Contract
2013 年度後期講義国際私法第 7 回 2013/11/25
国家管轄権理論(3)
担当 xx x
【管轄合意】
一 はじめに
・ 国際取引においては、当事者が紛争解決手続についての予測可能性を高めるために、契約条項の中で訴訟地や仲裁地について合意する場合がある。→管轄合意・仲裁合意(契約)
・ 積極的側面:我が国が紛争処理手続地として合意されていた場合に、どのような要件の下で我が国が国際裁判管轄等を有するのか。
・ 消極的側面:外国が紛争処理手続地として合意されていた場合に、どのような要件の下で我が国の国際裁判管轄の存在に対する妨訴抗弁となるのか。
・ 我が国においては、これまで後者が中心に議論されてきた。抵触法上の問題点:①当該合意条項成立の(実質的・形式的)有効性、②当該合意条項の主観的客観的(人的物的)範囲、
③当該合意条項の我が国国際裁判管轄に与える影響(妨訴抗弁等)。→それぞれにつき、これらの点を如何なる国の法に基づいて決定するのかが議論される。日本の(国際)民事訴訟法か、実体(契約)準拠法か。
・ その他、従来、問題とされて来た点として、①如何なる事件について管轄合意を認めるか、②管轄合意のみで我が国の国際裁判管轄を認めるか、という問題が挙げられる。→法秩序の国家機関である裁判所の権能に関する国家政策と、当事者自治とのバランスを如何に図るべきか。
二 管轄合意の対象となる事件
・ 特に、身分事件等のように当事者が自由に処分出来ない権利義務関係に関し、管轄合意を認めるか否かが問題となる。
【裁判例】
・ 大判大正 5 年 10 月 18 日民録 22 輯 1916 頁:「財産権上ノ請求ニ非サル訴訟ニ係ルトキ又ハ専属管轄ニ属スル訴ナルトキ」は国際裁判管轄の合意が出来ないとする(但し傍論)。
・ 東京家審昭和 48 年 10 月 18 日家月 26 巻 7 号 50 頁:
「当事者双方の審問の結果によると、当事者双方は、本件離婚および子の親権者、監護費用の一切の紛争につき、わが国の家庭裁判所(さらに、東京家庭裁判所)で行う旨合意が成立していることが認められる。離婚等に関する国際裁判管轄権の合意は正当であるから、それによりわが国に国際裁判管轄権があり、また、右合意に基づき当裁判所に国内裁判管轄権も存在する」
・ 学説上は、一定の身分事件等については否定的な見解が多い。→身分関係事件の特殊性を
国際裁判管轄において認めることにならないか?労働契約・消費者契約は?
三 積極的側面
・ 管轄合意のみで我が国の国際裁判管轄が肯定されるべきか否か。
【裁判例】1
・ 神戸地裁平成 9 年 11 月 10 日判決判タ 984 号 191 頁(パナマ法人の日本に本店を有する日本法人に対する保証債務履行及び不法行為に基づく損害賠償請求。但し、日本に十分関連性のある事案)
「裁判管轄については、原・被告間に本件保証に関する訴訟事件については当裁判所の専属管轄に服する旨の合意があるから、本件の保証債務及び被告が本件保証状を発行したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求について、いずれも当裁判所の裁判管轄を認めることができる」
四 最高裁昭和 50 年 11 月 28 日第 3 小法廷判決民集 29 巻 10 号 1554 頁
【事実】
・ 日本の輸入業者 A、ブラジルの輸出業者B から原糖を購入。
・ B、荷送人として、Y(本店オランダ)と海上運送契約を締結。Y から本件船荷証券の発行・交付を受け、これをA に交付。
・ Y、本件原糖をチサダネ号に船積しブラジルから大阪まで海上運送。海水漏れのため 160 万円以上原糖を毀損。
・ X(日本法人)、A との積荷海上保険契約に基づき、約 138 万円の保険金を支払う。
・ X、Y に対し損害賠償等を求めて、神戸地方裁判所に訴えを提起。
・ Y の本案前の抗弁:「この運送契約による一切の訴えは、アムステルダムにおける裁判所に提起されるべきものとし、運送人においてその他の管轄裁判所に提訴し、或いは自ら任意にその裁判所の管轄権に服さないならば、その他のいかなる訴えに関しても、他の裁判所は管轄権を持つことができないものとする」→本件訴訟につきアムステルダムの裁判所が専属管轄権を有し、神戸地方裁判所は裁判権を有しないと主張。
