インドでは近年著しい経済成長、人口増加及び都市化に伴い、国内の鉄道旅客・貨物輸送量が急増しており、2019 年の旅客・貨物輸送量は対 2000 年比でそれぞれ約 1.7 倍、約 2.6 倍(インド鉄道省、2020 年)に達している。他方、2014 年時点の線路容量は 2032 年に旅客・貨物輸送需要に必要と見込まれる量の約 50%に留まっている(DFCCIL、2014 年)。さらに、既存の在来線は頻繁に遅延が発生する等の問題が生じて...
事業事前評価表
国際協力機構南アジア部インド高速鉄道室
1.基本情報
国名:インド
案件名:ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道建設事業(第三期)
Project for the Construction of Mumbai-Ahmedabad High Speed Rail (III)
借款契約調印日:2022 年 7 月 25 日
2.事業の背景と必要性
(1)当該国における鉄道セクター開発の現状・課題及び本事業の位置付け
インドでは近年著しい経済成長、人口増加及び都市化に伴い、国内の鉄道旅客・貨物輸送量が急増しており、2019 年の旅客・貨物輸送量は対 2000 年比でそれぞれ約 1.7 倍、約 2.6 倍(インド鉄道省、2020 年)に達している。他方、2014 年時点の線路容量は 2032 年に旅客・貨物輸送需要に必要と見込まれる量の約 50%に留まっている(DFCCIL、2014 年)。さらに、既存の在来線は頻繁に遅延が発生する等の問題が生じており、円滑な旅客・貨物輸送システムの整備が課題となっている。とりわけ、マハラシュトラ州とグジャラート州は今後 30 年以上にわたり安定的な経済成長が続くことが予測されており(インド国家計画委員会、2014 年)、JICA の実施したマハラシュトラ州の州都ムンバイとグジャラート州のアーメダバードを繋ぐ「ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道建設事業(以下、「本事業」という。)」に関する「高速鉄道開発計画プロジェクト」(以下、「F/S 調査」という。)は、航空・鉄道・長距離バス・自動車の 4 交通機関におけるムンバイ・アーメダバード間の一日あたり旅客者数は 2014 年(約 15
万 4 千人)から 2053 年(約 150 万人)にかけて約 9.8 倍に増加し、2053 年にはその
うち約 20 万人が高速鉄道を利用すると推計している。
かかる状況下、2009 年 12 月に策定した「インド鉄道ビジョン 2020」においてインド鉄道省は、在来線の近代化及び輸送能力の強化に加え、高速鉄道路線の整備を掲げている。同政策の実施にあたり鉄道大臣が設置した「インド国鉄近代化に係る専門家委員会」は 2012 年、ムンバイ・アーメダバード間を最優先区間と定め、高速鉄道事業を進めることを提言。さらに、2015 年 12 月には日印両国首脳が共同声明で、ムンバイ・アーメダバード区間について「日本の高速鉄道の技術及び経験を利用して整備されること、これに関して資金援助及び技術援助が日本から提供されるための詳細検討を進めること」に合意、加えて、直近では 2021 年 9 月の日印首脳会談の場において、本事業の重要性及び早期開業に向けた準備を進めることが確認されている。以上のとおり、本事業はインド鉄道セクター開発政策における重要事業に位置付けられる。
(2)鉄道セクターに対する我が国及びJICA の協力方針等と本事業の位置付け
対インド国別開発協力方針(2016 年 3 月)では、運輸インフラ等の整備を通じた
「連結性の強化」を重点分野としており、投資と成長に対するインフラ面でのボトルネ ックを解消することを念頭に、インド国内の主要産業都市・経済圏内及び地域間の連結性の強化が図られるよう、鉄道(高速鉄道、メトロを含む)の整備推進を掲げている。加えて、対インド JICA 国別分析ペーパー(2018 年 3 月)では、経済成長のボトルネック解消のため、幹線鉄道、メトロ、道路、港湾をはじめとしたインフラ整備への支援が必要と分析している。さらに、持続的で包摂的な成長への支援として、環境・気候変動問題への対処に向けた協力を推進することとしており、本事業はこれら方針・分析に合致する。また本事業は日印共同声明及び日印首脳会談の場において日印両国間の旗艦事業として推進していくことが繰り返し確認されている。また、SDGs のゴール 8「持続的、包摂的で持続可能な経済成長と、万人の生産的な雇用と働きがいのある仕事の促進」、ゴール 9「強靭なインフラの構築、包摂的で持続可能な工業化の促進とイノベーションの育成」、ゴール 11「包摂的、安全、強靭で、持続可能な都市と人間住居の構築」及びゴール 13「気候変動とその影響への緊急の対処」に貢献すると考えられる。
