行った「退去しない」
(同項第1号)行為、「退去させない」(同項第2号)行為による困惑を脱し、かつ、取消権を有することを知った時が「追認をすることができる時」となる。
通常は、事業者の上記各行為を免れた時に、困惑から脱することが考えられる。具体的には以下の場合が考えられる。
(ア)当該消費者が退去すべき旨の意思を示した住居又は業務を行っている場所から、当該事業者が退去した時(同項第1号)
(イ)当該消費者が退去する旨の意思を示した場所から、当該消費者が退去した時(同項第2号)
ウ 過量な内容の消費者契約の場合(第4条第4項)
消費者が過量な内容の消費者契約を締結してしまうのは、当該消費者に当該消費者契約を締結するか否かについて合理的な判断をすることができない事情がある場合であると考えられるため、当該消費者契約を締結するか否かについて合理的な判断をすることができない事情が消滅し、かつ、取消権を有することを知った時が「追認をすることができる時」となる(注1)。
なお、個別具体的な状況にもよるが、以下の場合などが考えられる。
(ア)消費者が、過量な内容の消費者契約であることを認識していなかったために、当該消費者契約を締結してしまった場合であれば、その後、当該消費者契約が過量な内容のものであることを認識した時(注2)
(イ)消費者が、事業者による過量な内容の消費者契約の勧誘に対して、断りたくても断り難い心理状態にあったために、当該消費者契約を締結してしまった場合であれば、そのような心理状態を脱した時(注3)
(注1)「合理的な判断をすることができない事情」とは、過量な内容の消費者契約を締結する原因となった事情であり、取消しが認められる事例には、必ず何らかの「合理的な判断をすることができない事情」があると考えられる。
(注2)例えば、次々販売において消費者が、既に同種の物品を購入していたことを失念していたために過量な内容の契約を締結してしまった事例であれば、当該消費者が、既に同種の物品を購入・所有していたという事実を知れば、過量な内容のものであることを認識することになると考えられる。
(注3)例えば、事業者より無料で商品の譲渡やサービスの提供等を受けた後に契約締結を勧められたことにより、当該消費者が断り難い心理状態となって契約を締結してしまった事例のように、その勧誘が終了してしまえば、他に過量な内容の契約を締結する要因となる事情がない場合であれば、通常は、当該勧誘が終了すれば当該心理状態を脱したものといえる。他方で、先輩・後輩又は使用者・被用者その他の人間関係を背景として過量な内容の契約締結を勧められて締結してしまった事例のように、当該勧誘が終了した後も、当該消費者契約の締結を断ることができなかったのと同じ心理状態が継続するのであれば、当該心理状態を脱するまでは、取消しの原因となっていた状況が継続していると考えられる。
②「1年間(同条第3項第8号に係る取消権については、3年間)行わないとき」
(ア)取引社会の実情において、比較的短期間のうちに請求、弁済がなされていることからも、早急に法律関係を確定させる必要がある
(イ)他方、不当な勧誘を受けて契約を締結した消費者ができる限り救済されるようにする必要もある
ことなどを考慮し、短期の取消権の行使期間を1年と定めた。
また、霊感等による知見を用いた告知に係る勧誘に対する取消権については、霊感等による正常な判断を行うことができない状態から抜け出すためには相当程度の
時間を要し、かつ、その間は他人からは通常の状態に見えるが、本人にはxxが続いているとする指摘などを踏まえ、短期の取消権の行使期間を3年としている。
③「時効によって消滅する」
取消権は形成権であり、取消権者の一方的な権利行使により、直ちに完全な効果を生ずる。取消権を有する消費者は、事業者に対して意思表示をすることによってこれを行使することができ(民法第 123 条)、取消しの意思表示が事業者に到達すれば、取消しは有効となる(意思表示の方法の如何は問わないが、後で取消しの意思表示の有無が争われないようにするために、裁判外で取消権を行使する場合には、内容証明郵便・配達証明郵便を用いて行うことが多い。)。
しかしながら、取消権は「追認をすることができる時から1年」、又は「当該消費者契約の締結の時から5年」のいずれか一方の期間の経過によって消滅する。したがって、当該期間の経過後に取消しの意思表示をしたとしても、その取消しは効力を有しない。
なお、取消権が消滅していることの立証責任は、事業者が負う。例えば、1年の行使期間について、消費者がどの時点で誤認に気付いていたかが争いとなった場合には、事業者は、間接事実(例えば、消費者から苦情が持ち込まれた日時等)の積み重ねによって立証していくことになる。