【判旨】
「所論は、国際的裁判管轄の合意についても、民訴法 25 条 2 項所定の管轄の合意と同様、書面をもってすることを要すると主張するが、国際民訴法上の管轄の合意の方式についてはxx法規、 xxの規定が存在しないので、民訴法の規定の趣旨をも参酌しつつ、条理に従ってこれを決すべきであるところ、同条の法意、法の趣旨が当事者の意思の明確を期するためのものに他ならず、
1 その他、大阪地判平成 4 年 1 月 24 日判タ 804 号 179 頁。
また諸外国の立法例は、裁判管轄の合意の方式として必ずしも書面によることを要求せず、船荷 証券に荷送人の署名を必要としないものが多いこと、及び迅速を要する渉外的取引、国際取引の安全を顧慮するときは、国際裁判管轄の合意の方式としては、少なくとも当事者の一方が作成した書面に特定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明白であれば足りると解するのが相当であり、その申し込みと承諾の双方が当事者の署名のある書面によるのでなければならないと解すべきではない。」
「ある訴訟事件についての我が国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所だけを第xxの管轄 裁判所と指定する旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、(イ)当該事件が我が国の裁判権に専属的に服するものではなく、(ロ)指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること、の 2 個の要件を満たす限り、我が国の国際民訴法上、原則として有効である」
「被告の普通裁判籍を管轄する裁判所を第xxの専属裁判所と定める国際的専属的裁判管轄の合意は、『原告は被告の法廷に従う』との普遍的な原理と、被告が国際的海運業者である場合には、渉外的取引から生じる紛争につき特定の国の裁判所にのみ管轄の限定を計ろうとするのも経営政策として保護するに足りるものであることを考慮する時は、右管轄の合意がはなはだしく 不合理で公序法に反するときなどの場合は格別、原則として有効と認めるべきである。」
・ 形式的成立要件(方式):国際民訴法上の条理・書面による特定国の裁判所の明示的な指定を要求(→電子商取引等に有効なメルクマールか:「プリントアウトが容易に可能な状態にあるようなコンピュータ画面での合意に書面性を認めることは可能」)。
・ 実質的成立要件:我が国に専属的国際裁判管轄がないこと(→いつもない)+当該外国法上国際裁判管轄を有すること(何国法?→外国抵触規則の参照特異)。
・ 公序という安全弁(国際民事訴訟法上の公序?)
cf.第二審→「合意自体は先決問題として契約準拠法によるべきであり、従って本件においては、オランダ法により判断すべきであるとの考え方も有り得るが、右の合意は訴訟行為的合意であり、かつ、問題が法廷地法の裁判権の排除に関するものであるから、本件国際的裁判管轄の合意の有効性の判断の準拠法は契約準拠法ではなく、これを問題にする法廷地たる日本の国際民事訴訟法によって決定されるべきものと解する」→最高裁に影響。
その主観的客観的範囲についても判断が有るが、どこの国の法に従ったかは書いていない。おそらく、日本国際民事訴訟法。
・ 結局、全ての点について日本の国際民事訴訟法に従って判断するということ。→問題点:仲裁合意の場合の議論との整合性。→合意の成立等を契約準拠法に依らしめるべきとする立場へ。
・ 本件のように、指定された外国が事案と密接関連性を有しておらず、且つ日本と一定以上の密接関連性を有している事案においても管轄が否定されてしまう可能性。→密接関連性を前
提に事案の個別具体的諸事情を判断しようとする近時の国際裁判管轄の判断枠組と整合的であると言えるのか。→管轄合意を管轄判断の一要素として、「特段の事情」の中で考慮しようとする立場が提唱されることに。
五 その後の展開2
① 書面性に関する民事訴訟法改正。「電磁的記録によってなされた合意」も「書面」と看做される。
→国際裁判管轄における管轄合意については?