(3)他の援助機関の対応
世界銀行はムンバイ都市交通事業(2002 年、2010 年承諾、合計972 百万米ドル)や貨物専用鉄道建設計画の東回廊整備(2011 年、2014 年、2015 年承諾、合計 2,725 百万米ドル)等に対して支援実績がある。アジア開発銀行は、ジャイプールメトロ(2014 年承諾、176 百万米ドル)のほか、新開発銀行(New Development Bank)との協調融資にてムンバイメトロ 2A・2B 号線、7 号線(承諾額はADB が 926 百万米ドル(2019 年)、新開発銀行が 260 百万米ドル(2018 年))、ベンガルールメトロ 2A・ 2B 号線(2021 年承諾、500 百万米ドル)等に対しての支援実績がある。
3.事業概要
(1)事業目的
本事業は、マハラシュトラ州ムンバイとグジャラート州アーメダバードを結ぶ約 500 km の区間において、日本の新幹線システムを利用して高速鉄道を建設することにより、高頻度な大量旅客輸送システムの構築を図り、もって連結性の強化および対象地域のxxな経済発展に寄与するもの。
(2)プロジェクトサイト/対象地域名
マハラシュトラ州、グジャラート州、ダドラ・ナガールハベリ連邦直轄領(合計人口:約 1 億 7,000 万人(2011 年))
(3)事業内容
1)土木・建築工事:(高架区間:約 450km、トンネル区間:約 25 ㎞(海底トンネル含む)、その他(特殊橋梁他)約 25 ㎞、駅建設(全 12 駅))
2)軌道工事
3)電気・機械工事
4)車両基地工事
5)車両・検測車両調達
6)保守用車調達
7)コンサルティング・サービス(施工監理(品質管理、安全管理、環境社会配慮対応等)、実施機関の施工監理能力向上のための技術移転等)
(4)総事業費
総事業費:1,806,282 百万円(F/S ベース。その後の経済環境等の変化を踏まえつつ、日印両国政府間で精査中。)(うち、xx円借款対象額:100,000 百万円)
(5)事業実施期間
日印政府間で協議中
(6)事業実施体制
1)借入人:インド大統領(President of India)
2)保証人:なし
3)事業実施機関:インド高速鉄道公社(National High Speed Rail Corporation Limited。以下、「NHSRCL」という。)
4)運営・維持管理機関:上記3)に同じ
(7)他事業、他援助機関等との連携・役割分担
1)我が国の援助活動
本事業に関連し、下記の有償勘定技術支援が実施されている。
JICA 事業の名称 | 期間 | 本事業との関係性 |
高速鉄道開発計画プロジェクト | 2013 年 12 月~2015 年 6 月 | ⚫ 本事業の協力準備調査(F/S 調査)を実施する。 |
高速鉄道建設事業詳細設計調査 | 2016 年 12 月~2022 年 10 月(予定) | ⚫ 本事業の詳細設計調査(D/D)を実施する。 ⚫ 本事業及び研修事業に係る基本設計、入札図書の作成及び入札支援を行う。 ⚫ 高速鉄道事業の運営・維持管理に係る各種規程類の策定及び研修講師養成に係る研修計 画の立案を行う。 |
高速鉄道建設事業に係る能力強化支援 | 2017 年8 月~2023 年 3 月(予定) | ⚫ 実施機関に対する、我が国における新幹線オペレーターとしての経験を活かした、東日本旅客鉄道株式会社による技 術的支援を行う。 |
コアスタッフ研修 | 2021 年 10 月~2022 年 7 月(予定) | ⚫ 高速鉄道の運営・維持管理及びそれに必要な人材育成に当たって中核的な役割を担う NHSRCL 職員( Key O&M Leader 含む)に対する本邦研 修を行う。 |
高速鉄道建設事業に係る電気パッケージ詳細設計業務 | 2022 年1 月~2025 年 3 月(予定) | ⚫ 本事業の電気パッケージにおける詳細設計業務を行う。 |
高速鉄道建設事業に係る電気パッケージ詳細設計段階の発注者代理・代行業務 | 2022 年1 月~2025 年 3 月(予定) | ⚫ 本事業の電気パッケージの詳細設計実施において日本高速鉄道電気エンジニアリング株式会社が実施機関の代理・代 行業務を行う。 |