④「当該消費者契約の締結の時から」
長期の取消権の行使期間の起算点について、民法で定める「行為の時」とは異なり、本法では「当該消費者契約の締結の時」とした。
その理由は、
(ア)消費者と事業者の間で行われる契約が対話者間契約の場合は、通常「当該消費者契約の締結の時」と「行為の時」(=消費者が契約締結のための意思表示をした時)の時期は等しくなる。
(イ)起算点が若干異なることとなる隔地者間契約の場合について、「行為の時」と規定すると、消費者が申込みを行う時には、到達主義に基づき、事業者に意思表示が到達した時点が起算点ということになるが、消費者にとって、自らの意思表示がいつ到達したのかが明確ではないという問題を生む。
ということである。
そこで、本法はできるだけ明確な民事ルールを規定するものであることから、より客観的に明確な「当該消費者契約の締結の時」を起算点と規定することとした(隔地者間契約の場合であっても、事業者の発する契約締結の諾否の通知等に記載された日付等によって、「消費者契約の締結の時」は、消費者にも明らかとなると考えられる。)。
⑤「5年(同号に係る取消権については、10 年)を経過したとき」
消費者の権利の保全及び取引の安全という両者の要請を踏まえ、本法では、長期の取消権の行使期間を5年と定めた(注)。
また、霊感等による知見を用いた告知に係る勧誘に対する取消権については、①霊感等による正常な判断を行うことができない状態から抜け出すためには相当程度の時間を要するという指摘があるところ、短期の取消権の行使期間を伸長しても長期の取消権の行使期間を伸長しなければ結果的に取消権が時効消滅してしまうと想定されること、及び②期間を伸長する場合には数字的にも明確であり、多くの者が理解しやすい期間とすることが適切であるが、事業者の行う取引についての迅速処理、法律関係の早期安定の要請を図る必要もあること、を踏まえ長期の取消権の行使期間を 10 年としている。
(注)本法の立案時においては、商事債権について5年間の消滅時効を定めた商法第 522 条の規定も参考とされた。
Ⅱ 第2項
1 趣旨
株式の引受けという行為は、対公衆的意思表示としての性質を有し、その内容は資本団体の創設という経済的意義を有することからも、この行為を信頼する公衆の利益を保護すべき要求が強い。この性質は会社法第 51 条第2項、第 102 条第6項、
第 211 条第2項に規定する詐欺、強迫等の取消しの理由如何によらず妥当するものであるから、本法においても同様に株式引受けの取消しの制限をしたものである。また、このことは、会社法以外の法律の規定により株式若しくは出資の引受け又 は基金の拠出について詐欺又は強迫を理由として取り消すことができないものとされている場合にも同様に当てはまることから、そのような場合においても本法第4
条第1項から第4項までの規定が適用されないことを規定することした。
2 条文の解釈
「会社法(平成 17 年法律第 86 号)その他の法律により詐欺又は強迫を理由として取消しをすることができないものとされている株式若しくは出資の引受け又は基金の拠出」
株式若しくは出資の引受け又は基金の拠出に関して、詐欺又は強迫を理由として取消しをすることができない旨を規定する法律の規定の例としては、会社法第 51 条
第2項(同項を準用する資産の流動化に関する法律第 25 条第1項)、第 102 条第6
項(同項を準用する投資信託及び投資法人に関する法律第 75 条第5項)及び第 211
条第2項(同項を準用する資産の流動化に関する法律第 41 条第6項、協同組織金融
機関の優先出資に関する法律第 14 条第1項、投資信託及び投資法人に関する法律
第 84 条第1項)のほか、会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律第7
条、金融商品取引法第 101 条の 15 第2項、保険業法第 30 条の5第3項及び第 96 条
の3第2項、商品先物取引法第 131 条の5第2項等がある。
第2節 消費者契約の条項の無効(第8条-第 10 条)
1 趣旨
(1)契約条項の無効(第8条~第 10 条)についての総説