② 裁判所の選択合意に関する条約(ハーグ合意管轄条約)成立(2005 年 6 月)
(xxxx://xxx.xxxx.xxx/xxxxx_xx.xxx?xxxxxxxxxxxxxxx.xxxx&xxxx00)
→未発効(2 箇国の批准により発効)。現在の締約国はメキシコのみ。但し、近時米国と EU が署名。
③ 法制審議会国際裁判管轄部会における議論:
・ 民事訴訟法及び民事保全法の一部を改正する法律:
「第 3 条の 7 当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる。
2 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
3 第一項の合意がその内容を記録した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。
4 外国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意は、その裁判所が法律上又は 事実上裁判権を行うことができないときは、これを援用することができない。
5 将来において生ずる消費者契約に関する紛争を対象とする第一項の合意は、次に掲げる場合に限り、その効力を有する。
一 消費者契約の締結の時において消費者が住所を有していた国の裁判所に訴えを提起することができる旨の合意(その国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意については、次号に掲げる場合を除き、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなす。)であるとき。
二 消費者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき、又は事業者が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において、消費者が当該合意を援用したとき。
2 尚、その後に下された下級審裁判例として、東京地判平成6 年2 月28 日判タ876 号268 頁(米国法人による日本法人を被告としたロイヤリティ支払請求)、東京地判平成 12 年 11 月 24 日判タ 1077 号 282 頁(傍論において管轄合意の方式に言及)、東京高判平成 12 年 11 月 28 日判時 1743 号 137 頁(労働事件につき、様々な事情を考慮して専属的管轄合意の成立を認める)がある。
6 将来において生ずる個別労働関係民事紛争を対象とする第一項の合意は、次に掲げる場合に限り、その効力を有する。
一 労働契約の終了の時にされた合意であって、その時における労務の提供の地がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨を定めたもの(その国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意については、次号に掲げる場合を除き、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなす。)であるとき。
二 労働者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき、又は事業主が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において、労働者が当該合意を援用したとき。」
・ 尚、国家機関と当事者自治の原則との関係では、管轄合意と特段の事情との関係が問題となる。この点は最後まで争われた。
「第 3 条の 9 裁判所は、訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合(日本の裁 判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意に基づき訴えが提起された場合を除く。)においても、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間のxxを害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部又は一部を却下することができる。」
・ 当事者自治の優先。→当事者の予測可能性という観点からは正当化可能か。→逆に言えば、当事者の予測可能性が否定されるような管轄合意については、合意を無効とするといった解釈論的努力が必要とされることになるのでは。
【参考文献】
・ xxxxx編著『ハーグ国際裁判管轄条約』(商事法務・2009 年)
・ xxxxx「国際裁判管轄の合意」ジュリ 1386 号(2009 年)54 頁
【仲裁合意】
一 はじめに
・ 国際取引においては、管轄合意同様仲裁合意(仲裁契約)も用いられる。
【仲裁合意の一例】
“この契約からまたはこの契約に関連して、当事者の間に生ずることがあるすべての紛争、論争または意見の相違は、(社)日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って、(都市名)において仲裁により最終的に解決されるものとする。”
・ 国際仲裁:当事者の合意によって、第三者に紛争の解決を委ね、当事者がその第三者の判断に従うという紛争解決手続。国家機関が介入せず、私人が紛争についての判断を下すのが特徴。
・ メリット:民事訴訟に比べて手続に時間がかからない。仲裁人に専門家を選ぶことによって専門的な分野についてもより妥当な判断が見込まれる(例えば、xxx的財産仲裁センター: xxxx://xxx.xx-xxx.xx.xx/)。非公開なので、営業秘密(ノウハウ)等に関る紛争処理に向いている。国際裁判管轄を争わなくて良い。場所・用語・手続・仲裁人等の中立。判決と同様の効力。外国仲裁判断の執行に関するニューヨーク条約の存在。費用は?