2)他援助機関等の援助活動特になし。
(8)環境社会配慮・横断的事項・ジェンダー分類
1)環境社会配慮
①カテゴリ分類:A
②カテゴリ分類の根拠
本事業は、「国際協力機構環境社会配慮ガイドライン」(2010 年 4 月公布)に掲げる鉄道セクター及び、影響を及ぼしやすい地域及び影響を及ぼしやすい特性に該当するため。
③環境許認可
環境影響評価(EIA)報告書は、インド国内法上作成が義務付けられていないものの、NHSRCL により 2015 年 7 月に作成され、その後の事業計画の変更等
を反映した改訂版が 2018 年 8 月に作成された。
④汚染対策
工事中、掘削や建設機械稼働に伴う大気汚染、水質汚濁について、散水や防塵シートの使用、排水処理プラント等により対処される。廃棄物について、トンネル工事に伴い発生する掘削土は、盛土区間等で再利用を図り、残りは指定の処
分場にて適切に処分を行う。トンネル工事区間は地盤が固く、かつ適切な施工方法を適用することにより、地盤の緩みや地下水の流出を防ぐ予定である。よって大きな地盤沈下は想定されないが、詳細設計段階において確認を行う。発破に伴う騒音・振動については、作業時間を制限し、近隣への影響の最小化を図る。供用時、車両走行による騒音・振動等については、防音壁の設置等の対策が取られ、影響の最小化が図られる。トンネル部分及び高架部分の騒音・振動については、軌道の定期的な維持管理や制限速度の遵守により低減を図る。
⑤自然環境面
本事業対象地域は、タネ・クリーク・フラミンゴ・サンクチュアリのコアゾーン及びバッファーゾーン、サンジャイ・ガンディ国立公園のバッファーゾーン及びツンガルシュワール野生動物保護サンクチュアリのバッファーゾーンを通過する。同地域での開発にかかるクリアランスを 2019 年 4 月 24 日に取得済みである事を確認済み。タネ・クリーク・フラミンゴ・サンクチュアリ周辺には、マングローブ湿地が広がり、フラミンゴが生息するため、軌道を地下 30m の海底トンネル区間とし、フラミンゴ及び周辺生態系への影響の最小化を図る。また、上記 3 地区に追加的に策定された管理計画を遵守し、影響を最小化する予定。さらに、車両基地整備及び軌道整備等に伴い、森林地約 101ha 及びマングローブ林約 28ha の伐採が生じる。伐採林は各州森林局により代替植樹が実施される。
⑥社会環境面
本事業は 1,396ha の用地取得及び 4,450 世帯の住民移転を伴い、インド国内法及び JICA 環境社会配慮ガイドラインに沿って作成された住民移転計画に基づき取得が進められている。被影響住民に対しては、個別訪問に基づいたセンサス調査及び住民協議を通じ、事業概要、環境社会配慮方針、補償方針等について説明を行っている。住民協議の議事録によれば、事業に対する特段の反対は確認されていない。また、本事業対象地には、指定地区に居住する指定部族が居住しており、インド国内法及び JICA 環境社会配慮ガイドラインに沿って先住民族計画が作成され、住民協議を実施した結果、指定部族と本事業実施についての合意が確認されている。
⑦その他・モニタリング
工事中は NHSRCL の監督の下コントラクター及びモニタリングコンサルタントが、大気質、水質、騒音・振動、廃棄物、植生、生態系等について、供用後は NHSRCL が騒音、振動、植生、生態系等についてモニタリングを行う。また、住民移転、用地取得、生計回復支援策について、NHSRCL がモニタリングを行う。いずれも結果を JICA に報告する。
2)横断的事項
① 気候変動:本事業は、自動車やバス等からのモーダルシフトを図るもので温室
効果ガス(GHG)排出削減に貢献する。本事業による気候変動の緩和効果(ムンバイ・アーメダバード間全線開業後の 1 年間当たりの GHG 排出削減量の概算)は約 67 万トン/年 CO2 換算である。
② 障害配慮:インド国内法令に基づき、障害者等の利用にも配慮した駅舎・ 車両
(エレベーター、トイレ、構内放送、点字ブロック、車椅子スペース等)の設計を採用している。
③ 感染症対策:建設工事段階においてコントラクターが工事労働者に対する HIV/