現代社会の消費者契約においては、契約当事者の一方である事業者が、大量取引を迅速かつ画一的に処理しながら安定した契約を確保するために、一定の場合に、自己の責任を免除若しくは軽減して相手方である消費者の権利を制限し、又は相手方である消費者に一定の義務を課すなどにより、経済的利益の配分を図っている(なお、電気・ガスの供給、輸送サービスの提供、電話の通信契約等のように、大量に取引がなされ、画一的かつ迅速な処理が要求されるために附合契約と呼ばれる契約形態をとることが合理的であるものがある。これらの契約については、消費者保護の観点から国が契約内容の認可・届出等の手続を通じて監督しているものが多い。)。しかし、場合によっては、取引が多様化・複雑化する中で情報・交渉力の面で消費者と事業者との間に大きな格差が存在する状況において、事業者が適切なバランスを失し、自己に一方的に有利な結果を来す可能性も否定できない。このように、消費者にとって不当な契約条項により権利を制限される場合には、消費者の正当な利益を保護するため当該条項の効力の全部又は一部を否定することが適当である。
民法第 91 条は、当事者の意思によって任意規定と異なる特約をした場合には、任意規定よりもその特約が優先すると規定しているが、以上を踏まえ、本法第2章第
2節の規定(第8条から第 10 条まで)は、民法第 91 条の特則として、民法、商法等の任意規定と異なる契約条項のうち一定の要件に当てはまるものの全部又は一部を無効としている。
(2)民法第1条第2項(xxx)、第 90 条(公序良俗)との関係
本法第2章第2節の規定は、消費者契約においては、契約全体を有効としつつ、第8条から第 10 条の規定に掲げる契約条項に該当するものを無効とするものである。一方、裁判実務上、民法のxxx、公序良俗を根拠として、契約全体を有効としつつ契約条項の効力を否定する例がみられる。しかし、本法第2章第2節の規定は民法のxxx、公序良俗とはその目的を異にするものである。
ア 民法のxxxxの原則(第1条第2項)の目的
権利の行使又は義務の履行に当たっては、社会共同生活の一員として、互いに相手の信頼を裏切らないように、誠意を持って行動することを要請する。
イ 民法の公序良俗(第 90 条)の目的
国家・社会の秩序や一般的利益、社会の一般的道徳観念に反する法律行為を無効
とする。
ウ 本法第2章第2節の規定の目的
情報・交渉力において劣位にある消費者の正当な利益が不当な内容の契約条項により侵害された場合に、このような不当条項の効力を否定することにより当該消費者の利益を回復する。
第8条(事業者の損害賠償の責任を免除する条項等の無効)
(事業者の損害賠償の責任を免除する条項等の無効)第8条 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免
除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
二 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
2 前項第1号又は第2号に掲げる条項のうち、消費者契約が有償契約である場合において、引き渡された目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないとき(当該消費者契約が請負契約である場合には、請負人が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡したとき(その引渡しを要しない場合には、仕事が終了した時に仕事の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないとき。)。以下この項において同じ。)に、これにより消費者に生じた損害を賠償する事業者の責任を免除し、又は当該事業者にその責任の有無若しくは限度を決定する権限を付与するものについては、次に掲げる場合に該当するときは、前項の規定は、適用しない。
一 当該消費者契約において、引き渡された目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないときに、当該事業者が履行の追完をする責任又は不適合の程度に応じた代金若しくは報酬の減額をする責任を負うこととされている場合
二 当該消費者と当該事業者の委託を受けた他の事業者との間の契約又は当該事業者と他の事業者との間の当該消費者のためにする契約で、当該消費者契約の締結に先立って又はこれと同時に締結されたものにおいて、引き渡された目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないときに、当該他の事業者が、その目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないことにより当該消費者に生じた損害を賠償する責任の全部若しくは一部を負い、又は履行の追完をする責任を負うこととされている場合