・ デメリット:予め当事者の間に仲裁合意が必要。予測可能性がない(仲裁判断において法律の適用が不明確)。
【参考】
日本商事仲裁協会の仲裁についての説明(xxxx://xxx.xxxx.xx.xx/xxxxxxxxxxx-x/xxxxxxxx/xxxxxxxx.xxxx)
仲裁法第 36 条 「3 仲裁xは、当事者双方の明示された求めがあるときは、前二項の規定にかかわらず、xx と善により判断するものとする。」
・ このような合意の存在にも拘らず、合意されていない日本の裁判所に当事者が訴えた場合、どのように処理すべきか。管轄合意の場合同様、ここでも①仲裁契約の有効性を判断する法、
②仲裁契約の主観的・客観的範囲を判断する法、③妨訴抗弁が認められる主観的・客観的範囲、④訴訟上の効果を判断する法が問題となる。
・ 尚、近時は、国際仲裁の一層の進展により新たな問題が登場:仲裁地国の裁判所によって取り消された仲裁判断の効力、国家の裁判所により下された、仲裁手続又は仲裁判断の執行についての差止命令の影響、仲裁手続と訴訟係属との競合。→一貫した解決を与えるためには、仲裁と国家法秩序との関係に関する理論的考察が不可欠3。
3 拙稿「効率性と抵触法-Remy, Bollée 報告へのコメント」『効率性と法、損害概念の変容』(有斐閣・2010 年)273 頁。
二 リングリングサーカス事件以前の議論
(1) 仲裁契約の性質について
・ 管轄合意同様、仲裁契約も、通常の実体的合意なのか、それとも訴訟契約なのかが問題となる。
・ 裁判例では、訴訟契約4から通常の私法上の契約5へ仲裁契約の位置づけを変えてきたということが出来る(仲裁と国家法秩序との関係の変化が背景に)。
・ 学説上も、仲裁が実体契約であり当事者の意思に基づいた紛争解決手段であることを理由に当事者自治を認める立場が多数(但し、根拠としては、法の適用に関する通則法 7 条以下、条理、ニューヨーク条約等に分かれる)。
(2) 妨訴抗弁が認められる主観的・客観的範囲
・ この点を明確にした裁判例は見当たらない。
・ 学説上は、①仲裁契約の準拠法によって判断する立場(仲裁と訴訟の相互補完的機能、当事者の実質的なxx性)と、②法廷地法により判断する立場(「手続は法廷地法による」の原則)が対立。
(3) 仲裁契約の訴訟上の効果(妨訴抗弁となり得るか否か)
・ 仲裁契約が妨訴抗弁になり得るか否かを決定するのは如何なる国の法か。
【裁判例】
① 東京地判昭和 28 年 4 月 10 xxx集 4 巻 4 号 502 頁
「原告は、米国連邦仲裁法第三条及び連邦裁判所の判例によれば、仲裁契約の存在は訴却下の理由とはならず、ただ訴訟中止の理由となるにすぎないばかりでなく、外国法による仲裁契約は訴訟中止を求める理由とはならないとされているから、本件仲裁契約の存在することを理由として本訴を却下すべきではないと主張する。しかしながら、仲裁契約の存在が現に係属する訴訟 にいかなる影響を及ぼすかという問題は、その訴訟の係属する国の法律によつて判断すべきであつて、当該外国法によつて決定すべきではない。このことは、民事訴訟法が常に属地主義を採用していることから生ずる当然の結果に外ならない。」
→民事訴訟法が属地主義の原則を採用していることを根拠に、法廷地法により判断すべきである
4 大審院大正 7 年 4 月 25 日第二民事部判決大審院民事判決録 24 輯 865 頁、東京控判昭和
10 年 8 月 5 日新聞 3904 号 5 頁。
5 大阪地判昭和 34 年 5 月 11 xxx集 10 巻 5 号 970 頁、名古屋地xxx判昭和 62 年 2 月
26 日判時 1232 号 138 頁、東京地判昭和 63 年 8 月 25 日海事法研究会誌 87 号 37 頁。
とする。
② 大阪高判平成 4 年 2 月 25 日判タ 783 号 248 頁(外国判決承認執行の側面)
「わが国において、日本商事仲裁協会の規則に則り、仲裁に付して解決する旨の仲裁契約があったものというべきであるから、Y の妨訴抗弁により、裁判によって紛争の解決を求めることはできないのであって、この点からも、わが国の国際民訴法の原則からみて、本件について、ミネソタ地裁が、国際裁判管轄権を有していたものとは認め難い。」