エイズ対策を実施することを義務付けている。また、新型コロナウイルス感染症拡大防止への取り組みとして、実施機関が案件形成時及び案件実施時に取り組むべき対策リスト(全 36 項目)に合意し、防疫資機材整備や行動規範普及を含む労働環境整備、工事監理、意識啓発等の活動項目を明確化している。実施機関より四半期毎に同執行状況の報告を受けることで、事業実施段階を通じ、同ウイルスの影響を注視し、実施機関により柔軟かつ適切な対応がとられるようモニタリングしていく。
3)ジェンダー分類: ■GI(S)(ジェンダー活動統合案件)
<活動内容/分類理由>本事業では、女性が安全、快適に高速鉄道を利用できるよう、駅構内への監視カメラの設置、駅構内・車内の女性用トイレ、授乳室の設置等を行う予定。また、事業実施監理における女性職員の登用等が行われている。以上の理由により、ジェンダー活動統合案件に分類。
(9)その他特記事項
新幹線のコアシステムに関わる車両、電気、保守用車、車両基地等のパッケージで我が国の技術の活用が期待されている。
4. 事業効果
(1)定量的効果
アウトカム(運用・効果指標)
指標名 | 基準値 (2018 年) | 目標値 (開業 2 年後) |
1. 運行数(本/日) | N/A | 70 |
2. 乗客輸送量(百万人・km /日) | N/A | 18.04 |
3. 運行距離(千km/日) | N/A | 354 |
4. 輸送時間(分) | N/A (在来線特急利用時は約 385 分) | 127 |
5. 車両稼働率(%) | N/A | 87.5 |
(2)定性的効果
ムンバイ・アーメダバード間における高頻度な大量旅客輸送の実現による都市間の移動にかかる交通ネットワークの効率化、対象地域のxxな経済開発の促進。
(3)内部収益率
以下の前提に基づき、本事業の経済的内部収益率(EIRR)は約 8.1%、財務的内部収益率(FIRR)は約 5.9%である。
【EIRR】
費用:事業費、運営・維持管理費(いずれも税金を除く)
便益:燃料節約効果、車両運行費用低減効果、移動時間低減効果、大気汚染軽減効果、事故費用軽減効果等
プロジェクト・ライフ:50 年
【FIRR】
費用:事業費、運営・維持管理費
便益:運賃収入、非運賃収入(広告収入、駅構内・駅前開発収入等)プロジェクト・ライフ:50 年
5. 前提条件・外部条件
(1) 前提条件
特になし。
(2) 外部条件
インド及び事業対象周辺地域の政治経済情勢の悪化並びに自然災害
6. 過去の類似案件の教訓と本事業への適用
インド鉄道セクターにおける類似案件において、契約上規定されていない第三者機関が設計や承認過程に関与し、実施機関による決定が遅れ、事業の遅延に繋がるケースが散見された。また、これら事業では、非現実的な全線開業目標がインド側により設定され、結果的にその期間までに工事が完了していた工区のみを部分開業させる等、実態に即した現実的な工程監理がされていないとの課題がコントラクター及びコンサルタントより示された。
本事業では、上記事例を含め、契約当事者間で解決できない問題が生じた場合は、日印両国政府を代表する共同議長の下、本事業の最高意思決定機関として事業全般の諸課題について議論を行う合同委員会や技術的な諸課題について議論を行う技術専門家会合、コンサルタント、コントラクターを含めた本事業の進捗確認を行うステアリング・コミッティー等の協議を実施して解決を図ることとしている。
7. 評価結果
本事業は、国内第 2 の都市であるマハラシュトラ州の州都ムンバイと、国内第 5 の都市及び商工業の中心として近年急速な発展を遂げているグジャラート州のアーメダバード(最終駅はサバルマティ)を、在来線特急利用時の 3 分の 1 である約 2 時間で結ぶものであり、自動列車制御装置・通信システムの整備、高速鉄道車両の導入を日本の新幹線システムにて実施することで旅客輸送能力の向上及び安全な輸送サービスの実現に資するものである。本事業は、インドの開発課題・開発政策並びに我が国及び JICA の協力方針・分析にも合致し、また、SDGs のゴール 8「持続 的、包摂的で持続可能な経済成長と、万人の生産的な雇用と働きがいのある仕事の促進」、ゴール 9「強靭なインフラの構築、包摂的で持続可能な工業化の促進とイノベーションの育成」、ゴール 11「包摂的、安全、強靭で、持続可能な都市と人間住居の構築」及びゴール 13「気候変動とその影響への緊急の対処」に貢献すると考えられることから、事業の実施を支援する必要性は高い。
8. 今後の評価計画
(1)今後の評価に用いる指標
4.のとおり。
(2)今後の評価スケジュール事業完成 2 年後
以 上