3 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)又は消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用
する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する消費者契約の条項であって、当該条項において事業者、その代表者又はその使用する者の重大な過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないものは、無効とする。
Ⅰ 第1項
1 趣旨等
(1)趣旨
契約条項に基づく事業者による消費者の権利の制限の例としては、現実には、消費者が損害を受けた場合の損害賠償請求権を排除又は制限し、消費者に不当な負担を強いる場合がある。そこで、本条においては、消費者が損害を受けた場合に正当な額の損害賠償を請求できるように、事業者が消費者契約において、民法、商法等の任意規定に基づき負うこととなる損害賠償責任を特約によって免除又は制限している場合に、その特約の効力を否定することとした(注)。
なお、事業者の損害賠償責任を制限する消費者契約の条項について、本条に該当しないものであっても、第 10 条により無効となることがあり得る。
(注)民法の一部を改正する法律(平成 29 年法律第 44 号)による改正後の民法で瑕疵担保責任に関する規定が改正されたことを受けて、同改正法が施行された時点で、本項の規定も次のように改正された。
まず、改正前は、本項第5号は瑕疵担保責任に基づく損害賠償責任の免除に係る規定であったところ、民法の改正により、瑕疵担保責任の概念がなくなり、引き渡された目的物に瑕疵があった場合の損害賠償請求は、債務不履行の規定に基づいて行われるものとされた(民法第 564 条参照)。そこで、本項第5号は削除することとした。
また、改正前は、本条第2項で「瑕疵」との用語が用いられていたが、「目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない」との用語に改められた(民法第 562 条第1項参照)。
さらに、本条第2項第1号について、民法では、引き渡された目的物が契約の内容に適 合しない場合には、買主が代金の減額を請求することができるものとされている(請負契 約においては、注文者は報酬の減額を請求することができる)ことを踏まえ(民法第 563 条参照)、消費者契約において事業者が代金又は報酬の減額をする責任を負うこととされ ている場合についても、損害賠償責任を免除する契約条項を無効とはしないこととされた。
(2)平成 28 年改正
改正前の本項第3号及び第4号は、「当該事業者の不法行為により消費者に生じ
た損害を賠償する『民法の規定による』責任」の全部又は一部を免除する契約条項について、一定の要件を満たす場合には無効としていた。
しかし、代表者の行為についての法人の不法行為責任に関しては、消費者契約法の立法当時は、民法第 44 条第1項等において規定されていたものの、その後、民法が改正され、同条が削除されたため、他の法律(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律等)において同条に相当する規定が設けられるなどした。また、事業者の損害賠償責任を免除することの不当性は、その責任が民法の規定に基づくかどうかという法形式で異なるものではない。これらの点を踏まえると、本項第3号及び第4号の規律の対象を「民法の規定による」不法行為責任に限定すべきではないと考えられたことから、「民法の規定による」という文言を削除することとされた。
(3)平成 30 年改正
改正前の本条は、消費者が損害を受けた場合に正当な額の賠償請求をすることができるようにするため、事業者が任意規定に基づいて負うこととなる損害賠償責任について、当該事業者が消費者契約において全部又は一部を免除する契約条項を定めている場合には、その契約条項の効力を否定する旨を規定していた。
一方、当該事業者に当該責任の有無又は限度を決定する権限を付与する契約条項