→我が国の国際民事訴訟法の原則の一つとして一応解し得る。
・ 学説上も、我が国裁判所の国際裁判管轄の制限に関する問題であることから、法廷地国際民事訴訟法に従って判断されるべきであるとする。
(4) その他
・ 仲裁契約の主契約からの分離可能性
【裁判例】 最判昭和 50 年 7 月 15 日民集 29 巻 6 号 1061 頁
「仲裁契約は主たる契約に付随して締結されるものであるが、その効力は、主たる契約から分離して、別個独立に判断されるべきものであり、当事者間に特段の合意のないかぎり、主たる契約の成立に瑕疵があっても、仲裁契約の効力に直ちに影響を及ぼすものではない。」
→仲裁契約と主たる契約の分離可能性を認める。実質的抵触規則。
三 リングリングサーカス事件に関する最高裁平成 9 年 9 月 4 日第xx法廷判決6
【事実】
・ 仲裁契約の主契約からの分離可能性
・ 上告人 X:教育関係の催事、催し物のプロデュース、外国アーティストの招聘及び一般興行などを目的とする日本法人の株式会社。
・ 被上告人 Y:アメリカ合衆国においてサーカス興行を行う同国法人 A 社の代表者。
・ X とA 社、昭和 62 年 10 月 2 日、契約締結。
・ X:昭和 63 年度及びxxx年度の 2 年間、A 社のサーカス団を日本に招聘して興行する権利取得。A 社に対してその対価を支払う。
・ A 社:日本において 2 年間サーカス興行する義務。
6 拙稿〔判批〕法学協会雑誌 116 巻 10 号(1999 年)1685 頁。
・ 仲裁契約:
「本件興行契約の条項の解釈又は適用を含む紛争が解決できない場合は、その紛争は、当事者の書面による請求に基づき、商事紛争の仲裁に関する国際商業会議所の規則及び手続に従って仲裁に付される。A 社の申し立てる全ての紛争手続は東京で行われ、X の申し立てるすべての仲裁手続はニューヨーク市で行われる。各当事者は、仲裁に関する自己の費用を負担する。ただし、両当事者は仲裁人の報酬と経費は当分に負担する。」
・ X、Y に対し不法行為に基づく損害賠償請求。
・ Y、XA 間の本件仲裁契約を理由に訴えの却下を求める。
【判旨】
「仲裁は、当事者がその間の紛争の解決を第三者である仲裁人の仲裁判断にゆだねることを合意し、右合意に基づいて、仲裁判断に当事者が拘束されることにより、訴訟によることなく紛争を解決する手続であるところ、このような当事者間の合意を基礎とする紛争解決手段としての仲裁 の本質にかんがみれば、所謂国際仲裁における仲裁契約の成立及び効力については、法例7 条 1 項により、第1次的には当事者の意思に従ってその準拠法が定められるべきものと解するのが相当である。そして、仲裁契約中で右準拠法について明示の合意がされていない場合であっても、仲裁地に関する合意の有無やその内容、主たる契約の内容その他諸般の事情に照らし、当事者による黙示の準拠法の合意があると認められるときには、これによるべきである。」
「これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、本件仲裁契約においては、仲裁契約の準拠法についての明示の合意はないけれども、『A 社の申し立てる全ての仲裁手続は東京で行われ、X の申し立てるすべての仲裁手続はニューヨーク市で行われる』旨の仲裁地についての合意がされていることなどからすれば、X が申し立てる仲裁に関しては、その仲裁地であるニューヨーク市において適用される法律をもって仲裁契約の準拠法とする旨の黙示の合意がされたものと認めるのが相当である。」
「本件仲裁契約に基づき X が申し立てる仲裁について適用される法律は、アメリカ合衆国の連邦仲裁法と解されるところ、同法及びこれに関する合衆国連邦裁判所の判例の示す仲裁契約の効力の物的及び人的範囲についての解釈などに照らせば、X のY に対する本件損害賠償請求についても本件仲裁契約の効力が及ぶものと解するのが相当である。そして、当事者の申し立てによ り仲裁に付されるべき紛争の範囲と当事者の一方が訴訟を提起した場合に相手方が仲裁契約の存在を理由として妨訴抗弁を提出することが出来る紛争の範囲とは表裏一体の関係に立つべきものであるから、本件仲裁契約に基づく Y の本案前の抗弁は理由があり、本件訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものとして却下を免れない。」
・ 成立の有効性:法例 7 条←当事者の合意を基礎とする紛争処理解決手段(本件では判断し
ていないが、方式についても法例で判断するという趣旨か。
・ 主観的客観的範囲も法例 7 条→妨訴抗弁の範囲が表裏一体というのは、どこの国の法の判断か。日本民事訴訟法。
・ 仲裁契約が妨訴抗弁になるか否か等。→判断されていないが、通説は日本民事訴訟法。
・ その他、外国での仲裁付託命令の存在や、仲裁契約当事者と訴訟当事者とのずれなど、法的には興味深い問題が多い。
四 その後の議論
(1) 裁判例
・ 東京地判平成 11 年 10 月 28 日金融・商事判例 1082 号 38 頁(控訴)
自動車売買契約に関する紛争。英国仲裁判断手続に依拠すべきとの仲裁契約の存在→何ら言及することなく、そもそも我が国に国際裁判管轄が存在しないと判示。
・ 東京地判平成 19 年 8 月 28 日判時 1991 号 89 頁(民事保全事件の国際裁判管轄における本案管轄と仲裁合意の関係が問題となった事例)
「民事保全法 12 条 1 項は、民事保全事件の管轄について、本案の管轄裁判所又は仮に差し押さえるべき物若しくは係争物の所在地を管轄する地方裁判所と定めるところ、『本案』とは、被保全権利又は法律関係の存否を確定する手続をいい、訴訟手続のほか、仲裁手続もこれに該当すると解されるから、仲裁合意が存在する場合における同項所定の『本案の管轄裁判所』とは、当該仲裁の仲裁地を管轄する裁判所をいい、仲裁合意がなければ本案訴訟について管轄権を有したであろう裁判所を含まないと解するのが相当である。なぜなら、このように解さなければ、仲裁合意が存在するために本案訴訟について管轄権を有しない裁判所が、保全事件についてのみ管轄権を有することとなり、保全事件が本案訴訟に対して付随性を有することに反する結果となるからである。また、仲裁地を管轄する裁判所が保全事件について管轄権を有するとすることは、仲裁合意によって仲裁地を定めた当事者の合理的意思に沿うものであり、当事者間のxxの理念にも合致するということができる。」
→仲裁地の裁判所を本案の管轄裁判所とするのは問題。←本案の審理権限を持つのは仲裁xであり、仲裁地裁判所ではない7。→仲裁合意も我が国民訴法上妨訴抗弁として認められていることを前提に、仲裁合意が有効であれば妨訴抗弁となるから我が国に本案管轄がないと判示すれば十分だったのではないか。但し、そもそも保全管轄において、仲裁合意や管轄合意を考慮す
7 xxxxx〔判批〕JCA ジャーナル 55 巻 8 号(2008 年)2 頁、6 頁、xxxx〔判批〕ジュリ 1376 号(2009 年)345 頁、347 頁。或いは、仲裁廷を仲裁地法秩序の司法機関とみる考え方の影響か?
るか否かという問題がある8。→だが、別の根拠に基づくのであれば兎も角、本案管轄で保全管轄を認めるのであれば、この点をも考慮せざるを得ないのではないか。
(2) 仲裁法の成立(平成 16 年 3 月 1 日施行)
・ 妨訴抗弁:3 条 2 項「第 14 条 1 項及び第 15 条の規定は、仲裁地が日本国内にある場合、仲裁地が日本国外にある場合及び仲裁地が定まっていない場合に適用する。」→日本仲裁法が適用されることを明言。
・ 3 条 1 項:「次章から第 7 章まで、第 9 章及び第 10 章の規定は、次項及び第 8 条に定めるも
のを除き、仲裁地が日本国内にある場合について適用する。」→仲裁合意に関する第 2 章が除かれていない。仲裁合意の有効性についても、仲裁地が日本国内にあれば日本法?