(以下「損害賠償責任等の決定権限付与条項」という。)については、第 10 条の規定により無効となる可能性があるものの、改正前の本項の規定が無効とする契約条項には該当しないものと考えられた。しかし、損害賠償責任等の決定権限付与条項は、当該事業者に決定権限を付与するという契約条項の性質上、事業者が決定権限を適切に行使しないことにより消費者が正当な額の賠償を請求できないおそれを類型的に伴っているものである。このため本条の趣旨に照らすと、損害賠償責任等の決定権限付与条項は、事業者の損害賠償責任を免除する契約条項と実質的に同じ効果を有するものと評価することができる。
そこで、平成 30 年改正において、本条の規定により無効となる消費者契約の条項に損害賠償責任等の決定権限付与条項を加えることとされた(注)。
(注)民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律による改正後の本条第2項は、契約不適合責任を免除する契約条項については、消費者に法定の救済手段があることを条件に、本条第1項の規定により無効とはならない旨を規定していた。この点に関し、契約不適合責任について事業者に決定権限を付与する契約条項についても、消費者に法定の救済手段があるのであれば、本条第1項の規定により無効とはならないこととするのが適当であると考えられる。
そこで、民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律による改正後の本条第2項の規定において、本条第1項を適用しないこととなる契約条項に、「当該事業者にその責任の有無若しくは限度を決定する権限を付与する」ものを追加することとされた。
2 条文の解釈
(1)第1号
① 「事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任」
消費者契約において、事業者の民法第 415 条等に規定する債務不履行により消費者に損害が生じたときには、同条の規定に従い、消費者は損害賠償請求権を取得する。同条の損害賠償請求権が発生する要件としては、通説では、債務不履行の事実があり、債務者に帰責事由があり、債務不履行と因果関係のある損害が発生していることであるとされている。帰責事由とは、債務者自身の故意・過失又はxxx上これと同視しうべき事由をいう。xxx上、債務者自身の故意・過失と同視しうべき事由として考えられているのは履行補助者の過失である。履行補助者とは、債務者の意思に基づいて債務の履行のために使用される者を指し、債務者自身に故意・過失がなくても履行補助者に故意・過失がある場合には債務者自身の債務不履行として損害賠償責任を負うものとされている。なお、金銭債務については、不可抗力による抗弁はできないとされているため、無過失の場合でも損害賠償責任を負うこととなる(民法第 419 条第3項)。
② 「全部を免除」
「全部を免除」とは、事業者が損害賠償責任を一切負わないとすることであり、このような内容を定めた特約をその限りにおいて無効とした。したがって、損害賠償責任を一定の限度に制限し、一部のみの責任を負う旨を定める契約条項は本号には該当しない。また、立証責任を消費者に転換する契約条項も本号には該当しない。
本号に該当する契約条項の例として、
「いかなる理由があっても一切損害賠償責任を負わない」
「事業者に責に帰すべき事由があっても一切責任を負わない」
「事業者に故意又は重過失があっても一切責任を負わない」
といった、事業者の債務不履行による損害賠償責任を全て免除する旨の契約条項が考えられ、これらは本号に該当し無効となる。
③ 「当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する」
「当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する」とは、任意規定によれば事業者が損害賠償責任を負うにもかかわらず、当該事業者の決定により、当該事業者が当該責任の全部を負わないことを可能とすることである。
④ 効果
本号は、消費者契約においては、事業者が民法第 415 条等に規定する債務不履行による損害賠償責任の全部を免除する又はその責任の有無を決定する権限を付与する旨の契約条項をその限りにおいて無効としたものである。契約条項が無効となっ
た結果、損害賠償責任については、何の特約もなかったこととなり、事業者は民法等の原則どおり第 415 条、第 416 条等の規定に基づき損害賠償責任を負うこととなる。すなわち、事業者に債務不履行の事実があり、事業者たる債務者に帰責事由があり、債務不履行と因果関係のある損害が発生している場合には、事業者は、当該消費者に損害賠償責任を負う。