・ 学説上は、「取消事由・執行拒絶事由としての仲裁合意の有効性判断につき新法が当事者自治を認めたこと、この考え方はニューヨーク条約及びモデル法にならうものであるほか、旧法下での妨訴抗弁審査につき最高裁判決でも支持さあれていたこと、仲裁判断取消し・執行の局面と妨訴抗弁判断の局面とで仲裁合意の効力判断が異なるのは適当でないことなどからすれば、仲裁合意の成立・効力にかかわる問題は、新法 3 条の適用範囲規定によらず、44
条 1 項 2 号、45 条 2 項 2 号の類推により、当事者自治、仲裁地法の 2 段階連結によると解すべきであろう」という見解も9。
【参考】 仲裁法 44 条 1 項 2 号
「当事者は、次に掲げる事由があるときは、裁判所に対し、仲裁判断の取消しの申立てをすることができる。
二 仲裁合意が、当事者が合意により仲裁合意に適用すべきものとして指定した法令(当該指定がないときは、日本の法令)によれば、当事者の行為能力の制限以外の事由により、その効力を有しないこと。」
45 条 2 項
「2 前項の規定は、次に掲げる事由のいずれかがある場合(第一号から第七号までに掲げる事由にあっては、当事者のいずれかが当該事由の存在を証明した場合に限る。)には、適用しない。二 仲裁合意が、当事者が合意により仲裁合意に適用すべきものとして指定した法令(当該指定がないときは、仲裁地が属する国の法令)によれば、当事者の行為能力の制限以外の事由により、その効力を有しないこと。」
五 その他の問題点
・ 訴訟法の効果を有する当事者の合意は、管轄合意や仲裁契約に限ったものではない。
8 xxxxx「仮処分命令申立事件の国際裁判管轄-東京地決平成 19 年 8 月 28 日に対する批判的検討」NBL917 号(2009 年)56 頁、60 頁、xxx〔判批〕判評 598 号 16 頁、19 頁(判時 2018 号 178 頁、181 頁)。
9 xxxx=xxx編『注釈と論点 仲裁法』(青林書院・2007 年)59 頁〔xxxxx執筆〕。
(1) 完全合意条項(entire agreement clause)
・ 例:「本許諾書は、お客様とメーカーとのソフトウェア製品の使用許諾に関する唯一、完全なる合意とします」
・ アメリカの Parol Evidence Rule:契約等について、書面化された合意内容乃至意思内容と異なることを、他の口頭証拠又は文書証拠を用いて裁判において証明するのを許さないという準則。→この準則を適用するための条項が完全合意条項(我が国における証拠制限契約の一種)。
【裁判例】 東京地判平成 7 年 12 月 13 日判タ 938 号 160 頁
「SPSA 契約には完全合意条項が定められているところ、・・・事実によれば、SPSA 契約の締結に関与した者はいずれも会社の役員(なお、被告側のロバーツ及びフレリイは弁護士資格を有していた。)や弁護士であり、右のような事務に関しては十分な経験を有し、契約書に定められた個々の条項の意味内容についても十分理解し得る能力を有していたというべきであるから、本件においては,右条項にその文言どおりの効力を認めるべきである。すなわち、SPSA契約の解釈にあたっては、契約書(xx)以外の外部の証拠によって、各条項の意味内容を変更したり、補充したりすることはできず、専ら各条項の文言のみに基づいて当事者の意思を確定しなければならない。」
(2) 不起訴の合意
(3) 1978 年契約紛争法(CDA)
【裁判例】 東京地裁平成 7 年 10 月 27 日中間判決判タ 891 号 71 頁
・ 「本契約はCDA に従う。法に定める場合を除き、本契約の下で又は本契約に関連して生じた全ての紛争は、本条項により解決されねばならない」→適用範囲を法例 7 条で、訴訟法上の効果は法廷地法で判断。専属的管轄合意か仲裁合意かという問題につき意識してはいるものの、判断せず。
・ 以上のように、同じく妨訴抗弁として働く合意であっても、管轄合意と仲裁合意とでは個別問題を規律する準拠法にずれがある。合意の成立の有効性(管轄:国際民訴、仲裁:法例 7 条
〔通則法 7 条以下〕)、主観的客観的範囲(管轄:国際民訴、仲裁:法例 7 条〔通則法 7 条以下〕)、訴訟上の効果(主観的客観的範囲を含めた)は国際民訴で一致。→このずれは正当化できるのか。合わせるとすれば、いずれに合わせるべきか(尚、学説上は、合意成立の有効性、主観的客観的範囲の決定については立場が対立)。
・ 完全合意条項等当該合意が訴訟に如何なる影響を及ぼすかが分からないものがある以上、成立や範囲については通則法 7 条以下、訴訟上の効果については(国際)民訴法で判断すべきか(すなわち、リングリング最高裁判決の判断を不起訴の合意など訴訟に影響を及ぼす全ての合意に適用すべきでは)。