当然のことながら、本号によって、「いかなる理由があっても一切損害賠償責任を負わない」という特約が無効となっても、事業者は、「いかなる理由があっても一切損害賠償責任を負う」ことになるわけではない。つまり、民法第 415 条等の規定に照らし、そもそも損害賠償責任を負わないようなケースであれば、損害賠償責任を負うことはない。
● 債務不履行とは
⑴ 債務不履行とは、債務者が債務の本旨に従った履行をしないことを指すが、これは一般に契約の趣旨、取引慣行等に照らして適当な履行をしないことであるとされている。その態様としては、一般に、①履行が可能であるのに、履行期を徒過した場合(履行遅滞)、②債務成立後に履行ができなくなった場合(履行不能)、
③債務の履行として給付はなされたが、それが不完全な場合(不完全履行)の3類型があるとされている。民法第 415 条によると、損害賠償請求権が発生する要件としては、通説では、債務不履行の事実があり、債務者に帰責事由があり、債務不履行と因果関係のある損害が発生していることであるとされている。なお、商法第 560 条等の規定は、通説では債務不履行責任に関する規定と考えられている。
⑵ 前述のように、債務不履行とは、債務者が債務の本旨に従った履行をしないことを指し、これは一般に契約の趣旨、取引慣行等に照らして適当な履行をしないことと考えられているが、当該契約により負うこととなる債務の範囲が技術的に履行可能な範囲に限定されることが文言上明らかであるような契約内容であれば、契約上も技術的に履行不可能な行為を為す債務は負わないこととなる。債務を負わない場合には債務不履行にはならず、債務不履行責任は生じない。また、役務の性質上、技術的に履行が不可能な場合には、そもそも債務を負っていないために、債務不履行責任が発生しないと考えられる場合もありえ、その場合には、技術的に履行が不可能な一定期間について責任を免責しても、それは「債務不履行責任を免除する」契約条項に該当しない場合もある。例えば、契約書に以下のような契約条項があれば、当該事業者の提供すべきサービス(債務)の内容は、技術的に不可能な事由による一時的中断があり得る性質のものであり、債務の内容は技術的に可能な範囲に限られるので、事業者は技術的に可能な範囲でサービスを提供すれば債務を履行していることとなると考えられる。
契約条項の例
「当社の提供するサービスにおいては、以下のような事由が生じた場合は、一時的にサービスの提供を中断することがあります。
イ 技術的に不可能な事由による場合・・・・・・」
民法の一般的な考え方からすると、債務者は、契約上負っていない債務を履行する義務はない。債務の範囲が技術的に履行可能な範囲に限定される趣旨が、契約の解釈において疑義が生じないように文言上明らかになっていれば、契約の解釈により、その契約においては技術的に履行不可能な行為を為す義務は負わないこととなる。これは本法においても同様である。
例えば、運送約款上、特急・急行列車において、2時間未満の遅延の場合、乗客は特急・急行料金の払戻しを請求することができない旨規定されている。このような場合、事業者の責に帰すべき理由がある場合も含めて、合理的な一定時間内は、民法第 415 条等の解釈により、債務があるものとはみなされず、したがって債務不履行を構成しないことから、本号が適用されるものではない。また、例えば、電気通信サービスにおいても、天候の影響や通信環境の問題等様々な理由により通信の瞬断等が往々にして生じ得ること、また、瞬断等が発生した場合に、その原因の特定が困難といった事情・特徴があること等電気通信サービスの特性に鑑みると、その約款により合理的な一定期間について責任を免責しても、同様に本号は適用されないものと考えられる。
● 民法第 416 条の規定(損害賠償の範囲)
民法においては、債務不履行についての損害賠償の範囲は第 416 条(判例では、不法行為にも類推適用される。)により規定された相当因果関係の法理によって定められている。その趣旨は一般に、現実に生じた損害のうち、当該債務不履行により通常生ずべき損害である「通常損害」を原則とし、特別の事情を予見すべきであった場合のみ、その特別の事情により生じた「特別損害」をも対象とすると解されている。
(2)第2号
① 「当該事業者、その代表者又はその使用する者」
事業者には、法人と個人が存在するが、「その代表者」とは、事業者が法人である場合の法人の代表者(例:株式会社の代表取締役)を指す。代表者のような法人の機関の行為に対する法人の責任は、法人の機関の職務行為に対する法人自身の責任である。
「その使用する者」とは、事業者の履行補助者を指す。履行補助者とは、債務者の意思に基づいて債務の履行のために使用される者を指し、あくまで、その者の過